【シャニマス×ダンガンロンパ】シャイニーダンガンロンパv3 空を知らぬヒナたちよ【安価進行】Part.2 (451)

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※注意

・本作は「ダンガンロンパ」シリーズのコロシアイをシャニマスのアイドルで行うSSです。
その特性上アイドルがアイドルを殺害する描写などが登場します。苦手な方はブラウザバックを推奨します。
・キャラ崩壊・自己解釈要素が含まれます。
・ダンガンロンパシリーズのネタバレを一部含みます。
・舞台はニューダンガンロンパv3の才囚学園となっております。マップ・校則も原則共有しております。
・越境会話の呼称などにミスが含まれる場合は指摘いただけると助かります。修正いたします。

※前スレ
【シャニマス×ダンガンロンパ】シャイニーダンガンロンパv3 空を知らぬヒナたちよ【安価進行】Part.1
【シャニマス×ダンガンロンパ】シャイニーダンガンロンパv3 空を知らぬヒナたちよ【安価進行】Part.1 - SSまとめ速報
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※過去シリーズ
【シャニマス】灯織「それは違います!」【ダンガンロンパ】
【シャニマス】灯織「それは違います!」【ダンガンロンパ】 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1613563407/)
【シャニマス×ダンガンロンパ】灯織「その矛盾、撃ち抜きます!」【安価進行】
【シャニマス×ダンガンロンパ】灯織「その矛盾、撃ち抜きます!」【安価進行】 - SSまとめ速報
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【シャニマス×ダンガンロンパ】灯織「私はこの絆を諦めません」【安価進行】
【シャニマス×ダンガンロンパ】灯織「私はこの絆を諦めません」【安価進行】 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1622871300/)
【シャニマス×ダンガンロンパ】灯織「これが私たちの答えです」【安価進行】
【シャニマス×ダンガンロンパ】灯織「これが私たちの答えです」【安価進行】 - SSまとめ速報
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【シャニマス×ダンガンロンパ】にちか「それは違くないですかー!?」【安価進行】
【シャニマス×ダンガンロンパ】にちか「それは違くないですかー!?」【安価進行】 - SSまとめ速報
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【シャニマス×ダンロン】にちか「それは違くないですかー!?」【安価進行】 Part.2
【シャニマス×ダンロン】にちか「それは違くないですかー!?」【安価進行】 Part.2 - SSまとめ速報
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【シャニマス×ダンロン】にちか「それは違くないですかー!?」【安価進行】 Part.3
【シャニマス×ダンロン】にちか「それは違くないですかー!?」【安価進行】 Part.3 - SSまとめ速報
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【シャニマス×ダンロン】にちか「それは違くないですかー!?」【安価進行】 Part.4
【シャニマス×ダンロン】にちか「それは違くないですかー!?」【安価進行】 Part.4 - SSまとめ速報
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【シャニマス×ダンロン】にちか「それは違くないですかー!?」【安価進行】 Part.5
【シャニマス×ダンロン】にちか「それは違くないですかー!?」【安価進行】 Part.5 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1669646236/)

以上のほどよろしくお願いいたします。

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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1694697582

‣2章学級裁判終了時の通信簿

【超研究生級のブリーダー】櫻木真乃
【超研究生級の占い師】風野灯織
【超研究生級のスポタレ】八宮めぐる【DEAD】
【超研究生級の料理研究家】月岡恋鐘
【超研究生級のドクター】幽谷霧子
【超研究生級のギャル】大崎甘奈
【超研究生級のストリーマー】大崎甜花
【超研究生級の文武両道】有栖川夏葉【DEAD】
【超研究生級の大和撫子】杜野凛世
【超研究生級のサポーター】西城樹里
【超研究生級の博士ちゃん】芹沢あさひ
【超研究生級の書道家】和泉愛依
【超研究生級の映画通】浅倉透
【超研究生級のコメンテーター】樋口円香
【超研究生級のカリスマ】斑鳩ルカ【DEAD】

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    CHAPTER 02

 退紅色にこんがらがって

    裁判終了




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裏庭の扉は頑丈な作りだから、ただでさえ開けようとするとかなりの力が必要だった。
甜花は他のみんなよりも力も弱いし、ここまでの犯行計画ですでにちょっと息も上がってる。
片手で口元にハンカチを当てて、心臓の鼓動がバクバク言っている今の甜花からすれば、その重みは何倍、何十倍にも感じられたんだよね。

でも、逃げ出すわけにはいかない。
なーちゃんは甜花のことを信じてくれて、もう……八宮さんのことを殺しちゃったから。
甜花たち姉妹にはもう逃げ道はなくて、一度走り出したからには最後の最後、タイマーストップのボタンを押すところまで突き抜けなくちゃいけないの。
だから甜花は……有栖川さんを殺さなくちゃ。

「せーの……!」

意を決して扉を開けた。
扉が開いた瞬間に気圧差でブワッと風が顔の横を突き抜けた。ハンカチが飛んじゃわないように必死に押さえ込む。

「……有栖川さん?」

返事がないことを理解した上で呼びかけた。
裏庭には雲海みたいに気化麻酔の薄靄がかかっていて、その中に有栖川さんは沈んでいる。
いつもの気高い姿とは対照的に、開いた口の隙間から涎が滴り落ちていた。


じりじりと少しずつ有栖川さんに近づいていく。
鉄板の床にローファーがぶつかるたびコツンコツンと音が響くのが嫌だった。
この音で目を覚ましたりしませんように、そうやってずっと祈りながら近づいていった。

「……ふぅ」

有栖川さんの真ん前に来て、近くに落ちていた鉄パイプを手に取る。
ひんやりとした感触に肌がひっつくのが心地悪い。喉に汗が伝うぐらい火照る体と真逆だから、余計にだったんだと思う。
鉄パイプの先端を、垂れ下がった有栖川さんの頭部に向けた。
有栖川さんの体の芯を捉えるように一直線になったパイプ、これを目一杯振り上げて、下ろせばそれで終わり。
それで終わり、なんだけど。

「う、うぅ……」

ドクンドクンと脈が打つ。体中に走る血液は熱く、激しく沸騰している。
頭からは早くやれと信号が絶えず流れているのに、体への伝達の過程でエラーが生じているようで甜花の体は仏像みたいに動かない。

早く、やらなくちゃ。
今こうしている時にも他のみんなが有栖川さんのことを見つけ出そうと血眼になっている。
中庭に向かった二人がいつこっちに踵を返してやってくるとも限らない。


猶予はない。
甜花がここでやらなくちゃ、なーちゃんも助からない。甜花はお姉ちゃんだから、守ってあげなくちゃいけないのに。

バクバク、ドキンドキン。

はぁ、はぁ。

鼓動と呼吸が交互に入り混じる爆音で耳鳴りがした。

耳鳴りがするほどだったから、多分煩すぎたんだと思う。

「へ……?」

ゆっくりと、目の前の頭が上がっていった。



「てん、か……?」



有栖川さんはゆっくりと甜花の顔を確かめたかと思うと、すぐに両目をかっ開いた。甜花の手に握られていた鉄パイプに気づいたんだと思う。


まずい、今からでもやらなきゃ。
咄嗟に覚悟を固めたけどもう遅い。
飢えた獣みたいに飛びついてきた有栖川さんに握っていた鉄パイプは鷲掴みにされてしまった。

「は、離して……!」
「甜花……あなた、私のことをその鉄パイプで殺すつもりだったの……?!」

有栖川さんはさっきまで意識を失っていたとは思えないぐらい力が強くて、甜花も両手で応戦しなくちゃすぐに引っ張られちゃうぐらいだった。
ハンカチで口元を抑えるのも忘れて、甜花は必死に抗った。

「悪いけれど……殺されるわけにはいかない……あなたのことをここで食い止めて、ほかのみんなにも伝えさせてもらうわね!」

ダメ、なんとしても有栖川さんを殺さなくちゃ。
甜花が失敗しちゃったせいでこの犯行計画が台無しになっちゃう。

なーちゃんが死んじゃう……!
切迫した状況の中、甜花は一生懸命火事場の馬鹿力を引き出そうとしたけど、甜花の力の底は思っていたよりも浅くて、せいぜい有栖川さんと拮抗する程度。
それもどんどん圧されていく一方。
いつのまにか殺しに来たのがどちらかも分からないほどの力関係で、甜花は有栖川さんのことを見上げるようにしていた。

「お願いだから……なーちゃんのために……死んでよ……!」


ガンッ


甜花が叫んだ瞬間、鈍い音が響いた。
スーパーで買って帰った卵を途中で落として割っちゃった時みたいな、全てが台無しになって力が抜けちゃう感じの音。
そんな音がしたかと思うと、みるみるうちに甜花の握る鉄パイプからは手応えがなくなっていって、やがてずるりと有栖川さんはその場に倒れ込んだ。

「へ……?」

じんわりと有栖川さんの綺麗な髪の間に赤い液体が滲んできた。
もう動かない頭からゆっくりと視点を上げていくと、そこで甜花は彼女の目があった。

「甜花ちゃん、大丈夫? 怪我はない?」

そこに立っていたのはなーちゃん。
握っていた鉄パイプからはポタポタと血の滴が伝っていた。

「な、なーちゃん?! どうして……どうしてここに……?!」
「えへへ、変な胸騒ぎがして甘奈も様子を見に来ちゃった。虫の知らせ……ってやつかな?」

なーちゃんは有栖川さんの体を起こしてから引きずって、壁にもたれかかるようにした。
力の入っていない有栖川さんの首はカクンと落ちた。

「でも、勘違いじゃなかったみたいだね。こっちに来て正解だった」
「ごめん……ごめんね、なーちゃん……甜花、有栖川さんのことを殺すのに失敗しちゃって……」

甜花の体にもやっと力が戻ってきた。
慌てて立ち上がって、なーちゃんの元に駆け寄る。


「ううん、大丈夫。人なんてそう簡単に殺せないもん。むしろ甘奈の方こそごめんね、甜花ちゃんに人殺しなんかお願いしちゃって……辛かったよね?」

首をふるふると横に振る。甜花に謝られるいわれなんかない。
約束を守れなかった甜花の方がずっと悪いに決まってる。

「甘奈……自首する。みんなに甘奈がやりましたって正直に話すことにするよ」
「え……な、なんで……?!」
「だって……甘奈が学級裁判で勝っちゃったら甜花ちゃんが死んじゃうんだよ? そんなの……甘奈は嬉しくない。甘奈だけが生き残ってもしょうがないじゃん」

それなのに、なーちゃんは自分自身のことを執拗に責めた。
辛くて苦しくて寂しい気持ちを抑え込んだ、嘘の笑顔で甜花に向かって語りかける。
その笑顔から発せられる言葉が傷ましくて、甜花はぎりりと奥歯を噛んだ。

「……ダメ、ダメだよなーちゃん」
「え……!」

甜花は、なんてことを言わせてしまっているんだろう。
こんなにも大好きでこんなにも愛おしくて、こんなにも大切な妹に、自分の死を望むような言葉を言わせるなんて、お姉ちゃん失格だ。


「甜花こそ、なーちゃんを犠牲にして生き延びたくなんかない……甜花は、甜花自身よりもなーちゃんに生き延びてほしい……!」
「そ、そんなの甘奈だって同じことを……!」

だから、今からでも取り戻したいと思った。
甜花が損なってしまったお姉ちゃんとしての威厳を、取り戻す。

「でも、甜花はなーちゃんのお姉ちゃんだから」
「甜花ちゃん……?」

それはきっと、最後まで戦い尽くすことで叶うと思った。
自分の命を代償にしてでも妹を守り抜くことができたなら、甜花はきっとまたお姉ちゃんになることを許される。

「甜花は、最後まで大切な妹を守ったお姉ちゃんとして……死にたい。大切な妹を守れなかったお姉ちゃんとして生きていきたくはないんだよ……」

『大崎甘奈のお姉ちゃん』に戻ることができるとそう思った。



「ねえ、甜花のわがままを聞いてもらっても……いい? 甜花に……なーちゃんを守らせてよ……!」



甜花の言葉にしばらくなーちゃんは考え込んでいた様子だった。
途中何度か言葉を返そうとしたのか、口を開いたり閉じたりして、その度に表情も晴れたり曇ったり。
なーちゃんは優しいから、甜花の言葉をやんわりと拒絶しようとしているんだろうなと思った。

でも、甜花もここは譲れないから、ずっとなーちゃんの瞳をまっすぐに見つめた。
甜花の想いを伝えるにはそれが一番だった。
次第になーちゃんの水晶玉みたいに綺麗な瞳は、小刻みに振動を始め、そこからうっすらと雫が溢れ出してきた。
それを瞼を下ろしてギュッと仕舞い込むと、なーちゃんは甜花に背を向けて走り出した。

「……ごめん、ごめんね甜花ちゃん!」

裏庭の扉がバタンと閉じて、残ったのは甜花ただ一人。
大きな深呼吸を一つしてから、手に持った鉄パイプを元の場所に戻し、なーちゃんが使った後の手のついた鉄パイプを近くに放った。
有栖川さんの亡骸に拝んでから、すくりと立ち上がる。

「……よし」

裏庭の扉に手をかけた。
なーちゃんは今頃食堂の裏口から校舎に戻ったかな。

「なんだか……ドキドキする、けど……」

さあ、ここからが甜花の本当の戦いだ。一度戦いから逃げ出してしまった甜花がなんとか漕ぎつけた延長戦。
なんとしてでもこの戦いには勝たなくちゃいけない。






「やるしか……ない……!」

……甜花も、行くね。





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モノクマ「こんぐらっちゅれーしょん! 超研究生級のスポタレ、八宮めぐるさんと超研究生級の文武両道、有栖川夏葉さんを殺害した犯人は……」

モノクマ「超研究生級のストリーマー、大崎甜花さん!」

モノクマ「……になりすましていたその妹さん、超研究生級のファッションモデルの大崎甘奈さんなのでしたー!」

モノタロウ「うぅ……正直事件が難しくてまだよくわかってないや」

モノタロウ「結局、有栖川さんが3人いたってことであってる?」

モノスケ「アホ! なんもかんも違うわ!」

モノタロウ「頭が沸騰しちゃいそうだよぉ〜……」

……自分でも驚くぐらい現実味がなかった。
それぐらい今回の事件は複雑で、ややこしくて、最後の真実に辿り着けたのがキセキみたいに思えた。

でも、このキセキって多分、ミラクルの方の奇跡じゃなくて……みんなと一緒にたどり着くことができた、その道のりを指す軌跡なんだろうなって思う。
私たちがここまで突き進んできてこれたことが実を結んで、今になるんだろうな。

甘奈「もぅ……甜花ちゃん、泣きすぎだよ」

甜花「ぐす……ぐす……」

だけど、それは彼女たちにとってはあってはならないキセキ。
ヒゲキの別れを招くことになる最悪のキセキ。
そのことから私たちも顔を背けちゃいけないんだ。


円香「……しかし、よくやったね。まさか二人がここまでのことをやってくるとは思わなかった」

樹里「完全に手のひらの上で踊らされてた……この裁判もあと一歩の危ないところだったな」

あさひ「うんうん、このゲームをこんなに面白くしてくれて二人にはありがとうが言いたいっすね!」

(……芹沢さんはこの裁判でどこまで見通していたんだろう)

(思えば、ずっと私たちを誘導するような言動を繰り返していたけど……この子は……)

甘奈「甘奈がここまで戦えたのは、甜花ちゃんのおかげだよ……甜花ちゃんが甘奈のことを心から想ってくれて、矢面に立って戦ってくれたから」

愛依「キョーダイ愛ってやつだよね……なんか、分かる気がする」

愛依「うちも……弟と妹がいるからさ」

灯織「……あの、二人に聞きたいことがあるんですがいいですか?」

甘奈「うん……何かな?」

灯織「今回の事件を引き起こした動機……それについて聞いておきたいんです」

にちか「あっ……!」

そうだ、事件の流れを追うのに一生懸命で完全に頭からすっぽ抜けていたけど、どうして二人はこんな事件を起こしたんだろう。
二人でそれぞれ別な事件を起こそうとしていたということは、二人ともにこの学園を出て行こうと望んだということ。
私たちにはそこに至るまでの経緯のイメージが持てずにいた。


甘奈「それはもちろん……モノクマーズたちに渡された動機だよ。あのビデオを見ちゃったから甘奈と甜花ちゃんは……」

甜花「この学園を絶対に出て行かなくちゃって、そう思ったんだ……」

恋鐘「あれ? それって変じゃなか?」

恋鐘「あん動機ビデオって……配られたのは自分のじゃない、別の人のビデオだったはずばい」

(……そうだ! 私も渡されたビデオは真乃ちゃんのものだったし、それに第一)

(動機ビデオの内容の共有は夏葉さんによって控えるように取り決められていた!)

(あの場にいた人なら中身の共有なんてしなかったんじゃ……)

甘奈「うん……甘奈がもらったビデオも甘奈向けのものじゃなかったよ」

甜花「甜花も、同じ……」

透「……あ、そういうこと」

円香「……浅倉?」

透「ここの【二人同士】だったんだ。姉妹で、それぞれの動機ビデオを取り違えられてたんだよ」

真乃「そ、そんなことって……!」


甘奈「透ちゃんのいう通りだよ。甘奈が見たのは、甜花ちゃんの動機ビデオ」

甜花「甜花が見たのはなーちゃんの動機ビデオ」

凛世「お二人は互いにそれぞれの動機を握り合う間柄だった……」

凛世「協力関係になったのも已むなし……で、ございましょうか……」

あさひ「ま、あんまりそれは関係ないと思うっすけどね」

霧子「え……? どうして……?」

あさひ「あの動機ビデオの中身って、その人にとって大切な人が不幸な目に遭う内容だったじゃないっすか」

あさひ「甘奈ちゃんと甜花ちゃんは元々姉妹っすよ? その大切な人ってのが同じでも何もおかしくないっす」

あさひ「姉妹のうち一方が自分たちの動機ビデオを持っちゃってたら自然と内容も共有しただろうし、これは自然な成り行きだったんじゃないっすかね」

甘奈「すごいなぁ……どこまでもお見通しなんだね」

甘奈「ねえ、甜花ちゃん……みんなにあのビデオを見せてもいいかな? それが一番、甘奈たちの気持ちをわかってもらえると思うから」

甜花「……うん」

そういうと、甘奈ちゃんは懐からモノクマーズパットを取り出して、私たちの方へ向けた。
指を画面にそわせ、やがてそれは始まった。



【☆大崎甜花の動機ビデオ☆】

『さーて、大好評につき復活した動機ビデオの時間だよ! オマエラにとって大切な存在は今、どんな生活をしているのかな? それでは始まり始まり……』

大崎母『甜花ちゃん、甘奈ちゃん見てる? そっちでも二人で仲良くしてるよね』

大崎父『二人とも頑張り屋さんだからな、ついつい無茶をしちゃったりしてないか?』

大崎母『ママの作る料理が恋しくて寂しくなったりしてない?』

大崎父『二人ならきっと向こうでも友達をいっぱい作っているだろうし大丈夫さ。それに……姉妹揃っていればどんな難局だって乗り越えられる』

大崎母『そうね、ママも二人以上に仲のいい双子ちゃんは知らないから』

『なんとなんと……大崎ファミリーはなんとも仲睦まじい! メッセージを見ているだけで親の愛を感じて胸が温かくなってきますね』



……ザザッ



『まあそんな大崎さんちのシャレオツなおうちも見ての通り今ではすっかり廃墟になってしまってるわけなんですが』

『ママさんとパパさんは一体どこに行ってしまったんでしょうかね? 見る限りでは、グッシャグシャのめっちゃめちゃなお家しかないですけど』

『ま、それが知りたきゃこの学園を出るしかないってわけだね。自分の目で確かめるのが一番だからね』


プツン


真乃「酷い……」

愛依「こんなん見せられて冷静でいられないっしょ……」

一度真乃ちゃんの動機ビデオを見て内容こそ大まかな見当はついていたけど、やっぱり辛い。
目を背けたくなる惨状に、裁判場にいる全員が思わず言葉を失った。

甘奈「甜花ちゃんにすぐにこの映像を見せて……正直パニックになってたよ」

甘奈「……でもね、この映像の中でもパパが言ってるでしょ?」

甘奈「姉妹二人が揃っていればどんな難局だって乗り切れるって」

甜花「だから甜花たちは二人で一緒にこの学園を出ようって……二人なら、絶対一緒に出られるって……そう思ったんだ……」

……もし私も、この場所にお姉ちゃんがいて、同じような状況だったのなら。
甘奈ちゃんたちと同じような行動に走らなかったとは断言できない。

近くに縋ることのできる存在がいるということはある意味では救いであり、ある意味では追い詰める最後の一手になりうる。
一人だけでは超えられない一線も、一緒なら超えられる。超えることができてしまうんだ。
私が真乃ちゃんと灯織ちゃん、そしてめぐるちゃんの存在があったおかげで臆すことなく真実に向き合うことができたのと、同じこと。
まさに表裏一体の結末だったんだと思った。


甘奈「でも、そんなのって……他のみんなのことを顧みない自分勝手な話なんだよね」

甜花「うん……甜花たちのために、他のみんなを巻き添えにしようとしたのは事実だから……」

樹里「……二人がやったことは到底許されることじゃない。それは間違いないよ」

樹里「でも……アンタらがここに至ったまでの気持ちはよく分かった。お互いを本気で思い合う気持ちがあったのも……分かったよ」

甘奈「……本当に、ごめんね」

甜花「ごめんなさい……」

樹里「だから……最後の時間くらい、二人で向き合う時間にしてくれていいから」

甜花「え……さ、西城さん……?」

霧子「甜花ちゃん……この裁判に挑む時、どんな気持ちだったのかな……」

霧子「甘奈ちゃんのことを守りたい……その気持ちは本当だと思うけど……」

霧子「甜花ちゃんの中に……甘奈ちゃんに送りたい言葉が……他にもあるんじゃないかな……」

甜花「なーちゃんに、送りたい……言葉……」


にちか「甘奈ちゃんも一緒だよ」

甘奈「えっ……」

にちか「甜花さんが自分のために戦ってくれるって、そう言ってくれた時にどう思ったの? その時の気持ちを伝えなくていいの?」

甘奈「……」

にちか「思ってることを伝えきれないまま終わるってきっと……すごく辛いと思うんだ」

にちか「ほら、私は……今も悩むことがあるから、ルカさんとのお別れがあれでよかったのか……って」

甘奈「み、みんな……」

モノスケ「なんやけったくそ悪いお涙頂戴劇が始まってしもうたな。お父やん、ここらでおしおきをぶちかましてこの雰囲気をぶち壊すのはどうや?」

モノスケ「やっぱりコロシアイはバイオレンス、アンド、トラジェディー! 無念の死こそがコロシアイの醍醐味やろ!」

モノクマ「うるさいなぁ、黙ってなよ」

モノスケ「え、お、お父やん……?」

モノクマ「今いいところなんだよ、邪魔すんなよ。今この光景こそが、みんなの見たがってたものなんだからさ」

モノダム「……」

私たちに促されて二人は向き合った。
こうしてみると本当にそっくりな二人。
生まれた時からずっと一緒だった二人が今分たれようとしている。
……もう誰も口を挟み込もうとはしなかった。


甜花「なーちゃん……あの、ね……今、ちょっと思い出してみたんだけど……」

甘奈「何かな、甜花ちゃん……」

甜花「有栖川さんを殺せなくて、なーちゃんが代わりに殺しちゃった時なんだけど……甜花、その時に思っちゃってたんだ……」

甜花「あっ、甜花が殺さなくて済んだんだ……って」

甘奈「えっ……?!」

甜花「でも、違うよ……?! なーちゃんを出し抜こうとか、そんなことを考えたんじゃなくて……」

甜花「甜花は、自分のやりたくないことをしなくて済んだんだ……ってそんなことを思っちゃったんだ」

甜花「ズルい、よね……自分だけ、嫌なことをやらないでなーちゃんに押し付けて……それで、なーちゃんをクロにまでしちゃった……」

甜花「どれだけ謝っても足りないけど……何度でも言わせて欲しいんだ……」

甜花「ごめんね……! ごめんね……なーちゃん……!」

甜花さんの平謝りがこだました。
何度も繰り返すたびに裁判場には湿り気を帯びていき、私たちの胸を刺した。
別れが近づくにつれて、最後に見せる自分の姿を取り繕おうとするのではなく、
自分自身の弱さを曝け出して、その罪に真正面から向き合おうとする甜花さんの姿はどこまでも気高く、強い姿に見えたんだ。


甘奈「甜花ちゃん、甘奈からも言わせてもらうね」

そして、甜花さんのその強さは……同じ血の流れる彼女にも受け継がれていた。

甘奈「ズルいのは、甜花ちゃんだけじゃないよ。甘奈も……ズルしちゃった」

甘奈「それはね、甜花ちゃんに……孤独を押し付けちゃったこと」

甘奈「甘奈はこれからおしおきで死んじゃうけど……そうしたらここから60年、いや70年、80年、90年って……甜花ちゃんを一人にしちゃう……」

甘奈ちゃんの強さは、他の人を包み込む強さ。
今この場で誰よりも辛く、苦しく、そして恐怖を感じているのは彼女のはずなのに、
甘奈ちゃんはそれでも甜花さんの肩にのしかかる罪悪感を取り除こうと努めた。

きっと甘奈ちゃんにとってはそれこそがやりたいこと。
それこそが甘奈ちゃんにとっての【生きる】っていうことだったんだと思う。

大好きなお姉ちゃんをすぐ側で支え続けること。そのこと自体が大好きなんだって、私たちが一緒に過ごす中で見てきた笑顔が物語っていた。
だから、甘奈ちゃんは最後の最後、その一瞬まで生き続けようとしていたんだ。

甘奈「そんな辛い思いを甜花ちゃんにだけ押し付けるなんて、甘奈の方がよっぽどズルいよ」



その終わりの一瞬は……唐突に持ち出されることになるのだけど。



モノクマ「よし……そろそろかな。撮れ高もバッチリでしょう!」




真乃「そ、そろそろって……まさか……?!」

にちか「お、【おしおき】……!?」

モノクマ「前回の事件ではちゃんとしたおしおきが出来ずに消化不良でしたからね! 今回はきっちりしっかりと最後までやり通しますよ!」

モノスケ「ようやく、ようやく血が見れるんやな! この時を待ちかねたで!」

モノファニー「ひえ……グロいのだけは嫌よ……」

甘奈「あーあ……時間切れか。甜花ちゃんと、みんなといよいよお別れしなくちゃなんだね」

甜花「な、なーちゃん……!!」

甘奈ちゃんは指で涙を掬い上げた。
今から迎えるその時に備えて、不出来な笑顔を作ろうとしている。


モノクマ「今回も、超研究生級のギャルである大崎甘奈さんのために、特別なおしおきを用意しました!」

甘奈「あはは……散々時間をもらって話したつもりなのに、まだ物足りなく感じちゃうや」

甘奈「もっと色んなところに行って、もっと色んな服を着て、もっと色んな思い出を作りたかったな」

甘奈「でも、もう甘奈にはそれは叶えられない……だから、この思いは全部、甜花ちゃんに託します」

甜花「え……?」

それはどこまでもぎこちない。
肩もこわばって、口角もちゃんと上がってない。
目に見える、死への恐怖に私たちの肌も引き締まる思いだ。

モノクマ「それでは張り切っていきましょう!」

甘奈「甜花ちゃんの体には、甘奈と全く同じものが流れてるから。甜花ちゃんがこれから一生懸命生きてくれれば、甘奈の想いもきっと叶うんだよ」

甘奈「甘奈たちは最高の姉妹……そうだよね?」

甜花「うん……わかった、任せて……!」

どこまでも私たちは無力だ。
今目の前で殺されようとする友達に向けて、手を伸ばすだけで何もできない。
彼女を守ることはできない。






モノクマ「おしおきターイム!」

甘奈「……最後に、お返事を聞けて良かったよ。甜花ちゃん」

消えゆく命を、訪れゆく別れを……そのままに受け入れることしかできなかった。




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       GAMEOVER

オオサキさん(いもうと)がクロに決まりました

     おしおきをかいしします




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ありとあらゆるコンテンツで溢れかえったこのエンタメ飽和時代!
女の子たちはこぞってスマートフォンに夢中になって、数秒にも満たない動画を次々に消費していきます。
目を引く何かがないと、あっという間に画面の外へとスワイプされちゃう無条理。
甘奈さんは女の子たちの注目を集められる華々しい存在になることができるでしょうか?

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めざせ☆インフルエンサー

超研究生級のギャル 大崎甘奈処刑執行



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スマートフォンを模した直方体の装置へと放り込まれた甘奈さん。
出して欲しいと必死に液晶を叩きますが、当然出れるはずはありません。
甘奈さんの必死さとは無関係に流れ始める音楽。
流行りのポップスを1.5倍速かいくらかにした曲はピッチも上がって耳鳴りがするほどに甲高い。

……おっと、甘奈さん。そんなにボーッとしてていいんですか?
曲が流れているのに棒立ちだなんて、この時代じゃそんなショートスナップビデオはすぐにスワイプされちゃいますよ!


ズガン! ズガン!

向こうのほうから、音楽にいまいちノれていない女の子の映ったスマホは次々に潰されていきます。
指先一つでどんな人の人生も簡単に潰せてしまうんだから、情報化社会は恐ろしいですね。

ズガン! ズガン!

このままじゃ自分も潰されてしまう!
それを察した甘奈さんは意を決して踊り始めました。
幸い、この曲自体は知っていました。
キャッチーな振り付けで話題を集めて、同世代の女の子が似たり寄ったりな動画をいくつも投稿していたので。

ズガン! ズガン!

どんどん他のスマホが潰されていく中で、甘奈さんは持ち前のビジュアルと動きのキレでなんとか生き残っていきます。
ブッサイクな踊りを披露したモノスケの入ったスマホがすぐ隣で潰されようとも、甘奈さんは怯まず踊り続けました。

その結果……どうでしょう。
甘奈さんのスマホからは無数のハートが吹き上がり始めたのです。
それは、同世代の女の子たちから支持を獲得した証拠。
追いきれないほどのインプレッションが一気に押し寄せるバズの到来です!



……でも、甘奈さんは所詮は一般人。
どれだけインターネットで持て囃されようと、ちょっと可愛い素人どまり。
過ぎた名声は時に身を滅ぼします。
スマホから吹き上がったハートは画面の上を一気に埋め尽くし、甘奈さんはハートの中に生き埋めになってしまいました。

やれやれ、バズるというのもいいことばかりじゃありませんね。

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モノクマ「はい、これで終了! みんなご苦労さん!」

モノタロウ「うわー! モノスケー!」

モノファニー「う……う……」

モノファニー「でろでろでろでろでろ……」

モノダム「オイラタチノ兄弟ガ二人モ死ンジャッタ……」

甘奈ちゃんの命が目の前で奪われた。
芹沢さんの時とは違う、正真正銘の本物の死。
甘奈ちゃんの尊厳を嘲笑うような理不尽で悪趣味な最低最悪な死の形に私はむせかえるほどの嫌悪感を抱いていた。

甜花「なーちゃん……が……」

愛依「マジでサイアク……なんでこんなことができんの……?」

樹里「ふざけんな……ふざけんなよ! ただ命を奪うだけじゃなくて、どうしてテメーらはそんな死体に砂をひっかけるような真似ができるんだよ!」

モノクマ「そりゃこれがおしおきだからに決まってるじゃん! おしおきは断罪でも、処罰でもない……求められるのは酒の肴になるぐらいとびっきり派手でユーモラスな死なんだよね!」


真乃「ふざけないでください……! 私たちは見せ物なんかじゃないんですよ……っ!」

モノクマ「うぷ……うぷぷぷ……」

円香「……何がおかしいんですか?」

モノクマ「いやさ、オマエラってば散々人のことを見せ物にしておいて、それをよく棚に上げられるなって思うんだよ」

にちか「はぁ……?」

モノクマ「オマエラも経験あるでしょ? ニュースやワイドショーで芸能人の訃報なんかを聞いて、次の日の学校でその話題で盛り上がったこと!」

モノクマ「どんな気持ちで死んでいったのか、とか……残される遺族はこれからどうするんだろう、とか」

モノクマ「そんな偽善すら頭によぎることもなく、死を話題にした数秒後には平然と笑顔を浮かべられる」

モノクマ「そんな異常者たちに文句を言われる筋合いはボクにはないよ!」

恋鐘「う、うちらが異常者ならあんたはなんね!」

恋鐘「ただ殺すだけじゃなくて、人の死を笑うなんて……人のすることじゃなかよ!」

モノクマ「ボク、クマなんですけど! ヒトじゃないんですけど!」


モノクマ「まあそんな言葉の揚げ足取りはともかくとして、ボクはオマエラと違って異常であることを受け入れているからね」

モノクマ「自分のものじゃない死なんて、所詮見せ物に過ぎない。エンタメの一つだって、そう捉えてしまう誰しもが持つ異常をボクは受け入れているんだ」

モノクマ「だからどれだけ糾弾されようがノーダメージ! 正常ぶった異常者に何を言われようが全く痛くも痒くもないもんねー!」

凛世「そんなもの……ただ自分を肯定するだけに都合よく作られたあなたさまの理屈です……!」

モノクマ「ま、ボクはこれ以上オマエラと問答をする気もないからね。道徳の授業をやりたいなら、せいぜいオマエラで好きにやりなよ!」

バビューン!!

モノタロウ「あっ……お父ちゃんが帰っちゃった! ど、どうしよう……オイラたち、もう3人になっちゃったよ!?」

モノファニー「うぅ……心ぼそいわ……心にぽっかり穴が開いたようよ……誰かこの穴を埋めてくれないかしら……」

モノダム「二人トモ、安心シテ」

モノタロウ「モ、モノダム?」

モノダム「モノスケハオラタチガ仲良クスル邪魔バカリシテタカラ、ムシロ居ナクナッタコトデ、オラタチハヨリ一層仲良クナレルハズダヨ」

モノダム「オラタチデ協力スレバ、キット大丈夫」

モノタロウ「そうだよね……オイラたちには仲間がいるんだ! 絆があるんだ!」

モノファニー「絆がある限り、未来に向かって歩いていけるわ!」

モノダム「ミンナ仲良ク、ダヨ」

【ばーいくま〜〜〜!!!】


円香「……邪魔者はいなくなりましたね」

樹里「……あー! 胸糞悪いな……ったく」

にちか「マジでなんなんですかねー! 勝手なこと言いすぎじゃないですか?!」

恋鐘「甜花……モノクマたちの言っとったことなんか気にする必要なかやけんね?」

甜花「……」

灯織「はい……私たちの感傷を異常だなんて言わせません。甘奈のことを思い、怒る気持ちは正常そのものです」

甜花「そう、だよね……」

不快感だけを撒き散らしたモノクマたちが姿を消し、残された私たちは痛烈な無力感に襲われた。
甘奈ちゃんの死をただ黙って見守ることしかできなかったこと。
モノクマの言葉に反論らしい反論ができず、甘奈ちゃんの死に対して庇い立てができなかったこと。
そして、今こうして遺された私たちの心の片隅のどこかに、生き延びることができたという安堵があること。
そんな弱々しい自分の姿をまざまざと見せつけられたようで、私たちは苛立ちを抱かずにはいられなかった。



あさひ「あー、面白かった!」



そんな中で、更なる不和を生じさせる存在が一人。


甜花「え……?」

愛依「あ、あさひちゃん……?」

あさひ「前回はみんなに勝負を挑む側だったっすけど、推理して解き明かす側も面白いっすね! だんだんと謎が解けていく感覚が気持ちよかったっす!」

大切な家族を失って間もない甜花さんを前にして発する言葉にしてはあまりに短慮で、あまりに衝動的。
嬉々として発する様子を見ても、本当に彼女に悪意はないんだと思う。

あさひ「次は誰がどんな事件を起こすのかなー、ワクワク!」

純粋無垢にゲームに向き合っている彼女のその言葉は……甜花さんでなくともイラついた。

にちか「ちょっと……いい加減にしてよ」

あさひ「あ、にちかちゃん。今回の事件、にちかちゃんと協力できて楽しかったっす。一緒に推理するのも面白いんっすね!」

にちか「あのね……お願いだから黙ってよ。あなたがどう思ってるのかは知らない、今のこの状況を楽しんでるのもどうだっていい」

にちか「だけどさ、流石にデリカシーなさすぎてドン引きって言うか、早くどっかいってほしいって言うか……」

にちか「とにかく……このままだとあなたにパンチしちゃいそうだから……黙っててよ」

自分でも「あっ」て思った。
思っていたよりも強い言葉が自分から飛び出したので、自分の中にも誰かのために本気で怒れるぐらいの思いやりはあるんだって気づいた。


でも……ちょっと、行きすぎてたと思う。

あさひ「えっ……」

芹沢さんは私の言葉に少し面食らった表情の後、なにやら寂しそうな顔をした。

あさひ「にちかちゃんも……そうなんすか?」

にちか「はぁ……?」

あさひ「……なんでもないっす。わたし、先に戻ってるっす」

(……やけにあっさり引いたな)

芹沢さんは肩を落として、トボトボと歩いてひと足先にエレベーターで地上へと上がっていった。

樹里「にちか……ちょっと言い方キツすぎたんじゃねーか」

にちか「あ、いや……でも……」

樹里「……まあ、難しい相手だけどさ」

(……そんなこと言われても、あんな子相手なんだししょうがなくない?)


甜花「……」

芹沢さんがいなくなって、ひとまず甜花さんが不必要に傷つくことは無くなったけど……甜花さんの表情は相変わらず沈んだままだ。
甘奈ちゃんのおしおきの時から、茫然自失といった感じ。

霧子「甜花ちゃん……やっぱり、ズキズキ痛むよね……」

凛世「生まれた時より共に過ごされた相手を亡くした心痛……察して余りあるものがございます……」

甜花「なんで……なーちゃんじゃなくて、甜花が生きてるんだろう……」

(……!)

私たちの言葉に、ぽつりぽつりと甜花さんは独り言のように言葉を漏らし始めた。

甜花「甜花は臆病者だし……怠け者だし……」

甜花「ここから先、一人で生きていける自信がない……」

自分を貶める弱音がつらつらと続いていく。
やっぱり、お姉さんとして、事件の結末に納得のいかない部分は多いんだろうし、共犯者の自分がなぜ、という感情はよく理解できた。


甜花「なーちゃんじゃなくて、甜花がおしおきされてれば良かったのに……」

でも、そうだとしても……甘奈ちゃんから託されたものを忘れたような言葉はダメだ。
それを甜花さんが口にすることは、何よりも虚しい。

にちか「それはダメ!」

甜花「え……な、七草さん……?」

私自身が甜花さんと同じだから、口を挟まずにはいられなかった。
自分たちの望まぬ形の幕引きを迎えて、私だって不本意な生き永らえ方をしている。
それでも自暴自棄にならず、投げ出さないでこうして歩み続けることを選んだ。

にちか「そんな言葉……甘奈ちゃんに聞かせられるんですか? 自分だけが生き延びちゃったのは不本意だし、こんな結末を望んでないってのもわかります……」

にちか「でも、だからってその結末から逃げちゃうのは……その結末まで一生懸命に走り抜けた甘奈ちゃんのことを否定するのと同じだと思うんです」

甜花「……え」

にちか「私は今、ルカさんの信念を無駄にしないために生きてます。私とルカさんのやったことはきっと正しいことじゃなかった。それでも……」



にちか「最後の最後までもがき続けようとしたルカさんのあり方自体は正しかったって思ってるので!」



まあ、それは自分の力だけでこうなったわけではないけど。

真乃「……」


それでも、今の私の意志はちゃんと固まってる。
他の人の支えがありながらだけど、ちゃんと生き抜こうと決めた。
ルカさんの思いに一番間近で触れた私が生き抜くことで守れるものがきっとあるから。

にちか「甜花さん……お願いです。死ぬべきなのは自分だったとか、そんな虚しいこと……考えないでください!」

甜花さんにもそうであってほしいと願って、私は手を差し伸べた。
私の背中に生えた翼はもう血で汚れて、穢れてしまっているだろうけど……悪魔が心変わりしたっていいじゃん。

甜花「七草、さん……」

霧子「甜花ちゃん……胸に手を当ててみて……」

甜花「……」

霧子「トクン、トクンって音を感じるでしょ……?」

霧子「それは甜花ちゃんと一緒に歩いてきた200グラム……甘奈ちゃんと同じ200グラムだよ……」

甜花「なーちゃんと、同じ……」

霧子「だから、甜花ちゃんが生き続けてる限り……甘奈ちゃんも生き続けてるんだよ……」

甜花「そ、か……甜花は今もなーちゃんと一緒に、生きてるんだね……」

愛依「うん! そーだよそーだよ! 家族の血の繋がりって切っても切れないかんね!」

私たちの言葉を受けて、甜花さんは表情を一変させた。
これまでずっとみてきたどこか自信がなさそうな表情ではなく、輝きとまではいかずとも、確かな光の携えた凛とした表情。
その表情に、ほんの少しだけ……甘奈ちゃんが重なって見えた。

恋鐘「よーし、そんなら地上にうちらも戻らんね! みんなで揃って新しい一歩を踏み出して行くばい!」

透「だね。レット・イット・ビー」

真乃「うん……行こう!」

エレベーターにみんなで揃って乗り込んで、地上へと戻っていった。
きっとこれから先の未来には、みんなで歩む未来には、燦然と輝く光があると信じて。




でも、それは見当違いだったのかもしれない。
みんなで歩む未来なんてものは_____あっという間に絶たれてしまったのだから。

地上に戻った私たちを待ち受けていたのは……




あさひ「みんな遅かったっすね。待ちくたびれたっすよ」





にちか「せ、芹沢さん……?!」

ひどく胸騒ぎがした。ついさっき私が強引に追い払った時とは違って、彼女には笑顔が戻っていた。
悪意の一切ない、純粋無垢な眩すぎる笑顔。
彼女の笑顔は眩すぎる、それゆえに、私たちに影を落とす。

あさひ「でもおかげで、円香ちゃんの才能研究教室……じっくり見てこれたっす」

円香「……は?」

やられた……!
あの時の彼女は反省して出て行ったわけじゃなかったんだ。
私たちが甜花さんを励ますのに集中しているその隙をつくために、抜け出すための口実に【私は利用された】んだ……!


あさひ「いやぁー、ビックリしたっすよ。わたしたちはすっかり騙されてたんっすね」

円香「……やめて、何のつもり」

あさひ「円香ちゃんの才能、てっきり超研究生級のコメンテーターだと思ってたんっすけど……あれ、嘘だったんっすね」

円香「それ以上は、冗談じゃ済まない」

あさひ「円香ちゃんの才能研究教室にコメンテーターっぽいものなんて一つもなかったっす。いや、それどころか……芸能界っぽいものすら。モノクマの言ってた才能ってのもいい加減なものっすね」

円香「……っ!」

にちか「ちょ、樋口さん?!」


気づけば樋口さんは芹沢さんに向かって駆け出していた。
その口を塞ごうとしたんだと思う。
樋口さんはらしくなく取り乱した様子で、その手を芹沢さんに向かって伸ばしていたけど……



間に合わなかった。







あさひ「円香ちゃんは【超研究生級の内通者】っすね?」








にちか「え……?」



私たちにあったのは、全員が横並びで歩む未来なんかじゃなかった。
そんなものはとっくの昔に根底から崩壊していた、ハリボテの未来。

私たちは幻想に魅入られていただけなんだとその時に理解したんだ。

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CHAPTER 02

退紅色にこんがらがって

END

残り生存者数
12人

To be continued…



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【CHAPTER02をクリアしました!】

【アイテム:デビ太郎とエン次郎のキーチェーンを手に入れました!】
〔大好きな姉の大好きなものは自分も大好き。姉妹の絆を何よりも雄弁に語る証拠は持ち主を失った〕


というわけで2章はここまで。
大崎姉妹の入れ替わりネタはシリーズ一作目の時からやりたいなと思っていたのですが、タイミングを逃してしまっていたので、
ここでやっと書くことが出来て満足しています。

今回は途中でかなり間を空けてしまって申し訳ありませんでした。
前スレでも言った通り、これからは進行方法を多少変えて更新の際はをペースをある程度は維持できるように努めて参ります。

さて、三章は裁判終了まですでに書き終わっているので近いうちに更新できると思います。
ある程度準備をし終えたら、また再開いたします。

またよろしくお願いします。

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      GAME OVER

 ハチミヤさんがクロにきまりました

    おしおきをかいしします



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いつの時代も私たちを熱狂させてくれるもの。
それは元来、神への捧げ物としての側面を持ち、いつしか大衆からは見せ物として興じられるようになったもの。
自分たちでは辿り着けなかった高みでプレーを行う彼ら選手たちを見て、人々は期待し、興奮し、そして同じ時を生きていることに感謝をするのです。

____最終的には、自分たちと同じように選手もいつか死ぬということを噛み締めながら。

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      おしおき近代五種

超研究生級のスポーツタレント 八宮めぐる 処刑執行



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さあ今年も始まりました、生と死の祭典『御臨終ピック』!
我が国を代表して戦ってくれるのは、おしおき界のサラブレッド八宮めぐる選手!
彼女はこれより自らの肉体を武器にモノクマーズたちと鎬を削ります!


近代五種はフェンシング、水泳、馬術、ランニング、射撃を一人で行うスポーツの極地!
最初に挑むのはフェンシング。
しなやかな身のこなしでモノキッドの防具の隙間を見事に突いてみせました。
続いての水泳も、モノスケを全くものともせず。単独ぶっちぎりで泳ぎ切ります。
馬術だって何のその! モノタロウが落馬している間にあっという間にゴールライン!
ランニングはむしろ得意分野。モノファニーにコーナーで差をつけます!

そして最後に挑むのは射撃。遠く離れた的を狙って狙って……当てた!
モノダムでは当てることができなかった的を見事ぶち当てて、見事金メダル獲得です!

表彰台の上で、私たち応援していたファンに手を振ってくれる八宮さん。
その姿にはステージで朗らかな笑顔を浮かべるアイドルの姿も重なって見えそうです。



でも、彼女はあくまで一般人。
その背中に翼はないし、陽の当たる場所にいる存在ではないのです。
首に下げられたメダルの輝きは、彼女にはあまりにも眩しく、良くないものまで惹きつけてしまったようです。

ガブッ

頭から巨大な『何か』に齧られてしまった八宮さん。
そういえば昔、競技者をそっちのけでメダルを齧った不届きものがいたとかいないとか……

やれやれ、見ている側というのはいつも傲慢なものなんですね。

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      GAME OVER

 アリスガワさんがクロにきまりました

   おしおきをかいしします




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有栖川さんは名家の生まれ。
物心がついた時から、周りから教育的指導を施され、淑女としての立ち居振る舞いは体にすっかり染み付いているそうです。
まだ成人して間もないというのに、見上げたものです。
そんな彼女がまさか社会通念の、マナーを間違えるはずがありませんよね?

さあ、それでは検証してみましょう。
彼女がどこまで文武両道であるのか、何よりもわかりやすいこのテーブルマナーという指標で!

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       最後の晩餐

超研究生級の文武両道 有栖川夏葉処刑執行



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モノクマーズたちと共にテーブルを囲む有栖川さん。
モノクマによる給仕が粛々と進んでいきます。
パン、スープ、前菜、副菜と並べられていきますが、それに全て適切な対処をしていく有栖川さん。
バターをパンに塗る時は一口台に千切ってから、スープを飲む時には音を立てず、食材を切るときには人差し指をナイフの柄に添えて。
もちろんナプキンだって二つ折りにして、膝の上。
ボロを出せばすぐに電流を流して指導をしてやろうと控えていた講師モノクマもこれには思わずハンカチを食いしばります。


そしてとうとう食事は主菜の局面へ。
肉汁たっぷりのハンバーグが並べられますが、有栖川さんはこれをキチンとしたマナーで食べることができるのか……!?

見事! 肉汁をこぼすことなく綺麗に運んで口まで持っていきます。
付け合わせのライスも左手のフォークで器用に取って見せました。
食器同士で音を立てることなく、皿の上をむやみに汚すこともなく。
完璧なマナーで食事を終えて、ナプキンの縁で口を拭く有栖川さん。

彼女に指摘すべき粗などありません。
彼女はまさに完璧な淑女そのものなのですから!



でも、彼女が完璧だったとしても、共に卓を囲んでいる連中がそうとは限りません。
モノクマーズは犬食いみたいになって飯をかっこんだり、ナイフとフォークを雑に入れ替えて使ったり、食器をぶつけてガチャガチャと何度も音を立てたり。さっきから講師モノクマの教育的指導を何度も受けています。
そして食らった高圧電流のせいで、モノタロウの持っていたパンが、ついうっかり有栖川さんの卓上のグラスを横倒しにした上で服の元へ。

有栖川さんは驚いて慌てて席を立ってしまいました。
おやおや、席を立つというのに給仕を待たずに椅子を雑に引いたりして。
物音を立てるのはマナー違反ですよ!

ビリビリビリビリ!

肉が焼けてしまうほどの超高圧電流を浴びて有栖川さんはすっかり押し黙ってしまいました。
どんなにマナーが完璧でも、他人を慮る気持ちがなくてはいけませんよね。
食卓の場に死体を並べるなんてマナー違反を犯した有栖川さんはそのままずるずると引きずられてダストシュートに投げ込まれてしまいましたとさ。






『ご覧ください! これは歴史資料の映像でも、ましてSF映画のワンシーンでもありません』






『これは今まさに我々の生きている時代の中で起きている現実そのものなのです』

『■月より武力衝突を繰り返していたA国とB国、衝突が長期化するにつれ投じられる兵器も過激化しておりましたが……ついにB国はその一線を超えた形となります』

『国際協定により使用が禁止され、多くの国により放棄が宣言されている超特殊兵器』

『B国はA国首都攻略の決め手とするために超特殊兵器の使用へと踏み切りました』

『このことには世界中から広く非難が集まっており、周辺の国々には兵器使用に伴う……ザザへの影響も懸念されております……』

『我々の住まうザザ……もその影響は……ザ……と見られ……ザザ……』

『政府の提言する……ザザ……へと期待とザザ……集中し……ザザ』



プツン!!


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      CHAPTER 03

   見ていぬうちに巣食って

      (非)日常編




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あさひ「円香ちゃんは本当は超研究生級のコメンテーターなんかじゃない」



あさひ「_____超研究生級の内通者だったんっすよ」



にちか「は? な、なにそれ……?! なにを言ってるの……?!」

円香「……」ギリッ

芹沢さんを制そうと手を伸ばした樋口さん。
その口を塞ぐにはわずかに足らず、芹沢さんから語られた衝撃的な事実を前に、私たちの間には混迷が立ち込めた。


円香「……あんた、最低だね。私たちを欺いて、一人で私の才能研究教室に忍び込んでたんだ」

あさひ「あはは、いまの今までみんなを騙してた円香ちゃんが言うんっすか?」

円香「……」

凛世「お待ちください……あさひさんは円香さんの才能研究教室でなにを目撃なされたのですか……?」

凛世「内通者と断ずるまでの物が、そこにあったのですか……?」

あさひ「んー、言葉で説明するのは難しいっすね。実際に見てもらった方が早いっすけど」

芹沢さんはチラリと樋口さんの方を見る。
奥歯をぎりりと噛むが、抗うそぶりはない。
樋口さんはここまで来ればもう手遅れ、隠し切ることは不可能だと諦めてしまったのだろう。

あさひ「みんなで一緒に円香ちゃんの才能研究教室、行ってみるっすよ!」

芹沢さんはすぐに校舎の方へと走り出した。
私たちは顔を見合わせ、少し逡巡したが、ぞろぞろと芹沢さんの後をついて行った。
教室に着くまでの道中、樋口さんは口を開こうともしなかった。

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【超研究生級の???の才能研究教室】


「……な、なにこれ」

部屋に足を踏み入れた瞬間私たちの目に飛び込んできたのは、部屋中を埋め尽くす白と黒のモノトーンの世界。
それは私たちにとっては死と絶望の象徴に他ならない。

「ひ、樋口さん……あなたは、一体……?」

部屋の異様さはそれに留まらない。
これから戦争でも始まるのかと言わんばかりの銃火器が壁にいくつも架けられ、ラックには手のひら大の爆弾のようなものがゴロゴロと乱雑に並べられていた。

あさひ「見ての通りっすよ。少なくとも円香ちゃんは間違っても超研究生級のコメンテーターなんかじゃないっす」

あさひ「それにこの部屋を埋め尽くしてる白と黒……モノクマたちと丸っ切りおなじっすよね」

円香「……」

愛依「で、でもそれだけじゃグーゼンかもしんないじゃん?! 円香ちゃんが裏切り者だなんて……」

あさひ「____証拠も、あるっすよ」

狼狽する愛依さんの勢いを即座に殺したペラ一の書面。
そこには、私たちがこの学園生活で飽きるほどに見てきた【モノクマが堂々と鎮座していた】。


甜花「こ、これ……モノクマの、図解……?」

灯織「……モノクマの中の機構や搭載されている武装まで事細かに書かれていますね」

樹里「こんなもん……黒幕側の人間じゃなきゃ、手に入んねーだろ……」

書類には専門的なことも書かれていてその内容の全てを理解することは難しいが、
少なくとも私たちのようないち学生が通常手に入れられるようなものじゃないのは確かだ。
モノクマという存在が秘めている危険さ、凶悪さがつらつらと書き連ねられている紙は、持っているだけで悪寒すら感じさせた。

円香「違う……私も何のことだか分からないの……ただ、部屋を与えられて、そこにこれがあっただけのこと……!」

あさひ「いや、そんな言い訳は通用しないっすよ。みんなこの学園に来た時に聞いてるはずっすよ?」

あさひ「わたしたちの【才能】は潜在能力や可能性から総合的に判断して割り振られているって」

私もそうだ。これまでのバイトの経験とか、趣味で蓄積した知識とかそういうところから決めたって言われたんだっけ。
才能研究教室はそんな才能を伸ばすための設備が整備されている部屋だ。
樋口さんの部屋に並んだ武器の数々は、彼女の才能というのが他の人を傷つけうるものだというのを証明している。


あさひ「みんな、その言葉通りに自分の才能にある程度の納得はいくものがちゃんと決められていると思うっす」

あさひ「円香ちゃんも、この部屋に入った瞬間に思ったんじゃないっすか?」

あさひ「ああ、やっぱりって」

円香「……そんなわけ、ない」

樋口さんは何度も芹沢さんの言葉を否定した。
でも、もう私たちの中の疑念は強まっていくばかりだ。
樋口さんを疑うという方向に一度傾いてしまってからは、ズルズルと重力に導かれるように引き摺り込まれていく。
樋口さんへと向けられる視線は信頼の熱を失っていき、裏にある何かを見極めようとする冷めた嫌疑の視線へと変わって行ってしまった。

樹里「……実際なんなんだ、円香。あんたがモノクマに与えられた才能ってのは」

円香「……分からない」

真乃「え……?」

円香「分からないの、本当に。目を覚ました時にもモノクマーズたちが姿を表したけど……」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

モノタロウ『キサマの才能は【超研究生級の映画通】だよ! よく日常的に映画を見てるって聞いたからね!』

モノファニー『最近お気に入りの映画館も閉鎖されちゃったって聞いたわよ、御愁傷様ね』

透『あー……ども』

モノスケ『ほんでキサマの才能はやな……』

円香『……』

モノスケ『……いや、ええか。キサマには言わんでええやろ』

円香『……は?』

モノキッド『ミーたちからわざわざキサマに伝えずとも、キサマの体はキサマの才能をしっかりと覚えているはずだぜッ!』

モノタロウ『うん! これから始まる学校生活の中でキサマはキサマ自身の才能を思い出す瞬間がきっと来るはずだよ!』

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


透「あー、そういえば……言ってたか」

円香「私の才能は学園生活の中で思い出す時が来る……そう聞いた。自分だけ才能とやらを割り振られていないのも変に勘ぐられたくないから、コメンテーターって便宜上嘘をついていただけ」

恋鐘「でも、こがんもん見せられたら……」

灯織「そのモノクマーズの言葉の意味も違って聞こえてきますね……」

樋口さんが才能を覚えていない。
その言葉をそのままに受け取るにしても、信頼を置くかどうかは難しい問題だ。
誰かを信頼して、痛い目を見たという経験は私たちには既に覚えがありすぎる。

そして、私たちの疑念を後押しするかのように、奴らがやってきた。

【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「うわ! なんだこれ! 部屋一面お父ちゃんカラーでいっぱいだよ!」

モノファニー「すごいわ! 部屋中からお父ちゃんの臭いがしてるわ! 獣臭くて栗の花臭いわ!」

モノダム「……ミンナ、ツイニコノ部屋ニヤッテキタンダネ」

いつもはうざったくて仕方ない連中だけど、今の私たちは何よりも回答を欲している。
私たちは彼らに飛びつくようにして質問を投げかけた。

にちか「ねえ、この部屋は一体なに!? あなたたちと樋口さんはどういう関係なの!?」

モノタロウ「ど、どういう関係……って言われても……」

モノタロウ「な、なぁ……オイラたちとはなにも、ないよな……円香」

円香「はぁ?」

モノファニー「ムキー! アタイという女がありながら、他の女に手を出したの!?」

にちか「そ、そういうおふざけは今いいから!」






モノダム「……樋口サンハ、オラタチノ【オ母チャン】ダヨ」






にちか「……は?」

一瞬、時間が止まった。
内通者だとかなんだとか言われても、この部屋を見てもなお、私たちの中には微かながら信用したいという気持ちが残っていたわけで。
なんとかそのか細い火を消さないように、なんとか必死になっていたのに、モノダムの一言でそれは簡単に吹き消されてしまった。

樹里「なっ……なに言ってんだ……?」

円香「な、何を言い出すの……!? 私が、あんたたちの……何……!?」

モノタロウ「なんだよ! 急に他人ヅラすんなよな! オイラたちのお母ちゃんのくせに!」

愛依「お、お母さんって……えっ?! 円香ちゃんってもう産んでんの?! ケーザンフなん?! 17の母なん!?」

恋鐘「そ、そんなわけなかよ! 大体人間がロボットを産むことなんてできんよ!」

モノタロウ「たとえお母ちゃんがオイラたちに腹を痛めてなかったとしても、お母ちゃんはお母ちゃんだよ。その愛は本物なんだよ」

円香「意味がわからない……やめて、吐き気がするから」

樋口さんは顔面蒼白といった様子だった。
擦り寄ってくるモノクマーズたちに何度も後退りして、呼吸がどんどん浅くなっていく。


モノファニー「認知しなさいよ! お母ちゃん!」

円香「こ、来ないで……!」

モノダム「認知シテヨ、オ母チャン」

円香「知らないから……!」

どん。
追い詰められた樋口さんは壁に背がぶつかり、その場にずるずると垂れ下がり、座り込んだ。

透「ちょい待ちなって」

流石にそれを見かけた浅倉さんがモノクマーズたちの前に割り込む。
樋口さんの方を一瞥すると、一回頷いてから気迫のある声で連中を威圧した。

透「急に言われてもこっちも分からんし、全部説明してよ。理由、樋口がママだっていうなら……最初っから」

モノタロウ「うっ……お母ちゃんがどうしてただの女から母になったのか、息子が一番語りたくない話題だ」

円香「その言い方はやめて」


モノファニー「思春期の質問はお父ちゃんに聞いてもらいましょう! お父ちゃ〜ん!」

バビューン!!

