速水奏「私がなりたい、アイドル」 (40)


――事務所

速水奏「何秒息を止められるか、って?」

モバP(以下P)「ああ」

奏「なぁにそれ、どういう意図かしら? もしかして、キスをしている間息を止めるとか、そんな話?」

P「それはまぁ、自由にしてくれ。次の仕事の確認だよ」

奏「あら、そう。……まぁ、ボイトレで多少は長めにもつと思うけど」

P「息を吐かずに、何秒いける」

奏「息を吸ってキープしたまま? ……そうね、1分位は問題なく」

P「動きながらだと」

奏「ん……どれだけ動くかにもよるけど、結構短くなるわよね。30秒は持たせても、45秒の自信は無いかも」

P「OK。じゃあ、本題だ」

P「水中で息を止めて、プールの底でポーズを決める」

奏「……!」


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P「どうだろう」

奏「……やってみないと、ちょっと…… そういう撮影ってことね?」

P「水中写真な。見たことはあるだろう?」

奏「ええ。確かに素敵な写真だと思う、けど」

P「その撮影の苦労も、想像に難くない」

奏「そうね」

P「奏にやってほしい」

奏「……」

P「改めて目的を話そう。速水奏、単独写真集だ」

奏「……凄いの、来たわね」

P「勝算は十分、というか出さない理由は無いだろ?」

奏「ふふ…… なんていうか、恐縮ね」


P「表紙写真をどうしようか考えていたんだけど、もし可能なら、これがいいと思った」

奏「……それは」

P「ん?」

奏「ううん……なんでもない」

P「まぁ、続けるな」

P「水中撮影そのものは特別というか、特殊な仕事になるだろう。別に水中モデルの経験を詰んでくれってことでもない」

P「ただ、今の速水奏のひとつの到達点として、大きな意味のあるものを撮りたいと思ったんだ」

P「やってみないか」

奏「……」

奏「あなたに、そう求められるのなら。断る理由は無いんじゃない?」

P「そうか。……うん、わかった」

P「後日打合せがあるから、同席してほしい。やるかどうかは、それからでも遅くない」

奏「そうなの? OK」

P「もちろん、やってほしいとは思っているけど。じゃあ、頼むな、奏」

奏「……」

奏「ええ」


――後日 打合せ

美術スタッフ「で、それでですね。撮影したいイメージボードがこちらです」

奏「海底遺跡……?」

P「凄いですね。言葉で伝えただけですが、かなりイメージ通りです」

カメラマン(CM)「実際には座るところとか腕乗せることろだけ、本物の石造りかな」

美術「あとはカメラから見て不自然じゃない感じで、描き割りとかそれっぽいセットをプールの中に組んで、水を満たします」

P「これ、結構深いんじゃないですか?」

CM「水面を遠くに見せたいんだよね。海底だから。どうしても深くなっちゃう」

奏「……足は届かなそうですね」

美術「プロデューサーさんと話したところでは、こだわりたいトコだと思うんですよね」

P「ええ……確かにそうですが、大丈夫でしょうか」

美術「補助のダイバーをつけるので、まぁ、万が一はないでしょう」

P「それは安心ですね」


美術「でもやっぱり、一番大変なのはモデルさんになってしまいますね」

CM「だねぇ。ほら、衣装イメージあったでしょ」

美術「はい、こちらです」

パサ

美術「今回、このようなドレスを着ていただきたいと考えています」

奏「真っ赤…… ……素敵」

P「ああ、裾のところ、羽根みたいになったんですか」

美術「良さそうでしょう。水の中で膨らんで、水の流れが見えそうだって」

P「いいですね」

CM「素材は印象よりは軽いはずだよ。重い生地じゃ水を含んでまともに泳げないし」

美術「それでもだいぶ泳ぎにくいですからね。さらに実際には、重りを付けて水に沈むようにします」

CM「こんな感じのやつね」

ゴト

CM「脚の付け根とか腰とかに巻いて浮力を調整するの」

P「へぇ」


奏「あの」

CM「うん?」

奏「それは、借りることできますか?」

