モバP「本音と嘘とチョコレート」 (74)



藤原肇「歌鈴さんのおうちって神社でしたよね?」

道明寺歌鈴「そうですよ。名前はこんなだから寺なのか神社なのかはっきりしろってよくいじられましゅ…」

肇「そ、そうなんですか」

肇「それで、もうすぐバレンタインデーですけど、やっぱり宗教の関係上そういうのってお祝いできなかったんですか?」

歌鈴「いえ、そんなことはないです。けど…」

肇「けど?」




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歌鈴「バレンタインデーって、好きな男の子にチョコをおくりゅ… 贈る日ですよね?」

肇「まぁ、そんな感じですかね」

歌鈴「私、今までは好きな男の人ってできたことないんです」

肇「そうなんですか…」

歌鈴「肇ちゃんは贈ったことありますかっ!?」

肇「そうですね… 私もそういう意味では贈った事はありません」

肇「ですけど、おじい… えっと、祖父や父には贈っていましたね」

歌鈴「肇ちゃんって家族の人を…?」

肇「ち、違いますよ! そういう意味ではって言ったではありませんか!」







肇「好意の形にもいろいろあると思いませんか?」

歌鈴「形、ですか?」

肇「バレンタインデーには必ずしも異性として行為を抱いている人にチョコをプレゼントする日ではないそうです」

肇「日頃お世話になっている人や、家族などに感謝の印として贈る日でもあるそうです」

肇「ですから私は、祖父や父に贈っていました」

歌鈴「へぇ~ いわゆる義理チョコってやつですね!」

肇「そういう事です」


歌鈴「そういうのもあるって知ってたんでつけど… でも、やっぱりした事が無いです」

肇「おうちの方が厳しかった、とか?」

歌鈴「そういう訳ではなかったんですが、うちの人は誰もそういう事をしてなかったんでしゅ…」





歌鈴「だから、ちょっと憧れちゃうな~って思ったり…」

肇「…でしたら、一緒に贈りませんか?」

歌鈴「え? 一緒に、ですか?」

肇「はい。よろしければ一緒に手作りして… 丁度予定も空いていますし、それに、なんだか楽しそうではありませんか」

歌鈴「とっても楽しそうですっ! でも、肇ちゃんは誰に贈るんですか…?」

肇「お世話になっている人と言ったら、一人しか思い浮かびません」

歌鈴「………Pさん?」

肇「ちひろさんは同じ女性ですし、社長はあまりお会いした事がありませんからね」





歌鈴「は、肇ちゃん! Pしゃんに贈るんですか!?」

肇「は、はい。えっと… 何か不味かったでしょうか…」

歌鈴「い、いや、そんなことは無いんですけど! でも、そのぉ…」

肇(………?)


