岡崎泰葉「あなたの為の雛祭り」 (57)



お人形遊びをした事、ありますか?


大抵の女の子であれば、小さな頃に経験しているものです。
おままごとだったり、あるいは着せ替え遊びだったり。

もちろん私もやった事があります。
けれどみんなと違ったのは、大きくなっても大好きだった事。
大抵の女の子であれば興味を失っていくそれに、私は夢中になっていました。


綺麗な洋服。
素敵なお家。
華麗な物語――


私はいつしかそんな世界に憧れて、芸能界へ足を踏み出しました。


色々な衣装。
眩しいスタジオ。
新鮮な体験。


モデルや子役、ドラマに映画。
もちろん辛い事や苦しい時もあったけれど、憧れだった世界は眩しくて、楽しくて――


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1425633517



 「――岡崎さん。本日は藤原へのご指導、ありがとうございました」


聞こえてきた声に振り向いて、驚きました。
すぐ後ろに立っていた男の人は、文字通り見上げる程の背丈で。

慌てて間に入ったマネージャーさんも、決して小柄な男性という訳ではありません。
しかしそれでも、背は頭一つ分。体格は一回りも差がありました。

 「ええと……藤原さんのマネージャーさん、です、よね」

マネージャーさんが恐る恐るといった様子で尋ねます。
私より三周りは大きな身体と、心の底まで見透すような鋭い眼。
失礼とは頭で分かっていても、つい表情が強張ってしまいました。

 「……はい。先程助言を頂いた事について、藤原が是非改めて礼を申し上げたいと」

そこで初めて、背後に居た藤原さんに気付きました。
二人が隣り合って並んでいると、まるで違う世界の住人のような、とてもお似合いのような、不思議な印象を受けます。

 「岡崎さん。アドバイス、本当にありがとうございました」

 「アドバイスだなんて、そんな。ちょこっとお話しただけですよ」

本当に、それだけです。
テレビ番組の収録が初めてらしく、緊張している彼女と二、三お喋りしただけ。
たったそれだけでも、話せる相手が居るというのは思いの外安心するものですから。


 「それが、とても嬉しかったんです」

そう言って笑う彼女はとても可愛らしくて。
まだまだ駆け出しのアイドルだと聞きましたが、この分なら遠くない内に人気を博すでしょう。
今の内にサインを貰っておきましょうか。

 「またお会いした時も、宜しくお願い致します」

 「こちらこそ。宜しくお願いします」

マネージャーさん達が頭を下げるのを見て、私達もぺこりとお辞儀を。

 「それでは、また」

藤原さんに手を振って、踵を返しました。

 「すみません、最後に一つ」

 「はい、何でしょうか」

背中からの声に振り向くと、藤原さんも不思議そうに彼女のマネージャーさんを見上げていて。
彼の表情は、ほんの少しだけ緊張しているようにも見えました。

 「非常な失礼を承知の上で伺います」

差し出された彼の両手には名刺が挟まれています。
はて、名刺交換なら収録前に済ませていたようですが……。



 「岡崎泰葉さん」


その声を聞いて初めて、名刺が私へ差し出されているのに気付きました。



 「――アイドルに、ご興味はありませんか」


小さな大先輩こと岡崎泰葉ちゃんのSSです


前作とか

鷹富士茄子「むぅ、ツイてないですねー」 ( 鷹富士茄子「むぅ、ツイてないですねー」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425114714/) )
こっちはあんま関係無い

神谷奈緒「魔法使いの弟子」 ( 神谷奈緒「魔法使いの弟子」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1423833234/) )
こっちのちょっと後


