速水奏「ピローキス」 (13)

(美味しくはない。……やっぱり、何度味わったって)


 キスの味は甘い。檸檬のように酸っぱい痺れる刺激があって、そして蕩けるように甘いもの。やめられない。恋しくて愛おしくて……たまらなく、どうしようもなく心の底から望んでしまって、手放すことの叶わないもの。お話の中ではよくそんなふうに言われているけれど、でも、違うと思う。

 甘くもない。酸っぱくもない。ましてやそんな、美味しくも感じない。お話と現実は違うんだな、と思う。

 何度も何度も。もう数えきれないほど何度も思ってきたそれを、今もまた、改めて心に思う。

 美味しくなんてない。全然。これっぽっちも。


(でも)


 でも、と同時に思う。

 美味しくはない。それは確か。何度も何度も思ってきた通り。

 でも、美味しくはないけれど……それでも、お話の中のそれにも真実はあるんだな、と。甘く酸っぱくて美味しい、というそれは間違いだったけれど……少なくとも、私にはそう感じることができなかったけれど。でも……もう一つは、真実だった。

 やめられない。たまらなく、どうしようもなく……このキスという行為が、このキスを交わす相手が恋しくて愛おしくて。だからやめられない。手放せない。何度繰り返しても次のそれを求めてしまう。

 大好き。他のどんな何よりも、これは。この、キスという行為は。

 好きになってしまう。良く思えて、心の底から望んでしまう。それは、私にとっても嘘偽りのない真実だった。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1503830349

「…………もう……ちょっと……」

「ん……?」

「夢中になりすぎよ。……ほら、私の唇、すっかり貴方にふやけちゃったじゃない……」


 唇を離す。それまで重なっていたそこ、プロデューサーさんの唇からそっとゆっくり。

 絡んでいた舌がほどけて、触れ合っていた唇が別れて。部屋の灯りを受けてぬらぬらと光る粘ついた液の糸、間に架かったそれがぷつんと切れて垂れて落ちて。そうして離れていく度、だんだんと名残惜しそうな色へ変わっていく……もっと、ずっと、まだまだ……そう私とのキスを惜しんで望む、そんなプロデューサーさんの瞳を見つめながら離してしまう。


「……もう、こんなにして……ふふ、いけない人」


 にちゃ、と粘って跳ねる水の音を鳴らしながら言う。爪の先まで熱を帯びた指を震わせて……抑えようとしても抑えられない、感じすぎてしまってもう震えを抑えておけない指を、わざと震わせているように装いながら口元へ触れさせて、そこをなぞり、音を出す。

 プロデューサーさんの耳にも届くよう何度も何度も。にちゃにちゃ、と。ぬちゅぬちゅ、と。震える指を踊らせて、淫らに誘うような音を繰り返し響かせる。

「奏……」


 ごくり、と喉の鳴る音。

 ほんの少し前まで私の唇が触れていたそこ。重なって、塞いでいたそこから熱く濡れた吐息が漏れてくる。

 その音を耳に聞いて、その吐息を顔のすべてで受け止めて……プロデューサーさんの想いを、私へ抱いてくれている興奮や劣情を感じて、胸の高鳴りが増していく。

 プロデューサーさんが……自分が好きだと思う人。恋しい、愛おしいと想う相手が、自分のことを想ってくれている。自分と同じようにかけがえのない相手として、誰よりも望む異性として想ってくれている。それを実感して、身体が疼く。

 甘い痺れが全身に広がって、お腹の奥をずんと強く震わされて、理性を手放してしまいそうになるくらいの幸せに包まれる。


「……ふふ。どうしたの、プロデューサーさん」

「い、や……」

「隠さなくてもいいじゃない。私と貴方の仲。ついさっきまで結ばれていた、そんな仲じゃない」

「それは、そうだけども」


 からかうような態度を繕いながら言葉を交わす。

 きっと、それはできていない。繕っているつもりで、でも繕えてなんてない。からかっているときみたいな余裕もない、今にも理性を失って決壊してしまいそうな、そんな何も繕えていない姿にしかなれていないのだろうけど。

