これはモバマスssです
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速水奏について、俺は少しばかり誤解していたのかもしれない。
年齢は17、身長は162cm。
誕生日は7月1日、蟹座でO型。
利き手は右で、趣味は映画鑑賞。
歌もダンスも演技も上手い、万能型のアイドル。
と、これが彼女のプロフィールから得られる情報だろう。
ミステリアスな雰囲気を纏い大人びた振る舞いをする彼女は、よく周りの人から年齢を間違われる。
時折見せる小悪魔的な表情は、見る者を魅了して離さない。
アイドルなのにキスをねだるのが玉に瑕だが。
プロデューサーである俺は、時折繰り出される彼女のイタズラに翻弄されてばかりだった。
一回りも二回りも年下である少女に弄ばれるなんて……と言われるかもしれないが、それ程までに彼女は強く強かなのだ。
ご褒美にキスが欲しいところね?そんな事したら即ファンや上司に組み伏せられ地面とキスをする事になる。
此方からする勇気も度胸も無いと分かっているからこそ、彼女は俺に対してかなり強気に出ていた、と思う。
思えば、初対面の時から俺は良い様に遊ばれていた。
ふぅん、私をアイドルに……うーん、どうしようかなぁ。
そうねぇ……今、キスしてくれたらなってもいいわよ?どう?
……なんてね、ふふっ!
プロデューサーさん、顔が赤いわよ?
私の刻む鼓動が、プロデューサーさんのハートへと……
音に乗って届いたなら嬉しいわ。
これも一夜の夢……かしら?
それとも……ふふっ♪
少し遠回りな言い回しと独特な間の取り方で、うまく雰囲気を作る。
それはステージ上だと彼女の持ち味、売り所となる……が。
いかんせん俺一人に向けられるとなると一人では対応仕切れない。
何度他のアイドルや事務員のちひろさんに助け舟を出して貰った事か。
誤解の無い様に言っておきたいが、俺は奏の事を苦手だとか嫌だとか思った事はない。
一緒に進んできた担当アイドルなのだし、良い信頼関係も築けている筈だ。
それこそ、休日一緒にショッピングに行くくらいには。
単に彼女のそう言った言動に、俺が上手く返せないだけなのだ。
さて、長々と語ったところで話は冒頭に戻る。
仕事を終えて一息つこうと缶コーヒーを開けたところで、奏もレッスンを終えて戻って来た。
そんな彼女にお疲れ様と声を掛けると、
「そんなお疲れな私に、ご褒美のキスが欲しいところね」
と、もはや定型文なんじゃないかと疑いたくなるくらい直ぐに返答がきた。
「今コーヒー飲んでて匂いキツいだろうし、悪いからやめておくよ」
「あら、つれないわね……それじゃあ、キスよりも先の事……する?」
そんなありふれた日常会話をしてる時、俺はふと気になった。
キスよりも先の事……それは、なんだろう?
ディープキスかもしれないし、俺の知らない名称のキスかもしれない。
単純に、ただひたすら下心も裏心も無い好奇心として、なんとなく気になってしまった。
「キスよりも先の事ってなんだ?教えてくれよ」
「ふふっ、しちゃっていいのかしら?」
俺の鼓動がバクンと跳ね上がった。
少しずつ奏が俺に近付いてくる。
此処で俺は止めるべきなのだろうが、好奇心の方が上回ってしまった。
いや、止めよう、止めるべきだ。
「じょ、冗談だよ、俺が悪かったから……」
「プロデューサーさん、目を……閉じて?」
そう言って、奏は目を細めながら此方にどんどんと距離を詰めてくる。
俺はもう自分が悪かったのだと全てを諦め、目を閉じた。
辞表、用意しないとな……
これから奏にされる事をされた後の事を考えると、どう転んでも人生はハードモードになりそうだ。
そして、奏と俺の距離はほぼ0になり……
ギュッ、と。
俺の手が握られた。
「……?」
「……そ、その……どう、かしら?何か言ってくれないと恥ずかしいわ」
そう言う奏の頬は真っ赤に染まっていて……
そうか、これが。
奏にとっての、キスよりも先の事なのか。
成る程……手をつなぐ事が。
