ヘンゼルとグレーテル「和菓子の家だ!」 (45)

―森の中―

ヘンゼル「パンくずで作っておいた目印がなくなってる! どうして!?」

グレーテル「どうするの、お兄ちゃん!」

ヘンゼル「と、とにかく……森を出なきゃ!」

グレーテル「出るって……どうやって?」

ヘンゼル「歩くんだよ! 適当に歩けば、きっと森を出られる!」

ヘンゼル「森を出たら、誰かに助けを求めればいいのさ!」

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ところが――

ヘンゼル「ハァ、ハァ……」

グレーテル「ねえお兄ちゃん、ここさっきも通らなかった?」

ヘンゼル「うう……」

グレーテル「お兄ちゃん、あたしたち本当に森を出られるの?」

ヘンゼル「出られるさ! とにかく歩くんだ!」

……

ヘンゼル(くそっ、いくら歩いても森を出られない!)

グレーテル「お兄ちゃん……あたし、もう歩けない……」

ヘンゼル「グレーテル……」

ヘンゼル「ほら、おぶってあげる」

グレーテル「お兄ちゃん……ありがとう」

ヘンゼル「兄が妹を助けるのは当然だろ? なんとしても、この森を出るんだ!」

……

グレーテル「お兄ちゃん、大丈夫?」

ヘンゼル「ああ、へっちゃらさ」

グレーテル「――あっ」

ヘンゼル「どうした?」

グレーテル「あそこに……家があるよ!」

ヘンゼル「……本当だ! 行ってみよう!」

ヘンゼル「……なんだこれ? ただの家じゃないな……」

グレーテル「なんだか甘い匂いがするよ」クンクン

ヘンゼル「ホントだ」クンクン

ヘンゼル「――こ、これは!?」

ヘンゼル「これは……壁が羊羹でできてる!」

グレーテル「あっ……こっちはきんつばでできてるよ!」

ヘンゼル「ということは、そうか、これは――」

ヘンゼルとグレーテル「和菓子の家だ!」

グレーテル「……」グゥゥ…

ヘンゼル「……」グゥゥ…

グレーテル「ねえお兄ちゃん」

ヘンゼル「ん?」

グレーテル「この和菓子の家……ちょっと食べてもいい?」

ヘンゼル「!」

ヘンゼル「ダメだダメだ!」

グレーテル「どうして?」

ヘンゼル「和菓子ってのは、ハッキリいってマズイんだ!」

ヘンゼル「いくら腹が減ってるからって、こんなの食べたらダメだ!」

グレーテル「でも……おいしそうな匂いだけど……」

ヘンゼル「とにかく、ダメったらダメなの!」



魔女「おやおや、ひどい言い草だねえ」ヌゥッ



ヘンゼルとグレーテル「わっ!?」

ヘンゼル(あの不気味な黒いローブ、間違いない!)

