速水奏「あなたの迂闊なプレゼント」 (19)
――事務所
ガチャ
速水奏「あら、プロデューサーさんだけ?」
デレP(以下P)「うん? ああ、奏。おはよう」
奏「おはようございます」パタン
P「まあ、俺もこの後出るけど……今日はラジオだったな」
奏「ええ。他には特になし」
P「特にないのに事務所きたのか?」
奏「ふふ」
奏「あなたに会いに来たの」
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P「それは、どうも」
奏「ほら、明日はさらに用が無いでしょう? なら、会う予定もつくれないなって」
P「そうか。まぁ、確かにな」
P「今日は営業終わって帰ってきたら、いい時間になってるだろうし」
奏「いい時間って、8時とか、9時とか?」
P「そんなもんかな? 日付変わるほどじゃない。幸い明日は休みだし……」
奏「ふふ、あまり根を詰め過ぎないでね」
P「ああ。 ……じゃあ奏、1日早いんだけど」
奏「ちょっと待って、ストップ」
P「おっと?」
奏「……なにか、用意してくれているのは嬉しいのだけれど」
奏「でも、それはまだ。私が誕生日を迎えてから渡してもらう方が、嬉しいわ」
P「あー、そういうものか? じゃあ、分かった、そうしておく」
奏「ありがとう。……ふふ、でもね」
奏「本当に分かっているかしら?」
P「……?」
P(ほどなくして奏は仕事に向かった)
P(6月30日。まだ梅雨の明けないこの時期は、雨が降っていなくても空気がじっとりとしている)
P(だからというわけではないけど……そんな予感はしていた)
---
P(営業の外出を終えて事務所に戻ると、今日の仕事をまとめ、明日のスケジュールをチェック。そろそろ帰ろうかという頃に――)
ピコン
P(社用のではない、自分のスマホにメッセージが入った)
P「…………」
『迎えにきて』
P「んー……」
P(……さて)
P(ラジオ収録はとうに終わっており、仕事完了のメールも届いた)
P(それとは別に、俺の仕事が終わるころを想定してのメッセージ送信)
P(具体的な場所の指定はなし)
P「……」
『どこにいるんだ?』
P「……」
ピコン
『教えてあげない』
P「んん~……」
P(そうなるとこれは謎かけか。いや、試されているのか)
P(こんな返しをしてきているということは、ある意味ヒント無しでもわかる場所ということか)
P(前にも同じように、夜に迎えにいったことがある)
P(と言っても、彼女の家の近くだったが…… 果たして同じところだろうか)
P「……まさかあの海岸じゃないだろうな」
P(いや、ラジオが終わってからでは、まだ着ける時間じゃない)
P(移動しながらメッセージを書いているとしたら?)
P(それはさすがに何でもありになるな。奏は着いてから連絡するタイプだろう)
『安全な場所なんだな』
P「…………」
ピコン
P(フレデリカさんの顔をしたチューリップのスタンプが送られてきた)
P(こんなスタンプあるのかよ)
P(よく分からないけど、特に問題ないと判断しよう)
P(さて。速水奏はどこに行ったか)
P(荷物をまとめつつ、考えを巡らせる)
P(奏が行きそうな場所。……奏と行った場所?)
