藤原肇「誠意の湯呑」 (15)

アイドルマスターシンデレラガールズのSS。
メインは藤原肇ちゃん。

注意点
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1、SSは初心者です。初心者NGの方はブライザバック推奨
2、地の文多め、苦手な方は我慢するか読まない方が幸せになれます
3、スレ立ても初心者です。なにか間違った言動があれば指摘をお願いします。
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藤原肇「誠意の湯呑」


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「祖父には後を継げと言われるけれど……私はもっと色々な経験をしたいんです」
「私頑張ります……協力お願いします……!」

そう肇に言われてから数日後、俺は藤原家に来ていた。「娘さんをプロデュースさせてください」そう両親に話を付けるためだ。
まるで結婚の挨拶みたいだな、とか考えている余裕もなく床に頭をこすりつけていた。先日、アイドルになると電話をもらった
ときには手放しで喜んだものだが、詳しく話を聞いてみると説得はまだだった。居ても立ってもいられず、俺はこうして頭を下げにきた。

「こちらこそ、よろしくお願いしますよ」
「あ、ありがとうございます。大切に預からせて頂きます」

俺は慌てて顔を上げた。自分の隣に座っている肇を見ると、意外と余裕のある表情で笑みを浮かべている。どうやら前もってOKを
もらっていたようだ。緊張の糸がゆっくりとほぐれていくのを感じながら。「改めてこれからよろしくな」と声を掛ける。

「はい! プロデューサさん、至らないことだらけでまだまだ不安ですが、精一杯頑張ります」

と肇は元気にそう言って柔らかい微笑みを向けてくれる。そうだ、俺はこの肇を知ってほしい。この柔らかな笑みを前にすると
今まで生きてきてよかった、と思える。他のアイドルにはきっとない。この子だけの個性を育てていこう。俺がそう、決意を
新たにしたところで、肇が思い出したように口を開く。

「そうだ、プロデューサさん。おじ……いえ、祖父が陶房にいると思います。せっかくですし、会って頂けませんか」

そんな肇の気軽なひと言で、俺の心が再び強く張り直されるのを感じた。



「おじいちゃん、この人が私をプロデュースしてくれるプロデューサさんだよ」

肇に連れてこられて対面した肇の祖父はとても寡黙な人だった。続いて挨拶をしたら、一瞥してすぐ目の前の陶器に向き直った。
印象としては良く得井場仕事熱心で悪く言うなら愛想がない人、というものだったが不思議と肇と似た空気を思わせた。
露骨に言えば、俺を無視するような態度の祖父に「おじいちゃんったら……」と肇は言葉を漏らす。その表情にわずかな陰り
が見えたような気がした。深読みし過ぎは良くない、と自分を諌めながら再び祖父に視線を移す。どことなく、今の姿に違和感
というかぎこちなさがあるような気がする。普段はもう少し柔らかい人なのかもしれない。

「ところでプロデューサさん」

肇が俺の方に向き直る。表情はいつも通りに戻っている。

「陶房、陶器の作業場に来るのは初めてですか?」
「ああ、意外と狭いんだな。もう少し広いものかと思っていたが」

俺は周りを見渡しながら言う。土の匂い一色で俺のオフィスとは違う意味で仕事場、という印象を受ける。どちらかといえば、
無駄のない空間取りやぴりっとした空気は職人の領域、という感じだ。

「ええ、ここは祖父がゼロから作った建物ですから、多少手狭ではありますね。他の陶房はもっとゆとりのあるところが
多いと思いますよ」
「この建物をお一人で? 日曜大工すらまともに出来ない不器用な私とは大違いだ」
「ご近所さんもウチと同じように陶房を持っていますから、後で見に行きましょうか」
「ああ。だが、やはり自分の仕事場を自作するなんて、他にはない情熱を感じますね」
「……そうですね。祖父は陶器に対しては誰にも負けません。自慢の祖父です」

肇との会話の間も、時折話しかけてみたもののやはり反応はしてもらえなかった。だけど、最後の肇の言葉には少し肩が反応
していた。やっぱりこの人は肇の前ではもう少し、違った顔をしているのだろう。

「頑固すぎるのがたまに傷、ですけどね」

肇が冗談めかしておじいさんにそう言葉を向けると、今度は肩が少し下がっていた。
しばらくしても、俺は祖父に話をしてもらえなかった。少しだけ心配になって肇だけに聞こえる声で聞いてみる。

