モバマス史記 (112)
・このSSは、中国前漢時代を舞台にした作品です。
・史実とは異なる部分があります。ご了承ください。
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~長安~
「奴はどこへ行った!?」
「こっちにもいないぞ」
「くそっ。今度は路地裏だ! 手分けして探せ!」
劉徹(神崎蘭子)「なにやら我が庭が殺伐としているわね。下僕達は何故蠢いておる?」
(なんだか騒々しいですね。衛兵さん達は何をしているのかな?)
桑弘羊(二宮飛鳥)「さてね。擾乱の火種なんて、この世には掃いて捨てるほどある」
ドタドタ
?「すみません! どなたか知りませんが、馬車の中にかくまってもらえませんか?」
蘭子「そなた、何者だ」
衛青(斉藤洋子)「私は衛青と申します! 昨晩、大長公主に因縁をつけられてしまい、屋敷に監禁されていたのです。それで今朝、隙を突いて脱出したんですが……」
蘭子「愚物なり、大長公主……よかろう、わが神速なる武剛車に乗れ!」
(まったくあの人は……馬車に乗って下さい)
飛鳥「大長公主か……また厄介な……」
洋子「ありがとうございます!」
衛兵「そこの馬車、止まれ!」
衛兵「少し聞きたいことがある。この近くに、襤褸(ぼろ)をまとった女がこなかったか?」
飛鳥「キミは誰にむかって物を言っているのかな? 恐れ多くも、帝の御車だよ?」
衛兵「な……あなたは、侍従の桑弘羊様!」
飛鳥「今日のところは見逃してあげよう。これからは、相手を良く見ることだ。
まさか、常日頃こんな態度で勤務しているわけじゃないだろうね?」
衛兵「し、失礼しました!」
飛鳥「……こんなところかな?」
洋子「助かりました~……って、そんなことよりも。
私、陛下の御車に乗り込んでしまったんですか!?
恐れ多くも……いでっ!」ゴツン
蘭子「よい。今は仮初の姿……我は帝ではなく、劉徹という有象無象に過ぎぬ」
飛鳥「そうだよ。今日はお忍びで街に出てきたのさ」
洋子「ですが……」
飛鳥「よければ、どうして大長公主に捕縛されたのか、理由を教えてくれないか?」
洋子「はい。私の姉が、後宮に入っておりまして。
それで陛下の外戚にあたる大長公主に目をつけられたというわけです」
蘭子「おお、そなたのことは知悉しておるぞ。
衛青という血族がいると、衛子夫から聞き及んでおる」
(お姉さんから、“洋子”という妹がいると聞いています)
洋子「皇帝陛下ならば、後宮に多くの女性を抱えていらっしゃるはずなのに、
その中でも姉のことをご存知でしたか」
蘭子「そなたの姉は、我が言の葉を解する選ばれし者よ」
(洋子さんのお姉さんとは、話が合うんです!)
飛鳥「なるほどね……蘭子は帝であるものの、いまだ外戚が根強く宮中で力を持っている。
この治世も、蘭子の思うにまかせないことが多い」
飛鳥「そうだ蘭子、この者を取り立てようという気は無いかい?」
蘭子「我が眷族とするのか?」
(家来にするの?)
飛鳥「ああ。洋子さんは、確か軍属だろう?
それに、幼い頃は牧場で馬の世話をしていたらしいね」
洋子「そんなことまでご存知でしたか」
飛鳥「帝の侍従を舐めないで欲しいな。
それはともかく、大長公主の屋敷から逃げ出してきた手腕もある。
あの屋敷は警備が厳重だからね。なかなかの掘り出し物だと思うのだが……
どうだい、蘭子?」
蘭子「気に入った。私と契約を結ぶが良い。今日からそなたは私の眷族よ!」
(分かりました。今日から私の家来になりませんか)
洋子「え……あ、はい! 頑張ります!」
洋子(つい勢いで言っちゃったな……)
洋子(どうしよう。大変なことになっちゃったよ……)
洋子『それからすぐに、私は蘭子ちゃんの近衛部隊の校尉に取り立てられた。
まずは建宮殿の兵をまかせるとのことだったので、与えられた兵の調練に明け暮れていた』
洋子『そんな中、蘭子ちゃんは軍に大規模な北伐を命じた。
起用されたのは、前の帝の信任を受けていた、または大長公主から気に入られている、
長い戦歴を持つ将軍達だった。しかし、これには裏があると思う』
洋子『敵は、北の大漠に住む匈奴族。高祖劉邦でさえ討伐できなかった、剽悍な騎馬民族だ。
ここまで言えば、蘭子ちゃんの狙いが何であるか、おわかりいただけるだろう』
~大広間~
蘭子「そなたらは何をしておる!」
諸将「……」
蘭子「我が勅命は絶対である! 私は勝てと命じた!
しかし、馬邑(ばゆう)で敵を騙し討ちにするという卑劣な手段を用いてなお、
敵に敗北するとは何事か!」
廷臣達「……」シーン
蘭子「衛青!」
洋子「はっ!」
蘭子「そなたに与えた下僕達は、すでに調教済みか?」
(洋子さんにお貸しした部隊は、実戦に投入できますか?)
洋子「はい。いつでも出陣できます!」
蘭子「土漠を疾駆する獣を、駆逐できるのだな?」
(匈奴を討伐することが出来ますか?)