P(奏が仕事終わってから、ここまでの時間で行けそうな場所……)
P(都内の交通は便利すぎて困るな)
P(……撮影で行った、タワーの見えるビル)
P(あそこは閉館時間にもなってないし、一番先にいってみるか)
P(閉館時間というとあの水族館は?)カチャカチャ カチ
P(……もう閉まっている、と)
『迎えにはいくけど』
P(ラジオ局から出た時間と……連絡してきた時間で、行けそうな場所か)
『待っていてくれよ』
P(既読はついた)
P(行けるところ、片っ端から行くしかないか)
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P(会ったらとりあえず夕食だろうか。いや、もう食べてるか)
P(家に帰す前に、俺が帰れないような時間にならなければいいけど……)
P(そんな危惧が頭をよぎる)
P「……ここじゃないか」
P(思いついた展望台にはいなかった)
---
P(買い物に付き合わされたショッピングストリートを通り抜け)
---
P(バレンタインに待ち合わせをした喫茶店を覗きこみ)
---
P(そういえば映画を見たのはこの近くだったか)
P(気が付けば)
P(近場ですらこんなにも、奏との思い出が増えていた)
P「……」
P(それはそれとして)
P「いねぇー……」
P(気が付けば人通りは減り始め、夜が深まり始めている)
P(大抵の仕事場やスタジオも閉鎖されていく時間)
P(……あとは、あそこか)
P(居てくれと願いながら)
P(あの公園を目指した)
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――奏の自宅近くの公園
P「なんだ」
P「やっぱりここか」
奏「うん。……やっぱりあなたは来てくれる」
奏「でも、今日は結構時間かかったかしら」
P「どこにいるか教えてくれなかったからなぁ……」
奏「……うん」
奏「来てくれるの、分かっていたのに、また呼んじゃった。……ごめんなさい」
P「まぁ、それはいいよ…… 見つかってよかった。何か起きていたら俺の監督責任だ」
奏「仕事としての心配だけ?」
P「……アイドルでなくても、こんな時間にひとりで出歩くもんじゃない」
奏「ふふ。そうね、そうだわ」
P「ベンチ、横いいか」
奏「ええ」
ギシッ
奏「ねぇ。どこまで探しに行ったの?」
P「え? まぁ、行けるところまで」
奏「全部?」
P「全部、かなぁ。この時間だから、行けない場所も結構あったな」
P「閉館して締め出されていたら、ちょっと面白かったかもしれないけど」
奏「それは締まらない話だわ」
P「場所を教えなかったのは……」
P「まっすぐ来てほしくない理由があったんだろ」
奏「……あーあ」
奏「気付いてほしく無い時に、そういうのって気付かれちゃうのよね」
奏「……」
奏「……誰よりも早く」
奏「誕生日になった瞬間に、あなたにいて欲しかった」
奏「なんて言ったら、怒る?」
P「別に怒りは……いや、場所くらい教えてくれても問題なかったんじゃないか」
奏「ダメよ。そしたら、日付が変わる前に帰されるもの」
P「ああ、だから時間かかるようにわざと」
奏「そう」
P「そこまで織り込み済みだってんなら、怒ろうが反省しないじゃないか」
奏「ふふっ、そうね。その通りだわ」
P「俺が日付変わるのに間に合わなかったら?」
奏「別に? プロデューサーさんが来てくれるまで待てばいい話だわ」
奏「そうすれば、一番に祝ってもらえるでしょう?」
P「俺が行くのは疑わないのか」
奏「だって来てくれているもの」
P「……そうだな」
P「わかった、日付変わるまでは付き合うよ」
P「奏の家も近いしな」
奏「……我儘でごめんなさいね」
P「相手は選んでるんだろう。ならいいんだ」
P「奏は、手がかからないから」
奏「ここまで付き合わせて?」
P「アイドルとして。仕事で俺が苦労したことはないんじゃないかってくらいだ」
P「だから、これくらいの我儘でちょうどいいんだろう」
奏「……そういうの、ズルいわ」
奏「あなただけ大人みたい」
P「俺だけ大人だよ」
奏「……そうね」
ピピ
P「日付変わったか」
P「……」
奏「……」ジッ
