速水奏「触れないキスを」 (11)
『柔らかくて、温かくて……とっても気持ちのいい場所。私のここへ……触れて、みたくない……?』
『貴方と向かい合って、目を閉じて、そうして晒して突き出して……ほら、プロデューサー。私が欲しいもの……ここまでしてるんだもの、分かるでしょう?』
『ねぇ、プロデューサー。私と、キス、してみない……?』
出逢ったあの時。突然のスカウトを受けたあの時から、何度も言い続けてきたこと。
私と出逢い、私をスカウトしたあの人。私を見付けて、育てて、そうして今のこのここのこんな場所まで連れてきてくれた人。私のプロデューサーへ。
何度も、何度も。
それこそ数え切れないくらいに言ってきたこと。
キスをしましょう。
からかいを込めて。キス、というそれへの興味も込めて。それ以外の想いも混じらせながら。
何度も言ってきたこと。
それをまた……あの時から何度目かの、今日だけでも何度目かの、それを言う。
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「ねぇ、プロデューサー」
「そうして仕事をしてるのは……担当の、私の為の仕事を、そこまで打ち込んでやってくれているのは嬉しいのだけど」
「根を詰めすぎ。さっきからほとんど休憩も取らないで……少しくらい、息を抜かなきゃダメよ」
「だからほら、息抜き。私と、ね……?」
「癒してあげる。――ほら、私と、キスしましょう……?」
空いた時間をこの部屋の中へ入り浸るようになった私のためにプロデューサーが用意してくれた、二人で座るには少し狭い小さなソファ。その上へ身体を座らせながら、目の前のプロデューサーへ向けて。
でもそれは躊躇いも何もなく「キスは遠慮しておこうかな。気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう」なんて、なんでもない普段と何も変わらない調子の声で断られる。
デスクへ向かって、私へ背を向けたまま。一瞬、小さく振り返ってほんの一瞬だけ、困ったような微笑を私へ返して。そうして私を断って、プロデューサーはすぐに仕事へ戻ってしまう。
初め――出逢って間もない頃、表面を触れ合うばかりでまだ今のように互いの奥までは触れられていなかった頃、あの頃は決まってあたふた慌ててくれたのに。
からかうため。顔を赤くして、手をぶんぶん振り回して、そうして照れて慌ててくれるのが面白くて。そんな姿を見るのが楽しくて、そんな反応を返してくれるのが好ましくて。だから、まるで挨拶のように。なんでもない会話と同じように私がキスをねだる度、その度に何度も何度でも素敵な反応をする姿を返してくれていたのに。
今はこう。私がキスをねだるようなことを言っても、まるでそれがなんでもないただの挨拶を投げ掛けられただけみたいな、素っ気ない反応ばかり。
挨拶のように送られる私のそれを、プロデューサーは、もう本当の挨拶のようにしか受け取ってくれない。
(今はもう、違うのに)
あの頃とは違う。
それはもちろん、からかいたい気持ちもまるで無いわけじゃない。あの頃のそれと、まるですべて違っているわけじゃないけれど。
でも、今はもう違う。
今はもう、私は、本当のほうが大きいのに。
あの頃はかすかに混じるくらいだった好意、恋心、愛おしい想い。それが、そんな気持ちのほうが、今はもう強いのに。
キスをしたい。
本当の意味で。からかうためじゃなく、好意を伝えたいから、恋心を叶えたいから、愛おしいこの想いを贈りたいから。だから。
大好きなこの人と結ばれたい。
だから。今、私がキスをねだるのは、だからなのに。
プロデューサーは気付かない。
あの頃のまま。私の言動の意味も、胸に宿した想いも、何もかもあの頃のままだと思ってる。
(……もう)
あの頃とは違う。
求めるものが、込めた想いが、そして……覚悟が違う。
言う度に熱くなる。胸が高鳴る。不安に駆られる。期待に濡れる。答えが返ってくるまでの一瞬、ほんの数秒がまるで永遠みたいに長く遠く感じられてしまう。
どうしようもなく本当で、どうにもならないくらい本気だから。
本気を装って、でも挨拶みたいに送っていたあの頃とは違う。
挨拶を装って、でも溢れて止まらない本気の想いを今は、贈ってる。
なのに伝わらない。
鈍感なプロデューサーと、面倒な私のせいで。
外側はそのまま、けれど内側はまるで違う想いで満たされているのに。
それが伝わらない。
「……バカ」
キスをねだる時だけじゃない。
例えば、何かを呼び掛ける時にぽんぽんと肩を叩く時。
私がどれだけ意を決しているのか。
例えば、私を送ってくれている車中、傍へ晒されたプロデューサーの手の甲へ、なんでもない風を装いながら私の手を触れさせる時。
私がどれだけ緊張に震えているのか。