洋子「ご命令とあらば」
李広(水野翠)「控えなさい! それが陛下に対する口の効き方ですか」
翠「例えば、軍勢の端にでもお加え下さい、という言い方ができないのですか?」
衛青「李広将軍。お言葉ですが、私は陛下に勝てと命じられたのです。
ですから私は、何としてでも敵に勝たねばなりません」
翠「なんと……」
蘭子「私は衛青に命じたのだ、勝てと。
李広よ、先の戦で敗北を喫したそなたに、文句をつける筋合いはない」
蘭子「それに、衛青はここまで大口を叩いたのだ。
負ければ死。それは衛青が一番分かっておろう」
蘭子「しかし、衛青。そなたの下僕だけでは艱難辛苦の道を歩むことになろう。盟約の符を持って行くが良い」
(洋子さんの部下だけじゃ兵が足りないですよね。虎符をお貸しします)
※虎符(こふ)…軍の動員権を証明する、虎の形をした割符。
片方を中央で保管し、もう片方を各地方で保管する。
翠「陛下、お待ちを」
蘭子「む。まだ言い足りぬと?」
翠「いくら虎符を用いても、衛青将軍だけでは危ういと思われます。
地方軍には、これといった武将もいませんから」
翠「先の敗戦の雪辱のため、どうか私にも出陣のご下命を」
蘭子「よかろう。しかし、軍勢の魁は衛青である。
魔軍を統べし者としての先任はそなたであるとはいえ、衛青に叛くこと無きよう心せよ」
(翠ちゃんの方が先輩だけど、洋子さんの命令は絶対だからね!)
翠「はい」
翠「よろしくお願いします。衛青将軍」
洋子「こちらこそ、よろしくお願いします」
~上谷(じょうこく)郡~
太守「オホン……それでは衛青将軍、準備はよろしいですか?」
洋子「はい……」
太守「“闇に飲まれよ!”」
洋子「“お疲れ様です!”」
太守「“煩わしい太陽ね”」
洋子「“おはよう!”」
太守「“今こそ創世の時”」
洋子「“よろしく♪”」
洋子「虎符、間違いありませんね?」
太守「はい、間違いありません。それでは軍をお貸ししますので、後はよろしくお願いします」
洋子「ありがとうございました」
洋子(この虎符、意味がわからない……)
翠「洋子さん。虎符ってこんなもので良いのか、という顔をしていますね」
洋子「あ、いや、そういうわけじゃ……」
洋子「……さ、さて、これから匈奴の領土に侵攻するよ」
翠「陛下のご下命により、指揮権は洋子さんにあります。
此度の戦運びは、どのようにお考えですか?」
洋子「翠ちゃんには、地図のこの地点に砦を作ってもらおうかな?
ちょうど岩山があるの」
翠「砦? 匈奴を攻めないのですか?」
洋子「ううん。攻めるために砦を作るの」
翠「おっしゃる意味がよくわかりませんが」
洋子「漢軍は、歩兵主体の編成だよね。だから、総騎兵の匈奴軍相手に勝つことができなかった。
それに、匈奴は絶えず移動しながら生活しているから、城や砦なんてものを持ってない」
翠「はい。おっしゃる通りです」
洋子「だからこそ、歩兵の防御力を生かして騎兵の動きを止め、最後は騎兵でとどめを刺す。
こんな戦がしたいの」
翠「上手くいくでしょうか? 匈奴の騎兵は迅速無比。
こちらの騎兵では太刀打ちできないのでは……」
洋子「まかせて! 私はこの日のために、匈奴軍の動きを研究してきたの。
そして、それに対応できるように、部下を鍛え上げたんだから」
翠「かしこまりました。陛下からは、洋子さんに従うようにと言われております。
洋子さんの作戦を完遂できるように、尽力します!」
~国境北 岩山~
翠「さて、洋子さんに言われたとおり、砦を作ってみたものの……」
伝令「北に砂煙が見えます。おそらく匈奴軍かと!」
翠「来ましたか! 総員、持ち場に着け! 衛青将軍が来るまで耐えるのです!」
洋子「作戦どおり……あの岩山は、騎兵では攻めにくい。
しかし目の前に獲物があれば、誰だってそれを仕留めたくなる」
洋子「だけど往々にして、狩る側は狩られる側に回ると弱いの」
左賢王「まだあの砦を陥とせないのか?」
側近「はい……しかし、時間の問題かと」
左賢王「まあいい。岩山に取り付く鼠ども、じっくりといたぶってくれる!」
兵「李広将軍、あそこに指揮官らしき者が。左賢王と思われます!」
翠「この距離なら、なんとか……
洋子さんに武勲を独り占めされるのは、悔しいですからね」
ヒュウウウウ
左賢王「何だ? この音は……むっ」ヒョイ
ズドン
側近「なんと……矢が岩に突き刺さっていますぞ!」
左賢王「この強弓は、間違いなく李広だな。さすがは“漢飛将軍”というところか……」
左賢王「面白い! 李広ならば、これ以上ない首級だ!」
翠「外してしまいましたか……ですが、敵の攻め方が慎重になりましたね。
後は洋子さんの到着を待つだけ」
ドドドド
左賢王「今度は何だ? この地響きは……なにっ!?」
洋子「残念でしたね、左賢王」
左賢王「貴様、何奴!」
洋子「名乗りはしません。どうせ貴方は死ぬのですから」
翠「……敵を二千騎以上討ち取りましたね、大勝利です!」
洋子「けど、戦はここで終わりじゃないよ。陛下は、この程度の戦果は望んでおられないと思う」
翠「どうなさるおつもりですか?」
洋子「ここから一千里先に、蘢城(りゅうじょう)という匈奴の重要拠点があるの。
年に数回匈奴の主だったもの達が集まり、祭祀を執り行ったりするのだけど」
翠「まさか、蘢城を襲撃するのですか? 単于庭(ぜんうてい:匈奴の首都)のすぐ南ではありませんか」
洋子「味方である翠ちゃんでさえそう思うなら、匈奴はなおさら、
ここまで攻めてくるはずがない、と思うはず。
それに今回の進軍で分かったけど、匈奴は国境付近に兵力を集めているようだから」
翠「それは、我が国を略奪しやすくするためと、侵攻してくる漢軍を迎撃するためですね?」
洋子「そういうこと。おそらく、蘢城に詰めている兵力もそんなに無いと予測できるね。
攻める側の自分達が、逆に攻められるなんて思いもしないはずだよ」
翠「では洋子さんがそこまで進軍するとして、私はどうすれば良いのでしょう?
