荒潮「カミサマ」 (79)

青年「道?」

艦載機の攻撃からアテもなく山の中を逃げ回っているとふと目の前に道が現れた。

それだけであれば別に声を出してしまうようなことはないのだが、その道は普通の山道ではなかった。

青年「車…いや荷車か何かか」

その道は人が通った形跡があった。真ん中だけ草木があまり生えておらず、また両脇に何かを引きずった様な細い跡が走っていた。

人がいるというだけでも珍しいのに、ましてこんな山奥で?

深海棲艦(ヤツら)に見つからないようにという点では正しいのかもしれないが。

この先に何があるかは分からないがこのままでは日が暮れてしまう。

どの道この跡を辿って行く他ないのだ。

青年「艦娘がいればなぁ」

疲弊した足をどうにか動かしながら、何度も口にした愚痴をまた零す。

青年「道?」

艦載機の攻撃からアテもなく山の中を逃げ回っているとふと目の前に道が現れた。

それだけであれば別に声を出してしまうようなことはないのだが、その道は普通の山道ではなかった。

青年「車…いや荷車か何かか」

その道は人が通った形跡があった。真ん中だけ草木があまり生えておらず、また両脇に何かを引きずった様な細い跡が走っていた。

人がいるというだけでも珍しいのに、ましてこんな山奥で?

深海棲艦(ヤツら)に見つからないようにという点では正しいのかもしれないが。

この先に何があるかは分からないがこのままでは日が暮れてしまう。

どの道この跡を辿って行く他ないのだ。

青年「艦娘がいればなぁ」

疲弊した足をどうにか動かしながら、何度も口にした愚痴をまた零す。

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「と、止まれ!!怪しいヤツめ!」

青年「えっ」

呼び止められた。

山道を辿った先にあったのはお寺だった。いや、鳥居があるのは神社なんだっけ?

とにかく道は赤い鳥居を境に石でできたものになりそこから先に石の階段が伸びているのが見えた。

木々に囲まれた山の中で鳥居の先だけが広場のようになっていて、きっと由緒正しいなにかなのだろうと思えた。

そして何より人の手が加えられていた。広場や道の雑草は切り取られていたし落ち葉もない。鳥居も傷などは仕方ないが汚れは目立たなかった。

呼び止められたのはその鳥居を潜り石の階段に向かって歩き出した時だった。

青年「えっと俺はうわっ!?」

横を向くとそのには随分と長い、槍?ではないな。槍の先に刀を付けたような、ともかく間違いなく殺傷能力のある武器を構えた男がいた。

どうやらこの広場の端にある木製の屋根と椅子だけの休憩所のような所にいたらしい。

武器を構えたままずんずんとこちらに向かってくる。

青年「待ってくれ!怪しいもんじゃない!」

「うるさい!いいからそこを動くな!」

そう言うと男は懐から笛を取り出して思い切り吹いた。

甲高い音が山に響き渡る。

青年「…」

見た目は40代のオッサンってところか。

リーチのあるあの武器は厄介だが構えを見る限り武術の心得があるとは思えない。隙さえつければ逃げられるだろう。

しかしどうする…そもそも山を登ったのが逃げるためだ。ここでまた逃げても後がない。暫くは様子を見るしか…

青年「!」

ふと階段の先を見た。

そこには目の前の男と同じ武器を携えこちらに駆け下りてくる男が二人いた。

物騒な状況に変わりはないがここでひとつ確信が持てた。

この先に人の住む集落があるに違いない。

それだけで随分と心が軽くなった。

話が通じるだけ非人間型深海棲艦(ケモノ)なんかよりよっぽどマシだろう。

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「いいか。お前は特別なお許しがあってここにいるんだ。何かしでかしたら生きて帰れると思うなよ」

青年「分かってますよ」

あの後、何やら話し合いがあったらしく暫く待たされた。

伝令役の者が階段を行ったり来たりし三度目の往復でどうやら俺を連れて行くという結論になったらしい。

しかしあの階段。登る時数えたが52もあったぞ。それをわざわざ往復するなんて、どうにもここには通信機のような機材はないようだ。

登った先にあったのは大きな建物だった。神社なのか寺なのかは知らないが如何にも古そうな建物があった。

しかも随分と複雑な形をしている。元々複数あった建物を無理やり廊下で繋げたような、右に左にまるで木の根のように伸びていた。もっとも根と違ってキッチリ直線だけで出来ているが。

そんな妙な建物の中を歩かされた。靴は入口で没収。でもリュックはそのままだった。身体検査もなくポケットの中の拳銃も無事。何がしたいんだ?

そうして恐らくこの敷地の一番奥。一目見てここが一番偉いやつのいる所だとわかる豪華さのある建物の前に着いた。お寺、と言うより御堂ってやつか?

ここに通じる廊下だけやけに細く、両脇には小さな池がある。間違いなく特別な場所だ。

少年「こちらです」

俺の先を歩いていた少年が細い廊下をゆく。

俺もそれに従ってついて行く。

青年「あれ?」

気付かれない程度に後ろを見ると男は廊下の前で止まりこちらを見送っていた。

どういう事だ?怪しいヤツを見張らなくていいのか?

ギィという木材の重苦しい音に前を向く。少年が大きな扉を開け中に入っていった。

青年「さぁて」

交渉、になるだろう。こちらに危害を加える気はまずなさそうだ。となればわざわざここに連れてきた意味がある。

交渉なら得意だ。伊達に商人をやってるわけじゃない。気合い入れてくぞ!

扉の先には襖がズラリと並んでいた。どうやら大きな部屋が真ん中にあるようだ。

少年「僕の役目はここに貴方を連れてくることです。ここから先は一人で」

青年「あぁ、その、ありがとうな」

少年「い、いえ、僕はこういう役目なので」

少し恥ずかしそうに目を伏せる。うん普通の少年だな。

少年「お連れしました」

「入ってもらって構わないわよぉ」

少年「はい」

襖が開かれ、構造上あまり日の差し込まないらしい少し仄暗い部屋に足を踏み入れる。慣れない畳の感触に居心地の悪さを感じた。

後で少年が襖を閉じ戻っていく音がした。

さて肝心なのは第一印象だ。先程の声は女性だったな。どう出る?

「うふふ、ビックリさせちゃったかしらぁ。でも私もそうなのよ~。こぉんな所に人が来るなんて」

暗い部屋の奥から少しづつ小さな影がこちらに…ん?小さな影?

