神崎蘭子「大好きっ!!」 (432)
【6歳 / 春】
「なぁ、母さん」
「どうしました、あなた?」
火の国、熊本。
とある住宅街に佇む一軒家、神崎家。
「俺たち……蘭子の育て方、間違ったんじゃあないか」
「あら、どうして?」
春らしく気持ちの良い快晴だった。
柔らかい笑みを浮かべる祖母に見守られ、広めの庭を駆け回る少女が一人。
彼女こそ、神崎家の一人娘――蘭子である。
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「自分で言うのも何だが……俺たち、これでもかと愛情を注いできたよな」
「だって可愛いんだもの」
「そこには全面的に同意するんだが」
気難しそうな美男子といって差し支え無い父。
輝く銀髪の美しい、どこか無邪気な母。
二人は並んで日向ぼっこをしている。
「蘭子を見てくれ」
「可愛いわね」
「ああ。もはやただの天使だ」
蘭子が庭の一角に生えるクローバーの元にしゃがみ込んだ。
小さな両手と愛らしい瞳をくるくる回し、四つ葉を探し求めている。
「いつの間にかあの娘も小学生になる」
「早いわねぇ」
「あのままじゃ蘭子の身が危ない。最悪誘拐されかねん」
腕を組んだ父が深刻そうな表情で呟く。
今日も元気な雀たちが囀り始め、庭には蝶が飛び交っていた。
「だからこれからは心を鬼にして、時には社会の厳しい面」
「パパっ! ママっ!」
「ん? どうしたんだい、蘭子ー?」
「これ、あげるっ!」
クローバーで作られた、ぶかぶかの指輪。
石の填め込まれる部分に、四つ葉が見事に咲き誇っていた。
蘭子があちこちの指に填めているそれを、両親にも一つずつ差し出す。
「おおっ、上手に出来たなぁ! 貰ってもいいのか?」
「うんっ!」
「あら、素敵ねぇ」
「よーし、ご褒美の高い高いだーっ!」
「きゃーっ♪」
蘭子を肩車して、お父さんタクシーは祖母の元へまっしぐら。
祖母へ指輪を手渡すと、皺だらけの手が蘭子の頭を撫でる。
「蘭子は優しい子だねぇ」
「えへへー」
「パパ、ママ、おばあちゃん、だーいすきっ!!」
笑顔の咲き乱れる、穏やかな一日。
緑茶を啜り、母がほぅと息をつく。
「平和ねぇ」
神崎蘭子、六歳の春であった。
※(たぶん)長編です
※作者は(熊本県で広く用いられる方の)熊本弁が分かりません。ご容赦を
天使や
やんのませ
【12歳 / 冬】
結論から言うと、両親の教育方針が変わる事は無かった。
というのも、蘭子が実に良い子であったせいである。
お夕飯の準備は手伝う。
苦手なピーマンも頑張って食べる。
お婆ちゃんの肩は叩く。
お勉強は頑張る。
溺れかけた仔犬を助けようと川に飛び込む――
今か今かと待ち構えても、厳しく叱るべき場面は(最後以外)一向にやって来なかった。
「わぁ……!」
良い子にはご褒美を。
神崎家の教育方針第一にして全である。
オカルティックな書物やガラス細工などを両親、特に父親はたびたび買い与えていた。
「ありがとうっ!」
蘭子の趣味は……少々変わっていた。
幼少のみぎりからお人形などにはあまり興味を示さず、とかく精緻で美しいものを好んだ。
栞。風鈴。オルゴール。時計。フルート。万年筆……。
中でも色には特別のこだわりが見て取れた。黒と銀と紫とを特に好んだ。
「これが似合うんだものねぇ」
蘭子は、黒と銀と紫の似合う少女だった。
「――もうオレらも中学生かぁ」
放課後の帰り道。
男女ごちゃ混ぜのいつもの仲良しグループは、どこかしんみりとしていた。
「卒業式の練習、あんなにすると流石に冷めるよね」
「オトナってのはよー分からん」
「みんな西中だよね?」
「いやアタシ越すんだって」
「そうだったわ。福岡だよな?」
「ん。まぁ携帯もネットもあるからなぁ」
やいのやいのと盛り上がる会話の後ろで、蘭子は思いを巡らせていた。
蘭子は熊本で生まれ、すくすくと熊本で育ってきた。
この先も、ずっと先もそうなのかな? それとも福岡とか東京とか、どこかに引っ越すのかな?
「そのうち社会科見学か何かで行くべ。そん時に顔出しちゃる」
「ハイハイ楽しみにして……ランちゃん? どかした?」
「……え? あ……」
ぼうっとしていた思考を切り替える。
何を言おうか迷って、思い付くままに口を開く。
「……我が相棒の行く末を案じていたまでよ」
(……このランドセル、どうしようかなぁって)
「うーん……やっぱランちゃんの考える事はよー分からん」
この六年間を通じて磨かれた蘭子語を、同級生達もまた六年間で体得していた。
一部の女子の間では暗号として活用されている始末である。
通信簿にて何度も指摘されている点であるが、両親は個性の一言でもって容認するばかりであった。
「装束を纏いし我が姿も思い描いていたわ」
(それと、西中の制服似合うかなぁって)
「そういや制服合わせ来週だっけ」
「蘭子も学ラン着よーぜ」
「何でランちゃんが」
「学ラン子」
「小学生レベル」
「オレもオメーも小学生だろが!」
やいのやいのとまた盛り上がる会話の横で、蘭子は再び空を見上げる。
熊本の空は、今日も良く晴れていた。
一旦おしまい。
こんな感じで年内には終わると思いたいです
学ラン子には不覚にもワロタ
蘭子カワイイヤッター
学ラン子カワイイヤッター
おつおつ
また一つ更新が楽しみな作品が増えたぜー
乙です
蘭子ちゃんは昔から天使
学ラン子と言うことはサラシなのか!?
巡回スレがまた一つ
乙
【13歳 / 初夏】
神崎蘭子は美しい少女である。
母譲りの流れる銀髪。父譲りの端正な眼差し。健康的に発育した身体。
小学校から中学校ぐらいの時期に掛けて、人はいわゆる思春期に入る。
手短に言えば、蘭子はそりゃもうモテていた。
出身小の同級生はともかく、他校から上がってきた生徒たちはひどく驚いた。
何せ持ち前の容姿に加え、自己紹介の第一声が、
「クク……今こそ降臨の刻! 我が名は神崎蘭子!」
(初めまして! 神崎蘭子ですっ!)
である。
教壇脇に立っていた新任の女性教諭は膝から崩れ落ちた。
「むぅ……」
それから一ヶ月半が経とうとしている。
蘭子の評価は概ね「変わってる娘」ないしは「変わってるけどめっちゃ可愛い娘」に分かれていた。
主に前者は女子、後者は男子による所感である。
アタシ女子だけど蘭子ちゃんめっちゃ可愛いわよ
「どしたの蘭子、って部活の用紙? まだ決めてなかったん?」
「うむ……審判の日は近い……」
(どうしよう……)
服飾部が数年前に廃部となった事実を知った時、蘭子はちょっと涙目になった。
仕入れていた情報を元にウキウキ気分で足を運んだ矢先の仕打ちである。
次点で考えていた美術部もオカ研も、覗いてみると何だか少し違うような気がした。
かといって運動部は論外である。蘭子は運動が苦手だった。
「うへへー、アタシと一緒に帰宅部入ろうぜー?」
「うーん……」
「早速今日から入部して黄金のツートップで……ってヤベ」
「むぅー……」
「店の手伝い忘れてたっ! じゃね蘭子また明日っ!」
「うん……バイバイ」
蘭子が頭を抱えて悩み出す。
誰も居なくなった教室に気付いたのはそれから三十分後だった。
「むむむ……」
夕陽がアスファルトを真っ赤に染める帰り道で、蘭子は未だ悩んでいた。
実を言うと、蘭子自身もここまで悩むとは思ってもいなかったのだ。
何が蘭子をそうさせるのか、自分でも不思議に思っているくらいだった。
「……何か、違うなぁ」
それが何なのかは全く分からない。
ただ、今はそれを待つべきのような気がしてならなかった。
ぐぅ。
「……」
顔を赤くして、蘭子がきょろきょろと辺りを見渡す。
幸いにして時刻も遅く、遠くに運動部の男子グループが二、三見えるばかりであった。
「お夕飯、ハンバーグがいいなぁ」
蘭子は結局、ズルズルと帰宅部へ入り、先ほどの彼女と黄金のツートップを組む事となる。
だが誰も、当の蘭子ですら、未だ知らない。
――蘭子が待っていた、何か。人はそれを『運命』と呼ぶ事を。
【13歳 / 秋】
蘭子の小さなガラスのハートは、歩き出して五分で早鐘を打ち鳴らしていた。
「……」
行き交う人から時たまちらりと視線を向けられる度、蘭子の肩が小さく跳ねる。
その跳ね具合が徐々に収まってゆくにつれ、鼓動も段々と落ち着いてきていた。
感触を確かめるように、舗装された道路をヒールでコツコツと叩く。
「ほへぇー……」
丸の内の超高層ビル群にも圧倒されたが、ここ竹下通りも圧巻だった。
普段は中々着て歩く機会の無いゴシックスタイル。
憧れだった衣装に身を包み、蘭子のご機嫌は徐々に高まっていった。
親戚の結婚式に出席する為、神崎一家は東京へやって来ていた。
ついでに観光でもしようかと話が纏まり掛けた際、蘭子は一世一代のワガママを口にした。
「あのね、私……原宿に行って、みたいの…………一人で」
当然の如く両親は大反対だった。
可愛い一人娘、いや可愛くて可愛くて仕方の無い一人天使である。
僅か十三歳の田舎っ子を一人で東京に放り出すなど以ての外であった。
蘭子もそれは予想しており、だからこそ必死でお願いをしている。
「…………ダメ……?」
「ぐ、ぐぅっ……幾ら可愛くお願いしたって……ダメだ。俺達もついて行く」
「ごめんね、蘭子……私達が居ちゃ、駄目?」
「え、えっと……」
両親が蘭子の為を思って言っているのを、蘭子自身も痛いほど理解していた。
でも、蘭子にだって知られたくない秘密の一つや二つあるのだ。
両親は「凝った服が好き」程度に考えている、蘭子のヒミツの趣味。
だが実際は、「市販の服を仕立て直し、一式揃えてしまう程のゴシック好き」なのである。
自分で繕った一番の自信作を着て、原宿の街を歩いてみたいのだ。
「――まぁまぁ、いいじゃないの」
祖母は、いつだって蘭子の味方だった。
乙です
「母さん、流石に甘いよ」
「蘭子。二人が蘭子を大切に思って言ってるのは、分かるかい?」
「うん……」
「義母さん」
「じゃあ、心配掛けないようにしておやり。電話は持って来てるね?」
「持ってるよ」
「それの……GHQ? だかを点けて、二時間に一回は連絡を寄越す事。出来る?」
「…………出来るっ!」
祖母が頷いて、両親へと水を向ける。
両親は唸り声を上げたまま、悩ましそうな表情を崩さない。
「どうせ式は明日だろう? 昔から言うじゃないか。可愛い子には旅をさせろって」
「……」
「パパ、ママ。お願いっ……!」
「……」
「この子は悪さなんかしやしないよ。きっと可愛らしい秘密さ、ね?」
唸り声を上げ続けていた母が、とうとう息をついた。
「……予備の充電器を買って来るから、それも持って行く事。いい?」
「……! うんっ!!」
「あなた」
「……一時間に一回、連絡を寄越す事。出来るかい、蘭子?」
「出来るっ!!」
両親に抱き着き、満面の笑みを浮かべる蘭子。
二人が視線を向ければ、祖母も満面の笑みを三人へ向けていた。
「夕飯までには帰って来る事。それから……」
「あなた」
追加注文を付けようとした先に蘭子の姿は無く。
祖母に抱き着いている蘭子を見て、両親は苦笑を浮かべた。
「……うん。お祭りやってたみたい。人がいっぱいで…………はーい」
定時連絡を終え、落とさぬよう携帯電話をポケットにしまう。
今のところ、駅でこっそり着替えて来た服に異常は無い。
流石に浮くのではないかと心配していたが、杞憂に過ぎなかった。
東京は、すごい。
「~~♪」
お気に入りの日傘をくるりと回す。
夕飯の時間まではまだまだたっぷりある。
祖母からは内緒のお小遣いまで貰ってしまった。
お洒落な服の一着でも買って、それからお婆ちゃん達へのお土産も買って帰ろう。
そう考えて、通りの先に目を向けた時だ。
運命の瞬間というのは、得てして突然に訪れる。
ちくわ大明神
誰だ今の
最初は何かのコスプレにも見えた。
ずぶ濡れの全身。
半ばから千切れたように無くなっているネクタイ。
ペンキでもぶち撒けたかの如く、鮮やかな赤に染まった革鞄。
異様な出で立ちの、スーツ姿の男が一人。ケバブサンドを囓りながら歩いて来る。
「……?」
東京には不思議な人が居るなぁ。
そんな感想を抱きながら眺めていると、男と目が合った。
ぽとり。
『あっ』
男の手からケバブサンドが包みごと零れて、二人の視線が地に落ちたそれに吸い寄せられる。
しばらく呆然とした後、男は納得したように深く頷いた。
「…………なるほど、道理で」
蘭子にその呟きの意味は分からない。
だが男は落ちたケバブサンドを手早く拾い上げ、ゴミ箱へと放り込んだ。
そして丁寧に手を払うと、ずんずんと歩き出す。
蘭子の方へ、真っ直ぐに。
「…………え? えっ?」
訳の分からぬままに慌てふためく蘭子に構わず、男が近付いて来る。
何をするべきか迷っている内に、男は蘭子の眼前数歩前でぴたりと立ち止まった。
「……」
ど……どうしよう。
何を言えば。
け、警察?
いや、パパ達に電話……?
ぐるぐると蘭子の頭に行動が浮かんでは消え、浮かんでは消え。
何か、何か言わなきゃ。
ぱくぱくと何度か口を動かしてから、蘭子はようやく言葉を絞り出した。
「……我に何用か」
(……な、何かご用ですか?)
初対面の男に蘭子語が炸裂した。
蘭子の「言葉」に、男の肩がぴくりと動く。
「……」
男が、スーツの内側へ手を伸ばした。
「――ぴっ!?」
……う、撃たれるっ!?
蘭子は日傘をほっぽり出してその場へしゃがみ込んだ。
両手で頭を抱え、身体は小さく震えるばかりだった。
「…………っ」
ああ。
パパ、ママ、おばあちゃん、ごめんなさい。
私が間違ってたよ。東京は、こわい所だったよぅ……。
「…………?」
何かが変だ。
銃声もしなければ、撃鉄を起こす音も聞こえない。
小刻みに震えたまま、そっと、そうっと顔を上げる。
「……あの、すみません」
男の両腕は蘭子に向けて真っ直ぐ伸ばされ。
その先には、小さく四角い――
「――アイドルのお仕事に、興味はありませんか?」
ぽかんと名刺を眺める視界の端に、警察官の姿が見えた。
一旦おしまい。
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乙です
S4ランクプロデューサーかな
アキバの虎で,買ってきたぞ!
店頭販売してるじゃん,乙
前に委託希望してた者ですけど、今日とらのあなさんから届きましたよー
ゆっくり読みます、乙
どうでもいいが両親が諏訪部と能登で再生される
「……ご迷惑をお掛けし、申し訳ありませんでした」
「う、うむ……」
紆余曲折を経て、二人の姿はランチタイムの洋食屋にあった。
せめてものお詫びをという体でまんまと誘いに乗ってしまった事に、蘭子は未だ気付かない。
ネクタイと鞄とジャケットは纏めてビニール袋に放り込んである。
無精髭を生やした青年とゴスロリ少女の組み合わせは、傍目から見ても極めて怪しかった。
「何にしますか? ああ、私が持ちますのでご遠慮無く」
「……ハンバーグランチ」
「分かりました」
訝しむような店員にハンバーグランチとナポリタンを注文し、男が蘭子に向き直る。
見知らぬ大人から視線を向けられ、蘭子は思わず居住まいを正した。
「改めて……神崎さん、でしたね。先程は失礼致しました。私はこういう者です」
男が改めて名刺を差し出す。
ガラスの靴が描かれたそれには、やたらと長ったらしいカタカナが並んでいた。
「……?」
「あ、ええと。要はアイドルを手掛けるお仕事と思ってもらえれば」
「舞い踊る偶像……」
(アイドル……)
呟いた後にハッと気付く。
蘭子の言葉に、男は興味深そうに目を瞬かせた。
「……独特な、言葉遣いですね」
「……」
「由来などがお有りで?」
「……我は戯れに舞い降りし異形の者」
(……私、たまたまこっちへ来ただけの変なコです)
「え?」
「汝は、『瞳』を持つ者か?」
男は顎を撫で回してしばらく黙った。
無言の間が、店内の賑わいを際立たせて二人の耳へ届ける。
「……いえ。残念ながら持っていないと思います」
「……」
「ですが」
よく見ればうっすらと痣の残っている顔で、男は笑顔を浮かべた。
「変なコなんかじゃありませんよ。アイドルにだってなれる、可愛らしい女の子だと思います」
口をぱくぱくとさせるだけの蘭子に、男が困ったように首を捻る。
「神崎さん?」
「……な」
「な?」
「何で分かるのっ!?」
家族と同級生以外の、初めて『言葉』の通じた人だった。
「どうして、ですか」
男が再び首を捻る。
しばらく唸って考え込んだ後、返した言葉は極めてシンプルだった。
「プロデューサーだから、でしょうか」
「へっ?」
思いも寄らなかった答えに呆然とする蘭子へ、男が名刺を指し示す。
「そこにある通り、私はプロデューサー……の見習い……の真似事をしていまして」
「うむ」
「プロデューサーはつまり、アイドルとコミュニケーションを取るお仕事だと、社長も申していました」
「うむ」
「だから、何となく分かるんだと思います」
「うむ」
「この説明で、伝わりましたか?」
「ううん」
「ぴっ……!?」←かわいい
う、撃たれる!?←かわいい
「うむ」「うむ」「うむ」「ううん」←かわいい
乙です
>>49
全部かわいいじゃねーかww
同意だけどww
>>49
外ハネとドヤ顔が特徴的なアイドル「ふ、フフーン!」
「参りましたね」
そう言って、男が苦笑する。
「……汝に問おう」
(あの、訊いていいですか?)
「ええ。どうぞ」
「何ゆえ、かのような奇怪極まる装束を」
(どうしてあんなひどい格好だったんですか?)
「ああ……それは」
「お待たせ致しました。ハンバーグランチとカルボナーラです」
店員が二人の前に皿を置く。
じゅうじゅうと音を立てるハンバーグは、実に実に美味しそうだった。
「……話すと長くなります。先に頂きましょう」
「うむ!」
蘭子がご機嫌な表情で熱々のハンバーグを切り分ける。
男が浮かべた、少しだけ悲しそうな表情には気付かなかった。
「――そういった経緯で、神崎蘭子さんを是非我が事務所に迎え入れたく」
ガラスの靴云々。カボチャの馬車云々。お城の舞踏会云々。
彼の説得術はまるきり魔法じみていた。
その卓越した語り口は、僅か十三歳のいたいけな少女をいとも容易く口説き落とす。
元より綺麗なものには目が無い蘭子である。
きらきらと眩しさにあふれるアイドルの世界、その魅力に抗える筈も無かった。
「……」
「……」
「そうかい、蘭子がアイドルかい」
「うんっ!」
旅を終えた可愛い娘が、やたら大きなビニール袋を抱えた妙な男を連れて来た。
絶句する両親の横で、祖母と蘭子がにこやかにお土産の雷おこしを頬張っている。
「……」
「無論、唐突に過ぎる話です。本日お許しを頂けるなどとも考えておりません」
「……」
「所属して頂けた場合、活動拠点として東京へ移って頂く事になりますが」
「……」
「転入手続きや女子寮の入居手配、その他役所への届け等諸作業は全面的に協力致します」
「……」
「また所属後9ヶ月間は生活費等を我が事務所で7割前後負担致します。詳しくはこちらのご案内に……」
「……」
「……蘭子さんは、在籍中のアイドルにも負けない、魅力あふれる可愛らしい方だと感じました」
「…………はっ」
「事務所を挙げ、必ずや蘭子さんにトップアイドルへの道を用意致します」
「あ、ええ、その……」
「夕飯時を邪魔し、申し訳ありませんでした。また連絡を頂ける事を、心より願っております」
きっちりと必要な説明を終えると、言葉を返す暇も無く男は頭を下げて去って行った。
並んで固まったままの両親が、ホテルのロビーにぽつんと取り残される。
「……あなた。ちょっと旅をさせ過ぎたんじゃないかしら」
「……」
父が蘭子を見つめる。
祖母に次から次へと話を捲し立てる彼女の瞳は、今までに見た事が無い程に煌めいていた。
「……いや。むしろ、足りないくらいだったんじゃないか? 今までが」
「……あなた」
「蘭子はきっとこの先、苦労するだろう。上手くいかない事ばかりだろう。アイドルになるなら」
「……」
「蘭子」
「はいっ!」
「蘭子は、アイドルになりたいか?」
「……! うんっ!!」
真っ直ぐに見つめ返してくる蘭子の瞳。
その純真さが奪われる日がいつか、しかし必ずやって来るのだろう。
それを、もっと早く教えるべきだったのかもしれない。
蘭子の世界は、余りにも優し過ぎた。
「アイドルだって、お仕事だ。半分、いやもうほとんど大人の世界だ」
「うん」
「大人の世界で、甘えは通用しない。泣いたって許してくれない」
「……うん」
「それでもやりたいか? 皆と遠く離れても、蘭子はアイドルになりたいか?」
「……」
話をする間、蘭子は一度も目を逸らさなかった。
「私、アイドルになりたい」
どころか、その煌めきはより強く。
「もっともっと、綺麗なものが知りたいの」
一旦おしまい。
鷺沢さん引けなんだ
ナポリタンさんがカルボさんに
面白い
乙です
まだ?
【14歳 / 春】
「はぁ……ふぅっ……」
東京へ来て四ヶ月が経った。
今日も今日とてダンスレッスン。アイドルへの道は険しいのだ。
だが、蘭子は弱音を吐いたりしない。
それが運命に導かれし者の業だと、彼女はニヒルに(傍目からは実に可愛らしく)笑う。
「お疲れ様です、蘭子ちゃん」
「闇に飲まれよっ!」
(お疲れ様ですっ!)
差し出されたタオルを受け取り、蘭子が満面の笑みを浮かべる。
彼は反対に、少し寂しげな笑みを浮かべた。
「良いニュースがありますよ、蘭子ちゃん」
「ほう! 福音が訪れたか!」
(わぁ! 何ですかっ?)
「蘭子ちゃんへ正式にプロデューサーが付く事になりました」
「…………えっ?」
笑顔を浮かべたままの蘭子の手から、タオルが床へ滑り落ちた。
「……プロデューサーは、プロデューサーでしょ?」
「ええ。私が首になった訳ではありません。心配せずとも、とても優秀な人ですよ」
「そ、そうじゃなくてっ。でも、プロデューサーの、プロデューサーで、プロデューサーが」
「蘭子ちゃん」
頭に、そっと柔らかい感触。
「隠さず言います。私が担当のままでは、蘭子ちゃんが活躍出来ないんです」
「で、でもっ! お仕事だって」
「四ヶ月でたったの二回です。これは、はっきり言って少ない」
「っ」
「申し訳ありません、蘭子ちゃん。ご家族にあんな啖呵を切っておいて。私は」
迷うように言葉を切る。
「プロデュースの才能なんて無いのかもしれません。美嘉さんも、十時さんも、私は途中で」
「……」
「ですが、蘭子ちゃんの素質は本物です。これは、誰にだって否定なんかさせません。だから」
自身よりも頭一つは小さい少女へ、頭を下げた。
「お願いします。どうか、アイドルを続けてほしい。シンデレラに、なってほしい」
目の前のつむじをじっと見つめて、蘭子は息を呑んだ。
大人に頭を下げられるのは生まれて初めてだった。
何かを叫びそうになるのをぐっと堪えて、見えないのを承知の上で、こくりと頷く。
「…………分かった」
「ありがとう、蘭子ちゃん」
彼の両手が、蘭子の両手を包むように握った。
「頑張ろうね」
「はい。頑張ります」
小さくなっていく彼の背を、蘭子はじっと見つめていた。
「――やぁ。キミが蘭子ちゃんだね?」
レッスンルームでターンの録画を観ていると、静かにドアが開かれた。
現れたのは、無精髭も無ければペンキも被っていない、ごく普通の青年。
近所の兄さんのような、親しみやすい笑みを浮かべている。
「新しく担当プロデューサーになった者です。よろしく」
「……」
「……蘭子ちゃん?」
「――汝は、”瞳”を持つ者か?」
蘭子の言葉に、虚を突かれたかの如く動きが停止した。
言葉を探すように宙を何度も指で掻き回す。
「ごめん、不勉強でね……最近のゲームか何かで流行ってる?」
魔力を喪ったかのように、蘭子の身体がふにゃりと崩れ落ちた。
【14歳 / 夏】
「わわわわわわがっ、わわがととっととと」
「落ち着こう蘭子ちゃん」
レコード店のバックヤードで、蘭子の身体はいっそ愉快な程に震えていた。
生来白い肌はいっそう色を薄くし、差した紅がいっそう際立って見える。
「幻惑か、白昼夢か!? 下僕達が雲霞の如く……!?」
(ゆ、夢!? 何でこんな集まってるの~!?)