モノクマ「かわいいかわいい我が子たちの父を呼ぶ声に答えてボク、参上!」

モノクマ「おっと……これはこれは、大した惨状でございますね」

円香「モノクマ……あんた、これは……この部屋はどういうつもり?」

モノクマ「どういうつもり、か……面白い質問だね。それを一番よく知ってるのはオマエだと思うんだけどな」



モノクマ「まあ、この部屋にあることが全てとしか言えないかな。樋口さんはボクたちの【お仲間】だってことは間違いないよ」



(仲間って……断言した……?!)

樹里「おい……もし適当なこと言ってんだったら承知しねーぞ……」

モノクマ「おっと、こわいこわい。出産期のヒグマでもそこまで獰猛じゃないよ」

あさひ「モノクマはこのコロシアイについては嘘をつかないはずっす。そうじゃないとフェアじゃないっすから」

モノクマ「芹沢さんの言う通り! ボクの判断で勝手にゲームの根幹を揺るがすような発言はしないよ」

モノクマ「まあそれでも疑うと言うのなら、この部屋をよく調べてみるといいよ。ボクと樋口さんを繋ぐ証拠なら、山のように見つかると思うからさ!」

モノタロウ「お母ちゃんもちゃんとオイラたちのことを認知してね!」

モノファニー「お母ちゃんにとっては沢山いる子供のうちの1匹に過ぎないかもしれないけど、アタイたちからすれば唯一絶対のお母ちゃんなんだから!」

モノダム「母ノ愛ニ飢エテルンダ」

円香「……」



樹里「……モノクマたちの言うことをそのまま鵜呑みにするわけにはいかねー。円香、この部屋を隅々まで調べさせてもらうぞ」

円香「……うん」

霧子「円香ちゃん……ジッとしててね……」

透「……」

樋口さんを壁にもたれかかせたまま、私たちは部屋の捜査を開始した。
明確な回答をモノクマたちはくれなかった。
自分たちの手で、『お母ちゃん』『仲間』その言葉の意味を確かめなくちゃ。

……まさか、あの裁判の直後で仲間のことを疑わなくちゃならなくなるなんて。

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【ホワイトボード】

キャスター付きのホワイトボードにはモノクマーズたちの写真が貼り付けられ、説明書きが付け添えられている。

霧子「モノクマーズの一人一人に、詳細な役割が書いてあるね……」


『モノタロウ:本計画においてモノクマの補佐を行うモノクマーズのチームリーダー。チームの統率を行う他、定期報告を行う』

『モノファニー:本計画における対象者のケアマネジメントを行う。AIにより心理学・神経学において専門的な判断が可能』

『モノスケ:本計画における運営コストの計上、修正を行う。また、何か問題ごとが起きた際の記録を取りまとめ、レポートとして提出する』

『モノキッド:本計画における設備開発・修繕・維持を行う。電気系統の管理も担う』

『モノダム:計画参加者の生活をサポートする。和洋中のあらゆる料理を作成可能な他、清掃や洗濯も可』


灯織「モノクマーズは役割分担が明確にされていて、綿密な連携を測っているようですね」

甜花「あんまり、その通りに出来てるようには……見えないけど……」

(モノクマーズの役割だなんて、こんな情報……外部の人間が持っているはずがない)

(やっぱり、こんな情報があるなんて樋口さんは……)


真乃「ほわっ……? ね、ねえ……この右下のロゴはなんだろう……?」

にちか「真乃ちゃん?」

真乃ちゃんが指さしたのは、モノクマーズの写真の右下にプリントされていたロゴマーク。
動物の性別を指し示すような♂のマークによく似ているが、○の部分がやけに大きいように見える。

霧子「これは……火星のマークかな……?」

にちか「火星、ですか……?」

霧子「うん……あのね、惑星にはそれぞれ指し示す記号が割り振られていて……惑星にまつわる神様に縁のある記号が用いられているんだ……」

霧子「火星の神様は……アレス……戦争と暴乱の神様だよ……」

にちか「なっ……そ、そんな物騒な……」

霧子「妹さんのアテナとは違って、アレスは血を見ることが好きで、自分の膂力に任せた戦いを好んだんだ……」

真乃「で、でもそんな神様のマークが……どうしてここに……?」

霧子「うーん……どうしてだろう……?」

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【青いファイル】

手榴弾がゴロゴロと並べられたラックの端に、おおよそ武器とは思えないものが置かれている。
手に取ってみると、分厚い装丁がなされた、クリップ式のファイルだと分かった。
試しにパラパラと数ページを捲ってみる。

『報告書
本計画の参加者15名の選出が完了した。選出に関しての条件は十代二十代の健康的に優良な女性であることとし、条件を満たす応募者の中から無作為に選出を行なった。参加が決定した15名の情報は次頁より付記するものとする』

やたら畏まった形式の文書から始まったかと思うと、次に出てきたのは履歴書のような紙の束。
顔写真と共に、名前や住所、血液型や体重、更にはこれまで来歴までもが事細かに記されている。

ただ、問題なのはそのいずれもが……私たちの情報であると言うこと。
このコロシアイに参加させられているメンバーの中から樋口さんを除いた15名の情報が事細かに記されていた。
当然私もそんな書類の作成をした覚えもないし、聴取をされたような覚えもない。『条件を満たす応募者』の『応募』にすら心当たりもない。
一方的にこちらのことを知られている感覚は、肌の上を虫が這い回るような嫌悪感を抱かせた。


『以上の15名を計画の参加者とする。』

これで終わりなら、まだ良かった。
私たちが何かを忘れてしまっていることはとっくに周知の事実だから。
ファイルに綴じられているのが私たちの個人情報だけなら、まだ不気味なこともあるものだで済ませられたのに。

『参加者は15名だが、その枠とは別に現場管理者が一名参加する。なお、参加者には現場管理者であることは伏せ、他の参加者同様に無作為に選出された者として扱う。現場管理者として参加するのは次の者』

『樋口円香』

「……!」

そこに写っている顔写真も、書いてあるプロフィールも。
何もかもが私たちの知る樋口円香その人、目の前で顔色を悪くしている彼女だった。

(現場管理者……? 私たちとは別枠……?)

書いてある言葉の意味がすぐには噛み砕けなかった。
要するには彼女はこのコロシアイにおいては私たちのように参加させられた身などではなく、むしろその逆。
彼女はこのコロシアイに参加者として混ざることで現場をコントロールすることを任じられている、と言うことだろう。


(い、いやいやそんなわけ……!?)

往生際の悪い目玉はそれでも、偽りであると言う証拠を必死に紙の上に探した。
この文面が偽造かもしれないと弱い心に縋って、視線を走らせて、そこにたどり着く。
長きにわたる報告書を締めくくる、末尾の署名と捺印。



『報告者 樋口■■』



「樋口……■■……」

そこに並んだ名前を、思わず口に出して読み上げてしまった。その苗字の一致を偶然で片付けてしまいたかった。
その名前を口にすることで霧散させたかったのかもしれない。

だけど、人間の反射的な反応は制御できるものなんかじゃない。
樋口さんは、明らかに……私が読んだ下の名前に反応を見せてしまった。びくんと肩を振るわせて、こっちの方を見ている。

「なんで……【私の父親の名前】を……?」

最早、決定的だった。

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灯織「……」

凛世「……」

部屋を一通り確認し終えた私たちの中に生まれた疑念は最早確信へと変わっていた。
樋口さんとモノクマたちの繋がりは最早確定的に明らか。
彼女の親族がこのコロシアイを主導する立場にあり、彼女もまた、そのコロシアイの中で私たちをコントロールするために参加している。
芹沢さんが内通者だと糾弾したその理由を知り、私たちは自分でも理由のわからない震えに襲われた。
これは怒りなのか悲しみなのか、樋口さんに向けている感情がわからなかった。

モノクマ「これで分かってもらえたかな? 樋口さんは紛れもないモノクマーズのお母さんなんだよ」

モノタロウ「お母ちゃん、これで認知してくれるよね!」

円香「……」

樋口さんは心ここに在らずと言った様子で、何の反応も返さずに部屋を後にしようとする。

透「ちょっと、待ってよ」

その柳の枝のような右手を、浅倉さんが掴んだ。


透「どこ行くの」

円香「……」

透「……一緒に行く」

円香「却下……着いてこないで」

透「いーや、強行します」

円香「着いてきちゃダメなんだって……!」

樋口さんはブンと腕を振って浅倉さんの手から脱すると、走り去ってしまった。

真乃「透ちゃんは、このこと知ってたの……?」

透「ううん。樋口が部屋に入るの拒んで、踏み込まん方がいいなってなってたから。今知り」

透「いや……今も、知らんけど」

(……浅倉さんは、樋口さんが内通者だって事実を認めたくないんだろう)

(これは、そういう口ぶりだよ……)


樹里「なあ、円香はこのコロシアイが始まってからずっとあんたらとつるんでたのか?」

モノファニー「やあねえ、そう見える?」

モノダム「キサマラノ見テイタ通リ、オ母チャンモキサマラト同ジ条件デ参加シテイタヨ」

モノクマ「でも、彼女は紛れもない。ボクらの味方だよ。これは天地神明に誓ったっていいさ」

モノクマはコロシアイの運営に関しては平等だ。
悪戯な嘘をついて掻き乱すような真似はしてこない。
それに、私たちが自分の目で見た証拠がそれを裏付けてしまっている。

あさひ「あはは、面白くなってきたっすね。わたしたちの中には黒幕だけじゃなくて、その仲間までいたなんて!」

あさひ「一体わたしたちにとっての仲間って……なんなんすかね?」

恋鐘「そ、それ以上混乱するようなこと言わんとって!」

凛世「……凛世たちは、所詮出会って一週間と少ししか経っていない間柄」

凛世「そこに抱いていた結束感など……まやかしだったのでしょうか……?」

真乃「り、凛世ちゃん……! そ、そんなことないよ……っ!」

甜花「う、うぅ……」


モノクマ「やれやれ、やたらと前向きなのもうざったいけどジメジメされるとそれはそれでうざったいもんだね」

モノクマ「しょうがない、ここらで一発空気を入れ替えるための起爆剤を投入してあげますか!」

灯織「き、起爆剤……?」

モノタロウ「あのね、キサマラは二度目の学級裁判を乗り越えたでしょ?」

モノタロウ「だからオイラたち、また頑張って【ご褒美】を用意したんだ!」

霧子「それって……新しいエリアの開放、ですか……?」

にちか「そういえば……1回目の裁判の後に三階まで行けるようになったんでしたっけ」

モノダム「ウン、ダカラ今回ハ更ニソノ先ニイケルヨウニナッタンダ」

透「ってことは……4階?」


モノファニー「それと中庭エリアにも才能研究教室をもう一個開放しておいたわ!」

モノファニー「浅倉さん、ちょうどキサマの才能研究教室よ!」

透「お、マジで?」

モノクマ「樋口さんのことで頭がしっちゃかめっちゃかになってるだろうけどさ。そこで浮かび上がってきた疑問に対する答えももしかすると4階で見つかるかもね」

灯織「……それって、また思い出しライトがあるってことですか?」

モノクマ「おっ、察しがいいねえ! 流石、主人公格なだけあるよ!」

灯織「は……?」

モノクマ「ま、さっさと行ってきなよ! 証拠は逃げないけど時間は有限だよ!」

モノクマに促されるまま行動するのは癪だけど、私たちは新エリアという餌に飛びついた。
今はそうでもしていなければ気が狂ってしまいそうだったから。
この学園に来てから積み重ねた信頼関係、その根底が揺るがされているという事実に目を向けたくなかったから。
もっと別に没入できるものを追い求めていたんだ。


2章が終わって間もないですが、さっそく3章を更新していきます。
本章においても、前章同様に(非)日常編および非日常編の安価行動はカットして学級裁判より安価進行を行う予定にしています。
夜の空いた時間にちょびちょび更新していきますので、また気が向いたときにでも覗いてやってください。

それではしばらくまたよろしくお願いします。


真乃「にちかちゃん、灯織ちゃん……今回も一緒に行動してもいいかな?」

灯織「うん……もちろん」

(今たしかに信じられるのは……この二人ぐらいなのかな)

にちか「……先にマップでどこを調べるべきか見ておこうか」

灯織「モノクマの言っていた通り……4階が新しく開放されたんだね。4階には【才能研究教室】が三つ、それとこれは……【空き部屋】が三つあるみたいだね」

にちか「それと、中庭エリアで【超研究生級の映画通】の才能研究教室も開放されてるんだったよね」

灯織「浅倉さんの才能研究教室か……わざわざ屋外に作るってどういうことなんだろう」

にちか「もしかして、本当の映画館だったりして?」

真乃「さて、どこから調べに行く?」

にちか「うーん……そうだな……」

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4階に足を踏み入れた瞬間、背筋を何か冷たいものが撫でた。
これはコロシアイの中で感じた身に差し迫る不安感とかとはまた違う……純粋な悪寒だ。
フロア全体の雰囲気がこれまでのどのエリアとも違った、もの寂しくそして不気味な空気で満たされている。

灯織「まるでお化け屋敷みたい……これ、本当に学校なんだよね……?」

にちか「ホント、モノクマたち何考えてるかわけわかんない……どういう意図の内装なの、これ」

真乃「私たちを怖がらせたいのかな……何か近づけたくない秘密があるのかも……!」

にちか「うーん……どうなんだろう」

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【超研究生級のストリーマーの才能研究教室】

4階の廊下の一番奥の突き当たり。
おどろおどろしい廊下の雰囲気とは不釣り合いな扉が私たちを待ち受けていた。
扉には血管のように緑色のネオンが走っていて、鼓動するように点灯している。

甜花「こ、これ……! 甜花の才能研究教室……!!」

にちか「あ、あー……みたいですね……」

(甜花さんはインドゾウかってぐらいに鼻息を荒くしている……)

灯織「ストリーマーの才能研究教室……ということは配信設備、撮影機材などが中にあるんでしょうか?」

甜花「うん……多分。でも、扉からしてゲーミングだから、多分ゲーム実況寄りだと思う……!」

真乃「ゲーム実況って……ゲームをプレイしながら、おしゃべりすることだよね……?」

甜花「うん、ちょっと前まではアングラなジャンルだったんだけど……今では市民権をしっかり獲得して……トップ層は、ドームでイベントまでやってる……!」

にちか「へー……あんまりそういうの見ないんで知りませんでした」


甜花「とにかく、中見てみよう……!」

と、意気揚々と扉に手をかけた甜花さんだけど。

甜花「あ、あれ……? 鍵、かかってる……?」

灯織「あっ、甜花さんどうやらこの扉……鍵がついてるみたいですよ。ドアノブの下あたりを見てください」

甜花「え……? あっ、ホントだ……でも、甜花……鍵、持ってない……」

にちか「え、この部屋は結局入れないってことです?」

【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「鍵をキサマに渡すのを忘れるのを忘れにオイラ参上!」

モノファニー「もう、そんなに忘れちゃうなんてモノタロウったらうっかりさんね〜」

灯織「で、出た……モノクマーズ!」

甜花「な、何しに来たの……?」


モノダム「キサマラガコノ部屋ニ入レズニ困ッテルミタイダカラ、鍵ヲ持ッテキタンダヨ」

モノタロウ「ほら、そこのストリーマー候補のキサマ! 手を出してみて!」

モノダム「コレガコノ部屋ノ鍵ダヨ。無クサナイヨウニ大事ニシテネ」

甜花「あ、ありがとう……」

甜花さんに手渡された鍵は一つきり。
鍵穴にはすんなりとはまって、回すとかちゃりと音を立てた。

にちか「これ、鍵としてはこの一つしかないの?」

モノファニー「そうよ! 配信において親フラは忌避すべきものだから、対親用セキュリティも万全にしてるのよ!」

モノタロウ「大崎さん以外の人が部屋に入りたい時は、隣の【インターホン】を鳴らして中にいる人に知らせるようにしてね!」

モノタロウ「この部屋には外の世界からの声も振動も何も届かないから、気持ちを込めてインターホンを押すんだよ!」

モノタロウ(聞こえますか……あなたの心の中に直接語り掛けています……)

モノタロウ「ってね!」

なるほど、モノタロウの言うとおり、カードキーの横には呼び出し用と書かれた赤いスイッチがついている。
これを押せば中にいる人に呼びかけることができる仕組みなんだろう。

モノダム「ソレジャアミンナデゲームヲ楽シンデネ」

【ばーいくま〜〜〜!!!】

灯織「それじゃあ早速入ってみますか?」

甜花「うん……! 中に何があるか、確かめないとね……!」

真乃「ふふ、甜花ちゃんの好きなゲームがあるといいね……っ!」

(調査のため、というよりは私欲のためっぽいな……)



マップ上で見ていても、4階の多くの面積を占めていた部屋だけど、入ってみて合点がいった。
とにかくゲームの配信となると設備が膨大なのだ。
ゲームのコンシューマーを並べるのだけでも一苦労なのに、モニターが複数個あったり、大きなサーバーを並べたり。
設備としては最新鋭のものを揃えているらしいことは、鼻息を荒くしている甜花さんを見て私でも理解できた。

甜花「す、すごい……! まるでテーマパークみたい……!」

灯織「……圧巻、ですね。あまりゲームは詳しくないんですが、こんなにも媒体に種類があったんですね」

甜花「えと、そうだね……家族向けの、親しみやすい……よくCMやってるカチッとハマるやつとかはこっちにあるみたいだけど……」

甜花「全然市場に出回らない白い長細いやつとか、4Kフレームでプレーできる黒いやつとか……据え置きのもいっぱいあるし……」

甜花「そ、それより……こ、これi9のゲーミングPC……! なんなら、自作もできるようにグラボもメモリもいっぱい置いてある……!」

甜花「配信者垂涎の、ワンダーランド……!」

にちか「よ、よく分かんないですけど……多分すごいんですよね……?」

すっかり目を奪われて自分だけの世界に浸ってしまった甜花さん。もはやこちらの言葉は届かないらしい。
私と灯織ちゃんと真乃ちゃんは、甜花さんの邪魔をしないように、部屋の探索を行った。



灯織「さっきのモノクマーズの話にもあったけど、この部屋の出入り口はカードキーでロックされてるこの扉一枚だけみたいだね」

真乃「オートロックなのかな……?」

灯織「試してみようか、私が一度出てみるから二人は見ててもらえる?」

灯織ちゃんが扉を出ると、すぐにガチャンと音を立てて、テッドボルトが伸びて施錠が行われた。
何度か灯織ちゃんがドアノブを引いたようだけど、扉は動かない。
真乃ちゃんの言っていたとおり、この部屋は出るとオートロックになっているらしい。
確認が終わると扉の鍵を内側から開け、灯織ちゃんを部屋に招き入れる。

灯織「この様子だと、この部屋に自由に出入りができるのは甜花さんだけになりそうだね……」

にちか「どうしても入りたい時はインターホンを鳴らして中の人に開けてもらうか」

真乃「甜花ちゃんと一緒に部屋に入るか、だね?」

灯織「うん……そうなると思う」

つまりは、簡単にこの部屋は密室にすることが可能と言うことだ。
密室という言葉が脳裏を過ぎるとなんとなく、嫌な気がするのは私だけだろうか。



部屋の中に並んでいる機材の多くはゲーム配信用のものらしく、私が見ていてもよく分からないものばかりなのだけど……

そんな中で、私でもわかるものがあった。
ゲーム機やPCとは少し違っていて、ガラスの扉が付けられて、中からものを取り出すことができる直方体の箱。
しかもその箱は私が見上げるぐらいには高さがある。

にちか「これ……【3Dプリンター】じゃない?」

真乃「ほわっ……3Dプリンターって、データを書き出して立体物をその場で作ってくれる機械のことだよね?」

にちか「うん……前にテレビで見たのにすごくよく似てる。建築資材とか、ああいうのにも今は使われてるんだって」

灯織「あっ、それ私も見たかも……今ってもう家自体を3Dプリンターで作ることも可能なんだってね」

にちか「すご……生で見たの初めてかも」

灯織「家庭用も出てるとはいえ、まだ結構な値段がするもんね……」

操作としてはそこまで難しいものではないらしい。
別で用意したデータを取り込むほか、その場でスキャンして同じ形のものを作り出すこともできるみたい。


灯織「……大丈夫かな」

真乃「灯織ちゃん? どうしたの?」

灯織「3Dプリンターといえば、ニュースで見た話題として気になることがもう一つあるんだよね。二人は見たことない?」

灯織「拳銃を印刷して犯罪に使った事件……」

にちか「……!」

私も軽く聞いたことくらいはある。
モデルガンを元にして、発射機構をいじり、実弾を撃てるようにしたとか。
勿論実際の拳銃と同じ機能を持ったものを作ったり所持したりなんて行為は違法。
普通じゃ考えられないけど、私たちが今置かれている状況はその普通からは程遠い。
法律なんか、なんの抑止力にもならない。

灯織「ちょうど樋口さんの才能研究教室で武器がいっぱい見つかったところでしょ? あれを元手に量産なんかされたら……」

にちか「さ、流石にそんなこと……」

灯織「ないとは言い切れないでしょ? 他の人たちも信頼できる人ばかりじゃないし」

(ひ、灯織ちゃん……)


灯織ちゃんの口調には、出会った直後の冷淡さが戻ってきてしまっていた。
他の人の信頼を向けることを恐れ、むき出しの敵意で自衛する。その敵意が私たちに向けられたものではないにせよ、もの寂しさを感じずにはいられない。
その様子に先ほどの樋口さんとのことが尾を引いているのは明らかだった。

灯織「あの、甜花さん……いいですか?」

甜花「ひゃうっ?! な、なに……?」

灯織「こちらにある3Dプリンターなのですが、監視をお任せしても良いでしょうか? その……これを使えば凶器を作成するのも可能になるので」

甜花「きょ、凶器……そっか、そうだよね……」

灯織「甘奈さんの事件を乗り越え、にちかの言葉に耳を貸してくれた今の甜花さんになら預けられると思ったんです」

(まあ、元々カードキーのこともあるし甜花さんに任せるしかないのはあるよね……)

甜花「う、うん……頑張る、ね……!」

芹沢さんに樋口さん、あの二人をここに近づけないようにした方がいいのは確かだろうな。



甜花「あ、あれ……? なんだろ、これ……」

にちか「甜花さん、どうかしましたか?」

部屋に入るなり、ゲーム機を持って何やらモニターに接続しようとして右往左往していた甜花さん。
急に私たちの前でその足を止めた。

甜花「えとね……ゲームをモニターに繋げるのに一般的なケーブルがこのHDMIケーブルっていうやつなんだけど……」

甜花「このゲーム機に接続されてるケーブルの口……見たことないやつなんだよね……」

思わずと私たちは顔を見合わせた。
この学園で得体の知れないケーブルと言われれば、思い当たるのはただ一つしかない。

にちか「て、甜花さん! そのケーブルちょっと借りてもいいですか!」

甜花「う、うん……いいよ……」

甜花さんからいただいたケーブル、その端子のところを見てみると【YMHM】の四文字が見えた。
間違いない、地下の隠し部屋のモノクマの修理に必要なケーブルのうちの一つだ。

にちか「ありがとうございます甜花さん……! このケーブル、お借りしても?」

甜花「うん、使い道もないしいいよ。あげる……」

真乃「ありがとうございます……! あの、お礼に必要なケーブル探すの手伝うよ……っ!」

甜花「え、あ、ありがとう……あ、でも大丈夫……ケーブル接続用のハブがあったから、これで事足りる……」

これで修理用のケーブルも二本目。
徐々に集まってきたな。

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【超研究生級の大和撫子の才能研究教室】

4階に上がってすぐ右手にある教室は杜野さんのための才能研究教室だ。
大和撫子、そんな漠然と抽象化された才能をどう表現するのかと思っていたけれど、いざ目にすると圧巻の一言だった。
無数の襖にショーケースの中の掛け軸、生花、鎧甲冑に雛人形……くどいまでの和風の押し付けに大和撫子という表現に納得する以外の選択肢は与えられない。

あさひ「なんだか物がいっぱいあって博物館みたいな雰囲気っすね!」

愛依「そー? うちはどっちかっていうと婆ちゃんちみたいな雰囲気感じるけどね」

(それは愛依さんのお婆さんの家が凄いってだけなんじゃ……)

凛世「あさひさんの言う通りでございます……ここに所蔵されているものは、歴史的にも価値のある逸品が多く……」

真乃「ほわ……そ、そうなんだね……凛世ちゃん、詳しいの?」

凛世「お姉さまから伝え聞いた程度の知識ですが……あの屏風は安土桃山時代を代表する画人である狩野永徳の一品……」

凛世「あちらの生花に使われている陶器は、人間国宝に名高い井上萬次先生の有馬焼にございます……」

灯織「え……? 流石にレプリカじゃないの……?」

凛世「……いえ、おそらくは本物だと思います。本物であることを証明する鑑定書が高尚な鑑定士様の実印付きで置いてありますので……」

にちか「そ、それヤバくない……? 何百万、何千万……下手したら何億とかの世界の話だったりしない……?」


あさひ「ふーん、この日本刀とかも本物なんすかね?」

ブンブンッ

愛依「ああああああさひちゃん?!?! ちょい、素手で触っちゃダメだって! べ、ベンショーとかなったら払えないでしょ?!」

凛世「あさひさん……その刀は妖刀と名高い村正です……! 早くお手を離した方がよろしいかと……!」

あさひ「妖刀? それってなんっ______」



チュワワワワ〜ン



あさひ「……」

愛依「あ、あさひちゃん……?! えっ、ちょ、マジ……?」

あさひ【我は伊勢国は桑名にてその呪力を研ぎ澄ませし妖刀村正なり……】

あさひ【天下に巣食う徳川の血を根絶やしにすべく……今この稚児の身を乗っとらせてもらった……】

あさひ【血をッ! 血をッ! 徳川の首をよこせッ!】

愛依「や、やばいやばいやばい……! あさひちゃんが村正に取り憑かれちゃった……!」

灯織「そ、そんな……村正は本物だった……伝説も本物だったなんて……!」

凛世「お二人とも落ち着いてくださいませ……凛世も除霊の心得程度はございます……見様見真似ではございますが……あさひさんのお身体は凛世が取り返します……!」

(……やれやれ)


にちか「ちょっと、揶揄うにしてもやり方を選んで。この人たち異常にピュアだから、本気にしちゃってるよ」

真乃「ほ、ほわっ……!? じょ、冗談だったの……?!」

あさひ「あはは、にちかちゃんよく分かったっすね」

灯織「え……?」

にちか「当たり前でしょ……刀鍛冶のスタンドじゃないんだから、そんな現代まで呪力が残る刀なんかないって」

愛依「よ、よかった〜! うち、マジであさひちゃんが村正に乗っ取られちゃったのかと思って……」

灯織「わ、私も信じちゃいました……あさひ、演技にしてもよく知ってたね。村正は伊勢国の伝説の刀だって」

あさひ「ああ、それはさっき知ったんっすよ。ほら、これ」

真乃「その本……随分と古いみたいだね。古文書……みたいなものなのかな?」

凛世「古今呪儒撰集、元禄の時代に佐野大伍郎によって修正された怪奇本の一つでございますね……」

凛世「江戸の世に伝わる古今東西の超常的な噂話から言い伝えまで広く集成した本です……」

にちか「ふーん……ここにその村正の話も載ってたんだ」

あさひ「そうっすね。ほら、ここのボールペンで印つけてるとこが村正のお話のとこっす」

灯織「あ、本当だ……『伊勢国桑名』って読める」

にちか「……ん? その本もまさか、本物だったりして……」

凛世「どうみても、本物……現物でございますね……」

愛依「あさひちゃん……それ、ボールペンつかって書き込んだん? マジで?」

あさひ「そうっすよ? ページめくったら分かりにくくなっちゃうじゃないっすか」

愛依「あさひちゃん……この学校出たら、自首しよう。うちも一緒に謝りに行くから……」

(……この子、この部屋に近づけない方がいいんじゃ)

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【空き部屋】

4階に上がって、左手に進むと三つの部屋が並んでいるのが目に入る。
非常に簡素な作りをしていて、部屋ごとに区別をつけるための看板も何もない。
扉自体も軋む音がするぐらいには年季が入ってしまっている。

樹里「なんだ? この部屋……まるで使い道がわかんねー……何にも無いし、薄気味悪いな……」

西城さんのいう通り、部屋に首を突っ込んでのぞいてみても家具や置物の類の一つもない。
照明すらもまともになく、壁に取り付けられた蝋燭だけがメラメラと風に揺れていた。他の二つの部屋も同じだ。

灯織「わざわざモノクマたちが何の用途もない部屋を作るとも思えないですし……何かに今後使う予定でもあるんでしょうか?」

にちか「にしても何もなさすぎじゃない? 暗すぎて本の一冊も読めない感じの部屋だし……」

真乃「地図にも何も書いてないよね……」

【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「このお部屋はコワーキングスペースだよ!」

にちか「こわ……何て?」

モノファニー「新しい生活様式に対応して、リモートワークのお仕事も増えたでしょ? そんな人たちのためにアタイたちもこの三部屋を仕事部屋として貸し出してるの!」

樹里「誰に貸し出すってんだよ……この学園にはアタシたち以外誰もいないだろ」


灯織「それって要は……使用用途のない部屋ってことなの?」

にちか「えー、結局そうなのー?」

モノタロウ「い、言えない……! 予算が足りなくて、リフォームが間に合わなかったなんて……オイラ言えない……!」

モノファニー「い、言えない……! あまりにも部屋がボロすぎて、床板や壁板を張り替えるだけでもお金がめちゃくちゃかかるなんてアタイ言えない……!」

モノダム「特ニ理由ハナインダケド、今コノ部屋ハ空イテルカラキサマラノ自由ニシテイイカラネ」

【ばーいくま〜〜〜!!!】

真乃「行っちゃった……結局この部屋は何もないんだね……」

樹里「はぁ……ンだよそれ……締まらねーな……」

ここに来て随分と急に投げやりになったものだ。
私たちを追い詰めることにあれだけ全力を賭していた相手なのに、何の仕込みもない部屋なんて拍子抜け。


いや……油断してもいいんだろうか。
モノクマたちなら、この無策っぷりにも何か裏があってもおかしくない。
とはいえ、その裏とやらは全く見えてこないんだけど。

樹里「ま、ここを見ててもしょうがねーってことだな。他のとこでも見てくることにするよ」

にちか「あ、はい……! また後で!」

灯織「……ちょっと、つらそうだったね」

にちか「え? 西城さんのこと……?」

真乃「うん……夏葉さんとは仲が良かったみたいだし、夏葉さん亡き今、リーダーの役割は樹里ちゃんがやってくれてる感じだから……」

灯織「塞ぎ込む時間もなく、色々と抱え込むことになって負担になってないかな……」

にちか「……二人ともすごいな、よく他の人のこと見てるんだね」

真乃「う、ううん……そんな、たいしたことないよ……!」

そんな大したことないこともまともにできていないのが私なんだよな、と少しだけ思った。

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【超研究生級の料理研究家の才能研究教室】

4階に上がってすぐ左手、折れ曲がった廊下の奥に私たちを出迎える扉がある。
他の雰囲気にそぐわない清潔感のあるクリーム色のスライドドア。
その扉をガラリと引けば、すぐに私たちに花を擽る甘く優しい香り。
思わず頬が緩んで、お腹がぐぅと鳴き始めてしまうような、そんな優しい空気が立ち込めていた。

恋鐘「真乃に灯織ににちか! 丁度よかタイミングに来てくれたとね!」

にちか「恋鐘さん……こ、ここは恋鐘さんの才能研究教室、です?」

霧子「うん……恋鐘ちゃんの……超研究生級の料理研究家の才能研究教室だよ……」

灯織「すごい……下の食堂にあった厨房よりも数段グレードの高い設備が揃ってますよ。これなんかパン用の焼き窯オーブンだし……」

恋鐘「その気になればピザも焼けるばい!」

多分、私の頭に浮かび上がるような料理はなんでも作ることができると思う。
食材も一通りのものは揃っているし、なんなら私の知らないような香辛料や調理器具まで揃っている。
料理研究家、なのだから新しいメニューの開発もこれで出来るということなのだろう。

真乃「す、すごい……! それより、恋鐘ちゃん。この美味しそうな匂いはなんなんですか?」

恋鐘「うんうん! こいだけの設備をもろうたけんね、早速霧子と一緒にクッキーの焼いとる!」

霧子「中にフルーツのジャムを練り込んで、優しい甘さにしてるんだ……せっかくだからみんなにも、どうぞ……」

にちか「え、本当ですか〜! やった〜! 恋鐘さんの料理マジでプロ顔負けって感じなので超期待しちゃいますよ!」

恋鐘「全然期待してくれてよかよ! うちん料理は世界一たい!」

私たちは月岡さんが自信満々に差し出したクッキーに舌鼓を打ちながら、部屋の探索を開始した。



キッチンスペースの隅、部屋の一角には大きな四角形の柱のようなものが鎮座している。
床から天井まで突き抜けていて、動かしたりできるようなものではないみたい。
扉もついているけれど、これはいったい……?

恋鐘「こいはダストシュートみたいやね! 料理の時に出た廃材なんかをまとめて投棄するためのスペースばい!」

灯織「なるほど、料理となるとどうしてもゴミが多く出るのでわざわざ捨てに行かないといけないのかと思っていましたけど……ここはゴミ捨て場に直結してるんですね」

扉を開いて覗き込んでみる。だいぶ遠くのほうに生ごみが山積しているのが見えた。
この扉から投入すれば、そのまま生ごみはそこまで落下していく寸法だ。

恋鐘「食堂の厨房とパイプを共有しとるみたいやけん、たぶん位置関係的にもこの教室は厨房の真上になっとるんよ」

にちか「あー……そうなんですね、料理はお任せしてたのであんまり知らなかったです……」

霧子「あんまりダストシュートの中のごみは処理されてないのかな……? 随分とたまってるみたいだけど……」

恋鐘「うん~、モノクマーズは微生物を使って分解する仕組みになっとるって言っとったけど実際どこまで効果があるんかはようわからんとよ」

霧子「そっか……それじゃああれは微生物さんたちのごちそうなんだね……」

にちか「あの、それより早く扉を閉じません? 匂いとかガスとかヤバ気なんですけど……」

灯織「あっ……そうだね、ごめん」



にちか「この部屋……ガスコンロもIHもあるんですね」

恋鐘「両方完備してくれてるのはほんに重宝するばい。やっぱりガスの方が瞬間的な火力も出るけん、料理の時には出番が多かよ」

恋鐘「でもIHは温度の加減がしやすくて、温度のキープがしやすかよ。併用できるに越したことはなか!」

灯織「分かります。お鍋で煮込む時なんかはガスコンロだと目を離せなくなりますし、一長一短ですよね」

霧子「ガスコンロを使う時にはガス漏れをしないように気をつけなくちゃ……」

真乃「ふふ、家庭科の授業でも習ったよね。この奥のバルブが元栓で、ちゃんと閉まってるか、緩んでないかの確認をしてから使うんだったっけ……」

恋鐘「ちなみにコンロはここ以外にも、カセットコンロもあるばい。そこの調理器具倉庫の中に、持ち運びのできるガスコンロがあったとよ」

にちか「おっ、それじゃあ鍋パーティも出来るんですね!」

恋鐘「そやろそやろ〜! 誰かん個室で集まって闇鍋パーティばい!」



灯織「すごい数の包丁ですね……」

真乃「それぞれ用途が違うんだね、刃の形や柄の長さ。研ぎ方も違うみたい」

恋鐘「こいは洋包丁、肉切り包丁ばい。正面から見るとVの形になっとって、お肉を押すようにして切るのに向いとるばい」

恋鐘「で、こいが和包丁。刺身を切り出す時とかに使う、板前包丁やけんね。押すよりも引く方が切れやすくなっとるばい」

恋鐘「先っぽが尖っとらん長方形のこいが菜包丁。最近はあんま見んとやけど、繊維を傷つけんとまっすぐ垂直に切れるから食感を損なわんばい!」

霧子「わ……! 詳しいんだね……!」

恋鐘「ふふーん、厨房に立ってもう何年になると思うばい?」

包丁の知識を披露して得意げになっている恋鐘さんの傍で、私は一人あの時のことを思い出していた。
包丁というのは私にとって、記憶を引き摺り出すトリガーになってしまっている。
あの時掴んだ柄の長さ、太さは掌の中で未だ息づいたまま情報のだし、この先一生その感触を忘れることもないだろうと思う。

(……)

真乃「にちかちゃん……もしかして、ルカさんのこと思い出してる?」

灯織「……」

にちか「あ、あはは……うん、やっぱりちょっとね」

真乃「そうだよね……でも、それを無理に乗り越えようとしなくていいんだからね。にちかちゃんにとってその記憶は決して障害になるものじゃないんだから」

首を静かに縦に振った。
真乃ちゃんの言う通りだ。この記憶が、今の私にとっては前に進む指針なんだよね。

にちか「ありがとう、真乃ちゃん」

真乃「うん……!」

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【中庭 超研究生級の映画通の才能研究教室】

さっきは冗談まじりに言っていたけれど、嘘から出た誠というべきか。

にちか「でっか……こ、これが才能研究教室……?」

真乃「どうみても、本物の映画館……だよね」

両手をいっぱいに開いても足りないくらいの敷地に、見上げるぐらい高い天井の真四角な建造物。
学校の一設備とは思えないほどの規模感に、思わず口をあんぐりと開けてしまう。

灯織「こんな設備……学級裁判前には全くみる影もなかったよね? エグイサルの工事のスピード、どうなってるの……?」

エグイサルが学校の敷地内を彷徨いているのは何度となく見てきたけど、確かのこの映画館が立ったのはかなり急な出来事のように思われる。
もっと普通なら、基盤を整えたり、足組を立てたりと必要な工程があるはずだ。
この映画館は、そんな工程をすっ飛ばして、突然に現れたような印象を受ける。

にちか「と、とりあえず中入ってみようか。映画ってのもどれくらいのものが見れるのか気になるし……」

真乃「う、うん……」



中も外観に違わず、立派な映画館だった。
全体に敷かれたふわふわのカーペットに、ポップコーンのキャラメルの香りが充満している。
入り口のチケット売り場には巨大なモニターが飾られ、現在公開中なんだろう映画の宣伝映像がループして流されている。

透「多分映画自体は、新しいものはなさそうだね」

にちか「浅倉さん……知ってる映画だったんですか?」

透「うん。割と有名なやつだから」

透「あれが、濃霧の中スーパーマーケットに籠城する映画で」

透「あっちはシングルマザーがどんどん視力を失うミュージカル映画」

透「これは養子に女の子を入れた時から家族に不幸が訪れる……やつだったはず」

にちか「……なんか、ラインナップに悪意がありませんか?」

透「どれも見終わった後気持ちいいもんじゃないね。風呂とか洗濯とか全部終わった後で見た方がいいよ」

灯織「そ、その心は?」

透「やる気を全部持っていかれるでしょう」

(う、鬱映画しかやってないのか……)

にちか「まあモノクマたちのことだからなんとなく予想はできてましたけどね……ここで映画を見る用事は無さそうですね」

真乃「そうだね……私もあんまり得意な映画じゃなさそうかな……」

灯織「映画は見ないにしても、とりあえず中の調査だけはしておこうか」



チケット売り場の脇にあるのは小規模な物販スペース。
パンフレットやらぬいぐるみやキーホルダーやらが所狭しと並べられている。

モノクマ「いらっしゃい! 当劇場限定グッズもあるから見ていってね!」

にちか「モノクマ……何してんの」

モノクマ「何ってお店屋さんごっこだよ。ほら、映画と言えば割高ポップコーンに割高パンフレットでしょ? やっぱりこれあってこそのテーマパークだと思うんですよ、ぼかぁね」

モノクマ「ほーら、暴利多売! 暴利多売! モノクマシネマ限定、モノクマパッケージのポップコーンケースもあるよ!」

私たちはモノクマの言葉にまるで耳を貸すことなく、商品をまじまじと眺めていった。
どれも役に立ちそうもない記念品といった顔ぶれだけど、その中でも一つだけ目を引くものがあった。

灯織「これは……【思い出しライト】じゃないかな」

灯織ちゃんがその手に持っていたのは、前に樋口さんの才能研究教室の近くで見つけたあのマンガみたいな造形をした懐中電灯だ。
あの光を浴びて、私たちはたくさんのことを思い出したんだっけ。


透「あー、そういやモノクマが今回も隠したって言ってたっけ。ここにあったんだ」

真乃「この前は思い出しライトで……私たちに通っていた学校が荒れちゃってたのを思い出したんだよね……?」

にちか「うん……全員違う学校に通っていたはずなのに、そのいずれもが学校崩壊状態だったんだ」

あの記憶は断片的なものだ。
荒れ果てた学校の中で追われていたという恐怖感は鮮明に思い出せても、なぜ追われていたのかと言った根本的な情報に欠けている。
記憶を呼び水にして、新しい謎を生んだだけの代物だったのである。

にちか「モノクマ、このライト……持っていくけどいいんだよね?」

モノクマ「毎度あり! 七草さん思い出しライトお買い上げー!」

にちか「ちょっと……これって学園の謎を解き明かす手がかりなんじゃないの? 商品とかとはまた違うでしょ……」

モノクマ「うぷぷぷ……まあそう焦んないで。今のオマエラが無一文なのはボクが一番よく知ってるからさ」

モノクマ「今回はその思い出しライト代の200万はツケにしといてやるよ」

にちか「に、にひゃく……!?」

モノクマ「この学園を出た時にはキッチリシッカリ徴収するから覚悟の準備をしておいてよね!」

(な、なんて理不尽な……)

にちか「灯織ちゃん……連帯保証人になってくれる?」

灯織「にちか、頑張って返済しよう。私もいい仕事を探すの協力するからね」

(やんわりと梯子を外された……)

ひとまず探索の大きな目標の一つは達成できたんだ。
探索が終わったら他の人たちを一度集めてこないとね。

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【食堂】

一通りの探索を終えた私たちは食堂に戻ってきていた。
集まった理由はただ一つ、私たちが浅倉さんの才能研究教室から持ち帰った思い出しライトのためだ。

霧子「今回もやっぱり、あったんだね……」

樹里「このライトの中にアタシたちの記憶が眠ってる……一度体験したこととは言え、まだ現実味がねーよな」

あさひ「今度は何が思い出せるんっすかね、ワクワクするっすー!」

灯織「……少しでも希望を抱けるものだと良いのですが」

愛依「ひぃふぅみぃ……えっと、これで全員?」

凛世「いえ……今、透さんが円香さんを呼びに向かわれております……」

(……!)

樹里「円香も、呼ぶのか……」

甜花「樋口さんは……内通者、なんでしょ……? だったら、わざわざ呼ぶ必要はない……よね……?」

にちか「いや……まだその可能性が高いという段階ですし……記憶の手がかりで、蔑ろにするっていうのも……」

灯織「というか樋口さん自身がここに来る気はあるんでしょうか……説明も何もなしに飛び出していったあたり、私たちと対話をするのもあまりしたくない様子でしたが」

樋口さんの黒幕とのつながりは、結局ちゃんとした回答は得られていない。
新エリアの調査でしばらく気を紛らわせていたものの、こうして全員が集うタイミングになると、
どうしても彼女に向ける信頼の仔細について考えを巡らせねばならなかった。


暫くして、浅倉さんが食堂の戸を開けた。
すぐ後ろには樋口さんが俯いて控えていた。

透「連れてきたよ。これでいい?」

円香「……」

私たちは顔を見合わせた。口元に皺がより、眉にも力がこもる。それぞれの緊張が手に取るようにわかる。

霧子「円香ちゃん……あのね、これからまた思い出しライトを使ってみようかと思うんだけど……いいかな……?」

円香「……好きになさってください」

あさひ「よーし、それじゃあ早速使ってみるっすよ!」

樋口さんの諦めまじりの合意を受け取るとすぐに芹沢さんがライトを手にとって私たちの前に出た。

甜花「ちょ、ちょっと待って……まだ心の準備が……」

あさひ「スイッチ……オン!」

迷いなく芹沢さんがスイッチを押すと、
ライトからは眩い光が真っ直ぐに私たちへと照射され、その光は網膜を通り抜けて、視神経を一瞬にして走り抜けていき、脳幹を揺さぶって



_____世界を蕩けさせた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

その日の夕方、私は制服から着替えて間もなく、テレビの前でゴロンと横になっていた。
クッションを枕みたいにして、あてもなくネットの海を指先で航海しながら、欠伸をする。
時計の針は18時を指そうかという頃だったと思う。

「にちか〜、郵便見てきてくれる〜?」

台所の方から、お姉ちゃんの声が聞こえてきた。
今日は珍しくパートが早上がりだった。これ幸いとばかりに私は当番を姉に押し付けたのだ。

「えー、今忙しいんですけどー?」

特に理由なく姉のお願いを断る。
一度横になると、立ち上がるのにはかなりの力と覚悟が必要だ。
今はその出力が億劫で、適当な返事をする。

「寝っ転がってスマホいじりながら言われても説得力ない〜。今お姉ちゃんキッチン離れられないんだからちょっと見てきてよ。夕方の分来たっぽいから」
「ちぇー、めんどっちいなぁ」

何回断ってもダメなやつだと理解した私は観念して立ち上がる。
疲れた体にのしかかる重力を感じながら、ヨタヨタと玄関口へと向かった。
アパートの野晒しになった階段を音を立てて下る。集合住宅のポストは離れにあるのがわずらしいなとつくづく思う。
あんまりラフな格好で出ればご近所のおばさんの目につくから、最低限の身だしなみぐらいはしていかなくちゃいけない。


「どうせ郵便が来てるっていってもガス代ぐらいのもんでしょ……? それか通販の使いもしないチラシ……」

ぶつくさ小言を言いながら、自分たちの部屋番号のポストを開けた。
予想通り、大した数の郵便物は溜まっていない。
細長い公共料金の支払い伝票に、ギトギトとした色使いのチラシ……それと、見慣れないきっちりとした折り目の封筒。

「……え?」

思わずその封筒を手に取った。
生憎封筒を送られるような用事にも、送ってくるような相手にも差し当たっての心当たりはない。
配達員が入れる先を間違えたのかな、そう思ってペラっとめくって裏側を見た。


そこにあった文字を見た瞬間、私の世界は止まった。


息をすることも瞬きすることも忘れて、心臓の鼓動も止まったかもしれない。
でもその直後、さっきまでの数十倍の速度で脈が打った。
それはこれまでの人生で感じたことのないほどの高揚だった。

「ちょっ、ちょっとこれ……マジのやつ?! ガ、ガチのやつ?!」

私は階段を駆け上がって、乱暴に部屋の扉を開けた。
怒鳴り散らかすぐらいの勢いで姉を呼ぶ。


「お、お姉ちゃん! やばい! やっっばいのが入ってた!」

すぐに姉がため息混じりに玄関へとやってきた。

「何〜? キッチンからお姉ちゃん離れられないって言ったよね〜?」
「そ、それはごめん! だけどこれ……見て! 見てよ!」
「え〜?」

状況を理解せずに、不服装にしている姉に私は封筒を突きつけた。鬱陶しそうに眉を吊り上げていた姉は、みるみるうちにその表情を変えていく。
頬には熱が上って桃色混じりになり、口元はその形を震わせながら変えていく。

「……え、こ、これ……本物?」
「本物だって! ほら、発送元も、ここにシリアルナンバーも刻印されてるし……」

私もお姉ちゃんも、まさに夢見心地だったんだ。



「私、選ばれたんだよ! 【イキガミ】が届いたんだよ!」




私が歓喜の両手を掲げると、お姉ちゃんは無防備になった私の両脇にがしりとしがみついた。
ギュッと強く、じんわりと抱きしめてきたのだ。

「えっ、ちょっ、お姉ちゃん?!」

姉との数年ぶりの抱擁に思わず戸惑う私。
気恥ずかしさからひっぺがそうとしたものの、すぐにその手は宙で止まった。
私の眼前でお姉ちゃんは同じ言葉をなん度も繰り返しながら、涙を流していたから。

「よかった……よかった……本当に良かった……にちか、あなたが選ばれて、本当に良かった……」

振り上げた手は行き場を見失ったので、お姉ちゃんの丸い頭に沿わせることにした。
何度かその縁をなぞるようにすると、お姉ちゃんはその度にずずっとしゃくりあげるようにした。

「にちか……良かったね、本当に……良かったね」

姉の体温を感じながら、体に満ち満ちていく幸福感を感じながら、時計の針がたてる音に、私は耳を傾け続けていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(……な、なに……今の、記憶は!?)

蕩けていた世界が段々とその形を取り戻していき、私はその場に片膝をついた。
前回の思い出しカメラで私たちが思い出したのは、むせかえるほどの不安感。
私たちの日常は、すでに思い描いたものではなく、追い込まれていた状況にあった……という記憶。

灯織「そうだ……私は、お母さんお父さんと一緒に喜びあってたんだ……」

愛依「家族みんな喜んでくれてさ、すごいはしゃいじゃって……パーティなんかもやっちゃおうかってぐらいで……」

霧子「みんな、いっしょになって笑い合ってたんだよね……」

だのに、今回はどうだ。
その真反対ともいうべき、幸せに満ちた記憶。
家族とその愛を分かち合い、喜びを共有し合った輝かしい記憶。
世界の揺らぎが治った今もなお、胸に手を当てるとじんわりと温かい何かが伝播してくるようだった。


にちか「でも……なんでこんな記憶を呼び覚ますの? モノクマは私たちに希望を抱かせるような真似を、なんで……?」

そのことが却って気味が悪い。
モノクマの策略はいずれも私たちを追い込むためにあるもののはずだ。
こんな柔らかく温かい感触なんて、その対極にある。
得体の知れない手がかりをつかまされたことに対する不可解な情緒に、乱される。

真乃「確かに……モノクマの意図が読めないね……今私たちがこんなにも希望に満ちた記憶を思い出して、どうなるのかな」

あさひ「多分、この前の動機ビデオとの相乗効果を狙ってるんじゃないっすかね」

恋鐘「動機ビデオって……あ、あん自分以外の誰かの家族が襲われとった!?」

あさひ「ほら、今わたしたちが思い出したのって他でもないその家族との記憶じゃないっすか。家族との楽しい記憶を呼び覚ますことで、外に戻りたいって気持ちをより高めることを狙ったんっすよ!」

なるほど、確かに言えてるかも知れない。
あの動機ビデオと今回思い出した記憶、時系列はおそらくビデオのほうが後になるだろう。
今私たちが思い出した家族の愛情は、もろく崩れ去っているかも知れない。
そう思うと、不安が湧き上がってくるような気もする。



甜花「そっか……今思い出した記憶のあとで……甜花のパパも、ママも……」

樹里「……チクショウ、趣味が悪いやり方をしやがって」

(……)

……でも、本当にそんなことが狙いなんだろうか。
だとしたら、動機ビデオははなから本人に渡したほうが効果的だろうし、家族との楽しい思い出ならもっと別な記憶だってあるはずだ。
わざわざこのシーンを切り取って思い出させたことの意味が何か別にあるような気もする。
とはいえ、それが具体的にわからない以上は言語化も及ばないところ。
私はどこか引っ掛かるところを感じながらも口を噤んだ。




凛世「すみません……この中に【イキガミ】について心当たりのあられる方はいらっしゃいますか……?」

透「【イキガミ】……そういえば私も今思い出した中で見たかも、それ」

にちか「……! 私もです! なんか郵便ポストの中に入ってた封筒のことをその【イキガミ】って呼んでて、それが届いてたことを喜んでた記憶だったんですよね」

恋鐘「そんイキガミが届くことがとにかくラッキーなこと……だった気はするとやけど……」

恋鐘「イキガミがどんな物だったのかをまるで覚えとらんばい……」

どうやら私たち全員がそうだったらしい。
今思い出した記憶は、イキガミが届いたことを家族で喜び合う記憶。
しかし、そのイキガミがどういうものなのかをまるで誰も覚えていない。
イキガミに関する記憶だけがまるですっぽりと抜け落ちてしまっているような、不自然な空白があった。

あさひ「なんか、わたしはイキガミが届いたことを【選ばれた】って言ってたっす。必ずしも全員が手に入る物じゃなかったってことなんっすかね?」

愛依「チューセンのプレゼント商品的な?」

樹里「にしては畏まった文書って感じの見た目の封筒だったけどな……」

どれだけ考えてもイキガミのことはまるで思い出せず。
新たに取り戻した記憶は、また別の記憶への疑問を呼び起こすのに留まった。

透「……ん?」



……のであれば、よかったのだけど。


透「樋口、どした? なんか様子、変だけど」

円香「……違う」

凛世「違う、とは……何が、でしょう……?」

円香「私が思い出した記憶は……他のみんなとは違う」

(……!!)

思えば、思い出しライトを照射されてから樋口さんの様子はおかしかった。
いつも以上に口数は減り、他の人の話している内容に怪訝そうな視線を向けたかと思うと、今度は自分の両肘を持って肩を振るわせたり。
自分自身の記憶に怯えているようなそぶりに見えた。

樹里「おい……円香、説明してくれるよな?」

円香「……皆さんはイキガミをポスト、郵便受けで手に入れたんですよね?」

にちか「は、はい……夕方の配達が終わった頃だから取ってこいってお姉ちゃんに言われて……」

恋鐘「うちは朝の仕込みのついでにポストを覗いた時たい!」

円香「……私がそのイキガミを貰ったのは、父からなんです」

(……!?)

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

私が住むのはごく普通の一軒家。
書斎という名前が与えられてはいるものの、父の部屋として以上の機能はそこにはなく、扉も他の部屋と変わらないごく普通の一室だ。
パイル材の扉を手の甲で三度ノックすると、父から返事があった。すぐにノブを引いて、その中に一歩踏み込んだ。

『……何? 用事って。わざわざ呼び出すなんて珍しいよね』

父は珍しく机の上のパソコンの電源も落として、半身をこちらに向けた状態で出迎えた。
机の上では淹れたばかりのコーヒーが湯気を放つ。

『ああ、ごめんな。お前と面と向かって話がしたくてな』

『……』

話をすると言われても、腰を下ろすところもない。
私は腕を組んで、露骨に鬱陶しそうな表情を浮かべた。
用件は手短に、という意思表明だ。

『うん、早速なんだが……本題だ』

父はデスクの下に引っ掛けてあったビジネスバッグを膝の上に乗せた。
慎重な手つきでチャックを開けると、そこから一通の封筒を取り出した。


『イキガミだ……これをお前に』

『……は?』

耳を疑った。
イキガミなんてものは望んだところでそう易々と手に入るものでもない。
厳正な管理のもとに配布されているもので、その一つ一つにシリアルナンバーも振られているため偽造もできない。
冗談の題材にするのも不向きな存在だ。

『いや、意味わかんないんだけど。イキガミがこんなところにあるわけないじゃん……』

『いや、これは正真正銘のイキガミだよ』

『……』

手に取った封筒を何度も裏返したり照明の光に当てたりしてみる。
それで本物か否かが分かるわけでもないが、すぐに呑み込めないのだから仕方ない。

『お父さんが何の仕事をしているのか、あんまり話したことはなかったな』



『お父さんはこの封筒、イキガミを作る仕事をしているんだ。イキガミの配送先を厳正に選んで、プロジェクトを進めるための機関で働かせてもらっている』



『だから、俺がイキガミを作ろうと思えばいつでも作れるんだよ』

『……』

絶句した。父は自分が何を言っているのか理解しているのだろうか。
こんなの職権濫用以外の何物でもない。
公に知れれば俗世間一億の人たちからは一億の敵意を向けられること間違いなしの行い、父は悠々と語る。
あまりの現実味のなさに狼狽え、頽れてしまいそうだった。

『……お前はきっと、こんな形でイキガミを受け取ることはよしとしないだろう。それは俺も思っていたさ』

『でもな……俺の気持ちも理解して欲しいんだ。俺がイキガミを知りもしない連中に送りつける中で、もしこれを自分の娘に渡すことができたのならって……ずっとずっと思っていたんだ』

『だとしても……これを受け取れば、お父さんは……お父さんは……!』

『いいんだ』

『……!?』


『親っていうのはそういう生きものなんだよ。自分たちの子供たちのためなら、法律を犯すことにも何の躊躇もない。必要なら人だって殺せる』

『今の俺にとって、円香のためにすべきことはこれしかない。これが俺のできる全てなんだよ』

『だからどうか……受け取って欲しい』

私は心底父を軽蔑していた。
私はよっぽど理性的な人間であるという自負をしていた。
愛だとかなんとか、そんな不明瞭で漠然とした概念に動かされる人間は浅いと感じていた。
今自分に突きつけられているこの封筒も、ビリビリに破り捨ててやろうと思ったぐらいだ。
奥歯で苦虫を噛み潰して、歯軋り三寸目。
父の言葉が、私の心臓に楔を打った。



『今回のイキガミは……お隣さんにも発送される予定だ』



『……卑怯者』

私は父を殺意を込めて睨みつけると、その封筒を乱暴に奪い取った。
そのまま言葉も交わさずに、部屋を後にする。

父のあの一言のせいで、私の手には力がこもらなくなってしまった。
この紙切れ一つを破るほどの力もなく、ただ無気力に垂れ下がった手は、指で封筒を挟み込むだけ。
土砂降りにあった後のような、暗く沈んだやるせない感情のままに、私大きな溜息をついた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


円香「……私は、イキガミを父から直接に受け取ったんです。他の方々のように、配送されてきたわけじゃない」

灯織「ちょ、ちょっと待ってください……樋口さんのお父さんが……イキガミの発送元……?」

霧子「イキガミの発行元の機関の、職員さんだったんだね……」

あさひ「待って欲しいっす。円香ちゃんのお父さんの名前、さっきわたしたちは見たはずっすよね」

あさひ「このコロシアイに参加しているメンバー、それを招集したのは円香ちゃんのお父さんだったはずっす」

あさひ「円香ちゃんのお父さんがわたしたちを選定していた……それって、このイキガミの話と関係あるんじゃないっすか?」

(……!)

愛依「え、ぐ、グーゼンじゃない……?」

凛世「いえ……ただの偶然と見過ごすわけにはいきません……なぜなら、イキガミの話でもあのファイルと同様に円香さんは【特別扱い】をされております……」

真乃「青いファイルでは円香ちゃんは【現場管理者】として特別な役割を与えられて、別枠で計画に参加するように記述がありました」

透「樋口にその自覚はないみたいだけどね」

真乃「今円香ちゃん自身が話してくれた記憶でも……円香ちゃんはイキガミをお父さんのコネで手に入れたみたいでしたよね……?」

樹里「点と点が線で繋がった……みてーだな」



灯織「イキガミというのはこのコロシアイへの参加権。樋口さんのお父さんはその運営を行う立場にあり、樋口さんは現場でそれを統括する立場にある……ということでしょうか」



円香「違う……私はそんなこと、知らない」


愛依「……でも、それって変じゃね? うちら、あのイキガミを受け取った時喜んでなかった?」

にちか「はい! なんか柄でもなくお姉ちゃんは私のこと抱きしめるまでして……並みならぬ喜びようだったと思うんですけど、コロシアイの参加権だったらあんな反応するんですかね?」

あさひ「表向きと実情で乖離があったんじゃないっすか?」

真乃「ほわっ……それってどういう意味……?」

あさひ「イキガミの中身が分からないから断言はできないっすけど、あのイキガミで呼び寄せた人間を嵌めるのが狙いだった可能性はあるっす」

凛世「撒き餌、ということでございましょうか……?」

恋鐘「そ、そいをやったんが円香のお父さん……?」

樋口さんは私たちに猜疑の目を向けられる中で口をぱくぱくと動かした。
否定をしたいのに、その言葉が出てこないようだ。

透「待ちなって」

愛依「透ちゃん……?」

透「……正直樋口の周りの事情は、実際どうなんかわかんないけどさ。少なくとも、今の樋口はそのことを覚えてはなかったんだよ」

透「そんな冷たい目向けんのは、なんか違うじゃん」

あさひ「それもどこまで本当なんっすかね」

円香「……」


あさひ「円香ちゃんの才能研究教室にあったモノクマーズの仕様書に、円香ちゃんにあてがわれている現場管理者という役職」

あさひ「それに何よりモノクマ自身が仲間だって証言している」

あさひ「そんな人間が、記憶を奪われているなんてバカな話があるとは思えないっすよ」

あさひ「円香ちゃんは全部知ってたんじゃないっすか? 全部全部知った上で、それを隠していたんじゃないっすか?」

円香「違う……違うから」

樋口さんの振る舞いに嘘は感じられない。
当惑の素振りにも真に迫るものを感じさせる。
だけど、それと信用に直結するかと言われるとそうはいかない。
目の前に続々と現れた情報の数々が、呼水のように私たちに不信を湧き上がらせている。
芹沢さんじゃないけれど、私たちも彼女のことを『仲間』だとは胸を張っては言えない状況になっていた。


「……」


そしてバツの悪い沈黙が食堂を満たした。
学級裁判を乗り越えた直後、新しい一歩を踏み出そうかというタイミングなのに、その出鼻を挫かれた形になってしまった。


樹里「ああもう……チクショウ、なんか疲れちまった……なあ、とりあえずのところは今日はもう解散しねーか……?」

暫くして、西城さんがため息混じりにそう言って静寂を破った。
その表情は、彼女らしくなく沈痛だ。

真乃「そうだね……学級裁判をやった直後に、色んなことが起きすぎて……なんだかクタクタかも……」

あさひ「円香ちゃんのことはどうするっすか?」

樹里「どうするもこうするもねーよ……とりあえずは様子見だろ……」

(だいぶ西城さんは参っちゃってるな……そりゃそうだよね。有栖川さんのことも引きずってるだろうし、さらに樋口さんの信用を問われて……)

(私だって、相当にキてるんだもん)

私たちは西城さんの提案に同意して、椅子から立ち上がる。
その足取りはバラバラなままに、食堂を後にした。


円香「……どうやらお邪魔なようですし、先に失礼しますね」

透「あ、ちょい。私も行く」

スタスタ

甜花「甜花……教室からゲーム持って帰ってから、部屋に戻ろ……」

スタスタ

あさひ「ふわ〜あ、なんだか疲れたっすね。今日は早いとこ寝るっすよ」

愛依「あさひちゃん、部屋まで送ってくよ!?」

スタスタ

真乃「……私たちも、帰ろっか」

灯織「そうだね……にちかも、そうするでしょ?」

にちか「う、うん……」

------------------------------------------------
【寄宿舎前】

食堂を出ると空にはすでに星が登っていた。
思えば今日という1日はあまりにも多くことが起きすぎた。
本来なら、体育祭で汗を流して、笑顔を向け合っていたはずなのに。
そんな活気はもはや見る影もない。

灯織「どうなっちゃうのかな……私たち」

真乃「灯織ちゃん……?」

灯織「めぐるに夏葉さんを喪ったばかりなのに、その死を悼む時間もないままに今度は樋口さんのことを疑って……精神がどんどんすり減っていく実感があるんだ」

灯織「今はただに、明日が来ることが怖い……」

(……)

灯織ちゃんの震える声を支えてあげられるような何かを口に出してあげたかった。
だけど、何も出てこない。私たちはただ、それを否定するでも同調するでもなく、無言で石を蹴る。


灯織「めぐるは言ってたよね、信じるってことはその人と一緒に歩んでいきたい気持ちの現れだって」

灯織「……真乃とにちか、二人のことは今でも胸を張って信じられるよ。でも、他の人たちのことは……分からない」

灯織「信じていた相手だって、知らないだけで私の見ていない面に何か抱えているものがあるかもしれないんだって思うと……」

灯織「……ごめん、こんなこと言うべきじゃなかったよね」

真乃「う、ううん……気にしないで」

にちか「ホントだよ、そんなこと言わないで」

灯織「……!」

自分の口からは思いの外刺々しい言葉が溢れていた。
ちくり、と灯織ちゃんの瑞々しい肌を突き刺す感覚に思わず自分で口を覆った。

でも、堰き止められない。
穴が空いた袋からは中身がなくなるまでこぼれ続けるように、一度衝動的に口からこぼれたものは出し尽くすまで止まらないものだ。


にちか「なんでそんなこと言っちゃうの。私たちだけはそんなこと絶対に、言っちゃダメでしょ」

にちか「今灯織ちゃんが口にしてるのはめぐるちゃんが託したものを、荷が重いって諦めるようなものだよ」

(あれ、なんでこんなこと言ってるんだっけ)

火照る体と対照的に冷めきっている自分がいた。
そんな冷笑気味の自我はマシンガンのように攻め立てている自分のことを客観的に分析しようとしている。

にちか「めぐるちゃんの一番近くにいたのに、誰かを信じるのが怖いなんて言っちゃダメじゃん! 他の人のことがわからないのなら、わかろうとする努力をしなきゃ!」

沸騰する体が、視界を陽炎に揺らす。
目の前の灯織ちゃんの輪郭が揺れて、ぶれて、やがて一つの形をとらえた。

(ああ、そっか……)

丸い頭に、ちんちくりんの体。
不格好に狼狽して、自分勝手な理由で喚き散らしている。

(灯織ちゃんは、私自身なんだ。私自身が、それが出来ていない自覚があるからこんなにも……)


(苛ついてるんだ)


灯織ちゃんを写し鏡にして、私は私自身のことを見ていた。


にちか「見えない真実があるんだったらそれを知ろうと全力で向き合わなきゃ! 誰かに流されて信じたり、信じなかったりするのって無責任なんじゃないの!?」

それが分かった瞬間に、ザクザクと胸が抉られる音がした。
灯織ちゃんに向けていたはずの刃が全て自分へと帰ってきて、そこから溢れてきた液体が俄かに熱を冷ます。

にちか「……あ、ごめん! わ、私何言っちゃってるんだろ……! 灯織ちゃんのことを裏切った前科もあるような人間なのに……こんなのいう資格なさすぎだよね……」

私は慌てて自分の非礼を詫びた。
自傷行為の当て馬に相手を使った図々しさと醜さに自己嫌悪が溢れ出す。

灯織「ううん、大丈夫……にちかの気持ちは伝わった。だから、これ……使って?」

にちか「え……? ハンカチ……?」

灯織「すごい顔してるから、にちか」

そんな相手にも掬い上げるための道具を貸してくれるなんて、本当にできた友人だと思う。
私は青いハンカチを目頭に当てがい、何度もありがとうと口にした。


真乃「なんだかにちかちゃんのおかげで目が覚めたかも……そうだよね、信じるために相手を知ろうとすることが大事なんだよね」

真乃「円香ちゃんが私たちにとって、どんな存在なのか……それに悩んでいるのなら、答えが出るまで真実を追求するしかないよね」

灯織「そうだね……学級裁判のこともあってなんだか疲弊して視野が狭くなってたかも」

にちか「うぅ……ほんと、説教垂れてごめんなさい……自分でもうっざいこと言ったなって思ってるんで……」

真乃「そんなことないよ……っ! にちかちゃんのおかげで大切なことに気づけたから……!」

にちか「うぅ……気遣いが身に染みる……」

灯織「とりあえずは部屋に戻ろう。明日もあるしね」

真乃「そうだね、明日もある……そうだよね!」

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【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノタロウ『才囚学園放送部からお知らせします! 午後10時になったよ! 夜時間だよ!』

モノファニー『今から朝の放送までは食堂と体育館の扉は施錠されるからキサマラは注意するのよ』

モノダム『ミンナ、ユックリ体ヲ休メテ明日ニ備エテネ』

モノタロウ『……うわーい! かつてないほどスムーズに放送できたよ!』

モノファニー『本当ね! いつも邪魔ばっかりしてた二人が死んじゃったから伝えるべきことがすんなりと伝えることができたわ!』

モノダム『二人ガ一生懸命練習シタ成果ダヨ』

モノタロウ『兄弟が減っちゃって始めはどうなることかと思ったけど、なんとかなりそうだね!』

モノダム『仲良ク協力ヲスレバ不可能ナコトナンデナインダヨ』

プツン

(なにあれ……一応兄弟って設定なんでしょ……?)

(なんでそのお別れにあんな風に淡白になれるわけ……?)

真乃ちゃんと灯織ちゃんに気づかれながら部屋まで辿り着き、私たちは別れた。
部屋を開けて部屋に入った瞬間に全身を襲った疲労感。朝からずっと気を張りっぱなしで、肩も張っていた。安堵するような余裕もなかったけど、今はただ今日が終わったことを受け止めて、眠りたい衝動に駆られていた。

「はぁ……マジで、疲れた……」

私は部屋の消灯をすることも忘れたままに、ベッドにそのまま倒れ込む。
モノクマーズが日中に取り替えているのか、シーツは新鮮な太陽の香りがした。
鼻いっぱいにその香りを吸い込みながら、私はゆっくりと瞳を閉じていったのだった……


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【School Days 12】

【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノタロウ『嬉しいな! 嬉しいな! オイラ、やっとお母ちゃんに会えたんだよ!』

モノファニー『もう……モノタロウったら昨日の夜からずっとこの調子なのよ』

モノダム『オ父チャンハオ母チャンカラノ手紙モ握リ潰シテ、オラタチニ見セテクレナカッタカラネ。オラタチハ愛ニ飢エテルンダ』

モノタロウ『お母ちゃん! 見てる!? オイラたち、今日もお母ちゃんのために頑張ってるよ!』

モノファニー『お母ちゃん、アタイも頑張るからお母ちゃんも頑張ってね! 疎外感に負けないで!』

モノダム『オラタチハオ母チャンノ味方ダヨ』

プツン

(……完全に放送を私物化してるけどいいの? これ)

(というかやたらお母ちゃんを強調してたのは……多分私たちに疑心暗鬼を振り撒くためなんだろうな)

モノクマーズたちの放送から滲み出る悪意に厭悪を感じながら、私は大きく伸びをした。
樋口さんへの不信はなおも私の中にもある。
自分の目で確認した事実、そこから目を出したこの感情に否定はできない。
でも、真実を見極めてから信じるか否かの最終決定は下そうと決めたから。
私はここから逃げ出すような真似はしないんだ。

朝の支度をそそくさと済ませると、私は足早に食堂へと向かった。

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【食堂】

食堂に足を踏み入れると、いつもよりも集まっている人の数がまばらだった。
昨日の疲れが尾を引いている……それだけのことじゃないのは明らかだった。
でも、欠席が目立つことよりも、私たちの関心は【別のところ】に惹きつけられる。

時間が止まったかのように、その場所だけが違った雰囲気を放っていたから。
昨日の猜疑と対照的とすら思える柔和な雰囲気に、思わずたじろいだ。



霧子「ゆっくり息を吸って……吐きましょう……」

灯織「スー……ハー……」




霧子「どうかな……? 全身に、命が行き渡るのを感じる……?」

灯織「はい……指先から活力が蘇るようで……」

霧子「うん……人の細胞は、三ヶ月ごとに完全に入れ替わって……血液は120日で入れ替わるから……その度に、私たちは生まれ変わるので……」

霧子「定期的に命を行き届かせる時間を作ってあげてほしいな……それが、灯織ちゃんが灯織ちゃんなことの理由になって、目的にもなるから……」

(な、何をしてるの……二人は……?)

にちか「ちょ、ちょっとどうしたんですか? 急にそんな……」

灯織「あ、おはよう、にちか。昨日はありがとう。にちかのおかげで私、また一歩を踏み出すことができたよ」

霧子「ふふ……灯織ちゃん、昨日とは見違えちゃって驚いたんだ……本当のことを見失わないように、真実から目を背けないって心に決めたようだから……」

にちか「あ、はい……まあ、それっぽいことを昨日私が言いましたけど、それがどうしてこんなお気楽深呼吸タイムに……?」

灯織「今朝霧子さんと少しお話したんだ。樋口さんを信じるために、相手を知るのにはどうすればいいのか」

霧子「その人のことを知るには、自分の中にいるその人のことを知らなくちゃ……」

にちか「はぁ……?」


霧子「人と人が交差することで、細胞が、体がその人のことを憶えるの……自分の持っている記憶に訊いてみるのが大切だよ……」

にちか「……???」

霧子「自分の心臓の鼓動が、張り巡らせる血液が、眠っていた記憶を呼び覚ましてくれるんだよ……」

そう言うと、霧子さんは私の方に一歩踏み出して、私の両耳を自分の手で塞いだ。
静寂の中で、自分の心臓の鼓動と霧子さんの脈拍だけがやけに響く。



霧子「トクン、トクン……って脈打つ心臓に、聞いてみて……自分が本当に何をしたいと思っているのか、本当は何が怖いのか……」

にちか「……っ! け、結構です!」



バッ

そのことが私にとっては何か不気味な感触に思えて、思わず霧子さんの手を払ってしまった。
音に身を浸していると体の底が湧き上がり、のぼせていくように感じられて、自分自身を見失ってしまいそうに思えたからだ。


灯織「にちか……はじめは自分自身と向き合うのは怖いと思うけど、大丈夫だよ。誰かを信じたいと思う気持ち、誰かと一緒に歩みたいと言う気持ちのルーツを知るだけだから」

灯織ちゃんはどこかポーッとしていて、言葉尻が妙にふわふわしている。
踵が浮いたかのように、天に登っていきそうな表情だ。

にちか「ちょ、ちょっとどうしちゃったの灯織ちゃん……? 昨日は全然、そんな感じじゃなかったじゃん?」

灯織「うん……昨日までの自分は、誰かを疑おうとばかりしてたから。でも、にちかのおかげで目が覚めた。それは本当だよ」

灯織「目が覚めたおかげで、誰かを信じたいと望んでいる理由が分かったんだ。私は、生きていたい。私という存在を絶やしたくないんだって」

霧子「にちかちゃんはテセウスの船って知ってるかな……? もしくは、ジョンの靴下……」

にちか「船……? 靴下……?」

灯織「何かをそのままで居続けるために、本来のものとは違うパーツを繋いでいった行き着く先にあるのは、本来のものかそうでないかっていう哲学問答の話だよ。それは人の体でも同じなんだ」


霧子「絶えず肉体の細胞が入れ替わるなかでも、その人が変わらずにその人で居続ける理由……なんだと思う?」

にちか「さあ……?」

霧子「記憶、じゃないかな……細胞が、脳が、体が覚えている記憶が、何度も伝播することでその人はその人であり続ける……」

灯織「それが続いていることが生きているってことなんだ……ってそう気づいたんだ」

別に霧子さんの話に変な要素は何もない。
人が生きることの是非を問うているわけでも、高尚な美徳を説いているわけでもない。
それなのに、この煩わしさはなんなんだろう。
言葉に耳を傾けているだけで、腹の底をかき乱されるような落ち着かない気持ちになる。


樹里「なあ……おい……いつまでやってんだ、早く朝ご飯食べようぜ」


(た、助かった……!)

二人に詰め寄られて、ゾワゾワとした感覚に苛まれていたところで、既に卓についていた西城さんから声が上がった。
頬杖をついて、気だるそうにこちらに手を振っている。


にちか「ほ、ほら二人とも……みんなお腹空いてるみたいですし、とりあえず後にしません?」

霧子「……」

灯織「霧子さん……」

私はすぐに西城さんの呼び声に縋りついて、二人の勧誘を振り払った。
なんとなく、これ以上はまずい気がした。

霧子「ふふ……そうだね……」

(た、助かった……)

私の提案を幽谷さんは笑顔を飲み込むと、そのまますぐにグワンと背を向けて……

樹里「……ん? どうした、霧子」

霧子「樹里ちゃんは今……ズキズキを感じてるんだよね……?」

樹里「は……?」



霧子「ちょっと……耳を、お借りします……」



両手で西城さんの耳を塞いだ。


にちか「えっ、ちょっ……!」

私にさっきやったのと同じ手口だ。
瞬間的に感覚をシャットアウトして、その瞳の奥に引き摺り込む。
あの時の幽谷さんには、少しでも身を委ねるとすぐに飲まれてしまうような並ならぬ気迫があった。
慌てて幽谷さんを西城さんから引っぺがそうとした時、私の右肩は何か強い力で、その場に引き留められた。

にちか「い、痛……?! 何……?!」

灯織「にちか、邪魔しちゃダメだよ」

にちか「ひ、灯織ちゃん……?!」

灯織ちゃんが、最初の裁判の直後のような冷たい視線をまた私に向けていた。


霧子「樹里ちゃん……自分の心臓の声を聴いて……その奥底にある温かいものは何から生まれているの……?」

樹里「な、にこれ……すごく、響いてる……」

霧子「ふふ……樹里ちゃんの心臓、バクバク言ってるね……不安なのかな……怯えてるのかな……」

霧子「でも、大丈夫……樹里ちゃんの細胞の中には、夏葉さんがいるはずでしょ……?」

霧子「樹里ちゃんの中の夏葉さんは、何を言ってるの……? 何を伝えようとしているの……?」

樹里「なつ、は……?」

二人の様子は尋常じゃない。
はじめは幽谷さんの手首をガシリと掴んで抵抗を示していたのに、次第に指からは力が抜けていき、今はぶらんと垂れ下がっている。
西城さんの口はどこか緩んだ様子で、幽谷さんの言葉を疑いもせずに、そのままに全部受け入れている。

霧子「樹里ちゃんは、それを聴いて……どうしたい……?」

にちか「さ、西城さん……! ダメ、ダメです! それ以上聞いちゃ……!」

霧子「自分の言葉で、口にしてみて……?」

樹里「アタ、シ……は……」

その様子を一言で形容するのなら、『洗脳』だった。






樹里「アタシは……夏葉の思いを継ぎたい……もうこれ以上、誰にもコロシアイなんかさせたくない……!」





さっき灯織ちゃんが『目が覚めた』と言っていた理由がよくわかった。
一度俯いてから、再び上げた西城さんの表情は憑き物がとれたように、不自然なほどに明朗としていたから。
昨日までの消沈っぷりを忘れてしまったかのように、元気になった姿に私は悪寒すら覚えていた。

人はバネじゃないんだ。そう簡単にひしゃげたものが元には戻らない。
それなのに、今の西城さんからは一切の凹みが感じられない。
もはや別の誰かになってしまったかのようで、戦慄した。

樹里「ありがと、霧子……アタシ、気づいたよ。アタシがすべきこと、アタシがやりたかったことに」

にちか「ちょ、ちょっと……西城さん……?」

樹里「にちか、心配かけたな。もう大丈夫だ! アタシはもう全部乗り越えた! もう怯えたりなんかしない!」

……怖い。
その笑顔が。その声が。そのドロドロの瞳が。


樹里「にちかも聞いたほうがいいよ。霧子に一度身を委ねてみろって。自分の心臓の奥に眠るものに気づけるからさ」

にちか「ちょ、ちょっと待ってください……! 要らない、要らないですって……!」

並ならぬ様子に恐怖心を覚えて、思わず後退りした。
後退りしたのは、よかったんだけど……

にちか「……へ」

その先には、食堂の卓と椅子があって。

ドッシャーン!

私は後ろから派手にすっ転んでしまった。
食堂中に響き渡る音で、さっきまで厨房で作業をしていた月岡さんをはじめとして、その場に居合わせた全員が私の元へと駆け寄ってきた。

恋鐘「に、にちか〜〜〜?! な、何があったとね?! 泡吹いて倒れた蟹みたいになっとるばい!」

あさひ「大丈夫っすか? だいぶ派手に転んだみたいっすけど」

真乃「に、にちかちゃん……起き上がれる? 手、使って……っ!」

私のことを覗き込んで心配してくれるその表情をみて、深い息が出た。
その瞳にはあるべき色がちゃんと宿っている。変に瞳孔が静止するようなこともなく、不安と混迷にちゃんと揺れている。
人間らしい表情をしていると言えばいいだろうか。
少なくとも、さっきまでの灯織ちゃんと西城さんのそれとは違って、自然なものだった。

霧子「……樹里ちゃん、無理強いは良くないよ。ちゃんとにちかちゃん自身に分かってもらわないと……」

樹里「お、おう……悪い……」

霧子「然るべきタイミングで、言葉はちゃんと届けないと……届くものも、届かないから……」

灯織「……」

(……マジで、なんだったの)




そこから私たちはいつものように席について食事をとった。
雑談をしながら、今日これからどうするかを話し合いながら。灯織ちゃんもいつもと同じように口を開いてくれていた。

……いや、嘘。いつも以上に灯織ちゃんは饒舌だった。
やけに希望だなんだの振り翳して、もうコロシアイは起きないだとか、みんなのことを信じられるだとか、綺麗な言葉ばかりを声高に語っていた。
そのことに真乃ちゃんも私もどこかぎこちない笑顔を浮かべていたように思う。

あさひ「なんだか今日は集まってる人が少ないっすね。ここにいないのは、凛世ちゃん、甜花ちゃん、透ちゃん、円香ちゃんっすか?」

愛依「透ちゃんと円香ちゃんはまあ昨日のこともあるししゃーないんかなって感じだけど……凛世ちゃんと甜花ちゃんの二人が欠席か……」

にちか「甜花さん……まあ、まだ裁判の翌日ですもんね……」

恋鐘「凛世はこの学園に来た時もよう怯えとった子やけん、心配やね……円香への疑いで、部屋から出られんようになっとるんかも」

樹里「それなら、アタシが声をかけて連れ出してみるよ。飯を食べたらすぐに行ってみる!」

真乃「じゅ、樹里ちゃん……」

樹里「そんな心配そうな顔すんなって! 大丈夫、話せば分かってもらえるはずだよ」

灯織「それなら甜花さんには私が声をかけに行ってみます!」

霧子「うん……お願いします……」

(……やっぱり、なんか変だよ)


真乃「透ちゃんと円香ちゃんはどうする……?」

恋鐘「どうするもなんも……うちらは適切な距離を保って、様子を見るしかなかよ。下手に刺激するのも危なかやけん」

あさひ「機嫌を損ねたらエグイサルで殺されちゃうかもしれないっすからね!」

にちか「ちょ、ちょっとそんな言い方……」

あさひ「なんで庇うんっすか? 円香ちゃんは敵っすよ?」

愛依「ちょいちょい、まだそうと決まったわけじゃないしさ。もうちょっと優しい言い方にしてあげよ?」

あさひ「……」

やっぱり、私たちで動かなくちゃダメだ。
これ以上真実に歩み寄ろうとすることを他の人たちは恐れている節がある。
樋口さんを信じられるかどうか以前に、今の私たちはその判断を下すところまでに辿り着けていない。
私は真乃ちゃんの方を向いて、頷きあった。

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【にちかの部屋】

朝食を終えると私たちはまちまちに動き出した。
私は一度部屋に戻ることにした。
真実を探るにしても、誰かと共に過ごすにしても、一旦息をつきたかった。

「……はぁ、灯織ちゃんに西城さん、どうしちゃったんだろ」

仲間のこれまでにみたことのない異常な姿を目の当たりにしたことで、私の心臓がやけに昂ぶっていた。
これは興奮というよりも困惑だ。
昨日寝る前には、今日という1日を契機に状況が好転していくものと思っていたのに。
こうなってしまっては今の自分はどこに向かっているのかその指針が行方不明だ。

とはいえ、嘆いている時間はない。
こうしている間にもどんどん樋口さんたちと私たちの間の溝は広まっていってしまう。
今すぐにでも、動き出さなくちゃ状況は悪化していくばかりだ。

「……よし!」

ベッドから立ち上がって、声を上げた。

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【超研究生級の???の才能研究教室】

気がつくと私は樋口さんの才能研究教室に辿り着いていた。
あれだけ警戒して誰も入らないように見張っていたはずの教室には、扉の前に立つ人の姿もなく、すんなりと部屋に入ることができた。
持ち主にお伺いを立てることもなく門をくぐり、あのファイルをまた手に取る。

「やっぱり、どうみても樋口さんのことだよね」

私たちのプロフィールの羅列とは別枠で設けられた現場管理者。その任についているのは他でもない樋口円香その人だ。
でも実際、私たちはこの現場管理者という役職の示すところを知らない。
他の状況証拠やモノクマたちの証言からして、樋口さんは参加者としてコロシアイを現場で操ろうとしているのだと推察をしたけど、
ここにはまだその疑いを覆しうる可能性が眠っているはずだ。


私は一度ファイルを棚に戻して、他のところを色々と覗いてみることにした。
棚に他に入っているファイルをパラパラと開いてみたが、新しい情報は何もない。
書いてあるのは、この才囚学園の施工計画や、エグイサルの開発記録など。
専門的な情報があって、眺めていてもまるで頭には入ってこない。

でも、何度かそういう理解不能の情報を追っていると、それらに【共通するもの】が見えてくる。

「ここにも……火星のマークが書いてある」

モノクマーズの写真の右下にプリントされていたのと同じマーク。
円が大ぶりになった♂マークみたいなそれを指でなぞった。

「……これ、このコロシアイを行なっている組織のエンブレムだったりするのかな」

そう思うとなんだか無性に気になり始めた。この学園生活をしている上ではまるで目にしてこなかったマークが、この部屋の中ではたびたびに登場する。
まるでモノクマたちがこの部屋の中の封じ込めているみたいだ。

「……よし」

私は棚にあったファイルをいくつか脇に抱えるようにして、部屋を後にした。
向かう先はあの場所。埃が満ちて、時が止まったようになっている終末の空間。

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【図書室】

ちゃんとした利用用途でこの部屋を訪れたのは初めてかもしれない。
本来静謐で満たされているはずの場所なのに、私の記憶は血生臭いものばかり。
あの時の自分自身の荒々しい息遣いと、手に伝う熱がいまだに実感として残っている。
首をブンブンと横に振ってそれらを振り払うと、私は脚立を引き寄せて本棚を順に見て回った。

ここの蔵書はかなり広いジャンルに渡っている。
教科書で見るような文学作品はもちろんのこと、百科事典や洋書、地図や絵本、専門書の類もある。

だけど私が今回探したのは企業の『四季報』だ。
私は社会情勢に関心のあるような熱心な学生ではない。
国内企業なんかはテレビやラジオのCMに流れるものでせいぜい。
知らない法人や組織は星の数ほどあるだろう。

だから、答えを追い求めるために私は頁を次々とめくった。
樋口さんの部屋から持ち出したファイル、そこに刻まれていた火星のマークを探すために。

パラパラ、パラパラと捲っていくと……


「……あった」

____『岩菱鉄工』。

千葉の鉄工業界の企業で、国内でもその規模はかなり大きい方に入る。
海外進出している車メーカーや家電メーカーの部品製造を行う他、半導体メーカーと連携して商品開発なども行なっているらしい。
生憎私は今この瞬間までこの企業の存在を知ることはなかったのだけど、そこにあるマークのせいもあってか、私は妙なデジャブを感じてしまった。

「マジで同じロゴだ……火星のマークってだけの符合じゃない、線の太さや歪曲具合まで何もかもおんなじ……」

どうやらこのロゴは社章らしい。
錬金術で鉄を意味するところから引用して、後は火星探査にまで通用する製品を作りたいだとかなんとか、由来はちゃんとあるらしい。
そんな真っ当な企業のロゴがモノクマーズの写真や才囚学園の施工計画、エグイサルの設計図にプリントされていた理由……

そんなの、一つしかない。

この会社が、それらを作っていたんだ。


____それってつまり、



まさかこの企業が【このコロシアイを主導している組織】なの……?



円香「……え?」

私が四季報を見て言葉を失っていた時、急に背後で音がした。
ギィという音がしたかと思うと、後ろから風が背中を撫でた。
音のした方に目をやると、扉を手で押し開けたらしい樋口さんがそこに立っていた。

樋口さんは私の姿を見た瞬間に表情を曇らせて、図書室を後にしようとする。

にちか「ま、待ってください! 行かないで……私、別に樋口さんを敵視してませんので!」

ピタッと足を止めて、ゆっくりとコチラを見る。
樋口さんの口元は硬く結ばれたまま。私の言葉の意味を見定めようとしているのか、慎重な立ち回りをしている。

円香「私ほど怪しい人間もいないでしょ? そんな盲目的に信じようとされても困るし……すべきじゃないと思うけど」

にちか「そうじゃないです……私は、まだ樋口さんのことを信じることも信じないことも決められないってだけ。真実はまだ明らかになってないんで」

円香「……分かった」

にちか「あの、樋口さんはどうしてここに? というか……日中はずっと何してたんですか?」

円香「別に……ほとんど自分の部屋。外に出て騒がれるのも嫌だから……適当に本を読んで時間を過ごしてた」

円香「今は新しい本を取りにきたところ。本だけ取ったらすぐ帰るよ」

(……樋口さん、私たちに遠慮をしてるんだろうな)

そこで私はカマをかけてみることにした。
今はまだ、私がここにいる理由も、何を見たのかも彼女はまだ知らない。


にちか「樋口さん、ひとつ聞きたいんですけど……」

円香「何?」

にちか「岩菱鉄工って会社……知ってます?」

それなら、この会社名を出した時の反応で、測れるはずだ。
彼女が本当に内通者として動いているのならこの会社は当然知っているはずだし、それを隠そうとしても眉の一つくらいは動くはず。



でも、樋口さんは_______



円香「ごめん……生憎だけど、初耳」



そんな反応は一つも示さなかった。


いつも以上に感情を削ぎ落としたような能面。
名前も聞いたことのないような企業に寄せるような余剰な興味はなくて当然。
就職もまだだいぶ先の話な高校生なのだから。
樋口さんの自然な反応に、私も違和感は微塵も感じなかった。

円香「何かわかんないけど、これで用事は終わり?」

私はなんだか胸に立ちこめていたものが霧散したようで、晴れやかな気持ちになった。

にちか「はい、わかりました」

円香「はぁ……何だったの、今の」

にちか「さっきの会社、樋口さんの研究教室で見つけたモノクマーズやエグイサルの設計図を作った会社なんですよ。多分その製造自体も請け負ってる」

円香「……は? ちょっと、急に……それ、本気?」

にちか「です。この四季報を見てくださいよ」

樋口さんは私の元へと駆け寄り、奪い取るようにして四季報を手に取った。
私の指示する箇所を読むと、樋口さんもまた、息を呑んだ。


円香「同じマーク……業務の種類も似通った分野だし偶然とは思えない……」

にちか「やっぱり……その感じだと本気で知らなかった感じです?」

円香「うん……何度も言うようだけど、私は何も覚えてないの。あの部屋にあった証拠品と自分への繋がりも、父の属していた組織も、自分の役職も」

円香「岩菱鉄工のことも今知った、から……」

そう、樋口さんは何度も何度も否定していた。
それでも彼女自身、自分の欠落した記憶の中に埋もれている真相に自信が持てず、否定の言葉はどこか不安定で、不信を払拭するには力及ばず。
私たちは不安ばかりを募らせることになっていた。

でも、今は違う。彼女は私と同じ目線で、戸惑っている。
同じ言葉を連ねて否定しているだけなのに、その信憑性には雲泥の差を感じられた。
私は思わず樋口さんの手を取っていた。

にちか「あの、樋口さん……私と一緒にこの会社のことをもっと調べてみませんか?」

円香「……私と?」

にちか「はい……この会社がコロシアイに関与していること自体は間違いないんです。真実は、この会社に眠ってる……それを明らかにすることはきっと樋口さんの信用を取り戻すことにつながるはずですよ」


円香「……なんで?」

にちか「え?」

円香「なんで、あんたが私と一緒に動く必要があるの? というか、なんで一緒に調べるとか言えるの? 私はダントツに怪しい不審人物でしょ?」

にちか「それは、さっきまでの話ですよ。樋口さんの反応を見てたら、内通者の話だって本気で記憶にない話なんだって分かりましたから」

円香「……」

人を信じるのは、その人と一緒に歩みたいという気持ちから。
今の私は胸を張って、樋口さんのことを信じたいと言える。

円香「……手を貸してもらっても、いいの?」

にちか「もちろんです! それに、真実を明らかにするのは全員共通の目的なので、どのみちですって!」

円香「……ふふ、そうだね」

この学園生活が始まって以来、久しぶりに樋口さんの笑顔を見た気がする。
ずっと気を張っていて、緊張の意図がやっと解けたような。そんな柔らかで無防備な微笑みだった。


円香「とはいえ、日中に堂々と協力するわけにはいかないでしょ。私はまだ他の人たちからは疑いの目をかけられてるわけだから」

にちか「そう、ですね……真乃ちゃんは信じてくれると思いますけど、他の人たちは正直」

円香「……灯織は? あんたたち、仲良いんじゃなかったっけ?」

にちか「あー……なんか、様子がちょっと変なんですよね」

円香「様子……?」

にちか「幽谷さんにこのコロシアイのことで相談をしてからなんだか心ここに在らずって感じで……」

円香「……透?」

にちか「樋口さん?」

円香「ああいや、今日私の部屋に来た浅倉もなんだか様子がおかしかったんだよね」

にちか「浅倉さんが……?」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ピンポーン……

ガチャ

円香「……何? あんまり私の部屋を訪れてるところとか、他の人に見られない方がいいと思うけど」

透「……」

円香「……透?」

透「ね……どう、あれから」

円香「どうもこうもないけど……知ってるでしょ? 他の人の目があるから迂闊に動けない」



透「それって、円香自身が怯えてるからだよね」



円香「は……? 何急に、カウンセラーにでもなったつもり?」


透「自分に一度聞いてみなって。心臓はジョーゼツだよ」

円香「はっ、ちょっ……?!」

透「ほら、集中集中。心臓の鼓動、聞こえるっしょ?」

円香「な、にやって……」

透「それが円香の声だよ。円香の中に眠ってる、円香の本当の気持ち。どうしたい? どうする? 聞いてみなって」

円香「ちょっと……離せ……!」

ダンッ!

透「……えっ」

バンッ!

ガチャ

円香「何今の……何、あいつ……!?」

ダンダンダンッ! ダンダンダンッ!

透「おーい、開けろー。出てこーい」

円香「なんなの……?! 何が起きてるわけ……!?」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆


円香「急に耳を手で塞いだりするから気色が悪くて……浅倉には悪いけど締め出させてもらった。あんなことしてくるの、浅倉らしくないから」

にちか「……いっしょだ」

円香「は?」

にちか「いっしょ、いっしょなんですよ! 私が今朝見た灯織ちゃんの異常さにそっくりなんです! 心臓の鼓動がどうとか、本当の自分がどうとか、灯織ちゃんたちが言ってたことにそっくりなんです!」

円香「……!」

これはどういうこと?
なんで浅倉さんまで同じことを口にしてるの?

霧子『……』

幽谷さんは一体、何を考えてるの?


円香「……なんか、変なことが起こってるみたいだね。すごく嫌な予感がする」

にちか「はい……芹沢さんの純粋な悪意とかとはまた違って、ナメクジみたいな悪寒がします」

円香「ナメクジ……言い得て妙かもね。あのまとわりついてくる感じの厭悪は、どこかジメジメしたものを感じる」

円香「……ちょっと、霧子の周りのことも注視しなくちゃいけないかもね」

にちか「です……」

私と樋口さんはそのまま情報交換をしばらくすると、別々に自分の部屋へと戻った。
樋口さんとは表向きにはできない協力関係を結ぶ形になった。夜のタイミングで樋口さんと落ち合い、昼間の出来事を伝達する。
樋口さんも日中は図書室の本を調べたり、人目を憚って調べ物をしたりはするらしい。
どうにかして、樋口さんの疑いを晴らせる証拠を見つけることができればいいんだけど。

------------------------------------------------
【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノダム『今日ハオラト仲良シトイウ言葉ノ持ツ可能性ニツイテ勉強シヨウネ』

モノダム『キサマラガ初メテ仲良シヲ意識スルノハ3歳ノコロ。同年代ノオ子様ト遊ブコトヲ仲良シト呼ブヨウニナル』

モノダム『大キクナッテ中学生、体育館裏ニ呼ビ出サレル事ヲ仲良シト呼ブヨウニナル』

モノダム『一人暮ラシヲ始メタ大学生。サークル帰リノ飲ミ会デ、男女二人デ二次会ニ行クコトヲ仲良シト呼ブヨウニナル』

モノダム『社会人ニナルト、上司ノ接待ニ土日ヲ返上スルノヲ仲良シト呼ブヨウニナル』

モノダム『仲良シハ色ンナ可能性ヲ孕ンダ夢ノアル言葉ナンダヨ』

モノダム『夢ハ、アルヨ。希望ハ……』

プツン

(なんて悪趣味な終わり方……仲良しっていい事じゃないの……?)

ベッドに横になり、目を閉じる。
樋口さんの見せてくれた自然な微笑みが鮮明に甦り、高揚感に身を捩らせた。
誰かを信じたいと思う気持ちを、また実感できた。自分のその瑞々しい感性に自信が持てた。
ルカさんに見せることのできる、ちょっとは立派な姿というものが得られたのだ。

その一方で気掛かりなのが幽谷さんを取り巻く、不穏な影。
彼女と関わった人たちが、どこか上の空のような反応を示すようになり、不自然なほどに元気潑剌とし始める。
とても健康な友情のあり方とは思えないのだけれど……
その影が灯織ちゃんにも落ちていることがやるせなかった。

どうにか灯織ちゃんだけでもその影から引き摺り出すことはできないか。
そんな事を考え、思い悩んでいるうちに夜は更けていった……

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【School Days 13】

【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノタロウ『うぅ……やっぱり寂しいよぉ……オイラ、なんだかんだみんなのことが好きだったんだ……』

モノタロウ『モノキッドは足の裏が臭いし、使った後のトイレは便座まで上げたまんまだったけど、ノリはよかったし、金払いも良かったんだ……』

モノタロウ『モノスケは服のセンスが終わってたし、金にがめつくてクーポンを意地でも使おうとしてきたけど、唯一のツッコミキャラだっだし、足も早かったんだ……』

モノタロウ『なんで、なんでオイラを置いていっちゃったんだよ!』

モノダム『モノタロウ、落チツイテ。ドレダケ泣イテモ、モウ二人ハ帰ッテ来ナインダヨ』

モノダム『ソレニ、ドコカ欠陥ノアッタ二人ヨリ、オラタチデ仲良クシタホウガキットウマクイクヨ』

モノタロウ『うるさい! モノダムは血の通ってないロボットだからそんなことが言えるんだ!』

モノファニー『そうよ! アタイたちは同じ血で結ばれた、兄弟の仲だったのよ!』

モノファニー『モノダムみたいな紛い物にはこの絆は到底理解できないでしょうけど!』

モノダム『……』

モノタロウ『うぅ……寂しいよぉ〜!』

プツン

(……何あれ、仲間割れ? なんで急に……)

私たちの間に漂っているなんとなく不穏な影のことを考えていると、気付かぬうちに眠りに落ちていたようで、アナウンスで目を覚ました。
ため息が出るような朝だけど、疲れはしっかりと取れているようなのは昨日の樋口さんとの対話があったからだろう。行動に移しただけの成果はあった。

やっぱりルカさんのいう通り。
どれだけ暗中模索だとしても、行動を起こすと起こさないじゃ、まるで状況は変わってくる。
幽谷さんを起点に起きているこの不自然な状況も、行動を起こすことで何か変わるところがあるかもしれない。
そんな淡い期待と共に身を起こして、朝の支度をした。

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【食堂】

今日こそは、不自然な様子の灯織ちゃんにガツンと言ってやるぞと意気込んで扉を開けた私だったんだけど……
食堂に入るなり視界に飛び込んできたのは、そんな考えも吹っ飛ばすほどの異様な光景だった。

灯織「……」

樹里「……」

恋鐘「……」

愛依「……」

透「……」

霧子「そう、その調子……ゆっくり息を吸って、命を体中に走らせて……」

幽谷さんを取り囲むようにして深呼吸をしている5人の姿だった。
みんな周りに目もくれることもなく、澄んだ瞳で幽谷さんのことをまっすぐに見つめて、その指示に従順に従っている。


にちか「ま、真乃ちゃん……これって……?」

真乃「ほわっ、おはようにちかちゃん。私も……正直よく分かってなくて、朝来た時からみんなこんな感じなんだ」

あさひ「灯織ちゃんと樹里ちゃんは昨日からこうっすけど……恋鐘ちゃん、愛依ちゃん、透ちゃんはどうしちゃったんすか?」

甜花「あ、あうぅ……なんか、妙に静かで落ち着かない……」

凛世「いつも朝食会を仕切ってくださっていたのは樹里さんでしたが……今日はまだ始める様子もございませんね……」

霧子「……あれ、みんなもう揃ったのかな。円香ちゃん以外はみんな、いる?」

にちか「え、まあ……そうですけど。何やってるんですか、そんな雁首揃えて深呼吸なんて」

樹里「ああ、これはアタシの中にいる自分と対話をしてんだよ。深呼吸で酸素を体中に行き渡らせることで、末端から細胞が息を吹き返すんだ」

愛依「そう! そんで蘇った細胞がうちに記憶を伝えてくれて……うちは今以上にうちらしくいられる!」

灯織「そのことを霧子さんは気づかせてくれました……私たちはこの学園生活の中で、精神をすり減らすうちに見失ってしまっていたんです」

透「霧子ちゃんにはビッグ感謝」

霧子「ふふ……」

明らかに異様だった。
幽谷さんのことを持ち上げ、持て囃す。自分たちの意にそぐわない存在は握り潰そうとしているかのような鬼気迫る圧。
一歩一歩とこちらに滲み寄ってくるのに合わせて、思わず後ずさってしまう。


あさひ「……まあ、みんなが何をしようと勝手っすけど。とりあえず早く朝ごはん食べないっすか? お腹すいたっすよ」

この時ばかりは芹沢さんの図太さに感謝した。
私たちの感じている圧迫感をまるで彼女は意に介さないと言った様子で、平然と席についた。

霧子「そうだね……樹里ちゃん、朝食会を始めてもらってもいい……?」

樹里「おう、霧子が言うならそろそろ朝飯にするか。みんな、席についてくれ」

(……)

私、真乃ちゃん、甜花さん、杜野さんは身を寄せ合うようにして芹沢さんの近くの席へと座った。
いつもと違う席の配置に芹沢さんはキョトンとしている。

恋鐘「はい、こいがにちかの分! た〜んとお食べ〜!」

にちか「あ、ありがとうございます……」

朝食に何も変わったところはない。
いつも通りの、恋鐘さんお手製の健康的でボリューミーな朝ごはんだ。


霧子「それじゃあ手を合わせて、いただきます……」

あさひ「いただきますっす〜!」

にちか「い、いただきます……」

だのに、口にご飯を運ぶその手は恐る恐るで緩慢としている。

真乃「みんな、やっぱり変だよね……円香ちゃんのことであんなにバラバラだったのに……今は一つにまとまってる……」

凛世「それも不自然に、霧子さんを核として……です……」

甜花「なんだか、朝ごはん味がしないや……」

あさひ「うまい! うまい!」バクバクバクバク

私たちがコソコソと耳打ちしていると、ふと浅倉さんが手を挙げた。
浅倉さんが幽谷さんにアイコンタクトをすると、彼女は首を傾げて微笑んだ。



透「あのさ、ここにいる人には聞いてもらいたいんだけど……うちらはこのコロシアイから降りようと思うんだ」



にちか「は……? きゅ、急になんですか?」


透「霧子ちゃんのおかげで気づいたんだ。本当の自分は、もうこれ以上誰かを疑ったり、欺いたりしたくないって」

透「だからもう……このゲームが離脱しようかなって」

あさひ「え〜!? ダメっすよ! まだ2回しか裁判やってないし、わたしまだまだ満足してないっす〜!」

あさひ「なんでそんな寂しいこと言うんっすか?」

愛依「あさひちゃんのことも……元に戻してあげたいんだ。この学園生活の中でうちらは、本来の自分から変わりすぎちゃった」

樹里「アンタらも自分の胸に手を当てて考えてみてくれよ。心臓の奥の奥、ずっと変わらずにいる自分自身の存在があるはずだ」

霧子「本当のあなたは何を望んでいますか? 本当のあなたはどうしたいですか?」

あさひ「そんな演説は聞きたくないっす。みんなはどういうつもりなのか聞きたいんっすけど」

(芹沢さん、全く他人に流されないからこういう時はこれ以上なく頼もしいな……)

霧子「あのね……私たちはあさひちゃんたちのことも守りたいと思ってるんだよ……?」

霧子「もうこれ以上、このコロシアイで誰も命を落としてほしくない……それを望むのってそんなにいけないことなのかな……?」

真乃「そ、そうじゃないけど……」

恋鐘「そんなわけなか! 誰だって死にたくないし、誰にも死んでほしくないと思ってるはずばい!」

灯織「霧子さんの言う通りです。誰しもが平等に、自由に生きていく権利がある」





霧子「だから私たちは……【才囚学園生徒会】を立ち上げて、この学園の秩序を守ろうと思うんだ……」





(せ、生徒会……!?)

透「霧子ちゃんをトップにして、コロシアイからみんなを守る組織だよ。みんなが安心して、平和に生きていけるようにうちらで監視する」

愛依「もう誰にも血は流させないし、誰にも悲しい思いはさせないかんね!」

恋鐘「うちらに任せておけばもう安心! モーマンタイばい!」

私たちは言葉を失っていた。
もはやあの5人は幽谷さんの狂信者と言ってもいい。幽谷さんだって私たちと同じ同年代の女の子、そんなに特別な存在というわけでもない。
そのはずなのに、彼女たちの口ぶりからは色濃い心酔が透けて見えた。
変わり果ててしまった仲間たちの姿に、足元の基盤がぐらついていくような感覚を覚える。
だけど、そんなことはお構いなし。才囚学園生徒会の彼女たちは、ツラツラと私たちを縛る秩序とやらを並べ立てていく。


樹里「まず第一に夜時間の出歩きは全面的に禁止だな。時間外に出歩くことにはリスクしかない」

にちか「はっ?! ちょっと急に何を言い出すんですか……?!」

(そんなの、樋口さんに会えないし、連絡も取れなくなる……!!)

灯織「皆さん、思い出してください。前回の事件……甘奈と甜花さんが殺害を画策したのはその殆どが夜時間に起きたことでしたよね?」

甜花「う……それは、そうだけど……」

霧子「お昼の間なら、お互いの目が行き届いてコロシアイの抑止はできるけど……夜だとそうはいかないでしょ……?」

霧子「だから、私たちで持ち回りで巡回をして、コロシアイが起きないように見張らせてもらおうと思うんだ……」

ある程度の説得力はあるように感じるけど、こんなの認められない。
こんなの生徒会なんて立場に特権を設けて、私たちの行動を掌握しようとしているだけだ。


恋鐘「二つ目のルールは円香との接触の禁止ばい!」

凛世「円香さんと会ってはいけない……なぜ、そんな急に……」

透「樋口は明らかに怪しいからね。このコロシアイを運営している立場に一番近しい存在のはずだから。不用意に関わらないほうがいいよ」

(あ、浅倉さん……そんな言葉口にして、辛くないの……!?)

霧子「円香ちゃんとは私がお話しするから……安心して。円香ちゃんにも私たちの考えを理解してもらえたと分かったら、その時はまたルールを変更するよ……」

(それって要はこれから樋口さんを洗脳するから手を出すなってことでは……)

樋口さんの疑いは私の中では概ね解消されているけれど、物的な証拠には乏しい。
昨日の反応が本物だったと語っても、真乃ちゃんぐらいしか信用してはくれないだろう。
表立って反論できない歯痒さに、思わず貧乏ゆすりした。


愛依「三つ目は、女子トイレの隠し通路と円香ちゃんの才能研究教室の閉鎖だよ」

にちか「は?! へ、閉鎖?!」

こればっかりは口を噤んだままではいられなかった。
隠し通路は私とルカさんを繋ぐ、大切な空間だ。
ルカさんの遺志を引き継いで、あの巨大なモノクマの頭部を蘇生しようとしている真っ最中なのに、生徒会の人たちはそれを自分勝手に剥奪しようとしている。

霧子「隠し通路は犯行に利用された事実もあるし、あの部屋には危険な存在が眠っているから……誰も近寄るべきじゃないと思うんだよね……」

樹里「それに円香の才能研究教室は文字通り危険物の宝庫だ。人を殺すのには十分すぎる刃物に爆発物……アタシたちで入室は制限させてもらうかんな」

それも飲めるわけない。
あの部屋にはまだまだ私たちの知らない謎が眠っているはずなのに、部屋に入ることもできなければ今のふわふわとした樋口さんへの嫌疑が事実として固定されてしまう。
私が彼女を庇い立てる機会すらも取り上げられてしまうことになるだろう。

にちか「い、いい加減にしてください! そんな勝手が認められるわけないでしょ!」

衝動的に机をバンと叩きつけて立ち上がった。
だけど、私に向けられたのはシラーッとした冷たい視線。
幽谷さんの狂信者たちは、意を唱える存在は害なす異物としか見ていないらしい。


灯織「にちか……なんで反発するの? 霧子さんの言っていることに何か間違いがあるとでも?」

にちか「あ、あるよ! 大アリじゃん! 幽谷さんは言ってるのって、要は私たちの権利を剥奪したいってことでしょ? 一方的な有利を私たちに押し付けようとしてるだけだよ!」

樹里「おい……にちか、言っていいこととそうじゃないことの区別ぐらいつけろよ」

にちか「さ、西城さん……?」

樹里「霧子はアタシたちを守るために、必死にルールを考えたんだぞ。その思いを踏み躙るような言葉、軽はずみに口にすべきじゃない」

ダメだ。まるで言葉が通じない……
必死に反論を口にしたところで、壁に水を引っ掛けたみたいに、何の手応えもなく私の主張は無に帰した。

【おはっくま〜〜〜!!!】

そんな歯痒さと無力感を噛み締めていたところで、突然に空気をぶち破ったのはモノクマーズたち。
食卓を囲む私たちの背後に突然現れた彼らもまた、妙な不和を携えていた。

モノタロウ「……ほら、モノダムがやりなよ。モノダムが考えた動機なんでしょ? 今回」

モノダム「ウ、ウン……ソレハソウダケド、セッカクダシミンナデ……」

モノファニー「あー、いいわよそういうの。アタイたちは別にモノダムと協力したいとか思ってないから」

モノダム「……」

モノタロウ「モノダムにはオイラたちの喪失感も分からないんでしょ? オイラたちは兄弟を失ったことをそう簡単には割り切れないんだ」

(よく言うよ……裁判の直後の自分たちの発言、もう忘れちゃったの?)