青年「貴方は?」

足が見えた。黒いストッキングを履いた細い足が。

白いフリフリの着いた黒のスカート、いやエプロンか?サスペンダーの付いたそれの名称は知らないが白のシャツにそれだ。

薄い茶色をした少し癖のある長めの髪。この光の少ない部屋でも分かる金色の瞳。

その容姿は間違いなく

青年「子供!?」

「そう見える?そうよねぇ、その通りだわ~」

俺の反応が心底楽しいというように軽くステップを踏みながら目の前まで歩み寄る。

目の前というか、目の下なんだが。身長的に。

荒潮「私、荒潮です。よろしく頼むわねぇ」

青年「お、俺は 」

先程の少年より少し高い程度の背丈。如何にも子供といった容姿。

しかしそれらに反したとても子供とは思えない怪しげな、どこかズレたような不思議な微笑みはなんとも言えない魅力があった。

ヒエッ

大発駆逐艦があまりに少ないので荒潮を育て始めたらドハマりしたので書きました。
最後まで書き終えてはいるのでちょこちょこ投下していきます。

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青年「貴方がここのリーダー、という事でいいんですよね」

荒潮「あら~、いいのよぉそんなに畏まらなくても。というよりぃ堅苦しいから い や 」

青年「…君がそう言うなら」

おっとり、いやねっとりとした話し方だ。印象としては蛇だな。

荒潮「そうそう。子供に見えるのならぁ子供のように接してもらわなくっちゃね~」ウフフ

青年「…」

意図が、掴めない。

発言の内容もそうだがこの喋り方、目線の動かし方、距離感。そういったものから彼女の意図が一切掴めない。

その立ち居振る舞いはまるで雲を掴むような、あるいは大海原でも相手にしているような途方も無さを憶える。

荒潮「リーダー。まあそうねぇ、そう言ってもいいのかしらぁ。でも村長なら別にいるわよぉ?」

青年「そう、なのか?」

荒潮「えぇ。だからまとめ役はあの人。リーダーはあの人。皆の代表はあの人」

青年「なら君は、君は一体なんなんだ?」

荒潮「私?私はねぇ、カミサマ」

青年「は?」

荒潮「うふふふ♪」

いたずらっ子の様な笑みを浮かべて部屋の奥に戻っていく。

いや、"様な"ではなく正しくいたずらっ子なのかもしれない。

青年「何をしてるんだ?」

幾らか暗闇に目が慣れてきたとはいえ部屋の奥の方はほとんど見えない。彼女の輪郭が辛うじて捉えられている程度だ。

荒潮「確かここにぃ、あったあった」

ポンッと小さな破裂音のような音がして部屋の奥にほんのりと明かりが灯る。

どうやら火をつけたようだ。荒潮はその灯りをもってこちらに戻ってきた。

荒潮「これで貴方にも見えるかしらぁ。そこに座布団があるの。座ってお話しましょ~」

確かに先程まで見えなかったが俺の目の前に座布団が一つあった。

青年「では失礼して」

確かに座布団には正座をして座ると聞いた事があるが、あれ苦手なんだよなぁ。そういう事を気にする様には見えないし、適当に座ってしまうか。

背負っていたリュックを横に置き胡座をかく。

荒潮は自分と俺の間に灯りを置いてもう一つあった座布団に俺と向かい合う形で座った。正座で…

灯りは蝋燭に火を灯したものだった。周りは薄い紙か何かで四角く覆われておりユラユラと影が揺れていた。燃え移ったりしないか少し心配になる。

荒潮「さてと、一体何から話せばいいかしらぁ」

青年「何故俺ここに連れてきたんだ。まずはそこからだ」

荒潮「珍しかったからよ~。こんな所に本当に人が来るなんてねぇ」

青年「…それだけ?」

荒潮「えぇ。危ない人ではなさそうだっもの」

拍子抜けもいいところだ。だがこれで身の安全は確保されたと言ってもいいだろう。ようやく緊張が解れた。

荒潮「なら次は私が質問する番ね~」

青年「え、そういうシステムなのかこれ」

荒潮「その方が分かりやすくていいじゃなぁい?質問その一、貴方は何故ここにやって来たの?」

青年「…逃げてきたんだよ」

荒潮「逃げた?」

青年「俺は商人をやっててな。色んな場所を巡ってるんだ。それで今朝、迂闊にも深海棲艦(ヤツら)の艦載機に見つかっちまった」

荒潮「ヤツら…深海棲艦、なのよね」

青年「あぁ。艦載機持ちのやつはレアだ。だからまさか居ないだろうと油断しちまってな。

ともかく見つかった以上狙われる。住宅地では不利だ。だから木の多いこの山に逃げ込んだ。

走って走ってともかくその場所から離れようとして、ここに行き着いたというわけだ」

荒潮「なるほどねぇ。そういうこと」

青年「次は俺か。さっき村長と言ってたな。この村、と言っていいのか分からんが、ともかくここはなんだ?」

荒潮「ここの人達は元々同じ村に住んでいたの。山の麓の小さな村にねぇ。でも深海棲艦が地上で暴れ出したのでしょう?」

青年「30年近く前だな。俺はその時まだ生まれてなかったから詳しくは知らないが」

荒潮「大きな町から飲まれていって、だんだんと迫り来る驚異から逃げるために村人達は山を登ったの。彼等の拠り所である神に縋る為に」

青年「神、か。祈りたくなる気持ちは分かるけどな」

荒潮「質問その二。そうねぇ…貴方お幾つ?」

青年「25、のはずだ。誕生日とか知らなくてな。正確な年齢は分からない」

荒潮「ふぅん。25かぁ、25ねぇ」

なんだ、どういった意図の質問だったんだ?

青年「ここの人達はどうやって生活しているんだ?」

荒潮「どうやって、では含意が広すぎるわねぇ」

青年「主に食事だ。俺が商人として取り扱うのもそこだからな。ヤツらのせいでインフラも生産も壊滅した。その上平地じゃヤツらが闊歩してる。こんな山奥でどうやって暮らしているんだ?」

