アイマスBBSカップリングSS祭への投稿作です。
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◆283プロ事務所/PM7:00
咲耶「結華、抱きしめてもいいかい?」
結華「えっ」
咲耶「抱きしめてもいいかい?」
結華「あ、三峰の聞き間違いじゃなかったんだ。えーと、ハグはちょっと恥ずかしいかも……」
咲耶「ハグが無理ならキスでも構わないけれど」
結華「要求が上がってる! 人のファーストキスを簡単に奪わないでよね!?」
咲耶「おや、結華は初めてなんだね」
結華「うっ……三峰、恋愛には疎いので……」
咲耶「それはすまなかったね。私も、結華の初めてをむやみに奪うつもりはないよ」
結華「ま、まぁ……それはいいとして、さくやんはどうしてハグをしたいの?」
咲耶「単純なことさ。大切な友人と、より絆を深めたいと思ったんだ」
結華「あー、ハグをすると親密になるって言うね」
咲耶「だから、私は結華を抱きたいんだ!」
結華「誤解を招く言い方ぁ!」
咲耶「フフ、少し言葉が紛らわしかったかな」
結華「あんまり驚かせないでよね、三峰の心は繊細なんだから~」
咲耶「ごめんごめん。結華を抱きしめたい気持ちが空回りしてしまったみたいだ」
結華「妙にハグにこだわるなぁ。何かきっかけでもあったの?」
咲耶「ああ……他のユニットを見ていて羨ましくなったのさ」
結華「他のユニット?」
咲耶「イルミネーションスターズだよ。よく抱き合っているだろう?」
結華「あー……抱き合っているというか、めぐるんが抱きついてるね」
咲耶「そうそう」
結華「毎日のハグが習慣になってるんじゃないかな。いや~、イルミネは若いよねぇ」
咲耶「その習慣、アンティーカにも導入できないだろうか?」
結華「ふぇっ!?」
咲耶「毎日スキンシップをしていたら、ユニットの結束もより高まると思うんだ」
結華「こがたん、さくやん、まみみん、きりりんと毎日スキンシップ……」
咲耶「ああ、どうだろう?」
結華(いやいやいや、推しのアイドルと握手するだけでも緊張するのに、みんなと毎日ハグとか――)
咲耶「結華、どうしたんだい? 固まっているけれど……」
結華「あっ、ごめんごめん! 一瞬、アイドルの三峰からただの三峰に戻っちゃって……」
咲耶「えっ?」
結華「あ、あはは~……何でもないです、忘れてください……」
咲耶「う、うん……分かったよ」
結華「それで、ハグの習慣の話だけど、三峰的には無くてもいいと思うな~」
咲耶「そうかい?」
結華「うん! 今のままでも、アンティーカはずっと仲良しでいられると思うから」
咲耶「ああ……確かにそうかもしれないね」
結華「肌と肌の距離だけで仲の良さは測れないよ~? 大事なのは心の距離!」
咲耶「……フフ、素敵な考え方だね
結華「さて、そろそろ皆が事務所に来る頃かなぁ」
咲耶「アンティーカ全員が揃ってのミーティング、楽しみな時間だ」
結華「しばらくは毎週同じスケジュールになりそうだね~。最初に三峰が事務所に来て……」
咲耶「その後に私が来る。最後に恋鐘、摩美々、霧子がダンスレッスンを終えて合流する、と」
結華「毎週さくやんと二人きりの時間ができるね」
咲耶「フフ、結華のような可憐な女性と二人きりだなんて私は幸せ者だよ」
結華「さくやんは言い方がストレートだなぁ。王子様が過ぎるぞ~?」
咲耶「これはこれは、失礼しましたお姫様。……ところで、なのだけど」
結華「ん?」
咲耶「私は結華と一緒にいられて嬉しいけれど、結華はもっと長く一人でいたかったんじゃないかい?」
結華「……そんなことないよ。どうしてそう思ったの?」
咲耶「いや、私が事務所に来たとき、結華は熱心に机に向かっていたからね」
結華「あー……」
咲耶「大学の課題が忙しいのかな、と思ったんだよ」
結華「違う違うっ。あれはただ、日記を書いてただけだから」
咲耶「日記?」
結華「うん。人から勧められてね、ちょっと前に始めたんだ~」
咲耶「へぇ、それは楽しそうじゃないか」
結華「楽しいよっ。お仕事のこととか、大学のこととか、忘れたくないことをたくさん書くの」
