鷹富士茄子のブーケトス (52)
「お待たせしました~♪」
扉を開いて現れた鷹富士茄子を一目見て、Pは息を呑んだ。
式場の控室という極めて相応しい場ですら、彼女の美しさをどこか持て余してしまうように思える。
彼女の希望通り、薄黄のウェディングドレスに身を包んだ茄子。
目を釘付けにしたままのPに茄子が頬を膨らませた。
「もうっ、Pさん。何か言う事は無いんですか~?」
「……」
「Pさ~ん?」
「…………茄子」
「はい」
「幸せに、するよ」
「……ふふっ! はい、よろしくお願いしますねっ♪」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1462010577
誰もが頬を緩ませるような、ありきたりで、至上の幸福に包まれる二人。
彼女達は未だ知らない。
本日、この婚礼の儀式が、全く別の意味を持つ事など――
幸福の花嫁こと鷹富士茄子さんを巡るアイドル達のSSです
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前作とか
藤原肇「しんしんと、あたたかい夜に」 ( 藤原肇「しんしんと、あたたかい夜に」 - SSまとめ速報
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鷹富士茄子「不幸中の幸い」 ( 鷹富士茄子「不幸中の幸い」 - SSまとめ速報
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鷹富士茄子「むぅ、ツイてないですねー」 ( 鷹富士茄子「むぅ、ツイてないですねー」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425114714/) )
第5回シンデレラガール総選挙応援SS その2
― = ― ≡ ― = ―
『……アー、テステス、テステス。本日天気晴朗なれども――』
佐久間まゆは静かだった。
「……」
普段の薄い笑みを、祝福の場に相応しく、ほんの少し濃いものにして。
壇上に輝く新郎新婦を眩しそうに見つめている。
「……」
佐久間まゆは静かだった。
壮麗にして賑やかな場に溶け込むかのように、その所作は落ち着いて淀み無い。
鰆のムニエルを丁寧に切り分けて口へ運ぶと、丸い頬を綻ばせた。
「どうしたの、まゆ」
渋谷凛はシャンパングラスを揺らしながらその様子をじっと眺める。
まゆの紅とは対照的な薄い蒼のドレス。
会場の中でも端に当たる事もあり、同席しているのは二人だけだった。
『皆様改めましてこんにちは。本日司会を務めさせて頂くアナスタシアと申します――』
「……何がですかぁ?」
「いや、何か気を張ってるからさ」
「そんな事はありませんよ?」
「ん、気のせいか」
これではいけないなと、まゆは改めて意識を切り替えた。
せっかくのめでたい席だ。雰囲気を壊しては茄子に申し訳も立たない。
話題を切り替えるように凛へと話を振る。
「それより、凛ちゃんこそいいんですか?」
「何が?」
「席ですよ。こんなはじっこの方で……」
「まぁ、この前やったばっかだし。今日は慎ましく見守らせてもらうよ」
『それでは、新婦のお父様よりお祝いの言葉を賜りたいと――』
渋谷凛は新婚ほやほやだった。
およそ二ヶ月前、かねてより恋い焦がれていた担当プロデューサーとついにゴールイン。
忙しく働き回る彼に文句を言いつつも、その表情は零れんばかりの微笑み。
ウキウキ気分で鼻歌を口ずさみつつお夕飯の準備をこなす浮かれようだった。
「それにしても」
「はい?」
「すごい人数だね。何回か式に参加した事はあるけど、ここまでの規模は」
「結婚式の時点で若干ぎゅうぎゅうでしたもんねぇ」
披露宴会場は親族たちのお話を邪魔しない程度に賑やかだった。
それもその筈。
何せ、都内でも最大級の披露宴会場が人で満たされているのだから。
「披露宴でチケットとか、あれ未だによく分からないんだけど」
「その辺はちひろさんに全て任せたそうですから、まぁ、そういう事ですよ」
『続きまして、元同僚の神崎蘭子様より祝辞を賜ります。蘭子、お願いしますね』
『祝福の刻!』
(はいっ!)