CM「ああ。うん、大丈夫、貸したげる」

奏「ありがとうございます」

美術「練習されるなら、プールのはしごのある場所とかで、安全にお願いします」

奏「分かりました」

CM「あとは、付ける数は最小限にしたいかな。重り見えちゃったら台無しだし。……うーんと、まぁ、少しずつ増やしながら、ちょうどいい塩梅探ってみて」

奏「……?」

CM「んー、衣装さんがいたら、詳しいこと言ってもらうんだけど……」

P「……あ。ああ、なるほど」

CM「はは……ほら、僕らから言っちゃうといろいろとね」

奏「?」

P「速水は肉付きいいですからね。沈むのが大変と」

奏「ちょ、ちょっと、もうっ」

CM「はは、まぁ、そういうワケ」


P「潜るのもだと思いますが、何が大変になると思いますか」

CM「何がっていうと、全部じゃないかなぁ。水中でポーズをとって、表情を作って、目を開ける。裸眼だから自分とカメラが、どこにいるか分かりにくい」

CM「着衣水泳は、人によっては潜るのも一苦労。ある程度は補助が手を引けるけど、すぐにフレームアウトしなきゃいけない」

P「水の中で体も冷えていく。かなりハードですね」

CM「水面から泳いでセットまで潜り、ポーズを取ってもらう。しっかり止まってもらえれば、その瞬間を絶対カメラに収める」

P「さすが、頼もしいです」

CM「あはは、仕事だからね」

美術「僕たち、セッティングはできますが、結局モデルさんがどれだけいられるかになります」

CM「水中に慣れた人ならね、動きながらでも2分とか3分潜って対応できるんだけど」

CM「最終的には、モデルさんの頑張り次第かな。僕なんか、アクアラングで潜っていればいいわけだし」


P「というわけで、最終確認だ。奏、できるか」

奏「……」

P「正直、難易度の高いことを要求してる。ここまで聞いてできないというなら、プランは変えるよ」

美術「実際に企画が動き出しているわけではないですからね」

CM「といっても、やる気じゃない? 重り借りるくらいなんだから」

奏「……そう、ですね。やってみたい気持ちはあります」

P「でも、不安がある?」

奏「ええ…… できる、やれると言いきれないのが」

P「うん、なるほど」

P「じゃあ、ちょっとハードル下げよう」

P「このアングルを取るのは、プラスαでいい」

奏「え?」

CM「そうだね。この絵を取るまでに、僕がいいと思ったら何枚も撮る」

CM「水底までに使える写真を撮るのが、まず最初の目標」

奏「……」

CM「そしてこの絵まで辿り着けたらベスト。それでどうだろう」

CM「いいコンセプトがあるからね。僕としても撮ってみたいとは思う」

奏「……はい」

奏「わかりました。挑戦したいです」


---

奏「……できないって言ったら、どうするつもりだったの?」

P「言ったろ。また別の案を考えるだけだ」

奏「……うん。そうね、Pさんはそういう人よね」

奏「だから応えようって気にさせるのかしら」

P「じゃあ、それも掌握術のひとつか」

奏「ずるいんだから」

P「どの仕事でも同じだよ。できるって妥協点を調整し合うのが俺の仕事だから」

奏「……そして、ここから先が私の仕事なのね」

P「ああ。頼んだよ」

奏「もちろん。頑張るわ」

奏「プロデューサーさんのために」

P「そこは…… ……まぁ、何がやる気になってもいいか」

奏「そこは、ファンのためにっていうところじゃないの?」

P「最終的につながるからいい」

奏「そ。大人の考え方ね」

P「まぁ、何も言い返せないな」


奏「んー……練習に、プール行こうかな」

P「いいんじゃないか」

奏「……」

P「まぁ、練習とはいえ無理しないで……」

奏「……」ジッ

P「……あー」

奏「来てくれないの?」

P「うーん……」

奏「あーあ、ナンパされちゃうかも」

P「次の土日に被る休みは……」

奏「ふふっ、冗談よ。学校の使わせてもらうわ」

P「……ああ、そう。なら、まぁ、いい」

奏「あら、それとも本当に一緒に来てくれるつもりだった?」