この、恋人繋ぎが……
……俺はどうやら、彼女の事を少しばかり誤解していた様だ。
大人びた振る舞い、ミステリアスなオーラ。
小悪魔的な、此方を誘う様な仕草。
そんな印象が全て可愛らしく思えてしまうくらい。
速水奏は、純情だった。
速水奏と言う女の子に対して別の視点を得てからは、それはどんどん分かりやすいものとなっていった。
もしかしたら以前からそうで、初期の印象のせいで気付けていなかっただけかもしれない。
少なくとも、今まで以上に接しやすさと言うか馴染みやすさのようなものを感じたのは確かだ。
小悪魔アイドルとして売り出している以上、変に声を大にして言える事ではないが。
そんな奏と言えば、テーブルの方で何か勉強をしていた。
時折向けられる扇風機の風が、彼女の綺麗な髪をなびかせる。
髪を耳にかけるそんな仕草も、見る人を釘付けにする美しい動きだ。
それだけで絵になってしまうあたり、彼女にはかなり素質があるのだろう。
そう言えば、今日は奏は制服で事務所に来ていた。
時折あの大人び過ぎた感じで忘れられる事もあるらしいが、彼女は現役高校生なのだ。
白いシャツに短めのスカートと、それだけでファンの人達は大喜びする様な格好だろう。
もう少しスカートの丈長くてもいいんじゃないだろうか、と思わない事もないが。
「あら、プロデューサーさん。私のスカートに興味があるのかしら?」
「俺の通ってた高校は、膝下何センチとか規定があった気がするなーとか考えてた」
どうやら、考えているうちに奏のスカートに目が移っていたらしい。
あぶないあぶない、外で知らない女子高生にそれをやっていたら通報ものだろう。
とは言え、奏本当に脚綺麗だな……
短いスカートからすらりと伸びる、真っ白でしなやかな脚。
……エロ親父か、俺は。
「そんなに興味があるなら、見せてあげない事もないわよ?」
「いやほんと大丈夫だから、下手したら捕まっちゃうから俺」
ちくしょう、また翻弄されてる。
先日手を握っただけで顔を真っ赤にさせてた奴とは思えない様な、妖艶な表情で誘ってくる奏。
乗るな乗るな、乗せられるな俺。
からかわれるのは慣れてるんだから、落ち着いて流すんだ。
「にしても、本当に短くないか?それで階段登れるの?」
「ふふっ、見られることに抵抗がある様じゃアイドルなんて出来ないんじゃないかしら?」
それもそうだけど。
いやそうじゃないだろう。
危うく納得させられかけた。
これが小悪魔アイドルの実力と言うやつか。
「最近の若い子って進んでるんだなぁ……」
言ってて悲しくなってくる。
「つれないわね。貴方はもう既に枯れてるのかしら?」
「失礼な、言っとくけど奏と10歳弱しか変わらないんだぞ」
「それじゃ、いつも貴方は10歳弱も年下のアイドルに翻弄されてるって事ね」
なにも言い返せない。
全くもってその通りだ。
「はぁ……自信無くすわ。私って、そんなに魅力無いのかしら……?」
下手に口を開くな俺。
これは罠だ。
一度お前は魅力的だぞ!だなんて言ってみろ。
何処からともなく取り出したレコーダーから、俺のその台詞を何度も聞く羽目になる。
……うん。
「何言ってんだ、お前はとっても魅力的な女の子だよ。俺が保証する」
「そんな貴方の言葉を録音したスマホが此処にあるのだけれど」
男には、負けると分かっていても挑まなければならない時がある。
多分今じゃなかったけど。
「……何が望みだ」
「そうね……行ってみたかったレストランがあるのよ。ディナー、ご一緒にどうかしら?」
「御誘いいただき光栄の限りだ、支払いはこっちがもつよこんちくしょう」
ふふっ、と上機嫌で微笑む奏。
そんな表情を見ると、まぁいいか、なんて気持ちになってくる。
怒る気にもなれない。
我ながら単純なものだ。
「ふぅ……とは言え、これだと私が貴方を虐めているみたいに見えるわね」
「みたいに、で収まってくれる範囲に留めてくれると嬉しいな」
「あら、今のは貴方が自分から言ってくれたんじゃない。でも、何もお返しをしないのは良くないわね……」