咲耶「まるで綺麗な思い出を集めて、宝石箱に詰めていくようだね」
結華「ひゃ~っ、さくやんは詩的だなぁ~」
咲耶「ちなみに、その日記には私たちアンティーカも出てくるのかい?」
結華「もちろん度々登場しますが……この日記が読めるのは三峰のみとなっております!」
咲耶「おやおや、それは残念だ」
結華「企業秘密なのでっ。……ところでさぁ、皆が来るまでに飲み物でも用意しておかない?」
咲耶「そうだね。外は寒いから、体が温まる紅茶がいいんじゃないかな」
結華「確かにっ。こがたんは絶対に『寒か~!』って言いながら賑やかに入ってくるもん!」
咲耶「フフ、私と結華だけの静かな時間は来週までお預けだ」
結華「うん、また来週だねっ」
◆幕間 三峰の日記
大学生としての自分を書きとめるため、日記を始めてから数週間が経つ。
今日は少し特別なことが起きた。
グループワークの講義が始まったのだが、同じグループにとんでもない美人がいたのだ。
長い黒髪が印象的な彼女は、Aという名前だった。
私が「三峰です」と名乗ると、彼女は「よろしくねっ」と天使のような微笑みを見せた。
どんなアイドルよりも可愛らしい笑顔だと感じた。
こんな美人と同じグループだなんて、ちょっと得をした気分だ。
講義が終わってからも、しばらくAのことが頭から離れなかった。
あれだけの美人なのだから、芸能活動をしている可能性もあるのではないか。
もしかすると、本当にアイドルだったりして……。
そう思った私は、スクーターを飛ばして大型書店へ向かい、芸能人名鑑を手に取った。
Aの名前を探したが、どこにも載っていない。
わざわざ書店まで来たというのに、とんだ無駄足だ。
そのまま帰るのも癪なので、平積みしてあった村上春樹の『ノルウェイの森』を購入して帰路についた。
今日はこの後、少し読書をしてから早めに寝るつもりだ。
◆283プロ事務所/PM6:50
――ガチャッ
咲耶「お疲れさま、結華」
結華「にゃーっ!?」
咲耶「おっと、すまない。ちょうど着替え中だったみたいだね」
結華「さ、さくやんかぁ……。あはは、驚いて猫みたいな声を出しちゃったよ~」
咲耶「この時間は私しか来ないはずだろう?」
結華「そうだけど、背が高いから一瞬男の人かと思って……」
咲耶「ああ、プロデューサーと勘違いしたのかい?」
結華「ま、まぁ……」
咲耶「結華は反応が初々しいね、そういうところも可愛いよ」
結華「ははは……三峰より可愛い子なんてたくさんいるでしょ~」
咲耶「おや、ずいぶん謙遜するじゃないか」
結華「世の中には綺麗な人って多いからねー。芸能界に限らず、一般社会にも……」
咲耶「確かにそうだね。私にとっては全ての女性がお姫様だし、全員と親密になりたいくらいだよ」
結華「見境がない!」
咲耶「私は多くの人と繋がりたいと思っているんだ」
結華「さくやんは本当に社交的だよねぇ。……それでいて、ちょっとだけ寂しがり屋だけど」
咲耶「……フフ、その通りだよ」
結華「寂しい夜には三峰に甘えてもいいんだよ~?」
咲耶「ありがとう結華。でも、今は同じ屋根の下に友人たちがいるから平気さ」
結華「そっか、さくやんは寮生活だもんね」
咲耶「むしろ結華こそ、一人暮らしで寂しくないのかい?」
結華「三峰はご存じの通りの性格ですから~。寂しさや憂鬱とは無縁ですよっ」
咲耶「……」
結華「ちょいちょーい、そこで黙り込まないのっ」
咲耶「……ああ、すまない。ちなみにだけど、結華は寮に入る気はないのかい?」
結華「うーん、三峰は今のままでもいいかなあ」
咲耶「もちろん無理に誘うわけじゃないよ。しかし、出来ることなら……」
結華「んー? さくやんはそんなに三峰のことが恋しいのー?」
咲耶「それよりも心配の方が強いかな。女性の一人暮らしなのだし、色々と……ね」
結華「ああ、なるほど」
咲耶「寮ならばセキュリティは万全だよ」
結華「心配してくれてありがとっ。でも、三峰なら平気だから」
咲耶「本当かい?」
結華「そんなに不安そうな顔しなくていいって。さくやんより三峰の方が年上なんだよ~?」