P「さてね」


奏「合わせてくれるなら、それはそれでデートしましょうよ」

P「えっ」

奏「せっかくのお休みに、練習で過ごしちゃうの、もったいないでしょう?」

P「……なんか言いくるめられている気がするな」

奏「ふふ、どうかしら」

P「……わかった」

奏「本当? いいの?」

P「ギャラにおまけするよ。気が変わらないうちに決めてくれ」

奏「……うん。ありがとう」

奏「予定は開けておくから、Pさんも、ね」

P「ああ」

奏「あのね、私」

奏「水族館がいいわ」


――撮影日 プールサイド

奏「深い……」

P「すごいな、3mくらいか……」

美術「お疲れさまです、速水さん、プロデューサーさん」

P奏「「おはようございます」」

P「本日はよろしくお願いします」

奏「よろしくお願いします」

美術「ええ、こちらこそよろしくお願いします」

P「まだ水は入れていないんですね」

美術「ええ。先にプールの中に降りて頂こうかと思いまして」

P「助かります。あのはしごからで、いいですか?」

美術「ええ、どうぞ」

P「ありがとうございます」

奏「プロデューサーさん、ほら、行ってみましょう?」

P「ああ」


カン カン

奏「上が空いている部屋みたい」

P「だな。潜るためのプールだから、あまり広くなくて」

奏「そしてこれが……」

ペタッ ペタッ

CM「やあ、お疲れさま。ウェットスーツで失礼するよ」

CM「これがセットね。手前の柱と石段はしっかりしているから触れてOK」

P「わかりました。奏、ちょっとポーズとってみて」

奏「はーい。……ここですか?」

CM「うん。座るイメージでいいと思う。その石段に腕乗せたり」

CM「ぐっと脚だして…… 少し首傾ける、そう、OK」

CM「左膝に手乗せちゃおうか。右手、唇意識して…… うん、いいよ、そのポーズ取れたらベスト」

奏「……はい、分かりました」

CM「本番、ヒールだから足の位置気を付けてね。あとはある?」

奏「いえ、大丈夫です」


CM「OK。……ちょっと1枚いいかな」

奏「え?」

CM「プロデューサーさん、スナップとしてどう?」

P「ああ、いいですね」

カシャッ

CM「うん。これ、あの衣装で撮ったら凄いんじゃない?」

P「そう思います」

CM「水中泳いでいるときも、良さげだったら撮ってみるよ」

奏「はい」

CM「OK。プロデューサーさんは、なにかある?」

P「いいえ。お願いします」

CM「よし。じゃあ上がって、着替えてきて頂戴。水溜まって、気泡減ってきたらすぐ始めよう」

P「はい。よろしくお願いします」

CM「うん。よろしく。水入れてー!」

美術「はーい! お二人、上がってください。注水準備ー!」

P「よし、行こう」

奏「ええ」


---

衣装スタッフ「速水さん、入りまーす!」

カツ カツ

美術「ああ、いいですねぇ!」

奏「ありがとうございます。やっぱり、素敵な衣装です」

美術「うん、彼女にいってあげてください、喜ぶから」

衣装「い、いえ、そんな」

奏「あなたがこれを?」

衣装「は、はい……」

奏「ありがとうございます。……精一杯、綺麗に撮られてきますね」

衣装「……はいっ」

奏「ふふ。……プロデューサーさん」

P「ああ」

P「やっぱり赤も似合うと思ったんだ」

奏「ええ」

P「ドレス以外も良くできている。……ん、ピアス風のイヤリングか」

奏「そうなの。水中の抵抗で耳がちぎれたら、ぞっとしないでしょ」

P「おぅ……確かに。……うん」

P「綺麗だ」

奏「……ありがとう。いってきます」

P「気を付けて」


奏「よろしくお願いします」

スタッフ「「「よろしくお願いしまーす!」」」

チャプ…

補助ダイバー「準備運動、済んでますね」

奏「はい」

補助「1回目は潜る感覚だけで大丈夫。重りはひとまず最低限で、リハのつもりで大丈夫」

衣装「重り、ひとまず腰に付けてます」

補助「OK。速水さん、ゆっくり、どうぞ」

奏「お願いします」

カン カン

奏「……」

