【艦これ】北上「笠地蔵」 (27)

【艦これ】しおい「人魚」
【艦これ】しおい「人魚」 - SSまとめ速報
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の続き、ではないですが地続きみたいな話

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1565713898

大井「…」

ピンク色の傘を差した少女はある一点をじっと見つめていた。

じっと動かないその明るめの茶髪のセミロングに傘のピンクが僅かに紅く透けている。

大井「…」

雨の中で着るには随分と薄着をしていたが、日本特有のジメッとした夏の暑さに対しては丁度いいようだ。

大井「…」チラ

手元を見る。

左肩には今しがた店で購入した食材を入れたバック。

そして右手には新品の黒い傘がある。

大井「んー…」

人通りの一切ない田舎道のど真ん中で何やら必死に考えているようだ。

大井「はい」

「ん?」

黒い傘を差し出した。

朽ち果て最早雨宿りすら出来なくなったかつてバス停だったであろう小さな小屋にじっと座っていた少女に。

大井「濡れますよ」

「…もう、びしゃびしゃなんだけどね」

大井「なら、それ以上濡れないように」

「…なんで私に?」

大井「なんでと言われると…」

言葉に詰まった。確かに何か理由はあった。

しかしそれを言葉にすることが出来なかった。

大井「何となくですよ何となく」

「せっかくの傘を貸しちゃっていいの?」

大井「それは、良くは、ないんですけど…」

差し出した傘を少し引っ込める。

この傘は必要だから買ったものだ。当然あげていいわけはない。

だがそれと同じくらい目の前の彼女を放っておけなかった。

「ならいらないよ」

大井「貴方、ここにいなきゃいけない理由が何かあるんですか?」

「いんや。何もする理由がないからとりあえず座ってたんだ」

大井「だったら!」

再びずいと、先程よりも自信たっぷりに傘を差し出す。

大井「歩きませんか?私今あちらの市場からの帰りで、向こうの方に帰るんです」

「歩きって、まあいっか。うん。いいよ」

少女が傘を受け取った。

雨に濡れより深みを増した、傘と同じ黒い髪。左右のおさげや三つ編みもまるで墨汁を吸い上げた筆のようになっている。

薄緑だった半袖のセーラー服も濡れた事で濃くなっていた。

「よっと」

ベンチから立ち上がり傘を差す。

茶色と緑ばかりの田舎道に、黒とピンクが並んだ。

大井「私大井っていうんです。貴方は?」

北上「大井…へぇ。私は北上。よろしくね大井っち」

大井「はい、よろし…え、大井っち?」

北上「どったの大井っち」

大井「いえその、どうして大井っちなんです?」

北上「え~大井っちは大井っちだよ」

大井「えぇ…」

北上「ふふ、大井っちはいつも大井っちなんだぁ」

大井「はぁ…」

イマイチ要領を得ない回答に首を傾げる大井を他所に黒い傘を嬉しそうに振り回す。

傘を振り回す。

それは傘の柄を軸にクルクルと回すということでは無い。

雨水から体を守るという目的を一切無視して文字通り本当に傘を振り回しているのだ。

右へ左へ上へ下へ。開いた傘が風の抵抗で不規則に揺れるのを楽しむ様にフラフラと。

大井「あの、北上さん」

北上「ん?なになに」

大井「傘、差さないんですか?」

北上「え、差してるじゃん」

大井「そうじゃなくて、こうやってちゃんとって事です」

北上「あー水かかってた?ゴメンゴメン。そのバック濡れちゃ不味いものとか入ってるの?」

大井「そうじゃなくて!体、濡れますよ」

北上「そりゃあ、雨だもん。濡れるでしょ?」

何を当たり前の事を言ってるんだ、とでも言いたげな表情をする。

ここでようやく大井は理解した。彼女にとってはそうなのだ。

雨が降れば濡れる。彼女とってそれはそれだけの事でありそれ以上でもそれ以下でもないのだ。

大井「…」

根本的に何かが違う。

あのバス停でじっと座っていた時からもそうだった。

その思考は人間のそれと何か決定的にズレていると、そう思った。