ヘンゼル「お前……魔女だな!」

魔女「おやおや、よく分かったじゃないか。私が魔女と呼ばれてるってことを」

グレーテル「ま、魔女……!?」

ヘンゼル「ぼくたちを……食べるつもりか!?」

魔女「そんなことしやしないさ。むしろ、食べてもらいたいと思ってるのさ」

魔女「私が作った……和菓子をね」

ヘンゼル「誰が和菓子なんか食べるか!」

魔女「食べたくなきゃ食べないでいいよ」

魔女「そっちのお嬢ちゃん。ほら大福だ、食べてごらん」

グレーテル「うん!」

ヘンゼル「お、おいっ! あいつは魔女なんだぞ!」

グレーテル「いただきます!」モグッ

グレーテル「……」モグモグ

グレーテル「うっ!」

ヘンゼル「グレーテル!? 大丈夫か!?」

グレーテル「おいし~い!」

ヘンゼル「へ……」

グレーテル「控え目な味の餡とさっぱりした皮が絶妙なハーモニーをかもし出してる!」

魔女「ひっひっひ、ありがとうねえ」

グレーテル「ねえ、もっと食べていい?」

魔女「いいとも、和菓子はいつもたっぷり作ってあるからね。たんとお食べ」

ヘンゼル「……」ゴクッ…

ヘンゼル「あ、あのっ!」

魔女「なんだい?」

ヘンゼル「ぼくもちょっとだけ食べたいかな~……なんて」

魔女「おや? 和菓子はマズイんじゃなかったのかい?」

ヘンゼル「うぐ……」

ヘンゼル「お、お願いします! 食べさせて下さい!」

魔女「仕方ない坊やだ、ほれ、どら焼き」

ヘンゼル「どら焼き……? こんなの食べるのタヌキぐらい――」モグッ

ヘンゼル「うんめえええええええええ!」

ヘンゼル「ふわっふわの生地が、つぶあんと絡み合って、うんめえええええええ!」

ヘンゼル「うめえ、うめえよぉ……!」ガツガツ

ヘンゼル「手にくっついた餡ですら、舐めたくなる……!」ペロペロ

魔女「ひっひっひ、ありがとうよ」

グレーテル「お兄ちゃん……ちょっと怖い」

魔女「和菓子はまだまだ家の中にあるから、たっぷり食べておくれよ!」





ヘンゼルとグレーテル「いただきまーす!」

―魔女の家―

ヘンゼル「このせんべい!」バリボリッ

ヘンゼル「噛めば噛むほど幸せが押し寄せてくる! たまらねぇ~!」ボリボリッ

ヘンゼル「ああっ、今ぼくは幸せを噛んでいるぅ~!」バリボリバリッ



グレーテル「このおはぎ、おいしい!」モグッ

グレーテル「お米も餡もモチモチしてて、いつまでも楽しんでいたい食感だわ!」モチモチ

グレーテル「んもう、ほっぺた落ちそう!」

ヘンゼル「羊羹うめえ!」モグッ

ヘンゼル「歯触りがよくって、上品な甘さで、非のうちどころがない!」

ヘンゼル「この紫色のキューブには、完璧の二文字が詰まっているんだぁ~!」



グレーテル「栗まんじゅう、おいしいよぉ!」

グレーテル「ほくほくしてて、栗の甘みがふわっと口の中に広がる!」

グレーテル「飲み込んだ後にも、ほんわかと余韻を楽しめるよ!」

ヘンゼル「このきんつば……なんて素晴らしい味なんだ……!」モグモグ



グレーテル「ん~、このかりんとう、やめられない止まらない!」ポリポリ



ヘンゼル「芋けんぴうめえ! 芋の持つ甘みが、菓子に昇華されている……!」サクサク



グレーテル「八つ橋おいしいよぉ……ニッキの香りがたまらない……」モグモグ



魔女「ほら、お茶を持ってきたよ」

ヘンゼルとグレーテル「いただきます!」

ヘンゼル「あ~……食った食った」ゲプッ

グレーテル「ごちそうさまでした!」

魔女「こちらこそ、おいしく食べてくれてありがとうよ」

ヘンゼル「……だけどぼくはまだ、完全に和菓子を認めたわけじゃない!」

グレーテル「ええっ!?」

ヘンゼル「たしかに和菓子の美味しさは分かった……だけど!」

ヘンゼル「和菓子って色が地味だし、見た目って点ではやっぱり洋菓子には敵わない!」

魔女「ひっひっひ、そいつはどうかねえ?」

ヘンゼル「なにっ!」

魔女「こっちに来るといいさ、いいものを見せてあげよう」

ヘンゼル「こ、これは……!?」

グレーテル「すごい!」

ヘンゼル「この落雁……まるで宝石みたいだ!」

グレーテル「こっちの最中(もなか)も、食べるのがもったいないくらいキレイだよ!」

魔女「ほれ、さらにそっちを見てごらん」

ヘンゼル「この鶴……魔女さんが作った彫刻? ――いや、これは!」

ヘンゼル「これ……お菓子でできてる!」

グレーテル「こっちのお寺もそうだよ、お兄ちゃん!」

ヘンゼル「お菓子でこんなものが作れるなんて……!」

魔女「ひっひっひ、工芸菓子ってやつさ」

魔女「和菓子の見た目の美しさは、決して洋菓子に引けを取っちゃいないよ」

ヘンゼル「くっ……」

ヘンゼル「ごめん……なさい」

魔女「謝ることはないよ」

ヘンゼル「だけどなぜ、あなたほどの和菓子作りの名人が魔女になったんです?」

