速水奏「ずるいひと」 (34)


――ミステリアスアイズ控室

ガチャ

高垣楓「おはようございます。あら?」

速水奏「……ああ、楓さん。おはようございます」

楓「だいぶ早くについたと思ったんですが、奏ちゃんも早かったんですね」

奏「ええ。用事が詰まっているわけじゃなかったから」

楓「そうなんですね。今日ここ以外にお仕事は?」

奏「昼過ぎににラジオがあって、その前はレッスンがあったくらいよ」

楓「ふぅん……」

奏「……なにか?」

楓「奏ちゃん、どうかしましたか?」

奏「え? ……楓さんの目にはどう見えるかしら」

楓「そうですね、なんていうか」

楓「お腹が空いて怒っているような?」

奏「その心は?」

楓「はんぐりーであんぐりー」

奏「……不機嫌と思われる人を目の前にそれを言えるの、正直尊敬できるかもしれないわ。目標にはできないけど」

楓「わぁ、褒められてしまいましたね」

奏「どう受け取ってもいいけど、ね」


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楓「それで、奏ちゃんの不機嫌のワケはなんでしょう?」

奏「不機嫌と決まったわけじゃ……」

楓「違いますか?」

奏「……」

奏「まぁ……そうね、あまり穏やかな気分ではないかも」

奏「聞いてくれる?」

楓「若ぇワケを聞きたいですね」

奏「……どうしましょう、別の理由で不機嫌になりそう」

楓「ふふ、ごめんなさい」

奏「楓さんの通常運転だって知ってるけど……」

楓「ええ、私も奏ちゃんだからこうやって安心して言えるんですよ」

奏「はぁ…… まぁ、やめておくわ。楓さんに聞かせるには、つまらない話だもの」

楓「そうですか……」

楓「……なんて、引き下がる程度の仲だと思いましたか?」

奏「それは…… ずるい言い方だわ」

楓「奏ちゃんのおかんむりなんて、めったに見られないんですよ?」

奏「雪が降った時の子どもみたいな顔やめてちょうだい?」


楓「というワケでそのワケ、私に教えて頂けますか?」

奏「……」

楓「言ってくれないと」

奏「……どうするの?」

楓「次の何らかの打ち上げ(お酒あり)の時にめちゃくちゃ絡みますよ」

奏「シンプルに嫌ね」

楓「それに、吐いてすっきりすることもありますからね。お酒と同じです」

奏(本当にこの人シンデレラガールなのかしら……)

