モバマス・トークバトルショー ~塩鉄論~ (116)
・このSSは、中国前漢時代、及び「塩鉄論」をベースにした作品です。
・作者の勝手な脚色が含まれます。ご注意下さい。
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時は前漢時代。漢は、北方の騎馬民族・匈奴の侵略に脅かされていた。
これに対し、漢の武帝・劉徹は「匈奴撃滅」を志し、衛青、霍去病、李広らを起用。
勇将達の活躍により、対匈奴戦は優勢に推移する。
一方で、遠征を支える巨額の軍事費により、漢の国庫は逼迫していく。
そこで、財政再建を任された侍従・桑弘羊は、武帝にある秘策を上奏した。
その秘策とは……
~長安・宮殿~
桑弘羊(二宮飛鳥)「やあ、蘭子」
劉徹(神崎蘭子)「待っていたぞ。我が友よ」
飛鳥「例の件で話がある。ここ数日中、色々と試算してみたけど、
やはりこのままでは財政は破綻してしまうだろうね」
蘭子「相克する二つの災禍。そなたはどう御するか?」
飛鳥「そこでボクは、三つの政策を考えてみた。
これならきっと、財政を立て直すことができるよ」
飛鳥「まず一つは、“平準法”だ」
飛鳥「平準法とは、市場価格の下落した物資を国が買収し、
その物資の価格が高騰したとき、それを売却する」
蘭子「我らが、神の見えざる手を演じようというわけか」
飛鳥「そうとも言えるかもしれない」
飛鳥「二つ目は、“均輸法”という。
こちらは、平準法によって買収した物資を、
その物資の価格が高騰している地域に輸送するということだよ」
飛鳥「この二つの法を組み合わせれば、国内のあらゆる物資の価格や流通量が安定するだろう。
どの地域においてもね。そしてこれは、税収の安定化にも繋がる」
蘭子「さすがは我が友、妙手ね。早速……」
飛鳥「待ってくれ。ここまでは、誰でも思いつくことだろう。
問題は三つ目の策だ……これは、すごく危険かもしれない」
蘭子「忌憚無く申せ。私はこの国の為なら、艱難辛苦の荊の道すらも歩もう」
飛鳥「キミなら、そう言ってくれると思ったよ」
飛鳥「三つ目の政策は、“塩・鉄・酒の専売”だ」
蘭子「束縛の禁術だと……!」
飛鳥「塩・鉄・酒の三品目は、どんな時でも安定した流通量を誇る。
これを国家の専売制にすれば、巨額の歳入となるだろう。
漢軍の遠征に必要な軍事費も、充分に捻出できるはずさ」
蘭子「それら三位一体の禁術は、確かに泉の如く金穀を生むだろう。
しかし、利を運びし者共の生命の糧を奪うことにならぬか?」
飛鳥「蘭子の言う通りだ。国家が強権を用いて民業に参入すれば、
収入を断たれる商人も出てくるだろうし、彼らの不満も募る」
飛鳥「しかし、その不満を何とかするのがボク達の使命のはず。
この国を救うため、匈奴撃滅は必ず果たさなければならない。
衛青、霍去病、李広の三将軍が死地に立つ以上、
ボク達も命を賭して、この国を統治しなければ」
蘭子「よく言った! それでこそ我が友、我が同胞(はらから)!」
蘭子「良きに計らえ、桑弘羊」
飛鳥「ああ。任せてくれ」
~数日後~
文官「大変です、桑弘羊様!」
飛鳥「どうしたんだい?」
文官「例の政策を発表したのですが、やはり多くの豪商達から、
不満を連ねた陳情書が」
飛鳥「そんなこと、想定内の反撥だよ……
それで、今その商人達は何をしているのかな?」
文官「民間の有識者の中で代表を立て、この宮殿に直接陳情に来る模様です」
飛鳥(何だ。武力蜂起ではないのか……彼らも案外、弁えているね)
飛鳥「分かった。その代表とやらがやって来たら、通してくれないか」
文官「よろしいのですか?」
飛鳥「話し合いで解決できるなら、それに越したことはない。
匈奴との戦いの中で、多くの兵が異郷の鬼となっている今、
どうして漢民族同士で殺し合うんだい?」
文官「では、おおせのままに……」
飛鳥「……話は聞いたね。これで良いだろう、蘭子?」
蘭子「『燕雀安ンゾ鴻鵠ノ志ヲ知ランヤ』とは、陳王もよく言ったものよ」
蘭子「桑弘羊よ。国政を司りし乙女であるそなたが、
大義を知らぬ燕雀共の蒙を啓いてやるのだ」
飛鳥「善処するさ。出来るだけ粘り強く話し合い、彼らを説得してみよう」
※ 陳勝(ちんしょう)
・秦時代末期に、呉広と共に秦に対して反乱を起こした人物。
陳王を名乗り、張楚を建国するが、部下の裏切りによって殺された。
他にも、『王侯将相寧ンゾ種アランヤ』などの名言で知られる。
~さらに数日後~
文官「桑弘羊様! 商人の代表者が参りましたぞ!」
飛鳥「来たか……広間にお通ししろ」
蘭子「ふふふ……見ものね」ワクワク
飛鳥「すごく楽しそうだね、蘭子」
蘭子「血が滾るわ!」
飛鳥(無理もないか……宮中の政務は散文的だから、目新しいものに飢えているんだ)
唐生(橘ありす)「お初にお目にかかります。私は唐生と申します。
周囲の者は、私を橘と呼ぶこともあります」
ありす「拝謁の栄に浴し、私はただ恐懼せんばかりでございます」
蘭子「朕に謁見できたこと、光栄に思うが良いわ!」
蘭子「我こそは、三千世界を束ねる真の魔王! 我が聖断に迷いは無く、過ちも無し!
