モバマス山月記 (50)
・このSSは、中島敦の「山月記」をベースにしています。
・作者の脚色が多く含まれます。ご注意ください。
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『偶狂疾ニ因リテ殊類ト成ル
災患相仍リ逃ルベカラズ
今日爪牙誰カ敢ヘテ敵セン
当時声跡共ニ相高シ
我ハ異物ト為ル蓬茅ノ下
君ハ已ニ軺ニ乗リテ気勢豪ナリ
此ノ夕ベ渓山明月ニ対シ
長嘯ヲ成サズ但ダ嘷ヲ成ス』
(偶々心を病んで気が狂い獣となってしまった
災難が重なりこの運命から逃げることはできない
獣となった今では誰が敢えて敵対しようか
若き頃は君と私は共に高く評価されたものだ
ところが私は異形となって草莽に隠れ
君は出世して活躍している
黄昏に渓や山や月に対し
私は詩を詠むことなくただ吠えるのみである)
~○×プロダクション~
「お~い、皆集まれ。これから定例会議を始めるぞ」
ゾロゾロ
「皆さんお疲れ様です。これより定例会議を始めます」
「まず最初に、○○君が企画した『とときら学園』だが、初回から二桁の視聴率をたたき出した。
視聴者からの反響も大きく、これからもこの調子で頑張ってほしいと思う」
ザワザワ オー スゴイナー
「次に、先月から路線変更した『マッスル・キャッスル』だが、番組内容を大幅に変えたにも関わらず以前よりも高い数字が取れている。
これも△△君の企画が、視聴者のニーズに合致したからだと思う。これからも期待しているよ」
ザワザワ オレモ ガンバラナキャ
「それから……」
P「……」
P(くそっ、どうして俺の企画は採用されないんだ!?
あんな低俗な番組より、俺に任せてくれればもっと面白くて楽しいイベントや番組を作れるのに……)
「……というわけで、今後は皆のより一層の努力を期待する。
では、これにて定例会議を終了します。お疲れ様でした」
ゾロゾロ
「おや、P君どうしたのかね?」
P「あの、以前提出していた企画書なのですが、目を通していただけましたか?」
「ああ、あの企画書ね……」
P「絶対成功すると思うのですが。私も、自信をもって提出したものですし……」
「君のは良くできているが、意外性や新鮮さが無いんだよね。だからあのまま進めるわけにはいかなくてねぇ」
P「そうですか……練り直してきます」
「いや、待ちたまえ」
P「何でしょうか?」
「君はいつも、社内で一人で仕事しているだろう。ここはひとつ、同期の子に相談してみるのも良いんじゃないかな?
一人ひとりのアイデアは今一つでも、多人数のアイデアを合わせれば化けるかもしれないよ?」
P「はあ、考えてみます」
「君はいつも真面目に仕事してくれているから、その点は評価している。だが、一人で根を詰めすぎるのもよくないよ」
P「わかりました……失礼します……」
P(他人に相談するだと? 色んな人のアイデアを持ち寄るだと? そんなことできるか!)
ソレデサー アイツノ タントウ アイドルガサー
エー ソウナンダー ハハハハ
P(仕事中に雑談して、チャラチャラしてる奴らなんかと手を組めと言うのか? 冗談じゃない!
俺はあいつらなんかと違うんだ! いつかきっと、見返してやるんだ!)
~数か月後~
P「……」カタカタカタ
P(ふう、今度のライブの資料はこんなもので良いかな。次はスケジュールを……)
“あいつ、まだこの会社にいるの?”
P「え、いま何て……?」
“仕事もできないクセに、よく抜け抜けと出社できるよなぁ”
P「だ、誰……?」
“真面目なところだけしか取り柄無いのに。無能な働き者とか、一番困るんだよね”
P「何なんだよ、もう!!」
シーン
同僚「おいP、どうしたんだ?」
P「今、俺のこと馬鹿にしただろ!? あんなこと言わなくてもいいじゃないか!」
同僚「いや、お前こそ何を言ってるんだ? さっきから一人でブツブツ言ってたと思ったら、急に叫び出すんだから。
あんまり脅かさないでくれよ」
P「俺が、独り言を……?」
同僚「ああ、そうだ」
P「ご、ごめん。俺、疲れてるみたいだ」
同僚「お前、最近顔色悪いぞ。このところ毎日遅くまで残業してるみたいだし、たまには早く帰って体を休めろよ」
P「ああ、今日は早めに帰るよ」
同僚「おう、そうした方が良いって」
P(さっきの声は、一体何なんだろう……)
“ぐさぁーっ!”