咲耶「そうか……結華は来年で二十歳だったね」
結華「そうそうっ、お姉さんだから大丈夫っ! 納得した?」
咲耶「まぁ、一応は……。だけど、もし危険な目に遭いそうになったらすぐ私に連絡するんだよ?」
結華「ひゃ~っ、お父さんみたいなこと言う~」
咲耶「フフ……悪かったよ。お姉さんに向ける言葉ではなかったかもしれないね」
結華「それにしても、来年で二十歳か……。大人になるのってあっという間だなぁ」
咲耶「そうだね。私も高校卒業が近いし……」
結華「三峰はもう少しでお酒が飲めるようになるっ!」
咲耶「おや、ずいぶんとお酒を楽しみにしているようだね」
結華「えへへ、実はもう飲み会に混ぜてもらう約束をしてて……」
咲耶「飲み会……? ちなみにお相手は?」
結華「千雪姉さんとはづきちさんだよ」
咲耶「ああ、その二人と。それは楽しそうだね」
結華「ねー、オトナの女子会って感じ」
咲耶「てっきり大学の友達と飲み会を開くのかと思ったよ」
結華「いや~、大学の人たちとはそもそも講義以外で会う機会が少なくて……」
咲耶「……よく分かるよ。私たちは仕事が忙しいからね」
結華「うんうん。悪いなあって思いながら、遊びの誘いを断っちゃったりねー」
咲耶「確かに、誘いを断るのは心苦しいことだ」
結華「三峰的には、その分だけ283プロの仲間と親密になれてるからいいんだけどさ~」
咲耶「……うん」
結華「さくやんは多くの人と繋がりたいタイプだから、現状に満足できない感じ?」
咲耶「いや、私も結華たちとずっと一緒にいられて嬉しいよ。ただ……」
結華「ただ?」
咲耶「最近私の中で、少しだけ卑しい感情が芽生えているんだ。独占欲……と言うのかな」
結華「独占欲?」
咲耶「アンティーカの皆と仲が深まるほどに、皆にもアンティーカが一番だと思ってほしくなって……」
結華「……ああ、うん。分かるよ」
咲耶「私が一番大好きな人たちに、私のことを一番大好きでいてほしいんだ」
結華「もしも自分より仲の良い人がいたら嫉妬しちゃう……みたいな?」
咲耶「フフ、子どもじみたワガママな考えだろう?」
結華「誰だってそういう部分はあると思うけどなぁ」
咲耶「そうなのかい?」
結華「三峰だって同じようなことを考えたりするし」
咲耶「結華が?」
結華「前にも言ったよね。さくやんだけがアンティーカを一番大切に思ってるわけじゃないって」
咲耶「……ああ、もちろん覚えているよ」
結華「こがたんも、まみみんも、きりりんも、多分ちょっとずつ同じことを思ってるよ」
咲耶「そう……なのかな」
結華「うん。だけど皆、アンティーカだけの世界に留まるつもりはないと思う」
咲耶「……わざと人間関係を狭めたところで、その分だけ絆が強くなるわけではないからね」
結華「だから、一緒に広い世界に出ていこうよ」
咲耶「一緒に……」
結華「アンティーカの活動で色々な場所に行って、色々な人に会って、たくさん思い出を作るのっ」
咲耶「フフ……それは胸が躍るような提案だ」
結華「さーてっ、もうすぐ皆が来る頃だし紅茶の準備をしようっ」
咲耶「私がカップを用意するよ。…………ねぇ、結華」
結華「んー?」
咲耶「……やっぱり、結華はお姉さんだね」
◆幕間 三峰の日記
暖かくて眠くなりそうな午後。
講義でグループワークのメンバーと顔を合わせていた。
以前にも日記に書いたが、やはりAは際立った美人で目を奪われてしまう。
ただ、グループ内で最も目立っているのはAではなく、Nという名前の男子学生だ。
彼は髪を明るい色に染めた軽薄そうな男で、ギャンブルと酒が大好きなのだと言う。
他人との距離を縮めるのが上手く、率先して発言するのですぐにグループの中心人物となった。
第一印象は悪かったが、皆を引っ張ってくれている点はありがたい。
まあ、私としては軽薄な人間よりも誠実な人間の方が好きだが……。
そんなことを思いながら講義を終えてキャンパスを出ると、道端で一匹の猫を見かけた。
白くてふわふわしていて、とても可愛らしい猫だ。
インスタントカメラでも持っていたら撮影したいくらいだった。
今は一人暮らしなので無理だが、将来はこんな猫を飼いたい。
