モバマス雨月物語 (185)

・このSSは、上田秋成の「雨月物語」をベースにしています。

・作者独自の解釈、脚色が含まれます。ご了承下さい。

・ジャンルは怪談ですが、そんなに怖くない(と思います)ので、ホラーが苦手な方でも大丈夫です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1408107058

以下の通り、全九話の短編集となります。


第一話 『白峯(しらみね)』

第二話 『菊花の約(きっかのちぎり)』

第三話 『浅茅が宿(あさじがやど)』

第四話 『夢応の鯉魚(むおうのりぎょ)』

第五話 『仏法僧(ぶっぽうそう)』

第六話 『吉備津の釜(きびつのかま)』

第七話 『蛇性の婬(じゃせいのいん)』

第八話 『青頭巾(あおずきん)』

第九話 『貧福論(ひんぷくろん)』


第一話 『白峯』


~讃岐・白峯~


テクテク

西行(さいぎょう:クラリス)「このあたりに、あの人のお墓があったはずですが……」

クラリス「え~っと、あれでしょうか?」

クラリス「これが、ちひろさんのお墓……」

クラリス「かつて、プロダクションで権勢をほしいままにしていたのに、
     立てられたお墓はこんなにも荒れ果てしまったのですね……」
  
クラリス「決めました! 今夜は夜通し、ちひろさんのために祈りを捧げましょう。
     でもその前に、何か歌でも詠みましょうか」



『松山の 浪のけしきは はからじを かたなく君は なりまさりけり』

(松山の海の景色は今も変わらないのに、この景色を眺めて暮らしていた崇徳院は、おかくれになってしまった)

~深夜~


クラリス「むにゃむにゃ」ウツラ ウツラ

「そこの人」

クラリス「……はっ! だ、だれですか?」

「あなたが捧げてくれた歌は、大変良いものでした。ですから返事を、と思いまして」



『松山の 浪にながれて こし船の やがてむなしく なりにけるかな』

(松山に打ち寄せる波に流されて来た船が、都へ帰れずに朽ち果ててしまった)

クラリス「その声……もしかして、ちひろさんですか!?」

崇徳(すとく:千川ちひろ)天皇「お久しぶりですね、クラリスさん」

クラリス「なんと嘆かわしいことでしょう。
     この濁世を離れて仏道を歩まれることになったのに、どうしてまだ成仏されないのですか?」

ちひろ「私には、まだやり残したことがある……」

クラリス「それは?」

ちひろ「私はかつて、プロダクションで横領事件を起こし、ここに流罪となった。
    流された後、一度も都には帰れていない。この恨み、晴らさずにおくべきか!」

クラリス(ちひろさんの顔が、鬼の形相に……!)

クラリス(それに、流罪になったのは自分が悪いんじゃ……)

ちひろ「私は肉体を失ったが、まだ魂までは消えていない!
    いつか世間に舞い戻り、再びプロデューサー達から搾取してやる!」

クラリス「もう貴方は死んだのですよ。心安らかに眠ってください。
     神はきっとお救いくださるはずです」

ちひろ「愚かな! 神は誰も救済してくれない!
    ボーナスの大半をつぎ込んでガチャを回した挙句、
    お目当てのアイドルを入手できなかったプロデューサーを、神は救ってくれるのか!?」

クラリス(それも自分が悪いんじゃ……)

ちひろ「ふふふ……まずはどうしようか?
    そうだ、イベントの途中で何の予告も無く、効果三倍になるアイテムでも販売してやろうか!」

クラリス「それは絶対だめです!
     それで血涙を流したプロデューサーが、どれだけ出たかご存知でしょう?」

ちひろ「次はそうだな……
    イベントの“上位報酬”に加えて、“特上位報酬”を実装してやる!
    もちろん、特上位報酬でしか手に入らないアイドルやアイテムも登場させるのだ!」グヘヘ

クラリス「なんと言うことを!
     ただでさえ、イベントが開催されるたびに上位のボーダーが上昇しているというのに、
     更に競争を激化させるのですか!」

ちひろ「いや、まだまだあるぞ。今度は新コストアイドルだ!
    イベントの上位入賞や、一定回数以上ガチャを回した人しか入手できないようにして、
    “○○タイプの攻守 超絶アップ”等の強力なスキルを持つアイドルを追加してやる!
    そうだ、スキルレベルの上限を、20にまで増やしても良いな。
    もちろん、レベル上限を1上昇させるごとに、ヘルトレの必要枚数が増えていく仕様にしてやるのだ!」

クラリス「救いようが無い……」

ちひろ「そうは言うがクラリスよ、私も少しは反省し、都に向けてこんな歌も送ったのだぞ?」



『浜千鳥 跡はみやこに かよへども 身は松山に 音をのみぞ鳴く』

(浜千鳥と同じように、自分のお経は懐かしい都に送っていくが、
 自分は帰京する日を待ち望みながら、松山で泣くのみである)



ちひろ「確かに、私がやりすぎた面もある。それは認める……」

ちひろ「……しかし、皆は私を無視するのみで、一向に帰らせてくれなかった。
    ひどいと思わないか? 私がいなくなってから、どこぞの生ぬるいソシャゲのように、
    なにかにつけてガチャアイテムをプレゼントするような、
    モバマスはそんなゲームになってしまったのだ! 不甲斐無い!
    そもそもプレゼントのガチャアイテムなんて、週に一回通常枠しか引けないチケットで充分なのだ!」

クラリス「もう……もう、やめてください……!」

ちひろ「いや、待てよ。“隣の世界(ミスタルシア)”のように、アイドルに“系統”を実装するのも良いな。
    それと某人気ゲームのように、個体値の導入も検討してみるか……」

クラリス「まるで話が通じない……」

クラリス「……あきれました。私からは、この歌を捧げることしかできません……」



『よしや君 昔の玉の 床とても かからんのちは 何にかはせん』

(かつて陛下が壮大な宮殿に住んでいたのだとしても、いまとなってはその優越感や権力はどこにもない。
 どうか成仏してください)

ちひろ「……」スウ

クラリス「あれ? 消えた?」

クラリス「あまり、聞く耳をお持ちではなかったようだけど、これでよかったのでしょうか?」

クラリス「ちひろさん。お願いですから、どうか成仏してください……」

~数日後・プロダクション~


クラリス「ただいま戻りました。さすがに、長旅は疲れてしまいます……
     おや? なんだか騒がしいですね」







?「ついに、第○回総選挙一位のアイドル・×××のガチャが始まりましたよ!
  今回は新コスト“2×”の登場です!
  更に、新しいスキル“全タイプの攻守超絶(強)アップ”を持っています!
  全プロデューサー共通の数量限定なので、早い者勝ちですよ!」

P「おお、共通の限定数量なのか! しかも、フリートレード・トレード不可とは……
 何としてでも引かなきゃ!」ガチャガチャ

別のP「よーし僕、リボ払いしちゃうぞー!」ガチャガチャガチャ

他のP「俺は車を売るぞ!」ガチャガチャガチャガチャ

余所のP「じゃあ俺は家を」ガチャガチャガチャガチャガチャ




クラリス「アイドルの性能とコストのインフレ……」


クラリス「恐れていたことが……起きてしまった……」




『白峯』 おわり

第二話 『菊花の約(きっかのちぎり)』


~○×プロダクション~



 ○○○○
近日開催予定!!




P「世間ではイベントだの、総選挙だの言ってるが、俺には関係ないね……
 いつものように、高見の見物といきますか」

?「ごめんください……」

P「おや、こんなぼっちプロに来客なんて珍しいな」

友P「すみません、こんな夜更けに。私は友Pと申します」

P「モバPです。どうされたのですか?」

友P「実は、前回のイベントで私の失敗により敗北してしまい、
  プロダクションから追い出されてしまったのです。
  ですから、次のプロダクションを探していまして」

P「事情はわかりましたが、わざわざこんな寂れたプロダクションに来なくても良かったのでは?
 見たところ、貴方は相当ランクが高いようですし、引く手数多でしょう?」

友P「実際、何度も勧誘されました。しかし、イベントやガチャを追いかけるのは疲れてしまったんです……
  ですが、こう言うと未練がましいようですが、モバマスを捨てることはできそうにない。
  なるべくご迷惑はおかけしませんから、このプロダクションで活動させていただけないでしょうか?」

P「ご自分で、プロダクションを立ち上げれば済む話でしょう? 他をあたって下さい」

友P「それはそうなんですが、ソシャゲをやってるのに一人というのは寂しいので……」

P「う~ん、念のために言っておきますが、私はイベントに参加するつもりはありませんし、
 見ての通り、ここは碌に設備も整っていないプロダクションです。
 本当によろしいのですね?」