どんな会場にも収容能力という物が存在する。
それはすなわち言い換えれば、収容限界を意味している。
茄子の結婚披露宴への参加希望者は500名を軽く超えていた。
披露宴を立席で行う訳にもいかず、親族以外はやむなく抽選という形となった。
繰り返すが、これは結婚披露宴である。
「まぁ、みんなのお目当ては何となく分かるけどね」
「…………人妻の余裕、ですかぁ……?」
「うん。結婚って、良いよね」
そう言って凛は何やら幸せな回想に浸り始める。
凛に半眼を向けて溜息をつくと、まゆは再び決戦の刻へ向けて集中を高め始めた。
― = ― ≡ ― = ―
『クク……女神よ、礼を言うわ。血の盟約結ばれし饗宴を、いざ――』
(まず、このような慶びの場にお招き頂きました事へ、深くお礼申し上げ――)
城ヶ崎美嘉は物凄くそわそわしていた。
「……美嘉、どうかしたか?」
「へっ!? いや、別にっ!? どうもしてないけどっ?」
「そうか……? ……あっ」
彼女の担当は何かに気付いたように言葉を切る。
きょろきょろと辺りを見回すと、美嘉に近付いて耳打ちをした。
「お手洗いなら、あの扉を出て少し先を」
「……違うから! 何でもないからっ!」
その言葉は真っ赤な嘘で、美嘉はたいへん何でもある心境だった。
頬には赤みが差し、視線はあちこちを泳ぎ回る。
腕時計とにらめっこしたと思えば、周りのアイドル達の顔をこっそりと伺う。
書き忘れてたけどこれご覧の通りコメディです
『……ともあれ、不埒にも秘密の花園に踏み入りし刻こそが運命と――』
(……って感じで、スカートを覗いたのが出会いらしいんですけど――)
『……い、いえ、蘭子ちゃん。それには大変な語弊、いえ誤解が……!』
『あー、そんな事もありましたねぇ♪』
城ヶ崎美嘉は今や名実と共にトップアイドルの一人だった。
アイドルとしての夢を叶えつつある今、次の夢を叶えたくなるのも道理だろう。
美嘉は、一人の女の子としての幸せを望んでいた。
平たく言うと隣に座ってる彼と付き合ってイチャついて結婚したいという事である。
「結婚かぁ」
「……プロっ、プロデューサーはさ、結婚とか、考えた事……ある?」
「そりゃこの歳だし、あるよ」
「へ、へぇーっ……ふーん……!」
「まぁ肝心の相手が全くもって居ないんだけどさ。あっはっはっは」
「……」
「あはははいだだだだだっ!! みは、なにふんだ!」
「ほっぺに虫、とまってたから」
「いや虫ごと抓って済ますのも良くなだだだだっ!?」
― = ― ≡ ― = ―
『スパシーバ……ありがとうございました。続きまして、ここからは写真と共に思い出を振り返――』
島村卯月はきょろきょろしていた。
「どうかした、卯月?」
「いえ、実は結婚式に参加するのって初めてで」
「あー、確かに経験無い人は無いもんね」
自室の軽く百倍以上はあろうかという大広間。
数え切れない程の円卓と椅子が並べられ、会場中が余す事無く飾り彩られている。
ステージとどっちが綺麗かなぁ、と卯月は心の中で天秤を揺らした。
「茄子さん、綺麗ですねー」
「そうだね、まさに花嫁って感じだ。華がある」
「私もあんな風になれるかなぁ」
「うん。卯月は可愛いし、普通に格好良い人と結婚して、普通に幸せになりそう」
「はい! 頑張りますっ!」
「応援するよ」
会場の空気もどこ吹く風。
出し物の段取りを確認したり、料理に舌鼓を打ってみたり。
卯月と担当は二人仲良く、楽しそうに披露宴を満喫していた。
― = ― ≡ ― = ―
『これは……アー! 事務所存続の危機に瀕していた時のものですね』
『懐かしいですねー。こずえちゃん芳乃ちゃんと一緒に――』
塩見周子は焦っていた。
「どうしたシューコ。やけにきょろきょろしてるじゃねぇか」
「良い男探してんの」
「ところで灯台もと暗しって言葉は知ってるか?」
「うん」
「幸せの青い鳥ってのは気付きゃあすぐ隣に居たりするもんだ」
「ごめんごめん、あたしには眩し過ぎて見えなかったよ」
担当が軽口を満足げにシャンパンで流し込む。
その様子を横目に見ながら、周子が深く深く溜息を吐いた。
正確に言えば、彼の左手の薬指を見ながら、だ。
「もうさ、こういう場くらいしか心当たりが無くなってきたわけよ」
「理想のハードルを高く上げ過ぎじゃあねぇのか」
「どっかの誰かさんの担当プロデューサーさんのせいでね」
凛ちゃんの式に卯月は出られなかったのかね?