そうしたら、きっと幸せだ。
好きな人と結婚して、子どもは三人くらい作って、ペットの猫がいて……なんて、甘い夢が浮かんでくる。
まだ大学生だというのにずいぶん先のことまで空想してしまった。
自分の想像力の豊かさに苦笑しつつ、私は帰路についた。
◆283プロ事務所/PM7:00
咲耶「お疲れさま、結華」
結華「あっ、さくやんが来たっ。お疲れさま~」
咲耶「給湯室にいるとは思わなかったよ。料理中だったんだね」
結華「うん、お腹が空いちゃってさ~。さくやんも食べる?」
咲耶「いいのかい? ところで、その鍋の中身は……」
結華「じゃーんっ、湯豆腐です!」
咲耶「わぁ、美味しそうだね! 寒い日にはぴったりのメニューじゃないか」
結華「おっ、好反応……。じゃあ、さくやんの分の食器も用意するね」
咲耶「ありがとう結華、嬉しいよ」
結華「大根おろしと鰹節もあるからいっぱい乗せてね」
咲耶「フフ、ずいぶんと豪華なトッピングだ」
結華「冷めないうちに食べちゃおうよ。三峰、お先にいただきまーすっ」
咲耶「そうだね……私も、いただきます」
結華「あっつ……! でも体が温まるね」
咲耶「うん、すごく美味しいよ!」
結華「さくやんが喜んでくれて三峰も嬉しいっ。ちょっと味が薄いかもしれないけど……」
咲耶「いや、私はこのくらいヘルシーな方が好みだな」
結華「なら良かった~。さくやんは体形に気を遣ってるから、塩分は少なめにしてみましたっ!」
咲耶「そこまで考えているなんて……本当にすごいよ」
結華「えへへ、照れるなあ」
咲耶「結華はきっと将来、素敵な家庭を築くんだろうね」
結華「と、突然将来の話!?」
咲耶「フフ……居心地の良い食卓を作ることは、家庭円満に繋がると思うよ」
結華「そうかもしれないけど……さくやんだって普通に料理できるでしょ?」
咲耶「料理自体はできるけれど、ここまでの心遣いはできないさ。結華と結婚する人は幸せ者だよ」
結華「まいったなあ。三峰、恋愛とかよく分からないのに~……」
咲耶「おや、結華には想い人はいないのかい?」
結華「やだなぁさくやん。三峰はアイドルですからー」
咲耶「いたとしても言わない、と?」
結華「ふふーん、それも含めて全部ヒミツでーすっ」
咲耶「それは残念だ。だけど私は、そんな謎めいた部分も結華の魅力だと感じるよ」
結華「さくやんは何でも褒めてくれるなぁ」
咲耶(……結華は隠そうとしているけれど、私はもう気付いてしまっている……)
結華「ひとつ残ったお豆腐、半分ずつね」
咲耶(結華が思いを寄せる相手は、私が最も信頼しているあの人だということを……)
結華「おーい、さくやん?」
咲耶(そして、決して表には出さないけれど、恐らく彼もまた結華のことを――)
結華「起きてますかー?」
咲耶「うわっ! す、すまない結華っ」
結華「珍しいね、さくやんが会話の途中でぼんやりするなんて」
咲耶「……ああ、悪かったよ。ちょっと考え事をしていてね」
結華「考え事?」
咲耶「自分の大切な人同士が結ばれたら幸せだろうな、なんて妄想に耽っていたのさ」
結華「ふーん……さくやんの周りでカップルでも出来たの?」
咲耶「いや、まだ付き合ってはいないよ」
結華「両想い?」
咲耶「私が見る限りはそうだね」
結華「ひゃ~っ、甘酸っぱいなぁ。羨ましいっ」
咲耶「フフ、『羨ましい』って。自分のこと……フ、フフッ……」
結華「ん、何で笑うの?」
咲耶「いや、すまない……。ただ、結華の恋はきっと叶うだろうと思ってね」
結華「ふーん、三峰の恋が叶う……じゃなくてっ! 三峰が恋してるなんて一言も言ってませんからっ」
咲耶「ああ、そうだったね」
結華「はい、この話おしまいっ。もう食器とか片づけちゃうね」
咲耶「片付けくらい私がやるよ。……ところで、結華」
結華「うん?」
咲耶「今週末、予定が空いていないかい?」
結華「あー、今週末か……」
咲耶「結華はオフの日だろう? 私も夕方で仕事が終わるから、会えないかなと思ってね」
結華「ごめんっ。お誘いは嬉しいけど、その日は予定が入ってて……」
咲耶「おや、そうなのかい」