友P「はい、よろしくお願いします」

~数日後~


P「MM特訓アイドルについて、どう思われます?」

友P「たしかに、MM特訓のアイドルは強いですよ。
  しかし、無課金勢からすればSRアイドルを育成するのは難しいため、
  とくにこだわりが無ければ、非MM特訓でも良いと思います」

P「そうですよね。親愛度を上げるだけなら、道場を利用する手もありますが。
 流石に育成は、資金が大量に必要になりますからね。
 では、特定のイベントにおける、デバフスキルは嫌がられるという風潮については、どうお考えに?」

友P「デバフは獲得ポイントが下がるため、嫌がる気持ちは分かります。
  しかし、モバマスには様々なアイドルがいて、どんなアイドルを使おうが、
  個人の自由だと思います」

P「そうですよね。なかには、対戦時に“デバフはやめてください”とか言ってくる人もいるそうです。
 あきれたものですね……
 それにしても、友Pさんは第一線で活躍してただけあって、モバマス理論の造詣が深いですね」

友P「それほどでもありませんよ。
  しかし、私の話にここまで共感してくれた人は、あなただけです。
  もしかしてPさんも、昔は相当やり手のプロデューサーだったんじゃありませんか?」

P「お恥ずかしながら、以前は寝食を忘れてプロデュース業に熱中していました。
 しかしある時、私も貴方のように嫌気が差して……
 とは言うももの、プロデューサーを引退することもできませんでした。
 新しいガチャやイベントが出るたびに、内容だけは確認しているんです。
 イベントにも少しだけ参加して、雰囲気だけは掴もうと思って……」

友P「そうでしたか。なんだか私達は、気が合いますね」

~数週間後~


P「ま~たイベントがはじまったのか……あれ、どうしました? 友Pさん」

友P「……このアイドル、すごく良い!!」

P「へ?」

友P「このイベントの上位報酬のアイドル、すごく欲しいんです!」

P「……確かに、かなり魅力的ですね。
 ですが、このプロダクションでは上位入賞は難しいですよ?」

友P「実は、以前所属していたプロダクションの知り合いから、
  一緒にイベント参加しないかというお誘いが来ているんです。
  その人は今は独立して、今では強力なメンバーも集まっているそうです」

P「なるほど、わかりました。そういうことでしたら、行ってください。
 半ば引退しているとはいえ、プロデューサーたるもの、
 アイドルを愛する気持ちに変わりはありませんよ」

友P「ありがとうございます! イベントが終わったら、必ずここに戻ってきますから」

P「そのまま、お知り合いのプロダクションに入社してしまえば良いじゃないですか。
 なにもここに戻ってこなくても……」

友P「いえ、今回の依頼は傭兵のようなものですから。
  向こうも、私の今の立場を理解してくれてますし。
  それに、今回のイベントに参加したからといって、次のイベントに参加するつもりはないので、
  かえって迷惑になると思います」

P「わかりました。私はここで、友Pさんの御武運を祈っていますよ」

友P「イベントは9月9日までですね。ちょうど重陽の節句か……
  その日には必ず、ここに戻ってきます!」

~9月9日~


P「イベント終わったか。今回も、前回に較べて上位のボーダーは上がったな。
 相当な激戦だったようだが、友Pさんは入賞できたのだろうか?」

友P「Pさん」

P「おお、友Pさん、戻ってきましたね。お疲れ様です。どうでした、上位報酬は入手できましたか?」

友P「実は、Pさんにお話しなければならないことが……」

P「どうしたんです? まさか、上位入賞できなかったとか?」

友P「それ以前の話です。実は、ここにいるのは私ではありません」

P「……は? 何を訳のわからないことを。
 友Pさんは、いま私の目の前にいるじゃないですか」

友P「私が参加した知人のプロダクションですが、
  その知人がプロダクションぐるみで不正ツールを使用していまして……
  アカウント停止になったのです」

P「それってどういう……」

友P「以前から、RMTやアイテム不正増殖などにも手を染めていたようです。
  今回のイベントで運営から、プロダクションごと摘発されました。
  私は、不正行為は良くないと言ったのですが、このプロダクションに入った以上、
  お前も共犯だと言われまして」

P「……」

友P「ですが私は、Pさんとの約束だけは果たしたくて、こうして戻ってきたのです」

P「友Pさん、あなたは被害者だ。今からでも遅くはない。運営に事情を説明して……」

友P「Pさ…もう遅…です…よ……」


サアアアア


P「友Pさんの体が消えていく……ま、待ってくれ!」

友P「み…か…あい…で…たが……おせ…に……ました……」

P「友Pさん!」






P「こんな……こんなことってあるかよ!」

P「ひ、ひどい……」





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『菊花の約』 おわり

第三話 『浅茅が宿』



~下総(しもうさ)国・真間(まま)の里~



勝四郎(かつしろう:モバP)「あーだるいなー。畑仕事とかしたくねぇな~」

宮木(みやぎ:五十嵐響子)「Pさんったら……もう少し休憩したら、ちゃんとお仕事に戻って下さいよ?」

P「それはそうなんだけどさ。響子と一緒にいたいし……」

響子「ふふっ。だめです! しっかり働いて下さい!」

P「はーい……」

~数日後~


P「……へぇ。世間では、そんなことになってるんですか」

商人「そうです。ですがこんなご時世だからこそ、私達商人も儲かるわけでして」

P「その商売って、俺にもできますか?」

商人「ええ。元手さえあれば、誰でもできますよ。
   まあ、いつどこで誰に襲われるかわからないものですから、度胸が重要になりますね」

P「たしか商人さんは、今度京に行くんでしたよね?
 もしよろしければ、俺を連れて行ってくれませんか?
 俺も京の都で一山当てたいんです!」

商人「それはよろしいですが、元手がいりますよ?
   何かあてはあるんですか?」

P「俺の持っている畑を、全部売り払います」

商人「大胆な。良いんですか?
   もし失敗したら、全てを失うことになるんですよ?」

P「このままでは、俺は水吞百姓のままです。
 ここで商売を成功させれば、俺の人生も切り開けると思うんです」

商人「そこまでおっしゃるのなら、私からは何も言うことはありません」

~Pの家~


P「……というわけで、響子。俺は都に行くことにした!
 俺が留守の間、しっかり家のことをたのんだぞ」

響子「あの、Pさん。考えなおしてくれませんか?
   私、一人は心細いです」

P「大丈夫だって。たぶん、今年の秋ぐらいには帰ってこれるだろうし……
 大金持ちになって、必ずここに戻ってくるからな!」

響子「はい、わかりました……私も、Pさんの帰りを待っていますから」

~京~


P「商人さん、ありがとうございました!
 あなたのご指導により、商売は大成功です!」

商人「いえいえ、あなたの才能があればこそですよ。
   私の方も、ずいぶん儲けさせていただきましたからね」

P「いやいや、商人さんの力添えがなければ……ぐっ」

商人「どうされました!?」

P「いえ、急に胸が苦しくなって……」

商人「! すごい熱だ。とにかく、私の屋敷にお連れします!」

~7年後~


P『それから俺は、7年間も商人さんの元でお世話になった』

P『病はなかなか癒えず、病床に見舞いに来てくれた近所の人たちと仲良くなり、
 ついずるずると7年間も過ごすことになってしまったのだ』

P『響子は、こんな甲斐性無しの夫のことなんて見捨てているだろう。
 しかし、故郷に帰りたいという気持ちは、日に日に強まるばかりだった』

~商人の屋敷~


P「7年間も、お世話になりました。心残りはありますが、故郷へ帰ろうと思います」

商人「そうですね。きっと、奥さんも待ちくたびれているでしょうから」

P「いままで、ありがとうございました。どうかお元気で」

~真間の里~


P「やっぱり7年間も留守にしていると、里の様子もすっかり変わっているな……
 こんなんじゃ、俺の家がどれだったかわからないや……」

P「いや待てよ。確か家のすぐ側に、落雷で裂けてしまった松の木があったはずだ」



P「……あ、あれだ!
 随分ぼろぼろになってしまってるけど、あれは俺の家に違いない!」

P「明かりが漏れてる……響子はまだ、帰りを待ってくれていたんだ!」

~Pの家~


P「響子、いま帰ったぞ!」

響子「Pさん?……本当にPさんなんですね?」

P「すまなかった。7年間も待たせて……」

響子「そうですよ! 私がどんな思いで待ち続けていたことか……
   でも、帰ってきてくれてよかった」 ギュッ

P「俺も、響子にずっと会いたかったよ。
 今夜は、寝物語にお互いの苦労話でもしようじゃないか……」

響子「はい……」




チュンチュン



P「う~ん……あれ、もう朝か……ん? やけに眩しいな……」



P「……ど、どういうことだ……!?」

P「どうして、俺はこんなぼろぼろの家で寝てるんだ?
 天井が破れて陽が差してるし、壁もところどころ崩れてるじゃないか!」

P「そんなことより、響子は? おい! 響子! どこにいるんだ!」

~隣家~


P「ごめんください!」バンバン

隣人「こんな朝っぱらから、どうしたの?」

P「すみません。隣の家に、誰か住んでませんでしたか? 廃屋になっているんですが」

隣人「私も、ここに引っ越してきて1年しか経ってなからねぇ。
   私が越してきたときは、すでにお隣には誰も住んでいなかったよ……」

隣人「そうだ、この方向に歩いていけば、林がある。
   その近くの庵に、70歳を越えた爺さんが住んでいるから、話を聞いてみたらどうだい?
   その爺さんは、何十年も前からここに住んでいるらしいからね」