奏「うん…… 動けます」ザプッ

補助「息すったら、合図。手を引いて潜ります」

衣装「リボン、気を付けてください。巻き込まないように」

奏「はいっ…… すぅーー……」

奏「……」コクン

補助「OK」

ザパッ


P「……」

衣装「……」

カシャッ

ゴポ …ゴポ

カシャッ

P「……」

衣装「……」

P「……お」

衣装「上がってきますね」

ザバッ

奏「……はぁっ、はぁ……ふぅ」

補助「底までは着けたね。重り、少し足そう」

衣装「はいっ」

バシャッ

衣装「そのまま水中で。脚の付け根に巻くんで、少し触りますね」

奏「ええ、大丈夫です」

奏「……」

P「奏。どうだ」

奏「うん…… うん、ちょっと思ったより深くて」

奏「いま、底に5秒も居られなかったと思う。もっとスムーズにいかないと」


奏「……もっと……はしごを、蹴るように……」

補助「重り足した分、潜るのは早くなるけど浮かぶの大変になるから、上がるときは合図下さい」

奏「はい」

衣装「装着、OKです」

補助「よし」

補助「ここからが本番ね」

補助「体力も、衣装にもリミットあるから、出来るだけ早く決めちゃいましょう」

奏「お願いします」

補助「こっちも潜るタイミング合わせるよ。3カウント」

奏「はい。ふぅ…… すーー……」

奏「……」コク

補助「3,2,1」

ザパッ


---

奏「はぁっ、はっ……」

奏「……重り、追加お願いします」

衣装「すいません、これ以上は裾から見えてしまって……」

補助「それに、浮けなくなっちゃう。これ以上はちょっと無理だね」

奏「はい……」

補助「何枚かは撮れているので、あまり気負わずに行きましょう」

奏「……」

P「奏」

奏「大丈夫……」

P「ああ」

奏「すぅ……」

補助「……3,2,1」

ザプッ

P「……」

P(6回目……)


ぷか

P「ん? 靴が……よ、っと」バシャ

ザバッ

奏「Pさんっ」

奏「靴……!」

P「ああ。こっちまで泳げるか?」

バシャッバシャッ

奏「……はぁ、はぁ……あー、重い」

P「すごいな、この衣装で泳げるのか」

奏「……練習したもの」

P「さすが」

P「……見てて思ったんだが」

奏「なに?」

P「おまけの件。あれだけじゃ足りないかも、なんて」

奏「……それで?」

P「全部、好きにしていい」

奏「全部?」

P「どこに行くのも、何するのも」

P「何時までかも」

奏「……」

P「それくらい、頑張ってるな、と」


P「やる気は出るかな」

奏「そうね……」

奏「終わってから、考えるわ」

P「わかった」

奏「ほら、ねえ。靴」

P「ああ」

P「貴女が落としたのは、ガラスの靴でしょうか? それとも」

奏「いろいろ混ざりすぎね」

P「水中で履けるか?」

コツ

奏「……ふふっ すーー……」

奏「やってやるわ、よっ」カンッ

ザパッ

P(ヒールを壁に宛てて、潜りながら履いたのか)

P「はははっ、いいね」

P(……)

P(……笑っていたな)


P(速水奏は、優等生だ)

P(アイドルとしても、人間としてもある程度の常識を持って、大体のことをこなせる)

P(でも、そのうえ)

P(そこから先の、昇り詰める、欲望)

P(トップアイドルになるための、気持ち)

P(優等生だからこそ、アイドルとして綺麗にステージをこなし)

P(優等生だからこそ、天性のアイドルがもつ輝きに勝てないと自覚する)

P(だが、それでも、そのうえに行くという情熱を、渇望を、熱狂を、もっていい)

P(言われた通りだけのことをこなすんじゃなくて)

P(スタッフの、ファンの、俺の想像を超えていけ)

P(楽しめ)


P「……」

P(水中に、赤い影が)

P(金魚のように、炎のように揺らめいている)

P(水の青に彩られながら、光に照らされながら)

P(しばし動きを止める)

P(水の中から微かに聞こえる、シャッター音だけの、静かなプール)

P「……45秒」

P「……」

P(水中で、全員が動いた?)