荒潮「お肉は狩りよぉ。獣がいるから。裏手には隠し沢があるから魚も捕れるわ。後は山菜。塩なんかは岩塩があるけれど~、これは少し心もとないわねぇ」

青年「なるほど」

それはいい事を聞いた。

荒潮「じゃあ三つ目はぁ、貴方、深海棲艦とかそういうのにどのくらい詳しい?」

青年「詳しくはないな。対処法というか身の守り方くらいなら分かるが。そもそもヤツらに詳しい人間がこの世にはたしてどの程度いるのやら」

荒潮「そうじゃなくって、例えばそう、艦娘とかについてよ」

青年「"もどき"の事はあまり知らないな。提督でもないし。まして"ホンモノの艦娘"なんて、ヤツらの事より知ってる人間は少ないだろ。もう半世紀以上も前の存在だし」

荒潮「…そう」

この時、初めて彼女はその不思議な笑みを崩した。

青年「さて俺の質問はとりあえず終わりだ」

荒潮「奇遇ねぇ。私もよ~」フフ

青年「俺は交渉がしたい」

荒潮「なら私が引き受けるわぁ」

青年「今麓には確実に空母系のヤツらがいる。向こうには戻れない」

荒潮「山を越えるのは無理でしょうねぇ。道がないもの」

青年「だろうな。山で野宿はリスクが高い。できれば寝床を貸して欲しい」

荒潮「構わないわよぉ。勿論取引だけれど」

青年「そこは安心してくれ」

横に置いたリュックから拳大の瓶を取り出す。

青年「塩だ。なかなか濃い目のやつ」

荒潮「あらあら、思ったより豪華なのが出てきたわねぇ」

青年「状況にもよるが三日はここに居たい。飯も一日二食、ある程度のものが欲しい」

荒潮「…いいわ、取引成立よ」

青年「はぁぁ、助かるよ」

荒潮「気にする必要はないわ~、お互い様よ。取引、だものねぇ」

最悪リュックの中身を半分程渡してもいいと考えていたがあっさり話は終わった。

ありがたい事だ。

荒潮「少し待っていてちょうだい」

そう言うと荒潮は立ち上がりまた部屋の奥に向かう。

気づけばもう随分日が落ちていたようで外は真っ暗になっていた。部屋の真ん中に置かれた火が俺と荒潮の大きな影を揺らしている。

部屋の奥からコーーンという金属音が響き渡ってきた。荒潮が何かを叩いて鳴らしたようだ。

決して大きい音ではないが妙に部屋に響く音だった。

一体何かと不思議に思っていると後で少し慌てたような足音がした。

「どうしました?」

襖の向こうから先程の少年の声がする。

荒潮「今出せるお布団ってあるかしら?」

少年「いつもの物があります」

荒潮「二つ用意出来る?」

少年「三つを順に洗ってますから二つまでは大丈夫です」

荒潮「ならここに二つ持って来てちょうだい」

少年「ここに?ここに持ってくるんですか?」

青年「おいおい、それって俺もここに寝るって事か!?」

荒潮「辺り前じゃな~い。貴方は意見する立場じゃあ無いでしょう?」

青年「それは…まあそうだが」

ニヤリと蛇が笑う。俺はカエルのように黙って頷く他ない。

少年「…わかりました」

足音が再び遠ざかっていく。

少年も随分戸惑っているような声だ。

青年「それで、一体どういうつもりだ?」

荒潮「うふふ、質問追加かしら~?」

青年「茶化すな。いきなり部外者と同室で寝るって本気か?」

荒潮「もちろんよぉ。ただ意図としてはぁ、貴方と一緒に居ることだけじゃなくて、貴方をここから出さないというのもあるわね~」

青年「ここから、出さない?」

荒潮「そう。泊まっていってもいいわ。食事も出す。だからこの部屋から私の許可無く出ちゃ ダ メ 」

青年「…何故だ」

荒潮「部外者だから。人々がここに辿り着いたあの日以来、初めての外の人だから」

俺という異分子が集団に良くない影響を及ぼす恐れがあると懸念しているわけか。それはなんとなく分からなくもないが、だからって…

青年「いや、分かったよ。元々拒否権はないしな」

荒潮「そういうこと~。物分りのいい子は好きよぉ」

青年「…」

インフラや通信が破壊され人間社会の基盤が失われたこの世界で人々はあちこちに村、あるいは町規模のコミュニティを作って生きのびている。

場所や人によってコミュニティの形は大きく違うが、それらを渡り歩く俺のような者にとって絶対のルールがひとつある。

そのコミュニティの掟には従う事。決して輪を乱してはいけない、と。

少年「カミサマ、持ってきました」

襖の向こうから再び声がした。

荒潮「入って構わないわよ~」

少年「はい」

襖を開け布団と掛布団、枕を次々と運び込んでくる。少年の小さな体には結構な重さだと思うが。

大きな部屋にポツンと二つの布団が並べられた。

青年「なんかすまないな、俺の分まで」

少年「いえ、気にしないでください」

荒潮「うふふふ、でもお礼はしなくちゃいけないわねぇ。そ、れ、と」

荒潮が少年に近寄る。

荒潮「今は"カミサマ"じゃなくていいわよぉ」

少年「え、でも…」

少年がチラと俺の方を見る。

荒潮「彼はここの人じゃないもの、構わないわぁ」

少年「分かりました、荒潮」

荒潮「うふふ、よくできました」

そう言って、荒潮は少年の額に口付けをした。

身長的には大差のない二人故、荒潮が少し背伸びをする形で。

青年「」

少年「ッ!し、失礼します!!」

少年が顔を真っ赤にして部屋を後にする。

青年「なぁにしてんだお前」

荒潮「可愛いわよねぇ。うふふふ~。あら、塩渡し忘れちゃったわねぇ」

実に楽しそうに笑う。何がしたいんだか。というか

青年「何だよ、カミサマって。本当に神様なのか?」

荒潮「そう在って欲しいみたいなのよ。私は、そうでもないのだけれどね~」

青年「答えになってないぞ」

荒潮「答えなんてないのよ~」ヌギッ

青年「ブワッ!?何脱いでんだお前!!」

荒潮「何って、この服で寝るわけにもいかないでしょぉ?」

青年「それは、そうだが…会ったばかりの奴の目の前でそんなことするか普通」

荒潮「ならきっと普通じゃないのねえ私」

青年「だろうな…」

荒潮「なになに~?少女の裸が気になっちゃうのぉ?」ヒラヒラ

青年「んなわきゃねぇだろ!ビックリしただけだ!」

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荒潮「もういいわよぉ」

荒潮の声に振り返る。先程までの服装と違い寝巻きは和服のようだ。

以前どこかで聞いたお化けの着ているという白装束を思い出す。

青年「なぁ、本当に布団じゃなきゃダメか?」

荒潮「あらあら、怖気付いたの~?」

青年「違うって。俺はさ、ほら、この服汚れてるだろ?替えはあるけどそっちも綺麗とは言えないし、そもそも寝巻きじゃなくてさ」

荒潮「ふぅん…普段はどうしてるの?」

青年「大抵寝袋だな。何かあったらすぐ動けるように寝巻きに着替えたりはしない。なんなら靴だって履いたままだったりするし」

荒潮「分かったわ~」

青年「おう」

荒潮「下着になればいいじゃな~い」フフフ

青年「分かってねえなさては」

また楽しそうに彼女は笑う。

荒潮「ほ~ら」

当たり前のように布団に入り俺を煽りやがる。

しかし、確かに布団は良い。柔らかそうだし暖かそうだ。

基本的に俺の生活じゃ安心して寝れる事は殆どない。これは貴重な機会だ。

青年「…下着でもいいか?」

荒潮「別に私はそのままでも文句は言わないわよぉ」

青年「明日もこの布団だろ?なら脱いでおくよ」

荒潮「ふふ、そうしてちょうだい」

ここで隠すと負けた気になるので堂々と服を脱ぐ。

シャツとパンツ。この状態で寝るにはまだ少し寒い時期だが室内でこの布団なら大丈夫だろう。

荒潮「結構鍛えてるのねぇ」

青年「生きるためだからな」

荒潮「それに~、随分変わった服ねぇ」

青年「あぁこれか」

脱いだ服を畳む。と言っても普通のたたみ方はできない。

胴体の急所を守るようにいくつかの防弾素材が織り込まれているし、紐を通す穴や金具もある。各所にある大小様々なポケットにも色々なものが容れてある。

荒潮「生きる知恵、かしら~?」

青年「ま、そうだな」

荒潮「あ、寝る前にそこの灯り、消してくれるかしらぁ」

青年「これか…どうやって消すんだ?」

荒潮「横に取っ手があるの。それを開けて中のロウソクを取り出せるわ」

青年「ほー、シンプルだが丁寧な作りだな」

荒潮「元々ここにあった物よ。建物と同じで、綺麗なものねぇ」

青年「元々、ね」

荒潮「あとそのロウソクねぇ、息を吹きかけて消してはダメよ~」

青年「はあ?じゃどうやって消すんだよ。水でもかけるのか」

荒潮「手で風を起こして消すの。そっと、でも急いで」

青年「手で…」

小さなロウソクだ。やれる事にはやれるだろうが何か違うな。火を消しときに大切なのは空気を奪う事だ。

つまり

荒潮「あら。うふふ、お上手」

左手を火に添え右手で火を掴むように掠める。周囲の酸素を失ったか細い灯りはたちまち消えた。

青年「これになんの意味があるんだ?」

予め瞑っておいた右目をゆっくり開ける。辺りは既に暗闇そのものになっていた。

半ば手探りで体を布団に潜り込ませる。

荒潮「人の穢れた息を吹きかけてはダメ、だそうよぉ」

青年「なんじゃそりゃ」

荒潮「私も知らないわ。知らないけれど、ここにあった本にそう書いてあったの。ならそれに習おうと思って」

青年「ほぉ」

分からない。

村の事は荒潮の言ったことが全てだろう。それはいい。

だがこいつの事が分からない。

神様?なんだそりゃ。一体何がしたいんだ?一体、なんなんだ?