歌鈴「ええっと… その、うぅ」

肇「もしかして、歌鈴さんって…」

歌鈴「肇ちゃんがPさんに…」ナミダメ

肇「プロデューサーの事、好きだったりします?」

歌鈴「! な、なんでしってるんでつか!?」

嫌な予感がするが一応期待しておく




肇「いえ、なんとなくですが…」

歌鈴「うぅ~ 恥ずかしいです///」

歌鈴「そんなことより、肇ちゃんもPさんの事…」

肇「私、ですか?」


肇「………」

歌鈴「肇ちゃん?」

肇「…さっき歌鈴さんが自分で言っていたではありませんか」

歌鈴「ふぇ?」

肇「お世話になっている人に贈る、義理チョコだって」

肇「歌鈴さんが、その… そういう意味で贈られるのだとしても、私は違いますから」



>>6 安心してくれ



肇「だから、安心してください」ニッコリ

歌鈴「そうなんですか~。だったら、よかったです!」

歌鈴「肇ちゃん可愛いから、もしそうだったら嫌だなって思っちゃいましたっ」

肇「そんな、可愛いだなんて…」

肇「プロデューサーの事は尊敬してます。…けど、男性として見ている訳ではないですから」

歌鈴「肇ちゃんはとっても可愛いです! そんな肇ちゃんがチョコづくりを手伝ってくれりゅ… くれるなら、鬼に金棒ですね!」

肇「得意って訳ではありませんが、人並みにはお手伝いできると思います」

肇「歌鈴さんは気持ちを伝える為、私は感謝を伝える為、一緒に頑張って作りましょうね」





肇「だから先程、『今までは』と言ったのですね」

歌鈴「…? あわわ! そんなつもりじゃなかったんですっ!」

肇「ふふ、そういう素直な所に、きっとプロデューサーも好感を持っているともいますよ?」

歌鈴「えっ!? そ、そうでしゅかね…? えへへ///」

肇「きっとそうですよ。ですから、是非とも逸品を作ってプロデューサーを唸らせてあげましょう」

歌鈴「はい! ご指導よろしくです!」


歌鈴「それで、いつ作りますか?」

肇「チョコレートは長持ちしますし、直前になって慌てるのも嫌ですから、明日の夜に寮のキッチンを借りましょうか」

歌鈴「明日ですね、わかりました。チョコレートって長持ちなんですか?」

肇「油などと同じで水分を含んでいませんから、雑菌が繁殖する余地が無いんです」

歌鈴「へぇ~ 肇ちゃんは物知りですね! Pさんもそういう所誉めてましたよ」






肇「プロデューサーが、ですか?」

歌鈴「はい。こうよ…きょおう…教養?もあって、話し方もしっかりしているから、どこに出しても安心だって」

肇「そうなんですか… 私は言われたことありませんでしたから…」

肇「それに、私に対しては、歌鈴さんの事をよく誉めていますし…」

歌鈴「そうなんですか?! えへへ…」


肇「少し、驚いてしまいました。プロデューサーがそんな風に私の事をかってくれていたなんて」

歌鈴「私は普通に誉めてくれますし…」

歌鈴「きっとPさんは恥ずかしがり屋さんなんですよっ。だから肇ちゃんの事、誉めなかったんじゃないですか?」

肇「………そうですね。プロデューサー、なんだか子供っぽくて可愛いところもありますから」

歌鈴「そうですか? Pさんはとっても大人っぽくてかっこいいですよ?」


弁当は許されない




歌鈴「スケジュールの管理とか、送迎とか、偉い人にあいさつしに行く時も、いつもしっかりリードしてくれて… とってもかっこいいでしゅ…」

肇「それはお仕事ですから、しっかりしていないと怒られてしまいます。それに歌鈴さんが可愛いから、恰好いいところを見せたいのかもしれません」

歌鈴「あわわっ! そ、そうなんですか?!」

肇「飽く迄、推測でしかありませんけど、そうかもしれませんよ?」

肇「それにプロデューサーは私の前ではかなり大雑把な感じですから…」

歌鈴「そうなんですか? あんまり想像できないでつ…」

肇「もちろん、お仕事はしっかりしてくれます。私も頼りにしていますし」


肇「でも、一昨日、夕食に誘っていただいた時なんて…」

歌鈴「…え? ち、ちょっと待ってください!」

肇「なんでしょうか?」

歌鈴「一緒にご飯食べに行ったんですか…?」


>>12 肇ちゃんENDだから! 小ネタ挟んだだけですから!




