【艦これ】しおい「人魚」 (29)

船のエンジンを止め、港に付ける。

かなり小さいタイプの船のはずだがそれが気にならないほどにこの島の港は小さかった。

すぐにでも動かせるようにビットに軽くロープをかけ船を降りる。

降り注ぐ夏の日差しは容赦なく地上を焼いていくが海を撫でる潮風がそれを和らげてくれていた。

港に、他の船はなかった。


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小さな島だ。この港も港というよりは単に船着場と言うべきか。

船着場から石階段を数段上がればそこには道路が一本走っており、向かい側には民家が並んでいる。

もっとも軒並み焼け落ち、崩れ去り、倒壊しているが。まともなのは島の奥にある学校らしき建物くらいか。

そんな廃墟もこうして年月が過ぎ草木に覆われると何処か穏やかな雰囲気を感じさせるのだから不思議だ。

船着場前の一軒だけ妙にキレイな家があったが、壊れていないと言うだけでこちらも見事に緑に飲まれていた。

一本道を見渡す。

島を横断するように走るこの道は奥の学校のほうまで伸びているようだ。

この島にある高い場所はあの学校か道路を挟んで反対側の方にある山くらいだ。とりあえずはあの学校の上にでも

男「!?」バッ

咄嗟に今しがた登った階段を飛び降り船着場の影に身を隠す。

人影が見えたからだ。陽炎揺らめく一本道の奥に。

リュックから双眼鏡を取り出す。

船着場から頭だけを出し再び一本道を見渡す。

いない。

見間違いか?

