【艦これ】伊19「魔法の鏡」 (60)

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【艦これ】島風「祠」
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とかの続き、と言い張るのはさすがにそろそろどうなんだろうと思わなくもない。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1570997084

女「…」

私は少し気どったポーズを取って立ち鏡を見た。

高くもなければ低くもない私の身長と同じくらいの大きさの鏡。

電気は通っていないがお昼前なので二階のこの部屋にはちょうどいいくらいに日射しが差し込んでいた。

今日は珍しく人と会う約束をしている。

人、と言うのかは微妙なところだがまあそこは言葉のあやだ。

ともかくこれから人と会うのだ。

それにあたって私はおめかしをしていた。

オシャレをしていた。

念入りに、気合を入れて、張り切って、切羽詰まって。

というのもソイツがめっちゃ可愛いのだ。

少なくとも見た目の年齢は私と同じ、華のJKと言っていいだろう。

残念ながら高校なんて今はないが年齢で言えば私はJKだしJKでいいだろう、うん。

なのに相手のJKがめちゃくちゃ可愛いのだ。ボンキュッボンなのだ。

くだらない、とは思うのだがここで諦めて実用一点張りの普段着なんかで会おうものなら戦う前から戦意喪失、不戦勝をくれてやるような気がしてなんというか非常に不愉快なのだ。

ようは女の意地だ。

ただ問題があった。

人類が概ね滅んだこの世界では流行最先端の服はない。つか新しい服なんてない。

人がいなけりゃ流行もない。何がいいかもわからない。

幸い私が無人の住宅街で見つけ忍び込んだこの家には服が大量にあった。

そこで私は何十年前かもわからないファッション雑誌を読み漁り自分の美的センスと照らし合わせながらどうにか服を選んだのだ。

それを着て、さてどんなものかと部屋の立ち鏡を見た。見たのだ。

つまり私はバッチリお洒落してポーズを取ってる私を見るはずだったのだ。

なのに…

「あー!!やっと見てくれたのね!!」

女「」

女がいた。鏡の中には私じゃない女、というか少女がいた。

「いや~正直もうダメかと思ってたの。イク、ちょっと感動なのね」

髪は青い、いや紫か?しかも先端に行くにつれピンクっぽいグラデーションになってる。

「あ、私の声聞こえてるの?いやもうこの際聞こえてなくてもいいのね!」

それにツイン、トリプル、あれトリプルの次ってなんだ。ともかくツインテール以上の何かで、スク水だ。確か雑誌にはスク水と書いてあったやつだ。

「でもでもこうしてコンタクトは取れるって事は繋がってるのは確かなのよね。なのにこの隔たりはどういうわけなのかしら?」ウーム

私よりも二回り小柄で、まるで水の中にいるかのように鏡の中で浮いている。

「私だけじゃ状況の理解はちょっと無理そうなのね。やっぱり妖精さんがいないのが原因なのかしら」

しかもなんだこの娘。ボインだ。とんでもないボインだ。これから会うアイツレベルでボインだ。

なんで私の周りにはこんなにスタイルのいいのばかり集まるんだ!嫌味か!この絶壁に対する攻撃か!

「なんにせよ会えて嬉しいの!色々と言いたいことが溜まってて何から言うか迷うところなんだけど、とりあえず今目の前の状況を見て思いついたことから言ってみるのね!」

鏡の中でまるで水で満たされたコップの中を泳ぐ魚のようにふわふわと漂う彼女は心底嬉しそうに私に向かって言い放った。

「その服装ダサいのね!」

女「あ゛?」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「あの~、大丈夫?」

女「あ゛あ゛?なんか用!?」

声の主を無視してハンガーを持ち構えを維持する。

次見えたら確実に当ててやる。眉間にだ。

「うわっ!なになにどうしたの?部屋ぐっちゃぐちゃじゃ~ん。ゴキブリでも出た?」ガチャ

あの野郎なんの躊躇もなく部屋の扉を開けて入って来やがった。

女「そんな虫けらどうでもいいの!今はあの生意気なボインをぉ!!」

何処だ?次は何処に!