青年「"艦娘"、なのか?」

隣の暗闇にそう問いかける。

こんな訳の分からない存在、艦娘以外には考えられない。

荒潮「ふふ、艦娘、ねぇ。うふふ」

音がした。荒潮が少し動いたようだ。


荒潮「ねぇ、艦娘って、なんなのかしら?」


さっきよりもハッキリと声が耳に入ってきた。どうやら俺の方を向いているようだ。

声につられて俺も荒潮の方を向く。

そこには薄く、しかしハッキリと形のわかる金色の瞳が二つあった。

獣の眼光のように光を放ってはいるが不思議と恐ろしさはなかった。

暗闇に浮かぶ月のような、つい吸い寄せられてしまいそうな穏やかな光が俺を捉えていた。

青年「艦娘ってのは、あれだろ。昔にいたって言う船の、幽霊みたいなもんだろ」

荒潮「幽霊、ね。そうねぇ。もしかしたらそうなのかもしれないわねぇ」

青年「…まださっきの質問に答えてもらってないぜ」

荒潮「…今の答えでは、それに答えるに値しないわ」

青年「は?どういう」

どういう意味だ?そう言い終わる前に荒潮の腕が俺の布団の中に滑り込んできた。

突然の事に固まっている俺をよそに荒潮は更に上半身を潜り込ませてくる。

青年「おっ!お前」

思わず大声を出しそうになったのを何とか堪える。

荒潮の方を向いていた俺の体に抱きつき胸に顔を埋めてくる。

動けなかった。布団をめくれば目の前に荒潮の顔がある。だが動けなかった。

荒潮「鼓動がするわ」

青年「イキテルカラナ」

声が上擦った。

ギュッと、俺の体を抱き締めてくる。

青年「ァ、アノ」

鼓動が早まる。自分でも何が何だか分からない。

荒潮「船はね、誰かを乗せてその名前を呼ばれなければただの鉄クズでしかないのよ」

青年「へ?」

荒潮「私は、冷たいのは嫌。嫌なのよ」

その言葉を聞いた時、ふっと身体が軽くなった気がした。まるで金縛りが解けたように。

いや言葉というのは違うか。何言ってるかはさっぱりだし。

でもその声は。さっきと何ら変わらないはずのその声を聞いた時に浮かんだのは、泣きじゃくる少女の姿だった。

気づけば俺は荒潮の身体にそっと手を伸ばしていた。サラリとした髪をかき分け背に手をまわしその細い身体をそっと包み込む。

明日には溶けて無くなっているのではないかと思わせる程に頼りない華奢な身体だった。

荒潮「…おやすみなさい」

胸に顔を埋めたまま耳ではなく心臓に響かせるように荒潮はそっと囁いた。

すっかり落ち着きを取り戻していた心臓の鼓動に少し遅れる形で荒潮の鼓動が聞こえてくる。

心地よい揺れの中で俺はそっと目を閉じた。

提督理性チェック1D20

吹雪型は和服派
陽炎型はパジャマ派
朝潮型はどっちもいい派

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声が聞こえる。

誰かが誰かと話してる。

楽しそうだな。


「「わぁっ!!」」


左右の耳にとてつもない衝撃が走った。

青年「うわぁ!!??」ガバッ

反射的に寝ていた上半身を起こす。

なんだ?え、畳と、何処だ?ここは、えっと、そうだ昨日はここで寝てて、それで…

荒潮「フッ、ふふふ」

俺の枕の右で荒潮が肩を震わせて笑いを堪えている。いや堪えられてはいないが。

少年「ッ!くく…」

左では昨日の少年が同じく笑いを堪えている。だから堪えられてねぇって。

青年「…おはよう」

荒潮「ふふ、おはよう」
少年「おはようございます」

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食事を持ってくると言って少年は部屋から出ていった。

青年「目覚ましならもう少し優しいものにしてくれると助かる」

荒潮「朝はスッキリ目覚めた方がぁ身体にはいいのよ~」

青年「釈然としねぇ…あ」

荒潮「ん?どうしたの」

青年「あの子に塩渡せばよかった」

荒潮「後でいいわよ。どうせ朝御飯持ってきてくれるのだし」

青年「それもそうか」

とりあえず自分の布団を適当に畳む。荒潮の布団は既に畳まれて部屋の隅に置かれていた。

どうせあの少年がやったんだろうな…

肝心の荒潮はこちらを背に座り部屋の奥の棚に置かれた鏡の前で髪をクシでとかしていた。

棚には昨日のランプの他に色々なものが置かれているようだった。

青年「なあ荒潮」

荒潮「なぁに」

青年「昨晩、どうしてあんなことを」

荒潮「…」

今更改めて聞くのも少し恥ずかしいものがあったが、それでも聞かないわけにはいかなかった。

荒潮「そうねぇ。タダで教えるのはちょっとね~」

そう言って楽しそうに髪を梳く。こいつ俺より取引のこだわりが強いよな。

青年「わかったわかった。何すればいい」

荒潮「そうね~。キス、とかどうかしらぁ」

座ったまま振り向く。例のいたずらっ子のような表情を浮かべて。

青年「はあ?何言ってんだ」

荒潮「キスよ キ ス 。乙女の秘密を聞きたいのならぁ、それなりの誠意を見せてもらわないと~」

青年「いや、そうじゃなくてさ」

荒潮「?」

青年「キスって、なんだ」

荒潮「…え」

青年「え」

荒潮「キスは、えっと、知らない?」

青年「え、知らん。魚、じゃないよな」

荒潮「」

え、絶句してる。これまで余裕のある表情を殆ど崩さなかった荒潮が。

そんなにか?マジか?そんな常識的な事だったのか?

荒潮「…」

青年「あーいやえっと、もしかしたら知ってはいるかもしれん。言い方が違うとかさ、そういうのあるだろ?」

荒潮「いえ、私が悪かったわ」

青年「?」

どこか悲しそうな顔をして再び鏡に向き直る。なんなんだよ一体。

少年「お食事持ってきましたよ」

荒潮「入ってかまわないわよ~」

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朝飯の代わりに少年に塩を渡した後、昨晩と同じように並んで飯を食う。