妙に刺々しい物言いをされているモノダムのことをほんの僅かにだけ哀れに思っていると、トボトボと彼だけが私たちの前に割って出た。
どこか伏目がちに、おずおずと一冊の本を差し出す。

モノダム「キサマラ、今回ノ動機提供ノ時間ダヨ……今回ノ動機ハ、蘇リノ儀式ノ為ノ【屍者ノ書】ダヨ」

真乃「ほわっ……よ、蘇り……?」

やたら分厚い想定に、干からびたミミズみたいに踊り崩れた字体。
全体的に黒くくぐもった色合いをしていて、見ているだけでなんだか寒気がする。

モノタロウ「えっとなんだっけ? 転校生? 呼ぶんだよね?」



モノダム「ウン……コノ蘇リノ書ヲ使ウト、コレマデニコロシアイデ【命ヲ落トシタ仲間ノ一人ガ復活シテ、転校生トシテヤッテクル】ンダヨ」



モノファニー「モノダムが考えたことでしょ? 他人の助けなしにスパッと言いなさいよ、これぐらい」

樹里「は? い、今なんつった……? て、転校生……?」

甜花「これまでに命を落とした一人が復活……? そ、それって……なーちゃんも含まれる……?」

モノファニー「このコロシアイで命を落とした斑鳩さん、八宮さん、有栖川さん、甘奈さんの四人のうちから一人を選んで蘇生させられると言うことね」

これまでの話だって、何一つとして現実味のあるものはなかった。
そもそもありふれた一般人の私をコロシアイに招集していることからしてそうだし、この学園の規模感やモノクマーズなどのオーバーテクノロジーもそう。

だけどそれらの非現実をさておいても、群を抜いて今の話は現実味がない。
当然の認識として、一度奪われた命が還ってくることなんてない。生と死は一方通行。
一度死に傾けば、それを正すことは神でも許されない。
そのはずなのに、目の前の存在はその秩序を嘲笑うような言葉を口にした。


モノダム「【屍者ノ書】ハコノ一部ダケダカラ、使ウ相手ハ慎重ニ選ンデネ」

霧子「蘇ることができるのは一人だけ……ということですか……?」

モノタロウ「うん! それに、この本が使えるのは次のコロシアイが起きるまでの間だよ。使わずにコロシアイが起きた場合は屍者の書自体が没収になるから注意してね!」

蘇りなんて現象を飲み込めるはずはない。全く信じてはいないけれど、大前提として『何故』が浮上する。
モノクマーズもコロシアイを運営する側の存在のはず、誰かを蘇らせたりなんかしたところでメリットがあるとも思えない。
私たちのコロシアイが見たいのなら、蘇生なんてノイズが混じることを普通は良しとするだろうか。
動機の動機、その所在不明さに私は頭を抱えるのだった。

モノファニー「詳しい蘇生のやり方はその本の中に書いてあるから、よく確認してちょうだいね。手順を間違えると蘇生は失敗しちゃうから!」

モノタロウ「ルールを守って楽しく復活の儀式!」

モノダム「要注意、ダヨ」

モノクマーズは一通り説明を終えると、屍者の書と呼んだ本を机の上に置いた。
屍者の書はこの一冊限り、扱いは慎重にならざるを得ない。




……そんなことを思ったせいで、反応が一瞬遅れた。

灯織「この本は霧子さんが持つべきです」



モノダム「ワ、ワァ……」

本が置かれたそばから、灯織ちゃんによってその一冊は掠め取られてしまった。
灯織ちゃんは迷うことなくスタスタと霧子さんの方へと歩いていき、その本を差し出した。
霧子さんは本を受け取ると、クスッと笑い、大事そうにそれを抱え込んだ。

にちか「ちょ、ちょっと……! 何勝手なことしてるんですか!?」

灯織「にちか、落ち着いて。この本はあくまでコロシアイの動機なんだよ? だとしたら、ちゃんと管理のできる人が持つべきだよね」

にちか「いや、だから……」

愛依「それに、誰を甦らせるかも霧子ちゃんが決めたほうがいいじゃん! 霧子ちゃんなら、このコロシアイを止めるためのエーダンを下してくれるって!」

私たちは必死に本を取り戻そうと手を伸ばしたけど、それは悉く生徒会の5人によって遮られてしまう。
霧子さんは席について、ゆっくりパラパラと本を捲ると、人差し指を立てながら語った。


霧子「うん……復活させるのは夏葉さんがいいかな……」

樹里「……! 本当か!?」

霧子「うん……ルカさんも悩んだけど、結局ルカさんは最後にはモノクマの提示した条件に従った……コロシアイに加担をしちゃってたから」

霧子「その点夏葉さんは最後の最後まで私たちのことを考えてくれていたし、年長者だから私たちをちゃんと導いてくれると思うんだ……」

にちか「そんな、勝手に決めないでくださいよ! 一人の独断で決めていいような話じゃないですって!」

凛世「そうです……そもそもその屍者の書の真偽もわからないのに、議論すらせずに決めてしまうのは少々横暴ではございませんか……?」

恋鐘「議論なんて必要なかよ! 霧子はうちらの中で一番よう真実を理解しとる! うちらにとって誰が必要で、誰がそうでないかもわかっとるはずたい!」

生徒会の5人の盲信にはもう言葉は届かないのだと理解した。
彼女たちは思考を投げ出して、幽谷さんの采配に付き従うと決めてしまっている。


霧子「モノクマーズの皆さん、素敵なプレゼントをありがとうございます……」

モノダム「コチラコソ、有効ニ使ッテ貰エソウデ安心シタヨ」

霧子「ふふ……早速、準備をしなくっちゃ……」

あさひ「あっ! 行っちゃダメっすよ! その本、ちゃんと見せて欲しいっす!」

霧子「ごめんね……でも、行かなくちゃだから……」

幽谷さんは生徒会の5人に抑えられている私たちの眼前をすり抜けて、食堂の外へ。
私たちの制止の声には耳も貸さず。空虚に食堂の中に声が響き渡るだけで終わってしまった。

にちか「もうマジで……何が起きてるの……なんで、こんなことに……」

蘇生の真偽は分からないけど、今の霧子さんを野放しにしておくわけにはいかない。
もし仮に蘇生が本当に可能だとしても、それを彼女に全て委ねてしまうのは危険だ。
私たちの焦燥をよそに、生徒会の5人たちは満足げな表情を浮かべている。


透「よかった、これで学園生活がまた良くなるじゃん」

愛依「だね! 霧子ちゃんにとってもプラスになりそ〜じゃん!?」

灯織「はい……霧子さんなら、甦らせた夏葉さんのことも導いてくださると思いますよ」

恋鐘「そうと決まったらうちらも霧子のことを手伝わんといかんね!」

樹里「後のことはアタシたちに任せとけば大丈夫だ。にちかたちはアタシたちの邪魔さえしなければ好きに過ごしてくれて大丈夫だからな」

(……)

私たちに釘を刺すようにして、生徒会の5人も幽谷さんの後を追って退室して行った。
その背中がどこまでも遠く思えて、私たちは言葉を返すことができなかった。
食堂に残された私たちは、曇った表情でお互いに目配せをした。

あさひ「あーあ、せっかく面白そうな動機だったのに取られちゃったなぁ」

凛世「霧子さんは本当に儀式とやらをなさるおつもりなのでしょうか……」

甜花「うぅ……なーちゃんにもう一度会いたい、けど……」

真乃「私たちの意見に耳を貸す気はあんまりなさそうだったよね……」

(このままじゃいけない……とは思うけど、一体どうすればいいんだろう)

私たちはかつてない混迷に陥ったことですっかり意気消沈してしまった。

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【にちかの部屋】

どうしようもないやるせなさを抱えたまま、形だけの食事を終えると私たちはそれぞれ自分の部屋へと帰って行った。
生徒会の人たちに反発しようにも、人数の上でも、力の上でも分が悪すぎる。
私たちよりも年上で、背丈もある人たちに囲われている幽谷さんに手を出すのはなかなか骨が折れそうだ。
そのことを思うと、ため息ばかりが無限に出続けてしまう。

でも、このままじゃいけないよねと自分の頬をピシャリと打った。
こんな時こそ、どうにかして打開する方法を見つけようと足掻くことが大事なのだ。
ささやかでも抵抗しようと試みることで、何か小さな綻びを生むかもしれない。
そう信じて行動しないことには、何も変わらないのだから。

生徒会の人たちにも日中の行動は制限されていない。今のうちに自分にできることをやらなくちゃ。


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【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノダム『……才囚学園放送部ヨリ、夜時間ノ放送ダヨ』

モノダム『オラ一人デオ伝エスルヨ』

モノダム『モノタロウ、モノファニーハ二人デ仲良シシニ行ッチャッタカラ……』

モノダム『オラハオ留守番ナンダ』

モノダム『……』

モノダム『…………』

プツン

散々日中に足掻きはしたけど、生徒会の人たちの暴挙を抑えることは叶わず、あの屍者の書を取り戻すこともできなかった。
彼女たちは自分自身が正しいと信じて疑わない。霧子さんに完全に依存しているのだから、霧子さんが折れでもしない限りは進展はないだろう。

そんな生徒会が幅を利かせている学園なわけだけど、私はどうしても争わねばならない理由があった。
夜時間の行動の禁止、生徒会によって設けられたルールだけどこれを守っていたんじゃ樋口さんに会うことができない。
樋口さんの疑いを晴らすため、ひいてはこの学園の真実を解き明かすため。私は自分の部屋を抜け出さなくちゃいけなかった。
扉が音を立てないように、ゆっくりとドアノブを引いて、扉を開けた。

そろりそろりと抜き足差し足。階段の音も立てないように、息も荒げないで緩慢な動作で下っていく。
誰にもバレていない、そう思ったのだけど。



「にちか、ちょっと待たんね。どこに行くつもりばい?」
「ひゃうううう?!」



不意に声をかけられたことで、冷や水をぶっかけられたみたいな声が出た。
慌てて振り返ると、そこには【恋鐘さん】の姿があった。


恋鐘「生徒会の規則では、夜時間に個室を出て行動するのは禁止になっとる。朝ちゃんと伝えたはずたい」

にちか「あ、あはは……それは、そうなんですけど……」

恋鐘「勝手なことをしたらうち以外の生徒会のみんなが黙っとらんよ」

恋鐘さんも生徒会のメンバーの一人。霧子さんに心酔している彼女に見つかったのは失態だ。
どうにか言い訳をして振り払おうと必死に思考を巡らせた。



恋鐘「にちか……なんかのっぴきならん事情でもあると?」



でも、それは徒労に終わる。

にちか「え、恋鐘さん……?」

恋鐘さんは周りをキョロキョロと見渡すと、私に近づいて、静かに耳打ちした。


恋鐘「うちは他の生徒会のみんなとは違って……霧子の言うことになんでも従っとるわけじゃなか。うちは霧子の洗脳ば受けちょらん」

(……!!)

思わず真横の顔を見た。確かに恋鐘さんの瞳は、あの不自然な据わり方をしていない。
ちゃんと不規則な呼吸で、感情に左右されて揺れる瞳孔をしていた。私と目が合うと、恋鐘さんはウィンクをして答える。
どうやら今朝の彼女のそれは……【演技だった】らしいのだ。

にちか「え、でもなんで……?!」

恋鐘「そいはもちろん、霧子のことが心配やけん。うちは才囚学園ば来た時から霧子んことを気にかけとったけどここ数日の霧子は変たい」

恋鐘「なんだか別のもんが取り憑いたみたいに、妙に堂々としとって、怯える素振りもせん。そいが余計にうちに心配を抱かせとるばい……」

確かに、この学園で一番幽谷さんのそばにいたのは恋鐘さんだった。
明朗快活とした恋鐘さんがグイグイと幽谷さんを引っ張って勇気づける、そんな凸凹なコンビという印象があった。
そんな彼女だからこそ、灯織ちゃんと西城さんを囲い込む幽谷さんの様子に違和感を覚えたのだ。
恋鐘さんは自分の服の裾に、握り込んだ指先で大きな皺をつける。彼女なりに思うところがあるのだろう。



恋鐘「やけん、にちかが霧子を救うための何かをするつもりならうちは外出を黙っとくよ。うちはみんなの行動をそげん縛りたくもなかもん」

にちか「……! ありがとうございます!」

恋鐘「他のみんなに見つからんように気をつけて! 霧子は学園の中で儀式の準備を進めとるし、あんまり4階には近付かんほうがよかよ」

にちか「4階ですか?」

恋鐘「うん、4階には空き教室ばあったとやろ? あの部屋を使って霧子は蘇りの儀式をするつもりみたいばい」

(わざわざ4階で……? あの本を読むことはできなかったけど、何か条件でもあるのかな……)

にちか「多分大丈夫だと思います。私の用事は地下の図書室なので」

恋鐘「そいならよか! ……あっ、でも図書室に行く時は直接階段を降りていくようにせんばね! 女子トイレには樹里は監視についとるはずたい」

にちか「何から何までありがとうございます……気をつけて行ってきます!」

私は恋鐘さんにぺこりと頭を下げてから、図書室へと向かった。

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【図書室】

音を立てないように慎重に図書室の扉を開けると、部屋の奥の影がゆっくりと立ち上がった。

円香「早かったね。ちゃんと出てこれたんだ」

にちか「樋口さん……恋鐘さんのおかげでなんとか出てこれました」

円香「ああ……みたいね。彼女、そんな器用なふうには見えないのに健気なこと」

にちか「あはは……そうですね!」

私は樋口さんの隣に腰掛けて、昼間に会ったことを一通り伝えた。
個室を出る際に恋鐘さんからある程度事情は聞いていたらしく、生徒会の一件も滞りなく伝えることができた。

樋口さんは何度か浅倉さんのことを詳細に尋ねてきた。
恋鐘さんのような立ち回りが浅倉さんには期待できそうもないことを伝えると、さすがに少ししょげた様子だった。
二人は幼馴染なのだ。そんな大切な存在が洗脳されたとあっては、たまったものではないだろう。


円香「こっちの方は少しだけ収穫があったよ。国内の鉄鋼業についてまとめた文献があったから、昼間はそれを読んでいたんだけど……岩菱鉄工の近年の業績についての記述があった」

にちか「……! 何か分かりました?!」

円香「うん、あんたの言ってた通り……岩菱は半導体メーカーとの共同開発に最近は注力してたみたい。人命救護の分野……危険地帯や紛争地域へのロボットでの介入とか」

にちか「あー、ニュースでよく見るやつ」



円香「中でも岩菱鉄工が注目されていたのは【シェルター開発】の分野らしい」



にちか「シェルター……?」

円香「そう、要は隔離施設。紛争や自然災害から守るための設備の開発で岩菱は他の企業よりも先を行ってたみたい」


円香「実際、開発したシェルターがNPO法人に採用されたおかげでアフリカの紛争地域で多くの人の命を救ったみたい……ほら、これ見てみな」

にちか「本当ですね……他の企業にはない独自開発の耐衝設計って書いてます」

円香「それともう一つ。今後はそのシェルター開発の技術を利用してスペースコロニーの分野の進出する目論見だとか」

にちか「す、スペースコロニー? って宇宙に移住するみたいな話のそれですよね……?」

円香「そう、岩菱が家電の部品とかの開発もしてるのは知ってるでしょ? その応用らしくて、独自技術の空気清浄機……酸素を自動生成して人が居住可能な空間を作る技術を開発してるみたい」

円香「流石に専門的な話は分からないから、概要だけだけど……それぐらいのことは分かった」

にちか「なるほど……ありがとうございます」

なんとなく、薄らとだけど私たちの置かれている状況とのつながりが見えてきたような気がする。
岩菱鉄工の得意とする分野は十分私たちの状況をカバーし得る存在だ。

にちか「一応確認しておくんですけど、樋口さんのお父さんは岩菱鉄鋼の社員さんとかじゃないですよね?」

円香「多分ね。そこの記憶も朧げになっているから断言はできないけど……なんとなく、そういう分野ではなかった気がする」

(だとすると……樋口さんの部屋にあったあの書類や設計図は岩菱鉄工から樋口さんのお父さんの組織宛に送られたものなのかな)



円香「それともう一つ……これに関しては収穫というより、忠告なんだけど」

樋口さんはちらりと図書室に入り口を一瞥してから、私に耳打ちするようにして話した。

円香「私の才能研究教室、改めて調べたら……【ある物がなくなってる】ことに気づいたんだけど」

にちか「へ……? ある物……?」

円香「知っての通り、私の才能研究教室はやたらと物騒な物が並んでたでしょ? 手りゅう弾やらサバイバルナイフやら……そういう道具の延長線上で、妙な本があってね」

にちか「本、ですか……?」



円香「世界大戦中にある軍事帝国で実際に使われていた【マインドコントロールのやり方を記録した禁書】。あんなもの……誰かが手にしていいものじゃない」



(マ、マインドコントロール……?)



その言葉を聞いた瞬間に、すぐにある人の顔が浮かび上がった。
ここ数日のうちに急速に持ち上げ、持て囃されるようになった奇妙な存在である幽谷さんだ。
灯織ちゃんをはじめとした面々の心酔っぷりははっきり言って異常だ。
そのすべてが、その本の存在で説明がつく。
私がわざわざ言及せずとも、樋口さんも同じところに思考は行きついている様子で、静かな怒りをその眼に携えていた。
樋口さんが幼馴染にかかった毒牙に恨みを抱かないはずがない。

円香「もちろん誰がとったのかはまだわからない。確定していない情報だから、とりあえず共有だけ」

にちか「は、はい……でも、たぶん取ったのって」

円香「この情報をどう使うのかはにちかに任せる。仲間内に共有するのも、犯人だと思う人を糾弾するのも……ね」

(……)



円香「どうするの……これから」

にちか「えっと……どうするってのは……」

円香「才囚学園生徒会っての……野放しにしておくわけにはいかないでしょ」

にちか「まあそれはそうなんですけど……」

円香「はぁ……霧子さんは4階にいるんだっけ?」

にちか「え、ひ、樋口さん?!」

円香「ああ、あんたはついてこなくていい。というかついてこないで。生徒会に目をつけられると厄介でしょ?」

にちか「何する気なんですか樋口さん!?」

円香「とりあえずはその復活の儀式とやらを有耶無耶にさせてもらう。そんな怪しい営み、みすきすやらせるわけにはいかない。あんたもその気なんでしょ?」

にちか「いや、そうですけど……!」

円香「私ははなから疑われてて今は信頼も露ほども残ってない。せっかくなんだし使いなよ」

柔らかい物言いをしているけど、実際は行動を強制するすごみがある。
樋口さんも自分の意思をこうと決めたら、なかなか譲らないタチらしい。
私は渋々樋口さんの意思を受諾した。

円香「ありがと。それじゃ行ってくる。あんたはさっさと部屋に戻りなよ」

にちか「樋口さん……無茶だけはしちゃダメですからね」

円香「……善処する」

樋口さんの背中を見送った後、私は樋口さんが残した本を片手に自分の部屋へと戻った。

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【にちかの部屋】

寄宿舎の中から恋鐘さんの姿は無くなっていた。
生徒会のメンバーとして、幽谷さんの元に向かったのだろうか。
目溢ししてくれた恋鐘さんにはまたどこかでお礼を伝えなきゃなと思いながら、大きな欠伸。
樋口さんは今頃生徒会の人たちと接触をしている頃なのだろうか。
何も騒ぎにならなきゃいいのにな。誰も傷つくことがなければいいんだけど。
そんな能天気を眠気とないまぜにしながら瞳を閉じる。


本当に、呑気な振る舞いだったと思う。



私がこうして眠りに落ちているその間にも、着実に時計の針は【その時】に近づいて行っていたのだから。


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【School Life Day14】

【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノダム『キサマラ、オハヨウ。才囚学園放送部ヨリ朝ノ放送ダヨ』

モノダム『モノタロウ、モノファニーハマダ帰ッテコナインダ。朝ニナッテモ、帰ッテコナインダ』

モノダム『二人ノ布団モ、シーツハ二人ノ影ヲ残シタママ』

モノダム『ソコニ二人ノ熱ハ宿ッテナイ。形ダケガ、ソコニ残ッテルンダ』

モノダム『オラ、コノママ一生一人ナノカナ……』

モノダム『オラガロボットナノガ、イケナカッタノカナ……』

モノダム『……』

プツン

太陽が上ったことで、ようやく大手を振って外に出ることができる。
昨晩は結局どうなったんだろうか。樋口さんは生徒会の人たちにどう接触したのか。
幽谷さんの復活の儀式の準備とやらはどうなったのか。
それらを見定めるためにも、今はとにかく朝食会に行かなくちゃ。
テキパキと準備を済ませると、私は急足で食堂へと向かった。

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【食堂】

樹里「おう、にちか。おはよう、昨日はよく眠れたか?」

にちか「……ええ、まあ」

食堂に入るなり、西城さんが出迎える。爽やかな挨拶ではあるものの、相変わらず貼り付けたような出来すぎた笑顔を浮かべていて不気味だ。
私はおざなりな返事をすると、そそくさと真乃ちゃんの元に向かった。

にちか「うぅ……やっぱりなんか気持ち悪いよ……みんながみんなじゃないみたい」

真乃「うん……少しいつもと違う感じがするよね」

にちか「あれ……灯織ちゃんは?」

真乃「今は霧子ちゃんと一緒にいるみたい……復活の儀式、結構準備が大変みたいで手間取ってるみたいだよ」

(復活の儀式の準備は今もその最中なの……? だとしたら、樋口さんは結局昨日止めることはできなかったのかな)

あさひ「復活の儀式自体は今晩にやるつもりみたいっすよ。霧子ちゃんが言ってたっす」

凛世「今晩……夏葉さんを黄泉より呼び起こすのですね……」

(どうなんだろう、実際……そんな儀式、成功するのかな)

甜花「……」



集まってから暫くして、幽谷さんと生徒会のメンバーが何人か食堂に重役出勤をしてきた。
幽谷さんはぺこりと会釈をすると、悠々と席についた。
彼女が座ると、ぞろぞろと残りの5人もやっと腰掛ける。異様な光景だ。

霧子「みんな、おはよう……昨日はみんなルールを守って、部屋で大人しくしてくれたんだね……」

ここでいうルールとは、夜時間の外出禁止のことだろう。
幽谷さんが私の外出に言及しないあたり、恋鐘さんはちゃんと口を噤んでくれたらしい。
思わず恋鐘さんのことを見てしまいそうになったけど、勘付かれるわけには行かない。
衝動的な反応を必死に押さえつけた。

霧子「円香ちゃんだけは……守ってくれなかったみたいだけど……昨日の朝食会に来ていなかったから、しょうがないかな……」

恋鐘「ごめん、霧子……うち、円香のことは完全に見落としとった……まさかうちが寄宿舎を見張るより前に抜け出しとるとは……」

(ああ、そういう言い訳をしたんだ……まあ、樋口さんの挙動は掴みきれない部分があったし、その誤魔化し方がベターかな)


霧子「ううん、大丈夫……儀式の準備の邪魔をしてきたから最初は焦ったけど……話をしたら分かってくれたみたいだから……」

にちか「……え?」

樹里「どうした、にちか。急に声をあげたりして」

にちか「あ、いや……昨日、樋口さんたちに会われて……儀式のことを樋口さんは納得したんですか?」

霧子「うん。私たちが夏葉さんを甦らせようとしているって話をしたら納得して引き下がってくれたよ……?」

(嘘だ。そんなはずがない。樋口さんは昨日明らかに生徒会のことで頭に来ていた)

(理由を説かれたところで納得して引き下がるほど理性が機能していたとも思えない)

(……幽谷さんは、何か隠してないか?)

にちか「あの、樋口さんは今どこに?」

愛依「ちょい……にちかちゃん、霧子ちゃんをなんか疑ってる? 霧子ちゃんはうちらのために、円香ちゃんを説得してくれたんだよ?」

樹里「円香は元々黒幕の側の可能性が高いんだ。所在なんてどうでもいいじゃねーか」

(あー……もう、外野が邪魔くさいな!)


霧子「円香ちゃんを放っておくわけにも行かなかったから……生徒会のみんなに協力してもらって、今は安全を確保してるよ……」



霧子「けど、安心して……ちゃんとご飯もあげてるし、お手洗いにも連れて行ってあげてるから……」



真乃「……ほわっ?!」

にちか「ちょっとそれ……どういう意味ですか?!」

樹里「身柄を抑えさせてもらった。今は甜花の才能研究教室で大人しくしてもらってるよ。あそこは鍵がないと外から開けることもできないからな」

灯織「儀式の準備の邪魔をして、屍者の書を奪おうとしてきたので已むなしです。反省していただかないと」

透「……」

(そ、そんな……ルールを押し付けてきて束縛が激しいとは思ったけど、まさか意に沿わない相手を拘束するところまで行くとは……)


あさひ「あれ……ていうか甜花ちゃんの才能研究教室って……鍵、生徒会に明け渡したんっすか?」

甜花「あ……その、えと……」



霧子「甜花ちゃんは昨日、私たちの言葉を聞いてくれたんだ……甜花ちゃんも、眠っていた本当の自分に気付いたんだよね……?」



甜花「……うん」

凛世「甜花さんも……生徒会の意思に賛同しておられるのですか……?」

真乃「そ、そんな……」

今朝会った時から彼女の様子は変だった。
私たちの相談にも口を開かないくせに、妙に朗らかな表情をしていて、生徒会の陶酔している人たちとまるで同じだった。
甜花さんは霧子さんに呼びかけられるとスクリと立ち上がり、すぐに向こうに座ってしまった。

もう甜花さんも……生徒会側の人間らしい。


にちか「なんで……甘奈ちゃんが甜花さんに望んだのは、そんななし崩し的な安寧じゃなかったはずですよ……?!」

甜花「違うよ……コロシアイから降りるっていうのは、思考の放棄とかじゃなくて……崇高な理念の追求だから……」

甜花「甜花は平和のために、自分にできることをしたいって……その意思に気づいたから……!」

あさひ「昨日までは普通だったのに……いつのまにかあんな洗脳されちゃってたんっすかね」

真乃「もう、生徒会の側じゃないのは……この4人だけなんだね……」

凛世「それと、身柄を抑えられている円香さんです……」

あさひ「はぁ……つまんないっすね。せっかく2回の事件が終わって、コロシアイが加速してきたところだったのに大多数がコロシアイから降りるなんて言い出したら意味ないっすよ」

霧子「みんなも、私たちに協力したいならいつでも歓迎するからね……?」

(そんなの、こっちから願い下げだよ……)

不意に恋鐘さんが目に入った。幽谷さんが言葉を並べ立てるたび、恋鐘さんは心なしか肩を落としているように見えた。
幽谷さんの変わりように心を一番痛めているのは彼女だ。

透「みんなもこっち来なって。うちらだけの平和な楽園、作っちゃお」

それと同時に、どうしても気にかかるのが浅倉さんの存在。
ただでさえ幼馴染には覆すのが困難な容疑がかかっているのに、更には自分の属している生徒会の反乱分子として身柄まで抑えられてしまっている。
それなのに、まるで表情を変える様子もなくヘラヘラとしているのがこれ以上なく不気味だった。



食事を終えると生徒会の人たちは儀式の準備の続きをすると言ってすぐに部屋を抜け出して行ってしまった。
彼女たちの姿が見えなくなった瞬間、大きなため息をそろって吐き出した。ピント張り詰めていた緊張の糸が切れて、一気に疲れが押し寄せる。

残ったのは昨日からさらに一人減った四人。
真乃ちゃん、杜野さんは不安そうに眉をひそめ、芹沢さんは退屈に唇を尖らせた。

あさひ「3人は生徒会の説得に応じたりなんかしちゃダメっすよ? みんなが霧子ちゃんの元に下ったら、いよいよっすから」

にちか「そりゃ応じる気も、耳貸す気もないけどさ……既にこっちに行動の自由はないよ?」

真乃「儀式の邪魔をすれば、円香ちゃんみたいに捕まっちゃうんだよね……」

凛世「円香さん……コロシアイの黒幕に加担していると疑ってはおりましたが……拘束となると、流石に行き過ぎに思われます……」

あさひ「どうにかして生徒会を崩壊させられないっすかねー……」

流石の芹沢さんも、生徒会の盤石な組織体制には手を焼いている。
椅子で舟漕ぎをしながら、不満を口にした。


にちか「儀式は今晩……止めるのなら今のうちだよね」

真乃「……こうなったら、ダメ元で説得をしてみるしかないんじゃないかな」

凛世「こちらから生徒会の元に出向くということですか……?」

真乃「うん……実力行使をしようとしても、人数の上でも体格の上でも有利を取られちゃってるから……多分難しいと思うんだよね」

真乃「それでも、交渉にならまだ応じてくれる余地はあると思う……ほら、さっき霧子ちゃんもいつでも仲間に加わるなら歓迎するって言ってたでしょ?」

にちか「会って話をすることぐらいは出来るかもしれないってこと? でも大丈夫? ミイラ取りがミイラになる……的な結末も見えるんだけど」

あさひ「うーん、この人数で一気に出向けば大丈夫なんじゃないっすか? 一度に何人も洗脳できるほど霧子ちゃんは熟練の教祖ってわけでもないっす」

あさひ「実際今洗脳されているみんなも、一人一人で順番に洗脳されていった感じっすよね? わたしたちが一気に総倒れにはならないと思うっす」

にちか「そっか……」

真乃「どうかな……一度みんなで、蘇りの儀式の準備を止めるように交渉してみない……?」


凛世「凛世は……この学園に来た時、とても不安で……折れてしまいそうでございました」

凛世「ただでさえ見知らぬ場所で、殺生を強要され……明日は我が身と思うと、食事も喉を通らず……」

凛世「そんな中、凛世に声をかけてくださったのが樹里さんなのです……一人閉じこもることしかできなかった凛世と、目線を合わせてはにかんでくださった樹里さん……」

凛世「共に体を動かし、汗を流すことで……凛世の心を解きほぐしてくださった樹里さんが今……完全に魅入られてしまっている……」

凛世「凛世は、樹里さんを沼より引き摺り出したいです……!」


あさひ「私は純粋に、今の状況がつまらないっすから。みんな横並びで同じ考えに流されて、コロシアイの放棄なんて口にしてる生徒会は許せないっす」

あさひ「それに……わたしとよく遊んでくれる愛依ちゃんも、生徒会に入ってから最近は遊んでくれないんで」

あさひ「生徒会をぶっ壊すんだったら協力するっすよ!」


真乃「にちかちゃんは……どうかな?」


にちか「そんなの……決まってるよ」

にちか「私も生徒会をぶっ壊したい。灯織ちゃんも、西城さんも、恋鐘さんも、甜花さんも、愛依さんも、浅倉さんも……あんなのが本当の自分だなんて言わせない」

にちか「平和なんて甘言で誤魔化して自由を剥奪するような真似を……このまま黙っていられないよ!」


真乃「決まりだね……! 行こう……みんなを取り戻すために……!」

私たちは真乃ちゃんをしんがりにして、結束の形を見た。
生徒会の、一人の思想に縋り付くような緩い結束じゃない。
今の状況を打破したい、それぞれの方向に尖った信念が交差した一点で結びつく、脆くも気高く、強い結束だ。

私たちは力強く床を蹴って、その一歩を踏み出した。

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【4階 超研究生級のストリーマーの才能研究教室】

甜花「あ、あれ……? みんな、どうしたの……?」

透「もしかして、うちらの仲間になりたいの?」

4階に上がると、廊下の各地点に見張りとして生徒会の人たちが仁王立ちしていた。
それほどまでに私たちに邪魔をされたくないということなのだろう。

にちか「ちょっと……霧子さんと話がしたいんですけど開けてもらえません?」

甜花「えと……どうしよう、儀式のお邪魔にならないかな……」

透「まだ1日がかりで時間いるらしいし……どうだろ」

恋鐘「……」

恋鐘「良かよ、うちの判断でインターホンを押しちゃる」

(恋鐘さん……!)

恋鐘「大丈夫、霧子がそげんことで怒るわけがなか。それに、にちかたちは話がしたくてここに来てくれたばい。うちらの考えを理解してもらうよかチャンスたい!」

恋鐘さんはバレないように私に向かってウインクをした。
彼女が生徒会にいてくれて良かった。今も正常な思考を保てている恋鐘さんの存在がなければ、突破口は一つとて無かったことだろう。
戸惑う二人を手で選り分けるようにしてから、恋鐘さんはインターホンを鳴らした。


恋鐘「霧子〜! にちかたちが話があるって来てくれたばい!」

すぐに扉は開かれ、中からは幽谷さんが姿を現した。
私たちはすぐに上半身を伸ばして、部屋の中を覗き込んだ。

円香「……」

凛世「ま、円香さん……!」

樋口さんは後ろ手に拘束され、部屋の中のアルミ棚に縛り付けられていた。
足元には空になった食事のプレートが置いてある。
最低限の面倒はちゃんとみているらしいが、とても共に生存を目指す仲間にする仕打ちとは思えない。

霧子「今はまだ、円香ちゃんにもお話をしてる最中なんだ……いつかは円香ちゃんにもコロシアイから降りてもらえるように、説得を頑張ってるんだけど……」

樋口さんの瞳にはまだ、突き刺すような鋭さが残っている。
身柄は抑えられても心が折れてはいないらしい。とりあえずのところはホッと胸を撫で下ろす。

霧子「それより……お話って何かな?」

にちか「あー……それは……」

どこから切り出したものか。蘇りの儀式の中止、生徒会の解散……目指すべき目標はいくつかあるけど、この場でそう迂闊に口にしていいものか。
生徒会のメンバーが取り囲む中で、そんなことを口走れば私たちも樋口さんの二の舞になりかねない。

にちか「えっと……ですね……」

言葉を探して、視線も右往左往。真乃ちゃん、杜野さん、芹沢さんも説得の言葉自体は用意していなかったらしく、不自然な静寂が流れた。
無音の中をあてもなく彷徨っていたけど、ある一点で私の視線の旅は突然に終わる。


それは都合のいい言葉を見つけたからではなく、むしろその対極に近い。
私たちにとって、【これ以上なく都合の悪い存在】を見つけてしまったから。

凛世「こ……これ、は……!?」

真乃「儀式の準備って……一体、何をしてるの……?」

あさひ「……すごいっすね」

みんなもそれを見つけてしまったらしく、途端に空気が変わる。
私たちが覗き込んだ部屋の中にあった異物は樋口さんだけじゃない。
そのもっと奥で私たちの方を一心に見つめるようにしているそれは……


___私たちがかつて失ってしまった仲間たちと全く同じ姿をしていた。


霧子「ああ、気づいたんだね……ふふ……」

にちか「ル、ルカさん?! めぐるちゃんに、有栖川さん……甘奈ちゃん!?」

あさひ「随分と精巧に作られた人形っすね……すごい、そっくり」


霧子「これは甜花ちゃんのお部屋にあった3Dプリンターを借りて作ったんだ。データの準備にちょっと時間がかかったけど……」

凛世「もしや、復活の儀式とはこの人形に亡くなられた方の御霊を降ろす降霊の儀なのですか……?」

霧子「うーん……その詳細まではわからないけど、人形は必須みたいだよ……」

(まずいって……こんな人形まで用意されたら、本当に今晩儀式が執り行われてしまうんじゃ……)

にちか「あの、本当に儀式……やっちゃうんですか……? その、怖くありません……? こんな得体の知れないオカルト……」

霧子「にちかちゃんは心配してくれてるんだね……でも大丈夫。儀式の時には生徒会のみんなが付き添ってくれるから……」

(そ、そうじゃなくて……!)

透「霧子ちゃん、あと儀式には何が必要?」

円香「〜〜! 〜〜〜!!」

透「あ、樋口暴れないでって。もっと手枷をキツくしなきゃいけなくなんじゃん」

霧子「えっと……後は包丁……それに復活の時には完全な暗闇にする必要があるみたいだから……」

霧子「空き部屋にこの人形を運び込むのを手伝ってもらってもいいかな……?」

(まずい……どうにかして、止めないと……!)


にちか「あの……幽谷さんは、もし仮に儀式が本物だったとして……それで誰かを甦らせちゃっていいんですか……?!」

にちか「そりゃ勿論私ももう一度……会いたい、話したいって思うことはありますけど……一度死んだ人間は蘇らないのがこの世のルールなんですよ!?」

にちか「この世のルールを覆しちゃった存在は……果たして私たちと一緒に過ごした仲間たちと同じ存在だって言えるんですか……?」

霧子「そっか……にちかちゃんは不安なんだね……」

にちか「は……?」

霧子「甦った人のことを、これまでと同じように愛せるかどうか自信がない……うん、その気持ちはわかるよ……」

霧子「でも……それは固定観念に縛られてる考え方なんじゃないかな……」

霧子「死んだ人が甦っちゃいけないなんてルールは本当はないんだよ……蘇りを目にすることがないから、そうだと思い込んでるだけ……」

霧子「それに、今こうして生徒会に力を貸してくれるみんなは……死んじゃったみんなともう一度話をしたいと思って力を貸してくれてるの……」

霧子「それを否定するのは、みんなの思いを勝手に否定することにはならないのかな……?」

にちか「う……そ、それは確かに……」

真乃「に、にちかちゃん……!?」

正直なところ、幽谷さんの主張には返す言葉もない。
私が蘇りの儀式に手を出したくないのは、得体の知れないオカルトで仲間の死を穢すような真似をしたくないという主観的な感情でしかない。
それこそ甜花さんのように正面から死を悼んでいる人の感情を凌ぐほどの強い情念でもない。
その思いを否定するなと言われると弱いのだ。
あっさり論破されてすごすごと引き下がる私にため息をつくと、今度は芹沢さんが前に出た。


あさひ「わたしは蘇りの儀式自体には賛成っすよ。でも、夏葉さんを甦らせても面白くないっす。そこだけには反対っす」

凛世「あ、あさひさん……?! お話が違うのでは……?!」

あさひ「わたしははなからそのつもりっすよ。生徒会の活動には不満っすけど、甦り自体は面白そうだしやってみたいっす!」

霧子「ごめんね……でも、夏葉さんに甦ってもらうのはみんなで決めたことだから……」

あさひ「えー、甘奈ちゃんがいいっすよー!」

甜花「……!」

あさひ「甘奈ちゃんは双子の入れ替わりなんて面白いトリックをやってくれたんっすから、生き返らせたらもっと面白いトリックをまたやってくれるんじゃないっすかね!?」

霧子「やっぱり……あさひちゃんの意見は聞けないかな……ごめんね……」

(ダメだ……芹沢さんは生徒会の敵ではあるけど、そもそもこちらの味方でもない……)

善性を盾にした生徒会の思想には、あらゆる言葉が棄却されてしまう。
勇気を振り絞って結集したのに、私たちは結局無力感に打ち震える結果となってしまった。
樋口さん、恋鐘さんにそれとなく視線を送ったけど、彼女たちは静かに首を横に振るばかり。八方塞がりというやつだ。


霧子「その……いいかな? 今晩の儀式のために準備をしなくちゃいけないから……忙しいんだ……」

遮る言葉をかけたところで意味はないんだろうな。
精神に刻まれてしまった負犬根性が、喉に蓋をした。
押し黙る私たちに小さな会釈をすると、扉は目の前で閉ざされてしまった。

透「……ん、満足した? これ以上は邪魔だから、帰った方がいいよ」

あさひ「はー、結局意味なかったっすね」

真乃「ご、ごめんね……」

凛世「いえ……致し方ありません……もはや多勢に無勢のこの状況ゆえ……」

恋鐘「……ここに来てくれて、みんなの思いはちゃんと霧子も聞き遂げてくれたばい。うちら生徒会の意思とはそぐわんかったけど、それを無碍にはせんからね」

甜花「そう、だよ……! 生徒会はみんなの味方なんだからね……!」

恋鐘さんは怪しまれないように言葉を取り繕って、私たちを励ました。
その心遣いには感謝せずにはいられない。私も気取られない範囲で、それとなく合図を送った。

真乃「……帰ろうか」

にちか「しょうがないね……」

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【にちかの部屋】

私たちは幽谷さんの説得を諦めて、自分の部屋へと戻ってきた。
生徒会の統率具合は私たちの思っていた以上で、その中心である幽谷さんは強く、靡かない。
私たちの言葉をいくらぶつけたって、彼女自身の核があれほどまでに強固では太刀打ちできないというものだ。

刻々と時間だけが過ぎていく。
生徒会の企ては今こうしている間にも進んで行き、今晩には、儀式が執り行われてしまう。

今の私にできることは一体……何があるだろう。


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【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノタロウ『おーい、帰ったよー! モノダムー!』

モノファニー『ごめんねモノダム! モノタロウと仲良く話してたら、話の流れでちょっと小旅行にも行こうかって話になってその足で行ってきちゃったの!』

モノタロウ『電車を乗り倒せるのも青春の特権だからね! ぶらり途中下車の旅を堪能してきちゃった!』

モノファニー『じゃーん! お土産のどこの観光地にもある城がプリントされただけのラングドシャクッキーよ!』

モノタロウ『日本全国の道の駅に売ってる海老煎餅もあるよ!』

モノタロウ『あれ……? モノダム……? モノダムがいないよ!?』

モノファニー『もしかしてアイツ……アタイたちに嫌われたと思って家出しちゃったの……!?』

モノタロウ『バカだなあモノダム! あんなのただのノリに決まってる! モノダムだってオイラたちの大切な兄弟だよ!』

モノファニー『本当、バカな子ね……アタイたちがモノダムのことを嫌いになるわけないじゃない……』

モノタロウ『本当に大切なものは、失ってから分かるものなんだね……』

プツン

(本当に大切なものは失ってから分かる……手垢のつきまくった、散々擦られまくったフレーズだな)

(でも……今の私たちはその大切なものが帰ってくるかどうかって状況なんだよね)

個室のドアに取り付けられた、覗き窓から外を見てみる。
寄宿舎の入り口の監視についているのは今晩は恋鐘さんではなく、西城さんみたいだ。
昨日の夜にような目溢しは期待できないだろう。意地でも私たちに、儀式への介入をさせる気はないみたい。
今頃4階の空き教室では幽谷さんが蘇りの儀式を執り行っているのかな。

……もし、儀式が成功することがあれば、明日の朝には有栖川さんが再び私たちの前に現れることになる。

有栖川さんは私たちのことを常に気遣って、この不安な状況の中でも私たちがパニックに陥らないように気丈な振る舞いをしてくれていた。
彼女が、そのままに帰ってくるのならこれほどまでに嬉しいことはない……とは思うけれど。

「そんなわけないって……分かってるのにな」

明日の朝には儀式の結果がわかる。
そのことが私にはたまらなく恐ろしくて、ベッドの上で何度も身を捩っているうちに夜は更けていった。

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【School Life Day15】

【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノタロウ『モノダムがいないとこんなにも寂しいだなんて思わなかったな……まるで家事も手につかないから、散らかりっぱなしだよ』

モノファニー『今までモノダムが皿洗いにゴミ出しに風呂掃除に部屋掃除……』

モノタロウ『洗濯に食事の準備は勿論のこと、洗車に庭の草抜きまで』

モノファニー『服のアイロンがけに更には公共料金の支払いまでついてきちゃうんだからさあ驚き!』

モノタロウ『モノダムが全部全部やってくれてたんだもんね……おーいおいおーい! モノダム、戻ってきてよー!』

モノファニー『アタイたちに堕落の限りを尽くさせてちょうだいよー!』

モノダム『モノタロウ、モノファニー……おかえり』

モノタロウ『モ、モノダム……!? 今までどこ行ってたのさ……!?』

モノダム『ソロソロ二人ガ帰ッテクルンジャナイカッテ、スーパーデ国産牛ステーキヲ自腹デ買イニイッテタンダヨ』

モノタロウ『オイラ……オイラ、そういうモノダムの健気なところが本当大好きだ!』

モノファニー『アタイもよ! モノダム、ちゃんと焼き目はミディアムでお願いね。ちょっとでも焼き過ぎたら責任持ってモノダムが食べるのよ』

モノタロウ『あと油でギトギトになったフライパンはオイラ触りたくないからちゃんと洗ってよね!』


『HAPPY END』


プツン

朝が来てしまった。
結局蘇りの儀式を食い止めるために出来ることも何もなく、部屋から出ることもなく夜を過ごした。
扉の覗き窓から見てみると、西城さんの姿はない。今頃、儀式がどうなったか4階に見にいっている頃合いだろうか。
儀式自体には反対の立場をとっているけれど、結果がどうなったのかは私も気になるところ。
自分の部屋を出るとすぐに校舎へと向かった。

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【才囚学園校舎前】

真乃「あっ、にちかちゃん。おはよう……!」

にちか「真乃ちゃん、おはよう。昨日は眠れた?」

真乃「うん……寝るのは寝れたけど、何度か目を覚ましちゃった。儀式のことがどうしても気になってたからかな?」

にちか「だよね……私も。幽谷さんたちは儀式を実行したんだろうし、結果が気になるよね」

寄宿舎を出てすぐ鉢合わせた真乃ちゃん。
どことなく元気がなく見えるのは儀式のことがやっぱり気にかかるかららしい。
昨日の決起の際に一番意気込んでいたのも真乃ちゃんだし、儀式を防ぐことができなかった失意は彼女が一番強いだろうと思う。

あさひ「あ、にちかちゃんに真乃ちゃん! おはようっす!」

にちか「芹沢さん……おはよう、変わらず元気そうだね」

あさひ「そうっすか? それより、早く4階に行くっすよ! 霧子ちゃんたちの儀式が成功したのかどうか、すごく気になるっす!」

芹沢さんは相変わらず。
彼女にとっての行動原理は興味を引くかどうか。
死者の尊厳だとかはそもそも視界に入っていないんだろうなと思う。
雑談もそこそこに、私の袖をひいて行くので、それに引きずられるようにして私たちもついて行く。



校舎の中はなんだかひっそりと静まり返っている。
まあ儀式のためにみんな集まっているんだろうから、低層階にいるはずもないんだけど。
誰の足音も聞こえない校舎は生気が感じられず、まるで時間が止まっているみたいだった。

にちか「芹沢さんは昨日の夜はどうしてたの? あなたなら儀式を覗きに行こうとか思いそうなものだけど」

あさひ「んー、そうしようとも思ったんすけど、寄宿舎の中に見張りがついてたじゃないっすか? 捕まって小言を言われるのも面倒だったんで、結局部屋にいたっすよ」

真乃「昨日の夜は樹里ちゃんが寄宿舎の中にいたよね……」

にちか「うん……恋鐘さんだったら、話も通じたし良かったんだけどね……」

真乃「……恋鐘ちゃん?」

にちか「あっ……やば……」

あさひ「恋鐘ちゃんは生徒会に入ってはいるけど、霧子ちゃんに洗脳されてるわけじゃないんっすよ」

あさひ「霧子ちゃんのことが心配で、近くで様子を見るために心酔してるフリをしてただけっす」

真乃「そ、そうだったの……?!」

にちか「えっ……芹沢さんも知ってたの?!」

あさひ「はいっす。ていうか恋鐘ちゃんだけ明らかに霧子ちゃんの発言に対する反応が浅かったんで、見てたら分かったっすよ」

真乃「そ、そうだったかな……?」

(流石の芹沢さんだ……洞察力が半端ない……)



3人で話をしながら階段を登り、4階に行き着く。
確か儀式はこの階の空き部屋でやるんだったか。

真乃「……? なんだか、静かだね」

にちか「確かに……廊下に生徒会の人もいないね……儀式はこの階でやるって話だったよね?」

あさひ「……」クンクン

真乃「……あさひちゃん?」



あさひ「なんかこの階……【焦げ臭くないっすか】?」



(え……?)

芹沢さんに言われて、私も鼻をヒクヒクと動かしてにおいを嗅いだ。
確かにうっすらとだけど、煤けたような嫌な匂いがする。
しかもそれは階段を上がって左手側。ちょうど儀式の会場である空き教室の方から漂っているようだ。


にちか「何これ……儀式がうまくいかなかったとか、そういう感じだったりする……?」

真乃「とりあえず、様子を見てみようか。覗いてみよう!」

私たちはすぐに匂いの元であろう空き教室へと向かった。
空き教室には扉はあるけれど、鍵はついていない。
私が持ち手を引けば、すんなりとその空間は私たちの前に広がり、匂いも一瞬にして私たちを包み込んだ。

にちか「うぇ……なにこれ、なんか炭っぽいというか……生臭いというか……」

真乃「あんまり嗅いだことがない匂いだね……」

あさひ「匂いの発生源は、この部屋にあるみたいっすけどよく見えないっすね」

空き教室はただでさえ薄暗かったが、今は前にのぞいた時以上だ。
日が落ちたかのように、部屋全体に影が落ちて、一寸先も見えないほどの真っ暗闇。
匂いの正体を確かめねばならないが、闇の中に踏み込むのは少し気が引けた。
そんな私たちの心中を察してのことか、妙にいいタイミングで彼が姿を現した。


【おはっくま〜!】

モノダム「キサマラ、オ困リミタイダネ……」

にちか「あっ、君は!」

モノクマーズの中でも異質な存在。
小型のロボットのようなモノダムが姿を現した。すぐに縋るようにして飛びつく私たち。

にちか「ね、ねえ! 君ってさ、目からこう……レーザーライトみたいなの出ないの!? 暗闇でも明るくする……みたいなやつ」

モノダム「ウワァァァ……」

真乃「に、にちかちゃん落ち着いて! く、首が……凄い角度になってるよ……!」

にちか「え? あ、ご、ごめん……!」

モノダム「ソンナ乱暴ニブン回サナクテモ、元カラソノツモリダヨ。今ハ緊急事態ダカラネ」

あさひ「緊急事態……っすか」

モノダム「オラノ目ハ一瞬ニシテ500ルクスノ光デ部屋ヲ満タセル高性能ライトガ搭載サレテルンダ」

真乃「学校の教室ぐらいには明るくしてくれるんだね……」


モノダム「ソレジャア行クヨ……覚悟ハイイ?」

生唾を一つ飲み込んで、私たちは頷いた。
それに呼応してモノダムの目は発光し、暗闇に光が降り注いだ。
すぐに闇は晴れ、そこにあるものを浮き彫りにした。

「……っ!?」

咄嗟に反応できなかった。
“ソレ”が私たちの目の前に現れることなんて想像もしていなかったから。

あまりにも唐突に私たちの前に現れたソレは、これまでに見てきたいずれよりも……



……残虐で、凄惨な見た目をしていた。







【指の先まで焼き尽くされ、炭化したその死体はまるで枯木のようだった】





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      CHAPTER 03

   見ていぬうちに巣食って

      非日常編




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事件発生でキリの良いところに行ったのでここまで。
少し間が空くと思いますが、次回捜査パートより更新します。


【ピンポンパンポーン……】

モノクマ『死体が発見されました! ……ってオマエラ何やってんのさ! 死者を蘇らせるんじゃなかったの? なんで死体が増えてるのさ!』

モノクマ『……まあ、ボクとしてはその方が都合もいいんだけどさ。オマエラはもったいないことをしたと思うよ』

モノクマ『とりあえず死体発見現場の4階空き教室に全員集合ね。そこでぜ〜んぶお話ししましょ』

プツン…

私たちは呆然と立ち尽くしていた。
これまでに3人の死体を私たちは目の当たりにしてきた。
包丁を腹に刺されたルカさん、頭部を殴打され血を流して息絶えるめぐるちゃんと有栖川さん。

でも、この死体に感じる悪意はそれらの比ではない。
原型が無くなるまでに損傷を受けている死体には、吐き気すら覚えた。

人が人でなくなる、そのことに対する生理的嫌悪感は私に両膝をつかせるには十分だった。


真乃「……アナウンスってことは、本当に死体なんだね」

あさひ「みたいっすね。真っ黒で捻じ曲がってるし、見た目からはもはや人と言えない見た目っすけど……」

あさひ「一体これは誰なんっすかね?」

にちか「……!」

芹沢さんに言われてハッとする。
今私たちは仲間の死を知覚したが、それだけの認知に止まる。
肝心の死した仲間が何者なのかは自分の目でも分からない。
背丈や体格も、焼けこげている関係で正確な計測ができない。
こうなると、後は祈るのみ。

_____神様、灯織ちゃんじゃありませんように

誰なら死んでいいというわけではない。
だけど、綺麗事を振り翳せるような気分じゃなかった。
私にとっての『特別』が喪われてはいませんようにと何度も繰り返して心中で祈り続けてた。

そして、暫くして他の人たちが死体発見現場にやってくる。


樹里「なっ……なんてザマだよ……こいつは」

愛依「真っ黒コゲ……?! こ、これマジに人なん……?!」

甜花「ひ、ひぃん……まるで誰か、わかんないや……」

透「……ちょっと直で見んのきついかもね」

灯織ちゃん以外の生徒会の人たちはすぐにやってきた。
儀式の次第が気になっていただろうし、いつでも出ていけるように準備をしていたのだろう。
でも、そこに彼女の姿はない。

円香「……なんてこと」

むしろ、拘束監禁状態にあった樋口さんの方が姿を先に現し……彼女を連れてきたのは

霧子「……また、起きちゃったんだね」

生徒会の代表である幽谷さんだった。

樹里「クソッ……こんな状態じゃまるで死体の身元が分からねえぞ」

あさひ「今ここに集まっていないのは……あと、二人っすかね」

真乃「灯織ちゃんと、凛世ちゃんだね……」

透「そのどっちかが死んじゃったんか」

円香「……」

(……お願い)

そんな不謹慎な祈りをずっと神に捧げ続けること十数分……神の宣告は突然に下ることとなる。




「あ、あの……! 申し訳ありません、遅くなりました!」



勢いよく開かれた扉に目をやると、そこには息を切らしながら汗ばむ灯織ちゃんの姿があった。
私と真乃ちゃんは慌てて彼女の元へと駆け寄る。

真乃「灯織ちゃん……よかった、無事だったんだね……!」

にちか「もう、早くきてよ……! 被害者が灯織ちゃんなんじゃないかって、ちょっと心配だったんだからね……」

灯織「ごめんね二人とも……ちょっと急いでこっちに向かってる途中、気になるものがあって」

私たちに遅刻の弁解をする灯織ちゃん。
彼女も切迫していたらしく、感情的に狼狽える様は、数日前までの正常な彼女と重なった。
大丈夫、灯織ちゃんは灯織ちゃん自身にかき消されてなんかいない。

透「あ……えっと……」

円香「……やめときな、あんたが声をかけてどうにかなるもんでもない」

樹里「……そっか、やっぱそうなんだな」

私たちが嬉々として生還を讃えあうすぐ背後では肩を落とす人がいた。
この結末に失意の底に沈むもの。私たちの友の死を望み、彼女自身の友の生を望んだもの。

私たちの間にある溝は、お互いに理解していた。
これ以上言葉を交わそうとすることはなかった。


【おはっくま〜〜!!!】

バビューーーン!!!