森羅万象は我が威光に跪き、頭(こうべ)を垂れるであろう!
如何な英雄豪傑であろうとも、我が膝下(しっか)に降らぬ者は無い!」
ありす(うわぁ……)
飛鳥(まずい。橘さんが、若干引いてる)
飛鳥「そこまでにしてくれないか、蘭子。少しはしゃぎすぎだぞ」
蘭子「はぁい……」
飛鳥「さて……ボクは桑弘羊だ。キミの用件はわかっている。
専売についてだろう?」
ありす「話が早くて助かります。どうか、その政策は撤回していただけませんか?
このままでは、国中の商人達が生活を断たれてしまいます」
飛鳥「無理だ。ご存知の通り、この国は外患においても財政においても
危急存亡の秋(とき)を迎えている」
飛鳥「この政策により、生活の術を失う者がいることは確かだ。
しかし政というものは、衆を救うために、寡を切り捨てなければならない時もある」
ありす「むぅ……このまま議論を続けても、平行線を辿るばかりで埒があきませんね」
飛鳥「同感だよ」
飛鳥(長くなりそうだな。正直、商人達に付き合っている暇は無いのだけれど……
何か、一発で解決できる方法は無いだろうか)
飛鳥(あるわけないか。何でもそんなに上手くいったら、政がここまで複雑になる道理はない)
女の声「お困りのようですね?」
蘭子「何者!?」
バッ
ありす「きゃあ!」
飛鳥「ど、どうしていきなり真っ暗になったんだ!?」
蘭子「解せぬ……先程まで、煩わしい太陽が我が園を灼いていたはず」
パッ
蘭子「眩しっ! じゃなかった。これは、閃光の炎術か!?」
飛鳥「明るくなったね……全く、衛兵達は何をしているのやら……
橘さん、大丈夫かい?」
ありす「はい……」
ありす(誰がいきなり真っ暗にしたんですか!
人前で悲鳴を上げちゃったじゃないですか……)
飛鳥「あれ? おかしい……ここ、広間じゃない!」
美波「さあ、今週もやって参りました! トークバトルショーのお時間です!」
美波「今回の舞台は、中国前漢時代!
果たしてどんな熱いトークが繰り広げられるのでしょうか?
司会は私、新田美波でお届けします!」
美波「みなみ、頑張ります♪」
観客「イエェェェイ!!!」
キャーキャー パチパチパチパチ
蘭子「幻術……か?」
ありす(どうしよう……変な格好した女の人が……
それに、後ろの壇に知らない人が沢山……)
飛鳥「貴方は? それに、これは一体?」
美波「自己紹介が遅れましたね。私は、新田美波と言います!
トークバトルショーの司会を務めているんですよ」
飛鳥「とおくばとるしょう……何かな、それは?」
美波「どうやら、議論が侃侃諤諤で上手くまとまらないご様子でしたので、
お手伝いしようかと思いまして」
飛鳥(どういう情況なんだ……これは)
蘭子「光とかいっぱいでた! あの光る衣装は何かな!?」キラキラ
飛鳥(まずい……蘭子が素に戻っている。しかも目が輝いているし)
ありす「どうしよう……帰れないのかな……」オロオロ
飛鳥(橘さんは……あてにならないな。仕方ない)
飛鳥「新田美波さん……だったかな? 手伝いとは、一体?」
美波「ただ、皆さんに議論していただくだけです。
どちらの主張が正しいのか、後ろにいる百人の観客の皆さんの投票により、
判定するという仕組みです。もちろん、投票数の多かった方の勝ちですよ」
飛鳥「なるほど、多数決というわけだね?」
美波「簡単に言えば、そういうことになりますね」
飛鳥(はっきり言って、この人たちは信用ならない。
しかし害意も感じられない。面白そうな勝負だし、一つ乗ってみるか?)
飛鳥「どうする、蘭子。ボクは良い機会だと思うけど」
蘭子「まさに愉悦! 血の宴のはじまりよ!」
飛鳥「予想通りの答えだね……橘さん?」
ありす「は、はい!」
飛鳥「丁度良い機会だ。この勝負で負けた方が、
勝った方の言い分を聞くということでどうかな?」
ありす「そうですね。ここには百人もいらっしゃるようですから、
多くの人に判定してもらうというのは、良い方法かもしれません」
飛鳥「決まったね」
美波「待ってました! 早速ルール説明をしますね」
飛鳥「るうる?」
美波「えっと、勝負の形式とか、勝敗の判定方法とか、そういった諸々についてです」
飛鳥「ああ、そういうことか」
美波「このトークバトルショーでは、いくつかのブロック……じゃ分からないか。
えっと、一戦、二戦という風に議題を分けて、討論をしていただきます」
美波「今回の議題は塩、鉄、酒の専売について、のようですので、
全部で三戦ということで良いでしょうか?」
飛鳥「それで良いんじゃないかな」
美波「分かりました」
美波「そして、それぞれの討論が終わるごとに、
百人の観客にどちらの意見が正しいと思うか投票していただき、集計結果を発表します。
そして、全ての討論が終了した後、全戦の総投票数を集計し勝敗を決めちゃいます!」
美波「また、司会、観客、論者の他にもチアーズがいますので、
討論の途中で彼女達に応援してもらうこともできますよ」
飛鳥「別に難しくはないかな。ところで、“ちああず”とは?」
美波「はい♪ ここでチアーズに登場していただきましょう!