大井「ともかく、傘はこうやって普通に差してください。それともそれ壊すつもりですか?貴重品なんですから」

北上「貴重品?傘が?」

大井「もう作られてはいないでしょうからね。ある意味食料よりも貴重です。だから大切にしてください」

北上「はーい。でもなんで傘二本も持ってたの?新品って言ってたけどそのピンクのもまだ新しいよね」

大井「連れがいるんです。その人の分で」

北上「男か」ニヤリ

大井「まあそうですけれどその言い方はやめてください」

北上「そっちのバックは?」

大井「食料です。本当はもう少し買う予定だったのですけれど、思ったより品数が少なくて」

北上「へえ。不作だったのかな」

大井「それも当然ありますけど、どうにも輸送途中深海棲艦に襲われた店があるそうで」

北上「深海棲艦?ここら辺海ないよ」

辺りを見渡す。

左には山。右には人の手を離れ緑で覆われた田んぼだったもの。その奥にはまた山。

大井「え?えぇ、海がないから深海棲艦を避ける方法がないんですよ」

北上「ん?」

大井「え?」

北上「深海棲艦って陸にいるの?」

大井「むしろ海になんていませんよ。半世紀前ならともかく。そんなのを未だに深海棲艦なんて呼んでるのは確かにおかしいですけれどね」

北上「…そっか。そっかぁ」

大井「…北上さん?」

北上「いんや、なんでもないよ」

大井「…」

北上「うん。なんでも、何にもないよ。なくなった」

大井「はぁ…」

納得いかないという表情を隠さない大井。

だがそれでも得体の知れなさが逆にそれ以上踏み込むことを彼女に躊躇させた。

北上「その男の人とは来なかったの?」

大井「ちょっと理由がありまして。あまり迂闊に外出歩けないんです」

北上「駆け落ちってやつ?」

大井「 違 い ま す 。それに何かあっても私一人の方が安全ですし」

北上「何で?」

大井「これでも私艦娘ですから。あ、でも内緒ですよこれ」

北上「それは知ってるけど」

大井「え、知ってる?なんで、何処で気づいたんですか!?」

北上「気づいたって言うか知ってたって言うか…えっとじゃあ、シンパシーって事で」

大井「じゃあ、まさか北上さんも!?」

北上「そりゃもちろん。というか気づかなかったの?」

大井「だってそんな事見てわかるわけないじゃないですか!」

北上「はぁん。ま、そっか。そうなんだ」

大井「北上さんは、駆逐艦ではないですよね。軽巡?」

北上「正確には雷巡かな」

大井「北上さんの事が気になったのもそういうシンパシーみたいなものなのかも知れませんね」

北上「かもね。でも大井っち、艦娘だって言うならそれこそこういう所はあまり良くないんじゃないの?」

辺りをを見渡す。草木に覆われた陸を。

大井「確かに障害物が無さすぎるとは思いますけれど、基本的には逃げが最優先ですからね。何かあればそこの山にでも逃げ込みます」

北上「そういう意味じゃないんだけど…逃げの一手なの?」

大井「ええ。私は特に特殊な力はないですし、装備も単装砲一丁しか持てないので。北上さんの武装は?」

北上「あー、うーん。特になし?」

大井「じゃあハンターというわけではないんですね」

北上「そんな物騒なもんじゃないよ。ってまあ私ら程物騒なもんもないか」

大井「ふふ、確かにそうですね」

北上「その口ぶりだとさ、大井っちはハンターってやつなの?」

大井「それに近い、って感じですかね。だから北上さんも同業者かなぁと思いまして」

北上「ふーん。随分と変わってる、というか変わったのか」

大井「私がですか?」

北上「世の中が。そういう意味じゃ大井っちも変わったと言えなくもないかな」

大井「はぁ。だとしたら北上さんはどうしてあそこにいたんですか?」

北上「だから特に理由はないよ」

大井「じゃあコマンダー、えっと、北上さんの主は何処に?」

北上「主?」

大井「あーここら辺の言い方はそれぞれですものね。つまり北上さんの生みの親というか、召喚者の事です」

北上「提督の事か。いないよ。だから今私の行き先を決める人がいないんだ」

大井「いないって…じゃあ"はぐれ"、なんですか」

北上「まあはぐれたと言えなくもない、のかな」

