【艦これ】キスから始まる提督業! ①巻下【ラノベSS】 (161)

↓の続きとなります、ラストスパートです。ラノベを意識して書いてます。
地の文ガッツリでも読んでやるよ、という方はこちらからどうぞ。

【艦これ】キスから始まる提督業!【ラノベSS】  一航戦五航戦(特に瑞鶴)メイン
【艦これ】キスから始まる提督業!【ラノベSS】 - SSまとめ速報
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↓ハイブリット形式現行スレ。
【艦これ】曙「クソ提督と手を繋いだら放れなくなった」【ラノベSS】
【艦これ】曙「クソ提督と手を繋いだら放れなくなった」【ラノベSS】 - SSまとめ速報
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>>2 は過去作紹介

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1435842407

① 叢雲「私のバレンタイン・デイ」(処女作・地の文)
【艦これ】叢雲「私のバレンタイン・デイ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1423917520/)

② 天龍「オレと、提督の恋」(長編地の文・恋シリーズ)
【艦これ】天龍「オレと、提督の恋」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425124375/)

③ 神通「私と提督の、恋」(長編地の文・恋シリーズ)
【艦これ】神通「私と提督の、恋」 - SSまとめ速報
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④ 球磨「お姉ちゃんの損な役回り」(球磨師匠、磯風の弟子視点・ハイブリット)
【艦これ】球磨「お姉ちゃんの損な役回り」 - SSまとめ速報
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⑤ 磯風「磯風水雷戦隊」陽炎「陽炎水雷戦隊」 磯風・陽炎「突撃する!」(二人の演習戦・ハイブリット)
【艦これ】磯風「磯風水雷戦隊」陽炎「陽炎水雷戦隊」 磯風・陽炎「突撃する!」 - SSまとめ速報
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⑥ 青葉「司令官をグデングデンに酔わせてインタビュー!」(台本形式挑戦作)
青葉「司令官をグデングデンに酔わせてインタビュー!」 - SSまとめ速報
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⑦ 青葉「司令官を酔わせて取材しちゃいました!!」(台本・鶴姉妹主役のある神作品リスペクト)
【艦これ】青葉「司令官を酔わせて取材しちゃいました!!」 - SSまとめ速報
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⑧【艦これ】梅雨祥鳳【短編集】祥鳳、川内、時雨、叢雲の四篇
【艦これ】梅雨祥鳳【短編集】 - SSまとめ速報
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⑨【艦これ】叢雲アフター【短編SS】叢雲後日談
【艦これ】叢雲アフター【短編SS】 - SSまとめ速報
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⑩【艦これ】梅雨矢矧【短編SS】初めての秘書艦矢矧
【艦これ】梅雨矢矧【短編SS】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1433763923/)

過去作ズラリはやりすぎですね、目がくらっとしました、すみません。
それでは投下です、よろしくお願いします。

白銀の矢が敵陣を真っ直ぐに射貫いていく。

赤城さんの救援には間に合った。後はこれで、敵の司令塔を叩けばそれで終わり。

他の鎮守府の艦隊を包囲している深海棲艦の統制も乱れるだろう。



『ミカサ』を取り囲む敵を抜けて。

前衛の佐世保鎮守府艦隊を囲む敵を抜けて。

ボスへと続く路を塞ぐようにして蠢く敵群を抜けて。



敵陣の奥の奥の、そのまた奥まで突き進んでいくと…。

―抜けた。

(瑞鶴さん、ここが!)


ぽっかりと穴が空いたように、目の前には久しく見なかった碧い海が広がっていて。

あんなにうじゃうじゃといた深海棲艦たちが一体としていない―いや。



一体だけ、いた。



「はじめまして、来てあげたわよ」

(さっき見たとおりの、こいつが)



この海域にいる深海棲艦どものボス、こいつを倒せば…。

その正規空母ヲ級は、ただ静かに駆けつけた僕たちを見つめていた。

(こいつは今、どんな気持ちでいるんだろう?)

「化物にそんなのあるわけないでしょ?」



それはそうだろうか。

少なくともこいつには知性がある。


この戦いに備えて、人類と同じく補給ルートを構築して戦力の増強を図り。

深海棲艦側の最も強力な武器足りうるのが数の暴力だということを理解し。

その武器を活かしてこちらを効果的に押しつぶすために奇襲策まで扱ってみせた、知性が。

その、あらん限りの知性を振り絞って立てた戦略。

それが艦娘の力の覚醒なんていう戦術に踏みにじられたという…屈辱。


渾身の一手を放った後の盤上をひっくり返されて、それでもこいつは何も感じないのだろうか。


「ヲ…ヲ…」

「ヲヲヲ…」

「ヲヲヲヲオヲヲヲオオアアアアアアアアアアアアア!」



空母ヲ級が吠える。

「提督っ!」

(来るっ!)


戦術家としての屈辱なんていう、生易しいものじゃなかった。

僕の肉体は『ミカサ』の艦内…遥か遠くにあるというのに、ピリピリと張り詰めた痛みを感じた気がする。


そう、それは言うならば呪詛。


僕たち人間と艦娘に向けられた、耐えることのない深い憎しみがそこにあった。

むき出しの怨念をそのまま艦載機に載せて。

深海棲艦空母ヲ級は、僕と瑞鶴さんに襲いかかって来た。

「ようし、こっちも」


まずは下手に口を出すことなく、瑞鶴さんに任せることにする。

これに限っては艦娘たちの方が良く知っているから、おそらく応手は…。

そうして僕の予想通り、制空権を争うための戦闘機が瑞鶴さんから展開されていく。



その隙に僕は空母ヲ級とその周囲を観察することにする。

蹴散らしてきた深海棲艦たちがここへ追いつく様子もなく、瑞鶴さんと空母ヲ級の一騎打ちの様相を呈していた。

「提督、動くわよ」

(うん)


戦闘機が撃ち漏らした敵艦載機の爆撃を防ぐために、瑞鶴さんが小刻みに回避運動を始める。

この動きもいつもより正確で早くて、爆撃は瑞鶴さんにかすりもせずに不発に終わった。



迎撃と回避の成功と同時に、今度は瑞鶴さんが爆撃機を放って攻撃を敢行する。

回避しながら矢を番え、体勢を整えたところで素早く射出するという流れるような動作。

初戦で使った戦闘機を飛行甲板で回収しながら、瑞鶴さんが叫ぶ。

「第一次攻撃隊発艦。これでどう!?」


瑞鶴さんと違い、艦載機の回収に手間取った空母ヲ級は回避への初動が僅かながらに遅れた。

戦闘機を出して迎撃するか、回避に専念するか、一瞬の迷いが生まれたのだろう。

中途半端に展開された敵艦載機の合間を縫って、瑞鶴さんの爆撃機が空母ヲ級に追いすがる。


隊列の組めない敵艦載機を数機撃墜するも…。


「突破出来そうなのは4機くらいか、無理かなあ」

(あれ、もしかして…)

敵味方の正規空母が撃ち合うという初めての状況を前に、僕は冷静に分析を重ねていく。

空母同士の一騎打ち―しかも制空権が拮抗している―状況では、中々決着が着きにくい。

同時に操る艦載機が増えれば増えるほどそれらの動きは単調になるし、それ故にお互い回避がしやすくなる。




「このままやっててもらちがあかないわ」

(うん)

「まあ、これしか方法が無いからやるけどっ」

結果出来上がるのが、真正面から敵の艦載機を突破して爆撃を仕掛けるという今の戦況。

敵もこれに終始すると思い込んでいるのなら、チャンスかもしれない。



(瑞鶴さん)

「何、今は私に任せて―」


(試したいことがあるんだ)

「へ?」



この輝きの効果が切れる前に戦闘を終わらせる。

その為には、チンタラやってても仕方ないんだ。

何度目かの攻撃権の交代が来て、その間に僕たちは準備を終わらせていた。

僕の目論見通りに事を運ぶことができれば、これで僕たちの勝ちが決まる。



敵の爆撃機を撃ち落とし、あるいは攻撃を躱して、今度は瑞鶴さんが攻める番だ。

矢を放ち、所持している戦闘機以外の全ての艦載機を大空へと解き放つと。



攻撃機に彗星と、今度は天山を混ぜた群れが空母ヲ級目掛けて飛び立って行った。


(瑞鶴さん、天山は)

