渋谷凛「ガラスの靴」 (42)


「……ただいま」

「お帰り。ほれ、タオル。メールすりゃ迎えに行ったのに」

「コンビニまでそんなに距離無いし、走れば大丈夫かと思ったんだけど」

プロデューサーから手渡されたタオルを頭に被る。
ちょっとアイスを買いに行くだけのつもりだったけど、急に降り出した雨にやられてしまった。

「なんか悪いな凛。シャワー浴びた方がいいんじゃないか? 風邪引くぞ?」

「そうする。あ、奈緒、これ冷凍庫に入れといて」

「あいよ」

「加蓮、着替え出しといてやってくれ。それと凛、総選挙一位おめでとう」

「ありがと。…………えっ?」

髪を拭く手を止める。
何となしに返事をしちゃったけど、今とんでもない事を言われた気がする。

「え、あの、いま」

「ん? いや、だから、」

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「おめでとう。三代目シンデレラガールだ、凛」


六月も半ばの、梅雨の日の事。

コンビニでアイスを買った帰りに、私はシンデレラになってしまった。

モバマス三代目シンデレラガール、渋谷凛ちゃんのSS
Pはプリムスの三人を担当してます


「「ええぇーーーーっ!!」」

私を挟んで、奈緒と加蓮が叫ぶ。

「ま、マジかよPさん!? ホントに一位なのか!」

「ホントだホント。嘘なんか吐くか」

「すごいよ凛! いつも頑張ってたし、一位……も……」

抱き着いてきた加蓮が、驚いたように私の顔を見つめる。

「……? どうしたの、加蓮」

「凛、それ……」

ぽた、ぽた。
あれ、まだ拭き足りなかったかな。雨粒が、目元から滴っ、て……

「あ、れ……」

ぽた、ぽたり。

「あの、ちがっ、雨、濡れたから……」

止まらない。
だめだ、プロデューサーの前なのに。嬉しさは言葉で伝えなきゃいけないのに。

「あ、あー! 風邪引いちゃマズいし、シャワー浴びよう、凛! な!」

「……おう、早く浴びてこい。加蓮、ちょっと」

奈緒がぐいぐいと私の背中を押す。
気を遣ってくれたんだろう、泣いちゃう私なんかよりよっぽどリーダーに向いてるんじゃないかな。
奈緒は大人だ。本人に言うと、照れてそっぽを向くんだろうけどね。

