速水奏「恋愛映画は苦手」 (34)
速水奏(その日は朝から妙に落ち着かなくて)
奏(その時間が近づくだけで、心がそわそわとして)
奏(こんなにも期待しているのかと、自分で自分に驚いたりもした)
奏(だから、校門で待つあなたを見かけた時、思わず駆け寄ってしまったのは、仕方がないことよね)
奏「おまたせ、Pさ……」
モバP(以下P)「ああ、お疲れ」
奏「ぷふっ」
P「なんだよ」
奏「ふ、ふふっ、どうしたの? そのサングラス」
P「……変か?」
奏「変、っていうか、なんて言うのかな。一昔前のトレンディドラマみたいな」
P「分かりやすく言ってくれ」
奏「似合ってないわ」
P「どうも……自分なりに気を使ったんだよ。アイドルを車に乗せて出るところなんて、見られると困るだろ」
奏「余計目立ってダメだってば」
P「……そう」カチャ
奏「うん、その方がいいわ」
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P「何か用事はあるか」
奏「いいえ。早くいきましょう」
P「わかったよ。じゃ、どうぞ」ガチャ
奏「……」
P「どうした」
奏「Pさん、後ろの座席は無いんじゃない?」
P「言うと思ったよ。じゃあ、どうぞこちらの助手席へ」ガチャ
奏「引っ掛かるわね」
P「引っ掛けましたので」
奏「本当に楽しみにしていたのよ。今日のご褒美」
P「悪かったって。ちゃんとエスコートするから」
奏「ふぅん? じゃあ、お願いするわ」
バタン
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P(ご褒美、とは先日のライブのソロステージを成功させたことへのものだ)
P(ライブにあたってはだいぶ厳しくプレッシャーをかけたので、その分ご褒美をはずもうと言ったのだが、奏の希望は映画と食事という、程よくささやかなものだった)
P(面倒な点としては、学校に迎えに上がってほしいという希望があったことくらいで)
P(一度了承した手前、思い直して無理とも言えず、考えた末のサングラスだったのだが)
ブロロロ…
P「そんなに似合ってなかったか」
奏「芸能人じゃないんだから」
P「業界人ではあるんだけど……奏こそ変装はいいのか」
奏「そこのところね。着替えを持ってくるのも、着替えるのも大変だなって思ったのよ」
P「まあ、そうか」
奏「手軽に眼鏡だけ持ってきたんだけど、映画までまだ時間あるでしょう?」スチャ
P「ああ。喫茶店でも行くのかと思っていたけど」
奏「良ければ、服を買いにいきたいところね」
P「なるほど」
奏「付き合って貰えるかしら」
P「分かってるよ」
奏「あ、それとも制服のままの方がいい? Pさんが望むなら、このままでも吝かじゃないけど」
P「お気に召すまま……いや、やっぱり着替えてもらうか」
奏「あら、そう」
P「私服でいてくれた方が、幾分やりやすい」
奏「どういうこと?」
P「訊くな」
奏「……」
P「流してくれた方がいいんだが」
奏「ああ、私が高校生だってってことを意識しないで済むのね」
P「……勘が鋭いのも考え物だな」
奏「いまのはPさんが迂闊だっただけよ」
P「行きつけの服屋とか行った方がいいか?」
奏「こだわりはないけど……もしあるなら、Pさんのおすすめに案内されたいわ」
P「男にそれを求められるのは困るなぁ」
奏「確かにね。私もスーツのおすすめ訊かれたら困ってしまうもの」
P「だろ」
奏「じゃあ、単純に方向性の好み」
P「その人に似合えばいいんじゃないかな」
奏「似合う、ね。速水奏のイメージということ?」
P「そんなむずかしいことじゃない」
奏「じゃあ、ガーリーなのはどう?」
P「うーん……」
奏「やっぱり微妙っぽいわね」
P「いや、そういう意味じゃないんだ」
奏「イメージじゃない、とかじゃなくて?」
P「イメージってのはアイドルとしての話だろ。方向性を固めるのに、クールな衣装を用意してはいたけど……」
P「ほら、普段女の子らしくても、マニッシュな格好が似合ったりする子もいるじゃないか」