ざぱっ

奏「ぶはっ、ふっ、はっ……!」

バシャッ バシャン

CM「ふーっ! チェック入ろう!」

美術「はーい!」

補助「重り外してあげて」

衣装「外します! はしご、掴まったままで大丈夫です」バシャッ

奏「はーーっ、はーー……」


P「お疲れ……」

ザパァ

奏「……はー、げほっえっほ……」

P「奏!?」

奏「はー……ひっ、ひー」ゴロン

P「お、おい?」

奏「……はぁ……ねぇ」

P「ああ」

奏「はぁ…… 人魚姫も……」

奏「こんな、気分だった、のかしら…… けほっ……」

P「……さてな。大丈夫か」

奏「ええ……」

P「よし、羽織るもの取ってくる」

奏「……」


P「あ」

CM「ああ、プロデューサーさん」

P「どうです?」

CM「とりあえず見てから。手ごたえはあったよ」

美術「一旦休憩で大丈夫です。衣装、脱いでもらって」

P「じゃあ衣装さんに、伝えておきますね」

美術「恐れ入ります」

---

P「お疲れ。ドレス、とりあえず脱いでいいってよ」

奏「わかったわ…… 重……」

P「一応、小物だけ付けておいてくれって」

奏「ん…… ……脱がしていただいていい?」

P「あ、いや、衣装さん呼ぶから、俺が席外して」

奏「大丈夫よ、中着てるから。早く脱ぎたくて」

P「……」

奏「気にするほどじゃないでしょう? 水着だって見てるんだから」

P「あ、ああ……」


奏「背中のファスナーおろして」

P「……」ジー

奏「ふぅ…… よい、しょ」

P「……お、おい奏、中着てるって」

バサッ

奏「なに? ヌーブラくらいしてるわよ」

P「え……」

奏「水着というわけにはいかないでしょう? 下は、まぁそうだけど」

奏「ふふ……背中見て、何もつけてないって思った?」

P「……いや、それでも」

奏「それより早く、ガウン着せてくださらない?」

P「……」バサッ

奏「……」

P「……なぁ、奏」

奏「えっち」

ばふっ

奏「きゃっ。……タオル投げつけるなんて。ふふ、ひどい」

P「しらんよ」


P「なんか飲むか」

奏「ええ。温かいもので」

P「ああ、暖房効いた部屋に行くか?」

奏「大丈夫……」

P「結構、冷えてるだろ」

奏「そうね。でも」

奏「震えてるわけじゃないから、大丈夫」

P「わかった…… ……思ったより、冷たかったか?」

奏「……わかるんですって」

P「うん?」

奏「カメラを通すと、不思議と水の温度も伝わってくるって、カメラマンさんが言ってたの」

奏「今回のイメージは冷たい方が似合うでしょう。だから、冷水じゃない程度には、ちゃんと水」

P「そうか」


奏「ふー……」ズズ…

奏「あったか……」

P「本当に、よくやったよ」

奏「……どうだったかしら」

P「いまチェックしてもらってるけど、手応えあったとは」

奏「写真の出来だけじゃないわ」

P「うん?」

奏「Pさんは、どうだった?」

P「……」

P「水中が、どうなっているのか分からない」

P「一つのイメージを作るために、全員が力を合わせているところで」

P「何ができるわけでもないというのが、もどかしかったな」

奏「ふっ、ふふっ」

P「?」

奏「あはは……随分と、変なこと言うのね」


奏「あなたが集めたのに」

奏「Pさんが居なければ、今日この場が無かったのに」

P「……まあ、それはそうだけど」

奏「しっかりしていてよ。プロデューサーさん」

P「……ああ」

P「アイドルが不安にならないように、ただ構えているのも仕事か」

奏「そういう事」

奏「ねえ、訊いていい?」

P「何を?」

奏「プロデューサーさんがこの仕事を持ってきたのは……」

奏「この表紙撮影で、こんな写真を撮ろうと思ったのは」

奏「……」

奏「Pさんとの出会いが、海だったから?」


P「……どうかな。でも、うん、確かに奏は海のイメージもあるか」

P「あまり意識はしていなかったけど、そうかも」

奏「……うん。そうね」

奏「なら、嬉しい」

P「それと奏のイメージっていうなら」

P奏「「月?」」

P「ははは……」

奏「ふふっ」

P「海に月か……」

P「……」

奏「……」

P「クラゲ?」

奏「やめてよ、もう」