「俺、何か機嫌を損ねるようなことをしたかな?」
「え? そんなことないですよ。褒められてきっと照れてるだけですよ」
「だけどやっぱり……」

本当にそうだろうか。どうもそうじゃない気がしてならない。俺がもう少しだけ食い下がると、肇はん……と
言葉を選ぶようにして口を開いた。

「……本当の事を言えば、少しだけ。本当に少しだけ機嫌は良くないと思います。でも」

それはきっと、と肇は俯く。やはり何かあるようだ。急に来るのがマズかっただろうか。そりゃ可愛い孫娘がどこぞの馬の骨に
しばらく取られると言われたら、良い気はしないで当然だろう。やはり今日のところは引き上げて、またゆっくりとお話していく
ことにしよう。

「すみません、急にお邪魔して。今日はひとまず帰ろうと思います。お会いできてよかったです」

そう言って振り返った。俺は瞬間失敗したと理解する。膝に何かが当たる感覚があった。それは固くて、ちょうど周囲にたくさんある
陶器のようだ。そう思った直後、大きな音で何かが割れる音がした。

「本当のところは分かりません。でも、割れたのは次のお仕事で頼まれていた湯呑だと思います」

後に問い直すと、しぶしぶという感じで肇は口を開いた。俺が割ってしまったのは少し小さな湯呑だった。足下にちょこんと置かれていて
気がつかずに足を引っかけてしまったのだ。

「そうか……」

俺は頭が真っ白になるのを感じた。逆の立場なら、俺はどう感じるだろうか。ようやくこぎ着けたステージをどこぞのよそ者が台無しに
したら、きっと俺は怒るだろう。それが印象の良くない相手なら尚更だ。だが、お祖父さんは「大丈夫だ」とひと言俺に告げて、去って
しまった。謝る事もできなかった。

「プロデューサさんは悪くありません!」

肇がそう隣で優しい声をかけてくれているのが、ぼんやりと聞こえた。
<あんなところに置いておくおじいちゃんが悪かったんです。大事なものならあんな無造作に、置いておくのは間違ってます……>
<そうだ、私の思い違いかもしれないです。あれは試作中のもので、そう。だからあんなところにあったんですよ。そうに、違いないです……>
<……プロデューサさん>
肇は優しい子だ。改めて感じた。でもだからこそ、俺がどんなに大きな失敗をしたとしてもこうして声をかけてくれる。それに甘えてしまいたい。
でも、そう言う訳に行かないのが大人だ。俺はこういうとき、どうすべきか。俺だって、ただ大人になった訳じゃない。色々な失敗をしてきた。
何かには取り返しのつかないものなんていくつもあった。
俺は自分の頬を両の手で弾いた。

「肇、ありがとな」

俺がそう言って立ち上がると、肇は驚いた顔をして見ていた。ああ、俺は肇を導いていく側の人間だ。こういうときどうすべきかは、俺が示す。
弱さを見せても、俺は立ち上がらなければ。そうでなければ、先ほど両親に託されたものを手のひらから落としてしまう。

「でもな、このまま俺は何もしないではいられないんだ。このままじゃダメだ。失敗は行動で省みるしかない」
「……プロデューサさん」
「だから肇、俺がこれからどう行動するべきか、一緒に考えてくれないか」

肇は俺の言葉に少しビックリしたように、目を見開いていた。そして、少し泣いているようにも見える笑顔を俺に向けてこう言うのだった。

「はい。私、プロデューサさんと一緒に考えます。一緒に、がんばります!」


期待

「私が子供のころ、同じように陶器を割ってしまったことがあったんです」

肇がそう言って俺に提案したのは、陶器作りだった。

「陶器を割ったなら陶器で返すのが誠意、です!」

珍しく燃えている肇の言葉だったが、それが祖父の受け売りであることはなんとなくわかってしまう。そうか、あの人はそういう事を
この子に教えてきたのだな。俺は頷き、自ら湯呑を作る事にした。俺は陶器を作った事もなければ当然、湯呑も作った事はなかったので、
肇に手伝ってもらう事になった。

「まずは土練りから始めましょう。ただ練るだけですが、ここで大事なのは想いを込める事です。土はとても馴染みやすいですから、
人の想いも一緒に溶けていくんです」

肇は作業着に着替えて、俺の指導を初めていた。肇の作業着姿が様になっていることに驚きだった。今後のプロデュース方針に加える事を
決意して、俺は土を練っていく。

「今日はろくろを使うのはやめて、手づくりにしましょう。趣があって良いものになると思いますよ。
大事なのは技術じゃなくて心ですよ、プロデューサさん」

ろくろチャレンジはしたは良いが、まったく形にはならなかった。

「素焼きが終わりましたね。え、これはまだ完成じゃないですよ。うわぐすりを塗って……完成、ですか? 三日後くらい、ですかね」
「え、本当か。困ったな」
「泊まる場所なら大丈夫です。私の部屋で寝泊まりすれば問題ないです。もちろん、プロデューサさんが嫌じゃなければ、ですか……」