肇「ええ…」

歌鈴「よく行くんですか…?」

肇「そうですね… 少なくとも週一回は誘ってくれますね」

歌鈴「………」

肇「歌鈴さん…?」

歌鈴「………私、Pさんに誘ってもらった事なんてないです」

肇「え………?」


歌鈴「Pさんは私なんかより、肇ちゃんのことが………うぅ…」

肇「そ、そんなことありません! 現にそんな色気のあるお話はした事がありませんし」

肇「それに、だったら歌鈴さんばかり誉めるなんて事になるんですか!?」





歌鈴「それは… Pさんが肇ちゃんの気を惹きたくて…」

歌鈴「肇ちゃんにヤキモチ妬いてほしかったとか…」

肇「…もしそうだとしても、私にそんなつもりはありません」

歌鈴「もしそうだったとしたら、肇ちゃんにその気が無くても意味ないじゃないですかっ!」

肇「それは………」

歌鈴「Pさんが私の事を見てくれてないって時点でダメですっ!」

肇「歌鈴さん… 落ち着いて下さい…」


歌鈴「肇ちゃんなんかっ…!」

肇「歌鈴さん………」

歌鈴「肇ちゃんなんかぁ…」

歌鈴「…うっ………うぅ…、グスッ、ふえぇ…」

肇「………」





歌鈴「ごめ、ごめんなさいっ… 私…」

肇「謝らないで、いいんです。歌鈴さんは何も言っていませんから…」

歌鈴「それでも………うぅ、ふぇ…… 肇ちゃんは何も悪くないのに…」

肇「歌鈴さんだって、何も悪くないですよ?」

肇「だから、涙を拭いて下さい。いつもの明るい歌鈴さんの方が、きっとプロデューサーだって好きですから」

歌鈴「はいぃ…」


歌鈴「………こんな私でしゅけど… 明日一緒に作ってくれますか…?」

歌鈴「図々しいこと言ってるのはわかってるんですが…」

肇「もちろんです。私からもお願いしたいくらいですから」

肇「歌鈴さんの気持ちの籠ったものを作れば、プロデューサーにきっと伝わりますから…」





歌鈴「はいっ! …でも、伝わるだけじゃなくて、届くといいでしゅ」

肇「………大丈夫ですよ。確証はありませんが、そんな気がします」

歌鈴「肇ちゃんがそう言ってくれるなら、心強いです!」

肇「ふふ、ありがとうございます」

歌鈴「それで… その、言いにくいんですけど」

肇「なんでしょうか?」


歌鈴「えっと… 肇ちゃんって、本当にPさんの事、好きではないんですよね?」

歌鈴「私、それだけがやっぱり気になりましゅ…」

肇「………」

歌鈴「肇ちゃん…」


肇「………ええ」

肇「さっきも言ったではありませんか。プロデューサーは信頼していますが、そのような対象としては見ていませんよ?」

肇「ですから、何も心配はいらないんです」





歌鈴「………そうですかっ!」

肇「…はい」

歌鈴「だったら、いいです。明日、よろしくお願いしますっ」

肇「こちらこそ、よろしくお願いします」


肇「明日は午後が空いているので、材料なんかは私の方で調達しておきます」

歌鈴「本当ですか? ありがとうございます!」

歌鈴「あっ! そろそろレッスンの時間なんで、行ってきますねっ」

肇「そうですか。お気をつけて。明日はよろしくお願いします」

歌鈴「こちらこそ、です! じゃあ、行ってきます!」


歌鈴「………あっ、そういえば」

肇「…? 忘れ物ですか?」

歌鈴「…私、嘘は嫌いですから」

肇「………何の事ですか?」

歌鈴「いいえっ! なんでもないです! 今度こそ行ってきます」

肇「………」


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穏やかな昼下がりに、私、藤原肇は、なんてことないショッピングモールを一人で歩きます。

チョコレートの材料を買うためです。

材料とは言ってもカカオから… なんてことをするわけではありません。

単に板チョコを溶かして、型に入れて固めて、あとはトッピングやメッセージカードと言ったところでしょうか?

