モバP「橘ありすとだらだらだら」 (42)
モバマスSSです。
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更新不定期。
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◇
――おやすみの日にずっと家に籠もってて楽しいんですか?
時折、そんな不届きな台詞を吐く輩が居るが、それは違う。
俺は休日という貴重な時間を浪費している訳ではなく、これはこれで堪能しているのだ。
頂点近くで輝く太陽。
時間は正午に迫っているが、未だに俺は布団で転がる。
嗚呼、至福の時間よ。
至福……至福の時間なんだよ、なんだっての。
――だが、重い。
なにが重いって、『愛情、ですよぉ♪』とかウインクしながら言ってくれる美少女が居る訳でもなく、毛布が重い。
「……う゛ぅ」
変な声出た。
異様な寝苦しさになんともなしに、体を揺する。
「……あっ」
それと同時にどこか緊張の切れたような声。
声の主、へと視線を向ける。
そいつ――、橘ありすは、あろうことか寝ている俺の毛布、というか腹の上に腰掛けるように座っている。
むすっとした表情に不満げに細められた瞳。
「……むぅ。責任、取ってください」
俺の眼前にGAME OVERの文字の滲んだ液晶、携帯ゲーム機が突きつけられる。
……そんなん寝ている人の腹に腰掛けてでやんな!
あと帰れ!
というか、寝起きで責任取れとか心臓縮むわ。
◇
◇
ありすの整った顔付きがやけに目に入る。
「おは幼女」
反応は劇的だった。
幼女、もとい橘ありすは俺に蹴りを入れながらゲームみたいに無駄に華麗にバックステップを決めて俺から距離を取った。
「鳥肌が立ちました……。もう二度と言わないでください。次そういう気色悪いこと言ったら貴方を蹴ってしまうかもしれません……」
「さっき蹴ってなかったか」
「蹴ってないです」
「蹴ったよな」
「蹴ってないです。……あれは、その」
沈黙。
ありすはぱたぱたと手をあてどころなく揺らしており。
そして、俺からそっと目を逸らす。
「……私の脚を舐めろ、です」
顔がトマトのように赤い。
本当にそれでいいのか、橘ありす。
「……お前、遠いところへ行ってしまったな」
「すみません、嘘です。ごめんなさい」
許した。
しかし、でも……いや……。
「ちなみに、そっちのキャラとかやってみたくないか?」
ちっちゃい子に辛辣に扱われるというジャンルの可能性について語っても良いだろうか。
「……もうやめ、……ゆるして……」
ありすが死にそうな顔をしていた、
ダメそうだった。軟弱者め。
◇
◇
渋々布団から這い出す。
さらば、俺の惰眠よ。
俺の哀愁漂うオトナな背中になにか思うものがあるのか、ヤツは胡乱げな目をしている。
「そんなに沢山寝たいなら、早く寝ればいいだけじゃないですか」
分かってない、こいつは分かっていない。
深夜まで特に意味もなく、時間を無為に過ごし、昼頃まで眠りを貪ることの幸福さを。
「……別に、一生分からなくていいです」
俺が懇切丁寧にそれを説いてやるとありすは溜息を一つ吐き出してそっぽを向いた。
「ククク、我と共に惰眠を貪ろうではないか」
特に意味もなく吾輩っぽいキャラで言ってみる。
「……共に、……わたしと一緒に、ですか?」
「臆したか、ニンゲンの少女よ!」
なぜかありすは口を紡ぐ。
俺がいちいちスベってるバカだから唐突に黙るのやめて。
「……し、仕方ないですね。どうしてもというなら、わたしが一緒に―――」
「まぁ、お前のせいで目ぇ覚めちゃったからもう寝ないけどな」
ふぅ、息を吐いて毛布を畳む。
自然とくぁぁ、と欠伸も一つ出た。
「……てーいっ」
なぜか背中からありすの蹴りを受けて畳み掛けの毛布ごと布団に蹴り込まれる。
振り返った時に見たありすの瞳は冷たいものを秘めていた気がする。
◇
一旦ここまで
さらばなのじゃー
◇
「わたしってどのぐらいの歳くらいに見えますか」
真面目くさった顔でありすが言う。
どのぐらいの歳、どのぐらいの歳ねぇ……。
「いや、普通に小学生だろ」
「……それは事実を知っていることから来る先入観です」
「マジか」
どうしよう。すげぇどうでもいい。
「いや、でもやっぱ小学生だろ」
「……。む、わたしをきちんと見てください」
そう言われ、改めてありすを眺めてみる。
流れるような黒の髪、顔立ちのせいかどこか生意気そうな目元。
口元はどこか自信ありげな笑みの形。
「……ッ!」
なぜかありすが跳ねるように後ずさった。
頬はうっすらと紅をたたえている。
「そ、そんなにじっと見てはいけません!」
どうしろと。
◇
◇
「いや、でもやっぱ小学生だろ」
「……目が節穴なんですか。貴方にはがっかりです」
なんで俺、小学生にディスられてるんだろう。
意味分からなくて泣きそう。
「……」
「……本当に初学生に見えますか?答えは変わりませんか?」
謎の橘プレッシャー。なんなの、本当になんなのこれ。
「……いいんですか、それで、……本当に?」
「いや、中学生くらいに、見えないことも……ないかもしれない」
「そうでしょう。そうでしょうとも」
俺は折れた。
一体なんなのだろうか、この敗北感は。
「この通り、わたしは成熟した精神性が滲み出ているのか、年齢より大人びた少女に見えるようです」
今、言葉の暴力と圧力とプレッシャーで「大人びた少女」の称号勝ち取らなかったか、お前。
本当にそれでいいのか、橘ありす。
◇
◇
「ともかく、ですよ」
ありすは握りこぶしを口元にあて、咳払いをひとつ。
「冷静で知的で大人びた橘さんに友達が少ないなんてことはありえないんです」
「……」
笑い飛ばすように語る橘。
「冷静」
「冷静ですよ」
静かに、問いかけるように俺は小さくそれを口に出す。
「知的」
「知的ですよ。……あの、ねっ?」
縋るような瞳が俺に向けられる。
俺はその瞳に、一瞬だけ痛ましいものを見るような目を向けてから静かに顔を逸らした。
「……ちょっと、盛りました」
素直に認められることはいいことである。
「と、とにかく友達なんて貴方に心配されるまでもなく、斬って捨てるぐらいいるんです!」
掃いて捨てるくらいで許してやれよ。
◇
◇
「面倒見られるより、面倒見る、そういう立場で居たいんです」
「ほう」
言いたいことは分からんでもない。
「要するに?」
「『貴方にはわたしが居てあげないと駄目ですね』っていうのがやりたいです」
ありすの瞳は期待の光に満ちていた。
俺には時々、欲望に正直に生きてるお前がひどく羨ましく見える時があるよ。
「だけど、お前ポンコツじゃん」
「ポンコツじゃないです」
身内の贔屓目で見てもポンコツな気がするんだが。
「そもそも、わたしだって学習しているんです」
「学習ってなにをだよ」
「ふっ」
ありすはなぜか俺を見て鼻で笑う。
なんだかムカついたので、来客用対応用の盆に盛っていたこんぺい糖の袋に手を突っ込み、コイツの口元にぐいぐいと押し付ける。
「まっへ……やめへっ。ごめっ、調子乗りまっ―――、砂糖は太っ――」
◇
◇
「なんか、お菓子のチョイスがお婆ちゃんみたいなんですけど、貴方の感覚ってよく分かりません。ふ菓子とか人生でも片手の指で数えられるくらいしか食べたことないんですけど」
開き直ったありすがこんぺい糖を噛み砕きながら言う。
というか、センスについては放っておいて欲しい。
「貴方のセンスについては今後の是正事項として、です」
「俺の嗜好を是正するのをやめて」
「そう、『貴方にはわたしが居てあげないと駄目ですね』を知るには、それを頻繁に発動するサブカルチャーのヒロインたちから学習するのが一番近いのです」
「無視か」
「なんと、驚くことにそれらの要素の大半をわたしは既に網羅していました」
「怪しい歴史番組みたいなフリだな」
ありすは静かに目を閉じ、沈黙を生み出す。
ひとつ。
ふたつ。
ゆっくりと瞼を開いたありすは静かに言葉を紡ぎ出す。
「女の子が朝、起こしてくれるアレです」
人が寝てる上に腰掛けて携帯ゲーム機で遊んでいるのを起こすと言っていいのか。
「目が覚めると、女の子の作ったお味噌汁のいい匂いが」
味噌汁っぽいなにかに苺ジャムぶちこんだ謎汁で我が家のキッチンを汚染地帯としたアレの話か。
「あと、ちょこちょこと犬のように貴方の後ろをついて回ります」
自覚あってやってたのかよ、それ。
「……貴方はわたしを自慢に思って、もっと、大切にしてたくさんかまってくれてもいいです。立派な資産ですよ」
どっちかというと不良債権だよ。
◇
一旦ここまで
さらばじゃ
◇
「貴方は子供の時のことってどのくらい憶えてますか?」
ありすはソファーの上で腹ばいになってタブレットを弄っている。
ぱたぱた、と時々ソファーの肘掛けにリズミカルに蹴りを入れながら。
「突然なんだよ」
「単なる興味です」
「ふーん」
思い返す。
……正直、あまり掘り起こせる記憶はなかった。
弔事とか人生に響くレベルの衝撃のものを除いてはそんなに覚えていない。
「高校生ぐらいの青春時代とかは割りと」
「割りと興味があります」
「語らないけど」
「いや、語ってくださいよ」
「……ケチ」
ケチとかそういう問題でもないような。
というか、面白い話でもないし。
「やっぱり、忘れちゃうもんなんですね」
「そういうもんだろ」
俺が相槌を打つと、ありすは不満そうにこちらに目を向けてくる。
「寂しい、とか思わないんですか」
「勿体ないとは思うけど、あんまり」
「……やっぱり、精神的に造りが単純なんでしょうか」
「なんか俺、凄い馬鹿にされかたしなかったか?」
ありすは俺の顔を見て、アンニュイな表情でボヤき、溜息を吐いた。
◇
◇
「……こう、なんでしょうか」
ありすはソファーに寝転びながらも、言葉を続ける。
というか、肘掛け蹴るのいい加減やめろや。生地が痛むだろうが。
「ケチ」
「これは、ケチとは違くないか」
「ここではなにをしてもいいんです」
「我が家、まさかの無法地帯かよ」
「本日よりこの家をタチバナ領とします」
「へへぇ、領主様ぁ、おらにここを一時お貸しくだせぇ」
「許可します。年貢は最新機種のタブレットです」
「地味に重税だな」
「冗談です」
「知ってた」
ありすはタブレットをスリープにすると再びの溜息。
「……十年後のわたしはどのくらい今を覚えていて、それは今のわたしなのでしょうか」
「なんか哲学してるな」
「そうです、哲学してるんです」
まぁ、そんな時もあるだろう。
『厨二病ガール、再び』とか弄ってやろうかとも思ったが、そんな空気でもなさそうだった。
◇
◇
「悩め、わかうどよ」
盆から取り出したふ菓子を齧る。
黒糖のシンプルな甘みが脳天に響く。
「……わたしはそれ、あんまり美味しくないと思います。味が単純ですし」
「現代っ子にはこの美味しさが分からんか」
「ただの砂糖じゃないですか、こんぺい糖も、ふ菓子も。舌がお子様なんじゃないですか」
まったく、失礼なやつだ。
「まぁ、好物とか好きなものとかは滅多なことじゃ変わらないからな」
「……え?」
「こんぺい糖も、ふ菓子も流行で味が変わるでもないっていうのもある」
期間限定のポテトチップで気に入ってたやつが市場から消えるともう二度と出会えないこともザラだし。
「好きなものは変わらない、ですか」
ありすは噛みしめるように繰り返し、呟いている。
「いや、変わるかもしれんぞ」
食べ物に限った話だから変わらなかっただけで、大人になって好きだったものから嫌いになったものなんて山ほどある。
「大丈夫ですよ。きっと好きなままです。それに、ツバつけてますから」
「……そうか?」
なぜかありすは俺を見て、ふっと相好を崩す。
珍しく、年相応の可愛らしい笑みだった。
ありすはソファから起き上がり、服装を整える。
「さて、帰りますよ」
◇
◇
てきぱきと服装を整えたありすは帰り支度を整える。
「見送りは不要です」
俺が口を開こうとした矢先、ありすは先手を打ってきた。
「さよか」
「はい」
ありすは玄関でこつこつと靴のつま先を打つと満足気に息を吐く。
「貴方は――」
「ん?」
ありすは途中まで言いかけて、言葉を止める。
少しだけ躊躇うような間。
そして、ありすは再び口を開いた。
「貴方は、うん。ふ菓子みたいな人でいればいいと思います。そうしたらわたしがきちんと迎えに行ってあげます」
「日焼けサロンに通ってもあそこまで黒くはなれんわ」
なぜか俺の言葉にくっくと小さくお腹を抱えて笑うありす。
「ふふっ、そうですね」
ありすは俺に背を向けて玄関のドアに手を掛ける。
ドアがゆっくりと開いていく。
「ありす」
その背中に、特になにも考えていなかったが、声を掛けた。
「……はい?」
半ば開いたドアを片手で支えながらありすは応える。
「また明日」
ありすは一瞬、きょとんとした目をした。
そして、優しい微笑みを浮かべてから、くるりと半回転。
ドアを背中で支えながら、俺を正面に見据えて言った。
「また明日っ!」
明日も騒々しく、楽しい日でありますように。
◇
モバP「橘ありすとだらだらだら」 END
完結でございまする。
書いてるのが楽しかったです。
付き合ってくれた方々に感謝感謝。
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