歩兵は、騎兵の進軍速度に追いつけませんよ」
洋子「翠ちゃんには、この岩山を死守してもらおうかな。
蘢城から帰還する私達の拠点となるように。
それと、歩兵の進軍できる限界まで、物資を輸送して欲しいの。」
翠「わかりました。ご武運を、お祈りします」
~蘢城~
「そういえばよ、国境付近で左賢王が漢軍に敗北したらしいぞ」
「そんなことあるもんか……ほれみろ、あの砂煙を。
左賢王の軍勢が帰ってきたじゃないか」
「いや、待て……おい、おかしいぞ。あれは敵じゃないのか?
ものすごい速さで突っ込んでくるぞ!」
「た、たいへんだ!」
ドドドド
洋子「逃げる者は追うな、刃向かう者だけ切り捨てろ! 目ぼしい建物には全て火を放て!」
~単于庭~
伝令「た、大変です!」
単于(浜川愛結奈)「騒々しいわね、どうしたの?」
伝令「漢軍の襲撃により、蘢城陥落。蘢城は火を放たれ、灰燼に帰しております!」
愛結奈「なんですって!? 漢軍がここまで攻めてくるなんて……!」
愛結奈「それで、敵の指揮官は誰なの?」
伝令「敵は、『漢』と『衛』の旗を掲げていたそうです」
愛結奈「『衛』……聞いたことが無いわね。
漢軍で名のある将と言えば、李広ぐらいのものだけど。
衛とは誰なのか、早急に調べて頂戴」
伝令「かしこまりました」
愛結奈「衛……弱腰の漢軍に、蘢城まで攻めてくるような武将がいたなんて……」
※単于(ぜんう)…匈奴王の称号。人名ではない。
~長安・宮殿~
伝令「失礼します! 上谷からの伝令です!」
蘭子「来たか」
伝令「こちらが、衛青将軍からの竹簡です」
飛鳥「ご苦労。下がって良いよ」
伝令「では、これにて」
飛鳥「ふむふむ……」
蘭子「血戦の帰趨は、どう?」
(戦の結果はどうですか?)
飛鳥「この竹簡に書かれていることは、信じがたい。
だが、洋子さんのことだ、こんな嘘はつかないだろう」
飛鳥「今回の戦……大勝利だ」
「なんと!」
「我ら漢族が、匈奴を破ったと!」
ザワザワ
蘭子「静まれ! 飛鳥。ありのままを述べよ」
飛鳥「ああ……」
飛鳥「……結果から言うと、国境から北へ二千五百里を踏破し、蘢城を焼き払ったようだね」
飛鳥「まず、国境から一千五百里の地点にある岩山に歩兵を置き、砦とした。そこで左賢王を討ったようだ。
その砦を兵站拠点として騎兵のみで北へ駆け上がり、蘢城を陥とした。
その後は敵の追撃かわしながら、歩兵とともに上谷まで引き上げたらしい」
「おお! 衛青将軍の軍才は、やはり本物だったのか!」
「それを見抜かれた陛下の眼力も、すごいぞ!」
蘭子「皆、良く聞け。土漠を疾駆する獣との戦は、まだまだ続く」
蘭子「これは、漢帝国の建国より幾星霜、何人たりとも成し得なかった戦果である。
この功績により、衛青を下僕を統べし長に任命する。皆の者、異存は無いな?」
(この国始まって以来の戦果です。これにより、洋子さんを大将軍に任命します)
~蘭子の居室~
蘭子「友よ、一つ問う」
飛鳥「何だい?」
蘭子「以前、私には野望があると話したな?」
(私には、夢があります)
飛鳥「ああ、そういう話もあったね」
飛鳥「高祖でさえ果たせなかった偉業、即ち……
匈奴撃滅……だったかな?」
蘭子「その野望が、軍神と成りて我が前に顕現したと思わぬか?」
(私の夢が、衛青という人の形になって目の前に現れたと思わない?)
飛鳥「そうだね。彼女ならば、或いは」
蘭子「ならば、覇道の旅立ちの血祭りだ。北地を獲る!」
(夢の第一歩として、河南地方を攻略しよう!)
飛鳥「ほう、それはそれは」
蘭子「我が居城の北、即ち北地は獣どもの巣窟となっているわ。
この地さえ紅蓮の翼で焼き払えば、長安の守護は金城鉄壁よ!」
(長安の北は、匈奴領になっている。
此の地さえ奪取できれば、長安も守りやすくなるはず)
蘭子「そして、西の土漠の果てを眺めれば、更なる暁天を視るであろう」
(そしてこの地をとれば、西の国々と交易ができるようになるかも)
飛鳥「交易ができれば、この国はもっと豊かになる、か……」
蘭子「聞けば西の果てには、金髪碧眼や赤髪の異人が住むという……」
(遥か西の国には、金髪で青い目の人や、髪の毛が赤い人もいるそうだよ)
飛鳥「壮大な夢だね。夢は地平線と同じで、追いかけても果てを極めることはできない」
飛鳥「でも、彼女ならきっと成し遂げてくれる。それに、軍費ならいくらでもボクが調達してみせるさ」
蘭子「そして、さらなる野望が……」
(まだまだあるんです!)
