【艦これ】キスから始まる提督業!【ラノベSS】 (949)
艦これ地の文・長編SS(ラノベ風)です、本編は>>2から。
1巻に当たる今回のメインヒロインは瑞鶴。
*元ネタにしているラノベがあります、興味のある方は推理してください。
ただし物語の骨組みに参考にしているだけですので、おそらく当てられる方はいないと思います。ラノベ玄人でないと多分知らない作品じゃないかなあ。
一応、後書きの最後でネタバラシ紹介はする予定です。
過去作 メインはシリアス風味のこれら
【艦これ】天龍「オレと、提督の恋」
【艦これ】天龍「オレと、提督の恋」 - SSまとめ速報
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【艦これ】神通「私と提督の、恋」
【艦これ】神通「私と提督の、恋」 - SSまとめ速報
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【プロローグ】 突然の・・・
唇に温かい感触が広がっていく。
あまりのことに僕は動くこともできずに、その熱を味わっていた。
「んっ・・・・・・」
それは僕を押し倒した少女も同様で、僕と彼女は互いの唇を押し付けたまま、まるで世界が止まったかのように硬直していた。
目の前の少女の気の強そうなつり目は今、驚きのあまり大きく見開かれていて。
整った顔立ちが徐々に紅く染まっていくのを見て、夕焼けみたいだなあなんて。
その時の僕は、そんなのんきな事を考えすらした。
いや、あまりのことに思考がぶっ飛んでしまっただけかもしれないけれど。
世界が再び動き出すのに、いったいどれくらいの時間がかかっただろうか?
「・・・・・・・・・っ」
「・・・・・・・・・っはぁ」
唇と唇が離れる時に漏れる吐息がもどかしい。
密着した身体はそのままに、お互いの顔だけは認識できるくらいに距離が空いた。
僕も彼女と同じくらい顔を真っ赤にしているんだろうなあなんて思いながら。
口に手を当てて呆然とこちらを見てくる彼女を見てすっごく可愛い女の子だな、とこんな時ですら思ってしまう。
唇に、甘くて柔らかい余韻がまだ残ってる。
でも、まだ僕は信じることができないんだ。
「あの、今・・・・その・・・」
「な、な、な・・・・・・・・・」
目の前の美少女と僕が、キスしてしまっただなんて!
「あ、あの?」
「何すんのよ、バカ~~~~~っ!」
「えええ!?」
でも、そんな幻想的な思いはすぐにどこかへ飛んでいってしまった。
なぜなら・・・・・・。
シャラン。
目の前で不思議な音がしたかと思うと、いつの間にか少女の手には弓が握られていて。
「目標、正面の痴漢・・・やっちゃって!」
あろう事か、番えた矢を僕に向かって放ってしまったのだ!!
「ウソだろっ!」
そして。
飛んでくる矢を避けようと何とか動こうとする僕に、またしても不思議な事が起こる。
少女が放った矢が飛行機――いや、これは爆撃機か――に姿を変えて、こちらに突っ込んできたのだ!
「えっ?」
三度目の驚愕、突然視界が変わる。
爆撃機と少女を見ていたはずの僕の視点は今や。
執務室の廊下・・・その天井から僕らを見下ろしている映像へと切り替わっていた。
これは一体・・・・・・?
まるで世界を俯瞰して覗いているかのように・・・。
矢を放った少女、艦載機・・・そしてそれを間近でぼぅっとしてる僕の間抜け面が見える。
・・・・・・って、ぼぅっとしている場合じゃない!
ブンブンと首を振ると、さっき見たのは夢か幻か・・・元通りの視界が広がっていた。
もう爆撃機が目と鼻の先・・・一刻も早く逃げないと七面鳥の丸焼きだ。
我に帰った僕は咄嗟に向いていた方向――つまりは少女が出てきた執務室の方へと――駆け出す。
「あ、待ちなさい!この痴漢!変態!」
「痴漢でも変態でもないってば!」
狙われている僕が室内へ入るということ。
それがどういう効果をもたらすかなんて考えもしなかった。
「騒がしいわね、まったくこれだから」
「瑞鶴・・・どうしたの?」
「あら・・・あなたは?」
のんびりとこちらを見やる三人の少女に、無我夢中で叫ぶのが精一杯だった。
「みんな、伏せてーーー!」
「「「えっ?」」」
「逃がさないんだから!」
ブウウウウウウン、という音とともに爆撃機が室内へ入ってくるのを見て。
部屋の住人たちは、僕が叫んだ意味に気がついたようだ。
「なっ!?」
「瑞鶴ったら何してるの!?」
「とにかくみんな伏せて!」
僕たちがかろうじて床に這いつくばり、物陰に隠れた瞬間。
爆撃機から放たれた爆弾が、丁度部屋の中央に落ちてきて。
ドカン、と。
「うわあああ!?」
これから僕が使うはずだった執務室をまるごと吹き飛ばした。
ああ、どうしてこうなったんだろう。悲鳴を上げながら僕は思うんだ。
ケチがついたのはそう、ついこの前・・・士官学校を卒業してからだ。
プロローグ終了
PCが死ぬほど重いので再起してきます
第一章 最悪な出会い
15歳で士官学校を卒業するのは、史上最年少記録だそうだ。
おまけに入学以来ずっと主席・・・これは行ける!出世街道まっしぐらだ!!
「横須賀鎮守府提督に任ず」
そんな僕の夢を打ち壊したのは、士官学校の卒業式で放たれたこの言葉。
居並ぶ同窓生たちと比べ頭二つ三つ低い僕が、代表として壇に上げられたとき。
主席卒業の僕は、どんなエリート鎮守府に配属となるか・・・期待に胸をふくらませていた。
佐世保?舞鶴?呉?それとも・・・・・・?
そんな風に多少舞い上がってしまっても、仕方のないことだと思って欲しい。
何しろ古の名将、大軍師たち・・・僕の憧れる鄧禹や諸葛亮ですらその活躍は20代に入ってから。
それを・・・15歳で!
着任したらどんな作戦を立案しようか?
どんな体制を打ち出していこうか?
期待に胸が膨らむ。
「士官学校主席卒業者・・・・・・君を提督に任ずる」
卒業式の壇上で僕の心は跳ね上がった。
いきなり将校たちのトップ・・・提督だって!?
それはつまりどこかの鎮守府をまるごと一つ任されるということ。
地に臥していた龍が天高く羽ばたこうとするその翼を―――
「そう、君を横須賀鎮守府”特別”提督に任ず」
続く言葉にへし折られた。いきなりの・・・左遷の宣言。
横須賀鎮守府って・・・例の、”期待はずれの兵器たち”の鎮守府じゃないか!
そんな僕をさらに驚かせたのが、周りの仲間――だと思ってた人たちの声。
みんな僕よりもはるかに歳上の・・・正規の年齢で卒業していく同期たち。
「ざまあみやがれ」
「調子に乗ってたからだ」
「頭だけ良くてもな・・・最年少ってことで贔屓されてただけさ」
己を切磋し、国のため、人々を守るために巣立つ若鶏の台詞とは思えなかった。
僕はただただ、一生懸命やってただけなのに、何故こうなってしまったのか・・・。
「僕チャンは女と仲良くやってるのがお似合いなんじゃないの?」
背後からドっと笑い声がする。
数々の嫉妬から生まれた嫌味を背にしながら・・・でもただ、腐っててもしょうがない。
せめて新天地で頑張ろうと、僕は赴任先の鎮守府へと一人旅立ったのだ。
過去作とは何か繋がりとかあるの?
>>19
ああ、書き忘れました・・・過去作は関連性ないですので無視してくれて大丈夫です
緊張する・・・僕は横須賀鎮守府の中、執務室のドアの前に立って呼吸を整える。
提督に任命されたから、今や僕はここの最高責任者だ・・・形だけは。
これから部下にすることになる女の子たち・・・いや、“艦娘”たち。
僕ら軍人が直接戦う他の鎮守府と違い、ここは彼女たちが日々出撃している。
彼女たちの存在が知られ、共通の敵である深海棲艦と戦うようになってから、日は浅い。
当時は様々な憶測、意見が飛び交った。
これで戦争は買ったも同然だとか言う風潮も、しばらくはあった。
「さて、どんな娘たちがいるんだろう」
その、艦娘とは。
曰く、人類の希望。
曰く、役立たずのスクラップ。
今現在どちらの説が有力かは・・・僕みたいな新米を着任させたことでわかりきっている。
”期待はずれの兵器たち”といった言われようはあまりにも有名だし。
不安で胸がいっぱいになりながら・・・それでも執務室へ入ろうと一歩踏みだすと。
複数の女の子の言い争う声が聞こえてくる。
あれれ、何だか部屋の中が騒がしいな・・・誰かいるみたい?。
「ふん、だ。私、演習に行ってきます!」
むくれた少女の声とともに、ドタドタという乱暴な足音・・・。
その騒がしさに気を取られていると。
ガチャリ。
目の前のドアが勢いよく開いて・・・。
「うわっ!?」
「きゃっ」
僕の目線よりもほんの少し上から女の子が降ってきて。
軍人だというのに、情けなくも僕は女の子を支えきれず押し倒されてしまうのだった。
まったく、なんでこんなことになったのかしら。
ドッドッドッドッド。
痛いくらいに脈打つ心臓を意識して、唇にそっと手を当てて。
少年と出会う前の出来事に、空母の少女は思いを巡らす。
それは瑞鶴が執務室を爆破する、ほんの少し前・・・。
「冗談じゃないわ、何様のつもりよ!」
執務室―提督が着任する前なので、艦娘たちの会議室として使われてる―部屋に、空母瑞鶴の叫び声が響く。
「瑞鶴・・・あまり大きな声を出しちゃいけないわ」
「翔鶴ねえは黙ってて、私たち五航戦がなめられてるのよ!?」
そんな二人を冷ややかに見つめるのは、翔鶴、瑞鶴と呼ばれた二人よりもやや歳上に見える少女。
白い道義に青袴、瑞鶴を睨む目と整った顔立ちが・・・クールと表現するにはいささか鋭すぎる印象を与えている―。
「当たり前です・・・一航戦である私と赤城さんを、あなたたちと一緒に語らないで」
「海域の攻略が難しいって話をしただけじゃない!」
激光した瑞鶴は、姉艦である翔鶴の静止も聞かず再び反論する。
「あなたの実力ではそうね、難しいでしょう」
「何よ、加賀さんだって結局攻略できてないんだから、一緒じゃない!」
今度は加賀と呼ばれた、先ほどの青袴の少女が声を荒げる番だった。
形の良い眉をピクリと吊り上げて、瑞鶴と呼ばれた少女を射抜くように見つめる。
「なんですって?この間無様に大破したのは誰だったかしら」
「まだあの時のこという気!?どれだけ馬鹿にしたら気が済むのよ。そもそもあの時の旗艦は誰だったかしら!?」
「・・・・・・私の指揮のせいだとでも?」
お互い譲りそうもないこの衝突は・・・いったい何度目だろうか?
もはや翔鶴ではこの場を抑えられない。頭を抱えて見守るのみだ。
「まあまあ、二人共落ち着いて・・・ね?」
そんな時、いつも仲裁するのは加賀の隣にいる少女の役目。
凛とした雰囲気なのに、物腰は加賀と違って柔らかい。
穏やかな黒真珠のような瞳と、瞳と同じ色の腰まで流れる髪が見るものを惹きつける。
「赤城さん・・・」
他の三人の声が重なる。
四人の中で誰がリーダー格か自然と分かってしまう一幕、信頼のまなざし。
「加賀、あなたは言い過ぎよ。後輩は叱ればいいってものじゃない」
「赤城さん、でも・・・・・・」
反論は聞かない、赤城は加賀の言い訳を無視して瑞鶴に向き直る。
「瑞鶴、あなたも。先輩に反抗して自分の意見を言うのは実力をつけてからになさい」
反りが合わない加賀よりも、冷静で理論的な指摘・・・それが瑞鶴のプライドを傷つけた。
あなたは加賀よりも下とハッキリ言われた・・・事実そうなのは自分でも分かるけれど。
それを他人から指摘されるのは何よりも耐え難かった。
それを受け止めて歯を食いしばれるほど、心はまだ成熟していなくて。
「私が加賀さんよりも下ですか」
口から出るのは素直な謝罪ではなく・・・言い訳じみた反抗。
「ええ。ついでに言えば私やお姉ちゃんの翔鶴よりも、ね」
「あ、赤城さん」
慌てて赤城の発言をフォローしようとする翔鶴を見て。
翔鶴ねえもそう思ってる・・・そんな事を言外に突きつけられた気がして。
「ふん、だ。私、演習に行ってきます!」
むくれた瑞鶴は部屋を後にして、演習場に向かうことにする。
乱暴にドアを開けて、前も見ずに執務室を飛び出した。
「えっ?」
ドアを開けた目の前に、自分よりもやや背が低い男の子が立っていることに気づきもせず・・・。
ひどい目にあったけれど・・・今、僕は改めて思う。
女の子とキス、しちゃった。
それもこんなに可愛い子と。
爆撃によってボロボロになった執務室で、吹っ飛んだ椅子をどうにかして探し出しながら、頭の中はそれでいっぱいだ。
「でもなあ・・・」
それでも僕は、突然のことに嬉しさなんて感じる暇もない。
何しろ次の瞬間、飛んできたのは爆撃機なんだから!
更に気になるのは、その直後に僕の視界がおかしくなったことだけれど・・・。
一先ず僕が言うべきは、これだろう。
「いきなり爆撃するなんて、何考えてるのさ!」
「それはこっちのセリフよ・・・私にキ、キ・・・キスしといて!」
キスの少女はまだ冷静さを欠いているようで、真っ向からこちらに喰ってかかる。
それにこちらも全力でこたえる。
「押し倒したのはそっちじゃないか、僕は悪くないぞ!」
「あ、あんですって~!?」
改めて正面から向き合って相手を見ると・・・ああ、やっぱり可愛い。
背は僕よりもほんの少し高いだろうか、こちらを睨んでくる少女を改めてみやる。
武道・・・白い道義に胸当てをしているので、弓道を嗜んでいるのだろうか?
それにしては赤の袴・・・というよりスカート・・・が短い気がするけれど。
気の強そうな瞳に頭頂部で二つにまとめた浅葱色の髪は、見るものを惚けさせた。
抱きしめれば折れてしまいそうなほどに華奢な身体が、花開く前のつぼみのような少女の幼さをよく表している。
そしてやはり目が行くのは・・・怒りにきゅっと引き締められた、桜色の唇・・・。
僕は今、こんなに可愛い女の子と、その・・・キスを。
かあ、っとまた顔が赤くなる。
僕の顔を見て何か勘付いたのか、キスの少女はますますヒートアップしてしまった。
「ちょっと。何いやらしい目で見てるのよ、この変態!」
「そこまで言う?」
「だって、だって・・・私の初めてを奪った癖に!」
ぶっ・・・なんか今とんでもないことを言わなかったかな!?
・・・大体それを言うのなら僕だって初めての・・・なんだけど。
身勝手な少女の言い方にカチン、ときた。
「瑞鶴。あなた何をしているの」
「もう、執務室がボロボロじゃない・・・すみません、先輩方」
「とにかく、状況を整理しましょう」
先ほど室内にいた女の子たちが、正気を取り戻して口々に発言し出す。
爆発は上手く避けたものの、みんな服や顔が煤で汚れている。
瑞鶴・・・と呼ばれているのはキスの少女の名前だろう。
彼女は僕よりほんの少し歳上という感じだけれど、他の三人は完璧にお姉さんだ。
士官学校時代も自分が最年少で、まわりは歳上ばかりだったけれど・・・それは男だけの話で。
こうして歳上の女性に囲まれてしまうと、何をどうすれば良いのかなんて分からない。
そんな中口火を切ったのは、赤袴のお姉さんだった。
「爆撃のことは置いておくとして、まずはあなたの事を教えてください。何故鎮守府に?」
流れるような黒髪に理知的な瞳。物腰は柔らかくって、それでいて有無を言わせぬ口調。
この四人の中で誰がリーダーかひと目で分からせられる。
「あのう、あなたは?」
「赤城と申します」
赤城というのがこの人の名前らしい・・・そして、それ以上は喋らない。
喋るのは私ではなくあなたでしょう、という言外なメッセージを僕は感じ取って。
「今日からこの横須賀鎮守府の”特別”提督として配属になりました」
「よろしくお願いします」
僕以外の四人が息を呑む。
ああ・・・予想していたけれどこの反応は。
「ふん、こんなガキんちょが提督なんてやっていけるのかしら?」
ほら。
辛辣な言葉は先ほどから僕を番犬のような形相で睨んでくる瑞鶴・・・さんからだ。
「もう、瑞鶴ったら失礼よ」
「何よ、翔鶴ねえだってそう思ってるでしょ。どう考えてもこんな歳下の提督なんておかしいわ」
「そ、それは・・・」
言いよどんだのは瑞鶴さんとよく似た顔立ちの少女・・・まあそうだよね頼りないよね。
翔鶴さんは瑞鶴さんよりも大人びた感じで、優しそうな人だ。
この四人の中で一番、女の子らしい人かも知れない。
「ちょっとアンタ、翔鶴ねえのこと変な目で見ているんじゃないわよ!」
見とれていたら、番犬に噛まれたし・・・。
「見てないよ!」
慌てて言うけれど嘘です見ていました。お姉さんって感じですごくいいなと思いました。
あれ、でも・・・とある疑問が僕の中に浮かぶ。
「そもそも艦娘に年齢なんてあるの?」
そう、彼女たちは艦娘であって人間じゃない。
年齢という概念があるのだろうかと思った。
その疑問には先ほどの赤城さんが答える。
「人間が言うところの年齢、という考えは私たちにはありません。しかし」
「なんとなく感じるのです、お互いに。例えば私と加賀は人間で言う同年代だとか」
赤城さんの発言を受けて、今度は最後の一人・・・加賀さんが続ける。
「そこの五航戦の娘たちが私よりも歳下だという感覚が、自然にあります」
「まあ、見た目もそうだしね」
瑞鶴さんも屈託なく話すことから、これはお互いの共通見解なのか。
「そして、あなたは瑞鶴よりも歳下だ、という感覚も」
平坦な声で語る加賀さんは・・・少しドライな感じがしてこわい。
でも、納得の意見だ。僕からしても瑞鶴さんを僅かに歳上と感じるし、他の三人も言わずもがなだしね。
「ええ、私もそう思いました」
翔鶴さんも賛同するのを見て、僕が一番歳下というのことで決着がつく。
もはやそういうものとして進めたほうが話が早い。
「ふん、見た目からしてガキだし当然だけれどね!」
カチン。
事故があったとは言えあれは僕のせいじゃない。
僕がそうまで言われる筋合いはないと思う・・・ので、言い返すことにする。
「瑞鶴さんとは似たようなものじゃないか」
「何よ、私がガキだっていう気!?私の唇奪ったくせに!?」
「それは今関係ないだろ!?」
再びその話題が上がって、幾分冷静になった艦娘たちが動揺する。
場がざわめくのと同時に、他の三人から冷たい視線が寄せられるのを感じて。
まずいまずいまずい!何とかしないと!
「あれは事故じゃないか、僕だって君とキスしたかったワケじゃないからね!?」
「ししし、失礼な。私となんてキスしたくなかったってこと!?」
売り言葉に買い言葉。
普段なら僕も冷静になることが出来たはずだけれど・・・言われない中傷を浴びてこの鎮守府に来た後でのこの仕打ちだ。
ちょっと、堪えることができなかった。
「どうせキスするんなら、乱暴な君じゃなく女の子らしい翔鶴さんの方がよかったね!」
「えっ・・・わ、私!?」
瑞鶴さんとのキスは、実はすっごくドキドキしたんだけれども、そんな心には蓋をして。
つい、そう言い放ってしまった。
動揺する翔鶴さんをよそに、瑞鶴さんがますますヒートアップする。
「あ、あんですって~!?上等じゃないこの変態提督!」
「なんだよ、僕は悪くないぞ!」
「おやめなさい、二人共」
赤城さんの仲裁で、僕は我に返る。
「まったく・・・いくら事故があったとはいえ。少し情けなくはありませんか?」
・・・・・・にべもない正論に、僕らは揃って口をつぐむ。
その通りだ。これからこの艦娘たちを指揮していく立場の僕が、こんな幼稚な言い争いをしていちゃ示しが付かない。
「うん、ごめんなさい・・・」
「分かればよろしいのです」
ニッコリ笑ってそう言って、僕の頭を撫でる赤城さん。
・・・これじゃどっちが上司なのか分かりやしないや。
「ほら、瑞鶴も」
「ふん、だ」
反対に瑞鶴はすっかりへそを曲げてしまって、取り付く島もない。
「もう、瑞鶴ったら」
「・・・ゴメンナサイ」
翔鶴さんにたしなめられてようやく、そっぽを向いたままの形ばかりの謝罪。
ああ、やってしまったと僕は今更ながら反省する。
部下にそっぽ向かせてどうするんだ・・・。
「あのう、瑞鶴さん・・・」
「ふんっ」
こりゃ駄目だ。時間を掛けて改善していくしかない。
そして今は瑞鶴さんの問題ばかりにかまってはいられない。
騒動が一段落を見せた今、本来の・・・提督としての問題に取り掛からなきゃと僕は視線を上げて。
「この執務室、どうしよう?」
「あっ」
「うっ・・・」
着任早々、仕事する場所がないなんて・・・僕は一体、これからどうなるんだ?
深い深い溜息をつきながら、僕は執務室だったものを見渡すのだった。
今日はここで区切らせていただきます、続きはお昼くらいかな・・・?
本当はもう少し書き溜めがあるのですが・・・書き込みに時間がかかりすぎるので
ファーストキスから始まる二人の恋のヒストリーですがゼロ魔ではありません
完結済、アニメ化していない作品ですしストーリーは全然違いますから本当に当てられないと思いますよ
では開始です
執務室は今、悲惨な有様だった。
窓は全て破れて風は吹きさらしだし、壁も床もえぐれて煤だらけだ。
とても執務が出来そうな場所ではない。
「まったく、あなたも随分と本気で爆撃したものね」
「そうよ、誰かに当たったらどうする気でいたの?」
全くだ、着任早々いきなり艦娘の本領を見てしまった。
これのどこが役立たずなのか疑問に思う。
「そんな・・・私だってここまで威力を出した覚えないのに・・・」
「戦場で出すよりも火力が出ているくらいですよ、これ」
「うぅ・・・」
自分でもやりすぎを感じているのだろう。
みんなに責められて瑞鶴さんがしょげているのを見て。
「まあ、いきなりのことだったし・・・動揺してたんだから仕方ないよ」
「む、むぅ!」
がるるるるるる、という声が聞こえてきそうなほど不機嫌になる瑞鶴さん。
・・・なんでフォロー入れたのに睨まれなきゃいけないんだよぉ。
「しかし、ここでは執務を採ることは難しいでしょう」
「何とか直らないかな?」
「妖精さんに任せるのは良いとして・・・それには資材を使います」
うーん、まだ鎮守府の備蓄を記録した帳簿を見ていないから分からないけれど。
出撃に回す資材を差っ引いたら余裕がないんだろうか。
・・・・・・それってかなりまずい状態なんじゃないのか?
「いいよ、それなら代わりの部屋で仕事するから。修理は余裕が出来た時にしよう」
おお、なんかリーダーっぽいぞ、この調子だ!
「ですが、ここ以外に空いている部屋がありません」
へっ?
「一つも?」
「一つもです」
「残りの部屋はみな、艦娘たちが暮らす部屋や資材置き場などとして使っています」
「提督に資材置き場で暮らして、執務を取れというのも・・・・・・」
赤城さんと加賀さん・・・歳上組が唸り出す。
「ふーんだ、廊下で寝起きすればいいんじゃない?」
「こら、瑞鶴ったら・・・あの、先輩。元々妹が原因ですし、ここは私たちが部屋を出て」
「何でよ、翔鶴型の部屋を明け渡せって言うの!?」
瑞鶴さんが憤慨して声を上げる。
「服とか下着とか色々あるんだよ、この変態に好きなようにされちゃう!」
「何にもしないよ!」
正直言うと、落ち着かないとは思います。
下着は漁らないけどね、いやほんと!
「でも・・・部屋をこんなにしたのは瑞鶴、あなたなんだし。責任は取らなきゃ」
「ぅう・・・それはそうだけれど・・・でも」
ちょっと待って、と僕は翔鶴さんを止める。このままでは本当に部屋を明け渡しそうだ。
「僕だって君たちを追い出してまで部屋は欲しくないよ」
「この際、毎日空いた部屋を転々として執務を執るっていうのは?」
「責任者が決まった場所にいない、というのは問題でしょう」
妥協案は赤城さんに切って捨てられる。
やれやれ、国中で唯一艦娘たちがいる鎮守府に着任した(させられた)と思ったら。
まさか、執務を執る部屋さえなくなるなんて・・・。
でも、そんな些細な問題は次の瞬間吹っ飛ばされることになる。
まるで先ほどの爆撃機がもう一度現れたみたいに。
しかも、今度爆撃を放つのは・・・僕が一番理知的でまともだと思っていたこの人。
「ではこうしましょう!」
ポン、と手を叩いて・・・赤城さんが語りだす。
名案を思いつきました、という感じだ。
「翔鶴、瑞鶴はこれまで通り。いつもの部屋で暮らしてもらいます」
「やりぃ!」
「赤城さん、でも・・・」
そして、と人差し指を立てながら赤城さんは付け加える。
「提督も一緒の部屋で、執務を取って・・・寝起きして頂きます」
あーなるほど。それなら誰も部屋を追い出されずに、しかも僕は執務に集中できる。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
「って出来るかああああああああ!?」
「流石赤城さん。これ以上ないくらい名案です」
「どこが!?これ以上ないくらいおかしいよ!」
うんうんと頷く加賀さんにたまらず叫ぶ僕に、首を傾げる加賀さん。
「赤城さんの案に問題があるとでも?」
「問題しかないよ、結婚前の男女が同じ部屋で暮らすなんて」
「私には関係ありません。よって問題ありません」
「ああそういう意味!?なら問題ないや良かった良かった!」
加賀さんにとって僕や瑞鶴さんたちはどうなってもいいらしい。
めんどくさいからと適当に終わらせる気マンマンだ。
常識人に見えて何考えてるかわからない人だなと僕は加賀さんの認識を改める。
「ふざけないでよ、こんな変態と一緒の部屋だなんて!」
変態じゃないけれど、ここは瑞鶴さんの意見に賛成。
部屋がないからとは言え、一緒の部屋で暮らすなんて・・・翔鶴さんだって嫌だろう。
しばらく発言していなかった翔鶴さんが、神妙そうに口を開く。
「仕方ありません、そうしましょう」
ほら、嫌だって。
・・・・・・ん?
・・・・・・あれ、今翔鶴さんはなんて言ったのかな?
シカタアリマセン、ソウシマショウ
えっと・・・それはつまり。
「「えええええええええ!?」」
僕と瑞鶴さんの絶叫が重なる。
「翔鶴ねえ、正気?」
「翔鶴さん、本気ですか?」
今度は意見も。
面白くなさそうに瑞鶴さんがこちらを見てくるけれど、そんな場合じゃない。
でも、と翔鶴さんが可愛く首をかしげて言う。
「じゃあ瑞鶴、あなたは提督に本当に廊下で寝ろと言うの?」
「うぅ・・・それは、違う・・・けど」
おお、意外だ。
先程は勢いで廊下で寝ればなんて言っていたけれど、本心じゃないらしい。
瑞鶴さんって思ったよりも優しい人なのかも・・・。
そう考えるとさっきのは、なんて最悪の出会いなんだろう。
「でも・・・さっきみたいなことが起こったら」
そう、結局行き着くのはやはりそれ。
困り顔で唇に手を当てる瑞鶴さんに、僕はドキリとする。
またしても、僕はこの娘とキスしたんだと余計な意識をしてしまって。
「あ、やっぱり今思い出してるでしょ!?忘れなさいよ!」
「うわあ、ごめんなさい!」
しばらくあの唇の感触は忘れられそうにないんだ、ごめんなさい・・・。
「でも、さっきみたいな事は気をつければそうそうないから!」
慌てて言った僕のこの言葉が言質となった。
ポン、と再び赤城さんが手を鳴らして。
「気をつければ事故は起こらないだろう、と今提督はおっしゃいました」
「ふふ、ならば問題なし。決まりですね」
「あっ・・・しまった」
満足そうな笑み・・・この人、赤城さんは結構したたかそうだ。
「瑞鶴も日頃の行いを反省して・・・この機会に改めることね?」
赤城さん、もしかしてこれが狙いか。無鉄砲な後輩を懲らしめるための、罰。
・・・・・・着任早々手ごわい人が部下になってしまったなあと、僕は深い溜息をついた。
難しい問題は全部、後回しにして。
とにかく僕は翔鶴さん、瑞鶴さんの部屋で寝起きすることになった。
それは良いとして・・・いや、全然良くないんだけれど。
「うんしょ、うんしょ・・・」
日もすっかり落ちて、さあ就寝となったころ・・・翔鶴型の部屋に僕はお邪魔していた。
瑞鶴さんが部屋を二つに割るように、自分の矢を床に並べてラインを作っている。
自分たちのベッドがある側と、今僕が腰かけてるソファがある側だ。
「瑞鶴さん、何やっているの?」
「決まってるじゃない、ここからこっちは私と翔鶴ねえの国よ!」
国って・・・まあ、やりたいことは大体分かった。
「要するにそこから先僕は」
「ええ。入ってきたらまた、艦載機をお見舞いするから」
ニコっと笑って瑞鶴さん。
初めて僕に向けられた瑞鶴さんの笑顔は、殺意がこもったものでした・・・。
「もう、瑞鶴ったら・・・提督にソファで寝ろというの?」
「翔鶴さん、僕はそれで十分だから」
実際、部屋に住まわせてもらうだけでも感謝なのだ。
廊下で寝るよりは百倍いい。
それにこの部屋にあるベッドは二段ベッドで・・・つまりは余分がない。
境界線がなくったって、僕がソファで寝ることは変わりがないのだ。
「大丈夫よ、そのソファ結構大きいし。私もテレビ見ながら寝転んだりするし」
でも、と自分は一つも悪くないのにすまなそうにしてくれる翔鶴さん。
瑞鶴さんには期待出来ない、お姉さんの優しさが見えるといっては失礼かな?