という感じに何故か藤原家に数日間、お世話になることとなった。もちろん、客間で。
翌朝、俺は珍しいものを見た。洗面台で俺が顔を洗っていると、半分寝たような顔をしてふらふら歩いてくる肇が居た。肇は俺に気がつくと
顔を真っ赤にして、慌ててどこかへ走っていった。普段しっかりした肇でも、夜更かしはするらしい。


「私ね、アイドルにならないかって言われたよ」

私がそう話した時、おじいちゃんは厳しい顔をした。そして静かに反対された。
私は夜の縁側で、少しだけ前のことを思い出していた。
そのとき私は、すごく悲しかった。おじいちゃんの言う通りいろいろなものを見てたくさんの人と関わって、陶器だけじゃない自分を夢見て、
プロデューサさんと一緒にもっと高みへいこうってそう思ったのに。何も聞かずに反対されたことに私は少し、柄にもなく怒ってしまった。

「プロデューサさん、私アイドルになります」

そうやって半ば勢いで、強引にアイドルになることを決めた。それを聞いてからおじいちゃんはずっとあんな調子だった。身勝手な私に
失望して、私なんてどうでもよくなったのかもしれない。
昼間はとても良い天気だったけれど、今日の夜は星も見えない。
私の気持ちも空にかかった雲のように、どんよりと暗くなっていった。まるで私の心が暗い気持ちで土練りされていくように……

「土練り……そういえば」

私は昼間のプロデューサさんを思い出していた。

「プロデューサさん、意外と不器用だったなあ……ふふふ」

プロデューサさんがろくろを回すのに失敗して、慌てていたのを思い出していた。あの人は、いつも一生懸命で、それから時折おじいちゃん
みたいな事を言う。だからプロデューサさんにアイドルにならないかと誘われた時、柄にもなく、はいと答えてしまったのだろう。
この人は私を更なる高みへ連れて行って、いっぱいの輝きをくれる。そんな風に感じた。きっと他の人がアイドルに誘っても、私は躊躇なく
いいえと首を振っただろう。あの人だったからこそ、私はアイドルになろうと思っただろうな。
そこまで考えて、私は自分の心が少し軽くなったことに気がつく。

「ありがとう、プロデューサさん」

うん。今なら前に進めそう。

「このままじゃだめだ、失敗は行動で省みるしかない」

昼間のプロデューサさんの言葉を復唱してみる。やっぱり、プロデューサさんはおじいちゃんみたいな事を言う。
そう思いながら私は立ち上がった。

「このままじゃだめ、ですよね。プロデューサさん」

今、私に出来るのは一つだけ。
私は陶房の扉を開く。
認めてほしいなら、きっと誠意を示すしかない。おじいちゃんの言葉だ。
私はやっぱり、おじいちゃんに認めてもらってアイドルになりたい。

「できあがりましたよ。プロデューサさん」

肇がそう言って、俺の作った湯呑を手渡してくれる。

「……不格好だな」
「……こういうのは、趣があるとも言うんですよ。大事なのは心ですから」

ずいぶんと心押しな肇。きっと形は褒める点がないってことらしい。俺が自分の陶器の出来をみていると、肇がもう一つ湯呑を出してくる。
俺の湯呑とは違って、すごく良い。店に並んでいたら衝動買いしてしまうかもしれない。

「それは?」
「これは私が作ったものです。実は初日の夜に徹夜して作っていて……」

そういって肇が自分の作った湯呑を眺める。

「すごい、こんなに上手く出来たの初めて……プロデューサさんのために作ったから、かな?」

良く聞こえなかったが、肇が一人で小さく呟いていた。見惚れている、ように見えた。改心の出来映えだったりしたのだろうか。

「俺がどうかしたのか?」
「え? い、いえ、なんでもないですよ!」

慌てて手と顔を同時に振ったせいで、奇妙な動きになっている。それを見て、動きがロボットみたいだなとぼそりと呟くと。
肇はそれを復唱して「ロボット?」と疑問する。

「うん、ロボット」
「ロボット……」
「そう、ロボット」
「……」

そこまで言うと、肇はそっぽを向いてぷくうと頬をふくらさせた。どうやら怒っていると言いたいらしい。
俺は膨らんだ頬を人差し指で押してやる。

「っぷふ!?」

空気が抜けて、何とも間抜けな顔になる。肇はそのまま少し呆けたままでいた後、何をされたのか気がつくと「もう、この人は……」
と良いだけな表情で俺を見ていた。え、なんかこの構図、俺の方が子供っぽくない。おかしい……