「幻……あ、なるほど。えーと」
彼の蘭子語力は素晴らしい勢いで上達していた。
検定ならば準二級は合格圏内間違い無しだった。
「第一弾の五人がえらく好評でね。その期待が第二弾の先陣を切る蘭子ちゃんに」
「あわわわわわわ」
「落ち着こう蘭子ちゃん」
理由を聞いた所で震えが止まる訳でもなく。
蘭子の紅い瞳には神秘の雫まで滲み始めていた。
>>65
こうなることは知ってはいたがなんか辛いな…
まあ先代Pにこの後何があるかわかってるからまだマシだのう
「む、無理……むりだよぅ……」
「大丈夫。あんなに練習したじゃないか」
「ふ、普通にやった方がいい、かな……?」
「……普通?」
「だから、その、えっと、こういう、話し方でとか、後は」
「蘭子ちゃん」
徐々に下がっていく目線へ合わせるように、彼は隣に屈み込んだ。
歳の離れた姪でもあやすような、ごく柔らかい目付きを湛えて。
「蘭子ちゃんの普通は、そっちじゃない。そうだろう?」
「……」
「本当に、普通に、蘭子ちゃんがやりたい通りにやっていいんだ」
「……本当?」
「本当さ。まだ知らない神崎蘭子を、みんな知りたがってる」
扉の影から蘭子がそっと店内を見渡す。
若い男女が中心。いかにも楽しげで、期待に満ちた雰囲気。
彼らはまだ、蘭子の事を知らない。
「教えてあげてほしいんだ。神崎蘭子が誰なのかを」
「……最初だけ」
「ん」
「最初だけ……普通に、やってみる」
「ああ。最初だけ、一歩だけでいい――楽しんで」
うるさい胸に手を当てて黙らせた。
店員さんの合図に頷くと、ミニステージ周辺の照明が落とされる。
「お? 停電?」
「演出じゃね」
「なる」
暗闇の中へ、一人の少女が歩み出た。
「――誇るがいいわ。天使が地に堕つ姿を目に出来る悦びを」
一歩。
「刻は満ちた。神秘の円盤はその姿を現し、あまねく世界へと満ちる」
二歩。
「今こそ降誕の刻……煉獄より舞い降りし堕天使、神崎蘭子!!」
三歩。
『――華蕾夢ミル狂詩曲!!』
ちなみに今の蘭子は、『煉獄』を『地獄』のカッコイイ言い方だと思っている。
> ちなみに今の蘭子は、『煉獄』を『地獄』のカッコイイ言い方だと思っている。
かわいい(かわいい)
かわいい
幕引きは相異なる反応で彩られた。
なかなかの大きさの拍手と、呆けたような表情と。
『ありがとうございました。神崎蘭子さんに、今一度大きな拍手を!』
進行役の店員さんがアナウンスし、拍手が一際大きくなる。
そこで蘭子ははたと気付いた。
頭を下げるべきか、退がるべきか、手を振るべきか。
どうすればいいのか。
「……」
普通にやろうっと。
「――闇に飲まれよっ!!」
(ありがとうございましたー!)
蘭子のデビューライブは、後の本人曰く「ごく普通の出来」だった。
一旦おしまい。
渋谷凛「一行足らずの恋」
渋谷凛「一行足らずの恋」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1474447702/)
最近書いたやつ↑
アーニャちゃんは60ガシャで遊びに来てくれると信じてる
アーニャ(初期)「私はそんなに安い女じゃないわよ」
1行足らずの恋の方も呼んできたけどめっちゃ良かった
乙です
らんらんの先代のPが後に茄子さんスカウトして大成功するんだっけ?
【14歳 / 秋】
神崎蘭子は多感な少女である。いやらしい意味ではない。
その琴線は細く、鋭く、美しい。
それ故に様々な人物から影響を受けてこれまでの人生を過ごしてきた。
もちろん、ここCGプロダクションもその例外ではない。
百名を超える、個性豊かという一言では表せない所属アイドル達。
中でも、特に蘭子へ影響を与えた三人のアイドルが居た。
「――ひっ……」
浮かれていた。
気心の知れた戦友。頼りにしている年長者。
もはや蘭子の周りに味方はおらず、ただ屍を晒すのみ。
「あ……あ……」
憧れていた。背を追い掛けた。
ずっと遠くにあると思っていた……眼前の裏切り者。
得物を手にしたその影が、ゆっくり、ゆっくりと蘭子へ歩み寄って来る。
「――ふふ……ふ、ふふっ……ふふふふ……」
早くも隠しきれなくなったので名前を出すが、その内の一人が高垣楓である。
多田李衣菜は凶弾に倒れ。
渋谷凛は矢尽き。
新田美波すら弓折れた。
世紀末だった。
「蘭子ちゃーん……♪」
「は、はひっ……」
「おつまみ、無くなっちゃって……ところで」
「……」
「蘭子ちゃんって……食べちゃいたいくらい、可愛いですねぇ……♪」
「……ぁ……あぁぁっ……」
楓に酒瓶。
言うまでも無いが、鬼に金棒と同義の慣用句だ。
何て綺麗な人。
そう記憶に焼き付いた美貌は、今や酒精に紅く。
何て神秘的な瞳。
そう吸い込まれそうになった両目は、どちらも焦点が危うい。
何て羨ましい背。
そう憧れた長身は、今や畳の上を這いずっていた。
「ふふ……蘭子ちゃんを肴に――」
「ひっ……せ、世紀末歌ひめぇ……!?」
「――寒梅で、乾杯♪」
「おはようございます」
「おはようございます、楓さん」
爽やかな秋晴れが心地良い翌朝。
昼下がりに出社した楓を、担当プロデューサーがいつもの笑顔で迎えた。
「CD収録の打ち上げ、どうでした?」
「楽しかったですよ。みんな疲れてたみたいで、いつの間にか眠っていましたけど」
「ははは、皆さんまだ若いですからね」
「あら、ひどい……私はもうおばさんだと」
「ああいえ、別にそういう意味ではなくて……!」
「ちょっと煩わしい太陽ね……」
(おはようございます……)
いつもの彼女が魔王ならば、今朝の彼女は小悪魔B。
巻き髪を揺らしながら事務所を覗き込むように呟いた蘭子の挨拶へ、楓が振り向いた。
まさか真っ先に出会うとは予想していなかった為に、制服姿のままの蘭子がビクリと跳ねる。
「あら。おはようございます、蘭子ちゃん」
「お、おはよう……ございます。せ……楓さん」
「昨日は楽しかったですね。最後の方がちょっとあやふやですけど」
「……」
蘭子は悩んだ。
夕べの事をどう受け止めるべきなのか未だに決めあぐねていた為だ。
一目見て憧れた高垣楓。
四合瓶を片手に管を巻いていた世紀末歌姫。
あの地獄絵図を一夜の悪夢として忘れるか、現実として受け止め生き抜くか。
蘭子の父が懸念した壁は、非常に情け無い形で彼女の前に立ちはだかっていた。
「…………うむ……」
蘭子はこの日、ちょっとだけ大人になった。
【14歳 / 冬】
一目で分かった。
二人の間に言葉は必要無かった。
「――へぇ。これはこれは」
暖房の効いた室内だというのに、何故かマフラーを外さない少女。
ふんだんにファーで飾られたジャケットも相まって、冬だというのにうっすらと汗ばんでいる。
それが彼女のセカイだった。
「そうだね、最初に名を訊いておこうか……ああいや、すまない」
口角を上げ、軽く首を振る。
「まずは自分から、だね――飛鳥だ。ボクは二宮飛鳥」
「良い響きね――我が名は神崎蘭子」
セカイが邂逅し、魂が共鳴した。
「ほう……闇夜への供物を」
(ブラックコーヒー飲めるんだ。すごいっ)
「慣れてしまえば大した事は無いよ。日常の一部に溶け込むさ」
「我が魂が欲するのは無垢と咎との混沌ね」
(コーヒー牛乳は好きなんだけどなー)
「まぁ、蘭子ももう少し成長すれば大丈夫さ。時とは偉大な万能薬だね」
滑らかな会話が更に弾む。
十年来の知己だったかの如く、その空気は納得と理解に満ちていた。
「お、蘭子ちゃん来てたのか。二宮さんも」
「おはようございまーす」
「やぁ、良い朝だね」
「おはよう。もう慣れたかな、二宮さん?」
「ああ。まだ日は浅いが、思ったよりも随分と馴染むね。悔しいくらいだ」
「ははは、これから頑張っていこう」
飛鳥は涼しい顔だった。
マフラーはいつの間にか外していた。
「我が友よ! 我は魂の繋がりを必要としているわ!」
(プロデューサー! ユニット組みたいです!)
「え? 二宮さんと?」
「無論っ」
(うんっ!)
「うーん……まだ新人だけど……向こうの担当さんに打診しておくよ」
「……向こう?」
「うん?」
何か一つ、話が食い違っていた。
言葉を借りるならば、セカイが歪んでいた。
「飛鳥ちゃん、新しいアイドルでしょ?」
「うん、多田さんとこの」
「え?」
「ん?」
「プロデューサーの」
「多田さん担当のとこの」
(飛鳥くんブラック飲めたっけ…)
(強がって我慢してるんだろ)
エスプレッソ飲んでたし余裕余裕
蘭子が口を丸く開け、飛鳥がそれを興味深そうに観察していた。
「何ゆえっ!?」
(何でぇっ!?)
「いや、蘭子ちゃんで手一杯だし俺」
「やだー!」
「そう言われても」
「ユニット組むのー!」
「それは本当に伝えとくけど」
「ならば良い」
(やったー)
「良い子だ」
「愉快な事務所だね、ここは」
彼女らが闇の輝きを解き放つには、もう暫しの時が掛かる。
かわいい(かわいい)
【15歳 / 春】
冬の似合う少女は、春の息吹と共にやって来た。
「お茶でよかったかな?」
「ダー。緑茶、好きです」
今度こそ、正真正銘、間違い無く。
彼が蘭子と共に担当する事となった少女。
アーニャ――アナスタシア。
諸々の雑事を終え、二人の姿は蘭子の、そしてアーニャの部屋にあった。
「ガリェーチっ」
「む?」
「お茶……熱かったです」
舌を出して笑う姿は、氷像のように整った容姿に似つかわず。
しかしそのギャップが年頃の可愛らしさを引き立てていた。
「フフ……此処をそなたの居城と思って存分に寛ぐがいいわ」
(これからは二人のお家だから、遠慮しないでね)
「ダー。ふつかかものですが、よろしくお願いしますね」
日本語、ロシア語、英語、蘭子語。
アーニャはマルチリンガルな才女でもあった。
前担当云々を知らないのでとりあえず過去作読んでくるか
「ミェディヴェジュナーク……可愛いですね」
「あ、このコ? えへへ、可愛いでしょ。くまちゃん君だよ」
「くま君」
「くまちゃん君」
「くまちゃん君」
アーニャの視線の先にあったぬいぐるみを蘭子が抱き寄せた。
小日向美穂から贈られた逸品である。
軽いホームシックで眠れない夜など、蘭子はよく彼を抱いて眠っている。
口元を隠すように抱き上げて、ふかふかの右手を小さく振らせた。
「コンニチハ、アーニャ!」
「プリヴェート、くまちゃん君さん」
「くまちゃん君」
「くまちゃん君」
歓迎の挨拶に、アーニャが笑顔でタッチを返す。
可愛い成分が部屋に充満していた。
かわいい(かわいい)
かわいい(かわいい)
「いいですね。ロシアにもメドヴェーチ……熊、たくさん居ました」
「……」
「蘭子?」
「雪の旋律か……美しき調べね」
(ロシア語……カッコイイね!)
「シト? そう、でしょうか」
「うむ!」
蘭子に同調するようにくまちゃん君が頷く。
アーニャは一瞬どちらの頭を撫でようか迷って、結局くまちゃん君の方を撫でた。
ちなみに蘭子の頭は事務所でも一、二を争う程の撫で心地を誇っている。
「蘭子もロシア語、話してみますか?」
「クク……この程度、造作も無い」
(うん! 使いこなせたらカッコイイよねっ)
そして、アーニャ教諭によるロシア語講座が始まる。
もはや尊い
「ンー……まずは、あいさつから」
「うむ!」
「Здравствуйте」
「ずどらーすとびちぇ」
「Здравствуйте.」
「ずどらーすとびちぇ」
「ра、はユズィーク……舌を巻きます」
「ふむ」
「ра」
「ルァ」
「ダー。その調子です」
「えへへ」
「Здравствуйте」
「ずどらーすとびちぇ」
蘭子は英語もちょっと苦手だった。
「おはようございます」
「グラモスキーなソーンツェね!」
(プリヴェートです!)
「プリヴェート、わが……しっこく? のしもべ……プロデューサー、よ」
「……」
「グラモスキーなソーンツェ!」
(プリヴェートですっ!)
「わが……ンー……太陽の、プリヴェートプロデューサー……?」
穏やかな顔がやや曇ったプロデューサー。
ポーズを決め自信に満ちあふれた蘭子。
徐々に混乱し始めたアーニャ。
三人四脚で例えると、三人とも紐が上手く結べない状況に近いだろうか。
爽やかな初夏の朝だった。
彼は目を閉じると、天を仰ぎながら息をつく。
「おはよう。それで、二人とも」
「うむ!」
「ダー」
「混ぜるの、禁止」
「えー」
「……シト?」
蘭子がロシア語をマスターするには、そこそこの年月が必要となった。
一旦おしまい。
アーニャちゃんはフェス限楓さんと一緒に遊びに来てくれました
最近書いたやつ
高垣楓さんのちょっとえっちな話 ( 高垣楓さんのちょっとえっちな話 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1475230255/) )
読んでおくとより楽しめるかもしれない過去作
アナスタシア「可憐なる魔獣」 ( アナスタシア「可憐なる魔獣」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1416053247/) )
過去作を知らずとも楽しめるよう気を付けます
あと456プロの…いや、なんでもない
飛鳥君とだりーと二人のプロデューサーの話も読んでみたいな
456プロは正直書いてて一番楽しかった
楽しかったけどオススメ出来るソレではないんだ
乙です
何なんだ、この可愛らしい生き物はっ!?(錯乱)
・補足
今回のSSに関しては、優しいばかりの世界ではありません
【15歳 / 盛夏】
「はぁ……ふぅっ……」
一口に暑さと言えど、その暑さには様々な種類がある。
世界中はもちろん、この日本列島の中でも。
火の国、熊本。
故郷の暑さには、東京ともまた異なる厳しさがあった。
「あつ……いー……」
七分丈のデニムにサンダル。フランス袖のブラウスにハンティングキャップ。
今日の蘭子はゴシックを返上していた。
秘密の趣味はとうの昔に親にもバレている。
だが、蘭子とて年頃の女の子。
恥ずかしいものは、やっぱり恥ずかしいのだ。
「つ、い……たー……」
春休み以来の我が家。
蝉が大合唱を奏でて、蘭子に唄う気力は残されていなかった。
てぃ……てぃんっ。ききん、きぃん――
涼やかな音色に足を止める。
風に揺れる、二つの鈴の音が蘭子の元へ届いていた。
川崎大師の市で一目惚れした、チタンの風鈴。
藤原肇に作ってもらったばかりの、備前焼の風鈴。
実家への贈り物は、猛暑に喘ぐ蘭子を快く出迎えてくれた。
「ただいまー」
「お帰り、蘭子」
洗濯籠を手に、母が脱衣所から顔を覗かせる。
「文明堂のカステラあるから手洗ってらっしゃい。黒糖のよ?」
「え、ホントっ!? やったー」
洗面所で手洗いを済ませ台所へと急ぐ。
水音の元を覗けば、祖母が洗い物をしている所だった。
「お帰り、蘭子。暑かっただろう。麦茶が冷えとるよ」
「ありがとー」
戸棚からカステラを取り出す。
母と祖母の分も切り分け、三つのコップに麦茶をたっぷり。
「どっこいしょっと」
祖母が腰を下ろしたのを見て、我慢出来ずにカステラをぱくり。
久しぶりの甘さが蘭子の小さな口を満たし、笑顔をあふれさせた。
「ふはー……おいしー……♪」
「和三盆も良いけれど、こっちも美味しいねぇ」
「今度は抹茶の買って来ましょうか」
「あ、そういえば熊工ってどうなったの?」
「4-0で二回戦負け。久しぶりだったんだけどね」
「えー、負けちゃったんだ」
「応援が足りなかったかねぇ」
カステラはあっという間に無くなり、母が夕食の準備に取り掛かる。
シーフードカレーだと聞き、蘭子もお手伝いを買って出た。
夕暮れ時でも暑さは退かず、香辛料の匂いが空調の効いた室内をかき回す。
自動車のエンジン音が聞こえた。
タイヤが車庫のステップを二度踏みならし、すぐに静かになる。
「あ、帰って来たみたいね。蘭子、鞄を」
「――蘭子が帰って来たんだって!? おお久しぶりだな蘭子、元気だよな!? シンデレラガールおめでとう!! 頑張ったな! 友達もいっぱい出来たみたいでよろしい! 何か困ってる事とか足りない物があれ」
「あなた」
「あ、ああ……ただいま。蘭子もお帰り」
「……あ、そっか。私、シンデレラガールになったんだ」
蘭子がぽんと手を打つ。
一拍遅れて、母と祖母も思い出したように手を鳴らした。
神崎家はのんびり屋が多かった。
「――ロシアじゃビールはジュースですよ? って」
「ははは、とんだスキャンダルだなぁ」
家族にひとしきり撫で終えられると、賑やかな夕食が始まる。
身振り手振りを交えた数々のエピソードに、一同はひっきりなしに笑いを零した。
「辛い事は無かったかい? 蘭子」
祖母が、優しい声と不安げな表情をもって訊ねた。
その問いに、父と母も頷くように蘭子の顔を覗き込む。
ホタテと共に質問を咀嚼し、ごくりと飲み込んだ。
「ううん、いっぱいあったよ」
蘭子は、隠さなかった。
「CD収録は何十回もやり直したし、オーディションにも十個くらい落ちたかなぁ」
「そうか」
「麗さんって人のダンスレッスンなんて本当に死んじゃいそうだし」
「そう」
「私が選ばれたやつに落ちちゃった人に、何て話し掛ければいいか分からなかったり」
「そうかい」
「共演の人を怒らせちゃって、プロデューサーと一緒に謝ろうとして泣いちゃったり」
「蘭子」
「うん」
「アイドルは、楽しいか?」
「楽しいよ、すっごく」
「そうか」
ごちそうさまでした。あっ、やっぱり今のなしね。なし。
きちんと手を合わせて、蘭子が頭を下げる。
祖母が冷凍庫から取り出したアイスクリームを見ると、慌てたように挨拶を取り消した。
「なぁ、母さん」
「どうしました、あなた?」
「旅に出した甲斐は、あったかな」
「そうねぇ。これ以上可愛くなっちゃったらどうしましょう」
「困った娘だなぁ」
「困った娘ねぇ」
いっただっきまーすっ。
先程より一回り小さなスプーンを手に、笑顔の蘭子が再び手を合わせた。
【15歳 / 秋】
「ふむふむ……ほほぉ……!」
美波の写真集へ齧り付き、蘭子は興奮していた。
CGプロダクション所属アイドルの1st写真集。
満場一致でそのモデルに抜擢されたのは新田美波だった。
「オー……ハラショー……」
そのページをアーニャも横から覗き込む。
水着、浴衣、フェミニンな私服、ステージ衣装、燕尾服。
どのページにも美波の魅力が余す所無く表現されていた。
「齧り付きだね、二人とも」
「だってすっごく綺麗なんだもん! ほら飛鳥ちゃんもほらっ!」
「わかった。理解ったから押し付けないでくれるかい。視界がゼロだ」
向かいのソファでウィッグを梳いていた飛鳥へ蘭子が写真集を押し付ける。
襲い来るページを折り畳みの櫛で食い止めながら、聞こえるように溜息をついた。
「何だ、蘭子はグラビアに憧れていたのかい?」
「うんっ!」
「飛鳥はグラビア……興味無いですか?」
「生憎、大衆の前に晒せるようなカラダは持ち合わせが無くてね」
蘭子が飛鳥の身体をぺたぺたと確かめる。
眉の角度を僅かに上げ、飛鳥がその手をぺしりと払った。
「持たざる者を悪戯に弄ぶものじゃない」
「むぅ」
払われた両手をじっと見て、蘭子はプロデューサーのデスクへ向かう。
「下僕よ」
(プロデューサー)
「ん?」
「我にも真実の聖典を」
(グラビアやりたい)
かわいいなぁ
家での蘭子を書ける作者はかなり貴重だと思う
タイピングが止まる。
オフィスチェアを軋ませて蘭子へと向き直った。
期待に満ちた口元と、きらきらと煌めく両の瞳。
その表情と握られた写真集とを見比べて、彼は軽く微笑んだ。
「いや、ちょっと蘭子ちゃんには早いんじゃないかな……」
「えー! バッチリだよ!」
「ウチの方針的に中3はちょっと……」
確かに蘭子は素晴らしい身体を持ち併せているが。
改めてそう深く頷く彼の肩を、白磁の手が優しく叩いた。
振り向いてみれば、そこにあったのはアーニャ素敵な笑顔と、飛鳥の真顔。
「セクハラ、ニェート」
「やれやれ。いいオトナが中学生へセクハラか」
「いや、違うから……ちひろさん! 違いますから! ホント!!」
千川ちひろの笑顔とにらめっこを終え、むくれ顔の蘭子へ再び向き直る。
片手で何度かデスクトップを操作すると、伺うように蘭子へ訊ねた。
「……どうしてもやりたい? グラビア」
「……! うんっ!」
「分かった。実を言うと、グラビアのお誘い自体は来てたんだ」
「真かっ!?」
(ホントっ!?)
「うん。ただ、メインはアーニャちゃんって話で」
「……シト? 私、ですか?」
「他のプロデューサーからの紹介でね。やってみる?」
「うむ! うむっ!!」
「ダー。やります」
飛び跳ねて喜ぶ蘭子を見て、アーニャは二つ返事で承諾した。
「――良いねー。次はマガジンの底見せるように構えてみてー」
コンバットシャツの上に吊ったプレートキャリア。
マガジンポーチやツールポーチを隙間無く留め、肩からはラジオアンテナが伸びる。
ブラッドパッチの隣に並ぶトリコロールは生まれ故郷の旗印。
安全の為に欠かせないシューティング・グラス。
インカムをずらして、アーニャはMP443をアップ・スタンスで構えた。
「いやー似合うね。次は赤軍装備いってみようか!」
「ダー」
ロシア連邦陸軍に寄せた装備を揺らし、アーニャがぺこりとお辞儀を一つ。
「下僕よ」
(プロデューサー)
「……」
「下僕」
(ねぇ)
「……嘘は言ってなかっただろう? ちゃんと写真集じゃなくグラビアって伝えたし」
「……むー!!」
アメリカ合衆国海兵隊の現用装備を揺らし、蘭子がむくれた。
頭以外、踝や手首に至るまで、露出は完全にゼロである。
しばらくぴょこぴょこと抗議の意を表していた蘭子。
やがて装備の重量に屈し、へたりと床に座り込んだ。
「うぅ……これが戦乙女の重圧……」
(お……重いー……)
「エアガンにレプリカ装備でもこれだけ色々くっ付けたらなぁ……」
「黄金聖衣……」
(可愛い衣装……)
大和亜季たちから紹介を受けた、ミリタリー専門誌の巻頭グラビア撮影。
軍用の装備を身に着け、国防色をバックに撮影が進む。
可愛い成分は蘭子とアーニャ以外に存在しなかった。
「いやほら蘭子ちゃん、魔力はともかく戦闘力は高そうだし」
「……むぅ」
「そう、可愛くて格好良いアイドルなんて最強だと思わないか?」
「……」
忙しなく手を振る彼を見つめ、アーニャの方へ視線を移す。
「アナスタシアさん、それメタルレシーバーだけど重くない?」
「ニェート……何だか、とても馴染みます。手に……吸い付くみたいで」
SVT-40を取り回し、不思議そうに眺めるアーニャ。
心なしか、彼女はいつも以上に楽しそうで。
「……フ、まぁ良しとしよう。時には異邦の衣を纏うのも一興ね」
(うん。たまにはカッコイイ服も良いかな)
「お。ノリ気になってくれたかな」
「さぁ! 我の手に魔杖を捧げよっ!」
(よーし! カッコイイ鉄砲貸してください!)
「……え、あの、蘭子ちゃん。それはちょっと蘭子ちゃんには大きいんじゃ」
「ククク……これしき、魔王たる我が身には造作も無いわ!」
(大丈夫です! シンデレラガールはカッコよく決めないとっ!)
調子に乗ってMG4軽機関銃を振り回した翌日、魔王はひどい筋肉痛に襲われた。
一旦おしまい。
最近書いたやつ
藤原肇「方円の器」 ( 藤原肇「方円の器」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1477038800/) )
ジュエルは大事に使おうね
よっしゃ昨日,ねだった甲斐があった!
乙です
乙
乙です
かわいい(かわいい)
蘭子ちゃん可愛すぎか
【15歳 / 初夏】
「ねぇ、我が友ってばー」
「……………………」
呆けていた。
彼は一分の隙も無く呆けていた。
第2回シンデレラガール授賞式(今回からシンデレラパーティーと名付けられた)。
その閉幕からそろそろ小一時間も経過しようという頃。
呆けていた。未だに。
「狂乱の宴へ赴こうぞー」
(パーティー行かないのー?)
「……………………」
「パーティー……行かない、ですか……?」
椅子に深くもたれ掛かり、空っぽの壇上を見つめたままの彼。
蘭子とアーニャは彼を挟むように座り、左右からそれはもう容赦無く揺すり続けている。
「パーティー……バヌキェット……」
アーニャはホームパーティーも好きだったし、そもそもこういう祝い事を好む。
みんなの笑顔に囲まれていると、自然に自分も笑顔になれるからだ。
彼女は本当に良い子だった。
「……蘭子ちゃん、アーニャちゃん」
「むっ! ようやく正気を取り戻したか!」
(朝だよ、ねぼすけプロデューサー!)