>>16
言われてみれば当然出てる筈だよね
正直そこまで考えてなかったわごめん 仲違いしてる訳じゃないよ
『あの時は茄子、とっても悩んでましたね?』
『はい。後にも先にも一か八かの賭けに出たのはあの時だけで――』
塩見周子は安い女ではない。
四代目シンデレラガール。
その看板にあぐらをかく事無く、自身を磨き、魅力を身に着けた。
こと色恋という真剣勝負の場において、疑い無く彼女は相手を選べる立場にある。
ところがだ。
「そりゃあ罪な男が居たもんだな」
「そこの罪な男さん、シャンパン零れてるよ」
「シャンパンも滴る――」「それ聞き飽きたわ」
なまじっか伊達男の隣を歩いてきたお陰だろうか。
周子の中の理想像は灯台の如く高々と聳えてしまっている。
親友のキス魔はしばらく前に愛しの彼と結婚してしまった。
恋愛については散々からかい合ってきた間柄だったが、結婚を機におふざけの色は薄く。
真剣に我が身の幸せを案じてくれる声が、今の周子の耳には何よりも痛かった。
「あたしは、負けらんないんだ」
その眼差しは、ややもすると総選挙の際より真剣だった。
― = ― ≡ ― = ―
『……の当選金で、色々作りましたね』
『予算オーバーしてどうしようかと思ったら、たまたま買ってあったクジがまた――』
五十嵐響子はドキドキしていた。
「Pさん」
「ん?」
「私、頑張りますからっ」
「うん。今ので五回目の決意表明だね。よく分かんないけど気合い入ってるね」
「はいっ。まゆちゃんには負けませんっ」
「よく分かんないけど、二人とも応援していいのかな」
「そ、それは…………はい、大丈夫です!」
「そっか。よく分かんないけど、頑張ってね!」
「はいっ♪」
響子にとって、まゆはまさに宿命のライバルだった。
目の前の担当と添い遂げられるのは一人だけ。
正々堂々と恋の鞘当てを重ねてきた相手だ。親友という言葉では表し尽くせない。
『……ダー! 5周年記念ライブですか!』
『ええ。一時はどうなる事かと――』
響子はぎゅっと拳を握る。
佐久間まゆも今や事務所を代表するトップアイドルの一角。
悔しくとも、自身の実力では未だ及ばないのは認めざるを得ない。
だからこそ、アイドルとしても。
女の子としても負けたくはなかった。
「勝負は、一瞬……」
不確定要素のこれでもかと詰まった、未だかつてない過酷な争いになるだろう。
これほど華奢な両手で、無事掴み取る事は出来るのか。
素敵な花嫁への近道、その確かな一歩の象徴を。
「……」
響子は、再び拳を握った。
「それにしても……どこに居るのかなぁ、まゆ……」
季節野菜のテリーヌを囓りながら、彼が呟いた。
― = ― ≡ ― = ―
『超大型台風なんて、お手上げかと思いました』
『あの時ばかりは流石に諦めかけ――』
白菊ほたるは迷っていた。
「……」
「……ほたる」
「は、はいっ!?」
「どうかしましたか」
「いえ……何も」
「なら年頃らしく楽しみましょう。ほら、この料理も美味しそうですよ」
普段の生真面目な様子とは一転、担当の表情は穏やかな微笑みだった。
ともすると気難しそうに思われがちな仏頂面の陰は無い。
ネクタイを整え、眼鏡を直す彼を、ほたるは物珍しそうに眺めていた。
「……何も考えずに楽しむ私は、変ですか?」
「いえ、あの、そんな事無い、ですっ」
「ハレの日です。普段のようにゴチャゴチャと理屈を付けては、新郎新婦に失礼でしょう」
『……まさかあんな風に追い払ってしまうなんて、流石は茄子ですね?』
『まさか♪ きっと皆さんの想いが天に通じて――』
そう、ハレの日だ。
おおよそ普段の彼の口からは聞けそうにない言葉に、ほたるは深く頷いた。
「……あの」
「はい」
「私でも……手を伸ばせるでしょうか……?」
「もちろん」
ほたるの白く薄い手を、彼の両手がしっかりと握った。
「女の子の夢には、私なんかの屁理屈を吹っ飛ばすだけの力があります」