「あ、そうだ」
名案を思いつきましたというように、両手を貝殻にしてピョンピョン跳ねる翔鶴さん。
・・・正直すごく可愛い、こんな歳上反則。
赤城さんと違って何か企んでいないのも理想的だしね。
「瑞鶴が私のベッドで一緒に寝て、空いたベッドに提督が・・・」
「駄目に決まってるじゃない!」
・・・全然名案じゃなかった。
しかも何故瑞鶴さんが反対したか、翔鶴さんは分かっていないらしい。
「どうして、瑞鶴。これでみんなベッドで寝られるのに」
「それって私のベッドでこの人が寝るってことでしょう?」
「もう、この人じゃなくって、提督よ?」
翔鶴さん、今問題はそこじゃないんだ・・・。
かなりの天然系じゃないだろうか、この人。
「とにかくそれは駄目、駄目なんだから!」
「そうかしら・・・名案だと思ったんだけれど・・・」
顔を真っ赤にして瑞鶴さんが叫ぶ・・・これは僕にも異論はない。
しゅん、と残念そうにした翔鶴さんだけれど、次の瞬間。
「なら私が瑞鶴のベッドに行って、私の空いたベッドに提督が・・・」
「それも駄目、絶対駄目!」
「瑞鶴、私は気にしないわよ?」
「翔鶴ねえが気にしなくても、私が気にするのー!」
翔鶴さん恐るべし・・・。
僕だって翔鶴さんが普段寝ているベッドを使えなんて言われたら落ち着かない。というかドキドキして寝られない。
・・・なんてそんなことを考えていたら。
「ちょっと、まさかアンタもその気なんじゃないでしょうね!?」
瑞鶴さんに睨まれる・・・って、遅かったか。
「ソ、ソファで寝させて頂きます!」
まるで士官学校時代の教官に接するようにそう言って。
僕はスゴスゴと自分の寝床(もちろんソファ)へ向かうのであった。
「おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみ、翔鶴ねえ」
僕には挨拶しようとしない瑞鶴さんに苦笑しながら、部屋の電気を消す。
女の子と一緒の部屋で寝るなんて、緊張して無理だと思ったけれど。
今日は色々と驚きっぱなしで疲れていて、簡単に寝られそうだ。
瑞鶴さんとの、突然のキス。
直後にどこからともなく現れた弓矢。
そこから放たれた矢が爆撃機に変わったこと。
そして、急に変わった僕の視界・・・これが一番気になる。
後はそうだな、聞きかじりの話でしか知らなかった・・・艦娘たち。
”期待はずれの兵器たち”
分からないことばかりだけれど、難しことは全部明日にまわして。
今はとにかく、休みたい。
ふあぁ、と大きくあくびをした頃には、半分眠りかけていて。
「おやすみなさぃ・・・」
そう呟いたまどろみのなか、部屋の奥の方から穏やかな寝息が聞こえてきて、僕も眠りに落ちていく。
「・・・・・・・・・おやすみ」
部屋のもう半分から、そんな声が聞こえてきた気がするんだけれど。
それが誰の声なのかは分からなかった。
こうして最悪な出会いから始まった僕の提督業一日目は、なんとか過ぎていったのである。
一先ずここまで
書き溜め分の追加と推敲が終わったらまた来ます、おそらく今日中
9時までには投下します、よろしくお願いします
苦戦したなあ
再開。
第二章 ”期待”
翌日の昼過ぎ・・・僕の提督業二日目。
僕は一航戦、五航戦の空母たちと共に鎮守府の港に集まっていた。
彼女たちを指揮する身として、艦娘のことを詳しく知らなければならないからだ。
「で、これが艤装ね」
突然シャラン、と音がして瑞鶴さんの手に弓矢が現れる。
「うわ、急に武器が出てきた!?」
「だから艤装だってば・・・」
「本当に私たちのこと、何も知らないのね・・・」
呆れ顔の瑞鶴さんに反発心がわく。
しょうがないだろ、ここに着任するなんて思ってもみなかったんだから。
「艤装とは艦娘だけが扱える、対深海棲艦への武器なんです」
妹の雑な説明を、姉である翔鶴さんが補ってくれる。
「正確には今着ている服なんかも艤装の一つなんですけど・・・」
「え、そうなの?」
さらにその補足が赤城さんから入る。
「私たちが生身で戦いに出れるのは、この艤装を付けられるからですね」
「艤装を使わない、純粋な肉体の能力は人間のものとそう変わらないですから」
はあ、なるほど。
だから戦闘で艤装が壊れてしまうと危険なわけね。
「ちなみに、人間が艤装をつけても何の意味もありません」
今度は加賀さんから。
だからこそ艦娘に期待がよせられたのだ、発見された当時は。
「そういえば、昨日は矢が艦載機に変わったけれど」
「ええ、瑞鶴・・・見せてあげて」
はい、と赤城さんの指示で瑞鶴さんが矢を番える。
そのまま正面の海へ向かってひょうと放った。
放たれた矢はしばらくの間大空を駆け、そして・・・・・・。
「あっ」
ブウウウウウウン
プロペラの音を響かせる艦載機へと姿を変える。
昨日執務室を爆撃したのと同じ爆撃機が、丁度海に浮かんでいる訓練用の的を目掛けて飛んでいくのが見えた。
「上々ね」
赤城さんの言葉に頷くのは、隣にいる加賀さん。
「これが私たち空母の戦い方になります」
「そのままあそこにある的を爆撃しなさい、瑞鶴」
「言われなくっても!」
加賀さんの指示にはやや挑戦的な返事をする瑞鶴さん。
「アンタもよく見ておきなさい、これが空母瑞鶴の力よ!」
自信満々なその顔は、自信に満ちた屈託のない笑顔。
「いっけえええええええええ!」
瑞鶴さんの指示通りに、爆撃機が遥か高みから的へと攻撃を試みる。
高度を保ったまま直下へと爆弾を投下―――昨日の執務室と同じように的が吹っ飛ばされる・・・ことはなく。
ボチャン。
「へ?」
「あ」
「・・・はぁ」
不発・・・?
落下した爆弾は的を大きく外しただけでなく、爆発すらせずに海へと沈んでいった。
「不快です」
バッサリ切る加賀さん。そこには何のフォローもない。
「しょ、しょーがないじゃない。ミスすることだってあるわよ!」
「だからと言って提督へのお披露目でこんな無様・・・まったく五航戦はこれだから」
「ちょっと・・・加賀さんだってミスすることあるでしょ、私知ってるんだから」
「私が?ありえません」
わあ・・・また喧嘩が始まったよ。
オロオロしだす翔鶴さんに、やれやれといった苦笑で見守る赤城さん。
]これがこの四人のいつものスタイルなんだろうなあ。
「あのう、じゃあ加賀さんにお手本を見せて貰うってことでどうかな?」
仕方なく僕が妥協案を提出する。
歳上同士の言い争いなんてどう収めていいか分からないし。
「あら提督・・・そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ?」
ニコニコとした笑顔で僕に言う赤城さん・・・仲裁する気なかったくせに、よく言う。
もしかして僕がどう対応するか試していたのかな?
提案した僕に、加賀さんが無表情な視線を浴びせながら言う。
「それもそうね、五航戦に任せないで最初から私がやれば良かったわ」
「ぐぬぬぬぬぬぬ!」
「あは、あはは・・・」
悔しがる瑞鶴さんと、困ったように笑う翔鶴さん。
後輩組も大変だなあと思って見ていると。
「なによ、こっち見ないでよね!」
「もう、瑞鶴っ」
・・・・・・僕悪くないじゃん。
「見ておくことね。これが私たち空母の戦い方よ」
いつの間にか加賀さんの手には弓が握られている。
無駄のない洗練された動きで流れるように矢を番え、大空へ。
ひゅん、と・・・先ほど瑞鶴さんが飛ばしたよりも高く、高く登った矢が姿を変えて。
再び姿を現した爆撃機が、今度こそ洋上の的へ真っ直ぐ落ちていく・・・そして。
ゴンッ
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・あれ?
的に当たっただけの爆弾は、低く短い音を響かせてそのまま海へと沈んでいった。
当然、爆発なんてしない。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
誰も、何も話さない。
・・・・・・き、気まずい!気まずすぎる!
「あ、あの・・・加賀さん?」
仕方なく僕が口を開くも、何をしたらいいのか分からない。
対する加賀さんはと言うと、悪びれるわけでもなく先ほどと同じ無表情で。
「まぁ、こんなものね」
えええええ、今シレっと言い放ったよねこの人。
なんで”これが成功例です”みたいな顔してんの!?
でもそれで納得する者がいるはずもない、特に瑞鶴さんは。
「ちょっと、加賀さんだってミスってるじゃないの!」
まあ、そうなるよなあ・・・あれだけ言われた後だもん。
「私は的に直撃させました」
「ぶつかっただけで爆発してないじゃない、私と同じようなモンよ!」
「当たることさえなかったあなたと一緒にしないで」
「あ、あんですって~!?」
ああ、もう・・・これじゃ話が進まないと判断した僕は思い切って間に入ることにした。
「ちょっと、二人共いいかげんに―――」
「アンタはどっちの味方なのよ!?」
「提督は私と瑞鶴の違い、お分かりになるでしょう?」
なんでそうなるの!?
もはや泣きたいのはこっちである。
「ええと、そりゃ・・・的に当たったか外れたかは大きな違いだと思うけれど・・・」
「そうね、当然の判断です」
「はぁ?ふざけんじゃないわよ!」
瑞鶴さんが食ってかかる・・・ってなんで僕に向かって!?
「あ、いやでも・・・二人共爆発しなかったから的を壊していない点では違いはないと言うのも無きにしも非ずでしてねうん」
「ほら見なさい、同じようなモンよ!」
「・・・頭に来ました」
今度は鋭い目つきで僕を睨む加賀さん・・・ってだから何で僕を睨むの!?
「ちょっと、アンタ結局どっちの味方なのよ!」
「一航戦と五航戦の違い、分かるわよね?」
ずい、と僕に迫ってくる二人・・・って、顔が近い近い!
相変わらず敵意を含んだつり目と、根拠のない自信を含んだ冷徹な目が僕を見つめる。
え、ちょ・・・どうしたらいいのこれ!?
「(翔鶴さん・・・翔鶴さん助けて)」
一番まともそうな人に視線を送って助けを求めてみると。
「(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい)」
あ、駄目だ。この人頼りにならんわ・・・。
こちらを拝んでいるだけでした。
「さあ」
「どっち!?」
どっちって・・・どっちを選べばいいんだあ!?
ズガン!
そんな僕の迷いを打ち消すような地を揺らす衝撃が、唐突に駆け巡る。
「え、何!?」
「こんなものですね」
爆撃によって粉砕された的は今や炎上しながら沈んでいく途中で。
爆風で乱れる髪を弓を持った方の手で抑えながら、それを見つめて赤城さんが呟いた。
僕らのちっぽけな言い争いを力ずくで終わらせてしまう、圧倒的な火力。
これが・・・これが正規空母の力。
「流石・・・鎮守府ナンバーワンの実力者ですね」
さっきまで縮こまっていた翔鶴さんが何事もなく僕の隣に来ている。
「・・・さっき助けてくれなかったくせに」
「ごめんなさいごめんなさいっ」
ちょっと翔鶴さんをいじめて気を落ち着かせてみる僕。
「すごいよ、赤城さん。これが艦娘の力なんだね!」
僕の賞賛を・・・しかし赤城さんは受け取ろうとしない。
「私たち艦娘の力は・・・本当に不安定なものです」
したたかな人だと思っていた。それと同時に茶目っ気のある、憎めないお姉さんだとも。
「私でも、爆撃の成功率は安定しません。数回に一回は不発に終わります」
でも、今は場を収めるための作り笑顔すら見せていない。
それさえあればこの雰囲気も、いくらか重くならずにすむと知っているはずなのに・・・それでも。
「加賀さんでも先ほどの失敗をする日もありますし、五航戦はそれよりもはるかに成功率が低い」
加賀さんにはあれほど食ってかかった瑞鶴も、しゅんとうなだれている。
「知っていますね、提督。人間のあいだで私たち艦娘が何と呼ばれているか」
「あっ・・・・・・・・・」
人類の希望。
そんな浮ついた誤魔化しなど、この場で口にすることすら出来ない。
そして、今分かった。
艤装を付けるだけで深海棲艦と戦う力を持つ彼女たち艦娘が、何故もっと大切に扱われないのか。
――僕チャンは女と仲良くやってるのがお似合いなんじゃないの?
士官学校の卒業式でのあの言葉は、僕に対してだけの侮蔑ではない。
「期待はずれの、兵器たち」
視線は遠く洋上の・・・自分が破壊した的よりも遥か先をじっと見据えて。
赤城さんがはい、と短く返事をする。
みんなみんな、赤城さんの底知れない迫力に押されて、何も話せないでいる。
「提督、ここに着任が決まって・・・嬉しかったですか?」
「そ、それは」
答えられない。
そして、その無言が僕の何よりの答え。
「私、あなたが信頼出来ません。上官に言う言葉ではないのはわかっているのですが」
ガツン、と頭を殴られた気がした。
「赤城さん・・・それは」
加賀さんが不安げな表情を作って止めに入ってくれたけれど。
「いいよ、続けて」
「提督・・・!?」
それを振り切って、僕はあえて傷つく道を選ぶ。だって、そうしないと意味がないから。
「何でか教えてくれないかな、赤城さん」
「私たちの上官をやるのは、あなたにとって左遷ですか」
ああ、見透かされていた。
事実の指摘は、他のどんな言葉よりも深く僕の心に響く。
それは、卒業式の時の言われない中傷よりもずっと僕の心に突き刺さった。
「ちょっと、赤城さん言い過ぎっ・・・」
「瑞鶴さん、いいから」
そういう気持ちは、あった。“特別”提督という称号。
それは横須賀でなく他の鎮守府に行けば何の意味も成さない階級。
ここでだけ通じる・・・いわば狭い楽園の王様でしかない。
それを屈辱だと感じた。左遷だと思った。
そんな思いで部下を率いようとする者に、誰がついてくるだろう。
・・・・・・誰が命を預けるというのだろう?
瑞鶴さんは“言い過ぎ”だと言った。
彼女もまた僕の態度の端々に、”左遷されてここに来た”という思いを感じたのだろう。
ぎゅ、っと拳を握る。
この批判は、真っ向から受け止めねばならない。
・・・そうしないと僕は、彼女たちに向き合う資格を、永遠に失ってしまうから。
赤城さんが静かに口を開く。そこには容赦もなく、一片の妥協もない。
「私たちの実力は・・・人間に言われるように、期待はずれです」
「戦線を劇的に変えるでもなく、今見せた様に戦果も安定しません」
この人は、とても厳しい人だ。自分も、他人にも。
・・・瞳に溜まった涙を流してはならない。それは今の僕に示せる、せめてもの矜持。
僕は歯を食いしばって、赤城さんを睨みつける。
「だから、私は新しく着任するという提督に”期待”していました」
そして、優しい人だ。
僕みたいに覚悟も実力もない甘ちゃんに、気づかせてくれた。
「何かを・・・私たちを活躍させてくれる何かをもたらしてくれるのではないかと」
”期待はずれの兵器たち”
それはいったい何様気分の言い方だろうか。
自分だって、彼女たちの”期待”に何一つ答えていないのに。
”期待”っていう言葉を、これほどまでに重く感じたことは、これまでになかった。
「だから、私は新しく着任するという提督に”期待”していました」
そして、優しい人だ。
僕みたいに覚悟も実力もない甘ちゃんに、気づかせてくれた。
「何かを・・・私たちを活躍させてくれる何かをもたらしてくれるのではないかと」
”期待はずれの兵器たち”
それはいったい何様気分の言い方だろうか。
自分だって、彼女たちの”期待”に何一つ答えていないのに。
”期待”っていう言葉を、これほどまでに重く感じたことは、これまでになかった。
”期待”はずれはどっちだよ、僕。
艦娘たちのこと、何も知らなかった。
軍の機密情報とはいえここに着任する立場になったのだから、もっと事前に知っておけることはあったはず。
そして、部下の言い争いの行方も結局、赤城さんに頼った。
ここに来て二日目。
僕はまだ、彼女たちに信頼される何かをまったく、示しちゃいない。
「提督」
赤城さんは容赦しない。
自分に求めるのと同じだけのものを、並んで立つ者には求める。
「あなたは私たちを、どう導いてくれますか?」
「艤装を持たない人間のあなたでは、私たちを戦場で助けることは出来ません」
「無線を使った戦闘指揮?裏方事務?それとも全く別の何かで、私たちを導いてくれるのでしょうか」
「”期待”させてくださいね?」
そう言い放って最後に、とびきりの笑顔を浮かべる。
辛辣な笑顔ではない。親しげな笑顔ではない。
僕を傷つけるとわかって、それでも言わなければならない事実を突きつけて。
そんなつらさを押し隠すための、悲しげな笑み。
そしてそれを浮かべさせたのは、僕だ。
ぐぐぐ、っと・・・これでもかというくらい拳を握り締めて。
最後の意地を張って、去っていく赤城さんの背中にこう宣言した。
「させるだけじゃなくって・・・応えてみせるさ」
僕なんかに一礼して、加賀さんも港を去る。赤城さんを追いかけて。
でも僕はしばらく動けずに、拳を握り締めたまま・・・ただただその場に立ち尽くしていた。
固く握り締めた手に、そっと誰かの手が寄せられる。
しばらく何も言わずに、ただただ瑞鶴さんは僕の手を握って隣にいてくれた。
初めて瑞鶴さんのことが、ちょっとだけお姉さんに見えた。
「覚悟、決まったよ」
「うん」
手を繋いだままたっぷりの時間をかけて、僕の心は固まった。
出来ることをしよう。今、思いつく限り出来ることを。
「とりあえず、瑞鶴さん、翔鶴さん」
「なによ」
「はい」
「あなたたちの事を、もっと知りたい」
「まあ、喜んで」
屈託なく笑って答える翔鶴さんと。
「な、な、な・・・」
反対に顔を真っ赤にしている瑞鶴さん・・・って何で?
「どうしたの、瑞鶴さん?」
「どうしたの、瑞鶴」
今度は僕と翔鶴さんの声が重なる。
「アンタばっかじゃないの!?」
「ええ、なんでさ!?」
さっきは僕のことを慰めてくれたくせに、今度は不機嫌。
まったく意味がわからない。
「いきなりこっ、こっ、こっ」
ニワトリかな?
何にせよ、誤解されているみたいだから説明を付け加える。
「いや、艦娘のことを教えて欲しいって意味だったんだけど」
へっ、と顔を赤くしたまんま硬直する瑞鶴さん。
「じゃあもっと分かりやすくいいなさいよ!バカじゃないの!」
「えぇ、そのまんまじゃないか。瑞鶴さんはなんだと思ったの?」
「・・・っ。し、知らない!」
いつも通りむくれた瑞鶴さんだけれども。
結局・・・言い争っている間も、つないだ手はそのままにしてくれた。
もうちょっと投下しますが休憩、疲れた・・・もっと萌方面を目指していたのに結局ガチになった
こっからどう鶴姉妹の着替え覗くか考え中
再開
「いや、艦娘のことを教えて欲しいって意味だったんだけど」
屈託のない少年の言葉に、瑞鶴は呆気にとられる。
だってそんな・・・私の事をもっと知りたいだなんて言われたら。
そんなの、こ、告白されたと思っても・・・しょうがないじゃない。
ほら、また。気づいたら少年に憎まれ口を叩いてる。
「えぇ、そのまんまじゃないか。瑞鶴さんはなんだと思ったの?」
「・・・っ。し、知らない!」
何だと思ったかなんて、そんなの。
絶対に教えるわけにはいかない。
”役立たずの兵器たち”
人間たちに艦娘がそう言われているのは知っていた。
今まではそれで、どうでもいいと思ってた。
誰も沈んでいないし、そのうちもっと練習して強くなって、見返してやればいい。
そう思っていたけれど・・・今日は自分の力不足を恥じた。
誰にって、自分にじゃない。自分はそんなに殊勝な性格じゃない。
恥ずかしさを感じたのは、提督としてこの鎮守府にきた少年に、だ。
要するに自分は、この少年にかっこいいところを見せたかったのだ。
それが出来なくて・・・少年は瑞鶴の実力の無さにがっかりしただろうか?
そう思うと何だか胸が痛い。なんでかは分からないけれど。
空母の少女は内心で思いを巡らす。
初めて、自分は赤城の厳しさを見たと瑞鶴は思った。
自分を叱る時の、先輩としての厳しさじゃない。そんなのいっぱい見てきた。
今日見たのはもっと・・・そう、根源的なもの。
艦娘として自分がどうあるか、というみたいな・・・上手く、言い表せれないけれど。
そして、自分だったら言い訳して逃げてしまいそうな赤城の厳しさを。
少年は真っ向から受け止めた。
後ろから背中を見ているだけでも切なくなった。
15歳の、瑞鶴よりも小さな背中で拳をめいっぱい握り締めて・・・出した助け舟さえも断って。
なんでそんなにバカ正直に生きるの。
そんな少年を見ると、瑞鶴の胸の内はもどかしさでいっぱいになる。
キスしてしまった時もそうだ。本当は彼が悪くないのなんて分かってる。
ただ、あまりにも唐突に奪われた”初めて”に動揺した自分が暴れて、こじれさせただけ。
上官なんだから、「黙れ」の一言で良かったはずなのに。
こんな生意気な奴なんか、無視してしまえば良かったのに。
幼いから、そういう術を知らないだけなのかもしれない。だけど。
だけど、少なくとも彼は自分と同じ立ち位置で向き合ってくれた。
赤城さんのいう”期待”なんてもの、まだ彼はもたらしていない。
でも・・・でも。彼がそれをもたらしてくれると”信じる”くらいはしても良いんじゃないかと。
悔しさを胸にじっと海を見つめる少年の背中の後ろで、空母の少女は思った。
そして。
気づいたら手を握っていた。
本日終了です、今後もよろしくお付き合いくだされば幸いです
乙
タイトルだけだとマのつく自由業と戦機乙女が思い浮かぶ
乙
出だしのあたりはなんとなくタイムリープっぽいなと思った
少し書き溜めたけれど眠いので投下は明日で
>>130
角川ビーンズは彩雲国しか読んだことないですねー
>>132
ラノベ読みの常識的な作品ではないです
SSの初期構想は~なんてヒント出そうと思ったけどググると出てくるのでやめです
最初は鎮守府なんて存在すら出す予定なく、主人公学生にするつもりでしたとだけ
まあ当てられたら大人しく認めます(全然似てねーじゃねーかとか怒られそうだけれど)
あんまりラノベラノベしてない作品なのかな?
どうでもいいけどラノベは上等。シリーズとスイートラインが好きだったな
昨日の書き溜め分を投下
イベント開始までの暇つぶしにして頂ければ幸いです
第三章 僕にできること
ブウウウウウウン
あれから。
既に夕焼けに染まりつつある空を、艦載機が翼を広げて羽ばたいている。
おお、これはいい調子かも知れない・・・今度こそ!
「よし、爆撃ポイントに入ったよ。そのまま」
「いっけえええええええ!」
瑞鶴さんの指示に従い、爆撃機が洋上の的に向かって爆弾を投下する。
「よし、今度こそ!」
爆撃機から放たれた爆弾は・・・。
カンッ
的のヘリに当たって何とも締まらない音とともに海へと沈んでいった。
「駄目かぁ・・・」
僕と翔鶴さん、瑞鶴さんはそろってため息をつく。
赤城さんに叱咤されたあと、何かを掴みたくて・・・取り敢えず先ほどの爆撃の練習を続けてみたけれど。
成果は結局、艦娘の力が安定しないという話の裏付けだけ。
「何度かちゃんと爆撃できたけれど・・・」
「今度は的に直撃しないんじゃあ、効果半減よねえ」
瑞鶴さんが悔しそうに言う。
赤城さんが一発で的を粉砕したのがどれくらい凄かったのか分かるなあ。
「結局、僕を爆撃した日が一番すごかったよね、火力も命中精度も」
「うっ・・・それを言われると何も言えないわ」
「あの時と今と、状況に何も違いはないはずなのに・・・」
翔鶴さんの言うとおりだ。
僕も瑞鶴さんも揃って首を傾げる。
「なんでさ、もう少し頑張ってから―――」
「そうよ、翔鶴ねえ。私たちまだまだ全然出来てないじゃない!」
「焦っては駄目よ、提督。あなたの仕事はこれだけじゃないでしょう?」
「あっ」
そう言って優しく僕を諭す翔鶴さん。
提督である僕がしなければいけない業務は、艦娘たちの指揮だけじゃない。
資材や任務の管理、鎮守府の方針を打ち出していく机上の仕事もまたあるのだ。
むしろ艦娘のサポートという事を考えればそちらが本職なのかもしれない。
そっちにももう、取り掛からなければならないだろう。ひとつのことばかりではいけないのだ。
さっきは頼りない、だなんて思ったけれど。
やっぱり翔鶴さんも”お姉さん”なんだなあと思った。
「また時間を見つけて、特訓も頑張りましょう。一日二日で赤城さんたちに追いつける訳ないんだもの・・・焦らずゆっくり、ね?」
人差し指を頬に当ててそう微笑む翔鶴さんに思わず見蕩れていると。
「イデデデデデデ、何すんのさ!」
「見すぎよ、でれでれすんな!」
瑞鶴さんに頬をつねられた。なんでさ・・・酷いや。
「もう、瑞鶴ったら・・・素直じゃないんだから」
「な、なによ翔鶴ねえ。どういう意味!?」
どういう意味も何も、いじめっ子以外に意味はないと思うんだけれど。
でも翔鶴さんは訳知り顔で、ほわんとした笑顔でこういうのだった。
「加賀さんへの態度と同じってこと。ふふ」
「ちっ・・・違う、そんなのじゃないわよ!」
「あら、そんなのって何かしら?」
「うわーん、翔鶴ねえが意地悪するー!」
加賀さんと同じ・・・それってソリが合わないってことじゃ?
姉妹のじゃれあいをよそに、僕はちょっとショックを受けていた。
初対面の時より少しは仲良くなれたと思ったんだけれど・・・僕の気のせいだったのかな。
まあ嫌われてはいないんだろうけれど・・・いないよね?
なんて話をしながら歩いていたら、鎮守府の中まではあっという間だった。
「あ~あ、疲れちゃった。汗流して着替えたいな」
「僕はお腹もへっちゃったよ」
瑞鶴さんが背伸びしながら言う。
お風呂にしろ夕食にしろ、とにかく部屋に戻ってからだ。
部屋に戻ってからというもの、僕は落ち着かない時を過ごしていた。
何故かって、それはもちろん同居人(生意気な方)のせいで・・・。
「あぁ~、もうつ~か~れ~たぁ~」
「もう、瑞鶴ったら。艤装のままベッドに寝転ぶなんてだらしないわ」
もっと言ってやって下さい翔鶴さん。
翔鶴型の艤装は道着か巫女服かというような変わった服だけれど、それは上だけなわけで。
下はというと、イマドキの女の子がはくようなミニスカートみたいな形状なのだ。
つまり、その・・・。
翔鶴型の部屋に帰るなり僕に背中を向けたままベッドにダイブした瑞鶴さんは、枕を抱いてそのままうつ伏せに寝ている訳でして。
その、ここからだとすらっとした細い脚や裏ももが見えてしまうわけでして。
いや、それだけじゃなくあと少しでその先も・・・・・・。
「ごろごろ~、ごろごろ~。この瞬間が一番落ち着くわよねえ」
ああ、もう!
その格好のまま転がらないでくれるかな、色々と見えちゃいそうだから!
キスされた事を気にするわりには、まったくもって男の視線に無防備なのだ。瑞鶴さんは。
見ちゃだめなのに、視線はチラチラと瑞鶴さんのスカートの方と吸い寄せられてしまう僕。
あぁ、なんでモゾモゾとお尻を動かすのかなぁ!?
でもあとちょっとで・・・見えそう。
「・・・・・・提督?」
僕の邪な雰囲気を感じ取ったのだろうか。
翔鶴さんが振り返りそうになった途端、慌ててそっぽを向く。
「あっ!」
瑞鶴さんも自分の姿勢に気づいたようだ。慌てて起き上がる音がする。
「み、見たっ!?」
「見てな・・・見たって何を?」
間一髪!
僕はさもさっきまで窓の外を見ていました、という演技をしながら瑞鶴さんに向き直る。
本当はずっと瑞鶴さんの方を向いていたんだけれど。
とういか、見てないなんて言っちゃ駄目だろ僕・・・。
見てないって見てたって言うのと同じ意味だからね?
こういう時は何を、って聞いてすっとぼけるのが正解。
「む、むぅ・・・見てないならいいのよ」
「だから何をって聞いてるのに」
「う、うるさいっ!」
瑞鶴さんもそれで納得したのか、スカートの裾を引っ張って脚を隠しながら姿勢を正す。
結局ミニスカなんだから全然隠せないんだけれど。ほら、まだ生足がってイカンイカン。
なんとか誤魔化すことができたけど・・・しばらく、僕はあのスカートの裾が気になってしまいそうだ。
なんて言っているそばから・・・あぁもう。
なんで今度はあぐらをかくのかな?見たら怒る癖に!
意識して瑞鶴さんから視線を逸らすのは大変な苦行でした。
いや、ホント見てないからね?
「でも、これからどうしましょうか」
「翔鶴さん、なんのこと?」
もう視線は翔鶴さんに固定したまま、僕は話を続ける。
「お風呂の順番とかです」
「ああ」
「そういえば・・・」
そんな時だった。
翔鶴型の部屋に呼んでもいない客人が現れたのは。
一旦終了、続きは書き溜めでき次第です。
明日は休日なのでガッツリいきたいです。
再開します。
>>134
上等シリーズの作者は「聖剣の刀鍛冶」が好きです。MF文庫の良作。
元ネタはかなりラノベの王道だと思います、萌え重視でストーリーも面白い感じ
れでぃ×ばとみたいに柔らかくかければ理想なんですが私が固く書きすぎているだけですね
「え、何?」
ドタドタドタという足音が部屋のすぐ外からして、僕は驚いて声を上げた。
「なによもう、騒がしいわね」
「何かしら・・・まだ夜戦の時間ではないですし」
ガンガンガンガン、ノックのつもりなのか扉を叩く音がする。
「あー、うるさいわね、どうぞ」
「うわ、いったい何!?」
室内にぞろぞろと連れ立って、艦娘たちが入ってきた。
「新しく来た提督、どんな奴クマ!?」
「おお、ホントに男の子だっ!」
「なんだ、猫じゃないにゃ?」
「猫は多摩さんだけで十分っぽい!」
「み、みんな・・・騒がしくしちゃ駄目だよ」
あまりの迫力に押されて、ろくな反応がとれない。
「ええ、僕!?」
どうやら艦娘たちのお目当ては新しく着任した提督・・・つまり僕なようで。
あっという間に僕は彼女たちに取り囲まれてしまった。
「おお、聞いたとおり若いクマ。もっとオッサンが来ると思ってたクマー」
「歳下とは思わなかったにゃ」
「夕立と同い年っぽい?」
「ちょっとみんな・・・失礼だよ。提督だよ?」
「もう、時雨は真面目なんだから、大丈夫よ、大丈夫」
「クソ真面目は神通だけで十分クマ」
まあ、提督には見えないよねやっぱ。
長い黒髪を三つ編みにした、時雨と呼ばれた女の子だけが礼儀を気にしている。
雰囲気と真面目そうなところがなんだか赤城さんに似ていると僕は思った。
他の娘を見やると・・・もう礼儀もへったくれもない。まるで舎弟か同い年の友人を見るような眼差し。
今度は僕にもピンときた。
時雨、夕立という娘ともう一人。
茜色の髪を瑞鶴さんみたいに二つに分けた少女は僕と同年代だという、そういう感覚。
目鼻立ちが整っていてとても綺麗だ。仕草や表情の一つ一つが見るものの目を放さない。
そんな華のある少女が一歩前に出てきて、自己紹介する。
「陽炎よ、やっと会えたわ。本当は昨日のうちに会いたかったんだけど」
「なんだか大変だったっぽい、執務室もなくなったっぽいし」
背後で瑞鶴さんがうめき声を上げる。
昨日の事件って、どの程度まで伝わっているんだろう?
まさか例のあの・・・あのことまで広まっているわけじゃないよね?
>>157を訂正
今度は僕にもピンときた。
時雨、夕立という娘ともう一人。
茜色の髪を瑞鶴さんみたいに二つに分けた少女は僕と同年代だという、そういう感覚。
目鼻立ちが整っていてとても綺麗だ。仕草や表情の一つ一つが見るものの目を放さない。
そんな華のある少女が一歩前に出てきて、自己紹介する。
「陽炎よ、やっと会えたわ。本当は昨日のうちに会いたかったんだけど」
「なんだか大変だったっぽい、執務室もなくなったっぽいし」
背後で瑞鶴さんがうめき声を上げる。
昨日の事件って、どの程度まで伝わっているんだろう?
まさか例のあの・・・あのことまで広まっているわけじゃないよね?
「ごめんなさい提督。こんなに大勢で押しかけて・・・失礼だったよね?」
「いや、別にいいよ。気にしないで」
僕の穏やかな(日和ったとも言う)態度に時雨がホっとして・・・その他大勢はほら見ろ、と言わんばかりに彼女を見る。
「ほら見なさい、偉そうなタイプには見えないでしょ?」
「仲良くしていけそうクマ?」
「可愛がってあげる・・・にゃ」
早速お姉さん風を吹かせてくるのは軽巡組の二人。
「よろしくお願いします、球磨さん、多摩さん」
「クマさんって言うのやめろクマー!」
「マスコットみたいにゃ」
空母組とは色々あったから身構えちゃったけれど、仲良くやっていけそうだ。
まだ会っていない艦娘たちにも積極的に触れ合っていこうと思う。
「やっぱり確かめに来て正解だったクマ」
「噂は本当だったっぽい!」
・・・・・・・・・ん?
どうやらクマさんたち、僕を見に来ただけじゃないらしい。
「噂って何よ?」
ようやくダメージから復活してきた瑞鶴さんが尋ねる。
何故だかそこはあんまり触れないほうがいい気がする・・・と思ったけれどもう遅い。
「何って・・・瑞鶴、あなたが司令と同棲してるって噂よ」
え。
え。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
ええええええええええっ!?
「じょ、冗談じゃないわ。なんでこんなのと!?」
「こんなのって失礼だな!」
「アンタなんかこんなので十分よ、こ・ん・な・の!」
「何だとぉ!?」
「というか、一応私もいるんだけれど・・・」
困り顔の翔鶴さんが名乗りをあげる。
「そうなのよ。なんで瑞鶴とだけ同棲、っていう噂なのかなと思って確かめに来たの」
「赤城さんも加賀さんも教えてくれなかったっぽい」
「そこはボクも、ちょっと気になったかなって」
時雨もすまなそうにこちらを見てくる。
艦娘といえど女の子、こういう話題は気になるらしい。
というか、何故瑞鶴さんとだけ”そういう”噂になったかなんて。
・・・・・・・・・絶対例のアレのせい、だろうなあ。
「あは、あはははは」
「・・・・・・」
苦笑いの翔鶴さんと、仏頂面も瑞鶴さん。
やめてよ、せっかくちょっと仲良く慣れてきたところに・・・。
とにかく、ここは誤魔化すにかぎる。
「さ、さあ。なんでだろうね、見当もつかないや。ねえ瑞鶴さん?」
「へっ。え、ええ・・・そうね」
ほら、合わせて合わせて。
目でサインを送って瑞鶴さんを促す僕。
「僕と瑞鶴さんの間にはもちろん”なにもなかった”わけだし」
「はっ!?・・・ええ、そうね」
よしよし、いいぞいいぞ。
「執務室が直るまではここにいさせてもらうってだけだし」
「・・・・・・そうね」
「いやホント、僕なんかと瑞鶴さんに何かあるわけがないし」
「・・・・・・・・・」
「あの、提督・・・そろそろやめた方が」
なんでさ翔鶴さん。あと少しでごまかせるところなのに。
「翔鶴さんと噂が立つなら僕も嬉しいけど、瑞鶴さんじゃなー」
ふざけていますよ、と言わんばかりの口調でひとこと。
ここで瑞鶴さんがうるさいわね、とでも怒れば笑いが起こって終わりだと思ったんだけれど。
「あの、提督・・・」
「あちゃー」
・・・あれ、みんなどうしてやっちまった、みたいな顔でこっち見てるの?
「踏んだっぽい」
夕立がポツリと呟くのを聞いて、ますます嫌な予感。
「へぇ・・・そうなんだ。そういうふうに思ってたんだ。ふーん」
「あの、瑞鶴さん?」
まずい、明らかに不機嫌だ。
あれ、でもなんで。この場を誤魔化すための方便なのはわかってるよね!?
ドンドンドンと床を鳴らして僕に詰め寄ってくる瑞鶴さん。
「修羅場か、修羅場かクマ!?」
「駆逐のみんな、良い子は見ちゃいけないにゃー」
ええ、ちょ・・・なんでなんで!?
「何もなかったって何よ、私にあんなことしたくせに!」
「ちょっと瑞鶴さん何言ってんの!?」
おお、とどよめくみんな。
ああもう、さっき仲良くなりかけたのにどうしてこうなるんだ!?
「提督・・・今回ばかりは自業自得です・・・」
「翔鶴さんまで!なんでさ!」
「女の子には色々あるんですよ」
翔鶴さんまで敵にまわったらもう僕に勝目なんかない。
「なになに、いったい何があったクマ?」
「とっとと吐いた方が楽にゃ」
「いや、えっと・・・その本当に何もなか」
「アン?」
「ありました、ありましたー!」
艦載機の準備だけは駄目だよ瑞鶴さん。
翔鶴型の部屋もなくなるところだった・・・。
「やっぱり何かあったんだね」
「ぽい」
うっ・・・もう誤魔化すことは出来ないみたい。
「ねえねえ瑞鶴、何があったの。同棲ってことは・・・二人は恋人!?」
「んなわけないでしょ、何言ってるのよ陽炎!」
「隠さないでいいクマ。で、どこまでいったクマ?」
「まあ最低限、キスまではいってるわよね」
そう言いつつもまさか、といった感じで聞いてくる陽炎。
そりゃあ出会ってまだまもなくでキスまでしているなんて思わないだろうけれど。
ぶっ。
揃って息を吹き出す僕と瑞鶴さんに、みんなの反応は。
「ま、まじかクマ!?」
「私冗談で言ったんだけれど・・・これは」
「びっくりしたね」
そりゃそうなるよなあ。
「でもあれは事故で」
「・・・・・・うるさい」
「え?」
「うるさいうるさううるさーい!みんな出て行けー!」
今度こそ、瑞鶴さんがキレた。
「うお、瑞鶴が怒ったクマー」
「やばっ、退散するわよ」
来た時と同じようにドタバタと、球磨さんたちは退却していく。
ふう、これで落ち着いたと思ったら。
「あ、丁度いい。お前も来るクマ」
「へっ?」
「風呂の順番、まずお前が入って、艦娘たちはその後に決まったクマ」
「というわけで瑞鶴、こいつ借りるにゃ」
「いいから出てけーーーーー!」
「うわあああ、ごめんなさいー!」
矢の先っぽを向けられて、僕も球磨さんも部屋をでる。
部屋を出てくるときに取り敢えずシャツとタオルだけ引っつかんで。
「はぁ、ひどい目にあった」
「ふふふん、瑞鶴もからかうと面白い奴クマ。こいつ使うとはかどるクマ」
「にゃ」
そう言ってポンポンと僕の頭を撫でる球磨さんと多摩さん。
どうやら僕はすっかり遊び道具扱いらしい。
ちぇ、なんだよなんて思っていると。
「ま、お前も落ち込んでないで笑ってたほうがいいクマ」
「お風呂入って、ご飯食べるにゃ」
「うん、とっとと行ってこい、場所はわかるクマー?」
まあ、昨日も入ったから分かるけど。ちなみに仕舞い湯でした。
「でも僕、ご飯食べてからお風呂入る派なんだけど」
「あぁもう、落ち込んでるときはとっとと風呂クマ。それで気分変えるクマ」
「あれ?」
落ち込んでるって、なんで知っているんだろう。今初めて会ったのに。
みんな、着任した提督の顔を見たいだけかと思ってたけれど。
それだけじゃなくて、励ましに来てくれた?
「多摩たちじゃないにゃ、赤城が”提督が疲れてるようだから先に入ってもらえ”って」
「あのう、それ言うなって言われてたやつじゃ」
さっきまで嬉々として喋っていた陽炎さんが、気まずそうに言う。
「ふん、言いすぎたのなら自分で謝ればいいクマ。球磨たちを使おうったってそうはいかないクマ」
実はみんな、何があったかなんて知ってたんじゃ。
赤城さんの名前を出したのも、僕を気遣うため。
「ありがとう、みんな」
「別にボクたちは何もしてないよ?」
「にゃ」
今度は向こうがすっとぼける番。
「お風呂の話だよ」
「ああ、お風呂の話ね」
だから僕も、騙されておく事にした。
「じゃ、ありがたく・・・先にお風呂いただくよ」
「お姉ちゃんも途中まで一緒に行くクマ」
もう軽巡組はすっかり僕のことを舎弟気分らしい。
やれ困ったら助けてやるだの、何かあったら言えだの。
士官学校時代ではそんなことなかったからかな。ずっと一人でいたから。
だから・・・家族と一緒にいるような温かい感覚を、無償に感じた。
――私たちの上官をやるのは、あなたにとって左遷ですか
ねえ、赤城さん。
さっきは何も言えなかったけれど。
今、同じ質問をされたら・・・少しは違う答えを返せる気がする。
まだ僕は彼女たち・・・艦娘たちに何ももたらしていない。
”期待はずれの兵器たち”
今はそんな呼び名で彼女たちが呼ばれることが、そう。
無性に悔しい。
だから僕も、彼女たちに何かをしてあげたい。
提督として・・・僕に出来ることを精一杯してあげたい。
ようやく純粋に、そんな気持ちになることが出来たんだ。
書き溜め分終了です、一旦休憩。
書き溜めができたらまた来ます、では。
確認
こんな地の文長編というニッチなスレで乗っ取られることはないと思いますが変えたほうがいいんですかね
結構思い入れがあってずっと使いたいんだけどなあ
「ふわぁ・・・・・・」
大きなあくびが出てしまう・・・昨日は結局、瑞鶴さんと気まずくてあまり喋れず。
あの光景を思い出すたびにドキドキして、よく眠れなかったのだ。
おまけに、眠れそうだと思うたびに姉妹のどちらかが寝息を立てるのだから、いっそうおちつかない。
無駄に艶かしい寝息で男子の心を乱すのはやめてもらいたい。
そんな状態で寝られるわけがないじゃないか、まったくカンベンして欲しい。
「ふわぁ・・・眠い」
もう何度目かのあくびをしていると、隣から叱責が届く。
「朝からあくびなんかして、少し気が緩んでいないかしら」
「うぅ・・・ごめんなさい」
抑揚のない静かな口調は、鎮守府準エースである加賀さんのもの。
リーダーゆえに僕と衝突した赤城さんと違い、あまり喋っていない彼女とはまだ距離感が分からない。
だから今日は精一杯頑張って、加賀さんにも認めてもらうんだ!
努めてこちらを見ないように言い放ってくる加賀さん。
視線を帳簿に下ろしてはいるけれど、よく見ると1ページも進んでいない。
それを見て、なんだかピンとくるものがあった。
さっきと同じ、愛想のない物言いは何も変わっていないのに。
あれれ、何だろう、もしかして・・・。そうだとすると、変な笑いが止まらないや。
「ふふ」
「な、何ですか」
さっきまでちょっと怖かった加賀さんの無表情が、少しだけ違って見える。
だって今、無理して表情を消しているんだってはっきり分かるんだもん。
これ瑞鶴がケンカップルのメインヒロイン(オンリーヒロイン)?
それとも他の娘も落ちてくの?
やっとこちらの作品に戻ってきます、読んでくださる方がいればよろしくお願いします
>>242最終的に四人は落としたいんですが、今回のお話は加賀さんと翔鶴ににちょっかい出しつつ落ちるのは瑞鶴のみで考えています。
ハーレムラノベ風に捉えていただければ伝わるのかな、文章が真面目すぎるけど
「ふむ・・・」
とにかく今は艦娘のことを知ること、それが第一だと思う。
加賀さんに執務を任せて、僕は資料を読みふける。
時間はすでに昼過ぎ。かなりの時間をかけてとにかく、分かったことは・・・。
「うーん、やっぱり戦果が少なすぎる」
「・・・・・・・・・」
ものを書いていた加賀さんの手がピタっと止まる。
「例えばこのひと月で倒した深海棲艦の数、これは人間が運営する鎮守府の半分以下だ」
「ええ、そうね」
鳴り物入りで人の世に現れた艦娘たち。
でも、その後あんな不名誉な言われを受けたのは・・・これが原因か。
鎮守府の艦娘の人数、まだまだ足りない実戦経験や練度・・・それを含めても・・・”期待”しすぎてしまった人間側は落胆するだろう。
”人類の希望”というには少し・・・いや、あまりにも中途半端な成果。
いや、でも・・・僕は決めたんだ。
彼女たち艦娘が活躍できる舞台と整えてあげると。そのために少しでも・・・少しでも今の現状の問題を見つけられないか?
問題をみつけて、解決策を提示・・・これが目下の目標。
赤城さんたちに、艦娘たちに僕が頼れる上官だと認めてもらうために。そう思ってしばらくの間、夢中で資料を読み込んでいると。
「がっかりしましたか」
僕の沈黙を違う意味に捉えたのだろうか、隣から加賀さんの、努めて冷静な声が聞こえる。
ん?
努めて冷静・・・を装っていると、今僕は感じた。さっきまではただ、クールで冷たい印象しかなかったのに・・・その一歩先の感情が覗けた気がする。
・・・これは段々加賀さんのことが分かってきたと、そういうことなのかな?
部屋の一点を見て、本当は僕の答えになんて興味ありません、とでも言うように視線をそらしているけれど。
実際は気にしているのがまる分かりだ・・・ある意味、すごく分かりやすい。
「ふふ」
「なっ・・・何故笑うのですか、頭に来ます」
「ああ、ごめんごめん。加賀さんって面白いなって思って」
「ふざけないで。私をからかっているの?」
内心を見透かされた加賀さんはムキになって声を荒げる。
そんな子供っぽいところがなんだか瑞鶴さんと似ている、なんて言ったらますます機嫌を悪くするので言わない。
だから、真面目に本心を伝えることにした。
「正直な話、あの通り名は聞いていたから・・・この結果も受け入れられるよ」
”役立たずの兵器たち”
さっきまで強気を演じていた加賀さんがうな垂れる。
「そう・・・あなたもそう言うのね」
「でも」
「・・・・・・・・・?」
「昨日の赤城さんの爆撃・・・あれは凄かった」
「あの力が艦娘本来の力だというのなら・・・加賀さんたち艦娘は本当に、人類の救世主かもしれない!」
>>243
なるほど、やっぱり赤城は身持ちが固いのか
まぁあんなシーンがあったら尊敬が先に来てそういう目では見にくくなるだろうけど
まだこちらを見ない、見てくれない。
遠くを見つめる彼女からは、一航戦としての誇りと・・・それに噛み合わない現実へのゆらぎが感じとれた。
普段は大人にしか見えない彼女の、ふとした際に見えるこの不安定さ。
歳上だというのに救ってあげたい・・・支えてあげたい。そんな偉そうな気にさせられる。
でも、まずはさ・・・加賀さん。
こっちを向いてよ。
「でも、私たちの力は・・・あの赤城さんですら不安定で」
「なら、僕が引き出してあげる・・・いや、引き出してあげたい、かな」
僕の狙い通り驚いて、こちらを向いた加賀さんと目が合う。
まだ何も成しちゃいないけど、だからこそ。
「だから、僕に出来ることをさせてよ」
真っ直ぐに彼女を見つめて。
今の精一杯の気持ちをぶつけてみた。
少年の碧く澄んだ目と私の視線が重なります。
まるで鎮守府の外に広がる、あの広い広い海へと吸い込まれたようになって、私はしばしの間固まってしまいました。
その真っ直ぐな視線と言葉に結局、私は気の利いた返しをすることが出来ずに・・・。
「そう」
一言呟いただけで、だから会話はそれきりとなりました。
私のあまりに無愛想な返事に、少年は落胆したでしょうか?
艦娘という存在を人間に初めて認めてもらったことに・・・これでも私、喜んでいるのだけれど。
・・・その気持ちはおそらく、伝わってないでしょうね。
感情表現が下手なのは、いつも五航戦のあの娘とぶつかってしまうことで自覚しています。
そんな私が今日、秘書艦の仕事を買って出たのは赤城さんを気遣ってのこと。
あの人にお願いされては、私が断る事などありえません。
でも・・・でも、明日からも、秘書艦をやってもいいかもしれない。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
あれきり二人共一言も話すことなく自分の仕事に戻りましたが・・・。
私は胸の内でそんなことを考えていました。
第四章 初仕事!
夕暮れに染まりゆく鎮守府の一室で、私はあれから落ち着きなく、そして落ち着いて仕事を続けました。
お互い、会話のないままそれぞれの仕事をして、数時間・・・。
そろそろ出撃していた五航戦の娘たちも帰ってくるというころでしょうか。
内務の方に取り立てて緊急の案件もないので、私は仕事を切り上げるべくふと、隣の少年を見ます。
提督とはいえ着任してまだ二日目、しかも幼いといっても差し支えない年齢の少年・・・。
いくら優秀でも少し荷が重いのでは、と・・・少年の実力を侮っていた事を私は痛感します。
「燃料、弾薬・・・備蓄がこれだけなのに出て行くのは・・・。よく今まで持たせていたな」
「出撃回数に遠征回数は・・・含まれてない。遠征に対して艦娘側に支払われる報酬・・・」
「バケツっていうのは・・・?ああ、そういう・・・これだけは潤沢だな、人間が使わないからか」
私が用意した、鎮守府を大まかに理解するための資料をいくつも広げて。
もはや私が貼った付箋の項目だけでなく、自分が欲しい情報を記したところを目で追っているのが分かります。
私がそんな様子を見ていることに気づきもせずに、彼は没頭していました。
ガリガリ、ガリガリと自分が持ち込んだノートに書き込んだり。
そうかと思ったら突然、新しい資料を引っ張り出してまた、思索に没頭していく・・・。
上官とするには頼りない幼い少年だと思っていました。私が教えて、手伝わなければと。
赤城さんも、いくらかはそう思ったからこそ私にお願いをしてきたのでしょう。
どうやら私たちは、その傲慢な優しさを改めなければならないようです。
・・・とはいえ、もうじきここに五航戦の娘たちが帰ってくるはず。
戦いから帰ってきて、自分たちの部屋がまだ執務に使われているのも可哀想です。
ここは少年にもう一度声をかけて、執務の方をお開きにしましょう。
「あの、提督・・・もうこんな時間なのだけれど」
「加賀さん!」
「きゃっ」
ふいに立ち上がった少年に私の腕が掴まれて・・・つい似合わない悲鳴が漏れてしまいました。
「加賀さん、加賀さん教えて!この鎮守・・・」
何かに興奮した少年にぐっと腕を引き寄せられて、私は今までにないくらいに彼と顔を近づけました。
碧い瞳の中に夕暮れのオレンジがキラキラと輝いて、こちらを見上げていて。
開け放った窓から流れ込む風が少年の柔らかい髪を揺らしている様に・・・ああ、言葉が見つかりません。
反射的に掴まれた腕を引こうといてよろけた私に、今度は私が、私の手を掴んだままの少年をぐっと・・・この身に引き寄せた形になってしまいました。
私より頭二つは低い少年の顔が、胸に埋まるのが分かります。
「わわ、ごめん、加賀さん!」
「い、いえ・・・いいのよ、謝らないで頂戴」
偶然とはいえ、少年を抱きしめる格好となってしまいました。
夕暮れに染まったせいで、お互いの顔が赤いのが分かります。
今のは不幸な事故なのですから、少年は何も謝る必要はありません。
ですからこの、胸の内に湧き上がる不安・・・の様な感覚も・・・おそらくは少年のせいではないのです。
「でも」
「え?」
冷静な判断が出来ない私は、後の始末を少年に丸投げすることにしました。
今ばかりは、元々の口数が少なくて良かったと思います。
「うるさいのを宥めるのはあなたがやって頂戴」
「うるさいのって誰って・・・あ」
丁度出撃から帰ったのか、この部屋の本来の主が扉を開けて立っていました。
見方によっては私と提督が抱き合っている様に見えることでしょう。
生意気にもワナワナと震える手で私たちを指差し、目尻を釣り上げて・・・いつもの甲高い声が部屋に響き渡ります。
「あああ、アンタら・・・ひ、人の部屋で何やってるのよ!?」
「あ、あはは・・・」
あの娘がキャンキャとうるさいからつい、苛立ってしまったのかしら?
なんだか面白くなくて・・・それきり私は何も喋りませんでした。
必死になってわざとでは無い事を主張する少年の後ろ姿を見ながら・・・。
私には向けなかったそんな困り顔を、あの娘には向けるのね。
本当に何故だか、そんな馬鹿なことを思って。
私は慌てる少年の弁解を、ただただ無言で見守るのです。
本日ここまでです、加賀さんは心情描写が一番映える艦娘かもしれません。
>>249私の中で赤城は神格化されている感があります、空母の絶対的なエース。
「鎮守府の戦死者の数!?」
僕の質問に、艦娘たちの声が重なって返ってくる。
あれから、夕日に当てられた顔を真っ赤にして怒る瑞鶴さんをどうにかなだめて、僕は本題に入っていた。
瑞鶴さんに遅れて部屋に戻った翔鶴さんと、彼女について来た赤城さんを加えて5人での会議。
「そう、正確には”轟沈者”だったかな?」
艦娘たちの戦死者をそう呼ぶ・・・らしい。
何故らしい、かと言えば・・・加賀さんが渡してくれた資料に轟沈者のリストがなかったから。
単に重要じゃないと判断して渡さなかったのか、それとも・・・。
期待通りの返事が来ることを祈って、僕は再び問いかける。
「で、どうなの。どれくらいの数!?」
「そんなの、ゼロに決まってるじゃない」
あっけらかんとした瑞鶴さんの声と、それに頷く赤城さんたち。
みんなの、なぜそんな事を聞くのか不思議でならないといった様子に、僕は確信する。
「それは・・・この鎮守府が出来てから」
「つまり、艦娘が世に現れた頃から数えてということ?」
「だから、言ってるでしょ・・・ゼロだって」
「はい・・・勿論戦いですから、危なかったことは何度かあります」
「けれど、今までなんとか犠牲者を出さずにここまで来れました」
それがどれだけすごいことか・・・目の前の艦娘たちは分かっていないらしい。
犠牲者を出さないというのが当たり前の考え方。
これは・・・強い弱いといった問題というより・・・意識の問題。
ああ、やっぱり僕は馬鹿だった。
これでも”役立たずの兵器たち”だって?
そんなこと、あるわけない。
だって彼女たちはこんなにも素晴らしい成果を上げているというのだから。
「でも提督・・・それがなんだと言うのですか?」
自分たちの価値が分かっていない赤城さんが不思議そうに聞いてくる。
「君たちが活躍する舞台を整える、その材料の一つにしようかなって」
みんなの頭の上に『?』が浮かぶのが分かる。
「もう少し考えをまとめたいから、お披露目はまた今度ね」
「そう・・・なら、明日も秘書艦をしたほうがいいのかしら」
加賀さんがそんな嬉しいことを言ってくれた。
思いがけない申し出に、僕はすぐ隣にいた彼女の手を取って。
「本当に!?ありがとう、加賀さん!」
「役に立たないかもしれないけれど」
「ううん、そんなことない!今日の資料も・・・付箋の気遣いも嬉しかったし!」
「そ、そう・・・良かったわ。でも・・・」
困ったように加賀さんはそっぽを向いて言う。
「あの、提督・・・顔が近いわ」
「あ、ご・・・ごめん!」
またしても隣にいる加賀さんに詰め寄ってしまった。
興奮のあまりやってしまう、僕の悪い癖。
「まったくもう、今度は加賀さん狙う気!?」
「狙うって何がさ!?」
先ほど説得して落ち着かせたのに、またもや瑞鶴さんがご機嫌ナナメになる。
加賀さんは許してくれてるんだから・・・なんで瑞鶴さんが起こるんだよぅ・・・。
「狙うとか狙わないとか下品な話ね、やめてくれないかしら」
「何よ、せっかく私が心配して上げたのに!」
「あなたに心配されるほどやわじゃないわ」
「なんですって!?」
あれれ、気がついたらいつの間にか加賀さんと瑞鶴さんのケンカになってる・・・。
さっき、加賀さんの優しさに触れるまでは・・・加賀さんの冷たさに気の強い瑞鶴さんが反発しているのかな、と思ったけれど。
不器用だけれども、とても優しいと加賀さんに対して抱いたイメージを信じて・・・ちょっとやってみようか?