「俺の頬、つねってくれ」
久方ぶりに取り戻した言葉はごく短かった。
二人は顔を見合わせると、彼の両頬にそれぞれの手を伸ばす。
「いだだだだだだだだ強い強い強いぃ!!」
「神罰ね」
(女の子をほっとくからー)
「ダー」
頬をさすりながら頭を振る。
溜息をつくと、再び椅子へ倒れ込んだ。
「いや、未だに信じられなくてさ……」
「我が身こそ灰被り姫っ!」
(シンデレラガールだよっ!)
「そのつぎ、です。ちょっと残念だけど……ハラショー」
第2回シンデレラガール選抜総選挙。
第1位、神崎蘭子。
第2位、アナスタシア。
――快挙だった。
らんらんとアーニャに左右から思い切り揺すられて2人から思い切り抓られたいだけの人生だった…
「言い方が悪いけど……蘭子ちゃんは分かるんだよ。凄く頑張ったし、調子も良かった」
「うむ!」
「アーニャちゃん、まだ写真と120秒のメッセージしか公開してなかったよね……?」
冬にスカウトを受け、春に活動を開始したばかりのアナスタシア。
せっかくだからと総選挙名簿に載せた彼女のプロフィール。
彼としては特に顔出し以上の意味合いを持たせたつもりは無かった。
「ダー。歌、唄いたいです」
期待の新星、という表現がある。
アーニャの大躍進は正しく超新星爆発とも言えた。
「二人とも」
立ち上がり、二人の目を正面から見つめる。
スラックスで手を拭うと、そっと二人の手を握った。
「ついて来てくれてありがとう。これからも、宜しく」
「ダー。まだまだこれから、ですね?」
「ククク……湧き出でる我が魔力に耐えきれるかしら?」
(はいっ! よろしくお願いしますっ!!)
「ははは、望む所……っと」
思い出したように腕時計を確認して、彼は笑う。
「さて、これ以上は遅れられないなぁ。魔法も解けちゃうかもしれないし」
「え……えぇ~っ!? そ、それはやだ~っ!!」
「だいじょうぶ、です。シンデレラは、遅れてやって来ました」
「はは。さぁ、行こうか――」
二人を置き去りにするかのような、靴でも脱げそうな勢いで。
魔杖を抱えたシンデレラは、舞踏会場へと駆け出して行った。
一旦おしまい。
冬コミ受かりました。楓さん書き下ろし本予定です
今週末、早稲田大学祭にて開催される同人誌即売会、『WASEKET07』の方も是非よろしくお願いします
楓さん書き下ろし本と聞いたら楓Pとしては買わないわけにはいかない
出来れば委託よろしくお願いします
乙です
乙
早稲田大学で同人即売会が開催されるのか
おつ可愛い
再び、>>127からの続きです
【15歳 / 冬】
それもまた、運命と言える。
「蘭子ちゃん。こっちへ」
CD収録の為にスタジオを訪れてすぐ、彼が準備中の蘭子を手招きした。
首を傾げながらもそばへ寄ると、手にしていた封筒を突き出される。
「熊本へ戻って。すぐに」
「……な、何ゆえ?」
(ど、どうしたんですか?)
「お祖母様の容態が悪くなったらしい」
脳裏に皺の刻まれた笑顔が浮かび、蘭子の頬が強張った。
「え、あのっ、これから」
「そんなのは俺が這いつくばればどうとでもなる。早く」
「で、でもっ」
「……濁して悪かった。危篤、だ」
キトク。
勉強熱心な蘭子の頭に、すぐさまその二文字が過ぎった。
同時に、決して良い意味は含まれていない事も。
「…………ぁ」
「お願いだ、早く。タクシー代と、これが飛行機の便。空港で発券できる」
封筒を受け取った手も、細いその脚も、小刻みに震えている。
口元すら震えて、両の瞳は所在無さげに泳ぎ回っていた。
「蘭子ちゃん」
肩に置かれた手は、彼女と同じように震えていた。
「頼む。少しでも、早く」
蘭子は駆け出した。
着の身着のままで、おおよそ走るには向かないヒールで、ドアを叩き開けた。
通りに飛び出す直前で何とか踏みとどまり、目に留まったタクシーへ転がり込む。
「どち」
「羽田空港までっ!!」
蘭子の顔を見て頷くと、運転手はすぐに車を出した。
跳ねる肩が落ち着いた頃、思い出したようにポケットをまさぐる。
携帯電話を開いて、発信履歴からダイヤルを掛けた。
『――もしもし、蘭子?』
「ママっ!」
『担当さんから聞いたわね。パパも熊本空港へ向かってるから、正面玄関で待ってて』
「わ、分かったっ。その……おばあ、ちゃんは」
『……』
「ママ?」
『……正直……あまり、良くないの』
「……」
『だから……蘭子も、いっぱい祈ってちょうだい』
「……うん。いっぱい、いっぱいお祈りする」
『そばで待ってるわ。また後で』
無機質な電子音が耳を打って、逃げるように顔を上げた。
渋谷から羽田への道のりが、今は絶望的な程に遠い。
「…………」
手が白くなるほど強く指を組んだ。
目をつむって、歯を食いしばって。
堕天使は、初めて本心から神へ祈った。
空港へ到着し、搭乗手続きを済ませてからはただ待った。
早く飛ばせ、お金なら幾らだって払う。
そう泣き叫びたくて堪らなくて、蘭子は悔しさに顔を染めた。
何度も何度も腕時計を確認し、それでも足りずに空港の時計を睨み付けた。
あと十五分。あと十分。あと五分。
搭乗ゲートが開く直前、ポケットの中が震えた。
あれほど赤かった顔が、見る間に色を喪っていく。
神崎蘭子は聡い娘で、それ故に事態を理解してしまった。
この期に及んで尚、祈るような気持ちで携帯電話を取り出す。
表示されていた名前は、母のものだった。
『もしもし? あのね、蘭子。よく聞いてね――』
ひどく現実感が薄い。
病室にて両親と共に医師の説明を受けた。
皺の刻まれた、もう笑う事の無い顔を眺めた。
今日はゆっくり休めと、誰も彼もから優しく背を叩かれた。
「くもまっかしゅっけつ」
もう一度口に出して、それでも実感は湧いてこない。
ただ喉だけが渇き、二本目のポカリスエットを空にした。
外の空気は充分吸った。
木陰のベンチから力無く立ち上がって、重い足取りを病室へと運ぶ。
今は祖母に寄り添っていたかった。
「――の娘を舐めるな」
部屋の扉へ手を掛けた瞬間、父の静かな声が漏れ聞こえた。
平坦な、けれど今まで聞いた事も無いような、厳しい声色だった。
「君の肩で背負うようなものじゃない。娘は、覚悟していた筈だ」
そう。蘭子は覚悟していた。
熊本を、家族の元を離れ、厳しい世界に小さな身を投じ。
その戦いの最中で、ふと頭を過ぎる事があった。
もし、家族に何かあった時は。
彼女は覚悟していて、その覚悟はまるで足りていなかったと、蘭子はようやく理解した。
「娘は」
静かに扉を開くと父は言葉を切った。
腰掛けた丸椅子の前で、彼女のプロデューサーが床に額を伏せている。
遅れて病室に足を踏み入れて以降、彼の頭は上がる事が無かった。
「やめて」
短くそう呟いて、蘭子はベッド脇の椅子へ腰を下ろす。
一切の管が外された身体を慈しむように撫でた。
「おばあちゃんが悲しむから」
父は黙りこくって、母が彼の額を上げさせた。
赤く染まった目元と額を久方の空気に晒して、ようやく面を上げる。
そのまま静かに立ち上がると、黙礼だけを残して病室を出て行った。
「蘭子」
空調が部屋をかき回すだけの時間がしばらく続いて、父が口を開いた。
温もりを探す手が動きを止め、蘭子の瞳はゆっくりと彼を捉える。
「蘭子に、と預かった」
差し出されたのは一通の封筒。
薄く銀箔の散った欧風のそれは、深紅の蝋で封が閉じられていた。
蘭子はその手紙に、どうしようもなく祖母の温度を思い出す。
祖母はいつだって蘭子の事を考えていた。
齢の差にして六十余年。
感性も何も全く異なる時代を生きてきたが、祖母は歩み寄る努力を惜しまなかった。
祖母の感性にはまるで響かぬ物であっても、蘭子が喜ぶだろうか考えた。
転んで泣いた蘭子に、魔法の呪文を教えてくれた。
遠く東京へ離れるに当たって、携帯電話の使い方を覚えた。
目の前の封筒に、蘭子は楽しそうに考えを巡らす祖母の背を見た。
「はぁっ……」
太陽も中天を過ぎ、病院の屋上は束の間の温もりに包まれていた。
数組の患者と看護師が居て、蘭子は彼らに小さく頭を下げる。
懐から封筒を取り出す。
彼女は、祖母を少しでも近くに感じたくて階段を昇った。
『蘭子へ』
祖母は毛筆を嗜んでいたが、宛名は万年筆で書かれている。
封を切ると、中に入っていたのは二枚の便箋。
蘭子にも読みやすいよう、丁寧な楷書が並んでいた。
「…………」
しばらくの間、目を閉じる。
細く長く息をついて、ゆっくりと目蓋を開いた。
蘭子へ
お腹は空いていませんか
その瞬間に不満を訴えだしたお腹に、蘭子は思わず笑いを零した。
そういえば今日は時間が無くて、朝から何も食べていなかったのだ。
空を見上げて頷くと、便箋を丁寧にしまって立ち上がる。
「うん」
先程よりもほんの少しだけ軽くなった足取りが病室を目指す。
生きる為には、まず何よりも食べる事だ。
少々の話を済ませ、再び屋上へ舞い戻れば、空は夕焼けの兆しを見せていた。
吐く息は白く、両親に巻き付けられたコートとマフラーを直す。
他に患者の姿も看護師の姿も無かった。
直にこの場所も閉められるだろう。
手袋を外し、封筒から便箋を取り出す。
もうお腹は空いていなかった。
蘭子へ
お腹は空いていませんか
まず蘭子に伝えたいのは、おばあちゃんは何にも悲しくないという事です
蘭子と一緒に居られて、とってもとっても幸せでしたよ
この手紙は、蘭子が東京へ行くと決めた日に書きました
何せ私も歳ですから、段々と元気が無くなってしまいました
ひょっとしたら、蘭子と会えないまま死んでしまうかもしれません
もしそうなっても蘭子が悲しまないように、この手紙をお父さんに預けておきます
おばあちゃんは蘭子が悲しんでも嬉しいし、蘭子が悲しまなくても嬉しい
つまり、蘭子はなぁんにも気にしなくて大丈夫だからね
なんて書いたら、蘭子はとっても怒るかもしれませんね
おばあちゃんは、蘭子が元気いっぱいに生きてくれるのが一番嬉しいです
お父さんお母さんの言う事をよく聞いて
お腹いっぱいご飯を食べて
お友達をみんなみんな大切にして
お勉強もちゃんとしなくちゃ駄目ですよ
申し訳無いけれど、おばあちゃんは遠く離れてしまいます
私は耳も悪くしてしまいました
だからおばあちゃんにも届くように
元気に挨拶をして、いっぱい笑って過ごしてほしいです
後は、何を書きましょうか
一枚目の便箋が終わった。
そこかしこに散りばめられた『蘭子』の文字に、小さな両手が震えた。
空が赤く染まり出す。
蘭子がアイドルになると聞いて、おばあちゃんはとても嬉しかったです
蘭子は自分でやりたい事を見つけて、自分の足で歩き始めました
蘭子は私の自慢の孫です
えらい!
秘密と言われていたけど、こっそり書いておきます
CDや写真を送ってくれるだけではなくて、担当さんが時々お家に来てくれました
テレビでライブの録画を観せてくれて、色々なお話をしてくれました
まだまだ体力は無いけれど、いつも一生懸命で、必ず凄いアイドルになる
担当さんは、一曲が終わる度にそう蘭子を褒めていましたよ
蘭子の歌も、何度も聴きました
格好良くて、元気で、とても良い歌でした
おばあちゃんのお友達にもたくさん自慢してしまいました
いつか蘭子のライブにも遊びに行きたいけれど、おばあちゃんには難しいかしら
シンデレラを目指しているそうですね
おばあちゃんもシンデレラは大好きなお話です
おじいちゃんとのお話は、蘭子とおばあちゃんだけの秘密ですよ
シンデレラになりたいなら、うんと頑張らないといけません
お料理も、お掃除も、お裁縫も、ちゃんとお母さんから教わるんですよ
でも、実を言うと、おばあちゃんは全然心配していません
だって、蘭子は世界一可愛い女の子ですから
さて、そろそろおしまいにしようかと思います
けど、大丈夫
蘭子は、とっておきの魔法の呪文を知っていますから
これから先、もし悲しい事があったなら
どうかみんなにも教えてあげてね
婆ちゃんネタは卑怯だぞ…
手も、目も、喉も、心も、震えていないところが無かった。
最期の別れを惜しむかのように、何度も。
何度も何度も、何度も、何度も。
最後に添えられた一文を、決して忘れないよう、胸へと刻み付ける。
いたいの、いたいの、とんでけ あなたのおばあちゃんより
星が一粒、輝き始めた。
【16歳 / 春】
バースデーライブは恙なく終わろうとしていた。
二度のアンコールを終え、舞台上の蘭子は肩で息を繰り返す。
ステージライトに流れる汗が煌めいて、蘭子はゆっくりと息を整えた。
『今宵の宴は、まだ終わらないわ』
(もうちょっとだけ、付き合ってほしいの)
すっかり終演だとばかり思っていたファン達から、小さく歓声が上がった。
中々の広さを誇る会場をゆっくりと見渡し、何度も頷く。
『そなたらの器を見込み、共に叶えん野望がある』
(みんなにお願いがあるんです)
蘭子の言葉に、ファン達は顔を見合わせた。
「――だめ、かな」
蘭子の話を一通り聞き終えて、彼は椅子を軋ませた。
腕を組み、様々な考えを巡らせる。
小さく息をつくと、再び蘭子へと向き直った。
「出来るかどうかなら、別に問題は無いよ」
「じゃあ」
「みんなには、知らせるのかな」
「……ううん」
首を振り、笑顔を浮かべる。
「ただ、みんなに笑ってほしいだけだから」
「……そうか」
マウスを操作し、ライブ関連のファイルを立ち上げる。
キーボードの上で指を踊らせながら、彼も薄く笑顔を浮かべた。
「時間は調整しておくよ。やるなら、思いっきりね」
「魂の祝福を」
(ありがとうっ)
堕天使が微笑みを浮かべる。
『――我が喚び声に共鳴を以て応じよ。汝の魂を解放せよ!』
(私に合わせて、コールをしてほしいんです。おっきな声でっ!)
マイクを握り、蘭子が会場中へ呼び掛ける。
紅、蒼、紫。
思い思いのサイリウムを振って、ファン達は応えた。
『魔力は存分に高め終えたかっ!?』
(準備はいいですかっ!?)
『ウォォッ!』
『ちっちゃぁぁーーいぃっ!!』
蘭子が腕を振り回して跳ね、会場のボルテージが一段と上がる。
『もっとーっ! 魔力をっ!!』
『ウオォォォッッ!!』
『まだだ、まだ足りぬっ!!』
『ワァァァァッ!!!』
『いざ! 応えよっ!!!』
蘭子が、大きく息を吸った。
『――いちたすいちはっ!!』
ファン達が再び顔を見合わせて、会場が一瞬だけ静まり返った。
蘭子がもう一度、魂を咆吼させる。
『いちたす、いちはっ!!』
『――にーーっ!!』
集まったファンの誰も、彼女のコールの意味を知らない。
ただ、蘭子は気持ちの良い笑顔を浮かべていて。
会場を埋めるファン達の顔は、自然と楽しげな表情へと変わって。
『魂の!』
『赴くままに!』
『煩わしい!』
『太陽ね!』
『闇にっ!!』
『飲まれよっ!!』
『光にっ!!』
『包まれよっ!!』
身体を反らせて、大きく大きく息を吸う。
マイクを通じて、会場中に強い風切り音が響く。
『いたいの、いたいのっ!!!』
そして神崎蘭子は、生涯一番の大声で叫んだ。
「――とんでけぇーーーっ!!!!!」
遥か空の彼方にまで届きそうな、魂の響きだった。
誰かが問う。
アイドルとは何か、と。
神崎蘭子はいつだって答える。
みんなを笑顔に出来る人だ、と。
一旦おしまい。
「まずはご飯を食べよう」というのは、今でも大切にしている言葉です
悲しい事があった時は、まずご飯を食べてみてほしい
こんなものを電車で読まされた俺の顔がヤバイ
….あ、顔はいつもヤバかったわ
なら大丈夫だな、うん、問題ない
乙です
乙です
乙
>>175
(´;ω;`)ウッ…
乙
泣ける
いいはなしだなぁ
年内に終わるんですかね(小声)
もちろん(2017)年内に終わらせる気満々で進めています
冗談はともかく、現時点で三分の一くらいですね
二十四歳の春で終わります
ゴクリ…
【16歳 / 初夏】
「ばかぁぁぁーーーーーーっっ!!!」
破れんばかりの勢いで病室の扉が開き、六人の患者達が慌てて跳ね起きた。
ターゲットを最奥のベッドに認めると、その胸元へ勢い良くタックルを加える。
「っごぅ」
「ばかばかばかばかばかばかプロデューサー」
悶える暇すら与えず、神崎蘭子は彼の胸板に何度も何度も頭突き。
浮かんでいた涙が病衣に染み込み、不規則な模様を描く。
呆気に取られる他の患者達に見つめられ、彼は慌てたように釈明しようとした。
「あ、ごほっええとこれは、大声ごふっすみませんあの、蘭子ちゃん離れようか?」
「…………ばかぁ」
ぐすぐすと洟を啜り、蘭子は抱き着いて離れようとしない。
その様子を見た患者達は納得したように頷いた。
「良い妹さんを持ったなぁ、兄ちゃん」
「大切にせんといかんぜ、身体もこの娘も」
「しかしあんま似てないな……いや、失敬」
壮年から中高年の男性患者たちに揃って都合良く解釈される。
彼は反論しようとして、胸元の小さな頭を見て、結局諦めた。
「……その、心配してくれてありがとう。ごめんな」
「赦さぬ」
(ばか)
「ええと、いやホント、大した事無いから」
「空言を弄するな。身も朽ち果てん有様だったと風も囁いた」
(うそ。過労だって聞いたもん)
「ダー。うそ、ダメですよ? プロデューサー」
「……やぁ。アーニャちゃんもありがとうね」
当代シンデレラガールと総選挙第二位。
そんな二人の少女を担当するプロデューサー業務は壮絶な戦いだった。
身体が二つ欲しいと彼の零した呟きは、まさしくその状況を一言に纏め上げている。
第二回総選挙からのこの一年間。
終わりの無いマラソンは先日の第三回総選挙でようやくのゴールを迎えた。
そして走り続けたランナーは精根尽き果て倒れ込んでしまったのだ。
診断結果は過労。医師からは五日間の安静を言い渡されていた。
「プロデューサー。蘭子、とってもベスパコイツァ……心配、してました」
「……」
「その……グランマが、その……アー……」
祖母が世を去ってから、未だ半年足らず。
そんな折に担当プロデューサーが倒れた報を耳にした蘭子。
彼女の心情が如何ほどのものか、彼自身も痛切に理解していた。
「我が、友までも……やだよぅ……い、居なくなっ、たら、どうしよう、ってっ……」
「……ごめんな。本当に、ごめん。もう、勝手にどこかへ行ったりしないよ」
「プロデューサー。蘭子と……私と、約束できますか?」
「ああ、約束だ」
「……なれば、我々と共に久遠の盟約を交わせ」
(じゃあ、私達と指切りして)
「いいとも」
苦笑しながらも、しっかりと小指を伸ばす。
蘭子とアーニャも細い指を伸ばし、三つ巴の鎖を結んだ。
「プロデューサー。これからも、一緒に居てくれますか?」
「ああ」
「蘭子、お願いします」
「……うむ」
そして、結んだ指を小刻みに揺らす。
「指切拳万、空言を紡ぎし果てには地獄の業火に身を灼かれよう。血の盟約は契られた」
(ゆびきりげんまん、ウソついたら針千本のーます。指切った!)
「…………あ、ああ」
ひとたび魔王との盟約を破れば、それはそれは大変な事態になるのだ。
「――刻は満ちた。これより円卓会議を執り行う! 騎士共よ、卓へ着け!」
(作戦会議です! みんな、座ってください!)
翌日。
蘭子は事務所の小会議室にて高らかに宣言した。
彼女の背よりだいぶ高いホワイトボードをぺしぺしと叩く。
「カンフィリアンスェ……会議、とっても大切、ですね?」
「はいー。言葉と言葉を交わす事こそー人の人たる由縁ゆえにー」
アーニャの隣に座るのは先程までのんびりお茶をしばいていた依田芳乃。
悩み相談が得意と聞いた蘭子が会議へ誘うと二つ返事で承諾してくれたのだ。
長方形の会議机を挟み、二人と蘭子が向かい合う。
小会議室に円卓は無かった。
「あ、お菓子いっぱい買って来たから食べてね?」
「では遠慮無くーカントリーマァムをー」
「ンー……カントリーマァム、良い名前です」
長期戦に備え、机の端にはお菓子が山積みになっていた。
二人に釣られて蘭子もカントリーマァムを囓る。
「おいしー」
「まことー」
「抹茶味も、美味しいです」
腹が減っては戦が出来ないのだ。
「これより円卓会議を執り行う! ……あ。ありがとー」
「ニェート」
「これより円卓会議を執り行う!」
(では会議を始めます!)
アーニャに口元の食べかすを払ってもらい、厳かに円卓会議が始まった。
ちなみに会議室の扉には『サバト執行中』の紙が貼られている。
このブレもまた蘭子語の持ち味だった。
「我らには一刻の猶予も残されておらぬ! 我が後に続く者は剣を掲げよ!」
(急いでどうにかしないとね。二人とも良いアイディアとかあるかな?)
蘭子がホワイトボードを力強く叩いた。
実に女の子らしい筆跡で『プロデューサーお助け大作戦♪』の文字が踊っている。
今日はそこそこブレの激しい日だった。
「はい、アーニャちゃん」
「プロデューサーの書類仕事、手伝うのはどうですか?」
「うーん……でも私、あんまり難しいのよく分かんないよ」
「ダー……私もです」
シンデレラガールのタイトルを返上したとは言え、仕事が減る訳でもなし。
再び彼を倒れさせぬよう、心優しい少女達はうんうんと唸っていた。
「はいなー」
「はい、芳乃ちゃん」
「背伸びは禁物ですー。まずは手の届く支度からー初めてみてはー」
「ふむ」
「ピカップ……送り迎えとか、ですか?」
「いかにもー」
アイドルのプロデュース業務は多岐に渡る。
ステージ演出や衣装の提案、客先への営業、アイドルの送迎、エトセトラエトセトラ。
通常の業界であればどれも分業化されるべき業務量である。
だがここ十年ほどはこういった慣習が常態化し、不思議と文句も出てこなかった。
「しかし我らの戦場はクノッソスの迷宮。アリアドネの糸無しには……」
(私、テレビ局とかで未だに迷っちゃって……プロデューサー抜きで大丈夫かなぁ)
「蘭子、頑張り所です。お互い、いっぱいサポートしましょう」
「……うん、そうだよね。私達がしっかりすれば、プロデューサーも休めるもんね!」
「共に踊る者たちとの挨拶などもー大切なものでー。縁を繋ぐ為にも疎かにはー」
「慰めの調べ……クク。その程度、我らには造作も無き事」
(楽屋のあいさつ回りかぁ……うん、そのぐらいなら私にも出来るかもっ!)
『プロデューサーお助け大作戦♪』の横にサインペンを走らせる。
『出来る事から始めよう! まずはあいさつから!』
満足げに頷き、蘭子はその一行を大きく丸で囲った。
「この刻を以て円卓会議の幕を切る。騎士共よ、参集御苦労であった!」
(よしっ! これで会議を終わります! みんな、お疲れ様っ!)
「ウラー!」
「いえいえー」
三名による小さな拍手が湧き起こる。
こうして、実に十五分に及ぶ円卓会議がその幕を下ろした。
「お菓子余ったねー」
「皆を呼びー分け与えるのがよろしいかとー」
「みんなでお菓子パーティー、しましょう♪」
「よーし……明日から、頑張ろうねっ」
「ダー!」
「美しきはー友情かなー」
こうして蘭子とアーニャの小さなチャレンジが始まり、大失敗に終わった。
翌週復帰した彼は後始末に奔走し、結果として胃に小さな穴が開いた。
アーニャもちょっと泣いた。
【16歳 / 晩秋】
「パーティ~、バーヌキェ~ット、クラーバ~……♪」
「ナー?」
北海道から持って来たというパーティー帽を被り、鼻歌を唄いながら工作するアーニャ。
グリフォンがその手元を不思議そうに覗き込んでいる。
紆余曲折を経て、蘭子は仔猫を飼う事となった。
推定年齢1歳未満のロシアンブルー、グリフォン。
今や彼はアーニャと共に、蘭子の家族と言っても過言では無い。
「ズェベルシーニェ! 出来ましたよ、グリフォン」
「ニャッ」
厚紙とゴム紐で作られた、アーニャ特製の猫用パーティー帽。
小さな両耳の間には大き過ぎるくらいのとんがりが生えて、グリフォンが首を傾げた。
「あら、格好良いですね~。主役用タスキも持って来ましょうか♪」
土鍋の具合を確認しながら、鷹富士茄子が笑う。
アーニャもウキウキな本日の夕餉はカニ鍋パーティー。
遅ればせながらグリフォンのウェルカムパーティーも兼ねている一席だ。
特別ゲストとして、グリフォンの恩人である茄子も招かれている。
PVやら猫やら、この秋は本当に色々とあったのだ。
「魔王の帰還!」
(ただいまー)
「お帰りなさーい。お邪魔してます、蘭子ちゃん♪」
「ククク……見よ! 下僕からの献上品を!」
(プロデューサーから差し入れ貰っちゃいました!)