P「うわぁー!!!」
P「うわぁー!!!」ガバッ
P「はぁはぁ……ゆ、夢か……誰かに刺される夢を見るなんて、俺も疲れてるんだな」
P「そうか、今日は早く帰ったんだった。とても眠くて、着替えもせずにベッドに倒れ込んだんだったな……
あれ、今何時だ?」
00:01
P「もう日付変わっちゃったのか。あんまり腹も減ってないし、シャワー浴びて寝なおすか……」
“お前の両親も不幸だよな。息子がこんな出来損ないに育ってしまうなんて”
P「え?」
“生きてる価値無いよ、お前”
P「ど、どうして……どうしてそんなこと言うんだよ!」
P「俺だって真面目に生きてるんだよ! 会社では評価されないけど、一生懸命頑張っているんだよぉ!」
“これだから無能は困る”
“社会のゴミだよ、お前”
P「担当してるアイドル達がもっと活躍できるように、下げたくもない頭下げて、言いたくもない世辞も言ってるんだよ!」
“お前みたいな下っ端が頭下げて、何の意味があるの?”
“それで仕事してるって言うの? 皆当たり前のようにやってるし、お前だけが頑張っているんじゃないんだよ”
P「じゃあ俺はこれ以上何をやればいいんだよ! 俺はどうすれば……」
“死ねばいいのに”
P「え……」
“邪魔だ どけ”
P「……」
“消えろ 臭いんだよ”
P「……う」
“目障り 役立たず 穀潰し”
P「うわぁ~!!! くぁwせdrftgyふじこlp」
~数か月後~
喜多見柚「ねーねー穂乃香チャン、次の仕事聞いた?」
綾瀬穂乃香「いえ、まだですが」
桃井あずき「ほらこれ! 最近話題の最恐心霊スポット!」
工藤忍「×県の山奥で、最近見つかった廃寺らしいよ」
穂乃香「廃寺ですか……お化けとか幽霊がでるとか?」
柚「うん! 火の玉がいくつも飛び回ってるんだって!
それにその火の玉は、自分を刺した人をずっと探して彷徨ってるらしいよ」
穂乃香「もしかして、次の仕事って……」
あずき「『最恐心霊スポット肝試し大作戦』なのだ♪」
忍「やめてほしいよね……」
穂乃香「ですが、ちょっと怖いけど見てみたい気もしますね」
柚「そうだよね! 火の玉でバドミントンやってみたり?」
あずき「いいね、それ! じゃあ次のロケの間だけ、あずきたちのユニット名は
『フリルド・ゴーストバスターズ』でどう?」
忍「二人とも、緊張感なさすぎるよ……」
穂乃香「忍ちゃんは、お化けとか幽霊とか苦手?」
忍「もう子供じゃないし、怖くはないけど、何て言うか、その……」
あずき「あずきはお化けみたことあるよ」
柚「ええ! どんな感じだった?」
あずき「実家は老舗の呉服屋だから、店自体が百数十年前のものなんだって。
それでね、私が小さい頃店の一階で遊んでたら二階で鞠をつく音が聞こえたり、走り回ってる足音がしたり……」
柚「キャー♪ コワーイ♪」
穂乃香「うう、なんだか背筋が寒くなってきました」
忍「あれ……穂乃香ちゃんの後ろに立ってる人、誰?」
穂乃香「キャー!!」
忍「あははは! 冗談だって!」
穂乃香「もう……」
穂乃香「それで、何というお寺に行くんですか?」
柚「えっとね……これ何て読むんだろう」
あずき「『秘丹弥寺(ぴにゃでら)』だって」
忍「ふーん、変な名前……あれ、スマホで検索したら変な仏像が出てきたよ。ほら」
柚「どれどれ……うわ、何このブサイクなご本尊」
あずき「朽ち果てているせいもあるけど、普通の仏像とは全然違うように見えるね」
忍「え~っと、『秘丹弥虚羅多本尊』だって。変な名前。ねえ、穂乃香ちゃ……?」