どうもこの二人・・・本当に嫌いあっているワケじゃあないと思うんだ。
加賀さんと瑞鶴の衝突・・・これも、提督である僕がなんとかしなきゃいけない問題だろう。
何故って、相変わらず赤城さんが僕の方をさりげなく見ている。
いいさ、期待に応えるといったんだから・・・そこで見てて欲しい。
僕なりの部下の扱い方ってやつを示しておくのも悪くはない。
「もしかして加賀さんってさ」
二人の言い争いの中に割って入るように発言をすべり込ませる。
さあて、どんな反応を見せるのかな?
「瑞鶴さんのこと、好きなの?」
「は?」
「あら」
「え」
「・・・」
四者四様の反応にあえて気づかないフリをして、僕は続ける。
「いや、瑞鶴さんに対してだけ加賀さんの反応が子供っぽいからさ」
「好きな子には意地悪しちゃうって言うし、そうなのかなって」
ちょっと恥ずかしいけれど、天然を装って・・・ちなみにモデルは翔鶴さんだ。
「な・・・あっ・・・な・・・」
みるみるうちに顔を赤くしていく加賀さん。
ちなみにとっくに日は落ちて夜になっているから、これは夕焼けのせいなんかじゃない。
「そんなわけないじゃない・・・加賀さんが私をなんて」
「・・・そ、そうです、その通りです」
「私だってそんなこと、気にしないし・・・」
加賀さんのその言葉に、普段強気な瑞鶴さんがしゅんとする。
・・・・・・・・・ああもう、二人共なんでこんなに素直じゃないんだろう?
「あれ、そうなんだ・・・僕、勘違いしてたみたい」
「じゃあ加賀さんは瑞鶴さんのこと、嫌いなんだね?」
意地悪くニッコリと微笑んで、僕は言う。
「そ、それは」
「だって加賀さん、瑞鶴さんとだけ喧嘩するし・・・」
「ふ、ふん。正直に言えばいいじゃない・・・気に入らないってさ」
瑞鶴さんもふてくされて・・・売り言葉に買い言葉だ。
だけれどもその言葉を買うのは僕。
「そう、上官として仲の悪い人同士は組ませないようにしないといけない」
「で、加賀さんは・・・瑞鶴さんのこと、嫌いなの?」
「べ、別に・・・嫌いとは言っていません」
「・・・・・・え?」
ああ、やっぱり。
そんな弱々しい返答に意外そうな顔をしたのは、もちろん瑞鶴さんだけ。
赤城さんと翔鶴さんはもう、このお話の行く末をただ見守っている。
大丈夫、任せて。加賀さんが優しいけれど不器用な人っていうのは、もう気づいているから。
そして、それに気づかせてあげないといけない人が、ここにいるってことも。
「好きでもないし嫌いでもない・・・なのに喧嘩しちゃうっておかしくない?」
「わ、私はてっきり・・・嫌われているとばかり・・・」
だからこそ瑞鶴さんも反発してしまうわけで。
「じゃあ嫌いか好きかで言えばどっちなの?」
「そ、そんなの・・・」
答えに詰まったまま加賀さんは下を向いてしまう。
「やっぱり瑞鶴さんのこと、嫌い?」
「そんな事はありません」
むぅ、そこはハッキリ答えられるのか。じゃあ。
「じゃあ好き?仲良くしたいと思う?」
「・・・・・・・・・」
そしてそこは答えられない・・・ほんっと、クールに見えて分かりやすい!
むしろこの人の本心に気がつかない瑞鶴さんは、少し鈍感すぎやしないか?
他人を通せばバレバレなんだけれど、瑞鶴さんは本当に気づいてないみたいで。
不安げに加賀さんと僕を交互に見ている。
いや、君もだからね。一々突っかかる責任を取ってもらうことにする。
「じゃあ瑞鶴さんはどうなのさ」
「へっ・・・私!?」
自分に矛先が行くとは思っていなかったのか、瑞鶴さんが間の抜けた声を上げる。
「君だって一々加賀さんに突っかかるだろ、あれは加賀さんが嫌いだから?」
加賀さんに向けたのと同じ質問を、今度は瑞鶴さんへ。
「別にそんなの・・・気がついたらいつも喧嘩しちゃうだけで」
「嫌いなわけじゃない?」
コクリ、と頷く瑞鶴さん。
「じゃあ好き?仲良くしたいと思ってる?」
「・・・・・・・・・」
加賀さんと同じ質問に、加賀さんと同じように黙ってしまう。
もう、ほんっとにこの人たちは。
「似た者同士、だね」
僕のその言葉に、今まで黙っていた赤城さんと翔鶴さんが吹き出す。
「ちょっと、私がこの人と同じっていうの!?」
「提督、あなた少し戯れが過ぎるのではないかしら」
「嫌なの?」
またしても、二人揃って無言、無言、無言。
呆れるほど長い間、誰も喋ることなくじっと時が経って。
「嫌われてるのかと、思ってた」
加賀さんとは反対側を向いたままようやく、瑞鶴さんがぽつりと呟く。
加賀さんとは反対側を向いたままようやく、瑞鶴さんがぽつりと呟く。
「・・・私も、です」
同じく瑞鶴さんから目をそらしたまま、加賀さん。
「あなたにはつい、キツイことばかり言ってしまうから」
「そんなの、お互い様よ。私だってすぐにたてついちゃうから」
「ごめんなさい」
「・・・・・・うん、私こそ」
「やーっと、二人が素直になりましたね。赤城さん」
「ええ、逆にこれまで仲直りできなかったのが不思議なくらいです」
結局、その後も加賀さんと瑞鶴さんに会話はなかったけれど。
二人ともチラチラと相手のことを気にしている所まで似ていて、面白かった。
そんな一幕が最後にあったけれど、聞きたいことは全て聞いてしまったし・・・。
僕は空母のみんなに会議の終わりを告げて、本日はお開きとなった。
一航戦の二人が自室へと引き上げていく。
先に加賀さんが部屋を出て、その後を赤城さんが追っていくその去り際に。
「あなたは今日・・・提督として、私たちの”期待”に一つ、答えてくれました」
「・・・・・・昨日、私がした部下にあるまじき発言をお許し下さい」
たどたどしく、普段には無いぎこちない口調と礼。
もしかしたら赤城さんは昨日の発言を、相当気にしているのかもしれない
「そんな風に謝らないでよ。僕、まだ何もしてないよ?」
「いえ・・・加賀と瑞鶴のすれ違いは、私も苦心していたのですから」
「それを取り持って頂いたのはあなたのおかげです」
どこまでも真面目で、一直線。
何かを成せばきちんと認めてくれる、そんな人なんだなあと僕は思った。
だから。
「謝罪の言葉なんかよりも、赤城さん」
「はい、提督。ありがとうございました」
謝罪の言葉なんかよりも、そっちのほうが何倍も嬉しい。
「まだまだ、応えなきゃいけない期待はいっぱいあるから・・・よろしくね」
「はい、そうです」
「私たちの提督をやるのですもの、これくらいで満足してもらっては困ります」
差し出した手を両手で包まれて、今度こそ構えていない本当の笑みを向けられる。
綺麗と見蕩れればいいのか、可愛いと見蕩れればいいのか、判断に迷う微笑みを。
「赤城さん、もう行きましょう」
「もう、加賀。照れてるからって急がないの」
「べ、別に照れてなどいません」
中々部屋から去ろうとしない赤城さんに焦れたのか、加賀さんが引き返してきてたので。
「明日も秘書艦、よろしくね?」
そうやって声をかけてみたのだけれど・・・。
先ほどの瑞鶴さんとの一幕がよほど恥ずかしかったのか、加賀さんは蚊の鳴くような声で返事をしてそのまま走り去ってしまった。
そんな加賀さんを追っていく赤城さんの、最後に一言は。
「加賀も素直ではありませんから」
一体何を意味していたのだろうか?
疑問混じりにそんな彼女たちの後ろ姿を見送って・・・。
一つ、仕事をやり終えた。
僕がそんな清々しい気分で部屋に戻ると・・・。
顔を真っ赤にしたままの喧嘩の片割れがまだ、さっきまでの場所に突っ立っていた。
あ、あれ!?
そう言えば僕、瑞鶴さんの事も相当からかった気がするぞ!?
加賀さんが怒っていなかった分、瑞鶴さんが相当怒っていたり・・・!?
顔を伏せているから、本当に怒っているのかは分からない。
「瑞鶴さ・・・いっ」
ずんずんずんと、無言のまま瑞鶴さんが僕の方へ歩いてくる・・・こわい。
流石に意地悪しすぎただろうか。
「ごっ、ごめんなさ・・・・・・・・・」
「ありがとっ・・・・・・・・・」
瑞鶴さんの歩みは止まらずに、すれ違いざまそんな事を言って。
シャアアアア。
カーテンを閉めて、自分のベッドに入ってしまった。
「あっ・・・え?」
てっきり怒鳴られるかと思った僕は、肩透かしを食らってしまったかっこうで立ち尽くす。
お礼、言われたし・・・なんなんだろう?
ますます瑞鶴さんの態度が不思議に思えてしまう・・・加賀さんと仲直りしたのがそんなに恥ずかしかったのだろうか?
「あらあら、まあまあ」
この部屋で翔鶴さん一人だけが訳知り顔で笑っている。
「ず、瑞鶴さん。部屋着に着替えなくていいの?あ、勿論僕出て行くから」
「いい!」
「あとご飯も」
「いいって言ってるでしょ!」
取り付く島もない・・・謝ったほうがいいのかな?
「あのう、提督。瑞鶴は大丈夫ですから・・・そっとしておいてあげて?」
「でも、怒っているんじゃ・・・?」
「いえ、多分・・・」
「翔鶴ねえ、うるさい!」
「あらあら、ごめんなさい瑞鶴」
「加賀さんと一緒、ということね」
うふふ、と可愛らしく笑って翔鶴さんはそれ以上、僕に教えてくれなかった。
まあ大方、加賀さんと仲直りしたのが恥ずかしかったんだろう。そういえば加賀さんも顔を真っ赤にして去って行ったっけ。
瑞鶴さんも加賀さんも照れ屋だからなあ。
そう判断した僕はそれ以上瑞鶴さんに触れることはせずに、その日は終わった。
提督として・・・みんなの上官としてやるべきことをやったという自信を、一つ得て。
本日ここまで、加賀瑞鶴が姉妹だとしたら黄薔薇ですね多分
百合は恋愛的感情ではなく友情の延長線上にあるものこそ至高
投下はじめて行きます、連休でドンドン進めていきたいですね
第五章 転機!
それからは午前中に執務、午後に空母たちの艦載機の特訓というかたちで僕の一日は過ぎていった。
艦載機に関しては進歩がないけれど、任務に関しては。
「輸送路の整備はもう終わった?」
「はい、主要な港との連携も出来るようになりましたから」
これは主に加賀さんと・・・出撃がないときは赤城さんに手伝ってもらってる。
艦娘が行う海上輸送の護衛任務・・・これを整備し直して、輸送の数を増やしつつ深海棲艦に襲われる可能性を減らす。
具体的には艦載機での偵察(これなら失敗はない)や洋上で輸送船に先行しての目視確認・・・。
軽巡や駆逐でのローテーションを組ませれば交代で休みつつ、次々と資源を運ぶことが出来る。
そして回数をこなすことで鎮守府側にもメリット・・・艦娘に対してのイメージであったり、任務の成功報酬が得られるのだから、これはどんどんやるべきだ。
「この1週間で大分任務が増えたけれど・・・みんな疲れてない、大丈夫?」
「ええ。特にそう言った様子は無さそうです」
「でも・・・こんなにも任務の回数が増えるなんて思いませんでした」
これまで軍用船を使って護衛していた分を、僕らの鎮守府が引き受ける。
軍にとっても負担が減るし、何故今までそうしなかったのか?
答えは知らなかったから。
深海棲艦の撃破が安定しない艦娘が”役立たず”だと決めつけていたから。
でも輸送船の護衛なら、無事に船が目的地まで着けばそれで良いわけで。
それなら広い索敵と牽制が出来れば、別に敵を倒せなくてもいい。
”軍に代わって、僕たちの鎮守府が輸送船団を護衛しようか?”
僕の提案に、近隣の軍施設はすぐに飛びついてくれた。
任務とはいえ、輸送船の護衛をしなくて済むというのはとんでもない魅力だったのだろう。
あれで死ぬ人間の数もシャレにならないから。
「さて、任務での出撃が増えて、みんな今までよりも経験を積む機会が増えたね」
それは少なからず練度の上昇も見込めるということ。
練習ではなく本番の中で成長することもあるだろうから・・・。
「でも、轟沈者が出ないようには・・・」
「ええ、もとからそのつもりはありませんから」
そして、最大の利点。
それは、艦娘の運用なら犠牲者が出にくい、ということ。
今まで軍は敵を何隻倒した、というところにしか目が向いていなかった。
それも仕方ないかもしれない。一番評価しやすいのは結局そこだ。
こういった方面で活躍していくことは、この戦争の価値観そのものをも変えるのかもしれない・・・。
でもまあ、敵を倒せなければ勝てない・・・というのも真実な訳で。
お決まりの午後の特訓。
「ああもう、さっきのは惜しかったのに!」
瑞鶴さんの爆撃機が放った爆弾が洋上の的に当たって―――
爆発することなく沈んでいったのを見て、僕の隣から悔しがる声が聞こえる。
もう何日、何回目だろうか・・・この特訓は。
「ううん、安定しないねえ」
「なかなか連続で成功しませんね・・・」
瑞鶴さんと翔鶴さんが口々に嘆く。
もちろん爆撃が完璧に成功することはある。
だけれどもそれを3回、4回と続けてとなると・・・加賀さんでもキツくて、赤城さんくらいしか望みはない。
威力だってそうだ。初日に僕を爆撃した瑞鶴さんのそれが、一番激しいものだった。
・・・使ったのは旧式の九九艦爆で、本人曰く手加減していたとのことだったけれど。
訓練なら、いい。自分を狙う敵がいない中で、次の弓を放てばいいのだから。
でも、これが戦場でとなると・・・正確に、一撃で敵を仕留めることが出来ない空母では正直、大した戦果は上がりそうにない。
「ごめんね、提督」
「そんな、謝らないでよ。ゆっくりいこう、瑞鶴さん」
駆逐艦の娘たちの演習に絡ませたり、的を動かしたりと色々やってみたけれど、劇的な変化はなし。
「こればっかりは地道に続けていくしかないよ」
「うん・・・そうね、もう一回!」
意外にも、そう思った矢先・・・・・・転機は突然に訪れる。
それは地道な訓練を続けてきたからこそのきっかけだけれども、本当に偶然。
「よーし、もう一回って・・・痛いっ!」
バチン、と瑞鶴さんが構えた弓の弦が弾けて、悲鳴が上がる。
うわあ、本当に痛そう・・・。
「瑞鶴さん、大丈夫?」
「うん、ちょっと切っちゃっただけだから・・・」
慌てて弓の弦が跳ねた瑞鶴さんの指先を見ると、勢いよく血が出て真っ赤に染まっている。
「た、大変だっ・・・すぐに止血しないと!」
「へっ・・・? このくらいの血、すぐに止まるから大丈夫よ」
「手、貸して・・・!」
呑気にそんな事を言う瑞鶴さんの手をひったくって、口元へと運ぶ。
そして・・・・・・。
ちゅうううう。
「へ!?」
「まあ!?」
瑞鶴さんの指へ自分の唇を押し付けて、ドクドクと流れる血を勢いよく吸う。
「やっ・・・あ、あの、提督・・・やめてったら!」
「ひょっと、ふごかなひで(ちょっと、動かないで)」
「口を動かすなあ・・・くすぐったいでしょ!」
「て、提督・・・そこらへんで瑞鶴を・・・その、放してあげて?」
こんなにドクドクと血が止まらないのに、何をそんな悠長な・・・。
うわ、まだ流れてくるぞ・・・結構ザックリと行ってるのかもしれない。
そう思った僕は、目の前の女の子たちの言葉を無視してさらに・・・。
ちゅううううう。
「ちょっ・・・さらに強く吸うなぁ・・・!」
「らってまら・・・ひが出るんだもん(だってまだ血が出るんだもん)」
「さらに喋るなああああ!」
「ず、瑞鶴・・・提督も落ち着いて」
そうやって何度か瑞鶴さんの指先を思いっきり吸って、なんとか止血が出来た。
「ふぅ、やっと血が止まった・・・。良かったね、瑞鶴さん」
「・・・・・・・・・良かないわよ、この馬鹿」
ええ、何で!?
良かれと思ってしたことなのに、目の前に顔を赤くした仁王が立っている。
「アンタ・・・今自分がなにしたか分かってんの!?」
「何って・・・・・・・・・あっ」
「鈍感・・・」
翔鶴さんからの一言が余計に痛い。
必死だったから気がつかなかったけれど、僕は今瑞鶴さんの指を・・・。
「ご、ごめん・・・舐めちゃった」
「せめて吸ったとか言いなさいよ!?」
瑞鶴さんも焦っているのか、色々とツッコミがおかしい。
「でも指切っちゃったのは事実だし放っておくと危ないし!?」
「艦娘だからこんな傷すぐ治るわよ、バカっ!」
「あ、そっか」
失点を取り返そうと焦った僕は、焦って何をしゃべっているか分からなくなる。
「ごっ、ごめん、一瞬普通の女の子にしか見えなくて・・・」
「なっ・・・、あっ・・・」
艦娘であるという瑞鶴さんの誇りを傷つけてしまったのだろうか。
「も・・・もう許せない・・・そう言えばこの前、着替え覗かれたときは不発だったわね・・・」
「え・・・いや、アレはもう時効じゃ」
「アンタのせいで・・・アンタのせいで私はいつも、落ち着かない毎日なんだから!」
いや、確かにあの時のは僕も悪いけどさ。
今も余計なこと言っちゃったみたいだけどさ。でも、毎日って・・・?
「着替え見ちゃったのは大分前でしょ、毎日落ち着かないって・・・僕何かした?」
最後の一言が、さらにさらに余計だった・・・んだと、思う。多分。
プッツン。
「提督、そういう意味じゃないんです・・・」
何か嫌な音が聞こえるとともに、翔鶴さんが頭を抱えて呟く・・・。
そういう意味ってどういう意味さ!?
「ねえ僕何か悪いことした、ねえ!?」
「問答無用っ翔鶴ねえ、ちょっと借りるね!」
「瑞鶴・・・ダメよ!」
瑞鶴さんが、翔鶴さんが持っていた弓をひったくって構える。
狙いはもちろん・・・目の前で慌てている僕だ。
「そんな、ちょっと待ってよ!?」
一度は僕に向けられた矢はしかし、僕に向かってそのまま放たれることはなかった。
「・・・・・・・・・あれ、何・・・私?」
ポワ・・・と、瑞鶴さんの身体が薄モヤがかかったような輝きをまとう。
それは瑞鶴さんの身体だけじゃなく・・・よく見れば構えた弓矢にまで及んでいて。
「瑞鶴さん・・・どうしたの!?」
「瑞鶴、大丈夫?」
慌てるのは僕と翔鶴さんばかりで、当の本人は真剣な顔をして黙りこくっていた。
「もしかしたら・・・・・・」
そして、短くそう呟いて・・・番えた矢を僕に―――ではなく、洋上の的を狙ってだろう、大空へと解き放った。
バシュウウウウウ
「た、高いっ・・・・・・!」
「瑞鶴・・・今までこんなに高く上がったことなんて・・・どうして!?」
今まで訓練で見たよりも遥かに高く高く・・・赤城さんが放つよりも高く、瑞鶴さんの矢が上がっていって・・・ようやく爆撃機へと姿を変える。
ブウウン、というお決まりの音が上空から聞こえてきて。
「よし・・・行ける、行けるわ。今度こそ成功出来そうな気がするの!」
瑞鶴さんの根拠のない確信は・・・それでも何故か、すごく説得力があるように思えた。
「よし、このままこのまま・・・あれっ!?」
ザザ、と突然僕の頭にノイズの様な音が流れて。
僕は確かに訓練のために港に立っているはずなのに、意識だけがそこにいない感覚。
「提督、どうしたの?」
「ちょっと、しっかりしてよね!?」
二人の声がひどく遠くに聞こえる。
これは・・・初日に瑞鶴さんの爆撃機に襲われたときに味わったのとまったく同じ感覚だ。
それでも二人を安心させようとして前を向いて・・・愕然とした。
二つのテレビ番組を同時に見ているような、そんな感覚。
翔鶴さんと瑞鶴さんがこちらを見ている、つまり本来の僕自身の目が捉える映像と・・・もう一つ。
明らかに別の視点の映像が同時に脳裏へと流れ込んでくる。
これは・・・艦載機の視点?
「瑞鶴さん」
「ねえ、どうしたの・・・大丈夫?」
今はそんな話している場合じゃない。
だって・・・これは。上手く説明がつかないけれど、これは。
「爆撃機、左にズレてる。修正して」
「え、あ、ホントだ・・・って何で分かったの!?」
「いいから、そのまま高度下げて・・・爆撃ポイントに入るよ」
「うん、そのままそのまま・・・」
「僕の言うタイミングで投下して・・・3,2,1、投下」
「う、うん・・・投下!」
瑞鶴さんによって僕の指示通りに投下された爆弾は、真っ直ぐに洋上の的へと向かって行って。
「今だ!」
ドカアアアン。
炸裂した爆弾は、赤城さんの時よりも・・・今まで僕が見た中で最大級の爆発を起こして、跡形もないほどに的を消し飛ばした。
「これが・・・これが」
成し遂げた成功に、みんなが震えている。
眠い・・・一旦締めます
「やったあ、これが空母瑞鶴の実力なのよ。提督、思い知った!?」
「うん、すごいよ」
「でもでも、一体どうしたのかしら。翔鶴ねえ、私いきなり上手くなっちゃった!」
「・・・・・・・・・」
まだ先ほどの謎の輝きを身体にまといながら、瑞鶴さんは嬉しそうに翔鶴さんに話しかける。でも・・・。
妹の大成功を喜ぶかと思いきや、翔鶴さんはじっと考え込んでいた。
おそらく、僕と同じことを考えている。
「一体、何が原因なのでしょう?」
それは突然、瑞鶴さんの身体が光に包まれたのと無関係ではないだろう。
でも原因となると・・・一体?
僕はこの前自分で立てた仮説を披露してみた。
「うーん、でも。恥ずかしさとか怒りとかじゃあ無い気がするのよねえ」
「そうだね、この前の着替えの時は不発だったし」
「あの時が一番殺意があったんだけどね、提督くん?」
爆撃がこれ以上ないくらいに上手くいって、上機嫌な瑞鶴さん・・・どうやらさっきの僕の失態もこれで許してくれるらしい。
ニコっと笑って怖いことを言うのはやめて欲しいけれど、これで助かった。
「とにかく、原因を考えるのはまた今度にして・・・赤城さんたちに報告してみる?」
「それは明日にしよう、内務の方でも提案したい事があるんだ」
「今日は瑞鶴さんの艦載機がどの程度安定するようになったか試しておこうよ」
「うん、りょーかい!」
行くわよ、という瑞鶴さんの掛け声とともに再び矢が放たれ爆撃機へ。
僕の指示に従った瑞鶴さんの爆撃機は、次々と爆撃を成功させていく。
今までにない精度と威力・・・あの赤城さんと比べても遜色のないレベルで。
「もしかして・・・?」
子供みたいに無邪気にはしゃぐ瑞鶴さんを遠目に、翔鶴さんが呟く。
初日の爆撃と、今回の爆撃・・・その共通項。
実は、僕もたった一つだけ・・・その可能性に気がついていたんだけれど。
・・・・・・とても口に出す気にはなれなくて、爆撃を成功させ続ける瑞鶴さんを眺めて後回しにするのだった。
「見なさいな、提督!これで5連続よ!」
ピョンピョンと跳ねながらこちらに手を振るさまが、とても可愛らしい。
内心の懸念を押し込んで、その姿に手を振り返す。
と。
ヒュウウウ、という音とともに一際大きな爆風が一拍遅れて海からやって来て。
「きゃあ!」
僕の隣で立っていた翔鶴さんは、ギリギリガードが間に合ってスカートを抑える。
「あっ」
「あっ」
間に合わなかったのは勿論、成功に浮かれて飛び跳ねていたもう一人の少女。
あの日、着替えを覗いてしまった時以来の健康的な脚が、バタバタとめくれたスカートから惜しげもなく曝されてしまう。
もちろん、スカートが捲れたその先も。
へえ・・・、白。
「あだっ」
「ふん、バカっ!」
全力で投げられた弓が僕の頭部を襲い、ぶっ倒れる。
艦載機じゃなかったのは温情だろうか?
それにしても・・・。
意外と、清楚な格好が似合うんだなあなんて。
そんなどうしようもない事を思ってしまう僕は、痛い目を見て当然なのかもしれない。
一先ずここまで
一番色気が無い娘が色気担当
あぶねえ、瑞鶴に江草持たせといて良かった
爆撃までしてもらえるアフターフォロー付きとかお高いんでしょう?
推敲後に続きを投下しますよろしくお願いします
第六章 政治
翔鶴型の私室を使った今日の執務は、一航戦の驚きから始まった。
「瑞鶴の爆撃が完璧になった、ですって?」
うん、と頷いて僕が後を受ける。
「それも、赤城さんぐらいの精度と威力でね」
「そう・・・ですか、早く見たいものです」
口ではそういうものの、赤城さんの笑顔は複雑。
戦力が増すのは嬉しいけれど、鎮守府エースのプライドだってあるだろう。
それでも悔しさを悟られないように歯を食いしばっている。
「じゃあじゃあ、今からでも演習場行きましょ!」
「もう、瑞鶴・・・まずは執務の方を終わらせる決まりでしょう」
「まったく・・・あなたもいい加減落ち着きを見せなさいな」
調子に乗った瑞鶴さんは、すぐに姉と先輩に窘められる。
「むぅ・・・せっかく私の活躍を見せられると思ったのに!」
「ごめんね瑞鶴さん、こっちは早く終わらせるから」
本題に入ろうか。
「みんな、今どんな艦載機を使ってる?」
今更のそんな質問に、空母のみんなは首をかしげながら答える。
「戦闘機は九六式艦戦ですね、ただ・・・」
「制空が得意な私だけは、その上位装備である零戦21型を使っています」
爆撃、雷撃のエースは赤城さん、制空のエースは加賀さんが担っている。
「そして、艦攻・・・艦上攻撃機はみんな九七式、艦爆は赤城さん以外が九九式で・・・」
「私だけが彗星を使わせてもらっていますが・・・ここぞという時以外は皆さんと同じ九九式です」
瑞鶴に譲らなければならないかしら、と寂しげに赤城さんが言う。
それには瑞鶴さんも素直に喜べないようで、ぎこちない笑みだけを返した。
そのへんのやりとりはあえて反応しない。軽々しく判断は下さない。
僕はただ赤城さんの言葉に頷く・・・これでみんなの兵装に関する情報を確認できた。
前もって調べておいたとおりこれは・・・・・・・・・。
「装備が弱すぎると思わない?」
現状、分かっているだけでも各艦載機には九九式に対する彗星などの・・・上位装備が存在する。
なのにみんなに行き渡っているのは、ほとんどが一番旧式の貧弱な兵装だけ。
「ですが、戦果を出していないのですから・・・それは当然のことです」
「そうね、この状態で大本営に申請を出しても却下されるでしょう」
「赤城さんの・・・自分たちへの厳しさは確かに、正しいよ」
提督としてみんなに信頼されるためにも、僕も結果を出さなきゃならない。
だからまず、自信満々な態度を保つことを意識する。何でも分かっているんだぞ、というよな態度。
そして次に・・・この一言でみんなの興味をひく。
「正しくて、でも間違っているね」
「私が・・・・・・・・・?」
「赤城さんが・・・間違っている?」
加賀さんが信じられない、といった表情を作る。
・・・普段無表情なのに、赤城さんへの信頼だけは揺るぎなく示す人なのだ。
「結果を出さない者が報酬だけ要求する・・・これは確かに間違ってるよ?」
「でも、君たちは違うよ。もう結果を出しているじゃないか」
「私たちが結果を出しているですって!?」
よし、掴みはオーケー。みんなが僕の話の続きを待っているのが分かる。
・・・・・・・・・歳上四人に見つめられて、実はすごく緊張しているんだけれども。
上手く隠せているだろうか。
思えばみんなは『戦果』という言葉に惑わされすぎているんだな。
「戦争ってのは、何も相手を倒すばかりじゃないんだ」
72回緒戦で勝ち続けて、最後に負けて滅びた将だっている。
戦って、勝てば良いってもんじゃないんだ。最後に負けてちゃ、挙げた戦果なんて誇れるものじゃない。
「僕が来てから、少なくとも確実に上げている戦果が一つある・・・瑞鶴さん、分かる?」
「えっ、わ、私!?」
いきなり意見を求められて焦る瑞鶴さん・・・これは学校の授業が苦手なタイプだな?