袋いっぱいの缶ジュースやお菓子を手に蘭子が帰宅した。
カニパ、カニパー、と呟きながら洗面所へと向かう。
「では、蘭子ちゃんも帰って来ましたし。グリフォン君もアーニャちゃんもお待ちかねですし」
「ニャ」
「ワクワク……」
「豆乳鍋に、具材を……投入~♪」
「ウラー!」
白の湖面に具材が飛び込んでゆく。
煮えにくいものから順番に、オールスターが勢揃いしていった。
自宅で酒盛り中の楓がくしゃみをした。
「おお……幾多の贄共が踊り狂っておるわ……!」
(わぁっ。食べきれるかなー)
「そしてそしてー、トリを飾るのはー……本日の主役、カニさんでーす♪」
「クラーバっ!」
ぱぽんっ!
カニが踊り、アーニャがアメリカンクラッカーを打ち鳴らす。
彼女は久しぶりのホームパーティーを全力で楽しんでいた。
自宅でチーズ鱈を囓っていた楓がくしゃみをした。
「という訳で、煮えるまでグリフォン君と遊びましょう」
「ナー?」
「フフ……焦るでない、魔獣よ。宴はこれから故」
(ごはん、もうちょっと待っててね)
蘭子がグリフォンを膝に抱きかかえる。
背中をもふもふと撫でると、彼は満足げに喉を鳴らした。
「実はですねー、今とある企画をやっていまして」
「ほう?」
「企画?」
「お守り大作戦です」
茄子が懐からお守りを取り出す。
表面には『色々大祈願』と精緻な刺繍が施されていた。
「ほら、私ってライブでお守り放るじゃないですか」
「うむ。狂乱の賽ね」
(人気ありますよねー、あれ)
「数を用意するのが難しいんです、このお守り。なので代わりが無いかなーって」
「代わり、ですか?」
「ずばり待ち受け画面です」
茄子が携帯電話を取り出した。
待ち受け画面には富士山を背景に鷹と茄子とが舞っている。
「私を写した待ち受け画面を配信すればいいんじゃないかなーと思いまして」
「ほほう」
「そこでグリフォン君です」
「……ナ?」
賑やかに鳴き始めた鍋の様子を伺っていたグリフォン。
そっと前脚を伸ばしかけた下手人を捕まえ、茄子が膝の上へと投獄した。
「招き猫になって貰っちゃおうと♪」
「マネキネコ……ちひろが集めてるあのコ達、ですか?」
「だー♪」
「ナー」
右手を掴み、招き猫のポーズを真似させる。
グリフォンをじっと見つめて、アーニャも招き猫のポーズを真似た。
蘭子も真似て、ちょっと照れた。
「なれば、写し身の儀を今より執り行おう」
(じゃあ、写真撮りましょうか)
「あ、ちょっと待ってください。良い物持って来てるんですよー」
茄子がハンドバッグを引っ繰り返す。
あれでもないこれでもないと脇へ避けた、世にも珍しいグッズの数々。
二人と一匹はそれらを興味深そうにつっついていた。
「あったあった。じゃーん」
そして取り出したのは一枚の金属片。
新五百円玉よりも二回りほど大きく、またやや白みがかっていた。
「アー! コバン、ですね?」
「ぴんぽーん♪ 招き猫と言えばこれですよねー。はい、グリフォン君」
茄子がグリフォンへ小判を手渡す。
不思議そうな表情でしばらく舐め回した後、ちょうどいいとばかりに囓り始めた。
「真獣よ。それは甘美なる偽りの財宝とは似て非なる物よ」
(グリフォン、それコインチョコじゃないよー)
「蘭子。ちなみに猫はチョコレート、ダメですよ?」
「えっそうなの?」
「あはは、まぁまぁ。蘭子ちゃん、写真をお願いしますね」
「心得た!」
(はーい)
蘭子が携帯のカメラを起動する。
小判を抱えたグリフォンを抱えた茄子は、確かに縁起が良さそうに見えた。
茄子の腕の中で自由気ままに転げ回るグリフォン。
そのパターンの数だけシャッターを切っていく。
「約束の女神よ。最後の審判を」
(茄子さん、これでどうですか?)
「うん、バッチリです! ありがとうございました、二人もグリフォン君も」
「グリフォン。そろそろ、めっ、ですよ」
「ニャッ」
珍しい玩具を取られまいと、グリフォンが小判を咥えて部屋の中を逃げ回る。
翻弄されるアーニャを眺めて、茄子が穏やかに笑った。
「魔獣の眼鏡に適ったようね。我が手よりも与えるべきか」
(あはは、お気に入りだねー。あのオモチャってどこで売ってるんですか?)
「あー、あれは慶長小判なので売ってないと思いますよー」
「……ケイチョ?」
「子供の頃にサツマイモ掘ってたら出てきたやつです」
「……む?」
「博物館にでも寄贈しようと思って、ついそのままにしちゃってて」
ぐつぐつことぐつことことぐつぐつ。
部屋にはしばらく鍋の奏でるハーモニーだけが響いた。
やがて思い当たった蘭子が手を打ち鳴らす。
「アーティファクトか?」
(……本物の小判?)
「そうですよー」
「グリフォンっ!! めっ! めっ、ですっ!!」
「ミーッ!?」
慌ててグリフォンをふん捕まえるアーニャを尻目に、蘭子はぼんやりと考え込んでいた。
それはそれは楽しそうに笑う茄子の顔を眺めながら。
「……茄子に小判」
(……ネコに小判)
「蘭子ちゃん、何か言いました?」
「ううん、何も」
茄子が蓋を開けると、実に美味しそうなカニの豆乳鍋が姿を現した。
一旦おしまい。
転職活動とか冬コミの入稿とか一段落したのでペース上げたいです
楽しみにしてるよ乙
乙
新刊ぜひ委託たのんだ
今回は元日から虎さんで取扱予定です
冬垣楓さんのお話だよ
楓さんの虜な俺が大歓喜
新刊待っとうよ
過労には気をつけて、乙
乙です
慶長小判っていくらだろう
乙
これまでの既刊とかの情報を知りたい・・・
>>210
1枚150万円前後はする
>>211
http://twpf.jp/Rhodium045
既刊とか過去作とか全部載っけてるのでどうぞ
そういえば、よしのんのPRはしないの?
新刊できたろ、待ちわびてるぞー
なぁに、クリスマスまでには終わるさ
【16歳 / 冬】
目を覚ますと何だか部屋が明るかった。
いや、ひょっとしたら逆かもしれない。
もしかして遅刻しちゃったかなと恐る恐る頭を上げる。
時計の針は間もなく7時を指そうとしている所だった。
ゆるゆると安堵の吐息を零し、そういえば今は受験休校だったと思い出す。
「ふぁ……」
背伸びをしてカーテンを見れば、やはり明るい気がする。
二段ベッドの梯子を降り、深紅のベルベットを一息に開いた。
「…………わぁ」
水滴に曇った窓は外の景色をよく見せてくれない。
だが薄ぼんやりと白く染まった世界に、蘭子は窓のクレセント錠を解き放った。
「白亜の騎兵隊っ!」
(雪だーーっ!)
もちろん、蘭子が雪を目にするのはこれが初めてではない。
日本の南端近い熊本であっても雪は降る。
しかし阿蘇近辺ならともかく、住宅地がこれ程の雪化粧をするのは稀だ。
女子寮前に設けられた小さな庭園は、こんもりと新雪が積もっている。
それに何より、蘭子は雪が好きだった。何だかわくわくするのだ。
「姫君よ! 同胞の迎えが……あれ?」
ベッドの下段を振り返れば、もぬけの空っぽ。
どこだろうと探してみればすぐに気付く。
先日買ったばかりの四人用コタツ。
その緑色の布団の端から、綺麗な銀髪だけが遠慮がちに覗いていた。
「姫君?」
(アーニャちゃん?)
「……さむいです。しめてください」
「白亜の騎士団が」
(ねぇ、雪が)
「しってます……さむいです……」
「ナー」
よく見ればグリフォンも胸に抱き締められていた。
アーニャは冬の魔の手から全力で身を守ろうとしていた。
アーニャにとって雪はレジャーなどではない。
雨や雷と同じ、数ある気象現象の一つに過ぎない。
ロシア連邦はサンクト・ペテルブルク。日本国は札幌市。
どちらも雪深い地域で、アーニャは人生のほとんどをその中で過ごしてきた。
人より寒さに強いのは確かだ。ただ、それと寒さが好きかというのはイコールでない。
「スニェーク……雪、綺麗です……こたつ……あったかいです……それでいいです」
「えー」
北海道民が都内へ来てまず驚くのが家の寒さだ。
すぐ冷える。そもそも冷たい。
常時暖房を絶やさぬ北海道の家とは根本から考え方が異なるのだ。
「こたつ……ハラショー……」
「ニャー」
「ク……我が軍勢が劣勢に立たされるとはっ!」
(わ、私が少数派……)
事実、北海道のコタツ普及率は沖縄と一、二を争う程の低さだ。
彼女の実家にもコタツは無い。
以前、友人宅にて遭遇した一件を思い出したその日に、アーニャは購入を決めた。
コタツさん家の子供にならなってもいい。
アーニャは今週に入ってからずっとそう考えている。
「暁を糧とし、血も凍る戦場へといざ降り立とうぞ」
(朝ご飯食べて遊ぼうよー)
「私はいいです……蘭子、楽しんできてください……」
「むー……グリフォンもさー」
「ミー」
アーニャとグリフォンが恋人の如く抱擁を交わす。
蘭子はどうしたらいいかしばらく迷って、結局最終手段に出た。
「…………だめ?」
少し悲しそうな声で、ちょっと目を潤ませて、お願い。
両親も、プロデューサーも、アーニャも。誰も勝てない蘭子の必殺技だ。
「……ニェート。ちょっと、遊びたくなってきました」
「やったー!」
「ニャ?」
「行きますよ、グリフォン」
「……ミー」
「おお……! ポリアフも戯れが過ぎたようね」
(すごーい……銀世界だ!)
朝食を済ませて庭園へ出れば、既に風の子達が遊び回っていた。
望月聖と佐城雪美が協力して雪だるまを作っている。
乙倉悠貴が全身モコモコの格好で新雪を踏み締めている。
龍崎薫の放った流れ玉が橘ありすの顔面を急襲する。
「ふむ。どう弄んだものかしら」
(なに作ろっか?)
「これだけあれば、何でも出来ますよ?」
「じゃあ、かまくら!」
「ダー。かまくらは得意です」
「えっと、大きさはこのぐらいかなー」
年少組の遊ぶ中心部から外れた場所へ丸く線を描く。
その上に沿って雪の壁を作り始めた蘭子を見て、アーニャはくすくすと笑う。
グリフォンはアーニャの垂らしたフードの中で寝ていた。
「蘭子。それ、崩れます」
「真か?」
(そうなの?)
「昔、私も埋まったから」
すっかり雪だるまになったアーニャを想像して、蘭子は笑った。
「まず、こうして……山を作ります」
「ふむ」
「それから少し水を掛けて……時間をおいて、固めるんです」
蘭子が一かきする間に、アーニャは二かきを済ませている。
二人の手に握られているのは頑丈そうなシャベル。
アーニャ私物の、錠前の提げられた大きな木箱から取り出してきたものだ。
彼女はミステリアスな女の子だった。
「こんな風に掬うと楽ですよ」
「ほほう……」
アーニャが手慣れた様子で雪を引っぺがし、徐々に山を大きくしていく。
蘭子はその山をシャベルの腹でぺちりぺちりと叩き固め、じょうろで水を撒いた。
「アーニャちゃん、上手ー」
「フフ。昔、パパから習いました」
「血が結ぶ美しき技と絆ね」
(お父さん直伝なんだ)
「でも、パパは日本の人から教わったらしいです」
そんな会話を交わす内、山は蘭子の背ほどまで育っていた。
最後にホースで水を掛け、固まるまで年少組を眺めつつ休憩する。
ちらほらと降りしきる雪がフードの中で眠るグリフォンへ舞い降り、すぐに溶けていった。
「突き立てられし生命の紙片の意味は?」
(何で枝を挿したの?)
「トーシュナ……壁の厚さをはかる為です」
蘭子がさくさくと、アーニャがザクリザクリと山を掘り進めていく。
枝の先端が覗いた所で止め、再び別の箇所を掘っていった。
「――ズェベルシーニェ。完成、です」
「堅牢ナル氷華ノ牢獄!」
(立派なかまくらー!)
蘭子の言葉通りの、それは立派はかまくらだった。
小学生ならば一人くらい上に乗っても大丈夫だろう。
中へ厚手の布を敷き、二人して長く長く息をついた。
「……思ったよりあったかいね」
「ダー。雪を見ながらご飯も食べられます」
「甘美の楽園へ誘わん」
(チョコ食べる?)
「いただきます」
雪景色にあって、かまくらの中は一際静かだった。
ぱきり、ぱきり。
二人の小さな口が明治の板チョコを砕く小気味良い音が響く。
「雪、綺麗だね」
「綺麗です。星も良いけど、雪も……穏やかで」
「ね」
「……」
「……」
「……蘭子」
「なに、アーニャちゃん?」
「コタツ、持って来ませんか?」
「来ません」
「ナー……」
フードの中で、グリフォンが残念そうに鳴いた。
【17歳 / 春】
「今回も良かったッス! 穏やかな曲調も良いッスね!」
「ありがとうございます。寝る前に聴くと安眠できるかもしれませんよ?」
「この前のライブ、お疲れ様でした。三船さんとのデュエットも素晴らしかったです」
「あら、美優さんにも伝えておかなくちゃ」
「天上の調べ!」
(すごかった!)
「我が身には過ぎたる言の葉♪」
(照れちゃいますね)
「水着グラビア、最高っした」
「グラスのビーアも最高ですよね――」
CDへのサインと握手を貰い、蘭子は意気揚々と列を離れる。
新盤リリース恒例のお渡し会。
楓が新たにCDを出す度、蘭子はこうして欠かさず会いに来ていた。
事務所で顔を合わせるのとは、やっぱり少し意味合いが違うのだ。
「――んしょ、っと」
蘭子は外で音楽を聴くのが好きだ。
部屋の中で聴くには、何だかちょっと勿体ない気がして。
女子寮の庭園に植えられた一本桜。
毛虫が落ちてこないか気を付けて、蘭子はその下の芝生へごろんと横たわる。
ポケットから小さなiPodを取り出し、薔薇飾りの施されたイヤホンを差し込んだ。
「……♪」
昨日入手したばかりの新譜。今回のテーマは波だった。
海だけに限らず、空であったり、あるいは心であったり。
色とりどりに立つ波を、楓が穏やかに歌い上げる。
「……」
良い日和だった。
目を閉じた蘭子の頬に木漏れ日が散り、ソメイヨシノの花びらが舞う。
春風が吹けば、視界いっぱいの桜色が波のように揺れる。
蘭子は高垣楓のファンだった。
普段の彼女はお酒を飲むか駄洒落を飛ばすかの愉快なお姉さんだ。
だが、一度マイクを握ったが最後。
泣く子も歌い出す神秘の歌姫へ、魔法のように変身してしまう。
「揺れ~、砕け~……♪」
三度目のリピートに合わせ、口ずさむ。
Aメロが終わろうとする頃、ふと目を開ければ隣には楓の姿があった。
開けたばかりの目を丸くする蘭子に、楓は続きを促すように微笑んだ。
「波よ~、風よ~、どうかまだ――」
三分半のメロディが終わり、イヤホンを外す。
ぱちぱちと小さな拍手を贈られ、蘭子も照れたように小さく笑った。
「上手ですね」
「……世紀末歌姫には敵わぬ」
(……楓さん程じゃないです)
「そうですか?」
からかうような楓の反応に、蘭子の頬がぷくりと膨らむ。
細い指でつつかれて、すぐに元通りになった。
「……して?」
(どうしたんですか?)
「美優さんが聖ちゃん達の所へ顔を出していくって言うから、ついでについて来たの」
「ふむ」
「そうしたら綺麗な歌が聞こえてきてね。セイレーンかしら、って」
「女子寮には居ないよー」
春の陽気に当てられたような、気の抜けた会話。
一回りも離れた歳を気にする事無く、二人はのんびりと会話を楽しむ。
風が吹く度に、庭園の春模様も穏やかに揺れていた。
「……世紀末歌姫」
(楓さん)
「何でしょう」
「そなたの瞳に、此の世界はどう映っている?」
(アイドルを始めて……楓さんは、どうだった?)
一瞬だけの静寂が降りた。
二人の目が合って、それから楓が空を見上げる。
再び口を開くまでに、三枚の花びらが舞い散った。
「……上手く、伝えられませんね」
幹に預けていた背を今度は芝生へ任せ、楓もごろりと横になった。
すぐ隣にあった、つつくのにちょうどよさげな頬をつっつく。
ぷくりと膨れて、すぐにしぼんだ。
「歌を唄うのは、好きでした。でも、前はアイドルだなんて考えもしていなくて」
「……」
「全部が変わったような気がしますし、何一つ変わっていない気もします」
「……むずかしい」
「ええ、とても。ですから」
指を一本、ぴんと真っ直ぐに伸ばす。
「――オトナになってからのお楽しみという事で、一つ」
「……ほう。我が身を童と侮る心算か」
(子供じゃないもん)
「じゃあ、今夜一緒にお酒を酌み交わしましょうか」
「子供です」
楓の参加する宴会は、広く地獄絵図と呼ばれている。
蘭子もまた地獄からの生還者だった。
「でも、そうね、蘭子ちゃんなら」
「――楓さーん」
女子寮の玄関から三船美優が姿を現した。
両脇にはゴザを抱えた雪美と、バスケットを提げた聖も見える。
「お待たせしました……」
「いえいえ、蘭子ちゃんをつっついてたらあっという間でしたから」
「つっつかないで」
「それはそれとして。その荷物、ひょっとすると?」
蘭子が楓の脇腹をつつく。
あまりの頼りなさに、蘭子はちょっと楓の身が心配になった。
風の噂によれば半分は酒で出来ているらしいが、果たして。
もう半分はダジャレかなと蘭子が考え出した所で、聖がバスケットを開ける。
「お弁当……作ってました……待たせて、ごめんなさい」
「お花見……楽しみ……」
「やっぱり。ここでやるんですか?」
「いえ、近くにある公園に……結構、綺麗に咲いてるんですよ」
サンドイッチや卵焼きの詰まったランチボックスを見て、蘭子のお腹がきゅうと鳴った。
四人――ペロも含めて四人と一匹――の視線が、寝転がっていた蘭子へ注がれる。
「ふむふむ。『衝撃。蘭子ちゃんは花より団子派』……と」
「ぐ、グループ窓に書き込まないでぇっ!」
「たくさんあるから……蘭子も……安心」
「貪欲の王などではない!」
(く、食いしん坊じゃないよっ!)
「お酒も」
「無いです」
「ですよね」
「……飛鳥ちゃん達も呼んで来ていい?」
「いいですね……みんなで、賑やか……」
三人寄れば姦しく、百五十人が集えば乱痴気騒ぎ。
アイドル達が揃えば、そこはいつでも賑やかなライブ会場なのだ。
「わぷっ」
「わぁ……」
「綺麗……」
「春ですねぇ」
「……♪」
「ナー」
一陣の風が吹き、桜吹雪が舞う。
神崎蘭子、アイドル4年目の春だった。
一旦おしまい。
最近書いたやつ
依田芳乃「多少の縁」 ( 依田芳乃「多少の縁」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1481273735/) )
あと冬コミ参加します こんな感じです
また明日更新します
予定してた 島村卯月『シンデレラ』 が書き上がらなかったので頑張って完結させたい
行くよー
この世界にはひじりんと雪美と美優さんもいらしたのか。その内、一本書くのかな?
乙です
雪美優聖の『クワイエットシルバー』とか
飛鳥李衣菜の『アンロックドアーツ』の話もそのうち書いてみたいね
これまでのSSのあちこちで出てきた蘭子につながっていくのが堪らんのよ…
しかし、なんというか、淡々とした文章のなかに、切なさとか愛おしさとか、過ぎ去った日々への愛惜のような何かがずっと響いていて、疲れきった社畜のおっさんは読んでて堪えるわ
今更ながら当SSについての解説を少し
普段は短編ばかり書いています
当然ながらそれらは彼女達の日々の一部を切り取ったに過ぎず、それ以外の場面でも彼女達は悩み、成長しています
その部分を何とか描けないか、そう考えてこのお話を書き始めました
感性も喜怒哀楽も豊かな若き主人公の蘭子ちゃんを通じて、そういう楽しさが伝わったら嬉しいなと思っています
では続き↓
【17歳 / 夏】
「こんな所かな。何か質問はある?」
「ン……シャンプーとか、要りますか?」
「いや、ホテルにアメニティとか一通り揃ってるから大丈夫」
「ポーニョ」
「蘭子ちゃんは?」
「愚問ね」
(大丈夫です)
「よし、お疲れ様。また週明けから頑張ろう」
二人との打ち合わせを終え、スケジュール帳を閉じる。
楽しげに週末の予定を話し合う蘭子とアーニャを、彼はぼんやりと眺めていた。
「……プロデューサー? どうか、しましたか?」
「ああ、いや……二人とも良い子だよなぁ、って」
「む?」
「反抗期ってあるのかなぁとか、何となく考えてた」
反抗期。
人間の生育過程において、個人差はあれど中学生前後に迎える事例が多いだろう。
自我の確立による社会との認識ズレ、外圧からの防衛反応。
大抵の子供において、赤子時代に次いで親を困らせる時期である。
「掲げた反旗翻りし日々……」
(反抗期……)
「親とか教師とか、いちいちうるさいなぁとか思ったりさ」
「先生、色んな事を教えてくれますよ?」
「我が血族も、魔界にあっては危うい程の慈悲を持ち併せているわ」
(パパもママも優しいよ?)
「ええと……親じゃなくても、俺の口出しとか」
「向けられた牙に潜む下僕の覚悟、見抜けぬ身とでも思ったか」
(でもプロデューサー、私達のこと、一番に考えてるでしょ?)
「ラッセルディーツァ……プロデューサー、怒るの苦手、ですね?」
「…………まぁ、そうかな」
去年、アーニャが仔猫を探しに黙って飛び出した際は叱った。
怒った経験と言えばそれぐらいしか思い当たらない。
二人とも真面目にレッスンするし、ファンに対しても真摯な姿勢だ。
指導する事こそあれ、叱る機会はほとんど訪れなかった。
「うん、まぁ確かに、無いなら無いでいいのかもしれないな、うん」
「プロデューサー、いっぱいコントラターカ……反抗しましたか?」
「したした。そりゃもう」
「どんな風に」
「……さ。帰ろうか。送ってくよ」
「ねぇ、どんな風にー?」
帰りの車内で、アーニャが隣から、蘭子が後ろから揺すり続けた。
女子寮に着いた頃にはだいぶ酔っていた彼を見て、二人はちょっと反省した。
「反抗期かー」
「ナー」
「グリフォン、お手」
「ニャ」
「おかわり」
「ニャア」
「反抗期」
「……ミ?」
よく分からずに蘭子の胸元へ飛び込んだグリフォンを抱え、ゴロリと横になる。
テーブルの向かいで一緒に夏期課題を進めていたアーニャのペンが止まった。
ハンコウキ、と呟きながらノートにペンを走らせる。
『反攻期』と書かれていて、少し惜しかった。
「パンドラの筺を持ち去られたわ」
(結局教えてくれなかったね)
「反攻期……みんな経験するもの、ですか」
「うーん……」
蘭子がグリフォンの鼻を押し、グリフォンが蘭子の顔へパンチを見舞った。
「……雪姫よ」
(アーニャちゃん)
むくりと蘭子が起き上がって、猫パンチされた鼻がちょっと赤くなっている。
「我らは夢中を舞い踊りし偶像」
(私達、アイドルでしょ?)
「ダー」
「火中すら舞う為に、剣を、盾を、弓を扱う必要もあろう」
(だからやっぱり、色々と経験した方が良いんじゃないかな、って思うの)
「その通り、かもしれません」
「いざ、盟友に反旗を翻さん」
(反抗期、しよ?)
「ダー。良いアイディアです」
「ニャー」
夕ご飯を求め、グリフォンがアーニャの背をてしてしと叩く。
「ふむ。どう攻めたものか」
(どうしよっか)
「ンー……ン。さばみそ、美味しいです」
「やぁ、良い夜だね。何の話かな」
「おぉ、我が友。バスティーユを共に目指さん!」
(あ、飛鳥ちゃん。飛鳥ちゃんも一緒に反抗期する?)