結華「うん、ちょっと外せない用事でね」
咲耶「差し支えなければ、どんな用事か聞いても?」
結華「実は、両親が地元からこっちに出てくるんだ~」
咲耶「へぇ、ご両親が!」
結華「久しぶりに会って食事でもしようかって話になってるの」
咲耶「それは素敵だね。ご両親も心待ちにしていることだろう」
結華「ごめんね、さくやんとは会えなくて。せっかく誘ってくれたのに……」
咲耶「構わないよ。私たちは同じユニットで、いつだって会えるのだから」
結華「そうだね……あっ、もう皆が来る時間かな」
咲耶「ああ。二人きりの時間はまた来週、だ」
結華「うん。また来週っ」
◆幕間 三峰の日記
夕刻、大学の構内を歩いていると「おーい、三峰」と声をかけられた。
振り向くと、軽薄そうな見た目の男子学生が駆け寄ってくるところだった。
グループワークのメンバー、Nである。
彼は伝えたいことがあって私を探していたらしい。
その内容なのだが、グループワークの皆で旅行に行く計画を立てている、ということだった。
レンタカーを借りてもいいし、青春18きっぷを使ってもいいし……なんてことを彼は言う。
私としても、行ってもいいかなという気はしている。
旅行も運転も嫌いではない上に、グループワークの皆も良い人たちばかりだ。
「Aも来るからさ~、楽しみだろ?」と彼は楽しそうに言った。
私はAの美貌と、天使のような微笑みを思い返す。
この男は、Aと旅行がしたいから私たちをついでに誘っているのではないだろうか……。
まぁ、そういった疑念は生じるものの、Nは行動力も社交性もある男だ。
見た目が軽薄そうなだけで決して悪い人間ではない。
案外、Aと恋人同士になったりして……。
そう思ったとき、ほんの少しだけ、私は自分の心臓がどくんと跳ねるのを感じた。
だけど、この気持ちは決して嫉妬などではない……と、思いたい。
きっと、何かの間違いだ。
◆週末/PM6:00
咲耶「さて……撮影の仕事も無事に終わったし、寮に帰るとしようか」
咲耶「フフ、結華はきっと家族と会っている頃だな……おや、あれは……?」
咲耶(結華と…………知らない男の人……?)
咲耶(……結華の家族は写真で見たことがあるけれど、その中の誰でもない……)
咲耶(あっ……行ってしまったな)
咲耶(見間違い、だったのだろうか)
咲耶「……」
咲耶(家族と会うというのは嘘で、本当はあの男性と会う予定が入っていた、とか……)
咲耶(いやいやいや、結華がそんな嘘をつくわけがないだろう!)
咲耶(……遠目からだったし、きっと見間違いだ……)
咲耶(……そうだよね、結華……)
◆283プロ事務所/PM7:00
――ガチャッ
咲耶「……お疲れさまです」
結華「あっ、さくやんお疲れさま~…………んっ?」
咲耶「どうしたんだい?」
結華「いやいや、それはこっちのセリフですけどー? さくやん、普段と様子が違うよ」
咲耶「そ、そうかな?」
結華「もう長い付き合いだから分かるって~。何があったのか、お姉さんに相談してごらん?」
咲耶「ああ……えっと、先週末のことなのだけど……」
結華「うんうん」
咲耶「結華は、予定通りにご両親と食事に行ったかい?」
結華「えっ? あー、行ったよ」
咲耶「……そっか」
結華「そんなことより、何か悩んでるなら教えて欲しいな。三峰じゃ頼りないかもしれないけどさっ」
咲耶「……ありがとう結華。大切な友人のことで、ちょっとね」
結華「友人のこと?」
咲耶「ああ。友人の恋愛事情に、どこまで口を挟んでいいのかな、と悩んでいるんだ」
結華「うーん、恋愛事情かぁ……」
咲耶「友人が知らない男性と二人で歩いていたとして、結華ならどう思う?」
結華「えっ? 二人で歩く程度なら普通のことじゃないかなぁ」
咲耶「じゃあ……もしも友人が、その男性と会う予定を隠そうとしていたら?」
結華「それはちょっと……何かやましいことがあると思っちゃうかも」
咲耶「……」
結華「でも、それってラブコメだと王道パターンだよね。実は兄弟でしたっ……みたいな」
咲耶「それが、家族ではないようなんだよ」
結華「そうなんだ……」
咲耶「ちなみに結華は、男性と二人で出歩くことはあるかい?」
結華「三峰は無いかなぁ。仕事では、Pたんやスタッフさんと二人になる機会はあるけど」
咲耶「……そうだよね」
結華「さくやんは、その友達のことが心配なんだ?」
咲耶「……彼女は、優しくて純粋な人だからね。変な人に騙されているんじゃないかと思って……」
結華「あー、なるほど」
咲耶「彼女が酷い目に遭うところを想像すると……本当に、胸が苦しくなるんだ」
結華「……さくやんは友達思いだね」
咲耶「いや、そんなに綺麗な感情じゃないよ。私は、心配性で過干渉なだけさ」
結華「そうかなぁ」
咲耶「そうだよ。友人のためというより、自分のためなんだ」
結華「……難しいところだよね。親しい仲でも踏み込まない方がいい領域もあるし」
咲耶「……ん」
結華「えっと……気分転換に紅茶でも飲まない? 三峰、用意してくるからさっ」
咲耶「そ……そうだね、じゃあお願いしようかな」
結華「おっけー、定番のアールグレイを淹れるね」
咲耶(結華が嘘をついて男性と会っている? もしかしたら危険な目に遭う? 実は見間違い? ……分からない)
結華「じゃあ、給湯室へ行ってくるから少々お待ち~」
咲耶(一つだけ、知る方法ならある……。結華の日記を、勝手に見てしまえば――)
◆幕間 三峰の日記
最近では、私はNとすっかり仲良くなっていた。
出会った頃に軽薄そうな男だと思っていたことが申し訳なくなるくらいだ。
苦手なタイプだと感じても、一度は付き合ってみるものだな、と今では思う。
今日はNが友人たちを紹介してくれた。
その中にはバンドマンやフリーターなど色々な人がいて、Nの交友関係の広さが感じられた。
最初は居酒屋で会ったのだが、話の流れで全員が私のアパートに来ることになった。
「男ばかりで悪いけどさ。代わりに色々驕るから」と彼は言う。
その言葉通り、スーパーに寄ると、Nは景気よく大量の酒をカゴの中に入れていった。
パチンコで勝ったのでお金があるらしい。
今日は狭い部屋の中で雑魚寝をすることになるのだろう。
絵に描いたような、大学生らしい青春だ。
こういう週末の過ごし方も悪くはないな、と思っている。
◆283プロ事務所
結華「――さくやん?」
咲耶「あっ! ゆ、結華っ」
結華「ティーカップを取りに戻ってきたんだけど……どうしたの? 三峰の日記が何か気になる?」
咲耶「ち、違うんだ。勝手に読んだりは……」
結華「あははっ、全然疑ってないから。さくやんは人の日記を勝手に読もうだなんて思わない人でしょ」
咲耶「いや……読んでいないけれど、読もうとは……した」
結華「えっ?」
咲耶「……本当に、ごめん。……これは、軽蔑されても仕方ないね……」
結華「……嘘だ。それは嘘だよ、さくやんはそんなことする人じゃないもん」
咲耶「……すまない、結華」
結華「何で読もうとしたの!? 何か理由があるんでしょ!?」
咲耶「……さっき、私の友人のことを相談しただろう?」
結華「……」
咲耶「あれは実は、結華のことなんだ」
結華「三峰のこと?」
咲耶「先週末、結華が知らない男性と一緒にいるのを見たんだ。ご家族でもないようだったけれど、あの人は……」
結華「ああ……そうだったんだ。……その人はね、Nさんって名前で――」
◆幕間 三峰の日記
朝、目が覚めると私の隣にNが寝ていた。
そう言えば、彼を家に泊めていたのだったなあ、と思い出す。
今まで何度か異性と付き合ったことはあるというのに、私の胸はありえないほどに高鳴っていた。
なぜなら、今日は大事な用があるからだ。
歯を磨いた後にシャワーを浴びていると、寝起きのNが勝手に風呂場の扉を開けてきた。
咄嗟に体を隠した私を見て、彼は「もうそんな事を気にする仲じゃないだろう」と呆れていた。
まあ、確かにその通りだ。
そんなことよりも、考えるべきことがある。
私は今日、好きな人に告白しようと決めているのだ。
身支度を終えて鏡の前に立った私は、緊張した心を落ち着けるために深呼吸をする。
それを見たNは、こう言って励ましてくれた。
「大丈夫だよ三峰、きっと恋は叶う。お前はいい男だからな」
……彼の言葉に励まされて、私は改めて決意を固める。
そして私はAのもとへと向かった。
彼女の、天使のような微笑みを思い浮かべながら。
1990.2.10
◆283プロ事務所
咲耶「――父親の友人?」
結華「うん。Nさんはうちの両親と大学時代の同級生で、特にお父さんとは仲が良いから会いに来てくれたの」
咲耶「結華と二人で歩いているように見えたのだけど……」
結華「あー……並んで歩いてた時もあったかも。両親の昔話を色々と聞いてたから」
咲耶「そ、そうなのかい……?」
結華「出会いのきっかけになったグループワークの話とかね……って、それはいいとして」
咲耶「うん?」
結華「さくやん、三峰とNさんが付き合ってるとでも思ったの?」
咲耶「まぁ……そうだね」
結華「親子くらい歳が離れてるんですけど!?」
咲耶「結華は年上が好みだと思っていたから、つい……」
結華「もうっ、とんでもない勘違いするんだから~」
咲耶「……すまなかったよ、結華」
結華「三峰が書いてる日記もね、お父さんに勧められて始めたものなの」
咲耶「へぇ……!」
結華「お父さんも大学時代に日記を書いていたんだって。今も大事に取ってあるらしいけど……」
咲耶「見せてはくれないのかい?」
結華「いやー、日記って見せるものじゃないでしょ」
咲耶「……そうだよね、さっきの行動は本当にごめん……」
結華「って、三峰の日記を見ようとしたことは責めてないからね!? まだ見てなかったんだし!」
咲耶「許してくれるんだね……ありがとう、結華」
結華「だって、三峰のことを心配して出来心で――って感じでしょ?」
咲耶「……うん」
結華「さくやんは理由もなく人の日記を見るような人じゃないって、ちゃんと分かってるからね」
咲耶「フフ……結華は優しいんだね」
結華「まぁね、お姉さんですからっ」
咲耶「実は、何週間も前から不安だったんだ……」
結華「不安?」
咲耶「結華はハグを断ったし、寮にも入りたがらなかっただろう?」
結華「ああ、うん……」
咲耶「私たちの親しさは今が上限で、結華はこれ以上踏み込んで欲しくないのかなって……」
結華「えっ……そんなことないよ!」
咲耶「本当に?」
結華「本当だよ! 恥ずかしくてハグは断ったけど、本音を言うともっと近づきたいもん!」
咲耶「……そうだったんだ」
結華「ごめんね……三峰の言葉が足りなくて、不安にさせちゃったよね……」
咲耶「……謝るのは私の方だよ。勝手に結華の気持ちを想像して、勝手に落ち込んで……」
結華「いやいや、三峰のせいで――って、お互いに謝ってばっかりだね」
咲耶「フフ……確かに、おかしな状況だ」
結華「……じゃあ、今からもう謝るの禁止! そして言いたい事は素直に言うことっ!」
咲耶「……それは良い提案だね。では、さっそく一言いいかな?」
結華「もちろん!」
咲耶「……私はもっと結華と近付きたいんだ。だから……結華、抱きしめてもいいかい?」
結華「えっ!? あ、あー………………うん、いいよ……さくやんなら」
咲耶「じゃあ、抱くよ?」
結華「言い方っ!」
咲耶「ごめんごめん……。じゃあ、いくよ……ぎゅっ、と……」
結華「わっ……! や、やっぱり照れるね、これ……」
咲耶「うん……結華の髪から良い香りがする」
結華「恥ずかしいから匂わないでよっ!」
咲耶「結華の鼓動を感じる……」
結華「鼓動も感じないでっ!」
咲耶「フフ、それは無理な注文だね」
結華「うー……さくやんは時々イジワルだなぁ」
咲耶「大切な友人のことを、もっと深く感じたいんだよ」
結華「まぁ、別にいいけど……」
咲耶「……温かいね、結華は。体温が高い方なのかい?」
結華(さくやん、三峰は緊張して熱くなってるだけだよ……)
咲耶「ねぇ、結華……突然だけど……」
結華「ん?」
咲耶「いつも私のそばにいてくれてありがとう」
結華「ちょっ、急にそういうこと言う~。しかも抱きしめながらって……」
咲耶「改めて感謝を伝えたくなったんだ。結華はいつも、私を支えてくれているからね」
結華「いやいや、三峰的には『こちらこそ支えられてます』って感じだけど」
咲耶「そうかな? ……じゃあ、お互い様だ」