「えーっと、前と変わったとこ。前と変わったとこ・・・うーん?」
「艦載機の訓練じゃないよ。それは格段に君たちのスケジュールを変えているはずだ」
「あっ、分かった!護衛任務が増えたことね!」
正解。
見た目の派手さはないけれど、僕にとってこれは中々革新的な変化だと思うんだ。
「戦いに強くても、資源がなければ何も出来ないよね?」
艤装への補給、修理。兵装の整備に開発、僕らが食べている食料だってそうだ。
「それらを『慎重に、確実に』目的地まで運んでいる僕らはもう、立派な戦果を挙げているんだ」
「それも、自分たちの鎮守府だけじゃなく・・・他の鎮守府が担う分も含めて」
「そうね・・・他の鎮守府の依頼をこなし始めてから、護衛任務がすごく増えたもん!」
”何も成していない”という意識をまず、変えさせる。
慢心されても困るけれど・・・。
むしろ・・・特に赤城さんは、そうならないように自分を縛り付けすぎている気がする。
自分たちだってもう、活躍しているんだ・・・そういう自信を持ってもらいたい。
そしてその上で、みんなを抱き込んで次のステップへ。
「そう・・・僕たちはついこの前と比べるとよっぽど戦果をあげて活躍しているんだ」
「じゃあ、戦果にはそれに見合った対価があるのが当然のこと・・・なのに」
「君たちの兵装はこの前と全く変わらない、脆弱なまま」
「沢山の護衛任務もしながら、これで敵と渡り合えというのはおかしくないか?」
艦娘を贔屓してるんじゃない、この鎮守府の提督として当然の判断。
「確かに今までも、兵装の火力不足は感じていました」
「護衛任務で消費する資材、装備・・・これを含めると実情はかなり厳しいはずです」
「ただ、実力が足りていないのも事実なので・・・」
「口に出さないようにしていた?」
僕の先読みに、今まで鎮守府の舵取りをしていた一航戦の二人は黙って頷く。
自分を律することが出来る尊さは大事だけれど、世の中それだけじゃあやってけない。
「でも今は違うよね、兵装が弱いなりにきちんと活躍して・・・結果を出した」
「今度はそう、もっと強い武器を開発して訓練して・・・そこから敵をどんどん倒せばいい」
彼女たちが輝く舞台に立つための、その道筋を僕が作っていく。
同時に、何が問題になっているかを明らかにして・・・取り除いてあげるんだ。
「でも、現状は最初に確認したとおり・・・エースの赤城さんですら満足な機体が使えない」
「活躍はしたのに、ジャンジャン開発して新兵装を使ってないのは・・・加賀さん、何で?」
「わ、私・・・ですか?」
「秘書艦なんだから、答えてもらわないと」
物怖じしない瑞鶴さんとは対照的。
僕が来る前は赤城さんの補佐が多かったからだろうか・・・自分がスポットライトに当たるのが嫌みたいだ。
「それは・・・開発するほど資材に余裕がないから・・・・・・」
「そう、流石資材管理をやっていただけあるよね」
みんなが僕の話の先を見通そうと真剣になっている。
そんな中、もう一つ疑問を投げ込んでやる。
「なんで?」
「活躍して、今までよりもみんな出撃回数が増えて行動範囲も広がった・・・」
「兵装なんかは、作っても作っても足りなくなるはずだよね」
「だけど、なんでみんな旧式の艦載機を使いまわすほど困っているんだろう?」
答えはもう、先程から出ているのだけれど・・・あえてみんな明言しない。
だから僕から、もう一度言ってやる。
「活躍に対しての十分な報酬をもらっていないからさ」
「なら、答えは簡単・・・・・・・・・貰っちゃおうか?」
驚いたみんなを代表して、赤城さんが質問してくる。
「それは・・・人間、いえ。軍本部に対して要求をするということですか?」
「もちろん。僕らはこれだけ活躍しました、ご褒美頂戴ってね」
みんな潔癖だ。そんなことをして本当にいいのか、といった表情。
高潔さは時に障害となる。
その高潔さを周囲が理解していない・・・そんな時は、特に。
「まあ、ただ申請しただけじゃ蹴られて終わりだと思うけどね」
「ちょ、どういうことよ!? 私たちが活躍したって言ったのはアンタじゃない!」
「それを・・・大本営の人間たちが認めるとは限らない、ということですね」
「そういうこと」
流石赤城さん、腹黒・・・いや、鋭いだけあるねうん。
「実は、出した戦果に対して一つだけ、十分に供給されているモノがあるんだ」
「翔鶴さん、何だか分かるかな?」
「・・・多分、バケツ・・・じゃないでしょうか?」
流石、その通り。高速修復材、通称バケツ。
艦娘たちの艤装のダメージを一瞬で回復するそれだけは、唯一ちゃんと供給される。
「人間には意味のないものだからね、惜しみなく艦娘たちにあげて感謝させた方がいい」
逆に、自分たちが使う燃料や弾薬なんかは・・・。
艦娘たちの功績を考慮して支払おうなんて気はならさら無い。それが本部ってもんだ。
申請を出したって同じだろう、なんやかんやと理由をつけて渋るに決まっている。
幾度にも渡る根回し、申請・・・そんな気の遠くなる作業をやっているほど僕たちは暇じゃない。
「じゃあ結局、やっても同じなんじゃ・・・」
翔鶴さんが一番弱気な意見を出す。
「認めてくれないのなら」
視線をチラリと赤城さんに寄せて。
「認めさせればいい、ね?」
「!」
さあ、ここからが僕の本題だ。
潔癖な艦娘たちでは出来ない、提督である僕にしか出来ない発想。
それを用いて、まずは鎮守府運営のキモである資材を安定させてやる!
休憩後また投下に来ます
ちょっとお風呂に、すぐ出るから・・・
再開します
翔鶴はえるたそみたいに上品なくせに妙に色っぽい入浴をしますねえ
認めさせればいい。
この中で僕が一番認めさせたい人を見ながらそう言い放つと・・・。
当の本人は楽しそうな含み笑いをしながら発言する。
「提督は・・・何かいけないコトを考えていますか?」
「何よ、またエッチなこと!?」
「そんなわけないだろ!」
すっとぼけた瑞鶴さんに思わず反応してしまう僕。
なんだよエッチなことって・・・いや何を言ってるかは分かるよ?
白いアレでしょ、アレ。
「また何かをやらかしたのかしら」
「加賀さん聞いてよ、昨日の提督ったら―――」
仲直りしてからというもの、少しは親しげに話す機会が増えた加賀さんと瑞鶴さん。
・・・でも、一番仲が良さそうに話すのは決まって・・・・・・。
「そう、大概にして欲しいものね」
ジロリと僕を睨んで、加賀さん。
そう、決まって僕に怒るときなのだ、勘弁して欲しい。
「瑞鶴・・・あなたも、少し隙がありすぎるわ」
もっと言ってやって、加賀さん。
僕が日頃、隙だらけの瑞鶴さんにどんなに悩まされているか!
自分がどれだけ美少女か自覚していない分、ホントにタチが悪い!
「鎮守府はこれまでとは違う・・・男の子の目があるという事を意識なさい」
「え、加賀さんは意識してるの?」
「なっ・・・・・・それは、その・・・意識しているとか、そういう事では、なく・・・」
「と、とにかく気をつけなさいな」
瑞鶴さんのあっけらかんとした問いに加賀さんが顔を赤くしてしどろもどろに。
・・・加賀さん、そこでチラっと僕を見るのやめてくれないかな!?
少しは意識されているんだ、なんてことを考えてしまって落ち着かなくなってしまう。
このムズ痒い空気を無理矢理変えるべく、僕は話題を元に戻す。
「もう、大本営が僕たちの言うことを聞いてくれないなら、聞かせればいいって事!」
「でも、どうやって?」
「この数週間、僕たちはよその人間の鎮守府から任務の依頼をこなしてきたね?」
「ええ、ほとんどが先ほど言った船団護衛任務ですが・・・」
それが何か、といった表情で四人が首をかしげる。
「あくまでも”依頼を受ける”という形で・・・まあ、今まではほぼ全てを断らなかった」
「でも、何故他の鎮守府は・・・僕たちに依頼を出したと思う?」
「へっ・・・そりゃ、手間が減るし人間の犠牲も出ないからじゃ?」
「”役立たずの兵器たち”と蔑んできた僕たちを、いきなり信用して?」
あっ、っとみんなが息を呑むのが分かる。
依頼が来るのが嬉しくて、そんなこと思いもよらなかったのだろう。
そう、面倒事を引き受けますよなんて言われても・・・普段なら信頼していない相手に任せる訳がない。
ましてや蔑んでいる相手に対して。
・・・じゃあ、普段じゃないタイミングで打診されたら?
「これ、見てよ」
「海域・・・攻略作戦の・・・通達?」
「近隣の鎮守府が合同して乗り出す、大規模作戦だね」
大本営主導の・・・いわば軍の面子がかかった作戦。
各鎮守府も今その準備に明け暮れていて、そのためには余計な手間を少しでも省きたいと思うだろう。
そう、普段は信頼していない艦娘たちの手すら借りたくなるほどに。
・・・と、ここまでで僕の言いたいことを全て察したらしい艦娘が一人。
「ふふ、提督・・・意外に腹黒いんですね」
「赤城さんに言われたくないなあ」
お互いに悪い笑みを共有するのは・・・なんだかいけない趣きがある。
「いいかい、一度人間側の身になって考えてみよう」
後の残りの三人に向かって、僕は得意げに語りだす。
「大規模作戦の準備で忙しい・・・そんな中艦娘どもに頼めば、面倒な船団護衛をやってくれる」
「作戦に必要な資材はそれで確保出来るし、何よりも犠牲を出さずに準備に専念出来る」
「奴らも少しは役に立つじゃないか、じゃあドンドン任せてしまえ、依頼を出そう」
「そして、そのほぼ全てを僕たちは引き受けてきたんだ」
あっ、っと・・・今度は加賀さんが声を上げる。
思ったよりも大きな声が出て恥ずかしかったのか、それきり何も話さずに縮こまってしまったけれど。
「加賀さん、分かった?」
「・・・ええ。あなたが護衛任務の引受を、初めからこの鎮守府に来るようにしなかった理由が分かったわ」
「加賀さん、それってどういう事よ?」
瑞鶴さんから質問が出る。
分からないことを素直に加賀さんに聞くのは・・・ちょっと前には考えられなかった光景。
「今私たちが引受ている沢山の護衛任務・・・あれらは大本営から私たちに直に来ているわけではないわ」
「一度管轄の各鎮守府に振られて、各鎮守府から私たちに”代行依頼”が来ているの」
「そう、私たちはあくまでも代理として、依頼された分を引き受けただけ」
「えっと・・・大本営からの命令じゃないってことに違いがある・・・?」
「そうよ、大きな違い。よく考えてみて?」
加賀さんが、瑞鶴さんを優しく諭す様な口調を選ぶのもまた同じだ。
「大本営からの命令というかたちなら、私たちに選択の余地はない・・・でも」
「そう・・・あくまで”依頼”だからね」
ああ、と・・・今度は翔鶴さんが天を仰ぐ。
「提督は・・・・・・本当はちょっと意地悪さんですね?」
「あ、それちょっとショック」
「あら、褒めているんですよ? お嫌でしたか?」
「まさか」
今度は加賀さんと翔鶴さんを含めて笑いが起こる中で、取り残された人がむくれる。
「むぅ・・・みんな私をのけ者にして・・・不貞腐れるぞぉ」
頬を膨らませてちょっと涙目・・・。
本当に子供みたいな拗ね方をする彼女に、そろそろ手を差し伸べるとしよう。
「瑞鶴さん・・・今僕たちが各鎮守府の代わりにやっている船団護衛は、あくまでも”依頼”なんだ」
「今までは僕たち艦娘の鎮守府にもそれをこなすメリットがあったから、ほぼ全部引き受けてきた」
こう言い直すこともできる。『引き受けてあげてきた』ってね。
正当に評価されず、支払われる報酬すら支払われないという事実があっても、なお。
練度やイメージの向上、内部の結束・・・それらを狙って極力、やってきた。
「でもね、所詮それらは”依頼”・・・つまり、断りたければ断っていいんだ」
「それこそ、これからも山のように来るであろう船団護衛”依頼”全てをね?」
「えっ・・・でも、それって・・・」
「何かな、瑞鶴さん」
「今まで全部受けて貰えていたのに、急に断られたら困るんじゃ・・・あっ」
「あっ・・・あぁ~!?もしかして!?」
最後まで説明されなくても、自力で答えに行き着いた様だ。偉い偉い。
「僕たちが依頼を受け始めて大分経つ・・・それに今は大規模作戦の準備で大あらわ」
「ふふっ・・・困りますね、受けてもらえる事を織り込んで予定を立てていたら」
「困るのは僕たちだって同じさ」
任務をこなせど、正当な評価は下されず、開発のための十分な資材も供給されず。
これでは鎮守府は立ちいかない。当然運営は厳しくなっていくだろう、そうしたら。
『今まで受けてきた依頼だって続けられなくなるかも知れない、それこそ突然・・・その全てを』
今、最も強いカードを持っているのは僕たちなんだ。
相手が降りられない状況にあるのなら・・・目一杯賭け金を釣り上げる。
それしかないだろう?
「僕はね、とっても心配しているんだ」
「不幸にも僕たちが突然、すべての依頼を受けられなくなったら?」
「今僕らの鎮守府が一手に担っている護衛任務・・・資材の供給はガタガタになる」
「資材が足りなくなって大規模作戦が延期・・・もしくは中止だなんて」
そんなことになったら、大本営の面子は丸つぶれになってしまうだろうから。
「ああ、僕たちの鎮守府にあと少しの資材があったら!正当な報酬が支払われていたなら!」
「あの依頼だってこの依頼だって受けてあげられるはずだったのに!」
僕の投げかけに、赤城さんがまるで街の見世物の様な芝居がかった受け方をする。
「大本営を・・・脅すっていうの?」
「脅すなんてまさか・・・僕らは心配から意見具申するだけさ、瑞鶴さん」
だからそんな、人聞きの悪いことなんて言っちゃダメだよ?
「書類作成はお任せ下さい」
「あくまでも現状の懸念を奏上して、我が鎮守府の資源不足の助けを乞う形にしてね?」
「ええ、大本営が私たちを助けたという事にして・・・華は持たせないとね、加賀?」
「分かりました」
加賀さんがすぐさま仕事をかって出てくれる。
今までの執務にない内容に、心を弾ませているらしい。
「うん、これで内務の方は完璧かな」
艦娘へのサポートをする下地は整った。
これから”確実に”供給されはじめるであろう資材を有効活用すれば・・・。
彼女たち艦娘にもっと良い装備を提供できるはずだ。
さて、お次は・・・。
「いよいよ、この瑞鶴の出番ね!」
座学が終わった途端、元気になる瑞鶴さん。
この後の自分の成功を微塵も疑っていない。昨日と同じ様な爆撃が出来るという自信。
でも・・・・・・でも。
僕の懸念が的中するとしたら・・・。
おそらく、瑞鶴さんの爆撃はこれまでと同じ様なぱっとしない結果になる。
そう、これまでと同じように・・・”何もしなければ”だ。
一抹の不安からあえて目を遠ざけて。
はしゃぐ瑞鶴さんを無言で見つめる翔鶴さんの表情に気づかないフリをして。
僕たちは午後の日課である・・・艦載機の訓練へと向かうのであった。
疲労度赤、死ぬほど疲れた・・・書き溜め分これで無くなりました
続きは書き上げたあとまた明日です、多分翔鶴視点でのスタート
ではまたよろしくお願いします
赤城さんは裏表のない素敵な方です
少しだけ投下
第七章 覚醒、その原因は
昼食を食べるよりも早く、一刻も早く成果を確認したい・・・。
執務を終えた五人の見解は一致して、とにかく一度演習場へ向かうことになった。
執務室として使っている自室からは既にみんな退出してしまって、鎮守府もう一人の空母の少女――翔鶴は出遅れてしまった。
「翔鶴さんも・・・行くよ?」
「あっ・・・はい、今行きますから」
一航戦や妹は廊下に出て先を行っているため、少年と連れ立って部屋を出る。
隣を歩いているのが妹ではなく・・・瑞鶴よりも少し背の低い少年だということに、新鮮味を感じた。
そういえば、少年といる時は常に瑞鶴も一緒にいたため・・・こうして二人きりになるのは初めてだ。
何か、話してみようか?
「先ほどの作戦は・・・提督自身が考えたのですか?」
「うん、兵站は戦争の基本だからね・・・何よりもまずこれを確保しないと」
幼さを感じさせる顔立ちで・・・でも、先ほど見事な方針を打ち出したのは彼なのだ。
15歳にして、歳上の空母四人を前に自分の作戦を認めさせ実行する手腕・・・。
でも・・・この少年の本質はそこではないと、翔鶴は思う。
「ちゃんと、出来ていたかな・・・僕。頼れる提督に見えた?」
不安げな表情で、こちらを覗いてくる碧色の瞳・・・。
上官としての虚勢を脱ぎ捨てた後に残る、この年相応のもろさ。
それは翔鶴にただ上官として仕えるだけでなく、支えてあげたいという気持ちを起こさせる。
瑞鶴の“お姉ちゃん”をやってきたからだろうか、不謹慎にもこの年下の上官が・・・翔鶴には可愛い弟の様に見えてくるのだ。
瑞鶴に向ける親しみや慈しみと全く同じ気持ちを、この少年にも抱く。
意識するまでもなく自然に・・・不安げにこちらを見る少年へと手が伸びていた。
「しょっ・・・翔鶴さん!?」
「ふふ、提督は頑張っていますよ?」
小麦色の柔らかい髪の毛を、ゆっくりと撫でる。
頭頂部から前髪へと、何度も、何度も。
男の子にしては繊細で、サラサラとした感触。
「やめてよぅ・・・」
「ふふ、ダメです」
照れているのだろうか、先ほど自信満々に語った時とは打って変わって弱弱しい声。
抵抗するように腕を動かすものの、本気で頭を撫でる翔鶴の手を抑えようとはしない。
可愛い可愛い、翔鶴の新しい弟・・・たまに、私を困らせるような意地悪もするけれど。
不意に、今翔鶴が少年に対して感じている感情が―瑞鶴が感じているものと同じなのかどうかが気になった。
瑞鶴もまた、自分に弟が出来たような感覚を得ているのだろうか、と。
おそらく、それは違う。
違うと、翔鶴は自答する。
自分が少年に対して抱いた感情と瑞鶴が抱いている感情は、似ている様で全く別のもの。
思えば少年が来てから、自分たちの環境は一変した。
特に妹はそう、何しろ出会いからして衝撃的だったのだから。
あんな体験をしたら・・・瑞鶴が落ち着かない毎日を過ごすのも仕方のないこと。
「提督のおかげで、鎮守府は今までより明るくなりました」
「瑞鶴と加賀さんの仲も良くなったし、今度は資材まで」
「少しずつですけれど、確実に・・・あなたが頑張っているのはみんなが知っていますよ?」
少年を安心させようと、頭を撫でながら優しげな微笑みを浮かべて見つめる。
今度こそ少年は本当に照れてしまったのか、顔を赤くするばかりで何も答えない。
普段、瑞鶴や加賀さんを、少年の柔らかな笑みでそうやって惑わせているのに。
・・・自分が褒められるのには慣れていないのかしら?
そんな見当違いの結論を導き出して、空母の少女はもう一つ、話を進める。
「瑞鶴の爆撃・・・上手くいくでしょうか?」
「ううん、多分・・・このままだと」
予想通りの歯切れの悪い解答。
翔鶴でさえ考え付いているのだから、この利発な少年が気づいていない訳がない。
覚醒の鍵となる、あの行為がないと・・・おそらく瑞鶴の爆撃は―――。
そして問題は、それに対して少年がどういう答えを導き出すか。
「どうなさるおつもりですか?」
「そんなの・・・決まってるよ。瑞鶴さんが嫌がることは出来ない」
瑞鶴が嫌がるに決まっている、という答え。
瑞鶴が嫌がることはしたくない、という答え。
それは決して正しくないけれども、少年らしい優しい答え。
少年の答えに満足は出来ないものの、自分の中の彼に対する好意が増すのを翔鶴は感じた。
それをしてしまえば・・・おそらく簡単に私たち空母の爆撃は安定するようになる。
『提督』として判断を下すのならば、するのが当然・・・そしてそれが咎められることはない。
でも彼は・・・目の前の彼はそれを否とした。『少年』としての答えを導き出した。
そのことが、なんだか自分のことの様に誇らしい。
トクン、と一つ、胸が跳ねる。初めて感じる、締め付けられるような痛み・・・これは?
弟の恰好いいところが見られて、嬉しかったのだろうか。
おそらくまた、瑞鶴とこの幼い提督はすれ違うだろう。これから先、何回も。
では、自分は?
姉として、二人を導いてあげたい・・・少し、頼りないお姉ちゃんだけれども。
さしあたっては、多分この後すぐ対立するであろう二人の仲を取り持ってあげよう。
自分に出来る範囲内で、精一杯。
空母の少女はそう、決意を固める。
まさかその決意のせいで、予想外の事態が自分にも降りかかることなど思いもよらずに。
書き溜めたらまた来ます
投下再開
「赤城さん、加賀さん、見ててよね!」
自信満々に瑞鶴さんが語る。
昨日の爆撃は百発百中だったし、実力を確かなものにした感覚もあるのだろう。
だからこそ、僕は不安になる。
さっき廊下で翔鶴さんが提示したのと、全く同じ懸念を持っているから。
艦娘の不安定な力を確実なものにするための、ある条件。
僕の予想が当たらないことを祈りながら、今はただ見守るしかない。
「五航戦瑞鶴・・・いきます!」
瑞鶴さんを見守る他の空母たちが固唾をのむのが分かる。
放たれた矢は中空で爆撃機へと姿を変えて、大空を羽ばたいていていって。
プロペラの音が、いつになく静かに僕らの耳に響く。
「ようし、そのまま、そのまま」
瑞鶴さんの指示通りに爆撃機は飛行を続け、やがて爆弾の投下ポイントへ。
昨日僕を襲ったあの異常な視覚は、やはり今起きることがない・・・つまり、僕からの進路修正の指示は出来ない。
「あ、あれ・・・? と、とにかく行っちゃって!」
ここにきて瑞鶴さんに違和感が出たのだろうか、それでも今更勢いは止まらない。
投下された爆弾は真っ直ぐに洋上へと落ちていき、そして・・・。
ガツン、と鈍く低い音を的から引き出して、そのまま海へと沈んでいった。
もちろん、何の爆発もないまま。
「えぇー、何で、何で!?」
まさか失敗するとは思っていなかった瑞鶴さんはすっとんきょんな声をあげる。
まあ、仕方ないよなあ。昨日あれだけ成功していたんだもん。
「瑞鶴・・・本当に成功していたの?」
「本当だって、昨日はすごかったんだから!」
「まあ、あなたが言うのならそうなのだろうけれど・・・」
瑞鶴さんを疑いはしないものの、戸惑いを隠しきれないのは加賀さんと赤城さん。
「提督・・・」
「うん、やっぱり・・・」
僕はというと、翔鶴さんと顔を見合わせてため息をつく。
先ほどの懸念が的中してしまったのだから、二人ともどうしていいのか分からない。
一方で僕の台詞を聞き捨てならないのは、失敗した張本人だろう。
失敗すると分かっていたのに黙っていられたなんて知ったら、いい気がしないのも当然。
「ちょっと、提督。やっぱりってどういう事よ・・・翔鶴ねえも何か知ってるの!?」
我慢出来ずにこちらに駆け寄ってくる瑞鶴さん。
あぁ、いよいよ説明しなけりゃいけないか・・・って、近い近い、瑞鶴さん近い!
本人はまさかの失敗しか頭になくて、意識なんてしていないんだろうけれど。
これからアレを説明する僕からしたら、僕のすぐ目の前まで駆け寄ってきた瑞鶴さんが気になって仕方がない。
「ねぇ、とにかくどういう事か教えてよ!」
「ちょ、瑞鶴さんっ」
「教えてくれるまで離さないんだから!」
僕の肩を両手でガッチリ捕まえて詰め寄ってくる。
視線のすぐ前は、道着の襟からチラリと覗く鎖骨と細い首筋。
そこを見まいと顔を上げると、今度は小さくきゅっと窄めた、桜色の綺麗な唇・・・。
なんて綺麗なひとなんだろう。
こんな状況なのに、僕の意識はそこに囚われて動けなくなってしまった。
だってそうだろう?
肩を掴まれて、真剣な表情で僕を見下ろして。
これじゃあまるで・・・いや、恥ずかしくって最後まで意識することなんて出来やしない。
「瑞鶴、落ち着いて?」
「ちょっと、瑞鶴。それじゃあ提督も喋れないでしょう?」
先ほどの瑞鶴さんを労わる口調よりも、加賀さんの言葉尻に若干の冷たさ。
「あっ、ごめんなさい・・・」
「提督は何かご存知な様ですから、みんな一度落ち着いて、お話を聞きましょう?」
それを拾うように赤城さんが仕切りなおしてくれる・・・ありがたい。
「はい・・・」
「提督、教えて? 私、何がいけなかったのかな?」
先ほどの自信はすっかり鳴りを潜めて、今は不安げな表情を浮かべている。
ああ、僕がもう少し早く瑞鶴さんを止めていたら、こんなことにはならなかったのに。
いずれにしろ、もう逃げられないんだし・・・。
ハッキリと言ってしまおうと思う。
「瑞鶴さん、爆撃が成功した日と、今日みたいにしなかった日」
「何か違ったところはなかった?」
「違った・・・ところ・・・?」
「うん」
成功した日にはあった出来事。
成功しなかった日には無かった出来事。
「初日に執務室を爆撃しちゃった時、何があった?」
忘れもしない、あの日の出来事。
僕らのファースト・コンタクトは、最悪の出会いだった。
「何がって、その。私とアンタが・・・しちゃって」
「聞こえないよ、瑞鶴さん」
「私と! アンタが! キスしちゃったでしょ!」
そこまでハッキリ言われると恥ずかしいけれど、今はそんな場合じゃない。
「そうだね、じゃあ昨日は?」
「昨日は・・・その、パンツ見られて・・・」
「うんそれもホントにゴメン」
違う、そっちじゃないんだ・・・。
瑞鶴さんにとってはそっちの方が衝撃的だったのだろうか?
取り敢えず僕を睨めつける加賀さんの表情がこわい。
ああ、何で自分から女の子にしでかした事を発表しなければならないんだろう。
激しく死んでしまいたい気分に駆られながらも、僕は瑞鶴さんに先を促す。
「あと、指吸われちゃって・・・」
「うんそれだでもホントにゴメンっ!」
あれ、僕ってもしかして結構やらかしてる?