「…………ん?」
女子寮の食堂は賑わっていた。
年末や改変期には空いている席も、夏休み入りたての今日はかなりの数が埋まっている。
賑やかと言うよりも騒がしい食堂の隅。
主菜の姿無き大皿を前に、前川みくが力無く箸を進めていた。
「ええと、つまりはどういう事だい」
「私と蘭子、反攻期します。飛鳥も一緒にどうですか?」
「参ったな。話も前進するとは限らないのか」
夕食をつつきつつ、飛鳥がお世辞にも分かりやすいとは言えない話を噛み砕く。
彼女は割合に苦労を背負い込むタイプだった。
「――なるほど。ようやく納得がいったよ」
ようやく事情を把握し、飛鳥が食後のコーヒーを啜る。
長年に渡る努力の甲斐あって、浸す角砂糖の数は二個にまで減っていた。
「二人には悪いが、ボクの口からは馬鹿馬鹿しいと言わざるを得ないね」
「そうかなぁ?」
「そもそもだ。『反抗期』なんて言葉、実につまらないとは思わないかい?」
「つまらない……ですか?」
「大人というのは何でも名付けたがるものでね。型に填め込まないと気が済まないのさ」
飛鳥が両手を広げて椅子に背を預ける。
蘭子とアーニャはふんふんと頷いていた。
「情動、発露、慟哭。カタチは様々だが、どれもその個人の全存在を賭けた、一種の表現だ」
「ほう……」
「そんな劇物をリカイし易いように捻じ曲げる無粋さには、一種の同情すら覚えるよ」
「ンー……反攻期、ダメですか……」
「いや、そうは言ってないさ。アーニャ」
眉一つ変えずブラックコーヒーを嗜むアーニャを、飛鳥はけっこう尊敬していた。
「経験が力になるという点にはボクも全く同意するよ」
「でも、反抗期ってつまらないんでしょ?」
「そこさ。つまらないモノを敢えて手に取ってやろう、という心意気。それこそが」
ふと気付いたように飛鳥が口を開く。
しばらくの間くつくつと笑う彼女を前に、蘭子とアーニャは顔を見合わせる。
ようやく笑い終えた飛鳥は、ニヒルにウィンクを決める。
「李衣菜の言う所の、ロックな――反抗期ってヤツじゃないか?」
「じゃあ、飛鳥ちゃんも一緒にやる?」
「いや、いいよ。生憎だが間に合ってるんでね」
二宮飛鳥の反抗期は、そろそろ十年目に差し掛かろうとしていた。
「結局、反攻期……よく分からなかったですね?」
「だが、我が戦友は暗黒の果てに一筋の光を導いた」
(でも、良い事だっていうのは何となく分かったね)
夕飯の後にお風呂も済ませ、蘭子とアーニャは部屋へと戻って来た。
そして開きっぱなしにしていた課題に再び取り掛かる。
二人は夏休みの宿題を初めの方に終わらせるタイプだった。
「反攻期、一つずつ挙げてみますか?」
「うん」
「ンー……レッスンの、おさぼり」
「ファンのみんな、がっかりしちゃうよ?」
「それは……イヤ、ですね」
「えっと、じゃあ、悪口とか?」
「みんな、良い人達ばかりです」
「だよね」
「パパ達に手紙送らない、はどうですか?」
「心配しちゃうよぉ」
「そうですね……」
「深遠なる魔術式……」
(難しいなぁ……)
「……難しいです」
今日も穏やかに夜が更けていく。
そろそろ寝ようかな。
一区切り着いた課題から顔を上げ、アンティークの壁掛け時計へ目を向ける。
そして思い付いた。
「夜の眷属たらんっ!」
(夜更かしだよっ!)
「……シト?」
「一夜の寂寞を共に祝おう!」
(夜更かしなら迷惑も掛からないよ!)
「……!」
二人の頭に電球が浮かぶ。
感心したアーニャが小さな拍手を贈った。
「コーヒー、淹れますね!」
「お砂糖四つね! ……あっ」
「?」
「歯、もう磨いちゃった……」
「……フフッ。安心してください、蘭子」
「え?」
「私達は今、反攻期です」
「……!」
良いアイディアの多い日だった。
「……ふぁ」
「……眠く、ないですよ?」
24時間稼働の事務所グループ窓を覗いたり。
二人で買い集めたみんなのCDを聴き直したり。
グリフォンのブラッシングに精を出してみたり。
何となく望遠鏡を立ててみたり。
それでもヒュプノスの魔力は強大で、二人の目蓋は重力呪文を掛けられてしまう。
このままでは敵の手に落ちるのも時間の問題で、時計は十二時を指そうとしていた。
いつもの二人なら、日付が変わる前にはぐっすりなのだ。
「……雪姫よ」
(アーニャちゃん)
「……どう、しましたか?」
「助力を仰ごう」
(助けてもらお?)
「……誰に、ですか?」
「隣国の小悪魔共」
(お隣さん)
「寝て……ない、でしょうか」
「たぶん……」
ぐっすりと眠っているグリフォンを抱え、二人は隣室のドアの前に立っていた。
控えめに三度、遠慮がちなノックが夜の寮に響く。
「――はいはーい、どうせフレちゃ……って、あれー?」
顔を出した塩見周子が意外そうに目を丸くした。
眠そうな二人と眠っている一匹を前に細い首を傾げる。
「んーと、どうかした? 蘭子ちゃんにアーニャちゃんにグリフォン君まで」
「夜更かし中……なので……お邪魔、いいですか?」
「……ん?」
「反逆の旗を……倒しては、ならぬ……」
(反抗期……なんです……)
「…………んー?」
「周子、どうしたの……って、あら。お隣さん?」
その後ろから速水奏も顔を覗かせた。
何だか要領を得ないままに、二人は蘭子とアーニャを部屋へ通す。
「それで……二人とも、どうしたのかしら」
「夜更かし……」
「反逆……」
「うーむ。さっぱり分からんけど、遊びに来てくれたんじゃない?」
「……ま、そういう事にしておきましょうか。ココアでも飲む?」
ありがたくココアをご馳走になった蘭子とアーニャ。
二人の首は既に据わりが怪しかったが、睡魔に負けまいと必死に目を開けようとしている。
「何して遊ぼっか」
「うむ……」
「夜も遅いし、おとなしく映画でもどう?」
「……ダー」
そして上映が始まったのはとあるシチュエーション・スリラー。
井戸の底に閉じ込められた男を映像美が描き出していく。
しかし、話は遅々として進まない。
せめてもの抵抗として奏と周子へ振られる話題は、既に半分となっていた。
「そういえば……奏は、どうして……家じゃなくて…………寮…………」
「別に、都合がいいからってだけ。家族とも仲は……っと」
「二十分かー。まぁ保った方かな?」
アーニャにもタオルケットを掛けつつ、周子がマグカップを片付ける。
映像を停止し、奏が取り出したディスクをパッケージへ戻した。
「ハズレ映画も役に立つ事があるのね」
「え、集めてたんじゃなかったん?」
「誰が」
「奏が。よく買って来るじゃん」
「母数が多いだけよ」
周子と共にベッドへ腰掛け、バーボンの注がれたグラスを小さく打ち鳴らす。
ぬるい中身を少しずつ含みながら、姉妹のようにソファで眠りこける蘭子とアーニャを眺めた。
「反抗期ですって」
「じゃあお仲間だ」
「誰が」
「奏が」
「面倒だし、もうそれでいいかな」
「うーん、反抗期らしくない発言」
先にグラスを干した周子が再びボトルを傾ける。
差し出されたボトルに、奏はグラスを置いて答えた。
「良い子だから、そろそろ寝るわ。グリフォン君は貰うわね」
「ちょいちょい。あたしも狙ってたんよ? 一言あってもいいんじゃない?」
「じゃあ抱き合って眠る?」
「夏だよ」
「夏ね」
エアコンの設定が三度下がって、ソファの二人にタオルケットがもう一枚サービスされた。
「ドープラェウートラ!」
「煩わしい太陽ね!」
(おはようございます!)
「おはよう。こら、蘭子ちゃん。最初の挨拶だけは?」
「煩わしい太陽ねったら太陽ね!」
(おはよう、ございまーすっ!)
「……おお?」
週明け。
事務所へ顔を出した蘭子は自信満々に鼻を鳴らしてポーズを決める。
すぐ後ろで、アーニャがそれは楽しげに微笑んだ。
「プロデューサー。私たち……反攻期、です」
「フハハハハッ! 我らが攻勢に震えて滂沱するがよい!」
(えへへ。すっごく反抗期しちゃうからねっ!)
「ああ……なるほど。大体分かった、うん」
彼は理解が早い。
最も、そうでなければ二人のプロデュースなど務まらないのだが。
「それで、二人はどうするのかな」
「ククク……」
「フフッ」
蘭子とアーニャが目を合わせて頷く。
昨日一日考えて合意に至った結論。その恐ろしい宣告の刻だ。
「勝利の杯を掲げし暁に、甘美なる供物を捧げよ!」
(お仕事終わったらケーキ食べたい!)
「レッスン頑張ったら、ズヴェズダ……星の綺麗な場所、連れて行ってほしい、です!」
すなわち。
プロデューサーだけには、ちょっとくらいワガママと迷惑を掛けてもいいだろうと。
「ああうん、いいよ別に。そのくらい」
「――母なる水面の煌めき!」
(見てっ! 海がきらきらしてる!)
「ンー! お塩の香り、ですね!」
「潮な、アーニャちゃん」
アーニャご要望の、海辺ドライブ。
「おお……眼下に幾万の民が」
(わー……ちっちゃーい……)
「冬はもっと見えるらしいぞ」
「なら、もう一度来ましょう♪」
蘭子ご要求の、スカイツリー展望台。
「彩果の宝石……!」
(ケーキ、どれも美味しそう!)
「……! クレープ、焼いてくれるんですか?」
「ふふっ。ここは一つ、景気良く♪」
「あの、何で楓さんまで居るんですか?」
二人ご命令の、スイーツビュッフェ。
「反抗期って、楽しいね♪」
「反攻期、ハラショー♪」
ようやくワガママになってくれた二人の背へ、彼は静かに微笑んだ。
一旦おしまい。
多分また明日更新します
半分弱くらいまで来たけどクリスマスまでに終わらなくないこれ?
毎日更新はうれしい、乙
コミケ前日までやるんだよ,乙
うん、無理だって知ってた
頑張ればいけそうな気もするから頑張ってみる
まだ6年分以上あるのに大丈夫か…!?
早く続きが読めるのもゆっくり長く続く楽しめるのもどっちでも嬉しいです
> 周子と共にベッドへ腰掛け、バーボンの注がれたグラスを小さく打ち鳴らす。
こういうちょっとした一文で時間の流れがリアルに描かれていてすき
乙です
この奏はどっちだろうとか思ってニヤニヤしてしまう
時系列的に考えたら確定しそうな気もするけど、そこはまあ、見なかったフリで
【17歳 / 秋】
「わ、我が覇道、最早これまでか……」
(私……こ、殺されちゃうかもぉ……)
事務所に顔を出すなりそう告げた蘭子へ、彼は血相を変えて詰め寄った。
「ど、どうした蘭子ちゃん!? 大丈夫だ、絶対守ってやるからな!」
「…………これ」
「だから……ん? 通帳?」
差し出された預金通帳には『神崎蘭子様』と名義が記載されている。
首を傾げつつも、開いた通帳をめくってみる。
ページを進めるごとにゼロの数が増えていって、最後の金額は八桁へ達していた。
もうほとんど九桁に近かった。
「ワーォ……」
「か、斯様な金銀財貨など、我が手には余る!」
(こ、こんなお金、持った事ないよぉ……)
「えーと……どうしたの、これ」
「我が血族による転移の儀式を経し代物」
(お母さんがカードと一緒に送ってきたんです)
――はい、神崎です。
あら蘭子。闇に飲まれよっ♪
……え、ダメ? そう?
でもご近所さんの間でけっこう流行って……え、そんなにダメ? そう?
うんうん。ああ、届いたのね。
そうよ、あなたの。
え? うん、約束通りちゃんと積み立てておいたわよ?
でも必要な分が貯まった後もどんどん増えてきちゃって。
どうしようか、パパと話し合ったの。
本当は蘭子が成人したら渡すつもりだったんだけどね。
あなたの活躍と便りを見てると、もう心配無いだろう、って。
だからそれは余った分なの。蘭子が使い途を決めて頂戴。
でも、使う前にはきちんと考えなきゃダメよ?
昔みたいにいきなりお店のチョコケーキ買い占めたり……そう? ふふっ。
元気そうで何より。
またいつでも電話するのよ、蘭子。
……あ、ごめん。その前にパパと代わるわね。
さっきから仔犬みたいな目でこっちを――
「――方舟は羅針盤を喪った」
(それで、どうしようか分かんなくなって……)
契約当時、蘭子はまだ中学1年生。
発生する金銭の管理は当然ながら両親へ一任する事となった。
そこで両親は蘭子の将来に備え、彼女の給与を学費として積み立てていたのだ。
金額は順調に伸びていった。
高校分が貯まり、大学分も貯まり、修士課程の分まで貯まり、博士課程の分を超えた。
止まらなかったのだ。
「は、はぁ……そうですか……」
「下僕よ、不気味なる言霊を紡ぐな」
(プロデューサー、何で敬語なの?)
「いや、その、うん」
根っからの庶民である彼は口を開けるばかりだった。
いや、彼とて分かってはいた。事務所の中でも蘭子は稼ぎ頭だと。
だがこうして確固たる数字を突き付けられ、それに圧倒されていただけだ。
三年半の活躍ぶりを間近に見ていれば、この程度は全く不思議でもない。
「……お菓子でもたくさん買ったら?」
「もう買っちゃった……」
「そうか……」
蘭子も幸いにして経済的な不自由こそ経験した事は無いが、そこそこの庶民派だ。
余りあるお金を前に彼と右往左往するばかりだった。
そして、彼女が微笑みを湛えてやって来る。
「――あら、蘭子ちゃん。何かお困りごとですか?」
千川ちひろが気持ちの良い笑顔を浮かべていた。
「ああ蘭子ちゃん! というかレッスンあるよな! 行こうか!」
「……え? え?」
「すんません出てきます! また後で!」
「げ、下僕ぅ~っ……?」
蘭子の手と鞄をひっ掴み、彼は嵐のような速度で事務所を飛び出して行った。
か細い声も尾を引いて消え去っていく。
「……別に、取って喰いやしないのになぁ」
背後から差し入れようとしたエナジードリンクをお手玉し、プルタブを捻る。
腰に手を当てて一息に干すと、彼女は今日も元気に仕事へ取り掛かった。
「使い途?」
「うむ」
「うーん……貯金?」
今日のレッスンパートナーは凛だった。
ちょうどいいとばかりに、蘭子がお悩み相談を切り出す。
先日タイトルを返上したばかりの三代目シンデレラガールが柔軟しながら唸る。
アーニャと同じく受験生の身分である凛。
彼女も軽いダンスレッスンだけは、気分転換がてら受けるようにしていた。
「私も両親に全部任せてるから」
「蒼の騎士もか」
(凛ちゃんも?)
「特に欲しい物も無いし……あ、ハナコのご飯をちょっと良いのにしたよ」
「ほほう! なるほど、手勢への褒美か。我が軍も倣うとしよう」
(あ、それ良いかも! グリフォンも喜ぶよね♪)
「他の人にも訊いてみたら? 心当たりはあるでしょ」
「うんっ」
高校生ながらの一千万プレイヤー二人。
柔軟をこなす少女たちを、ベテラントレーナーがちょっと羨ましそうに眺めていた。
「使い途、ですか?」
「うむ。あむっ。美味しいですね、このタルト♪」
「はいっ♪ 最近こればっかり頼んじゃって~……」
昨年末に社屋へ新設されたばかりのカフェテラス。
昼下がりの薫風を楽しみながら、蘭子は十時愛梨とテーブルを囲んでいた。
新商品のパンプキンタルトはなかなかの評判らしい。
「……あ、車ですっ! 両親に新しい車をプレゼントしましたっ♪」
「ほう! 鋼鉄の幌馬車を!」
(車ですか!)
「私もこんな立派に成長したよー、って伝えたくって」
「車……車かぁ」
意外な人物から飛び出した意外な言葉。
呟きながら、蘭子が銀のフォークをくるくると回す。
「私、自分ではしっかりしてるつもりだけど、ちょっと抜けてるみたいで~」
「……うむ、まぁ、うむ」
「あっ、蘭子ちゃんたら、ひどい~っ」
「……む。す、すまぬ。始祖たる灰被り」
(ご、ごめんなさい愛梨さん……)
「な~んて。えへへ、冗談ですよっ♪」
「……むー!」
「あははっ」
ぷくりと膨らんだ蘭子の口元へ、愛梨がフォークに載せたタルトを差し出す。
あむりと頬張れば、蘭子の表情は立ち所に笑顔へ変わった。
愛梨の目にすら、彼女はイタズラしたいタイプに映るのだ。
「後はー、後輩の娘たちにご飯を奢ったり?」
「……ほう?」
「私も蘭子ちゃんも、最初の頃からこの事務所に居ますよね?」
「うむ。我が居城の栄えゆく様を見守っていたわ」
(はい。随分と大きくなりましたもんねー)
「よくわからないけど……芸能界はそういうのも大切だって、Pさんが言ってて」
「ほほう」
雑居ビルの間借りから始まったシンデレラガールズプロダクション。
二度の移転を経て、今や小さいながらも自社ビルを構えるまでに急成長を遂げた。
ひと頃に比べれば随分と控え目だが、今でも新たなアイドル達がたびたび加入している。
フレッシュな娘たちを見る度、蘭子は「若いって良いなぁ」と感慨に耽っていた。
「後はお洋服買ったり~、旅行とか、ケーキバイキングとかっ!」
「……徒に手駒を散らすのは上策と言えぬ」
(無駄遣いのし過ぎは良くないんじゃあ……)
「き、気を付けてますよ~? ……なるべく」
テーブルの隅に立つ、新発売のスムージーが描かれたメニューカード。
先程からちらちらと視線を向けていた愛梨に、蘭子はちょっと不安になった。
「貯金」
「貯金……」
「現金ねぇ」
「ナー」
今日も賑やかな女子寮の夜。
グリフォンを手土産に蘭子は隣室を訪れていた。
蘭子は差し出された八ツ橋を美味しく頂き、奏はグリフォンを撫で回す。
グリフォンがひどく不満げな顔を見せていた。
「いやいや先々代どの。今の世で何より重要なのはお金ですよ」
「一理あるわね」
(確かに)
「江戸っ子は宵越しの銭を持たないらしいけど、京女は来世分まで取っとくのさ」
ベッドの上でぐたりと横になりながら、周子が立てた指を振る。
ここ半年ほど、周子の夜は健全な休息に費やされていた。
一応はお客様の前だが蘭子は気にしない。
シンデレラガールは大変なのだ。蘭子はそれをよく知っていた。
「血族への返礼などは?」
(家族の人には?)
「……んー、まぁ、あっちはあっちで宜しくやってるでしょ」
「ほう」
枕に顔を埋めて零す周子に、蘭子は頷きを返す。
グリフォンを抱えていた奏が、その様子を見て笑いを堪えていた。
「……半妖の魔女?」
(奏さん?)
「ねぇ、蘭子。周子はこう言ってるけどね? この娘ったら前は喧嘩中なのに」
「奏」
「はいはい。京女は怖いんだから」
「……む?」
周子は憮然と、奏はさも楽しそうに。
意味深な会話を交わす二人の間で、蘭子は首を傾げるばかりだった。
「下僕よ」
(ねぇ、プロデューサー)
「あ、その前にちょっといいかな」
「申せ」
(うん)
「例の件、あまり大っぴらに話さない方がいいよ。贈与税とか色々うるさいからね」
「うん。それでお金の話なんですけど……」
「うーん、言葉ってのは難しいな」
翌日の夕方。
学校帰りに事務所へ寄った蘭子は再びプロデューサーの元を訪れた。
頭を掻く彼に、蘭子は遠慮がちに口を開く。
「我が友には少々、奇異な問いに映るやも知れぬ」
(ちょっと変な質問かもしれませんけど……)
「うん」
「西方辺境伯配下の騎士に、しかと悠久の安らぎは与えられるか?」
(県庁の職員って有給取りやすいんですか?)
「……うん?」
蘭子の問いに首を捻った。
そういえばお父様はそんな仕事をしていたかと思い当たる。
「……正直に言ってしまうと、その職場によるとしか」
「それも道理か」
(そうですよね……)
「だけど俺の口からも、一つだけ確かに言える事があるよ」
「真か!」
(ほんとっ!?)
彼が深く深く頷く。
オフィスを見渡して、蘭子の耳元へ口を寄せ、そして言った。
「俺達よりも取りやすいのは間違い無い。絶対」
「……」
プロデューサーにも何かしてあげよう。
蘭子はそう固く固く決意した。
「あなた」
「ん? ああ、定期報告か」
「今回はオマケ付きよ」
「オマケ?」
昔よりも少しだけ寂しくなった神崎家。
手渡された大きめの封筒を、父は不思議そうに開いた。
中にはいつものレポートと、小さな封筒と、便箋が一枚。
隣に腰掛けた母に促されるまま、父が便箋を広げる。
拝啓
秋涼爽快の候、ますますご健勝のこととお喜び申し上げます。
この度もレポートをしたためましたので、どうぞご査収ください。
さて、蘭子様については、この頃も好調が続いていらっしゃいます。
能力についてはもちろん、心の発育に関しても著しいものが認められました。
同封致しましたものに関して、それこそが証左である由を勝手ながら附させて頂きます。
蘭子様はご日程に関して懸念されたようで、ささやかながら助言を致しました。
その為に少々遠い予定とはなってしまいましたが、お楽しみ頂ければ幸いです。
敬具
追記
二人でいっぱい楽しんで来てね
繰り返したサインのお陰だろう。
昔よりも随分と上達したような蘭子の字を見て、もう一つの封筒を開く。
「……これがオマケか」
「ええ」
「随分と豪勢なオマケだな」
来夏の日付が刻まれた、一週間の地中海周遊クルーズ。
その搭乗券が二枚、丁寧に収められていた。
「……蘭子だって行きたいくらいだろうに」
「あの娘も忙しいから」
「寂しいな」
「女子三日合わざれば恋をしてたりするものよ」
「やめてくれ、寝られなくなる」
父がチケットの入った封筒を引き出しにそっとしまう。
それから壁際に歩み寄って、残り僅かなカレンダーをめくった。
「明日、来年分を買って来ようか」
「楽しみね」
蘭子の無邪気さは、多分に両親から受け継がれていた。
【18歳 / 4月9日】
飛鳥から借り受けたウィッグ。
久しぶりに脚を通すパンツ。
持ち込んだ荷物の奥から発掘した帽子。
双葉杏に半ば押し付けられたシャツ。
プロデューサーやアーニャが見た所で、すぐには蘭子だと気付かないだろう。
普段のガチガチに固めたゴシックスタイルと比べれば随分と防御力が低そうだ。
上条春菜が事務所で無料配布していた伊達眼鏡を下げ、蘭子は行く先を睨む。
「……いざ」
蘭子は勇壮に一歩を踏み出した。
「いらっしゃい」
店主の小さな挨拶が響く。
蘭子はエロ本を求め、街の本屋さんへやって来ていた。
春は人を、少女をそういう気分にさせるのだ。
昨日、蘭子は十八度目となる魔王降誕祭を迎えた。
事務所の片隅で開かれたお誕生会の垂れ幕にもきちんと『降誕祭』と記されていた。
最近仕入れた知識から十万とんで十八歳を名乗ろうとし、集った全員に止められた。
彼女はその件について今でもちょっと不服だ。
「……」
蘭子の視線はきょろきょろと忙しない。
今日の彼女はプレーリードッグのような警戒心を露わにしていた。
繰り返すが、神崎蘭子は現在満十八歳である。
そういった書物を嗜むのに何の柵も背負ってはいない。
未だ女子高生であり、現役の人気アイドルだという点を除けば。
「知り合いの姿は……無し、と……」
蘭子とてよく分かっている。
自身の立場をきちんと考えれば、エロ本を買うのは決して褒められる行為でないと。
だが、ヒトの好奇心とはそう簡単に抑え付けられる代物ではないのだ。
飛鳥の力強い言霊を思い出し、蘭子は深く頷く。
ちなみに、飛鳥にそういう意味合いで言ったつもりは一切なかった。
蘭子は分別のしっかりとした娘だった。
ネットサーフィン中に時たま見えるそういったページからも、ちゃんと目を逸らす程に。
だから、十八歳なんだしもう大丈夫だよね――反動とは、かくも恐ろしいもので。
事前調査にも抜かりは無い。
残念ながら、法律上の強制力は無くとも、学生証の提示では購入を認められない店舗が多数だ。
ここはそういった縛りの緩い、老店主の経営する個人書店。
恥を忍んで依頼した調査を、大石泉は苦笑しながら請け負ってくれた。
機密費として、蘭子はお高いお店のプリンを三つも支払ったのだ。
「……よしっ」
一通り店内を歩き回り、知人が居ない事を確かめ終わった。
心なしか楽しげな表情で、蘭子がヴァルハラへ足を踏み入れる。
「……」
「――――……っ!?」
鷺沢文香が立ち読みを敢行していた。
文香は手に取った本へじっと視線を注いでいる。
蘭子は息を殺して踵を返し、元来た通路を三歩戻った。
「……え? えっ?」
今見た光景が信じられず、離れた位置から文香を観察する。
そして気付いた。文香は別にいかがわしい本を熱読している訳ではない。
彼女が居るのはエロ本の置かれた列の端、はみ出た純文学の一角だった。
油断していた。
事務所から離れた、静かで、今風ではない個人書店。
考えてみれば文香が出没してもおかしくはない条件だ。
……それにしても、純文学をよりによってエロ本の隣に配置する事はないじゃないか!