プロのお菓子屋さんではありませんし、アイドルとはいっても一市民と何ら変わりありませんから、形を追求しすぎてもしょうがないでしょう。


「これ、可愛いです…」


隣に誰が居る訳でも無いのに、プレゼント用の箱を手に取り一人呟きます。

バレンタイン仕様の、ちょっとお洒落な紙箱。

辺り一帯を見まわし、これよりもお気に召すものが無いように思えたので、そのまま会計へ。


『彼氏さんにですか?』


お会計を済まして、袋詰めしている店員さんの作業をなんとなくぼーっと眺めていると、ふと声を掛けられました。

彼氏だなんて。

この店員さんが、最初は誰に言っているのかわからなくて、ちょっとの間だけ不思議な顔でただ見つめ返してしまいました。


「え、あ、はい。そんなところです」


少しだけ慌ててしまったので、変な人だと思われたかもしれません。

でも、仮にもアイドルですし、変装しているとは言っても、どこで誰が見ているか分からないので滅多な事を言う訳にはいきませんから。

………それでも、出てきた言葉は、アイドルとしての姿から最もかけ離れたものでした。


『こんなに可愛い彼女から貰えるなんて、幸せ者がいますね』


客に対してのリップサービスだって、そんなことは一応理解しています。

だけど、熱を帯びてくる頬は、きっと気のせいではないかと思いました。




ありがとうございました、と、店員さんの声を背にして店を出ます。

私の隣に夢想した彼の姿は… 勿論、プロデューサー。

寮への道程を辿りながら、色々な思考が渦巻いてきます。


『………私、Pさんに誘ってもらった事なんてないです』


………ちょっとだけ、優越感に浸ってしまいました。

他人を… 歌鈴さんを見下したような行為であると、自覚していますけど、それでも、担当しているアイドル二人の中から、私だけを贔屓してくれたんだって。


それに、しっかりしていてどこに出しても安心できるって…

もしかしたら、俺の隣でも大丈夫だって、そういう意味だと邪推するのは、決して浅はかではないのかもしれません。


>>14
最後に杏奈こといっといてよく言えるなぁ!
まあ最後までちゃんと読むんですがね



仕事中はとっても凛々しくて、だけれど、私と二人になると急に子供っぽいところを見せてくるプロデューサーになんだか母性を擽られました。

母だなんて、まだまだそんな年齢でもないのに、この人はなんだか放っておけないなって… 

それと同時に、凄く頼りになる素敵な人で… ギャップにやられてしまったというものなのでしょうか?


私からのチョコレート、喜んでくれるでしょうか?

…あわよくば、そういう関係になれるのでしょうか。


すこし自惚れているようですが、嫌われているってことは無いと思います。

だって、どうして歌鈴さんではなく私だけを誘ってくれて、私だけに違った一面を見せてくれるんですか?



>>24 いつも読んでくれてありがとう(切実)



この気持ちを伝えてもいいのでしょうか。

トップアイドルへを目指して日々走り続ける私たちからすると、どぶに足を突っ込んでしまう様な、回避して然るべき寄り道だと言う事は自明です。

ですが、走り続ける足を止めて、ちょっとだけ横道に逸れる事もまた、アイドルとして輝いていく良質なスパイスになるかもしれません。


…なんて、都合のいい解釈ですよね。


それでもいいかな、なんて思ってしまう私が居ることにもまた驚いてしまいます。

チョコレートの形はどうしましょうか。セオリー通りにハートの形でしょうか?

メッセージカードはどうしましょう。でも、本当に伝えたいことはしっかり口で言うべきですね。

帰って、作るのが楽しみです。勿論、渡すことも楽しみですが、少々怖いと言うのも本音ではあります。


だから、歌鈴さんと一緒に。


………歌鈴さんと一緒に?