そう言って、奏はスカートの裾を手で摘み。
少しずつ、その手を上げて……
「ストップ、落ち着け奏。落ち着いて虚数を数えるんだ」
「せめて数えられるものであって欲しかったわね……」
とは言え、奏もそれ以上の事をする気はなかった様だ。
スカートの裾は、まだそれなりの位置を保ってくれている。
奏の気ももう済んだだろう。
あとは適当に話をすり替えてその手を下ろしてもらおう。
その瞬間。
此方を向いた扇風機の風によって。
ふわり、と。
奏のスカートが勢いよく捲りあげられた。
「きゃっ?!……見た?」
あぁ、見てしまった。
ばっちりと、目に入ってしまった。
おそらく、その衝撃は忘れる日なんてこないだろう。
お前、まさか……
……短パン、履いてたのか。
「……はやく課題終わらせろ、夕飯行くぞ」
「ちょ、ちょっと……レディの、その……スカートの中を見て感想も無しなんてどうなのかしら?」
顔を真っ赤に詰め寄られても、なんだもう可愛いなこいつと言う感想しかない。
その後ディナーが終わるまで、高頻度で俺の脛は蹴られ続けた。
「ねぇ、プロデューサーさん。貴方に教えて欲しい事があるの」
「な、なんだ急に改まって」
そう言いながら此方に向き直った奏の表情は、まるで俺を誘っているかのように妖艶で。
世の男子達はきっと、それだけでおとされてしまう程だろう。
彼女が喋る度に動く唇は、完全に成熟しきった女のそれだ。
そんな彼女の頼みなど、断れるはずも無い。
「貴方に教えて欲しい事。それは……」
ごくり、と生唾を飲み込む。
いや落ち着け、彼女の本質を暴いた俺に怖いものなんてない。
「……子供の、作り方よ」
何が怖いものなんてないだ俺の馬鹿野郎。
お前はいつもそうだ、そうやって油断ばかりして。
誰にも愛されなくていいから回避したい話題だ。
大人が子供から尋ねられたく無い事ランキングで間違いなく殿堂入りの話題だ。
「それは俺に聞くべき事じゃないって。教科書読もう」
「私は、プロデューサーさんに教えて欲しいの。きちんと理由もあるのよ?」
「理由……?いや、どんな理由だろうと嫌だけどさ」
「……少しくらい聞いてくれてもいいじゃない……ダメかしら?」
「あー……いや、そのだな……」
まずいまずい、完全にペースを握られている。
と言うかなんだ、なんで突然そんな話になった。
誘ってるのか?無知なのか?
と言うか教科書見ろよ。
「誰も教えてくれないの。教科書も受け取り損ねちゃって、授業もちょうど保険の日は全部仕事が入ってたのよ。貴方には教える義務があると思わない?」
思わない。
「調べようとしたら友達に止められちゃったわ。それは然るべき人に教えて貰うべきだ、ってね」
その通りだとは思う。
かなりデリケートなお話になるし、きちんと知識と理解ある大人から教えて貰うべきだろう。
そして同年代の男子はそんなことを教えられる筈がない。
女子は……きっと、奏の本当の性格を知っているんだろう。
確かに、全く知識がないまま芸能界にいるのはとてもよろしくない。
だが、このままではずっと奏は知らないままだろう。
だとしたら、ここは……仕方がないか。
助けてちひろさん。
「……あ、私は書類を出してきますので。プロデューサーさん……分かってますよね?」
にこやかにちひろさんは去って行った。
目は全く笑ってなかったけど。
……やるしか、ないのか。
自分を救えるのは自分だけだ。
「……どのくらいの知識があるのか確かめたいな。それじゃ、まず子供はどこから来るかは知ってるか?」
「そのくらい簡単よ。バカにしてるの?」
バカで結構だ、迂闊なことは言いたくないんだから。
「確か、野菜と鳥類よね」
バカだった。
「ええと……きゅうりとナスだったかしら」
「お盆かよ。これから産まれてくる命と既に去った命を一緒にするな」
「あ、ロールキャベツね。これならお肉もクリア出来るわ」
クリアってなんだ。
確かにキャベツであってるが、勝手に茹でるな。
そもそもお肉じゃなくて鳥類だ、勝手に殺すな。