「ボイン?」

「あー!鈴谷なのー!!」

鈴谷「へ、誰?ってうわっ!?何これ!」

女「そこかぁ!!」

声の方を向く。

なるほど今しがた鈴谷が開けた部屋の扉。そこに嵌め込まれているガラスにボインが映っていた。

鈴谷「えぇ!ちょっとタンマタンマ!!ストップストォォップ落ち着いて!!一体何があったの!?」

女「どうもこうもないわよ!そいつがいきなり鏡に現れて!鏡使えないし!しかも私の服がダサいとか訳の分からん事言い出すし!!」

鈴谷「「いやそれはダサい(のね」」

女「あ゛!?」

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鈴谷「へ~そっかこの娘が。ふ~んなるほどなるほど」

所詮勝手に忍び込んでるだけの家。リビングなどを掃除しているわけもないのでぐちゃぐちゃになったこの部屋に二人、と一人で落ち着く事になった。

室内でも何十年とほっとかれてると色々酷いのよね。

女「そもそも鈴谷はなんで入ってきたの」

鈴谷「え~だってなんかすっごい物音がしたから」

こんな時代に泥棒なんていようはずもなく、だから私は鍵なんてかけてなかった。

つか私が泥棒なわけだし。勝手に入ってる人なわけだし。

鈴谷「ビックリしたもん。待ち合わせ時間ピッタに家の前に来たのにさ」

女「あ」

時計を見る。うわ時間過ぎてる。

鈴谷「まあその辺りはどうでもいい些事の範疇だとして、この娘よ問題は」

いつもの立ち鏡は私が叩き割ってしまったので別の部屋から少し小さめの鏡を持ってきた。

鏡に合わせて小さくなってはいるが、ボインは相変わらずその中で揺れている。

鈴谷「伊19、よね。その姿は」

「…ふーん、そっか、そうなのね。"鈴谷は違うのね"」

鈴谷「うん、多分私はアナタと違う」

女「おいおい待て待て私を置いて話を進めるな」

鈴谷「あ~ゴメンゴメン。とりあえず自己紹介ね。私は鈴谷。艦娘"もどき"で~すヨロシク」

女「詐欺師で~す」

鈴谷「嘘はついてないじゃん!」

女「はいはいなんとでも言え。私は女。華のJKで~す」

鈴谷「今日日JKて」

女「うるさい」

「素敵な人達で嬉しいのね!伊十九なの。そう、イクって呼んでもいいの!」

女「まずさ、その伊19って何?」

イク「名前なの」

女「いや名前ではないでしょ」

鈴谷「名前なのよ。潜水艦はね」

女「潜水艦?」

イク「そう、伊号潜水艦。イクなのね!」

鈴谷「潜水艦はちょっと特殊なのよ。ちょっとってーかかなりね」

女「…そんなの聞いてない。艦娘ってのは艦でしょ?潜水艦なんているの?」

鈴谷「だって言ってないもん」

女「…」

やはり詐欺師だこの女。

鈴谷「それで、何があってこうなったの?詳しく聞かせてちょ~だい」

女「詳しくって言っても、アンタから言われた通りにやっても艦娘が召喚出来なくて、文句言ってやろうと今日を迎えたら鏡の中にって、それだけよ」

そう。それこそが私が鈴谷と出会ったきっかけであり今日会う約束をした理由だ。

初めは向こうから接触してきた。

"艦娘に会いたいか?"と。

だから私は私の持てるものを全部差し出してその方法と道具を詐欺師から受け取った。

なのに何も起きなかった、と思っていた。

鈴谷「ふむふむ。それで、イクちゃんの方はどうなの?」

イク「イクは呼ばれた時からずっといたの。ただ私はずっとこんな感じに海の中で、アナタの事は見えていたけど触れる事が出来なかったの」

女「そしたら鏡越しに出会えたと」

イク「そうなの!もう諦めかけてたところだったのね」

鈴谷「なるほどねぇ。これは興味深い。でもとりあえずアナタは私に言うことがあるんじゃなぁい?」

女「な、何よ」

鈴谷「鈴谷を詐欺師だとか言ってたじゃ~ん」

女「いやそれはその通りでしょ。一回くらい嘘つかなかったからって許されるとでも」

鈴谷「なんで!なんでそんなに当たりが強いの!?」

鈴谷「もぉいいや…で?"アナタは何を願ったの?"」

イク「願った?」

鈴谷「そ、艦娘を呼ぶには願わなきゃいけないからね。在りし日のなんやかんやを形作るだけの強い思いが必要なの」

女「…」

鈴谷「何、その沈黙」

女「なんか恥ずかしくて」

鈴谷「別に恥ずかしく思うこともないでしょ。今は誰もが自分の願いに自由でいられる時代だからね」

女「…艦娘が何を見ていたのか知りたい」

鈴谷「?」

女「知りたかったのよ。もどきじゃなくて、本当の本物の艦娘達が何を思って、何を聞いて、何を見ていたのか。私の知らないあの赤い海に」

鈴谷「…へぇ」

イク「…」

鈴谷「ならこの娘は当たりね。多分彼女は純粋な艦娘よ。少し存在があやふやっぽいけど」

イク「うん。イクは艦娘なのね。少なくともイクはそう自覚してるの」

女「この娘が、艦娘…」

鈴谷「元々艦娘には潜水艦もいたのよ。で一度その艦娘が消えて、私達偽物が生まれて、でも潜水艦は何故か現れなかった」