大井「いつからあそこに?」

北上「バス停にはついさっき。それまではここら辺をうろうろと。どれくらい経ったかは、ちょっと覚えてないかなぁ。ここ一、二年くらい?」

大井「ずっと一人で…」

北上「ここいら人通らないからね」

大井「それはそうですけど…」

北上「あ、見て見てあれ」

大井「え?」

相変わらず傘を差す事を意識せず雨に濡れながら傘の先端を道の端に向ける。

そこには石でできた長方形の杭のような物が刺さっていた。

大井「なんでしょうか、これ」

北上「ここに書いてあるの見てみなよ」ツンツン

大井「何か文字が彫られてますね。あと北上さん傘さしてください」

北上「おっと」

『北上通り』

大井「北上さんと同じ名前ですね。通りの名前、という事ですよね」

北上「ね。ここ私のものなんだって」

大井「いえそういうわけではないと思いますけど…しかしこれ、比較的新しいですよね」

北上「どうしてそう思ったの?」

大井「こういう物って大抵大昔からあるもので、殆どが崩れたり掠れたりしていたりそれを修繕、あるいは新しい物に変えたりしてるじゃないですか」

北上「ほほぉ」

大井「それにここ三十年は誰も手入れなんて出来てないでしょうし、ましてこんな田舎道にあるものがこれまで修繕とかをされているとは思えませんから」

北上「おーすっごい。名探偵だ」

大井「当てずっぽうですけど」

北上「でも合ってるよ。これは一、二年前くらいに出来たものだよ」

大井「…?知ってるんですか?」

北上「知らないよ。分かるだけ」

大井「はぁ…でもそれはそれで妙ですよね」

北上「ん?今のところ推理は正しそうだけど」

大井「だって今更こんな道にわざわざ名前を付けようって考え普通しませんよ。そりゃあ国なんて滅んで久しいですからこんなの名付けた者勝ちでしょうけど」

北上「私も大井っちに会うまでろくに人間とは合わなかったからね」

大井「人の通らない道に名前を付けても誰も読んでくれませんよ」

北上「何か思うところあったのかねえ」

大井「思うところ?」

北上「他の誰が見つけなくてもここに名を刻んでおきたい何かが」

大井「…」

北上「私にゃてんでわからないや」

大井「分からなくも、ないかもです」

北上「え、マジで?」

大井「明日死ぬかもしれない毎日ですし、明後日には人類が滅んでるかもしれないような状況です。だから何か残しておきたいという気持ちは、分からなくもない」

北上「ふーん」

大井「北上さんはそういうのないですか?」

北上「ない。私はいっつも残される側だったから」

大井「…」

北上「ねえねえ、大井通りとかないのかな」

大井「どちらも地名としては存在しますしあっても不思議じゃないですけど、どうでしょう」

北上「あーそっか。北上通りももっと古いやつが別にあるかもなのか。面白いね」

大井「残っていれば、ですけど」

北上「道は残るでしょ」

大井「通る人がいなければ道はなくなりますよ。いつかは」

北上「ま、探しに行ってもしょうがないんだけどさ」

大井「今だとネットは使えませんから地図片手に自分の足で見つけなきゃいけませんものね」

北上「それはまあ、悪くない」

大井「さて、そろそろ行きましょうか」

ピンクの傘が動き出す。

しかし黒い傘がそこを動かなかった。

大井「北上さん?」クルリ

足を止めたまま、ようやくさした傘を畳んで。

北上「ゴメン、傘ありがとね」

大井「?」

黒い傘が差し出された。

結局殆ど傘としての役割を果たさなかったそれが。

再び彼女は雨に濡れる。

北上「ここでお別れ。ありがとね」

大井「なんで、ですか」

北上「いやあまあ何処までもついて行くわけにゃいかないしね。それに私はここまでだから」

そう言って一歩、一歩だけ前に出る。

まるで線引きをするように、自分の名前の刻まれた石の横に並ぶ。

大井「…」

北上「…」

雨の音だけが辺りを染めた。

くるりと踵を返しお下げが揺れる。

大井「北上さん!」

北上「…」

そこで止まった。

大井「なら一緒にその道を探しに行きませんか?」

北上「道?」