・・・セクハラで訴えられなくて良かった。
「でも、それだって言われても私・・・分かんないよ」
今更のように瑞鶴さんが、僕が吸った方の指を大事そうに胸の前で抱える。
心なしか頬が赤いのは・・・可愛いと思うと同時に本当に申し訳ないと思う。
「その二つの、共通点って何かないかな?」
「提督がヘンタイだってこと?」
「それ以外でって、違う違う、僕ヘンタイじゃないからね!?」
全く・・・真面目にやる場面でも瑞鶴さんといるとこれだ。
まあ、そこが彼女の魅力でもあるんだけれど。
「ああ、そんな・・・もしかして」
「赤城さん・・・いえ、そんなまさか」
本当にまさか、と思うような解答。
でも、爆撃が成功した日としなかった日を比べると、もう”それ”しかないんだ。
「ねえ、どういう事?みんな何で顔を赤くしてんの?」
・・・言いにくい事を直球で聞かないで欲しいと思うけれど。
でも、これからもっと言いにくいことを瑞鶴さんに言ってもらわなきゃいけない。
「最初の執務室の爆撃があった時、僕と瑞鶴さんはキスしてしまったね」
「うん・・・しちゃった」
「そして、昨日も僕たちはキスしてしまった」
「え!?」
驚く瑞鶴さんを無視して、彼女の手を取る。
「こうして、怪我をした君の指を手繰り寄せて・・・血を吸った」
「ちょっ・・・やっ」
「後から考えれば・・・これだって見方によっては”キスした”ことに入らないかな?」
「瑞鶴さんは昨日、僕にこうされた時・・・キスされたって思った?」
俯いて、何も喋らない。
・・・恥ずかしがっていることは分かっているけれど。
そこをきちんと聞かないと話が進まないから・・・。
「ごめんね、瑞鶴さん・・・でも、大事なことなんだ」
「・・・・・・・・・」
気が遠くなるほどの沈黙を経て。
「・・・・・・・・・思った」
「・・・・・・・・・手にキスされちゃったって、思った」
もう耳まで真っ赤に染めながら、やっとそう教えてくれた。
その答えを聞いて、僕はこう結論づける。
「これで、決まりだね。艦娘が覚醒する条件、それは・・・」
「キスすること、もしくは・・・キスされたと艦娘が認識することかな」
やっと明言できました
ここから先は熟考を重ねた上で投下となりますので、今日はここで締めます
何故平日の昼間に人がいるんですかねえ・・・
体液とかいう変態的な発想(褒言葉)はラノベでは無理でしょうね
リスペクト・エウシュリーになっちゃう、神採は神ゲーだからみんな買いなさい
「冗談じゃないわ、そんなのまた私とキスしたいだけじゃないの!?」
「ええ、そんな訳ないだろ!?」
僕の発言を受けて、瑞鶴さんがヒステリックに叫ぶ・・・一番実害を受けている身とすれば当然かも。
セクハラ目的で言っていると勘違いされてはたまらない。
あくまでも真面目に考えた結果なのだ、これは。
それに僕だって、あんなに嫌そうにする瑞鶴さんに無理矢理キスしようだなんて思わない。
「何よ、私となんかキスしたくないってこと!?」
「そんな事、僕言ってないだろ」
むしろ瑞鶴さんが嫌がるだろうから、今まで言えなかったのに。
「言ったじゃない!」
「いつ言ったさ!?」
「もう、瑞鶴・・・あまり提督を困らせてはいけないわ」
「・・・だって」
翔鶴さんの仲裁に、しぶしぶといったかたちで瑞鶴さんが戈をおさめる。
ああ、やっぱり瑞鶴さんは嫌がると思ってた・・・だから言いたくなかったんだよなあ。
「しかし・・・提督、本当なのかしら?」
「その、キス、で艦娘の力が覚醒するというのは」
加賀さんがキスという単語に躓きながら疑問を呈する。
まあ僕が言うのもなんだけれど、とんでもない理論だから疑うのが当たり前だと思う。
「正確には、不安定だった艦娘の力が安定するといったところかな?」
「それもキスした後の数十分か、何時間か分からないけれど・・・一日はもたないみたい」
昨日あんなに凄かった瑞鶴さんの今日の様子を見るに、そういうことだろう。
だから、今後知らなければならないのは・・・。
第一に、本当にキスで艦娘の力が安定するか。
第二に、どのくらいの時間、効果があるのか。
第三に、うーん、これが一番言いにくいんだけれど・・・。
「瑞鶴以外にも、キスの恩恵が受けれるかどうか・・・知らなくてはなりませんね」
赤城さんにズバリ指摘されてしまって、後に引けなくなってしまった。
「まあ、そういうだね・・・」
艦娘の力を安定させることは、これから先を考えても重要なことだ。
でも、その手段があまりにも・・・じゃあやろう、と言うには戸惑ってしまう。
「何よ、他の艦娘にもキスしたいってわけ?あー、やらし!」
「そんなやらしい気持ちからじゃ・・・でもごめん、やっぱり迷惑だよね」
「あっ・・・そ、そうよ。迷惑だわ!迷惑に決まってるじゃない!」
瑞鶴さんもこんなに嫌がっている訳だし、それは他の艦娘たちも同じだろう。
活躍するためとは言え、好きでもない男とキスするなんて嫌に決まってる。
やっぱりこの手段はお倉入りするべきだな、と僕が決めようとしかけた瞬間。
「私は・・・試してみても良いと思います」
「私にキスしてみて下さい、提督?」
そんな事を口にして一歩前に進み出たのは、僕にして見れば最も意外な人物。
優しい微笑みを浮かべた翔鶴さんが、僕を見つめながら手を差し延べていた。
「ちょっと翔鶴ねえ、正気なの?」
「瑞鶴、勘違いしていないかしら・・・キスといっても、先の方にちょっとだけよ?」
「えっ・・・あ、そっか。そうよね・・・」
そう言って手をかざしただけで瑞鶴さんは納得してしまう。
そりゃあ勿論、力を引き出すだけなんだから唇の先だけのキスになるだろうけれど、でも。
「で、でも」
先ほど納得しかけた瑞鶴さんだけれども、やっぱりと思い直したようだ。
「なあに、私が提督とするのが嫌なの?」
「それとも、逆かしら?」
「しょ、翔鶴ねえ、そんなんじゃないわよ!」
どういう意味だろう、と僕が考える間もなく。
「と、いう訳で提督。一瞬ですみますよね?」
「いやいや、ちょっとでも一瞬でも駄目なものは駄目だよ!」
「そうでしょうか・・・キスと聞いたときは驚きましたが・・・それくらいなら、まあ」
「そうですね、瑞鶴以外にも効果があるのか・・・試してみる価値はあります」
普段はストッパーになるはずの加賀さんも納得の様子。
ええ!?艦娘にとって僕とのキスくらい何でもなかったりするの!?
お姉さんってそういうものだったりするのかな、もしかして大事に感じていたのは僕だけなんだろうか?
「ほら、提督。私の手を取って・・・?」
そう言って再び、手の甲を僕の方に向けてくる翔鶴さん。
本当に?本当にしてしまってもいいのだろうか・・・・・・?
「試さなきゃいけないんですもの、仕方ないわ」
翔鶴さん・・・なんて優しい人なんだろう。
僕や他の艦娘のためにそこまでしてくれるなんて・・・その優しさには、しっかり答えなきゃいけない。
「じゃ、じゃあ・・・いくよ?」
「はい」
差し出してきた翔鶴さんの手を自分の方へよせて、距離を詰める。
翔鶴さんがさらに一歩、こちらに近づいたのを感じて・・・うんと背伸びをしなきゃ届かない。
「えっ・・・・・・・・・提督?」
「翔鶴さん、ごめん!」
唇と唇が重なる、二回目のキスは初めての少女の姉とだった。
一瞬でいいと分かっているから、瑞鶴さんとの時ほど固まらなかったけれど・・・それでも。
普段物静かで、自己主張をしない翔鶴さんとこんな風に繋がっているのを感じると・・・どうしようもないくらいドキドキしてしまう。
僕がこんなにもドキドキしてしまうようなことも、翔鶴さんにとっては何でもないことなんだろうか。
そう思ったけれども・・・あれ!?
普段は穏やかな翔鶴さんの瞳が、驚きに染まっている。
あ、あれ。さっきはちょっとくらいなら大丈夫って言ってたのに!?
「ちょっとアンタ、何やってんのよ!」
「・・・・・・・・・何をしているの、アナタは」
「あらあら、困りましたね」
外野からの戸惑いの声と、翔鶴さんの顔が真っ赤に染まっていくのを見て・・・。
「あの、僕何か変なこと、した?」
「あったりまえじゃない、この馬鹿!変態!」
「何故翔鶴の唇にキスしたのか・・・理由を教えて欲しいものね」
この二人の追求が鋭すぎてこわい・・・けれど。
「だって、翔鶴さんがキスして良いって」
「誰が唇にしろって言ったのよ!」
「昨日指先へのキスで効果が出たのなら、同じ指先にすれば良かったのではなくて?」
「あっ」
得意げに語ったくせに、痛恨のミス。
『指先くらいだったら大丈夫』という意味で言ってたのか・・・だからみんな、割と平気な顔をしていたのだ。
キス、というと瑞鶴さんとのファースト・キスの印象が強すぎて・・・唇にすることしか思いつかなかった。
・・・・・・・・・っと、そうだ。
だとすると、翔鶴さんに謝らなければならない・・・。
「しょ・・・翔鶴さん、ごめん!僕、勘違いして・・・」
でも案外、天然系の翔鶴さんなら意外とショックは受けてなくて、許してくれたり・・・?
「きゅぅぅ」
「ああ、翔鶴ねえ大丈夫!?」
倒れた。
あ・・・やっぱ駄目だよね、そりゃ。
「あ、アンタねえ~~~~!?」
「私、言わなかったかしら。大概にして欲しいと」
倒れた翔鶴さんに代わって、妹の瑞鶴さんはともかく加賀さんまでもがお怒りの様子。
た、助けて、赤城さん!
残るもう一人の空母にとりなしてもらおうと、彼女の方を見ると。
「翔鶴、起きて。爆撃が成功するか試してみましょう?」
「あ、加賀。お仕置きが終わったらこっちへ来てね?」
赤城さん!!??
何でそんなにドライなの、おかしいでしょ!
「ええ、分かりました。なるべく早く終わらせましょう・・・瑞鶴?」
「うん、任せて!」
「えっちょっ・・・艦載機!艦載機はダメェエェぇぇぇぇぇぇ!」
瑞鶴さんと加賀さんを仲直りさせるのは早まったかな、と。
薄れゆく景色の中で僕は、そう思うのであった。
「大変申し訳ありませんでしたあああ!」
「あのう、提督・・・もういいんですよ?」
士官学校でもしなかった生涯初の土下座を、まさか女の子相手にするなんて思いませんでした。
気分はもうお白洲に引っ立てられた罪人、後はお沙汰を待つばかり。
だというのに、こんなことをしでかした僕を翔鶴さんは許そうとしている。
・・・・・・・・・なんて優しいんだ、本格的に翔鶴さんが女神に見えてきた。
流石に笑顔が引きつっているような気がしないでもないけど、とにかく許してもらって良かった・・・。
「さあ、翔鶴の許しもあって一段落したことですし、肝心の爆撃を見てみましょう!」
だから赤城さんは少しドライすぎませんかね!?
ちゃっちゃと本題に入りましょう感が半端ないんだけど。
「納得いかないけど・・・まあ翔鶴ねえが良いっていうなら」
「そうね・・・翔鶴、艦載機を」
はい、と返事をして翔鶴さんが準備をはじめるけれど、こちらを見つめて苦笑する。
うん、僕も同じ思いだ・・・たぶん、この爆撃は。
トン、という、爆撃にしては静かと言わざるを得ない爆発音。
同じ姉妹なのに翔鶴さんの爆撃は繊細でコントロールが良く、ほとんど的に的中させる。
その代わり瑞鶴さんの様な破壊力はなく、的には当たるものの深海棲艦を倒せるほどの威力かと言われると不満が残る。
そんな、いつもどおりの爆撃。
だって、昨日瑞鶴さんに起こった謎の光や、僕の視点の変化も無かった訳だし。
予想通りというか、翔鶴さんの爆撃はやっぱり不十分な結果に終わった。
「瑞鶴・・・よくあんなに正確で、大きな威力を出せたわね」
「うーん、翔鶴ねえが覚醒したら私なんかよりよっぽど凄いと思うんだけど・・・?」
まあ、起こらないことをとやかく言っても仕方がない。
翔鶴さんにはキスをしても何の変化もない、ということが分かった。
・・・あれれ、まてよ。そうなると『キスが艦娘の力を引き出す』という僕の説も揺らいでこないか?
このままみんなに試して、もしも結果が出なかったら・・・・・・?
その場合、僕はありもしない話を振りかざして女の子の唇を奪った最低野郎という事に?
・・・・・・この説、畳んでしまおうか。まだ誰もその事に気がつかない―――
「まさかこの説を撤回するつもりではないわよね?翔鶴に被害を出しておいて」
―――ワケがないのでこのまま突き進むしかない。アーメン。
ええい、ままよと僕は強気で実験を続けることにする。
成果が上がらなければ、それまでだ・・・もう後のことなんて考えてられない!
そんな指揮官としてあるまじきことを考えながら、話の主導権を握るべくこう切り出す。
「まさか、瑞鶴さんには上手くいって翔鶴さんはそうでなかっただけの話さ」
「加賀さん、赤城さんと試してその法則を見つけてやればいい」
ああ、何言ってるんだ僕。見つかるもなにも、覚醒してくれるかさえ分からないのに。
でももう立ち止まるわけにはいかない・・・お次は。
「次は、加賀さんかな?」
「ええ、いつでもどうぞ」
今日はここまで、続きはまた明日です。
瑞鶴には効果があり、翔鶴にはなし。では加賀さんは?
投下していきます、今日は加賀さんの見せ場だけ
加賀さんはそう言って、スラリと長い指先をこちらへと向けてくる。
きれいなひとは、指先まできれいなんだななんて・・・そんな事を思った僕は少しの間、加賀さんに見蕩れる。
唇じゃなく、手にキスするんだとしても・・・こんなきれいなひとにしてしまって良いんだろうか?
でも、そんな事ばかり言って逃げていても仕方ない。
「じゃあ、いくよ」
覚悟を決めて加賀さんの手を取ろうとした瞬間。
「・・・・・・・・・っ!」
「わわっ・・・加賀さん?」
差し出していた自身の手を光の速さで引っ込める加賀さん。
なんだかその前にビクって震えた気がするけれど・・・?
「・・・何か?」
「いや、今ビクって」
「・・・何か?」
「・・・何でもないです」
「そう」
すました顔でいる加賀さんに何も言えなくなるのは僕だけで。
「あれれ~、もしかして加賀さん、怖いんですか~?」
生意気な後輩の口は、その程度じゃ塞げなかったみたいだ。
仲が良くなったからこそ、瑞鶴さんは生意気にも加賀さんをからかうことができるんだ。
・・・加賀さんの方がそれを喜んでいるとは限らないけれど。
「怖い、何がかしら」
「またまた、強がらなくてもいいんですよ?」
「もう、瑞鶴・・・先輩、すみません」
すまなそうに謝る翔鶴さんに、まだニヤニヤと笑っている瑞鶴さん。
そのどちらの態度にも、加賀さんは火をつけられた様だ。
「こんなのの何が怖いって言うのかしら?」
「ただ手の甲にキスしてもらうだけの事・・・外国の紳士、淑女の間では習慣だと聞きます」
「五航戦の娘たちみたいに唇にされる訳でもなし、怖がる要素がないわ」
「根も葉もない憶測でものを言うのはやめて頂戴」
普段無口な人が動揺すると、饒舌になるものらしい。
こんなにたくさん喋った加賀さんなんて初めて見たよ、僕。
「加賀、そんなに熱くならないで・・・瑞鶴も少し冗談を言っただけなんだから」
「私が熱く?いえ、私はただ、実験をすませるのなら手早くすませたいだけのこと」
「提督も・・・ほら、さっさとすませて頂戴」
そう言って再び手を差し出してくる加賀さん・・・。
でも、僕は気付いてしまったんだ。
加賀さんが僕に向かって差し出したその手が、少し震えていることに・・・。
やっぱり、こわいんだろうか・・・なら、少しでも不安を消してあげたいけれど。
僕だって、ここに来る前は女の子とこんな事になった経験なんてないんだ。
手探りで、なんとか加賀さんが落ち着けるような言葉を絞り出さなきゃいけない。
「加賀さん・・・僕だってこわい・・・いや、すごく緊張しているんだ」
「手とはいえ・・・加賀さんみたいなきれいなひとにキスする訳だから」
しいん、と場が静まり返る。
あ、あれ・・・何で。怖いのは僕も一緒で、加賀さんだけじゃないから安心してって言いたかったんだけれど。
何でこんなに静まり返りますかね!?
「提督・・・」
「赤城さん?」
「もしかして、ワザとやってたりします?」
何がさ!?
「こんなんだから毎日、落ち着かないのよ・・・」
「あはは・・・」
瑞鶴さんは瑞鶴さんで、聞こえないくらい小さな声でボソボソ言ってるし。
位置的に聞き取れただろう翔鶴さんは苦笑いしている・・・何故だ。
「い、いいから・・・」
「いいから、さっさとすませて下さい・・・」
蚊の鳴くような声で、加賀さん。
ものすごく顔が赤いし、本当に大丈夫だろうか?
「それがすんだらいっそ、私を殺して・・・」
そんなに!?
確かに恥ずかしいだろうけど、キスされるのは手の甲にだし、死ぬほどのことじゃないよ・・・?
「じゃ、じゃあ・・・いくよ?」
コクン。
動揺も度が過ぎると饒舌ささえ消え去って、言葉も出なくなるらしい。
ええい、ままよ。
こうなれば勢いだ、行くぞっ!
「加賀さんゴメン!」
「あっ」
差し出された加賀さんの手を取って・・・今度は翔鶴さんの時の様な間違いは犯さない。
身体を引き寄せるのではなく、自分の方から加賀さんの懐へと踏み込んで。
―――そういえば、以前も似たようなことがあって・・・加賀さんに抱きついてしまった
スラリと伸びた、雪のように白い手を、僕の唇が撫ぜた。
それからの1秒1秒が、とてつもなく長く感じる。
「んっ・・・」
加賀さんの口から吐息が漏れ出る。押し殺したような、それでいて苦しいのとは違う、そんな声。
彼女の艶かしい声に理性が飛びそうになるのをかろうじて我慢して。
僕は加賀さんの指先に唇を押し当て続ける。
「ね、ねえ・・・まだなの?」
3秒、4秒・・・加賀さんの手の甲に唇を押し当てたまま動かない僕らに焦れて、瑞鶴さんが言う。
でも、まだ何の効果も現れちゃいない・・・翔鶴さんに続いて加賀さんもそうなのだろうか?
5秒、6秒と・・・僕らの頭に失敗の二文字が浮かび始めたころに、それは起こった。
ポウっと・・・加賀さんの指先から手の甲にかけて、薄靄のかかった輝きが灯る。
「ああ、これ!これよ!」
「昨日、瑞鶴の身体に灯った光と同じものです!」
五航戦の二人の興奮した声が、僕の説を決定的なものにした。
半信半疑だったものが今、ようやく一航戦も含めた全員の共通見解となる。
「何なのでしょう、これ」
加賀さんが、自分の手に宿った輝きをまじまじと見つめている。
ああ、やめて。手を口元に持っていかないで・・・関節キスになっちゃいそうだから!
「加賀、早速艦載機を」
「ええ、赤城さん」
シャラン、という音とともに加賀が艤装を展開して、弓を構える。
淀みのない手順で弓を構え・・・輝く方の手で矢を番えて、そして。
「一航戦加賀、出ます」
放った。
>>452 を訂正
「加賀、早速艦載機を」
「ええ、赤城さん」
シャラン、という音とともに加賀が艤装を展開して、洋上の的へと視線を移す。
淀みのない手順で弓を構え・・・輝く方の手で矢を番えて、そして。
「一航戦加賀、出ます」
放った。
それは普段の瑞鶴さんが放つ矢よりも高く、高く勢いにのって。
翔鶴さんの放つ矢よりも精緻で、美しい軌跡を描きながら大空へと登っていく。
「うっ・・・」
「提督、どうしたのですか?」
「赤城さん、気にしないで。加賀さんは爆撃に集中」
「え、ええ」
爆撃機――九九式艦爆に姿を変えたあとは、予想通り僕の視覚と繋がっていく。
目の前の空母たちが僕を心配そうに見守る映像と、艦爆が捉える映像。
それはまるで、二つのテレビ番組を同時に見ているような奇妙な感覚。
「高度も狙いも問題ない、完璧だ・・・そのまま爆撃して!」
「当然です」
短く僕に返事をして、爆弾が洋上の的を狙って投下される。
ドカン、と爆弾が直撃し・・・凄まじい音を立てて炎上していく。
九九式という旧式爆撃機が叩き出す火力じゃないぞ、これは。
「やりました」
冷静さをアピールするのなら、思わずとってしまったガッツポーズをやめた方がいい。
おまけに、その誇らしげな声も。
でも、そんな事を指摘するほど今の僕らは野暮じゃあない。
「やった、凄いよ、加賀さん!」
「これは・・・本物かもしれません」
「やっぱりキスの力、あるんだ・・・」
代わりにすべきは素直な賞賛と。
「あのう、提督・・・でも、昨日の瑞鶴と比べると・・・」
「聞いていたほどでは無いような?」
冷静な分析。
それから先、数回の爆撃を加賀さんにこなしてもらったところ。
その全てが大成功といったもの。キスの効果は確かにある、だけれども。
加賀さんには効果あり、だけれどもその効果は瑞鶴ほどではない・・・?といったところで本日ここまで
平日は時間がない時間が
やっと投稿出来ます
「そうだね、これなら昨日の瑞鶴さんの爆撃の方が、威力は凄かった」
なんせ、遅れてきた爆風で艤装のスカートがめくれるくらいなのだ。
今回の爆風じゃ、陸まで届いた風は微かで、みんなのスカートはそよぐくらいだった。
・・・決してめくれることを期待していたわけじゃないよ?断じて。
「私よりも、瑞鶴の爆撃の方が上だというの?」
うわあ、加賀さんのプライドを刺激しちゃマズイ。
さっさと説明にうつらないと!
「うん・・・でも、昨日と違うところもあるから、それも関係してると思うんだ」
「昨日のあの輝きは、手だけじゃなくって私の全身にあったもの」
加賀さんの手に灯った輝きは、昨日の瑞鶴さんに灯ったものと全く同じもの。
たけど・・・瑞鶴さんは全身が光に包まれたのに対して、加賀さんは指先だけ。
「それに比例してかは分からないけれど・・・艦娘の覚醒、パワーアップも」
「正直、その。空母としての地力は瑞鶴さんよりも、その・・・」
ああ、駄目だな僕は。提督として言いにくいことでもちゃんと言わなきゃいけないのに。
「提督、いいわ、言っちゃって。私よりも加賀さんが上手いのは事実なんだから」
「瑞鶴・・・」
素直に自分と加賀さんの実力差を認める瑞鶴さん・・・これは初めて見る姿だ。
それを隣で見た翔鶴さんが感動している・・・分かる、気持ちは分かるよ翔鶴さん!
でも今の本題はそこじゃあないんだ!
「瑞鶴・・・」
と思ったら加賀さんも感激していた・・・もうめんどくさいや、この人たち。
黙っていると保護者会が始まってしまうと思った僕は、強引に話題を戻す。
「赤城さん、加賀さんと瑞鶴さんの間には・・・どれくらい腕の差があるの?」
「圧倒的です、加賀がこれから全く上達しないと仮定しても・・・追いつくのにどれだけかかるか」
もちろんそれは瑞鶴さんが怠けているとか、役に立たないとか、そういうことではない。
それだけ一航戦の名を冠する者は、高みにいるということ。
血の滲むような研鑽の果てに築いた、確かな実力。
「全身を輝かせた瑞鶴さんの爆撃は、今日のパワーアップした加賀さんの爆撃よりも凄かった」
「うん」
「はい、昨日の瑞鶴の爆撃は、それだけのものでした」
指先にキスという同じ条件の中艦娘の力を覚醒させたはずなのに、二人の伸びしろは大きく違っている。
それこそ、瑞鶴さんと加賀さんの間にある圧倒的な実力差を埋めてしまうほどに。
全く同じ条件をもとにパワーアップして、実力が下の瑞鶴さんが上に行く?
未熟な者にほど効果があるのか・・・でもそれじゃ、翔鶴さんに効果が無かったのは何故?
加賀さんに比べたら、翔鶴さんの方が未熟なはず・・・。うん、やっぱりこれは条件にならない。
まだ僕たちに見えていないモノが存在するのだろうか?
「謎が深まってしまいましたね」
赤城さんの言うとおりだ・・・全く法則性が分からない。
まあ、データが少なすぎるっていうこともあるんだけれども。
やはりこれは・・・もっと詳しく知る必要がある。
同じ結論に行き着いたのか、赤城さんが今度は自分の番だと言うように頷いて。
「では、次は私ですね。提督、お願いします」
「そうだね、最後に赤城さんにお願いして、今日は終わろうか」
「え」
瑞鶴さんが小さな驚きの声を上げたのに気づかないフリをして、僕は赤城さんの指先へと視線を移した。
瑞鶴さんでは試さず、翔鶴さん、加賀さん、そして赤城さんで実験を終了すると遠巻きに宣言する。
そんな僕の臆病さが、このあとの事態を引き起こすのだと知っていれば・・・。
もう一度、この場面に戻れるとしたら・・・勇気を出して、僕は違う行動を取れただろうか?
第七章 すれ違う二人
「や~~っぱ、赤城さんは流石よねえ」
鎮守府の中にある食堂【間宮】にて。
注文の料理を机に置いて席に着きつつ、瑞鶴さんがため息をもらす。
「そんな事はありません、日々の精進です」
自分に寄せられる賞賛を、さも当然のように流すのも含めて流石だ。
自分の実力に対する絶対の自信と、自負。空母のエースとしての誇り。
やはり『一航戦・赤城』は別格だ、と僕は思う。
同じ一航戦である加賀さんでさえ及ばない絶対的な何かを感じるんだ。
だって・・・。
「結局赤城さんには私と一緒で、何の効果もなかったのに・・・」
「昨日の私と同じくらいの威力を出すんだもん、かなわないなあ」
そう、赤城さんは翔鶴さんと一緒で僕のキスの効果が見られなかったのに・・・。
昨日の、覚醒した瑞鶴さんと同等の爆撃をやってのけたのだ。
「当然です、赤城さんはそう容易く超えられる壁ではありませんから」
だから何で赤城さんよりも加賀さんが誇らしげに話すのかなあ。
でも、と切り出す赤城さんの口調は重い。
「私も何かしらのパワーアップが出来るかと思ったのですが・・・残念です」
「もし私にも恩恵があるのなら・・・提督に毎日キスされても良かったのですが」
「それも、指先だけでなく・・・唇の方に。ふふっ」
冗談めかした彼女の声は、それ故に冗談では無い事を物語っている。
赤城さんにここまで言われて・・・僕はドキリとするよりも、危うさを感じた。
少し生き急いでいるような気がしてしまったのは・・・どうやら僕だけのようだ。
他の3人は赤城さんの言葉を額面通り受け取っている様だから。
「ちょっとアンタ、今残念だとか思わなかったでしょうね!?」
「お、思ってない。思ってないよ!?」
「・・・そうですか、残念です。提督にとって私なんて眼中に無いですよね」
「頭に来ました。赤城さんを馬鹿にするなど、例えあなたでも許せません」
さっそくいつもどおりの板挟み、どっちに転んでもこの有様!?
残る翔鶴さんに助けを求めようと、チラリと視線を向けると。
「ま、毎日キス・・・また唇に・・・!?」
口に手を当てて、顔を赤くして混乱している。
うん、それは僕のせいだ本当にごめんなさい!
「いずれにしよ、艦娘があなたのキスで覚醒するというのは事実の様です」
「根拠はありませんが・・・私の中に、そんな確信が生まれつつあります」
『艦娘』としての、感覚。今日の成功をもって新たな感覚が加賀さんに芽生えたようだ。
確かに爆撃の成功という事実がある以上、その感覚はおそらく正しい。
でもそれだけじゃあ、安定してこの力を使いこなすことは出来そうにない。
「せめて、何で瑞鶴さんと加賀さんにだけ効果があったのかが分からないと」
「持続時間もそうです、加賀のあの輝きが続いたのは・・・20分ほどでしたか?」
「ええ、そうね。それくらいです」
「うん、となると実戦投入しても・・・」
「敵と出会う頃にはいつも通りね。やる意味ないんじゃない?」
瑞鶴さんの言うことも最もだ。戦闘が始まるまでに持たないんじゃあ意味がない。
そうやって真剣に考えるフリをして、僕は彼女と向き合うのを放棄していたんだ。
いや、それは今に限ってじゃなくて、爆撃の実験をした時からそうだった。
だから僕たちは、ここですれ違うことになる。
「それならば色々と・・・もっと実験してみる必要がありそうです」
「明日、明後日と続ければ・・・私や翔鶴にも効果が出るかもしれませんし」
そんな赤城さんの・・・当然とも言える意見に、僕は何も返せない。
何故なら赤城さんの意見を採用するということは・・・これからも僕が艦娘たちにキスをし続けるということ。
唇じゃない、例えば今日の様に指先だけだとしても・・・問題は同じことだ。
僕は良い。
こんなに可愛い女の子ばかりなんだから、嫌がる要素がない。
でも、彼女たちからしてみれば・・・どうだろう。やっぱり嫌なんじゃないかな。
そう思ったのも束の間、僕が一番恐れていた人が口を開く。
それは、先ほど勇気を出して踏み出さなかったツケなのかもしれない。
「冗談じゃないわ、これからもコイツにキスされ続けろって言うこと!?」
「瑞鶴?」
「あなた、どうしたの?」
突然の瑞鶴さんの叫び声に、みんながびっくりしているのが分かる。
・・・やっぱり瑞鶴さん、僕とキスしたのが嫌だったんだ。
そう思うと、胸の奥がたまらなく痛くなる。
「私、本当に迷惑してるんだから。これ以上コイツにキスされるなんてありえない!」
その言葉は、久々に僕の心の深いところに突き刺さった。
ここに来て二日目に、僕は赤城さんに叱られて感じた痛みとは、全く違った痛みが僕を締め付ける。
・・・なんだろう、これは?