飛鳥「ああ、そういえば、この国の歴史を編纂するという仕事もあるんだったね。
さて、彼女はいつ帰ってくるか……」
~衛青軍・陣営~
飛鳥「すまない、衛青将軍はいるだろうか?」
衛兵「はい、本営にいらっしゃいますが、ご案内いたしましょうか?」
飛鳥「ありがとう。でも、ボク一人で行けるよ」
エイ! ヤー! エイ! ヤー!
飛鳥(流石は衛青軍だね。平時でも、ここまで苛烈な調練をするのか……)
飛鳥「やあ、洋子さん。今日は蘭子からの……」
霍去病(小松伊吹)「……で、どうだった? アタシの用兵は?」
洋子「うん、とっても良かったよ! もう一軍をまかせても大丈夫だね!」
洋子「おっと、飛鳥ちゃん。今日はどんな用事?」
飛鳥「いつも調練に精が出るね。そちらの方は?」
伊吹「始めまして、霍去病だよ。伊吹って呼んでね。ちなみに、洋子さんの姪なんだ」
飛鳥「ボクは飛鳥だ。そうそう、今日は洋子さんに、蘭子からの勅命を伝えに来たんだ」
洋子「次はどこを攻めて来いって?」
飛鳥「よくわかってるね」
洋子「蘭子ちゃんが私に何かを命ずるってことは、それは戦しかないでしょ?」
飛鳥「お見通しか……次は、河南回廊の攻略だよ」
洋子「河南ってことは、長安の北部一帯ってこと?」
飛鳥「そういうことだね。
長安の防備を固めるため、そして遥か西の国々と交易するため、その第一歩だとさ。
まったく、ボクには考え付かないことだよ。気宇壮大というのかな?」
洋子「……それなら、私じゃなくて伊吹ちゃんにやらせてみて」
伊吹「え、アタシが!?」
飛鳥「いや、それはちょっと……
こう言ってはなんだけど、伊吹さんには何の実績も無いわけだし」
洋子「伊吹ちゃんの軍才については、私が保証する。
後何回か実戦の経験を積めば、私を凌ぐ指揮官になると思う」
伊吹「でも、アタシまだ初陣すら経験してないし……」
洋子「誰でも初めてはあるの。良い経験になると思うんだけどな」
飛鳥「ほう。匈奴と戦い、無敗の大将軍がそこまで言うとはね……
実に蘭子好みの話だ」
伊吹「あ、ちょっと、飛鳥まで!」
~蘭子の居室~
飛鳥「……というわけなんだ」
蘭子「無窮の大地を駆ける軍神が、また一人光臨したのか!
次なる血戦は、霍去病にまかせよう!」
(洋子さんの他にも、優秀な武将が見つかったんだね。
伊吹さんにまかせてみよう!)
飛鳥「実績の無い者に、いきなり大役をまかせるとはね。
英邁果断。実に心地良いよ」
蘭子「私は天より漢を任されし者。我が聖断に迷いは無く、誤りも無し。
それに……」
(私はこの国の皇帝だから。それに……)
飛鳥「それに?」
蘭子「我が覇道、未だ遥かなり!
土漠の獣との戦など、克己すべき百難の一つに過ぎないわ!」
(私の夢は、まだまだこれから!
匈奴戦なんて、その第一歩に過ぎないよ!)
飛鳥「それでこそ我が主、我が友だ。ボクはどこまでも、キミの覇道について行くよ」
~隴西(ろうせい)~
伊吹「なんだか緊張するな~……ダメダメ、こんな弱気じゃ!
洋子さんや陛下にも期待されてるんだし、絶対に勝たなきゃ!」
副将「霍去病将軍、今回はどのような作戦をお考えに?」
伊吹(アタシが、将軍か……)
伊吹「えっと、陛下から預けられた虎符をつかって、国境付近の地方軍を動員する。
そして、その地方軍を国境の北に進軍させる」
副将「我らの目的は河南の奪取では? せっかく動員した地方軍を遊兵にするとは……」
伊吹「地方軍は陽動だよ。前回、洋子さんは蘢城まで攻め込んだ。
だから匈奴は単于庭の防備を固めるために、大兵力を単于庭周辺に配置するはず」
伊吹「その隙をついて、アタシ達が西域を攻略するってわけ」
副将「しかし、西方には休屠王と渾邪王という、有力な族長がおります。
二人の王の兵力を合わせれば、我らの数倍になりますぞ」
伊吹「匈奴は、良くも悪くも誇り高い戦士の一族。
並び立つ者同士が、結束するとは思えない。
ましてや、漢軍を指揮するのは、何の実績も無い青二才だよ?」
伊吹「二人の族長は、油断するはず。連携なんて考えずに迎撃してくるね。
賭けても良いよ!」
副将(この人は、この戦が初陣なのにそこまで考えているのか……
これは途轍もない武将になるぞ)
伊吹「じゃ、行こっか!」
副将「はい!」
~会稽~
長老「……う~ん。昔話のぅ……何か面白い話は……」
司馬遷(鷺沢文香)「何でも良いんです。何かありませんか?」
長老「お嬢さん。それなら、こんな話があるんじゃが……」
文香「はい。お伺いします」
~回想~
項梁『羽よ、この字は楚ではこう書く』サラサラ
項梁『一方、秦ではこう書く』サラサラ
項梁『しかしまあ、秦の文字の方はこんなものもあるんだな、
という程度に覚えておけばよい』
項羽『叔父上。文字とは、種類が多くて覚え切れません。
自分の名前が書けるだけで良いじゃありませんか』
項羽『俺は文字なんかより、武術の方を学びたいです』
項梁『そうかそうか、羽は学問より武術の方がよいか』
項梁『では、この剣を持ち、構えてみよ。足はこう、腕の位置はこう、顎は少し引き気味で、姿勢は……』
項羽『』イライラ
ポ~イ
項梁『羽よ、何をするんじゃ!』
項羽『……叔父上、武術も面倒なものですな。飽きました』
項梁『むう。武術も嫌か?』
項羽『良く考えてみれば、いくら武術を鍛えたところで、
一人で百人も千人も倒せるはずないじゃないですか。
どうせなら、そういう技術や知恵が欲しいのですが』
項梁『仕方ない。今度は軍学じゃな。
軍学を学べば、一人の知恵で数千数万の敵を倒すことができるぞ』
項梁『……まず戦とは、様々なことに留意せねばならん。兵の質、武将の力量、物資の数……』
項羽『つまり戦に勝つには、強い軍隊をもち、それを維持するだけの国力が必要で、
その国力を養うために、国を富ませるような政策が必要ってことですよね』
項梁『お、おう……そうじゃな……』
項羽『なんだ、軍学ってその程度のことだったのか。
そんな概略さえわかってしまえば、後はどうにでもなるでしょう。
これも退屈なものですな』
項梁(まったくこの子は……まあ良い。
この子は出来は良いのだから、放っておいても大物に育つじゃろう……)
~回想終了~
長老「……“西楚の覇王”と呼ばれた項羽は、若い頃はこんな人物だったらしい」
文香「ふむふむ」
長老「この話を聞くと、項羽は才気に溢れ、細かいことは気にしない
度量の持ち主であったと思えるんじゃが、その反面、
部下に対して細やかな心配りを忘れたからこそ、身を滅ぼしたとも言えるわけじゃ」
長老「それに、高祖の配下である韓信(かんしん)も、項羽に対しては
『匹夫の勇(血気に逸るだけの勇気)』
『婦人の仁(浅慮な婦人のような心)』と批判しておる」
文香「なるほど。勉強になります」
長老「この話がこの地に伝わっておるのは、項梁と項羽の二人が最初に挙兵したのが、
会稽だったからじゃよ」
長老「……それにしてもお嬢さん。若いのに昔話を聞きたがるなんて、勉強熱心だねぇ」
文香「いえ、これは私の仕事なので……」
長老「仕事?」
文香「私の父は官吏で、宮中で歴史を編纂する仕事をしていたんです。
しかし父が病に倒れたため、私がその仕事を引き継ぐことになりまして……」
文香「そのため、全国各地を回って、民話や伝説や歴史を調べているんです」
長老「それはそれは。大変だと思うけど、頑張ってね」
文香「ありがとうございます……では、このあたりでお暇させて頂きます」
長老「道中、気をつけて」
文香(そういえば、もう一年も旅をしているのか……)
文香(ずっと屋敷に引きこもっていた私だけど、旅って良いな……)
文香(いけない……蘭子さんも待っているだろうし、そろそろ長安に帰ろうかな?)
~椒房殿~
文香「ただいま戻りました……」
蘭子「おお、悠久の時を記す乙女よ、久方ぶりではないか!」
(お久しぶりです、文香さん)
文香「はい……ご無沙汰しています」
飛鳥「ちょうど良いところに帰ってきたね。
いま、我が国は匈奴との死闘を繰り広げている」
文香「旅先でしばしば聞きました。戦況は、かなり良いようですね?」
飛鳥「まだ洋子さんが勝利を収めただけだよ。次の伊吹さんがどうなるか……」
蘭子「……して、此度の戦、霍去病は勝てるのか?」
飛鳥「ボクは勝てると思うよ。蘭子は、洋子さんを信用していないのかい?」
蘭子「衛青は、信ずるに足る武人(もののふ)よ」
飛鳥「なら、その洋子さんが信頼する武人を、信じても良いんじゃないだろうか」
蘭子「絆こそ我が王道、我が覇道よ!」
飛鳥「……さて、今という名の歴史は急転を極めている。
これは貴女の望むところなのでは……?」
文香「私は、ただあるがままを記す一介の史家です。
たとえ霍去病将軍が勝利するにせよ、また敗北を喫することになろうとも、
私の仕事はできるだけ詳細に、その事実を史実として書き記すだけです……」
ドタドタ
飛鳥「一体誰だい? ここは宮中なんだ、静かにしてくれ」
伝令「申し上げます! 霍去病将軍、大勝利にございます!」
蘭子「獣を血祭りに上げたか!」
(匈奴を打ち破ったんだ!)
伝令「霍去病将軍は、河南から敦煌までの数千里の地域を奪取。
休屠王、渾邪王の二人を討ち、十万の匈奴の捕虜を得たとのことです」
飛鳥「何だって!? 敦煌までってことは、河南と河西の二つの回廊を……」
蘭子「フフフ……フハハハ!! 実に愉快。霍去病は、我が想念の遥か先を翔けるか!」
(私の想像以上の戦果ですね!)
飛鳥「洋子さんだけではなく、伊吹さんがこれほどの将器の持ち主だったとはね」
蘭子「飛鳥よ、もう遠慮はいらぬな……? 次の聖戦で、土漠の獣を屠る!」
飛鳥「やれやれ、これから忙しくなるね。決戦となれば、膨大な戦費が必要になる。
今度はどんな手を使おうか?」
蘭子「司馬遷よ!」
文香「はい」
蘭子「英傑達の軌跡、しかと刻むがよい!」
(皆さんの活躍、ちゃんと記録してくださいね!)