青年「意外としっかりしてるな」

荒潮「あら、何が?」

青年「朝食がだ。野菜とかはこれ育ててるのか?」

荒潮「えぇ。年々色々なものを試しているのよぉ。他にもお芋とかキノコなんかも」

青年「山で育てられるものか」

荒潮「たいてい上手くいかないけれど」

青年「山菜もあるのはわかる。だが、これはなんでだ」

荒潮「これ?」

青年「米だ。これだけはどうしたって食料になるだけの量を育てるのは無理だろ。一体どうやって」

荒潮「…ヒ ミ ツ 」

青年「これもかよ」

荒潮「嫌なら食べなくてもいいのよぉ?」

青年「…」

茶碗に盛られた白い米は何の変哲もない米だった。だからこそおかしい。この時代にしかもこんな場所でこの量の米なんてどうやって手に入れてるんだ。

青年「…美味い」

荒潮「それは重畳」フフフ

荒潮「その塩は何処で取れた物なの?」

青年「洋上プラントとか人工島とかだな。海にはヤツらも入ってこないから塩は作り放題だ。輸送手段が少ないから内地じゃ貴重品だけどな」

荒潮「洋上プラントに人工島。面白そうな所ねぇ」

青年「唯一の安全地帯だし、色々と面白いもんがあるのも確かだ。俺は陸が恋しくなるけどな」

荒潮「海は嫌い?」

青年「嫌いじゃないよ。母なる海って言うらしいしな。でもだからこそたまにでいいよ」

荒潮「ふぅん」

青年「荒潮はどうなんだ、海」

荒潮「見たことがないもの。分からないわ」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

青年「ごっそさん」

荒潮「ご馳走様」

青年「…ご馳走様」

隣で正座のまましっかりと手を合わせ祈る様に言葉を発した荒潮を見て、どうにもいたたまれなくなったのでそれに習って俺も手を合わせた。

青年「茶碗はどうすればいい?持ってくよ」

荒潮「それは大丈夫よ~。あの子が持って行ってくれるから」

青年「いや、それだとなんか悪いだろ。俺は居座らせてもらってる身だからな」

荒潮「それにもう一つ」

青年「ん?」

荒潮「滞在中、この建物から出ることを禁止するわ」

青年「…ん、あれ?」

荒潮「トイレは裏手にあるから安心して頂戴。顔を洗ったりするには水を汲んできて貰う事になるわねぇ」

青年「いやいやいや待て待て待て!何でだ!?そりゃ匿ってもらう身で贅沢言うつもりは無いけど!監禁はおかしくねぇか?昨日は許可あればいいって感じだったじゃねえか!」

荒潮「貴方はね、異物、なのよぉ」

青年「異物…?」

荒潮「ここの人々はねぇ、30年前のあの日、世界と、それまでの過去をぜ~んぶ置いてきたの。置いて、逃げて、ここに隠れたの」

ゆっくりと慎重に言葉を選ぶように語る。カミサマ、とそう呼ばれるのが分かる気がする程にこの時の荒潮の雰囲気は不思議なものがあった。

荒潮「多くは望まない、故に救済を。彼らはここにね、私に、そう願ったのよ。だから、貴方は本来ここに来るはずのない、異物なの」

青年「つまり、ここに居るとまずいのか?」

荒潮「と言うよりぃ、誰かと接触する事が不味いって感じね~。このコミュニティは外界を遮断する事で成り立っているのよ。それが揺らぐのはあまり好ましくないわ~」

青年「…まぁ、そういう事なら」

荒潮「ふふふ、元々拒否権なんて貴方にはないけどね~」

青年「だろうな…」

「カミサマ」

障子の向こうから例の声がする。

荒潮「美味しかったわ~。お方付けお願いね~」

少年「はい!」

少年が部屋に入ってくる。

少年「カミサマ、その前に」

荒潮「 カ ミ サ マ ?」

少年「あ、荒潮…」

荒潮「なぁに?」

少年「長が、話をしたいと仰っていまして」

荒潮「ふぅん。まあそうよねぇ」

少年「どうします?」

荒潮「準備したら向かうわ~。集まっててちょうだい」

少年「分かりました!」

返事を聞くと次は慣れた手つきでお椀やらを片付けていく。

青年「あーそうだ。これを皆に渡しておいてくれないか」

少年「えっと、これは?」

青年「塩だ。宿泊代にな」

少年「塩!?こんなに!?」

青年「おう、頼んだよ」

食器と塩を器用に抱えて部屋を出ていく。

あの慣れっぷり、毎日荒潮に飯運んでるんだろうなぁ。

荒潮「あぁそうだ。悪いけれど少し部屋を出てもらってもいいかしらぁ」

青年「ん、なんてだぅわっ!?」

振り返ると今まさにストッキングを脱ごうとしている荒潮がいた。

あのよく分からんフリフリのスカートは既に綺麗に畳まれて脇に置かれていて上はシャツだけになっている。

青年「ななな何してんだおい!」

荒潮「何って着替えよ着 替 え 。別に私は見られてもいいけれどぉ、あれは特別な物だから」

青年「だから着替えるなら最初に言ってくれ…」

昨晩と違って今回は覗きNGなのか。

心臓に悪いやつだ。と認めるのは癪なので黙って部屋を後にする。

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少年「あれ、カミサマは?」

青年「着替え中だと」

少年「あぁ、なるほど」

再びこの建物にやって来た少年が俺の横に座る。

青年「何かあるのか?急に着替え出して」

少年「村の皆に会う時はちゃんとしたお召し物に着替えるんです。綺麗な奴に」

青年「それでか」

つまりさっきまでのあのフリフリは部屋着か。どんな部屋着だ。

青年「あーそうだ。一つ質問してもいいか?」

少年「何でしょう?」

青年「キスって何」

少年「ブッ」

吹き出した。吹き出された。ガキに。

青年「いや、そのな、俺親がいなくてな、師匠に拾われて色々教わったんだが、教育内容が偏っててな。知らない事多いんだよ」

言い訳にしか聞こえないが事実だ。

少年「いえ、すいません。ちょっと驚いちゃって」

青年「で、なんなんだキスって」

少年「そ、それは…」

何故か顔を赤らめて黙りこくる少年。

少年「そもそも!なんで急にキスなんて」

青年「あー、荒潮がキスしたら話すとかなんとか言ってきてな。知らないと答えたら無視された」

少年「!そうですか、それで」

青年「アイツはいつもあんな感じで何事にも対価ってやってるのか?」

少年「…すいません、僕キスは知りません」

青年「え」

いやどう考えても知ってる反応だったろ。

しかし少年は頬を赤らめながらも意を決した表情で知らないと断言した。

少年「では!」ダッ

青年「…何だってんだよ」

子供ってのはわからん。荒潮が子供かどうかは微妙だが。

荒潮「あらあら、何かあったのかしら?」スッ

障子を開け荒潮が出てくる。

青年「おぉ、着物か」

荒潮「ふふ、そうよぉ。どうかしら~」クルッ

白地に濃い赤の、なんかの花の模様。青緑の帯。髪も結んで花の髪飾りを刺している。

拘束着かよと思える程手足の可動域の少ない服装だが、それゆえ大人しさのようなものを感じる。

青年「それ一人で着替えたのか」

荒潮「凄いでしょぉ。練習したんだから~」

青年「しかしなんでまたそんな格好を」

荒潮「カミサマだもの。表に出る時はぁちゃんとした格好でなきゃいけないの」

青年「ちゃんとしたねぇ。善し悪しは分からんが綺麗だよ」

荒潮「ありがとう。でも着物は知っているのねぇ」

青年「和服は艦娘の目印になる事もあるからな。それにそういう上品な着物は京の都で見た事がある」

荒潮「へぇ~、京都、ねぇ」

男「?」

荒潮「京都って、まだ無事なの?」

男「無事?まあ立地的にも守りやすいとは聞いたな。今の日本じゃ都と言えるのはトウキョウか京くらいだよ。後はもう殆ど廃墟だけだ」

荒潮「ふぅん」

荒潮「ここは村で、そして村長がいるわ」

男「え」

荒潮「でも最早それは儀式の為の型でしかないの。カミサマが居て、その言を賜る長がいて、それに従う民がいる。その為の型。村あってのカミサマではなく、カミサマがいるから村であれるのよ」

