【安価でゆゆゆ】久遠天乃は勇者である2nd【十四輪目】 (1000)

このスレは安価で

乃木若葉の章
鷲尾須美の章
結城友奈の章
―勇者の章―

を遊ぶゲーム形式なスレです


目的

東郷家、犬吠埼家への挨拶
伊集院家の説得
勇者部による演劇(文化祭)
元気な子供
ハロウィン
進路決定



安価

・コンマと選択肢を組み合わせた選択肢制
・選択肢に関しては、単発・連取(選択肢安価を2連続)は禁止
・投下開始から30分ほどは単発云々は気にせず進行
・判定に関しては、常に単発云々は気にしない
・イベント判定の場合は、当たったキャラからの交流
・交流キャラを選択した場合は、自分からの交流となります


日数
一ヶ月=2週間で進めていきます
【平日5日、休日2日の週7日】×2
基本的には9月14日目が最終


戦闘の計算
格闘ダメージ:格闘技量+技威力+コンマ-相手の防御力
射撃ダメージ:射撃技量+技威力+コンマ-相手の防御力
回避率:自分の回避-相手の命中。相手の命中率を回避が超えていれば回避率75%
命中率:自分の命中-相手の回避。相手の回避率を命中が超えていれば命中率100%
※ストーリーによってはHP0で死にます


wiki→【http://www46.atwiki.jp/anka_yuyuyu/】  不定期更新 ※前周はこちらに

前スレ
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風「メイド喫茶?」

天乃「うん。お化け屋敷行く途中にそのチラシ持ってる子がいてね」

風「そういうのってアタシ達の場合は執事喫茶に行くべきじゃないの?」

天乃「そう言うものなの?」

天乃は目上の人間、格上の人間といった

対等ではない扱われ方をした経験があるが

執事やメイドと言った存在がいたことはなく

そもそもそれにおける性別以外の違いも天乃は知らない

だからこそ、好奇心も芽吹く

風「天乃がただ女の子好きなだけとか?」

天乃「…………」

風「天乃?」

天乃「……でも、定石をあえて外すって言うのも面白そうじゃない?」


風「何? 今の間は何!?」

あら何の話? と露骨に恍けて笑って見せる天乃に、

風は本当にそうなの? と少し悩まし気に唸りながら

階段を上って2年生の階にあるメイド喫茶へと向かう

風「まぁ、執事喫茶は天乃が行くと少し面倒になるわよねぇ……」

天乃「そんなことないでしょ。有名人じゃあるまいし」

風「その有名人なんですがね」

芸能人だとかテレビに出ている有名人というわけではないが

一部では学級崩壊を起こさせた人だとかいう噂もあるし

友奈たちから伝わったり、会いに行く際に目撃されていたり

男子にとっては嬉しいその容姿と図ったような無自覚さもあって後輩からはやはり人気が高い

元々同年代よりは年上に魅力を感じるといったタイプだった風としては

先輩に憧れる男子中学生の気持ちも分かるからだろう

まぁ仕方がない。と苦笑を溢す


「いらっしゃいませっ」

メイド喫茶を行うクラスの手前

受付らしき女子生徒に声をかけられて足を止める

「ご利用されますか?」

天乃「ええ、私と従者一名」

風「その他大勢みたいに言うな!」

天乃「じゃぁ……嫁さんで」

風「嫁って……」

気迫削がれて照れくさそうに笑う風

冗談めかした笑みを浮かべる天乃

2人の前にいる女子生徒は思わず笑い声を零してしまうと

すぐに「すみません」と頭を下げて色のついたバッジのようなものを差し出す


風「なにこれ」

「メイドになんて呼ばれるかの選択……みたいなものです」

天乃「へぇ……面白いじゃない」

みたいなもの。というよりはそのままだ

どうせやるなら、

呼称も自由に選べるようにしても面白いのではないか。という意見が上がったらしい

女性に関しては

普通のお嬢様から、名前を付けたお嬢様

奥様、お姉様、姉様、お嬢、姐御……と

もはやメイドが関係なさそうなものまで紛れているのは

きっと、クラスメイトによる冗談の影響だろう

天乃「風は旦那様とかどう?」

風「嫁なのか旦那なのかはっきりしなさいよ」

天乃「うどんのように臨機応変に対応するのよ、あなた」

風「ったくもう……」

確かに天乃の相手をするには柔軟でいる必要があるわねぇ。と

風が少し呆れたように漏らす一方、

2人のやり取りはとても楽しんでいるのが分かりやすくて

女子生徒はにこやかな笑みを浮かべながらその姿を見守る


大赦や勇者部には一切関係のない女子生徒ではあるが

その二人の雰囲気は見ていてとても、心地よくて

「一応、旦那様とお呼びすることもできますよ?」

風「いやいやいや、普通にお嬢様で」

天乃「お姉さまじゃなくて良いの?」

風「それはあたしには似合わなそうだし」

むしろ天乃の方がそれは似合うんじゃないの? と

風はにやにやと笑いながら切り返して

風「タイが曲がっているわ。とか、無防備に距離つめて来そう」

車椅子を押し終えて離れようとすると

ちょっと待って。と呼び止められ足を止める

屈むように言われて屈んだ瞬間

数歩分の距離は一瞬で詰められて……

今も感じる良い匂いを感じている間に、首元の緩んだタイがキュッと締められる

そして、「これでいいわ」と、綺麗な笑みを浮かべるのだ

「……いいですね」

天乃「え?」

「あっ、いえ。すみません」

目の前の車椅子に座っている先輩で想像してしまった後輩は

恥ずかしそうに眼を逸らす

「そ、それで……どうしますか?」


1、お嬢様
2、天乃お嬢様
3、久遠様
4、天乃様
5、お嬢
6、姉様
7、お姉様
8、姐御
9、奥様
0、旦那様


↓2


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


天乃「じゃぁ……そうね。良く分からないからこの名前+お嬢様で」

「かしこまりました……あ、あま……天乃お嬢様」

(久遠先輩の名前を呼べる……っ)

(他の人には悪いけど、今だけは私だけの天乃お嬢様)

「えへへ」

風「うわ凄い嬉しそう……」ハァ


では少しだけ


天乃「そうねぇ……じゃぁこれで」

特に悩むようではない事なのかもしれないから。と、思いつつ

簡素なお嬢様呼びよりは面白そうだと

名前にお嬢様を付ける呼び方を選ぶ

天乃「よろしくね?」

「は、はい。承りました……天乃お嬢様」

風「それならあたしも風お嬢様で」

天乃「あら、どうしたの?」

風「なんだか姉妹っぽいでしょ? そうすると」

名前を呼ばれるのと呼ばれない方

それが並ぶと微妙に違和感があるというのもあるが、

一番は、その姉妹のような関係が想像しやすいというのが嬉しかった

もっとも、姉妹を越えて交際しているし

将来的には名を共にしてしまう予定なのだが。

天乃「じゃぁ、私は風お姉さまと呼べばいいかしらね」

風「天乃って本当、こういうのに乗るの好きよね」

楽しそうな天乃の笑みに

風もまんざらでもなさそうに苦笑しながら車いすを押す

2日間限定の喫茶店として作られた店内は

中学生らしい手作りの作り

1人席が3つ、2人席が5つ 4人席が1つとなっており

テーブルはすべて学習机に簡単なテーブルクロスを引いたもの

椅子も同じく普段使いされているもので

一応、様々な柄の座布団や背もたれが付けられた特別仕様だ


「お帰りなさいませ、風お嬢様、天乃お嬢様!」

天乃「ふふっ、ただいま」

風「た、ただいま?」

「天乃お嬢様、今お座席をご用意いたしますので少々お待ち下さい」

天乃「……帰る前に準備しておきなさいっていつも言っているでしょう? これだから若い子は嫌なのよ」

「ぇっ、え、あ、は、はいっ!」

悪戯な睨みをきかせた天乃の呆れたような文句

当然、そんなことが始まるなどと思っていなかった担当の女子生徒は戸惑って

天乃「良いから早く準備し――」

風「やめんか!」

ぺしっと頭を叩かれ天乃は言葉を飲み込むと

どうすればいいのかと慌てる女子生徒に笑みを浮かべて

ごめんね、冗談よ。と声をかける

天乃「車椅子のせいだものね。用意して貰っていいかしら」

「すみません、今ご用意します」

慌てて席をずらして片方の席を端に動かしていくメイドに扮した女子生徒を眺めながら

風は少し疲れた息をつく

風「まったく、油断も隙もあったもんじゃないわねぇ」


天乃「なんのこと?」

風「あんなアドリブについていけるわけないじゃない。訓練された勇者部じゃあるまいし」

天乃「訓練されたって……なによ」

友奈や樹はまだまだ対応しきれないかもしれないが

東郷はもちろん

夏凜なんかはその道にプロフェッショナルだろうと風は雄弁に語ってみせる

けれど、天乃としては別に訓練したわけではないと

ちょっぴり不服そうで

天乃「私の経験値を返してっ」

風「ゲームかっ!」

天乃「そんな怒ったように言わなくてもいいじゃない」

風「いや、怒っては――」

天乃「あとでボケ役やらせてあげるから」

風「そう来るかっ!」

ちょっとしたお遊びの会話をしている間に、

席の準備が整ってもう一度メイドの女の子に招かれ

天乃達は改めて、喫茶店の席に着いた


「お決まりになりましたらお呼び下さい、天乃お嬢様。風お嬢様」

そう頭を下げて別のところに向かうメイド見送った風は、

テーブルに置かれたメニュー表に乗っている参考写真―各生徒の自作―と料理名を眺め

なるほど。と、少し嬉しそうに零す

風「見てみて天乃、こんなキャラ風オムライスもあるらしいわよ!」

天乃「へぇ……面白いわね。風も作ったりする?」

風「いや、アタシは……あんまりね」

やったことはないが、やろうと覚えば出来るだろうと風は思う

けれど、樹がまだ小学生とかしたの方の年頃ならともかく

中学生も半ばに差し掛かるところでのキャラ風料理というのは

聊か受けが悪いのではないだろうかと思ってしまう

それがお弁当なら、尚更

それに……と、風は苦笑いを浮かべながら

手首から先だけがピクリとも動かない右腕を上げてみせる

風「今のところさ、ほら。これだから」

天乃「……ごめんね」

風「んん。天乃は謝る必要なんかないわよ。誰にだってね」

天乃「…………」

風「アタシも、夏凜も。友奈達だって。みんな自分の意思でそうすると決めたことなんだから」


こうなると知らないで使っていたらきっと

とても後悔をしていたかもしれない

どこに向かうかもわからない憎しみと怒りを抱いていたかもしれない

だが、風達は天乃の苦渋の決断によって隠蔽されてきた天乃自身の秘密

根強い罪悪感に触れることによって、その存在を知った

そして、それでなお、抱く想いに従って行動したのだから

その代償に謝罪を貰うつもりは毛頭なかった

風「あーほら、天乃!」

天乃「なに?」

風「折角の文化祭で辛気臭い話してたってしょうがないでしょ。頼みましょ、料理」

天乃「…………」

風の快活な声が漂っていた暗雲を吹き飛ばしていく

そのちょっぴり強引な犬吠埼風という人柄に

天乃は苦笑を浮かべながら「そうね」と、答えて

天乃「メニュー名は普通だから……風、貴女の愛してやまないうどんもあるみたいよ?」

風「うーん……そこはぜひにも肉うどんを頼むべきか」

天乃「私はどうしようかしら……」

風「やっぱり辛いものでしょ? 一応、麻婆うどんがあるけど」

説明文には激辛お試し品。と注意書きが施されており

実物と比べてやはり差異は存在するのだろうが

載っている写真も真っ赤で色鮮やかというよりは毒々しささえ感じる

天乃「私に対して辛さのみならずあろうことか麻婆に関して喧嘩を売ってくるなんて面白いメイドさんね」

風「メイドは悪くない、悪くないから」


結局風はメイド喫茶などという場所の付加価値を一切排除した定石通りの肉うどんを注文し、

天乃もまた、麻婆うどんを注文する

聞いた話、メニューはすべて各生徒の実家の味らしく

天乃はにこやかにその時を待つ

風「ねぇ、聞いて良い?」

「はい風お嬢様」

風「天乃が頼んだ麻婆うどんあるじゃない? これの『甘~くする魔法』って言うのは一体何なの?」

「これはですね……え、えっと」

頼まれると思っていなかった動揺か

それともその謎の魔法の効力なのか、メイドの女子生徒は気恥ずかしそうに目を背けると

緊張を解す為だろう、深呼吸をしてから天乃達に向き合う

「あ、甘~くな~れ。甘~くな~れ……と、ちょっとした呪文的な何かを唱えながら例えば調整用スープとかで味を調えるんです」

天乃「本当の魔法ではないのね」

「す、すみません」

天乃「別に謝らなくて良いのよ。なんかこう、見栄えする特殊な技法でもあるのかなって」

中学生に何を求めているのかと天乃は自分でも思うが

お化け屋敷のクオリティがクオリティだった為に、

もしかしたら別の場所でも似たような特別感があるのではとなんとなく思ったのだ


天乃「むしろ辛くする呪い的なのは……」

「な、無いです」

風「メイドに嫌われてる身勝手な姫様的なシチュエーション?」

天乃「ううん。自分の物にならないなら殺して死のう的なやつ」

風「余計あるか!」

いきり立って突っ込みを入れた瞬間、

喫茶店内の喧騒は止んで

「お、お嬢様……っ、風お嬢様お静かに」

勢いの有り余った声に天乃ではなくメイドがあわてて注意を促す

楽しげに苦笑する天乃にむくれながら、風がもう関るのやめた。とぼやくと

何事も無かったかのように周りの中断された会話が再開する

天乃「風のリアクションが大きいのよ。やっぱり、疲れてるんじゃない?」

仮眠をとったりしたとはいえ、

殆ど徹夜に近い状態で、あのお化け屋敷での大絶叫

疲れていないというのはハイテンションゆえのものではという天乃に

風はそうかもしれない。と、同意して

「お待たせいたしました、風お嬢様。肉うどんです」

丁度、料理が運ばれてきた


風「ん……家庭的というか……ちょい薄味の匂い」

醤油や昆布などの良くある甘みを感じるにおいに混じって

いりこをふんだんに使ったであろう魚介の匂いを感じる

ダシは前がけではなく、後がけなのだろう

煮込まれ熟成し色づいた肉はダシと差し込む光によって受けて瑞々しく着飾る

風「十分美味しそうね」

見た目と香り

それだけで満足げに頷く風の手前

天乃のところにもあわせて、料理が運ばれてきた

「天乃お嬢様、こちらが麻婆うどんになります。調整がご入用でしたらお申し付け下さい」

辛味の濃度を示すが如く鮮やかに彩られた赤色

それを僅かに中和しようと無意味な努力ゆえに散った肉汁が点々と浮かぶスープ

通常よりもとろみを足されたスープに絡みつかれて赤茶色く染め上げられ

地獄へと沈められるさなかに伸びる救いを求める手のように顔を覗かせるうどん

嗅覚を刺激するのはもはや痛覚に近く

辛味と甘味の交わった豆板醤を押しのけて山椒の渋さのある辛味が

鼻を抜けて喉を通る

通常ならそれだけで敬遠されるようなにおいと見た目

だが、その毒々しさを前に、天乃は期待に胸を膨らませた子供のような笑みでスプーンを手に取った


ではここまでとさせていただきます
明日は出来れば22時頃から
メイド喫茶パートは恐らく安価無し進行になるかもしれません



夏凜「…………」

夏凜「そもそもメイド喫茶でうどんってなんなのよ」

東郷「至高よ」

夏凜「嗜好の間違いでしょ」

東郷「沢山の嫁がいても結局夏凜ちゃんに行く久遠先輩のような話ともいうわ」

夏凜「私よりエロイことしてる東郷に嫉妬する権利無くない?」

東郷「つまり嫉妬してるのね!」

夏凜「面倒くさいのに触れちゃったわ」


では少しだけ


風「ちょ、それ飲むの?」

天乃「もちろん」

あまりのにおいとからそうな見た目に

風は心配そうに言うが、天乃は平然と口に運んでゆっくりと飲み下す

温かくとろりとした麻婆のスープ

くにゅりと挟むだけで崩れていくひき肉の食感

潰れて液体に溶けていく辛味を纏っただけの豆腐

刻まれた唐辛子の微かな粒感

天乃「んー……」

そうして

香辛料や豆板醤の辛味に隠された旨みが本来は流れ込んでくるはずだが、

味覚の無い天乃にはそんな感覚などちっとも感じられないまま、

ピリピリ、ひりひりとした焼くような痛みが口腔を冒して、喉にまで伝うと

流れ込んだ胃から温かさが全身に広がって抜けていく

その抜けていく清々しい感覚に天乃は浸るように目を閉じて、笑みを浮かべる

天乃「好きよ」

「っえっ」

天乃「うどんに合わせた分、とろみは増しているけれど……だからこそ最後の最後まで余さずに感じられる」

「ぁ、り、料理……」

天乃「体から抜けていく辛味も、残るひりひりとした感覚も決して行き過ぎてないし」

天乃はそういうと、

まだ口にしていないうどんを箸でつまんで、一口分食べ進める

口の中に残った痛覚……辛さは

もっちりとした弾力感じるうどんが連れて行ってくれるのだ

天乃「いいわね、これ」


満足げな笑みを浮かべる天乃といかにも辛そうな麻婆うどんを見比べた風は

怪訝そうに眉をひそめながら自分のうどんを一口啜って口を開く

風「その痛そうなアレは天乃だから平気なんじゃないの?」

天乃「そんなこと無いわよ。ね?」

「どうでしょうか……男子は結構辛いって言ってましたが」

風「男子は基準にならないのよねぇ」

天乃「本当にそんなに辛くは無いと思うんだけど……」

味覚を超えて痛覚に達する辛味

それが濃すぎない事から天乃はそう推測するが

味覚がないせいなのかもしれないと

少しだけ考えてスプーンで一口分すくうと、風へと差し向ける

天乃「風お姉様。お口をあけてくださいな」

風「はっ!?」

天乃「何を驚いていますの? はしたないわ」

悪戯混じりの笑みと声……そして言葉

差し出される真っ赤なスープを掬い取ったスプーン

風はどうするべきかと天乃とメイドそれぞれに目を向けたが

天乃は当然、まんざらでもなさそうで

メイドはといえばなぜか少し羨ましそうで。

天乃「風お姉さま、零れてしまいそうです」

風「っ……」

口調を正すつもりはないだろう天乃の困った表情に

風は「あーもう!」と、少し控えめな声を上げてスプーンを躊躇なく咥え込む


風「っ……辛っ!? 痛っ……!」

舌を焼き、頬の裏を刺し貫いて、喉をただれさせていく

それほどの痛みを感じるような強い辛味が一瞬にして流れ込んできた風は、

周りの目を気にすることなく声を上げて席を立つ

テーブルを強く揺らす

「ふ、風お嬢様っ、今お水をお持ちいたします!」

足早にメイドが去っていく中、風はテーブルに手をついたまま俯いて

痛そうに舌を伸ばしては引っ込めてまた伸ばしてを繰り返す

風「ど、どこが辛くないって……っ!?」

天乃「そんなに辛いかしら……やっぱり味覚の問題?」

風が喘ぎ、出された水を一瞬で飲み下す前で、

天乃は顔色一つ変えることなくスープだけを何度も口に運んでは飲み下して

天乃「辛い物の経験の差かしら?」

風「はぁ……はぁっ……ん、そ、そう、なんじゃない?」

天乃「大丈夫?」

風「なんとか、落ち着いてきたから」

確かに感じる旨味はあったのだが

辛さゆえの痛みが先攻してしまっていた風は少し疲れたように自分の肉うどんを啜る

風「あー……体に沁みるぅ」

天乃「ふふっ、風にはやっぱりそう言う方が似合うわね」

麻婆うどんよりも甘味があって警戒せずに豪快に食べられる肉うどん

美味しそうに満足げに食べ進めていく風の姿を天乃はしばらく眺めてから

微笑ましそうに笑みを浮かべて、自分の分のうどんを少し抓んで……風へとまた目を向ける


天乃「ねぇ、風」

風「ん?」

天乃「私にもくれないの? あーんって」

風「っぶっ」

口に含んだうどんを吐き出しかけたが、寸前で堪えて飲み込むと

ふぅっと大きく息を吐いてからなぜか天乃からは眼を逸らしてしまう

風「急に何を言い出すかと思えば」

天乃「いいじゃない、せっかくなんだし」

風「何がせっかくなの?」

はっきり言わないと駄目なの? と

天乃はちょっぴり不服そうにむっとして言う

天乃「こうやって二人きりになる機会なんて滅多にないでしょう?」

風「そ、それは確かにそうだけど……何もこんな場所で」

友奈と同じ二学年のメイドたち

一般人から他クラスあるいは他学年の利用者達

周囲の目がある中での行為というのが風は少しばかり恥ずかしく思う

もっとも、それ以外の理由もあるのだが。

友人同士で大した意識もなく自然と行うのならば

そんな羞恥心に触れるようなこともないのかもしれないが、

恋人という関係が友人同士の自然な空気感というものを忘れさせてしまったのだろう


だが、天乃は違う

キスなどの恋人関係や特別な関係でないと行わないようなことに関してならば

外でするのにも少しの注意を払ったりするものの、食べ物のシェアや手を繋ぐこと、抱き着くこと

そう言った行為を行う際に周囲の目があるから恥ずかしいとは思わない

天乃「あなたは意識しすぎなのよ」

風「ぅ」

天乃「……えっち」

風「ふぐっ!」

風の羞恥心に秘められた考えを見透かしたように

天乃はちょっとばかり悪戯っぽく蔑んだ目を風に向けながら一言呟いて

わざとらしくキスをするように唇をすぼめながら一本のうどんをゆっくり、ちゅるりと……啜る

風「そ、そういう考え持たせるようにしたのは……そっちじゃない……っ」

そんな天乃の唇に事実目を奪われながら

風は異議ありと唸って抗議するが、天乃は小さく笑みを浮かべるばかりで

天乃「そうだったかしら」

風「そうよっ! 今回脚本を買って出たのだって天乃があんまりにも、その……ほら、なんというか、こう……」

天乃「なに?」

風「じ、焦らしてきた……から……なんというか、そ、想像力というか、妄想力というか……鍛えられたからだし」


風らしくないぼそりぼそりと聞き取りにくい小さな声

しかし、天乃は片方の耳しか聞こえないからこそ鋭敏に聞き取って、

そう言うことね。とほほ笑む

風「分かった? 天乃のせいだって」

天乃「うん……良く分かったわ。風がえっちな子だって」

風「専用トイレに連れ込んでやろうかしら」

天乃「やだ怖い」

人のことを茶化して満足そうに笑う

戦い抜き、今もなお苦しみの中にいる天乃の笑顔

文化祭だからこそ、悩みを一時的に頭の片隅へとしまい込んでくれていると分かってしまうから

決して、それを幸せそうだと、心の奥底から楽しんでくれているとは言えないけれど

風もまた「はいはい、どうせ思春期ですよー」と

冗談に乗っかりながら笑みを浮かべて、肉とうどんを箸でつまんでくるくると。

パスタのように絡みとって天乃へと差し向ける

風「あーん」

天乃「ありがと」

箸をぱくりと咥えて風の肉うどんを味わった天乃は、

ゴクリと飲み込んで

天乃「……これが初恋の味なのね」

風「な、なに言ってんのよ……まったく」

天乃は嬉しそうに感想を述べたが、風はといえばそれには触れることなく眼を逸らし、

気恥ずかしさを押し隠すようにうどんを食べ進めようとして……箸が止まる

ついさっき、天乃が口にした箸だ。

風「…………」

天乃「関節キスね」

風「止めてっ、今考えるの止めようとしたんだからっ!」

風が食べ終えるのには、少しばかり時間がかかってしまった


√10月06日目 夕(学校) ※土曜日

01~10 
11~20 体調 
21~30 
31~40

41~50 
51~60 
61~70 
71~80 体調 
81~90 
91~00 

↓1のコンマ 


※問題なければ勇者部合流


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


2割を引き当てる久遠さんの強運
開始地点は保健室

いえ、違いますね
失礼しました

通常通り開始地点は勇者部部室です

では少しだけ


√10月06日目 夕(学校) ※土曜日


風「お待たせー」

夕方、一日目の文化祭が終了して

学校中の生徒や教職員が一時的な後片付けに追われる中

天乃達は勇者部の部室へと集まった

明日の劇で使う大道具の一部はすでに体育館へと移送されており、

車椅子でも問題なく入ることが出来るようになっていて

風は天乃を机の傍に連れていくと

ふと疲れた息を吐いて、適当な椅子に座る

東郷「風先輩、息抜きは出来ましたか?」

風「出来たというか、逆に疲れたというべきか……」

夏凜「天乃にしても風にしても、保健室に行かなかったんだから大丈夫だったってことでしょ」

樹「お姉ちゃん大丈夫? 本当に?」

いつも通りというべきか

やや素っ気なく言う夏凜の一方で

樹や友奈は心配そうに風を見る

天乃ではなく自分を心配そうに見るのが気になったのだろう

風は訝し気に眉を顰めて――

樹「じ、実はね、お姉ちゃんがお化け屋敷で絶叫してたって話が回ってて」

風「えっ?」

天乃「凄い騒ぎだったものね」

風「えっ、いや……えっ。そんなの……出回るほどの事じゃなくない?」


夏凜「普通なら出回らないけど、幽霊役に肘打ちして逃げたってオプションがつけばそりゃ広まるわよ」

風「うぐっ」

あのお化け屋敷関係者が広めたのか、

謝っているところを目撃されたせいで広められてしまったのか

ただ確実なのは

風の致命的な弱点は恥ずかしい絶叫と行いと共に学年を越えて周知の事実になったということだ

沙織「教室の外にも別の階にも響いてた悲鳴だからね、仕方がないよ」

風「なぐさめになってなぁぃ!」

よしよしと頭を撫でる沙織に向かって

風はやや自棄になったように声を上げて蹲るが

沙織は「仕方がないって」と慰めようとする

天乃「友奈達はどこにいたの?」

友奈「私と千景さんと東郷さんは古典部で遊んでたんです。樹ちゃんと球子さんは漫研だったかな」

樹「球子さんが以前本をよく読むお友達がいたそうで……あとは外に」

沙織「あたしは占いの館とか……古典部で結城さん達と会ったね」

それぞれとても楽しめたのだろう

幸せそうな笑みで何をしていたのか、どこにいたのかを語る友奈達

その傍ら、夏凜は軽く体を伸ばすと天乃へと近づく

夏凜「あんたは楽しめたの?」

天乃「ええ、十分に楽しめたわ」


お化け屋敷で風の大絶叫、大騒ぎ

可愛らしい姿をたくさん見て、聞いて

メイド喫茶でもたくさん楽しんで

天乃「至福の時間だったわ」

夏凜「そ……なら良かった。あんたはそうしてれば、下手に体調を崩さずに済むってことなのかしらね」

天乃「どうかしら……もしかしたらそうかもしれないけど」

別に学校が嫌いなわけではない天乃は

学校の授業も楽しんで受けている

それでも体調を崩してしまうのだから

夏凜「……とにかく、せっかく学校を休んでまで整えたんだから楽しめたようでなにより」

天乃「そう言う夏凜は? 私が居なくて平気だった?」

夏凜「何言ってんのよ……私は別に、常にあんたが居なきゃ駄目ってわけではないわよ」

冗談だと一周するように苦笑しながら答えた夏凜は

天乃の頬にそうっと手を宛がう

天乃「夏凜……?」

どうかしたのかと戸惑う天乃の視線が宛がわれた手に動く

そして……唇と唇が触れる

天乃「っ」

東郷「夏凜ちゃんが抜け駆けを……っ」

夏凜「抜け駆けとかどうとか無いでしょ」

ほんの数秒程度で離れた夏凜は

東郷や友奈達には目もくれず

あっけらかんとした表情で苦笑して

夏凜「これでチャラにしておいてあげるわよ」

天乃「チャラって……え? 私は何も……」

そもそもキスをしても天乃に対する嫌がらせにはならない

ただのサプライズでしかない

いや……気分を高ぶらせるという意味では

非常に有効かもしれないが。


天乃「えっと……?」

樹「あ、あの……とりあえず明日のことで話さないんですか?」

東郷「それは夜でも出来るわ樹ちゃん、でも、夕方のキスは今しかできないのよ」

友奈「東郷さんは少し落ち着いた方が良いと思うなぁ」

風「はいはい」

ぱんぱんっと手を叩いた風は、

半ば呆れたように各自の注目を集めて「明日のことね」と切り出す

明日は文化祭2日目

その体育館を使う最後の時間に天乃達は劇を行う

セリフを覚えたくらいで

全く合わせることの出来なかった劇

練習などちっとも行えていない現状

そこに、風達は危機感を覚えていた

多少間違えたりしたとしても

お金を取って行うものではないし

素人による演劇なのだから許されるだろう

けれども、それでは成功とは言えないのだ


風「本当なら徹夜ででも練習したいところだけど、まずそれは無理よね」

天乃「……そう、ね」

天乃の体のこともそうだが

風達自身も徹夜明けでさらに徹夜をするような元気はないし

それをして結局翌日潰れたりなんだりしてしまっては意味がない

東郷「こほん……そこで、明日は多少なりとも練習をしようと思います」

せっかくの文化祭最終日

だが、そこを練習に費やそうというのだ

風「天乃はそれでいい? 文化祭を楽しむよりも練習するってことで」

天乃「友奈達は、賛成してるのね?」

友奈「はい……私達はまた来年もあるので……でも」

天乃「私達3年生にはないから……と」

とはいえ、風はもう賛成しているだろうし

沙織は天乃が決めた方にするだろう

なら、天乃がどうしたいか

それによって大きく変わってくるが……


1、練習する
2、練習しない

↓2


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


風「物語はまず、姫である天乃が魔王に攫われて嫁にさせられるところから始まるわ」

風「勇者は一人一人魔王の僕を倒していくけど」

風「なんと、それは姫が産まされた魔王との子供だったのよ……!」

風「幾多の戦いを乗り越えて魔王を倒し、姫を救い出したものの」

風「姫の体は魔王に犯されてすでに第二の魔王となりかけていると知った勇者は」

風「苦渋の決意を胸に、姫を討つ……!」

東郷「まるで官能物語ね!」

夏凜「ただの黒歴史の間違いでしょそれ」


では少しだけ


天乃「妥当な判断ね、練習しましょう」

勇者部で行う演劇

それを成功させる事こそ、この文化祭を一番楽しむ方法なのだ

天乃「文化祭は高校生でも出来るけれど……このメンバーで出来るのはこれが最初で最後だもの」

去年できたとしても樹や夏凜がいなかった

若葉達がいなかった

その前はさらに風や沙織以外のみんながいなかった

だから、これが最初で最後

天乃「みんなで劇を成功させて、最高の文化祭にしましょう」

沙織「そうだね。久遠さんが言うようにあたし達が讃州中学で集まれるのはこれが最後だからね」

学校がどうにかならない限り

天乃達が留年でもしない限り

皆での文化祭はこれが最後

笑っても泣いても終わりが来るのならば

最高の笑顔になれる終わりにしたいのだ

東郷「では決まりですね。本当ならここに宿泊したいところですが、文化祭開催中ですから、帰りましょう」

天乃「あら、今日はみんな帰ってくるのね」


夏凜「嬉しそうな顔しちゃって」

天乃「べっ、別に……」

夏凜「寂しかったんでしょ」

天乃「園子と歌野がいたから」

夏凜「はいはい」

天乃「もうっ、馬鹿にしてっ」

天乃が少しむっとした顔をしても

夏凜は気にせずに笑い声を溢しながら天乃の頭を頭を撫でる

寂しい思いをさせてしまったと夏凜は思う

だが、本当は夏凜自身も……だから、

夏凜もまたからかいながらも嬉しそうに笑みを浮かべる

友奈「夏凜ちゃんも寂しかったんだよね」

夏凜「あんたもでしょ、しょっちゅう天乃の名前出して」

樹「誰がとかじゃないですよ、みんなです」

樹は隙ありと言わんばかりに、

天乃の後ろから車椅子ごとぎゅっと抱きしめて

車椅子を動かす役目を担う


風「相変わらずね、まっ、半日貰ったあたしは気にしないけど」

東郷「私も車椅子が連結さえできればっ」

友奈「そのためにきかいこーがくっていう勉強してるの……?」

沙織「さぁさぁかえろーっ!」

丁度、送迎係である瞳から到着の連絡が来たのを確認してから

沙織が先導するように扉を開けて廊下へと出ていく

みんなが後を追って部室を出ていく中

天乃は風が戸締りをする寸前、夕日の差し込むどこか神秘的な部室へと振り返って、息をつく

天乃「……みんなでいられるのも」

若葉達とだけではない

友奈達とも、この学校に通うことが出来るのもあと少しだけ

そして天乃はその大半を

病院で過ごしてしまうことになる

夕暮れの部室を見てしまうと

それがより鮮明に明確に

確かな感覚となってしまうような気がして

天乃は眼を逸らして、息をついた

身体の調子は問題ない

明日も問題がなければいいけれど、と

窓から見える近くも遠い海を眺めた


√10月06日目 夜(病院) ※土曜日


01~10 
11~20 夏凜
21~30  樹
31~40 風

41~50 
51~60  東郷
61~70  若葉
71~80 友奈

81~90 
91~00  千景

↓1のコンマ 


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


東郷「夜、病院のベッド」

東郷「そして散々放置され要求不満になった少女」

東郷「何もしないわけがなく……」チラッ

夏凜「…………」

東郷「否定しない!?」

夏凜「そういうときもあるわ」


では少しだけ


√10月06日目 夜(病院) ※土曜日


世界が寝静まろうとし始める時間

ベッドが微かに軋み、歪んだのを体に感じて天乃は目を開く

天乃「……誰?」

夏凜「起こすつもりはなかったんだけど……」

天乃「起きなかったら何するつもりだったの?」

夜目に慣れていない天乃は

ぼんやりとした視界の中、目の前にいる夏凜に訝し気な目を向けながら

ほんの少しだけ体をずらしてスペースを作る

天乃「お腹が大きいからあれだけど、一緒に寝るならこっち来て」

夏凜「あんた、寝ぼけてたりすると慌てたりしないわよね……ほんと」

天乃「何の話……?」

朝や昼間などに不意を突くように迫ると慌てた反応をするのに

覚醒していない状態だと、天乃にはどこか手慣れている感があって

夏凜は思わず呆れたような苦笑を溢してそっと身を寄せる

気付かれたからと、自分のベッドに戻るつもりはないらしい

夏凜「あんた、今日はずっと調子良かったわよね」

天乃「ええ」

夏凜「昨日、園子と歌野しかいなかったのに」


表情は確認しにくいが、

夏凜の声はそれを強く意識しているのだと分かりやすいもので

天乃は段々と覚醒しつつある頭を休めようと一旦目を閉じて

天乃「それがどうかしたの?」

夏凜「どうかって、あんた。穢れと子供の件で多少やる必要があるってやつ……」

天乃「……………」

夏凜「もしかして、やらなくても平気になってきたんじゃないのかと、思って」

天乃「やっぱり、心配してたのね」

特に連絡もなく、あまり心配していないように思えてくるような素っ気なさ

皆がいるから誰がが何とかしているだろう

そう考えつつ、裏ではしっかりと気にしてくれていたこと

それが夏凜自身によってはっきりして、天乃は嬉しそうに笑みを浮かべて夏凜の頬に手を伸ばす

天乃「それに関しては相変わらず必要なままよ」

夏凜「それにしては、今日はやけに調子が良かったんじゃない?」

いつもだってしていないわけではない

だけれど、それでも天乃は昼時になると体調を崩してしまっていたのだ

それが、今日に限っては丸一日平気なままだった

だからこそ、夏凜は気になってしまう



天乃「それは……」

夏凜「園子に夜這いでもかけた?」

天乃「私のこの体で出来るはずないでしょ」

夏凜「なら、歌野……」

夏凜はそう言いかけたが、

あの歌野に出来るとは思えないんだけど……と

歌野が聞けば一言は反論を返しそうなことを呟いて、首を振る

天乃の体調が崩れなかった。ならそれでいいと夏凜が終わらせられないのは

別に、天乃が誰かと性的な行為を行った可能性があるからではない

その誰かに嫉妬も妬みも僻みも恨みもない

ただ、天乃が一日を無事に送ることのできる方法があるのならば

それがもしも、誰しもが行える何かであるのならば。

それをしっかりと把握して、役立てるようになりたいというだけで。

天乃「そのことなんだけど……」

とはいえ、天乃としては

九尾にされつくした淫らな行為は少々……口にしたくない思い出なのだが。


1、九尾とエッチなことしただけよ
2、大したことでは……無いのよ。別にね。いつも通りと変わらないわ

↓2


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


樹「ちょっと嫉妬してます……? 夏凜さん」

夏凜「多少はね」

東郷「夜這い……しても良いのよ? 夏凜ちゃん」

風「それは東郷の出していい許可じゃ――」

東郷「貞操帯の鍵はここにありますが」

友奈「それ東郷さんが使ってるものだよね」


では少しだけ


天乃「それなんだけどね……? 実は、九尾にして貰ったの」

夏凜「して貰ったって、アレ?」

天乃「そう、えっちなこと」

どうしても体と心が我慢できなかったし

そのせいで体調を崩しかけていたこともあって

どうしようもない措置だったと言えるだろう

天乃「ただね、九尾の行為がちょっと……激しかったのよ」

夏凜「激しいだけで良いなら、沙織か東郷にでも一任したらいいだけなんだけど」

天乃「私の体がもたないからそれはちょっと」

夏凜「でもそうじゃないと体調崩すんでしょ?」

天乃「それは……でも、東郷たちとするだけじゃまた体調崩す可能性があると思うの」

あれは九尾がしてくれたからこそで

きっとただ激しく淫らな行為をすればいいだけではないと天乃は思う

体から力が抜けていくような感覚は誰としても感じるが

その感覚が一際大きく

それがより心地よさを増していたのを覚えている

天乃「思い出したくないくらいに乱れちゃってたわ」

夏凜「それを園子と歌野は見せられてたわけね」


夜の暗さに慣れてきた瞳に映る夏凜は、

少し眉を顰めながら園子がいるであろう方向のカーテンを眺めたが

ふと息をつくと天乃へと視線を戻して、「園子も治ればね」と呟く

天乃「一応カーテンは閉めてたわよ。見られたくなかったし……声は……我慢したかった」

夏凜「出来なかったのね」

天乃「…………」

頬を染めた夏凜はふいっと顔を逸らして、誤魔化す

出来なかったものは、仕方がない

手で押さえたり、布団に噛みついたりとしてはみたが

九尾のすることはまるで直接穢れに触れているかのように力強くて

抜き出されていく心地よさには逆らえなかったのだ

夏凜「そこは流石九尾……ってところよね」

そもそも、

天乃の体が穢れによって淫らなことを求め、

淫らな事によって体の不調が和らぐ

そう言ったことを教えてくれたのが九尾だ

昔から存在しているという九尾という精霊は

やはり、そう言った点においては群を抜いているということだろう

夏凜「さすがに、私が手を出せる領域じゃぁないわね」

九尾と変わらない恩恵を天乃に与えることは出来そうもないと

夏凜はちょっぴり残念そうに本音を漏らした


天乃「聞きたい? 九尾がどんなやり方してきたのか」

夏凜「んな悪趣味なことは聞かないっての……大体……」

天乃「?」

夏凜「いや」

夏凜は一度口を閉ざして首を横に振ると一言呟いて

夏凜「明日も早いんだから、余計な話をしたりしない方が良いんじゃないの?」

天乃「起こした人が何を言うんだか」

明らかに言おうとしたのとは違うことを言った夏凜

そう分かってはいても

簡単な追及には本音を明かすことはないだろうと天乃は微笑んで見せて、

もう少しだけ、ベッドの隙間を広げていく

天乃「えっちなことは出来ないけど、一緒に寝るくらいなら出来るわよ?」

風はともかく、夏凜は意外と寝相が悪くない

それは友奈や東郷も同じで、樹は残念ながら風と同じ

風や樹は犬吠埼家として逃れられないものなのかもしれないと

天乃は小さく笑みを浮かべて夏凜へと目を向ける

天乃「どうする? 一緒に寝る?」

夏凜「なによ、えらく強気じゃない」

天乃「そんなことないわよ」

むっとした表情こそ見せないが、

語気の強まった夏凜を横目に、天乃空けた空間をそのままにして身体を横へと向ける


天乃「別にエッチなことしようって誘ってるわけじゃないのよ?」

天乃が自分からそんな誘いをしてきたとしたら、

それこそなにを強気になっているのかと聞きたくなることだが、

そうではなく、ただ一緒に寝るのかどうかをたずねているだけなのだ

そこに強気も弱気も無い……無防備ではあるのだが。

夏凜「そんなこと分かってるわよ、私はただ――」

天乃「なんだって余裕が無いときにとか言われても困るわ」

夏凜「…………」

天乃「みんなが忙しいときに力担当みたいな夏凜貸して欲しいとかなかなか言い出せないに決まってるでしょ」

自虐的な意味合いを含めてため息をついた天乃は

ましてこの私なんだからそのくらいわかって欲しいわ。と

自分の事でありながらどこか自信に満ちた声色でつぶやいて、苦笑いを浮かべて見せる

天乃「歌野たちが着てくれたんだから、夏凜だって行く意思さえあれば来ることが出来たはずじゃない」

夏凜「それは……」

風たちならほぼ確実に……というよりも確実に

嫌味な笑みを浮かべながらも「どうぞどうぞごゆるりと」とでも茶化しながら送り出してくれた事だろう

天乃「でも、夏凜はしてくれなかったんでしょ?」

夏凜「してくれなかったんでしょ? って……それは反論できないけど」


夏凜「だったらあんただって指名したらよかったでしょ。今日だってわざわざ休んでる風なんか連れ出して」

天乃「そこは別に挑発するような意味は無かったわよ。ただ純粋にねぎらうべきだと思って」

夏凜「それでお化け屋敷つれていったんなら相当鬼だわ」

天乃「それで勘違いして嫉妬してみんなの前でキスするくらいならもっと早く発散しに着たらよかったじゃない」

天乃はそういうと夏凜のことをにらむように見つめて、

半人分くらいのスペースはあるベッドの空白をたたいて夏凜にぐっと近づく

天乃「夏凜はいつもそうなんだから。みんなが。みんながって。なんなのよ、わがままになれとか人にあれだけ迫っておいてどうなのよ」

夏凜「自分の事棚に上げて言うか」

天乃「今はわがまま言ってるもん」

ふんっ。と全く持って気迫の感じない唸り声を漏らして

天乃「今棚に上げてるのはどこの誰なんだか」

夏凜「私だけどなによ、文句あんの。散々迫ってきてたこっちの気持ち少しでも理解できたんじゃないの?」

天乃「なんでそんな勝ち誇った言い方――」

風「あの、お二人さん、痴話喧嘩ならよそでやってくれませんかね」

カーテンの隙間から顔を差し込んだ風は、

呆れ果てた声で割って入ると、天乃と夏凜を交互に見渡して

深々とため息をつく


風「別に好きなだけ痴話喧嘩はしていいのよ。あんた達そういうこと滅多にしないし」

もちろん、仲がいいというか

ほぼ完全に分かり合っているような関係性だから良いのかもしれないが

少しはしてくれるといいと風は言う

風「ただ、時と場合を考えて。お願い。明日文化祭、朝早い、寝たい、疲れてる。OK?」

天乃「……ごめんなさい」

夏凜「痴話喧嘩ではないけど、悪かったわ。静かにする」

分かってくれたなら良し。と

満足げに言った風が引いて行ったのを見送って。

天乃「…………」

夏凜「…………」

乱された空気感に耐え切れず黙り込んで見つめ合った二人

天乃がとりあえず。とベッドの空いた空間を叩いて布団をめくると

夏凜が少し遠慮がちにその空間を埋める

夏凜「痴話喧嘩は、してないわよ」

天乃「してないわよ、忠告しただけ。夏凜が意地っ張りだから」

夏凜「はぁ……そう言うことにしておいてあげる」

天乃「なにその仕方がないけど。みたいな……たまには東郷たちみたいにぐいぐい来て欲しいって私は」

夏凜「私まで迫ったらあんたが休めなくなるでしょうが」

天乃「……べつに、モヤモヤするくらいなら休めない方が良いし」

夏凜「…………」

いじらしく俯きがちに答えた天乃を見つめていた夏凜は

何かを言おうと口を開いたが、悩ましそうに首を振って

夏凜「そうならそうと……せめて袖の端でも引っ張ってくれれば夜這いでも何でもするわよ」

天乃「…………」

夏凜「だからって今引くな。明日もあるんだから今日は寝るわよ……一緒に」

二つの熱は一つの温もりとなって、ゆっくりと夜は更けていく


1日のまとめ

・   乃木園子:交流有(賑やかな病室)
・   犬吠埼風:交流有(お化け屋敷、メイド喫茶)
・   犬吠埼樹:交流有(文化祭)
・   結城友奈:交流有(文化祭)
・   東郷美森:交流有(文化祭)
・   三好夏凜:交流有(ただの痴話喧嘩)
・   乃木若葉:交流有(文化祭)
・   土居球子:交流有(文化祭)
・   白鳥歌野:交流有(文化祭)
・   藤森水都:交流有(文化祭)
・    郡千景:交流有(文化祭)
・  伊集院沙織:交流有(文化祭)

・     九尾:交流無()
・     神樹:交流無()


10月06日目 終了時点

乃木園子との絆  67(高い)
犬吠埼風との絆  96(かなり高い)
犬吠埼樹との絆  82(とても高い)

結城友奈との絆  102(かなり高い)
東郷美森との絆  112(かなり高い)
三好夏凜との絆  132(最高値)
乃木若葉との絆  93(かなり高い)

土居球子との絆  40(中々良い)
白鳥歌野との絆  42(中々良い)
藤森水都との絆  34(中々良い)
 郡千景との絆  40(中々良い)
  沙織との絆  114(かなり高い)
  九尾との絆  62(高い)
  神樹との絆   9(低い)