本日のチアーズは、この四人です!」
奏「精一杯応援させてもらうわ。よろしくね」
有香「押忍……じゃなかった、よろしくお願いします!」
あやめ「今日も、あやめ流忍術でトークを盛り上げちゃいますよ!」
くるみ「ちゃんと応援……できるかなぁ……」
ワーワー キャーキャー
パチパチパチパチ
飛鳥(何なんだ、この人たち……)
ありす(また変な格好した人が……)オロオロ
蘭子「わぁ、いきなり人が現れた! これも魔術かな!?」ワクワク
飛鳥「あ、えっと……そちらの四人は、討論に何の関係が?」
美波「好きなタイミング……いや、自分のお好きな“機”に、彼女達から一人指名すれば、
その人に応援してもらうことができるんです。
でも応援は、トークバトル中で一回だけですから、注意してくださいね」
飛鳥「応援してもらうことについて、何か利点は?」
美波「何が起こるかわかりません」
飛鳥(適当すぎる……)
蘭子「談論風発を司る乙女よ、一つ聞く」
美波「何でしょう?」
蘭子「そなたの後背に聳える四天王は、パルプン……」
飛鳥「おっと、蘭子。そこまでだ」
蘭子「だって……」プクー
飛鳥「もう、るうるとやらの説明はいいよ。
早速始めよう。橘さんも、質問は無いね?」
ありす「こうなったら、腹を据えましょう。私も、準備できています!」
美波「了解です♪ それでは、観客・視聴者の皆さんお待たせしました……」
美波「トークバトル第一ブロック、スタート!」
パチパチパチパチ
第一ブロック『塩の専売について』
飛鳥「すまないが、手加減抜きでいかせてもらうよ……」
ありす「どうぞ。負けるつもりはありませんから」
飛鳥「おや、対した自信だね」
美波「両者ともに牽制しています。今回のトークも激しくなりそうですね!」
飛鳥「……ところで橘さん。
この国に流通している塩は、主に岩塩から精製されているのはご存知かな?」
ありす「知ってます。それがどうかしたんですか?」
飛鳥「その岩塩の産出地は主に、解池(かいち)または巴蜀地方だ。それも知ってるね?」
ありす「愚問です。そんなの常識じゃないですか」
美波「おっと、桑弘羊選手いきなり仕掛けました!
答えの分かりきった質問を論述の切り口にするという、
戦国時代から続く縦横家の常套手段です!」
飛鳥「美波さん。少し黙ってくれないかな」
美波「ごめんなさい……」
飛鳥「続けるよ」
飛鳥「しかし、岩塩から精製するより、もっと簡単で経費も少なくて済む
塩の生産方法はご存知かな?」
ありす「岩塩よりも、簡単に塩が精製できる……?」
飛鳥「おや、知らない? ならば教えてあげよう」
飛鳥「江南地方の沿岸部では、塩田という方法を用いている。
これは海水を穴に貯めて乾燥させ、残った塩を採取するという方法だ。
または、大きな甕に海水を入れて、火で熱して水を飛ばして塩を得るという方法もある」
飛鳥「つまり、塩を陸から採るのではなく、海から採ればどうだろう?
岩塩のように、わざわざ大地を削るような、そんな手間をかけなくても済む。
労働者にも安全に、効率よく塩を採取することができるんじゃないかな」
飛鳥「それに、遠い未来、岩塩は掘り尽してしまう可能性がある。
しかし、海の恵みは無限だ」
ありす「それは……」
飛鳥「それに塩は、人間が生きていくためになくてはならないものだ。
もし何かあって、塩を扱う商人達が戦争などで軒並みが廃業すれば、どうする?
誰が民に、塩を供給してくれるのかな?」
飛鳥「聞けば、各地の塩商人達はそろって、塩を高額で売り出しているそうじゃないか。
生活になくてはならないものだからこそ、足元を見ている。
さぞ儲かることだろうね?」
ありす「ですが、江南地方はこの都よりも遥か東の地です!
かつて楚が栄えていたとはいえ、まだまだ未開の地。
そんな地域を開発するためには、別の費用が発生するじゃありませんか?」
飛鳥「先年、霍去病将軍が匈奴領の河西回廊奪取に成功した。
その際の略奪品が残っているから、有る程度の纏まった金はある。
むしろ、何かを為すならば今しかない」
ありす「では、労働者はどこから集めてくるんですか?」
飛鳥「問題ない。開拓者を募れば良いだけさ。
例えば、移住してから数年間は税を免除するとかね。
ああ、失業者を集めるという方法もあるけど」
ありす「まだ別の問題が残っていますよ。
江南を開発し、塩流通の拠点になってしまうと、その地域に莫大な利益が生じてしまいます。
当然そこには政府と民間企業の癒着など、多くの政治的問題が発生します。
地方政治の腐敗が進み、それがやがて地方の弱体化につながってしまうのではありませんか?」
飛鳥「それを防ぐために、平準法と均輸法があるんじゃないかな?
国内全域において、あらゆる物資の市場価格を安定させるために。
そして、富の一極化を防ぐために」
ありす「あ……」
飛鳥「当然、橘さんの懸念は理解できる。
しかし、帝の侍従たるボクが、そこまで考えていなかったとでも思うのかい?
ボクも、随分舐められたものじゃないか」
飛鳥「それに、さっきキミが言った通り、江南は未開の地さ。
だからこそ、国にとっての巨利を生み出すような、商業的価値のある地域にしていくべきだ。
そうなれば多くの人が長江以南に移住する。
移住者が多くなれば人口が増え、江南は、関中・華北・中原に匹敵する、
金城湯池になるだろう」
飛鳥「いまよりもっと広範囲に人々が定住すれば、その分だけ税収が増える。
そして税収を蒼茫に還元すれば、この国はもっと豊かになるはずさ。
豊かな国づくりの為に塩の専売は必要だとボクは思うけど、どうかな?」
ありす「……」
美波「唐生選手、桑弘羊選手の冴え渡る舌鋒の前に反論できません!」
美波「まだ時間は残っていますが、第一ブロックは早くも終了か!?」
ありす「待ってください!」
飛鳥「まだ何か?」
ありす「応援を、使用します!」
オオオオ! パチパチパチパチ
美波「さっそく来ました! 今回初めてのチアーです!」
美波「唐生選手、誰を使用しますか?」
ありす「えっと……そこの、大人っぽい人です」
有香「あたしのことですか!?」
ありす「ごめんなさい……貴方の右隣の人です」
有香「」ガーン
奏「私のことかしら?」
ありす「そうです」
ありす(あの四人の中では、一番まともそうですから……)
美波「唐生選手、絶体絶命のピンチにチアーズの速水奏を指名!