「おじいちゃん、プロデューサさんが話したい事があるって。聞いてあげて」

肇にお祖父さんを呼んでもらって、そこまでさせてしまうことに申し訳なく思いながらも俺は相変わらず寡黙な祖父の前に立っていた。
俺は深く頭を下げる。

「先日は大切な湯呑を割ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「……大丈夫だ」

俺に対してここ数日何度となく繰り返されてきた言葉だ。何度謝っても、ひと言大丈夫というだけで事情さえ語ってくれない。
当人は大丈夫と言っていたとしても、このままでは俺の気が収まらない。俺は例のものを取り出す。

「ますだ家のどら焼きです。受け取ってください」
「……大丈夫だ」

そういいつつ、お祖父さんはそれを受け取る。事前に肇からリサーチした甲斐があった。困ったときはこれを渡しておけば万事OKの
名菓ますだ家のどら焼きを渡す事に成功し、俺は内心ガッツポーズを取る。これで、とりあえず許された可能性は高い。返ってきた言葉が
変わっていない事が気がかりだが、これで心置きなくあれを渡せる。

「それから、つまらないものですが」

そう前置きをして置かずには渡せなかった。だからこそ、ますだ家のどら焼き。大人は打算で動かねばならない事もある。肇を疑う訳じゃないが
大人の世界はシビアだから仕方ないのだ。
俺は不細工な湯呑を手渡した。

「……」
「私が作った湯呑です。肇、いえ肇さんに教えて頂いて……」

お祖父さんは俺の湯呑をじっと眺める。その格好は肇のそれと瓜二つだった。やはりこの人は肇のお祖父さんなんだな、と改めて感じる。
お祖父さんの表情が変わっていくのがわかった。

「……不出来だが、良い湯呑だ」

こぼれたようにそんな言葉が漏れた。一瞬誰の言葉かわからなかった。きっとそれはこの人の素なのだろうと感じた。
俺はようやく、肇の本物の祖父を見た。その笑顔は俺が世に伝えようとしている、肇の笑顔そのものだ。そう思った。

「赦そう……肇を頼む」

そう言って俺の頭に手を置いた。温度とは違う暖かさを頭のてっぺんから感じる。それは何かを託すものだった。俺はこの人から今、
想いを託されたのだ。肇に対する海よりも深い愛情を。

「有難う、御座います」

俺は目頭から溢れそうになるものをこらえて、感謝の言葉を口にした。俺はこの人の期待に応えよう。そして、いつかそれを伝えに来よう。
そう決意した。

「プロデューサさん帰っちゃったね」

あの後、プロデューサさんは事務所で山積みになってるはずの仕事をこなすべく、急いで帰ってしまった。
だから、これはプロデューサさんがずっと先に知る事になるだろう話。

「そうじゃな」

ずっと無口でいたおじいちゃんから素直に出た言葉を聞くのは、私も久しぶりだ。

「実はね」

私は後ろで隠していた私の作った湯呑をおじいちゃんに見せる。

「私も、作ってみたんだ。おじいちゃんにアイドル、認めてほしくて……」
「……」

おじいちゃんは私の湯呑をじっと眺める。

「さすがは私の孫、いや」

おじいちゃんは私に満面の笑みを浮かべて。

「さすがは肇じゃ」

そんな最上級の賛辞で、私のささやかな反発の反動がすべて赦されるような、そんな言葉を私はおじいちゃんから受け取ったから。
私はきっと一番のアイドルになろう、そう思ったんです。


このときの事は私とプロデューサさんが遥か高み、輝きの先にたどり着いたときに話そうと思います。
だから、プロデューサさん。一緒に行きましょう、誰よりも輝く場所へ。私はプロデューサにどこまでも付いていきます。

End

以上で完結です。
読んで頂いた方、ありがとうございました!

(あとがき)
これだけは言っておきたい! 肇ちゃん誕生日おめでとう。
本当は昨日中に言うはずだったけど……ごめんね。
それから、読んでくださった方もかなりの亀っぷりでしたが読んで頂いてありがとうございました。
執筆中は>>5さんのおかげでかなりモチベーション助けられました。感謝します。
短いですが、この辺で。ではではー

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