「瑞鶴、言い過ぎよ?」
翔鶴さんのフォローも、沈んだ僕の心には届かない。
そんな状態で大した解決策を出せる訳もなく。
「そうだね、ごめん」
「あっ・・・そ、そうよ。分かればいいのよ」
だから、こんな見当違いの応えを引きずり出す。
「今後は、瑞鶴さんにはキスしないようにする」
「えっ」
「強くなれるとはいえ・・・こんな方法、試そうとしちゃ迷惑だったよね」
「・・・・・・・・・」
だから、これが今の僕に思いつく精一杯。
「嫌な思いさせちゃって、ごめんね?」
「・・・そ、そうよ。分かればいいのよ!」
瑞鶴さんが嫌がることなんて、したくない・・・例えもう、僕が嫌われていたとしてもだ。
だからそう言ったのに・・・なんで、泣きそうな顔、してるのさ。
「提督・・・」
翔鶴さんたちの、気遣いの表情が逆につらい。
「ああ、翔鶴さんたちもね。嫌だったら言ってくれていいから」
「私は構わないわ」
そう答えてくれたのは、僕にとって一番意外な人物。
「加賀さん・・・本当に?」
「ええ、指先にキスされるくらい、なんてことないもの」
「それに艦娘の力がそれで開放されるというなら・・・試すべきです」
「そうですね、先ほど言った様に・・・私は構いません」
「・・・私も嫌じゃないですから。瑞鶴は、本当にいいの?」
他のみんなには嫌がられていなかったことにホッとしつつも、僕の視線はやはり瑞鶴さんの方へ。
「・・・か、勝手にすれば!」
「良かったじゃない、私みたいなのとキスせずにすんで。他のみんなはオーケーしてくれて!」
「嫌な相手とじゃなくて、翔鶴ねえたちとキスできるんだから嬉しいでしょ!?」
「そ、そんな・・・瑞鶴さんとするのが嫌だったわけじゃ」
「この期に及んで嘘なんてつかないでいいもん!」
ガシャガシャと乱暴に食器をたたんで、瑞鶴さんが席を立つ。
「瑞鶴っ!?」
「先に部屋、帰る!」
そうして瑞鶴さんが立ち去ったあと残ったのは。
気まずい沈黙と、僕を気遣うような三人の視線だけだった。
ツンデレずいずい
出かける用事ができてしまいましたので一度締めます
おつかれ (ง˘ω˘)ว ズイズイ
一旦乙
さあ面倒くさいことになってきましたww
今更まもって守護月天にハマる、もはや古典と言っていいかもしれない作品ですね
尽くす系ヒロインは最近の主流ではないですがやはり良いものだ、シャオ可愛すぎぃ!
>>483 そのネタは好きだが公式が採用したら許さない絶対にだ
>>484 めんどくさい系ヒロインが一番可愛いからね仕方ないね
では行きます、瑞鶴視点からスタート
私、最低だ。
自分の部屋へと繋がる廊下を、瑞鶴は今一人で駆けている。
なんでいつもこうなるのだろう。加賀さんと衝突していた頃もこうだった。
いや、あの頃の方がマシだった。あんなにも相手が傷つく事なんて言わなかったから。
なんでだろう、少年の事になると自分は冷静な判断が出来なくなる。
ううん、なんでだろうなんて・・・そんなの誤魔化しだ。
本当は理由なんてとっくに気づいてるのに、いつも自分は言い訳ばかりで素直になれない。
昨日の夜は、寝付けなかった。
爆撃が成功したことへの興奮で、日中は誤魔化すことができたけれど。
また、少年にキスされたんだ、今度は指先に・・・。
まるで忠誠を誓う騎士に傅かれた、物語の中のお姫様のように。少年と、私が。
一度そのことに気づいてしまうと、もう駄目。一晩中胸のドキドキが止んでくれなかった。
少年にキスされたのが嫌じゃなかったなんて、そんなこと恥ずかしくて誰にも言えない。
だって、それを誰かに言ってしまったら。もしも言葉に出してしまったら。
嫌じゃない、嫌じゃない、嫌じゃない。
それすらも誤魔化しの言葉だと・・・自分自身が気付いてしまうから。
一度認めてしまうと・・・嫌じゃないなんて言葉は簡単に姿を変えてしまう気がするのだ。
丁度瑞鶴が放った矢が、一瞬で艦載機に姿を変えて大空の向こうへと飛んでいってしまう様に。
そして、そうやって姿を変えた言葉が少年のもとへと飛んでいった時、いったい彼はどんな顔をするのだろう?
あの時の言葉と、全く同じことを思うのだろうか?
もし、そうだったら。それを考えると、瑞鶴はたまらなく怖くなってしまう。
だから、声を荒らげた。自分は迷惑したんだとアピールする為に、加賀に告げ口した。
そうして少年がどういう反応を見せるか、知りたかったのだ。自分のことを、自分とのキスをどう思っているのか、知りたかったのだ。
自分は本心を晒さないくせに、少年の心だけは遠くからのぞき見たいという最低な考え。
そんなことしか出来ない自分の小ささに、瑞鶴はうんざりする。
そうして、あいまいな態度を取って問題を先送りにして・・・そう。
一先ず、爆撃の成功を喜ぶことにして問題を先送りにするつもりだったのに。
―――これで、決まりだね。艦娘が覚醒する条件、それは・・・
―――キスすること、もしくは・・・キスされたと艦娘が認識することかな
少年が結論づけたそれは、瑞鶴の逃げ道を狙ったかのように塞いでしまった。
もう自分で自分を、抑えられなくなった。
ねえ、それが分かって・・・アンタはどうするの?
艦娘は、戦果を上げないといけない。もちろん、提督だってそう。
じゃあ、アンタはこれからも私とキスするの?
ねえ、提督・・・教えてよ。アンタはそれで・・・私とキスするのが。
・・・嫌じゃないの?
ううん、きっと嫌なんだ・・・そうに決まってる。
だってあの時、嫌だって言ったもん。
―あれは事故じゃないか、僕だって君とキスしたかったワケじゃないからね!?
―どうせキスするんなら、乱暴な君じゃなく女の子らしい翔鶴さんの方がよかったね!
それはあの初日の事件の後の、少年の台詞。
あの時はただの喧嘩言葉としてしか受け取らなかった。それで平気だった。
なのに・・・あの時の少年の言葉が、今更のように瑞鶴の胸を締め付けている。
やっぱり嫌だったんだ、私となんてキス、したくなかったんだ。
そうに決まってる。だって今日、彼は私に確かめなかった。
だって・・・だって。キスが艦娘の力を引き出す、という彼の説を証明するのなら。
翔鶴ねえたちでなく、真っ先に私にキスして昨日と同じ効果が出るのかを試すべきじゃない。
私が嫌がるそぶりを見せようとやるべきだった、鎮守府の将来を決める大切な実験のはず。
そう考えれば、あそこで少年が引く理由が見当たらない。
瑞鶴に頼み込んでキスの実験をする・・・どう考えても提督として考えるのなら、それが正解。
ガチャリ、と乱暴に音を立てて、翔鶴型の部屋へと入る。
開いたドアをまた閉じて、部屋に一人きりになったのを確認して呟く。
「何でよ、何で私じゃ嫌なのよ」
頭の悪い私にだって分かるんだ、彼が分かっていないハズがない。
瑞鶴と加賀を仲直りさせた時も、鎮守府のスケジュールに船団護衛を取り入れた時も。
彼が何かを打ち出すときは、ちゃんと考えて、完璧な準備をしていた。
何から何までお見通し、という様な感じで・・・それがすごいと思った。
私よりも幼い彼が策略を巡らせて私たちを引っ張っていく姿を見て・・・なんだろう、ドキリとした。
でも今日は・・・翔鶴ねえが手を差し出したあの時から、彼は流されていただけ。
翔鶴ねえや加賀さん、赤城さんに照れながらキスするのを横目で見て。
瑞鶴のことなど眼中になく、それで実験を切り上げると彼が言った途端・・・。
私とはしたくないんだな、って思ったら・・・我慢できなくなって、ついあんな事を言ってしまったのだ。
「やっぱ私って、最低」
もう少年にどう顔向けしたらいいか分からない。
彼だってこの部屋に帰って来るんだから、すぐにでも会う事になるのに。
自分のベッドにこもって、カーテンを締める。
一言、謝ればいい。優しい彼はきっと、それで許してくれる。
キスなんてしたくない私なんかにも、すまなそうに謝りながら。
でも、その優しさが今の自分には痛い。
「もう、どうしていいか分からないよ・・・」
湧き上がる嫌悪感を必死に抑えながら。
瑞鶴はベッドで縮こまるばかりで・・・結局、何も出来なかった。
本日以上です、続きは明日。
投稿開始
>>469を訂正
第七章⇒第八章
あれから・・・瑞鶴さんときちんと仲直りをしないまま、数日が過ぎた。
「おはよ」
「うん、おはよう」
表面上はこのとおり、普通に接しているけれど。
お互いに”あの日のこと”は口に出さない・・・そんな日々を過ごしていた。
「今日は、朝に空母のみんなと会議だから・・・」
「うん、分かってるわ。ちょっと顔を洗ってくるね」
「むにゃ・・・待って、じゅいかく~」
寝ぼけ眼を擦っているのは、普段ちゃんとしている翔鶴さんだ。
「もう、翔鶴ねえったら・・・朝は弱いんだから」
「あはは、なんだか瑞鶴さんの方がお姉さんみたい」
「ふふ、翔鶴ちゃんのお世話は任せなさいな」
「じゅいかく~」
「あー、はいはい。お風呂で身支度整えるわよ?」
「行ってらっしゃい」
”あのこと”の話題以外は、こうして瑞鶴さんとも屈託なく話せる。
・・・いや、話すようにしている、だ。お互いに無理し合っている。
馬鹿、変態とか、エッチだとか言われてからかわれることも無くなって。
瑞鶴さんと口喧嘩出来ないことが、なんだか無性にさみしい。
だからといって、あの日のことを瑞鶴さんと話し合うような事を、僕はしていない。
だって、怖いんだ。
艦娘の力の覚醒は、この鎮守府にとってとてつもなく重要なこと。
だから、今のところその恩恵を一番受けられるであろう瑞鶴さんの協力は不可欠。
それは、瑞鶴さんも分かってくれているとは思う・・・だからこそ、こわい。
瑞鶴さんは、本当は優しい人だ。だから、僕が必死に頼み込めばおそらく、受けてくれる。
本当は嫌だと思っているのに、僕のキスを受け入れてくれるだろう。
それが、こわいんだ。
嫌そうに僕のキスを受け入れる瑞鶴さんを想像すると、それだけで胸が張り裂けそうになる。
何でだろう、何で僕は、こんなにもこわがっているんだろう?
赤城さんに叱られた時は、辛かった。
船団護衛任務の追加や、資材の調達方法を提案した時だって、彼女がどんな反応をするのか・・・。
そう、失望されるんじゃないかって、すごくこわかったんだ。
でも、その”こわい”と、この”こわい”は、何だか別物だ。
良く分からないけれど・・・今度の”こわい”の方が、ずっとずっと重要なことのように、僕は思えた。
「さて、鎮守府の資材も潤沢に集まってきたね」
空母四人が集まっての、朝の会議。
いつもやっているワケじゃないけれど、今日は少し話し合うことがある。
「で、少しずつ余裕が出てきたこの資材を、何に使うかだけれど」
大本営に心配事を申し立てた結果。
何故だか、すんなりと要求通りの資材が任務報酬として支払われることになった。
思ったよりも早くこちらの要求が飲まれたことから察するに、よっぽど今度の大規模攻略作戦を成功させたいらしい。
「やはり今回は、空母組の艦載機開発を重点的にやりたい」
「艦爆や艦攻を、ということですね、ありがとうございます」
今現在、この鎮守府で最も火力が高いのは空母の艦娘たち・・・この四人だ。
駆逐、軽巡、空母といった艦娘がいるのだから、将来的には重巡、戦艦といった高火力の艦娘たちが現れるのかもしれないけれど。
今いる戦力の強化を考えれば、これは当然の結論だと思う。
「少なくともみんなに”彗星”や”天山”なんかの上位艦載機が行き渡るようにしたい」
それが終わったら次は戦闘機・・・その後で水雷戦隊の装備の強化。
こちらも砲や電探、魚雷など・・・様々な装備があるので、いくらでもやることがある。
「まずはエースである一航戦の二人から。その後五航戦の装備をまかなおう」
「提督、あなた・・・それは少しおかしくないかしら」
今まで何の疑問も挟まれなかったのに、唐突に意見が挟まれる。
加賀さんが僕に正面切って反対するのは珍しい。
「火力だけ見るならば・・・私は今、三番手なのだけれど」
まさかここでその話題を放り込まれるとは思っていなかった僕は、咄嗟に反応出来ない。
まさかここでその話題を放り込まれるとは思っていなかった僕は、咄嗟に反応出来ない。
「それは・・・でも」
それは瑞鶴さんも同じなようで、出てくるのは意味を伴わないことばばかり。
ここ数日、まともに瑞鶴さんと向き合おうとしなかった僕の曖昧な態度に業を煮やしたのだろうか?
「この場合は、何もしないでいた場合の、純粋な火力で決めたい」
「それは、何故?」
いつもは優しい加賀さんが、今日ばかりは僕の欺瞞を許さない。
僕の逃げを、許してくれない。
「それはその、瑞鶴さんが加賀さんの火力を上回るのは・・・キスした場合だから」
「だったら、キスすれば良いのではなくて?」
「か、加賀さん・・・そのくらいに」
「翔鶴、あなたは黙っていなさいな」
翔鶴さんにまでキツい言葉を向けるなんて、本当に珍しい。
どうやらこれは、本気だということだ。
瑞鶴さんはといえば、さっきからずっと下を向いて黙ったまま。
「これは、鎮守府の将来がかかっていると言っても過言ではない話です」
「ならば、個人の感情を優先するのは・・・提督としておかしくはないかしら」
正論が、何よりも僕を突き刺す刃となって襲ってくる。
正しいがゆえに、その言葉は僕にとっていっそう辛辣にすぎる。
「それでも僕は、嫌だ」
その言葉に、ピクリと瑞鶴さんが反応するのを見る。
「瑞鶴さんが嫌がる事なんてしたくない」
「勿論、他の人も嫌だというのなら、その人にするのもやめる」
意固地になっていた。
瑞鶴さんに嫌がられたという事実が、本当に僕の中で大きなものになっているのを今、改めて実感する。
嫌がる命令を部下に下すのは士気を下げるだけという名分もある。
問題はそれを、当の僕自身が言い訳だと感じていることだけれど。
「そう」
短く加賀さんが返事をして、今度は瑞鶴さんに向き直る。
「瑞鶴、あなたはそれで良いのかしら」
「提督がこれまで、たくさん頑張ってきたことを・・・あなたは知っているはず」
「なのにそれに報いてあげなくて、良いのかしら?」
加賀さんの、僕に対する評価は素直に驚いた。
そんなことを思ってくれていたなんて、感激だ。
でも・・・でも。違うんだ、加賀さん。
そうやって、僕への思いやりから瑞鶴さんに受け入れてもらっても・・・ちっとも嬉しくないんだ。
それでももう、加賀さんの言葉をなかったことには出来ない。
瑞鶴さんが何か、決意を固めたように顔を上げて口を開く・・・。
仕方ないから、受け入れるわ。
そんな事を言われたらもう、瑞鶴さんとの仲は、修復できないものにまでなってしまうような。
そんな予感がする。
「私・・・」
瑞鶴さんが何か、言葉を発しようとしたまさにその瞬間・・・。
「提督、おはようございます~!」
ガチャリとドアが開いて。
雲雀の鳴くような、高くて透き通った声が執務室の沈黙を散らす。
代わりに、みんなの目が声のする方向へと一斉に向けられて。
「あ、あれ・・・。私、何かマズイことでもしました?」
予想もしなかったシリアスな視線を重ねられた、突然の入室者がもう一言、気まずげに呟いた。
一度推敲に戻ります、今日中にもう一度投下しに来たい
嘘をつきました、明日投稿いたします。入室者が誰か分からないようではペロリスト失格ですよ。
こういう時間の悪そうな娘ですね私の中では(五月雨ちゃんではない)
はじめます、彼女が嫁の人であれば一発でわかったかな
それと、一応物語は終わりへ向けて動き出しています、大丈夫ですちゃんと終わります
第九章 始動、海域攻略作戦!
「ああ、待って待って、閉めないで入ってきていいから!」
「だってだって、これ絶対私、やらかしちゃった感じじゃないですかっ!」
だから、今はそのやらかしがありがたいんだって。
絶対逃がすものか。地獄の道づれは一人でも多い方がいい!
「いいから入ってきて、これ提督命令!」
「提督も案外、良い感じでたくましくなってきましたね」
赤城さんほど図太くはないけどね、この鎮守府にいるとそうなるよね。
・・・・・・主にあなたのせいで!
しぶしぶ、というかすっごい及び腰で先ほどの雲雀の声の主・・・夕張さんが入室してくる。
「アンタは本当に間が悪いわねぇ」
「えぇ、だってしょーがないじゃない。ここに来る用事があったんだから!」
気を取り直した・・・ことにする瑞鶴さんが、親しげに夕張さんと話す。
背も体型も年頃も同じくらいだし、お互い気安い性格なのもあってか、この中で一番夕張さんと親しいのは瑞鶴さんだ。
・・・夕張さんの方が、ちょこっとドジかもしれない。
スラリとした細い脚は黒タイツに覆われていて、それがいっそうきれいさを際立たせている。
背は若干瑞鶴さんよりも高く、その分華奢な印象も強い。
全体的に露出は少ないのにセーラーの裾からおへそだけが覗いていて、それが僕をいつも落ち着かない気分にさせる。
「それで、夕張さん。用事っていうのはもしかして・・・?」
「はい、提督。お待ちかねのものです!」
そう言って僕に、両手で抱えていた書面を差し出してくる。
瑞鶴さんと背格好は似ているけれど、仕草は彼女のほうが女の子っぽい。
瑞鶴さんと同じく切れ長のつり目の持ち主なのに、夕張さんのそれは気の強い印象を与えることはない。
今も満面の笑みをこちらに向けていて、なんだかそれに向き合うのが恥ずかしくなってしまう。
「うん、工廠の改造計画書だね・・・随分まとめるのが早いけれど?」
「そりゃもう、いよいよ大っぴらに開発が出来るんだから・・・張り切るに決まってます!」
そう、資材が潤ってきた今、大規模な開発にはこれまでの工廠の規模じゃ不十分だ。
そう判断した僕は、こういう事が好きそうな夕張さんに計画を一任したのだ。
「題して、”夕張工房・改造大計画”ですっ!やりますよー!」
夕張さんの張り切り具合を見るに、それは正解だったようだ。
これだけ早く計画をまとめて来るなんて・・・嬉しい誤算だ。
「って、自分の名前工廠に入れちゃってるし・・・」
「本当にアンタは・・・火がつくと見境いないわねー」
「これで提督ご所望の艦載機開発が出来るようになります!」
「うん、任せるからまずは夕張さんの好きなようにやってみて?」
「はい!」
当面の鎮守府運営はこの工廠を準備しながら、いつもの任務や演習を並行してやっていく感じかな。
焦らずじっくりと腰を据えてやっていけばいい。
「そうそう、それと。前よりも資材が増えましたから、黒焦げの執務室も直せますけど?」
夕張さんのもうひとつの提案は却下だ。
艦載機開発を整えるまでは、どれくらい資材が要るのか分からないし。
「ふふ、もうずっと私たちの部屋にいても良いのではないかしら。ねえ、瑞鶴?」
「う、うん・・・」
気まずげに、頷いてはくれる瑞鶴さんの反応を見て少し嬉しく思う。
あれから事故も無いし、同居人としては認めてくれているのかな・・・・?
「何を言っているの。修理出来次第・・・将来的に提督は部屋を移して貰います」
「年頃の男女がいつまでも同じ部屋で寝起きするなど、考えられません」
ピシャリと翔鶴さんの意見を叩きのめす加賀さん。
あれ、でも加賀さん・・・最初の頃はどうでもよさげに問題ないって言ってたような?
「提督、何かご不満でも?」
「い、いえ。問題ありません!」
有無を言わさぬ睨みに思わず賛同してしまう。
いやまあ、僕もいつまでも女の子と同居というのは問題だと思っていた所だけれど。
加賀さんの突然の心境の変化は、いったいどういうことだろう?
翔鶴型の部屋の雰囲気に慣れてしまって、今ではここを自分の家のように感じていたから。
ここを出て行くのは少しさみしいと、そんな風に思う。
それにまだ、瑞鶴さんときちんと向き合って話もしてないし。
「加賀さん、でも・・・」
「瑞鶴、どうしたの?」
「・・・ううん、何でもない」
加賀さんに対して何か言いかけた瑞鶴さんも、結局何も言わずに黙ってしまう。
やっぱりそろそろ執務室の修理にも取り掛からなきゃいけないかなあ。
でもやっぱり、そこまでするには資材にも余裕があるとは言えないし・・・。
「あの、それと提督」
夕張さんは僕にまだ、何か用事があるらしい。
そういえば、僕に手渡した報告書以外にも夕張さんは封筒を抱えている。
「これが大本営から提督宛に届いていました」
新しい任務の指示だろうか、封蝋を解いて中身を取り出す。
さてさて、そこに何が書いてあるのか・・・。
「え」
なんだって・・・・・・・・・?
「・・・執務室の修理なんて、やってる場合じゃない」
「提督、どうしたのですか?」
嘘だろ・・・。
僕のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、赤城さんから声がかかる。
「夕張さん」
「へっ・・・何ですか?」
「工廠の改造、どれくらいで出来る?」
「えーっと、私も任務にでながらですし、妖精さんと話し合いながらだと・・・1週間くらいでしょうか」
「明日までにやって」
えっ・・・と、夕張さんだけでなく艦娘たち全員が固まる。
だけれども、今の僕はいちいちそんな反応を拾っている場合じゃない。
「しばらく任務とか演習とかその他の当番とか全部やらなくていいから、急いで」
「え・・・ちょ、いきなりどうしたの、提督?」
「そのお手紙・・・いったい何が書いてあったんですか?」
黙って文面を艦娘たちに見せる。
「これは・・・」
「海域攻略作戦の日取りが決まったみたいだ、そして」
艦娘たちの表情が引き締まる。
「僕たちにも召集がかかった。鎮守府主力4隻を率いて参加する」
当然、それには今この部屋にいる空母四隻が出向くことになる。
だけれども、仕事が増えるのは何も赤城さんたちだけじゃない。
「あ、あのー、提督。聞いてもよろしいでしょうかー?」
「何かな、夕張さん」
「その作戦って・・・何日後なのかなー、って」
「ちょうど2週間後だね」
工廠を整備するために、夕張さんが音もなく駆け出していった。
戦場に赴く者以外にも、課せられた使命があるのだ。
「でもでも、ちょっとおかしいよ・・・2週間ってちょっと急過ぎない?」
「実はこの作戦、僕らの鎮守府は呼ばれない予定だったんだ」
攻略作戦の話がで出した時に、大本営に確認を取ったことがある。
その時は僕たちの鎮守府は呼ばれないとのことだった。
だからこそ船団護衛任務をたくさん引き受けたのだ、戦場には出なくとも資材面での貢献はしたと言えるように。
「急に手が足りなくなっちゃったってこと・・・?困ったから助けてー、みたいな?」
「ふふ、瑞鶴さんは純粋だなあ」
「あ、何よ。また馬鹿にしてるんでしょー!?」
こういう話題だったら、屈託なく話せる。”あの話題”にさえ繋がらなければ。
「違うよ、僕らみたいに捻てないってことさ。ね、赤城さん?」
「何故そこで私に話が振られるのかは後でゆっくりと教えてくださいな、提督?」
うん、主にそこでニッコリ微笑めるところだねそういうところだね。
じゃあ赤城さんは分からないの、と言われると、それはそれで面白くないらしい。
「おそらくは・・・意趣返し、でしょう」
渋々といった形で、僕と全く同じ応えを出す。ほら、やっぱり分かってるんじゃん。
「どういうことかしら?」
大前提として、人間側は艦娘に対してこれっぽっちも敬意を払っていない。
面倒な任務を引き受けても報酬はこちらが言うまで支払わなかったし、今度は急に召集して付いてこい、だ。
「舐めていた相手が正当な報酬を要求を、生意気にも要求してきて」
「あまつさえ払わなければ任務を受けません、だ。相当頭にきただろうね」
お前らは黙って小間使いをしていればいいのに、といった身勝手な感想。
それが通らなかったからといってする、無意味な子供じみた仕返し。
「だから、自分たちが活躍出来る分野に呼び出して見せつけてやろう」
「お前らは活躍させない、自分たちの活躍だけ見ていろ・・・そんなところかな」
実際、大本営の準備している戦力から察するに・・・本当に艦娘がいなくても海域攻略は成るだろう。
それどころか少々戦力過多気味で、効率が悪いとすら言える陣構えだ。
「遊び感覚の戦争なんて、糞くらえだね」
「提督・・・」
ああ、いけないいけない。つい言葉が汚くなってしまった。
しかし、本当にそれだけなのかな。
気に入らない奴らを呼び出して自分たちの勝利を見せつける。
現時点ではそれしか理由を思いつかないからそう判断したけれど、何か他にあるのだろうか?
まあ、そんな事を延々と考えていても仕方ない。出来ることをやらなきゃ。
「せっかくだし、戦場での艦娘っていう見せ場を作れるように頑張ろう」
「指示によると戦場に出す艦娘が2隻、僕と一緒に総旗艦に乗込む艦娘が2隻だ」
この2週間で調整して、成績の良い2人を戦場に出すことにする。
そう宣言して、今日の会議は打ち切った。
・・・具体的に誰を戦場に出す予定か語らなかったのは、またもや僕の逃げだ。
はあ、まだ朝だというのに、もう疲れてしまった。
瑞鶴さんと向き合うという課題を残したまま日にちだけが過ぎていく。
今度の攻略作戦を機に、何かが変わればいいのだけれど。
嫉妬加賀・・・卑しい女ずい・・・今日はここまで、明日も投下していきますのでよろしくお願いします。
明日は深夜のずいずいでスタート
今日は少しだけです
このままいけば、戦場には赤城さんと加賀さんが出ることになるだろうな。
深夜、ふと目を覚ましてしまった瑞鶴は、そんな事を思いながらベッドを抜け出した。
窓からの月明かりが眩しい。
海域攻略作戦まであと1週間。状況は先週と全く変わっていない。
キスの実験は相変わらず瑞鶴が参加しないままだし、他のメンバーに何か変化があるわけでもない。
それはつまり、瑞鶴が少年と仲直りできずにずるずるとここまで来てしまったと言うこと。
一言謝って、嫌じゃなかったよと伝えればそれですむ話なのに。
何故、自分はそれを言えないんだろう。
何度も何度も、少年に伝えようと思った。
そうしていつも後一歩が踏み出せずに、差し出した手は空を掴んでしまうのだ。
まるで地の底が抜けて、どこまでも、どこまでも落ちていきそうな感覚に囚われて。
気がついたらタイミングを逸している。らしくない自分にうんざりだ。
「ごめんねって、言うだけなのにな」
ふと、寝乱れた自分の寝間着姿が気になったが、構いやしない。
どうせ翔鶴も少年も寝ているのだから、見られることもないだろう。
そう、少年―――。
一度意識してしまうと、駄目だ。もう視線が向こうへと釘付けになる。
自分のベッドがあるのとは反対側の、部屋の隅へと。
テレビとソファがあるそこが、いつも少年が寝ている場所。
足が自然とそちらへ向かっていく。
とっくの昔に、寝るときに部屋を弓矢で区切る習慣なんてなくなっているけれど。
あの時定めた国境を、自分の方から侵すことになるなんて思いもしなかった。
忍び足で近づいて、ソファの背もたれ越しに覗き込んでみる。
寝相は悪い方なのか、毛布代わりのタオルケットは蹴散らしているけれど、寝顔はしっかりと確認できた。
まだ幼さをのぞかせる、少年の純粋で柔らかな寝顔・・・。
最近は・・・特に、気まずくなってからは直視出来なくなったその顔をじっくりと見る。
あの吸い込まれそうになる碧い瞳は今、閉じられているのに・・・まるで見つめられた時と同じように瑞鶴の心臓が高鳴る。
「何で私ばっかりドキドキして、切ない思いをしなきゃなんないのよ」
不公平だわ、と・・・そんな事を思いながら少年にタオルケットをかけてやる。
「ん・・・」
心臓が、違う意味で跳ねた。
・・・起こしてしまっただろうか、といった懸念は数秒後に消え去る。
良かったと胸を撫で下ろす・・・何も起こらない、夢でも見ているのだろうか?