それでは速水さん、お願いします!」
奏「ねえ、そこのお兄さん?」
観客の男「俺?」
奏「そう、貴方よ……もしこのブロックで、唐生選手に投票してくれたら、
キスしてあげても良いわ」
男「マ、マジ!? よーし、ぼく、明らかに劣勢なのに
唐生選手の方に投票しちゃうぞー!」ポチッ
奏「ありがとう。他にはいない? 私にキスして欲しい人」
「お、俺も!」ポチッ
「こっちもたのむ!」ポチッ
飛鳥(おいおい、ちょっとこれは……)
ありす(これで良いんでしょうか? 効果はあるみたいですけど)
奏「ありがとう……じゃあ」
男「ウッヒョー!! 待ってました!」
奏「……投げキッスね!」チュッ
男「な~んだ。でも得した気分!」
飛鳥「あんなの卑怯じゃないか?」
美波「まあまあ、これもファンサービスということで」
飛鳥「ふぁんさあびす? まあいいさ。この議題について、ボクからはもう無いよ」
ありす「私も、次で勝負です!」
美波「では、少し早いですが、第一ブロック終了です!」
美波「さあ、観客の皆さん、まだの方は投票ボタンを押してください!」
集計中……集計中……
蘭子「この音、この光……神の御業か!」
飛鳥(この議論が終わるまで、蘭子はそっとしておいてあげよう……)
ありす(塩の価格が高騰しているのは、確かに由々しき問題です)
ありす(そして、塩と江南地域の未開拓問題を絡めてくるとは……
桑弘羊、やはり油断できない人ですね……)
美波「さあ、集計が終わりました! 第一ブロック結果は……」
第一ブロック『塩の専売について』
桑弘羊…八一票
唐生…一九票
美波「第一ブロックは、桑弘羊選手の圧勝です!」
飛鳥「ま、当然だね」
ありす「むぅ……美波さん。次の議題に移ってください!」
美波「勝負は始まったばかりですからね。どんどん行きましょう!
第二ブロックは、こちら!」
第二ブロック『鉄の専売について』
美波「次の議題は、『鉄の専売について』です。
それでは第二ブロック、スタート!」
ありす「鉄の流通についてですが、これは民間の商人達にまかせる必要があるでしょう」
飛鳥「どうしてそう思うのかな?」
ありす「鉄は、塩ほど重要な物資ではありません。
確かに鉄器の開発により、各方面の生産技術が飛躍的に向上したことは広く知られています。
しかし、それはあくまで効率化の面であって、
人は鉄無しでも生きていくことができるからです。
春秋の世では、皆青銅を使っていたのですから」
ありす「先ほどの、人の生命維持という観点からすれば、これは極論ですが……」
ありす「とにかく、鉄の流通まで国家が管理する必要は無いのでは?」
飛鳥「橘さんの言いたいことはわかる。しかし、鉄は国家を守るために必要なものだ。
現在わが国は、匈奴と死闘を繰り広げている。
戦に勝つために必要なものは優れた兵器であり、優れた兵器を生産するためには、
どうしても鉄は必要だ」
飛鳥「もし、鉄を一握りの豪商達に任せていて、もし匈奴がそれに目をつけたらどうする?
匈奴に誑かされ、売国奴に身を堕とす者も出てくるかもしれない」
飛鳥「キミは、文字通り鉄の海嘯となって祖国を蹂躙する敵に対し、
石や青銅で立ち向かえとでも言うつもりかな?」
ありす「それは極論じゃないですか!」
飛鳥「最初に極論を言い出したのはキミだよ」
ありす「ぐぬぬ……」
ありす「で、ですが、今まで鉄は民間の商人達が売買していたではありませんか。
匈奴との戦が始まったのは、それ以前です。
今まで上手くいってたものを、どうして変革しようとするのですか?」
ありす「今になって鉄を国家の専売にするなんて、
国が民から利益を吸い上げようとしていると思われても、仕方ありませんよ!」
飛鳥「確かに、そう思われてもおかしくない。
しかし、その論法なら逆の言い方ができる。今までは上手くいってたかもしれない。
だが、これからはどうなのか、とね……」
美波「桑弘羊選手、唐生選手のわずかな文言の揚げ足を取り、自論を展開していきます!