……いや、それ以前にコウノトリとキャベツ畑も違うわ。
「それで、この時点でどの段階くらいまで私は習得出来てた?」
「階段でいうと今廊下くらいだな」
「まだ登れてすらないじゃない」
「大人の階段ってのは登り始めるまでが長いんだよ」
よし、いいぞ。
このまま話題をそらしてちひろさんの帰りを待とう。
飲み会の代金2回くらいこっちでもてばまぁオッケーしてくれるだろう。
間違いなく高いお酒を頼まれるだろうが、背に腹は変えられない。
「……で、いつまで話を逸らし続ける気?あまり私は気が長い方じゃないわ」
「専務の真似はやめろ、笑うし笑ったら怒られるから」
「ふふっ!……なら、貴方がダメなら次は専務に聞いてみようかしら」
「えー、子供と言うのはだな!人なんだよ!」
そんな目で俺を見るな。
ヤケになってないとやってられないんだよ。
「人と言う漢字は、人と人が寄り添って触れ合って完成している。つまり、だ。男と女が寄り添う事で人が出来る、つまり子供が出来るんだよ!!」
「……男と女である必要性はあるのかしら?男同士ではダメなの?女同士は?」
神話ならいけるんじゃないかな。
「待って……じゃあ、男と女が寄り添って触れ合うって事は……」
よし、俺は頑張った。
ここまでくればあとは自分で導き出せるだろう。
「……キスで、子供ができちゃうのね」
大人の階段はまだまだ先が長そうだ。
「人と言う漢字も、上の方がくっついてるわ……やっぱり、キスなのね。キスで子供が作れるのね」
……まぁ、今はそれでいいか。
そろそろちひろさん帰ってくるだろ。
「ただいま戻りました。プロデューサーさん、解決出来ましたか?」
先延ばしは出来ました。
「あら、ばっちりよちひろさん。彼はとても分かりやすく教えてくれたわ」
帰ってきたちひろさんが、とても安心した顔でため息をついた。
俺だってため息つきたいわ。
さて、後はちひろさんに事情を話して俺はさっさと退散するか。
「そうね、教えてくれたプロデューサーさんには……」
「ご褒美に、私と子供を作らせてあげるわ」
ぶん殴ってやる過去の俺。
今の俺はちひろさんに殴られとくから。
「スキャンダルって……一体、何処からなのかしら?」
妖艶な笑みを浮かべながら、担当アイドル速水奏は此方を向いた。
嘲笑っているとも誘っているとも、はたまた試しているともとれる彼女の言葉に、俺はキーボードを打ち込む手を止める。
机を挟んで反対側の椅子に座る奏の瞳は、見つめられたら吸い込まれると錯覚してしまうほどミステリアスな深さと光がある。
底がわからない、奥を読ませない、そんな瞳。
まるで此方の全てを見通しているかのような、妖しい視線。
「……スキャンダル?」
「うん、スキャンダルよ。何処までが許される事で、何処からが赦されない事なのか……私は知りたいの」
ナチュラルな動作で足を組み直す奏。
その動作一つで、一体どれほど沢山の思春期真っ只中の男の子を魅了した事だろう。
スカート短いのによくやるものだ。
短パン履いてるんだろうけど。
さて、何処からがスキャンダルなのか。
……どうなのだろう?
それは線引きとかそういう問題じゃなくて、奏にそういった相手がいる可能性があるかどうかだ。
というかいないなら聞いてこないだろうし。
これは……少しばかり、慎重にいかなければならないな。
「相手いるの?」
「さぁ……?どうかしら」
「スキャンダル起こすのか?俺以外のやつと……」
「え、あ……えっと、そうね。その可能性もあったわ」
そこで焦らないでくれよ、こっちが焦るだろ。
とはいえ、事はそれほど重大ではなさそうだ。
ならまぁそこまで気を使わなくても大丈夫だろう。
さて、スキャンダル、か……
「まぁ、証拠が残るようなものじゃなければ大丈夫なんじゃないか?あとすっぱ抜かれないようにしてれば」
「キスマーク残ってるのに撮影とか?」
「キスマークつけて撮影に行くな」
「ふふっ、冗談。そうね……それに、まだ何回か遊んだくらいだもの」
おっと。
不味いな、不味いか?