男「な、なんだよ急に」

着物姿でどこか遠くを見つめながら淡々と話す荒潮はまるで別人のようだった。それこそ、カミサマのような。

荒潮「貴方が今話してくれたでしょ?そのお礼よ」

男「お礼って、京やらの話の事か?」

荒潮「そうよ~」

男「なるほどねぇ」

どうやらそれを徹底するらしい。俺が話せばそれに見合うだけの話をしてくれる、と。

荒潮「ところであの子は何処かしらぁ?」

青年「あ~さっき走ってっちまった」

荒潮「走って?何かあったのかしら」

青年「それがよく分からなくてな。キスって何かと聞いたんだが」

荒潮「あらぁ、あらあらあら」

青年「そしたら最後顔真っ赤にして逃げられた。絶対知ってる顔なのに知らないって言われたしな」

荒潮「あらあらあらあら~」

青年「なんなんだよさっきから」

荒潮「ふふふ可愛いわねぇ男の子って」

青年「そうかぁ?」

荒潮「それじゃあ貴方は部屋に戻っていてちょ~だい。少しお話してくるわ」

青年「分かったよ。その、頑張れ?」

荒潮「え?」

何となくかけた声に荒潮はとても驚いた顔をした。そして随分と楽しそうに笑って

荒潮「ありがとう」

そう返してくれた。

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青年「くっそ暇」

荷を運ぶ旅路は基本的には常に命懸けだった。寝る時でさえ気を抜けない。

街なんかにつけば取引や情報収集で常に誰かと話してた。

思えばこうして何もすることの無い時間なんて生まれて初めてかもしれない。

青年「暇ってこんなに暇なのか」

自分が生きているか分からなくなるなこれ。

少年「失礼します」

青年「あれ、荒潮ならもう行っちまったぞ」

少年「はい。今大人達と話しています。だから今のうちと思って」

青年「今のうち?」

少年「教えてください!外ってどんなところですか!」

青年「え」

少年「僕達は外に行きません。外には化け物がいて人間は殆ど残っていないって。だから知らないんです」

青年「あー、外は」

そう言いかけて気づいた。

荒潮が言っていた事。

ここは外の世界を切り離す事で成り立っている。俺という異物がそこに与える影響は、決していいものとは限らない。

青年「深海棲艦っつう化け物がいっぱいいるよ。そいつに追われて俺はここに逃げてきたんだ」

少年「やっぱり危険、なんですか」

青年「そりゃな。命懸けだよ」

別に嘘じゃない。

ただ知識がありしっかりと準備をすればこうして各地を回ることも出来る、という事を言っていないだけだ。

少年「ならどうして命をかけるんですか?」

青年「それは、それは…なんでだろうな」

そんな事、考えた事無かったな。

青年「まあいいや。さて少年。これは荒潮も言っていた事だが、俺は少年の質問に答えた。なら次は君が俺の質問に答えてこそ取引になる」

少年「は、はい!」

こいつ荒潮の名前出せば何でもしてくれそうだな、なんてチラと考えてしまった。

青年「なんで君が荒潮の世話役みたいな事をやっているんだ?」

カミサマというならその大事な役目はもっとしっかりした大人がやるべきじゃあないのか。その疑問がずっとあった。

少年「なんでかは分かりません。ただこれを決めたのはカミサマなんです」

青年「アイツが?」

少年「僕が生まれる前、カミサマが言ったらしいんです。まだ幼く無垢な子供が相応しいって」

青年「難しい言葉知ってるのな」

少年「カミサマに教わりました」

青年「理由は聞いたりしてないのか?」

少年「一度カミサマに聞いたけど、ヒミツって言われました」

容易に想像できる光景だな。

青年「まあいいか、分かったよ、ありがとな」

少年「いえ、こちらこそごめんなさい。急にこんな事聞いて」

青年「気にすんな。俺は見ての通り死ぬほど暇でな」

少年「面白いかは分かりませんけど、本ならありますよ。奥の棚の中に」

青年「奥?」

少年の指さす方を見る。昨晩使った明かりやらが乗っている棚の下にあるようだ。

少年「難しい内容で僕は殆どわかりませんでしたけど」

青年「いいのか?勝手に読んだりして」

少年「大丈夫だと思いますよ。カミサマが何度か本の内容を教えてくれたんですけど、その時すごく雑に扱ってたので」

青年「お、おう。そうか」

少年「それでは、ありがとうございました」

青年「こっちこそありがとな」

少年が帰ってまた部屋に一人になった。

青年「そういやこの絵はなんなんだ」

棚のある壁には薄らとよく分からん絵が書いてあった。人のような何かが書いてある。

とにかく、やることも無いので早速棚を開け本を手に取ってみた。どうやらそこそこの数はあるようだった。

青年「ってなんだこれ」

手書きだ。荒くて読みにくい字だし、何よりなだこの本。古い紙を紐でたばねただけじゃねえか。

内容もやたら漢字が多いしで読めたもんじゃない。これ全部の本がこうなのか?そりゃ子供には無理だわ。俺も無理だわ。

荒潮「あらぁ?」

青年「おう、おかえり」

荒潮「あらあら、乙女の引き出し勝手に漁るなんて、いけない人ね~」

青年「引き出しじゃないだろ。それにこれ、何なんだ?」

荒潮「何って本よ。知らないの?」

青年「知ってるわ。ただこんな本は見た事ねぇ」

荒潮「古い本よ。とぉっても古い本。この世界がこうなるより前、艦娘や深海棲艦が生まれるよりももぉっと前の」

青年「…ひょっとしてこれめちゃくちゃ貴重な物だったりする?」

荒潮「どうかしらぁ。私には測り兼ねるけれど、それなりに貴重なんじゃないかしら~」

青年「一冊貰っていい?」

荒潮「だぁめ。そもそもこれを買うような人って今残っているの?」

青年「意外といるもんだよ。マニアって呼ばれる人と何度か取引したことはある」

荒潮「いつの時代もいるものなのねぇ」

青年「なんの本なんだこれ。あの少年に教えてたんだろ?」

荒潮「そんな事まで話していたのねぇ。これはぁ、カミサマの本よ」

青年「はあ?」

荒潮「嘘じゃないわよ。ここに居るカミサマの事やその教え、ここの歴史、祭事や儀式。色々書いてあるの」

青年「これ全部読んだのか」

荒潮「時間はたぁっぷりあるもの。それにカミサマが何なのか、勉強しなくちゃ分からないでしょ?」

青年「でもお前がそのカミサマなんだろ?」

荒潮「えぇそうよ。私がそのカミサマにならなくちゃいけないの」

んー?なんか噛み合ってないというか、相変わらず訳分からん。

青年「カミサマってどんなんだ?」

荒潮「さぁ。でもそこの壁の絵はカミサマの絵らしいわよ」

青年「これが?なんか化け物みたいだな」

荒潮「かもしれないわね」

青年「カミサマねえ…」

荒潮「退屈だったかしら?」

青年「正直な」

荒潮「ならぁ、こういうものもあるわよ~」

青年「紐?」

荒潮「あやとり、お手玉、おはじき、五目並べ。知ってるかしら」

青年「いや、どれも初めて聞いた」

荒潮「大丈夫よ~。時間ならあるもの」フフフ

青年「なんの道具なんだ?」

荒潮「遊びよ。どれも玩具。何からやろうかしら」

青年「ならその紐、あやとりってのが気になるな」

荒潮「あら、どうして?」

青年「紐はサバイバルにおいて重要な道具だ。扱いには慣れてるつもりだぜ」

荒潮「ならぁ今日はあやとりね~」

青年「その前にその着物着替えたらどうだ?」

荒潮「こういう遊びをするならぁこっちの方が合ってるじゃな~い」フフ

青年「なんだそりゃ」

それは初めての経験だった。

生きる為以外の知識。なんの意味もない遊び。

それでもこの時間は妙に楽しいと感じた。

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荒潮「はい、完成」

青年「おぉ。ハシゴって最大でいくつなんだ?」

荒潮「私はやり方を知らないけれどぉ、二桁はあるみたいね~」

青年「マジかよすげぇなあやとり」

荒潮「ホントよねぇ。一体誰が考えたのかしら」

青年「そういやぁハシゴといえば、前にちょっと事件があってな」

あやとりを教わりながら俺は旅で経験した事を少しづつ話してみた。

些細な事から命に関わるような大きなものまで。いつも旅先で酒を飲みかわしながら道中の話をするのと同じように。

そうしていくうちに、荒潮もぽつぽつとここの話をしてくれた。

祭事の事。作物の事。様々な事件や事故。

誰にでも話せるような雑談程度の俺の話に、荒潮も同じように返してくれた。

でも少しづつ、少しづつ、お互い核心的な部分に近づきつつあった。

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少年「失礼します」

青年「ありゃ」

荒潮「どうぞ~」

少年「お夕飯お持ちしまし…た」

二人あやとりをやっているところに夕飯が来た。

青年「もう夕方か」

荒潮「残念。続きはまた明日ねぇ」

少年「…どうぞ」

青年「?どうした?」

少年「なんでもないです!」

なんか睨まれた。え、なんで?なんかしたっけ?