針小棒大とはまさにこのこと! 論客の鑑と言うべきでしょう!」
飛鳥「だから、人が話しているときは黙ってくれないかな。
それに何だか、ボクに対して悪意を感じるのだけれど」
美波「そ、そんなことありませんよ!」
美波(このままじゃワンサイドゲームになりそうですからね……
視聴者や観客が求めているのは、手に汗握る接戦だから……)
飛鳥「つ、続けるよ」
飛鳥「キミの言う通り、鉄によって生産技術が向上した。
農具の先に鉄を取り付ければ、深く大地を穿つことができるし、
武器を青銅から鉄に変えれば、殺傷能力が上がる」
飛鳥「それによってこの満天下は繁栄し、人々は以前より豊かになった。
しかし、人の欲望は際限が無いもの。
我こそが次の覇王たらん、と考える者が現れてもおかしくない」
飛鳥「西楚の覇王・項羽も若かりし頃、秦の始皇帝の行幸を見物した際、
『彼ニ取ツテ代ワルベキナリ』と叫んだそうじゃないか」
ありす「まさか貴方は、鉄から生じる利益だけではなく、
武力さえも中央に収斂させるつもりですか?」
飛鳥「ご名答。秦が六国を滅ぼした後、各地の兵器を回収し、
鋳潰したのは何故だと思う? それと同じことさ」
飛鳥「歳入の増加、地方の反乱防止、それに匈奴戦で消耗する武器を素早く補充できる。
素晴らしいと思わないかい?」
ありす「そんなことをすれば、あなたは広く江湖から、
奸智術数の佞臣と非難されることになりますよ」
ありす「そうなれば、今後何かあった時、
君側の奸を弾劾する材料にされることにもなりかねません」
飛鳥「君側の奸か……そんな風に誹謗されるなら、もうとっくの昔にされているだろう。
それに、ボク達は幼い頃から姉妹同然に育ってきたんだ。
蘭子が駆けるなら、ボクも駆けよう。
蘭子が翔けるなら、ボクも翔けるさ」
飛鳥「そうだね、蘭子?」
蘭子「今さら疑うものか! 私はお前を信じる!」
美波(今の、どこかで聞いたような台詞ですね……)
飛鳥「故に、蘭子の抱く夢は、ボクの抱く夢でもある。
蘭子の夢を実現させるためなら、どんな汚名でも甘んじて受けよう!」
飛鳥「それに、千年後の史家達がボクをどう評価しようが、知ったことではないね。
大切なのは今さ!」
ありす「あなたは……」ジーン
蘭子「飛鳥……」ジーン
美波「グスッ 良い話です……」ジーン
観客「……」ジーン
飛鳥(何だこの空気。もうこれ、どういう主旨かわからなくなってきたな……)
有香「あたしが……あたしが、最年長なのに……背が、低いから……」ズーン
あやめ「有香殿、元気を出して下さい!」
くるみ「有香しゃん……元気だして……」
あやめ「そうだ! 不肖このあやめが、
有香殿にエールを送りましょう!」
あやめ「ガンバレ! ガンバレ! ゆーか!
負けるな! 負けるな! ゆーか!」
あやめ「さあ、くるみちゃんも一緒に!」
くるみ「ふぇ……頑張って! ゆかおねえしゃん!」
奏(私の出番は終わっちゃったし、暇ね……ふぁ)
飛鳥(あの人、まだ落ち込んでいたんだ……少し可哀相だな)
飛鳥「あの、美波さん?」
美波「グスッ はい、何でしょうか?」
飛鳥「応援を頼んでも良いかな?」
美波「お、応援ですか、誰を指名しますか?」
飛鳥「あそこの、中野有香さんを」
美波「分かりました! ここで少しバトルが動きます!
桑弘羊選手が中野有香を指名!」
美波「それでは中野有香さん、はりきってどうぞ!」
有香「私ですか!? いつまでも落ち込んでいられませんね……
では、桑弘羊選手の勝利を願って、瓦割りをします!」
「やったー! いつものだ!」
「待ってました!」
パチパチパチパチ
飛鳥(おや、観客が盛り上がっている。これは期待できそうだね)
有香「それでは……破ッ!」
ドゴッ!
ガラガラガラ!
美波「お見事! 八枚の瓦が木っ端微塵に砕けました!
いつもながら素晴らしい瓦割りでしたね!」
キャーキャー スゴーイ!
パチパチパチパチ
飛鳥(確かにすごいな……って)
飛鳥「ちょっと待ってくれないか。今の瓦割りに何の意味が?」
美波「え~っと、観客が盛り上がります……かな?」
飛鳥「ボクへの投票に結びついたり、とか?」
美波「さあ、どうでしょう……?」
飛鳥「何だ」
飛鳥「少しでも期待したボクが馬鹿だった……」ボソッ
有香「まさか、お気に召さなかったとか……?」
飛鳥「い、いや、そんなことはないよ。すごかった、とっても……」
有香「そうですよね……奏ちゃんは活躍してたのに、
あたしの空手は得点に結びつかないなんて、
あたしの空手なんて……あたしなんて……」
有香「うわ~ん!!」
「有香ちゃんを泣かせるなんて! 何て奴だ!」
「そうだ! 有香ちゃんに謝れ!」
飛鳥(どうしてボクが悪者扱いなんだろう……)
美波「さ、さあ! ここでタイムアップです!
皆さん、投票ボタンを押して下さい!」
集計中……集計中……
美波「さて、投票の集計が終了しました! 第二ブロックの結果は……」
第二ブロック『鉄の専売について』
桑弘羊…六四票
唐生…三六票
飛鳥「馬鹿な! もっと差が開いていると思ったのに」
美波「あちゃ~。応援が、(逆方向に)効いているようですね」
飛鳥「そんな……」
ありす(運が良かった……)ホッ
飛鳥「ところで美波さん、もう応援って」
美波「お二人とも、一回ずつ使っちゃいましたね。
もうこのトークバトル中はチアーを使うことができません」
飛鳥「そっか……」
飛鳥(大差には変わりないのだから、まあ良いか。
もし使えたところで、二度と使わないけどね)
ありす(思わぬ僥倖とはいえ、このままでは大敗してしまいます。
ここから巻き返さないと……)
美波「思わぬハプニングがありましたが、どんどん行きましょう!