奏「そうね……小日向美穂ちゃんとか?」
P「あー、あの衣装な。そうそう、そういうの」
P「でも奏が似合うかというと」
奏「……」
P「いや、いけるか?」
奏「一人でグダグダにするのやめてよ」
P「つまり、顔がいいとだいたいの服は着こなせるんだよ。色は落ち着いているものの方が合いそうだけど」
奏「……たぶん、褒められたみたいだからありがたく受け取っておくわ」
P「それがいい」
P「ガーリーな服がいいなら、次は可愛い衣装を用意してみようか?」
奏「あら……本当?」
P「お。思ったより興味あるみたいじゃないか」
奏「……」
P「そんな顔するなって。ちゃんと見てればわかる喰いつきだったよ」
奏「どんな顔をしていたというの?」
P「見透かされるのは好きじゃないって顔」
奏「……まぁ、ちゃんと見てくれているのなら、よしとするわ」
P「素直じゃない」
奏「お互いさまよ」
P「……最近、切り返しの切れ味上がってない?」
奏「誰かさんのせいでね、やり合えないとついていけないの」
P「あー、こほん。服を買うとなると……」
P「映画館近くのパーキングでいいか。近くにデパートとかあるだろ」ピ ピ
P「ナビはよし、と。音楽でも流す? ラジオとか」
奏「いらないわ。それよりも話していましょうよ」
P「まぁ、いいけど」
奏「私とのおしゃべりは嫌?」
P「そんなことは……やりにくいと感じることはあるかもしれないけど」
奏「手のかかるアイドルでごめんなさい」
P「謝罪ってのは楽しそうに言うもんじゃない」
P「それで、どんなことを話したい?」
奏「そうね…… 今日のデートコース、悩んでくれた?」
P「いや別に」
奏「あら、残念」
P「残念って……」
奏「私のために悩んでくれるのが嬉しいものじゃない?」
P「映画も食事も決まってるんだから、悩むところもないだろ」
奏「それもそうね。映画は私の希望で時間を取っているし……そのあとの食事は?」
P「ちゃんと予約してるよ。こっちのお任せでいいんだろ」
奏「いいけど……」
P「なんだよ」
奏「こなれててちょっと妬けるわ」
P「別に慣れているわけじゃない。この歳になると、そういうお店の一つや二つは知るようになる」
奏「ふぅん」
――デパート レディスファッションフロア
シャッ
奏「Pさん、どうかしら?」
P「……意外なところで私服センスが壊滅的、なんてこともなかったな」
奏「そこは素直に褒めるところでしょ」
P「俺なんかが文句のつけようもないだろ」
奏「少しもアドバイスないの?」
P「じゃあ……全体的に色が抑えめ過ぎるかな。ベルトとかもっと明るい色でアクセントつけるといいんじゃないか」
奏「ふふ、そんなところよね」
P「……分かってたんなら聞くなよ」
奏「ちゃんと、見ていてほしいものなのよ。アイドルなんだから」
P「プロ意識の高いことで嬉しいよ」
奏「ふふ、それはどうも。あ、すいません、これでお会計お願いします。ベルトだけ、こっちの色で……このままタグ切って頂けますか?」
P「あとなんかあるか」
奏「そうね。時間があるなら靴も見たいところだけど」
P「それくらいは大丈夫」
奏「学校指定の靴のままじゃ、なんとも、ね」
P「確かにな」
――シューズショップ
奏「うーん、デザインはいい感じね。服にも合うし」
奏「Pさん、ちょっと横並んで?」
P「え? ああ」
奏「ほら、鏡の方向いて」
P「……」クル
奏「んー、並ぶとちょっとヒール高いかしら?」
P「俺を基準にする必要ある?」
奏「あら、大事なことよ。私もいくらかは釣り合っておかないと」
P「どんな男なら釣り合うのかね……」
奏「ふふ…… 意外と、鏡に映っているかもしれないよ?」
P「……背筋くらいは伸ばしておくよ」
奏「ええ。嬉しいわ」
P「あー、靴と制服、駐車場に服置いてくる?」
奏「持ったまま映画でも構わないけど」
P「そうか?」
奏「この後の食事も、ここら辺だったりするの?」
P「いや、ちょっと移動する」
奏「なら、置いてくるより、少しメイクしてきたいわ」
P「あー……」
奏「なに?」