蘭子の胸中に義憤と良く似た、よく分からない何かがふつふつと湧き上がる。
「――うぅ……」
蘭子は歯噛みしていた。
未だ文香が陣取るのは紛れも無く蘭子の目的地への入口。
ヴァルハラで勝利の杯を掲げるにはどうしてもその脇をすり抜けねばならない。
遠巻きに何度も何度も様子を伺っては戻り。
その度に文香の立ち位置は微動だにせず、ただページだけが少し進んでいる。
今さら他の店へ買い求めるのはあまりにも危険だ。
レジで咎められ、あまつさえ正体が露見などした日には表を歩けない。
しかし文香が見せているのは明らかに長期戦の構え。
同じ書店員だからこそ挑める、店主上等の戦法だった。
「……」
雌雄を決する刻だった。
再びこういった変装を施すのにも手間が掛かる。
小一時間ほど観察した所、文香も書に没頭しているのは間違い無い。
後は勇気だけ。
自分の靴で一歩を踏み出せる者こそが、本当のシンデレラなのだ。
蘭子は他者の言葉を曲解しがちな少女だった。
「……」
「……」
どくん、どくん。
胸の鼓動がうるさい。
ふと、竹下通りをお手製の服で歩いたあの日を思い出す。
あの時こそが蘭子にとって、アイドルへの第一歩だった。
文香へ一歩、また一歩と近付くたび、細い脚が震え出す。
余裕をもってすれ違えるほど広くはない店だ。
必然、髪が擦れ合うかのような接近戦を余儀なくされてしまう。
あと一歩。
この一歩は、新たな日々への一歩。
アイドルにとっては致命的な一歩だが、蘭子にとっては大いなる一歩なのだ。
「あの、蘭子さん」
蘭子の鼓動が停止した。
あれ程うるさかった雑音は消えて、ただ血の気の引く音だけが鮮明に聞こえた。
振り向いた文香と入れ替わるように、蘭子は微動だにしない。
その様子へ不思議そうに首を傾げながら、文香がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あの……格好は、いつもと違いますが……蘭子さん、ですよね?」
「……白昼夢に幻影を視たようね」
(ひ、人違いです)
「あ……やはり」
「あっ」
蘭子が慌てたように自身の口を塞いで、既に全てが手遅れだった。
何だか防御力の低そうな格好だなと思いつつ、文香が言葉の矢を射続ける。
「先程から……ずっと、ちらちらと……視界の端に映っていたもので」
「……」
「ええと、その……その先は、あまり蘭子さんには……ふさわしくない、場所で」
気付いたように、文香がぽんと手を叩いた。
音ともつかない音へ、蘭子の肩が大げさな程に跳ねる。
「そういえば……昨晩は、蘭子さんの誕生……いえ、降誕祭、でしたね」
「……」
「和やかで、楽しくて……ささやかながらも、素敵なパーティーでした」
「……」
「プレゼントも……いえ、それはともかく……十八歳に、なられていましたか」
「……」
「ならば……少なくとも、あなたの友という立場からは……咎める事など、出来ません」
「……」
「どうぞ……ごゆるりと、お楽しみになってください、蘭子さん」
「…………ち」
「……ち?」
「違うもんっ! ばかーーーーーっ!!」
「あっ……ら、蘭子さん……?」
出口へ一目散に駆け出して、反応の悪い自動ドアにびたんとぶつかった。
小刻みに震えておでこを押さえる蘭子の前で、ガラス扉がのんびりと開いていく。
文香が何も言えずにいる内に、彼女は秋の東京へ走り去っていった。
「……」
手に持ったままだったハードカバーを閉じる。
肌色と桃色の多い一角へ、ちらりと横目を向けた。
「……私とて、多少は……ああいった書物も、嗜むのですが」
そして、会計を済ませる為にゆっくりと歩き出す。
抱えたハードカバーの表紙には、『新訳 罪と罰』と題されていた。
CGプロ(雑談) [99+]
HINA@原稿がんばらない。 18:22
【や、でもあそこは食べ物出てくるの遅いっすよ? 割と】
茄子じゃなくて茄子ですよ 18:22
【今回は飲む派の方と半々くらいですからね】
†††漆黒の翼††† 18:23
【写真集返すの(イケナイ個人授業だっけ)あさってでもいい?】
HINA@原稿がんばらない。 18:23
【もっかいアンケ取り直します?】
HINA@原稿がんばらない。 18:23
【おっと】
HINA@原稿がんばらない。 18:23
【誤爆すかね】
アスカ 18:24
【まて】
アスカ 18:24
【消して蘭子】
茄子じゃなくて茄子ですよ 18:24
【あらら、青春】
アスカ 18:24
【こっちじゃない】
†††漆黒の翼††† 18:24
【ちがう】
†††漆黒の翼††† 18:24
【あまねす謝り】
HINA@原稿がんばらない。 18:25
【蘭子ちゃん、消した方がいいすよ】
茄子じゃなくて茄子ですよ 18:25
【みんなが見てないよう、祈っておきますね】
HINA@原稿がんばらない。 18:25
【何も見てないんで】
HINA@原稿がんばらない。 18:25
【あとアタシにも貸してくれると助かります>飛鳥ちゃん】
†††漆黒の翼††† 18:25
【ごめんなさい まちがえました】
楓 18:25
【 [定期] ふとんがふっとんだ】
アスカ 18:26
【わかったから比奈さんも消してくれ】
Анастасия 18:26
【飛鳥、蘭子、お部屋で待ってます】
茄子じゃなくて茄子ですよ 18:32
【ごめんなさい】
「……」
「蘭子、飛鳥。座ってください」
「……」
「こういうの……こういうの、蘭子の教育に、良くないです。分かりますか?」
「…………うん」
「飛鳥も返事、出来ますか?」
「…………ああ」
その日の夜。
理不尽なお説教に、飛鳥と蘭子は物凄く釈然としない表情を浮かべていた。
一旦おしまい。
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ここから後半戦に入ります
乙です
楓さん…
乙です
【18歳 / 夏】
べしゃっ。
「あうっ」
蘭子は随分と久しぶりに、馬事公苑の土の味を思い出した。
情け無い声を零しながら舌を出す。
目の前の黒馬はぶるると鼻を鳴らしつつ、その様子をじっと見下ろしていた。
「な、何をするか、漆黒の戦馬よ」
(何さー、ブーケ)
ヘルメット帽を確かめながら立ち上がる蘭子の背に、抑えきれないような苦笑が聞こえた。
気付いた蘭子が振り返れば、柵の傍には背筋の伸びた老婆が一人。
「……見た?」
「ええ。この目で、ちゃあんと」
以前に特別企画で挑戦して以来、蘭子は時たま乗馬を嗜んでいた。
その際に結ばれた師弟関係もそのまま続いている。
老婆に呼ばれ、蘭子はブーケと呼ばれた黒馬を柵へ繋ぎ留める。
「お勉強は捗っていますか、蘭子ちゃん?」
「……うむ。だが、路は未だ険しく聳えている」
(うん。でもやりたくない……)
「なるほど。でも、上の空だった理由は、それだけじゃあありませんよね?」
「……」
「馬は、人をよく見ていますよ。忘れちゃったかしら」
アーニャや凛たちが無事突破した大学入試。
今年はもちろん蘭子や飛鳥たちの番だった。
アイドルも一時休業し、こうした余暇の他は勉学に励んでいる。
「楓さんがね」
「楓?」
「あ、先輩の……すごいアイドルで。その人が、もうすぐ居なくなっちゃうの」
設立から五年あまり。
既に十名足らずのアイドルがCGプロダクションを去って行った。
ある者は悔しそうに、ある者は笑顔で、ある者は何かに気付いたように。
しかし、その中でも。
高垣楓の引退発表は、事務所内に大きな衝撃を与えた。
「楓さんみたいになりたいって、思ってた。言えないけど、目標で」
「ええ」
「でも、居なくなるんだって分かって、だから」
黙り込んだ蘭子の横で、ブーケも静かに遠くを見ていた。
「先達は」
(Jさんは)
「何でしょう」
「永久の存在を信ずるか」
(ずっと続くものって、あると思う?)
蝉の大合唱が、その勢いを少しだけ増す。
「ええ。でもそれは、変わらないという意味とは違いますね」
「……普遍にして不変など、在り得ないと?」
(ずっとあるけど、変わるっていうこと?)
「その通り。一つ、お勉強の時間にしましょうか」
「え」
嬉しそうに掌を合わせた老婆へ、蘭子が露骨に眉を曲げた。
「虎は死して皮を残します。では、人は死して何を遺すでしょう?」
「……えっと……名前、だっけ」
「ぴんぽん。人は死して名を遺し――そして馬は、死してなお記録を残します」
老婆がブーケの鼻面を愛おしそうに撫でる。
ブーケが鼻を鳴らし、その大きな顔を老婆へ寄せた。
「記録というのは成長の証。蘭子ちゃん、成長っていうのは、変わろうとする事なのよ」
蘭子はそこでようやく、柵へ立て掛けられた白塗りの杖に気付いた。
「その魔杖……」
(その杖って)
「ええ、私の物です。可愛いでしょう?」
老婆が笑って杖を差し出す。
握りには丸められた馬の頭が彫られていた。
「この冬に、左腕を折りました」
「……え?」
「体力の限界でしょうね。もう、馬に乗る事も無いでしょう」
馬も、合わせるのが大変でしょうし。なんて。
ウィンクした老婆を前に、蘭子は口を開けたまま固まっていた。
二の句を継げずにいる彼女へ、老婆は柔らかく微笑む。
「私とて、変わります。蘭子ちゃんも、自分で気付けなくとも、変わっていますよ」
「……」
「会う度に背が伸びて、目が輝いて、とってもチャーミングになって」
空を見上げ、老婆が眩しそうに目を細める。
煩わしそうに笑っていた。
「私は、馬に乗れなくなりました。けれど私は、今でも馬が大好きです」
「……Jさん」
「蘭子ちゃんは、アイドルを楽しんでいますか?」
神崎蘭子は頷いた。
「楽しいよ」
「はいおしまい。これでお勉強へ集中できますね」
「……古の魔女の狡猾さか」
(……いじわる)
「では、優しい優しいブーケに慰めてもらいましょう。ほら、お待ちかねですよ」
「ブルッ!」
「わ! 分かった、分かったから乗るってばぁっ!」
ブーケを柵から放し、慣れた動作で跨がる。
グローブを填め直し、しっかりと手綱の握りを確かめた。
「そうそう。あちらに140のを用意しておきました」
「えっ」
「変わる事を恐れぬように。若さは、若者だけの特権ですからね」
「……む、むむぅ」
今までよりも少しだけ高く聳える障害を前に、蘭子が口元を曲げる。
背後の老婆が鼻歌で絶対特権を主張していた。
「――ええい、ままよっ! 神崎蘭子、推して参るっ!」
(……もうっ! 神崎蘭子、行きますっ!)
「ブルルルゥッ!」
そして、勢い良く駆け出した。
【18歳 / 秋】
「コイバナ、しましょう」
オリオンが輝いていた。
毛布にくるまりながら宣言したアーニャへ、肇が首を傾げつつ訊ねる。
「ええと……色恋のお話の、コイバナ……ですか?」
「うん」
「あ。ちょっと興味あるかも」
「禁断の果実……」
(コ、コイバナ……)
岡崎泰葉が同調し、蘭子の頬に気の早い紅葉が散った。
遠い目をしつつ、泰葉が何度も頷く。
「今まで、あんまりそういう機会無くって……ちょっと憧れだったり」
幼い頃より芸能界に身を置いていた泰葉。
学校の行事になかなか顔を出せない時期もあった。
内心、そういった事には憧れを抱いていたのだ。
「コイバナ、楽しかったから。お泊まりと言えばコイバナです」
夜の女子寮、肇と泰葉の部屋。
泰葉所有のホームプラネタリウムを楽しみに来た蘭子とアーニャ。お休み中のグリフォン。
室内天体観測会は、そのままお泊まり会へと雪崩れ込んだ。
「アダムとイヴ……楽園の赤き掟……」
(コイバナ……コイバナかぁ……)
「ええと……私達、アイドルなのですが……大丈夫でしょうか」
「大丈夫です、肇。みんなには内緒。ね?」
「うんうん。じゃあ、早速私から……」
少しだけぼやけた夜空の下。
数々の星に見守られながら、四人の少女が毛布にくるまって顔を寄せ合う。
中央で丸くなるグリフォンの耳が、時折思い出したように跳ねた。
心持ち瞳の輝き出した泰葉が考え込み、そのまま黙り込む。
「……えっと、ごめん。どういう風に始めればいいの?」
「うーん……やはり、好きな人ですとか……好みのタイプだとか」
「好きな人……うーん……まだ居ないなぁ」
「ほう」
泰葉が申し訳無さそうに笑う。
肘を立て、足をバタつかせつつ、アーニャは楽しげに続けた。
「じゃあ、泰葉は担当さんの事、好き?」
「……えっと、アーニャちゃん。好きは好きだけど、そういう趣味じゃないから」
「闊達ですが、可愛らしい人ですよね。雛祭りの時なんて……ふふ」
「肇ちゃんまで……あのね、そういうのじゃないってば」
どちらかと言えば成熟した質の三人が、年端も行かぬ少女のように笑う。
蘭子は静かに何度も頷いていた。
「じゃあ、好きなタイプか……そうだなぁ」
「白馬の皇子か?」
(カッコイイ人?)
「うーん、どっちかって言うと、私のお仕事とかに理解のある人?」
「あ、この前の……生涯現役、に関するお話でしょうか」
「うん。ここまで来たらそれもいいかな、って」
後に岡崎泰葉は芸能界で大暴れするのだが、ここでは割愛させて頂く。
しまった。
泰葉と肇の表情が固まり、恐る恐る蘭子の表情を伺った。
彼女の頬は夜にあって尚白く、口元は空気を求めるように開いては閉じる。
「パパ、アーニャの事は何でも知ってました。プロデューサー、アイドルの事、何でも知ってます」
「そ、そっか」
「プロデューサーもパパも、猫を可愛がってました。猫に優しい人、女の子にも優しいから」
「え、ええと……そうです、ね」
アーニャの言葉に逐一頷きつつも、蘭子の瞳が徐々に潤んでいく。
彼を褒め続けるアーニャを前に、肇と泰葉が目線だけを交わした。
「とこっ、ろで肇ちゃんっ! 肇ちゃんは好きな人っているのかな?」
「アー! 肇、担当さんの事、とってもとっても愛していますね?」
「えっ」
今度は肇が固まる番だった。
ようやく正気を取り戻した蘭子が顔を上げれば、肇の頬は夜にあって尚赤い。
「いえ、あの私は、別にそういうのじゃ」
「隠さなくても、大丈夫。肇と二人きりの時、あの人、とっても優しい目をしてます」
「……ほう」
蘭子の目が輝きを取り戻し、泰葉はこれ幸いと沈黙を貫いた。
女の子にとって、コイバナはこの上なき栄養源である。
相葉夕美と凛が交わしていたそんな会話を、泰葉は密かに思い出していた。
「っあ、違……私、私は、アイドルですから」
「それに、すごく強そうです。必ず肇のこと、ずっと守ってくれます」
「……」
「好き?」
「…………すき、です」
ぼふん。
肇が枕へ顔を埋め、頭から毛布を被る。
完全防御態勢を構えた彼女は、毛布の中で小さく小さく唸っていた。
「コイバナ、楽しいですね?」
「……うん」
「うむ!」
「……蘭子ちゃんはどう?」
「ククク……よくぞ訊いた。我が魂の伴侶、生半な器では足りぬ」
(……えへへ。でも私、ひょっとしたら高望みかも)
「蘭子は、どんな人が好き?」
「うむ」
枕を胸元に抱き寄せ、改めてしばし勘案する。
シルクの靴下に包まれた足がぱたぱたと上下する度、グリフォンのヒゲが小さく揺れる。
毛布の山にトンネルが開いて、赤らんだ耳だけが遠慮がちに覗いていた。
「強い人?」
「否。争いの世に生きて尚、戦いに飽くのは愚策ね」
(ううん。強くなくたっていいよ)
「なら……カッコイイ人とかかな」
「否。徒に美を求める生は、いずれ美の泉に溺れよう」
(ううん、カッコよくなくてもいい)
今度は蘭子の頬に、鮮やかな紅葉が舞う。
「瞳持つ者にして、深淵の理解者」
(私の気持ちを、分かってくれて)
「……」
「共に美酒を打ち響かせ、円卓に鮮やかなる色を咲かせる者なれば」
(いっしょに喜んで……いっしょに笑ってくれる人が、いいな)
「……」
毛布の山は崩れ、少々髪の乱れた肇が顔を出す。
照れ笑いを零す蘭子。
その肩を抱き寄せ、アーニャが厳かに宣言した。
「蘭子は、私が貰います」
「なっ」
「じゃあ、次は私ね?」
「ななな」
「では……私も、その次に」
「ななななななな……っ!?」
「……ナー?」
突如として始まったおしくらまんじゅう。
その中心で蘭子は押され、か細く鳴くのだった。
【19歳 / 春爛漫】
「唄わないんですか?」
「魔力を蓄えている最中ゆえ」
(パワーをためてるの)
「なるほど」
昼下がりのお昼寝を始めて四日目。
やって来た楓へ、蘭子は隣に置いたもう一つのクッションを勧めた。
「お邪魔します」
「存分に寛ぐが良い」
(どうぞ)
女子寮前の庭園、堂々たる一本桜。
誇るかのように今年も咲きあふれた花弁が、木陰に華やかな絨毯を誂え始めている。
横たわる蘭子と楓と、飛び回る小さな蝶だけが、特設の舞台を満喫していた。
「春は、良いですね」
「うむ。地が空が、滾らんばかりの魔力に満ちる」
(うん。ぽかぽかあったかくて好き)
蘭子は春が好きだった。
蘭子は春が、夏が、秋が、冬が好きで、世界を愛していた。
「お待たせしたようで、すみません」
「気に病むでない。我が魂も風の囁きに従ったまで」
(ううん。私が何となく、勝手にやった事だから)
「飲みます?」
「いいです」
「良いお酒なんですけどね」
抱えていた初桜の一升瓶を幹の根元へ立て掛けた。
春だから、お幹ね。
今日も楓は絶好調だった。
305と306の間抜けてない?
抜けてはなくね?
お仕事に理解のある人→Pというよーくわかってる人がすぐそこにいるじゃないって流れと思う
「世紀末歌姫」
(楓さん)
「何でしょう」
「アイドル、本当にやめちゃうの?」
「はい」
「……そっか」
女子寮は今日も賑やかだった。
誰かが間違えて掛けたアラームが鳴り響き、何かが落っこちたような物音が聞こえる。
「卯月ちゃんに負けたから?」
四月らしい風が吹く。
緑の絨毯が揺れ、鮮やかな桜が散った。
「そういうアーニャちゃんはどうなの? タイプ」
「私ですか? ンー……」
「アーニャさんの場合だと、それこそ王子様くらいでは……」
「うむ。遥か魔界にも雪華の美は伝え及んでいるわ」
(パパとママも綺麗だって言ってたもんね!)
少女と女性の境。
スラヴビューティーと大和撫子の境界。
今やアーニャはアンバランスな、危うい美の上を踊るアイドルとなっていた。
「パパみたいな人が、いいな」
「お父様?」
「うん。えと……あ。プロデューサー、好きですね」
蘭子の鼓動が停止した。
指摘ありがとう
それでは>>314の続きから↓
「私は、嬉しかったんです」
真っ直ぐに天へ伸ばした掌にそっと、一片の桜色が舞い降りる。
僅かな、風とも言えない風に煽られて、すぐに何処かへと飛び立っていった。
「みんななら大丈夫だって、そう教わって」
「だが、だが歌姫よ。そなたは今」
(……でもっ! 楓さんは、こうして)
「蘭子ちゃん」
身を起こして詰め寄った蘭子に、楓は寝転がったまま微笑んだ。
不思議な色の瞳に捕らえられて、蘭子は視線一つすら動かせなくなる。
「私が視てきた世界を、知りたいですか?」
蘭子の喉が鳴った。
幹に背を預けた一升瓶が、からかうように煌めいている。
「私は――」
「だーめっ♪」
「……へっ?」
「お酒も秘密も、寝かせた方が美味しくなりますからね」
「……」
膨らむ前の頬をつっついて。
膨らんだ頬をつっついて。
しぼんだ後の頬もつっついた。
ご満悦な楓の笑顔に、蘭子の身体が再び芝生の上へ沈む。
「蘭子ちゃん」
「……なに?」
「唄わないんですか?」
「……やだ」
「大魔術の儀に備える為?」
(パワーをためてるから?)
「……秘めし言霊が力を持つ事もある」
(……教えない)
「ふふっ」
楓がご機嫌な鼻歌を響かせ、雀たちが囀り出した。
【19歳 / 晩秋】
『混沌に――』
『闇に――』
『――飲まれよ!』
会場が拍手に湧き、ダークイルミネイトが拳を掲げた。
「――我が友よ! 今宵の魔力には震えるものがあったわ!」
(飛鳥ちゃん、今日は特に気合いが入ってたねっ)
「そうかい? キミの瞳にはそう映った訳か、興味深いね」
ステージ衣装から普段着へ着替え、ようやく蘭子と飛鳥は人心地がついた。
二人の攻めた普段着で他のアイドルが一息つけるかは疑問だが。
「ああ、蘭子。明日は空いているかな」
「うむ。我が友と同じく、全ての鎖から解き放たれん」
(私も飛鳥ちゃんもオフでしょー)
「それもそうか……なら、夕方が良い。夕陽は全てを赦してくれそうな気がするんだ」
「逢魔ヶ時か。心得たわ」
(分かった、夕方ねっ)
「後でメールを送るよ。さぁ、翼を畳もうか」
「お腹空いたー」
「今日は鮭のちゃんちゃん焼きだったかな」
「お魚の美味しい季節だね」
特に関係の無い話だが、みくは少し前から一人暮らしを始めていた。
『夕陽が沈む頃、あの路地裏で』
簡素な文面だった。
今年も白くなりつつある吐息を零し、蘭子は夕暮れの街を歩く。
そして辿り着く、いつかの日に二人で歩いた秘密の路地。
冷たい壁に背を預けていた特徴的なシルエットが、ゆっくりとこちらを向いた。
「やぁ、蘭子。わざわざ呼び立ててすまないね」
「フフ……我が友の喚び声に応えぬ故など無いわ」
(ううん、気にしないで)
「少し、話がしたかっただけでね。我ながら難儀な性格さ」
「暗幕を下ろせ、と?」
(ヒミツの話?)
「いや、そういう訳でもない。そうだな、単刀直入にいこうか」
「時に友よ。その傷は……」
(というか、もう片方のウィッグ……どうしたの?)
「ああ。それも含めて、だ」
ジャケットのボタンは胸元の分が飛び、襟足のウィッグは片翼になっていた。
ポケットに両手を差し入れたまま、飛鳥が笑う。
「ダークイルミネイトを解散したい」
一旦おしまい。
読むと(ry
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蘭子ちゃんなら、きっと大丈夫です
怒涛の進行乙です
楓さんのは来るとわかっていたけどずっしりくるな…
時間が流れてる話だからしょうがないけど引退の話はしんみりするね
過去作が全部同一時系列だとすると、この後の3・4年くらいで和久井さんや加蓮、茄子さんや奈緒みたいに辞める人が一気に増えるんだろうな
乙です
「いや、正確じゃないな。解散する、か。いずれにせよ、ボクの意思抜きにデュオは成立しない」
淡々と告げる飛鳥の言葉を、蘭子はただじっと立ったまま聞いていた。
小さな口が言葉を紡ごうとして、喉は震えるように黙ったままだ。
「悪いとは思っているよ、蘭子。だが、もう決めた事だ」
飛鳥は空を見上げる。
寂れた路地だった。
飲食店の室外機が唸り、反響する。
時代遅れのネオン看板が光るには、まだ少しだけ早い。
人並みが群れを成す東京も、一歩外れれば静寂に満ちた場が散らばっている。
コンクリートで四角く切り取られた天は狭い。
全てを赦してくれそうな夕陽はどこかへ歩き去っていた。
「今日で、二宮飛鳥はアイドルを辞める。昨日がボク達のラストライブになるね」
「…………分かった」
「おや? これは予想外だったな……」
蘭子は飛鳥を見つめたまま、はっきりと言った。
薄く笑みを浮かべて、飛鳥がいつもより軽い襟足を撫でる。
「てっきり、李衣菜のように」
「ひどいよ」
「……何がだい?」
「どうして、言ってくれなかったの」
「昨日が最後だと?」
「……っ、分かってるなら――」 「――『もっと頑張ったのに』」
蘭子が口を引き結ぶ。
睨むような彼女の視線を、飛鳥は鼻で笑った。
「蘭子。それは、ファンに……下僕に、あまりに失礼じゃないか?」
「……」
「いや、ボクは知っているさ。蘭子、キミはいつだって手を抜いたりはしないってね」
「こんな言葉を知ってるかい。『留まりたくば、走れ。進みたくば、もっと走れ』」
拳を硬く握り、脚が震える。
顔が真っ赤に染まり、奥歯が軋んだ。
神崎蘭子がこれ程の激情に震えるのは、生まれて初めての事だった。
何かを言い返そうとして、どの言葉も鋭い毒矢となって彼女を射貫く。
蘭子は自分が赦せなかった。
「高垣楓は去った」
笑みを剥がし、飛鳥が冬のような温度をもって呟く。
「流れは止まらないだろうね。蘭子、キミだけじゃない。誰もが気付いたのさ」
「……」
「ボク達は、アイドルだ。そして、いつまでも夢見る少女じゃいられない」
「……」
「蘭子は、永遠なんてモノがあると思うかい?」
「……ある」
「へぇ。まさかとは思うが……そのコトバ、誰かからの借り物ではないだろうね」
震えが止まらなかった。
行く先々を鋼の壁に阻まれて、袋小路に追い詰められている。
目の前に、路地へ立ち塞がるように生える飛鳥の姿が、とてつもなく恐ろしい魔物に見えた。
凍りかけた血液が蘭子の身体を巡る。
沸騰しそうになり、凍えそうになり、ふと世界が静かになった。
「……一つだけ」
「うん?」
「一つだけ……教えてもらっても、いい?」
「ああ。遠慮する事は無い」
「飛鳥ちゃんは、何に気付いたの?」
二人が見つめ合って、飛鳥の背後に座っていたネオン看板が灯る。
調子外れの電飾が、ちかりちかりと明滅を繰り返す。
「良い歌だった」
「……え?」
「楓さんのライブ。歌詞も何も無かったが、あれは。特に――」
「ちょ、ちょっと飛鳥ちゃんっ!」
『輝く世界の魔法』。
高垣楓のラストライブ、ゲストとして参加した蘭子は盛大に失敗した。
輿水幸子と共にズタズタの涙声を披露し、万雷の拍手を貰ってしまったのだ。
「気付いたんだ」
「……気付いた?」
「ボクもまた永遠の存在では無い事に。いずれアイドルを引退し、いずれ死ぬ」
「……」
「だが、それではボクの矜恃が納得してくれなくてね。爪痕を残してやりたくなったのさ」
ゆっくりと、飛鳥がポケットから右手を抜き出す。
その先に、爪にもよく似た、ギターピックが挟まれていた。
「蘭子。アイドルは楽しいだろう」
「うん」
「誰にも口外しないと誓えるかい」
「当たり前でしょ」
「ボクも、アイドルを心から楽しんでいた。いつまでもアイドルで在りかったんだ」
室外機の裏に隠されていたギターケースを持ち上げる。
左肩に背負った長方形を揺らし、飛鳥はいつものニヒルな笑みを浮かべた。
「正直言って、李衣菜よりボクの方がとっくに巧くてね」
「……無垢なる反抗者」
(李衣菜ちゃん……)
「ボクは、歌を創りたい」
飛鳥の短い呟きに、蘭子が頷いた。
オトナもセカイも関係無い、二人だけのホントウのコトバだった。
「それがボクの気付いたモノだ。そして――何よりも、時間が惜しい」
照明が続々と灯り出し、二人の影を夜から切り離していく。
「……」
「さぁ、ボクの手札は切り尽くした。もうアイドルじゃないから、顔を殴ったって構わないよ」
「……」
「これはボクの背負うべき罪と罰さ。蘭子、キミには裁く権利がある」
「……」
「ボクが泣き喚くまで殴るのもいい。拳を汚したくなければ、千の言葉で切り裂いて見せろ」
「頑張って、飛鳥ちゃん。すっとずっと、応援してる」
蘭子が笑みを浮かべる。
悪趣味な原色に照らされた表情を前に、飛鳥は崩れ出しそうな顔を伏せた。
「……蘭子、馬鹿なのかキミは。何も理解っちゃいない」
「理解るよ」
飛鳥の両手を握った。
ポケットを出て彷徨っていた彼女の指に、暖かな熱が巡っていく。
「飛鳥ちゃんの親友だもん」
李衣菜は五年経ってもそんななのか
「……本当にっ、馬鹿だな。こんな自分勝手なヤツなんて、理屈抜きにぶん殴ればいいんだ」
「自分勝手なんかじゃ、ないよ」
「どうしてだ」
「だって飛鳥ちゃん、謝らなかったもん」
伏せた顔を間近で覗き込まれ、飛鳥は目を閉じた。
震え出した身体を抑えようと、手近にあった温もりを捕まえてやった。
「いやだとか思ったり、後悔してたら。飛鳥ちゃんなら。ごめんって、言うもん」
「……」
「飛鳥ちゃん、知ってる? 悪い子のフリってね、すっごく難しいんだよ?」
「……ああ……ああ。覚えてっ……っ、おくっ、よ」
それは情動で、発露で、慟哭だった。
孤独に歩き出した彼女の、その存在を証明するように、蘭子は力強く抱き締める。
夜の帳が落ちてきて、路地を、街を、幾万もの灯りが照らし始める。
東京は今日も眠らない。
【20歳 / 春】
「お疲れ様です、蘭子ちゃん」
「おお! 久しいわね、果てぬ荒野の先導者」
(お久しぶりです! 最近見ませんでしたね?)