イク「イク、そんなにレアなの?」

鈴谷「そうなのよ!だから私的にはもぉっと観察して…ん」

イク「?」
女「ん?」

鈴谷「ちょっち私のこと見てみてくれる?」

イク「?分かったのね」ジー

鈴谷「…へぇ、ありがと」

女「だから私を置いて話を進めるな」

鈴谷「いやぁなんでもないのなんでも。ただ、あー、"綺麗な瞳だな"ってね」

女「はあ」

鈴谷「さてと、私との取引はこれで終了ね」

女「そうね」

方法と材料。それを受け取る代わりに私は知っている事全てと、そして成功したらその願いを話す。

そういう取引で、そしてそれは全て終わった。

鈴谷「つーわけで後はまあ頑張ってね~。お幸せに!」

女「え、は?はあ!?ちょっと待てぇい!!」

鈴谷「え、なになに急に声荒らげて。怖いんですけど」

女「いやだって!このまま?事態をこのままにして帰るつもり!?」

鈴谷「っても私に出来ることもないかなぁって。ちょっち特殊みたいだけど、でも艦娘と船長はその二人だけで完結した関係だからさ」

この女ぁ。よくもまあぬけぬけと言いやがる。

女「なら取引よ!」

鈴谷「…ほぉう?」

女「そうでしょ?アンタが本当に知りたいのは私が呼んだ艦娘について。だから私に取引を持ちかけた」

鈴谷「続けて続けて」

女「"もどき"じゃなくて本当の艦娘を呼べるかもしれないから。"提督の血を引く"私なら出来るかもしれないから」

イク「提督の?」

女「私のおじいちゃんがね、昔提督だったのよ。だから鎮守府とか艦娘とか、深海棲艦について、私は知ってる。だからもっと知りたいと思ったの」

イク「提督の子供の子供…なんとも想像し難い世界なの…」

鈴谷「提督の体験談なんてレア中のレアだかんね。赤い海なんて、今じゃ知ってる人間は数えられる程しかいないはずよ」

女「多分ホントは話しちゃいけないんだろうけどね。私のパパがちっちゃかった頃おじいちゃんからこっそり色々聞いてて、それを私が聞いたの」

イク「へぇ。受け継がれていくものなのね」

鈴谷「…で?取引の内容は?」

女「私達と今後も会って話す。アンタの望む情報を渡してあげる。だからこの娘に関する情報を話なさい」

鈴谷「ま~及第点かなあ。いいじゃんいぃじゃん。取引ってのはバカ相手じゃできないからねぇ」

女「馬鹿にしてんのかおい」

鈴谷「してたの。OK、概ねね。でも一つだけ訂正。私がアナタに渡す情報は成功報酬。私にそれに見合うだけの情報を教えてくれたら話したげる」

女「はあ?それはせこいでしょ!」

鈴谷「別にアナタ達の情報なんて秘密裏に監視するだけでも十分手に入るんだからね?取引なんてしなくても。だからそれよりも取引した方が魅力的だと思わせてみなさい」

女「ぐ…」

イク「ねぇねぇ、なんだか盛り上がってるところ悪いのだけれど、イクは結局どうすればいいの?」

鈴谷「別に難しい事はないって。好きにしたらいい。今は皆自由だから。全て、自分の責任で生きていかなきゃなの」

イク「ふ~ん。なんだか生きづらそうなの」

鈴谷「そうかな?そうかもね」

女「ただ生きていくには難しい時代よ。でもとても生きやすい」

鈴谷「だってさ。じゃまあそういう事で私はお暇しま~す」

女「二度と来んな」

鈴谷「とりあえず明日来るかんね」

女「早っ!?」

鈴谷「成果期待してるから~」

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嵐は去った。

女「さてどうしたもんか」

イク「~♪」

呑気に鼻歌なんぞ歌いおってからに。

てか水の中なのに鼻歌できるんだ。凄い。

女「アンタは何かしたい事とかないの?」

イク「ん~特にないのね。強いて言うなら、今この世界がどうなってるのか知りたいの」

願いがない。そして私の記憶や知識も入ってないみたい。

やはりもどきとは違うようだ。

イク「後、アナタの事が知りたいの!」

女「私?」

イク「そうなの!多分アナタが私にとっての提督だと思うのね。だから知りたいの」

キラキラした瞳で私を見てくる。眩しいなあ。なんか後ろめたさすら感じる程に無垢な瞳だ…

ん?でもなんだろう。なんかその視線に妙な違和感を覚えた。

女「知りたいっても、私そう大した奴じゃないわよ」

イク「別に凄い所とかを聞いてるわけじゃないのね。アナタがどんな人かを知りたいだけなの」

女「そ、そっか」

鏡の中にいる小さな彼女の真っ直ぐな瞳はそれでも私を飲み込みそうなほどの何かを感じさせた。

なんだろうこの違和感は。そういやさっき鈴谷もなんかやってたな。

"綺麗な瞳"だとかなんとか。

女「記憶はないのよね?」

イク「ん~鎮守府の事とか深海棲艦の事とかうっすらと知識はあるけど、イクの記憶は昨日生まれた時が最初なのね」

女「そっか…」

少しガッカリ。

私はてっきり昔の記憶を持った娘が私の願いを叶えるために来てくれたんだと思っていた。

イク「はいは~い。イクからも質問なの!」

女「ん、あーいいわよ。私からばっかじゃフェアじゃないもんね」

イク「艦娘"もどき"ってなんなの?」

女「それは、ってそれの事か。さっき鈴谷と話してたのは」

イク「そうなの。私は鈴谷を見て鈴谷だと"分かった"けど、鈴谷はイクを見てイクだと"分からなかった"の。だから何か違うなって思ったのね」

女「え?でも鈴谷はイクだって分かってたじゃない」

イク「アレは私とは違うイクの姿形を知っていたからそうだと思っただけなのね。見た目で判断したのね」

女「じゃあ、アンタは何で鈴谷を判別したの?」

イク「存在」

女「…」

即答された。

でも私の沈黙はそれが原因ではない。

気づいたんだ。

綺麗な瞳の違和感を。

この娘、さっきから"私を見ていない"んだ。

焦点が合っていない。

私を見ているようで、どこかズレてる。

普通話し相手を見る時はその人の目を見る。

でもこの娘は私の目を見ているようで、その焦点は後頭部だったり耳元だったり心臓辺りだったりとフラフラとブレ続けている。

まるで度のあってない眼鏡でもかけているかのように。

きっと鈴谷もそれに気づいたんだ。

この娘には私が見えてる。

でもそれはきっと私の姿形じゃない。

もっと違う何かだ。それを見ているんだ。

それこそ、存在というやつを。

女「もどきってのは文字通りもどきよ。艦娘っぽい何かってこと」

イクから目を逸らしつつとりあえず話を続ける。

女「建造っていう正規のやり方以外で艦娘を生み出すのよ。この世界にはもう妖精もいないからね」

イク「そうなの!?」

女「艦娘と一緒で随分前に消えたのよ。深海棲艦が消えたから。んで、幾つかある中で今一番簡単かつリスクが少ない建造の真似事がこれ」

部屋の隅に置いていた空の瓶を取り出す。

女「もう使っちゃったけど、妖精の粉っていう胡散臭いやつが入ってたの。これが妖精代わりなるんだって」

イク「妖精の粉…確かに胡散臭いのね」

女「そして、資材とかの代わりになるのがこれ」

イク「これ?」

女「人の血肉」

イク「?」

女「嘘かホントか知らないけど、艦娘を呼ぶ時寿命が削られるらしいわよ。だからもどきってのは随分人間に近いの。その分かなりパワーダウンしてるんだって」

イク「そ、そんな禁断の魔術的なので呼ばれてたとわ知らなかったのね…!」

女「だから艦娘とその船長は二人で一人。一心同体ってわけ。でもアンタの場合はどうなのかしら?」

イク「んーイクはもどきじゃないと思っているけれど、それだとこの身体がどこから来たのかが分からないのね」

女「そこなのよねえ。何も無いところから現れたりはしないと思うんだけど」

イク「というよりもイク、そもそも身体があるのかもあやしいのね」

女「確かにね。出れないんだよね?」

イク「鏡を割っても意味ないのはさっきアナタが証明してくれたのね」

女「皮肉かこのやろー」

イク「?」

あ、マジっぽいな。

女「ま、とりあえずわかる範囲から色々調べてくか」

イク「おー」

女「あ」グゥ

イク「…お腹空いたの?」

女「そういやもうお昼だ」

お昼、お昼?何か忘れているような。

女「あー!!!」

イク「ヒャッ!?び、ビックリしたの!」

女「食料切れてたの忘れった」

イク「ご飯ないの?」

女「残念ながら。ごめんイク、ちょっと留守番してて」

イク「嫌なの」

女「え、てか選択肢他になくない?」

イク「行くの」

女「はい?」

イク「イクも行くのぉ!!」

下ネタに聞こえる。

てか今更だけどイクって名前もどうなのよ。

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イク「うわーホントに人っ子一人いないのね!」

自転車のカゴに雑に括りつけた手鏡から声が聞こえる。

女「分かるの?誰もいないって」

イク「気配がしないの!」

女「さいで…もしかしたら私みたいなのがどっかに住んでるかもしれないけど、今まで出くわしたことはないわね」

イク「どうして皆戻ってこないの?」

女「大半は死んだだろうし、生き残ってても何処か他のとこで他の生き残り達と暮らしてるんでしょ」

イク「どうして?」

女「そっちの方が安全だから。いや、どうなんだろ。少なくともこうやって独りで生きてるやつは深海棲艦に襲われたら終わりなのがデメリットかな」

イク「という事はメリットともあるのね」

女「自分以外の事に責任を持たなくていい事」

イク「それさっきも話してたのね。今の世界は自由だとか」

女「別に楽ってわけじゃないからね。どっちがいいのかは、人によりけりでしょ」

まだ文明があった頃の生活なんて雑誌とかでしか知らないから私にはなんとも言えない。

無人となって久しい住宅街の比較的大通りを自転車で走る。

小道はアスファルトが死んでるし瓦礫で塞がれてたりするから多少遠回りでもこうした方が結果的に速いのだ。

女「酔わない?結構揺れてるけど」

大通りも比較的マシなだけで道路はボロボロで、自転車は結構ガタガタと揺れる。

イク「平気なの!というよりずっと浮いてるからあんまり揺れは感じないのね」

女「ふーん」

イク「で、何処に向かってるの?」

女「何処ってことはない。金持ちが住んでそうなデカい家を探してる」

イク「金持ち?」

女「そうそう。ほら!あんな感じの」

右手に見えた庭のある比較的大きい家に方向を変える。

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女「お邪魔しまーす」バリン

イク「手馴れてるのね…」

女「ガラス割るのって結構楽しいよ?」

イク「そんな事は知りたくなかったの」

女「さぁてどっこかなあ」

イク「何を探してるの?」

女「非常食。金持ちって結構そういうのちゃんと用意してたりするのよ。味良し栄養良し日持ち良しのいいやつ」

イク「非常食…乾パンとか?」

女「かんぱん?何それ。非常食っつったら飴とかゼリー状のやつでしょ。一口でお腹いっぱいになるやつ」

イク「ふぅ~ん。ドラえもんのひみつ道具みたいなのね」

女「どら?」

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女「というわけで今日の収穫はこれ!」

イク「結構あったのね!」

女「とりあえず持てる分だけ持ち帰るか」

イク「いっそここに住んじゃだめなの?」

女「掃除とかめんどいの。放置された家って結構手間なのよ?今住んでるとこもあの部屋以外は放置だし」

イク「ふぅん。色々と大変なのねぇ」

女「皆慌てて避難してるから部屋なんか何処もぐっちゃぐちゃだしね」

イク「深海棲艦が陸に上がったから、なのよね…」

女「上がったっていうか、無理やり人が引っ張り上げた感じだけどね。まあこうして暴れてる以上そこは関係ないけどさ」

イク「こっちは?」

女「雑誌。デジタルの情報は私じゃ見る手段がないからこういうのは貴重なのよ」

イク「へぇ」

女「あ、アンタは食べるこれ?てかそもそも艦娘って何食べるの?」

イク「必要かと言われたら別に何も食べる必要はないの。艦として動くなら燃料がいるけれど。食事は基本的に娯楽なのね」

女「へぇ便利だなあ。つかアンタのその状態じゃ食べるに食べれないか」

イク「そうなの!手を伸ばしても届かないのね…」

すっごい落ち込んでる。なんか私だけ食べてるのが心苦しいな…

女「なんか食べ物の記憶とかないの?」

イク「んー。んー…ん~?あ、秋刀魚とチョコの味は分かるの!」

女「何そのチョイス」

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女「よぉしこんなものかな」

家の中を一通り漁ってから鏡を置いていた最初の部屋に戻る。

女「そこそこいい道具があったわ。可愛い服もね!」

イク「かわ、うん…まあ人それぞれなのね…」

女「今だせぇって思ったろおい」

イク「中々前衛的かつ独創的で尖ったセンスだと思ったの」

女「馬鹿にしてるだろ!って、あれ?なんでどんな服か知ってんの?」

イク「見てたの」

女「あの部屋鏡はなかった、あー窓ガラスか」

イク「そうじゃないの!こうして会話するための窓口として鏡が必要なだけで、イクはずっとアナタの周りにいたの!」

女「なにそれこわい。幽霊的な?」

イク「幽霊ではないけれど確かに幽霊的なのね」

女「マジか。えっとじゃあ、今私の後ろにある手はどんな形でしょうか」

右手を後ろに回してパーの形を取る。

イク「ちょっと待ってて」スー

手鏡からイクの姿が横に消えていく。

そしてしばらくして

イク「パーなのね!」

女「うわ正解。ホントに幽霊的だ」

イク「イクは何時でも見てるのね!例えお風呂だろうとトイレだろうと」

女「よしとりあえずこの鏡は叩き割るか」

イク「あータンマタンマ冗談!冗談なのぉ!!」

女「その幽霊的なやつってさ、壁とかもすり抜けるのよね」

イク「それは無理みたいなの。さっきはアナタが開けたドアから入っただけなの」

女「って事は不可視状態でフワフワ泳ぐだけか。なぁんだ。外からすり抜けて食料とか探してくれたら便利だったのに」

イク「すり抜けてできでもそれは無理だと思うのね」

女「え、なんで?」

イク「だってイク、アナタしか見えないの」

女「…は?待って、日本語なのに分からない」

イク「別に難しい事は言ってないの。文字通りなの」

女「さっき言ってた存在云々の事?」

イク「ううん。アナタだけは、アナタの事だけはしっかりと見えてるって事なの。さっき試着してたダサい服とかも」

女「…」スッ

イク「あー!!割らないで割らないで思いとどまってええ!!」

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その後、とりあえず帰宅して、食料を仕舞って、イクと色々なことを話した。

私はこの世界の現状。

イクは艦娘や鎮守府の事を。



女「こうして生まれたばかりなのに鎮守府とかの知識があるって事はやっぱりどっかからその知識が受け継がれてるって事よね」

イク「多分そうなのね。私の建造に使われたのが妖精さんの成分だけって事は多分妖精さんの記憶から来ているんだと思うの」

女「記憶の受け継ぎか。艦娘もどきだと召喚した人の記憶や知識を幾らか受け継ぐって聞いたけど、それも艦娘に本来あった仕組みの名残りなのかな」

イク「でもやっぱりイクがこうしてそっちの世界に行けないのが謎なのね」

女「肉体がないから精神だけ、幽霊的な状態って事っぽいよねえ。でもなんで鏡越しなんだろ」

イク「ガラスとかてもいけたのね。条件的にはレンズのようなものが必用って事だと思うの」

女「レンズ?」

イク「そうなのね。光を歪ませる何かが」

女「光ねえ」

難しい事はわからん。

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女「じゃん!」

イク「おぉ!デッカイ鏡なのね!」

女「洗面台からぶんどってきました」

イク「よっと」スッ

イクの姿が手鏡から消える。

イク「どうどう?見えてる?」

女「…完璧」

ギリギリ抱えられるくらいの大きな鏡いっぱいにイクが映り込む。

女「そっちから見える私はどうなの?鏡の大きさでなんか変わったりする?」

イク「イクからはずっと同じにしか見えてないの。アナタの傍にずっといただけなの」

女「ふぅん。ならレンズって表現は正しいのかもね」

レンズ。つまり光の屈折とかそういうのによって見えるものは変わってくる。

本来見えない、届かない存在っぽいコイツと話せるのもそういう作用のおかげなのだろう。多分。

女「魔法の鏡みたいね」

イク「魔法の鏡?」

女「そ、鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのはだぁれってやつ」

イク「うーん…」

女「何考え込んでるのよ」

イク「そのファッションセンスじゃ厳しいと思うの」

女「私じゃねえよ、期待してねえよ最初から!ってかアンタなんで私の服のセンスに対してそんなにやたら辛辣なのよ!」

イク「見るに耐えないのね」

女「グフォッ」

今までで一番メンタルがやられた。

イク「でも鏡は鏡なのね。鏡に映るのは何時だって自分自身なの」

女「…私こんなにちっこくないし、胸も大きくないわ」

イク「イクは鏡の中からアナタを見ているのね。でもアナタは鏡に映るものを見ているの」

女「はあ…?」

何言ってんだこいつ。

女「もういい、今日はもう寝よう」

イク「もう?もう寝るの?日が沈んだばっかりなのに?」

女「このライトの電池だって貴重なのよ?予備があるうちから節約しないと」

イク「あーそっかぁ…今はスマホもないのね…」

女「すまほ?」

イク「なんでもないの…」

女「まあいいけど」カチッ

辺りが暗闇に包まれる。

イク「ところで」

女「何?」

イク「なんで鏡を隣に置いて寝るの?」

女「…」

イク「もし倒れたら危ないのね」

女「い、いいじゃない。それに布団被ってるからちょっと倒れても大丈夫よ大丈夫」

イク「…」

女「…」

イク「寂しいの?」

女「違う!!」ガバッ

イク「違うの?」

女「…違う。違うから」

真っ暗な部屋で鏡の方を見る。

そこには何も無い。鏡の中も、鏡すらも見えない。

イク「イクには何となくわかるのね」

女「何が」

イク「真っ暗で、周りに誰もいなくて、そんな所で頑張らなきゃいけない大変さが」

女「分からないわよ」

イク「そんな事ないの。イクは、"イク達"はよぉく知ってるの」

女「アンタに分かるわけないでしょ!!」

イク「分かる」

女「っ!」

イク「分かるのね」

そこからはお互い何も言えなかった。

ただ沈黙だけで夜を埋めていく。

それでも私は全然眠れなくて、

ふと鏡を見た。

幾分暗闇に慣れた目がその中を捉える。

私と同じように横になって漂うイクが見える。

ダラリとこちらに伸ばされている両手が海に揺れていた。

女「…」

アンタには分からない。

生まれたばかりのアンタには。

自分の意思で孤独を選んで、その辛さで自分を殺す事も助けを乞う事も許されない、そんな馬鹿の気持ちなんて。

女「…イク」

この子には世界がどう見えているんだろう。

この子には、私がどう見えているんだろうか。

なんとなく、イクの手に自分の手を重ねてみる。

鏡越しにその手を掴n

女「え?」

そこはさっきまでの部屋ではなかった。

気がつけば私は暗闇の中にいた。

いや暗闇なんてものじゃない。

ここには何も無い!

何も見えない。

何も感じない。

それでいて周りに何も無い訳では無い。

むしろ圧倒的な何かが私を包み押し潰そうと喰い殺そうとしてくる。

女「 」

必死に手を動かす。

無我夢中で足をバタつかせる。

わけも分からず声を上げる。

たが無駄だった。

まるで袋に詰められてタコ殴りにされているようだ。

手は何も掴めず足は空を切り絞り出した助けの声も溢れ出す悲鳴も口から出た途端暗闇に飲まれた。

ダメだ。

地に足がつかない。

この手はどこにも届かない。

世界の全てから自分が切り離されているとはっきり理解した。

その圧倒的な事実が私の体を駆け巡る。


嫌だ。嫌だ!嫌だ嫌だ!!


壊れた機械のように反復する。そうしていないと自分自身ですらも途切れてしまいそうだった。

孤独なんてものじゃない。人々から離れているとかじゃない。

こんなの死んだも同然だ。それでいて死んでいないのだから、いっそ死んだ方がマシだ。

まるでそこのない穴に落ち続けているようでもあり、暗い空に吸い上げられているようでもある。

肺が絞られ胃が引き締まり心臓が握り潰される。

もはや自分の手足がそこにあるのかすら自分で分からなくなってきた。

自分自身がここにいることすらあやふやになっていた。

ただ四方八方から押し寄せる何かで体中がギシギシと悲鳴を上げていた。

上も下も右も左も分からない。

何処に向かえばいいのかも分からない。

死よりも大きくて無機質な何かと自身に収まりきらない恐怖がそれでも何処にもいけずに私の中で暴れ出す。

圧倒的な圧の中で、もう思考は途切れかけていた。

助けて

誰か、お願いだから!

私を



見つけて

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女「おわ眩しっ!?」

目ん玉に飛び込んできた光に驚いて思わず声が出た。

鈴谷「あ、起きた」
イク「起きたぁぁぁ!!!」

光に段々目が慣れてくる。

どうやら仰向けになっている私の上に鈴谷が馬乗りになっている。

てかまたこいつ勝手に入ってきやがった。

女「何してんの」

鈴谷「何って、人命救助?」

女「は?」

横を見ると鏡の中でイクがなんか泣いてた。号泣してた。

女「え、何?どうなってんのこれ」

鈴谷「なんも覚えてない感じ?」

女「ちょっと混乱が凄い」

イク「あ゛あ゛あ゛よがっだのぉぉぉ!!」

女「うるせぇ」

女「で、何があったのこれ」

鈴谷「えっとねえ」

女「待ってまず私から降りて」

鈴谷「家の外から声掛けても反応がなくてさ。まあ無視されてる可能性もあるしとりあえず入ったのよ」

女「入るな。あと降りろ」

鈴谷「そしたらなんか泣き声というか呻き声みたいなの聞こえてさ」

女「アンタずっと泣いてたの?」

イク「だっでぇぇ」ズビ

鈴谷「でこの有様じゃん?なんか意識失ってるなこれはと察した私は色々と試したわけよ」

女「は?おい何だ!何を試した!!」

鈴谷「結果的に普通に目が覚めたっぽいし、私の努力は無駄だっかなあ」

女「なんか下半身がスースーするんだが」

鈴谷「イったら起きるかなって」

女「」

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女「死にたい…」

事態を確認してとりあえず私は、布団にくるまった。

鈴谷「まあまあまあまあ。ほら、結局イかなかったし?やっぱ意識失ってると無理なのかなあ。自信はあったんだけど」

女「おま、だって、おま…普通やるかそれ?そもそも緊急時に思いつくかそんなん…?」

鈴谷「脈とかは正常だったからいいかなあって」

女「死ね」

鈴谷「あっはっは」

イク「ィ、イクは何も見てないのねー…」

マジでお願いだから死んで欲しい。

なまじもどきとはいえ艦娘なだけに一般人でしかない私じゃどうしようもないのが辛い。死にたい。

鈴谷「で、何があったの?」

女「えっと、なんだっけ」

イク「少なくともイクが起きてから4.5時間くらい、どんなに呼んでも叫んでも起きなかったのね」

女「まず下着返せ」

鈴谷「布団の中で着替えるの?」

イク「器用なのね」

女「お前にはもう見せん」

鈴谷「え~今更でしょ~」

女「死ね」

鈴谷「はいっ」ホイッ

無造作に私の下着が投げてよこされる。死ねばいいのに。

女「あ」スルッ

掴み損ねた。まだ寝ぼけているな。

鈴谷「…ねえ」

イク「?」

女「何よ。待ってとりあえず履くから」

女「よし」

ズボンを履いて布団から出る。しばらくスカート履く気にはならない。

鈴谷「ちょっといい?体調検査」

女「…」ジリツ

鈴谷「身構えないでよぉ!」

女「自業自得だ死ね」

鈴谷「大丈夫大丈夫。ちょっち真面目な話」

女「…で、何よ」

鈴谷「右目を閉じてみて」

女「はあ?」

鈴谷「いいから」

女「はぁ…」パチッ

鈴谷「ふむふむ。じゃあ次は左目」

何がしたいんだ?ウィンクはあんまり得意じゃないん

女「あれ?」

真っ暗になった。右目も閉じちゃったかな。

いや、あれ?違うか?でも

女「…え?」

左目を手で隠してみる。

鈴谷「やっぱり。見えてないのね」

そこには暗闇しかなかった。

暗闇。

あぁそうだ。

昨日私は


わt


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銃声のような音と激しい衝撃で途切れかけていた意識が戻る。

女「はぁ…はぁ…はぁ…」ガクガク

息が荒い。体が震える。自分の体がまるで自分のじゃないみたいだ。

イク「だ、大丈夫…なの?」

鈴谷「ねえ、何があった?」

遅れてやってきた頬の痛みでようやく平手打ちを食らったと理解した。

女「こめん…思い出したけど、ごめん…ちょっと落ち着かせて…」

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鈴谷「へぇ…暗闇ね」

女「うん。よく、分からなかったんだけど」

イク「イクはそれ知ってるのね」

女「え?」
鈴谷「マジ?」

イク「だから昨日言ったのね」

女「昨日」

そう言えばそんな事を話していた気がする。分かるとかどうとか。

イク「だってその景色は、イクが見てるものなのね」

女「アンタが?どうやって?」

イク「どうやっても何も、今もそうなの」

鈴谷「今、も?」

イク「イクは生まれてからこうやってずっと変な海の中にいるのね。普通の海と同じ、真っ暗な海に」

女「いやいや、だってアンタ私らの事見えてるんでしょ?」

イク「それも言ったの。イクにはアナタしか見えてないのね」

女「はあ?じゃあ鈴谷は!」

イク「鈴谷の事は分かるけど、見えてはいないのね」

女「おぉう?」

ダメだ頭が追いつかない。

鈴谷「アナタ、ずっと浮上出来ずにそうやっていたの?一昨日からずっと」

イク「はいなの」

鈴谷「なるほどね…」

女「待って納得しないで説明して」

鈴谷「ちょっとニュアンスは違うけど、これはアナタの見たかったものって事よ」

女「私が?」

鈴谷「そ。艦娘の見ている景色って事よ」

艦娘の、この子の見ている景色?

あんな、あんなものが?