穂乃香「……」ジーッ
忍「穂乃香ちゃん?」
穂乃香「……可愛い!」
忍「……はあ?」
穂乃香「皆何をしているのですか? さっそく準備しましょう!」
柚「いや、仕事は一週間後だから……」
忍「あきらめよう。穂乃香ちゃんのスイッチが入っちゃったから」
あずき「えへへ、楽しみだな~♪ そういえば、ケータイで撮ってもお化けって写るのかな?」
~×県 山奥~
忍「で、これ何?」
柚「んとね、このハンドカメラで撮影してこいってさ」
あずき「え~、スタッフさんは?」
穂乃香「大人数で行くと臨場感や緊迫感が出ないから、ということみたいですよ。
スタッフさんは敷地の外で待機しているから大丈夫だとか」
忍「地図とか無いの?」
柚「あるけど、そんなにややこしい地形じゃないよ。墓園をまっすぐ行くと、お寺があるみたい」
あずき「ねえ皆、歌いながら探索するのはどう?」
柚「いいね、それ♪」
忍(もうこれ肝試しじゃないような……)
穂乃香「じゃあどんな歌を歌いましょうか」
あずき「おばけなんて ないさ おばけなんて うそさ♪」
柚「ねぼけた人が 見まちがえたのさ♪」
忍「だけどちょっと だけどちょっと ぼくだって こわいな♪」
穂乃香「おばけなんて ないさ おばけなんて うそさ♪」
柚「……何かさ、この墓地おかしくない?」
あずき「夏なのに肌寒いよね。テレビで今夜は熱帯夜になるって言ってたのに」
忍「上着を用意しとけばよかったよ」
穂乃香「風邪をひく前に早くお堂に行って、終わらせてしまいましょう」
?「そうぴにゃ。夜は危険ぴにゃ」
柚「あれ、あずきチャン何か言った?」
あずき「え? 何のこと?」
忍「アタシも聞こえた。夜は危険って……穂乃香ちゃんが言ったの?」
穂乃香「さあ? 私はてっきり忍ちゃんが言ったものだとばかり……」
火の玉「ぴにゃぁあああ……ぴにゃにゃにゃにゃ……」
柚「で、で……」
あずき「でた~~!!」
忍「うわぁ~~~!」
穂乃香「思ってたより可愛い……じゃなくて、皆待って……!」
火の玉「ぴにゃにゃにゃ……にゃにゃぴにゃ……」
穂乃香「お、追いかけてきます!」
ガシャン
柚「あっ! カメラが!」
あずき「そんなものでどうでもいいよ! 早く逃げよう!」
忍「本当に出るなんて……あ、あれ?」
柚「忍チャン、どうしたのさ! 早く逃げようよ!」
忍「さっきの火の玉は?」
あずき「あれ? 本当だ、いなくなってる」
忍「ちょっと待って! 穂乃香ちゃんはどこ!?」
柚「ど、どうしよう……穂乃香チャンを置いてきちゃったよ……」
あずき「あずきにいい考えがあるよ! ここは二手に分かれよう!」
忍「えっ?」
あずき「まず一方は敷地の外にいるスタッフさんを呼びに行く。もう一方は穂乃香ちゃんを探す……
こんな感じでどう?」
柚「危険じゃないかな? これ以上分散するのはちょっと……」
忍「でも穂乃香ちゃんを見捨てられないよ」
あずき「じゃあどうすれば……」
三人「……」
穂乃香「はあはあ……どうやら、火の玉を振り切ったようですね。けど、皆とはぐれてしまいました……」
……ブツブツ
穂乃香「このお経は何でしょう? あっ! あんなところにお堂が。それに中から光が漏れています。
もしかして、あれが目的のお堂でしょうか?」
穂乃香「不思議ですね、こんな真夜中なのに……」
穂乃香「すみません、失礼します……」
?「よく来てくれたぴにゃ、旅人よ……」
穂乃香(あ、あれは、忍ちゃんのスマホで見た『秘丹弥虚羅多本尊』だ! しかもしゃべっています!)