P「いや、ノーメイクだったのかと」
奏「校則に引っ掛からない程度にはしてるけど……やだ、あまり見ないで」
P「ん、すまん」
P「じゃあその間、荷物持ってよう」
奏「……んー……」
P「うん?」
奏「いえ。脱いだ後の衣服を持ってもらうって、ちょっとね」
P「それもそうか」
奏「単純にこっちの気持ちの問題。べつにPさんがヘンなことすると思ってはいないわよ」
P「そりゃ、やましいことはする気ないけど」
奏「する気ないんだ」
P「話をややこしくするな」
奏「ふふっ、ごめんなさい。じゃあ申し訳ないけど、お願いするわ」ガサッ
P「ほいよ、じゃあここで待ってるから」
コッコッ…
P(……)
P(足取り軽いな……)
P(あ)
P(はしゃいでるのか、あれ)
――映画が終わって
ザワザワ ガヤガヤ
奏「……内容は上々、といったところよね」
P「普通に面白かったと思うよ。王道をはずさない感じ」
奏「冒険も少なかったように感じるけど」
P「シリーズものだし、固定ファンがいるならそういうプロデュースもありだろ。まぁ、確かに保守的かもしれないけど」
奏「そう、そこのところよね。シリーズものなんだから、新しいことをやっていってほしいという想いとの両立が」
P「っとまった。続きはとりあえず車の中だな」
奏「それもそうね」
P「割といい時間だからな」
P「の前にパンフを……」奏「パンフレットだけ……」
P「……」
奏「……」
P「はははっ」奏「ふふっ」
P「じゃ、2冊買ってくるよ」
奏「……ううん、それなら1冊でいいわ」
P「いいのか?」
奏「Pさんが要らないなら私が買うけど」
P「いや、これくらい」
奏「Pさんと一緒に読んで話すためのものだから」
P「……あ、そう……それじゃ、ひとまず俺が買おう」
奏「その方が、肩を寄せて読めるでしょう?」
P「……」
奏「なんて。ほら、もういい時間なんじゃなかった?」
P「あ、ああ……じゃ、1冊買ってくる」
P「おまたせ」
奏「ううん。ありがとう」
コツコツコツ
P「ああ、チケットの半券、いらないなら捨てとくけど」
奏「いいのよ。いつも手帳に挟んでいるの」スッ
P「へぇ」
奏「乙女でしょ」
P「そうかも?」
奏「いつもなら、喫茶店で内容を思い返したりしているのよ」
P「今日はちょっと無理だな」
奏「そうね。でも、今日は特別ですもの」
奏「この恰好で大丈夫だった? ドレスコードとか」
P「ああ、問題ない。堅苦しい高級レストランというわけじゃないから」
奏「あらそう」
P「ファミレスや牛丼屋ほど気楽でもないけど」
奏「ふふ。お手並み見せてもらいたいわ」
――レストラン
奏「へぇ……個室なのね」
P「まぁ、半個室? 他のお客さんはあまり見えないようになってるな」ガタ
ウェイター「お飲み物はいかがなさいますか」スッ
P「ああ、車なので炭酸水で」
ウェイター「お連れ様は?」ススッ
奏「そうね。ねぇPさん、どれが美味しいかしら」
P「……裏に書いてあるオレンジジュースをどうぞ」
奏「未成年だからやめろって。つれないでしょう。じゃあそれで」
ウェイター「はい。かしこまりました」
P「……」
奏「……」
P「やるな、あのウェイターさん」
奏「うん?」
P「奏にメニューの表、アルコール勧めておいて、未成年だと分かっても眉一つ動かさなかった」
奏「ふふ、確かにね。少しくらい慌てても、可愛らしくてよかったのに」
P「誰のことだよ」
奏「あら、誰のことだと思ったの?」
P「……やらかした」
奏「ふふっ、そう、そういうところ」
P「……では、ささやかながら」
P「乾杯」
奏「乾杯」
チン
P「……ふー」
奏「あら、美味しい」
P「ちゃんと絞ってあるジュースなんだろうな」
奏「では、前菜とスープから。いただきます」
P「いただきます。……映画の話の続きなんだけど」
奏「車の中で、感想はほとんど出し尽くさなかった?」
P「いや、そもそもの話。今日の映画チョイスはどういう感じなんだ?」
奏「うん? 話題作だから気になってた、ぐらいだけど」
P「そうか。いや、勝手にもっと違う映画だと思っていた」