『私、嘘は嫌いですから』


一瞬視界が真っ白になりました。

軽やかに進んでいた足並みは途絶え、眩暈さえも感じます。


友人を気遣って、不用意に発した言葉。

自分を殺して、歌鈴さんの為に作ったものです。

その時は、それでいいと、そう思っていました。


なのに… 今となってはあの時の自分を叩いてしまいたいような、そんな衝動に駆られました。

ですが、もしあの時そう言っていなかったら、私と歌鈴さんはどうなっていたのでしょうか。

あの場では最善の選択だったと、そう思います。


………飽く迄、歌鈴さんにとっては。




嘘は嫌いだと、そう歌鈴さんはいいました。

本当は私の気持ちを知っていたのかもしれません。


それに、会話の中でつかんだプロデューサーの思いの方向も慮った上で、そう釘を刺したのかもしれません。

ただの推論です。確証はありません。


それに、あの優しくて、温かくて、穏やかな歌鈴さんが、そんな計算高い雌狐のような行動を取るのかと問われると、一概に頷くこともできません。

そう長い間という訳でもありませんが、同じく寝食を共だった仲間をそんな風に疑う自分が、なんだかとても愚かしく感じました。

………だから、きっと、その場の雰囲気で自分を押し殺した私が悪いんです。

身を引いた私は、大人しく、指をくわえて見ている事が正解なのでしょう。


気を確かに持ち直します。

ぐらつく膝を抑え込みながら、再び寮に向かって歩きます。


両手に下げた、思いを伝えるための手段たちが、なんだか急に重たくなったように感じました。

それほどまでに、私の犯した失敗は圧し掛かってくるべきものなのでしょうか。


それが故に、私に中の身を焦がす思いが、より一層輝きを増している様に思いました。


………負けたくないって。


___


「チョコが水になっちゃいました…」

「歌鈴さん… チョコレートは湯煎で溶かすんです」


時間になったので、私と歌鈴さんは約束通り一緒に調理を開始します。

それにしても歌鈴さん。本当に知らないんですね…

チョコレートをお湯に居れたら、そのまま水に溶けだすに決まっているではありませんか。


「湯煎、ですか?」

「はい。このように鍋にお湯を張ってですね…」


料理の上では当たり前の事ですが、逐一丁寧に説明していきます。

私にとっての“当り前”だとしても、それが万人に当てはまるわけではありませんから。

それに、歌鈴さん。あまりにも、あまりにもですから…



「そして、溶けたチョコレートを型に流し込んで…」


あとは固まるのを待つだけです。

お好みでナッツやパウダーをかけるのもいいでしょう。

溶かして固めただけですから、本当に素人くさい一品です。


「うわぁ~ 肇ちゃん、すごいですっ!」


態々教える程のものでもありませんでしたが、当の本人が満足してくれたようなので大丈夫でしょう。


「あっ! 箱も買ってきてくれたんですね!」


…それに、こんな風に子供みたいにはしゃいでいる様子を見ると、なんだか毒気が抜けてしまいました。

私の方が年下ですが…


それでも、さっきまで負けたくないって、歌鈴さんの真相を恐れていた自分がなんだか一人だけ別世界に居たみたいで、恥ずかしく思えました。



「Pさん、受け取ってくれるでしょうか…?」

「せっかく作ったんですから。受け取ってくれますよ」

「チョコじゃないでふ… 私の気持ちです」

「それは………」


その一言で閉口せざるを得ませんでした。

大丈夫だと、受け取ってくれると、そう言うべきなのは勿論わかっていました。

しかし、それは確実な事ではありませんから、あまりにも無責任だと思いました。

………いえ、私が言いたくなかったんです。


「…伝わるといいですね」


だから、当り触りのない無難な言葉で逃げ道へと進みました。

気持ちが籠っていれば大丈夫何て、昨日言った事とはあまりにも乖離した、これこそ無責任な一言だったかもしれません。



「…そうですね」


歌鈴さんは誰に言う訳でも無い様子で一言だけぽつりと零しました。

私は気付かない風を装いましたが、その時に横目で吟味するように私を捉えていたのを見逃しませんでした。


「ラッピングの準備しますね」


そう言って歌鈴さんは慣れない手つきで包装用紙を弄り始めました。


「手伝います」


とても見ていられない手つきだったので、私は手伝いを進言しました。


「…いいです。これくらい自分でしないと、Pさんに受け取って欲しですから」

「そうですか…」


先程の快活な様子からは打って変り、小さく冷めた声が返ってきました。



「肇ちゃんもPさんに贈るんですよね…?」

「…え? ええ、そのつもりですが」


不意を打たれた格好になり、少し言葉に詰まりました。それでも、今ここで贈らないと言うほうが不自然でしたので、素直にそう答えます。

…今、歌鈴さんが何を考えているのかが全く分かりません。

俯いた横顔からは表情が窺えませんし、少し低いトーンから発せられる言葉は、感情を読みとることが出来ません。


「Pさんにお世話になっていますもんね」

「その通りです。だから、義理チョコです」


私は昨日と同じく義理であることを明言しました。

プロデューサーが好きだと宣言した歌鈴さんの手前、真意が他にあるのを明かす事は流石にできないと思いました。

…ですが、だんだんと様子が変わってきた歌鈴さんを見て、少しずつ冷えて固まって行くチョコレートとは逆に、私の気持ちが再燃してきた事を知っているのは、誰でもない自身ですから。