お二人とも、準備はよろしいですか?」
飛鳥「ああ」
ありす「大丈夫です」
美波「それでは、第三ブロックスタート……」
美波「……と行きたいところですが」
飛鳥&ありす「「え?」」ガクッ
美波「すこし休憩しましょうか」
飛鳥「肩透かしだね。でも、少し疲れているのは確かだ」
ありす「私も、すこし喉が渇きました」
美波「では皆さん、中央のテーブルにお集まり下さい」
ゾロゾロ
飛鳥「机の上に蓋が置いてあるけど、これは?」
美波「それではこの中から代表して、武帝こと蘭子さんに蓋を開けていただきましょう!
蘭子さん、どうぞ!」
蘭子「うむ!」
蘭子「今より、我が魔力にて封印を解く! 秘められし魔獣よ!
闇の盟約に従い、我が声に応えよ!」
パカッ
観客「オオオオオ!!」
美波(蘭子ちゃんって、バラエティ番組向きですよね……)
ありす「これは……何でしょう?」
美波「良くぞ聞いてくれました♪ 今回ご用意したのは……」
美波「京都に江戸時代から続く、和菓子の老舗“塩見屋”の、
“塩見屋特製浅田飴”です!」
美波「皆さん、お召し上がり下さい!」
蘭子「美味なり! まさに甘露よ!」モゴモゴ
飛鳥「なんだかすっきりして、喉によさそうな感じがするね」モゴモゴ
ありす(薄荷かな? ちょっときつい……)モゴモゴ
美波「こちらの“塩見屋特製浅田飴”は、
徳川将軍家の侍医を勤めていた、浅田宗伯が開発したものです。
それを塩見屋が携行に便利なドロップタイプに、
そして美味しく食べられるように工夫した商品になります」
美波「それに、ただの飴ではありません。
大正時代にスペイン風邪が猖獗を極めた際、この飴を舐めれば治ると評判になり、
各地で飛ぶように売れたロングセラー商品なんですよ♪」
美波「これがあれば、小学校の帰りの会から、首相官邸の成長戦略策定会議まで、
白熱したトークが展開されること間違いなし!」
美波「今日は視聴者の中から抽選で10名様に、塩見屋特製浅田飴をプレゼントしちゃいます。
今回のトークバトルで、桑弘羊選手と唐生選手のどちらが勝つか予想して、応募してくださいね♪
詳しい応募方法は、番組ホームページを御覧ください」
美波「……さて皆さん、充分に休憩できましたか?」
飛鳥「ああ。おかげさまで」
ありす「は、はい……」
ありす(もっと甘くしてほしかったな……)
美波「それでは、第三ブロックの議題の発表です!」
第三ブロック『酒の専売について』
美波「第三ブロック、スタート!」
カラーン カラーン カラーン
飛鳥「この鐘の音は……?」
ありす「どこから聞こえてくるんでしょうか」
美波「今回も来ました! トークバトルショー最大の山場、
“ポイント横取りチャンス”です!」
観客「イエェェェイ!!」
キャーキャー ワーワー
ありす「まだ何かあるんですか?」
美波「はい。この“ポイント横取りチャンス”は、
トークバトルに大きく影響するものです」
美波「このブロックでは、投票数の差分を相手から横取りすることができるんですよ♪」
飛鳥「どういうことか、説明してもらえないかな?」
美波「例えば、このブロックの結果が、桑弘羊選手60票、唐生選手が40票だった場合、
桑弘羊選手は差の20票を、唐生選手から奪うことができるんです。
この結果、桑弘羊選手80票、唐生選手20票ということになりますね」
ありす「待ってください。例えば、差が相手の獲得票数よりも多い場合はどうなるんですか?
結果が70票対30票だったら、40票差ですよね?
10票分が不足することになりますよ」
美波「その場合、不足分の10票は、これまでの総得票数から引かれることになります」
飛鳥(これまでの討論の結果が、ひっくり返ることになるのか……)
ありす(桑弘羊さんとの差は、90票。
私が65票以上獲得すれば、最低でも引き分けに持ち込むことができます。
やってやれないことはないはず)
ありす(ここはなりふり構わず行きましょう。
どんな幼稚な論法でも、要は勝てば良いんです、勝てば!)
ありす「……」
飛鳥(橘さん……もしかして、秘策があるのかな?)
飛鳥(正直、第三戦の議題は不利だ。
塩と鉄は、国家の大事だという論法を押し通すことができるが、
酒はこれといった論拠が無い。
ただ、国家の利益のためという論法にしかならないのでは……?)
美波「お二人とも、準備はよろしいですか?」
飛鳥「勝つ。これがボクの使命だ」
ありす「ここまで負けっぱなしですからね。
私を信じてくれる人々の為にも、これだけは勝たなくては!」
美波「それでは気を取り直して、第三ブロックスタート!」
美波「大事な大事な、アタックチャンス!」グッ
ありす「ところで桑弘羊さんは、堯、舜、禹といった聖賢達をご存知ですか?」
飛鳥「知ってるよ。古の聖帝たちだろう?」
飛鳥(この論調。まさか……)
ありす「彼らは、人民達にとって理想的な政を行ったと言われています。
これに対し、今の政はどうでしょう?
私が見る限り、徒(いたずら)に民から搾取しているように思えるのですが」
飛鳥「キミが古の聖人達を敬うのはよく分かる。
だが、それは大昔のことであって、
今の世相に即しているとは言えないのではないかな?」
ありす「彼らの住居は質素なもので、酒を飲むときは土器(かわらけ)を用いたと言います。
禹にいたっては、率先して土木工事を行うあまり、
脛の毛が擦り切れたと言うではありませんか」
飛鳥「それが何か? 質素な生活をしていたからといって、
それが国の覇者の姿であるとは限らない。
彼らは質素な暮らしをしていたから偉大なのではない。
彼らは現代のボクたちに較べて取るに足らない存在なんだ。
これは韓非子も説いているところじゃないか」
ありす「ですが、この国の蒼茫たちは自らの生活に全く負担をかけない政をもって、
最上としてきました。これは民意の総意でもあります」
ありす「しかし歴代の為政者たちは、苛斂誅求を事とせぬ政ばかりだったではありませんか。
これは殷の紂王然り、秦の二世皇帝・胡亥然りです。
天下を我が物としていた彼らが何故滅んだか、博学な貴方ならご存知でしょう?」
飛鳥「我が主、蘭子が彼らの轍を踏むことがないように、ボクたち側近がいる。
武王のような、どこの馬の骨とも知らない者に、反逆など起こされてたまるものか」
ありす「そうですか。どこの馬の骨かわからないとおっしゃるなら、高祖劉邦はどうですか?