奏「……」

奏「……ふぅ」

奏「情けない女の愚痴なのだけれど」

楓「構いませんよ」ニコニコ

奏「……やけに嬉しそう」

楓「奏ちゃんに愚痴をこぼしてもらえるのが嬉しくて」

奏「半ば脅迫だったじゃない。もう……」


奏「今日は何の日か、なんて言ったら、もう大体の察しがついてしまいそうね」

楓「ああ…… ずばり、まだホワイトデーのお返しを貰っていない、ということですか?」

奏「貰った……というのかしらね、あれは」

楓「違うんですか?」

奏「お返し自体はあるの」ガサ

楓「ホワイトデーとしては、オーソドックスな見た目ですね」

奏「中身も普通のものよ。確かこれは……キャンディだったかしら」

楓「確認してないんですか?」

奏「そう、そこなの」

楓「そこ、ですか」

奏「今日事務所に寄ってきたのだけど……」


――今日の昼 事務所

コンコン ガチャ

奏「おはようございます」

千川ちひろ「おはようございます、奏ちゃん」

ちひろ「休日なのに、お疲れさまです」

奏「それは、ちひろさんもでしょう?」

ちひろ「ふふ、休日が本番みたいなところがありますから」

ちひろ「ええと、今日の奏ちゃんは……」

奏「今日はこれからレッスンね」

ちひろ「そうでしたね。レッスン、お昼過ぎからラジオのゲスト出演」

奏「それは伊吹と一緒で」

ちひろ「夜は音楽番組収録」

奏「楓さんと一緒ね」

ちひろ「さすが、完璧です」


ちひろ「なかなか忙しいですよ。大丈夫ですか?」

奏「ふふ、ありがたいことだもの。精一杯やらなきゃ」

ちひろ「忙しすぎたら、プロデューサーさんに文句言ってくださいね」

奏「そうですね。……お詫びに何か頂かないといけないかしら」

ちひろ「ホワイトデーということもありますし?」

奏「ええ。いい口実ですもの」

ちひろ「ですね、遠慮なくむしりとってしまいましょう」

奏「言い方」

ちひろ「うふふ」

奏「とりあえずレッスンに向かいます。そのままラジオ局に向かいますので」

ちひろ「分かりました。よろしくお願いします」


――夕方 事務所

ガチャ

奏「おはようございます」

ちひろ「あら。ラジオお疲れさまでした」

奏「あ……お疲れさまです」

ちひろ「一旦戻ってきたんですか」

奏「ええ。まだ少し時間もあるから」

ちひろ「次はテレビ局なので……入りの時間にはまだ余裕ありますね」

奏「ええ……」キョロキョロ

ちひろ「もしかして、プロデューサーさんですか?」

奏「え?」

ちひろ「ラジオ局からTV局直行かなって思っていたんですが、事務所にまた来るとなると」

奏「ふふ、鋭い人の前で、迂闊だったわ」


ちひろ「まだ営業から戻られていないですね。夕方には一度顔を出すと仰っていたので、待っていてはいかがですか?」

奏「ありがとうございます。じゃあ少し、待たせていただこうかしら」

ちひろ「ええ。お茶でも淹れてきましょう」

奏「いえ、そこまでは」

ちひろ「私も飲むところでしたから。ついでですよ」

奏「それじゃあ……ありがとうございます」

奏「あ、ちょっと失礼してきますね」

ちひろ「はい」



――お手洗い

ジャー…

奏「もしその手を、離した、ら」

奏「すぐに、いなく、なるから」

キュッ

奏「……」

奏(髪は整ってる…… ちょっとだけ、リップを引き直して……)

奏「……」

奏(うん)


コツ コツ

奏(別に)

奏(大きな期待をしているわけじゃないけど)

奏(それでも、それなりに楽しみにしている、なんて)

奏(もちろん、誰にも……あの人にだって言うつもりはなくて)

奏「……」

奏(変わるものね、人って)

奏(自分でも驚くくらい)

