速水奏「行く末」 (25)
ガタンゴトンと周期的な音が響き渡る
夕暮れに染まる電車
そのボックス席に男女が向かい合って座っていた
「起きてる?」
男が問い掛ける
『起きてるよ』
女が答えた
「そっか」
男の言葉を最後に、再び沈黙が広がる
夕陽の赤と電車の音だけに満たされ、穏やかな時が流れていった
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「なぁ、奏」
『なぁに?』
「どうしてアイドルになったんだ?」
『Pさんがスカウトしたんでしょ。忘れちゃったの?』
「もちろん覚えてるよ。そうじゃなくて、理由を知りたいんだ」
『乙女は誰しもアイドルに憧れるものよ』
「憧れ…か」
『もっとも、それ以上に貴方に惹かれたから』
「俺に?」
『思えば、一目惚れだったのかも』
「後悔してる?」
『するわけないじゃない』
「良かった」
『ねぇ、Pさん』
「どうした?」
『Pさんはどうしてプロデューサーになったの?』
「社長にスカウトされてな」
『Pさんが?』
「ああ。就職活動してる時に誘われてホイホイ着いてった」
『変なの』
「俺もそう思う」
『後悔してる?』
「するわけない」
『良かった』
「なんたって、奏に逢えたんだから」
『…ばか』
「奏はさ」
『うん』
「アイドルやってて楽しかった?」
『もちろん』
「即答か」
『非日常の連続だもの』
「辛くなかった?」
『辛いときもあったけど、そのたびにPさんが助けてくれたじゃない』
「そうだっけ」
『そうよ。いつもPさんが側に居てくれたから楽しめたの』
「知らなかったな」
『鈍感ねぇ…』
『Pさんは?』
「ん?」
『Pさんは楽しめた?』
「半々、かな」
『半々?』
「奏のファンが増えてくのは嬉しくもあり楽しかった。けど…」
『けど?』
「支えきれてないんじゃないかって。それが辛かった」
『そう…』
「だから、さっきの言葉は嬉しかったよ」
『ふふっ…何度でも言ってあげる』
「嬉しい、と言えば」
『言えば?』
「最初のバレンタイン」
『懐かしいわね』
「チョコレート、嬉しかったよ」
『ちゃんと食べた?まだ取っといたりしてないでしょうね』
「食べたよ。甘くて美味しかった」
『なら良かった』
「チョコが甘いのは、二人の関係が甘くなって欲しいから」
『よく覚えてるわね』
「俺達はどうだろう」
『少なくとも、甘くはないわ』
「ほろ苦い、かな」
『ほろ苦いのも嫌いじゃない』
「懐かしいな」
『懐かしい、と言えば』
「言えば?」
『みんな、元気にしてる?』
「久しく連絡取ってない人もいるからね。どうだろう」
『消息の分からない人とか居るの?』
「のあさん」
『ああ、なるほど』
「あの人、結局見た目の年齢変わらなかったな」
『まだまだできそうだったのに』
「それを言うなら、奏だって」
『私は、もう満足したから』
「そう」
『それに、アイドルよりなりたいものができたしね』
「そう」
『照れてる?』
「いや」
『赤いよ?』
「夕陽だ」
『そういうことにしといてあげる』
「見てみなよ。あと少しで日が沈む」
『綺麗な夕陽』
「都会じゃ見れないな」
『田舎には田舎のいいところがあるのね』
「それは都会人から見たらだけど」
『でも、大切なもの』
「そうだな」
『大切なものって、いつの間にか見失っちゃうのよね』
「ああ。だから俺には、大切なものは一つでいい」
『そうね、一つでも大きすぎるくらいだもの』
「すっかり日が暮れたな」
『夜になると、あの撮影を思い出すわ』
「ああ、あのウェディングドレスの」
『そう』
「あれは綺麗の一言に尽きるよ」
『ふふっ、ありがとっ』
「次に奏のウェディングドレスを見るのはいつになるかな」
『私は今すぐにでもいいんだけど…』
「引退後すぐはマスコミがうるさいから」
『分かってる。どうやら、未婚女性が着ると婚期が遅れるって噂、本当みたい』
「北条は?」
『例外ね』
「あの二人は上手くやっているらしい」
『加蓮にご両親への挨拶の仕方、教わっとけば良かった』
「緊張してる?」
『私だって緊張ぐらいするわ』
「大丈夫だよ。うちは名家でも何でもないし、早く嫁もらえってうるさいぐらいだから」
『そうなの?』
「あ、そろそろ着くから降りる用意してくれ」
『えっ、いきなり?』
「すまん、ぼーっとしてた」
『もう、また緊張しちゃったじゃない』
「大丈夫だって。もし認められなかったら愛の逃避行だ」
『ふふっ、映画みたいね』
「あ、恋愛映画は嫌いだっけ?」
『Pさんとなら、恋愛映画も悪くないかな』
「緊張、ほぐれたみたいだな」
『えぇ、もう大丈夫。Pさんが支えてくれたから』
「じゃあ、行こっか」
『星が、綺麗……』
「街灯が少ないからね」
『ねぇ、Pさん』
「ん?」
『私は、輝けてたかな』
「輝いてるよ」
『過去形じゃないんだ』
「アイドルとしての速水奏は終わってしまったけど、俺が見てる速水奏は変わらずに輝いてる」
『そういえば、前に訊いたことがあったわね。アイドル速水奏か私、どちらを欲しいか』
「あの時ははぐらかしたけど、今なら言えるよ」
『今は言わないで。バレンタインの返事も貰ってないのよ』
「そろそろホワイトデーだったな」
『ふふっ…鈍感なPさんにしては、鋭いじゃない』
「何年も一緒にいるんだ。鍛えられるさ」
『これからも側に居てくれる?』
「もちろん」
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晴れ渡る空の下、二人が電車を待っていた
「これからどうしようか」
男が問い掛け
『そうねぇ…』
女がはっきりしない答えを返した
「奏はどうしたい?」
『……旅がしたいわ』
「旅?」
『一足早い新婚旅行よ』
「いいな、それ」
『気の向くままに世界中を。色んな世界を見て回る』
「何が待ってるかな」
『さぁ、分からないわ』
「隣に君がいて」
『隣に貴方がいて』
「手を繋ぐ」
『それだけでいいの』
「幸せ、だな」
『そう、幸せ』
『私達の行く末は、幸せに違いないわ』
以上になります
読み返したら、アイデンティティーのキス要素が無かったという
それでは
ここまでお付き合いいただきありがとうございました
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