奏「どんな?」
P「……恋愛映画、とか」
奏「ああ」
奏「そうね、あなたと観るなら悪くないかもしれないけれど」
P「あんまり見ないのか」
奏「苦手なの」
P「へぇ、意外。どうして?」
奏「……なんかね、恥ずかしいのよ」
P「恥ずかしい?」
奏「幸せなシーンも、どろどろしたシーンも、つい、ね」
奏「自分に重なるわけではなく、でも憧れるには遅くて、かといって身近なことにするには早すぎて」
奏「自分だけで手一杯なのに、シナリオの決まっている恋愛に一喜一憂する余裕はないのよ」
P「ふぅん……そう言われると分からなくもないか」
奏「ああ、でも伊吹ちゃんと観たのは面白かったわ」
P「ふん?」
奏「別に恋愛ものじゃなかったけどね。キスシーンとかベッドシーン、あの子直視できないの」
P「それ、小松さんがおもしろ……可愛かっただけって話じゃないか」
奏「そうかも?」
P「まぁ、自分がいつやる側に回るか分からないから、観るなら勉強のつもり、とかでもいいんじゃないか」
奏「なるほどね……じゃあ今度は、恋愛映画で誘うわ」
P「え? あ、ああ……いいけど……」
奏「……」
P「どうした?」
奏「次の約束取り付けるって、思ったよりやるのね、私」
P「自分で自分に驚くなよ……」
奏「誰のせいかしら」
P「えー、それも俺のせいなのか」
奏「仕方ないわ。ハンディキャップだもの」
P「はい?」
奏「こっちの話」
P「はぁ」
P「いまさらだけど」
奏「なに?」
P「ソロステージはどうだった」
奏「そうね……」
奏「熱量……誰一人冷静でいられないほどの熱を、会場から感じたわ。もちろん、演出やダンサーさんのパフォーマンスがあってこそだけど……」
奏「それでも主役はやっぱり私で、あの熱は私が生み出したものだったなんて、信じられないくらいの光景だった」
P「うん。上出来なんてもんじゃない。最高だった」
奏「あなたにも、そう映った?」
P「ああ」
奏「……なら次は、それを超えていかなきゃね」
P「思ったよりストイックだな」
奏「Pさんの前だから引き締めているの」
P「普通に喜んでいるところも見たいけどなぁ」
奏「そうね…… 喜び合い、抱きしめ合い、思わずキスしてしまうくらいのことを」
P「んん……」
奏「……スカウトされたとき、ここまで夢中になれるものだなんて思っていなかったわ」
P「どうしてもスカウトしたかったからな」
奏「キスしてでも?」
P「……そんなところ」
奏「何ならあの続き、してみる?」
P「遠慮します」
奏「ふふ…… でも、そのおかげでここまで来た。だから、そのことには感謝してるの。本当よ」
P「ああ」
奏「今日のことだけじゃなくて、これまでのこと。ありがとう、Pさん」
P「ああ……どういたしまして」
――車内
ブロロロ…
P「いい食事だったな」
奏「ええ。前菜もメインも美味しくて、デザートまで満足できる味」
P「コーヒーもしっかり豆の香りがしてなぁ。やっぱりインスタントと違うよなぁ」
奏「本当に、ちょうどいいお店って感じね。他にもこういったお店、知っているの?」
P「まぁ、知っているのは今日のより大衆向けの方が多いけど」
奏「いろいろ教えてほしいわね」
P「んー……」
奏「あら、乗り気じゃない?」
P「今日のお店選びも、悩んじゃいないって言ったけど、気を使いはしたんだよ。個室があったり、外から簡単に見えないようになっている店内だったり」
奏「うん」
P「大衆向けだと単純な個室はあるけど、居酒屋が多くてな……連れていくにも何だし」
奏「ふぅん。一緒に行ってくれる前提なんだ」
P「……」
奏「また次があるなんて、楽しみね」
P「……なんかの折に用意しておきますよ」
奏「ふふっ」
奏「ああ、でも今度は私に出させて」
P「え?」
奏「私が誘ったんだもの。全部出されるのが気になるなら、せめて割り勘ね」
奏「もし次がご褒美じゃないのなら、なおさら」
P「うん?」
奏「別に、二人で行く食事だけがご褒美じゃないもの」
奏「Pさんがこうして私のために時間を空けてくれたことも含めて、でしょう? Pさんばかりに負担させるわけにいかないわ」