そして茄子を眩しそうに眺めて。
「……フレデリカもそろそろ、少しはこういった事に興味をもってほしいのですが」
つい普段のように溜息を零した彼へ、ほたるは苦笑いを返した。
― = ― ≡ ― = ―
何はともあれ、鷹富士茄子さんへ投票しましょう。
― = ― ≡ ― = ―
― = ― ≡ ― = ―
『アー、テステス。テステス。ニイタカヤマ――』
幾ばくかの時間を置いて、再びアーニャのアナウンスが響き渡った。
『――アー、皆様。お食事は心ゆくまで楽しまれましたか?』
会場に、一瞬の静寂が舞い降りる。
『美味しかったようですね? では、式と順番が前後してしまいましたが、最後に――』
そして一瞬で、灼けつくような熱が渦巻いた。
『――花嫁によるウェディング・ブーケ・トスを以って、式の次第を終了とさせて頂きます』
一斉に立ち上がる椅子の音は、開戦の地鳴りの如く。
『淑女の皆様、どうぞ――前へ』
― = ― ≡ ― = ―
引退した者も含め、CGプロダクションは200名以上のアイドルを輩出している。
今日この披露宴に集まったアイドルは実に120名。内14名は既婚である。
簡単な引き算だ。今この場には。
新郎新婦のご友人方と、100名を超える未婚のアイドルが集っている――
『お手伝い頂き、誠にありがとうございます』
アーニャのアナウンスが聞こえているのか聞こえていないのか。
プロデューサーやスタッフ達を含め、男衆が無言で卓と椅子を端へ寄せる。
口を開く者は居ない。迂闊に喋れば呑まれると本能で悟っている為だ。
そして壇の前に、200名以上が動ける空間が出来上がった。
「わー。皆さん、本日は本当にありがとうございます♪」
壇上の茄子が、ブーケを抱えて穏やかに微笑む。
その場に居る全員の視線が、鷹富士茄子のウェディングブーケへ注がれた。
鷹富士茄子は幸運の女神である。
所属当初こそ一応のキャラ付けという事にはなっていたが、もはやその一文を疑う者はどこにも居ない。
プロダクション内でも『困った時の茄子頼み』なる言葉がまかり通って久しい。
精一杯努力して、諦めずに、最後まで信じて――
――鷹富士茄子は、そんな者にだけ、ほんの手助け程度の、だが確かな幸運を授ける。
……が、それとは別にちょくちょく幸運をお裾分けしてくれる時もある。
主に美味しいご飯や楽しいイベントの際など、茄子さん自身が幸福ご満悦な時である。
茄子に神秘性とかいった要素はあんまり無い。
さて。
鷹富士茄子は人生最高クラスの幸福を絶賛満喫中である。ニッコニコだ。
彼女は今、ウェディングブーケをその両腕に抱えている。
そしてブーケトスとは、次なる花嫁への祈りを籠めて放る儀式である。
よもや疑うアイドルなど誰一人居なかった。
どうしても外せない本日の仕事に血の涙を流す者すら居た。
闘いの火蓋が、切って落とされようとしていた。
「ふふっ♪ 今日の私は幸せ絶好調ですから。皆さんにもちょっとだけ、お裾分けしちゃいます♪」
そう言って、茄子はブーケを胸に抱き締める。
「――次の花嫁さんが、とっても、とーっても……幸せになれますように……♪」
一瞬だけブーケが淡く輝いたように見えて、そしてそれを錯覚だと思う者は居なかった。
「――それっ!!」
"鷹富士茄子のブーケトス"
最初に動いたのはまゆだった。
人は意識外からの攻撃に脆い。
この式の最中、全くと言っていい程に存在を意識させなかったまゆの登場。
程度の差こそあれど、誰もが驚愕に足を緩めた。
普段のおっとりさをどこかへ置いてきたのかと見紛う、実に俊敏な動きだった。
引き絞られた弓から放たれる鏑矢のような速度で、ひょふぅとブーケに手を伸ばす。
その影に重なるようにして、響子の姿があった。
「――ッ!?」
いつの間にか頬が触れ合う程の至近に現れた響子に、まゆは思わず目を見開いた。
(機を、測られていたっ……!?)
