女「アキレスと亀?」(23)
キーンコーンカーンコーン
先生「よし、これで今日の授業は終わりだ」
キリーツ
レーイ
アリガトウゴザイマシター
先「はい、ありがとうございました。今日も一日お疲れさん」
女「あの、先生、質問があるんですけど」
先「ん?女ちゃんか、珍しいね。授業が分かりにくかったかな?」
女「いえ、授業の事ではないんですが…」
先「じゃあ恋愛相談?先生に相談するなんて、女ちゃんは見る目があるねえ」
女「先生にだけは恋愛相談なんてしません。先生ができるのは数学だけでしょう?」
先「女ちゃん、優等生なのに意外とキツイことを…まあいいや。質問は塾の問題とか?」
女「いえ、『アキレスと亀』という問題です」
先「へえ、面白い問題を知ってるねえ。でも解説には時間がかかりそうだなあ…時間は大丈夫?」
女「ええ、大丈夫です。というか、わかるまで帰りたくありません」
先「どういうこと?」
女「実は昨日…」
~昨日、夜~
トントン
父「女、ちょっといいか?」ガチャ
女「あ、おかえり。どうしたの?」
父「いやなあ、母さんからお前の数学の成績がいいって聞いたもんで、ちょいと腕試しに来た」ニヤニヤ
女「やだ。めんどい」
父「えぇー!?そこは『ふっ、命知らずな…よかろう。返り討ちにしてくれるわ!』とか言うとこでしょー!!?」ジタバタ
女「あーはいはい!わかった、わかったよ!受けて立つから!とりあえず近所迷惑だから静かにして!」
ピタッ
父「ククク…はたして貴様に、この問題が解けるかな…?」ビシッ
女(ウザい…さっさと答えて寝よう)
父「女は『アキレスと亀』という話を知っているか?」
女「いや、知らない。どんな話?」
父「昔な、アキレスというとても足の速い人間がいたんだ。そんな彼にある学者はこう言った。『アキレス、君は実はとても足が遅いんだ。なぜなら、亀にさえ追いつけないのだから』」
女「そんな馬鹿な」
父「そう思うだろう?だがまあ聞いてくれ。アキレスの少し先には亀がいて、彼は追いつこうと走り出したとしよう。するとすぐに、アキレスは彼が走り出した瞬間に亀のいた位置までたどり着くだろう」
女「そりゃあねえ」
父「だが、そのときまでに亀も少し進んでいる」
女「そうね」
父「では次に、アキレスが少し進んだ亀の位置までたどり着いたときのことを考えよう。このときも亀は少し進んでいるな?」
女「確かに…でもこれだと」
父「そう、あとは無限ループってやつだ。アキレスが亀のいた位置にたどり着いても、亀はその少し先にいる。こうして、いつまでもアキレスは亀に追いつけないことになる」
女「いや、そんなのは絶対おかしいでしょ…アキレスの方が速ければ追いつけるのは当たり前だって」
父「そう、確かにおかしい。だが女よ、この矛盾を説明することができるかな…?」
女(確かに、問題自体はシンプルなのに、正直ムズい。だけどそれ以上に、ウザい…)
父「あー、お父さん明日も早いから今日は寝るわ。明日また答え聞きに来るよー」
女「なんとも自分勝手な父親だこと」
父「え?じゃあ今すぐ答えてくれるの?」ニヤニヤ
ギクッ
女「ま、まあ説明に時間がかかるから、明日までに分かりやすくまとめておくよ。いやー、答えはわかってんだけどなー」
父「ムフフ、そう?んじゃそういうことで。おやすみー」バタン
女「お、おやすみ…」
女(つ、つい嘘をついてしまった…でも明日一日あればなんとか…)
先「で、なんとかならなかったと」ニヤニヤ
女「セクハラで訴えますよ?」
先「今のどこにセクシャル要素あったの!?」
女「恋愛相談に乗るとか言っちゃって」
先「いまさらそこ!?」
女「先生、父とキャラがかぶっててウザいので何とかしてください」
先「ウザっ…!?アー、キュウヨウヲオモイダシテシマッタナー」スタスタ
ガシィ
女「すみませんでした。そのままの先生が素敵です」
先「わかればよろしい。じゃあそこに座りなよ」
女「はい」ガタタッ
先「ではまず、問題を整理してどこに矛盾があるか考えよう。『アキレスと亀』の考え方と普通の考え方の違いはどこにあるかな?」
女「えっと、追いつくか追いつかないかってことですよね」
先「そうだね。じゃあ言い方を少し変えてみよう。追いつくまでにかかる時間はどう違う?」
女「普通に考えればいつかは追いつくけど、『アキレスと亀』ではいつまでも追いつかないですね」
先「そう、それを数学っぽくいうと有限と無限ということになる」
女「無限…でも、無限に関することなんて授業で習ったことないですよ」
先「そりゃそうだろうねえ。だって理系の高校3年生とか大学生が勉強する話だもん」
女「大学…!?あんの父親め…!」
先「面白くていいお父さんだねえ」
女「どこがですか?中学生には解けない問題を出して困ってるのを見てほくそ笑むような父親ですよ?」
先「いやいや、少し簡単にすれば中学生でもわかるさ」
女「ホントですか?」
先「ああそうさ。先生が信用できないかい?」キリッ
女「できません」キッパリ
先「ひどいっ!」
女「ただし、数学の事だけは私の知る限り一番説明が上手です。だから先生に聞いたんですよ」
先「女ちゃん…ツンデレ?」
女「放課後の教室で先生に乱暴されたって報告してもいいんですよ?」ニコッ
先「で、では、無限の話をさせていただきます…」ガクブル
女「お願いします」
先「『アキレスと亀』でアキレスは亀に追いつけないと思ってしまう理由は『無限ループ』が原因なんだ。亀のいた位置まで進む時間を無限回足し合わせると、無限になると考えてしまう」
女「そりゃあ、無限回足したら無限になるんじゃないんですか?」
先「じゃあ女ちゃんに問題だ。2メートルの高さの部屋と、ある植物がある。その植物は1年目に1メートル、2年目に0.5メートル、3年目に0.25メートル、というように前の年の半分だけ成長していく。では、この植物が天井に届くのは何年後でしょう?」
女「えっと…」カキカキ
~5分後~
女「うう、いつまでたっても2になりません…」
先「まあ、そうだろうね。じゃあ少し見方を変えてみようか。天井までの残りの距離を考えてみよう」
女「えーと、1年目は1メートル、2年目は2-1.5で0.5メートル、3年目は2-1.75で0.25メートル…」
先「何かに気づかないかい?」
女「その年に成長した長さと残りの距離が同じ…?」
先「その通り。言い換えれば、この植物は残りの距離の半分しか成長しない」
女「ということは、いつまでたっても天井には届かない…」
先「だねえ。ほら、無限回足し合わせても無限にならないことがある」
女「ホントだ…」
先「『アキレスと亀』の話もこれと本質は同じなんだよ」
女「でも、それぞれの速さとか距離とかがわからないと、さっきみたいに解けないと思うんですけど」
先「だから普通はアキレスの速さをu、亀の速さをv、離れている距離をl、とかって文字でおいて考えるんだけど、こういう一般的で抽象的なのは大学生からでいいよ。今はもっと具体的にして簡単な場合を考えよう」
女「というと?」
先「アキレスの速さを秒速1メートル、亀の速さを秒速0.5メートル、離れている距離を1メートルとしよう」
女「なるほど」
先「じゃあまず、普通に考えてみようか。アキレスは何秒後に亀に追いつくかな?」
女「1秒間に1-0.5で0.5メートル差が縮まるから、1割る0.5で2秒後ですね」
先「その通り。では、『アキレスと亀』の考え方でいってみよう」
女「えーっと、最初はアキレスが1メートル進むから1秒、その間に亀が0.5メートル進んでるから次にアキレスが進むのは0.5秒…あれ、これって…」
先「さっきの問題と数値まで同じにしちゃった」
女「すると、さっきの問題の植物の高さが『アキレスと亀』の時間に対応してるから、いくら足しても時間は2秒にならない…ってことですか?」
先「うん。これで謎は解けたでしょ?」
女「『アキレスと亀』の考え方だと、何回計算しても時間があるところを超えないから、追いつかないように感じる…」
先「そうそう。その『あるところ』っていうのがアキレスが亀に追いつく瞬間なんだけどね」
女「なるほど…一応わかったような気がしてますけど、なんか不思議な感じです」
先「そうだろうねえ。初めて無限に触れたときっていうのはそんなもんだよ。いやー、女ちゃんの初めてをもらっちゃったなー」
女「先生はよっぽど社会的に死にたいみたいですね」ゴゴゴ
先「じょ、冗談!冗談だってば!」
女「ふう、まあわかりやすい説明に免じて特別に許してあげます」
先「ありがたやー」ホッ
女「その代わり一つ質問に答えてください」
先「はいはいなんでしょ」
女「さっきの例ではアキレスの速さが亀の速さの倍だったから簡単に計算できましたけど、そうでなくてもちゃんと同じ結果になるんですか?」
先「そうだよー。まあ理系に進んだら『無限等比級数』っていうのをやるから、それまで楽しみにしておきなよ」
女「ムゲントウヒキュウスウ…なんかの必殺技みたいですね」
先「夢幻踏日急芻!」ビシッ
女(やっぱりお父さんに似てるなこの人…)
先「あれ、スベった?」
女「いつもの事じゃないですか」
先「ぐはぁ!」
女「まあとにかく、今日はありがとうございました」
先「またいつでも聞きにおいで。そろそろ暗くなるから気を付けて帰るんだよ。んじゃさよならー」
女「さようなら」
女(さて、帰ったらお父さんをボコる準備でもしようかしら)
~女の部屋~
トントン
父「女ー、いるかー?お父さんだぞー」ガチャ
女「おかえり」
父「どうだ、解けたか?」ニヤニヤ
女「ええ、もちろん」
ペラペラ
父「おお!簡単な場合とはいえ、お見事!」
女「ま、私にかかればこんなものよ」ドヤァ
父「いやあ、答えられなかったらプリンでもおごってもらおうと思ってたんだけどねー」
女「なに実の娘にたかろうとしてるのよ!」
父「だから問題も難しめにしたんだけどなあ」ションボリ
女「まったく、中学生に高校生や大学生向けの問題を出すなんて…」
父「お?どうしてそんなこと知ってるんだ?」
女「(しまった!)え、えーと、学校の図書室に高校生の数学の教科書が…」
父「ふーん…で、ホントのところは?」
女「学校で先生に聞きました…」
父「正直でよろしい。…でも良かったよ、先生に聞いてくれて」
女「どうして?」
父「女って頭いいからさ、なんでも自分だけで解決しようとする節あるじゃん?実際だいたいのことはできちゃうんだけど。でも、わからないことがあったら相談したり議論したり、時には教えてもらうことも大事なんだよね。そうすることでより知識や視野が広がりやすくなる」
女「お父さん…」
父「だからお父さんは難しい問題を出して、何としても解きたくなるように煽って、それを促していたと…」
女「いい感じにまとめようとしても無駄よ」
父「え?」
女「お父さんのことだから本当にプリンが食べたかっただけでしょ。大方、月末でお小遣いに余裕がないから、なんとか娘にたかろうとしたってところでしょう」
父「うっ」グサグサッ
女「このことをお母さんに報告しちゃおっかなー」
父「そ、それだけは!」
女「じゃ、コンビニにでも行ってプリン買いましょ?もちろん、お父さんのおごりで」
父「とほほ…」
女「あら、嫌ならいいのよ?そしたらお母さんに…」
父「喜んで奢らせていただきます!!」
おわり
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