ガチャッ

モバP(以下P)「じゃ、すいません。夜にまた戻りますんで!」

ちひろ「――」

バタン タッタッタ…

奏「え」

奏「あっ……」


奏「……」

ガチャ

ちひろ「あ、奏ちゃん」

奏「ああ、すいません、お茶ありがとうございます」

ちひろ「ええ。いえ、いまプロデューサーさんが」

奏「はい、出てくるのは見えたのだけど」

ちひろ「会えませんでしたか?」

奏「残念だったわ。呼び止める前に走っていっちゃって」

ちひろ「そうですか……一瞬だけ顔を出されて、この後のライブ会場の応援に向かうと」

奏「忙しいものね。仕方ないわ」

ちひろ「ああ、でもプロデューサーさんから預かっているものがありまして……」

奏「えっ」

ガサッ

ちひろ「こちら。プロデューサーさんからのホワイトデーです」

奏「……」

ちひろ「中身は何種類かありますね。お好きなの早い者勝ちです。事務所に来た子にはとりあえず配ってOK、だとか」

奏「そうですか」

奏「……じゃあ、ひとつ」


---


――控室

楓「なるほど、それで私がくるまで燻っていた、と」

奏「……」

奏「……いいのよ。お返しを期待してのバレンタインじゃなかったんだもの」

奏「ただ自分の想いと日頃の感謝を伝えるだけ。格好つけても詮無いことだわ」

奏「……なんて言ってもね、情けないけど結局、期待していたのが本心で」

奏「せめて会えていたら、ってね。あの人にそんな時間もなかったのに」

奏「そんなことを考える自分も嫌になっちゃって」

楓「仕方のないことですよ」

奏「そうかもしれないけど…… 格好悪いでしょう?」

楓「奏ちゃんの美学なんですね」

奏「美学だなんて大層なものじゃないわ……女の意地、ですらない」

楓「では、何というものでしょう」

奏「駄々、かしら」

楓「ふふっ。駄々っ子奏ちゃんですね」

奏「ふふ、やめてってば……」


奏「格好悪いって思っているのに、チャーミングに聞こえてしまうわ」

楓「それは、奏ちゃんが可愛いからです」

奏「可愛い、ね…… 最近は言われ慣れないかな」

楓「そうですか?」

奏「たぶんね」

奏「……あーあ」

奏「はい、もう終わり。結局プロデューサーさんも忙しくて、会うことすらできなかった訳なんだから。運が悪かったと諦めるしかないわ」

奏「一括りにされたとはいえ、一応はお返しを貰ったわけだし」

楓「そう、そこはなぜ受け取ってしまったんですか?」

奏「え?」

楓「受け取らない、という選択肢もあったのではないかと」

奏「……それは……」

奏「一瞬頭をよぎったけど、プロデューサーさんの面目を保ってあげた、というところかしら」

楓「あとは、ちひろさんに勘繰られたくなかった、というのもありそうですね」

奏「……あえて出さなかった方の理由、分かるなら言わないで欲しかったわ……」

楓「あらまぁ。ふふ……」


奏「……ねえ、楓さん」

楓「はい」

奏「こうやって大人になっていくのかしら」

楓「?」

奏「諦めや……自分についた嘘が、人を大人にするのかしら」

奏「楓さんにはない? 期待していたものが、思った通りには手に入らなかった時の歯痒さというか、やるせなさというか」

楓「そうですね」

楓「人生は……とまで言ってしまうと大げさですが。そう言ったことの繰り返しです」

楓「楽しみにしていたお酒が売り切れだったり」

楓「今度行ってみようと思っていた居酒屋が、行く前にお店を畳まれていたり」

楓「地方の酒蔵を訪ねるロケで、あんまり飲ませて貰えなかったり……」

奏「……お酒のことだけ……?」

楓「ふふっ……」

楓「お互いに忙しくて、意中の人と会うことすらままならなかったりも、するかもしれませんね」

奏「……」

楓「諦めや、自分についた嘘で大人になるわけじゃないですよ」

奏「え……?」

楓「それらが、自分の中の子どもを、掻き消していくんです」

奏「……」


奏「それなら」

奏「子どものままでいたいわよね……」

楓「ええ。ですが、否が応にも、大人になっていくのであれば」

楓「無理矢理にでも我がままを通せばいいんです」

奏「無理矢理に……?」

楓「会いたくなった時。一緒にいたくなった時」

楓「泣きわめく子どもでないのであれば、そうするために何をすべきか」

楓「何を成して、思い通りにするのか」

楓「やるもやらないも、自分の意志と責任で。それを出来るのが、大人の特権です」

奏「……楓さんはなにをするの? 想い人に逢うために」

楓「逢いに行けばいいじゃないですか」