√10月07日目 朝(病院) ※日曜日

01~10 体調
11~20 友奈
21~30 
31~40 若葉
41~50 夏凜
51~60 
61~70 沙織

71~80 
81~90 
91~00 体調


↓1のコンマ 


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から
これは何もしなかった三好さんのせい


沙織「平和だねぇ」

園子「可愛いよねぇ」

東郷「夫婦喧嘩は犬も食わないと言いますが」

東郷「今回ばかりは流石に犬も喰らいましたね」

風「なに東郷、もしかして喧嘩売ってる?」


では少しだけ


√10月07日目 朝(病院) ※日曜日


夏凜「状態は……?」

「良くあるつわりの症状です……が、それでも比較的重度の兆候が見られます」

朝早い時間から吐き気を訴え、

検査が始まっても、検査中でも何度も嘔吐してしまっており

落ち着いたかと思えばむせて、口から溢れるように吐き出す

それが朝からずっとだ

夏凜「劇は……」

風「そんなこと今の天乃が出来るわけないでしょ」

夏凜「演劇とか、出来るようにはできないの?」

風「夏凜!」

「今の状況ですと運よく改善されても数時間での快復は……それにたとえ改善されても言葉を発することすら難しいでしょう」

厳しいことを言うことにはなりますが。と

夏凜達の表情を見てか、医師自身も辛そうに言葉を絞り出す

「はっきりと、言ってしまうのなら……彼女が言うように不可能ですね」

夏凜「おかしいでしょ……おかしいでしょ、そんなの……!」

東郷「夏凜ちゃん……」

夏凜「天乃は、楽しみにしてて、絶対成功させるんだって、みんなで最後だろうからって、本当に……っ」


昨日の夜だって何も問題がなさそうに見えた

昨日の丸一日をとても楽しそうに過ごして、

つわりの症状など、身体の辛さなど全く感じさせないような様子だった

それが、一番大切な日に……何も出来なくなるような重い症状があらわれて

夏凜「あんた医者なんでしょ……なんとか、なんとか出来る方法探――」

沙織「三好さん!」

手加減のない力強い平手が夏凜の頬を打ち、

平手の主である沙織は悲し気な怒りを携えながら声を張り上げて

夏凜を打って震える手を自分で握る

沙織「この人を責めたってどうにもならないよ……三好さんが怒ったって何にもならないよ」

夏凜「そんなこと分かってるわよ。でも……天乃は泣くことも、何にもできないのよ!」

夏凜だけが、見てしまった

夏凜だけが、聞いてしまった

体調を崩して、苦しそうだと、辛そうだと

そんなことを言うことすら烏滸がましいような酷い状態になってしまった天乃が

検査と治療のために運ばれていく中で

たった一言「ごめんね」と、笑みを浮かべたのを。

だからどうしても、我慢ならなかった


東郷「みんなで何か出来る事、戦いなんかじゃなくて、こういう平和な行事で出来る事。久遠先輩がどれだけ、切望していたか」

そこに自分を含めずに考えている時期も確かにあった

だが、やがてその考えを改めて、天乃は自分も含めたみんなでのそう言った世界を望むようになった

そのためにどれだけの苦しみを味わい、悲しみに包まれてきたか。

決して想像に易いものなどではないと東郷は首を振る

東郷「それが、ここにきて……その悲しさは例えであろうと代弁したくはないわ」

若葉「……どうする? 風」

風「どうするって……」

樹「久遠先輩がいないまま、やる?」

風「……っ」

どうするべきか否か

演劇をやるならば変更点も大きく出てくる

しかし、やらないのであれば楽しみにしてくれているみんなに、

会場である体育館その設備の準備係

沢山の人を困らせ失望させることだろう

けれど、果たしてこんな状況で成功させられるのだろうか

勇者部部長というもの以上の責任を感じる風は

硬く、唇を噛み締めて――

友奈「……やりましょう、風先輩」

黙り込んでいた友奈が、口を開いた


夏凜「友奈、何言ってるか分かってんの?」

友奈「分かってるよ……分かってる」

夏凜「分かってるならなんで……」

友奈「久遠先輩が楽しみにしてたからだよ!」

夏凜「!」

友奈は悲しみを抱えたまま声高に叫ぶように夏凜へと言い放つ

力のこもった体は今にも襲い掛かりそうなほどで

想いの込められた言葉が、夏凜にぶつかっていく

友奈「成功させたいってそう言ってたから……」

だから。と

友奈は泣き出してしまいそうに震えた声で、続ける

友奈「私達は止めるべきじゃない……例え久遠先輩が出られなくても……みんなで、笑顔で、劇は大成功でしたって……久遠先輩に報告するべきなんだって私は思います」

歌野「結城さんの言う通りね。やりませんでした。なんてリポート。それこそ久遠さんは傷つくと思うし、レッツプレイあるのみ」

夏凜「…………」

樹「やりましょう、夏凜さん」

夏凜のつよく握りしめられた手を握りながら持ち上げて

夏凜が自分へと目を向けてくれたのを感じると、樹はまっすぐ見返す

樹「夏凜さんが一番良く分かってるはずです。ここで私達が引いた時、久遠先輩がどんな気持ちになるのか」

天乃はここでやらなかったら、きっと自分のせいだと強い自責の念に駆られることだろう

どれだけこっちが決めたことだからといっても

そうしなければいけなかったのは、自分の不調のせいだから。と

夏凜「……どうせ、成功させたってあいつは迷惑かけてごめんねって、言うわよ」


激昂していた夏凜はその荒々しい雰囲気を段々と落ち着けて行き

震えるほど強く握られていた手は収まって力が抜ける

夏凜「そっちの方が、100倍マシか……」

沙織「怒っていたってどうにもならない。あたし達が出来ることをやらなきゃ」

若葉「夏凜はここに残した方が良い……と、思ったが」

千景「それは逆効果よ。乃木さん」

若葉「分かっているさ」

誰か一人

心配だからと残しても天乃は気負ってしまう

はっきりいって自己犠牲精神の塊過ぎるところがあるのだ

球子「これで本当に失敗出来なくなったな」

夏凜「別にいいでしょ。元々失敗するつもりなんかなかったんだから」

風「中止にするべきとか喚いてたくせに~」

夏凜「うっさい! あいつがいないならやる意味ないって思っただけよ」

そう怒鳴った夏凜に、

風は茶化すように笑いながらそうっと身をよせて、

触れるか触れないかの距離を保って苦笑する

風「でも、それだけ天乃のことを想ってるってことでしょ……だったら、昨日の夜みたいなことしないでちゃんと我儘言いなさい」

夏凜「っ」

夏凜が反応するよりも早く言い逃げしようと風は足早に去って行って

残された病室、おとなしくしていた園子へと夏凜が目を向けると

園子はゆったりとした笑みを浮かべて

園子「天さんの傍には私がいるから」

夏凜「……行ってくるわ」

園子「頑張ってね」

穏やかに、見送った



01~10 
11~20 九尾

21~30 
31~40 
41~50 九尾

51~60 
61~70 
71~80 体調

81~90 
91~00 

↓1のコンマ 

※空白 通常


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


東郷「………」カチャカチャ

風「……東郷何してんの?」

東郷「久遠先輩の不調が穢れのせいなら」

東郷「神である神樹様の枝の一本でも煎じて飲めばよくなるかと思いまして」

東郷「とりあえず壁に穴でもあけようかと」

夏凜「私が提案したのよ」

風「ツッコミの夏凜ちゃんがボケた!?」

では少しだけ


√10月07日目 朝(病院) ※日曜日


天乃「ぅ……っ!?」

耐え切れずに何度も何度も吐き続けて

喉が焼けるような痛みにもがき苦しんで

ようやく嘔吐が収まって息を吸えば

取り込んだ酸素を押し返すように強い吐き気が再び訪れる

天乃「げほっ、けほっ……ぅぇっぁあ゛っ」

むせたり咳込んだりしたが最後

喉の強い痛みと止まらない吐き気、嘔吐に呼吸が乱さされたままの苦しい時間が延々と続くのだ

それが収まっても、油断をしたり急いだり

咳込めばまだぶり返す恐怖と緊張感に気が休まることはない

朝から疲弊しきって、でも、眠れない

内容物を出し切って胃液まで使い切った体の内側はボロボロで

空気が入り込むだけで喉はピリピリとした痛みを発する

声は当然出すことはままならないし

視界はぼやけ、涙に歪み全く見えない

今日は文化祭最終日

一番快調で一番参加しなければいけなかった日

それなのに

自分はここで何をしているのだろうかと、怒りさえこみあげて来てしまう


天乃「っ……ぁ」

体を起こそうとして伸ばした手は近くに立っていた点滴用のスタンドに触れてなぎ倒し、

タオルを用意しに行っていた看護師は、響いた騒音に驚き慌てて病室へと駆け込む

出かけるなんて不可能だ

文化祭で劇を行うなんて不可能だ

それ以前に声が出せない

それよりももっと、根本的に呼吸さえ今は上手く出来ないのだから

「駄目ですよ……安静にしててください!」

天乃「ぃ……」

「駄目です、無理です……っ、声すら出せていないんですよ!」

抑えても体を起こそうとする天乃を必死に抑えながら、

看護師の女性は影響がないように気を配りながら抑える手に力を込めていく

無理矢理押し倒せば体が変に圧迫されてより体調を崩してしまいそうだからだ

「ここで無理をしたらお腹の中の子供にまで悪影響が出てしまいますよ」

天乃「っ……ぅ」

そんなことまで言われて無理をするわけにはいかなくて

天乃は看護師の力に抗うのを止めて、ベッドへと横になる


「皆さまは学校に向かわれました。劇に関しては久遠さん抜きに行うと伺っています」

勇者部から聞かされたことを伝えながら、

新しく用意したタオル等で天乃の汚れた口元を拭うと

吐き溜められた袋を一瞥して心配そうに顔を顰める

「血が混じってますね……出来る限り吐かないよう絶対安静にしていてください」

袋の口をしっかりと閉じて二重三重に包み、

改めて袋に入れ終えてから新しい袋を用意する

血まで出てきているということは

喉まで完全にやられてしまったということだ

それでもなお吐き気に耐え切れず何度も嘔吐してしまった場合

更に症状が悪化してしまう可能性があるからだ

天乃「ぁ……たし……」

「無理です。文化祭への気持ちは分かりますが――」

天乃「何がわかっ……っ! ぅ゛……ぅっ……うぅ」

「……簡単に言ってごめんね? でもどうか安静にしていて」

さかのぼる吐き気に顔をゆがめた天乃を優しく介抱しながら

看護師は悲し気に息をつく


通常の妊娠とは全く違う特殊な状態の妊婦で

体調も胎児の成長も不安定

検査の回数は普通ではありえないほどに何度も行い

対応も厳戒態勢といった特殊すぎる状況だが、

当の本人たちはそれを除けばいたって普通の学生だった

文化祭を楽しみにしていて、頑張っていて

体調不良が続いているからと警戒してわざわざ文化祭までに学校を休んだりして。

明日は自分たちの出し物があるからと張り切っていた……それで、こんなことになって。

分かるだなんて発言は軽率だったと看護師は後悔する

常套句だったとはいえ、場面的に使うべきではなかったと。

天乃は3年生だ。

あの中学生の面々との文化祭はどうあがこうともこれが最後

だからこそ絶対に参加したかっただろうし、

出し物を成功させたかったはずなのだ

「神樹様……どうか、お恵みを……」

絶え間なく押し寄せてくる吐き気にもがき、

冬の近い寒々しい季節でありながら汗を流し続ける天乃の体や額を拭いながら

看護師の女性は何度もつぶやく

沢山の後輩や同級生に慕われている姿を知っているから

だから、思う

こんなに苦しまなければいけないような子ではないはずだから。と

大切な場面で足を挫かれてしまうような子ではないはずだから。と

みんなでの最後の文化祭

そんな些細で普遍的な当たり前の楽しみを奪われていいはずがないのだから。と

「……救ってあげてください、神樹様」

しかし。

そのような祈りなど、弱ってしまっている神樹様の加護など

今の天乃を癒せる力は全くといっていいほどに……無かった


√10月07日目 昼(病院) ※日曜日

01~10 
11~20 九尾

21~30 
31~40 
41~50 若葉

51~60 
61~70 
71~80 九尾

81~90 
91~00 九尾

↓1のコンマ 




ではここまでとさせていただきます
明日もできれば昼頃から


九尾交流


では少しずつ


√10月07日目 昼(病院) ※日曜日


昼になっても押し寄せる吐き気は収まることを知らず、

気を抜けばすぐにでも嘔吐に繋がる不安は残り

吐き続けて疲弊し、瞼が重くなりつつあってなお

天乃は一瞬さえも眠ることは出来ずにいた

天乃「……………」

それでいて、何も出来ない

体を動かす事はもちろん、

話すことや本を読むこと、テレビを見ること……何一つ

本来文化祭に参加している時間を空っぽにした吐き気による永遠にも思えそうな拘束感に

抗うことも振り切ることも出来なかった自分に

なぜだかとても苛立ってしまう

だが、その怒りさえも

発散させようとひとたび体を動かせば長時間にも及ぶ嘔吐をつづけることになる

九尾「安静にしておけ。今の主様には何も出来ぬ」

天乃「…………」

不快感と嫌悪感のみが溢れかえる中

ふいに姿を見せた九尾は女性の姿ではあるが

臀部から生やした九尾の尾の一つで天乃を優しく包み、汗に濡れた頬を細い手で拭う


天乃「ぅ……」

頬に触れる手を握る天乃の手の力はとても弱弱しいものだった

衰弱してしまっているのもそうだが

余計な所に力を入れた瞬間にまた体調を大きく崩してしまいそうな不安があるからだろう

呼吸することだけに意識を集中しながら

救いを求める視線を向けてくる天乃を見つめて

九尾は冷静さを感じる表情をわずかに曇らせた

九尾「妾にどうにかできる状況ではない」

天乃「…………」

九尾「理由かや……? 至極単純な答えじゃが」

九尾は握るというよりは触れて来るだけの天乃の手を優しく握って

聞くまでもないことだと前置きをしながら、天乃のことを一目見て息を吐く

普段の発作とは全く違い、

今までに経験したことが無いほどに辛く苦しいつわりの症状だが

九尾からしてみれば、それはいつ来てもおかしくないものだったし

不思議なことではなかった

九尾「主様は双子を身籠っておるがゆえに、そもそもの負担は一般のそれとは違う」

それに加えてこれが初めての妊娠であり、まだ15歳の体なのだ

成長期を迎えて体が作り替えられているとはいっても

当然のことながら適応しきれているわけがない


にも拘らず、穢れと神聖な力を受け継ぐことによって

妊娠における周期は滅茶苦茶になってしまった

不安定な状況に陥った体は何とか適応するために

天乃を発情させることで穢れの発散を促したりとしていたが

それでも間に合わずに体調不良を起こしてしまっていたのがここ数日の事

九尾「要約するとな。主様の体は受け入れることを選んだのじゃ」

妊娠による症状は少しずつ流出させても次から次へと蓄積されていく

それならば一度溜まった症状を放出してから

体が回復していくのに合わせて適応力を底上げする方が

苦しみは長引かないし体への影響も少ないと勝手に決めつけてその処理を行った

いや、今現在行っている最中なのだ

九尾「そこで妾の力が割り込んでしまうと、さらに乱れることになる……下手は打てぬのじゃ」

天乃「…………」

体の中のものすべてを使い果たし、適応させていく

母乳の件で胸が大きくなってしまうのもその一端だ

もっとも、天乃の場合は延々と流れる力がかかわってくるため

元のサイズに戻るのかどうかは怪しいところだが。


天乃「…………」

九尾「今日は、諦めるんじゃな」

ずっと見てきた九尾としては

天乃を文化祭に参加させてあげたいと思わないことはないが

こればかりはどうしようもないことなのだ

不運だった。という他ない

九尾「これを乗り越えれば、安定期に入るじゃろう……」

声をかけながら天乃の目元をそうっと拭う

皆に心配をかけて、迷惑をかけて

何かしたくても何もできない

けれど眠ることは出来なくて、憔悴しきった体の重みをただただ感じるだけ

そんな天乃の傍に寄り添って、九尾は静かに目を瞑る

九尾「しばしの辛抱じゃ」

天乃「ゅ……」

九尾「無理に話さなくてよい。吐かぬことだけを考えておれ」


√10月07日目 昼(病院) ※日曜日


01~10 若葉

11~20 
21~30 
31~40 九尾

41~50 
51~60  ……
61~70  大赦
71~80 
81~90  晴海
91~00 

↓1のコンマ 





若葉「……そうか」

九尾「お主達も主様抜きでやると決めたのじゃろう? 予定は変わらぬ」

若葉「それはそうだが……」

昼頃になってどこからともなく姿を現した若葉は、

九尾から天乃の状況を聞くと

悲し気にまゆをひそめて、天乃へと目を向ける

予定は変わらないとは言うが

もしかしたら。という希望は持っていたからだ

若葉「数時間たってなお、話すのも無理か」

天乃「……ぇ……ね……」

若葉「いや、気にするな。ゆっくり休んでくれ」

罪悪感に満ちた天乃の表情

自分の言葉が失言だったと悔いながら

天乃へと声をかけ、そっと天乃の頬に触れる

汗ばんでいて火照った体は

熱を出しているようだと、若葉は思う

若葉「本当に大丈夫なのか?」

九尾「問題ないと言っておろう……それより、おぬしたちの劇は問題ないのかや?」


若葉「ああ、何とか問題は無くなった」

天乃が出てくる場面の全てを削り取り、

つぎはぎにしてもストーリーは滅茶苦茶になってしまう

それゆえに、天乃に関係なく場面を削減し

脈絡ない展開にならないように再構築したのだ

最初に予定していた劇と比べればやや面白みに欠けるかもしれないと風は言っていたが

そのおかげで大雑把な練習とはいえ

だいぶ出来ているのだから、ある意味では良かったのかもしれない

そもそも、それ以外に方法はなかったのだから仕方がないだろう

若葉「天乃の子供が無事に生まれてくるためのものだと知れば、夏凜も安心する」

天乃「……ぅ?」

若葉「声は聞こえなかったか? 朝は一番慌てていてな……中々見れない姿だったぞ」

大変な事だったとしても

過ぎたことだからと若葉は冗談めかした笑みを浮かべながら

学校でも意気込みすぎていて不安だったからな。と

天乃に寄り添いながら学校での様子を語る

若葉「まぁ、それも夏凜に限った話ではないのだがな」


若葉「友奈達も成功させようと張り切っていて……いや」

張り切り過ぎていてむしろ心配にさえなったな。と

若葉は苦笑して天乃へと目を向けたが

天乃の目が「気遣わないで」と言っているようなきがして思わず眼を逸らす

精霊だから自由に行き来することが出来る

だからこそ任命されたこの場

不安にさせないように

罪の意識を感じさせないように

そう気負ってなかったと言えば、嘘になる

だが……

若葉「すまない……天乃がこんな状況に陥っていてあれだが、私も安心したんだ」

天乃の体調不良は何か大きな問題があるものではなく

子供を無事に産むための仕方ないことで

ここからなにか悪いことが起きるのではないと九尾から聞かされて

安心してしまったから、少しでも楽しむ余裕が出て来てしまったのだろう

若葉「……少しだけ、日常というものを味わえて嬉しいと思った」

友人の為に全力でなにかを成功させようとする

命がけではなく、そう言ったことをするのは

とても学生らしいと、日常らしいと若葉は思ったのだ

若葉「だから、すまないな」

そう言った若葉は、笑みを浮かべていた


1、手を握る
2、首を振ろうとする
3、笑みを浮かべる
4、睨む

↓2


天乃「…………」

若葉「そう睨まなくてもいいだろう……?」

天乃の睨むような視線に、

若葉は困ったように呟いて顔を逸らす

しかし肌に触れる手は天乃から離れずに

九尾がしていたように天乃の手を握っていて

若葉「気が抜けたんだ」

今日に限って体調を崩すことになって始末たのは不運だとは思うし

若葉自身、出来るならそれは翌日以降になって欲しかったとも思う

若葉「私だって、天乃と一緒にやりたかった。だが、子供の為なら仕方ないだろう?」

天乃「っ……」

若葉「だから体調が戻ったら、みんなでなにかしよう。今月は……確かハロウィンがあったな」

かつて聞いたことを想い出して

若葉は何をしようかと考えて苦笑する

若葉「そのためにも、今日は……ゆっくり休んでくれ。劇は必ず成功させるからな」

安心してくれ

そう言った若葉は天乃の頬に優しく触れると、そっと離れていった


√10月07日目 夕(病院) ※日曜日


01~10 
11~20  晴海
21~30 
31~40 
41~50 
51~60  大赦
61~70 
71~80 
81~90 
91~00  ……

↓1のコンマ 

※何もない場合は勇者部


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


東郷「母乳は乳頭から出ます」

東郷「久遠先輩は妊娠したことで力が胸に流れている」

東郷「そして母乳にも力が宿るということになります」

東郷「……もしかして、力がある限り半永久的に母乳が出る体になるのでは?」

九尾「それはそうじゃが……自力でその答えに至るとは思わなかったぞ」




では少しだけ


「まだ、しておるか」

「これが最期の私の役目なのよ」

「無茶をする……ただでさえ短い命がさらに短くなるぞ」

「良いわよ別に。それで未来が守られるのなら」

2人の女性の内、背の低いまだ若い少女は苦笑しながら抱く我が子を撫でて

奉納された刀へと目を向ける

満足げな表情、満たされた表情を見せられては女性も何も言えなかったのだろう

少し開いていた口を閉ざして呆れたように首を振る

「いつか、人は外の世界に出なければいけない時が来るわ。そのために必要な事よ」

「別に、ここでしなければいけない事ではないと思うが」

「私以外の誰かに出来ると思う?」

自慢げに

しかし、どこか自嘲の混じったはかなげな笑みを浮かべる少女に、

女性は不快感を露にしたにらみを利かせて、ため息をつく

「犠牲を増やせば出来る事は出来るじゃろうな……もっとも、それでは主様の考えている結果には至らぬやもしれぬが」

「今の神樹の力を使い尽くせば出来ないこともないと思うけどね……それでは結局再侵攻されて終わるわ」

しかし、神樹が自らを犠牲にして力を使い尽くすような行為はしないだろうし、

何かきっかけが必要なのだと、少女は零す


バーテックス、天の神

それに対してもそうだが、人類を守護しているという神の集合体である神樹に対しても

人類はなにかを示さなければいけないはずだ。と

「それにはきっと長い時間がかかると思うのよ……だからその時には神樹の力は衰えていて解放しきる力が足りない可能性もあるから」

「だから主様が命を賭す。と? 浪費されていく結界ではなく、愚かな人類、愛すべき我が子に託すと?」

笑みを浮かべながら語る少女に対し、

女性はその選択を受け入れがたいと言いたそうに顔を顰めながら問いかけるが

少女は表情を変えることなく頷く

「私は結局、うわべだけの付き合いで終わってしまった。千景にも、杏にも、友奈にも、球子にも、若葉にも、ひなたに対しても」

そして、その結果が救いようのない結果だったのだと零す。

大崩壊が起きて以降、裏切られ続けた人生だった

憎まれ、恨まれ、呪われ続けた人生だった

人を信じるなど、愛するなど、心の底から出来るような状態ではなかった

だから仕方がなかったのかもしれない

しかし、少女は「でもね」と呟く

「誰か一人でも信じてあげられたら、愛してあげられたら、きっと結果は違っていたんだと思うの」

「想い一つで変わることなどあるとは思えぬが」

「あるわ。きっとある。だって……失ってしまってからこんなにも強い後悔をしてしまうんだもの」


失いたくないという想いは、誰かに対して抱く信頼は

何よりも強い力になるはずなのよ。と、少女は笑みを浮かべる

「誰かを想う気持ちこそ、この世界を救う一つのカギになってくれるはずだから」

「くだらない妄想じゃな。根拠がまるでない」

「でも、貴女は人間の愛を利用する妖狐だったはずでしょう?」

挑発するように問いかけた少女は、

不機嫌に眉を顰めた女性を真っ直ぐ見つめながらクスリと笑う

完全な、嘲笑。

「それとも、貴女の立派な伝承は人間の心を知らない哀れな妖怪の物語だったのかしら」

「言うではないか……小娘」

女性は瞬く間もなく姿を大きな九本の尾を持つ妖狐へと姿を変化させたが、

少女は全く驚いた様子も見せずに呆れたため息をつくだけで。

牙をむいて唸る妖狐など全く恐れてはいなかった

「貴女はこれからも私の血と共にいてくれるのでしょう?」

「……そう言う契約じゃからな」

「なら、私の血を引く私の子供を愛してみて頂戴」

「主様の子をか……? 意味があるのかや?」

「子供たちはきっと苦しむ。そして、苦しみながら私の呪いによってその命は儚く散っていくでしょうね……」


「それを知りながら愛せと?」

妖狐の怪訝な表情に対し、少女はにこやかな笑みを浮かべながら頷く

それは悪戯を考え付いた子供のような純粋さがある

けれど、子供にはない根付いた闇を感じるものだった

「貴女は愛したものが散っていく虚しさを知ることになるでしょうね……けれどきっと、貴女はその愛によって小さな灯が見せる輝きに心を奪われる」

「……くだらぬな。他を愛することを捨てたお主がそれを口にするか」

「愛した時期、愛を捨てた時期。どちらにも踏み込んだ愚か者だからこその言葉よ」

少女はそう言うと、切なげな笑みを浮かべて妖狐を見つめる

「とにかく、見守ってあげて欲しいの……そして、私が遺した力の使い方を教えてあげて」

「その程度ならばよいが、愛するか否かは約束せぬぞ」

「貴女はそう言って、結局対応してくれるから助かるわ」

少女は妖狐のことなど分かり切っているとでも言いたげに

自信に満ちた笑みを浮かべる

それは今は天乃の精霊である九尾と、先祖である陽乃の話

いや、天乃にも与えた久遠陽乃と九尾の記憶の一つ。


天乃「ぅ……」

九尾「…………」

そんな遥か昔のことを想い出しながら、

魘されたように呻く天乃の口元からこぼれ出る濁った液体を拭い

九尾は不安げに眉を顰めて天乃へと覆いかぶさっていく

九尾「主様の体はいつになく脆い……触れれば砕けてしまいそうなほどに」

人間の一生は儚く脆く小さなものであると

九尾は長年の記憶から分かり切っている

その一つ一つに愛情を注ぐなど、心を痛めるなど無意味であるとも分かっている

だが、それでも。

産まれ落ちたときから寄り添い、互いを認識しあってきた相手というものは

どうしても、気にかけてしまうものなのだと……九尾は諦めたように笑って。

九尾「悪質な契約を交わすとは……妾も愚かじゃのう……」

この場にいることになった最も大きな原因

その契約者である久遠陽乃へと、恨み言のように呟いた


√10月07日目 夕(病院) ※日曜日


01~10 
11~20  少し回復
21~30 
31~40 
41~50 
51~60  晴海
61~70 
71~80 
81~90  大赦
91~00 

↓1のコンマ 

※何もない場合は勇者部


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


通常通り勇者部帰宅
久遠さんは身動きできず


では少しだけ


√10月07日目 夕(病院) ※日曜日


夏凜「文化祭、終わったわよ」

天乃「ぅ……」

夏凜「一応、無事に終わったし……劇もちゃんと成功させたから安心して休んでなさい」

天乃の体調不良が子供を無事に産むためのものであると納得したからか

朝のような感情的な部分は嘘のように穏やかに話す

天乃が横になっているベッドに寄り添うように座り

優しく握れば握り返してくる弱弱しい力に笑みを浮かべる

夏凜「明日には体調戻るの?」

風「んー聞いた話ここまでの重さだと何日かはかかるんじゃないかって」

友奈「その間ずっと気持ち悪いままなのかな……」

東郷「お医者様は多少話せるようにはなるはずだと思いますとは言ってたけれど」

天乃ほどの重症さは前例がないわけではない

だが、天乃の身体的状況でのこの症例は前例がない

だから、医者もはっきりとしたことは何も言えないのだ

樹「でも、子供の為になっていることなら大丈夫なんじゃないかな……」

長引いてしまうことにはなるかもしれないが

きっと治ると信じて樹は言う

沙織「ということで、久遠さんはまたまた絶対安静ということだね」


もはやそれが一つの楽しみであるかのように明るく言う沙織に

風達は少し困ったような反応を見せるが

沙織は関係なさそうに笑みを浮かべながら天乃へと近づく

夏凜「沙織はどうせ、また二人きりになれるとか思ってんでしょ」

沙織「よくご存じで」

風「学校でもクラス一緒なのに」

沙織「これはこれ、それはそれ。同じベッドでも家と保健室じゃ違うよね」

夏凜「沙織と東郷にだけは任せたくないんだけど」

こんな弱っているのに何をするつもりなのか。と

夏凜は呆れた表情で沙織を一瞥する

流石に弱った状態の天乃に手を出すことはないだろうが

影響のない範囲で何かをしそうだからだ

東郷「とにかく、久遠先輩がこのような状態である以上、あまり騒がしくしたら駄目ね」

友奈「そうだね、久遠先輩がちゃんと休めるようにしないと」

文化祭の打ち上げや、若葉が天乃に言っていたハロウィンの計画

色々と話したいことはあるが、

友奈達はベッドで横になったまま殆ど身動きしない天乃へと目を向ける


風「それで、どうする?」

夏凜「どうするって言われても、こんな状況じゃ天乃にはどうにもできないでしょ」

樹「そうですよね……出来る限り久遠先輩のしたいようにしたいんですけど」

以前にも行ったことだが、

今回は寂しい寂しくない以前に手を貸すことのできる誰かが天乃の傍にいるべきなのだ

今は吐き気のみで嘔吐することは無くなっているが

そういった状況に陥ったときに誰も居ませんでした。は非常にまずい

友奈「みんなで一緒にいるのは……」

沙織「久遠さんはそう言うのほんと喜ばないからなぁ」

皆で心配して傍にいると

そんなことをさせてしまったと抱えこんでしまう

だからといって一人にしておくと寂しがる

少し難しいよね。と冗談ぽく言って笑う沙織に

夏凜は小さくため息をついて……

夏凜「一人くらい残すのは許しなさいよ……? 天乃」


1、手を握り返す
2、何とか声を出そうとしてみる
3、頷く
4、何もしない


↓2


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


友奈「そう言えば、久遠先輩の身長が伸びないのってなんでなんだろう?」

風「確かに……3年間1㎜も変わってないって言ってたし何か理由があるのかもね」

東郷「神樹様に逆らうと永久的に小さい子供になるって言う噂がありますが」

夏凜「罰辺りにもほどがあるでしょその噂」

沙織「久遠さんはあれ、膨大な力を留めるためにあえて小さく固まった結果なんだよね」




では少しだけ


天乃「ぁ、ぅ……」

何とか声を出そうとする

しかし、かすれて潰れた声はただの呻き声にしかならず

飲み込めず吐き出せない唾液が溜まっていたのだろう

コポコポと危うげな音が漏れ出して頭の下に引かれたタオルを濡らしていく

天乃「ぁー」

夏凜「ちょっ……あんた大丈夫なのっ?」

天乃「ぅ」

夏凜「無理して喋らなくて良いから!」

天乃が口を微かに動かそうとするたびにあふれ出してくる唾液

そのまま窒息してしまいそうな不安を感じて

夏凜は思わず声を上げて天乃の頭を持ち上げて口元を拭う

天乃「ぁ……ぃ……ぃ」

夏凜「んな状態で……あーもう……」

別に答えて貰おうとしたわけじゃなかったのに。と

夏凜は自分の問いかけた言葉のせいだろうと察して悲しげな表情を浮かべる

夏凜「無理して話したら吐くんでしょ……? 止めてお願いだから」

風「朝のあの姿を見て相当トラウマになってるわね」

友奈「離れてた私でも凄く怖かったので……隣にいた夏凜ちゃんはもっとずっと怖かったと思います」


バーテックスとの戦いやそれによって負う怪我などに関しては

全くと言っていいほどに動じることなく一心不乱に突き進むことが出来る

けれど、天乃がほんの些細なことで死にかけて憔悴しきっている姿は

とてもではないが、耐えられなかったのだ

東郷「夏凜ちゃん、一緒にいること出来る?」

樹「一目も離さずに見ていてくれそうですけど……夏凜さんが心配です」

夏凜「…………」

夏凜は不安そうに天乃を見つめると

東郷や樹へと目を向けて「平気」と答える

恐怖心がないと言えば嘘になってしまうが、

その臆病な部分があるからこそ、ほんの些細な切っ掛けも見逃さずにいられると思うからだ

夏凜「こんな天乃、放っておくわけにはいかないでしょ」

沙織「三好さんは正妻だからね。側室なんかには負けないよね」

友奈「側室ってなんですか?」

東郷「一番の妻以外の女の人の事よ。友奈ちゃん。でもけして悪い意味ではないから安心して」

樹「東郷先輩はあまり答えない方が良いんじゃ」

友奈「知らなかったら恍けてるって解るくらいに遅いかなぁ……」

苦笑いを浮かべる友奈に、東郷はなんでそんなことを言うのかと悲し気で

そんな東郷を樹は呆れ交じりに見つめて

風「待って樹もしかして――」

樹「勉強したから……あ、ちなみに愛人とはまるで違うので一緒にしたら駄目ですよ友奈さん」

友奈「そうなんだ……」

風「ひぃぃぃっ、樹がイケナイ知識を付けてるぅ~っ!」


東郷「愛人は見つかったら断罪されるようなことだった……らしいし」

沙織「一方で側室はほんと大昔にあった上の身分の人達が多く子供を残すために関係を持った周りに許された関係だからね」

友奈「知らなかった」

風「いや、普通は知らないからっ」

夏凜「あんたらうっさい」

どうでも良い他愛ない話

それを繰り広げていく風達に対して

落ち着いた様子の天乃を抱き抱える夏凜は怒ったように

しかし天乃を刺激しすぎないようにと気遣った声で注意を促す

夏凜「正妻だの側室だの愛人だのどうだっていいっての……天乃の療養の邪魔するなら帰れ」

風「……すみません」

樹の知識と怒られたショックでしょんぼりと答えた風は

みんなと一緒にそれぞれの場所へと戻っていく

夏凜「ったく……んなこと、天乃自身無自覚だろうに」

正妻側室、なんたらかんたら。

むしろ天乃にそんな知識がないだろうと夏凜は思う

天乃「…………」

夏凜「あんたは気にしなくて良いからゆっくり休みなさいよ?」


優しく、額に張り付いた前髪を撫でるように払って

夏凜は天乃の額に額をくっつける

熱を持った体は熱く、平熱ではない熱さが額から伝わってくる

命に別状はないと分かってはいても

不安になるし、怖さが当然あって

それによって苦しんでいる姿は「なぜ今日だったのか」といまだに言いたくなってしまう

夏凜「……傍にいるから」

風邪のように周りに移せば治るかもしれないなんて馬鹿げた噂はない

だが、せめてこの体の熱さだけでも

その苦しみ、その辛さ、そのほんの一部分でも自分に移ってはくれないだろうか。と

夏凜「早く元気になりなさいよ……」

今日のような、苦しに苛まれた姿

数か月前のような、ふさぎ込んでいる姿

そんな姿が見たくて傍にいるわけではない

そんな天乃に対して少しでも力になりたいと思った

昨日のような、幸せそうな天乃の姿を見たいと思った

だから、そばにいるのだ

夏凜「何もできないときほど、もどかしいことはないわ……ほんと」

それにも関わらず無力な今の自分に

夏凜は少し苛立ちを募らせながら、天乃の肌に現れる汗を拭っては

優しく風を送り、少しでも和らげようと努めた


√10月07日目 夜(病院) ※日曜日

01~10 
11~20 夏凜
21~30 友奈
31~40 
41~50 沙織

51~60 
61~70 
71~80 千景

81~90 
91~00 夏凜と若葉

↓1のコンマ 


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


夏凜「…………」

風「まだ起きてるの? いい加減寝ないと――」

夏凜「平気」

風「平気って夏凜、明日も学校あるのよ?」

夏凜「……眠くない。寝れないのよ」

夏凜「朝起きてまた天乃が苦しんでたらって思うと……寝ようとも思えないのよ」


本日はお休みとさせていただきます
明日は出来れば少し早い時間から


では少しだけ


√10月07日目 夜(病院) ※日曜日


夏凜「……寝てくれてよかった」

九尾「昼間は眠る事さえままならなかったからのう……一安心じゃろう」

体調の影響からか、

時々魘されたように声を漏らしてはいるが

眠れないほどの辛さはなくなってきたようで

聞こえる寝息、閉じた瞼に夏凜は穏やかな表情を向けて

そうっと前髪を払い除ける

夏凜「でも、明日もまだ動くことはできないのよね?」

九尾「じゃろうな……下手に動けばまた逆戻りするじゃろう」

夏凜「…………」

今朝のことを、思い出す

嘔吐すると本人さえ思ったいなかったかのように

ゴポリ……と、口から溢れ出させて

それからはもう絶え間なく吐き続けていた天乃の姿

ほんの一瞬、頑張りに頑張って吐き気を抑え

たった一言「ごめんね」と言って見せた苦笑い

あんなのは……二度と見たくない

夏凜「今後無茶させるわけにはいかないわね」


とはいえ、元々無茶していたわけではない

昨日だってそうだ

夜になってみだらな行為を誘うようなそぶりを見せてはいたが

そこには乗らずに今日の為に無理に体を動かすことは控えた

その結果が、これなのだ

夏凜「妊娠って難しいのね」

九尾「主様が特殊なだけじゃぞ。前触れなく急激なつわりに襲われるなどそうそうあることではない」

夏凜「私達に関係あんのはその天乃でしょ」

九尾「そう焦るものではないぞ、三好夏凜」

夏凜「……解ってるけど」

分かってはいるけれど、しかし、だ

散々な目に遭い続けた天乃のことを心配するなと言うのも

その姿を見て不安になるなと言うのも

一つ一つの不幸な出来事に焦るなと言うのも到底無理な話

それくらいには、天乃の体は限界なのだ

夏凜「あんたはどうなのよ。天乃を見てて不安にならないわけ?」

九尾「不安にはなるじゃろう。むしろ、主様の傍にいてならない人間がいるのだとしたら、そ奴はただの人形じゃろうて」

夏凜「本当に何ともないのよね? 天乃……ちゃんと回復するんでしょ?」

九尾「妊娠による症状なのは間違いないからのう、それは約束できるが……」


言葉を濁すように途絶えさせた九尾は、

ちらりと目を向けた夏凜の怪訝そうな表情からは逃れられないと感じたのか

騙したところで意味がないと判断したのか

あからさまなため息をついて、夏凜だけを真っ直ぐ見る

赤い瞳は揺らいで、どこか危険な気配さえ漂わせて

九尾「あとは主様の体次第じゃな……内面は穢れによって非常に脆くなっておる。子を産めたとして、生き残れるか確実とは言えぬ」

夏凜「……は?」

九尾「子を産む消耗によって母体が憔悴しきって命を落とす可能性があるということじゃ」

通常の人間にも起こりうることじゃろう? と

九尾は冗談めかした声色で語るが、

しかし、その表情はいたって真面目なものだった

夏凜「でも、天乃は勇者なんだから……」

九尾「自然な流れによる死は避けることは出来ぬ……そもそも、主様には穢れが影響しておるがゆえ、神樹の力もあてには出来ぬ」

だからこそ、天乃はみんなに協力して貰うような形で性行為を行い穢れの放出を行う

子供への悪影響は母体への悪影響にもなるから。

夏凜「……出来る事ないの?」

九尾「今まで通り関係を続けておればよい……特にお主、性行為は非協力的じゃろう」


夏凜「必要に応じて相手にはなってるわよ。ただ……天乃が疲れてるように見えるから」

九尾「確かに、主様はその行為によって力の喪失を起こしておる」

例えばじゃ。と

九尾は換え用のタオルを夏凜が持ち込んでいたペットボトルに巻き付けて置く

九尾「このように主様は力を芯に動いておるからのう。当然、芯が抜ければ崩れ落ちる」

言うのと同時にペットボトルが引き抜かれ

芯を失ったタオルは柔らかく崩れてしまう

ごく自然の、当たり前の結果だ

九尾「しかし、主様はその芯があろうがなかろうが次から次へと中心に流れ込む」

夏凜「つまりどういうことよ」

九尾「こう言うことじゃ」

もう一度巻いたタオルの中心に自分の手を差し込み、

九尾は言うや否や、腕を命一杯に左右へと引きはがしてタオルの拘束を弾き飛ばす

九尾「主様の体はもちろん、力を受ける胎児はその力の供給量に耐え切れず死ぬじゃろうな」

夏凜「っ」

九尾「ゆえに、むしろ主様は疲れ果てている方が救われているということになる」

とうぜん、翌日には元気になるからな。と

九尾はここぞとばかりに笑いながら言う


九尾「じゃから相手してやれ」

夏凜「……疲れ切って問題はないの?」

九尾「有り余っている以上の問題はない」

夏凜「そう……そういうことなら、分かったわ」

もやもやするくらいなら……そう言っていた昨日の天乃を思い出して

もしかしたらそういう状態だと分かっていたからこそのものかもしれない。と

夏凜は考えて首を振る

夏凜「けど……穢れの発散が性行為ってのはちょっと良く分かんないんだけど」

九尾「放出するにはそれが手っ取り早く確実というだけじゃ」

元来不浄な行いとされている性行為は

溜まってしまった不浄……穢れを放出する行為として実に適切なのだ

もちろん、異性を受け入れる場合は逆に流れ込むため、

今の天乃のように内側で絡み合って留まることになるわけだが。

そうでなければ放出される一方で済む

夏凜「あんま納得いかないけど……とりあえずすればいいんでしょ?」

九尾「うむ。主様の為じゃ」

夏凜「解ったわよ」

そう言って頷いた夏凜は、

ちょっぴり照れくさそうに頬を染めて、首を振る

いまさら初心であると自分を偽るつもりは無いが。

ある意味医療行為だとでも割り切らないと、意識してしまうために中々気恥ずかしさは抜けそうに無かった


九尾「言うておくが……今日はなしじゃぞ?」

夏凜「わっ、分かってるわよ……っ!」

そんな見境なしに襲うほど性に飢えていないと

夏凜は起こったように言い放って九尾を追い払う

夏凜「……今日はただ心配だから一緒にいるだけだっての」

チラリと天乃へと目をむける

呼吸に合わせて動く膨らんでは沈む布団

嘔吐によるカサつきを抑えるためにリップクリームを塗られて潤んだ唇

唇にキスをしたら、布団をめくったら

もしも昨日、していたら

そう考える頭を振り、夏凜は優しい視線を天乃へと向けながら

そうっと頬に触れる

柔らかな頬は心地よくて、もっと念入りに堪能したいという気持ちが湧く

けれど夏凜は「そういうのは元気になってから」と、

自分自身へと強く言い聞かせて

眠る天乃を穏やかに見守って……夜が更けていく


√10月08日目 朝(病院) ※月曜日

01~10 友奈
11~20 体調
21~30 樹

31~40 
41~50 
51~60 夏凜

61~70 
71~80 
81~90 体調

91~00 

↓1のコンマ 


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば早めの時間から

明日、再開時にいちにちまとめ


では少しだけ


1日のまとめ

・   乃木園子:交流有(体調不良)
・   犬吠埼風:交流有(体調不良)
・   犬吠埼樹:交流有(体調不良)
・   結城友奈:交流有(体調不良)
・   東郷美森:交流有(体調不良)
・   三好夏凜:交流有(一緒に、体調不良)
・   乃木若葉:交流有(10月のイベント)
・   土居球子:交流有(体調不良)
・   白鳥歌野:交流有(体調不良)
・   藤森水都:交流有(体調不良)
・    郡千景:交流有(体調不良)
・  伊集院沙織:交流有(体調不良)

・     九尾:交流有(体調不良、穢れ)
・     神樹:交流無()


10月07日目 終了時点

乃木園子との絆  67(高い)
犬吠埼風との絆  96(かなり高い)
犬吠埼樹との絆  82(とても高い)

結城友奈との絆  102(かなり高い)
東郷美森との絆  112(かなり高い)
三好夏凜との絆  133(最高値)
乃木若葉との絆  94(かなり高い)

土居球子との絆  40(中々良い)
白鳥歌野との絆  42(中々良い)
藤森水都との絆  34(中々良い)
 郡千景との絆  40(中々良い)
  沙織との絆  114(かなり高い)
  九尾との絆  62(高い)
  神樹との絆   9(低い)


√10月08日目 朝(病院) ※月曜日


風「こーら、屋上はともかくここは立ち入り禁止よ~?」

病院の屋上、そこに出るための部屋のさらに上に顔をのぞかせた風は、

目的の相手を見つけて、呆れたように呟くが

自分も備え付けのはしごを使ってよじ登り、隣に座る

風「別に夏凜が原因ってわけじゃないでしょ?」

夏凜「どうだか……案外、私が関係してるかもしれない」

回復するだろうと思われた天乃は

今朝になってまた体調を崩してしまって

結局、話せるようになるかもしれないだとか

普通にしていられるとか

そんなほんのささやかな希望でさえ打ち砕かれてしまった

しかも最初に体調を崩したのも、今回も

自分がそばにいたとなればそう考えてしまうのも仕方がないだろう

夏凜「天乃は?」

風「昨日の今日だから……」

期間中のつわり症状が一括にまとまってきたような状態など

普通ならばあり得ないようなことだが、

一般の人間がそんな症状になった場合、

衰弱死してしまう可能性は非常に高い。と風は聞いたことをそのままに言う


風「嘔吐というよりもはや吐血……看護師の人ですら見てられないって」

夏凜「っ……」

風「点滴を打とうにも苦しすぎて動いちゃうから、もう少し落ち着かないと無理みたい」

夏凜「後回しにして間に合うの?」

風「しなきゃ点滴の針とかで危ないし……拘束しなくちゃいけないのよ」

天乃の意思に関係なく、

体の内側から湧き上がる苦しさと辛さ

そして底知れない痛みに体はどうしても動いてしまう

それが点滴台を弾き倒したり、

針が変に抜けたり刺さったりしてしまうなど

非常に危険なのだ

夏凜「九尾は治るだろうっていったはずなんだけど」

風「それだけ天乃の力が強かったか、複雑になっちゃってるかよねぇ」

天乃の体調に関して九尾が嘘をつくことはないだろう

であれば、誕生んに九尾の想定すら上回った形で

天乃の体が蝕まれているということになる

風「もしかしたら、神樹様が関係あるのかも」

夏凜「切り倒せとでもいうわけ?」

風「そうじゃなくて、その力の干渉に天乃の力が押しつ押されつして悪化してるんじゃないかってこと」


そう言った風を一瞥した夏凜は

霞がかって見えるか見えないか微妙な神樹様による壁を見つめて、息をつく

夏凜「それ結局神樹様のせいだから切り倒した方が良いやつでしょ」

風「神樹様だって悪気があってしてるわけじゃない……はずだし」

あやふやな言い方をした風は困ったように夏凜を見つめ、

切り倒しに行かないのを確認してから小さく笑う

風「学校行く?」

夏凜「行くわよ。私は天乃の傍にいない方がよさそうだし」

風「でも、天乃は夏凜に一緒にいて欲しいんじゃない?」

天乃がそんなことを考えている余裕があるのか

そもそも今日傍に夏凜がいたのだと分かっているのかすら不確かではあるが

もし分かっていたのだとしたらきっと

夏凜のせいではないから。と、言いたいだろうと風は言う

夏凜「だからって体調不良になられたら怖いのよ……解る? 呻き声で目を覚まして、枕が血に染まって、震えてんのよ」

風「……それは」

真横にいたからこその経験

それをしていない風にはとても、夏凜のトラウマを分かるとか、それでも。とか

簡単には言えそうになくて

夏凜「まず茫然……何かしないとって思うのに何が出来るか何にも分からない、考えられない……馬鹿みたいに天乃を見てるだけ」

それから悲鳴にも似た声を上げて大慌ててナースコール

半狂乱にどうしたら、どうしたらというだけで

夏凜「最悪だった」


自嘲するように話す夏凜は精神的にひどく疲れているようで

目を離してしまうのは不安しかない風は一息ついてから立ち上がってスカートを払う

風「夏凜も今日は学校休みなさい。あたしも休むし……多分友奈達も」

夏凜「はぁ?」

風「流石に学校行くような精神状態じゃないでしょ……友奈達だって」

屋上に来る前に話した友奈ですら

不安と恐怖に酷く怯えていたのだから

樹や東郷が「学校行きましょう」なんて言い出せるわけがなかったし

そもそも、離れることで身が入らず不安にしかならない学校になど

逆に行かない方が良いのではないかと言うのか

風と沙織、三年生組の見解だった

天乃は嫌がるかもしれないが、こればかりはどうしようもない

夏凜「なら私だけでも――」

風「良いから休む! 自分の顔見た? 酷い顔してんのよ夏凜は」

夏凜「…………」

風の半ば強制的な欠席命令

従う義務はないが

自分がまったく平常心を保てていないことは分かっていて。

軽く頷いて「解ったわよ」と呟く

夏凜「でも、天乃に近づくつもりはないから」

あの光景を思い出してしまいそうで

どうしても、今は近づきたくなかった


√10月08日目 昼(病院) ※月曜日

01~10 
11~20 沙織
21~30 
31~40 風
41~50 若葉
51~60 友奈
61~70 
71~80 千景
81~90 
91~00 九尾

↓1のコンマ 


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


東郷「友奈ちゃん、大丈夫?」

友奈「うん……平気だよ。東郷さんは……」

東郷「平気とは言えないかな……友奈ちゃんと一緒」

友奈「……あははっ、そう、だよね」

友奈「ごめんね、ちょっと顔洗ってくる」

沙織「待つしかない事が辛いなんて、久しく忘れてたよ……」


では少しだけ


√10月08日目 昼(病院) ※月曜日


天乃「かっ……けはっ……ぁ……ぁー……」

ぼたぼたと枕元に赤く染まった唾液が滴り落ちる

もはや体の中に残っているのは、自分の血だけ

それさえも吐き出させようとしているかのように、不快感、吐き気は絶え間なく襲う

天乃「いぁ……っぁっぇ゛」

吐き気に耐え切れずに吐く動作へと移ると、

呼吸が出来なくなってしまうし

傷ついた喉が刺激されて強い痛みまでもが全身を駆け巡っていく

考える間でもなく、死を直感する状態だった

いっそ死んでしまいたいとさえ思いたくなってくる苦しさだった

痛くて、苦しくて、辛い

それが延々と続く中、傍には誰もいない

吐き出せるのは赤い血

零れ落ちるのは透明の涙

助けを求めるための声など出せるはずもない

天乃「は……ぁ゛っぁ……ぅ゛ぅぅぅ……」

痛みを堪え、吐き気を飲み込んで強引に呼吸をする

そして飲み込んだ吐き気は次の吐き気と重なって長引き、

苦しみ喘ぎ続ける中、息が出来ない苦しみに悶えてまた、無理をする

ずっと、その繰り返しだった


友奈「…………」

面会謝絶

その注意書きが扉にかけられた病室の扉の前で、

友奈は唇を強く噛み締めながら、佇んでいた

東郷や樹には大丈夫だと言った

途中で出会ってしまった風にも平気だと答えた

けれど、前向きな事は何も言えなかったのだ

いや、それどころか考える事すらできなかったと友奈は否定する

友奈「……何にもできない」

扉の前にいると、天乃の苦しみ喘ぐ声がする

けれど、それに対して自分は何もできない

それを言葉にすると離れればいいのにと言われるかもしれないが

離れるのは嫌だった。その声すら聞こえなくなってしまうのは不安だったから

何もできない無力感、途切れることなく聞こえる悶絶の悲鳴

それは強く心を傷つけてしまうのに離れられなかった

友奈「夏凜ちゃん……風先輩見つけられたかな……」

あたしが行くから任せて。と、言われたが、

友奈は自分も行くべきだったのではないかと思う

かけられる言葉はないかもしれないが、

きっと、少しは前向きな考えを強引にでも引き出せたはずだから


友奈「夏凜ちゃん、泣いていた……」

赤く汚れた寝間着と手、周りの視線

何一つ気に掛ける余裕さえないとわかるくらいに泣いていて

看護師に抱きしめられながら病室から連れ出されているそんな夏凜の姿を見ただけの友奈も

全く動けなかった

今よりも強く聞こえた天乃の苦しみにあえぐ声

複数の看護師と医師の鬼気迫った声

何が起きているのかは明白で、どうなってしまっているのかが分かってしまって。

朝になったらまたいつもの天乃に会えると思っていた心は瞬く間もなく叩き潰されてしまったのだ

そのまま呆然としているうちにみんなが来て、

風は夏凜と話をする為に探しに行って、東郷はこの場にいられそうもない樹の為に、

病室に連れて行ってと一緒に居なくなって

友奈だけが、何かあったときのためにとこの場に残った

友奈「久遠先輩……」

この場における自分の存在の無意味さ

それを痛感させられていく悔しさ、その痛み

けれども決して天乃の苦しみには釣り合わないだろうと

友奈は自分の痛む胸元を抑え込みながら、思う

そして不意に体が傾き、柔らかさと甘い匂いに包まれて

沙織「あたし達もいるから、病室に戻っても良いんだよ?」

沙織の声が聞こえた


沙織「何もできない自分って言うのは、想像以上に辛いものなんだよ」

無力なもどかしさもあるが

相手を想う気持ちが強ければ強いほど

自分の不甲斐なさに失望し、自信が持てなくなっていく

その経験を経てきた沙織としては

刻一刻と精神を抉られていくだけの友奈を見ているだけなのは我慢できなかった

沙織「無理にでも寝た方が良い」

友奈「でも、学校が」

沙織「今日はみんなお休み。空気感の違う学校になんて言ったら余計に疲れちゃうからね」

友奈「…………」

文化祭明けの学校

そこはきっと、普段ならとても居心地のいい世界だろう

楽しかった時間の後に訪れる授業という日常的な苦。

それにたいしてふざけ半分で向き合い、休みたかった、楽しかった。そう言い合うクラスの空気は、

天乃が体調を崩してしまっている今、

不安と恐怖に苛まれている勇者部面々には絶対に合わずなにか良くないことが怒る可能性さえあるからだ

沙織「子供を産んで死んじゃうお母さんもいる」

友奈「っ!」

沙織「久遠さんはもしかしたら、そうなっちゃうかもしれないって九尾さんは言ってた」

友奈「どっ、どうしてですか……?」

沙織「単純に久遠さんの力が強いのと、弱っていること、そこに神樹様の力も関わってきているから不安定なんだって」


九尾の想定以上の体調の悪さ

それゆえに九尾はその可能性もあることを告げたのだろう

双子に分けなければいけないほどの力の強さとはそれほどのリスクも兼ねているということだ

九尾と死神

二つの力を同時に使用することで最恐にして最高峰の力を発揮する代償として酷く体が蝕まれていったように

友奈「そんな……」

沙織「あたしも当然、久遠さんが居なくなるなんて考えてないし考えたくもない。でも、これはそう簡単じゃないみたいだから」

友奈「考えなくちゃいけないんですか……っ?」

沙織「……そう、なる可能性はあるかもしれない」

例え現状から回復していったとしても

いざ出産した際に体が耐えきれるという保証はない

それが不安になってしまくらいに、今の天乃の状態は良くないのだ

友奈「久遠先輩……」

振り向いて見える扉

ずっと聞こえる憔悴しきった声

頑張って、頑張って

結局死に向かっていくというある意味都合のいい悲劇の流れ

仕組まれたバッドエンド

そんな気さえして、友奈は顔を伏せる

友奈「それでも、私は久遠先輩の強さを信じます……辛い思いをしながら苦しみ続けた久遠先輩に救いを与えてくれると、神様を信じたいです」

沙織「結城さんは強いね……」

けれどそれは人のために強くあれる久遠さんと同じ強さだよ。と

心の中に思って、握りつぶす

そんなことを言っても何にもならない

沙織「……でも、確かにそうだね。報われるべきだよ。幸せになるべきだよ。だって、ずっとずっと傷つき続けてきたんだから」



√10月08日目 昼(病院) ※月曜日


01~10
11~20 東郷
21~30
31~40 樹
41~50
51~60 若葉
61~70
71~80 風
81~90
91~00 千景

↓1


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から
しばらくは日曜日も通常時間(22時~)の場合があります



東郷「………」カチャッ

風「ちょっ、東郷なんで武装してんの!?」

東郷「軽く壁に穴開けようかと思いまして」

風「ま、待った待った!」

友奈「……正義が正しいとは限らないんです風先輩!」グッ

風「おちつけぇ!」


では少しだけ


√10月08日目 昼(病院) ※月曜日


東郷「友奈ちゃんもさすがに、こればかりは元気でいられなかった」

昨日もそうだが、普段の友奈はとても明るい

何か困ったことがあったりしたとしても

なせばたいてい何とかなる。と、張り切って、前向きに全力で向かっていく

そんな元気の代名詞ともいえる友奈がふさぎ込んだ表情をしていたのを

東郷はしっかりと見ていて

しかし、そんな表情をしていてはだめだとは言えなかった

何をもって元気の糧にしたらいいのか

それを東郷にも見いだせていなかったからだ

そして、天乃が子供を産むことで死んでしまう可能性があるとより明確になった今、

ただでさえ暗がりに引き込まれつつあった未来は、

欠片ほどの光も失せてしまっていた

もちろん、確定した未来ではない

もしかしたらという程度の話であり、

天乃は無事に生き抜いてくれている可能性も当然あるのだ

東郷「だけど、久遠先輩の今の状態ではそれこそ可能性のない未来になってしまっている……」

樹たちも、友奈も

それだからこそ明るさを取り戻せずにいる

天乃に一番近しい九尾が明日には回復するだろうといったにもかかわらず、

悪化してしまったというのが、それにさらに絡みついて

東郷「生きるために子供を作ったのに、それが原因で死ぬなんて……そんな悲劇はあり得ないわ」


二年前、大切な友人を失った

自由に動かせた足が動かせなくなり、

心の拠り所になれるはずだった家族の記憶を失い

孤独に生きることになった

一年前、記憶を失ったかつての友人と一から始めて、

二年前に失った味覚を隠し通し、様々なことに付き合ってくれた

味がしなければ苦痛でしかないであろう食べ物も喜んで口にしてくれていた

東郷「……私が、苦しめてしまった」

戦いが始まり、隠しきれなくなって

東郷の体の秘密、天乃の体の秘密、壁の外

抱え込んでいたたくさんの秘密を打ち明けてくれた

一人が背負うには大きすぎることを、ずっと抱えていてくれた

それなのに、誰も苦しむことがないようにと

ただでさえボロボロな体で頑張ってくれた

東郷「私達のようにならないようにと、ずっとかばってくれた」

血を吐くような苦しみを味わうと分かっていながら、

意識を失うほどの痛みに襲われると知りながら、守ってくれていた

みんなに傷ついてほしくない

その思い、抱く優しさがきつく首を絞めることになるのに、

みんなの願いだからと第一線から退いてくれた

東郷「きっと、心は酷く傷ついた……それでも、約束だからと戦わずにいてくれた」

生きるために、たった15歳の小さな体で子供を身ごもった

簡単に羅列するだけでも壮絶すぎる人生だったと言わざるを得ないほど、

久遠天乃という少女の人生は凄惨なものなのに。

神はそこに苦痛のままに死を与えようとしている

東郷「……許せない」


この世界に神様がいるのだとしたら、

天乃の人生を報われないままに終わらせるはずがない

もしもそれで終わらせる神がいるのだとしたら

それは神様ではなく悪魔だと、東郷は思う

東郷「久遠先輩は幸せになるべきだわ……子供を産んだとしても死ぬことなく、みんなで……」

子供を産むうえで体がひどく衰弱してしまうというのは

普通の人間であっても起きてしまう場合はあるという

だが、それであっても天乃は無事に終えられるべきだ

神による抽選が行われているのならば

優先的に選択されるべき存在なのだ

誰かが否定するのだとしても

東郷はそれ以外にあり得ないと否定を否定する

東郷「居なくなってしまうなんて……考えられない」

東郷美森、鷲尾須美

二つの記憶を持つ東郷は長い付き合いがある

それでなくても、

東郷にとって勇者部にとって天乃の存在は必要不可欠だった

誰に対してでも優しい気持ちを持ち、

誰に対してでも厳しくあれる強さを持ち、

相手が求めることに関して一生懸命に答えてくれる人

たくさんの人を魅了し、たくさんのひとに羨望の眼差しを向けさせた人

その優しさがあったからこそ、その厳しさがあったからこそ

勇者部は各々が成長することが出来て

その成長があったからこそ苦難に立ち向かうことが出来て、今がある


東郷「久遠先輩を失ってしまったら……」

勇者部は元気を取り戻すことができるだろうか

誰かを助けるボランティアなどということを行えるだろうか

自分たちが一番大切にしたい人

一番尽くしたい人を失ってしまったのに

そう考えて、東郷は首を振る

それはきっと無理な話だ。と

東郷「……そうなるくらいなら、私は私の命だって懸けられる」

もしもまた戦いがあって

それが天乃に何らかの悪影響を与える一因なのだとすれば

満開、あるいはそれに準じた力を行使してでも戦う

もしも戦い以外での何らかの問題があったとしても

何か役立てることがあるのならば

全力を持って尽くそう……と、東郷は強く心を決める

たとえそれが、神樹様に牙をむくようなことであったとしても。

東郷「……久遠先輩は嫌がるかもしれないけど」

たとえ嫌われることになったとしても

生きていてくれるのなら。と、東郷は寂しく……笑みを浮かべた


√10月08日目 夕(病院) ※月曜日


01~10 天乃
11~20 
21~30 九尾
31~40 
41~50 若葉
51~60 
61~70 千景
71~80 
81~90 樹
91~00 

↓1


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


友奈「だっ、駄目だよ東郷さん!」

東郷「久遠先輩を苦しめるだけの神様なんていらないわ」

東郷「それとも、友奈ちゃんは久遠先輩が死ぬのは運命だから仕方がないって言うの!?」

友奈「……言わない、言えないよ!」

友奈「ただ、ただね……私、思うんだ」

友奈「――赤信号だって、みんなで渡れば怖くないって!」

風「結局そっち側かいっ!」バンッ

風(あーもう夏凜が戻ってこないとアタシの胃が……ッ)


