モバP「俺が連れて行ってしまった物」 (60)

目が覚める。

かなり無理な体勢で寝ていたのだが、やはり身体に違和感は無かった。


「おはようございます」


「おう、おはよう」

「おはよー!」


一日の始まりはまず周りの人達への挨拶から。

寝姿を見られているのは恥ずかしいが、もう慣れた。

どうせ被る布団も無いし、隠しようが無いんだが。

事故から一週間……いや、正確には俺が化けて出てから一週間が過ぎた。

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最期の記憶は、交差点の横断歩道。

ここでぷっつり途切れているから、恐らく車に突っ込まれてそのまま即死だったんだろう。

まさかこうして現世に戻ってきてしまうとは思わなかった。


何故戻ってきたか……理由は考えるまでもない。

担当アイドル達の事が心配だからだろう。

勿論アイツらを信じていない訳じゃない。強いアイドル達だと思っている。

ただ、死ぬ前に取ってきた仕事が上手く行ったかどうかとか、あと単純に俺が心配症なだけだろう。


しかし縛られているからか俺の残骸がここにあるからか、俺はこの墓地にしか居られない。

誰だよ幽霊になったら女の着替え覗き放題とか言いだした奴。

今が何月何日かは分からない。もしかしたら一年以上経過している可能性だってある。

墓の前でわざわざ今日が何年で……と口に出す人は居ないだろう。


さらに俺が化けて出てから、墓参りに来てくれたのは社長ただ一人。

皆は大活躍で忙しいのか……それとも俺の死にショックを受けているのか。

アイドル達が今どうなっているか、それを知ることが出来ないままでいた。テレビなんて当然無い。


「どしたよ?」


筋骨隆々なお隣さんが顔を覗き込む。俺と同じく、交通事故で命を落としたらしい。


「いえ……自分の置かれている状況を整理していまして」

「あー、まぁ混乱するわな。まだたった一週間だしな」


「たった」。俺も生前は一週間という時間を「たった」と言えた。

しかし霊になってからは当然やることが無い。途方もないくらいに長い時間に感じた。

せめて、少しだけでも事務所の様子を見に行けたならば。

――――


「残してきた妻と子供が心配でね……特に子供は気が弱いから、学校で苛められたりしてないか、気が気でないよ」

「分かります。俺もまぁ……沢山子供のような奴等を抱えてたんで」


今日も談笑を繰り返す。話を聞くと、未練がまったく晴れずにもう数年という人も居るらしい。

……俺も他人事ではないな。しかも自分からは何も行動を起こせないし。


「なるほど。若いのに随分ヤンチャを……いや、若いからこそヤンチャが出来るのか。若さとは良い物だ」

「いや、だから子供みたいな、ですよ。俺は嫁どころか恋人も居ませんでしたし」

「あー……兄ちゃん気の毒だったな。独身のままじゃ死に切れねぇな」


うわ、すげぇ憐れむような目だ。確かに独身で寂しい思いをしたけど。アイドル達を見てそういう気分になったりもしたけど。


「違いますって。俺が化けて出た理由は多分アイツら、が……」


……墓地の入口に一人。


「どした……お、えらい美人さんじゃねぇか。知り合いか?」

「はい……間違いない……!」


忘れる訳が無い。あんな目立つ黄緑色のスーツなんて。

――――


ぷち、ぷち、と雑草が抜かれていく。

花が、水が入れ替えられる。

ちひろさんはただ無表情で、それを行っていた。


お隣さん方は気を利かせて、それぞれの墓へ戻って行った。

というかそういうルールらしい。俺だって知らなくてもそうしていたさ。邪魔をするのは悪いし。


しかし複雑な心境だ。自分の墓を掃除してくれているのを眺めるのは。

実に無駄の無いその動きをぼーっと見ている内に、どうやら終わったようで。

線香を差して手を合わせたちひろさんは、その腰を上げずにぽつりぽつりと小さな声を発した。

「……プロデューサーさん。来るのが遅くなってすみませんでした。
 色々忙しかったのもありますし……私自身、決心がつかなかったものですから」


俺の死を、悼んでくれた。

ただそれだけで救われる。俺の事を、それなりに想っていてくれる人が居たんだというだけで。


「事故の事ですが……0:10ということになりました。それを報告させてもらいますね。
 といっても、そもそも人対車の事故なので表現としては少しおかしいかもしれませんが」


良かった。俺の記憶通りだった。

記憶が少々ぼやけていた所もあったし、後味の悪い事にさえなっていないのならそれでまた一つ、気持ちが晴れる。

しかしちひろさんの表情は暗いまま、どころかより沈んでいるように見えた。


「事務所のことですが……私達は、頑張っています。
 新しいプロデューサーさんも来ましたし、アイドルの皆とも上手くやっていけそうな人でしたよ。
 ……ですから、どうか、見守っていて下さい」


違和感しかない。

ちひろさんの言った事は良い事ばかりだ。

アイドルは頑張っている。新しいプロデューサーは良い人で、頑張っている。


だけど最後の一言。「見守っていて下さい」。

ここでちひろさんの表情が変わったのを、俺は見た。

営業やスカウトやプロデュースを経て、これでも人の顔を見る力は鍛えられたと思う。

何か、想いが込められていたのには間違いない。


ただし、俺はそれに応えることが出来ない。なんせ幽霊だから。

物には触れないし、ここから動けない。

声を発しても、触れても、念じても、目の前に居るちひろさんに何も伝えられない。


結局ちひろさんは最期まで黙ったまま、小さな溜息を一つついて帰っていった。

「歯痒いなんてもんじゃないだろ……」


あぁ本当に。物凄く落ち着かない。

頼むから他のアイドルも来て欲しい。

俺があっさり成仏できそうなものを、ちひろさんの思わせぶりな行動で叶わなくなった。

いや訂正。彼女は本当に思い悩んでいるのかもしれない。


「どうしたよ? あんな美人が参ってくれたなら、俺なら即成仏モンよ」


まだ言うか。


「いえ、ちょっと気になることがありまして。これはまだ成仏出来ませんね。
 何とかしてこの墓地から抜け出すことって出来ませんか?」


お隣さんは即答する。


「ねぇな。兄ちゃんも色々試してみただろ?」

「……ですよね」

「ですが心霊現象とかをまとめている番組とかで、墓場とは無縁の場所に霊が現れたりしません?」

「そりゃそこに死体があるからだな。兄ちゃんも骨が此処にあるから、此処に縛られてる訳だ」


なるほど。つまり死んでもなお、精神と肉体は切り離されない。

やっぱり不便だな、この身体。身体無いけど。


情報をまとめようにも、ちひろさんはほとんど喋っていない。

そもそも墓に話し掛ける人がまず滅多に居ないだろうに。

なんにせよ俺には、ひたすら待ち続けるしかない訳だ。


ならば向こうに何とかして汲み取ってもらうしかない。

そしてそれが可能な人物に心当たりがある。

我ながら非現実的だとは思うが、実際俺が非現実的な状況に置かれていることを考えるとな。


どっせ、と腰を下ろし、その人物が来るまで待ち続けることにした。

さて、いつになるやら。

――――


「遅くなって、ごめん」

「……悪かったわよ」


身長以上に小さくなった二人。

ヒーローヴァーサスは普段から想像もつかない程になっていた。


「情けない話よ。アンタが残した最期の仕事、ギリギリだった」

「アタシも、レイナも……」


止せ。最終的には通ったんだろ?

なら問題無いじゃないか。


「アタシはさ、頑張れると思ってたんだ。
 ヒーローは歩みを止めない、止まってしまってはそれこそ浮かばれない、って。
 でも……どうしても振り返っちゃって……!」

「止めなさいよ……泣くな、バカぁ……!」


でも二人は涙を止めなかった。

まだ、二人とも子供だ。当然だ。

この仕事がずっと続いていく、って信じている。

だからあっさり俺が死んだ事を認められない。俺が認められないんだから。


「ゴメン……!
 ちょっとだけ、泣かせてよ……!」

「……ぐすっ」


ここまで弱い二人を俺は知らない。

仕事が上手く行かなくてもライブに敗北しても、決して落ちずに即座に前を向いて踏み出す二人しか知らない。

俺に何が出来た? 何をしてやれた?

ヒーローには相棒や博士が、悪役には幹部や手下が必要だというのに。


時間にしておよそ三分ほど。

ひとしきり泣いた二人は、すっかり腫れた目を俺の墓に向ける。

「アタシは……まだ、割り切ってない。
 時々踏み止まっちゃうかもしれない。
 ……その時はまた来るから、背中を思いっきり叩いてくれるか? 相棒」


勿論……と言いたいところだけど叩けないんだよな。

実際試しにやってみたが、張り手は見事に背中をすり抜けた。


割り切れなくても構わないさ。ヒーローには痛みを抱えて戦う人もいる。

でもいつか、乗り越えてくれると信じてるよ。光。


「……くっさいセリフね」

「うるさい。そっちこそ何か伝えたい事があるんじゃないのか?」

「まぁいいわ……アタシは、アンタほど悪戯のし甲斐のあるヤツは見たことない。
 たまに説教もされたけど、あの事はちゃんと反省してる。
 ……だから、アンタへの悪戯はそっち側に行ってからにするわよ。精々震えてその時を待ってなさい」


あぁ。さすがに墓に悪戯はしないよな。そこは当然弁えているようで。

悪戯もほどほどにな。度が過ぎるなら先輩アイドルの誰かが怒るぞ。


そうして、二人は帰って行った。その後ろ姿はとてもヒーローと悪には見えないほど弱く。

おい光、早速振り返るのはやめろ。

続きます

――――



夜。おそらく8時前後だろうか。

俺自身が霊とはいえ、やはり夜の墓地は怖い。

こっち側の人間になってしまったせいで、こっち側の幽霊様方が見えるようになったから。

そういう訳だから普段は当然墓に引っ込んで寝る。

だけど今回に限っては事情が違った。


「さぁ、小梅ちゃん……? プロデューサーさんが見える……?」

「……」


佐久間まゆ、白坂小梅。

二人のCDデビュー、結局その経過や結果は分からずに俺は死んだ。


……小梅の後ろに居る人物にはこの際触れないでおく。

「あの子」さんですか。小梅からお噂はかねがね。

まゆの状態はかなり気になっているところではあった。

一体どうなるのか、全く予想が付かなかっただけに。

しかし顔色は良いし、こうして墓参りに来たということは俺の死もちゃんと受け入れられているということだろう。

小梅にやらせようとしていることだけは、問題であるようだが。


「二人とも、久しぶり……なのかな。小梅、俺が見えるか? 声が聞こえるか?」


思いを込めて声を掛けた。

届いてくれ、頼む。


「……居ない」


小梅はあくまで表情を変えず、ぽつりと一言漏らした。

確かに俺にとっては非常に残念なことではある。

たった一つの心当たり、アテが外れた。それは間違いない。

だけどまゆの事を思えば、俺の姿が見えなくて良かったのだろう。

「見える」など口にしてしまえば、まゆは何が何でも小梅に通訳をさせる。

或いはもっと酷い、俺には想像もつかないような、取り返しのつかないような……そんなことをしでかす気がしてならなかったから。


「……それは残念、ですねぇ……」


まゆもまゆで、表情を変えずに息を吐く。

さ、こんな時間だ。補導される前にすぐ帰るんだ。アイドルが問題を起こすのは駄目だっていつも言っていただろう?


「プロデューサーさん、今は12月21日、夜の9時20分です。
 まゆのプロデューサーさんが交通事故に遭ってから、4ヶ月半ですね」


しかし唐突に、まゆはそんなことを言い出した。

何故突然そんなことを?

まさかまゆは俺の事が見えているのか?

俺が知りたいと思っている事が分かっているのか?


「うふ、まゆの事、心配ですか? 
 やっぱりまゆの事を第一に考えてくれるんですね、プロデューサーさんは。
 でも大丈夫です。プロデューサーさんはまゆをトップアイドルにする、って言ってくれましたから。
 まゆは絶対にトップを取って、プロデューサーさんの夢を叶えます。
 事務所の皆さんも……まぁ頑張っているみたいですねぇ。一部を除けば」

「おい、まゆ。俺の声が聞こえているのか?
 その一部のアイドルって誰の事だ。何かあったのか?」


しかし俺の問いには応えず、まゆはにっこりと笑顔を俺の墓に向ける。

そしてまゆは、深く、深く頭を下げる。


「プロデューサーさん、どうか安らかに」

一体、何なんだ。

まゆの今の行動は何がしたかった?


「さ、小梅ちゃん。行きましょう」

「……ん」


なんてことだろう。

頼みの綱が切れたかと思いきや、またこんなことになるとは。

帰る二人を力無く見送る。

しかし気付く。小梅が後ろ手に何かを伝えようとしているように見えた。

もうすぐ墓地の出口。追いつけなくなる前に急いで駆け付ける。


「……これは……小梅、どうかしたのか?」


小梅の指には、小さな紙切れが挟まれていた。

そしてそれをまゆに見えないように出口すぐ近くの影に弾く。

そこには「明日」という文字が書かれていた。

――――



翌日、早朝。ついさっき日が昇り始めた直後のこと。

俺は寝惚け眼を擦りながらその時を待った。

紙切れに書かれていた「明日」。

小梅の考えと俺の考えが合致しているのなら……今日の早朝、あるいは深夜に来るはず。


「くあぁ……っ……」


どデカい欠伸を一発。

ちくしょう眠い。幽霊なのにおかしな話だが、一睡もしてない。

回りの皆も寝てるっていうのに。

しかしとにかく待った。このチャンスは逃せない。

――――



「ぷ、プロデューサーさん……久しぶり……」

「あぁ、久しぶり。お前ならって信じてたよ」


回りで皆がざわついているが無視。正直それどころじゃない。

話したい事、聞きたい事が沢山あるが、何せどれほど時間が許されているのかも分からなかったから。


「さて……実は色々聞きたい事があるんだ。 すまないが、先に一通り質問させてもらってもいいか?」

「いいよ……うん」


見た感じ、話した感じは小梅はどうやら変わりない様子。


「事務所って今どうなってる? 俺の代わりのプロデューサーとか、あと皆の仕事とか」


まずはここから。

この答え次第で今までの疑問にある程度……一本の芯を通せる。

「別に、普通、かな……? 怒ると怖いけど……良い人」

「そうか……他のアイドル達の仕事は? 昨日まゆが言っていた一部のアイドルってどうなった?」

「……年上の、人達は……仕事……無い」


年上。


「年上って言うと……?」

「あ……ごめん、なさい……川島さん、とか早苗さんとか……」


……なるほど。

失礼な話ではあるが、将来的にどう売り出していくのか、どうなるのか。その壁には必ず当たると思っていた。

もっともそれを言う前に俺は死んでしまった訳だが。

まさかたった4ヶ月半でこうなるとは。

「仕事が無い、ってゼロか?」

「小さな、仕事だけ……ほんの少しだけ」


俺のプロデュース方針はあまり同業者からは理解されてなかったからな……

まさか新任プロデューサーの意向と合わなかったんだろうか。


「……他のアイドル達の仕事は、皆順調なのか? ほら、お前とまゆもCD出せたんじゃないのか?」

「う、うん……それは大丈夫、かな」


大丈夫、ね。

売り上げはどうだっただろう。発売週が激戦区になっていやしないか。

これまでの実績を考えるとベスト10に1人でも掠っていれば相当な健闘と言えるが……いや待て今はそんなことはどうでもいいんだった。

「名指しするが……愛梨と藍子が前に墓参りに来たんだ。その時の様子が明らかにおかしかった。何か知らないか?」


思った以上に小梅が来てくれるのが早かったお陰で、一部のアイドルしか拝めていない。

とりあえず二人の名を挙げさせてもらった。


「…………その、二人は……えと……」


……何かあったんだな。

小梅は目を伏せ視線があちらこちらへと。


「聞かせてくれないか? 残念だけど俺は干渉は出来ない。けどアドバイスくらいは出来るかもしれないから、さ」

「プロデューサーさん……うふ、おはようございます。そこに居るんですよねぇ?」


小梅の代わりに声を発したのは。

朝日に影を長く伸ばしたまゆだった。

続きます

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