?「む、その姿は……まさか穂乃香ぴにゃ?」
穂乃香「ええそうですが……もしかして、この声はPさんですか?」
ぴにゃ「おお、久しぶりぴにゃ! 元気にしてたかぴにゃ?」
穂乃香「Pさんこそ、今までどこで何をしてたんですか!?
数か月前にいきなり失踪して、捜索願も出されていて、皆心配してたんですよ!」
穂乃香(でもどうして、こんなに神々しい姿に……)
ぴにゃ「それはすまなかったぴにゃ。これにはいろいろと事情があって……」
ぴにゃ「……俺が失踪する前、仕事中に変な声が聞こえてくるようになったぴにゃ。
皆が俺を馬鹿にする、皆が俺を疎外する……幻聴とか幻覚というやつぴにゃ」
穂乃香「それってまさか……」
ぴにゃ「冷静になって考えてみると、統合失調症の症状ぴにゃ。この症状が出た時点で、病院に行くべきだったぴにゃ」
穂乃香「Pさんは、真面目に仕事をしすぎていたからですよ」
ぴにゃ「でも俺は、自分が心の病気にかかっているなんて信じたくなくて、どこかで意地を張っていたんだぴにゃ」
穂乃香「では、Pさんが可愛い……いや、その、独特な姿になってしまったのはなぜですか?」
ぴにゃ「家で発狂した俺は、そのまま外に飛び出してひたすら走ったぴにゃ。
途中で妙に腹がつかえて走れなくなったと思った時には、この廃寺にいて、こんな姿になっていたぴにゃ」
穂乃香「もとには戻れないのでしょうか。いや、今のままでも愛らしい姿だとは思うのですが」
ぴにゃ「そう言ってくれるのは穂乃香だけぴにゃ。けど、もう無理ぴにゃ。
日中、俺はかつて会社で働いていた時のように、いろんなことを考えることもできるぴにゃ。
でも、人間でいられる時間はだんだん短くなってきているぴにゃ。
このままでは本当に怪物になって、人々を襲うようになってしまうぴにゃ。
寺の外で、俺と同じ顔をした火の玉が飛び回っているのが何よりの証拠ぴにゃ」
穂乃香「……」
ぴにゃ「いいかい、穂乃香。俺は寝ているとき、夢の中で空に浮かぶ島にいるぴにゃ。
そこで人々を襲い、よく返り討ちにされたりしているぴにゃ」
穂乃香「空に浮かぶ島、ですか」
ぴにゃ「ただの夢だと思うぴにゃ? でもその夢は妙に現実味を帯びていて、登場人物もどこかで見たことのある人ばっかりぴにゃ。
アイオライト・ブルーで切り裂かれたり、
ピンキー・ライブリィで突き刺されたり、
トキメキ★ハートでしばかれたり、
トリプルスターで撃ち抜かれたり……」
穂乃香「大変だったんですね……」
ぴにゃ「以前は夜寝たら、翌朝には起きてたぴにゃ。
でも最近は目覚めるのが昼過ぎになってきているし、このままだとずっと眠りっぱなしになってしまうかもしれないぴにゃ」
ぴにゃ「最近思うぴにゃ。こうして廃寺の奥でじっとしているのが現実なのか、それとも空に浮かぶ島で狩られるのが現実なのかと……
それに、夢の中ではだんだん敵のバリエーションも増えてきて、ウサギのぬいぐるみみたいな怪物に駆逐されそうになったり、
巨大化した某アイドルが空から降ってきて押しつぶされたりもするぴにゃ」
穂乃香「でも、Pさんはこのままで良いんですか?」
ぴにゃ「このままで良いと言えば嘘になるぴにゃ。でも笑ってくれぴにゃ。
こんな姿になった今でも、有名プロデューサーになって脚光を浴びる妄想をするぴにゃ。
俺の企画が大成功して、みんなから尊敬と畏怖の眼差しで仰ぎ見られるという妄想ぴにゃ」
穂乃香「Pさんがそこまで必死に考えた企画なら、絶対成功します! するはずです!」
ぴにゃ「よくぞ言ってくれたぴにゃ。そうだ、俺の考えた企画をメモにしてくれぴにゃ。
会社に帰ったら、それとなしに今の担当プロデューサーに伝えてほしいぴにゃ」
穂乃香「えっと……」ゴソゴソ
穂乃香「あ! 手帳がありました」
ぴにゃ「コホン……まず一つ目は、『おもちつき大会』ぴにゃ!」
穂乃香(えぇ、それって初期のモバマスにあったような……いや、無粋なことを言うのはよそう……)