「義理の肇ちゃんと、本気の私が同じラッピングっていうの… おかしくないですか?」

「………そうですね、配慮が足りませんでした」


これに深い意味はありませんでした。強いてあげるならば、私も本気だったという所でしょうか。


「これじゃあPさんは勘違いしてしまいます」

「新しいものを用意しろ、と…?」

「いえ、そうじゃなくて…」


そう言って歌鈴さんは言葉を切りました。

会話の流れとしては不自然でしたが、纏う雰囲気がそう感じさせません。

始終こちらを向かずに包装紙を弄っている歌鈴さんからは、どんな言葉が紡がれるのか、全く予想が出来ませんでした。




「………肇ちゃんが贈らなければいいんです」

「え………?」


予想の斜め上からの言葉が、それを現実だとは思わせず、思わず聞き返してしまいました。


「だから、Pさんに贈らないでって言ってます」


気付けば顔をこちらに向けていた歌鈴さんは、それがさも当り前の事の様に言っていました。

前髪から覗く瞳からも、その声色からも、一抹の疑問や遠慮と言ったものを感じません。

それどころか、秘密基地でも見つけた子供みたいに、その目には無邪気さすらも宿っていると思いました。


「………わかり、ました…」


歌鈴さんの様子に狂気すら感じた私は、肯定以外の選択を思いつきませんでした。




「わぁ~ ありがとう肇ちゃんっ!」


明るく喜ぶ歌鈴さんからも、私は恐怖を感じました。

普段から快活な人でしたが、それとは別に何かが彼女の中に変化をもたらしていると思ったからです。


「いえ… 上手くいくといいですね」

「肇ちゃんの応援もありますから、きっと大丈夫でふっ!」

「ええ…」


上手くいけばいいだなんて、お世辞にも思っていません。

頭の螺子が抜け落ちてしまった様な彼女が、プロデューサーに近付くことに戦慄します。

それどころか、歌鈴さんがプロデューサーに受け入れてもらえるとは到底思えません。


無意識のうちにでもわかっているから、私を恐れていたのではないのでしょうか。

そんな様子はおくびにも表しませんが、虚勢からの狂気だったのでしょうか。




「では、私はそろそろ寝ますので…」

「はいっ! 今日はありがとうございました」

「おやすみなさい。よい夢を…」


片付けは歌鈴さんがやると事前に申し出ていました。

歌鈴さんに背を向けて歩き出します。

私は途端に笑いが零れそうになりました。


………痛い目を見るといいんです。

プロデューサーがあなたを受け入れる訳がありません。

歌鈴さんが夢想する未来は、所詮虚構でしかありませんよ。


エプロンの下に忍ばせた、私の用の箱と包装紙を指先でそっとなぞります。


そして、待っていて下さい、プロデューサー。

素直になれない貴方の下に、私から向かいますから。


やべえ歌鈴の弁当ssあった。読まねば


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_


2/14

「お仕事お忙しいのに呼び出しちゃってごめんなさい…」

「いや、今日はもう帰るだけだからな。どうした歌鈴?」

「ええっと… 今日は何の日だか知っていますか…?」

「二月十四日ねぇ… なんだったかな」

「もうっ! とぼけないでくだしゃい…」

「悪かったよ。 …バレンタインデー、だろ?」

「そうです…」

「おう………」

「だったら、もうわかりますよね…?」




「俺にくれる、かな?」

「…正解です」

「そうか。お前も肇もくれなかったから、今年は無いのかと思ったよ」

「そんなことないです。それで、受け取って貰えますか…?」

「ん? 受け取るに決まってんだろ」

「あ、え、えへへ。嬉しいです…」

「働いてると甘いもの取りたくなるからな。付き合い上のものでも嬉しいよ。ありがとう、歌鈴」

「付き合い上… じゃないでふ」

「…ごめん。聞こえなかったよ」

「ですからっ! これは__」

「待ってくれ、歌鈴」




「なんですか…?」

「…まだ止められるぞ」