では少しだけ


√10月08日目 夕(病院) ※月曜日


若葉「……屋上にまで呼び出してどうしたんだ、千景」

千景「貴女に大切な話があるのよ」

天乃の心の平和を願うばかりに、

自分たちの消滅という一手を掲げた乃木若葉

西暦時代、戦っていた勇者を率いたリーダー

千景が羨望を抱かされた勇者

千景「……久遠さんには、怒られてしまうかもしれないわね」

若葉には聞こえないほどの小さな声で呟くと、

微かに笑みを浮かべて、息を吐く

これは身勝手な行いだ

従うべき精霊の独断専行

だが、考えた末の行いだと言えば

天乃のことだから笑って許してくれるかもしれない。と

千景は考えて、若葉へと目を向ける

千景「乃木さんは今でも久遠さんの為に消えてしまおうと考えているのよね?」

若葉「……? ああ、そうだ。その考えは変わっていない」

千景「文化祭を経験した後も?」

若葉「変わらない……それとも、千景は天乃をまた戦いの不安に引き戻したいのか?」

呼び出された戸惑いの表情うから一転、

瞬間的に凛とした表情へと切り替わった若葉は問いかけながらも

答えを待つことなく、口を開く

若葉「私達は歴代の勇者にして戦いの象徴だ。そして、彼女の武器なんだ」


天乃自身は戦うことが出来なくなったが、

天乃の代理として若葉たちは戦線に参加することができる

その存在がある限り、天乃が真の意味で戦線から退くことはできない

西暦勇者、精霊

その存在が片隅にある限り

戦いが終結したと心の底から安堵することはできない

若葉「そう思ったからこそ私は提案し、みなはそれに同意したのだろう? それを今になって覆してどうする」

千景「久遠さんが苦しんでいる姿を見ても、変わらないのね」

若葉「それは……」

それは関係ないと言いかけた若葉だったが、

その言葉を飲み込んで首を振ると

悲しげな表情を浮かべて空を見上げる

若葉「関係ないとは言えないな……それが天乃の精神的な負担になったことは間違いない……」

こうなると予想できたことではないし、

その考えを述べたことは決して悪いことではなかったはずだ

だが、若葉たちの存在を今後どうしていくのか

その悩みが妊婦である天乃の精神を脆くして

身体的苦痛をより重くしてしまった可能性は十分に考えられる

若葉「だが、だからこそ私は多方面において不安要素になりえる精霊は消失すべきだと改めて言わせて貰おう」

力強い宣言

天乃の姿を目にしても揺るがない決意

その若葉の強さに対して強くこぶしを握り、千景は目を向ける

千景「貴女のその強い意思には申し訳ないけれど……本題に入るわ」

若葉「本題……だと……?」


千景「乃木さんに黙っていたことがあるの」

若葉「……聞こう」

話の流れからして

絶対に良い話関連ではないことは明白で

なおかつ天乃のことに関する重要な機密事項だと若葉は察しつつも

不穏な空気を身にまとう千景へと手を差し伸べる

それはきっと、一人で抱えるべきことではないと思ったからだ

千景「私達が消滅する選択をとった場合、私達が久遠さんから借りている力のすべてが久遠さんの体に戻ることになるわ」

若葉「どういう意味だ?」

千景「久遠さんが失った体の機能、それが……私達が借りている力」

若葉「それはつまり、私達が消えれば天乃は五体満足になれるということだろう? ならば――」

千景「そう。久遠さんは五体満足になって力を取り戻してしまう……現状で耐えきれていない力よりも強い力を」

一瞬、天乃の体が治るという思ってもいなかった幸福を前に若葉は喜びかけたが、

千景はその希望を味わう間も与えずに話を続ける

そんな余韻に浸らせるわけにはいかない

抱いた希望など、これからの話でつぶされてしまうのだから

千景「耐え切れなかった場合、久遠さんは死ぬわ」

若葉「っ……だ、だが天乃は五体満足に戻る。本来持っていた力を十分に発揮できるようになるのなら保てるのではないか?」

それをいま戻せば体調だつて改善される可能性まであるじゃないか。と

やや切羽詰まった様子で口にする若葉を、千景は冷静に見つめて、首を振る


千景「けれど、今の弱り切った久遠さんでは力に耐え切れない可能性が高い」

若葉「っ……」

精霊である千景たちは、

天乃の力を借りることでこの世界に存在しており、

その存在を消失させることによって

天乃へと借り受けた力を返却し、失われた身体機能の回復も行うことができる

だが、天乃がその貸した力を受け止めるだけの容量があるのかどうか

今の状態から考えれば、それは首を横に振らざるを得ないだろう

千景「もし私達の分の力が戻ることで久遠さんが救えるのだとしたら……それは私も考えた」

だが天乃はほんの少しの力の乱れで体調を崩し

体の内側がボロボロになるほどの状況に陥っている

力の乱れによる吐血……この症状は二つの力を同時に行使した時と全く同じ症状なのだ

若葉「つまり、天乃は今まさに力を使っている状況だということか?」

千景「九尾曰く、可能性は微かながらあると言っていたわ。そこに私達の力が加わった場合、久遠さんは許容量をオーバーして本当に壊れてしまうかもしれない。とも」

若葉「だが、それは今の話だろう? 産後ならどうだ」

千景「久遠さんの体が私達の力がない状態を通常として戻った場合……久遠さんはまた体調を崩してしまう可能性がある」

そして消耗しきってボロボロになった体だ

例え産後数ヶ月間安静にしていたとしても

霊的な部分は非常にもろくなっている可能性がある

若葉「そこまで……そこまで天乃は傷つかなければいけないというのか……っ!」

千景「私達はそのリスクを覚悟のうえでもう一度考える必要がある……」

若葉「覚悟だと……? それは私達ではなく天乃じゃないか……」

失った体、自分の力

それを取り戻すためですら、天乃は尋常ではないリスク

生か死かの極端なギャンブルを強いられるのだ


若葉「……天乃は体が戻ると知っているのか?」

強引に絞り出したかのような声

うつむいた表情は見えず、

ただ苦しそうな雰囲気だけが漂う若葉の問い

千景は「知ってるわ」と、簡潔に答えて目をそらす

若葉「そうか……知っているのか。だが、戻そうとしたら死ぬかもしれないとは知らないのだろう?」

千景「ええ」

若葉「……残酷だな。本当に、酷く、この世界というのはいつの時代も久遠の人間には冷酷なんだな……」

世界の為に戦い抜いてきたにもかかわらず、

戦うための代償を求められ

大切なものを守ろうとしただけなのに

守った代償を強いられて

使った力、貸し与えた力

それを己の手に取り戻すことにすらリスクを背負わされている

千景「そうかもしれないわね」

若葉「……分かった。もう一度考え直そう。今回のリスクも踏まえたうえで、私の考えは正しいのかどうか」

そう言い残して去っていく若葉の後姿はとても悲しい雰囲気に包まれていて

千景はそれに引かれるように悲し気な表情を浮かべる

千景「貴女には悪いことをしたわ……」

天乃の姿を見て決意が揺らいでくれていることを期待した

心配だからやはり止めよう。このまま一緒にいよう

そういう考えに移ってくれていれば

こんな悲しいことにはならなかったはずだから。



千景「…………」

千景は一人屋上でため息をつくと

自らの武器である大鎌をどこからともなく出現させて地面を軽く叩く

過去と今、

バーテックスを切り刻んできた武器

しかし、これはかつて乃木若葉を傷つけた力でもあるが

その罪があってなお友人と呼び

その罪ごと包み込んでくれる優しさを与えてくれる人がいる

だがその人は今、世界によって苦しめられているのだ

千景「久遠さんの体に干渉する神樹の力……それは、確かに世界そのものね」

薄く笑う。冷酷であれ。と

そして、燻る熱を激しい炎へと昇華させていく

もしかしたら、友人とまた刃を交えることになるかもしれないが

それでもかまわないと千景は思う

千景「貴女は幸せになるべきだわ……そのための苦痛を味わってきたのだから」

だからこそ。と、千景は力強く呟いて大鎌を振るう

それは迷いを断ち切るための……そう

武器本来の持ち主が友人の喪屋を切り倒したように

己がそれに対して抱く想いを切り払う一振り

千景「……貴女を許さない世界を私は決して許さない」

神殺しの力を託された精霊にして、裏切りの勇者

だからこそ、これは成立する

千景「久遠さんが死ぬリスクを背負うなら、世界にも同じリスクを背負ってもらうわ……神樹様」


√10月08日目 夕(病院) ※月曜日


01~10 
11~20  夏凜
21~30 
31~40  友奈
41~50 
51~60  樹
61~70 
71~80  歌野
81~90 
91~00  球子

↓1


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


千景「久遠さんは私を救ってくれた」

千景「郡千景の罪を償う機会を与えてくれた」

千景「その罪を認めながら、友人だと言ってくれた」

千景「だから、私はもう一度だけ裏切り者になる」

千景「久遠さんが、乃木さんが……みんなが出来ないたった一つの答えを出すために」


では少しだけ


√10月08日目 夕(病院) ※月曜日


樹「……どうしたら、いいのかな」

東郷もいる病室

締め切ったカーテンに囲まれたベッドに横になっている樹は

真っ白な天井へと手を伸ばして、呟く

天乃の体調不良

それが子供の為の体の変化だけでなく、

天乃が持っている力の乱れによる影響の可能性があるとなった今、

何か手を打つ必要があるかもしれないと

病室に戻るまでの間、東郷と話していたのだ

だが、道中の短い時間ではもちろんその答えなど出るはずもなく

樹「久遠先輩の力になりたい……出来ることがあるなら、何でもするのに……」

出来ることが、何一つないのだ

東郷は言った。

これはとても考えなければいけないことだと

各々で答えは変わってくるものだろう。と

樹「……頼り切るのはいけないことだって、分かってるけど」

体を起こして、枕元に置いておいたタロットカードを取り出す

本来はしっかり準備するべきだが、

布団の皺を伸ばしてカードを混ぜ合わせて、一息

樹「久遠さんの力になりたい……久遠さんの為に、私はどうしたらいいですか?」


問いを述べてカードを一枚引き……めくる

ワンオラクルと呼ばれる単純なその方法は

多方面での問いに対して適応させやすい

そこで現れたのは――皇帝の正位置

樹「意味は、失敗を恐れない行動力。問題への素早い対応」

つまり、この天乃の問題の解決に関しては

可及的速やかに動く必要がある。ということだろう

だが、どのような手段をとるべきなのかが明確ではないのだ

失敗を恐れるな

しかし、どんな失敗を恐れてはいけないのかが不明確

樹「……行う覚悟はある。あとは、何を行うか……だよね」

失敗を視野に入れなくてよいのであれば、

それを考えずに行動を起こせというのならば……簡単だ

樹はもうすでにそんな覚悟など完了しているのだから。

天乃の聞かれれば怒られることは目に見えているが

天乃の為に命を賭す覚悟が樹にはある

いや、樹だけではなく

勇者部みんながその覚悟を決めている

もちろん、無駄に浪費するつもりはない

樹「私が考え付くことなんて、きっと誰かがすでに考えたことだから」

それならば。

ここでとるべき手段はただ一つ

樹「……東郷先輩、相談があります」

カーテンを勢いよく開け放ち、

同じ病室内で、同じ悩みを抱く東郷美森

勇者部の頭脳ともなり得る存在に、助力を求めることだ


東郷「久遠先輩を助けるための一手?」

樹「はい、久遠先輩の力になりたいけど……どうしたらいいかが分からなくて」

東郷「なるほどね……」

悩まし気に呟いた東郷は少し考えてから

樹ちゃん。と、優しく声をかける

いつもと変わらないように聞こえるが、

どこか覚悟を決めた緊迫感のある声に樹は思わず息を呑む

東郷「樹ちゃんは、久遠先輩が居なくなってしまった未来を受け入れられる?」

樹「嫌です」

東郷「そうよね……私もそう。久遠先輩が居なくなるなんて考えたくない。そんな未来になるのなんて絶対に……」

だからと言って、神樹様を完全に滅ぼしての心中といった手段はとるわけにはいかない

それこそ、天乃の頑張りや犠牲を無駄にしてしまうことになる

そして、みんなの生きて欲しいという我儘を受け入れてくれた天乃の気持ちを無意味にすることになってしまう

それだけは……だが、もしも打つ手がなくて

天乃が死んでしまうことが確定した未来しか残されていないのだというのならば

果たして、その世界に意味はあるのだろうか?

三ノ輪銀が守ってくれた世界

久遠天乃が守ってくれた世界

だから、なんだというのだろう?

大切なものを犠牲にしなければ残すことができない世界だとしたら

今後もまた、何か大切なものを犠牲にしなければ存続させることはできないかもしれない

天乃の死を許し、残された子供たちは受け継いだ力を用いて戦うことになるだろう

その子供たちがまた、免れられない生贄にされる可能性は非常に高い

東郷「樹ちゃん……私ね。久遠先輩がこれ以上苦しむようなら神樹様を破壊してすべてを終わらせようって思うの」


樹「東郷先輩……?」

東郷「久遠先輩は苦しまされ続けた上に、運命によって殺される……そしてきっと、その子供たちも殺されてしまう」

天乃が居なくなってしまう世界なんて受け入れられない

だが、満足げに「ありがとう」と言われたら

幸せそうに「子供たちをよろしくね」と言われたら

きっと、最愛の人を失った世界でも生きていけてしまうのだろう

しかし、その最愛の人が遺した子供たちまで世界は奪おうとするだろう

否、失うことを運命づけているだろう

東郷「そんな世界なら……命を懸けてまで守る理由にはならない」

みんながいるこの世界のまま

すべてを終わらせて永遠のものとしてしまった方がいい

死後の夢の世界で、当たり前の苦しみの後に愛おしい子供を抱く天乃とみんな

それで幸せに過ごしていく

東郷「樹ちゃんだって、久遠先輩を失った世界で生きていたくないでしょう?」

樹「それは、そうですけど……」

果たして、それは正しいことなのだろうかと思う

生きていたくないから世界を壊してしまうというよりも、

大切な犠牲を強いるこの世界を守る意味はないと見限ったというほうが正しいその選択

それはきっと、極端ではあるが全てを救う方法の一つなのではないかと樹も思う

とても簡単で、明確で、単純な一手

だが、それが【皇帝】の差したものなのか

樹「私は違うと思います」

東郷「!」

皇帝のカードはすぐに行動を起こして精力的に目標へと向かうことが成功へのカギだという意味もあるが

夢の為に前向きな行動をとり続けるべきだ。という意味もある

だからこそ、樹は否定する

自分の考えが、ここで出した答えがのちに響かせる影響など考えずに。

樹「それは、久遠先輩が望んだ未来を諦めただけです!」

それが、樹の決断だ


途中ですが、ここまでとさせていただきます
明日も通常時間から

樹と東郷の交流、続き


では少しだけ


樹「東郷先輩言ったじゃないですか……久遠先輩が苦しんだままで終わるのが許せないって」

東郷「……言ったわ。だけど」

樹「東郷先輩のやろうとしてることは、久遠先輩を苦しいまま死なせちゃうんですよ」

東郷「っ……」

それでいいのかと、樹は問う

幸せにしたいといった相手を

幸せになりたいと我儘を言ってくれた相手を

幸せにすると誓ったこの手で殺めてもいいのかと

樹「もっと別に、出来ることがあるはずです!」

東郷「樹ちゃん……」

樹「私は諦めたくない……諦めたくないんです東郷先輩」

だが、その望みを抱くだけではどうしようもない

だから、樹は東郷へと声を掛けに来たのだ

樹「……諦めないための知恵を私に下さい」

東郷「諦めないための、知恵……」

樹「諦めないための覚悟は私達がします」

何があろうと、どんなことがあろうと

決して諦めない強さは自分達が持つ

だから、その背中を押してくれる力になってほしいと樹は言う

樹「きっと、友奈さんだって諦めない。お姉ちゃんだって諦めない……夏凜さんだって、きっと」


同じ人を愛しているからこそ、樹は確信をもってそう言える

年初めのような弱さのない樹の強い瞳

姉譲りの力強さを持つ声

樹「教えてください東郷先輩、私達がどうするべきなのか」

東郷「…………」

一人ではきっと、何もできることはないのだろう

自分だけで考えれば

きっとろくな考えも浮かばないのだろう

だがこの心強い仲間たちの、諦めを知らない覚悟があるのならば

東郷「分かったわ……なら、少しだけ時間を頂戴」

樹「お願いします。東郷先輩」

後輩である樹の成長を喜ぶかのように

東郷は数時間前に浮かべたのとは全く違う笑みを浮かべながら、息をつく

諦めないための手を考えて欲しいと願われたのだ

それを導き出せると信頼を向けられたのだ

ならば、応えてあげるのが先輩の務めというものだろう

東郷「樹先輩が認めてくれる一手、なんとかしなきゃ」

樹「うぅ……先輩って言わないでください」

東郷「ふふっ、冗談」

冗談を言う余裕が出てきたのだと

樹と東郷は互いに思って、苦笑する

少しは明るい考えを持てるようになっただろうか

少しは前を向くことができただろうか

東郷「ありがとね……樹ちゃん」


樹「いえ、こんなにちゃんと言えるようになったのは皆さんのおかげです」

年初めの自分だったらこんなに強く出ることはできなかっただろう

誰かの決意を否定することなんてできはしなかっただろう

嫌なこと、辛いこと、苦しいこと、悲しいこと

たくさんの経験があった

嬉しいことも楽しいこともあった

本来ならば出会わない人との出会いを得て、

学べなかったはずのことを学ぶことが出来た

樹「だからこそ、私は諦めるわけにはいかないんだと思います」

もしも諦めてしまったら

天乃や東郷達だけでなく、

その精霊である千景や歌野、若葉たち

同じ部活の仲間として、友人として

同じ人に恋をしてしまった者として

同じ戦場に立った者として成長させてくれた人達すべてを裏切ってしまうことになるから

尽くしてくれた時間を無意味にしてしまうことになるから

東郷「本当……見違えたわ。樹ちゃん」

樹「恋する女の子は強いんですっ!」

えへへっ。と

自分の発言にちょっぴり恥ずかしそうに笑みを浮かべた樹に

東郷は「確かにね」と、同意する

東郷「分かるわ……何でもできそうな気がするのよね」

失くしてしまったわけではない

あまりにも非情な世界に忘れてしまっていただけ

だが、もうきっと忘れることはないだろう

東郷「その強い思いを余すところなく使い果たせる確実な何かを、私が考えて見せるわね」

樹「はいっ、お願いします!」

√10月08日目 夜(病院) ※月曜日


01~10 
11~20  歌野
21~30 
31~40  若葉
41~50 
51~60  夏凜
61~70 
71~80  友奈
81~90 
91~00  東郷

↓1


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から

では少しだけ


√10月08日目 夜(病院) ※月曜日


夏凜「……はぁ」

病室には戻りたくない

天乃の傍に戻りたくない

そう風に告げて出てきた中庭に差し込む光はもうすでに月明かりと人工灯のみとなっていて

何度目かの看護師からの注意を跳ね除けた夏凜はため息をつく

10月に入ってもう一週間以上経過した夜にまぎれていく吐息は白く色づいて

肌寒さも感じているのに、夏凜は戻ろうとは思えなかった

夏凜「誰も呼びに来ない辺り、天乃の体調があれ以上崩れたってことはないはずだけど……」

話せるほどに良くなったということもきっとない

相変わらず予断を許さない状況で

当然ながら面会など出来るような状況でもないだろう

そもそも、

今の天乃に誰もあえなくなったのは

天乃の体調悪化を傍で見てしまった夏凜の精神が崩壊しかけたからだ

何もできず、半狂乱になって

天乃の血に染まった状態で看護師によって運び出された数時間前の記憶

今思い出しても、

それはとても心を締め付けるもので

夏凜「…………」

血を洗い流したはずの手はまだ時々、血まみれになっているのではないかと怯えてしまう

それくらいに怖かったのだ

風には言葉で語ったが

言葉では語り切れないほどの恐怖があの場にはあった

心配と不安を抑え込んで絶句してしまうほどの恐怖が。


夏凜「私がそばにいるせいだとしたらきっと、300年前に分け与えられた力のせい……よね」

使う使わないの意思に関係なく、力は共鳴して干渉しあって

それが天乃の体に不調をきたしてしまっているという可能性は十分にある

だとすればやはり、近づかないことが得策だろう

もっとも、神樹様の干渉があるのだとしたら

夏凜一人離れたところで無意味かもしれないが……

夏凜「ったく……なんだってこんな――?」

悩んでも悩んでも答えの出なそうな状況の中、

ふと視界の端の気配に気が付いて、その姿を目で追う

気配だけでは判断しきれないが、

鍛えぬいた感覚が千景だと判断して、身体が動く

夏凜「こんな時間に……なんで……?」

千景らしき姿を追えば追うほど強く感じる天乃の力

血まみれになってもだえ苦しむ天乃のことがフラッシュバックしそうになるのを堪えながら、

病院の出口寸前で追いつき「千景!」と名前を呼ぶ

千景「…………」

夏凜「こんな時間に何してんのよ」

千景「私は精霊だから制限はないわ。でも、三好さんは違うはず」

何をしているのかという問いには答えず

なぜここにいられるのかの理由だけを答えた千景

何かがあるのではと一瞬訝しんだ夏凜は息を呑んで、苦笑する

風に見せたのと同じように、自嘲する笑みだ

夏凜「二日連続で体調不良を目の当たりにしたのよ? 帰れるわけないでしょ」

千景「別に貴女が引き金とは限らないわ」

夏凜「分からないじゃない」

千景「いいえ、分かるわ……貴女ではなく、この世界が久遠さんを苦しめているということも」


静かな語り口調はいつもの千景らしいが

そこに危うげなものが潜んでいるように夏凜は感じていた

何かを切り捨ててしまったかのような、良く言えば精錬された鉱石のように一途ななにか

夏凜「……やっぱり、神樹様が天乃の体に影響を与えてるってわけ?」

千景「貴女は九尾さんの話を聞いていないのね」

夏凜「九尾の話? どういうことよ……何かあったの?」

だれも呼びに来ていないから何もなかった

そう考えていた夏凜の驚いた表情に、

千景は表情を一切変えることなく、九尾が話していたことを伝えた

天乃の体は単なる体調不良ではなく、

体内に宿る力の乱れまでもが大きく影響していること

それには神樹様からの干渉も影響している可能性があるということ

そして、それによって天乃は通常時でも体に大きな負荷をかけていた

あの二つの力の同時利用をしているような状況に陥っている可能性があるということ

誤魔化すことなくすべて語った千景は

言い切ったことを示すように息を吐いて

千景「久遠さんはこの世界によって死のリスクを負わされていると言っても良い」

夏凜「……だから、こんな時間に外出するってわけか」

千景「三好さんも考えたのね」

夏凜「干渉してくる神樹様の排除……そりゃ、私だって考えるわよ」


神樹様の干渉があると断定される前から

神樹様の力が関与しているというのであれば

神樹様そのものを叩き切ってやろうか。なんて考えたのだと、

夏凜は千景と目を合わせることなく苦笑いを浮かべて、自分の手を見つめる

かつて、鍛錬に明け暮れて木刀を握り続けた手

力を得て、握るものを刀へと変わった手

そして今日、天乃の血に塗れた手

もう赤くはないと分かっていても

そこに天乃がいないのだと分かってはいても

どうしても体が震えてしまう

千景「……でも、神樹が干渉していると分かったわ」

夏凜「だから私にも力を貸せって言うの?」

千景「そんなことは言わないわ」

千景は救援要請を否定すると

闇に紛れて見えなくなっている神樹の方角を睨み、

夏凜から少しずつ離れていく

千景「これは、裏切りよ……汚名を着るのは私一人で十分」

夏凜「裏切りだって分かってて……」

千景「そう。分かっていても行かなければいけない。裏切りの世界を裏切って正す」

例え、そこで正されることなく世界が崩壊してしまうのだとしても

それは、世界がその程度だったということ

久遠家を裏切るという行いに罪はなく

久遠家を苦しめる行いに恥はないということ

なればそんな世界など滅ぼしてしまおうというのだ

それが、千景が神樹様に背負わせる死のリスク

千景「貴女はそのまま病室に戻ってくれればそれでいいわ。出来る限り久遠さんの大切な人は傷つけずに終わらせたいから」


では途中ですが時間なのでここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から

真面目な話は長い……明日で千景と夏凜の交流終了予定


では少しだけ


例え仲間であっても、友であっても

大切な人を守るためならば阻むすべてを打ち倒して進む覚悟がある

どれだけ嫌われることになろうと

どれだけ自分の心が傷つくことになっても

だが、戦う必要がないならば戦うことはないとも思う

千景「……久遠さんのことは、任せるわ」

夏凜が何も言わずにいるのを少しだけ待った千景は

表情を変えることなく背を向けて歩き出す

何も言わない、何もしないそれならば……と

夏凜「……目には目を、歯には歯を、毒には毒を」

千景がしようとしているのはそういうこと

それによって神樹様が天乃への干渉をしなくなれば良し

干渉を続けるというのならば

天乃やその後の久遠家が苦しむくらいなら、世界を崩壊させてしまおうという

夏凜「そんな身勝手な行為……裏切りを千景は自分の意志で、天乃のためにやろうとしてる」

震えている手ではない

目的を見定め、犠牲にするものをしっかりと把握したうえで

しっかりとした足取りで向かっている

――本当に、そうだろうか?

千景は犠牲にしてしまうものすべてを把握できているのだろうか?


夏凜「……天乃」

暖かく感じた瞬間から冷えていく血に濡れた手は

次から次へと吐き出される血に塗り固められ

目の前の大切な人にでさえ触れることを阻んだ

だが、その血はなぜ流れるのだろうか

二つの力の同時利用は死を意味するとされた状況だったはずの天乃が

それと同等の苦しみを味わい、血を流し絶叫しながらもなお

その苦しみと痛みから逃げ出していないのはなぜなのだろうか

そもそも、それを味わう切っ掛けである子供を作ったのは……なぜなのだろうか

夏凜「なぜ……? なぜかって……?」

苦しむ天乃が脳裏に浮かび、呻き声が木霊し

手に触れた血液のぬめりと熱さと冷たさがフラッシュバックし始めて

震える手を強く握りしめ、噛み切るほどに強く唇を噛む

夏凜「そんなの……あいつが生きたいからに決まってるでしょうが……」

生きていたいからこそ、

苦しみを味わってなお生きようともがいているのだ

血反吐を吐きながら呻き、苦しみに喘いで死にそうになりながらも

その先にある【生】を勝ち取るために這いずってでも生きようとしているのだ

苦しいことばかりの世界で

辛いことばかりの世界で

裏切られてばかりの世界で

それでもなお世界を守るために奮闘してきた久遠天乃という勇者は

受け入れようとしていた死から道をそれることを決意した

それはなぜか

夏凜「私達が願ったからだ……生きて欲しいって一緒に居たいんだって」



生きるのは夏凜たちの為だ

一緒にいるためだ

こんな世界であろうとも死に抗ってくれているのはみんなの為だ

だったら、夏凜たちは天乃の為に行動するべきだろう

何かをなすべきだろう

そうした考えの中、千景は天乃を苦しめる世界への反逆を選んだ

天乃を裏切り、仲間を傷つけることもいとわず、

世界が壊れてしまうリスクを覚悟のうえで。

神によって持たされる何らかの事象に対して、奇跡が起きなければ達成できない賭けに出る

それはきっと、何もできないよりは良いことなのかもしれない

――けれど。

夏凜「千景」

千景「…………」

夏凜「神樹様に手出しはさせないわ」

夏凜は千景を呼び止める

今度は見逃してはもらえない

力づくで押し通そうとするのだと分かっていても

夏凜は止めなければいけないのだと一歩踏み込む

夏凜「天乃はこんな世界でも生きようとしてくれる。私達が願ったから、私達がいるから、あんたたちがいるから」

千景が振り向き、

夏凜は振り向かれ向けられた鋭い視線を交わすことなく向かい合う


千景から感じる敵意と信念

単なる暴走や諦めではなく、世界への挑戦であるのだと信じて疑わない決意

簡単に説得できるようなことではないのは確かだ

300年前、苦しみを味わった千景は当時に気づくことが出来なかったとはいえ

同様に、あるいはそれ以上に凄惨だったであろう久遠家を知っており

そして、今の天乃に対する世界の在り方を傍で見てきた千景

その経験から導いた答え

千景「だから私を止めようというのね。こんな世界を守ろうというのね」

夏凜「勘違いしてんじゃないわよ、千景。私が守りたいのは天乃の世界よ」

神樹様によって作り出されているこの世界

それを今ここで守ろうという気はない

守りたいのは天乃の世界

学校があって、クラスメイトがいて、

瞳がいて、芽吹がいて

友奈や東郷、樹や風に園子達勇者部

若葉や千景、球子に歌野に水都に九尾といった精霊達

みんながいる世界だ

それを作っているのは神樹様ではない

それを守ってきたのは神樹様ではない

夏凜「ここまで守ってきたのは天乃……でも、この世界を作っているのは私達だから」


手の震えは止まらない

刻まれた恐怖が消えることはない

だが、それでもいいのだと夏凜は思う

この恐怖は喪失の恐怖

この不安は敗北の不安

周りが消えてしまわないように

周りの何かが損なわれてしまわないように

天乃がたった13歳の頃から背負い続けた責任だ

そしてそれが今、この手にあるのだというのなら

夏凜「天乃の世界を守る」

それが、それこそが

共に歩むと決めた三好夏凜のすべきこと

天乃の周りからは誰も欠けさせない

苦しみを耐え抜いた先で

誰かが居なくなってしまった世界にならないように

夏凜「あんたをぶん殴ってでも連れ帰る……この世界を壊させないために!」


千景「…………」

千景は駆けだして出ていくようなことはせずに夏凜の覚悟を黙って聞くと

小さく息をついてこぶしを握り締める

夏凜の覚悟から逃げるというのなら

それは自分の覚悟に後ろめたさがあるということになるからだ

千景「それでは300年続く呪いを断つことはできない」

久遠陽乃から始まった久遠家の苦しみ

認められず、許されず、苦しみと痛みと怒りをぶつけられ続けた一族

300年経ってなお世界を守った代償がそんな呪いであるのは変わらない

人は優しくなった

久遠天乃の周囲にはとても優しい人たちが集い

温かみのある世界になりつつあるのかもしれない

だが、世界の在り方自体は変わってなどいないのだ

いつまでも久遠の血を引く存在を苦しめようとする死を与えようとする

ならば、世界には死のリスクを負いながら更生してもらうしかない

千景「私は久遠さんを解放する……苦しみから、呪いから……」

裏切り者という悪の称号を持ち、神さえも殺める呪いの力を保持している自分がいる今しかできないこと

今やらなければきっと、これからも続くことになると思うから

千景「私は貴女を倒して先へと進む……彼女の在り方をこの世界に認めさせるために!」

夏凜の言い分が正しいと分かっていても、郡千景は身を引かない


ではここまでとさせていただきます
明日は出来れば昼頃から
交流が終わると言いましたが、嘘です



夏凜「褒めちぎったときの照れ笑い!」

千景「意外と敏感な内股!」

夏凜「天才と言われる影での努力!」

千景「その裏にある不器用さ!」

夏凜「……中々やるわね」

千景「三好さんこそ……ここ半年のポッと出ヒロインとは思えないわ」

風「戦うんじゃないんかいッ!」バンッ

樹「お姉ちゃん……今、胃薬貰ってくるからねっ!」


では少しずつ


夏凜「千景、力を使わないつもり?」

千景「三好さんが勇者になれない以上、私だけ力を行使するのは不公平だから」

それに、

力で圧倒的優位に立っての勝利などではなく、

同等の状況下で

自分の想いで打ち勝てなければ

相手の想いを上回ったとは言えないのだ

これは決して手加減でも驕りでもない

想い人の為であるという意地だ

夏凜「殴り合いとか……千景らしくないんじゃない? ハンデになるわよ?」

千景「貴女以上にシビアな世界で生きてきた私を舐めないでもらいたいわね」

左手をゆっくりと握りしめながら前へと突き出し

体を傾けて臨戦態勢へと推移させていく

格闘術を得意としているわけではないが

そう言った教材はたくさん見てきたのだと千景は記憶を弄る

どれもこれも通常の人間には出来るはずもない芸当――だが。

千景「行くわよ三好さん……貴女の想いで止められるのなら、止めて見せて」

西暦時代の勇者にして

久遠天乃の精霊である千景に、不可能などない


千景→夏凜 命中判定↓1  01~51 命中

夏凜→千景 命中判定↓2  01~89 命中


千景「……ッ!」

一気に踏み込んで、加速

本来なら大鎌を持っている手には何もない

圧倒的なリーチ不足

だが、だからこそ思考はただ一つに収束する

夏凜「……一点突破!」

二人の間にあったわずかな距離を滑走し詰め寄った千景は、

踏み込んだ足をそのまま滑らせ身を屈めて――

千景「ふっ!」

夏凜「!」

夏凜の右手を左手で弾き、

引きはがした右腕をそのまま掴む

弾いたらそれでいい、その油断が命取りになる一戦

ゆえに捕らえて離さず引き寄せてこぶしを握る

穿つために、貫くために

だが――

千景「一撃決……」

どこからともなく目の前を覆った黒い影

夏凜「ぶっとべぇッ!」

夏凜の鍛え上げられた足が迫り、

千景は貫くべき拳を地面へとたたきつけて回避する


靡いた髪を蹴り抜いた足をそのまま強引に傾け、かがんだ千景目掛けて振り下ろす

斜めに切り裂く刀のような軌道

下手にしゃがんでも回避は間に合わない

千景「なら!」

あえて、突撃する

ゼロ距離状態の突貫では夏凜に大したダメージは入らない

しかし、蹴り飛ばすための力が込められた足に直撃するよりは

夏凜のバランスを崩すだけの衝突の方が断然マシだった

夏凜「くっ」

千景「……ままならない、けど!」

夏凜を突き飛ばして距離をとった千景は

もう一度こぶしを握って前を向く

一度打ち合っただけでわかる力量の差

鍛錬を積んだとはいえ300年前

武器のない状況では勝機は薄いと残念ながら分かってしまう

それでもだ

千景「どんな状況でも諦めない人が、いつだって私の前にいてくれた」

見せてくれたその背中

学ばせて貰ったその経験を無駄にはしない

例え仲間と戦っているこの状況であろうと

己の想いを遂げるためならば

千景「私は諦めない……だから力を貸して、高嶋さん。貴女が救いたかった久遠さんの魂を救うために!」


千景→夏凜 命中判定↓1  01~61 命中

夏凜→千景 命中判定↓2  01~84 命中


近接戦闘での経験は夏凜が上

よって技量もまた夏凜の方が上であることは明白

であるのならば、とれる策は一つしかない

千景「……カウンター覚悟で叩き込む!」

さっきとは真逆に、

右拳を前へと突き出しながら右足を差し出し、

夏凜に向けた体を直線にまとめて一つの線と成す

夏凜「また突撃してくるつもり?」

千景「一途に想って何が悪いッ!」

夏凜「誰も悪いとは――言ってないっての!」

半ば怒りのような声に合わせて飛び出してきた 千景に引かれるように

夏凜もまた地を踏み抜き、駆ける

大した距離もないミドルレンジとロングレンジの中間距離

二人の素早い足取りによって、それは無となり衝突する

千景「これこそが未来を救うと分からないのなら!」

ぶつかり合う肘と肘

動かせば掬われる足

出方をうかがうべきその場面でいの一番に動いたのは千景だった

ぶつかった肘に肘を打ち付けてさらに距離を詰め、

そのまま身を屈めてみぞおちを穿たんと潜り込む――が

夏凜「それこそが天乃を苦しめると分からないなら!」

夏凜は引かれた左腕を無理やりに伸ばして拳を突き出し、

伸びかけた千景の左腕を叩き落す

夏凜「今ここで教えてやるッ!」


千景「くっ」

夏凜「逃がすかッ!」

左手を叩き落され崩れたバランスのままに距離を取ろうとした千景に対し、

夏凜は滑って転んでしまうリスクを無視して踏み込み、前のめりに千景を追う

ゼロ距離からショートレンジへ

距離は開いたが、攻める夏凜に対して逃げの体制の千景では圧倒的に不利だった

千景「だとしても――っ!」

夏凜「!」

それでも、千景は差し迫る夏凜の振り抜く拳を足に受け、

ダメージと引き換えに体勢を転換

その瞬間にも夏凜が迫る

振り抜いた左拳を追う右拳

本気の一撃、本気の想いが込められた最高の一打

千景「久遠さんの未来を掴み取る為なら!」

地に足つかない状態のまま、

千景は強く、右手を握り締めて想いを込めていく

落下による重力加速は加算されない

だが、そんな道理をこじ開けて打ち貫くのが精霊の一撃

千景「最後の苦しみを与える裏切り者にだって成り下がる覚悟がある!」


千景が消えてしまうことになったら、天乃は悲しむだろう

千景が無理をしたら、天乃は心配に胸を痛めるだろう

それらの犠牲、その行いが

自分の為だと知ってしまったら

きっと罪悪感を抱かずにはいられないだろう

その悲しみ、その痛み、その罪すべての憎しみを一手に引き受ける覚悟があると、千景は言う

しかし――

夏凜「この世界の正しさが天乃にとっての正しさにはなり得ないって――」

千景の想いは夏凜の顔の真横を通り抜けていく

掠りもせず、靡いた髪にも触れることが出来ずに拳は空間を穿ち

夏凜「――言ったでしょうが!」

夏凜の想いが千景のほほを撃ち貫く

激しい鈍痛を彷彿とさせる衝突音が響き、千景の体が宙を舞って地面を転がる

精霊ゆえに痛みは軽減されているにも関わらず

千景は痛みに呻いてふらつくように顔を上げた

夏凜「あんたは神樹様や千景だけの犠牲で終わると思ってるかもしれない……けど、そばに居たらわかるはずよ」

千景「…………」

夏凜「千景のそれは結局、天乃から幸せを奪う結果に繋がるんだって」


千景「……でも、傷は貴女達なら癒せると信じた。だから私は」

夏凜「天乃の心の傷が癒せるような人間がいたとしたら、それは創作上の主人公だけだっての」

底知れない優しさを持つ天乃は

犠牲にしてしまった人達のことを忘れる事が出来ない

いつまでも心のどこかにその人々への想いを抱いて生きていくのだ

それをなかったことにはできないし、

千景たちの犠牲によってそれがまた掘り起こされようものなら

もう二度と、癒してあげることはできないだろう

夏凜「あいつはああ見えて一番脆い……他人の為に強いだけの馬鹿なのよ」

それを知らない千景じゃないはずだけど。と

夏凜は声をかけながら千景に手を差し述べて、立たせる

夏凜「だから千景は無理すんな」

千景「止められた以上は従うわ……けれど、もしもの時は」

夏凜「分かってるわよ」

例え神樹様相手であろうとも剣を向ける

誰か一人が無理をするのではなく

全員が納得した上での反逆

その時が来たら協力は惜しまないと、夏凜は頷いた

√ 10月08日目 夜(病院) ※月曜日

01~10 
11~20 体調

21~30 
31~40 
41~50 九尾

51~60 
61~70 
71~80 体調

81~90 
91~00 沙織

↓1のコンマ  


では少し中断します
場合によってはこのまま終了で明日の持ち越しとなりますが
その時はおそらく連絡なしに再開は明日の通常時間になります


では少しだけ


√ 10月08日目 夜(病院) ※月曜日



ゆっくりと病室の扉を開けて中に入った夏凜は

すでに寝静まった空気を乱さずに済んだことを確認して、一息つく

風に戻らないといった手前

こんな時間に戻ってくるのはいささか気が引けたのだが

千景を連れ戻すといったのだ

戻らないわけにはいかなかった

夏凜「自分で首を絞めるってこういうことなのね」

夏凜のベッドの隣の空白

きれいに整頓されたまま動いていない天乃のベッド

それを見るのが嫌でさっさと自分の布団に入ろうとしたところで、

その向かい、風のところから声がこぼれてきた

風「戻ってこないんじゃなかったっけ?」

夏凜「なんで起きてんのよ」

風「部長だから」

夏凜「……色々あったのよ。色々と」

あそこで千景が出てこなければ、

きっとあのまま考え直すようなことも何もなく

外の暗闇の中で一夜を明かしていたかもしれない

天乃の血に自分が濡れた理由

この手が震えてしまう理由

なにも考えずに、天乃の苦しみがただ自分のせいなのだとふさぎ込むだけだったかもしれない


夏凜「でも、ちゃんと戻ってきたわよ」

風「なら良し。明日の天乃の不安はあるけど、早く寝なさーい」

夏凜「起きてたやつが何を言うか」

呆れたように、出来るだけ押し殺した声で呟いて

ベッドの周囲のカーテンを閉める

明日の天乃の不安

だが、明日の天乃の希望もある

もしかしたら体調がよくなっているかもしれないと思うのは

連日の不幸のせいか少し臆病になってしまうが

誰かが希望を持たなければ

本当に駄目になってしまう気がして

夏凜は震える右手を左手で強く握りしめて、祈るように胸元へと引き挙げる

夏凜「……天乃、あんたは弱いし寂しがり屋だけど。でも、誰よりも強い」

待っている人がいるから

願っている人がいるから

想う人がいるから、天乃は強い

そんな人たちがいればいるほど

天乃は本来の弱さなど嘘のように力強さを見せてくれる

夏凜「普段はやめろとか言っときながらアレだけど、今は許す」


そんなこと言ったと知れたら

天乃はきっと文句を言うだろうと考え、

お茶目で子供っぽさを残した天乃の笑みを想い浮かべて、

夏凜は思わず苦笑する

夏凜「…………」

だからこそ、

天乃の笑み、温かみのない今は少しだけ寂しいと思ってしまう

人の温もりが欲しい時期に与えて貰えなかった夏凜は、

夢路瞳という家族ではない人に貰うことが出来たが

それはただただ、優しかった。厳しさはなかった

肉親にはある厳しさがそこには欠けていて

あくまでも他人であるという異物感が拭えることはなかった

しかし、天乃は違った

心配ゆえに怒り、厳しく接することもあって

安堵ゆえに喜び、優しく接してくれることもあって

時と場合によっては本気で怒ることもある

夏凜にとって天乃は、家族よりも家族らしい大切な人なのだ

夏凜「エロいことが控えめなのも、多分そういうことなのかも」

もちろん、だからと言って一切したくないというわけでもないが。


傍にあるからこそ有難みは薄れて

失くしてしまった瞬間にその大切さに気付く

天乃の場合は常に死にかけているせいか、

傍にある有難みが薄れることも忘れてしまうこともないけれど。

夏凜「……明日は、元気になってるといいけど」

少なくとも、吐血するほどの酷さでなければいい。と

夏凜は願うように目をつむって息をつく

千景と戦った体の熱はまだ少し残っていてなかなか眠れないが

それでも、と、呼吸のリズムを一定に保って心身を穏やかにし、

ゆっくりと眠りへと落ちていくのを待つ

夏凜「私の力……それが少しでも、役に立てば……」

300年前に分け与えられた力

それが天乃を苦しめるだけなはずがない。と

自分の存在が天乃にとって害であるはずがない。と

夏凜は自分とその力を信じて願う

夏凜「あんたが無事に戻るまで、私はあんたの世界を守ってやるから……」

早く、戻ってきなさいよ。

誰もいない隣のベッドにそう声をかけて

夏凜は眠りへと、落ちていく



1日のまとめ

・   乃木園子:交流有(体調不良)
・   犬吠埼風:交流有(体調不良、夏凜)
・   犬吠埼樹:交流有(体調不良、東郷、決断)
・   結城友奈:交流有(体調不良、沙織)
・   東郷美森:交流有(体調不良、樹、神樹様への反逆)
・   三好夏凜:交流有(体調不良、風、千景、自分にできること)
・ 
 乃木若葉:交流有(体調不良、千景、消滅するということ)

・   土居球子:交流有(体調不良)
・   白鳥歌野:交流有(体調不良)
・ 
 藤森水都:交流有(体調不良)

・    郡千景:交流有(体調不良、消滅に関して、自分なりの正しさ)
・  伊集院沙織:交流有(体調不良、友奈)

    九尾:交流有(体調不良)
・     神樹:交流有(穢れに満ちた異物)


10月08日目 終了時点

乃木園子との絆  67(高い)
犬吠埼風との絆  96(かなり高い)
犬吠埼樹との絆  82(とても高い)

結城友奈との絆  102(かなり高い)
東郷美森との絆  112(かなり高い)
三好夏凜との絆  133(最高値)
乃木若葉との絆  94(かなり高い)

土居球子との絆  40(中々良い)
白鳥歌野との絆  42(中々良い)
藤森水都との絆  34(中々良い)
 郡千景との絆  40(中々良い)
  沙織との絆  114(かなり高い)
  九尾との絆  62(高い)
  神樹との絆   9(低い)



√ 10月09日目 朝(病院) ※火曜日

01~10 
11~20 体調

21~30 
31~40 
41~50 体調

51~60 
61~70 
71~80 大赦

81~90 
91~00 晴海

↓1のコンマ  


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


園子「これは天の神の呪いっていってね」

園子「穢れの正体なんだ」

友奈「これが、久遠先輩を苦しめてる元凶……」

夏凜「神殺し……バーテックスの親玉って言うなら遠慮はいらないわね」


バーテックス「待って、違う。冤罪、冤罪だッ!」


では少しだけ


√ 10月09日目 朝(病院) ※火曜日


夏凜「天乃は!?」

風「しーっ!」

夏凜「っ」

沙織「今は落ち着いてるって」

慌てて天乃の病室へと駆け寄った夏凜は、

風の制止、沙織の返答に足を止めて

面会謝絶を掲げる扉の取っ手を掴んだところで周りに集まった勇者部の面々へと目を向ける

東郷「面会は久遠さんを下手に刺激すると危ないからダメだって言ってたわ」

夏凜「変に刺激って……」

夏凜がいつも通りに過ごそうと鍛錬へと出かけている最中のことだ

天乃は吐き出すような体力さえなく

溜まってしまった血と唾液が窒息させて殺しかけたのだ

もちろん、勇者ゆえに何らかの方法で窒息死はしないだろうが

それゆえに延々と苦しみ続ける可能性があったという

それを止めた九尾だけは今も中にいる状況

彼女ならばしっかりと見ていてくれるだろうと

みんなも心配しつつも中へと入るのは抑えているのだ

友奈「もう吐くような元気さえないなんて」

樹「連日なので食事がとれてないみたいで……点滴も打てていませんから」

風「衰弱する一方……ってわけか」

沙織「吐くのは体が苦しみから逃れるため。でも、それさえ出来なくなったら苦しみだけが続く……まずいね」


夏凜「とはいえ、私達にできる事なんて」

東郷「一つ、提案があります」

友奈「東郷さんには、考えがあるんだね」

打開策とは言えないけどね。と

東郷は少し申し訳なさそうに友奈から樹へと視線を動かすと

一瞬、考え込むように目を伏せて

東郷「久遠家……久遠先輩のご両親のいる神社になら、久遠家の力に関しての何らかの情報が得られるのではないか。と」

樹「でも、それなら九尾さんに話を聞いた方が」

沙織「どうかな……九尾さんは穢れの対処法は知っていたけど、妊娠と出産をしたのは久遠家だから。その時の対処法にまで手は伸ばしていないと思うんだ」

特に、バーテックスとの戦いがなかった期間は

基本的に表に出てきてはいなかったはずだし、

同じように干渉も控えていたことだろう

であれば、そう言った知識が九尾には渡らずに久遠家の中に眠っている可能性は非常に高い

夏凜「考えは分かった。けど、天乃と同じレベルの症例があるの?」

東郷「そこは行ってみないとなんとも……ただ」

ただ、確実に言えるのは。と

東郷は鬼気迫る表情で全員を見渡す

普段は明るい友奈達も

その雰囲気に押し負けてか、息を呑んで

東郷「行かなければ何もわからない。たとえ断片しか得られないのだとしても、私達は出来ることをするべきだと思うわ」

沙織「それはそうかもしれないけど……いや、こんな状況で余計な考えはいらないよね」


樹「何かあるんですか?」

沙織「久遠さんの状況を考えれば全然大したことじゃないんだけど……」

大した事ないとは言うが

今の天乃の状況と比べて勝るものなどとてもではないがないだろうと思うみんなを見渡した沙織は

少し困った様子で

沙織「ほら、一応久遠さんってみんなの家……東郷さんと犬吠埼さんはまだだけど挨拶回りに行ったよね」

友奈「あっ」

風「そういえば……あたし達って誰も行ってなくない!?」

夏凜「確かに今はくだらないけど結構な問題よね。それ」

怒涛の展開に苛まれていたとはいえ、完全に失念していたのだ

相手が相手ならふざけるなと怒鳴られても仕方がないまであるのではと樹は言ったが

沙織は「話せばわかってくれる人だよ」と、なだめて笑う

沙織「とにかくそういうことだから、気を付けようね」

樹「そうですね……本当は久遠先輩と一緒にご挨拶したかったですけど、背に腹は代えられないっていうもんね」

球子「それなら学校はまた休むのか?」

風「球子……いつの間に」

千景「精霊だからどこにでもいるわ。学校を休むならついでに乃木さんも連れて行って」

若葉も九尾の力を借りて学校に通ってはいるが

みんなが行かない場合根掘り葉掘り聞かれてしまうため、

当然、若葉も欠席となる

そして、若葉は天乃の傍にいるよりは心が落ち着くだろうと千景は言う


若葉「少し気になることもあってな……それに、挨拶は私もすべきだろう?」

消えるかどうかは未定

だが、付き添う一人として話をするべきだという若葉に

夏凜たちは頷いて同行を求める

風「球子と千景、歌野に水都と九尾が残りか……いろいろな意味で十分安心か」

天乃に下手に手出ししたりするようなメンバーはいないし

万が一何かが起きたとしても

出来る限り冷静に対応できるであろうメンバーだ。

もっとも、球子には多少の不安はあるが。

夏凜「なんにせよ、遊びじゃないし浮かれてもいられない。決まったならさっさと行くわよ」

東郷「やる気に満ちているわね、夏凜ちゃん」

夏凜「出来ることをやるだけよ……ただ、全力で」

友奈「そうだねっ、夏凜ちゃんの言うとおりだ」

元気よく言って見せた友奈は我先にと踏み出して、

友奈「今はやれることを頑張ろう!」

皆はそれについていく

少しでも天乃の為に出来ることを行うために

見つけ出すために


√ 10月09日目 朝() ※火曜日

01~10 残念ながら
11~20 九尾

21~30 
31~40 
41~50 沙織

51~60 残念ながら
61~70 
71~80 風
81~90 
91~00 夏凜

↓1のコンマ  


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


夏凜「天乃の部屋に入り込んだりとかするんじゃないわよ?」

東郷「小学生時代の久遠先輩……」ジュルリ

夏凜「なんか危ない何かが聞こえたんだけど!?」

友奈「大丈夫だよ~東郷さんは私が見てるから」モゾモゾ

夏凜「あんたは天乃の体操服着ようとするなッ!」バシンッ


風「ふぅ……夏凜がいてくれてよかった」

樹「お姉ちゃん……」


では少しだけ


√ 10月09日目 朝(神社) ※火曜日


友奈「ここが久遠先輩のご実家なんですか?」

沙織「当然だけど寝泊まりしてるのは別だよ。もうちょっと離れ」

風「天乃のお母さんか……」

顔も見たことのない風達にとって、

天乃の母親というのは全く想像がつかない人物だった

天乃やその姉である晴海はお転婆というべきか自由奔放

その兄も然り。

であれば母親もそうなのではないかと思ってしまうが。

夏凜「東郷は何か知らないわけ? 一応付き合いあるんでしょ?」

東郷「あるにはあるけれど、ここに来るのは私も初めてなの」

友奈「久遠先輩は自分のところに呼ぶより相手のところに行こうとしそうだもんね」

風「行くって言うより押し掛ける感じよねぇ……きっと」

東郷「どこかに連れ出されることが多かったわ」

当時は緊張感がなくてふざけている、抜けている

適当だ、年長者としての自覚、選ばれたものとしての責任

色々なものが欠けていると不満ばかりだった態度だが

今思えば自分たちには荷が勝ちすぎていた重い責任だったからこそのものだったと

東郷は懐かしく思って、笑みを浮かべる

若葉「ふむ……とにかく急ごう。境内のどこかに母上がいるはずだ」


お守り売り場のにいる雇われ巫女さん達の助力を得て天乃の母親の居場所を突き止めた夏凜達だったが

本殿の中に入る許可……までは下りなくて外で待機していると

天乃の母親らしき人が姿を見せた

巫女装束に包んだ体は天乃よりも高いが、平均を下回った小柄さで

専用の垂髪というあまり目にしない結び方をされた髪は

天乃よりも少し色濃くなっているが

確かに桃色で

「なるほど……あなた達ですか」

全員を見渡し、大人びた冷静さを持った声で呟いた母親は

小さく息をつくと「どうぞお入りなさい」と

て招いて本殿の中へと導く

案内されたのはその一室、客間のような内装になっている場所

風「あの、大切な話があるんです」

「大方の話は聞いています。あの子の体の事でしょう?」

東郷「伝わっていたのなら、どうして――」

「赤の他人に見舞われても困るだけでしょう」

鷲尾の両親がそう言った姿勢を貫いていたように

久遠家もまた、基本的にはその姿勢を貫くつもりだったのだ

最も、天乃はそれでも結婚のあいさつに来たのだが。


樹「あ、あのっ」

「ん?」

樹「ご挨拶できなくてすみません……でも、今はもっと大切なことがあるんです」

同性でありながら結婚するといった特殊な件等含めて

色々と話すべきことがあるのだろう

だが、今はそれよりも大切なことがあるのだと

樹は気力を振り絞って言う

樹「久遠先輩の体に関して、その久遠家がどんなふうに対応していたのかとか……」

東郷「その対処法を記した何かが在ればお借りしたいんです」

「そうねぇ……」

悲し気に眉をひそめた母親は

言葉が続くのかどうか微妙な状態で口を閉ざして

「私も探しはしたのだけれど、見つかっていないのよ」

夏凜「っ」

「もちろん、すべてを探しきったわけではないから可能性がないとは言わないわ。でも」

若葉「なら、私達にも探させては頂けないでしょうか? 手は多い方がいいと思いますし」

風「倉庫整理とか、猫探しとか得意ですよあたし達!」

友奈「ね、猫は関係ないですけど……でも、まだ可能性があるのなら。私はその1%を信じたいです」


誰も諦めようとしない

例え99%可能性がないのだとしても

たった1%の希望があるのなら

それを信じて出来る限りに突き進む

それが、天乃に集まった少女たちの生き方

今ここにいる、勇者たちの答え

夏凜「……だめ、ですか?」

「…………」

駄目押しのように求める夏凜へと目を向けた母親は、

改めて全員をその視界に収めて、沈黙する

見定めているかのような視線にはどこか威圧感があって

けれど、樹でさえも動じることはなかった

古い書物ゆえに、それは久遠家が持つ大切な歴史

簡単に触れさせていいものではない

けれど……

「分かったわ。そこまで言うのなら手を貸してもらうわ」

元々、そんな歴史だのなんだのにこだわっていられる状況ではない

「ただし、あまり期待はしないで頂戴ね」


01~10 風
11~20 若葉
21~30 
31~40 樹
41~50 東郷
51~60 若葉

61~70 
71~80 
81~90 夏凜

91~00 友奈

↓1のコンマ

※空白はなし


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


風「あ、あった! あったわよ!」

東郷「流石です風先輩、猫探しが得意なのは伏線だったんですね」

夏凜「いや、猫は関係ないでしょ」

東郷「ううん、久遠先輩は【猫】だから関係あるわ」

夏凜「はぁ?」

友奈「あはは……夏凜ちゃんの言う猫と東郷さんの言う猫は絶対に意味が違うと思うよ」


では少しだけ


久遠家が貯蔵する古い歴史書などの書物は多くはないが

それ以外の置物などが多く、そのうえ壊れやすいものが多かった

風「パッと見た感じじゃガラクタにも見えるけど……大事そうに保管されてる辺り、価値があるってことなのよねぇ」

東郷「経年劣化は物の定めですから」

風「東郷はこれがどんなもので何なのか―とか分かる?」

東郷「いえ、さすがの私にも手がかりなしには分かりません」

触れば砕け散ってしまいそうなほどに劣化した棒状の何か

刀のようにも見えなくはないが

すでに大部分が崩れてしまっているため、判別は不可能だった

風「天乃の神社って外観や内装的には比較的新しく見えるけど……古いものが結構あるわよね」

東郷「改装したり手入れをしっかりしているからではないかと」

風「んー……」

本当にそれだけなのだろうか

それにしては古めかしい品々の量が多すぎる気がするのではないか。と

悩ましく思いながらも

一つ一つを丁寧に除けては時折まぎれた書物に目を通して

風「……ん?」

東郷「風先輩、どうかしたんですか?」

風「久遠家の五代目の人に関してのことが書いてるのがあったんだけど……どうやら、それっぽいわ」


夏凜「対処法が見つかったって?」

樹「まだわからないですけど、書物は見つかったみたいです」

手分けして探していた全員を呼び集めて客間へと戻り、

劣化してしまっている手記のような紙の束を全員で見つめる

若葉「五代目……それでもまだ神世紀75年か」

友奈「五代目で始まったばっかりだったとか」

「いえ、初代……私達の先祖である陽乃の死に際が神世紀の始まりですから75年の間に二代から四代までがすでに……」

後継者争いが酷かったなど到底あり得ないようなことがあったとすれば

一人の寿命程度の期間に三世代も入れ替わって当然かもしれないが

そんなことはなかったはずだ

樹「勇者だったから、とか」

風「だといいけど……」

ちらりと目を通した風は

樹や友奈の言葉に反対意見こそ述べなかったが

明らかに浮かない表情で

夏凜「風……それで何が書いてあったのよ」

風「なんでも72年に厄介なことが起きたせいで不安定だったらしくて、五代目も酷く苦しんだらしいのよ」


東郷「72年と言えば、カルト集団による大規模な事件という歴史の教科書にも載っているお話ですよね」

若葉「だが、きっとそう簡単な話ではなかったのだろうな」

少なくとも

カルト集団による大規模な事件などという簡素な言葉で片づけてはいけないような

とても凄惨なことだったに違いないと若葉は零す

風「問題は、その苦しみを和らげた方法……なんだけど」

樹「お姉ちゃん?」

風「……心して見るのよ。五代目がどうやってそれを凌いだのかが書かれてるわ」

風は自分での説明を避けて

該当したページを開いた状態で机の上に置くと

全員が固唾をのんでそのページに影を落とす

書かれていたのは確かに解決方法だった

けれどそれは

天乃が絶対に嫌がるような解決法

友奈「穢れによって発生する呪いを他人に肩代わりさせ、それを犠牲とすることで五代目自身が蝕まれることから逃れた……?」

「要するに身代わりを作ったということですね……そしておそらく、それが72年の事件にも関与しているのでしょう」

夏凜「つまり……なによ。天乃が楽になるには誰かがその穢れの依り代として犠牲にならなきゃいけないってこと?」

東郷「書かれていることが事実なら、そういうことになるわ」

あり得ない手段

あってはいけない解決策

それを突き付けられ、口を閉ざすしかない勇者部の面々の中

ただ一人、若葉だけは手記に最後まで目を通し、息をつく

若葉「……この協力者となっている弥勒家を探して話を聞こう。もしかしたら、逃れる術を見つけ出している可能性がある」

諦めるにはまだ早い

そう言うような力強い声で次の行動を示した


では途中ですがここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


協力者である弥勒家の結末は、『楠芽吹は勇者である』 をお読みください


では少しだけ


夏凜「弥勒……?」

風「知ってるの夏凜?」

夏凜「どこかで聞いた覚えはあるのよ……どこだっけ」

風「いやあたしに聞かれても」

弥勒という名前

どこかで聞いた覚えはあるという夏凜だが

それがどこでだったのか

どんな人物だったのかはあまり記憶にない

けれど、人との付き合いを頑なに絶ってきた来た人生において

出会いの場はそうそうないと夏凜は自称して

夏凜「もしかしたら楠……いや、芽吹なら」

東郷「少し前までは一緒にいた人なのに……こういう時にいないなんてまるで」

運命に翻弄されているようだ。と

東郷は言いかけた言葉を飲み込む

もしもそうだとしたら、

天乃の現状もまた、運命による悪戯ということになってしまう

その考えは、非常に危険だ

友奈「そ、それじゃ芽吹ちゃんに会いに行けばいいんだよね?」

風「そうなんだけど、大赦が会わせてくれるかどうか」

夏凜「兄貴に会えるよう手配できないか連絡できれば早いんだけど」

樹「瞳さんならお兄さんに直接お話しできないんでしょうか?」

夏凜「……可能性が一番高い、か」


実際に出来るのかどうかはわからないが

重要人物である天乃の送迎係―今は休みが多いが―で

その報告を任されている立場である瞳ならば

意外と重要な役どころを任されている春信相手であっても

直接話をできる可能性はあるだろうと考え、ひとまずは瞳と合流することに決めた

東郷「では、瞳さんがこちらに来てから行動開始ですね」

夏凜「すぐ来るって話だからもう外で――」

若葉「言い出した立場で申し訳ないが、私はここにのこっても構わないだろうか?」

風「ん? なにかあるの?」

若葉「ああ……もしかしたらまだ眠る情報があるかもしれないからな」

樹「でも、ほぼ全部の書物は見ちゃったってお義母さんが」

天乃の母親は、

ここではこれ以上得られる情報はないと思う。と言っていたし

実際、古めかしい書物が貯蔵されていた場所に置かれていたものに関しては

すべて目を通したと言っても過言ではないかもしれない

だが、若葉はそれでも。と切り込む

若葉「私一人で構わない。少しでも情報を得たいんだ」

ただ希望的観測を抱いているわけではないと分かる若葉の瞳は

どこか不安に満ちているようにも見えて

友奈はぐっと足に力を込めて、一歩進み出た

友奈「あの全員行く必要もないと思うので……何かあるかもしれないなら別行動も必要だと思います」


風「まぁ、確かにね……というか、別に若葉の行動を止めるような理由もないし」

夏凜「とはいえ、若葉一人じゃ連絡取れない――」

友奈「それなら私が残りますっ、力仕事とかあるかもしれないので」

東郷「車いすの私が……と思ったけれど、確かにそれがあると私には力不足だわ」

少し残念そうに言った東郷は、

それなら友奈ちゃんと若葉さんだけ残って調べ物をする形で

私達は予定通り楠さんに話を聞きに行きましょう。と、提案する

もう少し人数をここに割いても問題ないのではと樹が言ったが

芽吹を探したりしないといけない可能性や

その後の捜索等が行われる可能性もある以上は、と若葉が断った

東郷「友奈ちゃん、若葉さん。こちらのことはよろしくお願いします」

友奈「うんっ、何かあったら連絡するからね」

風「こっちも、出来る限り最善の方法を見つけてくるから」

今分かっている解決策では

天乃に秘密にして勝手に行わない限り

天乃のことを救うことは出来ない

天乃のことのみ考えれば、それも良いと行えてしまうが

しかし天乃を第一に考えるならば、そんなことをするわけには行かないから

若葉「すまないが、そちらはよろしく頼む」

夏凜「元々、大赦と若葉では相性悪いだろうし妥当な判断でしょ。頼んだわ」

吉報を用意できるようにと願い、

互いの拳を軽く打ち合わせて若葉と友奈、夏凜たちに分かれて行動を行うことにした


√ 10月09日目 昼() ※火曜日

1、若葉組(若葉・友奈)
2、夏凜組(夏凜・風・樹・東郷)


↓2

※視点変更


ではここまでとさせていただきます
明日はおそらくお休みをいただくかと思います



若葉(私の記憶の中では、久遠家を大赦に取り込み存在の抹消を図っていた)

若葉(だが……それが今や一般の神社として開放されている)

若葉(本来なら、それはあり得ない)

若葉(ここは一体、何のために? 久遠家はなぜ、表立って活動できている?)

若葉(……嫌な、予感しかしないな)

仮定 正式 (誕/死)
陽乃 初代 (2)  享年15?
初代 二代 (2/17) 享年15
二代 三代 (15/30) 享年15
三代 四代 (28/44) 享年16
四代 五代 (42/58) 享年16
五代 六代 (56/72) 享年16

陽乃さんから二代目に移ったのがいつか解らないけど
五代目というのが間違いじゃないなら二代目が初代(一代目)と数えて五代目の可能性があるな
正式に建て直せたのが二代目だからかな?


では少しだけ


瞳「友奈ちゃんは戻られないんですか?」

夏凜「友奈と若葉は残ってもう少し調べ物をする事になったのよ」

瞳「そっか……それで夏凜ちゃん、お話って?」

夏凜「ちょっと探してる人がいるのよ」

夏凜は、

自分の知り合い―記憶にはあるがない程度―である弥勒家の人間を探しており

それが訓練生時代の同期である可能性が高いこと

そこに近づくために芽吹に会いたいが

居場所などが分からないために春信と連絡が取りたいことを

全部話して、連絡が取れないかどうか求めた

瞳「なるほど……確かに、私は春信さんと連絡を取っていますが、それはあくまで久遠さんに関する報告であって私用ではないんです」

樹「それは解ってます、でも、どうしても必要で……」

瞳「春信さん以外も目を通す連絡だから……」

協力したい気持ちはやまやまだが

天乃に関しての報告用ということもあって

当然ながら春信以外の目にもとまるようなものとなっている

そのため、下手に連絡をすると周りに知られ報告係等

色々な部分に手を加えられてしまう可能性まで出てくるのだ

そうなると、不具合やいろいろな問題も生じてくるわけで


瞳「どうしてもというのなら弥勒家を探すという手もありますが……そう簡単ではないですし」

西暦のまだ何事も無かった時代と比べれば、

この世界はとても狭い小さな場所かもしれないが、

四国という一つの大きな地域でもある以上、

その中からたった一つの家を見つけるというのは至難の業だ

瞳「でも……そうですね」

瞳は悩ましげに粋をつきながら零すと、

東郷たちを一周してまた夏凜へと目を向ける

いつも瞳から何かを言うとそれに答えるようなことばかりだった夏凜は

いつからか天乃に関して色々と言う様になった

報告だと、情報のすり合わせだと

なんだかんだ理由をつけていた最初の頃

それが今ではほぼ一日中一緒にいるような関係にまでなっているし

瞳のところに帰ってくることはもうほとんど無くて

天乃の体調もあって送迎係の仕事も減ってきていることもあって

寂しくないといえば嘘になる

けれど、同時に嬉しくもあるのだ

自分の子供ではないが、

他とは一線を引いていた夏凜がいまや勇者部に完全に溶け込んで

その為にがんばろうとしているのは。

瞳「皆さんには申し訳ないですが、久遠さん……久遠様を利用させてもらえれば可能かと」


風「利用?」

瞳「言い方は悪いですが、久遠さんの体調の不安定さを利用して春信さんを呼び出そうかと」

現状、天乃の意思確認を行うことはできないが、

妊娠検査の立ち合いを春信に行うなど

大赦の関係者でも春信ならばある程度は許されるだろうという身勝手な考えの元

実際に立ち会ってもらえるように頼むのだ。

一部大赦の人間は

天乃の体調不良が災いの予兆ではないかと警戒する声も上がっており

慎重な対応が求められている今なら

本来は許されないだろう春信の呼び出し、個人的な接触も許容されるのではないか。というのが

瞳の考えだった

夏凜「…………」

瞳「言いたいことがあるのは分かりますが、夏凜ちゃん。確実性の高い方法はそれしかないんです」

夏凜「……いや、形振りかまってられない状況だってことは、私が一番分かってるから」

ただ。

そう、ただ、身内である自分ですらあまり自由に連絡できず

出来ても第三者が目を通すという今の関係が今更ながら納得出来なかっただけで。

瞳の提案が間違っているとは思わないし

そこに抱く嫌悪感はない


東郷「では瞳さん、それでお願いできますか?」

瞳「うん、でも早くて夕方か夜。遅ければ明日になるかもしれないけど、いいかな?」

何よりも優先すべきことではあるのだが

それでも絶対に今すぐ会えるということはないだろう

少なくとも、昼間の時間は無理だ

夏凜「何でも良い……弥勒家の手掛かりがつかめるなら」

瞳「分かった……分かりました。連絡してみますね。少し待っていてください」

瞳が連絡のためにその場を離れていったのを見送ってから

風はそっと夏凜の隣に並ぶと

少しだけためらいながら、小さく口を開く

風「弥勒家の人には必ず会えるからきっと大丈夫よ」

夏凜「分かってるけど」

風「…………」

弥勒家を探さないといけないとなってから

ずっと浮かない顔をしている夏凜

その気持ちはわかるけれど……

垂らした腕に力と優しさを少し

そしてぺしっと軽く夏凜の背中を叩くと

振り返った夏凜に、風は困った表情を浮かべる

風「ならそんな顔しない。しゃきっとする!」

夏凜「風……」

風「夏凜が弥勒さんのことを覚えてなかったことを悔やんでるのは分かるけどね」

覚えてないことは仕方がない

むしろどのような?がりがあったのかだけでも覚えていただけで

十分なのだと風は言う

風「その時にこんな重要な人になるなんて普通思わないだろうし」

夏凜「風に言われなくたって分かってるわよ」


けれど、覚えていればもう少しスムーズに行けたかもしれないとは思うのだ

もちろん、風が言うように気にしているわけがないし

覚えていなくても仕方がないと言うのは十分わかっているけれど

それでも。

夏凜「天乃の体の事だってそう、気遣って手を出さなかったらエロいことが足らなかったとか言われるし私っていろいろ足りてないのよ」

風「そりゃまぁアタシも思った。スキスキオーラ――」

夏凜「出てない」

風「……出てるのに、あんまりしようとしないでしょ? 天乃が発情期に入っても基本あたし達任せで」

夏凜「発情期は止めてあげなさいよ」

似たようなものだけど。

そう思って、小さく笑う

人間も動物と言えば動物だけれど

発情期というのはなんだか余計に獣的で違うような気がしたのだ

もちろん、九尾に触発されて女狐っぽくなっている可能性も否定は出来ないが。

風「天乃が一番好きなのは夏凜だってわかってるでしょ?」

夏凜「どーだかね。あいつの場合、好きに順位とかない気がするけど」

風「天乃が意識的に優劣付けられないとしても無意識に定めてる感じはあると思うわよ?」

夏凜「……まぁ、多少は」

風「あたし達は天乃が居れば幸せだし、天乃にとってもきっと、同じ」

皆がそばにいてくれることが、天乃にとっての幸せなんだから

役に立つとかならないとか

そんなことで曇っていたらきっと

天乃には叱られるだろうと風は思う

天乃はそういう子なのだと風は笑う

風「だから、あたし達はこれからも天乃がそばにいられるように頑張るのよ」


東郷「そうですね。仮に夏凜ちゃんが弥勒家の人間を覚えていたとしても、きっとこの手順は変わらなかったはずですし」

樹「結局大赦の人達に駄目って言われちゃうと思うので」

夏凜が覚えていても、いなくても

結局、瞳のことを頼りにして

春信のことを頼りにして

そこから弥勒家の人間へと接触する

風「言っちゃえば、起点が違ってても落ち着くところに落ち着いちゃうもんなのよ」

だから落ち込んでいたって仕方がないのだと

今は瞳が連絡を終えて戻ってくるのを待てばいいのだと

風達は口をそろえて言う

夏凜「んな気にしなくたって大丈夫だっての」

樹「気にしてたのは夏凜さんですよ?」

夏凜「……悪かったわね」

風「アタシとの対応の差がひどくない!?」

風に対しては強く

樹に対しては甘めな仕草を見せる夏凜に不満の声を上げる風

いつもいる友奈と天乃の欠けた勇者部を見つめる東郷は

やはり、足りないのだと思う

東郷「久遠先輩……早く何とかして上げられたらいいのに」

逸る気持ちは一緒

だからこそ夏凜が分かっていても自分を責めてしまう気持ちを

東郷も樹も風も、みんな共感できる

あんな対策とは言えないような対策を知ってしまった今、なおさら

こうなるよりも早く何とか出来る何かがあったのではないか。と

東郷「でも……赤嶺の名しか聞かない時点で、弥勒家に関しては嫌な予感がするわ」


√ 10月09日目 昼() ※火曜日

01~10 翌朝
11~20 夕方
21~30 
31~40 夜

41~50 
51~60 夕方 
61~70 
71~80 夜

81~90 
91~00 翌朝

↓1のコンマ  

※空白は翌朝以降


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


春信合流=夕方


では少しだけ


√ 10月09日目 夕(病院) ※火曜日


天乃の身体的および精神的な異常に関しての報告は

天乃本人を見て貰った方が早いという瞳の連絡に対して

春信は早々に手を打ってくれたらしく、夕方には会うことができるという

夏凜「……寒くなってきたわね」

春信が到着するまでの間

屋上へと忍び込む……忍び出ていた夏凜は

10月にしては肌寒く感じて身震いする

気温的にはそこまで低くないはずだが

脳裏をよぎる恐怖と、体を震わせる不安がそう勘違いさせるのかもしれない

夏凜「弥勒家……どんなやつだったっけ……」

その名前を耳にしたはずだし

記憶のどこかではそんな名前を言っていた誰かがいたのを覚えている

けれど、どんな顔どんな人物だったのかが

全く見当もつかないのだ

夏凜「確か、しきりに弥勒家の名前を出してた気がするんだけど……」

当時は勇者候補として集中していたのだ

他人に無関心とまではいかないが

ここにきてまで覚えているような相手でもなかったのだろう

夏凜「というより……こっちに来てからの内容が濃すぎたのよ」


勇者の力を確かめようと讃州中学を訪れ、当時はへらへらしている腑抜けたやつだと思って叩き潰した勇者

その時は叩いたのは天乃だと思っていたのだが……それが友奈であり

車椅子に乗った状態の天乃にコテンパンに叩きのめされて。

夏凜「思い返せば私が今の状況に落ち着いたのって色々あれよね」

最初は逆恨みにも近い状態だったのが、

今や苦しんでいる姿を見る事さえ心苦しくなる

それだけ天乃は放っておくことができない人だったのだろう

夏凜「……ほんと、濃密すぎて一生分経験したって言っていいのかも」

こんな考えは絶対にしてはいけないと分かっている

だが、自分に陽乃の力がほんのわずかにでも流れているのならば

穢れを引き受ける身代わりになる適正はあるのではないか

もし何の対策も見つからなかった場合は

それも視野に入れるべきではないかと思う

夏凜「もちろん、最後まであきらめるつもりはないけど」

自分だけでなく勇者部が欠けたらそれこそ天乃の生きる理由が薄れてしまう

幸せではなくなってしまうとよく分かっているから

それでもどうしようもない場合は検討するべきだと、夏凜は息をついて

風「夏凜ちゃーん。春信さん。来たみたいよー?」

夏凜「今行く」

風「夏凜は天乃についてても良いのよ?」

夏凜「どうせ面会できないし……酷い状況らしいから天乃だって見られたくないわよ」

それなら早く話を聞いておきたいし

多少なりとも知っている自分もいるべきだと夏凜は言って

風と一緒に春信たちの場所へと向かう


春信「……なるほど、君はやはりそちら側というわけか」

瞳だけではなく

全員が集まってきたのを確認した春信は

確かめるようなそぶりで瞳へと声をかける

瞳「今更なことです。それに、春信さんもこちら側では?」

春信「今語るべきことはそれではないのだろう?」

沙織「逸らしますね……」

春信に関しても天乃たちの味方だという認識があるためか、

沙織は楽し気に苦笑して、頷く

春信の立場的に天乃の味方であると言う発言はし辛いというのもある

今はそこに固執している場合でもないのだ

沙織「春信さんに単刀直入に伺います、弥勒家をご存知ですか?」

春信「ああ、知っているが」

樹「それなら教えてください! 会いたいんです……久遠先輩の体を治すのに必要なんです」

春信「彼女の……理由を聞かせて貰えるか?」

天乃にかかわることだと聞いた瞬間、

興味を持った素振りを見せた春信に一応は説明責任を持つ瞳が

天乃の体があまりにも調子が悪く

その原因が妊娠だけでなく穢れにもあると知って対策を調べたところ、

弥勒家の名前が出てきたから会う必要があるのだと。

風達から聞いた話をそのまま伝える


春信「にわかには信じ難い話だが」

瞳「ですが、春信さんが先ほど確認されたように久遠様の症状は明らかに異常です」

春信「…………」

天乃という取り扱いに関して非常に慎重かつ確実でなければいけない妊婦の為に用意した

この世界で最も手馴れているであろう産婦人科医の人間ですら言葉を失うほどに

今の天乃の状況は極めて悪い

春信「本来、勝手に情報を開示――」

夏凜「ルールなんてどうでも良いわよ!」

東郷「夏凜ちゃん! 駄目よ!」

春信へと詰め寄った夏凜を制止しようと東郷が声を上げたが、

伸ばした腕はむなしく空を切って夏凜の体が春信へと肉薄する

夏凜「立場が大事だって言うなら脅されたとか、どうとか……好きに理由作ったら良いじゃない」

瞳「……夏凜ちゃん」

春信「しかし」

夏凜「言われなくたって分かってるわよ!」

声を張り上げる

今更大赦からの心象など知ったことではない

そう言いたげに兄であり大赦に与する春信を睨む

夏凜「大赦にとって私達は不適切な勇者。予め見初められた勇者部はともかく、非正規の三好夏凜は今後排除するべきだとでも言われてるんでしょ?」


夏凜自身、自分よりも勇者になるべきだったと思う人がいる

その人も、天乃や勇者部にかかわったことで

以前は多少問題となったであろう対人関係も改善されているし、

勇者として戦うこと、勇者部の一員となることに問題はないはずだ

夏凜「別にいいわよ、勇者の権利なんて……守りたいやつも守れないやつが勇者だなんて笑い話にもなりゃしないっての……」

春信「…………」

夏凜「だから、教えて。弥勒家の人間がいる場所。弥勒家の人間に会う方法……お願い」

樹「わ、私からもお願いします!」

東郷「……もしも対価が必要と言うのであれば、この身になせることならばどのような事であろうと尽くします。ですから、どうか」

風「いや、天乃は副部長。なら対価は部長であるアタシが払います。だからお願いします」

沙織「あたしからも、お願いします」

願いを述べ、頭を下げる勇者の少女達

その対象となってしまった春信は少し困ったように眉を顰めると

傍らにいる瞳へと目を向けたが

瞳もまた、「お願いします」と言うだけで。

春信「……まず、話を聞いてほしいのだが」

東郷「何なりとお申し付けください」

春信「あ、いや……そうかしこまらなくて良い」

東郷「大丈夫です……男性が求める事を受け入れる覚悟はできています」

春信「は、話が進まないな。一度話を戻させて貰う」

動揺する心を落ち着けるようなため息をついた春信は

数分経ってからようやく、心の整理がついたのだろう

崩れかけていた言葉遣いは整っていた

春信「本来、情報を口外することは禁じられているが。彼女の力は未知数であり、その対策ということならば多少の融通をきかせることもできるだろう」


樹「本当ですか!?」

春信「ただ、それには二つ条件がある」

東郷「やはり――」

風「東郷はちょっと黙ってて」

横やり封じをした風を一瞥して安堵の息を漏らした春信は

もう一度気を取り直して夏凜へと目を向ける

春信「そこには私も同席させてもらう。また、そこで得られた情報は大赦に共有する」

もしも天乃の力への対策があり

それが天乃にとっての致命的な弱点だったとしても

それを大赦に共有しなければいけないということだ

それはつまり、

場合によっては天乃のことを大赦が力技で押さえつけることもできるようになってしまうということだ

春信「それが許せるのならば、私も情報を提供しよう」

東郷「……それで構いません、異論も同じくありません」

樹「東郷先輩」

東郷「久遠先輩の力に関して個人で研究をするには限度がある。それなら、敵の手を借りてでも救う方法を見つけたいわ」

風「東郷の言うとおりね。リスクはあるけどリターンもある。なら、アタシは情報の共有に賛成する」

夏凜「……大赦は、天乃を救うことに力を尽くしてくれる保証がある?」


夏凜の問いに、

春信は答えをためらいながら、首を横に振る

否定はしきれないが、肯定もできない

そして、どちらかと言えば……ざんねんながら答えはノーだ

春信「大赦は彼女ではなく世界を救うために彼女の研究をするだけだろう。保証は出来ない」

沙織「そうですよね……久遠さんの死がなんの被害も産まないと確定したら死なせる事さえ視野に入れそうだもんね」

もちろん一応は勇者であるため、そう簡単に死ぬことはない

だが、この体調の悪化の末に命を落とし

それがこの世界にとって災厄をもたらす様なことでないのならば

大赦は大の命の為に、その命を見捨てるだろう

春信「それでも、かまわないか?」

夏凜「弥勒家に接触するにはそれしかないんでしょ?」

瞳「無理に探すという手はあるけど、どれだけ時間がかかるか……」

後は春信を脅して口を割らせるかだが

そんなことをしてはきっと面倒くさいことになるだろう

だが、自力で探し出しているような余裕はまずない

ならば……

夏凜「共有してもしなくても天乃が不利とか……ほんと、この世界はどんだけ腐ってんのよ……」

この世界ではなく、

大赦という組織が。かもしれないが

ただの多くの命とただの一つの命を天秤にかけて考えれば

大赦の考え方も間違いだとは言い切れない

それが苦渋の決断ならの話だが。



1、情報共有する
2、情報共有はしない
3、春信を脅してでも情報を奪い取る


↓2


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


東郷「この体を貴方に渡しても」

東郷「心だけは絶対に渡したりしません!」

春信「いや、だから私は……」

東郷「あくまで私から奉仕させようと……くっ、姑息ですね……」

風「あー東郷。ややこしくなるから黙ってて、お願い」

東郷「こういう場合はこれが正しいと……」

風「よーくわかった。とりあえず記憶を供物に満開してきなさい」


では少しだけ


夏凜「……ごめん」

春信「ッ!」

ぼそりと呟いた夏凜は、

不意をついて春信の襟ぐりを掴んで引き寄せると

膝裏に足を引っかけて強引に膝を折らせて――壁へと向かって春信の体を押し付ける

風「ちょ、何やってんのよ夏凜!?」

樹「夏凜さんのお兄ちゃんじゃないんですか!?」

夏凜「うっさい!」

実兄であることくらい分かっているし

これが本来やるべきではないことだとも

しっかりと分かっているつもりだ

けれど、そうしなければならない理由があると夏凜は言う

夏凜「天乃の対処法を知らないからこそ、大赦は手出しできないってのに……それが知られたら何されるかわかんないのよ」

東郷「その懸念は理解してるわ。でも、それでも久遠先輩を確実に救うには――」

夏凜「弥勒家の研究だけで完成してれば、大赦の手を借りる必要なんてない」

沙織「それはそうだけどね……」

ちらりと春信へと目を向けた沙織は、

ふと息をついて首を振る

天乃の精霊となってからはだいぶ疎遠となってしまっているが

それまでは巫女だったこともあって知っていることもあって。

沙織「残念だけどあまり過激な行動はしない方がいいと思うよ」

夏凜「そんなこと――」

春信「……本当に分かっているか?」


沙織へと反論を述べようとした夏凜の声を遮り、

春信は壁へと押し付けられる息苦しさに耐えながら目を向ける

兄である春信から感じる視線はいつも穏やかだった

けれど、今感じるのはどこか冷たくて

夏凜は一歩引いてしまいそうな足を何とか踏み留める

春信「すでに分かっている子もいるだろうが、君達の言動の責任はすべて君達ではなく彼女が負うことになる」

夏凜「は……?」

東郷「道徳教育を施された私達は本来なら大赦や神樹様に歯向かおうという考えには至らないわ」

もちろん、何か問題が起き

それが歯向かうに値する様なことであれば可能性はあるだろうが

滅多にあることではない

それこそ、天乃によって知らされた満開による代償

それを黙認され続けて行使してしまっているなど、今後の生活に直結してくるようなことなどだから。

東郷「けれど、私達は久遠先輩の為なら銃口や切っ先を神樹様に向けることも厭わない。でも、それは自命に関することだから当然と言えば当然」

沙織「でも思い出してほしいんだけど、勇者としての力がないクラスメイト達が大赦や神樹様に不信感を抱いて暴動を起こした。さて、それはなぜ?」

夏凜「それは」

春信「夏凜が今こうしているのと同じ理由だ」

それらはすべて、他人であるはずの天乃の為を思ってのことだ

神樹様に守られ、その加護に育まれ、

道徳を学び、善悪を教え込まれてきた少女たちが

詳細も定かではない他人の為に善であるはずの神樹様にでさえ歯向かおうとしたのだ


春信「あれには大赦の人々も穏やかではいられなかった」

瞳「私の聞いた話になりますが、一部では久遠様はバーテックス……つまり、天の神の遣いではないかという考えも上がっています」

風「そんな馬鹿なこと誰がっ」

春信「だが、現に彼女の存在は人々を大いに惑わし内乱にまで発展しかけるようなことも行われただろう?」

夏凜「……だから、大赦は天乃を救うつもりはないってわけね」

人類にとっての大事な戦力であることは大赦も重々承知していることだ

しかし、同時に世界を終わらせかけない非常に危険な存在であることもまた理解している

現状でも持て余しているそんな危険な存在は

動けない状況に陥ってなお周りの心を突き動かして内乱を起こさせようとしているとなれば

貴重な戦力ということなど簡単に塗り潰して有り余る危うさがある

春信「人々を狂わせ内部から崩壊させるバーテックスの策。そうではないと彼女の身を保証する何かが私達には用意することはできない」

樹「あんなに頑張って皆を守ってくれたのに……ですか?」

沙織「バーテックスはほぼ無尽蔵。だからパフォーマンスではないか。と」

東郷「……面白い冗談を言われる方々もいるんですね」

体を張り続け、ボロボロになってしまった天乃

それでもさらに頑張ろうとしていた彼女のそれがパフォーマンスだと口にできた人を殺してしまうのではないかと思うほどに

東郷は酷く冷め切った笑みを浮かべて車椅子のひじ掛けを握る

春信「問題は、彼女のその傷ついた状況が反乱を招いたことだ。それが彼女の責任となり汚名となって功績に泥を塗ってしまったんだ」


噛み締めた歯軋りと握りしめた拳の音

今にも怒号を上げそうな夏凜を前にして

春信はようやく自分の意志で悲し気な表情を見せると

自分を押し倒した夏凜の頭に手をのせる

こんなことをしたのはいつ振りか

そんなまだ平和だったころのことを思い出しながら。

春信「これ以上彼女の立場を悪くするわけにはいかないだろう?」

夏凜「でも……素直に協力を要請したら天乃の情報が洩れるんでしょ?」

春信「そうだ」

夏凜「それなら……それなら私は」

天乃と疎遠になるのだとしても

独断専行で突っ切って情報を得ることも厭わない

そう言おうとして、春信の懐かしい兄の笑みが見えて息を呑む

三好の人間として不出来だった夏凜

努力に努力を重ねてなお、不出来であると否定された夏凜

だが、春信だけは「良く出来てるじゃないか」と「凄いな」と

やることの一つ一つをほめてくれた

そんな兄の、笑み

春信「私の同行が認められないなら情報を渡すことは出来ない」

瞳「は、春信さ――」

春信「君たちが個人的に探しても無駄だろうし、我々も彼女に関しては最善を尽くす」

風「っ」

春信「……だから勇者部は安心して部活及び勇者としての鍛錬に励んで欲しい」


瞳「春信さん、それはあんまりでは」

春信「現状、勇者としてのお役目は休息となっているが、またいつ招集が掛かるか分からないのだ。準備は怠らないべきだろう」

樹「お兄さん……」

情報の共有をしないということにしたせいか

春信は大赦の一職員としての態度で接することにしたのだろう

さっきまでの夏凜の兄という雰囲気はかき消されていて

樹は思わず、一歩引きさがってしまう

春信「彼女が近いこの地域では集中できないというなら、宇多津にある臨海公園付近に足を運ぶのも悪くはないと思うが」

夏凜「臨海公園……?」

春信「少し離れてはいるが、彼女に車を出してもらえばすぐに着く」

東郷「お言葉ですが、私達は久遠先輩の体について調べるつもりです。鍛錬なんてしている余裕はありません」

冷静なように聞こえるだけだ。

冷静さを失った怒りの満ちた声色に気付いて風達は身震いしたが、

春信は我関せずと息をつく

春信「やはり、君たちはまだ中学生の少女だな。考えが足りていない」

東郷「ッ!」

春信「それでは一部の有効手段に惑わされてそれが引き起こす惨事にまで考えが至らない。非常に危険だよ」

沙織「……春信さんが言うことにも一理はあるかな。あたし達は久遠さんを救うためだって一生懸命になりすぎて冷静さを欠いてると思う」


風「沙織までそんなこと言うなんて」

沙織「事実、多少血迷った考えを持った子だっているよね?」

東郷「…………」

大赦や神樹様に牙をむくとか

いっそこの世界を滅ぼしてしまおうだとか。

そんな考えの一端にでも触れることがなかったのかと聞かれれば

答えをためらうような経験がそれぞれにあって。

沙織「そこはあたしも自信をもって否定できないけどね」

東郷「大赦は私達に満開による後遺症を話さないという一時の偽りを用いていたと思いますが」

春信「それは耳が痛い話だが……」

風「友奈がいないのがここまで辛いとは」

友奈が居れば、

ここで殺気立った空気をなだめる何かをして見せてくれるのだろうが

残念ながらまだ戻ってきていない

だからと言って放置すると

夏凜に代わって東郷が殴り掛かりそうな不安がある

東郷「そもそも、私達が大赦を信じられなくなったのはそう言ったことがあるからです。それをさも私達が……いえ、久遠先輩が悪いなどと……」

樹「東郷先輩……少し落ち着いた方がいいと思います」

東郷「っ……」

樹の小さな手に手を掴まれて、

東郷は続けかけた口を閉ざして樹へと目を向ける

樹は少し引っ込みながらではあるが

東郷の手だけは離さずに、首を振る

樹「大赦の人を信じろって言われると難しいですけど。でも、夏凜さんのお兄さんは夏凜さんのお兄さんですから」


夏凜「ちょっと良く分かんないんだけど」

風「ツンデレの兄もまたツンデレって話じゃないの?」

樹「それは違うよ」

風「ごめん」

ほとんど適当に言ったことだが、

即答で否定されては流石に落ち込むと言わんばかりにしょんぼりと呟く風を横目に

春信は夏凜へと向き直る

春信「そういうことだ。私は協力することはできない」

瞳「夏凜ちゃんのことを思うなら弥勒家と会わせてあげてもいいじゃないですか」

春信「私にも立場というものがある。今の為に今後を切り捨てることは出来ない」

瞳「守りたいものも守れずに得る未来に意味はあるんですか?」

春信「なら、その未来にある守るべきものはどう守ればいいと君は考える?」

瞳「…………」

春信「理想を掲げるだけではどうしようもないことばかりなんだ。分かるだろう夏凜」

瞳ではなく、夏凜へと声をかけた春信は

すっかり緩くなった夏凜の拘束から逃れて立ち上がると

春信「私はこの後も用事があるので失礼する。ここでのことはなかったことにするが、これからは気を付けて欲しい」

一言忠告を述べただけで

部屋を出て行ってしまった


東郷「……見損なったわ」

風「そりゃ、立場が大事だって言うのもわかるわよ? でも……」

樹「勇者部のボランティア活動で知り合った人たちにも協力をお願いしてみるのはどうでしょうか」

勇者部のホームページ

そこに記載して助力を求めたり

弥勒家の人間に関する情報を集めるという作戦だ

あまり悠長なことは言っていられないが

やみくもに探すよりはいいかもしれない

そう賛同する東郷の傍ら

大赦に所属する一人でもある瞳は少しためらいながらも踏み込んで

瞳「私は春信さんをもう一度説得しに行きます。こんなの認め――」

夏凜「いや、それよりも明日……宇多津の臨海公園に連れて行ってくれない?」

瞳「え?」

風「ちょ、本当に鍛錬しに行くつもり!?」

夏凜「まさか」

風の戸惑いに苦笑いを浮かべながら否定した夏凜は

春信が去っていった方向を見つめながらため息をつく

夏凜「兄貴はいつだって私の味方だった。それは今でも変わらない……だから私は唯一明確に示した場所は行く価値があると思う」

宇多津の臨海公園

そこで何があるのかは分からないが

きっと何かがあるはずだからと、夏凜は春信を信じてそう口にした


√ 10月09日目 夜() ※火曜日

01~10 九尾
11~20 若葉

21~30 
31~40 
41~50 友奈

51~60 
61~70 
71~80 夏凜

81~90 
91~00 千景

↓1のコンマ  


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


天乃の為の行動が天乃を追い詰めるという理不尽な流れ


では少しだけ


√ 10月09日目 夜() ※火曜日


千景「…………」

もう動くことさえ出来なくなってしまった天乃は

無機質なリズムを奏でる医療機器に囲まれ、

時々体を強張らせて吐血する

声をかけても、手に触れても反応がなく

瞼を閉じているため起きているのかどうかも分からないが

ただただ、苦しんでいるのだけが分かる

それに対し何もできないもどかしさに眉を顰める千景は

ふと、気配を感じ取って口を開く。

千景「……帰ってくるの遅かったわね」

若葉「すまない。春信さんとの話についてはさっき聞いてきたよ」

天乃の傍にいた千景たちも後から話を聞いたが

その時にさえ戻ってきていなかった若葉は

疲れを感じさせる声で謝罪を述べると、

生命維持装置らしき機械に繋がれた天乃を見つめて首を振る

千景「結城さんは?」

若葉「もう病室に戻っている」

千景「……久遠さんの実家で得られたものはあったの?」

若葉「どちらかと言えば、あったといえるが」


あいまいな返答で口を閉ざした若葉へと千景が振り返ると

若葉は浮かない表情のまま天乃を見つめていた顔を上げて千景へと目を向ける

ためらいを感じるその瞳には羨望を抱かせた力強さは感じられない

若葉「話すべきではないような気もするんだ……」

千景「結城さんにも口止めを?」

若葉「友奈は何も聞かないでくれたんだ。言えないと思うなら大丈夫ですから。と」

流石友奈というべきか

本当は気になっただろうし不安にもなったはずなのに

何も聞かず、何も言わせなかった友奈のことを千景は考えて

千景「なら、私も聞かないべきかしら?」

若葉「……いや、すまないが聞いて貰えるだろうか。友奈は普通の少女だが、私達は精霊だ。彼女の為にも知った方がいい可能性がある」

千景「穏やかじゃないわね……良いわ。屋上に行きましょう」

夜のこの時間は屋上へと出る扉は施錠されているため

本来ならば出ることは不可能だが

精霊である若葉たちにはそんなことは関係ない

ゆえに、人に聞かれないほうがいい話をするには最適だった

若葉「すまない。助かる」

千景「いちいち謝る必要はないわ。貴女は悪いことをしているわけではないでしょう?」

若葉「そうなんだが……すまな……いや、ふふっ、気づけば口癖になっていた」

またしても謝りかけて千景に見つめられた若葉は

苦笑しながらそう呟いて首を振る

笑ってなお、心に抱いた不安が解消されることはない



千景「嫌な空気ね……神樹が相当弱っているということかしら」

屋上につくと、不快にしか思えない纏わりつくような風を肌に感じて

千景は自分の体を抱きしめながら振り返ったが

若葉は感じなかったのだろう

悩まし気にどこかを見つめていた視線を千景へと向ける

千景「乃木さん?」

若葉「……前提として私達は陽乃のことを、久遠家のことを一般社会に復帰させることはなかったことを覚えておいてほしい」

千景「その時点で疑問があるのだけど……続けて」

若葉「続けたいところはやまやまなんだが……ここで一つ問題が生じたんだ」

若葉は打つ手なしとでもいうように困り果てた苦笑いを浮かべて

若葉「実は、久遠家がどのようにして民間に利用される神社になったのかがまるで分らないんだ」

千景「どうして? 聞いた話、75年に書かれた五代目の文献があったのでしょう?」

若葉「75年の五代目の文献があったのではなく、【そこからしかない】んだ」

5代目ということはそれ以前が存在していたはずだし、

多少なりと何か情報が残っていても良いはずなのに

それ以前の情報が欠片ほどにも存在していなかったのだ


千景「……どういうこと?」

若葉「それが分からなかったんだ。天乃の母親の母親。つまり祖母なら知っている可能性は高いと言われたが……」

久遠家は民間に近しい神社を営む一族ではあるが

大赦の中でも有力であり、祖母は春信以上に入り込んだ立場にいるため

そう簡単に話をすることは出来ないのだ

精霊の力を用いて忍び込むことはできるが

それで状況が好転するはずもない

千景「なら結局、75年前後のわずかな記述しか分かっていないという状況からは何も変わらなかったのね?」

若葉「少なくともそれ以前の記録が抹消されるような悪いことが起きたということだけは分かった」

千景「…………」

若葉「そう不快そうな顔をしないでくれ……私もこんな報告しかできないとは思わなかったんだ」

ならしなければよかった。と言われればそれまでだが

久遠家の過去を遡ろうとしているこの状況で

昔に、少なくとも何かよからぬことが起きた可能性があるという情報を隠すのは悪手だと若葉は思ったのだ

情報の良し悪しに関わらず情報共有は必須であることは千景も分かっているからか

軽く首肯して、目を伏せる

千景「75年の五代目そして、72年の事件……乃木さんは本当にさかのぼるべきだと思う?」


若葉「知りたいのは事件の方ではなく、五代目や協力者の弥勒家が行った穢れの回避方法だ」

千景「でも、それが結局隠された五代目や72年の事件を引き出してしまうことになる」

改訂されてしまっている教科書にでさえ残る大事件は

その文面だけ見ても良くないことが起きてしまったと分かるような悪い歴史

だが、そこには書かれていないもっと凶悪な何かがそこには隠されているはずで

勇者部がそれに触れ、呪いのように伝播していってしまうことを不安視して、考えを述べる

千景「私が思うに、久遠家の神社はただの神社ではないわ」

若葉「……大赦とつながりがあるからか? 久遠家だからか?」

千景「違うわ……久遠家はバーテックスに縁ある血筋であるとあの時代は言われていたでしょう?」

そして今もまた言われ始めてしまっている。と

千景は考えて言葉を組み立てながら

まるで歴史の再現をしているようで不気味なのだけど……と、こぼす

千景「今の久遠さんは人望によって周りの心を突き動かしているけれど……神樹信仰の視点から言えばそれは異端」

若葉「つまり、何が言いたい」

千景「教科書にも載っているカルト団体による凶行と、その突き動かされた私達の反乱や奮闘は過程や結末は違えど似ていると思わない?」

若葉「……千景はつまり、こういいたいのか」

口にしたくないと思いながら

答えを得るためには言うしかないのだと若葉は引き絞った唇を重そうに開いて言葉を紡ぐ

若葉「72年の凶行は久遠家によって引き起こされ、中心となったからこそ久遠家は民間の神社として現代まで続いていると」

千景は頷くと「あえて付け加えるなら」と前置きして

千景「バーテックスに魅入られ通常では鎮まることの出来なくなってしまった魂を鎮めるための異空間だと私の中の死の力は感じているわ」


まだ途中ですが時間が時間なのでここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から

余裕があれば続き分のみどこかの時間に流すかもしれません


では少しだけ


若葉「そんなことがあり得るのか……?」

千景「あり得ないとは言えないというだけの話よ。乃木さん」

もちろん、勘違いの可能性もわずかでは存在すると千景は思う

自分の力に関しての自信はあるが

だからと言ってそのすべてを掌握しきれているわけではないのだ

まだ扱いきれていない力である以上

感じ取ってしまっている何らかの感覚が

自分がそうだと思ったことと一致しているとは限らない

千景「それに、私が借り受けている魂に干渉する死神の力によってそんなことになっている可能性もあるわ」

若葉「死神の力か……強い思念を持つ霊魂は良くないことを起こすという話もあったな……」

千景「いずれにしても思っている以上に久遠家の闇は深いのかもしれないわ」

若葉「弥勒家に関しても覚悟をしておけということか」

若葉の問いに満たないつぶやきに対して千景は肯定するように頷いて息を吐くと

夏場の蒸し暑さのようなまとわりつく不快感がより酷さを増していくように感じて若葉へと目を向けるが

やはり、感じていないのか

それともただ鈍感なだけなのか、若葉は変わらず平然としていた

千景「歴史から抹消されたということはつまり、弥勒家もまた良くないことに見舞われたということ」

その歴史が残っており、

現代にまで伝わってきているのだとしたら

千景「弥勒家は久遠家に対し計り知れない憎悪を抱いている可能性もある」


若葉「ま、まさかそんな」

千景「ないとは言い切れないのが恐ろしいのよ……乃木さん」

弥勒家に何かが起こり

その原因が久遠家に通ずるということが伝わっていることが大前提の話

そうそうないとは思うけれど。と

千景は後から続けて

千景「今ある久遠さんの神社に接触していれば神社にいった時点で弥勒家の情報を得られるはずよ。つまり、関係は途絶えていると私は推測するわ」

若葉「確かに、天乃の母親は知らない様子だったが……千景。それなら態々そんなこと言わなくてもよかったんじゃないか?」

千景「可能性の一つとして頭の片隅には置いておくべきでしょう?」

良いことは当然

悪いこともしっかりと考えを話しておかなければ

その事態に直面した際に戸惑ってしまうし

悪い方の考えとはいえ

そうなった場合の対策も考えておくべきだと千景は思う

千景「とにかく、出来る限り昔の事には触れない方がいいわ」

若葉「それが難しいから言われると困るんだが……警戒はしてこう」

けれど

天乃を救うためならば過去に触れることは躊躇わないだろうと若葉は呟いて

千景に背を向ける

若葉「そろそろ戻ろう。明日は宇多津の臨海公園に行くらしい。良ければ千景も来てくれ」

千景「遠慮しておくわ。久遠さんが心配だから……そっちは乃木さんに任せる」


1日のまとめ

・   乃木園子:交流無()
・   犬吠埼風:交流無()
・   犬吠埼樹:交流無()
・   結城友奈:交流無()
・   東郷美森:交流無()
・   三好夏凜:交流無()
・   乃木若葉:交流無()
・   土居球子:交流無()
・   白鳥歌野:交流無()
・   藤森水都:交流無()
・     郡千景:交流無()
・ 伊集院沙織:交流無()

・      九尾:交流無()
・      神樹:交流無()


10月09日目 終了時点

乃木園子との絆  67(高い)
犬吠埼風との絆  96(かなり高い)
犬吠埼樹との絆  82(とても高い)

結城友奈との絆  102(かなり高い)
東郷美森との絆  112(かなり高い)
三好夏凜との絆  133(最高値)
乃木若葉との絆  94(かなり高い)

土居球子との絆  40(中々良い)
白鳥歌野との絆  42(中々良い)
藤森水都との絆  34(中々良い)
 郡千景との絆  40(中々良い)
  沙織との絆  114(かなり高い)
  九尾との絆  62(高い)
  神樹との絆   9(低い)


※天乃との直接の交流はありませんでした


√ 10月10日目 朝(病院) ※水曜日

01~10 千景
11~20 九尾

21~30 
31~40 
41~50 天乃

51~60 
61~70 
71~80 体調

81~90 
91~00 夏凜

↓1のコンマ  


ではいつも以上に短いですがここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


イベントなしで直接臨海公園


では少しだけ


√ 10月10日目 朝(臨海公園) ※水曜日


瞳「着きましたよ」

きぃぃっとブレーキがかかり、一度揺れてからようやく車が止まる

春信が言っていた宇多津の臨海公園は、

早朝ということもあってか駐車場に停まっている車は瞳の車しかなく、

人も見渡す限りにはいない

風「塩の匂いしかしないけど……弥勒家の人がいるとしたら釣りのおじさんとか?」

若葉「いや、鍛錬という話がつながるとしたら、ランニングなどで利用していると思う」

風「そうよねー」

ほんの冗談のつもりで言ったのだが、

弥勒家がどのような人物かまだ明確になっていないせいだろう

本気にした若葉の訂正に苦笑いを浮かべて息をつく

朝が早く、車で離れる上に

移動することが多い可能性があるということで

朝に弱い樹と友奈、車椅子の東郷の3人を置いてきているため、

ここに来たのは夏凜と風、若葉と沙織の4人に運転手である瞳のみ

状況も状況ということもあるだろうが

気を和ませるような一言に乗ってくれるのは沙織だけというのが

いささか気分的にやりにくいと風は思う

情報が得られるのかどうかという不安もある今は特に。


風「やっぱり友奈にもついてきて貰った方がよかったかもしれないわね」

夏凜「なんでよ」

風「場の雰囲気って言うか、話というか……友奈はそういうの難しくしないでくれるから」

夏凜「一理あるにはあるけど」

しかし、友奈にも影を落とすような場面はある

雰囲気や関係に気を使ってあまり表には出そうとしないが

怖いものは怖いし嫌なことは嫌なのだ

夏凜「ムードメーカーを友奈に任せっきりにするわけにもいかないでしょ。天乃があの状況なら余計に」

天乃がずっと不調でもがき苦しみ

今やそのもがくことさえ出来なくなってしまっているような状況は、

夏凜たちもそうだが、当然ながら友奈の精神も酷く蝕んでいるだろう

そこでさらに気丈に振舞わせたりしたら、

天乃が良くなっても友奈が潰れてしまうかもしれない

風「交渉のムードが大事とはいえ、友奈に負担かけすぎるのも確かにあれだわ」

夏凜「普段は天乃がムードを保っていたというか、私達の精神的主柱だったのが良く分かる」

戦闘においての安心感なんかが、まさにそれだった

後々に天乃が戦うと大変なことになっていると分かって

それも薄れてしまってはいたが、

なんらかの【イレギュラー】が起きたとしても絶対に世界は守られるという安心感が天乃にはあった

そして、天乃が命を懸けてきた世界だからこそ

一度は死を認めながら、生きることを選んでくれた世界だからこそ

何が何でも守り抜こうという精神的な強さを与えてくれていた

風「ま、どこかのだれかさんは天乃の為に世界壊すことも考えたらしいけど?」

夏凜「うっさい、未遂なんだから忘れなさいよ」


茶化す様な風の一言一言。

緊張感のない他愛ない話をしながら

人気のない臨海公園を散策していくと、

本来置かれているものではないテーブルを囲むように

椅子に座る2人の姿が視界に入って

さらに近づいていくと、テーブルの上ではティータイムが広げられてたのが分かったが、

同時になぜか、2人の装いが似つかわしくないジャージだと気づく

若葉「……お茶会、というやつか?」

瞳「ジャージでですか?」

夏凜「いや、あれは――」

「……珍しい顔ぶれね、三好さん」

ジャージのままお茶会に参加している一人の声は馴染み深くて、

夏凜は嬉しくも嬉しくないような

複雑な笑みを浮かべながらため息をつく

夏凜「やっぱり、芽吹だったのね」

芽吹を知っている若葉や風は驚いた様子はないが、

芽吹と同席している同じくジャージを着こんでいる少女は驚いた表情を浮かべて

芽吹と夏凜たちを交互に見て、「なぜ……」と呟く

芽吹「混ざっていかれますか?」

風「あーいや、あたし達は用事があってね」

芽吹「用事、ですか?」

夏凜「ちょっと探してる人がいるのよ」

同じく勇者候補としての鍛錬を積んできた芽吹

目的にしていた人物でこそなかったが

候補生時代にかかわった人物に弥勒家の人間がいるならば

芽吹も関わっているかもしれないと夏凜は天乃の体調等に関しては伏せて

夏凜「芽吹は覚えてない? 弥勒家の人」



「なっ!」

風「っい!?」

ガタンッとテーブルを倒すような勢いで立ち上がった少女に驚いて風は思わず声を上げたが、

少女は目にも留めずに夏凜へと目を向ける

「み、弥勒家を覚えていないのはまだ、まだいいでしょう!」

芽吹「はぁ……」

「ですが……わ、わたくしを目の前にして弥勒家の人を存じていないか? とは一体どういうおつもりですの!?」

本気で怒った怒号を上げて夏凜へと詰め寄った少女の一方

呆れた表情を見せる芽吹は「分からないの?」とつぶやいて

芽吹「今、そこにいるのが弥勒家の人、弥勒夕海子さんよ」

夕海子「思い出せましたか!?」

夏凜「あ、あー……そ、そう……いた、確かに」

夕海子「その雲みたいな言い方はなんですの!?」

夏凜「ごめんなさい……この一年、色々ありすぎて大変だったから」

叫ばれて、詰め寄られて

本人の弥勒家という言葉を聞いてよみがえってくる弥勒夕海子という人物の記憶

かなり強烈だったはずなのだが

それを忘れてしまっていることに夏凜が素直に謝罪を述べて一礼すると

その様はさすがに異様だったのか風は一歩下がって

瞳が小さく苦笑をこぼした


昨日は寝落ちしましたが、また少しだけ
次回以降はおそらく隔日投稿になるかと思います



若葉「改めてすみませんでした。弥勒さん。探していたのに顔もなまえも分からなくて」

夕海子「あ、い、いえ。知らなければ仕方がない事ですから」

そう、知らなければ。と

やや嫌味のように呟いた弥勒夕海子は、「もういいですが」と仕切りなおす

夕海子「それで、貴女方はなぜわたくしを?」

風「正確に言わせて貰うと、弥勒家に用事があったんです」

夕海子「勇者様が直々に……ですか。あまり良い予感がしませんわね」

若葉「単刀直入に伺いたい。弥勒さんは久遠家というものを知っているだろうか?」

千景の忠告

それを踏まえたうえで若葉は直球で問いかける

弥勒家の歴史について話を聞いても

久遠家とのつながりまで教えてもらえる可能性は低い

そもそも、久遠家が目的だと後から伝えると、

千景が言うように恨みを持っていた場合、余計な衝突を招きかねないからだ

夕海子「ええ、もちろん存じておりますわ。その高い悪名は芽吹さんから散々聞かされましたから」

芽吹「悪名高い印象を与えるようなことは言った覚えはありません。誤解を招くようなことは言わないでください」

そうでしたっけ? と嘯く夕海子に対し、ちょっとした不快感をあらわにする芽吹

その中の良さを感じさせる一面を見ながら、若葉は「もしかして」と考え込む

夕海子曰く、久遠家の話を聞いたのは芽吹から。

これが茶化すための冗談ではないのならば

弥勒家と久遠家の?がりは歴史の中で葬り去られてしまった可能性があるのだ

若葉「弥勒さん、久遠家の名を聞いたのは楠さんからだけだろうか?」


夕海子「詳しく聞いたのはそうですわね。芽吹さんからですわ」

風「なるほど……」

夕海子「なんなんですの……一体。勇者様の方が詳しいのでは?」

確かにそうだ

勇者として久遠家の人間にかかわっている以上

普通なら詳しいのは夏凜たちであり

こんな質問をしてくるのはおかしいと思うのは当然だろう

それを夕海子以上に感じ取ったのは芽吹だった

芽吹「久遠先輩になにかあったんですか?」

夏凜「なにかっていうか……」

芽吹「弥勒さんは何も知らなかったわ。役に立つような話は聞けないと思うけれど」

夕海子「事実とはいえ……やはり貴女、口が悪いですわね」

芽吹「弥勒さんなので」

夕海子「嫌われるようなことをした覚えはありませんが!?」

芽吹「覚えがないほど質が悪いことはないんですが……いえ、まぁいいです」

夕海子「そ、そんなことをしたはずは……いえ、無自覚に……」

本当に自分は何もしていないのだろうかと

疑い始める夕海子を見つめる芽吹は

少し困ったように眉をひそめて、夕海子のカップに紅茶を注ぐ

芽吹「誰も弥勒さんにされたとは言ってませんよ。安心してください」

夕海子「きぃぃっ、そうやって弄ぶのはおやめなさいとッ!」

芽吹「すみません、そういう生活が長かったので。つい」

天乃……特に九尾のせいだろうが

そういう茶化し方というべきか、からかい方が染みついてしまったらしい

芽吹は苦笑しながら夏凜へと目を向ける

芽吹「それで、久遠家と弥勒家にはどんな?がりがあると思ったんですか?」

夕海子「?がり……? そのようなものがあると代々聞いた覚えはありませんわよ?」


夏凜「あーそれなんだけど」

どうするべきだろうか

知らない以上、久遠家と弥勒家が過去につながりがあり

その際に災厄をもたらす様なものの犠牲として扱われた可能性がある。というのは

伝えない方がいいのだろうか?

それとも、弥勒夕海子が知らないだけで

弥勒家にはその情報が眠っていることに期待して

久遠家とのつながりの証拠であるあの資料を提示し、

穢れに関する何らかの情報がないかを探るべきだろうか

それとも、

先に弥勒家の現状について話を聞き

それ次第で話すかどうかを決めるかだ

もし、弥勒家に何らかの災いが降りかかっていた場合、

それが久遠家に協力したせいだとして恨まれてしまう可能性もある

慎重に決断すべきだろうが、

残念ながら返事を考えさせてくれというわけにはいかない

迷っている時間が

芽吹達に不信感を抱かせてしまうからだ


1、久遠家とのつながりの証拠を提示する
2、72年の頃に久遠と赤嶺、それと弥勒がかかわったって話を聞いたのよ
3、詳しくは言えない……けど、弥勒家について教えて欲しいのよ
4、話せる時が来たら話すから、今は弥勒家について教えて


↓2


夏凜「良いわよね? 別に」

風「変に隠し通すよりはマシかな……それに証拠があった方が話しやすいわ」

若葉「……仕方がないな」

千景の忠告は気になるが、

久遠家と弥勒家の繋がりを知らない以上

証拠を提示しなければ

これ以上のことを聞き出すことは難しくなる

必要最低限の情報の共有は行うべきだ

そう考え、同意する若葉を一瞥すると

夏凜は自分の端末を取り出して、持ち出せない御記ともいえる記録の写真を二人に見せる

夏凜「一応、こういうことよ」

夕海子「これは……」

芽吹「…………」

数枚の写真をじっくりと読み終えた二人は

知らされていない歴史を目の当たりにした驚きに言葉を失って

夕海子が深く、息を吐いた

夕海子「……72年の事件に弥勒家も関わっていることは知っていましたが、久遠家も関わっていたというのは初耳ですわ」


若葉「やはり、久遠家と弥勒家の繋がりは隠蔽されたということか?」

夕海子「わたくしもすべてを知っているわけではありませんので、確証を持っていうことはできませんが……」

深刻な表情で答えた夕海子は、

問いかけてきた若葉を真っ直ぐ見つめて続ける

夕海子「弥勒家はこの騒動の後、百年、二百年と時が過ぎていく間に様々な問題が生じて没落してしまったのです」

夏凜「そのせいで歴史が途絶えた可能性があるってことですか」

夕海子「ええ、現状ではそれが最も可能性が高いですわ」

風「これを聞くのはあれかもしれないけど……その生じた問題の解決策とかそう言ったのは分からないの?」

夕海子「残念ながら、凌いだ。というだけで解決には至っておりませんわ」

財政難での失敗や

弥勒家の有力者に降りかかった災い

いくつもの不幸が重なって没落に至った弥勒家は

今もなお、凌いだ程度に過ぎないのだ

夕海子「それで、みなさんはこの穢れというものに関して、弥勒家が情報を持っているかもしれない。と思ったのですわね」

夏凜「そうなります」

夕海子「申し訳ありませんが、力になれることは何一つないと思いますわ」

久遠家とのつながりが初耳の状態であるということは

今の弥勒家にはそれに関する一切の情報が遺されていないということになる

つまり力になれることなど、ないのだ


夕海子「……ですが、それでもよろしければわたくしの実家に直接伺ってみてください」

若葉「弥勒さん……」

夕海子「久遠さんの力になれるかどうか保証は出来ませんし、可能性は低いでしょう」

それでも、

万が一にでも何かがある可能性があるというのなら

弥勒家に接触する機会を与えるのは当然だと夕海子は思う

夕海子「それでも一パーセントの希望に懸ける気があるのでしたら、わたくしは協力いたしますわ」

夏凜「……当然、諦める気なんてない」

そもそも弥勒家に情報があるという希望は薄かったし

憎まれていたり

情報を与えたことで憎まれる可能性さえあったのだ

僅かな可能性が僅かなまま

弥勒家の協力が得られることになったのだ

最良ではないかもしれないが

けして悪い結果ではない


芽吹「三好さん」

夏凜「なに?」

芽吹「穢れについて調べてるということは、久遠先輩に何かがあったってことよね?」

夏凜「……そうだけど」

芽吹「…………」

芽吹は何かを言いたげにしながらも一度は口を閉ざしたが

おもむろに首を振ると夕海子の方を一瞥して

もどかしそうに眉をひそめて口を開く

芽吹「正直、久遠先輩は嫌な人だったわ」

精霊である九尾と組んで嫌がらせを仕組んできたり

散々わがままを言ったり、勝手な行動をしたり

はっきり言って手のかかる面倒な人だった

けれど、大赦に与して抑圧する嫌な存在だったはずの芽吹に、

友達になりたかったというようなお人好しだった

芽吹「……嫌いな人ではなかった」

夏凜「芽吹――」

芽吹「何もできなくてごめんなさい……でも、問題が解決することだけは祈らせて」

友達になりたかった。というあの少しだけ悲しそうな言葉に対しての返事を

まだ、ちゃんと返せてはいないから。

芽吹「三好さん、犬吠埼先輩、乃木さん……あの人をどうか、よろしくお願いします」


√ 10月10日目 昼() ※水曜日

01~10 天乃

11~20  千景
21~30 
31~40 
41~50 九尾

51~60 
61~70 
71~80 友奈

81~90 
91~00 水都

↓1のコンマ 


ではここまでとさせていただきます
明日は出来れば通常時間から。出来なければ、翌々日少し早い時間から


友奈「穢れを請け負うって言っても、どこから出るのかな?」

東郷「おっぱいよ」

友奈「えっ?」

東郷「おっぱいよ。穢れが一番出るのはおっぱいよ」キリッ

友奈「本当なのかもしれないけど」

友奈「真面目な顔だと凄く反応に困るよ東郷さん……」


では少しだけ


√ 10月10日目 昼(病院) ※水曜日


締め切られ、面会謝絶が続く天乃のいる病室

何かを待ってずっと立っていた友奈は足音が近づいてきたの耳にして壁から離れて近づく

友奈「あのっ、私にもお手伝いさせてください」

「……そう来たのね」

面会が出来ないのなら

来る頻度の高い看護師の手伝いとして中に入ろうと友奈は考えたのだ

面会をしたいと求めてきては断られ

それでもまた面会したいと求めて断られ

新たにお手伝いとして入り込もうという勇者部のめげない姿勢に

看護師の女性は呆れたようにため息をつく

「何度も言っているけれど、久遠さんは今は限界なの。話すことはできないし誰かが来たとしても分からない」

友奈「それでも」

「それにね? 今は貴女達のような子供が目にするには少し刺激が強いの」

嘔吐するようになって数日が経過し、

その間食事どころか、水を飲むことさえ全くできていない天乃は

胃液すら吐き涸らして喉を傷め、

傷ついた体の内側から吐血するようになってしまっている

枕も布団も患者衣も何もかもが血に染まるグロテスクな状態なのだ

「結城さんたちの気持ちはわかるけれど、久遠さんの為にも、結城さんたちの為にも、中には入らない方がいいのよ」

友奈「久遠先輩は優しくて、強くて、格好良くて、甘くて、でも厳しいときは厳しい人で……一人で何でも出来ちゃうような人なんです」

「……凄い子なのね」


告げたことには何の関係もない友奈の言葉に少し戸惑いながらも、

看護師は子供の入院患者に接するように優しく頷いて笑みを浮かべる

本当に相手のことを想っていると、好きなんだと

そう伝わってくる声色だったからだ

友奈「でも、久遠先輩は人が好きで実はとっても寂しがり屋で……今もきっと、心細いと思うんです」

個人的な願望がないとは言えないが、

千景達がこっそりと中に忍び込んではいるけれど

そうではなく、勇者部がまったく接触できないのは駄目なのだと友奈は思う

友奈「病は気からって言うじゃないですかっ、だから、私っ、久遠先輩の傍に居たいんですっ」

「そうは言っても……」

友奈「お願いしますっ」

「…………」

力一杯の想いを告げて頭を下げる友奈を前に、

看護師の女性は困り果てて立ち尽くす

面会謝絶となっている患者には会わせてあげられないのが、規則だ

個人的に情が移ったからと入室を許可し

それによってなんらかの影響があっては困るのだ

もちろん、それが改善に向かうのならばその限りではないが

様々な方面で鋭敏かつ傷つきやすくなっている今の天乃への面会は

簡単に許可していい問題ではない


「久遠さんが好きで、大切で、力になりたいのは分かるけど、それでも、ごめんね」

友奈「っ……」

「今の久遠さんは本当に慎重に扱わなきゃ……そうね……」

こんなことを言っていいのかと悩みながら

しかし、ある程度真実を伝えるべきなのではないかと葛藤し、

多少は伝わっているということを踏まえて、看護師は口を開く

「慎重に扱わないと、二度と目を覚まさなくなっちゃうかもしれないの」

友奈「それは……」

「だから、ね? 久遠さんのことを本当に想うなら今は安静にしてあげて?」

看護婦の言っていることが正しい

自分の言っている我儘が悪いことも分かっている

だから「それでも」の一歩を踏みとどまってしまう

その結果がいい方向に進まないかもしれないという恐怖があるから

失敗は許されないから

友奈「……はい」

ごめんね。と言う看護師に一礼して

友奈は屋上へと向かう

病院の敷地内なら中庭もあるが、

人がいる中庭よりも一人になることのできる屋上の方が

今の友奈には適した場所だった


生温い風が吹く

神樹様に守られた結界の中にいるはずなのに

底知れない不安を感じさせる嫌な空気

友奈「……この空気、なんか嫌だ」

このまま天乃が目を覚まさなくなってしまうのではないか

そんな恐怖に飲み込まれそうになる心を繋ぎとめるように、

友奈は自分の体を強く抱きしめて、不安を吐き出す

夏凜たちが頑張っているのだ

自分で諦めないと決めたのだ

なら、不安と恐怖を押し殺すことはできなくても

飲み込まれることだけはだめだと友奈は心を強くする

友奈「久遠先輩を助けるためには誰かが犠牲にならなくちゃいけない……本当にそれしかないのかな?」

弥勒家の情報がまだわからない以上、それしかないと断定はできない

だが、友奈はその場合のことを考えて

自分では正解に至れないだろうと思いながら

それでもせめて当たり前の過程だけは終えようと思考する

友奈「久遠家に与えられた罪……だったよね……」

死よりも苦しい生だったり、失いたくないものの喪失だったり

久遠家の人間が総じて善良であるのならば、

代償とされるのは自分ではない他人であることは死よりも苦しい罰となる

友奈「力の代償にしては、あんまりだよ」


神様さえも傷つけてしまう力は人間には手に余るものだろうし、

情を考えなければ、力を手にした人間が最も苦しむ罰でなければいけないのかもしれない

けれど、久遠家はその力を持って善良に尽くしてきたはずなのだ

友奈「穢れはえっちなことをしても発散できるって九尾さんは言ってた……」

しかし、それでは補いきれなかった

なら、とりあえずは一時しのぎだとしても

それをもっと濃密に全力でやればいいのかと考えた友奈だったが、

天乃の今の体では耐えられないのだと考え直して、思う

友奈「吸血鬼みたいにちゅーって吸えればいいんだけどなぁ」

最近、天乃の体調を気にして控えることが多くて

ろくにみだらな行為を行っていないのだ

もちろん、

それよりすることの多い今は、別にしなくてもいいのだけれども。

友奈「……思えば、久遠先輩ってキスするの好きだったよね」

したがる頻度が高かったし

それによる高揚感は人一倍だった

吸血鬼のような吸い取り

天乃の好きなキス

きっとただの偶然なのだろうが……

友奈「関係あったり、したらいいんだけど」

キスの方が効率がいいとか

その方が特殊な効果が得られるだとか。

そんな希望的な考えを抱き、そうっと自分の唇に触れる

友奈「悪いことにはならないと思うし……うーん。九尾さんに聞いた方がいいかな?」


√ 10月10日目 昼() ※水曜日


1、夏凜視点(弥勒家)
2、友奈視点(病院)


↓2


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から



友奈「そう言えば、久遠先輩ってキスが好きだったよね」

東郷「言われてみれば、接吻を求めてくることが多々あった気がする……はっ!」

東郷「まさか久遠先輩は下のく――」

友奈「真面目になりすぎて疲れちゃったんだよね。東郷さん、休んでいいよ?」ニコッ

東郷「笑顔が怖いよ……友奈ちゃん」


では少しだけ

√ 10月10日目 昼(病院) ※水曜日


九尾「挫くようで悪いが、関係はないのう」

友奈「そ、そうですか……」

九尾「言ってしまえば、主様は全身から穢れを放出しておるからのう。特定の部位をどうしたからと増減は変わらぬはずじゃが……」

性的な行為を行うことで

穢れの放出量を上げるというのは可能だが

男性と交わることで力は胎児に移すという行為以外に

特別な影響があることは基本的にはないはずなのだ

九尾「しかし、主様の気の高揚として役立つならば、誤差の影響はあるじゃろうな」

友奈「誤差じゃ足りないですよね?」

九尾「うむ。まったくもって足りぬ」

友奈「…………」

多少、その答えは予想していたけれど

はっきりと否定されたのは予想していたよりも強く胸に響いて

暗く陰ってしまいそうな心を留めるように首を振る

そんな友奈を見かねてか、

それとも、芽生えた良心か

九尾は「小娘」と、自分から声をかけた

九尾「穢れを請け負う方法ならば教えてやっても良いぞ」

しかしそれは、

友奈達にとっては悪魔のささやきという方が正しいかもしれない


友奈「……知ってるんですか?」

九尾「当然じゃ。協力したのは妾じゃからのう……」

当時も似たような状況だった。と九尾は懐かしそうに呟くと

悩まし気に眉をひそめて友奈を見つめる

友奈から感じる期待

だが、それには答えられないことを

九尾は分かり切っているからだ

九尾「弥勒家がどのように対処したのかまでは妾は知らぬ」

友奈「憑いたりはしなかったんですか?」

九尾「妾はあくまで久遠家の精霊じゃからな。関わったからとその他の人間まで気に掛けるつもりはない」

友奈「…………」

九尾「それに、久遠家の利になるならば他を犠牲にすることも厭わぬ」

少なくとも、今まではそういう生き方をしてきたのだと九尾は言う

それで久遠家の人間が精神的に何らかの痛みを覚えるのだとしても

それで死から逃れられるのならば

九尾は悩むまでもなくその手段をとる

友奈「久遠家の人達と……えっと、切り離されたりしなかったんですか?」

九尾「妾も一種の呪いのようなものじゃからな。久遠家だからと易々と切除出来るものではない」

友奈「それだったら久遠家の人たちに嫌われたりしちゃったんじゃ……」

九尾「十数年で世代交代する一族に嫌うも何もあるものではないからのう」


友奈「十数年……やっぱり、久遠さんのご先祖様って早く……」

たった75年の間に五代目にまで入れ替わっている一族

そう聞いた時に皆も予想していたことだが

一人につき十数年しか生きていけなかったのが確定して

友奈はもしかしてと、思う

友奈「久遠先輩もあと少しで――」

九尾「主様には母親と……お主は知らぬじゃろうが祖母もおる。とはいえ主様も見た通り皆若い」

友奈「確かに、久遠先輩のお母さんはすごく若かったです……」

送迎係である瞳はまだ二十代前半だが、

それとほとんど変わらないように見えた

もちろん、二つ三つ離れた兄弟がいるため、

二十代ではないことは確かなのだが。

九尾「主様の母親は一人娘じゃからな。祖母は……ふむ、確か五十代に入ったか入らないか程度じゃな」

友奈「普通のお母さん達に近いのがおばあちゃんなんですね」

九尾「うむ。それで、力を受け渡す方法は聞かなくてもよいのかや?」

友奈「それは……ぅ……」


確かに、久遠家の五代目が遺した文献には、

肩代わりしてもらったという結果は記されていたが、

その方法について書いてなかったため、それを実行しようとしてもできない

みんなはそれをするつもりがないから

その方法に関して記載されていなくても気にすることなかったけれど……

友奈は少し迷ってから、頷く

友奈「方法だけ……教えてください」

九尾「うむ。と言っても単純じゃ。主様の血を飲み、千景の持つ人ならざるものを斬る鎌で対象とする人間の心臓を突くんじゃよ」

友奈「た、単純ですか?」

九尾「これでも簡単に話したつもりじゃが」

きょとんとした表情を浮かべる友奈を一瞥した九尾は

少し呆れたようにため息をつくと仕方がないな。と、続けて

九尾「神樹の力を借りるのと似たようなものでな……主様と力を通す回路を結び、力を引っ張り出すんじゃ」

友奈「な、なるほど」

後の説明だけだと簡単そうだし、普通に感じるが

最初の説明は明らかに危なそうで、

友奈は動揺を押し隠すように笑みを浮かべる

方法は確かに簡単なのだ……方法は


九尾「それを実行するかしないかはお主らしだいじゃぞ」

友奈「は、はい……」

九尾「もちろん、主様が昏睡していても行うことは出来る」

友奈「…………」

九尾「必要ならば、妾が主様の病室に通すことも出来る。障害はない。あるとするならばお主らの意思だけじゃな」

真剣な話であるはずなのに九尾はくつくつと笑う

友奈もシリアスな空気を吹き飛ばそうと

明るく振舞ったり笑うことだってある

だが、九尾のそれはそんな前向きにひたむきな努力ではない

友奈「解ってます……でも、弥勒家の人たちが対策をとってくれたって――」

九尾「取れてはなかろう」

友奈「え……?」

九尾「妾が言うのもあれやもしれぬが、穢れによる災厄は超常であり人間の手に負えるものではないんじゃぞ」

友奈「そ、そんなことっ」

否定しようとする友奈の口を閉じさせる九尾の表情

冗談だと言うことはないし

それを覆す何かを告げる兆候もない表情

九尾「弥勒家が引き受けた力は全てではないし、久遠家のように無制限に湧き出すものではないからこそ自然消滅していくだけじゃ」


九尾「神樹の力に満ちたこの世界ならば、時の流れとともに薄れていくのが普通じゃからな」

友奈「そ、それじゃ……」

九尾「うむ。じゃからこそ弥勒家には情報がない。やり過ごしただけの家にはのう」

友奈「そんな……」

九尾「……ふむ」

急激に悲しそうな表情を浮かべ

絶望へと浸ってしまいそうな友奈を見つめていた九尾は

小さく息をついて「そうじゃな」と呟く

九尾「別に、穢れを請け負わせるのは女でなくても良いぞ」

友奈「どういういみですか……?」

九尾「五代目は72年の暴動が起きるまでの十数年の間、生きながらえるために男にも血を飲ませてきた」

友奈「その人たちは知ってて……飲んだんですか?」

九尾「知らぬな。罪を犯した人間に飲ませるだけじゃ。教える義理もなかったからのう」

友奈「っ」

罪を犯した人だとはいえ

穢れを移して死なせるようなことをして良い訳がない

少なくとも友奈はそう思う

けれど、九尾はそう思っていない

むしろ、罪人なのだから、久遠家の為に扱えただけマシだ。とでも思っているのかもしれない

九尾「お主らの誰かが欠けるのが嫌だというのであれば、その他大勢を使えばよい。人間はまだまだいるのじゃからな」

九尾は悪びれた様子もなく

嫌に耳に残る「くつくつ」とした笑い声をこぼして

精霊らしく姿を消す

友奈「久遠先輩……っ」

友奈はその場に崩れ落ちるように座り込んで

震える手を握り合う

希望はなかった

絶望だけがあった

誰かを犠牲にすることでしか救われない

それを伝えた天乃は、みんなはどんな反応をするのか

それを伝えなくとも、

次も頑張って探そうとするみんなの話を、どんな顔で聞けばいいのか

今の友奈には全く……解らなかった


√ 10月10日目 夕() ※水曜日

01~10 
11~20 夏凜
21~30 
31~40 千景
41~50 風

51~60 
61~70 
71~80 東郷

81~90
91~00 歌野

↓1のコンマ  


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


友奈ちゃんの心がへし折れそうなので
そろそろ先に進みます


では少しだけ


√ 10月10日目 夕(病院) ※水曜日


風「あれ? 友奈は?」

樹「友奈さんは多分、まだ屋上にいると思います。外にいるほうが落ち着くんだって」

夏凜「そ――」

東郷「と言っても、お昼からずっと……だけど」

東郷は悲しそうに言うと、

吉報を持ち帰れなかったと分かる風達の姿を一瞥して、首を振る

友奈は朝に出ていき昼に戻ってきたが

すぐに出て行ってから数時間、戻ってきていない

心配して樹が呼びに行ったのだが、

外の方が落ち着くからと、戻ることは拒否したのだ

若葉「外が落ち着くのは譲って納得するが……昼からというのは聊か気になるな」

夏凜「昼に出ていくときなんか言ってなかったの?」

樹「とくには……ただ少し出かけるねって言っただけでした」

その時はまだ、何もなかったのだろう

しかし、お昼に出かけた先で何かがあって

屋上から戻ってきたくなくなったのか

あるいは、一人で考えたいことでもできたのか

風「友奈も妊娠した……とかなら笑い話にもなるんだけど」

東郷「久遠先輩の子供なら。ですが。とはいえ、友奈ちゃんにはそんな様子はなかったので別の理由かと」

夏凜「……まぁ、連れ戻す必要はないのよね……残念ながら」


弥勒家に接触し、そこで何があったかの報告だが

むしろ報告しない方がいいとさえ夏凜は思う

だが、無駄に希望を持たせ続けるよりは……幾分かマシかもしれないとも考えて

夏凜「友奈には後で私が伝えるとして……東郷達に言っておくことがあるわ」

東郷「……ええ」

樹「っ」

夏凜と風と若葉

調査に出ていた三人の全く浮かない表情と

それを目にして緊張感漂わせる東郷の頷いた声に樹は続きを悟って体を震わせる

今までならこのまま聞きたくないと耳をふさいだかもしれない

だが、それは意味がないのだと樹は強く耐え忍ぶ

現実から逃げているだけでは

最終的にたどり着くのは悪い結果でしかないのだと思うから

夏凜「結果だけ言えば、弥勒家に情報はなかった」

若葉「弥勒家は穢れによる影響かは定かではないが、一度火事で全焼している。その際に古い文献のほとんどが消失してしまったらしい」

東郷「少なくとも、弥勒家は無事なんですね?」

夏凜「無事と言えば無事。ただ、弥勒家曰く自分たちは【凌いだだけでしかない】らしいわ。対策はとれていないって」

風「つまり……アタシたちの情報は振出しに戻ったってことよ」


樹「振出しって誰かを犠牲にするかどうかってところだよね?」

風「今ある情報だとそうなるわね」

東郷「……最悪の場合も考えるべきかもしれないわ」

夏凜「天乃は絶対嫌がるわよ。もし、天乃の意思を無視するとしても……」

端末を操作して文献の写真を確認した夏凜は

ため息をついて首を横に振る

夏凜「その方法は文献に載ってない」

若葉「それは九尾に聞けば何とかなるだろう。問題はない」

風「問題ないのは方法だけ、だけど」

話し声が止んで、一斉にため息をつくと

静まり返った病室には鬱屈とした空気が立ち込める

東郷の言う最悪の場合

絶対にしたくないと思っていたのに

早々に撤回しなければいけないような状況になってしまったのが

勇者部の心を深く沈ませたのだ

風「天乃の調子が良くならない以上……」

息を吐く

諦めるつもりはないと思っていても

それを一つの手として考えなければいけないというだけで

どうしようもなく気が重かった

風「やっぱり、考えなきゃ……よねぇ」


方法は後々聞くにせよ

穢れを引き受ける犠牲となる人物を選ばなければいけないということは変わらない

いざそうするとなれば

勇者部のみんなが、自分が引き受けようとするだろう

全員で分担することで負担が減ったとして

それがどこまで影響があるのか

どこまで救ってくれるのか

弥勒家は一身にそれを請け負った結果、

二百年以上その災厄に苛まれてきた

そして、それが今もまだ凌いだだけだというのなら……

風「年数的には一人40年苦しめばいいってわけだ」

夏凜「その程度で済めばいいけどね。それで久遠家が苦しまなくなったわけじゃなかったみたいだし」

樹「久遠さんのご先祖様も凌げただけなんだよね」

東郷「つまり、半永久的に私達が犠牲とならない限り、久遠先輩は一時しのぎにしかならない可能性もあると」

いや、むしろ可能性などという優しさはないだろう

そう思ったからこそみんなはまた口を閉ざしてしまう

考えれば考えるだけ、嫌な事ばかりが口をつく

若葉「……私達に打つことができる手……か」

穢れを引き受ける犠牲を作る事

本当に、それだけなのだろうか……?


√ 10月10日目 夕(病院) ※水曜日

01~10 
11~20 若葉
21~30 歌野

31~40 
41~50 
51~60 
61~70 若葉

71~80 
81~90 若葉
91~00 歌野

↓1のコンマ  


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


若葉「実は、私達が借りている力を天乃に返せば穢れを受け止めきれる可能性があるんだ」

若葉「しかし、返した分の力に押しつぶされてしまう可能性もあるし」

若葉「私達は消える。二度と、出てくることは出来なくなる」

若葉「だが、勇者部が穢れを引き受けるよりはずっと必然で良心的な犠牲だ」

若葉「だからこの可能性に……懸けてみる気はないか?」


では少しだけ


√ 10月10日目 夕(病院) ※水曜日


弥勒家での情報が得られなかったため調査は足止めを食らい、

置き去りにした誰かの犠牲という選択に頼らなければいけない可能性が見えてきた今

その中でさらに選択肢を作るべきではないかと若葉は思う

千景はその増やす選択に関して

逆に負担になる可能性も指摘していたが……

若葉「一つだけ、選択肢を増やしてもいいだろうか?」

風「ん? なにかあるの?」

若葉「みんなも薄々……いや、検査ではっきりとしたかもしれないが、勇者たちの体はだんだんと治りつつあるだろう?」

夏凜「……ま、確かにね」

嗅覚を喪失している夏凜は

本当に微かにだが、においを感じ取れるようになってきている

東郷も動かすことこそできないが

感覚が取り戻せつつあるのが分かるし、風も同じくそうだった

東郷「でも、それと久遠先輩にどんな関係があるというの?」

若葉「皆が治っていく一方、天乃は全く回復していないんだ」

樹「若葉さんの増やそうとしてる選択肢なら治せるんですか?」

若葉「そうだな。治るだろう」

ここまでの話を聞くだけなら、それはかなり優良な選択肢だと思えるだろう

天乃を穢れの苦しみから解放できる可能性があり、

喪失してしまった身体機能まで取り戻せるというのだから

しかし……

夏凜「で……それは何を犠牲にするわけ?」

夏凜は犠牲があると確信して問う


嗅覚→触覚

確かにそうですね、失礼しました


若葉「天乃の精霊である私達だ」

若葉はそういうと、

自分たちが天乃の力を借りており

それが身体機能の喪失を継続させていること

それを返すことで完全となって

天乃が苦しめられている穢れを受け止めきれる可能性がある事を説明し、

力を返却した結果、

自分たちが存在できなくなってしまうことを話す

東郷「却下します……と、言えないのが辛いわ」

樹「若葉さんたちか、久遠先輩の体か」

風「言っても、それをアタシたちが決めるのはなんか違うんじゃないの?」

天乃の体のことだ

こちらが一方的に返さないだとか返すだとか

そんな重要なことを決めていいはずがないだろうと風は言う

夏凜「天乃にはそれ、言ってあんの?」

若葉「私は話していないが、もうすでに知っていると千景は言っていたよ」

樹「さらに悩む理由が出来ちゃったんですね」

若葉「……すまない」

樹「あっ、いえ、若葉さんが悪いわけじゃないです」

他人を犠牲にすることが可能なのかどうかは考えないにしても

そんな外道手段を選択肢に入れなければ、生贄とも言える穢れの請負人は勇者部の中から選ばれる

それを選ぶか、無事に終わる可能性に懸けて精霊達に力の返却をしてもらうか

東郷「どちらに転んでも、久遠先輩が悲しむことには変わりないというのが……非情ですね」


風「そもそもあれよ。なんで若葉たちを残すために天乃の身体機能が損なわれてなくちゃいけないのかって話よ」

夏凜「んなこと言ったって、治りつつある私達からも精霊は消失してるじゃない」

風「それは……いや、そう……か」

東郷「風先輩、夏凜ちゃん。この状態で議論を続けてもどうにもならないかと」

風と夏凜の言い争いに発展しそうな勢いを耳にした東郷は、

さっと左手を掲げて中断を申し出る

打開策が一切見つからず一歩後退した先で見せられた分岐点

どちらを選んでも天乃が苦しむという結果が見えているだけにどちらも選び難く

意見が違えれば議論は絶えないだろう

夏凜「……そうね。ここで変にぶつかり合ったって何にも解決しない」

風「少し考えたい……けど、あとは天乃の体がそれを許してくれるかどうかね」

時間が経過するたびに天乃の体は蝕まれていく

医学的に治るだろうと言われても

医学的な部分を超過して傷つけられていく天乃の回復の保証はないし

九尾が難しいと言ったのだ

悠長に構えられる道理もない

樹「一つだけ、良いですか」

そんな中、終わりかけた話し合いに、樹が一石を投じた


樹「久遠先輩はみんながいる世界が好きなんです。若葉さん達もいる世界が好きなんです」

だから。と樹は少し弱った声で続けたが、

唇をかみしめて首を横に振ると

もう少し力強く「だから」と、言い直す

樹「出来る限り今の二つ以外も探した方がいいと思います」

風「探すって樹そんなのあた……っ!」

二つ以外のも探すのは当たり前だ。

樹に言われ言いかけた風ははっとして口を閉ざし、

同じく悲しげな表情を浮かべて首を振る夏凜と東郷に目を向けて、俯く

振り向いてしまったからか

それとも道を閉ざされた絶望からか

風達は【なにを犠牲にするか】ということしか考えようとしていなかったのだ

それでは結局天乃を悲しませるだけだと分かっていたはずなのに

東郷「……樹ちゃんの言う通りね。勝手にそれしかないと決めつけてたわ」

若葉「情報が途絶えたとはいえ、早計だったな……すまない」

夏凜「若葉は情報をくれただけでしょ、それ以外見えなくなったのは私達が諦めかけてたからってだけ」

風「まさかそれを樹に言われるなんてね……嬉しいやら悲しいやら」

姉としての威厳が削がれたとでも思ったのか

苦笑しながら零す風を見つめて樹も笑う

少しだけ緩和されたように感じる空気

だが、そこにいない友奈のことを思って樹は表情を曇らせる

樹「友奈さん……」

屋上で見た友奈はいつもの友奈とは違う

はっきりとは言えないが、樹はそう感じていた


√ 10月10日目 夜(病院) ※水曜日

01~10 
11~20 友奈
21~30 
31~40 歌野
41~50 夏凜

51~60 
61~70 
71~80 東郷

81~90 
91~00 樹

↓1のコンマ  


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


歌野「……っ」

歌野「…………」フルフル

水都「うたのん……?」

歌野「ノーグッド、ノーバッド……ベリーハードな世界だわ」

水都「え?」


では少しだけ


√ 10月10日目 夜(病院) ※水曜日


歌野「…………」

歌野は鍵の閉められた屋上への扉の前で立ち止まると

精霊の力を引き出して、物理的干渉を通り抜けて外に出ていく

本来、ここに来るのは夏凜だったのだが、

用事があるから。と歌野が引き受けたのだ

歌野「まさか戻ってこないなんて……ベリーバッドだわ」

扉を通り抜けて屋上へと出ていくと、

その扉から死角になるような場所に友奈が座り込んでいた

皆といるときには目にしない

いや、見せようとしないふさぎ込んだ友奈の姿を前にして

歌野は「結城さん」と、気掛かりな声をかける

友奈「っ!」

なぜここにいるのか

そう驚いた表情で振り向いた友奈は

一文字に結んだ唇を瞬く間に折り曲げて笑みを浮かべる

友奈「えへへっ、気づいたら閉められちゃって!」

あぁ、嘘をついているんだな。と

分かりやすい笑顔だった

歌野「ノットライアー……結城さん、それ嘘」

友奈「そ、そんなことないですよ」


笑いながら、冷えてきた空気に充てられた身震いをして見せる友奈は

相変わらず笑みを浮かべたままだったが、

歌野が怪訝そうな表情のままだったからだろう

気まずそうに乾いた笑い声をこぼして俯く

友奈「……どうして嘘だって、思うんですか?」

歌野「九尾さんからオールヒアー、嫌な事聞いたでしょ?」

友奈「……えへへ……聞いちゃったんですね」

歌野「イエス」

友奈は隠すことがなくなったと感じて

無理やりに浮かべていた笑顔を崩して膝を抱きかかえる

友奈「夏凜ちゃんたちがまだ諦めずに探そうって言うのは分かってるんです。でも、それが無駄なんだなって、私……」

九尾がはっきりと言ったのだ。弥勒家に情報はないと。

そして、穢れを請け負うのは別に勇者部でも、女の子でもなくて良いのだと

関係のない他人を犠牲にしていいのだと九尾は言った

それはきっと、自分たちが抱え込んで押し隠し天乃に秘密にしていれば

天乃の視点だけで言えば幸せが得られる選択肢

友奈「他人に穢れを押し付ける……それをしようと思ったわけじゃないんです」

歌野「でも、シンキング……結城さんはそれを考えちゃったのね?」

友奈「……ごめんなさい」


弥勒家に会うために出て行った皆に合わせる顔がないと屋上に引きこもった友奈は、

それでもあきらめずに考えようとは思ったのだ

けれど、何も考えは浮かんでこなかったし、

夏凜たちが陥りかけたように

穢れを誰かが請け負う方向での考えにいつの間にか移ろってしまった

その時に、九尾から聞かされた勇者部でも女の子でもなく

他人に押し付けることも可能だという話を思い出して

あろうことかそれが【最善】ではないかと思ってしまったのだ

もちろん、何の罪もない人ではなく、悪いことをした人というせめてもの理性は働いたが。

友奈「きっと一人で考えたのがいけなかったんです……でも、みんなに会いづらくて」

いつもの自分でいたらいい

そう思えば思うほど、笑い方が分からなくなってしまった

笑えなくなればなるほど、さらに戻ることが出来なくなってしまった

歌野「ハードなクエスチョン。仕方がないわ」

友奈「……歌野さんは、知っていても平気そうですね」

歌野「ノンノン。まったく平気じゃないわ」

あまりにも問題が大きすぎて

解決する方法が見つからなくて

戸惑い抜いて、今もどうしたらいいのか歌野自身分かっていない

水都の前では平気だなんだと笑って見せる。

気丈な姿を見せている。だが、

打つ手のないこの無情な状況を前に平気でいられる道理などない

歌野「きっと、みーちゃんも私が無理しているのはアンダースタンディング。でも、だからこそ言わない」


無理していると分かっていても

そこをつついて問題を引き出しても解決する方法が見つかっていないからだ

だから、水都は歌野が無理していると分かっていながら何も言えない

無理するために抱いている希望

それがまだ潰えてはいないからだ

歌野「だからきっと、少しはノーシンキング。何も考えない方がいいと思うわ」

友奈「でも、久遠先輩はそんなに余裕がな――痛っ」

ぺしっと額を指で打たれた友奈は小さな悲鳴を上げて言葉を止め

入れ替わるように歌野が笑い声をあげながらソーリーと呟いて

歌野「モアヘイスト、レススピード。急がば回れって言うでしょ結城さん!」

友奈「それは」

歌野「案外、私達は大きい問題ばかりに引っ張られて細道を見逃してるかもしれない」

絶対にとは言えない

だが、そんな小さな希望を見出し力強く立ち上がれるのこそ

自分たちなのだと歌野は言う

歌野「どう? 結城さん、私と一緒にフールな人間になってみる気はない?」

抱え込んだたくさんの悩みを一度放り投げて

何もかもを空っぽにして考えを改める

それから天乃に関係ある一つ一つを選び取って考え直す

大きい問題、早急に解決すべきこと

そのせいでみんなが出来ないリセットを自分たちはしてしまおうと歌野は笑う

歌野「エブリワンで悩むはドゥーノット。だから、ね?」


座り込み膝を抱える友奈に向って差し出された歌野の手

それはとても大きくて

向けられた笑みはとても優しくて

失いかけている最愛の人にどこか似ていると、友奈は思う

諦めたくなくても諦めるしかない

そんな状況の中でも折れようとしない

だからこそ、かもしれない

友奈「勇者部五箇条一つ、なるべく諦めない」

歌野「そうよ結城さん。諦めるのはまだプリィーマチュアよ」

友奈「……歌野さん」

歌野の手をぎゅっと掴んで立ち上がると

友奈は活力の少しだけ戻った笑い声をこぼして

友奈「実は歌野さんの英語、時々分からないです」

歌野「ワッツ!? 今そこ!?」

友奈「勇者部五箇条ひとーつ! 悩んだら相談。ですからっ」

抱え込んだものを放り投げて

ほんの少しだけ馬鹿な自分というものになってみる

もちろん、歌野がただ馬鹿な子になれと言ったわけではないと分かっているが

まだエンジンのかかっていない心を押し上げるために

そんな他愛もない言葉を紡いで笑みを浮かべた


1日のまとめ

・   乃木園子:交流無()
・   犬吠埼風:交流無()
・   犬吠埼樹:交流無()
・   結城友奈:交流無()
・   東郷美森:交流無()
・   三好夏凜:交流無()
・   乃木若葉:交流無()
・   土居球子:交流無()
・   白鳥歌野:交流無()
・   藤森水都:交流無()
・     郡千景:交流無()
・ 伊集院沙織:交流無()

・      九尾:交流無()
・      神樹:交流無()


10月10日目 終了時点

乃木園子との絆  67(高い)
犬吠埼風との絆  96(かなり高い)
犬吠埼樹との絆  82(とても高い)

結城友奈との絆  102(かなり高い)
東郷美森との絆  112(かなり高い)
三好夏凜との絆  133(最高値)
乃木若葉との絆  94(かなり高い)

土居球子との絆  40(中々良い)
白鳥歌野との絆  42(中々良い)
藤森水都との絆  34(中々良い)

  郡千景との絆  40(中々良い)
   沙織との絆  114(かなり高い)
   九尾との絆  62(高い)

    神樹との絆   9(低い)


√ 10月11日目 朝(病院) ※木曜日

01~10 
11~20 天乃

21~30 
31~40 
41~50 友奈

51~60 
61~70 
71~80 千景

81~90 
91~00 天乃

↓1のコンマ  


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


天乃「……ぅ」

天乃(痛い……苦しい)

天乃(声が出ない……動けない)

天乃(……吐きそう)

天乃(おなか痛い……)

天乃(死にたく……ないな……)


では少しだけ


√ 10月11日目 朝(病院) ※木曜日



何も見えない、真っ暗な世界だった

どれだけ歩いても、戻っても

何一つ変わらず見えない暗い世界

手を伸ばしても触れられるものはなく、触れてくれるものはなく

だんだんと冷えていく感覚に目を瞑っても

結局変わらない暗闇に心はすり減っていく

天乃「…………」

このまま死んでしまうのかもしれない

子供を残して、死んでしまうかもしれない

そうなった時にみんなは今見えている世界のように、

周りからきれいさっぱり去って行ってしまうかもしれない

けれど、それはそれで良いのかもしれないと思ってしまう

今のように強く愛し続けられていては

皆はそれ以外に目を向けられなくなってしまうだろうし

喪ってしまった悲しみに永遠に苦しめられるかもしれないから。

皆が離れていくのは悲しいし寂しい

けれど、離れて歩いて行けることはうれしいとも思ってしまう

そんなことを言えば、

きっとみんなから怒られてしまうのだろうけれど。


天乃「……っ」

そんな悪夢とも言い切れない世界から光のある世界へと引きずり出されていく

苦しみと痛み、重みと辛さ

ただただ蝕まれていくだけの世界

視界はぼやけ、耳は塞がれたように音を拾えず

不快にしかならないにおいを感じ取って……

手だけは、誰かが握りしめてくれている温もりがあった

天乃「ぁ……」

声を出そうとしても上手く出てこない

それどころか度重なる嘔吐によって傷ついた痛みがじんわりと広がり、

むず痒さにもがいてしまいそうになる

けれどそれでもがいたら最後、激しい苦しみと吐き気に苛まれて

死にたいと思わせるほどの苦しみが長引く

「……? ………」

誰かが何かを言っている

それしか分からない音が耳に響いて

鈍痛に住みつかれた頭に、誰かの手が触れる

天乃「…………」

優しい手にだけ意識を集中して目を閉じると、

痛みも苦しみも拭えることはないが、

耳はゆっくりと感覚を取り戻していく


九尾「無理に目を覚まさなくてよい、主様」

天乃「……ぅぃ」

九尾「妾ですまぬな」

傍にいたのは九尾だったのね。と言おうとしたのに

出てきたのは短い呻き声のようなもの

それを分かったからなのか、

九尾はくすくすと笑って答える

ゆっくりと瞼を開くと

まだぼやけてはいるものの、

九尾らしき女性の姿が見えてくる

まだ穢れの苦しみから解放されたわけではない

少しでも気を抜いたり動いたりしたら最後

また苦しみに喘ぐことになってしまう

とは言っても

そうしなかったとしても時限式の爆弾のように危うい天乃の体

ゆえに勝手に壊れてしまうからこそ、九尾は不安げな表情で天乃を見つめる

天乃「……ぁ」


みんなは無理してない? そう聞きたいのに声が出ない

そのもどかしさに無理をしそうになるものの

体がトラウマになった苦しみに抑制されて、沈黙してしまう

けれど、表情はそれを露わにしていたのだろう

九尾は「してはおらぬよ」と、優しく答えて

九尾「そんな目で見ても答えは変わらぬ」

九尾はクスクスと笑うと

ふと真面目な表情を浮かべて

天乃のほほに触れる

暖かいと感じた手は、少し冷たい

九尾「主様は休んでおれ。次期に何とかなるじゃろう」

ほんの少し不安を感じる声で九尾は言うが、

天乃は深く考える余裕もなく九尾を見つめる

普段なら色々と考えたり追及したり

出来ることはたくさんあるのに、

今は笑いかける事さえ、出来なくて



1、無理しないで
2、勝手なことしないで
3、皆には無理させないで
4、今は休むのが大事よね


↓2


ではここまでとさせていただきます
明日は出来ればお昼ごろから


では少しずつ


天乃「ぁ………ぅ……」

絞り出しても出てくるのはそんなみっともない呻き声と濁った赤色で

天乃は殆ど力の入らない手を何とか動かして九尾の袖を摘まんで目を向ける

言いたいことを分かってほしいと

願うように見つめてくるその瞳を見つめ返して

九尾はそうっと顔を近づけて、額同士を軽く触れ合わせる

九尾「妾にそれを求めてどうする……そんな愚行に走るのは小娘共じゃろう?」

天乃「…………」

九尾「それとも、主様は妾の方が愚かというのかや?」

限りなく近い距離は吐息が重なって表情の全貌は映らない

だが、耳に聞こえる九尾の声は

どこか嘲り笑っているような

ある種の挑発めいたものがあるように感じて、天乃が袖を引く

けれど、風に揺られた程度の弱弱しさしかそこにはない

気にも留めなければ通り過ぎてしまいそうな小ささ

九尾「…………」

はねのけようと思えばいつでもはねのけられる手は

その力に等しく、幼子のような外見だった

だから、九尾はくつくつと挑発的に笑い声をこぼす

九尾「小娘共ではなく妾にいうのは、なるほど。最も害を為すのは妾ゆえということか……間違ってはおらぬな」


勇者部が絶対に過激な行動に出ないという保証はない

だが、勇者部は一人ではないから

誰かが危険な考えを持っても

誰かが誤った行動に走ってしまっても

必ず止める誰かが勇者部にはいてくれるはずなのだ

だが、九尾は誰かが気付いたころにはもう、行動を起こしているような精霊だ

それはきっと九尾が誰かに相談することはなく、

事の善悪を全く歯牙にかけないような存在だからだろう

九尾はそれを行うかどうか、悩まないのだ

それが必要だと思った瞬間には行動に移す

それが、九尾のやり方

九尾「じゃがのう、主様。害なくば得られぬものもあるのじゃ」

天乃「っ」

九尾「妾は不要なことはせぬ。必要じゃからこそ行う。それが例え人間にとっての悪であろうとな」

逆もそうだ。

人間にとっての善行が必要なことではないのならば、それは行わない

人間にとっての悪行が必要な事ならば、それを行う

その逆もまた然り

必要ならば善悪にかかわらず行う。それで何人の命が救われ、何人の命が失われるのかは

九尾にとってはどうでも良いことなのだ


九尾「それをせねば主様が死ぬとしたら、主様はどうする?」

天乃「…………」

どうする。とは言うが、

九尾にとって、天乃を生かすこと

その為に何か行動を起こすのは必要なことだから

その答えを聞いても考え直すことはないかもしれない

考え直さないなら聞く必要はないのかもしれないが

必要がないはずなのに聞いたということは

九尾にとっても天乃にとっても

この問いかけは何らかの意味がある事なのかもしれない

もちろん、意味がない可能性もあるが。

天乃「……………」

九尾「おとなしく、死を受け入れるかや?」



1、首を横に振る
2、睨む
3、目を瞑る
4、袖を離す


↓2


声を発せない分、睨むように九尾を見つめると

特別驚いた様子のない九尾はくすくすと笑って離れていく

掴む力のない手はその離別に抗いきれずに振り落とされてベッドへと落ちてしまう

九尾「そう怒るでない。主様が最も好まぬ問なのは理解しておる」

それでも聞いたのは、

死に直面し、いつ死んでもおかしくはないこの状況にいるからだ

それならば、答えは変わるのではないか。と

九尾「くふふ」

小さな笑い声

天乃を挑発するには優しすぎるが

場の空気を宥めるには悪意のこもった笑い声

九尾「……じゃがのう、主様や。主様の死は誰も望まぬ」

天乃「…………」

九尾「主様だけじゃ。代わりを作ることを拒むのは」


もう本当にどうしようもないとなった時

勇者部の中から

あるいは、勇者部の全員が穢れを引き受けようとする可能性もあるし、

精霊組がその存在の消滅を覚悟して天乃の穢れを何とかしようとする可能性もある

どちらにも犠牲はあるが、

天乃の周囲の人間は打つ手がないならば最善ではないその手に妥協すると九尾は思う

だからこそ、

最も支柱になり、諦めないように奮起しようとする友奈の心を折る事さえ躊躇わなかった

九尾「小娘共は主様が望んでいなくとも、その身を挺することをいとわぬじゃろう」

それは天乃が今までさんざんやってきたことだが、

天乃のように自分の存在を許せていないのではなく

自分にとって大切な人を失うという

かつて天乃達が味わった痛みに苛まれないための苦渋の決断

生きたいという、天乃の願いをかなえるための覚悟

しかし

九尾「それは、小娘らを死に追いやるやもしれぬ」

天乃「っ」

九尾「じゃが、妾ならば……主様も、小娘共も無事なまま、主様の願いを叶えてやれる」


天乃「…………」

結局、九尾が言いたいのはそれなのだ

自分の身勝手な行いがなければ、天乃含めた勇者部の幸福などなく

誰かが必ず犠牲にならなければいけない

だから、止めてくれるなと。

九尾「主様は何も知らぬ、それで良い」

天乃「っ」

首を横に振れたとはいえない仕草でそれを否定し、

天乃はもう一度手を伸ばしたが、

震える手ではもう、袖すらも掴めなくて

九尾の手が、天乃の視界を塞ぐ

九尾「誰しもが幸福などあり得ぬ。不幸あっての幸福。万物は常に万物の消失をもって存在を許されておるのじゃからな」

天乃「ぅ……」

九尾「案ずるな主様、主様は悪夢を見た。ただ、それだけの事じゃ」

九尾の言葉にふさわしくない優しい声が聞こえ

天乃の意識は押し流されるように微睡の中へと沈んでいく


√ 10月11日目 昼(病院) ※木曜日

01~10 友奈
11~20 
21~30 夏凜
31~40 
41~50 沙織
51~60 
61~70 千景

71~80 
81~90  瞳
91~00


↓1のコンマ  


√ 10月11日目 昼(病院) ※木曜日


千景「この調子だと、貴女の望んだハロウィンは出来なさそうね」

若葉「当初は多少体調を崩す程度だと楽観視していたからな……」

最悪の可能性の一つを除外していたとはな。と

若bは嘲笑気味に笑いながら呟いて首を振る

浮かべる笑みは悲し気で

ほんの些細な一言のつもりで言った千景は一息ついて

乃木さんは。と、口を開く

千景「乃木さんは諦めるつもり?」

若葉「私達の生存か? それとも、天乃の生存か?」

千景「両方よ。昨日、三好さんたちに話したでしょう?」

若葉「可能性の一つとして、話すべきだと思ったんだ」

自分たちを犠牲にすれば、天乃が良くなる可能性

自分たちが犠牲になっても、天乃が良くならない可能性

打つ手の限られた現状

一つでも選択肢はあるべきだと若葉は思う

若葉「それに、生者である勇者部よりは、良心的な犠牲だとは思わないか?」


千景「久遠さんにとっては、私達と三好さん達の犠牲は変わらないと思うわ」

若葉「だが、精霊は精霊だからな……」

千景「…………」

若葉の言っていることが分からないわけではないし

むしろ、精霊を犠牲にしてでも生者が生きるというのが正しいのだと千景も思わなくはない

そもそも、精霊には力を貸しているのだ

返すことで精霊が消えてしまうのだとしても

生きるために貸している力を返してもらうことの何が悪いのかと考えるべきでさえある

しかし、そう考えられないのが天乃なのだ

千景「……あの時、無理にでも精霊扱いさせておくべきだった」

死神が千景になって間もない頃

千景は天乃が精霊を精霊としてみることが出来ないことに危機感を覚えて

仲良くなろうとする天乃を拒絶していたのだ

しかし、天乃の諦めない歩み寄りと

正しいことが正しいとは限らないという夏凜の説得から

その考えをいつしか改めてしまって……

千景「もしも久遠さんが精霊扱いできる人なら、迷うことなんてなかったのに」

若葉「出来ない人だったんだ。考えるだけ無駄だ。千景」


少しでも悲しませることのない策を練るしかないが

当然、誰かが失われるという時点で

悲しませないという方法は不可能に近いのだ

若葉「天乃に言って認めて貰えると思うか?」

千景「認めてくれると思う?」

若葉「……そうだな」

千景の呆れたような返しに、

若葉は思わず苦笑いを浮かべながら首肯して

首を横に振る

それこそ、考えるだけ無駄だ

天乃を救いたいから犠牲にならせてほしい

そんなことを言って天乃が認めるはずがない

だが……

若葉「そもそも、天乃が消えた後も私達が生存できる保証はないのがな……」

千景「そこを交渉材料にすれば、久遠さんも認めざるを得ないでしょうね」

どちらにしても失うのならば

消えてしまう精霊たちの意思をくんで

天乃だけでも生き残れる可能性に命を懸けさせてくれるだろう

千景「ただ、無理強いする様なものなのが、頂けないけれど」


無理強いさせたら余計に悲しませるだけだ

かといって、それを交渉材料にでもしなければ

天乃が認めてくれる可能性は極めて低い

だからこそ、難しくなってしまう

千景「最低な提案をしてもいいかしら」

若葉「あまり聞きたくない言い方だな、それは」

千景の言葉は不穏極まったものだったが、

どんな提案であろうと

話くらいは聞いておくべきだと若葉は考えて、息を呑んで頷き

千景もまた答えるように口を開く

千景「九尾の力で久遠さんから私達精霊の記憶を消してしまうのよ」

若葉「それは……それはいくら何でも邪道だろう」

千景「だから最低と言ったわ」

若葉「残酷すぎるぞ」

千景「それで久遠さんの心が救えるのなら」

若葉「…………」


千景「もちろん、最悪の展開を除いてそれを実行する気はないわ」

最初は神樹様を襲撃して干渉を出来ないようにするつもりだったが

それは夏凜に阻まれて終わり、それ以外の可能性が潰えてからの一つの手段となったし

若葉やほかの精霊が自分たちを犠牲にしてでも天乃を救う手段をとるならば

千景はその方がいいと思う

神樹様が消えれば世界が滅ぶ。

それゆえに神樹様への襲撃こそ最終手段であるべきだからだ

そして、天乃の記憶を消すのもそれと同等の最悪の展開だと千景は言う

若葉「……なにか、別の策を見つけたいが」

千景「そんな悠長なことも言っていられない可能性もあるわ」

勇者部は諦めずに探そうというが、探す場所の検討さえついておらず、

もはや万策は尽きて

手元に残った最悪の手段の中から最低な手段をとるしかないような状況なのだ

だから、千景と若葉もこんな話をしなければならない

若葉「……千景の提案も考えるしかないな。もちろん、勇者部のみんなからも消す方向にはなるが」

千景「そうね。三好さんたちは絶対に反対するから……消した方が色々と、安心できるわ」

そんな手は使いたくないからだろう

その場合の流れを考えながらも

若葉と千景は悲し気に、笑みを浮かべていた


√ 10月11日目 昼(病院) ※木曜日

01~10 沙織

11~20 
21~30 
31~40  瞳
41~50  歌野
51~60 
61~70  夏凜
71~80 
81~90  友奈
91~00  水都


↓1のコンマ  

※2回目


沙織「…………」

みんなが空想の希望に縋り付いて前を向こうとしている中

沙織は一つだけ浮かぶ考えを握り締めて、息を吐く

成功すれば

いや、沙織の考えが間違いでなければ

確実にうまくいくことではあるのだが

間違っていれば最後

失うだけ、悲しむだけで終わってしまう

だからこそ、

それは胸の内に秘めるべきことでもあったのだが……

沙織「背に腹は代えられないしね……」

九尾のように天乃以外のすべてが消滅しても良いと考えられるほど沙織は冷酷ではない

それゆえの葛藤に胸を痛めながら

沙織は近づく足音に目を向ける

沙織「ごめんね、呼び出して」

夏凜「いや、1人で考え込んでても仕方がないし」

沙織「そうだね……久遠さんのこと考えちゃうとどうしても暗くなっちゃうからね」


解決の手段が見つかっていないし

その糸口になりそうな情報も途絶えた現状

1人で考えていても嫌な考えしか浮かばず

無意味に時間が過ぎていくだけだと沙織は笑って首を振る

笑うしかないのに、笑っている場合ではないと心が抑圧するのだ

夏凜「それでどんな話? 悪いけど、神樹様を切り倒すとかそういうのは無しで頼むわ」

沙織「神樹様を切り倒して世界が終わればみんな一緒に居られるからね。それもありと言えばありだよね」

夏凜「……本気で言ってんの?」

沙織「候補の一つとしては、それも考えておきたいかな」

憤怒を感じる表情を見せた夏凜を気にも留めず

沙織はさらりと答えて夏凜から目を逸らす

本気でそれもありだと思えてしまう自分が少しだけ怖いと

沙織は体を抱きしめていく

沙織「えっと、本題だけど……その前に一つだけ無意味な質問を三好さんにしても良いかな」

夏凜「嫌な予感しかしないんだけど」

沙織「大丈夫、それの答えにかかわらず本題には入るつもりだから」

夏凜「……解った」

怪訝な表情で頷く夏凜に沙織は微笑んで

沙織「三好さんは久遠さんの為に死ぬ覚悟はあるかな?」

昼食の献立を聞くかのような雰囲気で、訊ねた


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば少し早い時間から


夏凜「死ぬ覚悟って……なによ急に」

東郷「服上死する覚悟はあるかってことよ。言わせないで夏凜ちゃん」キリッ

風「アタシは言わないで欲しかったなぁ」

樹「最近真面目な東郷先輩に戻ったと思ったんですけど……気のせいでした」

東郷「私はいつも真面目よ」

友奈「だよねー……」


では少しだけ


夏凜「いきなり物騒な話振ってくるわね……」

無意味な質問とは前置きされたが

死ぬ覚悟があるのかどうかというのは無意味ではないはずだ

確かに、沙織が話す内容はどちらであれ変わらないのなら

質問に意味はないと言っても間違いではないのだろうが……

夏凜「でもまぁ、そりゃ命を懸ける覚悟くらいあるわよ」

戦いを引き継いだ時点でその覚悟は出来ているし、

今の天乃の体調改善に必要ならば

改めて自分の命を懸けるつもりではある

しかし、天乃がそれを認めるわけがないし

そんな犠牲の上に成り立つ自分の命を許せるほど冷めた性格ではないため

覚悟が出来ているのと実行する意思があるかどうかは別だけれど。

夏凜「それで? 本題は何なの?」

沙織「久遠さんの穢れを引き受ける犠牲に関しての話だよ」

夏凜「……若葉たちの事?」

沙織「ううん、乃木さん達とは別……というより、そういうあたり三好さんも考えてないってことだよね」

沙織は少し困ったように言うと

逡巡してから罪悪感をにじませた笑みを浮かべる

場の流れに押し流された考えられずにいたのか

それとも、無意識に考えないようにしていたのか

どちらにしても考えていないことを考えさせることになるのだ

夏凜にとっては、最善かもしれない方法を。

夏凜「いったい何の――」

沙織「穢れを引き受ける憑代の候補として三好さんが最適だって話だよ」


夏凜「……は?」

沙織「だって、勇者部の中で久遠さんの力を強い反動を受けるとはいえ扱えるのは、三好さんただ一人なんだよ?」

夏凜「っ」

驚嘆に破顔し、

無意識か意識的にか体を抱きしめた夏凜を認めた沙織は

納得したように頷いて目を伏せる

沙織「分かるよね? それがどういう意味なのか」

夏凜「私が引き継いだ久遠陽乃の力が重要って事?」

沙織「重要とか言うレベルの話じゃないよ。下手な犠牲を出さずに久遠さんを救うにはそれしかないんだ」

夏凜「……けど、私の中のその力はとても弱いわよ」

沙織「そうだね。最悪死ぬ可能性がある」

死なずに済んだとしても

どこかに後遺症が残って体が機能不全を起こしてしまったり

意識不明になってしまったりと大きなリスクがある

沙織「藤森さんやあたしが補助しても良いけど、残念ながらそんなことしたら消滅は必至だしね」

とても残念そうには見えないおちゃらけた様子で呟いた沙織だが、

言っていることは事実だ

戦闘で散々穢れを引き受けた結果、

沙織と水都の体は穢れに蝕まれており、これ以上は抑制できずに消滅するのがほぼ確定している状況なのだ


沙織「東郷さんはもう少し、可能性があるかなぁ……一応、巫女の素質があったみたいだし」

とはいえ、満開を繰り返した体は神樹様とのつながりが強く

穢れによるダメージはかなりのものだろう

それゆえに、園子は厳禁だ

園子に穢れを押し付けたが最後

彼女の命の保証は出来ないと沙織は真剣に告げる

沙織「神樹様にとって穢れは猛毒だからね……満開していればいるほど、そのダメージは深刻さを増していく」

夏凜「だから、満開経験者の私は多少の力があってもかなり危険ってわけね」

沙織「そうだね」

夏凜「……私一人で請け負えば何とかなる?」

沙織「久遠さんを何とかしたいだけなら」

夏凜「私の命が保証されない……それが一番困るのよね」

夏凜としては、

天乃のことを考えなければ助かる可能性の低い賭けに出ることも厭わないつもりだが

天乃がそれでは幸せになることができない以上、

簡単にその蜘蛛の糸に縋るわけにはいかない

沙織「じゃぁ、サポートに東郷さんと……勇者適正の高い結城さんに出て貰うのはどうかな」

夏凜「二人は大丈夫なわけ?」

沙織「メインは三好さんだからね。東郷さんと結城さんにも多少負荷がかかるだろうけど……死んだり後遺症が出ることはないはずだよ」


夏凜「……分かった。その方向でいきましょ」

沙織「良いの? 樹ちゃんはそういう方向とは別の道も探そうって言ってたのに」

夏凜「背に腹は代えられない……陽乃さんの力を使う以外に最適な方法なんてきっとないし」

沙織「それはそうなんだけど……」

沙織は悲し気に呟くと、

滲み出す涙を拭うように目元に手をあてがう

沙織「ごめんね。あたし達がもう少し穢れを引き受ける器があれば――」

夏凜「んなこと言ったってしゃーないっての」

とんっと沙織の体を小突いた夏凜は

罪悪感を感じる沙織に対して苦笑いを浮かべて

夏凜「誰かが悪いわけじゃない、仕方がないわよ。こんな状況……もはや運命みたいなものだし」

嘲笑するように零した夏凜は、

だけど。と、意思を示すような力強さで苦笑して見せる

夏凜「私は運命なんざ認めないわよ? そんなもん努力で捻じ曲げてやるわ」

勇者としての力を得たのだって運命ではなく、努力を積み重ねてきた結果だ

だからこそ、

自分に与えられた陽乃の力だけでは不足だというのならば

自分の今までの努力と培った根性で対処しきる

夏凜「行くわよ、沙織」

沙織「あ、うん」

夏凜「まずは皆に話して……それから、天乃に話さないと」

やることはたくさんあるのだと

夏凜は少しばかり悲し気な沙織を連れて、みんながいるはずの病室へと戻っていく


√ 10月11日目 夕(病院) ※木曜日

01~10 
11~20 天乃
21~30 
31~40 夏凜
41~50 九尾
51~60 若葉
61~70 
71~80 千景
81~90 
91~00 夏凜

↓1のコンマ  


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


夏凜「おとなしくしてなさいよ? 出来る限り優しくするから」

天乃「う、うん……」

友奈「え、ぁ、夏凜ちゃん、今回は別にエッチなことは必要ないよっ」

東郷「ふふっ、夏凜ちゃんも淫らな子ね」

夏凜「知らなかったのよッ!」


では少しだけ


√ 10月11日目 夕(病院) ※木曜日


夏凜「っていうわけで、私の命を懸けましょ」

風「いやいやいや!」

夏凜「なによ。不満があるっての?」

風「不満とかそういう話じゃ無くない!?」

千景「そんなに軽くていいのかって、犬吠埼さんは言いたいのよ」

不安の沁み込んだ焦りを見せる風を一瞥した千景は、

飄々とした態度を見せる夏凜に気持ちを代弁する

夏凜にとって、

天乃を救えるのなら自分の命は比較的軽いものなのかもしれないが

流石に、物事を軽く考えすぎなのでは。と

友奈「でも、それ以外に有効な手段はないんだよね?」

樹「ないとは言い切りたくないですけど、ご先祖様の力以上に頼れるものはないと思います」

東郷「私も自分の命を懸けることに躊躇いはないわ」

簡単に言っているように思われるかもしれないが

東郷にとって、それはずっと思い続けていた大切な覚悟

だからこそ、迷うことも躊躇うこともなく

まるで大したことではないように踏み出せる

東郷「久遠先輩が懸けてくれた命、それで救われた命。だったら、躊躇う必要なんてどこにもない」

夏凜「言い方は軽くても意思は固いわよ」

友奈「久遠先輩には、たくさんお世話になったからね」

風「あんた達……」


表情こそ柔らかいが、

東郷と夏凜そして友奈の揺ぎ無い意思は強い

何を言ってもその意思を曲げることは出来ないのだろうと察した風は困ったように眉をひそめて

傍らにいる樹は少し悲し気に目を伏せると、夏凜に助言したという沙織へと目を向けた

樹「あの、沙織さん。私じゃダメなんですか?」

樹は勇者部の中で唯一満開をしていない。

満開によって神樹様とつながりが出来て穢れの影響が大きくなってしまうというのならば、

陽乃の力を保持しているとされる夏凜を除いて適切なのは樹のはずなのだ

しかし、沙織はその質問が来ると分かっていたかのように笑みを浮かべながら

首を横に振って否定する

沙織「樹ちゃんは無事だからこそ無事のままいて欲しいかな。ほら、みんなこんな感じだから」

段々と治りつつあるとはいえ、

身体のどこかに障害を持ってしまっている勇者部の中で唯一の健康な身体の樹

それは日常的にも非日常的にもとても貴重で

だからこそ、可能ならば損ないたくないと沙織は言う

沙織「それに、勇者適正が高い結城さんや、巫女としての素質がある東郷さんのほうが、今回の件においては有効なんだ」

樹「…………」

自分はこれにおいては力になれないとはっきり言われ、

最初こそ悲しげに表情を歪めた樹だったが、

まだバーテックスが完全に倒しきれたわけではないという事を思い返して踏みとどまる

樹「何かがあったら頑張るためにってことですよね」

東郷「そうね……何も無いのが一番だけど」

樹の芯の強さを認めてか、

東郷は話の内容にも関らず少し嬉しそうに答える


千景「結局、犠牲を出すという事でいいのかしら?」

若葉「千景!」

千景「極端に言えば、そういう事でしょう?」

辛辣に言う千景だが、別に意地悪で言っているわけではないのだろう

穢れを肩代わりさせる際にチ影の持っている力は必要不可欠なため、

その最終決定を下すのは千景といっても過言ではない

だからこその問いなのだろう

風「夏凜、友奈、東郷……みんなはこれを犠牲だって思ってる?」

部長であり最年長である自分が一番背負うべきだ。

そう思わざるを得ない立場にいる風は悲痛な面持ちで訊ねて

しかし夏凜はそれを馬鹿にするように苦笑する

夏凜「当たり前でしょ。犠牲になったら何の意味もないっての」

沙織「……ならない保証はない、けどね」

友奈「でも、きっと久遠先輩のご先祖様の力なら大丈夫だと思います」

千景「相変らずポジティブな人ね」

友奈の前向きな姿勢に、

千景はどこか懐かしむような笑みを浮かべながら言うと

千景「分かったわ。この話に乗りましょう」

風「どっちみち、ご先祖様の力を借りない手は無いわよね……でも、危なかったら止めるからね?」

千景は観念したように頷き、

風はそれでもわが子を見守る母親のような表情で、頷いた


√ 10月11日目 夕(病院) ※木曜日

01~10 
11~20 九尾

21~30 
31~40 
41~50 夏凜

51~60 
61~70 東郷
71~80 
81~90 大赦
91~00 

↓1のコンマ  


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


久遠さんとお話


隔日と言いましたがあれは来週からです
では少しだけ


√ 10月11日目 夕(病院) ※木曜日


天乃「ぅ……」

九尾とは違う誰かの手の感触に目をゆっくりと開くと、

自分が目を覚ましてしまったことに罪悪感を覚えたのか、

申し訳なさげな表情を浮かべる夏凜が段々と鮮明に見え初めて

夏凜「ごめん、起こすつもりではあったんだけど」

天乃「…………」

夏凜「…………」

手を握って、笑みを浮かべて見せたものの

その力無さのせいか夏凜は悲しげに笑い返して

天乃の額にかかった髪を指で払う

夏凜「ほんと、弱ったわね」

天乃「っ」

夏凜「頑張ろうとしなくていいから」

天乃「…………」

夏凜「なんとなくわかんのよ」

病床に伏せった愛し子に寄り添う母親のような

優しさと慈愛に満ちた表情を浮かべる夏凜は慎重な手つきで天乃の頬を撫でて

逡巡し、少しだけ口ごもってから口を開く

夏凜「あんたのその穢れ、私達で引き受けることにしたわ」

単刀直入に注げられたその言葉に、

天乃は出来うる限りに顔を顰めて批判を述べようとする

だが、夏凜は反対の意思を示しているとわかっていても、

撤回するそぶりは見せなかった


夏凜「これしか、ないのよ」

天乃「ぅぅ」

夏凜「私には、あんたのご先祖様の力がほんの僅かだけど残ってるでしょ? それを使うのが最善策……そういう話になったのよ」

天乃「っぁ……」

夏凜「……あんたが言いたいことは分かる。それがどんだけ危険なことかもちゃんと分かってるわ」

それでも。と、

夏凜は満たされた笑みを浮かべながら続ける

天乃は言葉を発せ無いが、

その悲痛なうめき声のような吐息だけで夏凜は察したように答える

ハイリスクではあるが、勇者部にとって成功してくれたならばハイリターンなのだ

なにものにも変えがたい結果が得られるのだ

ならば、もっとも有効と思える手段で行くしかない

それがたとえ、棘の道であり、地獄に落ちるようなものであっても。

夏凜「私の補佐に、勇者適正が良いらしい友奈と巫女の素質がある東郷も選出されたわ」

この3人で何とかしてみるから。と

確実ではない事をほのめかすように言いながら、

夏凜は天乃の手を優しく握る

少し前までは力強く握り合えた手のあまりの弱さに、壊してしまわないようにと。

夏凜「あんたが嫌がるのは良く分かる」

どれだけ逃れたい苦しみであろうと、

それを他人が引き受けてくれると善意を見せても断るのが天乃だ

苦しみを知っているからこそ、苦しませたくないと優しさから。

夏凜「でも、私達はあんたを救いたい。あんたの力になりたい。それに手を出した結果、天乃に嫌われるのだとしても」


こんなことを言うのはずるいかもしれない

言ってしまってから考え直して、夏凜は苦笑する

けれど、それが正直な気持ちでもある。

もちろん、世界を終わらせたりだとか

してはいけないようなことにまで手を出すつもりは無い

特定の範囲内での話だ

夏凜「信じなさいよ。あんたのご先祖様を。あんたの周りにいる私たちを」

天乃「…………」

神様に祈れなんていわない

期待しろなんていわない

ただ、自分たちの事を信じてゆだねて欲しいと夏凜は求めて、天乃の手を握ったまま唇と唇を軽く触れ合わせる

乾いてしまった唇の感触は心に痛い

けれど、だからこそ取り戻したいとさらに強く思う

夏凜「無茶はする。でも、無謀じゃない」

天乃「…………」

夏凜「あんたがいなきゃ、頑張った意味がなくなるから」

誰かがいなくなったら、天乃が頑張った意味がなくなってしまうように

天乃がいなくなったら、みんなが頑張った意味がなくなってしまうのだと

そう、告げて

夏凜「元気になったら、お叱りでもなんでも受けるから。やらせて貰う」

失敗の可能性を考えず、

ただ、成功したあとの天乃の憤怒をどう受けるかを考える

夏凜「……それに文句は言わせない。天乃にも、九尾にも」

九尾「…………」


ずっと姿を見せていなかった。

何も発することのなかった九尾が音もなく姿を現したのを背後に感じて

夏凜は天乃の手を優しく握り、

その手に手を重ねて、ゆっくりと離れる

掴むものを失った天乃の手が、待って。と求めるように動く

悲し気な瞳が潤むこともなく見つめてくる

それらを横目に夏凜は一息つく

夏凜「文句ある?」

九尾「無謀じゃぞ。主様は常に穢れを生み出す存在じゃ。一度引き受けたところで収まらぬぞ」

夏凜「だからって、見捨てるわけにはいかないっての」

九尾の返答はあまりにも淡泊で

振り返った夏凜は怪訝そうな表情を浮かべながら九尾を観察する

言葉こそ天乃を気遣っているように思えるが

どこか危険な感じがした夏凜は「あんたは見捨てんの?」と声をかけて

夏凜「それとも、九尾には別の方法でもあるわけ?」

九尾「…………」

夏凜「天乃も私達も円満な解決方法とか」

九尾「……ふむ」

気になってしまうような一拍を置いた九尾は

しばらく夏凜を眺めた後にゆったりとした瞬きをして、首を振る

否定というよりも、呆れたような反応だった

九尾「そのようなものがあるわけなかろう」

夏凜「なら、なんで天乃のご先祖様の力を使うのにそんな不満そうなわけ?」


では途中ですがここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から
今週末付近から隔日になる可能性があります


夏凜:夏凜達が苦しむことはあるが、余計な被害は出ない ※予定

九尾:夏凜達は苦しまないが、他人には甚大な被害が出る ※確定


では少しだけ


九尾「ふむ……不満そうか……そうか」

自分がそんな反応をしているとは思わないとでも言うような呆けた反応を見せた九尾は

ちらりと天乃を一瞥すると踵を返して夏凜を手招く

九尾「場所を変えるぞ。小娘」

有無を言わせずに病室を出ていく九尾目で追い、

天乃に「あとで」と告げてから夏凜も病室を出る

何を考えているのかわからないが

何かを考えているとは分かる九尾が天乃のいる病室を避けての話

先の見えない不安を感じながら、夏凜は息を呑む

夏凜「天乃には聞かれたくない話とか、どんな企みよ」

九尾「大したことではない。ただ、お主達にその策を取らせるわけにはいかぬと――」

夏凜「ッ!」

会話の最中

だが、悪寒を感じて体を逸らした瞬間

九尾の腕が寸前まで夏凜の体があった場所を掠めていく

病院の通路という人目に付きやすい場所での奇襲

九尾の反乱にも取れる行為に驚きながら、夏凜は臨戦態勢へと切り替え、身構える

九尾「うむ。流石じゃな」

精霊である九尾の単純な戦闘能力は夏凜の知らない部分だが

少なくとも、武器のない自分では勝てないだろうとは思う

だが、降伏するわけにはいかない


夏凜「どういうつもりよ!」

九尾「別にお主と戦おうというつもりはない」

夏凜「……そんなの、信じると思ってんの?」

先に手をだしておきながら危害を加える意思はないと言って手を振る九尾

浮かべているのは笑顔だが

不穏そのものの雰囲気に夏凜は思わず半歩後退りしてしまう

九尾「ふむ……だからさっさと終わらせるつもりだったのじゃがのう」

夏凜「終わらせる? 終わらせるって何を?」

九尾「主らから余計な記憶を消すつもりだったのじゃ」

消すと言っても幻覚の力を用いた強引な方法で

記憶をすり替えてそのこと自体を記憶上はなかったことにしてしまおうというものだ

そしてそれを、九尾はさも当然のように語る

子供がもつ無邪気さに隠された名前を失った悪意のようなものを滲ませながら

記憶を消し、夏凜達が行おうとしていることを行えないようにしようとしたのだと答える

九尾の行おうとしていることは夏凜達が絶対にされたくないことだと知っているはずなのに

それをしようと考えていること、それを素直に話してきた現状

その違和感に夏凜はより一層警戒しつつ九尾を睨む

夏凜「さっき、私達の円満解決はないって言ってなかった?」

九尾「うむ。円満解決はない」

夏凜「ならなんでこの有効手段を使えないようにしようとしてんのよ」


陽乃の力を用いての肩代わり

その記憶を消されれば当然、今回夏凜が行おうとしている唯一の有効手段も使えなくなってしまう

それが、九尾の目的

それなのに、九尾には夏凜達が満足できる解決は出来ないと言う

その矛盾、天乃を救う最大の壁となっている九尾に内心苛立ちを覚えながら

夏凜は怒号を上げたい気持ちを抑え込むように深く息をつく

九尾「明確に言えば、【今の】主らが円満に解決する方法はないということじゃ」

誰かが犠牲にならなければいけないということ

天乃が穢れによって酷く苦しんでいること

それらを忘れたあとの勇者部なら円満解決も可能だと九尾は話す

九尾「主様はお主らの犠牲も望んではおらぬ」

夏凜「だからって、ほかにどう――」

九尾「弥勒家がそうであったように、他人を用いればよいではないか。人間など、喰い合っても余るほどには、この世界にもおるのじゃからな」

夏凜「は? 何言ってんのよ……それこそ天乃が」

九尾「じゃから、記憶をいじるのじゃよ」

今はまだ苦しみが続いているために記憶をいじっても意味はないが

それを実行した後に天乃の記憶をいじり、継続的に犠牲を作っていくことで

半永久的に無事に過ごしてもらう考えなのだと九尾は言う

あまりにも狂った考え

猟奇的と言わざるを得ない考え

天乃の為とはいえ、絶対に踏み入ってはいけないであろう領域にまでたやすく踏み込もうという九尾は

そのことに罪悪感も何もない……まるで機械であるような無表情さのまま夏凜へと手を伸ばす


九尾「悪く、なかろう?」

夏凜「…………」

誰も覚えていなければ。

それは確かに、当人たちの中では円満解決と言えるだろう

記憶をいじられて覚えていない夏凜達は

日夜ニュースで流れる行方不明や不審死といった事件を前にして

どこか、自分たちとは遠い世界の話のように相手のことを思うだけになるのだから

感傷に浸ることはあるかもしれないが、決して、罪悪感を抱くことはない

夏凜「っ」

夏凜達が肩代わりすると天乃の心に影響が出てしまうし

成功しなかった場合の損害には目も当てられなくなってしまう

だからこそ……記憶をいじって仮初の安寧を築こうとしている

それが九尾なりに天乃を思ってのことだというのは不服ながら夏凜も分からなくはない

そこで悪役を自分一人にしようとしているのも

もしかしたら、九尾なりの優しさなのかもしれないとさえ思う

夏凜「……記憶を書き換えれば、円満。ね」

関係のない人を、九尾は消耗品のように扱おうとしている

そんなこと、許されていいはずがないし許せるわけがない

けれど、【記憶さえなければ】それは確かに、円満な解決と言えるかもしれない

思ってはいけないそれを、夏凜は頭のどこかに抱く


1、なら、私達が肩代わりしたって記憶をいじくりなさいよ
2、そんなこと許可できるわけないでしょうが
3、天乃を想うならそれこそ最悪だって解んないの?
4、バッカじゃないの? 精霊最古の九尾の癖に、天乃付きの精霊の癖になんも分かってないじゃない
5、……それで、本当に今後のみんなが救えるんでしょうね?


↓2


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


夏凜「異議あり!」

夏凜「15年間付き添ってきてなんも分かってないあんたに、天乃のことを教えてやるわ」

九尾「ほう……」

東郷「まずくお――むぐっ」グイッ

風「はーい、引っ込みましょうねぇ」


すみませんが本日はお休みとさせていただきます
再開は明日、可能なら通常時間
遅ければ23時から少しだけとなります


では少しだけ


夏凜「はぁ……っ」

自分のその歪な考えを吹き払うように大きくため息をついた夏凜は、

大げさに首を横に振って、ここにはいない天乃の分まで力強く手を握り締める

こんなふざけた問いに対する答えなど、一つでいい

夏凜「バッカじゃないの?」

九尾「……ほう」

夏凜「精霊最古の九尾の癖に、天乃付きの精霊の癖に、あんた、なんも分かってないじゃない」

九尾「ならば小娘。お主の考えを聞かせてみよ」

侮辱する様な発言に対して九尾は怒りをむき出しにすることはなかった

ただ平坦な声色、冷ややかな視線を夏凜へと向けるその所作は

夏凜の言動になど一切の興味がないという九尾の内面の表れのようにも感じる

夏凜「人が傷ついていくことを天乃が許せると思う? 自分の為に誰かがいつまでも苦しんでいく世界で幸せだと言えると思う?」

悪いけど。と、九尾の返答を聞かずに続けて睨む

夏凜「天乃はそんな器用な性格してない。自分の為に誰かが苦しむことを、ちょっと記憶いじくられたくらいで忘れられるほど割り切り良い性格じゃない」

九尾「主様の是非など関係あるまい。幸無しと言うのならば念入りに手を加えればよかろう」

夏凜「それでも、あいつは泣くわよ」

例え忘れさせられても

記憶をいじられてそれを認識できなくなっても

天乃は絶対に自分の存在によって周りが受けた被害を嘆く

傷つく他人に心を痛めると夏凜は思う

夏凜「あいつは底なしのお人好し……誰よりも何よりも他人を思う大馬鹿者よ。記憶操作なんて無意味な事、あんたが一番よく分かってんじゃないの?」


九尾「…………」

夏凜「天乃の心を本当に救おうって言うなら、そんなことすんじゃないわよ」

大量の犠牲を出して天乃を救い、

その記憶を操作して忘れさせたところで何にも救えてなどいない

ただ、誤魔化しているだけに過ぎない

九尾「ふむ……元々、正しい救いを主様に与えることなど出来まい」

夏凜「っ」

九尾「妾の謀が主様の心を完全に救うことが出来ぬとして、お主の策は主様を真なる意味で救えるとでも思うのかや?」

痴れ言を抜かしおって、と九尾は独り言つ

表情こそ変わらない中での明らかな不快感を感じる声に夏凜の作り出した勢いはかき消され、

九尾の赤い瞳が影を残すように揺らめく

九尾「いずれにせよ主様が円満な解決などもとより存在せぬ。ゆえに妾は、もっとも幸得られるであろう選択をすべきと考えておる」

夏凜「そこまでは私だって理解できるわよ。でもあんたはそこから先が間違ってるって言ってんのよ」

九尾「主様の愛し子達が傷を負うよりもかや?」

それは天乃の考え方次第だ

状況の受け取り方次第だ

だから、断言は出来ないかもしれない……だが

夏凜「偽った幸せなんて、天乃は絶対に望まない」

そうであるのだと夏凜は断言する。

もしかしたらそれでも天乃は笑顔を見せてくれるかもしれない

だが、それでいいのかと問われれば答えはノーだ

そう……それではダメなのだ

誰が……?


夏凜「……っ」

誰に問われるわけでもなく独り自己の考えに流れて行った夏凜は

雄弁に理由を語り、九尾が行おうとしていることに強い反発までしようとしている意思が

結局自分の何処から来ているのかを感じ取って夏凜は思わず鼻で笑う

九尾が夏凜達を阻もうとするのが身勝手な善意というのならば、

夏凜が九尾のそれを強く否定しているのは身勝手な我侭だった

天乃に想いを抱いたときからずっと、

そして今もなお抱いているのは……そう

夏凜「……私はただ、天乃の笑顔が見たいだけ」

九尾「なにを言うかと思えば――」

夏凜「そう、あんたにとっては下らないししどうだっていいことかもしれない。でも、私はこれに関しては……」

九尾の呆れたような言葉をせき止めた夏凜は、

自分の言葉、そこに込める気持ちを再確認するかのように瞬きし、息を吐く

夏凜「これに関しては、正直命を懸けてると言っても良い」

不純物を流した真っ正直な言葉

笑顔の為に命を懸けるというのは天乃に対しては矛盾極まりないことではあるが

しかし、そこに偽りは存在しない

夏凜「だからこそ、私はあんたと私達……どっちの考えがより天乃に幸せになって貰えるのか解る」

九尾「つまらぬ戯言じゃのう」

夏凜「確かに、あんたの言う通り私達が肩代わりすることは天乃にとって史上最悪の不幸かもしれない」

だが、それで終わらせるわけがないのだ

そこで終わっていいはずがないのだ

そこで悲しませるだけで終わるというのなら、

それは肩代わりするのではなく、犠牲になる事になってしまう

夏凜達がしようとしているのは、そうではない

夏凜「でも、私達はそこで死ぬわけじゃない。そのあと、ちゃんとあいつに怒られるつもりなんだから」


中々怒るそぶりを見せることのない天乃だが、

自分の為に犠牲一歩手前のことにまで手を出したら流石に怒るだろうと夏凜は想像しながら破顔する

場の空気に似つかわしくない所作だと理解はしているけれど、

怒りつつも心配したんだと、不安だったと

結局、憤怒が雲散霧消していく天乃があまりにも容易に想像できたからだ

夏凜「不幸にさせた分だけ、怒られる。そのあとちゃんと笑顔にさせて見せるから。幸せにして見せるから」

だから、お願い

夏凜はそう続ける。

九尾の考えを叩き伏せて押し通るのではなく、

願い、許しを求めて夏凜は頭を下げる

夏凜「……勇者部を、信じて欲しいのよ」

九尾「先刻までの勢いはどうしたのかや?」

夏凜「別に……さっきまでと考えを変えたつもりはないわよ」

九尾に自分たちのやり方を認めさせる。という、

最終目標には何も変わりない

だが、もう久しく見ていない気がする天乃の姿を見たからか

強く反発するような気が削がれてしまったのは事実だ

夏凜「ただ、天乃は仲間内で険悪な関係になっていることだけは絶対に許せないだろうって思ったのよ」

あんただってそう思ったから

わざわざ場所を変えるなんて気づかいを見せたんでしょ? と夏凜が言うと

九尾は鼻を鳴らして首を振る

九尾「聞かれても困るじゃろう」

夏凜「そりゃ、自分の為に対立してるとか知ったら天乃が何しでかすかわかったもんじゃないし」


そういう意味ではないが……と不満げに漏らした九尾だったが、

深々と諦めたようなため息をついた瞬間、

敵対を感じさせる気配を払拭して、穏やかな瞳を夏凜へと向ける

九尾「妾が優先すべきは主様じゃ。主様が傷つくのならば、容赦なくお主達の記憶を抹消することをゆめゆめ忘れるでないぞ」

夏凜「……それを聞いて、少し安心したわ」

失敗をする気はないし、もしもの時のことを考えるつもりはない

けれど、それを考えておいてくれる九尾がいるならば

猶更、それは考えなくて良いのだと夏凜は確信したからだ

マイナスの面は全て、九尾が策をめぐらせてくれる

ならば、自分たちは全力でプラスであることを信じて進めばいいと

夏凜「九尾」

九尾「なんじゃ」

夏凜「あんたは良く分からなくて、味方のようで味方じゃない……敵の敵は味方のような奴だけど」

でも。と、夏凜は小さく言葉を続ける

夏凜「天乃のことを大切に思っているってことだけは信頼できる」

たとえそれが歪なものであっても

天乃のみしか眼中にないことを除けば

それは何よりも信頼できる忠誠だと夏凜は思う

夏凜「今だって、あんたとの対立があったからこそ私は自分がなんでこんなことしようとしてるのかを思い出せた」

天乃の為、それもたしかにそうなのだろうが

それを超える我欲がそこにはあったのだ

それが悪いとは言わないが

突かれたときに揺らいで隙を作ってしまうような部分は極力作らない方がいいのだ

特に、穢れなどという不安定で理不尽なものを請け負うならば、なおさら

夏凜「……感謝しとくわ。これで、天乃にも本気で自分のためにやるんだって言ってやれる」

九尾「下らぬな。妾は関与しておらぬ」

否定して受け入れない九尾の姿勢に、

夏凜は何となく苦笑をこぼして「そういうことにしておいてやるわよ」と、茶化した


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


東郷「穢れを引き受けると何が起こるのか分からない」

東郷「もしかしたら、気を失うほどの苦痛に襲われるかもしれない」

東郷「それでも、やるのね? 友奈ちゃん」

友奈「うん……やるよ。やれるよ。大丈夫、東郷さん」

友奈「だから、無事に全部終わったら。みんなで楽しいこと一杯しようねっ!」ニコッ


千景「……あっ」


では少しだけ

√ 10月11日目 夜(病院) ※木曜日


千景「久遠さんの状態を見て分かると思うけど……死ぬほど苦しいわ」

夏凜「解ってる」

友奈「それを久遠先輩は一人で全部背負ってるんです。少しくらい、軽くしてあげたいから」

苦しく辛い思いをすることはわかり切っている

最悪、後遺症が出たり死ぬ可能性があることだというのも分かっているが、

友奈は他愛ない頼み事をするかのように笑みを浮かべる

やって当たり前のこと

だから、怖いとは思わない

東郷「でも、夏凜ちゃんは心配だわ。私達が担う6割くらいの負担を持っていくんでしょう?」

一方で不安げな声で問いかけた東郷は、平然としている夏凜へと目を向ける

視線に気づいた夏凜は心配しなくてもいいのにと言いたげな渋顔を一瞬浮かべたものの

小さく息をついて

夏凜「……まぁ、なるようになるわよ」

大変な事を行うとは思っていないような適当な笑みを浮かべて答える

なるようになる。為せば成るとはいうが、

そんな悠長なことを言っていいものなのかどうかと、東郷は不安げに眉をひそめる

適正ある天乃が血反吐を吐くような状況にまで陥ってしまうような穢れを

多少の力を引き継いでいるからと引き受けようというのだ

過度な警戒、不安を抱いても決して大げさな話ではないだろう

東郷「しかし――」

続けようとした途端。くくくっと不快感を煽るような笑い声が聞こえて振り返る


九尾「6割……で、済めば良いがのう」

友奈「もっと、辛いんですか?」

本気で真摯に向き合おうとする友奈の姿勢に

九尾は悪戯を含めた笑みを顰めて頷く

冗談ではなく、本気で言っていたらしい

九尾「うむ……主様から請け負うのが十ならば小娘は少なく見て六じゃろうな」

多く見ても八、可能性的にはこちらが上じゃな。と、九尾は平坦な声で答える

夏凜達に重要な事であっても九尾にとってはさほどではないのだ

だから、重要な事でも悲嘆にくれるような様子は一切ない

まるで機械のように、事務的に言葉を紡ぐ

九尾「此奴は先代の力を一部とはいえ請け負っておるからのう……穢れとやらも馴染み深く馴染み易かろう」

東郷「それで、夏凜ちゃんが久遠先輩のようになる可能性はあるんですか?」

九尾「主様ほどにはいかぬ。と、言いたいがそうも言えぬじゃろう」


九尾「主様と此奴では適正も適応力も桁が違う。ゆえに、主様には毒でも小娘には猛毒ということもあり得るのじゃ」

それはそう。

成人した人にとっては些細な事であっても

まだ幼い子供にとっては死に至るような病気があるように。

だが、前もって死も覚悟しつつ失敗のその後の考えを九尾へと託して思考をやめた夏凜は

九尾の言葉を冗談と受け取って苦笑する

夏凜「どっちにしろ毒とか冗談にもほどがあるわよ」

友奈「毒には毒を、母には母をっていうもんね」

風「あーそれには一理あるわー」

突っ込みを放棄して友奈の言葉に相槌を打つ風に対して若葉は「何かおかしくないか?」と声をかけようとしたが

千景は「別に間違いではないわ」と呟いて止める

母には母を。というのは間違いなのだが。

それを言うならそもそも毒には毒をということ自体が間違っている

千景「久遠家に続く穢れによる半永久的な苦しみ、その連鎖を止められるかどうかの賭けでもある」

沙織「それに、せっかく緊張が解けてきたわけだし、この空気を壊さずにいきたいからね」

若葉「千景が言いたいのは良く分からないが……確かに、この雰囲気は壊してはいけないな」


恐れを抱いていないはずがない

だが、それでも笑っていられるみんなの心

それをくじくようなことになるとは限らないけれど

路上に置かれた石ころのような

躓く可能性となるものを作るわけにはいかないと若葉は納得して頷くが

千景は少し不服なようで

千景「ハンムラビ法典は同等の罰を与えて相殺するというようなものなのよ。だから、陽乃さんの力で相殺出来れば。と思ったのよ」

九尾「相殺は無理じゃろうな。陽乃が現役ならばまだしも、片割れ。それも薄まった力では到底足りぬ」

それでも請け負うことにおいての適正はある。

足りない力で請け負って自滅しろ。とでも言うかのようなものだと九尾はぼやく

夏凜「それでもやるって決めたわ。二言はない」

風「男だしねぇ」

夏凜「へぇ? 請け負ったあと発情したら押し倒して孕ませてあげてもいいんだけど?」

風「いやいやでき――」

千景「私の時代には、IPS細胞で同性間でも子供が出来る。という医学的な話は耳にした覚えがあるわ」

風「えっ」

その研究が今もなお続いているかは別だけど。と

驚いた表情を浮かべる風を一瞥した千景は取り繕うように続けて、

千景「その余裕があることを祈っているわ。三好さん」

真剣な面持ちでささやかに述べる


1、夏凜
2、天乃

↓2

※より明確にする方


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


もがき苦しむ女の子を見守る時間


では少しだけ


千景「何をしているの? 早くしなさい」

友奈「え、え~っと……」

覚悟を決めていたはずの友奈の戸惑った声に

東郷と夏凜も思わず手渡された自分のカップを見詰めてしまう

白いカップを赤黒く染める液体

ほのかに感じる生臭さ

純度100%の天乃の血がそこにあるのだ

九尾「これは呪いの類じゃぞ。もしや、創作物のように含みやすく加工されるとでも思うたわけではあるまい?」

東郷「……少し、期待したわ」

九尾「残念ながら、それは不可能じゃな。不純物を含めば効果にも変化が生じる。余計な手は加えてはならぬ」

夏凜「血を飲むって言うのが何の比喩でもまくそのままだったとは恐れ入ったわ……」

手が震えれば波打つ血液を一瞥した夏凜はごくりと生唾を飲み込んで一息つく

何でもする。何でもできる

そうは思っていたが、いざそれを前にしてしり込みするのは許してほしいと

誰に言うわけでもなく思って

夏凜「天乃の為ならッ!」

意を決して勢い任せに口の中へと流し込み

味覚がその味を覚えるよりも早く飲み下して

その行動に触発された友奈と東郷もまた、一気に飲み込む

夏凜「……っ」

通り過ぎた口や喉に張り付くように手臭さに塗れた味は尾を引く

だが、なぜだか嫌いだとは思わなかったし不快にも思わなかった

虫嫌いが目隠しすれば虫を食べられるという話があるが、それとは毛色が違う不思議な感覚に

夏凜は天乃のものだからなのか。と適当な理由を付けて疑問を押し流す

これから起こる決して良くない体への負荷を前に、悩んでいる暇などないからだ


東郷「ぅぅ」

珍しく弱った吐息

自分には合わなかったと言いたげな渋顔を作る東郷の一方

友奈は意外と平然とした表情で飲み干したカップを見つめる

味覚がないというのが功を奏したのかもしれない

夏凜「そ――」

千景「無駄話はしないで」

いつもの優しさを感じるようなものではなく

張りつめていて、冷徹ささえ感じさせる声色へと目を向けると

精霊としての力を引き出し、素面で見れば慄く大鎌を片手に千景が睨んでいた

九尾「動く出ないぞ」

膝をつき、神に祈るような姿勢のまま停まるよう指示した九尾は、

いつにもまして真剣な面持ちでカップを受け取ると

その中に残った僅かな血液を指ですくい、夏凜の服の中へと手を忍び込ませる

夏凜「っ!?」

九尾「動くな」

手を焼かせるなら殺すことも厭わない

そう、言えてしまいそうな冷め切った妖狐足る声に夏凜の体は意図せず硬直する

これが金縛りと言われても信じられるほどに身体が言うことを聞かない間に、

九尾の指が胸元で何かを刻む。

冷めた天乃の血、元々冷気を帯びた九尾の指

しかし、触れる感覚は異様な熱を持って何かを刻み込んでいく

九尾「お主を通じてその他へと回路を繋ぐ。そのための手間じゃ」

夏凜「……………」

つまり、この工程を省けば友奈や東郷が大きく被害を被る可能性もある。と

九尾が直接は口にしなかった部分を読み取って、夏凜はくすぐったさと燃えるような暑さに唇をかみしめる

額には、時期に見合わない汗が浮かぶ

張り付いた前髪は微かに瞳に触れようとしてむず痒さを感じさせる

だが、どうにもできないのだと堪える夏凜の前に九尾と入れ替わるようにして、千景が佇む


千景「気をしっかり持ちなさい」

千景の細やかな忠告を耳にし、

振りかぶるのではなく、ただ触れさせるように身構える大鎌へと夏凜は目を向ける

もとからそうなのか千景の力に合わせてなのか

黒く染まった切っ先がゆっくりと近づいて夏凜の胸元に触れる

そして――

千景「神奴属隷……繋ぐわ」

一思いにやってあげようと言わんばかりに

大鎌を横なぎに振り抜いて友奈と東郷までも引き裂く

夏凜「!」

生身の体に対しての影響力のない大鎌が通り過ぎ、流れ込む風を受けるのみで

これで九尾曰く簡単な呪術は終了したはずなのだが、変化はなくて

東郷と友奈は呆然と顔を見合わせようとした瞬間

友奈「っひっ!?」

背筋……ではなく、背骨を逆なでされたような何とも言い難い不快感を感じて体をそり上げた

友奈「ぅっ」

外皮ではなく内側を這いずる感覚は体を抱きしめても一向に収まる様子はなく、

拭いきれない飲み込んだ血液の流れが急激に熱を帯びていく

内部から加熱され、混ぜ合わされていく感覚

見悶えても拭えずに響く不快感に息を呑むと、

動いた喉を焼く血の熱さに思わず喘ぐ

東郷「っ……熱っ」


東郷「……そういう、こと……」

内側で何かが這いずり回っていく不快感と折り重なって襲う体の熱

それが、情欲が高ぶった時の火照りにどこか類似しているのだと

自分自身を抱きしめる手が性的感度の高い場所に伸びていくのを抑制しながら

東郷は天乃を思う

身も蓋もない言い方をしてしまえば欲情しやすかったのは

穢れによって常に体が燃えるように熱かったからなのだ

友奈「っふ……ぁっ……んっ」

勇者部のアスモデウスこと東郷でさえ、手を伸ばしたいと思ってしまうほどのもの

友奈が耐えきれるわけもなく

東郷「友奈ちゃん……っ」

すぐ隣から聞こえてくる、馴染み深い快活な親友の嬌声に背中を押されたように

東郷もまた、欲を抑え込むのをやめて煩悩のままに快楽へと身を委ねていく

委ねれば這いずる不快感を飲み込むほど、身体は熱くなってくる

それだけが、今感じる苦しみから逃れる唯一の方法だった


だが……夏凜はそれでは救われない

東郷や友奈は夏凜の補助として穢れを引き受けただけだが

夏凜は天乃から直接穢れを肩代わりしているため、

体内を焼き尽くす様な火照り

骨をしゃぶられるような感覚だけでは済まないのだ

夏凜「っ……」

視界は揺らぎ、身体が揺れれば臓器が傾く不快感に襲われ、

胃の内容物が逆流しようとのし上がり

殴られたような鈍痛が脳を打ち、脳髄が煮え切るような痛みに呻く口から血がしたたり落ちていく

夏凜「は……」

朦朧とする意識、視界の中に千景と九尾の姿はなく、

微かに聞こえる程度にまで衰えた聴覚を震わせるのは隣り合う友人の淫らな声

夏凜「う゛」

胸が締め付けられるような痛みに襲われ思わず動かした手は酷く震え

氷のような冷たさに触れらた夏凜だったが、もはや驚く気力はない

ただ、触感を失ったはずなのに……と

満開の後遺症を無視してなだれ込む感覚に悪態をついて意識を保とうと努める

淫らな行為に浸って逃れられるならば、それでもいいかもしれない

だが、それでは苦しいだけで

体を蝕む悪心はより惨たらしくなって体の発熱に内側から焦がされて絶命する可能性さえ、ある

今まさに天乃が追いやられている状況がこれをさらに酷くしたものだと思うと

夏凜は緩みかけていた歯を食いしばって目をつむる

夏凜「死んだ方が……マシじゃないの……こんなの……」

体の内側から感じる熱く、痛く、苦しく、辛い感覚と、掻いても掻いても解消されないむず痒さ

体の外側に感じる纏わりつくような重さと引き裂かれるような痛み

その一端しか味わっていないと分かるからこそ、夏凜はそう呟く

夏凜「っふ……は……はははっ」

どうにかして気が狂いたいと、気を狂わせたいと、理性が助けを乞い、笑う

頬を伝う涙の熱さなど、今の夏凜に感じとることなどできはしなかった


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


東郷「友奈ちゃん……っ」スッ

友奈「ぁっ……んっ」パシッ

東郷「!?」スッ

友奈「はっぁっ……んっ」パシンッ!

東郷「どうして弾くの!?」グスッ


では少しだけ


夏凜「ぐ……ぁ……あ゛」

床に着いた手がびりびりと痺れる痛みに苛まれ、

体を支えることが出来ずに倒れ込む

ぶつけた衝撃はまるでバーテックスに殴られたように強く

骨身に響く痛みは芯を穿つ

夏凜「あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……っ!」

目を向ければ確かに腕はあるはずなのに、

肘から先がへし折れちぎれ飛んだ錯覚に夏凜は耐え切れず絶叫する

口元から零れ落ちる唾液は赤黒く濁り、倒れ込んだ体には容赦なく押し潰さんばかりの重圧が押し寄せていく

痛みと苦しみに喘ぐ口は吐き出すばかりで呼吸一つさえろくにさせてはもらえず、

ただでさえ朦朧とする意識をより追い込む

そして、苦しみにもがけばもがくほど

肌から伝う電流に似た痛みが迸っては脳を弾けさせ、酷く鋭い頭痛に苛まれて、悶絶する

夏凜「あぁ……あぁぁぁ……あああああああッ!!」

引き裂かれる痛み、押しつぶされる苦しみ、

呼吸さえままならず酸欠になっていく体は意識を手放そうとするが

痛みがそれを許さない

ふと切れかけた瞬間に神経を握りつぶされるような凶悪な痛みに体をそり上げ

激しく嘔吐し、吐血して、力なく倒れ込む


夏凜「ぅ……ぁ……」

体の動きはもはや痙攣するだけに留まり

悲鳴を上げる気力も失って瞳から光が失われていく

あれだけ火照っていたはずの体が酷く冷たく、吐しゃ物に塗れた床が以上に熱く思えて

夏凜は自分が死ぬのではないかと、感じる

夏凜「…………」

右手を動かそうとすると、右足が動く

口を動かそうとすると、左手が動く

自分の感覚が、神経が、どんどん狂っていくのを感じながら夏凜は微笑を浮かべる

痛みや苦しみが引くことはないが、床から伝わる不思議な熱さはゆっくりと全身を包み込んでいき、

それに抗いようのない心地よさを感じていたからだ

夏凜「ぇ……ぇ゛……ぁ……」

ごぽごぽと不気味な音を鳴らしながらなんとか呼吸をし、

吸い込んだ空気以上に、血や胃の内容物を吐き出す

いや、もはや吐き出すというよりも、垂れ流しているような状況だった。

体を動かしたり起こしたりするどころか

頭を動かすことさえもできない

床に広がっていく自分から出てきた不衛生な流れを視界に収めていることしか、出来ない

床に手をつき力を入れたら最後、根元からへし折れそうな恐怖が心を縛る

自分の体には皮も肉もなく、ただ積み重ねた骨だけしかないような、錯覚

噛みあう骨の軋む激痛に夏凜は絶句し、吐血する


この苦しみは生きる気力を奪うのではなく、死を望ませるのだと夏凜は頭では理解する

その方が楽、その方が幸せになれる

そう甘い囁きを述べるようなものではなく、

ただただ、生きている一秒一秒を苦しませて蹴落とそうとする

理不尽かつ容赦のない、穢れの残酷さがそこにはあった

夏凜「ぅ゛ぅぇ゛……ごぷ……」

これは一人の人間が抱えていていいものではない

だが、周囲にまき散らせば不幸に襲われる日々が続くことになる

それはきっと、神罰のような無情さで襲い掛かり

善人であろうと悪人であろうと不平等かつ平等に刈り取ってしまうような

ある意味では運命として永久に誰しもの逃れられない隣人となるだろう

夏凜「ぁ……ぁ……ぉ」

悶えながら、血を吐きながら、声を上げ体を起こし

ベキリ。と、現実が幻聴かもわからない異音に倒れ伏して、また体を起こす

痛みと苦しみに視界の半分がブラックアウトし、

焼けるような痛みが伝う頬に震えて止まない手を触れさせると、

半分になってしまった視界には赤く汚れた手が映り、痛々しさが心に来る

口からも、瞳からも

もう無色透明な心が流れることは出来なくなった

自分が直面している痛々しさ

それに苦しめられている現実と、怒り狂っている自分の絶叫が

確かな形として頬を伝い、滴り落ちていく


夏凜「なんで……こんな……」

お世辞にも家族に恵まれたとは言えない十数年の歳月を経て、

勇者という死と隣り合わせの世界に踏み込んで初めて、姉のようで母親のような世話係に出会った

死に物狂いの努力と他者を切り捨てきれない優しさで手に入れた勇者という肩書

それを才能だけで手に入れた者たちへと現実を示そうとし、教えられた才能の壁という現実

夏凜「私は……」

敵意から始まった関係は飽和することのない優しさと甘さによっていつしか、憧れになって、

ずっとずっと、その壁を乗り越えようと努力を積み重ねてきた

そして、誰よりも何よりも先に立ちはだかるその壁は

味わった苦渋に塗り固められた悲しみだと知った

夏凜「…………」

必要としてくれる周りの存在、一人では壊れてしまいそうな存在に囲まれる内に

憧れは次第に相手を想う心になり、

苦しみと悲しみで形成された人を救うことが出来る自分になりたいと思った

誰かに認めてもらうための人生は、ようやく誰かのための人生になった

それは大変で、苦しい思いもしたけれど

とても充実したものだったと思う

だけど。

いや、だからこそ。

もっともっとしたいことが出来た

もっともっと見てみたいことが沢山出来た

もっともっと聞いてみたいことが出来た

学校だって楽しいと思えるようになった

なのに……

こんなことで、挫かれる

こんなことで、終わってしまう

――天乃のせいで


夏凜「ぁ……ぐ……っ」

これだけ苦しいのも、こんなに痛いのも、

こんなにつらいのも、全て天乃のせいだ

どうして自分がこんな目に合わなければいけないのか

自分でなくてもよかったではないかと、そう思わされていく

夏凜「…………」

纏わりついてくる体の重みに何者かを幻視する

それは耳元で、嫌に粘つく声で言葉を紡ぐ

悪いのは全て、彼女だと

尽くしても、尽くしても

彼女に対しては報われることはないのだと

穢れは心を侵し、責め立てて砕こうとする

だから、夏凜は腕が自重によってへし折れる痛みに歯を食いしばり、

泡状の血を吹き出しながら、体を起こす

左目からは血が流れ、開けることはままならない

激痛に耐えかねた脳が捨てたのか、右腕は垂れ下がったまま動かない

吐しゃ物と血に塗れた体は痛々しく、汚らわしく

まさしく、穢れと呼ぶに相応しい様相だった

だけれど、夏凜は苦笑いを浮かべる

ああ、こんな姿は見せられないわね。と、思ったからだ

夏凜はそんな姿の天乃を、目にした覚えがある

その時に発狂した自分、訳が分からなくなってしまった自分

気が狂ってしまった自分を知っている

だから、それと同じかそれ以上に嘆くであろう天乃の姿は見たくないと、心に芯が宿る

次に会う時に見るのは発狂ではなく激昂する姿でなければいけない

悲しみゆえに涙を流させたとしても、その後に笑顔になれなければいけない


夏凜「けふっ……ふ……ふふっ」

確かに、こんなことになったのは全部天乃のせいだ

痛いのも苦しいのも辛いのも死にそうなのも

夏凜「こんな……頑張るのも……」

全部天乃のせいだ、天乃が悪い

穢れに満ちた何者かが言うようにすべては彼女のせいだろう

そう考えながら血糊の乾いた手、生臭さに包まれた体

隣で盛りに流され折り重なる二人

部屋に満ちた死と生の入り交わった不気味なにおい

視覚に、聴覚に、嗅覚にそれらを感じながら、夏凜はうっすらと疲れ果てた笑みを浮かべる

夏凜「ぁ……ぅ……ふふ……ぐぷっ」

頑張っても報われないなんてことは、よく知っている

頑張っても頑張っても認めて貰えないこともあると知っている

だが、自分以上に報われず、認められなかった人がいるのも夏凜は知っている

それでもなお、誰かのためにと死力を尽くしてしまうお人好しを知っている

夏凜「……私は……っ……ぁ゛……う゛ぅ゛」

ほんの少し無理をしただけで湧き上がる血が口からこぼれていく

それでも夏凜は自分の体が倒れてしまうことを許さない

死へと逃れてしまうことを許さない

夏凜「は……ふ……はぁ……ぁ……だって、私は……私が……それを……」


目指しているのはそんな馬鹿みたいな人の背中

誰かの為なら何でもできる癖に、自分の為には出来ない大馬鹿者に並び立つ存在

――否、それを支える馬鹿な同類なのだから

夏凜「だから……私は……こんなことで」

こんな程度で、ほんの一部の支えになった程度で

挫けたり、折れてしまったり、諦めてしまったり

お前のせいだと怨嗟の情を抱いていられないのだと夏凜は呟く

夏凜「だから……だから……」

言葉を紡ごうとし、なにも見えなくなった世界に見える小さな光へと手を伸ばそうとする

彼女が泣いて、怒って、絶対に許さないとまで言いながら

結局許して、何事もなかったように戻った日常

夏凜「だから……天乃……」

体はもう、痛みを感じない

体がどうなっているのかもわからない

ぼそりと呟いた声が余韻さえ残さずに消滅する

甘く蕩けていた友人たちの声も聞こえない

淫靡で醜悪なにおいも感じられない

夏凜「…………」

延ばされていた手は力なく垂れて

持ち上がっていた頭は急激に項垂れて勢いのままに、身体が崩れるように倒れ込む

そして、夏凜の閉じた口元から……ごぽり。と、血が溢れ出て行った


√ 10月12日目 朝(病院) ※金曜日

01~10 
11~20 風
21~30 
31~40 九尾
41~50 天乃
51~60 樹
61~70 
71~80 沙織
81~90 
91~00 千景

↓1のコンマ

※ぞろ目なら久遠さん


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から
一日のまとめは再開した時に。


樹スタート


では少しだけ


√ 10月12日目 朝(病院) ※金曜日


樹「夏凜さん……頑張ってください」

玉の汗を浮かべる夏凜の額を拭い、

冷水で冷やしたタオルを首元などにあてがいながら

限りなく優しく声をかけて、熱湯につけたように熱くなったタオルを握る

昨夜天乃の穢れを肩代わりして意識を失ってしまった夏凜

その体温は常人をはるかに超えて熱く、冷たく冷やしたタオルも瞬く間に熱したタオルへと変えてしまうほどで

苦しそうに魘される夏凜を傍で見守りながら、樹は自分の無力さを感じて下唇を噛み締める

九尾「少し穢れを受けすぎたのじゃろうな。許容量を超えた分が肉体を引き裂いたのじゃろう」

樹「九尾さん……」

九尾「何じゃ。妾は助けられぬぞ」

樹「……いえ、久遠先輩はどうですか?」

夏凜の様子を見て心配するでもなくただ状態を告げた九尾に目を向けた樹だったが、

気持ちを察してなお淡々と答える九尾から悲し気に目を背けて、様子を見に行っていたはずの天乃のことを問う

九尾「だいぶ楽にはなっておる。時期に目も覚ますはずじゃ」

樹「良かった……」

完璧に喜べることではないと心が抑制されてしまうからか、

喜びきれない声で笑みを浮かべた樹は、

拭っても拭っても汗をかいてしまう夏凜の顔をタオルで拭って、

夏凜さんたちのおかげですよ。と、声をかける

樹「夏凜さんが回復すれば、それで大丈夫……なんですよ」

夏凜は昏睡状態に陥り、体温が酷く高い―40度以上―が

友奈と東郷は火照った程度にとどまっており、欲情してしまっているような状況でしかないため、

二人に関しては安心と言えば、安心で

心配なのは天乃と夏凜の二人だけだった

そして、天乃も回復の兆しが見えたとなれば……残るは夏凜のみだ


樹「九尾さんは夏凜さんがこうなるって分かっていたんですか?」

九尾「無意義じゃな……しかし、ふむ」

九尾は樹の質問に無関心そうに零しながら考え込むように息を吐く

そういう素振りを見せているというだけで考えてはいないのだろうが、

押し黙れば麗姿である九尾はどこか怪しげな雰囲気を醸し出している

九尾「大方の予想は出来ていた。というのが妾の答えじゃのう。容易に、無害に。そう終わるとは小娘。お主も思うてはなかろう?」

樹「…………」

今度は九尾の言葉に樹が黙って、ぽたぽたと持ち上がったタオルから滴る水滴が洗面器の水面を揺らす音がする

九尾は表情こそ替える事は無かったが、

漂わせる雰囲気に不快感を織り交ぜるようにため息をついて

理解出来ぬな。と、呟く

九尾「妾は十二分に忠告した。娘達には無害な解決策もあると妖狐である妾が人間の為に道を示してやったが、選ばなかったのはお前達であろう」

その結果をなぜ嘆く。

その結果をなぜ悔やむ。

樹の心に畳み掛けるように問いかける九尾はしかし、

樹の答えを期待してはいないらしく、悲しげに俯く樹を一瞥するのみで

九尾「妾の忠告、提案を踏みにじって行ったことであろう。嘆くことなく受け止めたらどうじゃ。自分達は所詮、愚かであったのだと」

樹「愚かだなんて思ってないです……少し、悔しいとは、思うけど」

樹自身は自分が圧倒的に力不足であったことを悔やんでいる

けれど、自分達の行いが愚かだったなんて思わないと否定する

伺うような九尾の視線を受けながら、樹は目の前でうなされる夏凜を見つめて

樹「まだ、夏凜さんが頑張っていますから」

九尾「…………」

樹「久遠先輩のときと一緒です。頑張っている人がいるなら、私達はそのために出来ることを一生懸命考えて、一生懸命やるだけです」

九尾に向けて言わない

自分と、夏凜と、九尾

この場にいる全員に向けての言葉

そして、当たり前だと思っているからこそ、意気込んで語る事もない

樹「頑張っている人の隣で、もうだめだなんて……口が裂けても言えませんから」


九尾「人間の愚かな性というものじゃな」

樹「我儘なだけです」

九尾の茶化しか挑発かも分からないままに、樹は満面の笑みを浮かべながら答えを返す

確かにそういう性分ともいえるかもしれないが

諦めたくないというのは我儘だと樹は思う

例え隣の人がもう無理だといったとしても

自分は「そんなことない」と言ってしまうだろうと解るからだ

樹「九尾さんは嫌いですか? そういう人」

九尾「好きも嫌いもないぞ」

樹「じゃぁ、久遠先輩は好きですか?」

九尾「……質問の意味が分からぬな」

温くなってしまった水の入った洗面器にタオルを浸した樹は

答えを避ける九尾へと振り返って笑みを浮かべる

あどけなさの残る子供の笑顔

樹「久遠先輩の為なら何かをしようって、九尾さんは思いませんか?」

九尾「主様を守護するのが妾の義務。当然じゃな」

樹「それなら、なんで夏凜さんの邪魔をしようとしたんですか?」

天乃を守るためだというのなら別に、夏凜達が犠牲になったってかまわないはずなのだ

天乃だけを救うのなら万が一の対策として九尾がすでに伝えている通り、

夏凜達が身代わりになった後に記憶を操作してしまえばいいのだから

九尾「騒々しい小娘じゃのう」


質問攻めにされているということが気に入らなかったのだろう

九尾は悪態をつきながらぼそりと呟くと、

黄金色の髪をふわりと靡かせながら樹の頬に手を宛がう

その冷たさに樹は思わず体を震わせて、九尾を見上げた

九尾「お主はよもや、妾が人間に好意的な存在だとでも思うとるのかや?」

樹「違うんですか?」

九尾「くふふっ、そのようなはずがなかろう?」

ただ単に天乃がお人好しゆえに人との関わりが多く

そのくせ他人を救おうとしているからその力を貸しているだけであり

九尾自身は全く興味はないのだとあっさりと答える

その表情は真剣そのもので

夏凜や芽吹のようにデレの中のツンのような雰囲気は全くないが

樹は思わず笑みをこぼして「でも」と呟く

樹「九尾さんも優しいです。だって、九尾さんの目的のために実力行使しなかったじゃないですか」

九尾「……ほう?」

樹「人に対して好意的じゃないなら夏凜さんたちを実力行使で黙らせてたはずです。でも、九尾さんはただ忠告するだけで手は出さなかったから」

だから、人間に対して好意的で

本当は優しかったりするのではないか。と、

樹は「自分で勝手に思ってるだけですが」としっかり付け加えてほほ笑む

九尾「……理解できんな」

樹「私達と同じように、九尾さんも久遠先輩からいろんなことを教えて貰ったってことじゃないでしょうか」

九尾「妾は何も変わってはおらぬ。変わる必要もない」

九尾ははっきりと樹の論を否定すると

夏凜のことを一瞥して、「小娘は任せておく」とだけ言い残して姿を消す

一人残った樹は少しだけ困ったように夏凜へと振り返って

樹「私的には、九尾さんは夏凜さんみたいにツンデレなんだと思いますけど、夏凜さんはどう思いますか?」

頑張っている夏凜に届くようにと、声をかけた


√ 10月12日目 昼(病院) ※金曜日

01~10 友奈
11~20 
21~30 若葉
31~40 
41~50 千景
51~60 
61~70 東郷
71~80 
81~90 風
91~00 

↓1のコンマ  


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


そろそろ、久遠さん


約一週間(作中)約一ヶ月半(現実)ぶりの正式復活だからな
しかし樹ちゃんの「頑張ってる人の隣でもう駄目なんて口が裂けても言えない」って凄い言葉だな


では少しだけ


√ 10月12日目 昼() ※金曜日


日の短い冬の放課後

空き教室を借りて試験勉強をしていた夏凜は疲れたように突っ伏し

机の上に広がっていたノート類の端が変に折れて、シャーペンがころころと転がって床へと落ちる

何気ない日常の一風景。

勉強を教えていた天乃は傍らにいる夏凜が物憂げな様子で虚空を眺めているのに気づいて、

悩みを隠しているようにも見えた天乃は真っ直ぐに見つめ返して「どうしたの?」と問う

天乃「ちょっと大人びた雰囲気出しちゃって」

陰鬱とした空気にはならないようにと、少しだけ茶化した言葉を添えて苦笑すると

夏凜はどこか悲し気な微笑を浮かべながら、天乃へと目を向けて

夏凜「……そう見える?」

天乃「うん、少しだけよ」

夏凜「ま、いろいろ経験したわけだし、多少は成長もするわよ」

黙っていれば美人という表現は小説などを見ていると目にすることがあるが

夏凜のそれは違うような気がすると天乃は怪訝な表情を浮かべる

好意による胸の高鳴り、その激しさゆえの痛みとは違う

好意を抱いた相手の一挙一動、それに揺れる切なさの痛みとも違う

だが、病気ではない胸の痛みを感じて、天乃は思わず胸元に手を宛がう

天乃「……なんなの?」

夏凜「何なのって、なにが?」

天乃「はぐらかさないで。なんか、嫌よ」

答えを迫れば迫るほど、胸の痛みは強くなる

夏凜が答えずに笑みを見せると、泣きたくなってしまう

自分が不安定なのか、本当は知っているのに誤魔化している自分への戒めなのか

不確かな痛みに天乃は俯いて、首を振る

天乃「夏凜、なんかおかしいわ」


おかしいといわれたことに驚いたように目を見開いた夏凜は、

そよ風のように緩やかに表情を変えて微笑を浮かべると

天乃から目をそらして、自分の散らかった机を見つめる

夏凜「むしろ、私としては天乃の方がおかしく見えるわよ」

天乃「私はおかしくないわ。おかしいのは夏凜よ。なんか、こう、なんか違うのよ……」

夏凜「考えすぎでしょ」

天乃「…………」

夏凜「疲れてんのよ、あんたは」

夏凜は優しい笑みを浮かべながら、ぽんぽんっと肩を叩く

昔はそんな表情を浮かべて、そんなことをしようものなら

可笑しさ余って異常だったかもしれない

だけれど、今の夏凜にはおかしいことではなくて

夏凜がそうしてくれること、

夏凜とそうする時間がとれている事

それを嬉しく感じた天乃は同時に、抱えていた不安の種に気付いて、俯く

いや、初めから分かってはいたが

心がそれを受け入れることを拒絶していただけなのだろう

天乃「……私、入院してるはずなの。動けないくらい辛い状態で、おなかだって、大きくなっていたはずなの」

夏凜「…………」

天乃「なのにどうして、こうも都合のいい夢を見ているのかしらね」

登校してきているし、身体も辛くない

おなかも大きくなくて、何の弊害もない自分

そんなことはあり得ないと、嘯いて笑う


本当は分かっている

意識が朦朧としていたいつなのかも分からないとき、

夏凜が無茶をするという話をしに来ていたから。

天乃「…………」

最後に伸ばした手は届かなかった

だからきっと、止めることは出来なくて

無茶とは言えない大変なことに手を出してしまったのだろうと思っているから

心が逃避するために、こんな夢を見ているのだと。

天乃「……夏凜。貴女無茶したのね」

夏凜「言ったでしょ。私達は天乃に嫌われてでも、天乃を救うための手を尽くすって」

天乃「ふざけないでよ……」

悪びれた様子もなく答える夏凜は

自分の想像の産物であると分かっていても、

話す言葉は夏凜の言葉を組み替えたものだからこそ、天乃は心が痛む

自分のせいで無茶をさせてしまったと。

天乃「夏凜……」

ガタガタガタっと無理やりに椅子をずらした音が響き、目を向けると

いつの間にか荷物を片付けた夏凜がかばんを持っていて

夏凜「それじゃ、そろそろ帰るわよ」

天乃「かっ――」

夏凜「言いたいことが沢山あるんでしょ? だったら、まずは帰る。話はそれからいくらでも聞いてやるから」

呆れたような言い方

なのに、楽し気な声色

それはまさしく、天乃の知る夏凜の言葉で

夏凜「……怒られる覚悟は、出来てるし」

天乃の車椅子を押し、教室の扉の先へと進ませた夏凜のそんなつぶやきが聞こえて――

天乃「…………」

気が付いたのは、やはり病院のベッドの上だった


天乃「…………」

やはり、身体は重苦しくおなかの大きさも意識がはっきりとしていた時よりも大きくなっていて

視界に映る手は、目に見えてやつれていて

けれど、驚き慌てふためく気力もなく

ただ、絶え間ない吐き気に襲われない安堵を感じながら数度の瞬きをして

乾いた唇に触れる空気が少し不快で唇をぺろりと舐める

天乃「っ……」

しかし、酷く傷を負った喉の痛みに抑制されて声を出すこともできない天乃は、

辺りを見回して誰もいないことに気づく

普段は九尾がいるはずだが、その姿もない

天乃「……き、ぃ、ぃ」

気力をかき集め、力を振り絞り

何とか絞り出した声は言葉にならずにかすれて消えてしまう

それでも、もう一度。と

殆どたまっていないつばを飲み込んで

天乃「きゅぅ……ぃ」

何とかそれらしい言葉を紡いだ瞬間、

どこからともなく、その女性は姿を現した

まばゆい金色の髪、見るものを怯ませそうな真紅の瞳

きめ細かい真っ白な肌を持つその女性は看護婦の姿をしていて

九尾「……ふむ、やはり目を覚ましたな。主様」

とても、優しそうな笑みを浮かべて声をかけた


では、ここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


九尾とのお話。状況把握


では少しだけ


天乃「きゅ――」

九尾「無駄に囀るな。体に障るぞ」

名を呼ぼうとした瞬間、

九尾は天乃の口を塞いでそれを止めると

悪戯を企む童のような表情を浮かべて

ゆっくりと手を離す

九尾「主様は今、喉に傷を負っておる……まずはこれを飲むと良い」

天乃「……な、に?」

九尾「くふふっ、気にせず飲めというておろう?」

天乃「…………」

甘いような、苦いような

不思議なにおいのする水のような何か

九尾が出してきたのが普通なはずがないと猜疑心を抱きつつ

そうっと……口に含む

天乃「っ!」

口いっぱいに広がる苦みと甘味の織り交ざった水

いや、ただの水ではなく……

天乃「こぇっ」

九尾「そのまま飲め」

天乃「おさぇ……よ?」


九尾に出されたのは何かは分からないがお酒だというのは分かる

甘味はあるが苦みは強く

それはどこか辛味のようにも思える味わい

辛い物が好きな天乃にもその棘のある味はまだ、不快で

けれど、九尾に促されるままに一気に飲み干す

年始に口にするお屠蘇と似たような少量の為、

そうだと思えば……気にする必要はないかもしれないが

天乃「っ……ぅ、けほっ、けほっ!」

九尾「うまかろう?」

天乃「お酒の味なんて……っ!」

九尾「…………ふむ」

天乃の声が鮮明に、滑らかに聞こえたのを確認したからだろう

九尾は満足げな笑みを浮かべながら一息つくと

天乃に聞かれるよりも先に、口を開いた

九尾「妾の秘蔵酒じゃ。酒は万病に効くともいうからのう」

天乃「普通のものではないでしょう?」

九尾「妾の秘蔵酒と言うておろう。特別な一点物じゃ」

にやりと笑う九尾は本当のことを言ってはいるが

本当の事を言っているわけではない

だが、はぐらかし続けて答えてはくれないのだろうと、

まだお酒の風味が残る喉元をさすって、天乃は嘆息する

天乃「お酒飲んだなんて知られたら大変だわ」

九尾「くふふっ、未成年の飲酒とやらは許されぬ行為。じゃったか。愚かしい」


天乃「……一応、医学的な理由なんだけど」

九尾を信じているし

のどの調子が見る間もなく急速に癒されたことで疑う余地はないかもしれないが

九尾秘蔵のお酒。というのが気になるのだろう

天乃は自分の舌を出して不思議そうな顔をすると、

舌を戻して感じるお酒の残った味に思わず渋い顔をする

天乃「それで、夏凜は?」

九尾「まずその話じゃな……」

何処か優し気な微笑を浮かべた九尾は、ふと小さな息を吐いて表情をかき消す

夏凜の事、友奈達の事

すぐに聞かれると分かっていた九尾だがやはり言うべきかと口ごもって、首を振る

九尾「主様は、覚えておるかや?」

天乃「覚えているから、聞いたのよ」

九尾「そうか……ならば、隠す意味もないじゃろう」

九尾のその呟きは不穏で

けれど、聞きのばすまいと気落ちしそうになる自分を正して、天乃は九尾を見つめる

そして、九尾は感情のない表情で

夏凜や友奈達の現状に関してを簡潔に伝えた


天乃「夏凜……」

思わず、布団の端を強く握りしめる

声が出せなかったとはいえ、

止めようとはしたし、それは夏凜も分かっていたはずなのに

それなのに、無理を承知で穢れを引き受けた夏凜達に対する怒りは……ない

夏凜は怒られるつもりだとか言っていたが、

これは怒るとかどうとかを超越している

天乃「会える?」

九尾「己を見てもう一度それを聞くことができるかや?」

天乃「…………」

最後に見た自分とは比べ物にもならないほど憔悴しきり、やつれてしまった体

誰かに面会に行くなど

看護婦も医師も許可することはないだろう

そして、九尾も

九尾「主様は療養すべきじゃ」

天乃「…………」


1、もう充分したわ
2、……仕方がない。わよね
3、なら、貴女はどう思うの? 夏凜や友奈達は大丈夫だと思うの?


↓2


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


東郷「……はっ」

友奈「っ……ん? とーごーさん……?」

東郷「久遠先輩が目を覚ましたの」

友奈「……まだ、途中だよ?」ギュッ

東郷「そうね、友奈ちゃん……最初は夏凜ちゃんに譲ってあげるべきだね」ニコッ


では少しだけ


天乃「もう充分療養したわ」

九尾「戯言を……」

天乃「約一週間……一週間も私は寝ていたのよ……?」

九尾「その一週間、身を削り続けていただけであろう」

天乃「そんなじろじろ見――」

天乃の体を品定めするかのように見回した九尾は

困った表情を見せる天乃を無視して

あからさまに不快そうなため息をつきながら細腕を握る

天乃「っ痛っ……痛いっ!」

九尾「…………」

天乃「本当に痛いからっ、止めてっ!」

腕を掴む手に天乃の手が触れる

少しでも緩めようという抵抗なのだろうが

しかしその力は幼子のように弱く、九尾の手はピクリとも動かない

小指一つもだ

九尾「……大した力も入れてないんじゃぞ」

天乃「っ」

九尾「解るかや? 主様の体は今、非常に脆い」

天乃「そんなことは分かってるわ」

九尾「それでも、療養する必要はないと。そう、主様は言いたいんじゃな?」


九尾の声色は普段の無感情なものに比べて、優しいものだった

向ける視線に棘はなく、慈しみを感じるものだった

だから、天乃は九尾の再三の問いに一瞬答えを躊躇い、息を呑む

療養する必要がないなんてあり得ない

無理をすれば穢れの代償に関係なく怪我をする可能性が非常に高いのが、今の体なのだ

栄養の摂取という名目の点滴すらまともに受けることが出来なかった天乃は

最低限の栄養ですら、取ることが出来ていない

こんな状況で歩こうものなら―そもそも天乃は歩けないのだが―常人ですら転倒しただけで骨折する可能性もある

その点でいえば、車椅子移動の天乃は安全と言えば安全かもしれないが。

天乃「一目でいいから」

それでも天乃は願う

不安なのだ。怖いのだ

九尾が天乃を想う以上に天乃は夏凜を、みんなの身を案じているのだ

九尾「妾は忠告をしたぞ……主様」

天乃「……ごめんね」

九尾「良い。主様は主人であり妾は精霊。なれば、妾の言の葉を具申と蹴るのも道理であろう」

先ほどまでの忠告、最後の引き留めの為の呟き

そのすべてがなかったように九尾は微笑を浮かべる

誰かを思っての行動に関して天乃に身を引かせるのが非常に難しく

勇者部、精霊総出でようやく死に一直線なだけの戦いから身を引かせられるほどのものだと九尾は見てきたし、

きっと、どれだけ言っても天乃が諦めないことは分かっていたのだろう

それほどには、長い付き合いだ

九尾「よかろう。妾が主様の言う通りに進めよう」


天乃「ありがとう」

九尾「くふふ。妾は妖狐じゃぞ。結果を見るまで礼などすべきではない」

天乃「今更っでしょう? 貴女にはね」

九尾「ふむ。否定は出来ぬな」

夏凜達といる時とは打って変わって楽し気に笑みを浮かべた九尾は、

さて。と、小さく呟いて思考する

天乃を夏凜のもとに連れていくのは簡単だが、

今の天乃の状況を考えればけして簡単なことではないのだ

九尾が言ったように療養必須なのは一目でわかる

ゆえに夏凜のもとにたどり着く前に誰かに見つかれば引き戻されるだろう

非人道的な行いをすれば容易だが、天乃がそれを許すはずがない

ならば……

九尾「少しばかりは目を瞑って貰えるかのう? 主様や」

天乃「何をするの?」

九尾「妾の力を使う。当然主様の要望に沿って健全な使い方じゃ。少しばかり人間を誑かす程度にのう」

天乃「危害を加えない程度なら」

九尾「うむ。まかせよ」

にやりと笑みを浮かべた九尾のそれは悪戯を考える悪童のそれだったが、

天乃は困った表情を見せつつ言葉を飲み込む

あまり力を使わせないべきだが、連れていくことの難しさは承知の上だ

なら危害を加えないという条件のもと力の行使を許可するしかない

九尾「妾は主様の精霊じゃからのう……仕方がない」


01~10 風
11~20 夏凜

21~30 
31~40 
41~50 夏凜

51~60 東郷
61~70 
71~80 友奈
81~90 
91~00 樹

↓1のコンマ  


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


夏凜「完成型ヒロインはね、王子のキスで目を覚ます白雪姫とは違って」

夏凜「相手が来た時にはもう、「おはよう」って挨拶するもんなのよ」

風「へぇ、ヒロインの自覚あったんだ」

夏凜「何笑ってんのよ!」

樹「でも久遠先輩の方がヒロイン力は高いような気がする」


では少しだけ


キュルキュルキュルと車椅子の立てる駆動音が止み、

三好夏凜と名の付けられた病室の扉に二つの影が掛かる

扉には面会謝絶という天乃の病室にもあった人除けがされているが、

九尾は一瞥もせずに扉に触れると、ため息をつく

九尾「ふむ……何事もなくつまらんのう」

天乃「何言ってるのよ」

九尾「一人二人にくらいは出会うと思うておったのじゃが」

天乃「……嫌な予感しかしないんだけど」

大したことではないぞ。と茶化すように苦笑する九尾から目を背け、車椅子に深く体を預ける

危害を加えないという約束、夏凜のもとに連れて行ってもらうという要求

それを叶えて貰う以上、我儘を多く言うことはできないが

九尾の残念がる様子から、出来得る限りの悪巧みはあまりよろしくないものだと分かったからだ

頭の後ろで「くっくっくっ」と少し不気味にも思う笑い声が聞こえても

天乃は意識して無視し、夏凜の病室の扉の手を掴んで開く

九尾「妾が露払いを引き受けよう。主様は存分に」

天乃「……約束は守ってね?」

九尾「無論、危害は加えぬよ」

九尾に押し込まれるような形で病室へと入り込んだ天乃は、

一瞬、九尾の方へと振り返ったものの

人間のように心配して中をのぞいたりとすることはないらしく

扉は無感情に外界と病室とを遮断する

天乃「……ちょっと、怖いけど」

個室となっている夏凜の病室は、入ってからしばらく進まなければ夏凜の様子が見えないつくりとなっている

そのため、まだ玉手箱は開いていないのだ

その不安に高鳴る胸に手を当て、天乃は一呼吸とともに車椅子を動かした


誰かが明けたのだろう、遮られることのない太陽の光に優しく充てられる夏凜は、

ベッドに横になったまま、動かない

聞きなれた機械音が無機質に響くのがまた、心に痛いと天乃は悲し気に息を呑む

夏凜「…………」

友奈も快活な少女ではあったが、

それとはまた別種の行動的な性格だった夏凜の眠る姿

ただ寝ているだけ。そう思うことを許さない医療機器の存在

天乃「っ」

そう思えれば、そう考えれば……どれほど心が救われるだろうか

近づいた瞬間に飛び起きて脅かそうとしていると。

そう、茶目っ気に溢れた考えを持つことが出来ればどれだけ穏やかなのだろうか

天乃「夏凜……」

返事は返らない

医療用の機械たちによる無慈悲な返答

それはどこか声高な子供の嘲笑に今の天乃には感じられて

自傷さえ厭わないと自分の腕を握るが、痛むほどの力は出なかった

部屋に響く車椅子の音が消え、院内の環境音が消え……天乃のすべてが夏凜のみへと狭まる

天乃「……夏凜」

力強さの殺がれた細腕で夏凜の頬に触れる

温かく柔らかで命を感じる感触

吐息に揺れ、時折苦しそうに呻く

額に浮かぶ汗、張り付く前髪がその苦しさを少しだけ語る


天乃「……ダメって、言ったのに」

声にはならなかった。

だが、その思いは確実に届いていたはずだと天乃は思う

それなのに、夏凜は押し通した。

あとで怒られるからと夏凜は言った。

けれど――

天乃「怒るなんて……」

車椅子に乗せられた足に涙が滴り落ちる

夏凜がこうなったのは天乃の力を肩代わりしたせいだ

確かに、夏凜は忠告を無視して行動を起こしたという悪い点はあるかもしれない

だが、元々力に耐え切れてさえ入ればこんなことにはならなかったのも事実

たとえそれが難しいことだとしても

自分の理想を叶えるためには受け切れなければいけなかったのだ

天乃「私……っ」

自分が力不足だったせいで。と

脆い体の中、守りを失った心へと響く悲愴な現実

天乃「ごめんなさい……」

弱弱しく、しかし、強い罪悪感に押し出された言葉

自分の責任であり、見ているべき夏凜の姿を天乃は見ていられずに俯く

天乃「っ」

その、頬に……夏凜の手が触れて、涙を拭った


天乃「かっ」

夏凜「……ばかじゃ、ないの?」

弱くも力強い声で夏凜は言う

寝起きとは思えないような力強さと、怒りを携えたような視線

天乃「夏凜……」

頬に宛がわれた夏凜の手を何よりも貴重なものであるかのように優しく手で包み込みながら

自分の頬へと押し付けて、委ねていく

夏凜の手に重さが加わっているはずだが、

夏凜は抵抗せずに動かせる限りで動かして頬を撫でる

夏凜「なんで、泣いてんのよ」

天乃「だって……」

夏凜「怒るところでしょ……」

喉を傷めてしまったのだと分かる涸れ果てた声で言う夏凜の顔は、動いていない

顔を動かせないのか、苦しくなってしまうのか

目は開いているのに動かさないまま、夏凜は言葉を紡ぐ

間延びさせるかのようなゆったりとした声

目を覚ました嬉しさと悲痛さを感じてしまうそれに、

天乃は涙を止められないままで……

天乃「私、やらないでって」

夏凜「……でも、やるって言ったわ」

天乃「ばか……」

夏凜「あの頃の、あんたの怒号を期待したんだけど……くくっ――」

冗談めかして笑う夏凜は

それが災いしてかせき込んで……血を吐く


天乃「夏凜っ!」

夏凜「あぁ……そんな、顔してんじゃ……」

天乃「無理に話さないで……お願い……」

夏凜「別に……死には、しないわよ……」

夏凜は確証のないことを自信に満ちた笑みを浮かべながら言う

満開によって神樹様の力が流入してきている夏凜は

穢れによる浸食と神樹様による回復を繰り返しており、

陽乃の力によってより多くの穢れを引き受けた体はまだ適応できておらず

5の回復に6の傷を負っているのが現状だ

少しでも無理すればより傷が開いてしまう

天乃「黙って!」

夏凜「…………」

天乃「後でいくらでも叱ってあげるから……今は安静にしてて」

夏凜「……ねぇ、天乃」

疲れ果てた声で言った夏凜は、

天乃が口元を拭い終わるのと同時に深く息を吐いて、遠くを見つめるような瞳で笑みを浮かべる

夏凜「……あんたの気持ち、ようやく、分かった気がする」

天乃「やめて、何も言わないで」

夏凜「そりゃ……まぁ、その力があるなら……無理も、する……わよね……」

守りたいものがあって、自分にその力があるのだとしたら

たとえ自分の体が壊れてしまうのだとしても救おうとしてしまう人間の気持ちが少しは分かったのだとか

夏凜は穏やかな笑みを浮かべて……ゆっくりと、目を閉じる

天乃「……夏凜」



1、貴女は最低よ
2、何も言わない
3、口づけ
4、私も、あなたたちの気持ちが少しは分かったわ
5、ハロウィンやるって言ったじゃない……嘘つき

↓2


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


東郷「こういう時の久遠先輩の罵倒は何というか、罪悪感揺さぶられるのよね」

友奈「東郷さん、正直になっても怒らないよ」

東郷「…………」

東郷「………」チラッ

東郷「正直濡れ――」

風「おぉぉっとぉっ! 手が滑ったぁッ!」ズバンッ!


では少しだけ


天乃「貴女は最低よ」

夏凜「…………」

絞り出された咎める言葉に、夏凜はすぐには大した反応を見せなかったが

一度は閉じた瞼を重そうに開いて視線だけを天乃へと向けると

乾いた笑い声をこぼす

夏凜「覇気無さすぎ……」

天乃「うるさい」

夏凜「でもま……声が聴けただけ、よかった」

体を張った甲斐がある

苦しんで生きる価値がある

そう言葉にせずに思った夏凜は、

体の内側に燻る穢れの苦しみに顔を顰めて

夏凜「……休むからあんたも戻りなさいよ」

そういうだけ言って目をつむり寝息を立てる夏凜の手から力が抜けたのを感じて

天乃はその手を優しくベッドに戻して夏凜の頬を撫でる

生きている。

苦しんではいるが、ちゃんと生きている

夏凜に拭われ一時は止んだ涙がまた滲んでくるのを目頭に感じて、

天乃は思わず笑みを浮かべて、拭う

天乃「夏凜の……せいなんだから」

拭った涙にぬれた指で夏凜の目元に触れる

ほんの少し会話するだけでも疲労感が凄いのだろう、

夏凜の反応はなく、天乃は作った笑みを悲し気に崩して

天乃「ごめんね、迷惑かけて」

耳元で小さく囁く


天乃が離れたのと同時に扉が叩かれ、

返事をするよりも早く九尾が病室へと入って「そろそろ」と声をかける

九尾「主様の体に障る。戻るぞ」

天乃「……もう少し。って、言ったら」

九尾「くふふっ、戯れるつもりはないぞ?」

笑いながらも笑っていない

そんな様子で答えた九尾に目を向けていた天乃は、

眠る夏凜を一瞥して、口を開く

天乃「解ったわ。戻る」

九尾「賢明な判断じゃ。手荒な真似はさせるでないぞ」

天乃「……流産する様なことは、しないでね」

かなり大きくなってしまっている腹部を優しく撫でた天乃の表情は母親のようで

九尾は「無論じゃ」と答え、天乃の車椅子の押し手を掴む

九尾「そうならぬようにと、今から連れ戻すんじゃからな」

天乃「……迷惑かけてごめんね」

九尾「そう思うのならば、少しは自分の体というものを考えて貰いたいものじゃな」

天乃「うん……ちゃんと考えるわ」

夏凜達がこんなことをしなければならなくなったのは、

自分の考えが至らなかったからだと天乃は思う

九尾は不可抗力のようなものだと言うが、

天乃はもっとしっかりしていれば。と、否定する

夏凜の病室から廊下へと出た後、

沈黙を守っていた天乃はおもむろに息を吐いて、自分の力なき手で拳を作る

天乃「……守られることに甘えすぎてちゃ駄目ね。強くならないと」

九尾「主様は十分強いと思うがのう? 今は子の縛りがあるだけであろうに」


天乃「それでもよ……今の私は、ちょっと、女々し過ぎると思うの」

九尾「無理を言うのう。主様が与えられた試練を受けて常に勇猛果敢であれる人間などおるまいよ」

それでもと強い意志を示す天乃の視線に、九尾は呆れ返ったため息をついて、首を振る

それはないと言いたげに。

九尾「ようやく、主様が引いても良いと思える関係が紡げたのじゃろう? そこに甘んじることの何を悪と言う」

天乃「悪いとは思わないわ。ただ、このままじゃダメだと思うのよ」

九尾「小娘らの抱える苦が大きいと? じゃがのう、主様」

天乃「それは分かってるわ」

今まで抱えてきたことだ。

そろそろ引いてもいいことだ

そういうのだと察した天乃に阻まれた九尾は口を閉ざすと

眼下に見える懐かしい記憶と瓜二つの桜色の髪を見下ろす

天乃「……でも、こんなお姫様状態じゃ。みんなの負担にしかならない」

九尾「この際じゃから言うておくが、子を産み落とした後はもう、残滓じゃぞ。今までのような力の使い方は出来ぬ。それでもかや?」

天乃「別に戦うわけではないもの。ただ、心を強くありたいってだけ」

軽いことのように微笑みながら言う天乃の一方、九尾はそれでも認められないのだろう

渋い顔付きでふむ……と息づいて

九尾「小娘共はその負担を愛おしく思うておると思うが……そもそも、負担などという矮小な考えは持っておらぬであろうに」

天乃「どうして貴女がそんなに渋るのよ。貴女は今の私の方が好みだとでもいうの?」

九尾「肝を冷やさずに済む。それに、その方が小娘らしかろう」

考える時間すら持つことなく答えた九尾をしばらく振り返った天乃は、

逡巡の後に小さくため息をついて

天乃「……呆れた」

そう、呟いたのだった


√ 10月12日目 夕(病院) ※金曜日

01~10 
11~20 風

21~30 
31~40 
41~50 友奈 
51~60 
61~70 東郷

71~80 
81~90 樹
91~00 

↓1のコンマ 


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


風「もう一度頑張るだって?」

風「とんでもない! これ以上頑張るとか、お姉さんが許さないわよ!」

樹「…………」

樹「…………」フイッ

風「せめてなんか言ってっ!」

樹「えっと……うん。疲れてるんだね」


では少しだけ


√ 10月12日目 夕(病院) ※金曜日


役目を終えた医療器械の一部が部屋の片隅で眠りにつくのを横目に、

天乃は深く息を吐いて自分の手を見つめる

ただ持ち上げただけで、空気に負けているかのように震える手

九尾は小娘のようだといったが、天乃は違うと思う

天乃「こんなの……弱すぎるわ」

仕方がないということくらい分かっているし

皆がそれを苦に思うことなく受け止めてくれることも

九尾が言うように愛おしく思ってくれているのも分かってはいる

だが、それで割り切ってしまうわけにはいかない

天乃「別に、自尊心が傷つくとかじゃない……」

ただ、甘え切ってしまうことが嫌なのだ

何の貢献もなく甘え続けている自分

それを夏凜達が見限ることはおそらくないだろう

しかし、それが夏凜達の負担や被害を増長させてしまう

今回だってそうだ

もう少し強くあれれば夏凜達の被害だって少なく済んだ可能性があるし、

そもそも肩代わりする必要などなかった可能性もある

天乃「なんて、過ぎてしまったことに文句を言っても仕方がないんだけど……」

胎児の成長を目に見えて知らせてくれる腹部の膨らみに視線を落とし、

優しくなでた天乃は薄く笑みを浮かべて目をつむる

明日から頑張ろうだなんて言う気はないが

子供が生れてからでないと無理は出来ないというのが現実

どうしたものかと、天乃は考えを巡らせる


「考え事?」

天乃「……?」

「ちゃんとノックはしたからね?」

子供扱いをする女性看護師は柔らかい笑みを浮かべながらタオルなどを用意していく

考えにふけっていたとはいえ、耳も勘も良い自分が聞き逃すのかと訝し気な表情を浮かべた天乃だったが、

一般人である彼女を疑う意味もないと切り替えて、息を吐いた

天乃「いつからみんなのところに戻れるの?」

「2、3日は様子を見させて貰って、それでも問題がなければ戻れるかな?」

天乃「かな? ってずいぶんと自信がないのね」

「天乃ちゃんの体は普通の人に比べて凄く不安定だからね。慎重さを欠くわけにはいかないって」

私は戻してあげたいけどね~と軽い口調で話す看護師は、

笑みを浮かべてはいるが、困っているのが感じ取れてしまう

みんなのところ。その場所に戻れる可能性は高いが

今度は夏凜が戻れるかどうかが分からなくなってしまったからだろう

彼女にとって未成年の子供である天乃の心情を思ってしまったのなら、答えに躊躇うのも、困ってしまうのも仕方がないかもしれない

「私よりも一回りも年下なのに、天乃ちゃんはもう、お母さんになっちゃうのよね」

天乃「……ええ」

「凄いわよねぇ。天乃ちゃんも相手の子も」

天乃「そうかしら」

「本当に、本当に極稀にだけどね。妊娠中絶っていう選択をする人もいるのよ」


「天乃ちゃんよりも、年上の人がね」

天乃「でしょうね」

同年代と言われたら困るし、

天乃よりも年下などと言われたら余計に反応に困る

だからこその同意を呟いた天乃はそもそも自分に向けて話す内容ではないと言葉を飲む

もちろん、看護師としては天乃の気を高めるためのものなのだろうが。

「だから、ちゃんと産んで育てるって言う天乃ちゃんは偉いなぁって」

天乃「偉い……ね」

看護師という手馴れた手の動きに体を委ね、

まだ入浴できない体の清潔さを微力ながら保たれているのを感じながら

九尾なら否定するだろうと思う

新しく作られる命をなくさなければならない理由は多々あるのだろうが

そもそも、その命が作られた後のことを考えていない時点で、九尾は鼻で笑うだろう

人間自体をその辺の石ころ同然に扱う九尾のことだ

そんな人間に直面したならば、そのような【欠陥品】など同様に処分さえするかもしれない

「天乃ちゃん?」

天乃「いえ、まぁ、私の場合は支えてくれる人が沢山いますから」

「そうよねぇ、友奈ちゃん達も当然偉いわよねぇ」

天乃「……その友奈達は、どうしてますか?」

体に触れる女性の手が微かに動揺したのを感じ取った天乃は

看護師の目を真っ直ぐ見つめる

動揺した時、相当の手練れでなければ顔に出る

そして、疑いをかけている視線というものには非常に弱い

「風ちゃん達なら元気にしているわよ。大丈夫、天乃ちゃんのことをみんな待ってるわ」


天乃「……なるほど」

優しい人だと天乃は微笑む

数瞬考え息を呑むことはあったが、優しい笑みで答えてくれた

だが、友奈に対して返したのは風だ

そこは引っかかってしまうけれど長考しなかった辺り

大きな問題はないのだろうと天乃は判断する

もちろん、九尾もある程度は語ってくれたが、一般の目から見た異常さが知りたかったのだ

天乃「貴女は優しい人ね」

「ふふっ、看護師だもの」

天乃「それはあるかもしれないけれど……でも、優しい人だわ」

「何言ってるのよ。大人びちゃって」

困惑しながらも冗談のように笑って見せる女性看護師を見やり、

大笑いしては体に障るだろうかと考えて

天乃「だって、母親だもの」

約一周り遠い彼女を茶化すように笑って見せる

けれど優しい人だと思ったのは事実だし変わらない

友奈達が戻れるのかどうか不安に思いながら

その様子を見せないようにと気丈に振舞った

だからこそ優しいと思う

真実を言って平気なほど心が強くないと思われたのは心外だが

天乃「……体に障らないように。だろうけど」

そんなに妊婦を丁重に扱わないといけないのだろうか

分かっていることを、訝しむ


1、ねぇ。貴女はこの世界の外はどうなっていると思う?
2、友奈達に会わせてはもらえないかしら?
3、貴女は恋人とかいないの?
4、そう言えば、病院ではハロウィンとかしないの?
5、リハビリがしたいわ


↓2


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


「えー……いや」

天乃「何を渋ってるの?」

「渋ってるというか」

(あの子たちに会わせたら天乃ちゃんがエッチなことになっちゃうし……)

「も、もう少し元気になってからね?」


では少しだけ


天乃「ところで、貴女に一つ聞きたいことがあるの」

「あら、出産の心得なら何も言えないわよ?」

天乃「それはせめて医学的なことくらいは……」

そうじゃなくて。と

子供相手ゆえの茶化す様な言葉をあっさりと払い除けた天乃は、

身体を拭き終え片付けを始めた看護師を見つめ、口を開く

天乃「友奈達に会えませんか?」

「友奈ちゃん達……?」

天乃「そうです。友奈達です」

問いかけた瞬間に手を止めた看護師はどう答えるべきかと悩んでいるのが分かる表情で、固まる

天乃が普通の少女とは一線以上に風変りした子供だと分かっているからこそ

友奈達という言葉が風達という言葉と同義ではないと看護師は判断したのだろう

正しい答えに天乃は首肯とともに答えて

天乃「……心配なので」

「会えないと心配なのはわかるけど、まずは天乃ちゃんがしっかりしないと」

天乃「いつまでもこんなところにいるのは、精神的につらいわ」

「そう言われても……」

九尾から聞いた話がすべて事実なのであれば、

看護師が合わせたくない理由も納得がいくし

取り繕うように言った理由―事実だが―もまた納得は出来る

しかし、簡単に折れるわけにはいかないのだ

それこそ、九尾の話が真実ならば。


「でも、ほら。今の天乃ちゃんと同じ状況の友奈ちゃん達が天乃ちゃんに会いに来たらどう思う?」

天乃「……定石ね」

「え?」

自分がそういうことをされたらどう思うのか。

それを話し、諭そうとする

友奈達に天乃が会えば傷つくと

天乃に友奈達が会えば傷つくと

そう思っているからこその優しい言葉

思ってくれているのは分かるが、しかし、優しいかどうかは別だと天乃は否定する

天乃「友奈達は安静にしてないと駄目だって怒るかもしれないわ」

「でしょう? それなら」

天乃「だけど、私以外の誰でもできる私がやらないといけないことがあるんです」

誰でもできる。されど、天乃がやるべきこと

釣り合わない言葉に困惑の色を浮かべる女性を見つめたまま

天乃はその手を掴み合わせて言葉を作る

天乃「辛い役目だけを押し付けるだけの駄目な上級生にはなりたくないわ」

「…………」

天乃「貴女はどうなの? 自分の部下に責任押し付けて終わるような上司でいいと思うの?」

少しだけ強い口調で

看護師の立場へと置き換えて問いかける

ただ何かを任せて自分は安寧を手に入れる

そんな行いが正しいのかどうか

そんなことをする目上の人間ははたして敬うべき存在足り得るのかどうか


「ず、ずいぶんと大人びた質問をするのね」

天乃「学生の部活にだってそう言うのはあるわ。長幼の序だったかしら……それが今の私と友奈達にはあるのよ」

「それは……うーんと……天乃ちゃんの言い分にも一理あるにはあるけど」

困り果てたように言った女性看護師は、

天乃の様子をしばらく眺め、手に持ったままだった用品を片付けてから「そうねえ」と呟く

「とりあえず、天乃ちゃん達的には風邪を移した。みたいな感じかしら?」

天乃の容体が回復したかと思えば崩した夏凜や友奈達

そこに天乃の責任が関わってくるというのは

一般人である看護師には分からなかったのだろう

悩んだ末にそう問い返してきた女性へと天乃は微笑んで頷く

解りやすく言うならそれで間違ってはいない。

「風邪を移したから看病するべきなのは自分である。天乃ちゃんが言いたいのはそれよね?」

天乃「間違ってはいないわ」

「だけどねぇ……困ったなぁ」

天乃の気持ちはわかる。だが許し難い

そんな伸びやかな声を出した看護師は小さく唸る

狼の巣に弱った子狐を放り込むような所業は良心が許さないのだ

子供の無事さえ保証されないというのがより危険でもある

「友奈ちゃん達は今、ほかの人に対してこう、なんというか。その、ね……えーっと。そう、感染性のものだから会えないの」

天乃「解ってるわ。でも、友奈達だって私の体のことは良く分かってる。加減くらいできるわ」

「え、えー……」


天乃がすでに友奈達の状況を知っているからこその発言だと気づいた看護師は

思わず気の抜けた生返事のような声を漏らして、目を逸らす

大人の世界に踏み入った女性である以上疎くないのだ

「そのーほらー……それこそ、天乃ちゃんの体がーねー?」

天乃「大丈夫。相手はあの子たちだもの」

穢れの影響でそう言ったことの要求値が高まっているとはいえ

友奈達ならそこまで酷いことにはならないはずだ

東郷という恐怖が存在するが、それも九尾には劣るだろう

天乃「1時間とか2時間の短い時間だけでも良いから、会わせてくれないかしら」

「うーん……会わせてあげたい気持ちはやまやまなんだけど」

それでも困ったように呟き渋る看護師は天乃の体を見つめると

友奈達と触れ合うことを想像してか頬を赤らめて目を逸らす

妊婦のそういった状況は刺激が強すぎるのだ

「天乃ちゃんは友奈ちゃん達の状況を理解しているのよね?」

天乃「ええ」

「なぜなのか聞きたいけど……」

面会謝絶でだれとも会えなかったはずの天乃が

友奈達の状況を知っているという不可解な話に疑問符を抱く看護師だが

深く突っ込まない方がいいのだろうかと、様子をうかがって

「それでも友奈ちゃんに会いたい……のよね?」

自分自身に問うように呟いた


01~10 
11~20 許可
21~30 
31~40 許可
41~50  
51~60 許可
61~70 
71~80 許可
81~90 
91~00 許可

↓1のコンマ  

※空白は不許可


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


「仕方がないね。いいよ。許可して上げる」

天乃「ありがとう」

「でも、本当は会わせちゃいけないの。わかるよね?」ギシッ

天乃「え? あ、あの……?」

「リスクを背負わせるだけなのは嫌。だったよね?」サワッ

天乃「んっ……っ……」

「ふふっ、一度……若い子としてみたかったんだよねぇ」


では少しだけ


はぁ……とため息をついた女性看護師は手持無沙汰に額を指で掻く

「仕方がないわね。少しだけよ? ちょっとだけ」

本当なら認めるべきではないのだろうが

互いに心配し合い精神的な不安定さの引き金になる可能性も否定できないということから

看護師は渋々と了承して頷く

「ただ、私も一緒に中にいるからね? それが条件」

天乃「それは……」

「それがだめならだめよ」

天乃「駄目というより、大丈夫なのかなって」

東郷や友奈が無差別に襲い掛かって性的行為に走ることはないと思うが

情欲を刺激して止まない魔窟のような場所、光景

その場に一般人である女性が耐えられるのかどうかが不安なのだ

最悪九尾に記憶を弄って貰うという手もあるにはあるのだが。

天乃「気を付けてね? 私はもう慣れたことだから平気だけど、看護師さんはそうでもないでしょう?」

「ふ、ふふふっ……無用な心配よ。天乃ちゃん。私の方が年上なんだから慣れてるに決まってるでしょ」

天乃「それならいいけど」

明らかな嘘。

それが分かるほどの同様の色が見える女性を天乃は追撃せずに流す。

一周り近く年下の子にそう言った意味で負けているというのは

年上としては認められないことなのだろう

場合によっては目を逸らしてもらうことになる……というよりほぼ確定でなるが

それを忠告すると合わせて貰えなくなってしまうだろうと言葉を飲み込む

「お姉さんに、任せなさいっ」

意気込む女性看護師

年上の女性の相手は九尾くらいしかしたことないが

いっそ巻き込んでみるのも面白いかもしれない。と

悪戯心が少しだけ……動いた


天乃と同様に一般の病室からやや隔離された場所にある友奈達の病室

風達の名前のないその病室は穢れを引き受けて特殊な状態になってしまった友奈達の為のものであり、

多少、声が漏れてきても誰の耳にも届くことはない

「…………」

キィィっと車椅子の音が廊下に木霊する

扉の奥から聞こえてくる危うげな何かを感じ取った看護師は不安そうに目線を下げ、

さも当然のことのように平然ながらどこか悲し気な表情の天乃に声をかける

「本当に、入る?」

天乃「ええ。そのために来たんだもの」

「でも、ちょっと……」

天乃「別に看護師さんは入らなくても平気だから、待っててくれてもいいのだけど」

「それは駄目よ。天乃ちゃんが大変なことになった時にすぐ助けてあげられないから」

天乃が危ないからという心配と

どうなっているのか、どうなってしまうのか

覗いてはいけない深遠を覗きたい好奇心を感じ、看護師の女性は息を呑んで頷く

「危ないと思ったらすぐに連れ出すからね?」

天乃「あまり無茶はしないでくださいね」

「うん? うん……天乃ちゃんもね?」

なぜ自分が忠告されるのだろうかと

そんな疑問符を抱きながらゆっくりと扉を開く

「――ッ!?」


まずはじめに感じたのは季節にそぐわない熱気だった。

真冬になり暖房を効かせ過ぎた部屋の扉を開けたかのような暑さとは違う湿気による暑さ。

そして一呼吸する間もなく肌に染み込む淫らな香りを感じ取る

少女が普段感じさせる清潔感を着飾った快活さと幼さなどどこにもなく

少女でも女性でもない【女】としてのにおいは熱に蒸されてより色濃さをましている

互いを求める声なき声、中学生という年齢で出してはいけないような声に耳が打たれて

天乃「大丈夫?」

「ぁ……」

もっとも近くにいる少女の優しい声に看護師はハッとして頬を伝う汗を拭う

意識が飛んでいたわけではない

自分がどこにいるのかわからなくなっていたわけでもない

だが、自分のことが分からなくなっていた

その危険性を諭そうと口を開いた看護師に対し、天乃は笑みを浮かべて首を振る

天乃「進んで、看護師さん」

「で、でも」

天乃「貴女も混ざりたければ混ざってくれても構わないから。ね?」

「…………」

生唾を飲んだのは恐ろしさか欲望か……

いずれにせよ、看護師は止めてしまっていた足を動かして

淫欲に塗れた病室の中へと、足を踏み入れたのだった


友奈「はぁ……は……っ……」

天乃「……お楽しみの中、割り込んでごめんなさいね」

友奈「久遠……先輩……?」

疲れ切った声と表情。

汗と情欲に塗れた体は差し込む光に当てられてなまめかしく映える

そんな友奈と友奈に組み伏せられる形の東郷を見つめたる天乃は

大した動揺もなく、友人に声をかけるかのような軽さで口を開く

天乃「そうよ」

友奈「夢……?」

天乃「違うわ」

東郷「久遠先輩……お身体の方は……」

天乃「大丈夫よ。見てくれは少々やつれているけれど。そうでもないわ」

そうでもないわけがない。

控える看護師はそう言いたがる気持ちを抑え込んで下唇を噛む

年下の少女たちに抱くべきではない思い

それをこの場では抱かされてしまいそうで、心に隙を作るわけにはいかなかったのだ

天乃「貴女達は大変そうね」

東郷「……ぁ、こ、これは、その」

友奈「っ」

動揺と悲しさを見せる友奈達を見つめる天乃は、

別にいいのよ。と、優しい笑みを浮かべる


1、少し、手伝ってあげるわ
2、私にしてほしいことはある?
3、良いわよ。私を使っても


↓2


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


天乃「ねぇ、私にして欲しいことはある?」

友奈「え……あ、その……え、えっちなこと……とか……」フイッ

天乃「ふふっ。でしょうね。東郷は?」

東郷「その大和の主砲をぜひ味見させて下さい」キリッ

天乃「ごめんなさい、何を言ってるのかさっぱりだわ」


では少しだけ。
早送り。


天乃「私にしてほしいことはある?」

友奈「え?」

天乃「貴女達の為だもの……協力は惜しまないわ」

看護師が言ったような風邪を移してしまった罪悪感からなのか、ただただ善意によるものなのか

場の空気、場の異様さを肌に感じているはずの天乃の発言に看護師は驚いて目線を下げると

思わず深く淫靡な香りを飲み込んでせき込む。

「……わ、笑って」

天乃は笑みを浮かべていたのだ。

悪魔にでも取りつかれたように肉欲をむさぼる彼女たちを前にして、なお、聖職を全うする聖母のように。

悪に満ちたその欲を聖なる力に満ちた体で解き放たんと言わんばかりに。

「物語の中のお話じゃないのよ……?」

そんな情欲の産物を読書したことはない看護師だが、

正しき力で呪われた力から救うという創作物に振れたことはある。

それゆえの呟きが聞こえたのだろう。天乃は振り返って「事実は小説よりも奇なりと言うし」と、微笑む。

「それにしたって」

友奈「あ、あのっ……」

天乃「なあに?」

友奈「その……久遠先輩……」

微量の明かりしかない暗がりでもわかるほど顔の赤い友奈は、

裸体を晒しているという羞恥心ではなく、自分が求めようとしていることへの気恥ずかしさに物怖じしているのだろう。

ちらちらと伺うように天乃を見ながらゆっくりと口を開く。

友奈「え、えっちがしたいです……」

天乃「…………」

友奈「あ、で、あ、でもっやっぱりっ!」

やっぱりいいです。と、友奈は叫ぶような声で前言を撤回する

とても悲しそうな顔をしているのはなぜだろうと看護師は考え、

答えが出るよりも先に天乃に呼ばれて視線を戻すと、天乃はどこか影のある笑みを浮かべていて。

天乃「ベッドまで運んでもらえますか?」

「でも、友奈ちゃんは良いって」

天乃「私の体を気遣ってくれているのよ」

近づけば近づくほどに淫猥なにおいは濃度を増し、蒸発した【女の匂い】に満ちた空気は体に毒だと本能が告げる。

だが……悪寒によるものではない総毛立つ感覚を感じて看護師は首を振って振り払う。


「本当にいいのね?」

天乃「大丈夫です」

「……っ」

促され、天乃を友奈達がいるベッドの上へと座らせると、

汗と欲に塗れたベッドの湿り気に触れた手が震えるのを横目に看護師は天乃達から距離を取る。

天乃は混ざっても構わないといったが立場の関係上そんなことは許されないし、

こんな場面で理性をよりも情欲に負けては大人としての威厳がなくなってしまうと心に歯止めをかけたのだ

東郷「久遠先輩……駄目です。療養してください」

天乃「少しなら大丈夫よ」

東郷「大丈夫なはずがありません。まだ一日も経って――」

友奈と同じように天乃の体を気遣って参加を止めようとする東郷が言葉を紡ぐ合間にも

天乃はゆっくりと身を乗り出して、言い終えるよりも早く右手の人差し指を東郷の唇へと押し当てて

天乃「しーっ」

東郷「…………」

天乃「いいから。今日は私に任せなさい」

東郷「んっ……っぁ……」

天乃の体の為にしたことが結局天乃の体に無理をさせてしまうという罪悪感を感じながらも、

求めて止まない最愛の人と交わることができるという悦びを感じてしまうことを戒めようと固く結ばれた唇へと、今度は唇を重ねる

大きくなったお腹が下へと下り、重みに体が悲鳴を上げる

だが、それでも天乃は笑みを崩さずもう一度東郷と唇を重ねて……固い結びを解く

友奈「く、久遠先ぱっ――んっ」

天乃「っふ……分かってる」

友奈「んっぅ……んっ」

すぐ横で寂しそうに名を呟こうとした友奈の体を抱きよせて軽く唇を重ねて言葉を奪い、

囁くように答えてもう一度唇を重ねる

拒むことなく受け入れる友奈の柔らかい唇は東郷との行為もあってか潤い、

病室以上に蒸した口腔の熱気を舌に感じて、天乃は奪うように息を呑む。


天乃「っは……はぁ……んっ」

卑猥にも口元からこぼれる自分の唾液を指で拭った天乃は

飲み込んだ空気が体の中にしみわたっていくのをほのかに感じながら生唾を飲む

暖かさが体の内側から広がっていく久しく感じられなかった高揚感、解消されなかった情欲

じわりじわりと昂ぶり心音高まっていくのを感じながら天乃は艶やかに笑みを浮かべて、友奈を見る

天乃「私はこんな体だから……二人同時に。というのは少し難しいかもしれないわ」

友奈「ぇ……」

東郷「ぅ……」

からかうつもりのない本心からの言葉だったのだが……

心底絶望したかのようにつぶやきと悲壮感に天乃は内心どうしたものかと拙い性的知識をフル活用して考える。

天乃は二対一という襲われ方―合意ではあるが―をした記憶はあるが、

一人で二人という経験はない。

そもそも天乃はされる側でありする側ではないためにさほど技量があるわけでもないのだ。

もちろん、自分がどうされたら気持ちよくなれるのか。という知識に関してはとても豊富なのだが。

天乃「でも……そうね」

ベッドの上に座っている形の天乃は同じく座っている友奈と横になっている東郷を交互に見つめて、呟く。

本来なら本当の意味での性的行為に入る前に愛撫やキスなど体と心を高ぶらせる必要がある

友奈達は皆天乃が感じやすい体であるということに関係なくそれを念入りに行っていたが、

友奈と東郷に関してはもう出来上がった状態だ。それだけは幸いかと天乃は考え、笑みを浮かべる

天乃「良いわ。任せてと言ったんだもの……」

それに平等に愛を注ぐと決めたのも自分だ

体の辛さはあるがそれは全うすべきだと天乃は思う

東郷「んっ」

天乃「っふ……んちゅ」

東郷との三度目のキス

抵抗感の消えた唇は友奈よりも少しだけ厚く、友奈を受ける側だったためか潤いも溢れるほどで

天乃「ふふっ……んっ」

東郷「っぁっ」

口元から零れた二人の交わった証を引き継ぐように東郷の頬をぺろりと舐める

驚きに震えた東郷へと笑みを向けて唇を重ね、

ほんの少しだけ伸ばした舌で東郷の舌へと触れて呼び出し、

絡め合うとねっとりとした淫猥な水の音が病室に響く

天乃「ふ……はっふ……んっ……友奈」

友奈「んぅ……んっ」


絡む舌を手放し東郷から離れた唇は休む間もなく友奈の名を紡ぎ左腕で引き寄せキスをする

天乃「んっんくっ……ふっ……んちゅ」

友奈「っは……んっ……」

普段は多少抑えている友奈も今回ばかりは情欲に身を委ねており、

絡み合う舌の力は強く、天乃が舌で舌を拭えばやり返すように水分を奪っていく

互いに分け合うように飲みあいそれでも溢れていく唾液がしたたり落ちて

友奈の体と天乃の患者衣を濡らしていく。その一方で、天乃は右手で東郷の腹部を愛撫する。

東郷「んっ……っ」

力はそこまで入れられないが、

だからこそ優しくもどかしさを引き出す力加減になるのだろう

東郷はわき腹や臍回りと言った敏感に感じそうな部分を徘徊する天乃の手を掴むと、自分の下腹部へと誘導していく

天乃「ん……東郷?」

東郷「さっきまで……友奈ちゃんとしてたので……」

寂しい。途切れた言葉に続くであろう言葉を読み取り

天乃は友奈から少し離れて頷き、誘導に従って……東郷の下腹部へと触れる

東郷「っんん!」

ほんの少し触れただけ。

それだけ感度良く声を上げる東郷の秘部は淫らな湧き水に濡れていて、

入口への侵入も容易く受け入れてしまう。

未経験だからなのか、力を入れているからなのか、

人差し指だけでも不十分な窮屈さを感じる天乃は友奈の渇きを待たずに東郷の乳房へと口付けする

天乃がよくやられていたことのやり返し。

妊娠していない東郷から母乳が出てくることはあり得ないと分かっているが、

関係なく心地よさに隆起した乳頭を味わう。

唇で咥えるのではなく、舌で巻き込むようにしながらゆっくりと咥え込み、放すときは唇で吸い上げるように。

天乃「んちゅ……」

東郷「んっぁっ……はっ……んんっ」

怪我をさせないように、痛みを与えないように。指に神経を集中させながら、

丁寧にたわわな実りを味わって東郷を快楽へと沈ませていく。もちろん、友奈にもだ。

天乃「友奈、横になって」

友奈「は、はい……んっ」


友奈が横になったのを見計らって、

友奈を抱き寄せるために残っていた左手でまだ未成熟な膨らみへと触れる

東郷や天乃、風のように実った大きさほどの感触はないが、

女の子らしい柔らかさのある胸を人差し指と親指で撫で解すように扱いながら、中指で敏感な先端へと触れる。

友奈「んっっ……ぁっ」

東郷「ぁっ……んっ……っはっ……」

友奈のかわいらしい声、東郷の艶めかしい声どちらも嬌声に変わりはないが、

味わいの違う魅力を耳に感じながら、天乃は東郷の胸から離れて友奈とキスをする

東郷から母乳が出ていれば口移しになったのにとよくわからないことを考えながら、

東郷の汗と自分の唾液の混ざった舌を友奈の舌に絡めていく

胸を愛撫していた手を滑らせて下腹部へ

訊ねるように指先で淫らなスイッチの根元に触れると、

友奈は天乃の体に抱き着くように触れ、心地よさと悦びに潤い涙をこぼす瞳が求めて輝く。

天乃「っふ……はぁ……こう、だったかしら」

自分の体へと東郷達がしてきたこと、

情欲の挿入口ではどうしていたのかと思い返しながら

天乃は友奈の陰部に人差し指を滑り込ませて親指で敏感なところを捏ねるように潰す。

友奈「ひっあっ!」

半ば悲鳴のような声を上げながら友奈の体が震えて、

僅かに快感が流れ出てきたのを手に感じた天乃は「びっくりさせちゃったわね」と友奈に囁き、そして

天乃「でも、おかげで思い出せた」

二人に声をかけて、挿入していた指を折り曲げ内壁を穿つ。その瞬間――

友奈「っあぁぁぁぁっ!」

東郷「あぁぁぁぁぁっ」

二人同時に声を上げて、迸った女の匂いがベッドへと沁み込んでいく。


天乃が来てから一度目の強い快感に乱れた呼吸、火照った体

横になった二人は互いを見つめ合う

体に感じる疲労感、それ以上に感じる幸福感。

高鳴る胸の鼓動は収まりを知らずに強さを増す。

天乃に負担をかけているという申し訳なさは、今この時だけはどこかへと潜んで

東郷「久遠先輩……」

求めずにはいられなかった。

まだまだ満ち足りないと体が、心が、求めてしまう。

そこに卑しいなどという感情はなかった、淫らであると疎む心はなかった。

友奈「もっと……してください」

乾ききった喉への一滴の水のようなものなのだから。

「んっ……っ……だ、駄目……なのに……」

少し離れたところで蹲り、もぞもぞと動く看護師を一瞥した天乃は、

食欲をそそられ滲み出す唾液のように愛情を求めて潤いを増す淫らな口に目を向けると、

自分の患者衣の紐を緩めてはだけさせ、

妊娠以前よりも膨らみ、母乳ではない分泌液を滲ませる胸を誘うように躍らせる。

天乃「その代わり、私も少し楽しませてね?」

九尾にでもあてられたかと自分に思いながら、天乃は東郷と唇を重ねて。

友奈はキスが出来ない寂しさを埋めようと天乃の乳房に触れ、赤子のように吸い付く。

少女二人、妊婦一人の異様な交わりと、蚊帳の外で情欲に触れてしまった女性看護師

より深くなっていく女の匂いと強まる嬌声を、病室は頑なに隠し続けた


√ 10月12日目 夜(病院) ※金曜日

01~10 
11~20 九尾

21~30 
31~40 
41~50 千景

51~60 
61~70 
71~80 若葉

81~90 
91~00 歌野

↓1のコンマ  


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から
出来に不満はありますが完全版は未定です


杏「続きは? 続きはないんですか!?」

園子「…………」ガクッ

杏「園子先生……っ!」ギュッ

園子「私も……私も恋人なんよーっ」ポロポロ

杏「園子先生ーッ!」


では少しだけ


√ 10月12日目 夜(病院) ※金曜日


天乃「……若いって羨ましい」

天乃が離脱してもなおまだ行為を続けようとしていた二人のことを思い返した天乃は

冗談めかして呟き、苦笑する

天乃の方が年上とはいえ、たった一歳の差しかないのだ

女性看護師が聞けば当てつけなのかと不満を吐露するかもしれないと考えて息を吐く

性的行為による疲労感はだいぶ抜けてきてはいるものの、

元々体力を消耗していたせいもあってか、

体の疲れによる鈍さはまだ残っていた

天乃「二人でしていてくれたから良いけど……」

そうじゃなかったらどうなっていたのか。

それを思わず想像してしまった体が震えて、抱きしめる

怖くはないが、不安ではある。

止めに入ると言ってくれた看護師の女性は止められるような状態ではなかったし

貪りつくされるのは火を見るよりも明らかで

どこまでやり尽くされていたのかと考えるだけでもヒヤリとしてしまう

天乃「はぁ……疲れた」

健康な時よりも細くなってしまった腕を一瞥し、ベッドへと落とす

体の大きさに対し、筋肉量と胸の大きさもあって平均体重よりも上に位置している天乃は

戦う責務を負う者としては全く気にしていないが、

一人の女の子としてはやや気になっていた体重を思う

体重はやつれた分落ちたのだろうが、やつれた減量は何にも喜ばしくはない

そもそも、妊娠による増量にかき消されてしまっているだろう

天乃「おかげで樹には抱っこされた覚えないのよね……鍛えてる友奈や夏凜でぎりぎりなんだから仕方がないんだけど」


精霊ゆえに何の問題もなく天乃を抱き上げられる若葉のことを羨む声も出していたなと、

日常の一風景を想い、笑う

楽しい時間、なんの気兼ねもなく楽しめる日常

ようやく手に入れたかと思えば離れていく尊い日々

もう一度手にする為にも早く元気にならなければと、

苦しむ合間にも成長しているわが子の宿る腹部を撫でる

天乃「ハロウィンやるのかしら……?」

若葉はやると言っていたが、もう時間はほとんどない

軽い催しならば出来るとは思うが、

夏凜や友奈達があんな状況の中行っても本当に楽しむことは難しいだろう

それなら、見送って元気になってから

皆でなにか季節に関係なく楽しむというのも悪くないのではと思う

天乃「来月は、銀の誕生日……」

呟き、思い出す銀の弟である鉄男との複雑な関係

穢れによる自責の念があったとはいえ、

あの対応は流石に酷かったのではないかと思う反面、

一緒にいて欲しいという願いは【銀の代わり】のようで

鉄男の未来を停滞させ、何か良くない方向に向かわせてしまうのではと不安も抱く

もちろん、こじれたままで誰かに委ねて放置するというのも問題だとは思うのだが。

天乃「この体で会ったら驚かせるだけじゃすまないでしょうね」

たった三ヶ月会わなかっただけで妊娠し、お腹が膨らんだ姿になっているのだ

恋愛対象になっているなっていないは別にしても

姉としての立場を望んでいたあの子が目にしたら酷くショックを受けるかもしれない


天乃「沙織のご両親、風と樹のご両親、東郷の両親」

ほかにも会うべき人、話すべき人達が沢山いる

やるべきことの多さはどんどん積み重なっていくのに、

それを妨害するかの如く体は壊れて行ってしまう

果てには進路に関しての話もしなければならない

卒業資格は得られるだろうし、

こんな状況になった分の空白はあるが勉強すれば試験に合格できる可能性もある

しかし、双子を産んだ自分が高校生として生きていけるのか

勇者部の支えがない自分が学校生活を問題なく過ごせるのか

その不安は拭えない

沙織は「進路? そんなの久遠さん一択だよね」と冗談ではなく言っているから

手を貸してくれる人は必ず一人はついてくれるのだが。

天乃「子供……子供よねぇ」

大赦による完璧なバックアップは行ってもらえるだろう

だが、自分と悪五郎の子供を他人に委ねていいのだろうかと思わずにはいられない

悪五郎は自分の好きなように生きればいいと笑うだろうけれど

大切な子供だからこそ、自分の手でしっかりと育ててあげたいとも思うのだ

自分の命が平均寿命にまで生きながらえることが出来るのかもわからないのなら、なおさら。

天乃「それに関しては、九尾に聞いておくのもありね」

穢れと力の多くが抜けていく体

そうなればみんなと一緒に十分な寿命が得られるのかどうか

きっと知っているはずだから。


天乃「あとは……若葉たちのこと」

若葉や歌野、千景に球子、水都

天乃の精霊であるみんながこの世界にいる限り、

天乃の失われた身体機能が復活することはない

九尾の力を借りれば疑似的に取り戻すことはできるが

永久に借り続けるわけにもいかないのが、現実だ

しかし、現存するために天乃の力を使っている以上、

天乃へと身体機能を返せばみんなが消えてしまう

天乃「どうするのか、ちゃんと考えなくちゃ……」

先延ばし、先延ばし

考えを放棄して口に出さずに逃れていく

それももう一つの選択ではあるのかもしれない

うやむやにしてしまえば、

若葉や千景達も思いを酌んで黙ってくれるかもしれない

天乃「でもきっと、それは若葉たちが好きになってくれた私じゃないのよね」

考えるべきこと、行うべきこと

それらを口にして、積み重なっていることを再認識する

一つ一つ片付けていかなければいけない

個々が容易くない案件という責任を感じて、天乃は思わず、ため息をついた


1、九尾
2、千景
3、若葉
4、球子
5、歌野
6、水都
7、イベント判定
8、もう休んでおく


↓2


ではここまでとさせていただきます
明日は出来れば昼頃から


水都「久遠さん」

水都「もしかして、私なら呼んでも平気だと思ったのかな……」

天乃「え?」

水都「あんなの見せられて、二人っきりの部屋なんて用意されたら……」ギシッ

水都「あとはもう、答えなんて一つだよ。久遠さん」ニコッ


では少しずつ


天乃「藤森さん、今お話しできるかしら?」

友奈や東郷と同様に穢れを背負っている沙織と水都

沙織のことも心配ではあるが、

水都に関しては歌野との行為についての話をして、

行為にこそ走りこそしなかったが、キスをして……と

最悪ではないし悪いとも言えないが

決して良いとも言えないような別れ方をしたのが最後だったのだ

沙織は文句を言うかもしれないが

どちらかと言えば、気になるのは水都の方なのだ

もちろん、それ以外にも理由はあるけれど。

水都「問題なくお話が出来るようにはなったんですね」

天乃「ええ、九尾にイケないものを飲まされたおかげでね」

水都「喜ぶべきかどうか、分からなくなっちゃいますね」

天乃の笑みを見てから安心したように軽口で返した水都は、

ふと、息を吐いて

水都「伊集院さんじゃなくて良いんですか?」

天乃「別にエッチなことをするわけじゃないもの。平気よ」


天乃に呼ばれたらエッチなことをする。

そんな考えになっていそうな水都の物言いにやや不服そうに眉をひそめた天乃は、

水都の様子が変わりないのを確認する

あのキスは天乃が誘うような発言をしてしまったとはいえ、

水都が自ら実演してしまったことだ

もちろん、触れる寸前で止まりはしたが……

その時のことを忘れたわけではないのだろうが

することはなかった。というのが功を奏しているのかもしれない

天乃「藤森さんはどう? 体の具合」

水都「問題ないです。定期的にうたのんと……その、ちょっとしたスキンシップは必要ですけど」

結城さんたちほどでは……と続けた水都は、

自分の言葉が失言だったと思ってか慌てたようにすみません。と頭を下げる

天乃「別に謝らなくてもいいのに」

水都「で、でも」

天乃「見たんでしょう? 二人の姿……」

自分が病室に入った瞬間に感じた空気

目に見えて変わってしまった二人の姿

それを思い返した天乃は罪悪感を滲ませた笑みを浮かべて

天乃「あれが私の持つ特別な穢れの効果なのよ」

自嘲するように、吐き捨てた


水都「特別な穢れ……ですか」

バーテックスによる被害を引き受けたときに受ける穢れと

天乃が常に体に宿している穢れは何かが違うのだ

もちろん、その細かいところまでは分からない

九尾に聞いても流石にそこまでは分からないだろう

水都「……案外、久遠さんがえっちだから、とか」

ぼそりと、水都が呟く

聞かせるつもりも疑問でもなく単なる思考の落とし物だったのだろうが、

耳の良い天乃は聞き逃すことなく拾って苦笑する

天乃「私がえっちな子だから、穢れも催淫効果があるって?」

水都「えっ、あ、い、いえ滅相もない!」

天乃「本当にそんなこと思ってない?」

水都「それは……」

目を逸らす水都を見つめる天乃

その構図が長引くにつれて観念した水都は、

申し訳なさげに「少しだけですけど」と、自分の考えを認めて

水都「東郷さんたちだって、初めは普通の女子学生だったじゃないですか」


1、素質があったのよ
2、それを私がエッチな子にさせたって?
3、それはそうだけど……
4、否定はできないわ

↓2


天乃「それを私がエッチな子にさせたって?」

水都「そういうわけじゃないんですけど」

天乃「確かに、否定できないと言えば出来ないのよねぇ」

水都「…………」

東郷達が自分たちでそんな勉強をしてくれたわけではあるが、

天乃のためになるからとしてくれたことなのだ

全てが天乃のせいとは言えないがその一端がないとは言えない

天乃「東郷なんて、一生懸命になっちゃって」

水都「久遠さんの為って、恥ずかしさを押し切ったんだと思います」

天乃「その結果が今の東郷?」

水都「大切な人の為なら苦手なことだって頑張れるものなんですよ」

水都は思う。という想像ではなく、

そうであると断定するかのように言い切って、笑みを浮かべる

何処か恥じらいの混じった微笑み

それはきっと、自分にも経験があるからこそのものなのだろう

天乃「歌野のことかしら?」

水都「…………」

天乃「図星ね」

より一層顔を赤らめる水都を茶化すように、

天乃は追い打ちをかけて、苦笑を零す


水都「うたのんは東郷さんほどえっちじゃないですっ」

天乃「友奈くらい?」

水都「……」

黙り込む水都の顔が赤く、

僅かながら体をもじもじと動かすのが見えて答えを得たのだろう。

天乃は小さく笑みを浮かべて、会話を打ち切る

歌野は歌野で頑張っているのだ

ただし、自分がその行為に飲まれない程度の力加減で

おそらくは、東郷の存在があってこそのものだろう

あんなことにはならないように。と

もちろん、沙織が以前話していたように

東郷には東郷なりの理由があって、あんなにもエッチな子になったのだろうが。

当然ではあるが、真面目な時は真面目だ

天乃「東郷も悪くはないわよ? 今度一緒にする?」

水都「冗談にならないです。それ」

天乃「東郷の? それrとも、歌野の?」

水都「両方です」


話せば受け入れてくれるとは思うが

若葉のように恋人としての立場にいない水都を行為に加えるのは

東郷達に対して失礼であるのは、確かだ

水都が分かっている通りに冗談とはいえ

少し間違った発言だったかと天乃は眉をひそめて

天乃「悪かったわね。冗談よ」

軽くではあるが会釈をして、枕へと頭を落とす

夜の帳の下りた病室を照らす天井の光がまぶしくて目を瞑る

自分の体に関しての不安が薄れた分

夏凜達の体に関しての不安が今の天乃にはあって

明日を迎えるということへの恐怖が募るのを感じて、思わず水都の手を握る

水都「久遠さん……?」

天乃「眠るまででいいわ。一緒にいて」

水都「私なんかでいいんですか?」

天乃「貴女も立派な私の友人よ。少なくとも、私はこの場でも一緒にいられると思ってる」

水都「……ずるい、言い方ですね」

自分に自信が持てていない人が聞けば、

その言葉に全幅の信頼を置いて妄信してしまう人まで出てきてしまうのではと水都は思う

自分にそう言ってくれたのは、自分をそこまで信頼してくれたのは

――この人だけ。

そう、縋り切って。

水都「それを謀ってじゃなく本気で言うから久遠さんは久遠さんなんですけど」

天乃「なに?」

水都「いえ……ただ、時代が時代なら久遠さんは包丁で刺されてるんじゃないかなと思っただけです」

天乃「……ふふっ、それは恐ろしいわね」

冗談だと思って笑う天乃を見つめる水都は、

本気でそう思ったのだとは、言わなかった



1日のまとめ

・   乃木園子:交流無()
・   犬吠埼風:交流無()
・   犬吠埼樹:交流無()
・   結城友奈:交流有()
・   東郷美森:交流有(エッチ)
・   三好夏凜:交流有(エッチ)
・   乃木若葉:交流無()
・   土居球子:交流無()
・   白鳥歌野:交流無()
・   藤森水都:交流有(小話)
・     郡千景:交流無()
・ 伊集院沙織:交流無()

・      九尾:交流有(特別な杯)
・      神樹:交流無()


10月12日目 終了時点

乃木園子との絆  67(高い)
犬吠埼風との絆  96(かなり高い)
犬吠埼樹との絆  82(とても高い)

結城友奈との絆  104(かなり高い)
東郷美森との絆  114(かなり高い)
三好夏凜との絆  134(最高値)
乃木若葉との絆  94(かなり高い)

土居球子との絆  40(中々良い)
白鳥歌野との絆  42(中々良い)
藤森水都との絆  34(中々良い)

  郡千景との絆  40(中々良い)
   沙織との絆  114(かなり高い)
   九尾との絆  62(高い)

    神樹との絆   9(低い)


√ 10月13日目 朝(病院) ※土曜日

01~10 
11~20 九尾
21~30 
31~40 風
41~50 千景

51~60 
61~70 
71~80 若葉

81~90 
91~00 友奈

↓1のコンマ  


√ 10月13日目 朝(病院) ※土曜日


穢れによる体の重さを感じない目覚め

昨夜は不安はないと思っていたことなのに

深く安堵する自分がいることに気づいて、天乃は思わず苦笑いを浮かべて

水都を掴み、水都に掴まれた自分の左手を一瞥する

天乃「藤森さんは流石にいなくなってるわよね」

彼女の温もりを感じていた手

友人のその手はとてもやさしくて

一日経った今もなお握られているような感じがして笑みを浮かべた瞬間

九尾「なんじゃ、始めぬのか?」

天乃「っ!」

九尾が気配も感じさせずに姿を現して

九尾「くふふっ、慰めるのじゃろう? ほれ、好きにやるがよい」

からかいながら、嫌みな笑みを浮かべて見せる

天乃「……違うわよ」

九尾「何じゃつまらん」

天乃「今は十分調子がいいの。しなくても平気よ」

九尾「小娘どもとの戯れがきいておるのやもしれぬな……よいことじゃ」


夏凜達に穢れの一部を引き受けてもらったうえ、

友奈達と交わったことによる穢れの発散

それが天乃の体にとってはいいことだったと九尾は言うが、

友奈達を苦しめる原因となってしまっている天乃が喜べるはずもない

天乃はやや困ったように顔を顰めると、

軽く唇を噛み締めて、考えを変える

天乃「なにかあったの? 急に来るなんて」

九尾「妾は常におるのじゃが……まぁよい。主様の様子を見ておこうと思うてのう」

天乃「心配してくれたの?」

九尾「主様は主様じゃからのう」

当然じゃ。と笑う九尾は従順な精霊のようだが

当然、九尾がそんな飼いならされた精霊なわけはなく……

九尾「忠告じゃ」

天乃「忠告……? なんの? もしかしてエッチなことはするなって話?」

九尾「うむ……するなとは言わぬが、少し控えた方がいい可能性はあるのじゃ」

天乃「推奨してきたくせに」

九尾「時期を考えよ主様。子の誕生も近づいてきておる上に、主様はそのような身体じゃ。変に動けば身と子が持たぬ」

天乃「昨日、そんなに激しいエッチをした覚えはないのだけど……」


だとしても。と

九尾は天乃の呟きを即座に上塗りにして口を挟む

九尾「何が起こるのか不安定なのが主様なんじゃぞ」

天乃「……でも」

九尾「体が疼くかや?」

天乃「ううん、そんなことはないわ。でも、なんというか……」

少し寂しいと思ってしまう。

天乃はそう思いながらも口にするのは止めて、首を振る

しかし、九尾にはそのしぐさだけでも分かってしまうらしい

眉を歪ませる九尾は「ふむ」といつものように声を漏らす

九尾「全くするなとは言わぬ。じゃが、頻度には気を付けるとよい」

天乃「今だって別に毎日したりしてるわけじゃないんだけど」

それ以上に間隔をあける必要があるのと不安げに問う天乃を見つめる九尾は、

その視線から逃れるようにどこか無関係な場所へと目を細める

九尾「小娘共のことがあるじゃろう? 主様、きゃつらの為ならば一日中行為にさえ浸る覚悟もあるじゃろう」

天乃「……否定は出来ないけど」


1、なら、誰かが友奈達を助けてくれるの?
2、本当にそれだけなの?
3、もしかして、私の寿命に関係あるの?
4、仕方がないわね……解ったわ


↓2


天乃「もしかして私の寿命に関係あるの?」

九尾「む……」

天乃「九尾?」

九尾「ふむ……」

珍しく驚きを隠さず露わにした九尾は、

悩まし気な声を漏らして天乃を見つめる

その視線に不安を覚えてしまう天乃だったが

だからこそ、今更聞くのは止めておくと言わずに見つめ返す

天乃「答えて、九尾」

九尾「主様が子を産み落とした後に残るのは残滓と言うたであろう?」

天乃「ええ」

九尾「そして、主様は淫らな行為を行うことで自身の穢れを放出しておる」

天乃「そうだけど……」

九尾「つまりのう。主様や。主様は子を産み落とした時点で蓄えた分の力しか保持できぬ。ということじゃ」

それと寿命には何か関係があるのだろうか。

そう口を開きかけた天乃を制止するように、九尾が口を開く

九尾「主様はその力を損なうことで、空の器となって神樹等の力の影響を受けやすくなる。そうなった場合、良くないことが起きるやもしれぬ」

もちろん、それは寿命にかかわることかもしれないし、関わることなく

案外気にしなくて済むようなことかもしれないが。


では途中ですがここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


では少しだけ


天乃「良くないことって、つまりどういうことなのよ」

九尾「解らぬのかや?」

天乃「嫌な予感しかしないから、ちゃんと聞いておきたいの」

そう問いかけると、九尾は首肯するのに被せて「よかろう」と答える

変に素直に答えてくれる姿勢にもやや警戒したい気持ちもある天乃だったが、

真面目な事には真面目な九尾だからこその不安をより気にかけて目を向ける

一言一句聞き逃すまいと研ぎ澄ませた耳には、外の世界の微かな喧噪が聞こえてくる

九尾「主様の体は憑代としてとても優秀なのじゃ。もちろん、贄としても」

天乃「……やっぱりそういうことなのね」

九尾「主様は過去、人間がどのようにして戦いを収束させたのかはもう知っておるじゃろう?」

天乃「私がその役割を担う可能性があるってことね?」

九尾「その否定は出来ぬ。ということじゃ」

もしもそうなった場合、寿命はそこから先を奪われることになる

もちろん、これは天乃が力を消失しきらなかったとしても起こり得る話だ

憑代として優秀な天乃を神樹様やバーテックスがとても好むせいだ

九尾「それに、主様はすでに妖を一人受け入れたじゃろう? それも、最も繋がりの深くなる方法でじゃ」

天乃「子供……」

呟き、お腹を撫でる

悪五郎の力―魂―と天乃の力を束ねた子供

そう、妖怪との子供を作った経験が天乃にはあるのだ


九尾「うむ。主様は子を生した。妖との間にじゃぞ? くふふっ、普通の人間が行えることではない」

天乃「…………」

九尾「加えて、彼奴……神野悪五郎という妖は神ではないが、ただの妖ではない」

そんな妖怪との子供を生せるほどの器があれば、

神樹様の力を取り戻すことができるかもしれないし、

それを贄として献上することで、バーテックス……大元である天の神の許しを得られる可能性もある

九尾「主様にはそれだけの価値がある。人間にとっても、神々にとってもじゃ」

天乃「……でも、穢れの力が残っていた方がいい理由が分からないわ」

九尾「それは主様が両方の力を有していることでどちらに対しても毒になるからじゃ」

いわば、中立の立場

どちらかに傾くことはできないし

どちらかが無理に手を出せばその均衡が崩れて人間だけでなく神にとっても良くないことが起きてしまう可能性がある

もっと簡潔に言えば、中立ゆえに攻めあぐねているのだ

天乃「だからエッチなことは控えて力を残せって言うのね」

九尾「うむ。じゃがそれはあくまで精霊を残すならば。という話じゃぞ。不完全な主様は力も弱い。完全ならばそうはならん」

天乃「……そう」

えっちなことを心置きなくするために精霊を犠牲にする。というと非常に聞こえが悪いが、

天乃が下手に標的にならないためには、精霊に貸した力を戻す必要がある

そう考え至り悲し気な表情で頷いた天乃を一瞥した九尾は

一息ついて、「主様」と呼ぶ

九尾「万物が幸得られることなど本来はあり得ぬことじゃ。最も、抜け道はあるやもしれぬが」

天乃「何か別の方法があるかもしれない……ということよね?」


天乃の問いかけに九尾は首肯する

本当にあるのかは分からないが、その可能性は確かにあるのだ

天乃「貴女はみんなを残したいのね」

九尾「妾はそのようなことに興味などありはせぬ。主様が望むならば、その望みが叶うように導くのみじゃ」

それが例え極悪な事であっても

天乃の目的、願い。それらを達成するためならば行う

手段を選ぶつもりは九尾にはない

天乃が覚えていない、九尾が行おうとした他者の犠牲と同様に。

九尾「そもそも、主様はどうするつもりじゃ」

天乃「…………」

九尾「犠牲犠牲と口にしてその話を避けておるが、答えは出ておるのかや?」

このまま何も言わずに時期が過ぎても

優しい若葉たちのことだ「現状維持」だと判断してその話題に触れることなく

これまで通りの生活を維持してくれるかもしれない

だが、若葉たちは天乃の言葉を待っているのだ

その気持ちを待っているのだ

自分たちの存在がこの世において許されていいのかどうか

九尾「もし乃木の言葉を受け入れ消滅を許すのならば、主様の力の悩みなど、不要になるのじゃからな」

天乃「……ええ。分かってるわ」

昨夜ちゃんと考えるべきことは整理した

後はそれをどう解決していくか。だ

若葉たちを失う代わりに五体満足な体と力が得られる

若葉たちを失わない代わりに体は不自由なままになる

天乃「嫌な選択肢ばかり」

九尾「仕方があるまい、そういうものじゃろう? 人生は」

天乃「貴女に人生と言われても困るけど、そうなのよね」

九尾の軽口に笑みを返して、天乃はその存在を感じながら視線を横へと逃がす

考えなくてはいけない

そう思えば思うほど、どうしても……逃げたいと思ってしまうのだ


√ 10月13日目 昼(病院) ※土曜日

01~10 
11~20 風
21~30 
31~40 若葉
41~50 友奈

51~60 
61~70 
71~80 樹

81~90 
91~00 千景

↓1のコンマ  


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


風「被告、神樹様……以下神樹は天乃を脅迫して無理やりに交際を迫った。間違いは?」

園子「ないでーす」

風「よろしい。では、裁判長」

東郷「はい、死刑」カチャッ

夏凜「これじゃ裁判じゃなくて茶番だけど……ま、いいか」

樹「そこで夏凜さんが諦めたらだれが突っ込みを入れるんですか!?」バンッ


本日はお休みとさせていただきいます
明日は出来れば通常時間から


では少しだけ

√ 10月13日目 昼(病院) ※土曜日


天乃「……なんかもう、羞恥心とかどうでもよくなってくるわ」

「久遠さんは自力で動けないというのもありますからね」

そもそも代償によって自力で動くことができないのに加えて

双子を身ごもってお腹がかなり大きくなってしまっている天乃は

生理現象に対してどうしようもなく

その前後に関わらずすべて看護師の女性任せで

本来なら付けずに済むおむつを赤子のように付け替えて貰う始末

そんな自分の姿を客観的に想う天乃は恥じらうこともなく笑みを浮かべて嘲笑する

天乃「お母さんになるのに赤ちゃんって凄いと思わない?」

「赤ちゃんのお世話の実体験。とでも考えてみては?」

天乃「……成人してたら絶望しそうね」

「すみません」

失言だったと謝罪を述べる女性看護師に「冗談よ」と返した天乃は

後始末、おむつの履き替え……全てが終わったところでもう一度声をかける

天乃「いつもの看護師さんは今日、お休みなの?」

「ええ。今日はお休みよ。流石に連日仕事をするわけにもいかないもの」

天乃「そう……」

昨日、友奈達のところで当てられてしまった女性

その後の安否がやや気になるところだが、

控えの女性看護師が動揺していないのを見るに問題はなかったのだろうと判断する

もちろん、大人として問題なく振舞っている可能性もあるのだが、

天乃は多少ならそう言ったところを見破れるからだろう

良かったわ。と笑みを浮かべる


天乃「本当は出歩いて散歩でもした方がいいのよね?」

「そうですね。ある程度は……と言っても」

天乃「足が動かない?」

「それもあるにはありますが、久遠さんの場合、体に対し双子ですので……」

言葉は悪くなってしまいますが。と

女性看護師は前置きをしてから、続ける

「非常にバランスが悪いので、下手に運動をしてしまうと体を悪くしてしまう可能性があるんです」

寝たきりというのも問題ではあるが、そもそも動けない

だが、運動したらしたで多少の問題が発生する

天乃「……救いがないわね」

「あと、ついでに言うと寝たきり以上に圧迫されるのでおも――」

天乃「ああ、うん。うん……言いたいことはわかるわ」

申し訳なさげに言おうとした女性を制して呟いた天乃は

はぁ。とため息をついて首を振る

天乃「友奈と東郷はどうでした?」

「私は管轄外なので……このあと一応担当の者から話を聞けるとは思いますが」

天乃「そう……なら夏凜も?」

「そうですね。ですが、まだ容体の回復は大きくは認められていないと」

天乃「……なら、戻るのはまだまだ難しそうね」

「かと思います」


業務的に答えた女性看護師は浮かない表情の天乃をしばらく見つめると、

気を向けるように咳払いをして「そうですね」と呟く

「久遠さんがこのままの状態ならきっと、久遠さんがみなさんのところに戻ることは出来ると思いますよ」

天乃「明日とか?」

「一応、大事を見て明日もこの病室のままだと思います」

期待させたことが申し訳なかったのだろう。

罪悪感を潜ませた表情で否定した女性看護師は、

昨日1日は様子を見る日だったこと

今日1日は午後の検査をするためであること

明日は検査結果を踏まえての様子見を行うこと

それで問題が無ければ通常の病室に戻れる可能性があることを説明して、天乃の手に触れる

「きっと大丈夫ですよ。あれだけ重かった久遠さんが快復に向かっているんですから」

天乃「…………」

看護師の悪意のない慰め

だが、違うのだと天乃は口の中に吐露する

天乃は快復に向かっているのではなく、そうしてもらったのだ

入れ替わるように体調を崩し、異変を起こしている夏凜達に。

しかし、それを言っても無駄だろうと言葉を飲み込んだ天乃は「そうね」と、微笑む


天乃「ところで、貴女はどうしてそんな畏まった話し方をするの?」

「あー……なぜでしょうね。なんだか、久遠さんは年下に思えないからかと思います」

天乃「妊婦だから?」

「いえ、雰囲気的にです」

確かに妊婦さんというのもあるかもしれませんが。と

女性看護師は呟きながら笑みを零して天乃へと優しい瞳を向ける

「身長とか、話し方とか。そういうことに関係なく、どこかまとう空気が違う人って学年に一人はいたと思うんです」

学生時代の思い出を語るように言う女性看護師は

だから久遠さんは久遠さんとお呼びするんですよ。と、続ける

「久遠さんが苦手なら変えますよ?」

天乃「ううん、貴女がそうしたいならそれでもいいわ」

正直な話、呼ばれなれているのは久遠さんの方だ

そのせいか天乃ちゃんと呼ばれることにむず痒さを覚えていた天乃としては

久遠さんと呼んで貰える方がありがたくもあるのだろう。

もっとも、大赦に関係のない年上に畏まった話し方をされるのもそれはそれでやや思うところがあるのだが。

天乃「でも確かに、勇者部の活動をしていた時も名前じゃなくて久遠さんだったり、貴女って言う感じだったわ」

風でさえ、おじいさんおばあさん等からは風ちゃん。と呼ばれるのに対し

そういった人達から呼ばれるときは基本が【貴女】や【君】だったのだ

「ふふっ、やっぱりオーラが違うのよ。オーラが」

天乃「そういうものかしら……」

「ある意味では高嶺の花というか……自分が関わることでダメにしてしまうのを恐れちゃうような感じもするのよ」


女性看護師はその言葉が天乃を傷つけてしまうと思ったのか

すぐに変な意味じゃないのよと否定を付け加えて

「こうして長く関わるようになると、久遠さんは優しい普通の女の子なんだって解ってくるの」

天乃「外から見れば普通じゃないのね」

「口を閉ざして窓の外を眺める愁いを帯びた表情……そんな姿を見たらもう。きっと心奪われてしまうわね」

天乃「茶化してるでしょう。貴女」

「ふふっ、そんなことないわ。本心よ」

そう答えた女性看護師は、

とにかく安静にしておけばみんなのところに戻れるということを繰り返し告げて、

作業に使ったものを片付けるべく、病室を出ていく

取り残された天乃は何の気なしに自分を映す窓を一瞥して、

唇を緩く閉ざして遠くを眺めてみる。

こうしていれば、心奪われる姿なのか。と。

天乃「……なんて、これ以上誰かの心を奪うわけにはいかないのよね」

すでに夏凜、友奈、東郷、風、樹、園子、沙織、若葉の8人と交際しているのだ

これ以上は流石にやってはいけないだろう。

天乃「あと一人足せば九尾になっちゃうし……八岐大蛇でも十分駄目ではあるのだけど」

色々と意地の悪い九尾

その姿を思い浮かべながら呟いた天乃は

自分が九尾にされた淫らな行為を思い出して、慌てて首を振って

天乃「ただでさえ発情しやすいんだから……えっちなこと考えるのは禁止」

より強く自制しようと努めるのだった


√ 10月13日目 夕(病院) ※土曜日

01~10 若葉
11~20 
21~30 夏凜
31~40 
41~50 風
51~60 
61~70 友奈
71~80 
81~90 樹
91~00 千景

↓1のコンマ 


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


天乃「東郷……ごめんね……もう貴女達じゃ駄目なの」

天乃「だって、貴女達じゃ私の体の奥まで触れることはできないでしょう?」

東郷「そうですね……その点では、男の子に勝てないことは認めます」

東郷「だから……私には変身した時に触手を模したものがあるんですよ。知りませんでした?」ニコッ

天乃「えっ? あっ……」


園子「わー……わっしーが触――」

夏凜「あんたが余計なこと言わせたんだから責任取りなさいよ?」


では少しだけ


√ 10月13日目 夕(病院) ※土曜日


静かな寝息が空気に溶け込む病室に、カーテンに遮られた夕日が差し込む

話す相手になる精霊は姿を見せず、

溜まってしまった疲労感を解消するための睡眠

看護師も暫くは訪れることはなく、遮られることがないはずのそれを阻むように、

ゆっくりと、扉が開く

夕日に照らされる病室に一人分の影が緩やかに伸びて

聞き間違いにも思ってしまいそうなほど小さな足音がベッドへと近づいて、止まる

天乃「……ん……」

穢れによる苦しみの感じない穏やかな寝顔

そこに影を伸ばす侵入者の少女は無遠慮に距離を詰めて――

千景「待ちなさい」

どこからともなく姿を見せた天乃の精霊の一人、千景の声でビクリと体を震わせ、止まると

振り返って、その姿を視界に収め……やや不快気に顔を顰める

しようとしたことを阻まれたことに嫌悪感を覚えたのだろう

千景「何をしているの? 違うわね。なぜここにいるの? 三好さん」

夏凜「…………」

少し離れた別の病室で安静にしているはずの夏凜

天乃から引き受けた穢れによる影響で酷い容体であるはずにも関わらず、天乃のもとに来たのだ

その努力は称賛するべきなのだろうが

千景は喜んだり称賛したりもせずに警戒した表情を夏凜へと向ける

千景「……九尾、というわけではないみたいだけれど」

夏凜「邪魔、しないで」

千景「貴女らしくないわね。勇者部らしくはあるけれど……それも違うかしら」


天乃達と同様の被害を被ったわけではないが、

力を使ったことによる精神的な汚染

その影響を受けた経験のある千景は、

夏凜がその時の自分に似た状態であるのだと感じて、口を開く

千景「久遠さんにそういうことをしたいなら、寝込みを襲うべきではないわ」

もちろん、天乃のことだ

最初こそ驚くだろうが、夏凜によるものだと分かればすぐにでも受け入れてくれるだろうし

落ち着いた後も怒ったりせずに笑い話で終わらせてくれることだろう

だが、それでもだ

千景「周りから聞かされることが多いし、なのに普段我慢をしているからいつか爆発するとは思っていたけれど」

夏凜「少しだけよ。別に……変なことはしないわ」

千景「なら、起こすべきだわ」

夏凜「…………」

千景「…………」

夏凜の睨むような鋭い視線を受けても気にすることなく、

千景はその目を見返したまま、深く息を吐く

千景「久遠さんより軽いとは言っても三好さんも辛いはず。下手に抵抗されて動けば余計に苦しむことになるわ」

夏凜「……でも、少しだけ襲ってみたいって気持ちもあんのよ」

間違ってるって解ってるんだけどね。と、夏凜は少し困ったように笑う

千景から天乃へと動いた瞳は優しくなって

最初は酷く襲いそうだった手も、天乃の頬を優しく撫でる程度に落ち着く


天乃「ん……」

夏凜「………」

天乃「……夏凜?」

寝起きのあどけない瞳、小さな声に呼ばれて、

夏凜は「おはよ」といつもの調子で声を変えつつ天乃の頬をなぞる

微かに感じる人肌の温もりと、柔らかさ

体の機能がほんの少しでも戻ってきているのだと感じるそれに

夏凜「……」

天乃「夏凜?」

夏凜は何も言わない

ただ、笑みを浮かべているだけだった


1、何もしない
2、抱き寄せる
3、別にいいのよ?
4、東郷でもなかなかしないわよ


↓2


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から

もしかしたらお休みいただく可能性があります


では少しだけ


天乃「別にいいのよ?」

状況を把握できているのかいないのか

穏やかな笑みを浮かべながら言う天乃へと目を向けていた夏凜は、

苦笑いを浮かべながら「あんたは」と、楽しげな声色で呟く

夏凜「自分がどんな状況かもわかってないくせに」

天乃「……まぁ、状況的に何となくは解るもの」

夏凜「へぇ? 何されるのよ」

意地悪をするように、夏凜は言う

いや、夏凜は虐めようとしているのだ

天乃が困惑こそすれ、この状況に恐怖を覚えることはないと分かっていながら

その、困った顔が見たいと思ってしまう

普段、浮かべる笑みの為に努力をしているからこそ。

天乃「エッチなことされるのよ……夏凜にしては珍しいけど」

呑気に寝ていたんだもの。据え膳だったわよね。と

天乃は茶化すような笑みを浮かべながら続けて、

夏凜の頬に手を宛がい、少しだけ引く

天乃「私も沙織に似たようなことしたことあるの。知らないでしょ?」

夏凜「嘘ね」

天乃「本当よ。あの時はどうしようもなかったの……もう、抑えきれなくて」

本当にあの時はどうしようもなかった。と、天乃は自嘲する笑みを浮かべながら続ける


沙織が普段から求めてくる子であり、

その氾濫しきった大好き感も感じている夏凜は、

沙織相手なら問題ないのではないかと考えて

夏凜「むしろ、友奈達でも喜びそうなもんだけど」

天乃「ふふっ、確かにね。でもね夏凜」

東郷なんかは特に喜ぶかっも知れないと天乃は思うが、

言いたいのはそこじゃないのよと苦笑する

天乃「今の夏凜はそんな私と一緒ってこと」

夏凜「……だから、分かるって」

天乃「そういうこと」

夏凜「…………」

夏凜が寝込みを襲って淫らなことをしようとしていること

それをしてしまうことで、罪悪感を抱いてしまうということも

決して、心から喜べる行為にはならないということも

全て、天乃は分かっているのだ

天乃「だから、夏凜がしたいなら受け入れるわって言ったのよ。私の体的にもありがたいことではあるから」

夏凜「なるほどね……あんたより若干控えめではあるけれど、おんなじ状況ってわけか」

天乃が「そういうことよ」と微笑んで同意するのを横目に深くため息をつくと、

夏凜は頬に触れる天乃の手を引き剥がして優しく握り締めて

ゆっくりとベッドへと戻す

天乃「……するの?」

夏凜「いや……気分じゃない」


天乃「同意の上じゃいや?」

夏凜「そういうあれじゃなくて……なんていうか、色々足らないのよ」

天乃「ムード的なものかしら」

考えながらそういった天乃は不意に子供じみた笑い声を零すと、

夏凜の癇に障ったと思ったのかごめんね。と一言挟む

天乃「意外に乙女さんなんだって思って」

夏凜「べ、別にそういうんじゃないわよっ」

天乃「顔赤い。嘘ね」

夏凜「あんたが笑うからよっ!」

天乃「そういうことにしておいてあげる」

夏凜「あんたねぇっ!」

声を張り上げた拍子に手に力が入って、置くだけだった天乃の手を拘束するように握りしめてしまう

その痛みに顰めた表情

固く結ばれた唇

高鳴った心臓の音に夏凜は戸惑い黙り込んで

おもむろに……天乃の手を離すと目を背けた

夏凜「ご、ごめんっ、痛かったわよね」

天乃「本当に襲われるのかと思っちゃった」

夏凜「だからしないって言ってんでしょうが」


強く反発するように言う夏凜は困ったように頬を指で掻く

顔は赤いままだから、

本当はしたい可能性もあるのだが……

天乃「そう。夏凜がそう言うなら無理強いはしないわ」

夏凜「……起こして悪かったわ」

寝込みを襲おうとしてしまったこと

それが未遂に終わっても、

天乃を起こしてしまったことに罪悪感があるのだろう

夏凜は少し申し訳なさそうな笑みを浮かべてゆっくりと身を引いていき、

夏凜の重みが布団から抜けて、軽くなったベッドがギシリと鳴く

天乃「戻るの?」

夏凜「……ここにいても、天乃を襲うくらいだろうし」

天乃「なら同意のうえで淫らな事をしたらいいのに」

夏凜「今の私じゃ、あんたに何するかわかったもんじゃないし」

もしかしたら、同意のうえでの行為の方が、

寝込みを襲う行為よりも過激さを増してしまうかもしれない。と、

夏凜は不安げに続けた



1、それはそれで別にいいわよ
2、なら、せめて少しくらい一緒にいましょう?
3、優しいのね。夏凜は
4、分かったわ……残念ね


↓2


ではここまでとさせていただきます
明日は出来れば昼頃から


友奈(沙織さん……羨ましいなぁ……)

友奈「はっ」クルッ

東郷「友奈ちゃんも女の子なのね」ニコッ

風「友奈が堕ちたか……ふっ。だがわれら勇者部四天王の中でも奴は最弱……」クックック

樹「四天王……? あっ、東郷先輩は元々敵なんだ」

風「性技の味方、欲望仮面」

樹「それはやめてあげよう?」


では少しずつ


天乃「それはそれで別にいいわよ」

夏凜「は?」

思わず怒りにも似た声色で声を漏らした夏凜は天乃へと目を向け、

歯軋りさえ聞こえそうなほど強く噛み締め、唇を引き締める

夏凜「あんた、何言ってんのか分かってんの?」

情欲に身を委ねて酷いことをしてしまう可能性がある

天乃のことなんて考えずに、ただ自分勝手なことをしてしまうかもしれない

だから、身を引こうというのに

夏凜「あんたがどれだけ嫌がってもあんたの体を弄ぶかもしれないって言ってんのよ?」

天乃「大丈夫よ」

夏凜「なんでそんなこと――」

天乃「だってここまで私が誘っているのに、貴女は襲おうとしてないじゃない」

好きにしていいと言っているのだ

過激な性的行為を行われてもいいと言っているのだ

なのに、許された行為となるのに行おうとしないで拒否している

その夏凜が本当の意味で酷いことはしないだろうという純真な信頼を抱く無垢な瞳

夏凜「あんた……馬鹿じゃないの? それで私がこう……」

言い淀む。

性的な行為における酷いことなど、夏凜にとっては強引な行為という知識しかないのだ

嫌がっても無理やりに行う。相手の意思を無視した性交

その程度の認識しかない

夏凜「東郷みたいなことし始めたらどうすんのよ!」

天乃「それは流石に東郷がかわいそうじゃない?」


夏凜「とにかく、わたしはあんたとやらない。やりたくない」

天乃「…………」

夏凜「勢いとか、そういうのはなんか違うって思うのよ」

天乃「それで、身体は平気なの?」

夏凜「……まぁ、ここに来た時ほど、衝動はないし」

眠っている天乃を襲ってしまおう

嫌がられたら、抵抗されたら力ずくでねじ伏せてでも。と

そう考えていた時と比べれば、

今燻っている欲求は大したものではないと夏凜は笑みを浮かべる

夏凜「あんただって、今すぐにしたいってわけじゃないでしょ?」

天乃「寝起きだから」

千景「久遠さんに変なことをしないって約束できるのなら……別にここにいても良いのだけど」

夏凜「向こうが蛻の殻じゃ問題あるっての」

ならそもそも来なければいいのに。と

夏凜は自分で自分に呆れて苦笑する

夏凜「驚かせて悪かったわ……天乃。また、今度」

天乃「うん……でも、私はいつでも良いからね?」

夏凜「あんたは良くても子供は良くないかもしれないわよ。気を付けなさいよ」

そう言い残して、夏凜は病室から出て行ってしまった


√ 10月13日目 夜(病院) ※土曜日

01~10 若葉

11~20 
21~30  風
31~40  千景
41~50  樹
51~60 
61~70  沙織
71~80 
81~90 友奈

91~00 

↓1のコンマ 


夜になって静けさに包まれた病室

普通は開くはずのないその扉がこっそりと開いていくのを耳に感じ取った天乃は

目を閉じたまま神経だけを研ぎ澄ませる

本当に静かな足取りではあるが、

確実に近づいてきていることだけは解る

天乃「…………」

ゆっくりと、静かにそして確実に距離を詰めてくる誰かの動き

けれど、

その何者かが揺らす空気には緊張感が紛れ込んでいて

天乃はすぐ近くにまで気配が近づいてきたのを感じ取って、笑みを浮かべる

天乃「……どうしたの?」

樹「っ」

天乃「夜這い……したかった?」

樹「あ、いえ。そういうわけではないんですけど……」

侵入がばれていた気恥ずかしさか、

淫らな行為に関しての話をしたからか、

樹は照れ臭そうに頬を染めて

樹「久遠先輩の顔が見たくなって……つい」


天乃「あら、ありがとう」

樹「身体は平気そうですか?」

天乃「ええ、夏凜達のおかげで十分回復出来てきているわ」

樹「そうですか、よかったです」

嬉しそうに答える樹だが、

その笑みにはどこか影があると、天乃は思う

皆が満開を使って傷ついていく中

自分だけが満開を使わずにいたころのような

そんな、悲しさを感じる樹の表情

樹「久遠先輩がいないと、みんないろんなことに集中できないというか、全然だめで」

頑張るべきなんですけど。と、樹は笑みを浮かべながら話す

天乃が眠っている間

何をしていたのか、みんなはどうだったのか

樹「たった一週間で何度も挫けそうになって……そのたびに、歌野さんたちが色々と助けてくれて」

天乃「……そう。助けてくれたのね」

自分たちは過去の争いの象徴

それゆえに消えるべきだという言葉はもう、

きっと、若葉たちの行動によって根本から否定されているのだ


天乃「私は元気になったし、夏凜はもう少しかかるかもしれないけれど、友奈達だってすぐに良くなるわ」

だから、

これからはちゃんと学校に行くべきなのだと天乃が言うと、

樹は少し困った表情で頷く

樹「私は、元気ですから。ちゃんと……でも、残念です」

天乃「なにが?」

樹「久遠先輩やお姉ちゃんと学年が違うのは仕方がないじゃないですか。でも、友奈さん達とも学年が違うので」

友奈達が大変な時

代わりに学校に行って授業を受けて

抜けた勉強の埋め合わせをするようなことが出来ないのが残念なです。と

樹は苦笑いを浮かべながら答える

ここまで天乃の為に殆ど力になれず

友奈達の力にもなれないというのが樹としては、悲しいのだろう

天乃「あら、別に上級生の分の勉強も頑張っても良いのよ?」

樹「自分の勉強でも精いっぱいなのでそれはちょっと……」

天乃「友奈や夏凜……夏凜は瞳のせいで難しいかしら? でも、勉強できていないだろうし、追いつけるかもしれないわよ?」

樹「それはそれで複雑です……」

天乃「風の受験勉強に対して、そこはこうだよ? とか、教える妹って格好良くない?」

樹「家庭教師は久遠先輩の方が似合う気がしますけど」


1、あら。先生風の私が見てみたいの?
2、まずは頑張ってみたらいいんじゃない? 自分の分のこと
3、ねぇ、樹。誰だって力不足なことはあるのよ。そう感じたとき、どうするかが命運を分けるのよ
4、……うーん。テストで百点取ったらエッチなことしてあげる。とか?


↓2


天乃「ふふっ、あらそう?」

樹「優しく教えてくれそうですし、テストで頑張ったらご褒美くれそうなので」

天乃「ならある程度仲良くならないとだめね」

一緒に喜ぶくらいなら普通の家庭教師でもしてくれそうではあるが

ご褒美だのなんだのにまで行くと、普通の関係ではほとんどあり得ない

けれど樹からみた天乃は

そういうことまでしてくれるような優しい人なのかもしれない

もちろん、今の天乃と勇者部の関係ならばテスト結果に対してのご褒美は当然、あるだろう

天乃「…………」

そんな、他愛もない話に水を差すのはどうか

そう一瞬ためらった天乃だが、これは言うべきだと息を呑んで

天乃「ねぇ、樹」

樹「何ですか?」

天乃「誰だって力不足なことはあるのよ。そう感じたとき、どうするかが命運を分けるのよ」

樹「…………」

天乃「樹は今までそうやって頑張ってきたから、今の自分があるんでしょう?」


樹「それは、そうなんですけど」

薄く笑みを浮かべた樹は、

膝上に置いた自分の手をぎゅっと握りしめる

樹「その結果、私……何もできなかったので」

天乃「…………」

確かに、何かに詰まるたびにそれを乗り越えられるようにしっかりと頑張ってきた

だから、

自分が詰まったことに対して努力をすれば乗り越えられるんだろうという自信は樹にもある

しかし、その壁を本当に乗り越えなければならないとき、

自分は常に無力で

結局、後から乗り越える事しかできない

樹「私、必要な時に何にもできないんじゃないかなって……思うんです」

天乃「そんなことはないと思うけど」

樹「今回だって、何もできなかったんです。前も、戦いで満開を使うことはなかった」

天乃「私て期には、使わないでいてくれる方がうれしいのだけど」


天乃「樹は周りのみんなに自分が劣ってると思っちゃってるのね」

樹「違うんですか?」

天乃「全然、そんなことはないわよ」

年齢差がある、頑張ってきた経験の差がある

だから、樹と友奈達が完全に並び立つことは相当に難しいと天乃は思う

けれど、その経験と努力が完全に同じではない中でも

樹はしっかりとした成長を見せているし

皆が樹の事を頼るくらいには強くなることが出来ているのだ

戦いにおいても、精神的な部分においても

天乃「今回、私は寝ていたからほとんど知らない。でも、きっとあなたは諦めようとはしなかったんじゃない?」

挫けそうになったことはある。

だが、決して挫けなかったはずなのだと天乃は笑みを浮かべる

天乃「それは、貴女が困難は乗り越えられると学んできたから。その努力が出来る立派な子だからよ」

樹「…………」

天乃「最年少の貴女の諦めない姿はきっと、みんなのことを支えてくれたはず」

樹「それは」

天乃「大丈夫。貴女は自信をもっていいの」

樹の小さな手に、自分の手を重ねて握る

自信を持つべき自信を失いかけている樹

その心の為に、天乃は偽りなく本心を述べる

天乃「犬吠埼樹がとても頼れる後輩であることは、この私が保証するわ」


樹「……そんなこと言われたら、否定できないじゃないですか」

努力も何もかもを認めてくれる言葉

慰めだけではきっと言ってはもらえないだろう言葉

だからこそ、樹は困ったように零して天乃の手を握り返す

樹「やっぱり……久遠先輩がいてくれないとだめです」

天乃「そうかしら。いなくてもちゃんと――」

樹「そういうことじゃないですっ」

ベッドに横になっている天乃に覆いかぶさるように抱き着いた樹は、

少しだけ強く天乃を抱き寄せる

布団の中で温まった体は柔らかく、温かく

確かに生きているというのを実感する

樹? と、ちょっぴり困ったような声に安堵する

樹「久遠先輩がいないと、駄目なんです」

欲しい言葉

言ってほしいことを言ってくれて、

優しく包み込んでくれる天乃こそ

皆にとっての心の支えなのだと、樹は思う

樹「駄目なんです」

天乃「……そうね。そうみたいね」

縋りつく樹の頭を優しく撫でながら、天乃は笑みを浮かべていた


1日のまとめ

・   乃木園子:交流無()
・   犬吠埼風:交流無()
・   犬吠埼樹:交流有(報われない努力)
・   結城友奈:交流無()
・   東郷美森:交流無()
・   三好夏凜:交流有(えっちをしないという覚悟)
・   乃木若葉:交流無()
・   土居球子:交流無()
・   白鳥歌野:交流無()
・   藤森水都:交流無()
・     郡千景:交流無()
・ 伊集院沙織:交流無()

・      九尾:交流有(天乃の寿命)
・      神樹:交流無()


10月13日目 終了時点

乃木園子との絆  67(高い)
犬吠埼風との絆  96(かなり高い)
犬吠埼樹との絆  85(とても高い)

結城友奈との絆  104(かなり高い)
東郷美森との絆  114(かなり高い)
三好夏凜との絆  135(最高値)
乃木若葉との絆  94(かなり高い)

土居球子との絆  40(中々良い)
白鳥歌野との絆  42(中々良い)
藤森水都との絆  34(中々良い)

  郡千景との絆  40(中々良い)
   沙織との絆  114(かなり高い)
   九尾との絆  62(高い)

    神樹との絆   9(低い)


√ 10月14日目 朝(病院) ※日曜日

01~10 
11~20 風

21~30 
31~40 
41~50 友奈

51~60 九尾
61~70 
71~80 若葉
81~90 
91~00 千景

↓1のコンマ 


では、少し中断します
通常時間までには再開予定です


ではもう少しだけ


√ 10月14日目 朝(病院) ※日曜日


「天乃ちゃん、今日も顔色が良いわね」

天乃「ええ。順調みたい」

「この調子なら、みんなのところに戻っても大丈夫そうかな」

昨日の午後に行われた検査の結果は良好で、

今日も朝から顔色も悪くなく、調子も良い

その様子を認めた女性看護師は嬉しそうに笑みを浮かべて言う。

先日の破廉恥な行為を忘れたわけではないだろうが

看護師としては、あれはなかったことにしたいのかもしれない

けれど……

天乃「……友奈達は、どうかしら」

「友奈ちゃん達は……えっと、今は落ち着いてる。らしいわ」

身を抑えるように体を縮める仕草を見せた看護師は

心なしか顔を染めて答える

「ただ、もうちょっと様子見が必要かな」

天乃「そう……ごめんなさい。嫌なことを聞いたわ」

「ううん、仕方がないことでしょ?」


天乃「まぁ、あの空気の中ではね」

「中学生の……しかも女の子のエッチな姿であんなことするなんて初めてだわ」

天乃「でしょうね」

中学生というだけなら

同年代のときとかに経験はある可能性もあるのだが

同性という点では初体験だろうと天乃は笑って流す

天乃自身、自分が女の子に恋をして、女の子と結婚して……と

そう言った人生になるなどと想像していなかったからこそ思うこと

天乃「女の子も悪くはないでしょう?」

「……やめて。考えちゃいそうだからやめて」

天乃「ふふっ、冗談よ」

「もし好きになっちゃたら天乃ちゃんに責任とってもらうからね?」

天乃「えっ?」

冗談とは思えないほど真剣な雰囲気と表情

さらりと流したくないような言葉を言い放った女性看護師は、

にっこりと満面の笑みを浮かべて

「そう言えば天乃ちゃんさえよければお昼に時間貰えない?」

ごく普通に話題を逸らした


天乃「待って、ちょっと貴女……」

「実は、毎年入院中の子供たちの為にハロウィンイベントをしているんですよ」

検査に来た子供たちとは別に、

入院中の子供たちを元気づけるために開かれるイベント

当然、クリスマスなどのイベントも行っているという女性看護師は

今月はハロウィンのイベントであり

ハロウィンに関係あるお話をしたり、お菓子を作ったり、仮装をしてみたりと

ちょっとしたお遊びをしたりするのだと説明する

「だから天乃ちゃんさえよければ参加しないかなぁって」

天乃「ハロウィンね……うん。もういいわ」

「風ちゃん達は快く参加してくれるって言ってたわ。友奈ちゃん達は体が問題なければ、ということで不確定だけど」

天乃「後は私だけってことね」

「うん。天乃ちゃんも体が問題だったからね」


1、参加する
2、拒否する


↓2


ではここまでとさせていただきます
明日もできれば通常時間から


夏凜「 titty or trick」

東郷「季節限定の仮装しての性行為も素晴らしいと思います」

風「悪戯でクリームぶっかけるのもあるらしいわよ……ちょっとやっていい?」

友奈「久遠先輩の悪戯はお菓子みたいに甘そうです」

樹「あれ? 病院ならお菓子がないから絶対に悪戯出来ちゃうんじゃ……」

【安価でゆゆゆ】久遠天乃は勇者である2nd【十五輪目】
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次スレ。
続きは事こちらで行います

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