モノクマ「えー、世間には二度あることは三度あるとはよく言いますが、ここいらの寺小屋に、どこか抜けた年端もいかぬ、頭もさほどよろしくはない小娘どもが集まっておりました」

モノクマ「彼女らは既に二度も仲間を自分たちの愚かさゆえに失ってきて、その度にもう誰も失わないと胸に誓ってきたのですがさあ大変!」

モノクマ「目の前には三度目の骸が既に転がりてるときた! 三度目の正直なんて言葉に背く大嘘つきもの、友情を騙るだけ騙って実態は伴わない!」

モノクマ「そんないい加減の烙印を押されぬよう彼女たちが思いついた解決策こそが……」

モノクマ「果て? この子はどなたですかな?」

モノクマ「仏の顔は三度まで。どうやらこの仏さんの顔はわからぬということで通すようでござんすね。お後がよろしいようで……」

樹里「長々とそれっぽい口調で喋っただけだろ! 何にも落ちてねーじゃねーか!」

愛依「モノクマ……確かに顔はわかんないぐらいになってるけど、この子が誰なのかは分かってるよ。この子は凛世ちゃん……そうなんだよね?」

モノタロウ「えっ?! なんでそうなるの?!」

甜花「今この場所に集まってないのは杜野さんだけ……肉体的特徴も黒焦げじゃ分かんないけど……一人しか、候補はいないよね……?」


モノファニー「うぅ……見れば見るほど今回の死体はグロいわね……どこぞのアイドルアニメの声優が焦がしたトーストみたいになってるじゃない……」

モノファニー「でろでろでろでろ……」

モノクマ「まあ一番可能性が高いのは杜野さんになるよね。なんたって今この場所にいないんだから!」

にちか「はぁ? いや、可能性も何も一択じゃないの? 何そのもったいつけた言い方……」

モノクマ「……うんうん! いいよいいよ! オマエラがそういうなら、モノクマファイルも杜野さんが被害者ってことで作らせてもらうね! ほら、モノダム任せたよ!」

モノダム「……ウン」

モノクマが手拍子すると間もなく、モノダムはその場で電子パッドをめざましい動きで操作すると、今度は人数分のモノクマファイルとして手渡してきた。
今その場で入力をしたということなのだろう。

モノダム「七草サンモ、ドウゾ」

にちか「う、うん……ありがとう」

一体何のためのパフォーマンス? 今回の被害者は現段階で自明のはずだよね?
なぜ一度確認するような真似をする必要があったの。疑問未満の違和感が脳にこびりつく。

『今回の被害者は【超研究生級の大和撫子】杜野凛世。
死体は全体に渡って激しく燃焼されており、死体の損壊は著しい。
生存者から消去法的に被害者は杜野凛世であるものと判定した。
死体発見現場は4階空き教室の中央の部屋。
死亡推定時刻は午前0時ごろ』

ここでもだ。杜野さんを被害者と断言すればいいのに、明言を避けている。
いや……それ以外の可能性なんて絶対にないはずなのに、何のために?
ひとまず操作の指針となるのはいつもこのモノクマファイルなのだ。
情報源として受け入れておきながら、不信の目も僅かに忍ばせておくこととした。


コトダマゲット!【モノクマファイル4】
〔今回の被害者は【超研究生級の大和撫子】杜野凛世。
死体は全体に渡って激しく燃焼されており、死体の損壊は著しい。
生存者から消去法的に被害者は杜野凛世であるものと判定した。
死体発見現場は4階空き教室の中央の部屋。
死亡推定時刻は午前0時ごろ〕

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モノクマ「それじゃ、後はいつも通りオマエラに任せるからね! 何か困ったことがあればモノクマーズに声をかけるように!」

あさひ「はーい!」

モノクマ「うんうん、いいお返事だね。芹沢さんとなら今回も楽しい学級裁判ができそうで何よりだ」

恋鐘「またあれをやらんとおやんのやね……」

愛依「自分たちの手でクロを解き明かす、学級裁判……」

霧子「……」

学級裁判に挑むにあたって、私にはほんの少しばかりの懸念材料があった。
私は他の人たちの前に立って、声を張り上げる。

にちか「あの、今回の事件も全員で公平な協力のもとに進めたいんですけど……いいですよね?」

真乃「にちかちゃん……? どうしたの、わざわざ声を張り上げて……」

にちか「今回はその保証がないからだよ。才囚学園生徒会、幽谷さんを中心にするこの組織が私たちを含めた上での全員の生還をちゃんと目指してくれるかどうかは信用ならないじゃない?」

霧子「……えっ!」


灯織「にちか……流石にそれはちょっと心外。私たちはあくまで才囚学園にいる全員の生存と幸福を目的としてる組織なんだよ」

樹里「ああ、この捜査の中で一方に加担するなんてことはしない。誓ってもいいぜ」

透「仮に霧子ちゃんがクロなら、うちらはちゃんと霧子ちゃんを差し出すよ」

にちか「……誓いましたね? 守らなかったら100回パンチですんで」

霧子「……」

一応の合意は取れたし、そう易々と裏切りはしないだろう。
とはいえ書面で何か残るわけでも法的な拘束力があるわけでもない口約束だ。
完全に信頼をしておくわけにはいかない。
疑心暗鬼という言葉を体現したかのような状況に、我ながらため息が止まらなかった。

にちか「捜査は真乃ちゃん、二人でやろうか。信用できるのはお互いここだけでしょ?」

真乃「灯織ちゃんも……厳しいんだね」

にちか「……残念だけどね。灯織ちゃんは生徒会の中でも幽谷さんへの傾倒具合は高いから」

真乃「……」

にちか「でも、協力が全くできないわけじゃないから! ちゃんと情報の共有はするし、こちらからも聞き込んだりしよう」

真乃「うん……そうだよね……っ!」

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【空き教室(中央の部屋)】

やっぱり異様な光景だ。
部屋の中央にはこれまでのどの死体とも違った様相の焼死体が鎮座し、私たちの視線を一身に集める。
そして焼死体は肉が焼き焦げたような悪臭を発している。

だが、生理的な嫌悪感もそうだけど、それと同じくらいの悪寒を感じさせているのは部屋全体のレイアウト。
杜野さんだろうと推定される焼死体を取り囲むようにして、この学園生活で命を落とした仲間たちの人形が並べられているのだ。

にちか「めぐるちゃん、有栖川さん、甘奈ちゃん……まるで焼死体を覗き込むようにして……」

真乃「3人に看取られる中で、凛世ちゃんは燃え尽きちゃったんだね……」

(死人に見られながら息絶えていく……どんな気分なんだろう)

にちか「……あれ? 人形は、【三つ】?」

真乃「ほわ……そういえば、そうだよね。亡くなったみんなを模した人形なら、ルカさんの分が見当たらないね」

にちか「なんでだ〜……? まさか仲間外れってわけじゃ……」

そう言いながら部屋を見渡すようにすると、ルカさんの人形自体は見つかった。
ただ、その状態が他の人形たちと違っていて気づかなかったのだ。

にちか「え……なにこれ、バラバラになってるんだけど」

私が拾い上げたのはルカさんの頭部。周りを常に威嚇しているようなとんがった目元はとてつもない再現度。
だけど、そのせいで首から下がないチグハグさを一層際立てるのに一役買うことになってしまっている。

真乃「なんでルカさんの人形だけこんなことに……」

まさか個人的な恨みってわけでもあるまいし……
ここに何か秘密があるのは間違いないんだろう、けど。

にちか「……」

流石に、一番近くにいた人間からすれば不快でしかないかな。

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【真乃と相談】

にちか「真乃ちゃん、捜査に当たって相談に乗ってもらってもいい?」

真乃「もちろん、大丈夫だよ……! 何のお話かな?」

にちか「死体発見の時のことを改めて振り返りたいんだ。あの時、私と真乃ちゃんと芹沢さんの三人で死体を発見したよね?」

真乃「うん、確か……あさひちゃんが4階への階段を上っている最中に焦げ臭い匂いを嗅ぎ取って、それで空き教室のほうにやってきたんだよね」

にちか「他の匂いとかは何も言ってなかったよね?」

真乃「うん……私も、あさひちゃんに言われてやっと気づいたくらいだったから、特に他の匂いとかはなかったんじゃないかな」

にちか「それで、三人で部屋を覗き込んだタイミングで杜野さんの死体を発見した……ちょうどその時に死体発見アナウンスは鳴ったよね」

真乃「うん、ちょうどこの三人で見たとき、それと同時だったよ」

にちか「ってことはこの三人は容疑者から外れる……のでいいのかな」

真乃「他に前もっての目撃者がいなければ、そうなるね。でも……前回の事件のこともあるから、あんまり死体発見アナウンスを信用しすぎるのも危ないかもしれないよ」

にちか「甘奈ちゃんと甜花さんはアナウンスを利用して相互に容疑者から外しあったんだもんね」

真乃「うん、できる限りは自分たちの推理で明らかにしなくちゃ! むんっ!」

コトダマゲット!【死体発見時の状況】
〔第一発見者はにちか、真乃、あさひの三人。4階への階段を上っている最中にあさひが焦げ臭い匂いをかぎ取って死体発見に至った。ほかに異臭は誰も嗅いでいない。三人で同時に死体を目撃した時に死体発見アナウンスが鳴った〕

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【死体を調べる】

……事件の当事者であり、現場に確実に残される手がかりが死体だ。
一切の妥協なく、見落としなく隅々まで調べることは最低条件なのだと、理解しているのだけど。

にちか「……ひっ!」

指で触れる、焼けこげた肌はガサガサとしていて嫌な感じがした。
体液が伝った後が、雨上がりの轍のようなジュベジュベとした感触に近いのも大きい。
人を触っているというよりは、腐葉土を練り上げて作った泥人形を触っているような、そんな感触を覚えながらで、うまいこと手が回らない。

あさひ「……にちかちゃん、何してるっすか?」

そんなこんなで死体を触ったり触らなかったりの足踏み状態を続けていると、すぐ横から芹沢さんがすり抜けて覗き込んできた。

あさひ「わたし、捜査をしたいんっすけど……捜査する気がないのなら退けて欲しいっす」

にちか「え、あ……ご、ごめん……」

芹沢さんは私をぐいと押しやると、躊躇うそぶりを微塵も見せずにベタベタと死体を触り始めた。
炭化した肌がペリペリと音を立てて、芹沢さんの手のひらにひっつく。
しばらくしてから、手をブンブンと振り回してそれを払い落とした。


あさひ「来ていた衣服もほぼ原型がなくなるくらいに燃やし尽くされてるんで……何か証拠は持っていなさそうっすね。無事なのは懐に入れていた電子生徒手帳ぐらいっす」

にちか「ああ……機械系は燃えないか。中身は?」

あさひ「問題なく電源はついたっす。高熱でも壊れないんっすね」

【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「えっへん! どうだ! すごいんだぞー! お父ちゃんが改良に改良を重ねて作り上げたモノクマーズパッドは超頑丈!」

モノダム「ゾウガ乗ッテモ大丈夫」

モノファニー「気圧差にも強いから潜水艇調査のお供にも持ってこいよ!」

モノタロウ「耐熱性も抜群だから、持ったままサウナで我慢くらべだってできるんだ!」

【ばーいくま〜〜〜!!!】

真乃「耐久性がウリになってるみたいだね……あさひちゃん、中身はどう?」

あさひ「はいっす! ちょっと待っててくださいっす」

芹沢さんは私たちの目の前で電子生徒手帳を起動する。
しばらくロードの画面があったかと思うと、無事に起動は完了し、画面上には持ち主の名前が浮かび上がる。


『ようこそ 杜野凛世さん』


真乃「やっぱり……この死体は凛世ちゃんで間違いないみたいだね」


にちか「死体が最後まで持ってたんだから、間違いなさそうだね。わざわざ別人とすり替える意味もないだろうし」

あさひ「……特に私たちの持っている電子生徒手帳と違いはなさそうっす。ここに情報は何もないっすね」

しばらく指先で画面をいじった後、芹沢さんはそれを退屈そうに放った。
かと思うと、今度は死体に僅かに残った衣服と本体の隙間の部分を弄り始める。

にちか「ちょ、ちょっと……!? そんな、だ、大丈夫なのか……?!」

(なんていうか、倫理的に、常識的に……?!)

あさひ「……なんでっすか? 相手はもう死んでるんっすよ? 靴下の中に指を突っ込むんじゃないからいいじゃないっすか」

(だからなんなのその価値基準……!?)

ドン引きする私たちをよそに、しばらく芹沢さんは死体を弄ったかと思うと、突然に動きをぴたりと止めた。
そのまま死体の一部分を丁寧に撫で回すかのようにすると、顔を上げて、私たちに近くに寄るように促した。

あさひ「これ、この部分ちょっと見て欲しいんっすけど……」

にちか「うげっ、み、見るの……?」

あさひ「当たり前じゃないっすか。調査のためっすよ、嫌だとか何とか文句言ってる場合じゃないっす」

にちか「う、うう……」

覗き込んで死体のお腹の辺りを見る。
芹沢さんの手のひらの下のあたり、真っ黒な死体の肌には一点だけ、妙にさっぱりとした緑色の部分があった。
粘土が粘着して、穴に蓋をしているようで、全く色味のない空間に突然と現れた鮮やかな緑色はとても目を引いた。

あさひ「んん……っ! これ、取れないっすね。肉の中に食い込んでいる感じがするっす」

真乃「見た目と違ってガムみたいなものが引っ付いているわけじゃないんだね……?」

あさひ「そっす。見えているのは頭の部分だけ……釘みたいな感じをイメージするのが近いかもしれないっす」

(死体に撃ち込まれた釘……? しかも、お腹の部分に……?)

(それにしても見たことのない物体だ……この学園のどこにこんなものが……?)

コトダマゲット!【緑の物体】
〔凛世の死体の腹部に食い込んでいた緑色の物体。ガムが引っ付いたような見た目だが、実際のところ肉体にかなり食い込んでいるらしい〕

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【死体の握り拳】

死体を全然厭わずに弄っていく芹沢さんは止まらずにどんどんと突き進んでいく。
すっかり炭化の進んでいる肉体は、人の手で動かされるたびに、おおよそ肉体がたてるものとは思えない異音を立てる。

あさひ「……硬いっすね?」

にちか「せ、芹沢さん……?」

グイグイと捜査を進めていた芹沢さんの手が止まった。
小さな両手は古木の枝のように伸びた左腕に掴みかかって、押したり引いたりをしている。

あさひ「ん〜! 手のひらを開かせたいのに、空かないんっすよ〜!」

左手はよく見ると、軽く握り込んだ形のようになっており、指と掌底の間の空間には何か銀色に輝くものが見える。
ただ、焼けこげて形が固定された骸の指先は城門のように頑丈にそれを守っているのだ。

あさひ「指が邪魔っす〜!」

にちか「……」

真乃「……」

それはわかるが、手を貸せなかった。
この死体に触れるのはやっぱりこれまでの死体のいずれとも違う。
この場に及んで積極的に関わっていくことのできない、臆病な自分がいた。


あさひ「む〜……」

あさひ「よい……しょ……よい……しょ……!」


あさひ「……とれたっ!」


芹沢さんがそうして格闘すること暫く。
ようやくと言った様子で、その銀の輝きを取り出してみせた。

あさひ「二人とも、取れたっすよ!」

宝物を見つけ出した時にように、己の功績を誇るようにして芹沢さんは取り出したばかりのそれを私たちの前に差し出した。

それは不完全な筒の形をしていた。
底のない円柱は、わずかな隙間を残しており、広げれば綺麗な長方形の展開図となるだろうことが窺い知れる。
そして輝きの通りの金気。光の反射、手触り、そして基調の価値からしてもステンレスを加工したものなんだろうと思う。


にちか「これ、なんだろうね……?」

真乃「何かのパーツの一部、なのかな……?」

あさひ「どこかで見たことがあるような気はするんすけど……」

にちか「杜野さんが焼かれて命を落とすその瞬間まで大事に握りしめていたものなんだよね。この物体の正体は分からないけど、杜野さんにとって……もしくは犯人にとって重要な手がかりなのは間違いないでしょ」

真乃「ダイイングメッセージみたいなものだね……っ!」

にちか「うん、そういうこと!」

よほどのことがない限り、苦しみの最中で人は無意識に手を広げてしまうはずだ。
こんな小さな一パーツを何の狙いもなく最後の最後まで握りしめていたとは思えない。

杜野さんは私たちに何かを伝えるために、これを握っていたのはまず間違いない!

コトダマゲット!【死体の握っていた金具】
〔凛世の焼死体が左手に握りしめていた金属製の何か。筒のような形状をしているが、片手に握り込めるほどに小さい。凛世のものなのか犯人のものなのかは不明〕

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【死体の体勢】

真乃「……」

死体の捜査を開始したけど、真乃ちゃんは死体を前にして、ぴくりとも動かない。
神妙な面持ちで、死体を見つめている。

にちか「あの……真乃ちゃん、死体を見るのが辛いんだったら、下がってても大丈夫だよ。私が何とか頑張って見てみるから」

真乃「ほわっ……!? ご、ごめんね……! あの、そうじゃないんだ……確かに死体を見ているのは辛いけど……私は今ちょっと気になるところを見ていて……」

にちか「気になるところ……?」

真乃「うん、死体の体勢……というか姿勢、ポーズかな。なんだか変わったポーズをしているよね?」

真乃ちゃんに言われてて、死体を俯瞰的に見てみることにした。
真っ黒焦げの死体の印象に圧倒されて、それ以上の情報を受容しようともしていなかったが、
確かに彼女のいう通り、目の前の死体はこれまでと明らかに違った様相だ。
痛みに悶えで腹部を抑えるでもなく、力無く両手を垂れ下げるでもない。
まるで神に祈るかのように、母に身を委ねる胎児のように、両手足を折り曲げて小さく縮こまっているのだ。



霧子「これは死後硬直だよ……」



(ゆ、幽谷さん……?!)



霧子「どの死体でも起こる現象ではあるんだけど、焼死になると他の死因よりも筋肉がより早く熱せられて固まってしまうからこんな姿勢になるんだ……」

霧子「筋肉が固まってしまうことで関節が歪曲した形で固定されちゃって、こんな風なポーズになるんだよ……」

にちか「あー、死後硬直自体は聞いたことあります。よくドラマとかで死亡推定時刻を割り出すのに使ってるやつですよね!」

霧子「うん……本来はじっくりと時間をかけていく硬直するものだから……」

真乃「そっか……それなら元々凛世ちゃんはこのポーズだったわけじゃないんだね」

(儀式の真ん中で拝むようなポーズ、すごく意味ありげだもんな。きっと真乃ちゃんはそれで気になったんだ)

(……でも、妙だな。そんなポーズをとるくらいにじっくり焼かれたんだとしたらどうして杜野さんはみを捩ったり抵抗をしたりしなかったんだろう)

(この死体は全面が熱に促されるままに捻じ曲がってる……)

(焼死なんて時間のかかるやり方なのに、犯人は拘束したりしなかったの……?)

コトダマゲット!【死体のポーズ】
〔凛世の死体は拝むように四肢を曲げた状態で発見された。霧子曰く、焼死体は死後硬直が進みやすく自然に捻じ曲がってこのポーズになった可能性が高い。凛世は焼かれている時、拘束の一切をされていなかったようだ〕

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【死体の下に落ちている金具】

芹沢さんが死体を調べるために動かした後、死体がもともとあった場所に光を反射して輝くものがあった。
二本の指でつまむぐらいの大きさの小さな金属類だ。

にちか「これ、なんだろう……?」

真乃「ほわっ……なんだろうね、もともと死体の下敷きになっていたみたいだけど……」

にちか「杜野さんが焼かれた時にもこの場所にあったんだろうね。熱で変形しちゃってて、原形がなんだかよくわかんないや」

真乃「熱と体重の二つの力がかかったから、延びちゃったんだね……っ!」

杜野さんが生前に身に着けていた衣服の一部なのだろうか?
でも、装飾の少なかった杜野さんの衣服にこんな金属製の部品があっただろうか……?

とりあえず拾って持っておいたほうがよさそうかも。

コトダマゲット!【死体の下敷きになっていた金具】
〔凛世の死体の下に落ちていた金具。指でつまめるほどの小さなもので、熱と体重で変形してしまっている〕

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【ルカの人形】

にちか「……」

死体の近くに転げ落ちているそれを拾い上げた。
私が抱き抱えているそれは、ただの作り物。姿が似ているだけの偽物だ。
そんなのは分かっている。分かっているけど、人の感情はそう簡単に割り切れはしないのだ。

真乃「にちかちゃん……」

ルカさんとの関わりはそう長くも、そう深いものでもない。
この学園で出会った最初の相手だから相手も目にかけてくれただけ、ほんのそれだけの関わりなのに。
私の心において今現在核となっていることを理解した上で、犯人はこうして踏み躙ったのだろうか。

……許せないかも。

にちか「ごめん、大丈夫。捜査再開、捜査再開!」

真乃「う、うん……」

一旦は憎悪を引っ込ませておいて、私は砕け散った人形を調べ始めた。

当然ながら接合部に骨や血管は見えない。表面上の見た目は完璧に模倣してあるが、それだけだ。




樹里「……なんでこんな砕けちまってるんだろうな」



にちか「……!? ほ、ホントですよね……どういう意図が……」

ぬぼーっと現れた西城さんに不意をつかれた。
どこか西城さんは気が抜けたような表情で、声にも覇気がない。

樹里「どうしてこうも、同じ人間の尊厳を貶めるような真似ができるんだよ……!」

彼女もまた生徒会の毒牙にかかっていた人間。
だけど、人間として大切なものは何も落としてはいなかった。西城さんが自棄っぱちに溢した声の震えは私と何も違わない。

樹里「犯人のヤローは凛世を殺すだけじゃ飽き足らなかったのか?」

真乃「殺害にこの人形の破壊が必要だったのか、関係性が謎ですよね……」

にちか「この人形自体は樹脂製みたいですね……壊すのもそう容易ではないみたいですけど」

樹里「ほんとだ、叩くとコンコンって音が奥に響く感じがするな」

真乃「でも、樹脂だったら熱に弱いのかも……!」

樹里「んあ? 熱か……?」


真乃「はい……樹脂にも種類がいっぱいあって、植物性のものなんかは耐衝性は高くても、熱には弱くてあっさり溶けちゃうみたいなことがあるってこの前テレビで見たことがあるんです……」

にちか「ふーん……」

真乃ちゃんの豆知識に生返事をしながら、バラバラになった体のパーツを裏返したり、いろんな角度が見たりしてみる。

にちか「あ……」

そこで、真乃ちゃんの話との付合が見つかった。

にちか「こ、これ……接合部! 砕けてるところの一部分は、【溶けてます】よ!」

樹里「……!? ま、マジか!」

私たちの中に筋肉ムキムキの怪力マンなんていない。
真乃ちゃんの見立て通り、犯人が熱を利用したのはまず間違い無いみたいだ。

にちか「これ、人形の素材についてちゃんと調べておいた方がいいのかも。西城さん、この人形って儀式用に幽谷さんが用意したものなんですよね?」

樹里「ああ。甜花の才能研究教室にあった3Dプリンターで全部書き出して作った人形のはずだぜ」

真乃「にちかちゃん、甜花ちゃんの才能研究教室も調べに行こう!」

にちか「だね、あの機械を私たちも触って見たほうがいいみたいだよ」

コトダマゲット!【ルカの人形】
〔死体の近くに転がっていたバラバラになったルカの人形。元々くっついていたはずの接合部には融解が揺られ、熱を与えられたものと見られる〕

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【部屋の隅に落ちている紙】

部屋にある照明は壁に灯されている蝋燭だけ。
部屋全体を照らすには光量としても足りておらず、目を凝らさねば全体を見渡すことはできない。

だからきっと、見落としたのだと思う。
ちょうど陰になっているところに、二つ綴じになった小さな紙片を拾い上げる。

ゆっくりとその紙を開いてみると、ボールペン書きでこう書いてあった。

『○ 斑鳩ルカ
× 八宮めぐる × 有栖川夏葉 △ 大崎甘奈』

これは……コロシアイで命を落としてきたみんなの名前?
それに横に書いてある記号はどういう意味?
ルカさんだけ丸になっているけれど……この紙と今の状況に共通するものがあるのは偶然なんかじゃないよね……?

コトダマゲット!【空き教室の紙片】
〔儀式を行った空き教室の中に落ちていた紙片。これまでにコロシアイで命を落としてきたメンバーの名前が書いてある〕

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【屍者の書】

死体の傍に落ちている本、これを見るにはこの学園生活で二度目だ。
私たちに提示された今回の動機、転校生を招き入れるための道具である屍者の書。
これを使えば今までの学園生活で犠牲になった人を復活させられるとの触れ込みだったわけだけど。

真乃「儀式は……行われたのかな?」

この部屋を取り囲むようにしている人形を見ても、儀式が実際に行われようとしたのは間違いない。
昨日の夜に話した段階でも、幽谷をはじめとした生徒会は本気だった。
儀式の次第の如何は後で幽谷さんに尋ねるとして、とりあえずはその儀式の詳細を確かめておこう。
私たちはすぐに屍者の書をひったくられたせいで満足に中身を見ることも叶わなかった。


『屍者の書〜転校生を呼び込むための蘇りの手順〜』

『1.絶命してしまった仲間の依代を用意します。難しい場合は本人の死体が最も理想的ですが、姿を模して作った人形で構いません。その人形の中に魂がそのまま入るのではなく、その器を代償に本当の肉体を再臨させるのでご心配なく』

『2.復活させたい仲間の死体の胸部に刃物を突き立てます。奥深くに突き刺さるまで復活の呪文を絶えず唱えるようにしてください。
・黄泉に眠りし御霊よ 我が呼びかけに答えよ
今再び肉体を宿し 現生に縋り叫べ」

『3.刃が深くまで突き刺さったら、この蘇りの書を燃やして灰とした後に、死体に振りかけてください。
そのうえで最後の呪文を唱えてください
・理に縛られず 近界を破りたまえ
我が心身を賭して 汝の縁を取り戻さん』


にちか「うーわ、うさんくさ……これが蘇りの儀式?」

辟易するような嘘くささだけど、今のこの部屋の状況を思うと、実行に向けて動いていたのは間違いないだろう。
捜査のために屈んでいる私たちのことを見下ろしている人形の数々がその証明だ。

真乃「この儀式に、本当に効果はあったのかな……?」

にちか「そんなの言うまでもなくデマだとは思うけど……」

実際のところ、この学園では私たちの理解を飛び越えたような出来事が頻発しているわけで。
口ではあり得ないと繰り返すも、拭いきれない疑念があった。

真乃「それにしても、この本はどうしてここにあるんだろう?」

にちか「うん……?」

真乃「あのね、儀式は昨日生徒会のみんなが実行するはずだったでしょ?」

真乃「だとしたら、この本は本来霧子ちゃんが持っっているべきもののような気がするんだけど……」

にちか「……」

確かに言われてみれば。屍者の書は私たちの前の姿を現してからずっと、幽谷さんの手の元にあった。その幽谷さんが存命である以上、こんなところに屍者の書があるはずがないんだ。
なのに、どうしてここに落ちているの……?

コトダマゲット!【屍者の書】
〔モノクマたちに提示された今回の動機。転校生として、これまでに犠牲になった生徒たちを復活させるための儀式の工程が書いてある。

『屍者の書〜転校生を呼び込むための蘇りの手順〜』
『1.絶命してしまった仲間の依代を用意します。難しい場合は本人の死体が最も理想的ですが、姿を模して作った人形で構いません。その人形の中に魂がそのまま入るのではなく、その器を最小に本当の肉体を再臨させるのでご心配なく』
『2.復活させたい仲間の死体の胸部に刃物を突き立てます。奥深くに突き刺さるまで復活の呪文を絶えず唱えるようにしてください。
・黄泉に眠りし御霊よ 我が呼びかけに答えよ
今再び肉体を宿し 現生に縋り叫べ」
『3.刃が深くまで突き刺さったら、この蘇りの書を燃やして灰とした後に、死体に振りかけてください。
そのうえで最後の呪文を唱えてください
・理に縛られず 均衡を破りたまえ
我が心身を賭して 汝の縁を取り戻さん』

なお、なぜか屍者の書は死体の傍に落ちていた)

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【床木】

愛依「ん〜……?」

死体を覗き込みながら首を捻っている愛依さん。
彼女も生徒会の人間ではあるけど、この捜査中の協力は生徒会との間で約束されている。
話を聞くくらいはしてもいいだろう。

にちか「愛依さん、どうしました? 死体を覗き込んだりして」

愛依「あ、にちかちゃん……あのさ、ちょい気になるんだけど……この死体ってマジに焼死体なんだよね?」

にちか「え? いや、どこからどう見てもそうじゃないですか。肌から肉まで真っ黒焦げ、マシュマロトーストを焦がしてたどこぞの女性声優の画像みたいですけど」

愛依「やっぱそーなんよね……でも、だとしたらこれって変じゃね……?」

にちか「……?」

愛依さんが指差して示したのは、焼死体のすぐ下。
死体がのっかかっていたせいか、幾らかの煤が付着している床木があった。


にちか「てかこの部屋マジでボロッボロですね……築年数何年なんだろ」

愛依「あはは……いや、あのさ。うちが気になってんのは、そのボロい木がどうして燃えんかったのかってこと」

真乃「ほわ……! た、たしかに! これだけ死体が黒焦げになっているほど燃えたはずなのに、木造のこの部屋に損害が生じてないのはおかしいですね……」

愛依「やっぱそーだよね!? 普通延焼? とかして燃え広がらん?」

(なるほど……確かにそうだ。この部屋は至る所が剥き出しの木造だし、部屋自体にどこか乾燥した空気が満ちている)

(人を焼いて殺そうものなら、すぐにどこかに引火して全面を焼いてしまいそうなモノだ)

(だけどそうならず、この部屋で燃えているのは真っ黒こげの死体ただ一つ)

愛依「もしかして……! 燃えて黒焦げになっちゃった床板を犯人が全部張り替えたとか?!」

にちか「いや、リフォームの匠でも一晩じゃ無理ですって。空間を生かした開放感あるモダンスタイルが精一杯です」

(犯人は何らかの手段を用いて火を拡がらないようにした、もしくは……?)


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【灯織に聞き込み】

灯織ちゃん……生徒会に所属してから、接触を何処か避けてしまっていた。
私の投げかけた言葉がきっかけで彼女の進んでいた道は横道にそれ、彼女は他の人以上に幽谷さんの言葉に突き動かされることになってしまった。

真乃「にちかちゃん……怖い気持ちはわかるよ。でも、灯織ちゃんは灯織ちゃん……きっと何も変わってないよ」

にちか「うぅ……真乃ちゃんはうまいこと逃げ道を塞ぐなあ」

真乃「ふふ、だってにちかちゃんのお友達だもん」

腹を括って灯織ちゃんの元へ歩いて行った。
私たちに気づいた彼女は、微笑んでこちらを見た。
その表情はごく自然で、相変わらず見惚れてしまうような美しさ。

灯織「二人とも、私に何か用? 今回の事件……あまり私も知っていることはないのだけど」

なんだか虚しいくらいに、そのままだ。


にちか「ああ、うん……死体発見のタイミングでみんな集まったけど、灯織ちゃんは一人遅れてきてたよね? それってどうしたのかなと思って」

灯織「ああ、うん……えーっと……ほら、ここって学校の4階に当たるでしょ? それにこの学校は作りが特殊で階を登るのにも廊下を歩く必要があって……」

真乃「階段同士の距離が離れてることがあるよね」

灯織「その道中、気になるものを見つけたんだ」

にちか「気になるものが……?」

灯織「うん、この学園の2階。【超研究生級のドクターの才能研究教室】なんだけど」

(超研究生級のドクターの才能研究教室だって……!? それって幽谷さんの才能研究教室だよ……!?)

灯織「誰かが出入りしたのか、扉が開けっぱなしになっていた上に……何か棚が荒らされているようだったの」

真乃「ほわっ……!? ど、どうして……?!」

灯織「ごめん。中に入ってまでは見てないから、詳しい状況とかは分からないんだけど……あれは自然になったものじゃない。誰かが確実に部屋に押し入ったあとだったよ」

思えば前回の事件でも超研究生級のドクターから持ち出された気化麻酔が事件で使われた。
医療関係で人の命に関わる扱いの難しい品が揃っているという特性はあるけれど、こう立て続けに事件に関わってくるものか……?



にちか「ありがとう、捜査の合間に時間があったら見に行ってみる」

灯織「うん、私もそうするね」

真乃「……」

灯織ちゃんから聴取をし終えると、居心地の悪い間が訪れた。
どこか遠くに行ってしまった彼女に何か言葉をぶつけたい。
でもそのための言葉が見当たらない。まごつくばかりの私と真乃ちゃんを、灯織ちゃんは怪訝そうに見つめた。

灯織「二人とも大丈夫? 無理してない?」

にちか「あ、そういうんじゃないから……」

灯織「今回の事件、凄惨なものだから……別に無理して向き合う必要ないんじゃないかな」

にちか「……」



灯織「もし辛かったら霧子さんに見てもらったら? 霧子さん、メンタルのケアサポートも心得てるらしいから」

にちか「あー、もう! そういうんじゃないって言ってるでしょ!」



(……あっ)

(や、やってしまった……)

灯織ちゃんの口から幽谷さんの名前が出たことで条件反射的に強い拒絶の言葉を吐いてしまった。
ピシャリと言葉を浴びせられた灯織ちゃんは目を丸くして、しばらく時間が止まったようになったかと思うと、しょぼんと肩を落として『ごめん』と溢した。

灯織「私よりもにちかの方がいろんな苦境を通って来てるんだもんね……余計なこと言ったよね」

にちか「あ、そういうことじゃなくて……気遣ってくれたことは嬉しいんだけど、その……!」

灯織「ううん、大丈夫。私霧子さんの捜査を手伝ってくるから……またあとでね!」

灯織ちゃんもバツの悪さを感じてしまったのか、そそくさとその場を去る。断絶とも違う、薄靄が立ち込めたような距離感に大きなため息が出た。

(……灯織ちゃんの目を覚まさせてあげることはできるのかな)

真乃「灯織ちゃんのことは気にかかるけど……今は捜査だよ、にちかちゃん」

にちか「あ、うん……ごめんね、真乃ちゃん。ありがとう」

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【円香に聞き込み】

空き教室の壁にもたれかかるようにしてじっとしているのは樋口さん。
どこか焦点もあっていない視線に、やたらと多いため息。疲労の色はとても隠しきれない様子。

にちか「あのー……だ、大丈夫です……?」

円香「……! ああ、にちか……ちょっと、疲れが溜まってるみたい」

にちか「無理はしないでくださいね……ずっと、生徒会に監禁されてたんですよね?」

昨日の朝の生徒会との直接交渉。
あの段階で樋口さんの身柄は抑えられ、甜花さんの才能研究教室に監禁状態になっていた。
あれから解放されたと言う話も聞いていなかったし、ずっと身動きが取れない状態だったんだろう。
体の自由が効かない状況というのは見た目以上に肉体への負担が大きい。
寝そべるような楽な姿勢でも、ずっと同じ状態でいると苦痛に変わってくることを思えば明らかだ。

円香「食事やトイレなんかは好きにさせてくれたけど……意識がある時はずっと説得を受けてたから……」

円香「なんだか現実感がないというか、朦朧としてるんだよね」

(あの樋口さんにここまで言わせるんだから相当に執拗だったんだろうな)


にちか「あの、ちょっと聞きたいんですけど……今回の死体発見のタイミング、樋口さんは幽谷さんに連れられてやってきたじゃないですか。あれって一緒にいたからなんですか?」

円香「ああ、うん。そうだよ……昨日の儀式が失敗になってから霧子は甜花の才能研究教室に篭りっぱなしだったから」

円香「私の監視が目的だったんだろうけど……殊勝なもんだよね」

(でっかいため息……)

にちか「でもそれって樋口さんと幽谷さんは相互にアリバイの証人になっているってことですよね」

円香「まあ……そうなるね。私の場合身体の自由がなかったからそれ以前の問題だけど」

樋口さんはキュッと袖口を強く握りしめた。
服の袖に皺がより、手繰り寄せられて上がった袖の下から肌がのぞく。
赤く深い一筋の輪っか。長く縛られていたことでくっきりと残った痕がなんとも痛ましかった。

コトダマゲット!【円香の証言】
〔円香は事件の昨々晩より超研究生級のストリーマーの才能研究教室で監禁状態にあった。事件当時も同様であり、霧子と死体発見までずっと一緒にいたためお互いのアリバイの証人となっている〕

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【霧子に聞き込み】

この事件に向き合うにあたって、避けては通れない相手がいる。
私たちの間に深い溝をつくり、不穏の影を落とし続けてきた彼女。
口にしてきたのはコロシアイの拒絶という美徳だったが、彼女は今回の動機である死者の復活に走り、結果として今の事件が引き起こされた。
この事件について、彼女は大きく関わっているのはいうまでもない。

真乃「にちかちゃん……声をかけに行くんだね……! ついていくよ……っ!」

にちか「ありがとう、真乃ちゃん……一緒に行こうか」

真乃「うん……いっしょだよ、むんっ!」

部屋の入り口に立っている幽谷さんの元へと意を決して歩み寄っていく。
歩調に合わせて床がギシギシと音を立てるので、他の人たちもそれに気づいたらしい。

透「霧子ちゃんに何か用事?」

優秀な門兵が私たちの前に立ち塞がった。


にちか「事件の解決に必要な聞き込みです。別に何か文句をつけるわけじゃないですよ」

透「……」

浅倉さんはいつも以上に無表情で、幽谷さんの方を見やった。
心酔っぷりは余程らしく、その程度の裁量も幽谷さんに委ねたいらしい。

霧子「透ちゃん……大丈夫、お話……私の口からしないとダメだから……」

幽谷さんは浅倉さんに下がるようにジェスチャーすると、床を軋ませることもなく、薄氷の上を歩むような足取りで私の前に来た。
何度も言葉を交わした相手のはずなのに、不釣り合いな緊張を思わず抱いてしまう。

霧子「にちかちゃんたちには、昨日の夜のことをお話しする必要があるよね……?」

にちか「は、はい……! 屍者の書を使った甦りの儀式。そのことの経緯を教えてもらいます」

霧子「分かりました……それじゃあ、夜時間になったところからお話しさせてもらうね……」

幽谷さんはゆっくりと語り始めた。
私たちが眠っている間に起きた、ことの次第を。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

【PM 10:00】

【四階階段前】

恋鐘「霧子、生徒会のメンバーはみんな揃うたばい!」

霧子「うん……恋鐘ちゃん、ありがとう……ご苦労様……」

樹里「それで霧子、今日は復活の儀式をついに実行するんだよな?」

霧子「うん、みんなの協力あって準備も整ったから……夏葉さんをもう一度連れてこれるか、試してみます……」

灯織「いよいよですね……また夏葉さんに会うことができると思うと、胸が躍ります」

甜花「あ、有栖川さんが戻って来れば……学園の平和にまた一歩……近づく?」

霧子「そう思うんだ……夏葉さんは私たちの中で誰よりも、他の人を守ることを考えていた人だから……」

透「じゃあ儀式の邪魔だけは絶対に誰にもさせらんないね」

樹里「だな。朝もにちか達が辞めるように説得してきたけど……これもアイツらのためなんだ」

愛依「うちらはみんなのために動いてるんだもんね! 今は理解してもらえなくても……絶対みんなにとってプラスになる!」

霧子「みんな、ありがとう……」


甜花「それじゃあ今日の監視は、いつもとちょっと違う感じ……?」

樹里「儀式の遂行が最優先だよな……学園内の監視の分担も変えた方がいいか?」

恋鐘「霧子、どがんね? 儀式にはお手伝いが必要たい?」

霧子「ううん……準備は整ってるから……儀式自体には人手は要らないかな……」

透「そんじゃ要所要所で見る感じにしよ。カカシみたいに」

灯織「あまりカカシの喩えに要領を得ませんが……そうですね。霧子さんの集中を見出すようなことがあってもいけませんし」

樹里「四階はここの出入り口の階段を見るやつ一人でいいか。それと寄宿舎から出る人間が出ないかの確認と」

愛依「あとやっぱ女子トイレの隠し通路の監視は要るじゃん?」

甜花「樋口さんの部屋の武器の監視も、絶対……!」

私たちは夜時間に集まると、儀式の実行のために監視体制を決めて、すぐに実行に移したんだ。

4階の階段を見張っていたのが甜花ちゃん。
2階の円香ちゃんの才能研究教室には恋鐘ちゃん。
1階の女子トイレには愛依ちゃん。
寄宿舎の出入り口には樹里ちゃん。
あとは学園内の巡回に透ちゃんについてもらったよ。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

【PM 10:30】

【空き教室〜儀式の間〜】

生徒会がそれぞれの配置についたところで、儀式をいよいよ実行に移す段階。
先立って私は儀式を行う中央の部屋で人形の配置の確認をしていたんだ。

霧子「復活させたいのは夏葉さんだから……夏葉さんの人形だけを横たえて……」

霧子「包丁を突き刺すのは、儀式を実際に行うタイミングで……いいかな……」

霧子「……」

霧子「ごめんね……夏葉さんの体に刃を突き立てるなんて……二度も苦しめるような真似をして……」

準備が整っていることを確認して、もう大丈夫だと分かったところで、
大事に保管していた屍者の書を取りに【超研究生級のストリーマーの才能研究教室】に移動したんだ。
あの部屋に入れるのは甜花ちゃんから鍵を受け取った私一人だけだから、屍者の書を隠しておくにはこれ以上なく好都合だったの。

霧子「こんばんは……」

円香「〜〜〜〜〜!!」

部屋に入ると、変わらず研ぎ澄ましたナイフみたいに冷ややかで鋭い、それでいて熱と気迫に満ちた視線を私に向ける円香ちゃんが待っていた。
朝から合間を縫っては、コロシアイから降りるように説得を行なっているけれど円香ちゃんはなかなか折れてくれない。
だから、まだ拘束を解くわけにもいかなくて、ごめんなさいと頭を下げた。


円香ちゃんの横を通り抜けて、部屋の奥へ。
パソコンの合間に挟むようにして屍者の書は隠していた。
隠し場所は生徒会のみんなにも明かしていない。
生徒会のみんなが私に使って欲しいと託してくれたのだから、ちゃんとやり切って期待に応えなくちゃいけないから、絶対に無くさない場所に隠していた。


……そのはずなのに。


霧子「えっ……」

その場所にあるはずの屍者の書は、忽然と姿を消していた。
思わず勢いよく振り返って、円香ちゃんの方をみる。
彼女はずっとこの部屋に閉じ込められていたから、もしもこの屍者の書を抜き取る人がいたのならその姿を見ているはずだ。
円香ちゃんは私の方を侮蔑の表情で強く睨みつけている。

霧子「ごめんね……少しだけ、お口の拘束だけ外させてもらいます……」

ゆっくりぺりぺりと口元のガムテープを剥がしていった。
外した瞬間、どんな罵声が飛んでくるだろうと身構えた。
でも、円香ちゃんは口が自由になると、目一杯口で息を吸うだけで、そこから罵声の言葉を飛ばすような真似はしなかった。

円香「……悪いけど、あんたの力にはなれないから」

霧子「円香ちゃん……?」

円香「そこに隠してた本の所在でしょ? あいにくだけど……私は知らないから。拘束されてから意識も曖昧で、ちゃんと見てたわけじゃない。時間の感覚もちゃんとしてないからね」

円香ちゃんは洞察力のある子だ。
口に出さずとも私の挙動から、行動の目的や理由をすぐに読み取ったらしい。
しかもそれはことごとく的確に私の考えの先をいくもので、私は彼女にかける言葉がなにもなくなってしまった。


霧子「……」

でも、円香ちゃんのいうことは本当に正しいのだろうか。
彼女の言う通り、意識が曖昧だったとしても屍者の書というキーアイテムを見逃すようなことが起こりうるだろうか。
彼女が誰か屍者の書を持ち出した人間を庇っていると見る方が自然だろうと思う。

とはいえ、それを咎めようと言う気は別に湧かなかった。
円香ちゃんも儀式を阻止しようと言う側に立つのだから、ここで口を閉ざすのは自然なことだ。
人の行動を誰かが強制することはあってはならない。全ては自分の意思で、ことは為されるべきだ。

しかし、実際誰が持ち出したのだろうか。
この部屋に出入りができたのは自分だけ。生徒会のみんなに出入りは許していない。
この部屋の中にいたのは円香ちゃんだけ。これらの条件は儀式の前後でも何ら変わってはいない。

……いくら考えても答えは見えてこなかった。
答えが見えない以上は屍者の書を奪還することも叶わない。つまりは儀式の実行は不可能。
すぐに部屋を抜け出すと、4階の階段のところまで駆けていった。

甜花「あ、あれ……? 幽谷さん、どうしたの……? 儀式は、もう終わった……?」

霧子「その……甜花ちゃん、みんなにも伝えて欲しいんだけどね……」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

【PM 11:00】

屍者の書の紛失はすぐに生徒会のみんなに共有されて、4階に全員が集まった。
心配そうな表情を浮かべるみんなに、私は深々と頭を下げた。

霧子「ごめんなさい……みんなから預かった、大切な大切な屍者の書を……なくしてしまって……」

愛依「な、なんで……?! 屍者の書は霧子ちゃんが大切に保管してたんよね?!」

透「甜花ちゃんの部屋。鍵付きだし、唯一の鍵は霧子ちゃんが持ってたのにね」

樹里「円香が隠し持ってんじゃねーのか? 叩けば埃が出るっつーし、ちょっと問いただしてみたり……」

霧子「樹里ちゃん……それはやめておこう……ここで暴力を持ち出すと、私たちもコロシアイに加担することになるよ……」

樹里「お、おう……そこまでのつもりじゃなかったんだけど……まあいいか」

透「え、でもどうすんの。探す? 本」

恋鐘「ばってん、誰が持ち出したのかの手がかりも何もなかよね?」



霧子「うん……だから、儀式は【一度諦めよう】と思って……」



恋鐘「……!!」

愛依「え?! そ、それはちょい急ぎすぎっしょ?! ここまでうちら準備したんだよ?!」


霧子「でも、肝心の屍者の書がないと、何をしても意味がないから……」

樹里「じゃあ屍者の書を探そうぜ! まだ夜時間は始まったばっかだし、別に諦める必要は……」

霧子「ううん……やり通す理由も、ないんだよ……」

恋鐘「霧子……?」

霧子「ちょっと前から、みんなは私のために動いてくれるようになって……嬉しかったんだけど……その分みんなにとって、負担が重なっていたよね……?」

灯織「い、いえ……! 私たちは学園の平和のために動いていたんです、だからそれは自分のためでもあって……私たちに遠慮して霧子さんが行動を曲げる必要は……」


霧子「うん、だからみんなも行動を私のために曲げる必要はないんだよ……?」


灯織「……!」


霧子「みんなは、自分の胸の心臓と対話して……気づいたんだよね……? 今の自分の本当の意志、本当はどんな未来を望んでいるのか……」

霧子「その未来に、この儀式は無いといけないものですか……? 誰かをもう一度疑ってまで、遂行しないといけないものですか……?」

愛依「そ、か……また犯人を探すってことは、誰かを疑うってことになる……」

樹里「アタシたちが放棄したコロシアイと、同じ道を辿ってるのと同じなのか……」

霧子「それに……ここ数日は夜までみんな気を張って疲れたよね? お休みをもらえたと思って……今晩はゆっくり休むのは……どうかな……?」

甜花「ゆ、幽谷さんがそういうのなら……甜花はお休みするのも、やぶさかじゃない……よ?」

恋鐘「ほんに、霧子はそれでよかね?」

霧子「……うん」

樹里「わかった。霧子がそこまで言うのなら儀式は中断だ。今日のところは諦めて、それぞれ部屋で休むとしようぜ」

愛依「あっ……! う、うちはもうちょい監視は続けるからね! 危険なところに出入りするのを許しちゃおけないのは儀式があろうとなかろうと変わんないしさ!」

灯織「私もお手伝いします。交代交代で時間を決めて監視にしましょうか」

そして生徒会のみんなにも納得してもらって儀式は諦めることになったんだ。
屍者の書を探すためにまた誰かを疑いたくないというのは私にとって嘘偽りない本音。
誰かを疑うくらいなら、道を変えた方が気楽だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


にちか「……は? いや、何言ってんですか?!」

にちか「屍者の書をなくしたから、儀式はやらなかった……?」

霧子「うん……そうなんだ、それが全て……だよ……」

幽谷さんは一通り語り終えると満足そうに微笑んで、小首を傾げた。
柔和なはずのその表情が私にはこれ以上は何も言う気は無いという強い拒絶の壁のように感じる。

にちか「いや……なに……それ……?! 私たちから屍者の書を奪って、独占しておいてそれって……」

真乃「に、にちかちゃん……」

別に屍者の書を手にしていたらルカさんを復活させていたとか、自分が儀式をやりたかったとか、そう言う嫉妬じゃない。
ただ、自分の意にそぐわない行動を続けた相手が、挙句のはずに何も成し遂げることができずにヘラヘラとしている現況が、自分の姿を情けなく写すのだ。
こんな相手に自分はいいようにやられて、しまいには仲間まで失ってしまった。

私の果たすべき役割とはなんなのだろう。
自嘲にもならない、息が静かに漏れ出した。

にちか「はぁ……もういい、もういいです。儀式はやらなかった、そうなんですね」

霧子「う、うん……」

にちか「じゃああとはもう捜査の邪魔にならないようにだけしてください。……鍵。甜花さんの才能研究教室の鍵だけ渡してもらえます?」

ぶっきらぼうな物言いをする私に、幽谷さんはおずおずと鍵を差し出す。
それを掠め取るようにして奪取すると、私はすぐに背を向けた。

真乃「にちかちゃん……き、気にしないで……」

にちか「はぁ……」

やるせない苛つきが、足音を大きくさせた。

コトダマゲット!【霧子の証言】
〔屍者の書を用いた蘇りの儀式を昨晩実行する予定だったが、顛末は以下の通りとなった。
午後10時生徒会のメンバーが4階に集結。儀式を霧子が実行し、4階の警備に甜花がついた。円香の才能研究教室、一階女子トイレにそれぞれ恋鐘と愛依が監視につき、寄宿舎は樹里が見張った。灯織と透は校内の巡回を行った。
午後10時半儀式を実行に移そうとしたところで霧子が屍者の書を紛失していたことに気づく。生徒会メンバーを急いで招集。
午後11時儀式の中止を決定。生徒会メンバーはそれぞれの個室で休息をとる〕

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【部屋の隅に開いた穴】

にちか「ん……? んん……?」

真乃「ほわっ……に、にちかちゃんどうしたの……随分と目を細めてるけど……」

にちか「いや、真乃ちゃん……ちょっとあっちの方見てくれない?」

真乃「う、うん……」

にちか「もしかして……あそこの床、穴が開いてる……?」

部屋全体として薄暗いから一眼では分かりづらいけど、部屋の隅で角になっている部分。
よく見るとそこには照らすものが何もなく、光を飲み込む口が開いているのだ。

にちか「うわっ、危なっ! ここの床板、外れちゃってるよ!」

真乃「老朽化……なのかな? この部屋は作られてから時間が経ってるみたいだから……」

恐る恐る屈んで穴に手を突っ込んでみる。
穴の中にはそれなりの広さの空洞があるらしく、伸ばした手はすぐには果てには届かない。
なんなら人一人が入っても余裕があるくらいだ。気づかずに穴にはまっていたら怪我をしてしまうだろう。

にちか「……」

当然ながら手入れはされていない。
ちょっと懐中電灯で照らしただけでも空気中を漂っている埃が無数に目に入るし、カビた匂いが鼻のあたりをくすぐってくる。


にちか「おーい、芹沢さーん!」

だからここは適材適所。
私よりも体格が小さくて、こういうところに喜んで飛び込んでいきそうな人材を招集することとした。

あさひ「なんっすか、にちかちゃん。わたしのことを呼ぶなんて珍しいっすね」

にちか「んー……ゴホン! 芹沢隊員、才囚学園探検隊のメンバーである君に緊急の調査任務だ!」

真乃「に、にちかちゃん……そんなに自分で行きたくないんだね……」

にちか「この床下の空間、ここに手がかりが眠っていないか調べてきてくれたまえ!」

あさひ「……あはは! いいっすよ! この床下に潜って、怪しいものがないか見てくればいいんっすね?」

にちか「ああ、理解が早くて助かる!」

真乃「あさひちゃん、下に何があるのかわからないから気をつけて入ってね……っ」

あさひ「了解っす!」

芹沢さんは私から懐中電灯を受け取ると、躊躇うことなく、ヒョイっと穴の中に飛び込んでいった。

◆◇◆◇◆◇◆◇
【床下】

にちか「ど、どう? 大丈夫、怪我とかは」

あさひ「大丈夫っすよー、わたしならある程度余裕を持てる空間っす」

真乃「頭を打ったりしないように気をつけてね……っ!」

頭上から聞こえてくる二人の呼びかけに、返事をしてから懐中電灯を暗闇の中に向けた。
前に見た時と様子はそう大きくは変わっていない。
年季の入った建物なりの、古臭くボロボロの趣。四つん這いになっているこの地面にも木屑やら埃やらが溜まりまくっている。
一瞬で灰色になった手のひらを少し眺めてから、息をついた。

あさひ「……どうしよっかなぁ」

やっぱりにちかちゃんならこの床下の空間にも気づいちゃうか。思っていた通りだ。
でも、自分で足を踏み入れようとしないのちょっと予想外。
そんなに嫌かな、この床下。今こうやって思案している時にも眼前をネズミがすり抜けたりと中々面白い場所なのに。


さて、真乃ちゃんもにちかちゃんも床下の情報を全てわたしに頼り切りなわけだけど。
これは【わたしの伝え方次第でいくらでも真実を歪めることができる】ということ。
今目の前にある、あの証拠をもみ消すことだってできるわけだけど……

あさひ「そんなのつまんないよね」

そんなことは当然しない。
わたしは、このゲームを目一杯に楽しみたい。
一方的に有利な条件を押し付けて勝ったところでそんなの不公平。
真実に辿り着けるだけの道筋を残しておいた上で、そこまで他のみんながついて来れるのか。その肉薄した戦いに勝つからこそ意味がある。

あさひ「ちゃんと全部伝えてあげようっと」

だからわたしはあるがままにそのまま伝えることにした。
わたしにとって有利になる証拠だろうと、不利になる証拠だろうと、包み隠さずそのままに伝える。
そうじゃないとこの戦いは一気に陳腐なものに成り下がってしまうから。

わたしはこのゲームを、本気で楽しみたいんだ。

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【間仕切り】

床下の空間が異様に広いのは、柱と柱の間に何もないのが作用している。
地上では部屋同士を仕切っている壁が床下にはないのだ。
だからわたしみたいに小柄な人間なら、自由に床下から部屋を行き来することが可能というわけ。
まあ、ここは真っ暗闇で移動するのには光が必須だし、そんな光を発しでもしたら隙間だらけの床から見えちゃうだろうし実際には出来ないだろうけど。

空間があったことは一応伝えてあげようかな。

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【小太刀】

この空間で一際目を引くのがこの小太刀。
元々は凛世ちゃんの才能研究教室にあったものだ。
確か脇差とか大小とかいう呼び方もあるんだっけ。
牛や馬になる時に日本刀だと邪魔になるから作られたとか、成人する前の男の子が身につけるための刀剣だったとか、
ただの飾りだったとか、あんまり実用的な刃物じゃないと凛世ちゃんは言っていた。
でも、この小太刀の切れ味は抜群なんだよね。

刃から柄に至るまで、目立って装飾もない細長い造形なので、ボロっちい空き教室の床板の隙間から床下に落ちてもおかしくはない。
わたしが握りしめても指がちょっと余るくらい。

それと、刀身に血液は付着していない。
拭き取ったような様子もないし、もちろん他に何か付着しているものもない。

これは一応持ち帰ってみんなに見せてあげようかな。

コトダマゲット!【床下の小太刀】
〔儀式が行われた教室の床下に転がっていた小太刀。刀身に血は付着していない〕

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【ガスボンベ】

それともう一つ。この床下には誰かによって持ち込まれたものがある。
これは恋鐘ちゃんの才能研究教室に置いてあったガスコンロから取り出したガスボンベの容器だ。
しかも一個や2個じゃなく、たくさん。
そのことごとくが下部に穴をあけられており、中の気体が漏れ出るように細工されている。
可燃性のガスは空気よりも軽くなる。床下にこんな開封状態のボンベがあれば、隙間だらけの床なんかすり抜けて、上の空き教室に充満しちゃうだろうな。
しかもこの空き教室の床下には部屋同士の仕切りがないと来た。

条件は十分に揃っている。

コトダマゲット!【ガスボンベ】
〔床下に転がっていた可燃性ガスの多量のガスボンベ。元は恋鐘の才能研究教室にあったもので、料理用のガスコンロの一パーツ。容器には穴が開いており、ガスが漏れ出るようになっていた〕


……さて、床下で集められる情報はこれくらいかな。
戻ってちゃんと、あるがままの情報を伝えてあげないと。
にちかちゃんはわたしにとっての一番の遊び相手なんだから。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