 でもそうやって言う。そうしないと、そうしているつもりでないと、それこそ堪えていられない。自分の理性を、この手の内に捕まえていられないから。

「……!」


 ぐい、と押し付ける。

 それまで引いていた足を前へ出して、ぐったり横たえられたプロデューサーさんの足へと絡めて。そして、それから身体を前へ。絡めた足を引き付けてプロデューサーさんの身体を寄せるのと同時、自分の身体も押し出して、そうして強く押し付ける。プロデューサーさんの脚の付け根の辺りへ、私も同じようにそこを。


「……あら、もうすっかりこんなに……ふふ、あんなにしたのに……本当、いけない人ね……」


 さらさらと肌の上を滑っていくそれ。にちゃにちゃ、と音を鳴らしながら粘りつくそれ。どろり、と溢れて這い出る真白に濁ったそれ。そんないろいろ、プロデューサーさんのもの……そして私自身のもの、私たち二人から溢れて零れたそんないろいろに塗られた私のそこ。そこを押し付けられたプロデューサーさんさんの身体がどんどんと猛っていく。ついさっきまでのように、私のことを悦ばせてくれていたときのように、私を求めて昂っていく。

 それを感じながら……それを感じて、我慢が効かなくなってしまいそうになりながら……それでもそれをなんとか堪えて、焚き付けるようにプロデューサーさんを煽る。

 ちゅっ、ちゅっ。見せつけるように突き出した唇を鳴らして、何度も何度もキスの音を響かせて。

 優しくそっと、汗に濡れたプロデューサーさん頬へ、震える手を触れさせ添わせて。

 押し付けたそこを、上下に何度も這わせるように擦り付けて。

 そうして煽る。プロデューサーさんの興奮を、劣情を、愛欲を。私へと向けてくれるそれらを、私へ注ぎたくて仕方ない……けれど理性に阻まれ留められているそれらを。

「いいのよ、しても。貴方のしたいように。貴方が、私へしたいように」


 囁き声。甘く蕩けた、まるで媚びるような声で囁きを送る。

 貴方が、私へ。それを強調しながら。……もう何度も結ばれた仲。私を他のどんな誰よりも理解してくれているプロデューサーさんのこと。だからこんなのとっくの昔にバレている。それは分かっているけれど。でも囁く。バレてはいても、それでも装いながら。貴方が私へ、じゃあなくて。私が貴方へ、なのを隠しながら。


「折れてしまいそうなほど強く抱き締めてあげましょうか? それとも、優しく包んで頭を撫でてほしいのかしら」


 絡めた足へ込める力を強めて、頬へ添えた手を優しく揺する。


「苦しいのなら鎮めてあげる。貴方の望むやり方でしてあげる。擦って慰めてほしいのならそうするし、余さず飲み込んでほしいのならそうする。結ばれて、中へ受け入れてほしいのならそうしてあげる」


 近付いて押し付く。絡んだ下半身がそうなっているように、離していた上半身も。

 お互い何も纏ってなんかない。裸の、そのままに晒された肌。それを重ねる。胸を胸へ、お腹をお腹へ、お互いへお互いを重ねて添わせる。

「いいのよ、本当になんだって。貴方の望むことをしてあげる。貴方が私と望んでいることを叶えてあげる。なんだって……ほら、キスだって」


 身体と一緒に前へ出た顔。唇。それを震わせて、焼けるように熱い吐息を注ぎながら言う。

 なんでもしてあげるから、言って。と。

 言う。プロデューサーさんから私へ望んでほしいこと。私がプロデューサーさんへ望むこと。したくて、してほしくて、もうどうにもたまらなくて……今にも理性を振り切って、求めてしまいたいと望むこと。それを。


「…………」

「…………」


 一瞬沈黙。

 お互いに見つめあって、熱く濡れた吐息を交換しながら無言で数秒。

 そんな間を置いて、無音の時間をかすかに挟んでから。


「…………好きよ、プロデューサーさん」


 呟く。ぽつりと、一言。

 するとすぐ。その一言を言い切ったその瞬間、重なる。

 キス。唇と唇が重なる、愛おしい人との大好きな行為。何よりも望む睦み事。

(……あぁ)