P「ありがとうございます!」

~庵~


P「ごめんください!」

爺「どうしたね……おや、勝四郎じゃねえか!
  7年間も、どこをほっつき歩いていたんだ!」

P「すみません……いろいろあって、帰るのが遅くなってしまったんです。
 それで、響子はどこにいるんですか?」

爺「宮木さんは、あんたが旅立ってから3年後に亡くなったよ」

P「そんな馬鹿な……」

爺「あれほどの美人だ。
  言い寄ってくる男はたくさんいたけど、奥さんはあんたのために、家を守っていたんだよ。
  それが、流行病で死んじまって……」

P「昨晩俺は、響子と一緒に寝たんです!
 家も随分古くなっていましたが、あんな惨状じゃなかった!」

爺「落ち着け。それが狐狸の類いか何かは、わしにはわからん。
  しかし奥さんは、死ぬ間際にわしに歌を残していった。
  あんたが帰ってきたときに、渡してくれって頼まれていたのさ」

爺「ほれ、これを詠め」



『さりともと 思う心に はかられて 世にもけふまで いける命か』

(夫は約束した季節には帰ってこなかった。
私はいつか帰ってくるという気持ちにだまされて、今日まで生きながらえたこの体が愛しく思う)



P「響子…すまん……俺の帰りを、いつまでも待っていてくれてたのか……」

爺「勝四郎よ、一緒にあんたの家に行ってやる。
  そこで何か歌でも詠め。それがせめてもの供養じゃろうて」

~勝四郎の家~


爺「……」

P「爺様、ようやく歌が浮かびましたよ」

爺「そうか……」

P「その昔、この真間の里には手児奈(てごな)という美女がいて、
 男達は彼女を巡って争ったとか。
 悲しみにくれた手児奈は、自分がいなくなれば解決すると考え、
 海に身を投げたという伝説がありましたね……」

爺「……詠んでみよ。わしが紙に書き記してやろう」


『いにしへの 真間の手児奈を かくばかり 恋ひてしあらん 真間のてごなを』

(昔、真間の手児奈を愛した男達は、死別した妻を慕うかのように、手児奈を慕ったのだろう)





『浅茅が宿』 おわり

第四話 『夢応の鯉魚』



興義(こうぎ:成宮由愛)「……」スヤスヤ

由愛「はっ!……何だ、夢か……」

由愛「鯉になって水中を泳ぐなんて、おかしな夢を見たな……
   あれ? 何だか、今なら鯉の絵が上手く書けそうな気がする!」

サラサラ

由愛「……できた。いままでで一番上手く書けような……
   題して“夢応の鯉魚”……うん、会心の出来!」

~数日後~


客「あの鯉の絵は、非常に良い出来ですね。
  貴方の言い値でよろしいので、売ってくださいませんか?」

由愛「私の絵を評価して下さるのはうれしいのですが、この絵を売ることはできません。
   自分でも、今までで最高の出来だと思っているので、手放したくないんです……
   ごめんなさい」

客「そうですか。それは残念です……」

~さらに数日後~


坊主「それにしても興義殿の鯉の絵は、たいそう評判ですね」

由愛「い、いや、それほどでもありません……」

坊主「私も拝見しましたが、まるで生きているかのような躍動感に満ち溢れていました」

由愛「そんな大仰な絵…じゃ……」ドサッ

坊主「興義殿、どうされました……?
   し、死んでる……息をしてないぞ!」

~興義の部屋~


坊主A「あんなに健やかだった興義殿が逝ってしまうとは。
   世の中の無常を感じます」

坊主B「しかし息はしていないが、体はなぜか暖かいままだ。
   唐土では、息が止まった人が数日後に生き返ったという伝承もある。
   このまま様子を見てみよう」

~数日後~


由愛「う~ん」ムクリ

坊主「おお! 興義殿、大丈夫ですか?」

由愛「……私はどうやら、長い夢を見ていたようですね」

坊主「興義殿は、3日間息をしていなかったのですぞ!」

由愛「そうだったんですか?
  あ、そうだ! そんなことよりも、平(たいら)殿の屋敷に、
  すぐここに来るように使いを出していただけませんか?」

坊主「それは何故?」

由愛「後で説明します。それよりも、はやくお願いします!」

坊主「は、はぁ……」

平某「興義殿がそれがしを呼んでいるということでやってきたのですが、
   3日間息が止まっていたという話はまことですか?」

由愛「それはそうなのですが、死んでいる……
   いえ、寝ている間に奇妙な夢を見ました」

平某「ほう……どんな夢ですか?」

由愛「私は夢の中で鯉になって、湖を泳いでいたのです。
   最初は、気持ちよく泳いでいましたが、しばらくして空腹に耐え切れず、
   水面に落ちた虫を食べようとしました」

由愛「しかし、それは実は釣りの餌でして、私はそのまま釣られてしまいました」

由愛「そして、私は籠に入れられて平殿の屋敷に連れて行かれて、
   そのまま宴会の料理に出されることになったのです」

平某「ははは。お戯れを。たしかに、今日の宴会では鯉の料理がでましたが……
   それでは、興義殿は宴会がどういう情況だったか、当てることができますかな?」

由愛「はい。まず平殿は、家来の方と碁を打っていましたね?
   あなたは負けそうになったので、
   “主君には、もうすこし手加減せよ”と家来の方におっしゃいました」

平某「な……!」

由愛「あなたは、漆塗りの杯で濁酒を飲んでいました。
   そのとき、ご自分の右側に脇息を置き、それにもたれかかっていたはずです」

平某「ど、どうやら、鯉になっていたというのは、まことのようですな」

由愛「私は料理人にむかって、“どうか殺さないでください!”と叫んだのですが、
   鯉なのですから、しゃべることはできません。
   そして包丁が振り下ろされた瞬間、目が覚めたのです」

平某「この世には、奇妙なことがあるものです。
   もしかして、最近評判の“夢応の鯉魚”の絵に関係するのでしょうか?」

由愛「わかりません。しかし、この絵は湖に捨ててしまおうと思います。
   それと、宴会で饗された鯉の料理が残っているなら、処分した方が良いと思いますよ」

平某「そ、そうですな……これにて、失礼致す」

~琵琶湖・湖畔~


由愛「もしかしたら、この鯉は本当に生きているのかも……」

由愛「……まさか、そんなことは無いよね……えいっ!」ポイッ





バチャバチャ


由愛「う、うそ……! ほ、本当に……泳いでる……!」





『夢応の鯉魚』 おわり

第五話 『仏法僧』


夢然(むぜん:並木芽衣子)「ねえ美里ちゃん、私これから旅に出ようと思うんだけど、一緒に行かない?」

作之治(さくのじ:間中美里)「どこに行くのぉ?」

芽衣子「特に決めてないよ。あちこちぶらぶらするだけだし」

美里「じゃあ、高野山とかに行ってみない? 私、高野山には行ったことがなくてぇ」

芽衣子「それも良いかも。ついでに行ってみよう!」

~高野山~


美里「ぜいぜい……こ、高野山って、け、結構キツイんだねぇ」

芽衣子「霊山っていうものは、修行の場だからね。
    険しい山が選ばれることが多いんだよ」

芽衣子「それにしても困ったな、すっかり日が暮れちゃった……
    あ、あそこに光が見えるよ。寺の門に着いたみたい!」



僧兵「おや、こんな時間にどうされました?」

芽衣子「実は、高野山の見学に来たのですが、道に難渋してこんな時間になってしまったんです」

僧兵「大変申し訳ありませんが、当寺には門限がありましてな。
   お泊めすることはできません」

美里「そんなぁ。泊めてくれても良いじゃないですかぁ」

僧兵「こちらとしても心苦しいのですが、規則は規則です……
   そうだ、この道をまっすぐ行ったところに、灯籠堂があります。
   今夜はそこに宿泊されては?」

芽衣子「ありがとうございます。仕方ないな……行こっか、美里ちゃん」

~灯籠堂~


美里「な~んかぁ、不気味だなぁ。お化けとか出そう……」

芽衣子「そんなこと言わないでよ。余計に怖くなっちゃうよ」



「ブッパン ブッパン」



美里「ひゃっ! 何? 今の……」

芽衣子「怖がらなくても大丈夫だよ。今のは“仏法僧(ブッポウソウ)”だね。
    鳴き声が“ブッパン(仏法)”に聞こえるから、とってもありがたい鳥とされているんだよ」

美里「へぇ、そうなんだぁ」

芽衣子「古歌にも詠まれていて、



『松の尾の 峰静かなる 曙の あふぎて聞けば 仏法僧啼く』

(松尾山の峰の、静かな夜明けに空を仰ぐと、ブッポウソウの鳴き声が聞こえる)



というのもあるんだよ」

芽衣子「もう一度鳴いてくれないかな? 珍しい鳥なんだけどなぁ」

「ブッパン ブッパン」

芽衣子「やった! また鳴いてくれた! なんだか創作意欲に駆られるな~!」



『鳥の音も 秘密の山の 茂みかな』



芽衣子「どうかな?」

美里「芽衣子ちゃんすごいねぇ。良い句なんじゃない?」

芽衣子「えへへ」

「控えおろ~う!」


美里「何?」


?「やや、貴様ら何者だ! 殿下の御なりである。控えおろう!」

美里「え? 殿下ぁ?」

芽衣子「美里ちゃん、なんだかよく分からないけどすごく怒ってるよ。ここは素直に従おう」

美里「う、うん……」

?「秀次(ひでつぐ)様、どうぞこちらへ」

豊臣秀次「うむ。苦しゅうない……
     里村紹巴(さとむら じょうは)よ、さっそくだが歌を詠んでみたい。何か良い発句はないものか?」

紹巴「では、ここにいる二人に詠ませれば良いでしょう。
   さきほど、このお堂の中から当世風の歌が聞こえてきましたゆえ」

紹巴「お前たち、面を上げよ。先ほど詠んだ歌を、殿下の御前で披露するのだ」

芽衣子「え、えっと、一つよろしいでしょうか?
    殿下とは、いったいどちら様でしょうか?
    こんな真夜中に深山で宴を催すとは、どうも不審です」

紹巴「おお、そうであったな。この方は豊臣秀次様じゃ。
   わしは里村紹巴。そしてこちらが……」



芽衣子(ねえ美里ちゃん、絶対おかしいよね?)

美里(う、うん。豊臣家なんてぇ、とうの昔に滅亡したはずなのにぃ……)

紹巴「……というわけじゃ。わかったか?」

芽衣子「は、はい……」

紹巴「殿下がお待ちだ。さあ、早く詠め」

芽衣子「……『鳥の音も 秘密の山の 茂みかな』」

秀次「おお、小賢しくもなかなか良い句ではないか。誰ぞ、付句をいたせ」

山田三十郎(やまだ さんじゅうろう)「では、それがしが」

三十郎「う~む……」




『鳥の音も 秘密の山の 茂みかな 芥子たき明す みじか夜の牀』



秀次「おお、見事なり! よくやったぞ、三十郎」

ワイワイ ガヤガヤ



芽衣子(何だか盛り上がってるね……)

美里(そうだねぇ……)

雀部淡路守(ささべ あわじのかみ)「殿下!」

秀次「おう、淡路守よ、いかがした?」

淡路守「もうすぐ修羅の刻ですぞ!」

秀次「おお! もうそんな時か。
   皆の者、今宵も石田(いしだ)の奴輩に一泡ふかせてやろうぞ!」


オオオオオ!

秀次「そうじゃ、そこの二人も連れて来い!」

紹巴「お待ち下さい、殿下。この者達は、いまだこの世に定命を持っております。
   修羅に引き込むのはいかがなものかと」

秀次「それもそうじゃな。よし! 皆の者、わしに続けぇ!」


ゴオオオオオ!!


美里「ひぇ~!」

芽衣子「美里ちゃん、逃げよう!」

~瑞泉寺(ずいせんじ)~


美里「あれは何だったんだろうねぇ」

芽衣子「幽霊なんて初めてみたよ……うわっ!」

美里「どうしたのぉ?」

芽衣子「美里ちゃん、あれ見て!」


美里「どれぇ? あ、“悪逆塚”だぁ……これって、豊臣秀次の……」

芽衣子「何か気味が悪いね。さっさと行こう!」





『仏法僧』 おわり

第六話 『吉備津の釜』


~吉備国・庭妹(にいせ)の里~


正太郎(しょうたろう:モバP)「……」ポケー

P父「うちの正太郎は、働きもせずに毎日毎日ダラダラしよって……嘆かわしい」

P母「そうですねぇ……そうだ、吉備津神社の神主の香央(かさだ)さんの所に、
  器量良しの娘さんがいるそうじゃありませんか。
  きっと正太郎も、良いお嫁さんを貰えばしっかりするはずですよ」

P父「おお、それは名案だ。さっそく、香央さんの元へ相談に行こう」

~吉備津神社~


P父「……というわけなんです。どうか、うちの息子にお宅の娘さんを頂けませんか?」

香央「うちの娘はもう16になりますし、そろそろ嫁に出そうと思っていたところなんですよ」

P父「ということは……!」

香央「さっそく、吉日を選んで結納を取り交わしましょう」

P父「ありがとうございます!」

~神社・境内~


香央「う~む……さてはて……」

香央の妻「どうされたのですか?」

香央「いや、これまでの慣習にしたがい
   “御釜祓いの儀”を行ったのだが、どうも結果が良くなくてな……」

妻「なにか物事を行う前にこの釜に水を入れて茹で、音が鳴ったら上手くいく。
  音が鳴らなかったら凶兆である、ということでしたね?
  もしかして、音が鳴らなかったのですか?」

香央「そうだ。うんともすんとも言わん。
   いっそのこと、今回の縁談は無かったことにしてもらおうか」

妻「お待ち下さい。それはおそらく、結納を取り交わしてしまったからでしょう。
  それに、一度取り決めた縁談を反故にするなんて、
  そちらのほうがよっぽど天罰が下ると思いますよ」

香央「それもそうだな」

~結婚後・正太郎の家~


チュンチュン


P「う~ん……」

磯良(いそら:佐久間まゆ)「Pさん、起きてください。朝ですよ」

P「わかった。すぐ起きるよ……ん? 良い匂いがするな」

まゆ「もう朝食の準備はできていますから、冷めないうちに早く食べて下さい」

まゆ「どうですか?」

P「う~ん、上手い! まゆが嫁に来てくれて良かったよ。
 毎日こんなにうまい料理を食べられるんだから!」

まゆ「えへへ。愛情たっぷりですからね。おかわりはどうですか?」

P「うん。これならいくらでも腹に入る! よーし、今日も仕事頑張るぞ!」




P父「いやぁ、良い嫁を貰ったな。
  正太郎の奴も、以前とは別人みたいに仕事に精を出すようになって」

P母「そうですね。それに磯良さんは、私達にも実の親のように接してくれて……
  こんなにありがたいことはありませんよ」

~数ヵ月後・妾宅~


袖(そで:渋谷凛)「ふふっ。Pさん、また来てくれたんだ」

P「おお、俺の可愛い凛。
 三日も間を空けると、お前を抱かずにはいられなくなってな」

凛「ふうん。奥さんの方は良いの? ばれてない?」

P「良いんだよ。あいつはお人良しで、しかも俺に心底惚れているんだぜ」

凛「サイテー。でもそういうところ、好きかも」

P「それにな、あいつの愛情は少し深すぎる。少し目障りになってきてな……」

凛「わかるわかる。べったりくっつかれるのも、ウザいもんね」

P「そういうことだ。その点、凛はべたべたしなくて丁度良いんだよな」

~Pの実家~


P父「こら! おまえ、磯良さんという良妻がいながら、妾をつくるとは何事だ!」

P「ちっ、うっせーな!」ハンセイシテマース

P「それに、親父には関係ないことだろ……
 用件はこれだけだな? それじゃあ俺、行くから」

P父「待て! どこに行くつもりだ!」

P「それも親父には関係無いことだろ!」

P父「なんという不届き者だ……」

~正太郎の家~


まゆ「あの、Pさん。Pさんが妾を囲ってるって話を聞いたんですけど、嘘ですよね?」

P「ああ、それは真っ赤な嘘だ。
 確かに、俺は村はずれに小屋を建てて、袖という女を住まわしている。
 袖は、幼い頃に両親に売り飛ばされて、体を売って生活をしているんだ。
 不憫だと思わないか?」

まゆ「そ、そうですね……」

P「だからまゆに、お願いしたいことがあるんだけど……」

まゆ「Pさんのお願いなら、何でも聞いちゃいますよ!」

P「袖の従弟が、遠くに住んでいるらしいんだ。
 でも、路銀が無くて従弟のところに行こうにも行けない。
 そこでだ、袖のためにお金を用意してくれないかな?」

まゆ「Pさんはなんて心優しい人なんでしょう!
   わかりました。お母様にも用立てていただき、できるだけお金を用意します」

P「さすがは俺のまゆだ! ありがとう……」ギュッ

まゆ「あっ…Pさん、だめですよ。まだ明るいです……」

P「良いじゃないか。俺達は夫婦なんだぞ?」

~数日後~


まゆ「Pさん、起きてください。もう朝で……」

まゆ「あれ? Pさんは……?」

~播磨・荒井の里~


凛「彦六(ひころく)、紹介するね。
  こちらが正太郎さん。私の旦那様」

彦六「おお、あなたが正太郎さんですか。
   凛姉さんがお世話になっているそうで……」

P「いえいいえ。こちらこそ、ご厄介になります」

彦六「長旅ご苦労様でした。
   我が家に離れがありますので、これからはそこを使ってください」

~一週間後~


凛「う~ん……う~ん……」

彦六「姉さんの具合は、まだ良くならないんですか?」

P「ああ……長旅の疲れが出たにしては、一向に癒える様子が無い。
 これはおかしい」

凛「Pさん……」

P「どうした、凛」

凛「いままで……ありがとう……私はもう……駄目だよ……」

P「なっ! 馬鹿なことを言うな! きっと良くなるから……」

凛「もう無理だって、私自身よくわかってるから……ばいばい……」

彦六「凛姉さん!」

P「そんな! おい、凛!」

~十日後・墓地~


P「まさか、凛が死んでしまうとはな。あんなに元気だったのに……
 もしかして、俺がまゆを見捨てたから、天罰が下ったんじゃ……」



P「あれ? あの女の人誰だろう?
 それに、あんなところにお墓なんてあったっけ?
 毎日墓参りしてるのに、全然気付かなかったな」

P「すみません、少しよろしいですか?」

女「……はい」

P「熱心に墓参りされているようですが、もしかして旦那さんの?」

女「これは、私が仕えていた旦那様のお墓です。
  奥様はいまご病気を患っており、侍女である私が代わりに墓参りしているのです」

P「なるほど……」

P(もしかして、これはまたと無い好機なんじゃないか?
 傷心の未亡人を励まして、お近づきになれるかも……)

P「さぞかし、奥様はお嘆きでしょう。
 よろしければ、私がお訪ねしましょうか?
 すこしは慰めになるかもしれませんよ?」

女「ありがとうございます。
  屋敷は、ここからまっすぐ行ったところの、雑木林の近くにあるのです。
  ご案内致しましょう」

P(ぐへへ。俺ってついてるな~)



P(……あれ? そんなところに屋敷なんてあったっけ。まあいっか)

~屋敷~


女「どうぞこちらへ。この部屋に奥様がいらっしゃいます」

P「わかりました。失礼します」

「どうぞ」



P「初めまして、正太郎と申します」

女主人「話は伺っております。
    こんな寡婦を慰めるためにわざわざお越しいただいて、ありがとうございます」

P(なんか、部屋の中が妙に暗いな……)

P「いえ。実は私も、つい先日妻を亡くしまして……」

女主人「そうだったのですか。ご愁傷様です。
    そうだ、奥様のお名前をうかがってもよろしいですか?」

P「袖と申します」

女主人「袖……正太郎殿の奥様のお名前は、袖と申すのですか?」

P「ええ」








まゆ「それは違いますよぉ! Pさんの妻は、まゆ一人だけですよぉ!!」

P「ま、まゆ……! どうしてここに!」

まゆ「まゆはPさんのいるところ、地獄の果てでも行きますよぉ!!」


ゴゴゴゴゴ


P(まゆの顔が、夜叉のように……!)ガクガク ブルブル

P「」バタン

P「……う~ん……あれ? ここは?」

P「まゆに襲われて、気を失って……
 あれ? どうして林の中で寝てるんだ? 屋敷があったはずなのに……」

P「うう、気味が悪い。急いで帰ろう」

~彦六の家~


彦六「どうされたのですか? 随分と遅いお帰りで。それに、顔が真っ青ですよ」

P「実は……」



彦六「……ははは! それはたぶん、疲れすぎて夢でも見たんでしょう」

P「でも……」

彦六「そうだ、どうしても気になるなら、祈祷師に見てもらえばよろしいじゃありませんか。
   近所に、祈祷師の家が住んでいるんですよ」

P「わかった。行ってみるよ」

~祈祷師の家~


P「どうですか?」

祈祷師(藤居朋)「占いの結果を言うと、あなたは悪霊に取り憑かれてるね。
        これほど強い力を持つ悪霊は、みたことがない。あたしの力では如何とも……」

P「そんなぁ。俺は呪い殺されるということですか?」

朋「いや、一つ手段が残されてるよ。その悪霊と出会ったのは、何日前のことかな?」

P「一週間前です」

朋「なら、49日。つまりあと42日が過ぎるまで、家から一歩も出ないようにして。
  家の中に悪霊が入ってこないように、窓とか玄関とか、
  ありとあらゆる出入り口にこの御札を貼っておけば、悪霊でも家の中には入れないはず」

P「ありがとうございます!」

朋「わかった? 念のためにもう一度言っておくけど、
  42日が過ぎるまで絶対に外に出ちゃだめだよ」

~彦六の家~


彦六「どうでした?」

P「42日間は、絶対に外に出るなと言われたよ。
 出入り口になりそうなところに、この御札を貼っておけば大丈夫だそうだ。
 すまないが、離れを封鎖することになるぞ」

彦六「それはかまいませんが」

P「それと毎日、陽が昇ったら外から声をかけてくれ。
 さすがに、一人は心細い」

彦六「お安い御用です」

~離れ・一夜目~


P「やっぱり、夜になると怖いな……」


バンバン!


P「ひい! な、なんだ?」

まゆ「Pさん、中に入れてください。
   どうして玄関に、御札なんか貼っているんですか?
   入れないじゃないですか」

P「」ガクガク ブルブル

まゆ「しかたありませんね……」

P「行ったのか?」


バンバン!


P「ひい! 今度は窓だ!」

まゆ「ひどいですねぇPさんは。窓にも御札が貼ってあります……」

P「ナマンダブ ナマンダブ……」ガタガタ ブルブル

~42日後・明け方~


P「やっと切り抜けたぞ! 毎日まゆに脅かされていたけど、もう終わりだ!」

P「よし! 外も明るくなってきた!」

彦六「正太郎さん! 朝ですよ! やっと悪霊から開放されましたね!」

P「おっ、彦六の声が聞こえるな。わかった、いま戸を開けるから……」

P「……あれ? まだ真っ暗じゃないか。陽が昇っていないぞ」










まゆ「やっと出てきてくれましたねぇ。今度は逃がしませんよぉ!」

P「ギャアアアア!!!」

彦六「正太郎さん! さっきの悲鳴はなんですか!」

彦六「あ、戸が開いている……」



彦六「……な、なんだこれ……離れの中が、血の海になってるぞ……!」

~祈祷師の家~


朋「そうか、あの人は助からなかったのか……」

彦六「はい……」

朋「たしかに、占いの結果は思わしくなかったけど」

彦六「占い、ですか……?」

朋「ええ。釜の中に水を入れて、茹でるの。
  音が鳴ったら瑞兆で、音が鳴らなかったら凶兆である。という占いがあるんだ。
  今回あの人を占ってみたところ、音は鳴らなかった……」

彦六「そうでしたか」

朋「この占いは、主に結婚前に行うものなの。
  結婚する前にこの占いをしていれば、今回の惨劇は防げたのかもしれないね……」





『吉備津の釜』 おわり

第七話 『蛇性の婬』


~○×プロダクション~


代表「今から朝礼を行う。全員集合しろ」

ゾロゾロ

代表「みんな集まったな。今朝は皆に伝達事項がある。
   今日から新しい事務員が配属になった。紹介しよう、こちらの……」

モバP(新しい事務員さんか。綺麗な人だな……)

千川ちひろ「……あの」

P「おっと、すみません。どうしました?」

ちひろ「朝礼、終わりましたよ?」

P「え? いつの間に」

ちひろ「大丈夫ですか? どこか具合が悪いとか」

P「いえ、そんなことありませんよ。つい、見惚れてただけで……」

ちひろ「えっ!?」

P「ご、ごめんなさい! 初対面なのに、不躾でしたね」

ちひろ「ふふっ。“Pさん”は面白い人ですね」

P「どうして俺の名前を」

ちひろ「ひ・み・つ です!」

P(か、可愛い……!)

~数ヵ月後~


ちひろ「Pさん Pさん!」

P「どうしました?」

ちひろ「いつも頑張っているPさんに、プレゼントです!」

P「なんですか? このアタッシェケース」

ちひろ「開けてみてください」

P「なんだろ」ガチャッ

P「あれ、スタドリとエナドリがぎっしり詰まってる」

ちひろ「じゃーん! スタドリ・エナドリの100本セットです!」

P「なんでそんなに。しかも“マイ”じゃない、純正品じゃないですか」

ちひろ「受け取ってもらえますか?」

P「どうして、俺に?」

ちひろ「だってそれは……」

P「それは?」

ちひろ「それはPさんのことが……キャー!」

P「おーい。ちひろさん! 逃げちゃった」

P「でも、今のは……そういうことだよな? 期待しても良いんだよな?」

~翌日~


ガタガタ ゴソゴソ


代表「皆、まだ見つからないか?」


P「おはようございます……
 あれ? こんな朝っぱらから、事務所中をひっくり返して何を探しているんだ?」

同僚「おお、P。おはよう。
   実はさ、昨夜から代表のスタドリとエナドリが紛失しているんだよ」

P「へえ、何本くらい?」

同僚「それぞれ100本ずつ」

P「え、それって……」

代表「何だこれは! どうしてPの机の下から、私のアタッシェケースが出てくるんだ?」

P「ち、違います! これは、昨日千川さんから頂いたものです」

代表「千川? 誰だそれは?」

P「誰って、数ヶ月前に入社した、事務員の千川ちひろさんですよ」

代表「新しい事務員は百川さんだぞ。千川ちひろなんて知らん」

P「ば、馬鹿な! それに、そのドリンクが代表のものだって証拠は無いじゃないですか!」

代表「このケースについているシールを見ろ」

P「?」

代表「俺は他人のものと混同しないように、
   自分のものは目立たないところに小さなシールを貼ってあるんだ。
   ほれ、社員に貸与している業務用携帯もそうだろう?
   俺の携帯には同じシールがある」

P「本当だ……」

代表「悪いが、今日は帰ってくれないか。
   こちらから連絡するまで、自宅で謹慎してくれ」

P「……わかりました」

P(一体、どういうことなんだ……?)

P(俺の頭がおかしくなったのか?)

~一ヵ月後~


P「結局、あれから千川ちひろという人を見ることはなかった」

P「担当アイドルと会えなくなったのは寂しいけど、
 会社も辞めたし、しばらくは休養しようかな。
 そうだ、旅にでも出ようじゃないか!」

~吉野~


P「平日なのに、観光客でいっぱいだな」

「あの……」

P「ん? どちら様ですか?」

ちひろ「お久しぶりです。Pさん」

P「げえっ! 千川!」

ちひろ「化け物みたいに言わないでくださいよ」

P「お前のおかげで、俺は職を失ったんだぞ! どうしてくれる!」

ちひろ「ご、ごめんなさい……でも、私はPさんのことを愛しています。
    だから、Pさんに振り向いてほしくて」

P「俺は二度もだまされんぞ。
 お前が俺にドリンクをプレゼントしてくれた翌日、社内の誰もお前のことを知らなかった!
 こんなことはありえない! お前は人間じゃないんだろう?」

ちひろ「に、人間ですよぉ~。信じて下さい。
    それに、そんな化け物がこんなに人が沢山いる場所に、
    昼間に出てくると思いますか?」

P「それも……そうだな」

ちひろ「しかも、私はあなたを探して、こんなに遠いところまで来たんですよ。
    私の愛の深さが分かりませんか?」

P「むむむ……」

ちひろ「せっかくですから、一緒に観光しましょう! ほら、早く!」

P「ち、ちょっと、腕をつかむな!」

~吉野川~


ちひろ「えへへ。Pさんと一緒でうれしいです!」

P(なんだかんだ言って、やっぱりちひろさんは可愛いな……)

老人「そこのお方」

P「どうしました?」

老人「いますぐその女から離れなさい。そいつは邪神じゃ」

ちひろ「……」

老人「良いか? その女の正体は蛇じゃ。
   そのままだと、あんたはいずれ生命を吸い取られることになるぞ!」

P「ぐっ!」バッ

ちひろ「ばれてしまっては、しょうがないですね……」


ジャバン!


P「川へ飛び込んだ!」

老人「惜しいな。逃がしてしまったか」

P「俺はどうすれば」

老人「早くどこか遠くへ逃げなさい。自分の家はやめておいた方が良いじゃろう。
   両親は健在かな?」

P「はい」

老人「ならば、しばらくの間実家で暮らしなさい」

~Pの実家~


P「……ということがあったんだよ」

P父「こんな現代社会において、そんな怪奇現象がおこるなんてな」

P母「たしかに、これから一人で暮らすのは危険ね。
  かといって、いつまでも実家暮しというのも……
  そうだ! あんたも良い歳なんだから、結婚でもすれば?」

P「はあ? 俺は恋人なんていないし、しかも無職だし……」

P母「大丈夫よ。丁度あんたにお見合いの話が出てるから」

P父「それに、仕事のことなら心配するな。
  俺はこう見えても顔が広いんだ。任せておけ」

P「わ、わかった。まかせるよ」

~数日後~


P母「ほら、この写真見なさい。この人すごく美人でしょ?」

P「たしかに。こんな美人、見たことないぞ」

P母「この人はね、母さんの知り合いの娘さんなのよ。
  だから、その千川さんっていう人みたいに、素性が怪しいということは無いわ。
  良い大学も出てるし、家事全般得意なんだって」

P「わかった。この人とお見合いしてみるよ」

~レストラン~


富子「初めまして。富子(とみこ)と申します」

P「こちらこそ初めまして。Pと申します」

P(なんて綺麗な人だろう……写真でも美人だったが、実物は違うな……)

富子「あの、私の顔に何かついていますか?」

P「あ、いえ、そういうことじゃなくて」

富子「?」

P「つい、見惚れてしまって」

富子「あら、お上手なんですね」

P「あ、すみません。初対面の人に言うことではありませんでしたね」

富子「わたしも、Pさんは素敵だと思いますよ」

P「え、いま何て?」

富子「ひ・み・つ です!」

P(あれ? この遣り取り、デジャヴだな)

~結婚後~


富子「私達、やっと夫婦になれましたね」

P「ああ、そうだな」

富子「Pさん、誓ってくれますか? 永遠の愛を」

P「結婚式で誓ったじゃないか」

富子「そうですが、もう一度確かめたくて」

P「わかった……コホン。わたくしPは、富子を永遠に愛することを誓います」

富子「本当ですか?」

P「本当だよ」

富子「これからも、ずっと一緒にいてくれますか?」

P「ああ、ずっと一緒さ」











ちひろ「そうですか。これからもずっと、私のことを愛してくださいね!」

P「富子じゃない!? どういうことだ?」

ちひろ「富子さんの体を、お借りしているんですよ」

P「そ、そんな……」

ちひろ「ふふふ。ずっと一緒ですよ、Pさん。今度は絶対逃がしませんからね?」





『蛇性の淫』 おわり

第八話 『青頭巾』


~富田(とみだ)の里~


快庵(かいあん:柳清良)「ここは富田という土地らしいですね……」

清良「美濃を出立してから、随分歩いたように思いましたが、まだ下野とは。
   そろそろ日が暮れますし、今日はここに泊めてもらいましょう」

清良「すみません。村長さんの家はどちらでしょうか?」

村人「へえ、それなら……うわー! 鬼だ! 鬼が出たぞ!」

村人「逃げろー!」



清良「あ、あれ? どうして皆さん、私のことを避けるのでしょう?」

~村長の家~


清良「こんばんは。すみません、私は旅の者ですが、今夜はここに泊めてもらえませんか?」

村長「あ、あんた……本当に人間なのか?」

清良「どこからどう見ても、人間だと思うのですが」

村長「いや、すみませんね。この村には、坊主の姿をした鬼が出るものですから」

清良「たしかに、私は僧ですが……
   詳しく話してもらえませんか? もしかしたら、お力になれるかもしれません」

村長「ありがたいことです」

村長「この里の近くの山に、寺があるのです。
   その寺は代々徳のあるお坊様が住職をつとめておりまして、
   我々も深く尊敬しておりました」

村長「ある時、どこかの名家出身の方が出家して住職になりました。
   その人は若いながらに教養の深い人物で、今回の住職様も良い人が来たと、
   村人一同喜んでおったのですが……」