荒潮「ふふふ」

うわすっげぇ楽しそうに嗤ってる。絶対ろくな事じゃない。

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荒潮「明かりはいるかしら?」

青年「勿体無いしいいよ。暗くなったら寝るもんだ」

夕飯を食べ日が沈む頃には布団に入る。見張りや罠を仕掛ける必要も無い安全な寝床だ。寝れるならさっさと寝るに限る。

荒潮「あら残念。私はもう少しお話したかったわぁ」

隣を向くと昨晩と同じく金色の双眸が俺を覗いていた。

青年「お話ねぇ」

眠くないのは確かだ。適当に話していればそのうち瞼もおりてくるだろう。

青年「艦娘に会ったことがある」

荒潮「…」

すんなりと言葉が出た。明るい内は何故か拒まれていた言葉が、不思議とあっさり口にできた。

青年「正確には会って話しただな。勿論艦娘つっても"もどき"の方だ」

荒潮「前にも言っていたわね、それ」

青年「鎮守府なんてとっくの昔に無くなってるからな。艦娘は建造できなくなってる。それをなんか無理やり呼び出す方法があるんだとさ」

荒潮「どうやって?」

青年「方法は知らない。でもそういう才能のあるやつは本物には大分性能は劣るが艦娘を呼べるんだとさ」

荒潮「呼んでどうするの?」

青年「色々だよ。俺が見かけるのはもっぱら護衛や深海棲艦(ヤツら)の討伐なんかを仕事にしてる傭兵や賞金稼ぎとかだな。他にも好きかって生きてるやつがいっぱい居る」

荒潮「ならいつか、この世界を救えるかもしれないのね」

青年「どうだろうな。別に皆世界をどうこうって考えて生きてるとは思わないけどな」

荒潮「そうねぇ。そうよね」

青年「以前話した艦娘が言ってたよ。深海棲艦(ヤツら)は思ってるよりも自分達に近い存在だって」

荒潮「それは、どういう意味かしら」

青年「さてね。それは教えてくれなかった」

荒潮「そう。残念ねぇ」

荒潮「艦娘を知っていたの」

暫くの沈黙の後、荒潮が話し始めた。

荒潮「青い海を、荒れ狂う波を、突き抜けるような空を、立ち上る雲を、打ち付ける飛沫を」

青年「海、か」

荒潮「私は自分が艦娘なんじゃないかと思っていたのよ。でもそれを証明する者が誰もいないの」

青年「カミサマだって、みんなそう言っていたな」

荒潮「ええ。カミサマよ。それはきっと違う。違うはずなのに私はカミサマなのよ。いっそそうなってしまおうかと思う事もあるわ」

俺の布団の中に荒潮の手が滑り込んできた。その小さな手をそっと掴んでみる。

荒潮「分かってしまうのよ。カミサマになるということは、とても冷たくて、深くて、暗くて、寂しいの」

言ってる事はさっぱり分からなかった。

だがこんな子供が20年以上も一人でこんな事をやっているんだとしたら、それは俺には想像もつかない何かがあるんだろう。

夜が静かになった。

青年「なあ、キスって何?」

荒潮「はぁ…」

ため息をつかれた。

荒潮「もっと他に話す事はないのかしら」

青年「正直今一番気になってる点でな」

荒潮「口付けの事よ。口と口を合わせて、接吻って奴」

青年「へぇ、キスって言うのか。英語?」

荒潮「英語、だと思うけれど。どうかしら。そこまでは知らないわ」

青年「なんでそんなの求めたんだよ」

荒潮「それ以上は聞かないで」

荒潮の声が遠ざかる。どうやら向こうを向いたらしい。

俺は静かに目を閉じた。

着物荒潮見て好きになりました

まだ続くんじゃ

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青年「!!」

目が覚めた。

というか覚ました。

日々のサバイバルのおかげで早起きは得意だからな。

横を見ると荒潮がすやすやと眠っていた。

青年「はっ」ニヤリ

体を起こし寝顔を覗く。

普段はその人を小馬鹿にしたような怪しげな笑みで誤魔化されているが、こうして見ると見た目相応だな。

子供らしい少しふっくら感の残る頬や鮮やかな唇。

青年「おーい」

荒潮「…ぁ…ン」

流石にこれじゃ起きないか。とはいえ外はそこそこ明るくなって来ている。こいつももう時期起きる時間だろう。

青年「そうだ」

こういうのは儀式的な意味があるらしい。結婚式とか主従関係とかそういう契約の際の。

ならばカミサマがそれを求めるのも分からなくもない、かもしれん。

荒潮「んー…ッ!?」チュッ

青年「あ、起きた」

荒潮「」パチクリ

青年「驚いたか?昨日の仕返しだ」

荒潮「ッ!」スポッ

恐ろしい速さで布団の中に潜った。

青年「お、おーい。荒潮?」

荒潮「…なんで」

青年「お前が昨日言ったんじゃないか。キスしたら話すって」

荒潮「あぁもう…」

暫く布団の中でモゾモゾとした後ゆっくりと上半身を起こした。

漸く出てきた荒潮はボサボサの髪と大層不満げな表情をしていた。

青年「なんで怒ってるんだよ」

荒潮「怒ってなんかないわよ」ジトー

その目は怒ってるだろ。

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荒潮「はい」スッ

青年「え」

荒潮「お願い」

青年「え、え?」

櫛を渡された。渡した本人は当然のように俺に背を向け正座で座った。

青年「これ、ちゃんと取引になってるんだよな」

荒潮「なってるわよ~。朝乙女にイタズラを働いたバツとしてねぇ」

青年「…」

思ったより動揺していた荒潮を見て正直ちょっと悪い気はしていたのでここは大人しく従おう。

髪に櫛を入れる。横から差す朝日に透き通る茶髪は恐ろしく滑らかだった。

青年「手入れとかしてるのか?」

荒潮「何もしてないわよ。朝起きて、櫛で梳かすだけ」

青年「そりゃすげぇ。こんな綺麗な髪見た事ない」

荒潮「私、変わらないのよ」

青年「何が」

荒潮「私自身がよ」

青年「髪の毛の事か?」

荒潮「それだけじゃないわ~。頭のてっぺんから小指の先まで。全て30年前のあの時と変わらないのよ」

青年「不老不死?」

荒潮「不老はそうかもしれないわねぇ。不死は、どうかしら」

青年「あまり確かめたくはない所だな」

荒潮「そうね」グラッ
青年「おっと」

荒潮が体をこちらに倒してきた。正座から膝を抱え込むような形で座り、頭を俺の胸に預けた。

荒潮「艦娘って死ぬのかしら」

青年「さぁな。外的な要因では死ぬらしいけど、老いはどうだろう。なんせこんな世界になってまだ30年も経ってないからな。老いで死んだって話は聞かない」

荒潮「なら私、ずっとこのままかもしれないのねぇ」

青年「それは、いい事なのかな」

荒潮「どうかしら。別に望みはしないけれど」

真下を見る。

荒潮の頭が見える。つむじがある。

意外としっかりしている足と、それを抱え込む細い腕も。

青年「子供のままってのはもったいない気がするな」

荒潮「あら、どうしてかしら~」

青年「絶対美人になれるぜ」

荒潮「そうかしら」

そう言いつつ足を伸ばし、伸ばした足先を手で触れた。

青年「柔らかいな」

荒潮「大人になりたい訳じゃないけれどぉ、身長はあった方が便利ね~」

青年「それもそうか」

荒潮「さて。朝食にしましょ~」スッ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

荒潮「こんな風に」スッスッ

青年「すげぇ…」

朝食を終え昨日の続きをしていた。

荒潮「上手い人は十個以上でも出来るらしいわよ~」

青年「二個でも難しいんだが」

荒潮「お手玉初心者だもの。仕方ないわよ」

青年「…あの少年は幾つだ?」

荒潮「どうしてあの子が?」

青年「あの子ともやってるんだろ?ちょっと気になって」

荒潮「あらあらぁ?対抗心でも燃やしているのかしらあ?子供にぃ?」

青年「ち、ちげぇよ!」

荒潮「ちなみにあの子も二個よ」

青年「よし」

荒潮「思いっきり対抗心じゃない」

青年「そういやなんであの子も呼ばないんだ?どうせなら三人でやればいいじゃないか。あーあれか、俺にあんまり接触して欲しくないからか」

荒潮「それもあるけれどぉ、んー…やっぱり秘密」

青年「おいおい」

荒潮「私にとってあの子は今唯一カミサマ以外で話せる相手だもの。特別よ、特別」

青年「特別ねぇ」

つまり俺にも特別な何かの話をしろと。そういう事だろう。

二つのお手玉を慎重に放りながら少し考える。

青年「俺師匠がいるんだよ」

荒潮「師匠?」

青年「いるっつーかいたっつーか。元々孤児でさ。師匠に拾われて、偏った教育されたんだ」

荒潮「師匠って男性かしら」

青年「いんや女だ。酒癖の酷いチビでな。人に商人としての教育ばかりしたあげく18歳の誕生日に合格って書いた紙だけ置いて消えやがった」

荒潮「随分適当な卒業式ねぇ」

青年「適当どころじゃねぇよ。教育内容偏り過ぎてて、最初一人じゃなんも出来なかったよ。卒業一週間で死にかけたよ」

荒潮「空腹かしらぁ。それとも深海棲艦?」

青年「両方だな。結局まともな生き方教えてくれたのはその時であった旅の人だった」

荒潮「ん~なんかその言い方だと、貴方の師匠って」

青年「クソ野郎だったな」

荒潮「酷い言いようねぇ。育ての親でしょうに」

青年「親だよ。感謝もしてる。それはそれとして許さん」

荒潮「師匠に会いたい?」

青年「…あまり会いたくはないな。でも、死ぬ迄に一度は会いたい。そんな感じだ」

荒潮「どんなひとたったのかしら」

青年「白っぽい癖のあるブロンドの長髪でさ、まつ毛が長くて綺麗だった。でも眉は太かったな。黙ってりゃ人形みたいな可憐さで、おっとりした喋り方で…頭のおかしい人だった。あと常に酔ってた」