あさひ「というわけで、いくつか拾ってきたっすよ」

にちか「ありがとう……小太刀は危険だから、明るいところに置いておくね」

真乃「それにしてもガスボンベ……強引に穴をあけられた状態で置かれてるなんて、一体誰が……」

にちか「どう考えても事件と無関係じゃないよね……」

あさひ「あはは、そうっすね」

にちか「……他には本当に何もなかったんだよね?」

あさひ「疑ってるっすか? だったら自分で潜ってみるっすか?」

にちか「……いや、いい。信じるよ。床下はこれだけだったって」

私は芹沢さんが受け取った証拠品と情報を脳に刻みつけた。
敵から塩を送られたような気分だけど、とやかく言えるような身分じゃない。
生き残るためにはどれほどみっともないやり方でも手段を選んでいられないんだから。

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【壁の燭台】

今でこそ、モノダムの目から発してもらっている光で部屋は見ているが、本来この部屋は壁に取り付けられた燭台の光が照明がわりになってたはずだ。
だけど、部屋の扉を開けてすぐ……この部屋は暗闇に閉ざされていた。窓もないこの部屋には、他に差し込む光もないのだ。
それで死体の確認は少しばかり遅れた。

にちか「壁の蝋燭、いつの間にか消えちゃってたのかな……?」

壁に近づいていき、燭台へと手を飛ばした。
だけど、

にちか「ん、ん〜〜〜……!」

真乃「に、にちかちゃん……?」

にちか「う、腕が攣りそう〜〜〜!」

手が、届かない。私の身長は158cm、そこから背伸びをして手を伸ばしてもギリギリ手が届かないぐらいの高さだ。
ジャンプをすれば触れるかもしれないけど、燭台を外したりつけたりなどの繊細な動きはとてもできそうにない。

真乃「む、無理しちゃだめだよ! ちょっと待ってて……背の高い人を連れてくるから……」

真乃ちゃんは私より3cmも小さい私たちでは肩車でもしない限りはこの燭台を外すことはできないだろう。
すぐに真乃ちゃんは恋鐘さんを連れて戻ってきた。


恋鐘「あー……こいはうちくらい身長がなかと届かんね……」

にちか「恋鐘さんって身長はいくつなんです?」

恋鐘「165〜! にちかたちよりは10cm近く大きいけん、ちょっとの背伸びでここにも届くたい!」

私が散々腕の筋を痛めそうになりながら手を伸ばした燭台を恋鐘さんは悠々と取り外して、私の前にそれを置いた。

恋鐘「こいでよか?」

にちか「はい! ありがとうございます!」

空き教室の雰囲気と同じで、簡素な作りで物悲しい雰囲気のある燭台だ。
蝋を刺して火を灯すだけで装飾も特にはない。

真乃「蝋燭……まだ全然燃える余地があるみたいだね」

にちか「うーん……十分な長さがあるみたいだけど、火は消えちゃってる……これ、誰かに吹き消されたりしたってことなのかな?」

恋鐘「誰かが手をつけんとこうは消えんやろね。誰かが教室を真っ暗にするために工作をしたとよ」

にちか「蝋燭の長さから、いつ火が消されたものとか分かんないものかな……」

真乃「うーん……ちょっと難しそうだね……」

いつの間にか消されていた蝋燭の火……か。
儀式の際に使われていたこの部屋で、いつからこの日が消えていたのかは少し気になるところだな。

コトダマゲット!【空き教室(中央)の燭台】
〔死体発見現場となった空き教室の燭台の火は何者かによって消されていた。燭台はにちかが一人じゃ背伸びをしてもギリギリ届かないぐらいの高さにある〕

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【モノダム】

捜査の間中ずっと部屋を照らしてくれているモノダム。
彼がいなければ捜査はまるで進まなかっただろうから、そのことにはわずかながら感謝。

……これ、話しかけてもいいのかな。

にちか「ねえ、今話しかけてもいい?」

モノダム「エ、オラニ何カ用?」

にちか「ぐわああああああああああ!? こ、こっち見ずに返事して! まぶしすぎて失明しちゃうから!」

モノダム「ゴ、ゴメンネ……」

真乃「にちかちゃん、この子に何か聞きたいことがあるの?」

にちか「聞きたいことがあるかっていうか……純粋な興味? ここにきてこんなライトなんてロボットらしい個性を見せてきたからね」

にちか「ねえ、そのライトって残りの二人も使えるの?」

モノダム「ウウン、違ウヨ。オラタチ、モノクマーズハソレゾレ役割ガ違ウカラ、搭載サレテイル機能モ違ウンダヨ」

(樋口さんの才能研究教室で見た情報と同じだな……)


モノダム「オラノ目ハ他ノ兄弟ヨリモ遥カニ高性能デ、コウヤッテ暗所ヲ照ラスダケジャナクテ、光学顕微鏡レベルデズームモデキルンダ。成分分析機能ト合ワセテ詳細ナ診断ガ可能ダヨ」

にちか「へぇ……」

モノダム「キサマノ毛穴一ツ一ツモ4K画質デオ見通シダヨ」

にちか「は!? デリカシーなさすぎなんですけどー!?」

真乃「どうしてそんな高性能のカメラがあなたにはついてるの? どこで使うのを想定しているのか、聞いてもいいかな……」

モノダム「エット……ソレハ……」

【おはっくま~~!!】

モノタロウ「ちょっとちょっと! そこから先は事務所を通してもらわなきゃだめだよ!」

モノファニー「そうよ! 一度マネージャーの目を通してから所属タレントに回答させるのが鉄則よ!」

にちか「何がタレントだよ……あなたたちの兄弟でしょ?」

モノタロウ「とにかく、それより先は聞かれても答えちゃダメだってお父ちゃんに言われてるから答えられないんだ! あんまりモノダムを困らせないであげて!」

にちか「ちぇっ……」

少し粘ってはみたけど、モノクマーズたちは宣言通り答えてはくれなかった。
なんのためにそんなオーバースペックな機能が備わっているのか……どうせろくでもない思惑が裏にあるんだろうな。

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空き教室で調べるべきことは一通り調べ終わったはずだ。
あまりにも異様なこの事件、少し気を抜けばこの場所に縛られて立ち尽くしてしまいそうな雰囲気があるけれど、
真実に辿り着こうと思うのなら歩みを止めるわけにはいかない。
この事件もこの部屋一つで完結などしていないのだから。

真乃「にちかちゃん、ここから先はどこを見にいくのかな?」

にちか「うん、まずは樋口さんが拘束されていた【超研究生級のストリーマーの才能研究教室】はマスト。それとこの空き教室に隣接してる【空き教室(階段側)】も見ておく必要はあるだろうね」

にちか「芹沢さんが小太刀の出元だって言ってた【超研究生級の大和撫子の才能研究教室】も見ておきたいかも」

真乃「部屋の持ち主の凛世ちゃんは今回の被害者というのもあるもんね……」

にちか「床下から見つかったガスボンベも気になるし、【超研究生級の料理研究家の才能研究教室】も見ておこうかな」

真乃「4階の才能研究教室は一通り見ておく必要がありそうだね……っ!」

にちか「あと、灯織ちゃんの言ってた【超研究生級のドクターの才能研究教室】も気になる。灯織ちゃんは何を見たんだろう……」

真乃「それじゃあ調べにいく必要があるのはあと5箇所だね?」

にちか「うん、時間はどれくらいあるか分からない。効率的に回ろう!」

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【超研究生級のストリーマーの才能研究教室】

4階の奥まった部分に存在する一室は本来なら甜花さんの好きを追求するための空間で、彼女にとってはユートピアのような空間だったはずだ。

それなのに、実態は軟禁部屋。
長く人を閉じ込め続けた一室の重厚な扉には黒く澱んだものを幻視し、その立地もまた都合の悪いものを闇の中に隠し閉ざそうとする邪なものを感じさせた。

真乃「甜花ちゃんが生徒会の側についてからは、この部屋が生徒会の核となる部屋になってたんだよね」

にちか「数少ない鍵付きの部屋だし、設備も充実してる。儀式をやる空き教室にも近かったから何かと都合が良かったんだろうね」

にちか「さてと……それじゃあ生徒会の悪意を確かめてみるとしましょうか」

真乃「に、にちかちゃん……」

ドアノブは引っかかることなくすんなりと回った。
事件の捜査に伴って、施錠されていた扉をモノクマたちが開けてくれたんだろう。
真乃ちゃんと顔を見合わせて、意を決してその部屋に飛び込んだ。



部屋がすっかり様変わりしていたということはない。
超研究生級のストリーマーらしい、配信設備やゲーム設備はちゃんとそのままに残ってはいた。
だけど、それらに手をつけられた様子はまるでなく、その手前に置かれているアルミ棚に結び付けられたビニール紐ばかりに目が行くのだった。

にちか「うわ……マジの監禁だったんじゃん。こんな地べたに座らされて、後ろ手に縛られて……」

その横には説教もとい洗脳のために使ったであろう経典のような三つ折りの紙が落ちていたり、
食事を運搬してきたであろう空のトレーが落ちていたり、異様な雰囲気がその一角から漂っている。

真乃「……円香ちゃん、辛かっただろうね」

もっと早く救い出してあげたかった。つくづく無力な自分には呆れるばかりだ。

にちか「……樋口さんの無念に報いるためにも、ここで集められる情報はちゃんと集めないとね」

真乃「うん……そうだね……!」

真乃「で、でもその言い方だと円香ちゃんが今回の殺人事件の被害者みたいになっちゃうかな……」

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【3Dプリンター】

この部屋にある機械の中でも一際大きなものがこの3Dプリンターだ。私の背丈よりも大きく、かなりの高性能。
実際、幽谷さんは儀式を実行に移すためにこの3Dプリンターでルカさんたちの人形を書き出して作っていた。

にちか「これ、素人でも扱えるような代物なのかな……幽谷さんは随分と使いこなしてたみたいだけど……」

試しに少しいじってみる。液晶パネルで情報を入力して3Dモデルを現像するような仕組みみたい。
近くにあるパソコンのアプリケーションを使用し、3Dモデルは自分で作る必要があるみたいだ。

真乃「人の精巧なモデルをゼロから作るのはかなり難しそうだね……四方八方、いろんな角度から見た情報を入力しないといけないみたいだよ」

(こんな事を幽谷さんはゼロから、自分の手でやったの……? それとも、生徒会の誰かに元々そういう知識があったのかな……?)

真乃「あ、でも今手元にあるものなら【スキャンをしてコピーする】こともできるみたいだよ?」

にちか「スキャン……?」

真乃「ほら、3Dプリンターの横に並んでる、同じぐらい大きな機械。機械で読み取って全方向からスキャンすることが可能みたい。あれなら私たちでも簡単に作れそうだよ……!」

真乃ちゃんの指差した先、3Dプリンターの横にはシャワールームのようにガラス張りの個室のような装置が設置してあった。
壁面の所々にみえる黒点は小型のカメラみたいだ。
電源を入れればこのカメラが作動し、大量の写真データを収集、統合して3Dモデルのデータとして利用することができる。


にちか「なるほど……試しにちょっとやってみてもいいかな。真乃ちゃん、入ってみてもらえる?」

真乃「ほ、ほわっ……!? わ、私が……?! そ、そんな……恥ずかしいよ……」

にちか「あはは、大丈夫! 原寸大じゃ作んないから! 小型のコピー、フィギュアぐらいの大きさで作ろうよ」

にちか「せっかくだしなんかポーズとかとっちゃう? こう……フルートを吹くポーズとか似合いそうじゃない?」

真乃「そんなこと言われても……木管楽器の演奏法には疎いから、正しい運指はわからないよ……」

恥ずかしがって渋る真乃ちゃんをなんとか言い宥めて、装置の中に入らせた。
ポーズをとりあえず普通の気をつけにするということで合意が取れたのだ。
扉を閉めてすぐに、機械の電源をオン。
カッと一瞬で照明が灯ったかと思うと、けたたましい音と共にカメラが一斉に作動し始めた。

にちか「わっ、すごい……情報量、鬼やばじゃん!」

すぐに手元のパソコンに濁流のように画像データが押し寄せ、ログはどんどん上へと昇っていった。
突然のことでてんやわんやの私をよそに、パソコンは自動で画像データをまとめて整理。
あれだけ山のように積み上がっていたデータはやがて一つのファイルに収まり切ってしまった。

『ScanData-Day15122708』

ファイル名に付随する月日データは作為的に伏せられていた。
あくまで私たちに今日が何日かという情報は伝えたくないらしい。


私は迷うことなくそのファイルデータを展開する。
すぐに画面の上には、櫻木真乃その人の3Dモデルのデータが立ち上がった。

にちか「すごい……真乃ちゃんそのまんまだよ」

真乃「ほわぁ……なんだかちょっと恥ずかしいな」

マウスでドラッグすれば後ろを向かせたり、下から覗き込むことだってできる。一瞬にしてこんなデータを書き出すことができるのだからすごい時代になったものだと思う。

続いて私はプリントボタンをタッチ。今のデータを使うように指定すると、今度は縮尺の指定に入った。
当然のことながら、コピーするサイズは小さければ小さいほどプリントするのも早くなる。
人を原寸大でコピーしようと思えばデータが揃っていたとしてもそれなりの時間がかかるらしい。

(今回は手のひらサイズぐらい……1/10ぐらいのサイズでいいかな)

大きさを指定して実行を押すと、すぐに横の3Dプリンターが動き出した。

にちか「真乃ちゃん、もう大丈夫みたい。出てきていいよ!」

真乃「う、うん……!」

そしてあとは3Dプリンターの扉の前で待機。
目の前で細い繊維がどんどんと積み上げられていくのをじっと見守ること十分弱。

にちか「できた……!」

そこには、今ある姿、そのままの形で小さくなった櫻木真乃の姿があった。

真乃「す、すごい……これが私……!」

にちか「すごい再現度……そりゃ真乃ちゃんも美容整形の番組のキャストみたいな口ぶりにもなるって……!」

真乃「3Dプリンター、初めて使ったけどこんな感じなんだね……! あっという間に誰でも簡単に作れちゃう……っ!」

人の姿を忠実に再現していることもそうだけど、体全体にかかっている傾斜や、部分的に力が入っている箇所なのが見て取れるのが素晴らしい。
今まさに生きている姿をそのまま切り取ったような佇まいには感嘆せずにはいられなかった。


【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「どう? どう? オイラたち謹製の3Dプリンターの実力は!」

モノファニー「キサマラのお眼鏡にかなったかしら?」

にちか「正直びっくりだよ……このレベルのフィギュアを私たちでも指先一つで作れちゃうんだもん」

モノタロウ「科学の技術ってすげーんだぞ! 離れた人とでも簡単に通信ができるくらいなんだぞ!」

モノダム「3Dプリンターガスゴイノハ、誰デモ簡単ニ作レルコトダケジャナイヨ」

真乃「ほわ……?」

モノダム「3Dプリンターガ注目サレテイルノハ、比較的材料ガ安価ナトコロニモアルンダ」

にちか「え? ただのプラスチックじゃないの?」

モノファニー「キサマラもさっき見てたでしょ? 3Dプリンターは合成樹脂を熱融解させて、それを積み上げるようにして印刷するの」

真乃「樹脂……ですか?」

モノタロウ「プラスチックの原料みたいなものだよ! 熱に溶けやすいからその分形も変えやすいし、材料として安上がり! まさにいいとこずくめの黒づくめ!」

モノファニー「遊園地で背後からズドンって感じね!」

にちか「は、はぁ……」

(熱に弱い素材……か)

(そういえば、儀式の部屋にあった人形も……熱で少し溶けているものがあったっけ)


モノダム「ソノ分、細カナ部分デハ粗ガ目立ツ部分ハアルケドネ」

モノファニー「大丈夫よ、モノダムみたいに光学顕微鏡レベルで細かく確かめる陰険A型根暗人間はこの学園にはいないわ!」

モノダム「……」

モノタロウ「さあ! じゃんじゃん3Dプリンターでキサマだけのフィギュアを量産だ!」

【ばーいくま〜〜〜!!!】

真乃「ほわぁ……最近の技術ってすごいんだね」

にちか「ホント……全然知らなかったな」

(それだけのすごい技術を、事件の直前まで幽谷さんたち生徒会が独占していた)

(……この事件に関与してないわけないよね)

コトダマゲット!【3Dプリンター】
〔甜花の才能研究教室に設置されていた3Dプリンター。作成した3Dモデルを読み込んで立体物をプリントできるほか、横付けされたスキャナーを使うことでその場で立体物のコピーを行うこともできる。プリントには合成樹脂を素材として用いているため、熱には弱い〕

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【部屋の鍵】

この部屋の入り口は一つだけ。
だけどその扉には鍵が取り付けられており、その持ち主以外は出入りの自由を許さない作りだ。
そのせいで私たちは壁に阻まれ、樋口さんの救出も儀式の中断も叶わずにいた。

にちか「……でも、屍者の書を幽谷さんは紛失しちゃったんだよね」

真乃「うん……一体どこでなくしちゃったんだろうね……」

そのことがどうしても引っかかる。
この部屋の出入りできたのは幽谷さんのただ一人で、部屋の中にいた樋口さんも拘束されていて身動きが取れない。
この部屋に屍者の書を保管していたのだというのなら、誰も関与することなどできないはず。

にちか「……ちょっと聞いてみようか」

真乃「ほわっ……? 聞くって誰に……?」

にちか「おーい、モノクマーズ! ちょっと聞きたいことがあるんだけどー?」

【おはっくま〜!】

モノタロウ「呼ばれて飛び出てびっくらポン! オイラをお呼びかな?」

真乃「い、色々混ざってるね……」


にちか「あのさ、確認しておきたいことがあるんだけど……この部屋の鍵って本当に一つだけなの?」

モノタロウ「うん! そうだよ! キサマラの目の前で大崎さんに渡したあの一つしか鍵は存在してないよ!」

(その鍵を幽谷さんが持っていた以上は、開閉ができたのも幽谷さんだけ……)

(だとしたら、屍者の書を紛失したって話……本当なのかな)

にちか「ん、了解。それじゃあ後は用済みだから帰っていいよ」

モノタロウ「えっ?! もう終わり?! せっかくわざわざ出てきたんだしもうちょっとお話ししていこうよ!」

にちか「いや……要らないし。あなたにこれ以上聞きたいこととかないから」

モノタロウ「うぅ……冷たいなぁ。せっかく【重要なヒント】を持ってきたっていうのに……」

(……え?)

真乃「重要な、ヒント……? それってなんのこと……?」

モノタロウ「わぁ! 聞いてくれるんだね! 嬉しいな、オイラお話大好き!」


モノタロウ「あのね、今回の事件ってキサマらのうちの一部が組織した生徒会の人たちのせいで、隠されている部分があるでしょ?」

にちか「それって……儀式のこと?」

モノタロウ「うん! 生徒会に入っていないキサマラは行動が制限されてたから、あの夜に何が起こったのかは生徒会の話を信じるしかないんだよね」

モノタロウ「でも、そんなキサマラでも今回の【事件の結果から類推できるものがある】んじゃないのかな?」

にちか「結果から……? 杜野さんが殺された、その事実から考えろってこと?」


モノタロウ「うん! じゃあその杜野さんは生徒会の人間だったかな?」


にちか「……?!」

真乃「そういえばそうだね……どうして凛世ちゃんは、4階の空き教室で殺されることになったんだろう……」

モノタロウ「……これでいいんだよね? お父ちゃん」

(儀式自体は中断されたけど……夜に個室を抜け出して4階まで行くのってかなり難しいはずだ)

(生徒会の所属じゃない私たちは儀式が中断された事を知ることもできなかったわけだし……監視の目が緩むタイミングなんてのは分かるはずもない)

(杜野さんは……なぜあの部屋で死ぬことができたんだ……?)



にちか「ちゃんとヒントはこれで聞いたわけだし、今度こそ用済みだね」

モノタロウ「ええ?! そんなにオイラとお話ししたくないの?!」

にちか「っていうより時間がないの。捜査時間は限りがあるんだから同じ場所で足踏みしてらんないから」

モノタロウ「そっか……残念だなぁ……ション・ボリー……」

真乃「この部屋で調べるべきものは一通り調べたもんね……そろそろ次に行こっか」

にちか「うん……そうしよう」

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【超研究生級の大和撫子の才能研究教室】

天井まで見上げる無数の襖。どこか朧げで温かみのある照明も相まって、呆然と立ち尽くしてしまう。
この部屋の持つ独特の雰囲気は、私たちの体に流れる日本人の血に宿している本能というものを喚起するらしい。

真乃「この部屋では、あさひちゃんが床下から見つけ出した小太刀の出所を調べるんだったよね」

にちか「うん……芹沢さんはこの部屋のものを熱心に調べていたようだから、多分出所としては間違いないだろうけど、裏付けはちゃんとしておかないとね」

部屋をざっと観た感じでも、何者かによって所蔵品が持ち出されたように不自然な空白の目立つショーケースがある。
そこをちゃんと観ておく必要がありそうだけど……空白のショーケースは……二つあるのだ。

甜花「あ、七草さんに櫻木さん……ここに来たんだ……」

(て、甜花さん……)

甜花さん、彼女は事件の直前で生徒会に靡いた人間。
前回の事件を乗り越えて、一人で歩んでいく決意を固めたと思っていたのに、結局わかりやすく頼れる依代に縋ってしまったようだ。
そのことは彼女自身もバツ悪く感じているらしく、私の方をチラチラと見ては、指先を弄っている。

(なんとなく、やりづらいな……)

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【小太刀の入っていたショーケース】

小学校の社会科見学で訪れた郷土資料館でも似たような作りのショーケースを見たことがある。
刃先の部分と柄の部分を立てかけておくための留め具が、主君にかしづく家来のようにこちらに手のひらを向けている。
元々はここに小太刀が置かれていたのだろう。

真乃「床下にあった小太刀はここから持ち出されたもので間違いないみたいだね……にちかちゃん、ここに説明書きがついてるよ」

にちか「えっと……何々? 【銘刀・天網島】」

甜花「わっ……刀に名前がついてるんだ……! ってことは……持ち主は有名な、大名……さん?」

(……普通に会話に割り込んできた。妙なところで図太いな)

にちか「……みたいですね。天満治兵衛っていう武士さんが使ってた脇差みたいで……柄の部分には刻印もされているらしいです」

真乃「この小太刀にも、本物だということを証明する鑑定書がついてるね」

甜花「じゃ、じゃああの小太刀は同じものが二つとして存在してないんだね……!」

にちか「うーわ……これもはちゃめちゃな値段がついてそう……どっかに鑑定額とか書いてない?」

真乃「にちかちゃん、鑑定書ってそういうものじゃないと思うよ……?」

にちか「……この部屋に他に似たような規格の日本刀はないんですかね?」

真乃「小太刀自体はあるみたいだね……でも、ここにも書いてあるけど、この小太刀は著名な鍛冶屋の遺作でちょっと特殊な作りになっているみたい」

甜花「通常の小太刀よりも柄が二センチぐらい短い……ちょっと、持ちにくいんだね……」

通常の小太刀と少し違ったサイズ感の小太刀、か……
わざわざこの大きさの小太刀を選んだ理由って何かあるのかな。
量産品のナイフじゃなくて、わざわざこんな貴重な文化遺産を使った意味……
なんとなく部屋の雰囲気からしてオカルト的な気配を感じてしまうけど、勘ぐりすぎかな。

コトダマアップデート!【床下の小太刀】
〔儀式が行われた教室の床下に転がっていた小太刀。超研究生級の大和撫子の才能研究教室から持ち出されたものらしく、同じものは二つとない特殊なつくりのもののようだ。刀身に血は付着していない〕

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【もう一つの空白のショーケース】

不自然な空白を孕んだショーケースは小太刀のもの以外にもう一つある。しかもそのショーケースは、私たちが一度確認したことのあるショーケースだ。

にちか「真乃ちゃん、確かこれって……」

真乃「うん、この部屋が開放された直後……調査の時に一度調べたショーケースだよ」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

真乃「その本……随分と古いみたいだね。古文書……みたいなものなのかな?」

凛世「【古今呪儒撰集】、元禄の時代に佐野大伍郎によって修正された怪奇本の一つでございますね……」

凛世「江戸の世に伝わる古今東西の超常的な噂話から言い伝えまで広く集成した本です……」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にちか「なんか昔から日本に伝わるオカルト的な本を収集した、歴史的な価値の高い本……だったはず」

甜花「怖い話の、本……?」

真乃「平たく言えばそうなるのかな……?」

芹沢さんが妖刀を手にした瞬間に悪ふざけを始めた、その原因となった本が置いてあったショーケースだ。
損傷が生じないように気温や湿度にまで厳正に管理されているそのショーケースは、肝心の部屋の主人が不在になっていた。


にちか「また芹沢さんが興味本位で持ち出したの……? ったく、この部屋のものは希少なんだから勝手に持ち出したりしちゃダメだって」

真乃「……」

にちか「真乃ちゃん?」

真乃「うーん……本当に持ち出したのはあさひちゃんなのかなって」

にちか「え? いやどう考えてもそうでしょ。あんな悪趣味な本、あの子しか興味持たないって」

真乃「あの本、ちゃんと中身までは読んでなかったけど……今回の事件って、その中心にあるには甦りの儀式だよね?」

真乃「死者の蘇生なんて……いかにもあの本の題材に近いものだと思うんだけど……」

……まさか。オカルト的な事象が共通しているからって、そんな江戸時代にまで事件の原典を遡るわけ?
でも、真乃ちゃんの見立てが正しいのだとすれば持ち出した人物は『あの人』しか考えられないよね。

にちか「……あ、だったら丁度いいや。甜花さん、聞いてもいいです?」

甜花「ひゃ、ひゃいっ?!」

にちか「ここにあった本……幽谷さんが持ってるのを見たりしてませんか?」

甦りの儀式を取り行っていたのは他でもない生徒会のトップ、幽谷さんだ。
彼女が儀式を行うに先立って、真偽を確かめるためにこの本を調べた可能性は十分にある。

甜花「うーん……そんな本を読んでたのを見た記憶は……甜花、ないけど……」

甜花「断言はできないや……ごめんね……」

まあ、生徒会に所属してからの日数が一番浅い甜花さんでは把握し切れてはいないだろうな……
後で幽谷さんに会うことがあれば確かめてみようかな。

コトダマゲット!【古今呪儒撰集】
〔凛世の才能研究教室に所蔵されていた、伝奇やオカルトな噂話を収集した古書。事件の前後で何者かによって持ち出されていたらしいが、持ち出したのが誰なのかは不明〕



にちか「……」

真乃「にちかちゃん? どうしたの? 何か他に気になるものでもあったの……?」

にちか「あ、ううん……中に入ってるものには特に何もないんだけど……この所蔵用のショーケースについてなんだよね」

真乃「ほわっ……ショーケース……?」

にちか「ほら、芹沢さんの悪霊騒ぎの時もだけど……随分と簡単に中のものを取り出せちゃうんだなーと思って」

甜花「鍵とかも、ついてないんだね……?」

にちか「ですです。普通博物館とかなら厳重に管理してると思いますけど……」

真乃「才能研究教室に収められているものだから、凛世ちゃんが自由に使えるようにした……とかなのかな。だとしても、凛世ちゃんに鍵を渡しててもよさそうなものだけど……」

甜花「甜花の部屋の鍵みたいにね……!」

杜野さんも言っていたけれど、中に入っているのは歴史的な価値の高い物ばかりのはずだ。
それもレプリカなんかじゃなく、正真正銘の本物。
鍵もかけていないショーケースで保管するなんて随分と不用心だけど、モノクマたちは何を考えているんだろう……?

コトダマゲット!【ショーケース】
〔超研究生級の大和撫子に所蔵品を納めているショーケースはいずれも鍵がついていない。誰でも簡単に所蔵品を持ち出せる状態にあったようだ〕

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一旦スルーして捜査を進めたけど、なんとなく違和感のようなものが拭えない。
捜査中何度か会話に混ざってきた甜花さんが、あまりにも今までの甜花さん【そのまんますぎる】のだ。

灯織ちゃんや西城さんには言葉の端々に幽谷さんを持ち上げるような様子が見られたのに、甜花さんにはそんな素振りがない。
相も変わらず能天気な言動が目立ち、マイペースな振る舞いをしている。

にちか「あの……甜花さん? 私たちと一緒に捜査してて大丈夫なんですか?」

甜花「え……? ど、どうして……?」

にちか「いや、私と真乃ちゃんは生徒会とちょっと敵対気味というか……仲良くするとまずい存在なのでは?」

甜花「そんなことないよ……! 生徒会はみんなの平和のために動いてる組織だから、誰かと仲良くしちゃいけないとか……ない……!」

(まあ、表立ってはそうなんだろうけどさ……)

甜花「ゆ、幽谷さん万歳……! 生徒会万歳……!」

(なーんか、怪しいんだよな……)

甜花「え、えと……ここでの捜査はひと段落したんだよね? 次の場所に、早く行ったほうがいいかも……いや、いいよ……絶対……!」

とはいえ、ここで追求したところで口を開くとも思えない。
ここは一度引き下がって、裁判で問いただしたほうがよさそうだな。

にちか「真乃ちゃん、次の場所に行こう」

甜花「それがいいよ……行ってらっしゃい……!!」

(……)

真乃「う、うん……次は、どこに行こうか……?」

にちか「残りは空き教室の手前側の教室の確認と、2階の超研究生級のドクターの研究教室かな。灯織ちゃんが見たものがやっぱりちょっと気になるよね」

真乃「了解……!」

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【空き教室 階段側】

ここは今回の事件現場に隣接してる教室だ。
芹沢さんの話だと、床下には仕切りのようなものがなく、地下で繋がっている形になっているらしい。
その意味で言えば、この教室も事件現場の一部と言えないこともない。

樹里「あれ……にちかに真乃、戻ってきたのか?」

愛依「こっちの部屋に用があるカンジ?」

(西城さんに愛依さん……どうやら空き教室周辺の監視を担当しているみたいだ)

にちか「はい……あの、この部屋を調べてもいいですか? 事件にもしかすると関係するかもなので」

樹里「おいおい、そんなビビんなくても大丈夫だよ。アタシらは別ににちかの敵じゃねーんだ」

愛依「そうそう! 生徒会の一番の目的はみんなで仲良く生き残る事! 学級裁判を勝ち抜く目標は共通してるんじゃん?」

(目標は一緒……ねえ)

(もし犯人があの人だったら……同じことを言ってくれるのかな、この人たちは)

私は不信な視線をこれ見よがしにぶつけながら、二人の間を抜けて、手前側の教室に踏み込んだ。
わざとらしく、足音を立てて、それはそれはズドンと踏み込んだ。
その結果……私は滑稽なまでにつるんと滑って、天を仰ぐこととなる。



スッテーン!



何か滑らかな手触りの薄いものは私の足を慣性のままに運んで、160センチと少しの体を宙に押し上げた。
平たく言えば、私は布で滑って転んでしまったのだ。


樹里「お、おい……にちか?! 大丈夫か?!」

愛依「め、めっちゃ派手に転んだけどどしたん?! 何が起きたか、見てなかったんだけど?!」

にちか「い、いったぁ〜……誰ですか、こんなところにハンカチを落としたの……」

てっきり捜査で右往左往するうちに誰かが落としたハンカチを踏んでしまったのだろうと思った。
しかし、私を無様に晒した犯人を拾い上げると、そんな正方形の形状はしていない。
その布は派手に細長く、材質もお手洗いに使うには上等すぎる。
全体として爽やかな印象を与える浅葱色をしており、それでいて、大きく描かれた菊の花には大人の落ち着きを感じさせる。

にちか「これ……杜野さんの着物の、【帯】ですか……?」

樹里「……ああ、みてーだな」

その柄を見間違えるはずもない。
これは生前の彼女が毎朝丁寧に巻いていたものだ。長細い帯は扉に噛ませるようにして、空き部屋の中へと続いていた。

真乃「お、帯……? 凛世ちゃんの遺体は着物を着てなかったっけ……?」

にちか「ううん……それが判別ができないほどに真っ黒焦げになってたんだよ。体が炭化するほどだよ? きていた服なんかとっくに灰になってる」

(だからこそ、気づかなかったんだ。彼女の着物がはだけてたことに……)

樹里「でも、なんで凛世は帯を解いてたんだ? 帯を解いてたら動きにくくてしょうがないだろ」

愛依「ま、まさか凛世ちゃんに……ロシュツ趣味があったんじゃ……?!」

樹里「……一応言っとくと、アタシが知る限りでは凛世にそんな趣向はなかったはずだよ」

コトダマゲット!【凛世の帯】
〔事件現場の手前の空き教室の扉に噛ませてあった凛世の着物の帯。殺害当時、凛世の衣服ははだけていたものと思われる。帯の大部分は空き教室の中に入っており、注目してみない限りは外から気づかないようになっていた〕

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帯にさよならを告げて、部屋の中へ。
間取り自体はどの空き教室も変わらない。
家具も設備も何も置かれていない空間に、壁に取り付けられた蝋燭がぼんやりと闇を照らす。

にちか「相変わらず暗いなぁ……つい細目になっちゃう……」

真乃「真っ暗ってわけじゃないけど……捜査は難儀しそうだね。持ってきた懐中電灯も、そこまでの光量はないから……」

(見落としをしないように、注意深く一つ一つに目を凝らさなくちゃ……)

部屋の入り口の帯を見ても、杜野さんがこの部屋に足を踏み入れていたこと自体は確かなんだ。
彼女がこの部屋にいた痕跡をちゃんと拾い集めて、情報として手に入れるぞ……!

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【血痕】

にちか「こ、これって……!」

部屋の入り口の扉付近。ポツリポツリと墨汁をたらしたかのように、滴のような痕が残っている。
灯で照らしてみると、その滲みは赤黒く、血液が時間を経て沈着したものであると理解できた。

真乃「凛世ちゃんの血痕……なのかな……?」

にちか「この部屋にいた人間、そして何より事件の被害者なんだからその可能性が一番高いね……出血量はそう大した量じゃなさそう」

真乃「そうだね……ルカさんの事件の時に比べると……」

(……あの時は、芹沢さんのせいで文字通りの血の海だったな)

真乃「……っ!? ご、ごめんね……! 私何も考えずに口にしちゃってた……」

にちか「ああ、うん……大丈夫、気にしてないから」

真乃ちゃんを宥めてから、改めて血痕を辿る。
雫の後の大きさの変化からして、多分杜野さんはこの部屋で刺されてから、部屋の外に出て行ったんだと思う。
血の量がそこまで多量じゃないところを見るに、おそらく凶器は刺さったまま。
死亡現場はすぐ隣の部屋だから、部屋を移動してからそこで火をつけられたんだと思う。

でも、なんで? 犯人から逃げたんだとしたら、空き教室同士を移動したところで意味がない。
扉に鍵もないし、抵抗する道具もない。
彼女はどうして、部屋を移動したんだろう……

コトダマゲット!【手前側の空き教室の血痕】
〔死体発見現場の隣室、階段側の空き教室に滴り落ちていた血痕。これを零した人物は部屋を出てから、死体発見現場である中央の空き教室に向かったものと思われる〕

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【古書】

埃がすっかり溜まって息苦しさすら感じるこの部屋で、そのカビ臭い時間の停滞にすっかり馴染んだ面をしている物体が一つ。

にちか「……! この本って……さっき杜野さんの才能研究教室で話をしたやつじゃない?」

真乃「古今呪儒撰集……うん、そうだね。ショーケースの中が空になってて、てっきり儀式のために霧子ちゃんが持って出たのかと思ったけど……」

(この部屋にあったってことは……杜野さんが持ち出したものだった……ってこと?)

試しに拾い上げてパラパラとめくってみる。
芹沢さんが最初に手にして、うっかり書き込んでしまった痕跡はそのままだし、現物で相違ないだろう。
他に何か目ぼしいものは……

にちか「……これ、とてもじゃないけど手に負えないね」

真乃「中身、難しいの……?」

にちか「あ〜、もうっ! 私古文って苦手なんだよね! なんで散々擦られた文章をわざわざ読みづらい媒体で読む必要があるわけ? こんな小さな島国で一時期にしか使われてなかった言語なんか勉強しても意味ないでしょ!!」

真乃「日本の国語教育への問題定義だね……」

真乃「……でも、実際これは解読できないかも。古語……っていうのかな。筆記法も今と違うし、文法も古文で習うものとは少し違う気がするね……」


にちか「うーん……ここに落ちていたとこを見ても何か意味はあると思うんだけど……肝心の中身がわからなければ意味がないよね」

真乃「……あっ! 【あの人】だったら、この中身を解読できるんじゃないかな」

にちか「あの人……?」

真乃「あさひちゃんだよ……! 妖刀の騒ぎも元々、あさひちゃんがこの本から読み取った情報から演じて引き起こしたものだったよね?」

にちか「そっか……!」

芹沢さんの怪演は本の解読あってのものだ。
造詣の深い杜野さんの話でも、本の内容とあの演技に整合性は取れていたようだったし、彼女にはこの本を読み解く技術があるということになる。

(……でも、なんで?)

芹沢さんは私たちの中で唯一の中学生、年齢としては抜けて幼い子だ。
そんな子が、私たちでも読み取れないぐらいに難しいこの本をスラスラと読み解くことができるなんて、彼女は一体何者なんだろう。

真乃「私、あさひちゃんにこの本を読んでもらってみるね。今の状況……蘇りの儀式に何か関連するような記述がないか聞いてみる」

にちか「ありがとう、頼んだ」

真乃ちゃんは本を片手に部屋を飛び出して行った。
あの本には何か重要な秘密が眠っている気がする。
私たちが見つけ出そうともがいている、真実へとつながる何かが。

コトダマアップデート!【古今呪儒撰集】
〔凛世の才能研究教室に所蔵されていた、伝奇やオカルトな噂話を収集した古書。事件の前後で何者かによって持ち出されており、事件現場の隣の空き教室にて発見された。古語文体で書かれた本であり、難解。読めるのは凛世とあさひのみ〕

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【消火シート】

闇に身を潜めるようにして、折りたたまれている白銀の布。
ガスレンジを囲ったり、換気扇をくるんだりするアルミシートに材質は近い。
それでいて、夏場の掛け布団ぐらいの厚みはあって、それなりに丈夫。
まさかこれを纏って寝ることはあるまいが。

にちか「なにこれ……? ちょっと広げてみるか……」

真乃ちゃんが出て行ったので一人で広げるしかない。
教室の端に布の角を沿わせて、慎重に広げて行った。布の全形は正方形、一室の床を埋め尽くすほどの面積はないが、人一人が包まるぐらいはできる。
雪山で遭難した時は重宝するかもしれない。

にちか「うぇ……なにこれ……あんま触りたくないんですけど」

広げたことで目に止まったのは、シートの全体が汚れていることだ。
黒く淀んだ煤のようなものに、赤く粘度のある液体、黄ばんだ白い凝固物がポツリポツリと付着していた。
これらは長い間シートの上に乗っかっているものらしく、接着剤でも使われたかのようにピッタリとくっついている。

にちか「……一応、匂いとか嗅いどく……?」

恐る恐る鼻を近づけた。全体的に油臭い。
コロッケを作った後の室外機の匂いがする。
その中に混じっているのはどこか鉄っぽく、刺激の強い臭いだ。

にちか「これ……血だ」

それは、この学園に来て何度となく嗅いだ臭いだった。


【おはっくま〜!】

モノファニー「でろでろでろでろでろ……」

にちか「開幕ゲロ?!」

モノファニー「だって、キサマが広げたそれがあんまりにもグロいから……ここにいるだけでキツイのよ」

にちか「やっぱりこれに付着してるのって血なんだね?」

モノファニー「血……そうね、体液が付着してるわ。死の直前までそこに命があった証明だわ」

にちか「ねえ、モノファニー。このシートは何なの? 私この学園生活で初めて見たけど」

モノファニー「そう、本題はそこなのよ。これはシートはシートでも、消火シートなの」

にちか「消火シート……?」

モノファニー「建築の現場でよく使われているものね。建材に用いることで、家屋に延焼するのを防ぐことができるのよ」

モノファニー「お手軽なものだと、キッチンで揚げ物をしている時の防災用のものがホームセンターなんかで売ってるわね」

(あー……そういえば戸棚にお姉ちゃんがそんな感じのやつを入れてたような気もする)

モノファニー「元々これは超研究生級の料理研究家の才能研究教室においてあったものね。あの部屋の設備はレストランが開けるぐらい大きなものだから、消防の現場で使われるぐらい立派なシートを取り寄せたのよ」

モノファニー「それなのにこんなにグロく汚しちゃって……ぷんぷんのでろでろだわ!」

延焼防止の消火シート……か。
言うまでもなくこれは火の勢いを鎮圧するために使われるもののはず。
でも、私たちが発見した死体は火の勢いを抑えられていたどころか、真っ黒焦げになるまでこん限りに焼かれていた。
このシートに付着している汚れといい、何か妙だな……

コトダマゲット!【消火シート】
〔事件現場の隣室の空き教室で発見された消火シート。全面に黒い煤、体液、白い凝固物が認められ大きく汚れている〕


真乃「にちかちゃん、ただいま。あさひちゃんに本を渡してきたよ」

にちか「おかえり、芹沢さんはなんて?」

真乃「『ちょっと時間はかかるけど頑張って解読するっす』って協力してくれるみたいだよ」

にちか「そっか……」

(しかし、本当に何故彼女はあの本を読み解くことが出来るんだろう……)

真乃「この部屋の調査はもう大丈夫?」

にちか「あー、うん。一通りは見終わった……と思う」

真乃「それじゃあ後は【超研究生級のドクターの才能研究教室】だけだね」

にちか「あ……それと、ちょっと気になることができたから【超研究生級の料理研究家の才能研究教室】も観てもいい?」

真乃「ほわ……? うん、大丈夫だよ」

にちか「ありがとう、同じ階だし、まずは先にそっちに行こう!」

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【超研究生級の料理研究家の才能研究教室】

芹沢さんが床下で見つけたガスボンベの出どころは言うまでもなくこの部屋だ。
犯人が何の目的であのガスボンベを持ち出したのか、ちゃんと確かめないと。

恋鐘「あ、にちかに真乃! 調査ん進み具合はどがん?」

にちか「恋鐘さん……! ぼちぼちですかねー、恋鐘さんはここで何を?」

恋鐘「今回の事件に関与しとる儀式の中で、霧子はこん部屋の包丁ば使おうとしとった! 凛世の死にもなんか関係があるかもしれんと思って調べにきたとよ」

真乃「儀式に包丁……」

にちか「ああ、人形の胸に刃物を突き立てるってやつですね」

恋鐘「……たとえ作り物でも、大事な友達と同じ姿のしとるのを刺すのは悪趣味が過ぎるたい」

やっぱり恋鐘さんは儀式自体にも色々と思うところがありそうだな。
恋鐘さんは生徒会に所属していたメンバーでも唯一私たちの味方になってくれる存在だ。
彼女の話は聞いておいた方が良さそうだな。

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【恋鐘に聞き込み】

にちか「恋鐘さん、あの……昨晩の儀式のことについて聞いても良いですか?」

恋鐘「うんうん、よかよ!」

にちか「恋鐘さんは儀式の時、樋口さんの才能研究教室の見張りについてたって幽谷さんから聞きました。何かそこで変なものとか見てないです?」

恋鐘「うーん、特に何も見んかったばい。深夜11時ぐらいに甜花に儀式の中止を聞いて、そこから合流して……そのまま寝とったしね……」

にちか「なるほど……恋鐘さんが儀式に協力したのってそれくらいですか?」

恋鐘「ううん! うちは見張りの一つにもう一個大事な準備をしとる!」

真乃「ほわっ……大事な準備ですか……?」

恋鐘「やっぱり儀式といえば、それ専用の格好ばしちょらんと! うちが霧子の体に合わせて儀式用の服を設えたたい!」

にちか「儀装束ってことですか……?」

恋鐘「うんうん! 頭から被るフードのついた、マント見たいな……」

真乃「ローブ、かな……?」

恋鐘「そい〜〜〜!」

(儀式用のローブ……それを恋鐘さんが作った?)

にちか「それって幽谷さんにお願いされて作ったんですか?」

恋鐘「ううん、うちが儀式に必要だと思ったけん勝手にやっただけばい」

おかしい……恋鐘さんは儀式には基本的に反対の立場だったはずだ。
そんな彼女が儀式に必要だろうからと、わざわざ自主的にそんな儀式のための道具を作ったりするものだろうか?
恋鐘さんがやけに上機嫌に話しているところを見ても、その装束はただの装束で収まらない何かがあるんじゃない……?

コトダマゲット!【儀装束】
〔恋鐘が儀式のために縫い合わせた霧子専用の装束〕

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【ガスボンベ】

この部屋が開放された直後、大量のカセットコンロをこの戸棚の中に見た。
事件現場の床下に落ちていたガスボンベは多分このカセットコンロから取り外して持っていったものだろう。
扉を開けてみると案の定。コンロから外されたボンベが栗拾いかというぐらいの様相で転がっている。

その一つを試しに手に取ってみた。
これも同じだ。床下に転がっていたガスボンベと同じように容器の一部分がくり抜かれて穴が空いている。
違うのはそこに【ガムテープで蓋をされている】点だ。
何かが漏れ出さないように、閉じ込めているといった感じだ。

にちか「恋鐘さん、このガスボンベって元からこうでした?」

恋鐘「ん……? な、なんね……こんな細工、部屋が開放された直後はなかったはずたい」

にちか「まあ、ですよねー……」

今回の事件において、犯人が講じた策の一つであるのはまず間違いないだろう。

真乃「……にちかちゃん、他のガスボンベはどう?」

にちか「え? ああ、うん……今手に取ったもの以外にも、ほぼ全部のガスボンベが同じ状態になってるみたいだけど、どうしたの?」

真乃「……なにか、変じゃないかな。わざわざ犯人は細工をしたガスボンベをここに残していったの?」

にちか「あー、確かに……必要以上に、細工を仕組んだボンベを作っちゃって余らせちゃった……とか?」

真乃「うーん……そんなうっかり屋さんなのかな、今回の犯人って……」

確かに真乃ちゃんの指摘の通りだと思った。
何かトリックにガスボンベを使ったとしても、わざわざその証拠を残す意味はない。
戸棚にこれだけのガスボンベを残していった犯人の狙いって一体……?

コトダマアップデート!【ガスボンベ】
〔床下に転がっていた可燃性ガスの多量のガスボンベ。元は恋鐘の才能研究教室にあったもので、料理用のガスコンロの一パーツ。容器には穴が開いており、ガスが漏れ出るようになっていた。才能研究教室に残されていたガスボンベも同様の細工がされている〕

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【ダストシュート】

部屋の床から天井までを一直線に貫くダストシュート。
確かこれは1階の厨房とも直結していたはずだ。
儀式の最中は学園内に生徒会の見張りがついていたけど、ここをよじ登ってくれば4階に上がることができたんじゃない?
訝しみながら私はその扉を開けた。

にちか「くっさ…………くない?」

部屋が開放された直後は、生ごみの匂いが充満していたはずのダストシュート。
扉を開けたわずかな時間でもその悪臭が鼻腔にこびりついたのをよく覚えている。

だけど、今はまるで【そんな匂いはしない】。拍子抜けした気分だ。

恋鐘「に、にちか? 何でそがん場所調べとるん?」

にちか「ああ、いや……このダストシュートって1階から4階まで直結してるじゃないですか。ここを伝って登れば生徒会の監視の目を逃れて4階に侵入ができたんじゃないかな〜と思って」

真乃「にちかちゃん、それはないんじゃないかな……そもそも、夜時間の間って食堂自体は入れなかったよね?」

にちか「……あ」

恋鐘「流石にダストシュートは事件に関係しとらんよ、気にしすぎたい!」

にちか「あ、あはは! ですよねー! すみません、今すぐ閉めますー!」

しまった……完全に校則のことを失念していた。
恥ずかしくなって慌ててその扉を閉めようと、ノブに手をかけた。


真乃「……? どうしたの?」

……でも、私の目はダストシュートの柱の中に異様な光景を捉えた。

にちか「……お茶っ葉?」

ダストシュートの四角形の枠組みいっぱいに貼られたネット。
その上には大量の茶葉が、ハンモックに揺られるようにして並べられていたのである。

にちか「こ、恋鐘さん……これ見てください! これ、何なんですか?」

恋鐘「ふぇ〜?」

恋鐘さんは作業を止め、私の元へ。
一緒になって首を伸ばし、ダストシュートの中を覗き込む。

恋鐘「ん〜、にちかの言う通りお茶っ葉みたいやね。誰かが臭い消しのために敷いたとやろか」

にちか「臭い消し?」

恋鐘「うん〜! お茶っ葉に含まれとるポリフェノールは、生ごみとかの悪臭を取り除く効果があるたい。ほら、おかげで全然今は臭わんとやろ?」

なるほど、ダストシュートから悪臭がしないのはこのお茶っ葉のおかげだったんだ……
これもある種の生活の知恵ということだろうか。
でも、そんな面倒を誰が一体?

にちか「これやったのって恋鐘さんではない感じです?」

恋鐘「うん、うちじゃなかよ。誰か気の利いた人が、みんな嫌な思いをせんようにやってくれたんだと思うばい」

(……純粋な優しさでやったことなんだったら、いいけどどこか引っかかるな)

(一応、頭に入れておこうかな)

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真乃「にちかちゃん、この部屋で調べることは片付いた?」

にちか「うん……大体は」

(芹沢さんが床下から見つけ出したガスボンベ、それはやっぱりこの部屋から持ち出されたものでその裏も取れたけど)

(……さっき空き教室で見つけた消火シート、この部屋で見つからなかったんだよな)

(うーん……新品を一応確認しておきたかったけど、しょうがないか)

にちか「とりあえず、最後の部屋を見に行こっか! 最後は……幽谷さんの才能研究教室だったよね」

真乃「うん……灯織ちゃんの言ってたこと、検証しに行こうか……っ!」

(灯織ちゃんが見た異様な光景……確かめないと)

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【超研究生級のドクターの才能研究教室】

にちか「おお……なるほど」

真乃「これは……相当だね」

死体発見現場に到着が遅れるほどのもの、灯織ちゃんは一体何を見たのかと思っていたけれど、入った瞬間に納得。
棚は乱暴に開け放たれ、中の薬品や手当のための道具も床に散乱している。
強盗でも入ってきたかのような惨状がそこにあった。

にちか「元々こんなんじゃなかったはずだよね……?」

真乃「ちょっと薬品を元通りに並べてみようか。何か持ち出されたものがあるかもしれない」

にちか「そうだね……」

私と真乃ちゃんは二人でチマチマ薬を元通りに並べていった。
棚には薬ごとにプレートがついており、それを見ればどの容器の薬をどこにしまうべきなのか、専門的な知識がなくともわかるのだ。

……一通り作業が終わった。

にちか「……ないね。 何も抜き取られたもの」

真乃「ほわっ……こっちの怪我の手当ての道具も、不備はないよ。多少数が減ってたりはするけど……」

にちか「散々荒らしておいて、何も持ち出してない……? 一体何のためにあんな暴れ散らしたわけ……?」

コトダマゲット!【超研究生級のドクターの才能研究教室】
〔事件前後で大きく荒らされていた。何者かが部屋に踏み込んで荒らしまわったものと思われるが、貯蔵されている薬や手当ての道具に欠落はなにもなく、持ち出された様子もない〕

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【キーンコーンカーンコーン……】


モノクマ『出航だーーーーーーッッッ! オレ、もう待てねえよ! ディープブルーなミステリーの海がオレたちを待ってるんだッ!』


モノクマ『どんな宝物が待ってるんだろうなッ! どんな奴と出会うんだろうなッ! いつの時代も海は冒険と希望に満ちているッ!』


モノクマ『野郎ども、漕ぎ出す準備はできてるか? オレらはみんな一つ。学級裁判という船で大会に漕ぎ出すクルーなんだ!』


モノクマ『ヨーソローッ! 船に乗り遅れたくなければ中庭の裁きの祠に急げーーーー!』


プツン


真乃「時間が来たみたいだね……」

にちか「うん……」

捜査が終わって胸の中に残るもの。それは【不安】だ。
意識すればするほど手足が重たく、空気が緩くなっていく呪いのようなもの。

しかも今回ばかりはその不安がかなり異質だ。
自分たちの命がまな板の上に乗せられていることもそうなのだけど、それ以上に今回は共に戦う仲間たちが信頼できないというところにある。
生徒会と私たちの対立した構図は結局そのまま学級裁判にも持ち込まれることになる。

真乃「……」

(……流石に、心細い)

アナウンスを聞いてから、唾が飲み込めなかった。


真乃「にちかちゃん、手を借りても良い?」

にちか「え、何……?」

そんな私の様子を見かねてか、真乃ちゃんは私の手を取った。
暖かく柔らかい手のひらに包まれて、解きほぐされていく。

真乃「大丈夫、なんて勝手なことは言えないけど……私はにちかちゃんと一緒に戦うからね」

(……!)

最初の学級裁判のことを思い出す。
ルカさんを手にかけて、学級裁判で勝ち抜くために武器を取ったあの日のこと。
私はたった一人で曲がりなりにも戦い尽くして、逃げずに立ち向かっていた。

その時のことを思えば、今はまだ楽なものだ。
すぐ隣には私のことを信頼し、共に戦ってくれる存在がいる。
手が震えれば、握ってくれる友達がいる。

にちか「……あ〜っ、もう!」

ばちん!と大きな音を立てて自分の頬を叩く。
鬱屈とした空気を勢いに任せて自分から退かせた。

にちか「やろう! 二人で! 絶対に今回の裁判も勝つからね!」

真乃「ふふ……そうだね! 頑張ろう、むんっ!」

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【中庭 裁きの祠】

裁きの祠では生徒会の人たちが一塊になる一方で、芹沢さんは熱心に例の書物を読み進めていた。
噴水の縁に腰掛けて、文字を目で追いながら首と指も動かしている。

にちか「芹沢さん、どう? 何かわかった……?」

あさひ「んー……面白い話はいっぱいあるっすけど今回の事件に関係あるかどうかはわかんないっす」

あさひ「自分が死んだことに気づかずに好敵手を求め続ける戦場の亡霊、罠で殺した狐が養子に取り憑いて家の人間を食い殺すお話……」

真乃「やっぱり、物騒なものが多いんだね……」

あさひ「……なにか気になるものがあったら、また言うっすよ」

(……しかし、本当にこの子は読めてるんだな)

(どういう教養なんだろ……)

芹沢さんとのやりとりを遠巻きにじっと見つめている生徒会。
私は近づいて幽谷さんに食ってかかった。

にちか「あの、学級裁判は公平な場所なので……くれぐれもよろしくお願いしますよ」

霧子「うん……もちろん……! みんなで真実を突き止めるために協力するよ……」

恋鐘「霧子……」

ガラス珠みたいな瞳が真っ直ぐにこちらを見つめる。
底知れぬものに接している感覚、自分の足元から何かが伝ってくるような嫌悪感だ。
でも、この裁判はそれを踏み越えねば真実に辿り着けない。
私は息をひとつ飲んでから、差し出された手のひらを手に取った。



円香「……ねえ」

透「ん? どした?」

円香「私もあんたたちが生き残るために協力するから……その、見てて」

円香「……いや、別に見てなくていい。自分が感じるままに感じてくれればそれでいいから」

透「あー……イエス」

全員が集まったタイミングを見計らってか、祠中に地響きが走る。
これまでの2回と同じように、その発信源は中央の噴水で、
モノクマの顔をした不気味な彫刻はまた、明日とも明後日とも言えぬ場所を指差して、水中に沈んだ。
それと引き換えにして干上がる噴水、割れる滝壺。
エレベーターが大きく口を開けて私たちを出迎えた。

樹里「……行くぞ」

甜花「三度目の正直……仏の顔も三度まで……三寒四温……朝三暮四……」

愛依「大丈夫、うちらには霧子ちゃんがついてるから」

霧子「……」

全員がエレベーターに乗り込んだところで、

ガコン!

下降が始まった。


エレベーターの中にも、不自然な距離感が生じた。

身を寄せ合うようにしている生徒会の人たち。
一人壁の端で顔を伏せる樋口さん。
揺れる籠の中で酔いもお構いなしに本を読み進める芹沢さん。
そして、不安と同様に震える私と真乃ちゃん。

裁判はこれで三度目になるのに、今の私たちは今までのどの場面よりもバラバラで、脆い。
お互いの間にある信頼という言葉がぼやけて、ぶれてしまっている。
その靄に呑まれて、彼女は命を落とした。

私たちにはその責任があるんだろうと思った。
誰もが不安で苦しむ中で、自分だけが救われようとしたせいで、その軌道に乗れなかったはみ出しものが割を食う。

だからこれから始まる裁判は彼女への贖罪の意味も兼ねている。
他の人を救うことができなかった無力な私たちが罪を濯ぐための戦い。
この戦いは生き残ること以上に、彼女へと捧ぐための戦いなのである。

チーン!