P「……誕生日おめでとう」
奏「ふふ……」
奏「ありがとう」
P「満足したかー?」
奏「ええ。……でも、あなたにここまでさせるほどじゃなかったかな」
P「来年からはちゃんと場所を言ってくれよ」
奏「あはっ、付き合ってくれるのね。……うん。そうする」
P「……さて、プレゼントは何がいい、と訊こうと思っていたんだけど」
奏「……? ……用意してくれていたんじゃないの?」
P「してない」
奏「え」
奏「じゃあ、お昼に渡そうとしたのは……?」
P「何が欲しいか聞こうとしていたんだよ」
P「何か用意していたっていうのは、奏が勝手に思い込んだんだ」
奏「…………」
奏「ちょっと、これじゃ私が悪いみたいじゃない」
P「奏が悪いよ」
奏「むぅ……」
P「そうだな…… 俺への迷惑料と、罰としてリクエストは無しだな」
P「代わりに、俺の決めた誕生日プレゼントだ」
奏「別に……最初からそれで良かったけれど…… なに?」
P「権利をひとつ」
奏「権利……?」
P「どこかに連れていく権利」
奏「どこか、に」
P「奏が行きたいところに。場合によっては時間もかかるだろうけど、この先、どこでも、どこであろうと」
奏「……街でも、国でも?」
P「世界のどこへでも」
P「ドームのステージでも」
P「必ず、連れていこう」
奏「……」
奏「それって、ステージ以外を答えられる空気?」
P「バレたか」
奏「野暮な人。そう言われたら、もう他に……」
奏「……Pさんの家、なんて言ってもいいのかしら?」
P「ああ、いい」
奏「……ふぅん?」
P「奏がそれを、本当に望むなら」
奏「そう」
奏「そうね」
奏「これ、答えるのはいつでもいいの?」
P「ん? まぁ……期限は付けなくてもいいけど」
奏「それなら……」
奏「Pさんの家には、いずれ自力で行くとして」
P「佐久間さんみたいなこと言うな……」
奏「どこかテーマパークとか、海外とかかしら」
P「え、普通に行先選ぶのか」
奏「だって、どこでもいいんでしょう?」
P「いや、うん、そう言ったけど…… ここはドームのステージにってところじゃ」
奏「そうね。でも、そっちは」
奏「あなたに着いていくだけで、叶いそうだから」
P「……はは、これは一本取られたな」
奏「ふふ……」
奏「あ」
P「うん?」
奏「この権利って、プロデューサーさんにも有効?」
P「俺……ってどういうことだ?」
奏「あなたも一緒に来てくれるのかってこと」
P「あー…… 連れていくっていうなら、俺も行くことになるのか」
奏「それなら…… この日に休みを取ってくれるかしら」
P「えーと、平日か? 予定は……んー、調整はつくか」
P「なに、どこに行きたいんだ?」
奏「私の学校」
P「うん?」
奏「その日体育祭があるの」
P「体育祭って……」
奏「ね。来てよ」
奏「保護者ですって顔できてくれれば大丈夫だから」
P「そういうのは、親御さんが…… ……いや、そうか」
奏「でしょう。来ないもの、うちは」
奏「あなたでいい、なんて言わない」
奏「あなたに来てほしいの」
奏「体育祭で頑張る私を見てくれるだけでいい」
奏「ステージで見ているでしょう? いつもと同じよ」
P「……そうか。わかった」
P「でも、それだけでいいのか、本当に」
奏「ええ、もちろん。今日、無茶なことに付き合わせてしまったもの」
奏「迂闊なプレゼントなわりには、奥ゆかしいところを見せられたでしょう?」
P「迂闊?」
奏「それはもう」
P「そうだったか……?」
奏「だって」
奏「連れていくの、新婚旅行、なんて言わないだけよかったでしょう?」
P「げ、げほっ、ごほっ……」
奏「ふふっ、ふふ」
奏「気を付けてね、Pさん」
P(奏が人差し指をたてて)
奏「次同じ権利が来たら」
P(そっと俺の唇に触れた)
奏「月の裏側、なんて言っちゃうから」
おわり
お読み頂きありがとうございました。
奏、誕生日おめでとう!
[クリアブルーに誘われて]速水奏 を無事引けたので、
どうにか絡ませたくなって、書いている途中で軌道修正しました。
過去の奏SSです。よろしければどうぞ。
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