(……負けないっ!!)
この場に揃う誰よりも、響子はまゆの力を正確に評価していた。
一番の近道は、まゆの一歩先。
僅かに追い着けぬ機先の差を、持ち前のすらりと伸びる手足で埋める。
『…………っ!!』
二人の手が全くの同時にブーケへ届き、そして弾き飛ばした。
無論あくまで花が散ったりしない程度に、である。
彼女達は紛う事無き乙女だった。
「いただきっ!」
周子はいつだっておいしい所を頂いてきた。
今回もそこを譲る気など毛頭無い。
こちらへと飛んでくる零れ玉、もとい零れ花へ向かい跳躍する。
「そぉーーいっ!!」
「えっ」
「えっ?」
華奢な体躯を叱咤し、懸命に伸ばしていたほたるの右手。
いつの間にか現れたフレデリカにより体ごと持ち上げられ、ぐんと伸びた右手。
その右手が運悪く――幸運にも――周子のみぞおちに裏拳となって叩き込まれた。
「あっ」
「んぐっ」
「ぐぇ」
心配のあまりいつの間にか駆け寄っていたほたる達の担当。
周子とほたるとフレデリカに押し潰され、彼はカエルのような悲鳴を零した。
美嘉はこの期に及んで迷っていた。
やっぱりブーケをゲットしに行くのはマズいんじゃないか。
まるで、まるで自分が結婚したくて堪らないように思われるんじゃないか。
元カリスマギャルとしてそれは、こう、何か違うんじゃないか。
いやでも、もうあの人しか考えられないし――
「シャンス……今です、蘭子」
「え、えいっ!」
目の前で手を伸ばす蘭子に、美嘉がようやく意識を取り戻した。
今はこんな事を考えている場合ではない。
ブーケを手にしてから、改めて考えればいい。
「……っ!」
蘭子の、美嘉の、そして多くの乙女達の手がブーケへ伸び――
「――なんか楽しそーだねっ♪」
「私もやるーっ! とぁーっ!!」
「あーあたしもっ! やぁーっ!!」
最近事務所に所属した無邪気な年少組の少女達が。
楽しげに、優しく、ブーケをぽんぽんとトスする。
あまりの無垢さに、欲望の塊と化していた乙女達の手が思わず止まる。
「まかせなさーいっ♪」
そして未来のパッションを担うかのような元気っ子が跳躍し。
力いっぱい――あくまで柔らかく――見事なスパイクを決めた。
佐久間まゆは見ていた。
佐久間まゆは、ただ見る事しか出来なかった。
時間にして僅か数秒に満たぬ、一瞬の攻防。
体勢を立て直した時には、何もかもが既に遅過ぎた。
無邪気な元気っ子の、無慈悲なスパイクが決まり。
鷹富士茄子のウェディングブーケが、彼女の腕に吸い込まれていく様を――
「――あ……貴女にはっ!! 必要、無いでしょうっ…………!?」
― = ― ≡ ― = ―
相葉夕美は呆然としていた。
「夕美、もっと前に行かなくていいの? 何もこんな後ろに」
「あ、うん。えっと……」
夕美は花を愛するごく普通の女の子だ。
なので当然、ウェディングブーケにも相応の憧れはある。
だが目の前の現実に。
たいへん殺気立っている乙女の集団に、ごく普通の女の子は完全に気圧されていた。
「私は、ここでいいかな。他の人に譲るよ」
「夕美はもっとわがまま言っていいと思うけど」
隣に立つ担当が苦笑した。
相葉夕美はCGプロダクションきっての爆弾娘である。
中々の人気を博しているにも関わらず。
本人達も決して明言をしないが。
――担当と明らかに、そういった関係になっている。
何か問題を起こそうものなら注意のしようもあるが、そうもいかない。
イチャつくと言っても、事務所の者が目にするのは、せいぜいが手を繋いだり。
月に二度、花を一輪贈り合ったり。