そしてエレベーターは目的地に辿り着く。


モノクマ「来たね……ぬるりと」

モノタロウ「ようこそキサマラ! 突き出しはきゅうりの浅漬けだよ!」

モノファニー「当裁判場はワンドリンク制になっているわ。お好きな飲み物を注文してから席についてちょうだいね」

モノダム「勝利ノ美酒カ、敗北ノ苦汁……モシクハ、絶望ノ辛酸ダヨ」

モノタロウ「えっ?! 絶望って辛いの?!」

モノクマ「そんなわけあるかい! 絶望は甘々の甘ちゃんだよ!」

モノクマ「身をひたし、心を堕とす……ああ、なんと甘美な響き……!」


にちか「……ねえ、灯織ちゃん」

灯織「どうしたの、にちか? もう裁判始まっちゃうよ?」

にちか「ううん……4日前の晩のこと……まだ覚えてるかな」

灯織「4日前……」

にちか「前回の裁判が終わって私が話したこと……覚えてくれてるかなって」

灯織「誰かを信じたいと思うのなら、真実に向き合うのを諦めちゃダメ。にちかがめぐるから受け継いだものだよね?」



灯織「だから私は霧子さんに、自分の中の自我を教えてもらって……本当に守りたいものに気づけたんだよ」




灯織「にちかには感謝してるんだ。にちかがいなければ……この境地には辿り着けなかった」

にちか「……違う、そうじゃないよ灯織ちゃん。今あなたが立っているのは境地でも何でもない」

にちか「まだ道の途中だよ……! 何の真実にも辿り着いていない……!」

にちか「先の見えないコロシアイに疲れ果てたからって、コロシアイからの離脱という分かりやすい逃げ道に縋ってるだけ……! 結局結論を他人に委ねてるんだよ!」

灯織「……言いたいことはそれだけ?」

にちか「灯織ちゃん……!?」

灯織「裁判が始まるよ、早く席に着いて」

真乃「にちかちゃん、灯織ちゃん……」


そして私たちは席に着く。
不揃いな足取りで、壇上に登って周りを見た。
まるで視線が合わない。
それぞれが別の場所を見つめていて、これからの航行が真っ直ぐとは進まないことを予期しているようだった。

超研究生級の大和撫子、杜野凛世。
彼女はこの学園での生活に誰よりも不安を抱いていた少女だった。
はじめは私たちのことも信用できずにこもり気味だったのを、必死に歩み寄ってどうにか私たちの方を見てもらうことができた。

一番の功労者は有栖川さんと西城さんだった。
同じ時間を共に過ごして、同じだけの汗を流した。
その経験が、凍りついていた彼女の心を溶かしてくれたのだと思う。

でも、有栖川さんは志半ばで命を落とし、西城さんは杜野さんの手を離して、生徒会に依存してしまった。
遺された彼女の失意はどれほどのものだったろうと思う。

そんな彼女を殺した人間が、この中にいる。


生徒会が発足して以来すっかり不穏な空気に満ちた学園生活でついに起きてしまった惨劇。
私たちはその原因も理由も結果も、全部を明らかにしなくちゃいけない。
それが私たちの責任なんだから。

この学級裁判には沢山のものがかかっている。

私たちの命。
仲間との信頼。
これから先の未来。

全部全部、取り返すんだ……








________果てのない悪意から。






長くなりましたが、三章捜査パートがここまでで終わりです。
次回更新より学級裁判パートになるので、お力を貸していただけますと幸いです。

更新は14(土)の21:00~ぐらいを予定しています。
よろしくお願いします。

【コトダマ】

‣【モノクマファイル4】
〔今回の被害者は【超研究生級の大和撫子】杜野凛世。死体は全体に渡って激しく燃焼されており、死体の損壊は著しい。生存者から消去法的に被害者は杜野凛世であるものと判定した。
死体発見現場は4階空き教室の中央の部屋。
死亡推定時刻は午前0時ごろ〕

‣【死体発見時の状況】
〔第一発見者はにちか、真乃、あさひの三人。4階への階段を上っている最中にあさひが焦げ臭い匂いをかぎ取って死体発見に至った。ほかに異臭は誰も嗅いでいない。三人で同時に死体を目撃した時に死体発見アナウンスが鳴った〕

‣【緑の物体】
〔凛世の死体の腹部に食い込んでいた緑色の物体。ガムが引っ付いたような見た目だが、実際のところ肉体にかなり食い込んでいるらしい〕

‣【死体の握っていた金具】
〔凛世の焼死体が左手に握りしめていた金属製の何か。筒のような形状をしているが、片手に握り込めるほどに小さい。凛世のものなのか犯人のものなのかは不明〕

‣【死体のポーズ】
〔凛世の死体は拝むように四肢を曲げた状態で発見された。霧子曰く、焼死体は死後硬直が進みやすく自然に捻じ曲がってこのポーズになった可能性が高い。凛世は焼かれている時、拘束の一切をされていなかったようだ〕

‣【死体の下敷きになっていた金具】
〔凛世の死体の下に落ちていた金具。指でつまめるほどの小さなもので、熱と体重で変形してしまっている〕

‣【ルカの人形】
〔死体の近くに転がっていたバラバラになったルカの人形。元々くっついていたはずの接合部には融解が揺られ、熱を与えられたものと見られる〕

‣【空き教室の紙片】
〔儀式を行った空き教室の中に落ちていた紙片。これまでにコロシアイで命を落としてきたメンバーの名前が書いてある〕


‣【屍者の書】
〔モノクマたちに提示された今回の動機。転校生として、これまでに犠牲になった生徒たちを復活させるための儀式の工程が書いてある。

『屍者の書〜転校生を呼び込むための蘇りの手順〜』
『1.絶命してしまった仲間の依代を用意します。難しい場合は本人の死体が最も理想的ですが、姿を模して作った人形で構いません。その人形の中に魂がそのまま入るのではなく、その器を最小に本当の肉体を再臨させるのでご心配なく』
『2.復活させたい仲間の死体の胸部に刃物を突き立てます。奥深くに突き刺さるまで復活の呪文を絶えず唱えるようにしてください。
・黄泉に眠りし御霊よ 我が呼びかけに答えよ
今再び肉体を宿し 現生に縋り叫べ」
『3.刃が深くまで突き刺さったら、この蘇りの書を燃やして灰とした後に、死体に振りかけてください。
そのうえで最後の呪文を唱えてください
・理に縛られず 均衡を破りたまえ
我が心身を賭して 汝の縁を取り戻さん』

なお、なぜか屍者の書は死体の傍に落ちていた〕

‣【円香の証言】
〔円香は事件の昨々晩より超研究生級のストリーマーの才能研究教室で監禁状態にあった。事件当時も同様であり、霧子と死体発見までずっと一緒にいたためお互いのアリバイの証人となっている〕

‣【霧子の証言】
〔屍者の書を用いた蘇りの儀式を昨晩実行する予定だったが、顛末は以下の通りとなった。
午後10時生徒会のメンバーが4階に集結。儀式を霧子が実行し、4階の警備に甜花がついた。円香の才能研究教室、一階女子トイレにそれぞれ恋鐘と愛依が監視につき、寄宿舎は樹里が見張った。灯織と透は校内の巡回を行った。
午後10時半儀式を実行に移そうとしたところで霧子が屍者の書を紛失していたことに気づく。生徒会メンバーを急いで招集。
午後11時儀式の中止を決定。生徒会メンバーはそれぞれの個室で休息をとる〕

‣【床下の小太刀】
〔儀式が行われた教室の床下に転がっていた小太刀。超研究生級の大和撫子の才能研究教室から持ち出されたものらしく、同じものは二つとない特殊なつくりのもののようだ。刀身に血は付着していない〕

‣【ガスボンベ】
〔床下に転がっていた可燃性ガスの多量のガスボンベ。元は恋鐘の才能研究教室にあったもので、料理用のガスコンロの一パーツ。容器には穴が開いており、ガスが漏れ出るようになっていた。才能研究教室に残されていたガスボンベも同様の細工がされている〕


‣【空き教室(中央)の燭台】
〔死体発見現場となった空き教室の燭台の火は何者かによって消されていた。燭台はにちかが一人じゃ背伸びをしてもギリギリ届かないぐらいの高さにある〕

‣【3Dプリンター】
〔甜花の才能研究教室に設置されていた3Dプリンター。作成した3Dモデルを読み込んで立体物をプリントできるほか、横付けされたスキャナーを使うことでその場で立体物のコピーを行うこともできる。プリントには合成樹脂を素材として用いているため、熱には弱い〕

‣【ショーケース】
〔超研究生級の大和撫子に所蔵品を納めているショーケースはいずれも鍵がついていない。誰でも簡単に所蔵品を持ち出せる状態にあったようだ〕

‣【凛世の帯】
〔事件現場の手前の空き教室の扉に噛ませてあった凛世の着物の帯。殺害当時、凛世の衣服ははだけていたものと思われる。帯の大部分は空き教室の中に入っており、注目してみない限りは外から気づかないようになっていた〕

‣【手前側の空き教室の血痕】
〔死体発見現場の隣室、階段側の空き教室に滴り落ちていた血痕。これを零した人物は部屋を出てから、死体発見現場である中央の空き教室に向かったものと思われる〕

‣【古今呪儒撰集】
〔凛世の才能研究教室に所蔵されていた、伝奇やオカルトな噂話を収集した古書。事件の前後で何者かによって持ち出されており、事件現場の隣の空き教室にて発見された。古語文体で書かれた本であり、難解。読めるのは凛世とあさひのみ〕

‣【消火シート】
〔事件現場の隣室の空き教室で発見された消火シート。全面に黒い煤、体液、白い凝固物が認められ大きく汚れている〕

‣【儀装束】
〔恋鐘が儀式のために縫い合わせた霧子専用の装束〕

‣【超研究生級のドクターの才能研究教室】
〔事件前後で大きく荒らされていた。何者かが部屋に踏み込んで荒らしまわったものと思われるが、貯蔵されている薬や手当ての道具に欠落はなにもなく、持ち出された様子もない〕

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【学級裁判 開廷!】




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モノクマ「これより学級裁判のルールの説明をいたします」


モノクマ「学級裁判では殺人の実行犯であるクロとそれ以外のシロとに分かれて、オマエラの中に潜むクロは誰か?を話し合ってもらいます」


モノクマ「無事クロの生徒を指摘できればクロだけがおしおき。もし間違った生徒をクロとしてしまった場合には……」


モノクマ「それ以外のシロ全員がおしおきになって、全員を欺いたクロはこの学園から卒業となります!」


モノクマ「はぁ……毎度毎度これ言うのも疲れるんだよね。同じセリフを繰り返すたびに、ボクってなんなんだろうって。こんな仕事ただのスピーカーだってできるじゃんね」

モノファニー「大変! お父ちゃんが仕事にやりがいが感じられずやる気をなくしてるよ!」

モノタロウ「この国の40%の若者が就労後に仕事へのやりがい・モチベーションを感じられないことを原因に休職、離職すると言われているあの由々しき問題をオイラたちは目の当たりにしているんだね!」

モノダム「職業選択ノ自由……ソレガ広ク保証サレテイルガユエノ悩ミ、ダネ」


霧子「まず最初に謝らせてください……私はあれだけみんなの力を借りて、コロシアイからの離脱を誓ったのに……」

霧子「その宣言を守ることができませんでした……」

愛依「霧子ちゃんは悪くないよ! 悪いのは……凛世ちゃんを手にかけた犯人なんだから!」

甜花「そ、そう……! 平和を望む生徒会の考えも、行動も、間違ってたなんて……間違ってる!」

(あー、あー。みんなして幽谷さんのフォローに回っちゃってもう……)

(そんなに教祖様の表情が曇るのが嫌ですか、そうですか……)

にちか「誰が悪いとか、そういうのは後回しにしません? 犯人を突き止めることが第一ですよね?」

あさひ「そうっすね、わたしたちの中の誰かが間違いなく凛世ちゃんを殺して……その死体をまっ黒焦げになるまで焼いたんっすよ」

灯織「……許せません。そんな蛮行を働いた人間に、私たちは屈するわけには行かない」

あさひ「そうそう、いい表情になってきたっすよ! 学級裁判は論理だけでなく、感情を真正面からぶつけ合う場所でもあるっす」

あさひ「犯人を許せないと思う気持ちは……燃えれば燃えているほどいいっす」

芹沢さんの学級裁判をゲームとして楽しもうとする趣向には賛同できないけど、彼女の強引に議論をリードする働きには期待できる。
とはいえ、彼女も味方ではないのだから、あまりついて行きすぎると真実を見失いかねないのがネックなのだけど。

霧子「それじゃあいつも通り議論を始めましょう……凛世ちゃんの殺害現場で見つけたもの、感じたもの……」

霧子「みんなで話し合ってみようね……」

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【ノンストップ議論開始!】

コトダマ
‣【モノクマファイル4】
‣【屍者の書】
‣【凛世の帯】
‣【死体のポーズ】
‣【死体発見時の状況】

真乃「今回の事件は異質です……」

真乃「死体は一眼で【誰かが分からない】ほどに焼かれており、激しい損壊状態にありました」

樹里「そんなことできるやつに人の心なんかねーよ」

樹里「凛世の苦しみを考えたことあんのかよ!?」

透「じゃあ犯人は本当に人の心がなかったのかもね」

円香「それ、私のことでも言いたいわけ?」

透「違うよ、樋口はもっと……別のものがない」

愛依「もしかして、転校生?」

愛依「霧子ちゃんが儀式で復活させようとしてたみんなが」

愛依「【甦って】凛世ちゃんを殺しちゃったとか!」

樹里「ば、バカやろー! んなもんあるわけねーだろ!」


【正しいコトダマで矛盾する発言を論破しろ!】

↓1


にちか「それは違くないですかー?!」

【BREAK!】

にちか「今回の事件、提示されてた動機はかなり異色……狙いが正直今でもちゃんとはわかってないですけど」

にちか「【屍者の書】、これを用いた復活の儀式がこの事件の中心にはあります」

霧子「私が生徒会のみんなに協力してもらって、夏葉さんの復活を目指したんだ……」

愛依「今回の動機は使っていいのか、悪いのかもわかんなくて……霧子ちゃんの判断に全部お任せしたんだよね」

樹里「儀式のための準備とかも、全部霧子の言いつけ通りにやったんだったな」

透「そこまで準備はやったけど……」

真乃「儀式は中止になっちゃったんですよね……?」

霧子「うん、私が屍者の書を紛失してしまったから……鍵付きのお部屋である超研究生のストリーマーの才能研究教室。そこに私は屍者の書を保管してたんだ」

霧子「鍵は甜花ちゃんからもらった一つだけで私以外に出入りはできない……部屋の中には身動きの取れない円香ちゃんだけ……」

愛依「はー、木を隠すなら森の中とはよく言ったもんだ」

樹里「ぜってー誤用だろ……」


霧子「それなのに、儀式をいざ始めようと言う時になると……隠しておいた場所に死者の書の姿はなくなっていたの……」

円香「一応言っておくけど、私は何も見ていない。監禁も長く続いて意識が朦朧としてたからね」

にちか「さっきも思ったんですけど……随分とあっさりと儀式を止めちゃったんですね?」

にちか「私たちの行動を制限して、邪魔されないように厳戒態勢まで引いていたのに……もっと屍者の書を血眼になって探したりとかしなかったんですか?」

霧子「うん……屍者の書を探そうとすることは、他のみんなを疑うことになるでしょう……?」

霧子「誰かを疑うことは軋轢を生じさせる。生まれた溝は広がると……最後には、傷になる……」

霧子「それに、生徒会ができてからはみんな夜にもパトロールに出てくれて体力を使ってしまっていたから……休憩をたまにはとってほしくて……」

(……なんか妙なんだよな。ここ最近の幽谷さんのカルト教祖っぷりは猛烈な勢いだったのに)

(この儀式に関してはまるで無頓着というか……自分のいる役職的にやらないといけない、やったほうがいい……だからやった、みたいな)

(彼女にこの儀式へのこだわりってあったんだろうか……?)

灯織「では、焦点となるのはやはり【屍者の書の行方】でしょうか。霧子さんが不手際で失くすなんてことはまずないでしょうし、どなたかが持ち出したものと考えるのが自然です」

透「でも、そんな隙なんて……なくね?」

甜花「儀式を行う夜時間になってからは……全部、幽谷さんにお任せだったもんね……」

恋鐘「あとの生徒会のみんなは学校の各地に散らばって警戒体制を強いとったとよ」

恋鐘「もし屍者の書を抜き取るんならお互いの監視の目ば抜けんといかん!」

真乃「かなり難易度としては高そうだね……」

(生徒会は夜時間の度私たちの行動をきつく縛り上げるような規則を押し付けてきていた)

(そんな中で、4階まで近づけた人間ってだいぶ限られるよね)

にちか「まずは誰に持ち出すことが可能だったのか、そこから絞っていきましょうよ」

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【ノンストップ議論開始!】

コトダマ
‣【屍者の書】
‣【ショーケース】
‣【ルカの人形】
‣【円香の証言】
‣【緑の物体】

恋鐘「霧子の大事な本を奪ったん誰〜〜〜?!」

恋鐘「今ならみんな怒らんけん名乗り出んね!」

樹里「……まあ、それは出るわけないとして」

樹里「アタシは【円香がやった】と思うぜ」

樹里「アイツはそもそも黒幕側の人間」

樹里「それに生徒会への敵対心を剥き出しにしてだろ!」

樹里「円香が屍者の書を隠しちまったんだ!」

透「屍者の書を隠してたのも」

透「樋口はずっといたのも」

透「同じ【ストリーマーの才能研究教室】……だしね」


【正しいコトダマで矛盾する発言を論破しろ!】

↓1


にちか「それは違くないですかー?!」

【BREAK!】

にちか「いやいや、何言ってるんですか?! 樋口さんにだけは出来ないのは明らかでしょ?!」

にちか「あなたたちですよね?! 樋口さんを監禁して身動きを封じてたのって!」

真乃「そ、そうです……! 樋口さんには体の自由がなかったから……屍者の書を持ち出すことなんてできなかったはずです!」

樹里「いや、そうとも限らねーだろ。円香に関しては体に自由がなくとも、屍者の書を持ち出すための方法があったはずだぜ」

円香「……は?」

樹里「おい、モノクマーズ! 円香はアンタらにとってのなんだったっけ?」

モノタロウ「腹を痛めて産んでくれたお母ちゃん!」

モノファニー「運動会でアルミに巻いたおにぎりを持ってきてくれたお母ちゃん!」

モノダム「保育園帰リニスーパーデ、ソフビ人形ヲ買ッテクレタオ母チャン」

円香「そんな記憶はない……!!」

樹里「とにかく、モノクマーズと円香の関係性は並みならぬものなんだよ。たとえ円香自身が拘束されていたとしても」

恋鐘「モノクマーズたちを手足のように動かせば、屍者の書を持ち出すことができるってことばい!?」

愛依「そっか……シンシュツキボツなモノクマーズなら扉の鍵も関係ないし……邪魔されずに持ち出すことができるね!」


あさひ「いや、どうっすかね……それはちょっと無いんじゃないっすか?」

霧子「あさひちゃん……?」

あさひ「モノクマーズが円香ちゃんの味方だったとして、監禁状態にある円香ちゃんの命令をモノクマーズがなんでも聞いてたらそれって不公平じゃないっすか?」

あさひ「ほら、わたしたちの中には【明確な黒幕が一人いる】じゃないっすか。彼女は黒幕だからと言って何かモノクマたちを使って優位な条件のもと動いてるっす?」

円香「いや……他の参加者と同じ条件だね。どういう意図かは知らないけど殺す殺されるの緊迫した関係に自分も混ざって、内側から私たちを観測している」

あさひ「そうなんすよ! 自分が有利になるためにモノクマたちを使ってなんかいないっす!」

あさひ「円香ちゃんが黒幕の側の人間でも、自分だけが一方的になるようなことはしない……モノクマーズを使ったりはしないと思うんっすよね」

透「おーい、そこんとこどうなーん」

モノクマ「芹沢さんはつくづくボクのことを理解してくれてるなぁ。そうなんだよ、一人だけが強力な武器を持ってても興醒めだからね」

モノクマ「もしモノクマーズを自分の有利のためだけに動かそうとしても、それはもっと上の権限……【黒幕の権限で停止させてもらっていた】だろうね」

モノクマ「樋口さんは現場管理者であると同時にコロシアイの参加者なんだから。彼女だけ強くてニューゲームってわけにはいかないんだよ」

あさひ「……らしいっす!」

樹里「了解。納得したよ」


灯織「しかし、そうなると一体どなたが屍者の書を持ち出したのでしょうか……」

愛依「儀式の時に4階にいたんって、霧子ちゃんと円香ちゃんと甜花ちゃんだけっしょ?」

透「……じゃあ候補はもう一人だけじゃん」

甜花「えと……そ、それって……」

真乃「甜花ちゃんに……なるよね……?」

甜花「ひぃん……! し、知らない……甜花は知らないよ……」

甜花「幽谷さん万歳! 幽谷さん万歳!」

(この狼狽っぷりが全てを物語っているような気もするけど……)

霧子「甜花ちゃん、落ち着いて深呼吸……反論は落ち着かないと出来ないよ……?」

甜花「ひっひっふー……ひっひっふー……」

(暴き出してやるか……彼女の信仰心の虚さを……!)

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【ノンストップ議論開始!】

コトダマ

‣【霧子の証言】
‣【死体発見時の状況】
‣【3Dプリンター】
‣【空き教室の紙片】
‣【古今呪儒撰集】


霧子「儀式の時に4階にいたのは……」

霧子「実行役の私と……」

円香「監禁されてた私」

甜花「階段を警備してた【甜花だけ】……」

甜花「で、でも甜花じゃ……ないよ?」

甜花「研究教室のただ一つの鍵は幽谷さんの生徒会に入る時に渡したもん……」

甜花「【鍵がなくちゃお部屋には入れない】……」

甜花「甜花にはそもそも屍者の書を持ち出すことはできないの……!」

透「霧子ちゃんにお願いして入れてもらうんじゃダメなの?」

透「あっち向いてる時に、シュバっと」

霧子「昨日は【誰も部屋に招き入れてない】はずだよ……」


【正しいコトダマで矛盾する発言を論破しろ!】

↓1


にちか「それは違くないですかー!?」

【BREAK!】

にちか「超研究生級のストリーマーの才能研究教室。その扉の鍵はただ一つ……それは間違いありません」

真乃「私とにちかちゃん、それに甜花ちゃんであの部屋を最初に訪れた時にモノクマーズの子から聞いたんです」

甜花「そう……! だから鍵を幽谷さんに渡した時点で甜花にはあの部屋に入れない……!」

にちか「でも、そうはならないんですよ」

甜花「ひぃん……?!」

樹里「おいおい! 唯一の鍵を霧子が握ってるんだったらどうやっても解錠なんかできねーだろ? 言ってることがめちゃくちゃだろ!」

にちか「鍵がなければ【作れば】いいんですよ」

愛依「鍵を作る……?! そっか、円香ちゃんなら黒幕側の人間だから……」

モノクマ「だーかーらー! ボクらは一人だけが有利になるような加担の仕方はしないって!」

真乃「3Dプリンターを使って鍵を複製したんです。あのプリンターの横にはスキャナーがついていて、複製をするだけなら読み込ませて終わりなので数十分で完成です」

にちか「甜花さんが生徒会に加わったのは儀式の前の日のこと、それまでは鍵は甜花さんが握っていましたし自由に出来たはずですよ」

霧子「そ、そうなの……? 甜花ちゃん……?」

甜花「あ、あうぅ……」


透「……ステイ」

甜花「あ、浅倉さん……?」

透「甜花ちゃんはうちら生徒会の仲間だからさ、そんな大事なのが裏切ったとはやっぱ思えんくて」

透「一肌、脱ぎますか……」

霧子「わ……! ふふ……!」

愛依「だよね……うちもそう思う! 霧子ちゃんの考えを理解してくれた他にない絆の仲間なんだもん!」

愛依「生徒会の一員として、甜花ちゃんを守ってみせる!」

甜花「み、みんな……ありがとう……」

(なんか妙な展開になってきたぞ……!?)

甜花「幽谷さんマンセー! 幽谷さんマンセー!」

(あんな怪しいのに気づかないなんて……どこまでも信仰は人を盲目にさせるな……)

(しょうがない、冷や水ぶっかけて……冷静に戻してやる!)


透『さ、魅せますか……』
甜花『幽谷さんは日本一……!』
愛依『甜花ちゃんは無実だよ……!』

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【パニック議論開始!】

コトダマ
‣【霧子の証言】
‣【古今呪儒撰集】
‣【屍者の書】
‣【円香の証言】
‣【3Dプリンター】

透「3Dプリンターで鍵作るのもさ」
甜花「甜花は生徒会のメンバーだから……
愛依「甜花ちゃんは生徒会の中では一番新参だけど……!」

透「ちょっと手間じゃん」
甜花「幽谷さんを裏切ったりしない……!」
愛依「霧子ちゃんのことを本気でリスペクトしてたよ!」

透「専門的な技術とかさ、そーゆーの」
甜花「研究教室の鍵を渡したのが【忠誠心の現れ】だから……!」
樹里「それに、霧子を裏切ったとしてどうすんだよ」

円香「【スキャンするだけ】だって真乃は言ってたけど」
甜花「幽谷さん万歳! 幽谷さん万歳!」
樹里「屍者の書を甜花はどう使うつもりだったんだ?」

透「あー……なんかこう、鍵にはコピーできないギミックがあったとか」
甜花「流石幽谷さん……甜花たちじゃ不可能なことも平然とやってのける……」
恋鐘「甜花は【儀式を妨害したかった】と?」

円香「適当な……」
甜花「そこに痺れる……憧れる……!」
恋鐘「そいやったら、言ってくれたらよかったとに……」


【正しいコトダマで矛盾する発言を論破しろ!】

↓1


甜花「屍者の書を幽谷さんが取られちゃったのは事実だけど……それを甜花がやった、っていう証拠は……ないよね?」

甜花「甜花が裏切った証拠なんかないんだから……!!」

(直接この証拠をぶつけても、忠誠心の否定にはならないか……)

(甜花さんの忠誠心の薄弱さを示すには……彼女の行動の不審な点を突くのが一番だ……!!)

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【パニック議論開始!】

コトダマ
‣【霧子の証言】
‣【古今呪儒撰集】
‣【屍者の書】
‣【円香の証言】
‣【3Dプリンター】

透「3Dプリンターで鍵作るのもさ」
甜花「甜花は生徒会のメンバーだから……
愛依「甜花ちゃんは生徒会の中では一番新参だけど……!」

透「ちょっと手間じゃん」
甜花「幽谷さんを裏切ったりしない……!」
愛依「霧子ちゃんのことを本気でリスペクトしてたよ!」

透「専門的な技術とかさ、そーゆーの」
甜花「研究教室の鍵を渡したのが【忠誠心の現れ】だから……!」
樹里「それに、霧子を裏切ったとしてどうすんだよ」

円香「【スキャンするだけ】だって真乃は言ってたけど」
甜花「幽谷さん万歳! 幽谷さん万歳!」
樹里「屍者の書を甜花はどう使うつもりだったんだ?」

透「あー……なんかこう、鍵にはコピーできないギミックがあったとか」
甜花「流石幽谷さん……甜花たちじゃ不可能なことも平然とやってのける……」
恋鐘「甜花は【儀式を妨害したかった】と?」

円香「適当な……」
甜花「そこに痺れる……憧れる……!」
恋鐘「そいやったら、言ってくれたらよかったとに……」


【正しいコトダマで矛盾する発言を論破しろ!】

↓1


にちか「聞き逃さないぞー!」論破!

【BREAK!】

にちか「甜花さんの生徒会に対する忠誠心……ちょっとそれって怪しくないですか?」

樹里「な、なんてことを言い出すんだよ! あいつは生徒会に加入してすぐに夜の監視にも参加してくれたし……」

愛依「霧子ちゃんの話も一際真面目に聞いてたよ! うちらよりもよっぽどチューセー心もあったって!」

にちか「そう見せてただけですよ。だって考えてみてくださいよ、今回の事件の被害者……誰でしたっけ?」

霧子「誰って……凛世ちゃんだよね……?」

にちか「じゃあその【杜野さんはどうして4階に行くことができた】んですか? 4階には忠誠心の高さで定評のある甜花さんが見張りについてたんですよね?」

甜花「あっ……!」

真乃「4階に上がる階段は一つだけ。そこを見張っている甜花ちゃんとはどうしたって出会しちゃいますよね……っ」

真乃「そんな中で、空き教室の中まで入り込めた理由は一つしかありません……」

にちか「甜花さんが生徒会の言いつけを破って、杜野さんを通したんですよ……!」

甜花「ひぃん……!?」


灯織「そ、そんな……どうして、そんなことを……」

にちか「決まってるよ、甜花さんは生徒会の人間として儀式を実行したいなんか思ってなかったんでしょ」

にちか「むしろその逆、儀式の邪魔をするために生徒会に潜り込んだスパイだったんだ!」

甜花「す、スパイ……そうやって言われるとなんだか……」



甜花「か、かっこいい……!」



甜花「007……ゴールデンアイ……画面を4分割しての殴り合いが楽しいんだよね……にへへ」

愛依「え、ってことはマジなん?! 甜花ちゃん……生徒会には内側から邪魔をするために入ってきたん……?!」

灯織「……信じていたのに、どうしてそんなことをしたんですか!」

甜花「どうしてもこうしてもない……よ? 甜花たちは、甦りの儀式で一度死んだ人を呼び起こすのには反対で……」

甜花「でも、どれだけ説得をしても耳を貸してくれないから……強硬策に踏み切るしかなかったんだ……」

円香「……ちょっと待って、甜花『たち』?」

にちか「ああ、それは私とか真乃ちゃんも儀式には反対だったから_____」



甜花「ううん……そうじゃない、そうじゃないよ」



(……え?)

甜花「甜花はね、4階の階段の警備をしてたけど……杜野さんがきたら通すけど、七草さんや櫻木さんがやってきても通しはしなかったよ……」

透「ん……?」

灯織「それってつまり……甜花さんは凛世と共謀関係にあったということですか……?」

にちか「えっ……?! な、なにそれ……?!」

甜花「うん……風野さんのいう通り。甜花が生徒会に入ったのは【杜野さんにお願いされたから】なんだ……」

甜花「生徒会が発足して色んな人が活動をし始めた頃……甜花が研究教室で、ゲームをしてたらね……?」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ピンポーン

凛世「お楽しみのところ、失礼致します……」

甜花「も、杜野さん……? どうしたの……? 何か、用事……?」

凛世「はい……ですが……ここでは生徒会の方々の目がございます……よろしければ、中でお話を……」

甜花「あ、えと……うん……入って……!」

カチャ……

甜花「あ……ご、ごめんね……コーラぐらいしか用意がなくて……」

凛世「いえ……お構いなく……それより、本題に移っても良いでしょうか……」

甜花「う、うん……どうしたの……?」

凛世「甜花さんは、今の生徒会の動きに対してどう思われておりますか……?」

甜花「生徒会……うーん……みんなで生き残るっていう目的はいいし、甜花も同じ意見だけど……」

甜花「夜時間の行動に制限があって、監視までしてるのは……ちょっと、やりすぎ……かも……?」

凛世「……それに加えて、生徒会は今朝屍者の書を手にいたしました」

甜花「復活の儀式……だよね? 甜花は……一度死んじゃったみんなにもう一度会えるのなら嬉しい……けど……」

甜花「甦った人は……どう思うのかな……とは、ちょっと悩む……かも」

甜花「甜花に託して逝ったなーちゃんは……喜ぶと同時にちょっと、モヤモヤもしちゃうんじゃないかな……」

凛世「やはり……そう思われますか……」


凛世「甜花さん……折りいって頼みがございます……」

甜花「え……?」

凛世「生徒会の内側に入り、儀式を止めてはいただけませんでしょうか……?」

甜花「え、ええ……? な、なんで……甜花が……?」

凛世「甜花さんには、交渉の材料があるからです……」

凛世「甜花さんの才能研究教室……その扉の鍵……生徒会は喉から手が出る程に欲しいのではないかと……」

甜花「え……やだ……この部屋は甜花のパラダイス、なんだけど……」

凛世「そこをなんとかお願いできませんか……生徒会が儀式のために必要とする要件がこの部屋には揃っているのです……」

凛世「他の人が入ってくることのない鍵付きの扉、そして精巧な立体物を作れる3Dプリンター……どれも儀式には欠かせぬものです……」

甜花「……」

凛世「凛世は、このまま夏葉さんが骸より呼び起こされ、尊厳を踏み躙ることを黙ってみていられないのです……」

凛世「夏葉さんが最後に何を思い、果てて行ったのか……それは一番甜花さんが理解しているものと思います……」

甜花「……!」

甜花「それって……もしかして、甜花を……【脅してる】……?」

凛世「そう捉えられても、構いません……」

甜花「……」

甜花「……分かった」

凛世「甜花さんが聡くいらっしゃって、何よりです……」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆


甜花「完全に杜野さんとは協力関係だったわけじゃないよ……甜花は、杜野さんの言葉に従う以外の選択肢がなかったから……」

甜花「でも……生徒会を崩壊させるのは、他の人のためにもなると思って……屍者の書の奪還を、実行したんだ……」

樹里「なんだか妙だとは思ったんだよな。甜花は変に図太いところがあるし、霧子の話も真正面から聞いている様子じゃなかったのに急に力になりたいなんて言い出したから」

愛依「うちはてっきり、霧子ちゃんの気持ちが届いたんだとばっかり……まさかうちらの気持ちを利用した計画だったなんて思わんかった……」

にちか「ちょ、ちょっと……甜花さんを悪人みたいに言うのはおかしいでしょ?! 悪いのはそっち……生徒会だよ!」

にちか「こっちの承諾も得ないで、勝手に権限を振り回すような真似をして……! 挙げ句の果てには勝手に死者蘇生?! ふざけてんのはそっちじゃないですかー!」

真乃「にちかちゃん、落ち着いて……! 今の論点はそこじゃないよ……!」

真乃「今の甜花ちゃんのお話、【変なところが一つあった】はずだよ。その疑問を明らかにしないと……」

にちか「……え?」

甜花「へ……?」

恋鐘「って甜花が一番キョトンとしとるばい!」

透「肝座ってんね。ポーカフェーイス」

灯織「真乃……? 何のこと……? 甜花さんはまだ私たちに何か隠してることがあるの?」

真乃「食い違いは必ずしも嘘をつこうとして生まれるものだけじゃないと思うんだ……本人も知らないうちに、事実と認識の間にズレが生まれちゃうことだって……あるはずだよ……」

(無意識のうちに生まれた食い違い……?)

(それって、何のことなの……?)

---------------------------------------------

【ノンストップ議論開始!】

コトダマ
‣【3Dプリンター】
‣【消火シート】
‣【緑の物体】
‣【円香の証言】
‣【屍者の書】

甜花「甜花はありのままを全部話したよ……?」

甜花「【杜野さんにお願い】されて、甜花は生徒会に入ったんだ……」

愛依「甜花ちゃんは霧子ちゃんの言葉に本当にキョーカンしたわけじゃなかった……」

愛依「【霧子ちゃんの言葉が響かないなんておかしい】んじゃん?!」

甜花「杜野さんが共謀相手に甜花を選んだのは」

甜花「甜花の持つ【才能研究教室が理由】……」

透「鍵付きの部屋」

透「人形を作るための3Dプリンター」

透「儀式に使う道具を、【交渉材料にした】んだ」

甜花「甜花は有栖川さんを手にかけた過去があるから」

甜花「杜野さんの言葉には【従うしかなかった】んだ……」

真乃「やっぱり……甜花ちゃんの言葉は、少しおかしいよ」

真乃「落ち着いて、事実と言葉とを聞き比べてみて……っ!」


【正しいコトダマで矛盾する発言を論破しろ!】

↓1

正答が出たところで本日はここまで。
捜査の時からでしたが、3章の裁判は結構長めです……
暫くお付き合いいただければと思います。

明日10/15(日)も21:00ごろより再開予定です
よろしくお願いします。


にちか「それは違くないですかー?」論破!

【BREAK!】

にちか「甜花さん、生徒会に潜入したのは杜野さんにお願いされたからなんですよね?」

甜花「うん……甜花が独断でやったわけじゃないよ……?」

にちか「儀式で使う道具が備わっている才能研究教室を甜花さんが持っていたから。それを引き合いに出した……」

にちか「そこがおかしいんだね、真乃ちゃん」

恋鐘「どがん意味? 鍵付きのドアも、3Dプリンターも実際生徒会は儀式のために使うたばい!」

真乃「だからこそだよ……! だって凛世ちゃんは私やにちかちゃん、あさひちゃんと条件は一緒だったから……」

真乃「屍者の書は【読む間も無く、生徒会に取り上げられてしまった】……儀式で何が必要になるかなんて、知っていたはずがないよ……っ!」

灯織「そうか……私たち生徒会にはすぐに内容の共有がなされたからその違和感に気づかなかったんだ……」

あさひ「内容の占有をされたことの方が問題なんっすけどね。ずるいっすよ」


甜花「そっか……そういえば、甜花もあの段階じゃまだ儀式に何が必要かは知らなかった……なんで気づかなかったんだろ……」

愛依「どーやって凛世ちゃんは屍者の書の中身を知ったんだろ……」

円香「普通に考えればどなたかがリークをしたんでしょうね。凛世に屍者の書の中身を話したんです」

霧子「それって……甜花ちゃんみたいに、本当は協力したくないのに……生徒会に所属していた人がいるってこと……?」

(……! それって……!)



恋鐘「……」



(恋鐘さんが、杜野さんに……? でも、どうして……?)


樹里「あ、アタシじゃねーぞ?! 凛世とは仲が良かったと思うけど……これはこれ、それはそれだ!」

(恋鐘さんは口を開こうとする気配はない。今はまだ、内通を伏せておくつもりなんだ)

透「アイム・イノセント」

(口にすれば、幽谷さんからの信頼を失ってしまうからなのかな)

灯織「私も違います! 私は心から霧子さんのために……!」

(……だとしたら、ここはまだ私も触れないでおこう。必ずしもこの議論に必要な情報じゃないしね)

愛依「うちも知らない! うちは生徒会に入ってからは接触をしてないよ!」

(今はこの問題を置いておいて先に進もう)

にちか「いや、リークした人が誰かは今重要じゃないです! 今は話すべきなのは、儀式を邪魔した杜野さんと甜花さんの共謀ですよ!」

にちか「甜花さん、あなたは生徒会から屍者の書を奪取してから……杜野さんと何を謀ったんですか?」

甜花「そ、そんなこと言われても……甜花はただ、儀式を邪魔しようっていうだけで……」

真乃「それじゃあ、実際甜花ちゃんがどんなふうに儀式を邪魔しようと動いて……凛世ちゃんとの間でどんな行動を起こしたのか、詳細に説明してもらえるかな……?」

あさひ「屍者の書を盗み出した……それだけじゃないっすよね? だって甜花ちゃんは仮にも生徒会のメンバーだったわけっす」

あさひ「隠し持ったまま生徒会と合流なんて、とてもじゃないけど出来ないっすよね」

灯織「うん……私たちがあの夜に甜花さんに実際接している限りでも、そんな違和感を感じた場面はなかったかな」

甜花「わかった……思い出せる範囲で、話させてもらうね……」

甜花「儀式の夜の、甜花の行動……!」

------------------------------------------------
【ノンストップ議論開始!】

コトダマ
‣【モノクマファイル4】
‣【円香の証言】
‣【死体の握っていた金具】
‣【空き教室(中央)の燭台】
‣【凛世の帯】

甜花「儀式の夜に、甜花が見張りについてたのは」

甜花「【4階の階段】……!」

霧子「見張りの配置はみんなで相談して決めたよね……」

樹里「甜花が名乗り出て、階段についたんだったっけな」

甜花「儀式が実際始まるってなった時……」

甜花「幽谷さんが一度月岡さんの才能研究教室に向かったから……フリーになったんだ……」

透「儀式に使う【包丁を取りに行った】からだね」

甜花「その隙に甜花が自分の才能研究教室の扉を開けて」

甜花「屍者の書を持ち出したんだ」

甜花「そのまま、【手前の空き教室】に行って」

甜花「甜花を待ってた杜野さんに手渡し……!」

甜花「えと……【それだけ】、だよ……?」

愛依「儀式には屍者の書が必要不可欠だもんね!」

恋鐘「屍者の書を甜花から凛世に横流しする計画やったとね!」


【正しいコトダマで矛盾する発言を論破しろ!】

↓1


甜花「その帯は……何……?」

甜花「えっと、甜花……それは知らないや……ご、ごめんなさい……」

(この帯は杜野さんの行動の不可解さを示すもので、甜花さんが何かをした可能性を示すものではない……)

(もっと、明確に……杜野さん単独の行動でないとわかる、不可解な行動の証拠が現場に残っていなかったかな……)


------------------------------------------------

【ノンストップ議論開始!】

コトダマ
‣【モノクマファイル4】
‣【円香の証言】
‣【死体の握っていた金具】
‣【空き教室(中央)の燭台】
‣【凛世の帯】

甜花「儀式の夜に、甜花が見張りについてたのは」

甜花「【4階の階段】……!」

霧子「見張りの配置はみんなで相談して決めたよね……」

樹里「甜花が名乗り出て、階段についたんだったっけな」

甜花「儀式が実際始まるってなった時……」

甜花「幽谷さんが一度月岡さんの才能研究教室に向かったから……フリーになったんだ……」

透「儀式に使う【包丁を取りに行った】からだね」

甜花「その隙に甜花が自分の才能研究教室の扉を開けて」

甜花「屍者の書を持ち出したんだ」

甜花「そのまま、【手前の空き教室】に行って」

甜花「甜花を待ってた杜野さんに手渡し……!」

甜花「えと……【それだけ】、だよ……?」

愛依「儀式には屍者の書が必要不可欠だもんね!」

恋鐘「屍者の書を甜花から凛世に横流しする計画やったとね!」


【正しいコトダマで矛盾する発言を論破しろ!】

↓1

【それだけ】に【空き教室(中央)の燭台】

発言力等の概念をなくしたので直下でなくとも正答が出ている場合はそれを採用して進めることにしますね。

------------------------------------------------
>>361

にちか「それは違くないですかー?!」

【BREAK!】

にちか「甜花さん……屍者の書を杜野さんに渡した、本当にそれだけですか?」

甜花「……え?! そ、それだけ……本当に、それだけだよ……!?」

にちか「あれれー? だとしたらおかしいな……杜野さんはもっと別にも妨害工作をやってたはずなんですけど……」

甜花「な、なんのこと……?!」

にちか「空き教室の蝋燭を消してるんですよ。空き教室の壁には蝋燭が取り付けられていたのに、その火が消されていた」

にちか「儀式の中では屍者の書を燃やす必要が出てくる……だから蝋燭の火は必須なんですよ。現場から蝋燭の火が消えていたのは儀式に対する妨害工作以外の何ものでもない!」

透「言われてみれば。あの部屋で儀式をやるって決めた時には壁にちゃんと蝋燭は付いてたかも」

樹里「三つ並んでる空き教室はどれもレイアウトは同じだ。全ての教室に壁つけの燭台は共通してるはずだぜ」

真乃「それに、あの部屋には電気が通っていないので……蝋燭を消してしまえば行動自体が困難になりますよね……っ」

灯織「屍者の書を持ち出したことに加えての、保険だったんでしょうか」


甜花「ちょ、ちょっと待って……!」


円香「びっくりした……そんな大きな声出せるんだ」


甜花「知らない……甜花、そんな蝋燭のことなんか知らないよ……!」

甜花「もしかしたら、杜野さんが独断でやったのかもしれないけど……甜花はそんな話聞いてないもん……!」

愛依「そ、そうなん?」

霧子「蝋燭の灯を消すことぐらいは、大した手間じゃないよね……甜花ちゃんが知らなかったとしてもそんなに大きな問題にはならないと思うけど……」

霧子「凛世ちゃんが屍者の書を持ち出すことに加えて蝋燭を取り外したことがそんなに重要なの……?」

にちか「蝋燭を取り外したこと自体の重要性というか……甜花さんがこのことに関与していないはずがないのに、黙っているのが不自然なんですよ」

甜花「へ……?」

灯織「にちか、どういう意味? そんな証拠があるの?」

(甜花さんが蝋燭の着脱に確実に関わっている根拠は……これだ)

---------------------------------------------

【正しい選択肢を選べ!】

・蝋燭に指紋が残っている
・甜花自身が取り外したことを語っていた
・監視カメラの映像がある
・一人で取り外せる高さじゃない
・凛世が計画に残していた

↓1


にちか「これだー!」

【解!】

にちか「燭台の高さ……ですよ。真乃ちゃん、あの部屋を調査した時のことを覚えてる?」

真乃「う、うん……! 高さのことだね……っ!」

甜花「高さ……?」

にちか「あの燭台は身長が158cmの私が背伸びをして手を伸ばしてギリギリ届かないぐらいの高さなんですよ。私よりも背の低い杜野さんが一人で蝋燭を消すなんてこと、できないんです」

甜花「ひぃん……!?」

樹里「あー、言われてみればそうだよな……というかそりゃ当然か。アタシたちの目の高さとかに蝋燭の火があったら、万が一の時があぶねーもんな」

円香「あの部屋に踏み台になりそうなものは特にはなかったはずです。他の部屋から持ち込んでもいいですが、霧子が儀式のために部屋の出入りをしている中で目立つ行動はリスクがありますよね」

あさひ「人形を踏み台にするんじゃダメなんすか?」

にちか「出来なくはないと思うけど……足場には不安定じゃない?」

真乃「凛世ちゃんがあの蝋燭を消したんだとすると、甜花ちゃんの協力があった可能性が高いと思うんだけど……どうかな?」


甜花「そんなこと言われても……甜花、本当に知らないよ……? 杜野さんも、蝋燭を消すなんてことは言ってなかったし……本当だよ……!」

愛依「甜花ちゃんはこう言ってるけど……」

(……やけに頑なに否定するな。蝋燭を消すことに関与したのを認めるのってそんなに何かまずいのかな)

(いや……そもそも前提が違う? 杜野さんが火を消すのに誰かの協力は必須だろうけど……もし、火を消したのが杜野さんじゃないのだとすれば……)

にちか「あの、幽谷さん。ここで確認しておきたいんですけど、儀式で使った空き教室に最後に出入りした時……蝋燭はどうなっていました?」

霧子「確か……蝋燭はついていたはずだよ。人形がちゃんと並んでいるかの確認を指差ししてやったはずだから……」

霧子「儀式を中止してから部屋を覗いてはないから、いつ蝋燭が消えたのかはわからないな……ごめんね……」

(……蝋燭を消すのに私の身長だとギリギリ。つまり私よりも数センチ以上背が大きい人なら一人でも出来なくはないということだ)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

恋鐘「あー……こいはうちくらい身長がなかと届かんね……」

にちか「恋鐘さんって身長はいくつなんです?」

恋鐘「165〜! にちかたちよりは10cm近く大きいけん、ちょっとの背伸びでここにも届くたい!」

恋鐘「こいでよか?」

にちか「はい! ありがとうございます!」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

(実際……恋鐘さんは一人で手を届かせていた)

(この中で背が高いのは、162cmの愛依さん、165cmの恋鐘さん。この二人なら一人でも蝋燭は消せたんじゃないかな)

(じゃあ儀式の妨害のために蝋燭を消したのって……)


透「ねえ、蝋燭を消したのが凛世ちゃんかどうかも気になるんだけどさ」

透「それより気になってるのが……凛世ちゃんの行動なんだけど」

円香「どうしたの、らしくなく真面目? 霧子の影響でも受けた?」

透「えー、ひど。命かかってんだよ、こっちも」

霧子「透ちゃん、凛世ちゃんの行動が気になるっていうのは……?」

透「凛世ちゃんは儀式の妨害がしたかったんでしょ? だったら普通、屍者の書を手に入れた瞬間逃げん?」

透「屍者の書を持った状態で4階に潜み続ける意味がない気がすんだけど」

灯織「確かに……そもそもはそうですよね。屍者の書さえなければ儀式は中止せざるを得ないんですから、蝋燭の火の如何なんて関係ない気がします」

甜花「て、甜花もそう思う……! ていうか、最初に杜野さんから聞いてた計画はその通りだったよ……!」

樹里「っつーと、屍者の書を甜花が凛世に渡したら……凛世は逃げる予定だったのか?」

甜花「幽谷さんがいつ戻ってくるのか、タイミングがわからないから一旦は手前の空き教室に姿を潜めてからにはなるけど……様子を見て、脱出するはずだったんだ」

(まあ……確かに屍者の書を盗むことに成功すれば、蝋燭の火を消したりするのはむしろ助長なのかも)

(姿を見られるリスクを踏んでまでやるべきことじゃない……?)

愛依「じゃあ単純に……逃げるタイミングがなかったってことだけなんじゃね? 4階には生徒会がずっと誰かしらいたわけだしさ」

霧子「儀式の間は協力者の甜花ちゃんから代わってないんだよ……? 逃げるタイミングなら、あったと思うかな……」

真乃「逃げるタイミングがあったのに、逃げていない……それってつまりは……」

真乃「残り続ける目的があった、ということじゃないでしょうか……っ!」

円香「……目的?」

真乃「それも、甜花ちゃんにも伏せられていた真の目的です……!」

(杜野さんはあの時……なにを狙っていたんだ……?)

---------------------------------------------
【ノンストップ議論開始!】

コトダマ
‣【空き教室の紙片】
‣【死体の下敷きになっていた金具】
‣【床下の小太刀】
‣【屍者の書】
‣【霧子の証言】

樹里「屍者の書を奪った時点で儀式の妨害は完了してる」

樹里「4階に残り続ける理由なんてなかったはずだ!」

灯織「凛世は生徒会に対立する立場でした」

灯織「【生徒会の誰かの殺害を企てていた】可能性もあるのではないでしょうか」

樹里「いや、そんな物騒なことを凛世は考えねーって」

樹里「多分、何か【無くしものをしちまって】離れようにも離れられなかったんだよ」

愛依「もしかして、凛世ちゃんには本当は霧子ちゃんの想いが伝わっていて」

愛依「【儀式を実行するため】に残ってたとか!」

愛依「屍者の書を【霧子ちゃんに返す】ために残ってたんだ!」

あさひ「だとしたら黙ってないで出てくればいいじゃないっすか」

あさひ「凛世ちゃんはずっと姿を隠してたんっすよ?」


【正しい発言に正しいコトダマで同意しろ!】

↓1


愛依「そっか、その小太刀を凛世ちゃんは儀式に使おうとしたんだ! 人形に刃物を突き刺す工程があったはずだから___」

あさひ「あの人形は樹脂製なんっすよ? 相当に頑丈なはずっす」

あさひ「もしも凛世ちゃんが儀式に使ったんだったら、刃こぼれしていると思うし……それに、もっと頑丈だったり柄が長かったりするものを使うと思うっす」

愛依「そっか、そーじゃん!」

(うぅ……なんだか強引に押し切られちゃったな)

(この証拠を渡してきたのは芹沢さん……彼女がここまで拒絶するってことはこのカードを切るのはこのタイミングじゃないってことなのかな)

---------------------------------------------
【ノンストップ議論開始!】

コトダマ
‣【空き教室の紙片】
‣【死体の下敷きになっていた金具】
‣【床下の小太刀】
‣【屍者の書】
‣【霧子の証言】

樹里「屍者の書を奪った時点で儀式の妨害は完了してる」

樹里「4階に残り続ける理由なんてなかったはずだ!」

灯織「凛世は生徒会に対立する立場でした」

灯織「【生徒会の誰かの殺害を企てていた】可能性もあるのではないでしょうか」

樹里「いや、そんな物騒なことを凛世は考えねーって」

樹里「多分、何か【無くしものをしちまって】離れようにも離れられなかったんだよ」

愛依「もしかして、凛世ちゃんには本当は霧子ちゃんの想いが伝わっていて」

愛依「【儀式を実行するため】に残ってたとか!」

愛依「屍者の書を【霧子ちゃんに返す】ために残ってたんだ!」

あさひ「だとしたら黙ってないで出てくればいいじゃないっすか」

あさひ「凛世ちゃんはずっと姿を隠してたんっすよ?」


【正しい発言に正しいコトダマで同意しろ!】

↓1


樹里「あー……その小太刀はちげーんじゃねーか?」

樹里「ほら、その小太刀ってすげー価値が高いものなんだろ? 凛世の才能研究教室にあったものなんだし、それを雑に扱うような真似を凛世はやらねーって」

(ん……? なんだか、西城さん……何か言い淀んだような)

樹里「と、とにかく! それはナシだ! その小太刀を落としたからその場に残ってたわけじゃねーって!」

(うーん……これ以上突っ込んでも話してくれなさそうだな……)

---------------------------------------------
【ノンストップ議論開始!】

コトダマ
‣【空き教室の紙片】
‣【死体の下敷きになっていた金具】
‣【床下の小太刀】
‣【屍者の書】
‣【霧子の証言】

樹里「屍者の書を奪った時点で儀式の妨害は完了してる」

樹里「4階に残り続ける理由なんてなかったはずだ!」

灯織「凛世は生徒会に対立する立場でした」

灯織「【生徒会の誰かの殺害を企てていた】可能性もあるのではないでしょうか」

樹里「いや、そんな物騒なことを凛世は考えねーって」

樹里「多分、何か【無くしものをしちまって】離れようにも離れられなかったんだよ」

愛依「もしかして、凛世ちゃんには本当は霧子ちゃんの想いが伝わっていて」

愛依「【儀式を実行するため】に残ってたとか!」

愛依「屍者の書を【霧子ちゃんに返す】ために残ってたんだ!」

あさひ「だとしたら黙ってないで出てくればいいじゃないっすか」

あさひ「凛世ちゃんはずっと姿を隠してたんっすよ?」


【正しい発言に正しいコトダマで同意しろ!】

↓1


灯織「そうか、その小太刀を使って生徒会の誰かの命を……!」

樹里「だから違うって! 凛世が命をいたずらに奪うようなこと、考えるわけねー!」

灯織「で、でもこの小太刀が床下に落ちていたのは……」

樹里「それは……護身用か何かだろ、大した意味はねーって!」

(やけにこの小太刀のことになると言葉数が増えるな……)

(西城さんの反論は感情的だけど、この小太刀みたいな杜野さんに直結しそうな証拠を使って殺害を考えるのは……ちょっと考えづらいかもな)

(芹沢さんが首を横に振ったこともあるし……今はこの小太刀から一度離れて考えてみるのもいいかも)

(杜野さんの行動意図を示すような証拠が何か、見つかっていなかったかな……)

---------------------------------------------
【ノンストップ議論開始!】

コトダマ
‣【空き教室の紙片】
‣【死体の下敷きになっていた金具】
‣【床下の小太刀】
‣【屍者の書】
‣【霧子の証言】

樹里「屍者の書を奪った時点で儀式の妨害は完了してる」

樹里「4階に残り続ける理由なんてなかったはずだ!」

灯織「凛世は生徒会に対立する立場でした」

灯織「【生徒会の誰かの殺害を企てていた】可能性もあるのではないでしょうか」

樹里「いや、そんな物騒なことを凛世は考えねーって」

樹里「多分、何か【無くしものをしちまって】離れようにも離れられなかったんだよ」

愛依「もしかして、凛世ちゃんには本当は霧子ちゃんの想いが伝わっていて」

愛依「【儀式を実行するため】に残ってたとか!」

愛依「屍者の書を【霧子ちゃんに返す】ために残ってたんだ!」

あさひ「だとしたら黙ってないで出てくればいいじゃないっすか」

あさひ「凛世ちゃんはずっと姿を隠してたんっすよ?」


【正しい発言に正しいコトダマで同意しろ!】

↓1


すみません、コトダマの選択肢が選出ミスだったようです……
無理くり誤答になる説明を書いていたら少し後の展開と少し齟齬が生じてしまいました。
以後そんな場面があると思いますがどうかご容赦願います。

こちらのミスですので、一旦正答で進めさせてください……
本当にグダグダ進行で申し訳ないです……

---------------------------------------------
【空き教室の紙片】→【儀式を実行するため】
---------------------------------------------

にちか「それしかないですよー!」同意!