P「……」
奏「なに?」
P「気の使い方が上手いんじゃないか、って」
奏「ふふ…… 気を使うお仕事ですもの」
奏「はぁ……」
P「んー?」
奏「……なんか、凄いことしているなって」
奏「今日の15時まで、普通に学校に行っていたのよ」
奏「Pさんに半休取ってもらって、車で迎えに来てもらって、ショッピングに行って映画を見て、ディナーを一緒にして」
奏「一人の男性が、私のために」
P「……ご褒美という約束だったからな」
奏「それだけ?」
P「……」
P「それだけ、ということにしておこう」
奏「そう」
奏「それなら、仕方ないわ」
奏「この後は……」
P「……うん?」
奏「……どこに行くの?」
P「さてね。家にはどう伝えてあるんだ」
奏「仕事の関係で、遅くなるかもって」
P「もうわりと、遅い時間だな」
奏「泊りになったとしても、驚かれないと思うわ」
P「そうか」
奏「それで?」
P「分かってるんだろ。奏を家の前まで送るだけ」
奏「……そうね」
P「いまさら、これからどこか行くとは思ってないよな」
奏「ええ」
P「じゃあ、このまま帰るぞ」
奏「ええ……」
ブロロロ…
奏「……」
P「……」
奏「……」
P「何も話さないなら、音楽でも流そうか」
奏「……ううん。なにもいらない」
奏「この時間を大切に感じていたいだけ」
P「……」
奏「ただ素直に、帰りたくない、なんて言えればよかったのだけど」
P「奏」
奏「分かってるわ。大丈夫」
P「……」
奏「……ねぇ、見ていていい?」
P「何を?」
奏「Pさんの横顔」
P「……あー…… ちょっと、やりにくいなぁ」
奏「じゃあ」
コン
奏「窓ガラス越しにする」
P「ああ、なら気にならないか……? と、赤信号……」
キッ
P「……」チラ
奏「? ……chu」<投げキッス
P「う……」
奏「……」クスッ
ブロロロ… キッ
奏「……」
P「ついたよ」
奏「ええ…… 荷物、降ろさなきゃ」
P「ああ」
カチ ガチャ
P「あと忘れ物、無いな」
奏「ええ」
P「じゃあ……」
奏「Pさん」
P「ん?」
奏「……なにか、お礼をしたいのだけど」
P「今日は奏へのご褒美だったろ」
奏「そう、なんだけど…… ……私ね、Pさんからは貰ってばかりなの」
P「うん?」
奏「ライブステージも、今日のデートも」
奏「私の曲も、この生き方も」
P「俺自身が用意したものは、あんまりないけど」
奏「でもあなたがいなければ、ここにないものばかり」
P「……そうだな」
P「でも、いつもステージを通して返してもらっているよ」
奏「アイドルとしてはね」
奏「速水奏個人として、お礼の気持ちを伝えたいのよ」
奏「もし違う道を選んで、違う生き方をしていたら……なんて考えるだけ無駄なことだと思っていたけど」
奏「いまが悪くないのなら、そんなことを考える余裕くらいあるものね」
奏「そんな余裕まで、あなたがくれたわ」
P「……」
奏「あのステージから見た景色と、いまここで見える景色。どちらも見ている私の瞳は変わらないのに」
奏「何もかもが違っているのに、何もかもが同じように……鼓動が大きくなる」
P「……今日は饒舌だな」
奏「Pさんこそ、もっと話してくれていいのに」
P「努力します」
奏「それで、いつならいいかしら」
P「いつ?」
奏「お礼」
P「…………まぁ、いつでも」
奏「それなら……いまでも?」
P「……いいけど」
奏「目を閉じてもらえる?」
P「……」
P「……ああ」
奏「……」
ギシ…
P「……」
奏「ん……」スッ
ガサッ
奏「んう?」
奏「……なにこれ、封筒?」
P「次の企画の概要。目を通しておいてな」グイッ
奏「あ、ちょっ……押し返すことないでしょう」
P「奏」
奏「……封筒にキスさせるなんて、ひどい人ね」
P「スキャンダル起こすわけにいかないだろ」
奏「私は構わないわ。なんて言ったら?」
P「……」
奏「……ごめんなさい。あなたの立場を脅かしたいわけじゃないわ」
奏「でも、それでも……断らないで欲しかったな、なんて」