穂乃香「おもちつき大会……っと。これはどんな企画なんでしょうか?」
ぴにゃ「アイドル達が、年末から正月にかけて餅つきをするイベントぴにゃ。当然、正月アイドルの鷹富士茄子に主役を張ってもらうぴにゃ」
穂乃香「えっと……それだけですか?」
ぴにゃ「それだけぴにゃ」
穂乃香「つ、次は……?」
ぴにゃ「次は、『アイドルセッション』ぴにゃ!」
穂乃香(これも一回開催したらなかったことになりそうな……いやいや……)メモメモ
ぴにゃ「ロックフェスに向けて、アイドルの熱血指導を行うぴにゃ。
ゴールドホイッスルを使えば、アクションイベントは必ずパーフェクト判定ぴにゃ!」
穂乃香「あ、はい……」
ぴにゃ「次は……」
穂乃香「まだあるんですか!?」
ぴにゃ「次はアイドル達にお芝居をしてもらうぴにゃ。
名付けて、『LIVEツアーカーニバル 幻想公演 栄光のシュバリエ』ぴにゃ!」
穂乃香(お芝居か。これは面白そうですね……)メモメモ
ぴにゃ「ストーリーは王道ぴにゃ。
ある日、封印を解かれた悪しきオークが王国を襲い、それに対抗すべく気高い女騎士が討伐に向かうぴにゃ。
しかし女騎士は窮地に陥ってしまい、オークに向かって『くっ、殺せ!』とか言ってしまったり……
でも最後はひょんなことから勇者の封印が解け、オークどもをこんがり薙ぎ払って大団円エンド……
こんな感じぴにゃ」
穂乃香「なるほどなるほど……」メモメモ
穂乃香(確かに、これらの企画はどれも格調高雅、意趣卓逸、考案者の非凡さを思わせるものばかりですね。
でも、第一流になるには、非常に微妙な点に於いて欠けるところがるのでは?)
穂乃香「これでよし、と……Pさんの企画は、全て書き留めておきましたよ」
ぴにゃ「ありがとうぴにゃ。でも穂乃香、メモさせておいて何だけど、本当にその企画が世に出て成功すると思うぴにゃ?」
穂乃香「それってどういう……」
ぴにゃ「俺はなぜこんな姿になってしまったのか、実は思い当たることが無いでもないぴにゃ。
俺は人間であった頃、努めて他人との交わりを避けたぴにゃ。
同僚たちは倨傲(きょごう)だ、尊大だと言ったぴにゃが、実はそれは尊大な羞恥心というべきものだったぴにゃ」
ぴにゃ「俺はプロデューサーとして名を残そうと思いながらも、上司に相談したり、同僚たちと切磋琢磨したりすることもしなかったぴにゃ。
俺は己が天才ではないと知りながら、それを自分で認めるのが怖かったんだぴにゃ。
だからその事実と向き合うのが怖くて、他人から逃げて己の臆病な自尊心を飼い太らせる結果になってしまったぴにゃ」
ぴにゃ「人生は何事を為さぬには長いが、何事を為すには短いという警句を弄しておきながら、
自分の非才を暴露するかもしれないという危惧と、才能を磨くという艱難を厭う怠惰こそが、俺の仇だったぴにゃ。
俺よりも貧しい環境に育ち、俺よりも乏しい才能を持ちながらも、それらを乗り越えて辣腕プロデューサーになった者も大勢いるぴにゃ。
俺はこんな怪物になった今、ようやくそれに気づいたぴにゃ」
ぴにゃ「それに気づいた今、どうしようもない悔悟の念に駆られるぴにゃ。
俺がどんなに優れた企画を思いついても、こんな姿でどうやってそれを発表しようというのかぴにゃ。
俺の頭は日ごとに、空に浮かぶ島に近づいていくぴにゃ」
ぴにゃ「誰かにこの苦しみを分かってもらおうと、ルーマシー群島の淅々とする木々の間を駆け回ったり、
騎空艇から身をのりだして空の底を覗こうとしてみたぴにゃ。
でも、誰一人として俺の気持ちを分かってくれなかったぴにゃ。
ちょうど人間だった頃、己の傷つきやすい内心を誰も理解してくれなかったように……
アウギュステの海が塩辛いのは、俺の滂沱の涙が注ぎ込まれたことにも一因があると思うぴにゃ」
穂乃香「Pさん……」
穂乃香(るーましー、とか、きくうてい、って何でしょう……?)