文香「は、はい……」
飛鳥「いっそのこと、塩と鉄と酒を国の専売にしてしまおうか?」
文官「いや、それはちょっと……」
飛鳥「それじゃあ、地方の特産品を値下がりした時に買取り、
値上がりしたときに売りさばくというのは……」
文官「物価の統制には良さそうですが……」
文香(飛鳥さん……商人達から反撥されそうな政策を……)
~宮中・大広間~
蘭子「霍去病、大儀だったわ。今回の戦功により、驃騎将軍に任ずる。より一層励むがよい」
伊吹「ありがたき幸せにございます」
蘭子「それに衛青」
洋子「はい」
蘭子「よくぞ霍去病を召喚した。これで私は、闇夜を翔ける天狼の爪牙を得た!」
(伊吹さんを推挙してくれてありがとう。
お二人を両腕とすれば、どんな戦でも勝てる気がする!)
蘭子「……そして今こそ、我が聖勅により二人の驍将に命ずる!」
(お二人にお願いします)
洋子&伊吹「……」
蘭子「土漠を疾駆する獣どもを、撃滅せよ!」
(匈奴を倒しちゃって下さい!)
洋子&伊吹「「はい!!」」
蘭子「加えて李広」
翠「ここにおります」
蘭子「そなたも、漢軍の柱石であることに変わりない。
此度の戦、そなたも出陣するが良い」
翠「必ずや、陛下のご期待に応えます!」
蘭子「その意気や良し……最早、この戦に異存のある者はおるまいな?」
廷臣達「……」
蘭子「ここにひれ伏す下僕ども、心得ておくが良い。
次の聖戦にて、汝らは悠久の時の果てに、光明を見るであろう!」
(いまこそ、歴史が動くとき!)
廷臣達「「「皇帝陛下万歳!!」」」
~単于庭~
伝令「単于! 衛青と霍去病、それに李広が、
それぞれ数万の大軍を率いて北上してきました!」
愛結奈「ついに来たのね」
愛結奈「漢の高祖を、ワタシたちの先祖が包囲したとき、
こんな日が来るとは匈奴の誰も思わなかったでしょうね……」
愛結奈「けど、これ以上負けるわけにはいかない!
父祖伝来の地を奪われた屈辱、雪がずにいられるものですか!」
愛結奈「匈奴の全ての族長達に伝令を。この一戦に、匈奴の命運がかかっていると」
愛結奈「そして、決戦の場は砂漠だと。砂漠で、漢軍を葬る!」
伝令「かしこまりました!」
~漠南 漢軍陣屋~
洋子「……というわけで、翠ちゃんには遊撃軍を率いてもらうね」
翠「どうしてですか! 私を先陣に使ってください!
そこまで私の力量に疑問がありますか?」
洋子「そういうことじゃないよ。
側面から敵を攻めるのは重要な役割だから、翠ちゃんに是非やってほしいのだけれど……」
翠「わかりました……ごめんなさい」
洋子「別に、謝ることないんじゃない?」
翠「私は……洋子さんや伊吹さんに、武人として負けたくないのです」
洋子「翠ちゃん……」
洋子「私はね、翠ちゃんがいたからこそ、漢は匈奴に蹂躙されなかったんだと思うよ。
漢飛将軍李広がいれば、匈奴はその地域は攻めてこないっていうし」
翠「え……? でも私は、陛下の御心を忖度することができず、
匈奴を追い払うために、守りの戦しかできませんでした。
洋子さんや伊吹さんのように、逆に匈奴を攻めるという発想が無かったのです」
翠「皮肉ですよね……朝廷の廷臣達からは、匈奴を追い払うのが当たり前だと思われ、
殆ど評価されず、“漢飛将軍”と呼んでくれるのは、敵である匈奴なのですから」
洋子「だからこそ、じゃない」
翠「と、言いますと?」
洋子「“漢飛将軍、匈奴の心胆を寒からしめる”……
それを、この戦で証明すればいいの! 敵にも、そして味方にも!」
翠「はい……そうです、洋子さんのおっしゃる通りです!
必ずや、お二人に負けぬ武功を立てみせます!」
洋子「その意気だよ!」
~その夜~
伊吹「ねえ洋子さん、入るよ……ん?」
ヒソヒソ
伊吹「誰かと密談してる?」
バサッ
伊吹「わわっ!」
洋子「どうしたの、伊吹ちゃん?」
伊吹「あ、いや、明日の行軍について相談があったんだけど、
幕舎の中で誰かと密談してるみたいだったし……」
洋子「ああ、気にしないで。この付近に住む古老から、話を聞いていただけだから」
伊吹「何の話?」
洋子「斥候の報告で、敵は砂漠に布陣してるって言ってたでしょ?
だから、砂漠の気候とかで注意することとかを聞いてたの」
洋子「伊吹ちゃんは知ってた?
砂漠は昼間はとても暑いのに、夜になると凍えるぐらい寒いんだよ」
伊吹「兵士達の体調管理を、しっかりしなきゃだめだね」
洋子「それに、“砂嵐”っていうのもあるんだって」
伊吹「砂の……嵐?」
洋子「何も無いところから、いきなり竜巻みたいなものが発生して、
頭ぐらいの大きさの石とかが飛んでくることもあるんだって」
伊吹「戦闘中にそんなものが発生したら、とんでもないことに……」
洋子「そういうこと。他にも、風によって砂丘の形は変わるし、
飲み水の確保もしなきゃだし、砂に馬の足が取られちゃうこともあるし……」
伊吹「原野での戦いでは、もうアタシたちに勝つことが出来ない。
だから、砂漠に引きずり込んでやろうって考えかな?」
洋子「そういうこと。だから、こんなものを用意したんだ」
伊吹「これって……長槍?