鈴谷「潜水艦は海中に潜るのよ。それも人間が潜れるような生半可な深度じゃない所まで。

知ってる?海中ってちょっと深いとこまで潜れば光が殆ど届かなくなるの。そんな世界で人の目なんて何の役にも立たない。

だから潜水艦は海中を見ない。センサーが目の代わり。それを見えてると言うのは間違いじゃないだろうけど、

だけど人の目でいえば、アナタの見た景色こそがイクの見ている世界よ」

まだ光を拾えている右目で鏡の中のイクを見る。

彼女のこちらを見る視点はやはりブレている。

それは、そういう事なのか。

昨日食料の探索を無理だと言ったのも、空間を把握する事はできても物体一つ一つがなんなのか見えないからなのか。

あんな世界に、一人で…

女「あっ…」ポロッ

涙が零れた。

悲しさとか寂しさとか憐れみとか、そういうのじゃないんだけど、なんでか胸がいっぱいになって苦しくて、溢れた。

イク「提督!?」

女「あはは、ごめんごめん。なんか、なんでかな…てか何?提督?」

イク「そ、そうなの!アナタは私にとっては提督なの!だから提督なのね!」

女「提督ねぇ」

提督。それは私にとっては亡くなった祖父を指す言葉だった。

鈴谷「提督の血を引く人ってのは意外といてさ。私らそういう人達を探してはこうやって勧誘してるんだけどさ」

女「悪魔め」

鈴谷「悪魔はちゃんと取引は守るもんね。その点は同じ。でも」

鈴谷がポケットから取り出したハンカチでそっと私の涙を拭いてくれた。

鈴谷「こんな事初めてよ。血の濃さとかじゃなくて、アナタには何かあるのかもね」

女「何かって何よ」

鈴谷「さぁね。願い事とか?」

女「…私が、艦娘の見ていた世界を知りたいと願ったから?」

鈴谷「かもね」

女「こんなの願ってなんかないわよ」

鈴谷「それはどうかな。願い事って案外、言葉に出したものと心で願っているものとじゃ食い違ってたりするしね」

女「それは…」

イク「ねえ鈴谷!」

鈴谷「ん?なに?」

イク「提督のこの目って治らないの?」

鈴谷「無理じゃないかなあ。多分これが代償なんでしょ」

女「代償?」

鈴谷「そ。言ったでしょ?イクはまだ肉体のない状態だって。だからアナタの命を取ってない。

でもアナタがイクの目と繋がったから、多分その分の代償」

女「繋がったって、この目が?」

鈴谷「そうなんじゃない?視覚だけが、アナタの目に実体化した。そんな感じじゃないかな」

女「そんな事が…」

鈴谷「だって昨晩触れたんでしょ?この娘に」

女「それは、まあ」

鈴谷「ならそういう事なのよきっと」

女「…理不尽だ」

鈴谷「ホンットにねぇ。いやマジでマジで。それには完全同意。すっごい理不尽」

苦笑いしながらそれでもやけに楽しそうに話す。

そういやこいつも艦娘もどきなんだよなぁ。なにか思い当たる節でもあるのか。

女「鈴谷」

鈴谷「は~い」

女「一日時間を頂戴。ちょっと色々追いつかない」

鈴谷「んー、正直既に取引的にはこれ以上なく合格なんだけど」

女「私達がこれからどうするか。それを考えたいの」

鈴谷「イクちゃんは?」

イク「私は提督に着いていくだけなのね!」

鈴谷「そっか。ならここからはアナタ達の物語ね。私はもうどうこう言わない。二人で決めなさい」

女「元からそのつもりよバーカ」

鈴谷「うわひっど。鈴谷傷付くわー」

女「ほらさっさと出てけレズビアン」シッシッ

鈴谷「はいはい。それじゃね~」

イク「またね~」

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鈴谷「うんうん、てな感じでさー。いや~もうまいっちんぐ。とりまこれからまた会いに行くから、どうなるかなぁ」

人気のない、というより生物の気配が一切ない廃墟と化した住宅街の一角。

そこに停められた少し小柄なハンヴィーの中で少女が無線で会話をしていた。

鈴谷「うん、うん。まあそこはいっかなって。うん。え、ホント?マジ?あざぁっす!じゃまたね~」

座席を倒した車内に毛布を引き寝床にしているようだった。

ゴロリと寝転がったまま無線機を乱雑に置く。

鈴谷「さぁてそろそろ行くかぁ…」

そう呟いて起き上がろうとした時だった。

女「何処に行くって?」

鈴谷「ぅわあっ!?」ガンッ

突然の声と車窓に見えた顔に驚いて飛び上がり、天井に思い切り頭をぶつける。

鈴谷「ーーーー」プルプル

女「…ざまあ!」

声にならない声を上げながら悶える少女を覗きながら女はガッツポーズをした。

鈴谷「なんで!なんでここが分かったの!?」

女「ちょっとは探したけどね。思ったより便利よこの目」

鈴谷「目?」

女「ほら、見てみなよ」

車の窓を開け突き出された右目を見る。

イク「ちゃおー」

鈴谷「うっわ!?イクちゃん?」

イク「そう!イクなのね!」

右目にはイクが映っていた。

女「どうせ見えなくなった目なんてレンズと変わらないしね。入ってもらったの」

鈴谷「入ってもらったって、そんな簡単に…」

女「凄いのよ?イクの見ている景色って。まだ左目との差が慣れないけど、こうしてアンタみたいな艦娘を探すのにはうってつけよ」

鈴谷「はあ!?艦娘の場所がわかるの!?」

イク「イクからすれば海で移動もせずに浮いてるだけの船なんて見つけない方が難しいのね」

鈴谷「ほぉう。イクちゃんにはそう見えてるんだ。なるほどなるほど」

女「どう?驚いてもらえた?」

鈴谷「モチのロン。これ以上なく、心底驚いたっての」

女「そりゃよかった」ニヤ

鈴谷「それで、どうしたいわけ?」

女「例の妖精のやつ、もう一個ない?」

鈴谷「粉の事?なんで?」

女「なんでってほら、私」

そう言ってまるでなんでもないかのように潜水艦を映している右目を手で隠し左目を開きながら言った。

女「"目がもう一個残ってるからさ"」

鈴谷「…!?」ゾッ

それが何を意味する言葉なのか、鈴谷は直ぐに気づいたがあえて何も言わなかった。

ただ

鈴谷「なるほどね。確かにアナタは提督だわ。血がどうこうじゃない。アナタ自身の有り様がね」

女「何それ?どういう意味よ」

鈴谷「別にたいした意味は無いって。私も記録でしか知らないんだから」

女「はあ。で?返答は?」

鈴谷「いいわよ」

ハンヴィーのドアを開け手を差し伸べた。

鈴谷「付き合ったげる」

女「よろしく」
イク「よろしくなの!」

E3甲攻略に失敗したけど台風で吹っ切れた。

建造が無くなったら亜種建造のようなものが色々と生まれそうだなと思いました。
死体を使ってみたいなのも考えましたが怖いので断念。
アナタの艦娘はどこから?

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