結華「そうだねっ、お互い様!」
咲耶「……フフ、抱き合っているとホッとするね」
結華「うん……ホッとする」
咲耶「あー……結華は小さいなあ」
結華「さくやんが大きいんでしょ……ねぇ、さくやん」
咲耶「ん……なんだい?」
結華「この状況、他人からは変に見えちゃうかもしれないよね?」
咲耶「まぁ……その可能性もあるかな」
結華「だから、こんなに長く抱き合ってたことは、二人だけの秘密にしよう?」
咲耶「あー……結華、それはもう遅いかもしれないな……」
結華「えっ?」
咲耶「言いにくいんだけど……。さっきから……ほら、皆が……」
結華「――えっ?」
摩美々「結構前から居たんですケドー? ユニット内でスキャンダルですかー?」
霧子「ごめんなさいっ……。わたし、二人の関係を知らなくて……」
恋鐘「かーっ! 卑しか現場ばい!」
結華「ち、違うって! 誤解だから、誤解~!」
咲耶「ははは……これは参ったね」
◆数分後
恋鐘「なんや~、親愛のハグやったとね~」
摩美々「その割には妙な雰囲気だったと思うケド……まぁ、いっか」
霧子「わ、わたし……びっくりしちゃった……」
咲耶「すまないね、驚かせてしまって」
結華「三峰とさくやんは、あくまでも友達同士ですからっ」
恋鐘「うふふ~、二人の仲が深まるのはうちにとっても嬉しか~」
摩美々「ねぇ……そんなことよりさぁ、三峰ー、咲耶ー」
咲耶「うん、どうしたんだい?」
摩美々「いつも出してくれる温かい紅茶、今日は無いのー?」
咲耶「……ああっ、すっかり忘れていたよ! すぐに準備するから!」
結華「行こう、さくやんっ。……皆はレッスンで疲れてるだろうから座っててね!」
霧子「あ、ありがとう……咲耶さん、結華ちゃんっ……」
恋鐘「二人とも、そげん急がんでもよかよ~?」
◆給湯室
結華「いや~、思いっきり誤解されちゃってたなぁ……」
咲耶「フフ、皆が来る時間をすっかり失念していたよ」
結華「本当にねー……って言うかさくやん、皆がいるって気付いてたなら、すぐ伝えてよね!?」
咲耶「ああ、すまない……だって……」
結華「どうしたの?」
咲耶「結華とまだ離れたくなかったから……」
結華「か、可愛いこと言うなぁ、もうっ。でも、これからはそんなこと考えなくてもいいからね」
咲耶「どういう意味だい?」
結華「いつでもハグくらい、してもいいよってこと! ……三峰で良ければ、だけど」
咲耶「本当かい!? ……すごく、嬉しいよ!」
結華「あっ、でも事前に許可は取ってね。突然抱きつかれるのは恥ずかしいので……」
咲耶「もちろんだよ! じゃあ、早速だけど――」
結華「うん?」
咲耶「いいかな? いいよねっ!?」
結華「えっ? ちょっと待って、さくやん……!?」
咲耶「結華、大好きだよっ!!」
結華「わ~っ、だから突然は恥ずかしいんだってば~!」
◆エピローグ 三峰結華の日記
とにかく慌ただしい一日だった。
さくやんと言葉を交わして、気持ちが通じて、抱き合って、それを皆に見られて、誤解されて……。
色々あったけれど、さくやんとの絆はより深まったと思う。
……いつか、お父さんが言っていた。
「大学時代には人生を変える出会いがある。だから、その記憶を日記に残すと良い」と。
お父さんの場合は大学時代に、大切な友人と、人生の伴侶に出会った。
私はどうだろうか。
大切な友人は、アンティーカの皆。
人生の伴侶は、雨の日に出会った誰かさんと、いつの日か……って、それは夢を見すぎかな。
とにかく、アイドルになってから多くの人たちとの出会いがあった。
そして、その出会いの全てが私の日々を変化させ、彩っている。
――大学時代には人生を変える出会いがある。
お父さんの言葉は本当だった。
ならば私は、できるだけ鮮明に書き残しておきたい。
大好きな人たちとの思い出を、この日記帳がいっぱいになるまで……。
おわり
完結です、ありがとうございました。
ご興味のある方は過去作も読んでいただけると嬉しいです。
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