楓「机でお仕事しているところで、ずーっと横にいてふくれっ面をしてやれば大丈夫です」

奏「……あのプロデューサーさんが断れない訳よね」

楓「あら。そうですか?」

奏「拗ねても可愛いんだから、反則よ」

奏「……だから貴女は、いつまでも素敵な女性なのね」

楓「ふふっ。褒められてしまいましたね」

奏「ええ、今度は本当に」


奏「……楓さん、ありがとう」

楓「え?」

奏「こんな鬱屈した気持ち、楓さんじゃなければ言えなかったわ」

楓「……」

奏「私って、こうだから……この私の孤独を、他人に理解されようともしなかったし、自ら明け渡すなんて真似、しなかったもの」

奏「楓さんだから言えたの」

楓「……」

楓「変わっていくんですね、奏ちゃんも。フランスで一緒に過ごした時から、今はもう違う人の様」

奏「男子三日会わざれば、なんて言うけど。女は何日で変わるかしら。……新月だって、三日月にはなってしまうわ」

楓「ふふ、確かに」


奏「吐けばすっきりする、か。ちょっとは覚えておこうかしらね」

楓「ええ、指を喉の奥に、こう」

奏「せっかくいい話で終われそうなんだから」

楓「うふふ」

奏「もう…… ……そういう楓さんは?」

楓「?」

奏「隠さなくてもいいでしょう? あなたのプロデューサーさんとは、どうなのかしら?」

楓「あらあら…… そうですねぇ、今日はまだ、会えていません」

奏「そう。立ち入ったことを聞くまではしないけど……お互い、苦労しそうね」

楓「うーん…… 奏ちゃんには悪いのですが」

奏「?」

楓「この後からが、大人の時間です」

奏「えっ」


楓「この収録の後、予定が空いているんですよ。私も、プロデューサーも」

奏「そう、それは……ん? 予定を訊かれたわけではないの?」

楓「約束はしてないです」

奏「それは…… ……何も連絡がなかったら、悲しいことにならない?」

楓「そうかもしれません」

奏「あの、それはちょっと」

楓「予感がするんです」

奏「……」

楓「素敵だと思いませんか? 示し合わせたかのように二人の予定は空いていて」

楓「今日の仕事終わりに連絡が届いて、夕食に誘われる、なんて」

楓「もちろん、気のせいかもしれませんが……連絡がなければ、こっちからすればいいですし」

楓「でもやっぱりここは、待ちたい日じゃないですか」

奏「……それは、そうね」

楓「でしょう。だから、待ち焦がれるんです」


奏「……」

奏「ふふ」

奏「私も大概かなって思ったんだけど、楓さんも相当ロマンチストよね」

楓「そうでしょうか」

奏「ええ。私にはできないわ。その熱で身まで焦げてしまいそうになる」

楓「それはとても、熱い心だからですよ」

奏「そんな情熱の炎じゃないの。暗闇の中、どうにかついたマッチの火を、手に握り締めてしまうような」

奏「か細い期待にすら、裏切られてしまった時のことを考えて、怖くなる」

楓「……怖くない訳ではないですが……それで明日が来なくなるわけじゃないですから」

奏「……」

楓「また明日、今度はどうしようか考えるんです」

奏「今日の楓さんの予感が外れたら、明日はどうするの?」

楓「そうですねぇ……では、ダメだった時は、一緒に飲んでいただけますか?」

奏「楓さん……」

奏「……私、未成年よ」

楓「あら、そうでした」

奏「いまの言い方、絶対忘れてないでしょ」


楓「ふふっ…… あっ、じゃあ未成年が飲酒OKな国に行きましょう」

奏「へっ」

奏「……あ、あのね、楓さん」

楓「それはそれで楽しそうですねぇ」ニコニコ

奏「……」

奏「はぁ」

奏「それでいいわ、もう」

奏「そうやって、何もかもを叶えていくのかしらね……」

楓「何もかもは難しいですが、自分の願うことをできるだけ叶えたいとは思います」

奏「そうね……ペシミストを気取る気はないけども」

楓「夢を叶えるには、オプティミストでもいられない」

奏「ならせめて、自分らしく。うんと自分らしく、ありたいわよね」

楓「そうですね。良いも悪いもすべて含んで」

奏「ずるいと言われようと、嘘をつきながら、想いを願いに変えて、叶える」

楓「私たちはそういう女、なんですから」


カチ ピピッ

奏「あら、18時…… 話し込んじゃったわ」

楓「そろそろ着替えですね」

奏「ええ。メイクさんが来る前に、ベースだけやっておきましょう」

楓「そうですね。……今日は、運が良かったです」

奏「え?」

楓「奏ちゃんとこんなに話せたの、フランス以来じゃないですか?」