ぴにゃ「おっと、ずいぶん話し込んでしまったぴにゃ。もう夜が明けるぴにゃ。お別れぴにゃ……」
穂乃香「そんな! 私はもっと、Pさんと話がしたいです!」
ぴにゃ「そろそろ、酔わねばならぬ時が近づいてきたぴにゃ。
怪物の心になっているとき、俺は穂乃香を傷つけてしまうかもしれないぴにゃ。
そうそう、俺がここにいることは他言無用ぴにゃ」
穂乃香「どうしてですか? 皆さんに事情を説明すれば、きっと……」
ぴにゃ「こんな姿では、皆を怖がらせるだけぴにゃ……帰り道は、このお堂を出てまっすぐ進めば良いぴにゃ」
穂乃香「……そこまで考えていらっしゃるなら、しかたありません。Pさん、短い間でしたが、お世話になりました」
ぴにゃ「こちらこそ、こんな不甲斐ないプロデューサーの下で我慢して働いてもらってありがとうぴにゃ。
新しいプロデューサーの下でも、がんばるぴにゃ」
穂乃香「はい」
ぴにゃ「それからもう一つ。お堂を出たら、こちらを振り返ってほしいぴにゃ。
朝日の中で、この姿で見せてやるぴにゃ。いや、別に勇に誇ろうというわけではないぴにゃ。
この醜悪なる姿を示して、再び此処に来て俺と会おうとする気持ちを穂乃香に起こさせないためぴにゃ」
穂乃香「振り返れば良いのですね、わかりました。それではPさん、失礼します」
ぴにゃ「ばいばいぴにゃ!」
綾瀬穂乃香がお堂を出た後、彼女は言われた通りに振り返って、先ほどのお堂を眺めた。
忽ち一匹の緑色の怪物が、観音開きの扉から階(きざはし)に躍り出たのを穂乃香は見た。
緑色の怪物は、既に白く光りを失った月を仰いで、二声三声「ぴにゃあああ」と咆哮したかと思うと、周囲の火の玉と共に、又、元のお堂に躍り入って、再びその姿を見なかった。
おわり
・グラブルやってるときに思いついたネタです。やっつけでごめんなさい……
・「山月記」は、中国に多く伝わる「人虎」という変身譚(人間が発狂して虎に変身する物語)を元にした作品です。
中国の原作では、李徴が情人との逢引を妨げられたことで激怒し、邪魔をした一家を焼き殺した報いで虎に変身したことになっています。
・今日、「山月記」は国語の教材の定番となっていますが、これは著者中島敦の親友である、釘本久春の尽力によるものとされています。
・戦後の国語の教科書には、道徳的な作品や教養的な小説が多数載せられています。
このことから考えると、戦後の混乱を乗り越えるために、道徳心を養ったり古典に触れる目的で「山月記」が採用されたのかもしれません。
授業では必ず「臆病な自尊心」、「尊大な羞恥心」について触れるのもこのためでしょう。
以下は作者の過去作です。
日本の歴史・古典ものですが、興味のある方はどうぞ。
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