歩兵が使う槍より、いくらか長い……これを何に使うの?」
洋子「今はまだ秘密。もしかしたら、全く使わないことになるかもしれないし」
伊吹「ま、その辺は洋子さんに任せるよ。アタシは、臨機応変を心掛けるつもりだから。
その場その場の判断で作戦を決めるし、作戦を変える」
洋子「そんなことができるのが、伊吹ちゃんの天才たる所以だよね」
伊吹「アタシは別に、天才とかじゃないって!」
洋子「またまた、謙遜しちゃって」
洋子&伊吹「「あはははは!!」」
洋子「……」
伊吹「……」
洋子「ねえ、伊吹ちゃん」
伊吹「なに? 洋子さん」
洋子「この戦、絶対に勝とうね!」
伊吹「うん!」
~大漠・漢軍本陣~
洋子「私が正面からぶつかるから、伊吹ちゃんは側面から敵を攻撃して」
伊吹「片翼包囲で締め上げるってわけね?
そして、現在迂回中の翠の別働隊で止めを刺すってことか」
洋子「そういうこと」
洋子「よし、軍鼓を叩け!」
愛結奈「あの動きは、片翼包囲を狙ってくるか……
面白いじゃない! 敵がそう来るなら、狙うは唯一つ」
愛結奈「我らはこれより、中央突破を図る!
狙うは衛青の首。然る後に霍去病の首よ!」
ドドドド
洋子「さすがに、総騎兵の匈奴は突破力が違うな。
このままだと、私が危ないかも……」
洋子(おかしい……翠ちゃん、まだ来ないの?)
伊吹「くそっ。敵は予め、側面に精兵を配置していたのか。
全く突き崩せない。このままだと、洋子さんが……」
愛結奈「読み通りね」
愛結奈「側面の霍去病は、いまのところ完全に封殺している。
あと一歩で、衛青の本陣に手が届くわ!」
ヒュウウウウウ
洋子「おや、この風は……
ふふっ。どうやら、天は私たちに味方してくれたみたい」
洋子「長槍隊。前へ出なさい。前列の歩兵は、後退しろ!」
洋子「騎兵隊、一旦下馬!」
ビュウウウウ
愛結奈「この強風は何!? 両軍とも、全く動きが取れない……」
側近「単于、あれを御覧ください!
長槍を持った歩兵が、すこしずつ前進してきます!」
愛結奈「しまった! この風では、騎兵が動けない!
このままだと、騎兵が餌食になってしまう!」
ザク ザク ザク
漢兵「動きの止まった騎兵なんて、木偶の坊だぜ!」
漢兵「面白いように突き落とせらぁ!」
伊吹「そうか! 洋子さんはこの風を待ってたんだ!」
伊吹「騎兵は歩兵より体が大きいから、風をまともに受けることになる」
伊吹「よし、騎兵は一旦下馬。馬を伏せて!
風が止んだら、次の合図で乗馬するとともに、敵陣へ突撃をかける!」
側近「……単于。ここは落ち延びて下さい。既に勝敗は決しました。
敵は、砂漠の風を読んでいたのです」
愛結奈「こんな……こんなことがあるの?
こんなんじゃ、父祖達に申し訳が立たない……」
側近「命あっての物種ではありませんか。今は漠北に逃れ、雌伏しましょう。
そのうち、失われた大地を取り戻す日も来ます!」
愛結奈「わかったわ。全軍に退却命令を。なんとしてでも、必ず生き延びるのよ!」
洋子「なんとか勝てたか……それにしても、どうして翠ちゃんは来なかったんだろう?」
伝令「将軍……衛青将軍……」ゼイゼイ
洋子「あなたは、翠ちゃんの部隊にいた……翠ちゃんは、何をしているの?」
伝令「将軍は……李広将軍は……」
洋子「翠ちゃんが、どうしたの……?」
伝令「李広将軍は……自裁されました……」
洋子「そんな! どうして!?」
伝令「李広将軍は、行軍途中で道を誤られ、決戦の期日に間に合わなかったのです」
洋子「副官達は何をしていたの? 地図もあったはずなのに」
伝令「砂漠を進軍するのは、今回が初めての経験でした。
慣れぬ砂漠に行軍が難渋し、それに風で地形も変わってしまうので……」
洋子「確かに、戦に間に合わなかったのは、重罪に値する。でも、自裁なんてしなくても……
翠ちゃんは、漢の為に戦い続けてきたのに! 今までの武功を考えれば、充分に贖えるはず」
伝令「我々もお止めしたのですが、
“このままでは、武勲を立てる機会を下さった皇帝陛下、
そして衛青将軍に合わせる顔が無い。天運我にあらず”と……」
洋子「……わかった。事の次第は陛下にお伝えする。あなたは休んで」
伝令「申し訳ございません……」
洋子(翠ちゃんは漢旗を負って、数え切れないほどの戦を潜り抜けてきた。
その最期がこれだなんて……)
~長安~
ワーワー エイユウノキカンダー キャーキャー
伊吹「洋子さん」
洋子「何?」
伊吹「アタシたち、勝ったって言えるのかな?」
洋子「外から見れば、ね。長年この国を脅かしてきた匈奴相手に連戦連勝。
河南・河西の両回廊を奪取し、漠北に追い払う。
おまけに、敵兵の斬首7万……でも……」
伊吹「……」
~椒房殿~
蘭子「其の方ら、よくぞ獣どもを撃滅した」
(匈奴に勝ててよかったです!)
洋子「だけど、単于を討ち漏らしちゃった。それに……」
蘭子「……」
蘭子「私が悪かったのか……? 李広よ、そなたの死は無駄にはすまい」
洋子「いえ、別働隊を率いるように命令したのは、この私だから……」
蘭子「衛青よ、常に完璧なる勝利など掴めはしまい。奴らは、極北の地へと遁走したのだ。
もし獣どもが大漠へ舞い戻るなら、そのときこそ翼を射抜き、
荒涼の地へ撃墜せしめればよい」
(匈奴が戻ってきたら、また打ち破れば良いんです)
洋子「うん……」
伊吹「辛気臭くてしょうがないなぁ。
蘭子の言う通り、匈奴がまた大漠に戻ってきたなら、そのときまたやっつけちゃえば良いんだよ!