――――――――――――――――――――

「お、着替えたな。まぁ座ってくれ」

お湯を浴びたら、だいぶ落ち着いてきた。
加蓮と奈緒に手招きされて、ソファーに座る。

「改めておめでとう、凛。ハーゲンダッツ買ってきてもらえばよかったな」

「ん、ありがと……ふふ、どっちにしろ私が行くんだ」

ほい、とスーパーカップを手渡される。
抹茶味が火照った喉に優しく染みる。この単純な味は嫌いじゃない、ちょっと多いけど。

「……ねぇ奈緒。二人ともちょっとあっさりし過ぎだと思わない?」

「だよなぁ……Pさん、もうちょっとこうさ、ムードを考えろよ。唐突過ぎるだろ」

「ねー、それだから誰かさんに鈍感とか言われるんだよ」

「加蓮、ちょっと静かにしようか」

にやにやと笑いながら、加蓮が舌を出す。
貴女もプロデューサー大好きな癖に。後で覚悟しとくがいい。

「いや、もちろん発表会とかはちゃんとやるぞ。速報値で確定しちゃったから、凛も早く知りたいかと思ってな」

「そんなに票取ってたのか?」

「ぶっちぎりとまではいかないが、最終的には二位に何万票か差を付けるんじゃないか」

「うわぉ」

「というわけで、凛はこれからしばらく撮影やらなんやらでちょっと忙しくなるから」

「はいはい、早めに返してねー」

「私は物じゃないから」

「シンデレラでしょ? 分かってますって」


「うん、分かった。日程とかは?」

「あー、詳しいスケジュールは追ってメールするよ。今日はとりあえず報告だけ」

「今日はこれで終わり? なら服が乾くまで時間あるし、どっかお祝いいこーよ!」

「いいな。あ、卯月と未央も呼ぼうか。いいだろPさん」

「あぁ、ユニットだしな。まだ他の子には話すなよ」

「分かってるって。凛、服乾くまで店決めとこう」

「ふふ……ありがと」

未央と卯月か。未央は抱き着いてきそうだし、卯月はなんか泣き出しそうな気がする。
……うん、まぁ、悪くないかな。

「で、Pさんは?」

「ん?」

「見事シンデレラガールにまで輝いた凛にご褒美とか無いの? 夜景の見えるレストランでディナーとか」

「ちょ、加蓮」

何を言い出すのだコイツは。
……いや確かにそりゃ、ご褒美は欲しいけど。


「それもそうだな。凛、それでいいか?」

「……え? それ、って?」

「いや、だからご褒美はディナーで良いかって。とびきり良い店に連れてってやるぞ」

「……うん、それで……ううん、それがいい、うん」

ありがとう加蓮。やっぱり貴女は私の親友だね。

「じゃあ撮影の夜は予定空けといてくれ。……凛、聞いてるか」

「うん、大丈夫だいじょうぶ。ふふ……」

「あー……Pさん、心配無いから。そっとしといてやってくれ」

「? おう」

その後やって来た卯月と未央に、開口一番「しぶりん、ニヤニヤしてどしたの」と言われた。
失礼な。ニヤついてなんかない。そう言い返すと、加蓮に手鏡を渡された。

……やっぱり加蓮なんて嫌いだ。

――――――――――――――――――――

「ハイ、オッケーでーす。休憩入ってくださーい」

「……ふぅ」

シンデレラガールの撮影はちょっと長引いていた。
いつにも増してスタッフさんも気合が入っているのが伝わってきて、こちらも負けてはいられない。
少しの間緊張を解いて、撮影用の透明な手摺に寄り掛かる……ちょっと怖い。

「……あ」

「お疲れ。結構掛かってるみたいだな。熱気が伝わってくるよ」

プロデューサーがやって来た。今日は加蓮と奈緒の収録があった筈だけど……
いけないいけない。この後の事を意識すると、つい頬が緩みそうになる。気を付けないと。

「いやな、付いて行ったのはいいが、二人に『大丈夫だから早く凛の所へ行け』って」

「ふふ……」

ありがとう、二人とも。今度ハナコを思う存分モフモフさせてあげよう。

「凛の撮影に付き添うのも久々だな。凛なら心配無いと思ってつい任せがちになっちまう」

「それだけ信じてくれてるって事だよね。でも、たまには顔出してほしいかな」

「おう」

寂しいし。
そう言い足そうか逡巡して、結局いつも通り言い出せないまま。
これだから凛は、と意地悪く笑う加蓮の顔が浮かぶ。自分でもよくないとは思ってるんだけどね……


「靴の方はどうだ、キツかったりしないか? お姫様」

「姫…………」

「凛? おーい」

「……あ、うん。大丈夫。ぴったりだよ」

足元を見れば、照明を受けてキラキラと輝くガラスの靴。
お世辞にも履き心地が良いとは言えないけど、心は羽根のように軽くなる。
……まぁ、やっぱり憧れだったし。ちょっと浮足立ってしまうのも仕方ない、うん。

「壊れないように気を付けなきゃならないけどね」

「やっぱ大変か?」

「うーん、元々ちょっと重めだし、歩き回ろうとは思わないから心配無いと思うよ」

愛梨も蘭子も履けなかった物を履いていると思うと、ちょっと申し訳無い気持ちになる。
シンデレラガールの名前に傷を付けないよう、万が一にも壊すわけにはいかないな。

「…………」

「プロデューサー?」

「綺麗になったな、凛」

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