例えば、ライブの成功を喜んでくれるプロデューサーの身体へ、熱い高揚感と達してしまいそうなくらいの痺れを全身に帯びながら飛び付いて、私の身体すべてを余さないよう強く深く押し付け擦り付けるように抱き着き密着する時。
私がどれだけ、プロデューサーへの想いに焼かれているのか。
それを分かってくれない鈍感なプロデューサーの背中へ向けて、小さく、呟く。
「……」
そっと、音を立てないように立ち上がる。
短く答えてからすぐ仕事に戻ってしまったプロデューサーへ視線を向けて、足も、ほんの数歩先のそこへと向かわせる。
ゆっくりと。気取られてしまわないようにそうっと。
外しながら。今日は見せるためのそれではないけれど。でも、それをしっかりと見てもらえるように、胸元を大きく開け放ちながら。
高鳴る鼓動を抑えて、荒くなってしまいそうになる呼吸を鎮めて、そっとゆっくりとプロデューサーのもとへ。
「ねぇ、プロデューサー」
「ん?」
「ちょっとこっち、向いて?」
「何……って、奏……っ」
肩を叩いて、呼び掛け。
それに応えて振り向いたプロデューサーの視界を、開け放って晒し出した胸元で埋め尽くして。そうして一瞬固まったプロデューサーの身体を、座った椅子を回して反転させる。
そして、正面を向いたプロデューサーの上へ、私を。
対面する形で、椅子の上のプロデューサーの両足へ跨がって、乗る。しなだれかかるように身体を預けて、柔らかく抱き着く。
(……あぁ)
一瞬、止まる。
恥ずかしさや不安、それから今こうしていることで……プロデューサーと二人きり、プロデューサーの上へ乗って、プロデューサーと密着していることで感じてしまうどうしようもない幸福感に心も身体も塗り尽くされて。
それを感じながら。そして、ここからこの先へと進むその覚悟を少しずつ積み上げながら。プロデューサーと重なって、一瞬。
(顔が熱い)
(ドキドキが止まらない。緊張で震えてしまうのも、愛おしい想いが溢れ出してくるのも、止められない)
(きっと伝わらないのだろうけど)
(この熱さも、震えも、想いも)
(どうせ何も)
だから。
伝わらないのなら、だったら、と。
思い切り密着して。熱い吐息を隠さず漏らして、震えも高鳴りも何もかもがしっかり芯まで届くように押し付けて、深く強く抱き着く。
ぎゅっと。ぎゅうっと。
(……ふふ)
伝わりはしないけれど、伝わってはくる。
鈍感で、こっちの想いに気付いてくれないプロデューサーの、けれど確かな反応。
温かさ。震え。高鳴り。
それを感じて嬉しくなる。
好きが溢れて恋心が燃え上がって、愛おしさが溢れてしまう。
プロデューサーに染められてしまう。
「……プロデューサー」
それを、そんな幸せな想いを抱き締めて。心の中、幸せな微笑を漏らしながら、先へ。
顔を寄せて、口許を近付けて、唇を……もう、触れてしまいそうなすぐ傍まで、プロデューサーの耳の横へまで移して。そして呼ぶ。
プロデューサー、と。囁くようにそっと。舐めるように、くすぐるように、濡れた声を尽くして注ぐ。
それにびくっ、と。プロデューサーが私のその声に反応してくれたのを密着した身体越しに感じて。それを一度、自分の中で噛み締めるようにしてから、それから次。
「ん、っ――」
ちゅう、と。身体の奥底まで響くような甲高い、誘うような色へ濡れる、わざと高く鳴るようにしたキスの音。
私の唇と、プロデューサーの耳との。
……触れ合ってはいないけれど。
「……ふふっ」
「どうかしら。私の、誘惑のキス」
「もっと、たくさん、ちゃんと――今度は本当のキス、したくない?」
ちゅう、ともう一度。
触れ合いはしないけれど、けれど高く鳴り響く濡れたキスの音を耳元へ。
「本当の――本物の触れ合うキス、してもいいのよ?」
「貴方が応えてくれるなら……貴方から、してくれるのなら」
「受け入れてあげる。何度も、何度だって……気の済むまで、プロデューサーのしたいだけ、して……あげる」
ちゅ、ちゅっ。
触れ合うほど近く、けれど決して触れ合ってはしまわないようにしながら、何度もキス。
触れ合うキスを求める、触れ合わない誘惑のキス。
「だからほら」
「私はここ。私の唇は、ここ」
「逃げないわ。貴方を求めて、貴方を待ってる」
「だから、ほら……」
「きて、プロデューサー」
「私としましょう?」
「私と、キスしましょう……?」
以上になります。
お目汚し失礼いたしました。
高垣楓「特別な貴方との、普通で特別な日常」
http://ex14.vip2ch.com/i/responce.html?bbs=news4ssnip&dat=1475141046
十時愛梨「炬燵へ潜ってぎゅうっとちゅうっと」
http://ex14.vip2ch.com/i/responce.html?bbs=news4ssnip&dat=1482742279
以前書いたものなど。
もしよろしければどうぞ。
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