荒潮「その人の前だと、きっと貴方は今ここにいる自分とは違う自分なのでしょうねぇ」

青年「…そうだな。なんやかんやで俺にとっての親はあの人で、あの人といる時の俺は子供だよ」

荒潮「私もよ」

青年「は?」

荒潮「カミサマ以外の私。荒潮でいられる相手が欲しいの」

そう言って真っ直ぐこちらを見つめる。

荒潮「大人は皆理解してしまうのよ。私が人でない事を。カミサマとして、触れてはいけない存在だと」

青年「それはまあなんとなくわかるかな」

荒潮「子供はそういう事を理解できないから。私を怖いと思いつつ、怖いもの見たさで触れてしまうのよ」

外に行きたがっていた少年を思い出した。人間好奇心には勝てないな。

荒潮「だからあの子に対しては触れてはいけないカミサマではなくて、触れることの出来る荒潮でいたいの」

青年「なら尚のこと呼べばいいのに」

荒潮「だって可愛いじゃなぁい」

青年「え」

荒潮「私という特別な存在が急に現れた貴方に取られる。今頃一人悶々としているんじゃないかしらぁ」

青年「あーあの不可解な行動の原因はそれか」

荒潮「そして貴方が居なくなったあと、私との関係をより強く意識するようになってしまう。素敵じゃない?」

青年「悪魔かてめぇ。あの少年手篭めにでもする気か」

荒潮「そこまではしないわよぉ。私だって弁えてるわ」

青年「何を?」

荒潮「はいっ」ヒョィッ

青年「うわ」

荒潮「あら残念」

青年「三つは無理だって」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

青年「いつもこうして暇つぶしてるのか?」

荒潮「いつもは、そうねぇ。あの子と遊んでる以外は寝てるわね~」

青年「寝てる?今頃でも?」

荒潮「えぇ。でも人間の寝るとは違うと思うわぁ。ボーッとする感じ、かしらねぇ」

青年「それって寝てるのとは違うのか?」

荒潮「ならやって見ましょうか」

荒潮が座布団を二つ取り出す。

荒潮「ほら、座って座って」

青年「俺もか」

荒潮「当たり前じゃない。これはねぇ、坐禅、と言うのよ~」

青年「ざぜん」

荒潮「本に書いてあったの。まずはこうして座ってぇ」

青年「正座じゃなきゃダメか、これ」

荒潮「え?あらぁ?正座苦手なのかしら~?」

青年「あんな座り方得意な方がおかしいんだよ」

荒潮「大丈夫よ。座り方はなんでもいいわ。大事なのはここからよ」

青年「そりゃよかった」

荒潮「後はただじっとするだけ。何も考えずに空っぽになるの」

青年「…それだけ?」

荒潮「それだけよ?」

青年「いやいやそれが難しいって話だろ。何も考えないなんて」

荒潮「まあ難しいのはそうなんでしょうねぇ。座禅って修行の一環だったらしいもの」

青年「荒潮は修行したのか?」

荒潮「私は最初からできたわ。ほら、カミサマだもの」ドヤァ

青年「へー」

荒潮「あら、疑ってるわねぇ。ならお手本を見せてあげる」

荒潮が目を瞑り、大きく息を吸って吐く。

まるで置物のように綺麗な姿勢のままゆっくりと目を開ける。

寝ぼけているかのような半開きの瞼の裏に虚ろな瞳が見える。

青年「…」

荒潮「…」

青年「え、これもう始まってるのか?」

荒潮「…」

青年「おーい、荒潮。おーい?」

荒潮「…」

青年「…」

目の前で手を振ってみる。瞳はピクリとも反応しなかった。

いやしかしこれだけではまだからかわれているだけの可能性がある、というかその方が有り得る。

青年「なぁ、これ本人以外からじゃ出来てるか分からなくないか?」

とりあえず荒潮の肩に手を置いて根本的な疑問を投げかける。

だがここで違和感があった。

青年「荒潮?」

別に手の感触におかしな点はなかった。ただ、なんと言うか、生き物に触れている気がしなかった。

少し怖くなってゆっくりと手を肩から首筋にズラす。そこでハッキリと気付いた。気付いてしまった。

"心音がしない"

青年「!?」バッ

慌てて手を離し半ば引っ繰り返るような形で距離を取る。

なんだ?今、何に触れた?いや、むしろ"今まで触れていたこいつは何なんだ?"

畳の独特の匂い、古い木造建築の妙な空気、閉じられたこの塔の中に鎮座する目の前の何か。

色んなものがいっぺんに自分の中に入ってきてわけがわからなくなった。

自分の掌を見つめながら混乱する思考をどうにかまとめようとしていた時だった、

荒潮「ビックリ、させちゃったかしら」

声がした。

顔を上げるとそこにはいつもの荒潮がいた。

愉しそうに笑う口と、少し寂しそうにこちらを見つめる瞳。

青年「荒潮、生きてるのか?」

荒潮「さぁ、どうかしらねぇ。私ではそれを証明できないもの」

荒潮「ふふ、驚いたちゃったかしら~。それとも怖かった?そんな顔キャッ!?」

抱き着いて、抱きしめた。

あの夜と同じく、荒潮の顔を胸に抱いて。

荒潮「ちょっと、急に何」
青年「荒潮!」
荒潮「は、はい」

自分の心臓の音がうるさかった。それでも集中して耳を澄ます。

荒潮からも、微かにだが俺と同じように小刻みに震える心音が聞こえてきた。

青年「…ビックリした」

荒潮「…私もよ」

互いの鼓動が落ち着くまで、なんとなくそのままじっとしていた。

荒潮「私、人じゃないのよ」

青年「知ってたよ。でも、ここまでとは思ってなかった」

荒潮「神様だもの」

青年「そう、らしいな」

荒潮「少し待っててちょうだい」

荒潮が体を離して部屋の奥へ行く。祭壇のような場所から何かを持ってきた。

青年「なんだそれ」

荒潮「短刀よ。儀式用のだけれど。こっちは升」

青年「ます?」

荒潮「見ていればわかるわ」

正座をして目の前にますとかいう入れ物を置いた。短刀で何をするんだ?

そんな悠長なことを考えている俺の目の前で、

荒潮は右手首を担当で切りつけた。

青年「は?」

あまりに唐突で理解不能な行動に思考が停止する。

だから手首から血がますに向けて滴り落ちるのを見ることしか出来なかった。

荒潮「こんなものかしら」

幾らか血を流した後手首の傷を自らで舐める。

青年「何、してんだ、お前」

荒潮「儀式よ。この村の人々が享受している、私というカミサマの力よ」

そう言って血の入ったますを差し出してきた。

思わず目を背けてしまう。

荒潮「大丈夫よ。あなたが思っている物じゃないわ」

荒潮が俺の目の前でますを少し振った。

ザッという音がした。細かい粒が擦れる音が。

青年「これは、米?」

荒潮「そうよ。私の作ったお米」

荒潮が右手を振る。手首の傷はもうふさがっていた。

青年「俺が食った米も、これなのか…?」

荒潮「そうよ」

青年「こんな事して、大量に米を…?」

荒潮「たまにだけれどね。流石にそういう時は暫く動けなくなるけれど」

青年「なんで、なんでこんな…」

荒潮「さぁ、どうしてかしらねぇ」

傷付いていたはずの右手をそっと掴んだ。小さくて柔らかいその手に、やはり傷はない。

荒潮「試してみる?」

青年「!!」

再び荒潮を抱き締めた。怖くて、強く抱き締めた。

こうしているとただの子供だ。他の人と何ら変わらない。

そう思ってないと頭がおかしくなりそうだった。

荒潮「言ったでしょう。私、人じゃないよ」

手でそっと押された。荒潮が俺から数歩離れる。

荒潮の後ろに例の壁が見える。神様の絵が。

荒潮「このまま首や臓腑を引き裂いても、果たして死ぬかどうか怪しいものよねぇ」

青年「なんで、そんな事まで俺に話すんだよ」

荒潮「あら、てっきり知りたいのだと思ってたわぁ。迷惑だったかしら」

青年「知らずにいれば、と思わずにはいられねぇよ」

荒潮「ふふふ、そう」

何でこんな話をしたんだろうか。

何で俺を突き放すようにするんだろうか。

最上んごめん設計図無かったよ…

元ネタはSEKIROのお米ちゃん

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