奏の事だから変装はしてるだろうが、男子と2人きりでと言うのは些かよろしくない。
そして次の問題だが、奏にとっての遊ぶというのがどう言った事なのか。
「遊ぶってのは……あれだよな?ゲーセンとか、映画とか」
まぁ奏だし、そのくらいだろ。
あとは食事とか。
「一緒に旅行に行ったりもしたわ」
アウトだ。
「おいおいおいおい、いやそれは……ちゃんと変装したんだろうな?大丈夫か?何かあったりしてないよな?」
「大丈夫、学生なんだから制服よ」
「余計アウトだよ!」
これで相手も学生だったらまぁ……んー、ギリアウトくらいだが。
相手が大学生や大人だったりしてみろ、大炎上だ。
「……相手とはどんな関係だったんだ?」
「最初は、文字でのやりとりが基本だったわ」
ネット上での知り合いとか、そういうのだろうか。
「それから何度かやりとりして……」
「会ってみたのか?」
「旅行に行ったわ」
段階を踏め。
何考えてんだ、ネット上の人と何度かやりとりして即旅行とか。
せめて一回会え、いや、会うな。
お前アイドルなんだぞ、どんなフォロワーがいるか分かったもんじゃないんだから。
事態は思ったより深刻そうだ。
いざとなったらちひろさんの力を借りることになりそうなくらい。
「……で、相手はどんな奴なんだ?」
「そうね……頭は悪くないわ」
「年齢は?」
「当然同い年」
「年収」
「学生に決まってるじゃない」
……なんだか俺、娘に恋人が出来たお父さんみたいになってるな。
「週にどの頻度で会ってるんだ?」
「そうね……3.4回くらいよ」
思ったより多い。
これは……不味いな、かなり不味い。
割と時間の問題な気がする。
「奏はそいつが好きなのか?」
「別に、そう言う訳じゃないわ。単に、それがスキャンダルになるのか知りたいだけ」
旅行とかスキャンダルに決まってんだろ。
というか二人で旅行の時点で相手は絶対気があるに決まってる。
話を聞いたところまだ肉体的な関係にはなってなさそうなのが救いではあるが。
奏だし、多分。
……待てよ。
俺は最近、奏が実際どんな人物なのかを知ったじゃないか。
それを前提に、全部を考え直せ。
旅行……本当に二人きりなのか?
「一応聞くぞ?旅行どこ行った?」
「うちの高校は京都だったわ」
修学旅行かよ……そんな気はしてた。
って事は、相手はクラスメイトか。
んで、文字でのやりとりって事は……
「……高校生にもなって交換ノートやってんのかよ……」
「文香に尋ねたのよ。学校であまり話した事ない男の子と仲良くなるには?ってね。そしたら『交換ノートは如何でしょう……文字には、その人の魂が宿ると言いますから……』って教えてくれたわ」
よくオッケーしたな、相手の男子。
あんまり喋った事ない女子と交換ノートって。
……まぁ、奏の事は知ってるだろうしな。
アイドルと交換ノートとか、かなり貴重な経験になるだろうし。
「……奏、今のお前なら何しても多分スキャンダルまでは届かないよ」
「安心して、既に縁はほぼ切れてるわ」
ならより安心だな。
「彼、既にファーストキスは済ませてるらしいの。つまり……」
つまり?
「既に、子持ちって事でしょう?」
この時ほど、奏をカワイイ奴だと思った事はないかもしれない。
トンネルを抜けると、そこは雪国だった。
きっとそんな文を書いた作者は、余程の衝撃を受けたのだろう。
ついさっきまでは緑に覆われた山々で、しかしトンネルを抜けたら別世界。
それはきっと、普段目にする事がない風景だからこそ衝撃的で。
全く違う世界に迷い込んでしまったような、わくわくとドキドキの入り混じった興奮する心。
いつもと違う、当たり前ではない。
そんな風景が、一瞬にして眼前に現れる。
だからこそ、それが想像できるからそこ。
この短い一文が、たくさんの人々の胸に残されているのだろう。
さて、何故そんな事を俺が突然言い出したのか。
それはもちろん、事務所の扉を開けたらそこは雪国だったから……なんて訳はなく。
ソファに腰掛けスマホを眺める奏が、いつもの大人びた表情らしからな微笑ましい顔をしていたからだ。
一人だったから油断していたのだろう。
普段では絶対に見せてくれないであろう年頃の少女染みたそんな彼女は、俺からしたら雪国よりよっぽと衝撃的だった。
「……おはよう、奏」
「あ……あら、おはようプロデューサー。どうしたの?顔赤いよ?」
「いやそれはお前だろ」
「……見てた? ……見てたわよね」
「バッチリだ、いい表情だったぞ」
珍しく照れる奏。
そんな表情すらもまた画面映えするんだろうな、と思えてしまうくらいには可愛らしくも大人びていて。
久し振り(どころか初めて)主導権を握れたんじゃないか、という興奮はさておき。
取り敢えず今は、気になる事を書いておくべきだろう。
「誰かから嬉しい報せでもきたのか?」
「壁紙を見て幸せに浸っていたのよ……って、何を言わせるのよ。誘導尋問なんて卑怯だわ」
これが誘導尋問なのか。
世の中の名探偵に謝れ。
「珍しいな、そんなに慌てるなんて。まるで秘境だな、なんつって」
「最近は冷えてきたわね。冷房、少し弱くしてくれるかしら?」
今のは俺でも寒いと思う。
「ってそうじゃなくてだな……あれか?好きな人を壁紙にしてにやけてたのか?」
少しニヤニヤしながらからかってみる。
普段はやられっぱなしだし少しくらいならバチは当たらないだろう。
奏に限ってそんな事は無いと思うけど。
「えっ……あ、え、えぇ……うん……」
…………や、やめてくれよその反応は。
怖くなるだろ、まったく。
流石は奏だな、俺から一瞬で主導権を奪い返すなんて。
小悪魔アイドルというだけの事はあるな!