そうであって欲しいがそんな楽観的な思考が許されるならこんな所に偵察には来ていない。

まずいな。

もし本当に人なら嬉しい事だがそうでない場合が問題だ。

もし今のが人でないなら、それは人型深海棲艦(オニ)という事になる。

非人間型深海棲艦(ケモノ)とは訳が違う。出くわしても海に逃げればいいという訳には行かない。

ケモノと違い知性があるからだ。

深海棲艦(ヤツら)は海には来れないとはいえ攻撃手段が無いわけじゃないのだ。

「偵察は正解だったかもな」

出来ればこのまま陸地での偵察で済ませたかったが可能性が出てきた以上はしょうがない。

ロープを外し再び船を出す。

本土から数キロ。泳ぎに自信がある者なら難なく渡れる距離にある小さな島。

そこが今回の目的地。

陸で暴れ多くの人間を殺し、現在進行形で人の生活圏を脅かす深海棲艦。

洋上の人工島だけでは限界がある。

やはり人間には安全な陸地が必要だ。

今回の偵察はそのためのものだ。

たいした大きさではないが本土から海で仕切られているため深海棲艦は容易には渡ってこれないはすだ。

陸地奪還の足がかりの一つくらいにはなるかもと思っていたが、まさかさっそく躓くとは。

島と本土の丁度中間あたりで船を止める。

ここで夜まで待つとするか。

リュックから袋を取り出す。

サンドイッチ。これが今日の昼食だ。…下手をすればこれが最後の晩餐だ。

そう考えると随分寂しい食事だがしっかり味わっておかねば。

白いパンに白いレタスと白っぽい人工肉。この何もかも真っ白な四角は正直嫌いじゃない。

ふと後ろを見る。

ここから見える本土は殆ど山で何もない。

そういえば昔のレタスはあんな感じで緑色だったと聞く。あんな気持ち悪い色のをよく食べてたもんだ。

雲一つない青空。

穏やかな海。

心地よい海風。

程よい船の揺れに身を任せながら昼食。

陸なんかほっぽってこうして海上で暮らせたらどんなに楽か。

ではいただきm
「あ゜ーーーー!!!」
男「うわっ!?」ガタッ

目の前。しかも海の中から声がした。

まるで頭の上から突き抜けるかのような、少なくとも喉から発したとは思えないような声が。

まさに青天の霹靂。

驚きのあまり体が後ろに崩れ、船が揺れる。

なんとかバランスを取ろうとした拍子に手に持っていたサンドイッチが宙を舞う


あぁ…さらば我が晩餐…

「おっと!あーびっくりしたぁ」

男「…はぁ?」

幸いにもサンドイッチは海にではなく手の上に落ちた。

海水で濡れた茶色のポニーテール。

程よく日に焼けた、華奢で、しかしそれでいてスラリと長く靱やかさを感じさせる腕。

ダイバースーツ?というには妙に肌の露出が多い変な装備。

先程の声は海からではなく、今船の縁から上半身だけ覗かせているこの少女が発したものだったようだ。

なんなんだ?どう見ても12歳かそこらの子供だ。

「ねぇねぇ、これサンドイッチ?」

男「お、おう」

「おぉ~。白いね!」

男「サンドイッチ、だからな…」

俺は人魚に出会った。

「…」ジー

男「とりあえずそれ返せ」

「…」ジー

ひたすらにサンドイッチを凝視する人魚。

男「あげねぇぞ!俺の昼食なんだからな!」

「私がキャッチしなかったら今頃魚のエサだったよ?」

男「それは…ってお前が急に脅かすから手放しちまったんだろうが!」

「えーだってぇ、珍しかったから」

男「何がだよ」

「人が」

男「…そりゃまあこんな所に人は来ねえだろ」

「そうだよねぇ」

船の縁に顔を乗せニヘラと崩れるような笑みを浮かべる。

少女には似合わないその表情が気になった。

男「はぁ。わかったわかった、一口だけな」

「ホントに!?ありがとぉ」

男「…一口ってもアレだぞ!大口で一気にとかなしだからな!」

「うっ、ちぇーわかったよぉ」

ヤル気だったな…これだからガキは。

「んー味は割とサンドイッチだね」

男「だからサンドイッチだってつってるだろ」

「これレタス?」

男「レタス」

「ふにゃふにゃだ」

男「レタスだからな」

「それに白い」

男「レタスだからだよ」

「変なの」

変なのはお前だ。

「はい。ありがと」

男「おう。…なんな少しふやけてるな」

「あー手濡れてたからかな」

男「それしかねぇだろ」

「塩味プラスって事で!」

男「もう絶対あげねぇ」

「えーおじさんケチんぼだなぁ」

男「別にケチじゃ、待て今おじさんと言ったか?」

「?」

男「俺はまだ25だ!お兄さんと呼べ!」

「でも大人なんでしょ?」

男「そりゃな」

「じゃあおじさんだ」

男「どういうこったい」

子供の考える事は分からん。

「おじ、お兄さんはこんな所で何してるの?」

男「言い直したよな?今言い直したよな?」

「細かい事は気にしない気にしない」

男「…見張りだよ。あの島の」

「島の?なんで?」

男「ケモノがいるかもしれないだろ?」

「獣?そりゃいるかもしれないけど、そんなに警戒する程?」

男「確かにケモノだけじゃここまで大袈裟にはしないさ。だけどさっき妙な影が見えた気がしてな」

「ふーん。慎重なんだね」

男「命懸けだからな」

男「いやそれよりお前は何してんだこんな所で?」

「何って、うーんなんだろ?改めて聞かれると困るなあ」

男「どういう事だよ…」

改めて周囲を見渡す。

他に人影は見当たらない。まさかこんな子供が一人でいるとは思えないが。

男「何処から来たんだ?」

「それもまた難しい質問だね。我々は何処から来て何処へゆくのか」

賢しら顔で変なことを言い出す。

男「何訳の分からんことを」

「知らないの?まぁいっか」

男「お前親は何処だ?さっさと帰った方がいいぞ」

「親、うーん誰を親と言うべきかなぁ。私の元って事なら、多分海の底だろうし」

男「あぁ…そっか」

薮蛇だったか。このご時世珍しい話でもないが、子供に聞くには酷な話だった。

男「ところでその、なんだ、スーツ?はなんなんだ?」

適当に話題を逸らす。

「これ?スク水だよ。知らないの?」

男「スクミズ?」

仮にも軍人だ。装備やそれを作る会社の名前なんかは大体知っているがそんな名は聞いたことが無い。

下に着ている黒い部分はその露出度を除けばダイバースーツに近いもののようだ。

しかしその上に着ている白い部分。オレンジの襟のようなものもあるそれは以前見たセーラー服ってやつを彷彿とさせる。

「スクール水着ってやつ。機能美溢れる素敵な水着なんだよ」

そう言って着ているスーツをなぞってみせる。女性らしさはまだない幼い体だが、矮躯を強調させるその仕草に不覚にもドキッとしてしまう。

男「水着?それがか?しかもスクールって学校だよな」

「そうそう。昔は学校でこれ着てたんだって。私は行ってないから聞いた話なんだけどね」

まだ学校があった時代って事は俺が生まれる前って事か。

パンドラ事件は今から30近く前だから、それ以前の話。

そりゃこんなガキが知るわけもない。

って事は何処かで拾ったかなんかした物をこいつが着てるって事か。

男「ごちそうさま」

「お昼サンドイッチだけなの?」

男「携帯食糧しかなくてな」

「私はカレーがいいなぁ。お昼はカレーでしょカレー」

男「そんな贅沢できるか」

「あ、ねえねえ。私も船に上がっていい?」

男「あー、まあいいか。おう」

「やった!それじゃおじゃましまーす」

浮いてる船に、それもこんな小さな船に海から上がるというのは実は意外と難しい。

穏やかな海とはいえ決して揺れが無いわけじゃないし、小さい船だと下手すれば転覆しかねない。

しかし手を貸してやろうと思ったがこのガキ、妙に慣れていて自分一人でスルリと上がってきた。

こうして全身を見てみると意外と背が高いことが分かる。

というより足と手が長い、という感じか。健康的な褐色に染った身体。スクミズとやらから僅かに除く白い肌がそれを強調する。

男「そういやまだ名前聞いてなかったな」

「あーそっか名前かぁ。なんかすっかり忘れてたね」

先程からずっと上半身を日に晒していたためか既に乾き始めてきたそのふっくらとした髪が彼女の丸い顔をさらに際立たせる。

幸いにも魚ではなかった下半身だが、手とは違い子供特有の柔らかさを保った太さが力強さを感じさせ、水滴が流れ落ちる小麦色の肌はまるで鱗のように艶やかだった。

「私は、えっとね…しおい!しおいっていうんだ!よろしくね」

男「お、おう。俺は」

テンプレ的な自己紹介をしながら彼女の胸元を注視する。

勿論ガキの胸に興味があるわけじゃない。

スクミズとやらのまるでペンで書いたようなだっさい数字が気になったのだ。

【401】。しおいだからか?その前に着いている【イ】ってなんだ?

聞いたら面倒くさそうだし別にいいか。

男「なあしおい。お前ここら辺長いのか?」

しおい「うん。結構」グイッ

長時間泳いでいたからかストレッチを始めやがった。船の上で。

男「あの島に誰か渡ってったりしてたか?」

しおい「んー、一日中見てるわけじゃないけど、少なくとも私が知る限りはだぁれもいない」グッ

やはり長いな手足。子供って皆こんな感じだったっけ?

男「誰もか」

しおい「うん。長い事人なんて見てなかった。だからおに、おじさんが珍しくって」

上半身を大きく回す。船の上なのによくバランス保てるものだ。

男「そうか。なあ今なんで言い直したんだ?それでよかったろなあ?」

しおい「お兄さんはどうしてあの島に?」フゥ

どうやらストレッチは終わりらしい。

男「陸地に前線基地みたいなのが必要でな。そのために安全な土地を探してんだよ。その候補のひとつがあそこ」

しおい「へぇー大変なんだねぇ」

男「ホントにな」

しおい「ここからずっと見張るの?」クイッ

今度は片足立ちを始めた。

男「いや、夜まで待つだけだ。ヤツら夜だと鈍いからな」

最もそうでない深海棲艦もいるらしいが。特にオニは。

しおい「そうなの?夜こそ怖そうな感じがするけど」

そのままクルクルと回り始める。何してんだこいつ?