「出張に行っていたもので。お元気そうで何よりです」
無精髭も無ければ、スーツにも傷一つ無い。
やや個性の薄くなった彼へ、トレーニングルームを出た蘭子は笑顔を向けた。
「今宵の風向きは?」
(レッスンの見学ですか?)
「ああいえ、大した事ではないのですが、蘭子ちゃんに用がありまして」
「……ほぇ?私?」
「ええ。勝手ながら予定も空いていると伺ったので。方々にも連絡済みです」
玄関前に待たせているタクシーを示して、彼も笑った。
「飲みませんか?」
無精髭なら茄子さんのプロデューサーか
茄子Pって元蘭子担当だっけ
ドアを開けば聞こえる、軽やかなグランドピアノ。
椅子も埋まり賑わいを見せるが、決して騒がしくはない。
「せっかくですし、カウンターへはどうでしょう」
「そ、そなたに我が命運を託そう……」
(お、お任せします……)
案内されるままにピアノバーへ足を踏み入れた蘭子。
どこか変ではないかとしきりに自身の格好を気にする彼女へ、彼が小さく笑った。
実際の所、むしろ蘭子の服装は街中よりも溶け込むぐらいだったのだが。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
「失礼ながら、そちらの御嬢様は」
「こちらが学生証です」
「拝見します……確かに」
返された学生証を握り、蘭子は安堵の息をつく。
差し出されたおしぼりで手を拭いて、物珍しそうに周りを見渡した。
「万華鏡の中に迷い込んだかのような……」
(きらきらで、綺麗……)
「お気に召したようで何よりです」
「今日は”歌姫”さんの方は」
「残念ながら」
「そうでしたか」
「……歌姫?」
「ええ。たまにいらっしゃるのですが、残念ですね」
じゃあ、私が唄おうかな。
そう言おうかと一瞬だけ考えて、蘭子は笑う。
最近はボーカルレッスンを増やしていたが、まだまだ完璧とは言えなかった。
「何にしますか、蘭子ちゃん」
「ふむ……」
「お悩みでしたら、是非飲んで頂きたい一杯がありますが」
「『シンデレラ』なら、前に飲んだよ」
「おや」
二代目シンデレラガールが鼻を鳴らす。
降参したように頬を掻いて、柔らかく笑った。
「やはり、彼に任せてよかった」
「――お待たせしました。シルバー・ブレットです」
「ほう、これが……」
お酒と言えばカクテルだろう。
幼少の頃から、蘭子の中にはそういったイメージが何となく出来上がっていた。
見開き2ページに渡ってすらりと並んだ横文字。
中でも一際蘭子の目を惹いたのはこの一杯だった。
白に満たされたカクテルグラスを持ち上げ、顔の前へ掲げる。
「それでは」
「うむ」
『――月は満ちた』
(――乾杯)
彼が軽く、蘭子が恐る恐るグラスを傾ける。
少しだけ口に含むと、未知の香りが鼻を抜けていく。
「……美味、ね」
(おいしい……)
「それは何より」
銀の弾丸に撃ち抜かれ、魔王は笑顔を浮かべた。
「調子は、どうですか?」
ピアノの調べが二人の間を満たす。
グラスをちびちびと舐めながら、蘭子は頭を巡らせる。
「大いなる歓喜、幾許かの寂寞、計り知れぬ苦悩……一言には、表せぬ」
(楽しくて、寂しくて、よく分からなくて……ちょっと、迷ってる)
「それは、最近の事務所についてでしょうか」
「うん」
果たして飛鳥の予言が外れる事は無かった。
高垣楓の背を見てか、はたまた時の流れに囁かれてか。
一人、また一人と顔馴染みは去って行った。
蘭子たち古参アイドルの内、既に半数以上が別の道を歩んでいる。
「6年半、ですか」
「む?」
「あの日、蘭子ちゃんはまだ、ぴかぴかの中学生でしたね」
「……然り。この身は穢れも悦びも知らぬ、無力な少女に過ぎなかったわ」
(うん。あの頃は弱くて泣き虫で、何にも知らない子供でした)
「あの子が今や、こんな立派に成長を遂げました」
干したグラスを置き、幾多の感情を籠めて呟いた。
「時間とは――容赦の無い、偉大な魔法使いです」
ショパンの夜想曲は続く。
「すみません、ラフロイグの水割りを。蘭子ちゃんは……」
「……闇夜の口付けを」
(キス・イン・ザ・ダーク……)
「かしこまりました」
「さては、速水さんに教わりましたね?」
「……だめ?」
「まさか。お祝いの席です、お好きなように」
壮年のバーマンが軽快にシェイカーを鳴らす。
間近で行われるパフォーマンスに、蘭子は目を釘付けにしていた。
「実を言うとここには皆さんを連れて来ているんです」
「みんな?」
「私が声を掛けさせて頂いた方々を。蘭子ちゃんと飲める日を、心待ちにしていました」
正面のボトルキーパー。その天井近くを指差し、釣られて上を向く。
ひっそりと飾られた色紙に、見慣れた名前が並んでいた。
「闇夜の口付けと――我らが城へ、魔王の名を戴く許しを」
(キス・イン・ザ・ダークです――よろしければ神崎様も、是非)
魔王軍の僕たるバーマンは、茶目っ気たっぷりにウィンクをしてみせた。
「いえ。ウォッカを顔色一つ変えず、次々と」
「高貴なる血の成せる業か……」
(やっぱりアーニャちゃんはすごいなー)
積もる話は尽きる事が無かった。
舞台を去ったアイドルを、今も踊るスターを、未だ見ぬ灰被りを。
どこか無邪気な二人の間で、それは楽しそうに会話が弾む。
「蘭子ちゃん。蘭子ちゃんは、秘密を守れますか?」
「造作も無い……深紅の瞳を」
(うん。レッドアイをお願いします)
「ここだけの話です。私は……本当に自慢になりませんが、何十人もスカウトしてきました」
「聞き及んでいるわ」
(そうみたいですね)
「中でも、最も才能を感じたのが、神崎蘭子さん。貴女でした」
「ほう?」
だいぶ気分の大きくなってきた蘭子が、不敵な笑みを浮かべてみせる。
「約束の女神よりもか?」
(茄子さんより?)
「ええ。ですから、ここだけの話と」
彼が薬指のリングを撫でる。
鷹富士茄子もまた舞台を去り、新たな道を手に入れた一人だった。
「内緒ですよ、蘭子ちゃん」
「ふむ……さて、悪魔の言葉は気まぐれ故」
(ふふ……どうしよっかなー)
「可愛い女の子と飲んでいたなんてバレたら、ただでさえ茄子が頬を膨らませるんですから」
「でも、そんな顔も可愛いんでしょ?」
「…………まぁ」
「下僕よ。我が手に血も凍る苦杯を」
(すみません、強めのをください)
「すぐに」
薬指を叩き、彼が咳払いを繰り返す。
達磨らしく色付いてきた頬も叩き、カサブランカを空にした。
「話を戻しましょう。蘭子ちゃんも、色々と悩む事があるかとは思います」
「……うむ」
「悩む事は、悪い事ではありません。特に、貴女のような若きには」
蘭子の脳裏で、白塗りの杖がこつこつと鳴った。
「大丈夫です、蘭子ちゃん。自分で思う以上に、貴女は強い」
「……」
「今夜、確信しました。蘭子ちゃんの瞳はあの頃のまま……いえ、むしろ」
「……こぉ」
「…………蘭子ちゃん?」
「くぅ」
オークの滑らかなカウンターに腕を預け、蘭子は寝息を立てていた。
ご機嫌な、実に良い表情を浮かべている。
きっと、それは良い夢を視ているのだろう。そう感じさせる笑顔だった。
「……ええと、何をお出ししたので?」
「いえ、ボウモアのストレートを」
「……フード、すっかり頼み忘れていましたね」
カウンターの上には空になったナッツの小皿が二つ。
彼は頬を掻いて、安らかに眠りこける蘭子へジャケットを掛けた。
「熊本の方は強いと聞いていましたが……勉強不足ですね」
「お代も勉強致します。サインの方、礼を伝えておいて頂けますか」
「ええ」
タクシーを呼ぶ為、彼は景気よくヒビ割れた携帯電話を取り出した。
「――ただいま」
「くぅ……」
「あ、お帰りなさ~……Pさん、私というものがありながらっ」
「いや、茄子。誤解だから」
時計の針が中天を指そうとする頃。
蘭子をお姫様抱っこしたまま帰宅した彼を前に、口元を手で覆う。
茄子は――旧姓、鷹富士茄子は――おどけるように舌を出した。
「なーんて、冗談ですよ。豪華なお土産ですねー」
「先に寝ていてよかったのに」
「何だか良い事起こりそうな気がして、わくわくしてたんです♪」
手招かれるまま、蘭子の身柄を茄子へ引き渡す。
わーとかほーだとか零しながら、茄子は安らかな蘭子の寝顔へ頬ずりした。
「ずっと前から、一度抱き枕にしたいと思ってたんですよー。ありがとうございます!」
「いや、あの、別にそういう訳じゃ」
「うむ……んん……? 約束の女神……?」
(……茄子、さん?)
「さぁさぁ蘭子ちゃん。お疲れのようですし、まずは一緒にお風呂に入りましょうか♪」
「…………ん……む?」
茄子がくるくるとご機嫌に回りながら脱衣所へ入り、扉を閉める。
直後に聞こえて来たあられもない声に耳を塞いで、彼はその前を通り過ぎた。
「……幸せって、何なんだろう」
寝室に入り、彼の分のシーツを新しい物に敷き替える。
押し入れからタオルケットを取り出すと、居間に鎮座するソファの上へ放り投げた。
ジャケットを脱ぎ、タイを緩め、疲労と一緒に身体を沈め込む。
くぐもった水音と共に、微かな嬌声が居間へと響く。
『――あら。あらあら……蘭子ちゃんたら、こんなに育って……目が離せませんね』
『ひゃぁっ!? っあ、ダメぇっ! 茄子さんのえっちっ!』
『ふっふっふー♪ よいではないか、よいでは――』
「…………」
彼は頭までタオルケットを被り、ソファの上で幸せについて滔々と考え出すのだった。
【21歳 / 夏】
「あり? 蘭子ちゃん?」
「無垢なる反抗者か」
(あれ、李衣菜ちゃん)
「オレも居るぞ。待たせた」
呼び出された会議室へ入る。
中には李衣菜が座っていて、彼女の担当も蘭子の後から顔を出した。
促されるまま蘭子は李衣菜の隣へ座り、彼が鞄からMP3プレイヤーを取り出す。
「狂乱の祭典か」
(イベントですか?)
「いや、新曲だよ」
「……って事は、蘭子ちゃんとデュオで?」
「いいや。二人にそれぞれ、一曲ずつ」
彼がプレイヤーをもう一つ取り出して、蘭子と李衣菜は顔を見合わせた。
「調べを確かめても?」
(聴いていい?)
「もちろん」
「やたっ。新曲新曲~♪」
李衣菜が首に提げたヘッドホンを、蘭子がポケットから取り出したイヤホンを繋ぐ。
再生ボタンを押すと、数瞬を置いて激しいギターソロが始まった。
「……」
まだ歌は入っていない。
ベースが増え、ドラムが加わる。キーボードが響き、身体がリズムを取り始める。
三分間が再びのギターソロで締め括られ、蘭子は李衣菜とほぼ同時にイヤホンを外した。
「待ちくたびれたよ」
「うん」
「……流石。一発で分かったか」
「我が友の魂を感じた」
(飛鳥ちゃんですよね)
「ああ」
楽譜と歌詞カードを手渡される。
『REpresent』と題された横、作詞作曲欄に並んだ名前。
二宮飛鳥の存在証明を受け取り、蘭子は目元を拭った。
「ようやく渡せて、オレも泣きそうだよ。長かった」
「……どういう事? Pさん」
「飛鳥がいきなり事務所へデモを送り付けて来たんだ。一年ちょっと前に」
「……む?」
「飛鳥に電話したよ。『次回の作品をお待ちしております』、って」
鞄へ手を突っ込み、何枚かのCDを取り出す。
机の上に積み上げると、結局鞄と同じくらいの山になった。
「月イチで、たまにもう一枚。手紙も何も添えずに、CDだけが事務所に届くんだ」
「……それが、我が友の言霊であろう」
(飛鳥ちゃん、けっこう恥ずかしがりな所があるから)
「そんなに下手っぴだったんですか?」
「いや、最初の一枚だって中々悪くなかった。でも、それじゃあダメなんだ」
「何ゆえ?」
(どうして?)
「李衣菜も蘭子ちゃんも、一流のアイドルだ。まぁまぁの仕事をさせる訳にはいかない」
酒飲みながら読んでは更新待つ間に、挟まれるエピソードのSSを読み返してる
一つ一つの切り取られた時間は輝かしく喜ばしいものであっても
その先にも時間が続いていくことでなぜこんな泣きそうな気持ちになるんだろうなあ
ちょうどボウモア飲んでて嬉しくなった
CDを丁寧に鞄へ戻しながら、彼が笑う。
「契約書へサインする時の表情を見せてやりたかったよ」
「そりゃ一年もリテイクさせたらねぇ」
「『何て面倒なクライアントだ』って眉を潜めてたなぁ。嬉しそうに」
飛鳥はクライアントという言葉を使ってみたくて堪らなかったのだ。
「ああ、それと飛鳥から伝言。『ボクの曲を演るからには――』」
「――全霊を以て!」 「――全開で!」
(――全力で!)
蘭子と李衣菜が口を揃え、不敵に笑う。
「……『――理解ってるならいい』。以上、確かに伝えたからな」
彼もまた、不敵に笑いながら泣き出した。
「結構さ、酷い事言っちゃったんだよね。飛鳥ちゃんに」
李衣菜に誘われ、蘭子は久しぶりに女子寮への道をゆっくりと歩く。
美波と共に入った洋食屋も、高森藍子に付き合った小さなカフェも。
いつの間にか姿を消し、見覚えの無い店が賑やかに営業していた。
「取っ組み合いになって……って、私が一方的に掴みかかったんだけど」
「……傷つきし翼の如く?」
(ウィッグ引っ張ったり?)
「う。蘭子ちゃんも知ってたか……はぁ」
罰が悪そうに溜息をつき、李衣菜は天を仰ぐ。
背中で揺れるギターケースへ、茶色のつむじがこつりと当たった。
「あー……ホント、馬鹿だったな。私。自分の事ばっか考えてた」
「……李衣菜ちゃん」
「でもさ。あの曲を聴いて、ようやく私も分かった気がする」
天を仰いでいた視線を、行く先へまっすぐに向け直す。
「飛鳥ちゃんも、私に勝ちたかったんだ」
悪友。
李衣菜と飛鳥は、お互いを指してそう呼び合っていた。
「飛鳥ちゃんなら多分、そっちにも言ってるでしょ。『進みたければもっと走れ』、って」
「……クロノスに容赦は無いわ」
(時間が無いって、この事だったんだね)
「にしたって、ちょっと説明が足りな過ぎだよ……永遠の中二病め」
「その決闘、受けて立とう」
(それは聞き逃せないよ)
「……な、何でもないよ?」
「……ふむ。風の精霊も悪戯に過ぎるようね」
(うーん、聞き間違いかな)
李衣菜が心なしか歩調を僅かに早め、鼻歌を口ずさむ。
それは見事な『Jet to the Future』だった。
「……よーし、何かやる気出てきたっ! うっひょー! やーるぞーっ!」
そしてそのまま走り去っていく。
ますます磨きの掛かったその歌唱力で、今度は新曲を口ずさみながら。
揺れる両手とギターケースを見送って、蘭子は再び薔薇飾りのイヤホンを取り出した。
軽快なギターソロが響き出す。
(ボウモア、良いよね)
【21歳 / 冬】
「――蘭子。星を観に行かない?」
望遠鏡のケースを抱えて微笑むアーニャへ、蘭子は頷いた。
「絶零の吐息……」
(寒ーい……)
「頑張ってね、グリフォン」
「ミャ」
二月は一年の中でも特に寒く、そして大気も澄んでいた。
女子寮の屋上へ天体望遠鏡を据え付け、厚手の布を下に敷く。
水筒から注いだ紅茶を飲みつつ、瞬く星をそっと眺める。
「お引っ越しの準備、進んでる?」
「うむ。しかし、エントロピーの増大には抗い辛く……」
(うん。でも荷物がいっぱいで……)
「フフッ、それは熱力学でしょ」
去年の暮れ、アーニャは一足早く一人暮らしを始めていた。
二人同時に引き払えば慌ただしくなる故の配慮だ。
「綺麗だね」
「うん」
「ニャン」
「さぁ、火星はどれでしょう」
「今夜は見えないよ」
「……残念。大正解」
「へへー。星もロシア語も勉強したもんね」
珍しく静かな夜だった。
凍て付く風は凪ぎ、女子寮はいつもの喧噪を忘れたように眠りこけている。
ただ二人と一匹の会話だけが、冷たい静寂を震わせていた。
「アーニャちゃん」
「ん」
「やめるんだね」
アーニャが紅茶をもう一杯注ぎ、ゆっくりと飲む。
勧められるまま、蘭子もゆっくりと飲んだ。
「……どうして、分かったの?」
「神秘の歌姫も、世界の創り手も、寸分違わぬ道化であった故」
(楓さんも飛鳥ちゃんも、そんな風に笑ってたから)
「そっか。蘭子には敵わないなぁ」
「審判の刻は?」
(いつ?)
「春。ラストライブに来てくれると嬉しいな」
「この期に及び、更なる問答を欲するか?」
(断られたって行くよ)
「あははっ。スパシーバ、蘭子」
「パジャールスタ、雪華の姫君」
(どういたしまして、アーニャちゃん)
蘭子の胸元からグリフォンが飛び出して、アーニャの元へ駆け寄った。
撫でるような声で鳴き、コートに包まれた彼女の腕をかりかりと引っ掻く。
「ダメだよ、グリフォン。アーニャちゃんは、もう決めたの」
「ナー!」
「魔獣よ。我が命に背く気か」
(ワガママは、ダメっ)
「蘭子、いいの」
アーニャがグリフォンを持ち上げ、間近で顔を寄せ合った。
肉球で彼女の頬をてしてしと叩いて、やがてその勢いも止まる。
碧色の円らな瞳で、目の前の青い瞳をじっと見つめていた。
「お願いがあるの。あなたの友人としてのお願いよ」
「ミ」
「これからも、蘭子の事を守ってあげて」
「……」
「私のお願い、聞いてくれる?」
「――ニャッ」
「……ありがとう。やっぱりグリフォンは、格好良いね」
「ナーオ」
アーニャがグリフォンを抱き寄せた。
彼女の体温を受け取って、グリフォンが蘭子の胸元へと帰って来る。
彼は小さな、けれども頼れる、堕天使の守護獣だった。
「признаваться」
「……え? プリズナヴァーツァ……って、何だっけ」
「フフッ。お勉強不足、だね」
「む、むぅ……」
「признаватьсяは、告白。ちょっと意味合いは違うけど、プロポーズの事」
「ほう」
「私ね、さっきプロデューサーに告白して来たの」
「ほう――ほう?」
アーニャが望遠鏡を覗き込みながら言う。
70倍の大きさで、三日月が綺麗に輝いていた。
「…………っふぇぅっ!?」
「それで、フラれちゃった」
アーニャが月を背負って、柔らかく微笑む。
星も霞むような、それはそれは美しい笑顔だった。
「へぅっ!? アーニャ……ちゃニャ、ニャっ!?」
「ニャー」
「……フフッ。知ってる限りの日本語で愛を囁いてね」
「……! ……っ!」
「でも、ダメだった。あ、安心して? これがやめる理由じゃないから」
「……ならばっ、何故っ!」
「飛鳥のくれた曲、凄かった。それで、私も気付いちゃったんだ」
百面相を続ける蘭子の顔面へグリフォンを押し付ける。
早速の出番にやや不服そうな表情を返したグリフォンは、それでも黙っていた。
蘭子が数度深呼吸をし、少しだけ咽せ、平静の心拍を取り戻す。
「凛に怒られたの。好きなら好きだって、そう言えって」
「……アーニャちゃん」
「言って良かった。凛にもお礼を言わなくちゃ、ね」
アーニャの手が鏡筒を撫でる。
冬風に晒された表面はとびきり冷たかった。
「私、先生になりたい」
アーニャが天を仰ぐ。
ロシアや北海道よりも暗い空を、それでも眩しそうに見つめた。
「導きし者……」
(先生……)
「蘭子とグリフォンに教わったんだよ。名前も言葉も、とっても大切なんだって」
「……Анастасия」
(……アナスタシア)
「ニャー」
「да. 二人の気持ち、ちゃんと伝わってるよ」
「アーニャちゃんは、何の先生になるの?」
「まだ分からない。でも、日本とロシアのこと、みんなにも伝えてみたい」
「星は輝こう。それが姫君の漕ぎ出す先なれば」
(出来るよ。だって、アーニャちゃんだもん)
「……Спосибо!」
「Пожалуйстаっ!」
「ニャー!」
大切な大切な言葉は、星空の下で輝いて。
「……うー、さむい。戻ろっか、アーニャちゃん」
「蘭子」
「む?」
「フラれた後、プロデューサーに訊いたよ。好きな人、居るかどうか」
「……」
屋上を後にしようとした蘭子を、アーニャが背中から呼び止める。
蘭子がゆっくりと振り向いて、その頬は紅潮していた。
今宵は――凍て付くように冷える。
「……彼の者は、何と?」
(……それで?)
「シクリエト。絶対ぜったい、蘭子には秘密」
蘭子が朱の差した頬を膨らませる。
リンゴみたいだ。アーニャはそう思った。
「……いじわる」
「私だって今日ぐらいは、少しいじけたいの」
蘭子がアーニャのほっぺたを引っ張って、アーニャも蘭子の頬を引っ張り返した。
しばらくの間、お互いのリンゴを捏ね回してから、耐えきれなくなったように笑う。
「ねぇ、蘭子」
「なに? アーニャちゃん」
「頑張ってね。応援してる」
重なり合った二人の影を、月と星だけが見ていた。
一旦おしまい。
読(ry
鷹富士茄子のブーケトス
鷹富士茄子のブーケトス - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1462010577/)
本日、次回更新分で完結です
きっと完結します
お願いシンデレラ
アーニャの日本語が上手くなってるように感じてなんだか泣きたくなった
乙
このスレのおかげで素敵なクリスマスを迎えられたよ、ありがとう
乙です
乙です。
ブーケトス読み返して時系列を照らし合わせると凛はこの時点で結婚式をあげて新婚状態かな?
>>371
最後に添えますが、過去作と本作の間には修正不能と判断した一年間分の色々な誤差があります
デレマスの不思議な年齢設定と過去の考え無しな俺によるコラボレーションもお楽しみください
乙です。
アーニャが流暢に日本語喋ってるってとこに時の流れを感じるなぁ(デレマス初期のアーニャは流暢に喋ってたことからは目を逸らす)
【22歳 / 初夏】
「お待ち」
「御苦労」
(ううん)
助手席に座りシートベルトを締める。
グリフォンの待つ家を目指し、新調されたばかりの社用車が走り出す。
以前は交代で座っていたこの席に、もう譲り合う相手は居ない。
――後ろで二人仲良く座ればいいんじゃないか?
そう零す唐変木へ共に溜息を返した友は、新たな道を歩み出していた。
「……」
「……」
基本的に、ボーカルレッスンの後で彼から話し掛ける事は少ない。
アイドルのトレーニングはハードなのだ。
だがここ最近の沈黙は、そうした基本のスタンスからも少々外れていた。
「寂しい?」
蘭子が頷く。
「魔王とて、孤高に咽ぶ夜もあろう」
(寂しいよ)
「そうか」
「だがこれは誇るべき爪痕。英雄譚に振り返る頁など無いわ」
(それに、嬉しい。みんなが頑張ってる証拠だから)
「そうだな」
マンションの前でサイドブレーキを引く。
とっぷりも陽の暮れた頃。魔獣も夢中にて勇猛に戦っているに違い無い。
「着いたよ」
「……」
「蘭子ちゃん」
未だ扉の開かれぬ車内。
闇に紛れるようにして、細い手が差し出されていた。
その手を握り、二人して黙り込む。
「俺は、最後まで蘭子ちゃんの隣に居るよ」
蘭子が満足そうに小さく頷く。
それから悪戯に、ひどく美しい笑みを浮かべた。
「瞳持つ者よ」
(プロデューサー)
「ああ」
「深淵を覗き、尚先を進む覚悟があるか」
(私の気持ち、ちゃんと伝わってる?)
「そうじゃなきゃ、ここには居ないさ」
「うそ。ねぇプロデューサー。寂しいからじゃ、ないよ?」
繋いだ手を揺らす。温もりが伝わる。
このままだと魔王に負けてしまうかも知れない。
ふとよぎった予感に囁かれ、彼は慌てたようにその手を離した。
「……」
「……♪」
気まずそうな顔の横に、ご機嫌な表情が並ぶ。
「下僕よ」
(プロデューサー)
「……ああ」
「闇夜を照らし、切り裂け」
(ドライブ、連れて行ってくれる?)
魔獣には、もう暫しの間だけ戦ってもらおう。
「歌姫の創世せし光景を、我が瞳にも焼き付けんとした」
(楓さんの見た世界を、私も視てみたかったの)
靖国通りを安全運転で流す。
クラクションを鳴らされないギリギリの速度だった。
「だが、それではつまらぬ。我が魂は、いつの世にもフロンティアを求めていた」
(でもそれじゃあダメなんだ。私は、楓さんも視られなかった景色を視てみたい)
「うん」
「十二の鐘を、針が再び打ち鳴らす刻まで」
(あと二年)
「……」
「我が魔力は歌姫の幻影を討ち斃し――そして永久と消えよう」
(楓さんを超えてから、引退します)
「そうか」
時は偉大な魔術師だ。
少女の無垢を女の決意へ、いとも容易く変えてしまう。
ハンドルを握る魔法使いは、少しだけ悔しそうな顔をして、それから笑った。
「まじめな話おーしまいっ。プロデューサーの好きな人のお話でもしよ?」
「却下」
「無礼者」
(けち)
「この歳でも……いやこんな歳だから恥ずかしいんだよ」
「ふーん」
「なら……そうだな。蘭子ちゃんの話でもしようか」
「……」
「……」
「蘭子ちゃんてな、すぐそういう風に赤くなるんだ」
「……もうよい」
「そっか」
「充分よ」
鋼鉄の幌馬車が、夜を切り裂いていく。
【24歳 / 春】
それは、満天の星にも負けていなかった。
アリーナを満たす光の波。
珠の汗を流す蘭子は、ただその光景を見据えている。
次が最後の一曲だった。
アイドル神崎蘭子の、最後の曲だった。
魔王の爪痕を久遠の後世に残す為。
シンデレラに願いを掛けようと。
徹夜で考えた、最高にカッコイイ口上を述べようとした瞬間、ステージの照明が落ちる。
『――闇は我らの味方! 下僕共よ、狼狽えるな!』
(大丈夫ですっ! もうちょっとだけ、待っていてくださいっ!)
不意の事態に慌てる蘭子ではない。マイクも生きている。
事故を防ぐ為、観客達へはっきりと、よく通る声で注意を呼び掛ける。
十年という歳月は、非力な少女を一流のアイドルへ変えていた。
『我が声に――』
『――ある熊本に、それは恐ろしくて可愛らしい魔王がいました……こんな感じ?』
凛とした声が流れ、背後のオーロラビジョンが輝き出した。
「……え? えっ?」
『ビェルゼヴール……余りにも強過ぎた魔王を前に、人は彼女ただ一度の敗北を語り継ぎます』
蘭子の困惑を高性能のマイクが拾い上げ、会場へ送り届ける。
雪のように透き通った、けれど暖かな声が重なった。
オーロラビジョンが映像を映し出す。
緑色の海の中で、五人のアイドル達が踊っていた。
幾度となく観た――もとい観させられたものだと気付き、魔王は慌てて手を振った。
『み、みんなっ! 観ちゃダメーーっ!』
それは魔法の歌だった。
誰も彼もを笑顔へ変えるその歌は、二人の少女に届かない。
――輝く世界の魔法。
あの頃の輿水幸子と神崎蘭子が、スクリーンの中で泣いていた。
『しかし今宵、彼女は雪辱の機を手にするのです……フフン、粋な計らいじゃないですか!』
宇宙一カワイイ声が大音量で響く。
ざわめく観客と慌てふためく蘭子の耳へ、ひときわ懐かしい声が聞こえてきた。
『さぁ。今夜こそ皆さんへ、素敵な魔法を掛けまほう――』
ありったけの照明が灯った。
あまりの眩しさに誰もが目を細め、驚きに見開く。
ステージの上。
蘭子の前に、煌びやかな四つの姿があった。
『全く、感謝してくださいよ? 大人気アイドルを脇役に使える贅沢さに!』
『Привет、蘭子。綺麗な星空だね』
『ほら、泣かないの。リベンジ、するんでしょ?』
『……掛けまショーの方が、良かったかしら』
輿水幸子。
アナスタシア。
渋谷凛。
高垣楓。
五年ぶりに揃った顔が、蘭子の前で微笑む。
『……みんな』
受け取った笑みに向けて、蘭子が口を開いた。
『衣装……似合うねっ!』
『…………そこ?』
凛のツッコミに、アリーナ中が湧いた。
『さぁさぁ! ボクもスケジュールが押してるんです! ちゃっちゃと済ませますよ!』
『幸子、いっぱい練習してたよね』
『それは秘密だってあれ程言っといたでしょうアーニャさん!!!!!』
『まぁまぁ。それよりホントに始めようよ。衣装着るの、けっこう恥ずかしいんだから』
『蘭子ちゃん。蘭子ちゃんなら、ぶっつけ本番くらい平気ですよね?』
『……ククク。我が魔力にかかればその程度、造作も無い』
(……えへへ。もちろんっ!)
前奏が流れ出す。
蘭子を中心に、五人が静かに位置へ着いた。
高貴なる紫の波は、いつの間にか純白の海へと変わっている。
『――輝く世界の魔法』
それは魔法の歌だった。
『私を好きになぁれ』
それは笑顔の、夢の、太陽の、星の歌で、解けない魔法だった。
この瞬間が、永遠に続けばいいのに。
無垢なる願いの前に、偉大なる魔術師は立ちはだかる。
そんな奴など知った事かと、五人は声を響かせた。
『ほら、笑顔になりたい人』
今までに唄った数々の中でも、蘭子はこの曲が一番好きだった。
何故ならシンデレラは、いつだって魔法使いに憧れているのだから。
『いっせーの、唱えてみよう――――』
余韻が響く事は無かった。
万雷のような拍手が轟いて、全ての音をかき消してしまったから。
「……」
肩で息を繰り返し、蘭子が振り返る。
三人は微笑んでいて、幸子は今宵も泣いていた。
アーニャと凛に頷かれて、楓が一歩前へ出る。
差し出された手を、蘭子の手が強く強く握り返した。
「……やっぱり、楓さんはズルいよ」
「母は強し、です」
「……あはは」
「む。腕を上げましたね、蘭子ちゃん」
今宵、蘭子が飛び越してみせた歌声。
しかしあの頃と全く遜色無い歌声に、蘭子は観念したように苦笑を零す。
十二時のシンデレラに、二児の母は力強く笑い返した。
【24歳 / 鐘の後】
「友よ」
(Pさん)
「ん」
「我が魂と共に、久遠の契りを交わせ」
(結婚して)
打鍵音、電話のコール、笑い声、コピー機の唸り声。
今日も今日とてCGプロダクションは騒がしい。
蘭子が彼へ結婚指輪を差し出すと、事務所内が静寂に包まれた。
「……」
「……」
電話のコールが鳴り響き、誰も受話器を上げようとしない。
差し出された指輪を前に、彼は呆けたように口を開ける。
蘭子は徐々に震え出し、その頬が染まり出し、その瞳が潤み出した。
「先輩何やってんすか早く応えて!」
「……え、あ、その」
「どんな理由だろうと女を泣かしちゃあいけねぇよ」
「こういうの……普通、逆じゃ」
「――皆さん、お静かに。プロデューサーさん、男を見せてください」
千川ちひろがにこやかに微笑んだ。
彼へと視線を向けて、まっすぐに蘭子へと向いたその横顔に跳ね返される。
ちひろは満足げに頷いて、無粋極まりない電話を黙らせた。
「蘭子」
オフィスチェアを退けて、彼が床に片膝を着く。
差し出された小箱を恭しく胸に抱くと、シルクの手袋越しにキスを見舞った。
「我が魂、そなたと共に」
(愛しています。喜んで)
飛びついてきた蘭子を抱き止める。
拍手と口笛、そして怒濤のやっかみと千の冷やかしを、彼は甘んじて受け入れた。
「はいはい。皆さん仕事が山積みでしょう? あなたもですよ、プロデューサーさん」
ちひろが数度手を叩き、同僚達がニヤけた表情を浮かべながら散っていく。
抱き着いて離れない蘭子の肩越しに、彼が苦笑いを返した。
「急遽、営業が必要になりまして」
「……はっ?」
「大口の契約、一件獲って来てください。蘭子ちゃん、サボらないか見張っててね」
「我に任せよっ!」
(うんっ!)
「え? は、大口?」
「ほら、そろそろ十二時ですよ。時間は待ってはくれないんですから」
「往くぞ我が友……ううん、我が伴侶っ!!」
(早く、はやくっ!)
「ちょ、わ、鞄っ……」
「いってらっしゃーい」
二人は転げ落ちるかのように階段を駆け下りる。
ガラスの靴も粉々に砕けそうな勢いだった。
真昼の街中は喧噪に満ちていた。
ごく普通のフェミニンスタイルに身を包んだ蘭子へ、気付いたファンが手を振ってくれる。
下ろした銀髪を靡かせて、蘭子も笑顔で手を振り返す。
蘭子のラストライブから、引退から一ヶ月。
この一ヶ月、蘭子はどう想いを告げようかずっとずっと唸っていたのだ。
そして最終手段として、蘭子は実家へ電話を掛けた。
母は自らの体験談を包み隠さず教えてくれた。
蘭子は感謝の意を伝え、微かに聞こえる父の嗚咽へ聞こえないフリを貫き、電話を切った。
男は、辛い。
「営業って……手ぶらで?」
「ふむ。まだ魔術式を解さぬか。何たる愚鈍」
(え、Pさんったら、まだ分からないの?)
「え?」
「我が身を請ける栄誉。これ以上の契りが世にあると?」
(契約者は、私っ)
蘭子が身を寄せ、指を絡ませ合う。
「……どうすれば、契約を結んでもらえる?」
「ククク……そなたの全霊力を以て、我が底無しの興を満たせっ!」
(まずデート。それから……デートっ!)
「……ははは」
絡んだ指を、彼はそっと離した。
ポケットから箱を取り出して、小さな方を彼女の薬指へ填める。
契約は結ばれた。
彼もこれで、なかなか仕事の出来る男だった。
「仰せのままに、我が魔王」
「うむっ!」
現世にその名を轟かせた魔王は、堕天使のように微笑んだ。
【24歳 / 大安吉日】
端的に言って、アイドルの結婚披露宴は面白い。
と言うのも、アイドルの知人は当然ながらアイドルが多い。
そういったメンバーが集まるものだから、自然と余興も凝った物になるのだ。
『――以上、新郎のお父様よりご挨拶を頂きました。ありがとうございました』
和装に身を包んだ茄子が司会席に立ち、丁寧に頭を下げる。
元お天気キャスターとして恥じない、流れるような、見事な進行だった。
それに何より、彼女が居るだけで、何だか無性にめでたいような気分になる。
茄子はこうした席に年中引っ張りダコ――本人に言わせれば、引っ張りカコだった。
「…………えへへ」
「……ほら、蘭子。もうちょっとだけしっかり」
「あっ、うん…………えへへっ……」
蘭子は放っておくと緩み出す顔を必死で引き締めていた。
小声で囁く彼の顔も、口調とは裏腹に柔らかい笑みを浮かべている。
今宵の蘭子はひときわ美しかった。
漆黒のドレスに身を包み、所々には赤薔薇のコサージュがあしらわれている。
その色に口を挟む者は居ない。
蘭子は白銀の、紫紺の、深紅の、群青の、新緑の。
――そして何より、漆黒の似合う女性へと育っていた。
「……」
新郎の隣に蘭子が座り、そして蘭子の隣にはグリフォンが座っていた。
入念に整えた毛並みへ結んだのは深紅の蝶ネクタイ。
テーブルの上に行儀良く、静かに香箱座りをしている。
その姿に口を挟む者は居ない。
彼の眼差しは実直さにあふれ、何より彼は蘭子を守る騎士なのだから。
『それでは続いて、新婦のご友人からご挨拶を頂いちゃいましょう♪』
楽しげな茄子の言葉に、場の雰囲気が一変する。
それまでの和やかながらも厳かだった空気は緩み、囁きが零れ出す。
これから始まる一幕こそが、アイドルの披露宴なのだ。
蘭子の父、新郎の母――
よく見れば列席した親族達すら、期待に満ちた肩を弾ませている。
『まずは元ご同僚の、二宮飛鳥様からご挨拶です♪』
「いつでもいけるよ」
通り一遍の挨拶をする気など微塵も感じられない、尖りきったスタイルだった。
独特のファッションはより洗練され、アンプへ繋いだギターを挨拶がてらにかき鳴らす。
招待席へ紛れていた飛鳥のファンが歓声を上げた。
「蘭子。これはキミ達二人だけへ贈る、自身初となるラブソングだ」
ぱちりと指を鳴らし、会場の照明が絞られる。
スポットライトを浴びて、飛鳥は静かにギターを構えた。
「結婚おめでとう。聴いてくれ――『二度と離すな』」
参列者たちが配られていたサイリウムを折り、一斉に立ち上がった。
『――では続きまして、同じく元ご同僚のアナスタシア様、どうぞ!』
お手本のようなお辞儀を披露し、アーニャが壇上へ立つ。
会場へ眩いばかりの美貌を向け、天使のように微笑んで見せた。
思わず釘付けになっていた新郎の頬を、蘭子が強めにつまんで引っ張った。
「只今ご紹介に預かりました、アナスタシアと申します」
今度はアーニャのファン達が歓声に湧いた。
「何よりもまず、二人へ心よりの祝福を。ご結婚、おめでとうございます」
教員免許の取得を目指し、アーニャは大学へと再入学した。
入学したその日に、とんでもない美人が来たという噂は隅々まで広まって。
今では飛んでくるお茶の誘いをバッサバッサと切り捨てる毎日だ。
「また、私との約束を固く守り続けている友人にも、心からの感謝を」
「ニャ」
グリフォンが短く鳴き、アーニャも小さく頷いた。
「……」
「……?」
「アーニャちゃん、どうしたんだろ」
黙り込んだアーニャへ、蘭子と彼は首を傾げる。
用意しておいた文面が飛ぶほど緊張していた様子も見えない。
「こんな所でいいかな」
出し抜けに呟いて、小さなリモコンを操作する。
直後に天井からスクリーンが降りて来て、アーニャはポケットから指示棒を取り出した。
会場中を満たす疑問符へ向けて、彼女は再び天使の微笑みを見せる。
「実は私、蘭子に好きな人をとられちゃったの」
「……あ……アーニャちゃんっ?」
「本当は、今でもけっこう悔しい。だから今日は、私の秘密のコレクションから」
スクリーンに映像が映し出される。
それは一枚の写真で、アイスを落としてしまった蘭子が涙目になっている場面だった。
「蘭子の恥ずかしくて可愛い瞬間、ベスト10を用意してきました」
「……ちゅっ、中止ーっ! 中止ぃーーっ!?」
暴れ出した蘭子を、飛鳥は爆笑しながら羽交い締めにした。
「ふぅっ……ふぅー……っ!」
「……うん、大人ってのはこういう事をするんだ、蘭子。通過儀礼だよ」
「うう……もう、お嫁にいけないよぉ……」
「俺、ツッコんだ方がいいかな」
結局、アーニャの詳らかな解説が中止される事は無かった。
一から十まで余す所無く、蘭子の可愛さ講座特別編はその全編を終えたのだ。
やりきった表情のアーニャは、涙目の蘭子に再びその美しい笑顔を向ける。
蘭子があっかんべーを返すと、アーニャはウィンクしながら壇上を後にした。
『では続きまして、魔王軍配下の一等獣騎士、グリフォン様よりご挨拶を頂きます』
「……え?」
「ニャッ」
茄子のアナウンスを聞き、グリフォンがテーブルの上から軽やかに跳び降りる。
足音も静かに壇上へ、そして演台に据えられたマイクの前へ跳び乗った。
自慢の肉球でマイクを数度叩く。ボスボスという音を確かめ、顔を洗った。
「ニャー」
「……」
「ニャー。ニャ、ニャウッ」
普段の寡黙さを忘れたように、グリフォンが何度も鳴いた。
会場中の誰もが呆気に取られている。
その中で、蘭子と、アーニャと、茄子と。それから雪美と聖とペロだけが、固唾を呑んでいた。
「ミー、ミー、ナォ――」
「……」
「――ニャア」
時間にして一分ほどのスピーチが終わった。
再び顔を洗うと、軽やかな足取りで蘭子の下へ戻ってゆく。
わんわんと泣き出した蘭子に抱えられたグリフォンへ、アーニャ達が大きな拍手を贈った。
少しずつ少しずつ、釣られたように拍手が大きさを増していく。
『……ぐすっ。す、すみません……最近、涙脆くなっちゃって』
洟を啜る茄子が落ち着きを取り戻すまで、しばらくの時間が必要だった。
ようやく平静を取り戻し、茄子は一つ咳払いをした。
『こほんっ。それでは続きまして、元ご同僚の高垣楓様によるスベ――』
「――以上です……重ね重ね、幸せです」
新郎の言葉に、そこかしこから口笛が飛ぶ。
やたらに達者な幾つかが重なって、それは見事なハーモニーを奏でていた。
『それでは最後に、本日もう一人の主役、新婦の蘭子様よりお言葉を頂きます♪』
茄子に呼ばれ席を立つ。
豪奢な靴をこちこちと鳴らし、壇上へと進み出た。
演壇の前に立ち、そっと横目で両親を眺める。
父はいっそ清々しい程に泣き腫らしながら、母がにこやかに蘭子を見つめていた。
再び前を向く。
半分は見知った顔で、もう半分はこれから知り合える顔。
蘭子は不敵に笑った。
「しかと刻め――我が名は神崎蘭子。今宵、この真名は闇へと葬られる」
父も母も、ひどく驚いたように目を丸くした。
彼女が二人を前に、もう一つの『本当の言葉』を話すのは、生まれて初めての事だった。
「永き旅路だったわ。戦友を得、戦友を喪い、弓を捨て、新たな剣を得た」
「不断の剣戟、その果てにヴァルハラを確かに視た」
「醒めぬ夢は無く、解けぬ魔法も無い」
「そう嘯く道化を蹴散らし、声高に歌い上げる灰被り共」
「我が魂の器を愉悦の詩が満たし、救い損ねた民も無い」
「今宵、此処に、我が新たなる真名を以て、真に高潔たる旗を翻そう」
招待客たちも不敵に笑い返す。
蘭子の言葉は難解で、不遜で、過大で、そして何よりも正直だった。
彼女は満足げに頷いて、静かに目を閉じた。
「ありがとう」
そして笑って。
「私がここまで来られたのは……みんなの、お陰です」
肩を揺らして。
「みんな……みんなっ…………」
再び目を閉じて、四半世紀の生を振り返る。
祖父の、朧気な。
祖母の、優しい。
父の、やや気難しそうな。
母の、至極のんきな。
彼の、傷だらけな。
楓の、お茶目な。
飛鳥の、ニヒルな。
アーニャの、美しい。
グリフォンの、凛々しい。
茄子の、奏の、周子の、凛の、李衣菜の、師匠の。
芳乃の、美優の、雪美の、聖の、愛梨の、文香の、肇の、泰葉の、幸子の、ファンの、みんなの。
何よりも愛しい、夫の。
誰も彼もの笑顔を思い出し。
そして蘭子は、今までで一番素直な言の葉を紡いだ。
「だいすきぃ……っ!!」
「なぁ、母さん」
「どうしました、あなた?」
「俺たち……蘭子の育て方、間違ったんじゃあないか」
「奇遇ね……私も、そう思ってたところ」
「この歳になって、親を泣かせるなんて、なぁ」
「本当に、困った、愛娘だこと」
笑顔と祝福と、鳴り止まない拍手に囲まれて。
いつまでも、いつまでも、蘭子は涙を零しながら笑っていた。
めでたし、めでたし。
http://i.imgur.com/aRLm6Kq.jpg
描ききれなかった蘭子ちゃん達の大活躍が載っております
よろしければ是非、こちらの過去作もお楽しみください
http://twpf.jp/Rhodium045
闇に飲まれよ!
やみのま!
リアルタイムで完結を見れて幸せです。
やみのま!
(あとがき)
・本作は幾つかの過去作と設定を共有していますが、致命的な一年間のズレがあります
デレマスの不思議な年齢設定と考え無しな過去の俺によるコンビネーションをお楽しみください
・アニャ蘭、本当に最高だからもっと増えて
・第6回シンデレラガール総選挙楽しみ
・今回は50作目の特別記念なので、次回からまた短編に戻ります
・感想ください!!!!!!!!!!
やみのま!!!
やっぱりあんたのSSは最高だわ
割愛しただけなら申し訳ないけど398と399の間は飛んでない?
やみのま!
いつも楽しんで、そして今回も楽しんで読んでました、次回も楽しみに待ってます
やみのま!
あんたの書く作品の雰囲気が大好物だ
ありがとう、ありがとう
やみのま!
完結楽しみに待ってました、蘭子ちゃんが幸せそうで何よりです
控えめに言って最高でした
あと楓さんとか凛あたりは結婚式の出し物でスベって大やけどを負いそう
やみのま、です。
そしていいクリスマスプレゼントをありがとう。
感想ありがとう!
>>410
特に飛んではいないですね
彼女一流のトークが見事に場をゴニョゴニョしました
>>415
やっぱりそうだったか、余計なこと言って申し訳ない
式場で周り苦笑いの中ひとり満足げな顔する楓さんが想像つくな
やみのま!
毎回楽しみにしてるけど今回は特に最高だった!
次回作も楽しみにしてるよー
やみのま!
モバマスはもはや1つの宇宙だね
おつやみのま
やみのま!
乙
よく書上げたと感動した
やみのま!
やみのま~
終盤ちょっと駆け足気味な感じしたけど良い話でした
そして平然とスピーチをこなすグリフォンってどんな猫なんだ…
>『こほんっ。それでは続きまして、元ご同僚の高垣楓様によるスベ――』
この後に続く言葉がすごい気になってしまいます
瞳持つ者が多くて嬉しい
テンポ殺さない為に蘭子ちゃんとPがイチャつく場面けっこう削ったんだけど、やっぱ駆け足でしたか
蘭子ちゃんがイチャつくやつ的な詫びSSもその内に
重ね重ね、感想ありがとうございます嬉しい
前の『シンデレラ』もそうだったけど12:00に終えるのすごい味
あんたやっぱり最高だよ
やみのま!
いままでのSSにも繋ぎ合わせるとスカウトから引退までの流れができてるアイドルがいたけど
あくまでもいくつかの取り上げられたエピソードの並びでしかなくて
こうして四半生を描ききったのとは、ああ、くそ、なんて言っていいか分からん自分の表現力のなさが悔しい
やみのま!
闇に飲まれた
やみのま!
今年の最後の最後にこんないい作品をありがとう
今年の終わりに相応しい、素晴らしいSSでした。
闇に呑まれよ!!
コミケ行ったら完売だったよ、畜生
今年も楽しみに待ってますよー(今日は茄子さんの日ですよー)
>>430
ごめんね 前回刷けた部数を参考に搬入したんだけどね
とらさんにて委託中なので申し訳無いがそちらからよろしゅうお願いします
もっと早くこのSSに気づいてればよかったと後悔してる自分。めちゃくちゃ面白かったです!!新刊買います!!
このSSまとめへのコメント
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