泰葉は別の事務所に所属していました

 ― = ― ≡ ― = ―

 「……マネージャーさんじゃなかったんだ」

シンデレラガールズプロダクション、アイドルプロデュース課、クリアクール部門、プロデューサー。
受け取った名刺には小さな横文字がずらりと並んでいました。

 「お待ちどう、泰葉ちゃん」

戻って来たマネージャーさんが車のエンジンを掛けます。
彼と二人で何やら話し込んでいたようですが、聞いても大丈夫なものでしょうか?
掌の名刺としばらくにらめっこをして、結局好奇心には勝てませんでした。

 「あの……」

 「ん?」

 「どうして、名刺を受け取らせたんですか?」

事務所に所属している人を、担当の目の前で引き抜こうとするなんて、まずあり得ない事です。
ですがマネージャーさんはしばらく私達を黙って見つめると、私自身に受け取らせました。
その後、彼と二人きりで話をすると言っていましたが、あまり険悪なようには見えなくて。

 「彼自身も言ってたように非常に失礼な行為だし、そこはちゃんと抗議しておいたよ」

ハンドルを切って事務所へと走り出します。

 「形式上、だけどね。彼は悪意があった訳じゃないのは話をして分かったさ」

 「私、仮にも現役なのに」

 「それだけ泰葉ちゃんが魅力的だっていう証って事にしておこう」

マネージャーさんは笑ってそう言って。
けれどそれは、私の聞きたい答えにはなっていませんでした。


 「泰葉ちゃん」

信号待ちをしていると、マネージャーさんが口を開きます。


 「アイドル、興味ある?」


それは、とても重要な質問で。


何と答えたものかと黙り込んでいる内に、車は事務所へと到着してしまいました。

 ― = ― ≡ ― = ―

 「失礼します」

社長室へ入るのも久しぶりでした。
年齢を重ねるにつれ、どうしてもこういう場は緊張するようになってしまって。

 「ああ。まぁ掛けてくれ、岡崎君」

勧められるまま、向かいの革張りのソファへ腰を下ろします。
相変わらず革張りにしては不思議なくらいのふかふか加減でした。どうなってるんでしょう?

 「最近も良い調子のようだ。どうだったかね、この前のドラマは」

 「そうですね。監督さんは厳しい方でしたが、その分――」

しばらく続く他愛も無い世間話に、私は本題を察しました。
堅めの世間話は、重要な本題の枕詞。
無意識の内に、手足の先へ緊張が忍び寄ってきます。

 「――泰葉ちゃん」

不意に社長の口調が変わります。
昔から変わらない、親戚のおじさんのような優しい喋り方。


 「アイドル、興味あるかい?」


つい最近も耳にした言葉でした。


 「…………その」

 「ああ、いや。ムリヤリ辞めさせようとかそういった話では全くないから安心してね」

手を振って社長が笑います。
それを聞いて、少し緊張が抜けました。

 「彼からこの前聞いたよ。目の前で引き抜こうとされたんだって?」

 「ええ、驚いちゃいました」

 「泰葉ちゃんも今や人気子役と言って差し支えないからねぇ」

恥ずかしながらそう自負していた分、突然の誘いには驚きました。

 「泰葉ちゃんは稼ぎ頭だし、素行も評価も頗る良好。会社として手放す理由は無いよ」

 「ありがとうございます」

 「会社としては、ね。私としては」

社長が手を組み直して、私の目を覗き込みます。

 「考える価値のある話だと、そう思っている」

 「……社長」

 「一時的なものか完全なものかは分からないが、移籍という形になるだろうね」

 「考える時間を、貰えますか」

 「もちろん。そもそもが急に過ぎる話だ」


少し冷めた緑茶を一口。
湯呑を両手で支えたまま、じっと考え込みます。

 「社長は」

 「ん?」

 「私がアイドルを目指すのには、賛成なんですか?」

 「それは言えない。……それこそが、今回考える価値のある理由だからね」

……難しい物言いでした。
でも、社長は人をいたずらに悩ませるような事は言いません。
本当に、私自身が考えるべき事なのでしょう。


華やかな衣装。
輝くステージ。
熱狂のライブ。


 「社長」


私は。

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