翠も、この国の外患を取り除くことが夢だったんだから……」
洋子「それもそうだね……」
蘭子「……司馬遷よ」
文香「はい」
蘭子「此の者達の活躍、悠久なる書に記すのだぞ?」
(今回の戦いも、ちゃんと記録していますか?)
文香「はい。既に骨子は完成しています。後は細かい肉付けをしていくだけですから」
飛鳥「おや、そこまで出来上がっていたのかい?」
文香「『太史公書』と名づけました。黄帝(こうてい)から蘭子さんの代までの、
王侯や諸侯を中心に、調べうる限りの人物史を網羅しています」
文香「……まあ、蘭子さんの記述は、これからも増えていくでしょうが」
蘭子「試みに、その一片を詠唱してみよ」
伊吹「じゃあアタシ、高祖の話とか聞きたいな」
文香「わかりました。では、高祖について記した、
『高祖本紀』を……」
文香「『高祖ハ、沛ノ豊邑ノ中陽里ノ人ナリ。
姓ハ劉氏。名ハ邦。字ハ季。父ハ太公ト曰ヒ。母ハ劉媼ト曰フ……』」
文香「『……家人ノ生産作業ヲ事トセズ。
壮ニ及ビ、試ミラレテ吏ト為リ、泗水ノ亭長ト為ル。
廷中ノ吏ヲ、狎侮セザル所無シ。
酒及ビ色ヲ好ミ常ニ王媼・武負ニ従ヒテ酒ヲ貰ス……』」
蘭子「……」
飛鳥「……」
洋子「……」
伊吹「……」
文香「あの……どうかされました?」
飛鳥「まったく、キミは大人しい顔してなかなかの毒舌家らしいね」
飛鳥「高祖は、中陽里の田舎出身。
姓は劉。名は“邦(にいちゃん)”。字(あざな)は“季(末っ子)”。
父の名は“劉の太公(おじさん)”。母の名は“劉の媼(おばさん)”と言う……」
飛鳥「……高祖は、家の農作業などを手伝おうとはしなかった。
壮年の頃、試しに採用されて役人になり、泗水の亭長になった。
高祖は、役所の役人たちを軽んじて馬鹿にしていた。
酒と女が好きで、いつも王婆さんと武婆さんの店で、酒をツケで払って飲んだくれていた……」
飛鳥「……この国の初代皇帝に対して、容赦が無さ過ぎるだろう?
もっと穏やかな表現はできなかったのかい?」
文香「私は、調べたままを書いただけで……
ほ、ほら、ちゃんと、『美しく立派な顔立ちをしていた』とか……
『酒を飲んでいるとき、不思議と人が集まってきた』とか、
『道を歩いているとき、剣で白竜を斬り捨てた』とか……」
文香「一応、この国の開祖ですから、色々とそれらしい話も記載してみたのですが……」
飛鳥「……これは前から考えていたことだけど、
ボクは自分は“外れた”人間だと思っていた」
飛鳥「だけど、この面子の中じゃ、ボクが常識人みたいに思われてしまうじゃないか」
蘭子「そなたのみが選ばれし者だと? フフフ。笑止なり」
文香「高祖本記は、お気に召しませんでしたか……
では次に、蘭子さんについて記した『孝武本紀』を……」
蘭子「やめよ!」
文香「残念です……それでは、洋子さんと伊吹さんについて記述した、
『衛将軍驃騎列伝』を……」
洋子&伊吹「「もういい!!」」
文香「せっかく書いたのに……しかたありません。
他の方に読んで頂きましょうか……」スタスタ
蘭子「衛青、霍去病! 司馬遷を止めよ!」
洋子「分かった! ちょっと待って、文香ちゃん!」
伊吹(高祖でさえ、あんなにボロクソに書いてるってことは、
アタシたちはどんな風に書かれているんだろう?)
ドタドタ
飛鳥「やれやれ。戦が終わっても、あの二人は騒がしいね」
蘭子「……む。私としたことが、失念していた」
飛鳥「次は何を?」
蘭子「聖戦での勝利を、北斗を頂く泰山に奉じなければ!」
飛鳥「泰山に、何の用事が?」
文香「それって、『泰山封禅』ですね?」ヒョコッ
飛鳥「い、いつの間に……」
文香「『泰山封禅』とは、確か過去に一度、
秦の始皇帝が天下統一を成し遂げた際に執り行っただけで、
どのような儀式だったのか詳細は不明ですが……史家として、興味があります」
蘭子「……」プルプル
文香「どうしました?」
蘭子「もぉ~!!」プンスカ!
(泰山には、ついてこないでください!)
飛鳥(何を書かれるかわからないし……)
文香「えぇ……それが私の仕事なのに……」
おわり
・読んで下さった方、ありがとうございました。
・「史記」は正史の第一に数えられる史書です。
このSSでは前漢時代のごく一部しか書きませんでしたが、実際は五帝から武帝(劉徹)まで、
王侯や列侯を中心に様々な人物が描かれています。
・「完璧」「四面楚歌」「背水の陣」「傍若無人」など、現代でも良く知られている故事成語の原拠となっていますので、
それらを調べてみるのも面白いかもしれません。
・また、司馬遷自身はこの書物を「太史公書」と名づけましたが、
後世の人々により「史記」と呼ばれるようになりました。
以下は作者の過去作です。
歴史・古典ものですが、興味のある方はどうぞ。
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