楓「ふたりとも早く来ることがなければ、出来ませんでした」

奏「……そうね。すれ違いの日かと思っていたけど……それなら、悪く無い日だったわ」

楓「ふーむ……稚貝のすれチガイ。今日は海鮮系の料理が食べたいですね」

奏「良い話から自分のデートプランにつなげないで」

楓「貝と日本酒は合うんですよ」

奏「まだ知らないでおくわ」


楓「良いお酒は良い酒器で。伝えることは、よい好きで」

奏「……調子はいまいちじゃないかしら?」

楓「なるほど。しゅきなお酒もお銚子がわるいとお調子がわるい、と」

奏「畳みかけるわね……」

楓「貝の煮つけを、口をあんぐりー開けて、食べたいですね」

奏「ふっ…… まったく、開いた口が塞がらないわ」

楓「あら、一本取られました」

楓「……はんぐりーも満たせますよ?」

奏「うーん……」

奏「それは蛇足ね」


――番組収録後、TV局前

ヒュゥ…

奏(風が強い……暖かくなってきたっていっても、まだ夜は冷えるわね……)

奏(それにしても……)

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ヴー ヴー

楓「……」チラ

楓「……」パァッ

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奏(スマホを見てあの反応は、間違いなくお目当てよね)

奏(予感的中……というか、分の悪くない賭けだったんでしょうね)

奏(残念ながら、楓さんと海外に行くのはまだ当分先のことになりそう)

奏「……」

奏(少しだけ甘いの欲しいな……あ)

ガサガサ

奏(Pさんのホワイトデーは……やっぱり、キャンディーみたいね)

ガサ

奏「……ザクロ味……」

奏(いまいち腹立たしいけど、まぁ、いいわ)ピリ

パク

奏「……」コロコロ


奏「……」

奏(もっといいものが良かった、なんて思っていない)

奏(お返しを期待していたんじゃない。飴玉一つだってかまわなかった。ただ……)

奏(ただ、会って目の前で渡してほしかっただけ)

奏(目を見て、言葉を聞いて、あの人の姿を見ながら、受け取りたかっただけ)

奏(なんて…… さすがにそこまでやって飴玉一つじゃがっかりするかもね)

奏「あーあ」

奏(以前の私なら、なんとも思わなかったんでしょうね)

奏(こんな些細なことに心動かされるなんて)

奏(それともそれだけ……)

奏(恋は人を変えるのかしら)

奏(だとしたら相当、罪な人よ)


カチ ピピッ

奏(22時か……)

P「お疲れさま」

奏「……」

P「……」

奏「……お、お疲れさま」

P「え、どうした」

奏「え? う、ううん、えっと……虚を突かれたというか、不意打ちというか……」

P「……よく分かんないけど」

奏「気にしないで……用事かしら?」

P「ああ、うん」

奏「そう。じゃあ……」

P「あ、タクシー呼ぶから、少し待っててくれ」

奏「別に大丈夫よ」

P「時間が時間だろ。今日のスケジュールじゃ疲れたろうし」

奏「……」

P「それに、会社の払いだから気にしない」

奏「……そうね」


P「よし、手配完了。どうだった、収録は」

奏「問題ないわよ、楓さんとだもの。いつも通り」

P「うん。まぁ、あまり心配はしていなかったんだけど」

奏「……」

P「……」

奏「じゃあ、もう大丈夫」

P「うん?」

奏「タクシー呼んでくれたなら、後は待たせてもらうわ」

P「ああ」

奏「局に用があるでしょう?」

P「え……? こんな時間に?」

奏「それは……そう言うこともあるかもって……」

P「んー、まぁそれもそうか。でも今日は違くて」

P「用はこっち」

ガサ


奏「……」

奏「……これって、その」

P「先月のお返し」

奏「……」

P「良かったよ、渡せて。一日中もちっぱなしでさぁ」

奏「……」

奏「用って、こっち、だけ?」

P「だけ。いまもう、勤務時間じゃないし」

奏「……」

P「……あれ、気に入らなかった……?」

奏「う、ううん、そうじゃなくて…… その、事務所寄った時に、ちひろさん経由で貰ったのだけれど……」

P「え…… あれっ、奏、事務所寄ったのか?」

奏「えっ? ええ」

P「あー……そうか……」

P「いや、いいや、それはそれで貰っておいて」

奏「……」

P「待ってくれ、あまり考えないで」

奏(……)

奏(私が事務所で受け取ることを想定していなかった……)

奏(私は…… あの中に入っていなかった……?)