奏「……あ」

奏「でも、いいかもね」

P「え?」

奏「見に行きましょうよ。クラゲ」

奏「水族館に行きたいって、言ったじゃない」

P「あー」

奏「なんでも、決めていいんでしょ?」

P「……ああ」

奏「と、この話はあとで。カメラマンさん、来たみたい」

CM「おーい」

奏「はーい!」


CM「撮って出しだけど、見てよこれ」

P「おお、これは」

奏「……」

奏「すごい……」

P「よくこんなに…… まるで、普通に座っているみたいな」

CM「だよね。水中に平気な顔して座っている、っていうのがまた、神秘的な感じで」

CM「他にも何枚か撮れたけど、最初のイメージ通り、これが最高だね」

P「ありがとうございます。写真集の成功、確信できますよ」

CM「あはは。これさぁ、僕のサイトにも載せさせてよ」

P「ええ、もちろん。掲載は発売後一定期間後からでお願いできればと」

CM「しっかりしてるなぁ…… ねぇ、速水さん」

奏「はい」

CM「今回は、ありがとう。よく頑張って写ってくれた」

奏「そんな。こちらこそありがとうございます。私も、とてもいい経験になりました」

奏「こんな素敵に撮って頂いて。……海の女神に嫉妬されてしまいそう」

CM「セイレーン? ははっ、いいね、その魅力も越えようって気概かな」

CM「水中がまたあるかは分からないけど、また仕事ができるといいね」

奏「はい」

P奏「「ありがとうございました」」


――廊下

奏「……」

奏「ふふ」

P「ん?」

奏「ううん。……セイレーンだと、海の怪物になっちゃうなって」

奏「まあ、船乗りを惑わせるのは悪くないかもだけど」

P「え、ああ、そうか。……そうなると、海の女神ってなんだ?」

奏「……」


奏「到達点って」

P「ん?」

奏「言ったでしょう、この仕事のこと。Pさんが。速水奏の大きな意味のある到達点にしたいって」

P「ああ」

奏「今の私の、到達点だと思う?」

P「それを決めるのは俺じゃないよ」

奏「じゃあ、誰が?」

P「奏以外にいるのか?」

奏「ふふ…… 私であって、私じゃない」

奏「私のイメージは、私じゃないところで創られていく」

奏「アイドルやっていると、よく実感するの」


――控室

ガチャ パタン

P「……そうだな。それは、よくわかる」

奏「だから、それを飲みこんでいく、超えていくような」

奏「海みたいになれたらって、思わない?」

P「……」

奏「まぁ、どんなイメージを持ってもらってもいいけど、受け取り切れないものはあるかもね」

奏「でもそれが、速水奏というアイドルの到達した、先」

奏「Pさん」

奏「……この撮影でなりたいものが、見つかったかもしれない」

P「うん」

奏「……」

奏「私は……テティスになりたいわ」

奏「とてつもなく深い底で微笑む、女神のようなアイドルに」


P「ああ」

P「なれるよ」

P「いま、そうなって行ってる」

奏「……ふふっ」

奏「ところでね」

奏「私、いまから全部着替えるんだけど」

奏「手伝っていくかしら?」

P「それじゃあ、是非とも」

奏「えっ」

P「うん?」

奏「……」

P「……」

奏「その気なんてないくせに。意地悪ね、もう」

P「お互いさまだよ」


P「じゃあ、終わったら呼んで」

奏「……いつか、終わる前に呼んじゃうからね」

P「うーーん…… まぁ、その時になってから焦るよ」

奏「連れない人」

ガチャ

P「……ああ、奏」

奏「なに?」

P「今日の撮影、楽しかったか」

奏「……」

奏「とても大変だったし、苦しかったわ」

奏「でも」

奏「楽しかった」

P「うん」

P「上出来」

パタン





――後日、デートの情報が洩れて、LiPPSメンバーに後を付けられたのは、また別のお話。

【エンド・オブ・ブルー】速水奏より


お読み頂きありがとうございました。
一番最初に手に入れた奏のSSRが、エンド・オブ・ブルーでした。
総選挙Dグループ、速水奏に投じて頂ければ、この上なく嬉しく思います。


過去の奏SSです。よろしければどうぞ。

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