「………何のことをいっているのか、わかんないです」

「…そうか」


「私、Pさんのこと好きです… だから、包んだりも頑張りましたし、チョコも気持ちを込めて作りました。 …受け取って貰えますか?」

「………」


「Pさん………?」

「歌鈴が正直に言ってくれたから、俺もしっかり向き合わないといけないな…」

「…ですから、返事をきかせてほしいです…」




「…受け取れないよ」

「………!」

「歌鈴はアイドルだし、これからもっと上を目指していく存在だろ? こんな奴に構ってる暇なんか無いって」

「こんな奴、じゃないです… Pさんだからです」

「そういうことじゃあないんだ、それに…」

「………それに?」

「言わないと、駄目か?」

「言ってくれないとわかんないです…」

「…歌鈴の事、そういう風に見たことないから」




「他に誰か好きな人が居るんですか………?」

「誰もそんなことは言ってないだろ」

「誰ですか?」

「だからさぁ………」

「………肇ちゃんですか」

「…肇は関係ないだろ」

「肇ちゃんじゃないんですね?」

「………そう言ってるだろ。そもそも、別に好きな奴が居る訳じゃないよ。今は仕事が恋人みたいなもんだ」

「そうだったら、私にもまだチャンスがありますね…」

「…歌鈴がそう思うのは勝手だよ」





「そうですか…」

「もう、いいか? 少し疲れてるんだ」

「あ、はい。お時間とっちゃってごめんなさいです…」

「いや、気にするな。…それと、これからも今まで通りによろしくな」

「はい… 今日の所は帰りますね」

「外は暗いから気を付けろよ」

「…Pさん」

「…なんだよ」

「誰も好きな人は、いないんですよね?」

「………いないって言ってるだろ」

「…わかりました。また明日、です」


なんであんたはあーいうこと事書いておきながらこんな怖いSS書くんだwwww
怖いもの見たさに大体ほぼ毎回読んでるんですがハッピーなんをそろそろですね


___


「プロデューサー、いますか?」


いますか、なんて聞いておきながらも、ここに居る事は知っていました。

先程、歌鈴さんに連れられて応接室に入っていく姿をしっかり確認していましたから。


「肇… なんか用事か?」

「少し、お話ししたいことが… なんだか、お元気がない様子ですが…?」

「…ちょっとな」


そう言いながら、少しそっぽを向いて拗ねた顔をするプロデューサー。

お元気がない理由は知っています。

気持ちを伝えるのだと息巻いていた筈なのに、歌鈴さんは事務所の片隅ですすり泣いていました。

此処で何があったかなんて、想像に容易い事です。


………つまり、私の予想通りだった、と言う事。

>>48 俺の中では毎作がハッピーなのです



「今日は何の日か、御存じですか?」

「…お前も歌鈴と同じことを聞くんだな」

「歌鈴さんと何かあったんですか?」

「………」


プロデューサーは、テーブルの上に無造作に置かれたチョコレートを辟易とした様子で睨みながら、失言を悔やんだ風の表情を取りました。

先日、一緒に作ったものですから、誰からのものかなんて一瞬でわかってしまいます。


「歌鈴さん、からですよね?」

「………そうだよ」

「受け取ったんですか…?」

「勝手に置いて行ったんだ」

「…そうですか」



「歌鈴さんに… その、告白された、と」

「…肇はなんでもお見通しだな」

「外で歌鈴さんに会いましたから… 断ったんですよね?」


結果はもちろん知っていますが、あえて聞いてみます。

私は何も知らない筈なのに、つい口が滑って余計な事を言ってしまった時のための予防線です。


「………歌鈴、どんな様子だった?」

「泣いていました…」


振った、振ってない、という証言は取れませんでしたが、続いた言葉は言外に肯定を示していました。


「どうして、断ったんですか…? 歌鈴さん、本気でした」

「そこまで言わないと駄目なのか…?」




「…歌鈴さんは、大事な仲間ですから。できれば理由も聞いたう上で公平な判断を下したいかと」