魔女「ひっひっひ、いっとくけど私は魔法なんか使えないよ」

ヘンゼル「え……!?」

魔女「元々は私も町でお菓子屋をやっていたんだけどねえ……」

魔女「私の作る和菓子は異端扱いされ、魔女呼ばわりされ、町を追い出されちまったのさ」

魔女「そして……今はここで細々と和菓子研究をする毎日さ」

ヘンゼルとグレーテル「……」

ヘンゼル「あ、あの……」

魔女「なんだい?」

ヘンゼル「もしよろしければ、ぼくに和菓子の作り方を教えてくれませんか?」

グレーテル「あ、あたしもっ!」

魔女「あんたたち……」

魔女「気持ちは嬉しいけど、あんたたちも両親がいるだろう?」

魔女「きっと心配するよ。まさかこんなところまで通うわけにはいかないだろうしねえ」

ヘンゼル「いえ……実はぼくたち……」

グレーテル「お父さんとお母さんに捨てられたの……」

魔女「!」

ヘンゼル「元々は家に帰るつもりで、ここにたどり着いちゃったけど……」

ヘンゼル「もし帰ったとしても、ぼくらの居場所は……」

魔女「そうだったのかい……」

魔女「よし、分かった!」

魔女「だったらこの私が、あんたたちを一人前の和菓子職人にしてやるよ!」

ヘンゼル「ホント!?」

グレーテル「ありがとう!」

魔女「ただし私は厳しいよ! ビシビシいくからね!」

ヘンゼル「はいっ!」

グレーテル「よろしくお願いします、先生!」



ヘンゼル「ぼくの作った餡、どうですか?」

魔女「……」ペロッ

魔女「まだまだだね。こんな餡じゃ、いい和菓子は作れないよ!」

ヘンゼル「は、はいっ!」



魔女「なんだいこりゃ!?」

魔女「皮と餡のバランスが悪すぎる! もっと精進しな!」

グレーテル「すみませんっ!」

グレーテル(個々の味がよくてもダメ……大事なのはバランス……! つまり調和……!)



修行は厳しかったが、二人は魔女の技術を吸収し、和菓子職人としてめきめきと成長していった。

やがて――

―城―

王「ふむ……」モグモグ

王「おおっ! なんとうまい菓子だ! これがくず餅というものなのか!」

ヘンゼル「ありがとうございます」

グレーテル「お褒めにあずかり、光栄ですわ」

王「ぜひ、そなたらには多大なる褒賞を授けたいが……」

ヘンゼル「いえ、褒賞はいりません」

王「ほう?」

グレーテル「その代わり、ある人物の名誉を回復させていただきたいのです」

王「いったいだれの?」

ヘンゼル「ぼくたちの師匠です」

―町―

魔女「ひっひっひ……ありがとうねえ」

魔女「おかげで私はまた、町でお菓子屋をやれることになったよ」

魔女「しかも、なにしろ今度は王様のお墨付きだしねえ」

ヘンゼル「よかったですね!」

グレーテル「これでやっとご恩をお返しすることができました!」

魔女「まったく師匠孝行な子たちだよ」

魔女「さて、あとは……」

魔女「立派になったあんたたちの姿を、見せるべき相手に見せるだけだねえ」

ヘンゼルとグレーテル「はいっ!」

……

……

―自宅―

父「あの子らを森に置き去りにしてからというもの、毎日夢を見るね……」

母「ええ、森であの子たちが飢えて死んでいく夢を……」

父「こんなことになるのなら……やめておけばよかった……」

母「ええ、口減らしをして私たちはなんとか助かったけど……」

母「こんなことなら、四人で飢え死にするべきだったのかもしれないわ……」

父「おお、ヘンゼルとグレーテルよ、愚かな私たちを許しておくれ……」



「ただいまーっ!」

ヘンゼル「ただいま、父さん!」

グレーテル「ただいま、お母さん!」

父「お、お前たちは……ヘンゼルとグレーテルか!?」

母「生きていたの!?」

ヘンゼル「へへへ、なんとかね」

父「そ、そうか……」

母「よかった……」ウルッ…

父「すまん! 私たちは命にかえても守るべきだったお前たちを……!」

母「私たちにもう、あなたたちの親である資格はないのよ……!」

ヘンゼル「いいんだよ……父さん、母さん、何も気にしないで」

グレーテル「あたしたち、なーんにも気にしてないんだから」

ヘンゼル「そうだ! 今日は二人に和菓子を作ってきたんだ!」

父「和菓子……!?」

母「このういろう……ちょうどいい甘さで本当においしいわ!」モグモグ

父「こっちの草餅も……とてもおいしいよ!」モグモグ

グレーテル「やったね、お兄ちゃん!」

ヘンゼル「ああ!」



こうして一流の和菓子職人となったヘンゼルとグレーテルは、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。





―おわり―

以上で終わりです
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