男「そりゃ何も用意がなけりゃ怖いけど、装備があれば問題は無いさ」

しおい「ふーん。獣なんて私出会ったことないしなぁ。いや、なくもない、のかな?」

やけに楽しそうに回る。

男「幸運だな。最悪オニがいるかもしれんし」

しおい「鬼!?鬼が出るの!?」

片足立ちのまま妙なポーズで驚きを表す。うん、このバランス感覚は確かにすごい。

男「かもしれないって話だ。だが可能性があるなら警戒するに越したことはない」

しおい「はぇ~そんな化け物まで出るようになってるんだぁ。世の中広いね」

結局片足立ちで落ち着いたのかそのままの姿勢で話を続ける。

男「感心する事かよ。もしいるなら排除しなくちゃならんわけだし」

しおい「排除するの?」

男「そりゃそうだろ」

しおい「モノノ怪だから?」

男「モノノ怪って、まあ間違いじゃないか。オニは人語を話すやつすらいるって話だ。知能も高い。危険だろ」

しおい「ふーん」

島を見つめるしおい。彼女が何を考えているのか、俺にはわからない。

しおい「怖い?」

男「…まあそれなりに」

しおい「人間より?」

男「…」

島を見つめる俺は、なんと返していいかわからない。

しおい「人間って怖いよ」

急にしゃがみこむしおい。彼女にも、何かそう思ってしまうような事があったのだろうか。

男「…そうだな」

心当たりは俺だってある。

パンドラ事件がまさにそれだ。

かつての人類は核兵器を持ち寄って星ごと自滅しようって所までいったことがあったらしい。幸いそれは未遂に終わったようだが。

だが、結局人間は自分で自分の首を絞めた。

こうしてヤツらが陸を闊歩しているのも、人類が陸を追われているのも全て人間の自業自得だ。

パンドラの箱を開けたから。

深海棲艦を、あろう事か自分達で支配しようとしたから。

しおい「人はね、願いを叶える力があるんだ。良くも悪くも」

男「なるほどね。言い得て妙だな」

しおい「キミもだよ?」

男「え?」

しおい「キミにも、願いを叶えてしまう力がある」

こちらを見つめる幼い瞳の、そのゾッとするような深さに言葉が出なかった。

しおい「ねえおじいさん」

男「なんで混ぜた。なんでお兄さんとおじさん混ぜた。結果的にすげぇ歳食ってるじゃねえか」

しおい「軍人なんでしょ?さっき言ってた人工島とかそういう話もっと聞かせてよ」

男「いやでも、はあ…まあいいか。夜までさほどやることも無いし」

しおい「やったね!」ピョン

船の上で今日にジャンプする。落ち着きがないな子供ってのは。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

男「夕暮れか」

しおい「結構時間経ったね」

男「お前ももう戻った方がいいぞ。こっから日が落ちるのは早い」

しおい「戻るって言われてもなぁ」

男「親…じゃなくて、誰かいるだろ?」

しおい「居なくなっちゃった」

男「いなく?」

しおい「うん。割と前に」

男「お前、今は一人なのか?本当に、誰一人もなしにか?」

しおい「そだよ」

事も無げに言う。

一人だと?こんな子供が?

何よりもかつて一人じゃなかったのに、それを失っているだと?

男「お前、今までどうやって…」

しおい「んーなんかテキトーに」

男「テキトーってそんな簡単に…」

しおい「なんとかなるものだよ?過ぎてみたらあっという間だもん」

もし今から自分一人で生きていけるかと言われたら、俺には無理だ。

衣食住とかそういった面でも大変だが、それ以上に一人でという点が、生き物としてではなく人として、きっと無理だ。

男「…なあ、俺と来ないか?」

しおい「え?」

男「養える程甲斐性があるわけじゃないが、お前の居場所を探すことくらいは出来ると思うぞ」

しおい「…」

心底意外そうな顔でこちらを見つめてくる。

男「ど、どうだ?」

彼女が心配だった。いやそれ以上に彼女をここに置いて行ってしまうことに俺自身が耐えられないと、そう思った。

しおい「ありがと。でもね、私ここからは離れられないんだ」

男「なんでだよ!ここでたった一人だぞ?」

しおい「約束があるんだ。あんまりいいものじゃないかもだけど、約束は約束だから」

男「約束?」

誰かを待っているのか?でもだとしたら、その誰かはきっともう…

しおい「じゃ、私そろそろ行くね」

船の先頭で夕日を背にして立つ。

紅くボヤける彼女の輪郭はまるで今にも溶けて消えてしまいそうな儚さを、何より危うさを感じさせる。

男「なら、ならせめて一緒に島に」

手を伸ばした。彼女を繋ぎ止めようと。

ここで彼女を手放したらその喪失感にきっと俺は耐えられない!

しおい「おっと」スッ

一歩。しおいが一歩だけ後ろに下がる。

たったそれだけで伸ばした手が空を切る。

僅かに一歩届かない。

遥かに一歩届かない。

しおい「へへ」

笑う。やさしく笑う。彼女はあくまで笑う。

男「…」

あぁ、そうか。

俺じゃあ無理か。

俺は伸ばした手を下ろした。

彼女の笑顔を見て、不思議と俺はすんなりと手を下ろせた。

しおい「そんなにひとりが寂しいの?」

男「うるせー。最初から一人で偵察に来てたんだ。今更気にするかよ」

しおい「なら良かった。あーでもでも、もし寂しくなったら図書館を訪ねるといいよ」

男「図書館?」

しおい「うん。学校は見たでしょ?そこの反対側にあるちっちゃいやつがそう」

男「なんだよ、人でも住んでるのか?」

しおい「人なんていないよ」

また一歩一歩船の先、縁の縁まで下がっていく。

しおい「ここら辺は、もうだぁれもいないんだ!」フッ

沈んだ。

水平線に沈む夕陽よりも早く、しおいは沈んだ。

チャプン、と。人一人が飛び込んだにしては不自然に小さい音がした。

男「!!」

慌ててしおいの飛び込んだに所に駆け寄る。

しかしそこには静かに揺れる海面があるだけで彼女の姿はどこにもなかった。

ただしおいのオレンジ色だけが辺りを染めあげていた。


男「幽霊でも見たのか?俺は」


あるい白昼夢か。

まあいい。

今にも海に落ちそうな夕日に焦がれ焦がされながら再び船を島へ向かわせる。

終わらないし続かない

暑さと勢いに任せて
あまり深くは考えてないのでしおいがエロいなって思ってくれれば嬉しいです

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