清良「それから、どうなったのですか?」

村長「住職様が西国からの行脚から帰ってこられたとき、
   一人の女の子を連れておりました。
   その女の子は大変美しく、住職はその子を溺愛するあまり、
   修行を怠けるようになったのです」

村長「そんな日が続いたある日のこと。
   流行病で、その女の子が亡くなってしまいました。
   住職様は大変悲しみ、その日を境に発狂してしまわれたのです」

清良「発狂とは?」

村長「ある女の村人が死んだので、お経をあげてもらおうと思ったのですが、
   葬式のとき、住職様がその村人の胸を揉みしだいたのです。
   周囲の人々が驚き、引き剥がしたのですが、“胸を揉ませろ!”と言って暴れまわりました。
   挙句の果てには、土葬して間もない村人の墓を暴き、その胸をひたすら揉んでいたこともありました」

清良「なるほど。つまり村人達は、その住職を恐れるあまり、僧衣の私を見て逃げ出したのですね」

村長「そういうことです。今では誰も、寺に近づく者はいません」

清良「わかりました。明日、寺に行ってみようと思います」

村長「そんな。よろしいのですか?」

清良「大丈夫です。一宿一飯の恩を返させてください」

村長「ありがとうございます。今となっては、貴方様だけが頼りです」

~翌日・寺~


清良「なるほど。本当に、誰も来ていないようですね。
   境内が荒れ放題になっています……」

清良「ごめんください! 誰かいませんか?」

僧(棟方愛海)「どちら様ですか?」

清良「私は旅の僧です。今日だけでも、ここに泊めていただけませんか?」

愛海「なかなか良いお山……」ボソッ

清良「何か?」

愛海「な、なんでもございません! どうぞ奥へ!」

清良「ありがとうございます。失礼します」

~深夜・客間~


清良「さて、そろそろ来るかしら?」

パタパタパタ

清良「どうやら来たみたいですね」

愛海「へへへ! 久しぶりの上玉だぁ~!……
   あれ? あの人、どこに行ったんだろう?」

清良「……」

愛海「おかしいな、逃げたわけじゃないみたいだね。
   あの人の旅行道具、この部屋に置いてあるし」


ゴソゴソ バタバタ


愛海「……あ~ん、どこに行ったの? 疲れちゃったよ。
   なんだか眠くなってきたし……」スヤスヤ

清良「どうやら、探し疲れてしまったみたい。ふふふ」

~翌朝~


愛海「あれ? もう朝?」

清良「ぐっすり眠ってたわね?」

愛海「あ、あなたは! 昨晩どこに行ってたんですか?」

清良「ずっとこの部屋にいましたよ。
   どうやらあなたは、鬼畜の道に堕ちていまい、
   見えるものも見えなくなってしまったようですね」

愛海「事情は知ってるのか……
   確かにあたしは、今まで多くの胸を揉んできました。
   下は農民から、上は貴族の娘まで。
   でも、僧侶の胸なんて揉んだことがなかったから、良い機会になると思ったんだけど……」

清良「あなたは、いけないことをしている、という自覚はあるの?」

愛海「分かってる。でも、やめられないんだ。
   それに、いまさら謝ったところで、誰も許してくれないだろうし」

清良「大丈夫。悔い改めるのに、早いも遅いも無いわ。
   そうだ、この詩を残しておきます。
   この詩の真意を理解したとき、あなたは救われるでしょう」


『江月照松風吹 永夜清宵何所為』

(月は入り江を明るく照らし、吹く風は松の木を揺らして松籟を聞かせる。
この秋の清らかな宵は、いったい何の為であろうか)

愛海「う~ん。意味はわかるんだけど、真意っていうのが、ちょっと……」

清良「ひたすら考えなさい。
   考え抜いた先にたどり着いた答えが、悟りというものです」

愛海「わかった。考えてみます」

清良「頑張ってね」

~村長の家~


村長「首尾はどうでした?」

清良「おそらく、もう村人達を襲うことはないでしょう」

村長「ありがとうございました。どうお礼をすれば良いのか……」

清良「お礼なんて結構です。私はこれから奥羽に向かうので、これにて」

村長「お引止めしたいのはやまやまですが、そういうことならしかたありません。
   旅の無事をお祈りしております」

~一年後~


清良「奥羽行脚も無事に終わりました。
   そういえば、富田の里はどうなったのでしょう?
   一度寄ってみますか……」

~富田の里・村長の家~


清良「お久しぶりですね、村長さん」

村長「おお、あの時のお坊様。お久しぶりです。よくぞご無事で」

清良「西国へ帰る途中に、ここの様子を見て行こうと思いまして。
   鬼はもう出ませんか?」

村長「おかげさまで、あの日以来誰も鬼の姿を見た者はおりません。
   しかし……」

清良「どうされました?」

村長「しかし、住職様の姿を見た者もおらんのです。
   いくら住職様が改心したとは言え、恐ろしくて誰も寺には近づきません。
   一年も山を降りていないということは、生きておられるかどうかも不明で……」

清良「わかりました。それでは私が確かめに行きましょう」

村長「大丈夫でしょうか?」

清良「まだ私の教えを理解していないようであれば、
   それは私の弟子ということになりますし、教えを理解したということは、
   それは悟りを開いたということになりますので、私の師匠ということになります。
   どちらにせよ、一度様子を見に行かなければなりません」

~寺~


清良「誰も近づいていないというのは、本当のことみたいね。
   以前より荒れ放題になっている……」

清良「ごめんください。誰かいませんか?」



「ブツブツ……」



清良「あら? 奥から声が聞こえる」

~愛海の部屋~


清良「座禅を組んで、読経しているみたいね。関心関心」

清良「……って、あれ?」

愛海「う~ん、やっぱりお山は大きい方が良いのかな、それとも小さい方が良いのかな?
   大きい方が揉み応えがあるけど、小さい方も掌にすっぽりと収まるあの感触がたまらない!
   “大きいのは夢が詰まっているからだ。小さいのは皆に夢を与えているからだ”という名言もあるし。
    やっぱり感度が重要なのかな? でも、感度が良かったとしても、
   “感度が良い大きなお山が良いのか、感度が良い小さお山が良いのか”っていう新たな問題が出てくるし。
   あ、そうだ! 逆に考えて、そもそも感度が良い方が良いっていう一般常識にも、
   それが本当に正しいのかっていう新たな疑問が出てくるよね。
   う~ん、奥が深いな……」

清良「」プッチーン

清良「えいっ」


チュウシャキ グサーッ!


愛海「いった~い!!」スゥ

清良「消えた……とうの昔に、この世の者ではなくなっていたようですね……
   おや、これは?」

~村長の家~


村長「そ、それで、住職様の様子はどうでしたか?」

清良「すでに、遠い世界に旅立たれていました。
   それと、こんなものが落ちていました」

村長「これは、青頭巾ですね」

清良「ご存知なのですか?」

村長「これは住職様が大事にされていたものです……
   これからは、この青頭巾を祀って住職様の霊を慰めたいと思います」

清良「私も、そうした方が良いと思います」

村長「それにしても、惜しい人をなくしてしまいました……」





『青頭巾』 おわり

第九話 『貧福論』


「岡左内(おか さない)って武士、知ってるかい?」

「ああ、蒲生(がもう)様のお家来の?」

「あの人って武勇に優れた人だけど、相当ケチらしいよ」

「へえ、そうなんだ」

「他のお侍たちが茶道を嗜んでいるときに、
 自分の部屋に小判とかを敷き詰めて、それを眺めるのが趣味なんだってさ」

「いやらしいね」

~岡の屋敷~


下男「と、ところで、どういったご用件で、私が呼び出されたのでしょうか?」

岡左内(土屋亜子)「最近噂で聞いたんやけど、お前が給料を溜め込んで小判を手に入れたとか」

下男(まさか、俺の小判を横取りするんじゃないのか? 岡様は相当がめつい人だし……)

亜子「武士たるもの、お金は名剣とか、戦で使う道具に使うべきや」

下男「は、はあ」

亜子「しかし、どんなに切れ味鋭い剣でも、千人の敵を討ち取ることはできん。
   でも、金さえあれば、この世のあらゆるものを買うことができる。
   剣でも、火縄銃でも、城でも……そして人の心でも。
   それやのに、天下の多くの武士は金を卑しいものだとして、軽蔑してる。
   こんな馬鹿な話は無い!」