「……え、マジで?」
「……何?私がそう言う事しちゃダメ?小悪魔アイドルは純情な事をしちゃいけないのかしら?」
「そうじゃなくってだなー……あー……」
数日前に奏がスキャンダルがどのラインからなのか聞いてきた事を思い出した。
あの時は笑って流せたけど、もしかして奏は本気で想ってる相手がいるのか?
だとしたら……少し、いやかなり真面目に真面目な話をしなければならない。
気付かなければよかった……いや、今気付けて良かった。
「それで……相手の年齢は?」
「私と同じくらいよ」
なるほど、大体同い年か。
となるとクラスメイトの可能性が高い。
「クラスメイトの男子か?」
「学校は違うわ。でも、いつも会ってるもの。クラスメイトよりも近い存在ね」
クラスメイトではないのに、いつも会ってる。
これはかなり本気なやつだ。
「俺の立場的にも、もう少しきちんと話を聞いておきたい。どうなんだ?どのくらいなんだ?」
「そうね、貴方なら気になって当然だわ。どのくらい……そうね、とっねも大切な仲間よ」
仲間、ときたか。
映画好き仲間みたいな感じなんだろうか。
となると、よく一緒に映画を観に行っていたら好きになったのだろうか。
「お泊まりにも行ったわ」
アウトォ!
「え、いやおい、お泊まり?お泊まり?!は?!奏が?!修学旅行とかじゃなくて?!相手の家に?!」
「学校が違うって言ってるじゃない……全く眠れなかったけど」
あー……あー……あー……
奏の事を誤解しきっていた。
わかったつもりになっていた。
なにがヘタレ純情だ。
「でも……とても楽しかったわ。大切な仲間達と一緒に、長い時間過ごせるなんて素敵だと思わない?」
「……ん?仲間達?複数人?」
複数人……なのか?
それは……なかなか、凄いな、うん。
奏が遠い。
……待てよ?
俺は何かとんでもない勘違いをしてる気がする。
「……壁紙、見せて貰ってもいいか?」
「貴方なら、特別に良いわよ。はい……」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、奏が此方へとスマホの画面を向ける。
そこに写っていたのは、奏を含めて皆が楽しそうな笑顔で。
確かに、奏にとって大切な仲間達の。
ライブ後にみんなで撮った、プロジェクトクローネのアイドル達だった。
「どう?素敵な壁紙でしょう?私の大切な仲間達なの」
ふふっ、と微笑む奏。
その目は、してやったりと語っている。
あぁ、奏はこういうやつだ。
きっと最初から、俺がどんな勘違いをしているのか分かってやってたんだろう。
まったく……これだから小悪魔アイドルって奴は。
「その壁紙見てにやけてたの、フレデリカや周子にきちんと伝えておくよ」
「貴方が変な誤解をしてた事も、きちんと添えてね?」
ほんとに勝てないなぁ。
でもま、それもひっくるめて全部内緒にしておくか。
小悪魔アイドルの純情な一面を知っているのは、プロデューサーの俺一人に独り占めさせて貰おう。
以上です。
お付き合い、ありがとうございました。
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