「分かってる、全部右翼に展開させたわ!」

数の多い彗星は全体に、少数の天山はその全てを右翼に展開して隊列を構成する。

そうして瑞鶴さんの指示通りに艦載機たちが、一つの獣になって獲物に追いすがって行く。



対する空母ヲ級はというと、今までどおり迎撃に戦闘機を展開。

最初よりも幾分数を減らしたそれらの合間を縫って、まずは彗星が敵戦闘機を突破し予定通りの爆撃を仕掛ける。



さあ、決着の刻だ。

ラストバトル、いざ開戦です。
と言ったところで本日ここまでです、どうぞよろしくお願い致します。

他作品も読んで頂けていると本当に嬉しいです、さんきゅー
埋めネタっていうのもあるんですね、しかし残り50レスだと調子乗った場合尺足りないので何か考えておきます。

では投下

空母ヲ級に襲いかかるこちらの爆撃を前にして。

僕は冷静にこの戦いの最後を想像して瑞鶴さんに指示を出していく。


(旋回、旋回、旋回…もっと、もっと大きく。まだだ、まだだよ)

「うん」



重要なのはタイミング。空隙を突く一瞬の煌き。

僕は先遣隊の彗星の爆撃を空母ヲ級が滑らかな動きでいなすのを見届ける。

そして、先遣隊の動きに集中する瑞鶴さんに次の指示を出した。

(瑞鶴さん、ここで天山を)

「うんっ!」


魚雷を積んでいる分、彗星と比べて動きの鈍い天山もこれで十分な射程範囲に入った。

今まで全ての攻撃を彗星で行ってきたから、突然のこの魚雷攻撃はヲ級も意識してなかったはずだ。

回避行動を終えたばかりの奴はすぐさま次の動作に移れないだろうというのが僕の見立て。

これだけの数があれば十分その隙をつける。爆撃の回避に気を取られた空母ヲ級にとっては左側から―。



「行くわよ、天山、魚雷発射っ」

(旋回、旋回…角度を修正して)


瑞鶴さんの天山から発射された魚雷たちが、これもまた真っ直ぐにヲ級へと襲いかかった。

爆撃の回避に気を取られていたヲ級は、別の角度からの攻撃への対処が遅れるハズ…。

碧い海に、まるで飛行機雲の様に真っ白い空の軌跡を描いて。

全てを決める鍵となる魚雷たちが、ヲ級を屠らんと刃を向ける。

彗星の回避のために体勢を崩していた奴を、この攻撃で仕留めることが出来たら―。



「さあ、これでどう!?」

(瑞鶴さん、集中を切らさないで)

「ヲ…」


しかしながら敵もさるもの。僕が思ってもみなかった手法を繰り出した。

空母ヲ級は致命的な一撃を喰らうことをなんとしても阻止しようと、残った艦載機―既に展開している戦闘機以外のもの―を自身の周りに出現させる。

当然、それらは防衛に向かない爆撃機ばかりなわけで。


(今更艦載機を?)

「いっけえええ!」


もう魚雷は発射されていて、天山を迎撃しても遅い…といった僕の常識を。

奴はとんでもない方法で打ち砕いた。

「ヲ…アア…!」


(なっ!?)

「何あれ!?」


空母ヲ級の指示のもと、奴の艦載機が次々と急降下して海へと消えていく。

ああ、なる程。これで天山でトドメを刺すのは不可能になったわけだ。




(瑞鶴さん、奴の動きは無視して。角度を修正、全速だ)

「う、うん」


瑞鶴さんが艦載機に指示を出すのを見届けて僕は思う。

ああ、こいつの知性は本物だ、本物だったって。

天山の魚雷が爆発し、水しぶきが高らかに上がる。

空母ヲ級の僅か手前で、海に沈んだ奴の艦載機にぶつかって。

型破りな奇策に…天山の攻撃の、その全てが防がれてしまった。



不意を突かれた一撃にすぐさま対応してみせるその機転。



(本当に頭が良いよ、奴は)

「そうね、私なんか敵わないかも」

『ミカサ』を脅威に陥れたあの艦隊運営の手腕。

自身の生存を優先して型破りな作戦を思いつく発想力。


(本当に、手ごわい)



正面に展開した全ての艦載機が役目を終えたのを見届けて、僕は呟いた。

(だから、今ここで、トドメを刺す)

全ては、この時のために。


彗星を囮にした天山の魚雷という…僕たちの攻撃を全て防ぎきって。

今度は自分の番だとばかりに空母ヲ級が攻撃体勢を意識するまさにこの時。



空母ヲ級に一瞬の空隙が生まれる。



僕はなるべくゆっくりと、瑞鶴さんに展開した艦載機を回収させる。

全ての攻撃手を打ち終えて、瑞鶴さんが守りを意識したと思い込ませるために。

そう、その動作は敢えてゆっくりと。ブウウウウン、という”ある1機の彗星”の飛行音を悟らせないために、ゆっくりと。

そうして正面の僕たちばかりを見据えていて。

次の自分の攻撃のことしか考えていなかったであろう、ヲ級の表情に違和感が宿るのを見る。


でも、もう。


(遅いよ)

「いっけえええ!」



空母ヲ級が視線を空に向けた時には、もう。

先遣隊の彗星の群れから、その航路を大きく外れた…。

そう、僕らから見て最左翼から回り込んだただ一機の彗星が、呆然と立ち尽くす奴目掛けて真っ直ぐに降下していたんだ。

複数の艦載機を同時展開するのは、非常に困難なことだ。

まして各艦載機に別々の進路を採らせて複雑な動きをさせることなど不可能な訳で…。

だからこそ、制空権が拮抗する瑞鶴さんとヲ級の一騎打ちは膠着した。


お互いに艦載機を正面突破させて相手を攻撃するという単調な戦闘。

どちらかの艦載機が尽きるか、決定的なミスをするまでの我慢比べ…。



でも、そこに僕という要素が加わったらどうだろうか?

(空母ヲ級、僕たちが君に勝つことができたのは)

「私たちが、二人でいたから」

(そう。たった一人で戦ってきた君とは違って、ね)



瑞鶴さんは、囮となる彗星や天山の動きに注力して。

そして僕が単機で迂回する艦載機の動きに集中し、進路の修正を瑞鶴さんに指示する。


これなら瑞鶴さんは正面に展開した本隊の艦載機たちの動きに集中したまま、左翼の彗星もコントロール出来る。

そうして、敵が意識しようがなかった領域外の攻撃を実現させたんだ。

(空母ヲ級、君が『ミカサ』へと仕掛けた奇襲―お返しにやらせてもらうよ)


必中を確信する座標を、確かに捉えて。


(ここだ、瑞鶴さん)

「うん!」


彗星から放たれた爆弾が、今度こそ障害物に阻まれることなく目標へと直撃した…。


その、一瞬後。

終わりを告げる爆発が引き起こる。

そう、これで全ての戦闘が終わる…そのはずだった。


「う、嘘よ」

(なんて、なんて硬さだ…)


『ミカサ』周辺の敵を軒並み壊滅に追い込んで。

ここまでの路を塞ぐ障害の全てを蹴散らしてきた彗星渾身の爆撃。


その一撃は、それでもなお、この戦いの終わりを告げる祝砲足り得なかったんだ。

僕たちが撃沈を確信したはずの敵空母ヲ級は。


「ヲ…ヲヲ」


半壊した身体をよろめかせて、それでもなおこの海の上に立っていた。

僕たちへの更なる憎しみをその瞳に宿らせて、それでもなお、この海の上に立っていた。

今日はここまでです。この空母ヲ級はきっとヲ級改flagshipなんでしょう、固すぎます。

ヲ級も好きですが空母棲姫が一番好きです。美しい。
さて、投稿再開です。

深海棲艦の血も赤いんだな、だなんて…その時の僕は、そんな間の抜けたことを思った。

呆然と突っ立つ瑞鶴さんはというと、逆に何も考えられない状態らしい。


空母ヲ級のフゥ、フゥと獣のような荒い息遣いが鋭い視線とともにここまで聴こえてくるような…。そんな錯覚を感じてしまう。

実際、撃沈には至らなかったものの、彗星の一撃は奴に相当の損害を与えているんだから、それも当然かもしれない。

「あっ、奴が逃げるわ!」


この状態から一騎打ちを再開すれば、確実に僕たちが勝ち奴が負けるだろう。

その見解はお互い同じだったようで、空母ヲ級が退却を始める。


(瑞鶴さん、追撃戦に!)

「言われなくても!」



海域のボスである空母ヲ級が撤退することで、他の深海棲艦たちもしばらくすれば去っていくだろう。

でも、深海棲艦に囲まれた鎮守府の艦隊を一刻も早く救うには今ここで奴を撃沈する必要がある。


そして何よりも…こんな賢い敵は逃がすべきではない。

僕と瑞鶴さんは海域の外へ逃げようとする空母ヲ級を追う。

空母ヲ級は舞鶴鎮守府を攻撃する深海棲艦たちと合流することもせずに、奴らを見捨ててひたすら逃げる。

手傷を負っているとは思えないほどの俊敏な動きだ。



「ちょ、逃げ足早いんだから!」

(艦載機を放つのはしばらく待ってね)



空母艦娘は艦載機の発着艦時にどうしても航行速度が遅くなるから、一発で決められなければヲ級を取り逃してしまう恐れがあった。

僕の指示に瑞鶴さんも頷く。

慎重に、確実に。

空母ヲ級はもう、味方と合流することも出来ずに逃げるしかないのだから。

逃げる奴の背中を目で追いかけるうちに、そんなことを考えて。


…ん?

それはまったくの偶然か、それとも天啓か…僕の中にある違和感が芽生え始める。



(ねえ、どうしてヲ級は逃げているのかな)

「何言ってんの、自分が沈みそうだからに決まってるじゃない」

「味方を見捨てて自分だけ、さ」

僕らの背後に陣取っている佐世保艦隊を取り巻く深海棲艦はそう、見捨てるしかないだろう。

手負いの奴が僕たちを突破して合流を図る策は現実的じゃあないからだ。



だけど、舞鶴艦隊方面へは?

何故奴はあそこへと合流しなかったんだろう、進路を阻むモノは何も無いというのに。

逃げるにしても体勢を立て直すにしても、どう考えても味方と合流した方が良いに決まっているのに。

敵味方が入り乱れて混乱することを嫌った?そうじゃないだろう。

共食いすら平気でする連中が、ここにきて同士打ちを恐るとは思えない。


ならば…ならば。空母ヲ級のこの逃走ルートには意味が有るというのだろうか?

撤退するのならば”この航路しかありえない”という意味が。





…と、前を走っていた空母ヲ級が僕たちの方を振り返って、目が合って。

ゾワっと、背筋が凍るような感覚が僕の中を駆け抜ける。

(今…)

「どうしたの、提督?」


(なんで今、奴は振り返ったんだろう?)

「そりゃあ、追ってくる私たちを確認するためじゃないの」




そうだ、それしかない。

でも、何のために?

先ほどの、空隙をついた彗星の一撃。

あの一撃が決まったのは、そう。瑞鶴さんの攻撃は天山が最後だと、敵が思い込んだからだ。

そしてあの一撃が僕たちの勝利を確定させたからこそ今の状況がある。


…確定させた?

違う、戦闘はまだ終わっていない。



追撃戦―それは圧倒的に優位なかたちでの戦闘。

勝利を疑っていない僕たちの心に生まれた、これこそが…。

敵にとって、最後の逆転に賭けるべき一瞬の隙なのではないだろうか?


丁度僕たちが絶妙のタイミングで彗星の一撃を叩き込んだように、今度は、奴が。

「あっ、また」


空母ヲ級が再び僕たちの方をみて、そして今度はそれだけじゃない。

傷ついた身体を反転して、僕たちに向き直って―ニヤリと口元を綻ばせるのを見て。


(瑞鶴さん、翔んで!)


意識する前に、そう叫んでいた。


僕の指示を疑問に思うことなく、瑞鶴さんが前方へと大きく跳躍する。

その直後―。


ついさっきまで瑞鶴さんが走っていた位置に、水底から浮上した一隻の駆逐イ級が襲いかかっていた。

(瑞鶴さん!)

「何よ、これ!」



即座に爆撃機を放ち、駆逐イ級を撃沈させる。

おそらくは、おそらくはこれが最後の一手だろう。

万一負けそうになった時の逆転策。例え失敗しても、退却の時間稼ぎになるだろうという。



やられた。

駆逐イ級迎撃のために、瑞鶴さんは残った艦載機を全て発艦させてしまった。

再び空母ヲ級を攻撃するためには、展開したそれらを回収して再び矢を番えなければならない。



その間瑞鶴さんの航行速度は格段に落ちるし、それをヲ級が待ってくれるとも思えない。

事実…最後の奇策が外れたことを察すると、奴は悠々と海域外に視線を向けていた。



航路を見極めて、空母ヲ級が撤退への道筋を組み立て直しているのが分かる。

今度こそ奴は舞鶴鎮守府を取り囲む深海棲艦たちに紛れて、この海域を脱するだろう。

駄目だ、取り逃がしたか。

…と、僕は内心で奴を仕留めるのを諦めたというのに。


まったく、キミって奴は。僕があれこれ材料を集めて組み立てて…。

そうしてメンドくさく遠回りに考えて、やっとたどり着く答えに…一足飛びに駆けて行ってしまうんだから。



「逃がさないっ」

(え!?)



このひとの持つ意外な発想力は、時として僕のそうした理論を平然と超えていく。

駆逐イ級の突撃を躱すために跳躍した瑞鶴さんは、その勢いを殺すことなく空母ヲ級へと迫る。

自分が展開しきった艦載機になど目もくれず、ただ敵を逃がさんと。


「これで…どう!?」


言葉とともに、今彼女が持ちうるただ一つの兵装を振りかぶる。

そんな瑞鶴さんの動きに圧倒されたのは、敵の空母ヲ級も同じ。

身を翻えさんと前方へ身体を傾けていたまさにその状態のまま、奴がいっとき棒立ちになるのが見えた。



それこそが、今度こそ、終わりをもたらす決定的な空隙。

一騎打ちの…そしてこの戦いの趨勢を決める天意はいま、ここにあった。

その身と同じ白銀の輝きを纏った、空母艦娘にとっての半身とも言えるそれを。

弦になど構いもせず、両手で弓の胴と姫反を握って振りかぶった弓を、思いっきり。

深海棲艦稀代の戦略家へと、頭から振り下ろした。



「ごめんね」



血しぶき舞う奇跡の舞台の中央で、瑞鶴さんはそう呟いたんだ。

勝利に酔う台詞でも、敵を呪詛する台詞でもなく。

ただただ寂しそうに、謝罪の言葉を口にした。

ああ、だから。これだから…。

キミの提督は辞められないよ。

そんな事を思いながら、勝利のことばを胸に刻む。



「提督、やったよ」

(うん、これで…)



海域、攻略だ。

ラストバトル終了
大きな大きな山を越えました、明日の投稿をもって完結できそうです

投稿はじめます。
戦いのあと、少年提督が向かう先は。

カツ、カツ、カツと、艦内に革靴の音が鳴り響く。



キスの効果が切れて意識を取り戻した僕は、戦艦『ミカサ』の廊下を歩いていた。

というか、完全に意識が瑞鶴さんと一体化していたなあ…これは相当危ないかもしれない。

だってその間、僕自身の身体…つまり戦艦『ミカサ』にいた本体はあまりにも無防備なんだから。

今度から安全な場所を確保して望まないといけないなと、そんな事を考える。



瑞鶴さんは無茶な動きがたたってか、一時的に航行不能状態になってしまった。

今は『ミカサ』から迎えの小型艇が急行してくれている。英雄の凱旋だ、これくらいの待遇は当然だろう。

カツ、カツ、カツ。


『ミカサ』へと帰還した翔鶴さんは負傷した赤城さんと加賀さんの手当へ。

こちらも配慮をもらって、医務室をひと部屋貸してもらった。持ち込んだ艦娘専用の修復材―バケツを使えば、思ったよりも早く元気になるだろう。




カツ、カツ、カツ。


深海棲艦たちは予想通り、ボスである空母ヲ級が倒れた途端に統制を失った。

包囲されていた各鎮守府と反転してきた呉鎮守府の艦隊を合わせて、今は掃討戦に移行している。

後は人間たちに頑張ってもらうとしよう。

そう、だからこの部屋には今、誰もいないはずなのだ。

横須賀鎮守府の僕らのために割り当てられたこの部屋には、誰も。


でも僕には…ある予感がしてしまって仕方がない。

いや、もったいぶるのはよそう。確信しているんだ。



ここに来れば彼女に会えると、そう思って僕は歩いてきたんだから。



そのまま黙って室内に入ろうとして、ふと身体の動きが止まる。

一瞬の迷いの後、ドアノブに掛かっていた手を握って。

コンコン。


自分の部屋に入るためにノックする、この滑稽さはなんだろう?

着替えをしている同居人など、ここにはいようはずもないのに。


でもどうやら、僕の選択は正解だったらしい。


「ふふ、どうぞ?」


思った通り、部屋の中から声が聞こえてきた。

このしゃがれた老婆の様な声を、聞き忘れるはずがない。

扉を開けると、思ったとおりの人物がこちらを向いて僕を出迎えた。

メイドの少女は、まるで僕がここへ来るのを待っていたと言わんばかりに…。

白い付け袖から伸びる小さな指で、スカートの裾をちょこんと摘んでみせる。

そこから優美な仕草で片足を引いた完璧な淑女の礼を見せられて、僕はしばし言葉を失った。



「あら、お入りにならないの?」



その一言で、僕は扉を開けたまま棒立ちだったことに気づく。

駄目だ駄目だ、気がついたらまたしても少女のペースになってしまっていた。


落ち着け、僕。深海棲艦を相手にするのと違って、死にはしないんだから。

大丈夫大丈夫、こわくない。そう思って室内へと入っていく。

「あなたのおかげで大勝利ね。おめでとう」

「僕だけの成果じゃないよ。みんなが良く頑張ってくれたから」


君にも助けられたしね、という僕の投げかけは一笑に付される。

どうやらまだ、尻尾を見せてはくれないらしい。



「勝利の凱歌を背に…私と一曲、踊りませんこと?」

「軍人の僕が触れて、あなたの綺麗な手を汚したくはありませんから」

「あら、お上手なのね」


差し出されたその手をとらずに、僕はその誘いを固辞した。

本題以外には乗らないよ、ということをアピールするためだ。

僕との掛け合いが、よほど面白かったのだろうか。

メイドの少女が紅耀石の瞳をすっと細めて、口元から上品な微笑が漏らす。

それから首を傾げて彼女の腰まで伸びる長い長い金色の髪が、妖しく揺れた。


もう一度、今度は彼女のことを真っ直ぐに見据えて言う。


「助けてくれてありがとう」

「提督さまのお世話はメイドとして当然ですもの」



それでもまだ、けむに巻くような態度を崩さないと言うのなら。

これは自分の正体を暴いてみせろ、という挑戦だと受け取るしかない。

いいだろう、乗ってあげるよ。どうせそのためにここへ来たんだからから。


「前に、瑞鶴さんが爆撃の練習で怪我をしてしまったことがあるんだ」

「?」



突拍子もないことを口に出して、会話に惹き込む。

小首を傾げて僕を覗き込む、彼女のそんな仕草までもが完成されていて恐ろしい。



「弓の弦で指先を切ってね、血が流れるのをみて僕は大慌てさ」

「ふふ、お人好しの提督さまなら、やりそうなことよね」


そこでまた更なる事件を起こしちゃったことは今、言わないでおく。

人間の僕にはものすごく大事に見えたんだけどね、と前置きして。



「艦娘のみんなは冷静でさ、こんな怪我すぐ治るからって」

「艦娘と人間は違うからでしょう?おばかな提督さま」



事実、瑞鶴さんが切ってしまった指はすぐに治った。身体の作りが違うんだ、今はもうとっくに傷の後なんて欠片もない。

鎮守府の空母艦娘はみんな弓を扱うけれど、例えば指にたこが出来たりなんて話も聞いたことがない。

話題にしないのは、もし出来たとしてもすぐに治るからだろう。

「ところで」


何故僕がこんな恥ずかしい失敗を思い出しているのか。

それは、ここに答えがあるからだ。


三度目の賞賛で、おそらく意味は伝わるだろう。


「君は、とても綺麗な手をしているね」

「…」


少女から薄ら笑いが消えて。

驚きに目を見張ってか、紅い瞳の輝きが増した。

「君は普段お屋敷で、大提督の世話を一手に任されていると言った」


―給仕に身支度、掃除や料理、皿洗いなんかも、全部君一人が?

―ええ、大変でしょう?



「働き者のメイドの手は、常に荒れているものなんだ」

「君はいつも、仕事をサボっているのかな?」



それとも。

さて、このメイドの…メイドのフリをした少女は、まだ戯れを続けるのだろうか。

僕は固唾を飲んで少女の機嫌の行く末をただ見守る。


すると…。


「うふふ、あはは。あはははははははっ」

「へ?」



老婆の声が幾分若返った様な…今までよりは若干高い、無邪気な笑い声が室内に響いた。


「提督さまったら、すごいすごい、すごい!」

「まさか、そんなところからお疑いになるなんて!」

さっきまでの小馬鹿にした態度とは裏腹に、今度は純粋な好意の眼差しを向けて近寄ってくる。

はしゃぎようだけ見れば、年頃の女の子みたいだと僕は思った。


「ねえ、いつから私の正体が分かっていたの?」

「う~ん。昨日僕らの部屋に来てくれたあたりから、大体は」



最初に会った頃は、実は大提督の孫娘あたりなんじゃないかと思っていた。

呉の提督が、自分の息子が彼女に食ってかかるのを見て慌てたのを見ての推測。

彼女には鎮守府の提督すらもたじろかせる権力者が身内にいるんだろうなと。

「加えて、僕たち横須賀鎮守府をこの作戦に呼んだ何者かの存在」

「その人は大提督ですら無視できない影響力を持っているということになるけれど」

「そしてどうやら、僕と艦娘が呼ばれたのは…悪意からじゃなかったらしいし」



この作戦中、連合艦隊で僕たち横須賀鎮守府に好意的な態度を見せたのはこの少女ただ一人。

そこに突拍子のない―けれど僕ならば考えつくであろう―ひらめきを当てはめたら難しい問題じゃなかった。


身近に人知を超えた女の子たちがいるんだ、これで気づかなきゃ嘘というものだろう。

それに彼女自身、昨日部屋を出るときの発言で正体を仄めかしていたし…あれが決定打になった。

「僕を呼んだのは君だよね?」

「ふふふ、ちゃんと名前を言ってくれなくちゃ、教えてあげないわ」


素直に見えたのも一瞬のこと。

あくまでも僕で遊び倒すつもりらしい。



いいよ、ここまで来たら…トコトン付き合ってあげるとしよう。

「助けてくれてありがとう、そして、僕たちを呼んだ理由も教えて欲しい」


息を吸って、ただ一言。

彼女の名前を呼ぶ。



「三笠」



奇跡の戦艦の、その名を。

ようやくお披露目することが出来ました。
一先ずここまでです。

「はい、提督さま」


悪戯が成功した時の子供の様な無邪気な微笑みのまま、三笠が答える。

僕は内心で、自分の推理が当たっていたことに胸をなで下ろした。

自信はあったけど…もしも外れていたらと思って、気が気じゃなかったんだ。


「三笠。君が僕たちをここへ呼んだんだよね?」

「ええ、そうよ」


「君は瑞鶴さんたちと同じような存在であり…」

「そしてこの戦艦『ミカサ』とも無関係じゃない、どうかな?」


「その通りよ、提督さま」

正体を指摘すると、まるでご褒美と言わんばかりに素直に教えてくれる三笠。

僕に対する三笠のこの好意的な態度は、思えばここで出会った最初の頃からだった。

戦艦『ミカサ』に乗り込む時に、僕たちを歓迎してくれているんじゃないかって感じたのもあながち間違いじゃなかったらしい。



「教えてよ、三笠。何故僕たちをここへ呼んだのか」



そして何故、助けてくれたのか。

僕たちは、妙にこの少女に気に入られている様な気がするんだ。

「だって三笠も、提督さまと遊びたかったんだもの」


どんな真相が飛び出すかと思えば、そんな拍子抜けした答えが返ってきて…。

ぽかんと口を開けて、僕はその場に棒立ちになってしまった。


そんな僕を尻目に、赤城たちはズルイわ、だなんて…今度は本当の子供みたいに拗ねてみせる。

これまで感じていた怪しげな雰囲気は鳴りを潜めていて、三笠は今やただのワガママなお嬢様といった感じだ。


って、あれ。今三笠は僕たちと遊びたい、じゃなくって。

「えっと、あの。僕と?」

「そうよ!」


可愛く小首を傾げるのは演技じゃなくて癖なんだろうか。

何で分からないの、と言ったふうに見られても、その…困るんだけれど。


あれ、何か思ってたのと展開が違うぞ。

僕はもうちょっとこう、シリアスなのを想像していたのに…?



「だから僕を呼んだの?この海域攻略作戦に」

「ええ。おじいちゃんに、じゃなきゃ動いてあげないって言って」


大提督をおじいちゃん扱いって…。

でもこれで、不本意ながらにも僕たちが召集された理由が分かった。

でもそうすると…この少女の正体が三笠なのだとすると。

三笠と戦艦『ミカサ』との結びつきは何なのだろうか?


「君は…三笠は、艦娘なの?」


人間の姿を持った軍艦。

人はそれを艦娘というし、今のところ自分をそうじゃないなんて言った艦娘は一人もいない。

だけれども、僕の推測通り三笠は戦艦『ミカサ』と何かしらの密接な関係を持っているようだ。


そこだけが僕には分からない。三笠は赤城さんたち他の艦娘と何が違うのか?

だから僕は三笠にそう問いかけたんだ。

「艦娘だと思うわ」


ふざけて言っている訳ではないのはすぐに分かった。

飄々としていた彼女に、この質問にだけは自信のなさが感じ取れたから。


「でも、三笠は『ミカサ』でもあるの」

「三笠が『ミカサ』でもある?」


『ミカサ』と目の前の少女を結びつけて考えた僕にも分かるような、分からないような。

そんな答えを三笠は呟いた。

忘れてしまった何かを思い出すように。

もしくは、言葉にならない感覚を必死に言語化する様に。


「三笠も、本当なら艦娘としてこの世界に生まれてくるはずだったわ」


ぐずる子供のように不満の色を浮かべながら、三笠が語りだす。



「横須賀の鎮守府でみんなと一緒に暮らして…そんなはずだったの」

「ああ、なるほど」


うん、それが出来なくなってしまったというのなら拗ねるのも仕方ない。

あそこは本当にみんな、いい人たちばかりだからなあ。

「横須賀の鎮守府に住むことが出来たら、きっと今頃…」

「今頃提督さまに口説かれて、手篭めにされている予定でしたのに」


うんうん、僕が口説いて手篭めにして…ってそんな訳ないから!


「あら、でも瑞鶴は手篭めにしていらしたのに?」

「いやいや、瑞鶴さんだって手篭めにしてないから…」

「あら、キスまでなさったのに。提督さまは薄情なのね?」



うぅ…それを言われるとぐうの音も出ない。

というか、何でそれを知ってるんだよこの娘は!?

「あら、だって私が『ミカサ』なんだもの。艦内で起こっていることは分かるわ」


ああそうでした…。大提督宛の資料を拝借できるのに比べたら、簡単だったろう。

さっき得意げに解いた問題に自分でハマっている僕が、なんだか無性に滑稽に見えた。

そうやって落ち込む僕を見て、三笠は楽しそうに笑っていた。



「やっぱり提督さまとお喋りしていると面白いわ」

難儀な娘に目を付けられたものだと、僕は深いため息をついた。

私がこの世界に生まれ来るときに丁度、このふねが造られたの。

そうやって三笠は語りだす。


「それで、三笠はここに呼ばれたの」


このふねが『ミカサ』と名付けられたから。



そこまで言われて、僕はあっと驚きの声を上げた。

他の艦娘たちと三笠との決定的な違いが、確かにあったんだ。


これでやっと、僕の中で『ミカサ』と三笠の存在がカチリと噛み合った。

赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴…そして他の鎮守府のみんなの名前を思い浮かべる。

それは彼女たちの名前でもあると同時に、かつてあの戦争で活躍した軍艦の名前でもある。

艦娘によっては、軍艦時代の影響を強く受けている様子も見受けられるけれど…。



三笠は…彼女だけは、もっと違ったかたちで艦娘としての魂が呼び寄せられてしまったんだ。そう。彼女だけだと、そう断言出来る。



だって今この国の軍艦で、かつての軍艦の名前を継承したふねは存在しないのだから。

奇跡の戦艦、この『ミカサ』を除いては。

「艦娘として生まれる瞬間、呼ばれた気がしたの」

「ほんとうよ?」


そうして、気がついたらこうなっていたの、と…思い出すように彼女は語った。

返事をするように、僕がこう結論付けると。



「だから三笠は一人の艦娘でもあり、意思を持った軍艦でもある」

「提督さまを呼んでくれなきゃ、私、動いてやらないって言ってやったの」


エンジンをいくら動かそうが、いくら舵を切ろうが。

三笠がその気にならなければ、『ミカサ』はうんともすんとも言わない…らしい。


だから大提督をはじめとした軍のトップは、嫌々ながらも僕たちを召集したというわけか。

そんな、子供みたいなワガママを明かした三笠に苦笑する。

この国のトップたちがそんな事でてんてこまいだったなんて…なんて痛快なんだろう。


「まずはあなたが艦娘の提督さまになれるようにお願いして」

「それで、会いたくなっちゃったから呼んでもらうことにしたの!」



「どこまで自由なんだ、君は…」


でも。

自由、という僕の言葉に、それまでにこやかだった三笠の表情が陰る。

「ちっとも自由なんかじゃないわ」

「だって私は、この『ミカサ』から放れられないんだもの」


三笠曰く、彼女が行動出来るのは『ミカサ』の艦内とその周辺のみ。

自身と遠く離れた場所までは、どうしても行くことが出来ないらしい。



「そうじゃなかったら、とっくに提督さまの鎮守府まで行ってるわ」


そんな恐ろしいことを言う。

こんな娘が鎮守府にいたら、僕はおもちゃにされてしまって大変だ。

「だからね、三笠は」

「本当はこの戦いで沈んでしまっても良かったと思っているのよ?」

「な、ん…!?」


なんだって?

あまりのことに僕は声を荒げる。



「それは、どういう事?」

「だって、今この『ミカサ』が沈んだら」

「今度こそ艦娘として生まれて、提督さまのもとへ行けるかもしれないもの」


本当に、この娘は僕を驚かせてばかりだ。

でも今の発言は半ば本気なのだと、僕は思った。

三笠が未知の補給艦の存在を大提督に知らせなかった理由が、それでやっと分かる。

うぬぼれではなく事実として、今日僕が深海棲艦側の戦略に気がつかなかったら。


戦艦『ミカサ』は彼女の艦隊とともに、確実に沈んでいただろう。

だから、ずっと不思議だったんだ。何故彼女があの報告書を直前までひた隠しにしたのか?

どっちでも、良かったんだ。自分が沈んでも、沈まなくっても。



「『ミカサ』が沈むと、三笠はどうなるの?」

「死んじゃうわ」


「その後、艦娘としてもう一度生まれてこれるってことかな?」

「それは分かんない、死んじゃったままかもしれないもの」

絶句する。

この少女は、自分の命を軽く見積りすぎている。

それはなんて危うくて、なんて際どい存在なのだろう?


「何でそんな事を言うの?」


そう問うと、当然とばかりに一言。



「おばかな人間たちの都合に振り回せれるのなんて、もうたくさんだからよ」

「だから私、一度沈んで…今度は艦娘として生まれ変わるのも悪くないかなって」

今回の人間たちの無様な戦い方を、一番間近で見ていたこの少女は。

僕たちを乗せて戦いに赴くことに、嫌気がさしていたのだろうか。

全てを台無しにして、リセットしたいと思うほどに。



でもね、と前置いて三笠が続ける。


「三笠は、このまま『ミカサ』を続けても良いかもしれないわ」


ああ、その発言はなんとなく分かる。


「三笠は、迷っていたから僕を助けてくれたんだね?」


退却しようという進言を取り下げられないように、僕にヒントを渡してくれた。

あの行動は、沈んでも良いと思っていた彼女に迷いが生まれていた証拠だ。

「だって沈んじゃったら、提督さまともう会えなくなるかもしれないんだもの」


自分の命を大切にするには、いささかずれた理由も添えて。

そう言って試すような目でこちらを見てくる。


ああ、彼女は…三笠は、本当に賢い娘だ。

『ミカサ』としての自分の存在意義をきちんと理解している。

その上で、艦娘の提督である僕に取引を持ちかけてきているんだ。



もちろん僕は、三笠が僕に何を期待しているか、ちゃんと分かっている。

だって僕も、”それ”を彼女に持ちかけることがこの部屋に来た目的なんだから。

そうだね、と返事をして僕はことばを紡いでいく。

これは契約。僕が彼女を、瑞鶴さんたち鎮守府の艦娘と同じように扱うという契約だ。


「でも、このまま三笠が『ミカサ』でいてくれたら」

「いつも…とは言わないけれど、こうしてまた会える日が来るよ」



瑞鶴さんとのキスの効果がもたらしたのは、この戦いの勝利だけではない。

艦娘の戦いに人間である僕が参戦できるということ。さっきの空母ヲ級との戦いを見れば自ずと答えは見えてくるけれど…。


提督の判断を戦場で直接下せるということは、計り知れないほどの戦果をもたらすだろう。

みんなの期待に応えて、更なる高みへと誘う…この力はそのための鍵となるんだ。

「そしてその鍵を握るのは三笠、君だ」

「これからも、僕を…僕たちを助けて欲しい」


横須賀鎮守府は艦娘がいる代わりに、乗り込むべき軍艦を持たない。

せっかくキスの効果を発動させても、海域攻略で出向くようなのような遠い戦場では役に立てない。

目的地へ向かっているうちにその効果が切れてしまうのは明白だからだ。


でも、三笠がいるならば話は違ってくる。

今回の様に僕たちを乗せて戦場に向かってくれるのなら…。

今回の様に、キスの効果を最大限に発揮した戦い方がこれからも出来る。

そして、ある意味大提督よりも発言権のある三笠が今後も僕たちの側に立ってくれるのであれば。

「これから先…艦娘たちの活躍の場を格段に増やすことが出来るんだ」


”役立たずの兵器たち”


そんな不名誉な評価を一蹴することができる、唯一の道しるべ。

それが三笠、君だ。



「海域攻略作戦がある度に…僕たちはまた、会うことができるよ」


三笠も、僕がこうした提案をしてくるのは予想通りだったのだろう。

僕の話に対して驚いたような印象は見受けられない。

問題は、僕たちにまた会えるというのが…彼女にとってどの程度のメリットになるのかというもの。

「ふうん、やっぱり三笠の力は提督さまのお役に立てるのね」


命を軽々しく捨てようとしたくせに、自分の価値は正しく見積もっているようだ。


「提督さまは、お役に立った三笠を大切にしてくれるのかしら?」



微笑んで、三笠は僕にそんな問いかけをする。

彼女にとって先程までの謎かけはただ謎かけであって、それが僕らの心の距離を縮めるものでは無かったのだろうか。

いや、そうじゃない。分からないんだ、心の距離の測り方が。


その結論に思い至って…ああ。やっぱりこの娘はどこかずれていると、そう僕は感じた。

既に僕は、この目の前の、一筋縄ではいかない少女に親しみすら感じているというのに。

そんな僕にとって、三笠が役に立つか、立たないかなんていう物差しが意味を成さないということが分かっていない。



身近にそうしたことを教えてくれる人がいなかったのだろうか?

そうだろう、この娘は今まで、ずっと一人でいたのだろうから。



だから、教えてあげることにする。

「ううん、そうじゃないよ」


僕の言葉に三笠がすっと目を細める。

怒りとも憎しみとも寂しさとも似つかない、そんな表情を浮かべるのを見て。


やっぱり分かってないんだなと思った。


僕は出来るだけ優しく微笑んで彼女を見つめる。

こうして見ると、油断ならないと気を張っていたさっきまでの自分が馬鹿みたいだ。



すごく賢い娘だけれど、この娘は。

ただ寂しがっている、小さな女の子じゃないか。

「役に立つから大切にするんじゃない」

「もう三笠は僕の…僕たち横須賀鎮守府の仲間だから」

「だから、大切にするんだよ」


諭すように、この気持ちが真っ直ぐに伝わるように。

さっきとは違ったかたちで、三笠の目が見開かれるのを見て。

ちゃんと伝わったかなって、そんな事を思った。



「提督さまったら、いけない人なのね」

クスクスと笑いながら、三笠が答える。

「瑞鶴を手篭めにして、もう次の女の子?」


ぶっ…!?

何てことを言うんだ、この娘は!?


「そ、そんな、違うよ、人聞きの悪い!」

「三笠にキスしてくれる日は来るのかしら?」



人をからかって面白がるのはこの娘のコミュニケーションの取り方なのだろうか。

もし鎮守府に来ることができたなら、赤城さんとは仲良くなれそうだ。


…この二人が組むところは、絶対に見たくないけれども。

「まあ、いいわ。今日のところは許してあげる」

「楽しかったけれど、そろそろ時間みたいだから」

「えっ?」


そう言うと…三笠の身体がすう、っと薄くなっていくのが分かった。

幽霊みたいに身体の輪郭が朧げになって、体越しに向こう側が透けて見える。


「艦娘の姿をとっていられるのは、一日のうちでそう長くはないの」

「また会いましょう、提督さま?」


「うん、またね」

そう言って三笠が『ミカサ』へと戻っていった。

さよならの挨拶をして、部屋に一人残された僕は考えを巡らせる。

もちろん反芻するのは、先ほどの出来事のことだ。



メイドの少女の…三笠の正体がこれで分かった。

艦娘であり、軍艦であり、女の子である、ということが。


そしてどうやら、僕たち横須賀鎮守府の大切な仲間であるということが。

…随分とおしゃまで、付き合うのが一苦労な仲間かもしれないけれど。



戦艦としての彼女の協力があれば、格段に艦娘たちの戦果を上げやすくなるだろう。

今後の鎮守府の運営の仕方を、しっかりと考え直す必要がありそうだ。

「よろしくね、三笠」


そう呟いて僕は部屋を出る。

ガチャリと後ろ手に扉を閉めてもたれかかった後…ふと疑問に思った。

賢い彼女の相手をするのに気を取られていて、全く気がつかなかったけれど。



「ここに呼ばれたのは、僕が三笠に気に入られたから」


そこまでは、この部屋に来る前からなんとなく分かっていた。だけど…。


「いったい僕は、どこで彼女に気に入られたんだろう?」



彼女と会ったのは、ここに来てからのはずなのに。

あどけない笑い声が廊下に響いた、そんな気がした。

三笠については以上、これで残すはエピローグだけとなります。
メンタルモデルという考えは誰もがよぎりますよね、もちろんアルペジオを参考にしました。
後のことはまあ、本編以外は興味ない方もいるとおもうので全部が終わってから書きますたぶん。

ただ一つ言えるのは、これを書いている4月から今までのうちに公式に『三笠』が実装されなくて良かったということです。
ではまた来ます。

最後の投稿となります、よろしくお願いします。

エピローグ 僕たちの門出


戦艦『ミカサ』の甲板に、乗組員たちがひしめき合っていた。

大提督を一番奥に据えて、既に英雄の凱旋を出迎える準備は万端だ。


「あっ、提督。来ます!」


姉である翔鶴さんが、一番にその姿を捉えた。

まだ遥か遠く、ついさっきまで戦場だった洋上を小型艇が『ミカサ』を目掛けて進んでくる。

どんどんその姿は大きくなっていき、待ちきれない僕たちを落ち着かせない。

小型艇は一度『ミカサ』の艦影に隠れて横にこぎ着け、舳先に備え付けられていた縄梯子まで近づいてくれた様子で。

おそらく今、彼女はそれを登っているのだろう。

『ミカサ』の甲板中央で僕と艦娘一同は、ただただ無言で待つ。英雄の帰還を。


そして、その瞬間は突然に訪れた。


「よいしょ、っと」


ひょっこりと『ミカサ』の舳先から瑞鶴さんが顔を出した瞬間。

わあ、っと、甲板にいた全員が歓声を上げて彼女を出迎えたんだ。

「瑞鶴っ、瑞鶴~!」


翔鶴さんが妹の名前を呼びながら駆け寄って、そのまま瑞鶴さんを抱きしめる。

遅れて僕たちはそれを追いかけて、抱き合っている姉妹のもとへ。



「翔鶴ねえ、ただいま…って、どうしたの!?この歓声は一体何!?」

「瑞鶴、瑞鶴。無事で良かったわ」



涙声になっている翔鶴さんと、まだ状況が飲み込めずにキョトンとしている瑞鶴さん。

「翔鶴、あなたは少し落ち着きなさい」

「瑞鶴、みんなあなたを出迎えるために待っていたのよ」

「え、私を?何で?」



赤城さんに言われても、やはり瑞鶴さんは戸惑っている。

瑞鶴さんは、自分がどれほど凄い事を成し遂げて帰ってきたのか…。

もたらした奇跡の規模が大きすぎて、イマイチ理解出来ていないらしい。

「瑞鶴さんが敵のボスを倒してくれなかったら、この作戦の勝利は無かったよ」

「戦艦『ミカサ』も僕たちも…みんなこの海に沈んでいただろうから」


だから、キミはここにいる僕たち全ての命を救ったんだ。


僕がそう締めくくると、ようやく瑞鶴さんはまわりを見渡して。

『ミカサ』の全ての乗員たちが自分の事を褒め称えているということに、やっと気がついたらしい。



「あ、え!?わ、私!?」

「だからさっきからそう言っているでしょう」


呆れ顔で加賀さんが諭す。

瑞鶴さんの活躍を自分のことのように喜んでいるのが、弾んだ声色から分かった。

「奇跡の戦艦ならぬ、奇跡の空母ですね」

「はい、赤城さん!」


今この時だけは大げさとは言い切れないほめ方をする赤城さんと、それを喜ぶ翔鶴さん。



「い、いや…でも、これはみんなが頑張ったから勝てた訳で…」


普段こんなに褒められたことがないからか、予想外の賛辞に戸惑う瑞鶴さんを見ると。

何だかおかしくって、つい僕はクスリと笑ってしまった。

「あ、ちょっとキミ。何笑ってんのよ!?」


そう言って僕に詰め寄ってくるのは、この状況を何とかして欲しいからだ。

あまりにいきなり注目を集めすぎて、どうしたら良いか分からないって顔してる。

ちょっと可哀想だから、そろそろ助けてあげようかな。



「そうだね、この勝利はこの戦場にいるみんなが、命懸けで戦ったから得られたものだ」


前のめりの作戦や、諸々の見落としなど…反省すべき点は色々あると思うけれど。

今は、今だけは、ただこの勝利を喜んでもバチは当たらないんじゃないだろうか?

「でもやっぱり、それは最後の瑞鶴さんのあの働きがあってこそなんだ」


いくら瑞鶴さんが照れようとも、そればっかりは否定出来ない。僕が、させない。

それに、僕は瑞鶴さんのあの活躍をきちんとみんなに認めさせてやりたい。



「だから、瑞鶴さん。みんなの気持ちを受け入れて上げてよ」

瑞鶴さんを囲んでいた僕たちの輪を解いて、英雄の姿をみんなに見せつける。

「で、でも。どうすればいいの?」

「みんなの方を見て、手を振ってあげて」


おそるおそる、『ミカサ』乗組員全員を前にして。

瑞鶴さんが片手を高々と上げた瞬間。



わあ、っと…先ほどとは比べ物にならないほどの歓声が、『ミカサ』甲板を埋め尽くした。


「え、あ、あの…え、えぇ~!?」

「もう、瑞鶴ったら。もっと誇っても良いのよ?」

「同感です、あなたは今、私たちの代表なのだから」

そんな光景を見て。

ああ、成った、と僕は思った。

自然と赤城さんの方を見ると、彼女もまた僕の方を見ている。


「第一歩、ですね」

「うん」


赤城さんたち艦娘の提督として、彼女たちを高みへと導いていく…その第一歩が。

今、この瞬間。確かに踏み出されたんだ。


そして、この一歩が最後じゃない。

再び、碧く澄み切った海をこの手に取り戻すまで…。

僕たちの歩みは止まらない。

…だなんて。

横須賀鎮守府の、僕たちがこんな綺麗なお話の終わり方をするなんて、ある訳がなくて。


「さあ、瑞鶴さん。戦闘の結果を報告するために、大提督のところまで」

「うん!」



無意識に瑞鶴さんへと手を差し出す僕。

三笠と話すうちに気取った仕草が板についてしまったのだろうか?


今までには考えられないほど素直に僕の手を取る瑞鶴さんを見て、周りがおや、っと注目する。

…特に加賀さんは何で急に無表情になるのかな?目が怖いんだけれど…。

瑞鶴さんも大分、この過剰な賛辞の雨に慣れてきた頃に。

その声は唐突に、でも確実に『ミカサ』の甲板のみんなに聞こえてしまった。



「お前ら、もうキスはしないのかよーっ!」



どこからともなく飛んできた野次に、周囲がドっと沸いた。

ああもう、最後くらいは真面目に終わらせて欲しかったんだけどなあ!

「うえぁ!?なんで、なんで!?」


うろたえる瑞鶴さんを前に、僕はため息を一つつく。


戦いに赴く前にした、瑞鶴さんとのキスは…艦娘の能力の覚醒には必要な処置だった訳で。

そしてそのキスはまさにここ、『ミカサ』の甲板でした訳で。

それが誰にも見られなかったというのはあまりにも都合の良い話だ。



艦娘の特性を知らない『ミカサ』乗組員が”あれ”を見たなら…僕たちはどう見えたんだろう?

まあそれは、周囲から聞こえる様々な野次から推測するまでもないことなんだけれど…。

うん、まあ決まってるよね。戦場に赴く恋人と蜜月を過ごしていたようにしか見えなかったに違いない。

「なんなら、またここでやってみせてもいいんだぜー!」


別の方向から、もう一つ飛んでくる野次。その度に周囲が沸く。

親しみのこもった、だけれども本当に、本当に余計なお世話の一言。


ああ、良かった…艦娘にもこんな風に好意がこもった冷やかしが来るようになったんだ。

なんて、からかわれている張本人である僕が思える訳もなく。



「ち、ちがっ…あれは必要な事だからやっただけで」


慌てるあまり誰にともつかない言い訳をしてしまった瞬間。

僕の背筋を、久しぶりに味わうヒヤリとした感覚が駆け巡った。

「ふうん、そっか」

「ず、瑞鶴さん!?」


先ほど僕の手を取った朗らかな笑顔は消え失せていて。

今の彼女が浮かべているのは…般若の形相…?



「キミは私とのキス、そんな風に思ってたんだね」

「い、いやこれは…みんなにからかわれたら嫌だし」

「嫌!?今私とのキス、嫌だって言ったの!?」

だからそうじゃないって!

ああもう、せっかく誤解を解いたばかりだっていうのに!

唐突に始まった言い争いを、周囲はこれまた面白そうに眺めている。



誰だよ、煽ったやつ。出てこい!


「提督」

「か、加賀さんっ」



そんな僕に隣から声がかかる。女性にしては低いこの声は加賀さんのものだ。

良かった…加賀さんなら瑞鶴さんを叱って、この場を取り持ってくれるかも知れない。

「もう瑞鶴としかキスをしないのかしら?」

「へ?」


でも、加賀さんから出てきたのは、瑞鶴さんを宥めるのではないこんな言葉だけ。

あのう、今その話題は…全くと言っていいほど重要じゃないと思うんだけれど。



「答えて頂戴」

「そうね。どうなんですか、提督?」


赤城さんはちょっと面白そうに合いの手するのやめてくれないかな!?

加賀さんにいたってはすっごく真剣な顔をしているし…訳が分からないよ、もう。

「しょ、翔鶴さっ…」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」


…逃げ場がない。

こうなったらここは、正直に話すしかないか。

何故だか、言ったら無事じゃすまないようなそんな気がするんだけれども。

「瑞鶴さんの発動させた能力は驚異的なものだったし…」

「他のみんなにも使いこなせることが出来ればと思う…んだけれど…」

「あらあら、提督。なら、頑張らなければいけませんね?」



え、なんで僕が?

頑張るのは艦娘たちじゃないかな。

僕とのキスを嫌がる娘も出てくるだろうから尚更…。

「別に、嫌とは言っていません」

「加賀さんが協力してくれるのなら嬉しいよ」


だって、瑞鶴さんの他には唯一キスの効果が出ている艦娘だから。

なんで二人だけに効果が出るのかも解明しないといけないしね。



「わ、私だと嬉しい、ですか」

「うん、そうだけど?」

「…そう」


加賀さんも瑞鶴さんの覚醒にあてられて、能力を磨きたくなったのだろうか。

何か思うところがあるのか、それだけ言うとまたむっつりと黙り込んでしまった。

「提督…」

「あらあら、これは大変ですね」


顔を真っ青にして固まっている翔鶴さんと、楽しそうにウキウキしている赤城さんの声を聞いて。

僕はある事実に気がついてしまう。

…さっきから瑞鶴さんが、全く言葉を発していないという事実に。



おそるおそる、後ろを振り返る。


「あのう、瑞鶴さん?」


そこには、久しぶりの仁王が立っていた。

「…瑞鶴さん?」

「加賀さんともキスしたいんだ」


「いやだからその、それは提督として」

「私とのキスは、遊びだったんだ」


だからなんでそうなるのさ!?

こっちだってずっとずっと悩んで真剣に…!



「じゃあどういう気持ちでキスしたのよ!?」


そんな事みんなの前で答えられる訳が無いじゃないか!

狼狽えて何も答えられない僕の態度を瑞鶴さんがどう捉えたのか。

その答えを僕は、身を持って知る事になる。

「もう分かった、女の子とキス出来れば誰だって良いんでしょ!?」

「だから違うってばー!」

「アンタなんか…アンタなんかやっぱり大っきらい!」



シャラン、と鈴のなるような音がして。

次の瞬間、瑞鶴さんの手には弓矢が握られている。



あれ、ちょっと待ってよ。この光景はどこかで…?

「瑞鶴、落ち着いて!?」

「ここは戦艦の上よ、大概になさいっ」


「危ないから爆発だけは駄目よ?」

「もう爆薬無いから大丈夫っ」


何が大丈夫なんだろうね!?



「瑞鶴さん、だからちょっと待って」

「問答無用っ!」

駆け出した僕の背後からヒュン、と弓が放たれる音がして。



「嘘だろおおお!?」



艦載機から落下した爆弾に頭を打たれて、僕の意識は途絶えていく。

周囲を取り巻く野次は最高潮に盛り上がっていて、慌てた翔鶴さんの声だけが間近で聞こえる。

翔鶴さんの膝の上にぼうっとした頭を預けながら…薄れゆく意識の中で。

僕はこんなとりとめのないことを考えていた。



仲直りのキスが出来たからもう大丈夫、って思っていたのに。


出会い頭のキスから始まった僕たちの問題は…。

まだちっとも解決していなかったみたいだって。




キスから始まる提督業!① 了

乙①ってことは続くのか?

お、終わった・・・疲れました。
長い長いこの作品にお付き合いいただけた方には本当に感謝しかありません。

以降は今後の展望、後書きなんかをダラダラ書きたいと思います、良いよという方はどうぞ。
本編はこれをもちまして終了です、2巻というかたちでもし続きを書く事が出来ましたらそのときはよろしくお願いします、では。

>>143
そこも含めて投下します。語りたがりなんで好き勝手喋ります、よろしくどうぞ。


あと忘れてましたが「元ネタにしたラノベがある(キリ」なんて言ってたんですね。
似ても似つかぬ作品になりましたがこれも書こうかと思います。

【②巻について】

元々ハーレムものを描きたいと思ってはじめた作品なので続きも挑戦したいです。

メインストーリの構想はまだですが加賀さんをぐっと、翔鶴をちょこっと少年と近づけられたらいいなという感じです。

瑞鶴は嫉妬します。赤城はどう恋愛感情まで落とすか難しいですね。

後は戦艦艦娘とかニューフェイスも登場出来たら上々かなあというところ。

次回はもっと内容を絞って最小限に、というのも目標。1巻が長すぎた、ラノベだったら鈍器認定されてます。

【三笠について】

伏線というにはあからさまだったのでメイド少女の正体はバレバレだったかも。

初登場した第十章の章題でも言ってます、その名は『ミカサ』だって。



「綺羅付け瑞鶴が赤城のピンチを救う」しか考えておらず、鎮守府の提督とキスした後どうすんだ!?という考えから登場してもらいました。

オリキャラは今後でしゃばり過ぎないように使っていきたいです。メインはあくまでも一航戦五航戦ですから。

キャラのイメージは一番好きなゲーム「空の軌跡」のレンから。

【元ネタのラノベ】

当初の構想は

・少年主人公(学生)
・カードの封印が解け、軍艦の魂が女の子に憑依⇒回収しないと!
・再封印方法はキスすること。これで女の子が軍艦の能力を使うことができるように


というもの、出来上がったものと全然違います。

結局残ったのはキスでヒロインを強くする、この一点でした。

ラノベ、カード、キス。この字面で分かったら相当なラノベ通でしょう。

次レスでタイトル出します。

【元ネタのラノベ】

当初の構想は

・少年主人公(学生)
・カードの封印が解け、軍艦の魂が女の子に憑依⇒回収しないと!
・再封印方法はキスすること。これで女の子が軍艦の能力を使うことができるように


というもの、出来上がったものと全然違います。

結局残ったのはキスでヒロインを強くする、この一点でした。

ラノベ、カード、キス。この字面で分かったら相当なラノベ通でしょう。

次レスでタイトル出します。

タイトルは「タロットのご主人様。」

意思を持つ特別なタロットの封印を破ってしまった主人公が回収に走るお話です。

封印が解かれたタロットたちはその能力を駆使して暴れまくります。それを止めるのが陰陽道の異能を持つ主人公な訳です。


再封印するために“仕方なく”その手段として美少女たちにキスしていきます。素晴らしい発想です。仕方なくというのが最強の免罪符。

風呂敷のたたみ方だけは駆け足でしたが、萌えとストーリーの両立がしっかり出来た良作でした。学生時代に友人から借りて読み、後に全巻購入しました。


これと「学校の階段」、「世界平和は一家団欒の後に」は何故アニメ化しなかったのか不思議でしょうがない!あと「付喪堂骨董店」と「さよならピアノソナタ」もな!

ふぅ、自己満足タイム終了です、たぶん言いたいこと全部言ったと思います。
それでは、長い長いこの作品を読んでくれた方、本当にありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年07月10日 (金) 18:55:59   ID: cuT4OCfH

すごく面白かったですわ、これは②に期待したくなる

2 :  SS好きの774さん   2016年04月26日 (火) 04:52:24   ID: P8v1kmOi

いっちばーん!好きな艦これSS

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