藤原肇「はじまった物語」 (16)


モバマスssです。

書き溜めあり。

地の文あり。

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ーーいつからでしょうか。

プロデューサーさんの事を好きになったのは。

一目惚れ……では無いと思います。

最初のプロデューサーさんの印象は、お祖父ちゃんに似ている。でしたから……

いえ、顔がとかでは無く、なんとなく雰囲気が……でしょうか。

これからよろしくお願いします。と差し出された手はゴツゴツしていて、なんだか安心するような、ちゃんとした男の人の手だと思いました。

お喋りは苦手で、ジッと私の事を見ていることが多く、あまり口を開かない彼ですが、お仕事の時も、ライブの時も、いつだって気がつけば側にいて私の事を見守ってくれています。


きっと、この瞬間……!

というのは無かったと思います。

側に居てもらうよりも側に居たいと感じ、いつだって目で追うようになり、気づいた時にはこれが恋なんだなと思うようになりました。

ええ、私はきっと彼に釣られてしまったのです。


レッスンを終えた私は周子さんや加蓮ちゃんを、ひらひらと手を振りながら見送り、事務所へ向かいます。

ドアを少しだけ開き、隙間から顔を覗かせるとそこに居たのはプロデューサーさん一人。

カタカタカタ。

一定のリズムを刻み、モニターを眺め、眉をひそめたりしながらプロデューサーさんは今日もお仕事をしていました。

おかえり。とモニターから視線を外し、ドアから少しはみ出している私に向かって彼は声をかけます。

お疲れ様です。お茶をいれましょうか? と私。

いつもはアシスタントであるちひろさんがコーヒーを煎れてくれていますが、今日はお休みであると聞いたので代わりに私が。


急須に茶葉を入れ、お湯を注いで1分待ちます。

その間に、棚から湯のみを二つ取りだし 隣同士並べます。

プロデューサーさんのお気に入りの火襷。

かっこいいからと、頬をぽりぽりと掻きながら照れ臭そうに話していたのを覚えています。

コポコポと急須から湯のみにお茶を移していきます。

沸き立つ湯気の香りを嗅ぎながら、お盆に載せ彼のもとへ。

デスクに湯のみを置くと、横から小さくありがとうと聞こえてきて、ポッと顔が暖かくなります。


私も下がりつつソファーに腰掛け、うーんと唸っている彼の後頭部をしばらく見つめています。

ーーー肇。

急に、プロデューサーさんが私の名前を呼びながらくるりとイスを回転させてこちらに向きます。

完全に油断をしていた私は返事に困り、言葉に詰まる。しどろもどろ。

だけどこの瞳だけはしっかり彼を捉えていて、パチリと目が合う。


無音。


窓から射しこむ西日が私の顔に当たり、視界がオレンジに染まる。

湯のみの中の水面がゆらゆらと揺れる。

プロデューサーさんが口を開きかけたその時。

ぐぅ~。

突然、お腹が鳴る音。

わ、わ、わ。

私の顔にみるみる熱が昇っていくのがわかります。

ここから逃げ出したい気持ちをどうにか追いやり、プロデューサーさんの顔をちらりと見ると、くっくっくと口元を抑えながら笑っていました。

何か食べるものでも買いに行こうか。

目尻に涙をためながらプロデューサーさんがそう、提案していきました。


手袋とマフラーとコートを用意して。

事務所のドアを開けると日がもう落ちかけていて、もうすぐ1日が終わるということを予感させます。

近所のスーパーまで、プロデューサーさんと並んで歩いていきます。

すれ違う人々がプロデューサーさんを見上げギョッとしていく、そんないつもの光景を隣で眺めつつ入り口へ。

店内は暖かく、首周りがじっとりとしていきます。

何を食べようか考えていると、プロデューサーさんが黙って指をさします。

その先には四角い蒸し器が置いてありました。その意図を読み取り、私も彼に合わせてその中から食べたいものを選びます。

外に出てみれば、すっかり夜の帳が降りていて、町にいる人々が家路に着くためにせかせかと動いていました。

なんだかこの波にのまれるは嫌だなぁと考えていますと、プロデューサーさんが私の手を取り、来た道とは別の道に進んでいきます。


プロデューサーさんと一緒に歩いて行きますと、だんだんと人影が減っていっていきます。

街灯も少なくなり、その代わりに夜空にポツポツと明かりが灯りはじめます。

昔、おじいちゃんと一緒に読んだ、おとぎ話の本の挿絵にも負けないぐらい綺麗な景色を見上げて。

スーパーで買ったあんまんを二人で食べながら、少しだけ遠回り。

プロデューサーさんの話によりますと、私が藤原肇であることがばれそうだったと。

確かに私はマフラーで口元を隠していた程度で、ほとんど変装なんてしていませんでした。

ふと、プロデューサーさんが立ち止まり、ジッと公園の方を見つめています。

人が居なくなるまでここで、やり過ごそうということでしょうか。

公園に入り、二人でベンチに腰掛けます。

まるでドラマのよう……ちょっとだけ有名になった私は、やっぱりまだ実感が湧かないまま、残ったあんまんを口に放り込み、飲み込みます。

目をつぶると浮かんで来るのは、初めてのステージに立ったときの光景。

小さいステージだったけど、夜空をそのまま移したようなサイリウムの光。

あの頃から変わらず、もっと大きな私をイメージしながら追いかけていて……

既に始まっていた『アイドル 藤原肇』の物語。

大切な大切なプロデューサーさんには、もっと知って欲しい。

故郷の空の色を、実家にある大きな焼窯を。

そしてなにより、私自身のことも……

だけど。

まずは、伝えなきゃいけない。

田舎から出たばっかりの未熟な私をアイドルにしてくれたこと、いつでも私のすぐ側で導いてくれている事への感謝を。

この想いはきっと言葉ではなくて、もっともっと遠く、私のイメージのはるか向こう側の景色を二人で見ることで、伝えなくてはいけない気がします。

ーーだからそのために、私の「好き」の気持ちに絆創膏を貼り、蓋をします。

中途半端な覚悟ではきっとダメだから。

今はまだ少しだけ痛みますが、いつの日にかきっと。

きっと、まためくれるように。

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この瞬間なんだと思います。

側に居てもらうよりも側に居たいと感じ。いまこの時から、私の中の気持ちを別のものに変える。

私はもう、目の前の餌には釣られません。

見上げれば、さっきまでとはまるで違う空。

ドラマよりも昔話よりもずっと……

ベンチから立ち上がり、プロデューサーさんに向かって手を差し出し、微笑みながら。



「一緒に帰りましょうか」


短いですが終わります。

チャットモンチーの終わりなきBGMという曲を下地に書きました。

それでは。

https://youtu.be/_zDhV2JBCQI



他にも書いてるよね?

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