あるいは二人きりの時にとても幸せそうに微笑んだり、その程度。
あまりに慎ましやかな為に、誰もが未だ何も言えずにいた。
「あ、そろそろ始まるみたいだよ」
茄子がブーケに祈りを籠める。
憧れの、まさに輝くばかりの、美しい花嫁姿。
その姿を目にして、夕美は決意を新たにした。
ブーケのおまじないも良いけれど。
頑張って、可愛くなって、綺麗になって。
――いつか私自身が、この人に相応しい、幸福の花束になろう。
放られた花束を、二本の腕が柔らかく弾き上げた。
零れたブーケに伸びた手が上ずって、また高く放り上がる。
ぽん、ぽんっ、ぽーんっ……。
バレーボールのように段々とブーケが後ろへ跳ねてくるのを、夕美はただぼうっと見つめていた。
「私もやるーっ! とぁーっ!!」
無邪気に混ざる子供たちの姿を見て、担当と二人、顔を見合わせて笑う。
「まかせなさーいっ! ……えいっ♪」
ブーケが一際高く上がった。
ステージの目の前に集まっていた乙女達の頭上を通り越して。
ふわふわと近付いて来るブーケを、夕美は相変わらず眺めたままで。
「…………あっ」
――気付けば目の前まで迫っていた花束に、思わず手を伸ばした。
「――あら♪ 夕美ちゃん、おめでとうございまーす♪」
ステージ上から茄子に手を振られて、はっとしたように夕美が腕の中を確認する。
自身の両腕の中には色とりどりの、美しい花の束ねられたブーケが収まっていた。
「……わぁ。きれい…………」
ようやく事態を飲み込んだ夕美の表情が、春のように綻んだ。
「Pさんっ、見てっ! すっごく綺麗♪」
「…………うん、凄く綺麗だ」
パーティー用のドレスを翻して、夕美がくるりと振り返る。
茄子と同じ黄色の裾がふわりと広がって、夕美自身までが一輪の花のようだった。
「……Pさん?」
ドレスを纏い、花束を抱えて微笑むその姿は、まるで――
「――今までで一番綺麗だよ、夕美」
「…………えへへ……♪」
恥ずかしげも飾り気も無い彼の言葉に、夕美が頬を染めて微笑む。
「ふふっ♪ めでたいですねー♪」
他の誰も、何も言わない中。
他の誰も、何も言えない中。
ぱちぱちと、茄子と卯月だけがにこやかに拍手をしていた。
― = ― ≡ ― = ―
茄子さんに投票すると何か良い事が起こりそうな予感、しません?
― = ― ≡ ― = ―
― = ― ≡ ― = ―
一年と、少し後。
「――あ、あの……Pさん。着てみたんだけど……」
扉を開いて現れた相葉夕美を一目見て、Pは目を瞬かせた。
式場の控室という極めて相応しい場ですら、彼女の可憐さをどこか持て余してしまうように思える。
彼女の希望通り、純白のウェディングドレスに身を包んだ夕美。
固まったままのPに、夕美が頬に紅葉を散らした。
「な、何か言ってよ……」
「……」
「……」
「…………夕美」
「うん」
「幸せに、するから」
「…………うんっ♪」
― = ― ≡ ― = ―
――佐久間まゆは静かだった。
【了】
おしまい。
純和風育ちの茄子さんは洋風の式を挙げたがる説をね
本来はたぶん結婚式の方の最後だと思うけどね、まぁ茄子さんのブーケだもんね
披露宴会場について調べたところ都内だとやっぱ帝国ホテルがデカいらしい
立席で1500名収容とか載ってて訳が分からない
という事で茄子さんへの投票を済ませ次第、島村卯月ちゃんのSSをどうぞ↓
島村卯月「えへへ……♪」
島村卯月「えへへ……♪」 - SSまとめ速報
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