亜子「というわけで、せっせと働き、
   己の財を増やすことを心掛けているお前には、敬意を表する。
   よってお前を士分に取り立て、帯刀を許す!」

下男「ほ、本当ですか?」

亜子「ああ、お前の蓄財の才能は、この岡家のためにも用いていきたいと思ってるから」

下男「ありがたき幸せにございます!」

「聞いたか? 岡って武士のこと」

「ああ、あの貪欲な武士のことか」

「その岡って人が、給料を無駄使いせず、
 大金を溜め込んでいた下男を褒めて、士分に取り立てたんだって」

「へえ、すごいじゃないか! なんだか岡様のこと、尊敬しちゃうな~」

「だろう? 世間一般の強欲な人間とは、器の大きさがちがうぜ!」

~深夜・岡の部屋~


亜子「すやすや……」

「もし……もし……」

亜子「だ、だれや!?」

老人「岡様、夜分遅くに申し訳ない」

亜子「こんな遅くにアタシの部屋に忍び込むなんて、あんた人間ちゃうやろ?
   妖怪か、それとも物の怪とか?」

老人「私は人間でもありませんし、妖怪でもありません。
   言うなれば、黄金の精とでも申しましょうか」

亜子「黄金の精?」

老人「私は黄金に取り憑いている者でして、
   日頃貴方様に大事にしていただいている御礼をするために、参上したのです」

亜子「う~ん、信じられへんな……」

老人「まあ、信じて頂かなくても結構です。
   今宵は岡様とお金談義をしとうございまして」

亜子「お金の話? まあ、アタシの好きな分野やし、別にええけど」

老人「――お金とは、人間が生きていくうえで重要なものです。
   お金があれば家を栄えさせることができ、豊かな生活を送ることができます。
   “論語”にも 


『千金の子は市に死せず、富貴の人は王者とたのしみを同じうす』

(金持ちは処刑されることはなく、金持ちは位の高い人と同じ生活が出来る)


   という言葉もあります。
   また、太公望(たいこうぼう)や管仲(かんちゅう)はそれぞれ主君を助け、
   国を栄えさせましたが、自分は主君以上に裕福であったと聞きます。
   つまりお金を良く集め、そして使いこなせる者こそ、聖賢と呼べるのでしょう」

老人「しかし一方で、金は軽蔑すべきであるという考えもあります。これも論語ですが


『貧しうしてたのしむ』

(貧しい生活をしているが、それを楽しむ)


   という言葉もあり、この言葉が長い間、学者達の論争の的になりました。
   そしてその論争こそが、昨今の武士達の心を惑わし、
   戦や兵法などの益体も無いものに熱中させています。
   戦の果てに一家が皆殺しになり、一族が断絶してしまうのは、
   この富よりも名誉を尊重するという悪しき思想によるものでしょう」

亜子「なるほど。なかなかの卓見やね」

亜子「それじゃあ、一つ質問してもいい?」

老人「どうぞ」

亜子「確かに、お金は素晴らしいものっていう意見は同意や。
   でも、学者たちがお金は卑しいものだと考えるのも、理解できる。
   なんでかって言うと、現実の金持ちっていうのは、大半が貪欲で卑しい心を持ってる。
   他人の不幸につけ込んで商売したり、他人を貶めて自分だけ利益を独占しようとしたり……」

亜子「そこで、仏教と儒教の違いが出てくる。
   仏教では、この世で良いことや、反対に悪いことをしたら、
   その因果は来世に引き継がれるとしているけど、儒教では運の悪い人生を送ったとしても、
   それは天命であると教えてる」

亜子「あんたはさっきから儒教の観点によって富貴の道を説いているけど、
   仏教の観点からすればどうなんか。儒教と仏教の教えが食い違うなら、
   片方がでたらめな教えなんか。そのあたりを教えてほしい」

老人「ほうほう、良いご質問です。
   それは昔から議論の尽きない命題で、未だに明確な答えはありません」

老人「仏教における、前世で善行を積めば来世で幸せな人生を送れるという教えは、
   これはよく考えればでたらめであるとわかります。
   なぜなら、岡様がおっしゃたように、この世の金持ちの殆どは貪欲な性格を持っています」

老人「しかし前世で善行を積んだのに、
   現世では捻じ曲がった根性の持ち主になってしまうということは、
   善行を積んできた精神がどこで捻じ曲がってしまったのか。
   矛盾しているとは思いませんか?」

老人「つまり貧富とは、善行・悪行の差ではなく、能力の差によって偏るものなのです。
   四六時中お金儲けのこのとを考えていれば、おのずとその人の元にお金が集まってきます」

老人「逆にお金のことを考えずに、金儲けに関して何の工夫も努力もしない人間の元からは、
   お金は去っていきます。
   これは一種の、自然の摂理のようなものでして、
   水は必ず高い所から低い所へ流れていくことと、同じだと考えれば良いでしょう」

亜子「なるほど! お金に関して、一段と理解が深まったみたいや!
   じゃあついでに、もう少し質問してもええかな?」

老人「興が乗ってきましたかな?」

亜子「この世は豊臣家によって、治まっているように見える。
   けど、各地にまだ天下への野心を秘めている武士もおるし、
   農民の中にも隙あらば武士の首を取って、成り上がろうと考えている奴がおる。
   こんな状態やったら、豊臣の治世が続くとは思われへん。
   いったい誰が、天下を治めることになると思う?」

老人「では、名前を順番に挙げていきましょうか。
   まあ、私は政治のことは分からないので、富貴という点から観てみましょう」



老人「まず一人は、武田信玄。
   彼は智謀に優れ、多くの戦で勝利を収めてきました。
   しかしそんな彼でも、生涯で制覇したのは甲・信・越の三国だけです。
   信玄は世を去るとき、
   『信長は天運の持ち主であり、私は彼を侮ったばかりについ討ち漏らしてしまった』
   と言ったそうです」

老人「二人目は、上杉謙信。
   彼は、武田信玄と並び立つ名将でした。
   しかし不幸にも、この世を去るのが早すぎてしまったのです。
   それに、後継者をはっきりと決めなかったせいで、彼の死後に乱が起きました」

老人「三人目は、織田信長。
   彼は、智において武田信玄に劣り、勇においては上杉謙信の足元にも及びません。
   しかし富を用いて、一度は天下を手中に収めました。
   ですが、家来を馬鹿にしたり、敗者を辱めたりするなどして、ついに命を落としました。
   これを見ると、彼は文武双全の人物というわけではありませんね」

老人「最後は、豊臣秀吉。
   彼の大志は雄大なものでしたが、天下を覆うものではなかったようです。
   これは若かりし頃、家中の丹羽長秀や柴田勝家の富貴をうらやみ、
   二人への阿諛追従として、“羽柴”の姓を名乗ったことからもわかります。
   それが今では、竜となって天下へ飛翔しました」
   
老人「しかし、初心を忘れてはいないでしょうか?
   竜となったと言っても、それは蛟(みずち)ではないでしょうか?
   蛟から竜へ化けた者の天下は、三年と続かないと言います。
   驕慢な者が収めた天下は、長続きしたためしがありません」

老人「岡様、よく覚えておいてくだされ。“倹約”と“吝嗇”は違うということを」

亜子「なるほどねぇ~」

老人「ですがご安心召されよ。
   こんな世の中ですが、天下万民が平穏に暮らせる日はもうすぐやってきます。
   じつは、私の恩返しとはこれなのです。岡様へは、こんな詩を贈りましょう。



『堯蓂日杲 百姓帰家』

(堯帝の時代に蓂莢という瑞草が生じ、日は高く天下を照らし、
 万民は自分の家で平穏に暮らした)

亜子「どういうことや?」

老人「おお、ついつい話込んでしまいました。
   もうすぐ夜が明けます。私はこれにて……」スゥ

亜子「消えてしもた。それにしてもこの詩、どういう意味やろ?」

亜子「ちょっと待てよ、『百姓帰家』ってことは……
   “家”に“帰る”……」

亜子「……」



亜子「そういうことか!」





『貧福論』 おわり

・読んで下さった方、ありがとうございました。

・この雨月物語は、現代で例えるなら「世にも奇妙な物語」みたいな感じでしょうか?
 現代のホラーでもありがちなネタが、いくつか登場しています。

・このSSはお盆には怪談を、ということで書いたものです。
 余談ですが、このSSを投稿している最中に本棚から本が落ちてきて、心臓が止まるかと思いました。
 今までそんなこと無かったのに……

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