彼は中陽里の田舎出身ではありませんか。
その証拠に、この国の開祖でありながら、劉“邦”という通称が現代に伝わるだけです。
あなたの発言は、高祖を貶めるものですよ?」
飛鳥「くだらないね。人の揚げ足を取るだけでしか、自論を語れないのかな?」
ありす「第二戦で、私の揚げ足を取った人の発言とは思えませんね」
飛鳥「なんだと!」
ありす「話を戻しましょう。貴方は先ほど、
塩と鉄がどれだけ国家に必要かを語りましたね。
大変興味深い内容だと思います」
ありす「ですが、酒まで蒼茫から取り上げることはないのでは?」
飛鳥「それはどうだろう? 酒は古来より、人々に嗜好品として好まれてきた。
しかし、酒に酔ったために犯罪を犯してしまう事案も少なくない。
法治国家の国政を司る身としては、看過できないと思うのだけど」
ありす「酒が無くても、犯罪を犯す人は出てきます。
それを取り締まるのが、法治国家というものではありませんか?」
ありす「それに、もし国家が酒まで専売するとなると、
今度は酒を密造する人も出てくるでしょう。
貴方がおっしゃる通り、酒は古来より人々に愛好されてきました。
しかし、民衆の娯楽を奪ってまで手に入る国家の繁栄とは何なのか、
是非説明していただきたい」
飛鳥「匈奴を撃滅すれば、長安から敦煌までの河西回廊や、
長安北部の河南回廊が完全に確保できる。
これで西域との交易を行うことができ、
異文化との交流によって我が国は更に発展できるはずさ。
これを繁栄と言わずして何と言う?」
ありす「その繁栄の裏側で、
周辺の国々から反感を買っていることをご存知ないのですか?」
飛鳥「え?」
ありす「身毒(インド)や大宛に対して使者を送っておられるようですが、
我が国の国使は随分高圧的だと聞いています。
地方の動きもやや不安定気味ですし、
このまま貴方がたに国政を任せても良いのかと思いまして……」
飛鳥「……」
美波(ありすちゃん、無理矢理な論調だけど、為政者を糾弾するには効果的とも言えますね。
勝負の行方はわからないな)
飛鳥「キミの意見は無茶苦茶だ。為政者はいつも求められる、とは誰かの言った格言だが、
現実はそんなに上手くいくものではないよ。
国政の何たるかを知らぬ外野は、幾らでも好きなことを言えるものさ」
ありす「答えになっていません。
それに貴方のその言い方だと、自らの無能を露呈することになりますよ」
飛鳥「何だって?」
ありす「貴方は言いましたよね。
古の聖賢たちが偉大なのではない、彼らが取るに足らない存在だったのだと」
飛鳥「……」
ありす「そんな“取るに足らない”聖賢たちの政を、人々は敬慕してきたのです。
今の蒼茫の敬慕を集められない貴方達は、
“取るに足らない”以下の政しかできないということになるじゃないですか!」
飛鳥「それなら、さっきボクも言ったはずだよ。
為政者は、常に求められる存在なのだと。
そこまでボクを糾弾するなら、代案を教えてもらおうか」
飛鳥「外患たる匈奴を撃滅し、内憂たる財政破綻を同時に解決できる政策をね」
ありす「それとこれとは話が別です!
それを考えるのが貴方がた為政者というものでしょう!」
飛鳥「何度も同じことを言わせないでくれ!
そんな論法では、キミは幾らでも逃げ道を持っていることになる。
そんなことでは、この議論は成立しないじゃないか!」
ありす「ですが……」
飛鳥「おや、キミにはまだ詭弁の種が豊富に残っていると見える。
キミはまさに、公孫竜の再来と言えるね! ハハハ!」
※ 公孫竜(こうそんりゅう)
・戦国時代の思想家。
『白馬非馬』や『堅白同異』等の思想を打ち出したが、
「役立たずな論理」、「詭弁」と評価された。
美波「そこまでです! これ以上は、ただの口論にしかなりません」
美波「……お二人とも、『酒の専売について』という議題からは
大きくはずれた討論でしたが、他に建設的な意見はありませんか?」
飛鳥「ボクの方からは、何も」
ありす「私も、ありません」
美波「では、このまま投票に移りたいを思います。
心の準備は、よろしいですか?」
飛鳥「ああ」
ありす「お願いします」
美波「それでは皆さん、投票をおねがいします!」
集計中……集計中……
飛鳥(第三戦目、まさかあそこまでなりふり構わず攻めてくるとは……
正直、意外だった)
ありす(桑弘羊さんの言う通り、最後は詭弁連発でしたね。
これでは討論の本質に迫れていません……)
美波「さあ、結果が出たようです。第三ブロックの結果は……?」
第三ブロック『酒の専売について』
桑弘羊…四一票
唐生…五九票
美波「ここで、ポイント横取りが発生します! 結果は……?」
【ポイント横取り発生】
桑弘羊…二三票
唐生…七七票
飛鳥「負けたが、勝負には勝ったね」
ありす「もう少しだったのに……」
美波「それでは、全3ブロックの総得票数を見てみましょう!」
総得票数
桑弘羊…一六八票
唐生…一三二票
美波「結果は、桑弘羊選手162票対、唐生選手132票で、
桑弘羊選手の勝利です! おめでとうございます!」
パチパチパチパチ
飛鳥「危ない危ない……」
ありす「あと一歩及ばず、ですか……」
美波「それでは、トークバトルに勝利した桑弘羊選手には、
塩見屋特製浅田飴一年分をプレゼントします♪」
ドサドサドサッ
飛鳥「あ、ありがとう……」
飛鳥(正直、飴だけこんなに要らない……それに、今どこから出してきたんだ?)