P「すまん」
奏「謝らないで…… ……Pさんは、興味ない女の子とデートにいくの?」
P「……」
奏「……」
P「その訊き方は卑怯だな」
奏「許してね。私の方が不利なんだもの」
P「不利?」
奏「……あなたと私の差、今日の夕方から一緒にいただけで分かるでしょう」
奏「年齢だけじゃない。仕事でも、経験でも、決して小さなものじゃないわ」
奏「あなたは私の生き方を変えてしまえる。あなたのプロデュース次第で、どんな私になれるかまで決めてしまえる。それなのに、私はあなたに道は示せない」
奏「それだけ有利なんだから、これまで私のアプローチをかわし続けてこれた。私に興味ないふりをして、少し踏み込めばさっと避ける。何か弁明はある?」
P「……とっくに分かっていたと思うけどね」
奏「だからって私の感謝まで断るの?」
P「……」
P「そう言わないでくれよ。速水奏のキスを断るのは」
P「世界中探しても、俺だけかもしれないんだから」
奏「……」
P「……えっ、笑うとこじゃない?」
奏「面白くない」
P「えー、ごめん」
奏「……一筋縄じゃ行かない……」
奏「……ふぅっ、なんか気が抜けちゃった。大人しく引き下がるわ」
P(なんか、上機嫌だな)
P「……そろそろいくよ」
キュルル ブォン
奏「ねぇ、Pさん」
P「ん」
奏「私がもっと美しくて素敵な人になった時」
奏「あなたはどうするのかしら」
P「……」
奏「楽しみね」
パタン
奏「おやすみなさい」
P「ああ……」
奏(本当に、ひどい人。待っているだけなんて、言いたくないのに)
奏(キスをしてくれることも、することも無く)
奏(……玄関のドアを閉めてから、ため息でも漏らすのかしら)
奏(なんてね)
P「……まぁ」
P「その気になったら、こっちからするよ」
奏「……」
P「……じゃあ、おやすみ」
奏「えっ、ちょっ」
ブロロロ…
奏「待って、言い逃げ!?」
ロロロ…
奏「なによ……」
奏「なによそれーっ!」
奏「……」
奏「……ふふ」
奏「ふふっ、ふふふ、あははは……」
(どうしてあなたといると、少し緩むのだろう)
(これが今の、あなたと私の差)
(高校生の女の子程度、喜ばせるのは苦でもなくて)
(背伸びをして生きているのに慣れただけの、こんな私に合わせてくれる)
(その優しい目に、見せたことのない私がはがされそうになる)
奏「ふーっ……」
(じゃあ私がその差を埋めた時。あなたの隣に並んだ時)
(一体どんな顔をするのかしら)
(まるでそんな映画みたいに。いまはただ、顔を赤らめるだけ)
(ああ、本当に)
奏「恋愛映画は苦手ね」
おわり
お読み頂きありがとうございました。
奏の自己紹介と名高いソロ2曲目から書かせていただきました。
https://www.youtube.com/watch?v=IIrIA-nJTDM
総選挙でも、速水奏をよろしくお願いします。
今回の話は↓とほんの少し繋がってます
速水奏「とびきりの、キスをあげる」
速水奏「とびきりの、キスをあげる」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1555420447/)
その他過去の奏SS、よければこちらもどうぞ。
速水奏「はー……」モバP「はー……」
速水奏「はー……」モバP「はー……」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1546751465/)
速水奏「特別な、プレゼント」
速水奏「特別な、プレゼント」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1561907176/)
速水奏「今年のチョコが、渡せない」
速水奏「今年のチョコが、渡せない」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1581598611/)
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません