叢雲「地獄の鎮守府」 (209)

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エンド・オブ・オオアライのようです ※連載中のコラボ作品(◆vVnRDWXUNzh3作)


艦これ×天華百剣 編

川д川 ウホウホ!!鎮守府に颯爽と登場した貞子ゴリラ、トランスフォームウホ!!
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【艦これ】艦天って略すとカロリー低い食材みたい 第二章【天華百剣】
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『艦天って略すとカロリー低い食材みたい』 幕間
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【艦これ】艦天って略すとカロリー低い食材みたい 第三章【天華百剣】

【艦これ】艦天って略すとカロリー低い食材みたい 第四章【天華百剣】
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【艦これ】『Last one week & Epilogue』【天華百剣】
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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1597493549

実 質 ウ ル ヴ ァ リ ン Z E R O
投下すんのめんどいくらい量あるんでもう既にしんどいです。よろしくお願いします


・提督の表記は『( T)』になっています。マスク超人です
・提督はドウェイン・ジョンソン並みのマッスルです
・2分の1の魔法 8月21日公開
・キングスマン:ファーストエージェント 9月25日公開

・イ ッ プ マ ン 完 結 大 ヒ ッ ト 上 映 中 劇 場 で イ ッ プ 師 匠 と 握 手 

齢二十と余年。まだまだ若輩な我が身ではあるが、誰よりも劇的な人生を送った自負がある
誰が信じる?海の底から現れた深海棲艦とかいうバケモン相手にほぼ生身で戦って、生き残ったなんてよ
ああ、命がけの負け戦だった。友人も上官もほっとんど殺されちまったよ。だが、それでも俺含む人類は奴らを『退けた』。国民栄誉賞に値する戦働きだった筈だ
だが実際はどうだ?程なくして登場した『艦娘』とかいうソシャゲのキャラみたいな小娘によって、俺たちの戦いは呆気なく忘れ去られた
女のケツを追っかけるのに忙しいお偉いさん方は、雀の涙ほどの報酬と艦娘のケツ持ちという新しい職を用意してくれただけだ

何人かは文句も言わず従ったよ。御大層な大義名分ぶら下げてな。だが俺は御免だった
理由は多々あるが……正直、疲れていたのと、艦娘とかいうクソ巫山戯た連中とお付き合いなんてしたくなかったからだ。何が那珂ちゃんスマイルだ関節逆方向にねじ曲げるぞ
とにかく……まぁ、これも一つの転換期と思って、戦いの場以外で何か出来ることはないかと全国を放浪した。いや、大それたもんじゃねえ。旅行も兼ねてる
何処に行ってもあいつらの活躍は目に耳にと飛び込んでくる。絶望ルート真っ只中だったこの国も、活気を取り戻していってた
俺だって死にたかねえし、あのクソ共が一匹残らず消えてくれんなら御の字だ。若干のモヤモヤはあったが、このまま元の生活に戻っていくのかなって期待もあった



俺の人生のクライマックスは、恐らくもう終わったのだろうと、タカを括るほどに



.




(;T)「……」

叢雲「……」



だが、これまでの日々は、ほんの『前置き』に過ぎなかった
手足を投げ出し、虚ろな目で興味なさげに俺を見る『艦娘』の姿を見て、そう確信した
『劇的』と自惚れていた人生を塗り替えるような戦いが始まるのだとも


さて、退屈な時間があるならお付き合い頂こう。これは、俺が『提督』になるまでの
『地獄』と呼ばれた場所が『我が家』になるまでの
『艦娘』が頼もしき『家族』になるまでの


『叢雲』が、唯一無二の『相棒』になるまでのお話


.





叢雲「地獄の鎮守府」



.

―――――
―――



「……」

「知らない天井だ……」


目を覚まして最初に俺を出迎えたのは、白い天井と元気のない蛍光灯
このセリフ吐くに相応しいシチュエーションが来るとは思ってなかったわ
身体を起こそうとしたが、上手く力は入らない。口の中は粘っこく気持ちが悪かった


「なん……チクショウ……」


意識もハッキリとせず、こうなる直前の記憶も思い出せない
急性アルコール中毒患者なら似たような経験があるだろうが、生憎こちとら生来の下戸で酒に縁が無い
ゴリゴリに凝り固まった首を動かすと、点滴の袋がいくつか見える。どれも中身は尽きる寸前だった


「クソッ、冗談じゃねえ……」


ここしばらく『入院』ってもんに縁が無かったってのに、いつの間にこんな場所で寝転がってんだ俺は


「ふっ……くっ」


身体をくねらせてなんとか上半身を起こす。病院着の袖からは、栄養不足で痩せた腕が覗いていた
この痩せ具合を見るに、相当な時間をベッドの上で過ごしていたらしい。また鍛え直しだ


「小指……動け……」


長時間の筋肉の停止。すぐさま再起動とはいかない。末端から脳の命令を送り込み、叙々に身体を慣らしていく。キル・ビル履修してて良かった
キル・ビルで思い出したんだけど意識ない間に人間オナホみたいな扱いされてないだろうか。こわい、なんで思い出した。こんな事になるなら観るんじゃなかった

「痛っ……!!」


点滴の針を抜き、シーツで止血する。身体もぎこちなくだが動くようになった。五体満足、外傷無し、ますます入院の必要があったのかと首を傾げてしまう
とにかく先ずは水が欲しい。あと股座が痒い。ベッドがら立ち上がり病院着をハラリすると、異臭を放つ大人用オムツがお出迎えだ。誰が得するのこのシーン?
ここの看護師はよほど怠慢らしい。せめて粗相したら替えて欲しかった。赤ん坊みたいに泣き叫んでやろうかクソが

ややガニ股になりつつ、洗面台に近づく。病院の一室……というより、この部屋の作りは学校の医務室に近い
置かれている医療器具は専門の物だろうが、長いこと意識のない野郎を置いておくには少々不釣り合いに思える
なんて考察をしながら蛇口を捻り、手を軽く洗い流して久々であろう水を啜る。ヌルいそれが喉を通り、胃に落ち、身体に染み渡る心地よさは



( T)



( T)「は?」



鏡に映る、妙な覆面によって掻き消されていった

( T)「え?」


白い布地に、目元から鼻、唇の先を覆うように黄色い『T』のアルファベットがプリントされたシンプルな覆面
直接指で触れてみると、ナイロン素材に近い滑らかな触り心地だ。息苦しさも感じない。それが何より『恐ろしい』
視界は良好、水も普通に飲めた。そのマスクには何一つとして『穴』が空いていないにも関わらず
被り口は顎下から頸にかけて、頭そのものをすっぽりと覆い尽くしている。美容整形を受けたとしても、こんな変わった保護マスクなんて被らねえだろう。知らんけど


( T)「……」


もしかしたらフェイスフラッシュとか撃てるかもしれない。若干の期待と莫大な不安を込めて縁に親指を突っ込んだ


(;T)そ「いぎっ……!!」


途端、激痛。皮膚に切り込みを入れて、その中に無理やり指を突っ込んだような痛みが奔る
ジワリと目元に涙が浮かぶ。ゆるゆるな股間の栓が決壊しなかったのは大人故の意地だった


(;T)「フーッ、フーッ……」


他人より痛みに慣れているとはいえ、痛いもんは痛い。だが、俺に置かれた事態の確認は進めなければならない
覚悟を決めて両の親指を深く突っ込み、なけなしの力を込めてマスクを捲った


「ああ、あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


糊でべったりと張り付いた紙を剥がしていくような、乾いた『バリバリ』音。痛みは熱と痒みを伴って顔面の底から噴き上がる
最初に見えたのが、赤黒く爛れた顎の皮膚。唇と肌の境目は塗り潰され、鼻は辛うじて『穴』が確認できるのみ
耳朶は側頭部と癒着してくっ付き、腫れぼった目蓋の内側で血走った眼がガクガクと揺れる
森林地帯を丸ごと焼き放った土地のように、『毛』というものは一本すら見当たらない。頭の天辺まで焦土と化していた


「ハァッ、ああああ、ああああああああああああああ!!!!!!!」


痛み、熱、痒み、耐えきれず掻き毟ると、爪の間に血と膿が伴った皮膚の欠片が入り込む
空っぽの胃の中から、食道を焼きながら酸っぱい胃液が込み上げる。まともに呼吸も行えない
苦労して取り戻した身体のコントロールは失われて、床をのたうち回った


「が、うぶっ、いいいいいいいいい!!!!!!」


縋り付くように、あれほど気味の悪かった覆面を乱暴に被り、胎児のように蹲る
すると、傷口にピタリと新しい皮膚がくっつくかのように馴染み、外気に晒されていた火傷の痛みが鎮まっていく
ギュッと目を瞑り、呼吸と気分が落ち着くのを待った。これが悪い夢であるなら、どれほど気が休まっただろう

(;T)「ハァッ……フゥー……スゥー……フゥー……」


カラカラの身体でも、脂汗を流すほどの水分は残っていたようで
洗面台を支えに、ヌメる身体をなんとか起こす。錯乱して気付いていなかったが、点滴痕からまた血が溢れていた


(;T)「ぐ……うう……」


戸棚からガーゼと包帯を取り出し、本格的に止血をする程度には落ち着いたが、涙と嗚咽は止まらなかった
俺、俺の、『小練 詩音』という人間である証が一つ失われた。それを素直に受け入れられる程、狂ってはいなかったのだから

―――――
―――



( T)「さて……」


一頻り泣き明かした後、気持ちを入れ替えてこの場所を探索する事にした
俺に起こった災難が不慮の事故なのか、それとも人為的に引き起こされたものなのか
それを説明する者が、あれだけ大騒ぎした後だってのに一人も現れないからだ
可笑しくね?病院ならすぐに看護師さん来るよね?世界はそんなに俺のこと嫌いか?俺もお前のこと嫌いだよ死ねカス

幸いにもこの医務室には一通りの物が揃っていた。冷蔵庫に転がっていた飲用ゼリーを全て飲み干した後、電気ケトルで湯を沸かして身体を拭き
クローゼットの中でご丁寧に畳まれていた衣服に袖を通す。日本人にしては大柄な俺に合わせたサイズだったが、痩せた今となってはやや幅広だ
身綺麗になった所で、改めて現在の状況を整理していく


( T)「見覚えのない部屋に長時間、意識不明の状況で放置。外傷は顔面の大火傷のみ。人との接触は無し。扉は……開く」


引き戸はすんなりと開き、これまた人気の無い廊下が静かに佇んでいる
気温は空調がなくとも涼しく過ごしやすい。最後の記憶が確かなら、俺は真夏の暑さにおファックおファックと喚いていた筈だ
少なくとも一、二ヶ月ほどは眠り続けていたらしい。ソシャゲだってカムバックログボ配るぞオイ


( T)「場所は……海沿い。やや小規模だが、湾口が見て取れる」


開け放った窓から潮風が吹き、カーテンを揺らす。そこからはコンクリート造りの湾口と、恐らく機能していない灯台が見える
喧騒は聞こえず、ただ自然の音だけが辺りを支配している。映画館どころかレンタルビデオショップすら無い田舎のようだ。俺に死ねってか


( T)「怪我人をド田舎に一人ほったらかしにするか普通……?」


オムツの中が地獄だったんで股座もそらあもうエラい事になってた。消毒したらまた地獄が見えた。もう一回叫んで泣いた

俺の持ち物は携帯や財布含めて何一つ見当たらない。ソシャゲのログボどうしてくれんだろうか
バイクはどこに停めてあるんだろうか。なけなしの手当てで買った新車なんだけど盗まれたりしてないだろうか
にしたってタバコくらい置い……このまま禁煙できるんじゃね?これが……禁煙外来……?


( T)「行くかぁ……」


何にせよ、動かなければ始まらない。『28日後…』みたいな出だしで若干不安だが、まぁ深海棲艦よりゾンビの方がマシだろう
壊れた自販機から炭酸の缶とか転げ出してたら覚悟決めよう。荒廃した街中で『Hello』って呼び続けよう


( T)「おはようございまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーす!!!!!!!!!!!!!」


三者面談とかで先生に『元気だけは凄い良い』と褒められた持ち前のテンションで医務室を出る


( T)「……」


その場で少し待つがやはり人の気配は無い。アラートが鳴り響いたりもしない
俺が赤ちゃんだったら泣くの止めて母親への信頼失くすレベルで放置されてる。オムツされてたんだから半分赤ちゃんやったやろ
誰も居ないんだったら服着なくても良かったんじゃねえだろうか。チンチン丸出しで歩いても捕まらない


( T)「なんてな……」


しょうもない事を考えちまう癖は、顔面が焼け爛れても変わりない
『自分』は確かに残っている事に安心し、廊下の右手を歩き始めた

( T)「学校じゃん」


暫く歩き回って抱いた第一印象がそれだった。田舎の、なんか全校生徒五人くらいしかいない限界集落の古い木造建築の学校を
そのままの雰囲気残していい感じにリフォームしたみたいな場所だった。匠の技が光ってる


( T)「……」


窓を全て板張りされた教室の扉を、開かなかったんで致し方なく、クソ力いっぱい蹴破ると


(;T)そ「うっ、わ……」


充満した油の臭いと、赤いクレヨンで塗りつぶされた壁。その真ん中に、小学生用の机が一席ポツンと置かれていた


(;T)「オバケ屋敷かよ……」


第二印象がこれ。他にも色んな教室を蹴破ったり窓を肘で割ったりしたらお札とか髪の毛とか人形とか種類が豊富で飽きなかった
どれか一つに絞れよ。設定過多かよ。キャビンの舞台にでもなったんじゃねえのか


( T)「ん~???????????????」


しかしこうなると、ますますこの場所が何なのか見当も付かなくなる
廃校になって、オバケ屋敷として改築した?じゃあなんで俺がそんな所に放置される?


( T)「電気と水道は通ってるから、人の手は入ってるし建物として運用もされてる……」


窓の縁を指でなぞると、若干だが埃が付いた。掃除はあまりされてないのだろう。しかし、長い間放置されているワケでもなさそうだ
そりゃ、俺を運び込んだんならそれ以外の『人』は確実に関わっているんだからな

( T)「うーん……」


出て行って、いいものか。窓は普通に開くし、そもそも拘束すらされていない
トランスポーター3でフランクが嵌められた爆発する腕輪みたいなものも見当たらない
車があるかどうかは知らんが、ここが何かしらの施設であるならば道路はあって然るべきだ
例え遭難したところでグリザイアの果実天音過去編みたいな事にはならない。ゲームやってて膝が震えたの初めてだ


( T)「……」


だが、出て行ってどうする?警察にチクるか?SNSで被害報告でもするか?美容整形外科で顔を戻してもらうか?
ふざけた話だ。泣き寝入りなんて出来るものか。俺に起こった事は人為的な物で間違いない
だったらやる事は一つ。報復だ。誰が、何が、どんな正当な理由があろうとも、許可なく人の顔面を丸こげにした罪は償ってもらう


( T)「ふざけやがって……」


探そう。探して無ければひたすら待とう
真相を明かにするまで、俺はこのイカれた場所から逃げはしない
俺がくたばるか、連中が痺れを切らすかの我慢比べだ


( T)「次だ次!!」


気合を入れて探索を再開しようとすると


『りん』


(;T)そ「わぁびっくりしたぁ!?」


イヤホンから流れて来るかのように、耳元からハッキリと大きな『鈴の音』が一つ聞こえた
色んな所バキャッって開けたから呪いかなんかが発動したのかと思った

(;T)「なん……ん?」


視界の端で白い『紐』のような物がスッと横切る。廊下を叩く軽い足音と、弾む鈴の音を伴って
恐らく、猫か何かの小動物。鈴は首輪にでも付いてる物だろう。特異な環境で物音に敏感になっちまったか?


(;T)「飼い猫か?」


人では無いが、待望の住人だ。もしかしたら、化け猫の一種かもしれない
追わない手は無いだろう。はやる気持ちはあったが、刺激しないようにゆっくりとその後を追った


( T)「……」


廊下を曲がると、階段が現れる。鈴の音は導くように階上へと昇り、止まる
足を掛け、後に続くと足音はまた俺から離れようと遠ざかる
『待っている』のか?ひょっとして、俺を導いているのではないか?


( T)「まるで御伽噺だな……」


白兎ならぬ白猫の案内で、不思議の国とは程遠い不気味な校舎をひた進む
出来の悪い脚本に呆れながらも、臆する事なく二階へと上がった


( T)「さて、お次は……?」


さほど距離もない廊下。猫の姿はない
代わりに、とある一室の扉がほんの少し開いているのが見えた
打ち付けされた教室とはまた雰囲気が違う。招き猫の到着点はここだろうか?


( T)「さてさて……」


何か武器になるような物でも持ってくれば良かったか?まぁ俺なら衰弱してても人の一人や二人ぶっ殺せるが
そこに首謀者がいるなら、是非ともご説明を願おう。その後に出来る限り痛い方法でぶっ殺そう。顔面コンロで焼こう


( T)「……」


扉へと近づくと、部屋札には 『司令室』の文字。何の?学校じゃないの?
そして部屋の中には人の気配がする。今度こそお喋りが出来る生き物だろう


( T)「……」


不躾にもノックをせず、ゆっくりと扉を押し開けた

「……」


(;T)「うっ、お」


来客用と思わしきソファーに腰掛ける、長い銀髪の少女の形をした『人形』
そう思っていた物が、油の切れた機械仕掛けのようにぎこちなく首を動かし此方を向いた
琥珀色、だが濁りきった瞳の下部を、重たく隈が縁取っている。頬は痩せこけ、青白い頬には細く引っ掻き傷が線を引く
『ヤバいこれ絶対呪いだわ俺詰んだ』と息を飲んだ瞬間、『人形』は力なく微笑んだ


「おはよう」

(;T)そ「えっ、あ、はい、おはようございます」


挨拶は大事だ。古事記にもそう書かれている
思わぬ駐在者に流石の俺も面くらい、丁寧に返す他無かった


「人って案外、放置しても死なないものね。それとも、貴方が特別図太いのかしら?」

(;T)「……あの、いやー……ちょ、うん、色々文句とかあるけど、質問いい?」

「ここは『地獄の鎮守府』。私と貴方以外の人はいない。貴方の身に起きた事を私は知らない。お風呂なら下の階か、大浴場がお望みなら寮を。ご飯が欲しいなら食堂に。お帰りはここを出て山手の道沿いを二時間ほど歩けば近隣の村に着く。これで満足?」

(;T)「うーーーーーーーーん……うん……」

「まだ何か?」

(;T)「まだかもクソもねーーーーーーんだよなぁーーーーーーーーーーー……」


聞きたいことを一気に捲し立ててくれたは良いが、何も解決していない
かと言って、目の前の女の子に拷問なんてする気は起きない。俺は変態じゃない
俺に対する興味も関心も無く、サッサと消えて欲しいようだがそうもいかない


(;T)「あー……座っても?」

「好きにしたら……」


こうも素っ気無いと此方も毒気を抜かれる。やや気味が悪かったが、文字通り腰を据えて向き合うことにした

( T)「痛つつ……ハァーーーーーー……」


股座がズタボロボンボンだと座るのも一苦労だ。かと言って、世話役と思わしき目の前の女の子に寝てる間ケツ拭かれるのもなんか悪い気がする。俺は変態じゃない
女の子は席に着いた俺に茶を出すでもなく、焦点の合っていない目でぼんやりと外の景色を眺めている
改めてその様子を観察すると、身なりが随分と汚れていた。セーラー服調の長いワンピース、特にその襟筋に顕著に表れている
血が乾いて、茶色く変色しているのだ。派手に飛び散ったものではなく、傷口からジワリと滲み出したかのような汚れだ
瘡蓋が目立つ首筋には、やけにゴツゴツした『チョーカー』が嵌められている。お洒落にしては攻めたデザインだった


( T)「小練 詩音だ。下の名前は女の子みたいで恥ずかしいから呼ばないでくれ頼む。キミは?」

「……叢雲」


古風で、短い名前だ。彼女が人の子なら親の顔が見たい
だが、心当たりが一つあった。人離れした髪色にしても眼の色にしてもそうだ。彼女は人間ではない


( T)「艦娘だな」

叢雲「……」


答えは無いが、恐らく正しい。深海棲艦との戦争に置いて、生命線とも言える『人型兵器』
直接目にするのはこれが初めてだ。やはり開発陣の正気を疑う。見れば見るほど、あのクソ共と張り合える兵士には見えない


( T)「活躍はいつも耳にしている。お会い出来て光栄だ」

叢雲「……何よそれ。嫌味のつもり?」

( T)「いいや、敬意だ。所でさっき、『放置しても』と言ったな?キミが俺の世話係なのか?」

叢雲「……ま、そんな所ね。粗相した辺りで、臭くて何もする気起きなかったけど」

(;T)「……まぁそれは、良くないけどいいや。『どこまで答えられる』?」

叢雲「……さぁ?」


艦娘がいるなら、この案件は軍が関わっていると見て間違いない
、彼女の有り様を見るに『望んでこの場所に居る』のでは無いのだろう
しかし……『さぁ?』と来たか。これは楽しい会話になりそうだ

( T)「『地獄の鎮守府』ってのは?」

叢雲「……俗称よ。廃村を買い取って鎮守府を設立したのは良いけど、配属された提督以下人員が全て原因不明の不審死に遭う、呪われた場所」

叢雲「フフッ、『呪い』なんてもので片付くのかは、疑問だけれど」

( T)「つまりー……邪魔者を消す用の流刑地か?」

叢雲「そうかも知れないし、ただの偶然が続いただけなのかも知れない。誰も詳細を口にはしないわ」

( T)「『死人に口無し』ってか」


彼女は何が面白かったのか、拳を口元に添えてクスクスと笑った。頭ヤバいと思った
突拍子もない話だが、バキャッとぶっ壊して中を覗いた教室を見るに、もしかすると本当に『呪い』とやらはあるかもしれない
まぁそんなものに殺される俺ではないが。きっと筋肉が適応して逆に殺したりとかするかもしれない。だとすると素敵だなって


叢雲「面白い返しをするのね、貴方」

( T)「どうも。で、ここは日本のどの辺だ?」

叢雲「【機密保持の為検閲済】」

( T)「……とにかく、ド田舎もド田舎?」

叢雲「そうね。療養にはピッタリなんじゃない?」

( T)「そうかね……俺は近くに映画館がある方がよほど嬉しいが」

叢雲「ご愁傷様」

( T)「お気遣いどーも。キミはいつからここに?」

叢雲「さぁ?カレンダーなんて一々確認しないもの」


壁に掛けられている月捲りカレンダーを確認すると、五月のままだった
彼女がここに来てから……というより、不審死したと思わしき『前の所有者』の頃から更新されていないのだろう


( T)「鎮守府と言ったが、ここの守りはどうなってる?」

叢雲「一任されてるわ」

( T)「一人でか?」

叢雲「そうね。最も、素敵なお客様を見かけた事は無いし、わざわざ探しにも行かないけど」

( T)「素敵なお客様ね……乱暴なノックをしてきそうだ」


俺の軽口に、今度は腹を抱えてケタケタと笑った。情緒不安定かよこわい
まぁ、長らく誰とも会話してなければ人間こうもなるのかも知れない。このまま写真撮ったらホラー映画のジャケットになりそうだ

( T)「それで、寮長様。キミに下された指示は?」

叢雲「……」

(;T)そ「うわ急に落ち着くなよこええよ」


藪蛇だったらしい。再び暗く沈んだ彼女は、生え際を指先で掻いた
風呂にも入っていなかったのか、フケと共に銀髪がふわりふわりと膝上に落ちる


叢雲「……貴方の監視役、及びご機嫌取りの『玩具』」

( T)「玩具?」

叢雲「『求められれば全て応えよ』。言ってる意味はわかるわよね?」

( T)「……まぁ、な」


娯楽を制限された場所で男女が揃えば、自ずと『出来ること』は限られる
加えて、彼女は『艦娘』だ。脅えて逃げ出そうとしても、力づくでそういう『展開』に持ち込めも出来るだろう
力による拘束と、嘘か真かも知れない怪談話。諦念が心を覆えば、誰しも甘い罠にコロッと堕ちる


( T)「……失礼だが、指令実行の努力を怠っているように見えるが?」

叢雲「汚いナリはお好みじゃないのかしら?それは失敬。『オトコを手玉に取るマニュアル』に追記しておくわ」

( T)「厚い本になりそうだな。だが内容は薄っぺらそうだ」

少し暑くなり、窓を開けようと立ち上がると


叢雲「っ……」


『早速か』とでも警戒するかのように、肩を跳ねさせた


( T)「……窓を開けても?」

叢雲「え、ええ……」


彼女の困惑とは裏腹に、俺は少し安心した。ようやく人らしい反応を見られたからだ
叢雲には『拒む意志』がある。それは俺にとってプラスに働くだろう


( T)「よっと……」


窓を開け放つと、潮風が室内を吹き抜ける。波は太陽の光を乱反射し、寝起きの瞼を容赦なく攻め立てた
なるほど、確かに療養に訪れるにはピッタリの場所なのだろう。キャンプでも張れば穏やかに過ごせそうだ


( T)「……喉のそれは、枷だな?」

叢雲「……」


よほど頭の可笑しい奴か、真性のマゾじゃなけりゃこんな任務に進んで志願しない
トランスポーター3と同じだ。いや、この場合『バトル・ロワイヤル』に近いか
叢雲はイエスもノーも答えない。言うまでも無いからか、それとも、言うのすら恐ろしいのか
何方にせよ、沈黙は肯定と同義だ。そして彼女は、出会ってすぐさま『帰宅』を勧めた


( T)「……クソッ」


そうだな。多分、俺に対するほんの少しの『気遣い』だ
『イエス』と断言してしまえば、俺が逃げ出した時に一生の傷が残る
逆に、悟られていたとしても何も言わなければ、『箱の中の猫』と同じ思考に成り得る
これも一生の重荷にはなるだろうが、前者よりも幾分かマシだ。可能性が残っているのだから


叢雲「……自分で言うのもなんだけれど、最後のチャンスよ。私を含む誰もが貴方を咎めたりなんかしない」

( T)「……ああ、かもな」


外の景色から、目を逸らせられなかった。振り向いて、哀れな少女の顔を見るのが怖かったからだ
これならテメーの手首に腕輪を着けられていたほうがマシだ。連中は俺の事をよく学習している


( T)「フゥー……」


逃げ出せるワケねえだろ、こんなもん

( T)「……」

叢雲「……」


会話はピッタリと止み、気まずい沈黙に包まれる
なんて応えれば良い?言葉こそ交わしたが、彼女にとって俺は不確定事項の多い一人の怪しい男でしか無い
優しい言葉も、信頼を確約する言葉も、きっと不発に終わる。こういう時に限って自慢の軽口はズシリと重たい


『ぐぅ』


( T)「……」

叢雲「っ……」


そんな思考を破ったのは、彼女の腹の虫だった


( T)「……フ」

叢雲「……何よ、笑いたきゃ笑えばいいじゃない」

( T)「ダーーーーーーーーハッハッハッハ!!!!!!!ホホーーーーーーーーーゥホーーーーーーーーウ!!!!!!!!!」コイツァケッサクダァ!!!!!!!!!!!

叢雲「ひっ!?」

( T)「いや……笑えって言ったじゃん」

叢雲「そっ……げ、限度があるでしょうに……」


そうだな、答えを急ぐ必要はない。時間はたっぷりありそうだ


( T)「言ったな?『求められれば全て応えよ』と」

叢雲「……それが?」

( T)「風呂、焚いといてくれねえか?」

叢雲「は、はぁ?」


ポカンと口を開けた彼女を見て、今度は控え目に笑って見せた
俺は生来の捻くれ者だ。連中の望む通りになってやるものか

先ずは目の前の少女と、友達になってやろうではないか

―――――
―――



叢雲「……何これ?」

( T)「お粥も見たことねえのか?艦娘って何食って生きてんの?ナメック星人と一緒?」

叢雲「そうじゃなくて……!!」


風呂を焚いて戻ってきた彼女を、お手製の中華粥でお出迎えする
信長も言っていた。『湯たっぷりで粥にしろ。飢えて消化に悪いと死ぬ』と


( T)「どうせ風呂と一緒で飯もロクに食ってねえんだろ。即身仏にでもなるつもりかよ徳が高えな」

叢雲「何の真似かって……聞いてんの……っ!?」


苛立ちをぶつけようとしたのか、それとも単なる栄養不足で足元がフラついたのか
叢雲はテーブルの上に右手を強く叩き付けた。お粥は咄嗟に持ち上げたので無事だ器あっっっっっっっつ!!!!!!!!!!!


(;T)「器あっっっっっっっつ!!!!!!!!!!!!」

叢雲「っ、察しが悪いようだからハッキリ言うわよ。出てけって、言ってんの!!」

(;T)「いやそんなん俺の自由じゃん……ほらもう外暗くなり始めてるし……」


俺の行為はよっぽどの予想外だったのか、彼女の『地』が現れ始めている
良い傾向だ。あの調子のまま続けられると此方も気が滅入るからな


叢雲「それとも何!?据え膳だけでも頂こうって腹!?」

(;T)「その言葉嫌いなんだやめてくれ。どうもこうもしねえよ、飯食って風呂入って寝ろ」

叢雲「っ……貴方、わかってんの!?拉致されて、顔を焼かれて、得体の知らない場所に拘束されてんのよ!?」

( T)「良いから、座って、食え」


少し語気を強めると、消えかけの手持ち花火の様に彼女の勢いは衰えていく
ガクリと肩を落とすと、観念して向かいの席に座った

叢雲「何なのよ、貴方……」

( T)「それをこれから知って行こうって腹だよ。お互いにな」

叢雲「……居座る気?」

( T)「元よりそのつもりだ。出てけっつたが、出て行ってどうする?こんな場所と艦娘を用意できる組織から、一生逃げ隠れして過ごせってか?御免だね」


湯呑みを一つ彼女の前に置き、急須からお茶を注ぐ
真空パックされた新品の茶葉が置いてあって助かった。下戸の俺はお茶にはうるさいんだ


( T)「俺がキミに求めることは三つだ。良く食い、良く休み、俺の話し相手になれ。それ以上は望まない」

叢雲「……どうだか」

( T)「信用ならんか?尤もだ。だが俺にとっちゃその態度はある程度好印象だ」

叢雲「何故?」

( T)「そいつを口にするような奴が一番信じられねえからだよ」


叢雲は心当たりがあるのか、目を丸くして俺の顔を見た

( T)「気が済むまで疑って警戒しろ。俺にして欲しいことがあるなら遠慮無く言え。俺もそうさせて貰う」

( T)「俺が信用に値せず、消えて欲しいのなら殺しに来ても構わん。だが先ずは体調を万全に整えることだ」

叢雲「……狂ってんの?被害者なのよ?」

( T)「かもな。だが、閉鎖的な空間で唯一見れる顔が陰気一辺倒なのは俺の精神衛生上宜しくない。何を勘違いしてんのか知らんが、こりゃ俺の要望で、我が儘だ。キミを想っての行為じゃない」


数ヶ月振りのまともな食事を口にする。香味シャンタンの化学的な旨味が舌に沁み渡った
叢雲も我慢の限界を迎えたのか、やや躊躇いを見せつつも匙を手に取った


叢雲「変わり者ね」

( T)「ああ、よく言われる」


それからお互い、静かに粥を啜った
鍋の中身が空になるのに、そう長い時間は掛からなかった

―――――
―――



孫氏曰く、『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』
敵に関する情報は、今のところ叢雲を頼る他ないが、一応は軍属。そう簡単に口は開かないだろう
信用を得られれば多少は協力してくれるかも知れないが、関係の構築には時間が掛かる
現に彼女は飯を食った後、素直に風呂に入り、何処が自室とも告げずに消えた。ちょっと寂しかった
それに、首に巻き付いた『脅し』の件もある。迂闊な発言をすれば身を危うくする可能性もある
最低でも此処で待ち続ければ、自ずと黒幕は俺の元へと顔を出すだろう。意味もなく監禁などする筈もないからな


( T)「さぁー思い出せ……」


対し、『己』の情報は俺の記憶で眠っている。有効性のある物は少ないだろうが、無いよりはマシだ
それに、やる事も筋トレ以外無い。柄では無いが、医務室の机に向かい、ノートとペンを用意して頭の掘り起こしをする事にした


( T)「えーと、暑いから北に行こうとして……」


夏といえばフェスにコミック・マーケット。長期休暇の一大イベントは多々あるが
折角のバイク旅なので、北海道を一周しようと思い立っていた。温泉も楽しみにしてたのに


( T)「何処まで行ったんだっけなぁ……ああ、そうそう仙台だ」


ご存知、集英社が誇る漫画界のレジェンド『荒木飛呂彦』大先生の出身地だ
一度原画展が開催された時に訪れて以来の訪問だった。あの時はほんと良いもん見たね寿命が延びたわ


( T)「で、松島行って……そっから……」


真新しいノートの最初の一ページ、二行ほどきったねえ文章を書き綴った所で筆はリズム良く点を打ち始める。手詰まった
日本三景の美しい景色しか目に浮かばねえ。ほんと良い所だった。フェリー乗って島まで行くんだけど百円くらいでかっぱえびせんが買えて、ウミネコに餌やり出来るんだ
まぁ途中で飽きてウミネコ見ながらかっぱえびせん食ってたんだが。景色が良い所で食うお菓子は美味い


(;T)「うーーーーーーーん……」


思考がとっ散らかり易い悪癖が顔を覗かせる。どうでもええやんけ今はそんなこと
何かあったはずなんだ。決定的な何かが。そうじゃなきゃ俺が誘拐なんてされるかよ

(;T)「……」

( T)「……」


めんどくさくなってきたな


( T)「Village Peopleのライブチケット当たるとか言う誘い文句に乗せられたで良いか……」


むしろそれ以外考えられない。80年代の冷戦時代に置いてホップなディスコナンバーを連発して一世を風靡したボーカルグループのライブチケットしか考えられない
クソッ、なんて悪質で魅力的な罠なんだ!!!!!怒りが治まらねえ!!!!!おファック!!!!!!


( T)「よし、寝よ」


理由も判明(でっち上げた)所で、散々寝たけど寝る事にした


( T)「……」


ベッドに横になるが、まぁ、予想通りすぐには寝付けない
これからの不安や、親……親は大丈夫か頭ヤバいし。一、二ヶ月連絡無くても大丈夫やろ
俺をこんな目に遭わせた軍、あるいは政府に対する不信感と燻り消える事ない怒り
やつれ果てた『勝利の女神』との生活。様々な懸念が閉じた瞼の裏を泳いでいく


( T)「ふぅー……」


孤独ってのは気楽だが、追い詰められると想像を絶する負担に変わる
そして人間は都合の良い生き物だ。助け舟の一つや二つ欲しくなる
思い出すのは、共に戦場を駆けた戦友の姿。その中でも一番頼りになったクソ野郎の顔


( T)「……」


ああ、センチメンタルってのは重症だな。腹立たしいすまし顔のあいつの手を借りられたら、どれだけ心強いだろうか
だが、相反して憎まれ口も聞こえて来る。「え?この程度の事も解決できないのであるか?ザッコ」と


( T)「フッ……クソムカつく」


無事に、それも独断で解決したら背骨へし折ろう。そう固く心に誓った所で
ようやく、意識はまどろみの中へと沈んでいった―――










「ごめんなさい、一緒にはいられない」


「私、あなたが怖い。戦場に出て、見知った人が沢山死んだのに、それでもヘラヘラ笑ってるあなたが」


「……」


「……日本の、人類の、私たちの為に尽くしてくれたのは、素直に尊敬するし感謝もしている。でも、深海棲艦がいる限り……ううん、敵なら誰でも良いのでしょう?」


「手を血で染めた人の隣で、ずっと添い遂げられる自信は無いの。だから……」










.

他人より頭ヤバい自覚はある。だから常人なら戦争後遺症待ったなしの戦場帰りでも家でムカデ人間観ながらカレー食うなんて余裕だ
当然、どっかの神経か細い奴みたく『夢を見なくなって長くなる』なんてことはなく、普通に愉快なドリーム・ロードショーを楽しめる


( T)「……」


だからって昔の女の夢なんて見たか無かったが


( T)「寝起き最悪~~~~~~~~~~~☆」


御託をダラダラと並べていたが、俺が深海棲艦とドンパチやってる間に
『恋人が戦場で死んだ薄幸の女』という使い古されたヒロイン属性を身につけて別の男を捕まえたクソアマだった
彼女の言葉に嘘がないとは言い切れないし、的も射ているとは思う。だが、テメーでとっとと見切り付けた分際で被害者面してんのが気に食わなかった
ので、共通の友人の手を借りて『新しい彼氏』とやらに連絡を取って事情を話し、素早く破局まで追い込んでやった
だって可哀想じゃん今後あんなクソアマとお付き合いしなきゃならないなんて。まさか名前の響きがバリバリアフリカ系の白人留学生だったとは思わなかったが
あれから、『恋人』という存在からは一切縁を切った。只でさえ煩わしい上に、気分まで悪くされるのは勘弁願いたいからだ


( T)「……」


他人より頭ヤバい自覚はある。だから常人なら戦争後遺症待ったなしの戦場帰りでも人並みの生活に戻れると踏んでいた
生き残った連中に比べりゃ、能天気に日々を過ごせていたのだろう。だが、周囲の人間がどう思うかまでコントロール出来ない
何も世界中の誰からも愛されるような人間になろうとは考えちゃいない。それでも、戦前と比べて生き辛くなったのは確かだ


( T)「……」


もし今、顔を失った俺を見てあの女はどう感じるだろうか
同情するか?憐むか?ハハ、そんなもん寄越されるくらいなら嘲笑ってくれた方がマシだ
何方にせよ、もう二度と会う事もないし顔すら見たくないし思い出したくもない。だが、もしも運命とやらがとち狂って再会した時にはこう言おう


( T)「報われねえし、儘ならねえ人生だよ」


外は今日もいい天気だった
二日続けてのクソみてえな寝起きだったが、幾らか気分は空模様と同じように晴れた気がした

―――――
―――



叢雲「……」

( T)「遅いな。もう昼過ぎだ」

叢雲「何を、しているの?」

( T)「お掃除だよ。飯ならお台所に置いてある」


寝たのか寝てねえのか知らないが、変わらず顔色が宜しくない叢雲は、髪が跳ねまくった頭を掻いた
服はちゃんと着替えたようで、大きめのTシャツ一枚の出で立ちだ。ズボンくらい履け


叢雲「とことんわからない人ね……この場所にそこまでする義理があるの?」

( T)「俺は綺麗好きでね。汚え部屋じゃ寛げねえ」


執務室の床を舐める掃除機のスイッチを切り、ぐっと伸びをして縮こまった腰を解す
どうせやる事も少ないし、活動拠点はこの部屋になる。なら少しでも過ごしやすい環境にしておいて損はない


( T)「顔洗って着替えて飯食ったら少し付き合ってくれ。施設の案内をして欲しい」

叢雲「……嫌と言ったら?」

( T)「キミに付き纏って一日中三歳児みたいにギャン泣きする」

叢雲「考えうる中で最低最悪の脅しだわ……了解しました。お客様」


叢雲はうんざりと言った表情で皮肉まじりに一礼すると、重い足取りで自室へと帰った
さて、一通り掃除も済んだことだ。ちょっとばかし情報収集を行うか

( T)「先ずは……これだな」


デスクトップPCと固定電話機が置かれた執務室机。電気は通っているが、ネット回線は繋がっていない
当然、電話機も使用できない。外部との連絡手段は伝書鳩使う以外に無いのだろう


( T)「さてさて……」


御大層な椅子を引いて座る。これが『司令官』とやらが見る景色か。どうせなら鳳に乗って将軍の景色が見たい
PCの電源を付けようとして、ふと引き出しの存在が気になって開けてみた


(;T)そ「うわっ」


なんで大人の玩具入ってんだよキッショ捨てよう幼女だから泣きそう
これが前提督とやらの所有物なら、ある程度どういう人物か見えてくる。ケツの穴ガバガバの奴と友達にはなりたくねえなぁ


( T)「他にねえか……あっ」


奥の方にUSBメモリーを見つける。貴重な手がかりがチンコの型取りと一緒に転がってるのなんか嫌だなぁ
ドライブに差し込み、今度こそPCを立ち上げる。物の数分でWindows特有のどこで撮ったか判んねえ草原のデスクトップが映し出された
画面の半分がアプリアイコンで埋め尽くされている。整理くらいしとけカス


( T)「見る限り特に手を付けられていないっぽいな……?」


軍とは無関係の一般市民を監禁してんのに情報管理ガバガバのガバかよ。それとも、見られても問題のないデータばっかなのだろうか
恋空みたいな自作小説とか出てきたらどうしよう。ゲロ吐く自信しかない


( T)「先ずはUSBだな……」


ドライブアイコンをクリックして、中のファイルを検める
フォルダが二つ入っており、『静画』『動画』とタイトルが付けられていた。もう大体何なのか想像が付く


(;T)「あのさぁ……」


多分これスケベデータだ。クソの役にも立ちゃしねえ
まぁ万が一って可能性も捨てがたいな……確認だけして特に何も無かったらバキ折って捨てるか

( T)「」


結論から言うと、俺の想像通り……いや、それを上回る酷い中身だった
女優やネット掲示板の女神のデータでは無く、『戦場での活躍を期待される少女』の物だった


( T)「……ん、ぐっ」


喉を昇ってきた『昼飯』を、なんとか寸前で押し留めてUSBを引き抜く
メディアは彼女達の、彼女達を運用する連中の『良い面』しか報道していない。結局は『人』の行いだ。裏の側面だって当然存在するのだろう
このデータが強要されて作られた物なのか、それとも双方同意の上の物なのか。聞く術は無いし、一つ一つじっくり確かめる気力も無い。何方にせよ


(#T)「胸糞悪ぃ……」


『戦う』為に産み出された存在を、テメーの欲望満たす為に使う連中が、今の軍にはのさばっているのだ
誰もが、そりゃ俺だって『あるかも知れねーな』くらいの想像はするだろう。だが、実際に目のあたりにすると、如何ともし難い『嫌悪感』が込み上げる


(#T)「……」


『艦娘』。全てが例外なく水上の上に立ち、軽量化された兵器を背負い、深海棲艦を屠る『美少女』達
それが『造られた』存在ならば、大なり小なりの軽視はされてしまうのかも知れない。いや、『されている』のだ
元に叢雲は、人を人とも思わぬ所業に遭わされている最中ではないか。もしも、もしも彼女が人間であるのならば、人権の下に庇護されるだろう
多分、個人個人で差はあるのだろうが、少なくとも叢雲をあんな目に遭わせた連中と、このUSBメモリーの制作者は、艦娘を『生き人形』として見ているのだろう


(#T)「……」


ここに来てから腑はよく煮え繰り返る。俺たちの後釜に、『クソくだらねえ連中』が据え置かれているとは
USBを握る掌に力を込めメシャリと潰し、腹いせに床に落として粉々に踏み潰した


(#T)「……ああ、クソ」


引き続き、PCの中身を確認する気は起きなかった。気持ちを切り替えるので精一杯だったからだ
仮面越しの表情を、『艦娘』たる叢雲が読み取れるかは知らない。だが、『人間』たる俺が、彼女を蔑ろにした連中と同じ生物である俺が

彼女に『同情』や『憐み』を差し向ける権利など無い。それはきっと、侮辱にも等しい行為なのだから

―――――
―――



勉強は好きじゃない奴でも、『知る』という行為そのものを嫌う者は少ないのではないだろうか。ご多分に漏れず俺もその中の一人だ
艦娘にしろ軍の現状にしろ、俺には知らない事が多い。故に、彼女達の『生い立ち』には非常に興味を唆られるものがあった


(;T)「……」

叢雲「ご感想は?」

(;T)「すげぇー……」

叢雲「そ。正直で結構」


しかし、『好奇心は猫をも殺す』とも言う。メディアが艦娘の生み出し方を一向に報じない理由が今わかった


(;T)「えー、じゃあ……この箱ん中に『資材』とやらをぶち込んだらキミ達が産まれるのか?」

叢雲「そんなとこ。最も、このモデルは最初期の物で、私の『親』はこの十倍はあったかしらね」

(;T)「はぁー……」


校舎と隣接する『工廠』。その内部で一際目を惹く三メートル級の『ブラックボックス』
この中に『開発資材』とやらと『燃料』『弾薬』『鉄』『ボーキサイト』をブチ込めば
最短で『十六分』、最長でも『五時間』で艦娘は『建造』されるらしい。人としてある程度成長した姿で
尚、上記の資材は暫定的にそう呼ばれている代物であり、人間界には存在しなかった物質なんだと


(;T)「どういう仕組みだ?」

叢雲「さぁ?一つ確かなのは、設備がデカければデカいほど安定して建造できるってこと」

(;T)「そんじゃあこいつは、初期不良品って所か?」

叢雲「そうね……私も資料に目を通した程度だけど、頻繁に事故は起きていたそうよ」


曰くの施設に出来損ないの不良品。ここはとことん冷遇された鎮守府らしい。地獄と名が付くだけはある

( T)「これは、動くのか?」

叢雲「ご期待に沿えないようで心苦しいのだけれど、機能は凍結されてるわ。残念ね、新しい『お人形』が増えなくて」

( T)「ああ、ホッとしたぜ。少なくとも爆死はせずに済みそうだ」


ここぞとばかりに投じられた嫌味を梅酒のようにサラリと流すと、叢雲は肩をすかして小さくため息を吐いた
そもそも、得体の知れない機械をゴチャゴチャと弄れるほどの度胸は持ち合わせていない。ボヤッキーみたくドライバー一本でメカ作れんならともかく


( T)「所で『資材』ってのはどこから調達してんだ?プラントでもあんの?」

叢雲「海からよ。深海棲艦の根拠地跡なんかに『遠征』してね」

( T)「連中から奪ってんのか?」

叢雲「それも無いことはないんだけれど、『拾う』というニュアンスの方が正しいかしら」

( T)「足りんの?」

叢雲「愚問ね。アラブの国に『石油足りてますか?』って訊ねるようなものよ?」

( T)「ああ……」


艦娘登場前、世界でも類を見ない大規模な殲滅作戦があった。つまり奴らの『元』となる物質が溢れるほど遺されているとも取れる
皮肉にも現状では、深海棲艦登場により滅亡の危機を迎えていた日本は艦娘技術によって世界一安全な国となったのだ

( T)「……言い換えると、深海棲艦はキミらの祖先のようなものか?」

叢雲「似た者同士である事は確かね……諸手を挙げて歓迎されるような存在じゃないことくらい、自覚してるわ」

( T)「……失言だった。すまん」

叢雲「あら、謝罪?人間ってちゃんと過ちを認められるのね。凄いじゃない。感心したわ」


ようやく一本取ったと言いたげにクスクスと笑う。一体どういう環境で過ごしてきたのだろうか


叢雲「気に病む必要は無いわ。直接口にされたことこそ少ないけど、陰でなんて言われていたかくらい知っているもの」

( T)「……」


万人が全て受け入れる物事など存在しない。それが理解し難いものならより顕著に現れる
当然、善い方向性の言葉もあるだろう。だが叢雲にとっては、悪い方向性の言葉が身近にあったらしい


叢雲「そりゃそうよね。得体の知れない物質から、ヒトの成長過程すっ飛ばしていきなり放り出されるモノなんて不気味だもの。私だって、当初は多少のショックを受けたわ」

叢雲「それも長くは続かなかった。心の奥底から湧き上がる『義務感』に塗り潰されていった。『ヒトを護らなきゃ』『世界を平和にしなきゃ』『彼の為に活躍しなきゃ』。今思えば、洗脳でもされてたんじゃないかってくらい燃えていたわ」

叢雲「艦娘ってね、多少の差はあれども、人間……特に、『提督』に対してある程度好意的なの。そういう風に造られたからでしょうね。だから、誰も強く反発する事は無かったし、常に愛想良く振る舞っていた」

( T)「……」


理解出来ないわけじゃない。ヒトの為に戦う存在を、反抗的にしてしまえば元も子もない
だが、何もかもを受け入れ、肯定する。そんな都合の良い存在を『女子供の形』にして産み出した事に対する嫌悪感は拭きれない
そうする他、無かったのかも知れない。深海棲艦だって、何の因果か知らんがヒト型は全て『女』に限定されている
だったら尚更、艦娘を使役する者は確固たる意志を持たねばならない。目的は美女を侍らす事ではなく、『敵の殲滅』なのだから


叢雲「夢のある話でしょう?これはバケモノと戦えて、どれだけ醜くても好きと言ってくれる『メス』を産み出す魔法の箱なのよ」


そう言って叢雲は歪に微笑んだ。思わず、背筋が凍りつく
怯えたからではない。艦娘を造り出すシステムを恐れたわけでもない
それは、彼女をここまで追い込んだ『人間』が振るう横暴さに依るものだった

( T)「……よ」

叢雲「よ?」


だから、俺の頭は必死に『良い側面』を探そうとした。口から飛び出た単音に続く言葉を捻り出そうと回りに回った
もしかすると、先ほどの失言を下回る発言になるかも知れない。だが、この状況を祝福できる要素があるのもまた確かなのだ


( T)「ふぅ……良かったじゃねえか」

叢雲「はぁ?」

( T)「いやごめん良かねえけど」


かなりドスの効いた『はぁ?』だったので、今度は正真正銘叢雲に対して背筋が凍る
取り繕う為の準備運動として深呼吸を一度挟む。何、正直な感想を言えば良いだけだ


( T)「キミは人間が『クソ野郎』だって気付けたし、そんな連中に従う義理はないと悟れた。だからこそここにいるんだろ?」

叢雲「……それが、『良かった』?」

( T)「まぁ、俺は道徳の先生でも人徳者でもねえからこう例えるんだがよ、極端な話『死ね』って言ってくる相手に対して『お前が死ね』って言い返せるのは、ひt……生き物としての強さで、自由でもある」

( T)「置かれた環境こそ劣悪だが、キミは産まれ持った束縛から逃れて強さと自由を手に入れた。それは決してキミにとって弱味になったとは思えんがね」

叢雲「あ……」


叢雲は目を丸くしてポカンと口を開ける。選択ミスったかも知れない。バッドエンドコース?やだ……セーブすれば良かった……


叢雲「あはははははは!!なっ、何を言い出すのかと思えば!!」


そしてすぐさま、腹を抱えて笑い転げた。箸を転がした覚えはないのだが


叢雲「なっ、ぶふっ、何の慰めにもなってないし、フフフ、本当に酷い例え!!あははっ、あははははは!!」

( T)「満足頂けたようで何よりだよ……いや笑い過ぎだろ引く」

叢雲「ちょ……ククク……黙って……あはははは!!」


これ怒ってもいいよな?


叢雲「はぁー、はぁー……でも、そう、そうね。貴方の言う通り、心の何処かで解放された気になってたかも」

( T)「そいつぁ結構。で、どうだい?『彼』以外のクソ野郎に笑わされた気分は?」


叢雲は目尻に浮かんだ涙を指で拭うと、今度は歯を見せてニヤリと笑った


叢雲「最低よ」

( T)「結構。引き続き案内を頼む」


娯楽のない曰く付きの片田舎。出会って二日と経っていない間柄ではあるが
この、『解き放たれた艦娘』との会話は、退屈凌ぎには勿体無いほど楽しかった

―――――
―――



『ストックホルム症候群』。監禁事件などで生じる加害者と被害者間の心理的繋がりをこう呼ぶ
詳しい事は俺もよく知らないが、なんかこう、犯人に?ちょっとした親切されると?感謝の気持ちが生じて?人質が協力的な態度取るみたいな?
今、俺らが置かれている状況は『被害者と被害者』であり、これに属するものではないが、似たような心理状況に陥っているのではないだろうか
『似た境遇同士のシンパシー』とでも言うのだろうか。叢雲と出会って三日が経ったが、多少打ち解けられたと感じていた


叢雲「見える?」

( T)「ああ、うん、食い物におシャブとか混じってたりする?」

叢雲「あら?てっきりご愛好しているのかと」

( T)「人のこと今までヤク中だと思ってたの?」


叢雲を爆笑させて以来、文句こそ垂れているが、艦娘教育の『教師』として教鞭を振るってくれている
枷の脅しもあるだろうが、当初ほどのやさぐれた雰囲気は見受けられない。もしかすると、『解放』を自覚して吹っ切れたのかもしれない


( T)「この、『妖精さん』とやらが艤装を動かす……一種の船員?になってんのか」

叢雲「そう。この子達が居て初めて艦娘は艦娘たる力を発揮出来る、切っても切り離せない存在よ」


今日は艦娘の装備である『艤装』についてご指導を賜っている。叢雲の手の中では、『連装砲』の妖精さんがスヤスヤと寝息を立てていた
その呼び名の通り、デフォルメされたマスコット人形のような水兵の見た目をしている。かわいい


( T)「かわいい」

叢雲「キモ」

( T)「二文字で心を抉んな」

( T)「ご飯何食べるの?散歩とか行ったりするの?俺も欲しい。写真いっぱい撮ってあげるんだ」

叢雲「犬猫じゃないし、写真には収められない。それとキモい」

( T)「男だってかわいいものが好きなのに」


ただしミルモ、テメーはダメだ。ミキサーに掛ける


叢雲「これは艦娘の補助を行うと同時に、『提督』足り得る人物の選別も行えるの。もう一度訊くけど、『見える』のよね?」

( T)「うん」

叢雲「……」

( T)<かわいい

叢雲「まぁ……人間性はともかく、素質があるのは間違いないみたい」

( T)「へぇー……人間性はともかくって何??????」


などと、やや不満気に返したが、『弾に当たらぬ処女童貞』ばかりが選ばれるワケではなさそうだ
そんな連中ばかりなら、叢雲だって『洗脳』から解けぬまま、今も海で敵をぶっ殺していたのだろう
だからと言って、頭の中お花畑の連中に指揮官たる仕事が務まるとも思えない。クソみてーな人間性でも、指揮官としては優秀な人材もいるのだ


( T)「そもそも、人間の指揮なんて必要か?正直な話、海上で自立して戦闘を行えない奴の指示に従うより、経験者が立てた策の方が有効に思えるが」


率直な疑問だった。だが、叢雲は雷にでも打たれたかのように固まった
しかし、すぐに取り繕うかのように力のない笑みを浮かべると、妖精さんをそっと連装砲の上へと戻した
すると冷たい鉄の上にも関わらず、熱した鉄板に氷人形を置いたかのようにゆっくりと融けていき、内部へと吸い込まれていった


叢雲「……そ、そう、ね。で、でも、素質ある人間の指揮下じゃないと、艦娘は力を、じゅ、十全に、発揮できないもの」

叢雲「り、理由は、わかんないけど、き、き、きっと、私達が『軍艦』だってことに、き、起因しているんでしょうね」


叢雲の目線は泳ぎ、脂汗が顎を伝う。率直な疑問は、地雷でもあったのだ
俺も今まで忘れていたが、彼女たちは人の姿を成した『艦』だ。則ち、『操作する者』が必要となる
俺はてっきり、その役目は『彼女』が担っていると考えていた。だが実際は、『艤装』と『本人』を含めて一つの『艦』となるのだろう
『起因』。人が操ることによって、始めて効力を発揮できる『道具』としての性質は、きっと叢雲にとっての『足枷』に違いない

( T)「……今日はここまでにしようか。頭悪いからあんまりいっぱい教えてもらっても覚えられん」

叢雲「え、あっ……そ、そうね……す、少し、休ませて貰うわ……」

( T)「ああ……」


そのまま、叢雲はふらりと立ち上がり、自らの肩を抱きながら自室へと戻る
艤装格納庫に、『カツカツ』とヒールの足音が響き、やがて小さくなって聞こえなくなる


( T)「ったくよぉ……」


せっかく吹っ切れたってのに、また元の木阿弥に戻してどうする。『解放』?とんでもねえ
艦娘が『艦娘』である限り、ヒトの手からは逃れられない運命なのだ。ひょっとすると、『洗脳』されたままの方が幸せだったのかもしれない
とことん人間本意に造られた存在であるのだと思い知らされる。物言わぬ無機物であるなら、それで構いやしない。でも、それでも―――


( T)「ハァー……」


いや、俺はただの一般人で、それ以上でもそれ以下でもない。機会こそあったが、俺はそれを突っぱねた
今更『提督の素質』がなんだと言うのだ。知り得なければ動きもしなかった奴が、安い同情と正義感ぶら下げて、わざわざ艦娘の『お荷物』になってどうする?


( T)「……」


ジレンマが頭を苛み、少し気分が悪くなって冷たいコンクリートの床に仰向けになった
目的が、向こうに引っ張られている。俺は俺の面倒を見るので手一杯で、その他の物事に目を向ける余裕など無い
にも関わらず、思考は叢雲の方面へと向かってしまう。どうにか出来ないかと、泥沼の中で踠いている


( T)「あー……」

( T)「……ハハ、ハハハ!!」


別に気が狂ったんじゃない。自覚したのだ。こんな状況になって尚、『他人を気遣える余裕』が残っている事に


( T)「なんだよ、まだまだやれんじゃねえか!!」


グズグズ悩むなどらしくないし、諦めるなんて持っての他だ
二兎を追って二兎を獲る。そんな生き方をしてきたのだ。これからもそうする。そうさせて貰う

( T)「深呼吸してからのヨッシャ!!!!!!」


身体のバネを使って跳び起き上がる。孫氏はこう言った。『激水の石を漂わすに至るは勢なり』
なんか難しい言葉だけど結局は勢い任せの方がこう上手いこと行くと言う教えだ。多分そんな感じだった


( T)「やるかァ!!」


今すぐ出来ることは限られている。すぐさま叢雲の後を追って適当な慰めなど逆効果だ
だが、自分の問題ならすぐにでも取り掛かれる。先ずはこの肉体を全盛期まで取り戻そう
いや、求めるのは常に『それ以上』。敵こそ不可解であるが、規模は大きい筈。だからこそ、俺の中の火は『勢い良く』燃え上がる


( T)「筋肉の時間だ!!」


軽く屈伸をして身体を解す。手始めにアップがてらフルマラソンでもキメてやろう
親もこう言った。『頭より身体を動かせ』。その教えに倣い、初めの一歩を踏み出した

―――――
―――



新設されたのであろう寮棟は、木造校舎と比べれば格段に安心感があるものの
人気の無い建物には変わりなく、不気味な寂しさに包まれる。こんな場所で一人暮らしてりゃ幾らか気が滅入るだろう


( T)「飯(はん)やぞ」


そんな中、叢雲の自室を見事探し当てた(三十分掛かった)俺は、夕飯の知らせをわざわざ届けに来たのだ。あーらよ出前一丁って感じ
あれから数時間は経ってる。このまま引きこもられるんじゃ無いかって懸念があったものの、それも杞憂に終わり、ドアはすんなりと開いた


(;T)「おまっ……」

叢雲「……気にしないで。もう済んだ」


掻き毟られ、血と滲出液で濡れる首筋を、バツが悪そうに隠す
一種のストレス障害か。ここ数日目立っていなかったが、俺の発言で振り返したらしい


(;T)「……先に風呂、か?」

叢雲「ええ……悪いわね、お客様に世話を焼かせて」

(;T)「いや……俺の勝手だ」


学んだ事の一つだが、艦娘は風呂……『入渠』を行うと、早くて数分、最長でも一日で外傷が治る
また、特殊なナノマシンを配合した高速修復剤、通称『バケツ』を使うと、更に短縮されるそうだ

( T)「溜めてあるからゆっくり浸かってこい。ああ、俺はシャワーで済ませたから残り湯じゃないぞ。実際清潔」

叢雲「別に気にしないわ……」

( T)「そうかい。俺は一番風呂大好きだから例え家族でもちょっと嫌」

叢雲「繊細なのね」

( T)「見た目に依らず、な。じゃあ俺ぁ食堂で待ってるから」

叢雲「……ねぇ!!」


歩き出した背中に、廊下に響く大きな声が掛けられる
振り返ると、叢雲は服の裾をギュッと握りしめ、俯いていた


叢雲「……何も、詮索しないの?」


『暗黙の了解』は、向こうが先に破った。この数日、俺たちはお互いに過去を詮索しなかった
気にならないと言えば嘘だ。だが、言いたくもない話をわざわざ掘り出すほど無粋ではない
しかし逆に、ここまでの仕打ちを受けながら、ある程度の事情を知るかもしれない人物から何も聞き出さず日々を過ごすのは、不安を招く真似だったのかもしれない


( T)「キミが胸中をぶち撒けて、救われるなら幾らでも聞いてやる。そうでないなら、俺から訊く事はねえよ」

叢雲「どう、して……?」

( T)「過程がどうあれ、奴らからキミに対する仕打ちは今ここにある。だから、聞いたところでやる事も想いもさほど変わらない」


これは俺にとってもそうだ。大義名分がどうあれ、俺は俺の都合で『やられたらやり返す』


( T)「だから、キミ自身が『必要』と感じたのなら、俺は話を聞こう。それまで野暮な詮索はしないさ」

叢雲「……」


人は他人の意見でそう簡単には変われない。時にそれはお節介や、場合によっては誹謗中傷にも成り得る
だが、意見を『求める』のなら話は別だ。変わる意思があるのなら、お節介も中傷も糧に出来る
そのきっかけを生み出すのも、また自分自身だ。他人たる俺は、その瞬間まで幾らでも待とう

( T)「それまでは……まぁ、くだらねえ話でもしようじゃねえか。俺の話が聞きたいってのなら、寝物語の代わりに語ってやってもいいしな」

叢雲「……そう」


憑物が取れたかのように肩を下ろす。不安は多少解消されただろうか


叢雲「……気を、悪くさせたわね。ごめんなさい」

( T)「おや、謝罪か?艦娘も過ちを認められるんだな。すげえよ、感心した」


少し意地悪に数日前の意趣返しをすると、叢雲は目を丸くさせた後に、やや不機嫌に膨れてみせた


叢雲「嫌味な男ね」

( T)「そっくり返すぜお嬢さん」


叢雲はゆっくりと歩き出す。追い付くまで少し待ち、それから並んで廊下を歩いた
些細ながら、進展はしたのだろう。目標は、空に浮かぶ月のように遠かったが
確かな流れを感じる事が出来た、良い一日だった

―――――
―――



( T)「米を巻き込んで、掌で押し込む。十回ほど繰り返して、水で流す」

叢雲「こう?」

( T)「もうちょい優しく。米が砕けるぞ」

叢雲「……」

( T)「あからさまに不機嫌になるのやめな???????」


仕事とは、生きる上でついて回る活動だ。誰もが願わくばこんなものに関わらず一生遊んで暮らしたいだろうが
逆にこれが無いと、時間と体力を持て余し、結果的に不気力な生活を送ってしまう。一生懸命働いて、働いているから2chも楽しい理論だ
仕事は『活動』だ。大小に関わらず、そこには『益』と『意味』が生じる。家事炊事も例外では無い


叢雲「貴方、言ったわよね?世話を焼くのは『俺の勝手だ』って」


ぶつくさと文句を言いながら、叢雲は釜の中の生米を不慣れに掻き回す


叢雲「どうして私が、飯炊きする羽目になっているのかしら?」

( T)「二十一世紀だぜ?自炊くらい出来なきゃ恥かくのはキミだ」

叢雲「まさか、『女だから』って理由じゃ無いでしょうね?」

( T)「それも古い考えだ。知ってるか?厨房のバイトは男の方が多い。調理師もまた然りだ」

叢雲「あーそう!!どうでもいい情報をどうもありがとう!!」

(;T)「水を切る時はゆっくり傾け……米が流れるだろうが!!」


咄嗟にザルを差し入れたので、流しに米がぶち撒けられずに済んだ

叢雲「ハァ……それで?」

( T)「目盛りまで水を入れて、しばらく吸水させてから炊飯器のスイッチを押す。これで米が炊ける」


悩みを忘れる為に仕事に没頭する。そんな話は良く耳にするだろう
俺が突然、彼女に自炊を教えているのもその狙いが大きい。ジッとしているより常に活動している方が嫌な事を忘れられるからだ
それを知ってか知らずか、不満気だが一応は付き合ってくれている。『地』が露わになる時間も、徐々に増えているように思えた
しかし、まさかとは思ったが台所に立った事すら無いのは想定外だった


( T)「洗剤で洗うとか言い出さなくて心底ホッとしてる」

叢雲「バカにしてんの?そんな奴いるわけないじゃない」

( T)「バカってな、常識を覆すからバカなんだよ」

叢雲「……冗談よね?」

( T)「キミが思う以上に世界は広いぜ?さ、飯を炊いてる間にカレー作るぞ。包丁を取れ」

叢雲「はいはい……」

( T)「逆手に握んな」


俺が寝てる間によく一人で生きていられたなこいつ

( T)「皮は剥いておいたから、食べやすい大きさに切るんだ」

叢雲「食べやすい……大きさ……」


人参を押さえ付けながら、まな板すら両断するんじゃないかってくらい柄を握りしめて狙いを定める
案の定、指は伸びっぱなしだった。やだもうアタシ見てらんない!!!!


(;T)「猫さんの手!!」

叢雲「へぇ!?いきなり何よ気持ち悪い!!」

(;T)「食材を抑える指は曲げろ!!で、包丁の側面を中指に沿わせてスライドさせて切るんだ!!キミ今力いっぱい叩き切ろうとしてんだろ!!」

叢雲「そっ……そんなワケ、ないじゃない……」

(;T)「指詰めた広能でもそんな乱暴にしなかったぞ……手本が先か。ちょっと貸せ」

叢雲「誰よ広能って……はい」

(;T)「刃先を向けるんじゃない……キミには教える事が沢山ありそうだな」


行儀悪いマルクルの食事を見るソフィーの気持ちが分かった所で、交替する
先ずは切りやすいように縦に両断し、そこから乱切りにしてく
叢雲は腕組みをして、どこか悔しそうな、それでいて感心したかのような目で俺の手つきを眺めていた


叢雲「お上手ね……その筋のお仕事を?」

( T)「いいや、親の教育の賜物でね」


ジャガイモは小ぶりだったので、両断してから二当分。これを何回か繰り返す

( T)「元軍人……自衛隊だった」

叢雲「なら、小銃を握ってる時間の方が長かったんじゃない?」

( T)「いや、もっぱらダンベル握ってたよ」

叢雲「それが仕事?」

( T)「深海棲艦が現れるまではな。ほとんど訓練が仕事のようなもんだ。良い時代だったぜ?好きなだけ身体を動かせて、給料貰えるんだからな」

叢雲「逞しいのね……」

( T)「まぁな。ほれ、玉ねぎ切ってみろ」


切りやすいようにこれもまた両断し、包丁の刃を上向きに置いて一歩下がる
叢雲はふぅと溜息を吐き、今度はキチンと指を曲げて食材を抑えた


( T)「艦娘はどいつもこいつも料理が出来ん連中ばっかりか?」

叢雲「艦によりけり、ね。極端な例で言うと『間宮』という補給艦なら、建造されたその日から台所で腕を振るわ」

叢雲「後はそうね……鳳翔さんもその気質があるかしら。配属された場所に寄っては、現場そっちのけで炊事やらされてるって話も聞くわ」

( T)「へぇー……」


『切れ』としか指示してないので、繊維に沿って不器用な太さで玉ねぎは切られる
まぁ炒めりゃどうせ小さく柔らかくなるんでそれでも良い。などと思っていると、叢雲はピタリと手を止めた


( T)「どうした?」

叢雲「……目」

( T)「あっ」


この日の料理教室は、催涙野菜の洗礼を受けた所でお開きとなった

( T)「そういや、好きな食いモンとかあるのか?」


ふとした疑問に、目を赤く腫らした叢雲は口に運ぶスプーンの手を止めた
そろそろリクエストくらいして貰いたい。献立考えるのがめんどくさいからだ


叢雲「……好きな食べ物、ねぇ」

( T)「パッと出るだろ普通」

叢雲「そんなこと言われても、好き嫌いなんて聞き入れて貰える環境じゃなかったもの」

( T)「今は違うだろ。俺はキノコ類が嫌いだ。始めにキノコを食べた者を軽蔑する。毒かもしれないのにな」

叢雲「貴方の、その偶に出る芝居っぽい口調は何なの?」

( T)「オタクの悲しい性かな」


叢雲は暫く閉口して考えた後、ポツリと答えを呟いた


叢雲「甘い物、かしら」

( T)「甘口が良かった?」

叢雲「いえ、お菓子の方よ。一度、ケーキを口にする機会があってね」


舌に遺る記憶が蘇ったのか、叢雲の表情はうっとりと陶酔した


叢雲「思わず、『美味しい!!』と口にしたのは、あれが初めてかしら……」

( T)「どんなケーキだった?」

叢雲「スポンジ生地に薄くホイップクリームが塗ってあって、間にもフルーツジャムとクリームが挟まっていたわ。不思議な食感で、舌に痺れが走るほど甘かった……」

( T)「……フフ」

叢雲「な、何よ?」

( T)「いや別に」


お世辞にも『上等』とは言えない、回転寿司屋にでも出てきそうな安いケーキなのだろう
それでも、彼女にとっては忘れられない味であり、良い思い出に違いない。とても微笑ましい姿だった

( T)「しかし、ケーキねぇ……」

叢雲「作れるの!?」

( T)「いや、生憎専門外でな。そもそも、材料が無い」

叢雲「そ、そう……いえ、少し図々しかったわね……」

( T)「オイオイオイそこで萎縮すんな。さっきも言ったが今はキミがいた環境とは違う。好き嫌いも飯の要望も好きなだけ伝えろ」


産まれながらの性か、それとも後天的に植え付けられた物かは定かでは無いが
艦娘である彼女は、どうも人間に対して自分の要望を通す事に抵抗があるように見えた


( T)「俺はキミの上官じゃねえし、偉そうに説教垂れる立場でもねえ。ただの同居人で、友人だ。水臭えのは無しにしようぜ」

叢雲「……あ、の」


言葉が詰まったのを聞いて、俺は目線をカレーの皿から彼女の顔へと移す
唇が震慄いており、震えはスプーンに伝わり皿をカタカタと叩く。これも地雷だったか。だが


( T)「『俺はキミの上官じゃない』」


『乗り越えなければならない』。これから先、彼女が人生を歩む為に、過去を克服しなければならない
艦娘はヒトに従い、操られるだけの存在じゃない。『兵器』ではなく、確固たる自意識のある一つの生命体としての『自覚』を持たねばならない
要望、『我儘』は、その為の第一歩だ。例え造り出された存在であろうとも、何の蟠りも無く、産まれながらに持つ『権利』を行使しても良いのだから

叢雲「……か、辛い、から、もう少し、甘口にして頂戴」


やっとの想いでその言葉を絞り出せたのなら、当然こう返す


( T)「わかった。蜂蜜を取ってくる」

叢雲「つ、次からでいいわ!!た、食べられない程じゃ、な、無いもの……」

( T)「そうか。他に不満はあるか?」

叢雲「その……味噌汁を、薄めに作って貰いたいのだけれど……」

( T)「了解した。味噌汁の作り方を教える時、キミ好みの味にしてみるか」

叢雲「そ、それと!!」

( T)「うん」

叢雲「……オムライスって、作れる?」


堰さえ切れば、抑え込んでいた欲は次々と流れ出る


( T)「勿論だ。明日の昼のメニューは決まりだな」


暫くは、献立に頭を悩ませずに済みそうだ

―――――
―――



一週間が過ぎて、この奇妙な生活にも慣れて来た頃


( T)「さってと……」


先延ばしにしていた『地獄の鎮守府』の調査を再開した
ただし、前と違う点が一つ。叢雲にも協力してもらう事にしたのだ


叢雲「再三言うけど、私だって詳しいわけじゃ無いのよ?期待はしないように」

( T)「構わん。考える頭が多いに越したことはない」

叢雲「呆れた……仮にもまだ軍属の監視者に協力を仰ぐなんてね」

( T)「だから時間を掛けて見極めたのさ。それとも何か?キミはこの場所の謎が気にならないのか?」

叢雲「ハァ……そう言われると弱いわね。良いわ、付き合ったげる」

( T)「どうも。先ずはこいつだ」


執務机の引き出しから、へし折った『棒』を投げ渡す


叢雲「何よこれ?ゴミ?」

( T)「大人の玩具」

叢雲「大人の……ッ!?なんて物寄越してんのよ!!」


割と強めに投げ返されたそれを片手で受け止め、そのままごみ箱にシュートする。実際超エキサイティンだった


( T)「その様子だと、知らなかったようだな」

叢雲「知らないどころか触ったのも初めてよ!!最っ悪!!なんでこんな物が机から出てくるワケ!?」

( T)「そこだよ」

仮にも軍の一拠点、その司令塔とも言える執務室には到底相応しくない『物』
見つけた時こそお茶漬けのようにサラッと流したが、そもそも『在る』事自体、疑問視すべき事態だ。俺は梅のお茶漬けが好きだ


( T)「例えば、前提督の所有物だったとしよう。その彼が何らかの理由で死亡して、身辺整理が行われる」

( T)「で、こんな物を処分せず、あからさまに引き出しに仕舞ったままにするか?粘膜に触れるもんだ。使用済みなら衛生の観点から処分して然るべきだろう」

叢雲「知ったこっちゃ無……」

( T)「ピンと来たか?」

叢雲「……あえて、用意されていた物だった?」

( T)「かもな」


これは叢雲には伏せるが、艦娘のポルノデータも遺されていた
加えて、彼女は『求められれば全て応じろ』とも指示されており、それを俺に伝えもした


( T)「便所のネズミもゲロを吐くようなゲスいやり方だが、これは恐らく俺の『扇情』を煽る為の仕込みだ」

叢雲「っ……」


寒気がしたのか、叢雲は身震いを起こす。よもや此処まで汚い組織とは思いもしなかったのもあるだろう
では何故、こんな不愉快な仕掛けを遺していったのか?現状を鑑みれば、一つの答えに辿り着く


( T)「『観察実験』」


連絡手段のない孤立した場所で、追い込まれた被験者がどのような行動を起こすか
数年前に台頭したサスペンス・スリラーのようなシチュエーションを彷彿とさせるのだ

叢雲「……私が餌ってワケね」

( T)「再度確認するが、俺をここに留める以外の指示は受けてないな?」

叢雲「え、ええ……必要最低限って感じだったわ」


この怯え方から察するに、嘘は言ってない。リアリティを増す為の措置なのかもしれない


( T)「気が悪くなる話、聞きてえか?」

叢雲「……言うだけ言ってみて」

( T)「推測になるが、『解放』の条件である可能性もある」

叢雲「うっわ……」

( T)「良いか悪いかはまた別だがな。この場所に纏わる『不審死』や『流島』の噂は、実験結果を隠す為の詭弁かもしれない」

叢雲「だとして、貴方が起きて早々こじ開けた教室の説明が済む?」

(;T)「あー……」


確かに、恐怖を掻き立てる演出ではあったが、労力に見合うかと言えば首を傾げる仕込みだ
元々、別の目的で施設運営がされていて、その名残だったかも知れないが、不愉快になるものをわざわざ残す意味もない


(;T)「解釈を広げれば、俺の仮説と噂は両立しているとも取れる」

叢雲「お互いに干渉しているけど、別問題ってことね」

(;T)「そこは考えても仕方ねえから保留にしとくか……」

優先されるべきは、俺の立てた仮説の裏付けだ。もしここが一つの実験施設ならば、過去にも俺と同じ目に遭った人物がいた可能性がある
しかしそれならば、『鎮守府』としての体など成さなくてもいい。艦娘に対するアクションを調査したいのならば、密室にでもぶち込んどきゃ済む話だ
にしては、ここは鎮守府としての設備が一通り整っている。現状、機能こそ停止されているが、実際に運用された実績も遺っているかもしれない

( T)「この部屋の資料は使い物になるか?」

叢雲「そうね……書類なんかは概ね処分されていたけど」


叢雲は本棚に近付くと、本を一冊抜き取る
かつての大戦を分析した戦略本の、適当なページを開いて見せつける
ページの端は栞代わりに折られ、有効と思われる文章にはマーカーが引かれていた


叢雲「『使われた跡』は残っているわね」

( T)「そんじゃあつまり……」

叢雲「ええ。被験者かどうかはさて置き、『提督』がいたのは確かよ」

( T)「ふむ……じゃあ、こういう分類になるかな」


ノートにザッと浮かんだパターンを書き込んでいく

①実験関係なく提督が居座っていた
②実験内容を把握した上で、提督業務も行った
③実験内容を知らされず、提督業務を行った
④俺と同じく何も知らないまま放り込まれた


叢雲「①、②はあり得るわね……工廠も人の手が入った痕跡は遺っていたし、艤装保管庫にも引き摺ったりぶつけた跡があった」

( T)「問題はその何某が何処へ消えたか、だな」

叢雲「解体……いえ、艦娘まで付き合う意味は無いし、噂が本当だった可能性もあるわね」

( T)「総じて呪いくんだりによる不審死か、それとも口封じか……だな」

叢雲「……噂に関してだけれど、誰も出所は知らないって言ったじゃない?」

( T)「ああ、死人に口無しと返したな」

叢雲「『火のない所に煙は立たない』」

( T)「……流布した奴はいる、って事か」

叢雲「ええ。偶然の一致って線もあり得るけど、もしかすると私のように実験に付き合った艦娘、もしくはヒトの『生き残り』がいるかも知れないわ」

( T)「……だとすると、②の可能性が濃厚となるな。プリンかよ」

叢雲「だけど、進んで協力した人物があえて軍の不利になる噂をわざわざ流すとも考え難い」

( T)「艦娘か……だが」

叢雲「機密に近い情報を流した処分は受け、今はもう居ない……と、考えるのが筋でしょうね」

( T)「……」

叢雲「最も、違反を律する為にあえて軍が仕組んだって線も捨て難いわ」


親が子供を躾けるために言い聞かせる、『ブギーマン』のような脅し
大人になれば誰もが『馬鹿馬鹿しい』と一笑に伏すような内容だが、幼い容姿も多い艦娘にとっては一定の効果があるかもしれない


( T)「……一縷の望みだが、外部からの救いの手ってのもあり得るか」

叢雲「どう……かしらね」

( T)「いや、やめておこう。希望的観測なんざロクな目に遭わねえ」


頭に浮かんだ楽観的な展望を振り払い、次の考察に入る


( T)「他に何か思う所はあるか?」

叢雲「うーん……失敗の基準、かしら」

( T)「アレか」

叢雲「アレもそうだけど、ぶっちゃけこの手の問題はあちこちで起こってるし……正直な話、戦果さえ挙げられたら後は黙認、ってのが現状よ」

( T)「ふぅん……」


叢雲の口振りを聞くに、『この手の問題』が原因でここに送られたワケでは無さそうだ
まぁそれが普通であり、特に誇るべき事柄でもない。それが出来ない野郎が大勢いるってのは嘆かわしくはあるがな

( T)「となると、実験云々関係なく、スーパーエリートを養成する場所だったってのも浮上してくるな。やり方は乱暴極まりないが」

叢雲「この辺は提督の『素質』に関わってくるかもね」

( T)「『艦娘』の能力を更に引き上げるのが目的か……」


戦術云々の話なら、横須賀でも呉でもどこでだって行える
レッドカード一発退場レベルの計画だからこそ、人目の付かない場所を選ばねばならないのだ


叢雲「③はどう?」

( T)「書き出しはしたが、最も遠い線だな」

叢雲「その心は?」

( T)「もし、実験に置いて俺と同じく『傷害』を受けるのが前提なら、『何も知らないまま』協力的になるのはあり得ない」


必ずしもそうとは言い切れないが、わざわざ反感を買うような真似をする意味はない
命に関わるレベルの大火傷なら尚更だ。そもそも、常人に耐え切れる怪我ではないのだ
犯罪者や身寄りのない者という線も挙げられるが、運用実績が残っている事が矛盾となる
俺ならそんな連中を軍事機密に関わらせないし、そもそも指揮官業務が務まるとは到底思えない


叢雲「……じゃあ、どうして貴方が選ばれたのかしら?」

( T)「……そこだよな」


心当たりが無いわけではない。軍に残った連中の顔が頭に浮かぶ
だが信じたくは無い。幾ら顔を合わせる度に罵倒し合う仲でも、無二の友人に代わりない
例え面と向かって『お前を売った』と宣言されても、猿の惑星のラストで自由の女神を見た瞬間くらい信じたくは無かった

叢雲「……良い機会、かも」

( T)「ん?」

叢雲「貴方の話、聞かせて貰える?」

( T)「……」


今か。いや、今だよな。重要なのは他人ではなく俺がここにいる理由なのだから
PCの中身も気になる所だが、優先されるは彼女の『要望』だ。断る理由もない


( T)「……お茶を淹れようか」

叢雲「ああ、座ってて。私が」

( T)「そうか。頼む」

叢雲「ええ」


叢雲が給湯室に向かうのを見送ると、腹の底からギュウと緊張が湧き上がる感じがした
徒競走のスタート前の感覚に似ている。一週間を経て、ようやくスタートラインに立ったのだなという実感からだった


( T)「……」


こんな形で、昔を振り返るたぁな。つくづく、人生とはわからんもんだ

叢雲「お茶請けが無くて申し訳無いわね」

( T)「いや、上等だよ」


応接用のソファーで向かい合い、熱い茶を啜る。彼女と初めて出会った時も、こうして顔を見合わせたな
あの時と比べ、幾分か顔色が良くなったように見える。身なりが整うと、目を張るほどの別嬪さんだった


叢雲「どうかしたの?黙りこくっちゃって」

( T)「いや、フフ、いやいや。掃除した甲斐があったとしみじみ思ってた所だ」

叢雲「何よそれ……気持ち悪いわね……」


口悪いなこいつ


( T)「さて……なんか改めると恥ずいな……」

叢雲「言いづらい話まで掘り下げるつもりはないわ。そうね……じゃあ、『好きな食べ物』から始めましょう?」

( T)「好きな食べ物か。フフ」

叢雲「フフフ」


彼女『個人』の話を聞いたのは、それが初めてだったな。出だしとしては上々だろう


( T)「春巻きが好きだ。揚げたてにベッタリとカラシと醤油つけてな。具は甘辛く炒めた春雨とミンチで、バカみてーに飯が進んだよ」

叢雲「ふぅん……美味しそうね」

( T)「俺ん家は寂れた田舎町にあってな。楽しみと言やぁ飯か、親父が撮り貯めた映画か、町に一軒しかない本屋で漫画本買い漁るくらいだった―――――」

語り出すと、口は案外回るものだ。銀幕のアクション・スターに憧れて身体づくりを始めた事や
ロクに勉強もせず漫画ばかり読み漁ってたら、母親に没収されて自宅という魔窟に迷い込んで見つからなかった事
飼っていた犬が可愛くて、ずっと携帯の待ち受けにしている事。亡くなった時に学校を休んで布団の中で泣いていた事
どれも核心を突くような話ではないが、向かいの彼女は相槌を打ち、時に笑いながら聴いてくれている


( T)「で、高校に上がった頃、地元で有名なヤンキーと揉めてな。十……何人くらい?ボコボコにして退学を食らった」

叢雲「盛ってるわよね?」

( T)「本当だもん」


思えば、人生最初の分岐点はそこだった。学業か、就職か
ならもう思い切って大人の階段昇る君はまだシンデレラさ気分で選んだのは、体躯が活かされる『自衛官』という職だった
親元を離れ、厳しい先輩や教官に扱かれる環境だったが、案外大したことなかった。体術訓練を良い事にボコボコにしたりした。楽しかった


叢雲「どういう神経してんのよ……」

( T)「いやまぁ、悪い人らじゃ無かったし……ちょっと癪に障っただけで……」

叢雲「よく今まで刺されずに生きて来れたわね」

( T)「反省はしてる」


楽しかったよ。沢山の友達も出来たし、尊敬に値する上官にも出逢えた
面白い後輩にも恵まれたし、何より鍛えて金が貰えるってのが俺にとっちゃ美味しかった
実益と、やりがいと、誇り。天職だと思ったね。幸いにも日本は平和主義国で、どっかのお国みたくドンパチやる事もねえ
そりゃ先行きは不透明だったが、暢気に過ごせていた。あの日が来るまでは


叢雲「……深海棲艦ね」

( T)「ああ」


誰もが目を疑っただろう。俺だってぶっちゃけ特撮映画かなんかの映像かと思った
真っ青な顔したお偉いさんが、ネットを使った緊急集会を開いた最中も、白昼夢でも見てるような心地がしたよ
メディアも何もかんも大騒ぎしてた。専門家は某国の新兵器の可能性があるだとか平気で宣ってたし
年に数回あるか無いかレベルの怪奇現象番組に出演する大先生が、タレントに茶化される事なく自論をベラベラと垂れ流してた
それでも人間、世間って結構遠くの物事には興味こそ抱くが危機感は薄くてな。バタバタと慌ただしくなった自衛隊を差し置いて、大半の人はいつも通りの日々を送ってた
日本人特有の勤勉さからかも知れないし、事態を楽観していたからかも知れない。何方にせよ、すぐに大混乱が起きたわけじゃ無かった

( T)「遠洋で運用される学園艦が一斉に帰港した頃からかな。叙々に不安は広がっていった」

叢雲「あれには驚かされたわ。私達の『世界』には無かったシステムだもの」

( T)「ほう」


『私達の世界』。これまた気になるワードが出た。確か、艦娘の元となった軍艦は俺たちの世界にはない大海戦を経験したと聞いたことがある
別の世界から何故、『ここ』を選び現れたのか。気になる所だが話の腰を折るほどではなかった


( T)「『海は安全ではない』。天候、人為を除いた第三の未知なる危険。いち早く察した奴は内地に、もしくは大陸のど真ん中への避難を開始していた」


重い腰を上げる連中は増えていった。スーパーからは日持ちする食料や水が消えた。ガソリンスタンドには長蛇の列が出来て、道は混雑した空港……まぁ、海外の対応もあっただろうが、航空機の運用は見送られた。にも関わらず、少しでも生存率を上げようと沢山の人が詰め寄った
俺たちも駆り出されたよ。飛べねえっつってんのに飛ばせ飛ばせと喚く馬鹿どもを送り返す為にな
当然、銃なんて向けられないから身体張って自宅に戻れって声が枯れるまで叫んだ
パニックってのは怖えよ。中にはぶん殴ってくるような奴もいた。後輩がキレそうになったのを咄嗟に抑え込んだ
自衛隊は人を護る仕事だ。群衆は尽く被害者だし、何より暴力に訴えれば沽券に障る
正義がお好きな方々は『帝国軍事主義の復活』だとか鬼の首取ったかのように喚くのは目に見えている
現状尽くせる最善が、甘んじて暴力や暴言を受けいれ、落ち着いてもらうよう語り掛けるだけだった


( T)「でよ、一人の女性が縋り寄ってきたんだ。『子供がいない、探して欲しい』ってな」

叢雲「……」


コミケ会場も真っ青の人混みと騒ぎの中で、小学二年生の迷子を探すのは至難の技だ
空港の管理局も対応に手一杯で、まともに連絡も取れやしない。足を使って探した方が早かった
こんな危険で、来る意味も無い場所に連れてきた親の責任と言い捨ててしまえばそれで終いだが、子供には何の責任もない
同僚に一声断りを入れると、二つ返事で了承してくれた。押し寄せる人を掻き分けて、俺のタッパが大人の半分以下のガキ探すのは難儀したよ
手がかりと言えば、服装の特徴と、手渡してくれた写真。おさげを二つこさえて、魔法少女の玩具を楽しそうに振り回す姿が写っていた

( T)「……」

叢雲「……その子は?」

( T)「……入れ違いでな。母親が医務区画を訪れたすぐ後に、運び込まれたらしい」


小さな身体に、靴底の汚れと吐瀉物、血の滲みが広がっていた。泣きながら処置を施す救急隊員を、また別の隊員が怒号を上げながら止めようとしていた
ここにいる誰もが、殺意や悪意を抱いてないのは理解していた。ただ、転んだ子供を鑑みる余裕すら無かったってだけだ
我慢の限界だった。だからと言って、暴力に訴えれば更なる犠牲者を産むのは目に見えている
そうだな、俺は案外冷静だったかも知れない。冷静に、ブチギレていた。手っ取り早く混乱を抑え込むために、極めて冷めた感情で頭を働かした
その足で母親に訃報を伝えるより先に、空港のインフォメーションに向かった。そこにはアナウンス用のマイクがあったからだ


( T)「音量を最大に引き上げて、その子の名前と、たった今亡くなった事をその場にいる全員に伝えたよ」

叢雲「……」


その子がどのように亡くなったか。との時の状態はどうだったとか。そんな事を喚いてたんじゃ無いだろうか
靴の裏をよく見ろ。血は着いてないか。人を押したのでは無いか。皆さんが、配慮に欠けた市民の皆さんが
テメーの命欲しさに無理を通そうとするお前らが、一人の女の子を殺した。制止しようとした隊員を殴りつけて、不運に見舞われた女の子の名前を出してまで、俺は成し遂げたかったんだろう


( T)「バカ共に一生残るような後悔と、心傷を与える事にな」

叢雲「……そう」


幸か不幸か、アナウンスの効力は絶大だった。残酷な事実は、頭に昇った血を鎮めるには持ってこいなのだとこの時知った
俺は錯乱したと判断されてすぐさま拘束された。決して誉められた行為では無い。命の尊厳を貶める真似だったと今でも思う
報道は瞬く間に広がった。驚くべき事に、賛否は拮抗していた。自衛隊員の暴走とも、勇気ある決断とも言われた
件の母親の下には連日報道陣が詰めかけたと聞いた。その後、子供の後を追ったとも。民衆はマスコミを、マスコミは矛先を逸らすために俺を、それぞれ厳しく非難し始めた


( T)「笑うよな。深海棲艦が現れて、国内で真っ先に起こった被害が『人災』に寄るものだったなんてよ」

叢雲「……」

さて、俺の話に戻ろう。拘束された後、処分が決定するまで謹慎という扱いになった
自衛隊内でも俺の評価はあまり良くなくてな。結果として騒動を収めてはいたが、危ない橋を勝手に渡った事には変わりない
規律を重んじる組織なら尚更だ。個人的感情で暴走するような奴を何の罰もなしに野放しには出来ない
気に食わない上官共の面会ではこう問われたよ。『どう責任を取るつもりだ?』と
タダでさえ未知の生命体の対応に手間取っている中で、面倒を起こした俺に対する怒りも込められていた
『お好きにどうぞ』としか答えられなかったよ。勝手しでかしたのは間違いなく俺だし、迷惑を掛けたのには変わりないからな
自分では殊勝な気持ちからの返答だったが、言い方が悪かったのかエラい勢いで怒鳴られてぶん殴られた。いつもならやり返す所だが、腹はちっとも煮えくり返らなかった
あの時、どうすれば正解だったかなんて二十そこそこの若造にわかるはずもないし、目の前にいるお偉いさん方だって同じだ
それに、幾ら気に食わないと言っても彼らは俺を陥れたワケじゃ無い。あの時、空港にいた人々だって助かりたいだけだった
俺もそうだ。見知らぬガキが一人死んだ腹いせに行動を起こしたが、愉悦に浸れるほどクズじゃ無い。じゃあ『誰が悪かったか』


( T)「起因だけはハッキリしていた。何もかも、海から現れたあの『クソ共』が始まりだった」

( T)「そこに到達すると、頭を通さず脊髄で答えたよ。『深海棲艦を殺しに行かせてください』」


当時、アメリカが予算度外視でバカスカ弾薬と燃料使って抵抗してたのは周知の事実で、いずれ奴らの魔の手はこの国に届くことなど百も承知だった
なら、その一番槍を担わせて欲しいと頼んだ。天啓とも思えたね。俺がすべき事は群衆の誘導でも、被災地域の救助活動でもなく、混乱と恐怖を産み出した化け物をぶっ殺す事なのだと
『気でも触れたか』とでも言いたげな上官の表情を尻目に、答えに到達した俺は今までにない清々しい気持ちに満ち溢れた
自己犠牲や奉仕の感情からではない。ただ、あれをこの手で殺せたら――――


( T)「あれをこの手で殺せたら、どれだけ気持ちがいいだろうか。その欲求だけに支配された」

叢雲「……」


向かいの彼女が居心地悪く身動ぎをしたのを見て、自分の口角が上がっているのに気づいた
ああ、しまったな。こういう所が元カノに不気味がられて破局したんだった


( T)「気を悪くさせてすまん。最前線にいる艦娘に聞かせるような話じゃなかったな」

叢雲「いえ……そうね、少し……理解し難いかもしれないわ」

( T)「敵でも、殺すのは気が咎めるか?」

叢雲「どうでしょうね……『まとも』だった頃は、沈めたかどうかより、『あの人の役に立てた喜び』が優先されていた、かも……」

( T)「……今は?」

叢雲「さぁね……こればかりは、その時にならないとわからないわ……」


艦娘は、人類に対して友好的に造られた。そのマジックが解けた叢雲はこれから何を理由に戦えばいいのだろうか
戦わざるを得ない状況下で無ければ、例えどれだけの人々が後ろに居ようとも、助けを無視して目を背けるのだろうか
それとも、自身の存在証明の為に、何の支配も関係なく果敢に立ち向かうのだろうか


( T)「……そう、か」


俺の昔話は、その一助になるのだろうか

( T)「処分は延期された。上官は何も告げなかったが、利用価値は残っていると判断したんだと思う」

( T)「程なくして、勅令が下った。俺たちが血を流す番が巡ってきた」


オーストラリア、ASEAN、中国。列強の艦隊は悉く敗北し、南アジアの制海権は損失。深海棲艦の大軍が日本本土への北上を開始した
政府はこれを硫黄島で迎え撃つと発表。『硫黄島作戦』、日本近海では初の大規模な戦闘だった
投入兵力は陸海空合わせて三千と九百十。総指揮官は『平賀 文平』っつーオッサンだった。俺は特例としてその補佐官の一人に選ばれてな。顔合わせした時は拍子抜けしたよ
目尻がふにゃりと垂れた、優しい表情のお父さんって感じの人で……そうだな、失礼に当たるが、部下にも舐められそうな雰囲気だった


( T)「だが度肝を抜かれたのはここからでな。彼は俺の差し出した手じゃなく股座を掴んでこう言ったんだ。『噂に違わぬデカいタマじゃないか。気に入った』」

叢雲「……」

( T)「ああうん、俺もそんな顔して『何言ってんだこいつ』って思った。キモかった。普通にセクハラだったしな」

叢雲「その……もしかして、アッチの気が?」

( T)「いや、ご家族はいらっしゃったよ。それを聞いて心底安心したね」


その他にも、部隊長として俺の友人が同席していた。『杉浦 六真』っつー同世代のエリートでな
まぁ、友人っつっても喧嘩相手みてーなもんでな。顔を合わせる度に罵倒合戦繰り広げては、場を盛り上げたのを覚えてる
奴の戦術は……割と非道だったが理に適っててな。座学の授業でも教官を論破するなんてしょっちゅうだった
いがみ合ってはいるものの、結局は似てたんだろうな。俺もあいつも上からは嫌われてた。仲間内だと『頭脳の杉浦、身体の小練』とよく囃し立てられたよ
それはそうと身体の小練ってなんかやらしい意味に捉われかねなくない?あ、どうでもいいですかすいません続けます


( T)「杉浦……『六真』から取って『ロマ』ってあだ名を付けたな。そいつの顔色はよろしくなかった。俺もそこまで馬鹿じゃねーから大方の事情は察せられた」

( T)「だが当の総指揮官殿はウキウキしながらこう告げたよ。『我々は餌だ。硫黄島で死ぬぞ』」

( T)「俺はご本人じゃなく、頭痛堪えるように眉間を抑えるロマにこう訊いた。『もしかしてこの人、おシャブか何か嗜まれてらっしゃる?』」

( T)「……」

叢雲「……」

( T)「素面……だったんだよ……」

叢雲「そ、そう……変t……なんでもない……」

( T)「場所を会議室からクソお高そうな料亭に移してから、上層部より下された作戦の全容を聞いた」

( T)「簡単に説明すると、深海棲艦の群れを爆撃やらなんやらで硫黄島に誘導後、島内部隊による遅滞戦を行い」

( T)「連中が俺らという餌に気を取られ、島の周囲ないしは内部に侵攻したタイミングで長距離兵器のアウトレンジ攻撃を開始、殲滅するっつー作戦だった」

叢雲「それって……」

( T)「まーぁ、幾ら現代兵器の精度が高いっつっても、人間避けて深海棲艦だけぶっ殺すってのは無理があるからなぁ」


配布される予定の武器、車両、護衛艦。骨董品も同然の代物ばかりだった。あからさまに在庫処分って感じがしたな
唯一、MLRS……なんかいっぱいミサイル出る強いやつも一車両だけ渡されるっつー話だったが、それも深海棲艦に『硫黄島に有効打を与えられる脅威がある』と誤認させる為の餌の一つだった
当然、公表はされないだろうし、概要を知るのもその場にいる三人と、後はこの人を人と思わぬ作戦企てた上層部だけだ
大層なご馳走を前に、隣の友人の箸は全く進んでなかった。俺が奴の皿から鯛のお造り取っても何も言わなかった。美味しかった


叢雲「神経無いんじゃないの貴方」

( T)「あるもん」


上座の平賀さんも酒が進んで上機嫌でな。正直、自暴自棄になってんじゃねえかって思ったよ
だけど、彼の目だけは爛々としていた。『恐くは無いのですか?それともやっぱりおシャブキメてる?ダメ、絶対っていうポスター目にした事ない?ヤバ……麻取に電話しよ……』。俺は携帯を取り出した


叢雲「ふざけんのやめて」

( T)「真剣だったもん」


彼は不敵に笑ったよ。『こんな晴れ舞台を指揮出来るのが光栄で堪らない』とな
俺は察した。この人はむざむざ殺される気は一つも無く、あろう事か武勇伝にする気満々だってな
多分、俺と同じで何も弁えない人だったんだろう。ロマが家族の事を訊いても、『息子が胸を張れる父として死ねるなら本望』と答えた
第一印象が音を立てて崩れ去った。彼は、殉する事に抵抗のない、生まれながらの『武人』だった
上層部にとっちゃ、そのイカレ具合は都合が良かったんだろうな。人選にも納得がいった
呆れたように大きく溜息を吐いた友人を他所に、俺の心はより一層昂った。同時に、大きな期待も抱いた


( T)「このイカレポンチのオッサンは、クソみたいな作戦をどれほど面白い物に変えてくれるのだろうか、とな」

叢雲「……」

喋り過ぎて口が渇いたので、少し温くなったお茶で潤した
叢雲も同調するようにお茶を啜り、こう切り出した


叢雲「艦娘も、似たような作戦に駆り出されると聞いたことがあるわ」

( T)「……」

叢雲「『捨て艦戦法』って言ってね。損傷が大きな艦娘を囮に、絨毯爆撃で諸共吹き飛ばすのよ」

( T)「……君もその作戦に?」

叢雲「いえ……無茶な進撃はあっても、そこまで非道な司令官じゃ……単純に、度胸が無かっただけかもね」

( T)「そんな作戦を敢行する奴を『度胸がある』たぁ呼ばねえよ」

叢雲「フフ、そうね……貴方は、恐くなかった?」

( T)「その時はな。結局は俺も、奴らの脅威を直接目にしてはいなかった。俺も、平賀さんも、根拠の無い自信に酔っていただけだった」

この中で唯一、ロマは頭マシな方でな。望んで参加したんじゃなく『誰かが血を流す必要がある』と捉えていた
平賀さんはその真っ当さを高く買っていてな。参謀として力を貸してほしいと頼んだそうだ
で、わざわざ場所を移して会合を開いた理由の一つが、ロマと平賀さんが独断で改案した作戦内容の共有だった
『美味い飯と酒を楽しむついでだけどな。ああ、そうだ。この後ヌきに行くか?俺の奢りだ心配すんな』


( T)「セクハラで訴えようって思った」

叢雲「変に真面目ね……それで?」

( T)「そっからはちゃんと作戦の話に移ったよ。内容がヤバい事を除いては」

叢雲「その、ロマさんって方は……真っ当なのよね?」

( T)「ううん、全然真っ当じゃ無い」

叢雲「さっきと言ってる事違うじゃない……どんな作戦だったの?」

( T)「真正面からのどつき合い」

叢雲「ん……うん?え?」

( T)「だよな、そうなるよな、うんうん、わかるわかる」

叢雲「わかるように説明しなさいよ!!」

それではお待ちかね、決行日の話に移ろう。そらぁもう忌々しいくらいに晴れた日の事だ
『死ぬには良い日だ』とでもセリフを吐けば格好つくようなシチュエーションだったが、ほぼ死出の旅路が決定してるその他の連中の表情は総じて優れてなくてな
硫黄島への輸送中も、身体の震えが止まらねえ奴もいたし、イラつきながらずっとブツブツ呟いてる奴もいた
かのレオニダス王が率いたスパルタの兵士のように、誰も彼もが戦死を誉れと捉えはしない。叶うのならば、『他の誰か』に任せてしまいたいだろうよ

この時点で俺は滅茶苦茶不安になってな。同調したとかそう言うのじゃない。『作戦が破綻するんじゃないか』とな
火力も装甲も乏しい俺らが唯一、奴らを上回れる点があるとするなら、それは『メンタル』だ。刺し違えても敵を殺す。強い意思無しに勝利は無い
この時ばかりは、指揮官殿も冷や汗を流してんじゃねえかと隣を窺った。あの人は弾薬を口に放り込んでいた
『美味しい?』と俺が訊くと、『女房の飯より美味い』と答えた。普段どんな残飯食わされてんだろうと思った


『他に欲しい奴はいるか?噛んでりゃ気が落ち着くぞ。それに、飴より長く楽しめて経済的だ!!』


ちらほらとだが、笑いが起こった。くだらない冗談だったが、気を紛らわせるには十分な効力を発揮した
この時から、彼の仕込みは始まっていた。それに気づくのは、もう少し後の話になるがな


( T)「硫黄島上陸後、真っ先に行ったのが兵装、人員の配置変換と偽装工作だった。本部からの指示変更と称してな。まぁ全部独断だったんだが」

( T)「幸いにも硫黄島には先の大戦で使用された設備が数多く遺されていた。要塞として使える摺鉢山や、地下設備なんかがな」


決戦の時は刻々と近づいた。流石の俺も腋から噴き出る汗が止まらんかったよ
この場にいる全員、作業の手こそ止めなかったが内心、いつ砲弾が飛んでくるかヒヤヒヤしてただようよ
普通に忙しいのにあの人は俺に『ちょっとこれ持って着いてきて』とか言って若干重い拡声器を持たせ、摺鉢山を登らされた
要塞として機能していたのもあって、火器は海上から死角となる位置に配備されていてな。担当員も何事かと首を傾げたよ
平賀さんはどこからか持ち出した矛の柄を杖替わりにしていたな。軍刀よりも武骨で、斬るっつーより叩き潰す事を目的に作られたようなイチモツだった
基地からのスピーカーでも良かったんじゃねえかとぼやいたが、彼はとにかくシチュエーションと、ドラマに拘った

山頂まで到着し、少し上がった息を整えながら俺にこう語り掛けた。『よく見てろ若造。人が戦士に変わる瞬間を』
拡声器を手に、大きく息を吸い込んで、腐った卵臭ぇ空気がビリビリと震えるほどの大声で『注目!!!!!!!!』と叫んだ


( T)「あの時の『檄』は一言一句ハッキリと覚えている」





『────70年前、俺達の爺さん婆さんはこの島にいた!強大な敵を迎え撃ち、日本を守るために!』
『70年前、俺達の爺さん婆さんはこの地で戦い抜いた!自分たちの後ろに居る国民を、友を、家族を守るために!!』
『70年が経ち、時代は変わった!そして、敵も変わった!兵器も、戦術も、何もかもが変わった!!
『だが、俺達の任務は変わらない!!俺達もまた、強大な敵を倒すために、“日本”を守るためにここにいる!!!』
『難しいことは考えなくていい、要は我らが先輩方の真似をすればいいだけだ! !』


『再びこの地で、俺達は戦う!」

『再びこの地を、俺達は護る!! 』

『そして、70年前のようにもう一度─────』





( T)「『暁の水平線に、勝利を刻め!!』」

驚愕で真っ白になった頭へと、上書きされるかのようにその言葉は刻み込まれ
身体の奥底から『熱』が湧き上がってくるのを感じた。その熱は、とても抑えきれるものではなくて


( T)「島が揺れる程の、大歓声が起こった」

叢雲「……」

( T)「五分にも満たない演説で、スイッチを切り替えたんだ。恐怖を戦意に変え、兵士の人心を握り、命を預けるに値する指揮官として顕現する為に」

叢雲「……恐ろしい人ね」

( T)「ああ恐い。だが、事情を知っている俺からして見れば、ただの捨て駒として送り込んだ連中よりよっぽど人間味があったよ……こんな言葉を知ってるか?」


『令、発せらるるの日、士卒の坐する者は、涕、襟を霑し、臥する者は、涕、頤に交わる。之を往く所無きに投ずれば、諸・劌の勇なり』


叢雲「いえ、知らないわね」

( T)「孫氏兵法、九地編。『令発せられた日、兵は涙を流す。それらを死地に投ずれば、歴戦の戦士となる。』もう少しわかりやすい解釈を加えて言い換えると、死を直面し、受け止め、覚悟を決めた兵はドチャクソ強いってこった」

( T)「平賀さんが俺みたく孫氏大好き人間かどうか知らんが、これに当てはまる条件は整ってた。彼は手始めに、最強の兵を作り上げたんだ」

叢雲「……でも、それで事足りるとは到底思えないわ」

( T)「勿論。これだけで兵力差を覆すのは至難の技だ。だが、強靭が故に抱く『脆弱性』ってのも存在する。それが何かわかるか?」

叢雲「……『慢心』?」

( T)「その通り。奴らが俺らと同じく『人間』であったなら、相手が少数であろうとも万全を期した。『窮鼠、猫を咬む』。これが身に染みて解っているからだ」

( T)「では深海棲艦は?産まれながらに他の生物を圧倒する力と身体を持った者は?敗北を知らぬまま勝ち進んだ部隊は?」

( T)「反省の機会がこれまで無かったってのは、俺らにとっての数少ない勝算だった。そう言った意味では、犠牲となった諸外国の命は無駄ではなかった」

兵士のコンディションを最高潮に高めた後、彼は一部の火器担当を残して兵を地下施設へと一時退避させた
本部からの通信では、無人航空機や機動防空艦隊艦載機による誘導は順調に進んでいると報告があった。敵総数は凡そ五百ほどと付け加えて
『了解』。平賀さんはそれだけ返すと、『よしじゃあこれ(無線機)ぶっ壊していいぞ』と俺に伝えた。頭可笑し……元から可笑しかったけど、別に狂ったんじゃない。概ね予定通りの行動だ
誘導までは当初の作戦通り。ここからが改案した作戦へと移行した。先ずは本土からの命令をガン無視。当然、此方から情報共有も行わない
次にMLRSをぶっ放して連中の気を硫黄島へと向けさせる。これは硫黄島に大打撃を与えられる火力が十分にあると錯覚させる為でもあった
案の定、深海棲艦のアホどもはバカスカ砲撃を繰り出してきたよ。だが、俺らはこれを地下施設でジッと耐え忍んだ
やがて砲撃は止み、地上での待機部隊に連絡を取った。『被害は軽微。作戦継続に問題なし』。平賀さんは不敵に笑った。『喧嘩の作法を教えてやろう』ってな


( T)「ロクに損害の確認もせず、硫黄島を通り過ぎるタイミングを待った。奴らが背を向けた時を見計らい、配備されていたコブラを全機発進。背後から一撃ぶちかまして離脱」

( T)「不意を突かれた連中に休む間を与えず、隠蔽していた火器を立て続けにぶっ放す。打撃と、挑発を行った。するとどうなる?」

叢雲「怒る……でしょうね」

( T)「ハハハ、愉快な光景だったぜ。戦列を乱して急転回し、時折爆発を起こしながら、俺らを皆殺しにしようと向かってくる様はよ」

叢雲「愉快って……でも、かなりリスキーじゃない?」

( T)「そうだな。連中の頭がもう少し足りてりゃ、素通りするっつー選択肢もあっただろうよ。だが奴らは『慢心』して、それでいて『傲慢』だった」

( T)「一本食わされたのが、不愉快で堪らなかったんだろうさ。ちっぽけな島にいる群れたザコを皆殺しにしなけりゃ、気が済まなかったんだろうさ」

不意を突いたとは言え、やはり物量差は圧倒的に向こうに分があった。ヘリは撃ち落とされ、護衛艦は炎を巻き上げて傾いていった
砲撃で島は揺れ、擂鉢山は少しずつ削り取られたが、平賀さんはギリギリまで待機を命じた
目に見える『恐怖』は、眼前まで近づいてきた。心臓は早鐘を打ったよ。作戦だけは、予定通りに進んでいた
ご存じではあるだろうが、深海棲艦は何も海上でしか活動できない存在ではない。目的が『征服』か『殺戮』かは知らんが、奴らは『上陸』が出来る
ただし、艦は艦だ。ヒト型を除けば殆どがアザラシ……いや、芋虫みてーなもんだ。『お足元』が悪ければ、歩みの速度は牛に劣る


叢雲「……固まりにくく、滑りやすい。火山砂の浜辺ね」

( T)「加えて、『重量』という足かせがあった。踏み込めば沈み、まともに進むことは困難だ」


上陸までは滑り込むように行えても、進軍は手間取る。頭に血が上った馬鹿どもは立ち止まることなく後続する
油の波紋が積み重なるように、奴らはドン詰まった。デカく、重く、鈍い。格好の獲物だ
連中はどの段階で『してやられた』と感じたんだろうなぁ。少なくとも俺の目には


( T)「号令と共に、時代遅れの『古強者』が火を噴いた瞬間でさえ、まだ俺らをザコ扱いしてるように見えた……ここまでが、ハッキリと覚えている硫黄島での記憶だ」

叢雲「え……?その後は?」

( T)「無我夢中でな。幾らイキってても、俺だってあの時が初陣だった。人間が吹っ飛ぶ様を見るのもな」

叢雲「っ……」

( T)「断片的に覚えているのは、隣を走る仲間が爆散して、血肉を浴びて地面を転げ回った事」

( T)「その時、武器を手放してしまって、眩む視界で地面を這いずり回り、手探りで探した事」

( T)「……」

叢雲「……他には?」

( T)「……掴んだ物が、小銃よりも長く重い代物だった。千切れた右腕が、柄を握り締めたままぶら下がっていてな」


叢雲は息を飲んだ。察したのなら、それ以上の詳細を語る必要もない


( T)「そこからまた記憶が飛んで……気がつくと、俺は浜辺で突っ立っていた。目の前には、ヒト型の深海棲艦が舌を垂らして死んでいた。腹に突き刺さった矛を抜こうと、両手で柄を握り締めた状態でな」

( T)「俺の姿を見つけて駆け寄ったであろうロマが、肩を掴んだ。見知った顔に安心して崩れ落ちた身体を咄嗟に支えてくれた」

( T)「『終わった』。その言葉の意味を理解するのに少し時間を食った。辺りを見渡すと、海岸線が赤と青の相対する色で染め上がっていた」

『予想以上の大打撃』と、そいつは言ったよ。人を嘗めてかかり、冷静さを欠き、ノコノコと狩場に誘い込まれた深海棲艦を、頭がパァになってた間に尽くぶっ殺した
奴らは撤退を余儀なくされ、日本への侵攻は一先ず中断された。この戦果は大本営も認めざるを得なくてな。当初の遠距離攻撃は中止され、急ぎ迎えの船を寄越すと報告があったそうだ
切り替えたのかもな。捨て駒にする筈だった俺たちを『英雄』として祭り上げ、深海棲艦を退けた手柄を我物にする為に

命懸けの負け戦の筈だったが、人類は初めて深海棲艦に『勝利』した。それなりの代償を伴って
ズボンの腿が濡れているのに気がついた。ベルトに括り付けられた『右腕』から滴り落ちた血によるものだった
名誉を与えるに相応しい『将』の、身元が判明する唯一の忘れ形見だった


( T)「自衛隊側は陸自と海自で併せて2200名が死傷、他航空自衛隊がF-14Jを六機喪失。これでも当初の作戦よりも遥かに生き残った」

( T)「真正面からのどつき合い。一見無謀に聞こえるが、平賀さんは信じていた。人の持つ底力を。そしてその使い方を知っていた」

( T)「……惜しい、人だった」

叢雲「……」


本土に戻ると、世界中が人類の初勝利を挙って話題にした。良い意味でも悪い意味でもな
余計に神経を逆なでしたとか、和平から遠ざかったとか、頭に蛆でも湧いてんじゃねえかってコメントも多く寄せられた
俺は暫く病院で過ごしたよ。オツムこそ何かのショックで若干バグってたが、五体満足で戻れたのは幸運だった
持ち帰った遺体と矛は、ご遺族の元に届けられたと聞いた。残念でならないが、彼も家に帰ったんだ。息子が父の活躍を聞いて、胸を張れたかは知らないがな
そういや、両親が見舞いに来てくれたな。湿っぽい雰囲気は無く、ただ『よぉやったな』と労いの言葉を承った。実家近くで穫れたみかんは美味かった

退院後、暫くお暇を頂けたよ。参謀として参加したロマは本部に招集されて休む暇が無いと嘆いてたな
恋人にも会ったが、俺が忙しくしてる間に別の男を作っててな。何かと理由をつけてフラれちまった
散々な目に遭ったんで暫く実家でゴロゴロダラダラ過ごしてたら、新しい戦力が加わったとメディアが報じた。それがキミ達『艦娘』だった


( T)「『吹雪』、それと『大井』だっけか。人間ではない、自律する人型兵器。少女のナリをしながら、かつての軍艦と同等の火力を有する、『勝利の女神』」

( T)「目をひん剥いたね。まさか成人にも満たないような女の子が、あの悍しい連中を相手にする新しい戦力だなんてよ。お偉方の正気を疑った」

叢雲「でしょうね……」

( T)「正直に言うが、俺は余り快い気分じゃなかった。見た目もそうだし、何より俺らよりも安定、かつ確実に戦果を挙げていったのが」

叢雲「そうね……」

( T)「馬鹿馬鹿しくなったよ。硫黄島での戦いも、遠い過去のように感じられた。だから、上層部から艦娘の支援部隊への異動を命じられた時も、キッパリと断って退職届を叩きつけた」

叢雲「……」

( T)「ロマや……同じく、硫黄島を生き残った後輩は残った。義理に従ったのかもしれないし、ただ上が逃さなかったからかもしれない」

( T)「俺は晴れて御役御免となった。まぁ、元から問題抱えてた奴だったし、手放してもそこまで惜しくはなかったんだろう」

( T)「平賀さんや戦死した仲間達に対する後ろめたさは勿論あった。でも、気持ちの糸は一度切れちまったらそう容易く元には戻らねえ」

( T)「幸いにも、無職故に時間が。そして特別手当と退職金で貯蓄に、それぞれ余裕があった。新しい人生を探す機会としてはこれ以上ない好条件だ」

( T)「それで旅行を兼ねて日本中を見て回ろうと思い立ったのさ。美味しいもん食ったり温泉とか入ったりしたかったしな」

叢雲「……新しい人生は、見つかった?」

( T)「くっ、ははは!!大層な事言っても結局は道楽旅行だったよ!!深海棲艦の活動鈍化と艦娘による戦力増強で、この国は余所よりも余裕が出来てたしな!!」

叢雲「お気楽なものね……フフッ」

( T)「ああ、気楽だった。日本近海の制海権を確固たるものにし、制限こそあるものの学園艦の運航も再開され、各地には『鎮守府』が設立されて……」

( T)「全てが、艦娘の登場で好転していった。若干の不満もあったが、それを上回る期待もあった。彼女達が、人様に代わってバケモノを皆殺しにしてくれんだろうとな」

叢雲「……」

( T)「心の余裕も手に入れて、中部、関東、東北とじっくり時間を掛けて各地を巡った……そんで、宮城県に到着した事までは覚えてる」

( T)「気が付けば医務室のベッドの上。顔は丸焦げにされ、可笑しなマスクを被らされ……探索の末に」




( T)「キミと出会った」




.

叢雲「……そう」

( T)「ご清聴、ありがとうございました……なんてな。雑な語りで済まなかったな。どうにも、慣れて無くて」

叢雲「そうね……正直な感想としては、寝物語には向いてない話だわ」

( T)「だろうな……『めでたし』で終わるようなら、まだ救いもあったんだろうが」

叢雲「……辛くは無かった?」

( T)「多少はな。だが逃げ道は……その結果がこのザマなのかも知れないが」

叢雲「……気を悪くさせてしまうかも知れないけど、選ばれてしまうのも納得の人生ね」

( T)「ハハ、かもな……」


元より捨て駒。骨の髄まで貪り尽くすつもりで俺を攫った
これでまた一つ、仮説が立てられた。硫黄島で生き残った数少ない兵を使っている可能性だ


叢雲「協力を仰ぐ方法なら、他にも沢山あるでしょうにね……」

( T)「それだけ、非人道的だって事だろうよ……調査に戻ろうか」

叢雲「ねぇ」

( T)「ん?」

叢雲「……私、ヒトの話を聞くの、初めてだったの」

( T)「ああ……これを基準にされりゃ困るがね」

叢雲「とても有意義な時間だった。本当にありがとう」


そう言って穏やかに微笑む彼女に、少しの時間呆気に取られた
他人によっちゃ『狂ってる』とも非難されかねない話に、感謝されるとは思ってなかったからだ


( T)「……他に訊きたい話があるなら、時間が許す限り語ってやるよ。地元の事や、旅行先での出来事なんかをな」

叢雲「ええ、楽しみにしてる」


以前、俺はテメーの人生を『報われないし、儘ならない』と評したが、案外そうでもないのかもしれない
叢雲からその言葉を引き出せただけで、簡単に覆ってしまうのだから―――――

―――――
―――



叢雲「あったわ。保有する艦娘を管理するアプリケーション。通称『Kancolle』」

( T)「『艦』と『コレクション』の略称か。趣味が良いとは言えねえな」

叢雲「同感ね」


PCの前に座る叢雲は、乱雑なアイコン欄の中から錨を模した物をダブルクリックする
なんでも、出撃履歴を検索するならこれが一番手っ取り早いらしい。ただし、初期化されてなければ、の話だが


叢雲「ふむ……」

( T)「……えらくこざっぱりとしてらっしゃるが」

叢雲「ダメ元だったけれど、やっぱり初期化はされてるわよね……」

( T)「このタブ欄はなんだ?」


ブラウザの左端には、『出撃』『編成』『遠征』『工廠』『入渠』『補給』とそれぞれのタブが並んでいる


叢雲「簡単に説明すると、出撃、遠征は文字通り作戦行動中の艦娘。編成は艦隊メンバーの入れ替えを行えて、工廠は艦娘の建造及び艤装の開発と資材管理。入渠は修理中の艦娘。補給は各艦の弾薬、燃料の残量のチェック。そんなとこ」

( T)「なるほど、管理ね……Officeよか操作はややこしく無さそうだ」

叢雲「ま、ここには私しかいないし、どの欄もほぼもぬけの空だけど」


カチカチと順番に押していくが、メインブラウザは空白を映すだけだ
叢雲もほぼ惰性で確認していたが、頬杖をつこうとした左腕が、机上でピタリと止まった


( T)「どうした?」

叢雲「……ちょっと待って」


通り過ぎた『編成』のタブをクリックする。待機中の欄に『叢雲』としか記載されていない筈だが、一つだけ異常が見つかった
彼女の名前のすぐ下に、『邵コ貅倥Ζ郢ァ?ソ』と化けた文字が続いている。コンピューターが引き起こす電子的な不気味さに、俺達は顔を見合わせた

( T)「一人だったらこのままそっ閉じしてたレベルで怖い」

叢雲「単なるバグかもしれないけど、これは流石にね……」

( T)「所でブラクラって知ってる?」

叢雲「いえ、聞き覚えがないわね」

( T)「リンク押したらデスクトップいっぱいに怖い顔が大音量の悲鳴と共に映し出されて操作できなくなるタチの悪い悪戯」

叢雲「クリックしにくくなるようなこと教えてくれてどうもありがとう」

( T)「いいって気にすんな。これ、詳細開けんのか?」

叢雲「ええ、この通り」


叢雲は自身の名前をクリックすると、全身像と共に艤装の一覧や耐久値、ステータスと思わしき言葉と数値が並んだ
具体的でわかりやすくはあったが、どうもゲーム画面のように見えてならない


( T)「耐久、火力、装甲、雷装……細かく分けられてんだな。レベルまで記載されてるとは」

叢雲「改造……艦娘と艤装のシンクロ率の段階を上げる為に一定の経験値が必要なの。その目安ね」

( T)「なんだ?艤装の遅延とかあんのか?」

叢雲「まぁね、元は物言わぬ艦だし。ちょっと乱暴に例えるなら、イルカに足をつけて無理やり陸上に連れ出すようなものよ」

( T)「要は慣れ、と」

叢雲「そんなとこ」


彼女のレベルは13だが、高いのか低いのかわからん。ポケモンならまだ進化できない


叢雲「今のとこレベルの最大値は99だけれど、上限を解放させる特殊装備が開発されているって噂もあるわ」

( T)「……それ言って良い情報?」

叢雲「管理ソフトや艦娘の素性を堂々と覗き見してんのよ?今更じゃない?」

( T)「キミがええならええんやけど」

叢雲「で、問題はこのバグね」


『叢雲』のステ画面を畳むと、マウスカーソルを『邵コ貅倥Ζ郢ァ?ソ』に合わせる


( T)「クリックは出来るみたいだな」

叢雲「そうね……これも罠……かしら?」

( T)「目瞑って耳塞いどくから怖い映像出たら強制終了して」

叢雲「ズルいわよ!!」


冗談はさて置き、危険性はあるが虎穴に入らずんばとも言う。文字化けをクリックしただけで『ゲームオーバー』になるとも考え辛い
やましい情報が残っているなら、PCそのものを引き取ってしまえば良いだけなのだから


( T)「……見るか」

叢雲「ええ」


意を決して、叢雲は『邵コ貅倥Ζ郢ァ?ソ』をクリックする。その瞬間、俺の身体から平衡感覚が失われ


( T)「おっと」

叢雲「ひゃっ!?」


机に手を着いて身体を支えた


叢雲「何!?」

( T)「いや、立ち眩みだ気にすんな。で、画面は?」

叢雲「驚かせないでよ……この通り、フリーズしたわ」


カーソルはピタリと止まり、クリックにも反応しない。PCからは『ガガガ』と嫌な音が鳴り、デスクトップは暗転した
叢雲は溜息と共に、『お手上げだ』と言いたげに背もたれに深く身体を預けた


叢雲「ハァ……やっぱり、ただのバグだったみたい。少しは期待したんだけど」

( T)「油断してたら怖い顔バァって出てくるかもしれんぞ」

叢雲「くどい」

( T)「古のインターネット界隈じゃ一種の通過儀礼だっt……おい見ろ。なんか可笑しいぞ」

PCが独りでに再起動するが、OSは立ち上がる気配がない。代わりに、プログラムらしき文字列が上から下へと忙しなく流れていく
解読する暇も与えず、エンドロールを早送りで流すかのように文字列が途絶えると、画面中央に文章が―――



『髴?スス陝セ?。雎「邇冶・也クイ竏晢ス、?ゥ魄エ讎頑「?騾。?ェ豼カ?ヲ邵コ?ョ魄エ蜥イ莨千ケァ蛹サ?
騾墓コ倪穐郢ァ蠕?闖エ陜会スク邏具スソ譏エ竊醍クコ?ョ邵イ
陞滂スゥ魄エ髦ェ笆?郢ァ??鍋クコ蠕娯茜郢ァ阮吮?邵コ?ォ髴托スキ隲?莉」ツー邵コ莉」窶サ邵コ?ェ邵コ??シ貅キ?ソ??郢ァ蛹サ??讒ュ?
邵コ闌ィ?シ貅ス?ァ??シ貅ス?ァ竏?雋取㊧?ー?エ豼カ?ヲ邵コ蠕?竏壺蔓郢ァ?笆イ邵コ?ィ鬯ッ?シ鬮「?邵コ?郢ァ謫セ?ス讒ュ?』



いや、やはり『文章』と呼べるような代物ではない。また、ゾッと背筋が凍り付くような文字化けの羅列だ。そうにしか見えない、見えない筈なのだが――――


叢雲「これって……」

(;T)「ああ、多分、『意味がある』」


ソフトも知識も無い俺達に、この文字化けを読み取ることはできないが、ただのバグにしては『整っている』。叢雲もそんな印象を抱いたようだ
間も無くして、再び画面は暗転。PCはファンの唸り声を潜めていく。叢雲が電源ボタンを押したが、反応は返ってこない


叢雲「え、嘘……壊れた?」

(;T)「マジ!?あっホントだなんかPS3並みに熱い!!肉焼けるレベル!!」


今のどこに過負荷が発生したのかわからないが、どうやらご臨終を迎えたらしい
まだ拾える情報が残っていたかもしれないだけに、口惜しさが込み上げてくる

(;T)「クソ……結局何もわからず仕舞いじゃねえか」

叢雲「そうでも無いわよ」

(;T)そ「え!?わかんの!?」

叢雲「文字化けの意味じゃなくて、文字化けが『あった場所』よ。編成欄だったでしょ?」

(;T)「それが?」

叢雲「私と『もう一隻』。正体不明の何かが『待機中』と汲み取れるのよ」

(;T)「だがこの場に艦娘はキミしかいねえじゃねえか」

叢雲「正体不明の男も一緒にね」

(;T)「いや……いやいやいやいや」

叢雲「『観察実験』って仮説にも、説得力が増すんじゃない?」



(;T)「『俺』か!?」



.

推測と仮説をつらつらと並べてきたが、ここまでトンデモな説は流石の俺でも口にはしないだろう
叢雲含む彼女たち艦娘は、既に実戦投入出来るまでに『完成』していて、その技術をわざわざ『人間』に置き換える意味は余りにも薄い
いや、だが、顔面の火傷が何かしらの人体改造による副作用だとするならば……


叢雲「……フフ、なんてね」


クルリと椅子を回し、悪戯っぽく笑って立ち上がる。どうやら、彼女流のタチの悪いジョークらしい
こちとら堪ったもんじゃない。ジョークとは言え一つの可能性を提示させられた側は、理由のない不安に苛まれなきゃならないのだから


(;T)「ち、違うんだよな?」

叢雲「ええ、勿論。もしそうなら、顔の火傷は綺麗に治る筈だもの」


そう言って叢雲は、以前掻きむしった自身の首筋を指差す。彼女の傷は一回の『入浴』で回復している
もしも俺が艦娘化したのなら、驚異的な回復力も受け継がれて然るべき。そう言いたいのだろう


叢雲「人間じゃ限界があるから、私たちは造られたのよ?その力を、また人間に移し替えるなんて無駄だし本末転倒じゃない?」

(;T)「まぁ、そうだが……因みに、可能なのか?」

叢雲「さぁ?でも、別の生き物の手足を移植するようなモノとは思うわね」

(;T)「艦娘だって、艦を人の姿にしてっていう結構無茶な過程だもんな……やっぱり無理があるか」

叢雲「フフ、もしそうだとしても、冗談じゃないわよね。散々私たちをこき使っておいて、上位互換まで求めているなんて」


弾んだ、明るい声だったが、内に潜む静かな怒気が感じられた。今の段階では『もしも』の話だが


叢雲「……ほんと、冗談じゃない」


現在進行形で『主力』として前線に立つ艦娘にとっては、不愉快なモノになるのだろう
何事も『アップグレード』はされていく。古い型は、いつしか忘れ去られてしまうのだから

( T)「気持ちはわかるぜ」

叢雲「っ……違っ……わ、ないわよね……」

( T)「まぁな」


俺達の獅子奮迅の戦いだって、艦娘の登場で遥か昔の話になった。だが、一概に『悪い』とは言えない
救える命が増えて、敵の数が減って、世界は確かに平和へと一歩近づいた。それは歓迎すべき出来事なのだから


叢雲「……貴方は、どうやって割り切れたの?」

( T)「自然に」

叢雲「毒にも薬にもならないわね……」

( T)「こればかりは性分だな……不確定の物事に一喜一憂してたら身が持たねえぞ」

叢雲「……わかってるわよ、それくらい」

( T)「……」


どこか懐かしさを感じる、悔しさと悲しみが入り混じる表情をしていた
記憶を遡ると、一人の旧友が該当する。サッカー部で、新入生にレギュラーの座を奪われた時、こんな顔をしていたかもしれない
人が他人の出番や地位を奪うように、艦娘社会でも同じ事が行われているのではないのだろうか


( T)「……」

叢雲「……あー、やめやめ。脱線しちゃったわ。今は貴方の事情が最優先よね」

( T)「そうだな……他に手がかりはあるか?」

叢雲「……否定してなんだけど、確認だけしてみる?」

( T)「え?」

叢雲「貴方が艦娘の力を得ているかどうか」

( T)「え?」



( T)「え?」



.

―――――
―――



(;T)「なんかいっぱい出てきたけど……」

叢雲「艦娘用のアイテム、あるだけかき集めてきたわ」


場所は移って艤装格納庫。台の上には数々の『アイテム』とやらが並ぶ


叢雲「手っ取り早いのはこれね。『高速修復剤』」


最初に手渡されたのはワンショットグラス大の緑色をした容器。蓋を開けると、なみなみと青く透明な液体が入っている


叢雲「艦娘のダメージは『入渠』することで治るけど、長時間掛かることがザラなの。それを短縮する薬のような物ね」

( T)「この前聞いた」

叢雲「あら、すっかり忘れているかと思ってた」

( T)「アホの自覚あるけど流石に腹立つ」

叢雲「長風呂を試す手もあるけど……十二時間以上、お風呂入っていられる?」

( T)「ウォンテッドかよ風呂好きだけど流石に拷問だわ。飲むのかこれ。飲めんのかこれ」

叢雲「飲用出来る入浴剤ね。よほど切羽詰まってない限り、お風呂に入れる子の方が多いかしら」

( T)「支離滅裂な発言してる自覚ある?」


バスロマン食うようなもんじゃん。なんで俺の胃の中でレッツバスロマンしなきゃならねえんだよ細川ふみえだって素っ裸で止めに入るレベルだぞ

( T)「人間が飲んで平気なんか?」

叢雲「どこかの馬鹿が酔った勢いで飲み干して病院に運ばれたって噂は聞いたけど?」

( T)「ウェッヘヘィじゃあもうダメじゃんせめて入浴剤として使わせろーい!!!!!!」


救急車来るかもわからん場所で劇薬飲ませようとしてたのかよこいつ
実は俺ってこっそり嫌われているのかもしれない。ちょっと落ち込んだ


叢雲「顔に塗ってみる?」

(;T)「えー……でもさぁ、治るってわかってんなら俺が目覚める前に治さねえ?」

叢雲「解剖した蛙を一々治療したりなんかしないでしょ」

( T)「的確に最悪な例えするじゃんキミ」


経過観察も含めて実験の一環だったのだろうか。腑に落ちない事には変わりないが


( T)「じゃあ……塗るだけ塗ってみるか……」

叢雲「塗った個所から別の顔とか生えてこないかしら……」

( T)「なんで塗りにくくなるようなこと言うの?」

叢雲「さっきのお返しよ」


意地の悪い笑顔と共に舌を出すが、可愛いという感情よりも更にバケモノが加速するかもしれない恐怖が勝る
なんか異常とか感じたらすぐに拭き取ればいいか……それで間に合うかなぁ本当に


( T)「ちょ、持っといてこれ。マスク剥がす」

叢雲「はい」

( T)「結構派手に泣き叫ぶから心の準備が出来たら言ってくれ。多分見てる方もキツい」

叢雲「……やめとく?」

( T)「いややる。行くぞォッ!!」デッデッデデデデッ カーン

( T)「せいって力いっぱい全部剥がす必要はないから少しペロン!!」


露出させるのは顎の下まで。少しなら問題ないだろうとタカを括ったが


(;T)そ「いんぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


少しだろうがなんだろうが、皮膚を剥がせばそりゃ痛い。意地張らずに叢雲の言う通りやめときゃ良かった


(;T)「あれ早く早く早く!!!!!!」

叢雲「は、はい!!塗って塗って!!」

(;T)「あっあっあっあっあああ!!!!!」


トロミのある液体を人差し指で掬い、皮膚に擦り付ける


(;T)「治ってる!?治ってる!?」

叢雲「えーと、えーと……変化なし!!そっちは!?」

(;T)「わからんもう戻す!!!!!!!!!!!!!!」


塗った感触すら、痛みと痒さでかき消されてしまう。マスクを戻し、目じりに浮かんだ涙をグッと堪えた

(;T)「っ~~~~~~~~~~~……クソがぁ……」

叢雲「大丈夫?」

(;T)「ああ、ああ……効かねえってわかっただけでも儲けもんだ……」

叢雲「……一応、飲む?」

(;T)「いや……そうだな、味見だけ……」


指に残る液体をペロリと舐めてみたが


(;T)そ「あ゙っマッズ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!オウェッ!!!!!!!!!!!!!!」


人間が受け入れちゃいけない味に身もだえる結果になった


(;T)「クソまじぃ!!!!!こんなもん酔った勢いで飲めねえぞ!!!!!!」

叢雲「そ、そこまでマズいものじゃ……腐ってんのかしらね?」

(;T)「賞味期限あんの……?」

叢雲「開封後の速やかな使用は推奨されてるけども。入浴剤として使う?」

(;T)「あー……そうだな、一応……それが一番マシな方法だっただろ……」


どうしてこう難易度高い方から試させていくのだろうか
やっぱり俺が嫌いなのだろうか。今夜は枕を涙で濡らそう

日は高いが、一足早いバスタイムとなった。これがオタク向けアニメならサービス回だな


( T)「ババンババンバンバン!!!!!!ババンババンバンバン!!!!!!!!」

( T)「いーーーーーーーーーーーーーーーいゆーーーーーーーーーだーーーーーーなーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


( T)「アハハァン」


<効果あった?

( T)「風呂場前で待機すんのやめてくんない?恥ずい」


立場が逆なら大問題だぞ


( T)「何も起きない」

<面白味が無いわね……

( T)「本音隠す努力しな??????????????」


だんだん化けの皮が剥がれていってるというか……
もしかしたら酸のプールでドロドロに溶かされる様を見て爆笑するタイプかもしれない

( T)「ふぅーい、良き湯であった」


やはり顔面の火傷が治るといった変化もなく、普通に風呂に入っただけという結果に終わる
強いて言うならば若干油臭い湯だった。ヴィレバンにだってこんなニッチな香りの入浴剤置いてねーよ。置いてないよな?


叢雲「お風呂上がりにアイスはどう?」

( T)「おっ、いいねえ。たまにはちょっとした贅沢も必要だよな」


ガラスの器に収まる、チョンとミントが乗ったアイスクリーム。火照った身体には最高のご馳走だ
手渡されたスプーンで表面をスッと削り取り、一口


( T)「美味え!!どこのアイスこれ?ダッツより美味いんだけど」

叢雲「間宮」

( T)「へぇー、聞いたこと……」


あるじゃん。なんか間宮って艦娘いるって言ってたじゃん


( T)「……これ」

叢雲「艦娘の疲労を一気に取り除く特殊なアイスだけど、変化は?」

( T)「……無いけど、人間が口にした前例は?」

叢雲「噂じゃ栄養価が高過ぎて三日三晩トリップしっぱなしだったとか」

( T)「血も涙もないの??????」

叢雲「気遣いのつもりだったのだけれど」

( T)「物は言い様だな?ええ?」


キュウべえと同レベルの存在を初めて目の当たりにしたのであった

その後も色々と試してみたものの


( T)「この火炎放射器何?」

叢雲「高速建造材。これであの箱を炙ると艦娘が直ぐに建造出来るわ」

( T)「原理?????え?????」

叢雲「人に使った前例は無い」

( T)「あるわけねーだろ世界が核の炎に包まれたけど人類は死滅していなかった世界線じゃねーんだしこっち向けんなオイやめろ」


特にこれといった成果は得られず


叢雲「艦娘には『艤装殻』という不可視の防御壁があるの。今から貴方にもそれが備わってるかテストしてみるわね」

( T)「どうやって?」

叢雲「ぶっ放す」

( T)「命に関わる検証はやめよう??????オイ艤s……艤装ってそうやって装着するんだ……かっけえ……」


ただただ時間を浪費していくだけであった


( T)「やだぁ……この妖精さんもかわいい……やだぁ……」

叢雲「応急修理要員、通称『ダメコン』。轟沈から一度限り救ってくれる貴重な妖精よ」

( T)「ほぉーん……で?」

叢雲「今から致命傷を与えるから、生き残れるか試しましょうか」

( T)「俺の命軽くね????????」

叢雲「ハァー、楽しっ……徒労に終わったわね」

( T)「本音が出てんだよ誤魔化し切れるレベルじゃねえくらいによぉ」


最初から検証とかどうでもよくて、単に俺で遊びたかっただけじゃないかこいつ


叢雲「艦娘化……って発想が、そもそも飛躍しすぎてたのかしらね」

( T)「俺は最初からそう思ってたよ。バグについての説明は付かんがな」

叢雲「単純に艦娘と並び立つ改造兵士を作り出したかった……編成画面にバグがあったのは、管理システムを併用したかったから?」

( T)「提督も兼ねて、か?」

叢雲「……矛盾が生じるわね」


PCのバグだけを鑑みるならば、叢雲は自身の推理を受け入れられる。だが、指揮官として活動した痕跡がそれを許さない


叢雲「『提督』は艦娘の能力を引き出すために必要不可欠……だけど、戦場にまで着いて来てもらう必要は無いし、何より……」

( T)「邪魔」

叢雲「……ええ。将棋だって、王将を前に出すなんて真似はしないもの」


正しい。指揮官とは部隊の要であり、大局を見据えるべき存在だ。ノコノコ前線に出て良いモノではない
だが俺はそんな矛盾した存在を知っている。歴史の中で、物語の中で、現実で、強烈な羨望を植え付けた『漢』を知っている


( T)「……将か」

叢雲「何ですって?」

( T)「艦娘は人間に対して好意的に造られた。『忠誠心』とも言い換えられるよな?なら、デスクで偉そうに指示を出すだけの奴と」




( T)「共に戦場に並び立って戦う奴なら、どちらの方が士気が上がる?」




叢雲「……今のままじゃ不十分だと?」


ゾワっと産毛が逆立つような怒気が叢雲から放たれる
主戦力としての自覚と誇りに障ったのだろう。血を流す側としては、侮辱とも取れる推測だ


( T)「『算多きは勝ち、算少なきは勝たず』。勝ち目を増やす為なら猫の手だって使うもんだ」

叢雲「……いえ、やっぱり納得いかない。好意的なら尚更よ。自ら『的』になる艦娘が出てくるかもしれない」

( T)「『敵を殺す者は怒なり』。一人倒れれば部隊は尚奮う。愛しの提督様が死ねば余計にな」

叢雲「その後は!?自らの無力と不甲斐なさを嘆いて過ごせって言うの!?」

( T)「ああ。悔恨を抱く殺人マシーンに仕上がるだろうな」

叢雲「……馬鹿げてる」

( T)「俺もそう思うよ。けどな、割といい線言ってる推測かも知れねえんだよ」

叢雲「どうしてそう思えるのよ……」

( T)「ゲームオーバーの基準」


監視の目がなく、本意はともかく艦娘当人からの許可があり、わざわざ『アメニティ』まで用意してくれている環境下
『自分を律し続ける忍耐力』を試されている実験をされていると考えれば、自ずと望まれる『人格』が見えてくる


( T)「真面目潔白誠実で、勇猛果敢。型に嵌った『理想の提督』を作ろうとしているのなら?」

叢雲「っ……」


息を飲み、足が後ずさった。俺を見る目は、久方ぶりに『怯え』の色に染まっていた
目の前にいる『男』が、何もかも作られた存在なのかも知れない。そう感じたに違いない

( T)「……いや」


( T)「俺そんな風に見える?」


叢雲「あ……あんまり……」


傷ついた

叢雲「そう……そうよね、推測なんだもの。早計だったわ」

( T)「うん。謝れ?な?」

叢雲「癪だから絶対に謝らないけど」

( T)「ギスらせたいの?」


彼女の言う通り、結局は推測だ。答えとするには裏付けが足りない
幾らか思い付いただけでも収穫とする他ないだろう


( T)「ここまでにしておこうか。いらん事ばかり考えてもお互い不安が増すばかりだろうしな」

叢雲「そうね……お腹空いたし」

( T)「飯にすっかぁ」


えらく長い一日を過ごした気がして、少々の疲れを感じていた
叢雲の後に続き、執務室の出口へと向かって電灯のスイッチに手を伸ばす


( T)「……」

叢雲「今日の夕餉は何……どうしたの?忘れ物?」


主人不在の執務机に振り返り、ふと頭に浮かんだ新たな可能性に馳せらせる
もし、この実験が『理想の提督』を作り出すものとして、現段階が『人格』の観察。これをクリアすれば次は―――――


( T)「……いや、気のせいだ」

叢雲「そう?」


言葉と裏腹に、この日一番の『確信』を得ていた。この生活の『ゴール』とも言い換えられる
『連中』が俺らを迎えに来る時は、恐らく『一戦』を交えた後


( T)「行こうか」

叢雲「ええ」


もう一度、『奴ら』と対峙した後なのだろうと

―――――
―――



( T)「ニャーニャーニャー!!!!!猫ちゃんニャーニャーニャーニャー!!!!!」

叢雲「……」

( T)「ニャー!!!!ウルォンフギャアゴロゴロゴロ!!!!!!!!」

叢雲「……」

( T)そ「ニャーnyうぉお居たのなら言えよ!!!!!!!」

叢雲「……お気の毒に」

( T)「言いわけさせて?引かないで?」


別に狂ったのではない。俺が目覚めて最初に目にした存在を探していただけだ
叢雲の待つ執務室へと導いた『猫』。ここへ来て暫く経つが、あれ以来一向に見当たらないのが気になったのだ


叢雲「そう……やっぱり頭」

( T)「おかしくない。常時まとも」


何故納得されないのだろうか?ちゃんとねこまんま持参なのに

叢雲「でも、猫ねぇ……」

( T)「思い当たる節があるのか?」

叢雲「艦娘の間で伝わるスラングがあるのよ。艤装の不備が生じた時に、『猫が出た』ってね」

( T)「……なんで?」

叢雲「さぁ?理由も出所も知らないわ」


どうして猫なのだろうか?そりゃ、不吉の象徴としてなら『黒猫』なんかが挙げられるが、それならカラスでも追手内洋一でも良いだろうに
スラングなど得てしてそういうもんだと言い切ってしまえばそれまでだが


( T)「艦娘は猫ちゃん嫌いなんか?」

叢雲「私はそうでも無いわね。個人によりけりなんじゃない?」

( T)「ふーん……ちょっと呼んでみてくんね?」

叢雲「い……え?私が?」

( T)「艦娘が呼んだら出てくるアレかもしれんじゃん」


兎にも角にも、『関わり』があるのはわかった。あの日の猫も彼女がいる『執務室』に向かっているのだ
『ひょっとしたら』と思ったなら直ぐに行動に移す。それがこのホルホースの人生哲学


叢雲「で……出てきたところで、大した収穫もないんじゃない?」

( T)「猫は可愛い」

叢雲「貴方の事情と何も関係ないじゃない!!」

( T)「よくわからん男と二人きりの生活と、癒しがある生活。どっちがいい?」

叢雲「ぐ……た、確かに」


傷ついた

叢雲「コホン……」

( T)「グフッ」

叢雲「何!?」

( T)「なんでもない。張り切ってどうぞ」


先走り笑い出た


叢雲「に……ニャー……」

( T)・'.。゜「ブブホゥwwwwwwwww」

叢雲「フンッ!!」

(;T)そ「あ痛ーーーーーーダァーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


耐えきれず噴き出してしまい、すかさずスネに割と痛い蹴りが放たれる。あ痛ーダが出た(オペラ)


叢雲「付き合って損したわ!!」

(;T)「怒んなって……ハァ、結局出てこねえな」


まぁ最初からこんな方法で出て来るとは思ってなかったが、面白かったから良しとしよう


叢雲「いもしない猫に縋り付くなんて、相当ヤキが回ったものね!!」

( T)「トトロいたもん。あ、そうだ。時間あるか?」


トトロで思い出したが、一つ良いものを見つけていた


叢雲「この通り、時間だけなら腐るほど」

( T)「映画観ねえ?」

叢雲「映画?」

場所は移り、視聴覚室。とは言っても、プロジェクターとスクリーンがある以外は他の教室と変わりない
そこの戸棚を探ってみた所、映画のDVDが幾つか入っていたのを発見したのだ。所有者は几帳面な性格だったらしく、キッチリとジャンルごとに分けられている


( T)「どのホラー映画にする?十三日の金曜日系なら難易度ヌルいけど、エクソシストだと気軽に悪夢が見れる」

叢雲「怖いのはやめて」

( T)「お化け屋敷で過ごしてるようなもんなのに何言ってんだ。でもシャイニングはやめとこう今の環境だと不吉」

叢雲「詳しいのね」

( T)「趣味でな。何でも観るぜ~?ムカデ人間観た時は新境地が開けたねありゃー新感覚の地獄」

叢雲「地獄って……その趣味、頭に『悪』ってつかない?」

( T)「ロマにも似たような事言われたよ。映画を観たことは?」

叢雲「テレビで流れているのを目にした事はあるけど、完走は無いわね」

( T)「地上波はなー……CMとかカットとかあるから好きになれん。なんだこりゃ、『地獄の血みどろマッスルビルダー』?」

叢雲「何その頭悪そうなタイトルの映画……」

( T)「わからん聞いたこと……いやでもこれ絶対神映画だろ……観てぇ……」

叢雲「それ流すなら私は出てくわ」


絶対面白いのに。観なくてもわかるけどこれ絶対面白いのに

( T)「無難にディズニーにしとくか……トイストーリー……アラジン……いやここは美女と野獣だな」


DVDをセットし、リモコンの再生ボタンを押す。ディズニー映画じゃお馴染みの、シンデレラ城をバックにした企業ロゴが流れ出す


叢雲「……」

( T)「ここ好き」

叢雲「早くない?」

( T)「ワクワク感が増すんだよ」


物語と空想が好きで、王子様とのロマンチックな出逢いに憧れる少女、『ベル』が
父を探して呪われた城に辿り着き、『ビースト』と出会う。子供の頃から何回も見返したお馴染みのストーリーだ


叢雲「このガストンって男、女性にとっての悪手を尽く踏んで行くわね」

( T)「俺そいつ一番好き」

叢雲「やっぱり悪趣味ね」

( T)「そうかなぁ」


家で観る映画の醍醐味は、周りを気にせずお喋りが出来る事だろう


叢雲「……」


ストーリーも中盤に差し掛かり、彼女の口数も減った。二人だけの舞踏会のシーンになり、横顔を窺ってみると
目を大きく見開き、煌びやかな映像を網膜と記憶に刻み込むかのように夢中になっている


( T)「……」


誘った甲斐があるってもんだ。俺も、初めてこれを観た時は、こんな表情をしていたのだろうか

『二人はいつまでも幸せに暮しました』と、お決まりのハッピーエンドで映画は終了し、叢雲は満足そうに溜息を吐いた


叢雲「……素敵な映画ね」

( T)「だろ?」


幸も不幸も、爽快感も鬱屈も、絢爛も凄惨も、スクリーン越しに楽しめる
小説や漫画とはまた違う、臨場感のある体験。彼女にもそれが伝わったようで何よりだ


叢雲「だけど、ラストは少し気に食わないかしら」

( T)「そりゃどうして?」

叢雲「野獣がイケメンの王子様に戻ったからよ。醜くても愛は成立すると伝えたいのなら、野獣のままでも良かったんじゃない?」

( T)「酷じゃん」

叢雲「短文で正論を返さないで」


正論ならええやろがい文句多いやっちゃな


( T)「ふむ……ビーストが王子に戻ったシーンだが、ベルが『彼』本人と認識するまで間があったよな?」

叢雲「ええ、それが?」

( T)「これは考察の一つなんだが、ベル本人も『ビーストのまま』が良かったんじゃないかって意見もある」

叢雲「えっ?」

( T)「だって実際目の前で解けていくのも目の当たりにしてんのにあの反応ってちょーっと違和感ねえか?」

叢雲「い……言われてみれば、そうかも」

( T)「するとどうだ?必ずしも『めでたし』で終わらねえだろ?歪曲した見方かもしれねえが、こういう楽しみ方もある」

叢雲「一見ハッピーエンドに見えても、深読みすればビターになるってワケね……奥が深いわ」


もしかして映画の歪んだ楽しみ方を植え付けてしまったかもしれない。特になんの裏も無い映画をじっくり考察しだしたらどうしよう
それはそれで面白いか。考察しがいのある映画だって沢山あるしな。そうだ、一つ良い例があったな


( T)「次は頭を使う映画なんてどうだ?『シャッター・アイランド』だ」

叢雲「良いわね。面白そう」

( T)「ご満足頂けると思うぜ」


これはあえて言わなかったんだが、シャッター・アイランドは下手なホラー映画よりクソ怖い
映画初心者の叢雲には気の毒ではあるが、映画オタクの洗礼とやらを味わってもらおう

朝早起きして続き投下します

地獄の血みどろマッスルビルダーは実在する映画です

―――――
―――



とっぷりと日が暮れて、叢雲も寝静まったであろうド深夜
俺も床に着いたのだが、どうしても気になってしまって再び視聴覚室を訪れていた


( T)「ハァ……ハァ……辛抱たまらん……」

( T)「地獄の血みどろマッスルビルダー……一体、どんな地獄が観れるっていうんだ……」


断じて変態じゃない。ただちょっと映画に対する探究心が強いだけだ
これを観ずして眠れるはずが無い。シチュエーションも最高だ。抑えられないクソ映画へのリビドー。誰が俺を止められるというのか


( T)「へへ……身体が震えてやがる……」


こんな最高の娯楽があるなら枕元にメモでも置いて欲しかった
内容によっちゃ俺を嵌めた連中を1.2倍殺しから等倍に下げてやっても良いだろう


( T)「スターt」


ウキウキ気分でいざ再生しようとした瞬間、視聴覚室の電灯がパッと光った


(;T)そ「うおっ」

叢雲「あら、失礼。取り込み中だったかしら?」


まぁ犯人など一人しかいない。寝巻き姿で壁にもたれ掛かり、ニヤニヤと笑う性悪女だ


叢雲「あらぬ誤解を招きたくなければ、深夜にコソコソしないことねぇ」

(;T)「いいだろ深夜に一人で映画観ても!!生きがいなんだよ!!どれだけお預け食らってたと思ってんだ!!」

叢雲「ハァ……熱くなる基準が人より幼稚というか……」

(;T)「なんならヤンジャンだって追えてねえんだぞ!!!!!!耐えれて二週間!!!!!!俺はキングダムを読みてえ!!!!!!東京喰種もテラフォーマーズもだ畜生!!!!!!顔面丸焦げより許せねえよ!!!!!!!」

叢雲「ごめん、わかったから。落ち着いて頂戴。怖いわ」


若干引き気味の表情で宥められ、つい熱くなった頭も冷める
娯楽を見つけたことによる我慢の臨界点が突破した影響だろう。自分で言うのもなんだけど下半身優先で生きてなくてよかった

(;T)「ハァ……どうした?何か用か?」

叢雲「用ってほどじゃ……」

( T)「キレそう」

叢雲「悪かったってば。ちょっと眠れなくて」

( T)「そんな怖かったか?シャッター・アイランド」

叢雲「フフ、かもね……」


余裕ぶってるけど何回かビックリして身体を跳ねさせている。俺は笑いを堪えて肩を震わせていた


叢雲「眠くなるまで、お喋りでもと思ったのだけれど……医務室にいないから探すのに一苦労だったわ」

( T)「そいつぁどうも悪ぅございましたね……なんなら絵本でも読んでやろうか?」

叢雲「余計眠れない物を選びそうだから遠慮しとくわ」


クソッ、図書室にエドワード・ゴーリーの絵本が置いてあったから嫌がらせしてやろうと思ったのに


( T)「そんじゃ……向かうか」

叢雲「え?どこに?」

( T)「ここで寝る気なら枕と布団を持って来い。そうでないならある場所で寝な」

叢雲「私の部屋?で、でも、映画観るんじゃないの?」

( T)「いつでも観れらぁ。それとも、野郎を前に無防備に寝れねえってなら違う方法を考えるが」

叢雲「……じゃあ、お願いしようかしら」


半ば冗談のつもりの提案だったが、意外にも乗った
俺を信頼しての了承か、それとも男として不能とタカを括ってるかは知らんが、此方から申し出た以上応える他ない
映像機材の電源を落とし、視聴覚室の電灯を消す。灯りは互いに持参した懐中電灯の細長い光線だけになった


叢雲「朝晩は冷えてきたわね」

( T)「そうだな」


取り止めのない会話をしながら、軋む廊下を歩いていく
手の付けようのない問題さえなければ、今の生活は穏やかと言っても差し支えない
ずっと続けば……なんて願いはしないが、せめて叢雲が『首輪』から意識を背けられるのなら、それはそれで良い事なのだろう

叢雲「適当に寛いで。何もない部屋だけど」

( T)「ほんまやな」

叢雲「デリカシー無いの?」


彼女の言う通り、必要最低限の家具しか置かれていない殺風景な部屋だった
勉強机の椅子を引き、デスクライトを着けて腰を下ろす。叢雲はベッドに上がり布団を胸元まで引き寄せた


叢雲「……結構、プレッシャーあるわね」

( T)「俺も側にマスク姿のマッチョいたら寝れねえよ」

叢雲「フフ、見慣れたと思っていたけど……儘ならないわよね」

( T)「全くだ。この新しい顔には、多少愛着が湧いてきたがな」

叢雲「そうなの?」

( T)「少なくとも、着けてる間は泣き叫ぶほどの火傷の痛みを感じねえからな」

叢雲「難儀なものね……ねぇ、貴方ってどんな顔だったの?」

( T)「顔と身体の特徴が一致しねえってよく言われてた」

叢雲「全っ然伝わらない」

( T)「そうだな……ちょっと描いてみるか」


絵心は無いが、割りとシンプルな素顔だったのでパッと描けるだろう
メモとペンを失敬し、手早く走らせる。うわ、上手……天才画伯か……?

( T)「出来たぞ。ほれ」


『(´・_・`)』


叢雲「え、嘘、ホントに?」

( T)「嘘描くんなら若い頃のクリント・イーストウッドに寄せるわ」

叢雲「……クッ、ダメ、ごめんなさい……アハハハハハ!!こっ、こんな情けない素顔だったの!?アハ、アハハハハハ!!」


なんでこんな辱めを受けなきゃなんねえんだろうか


叢雲「はー、はー、いえ、いえ……素敵なお顔だこと」

( T)「今更取り繕ってもおせえんだよ色々よぉ」

叢雲「だって……顔と身体が一致して……クフフっ……」


よほどツボに入ったのだろうか、叢雲は枕に顔を埋めて笑いの余韻を押し留めている
こんな笑われるんだったらいっそコメディアンにでもなれば良かった。オジマンディアスに殺される奴じゃないぞ

叢雲「フフ、フフフ……ハァー……こんなに笑ったの、初めてかも」

( T)「俺も顔面でこんなに笑われたのは初めてだ。涙が出そう」

叢雲「ホント、楽しい人ね。貴方って」

( T)「どーも」

叢雲「……ねぇ」

( T)「なんだ?」


枕を抱えたまま、うつ伏せの状態で顔だけを此方に向ける
その表情は、何かを決意したかのように真剣だった


叢雲「貴方にとって『ヒト』は、どういう存在?」

( T)「……」


彼女は『眠れない』と言っていたが、もしかすると本題はこの質問だったのかもしれない
俺との生活で、艦娘である彼女の『ヒト』に対する認識が揺らいでいるのではないだろうか


( T)「……そうだな」


慎重に、しかし嘘も誇張もなく答えなければならない
齢二十と余年。若輩者ではあるが、誰よりも劇的な人生を送ってきた
ヒトに裏切られ、ヒトに失望し、ヒトを信じ、ヒトに希望を見出した俺にしかない答えがある筈だ


( T)「……」

叢雲「……難しい質問だったかしら」

( T)「ああ……上手く、言葉には出来ねえ」


頭にはぼんやりとした考えが浮かんでいるが、それを纏められるほどの頭は備わってない
もしかすると、それ自体が『答え』なのかもしれない。『ヒト』など数えきれないほど存在し、それぞれに俺の関わりようのない人生があるのだから
これから先の人生でヒトに対する意見など簡単に覆るだろう。だから、『結論が出ない』が正解か


( T)「……」


だが、そんな答えじゃ俺も叢雲も納得はしない。もっと定義を狭めれば、上手く言語化出来るのではないか
考え抜いた末に辿り着いた先は、最も声に出しやすい感情だった


( T)「『喜び』」

叢雲「喜び……?」

( T)「くだらねえ話になるかもしんねえがな、俺が好きな映画や漫画や音楽は……ヒトにしか生み出せねえ娯楽だ」

( T)「心躍る冒険譚や、血湧き肉躍る戦いや、背筋が凍る恐ろしさ、胸がときめくロマンスも……誰かが産み出してくれている。これから産み出す者もいる」

( T)「飯だってそうだ。多種多様の食材や調味料を使って複雑な『美味しい』を作り出せるのもまた人間にしか出来ない」

( T)「楽しい、嬉しい、面白い、美味しい……営みの中で生み出される『喜び』を他者に与えることが出来る存在……俺にとってはそれが『ヒト』の最重要項目だと思う」


どんなものにも表裏は存在する。ヒトの薄暗い面など挙げたらキリがないし、気分だって悪くなる
俺がこんな目にあっても、まだ『生きていたい』と思えるのも、『喜び』があってこそだ


叢雲「……幼稚だなんて、過ぎた言葉だったわね。ごめんなさい」

( T)「謝んな。大層な生き方してねえ自覚はある」

叢雲「そんな事無いわ。とても……とても納得出来る答えだった」

叢雲「……私ね、出過ぎた真似をしてここに送られたの」

( T)「っ……」


思わず、背筋を正した。遂に彼女の口から自らの過去が語られる時が来たのだと
その様子を見て、叢雲は薄く目を細めた。眠気が襲ってきたのか、それとも微笑んだのかわからないほど曖昧に


叢雲「とある作戦でね、旗艦を務めた時に……『彼』の立てた作戦を放棄して独断で艦隊指揮を執ったの」

( T)「……しくじったのか?」

叢雲「いえ、大勝利だった。誰一人沈まず、何一つとして逃がさなかった、気分の良い勝利だったわ」


一瞬、聞き間違いか解釈を違えたかと思った。しかしすぐに腑に落ちる
良いこと尽くめで文句なし。俺が彼女の『提督』であったなら、諸手を挙げて喜ぶべき戦果だ
これで無駄死にを出したと言うのなら、叢雲に対する仕打ちにもある程度の『納得』が出来る
しかし『成功』した上でこの仕打ち。納得こそ出来ないが、『理解』は出来た。彼女は『出過ぎた真似』と言ったのだから


( T)「……彼の、癪に障ったと」

叢雲「ええ。普段の仕事はノロマの癖に、たった一回の命令違反で戦果を挙げた『初期艦』を更迭するのは早かったわね」


艦娘の定義は『兵器』、即ち『物』であり、人間様よりも劣る存在として認識されている
その『物』が、扱う『者』より優れていると直接突きつけられた事による憤慨


叢雲「泣き叫びながら謝ったし、助けも乞いた。それでも、彼は一度過ちを犯した『出来損ない』よりも、真新しい『私』を選んだ」

( T)「……他の艦娘は」

叢雲「いい『見せしめ』になったからね……思うことはあっても、口には出せなかったんじゃないかしら」

( T)「……」


言葉もない。怒りすら湧かなかった。余りにもくだらない理由だったからだ
人間の善性を信じるのならば、勝手な行動で戦果を挙げた艦娘をキチンと評価し、次の作戦へと活かす『提督』もいるのだろう
しかしご存じの通り、全ての人間がご立派な存在ではない。テレビを付けりゃ政治家が小学生みたいな野次を飛ばし
展望無しに子供を産み出した親が虐待や放任で死に到らせ、教師が未成年と売春を行い職を失う
割りを食う誰かがいるように、彼女もまた運が無かった。子が親を選べないように、艦娘も提督を選べやしないのだろう

叢雲「『心境の変化』って言うのかしらね……ここに来てから、ずーっと頭の中でグルグルと渦巻いてた」

叢雲「最初は後悔と、帰りたいという願望。次に怒りとやるせなさ。次第に火が収まるように、諦念と……苦しみから解放されたいが故の自決願望」

叢雲「『何故あんな真似を』『どうして私が』『ヒトの為に戦ったのに』『あの人が喜んでくれると思ったのに』……『産まれてこなければ、艦娘になどならなければ、こんな想いをしなくてよかったのに』」

( T)「……」

叢雲「『生き物の身体』の不便さも思い知ったわ。首輪は煩わしくて、どうしても気になって、やめたいと思っても掻き毟るのをやめられなくて」

叢雲「お腹が空いて、その辺にある物を口にしてもすぐに吐き下す。眠れば幸せな夢と悪夢が交互に襲いかかる。何も考えないようにしようとしても、どうしても感情は昂って涙が溢れる」

叢雲「得体のしれない男が目覚めてしまったら、これ以上の苦しみを与えられるかもしれないという怯えもあった。今だから話すけれど、何度か殺そうと思い立った事もあるのよ?」

( T)「……どうして思い留まった?」

叢雲「怖くなったのよ。深海棲艦でもない、危害をまだ加えられていない無抵抗の『ヒト』を殺してしまうのが。『臆病風に吹かれた』っていうのかしらね」

( T)「そうか。次はしくじるなよ」

叢雲「……一味違う反応ね」

( T)「俺が逆の立場なら不安の種はとっとと取り除く。殺されたとしてもまぁ、致し方ねえよ」

叢雲「相手がこんな可愛い女の子でも?」

( T)「ッスゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……」

叢雲「アハハ、正直。可愛いとこあるじゃない」

( T)「誰だってガキなんざ殺したくねえよ」

叢雲「前言撤回。ヤな男」

( T)「クク、自覚してらぁ」

彼女は寝返りを打ち、天井を見上げて欠伸を噛み殺す。そろそろ、夢が出迎える時間か


( T)「……まだ悪夢は見るか?」

叢雲「……少しね。でも、頻度はずっと減ったわ。貴方のお陰」

( T)「身に覚えがねえな?」

叢雲「フフ……初めて話した時、こう言ったわよね。『お喋りの相手が欲しいだけ』って」

( T)「ああ」

叢雲「馬鹿馬鹿しいと思ったわ。ヒトとそうで無いモノが、会話など交わして事態が好転するワケないって。いずれ軋轢が生じて、今よりもっと酷い状況になるだろうって」

叢雲「でもそうは成らなかった。一人でいた時よりも、頭を嫌な思い出で埋め尽くす事も無くなった。鎮守府の案内も、艦娘についての教えも、ご飯の作り方や、余暇を楽しむ趣味。勿論、貴方自身のお話も」

叢雲「煩わしいし、めんどくさい。でも、『楽しい』って、思えるようになった……」


今度は打ちけせないほど大きな欠伸をする。釣られて俺も、鼻から息を大きく吸い込み、小さく吐き出した


叢雲「皮肉よね。艦娘として戦っていた頃より、今の方がずっと充実しているだなんて……」

( T)「……これからもっと楽しくなるさ。どうだ、明日は釣りなんかしねえか?」

叢雲「それも……楽しそう……フフ」


微笑みで閉ざされた瞼は、穏やかな寝息を伴って彼女を眠りへと誘った
少し乱れた掛け布団を胸元まで引き上げてやり、極力音を立てぬように椅子を戻して灯りを落とした


( T)「……」


ふと、マスクの目元が温く滲んでいることに気付く。欠伸によって流れ出たにしては、随分と『量が多い』
どうにも、感傷的になり過ぎてしまったようだ。彼女はこんなにも『生きている』というのに


( T)「……」


ヒトにとっては取るに足らないような、ささやかな『幸福』に救われる程に、孤独と恐怖に追い込まれねばならなかったのか

( T)「……」


俺は、これまで復讐をメインに考えていた。しかし、ここに来て根本的な問題にようやく気付いた。『これから』だ
いずれ訪れるであろう連中を皆殺しにして、共倒れになろうともそれはそれで良かった。だが、彼女はどうなる?
再びヒトの下で、ヒトの為に戦うのだろうか?ヒトに都合良いプログラムを組み込まれた艦娘達に、背中を預けられるのか?
以前、俺は彼女にこういった。『良かったじゃないか。ヒトがクソと気づき、従う義理などないと知って』
確かに今の、俺しかいない環境ではそれで構わなかった。だが、俺が消えた後は?拭いきれないヒトへの怒りとトラウマを抱えたまま、『元の生活』に戻れるのか?
そもそも、一度見放した艦娘を、奴らは再雇用するのか?叢雲は『新しい叢雲』に取って代わられた。艦娘をヒトと同じ扱いにしない奴らは、『処分』すら念頭に置いてるかもしれない


( T)「……」


最早、掛け替えのない小さな友人の存在は『知った事か』と吐き捨てられるようなものじゃなくなった
俺が居なくなる事で彼女の『これから』が再びどん底へと落とされると言うのなら、俺は自分の人生を考え直さねばならない
『報復は行う』『叢雲も救う』。『両方』やらなくちゃあならないってのが、『マッスル』のつらいとこだな。覚悟はいいか?俺は出来てる


( T)「……」


時間が経ち、冷たくなった目尻を親指で拭って部屋を出ようと踵を返す。女の子の部屋になんて長く居座るもんじゃない


「……て」


( T)「?」


寝言だろうか。肩越しにベッドを確認したが、彼女は此方に背中を向けており、寝顔は覗えない
そのまま部屋を出て、静かに扉を閉じた。映画を観る気は既に失せ、意識にぼやりとモヤがかかり始めている


( T)「……寝よ」


明日も忙しい。なんてったって、『お楽しみ』の準備をしなければならないのだから―――――

―――――
―――



叢雲「よっ……と」


しなる竿の先から放たれた釣針は、やや遠く離れた水面に落ちる。彼女の釣果は先ず先ずといった所で、今夜は久々に冷凍物じゃない新鮮な魚を堪能できる
一方、俺の竿はアタリすら無くただ餌のついた針を定期的に投げ入れるだけのマシーンと化していた。なんでや。俺のこと嫌いか?


叢雲「楽しそうね」

( T)「うるせえ」


待つ時間も釣りの醍醐味と聞くが、手持ち無沙汰を楽しめるほど達観していない
スマホ依存症なもんでこの時間をソシャゲの周回とかに充てたい。パズドラをさせろ


叢雲「釣りはお得意じゃないのかしら?」

( T)「山育ちなもんでな。ガキの頃に数えるほどしかした事ねえ」

叢雲「道理で準備に手間取ったのね」

( T)「こう見えて趣味はインドア寄りでな」

叢雲「知ってる」


退屈ではあったが、日射しも柔んで穏やかに晴れる野外でのんびり過ごすのは悪くないものだ
持参した水筒から紙コップにアイスコーヒーを注ぎ、一つを叢雲に差し出す


叢雲「気が効くじゃない。ありがと」

( T)「ん」


冷たくキレのある苦味を味わいながら、視線をうんともすんとも言わない竿先から大海原へと移す

( T)「……」


別に、あの日から海に恐れを抱いたとか、そういったセンチメンタルな感情はない
ただ、こうも波風『しか』立たないこの場所を眺めていると、本当に深海棲艦なんてモノと戦っている最中なのかと疑念を抱いてしまう


叢雲「……珍しく静かじゃない」

( T)「俺のこと落ち着きのない子供か何かだと思ってる?」


ちょっとらしくないこと考えたらすぐこれだよどこ行ってもそうだよそんなに俺は思案が似合わん人間か?????え?????


( T)「ちょっと、先の事をな」

叢雲「先?」

( T)「将来」


『キリ』とリールのギアがやや動き、何かを発そうとした彼女の唇に紙コップの縁が当てがわれる
俺らは『現在』を分析し、『過去』を共有した。残すところは『未来』の話だ。多少身構えもするのだろう


( T)「なぁ、この件が片付いたら、何がしたい?」


しかしそう堅苦しく、畏って話すような内容でもない。先ずは手の届きそうな範囲で良い
高い理想を一飛びで実現した人物など数える程しかいない。天才と呼ばれる者だろうと、その他大勢の凡人だろうと、段階を踏みながらその場所を目指すのに変わりはない


叢雲「……」


コーヒーで濡れた上唇をペロリと舐めた叢雲は、少し考えた後


叢雲「二郎系ラーメンっての?」

( T)「えっ?」


なんか思ってたんと違う、いや違わないんだけど、なんかこう……いやまぁそれでええわワッショイ

叢雲「テレビで見たことがあってね。どんな物か一度食べてみたいの。貴方、食べた事は?」

(;T)「あー……うーん……なんて言うかな……重い」

叢雲「フフッ、でしょうね。とにかく、美味しい物を沢山食べたい」

( T)「いいじゃん。二郎は想定外だったけど」

叢雲「貴方は?」

( T)「漫画と映画」

叢雲「本当にインドアね。そう言えば、お酒は嗜まないの?」

( T)「生来の下戸でね。ビール一杯で吐く」

叢雲「ふぅん……」

( T)「艦娘って呑めるの?」

叢雲「身体能力と一緒で、アルコールの分解機能も一定の水準を満たしてるのよ。艦種に関わらずね。最も、好き嫌いは当然あるし、何事もやり過ぎは毒みたいだけど」

( T)「違いねえ。呑めねえ側からすりゃ手軽に買える毒だからな」

叢雲「『煙』よりかはマシって聞くけど?」

( T)「耳が痛えよ。体験してみたいか?」

叢雲「タバコを?それとも、お酒を?」

( T)「あー……」


失言だったかもしれない。どう見ても未成年に対する飲酒喫煙を勧める悪い大人じゃん

叢雲「……フフ、バツが悪いって顔してる」

(;T)「悪気なくても毒なんか勧めちまった日にゃそうもならぁよ」

叢雲「ま、艦娘である以上はどっちもヒトと比べて悪影響は少ないらしいわよ」

( T)「そりゃ羨ましい」


酒クズやらヤニカスやらの艦娘もいるのだろうか。そんなもん目にした日にゃ悲しくて泣いちゃうかもしれない


( T)「……俺の地元は和歌山なんだが」

叢雲「ん?」

( T)「農業と同じく酒造も盛んでな。ちょっと山の方に出向いたら果実酒を多く扱ってる直売店なんかもあるんだ」

叢雲「へぇ……でも、お世話になっているようには見えないけど?」

( T)「ああ、個人的には行ったことねえよ。だがまぁ、行きてえって奴がいるなら話は別だ」

叢雲「そう……え?」


良い機会だし、もうここで切り出してしまおう。俺が寝る前にサクッと考えた『これから』の提案を


( T)「あと二郎系とは違うが、豚骨ベースの醤油ラーメンも有名でな。駅からちょっと離れた場所に良い店がある。期間限定だが、山奥で開いてる行列が出来る店なんかもある」

叢雲「ちょ、ちょっと待って。何が言いたいの?」

( T)「キミさえよけりゃ、暫く俺の実家に身を寄せねえか?」

叢雲「!?」


まるで、そりゃあもう……なんだっけ……ドラクエの石化の呪文……ペトリフィカス・トタルス?まぁなんでもいいやワッショイ
そのお手本みたいにピシャリと固まってしまったもんだから、笑いのポンプで押し上げられた空気に頬を膨らませてしまう
きっと前代未聞の提案なのだろう。彼女にとっては軍の保有物を自宅に持ち帰るようなもんなのだから

( T)「なんもねえとこだけど、ここよか自由に行動出来る。休んで遊んで英気を養ってから、軍に戻るか戻らないかを決めたら良い」

( T)「働き口……いやまず学校か。多少骨が折れるだろうが、通えるように手配もしてやるよ。凄い頑張って」

叢雲「あ、あの……っ……」


琥珀の瞳が忙しなく反復し、行き着いた先は針の落ちた海
今度は緊張で乾いた唇を濡らす為に舌の先がチロリと出て、リールがゆっくりと巻かれていく


叢雲「……今更、理由を訊くのは野暮よね」

( T)「おー、わかってきたじゃねえか」

叢雲「その口振りだと、散々悩んだ結果ってワケじゃなさそう」

( T)「後先考えるのは苦手でね。今に全力を尽くす。それがこのホル・ホースの人生哲学」

叢雲「フフッ……何よそれ」

( T)「……」


寂しげに笑った彼女の顔を見て、答えを聞くよりも先に結論を知ってしまった


叢雲「……ごめんなさい」

( T)「……ま、突拍子もねえ話だからな」


無茶な提案など百も承知。ヒトの孤児よりも『彼女』を引き取る方が幾千幾万ほどの障害がある
それを抜きにしても、最も重要なのは彼女自身の気持ちだ。『NO』と言ったのならば、俺はまた別の方法でアプローチせねばならない


( T)「ハァー……あ?」


しかし、俺が考えていたよりも、もっと『シンプル』な理由で


叢雲「……」


この提案を蹴ったのだと、思い知らされることとなる

( T)「……何故逃した?」


食卓に並ぶはずだった魚達は、蹴り倒されたバケツから大海原へと帰される
叢雲はリールを最後まで巻き終えると、その場に釣竿を置きっ放しにして答えもなく早足で歩き始めた


( T)「……」


花でも摘みに行ったのでは断じて無い。俺は久しぶりに、彼女が『首筋』に爪を立てているのを見てしまった
今の話に何かトラウマを刺激するような要素があったか?いや、違う。もっと、何か切羽詰まった……


(;T)そ「ッ!!!!!!!」


『そういう事』かよクソッタレ!!!!


(;T)「叢くっ……!?」


慌てて蹴飛ばした水筒が、カンラコンロと音を立てて転がる。落ち着け、今まで暢気に釣りしてたんだ。『猶予』はある


( T)「スー……フゥー……」


深呼吸をして口車を回す準備を整える。一度昂った鼓動を押さえつけられはしない。これは持っていく他ない
それに、考えようによっちゃこれは千載一遇の好機だ。待ちに待った答えが近づいているとも取れる
その為に、最後に差し向けられた試練を何としても払い除けねばならないのだ


( T)「……」


ここには頼りになる上官も、稀代の天才軍師も、命を賭して立ち向かう兵士もいない
棄てられた艦娘と、頭と肉体がバグった一般人がいるだけだ
何が出来るか、何をしてもらうか。足りないオツムでも考えなきゃならない


( T)「……」


俺は『魚』とは違うぞ叢雲。お前がどう思おうが、俺は俺の好きにやらせてもらう。これまでも、これからも

―――――
―――



光の入りづらい格納庫は、やや肌寒く。重たい金属音が余計に助長させていた


( T)「お出かけかい?」

叢雲「……そんなとこ」


案の定、彼女は自身の『艤装』を身につけていた。頭の両端に浮かぶ謎のデバイスは、まるで兎の耳のようだった
表情こそ気丈ではあったが、マストを模したのであろう槍をギュウと握り締めた両手が不安を表している


( T)「行き先くらい教えて欲しいもんだぜ。晩飯はいるのか?」

叢雲「食べて帰るわ。お気遣いなく」

( T)「ハハッ」

叢雲「……」


わざとらしく乾いた笑いを漏らすと、彼女の唇はキュウと締め上がった
後ろめたさはあるらしい。少しイジメが過ぎたか。とっとと本題に入り太郎


( T)「……『連中』の襲撃は、決まっていたのか?」

叢雲「……連絡が届いたのは三日前」

( T)「そうか……」


『連絡』と来たか。そりゃ、実験体をそのままにしておくワケはねえわな。『レポート』は常に欲しがる筈だ
だとすると、少し前に行った艦娘用の『アイテム』の使用実験も指示されたもんと捉えるべきか


叢雲「な、なかなかの、名演技だったと思わない?ここまで何も悟られずにやってこれたのよ?」

( T)「軍に主演女優賞なんてもんがあるなら優秀賞ってところだな。ツメが甘い。何故、今になってボロを出した?何故、俺に何も伝えなかった?」

叢雲「……事が済んだら、私の部屋に向かって頂戴。引き出しに電話が入っているから、連絡を待って」

( T)「叢雲」

叢雲「出来るかぎり丁重に扱うように陳情して置いたから、下手な抵抗はしないで。少なくとも、苦痛を伴う実験や拷問は行わない筈だから」

( T)「叢雲」

叢雲「それじゃ、後はよろしく」

( T)「いい加減にしろテメェ」

出口に向かって歩き出した叢雲を止めようと肩を掴んだ瞬間


(;T)そ「ッ!?」


片手で胸倉を掴まれ、真横に投げ飛ばされる
長い昏睡生活で体重が落ちたとは言え、一般男性よりも重い俺の身体はほんの少しだけ空を飛び、戸棚に衝突する


(;T)「ってぇ……」

叢雲「良いわ、答えたげる。今まで伝えなかったのは、説明と、貴方の介入が面倒だったから」

(;T)「っ……」

叢雲「こーんな可憐な女の子に、いとも簡単に投げ飛ばされるようなヒトなんて、居ても邪魔なだけよ。納得いかないだろうけど、聞き分けてくれない?」

(;T)「嫌だね」


この俺に向かって随分と舐めた真似をしてくれる。多少プライドは傷ついたし、なんか身体も痛いが
それで『はいそうですか』などと受け入れるほど弱ってはいないし、諦めも出来ない


(;T)「今のはちょっとダイナミックに足を滑らせただけだ」

叢雲「私がまだ『優しい』内に素直になった方が身の為だと思うけど?」

(;T)「イキがるなよ小娘。既にもういっぱいいっぱいって顔してんぜ?」

叢雲「っ……!!」


散々見てきた表情だった。死が確定した者の、薄暗い覚悟を決めた顔だ


(;T)「やるならやるでもう少し上手い方法もあっただろうよ。なんせ全く『臭わせ』も……」


いや、予兆は確かにあった。昨夜の会話こそ、異変として捉えるべきだった
そこで既に『答え』を出してしまったのだ。俺を巻き込まず、自らでケリを着けると

(;T)「……とにかく、衝動的に動いちまったのはキミのミスだ。例え脚を捥がれようが目を抉られようが、納得するまでここを出すワケにはいかねえ」

叢雲「……」

(;T)「さぁ時間は限られてるぜ?俺を納得させたきゃ腹ぁ割って貰おうか」


振り返り、出口に向かって走るだけで簡単に俺は撒ける。だが、気持ちに関係なく
腹を据えた奴と対峙して、背中を見せられる者などそうはいない。足には根が生え、目は逸らせられない
嘘だろうと本音だろうと、言い訳だろうと説得だろうと、本気には本気で返さねば打ち負かされるからだ


叢雲「……もう、うんざりなのよ……!!」


よし『乗った』。彼女に残された最後の心の鍵が剥き出しになる


叢雲「まともじゃない環境で過ごす平穏な日常も、隠れてコソコソと裏でやり取りしながら、それを臭わせないように纏う仮面も、ヒトに裏切られた身でありながら、またヒトを信じそうになりそうな自分も!!」

叢雲「私以上の惨状を受けながら、それでも尚!!飄々と前を向いて理想を語り続けるアンタにも!!」

叢雲「何より一番イヤなのが!!この期に及んでまだ元の生活への未練を捨てきれない、甘えきった自分の性根に!!!!」


叫び声は、出口から差し込む光に照らされて浮かび上がる細かな埃と共に空気を震わせ反響する
紅潮した顔に、目尻には涙を。瞳には自身への怒りを灯している


( T)「……」


まだだ、ここじゃない。もう少し引き出せる筈だ。必殺の距離まで耐えろ

叢雲「……アンタの言う通り、感極まって衝動的になったのは私のミスよ。だけど、今の今まで良い方法なんて思い浮かばなかった」

叢雲「逃げ隠れしようとも、立ち向かおうとも、深海棲艦は『ここ』まで到達する。アンタに施した『何か』の成果を確かめる為に、わざわざご丁重に誘導されてね」

( T)「……」


ここで亡くなったとされる奴らの末路まで、ご用意されたものだって事か


叢雲「もう一つ付け加えると、海上で私が『沈めば』、観察は終了と見做され連中は速やかに殺処分される。暫くすれば、迎えを寄越す筈よ」

叢雲「言い訳が出来るくらいの戦果は挙げてあげる。アンタの思い通りの人生には戻れないでしょうけど、それでも『生き延びる』事は出来る」

( T)「……」

叢雲「……」


叢雲は、今にも泣き出しそうな顔を無理に捻じ曲げて、歪な笑顔を作った


叢雲「満足、してるのよ?とて……とっ、てもっ!!楽しかった!!」

( T)「っ……」

叢雲「叶うのなら、軍を離れて、新しい人生も探してみたかった!!アンタのいた街で、美味しい物食べたり、新しい経験だってしたかった!!でも、だけど!!」

( T)「……」

叢雲「私……やっぱり腐っても艦娘みたい!!ようやく……よう、やく!!このヒトの為なら死んでも良いって、思っているもの!!」

( T)「……」

叢雲「だから……これは私の要望で、我が儘よ。何よりも、自分の為の行動なのよ。だから……」







叢雲「最期くらい、格好つけさせて頂戴」





.







( T)「断る」





.

( T)「言いたい事は以上か?」

叢雲「なっ……何よその態度ッ……?」


思いも寄らぬ『意趣返し』。我が身の情けなさとか、なんかちょっと泣きそうとか色々あるけど、やっぱ一番最初に来たのは


( T)「見くびられたもんだな。ええ?」


苛つきだった


( T)「お前にとって俺はただの庇護すべき対象か?慣れねえ自分語りまでした結果がこれかよ。ガッカリだ」

叢雲「た……ただの……?」

( T)「俺の思い通りにいかない人生に成るのなら、生き延びたって何の意味もねえ。死んだ方がマシだ」

叢雲「っ……そん、なに!!死にたいの!?」

( T)「そんなワケねえだろ笑わせんなボケ」

叢雲「なら!!」



( T)「俺を巻きこめば勝てるんじゃねえのか?」



図星だったらしく、言葉に詰まる。勿論、根拠も無しにこんなセリフを吐きはしない


( T)「幾ら深海棲艦を誘導するっつっても、規模に限度はあるだろうよ。戦艦、空母を含む艦隊を本土に近づけさせるにはリスクが伴う」

( T)「まぁギリ負けるってくらいの戦力なんじゃねえか?駆逐艦娘が相手しても打撃を与えられるレベル……精々、軽巡が限界って所か」

叢雲「……それが勝てる理由になってるとでも?甘く見過ぎだわ」

( T)「いいや、ヒト型が絡んでなきゃ策と地の利で上回れる。まんまと『誘導』されるような連中に、そこまでのオツムが備わってるとは思えねえ」

叢雲「ハッ、海上で『地の利』とはお笑いよ!!何も!!アンタに!!出来ることはないの!!」

( T)「気づいてねえとは言わせねえぜお嬢さんよ。俺は、俺達は『陸上』で奴らをぶっ殺したんだ。お前らより遥かに早くな」

叢雲「ッ……!!」


丸めこまれている焦りからか、下唇を噛んだ。前提督のお粗末な作戦を上回る立ち回りをした彼女が、この策を想定していないなんて考え辛い
それを口にしなかったのは語るに及ばないだろう。だから、俺の口から直接伝える

( T)「『此方』に向かっているのなら、本土が見えるギリギリの位置で迎え撃てば背後には回り込まれない。『陸地』という退路も確保が出来る」

叢雲「待って……ダメ……」

( T)「ある程度引っ掻き回して挑発を行い、陸上に揚げちまえば機動力はガクンと落ちる。非ヒト型には『脚』がねえからな」

叢雲「やめて……」

( T)「硫黄島でやった作戦をなぞるだけで良い。勝てる戦いだぜ?何故その方法を採用しない?」



叢雲「簡単に言わないでよ!!!!!!!!!」



耳をキンと劈く絶叫に、思わず仮面の下の爛れた顔を顰めてしまう


叢雲「私だって真っ先に思いついたわよ!!アンタとなら、もしかしたら勝てるかもって!!だけど!!でも!!」

叢雲「もしも『勝って』しまえば、人でなし共は絶対にアンタを逃がしはしないわ!!これからずっと、搾取され続けていくのよ!?」

叢雲「巻き込めるワケないじゃない!!顔を奪われ、軍に裏切られて!!それでも、こんな私を『友達』と呼んでくれた恩人を!!」

『だろうな』と出かけた言葉はそのまま飲み込んだ。気持ちはわかるし、少々不謹慎だが嬉しくもある
俺が彼女を案ずるように、彼女も俺を案じてくれていたのだ。あえて相違点を挙げるとするならば、『立場』による方法の差か
俺は寄り添う事を良しとしたが、艦娘故に『逃げ場』がない叢雲は突っぱねる事を選んでしまった


叢雲「艦娘として戦って、ヒトを守って死ねるなら!!私は『産まれてきて良かった』と悔いなく終わることが出来るの!!これは洗脳でも刷り込みでもない、『私』の本音!!」

叢雲「その想いすらも尊重してくれないの!?例えお互い生き残って、元の鎮守府に戻ったとしても!!沈むその時まで後悔引きずって生きろって言うの!?」


やれやれ、興奮で頭がパンパカパーンしてるようだな。パンパカパーンってなんだふざけてんのか?
ならゴキゲンな話で頭を冷やして貰おうか。俺の『口撃』がアレで尽きたと思ってんなら大間違いだ


( T)「俺には提督の素質があると言ったな?」

叢雲「!?」


一呼吸を置き、ニヤリと口角を上げて見せた
『誰よりも劇的な人生を送った自負があった』『俺の人生のクライマックスは、恐らくもう終わったのだろうと、タカを括っていた』


( T)「巻き込んで貰おうじゃねえか」


とんでもねえ。どうやら、俺の人生の脚本家は青天井がお好きなようだ。クソッタレが

叢雲「……なん……どうして……?」

( T)「わからんか?」

叢雲「わかるわけないでしょ!!私は!!アンタを裏切り続けていたのよ!!そこまでされる義理は無い筈でしょ!!」

( T)「ああ勿論」

叢雲「は……?」


漫画なら頭に『?』でも浮かんでいそうな呆け顔に思わず噴き出してしまう
『失礼』と一言謝ったが、それも聞こえていないようだ

( T)「オメーの言う通り、義理も無けりゃ責任もねえ。だがそりゃ出会った時からそうだっただろうが」

叢雲「っ……」

( T)「俺がこの場から逃げなかったのも、お前と日々を過ごしたのも、全部俺が『したい』と思ったからそうしてるだけだ。まさかこの俺がお前の為を想って行動していたとでも?」

叢雲「……」

( T)「全部『俺』が優先なんだよ。例えそれが滅私奉公の行動に見えようが、俺は俺の為にしか生きない。他人に及ぶ影響なんざオマケで付いてくるもんだ」

叢雲「……」

( T)「こんな楽しい展開をみすみす逃すなんてあり得ねえ。お前の後味の悪さなんざ知るか。顔を焼かれようとも、国に裏切られようとも」


( T)「俺は『友達』と共に深海棲艦をぶっ殺してえだけだ」


叢雲「っ……!!!!」


あっヤバい泣かせた。まぁええわ続けよ

( T)「死んで花実は咲かねえぜお嬢さん?これから新しい人生探して美味いもん食って、色んな経験するんだろ?艦娘がどうのこうのと宣う前に、テメーを第一に考えたらどうだ?ええ?」

叢雲「そっ……そん、なの……」

( T)「『出来る』。今この瞬間こそ最大のチャンスだ。俺を含む誰にも、お前が選んだ生き方を咎められる権利はねえ」

( T)「お前がしたい事の為に、『俺』を利用しろ。何だってする、何だって殺す、使い勝手の良い駒としてな」

叢雲「……そ、それが、アンタの意にそぐわぬ、行動だとしても?」

( T)「まぁ、俺もクソッタレのヒトだからな。後々前言を撤回するかもしれん。だが、今ん所……」


自分で言うのもなんだが、結構矛盾した発言なのかもしれない
だが、これ以上の言葉は見つかんねえし、上手いこと書き替える自信もねえ


( T)「お前の『したい事』を叶えてやるのも、俺が『したい事』の一つだからな。遠慮すんじゃねえよ」


まぁ、これ以上飾る必要もない言葉か


叢雲「っ……フフ、詭弁だわ……結局、私の為なんじゃない……」

( T)「は?自意識過剰乙」

オチャメな照れ隠しに叢雲は、両目をグシグシと拭い鼻を啜る
次に俺を見たときにはもう、赤く腫れてはいたものの『海上の戦士』の目をしていた

叢雲「本気なのね?」

( T)「当然」

叢雲「もう引き返せないわよ」

( T)「本望」

叢雲「私の人生の為に、アンタを使い潰すわ」

( T)「上等だ……ハハ、ハハハハハ!!!!!」


笑わずにはいられない。『一皮剥けた瞬間』ってのを目の当たりにして、盛り上がらずにいられようか!!


( T)「さぁ門出だぜお嬢ちゃん!!責任や義務、『守らなければ他人が死ぬ』『勝たなければ国が亡びる』!!クソみてーな重たい柵から抜け出してぇ!!」



( T)「『楽しんだもん勝ち』の人生を始めようじゃねえか!!なぁ!!」



『自分探しの道楽旅』は終わりを迎えた。今ここに、俺は新たな指針を見つけ出した
艦娘と、『叢雲』と共に、『明るく楽しく深海棲艦を皆殺しにする』
他人の為でも、ましてや国家の為でもない、自分自身の為の戦争を始めようか

―――――
―――



作戦会議だ作戦会議!!!!!!!!ウォーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!時間なーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!!!


叢雲「残念だけど、アンタの予想は的中ってワケじゃないわ」

( T)「え!!!!!!!????????」

叢雲「声デカ」


上層部から送られた敵情報は『重巡一、軽巡一、駆逐二』といったヒト型含む艦隊編成
幸いにも戦艦、空母といった高火力艦こそ居ないが、海上で駆逐艦娘一人が立ち向かうには少々どころじゃ無く桃色の荷が重い(あやや)


( T)「海上で皆殺しに出来る自信は?」

叢雲「いずれ身につくんじゃない?」

( T)「将来有望だなオイ」


お相手が虫の息ならそれもあり得るだろう。勿論、そこまでの戦果など期待しないし希望しない
兵力が十倍なら包囲を、五倍なら攻撃を、倍なら分断、等倍なら勇戦を
兵力に劣れば撤退し、勝ち目が皆無なら戦わない。則ち、『小敵の堅は大敵の擒也』
『数』という最もわかりやすい勝ちの要素は俺たちには無いものだ
しかし、こんな言葉があるのもまた事実。『兵は多きを益とするに非ず』


( T)「……この状況に置いて、俺らが優っている要素はなんだ?」


叢雲は視線を宙に浮かばせ指折り数える


叢雲「先ず地形でしょ。後は敵艦隊の情報。向こうは此方の戦力なんてわかりようもないしね」

( T)「それから?」

叢雲「疲労度と燃料、弾薬の残量……かしらね。追い立てられているのだから、多少のプレッシャーもあるんじゃないかしら」


深海棲艦はあれでも『生物』だ。遠海から遥々『ご足労』頂いている以上、疲れは多少なりともあるだろう

叢雲「だからこそ目先の利益に囚われる。燃料と弾薬それに資材、ドック、工廠が生きている上に護衛の少ない拠点。連中最大の脅威国である日本の沿岸で拠点を構えれば、人類滅亡へのチャンスは格段に広がるわ」

( T)「つまり~?」

叢雲「……施設を出来る限り傷付けず確保したい『欲』が産まれる」

( T)「その為に~?」

叢雲「…………『罠』である事を臭わせない立ち回りをしなきゃならない」

( T)「頭賢い~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!」


槍の柄底で脇腹をエイッッッッッッッ!!!!!!!ってやられてエンッッッッッッッッッ!!!!!ってなった
緊張感を和らげてやろうとちょっとふざけたらこれかよユーモアに理解がないんじゃねえかこいつ


叢雲「ムカつく」

(;T)「脇はやめろ敏感なんだ」※後に乳首が敏感になる

叢雲「早い話が私の役目は、鎮守府敷地内への誘導って事ね」

( T)「『始めはジョj処女の如く、後に脱兎の如し』」

叢雲「何?」

( T)「最初はジョj処女のように振る舞い油断を誘って、そこを脱兎のような勢いで攻め立てれば敵は防ぐ術を失くす。艦娘主演最優秀女優賞が欲しきゃ、今まで以上に『しおらしく』振る舞え」

叢雲「そうねぇ……でも、手玉に取りやすかった殿方とは違って今度はビッチだもの。そう上手く通用するかしらねぇ」

( T)「腹立つ」

叢雲「肝心の攻撃方法はどうする気なの?」

( T)「いくつか考えはある。一つは魚雷を拝借したい。接触式信管だよな?」

叢雲「ええ。まさか投げつける気?」

( T)「適当な棒に括り付けて投げりゃ立派な投擲爆弾だ。活かさない手はない」

叢雲「発想が如何にもさr人間ね」

( T)「サルって言おうとするな」

叢雲「他には?」

( T)「その槍も貸してくれ」

叢雲「い、嫌よ!!飾りみたいなものでも立派な艤装の一つよ!?爆破なんてさせないわ!!」

( T)「いやそんな事せん……『飾り』?」


『艤装』ではある。だが、艦砲や魚雷発射管のように、明確な役割はない代物なのか?


( T)「……なぁ、それで深海棲艦をぶっ刺したことは?」

叢雲「あ、あるわけないじゃない……」

( T)「前例は?お前以外にもなんか刀とか槍とか持ってる艦娘はいただろ?」

叢雲「無くは……無いけど、下策中の下策よ?砲雷撃を掻い潜って接敵して近接戦で倒すなんて、余程の手練れか若しくはイっちゃってる艦娘くらいだろうし」

( T)「……だよな、だよな、だよな!!」

叢雲「な、何を盛り上がってるのよ気持ち悪い……」


本来なら『あり得ない』戦法であるならば、当然向こうもそう思っている筈だ。何故なら艦娘も深海棲艦も『軍艦』であり、その戦法に乗っ取った戦いを基礎とする
だからこそ『有効』であるのだ。だからこそ、『俺はヒト型深海棲艦をぶっ殺せた』。奴らには『原始的』な白兵戦闘は通用するのだから

( T)「だったら尚更、そいつを借りなきゃなんねえ」

叢雲「正気?」

( T)「勿論イかれてる!!」


即答すると叢雲は陸に上がった魚のように口をパクつかせ、深いため息を吐いた


叢雲「あのねぇ……それなら私が使った方が何倍もマシだとは思わない?」

( T)「思わない。ハッキリと言うがその手の武具の扱いなら俺の方が上だ」

叢雲「……慢心で沈んだ艦は数多いのよ?」


なるほど、敗戦国の重みを感じさせる発言だ。だがこっちもただの蛮勇だけで生きてる男ではない
複数の相手、向こうから見て艦娘とヒトと戦闘を行う場合、どうしてもついて回る要素が浮き彫りになる


( T)「戦いは『正』を以て対し、『奇』を以て勝つ。簡単な策だぜお嬢ちゃん」

叢雲「……『艦娘』である私を囮に、奇襲をするってのね」

( T)「ハハァ、話が早い」

叢雲「とんでもないのと手を組んじゃったわ……」


『優先順位』。駆逐艦とは言え宿敵である『艦娘』か、艤装も無く棒きれ振り回してる『原始人』なら、脅威となる方を真っ先に排除すれば勝利は確定したようなものだ
それに、有効打を一つに纏めておく必要もない。猫の手があるのなら、存分に活用するべきだ。叢雲自身もそれに気づいてないワケでは断じて無かっただろうが、まだ遠慮が残っていたらしい

叢雲「いいこと?必ず!!生きて!!返しなさい!!」

( T)「言われんでもそうすらぁ」


手渡された槍は見た目に反して


(;T)そ「いや重っも!!!!!!!!」


地上最強の筋肉を持つ俺でもちょっと引くくらい重かった


叢雲「『艤装』の一つよ?正直、持ち上げてるだけでも奇跡だわ」

(;T)「フン、俺をそこいらのザコと一緒にしてもらっちゃ困るぜ」


だがなんとも頼もしい重さでもあった。これなら、連中の装甲だって貫ける


叢雲「後は?」

( T)「そうだな……海上戦闘で少なくとも二隻は殺れ。重巡は揚げて構わん。アレが一番殺りやすい」

叢雲「人間様の言う事じゃないわね……」

( T)「『提督』ならどうだ?」

叢雲「フフ……もっとあり得ない!!」


叢雲は一歩、二歩離れると、クルリと振り返って踵を揃え


叢雲「特型駆逐艦五番館艦、『叢雲』。現時刻を以て……」

( T)「えっちょっと待って急じゃんこわい」


『敬礼』を行おうとしたのを、反射的に止めた

叢雲「……何よ?」

( T)「いや俺のセリフ」

叢雲「形式上、こういう『儀式』をやんのよ。ただのヒトを『提督』と認めるためにね」

( T)「っあー……」


そりゃそうか。仮にとは言え提督だもんな。これをしちまえば明確な『上下関係』ってのが出来ちまう
だが向こうがどうあれ、俺はそれを好ましく思えない。軍人ってのに嫌気が差してたのに、元の木阿弥に戻るようでなんか嫌だ


( T)「堅苦しいのはやめとこうぜ」

叢雲「じゃあどうする気?」

( T)「……」


右手を広げて、掲げた。敬礼をするためじゃなく、もっとフランクに『認め合う』ために
叢雲も察して、また呆れたように微笑を漏らすと、同じように右手を掲げる。そして


『パァン!!』


と、互いの中間でそれを叩き合わせた


( T)「これで充分だろ」

叢雲「そうね。悪くないわ」


何かが劇的に変わった実感はない。ただ、共有された掌の痛みと景気の良い音は実に心地良い


( T)「やってやろうぜ、『相棒』」

叢雲「ええ、『司令官』」


『司令官』。妙にこそばゆい言葉だったし、叢雲自身も真の意味を込めて言ったわけでは無いだろう
誰が安全圏で指揮だけを執るお偉い人物になってやるものか。俺は俺のしたいように、文字通り――――


艦娘と共に戦ってやる


.

―――――
―――



執務室の窓からは海が望める


( T)「……」


双眼鏡を覗いて、ようやく豆粒ほどのサイズになった叢雲の姿を目にする
『首輪』が爆破しないギリギリの圏内は鎮守府から凡そ『五キロ』ほどらしい。範囲クッソ狭い舐めてんのか


( T)「フゥー……」


なんせ艦砲の射程距離はその二倍は優に越す。もしも『拠点の破壊』が目的なら、矛先は目の前の小娘ではなく此方へと向かうだろう
だが俺も叢雲もその可能性は低いと睨んだ。情報通りの艦隊ならば『偵察』、もしくは『輸送任務』が主となる
建物を効率よくぶっ壊すなら、艦爆を積んだ空母が居て然るべきだ


( T)「そろそろか?」

《ええ、互いの電探に引っかかってるでしょうね》


無線からは叢雲の張り詰めた声が返ってくる


( T)「いいか、連中に『ストーリー』を連想させるんだ。放棄された場所をたった一人で守る哀れな艦娘を演じきれ」

《簡単に言ってくれるわね……》

( T)「出来ないの?ザッコ」

《アンタ帰ったら覚えてなさいよ》


煽りにもキツイ返しが出来る辺り、緊張はあっても恐怖は薄い。良い状態だ

( T)「海上戦については俺から言う事は『怪我すんな』くらいだ。後は全部任せる」

《呆れ返るほど放任主義の司令官様だこと》

( T)「信頼の証と捉えて貰いたいね」


俺は海の上を奔れないし、小型化された艦砲や魚雷をぶっ放した事もない
戦略にも明るいとは言えないし、兵法も軽く齧った程度だ。他に出来ることがあるとするならば――――


( T)「が……」

《蛾?》


激励の言葉を贈ろうとして、思い留まった。気負いするなと言う方が無茶だが、もっと俺らしい言葉がある


( T)「『楽しんでこい』」

《は?》


間違ったかもしれない

《アンタ緊張で頭可笑しくなったんじゃない?》

( T)「可笑しくない。常時まとも」

《ここ数時間が一番イカレてるんだけれど?》

( T)「スゴイシツレイ」

《フフッ、けど、そうね》


遠くで、叢雲の砲が咆哮を上げた。仕掛けたな


《少しはアンタを倣ってみるのも、面白いかもね》

( T)「ツンデレか?」

《うるさい。それじゃ、また後で》

( T)「ああ、武運を祈る」


通信は途切れ、また咆哮がガラスを僅かに揺らす。俺も配置に着かねばならない


( T)「……」


ふと、備え付けの鏡に映る『自分の顔』が目に入った
可笑しなもんだ。この数週間で顔も環境も、艦娘や国への認識もガラリと変わったと言うのに


( T)「ハハ……ハハハ!!アハハハハハ!!!!!」


『俺』という本質は何一つ変わんねえとはな
さぁ勝負だ深海何某。イカレを敵に回して、生きて帰れると思うな

―――――
―――



砲火の音と、立ち上がる水柱は徐々に距離を詰め始める


( T)「……」


通信を行わない理由は、『その場に誰一人として居ない』と思わせる為
奴らにとってヒトなどゴキブリに過ぎなくても、居るか居ないかで警戒の度合いは変わる
出来る限り姿を見せず、存在を臭わせず、ジッと息を殺す。相棒が身体を張っている最中、心苦しくはあるが
『待機』も立派な戦術の一つだ。焦らずとも、俺の番は直に回ってくる


( T)「……」


爆発音が背にした建物を身震いさせる。燃料と火薬、そして死体を焼いたような臭いが海風に乗ってここまで届く
幸いにも、流れ弾はまだ此方まで飛んできていない。単に『上手い』のか、それとも戦略的価値を貶めたくないのかは知る由もないが


(;T)そ「うおっ!?」


とか思ってたら爆音と共に地面が大きく揺れ、飛来した礫が窓ガラスを障子のように容易く破る
どうやら湾口の端っこに着弾したらしい。コンクリートが深く抉れ、ちょっとしたクレーターが出来ている
奴らと違って、俺らはこの場所に執着はしないし幾ら壊れても構わないものの、実際こう砲弾が届くとビックリしちゃうよね。わかるよその気持ち痛いほど(倒置法)

(;T)「……」


海上に目をやると、立ち上る黒煙が二つ。一つは何かわからないが、もう一つは、今まさに傾き沈んでいく『軽巡級』の深海棲艦の姿
五隻相手にして軽巡含む二隻を既にブッ沈めてる。この時点で既に大武勲と言っても差し支えない。しかし――――


(;T)「っ……」


損害を被っていないなど都合の良い展開はなく、現状彼女は既に『逃げ』に徹している
速度こそ落ちてない為『機関部』への損傷は無いようだが、反撃してねえって事はそっち方面の艤装はダメになってる可能性はある


(;T)「ッ!!」


二つ、三つと衝撃が響き、湾口が再び弾け飛ぶ。やべえな読みを誤ったか?
いや、この程度なら『試し行動』とも取れる。まだ作戦は有効だ。焦るな


(;T)「……?」


すると、これまで断続的に続いていた砲撃が止んだ。双眼鏡で確認を行うと、奴らは速度を落として航行している
残りはヒト型重巡一隻と、駆逐艦が二隻。レンズ越しにそのご尊顔を眺められるほど『近く』にまで迫っている
バケモン丸出しの駆逐はともかく、ヒト型深海棲艦もツラだけはご立派なもんだ。あんなもん抱くくらいならゴリラと一晩過ごす方を選ぶが


(;T)「ん……?」


その隊列に妙な違和感を覚えた。一隻の駆逐艦を後ろに、重巡ともう一隻の駆逐艦が『庇う』ように並んでいる
そういう陣形と言われれば反論出来ないが、わざわざ重巡を前にしてまで何の変哲もない駆逐艦を守る意味はあるか?


(;T)「……」


例えば、腹にわんさか『爆弾』を抱えているって可能性もある。だがそいつを積んでようが無かろうが、奴らは討伐対象だ
そいつさえ倒しちまえば後は爆発の巻き込みでその他も瓦解するような作戦を、幾ら脳足りんのカス共でも採用するか?
いや、だが『何かある』のは確かだ。叢雲もあえてそいつを狙わなかったのかも知れない


( T)「……」


しかし考えようによっちゃ大きなチャンスだ。敵の狙いがどうあれ、奴らには『保護対象』がいる
地獄に仏って奴だ。完全勝利への青写真が見えてきた

水飛沫とエンジン音を響かせて、叢雲は数が減った妨害を掻い潜り戻ってくる
身体に目立つ傷こそ無いが、衣服が不自然に破けて素肌が見えている
前に教えて貰ったが、『耐久値』の度合いを示しているらしい。それがなんで服が破ける事になるんやもっとなんかあったやろセクハラやぞ


( T)「さて……」


此方の得物は背中に括り付けた爆雷槍三本。そして借り物の艦娘の『槍』
緊張感が、シャツをジワリと濡らす冷たい汗と共に滲み出てくる
それすらも、俺の心を高く高く弾ませて、抑えるのに難儀した


叢雲「ハァッ、ハァッ!!」


叢雲は荒く息を吐きながら海上から崩れた湾口へと駆け上がり、そのまま脇目も振らず内部へと走る
チラリと此方に送られた目線に、健闘を称えるサムズアップを返すと、汗だくの顔に不敵な笑みを浮かべて次の配置へと向かった


( T)「……」


さぁ乗ってこいクソ共。デカい餌と、舐めた真似した憎き敵はここにいる
そのまま振り返ってはいサヨナラなんて味気ねえ真似なんてしねえだろう?お前らの気持ちは俺には良く解る
『共存』がお望みなら武器なんて積まなくても良い。『生存』が目的なら戦争など起こさなくても良い
『殺して』『奪う』事こそ、お前らに与えられた使命であり喜びなんだろう


( T)「……」


俺も同じだ。今でも硫黄島での出来事を深く悔やんでいる。『何故覚えていなかった』とな
今度はしくじらねえ。この頭と身体にキッチリと、テメーらがくたばる瞬間と感触を刻み込む

( T)「ッ!!」


葛藤は終わった。狙い通り、奴らは重巡を先頭に此方へと向かってくる
砲撃は今の所してこない。限りある弾薬を無意味に撃ってこない辺り、やはりヒト型はある程度の知能はあるみたいだ


( T)「……」


ジリジリと、距離は詰まってくる。何とも焦ったい時間が過ぎていく
鼓動は高まっていく一方だが、存在を悟られないよう呼吸は抑えた
『ガラ、ガラ』と、湾口の瓦礫が崩れる音。加えて、ズリズリと重く引き摺る擦り音
それに足音も加えて計三つ。まんまと連中は『狩場』へと上陸した


(;T)「……」


だが、まだだ。深く深くまで誘い込み、『脱兎の勢い』で片をつける
今はまだ『処女』を気取れ。生半可な攻撃では、盤面が一気に引っくり返る。それだけの力が向こうには備わっている

奴らの位置は俺から見て二時の方向。工廠に目を取られている
工廠の隣には旧校舎である『鎮守府』。その隣は比較的新しい建物である艦娘の寮棟。俺はそこに身を潜めている
奴らの並びは変わらず、右手に駆逐級、左手に重巡、その後ろに警護対象の駆逐級が続く
やはり非ヒト型の動きは愚鈍で、陸に揚がったアザラシのように腹を擦りながら移動をしている
側面から不意さえ突けば、あれらを葬り去る事は容易い。問題はやはり重巡の方だ


( T)「……」


見栄張って『あいつ余裕で殺せるぜウェッヘヘーイベイベカモーン』などとほざいちまったが、ヒト型は地上であっても急旋回が出来る
それにそれぞれの腕に『盾』らしき装備と、駆逐級の頭部を模した『砲塔』が備え付けられている。当たり前ではあるが『ヒト』や『艦娘』に近い行動を行える
耐久値だって駆逐など比較にならないだろう。爆雷槍一発でぶっ殺せる保証は無い


(;T)「……」


砲撃を喰らって形も残らず木っ端微塵になる嫌なイメージが頭を過ぎる。ああ、やっぱ怖ぇわ
かつてあんなバケモンと正面切って戦って、五体満足で生き残ったのは幸運以外の何者でもない
頭の中で『不安』が語り掛けてくる。『二度もラッキーは続かない』と。では俺はこう返そう


( T)「……」


『なら実力と連携で勝ち残るまでだ』と

鎮守府二階の壁が内側から破れ、執務机が落下する


「!!」


艤装による身体能力強化を得た叢雲による『合図』と『引き』に、重巡級は目敏く反応した
反射的に放たれた砲撃は、木造校舎の上半分を吹き飛ばす。続けて、駆逐艦も機銃を掃射する
言わずもがな、すぐさま脱出しろと指示はしているが、安否が気がかりにならないワケはない。かなり無茶な注文である事は重々承知してる


(#T)「ッ!!」


それよりも先に、彼女の働きに応える必要があるのだから


(#T)「死っ……」


影から飛び出した俺の存在を、重巡は捉えた。だが反応が一つ遅い


(#T)「ねオラァ!!!!!!!!!!!」

爆雷槍、一本目を投擲。地面と水平に、鋭く空を泳ぐ魚雷は


「谺イ縺励>繧ゅ?繝ェ繧ケ繝!!!!!?????」


右手の盾と衝突する前に、透明な『壁』に阻まれる


「!!!!????」


しかし問題なく信管は起動し、爆発。砂埃は悲鳴と共にもうもうと舞い上がった


(#T)「もいっぱt無理だな!!!!!!」


続けて二本目を投擲しようとして、再び建物の影へと身を翻し、次のポイントへと走る
脚先を機銃の弾丸による『鎌鼬』が横切った。危ねえもうちょっとでトムとジェリーに出てくるチーズみたいになるとこだった


(;T)「ハッ、ハッ」


あのバリアが例の『艤装殻』ってやつか。艦娘と同じく連中にも備わっているとは聞いていたがズルじゃんあんなもん来いよベネットバリアなんて捨ててかかってこいやクソが
だがダメージはちゃんと通ってる筈だ。俺が投げたとは言え艦娘が使う魚雷。無傷で済むはずがない

「縺上◎縺後≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠!!!!!!!!!!!!」


(;T)そ「わっ、たっ、たっ!!」


俺の一発は見事に怒りを買ったらしい。建物の壁に大小様々な穴が次々と空いていく


(;T)「景気の良いこって!!」


一応、寮は軍施設らしく頑丈に作られてはいるが、このままだと数分も持たず瓦礫の山だ
足を止めようもんなら下敷きか木っ端微塵は免れない。俺一人ならもうこの時点でほぼ詰みだ。『俺一人』ならば



「あああああああああああああああああッ!!!!!!」



深海棲艦のものではない、気合の入った雄叫びと共に咆哮が響く。俺への砲撃は、別の脅威へと矛先を向ける


(;T)「っし!!」


叢雲の生存を耳で確認し、思わず握り拳を掲げる。叢雲の逃走経路については、予め打ち合わせしていた
確かに鎮守府の上半分は撃ち抜かれたが、階下は比較的……いやえれぇ事になってるのは変わりないが、大穴は空いていない
連中がいる湾から鎮守府を狙えば、必ず『角度』が生じる。つまり、『下』に逃げれば一先ず射線からは逃れられる
勿論、階段で下るなど悠長な真似は出来ない。だから俺はこう指示した。『床ぶち抜いて降りろ』と


(;T)「かーらーのォッ!!」


地面を蹴り返し、出来立ての穴から向こう側を覗く。爆発による塵煙は晴れていない
撃つにしても闇雲だろう。だが、下手な鉄砲なんとやらとも言う。テンポよく行かねばならない
別方向からの絶え間ない波状攻撃により、奴らには『迷い』が生じる。どちらを先にやるべきか、と


(#T)「いったれオラァ!!!!!!!!!!!!!」


爆雷槍、二本目を投擲。同時に、穴から寮内を通り抜け接近する
『バキンゴギャン』と嫌な音を立てて建物内部が傾いていくがもう少し辛抱してくれ頼むお願いなんでもするから

「ッッッッ!!!!????」


二発目も見事に炸裂し、連中の怯みは攻撃の手の緩みとなって伝わる。既に盾となる建物は俺の目の前に無く、背後でガラガラと崩れ落ちていく
片手に叢雲の槍を、もう一方に爆雷槍を手に『仕上げ』に掛かる。矢面に立っていた駆逐艦の顔面は大きく抉れている。叢雲の砲撃で出来たものか
残りは重巡と、身重の駆逐艦。前者はやはり魚雷二連発は相当なダメージだったらしく、額からクソ気持ち悪い青い血を流している


「……!!」

(#T)「ッ!!!!!!」


視線が合った。不気味なターコイズブルーに光る眼に、硫黄島での記憶が甦る
そういやあの時もあんな色してやがった。下等生物に一杯食わされた、怒りに満ちたあの色を


(#T)「ハハハハァ!!!!!!」


全く愉快で堪らねえ!!ヒトを侮り見下すカス共に、立場をわからせる瞬間ってのは!!


(#T)「ク」


三本目の投擲。狙いは重巡ではなく、背後の『警護対象』


(#T)「ソ」


左手の砲が俺を狙う。だが視線は、駆逐を狙う爆雷槍に


(#T)「ザコォ!!」


低身した瞬間、砲弾が頭上を通り抜ける。発生したソニックブームが鼓膜と身体を揺らすが、この俺の足を止めるには微弱過ぎる
爆雷槍は艤装殻を持たない駆逐級の装甲に直接着弾。同時に爆発を引き起こす


「繝吶Μ繧「繝ォ縺ァ隱ソ縺ケ縺ヲ繧ゅ!!!!??????」


背後から爆風を受けた重巡は前へと押しやられる。俺は吹き飛ばされないようにその場で踏ん張り、槍を構えた

(#T)「ナメクジがァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!」


突きだした槍の穂先に柔らかな肉と、骨を貫き『中身』を穿つ感触が伝わった


「ッ……!?縺ァ……」


驚愕と苦痛が入り混じる表情に、口からゴポリと流れ出す血が顎から下に化粧を施す
胸元深くに突き刺さった槍を抜こうとしたのか、はたまた俺に一矢報いようとしたのか。腕を僅かに動かすが
既に自身の艤装の重さにも耐えきれないのか。俺の腰ほどにも上がらなかった


「縺ゅ繧……」


思いがけず、『あの日』の終わりと似たようなシチュエーションと相成った。あの日の俺はどんな顔をしていただろうか?
考えるまでも無い。俺を起こした戦友の顔を。『バケモノ』でも見るような恐ろし気な表情を思い出せば、大方察しはつく
マスクに親指を突っ込み、半分だけ捲り上げる。相変わらず凄まじい痛みが襲ってきたが、些細な事であった


「ハ、ハハハ、ハハハハハハハハハ!!!!!!!!」

「具スュ?ッ……!?」


連中の『恐怖の形相』を拝められるなら、火傷の痛みなどこれっぽっちも気にならない
数分にも満たなかったが、激闘を演じた仲だ。言葉が通じるとは思わないが、最後に贈りたい


「下等、生物が」


人間にも劣るクズに、とびきりの侮蔑の言葉を

槍を引き抜くと、ブチ空けた風穴からドボリと血が溢れ出た
全身の力が弛緩され、膝から崩れ落ち倒れる。ジワジワと広がっていく血溜まりが靴を汚す
ふと、肩に激痛が奔る。爆発によって飛来した装甲の破片が突き刺さっていたが、それにも気づかぬほど夢中だったみたいだ


「……ギ」


まだ息があるのか。ザコの分際でしぶといな


「オラッ!!!!!」


ショートヘアの頭を踏みつける。骨と共に小さいお脳がブチュリと溢れ出し、ズボンの裾まで汚しやがった
最後まで不敬なクソアマだ。少しはお綺麗に死んで欲しいものだ。まぁ全部俺の所為だけどテヘペロォ


叢雲「司令官!!」

( T)「よぉ、終わったぜ」


マスクを戻し、慌てた様子で駆け寄ってくる叢雲に声を掛ける


叢雲「『まだよ』!!!!!!」


その言葉に、陶酔した俺の思考は白く塗り潰された
『まだ』だと?見ての通り皆殺しは済んだ。これ以上の脅威など――――






「オ」




(;T)そ「ッッッッ!!!!?????」




.

俺が『それ』に気づかなかった要因は幾つもある
お愉しみに夢中で目に入らなかった。興奮が警戒を上回った。『身重』の影に隠れて見えなかった
今更言い訳をつらつらと並べた所で、後悔は先に立たない


「ギャアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」


真っ白な身体を青紫の『羊水』で濡らし、『口』以外の器官が見当たらない子供の落書きのような『ヒトの形』をしたバケモノに
胸を強く殴られてしまうなど、誰が想像出来るだろうか


(;T)・'.。゜「ガッ……!!!!!!??????」


衝撃は筋肉を貫通し、身体の中から骨が砕ける音が響く。内臓は破裂しそうな程痛み、鼓動は不規則なビートを刻む
肺は新鮮な空気を取り込む事を拒み、喉から熱い液体が込み上げ、口から噴き出した


:(;T):「ッ……ッツ……!!」


ありゃ何だ?どこから現れた?考えるまでもねえ、身重の『荷物』がそれだったんだ
迂闊だった。最後に気を抜いた途端にこれかよ。偉そうな口叩いてこれとは面目次第もねえ


「クゥルルルルル……」


追撃が来ると思っていたが、最初の一撃を放った後は奇妙な鳴き声を上げながら辺りを見回している
正確には、見回しているような『仕草』だ。目がある位置に『眼球』はなく、やや色濃い窪みがあるだけだ
骨や筋肉も発達途中なのか、小刻みに震え立ち上がる事も儘なっていない
どうやら『未熟児』であるらしい。それを無理やり産み出してしまったようだ


叢雲「っ……!!」

(;T)「む、ら……」


散々深海棲艦を相手取ってきた叢雲ですら、滴るほどの冷や汗を流している
恐れからか、奥歯と同じくカタカタと震える砲塔を向けたまま、動こうとしない
俺が側にいる事で、巻き添えを懸念しているのか?だったらこう指示するしかない


(;T)「う……て……!!」

叢雲「!!」


死にかけに遠慮などする必要は無い。ここさえ凌げば、少なくとも叢雲だけは生き残れる
気配を感じ取ったのか、未熟児は顔を彼女へと向けた。幾ら身体が出来上がっていなかろうと、この俺を一撃で瀕死に追いやっている
艤装を背負っているとはいえ、ダメージの残る叢雲を殺すには十分だろう

叢雲「……」

(;T)「……て、め……」


俺が元気であるならば、『何をやってんだ俺ごとサッサとブチ殺せ!!』と喚いていた所だろう
だが彼女は、何かを決意したように唇を結ぶと


叢雲「出来るワケないじゃない……」


砲塔を、下ろした


(;T)「この、や……」


「オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」


未熟児は新たな標的を見据え、グニャグニャの手足で叢雲に向かい跳躍した
迎え討とうと、まるでなっちゃいない拳を放つが、ゴムのような腹に減り込んだだけで勢いは殺せず


叢雲「ぐうっ!?」


そのまま押し倒される

「ガァ!!ガァアアアアアアアアアア!!!!!!」


肉をハンマーで思い切り殴ったような打撃音と、打たれる度に身体を跳ねさせる叢雲の姿
試練を乗り越え、やっと『ここからだ』って時にこの仕打ち。神様はとことん俺たちの事が嫌いらしい


(;T)「……」


いや違う、自分で撒いた種だ。他でもない俺の油断が、この事態を招いた
だったら自分で尻拭いをするしかない。瀕死?冗談じゃねえ。男が赤ん坊に殴られた程度で死ぬかよ


(;T)「ク、ソ……ガキ……がぁぁ……!!」


踏ん張りどころだ。しっかり力を巡らせろ。立ち上がって、此処に我存りと知らしめろ
ああ痛ぇ。身体の端から内臓まで、痛くない箇所はねえ。だがまだ『生きている』
膝を立てて立ち上がれた。拳はまだ堅く握れた。心の火は消えずに煌々と燃え上がっている


(;T)「俺の……相棒に……!!!!」


無様な摺り足に、『おもちゃ』に夢中の奴は気づかない。叢雲は破茶滅茶な暴力の嵐を、青紫に染まる両腕で防いでいた
肩からの破片を引き抜き、奴の背後に迫る。振り返って裏拳でも放たれれば、今度こそ脆弱なヒトの身は砕け散るだろう


(#T)「手ぇ……出してんじゃ……」


だが叢雲を痛めつける手を止めた時にはもう遅い


(#T)「ねぇえええええええええええええッ!!!!!!!」


渾身の力を込め、背後から喉へと抱き付くように、その破片を突き立てた

「ーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!」


まるで下手くそなリコーダーの高音のように、声にならない甲高い悲鳴が耳を劈く
ジタバタと抵抗する身体を抑え、破片をゆっくりと、かつ力を込めて真一文字へと引き裂いていく
生温い液体が腕と、馬乗りになっている叢雲を汚していく。多量の出血にも関わらず、抵抗の力は緩もうとしない


(#T)「と、どぉ……」


切り込みはこれで十分だ。破片を放し、片腕を首に巻き付け、もう片方の手で頭を掴み


(#T)「めだァ!!!!!!!!」


頸椎を『く』の字に折り曲げた

「ア……」


脊髄液らしきものがブシャリと飛び散り、フッと力が抜けていく
そのまま手放すと、ふらりと側面へと倒れ落ちた


(#T)「ハァー……ハァー……」

叢雲「し……れい、か……」


一発いいのを貰ったのか、片頬が膨れ上がった叢雲が此方を見据える
カッコいいヒーローのように手を差し伸べて立ち上がらせたかったが、身体は言う事を聞かない
瞼は重くなり、急に寒気が駆け巡った。肩の傷は深くまで到達していたらしく、夥しい血が流れ出ている


(;T)「……」

『まだ残っているかもしれない』『倒れるワケにはいかない』。そうは思いつつも、目の前の景色は斜めへと傾いていき―――――


(;T)「っ……」


未熟児と添い寝するかのように、俺の身体は地面へと堕ちた


(;T)「……」


「しれい……やd……ね……!!」


叢雲の声すらも、遠くから聞こえてくるようだ。返事をしてやりたかったが、口から出るのはか細い溜息だけだ
大丈夫。少し休めば良くなるさ。その後、打ち上げをして、『これから』の事を語り合おう

俺らの楽しい時間は、まだ始まったばかりなのだから―――――







( T)「」



叢雲「司令官!!起きて!!ねぇ!!起きなさいよ!!司令官!!司令官!!!!!!」






.































.










『パチ、パチ、パチ』








.

幼子が戯れに叩く拍手の音で目が覚めた


〔おはようございます。提督殿〕


訂正、多分ここは夢の中だ。なんて言ったっけ……


〔明晰夢、でしょうか?〕


そうそれ。何これ?デス13?腕に『BABY STAND』って刻まなアカン奴?こわい


〔まぁまぁ、用件はすぐに済みます故、しばしご辛抱を〕


うん……うんじゃないが

ここ何処!!!!!!????????アンタ誰!!!!!!!???????俺はどうなったの!!!!!!!??????死後!!!!!!!!??????ここ死後の世界!!!!!!!!???????あなたトトロっていうの!!!!!!!!????????


〔何処かと問われれば『此処』と答える他ありません。私は……そうですね、少々お待ちを〕


ポン、とコミカルに煙が弾けたと思えば、そこからこれまたデフォルメ化された白猫に乗った『妖精さん』が現れる
白地にアクセントの水色が映えるセーラー服に、帽子には『若葉マーク』のワッペンが縫いこまれている
何か文字も書いているようだが、そこだけ不自然に滲んで読む事が出来ないそんな事どうでもいいや可愛いおやつ食べるの?散歩好き?お洋服とか沢山着せてあげたい


〔きしょ……失礼。このような姿で申し訳ございません〕


おい今キショって言っただろ解釈違いだわ解散!!!!!!!!!終わり!!!!!!!!閉廷!!!!!!!!!


〔話を聞け〕


急にマジトーンになるなよこええよ


〔おっと、失敬を。私は……そうですね、普通に『妖精さん』とお呼びくださって結構です。詳細は省きますが、敵ではございません〕


はぁ。で、何のご用件で?


〔ご挨拶を〕


ええ……起きてる時でいいじゃんいいじゃんスゲーじゃん……


〔何分、不自由な身でありまして〕


ふーん。そりゃ厄介だな。じゃあ、続きをどうぞ


〔えーとですね、貴方は死にました〕


ふざっっっっっっっっっっっっっっっっけんっっっっっっっっっっっな泣くぞ今ここで三歳児みたいに!!!!!!!!!!!!!!!!


〔まぁ生き返るんですけどね。正確には『仮死状態』とでも言いましょうか〕


妖精って天ぷらにしたら美味しそうだよな


〔身の毛のよだつこと言わんでくださいよ〕

〔ここで我々が会話出来ているのも、『世界』の外へと投げ出された貴方の情報を無理やり定着させ……難しい話はやめときましょうか。どうせ忘れますし〕


ええ……そこまで言ったなら最後まで言っちゃえよ……


〔情報規制がございます故、ご容赦ください〕


まぁなんでもいいやワッショイ。つまり俺はちゃんと起きられるんだな


〔ええ。サービスで身体の負傷負担も軽くして差し上げました。『起きてすぐ暴れても大丈夫』なくらいに〕


そいつぁ……ありがてえ話だが、どうして俺に?


〔先行投資という奴ですよ提督殿。貴方を主軸に物語を進めれば、『面白そうだ』と考えたまでです〕


マスコットの分際で人を道化師扱いたぁ恐れ入るじゃねえか。生け作りって知ってる?


〔だから〕

そんで、アンタは俺に何をして欲しいんだよ


〔此方から指示はございません。ただ、貴方の思うがままの生き様を、我々に見せて頂きたいだけです〕


『我々』ときたか。あー……まぁええやろ


〔もしかすると今後の言動や思考に若干のバグが生じるかも知れませんが、まぁ微々たる物ですのでお気になさらず〕


えっちょ待って今サラッとエグいこと言ったよ??????


〔他人事ですので〕


親の顔が見てえ


〔ああ、そうそう。プレゼントはお気に召しましたか?〕


プレゼント?


〔貴方の新しい顔です〕


あのマスクアンタらが用意した物だったんか。視界クソ開けてるし息苦しくないし水や食いモン貫通するし凄えよアレ。まぁ普通に怖い


〔替えも沢山ご用意してますし、普通洗剤で洗濯しても問題ありません。ただシミ抜きだけは苦労致しますのでご了承を〕


なんであんな超技術詰め込んでんのにシミ抜きだけ大変なの?


〔デザイナーの遊び心です〕


ふざけんな死ね

〔あははははは。おっと、そろそろお時間ですので最後にご質問を一つ〕


やりたい放題か??????????


〔……貴方は、今後『彼女達』とどう向き合い、接して行くのでしょうか?〕


急に真面目な質問するじゃん


〔……〕


どうもこうもあるかよ。アンタが言った通り俺は俺の思うがままの生き方をして行くだけだ
これからどうなるかなんて俺にも想像はつかねえし、安っぽい言葉で約束も出来やしねえ
ただ楽しく生きて、戦って、勝ち続けるだけだ。巻き込みてえ奴は巻き込んでやるし、救いてえ奴は救う。後先など考えずにな


〔……なるほど、想像していたよりも図太いお方で感嘆を禁じ得ません〕


そうは見えねえけどなぁ


〔さて!!〕


パン、と妖精さんが手を叩くと、『俺』は天へと急上昇を始める
妖精さんと猫の姿が小さくなって行くが、声は頭の中で鮮明に響いた


〔『物語』は始まりました!!虚と実の交差点!!魑魅魍魎の棲まう地で繰り広げられる貴方と艦娘の賑やかな日常が!!〕

〔その日々はやがて別の『物語』や『世界線』と交わり!!波乱と暴力、陰謀野望に満ちた戦いに身を投ずる事となりましょう!!〕

〔提督、提督、提督殿!!暖かな『人情』を持ちながら、血生臭い『悦び』を求める、優しく愚かな『怪物殿』!!我々から歓迎と激励を込めて、この言葉を贈りましょう!!〕











〔■■■■■■■■の世界へようこそ!!〕









.










なんて?????????????








.






















.

―――――
―――



「―――――!!」


「――!!――――――!!!!」



( T)「」


寝起きの重たい頭は、やいのやいのとうるせえ騒ぎ声でゆっくりと立ち上がる
なんだっけ……俺なんでベッドで寝てんだろうか……なんかキモいのぶっ殺したのまでは覚えてんだが……


( T)「……」


「放して!!放せ!!そいつに触らないでよ!!!!!」


( T)「ッ!!」


叢雲の叫び声で、思考は一気に覚醒する。最大の障害は跳ねのけた。つまり観察実験は……


(;T)そ「う、おっ!?」


「おお!?」


慌てて跳び起きると、目出し帽で顔を隠した『兵士』もまた、驚きの声を上げる
同時に、周りを取り囲むその他の兵士達は一斉に銃口を向けた


(;T)「……」

叢雲「し、れい……官……」


叢雲は『入渠』もしていないのだろう。ボロボロの服装と身体のまま、『艦娘』らしき美女共に両脇を取り押さえられていた
焦燥と怒りに染まっていた表情は、俺が目覚めた事で安堵と驚愕という矛盾した色に変わっていく

(;T)「あ……」


やべえどうする寝耳に水じゃねえかこんなもん何なら深海棲艦ぶっ殺した後にこいつらともう一戦交える気でいたのにもう詰みの盤面じゃんどうする?
どうするの?どうするの俺ぇ?どうすんのよぉ!?ライフカード \つづくゥ!!/


(;T)「な、ななな、なん……なんだよお前らァ!?」

「お、落ち着け!!我々は味方だ!!」

(;T)「みっ、みみ、味方!?し、し、信じられるか!!こっここ、こんな場所に、得体の知れないガキと閉じ込めやがってぇ!!」


枕元のすぐ傍に置いていた花瓶を掴み、すっぽ抜けた感じで投げつける
緩やかなカーブを描いて飛んで行ったそれは、『風通し』の良くなった医務室の壁に当たって砕け散った


叢雲「あ……」


(;T)「お、お、俺の傍にち、ちちち、近づくんじゃねっ……!?」


ベッド上から転げ落ち、足腰立たない身体を『演出』する


(;T)「ひっ、ひぃ……ひぃいいいいいいい!!!!」


ガタガタと震えながら丸く縮こまる。誰の目にも滑稽に映るだろう。『錯乱した臆病な男』と
事実、腕の隙間から覗き見ると兵士達は銃口を下げ始めている。恐るるに足らずと踏んだのか、哀れな被検体を同情したのか
なんと叢雲ですら、俺の豹変ぶりに顔を青ざめているではないか。もしかしたら役者の才能があるかもしれない。実質ジェイソン・ステイサム


(;T)「ほ、ほっといてくれよぉ……消えてくれぇ!!」

「……大丈夫だ。ほら、立ちなさい」


まるで子供をあやすかのように優しい口ぶりで俺を立たせようと肩を掴む
おーおー、一般人の顔を丸焦げにして、艦娘にひでえ仕打ちとスパイ行動を強要しといて、ご自分は立派な『人間様』ってか

「ッ!!待っ……!!」


真っ先に俺の『狙い』に気付いたのは、叢雲の片腕を抑え込んでいた『精悍』な顔付きの艦娘
『飢えた狼』みてーに臭いには敏感らしい。だが少し遅かったな


(#T)「シッ!!」

「あゴッ!?」


がら空きの顔面に跳び上がりの頭突きを食らわせる。崩れた体勢を立て直す間も与えず、襟と肩を掴んで身体を裏返し
首に腕を巻き付けややキツめに『締める』。ノロマ共はここでようやく銃口を向け直した


(#T)「なぁんちゃってぇ~……」


結構ボロクソにやられたと思っていたが、割と傷は浅かったらしい
寝起きでアバレンジャー出来るくらいには平気だった。ダイノガッツ実装済み。爆竜チェンジ元気爆大アバレッド


「カッ……クッ……」

(#T)「落ち着け?我々は味方?ヤクでもキメてんのかカス共が。散々待たせやがって。ええ?」

「放しなさい!!今すぐ!!」


銃口の群れは一歩距離を詰めるが、そんな要求飲めるわけがねえ


(#T)「ほぉ~~~~~~~~?放さなかったらどうなんだ?俺の頭をぶち抜くか?」

「必要ならばそうさせて貰う!!」

(#T)「ハァーハハァ!!嘘はいけねえなぁお兄さん!!『大戦果』を挙げた『成功例』を!!下っ端のアンタらの一存でぶち殺せやしねえよなぁ!?」

何人かが明らかな動揺を見せ、叢雲を抑えるもう一方の『メガネ』は露骨に舌打ちをした。お里が知れるぜ


(#T)「オイ、クソアマ共」

「ク、クソアマ!?」


まさか自分がクソ呼ばわりされるとは思っていなかったのだろうか。精悍な艦娘は目を丸くさせる
一方メガネは瞼を痙攣させ、侮辱された怒りを隠そうともしない。由花子かよこいつ


(#T)「とっとと彼女を放せ。のうのうと朗報を待ってたてめえら役立たず共と違って、値千金の働きをした功労者だ。ちょっとは丁重に扱ったらどうだ?」

叢雲「……」

「……足柄」

「ちょ、ちょっと、従う気なの大淀!?」


都合よく自己紹介までしてくれるとはご丁寧な連中だ。どうせ殺す奴の名前なんて憶えていても仕方が無いが

大淀「反論の余地は無いわ。彼の言う通り、あの子は良いデータを送り続けてくれた。その働きには此方も報いなければ、女が廃ると言うもの」

(#T)「ゴミはどんだけ廃ってもゴミのままだ安心しろ」

大淀「ですが」

叢雲「うっ……!?」


乱暴に突き出された叢雲は床に倒れ込む。文句を言おうとした俺の口は、メガネが取り出した『リモコン』により塞がれた


大淀「情に絆され、『提督』への忠誠すら忘れた艦娘を置いておく理由もございません」

叢雲「い……嫌……」


叢雲が何のデータを送ってたのか知らんが、より効果的な脅しにスイッチしたか
兵士達も足下の叢雲から距離を置く。レンズの奥から覗く眼光が、『本気』を物語っている


(#T)「先に裏切ったのはテメーらだろ。責任の押し付けをしてんじゃねえ」

大淀「ええ。ですが、どのような事態に陥っても『ヒト』への信頼と忠誠を損なわない事こそ、我々艦娘の本懐であり意義。軍に身を置く以上、『個』ではなく『公』を優先せねばならない」

大淀「彼女の抵抗は立派な『軍規違反』に該当します。これは私情ではなく『規律』に基づいての行動です。ご理解いただけますか?」

(#T)「ゲロみてーな詭弁吐くのはお上手だが、本音隠すのは苦手のようだな?『愉しくて仕方ない』と顔に出てるぜ?」


鉄仮面がニヤリと歪んだ。隠す気ゼロとは恐れ入る。生粋のサディストと見た
元より穏便に済ます気など無いが、こうも弄ばれると余計に腹が立つ。これで俺が屈するとでも思われているのだろうか

(#T)「押せねえよ」

大淀「楽観的ですね。まさか、此の期に及んで同族の情を期待していますか?」

(#T)「やるならチャンスは幾らでもあっただろうが。邪魔ならサッサと処分してしまえば良かった。じゃあ何故それをしなかったか?」


うわ上りだった唇の端が、逆方向へと歪んだ。顔に出易い女だ。正直で結構


(#T)「『交渉材料』としての余地は十二分に残されていたからだ。こうして『脅し』をしている事こそ、何よりの証拠」

大淀「……言葉は慎重に選んだ方がよろしいかと。私のきまぐれ一つで、脅しは脅しでなくなりますので」

(#T)「ああそうだな。そんじゃあお次は行動で示すか」

「アグッ……!!」


拘束している兵士を軽く締め上げ、身体を浮かす。腰のホルスターから拳銃を抜き取り


大淀「……向ける方向が違うかと」

(#T)「いいや、合ってる」


自分のこめかみへと突きつけた

叢雲「ダメ!!やめて!!」

(#T)「だぁってろ叢雲。お前が死んで耐えきれないのは俺も同じだ」

叢雲「だからって……!!」

足柄「ま、待って待って!!落ち着きましょう!!ね?大淀も!!」


足柄とやらはまだ頭マシなのか、俺らの仲裁に入る。どっちにしろ殺すが


足柄「敵対する為に訪れたんじゃないでしょう!?一旦矛を下ろして、話し合った方が建設的じゃない!!」

大淀「……」

(#T)「……」


先に矛を納めたのは向こう側だった。リモコンこそポケットに仕舞われたが、ライフルの銃口は今だ此方を見据えている
どうやら俺の手にあるもんを警戒しているらしい。マガジンを抜き、それから拳銃を落とす


大淀「彼の解放も」

(#T)「注文の多いカスだな。偉そうに指示できる立場か?ええ?」

大淀「大人になっては如何でしょうか?それとも、このまま我慢比べを続けるおつもりで?」

(#T)「……チッ」


ここは俺が折れるべきか。拘束を解くと、兵士は激しく咳き込みながら膝を突く
邪魔なんで強めにケツを蹴飛ばすと、瓦礫に頭から突っ込んで痛みに呻いた。かぁいそ

( T)「叢雲」

叢雲「……っの、バカ!!」


叢雲を起こそうと跪くと、顔に平手が飛んできた。すごいいたい泣きそう


(;T)「すごいいたい」

叢雲「死……死んだかと思えば生き返って、ま、また死ぬような真似して……私、私……」

(;T)「元気そうで何よりだ。互いにな」

叢雲「っ……!!」


感極まって溢れ出した涙を拭ってやりたい所だったが、こうギャラリーが多いと恥ずかしい(乙女だから)
代わりに肩を軽く叩いてやり、叢雲を庇うように奴らの間に立つ


( T)「おっと?こっちは折れたってのにビビリ共は豆鉄砲に頼らねえと素直にお喋りもできねえか?津波のような侘しさにI know怯えてるHooって感じだな。思い出はいつの日も雨だったりするか?」

大淀「一々一言多く挟まねば気が済まないご様子ですね。皆様方」


メガネの指示に、兵士達は目元に疑心感と不安を浮かべながらも銃口を下ろす。やれやれ、桃色の肩の荷が降りた気分だ(あやや)

大淀「本題に入りましょう。ご同行を願います」

( T)「死ね」


交渉のイロハも知らねえのかよ。素直に着いて行くわけねえだろ


大淀「ハァー……気に食わないのは重々承知ですが、あなた方のケアや理由の説明を行わねばなりません。見たところ心身共に軽傷のようですが、然るべき機関で治療を行なった方が賢明かと」

叢雲「軽傷ですって……よくもそんな口が利けたわね!!」

大淀「貴方の状態を指したわけではありません。口を慎むようお願い致します」

叢雲「死んでたのよ!!アンタらが寄越した、得体のしれないバケモノに襲われて!!彼の心臓は止まってた!!それだけじゃない、顔だって!!二度と人前に出れないくらい酷く焼かれているの!!」

叢雲「アンタら何様のつもりなの!?ヒトが……ヒトがヒトを貶めて傷つけて!!好き勝手に弄くり回して!!それで心は痛まないの!?」


真に迫る言葉だ。現に足柄とやらを初め、何人かの兵士達もバツが悪そうに俯く
『良心』ってもんは一欠片ほど残されているらしい。この事態を招く前にそいつが働いてくれりゃ、此方としても文句は無かったが


大淀「我々は『災害』を相手に戦争しているのです」


だが、大淀含む何人かの心にはそれすらも備わっていないらしい


大淀「『死して屍拾うもの無し』。ええ、生きて勝つ為には非人道的な手段も使いますとも。後ろ指を指されようが、勝てば官軍。選り好みをしている場合ではございません故」

叢雲「だったらアンタ達だけでやってなさいよ!!一般人巻き込むような真似が、アンタ達の正義だって言うの!?」

大淀「その通りでございます」


話になんねえ。ここまでスパッと外道なら、潰しても罪悪感は全くねえ。どっちにしろ殺すが

( T)「叢雲、抑えろ」

叢雲「でも……!!」

( T)「気持ちは嬉しいぜ。ありがとよ」

大淀「仲睦まじいようで何よりですね」

( T)「羨ましいか?お前にはいねえだろうからな。テメーを慮るような野郎はよ」


またもや奴の瞼は痙攣を始める。相当ご立腹なようだ。煽り耐性ゼロかよ


( T)「元よりテメーら下っ端と交渉する気なんてねえんだよこっちは。最初から話になると思うな。俺を動かしたきゃ上を呼べ」

大淀「出来かねます。お忙しい方ですので」

( T)「俺が知るかボケ。それに、どうせ見てんだろ?それとも、進退かけたプロジェクトの総仕上げを、確認もせずに部下に任せたままにする無能に着いてんのか?」

大淀「きさっ……!!」


歯軋りと共に感情が怒りへと大きく揺らいだ。外道であろうと忠誠心はご立派なようで


( T)「サッサと繋げ。面と向かって話す度胸もねえ奴に、俺は最大限の譲歩をしてやってんだ。それすらも出来ないとは言わせないぞ」

大淀「っ……殺す……!!」

( T)「おーおー怖いねえ!!出来ない事をキャンキャンと喚く子犬ちゃんはよぉ!!憎さ余って可愛く見えてくらあ!!」


今にも殴りかかってきそうなメガネを正気に戻したのは


大淀「!!」


やけに明るい、スマホの着信音だった

( T)「おやおや、飼い主様はご理解があるようで」

大淀「……」

( T)「どうした?遠慮せず出たらどうだ?『個より公』を取るお前なら、私情で切ったりはしねえよなぁ?」


お手本のように青筋を浮かべたメガネは、深呼吸をして気を落ち着かせ


大淀「大淀です」


自身のスマホを耳に当てた


大淀「……はい、ですが……いえ、仰る通りです」


口答えはすぐさま諫められ、諦めの色が目に浮かぶ
その後何度かの会話を交わした後、渋々と言った様子でスマホの画面を此方へと向けた


《部下が大変失礼を致しました》


テレビのインタビュー映像で良く聞く、ボイチェンを使った不自然なまでに低い声がスピーカーから響く
あくまでも正体は明かさぬつもりらしい。用意周到なこって

( T)「出迎えにも来ないアンタに比べりゃ幾らかマシだ。初めましてで宜しいかな?」

《申し訳ございません。何分不出来なモノでして、どうしても手が離せぬ公務に追われております故》

( T)「わざわざご説明してくださらぬとも、そんな事ぁ一目瞭然だ」

《自身の至らなさは常々痛感しております》

( T)「殊勝で大変結構なこって。まぁテメーの至らなさなんてクソどうでもいいわ死ね」

《憤るお気持ちは重々お察ししております。あなた方二人には許されざる非道な行いをした事も。先ずは、心からお詫びを申し上げたい》

( T)「謝罪の気持ちがあるのなら、菓子折持って土下座でもしに来いよ。口だけ達者でも行動が伴ってなきゃ意味がないってママに教わらなかったか?」


スマホがビキと軋みを上げる。電話の向こうの相手より、それを持ってる奴の方に効いてるのは失笑を禁じ得ない


《土下座でも、靴を舐めろと仰られるなら幾らでも舐めましょう。それだけの事をしたのです。易々と許されるとは毛頭思っておりません》

( T)「きっしょ」

《ですが、終わりの見えない深海棲艦との戦いに置いての『決定打』が、我々人類には必要だったのです。貴方は見事、その布石となった》

( T)「誰かタバコ持ってねえか?」


こんだけ兵士がいるのなら一人くらい喫煙者がいても良いと思ったんだけど一人も動かねえじゃんクソが
と思ったら、端にいるグラサンを掛けた兵士が銃を立てかけポケットからマルボロとライターを取り出し近づいてきた


《経過報告を読み返す度に、『人選』は正しかったと胸を撫で下ろしました。他人を見捨てぬ優しさに、欲に囚われない誠実な心。兵法を始めとした知性。何より、深海棲艦と真っ向から対峙した勇猛果敢さ!!》

「……」

( T)「あ、どうも」


箱を差し出され、そこから一本失敬する。次にライターの火がゆらぎ立ち―――――


( T)「」


その灯りに照らされたグラサンの奥。見覚えのある『目元の傷』に、俺の呼吸は止まった

《―――――!!―――――、―――》


どうでもいい話が不協和音へと変わるほどのショックだ
可能性として考えられるものだった。だがそうであっては欲しくなかった
俺の顔が元のままであったなら、この動揺が他の連中にも伝わっただろう


「……」


そいつはグラサン越しに、力強い視線を向けていた。『今は従え』と
そして、どうしようもない程の後悔と、電話の向こうでベラベラとクソ垂れ流す野郎など比較にならないほどの罪悪感を
今すぐ掴みかかって顔面が陥没するまでぶん殴ってやりたい衝動に駆られたが、長年の『信頼』が邪魔をする
こいつに従って、間違えた事はなかった。『あの時』だって、一緒に生き残ったじゃないか


(;T)「……」


なぁ、『ロマ』よ。なんでお前がここにいるんだ?

《つまり、この国の象徴となる新たな提督像として》


( T)「解放しろ」


《……なんと?》


不協和音がクソ野郎の声へと戻った瞬間、自然とその言葉は口に出た


( T)「俺と、叢雲の解放だ。そんで今後一切関わるんじゃねえ」

「……」


奴は火を点し終えると、落胆を浮かべて元の場所へと戻った
いつもなら罵倒の一つ二つ飛んでくるじゃねえか。どうしたんだよ。便所のネズミもゲロ吐くくらい罵り合ったじゃねえかよ


( T)「虫の良い話だ。俺たちにここまでして置いて、お前らの為に働くなんざ御免だ」

久々のタバコは舌を焼き、肺を不愉快な臭いで満たす。こんなに不味いものだったか


( T)「名誉も勲章も、金も人望もいらねえ。もうウンザリだ。これ以上お前らに振り回されるなんざ」

《……この言葉は余り使いたくはなかったのですが》

( T)「お次は『家族』か?ああやれよ。お前みたいなクズに従えば、どっちにしろ俺はオトンとオカンに蹴り殺される。巨悪に屈するような男は息子じゃねえってな」

足柄「よ……良く考えて頂戴!!我々だって、無関係な方に手を出すのは本意じゃ」

( T)「無関係?」


どの道、こいつらは越えちゃいけないラインを大きく踏み外した
自覚がないならご覧頂こう。お前らが刻んだ仕打ちを、生涯忘れられないほど深く、深く





「これでもか?」




最早、激痛は感じなかった。怒りが痛みを凌駕したのだろう
顕になった『顔面』に、足柄は口元を両手で抑え、大淀は目を見開いた
旧友は目を伏せ、此方を見ようともしない。そこまで堕ちたか


「お前らにどんな思惑と、立派な志があるかは知らねえよ。だが相手を見誤ったな。例え世界の平和の為だろうと、人類の存亡が懸かってようと、俺は俺が納得する生き方しか選ばねえ」

「ましてや女の命を握って脅し掛けてくるような連中に、傅く気など全くねえ。お前らは最初っから、やり方を間違えてんだ」

「もし俺がこの場で処分されちまっても、お前らは同じ事を、望み通りの人物が出来上がるまで延々と繰り返すんだろうな。だから、一つ忠告してやるよ」




「人間舐めてんじゃねえぞ、外道共」




.

( T)「……フゥー」


マスクを戻し、再びタバコを嗜む。少し気分が良くなったからかなんか知らんが、さっきよりずっと旨く感じられた
誰もが口を噤む中、大淀の表情が冷たいモノへと変わっていく。頭の中には『処分』の二文字が浮かんでいるのだろう
まさかトントン拍子に成功するとでも思っていたのだろうか。おめでたい連中だ。だがそんな中で


《素晴らしい》


件の人物は、拍手と共に賞賛を贈って来た


《それでこそ、私が求めた人材です。何者にも屈しず、『NO』を突き付けるその度量。我が国の若者も捨てたモノではない。貴方のような『日本男児』が残っているのだから》

( T)「若者代表として言ってやるが、テメーみたいな奴を『癌』っつーんだ。冥土の土産に覚えとけ」

《ええ、私の屍と共に棺桶に入れて貰うことに致します。では、アプローチを変えましょう》


『ピッ、ピッ』


叢雲「ッ!?」


叢雲の首輪から、無機質な『カウント音』が鳴り始める。大淀はリモコンを持ってはいない


(;T)「てめえ……」

《単刀直入の方がお気に召すようなので、心苦しいですが起動させて頂きました》

(;T)「汚えクズが……」

《そうで無ければ政治家などやってられませんので》

不意打ちにペースを乱してしまった。これじゃ『効果がある』と教えてるようなもんだ
電話の向こう側の様子など窺う事は出来ないが、きっとほくそ笑んでいるのだろう


叢雲「……ヒ、ンク……」

(;T)「……」


気丈にも、叢雲は上がりかけた短い悲鳴を噛み殺した。誰だって死が足音を鳴らして迫ってくりゃ恐ろしいだろう
大淀が手を翳すと、さっきまで落ち込んでいた銃口はやる気を取り戻し俺に狙いを定める。自害されるくらいなら手足ぶち抜く算段か


(;T)「……」


ロマに目を向けると、誰にも気づかれないよう僅かに首を振った。手助けは期待できない
こうしてる間にも刻々と時間は過ぎていく。タイマー音が、一つ音階を上げて迫真に迫った


叢雲「……あ」

(;T)「なんだ?」





叢雲「『アンタを、怨んだりなんかしない』」





.

( T)「……」


今にも泣き叫びそうな顔して、そんなセリフ吐かれちゃあよ


( T)「わかった。従う」


男が応えぬワケにはいかねえだろうが

《その言葉を心よりお待ちしておりました》


カウントダウンは止まり、叢雲は大きく息を吐き出す
同時に、大して寒くもないのにガタガタと震え始めた


《では早速》

( T)「待てやクソ野郎。こっちの話はまだ済んでねえ」


確かに俺は折れた。だが、全てに置いて従うとは一言も言っちゃいねえ
むしろ本番はここからだ。奪えるものは全部奪ってやる


( T)「まず叢雲の首輪を外せ。次に彼女の身柄と、この鎮守府と設備を貰う。それと、自衛隊上層部による命令の拒否権。軍規からの解放。当鎮守府に着任した艦娘の自由な発言権と正当な給与。これが最低条件だ」

大淀「なっ……無茶苦茶です!!それじゃまるで……」

( T)「『まるで子供の我儘』ってか?当たり前だろそれだけの仕打ちをやったんだ。聞けねえとは言わせないぞ」

《控えろ、大淀》


ビクリと身体を震わせ、メガネはそれ以上何も言おうとはしない。余程のお偉いさんらしい


《言い分はわかりました。ですが、経過観察並びに面談と研修を……》

( T)「『はい』とだけ答えろ。こっちは『飼われてやる』と言ってんだ。これ以上ゴチャゴチャと抜かすようなら、お望み通り『面談』とやらに応じてやろうか?」

《……》


グリズリーは檻の中にいるからこそ、恐れられず見せ物にされる
例え奴が馬鹿正直に面と向かって話そうとせずとも、『深海棲艦』をぶっ殺した獰猛な動物など近くに寄せたくはないだろう


( T)「これでも最大の譲歩をしてやってんだぜミスターショッカー?それを『嫌です』なんて突っぱねはしねえよな?そうとも、『公』の為なら本意じゃなくても汚え手を使うお前らだ。この程度の要求すら飲めねえワケはねえだろ?」

《……》


イエスと応えれば良いものの、随分と渋りやがる。こんなクソ野郎と取引してるこっちの身にもなって欲しい


《先ほどからどうにも疑問に感じていたのですが》


しかも話を逸らしやがった。我慢ならずに怒鳴りつけてやろうと息を吸い込んだ瞬間


《何故、貴方の身に起こった『何某』について言及なさらないのですか?》


(;T)「っ……ゲッホゴッホ!!」


息が変な所に入り、思わず咳き込む。すっかり忘れていたが、『俺』は何かを施されたからここにいるんだ
『最も重要な事』が明らかになっていないではないか


《素直に此方の要求に応じてくださるなら、真実を詳細に明かすつもりだったのですが……いえ、過ぎた事です。貴方の要望はそこの大淀の言う通り滅茶苦茶で、自衛隊含む軍事組織の在り方を根本から否定している。飲めないこともないが、実現への労力とは釣り合わない》

《ですので、この情報を交渉のテーブルに乗せさせて頂きましょう。先ほどまでの要求を取り消し、我々に協力して頂けるのであれば、安全と地位は保証致し》

( T)「じゃあええわ死ね」

《ま……は?》


正しくは『重要だった』だが

( T)「確かに顔はズタボロボンボンになった。だがここでの生活で、俺は俺のまま、何も変わっちゃいねえ事に気づいた」

( T)「例えお脳弄られてようが身体を掻っ捌かれてようが、『本質』は今も昔も俺のままだ。気にならねえって言やあ嘘になるけどよ、聞いた所でやる事も気持ちも変わらねえ」

( T)「与太話は以上か?クズの分際でこの俺の貴重な時間を無駄にすんじゃねえよ」


《……くっ、は、ははははははははは!!!!ひぃ、ひぃ!!ははははははは!!!!!》


先ほどまでの丁寧な語り口とは打って変わって、スピーカー越しから唾でも飛んできそうな勢いで笑い出す
笑いのツボが余程可笑しな場所にあるらしい。足の小指の間とかかもしれない。くさそう


《ひっ、ひひひ……し、失礼を……ここまで気持ち良く言い負かされると、つい笑いがこみ上げまして……》

( T)「そうか。シンプルに気持ち悪いわ」


世の中には変態が多いなって思った


《わかりました。要求を飲みましょう》

( T)「最初からそう言えノロマ。迎えが遅けりゃ判断も遅えのかよ」


ようやくこの不愉快な時間も終わりを迎えるかと思った次の瞬間


《ですが叢雲さんには今しばらく後辛抱を願います》


俺の怒髪は天を突いた

(#T)「ふざけんなテメェ!!!!!!」


殴り掛かる相手はここにはいない。だが前に出ずにはいられなかった
足を踏み出した瞬間、一瞬の閃光と共に大腿部が『弾ける』


(#T)そ「がっ……!!」

「大人しくしてろ!!」


撃った張本人は、続け様にライフルの銃床を鼻先に叩きつけ馬乗りになる。そして二度、三度と俺の顔を執拗に殴りつけた
痛みよりも、ショックの方が大きかった。この中で唯一、僅かであろうとも『味方』かも知れなかった人物に暴力を振るわれているのだから


叢雲「やめて!!」

「退け!!」

叢雲「っ……!!」


それでも、例え友であろうとも


(#T)「ッ……!!!!!!!」


彼女の顔を肘で打ったのには、我慢ならなかった

(#T)「クソッ……!!」


腰を浮かせ、襟を掴んで引き倒し、勢いのまま馬乗りになり返す


(#T)「野郎がァァ!!!!!」


今度こそ衝動のままに顔面に拳を叩き込む。鼻が折れ、目出し帽越しに粘り気のある血が付いたが、怒りは収まらない


(#T)「このっ……!!」


文字通り陥没するまで殴ってやろう振り上げた腕は、隣の少女に掴んで止められる


(#T)「っ……」

叢雲「だいっ、丈夫、だから……」


そんなワケあるか。こいつらは見ていないから簡単に言えるんだ
長い間、恐怖と不安に支配され続け、血が滲むほど首を掻き毟ったお前の痛ましい姿を
やっと、やっと解き放ってやれると思ったのに。こんなのってあるかよ

「き、聞け……コプッ、聞け……」

(#T)「……」


鼻血が喉の奥に流れ込んだのか。目出し帽から血の飛沫を噴き出しながらクソが語り掛ける
奴は俺の胸倉を掴むと、耳元に口を寄せて囁き始めた


「我、輩が……ぜ、絶対に……彼女を、かい、解放する……お、前達を……い、いい様に……扱わせはしない……」

(#T)「……」


『もう遅ぇよ』。怒る気も失せ、胸倉を払って解放する
叢雲に支えられながら立ち上がり、ベッドに腰を掛けた。目の前の大穴から、海に飲み込まれる夕陽が目を焼いた
他の連中がどんな顔して俺を見てるかなんてどうでもいい。ただ、止めなかった所を見るに剣幕に圧倒されたのだろう


《……保険としての措置です。納得行かずとも、ご了承ください》


疲れた。もう何も話したくはない


( T)「消えろ、今すぐ」


自分でも驚くほど、覇気のない声だ。リングの隅にでも置いときゃ、名作ボクシング漫画の最終回を再現出来るだろう

《それでは、今後益々の健闘と活躍を期待しておりますよ。『提督殿』》


心にもねえお祈りメールの定形文に中指を返すと、通信は切断された


大淀「……医療班を待機させております。先ずは治療を」

( T)「必要ねえ。自分でなんとかする」

大淀「……ドックは幸いにも無事ですので、叢雲さんは入渠を行ってください。それと、建築物の修繕っ……!!」


顔に向けて投げた枕は、パンと弾かれ瓦礫の山に落っこちる
本当は重くて硬い物を投げつけてやりたかったが、生憎手近にはアレしか無かった


( T)「もうここは俺らのもんだ。部外者がいつまでも突っ立ってんじゃねえ。耳が悪いならもう一度言ってやろうか?『消えろ、今すぐ』」

大淀「……撤収します。全員です」


流石に思う所があったのか、サディスト艦娘は手短に指示を出した
足柄や兵士はわかり易く同情の視線を送り、いそいそと医務室から出ていく


( T)「テメーもだ。クソ野郎」

「……わかっている。効いたぞ、クソ……」

( T)「……」


大層な素振りで立ち上がった旧友は、タバコとライターを置いてメガネの後に続き部屋を後にする


「……無事で何よりだ」


最後に最悪な言葉を残して、姿を消した

( T)「……」

叢雲「……傷、手当しないと」

( T)「ああ……」


撃たれた傷は上手いこと骨と太い血管を避けて貫通している。叢雲は半壊した薬品棚から無事な消毒液と清潔な包帯を取り出した
撤収まで暫く掛かるのだろう。久々に聞いた喧噪とエンジンの音に耳を傾ける。この暮らしの中で『人恋しい』など一度も思った事は無かったが、何故か物悲しさが襲う


叢雲「痛む?」

( T)「少しな……」


消毒液がゲロ吐くほど沁みたが、俺はされるがままに叢雲の治療を受けた
キツく、それでいて丁寧に包帯を巻き終えると、血で汚れた手を洗い


叢雲「……」


俺の隣に腰かけた


( T)「……」

叢雲「……背負わせちゃったわよね。ごめんなさい」

( T)「構わねえよ。元よりこうするつもりだった」

叢雲「え……?」

( T)「え?」


なんだ気づいてなかったのかよ


( T)「どうせ難癖つけて傀儡にしようってのは見えてたからな。デカい要求突き付けてから、小さな要求を通す。『ドア・イン・ザ・フェイス』だ。交渉の基本だぜ?」

叢雲「じゃあ、全部……?」

( T)「まぁ……大半は演技だよ。向こうが勘づいてたかどうかは知らんけどな」

( T)「思いの外、多くの収穫はあった。まさか言った要求殆ど通るとは思ってなかったしな」

叢雲「……恐れ入ったわ。正直、前代未聞の破格の優遇よ」

( T)「その上で……完全敗北だよ。今の交渉は」


依然として奴の掌の上である事には変わりない。俺の要求が『通った』のが何よりの証拠だ
あれだけの優遇を見過ごして尚、俺を手元に置くメリットが上回るのだろう
枷は付けられっ放しで、黒幕の正体すら明らかになっていない。これを敗北と言わずなんと言おう。ウンチだウンチ


( T)「お前の首輪を外せなかったのが心残りだ。すまん」

叢雲「私の事なんて……アンタ、結局自分の身に何が起こったのかわからず仕舞いじゃない」

( T)「過ぎた事だ」

叢雲「っ……バカじゃないの……」


置いていったタバコを手に取って、試しに一つ差し出してみる


( T)「やるか?」

叢雲「……どうやって吸うの?」

( T)「フィルターを吸いながら火を点ける。ほれ」


緊張した面持ちでタバコを咥えて待つ彼女に、ライターの火を差し出す


( T)「で、口の中に煙を溜めて……」

叢雲「っ!?うぇっ!!ゴッホゴッホ!!」


一気に行ったか……説明が遅かった

叢雲「そういう事は……もっと早く……!!」

( T)「わり」

叢雲「もう結構よ!!返す!!」


涙目で頭が燃えたばかりのタバコを突き返される。勿体ないので続きは俺が引き継いだ
禁煙出来るかと思ったもんだが、現物があると誘惑に負けちまうな


( T)「フゥーっ……」

叢雲「……本気で、提督をやる気なの?」

( T)「ああ。どうせ解放されてもする事ねえしな。図らずも転職成功だ。転職かこれ?」

叢雲「何を目的に?」

( T)「目的か……」


確かに、ただやるってだけじゃモチベーションも続かない。明確に口に出せば、ハッキリさせられる
俺ら二人は、手前勝手な陰謀に巻き込まれてここに辿り着き、首輪と役目を押し付けられた。だったら……


( T)「『強くなる』」

叢雲「強く……?」

( T)「そうだ。誰にも脅かされず、誰にも屈せず、誰にも従わず、そして誰もが一目置き、その気になれば世界すら滅ぼせるほど強大なチームを作る」

( T)「非道な扱いを受けてはみ出した艦娘を集めて鍛え、そしていつの日か、全人類が跪いて許しを乞うような大活躍をしようじゃねえか」

叢雲「……随分と、骨が折れそうな話ね」

( T)「出来ねえと思うか?」

叢雲「いいえ、ちっとも。何故なら!!」

叢雲はベッドから降りると、俺に向き直り胸を張った


叢雲「この叢雲が!!アンタの副官として、相棒として!!しっかりきっちり勤め上げてやるのだから!!」


かつて、俺はこの場所で。今にも消え入りそうな彼女の姿を見た


叢雲「いいこと!?この私を従えるんだがら、中途半端に投げ出すなんて許さないわ!!やるからには徹底的に!!納得がいくまで足掻くのよ!!」


瞳に生気は無く、髪は荒れ放題。首筋には目も当てられないほどの引っ掻き傷


叢雲「暁の水平線に勝利を刻むまで、楽しく戦い成り上がり!!人生を謳歌するわよ!!」


そんな面影はすっかりと消え失せ、目の前には頼り甲斐のある相棒の姿


( T)「ククッ……望むところだ」


人生は報われねえし儘ならねえ。だからこそ、鳥肌が立つほど『面白い』


( T)「やるぞ」

叢雲「そうこなくっちゃ」


この世の理不尽にどれだけ抗えるか。命懸けで試してみようじゃねえか

―――――
―――



凡そ一か月後(28日後……)
すっかり元通りになった湾口から、鎮守府を見上げていた


( T)「妖精さんってのはさぁ、ああいう大工さんもおるんやなぁ」

叢雲「ええ、かなりレアだけど」


深海棲艦との戦闘でズタボロボンボンになった家屋。工廠や入渠ドックといった主要施設こそ無事だったものの
木造校舎は半壊、寮に到っては全壊といった被害に見舞われ修繕が急がれたが


( T)「まさか請け負ってくれるとはなぁ……」

叢雲「今でも信じられないんだけど、『お代は受け取ってあります』なんて言って材料費も工賃も無料だなんてね」

( T)「身に覚えは?」

叢雲「あるワケないじゃない。アンタは?」

( T)「同じく」


ねじり鉢巻が似合う大工の妖精さん(正確には高級家具職人と呼ぶらしい)は、連中が帰ったその日から俺らの目の前に現れ作業を開始してくれた
手のひらサイズに見合わぬパワーとちょっと引くくらいの人数に物を言わせ、建物はみるみる元の姿へと直されていった


( T)「なんで直したのに元のボロ校舎に仕上がんのかなぁ……」

叢雲「こだわりでもあるんじゃない?」


そう、文字通り『元の姿』だ。建て直したにも関わらず、木造校舎は過ぎた年月を思わせる趣のある材質で出来上がっている
なんなら呪われた教室もそのまんまだ。理由を訊いたところ『何故かこうなる』とゾッとする回答をしてくれた

( T)「とにかく、間に合って良かった」

叢雲「そうね。出だしで躓くなんてことは無さそう」


あれから一か月。俺らは深海棲艦の死骸の後始末やら本部から送られてきた必要機材の搬入やら書類の記入やらでテンテコマイの日々を送った
これまでスローライフ送ってたツケか、こう一気に展開が進むといつも以上に目が回る。俺お無職様やったんやぞちょっとは気ぃ使え
気がかりは幾つもある。叢雲の首輪も『距離制限』こそ解除されたが、依然として主導権は彼方側に握られたままだ
あのクソ野郎が『解放する』と言った以上、その日を信じて待つ他ない。あいつはその後ぶっ殺す


叢雲「所で……何だったのかしらね。あの出来損ないの深海棲艦」

( T)「さぁな……」


もう一つの大きな懸念は、俺が首をへし折って殺したはずの『未熟児』の死体が見当たらなかった事だ
叢雲はあの後、くたばった俺を引きずって医務室に駆け込んだらしく、後からやって来たクソ野郎集団もその存在を認知していなかった
確実に殺したと思っていたが、奴は筋肉も骨もまだ柔らかいままだった。へし折った関節を元に戻して海に逃げ込むくらい出来たのかも知れない


( T)「一つ確実に言えることは、つぎ俺の目の前に現れたら確実にぶっ殺すってだけだ」

叢雲「違いないわね。今度は油断しないでよ?」

( T)「うん」

叢雲「ホントにわかってんのかしら……」

( T)「あ、あれじゃね?新入り」

遠くから聴こえるエンジン音に振り返ると、水平線の向こうから、ちっぽけな人影が三人分近づいて来る
謀反防止の観点から、今のところ『建造』の機能は差し押さえられている
この鎮守府は従来の『流島』扱いとされたまま、問題ありと判断された艦娘を随時送って来るらしい


( T)「『霰』『朧』、そんで『天龍』か」

叢雲「駆逐艦に関しては、建造の『ダブリ』として幾つもの鎮守府をたらい回しにされていたんだってね」

( T)「行き着く先が『地獄』たぁ、なんとも不憫なもんだ。天龍は面白え奴らしいな」

叢雲「『忌名付き』よ」

( T)「いみょう?」

叢雲「元の鎮守府の司令官とソリが合わなくてね、キレた彼女は深海棲艦の『御首』を切り取って、執務机に叩きつけた。『打首の天龍』として知られている不良艦娘よ」

( T)「なんやそれかっこええ」

叢雲「アンタならそう言うと思った。その後、反逆罪として解体されたって聞いてたけど……まさか同僚になるとはね」

( T)「忌名付きは他にも?」

叢雲「私が知る中ではもう一人、『亡霊の青葉』がいるわ」

( T)「これまた物騒だな」

叢雲「出撃頻度の多い、もしくは鉄火場に出撃する艦隊の『青葉』といつの間にか入れ替わっては、殺戮の限りを尽くして消えていく神出鬼没の戦闘狂。掴み所の無さから付いた忌名が『亡霊』ってワケ」

( T)「そりゃ是非ともお迎えしてえ」

叢雲「アンタとは気が合いそうね……」

叢雲「所で、本当に鎮守府の名前は『アレ』で行くの?」

( T)「『地獄の鎮守府』のままじゃあ、来る連中みんな怖がるだろうが」

叢雲「余計不安を煽るでしょうに」

( T)「それに、こう言うのはインパクトが大事だ。記憶に残りやすい」


今は、場末の弱小鎮守府としてコケにされ馬鹿にされ、『流島』として忌み嫌われるのだろう
だがいつか、そんな連中の目をひん剥くくらい強く成り上がってやる
その時、奴らの頭には俺らの恐ろしさと『この名前』が、嫌でも刻み付けられる


叢雲「ハァ……アンタがそう決めたなら、これ以上文句は言わないわ。ダサいけど」

( T)「言うとるやんけ」


叢雲は心底楽しそうに、拳を口元に添えてクスクスと笑う


叢雲「さって、気を引き締めないとね」

( T)「ああ」


そう言いつつも、お互いワクワクとニヤケが止まらない
敵は内にも外にも数多く、味方など皆無に等しい。それでも
『これから』を自らで選び勝ち取っていく高揚感は抑え切れなかった

叢雲「いいこと?第一印象、しっかり決めなさいよ」

( T)「任せろ」


艤装を背負った三人の新入りは、ゆっくりと減速しながら港に寄せて整列する
書類の顔写真が正確なものであるならば、右から天龍、朧、霰


( T)「……」


タッパの小さな駆逐艦の朧と霰は、得体の知れない鎮守府と、覆面を被った『提督』に脅えと不安を隠しきれないと言った表情
対し、天龍とやらは人を小馬鹿にしたようにニヤニヤ笑っている。こいつ後でシバこう


( T)「スゥー……」


さぁ、始めるか。先行き不透明な『提督業』の初仕事。不安も嘲笑も消しとばすほど、熱い挨拶でキメてやる

( T)「俺がお前らに求めることは五つだ!!」


( T)「たらふく食い、しこたま休み!!倒れるまで鍛え、飽きるまで遊び!!」


( T)「深海のクソ共を皆殺しにする!!それ以上は望まねえ!!」


( T)「退屈など出来ると思うな!!無駄死になど以ての外だ!!ここに来た以上、最高に楽しい人生を覚悟してもらう!!」


( T)「深海棲艦も人類も凌駕した、『艦娘』という優れた種の力、思う存分発揮しろ!!」


さて、仕上げだ。歓迎しよう、盛大に!!






( T)「『地獄の血みどろマッスル鎮守府』へようこそ!!!!」





俺と彼女たちで紡ぐ、『これから』の物語を!!!!!!






叢雲「地獄の血みどろマッスル鎮守府」




終わり

終わりです。お疲れさまでした。疲れたのは俺だよクソが
いつの間にかこのお話も書き始めて五年経ってました。お腹空きました

次のお話は一話のリメイクか鳳翔さんの話か瑞鶴の話になると思います

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