【デレマスSS】六等星 (23)

・雪美ちゃんのお話
・短め
・地の文あり
・多少暗い要素あり

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「う~ん、どうやって売り込むべきか……」

質素で小さいながらも小綺麗な事務所でパソコンをぼーっとみつめながら彼はつぶやいた。

「雪美ちゃんのことですか?」

蛍光緑の服をまとった女性が応える。

「そうなんですよ、ダンスは苦手なもののビジュアルは申し分ないですし歌唱力もあるし何より声が美しいのでもっと売れてもいいと思うんですけどねぇ」

「でも、LIVEをするにしてもトークが……」

「そうですねぇ」

雪美の歌唱力は10歳にしてはかなり高い。
声量は少し足りないが鈴を転がすような澄んだ歌声である。
しかし、おしゃべりは苦手だ。
プロデューサーとはゆっくりではあるが話せるがLIVEのMCとなると途端に口を閉ざしてしまうのだ。
かといって、連続で歌い続けるわけにもいかず、仕事を厳選する必要性があった。

「出来れば短くてもソロライブをやらせてみたいんですけどねぇ……そろそろみんなを迎えに行ってきます」

「はい、留守番してますね」

彼は重い腰をあげ、机の上にあった社用車の鍵をポケットに突っ込み事務所を出た。

たくさんのビルが立ち並ぶ狭い道を縫うように車を走らせる。
その中の一つに入り、地下の駐車場に車を止める。
こので、アイドル達はレッスンをしている。
小さな階段を上がり、少し開けたところにあるソファに座り込む。

「ちょっと早かったかな」

腕時計を少し見てから伸びをする。
それから、鞄からスマートフォンを取り出し予定を確認する。

「終わりましたよ、プロデューサーさん」

彼の後から声がした。

「お疲れ様。ありす、千枝、雪美」

「お疲れ様です」

「……お疲れ様…………」

「それじゃあ俺はトレーナーさんに挨拶してくるからちょっと待っててな」

彼はそう言ってレッスンルームに入る。

「ありがとうございました。 今日はどうでした?」

練習器具を片付けている利発そうな黒髪の女性に声をかける。

「はい、いつも通りでしたよ」

「そうですか、それでは失礼します。 ありがとうございました」

「お疲れ様です」

いつも通りの挨拶をかわしてレッスンルームをでる。

「帰ろうか」

「「はい」」

「うん……」

3人を後部座席に乗せて車は地上へ出る。

先ほど彼が来た道をなぞるように事務所へと向かう。

「ありす、この前言ってたLIVEが正式に決まったぞ」

彼はちらりとバックミラーへ視線をやる。

鏡の向こうでありすと目があった。

「ありがとうございます」

「それと千枝、ドラマのお仕事が来たぞ」

「ドラマですか? あ、ありがとうございますっ」

ちらりとバックミラーで雪美を見る。

雪美はぼーっと外を眺めていた。どこかに猫でも居たのだろうか。

自分だけ何もないことに対しては特に何も思っていなさそうに見えた。

彼は雪美が残念がってないことを安心した反面、少しさみしくもあった。

それになによりここで雪美に何も言ってやれない自分が悔しかった。

視線を前に戻し、少し唇噛んだ。

――――――――――

「やっぱりここはプロデューサーさんを近くに感じますねぇ♪」

大雨の影響によって急遽撮影がキャンセルになったまゆはプロデューサーに家まで送ってもらうため、事務所で待っていた。

普段なら他のアイドルとおしゃべりを楽しんで居るまゆだが今日に限っては誰もおらず、こうしてプロデューサーの机の下でぼーっとしているしかすることがなかったのだ。

「それにしてもプロデューサーさんはいつ帰ってくるのでしょうか……」

まゆがいじけているとペロがすっとまゆの隣に入ってきた。

「あら、可愛い猫さんですねぇ♪ よしよし」

愛おしそうにまゆはペロの頭を撫でる。

それに応えるように猫は喉を鳴らす。

「ペロ…………ここにいた……………」

まゆが前を向くと棚の横からにゅっと、長い髪の少女の頭が出てきた。

「ひゃっ」

「ごめんなさい……………びっくりした…………?」

「もう、雪美ちゃんですか。 驚きましたよ」

「ふふっ………まゆ………………怖がり……………ね……………」

「そ、そ、そんなことありませんよ?」

まだ震えが収まらないまゆを気にせず、ペロと同じようにすっとまゆの隣に座る。

「ここ……………落ち着く………………」

いつの間にか膝の上に乗っているペロを撫でながら雪美はつぶやいた。

「いつもは先客が居ますけど今日はまゆと雪美ちゃんの二人占めですねっ♪」

「うん………二人だけ…………」

雨が窓を強く叩きつける音だけが事務所に聞こえた。

何か話さなくては、まゆは必死で話題を考えた。

二人は全く共演したことがなく、共通の話題も特になかった。

まゆは雪美の方を見る。

むしろ沈黙のほうが心地いいとでも言わんばかりに嬉しそうに猫を見つめていた。

視線に気付いた雪美が、まゆを見て、目が合う。

「あっ、ち、ちひろさん遅いですねぇ」

「うん…………………」

とっさに話しかけたまゆだったがまた会話が途切れてしまい、沈黙。

相変わらず雨の音だけが事務所を支配していた。

「雪美ちゃんは……どうしてアイドルになろうと思ったんですかぁ?」

「……ママが………アイドル…………勝手に………応募した…………………」

「オーディション………すごく………緊張………怖い…………」

「でも………………P………優しかった……………」

「Pと………………アイドルになる…………約束したから……………」

「だから……Pの……ため……私……アイドルに……なる……」

「ふふっ、私と似てますねぇ」

「まゆも………………そうなの……………?」

「そうですよぉ、まゆとPさんは赤い糸で結ばれてますからぁ」

「私も…Pと……魂…繋がってる……離れても…ずっと…」

「それじゃぁまゆ達はライバルですねぇ」

「…………うん………………」

雪美の心中は外の天気のようにどんよりとしたものだった。

自分よりも圧倒的にアイドルとして人気のある佐久間まゆ。

まゆが相手で自分は勝てるのだろうか。

歌声も小さく話すのもダンスも苦手な自分ではプロデューサーの期待に応えられないのではないか。

自然と、自分でも気づかないうちに雪美の白い頬には涙が伝っていた。

「ゆ、雪美ちゃん!? どうしたんですか?」

「えっ……………?」

「……何があったかわかりませんが、大丈夫ですよぉ」

雪美の涙の理由はわからないけれど、まゆはとりあえず雪美を抱きしめることにした。

でも雪美はなんだかそうやって慰められてる自分がすごく惨めな気がして

「ごめんなさい……………!」

まゆの腕をすり抜けて事務所を飛び出してた。

「えっ? 雪美ちゃん待って!」

机から這い出て追いかけようとしたまゆだったが、焦って頭を机に強く打ち付けてしまった。

そうこうしているうちに雪美はどこかへいってしまった。

まゆはとりあえず外に出てみたが外は雨が降るばかりで人は愚か猫さえ見当たらなかった。

それから、屋上も探してみたが案の定誰も居らず、まゆは途方にくれてしまった。

「どうしましょう……とりあえずプロデューサーさんに連絡しなきゃ」

事務所に戻ったまゆはプロデューサーに電話をかける。

雨の音を、携帯のコール音がかき分けてまゆを焦らす。

「もしもし?」

「プロデューサーさん大変です! 雪美ちゃんが!」

「えっ、雪美がどうかしたのか?」

「雪美ちゃんが外で出て行っちゃったんです!」

「えっ!? 外っていったってこの大雨だぞ!?」

「まゆにもわかりません! 今どこですか?」

「丁度事務所の駐車場についたところだ、今すぐ探す!」

「はい。 そう遠くには行ってないはずです」

「わかった。 まゆはそのまま事務所で待機しててくれ。 もし帰ってきたら連絡をくれ」

「わかりました」

彼は急いで車を出て、傘も刺さずに走りだした。

一方、そのとき雪美も走っていた。

どうしてこんなことをしたのか自分でもよくわからなかった。

だけど今はとにかく事務所から遠いところに行きたくて、走った。

とにかく走った。

でもすぐに、息が切れて立ち止まる。

ふいに、自分が大雨でずぶ濡れなことを思い出す。

「寒い………………」

雪美は一旦軒先で雨をしのぎ、座り込んだ。

アイドルになるというプロデューサーとの約束。

その約束を叶えるためにはあまりにも無力な自分。

同じ理由でアイドルになったあまりにも自分より魅力も人気もあるまゆ。

それらが頭のなかをぐるぐると駆け巡って、涙になって髪から伝うしずくと一緒に流れだした。

約束と自分とまゆ、考えれば考えるほど逃げ出してたくなって、今度は慟哭となってもれだす。

けれど雪美の小さな慟哭は、大雨の中にかき消されていった。

ふいに、雪美は世界に自分しかいないような感覚にとらわれた。

だから寂しくなって、さらに泣いてしまった。

けれど、そんな涙のLIVEも観客は雨しか居なかった。

「雪美ー! 雪美!」

遠くから声が聞こえた。プロデューサーだ。

本当は雪美は今すぐ走りだして抱きつきたかったけれど、なんとなくバツが悪く小さくうずくまったままでいた。

でもすぐに、彼がこちらに気づき全速力でかけてきた。

「雪美、こんなところで何してたんだ!?」

嗚咽が邪魔をして、雪美は上手く言葉が出なかった。

「……………帰ろう」

彼は優しく雪美を抱きかかえた。

それから二人は黙って、雪美が走ってきた場所を戻っていった。

「何も………聞かないの……………?」

帰る途中、雪美はぽつりとつぶやいた。

「雪美が聞いて欲しくなったらね」

彼は優しく頭を撫でる。

彼の手の暖かさがじんわりと頭から、心へと染み渡ってきて、また涙が出る。

程なくして、二人は事務所の扉の前にたどり着く。

「……きちんと謝れるか?」

「………………………………大丈夫……………」

「いい子だ」

雪美を降ろして、また頭を撫でる。

事務所の扉をあける。

「おかえりなさい! 雪美ちゃん!? 良かったぁ~。 無事だったんですねぇ。 もしものことがあったら私どうしようかと……」

真っ先に、ちひろさんが出迎えてくれた。

「雪美ちゃん、ごめんなさい……まゆ、雪美ちゃんの気に障るようなことしちゃって……」

ちひろさんの後ろからまゆが遠慮気味に顔を出す。

「ううん……まゆ………………私こそ………………ごめんなさい………………」

プロデューサーの後ろから、雪美が顔を出して頭を下げる。

「と、とにかく二人共びしょ濡れじゃないですか!  すぐタオルもってきますね!」

「ありがとうちひろさん」

それから二人はタオルで身体を拭き、雪美はちひろさんにシャワーに連れて行かれた。

「まゆ、何があったか教えてくれないか?」

替えのスーツに着替えたプロデューサーはソファに座り熱いコーヒーをすする。

「まゆにもよくわからないんですけど……」

隣に座ったまゆは雪美と会って事務所を出て行ったときのことを話した。

「一体、まゆの何がいけなかったのでしょうか……」

「まゆは別に悪く無いと思うよ。 雪美自身の問題だと思う」

「プロデューサーさんはどうして雪美ちゃんが出て行ったかわかるんですか!?」

「なんとなくね」

「……ちょっと嫉妬しちゃいます」

不機嫌そうにまゆは口を尖らせる。

「プロデューサーやってればわかるよ、雪美のプロデューサーやってみるか?」

「えっ? まゆはアイドルですよぉ」

「だよなぁ」

はははと笑い、彼はまゆの頭を撫でる。

「プロデューサーさん、もう遅いのでこのまま雪美ちゃんを送って行ってあげてください」

シャワーを終えたちひろと雪美が戻ってきた。

「そうだね、いこう雪美」

コーヒーを飲み干して立ち上がる。

「P………ん。……ん。……抱っこ。」

雪美は両手を彼に差し出す。

彼は黙って抱きかかえる。

「………ありがとう」

帰ってきた時と同じように、雪美を抱きかかえて事務所を出る。

「忘れ物はないか?」

「…………………確認する…………」

彼も一緒に雪美の持ち物を確認しているといつの間にかペロが車に乗っていた。

「じゃぁ出るぞ」

「…………うん」

薄暗い駐車場から先ほどの大雨が嘘のように綺麗に晴れ渡った夜空の下へ車が出て行く。

雨が汚いものを洗い流してくれたせいか、一段と星が綺麗だった。

星空に照らされながら走る車の中でラジオの音だけが響いていた。

「ちょっとだけ、寄り道していこうか」

突然、彼が口を開いた。

雪美は小さく、こくりと頷いた。

それに合わせて車は進路を変える。

そこからも二人は何も話さず、車はただ山を目指して走る。

数十分ほどして、山の中腹にある小さな駐車場で車を停める。

彼は車から降りて、後ろのドアをあける。

「降りておいで」

雪美はペロを抱いて車から降りる。

周りは緑が生い茂る山ばかりで本当にそれ以外は何もなかった。

しかし、空にはたくさんの星たちが輝いていた。

「星が綺麗だろ?」

「……………うん」

「そこに座ろうか」

二人は傍にあった寂れたベンチに肩を寄せ合うように座る。

少しの間、二人は黙って空をみあげていた。

正確には二人と一匹、ペロも雪美の膝の上で静かに空を見ていた。

「あのね……………」

突然、雪美の声が響く。

「私……お話……苦手……。 歌……声……小さい……。 ダンス……上手く……ない……。 ちょっと悲しい……。」

「あなたの……期待……応えられない………」

雪美はそういって俯いた。

「雪美、あの星を見てご覧」

彼は今にも消え入りそうな小さく光る六等星を指差す。

「星にはね、一等星から六等星まであって、一等星がとっても光ってる星で、六等星があんな風に小さく光ってる星なんだ」

「六等星は小さく見えるけどただ遠くにあるからで本当は一等星よりとっても大きいかもしれないんだ」

「……………うん……」

雪美はぼーっと彼の指差す方向を見つめる。

「確かに雪美は他のアイドルに比べてダンスは上手くないしお話も苦手かもしれない」

「でもね、写真映りはとてもいいし独特の話し方も聞いていると気持ちが安らいで俺は好きだ」

「そういう風に見る場所を変えれば六等星だって光り輝いているんだ」

「だから、俺の星から見れば雪美は、一等星だよ」

「って何言ってんだろな。 なんか恥ずかしいしやっぱ今のなしで」

「ふふっ………P…………詩人………………ね………」

「あーなんかもう恥ずかしい! 帰ろ!」

彼は顔を赤くして頭をかきむしる。

「P……私は………あれ……………」

雪美は月を指差した。

「Pが………地球……………………ずっと…………隣に…………」

「雪美もなかなかポエマーだなぁ」

「ふふっ…………恥ずかしいから………今のはなし………ね……」

「俺の真似か? 可愛いなぁ」

雪美を抱き上げて膝の上に乗せる。

「私……もっと………………大きな……星に……なる………」

「えっ?」

「そしたら……………どこから見ても………一等星……………ね……………」

「ふふっ、そうだな」

「だから…………がんばる…………レッスン…………お仕事…………………………」

「俺も雪美に仕事をもってこれるように頑張るよ……って寝ちゃったのか」

雪美の髪を撫でる。

月の光が艶のある髪に反射して、六等星のようなかすかな光をはなっていた。

「そろそろ帰ろうか」

彼は一等星を抱きかかえ、車へと戻った。




終わり

以上です。
これからも膝の上の恋人こと佐城雪美をよろしくお願いします。




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