「肇には敵わないな」


大事な仲間だなんて、露にも思っていない様な事がすらすらと口を次いで出てきました。

私は案外、狡い女なのかもしれません。


「歌鈴の事、好きじゃないって言ったんだ」

「そんなにストレートにですか…?」

「まさか。要約すると、こういう事だよ」

「それで、あんなに泣いていたんですか…」

「それに歌鈴が、好きな人が居ないなら、私にもチャンスがあるって言いだしたから、少しきつく当たったかもしれないな」


「………好きな人、いないんですか?」

「…どうだかな」




「私、プロデューサーにプレゼントがあります」

「…え?」


私は暗い話の流れを打ち切る様に、微笑みを携えながら明るい調子で言いました。

プロデューサーも拍子を抜かれた様に、ぽかんとした顔で見上げています。


「今日は何の日だか、知っていますよね?」

「だから、バレンタインデーだろ」

「そんな日にプレゼントと言えば…?」

「…まさか、お前」


そのまさかです。

そう言いつつ私はポケットから綺麗にラッピングされた小箱を取り出します。


…奇しくも、そこにある歌鈴さんの物と一緒です。




「肇…」

「プロデューサー」


何か言おうとしたプロデューサーを、私の言葉を持って遮ります。


「本当に好きな人は、いないんですか…?」

「それは…」


プロデューサーは戸惑った様子で何か言葉を探しているみたいでした。


「えっと………」


それでも、何を言うべきなのか見つからない様で、視線をあっちこっちに投げながら、壊れた録音機みたいに、あの、えっと、と繰り返しています。


「もう一度、聞きますね。…プロデューサーは、本当に好きな人はいないんですか?」


ですから私は、困ったプロデューサーに助け舟を出しました。

プロデューサーからしてみれば、縋ってよいものか迷う存在ではあると思いますが。



私の投げかけた真直ぐな視線から逃げる様に目を逸らしていたプロデューサーでしたが、いよいよ意を決したように強い視線を返してくれました。


「俺が肇の事、好きだって言ったらおかしいかな………?」

「…全然、おかしくなんてないです」

「そうかな…」

「…きっと、そうです」


「俺、肇の事好きです。…よければ俺と付き合ってくれませんか」

「………はい!」


こうなるのではないだろうかと、考えてはいました。

それでも、確実な事ではありませんでしたから、思いが成就した喜びは何事にも変えられないと思います。

世界で一番幸せなのは私ではないのかと、そんな事を考えてしまうのも、今だけは神様も許してくれるのではないでしょうか。



プロデューサーが大事そうに持つチョコレート。

確かにそこにあるはずなのに、部屋の片隅に忘れ去られて、希薄な存在感しか示さないもう一つ。


見た目は全く同じだと言うのに、持っている価値は天と地ほどに違うと思いました。

本当に存在しているのかさえ不確かなほどに、なんだか消え入ってしまいそうです。


…私の踏み台になってしまったあの人は、本当に居たのかと、そんな疑念さえ生じます。






「肇ちゃんも、Pさんも、嘘吐きです」




かすかに響いた消え入りそうな声と、背中に突き刺さる強い視線は、きっと気のせいだと、思い込む他ありませんでした………。



おわり。ありがとうございました!

当日に投下したかったけど、予定が微妙だったから今日にしました。

歌鈴&藍子ちゃんで行こうかと思ってたけど、所属プロダクションの社長にも怒られそうだからやめた。

藤原肇(16)
http://i.imgur.com/iN4sTGX.jpg
http://i.imgur.com/Wh2m03V.jpg

道明寺歌鈴(17)
http://i.imgur.com/ZsMUiJ1.jpg
http://i.imgur.com/iQCnfvR.jpg

>>61 画像ありがとうございます

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