あくまで振り返らずに答える。

大井「私仕事柄各地を回ってるんです。ついでにそういうのを探すのは、面白いかもしれません」

北上「邪魔でしょ」

大井「北上さんが来てくれるのなら、そんな事はありません」

北上「大井っちの彼氏だって迷惑じゃない?」

大井「北上さんなら、そんな事はありません」

北上「彼氏の方は否定しないんだ」

大井「…」

北上「ごめんて」

茶化すように肩を竦める。

北上「…大井っちも艦娘なんだっけ」

大井「ええ、まあ。"もどき"ですけれど」

北上「なら大井っちには無理だよ。大井っちの提督ならあるいは、だけど」

大井「それはどういう意味ですか」

北上「きっともう私の舵をきる人はいないんだ。錨を上げる人も。それが嫌だとは思わないけど」

大井「?」

北上「船は人を乗せなくちゃ意味がないって事だよ」

大井「…」

北上「船はおっきくて重いんだ。それを動かすのはいつだって人間だ。動力とかそういうんじゃなくて、人じゃなきゃあダメなんだよ」

大井「…」

北上「人にはそういうのを叶えてしまう力があるから」

そうしてまた、今しがた踏み出した一歩を戻ろうと、大井に背を向けたまま、右足を前に

大井「ていっ!!」グワシッ
北上「グエッ!?」

踏み出せなかった。

制服の襟の部分を後ろから思い切り引っ張られ体制を崩す。

ベチャリ、とぬかるんだ道に尻餅をつく。

北上「ったー、くはないか」

泥まみれになった事には一切気をとめず喉をさする。

北上「まったく、何すんのさ大井っ「全っ然重くないわ!」え?」

上から声が降ってきた。

見上げるとそこには大井の顔があった。

大井「こんなにも軽いじゃない!身長だって私と変わらないくらいよ!」

怒っていた。しかしその表情は怒りとは違う何かに突き動かされているように思えた。

大井「舐めないでちょうだい!この程度引っ張ることも出来ない程私はか弱くなんてないわよ!」

北上「」ポカン

尻餅をついたまま大井の顔を見上げ続ける。

曇天の中に浮かぶその顔を。

北上「なんで怒ってんの?」

大井「怒って!怒ってるわけじゃ…ないんですけど…」

自分でもよく分からないのか段々と声のトーンが落ちていく。

北上「でも、でもさ、私はー」

そこで言葉に詰まった。

ふとを横を見るとそこには例の石があった。

それを見て気づいた。

自分が今何処にいるのか。

自分が今、歩みを止めたあの場所から一歩先に進んでいる事に。

引っ張られて、尻餅をついて、随分と不格好だが確かに一歩外に出ている事に。

北上「ねぇ大井っち」

大井「は、はい。なんでしょうか」

北上「私に来て欲しいの?」

大井「ええ」

北上「行くって言ったら嬉しい?」

大井「もちろんです!」

そう今度は自信満々に宣言した。

大井「だから行きましょう。"北上"さん」

それ見上げて、"北上"は初めて笑った。

北上「久々の晴れだね」

大井「え?まだ降って、というか段々強くなってきてますけれど」

北上「あ、ちょっと手ぇ貸して」

大井「もちろー…ん」

北上「今泥だらけの私見て躊躇したでしょ」

大井「そんな事ないですないですから!」

北上「冗談だって。こうして雨に降られてりゃそのうち泥も落ちるよ」

大井「傘は、もういいです…」

北上「別に艦娘なら風邪なんかひかないでしょ」

大井「服が濡れるんです乾かないんです替えもそんなにないんです。人らしくしなきゃなんですから」

北上「へー。なんか難しい世界だね」

大井「北上さん程じゃないです」

北上「えー」

大井「どの道この傘はあの人のですからね」

北上「どこに惚れたの?」

大井「 だ か ら !」

ピンクの傘を差し、畳まれた黒い傘をぶら下げた少女と

雨と泥に濡れ、三つ編みを揺らすお下げの少女が

名前のない道を並んで歩く。

日傘欲しいなあって思いながら書いた

コミケお疲れ様です。
大井っちのあの黒傘は北上のためでもいいよなって思ったので蒸されながら書きました。
艦これSSもっと増えて…増えて…

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