奏(だって、現にこうして)

奏(……)ドキドキ


奏「……Pさん」

P「あ、ダメだこれ、全部察された」

奏「だ、だって……! 好きなのとって終わり、とか思っちゃったでしょう!?」

P「いや、うん、今日は予定が多かったから、大方はそれで済ませるつもりだった……」

奏「……じゃあ、私って……大方じゃない方、でいいのかしら?」

P「まって奏。これもう完全にドツボだ。何言っても墓穴掘る」

奏「……」

P「格好付かないなぁ…… 夕方に事務所寄っていたかぁ、読み違えた……」

奏「ふっ」

奏「ふふふっ、あはははっ……」

P「そんなに可笑しい……?」


奏「ええ…… Pさんも、私も、どっちも格好付かないわね」

P「……奏も?」

奏「そうね。教えてはあげないけど」

P「なんなんだ……」

奏「ふふ……」

奏(これだけのために)

奏(私の仕事終わりに合わせて、これを渡すためだけに……)

奏(あの時、事務所から出るPさんを追いかけてでも捉まえていたら、何もかも変わっていて)

奏(でも結局、面目は保ってあげられなかったし)

奏(私の不機嫌も無意味なものでしかなく)

奏(でも、それでも)

奏「……」

P「まだ夜は冷えるな」

奏「……ええ」

スッ

P「……奏」

奏「この方が、寒くないでしょう?」

P「……そうだな」

奏(ねぇ、楓さん)

奏(意外とすれ違っても、いいことあるかもしれないよ)


P「……」

奏「……」コロ…

奏「ねぇ、Pさん」

P「うん?」

奏「事務所でもらった方のお返しなんだけど」

P「うん、そっちも貰ってくれて構わない」

奏「ううん。中身、アメだったんだけど」

P「ああ」

奏「お返ししていい?」

P「え?」


奏「ん……」

P「!?」

奏「……」コロ…

P「……」

奏「……」

P「奏……」

奏「避けるなんて、連れない人」コロ…

P「今日のは、避けないといけない気がして」

奏「ふふっ、いい勘してるわ」


ブロロロ…

P「タクシー来たかな」

奏「残念」

ブロロロ… キッ ガチャッ

奏「Pさんは乗らないの?」

P「ああ、事務所に車あるから、取りに戻らないと」

奏「そう……」

奏(……我がままを通すために)

奏(何を成すか)

奏「Pさん、ちょっと耳貸して」

P「え? ああ」

奏「……」スッ

P「……」

P「……貸すの、耳じゃなかったのか」

奏「知らなかった? 女は嘘つきなの」

奏「じゃあまた……事務所で、ね」

P「……ああ」

P「お疲れ」

P「奏」

バタン ブロロロ…


ヒュゥ…

P「さむ……」

P「……」

P(不意打ちされた頬だけが暖かい)

P(あの子の気持ちに気づきながら)

P(勘違いかもしれない、などと自分に言い聞かせているつもりだけど)

P(もはや意味の無いほどに、あの子に惹かれている)

P(そのことを、自分にも奏にも嘘をつかせて)

P(この関係が変わらないように、願ってすらいる)

P(そんなことを願っているくせに、直に会いたくなるくらいに特別で……)

P(気付かれたくなくて)

P(気付かれたくて)

P(ああ、本当に……)


奏「……」

奏(あの人の優しさに甘えて)

奏(本気にさせたくて)

奏(本気にできなくて)

奏(今日もあそこまでしたのに)

奏(本当に、キスしてしまってもいいと思っていたのに、やっぱり安心している自分がいる)

奏(今はもう、窓の外に顔を向けることもできない)

奏(耳まで赤い、自分の顔が)

奏(溶けそうなくらい赤いのが見えてしまう)

奏(それを自分で見たくなくて)

奏(いまはただ、嘘をつく)

奏(こんなの)





P(ずるいよなぁ)
奏(ずるいわよね)








おわり


お読み頂きありがとうございました。
奏とのPドル……にみせかけた、かえかなだった気がします。


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このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月21日 (木) 04:26:15   ID: S:Q-f1ru

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