 幸せ。嬉しくて満たされる。たまらなく幸せな心地。

 プロデューサーさんから求めてくれた。私とのキスを。私が何よりも望むキスを、プロデューサーさんも望んでくれた。他の何よりも望んで、そして叶えてくれた。

 それに想いが溢れてくる。抑えてなんかいられないくらいの想いが、とめどなく。


「好きだ、奏……俺も……奏のことが……」

「……ふふ、知ってるわ……プロデューサーさんが私のことを好きだなんてそんなこと……そうして、言葉になんかされなくたって……」


 半分本当、半分嘘。

 好きだ。と、そう言ってくれるプロデューサーさんへ、そんな半分ずつの言葉を返す。

「プロデューサーさんったら、すっかり私に夢中なんだから……。ふふ、恋人としては合格だけれど、プロデューサーとしてはどうなのかしらね。そんな……私以外の子を、見てあげられなくなっちゃって……」


 プロデューサーさんが私のことを好きでいてくれている。私に夢中になってくれている。それはきっと本当。それを知っているというのも本当。半分は本当。

 けれど残りの半分は嘘。真実でも、本当じゃない。

 言葉にされなくてもいい。そんなこと思ってない。してほしい。言ってほしい。「好き」だって「大好き」だって、何度でも言ってほしい。

 夢中になっている。それはきっと本当で、でもそれだけじゃない。夢中なのは私もそう。それもきっと、私のほうがずっともっと夢中になっている。溺れてしまって離れられないのは、プロデューサーさんよりもむしろ私。

 仕方のない人。いけない人。そんなふうに言いながら、でも真実そうなのは私のほう。仕方ないのも、いけないのも。

「我慢、できないのね……?」


 好きだと思ってもらえているのは知っていて。でも不安で、怖くて。だからもっと言ってほしくて。そうして言わせてしまう。何度も何度も、言ってほしくて言わせてしまう。

 本当に求めているのは私なのに。したくて、してほしくて。何もかも……アイドルとプロデューサーとしてのこと。恋人同士にしか許されないこと。叶えたいと願って求めてしまう何もかもを、プロデューサーさんから求めてもらっている。

 私からの何もかもをプロデューサーさんからしてもらっている。しなければ堪えられない。しないでいたら我慢もできず決壊してしまう。そんないろいろを、ずるい私はプロデューサーさんに求めてしまう。


「いいのよ、我慢なんてしないで……。何でも、何度でも、してあげる」


 プロデューサーさんに甘えて。私のことを分かってくれる……我慢のできること、我慢のできないこと、私の……そんな何もかもを理解してくれているプロデューサーさんに甘えて求める。

 大人のように振る舞う私よりも、ずっと大人なプロデューサーさん。引っ張って振り回しているように見られる私の手を、しっかり握って導いてくれるプロデューサーさん。私を気遣って、私に負い目を感じさせないために求めてくれる。拒めば私が我慢をし切れず、結局無理矢理に求めてしまうようなこと……それを察して、責任のすべてを被って求めてくれるプロデューサーさん。

 それを知っているずるい私は、いつも……今だってまた、求めてもらおうと求めてしまう。

「ほら、しましょう……? さっきしていたようなことも、過去にしていたようなことも、まだ経験していないようなことも……全部、全部、受け入れてあげる。あげるから……」


 早く。早く。もう我慢していられない。

 もっと。もっと。たくさんしてほしい。たくさんしてあげたい。

 気持ちよくなりたい。壊れるほど昂りたい。結ばれて重なりたい。昇り詰めた果て、息も絶え絶えに寄り添いあって眠りたい。

 それを、そんな想いを抱きながら言う。

 大好きな人。きっと私の唯一の人。愛おしい、私の何より大切な人へ。


「愛して……。愛おしく想う私のことを、貴方だけの色に染めて。私を……貴方の女に、してちょうだい……?」

以上になります。

速水奏「触れないキスを」
速水奏「触れないキスを」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1488293782/)

過去作など。もしよろしければ。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom