藤原肇「彦星に願いを」 (62)


悩んでいた時間の割に、書き上がれば存外あっさりしたものでした。
初夏の風にさらりさらりと揺れる枝を掴まえて、飛んで行ってしまわぬようしっかり括り付けます。
色とりどりの願い事が、緑を背景に眩しく輝いていました。

 「ほら、肇。早く行こうよ」

 「はい、すぐ向かいますので」

屋上の扉から手招きする凛さんに、苦笑しながら応じます。
扉を閉める前に、もう一度青空を振り返って、

 「……今夜も晴れますようにというのも、願いに入ってしまうのでしょうか」

今も何処かで働いているであろう彦星に、そう問い掛けました。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1405601439


シンデレラガールズの天女こと藤原肇ちゃんのSSです。

前作、
渋谷凛「ガラスの靴」( 渋谷凛「ガラスの靴」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1404552719/) )
の後日談かつ前日談になります。

ガールズトーク多め。

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 「ミルクレープとダージリンを」

 「えっと……アイスミルクティーをお願いします」

まだ七月に入ったばかりだというのに、東京は陽炎が立つ程に暑くて。
故郷の穏やかな夏に慣れた体が訴える不満に、ついつい冷たい物で応えがちになってしまいます。

 「いいお店だね。静かで、事務所から離れてて」

 「こんな話をするにはもってこい、ですか?」

小さな喫茶店の中、はしっこのテーブル。
向かいの席に座る凛さんは、にこにこと上機嫌に微笑んでいます。
……おそらく、私の方は正反対の表情をしているでしょう。

 「私を見捨てた事、忘れたとは言わせないよ? 話を聞くの楽しみにしてたんだから」

 「ひ、人聞きが悪いですよ……凛さんにはちゃんとお話しますから」

 「うん、感心感心」

 「もう。……ところで」


視線を横にずらすと、奈緒さんと加蓮さんが、これまたにこにこと笑っています。
……いえ、にやにやと、でしょうか? 微妙なところです。

 「何故お二人もここにいるのでしょうか」

 「えーいいじゃん」

 「アタシ達にも聞かせてくれたっていいだろー」

 「この二人は何というか、うーん、ヤケ? 道連れ?」

 「……他人の不幸は蜜の味、ですか」

思わず溜息が漏れてしまいました。
確かに凛さんにはちょっとだけいじわるをしてしまいましたが、お代はどうやら高く付きそうです。
……まぁ、あの時の真っ赤な凛さんは、それはそれは可愛らしかったですけどね。


 「正直な話、最近奈緒が隙見せなくて弄れないんだよね。つまんないの」

ブルーベリーパフェをつつきながら、加蓮さんが至極残念そうに呟きます。

 「ふふん、私だっていつまでもオモチャにされてるわけじゃないぞ」

 「……あれ、奈緒さんなら確か、先週末プロデューサーさんと二人で」

 「うぉぉい肇ストップ! その話はナシだ!」

凛さんと加蓮さんの瞳が輝き出しました。
何となくは察していましたが、奈緒さん、苦労しているんですね……
きゃあきゃあとじゃれ合う三人を眺めつつ、凛さんへ問い掛けます。

 「話をするのは構いませんが、凛さんの方はどうだったんでしょうか」

あの様子なら心配無いとは思いますが、とは続けられませんでした。
質問した途端、凛さんは頬を膨らませ、ぷいとそっぽを向きます。可愛らしい。

 「……あの、馬鹿。大馬鹿プロデューサーめ」

 「……え、も、もしかして駄目だったんですか!?」

 「ちがっ、フラれてないし!」

慌てふためく凛さんを横目に、奈緒さんが苦笑しつつ補足してくれます。

 「『保留』だとさ。まぁ考えてみりゃあそーだよな。確か……」



 『気持ちはすごく嬉しいけど、凛はアイドルで俺はプロデューサーだ』


 『だから凛の気持ちには応えられない』


 『凛がトップアイドルになって、引退したら』


 『その時は俺の方から迎えに行かせてください、って頼み込むさ』


 「……とまぁ、言葉を取り繕ってはいるけど、要は逃げだよね」

凛さんが顔を赤くしながら、必死に勝ち取ってきた言葉を語りました。
奈緒さんがエスプレッソを傾けて、おぉ甘い、と舌を出します。
全く同感でした。

 「ふふん、凛には悪いけどチャンス到来だね。恋人じゃなくてシンデレラを目指せって事でしょ?」

 「……わ、私の方がリードしてるし」

 「いやー、まだまだ分からないよ? こりゃ急いでトップアイドルにならないとね。凛より先に」

加蓮さんと凛さんの飛ばす火花が、ぱちりぱちぱちと弾けます。
……恋は別腹、というやつでしょうか。

 「それよりも! 大事なのは肇の話だよ! 『返事』の話っ」

凛さんが露骨に話題を逸らしました。

 「あぁ、そういやその話だったか。凛に漏らしたのが運の尽きだったなぁ」

 「気になってたんだよねー。よくわかんないけど、肇は担当Pさんにちゃんと返事、したんでしょ?」

 「えぇと、それはですね」

さてどこから話したものかと記憶を手繰り寄せます。


 「…………その、ですね」

 「あの、肇。顔真っ赤だけど」

あの夜を思い出して、顔がどんどん熱くなってきてしまいます。
うぅ、今更ながらこれ、すごく恥ずかしいのでは……
三人の目は、お腹を空かせた猛獣のように煌めいていました。

 「えっと、ほ、本当に話すんでしょうか……」

 「あ、いきなりは話しにくいよねー。なら馴れ初めから順番に話したら良いんじゃないかな。ね、奈緒」

 「いい考えだな、その方が話しやすいだろ。な、凛」

 「うん。無理せず、最初から最後までじっくり話してくれればいいから。ね、肇」

 「……うぅ」

私の方はと言えば、まるきり草食動物の心持ちでした。

 「ささ、それでは出会いからどうぞ」

 「……最初は、スカウトでした。岡山でライブがあった時なのですが……」

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 『良い知らせだ。肇に担当が付く事に決まったぞ! 詳しくは明後日、事務所に来てくれ』

そのメールを貰ってからというもの、一日中そわそわして落ち着きませんでした。
それまでスカウトを受けた楓さんの担当Pさんに面倒を見てもらっていて、言わば見習いの状態でしたから。
事務所に辿り着く時まで、私の足取りは浮ついたままでした。

 「こんにちは……」

 「こんにちは、肇ちゃん。やりましたね」

ソファに座りながら、楓さんが出迎えてくれました。
ちょいちょいと手招きされるまま、私も隣に腰を下ろします。

 「はい、ありがとうございます」

 「フフ、肇ちゃんは頑張り屋さんでしたから。今日がはじめの一歩、ですね」

 「わっ」

頭を優しく撫で回されます。驚きましたが、悪い気分ではありません。
楓さんは綺麗で、背が高くて、優しくて……私にこんなお姉ちゃんがいれば、きっと自慢になるでしょう。

 「いいこ、いいこ、とんでけー」

なでり、なでり。

 「飛んでちゃうんでしょうか」

 「肇ちゃんはトップアイドルのタマゴですから、きっと高く高く飛んでいきますよ?」


 「……えっと」

 「受かったぞ」

お茶でも淹れましょうか、と言おうとして、途中で遮られました。

 「えっ?」

 「この前のオーディション。ヒロイン役だ」

ひょい。

突然、身体が宙に浮きました。
ぼんやりとした頭で視線を下ろしてみれば、プロデューサーさんの両腕が私の両脇へと伸びていて。
少し視線を上げれば、久方ぶりに見る、素敵な笑顔と目が合いました。

 「ははは! やったな肇、すごいぞ! ははっ!」

 「ひゃあぁぁっ!?」

私を両手で抱えたまま、プロデューサーさんがぐるぐると回り出します。
何せ身長が身長ですから、持ち上げられた私の頭は事務所の天井スレスレで。
長い腕も相まって、これまで経験した事の無い、すさまじい遠心力を味わいました。
メリーゴーランドと観覧車と高い高いを足して三を掛ければこんな感じになるのではないでしょうか。
視界の隅に、ぽかんとこちらを眺めるアーニャさんの姿が映ります。

 「頑張ったな! はは! おめでとう!」

 「おろ、おろしてくだ、さいぃっ!」


そのまま数回転した後、やっと床に降ろされました。
ソファに倒れ込んでも、未だに世界がゆらゆらと揺れています。

 「いや、すまん。つい舞い上がってな」

 「……飛んでっちゃうかと思いました」

脳裏に一升瓶を抱えた楓さんが浮かびます。笑顔でVサインを送ってきました。
いえ、飛びませんから。

 「でも、凄いぞ肇。映画のヒロインなんて始めて一年やそこらで出来る事じゃない」

 「肇。アイウォントゥビリィッチ、おめでとうです」

 「……そっか。受かった、んですよね」

 「ああ、肇の実力だ」

 「いえ、私だけではなくて……」

二人の目を盗んで、ポケットに短冊を押し込みます。
受かりますように、だなんて、恥ずかしくて見せられません。
それを知ってか知らずか、プロデューサーさんが笹の葉に気付きました。

 「ん、今日は七夕だったか。ちょうどいい、肇」

 「はい」

 「お祝いだ。何か欲しい物とか、行きたい所はあるか? 出来る限り叶えてやる」

 「行きたい所…………」

まだ回っているような余韻に任せて、頭の回転を加速させます。
七夕、メリーゴーランド、観覧車、高い高い……

…………あ。


 「あの、また高い所に行きたい、です」

 「うん?」

以前タワーを登ったとき、いつもより仲良くなれた気がしました。
今度はそれこそ、観覧車に乗ったり……

 「いいぞ。近い内に連れてってやる」

 「ありがとうございます」

 「ついでに俺も書いとくかな」

そう言って、プロデューサーさんも何やら短冊に書き始めます。
背中から覗き込んで、思わず笑ってしまいました。

 「肇? どうかしましたか?」

 「いえ、何でもありませんよ」


たくさんの人が観てくれますように。


ポケットの中の短冊が、溜息を零したような気がしました。

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 「…………あの」

 「ん? あぁ、鴨は苦手だったか?」

 「いえ、美味しいです」

かちゃ、かちゃり。
ホールの中心に据えられたピアノの調べを聞きながら、鴨のローストを拙い手つきで切り分けます。
素敵な夜景に、美味しい食事。文句など付けるべくもありません。
ありませんが……


――『高い』違いですよ!


……だなんて、今更言い出せませんでした。
何というか、楓さんの周りにいる人は影響を受け過ぎではないかと時々心配になります。

 「……私の格好、変じゃありませんか?」

 「とんでもない。親御さんに良い服送ってもらったな」

 「なら、いいいんですが」

 「何よりそれを着る素材が良いからな。こういう場合は衣装負けって言うんだったか?」

 「さ、さぁ……」

何と返したものかと、口ごもってしまいました。
余所行き用の一番良い服を着てくるように言われていましたが、どうにも浮いているような気がします。
私はてっきりスカイツリーやサンシャインシティ辺りに連れて行ってもらえると思っていたので……
こんな格式高そうなお店だとは予想もしていませんでした。いえ、高いのは確かですが。


 「本当なら、な」

 「え?」

 「もっと早くに、スポットライトを浴びせてやれる筈だったんだ」

グラスを置いて、プロデューサーさんが真剣な面持ちになります。

 「あの時は一年を『早い』と言ったが、肇の力なら数ヶ月でそこまで辿り着けた筈だ」

 「そんな事、」

 「事実だ。自覚してないかもしれんが、肇にはそれだけの実力があった。ただチャンスが無かっただけだ」

強い口調で遮られます。
喉元まで上ってきた言葉を、口に出す事が出来ません。

 「肇。アイドルって、何だと思う」

 「……アイ、ドル」

不思議なものでした。
今まで確かに一生懸命練習してきたのに、いざ問われてみれば……
自分の中に確かにあると思っていたイメージが、途端にふわふわと手の中から逃げていきます。
ただ思い浮かぶのは、先輩や友達の姿で。


熱狂というものを初めて知った、ニュージェネレーションのライブ。
会場がひとりでに静まりかえる、楓さんの澄みきった歌声。
ユニットの一員として、舞台を身軽に跳ね回るアーニャさん。


 「歌って踊れる、女の子」

 「あぁ、俺もそう思っていた。だけどな、そうじゃないんだ」


プロデューサーさんが、窓の外を指差します。

 「アイドルはな、星なんだよ。たまたま地上まで降りてきて、眩しいくらいに輝くんだ」

 「……プロデューサーさん、酔ってます?」

 「酔ってなきゃあ、肇にこんな話できないさ」

暗さの中でもかすかに分かる頬の赤みは酔いでしょうか、恥ずかしさでしょうか。

 「星が青や白に輝くように、アイドルも色々に光るんだよ。歌や、踊りや、それ以外にも」

 「…………」

 「肇が一番輝くのは、何も歌やダンスに限らなかったんだよ。俺はそれに気付くのが遅れてしまった」

 「でもっ、プロデューサーさんは、私の良い面を目に掛けて、伸ばしてくれました!」

 「それに気付かせてくれたのも、肇だったんだ」

 「わたし、が?」

身に覚えがありません。
いつの間にか偉そうな事でも言ってしまっていたのでしょうか。

 「……秘密だ、って言ってた釣り場に連れて行ってくれたろう」


 『いわゆる釣り名人というのは、のんびり屋さんが少ないんですよ』

 『そうなのか? 釣りってのは待つのが醍醐味だと思ってたが』

 『それも間違いでは無いですけど、巧い人は色々な場所を試すんです』

 『それで、ひょいと釣り上げちまうのか』

 『最終的には。ただ、名人はそうやって上達していくそうで』

 『…………』

 『プロデューサーさん?』

 『……肇、竿、引いてるぞ』

 『え、わっ』


 「あの時な、正直に言うと説教されてるような気持ちだったよ」

 「す、すみませんっ」

 「謝らないでくれ。謝るのはこっちの方だ」

プロデューサーさんの表情が少しだけ和らいで、それからすぐに引き締まります。
瞳の奥に、確かな意志の輝きが見えました。

 「肇。俺は肇の時間を無駄に使ってしまった。そこは言い訳のしようも無い、申し訳無い」

そんな事、と言おうとして、けれど口には出せませんでした。

 「だけど約束する。肇を必ずトップアイドルに、一番星にしてやる」

 「…………」

 「だからこんな俺でも、これからも肇の隣に居させてくれないか」


あぁ、やっぱり。


プロデューサーさん、酔ってるじゃないですか。


 「……はい。私こそ、これからもプロデューサーのそばに居させてくれませんか?」


――ひょっとしたら、私も酔っていたのかもしれません。

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 「…………いや、それ告白じゃん。もう」

……改めて自身で振り返ってみても、否定出来ませんでした。
熱を帯びた顔を冷まそうと手を伸ばしたミルクティーは、すっかり温くなっていました。

 「……なるほど。しまったな、やっぱりあの時グラスを……」

 「酔わせるなら大人組と結託して……いや、危険過ぎる?」

さっきにも増して、凛さんと加蓮さんがぶつぶつと考え込んでいます。
奈緒さんはといえば、我関せずとばかりにストローの空き袋でヘビを作っていました。

 「しっかしまぁ、肇もあの人も真面目だよなぁ。こっちのPさんに見習わせたいね」

 「ふふ。何せ、トップアイドルにならないといけませんから。皆さんよりも先に」

ぴくり。

三人の視線が、ゆっくりと私へ注がれます。

 「一番星になります。トライアドプリムスには、負けません」

 「……へぇ?」

 「珍しいね、肇がそんな事言うなんて」

 「『女の意地』は、何も凛さんだけの特権ではありませんから」

凛さんも、加蓮さんも、奈緒さんも。そして、私も。
お互いから一切目を逸らさず、にこにこと笑顔を浮かべます。
夕方に差し掛かったせいでしょうか。辺りの気温も幾分か下がってきたような気がします。

 「……ハイ、やめたやめた。今日はオフなんだしここまでな」

 「ま、いいけどねー。私もミルクレープ頼んじゃおっかな」

奈緒さんと加蓮さんに釣られて、私と凛さんも緊張を解きました。
皆さんはライバルでもありますが、とても大切な友達ですから。


 「たださ、本当に肇の担当Pさんって真面目過ぎだよね。いつも忙しそうにしてるし」

 「だから良い仕事取ってこれるんだろうなぁ。肇の出た映画、DVDの売れ行き好調らしいし」

 「ねー。 ひょっとして一年中働いてるんじゃない?」

確かに、あれ以来Pさんはいっそう一生懸命になってしまって。
……ひょっとしたら、本当に一年中働いているかもしれません。

 「そうですね。ですから今日は」

からん、からん。

 「……あれ、アーニャ」

 「ダー。凛たちも居たんですね」

カウベルを鳴らして、アーニャさんがやってきました。
ちょっとのんびりし過ぎてしまいましたが、もうそんな時間だったんですね。

 「そろそろ行きましょうか。皆さんも来ますよね」

 「え、ちょっと待って。どこに行くの?」

 「あら、言ってませんでしたっけ」

顔を合わせると、アーニャさんはふるふると首を振りました。
最近忙しくて、すっかり伝えたつもりになってしまっていたようです。


 「今日は、百年に一度の七夕なんですよ」

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茹だるような暑さも、夜になればすっかり鳴りを潜めて。
申し訳程度に吹く風のお陰で、屋上は昼間よりも随分と過ごしやすくなっていました。

 「……この辺か?」

 「あの、もうちょっと右、ですっ」

 「すまん」

笹の葉も短冊で一杯になってしまっていて。
何とか結び足そうと、千枝ちゃん達の足場代わりにPさんがふらふらと揺れていました。
はしゃぎ声に囲まれながら子供達によじ登られている姿は、まるでもう一本の笹の葉のようでした。

 「……ふふ」

 「人気者だね、あの人も」

月見団子を囓りつつ、凛さんが呆れたようにPさんを眺めています。

 「七夕会って聞いたけど、これお月見用のだよね」

 「歌鈴さんに聞いたら作ってくださったんですよ」

 「あー……納得したかも」

事務所の皆さんは細かい事をあまり気にしていないように見えます。
そこかしこでお酒を飲んでいたり、月餅を摘んでいたり、お酒を飲んでいたりしています。


 「事務所でお酒が飲めるなんて。七夕会で、たなぼたかい?」

お酒を飲んでいた人がお酒を飲みながらやってきました。
最近、楓さんの手には何となくハンドバッグより一升瓶の方がしっくりくるように感じてきています。

 「うーん確かに、さっきまで知らなかったし、たなぼたかも?」

 「あらら。こんな楽しい事をヒミツにしてたなんて、肇ちゃんは悪い子ですね。めっ、です」

めー、と呟きながら、楓さんが私の目蓋をくりくりと押してきます。
すっかり出来上がっていたようで、上機嫌に即興の歌を口ずさんでいます。

 「さっき、短冊を探索してたんだけどね」

 「……」

 「凛ちゃん、笑っていいんですよ?」

 「……はは」

 「むぅ」

楓さんが頬を膨らませて、すぐににこにこの笑顔に戻りました。

 「肇ちゃんなら、なれますよ」

 「えっ?」

 「私の折り紙付きです。短冊だけに」

それだけ言うと、楓さんが茣蓙の上の定位置へと戻っていきました。
たなばたさーらさらー、と、微妙に間違った歌詞を口ずさみながら。


 「なれるって、何に?」

 「えっと、その」

 「まぁ短冊に書いたものだろうけど」

凛さんが笹の葉に歩み寄って、しげしげと短冊を眺め回します。


 『サイキック』

 『もっとがんばります!』

 『早割25%に間に合いますように』

 『金』

 『プロデューサー』


 「……無記名なんだよね」

 「はい。かれ、誰かが書いた短冊で一悶着ありましたからね」

短冊には関係有りませんが、端っこの茣蓙では加蓮さんが担当Pさんにお酌をしています。
どこから持ってきたのか二人の周りにはずらりと酒瓶が並んでいて、担当Pさんの顔はどこか怯えているように見えました。

 「ところで凛さん。この『プロデューサー』っていう短冊」

 「あ、アーニャだ。何やってるのかな」

凛さんがすすいとアーニャさん達の元に駆け寄って行きます。
……そうですね、『詳しい話』はまた後日聞かせてもらいましょう。


 「冥王の輝き!」

 「蘭子。それはグドハンティ、火星です」

立派な天体望遠鏡が一脚、屋上の隅に据え付けられていました。
美嘉さんや蘭子さんが代わりばんこに覗き込んで、アーニャさんに次々と質問をぶつけています。
私も夜空を見上げて……あの星座は果たして何と教わったかと、頭を悩ませました。

 「やってるね。でもそれ、今日は必要無いんじゃない?」

 「ダヴァイ、これはオマケですね。夏にしては良く見えるから」

 「土星のわっかとか見えるの?」

 「やってみますか、凛」

凛さんも加わって、小さな天体観測会が始まりました。
月の模様を見て、あれは兎だ、いやナナさんだよと盛り上がります。
……そろそろ、かな?

 「アーニャさん。そろそろですよね」

 「はい。あと十分くらいでアルチョーム、時間です」

 「楽しみです」

 「私も、ドキドキしてます」

観測会をこっそりと抜け出して、目的の人を探します。
立派な体格はすぐに見つかって、屋上の柵にもたれて空を眺めているところでした。


 「お疲れ様でした」

 「あいつらなんて軽いもんさ。……楓さんもな」

Pさんが肩を叩いて応えます。……困った姉です。

 「しかし驚いたよ。今日の七夕会、肇の発案なんだろう?」

 「本当は私とアーニャさんですけどね」

一年越しの計画でした、と言ったらもっと驚くでしょうか?
計画と言う程のものでもありませんけどね。
……せいぜい、茄子さんに晴天祈願を頼んだぐらいです。

 「……あの辺が天の川、か?」

 「そうですね……やっぱり、岡山ほど綺麗には見えませんね」

 「そりゃあな。今度アナスタシアさんとか渋谷さん達を連れて旅行にでも行くといい」

 「Pさんもいかがですか? また川釣り、したいです」

 「それも悪くないが、今度は天の川で川釣りなんてのも良いな」

 「難しそうですね」

 「そうか? まぁ肇が織姫になれば出来るだろう」

ぎしり、と。
油の切れた絡繰人形のように首が固まります。


 「なっ、何でそれ、を」

 「ん? 肇の短冊だろう。『織姫になりたい』って」

 「わぁっ! わぁ! 何で分かったんですか!」

 「肇の字は綺麗だからな、一目で分かる。別に恥ずかしがる事もないだろう」

誤算でした。まさか、筆跡で見破られるなんて……
あれ、ひょっとするとこの短冊って、担当アイドルのものはみんな分かってしまうのでは……?

 「肇ならなれるさ。小早川さんに頼んで衣装貸してもらおうか」

 「結構ですっ」

 「似合うと思うんだが」

真顔で考え込むPさんを前に、溜息を吐きます。
全く、真面目なのか抜けているのか、よく分からない人です。

 「それで、どうして七夕会なんて開いたんだ」

 「……Pさん、最近ニュースとか見ましたか?」

 「いや……忙しくて見てないな。それが?」

 「そうですね、いわゆる『百聞は一見に如かず』、というやつです」

 「……どういう意味だ?」


――答えようとした瞬間、屋上が歓声に沸き上がりました。


 「光った! いま光ったよ!」

 「えっ!? 未央ちゃん、どこ?」

 「どこってしまむー、ほらっ!」


空に、光が散りました。


夜空のキャンバスに次々と星の筆跡が描かれては消え、また新たに塗り替えられていきます。


 「……えっと、加蓮。消えるまでに三回唱えるんだっけ」

 「うん。あんな風に」

 「増益増益増益増益増益…………」

 「ちひろさん……」

屋上のあちらこちらから、願い事が聞こえてきます。
トップアイドルになりたかったり、お腹いっぱい好きな物を食べたかったり、あるいは、好きな……
皆さんの瞳は、流れ星にだって負けないぐらいに煌めいていました。

 「……流星群か」

 「はい。七夕の日にこれだけ降るのは七十二年後だそうで」

 「俺も長生きしてみるかな」

以前に比べればPさんも随分冗談が増えました。
ただいつも真顔で飛ばすので、冗談なのかそうでないのかちょっと分かりにくいですが。


 「流れ星に願い、掛けないのか」

 「はい。短冊だけで十分です」

 「いいのか。こんなに願いが叶いそうな機会なんて、百年に一度なんだろう」

願いは、掛けませんよ? 綺麗な光景を見せてくれただけで満足です。
だって、私が目指すのは、流れ星じゃなくて……
わざとらしく一つ咳払いをして。両手を広げてくるりと回り、天を仰ぎます。

 「『アイドルはな、星なんだ』」

 「……おい、肇」

 「『たまたま地上に降りて、眩しいくらい輝くんだ』――」

 「わかったよ、やめてくれ。顔から火が出そうだ」

顔の前で手をひらひらさせながら、Pさんが首を振ります。
ちょっとした仕返しです。

 「私は願いを掛ける側より、叶える側に……そうですね。それこそ流れ星よりも、織姫になってみたいんですよ」

 「……はぁ。いつの間にやら肇も良い性格になったもんだ」

 「素晴らしい姉と、友人達に恵まれたもので」

そしてもちろん、最高のプロデューサーにも。
……なんて、直接口に出すのはもうちょっと先になりそうです。


 「それに、もう一つの願いは叶ってしまいましたから」

 「……もう一つ?」

プロデューサーさんでも届かない、笹のてっぺん。
夜空に一番近い場所に、笹の葉型に切り抜いた緑の短冊が、こっそりと結ばれています。
去年は結局、願い事を掛け忘れてしまいましたから。
今年は二つ願いを掛けたって、きっと許してもらえるでしょう。

 「それはまだ内緒、です」

――また来年の七夕には、こっそり教えてあげましょうか。

そんな事を考えながら、Pさんと肩を並べて。
ベガと、アルタイルと、流れ星と。
それから、賑やかに笑い合う星のタマゴたちを。


笹の葉擦れを聞きながら、二人で静かに見守っていました。



働き者の彦星様へ



いつもいつも一生懸命にお仕事、お疲れ様です。


でも、息抜きだってとっても大切ですから。


たまには私達と一緒に、楽しく遊んでくださいね。



織姫より


おしまい。
肇ちゃんは撫で回したい天女可愛い

前作と同じく、話はおねシンから引っ張ってきてます
あとアーニャが話してるロシア語っぽい部分は全て適当なのであしからず

ちなみに微課金なのでR以上の肇ちゃんは持ってません
誰か助けてくれ

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