美波「それでは私達はこれで」
飛鳥「帰るのかい?」
美波「はい、これでお別れです。
もしトークバトルがしたくなったら、いつでも呼んでくださいね」
飛鳥「こちらこそ、楽しい時間を過ごせたよ。ありがとう」
ありす「私も、勉強になりました」
蘭子「別離もまた、人生の妙味よ……」
美波「今回も、熱いトークが繰り広げられましたね♪
それでは皆さん、また来週~!」
観客「イエエエエエイ!」
パチパチパチパチ
飛鳥「あ、あれ……?」
ありす「元の場所に戻れましたね」
蘭子「良き宴であった」
飛鳥「それで、橘さん……今回の件は……」
ありす「今回の討論で、あなた方の国を憂う気持ちはよく分かりました。
私は帰ってから、皆さんを説得したいと思います」
ありす「敗者が何を言っても、負け犬の遠吠えにしかなりませんから。
私はこれで……」
蘭子「待て。才気煥発なる乙女よ」
ありす「何でしょうか?」
蘭子「このまま舞い戻っては、お主の魔力が減衰しよう。
飛鳥よ、この者に恵みを」
飛鳥「そうだね……橘さん」
ありす「はい」
飛鳥「塩と鉄の専売は続行する。しかし、酒の専売は撤回する。
これでどうかな?」
ありす「良いんですか? 私は討論に負けたんですよ?」
蘭子「あの宴は余興ぞ。森羅万象を裁く我が聖魔の勅命には及ばぬ。
それに、勝者である我らが申し出ておるのだ、遠慮することはないわ」
ありす「ありがとうございます。これなら、少しは商人達も納得してくれると思います」
飛鳥「妥協案としては、丁度良いところかな?」
ありす「今回の討論で分かりました。お二人の志は本物であると」
ありす「臣民を代表して申し上げます。
どうか末永く、この国をお導きください……」
蘭子「蒼茫を束ねるは我が使命。
それが宿星の導きであろうと、苛烈なる試練であろうと……」
飛鳥「任せてくれ。きっと、この国を今よりずっと豊かにしてみせるよ」
ありす「よろしくお願いします。では、私はこれでお暇します……」
蘭子「闇に飲まれよ、我が友」
飛鳥「蘭子もお疲れ」
蘭子「お主の舌鋒の冴え、さながら蘇秦・張儀の如しであった」
飛鳥「ボクとしたことが、少々熱くなってしまったようだ」
※ 蘇秦(そしん)
・戦国時代の縦横家。一説によれば、架空の人物とも言われる。
秦に対抗するために、他の六国の合従を成立させたという。
後に、張儀の連衡策に敗れ去った。
※ 張儀(ちょうぎ)
・戦国時代の縦横家。
連衡策を用いて蘇秦の合従策を破り、秦の天下統一に貢献した。
伝令「陛下! 失礼します!」
飛鳥「おやおや。キミの望むものが、早速来たみたいだよ」
伝令「大将軍より、伝達です!」
蘭子「衛青からか。申せ」
伝令「全軍、出撃準備完了。
陛下より、匈奴撃滅のご聖勅をお待ちしております、とのことです!」
蘭子「そうか。それは重畳。そなた、もう一働きせよ。
我が園に文武百官を召集するのだ」
伝令「かしこまりました!」
蘭子「さあ、我が覇道の始まりよ!」
飛鳥「ボクはどこまでも、キミと共に歩もう」
蘭子「うむ。頼りにしている、我が友よ」
飛鳥「そう言ってくれると嬉しいな。
では、覇道の第一歩として……」
飛鳥「……この飴、どうしよう?」
ドッサリ
蘭子「……」
飛鳥「……」
蘭子「我が魔力の糧にするしかあるまい」
飛鳥「当分の間、喉の調子を心配する必要はなさそうだね」
おわり
・読んでくださった方、ありがとうございました。
・前漢時代、武帝は対匈奴戦に衛青らを起用し、これを撃滅しました。
その一方で軍事費により国庫が破綻しかけたため、桑弘羊は均輸平準法や専売等の政策を打ち出し、
見事に財政再建を果たしました。
・昭帝の代において、民間の有識者たちがこれらの政策に苦言を呈したため、
桑弘羊は彼らを宮廷に招き、激論をかわしました。これを「塩鉄会議」と言います。
そして宣帝の代に、この会議を、桓寛という文官が「塩鉄論」という書物にまとめました。
・議題は主に塩、鉄、酒の専売の是非を問うものでしたが、教育や思想まで議論が広がり、
終始有識者側が優勢だったようです。
しかし、有識者側が有効的な代案を出せなかったこと、会議の途中で桑弘羊が謀反の疑いで処刑されてしまったこと等により、
酒の専売は撤回するという結果に終わりました。
政府「国民の為に、政府が物価の管理をしなければならない」
有識者「政府の統制は、国民の生活事情に即しているとは言いがたい。
国家権力の介入により、民業が廃頽する恐れがある」
・こんな議論が二千年以上前に交されていたわけですが、現代の政治にも通じるものがあるように思えます。
以下は作者の過去作です。
歴史・古典ものですが、興味のある方はどうぞ。
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