【BREAK!】

にちか「……なんか、杜野さんの考えが読めなくなってきました。あの人って本当に甜花さんと共謀して、生徒会の邪魔をしようとしてたはずですよね?」

真乃「にちかちゃん……?」

にちか「死体発見現場に落ちてた、奇妙なメモのこと……思い出したんだ」

霧子「メモ……?」

にちか「はい。今回の儀式において、その蘇りの対象となる4名の名前が書いてあったメモなんですけど……」

にちか「生徒会が復活させようとしていた有栖川さんの名前には×が並記されて、逆にルカさんの名前に〇が併記されてるんですよ」

にちか「死体発見現場の状況を思い出してみてください! あの時……並んでいた人形の中で、ルカさんの人形だけが中央に横たえられていた」

にちか「本来ならあそこにあるはずの人形は有栖川さんのはずだった……杜野さんは生徒会の実行しようとしていた儀式を乗っ取る形で儀式を遂行しようとしたんじゃないですか!?」


恋鐘「り、凛世が儀式を……!? そ、そがんはずがなか、儀式の日の朝……にちかたちと乗り込んできた時に凛世は言うとったはずばい!」

恋鐘「儀式自体に反対だって! 甦りは自然の摂理に反する冒涜的な行為だって聞いとったよ!」

樹里「……あの時の主張に同調はしかねるけど、確かに凛世は儀式自体に反対のスタンスを取ってたはずだ」

樹里「それなのに、凛世自身が儀式を実行しようと試みたっていうのか?」

真乃「凛世ちゃんが隠れていた空き教室を移動して、儀式の空き教室に移っていたのは裏付けになりませんか?」

真乃「甜花ちゃんの言っていた通り、凛世ちゃんが屍者の書を儀式の妨害に使うためだけなら……少なくとも儀式に使われた空き教室に行く必要はなかったはずです!」


【樹里「トランジション、決めさせてもらうぜ!」】反論!



樹里「凛世が儀式を実行するために4階に残った……そいつはおかしい!」

樹里「だってそれを認めるってことは……凛世が甜花を欺いて、自分のために利用したってことになるだろ」

樹里「凛世はそんなことをするような奴じゃない……! アイツは……誰よりも純真だから、この学園に来た時のこの疑心暗鬼の渦に一番苦しんでいた」

樹里「そんなアイツが……甜花を利用したはずがない!」

---------------------------------------------
【反論ショーダウン・真打 開始!】

コトノハ

‣【死体発見時の状況】
‣【モノクマファイル4】
‣【床下の小太刀】
‣【死体の下敷きになっていた金具】
‣【消火シート】

樹里「凛世が4階に残り続けていたのは」

樹里「単純にタイミングがなかったからだ」

樹里「甜花を協力者に据えているとはいえ」

樹里「いつ生徒会の他のメンバーが戻ってくるかもわからない」

樹里「そんな状況で出て行くことはできなかったんだよ!」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【発展!】

にちか「その主張は分かりますけど……」

にちか「だったらあのメモの説明も」

にちか「部屋を移動していたことの説明もつかないですよ!」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

樹里「んなもん、どっちも犯人の偽装工作だよ!」

樹里「凛世が儀式を実行しようと考えていたように見せかけるために」

樹里「犯人が作った偽物の証拠品だ!」

樹里「だいたい、凛世には儀式を実行することは不可能だったはずだ」

樹里「現場には【儀式に必須の刃物がなかった】からな!」


【矛盾する発言を正しいコトノハで論破しろ!】

↓1


にちか「その言葉、切ってみせます!」論破!

【BREAK!】

にちか「現場に刃物がなかった……そんなことはないですよ。ちゃんと儀式に使うための刃物は用意されてたけど……現場が現場だけに見失ってたんですよ」

樹里「ん……? どういう意味だ……?」

にちか「あの空き教室は床の板の隙間がかなり空いてたんです。だからそこから床下に落下してしまった刃物を見落としちゃったんですよ」

にちか「そうだよね、芹沢さん」

あさひ「はいっす。床下に潜り込んだら、儀式にも使える短い日本刀……小太刀が見つかったっすよ」

真乃「銘刀・天網島……高名な鍛冶屋さんが作った特別性の脇差みたいです」

愛依「そっか……この刀ならツカ?もないから隙間に引っかかったりもせずに床下に落ちちゃうんだ!」

灯織「儀式の際に人形の胸に突き立てるには十分な長さと強度もある。条件はちゃんと満たしていますね」

透「んー……でもさ、それが凛世ちゃんの持ち込んだものなのかどうかは分かんなくない?」

透「名札でもついてるなら、別だけど」

あさひ「そんなのあるわけないっすよ! 歴史的に価値があるものを汚したりしちゃいけないんっすよ!」

にちか「よくあなたがそれを言えたね……」

円香「でも、実際そうだよね。この刀自体は凛世の才能研究教室にあったもので、誰でも持ち出すことはできたんでしょ?」

円香「凛世が持ち出したものだとは断言できない。凛世が儀式を図っていたとも限らないでしょ」

(……いや、杜野さんが儀式を行おうとしていたこと自体は明白なんだ)

(そうでもなきゃ、4階に残り続けるわけがない。杜野さんが私たちに見せていた言動のどれが本当だったのかはわからないけど……)

(今掴んだこの道筋は間違いないはず! ここは強引にでも無理くり押し通すぞ!)

------------------------------------------------

【偽証ミスディレクション開始!】

コトダマ
‣【床下の小太刀】
‣【ショーケース】
‣【死体の握っていた金具】
‣【モノクマファイル4】
‣【古今呪儒撰集】

樹里「空き教室の床下にあった小太刀」

樹里「儀式に必要な刃物としての要件は、確かに満たしてるよ」

透「でも、それが凛世ちゃんの持ち出したものとは限らんよ」

透「凛世ちゃんの才能研究教室に置いてあった小太刀」

透「【誰でも持ち出すこと自体はできた】じゃんね」

真乃「あの刀は同じものが【二つとない特別製】です……っ!」

真乃「儀式に使うなんておおそれたことができたのは、部屋の持ち主だったからかもしれません!」

円香「あの小太刀を使ったのが【凛世だって証拠が残ってる】ならまだしも」

円香「あの小太刀には汚れ一つ付いてないから」

あさひ「そもそも、生徒会の人たちが儀式に使おうとしてたものだって可能性もあるっすよね?」

霧子「ううん……生徒会が儀式に使おうとしてたのは……」

霧子「【恋鐘ちゃんの才能研究教室の包丁】だよ……」

霧子「その小太刀は今、ここで初めて見たかな……」


【嘘のコトダマで議論の流れを捻じ曲げろ!】

↓1


すみません、時間的に厳しくなってきたので今日はこれで切り上げます。
明日の更新は厳しいので、10/17(火)の21:00より再開予定です。

(死体が握っていた金具と小太刀とじゃ素材が違うな……)

(流石に小太刀の装飾品だったとは主張できないか……)

(むしろ、あの小太刀が杜野さんのものだったと主張する方が早いか……)

------------------------------------------------

【偽証ミスディレクション開始!】

コトダマ
‣【床下の小太刀】
‣【ショーケース】
‣【死体の握っていた金具】
‣【モノクマファイル4】
‣【古今呪儒撰集】

樹里「空き教室の床下にあった小太刀」

樹里「儀式に必要な刃物としての要件は、確かに満たしてるよ」

透「でも、それが凛世ちゃんの持ち出したものとは限らんよ」

透「凛世ちゃんの才能研究教室に置いてあった小太刀」

透「【誰でも持ち出すこと自体はできた】じゃんね」

真乃「あの刀は同じものが【二つとない特別製】です……っ!」

真乃「儀式に使うなんておおそれたことができたのは、部屋の持ち主だったからかもしれません!」

円香「あの小太刀を使ったのが【凛世だって証拠が残ってる】ならまだしも」

円香「あの小太刀には汚れ一つ付いてないから」

あさひ「そもそも、生徒会の人たちが儀式に使おうとしてたものだって可能性もあるっすよね?」

霧子「ううん……生徒会が儀式に使おうとしてたのは……」

霧子「【恋鐘ちゃんの才能研究教室の包丁】だよ……」

霧子「その小太刀は今、ここで初めて見たかな……」


【嘘のコトダマで議論の流れを捻じ曲げろ!】

↓1


にちか「この嘘が真実を手繰り寄せる!」偽証!

【BREAK!】

にちか「杜野さんの才能研究教室自体は誰でも出入りは可能でした。甜花さんの才能研究教室みたいに鍵はついてなかったですしね」

円香「そういえば、なんで甜花の部屋だけ特別扱いなの?」

モノクマ「そりゃ勿論、親フラ防止のためだよ!」

モノタロウ「歌ってみた、踊ってみた、ゲーム実況……親の声が入ったせいで闇に消えたタイムシフトは星の数ほどあるんだ……」

モノファニー「そんな悲しみを生むわけにはいかないの! 配信者は視聴者と共に歩むモノ、その轍を残しておく義務があるのよ!」

にちか「でも、部屋に入れたとしても……中のものを持ち出すとなるとことはそう簡単には行かなくなるんですよ」

霧子「え……? 誰でも手の届くところに展示品はあったよね……?」

にちか「そう見えますけど……実際に持ち出そうとするとことはそう簡単じゃないんですよ」

にちか「実はあの部屋が開放されてすぐ、芹沢さんがショーケースの中の所蔵品に損傷を与えたことがあって……」

愛依「あー! あの古書にボールペンで書き込んだやつ!?」

樹里「な、何やってんだよ!?」


にちか「それ以来、あのショーケースには【鍵が取り付けられてた】んですよ。その鍵は、杜野さんが管理していたはずです」

真乃「……」

甜花「へ……?」

あさひ「えっ……そうなんっすか?」

愛依「そーなんだ……うちも知らんかった」

(……よし! あの騒動の場には、愛依さんも居合わせていた)

(芹沢さんが所蔵品を損傷してしまったことに愛依さんは責任を感じて、近づけさせないように誓っていた)

(愛依さんの見張りはちゃんと効いてたみたいだ、この嘘は……露見しないぞ!)

灯織「生徒会による見張りも、設備の一つ一つを確かめるところまでは行き届いていませんでした」

灯織「鍵を新たにつけられていたことに気づきもしませんでしたね……」

透「小太刀を持ち出せたのは実質凛世ちゃんだけ……」

透「マジかー、儀式。マジかー……」

霧子「凛世ちゃんは屍者の書を持ち出すことで儀式をうやむやにした上で……自分で持ち込んだ小太刀と合わせて儀式を実行しようとしたんだね……」


甜花「復活させようとしたのは……斑鳩さん?」

恋鐘「夏葉の死を穢すのは抵抗があったとけど、ルカやったらよかと思ったと」

恋鐘「……う〜〜〜ん?」

樹里「まあ……一旦凛世が儀式を実行しようとしてたことは飲み込むとしてもだ」

樹里「その凛世がどうして、命を落とすことになるんだ? しかもあんな凄惨な死に方で」

愛依「カンジンなのはそこだよね……結局、4階で何が起きたんかはまだ見えてこない系」

あさひ「そっすか?」

灯織「あさひ……あなたにはまたこの事件の先が見えているの?」

あさひ「逆にみんなは分からないんっすか? 凛世ちゃんは儀式をしようとしてたんっすよ?」

あさひ「儀式の工程、それと現場に残ってた証拠を加味すればどうして凛世ちゃんが死んだのかは自ずと見えてくるっすよ」

真乃「ほ、本当に……?」

(相変わらずこの子は私たちの先に先に行って……!)

(いいよ、乗ってやる……! その挑発、真っ向から受けてやるんだから……!)

------------------------------------------------
【ノンストップ議論開始!】

コトダマ
‣【3Dプリンター】
‣【床下の小太刀】
‣【ガスボンベ】
‣【屍者の書】
‣【死体の握っていた金具】

あさひ「凛世ちゃんがどういう経緯で命を落としたのか」

あさひ「それは儀式の手順と証拠品を合わせて考えれば分かるはずっす!」

霧子「儀式の手順を一つ一つ追っていこうか……」

愛依「まず、これまでに命を落とした【みんなを模した人形を作る】んだよね」

愛依「これは生徒会が3Dプリンターを使ってやったね!」

灯織「次に刃物を復活させたい人形の【胸部に突き立てます】」

灯織「今回使われた小太刀は凛世にしか調達ができないもの」

灯織「凛世が儀式を実行したのは間違いないようです」

透「最後に【屍者の書を燃やして】」

透「その灰を人形の上から振りかける」

透「ついでに【呪文を唱えた】ら、はい出来上がり」

透「死者の復活、一丁上がり……ってね」

真乃「この手順のどこかで、命を落とす要素があったんでしょうか……?」

あさひ「にちかちゃんは、どう思うっすか?」

あさひ「怪しい手順を指摘してほしいっす」


【正しいコトダマで正しい発言に同意しろ!】

↓1


にちか「そこだー!」同意!

【BREAK!】

にちか「そういうこと……! 杜野さんは誰かに直接手を下されたんじゃなくて……一人でに、勝手に命を落としたんだ……!」

灯織「えっ……?! そ、それって凛世は自殺……ってこと?!」

にちか「いや、そうじゃないよ。杜野さんは犯人によって仕掛けられた罠にハマって命を落としたんだ!」

にちか「儀式を実行しようとすると、引っかかってしまう即死級のトラップにね!」

にちか「芹沢さん、あなたが言いたいのは地下室で発見したガスボンベのことなんだよね?」

樹里「ガスボンベ……っつーと、鍋とかをする時に使うアレか?」

あさひ「はいっす。小太刀と同じで床下に転がってた証拠品っすね。でも、あのガスボンベはただ床下に落ちてたんじゃなくて」

あさひ「容器に穴をあけられた状態で床下に落ちてたっす。要は【ガス漏れ状態だった】ってことっすね」

透「家庭科の授業とかでもやったっけ……ガスを使う時は、ガス漏れをしないように気をつけろって」

円香「家庭用ガスとして使われてる気体は引火しやすい。タバコの火のような小さなものでも、大爆発を引き起こす可能性がある危険なもの」

愛依「そっか……! 屍者の書を燃やして灰にする時、絶対に火をつけなきゃなんないから……!」

にちか「そういうことです! 犯人は予め地下に穴をあけたガスボンベを転がしておくことで……」

にちか「現場にいずとも、杜野さんを爆発に巻き込んで殺すことが可能だったんですよ!」


真乃「特に、犯行現場の空き教室の蝋燭は何者かによって消されていました。凛世ちゃんが儀式を実行しようとする際には」

真乃「自分の手で火をつけることが必須だったはずですよ……っ!」

霧子「ガス爆発……? 本当に……?」

愛依「霧子ちゃんどしたん……? なんか引っかかることでもあんの?」

霧子「うん……あのね、私は儀式を中止した後もずっと4階の甜花ちゃんの才能研究教室に残ってたんだ……」

霧子「でも、そんな爆発の音や衝撃を感じることはなかったような……円香ちゃんは、どう?」

円香「……そうだね、私も記憶にない」

あさひ「あれれ、そうなんっすか? 爆発が起きたこと自体は明白だと思うんっすけど……」

あさひ「ほら、その証拠なら現場に落ちてたっすよね?」

真乃「爆発が起きた証拠……そんなものあったかな……?」

(爆発が起きたことを指し示す証拠か……)

(爆発が起きたってことはそれなりに大きな衝撃と熱が瞬間的に発生したことになる)

(その可能性を示す証拠といえば……)

【正しいコトダマを選べ!】

>>321>>323

↓1


にちか「これだー!」

【解!】

にちか「現場に転がっていたルカさんの人形……あの損壊状態を見れば明らかですよ!」

真乃「凛世ちゃんが儀式で復活させようとしていたのはルカさん……凛世ちゃんが屍者の書を燃やして灰にする時、一番そばにあった人形もまたルカさんのものであるはずです」

にちか「つまり、爆発の衝撃を一番そばで受けたのがルカさんの人形だった……だからあんなふうにルカさんの人形は砕けてたんじゃないですか?!」

恋鐘「あん人形はどれも3Dプリンターで作られたもので、樹脂製ばい。熱には弱かけど、うちら女の子の力で砕くのは無理があるとよ」

灯織「爆発の衝撃により砕けた可能性は高い……というわけですね」

あさひ「さらに、砕けた部分の接合部は半分溶けかかってたっす。爆発によって生じた熱を間近で浴びた証拠っすね」

円香「なるほど……爆破があったこと自体は確定的」

円香「なら、どうして同じ階にいた私も霧子もその音や衝撃に気づかなかったんですか?」

にちか「霧子さん、昨日の夜は儀式を中止してからは甜花さんの才能研究教室に篭りっぱなしだったんですよね?」

霧子「うん……円香ちゃんとずっとお話ししてたから……」

円香「お話し……ねぇ、随分と一方的な会話もあったものだと思うけど」

にちか「それなら大丈夫です。お二人が気づかなかったことにもバッチリ説明はつけられますよ」

(二人が篭っていた部屋は甜花さんの才能研究教室だった)

(まさにそれこそがこの疑問に対する答えだ)

(だって甜花さんは超研究生級のストリーマーだったんだから……!)

---------------------------------------------

【にっちー危機一髪 スタート!】

甜花の才能研究教室には■■■■■■■が敷き詰められていた!

い だ き お ま
ゆ ざ ち う ん
 
【正しいワードで推理をぶちかませ!】

↓1
------------------------------------------------


にちか「見えましたー!」

【COMPLETE!】

にちか「お二人が爆発の衝撃にも音にも気づかなかった理由、それはまさに甜花さんの才能によるものだったんですよ!」

甜花「甜花の才能って……【超研究生級のストリーマー】だってこと……?」

にちか「はい、まさにそれです! あの部屋を最初に調べた時のこと……覚えてますか? モノクマーズたちが私たちにした説明がキーなんですけど」

モノタロウ「えっ?! オイラたちの説明がヒント!? オイラ、何言ったんだっけ?!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

モノタロウ「この部屋には外の世界からの声も振動も何も届かないから、気持ちを込めてインターホンを押すんだよ!」

モノタロウ(聞こえますか……あなたの心の中に直接語り掛けています……)

モノタロウ「ってね!」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

モノタロウ「えっ?! そんなネットユーモアの出涸らしみたいなこと言ったっけ!?」

にちか「もうっ! しっかりしてよ! あの部屋にインターホンが取り付けられてる理由……あなたたちがちゃんと口にしてたはずだよ!」

甜花「そっか……あの部屋は完全防音、完全防振だったんだ……!」

モノタロウ「生配信の邪魔は誰にも許されないからね! プレミア会員以外はお帰りいただくよ!」

霧子「そうなんだ……だったら、気づかないかもしれないね……部屋の外で、何が起きても……」

霧子「凛世ちゃんが、命を落としても……」

にちか「どうです!? これでガスボンベを使ったトラップが実際に用いられたことも証明できましたよね!?」

灯織「……凛世がどうやって命を落としたのかは明らかになった。それならあとはそのトラップを仕掛けたのが誰だったのか……ですね」

樹里「よし……それじゃあ次は誰がトラップを仕掛けたのかを話し合って_____」






あさひ「議論なんかいらないっすよ」






あさひ「ちょっと、まだみんな犯人に気づいてないんっすか? こんなトラップ、仕掛けた可能性があるのはただの一人じゃないっすか」

にちか「は……?! いやいや、今までの議論のどこに犯人を絞れる要素があったの?!」

にちか「床下に仕掛けてあったガスボンベは恋鐘さんの才能研究教室から誰でも調達できるものだし……このトラップは犯行時間のアリバイも不要」

にちか「容疑者は私たち全員なんじゃ……」

あさひ「うーん……にちかちゃんは誤解してるっすね。わたしは『トラップを仕掛けられる人が一人しかいない』じゃなくて、『仕掛けた可能性がある人が一人しかいない』って言ったんっすよ」

あさひ「これまでの推理を辿っていくんっすよ。そうすれば犯人はただの一人に自ずと搾られるはずっす」

(これまでの推理を……辿る?)

(辿れるほどの道程があったようにも思えないけど……どこかにただ一人のクロへと繋がる鍵があったってことなのかな)

(一体どこに……? 私は何を見落としてる……?)

------------------------------------------------

【検討プロセッシング開始!】

結局今回の裁判でも、芹沢さんの良いように議論が動かされてる……癪だな。
でも、彼女が私たちよりも先をいっていることは確かなんだ。とにかく今は彼女に追いつくために思考を進めるしかない。

まず、今回の被害者である杜野さんの行動を振り返ってみるか。
彼女は甜花さんと共謀し、甜花さんを生徒会に潜入させることで儀式を組織の内側から妨害しようと試みた。
でも、それは甜花さんを意のままに動かすための表向きの理由だ。杜野さんの真の狙いはそこじゃなくて、別のところにあった。
杜野さんの真の狙いというのは……

Q1.凛世が甜花を生徒会に忍び込ませ、屍者の書を奪い取った本当の狙いは?

a.霧子に取り入るための自作自演
b.儀式を乗っ取るため
c.別の誰かに屍者の書を渡すため

↓1


【CORRECT!】

杜野さんの本当の狙いは儀式自体を乗っ取って、ルカさんを甦らせることにあったんだ。
有栖川さんの死の尊厳を守る一方で、ルカさんの気持ちはお構い無しに蘇らせる……なんだか倒錯した思考のように感じるけど、状況や証拠が明確に彼女の行動を指し示している。
可能性以上に大事なのが、事実。今はこの客観的な事実を前提として進もう。

当然ながら、彼女の真の狙いは私たちも知らなかった。
生徒会に属さない私たちの集まりにおいても、彼女は儀式自体に反対する立場を取っていたからまさか腹の中でそんなことを考えているとも思わなかったんだ。
多分、これは生徒会側の人たちも同じだったはず。生徒会に属そうとしない私たちはなべて等しく儀式自体に反対だと思っていたんじゃないかな。

つまり、今回の事件の犯人は……

Q2.今回の事件の犯人は凛世の真の狙いを知っていた?
a.知っていた
b.知らなかった

↓1


【INCORRECT……】

ううん、そうじゃない。
犯人も杜野さんの真の狙いは知らなかったんだ。
私たちも生徒会の人たちも、杜野さんは儀式に心から反対していると思っていたんだからね。

それどころか、甜花さんとの共謀だって知らなかったんじゃないかな。
どちらもこの裁判でも初めて明らかになった事実なんだからね。

あれ……? だとすると、犯人はどうしてガスボンベを床下に仕掛けたりしたんだろう。
だって、杜野さんが儀式をやろうとしていることなんて分かるはずもないのに……この矛盾こそが犯人を特定する鍵なのかもしれない!

Q3.どうして犯人は凛世の儀式を狙ってトラップを仕掛けることができた?

a.凛世にとって第三の協力者だった
b.偶然儀式を行っている現場に出会した
c.犯人が元々狙っていたのは別の人物だった
d.凛世自身がトラップを仕掛けていた

↓1


【CORRECT!】

そうだ……このトラップは杜野さんを狙ったものなんじゃなくて、【儀式自体を】狙ったものだったんだ。
このトラップは犯行現場にいなくてもいい代わりに、標的を絞ることができないのがネック。
犯人からすれば、杜野さんが命を落としたこと自体想定外だったのかもしれない。

そう、犯人にもまた本当の狙いが別にあったんだ……!

Q4.犯人の本当の標的は?

【怪しい人物を指摘しろ!】

↓1


【CORRECT!】

言うまでもない。
犯人が本来狙っていた人物は……幽谷さんだ。
私たちの全員が、幽谷さんが儀式を実行することを知っていた。むしろ犯人に狙えたのは幽谷さんしかいなかった。
そんな中、杜野さんと甜花さんが共謀して儀式を妨害するというイレギュラーが発生。
]それに留まらずあまつさえ杜野さんが儀式を乗っ取ってしまった形になるんだ。

……となると、犯人は幽谷さんを中心とする生徒会とは思想を異にする人物なのは間違いないだろう。
儀式の実行こそが生徒会の主たる目標の一つだったわけだし、幽谷さんに心酔していた生徒会メンバーが彼女を裏切るとも思えない。

問題は、生徒会に敵対している人物でこの犯行が可能だったのは誰かということ。
さっきも確認した通りガスボンベを調達すること自体は誰にでも可能なんだよね……芹沢さんは何を持って犯人の特定ができるって言ってるんだろう。


う〜ん……


う〜ん…………


あさひ「もう! いつまで考え込んでるんっすか!」

にちか「えっ?! ちょっ、ちょっと……まだ終わってないんだけど?!」


あさひ「終わってないって何がっすか? それより、みんな黙り込んじゃって退屈なんっすよ」

あさひ「せっかく学級裁判をやってるんだから、みんなで議論するっすよ」

樹里「いや、あさひ自身がもう議論はいらねーっつったんだろ……」

あさひ「今ある材料から直通でたどり着けると思ったんすけど……みんなが思ってた以上に悩んでたんで、協力して考えてもらった方が早いと思ったんっすよ」

愛依「3人寄ればモンジャの知恵ってやつだね!」

円香「……惜しい」

あさひ「にちかちゃん……多分もうちょっとのところまで来てるんっすよ。後は最後の爪の部分っす」

あさひ「トラップを仕掛けた人物……その人には欠かせない条件があったはずっす!」

(……【条件】か。そのピースを手に入れるための推理はすでに出来上がった)


コトダマゲット!【クロへの推理】
〔犯人は元々儀式を実行しようとする霧子を狙っていた。霧子が儀式の際に火を使うのを狙ってガスボンベを仕掛けたが、実際には儀式を実行したのは凛世であり、結果として凛世が代わりに犠牲になってしまった〕


(後はその終着点……クロの尻尾を掴んでやるんだ!)

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【ノンストップ議論開始!】

コトダマ
‣【ガスボンベ】
‣【空き教室(中央)の燭台】
‣【クロへの推理】
‣【霧子の証言】
‣【モノクマファイル4】

あさひ「凛世ちゃんの儀式を利用したトラップを仕掛けたクロ」

あさひ「可能性があるのは、たった一人っすよ!」

恋鐘「【ガスボンベの調達自体は誰にでも可能だった】ばい」

恋鐘「犯人を絞る理由にはならんとよ!」

透「火をつけた瞬間ボカンっていうトラップも」

透「家庭科の授業さえ受けてれば誰でも思いつくよね」

円香「強いていうなら空き教室の蝋燭が」

円香「ある程度【身長のある人でなければ届かない高さ】だったこと」

円香「火を単独で消そうとすると、160cmは必要になるでしょうね」

灯織「犯人は【凛世が儀式を実行しようとしていることを知っていた人物】ではありますよね」

甜花「て、甜花は知らなかったよ……! 本当だよ……!」

灯織「せめて第三の共謀者の正体がわかれば……」


【正しいコトダマで矛盾する発言を論破しろ!】

↓1


にちか「この道が真実へと続く!」論破!

【BREAK!】

にちか「……このトラップは、現場にいずとも儀式の手順を標的がなぞることで自動で成立する殺害方法です。犯人は偽装用のアリバイをわざわざ拵える必要がない……誰でにも仕掛けること自体は可能ですから」

灯織「変な言い方だね……仕掛けること自体は、ってことは……もっと他のところは不可能だったりするの?」

にちか「うん……このトラップを考えることができた人間。その時点で数が絞られるんだよ」

透「家庭科の評定が1だった人、先生怒らないから手をあげなさーい」

円香「ほら、伏せなって。犯人が手を上げにくくなるでしょ」

にちか「いや……そうではなく! そもそも儀式に火を使うことを知れた人間は限られているんですよ」

霧子「そんなことないよ……! 儀式に火を使うことは屍者の書に書いてあったことだから一度読むことさえできれば……」

霧子「あっ……!」

にちか「そうなんです、屍者の書を生徒会以外の人たちは読むことができていなかったんです。だからこそ、さっきの甜花さんとの共謀の時になぜ杜野さんが手順を知っていたのかが議論の的に上がったんですから」

樹里「ああ、そういや……リークした奴が誰だったのかは先送りにしたんだったよな」

にちか「実は……【私たちはそれが誰なのか知ってる】んです」

愛依「え……?! それもこれまでの推理の中にあった系?! うち……聞き逃しちゃった?!」


真乃「ううん……そうじゃなくて、生徒会の人たちには非公開だった情報なんです。だってその人は甜花さんと同じで、生徒会組織を内側から崩すために潜入していたから」

円香「盤石な組織なのかと思っていたら……内通者が二人? 随分とお粗末な屋台骨だったんですね」

灯織「そうなると……その、リークをした人物が犯人になるんですか?」

甜花「な、なんで……杜野さんと協力関係だったんじゃないの……? リークした人が、裏切ったの……?」

にちか「いや、そうじゃないんです。この儀式の中身のリークはしたかもしれないですけど、この人もまた甜花さんと同じ。杜野さんが本当は儀式を実行しようとしてるなんて知らなかったんですよ」

透「そりゃそうか。実際うちらもついさっきまで知らんかったわけだし」

にちか「だから、犯人の本当の狙いは幽谷さんだった。儀式を実行する可能性が目下一番高かったのは彼女だったので!」

霧子「そんな……それじゃあ凛世ちゃんは、私の身代わりに命を……!?」

にちか「犯人は儀式によって死者の尊厳を踏み躙ることに憤りを覚えていて、儀式を中止させようと躍起になっていた人物」

にちか「そして、儀式にはどんな手順が必要になるのかその中身を知ることができた人物」

にちか「なるほど、芹沢さんの言う通りだよ。犯人は……あの人以外に考えられない……!」

【クロを指摘しろ!】

↓1


にちか「あなたしか……いません!」

【解!】

にちか「恋鐘さん……あなたなんですね」

恋鐘「うち……?」

樹里「は、はぁ?! 恋鐘?! 恋鐘って……生徒会にはだいぶ初期からいたメンバーだぞ!?」

灯織「組織として生徒会を編成した日からの在籍です。その存在は生徒会の中核と言っても良かった。そんなあなたが、裏切っていたなんて」

にちか「あなたは甜花さんよりも先に、はじめから生徒会に潜入していた人物。私たちとも接触をして、その目的を明らかにしていました」

にちか「幽谷さんにとって誰よりも近い存在だったあなたは……彼女の暴走を無視できなかった。信仰の対象として膨れ上がっていく彼女を、止めるためにこのトラップを仕掛けるに至ったんです」

恋鐘「……」

にちか「もはや幽谷さんを止めるためのブレーキは錆びついていた。強硬策に頼るしかなかった……そうなんじゃないですか!?」

あさひ「恋鐘ちゃんは相当焦ったはずっす。本来なら、あの真っ黒焦げになっているのは霧子ちゃんのはずだったはずっすから」

恋鐘「ち、違うたい……そがんつもりはなかよ! うちは殺そうなんて……」



恋鐘「ちょっと脅かしてやろうと思って、ガスボンベの転がしただけたい!」




樹里「……! 恋鐘、アンタ認めんのか……?」

恋鐘「ち、違う……違うばい! うちが霧子を殺そうとするはずがなかよ! 霧子とはこの学園に来た時からの友情……絆があるたい」

恋鐘「それを殺意に置き換えるなんて冒涜……にちかの推理は流石のうちも無視できん!」

(いや……今回の事件の犯人はきっと恋鐘さんだ。間違いない)

(彼女にこれまでの凶行を絶対に認めさせてみせる……!)

モノクマ「……」

(……だけど、何?)

(私たちを見つめているモノクマの眼)

(赤いレンズの向こうに見えるカメラが……なんだか妙に冷たく感じる)

(間違ってないんだよね? 私たちの歩んでいるこの道は……)

(この先にある、真実は……)

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【学級裁判中断!】





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キリがいいところなのでここまで。
明日10/18(水)も21:00~で再開予定です。
またよろしくお願いします。
それではお疲れさまでした。

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【学級裁判再開!】




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にちか「恋鐘さん、あなたがこの事件のクロです……! 死者蘇生の儀式を生徒会に潜入することでその詳細を知ったあなたは、儀式の中で火を必要とすることを知り」

にちか「火をつけた瞬間にガス爆発が起きるトラップを現場に仕掛けたんです!」

恋鐘「うちが霧子を殺そうとするはずがなかよ! 霧子はうちにとってかけがえのない存在……生徒会の活動は止めようとしとったけど、間違っても霧子を殺したりなんかせん!」

真乃「生徒会の儀式を中止させようとしていた人たちの中で、儀式の詳細を知ることができたのは潜入活動をしていた恋鐘ちゃんだけなんですよ……っ!」

あさひ「屍者の書が動機として提示されてすぐに生徒会に取り上げられちゃったっすからね。中を見るのは不可能だったっす」

霧子「恋鐘ちゃん……本当……? 本当に、恋鐘ちゃんがガスボンベを仕掛けて……私を殺そうとしていたの……?」

恋鐘「ち、ちがう……ちがうけん、うちの話を聞いて!」

恋鐘「うちは凛世を殺してなんかないし、霧子を殺そうともしとらんかったばい!」

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【ノンストップ議論開始!】

コトダマ
‣【死体発見時の状況】
‣【3Dプリンター】
‣【ガスボンベ】
‣【空き教室(階段側)の血痕】
‣【空き教室の紙片】

恋鐘「儀式の手順を知っとったうちなら罠を仕掛けられるには確かにその通りたい」

恋鐘「でも、うちが霧子を殺そうとするわけがなかよ!」

恋鐘「大体、あんボンベの中の気体の鼻につく匂いがするとよ!」

恋鐘「部屋に入った瞬間に【ガス漏れに気づいて】……」

恋鐘「火をつけるのはまず避けるはずたい!」

透「凛世ちゃんは風邪を引いてて」

透「【鼻詰まりで匂いを嗅げなかった】んじゃない?」

灯織「ガスボンベのパッケージと中身が一緒である保証はありません」

灯織「犯人は【ガスボンベの中身を入れ替えた】のかもしれませんよ!」

愛依「空き教室にはガスなんか元々通ってないし」

愛依「匂ったとしても【勘違いだと思った】んじゃない?」

恋鐘「そがんはずがなかよ!」

恋鐘「そがんこつでガス爆発が起きるとなら」

恋鐘「こん国はそこら中でガス爆発だらけたい!」


【正しいコトダマで正しい発言に同意しろ!】

↓1


恋鐘「そがんわけがなか! 確かにガスボンベは床下に落ちとったけん、存在は知らんかったと思うばってん」

恋鐘「ガス漏れの匂いは尋常じゃなかよ、一度嗅いだら勘違いだなんて思うはずがなか!」

(うぅ……まあ、家庭科の授業のときとかでも嗅いだけど、刺激的で独特の匂いだったもんな……)

(勘違いってことは無いか……)

------------------------------------------------
【ノンストップ議論開始!】

コトダマ
‣【死体発見時の状況】
‣【3Dプリンター】
‣【ガスボンベ】
‣【空き教室(階段側)の血痕】
‣【空き教室の紙片】

恋鐘「儀式の手順を知っとったうちなら罠を仕掛けられるには確かにその通りたい」

恋鐘「でも、うちが霧子を殺そうとするわけがなかよ!」

恋鐘「大体、あんボンベの中の気体の鼻につく匂いがするとよ!」

恋鐘「部屋に入った瞬間に【ガス漏れに気づいて】……」

恋鐘「火をつけるのはまず避けるはずたい!」

透「凛世ちゃんは風邪を引いてて」

透「【鼻詰まりで匂いを嗅げなかった】んじゃない?」

灯織「ガスボンベのパッケージと中身が一緒である保証はありません」

灯織「犯人は【ガスボンベの中身を入れ替えた】のかもしれませんよ!」

愛依「空き教室にはガスなんか元々通ってないし」

愛依「匂ったとしても【勘違いだと思った】んじゃない?」

恋鐘「そがんはずがなかよ!」

恋鐘「そがんこつでガス爆発が起きるとなら」

恋鐘「こん国はそこら中でガス爆発だらけたい!」


【正しいコトダマで正しい発言に同意しろ!】

↓1


にちか「それだー!」同意!

【BREAK!】

にちか「真乃ちゃん、芹沢さん。今回死体を最初に発見したのは私たちだけど……その時にどうやって異変に気づいたか覚えてる?」

真乃「え、えっと……寄宿舎を出て、すぐに二人に出会して……儀式の結果がどうなったのかを確かめるために、みんなで一緒に階段を登ったんだよね」

あさひ「で、4階に近づいてきたところで……匂ってきたんっすよ。何かが焦げたような嫌な匂いだったっす」

にちか「その時にガスの匂いはした?」

あさひ「いや……してないっすね。ガスの匂いは刺激的だから、普通立ち込めてたら匂いには気づくと思うんっすけど……」

にちか「そうだよね。匂いはしなかった……そしてそれは操作の時も同じ。あの現場には全員が足を踏み入れてたけど、誰もガス臭いなんて言葉は口にしなかった」

樹里「確かにそうだよな……ガス爆発が起こるくらいに充満してるんだったら匂わねーはずがない」

愛依「そもそもガスって何で匂うの? サンタモニカ……? みたいに匂いのする気体なん?」

円香「……アンモニア、って言いたいんだろうね。多分」

霧子「家庭用のガスコンロで使われているガスは石油から発生するガスを一度液状化させてから、再び気化させたLPガスと呼ばれるガスだよ……」


霧子「このガス自体に元々匂いはなくて、今恋鐘ちゃんが言ったみたいに……ガス漏れに気づくことができるように後から匂いがつけられているものなんだ……」

霧子「腐った玉ねぎさんみたいな匂いで……ツンとした匂いがするはずだよ……」

灯織「それはしなかった……ということはやはりガス漏れをしていなかったということで……」

にちか「ちがう! そうじゃないよ。幽谷さんが今言った通り、ガスの匂いは後からつけるものなんだよ?」

にちか「つまり、犯人自体がガスを生成してあのボンベに入れたんだとしたら……ガスの匂いがしなかった矛盾は看破できる!」

恋鐘「ガスを作るのなんてややこしかこつうちは出来んよ!」

にちか「いや、そんな難しい話でもないですよ……むしろ恋鐘さんだからこそ出来たはずです」

(ガスボンベに本来入っているはずの気体に置換して、恋鐘さんがガスボンベに入れた気体……)

(それを明らかにすることが、決定的な証拠になるはずだよ!)

------------------------------------------------

【にっちー危機一髪 スタート!】

ガスボンベの中に入っていた気体は■■■■■だった

メ モ ス レ ア
ン ニ ガ タ ヨ

【正しいワードで推理をぶちかませ!】

↓1


にちか「とっておきですのでー!」解!

【ESCAPE!】

にちか「厨房のダストシュートボックス。あれは料理の残飯をどんどん投げ入れることで、微生物に分解してもらう仕組みになってるんですけど……その結果としてメタンガスが自動生成されるんですよ」

にちか「そしてダストシュートボックスは恋鐘さんの才能研究教室にも置いてある。一階と四階をパイプで一直線に繋いでいたんですよ。後はそこに溜まっていく気体を回収してボンベの中に詰めるだけ」

恋鐘「ちょ、ちょっと待たんね! そいだと匂いの問題がこっちでも発生するばい! 微生物が分解して発生する気体なら、生ごみが腐ったような匂いがせんとおかしかやろ!」

にちか「いや、メタンの匂いを分解するのはLPガスより遥かに容易です! 生活用品店でゴミ箱に取り付ける消臭剤と原理は同じなんです」

にちか「恋鐘さんはダストシュートボックスの通気口に茶葉を敷き詰めたフィルターを被せたんです。空気より遥かに軽いメタンガスが登っていく途中でこのフィルターを通り、茶葉に含まれる成分で匂いが解消されます!」

透「おっ、月岡家の食卓」

真乃「お茶の葉っぱに含まれるポリフェノールには匂いの分解をする効果があるので、部屋にメタンガスが充満していても気にならないぐらいのものに変わったと思います……っ!」

にちか「LPガスではなく、メタンガスに代替することで恋鐘さんはガス爆発トラップの実現に成功したんですよ……!」


【恋鐘「そいは問屋のおろさんね!」】反論!


恋鐘「な、なんねなんね!? そがんややこしかこつ並べ立てられてもうちには分からん!」

恋鐘「ダストシュートにそい……メタンガス? が溜まっとっても偶然ばい!」

恋鐘「うちが狙ってそいガスを貯めた証拠ばなかろうもん!」

------------------------------------------------
【反論ショーダウン開始!】

コトノハ
‣【3Dプリンター】
‣【ガスボンベ】
‣【床下の小太刀】
‣【緑の物体】
‣【ルカの人形】

恋鐘「厨房と研究教室のダストシュートは繋がっとった」

恋鐘「確かにガスの溜まっとるかもしれん」

恋鐘「ばってん、そいを使用したかどうかは別問題ばい!」

恋鐘「うちはガスが溜まっとることにも」

恋鐘「気づいとらんかったけんね!」

恋鐘「なんも知らん知らん知らん〜〜〜!!」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【発展!】

にちか「じゃあダストシュートのフィルターはどう説明するんですか!?」

にちか「あれは間違いなく、メタンガスの匂いを消すためのものですよ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

恋鐘「そ、そいも知らんばい!」

恋鐘「うちん才能研究教室も誰でも入ることができたとやし」

恋鐘「別の誰かが工作に使った可能性もあるたい!」

恋鐘「それにうちはガスボンベの詰め替えなんて【専門的なこともできん】!」

恋鐘「自慢じゃなかけど、そがん器用さは持ち合わせとらんもん!」

恋鐘「うちはあのトラップとは無関係たい!」


【矛盾する発言を正しいコトノハで論破しろ!】

↓1


にちか「その矛盾、ぶった斬ります!」

【BREAK!】

にちか「確かにガスボンベの中の気体を入れ替えて、完全な形で再度パッケージングをするんだったら並大抵の技術じゃ再現はできません」

にちか「それこそ商品製造と同じぐらいの設備がいるでしょうね」

恋鐘「そ、そうやろ〜〜〜! やけん、うちにそがん真似は……」

にちか「そんな真似、する必要なくないですか? だって、ダストシュートに溜まってたメタンガスを、空き教室まで持っていければそれでいいんです」

にちか「おかしいなと思ってたんですよね。ガス漏れをさせるためならわざわざ容器に穴まで開ける意味ってないんです。噴出口のところを壊すとか、それだけで良かったはず」

樹里「……確かにな。中の容器と外との気圧差があるから、ちょっとでも隙間を作ってやればそこからガスが漏れたはずだ」

円香「ボンベの穴は、過剰だった……と」

灯織「では、あの穴の大きさは一体……?」

にちか「逆なんだよ。あの穴はガスが漏れ出るためのものじゃなくて、逆にガスが容器に入っていくためのものだったんだ」


にちか「ガスボンベからはあらかじめ中の気体を抜いておいて、あの穴からガスを入れるようにしたんだ。それも難しいことじゃない」

にちか「メタンガスは空気よりも軽いから、穴を下に向けて、お茶っ葉みたいにフィルターにようにつっかえ棒させちゃえばいいんだよ!」

真乃「空気よりも軽いガスは自然にダストシュートの中を登っていって、下向きの穴の中に入っていくんだね……っ!」

にちか「蓋はガムテープをつけちゃえばOK。密閉させしちゃえばガスが漏れ出ることもないからね!」

円香「確かに、これなら専門的な技術がなくともガスをも移動させることができる」

恋鐘「そ、そんな……」

にちか「こうやって恋鐘さんはメタンガスを空き教室に持ち込んで、無臭でのガス爆発トラップの実現を可能にしたんです!」

愛依「匂いがしなかったらガスの存在に気づくことは不可能……儀式の最中に火をつけちゃうのは免れらんないよね」

灯織「この方法自体は誰でも可能ですが、儀式の手順を知っていたことに、仕込みの殆どが恋鐘さんの才能研究教室で行われていたところを加味すれば……最有力なのはやはり、恋鐘さんになってしまいますね」

恋鐘「くぅ〜……」

あさひ「どうなんっすか? 今のにちかちゃんの推理を認めるっすか、恋鐘ちゃん」






恋鐘「…………認める、ばい」






(……!)

恋鐘「にちかのいう通り、ガスボンベを床下に転がしたのはうちたい。霧子の儀式を妨害するのは、もう言葉だけじゃどうにもならんって思って……強硬策に頼るしかなくなってしもうたとよ」

恋鐘「ばってん……うちはガスの入れ替えなんかしとらん! ちゃんと匂いのするガスで、火をつける前に気付くようにしとったばい!」

円香「……何? それじゃ、あなたはダストシュートの仕掛けの一切に感知していないと?」

恋鐘「そうばい! あがんもん、うちの預かり知らんところで真犯人がやった工作ばい!」

(真、犯人……?)

恋鐘「うちはちょっと霧子を脅かすだけのつもりだったばい。儀式を今晩延期させれば、また1日説得のチャンスができる。だから、ガス漏れを起こしただけだったとに……」

恋鐘「他の誰かが、うちの転がしたガスボンベに細工を施したんよ!」

樹里「おいおい、どうなってんだこりゃ……まだ事件は終わらないってのか?」

(……違和感はちょっと合ったんだよね)

(わざわざ生徒会に潜入して、霧子さんの暴走を食い止めようとしている恋鐘さんの姿)

(それは最後までそばに寄り添い続けようとしている人の姿だった。どうしようもなくなって、こんな凶行に走るような生半可な覚悟には思えなかった)

(一度視点を切り替えてみたほうがいいかもしれない……)

(私は、私の推理を……恋鐘さんの殺意を、否定する……!)

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【パニック議論開始!】

コトダマ
‣【ガスボンベ】
‣【死体の握っていた金具】
‣【円香の証言】
‣【消火シート】
‣【空き教室(中央)の燭台】

恋鐘「うちはガスボンベを床下に転がしはしたけど」
あさひ「メタンガスの回収に使ったダストシュートは」
円香「殺意はなかったと言いますが」

恋鐘「ボンベの中身を入れ替えるような【ちょこざいな真似はしとらん】!」
あさひ「厨房と恋鐘ちゃんの才能研究教室を繋いでた」
円香「ガス爆発なんか起きたら、どう足掻いても即死でしょ」

恋鐘「【匂いも残したまま】で、霧子が気づくようにしたばい!」
あさひ「他の人が仕込んだんだとしたら、途中で恋鐘ちゃんに気づかれないっすか?」
灯織「【瞬間的に酸素を消し去るものでもあれば延焼は防げる】かと思いますが……」

恋鐘「霧子が儀式の最中にガス漏れに気づいて」
樹里「確かに部屋の持ち主に気づかれずにあそこまで仕掛けを行うには難しそうだよな……」
真乃「【消火器】なんかも現場にはなかったよね……」

恋鐘「儀式を中断せざるを得ないような状況にしただけたい!」
透「お茶っぱで匂いが消えるってのも知らんかったし」
霧子「私は……信じたいな……」

恋鐘「凛世はもちろん……」
透「恋鐘ちゃんの知恵袋だ」
霧子「恋鐘ちゃんはちょっと脅かそうとしただけだって……」

恋鐘「霧子を殺す気なんか毛ほどもなかよ!」
甜花「ベストアンサー……甜花コイン、300枚進呈……!」
霧子「そこに、【悪意はなかった】って……」

【正しいコトダマで正しい発言に同意しろ!】

↓1


にちか「聞こえたー!」同意!

【BREAK!】

にちか「恋鐘さん……万が一に幽谷さんがガス漏れに気づかず火をつけようとした時の緊急対策の手段、あったんですよね」

恋鐘「……! に、にちか……!?」

にちか「……すみません。みなさん、ここまで議論をしといてなんなんですけど……恋鐘さんに幽谷さんに対する殺意があったとはやっぱり思えなくて、というか思いたくなくて」

にちか「それに、現場に残っていた証拠品を合わせて見返してみると……もしやって、思ったんです」

円香「……別に、主張がその時々で変わるのは議論の常。私たちはただ一つの真実に向き合おうとしているのだから、その道のりの仔細は問わないけど」

円香「それだけ言うんだったら、証拠はあるんでしょう?」

にちか「ええ、はい……幽谷さんがガス爆発に巻き込まれて最悪死んじゃってもいいってそんなふうに恋鐘さんが本当に思っているんだとしたら現場に残っているはずのないものがあるんです」

にちか「消火シートです! 実際の火事現場でも用いられているようなシートで、被せれば中と外を完全に断絶。酸素を絶やすことで消化を行うことができるものなんです」


愛依「……ん? 酸素を絶やすって言った?」

愛依「そ、それって結局シートで包んだところで中の人を殺すことにならん?」

樹里「それに、どっちかっつーとそのシートは延焼防止だろ? それ以上燃えひろがないようにするだけで、中で体が燃えてちまってたらどうしようもなくねーか」

にちか「後から被せるような使い方をすれば、そうですね」

灯織「……どう言う意味? 後から被せるような使い方以外に、消火シートを使う方法があるって言うの?」

にちか「言ったよね。万が一火をつけてしまっても幽谷さんが無事に終わるための保険を恋鐘さんが用意していたって。つまり……火をつけたとしてもガス爆発の衝撃を和らげる手段ってことだよ」

透「え? でも空気中はガスで満ちてるんでしょ? 引火せずに火をつけるのなんか無理じゃない?」

恋鐘「そいはそいやけん……うちは霧子の火つけても、霧子が大火傷をせんための予防線を貼ったばい」

(恋鐘さんが貼った予防線っていうのは、私たちに自信満々に話してくれたあの奇策のことだ……)

【正しいコトダマを選べ!】

>>321>>323

↓1


にちか「これだー!」

【解!】

にちか「儀式の時に幽谷さんに身に纏うように促した装束。あれが消火シートを縫い合わせて作ったものだったんですよね?」

霧子「えっ……?! 恋鐘ちゃんが着せてくれた……あの服が……?」

恋鐘「にちかの言う通りたい。あん時にうちが用意したのは、消火シートを撚り合わせて作った火を通さん儀装束」

恋鐘「火をつけた途端に爆発が起きたとしても、その熱は防ぐことができるし、周りから霧子に燃え広がることもなかろうもん」

樹里「……なるほどな。確かに恋鐘の作った装束を霧子は儀式の時に着ていたはずだ。あれがあれば、真正面から発生する炎には耐性があり、少なくともあんなまっ黒焦げの焼死体にはならなかったろうぜ」

恋鐘「うちは霧子に考えを改めて欲しかっただけ……死んで欲しいなんてこと、微塵たりとも思っとらんばい!」

あさひ「うんうん、恋鐘ちゃんの気持ちはよくわかったっす! 霧子ちゃんは大事な大事な友達だから死んでほしくなかったんっすね!」

恋鐘「あ、あさひ〜! うちの気持ち、わかってくれたばい〜?」

あさひ「はいっす、恋鐘ちゃんの思いはよくわかったっすよ」



あさひ「でも、その装束は霧子ちゃんの分しか無かったから、凛世ちゃんは死んだんっすよね」



恋鐘「……ふぇ?」

あさひ「恋鐘ちゃんが霧子ちゃんに殺意がなかったのはよーく分かったっす。でも、結果はそうじゃない」

あさひ「恋鐘ちゃんのトラップにかかったのは、霧子ちゃんじゃなくて凛世ちゃんの方っすよね」

あさひ「凛世ちゃんが儀式を実行するなんて想定外だったからしょうがないっすよ」

あさひ「恋鐘ちゃんの殺人は、意図せぬアクシデントだったんっすね!」

円香「今の装束の話は、恋鐘さんの殺意を否定するだけのもの。二人の間の信頼を取り戻すには足りましたけど……彼女の仕掛けたトラップを否定する材料ではない」

円香「むしろ、彼女は装束を制作していたが故に……爆発自体に手心は加えていなかった」

樹里「なんの備えもしてねー凛世はモロに爆発を浴びちまったわけか……」

真乃「空き教室には消火器も、水っ気も何もなかったので……体に火がつけば最後、消し炭になるまで燃え続けてしまう……」

恋鐘「う、うち……が……?」

恋鐘「うちの仕掛けたガスボンベで……凛世は本当に、命を落としてしまったばい……?」

(……これが、推理の行き着く先)

(そんな気は無かった、その一言で片付けられるほど真実というのは単純なものではない)

(人の命がかかったこの裁判は、事実だけがすべてなんだから)


恋鐘さんはすっかり魂の抜けた人形のように項垂れて、何も喋らなくなってしまった。
ガスボンベを仕掛けたこと自体は彼女も認めてしまった。
もはや、杜野さんの死はそのまま彼女の肩にのしかかる形だ。

透「でも、自業自得みたいなもんだよね。殺す気は無かったとはいえ、霧子ちゃんに刃向かおうとしたのは事実だったわけだしさ」

円香「浅倉、あんた……」

透「いんがおーほー、余計なことするのがダメじゃんね」

円香「霧子……っ! あんた、こんなことを他の連中に言わせて平気なの?!」

霧子「……」

霧子「透ちゃん、今の言葉は……ごめんなさい、しようか……」

透「ごめんごめん、つい言い過ぎた」

円香「せっかく、恋鐘さんも、凛世も、甜花も……危ない橋を渡って生徒会とぶつかってくれたのに」

円香「これじゃ……意味がなかったみたいじゃない」

甜花「あ、あぅ……」

事件が終末の形を見て、私たちは再度生徒会との対立構造を取り戻した。
一時的に取り戻していた協力関係はぷつりと途絶え、再び憎悪と不信の目を向け合い始める。


(恋鐘さんの覚悟……幽谷さんには、届かなかったのかな……)

冷酷な真実のやるせなさに、思わず首をもたげる私。
その斜めに滑る世界の中で、おかしな色をみた。

そこにいた少女の瞳は、青く澄んでいた。
この場にいる誰しもが、鎮痛な無力感に打ちひしがれているというのに、彼女だけは直立して愉悦に身を浸しているようで。



あさひ「これが事件の真実なんっすね、にちかちゃん」



____私の方を見て、静かにせせら笑っているのだ。


にちか「ちょっと待ったー!!」

気がつけば私は絶叫していた。体中を駆け巡った虫唾に通せん坊をするために、神経回路に急ぎ電流を走らせる号令を挙げた。
他のみんなはきょとんと目を丸くして、私の方を見る。

もう、止まっちゃらんない。踏み切ってしまったなら、もう最後まで行くしかない。

にちか「まだ……まだです! この裁判は終わらせるわけにはいきません!」

愛依「ちょ、ちょいちょい!? 何!? 今もう終わるカンジだったじゃん!」

にちか「勝手に終わらせないでくださいよ! 私の主張……言ったはずですよね? 恋鐘さんに殺意はなかった……そんな人物をクロにするわけにはいきません!」

灯織「にちか、気持ちはわかるけど……事実が恋鐘さんの有罪を指し示してるんだよ」

灯織「ガスボンベを仕掛けたのを恋鐘さんが認めている以上、それは受け止める他ないって。だって消火シートを元にした装束は霧子さんが身にまとう一着しかなかったんだよ」

にちか「そう! そこ……一着しかなかったんだよ! だからこそ私たちはまだ……話し合わなくちゃダメなんだ!」

にちか「その一着が何にどう使われたのかを、慎重にね!」

あさひ「……ふーん」


真乃「霧子ちゃん、儀式は中止になったけど……その装束はどうしたの?」

霧子「儀式の際に着るように恋鐘ちゃんに言われたものだったから……装束はそのまま儀式の現場に残してきたよ」

霧子「普段から着るには少し厚手だったから……翌日に回収しようと思って……」

(やっぱりそうだ……あの装束は事件当時にも現場に残っていた)

(じゃないと……あの事実と矛盾するんだもん!)

樹里「なんだよ、にちかは何が言いたいんだよ!」

にちか「みなさん、もう一度この装束を中心に儀式のことについて議論してみませんか」

にちか「そのことで改めて見えてくる……新しい真実がきっとあるはずです」

にちか「お願いします!!」

(恋鐘さんを庇うためとか、そんなんじゃない)

(まだ真実はきっとその全てが見えてはいない……いやむしろ)


あさひ「……あはは」


(私たちは、真実に見せかけられた何かに辿り着いただけなのかもしれないから……!!)


キリがいいところなのでここまで。
明日も出来そうだったら同じ時間から更新します。
それではお疲れさまでした……

更新をしないままに年を跨いでしまって申し訳ないです。
安価がこれまでのシリーズのように回らないので進行を簡略化していましたが、自分自身のモチベーションが維持できませんでした。
https://www.pixiv.net/novel/series/10537993
外部サイトにはなりますが、pixivの個人アカウントの方で3章の最後までは投稿しましたので、よろしければこちらをご覧ください。
4章も制作中ではありますので、気長にお待ちいただければ幸いです。

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