「母さん・・・死なないで」
ああ、と・・・今度は、ついさっき抱いた安堵が崩れ落ちていくのを瑞鶴は感じる。
聞いてしまった。少年が、他の誰かが知ることを許していない彼自身の過去の一端。
図らずもそれを、自分は知ってしまった。それと同時に、少年がここにいることが普通では無いことに改めて思い至る。
15歳。
どんなに才能があろうと、賢かろうと。
この年齢で士官学校を卒業して軍役に就くなんて普通じゃない。
それは人ではない瑞鶴にだって分かるし、他のみんなだって分かっているだろう。
何かしら”そういう事情”があるのだろうとは思っていたけれど、誰も聞くことなんてしなかった。
それは少年が自分から話さない限り、聞くべきではないことだから。
でも今、それを少しだけ知ってしまった。
様々な感情が、瑞鶴の中で渦巻く。
この少年を支えてあげたい。さみしさを分け合ってあげたい。
少年の過去に何があったのか、ちゃんと知りたい。知ってあげたい。
ちょっとでもお姉ちゃんとして、頼りにされたい、抱きしめてあげたい。
そんな気持ちと同時に。
自分なんかにその資格はない。この鎮守府で少年を一番傷つけたのは自分なのだから。
私なんかに同情されても、迷惑かもしれない。もう嫌われているかもしれない。
赤城や加賀や翔鶴に抱きしめられたほうが、嬉しいかもしれない。
そんな臆病な気持ちがまた、沸き起こってくる。
「なんでかな・・・アンタのことを考えてる時はいつも・・・」
こわい。
今感じているこのこわさは、赤城や加賀に叱咤される時の”こわい”じゃない。
少年のことを考える時にだけ襲ってくる”こわい”に、瑞鶴は押しつぶされそうになる。
そうして何もしないまま、ただただ少年の顔を見つめ続けて・・・どれくらいたっただろうか?
キスしよう。
ふいに、そう思った。
少年にキスして、自分が嫌がっていないことを証明しよう。
”嫌じゃない”・・・そう、”嫌じゃない”んだ。
その先にある言葉を見据える勇気はないくせに、進もうとする。
艦載機に変える気もないのに空へ向かって矢を射るような、そんな馬鹿げた行為だ、今自分がしようとしていることは。
それでも・・・胸の内から溢れてくるこの想いは、自分では止めることが出来なくて。
もう一度、少年が起きていないことを確認して、すぅっと息を吸って勢いを付ける。
そうして、今は真っ直ぐに下ろしている髪を片手でかきあげる。女の子の、キスするときの様式美。
目は、ぎゅっと閉じる。相手が見つめてこないとはいえ、流石に無理だ。
ドッドッドッドッド。
この高鳴りが少年に聞こえて、起こしてしまうのではないかと思うくらい、心臓が強く脈打つ。
さらにもっと、ぎゅっと目を閉じる。緊張で身体が縮む。汗ばんだ手を握り締める。
事故とはいえ、もう二度もした行為なのに・・・自分からとなるとなんて勇気がいることなんだろう。
それでも、一度浮かんできた悪魔の誘いを蹴ることは出来ずに。
穏やかに眠る少年の顔に、自分の顔を近づけていく。
それは何度も心の内に思い描いた、自分と彼との理想のシーンよりもはるかにぎこちなく。
心臓のドキドキが、寝ている少年の唇を奪う罪悪感が、最高潮に達しようとした瞬間。
「瑞鶴、それは駄目よ」
この世で最も敬愛する姉の声が、静かに、でも確実に瑞鶴の脳へと響き渡った。
本日以上です、明日また投下できたらいいな
>>548
どっちかというと「最年少で首席とか生意気、でも建前上冷遇も出来ないから役立たずの鎮守府のトップにさせてやろう。優秀なんだからそこでも戦果上げられるよなー?」みたいな感じじゃね
物語上空母がメインだから考えて無いかもだけど他の艦種の欠陥も設定されてるなら知りたいな
今日も短めで、翔鶴の見せ場のみ
「翔鶴ねえ、何で」
瑞鶴の言葉はそこで途切れる。
起きてたの、と言おうとしたのか、何で止めるの、と言おうとしたのか・・・それは自分でも分からない。
ただ一つ言えるのは、この優しくて少し天然な姉が、こんなにも毅然とした態度を瑞鶴にとるのは初めてだということだけ。
「ちょっと、寝苦しかったから・・・起きてしまったの」
どうやら姉は瑞鶴の発言を前者だと捉えたらしい。
いや、違うかも・・・これは話に入るための枕だ。
「瑞鶴は、本当にそれでいいの?」
うん、やっぱり・・・これが本題。
「ち、ちがっ・・・」
「何が違うの?」
翔鶴ねえが、叱るのではなく、諭すような口調で私の口を塞ぐ。
それきり何も言えず立ち尽くす私の方へと近づいてきて、そっと私を抱いてくれた。
怒られる、と思って身構えていた身体が弛緩して、無意識のうちに翔鶴の身体の柔らかさに身をゆだねてしまう。
「瑞鶴」
「あなたが抱いている気持ちを、まだ私は持ったことがないけれど」
安心させたかった私が、安心させられている。
そんな皮肉でさえ、今はどうでもいいようなことに感じた。
「でもそれは、一方的に示すものではないわ。それじゃあ、きちんと伝わらない」
うん、と小さく返事をする。翔鶴ねえの言葉が染み込んでくるのが分かるから。
でも、直接伝えるなんて・・・そんなの、出来ない。出来るわけがない。
「どうして?」
「だってもう、嫌われちゃってるかもしれないし」
「そんな事ないわ」
そんなの、分かんないじゃない。
この苦しさを知らない翔鶴ねえには、分かるわけがないじゃない。
「分かるの」
「どうして?」
「お姉ちゃんだからよ」
「瑞鶴のことで分からない事なんて、お姉ちゃんには何一つないの」
そう言って、私が憧れる女の子の微笑みを浮かべた翔鶴ねえは。
優しくてちょっと天然な、いつもの翔鶴ねえだった。
「焦ることはないわ、瑞鶴」
「提督も私たちも・・・急にどこかへ行ったりなんかしないから」
「少しずつ、少しずつ・・・素直になれるように頑張ればいいの」
出来るかな、私に。こんな意地っ張りで、素直じゃない私に。
「加賀さんの時は、出来たじゃない」
あうぅ・・・あの人の事を持ち出すなんて、ずるい。
「加賀さんの時とは・・・違うし・・・」
「そうね、”違う”わよね・・・うふふ」
「あ・・・。翔鶴ねえの意地悪・・・」
「提督に抱いている、加賀さんとは“違う”気持ちが溢れてしまったら、瑞鶴」
「その時こそ素直に、気持ちを伝えられるように・・・頑張りなさい」
「うん」
この気持ちを抱いたのは、妹の私のほうが先だったけれども。
やっぱり翔鶴ねえは私の”お姉ちゃん”なんだな、なんて・・・。
そんな、当たり前の事を思った。
「翔鶴ねえ」
「なあに、瑞鶴」
だから、今日は・・・もう少しだけ、お姉ちゃんに甘えよう。
「今日は、一緒に寝よ?」
「あらあら、瑞鶴は甘えんぼさんね?」
そんなの、当たり前だよ。
だって私、翔鶴ねえの妹なんだから。
本日ここまでです、詰めに入るため少しずつの投稿です
一応ばらまいている疑問は回収出来るように動いています、作品外で実は~なんて喋るのはうーん?
>>566がよく読んでいるなあ、とだけ。
何か偉そうなコメントになっちゃったかな、作者の発言いらないって人はスルーしといてね、では
暁ちゃんをずっとクンカクンカしていたい
投下始めます
戦場に立つ艦娘を決めたのは、大規模海域攻略作戦開始の前日のこと。
迷いを抱えつつも、決断を下すべき時はやってくる。
「赤城さん、加賀さん・・・頼むね?」
「選ばれた以上は、全力で」
「お任せを」
最高の一手ではない、最高の一手でもない。
ただ、この二人を戦場へと送り出すことに不安はない。それは自信を持って言える。
装備としてももちろん、できる限りのものを揃えた。
爆撃機は彗星、攻撃機は天山を空母四人に装備させることができたのは僥倖だ。
・・・練習機はまだ旧式しか使えないけれど、これで十分。工廠をわずか三日で新しくしてくれた夕張さんに感謝だ。
作業台に寝そべってぐったりしている彼女に、お礼をするから何でも言って、と言ったけれど・・・寝ていたのか反応は無かった。
今度折を見てまた話しかけるとしよう。
さて、何があってもいいようにみんなの装備を一新したけれど・・・。
やはり・・・正直この作戦では、大本営は僕らを戦力として見ていないだろう。
これは慢心じゃあないけれど・・・送られてきた作戦書を読むならば、攻略する海域も本土からそう離れておらず、強い敵の目撃もないところだし。
大本営は無難に艦隊を動かしていけば自ずと勝利を得られる、そんな戦力を整えている。
僕たち艦娘の鎮守府は座って我らの勝ちを見ていろ、というような戦だ。
こちらが出す戦力としては、赤城さんと加賀さん・・・これで十分なハズ。
・・・だから、迷っちゃ駄目だ。迷っていると思わせちゃ、駄目だ。
「提督」
加賀さんの声に、思考がピタリと止まる。
全力を測りもしない瑞鶴さんを除いて自分が指名されたことに、怒りを感じただろうか?
人一倍プライドが高い彼女からしてみれば、この人選は屈辱かもしれない。
「あなたがこの道を選ぶのであれば、私は私なりに全力を尽くします」
「私を起用して良かった、と思わせてあげます」
そう言って、微かに微笑んでくれた。
「瑞鶴」
「は、はい」
瑞鶴さんも、普段にない加賀さんの調子に焦っている様だ。
「あなたも、今回は選ばれなかったけれど・・・次に向けて精進なさい」
「う、うん・・・ありがとっ」
僕には向けない素直さだけれど、加賀さんには向けれるようになったらしい。
それがなんだか、誇らしくて羨ましい。僕も、頑張らなきゃ。
この戦いを通して、瑞鶴さんとの距離を縮められたら良いけれど。
「加賀、随分変わりましたね」
ああ、でも。この人がいると・・・真面目なだけでは終わらないんだなあ。
「提督が来てから、加賀は随分優しくなったわ」
「なっ・・・べ、別に・・・それは提督の指揮が良いからであって、私情はありません」
「相手が提督だからと言って贔屓はしていませんし、これは正当な評価ですが・・・」
「提督も提督です。男の子なのですからもう少し、シャンとして貰わなければ困るわ」
動揺すると多弁になるくせは相変わらずの加賀さん。
「か、加賀さん・・・」
「もう、喋らない方が・・・」
「うっ・・・くくく・・・ふふ」
「何故です、私は提督のことを贔屓している訳ではないということを―――」
加賀さんをたしなめる五航戦と、まさかの失言に意地悪く笑う赤城さん。
それにしても僕、こんな時どういう顔をしたらいいんだろう?
「・・・何故笑うのですか、赤城さん。私が提督に対して―――」
「あの・・・加賀。ふふふ」
可愛そうだと思うのなら、トドメを刺すのはやめてあげて欲しいんだけど。
・・・逆に、トドメを指すのが優しさなのだろうか、こうした場合は?
「提督が来てから、とは言いましたが・・・提督に優しいとは言ってませんよ、私」
「加賀。私、瑞鶴に対して優しくなった・・・と言ったつもりだったのよ?」
「なっ・・・・・・・・・」
加賀さんが絶句する。
「いや、でも加賀さん、私にも優しくしてくれるし・・・」
「提督にも瑞鶴にも優しいですから、勘違いしても無理はないというか・・・」
「いや・・・その、ちがっ」
ああ、イカン。
五航戦のフォローが逆に加賀さんを追い詰めている。
ここは僕がフォローしないと!
「優しくなった、じゃなくて。加賀さんは元々優しい人だもんね?」
「・・・・・・・・・」
今度こそ加賀さんは顔を真っ赤に染め上げて。
その後、この集まりが終わるまで一言も喋らなかった。
「あっちゃ・・・」
「トドメ・・・」
「流石提督です」
なんだか腑に落ちない評価をもらった気がするけども。
作戦開始前日の会議は、こうして何事もなく・・・うん、何事もなく終わった。
やっと締めへと向かうことができます、この先もう少し書いているのですがある程度整えてから一気の投下します。
当初の予想以上に長くなりましたが、お付き合いいただける方がいれば幸いです。
投下していきます、この1週間で完成させたい
第十章 その名は『ミカサ』
作戦開始当日。
軍港には各鎮守府が引き連れた艦隊が既に停泊している。
作戦開始となる拠点へと参集した僕ら。
横須賀鎮守府は艦娘しかいないため、他の鎮守府の様に自前の軍艦を持たない。つまり、乗込むべき艦がないのだ。
そのため、大本営の指示通り艦隊総旗艦に乗り込むべく身一つでここまで来たのだった。
「本日天気晴朗なれども波高し、か・・・」
乗り込むべき総旗艦の勇姿と背後に広がる大海原を眺めながら、ふとそんな言葉が脳裏に浮かぶ。
「何言ってんの、提督。確かに今日は晴れてるけど、波はそんなに高くないじゃない」
「瑞鶴・・・そういう意味ではないのよ?」
「全く・・・身体だけでなく、たまには頭も動かしなさいな」
「提督、今度瑞鶴に座学の特別授業をしてはいかがですか?」
赤城さんの提案に、瑞鶴さんがげっ、っとうめく。
うーん、瑞鶴さんは授業をしても途中で寝ちゃいそうだなと思った僕は、曖昧に頷くだけにとどめた。
「それにしても、提督は賢いですね」
翔鶴さんのそれは、どう考えても欲目というものだ。
瑞鶴さん以外はみんな知っていたんだし、そもそも有名な台詞であって。
だってこの船の名前を知ったら、嫌でもそれが思い浮かぶじゃないか。
そうして、改めて見やる・・・今から自分たちが乗込む連合艦隊総旗艦を。
戦艦『ミカサ』
現在、わが軍に昔の軍艦の名を冠した船は、この船しかいない。
それだけこの船は特別な存在なのだ。
奇跡の大勝利を歴史に刻んだ、あの栄光の戦艦と同じ名を付けられた彼女は。
同じように、僕たちにも奇跡をもたらしてくれるのだろうか、と・・・。
この船に乗込む者もそうでない者も、そう思わずにはいられないだろう。
「『ミカサ』、よろしくお願いします」
そんな事を思いながら、彼女に乗込む・・・おっと、普段艦娘を相手にしているからかな?
・・・どうも軍艦というものが、一個の感情を持った生き物の様に思えて仕方がないんだ。
まるでこの洋上に佇む『ミカサ』が、僕たちの到着を喜んで迎え入れてくれたような、そんな錯覚すら訪れる。
さて、目指すは司令部。艦内で一番奥の部屋だ。
「提督・・・少し、緊張していませんか?」
目ざとい赤城さんに気づかれる。うん、実を言うとちょっとどころかすっごい緊張しているよ?
だって・・・いつも鎮守府の中でしか行動しない僕たちがこうして外に出てくると、いかに自分たちが特殊な存在かが分かるから。
まずは、艦娘という存在。
彼女たちが既に大切な仲間になっている僕とは違い、他の人間にとって艦娘なんて初めてみる存在だ。
『ミカサ』の廊下を歩いている間も、すれ違う将校たちの視線が彼女たちに向けられる。
ある者はこの場所に似つかわしくない、若い娘の姿にぎょっとして。
ある者は赤城さんたちが艦娘であることを認識した上で、その意義を図るかのように。
「何よ、みんなジロジロ見ちゃってさ・・・感じわるっ!」
「言いたいことがあるのなら、はっきりと言うべきではないかしら」
「みんな艦娘を見るのが初めてだからね。珍しいのさ」
味方のなかにいるというのに、この圧倒的なアウェイ感。
今後はこれをどうにかしていかなきゃ・・・艦娘たちを活躍させていくというかたちでそれが出来ればいいけれど。
「おい、何で子供がこんなところにいるんだよ」
「またあれか、大提督のところの・・・」
「いや、”特別”提督だろう」
物珍しそうに見られるのは、何も赤城さんたち艦娘だけではない。
15歳にして彼女らを束ねる鎮守府のトップ・・・つまり、僕もそうなのだ。
『ミカサ』に乗り込んだ者のなかで異質な存在、ということにかけては、艦娘たちに引けを取らない。
考えてみれば、左遷――今となってはそう思ってはいないけれど――されたというのに、何故僕は”提督”に任命されたのだろう?
単なる厄介払いなら何も鎮守府の最高責任者にしないでも良かったはず。名誉職につけてどこかの書庫の整理をさせたり・・・そんなでも。
・・・それとも、どうせ何も出来やしないさ、とたかを括られていたのだろうか?
この戦いを通して、艦娘の良さを少しでも喧伝すること。
微妙な関係になってしまった瑞鶴さんとの距離を縮めること。
この二つが出来れば万々歳だと思っていたけれど・・・もう少し、欲張ってみてもいいかもしれない。
「提督・・・あちらでしょうか?」
廊下を渡った奥の奥。突き当たりにある扉は、他のどの部屋よりも重厚で豪華な造り。
出港前に各鎮守府の提督たちを集めた小会議を開く。僕にはそれだけしか指示がなかった。
加えて、横須賀の提督はその会議に艦娘を伴うこと・・・ともあったけれど、さて。
あの扉の向こうが司令部、僕たちを招いた人たちがいる。
形の上では僕の同格である各鎮守府提督たちと・・・そして、彼らを束ねる存在が。
そう意識すると、緊張して倒れそうになるけれど・・・。
艦娘たちが活躍する舞台をつくる。彼女たちの”期待”に応えてあげるんだ。
そう思ったら、弱音なんて吐いていられない。
「よし!」
「あっ」
「・・・ん、なに、瑞鶴さん?」
中途半端にこちらに手を差し出して固まっている瑞鶴さん。
どうしたんだろう、彼女も緊張しているのだろうか?
「大丈夫、君たちは僕の後ろで話だけ聞いていればいいから。緊張しないで?」
「ううん、緊張はしてるけどそうじゃないって言うか・・・」
ますます訳が分からない。
「い、いいから。さっさと行きましょ!?」
「う、うん」
気を取り直して、前へ。
・・・と思ったら、目指す扉の前で誰かが立っている。
あれ、今の今まで気がつかなかったけれど・・・緊張しているから目に入らなかったかな?
「ようこそお越し下さいました。横須賀の”特別”提督と、艦娘の皆様でございますね」
格好から察するに、この船で給仕をするメイドらしい。
低い、嗄れたとも言えるような声に一瞬ドキリとする。
違和感を覚えたのは、地の底から這い出るような、うめきにも聞こえる声自身にではない。
「どうぞ、室内へ・・・他の皆様はもうおそろいでございます」
その老婆の様な声の主が、僕よりも幼い・・・年端もいかぬ少女だったからだ。
本日以上です
ずいずいはこういう時不器用
投稿行きます、掛け持ちきっつ
「これで全員が揃ったようだな」
艦隊総旗艦を務める『ミカサ』の艦長・・・大提督が僕らの着席を見届けて口を開く。
貴族然とした優美な面立ちには年齢に見合った皺が刻まれており、この場を治めるのにふさわしい貫禄を漂わせている。
寡黙な人柄らしく、この場のトップだと言うのにそれ以上自分から言葉を続けない。誰かが喋りだすのを待っているようだ。
円卓には大提督を上座に据え、各鎮守府の提督がそれぞれ腰を下ろしている。
その後ろには彼らの参謀であったり護衛であったりが起立していたので、赤城さんたちに同じ様な振る舞いを指示した。
・・・僕らの案内をした少女はというと、メイドらしく大提督の後ろに楚々として控えている。
主人の前では出しゃばらない、というのが使用人というものなのだろう。
「全く、新米が一番遅いとは・・・随分と偉そうなものだ」
「不調法者で申し訳ありません、ご指導いただければ幸いです」
そして、僕はというと・・・向かい側の席から早速やってくる牽制を笑顔でいなす。
ここで争っていても仕方がない・・・相手は同格とはいえはるか年上、無難に挨拶しておけばいい。
・・・実際、呼ばれた時間より早く来たのにという不満はあるけれど、それは表には出さない。
仮に言い負かせたとしても、大した得にはならないだろう。
「ふん、この場において教えを乞うとは・・・下士官ではないのだぞ?」
「仕方ありますまい、本来なら下士官として我らのもとで働く身なのですから」
「おっと、士官学校を出ているのだから下士官ではないのか。いやあ、小さすぎて間違えてしまった」
「こんな子供が何を間違って”特別提督”などに任命されたやら・・・」
「未だに何の戦果も上げていないのが情けない、やはり荷が重すぎたのよ」
・・・でも、舐められたままでは良くない。今後の発言に支障が出そうだ。
「至らぬ身であることは承知しております」
「仰っしゃるとおりの若輩ゆえ、色々と至らぬところが有り申し訳ありません」
「今後も船団の護衛任務などを通して、少しでも皆様のお役に立ちたく思います」
苦虫を噛み潰したようなお歴々の顔が見える・・・少しやりすぎただろうか?
彼らの依頼を引き受けていた事実をちらつかせるのは少々、強引だったかも。
「ふふ」
「意外とキツイ皮肉を言うのね」
「・・・」
「よっしゃ、もっと言ってやんなさい!」
四者四様の反応が背中から伝わってきて、それが面白い。
「貴様、小癪な真似を―」
「本来ならこの作戦に呼ばれることすら恐れ多いと言うのに―」
うーん、僕や艦娘の存在を面白くない・・・または軽視している人が大半だという覚悟は固めてきたけれど。
それにしたって少し、というかかなり過剰に反応されている気がする。
逆にもっとこう、置物みたいに相手にされない感じかと思っていたのに、これは・・・?
「やめたまえ」
先程と同じく、落ち着いた威厳のある声が司令室に響き渡る。
ひじを机について、両手を絡ませたまま・・・大提督が再び口を開いて主導権を握る。
「君たちを招いたのは、ここで子供じみた言い争いをするためではないはずだが」
「し、しかし・・・」
「我々は確実に勝たねばならん、この『ミカサ』を引っ張り出す以上、確実にな」
奇跡の戦艦の名を冠する『ミカサ』を出して負けたとなると、大本営の威光は地に落ちる。
勝たねばならない・・・大提督の双肩にかけられたものは、いかばかりの重荷だろう?
だからこそ、無理はしない。戦力過多とも思えるほど各鎮守府の提督や艦隊を呼び寄せて。
それに比べて出撃する海域は、未攻略とはいえそう強い敵がいるわけではない。
手堅い一戦を経て大本営の威光を演出する舞台。
そのためのお膳立てはもう整っているようだ。
「知っているだろうが、今回の作戦を改めて確認しよう・・・」
当然、僕の鎮守府には知らされていないが・・・ここは黙っていよう。
一応、可能な限りはリサーチ済だし。
「今回の出撃で我々は近海の深海棲艦どもを駆逐し、南西諸島海域への足がかりを作る」
「各鎮守府の奮闘のおかげでこの海域は現在、深海棲艦どもの戦力が手薄になっている」
「この瞬間を好機と捉え、大兵力をもって敵勢力を一気に叩く」
「右翼は呉、左翼は舞鶴鎮守府提督に指揮を任せ、『ミカサ』の先鋒は佐世保の提督が務める、よいな?」
その問いかけに各鎮守府、泊地の提督たちが無言で頷く。
「横須賀の艦娘は『ミカサ』と佐世保の艦隊の間を航行、遊撃に加わってもらう」
「承知しました」
艦娘2隻に任せる役割としてはそんなところだろう。
こちらを攻撃してくる敵艦の牽制、逆に味方の撃ち漏らしにトドメを刺すなど・・・。
うまくすれば相当の活躍が出来るかもしれない。
後ろからも自分たちに課せられた任務への意気込みが伝わってくる。
「まあ、横須賀の出番はないでしょうがね」
そんな空気に水を刺すのは、今呼ばれた佐世保の提督か。
「今回の作戦、これだけの戦力を整えるのに手間はかかりましたが・・・」
「それも準備さえ終わればこちらのもの。我が軍の勝利は間違い無いでしょう」
そしてそれに同調する舞鶴と呉・・・有力鎮守府がこぞって主張することで、周りにも今作戦は楽勝か、との雰囲気が漂いはじめる。
うーん、僕らの出番がない、までは仕方ないけれど。
それでも、戦力が整っているから勝つのが当然という空気は危険なように思えた。
「それでも、万一ということがあります。その時のための備えとして艦娘を考えて下されば幸いです」
「君は我々の戦略が不十分だとでも言う気かね。これだけの戦力、勝利は揺るがんよ」
「そもそも、艦娘が備えだと。笑わせてくれる」
「何といったかな。”役立たずの―」
ああ。
自分への当てつけ、嫌味なんていくらでも流せる。
僕が何か言われる分にはどうとでも、好きにすればいい。
だけど・・・だけど。
彼女たちへの侮辱は、絶対に許さない。
今後僕がどんな立場に置かれようと構わない・・・叩き潰してやる。
そう思って、椅子から立ち上がった瞬間。
ガシャン。
「失礼致しました」
給仕をするためか、先ほどの少女がお盆に載せていたグラスを落としたらしく、耳障りな音が室内に響いた。
僕も他の提督たちも勢いを削がれて黙り込む。
少女がカチャカチャとグラスの欠片を拾い集めるのを尻目に、僕は彼女の主であろう大提督へと視線を戻した。
「みな、席に着きたまえ」
機を無駄にせず、大提督の発言がスルリと入る。
「この場に横須賀の提督と艦娘を招いたのは、何も彼らを糾弾するためではない」
「とはいえ、呼んでも出番がなかろうと思ったのは、私も同意見ではあるがね」
あれ、そうなのか?
てっきり槍玉にあげるために僕らを呼び出したものと思っていたけれど。
そして、僕たちの召集が大提督の本意ではない、という様子・・・。
すると僕たちを呼んだのは、この作戦の総指揮権を持つ大提督ではない・・・?
・・・ではいったい誰が、何のために僕らを呼び出したのだろう?
「油断は禁物。さりとて負けることは許されず、今のところその要素もない」
「各鎮守府の提督は作戦通りの行動を、横須賀の提督は万一に備えて艦娘の指揮をこの『ミカサ』にて行う、この大枠に変更はない」
「・・・この作戦における具体的な情報を、もう少し知りたいのですが」
「それは君に必要なものとは思えない。艦娘の指揮だけしていれば宜しい」
この意見は大提督にすげなく却下される。
彼は僕らを蔑視はしないものの、全くといって言い程期待していないという点は他の提督たちと一緒らしい。
「それでは解散、各提督はそれぞれの旗艦に戻り2時間後に出港」
「前線の拠点に寄港し、明朝から戦闘を開始する」
結局僕らが呼ばれた意図も、活躍の機会があるかも不明瞭なまま会議は終わってしまった。
・・・それどころか、謎が深まったような気もする。
本日ここまで、当初の少年の推理は外れることとなりました。
よっしゃ行ったろー!
「提督、もう行こ!」
ぞろぞろと大提督や他の鎮守府の提督が退出していくのを見送って。
考え込む僕の背後から、すっごく不機嫌な声が聞こえてくる。
うん、絶対瑞鶴さんは怒ると思ってた。
「何笑ってるのよ、アンタあんなに馬鹿にされたりしてたのに!」
「艦娘も馬鹿にされていたけれど?」
「そんなのどうでもいいもん!」
自分が馬鹿にされるのは気にしなくても、尊敬するひとが侮辱されるのは許せない―。
どうやら僕たちは互いに同じことを思っていたらしい。
見れば、瑞鶴さん以外の艦娘たちも一様にムっとしている。
普段は穏やかで優しい翔鶴さんですら形の良い眉を歪ませているのだから、これは相当だ。
「どうやらお互いに同じことを思ってるみたいだよ、瑞鶴さん」
あっと、何を言われたのか察した瑞鶴さんは顔を赤らめて口を噤んでしまう。
僕のために怒ってくれたというその事実が、今は何よりも嬉しい。
ここで黙り込んでしまう瑞鶴さんにあと一言、気の利いたことを言えれば・・・。
でもその、後一歩がいつも踏み出せずにいるんだ。
「提督。後のお話は割当の部屋でした方が良いのではなくて?」
「ここで文句を言っても始まりませんから・・・行きましょう?」
そんな僕らを気遣ってくれる周りの艦娘たちの言葉が、何よりもありがたい。
「よお、優等生のお坊ちゃん。女に守られて、いいご身分だな?」
そんな暖かい空気を冷やすのは、いつだって外にいる関係のない人間だ。
「えっと、君は・・・?」
「おいおい、つれないなあ・・・。士官学校じゃ同期だったろ?」
「お互い着任して1年目でこんな大作戦に呼ばれるたぁ、出世したもんだ」
軽薄で馴れ馴れしい態度は、この司令室の空気に全く似つかわしくないもの。
もちろん僕はこの人のことを覚えているけれど・・・あまりいい印象はない。
士官学校の同期といえど、この人は真面目に座学や討論に参加せず、訓練などの実技もサボっていたから・・・そういう意味ではよく覚えている。
必然的に真面目な僕とは接点がなかったのに、何故今になって話しかけてくるのか・・・?
そんなどうでもいい疑問は、当の本人によってすぐ明かされた。
「お前んトコの部下よー、兵器だってんのにすげえ美人じゃねーか」
「なあ、今夜前線の拠点に寄港したらよー、一緒に遊ばねえ?」
兵器。
その言葉が僕の顔を歪ませたのに、彼は無神経にも気がついていない。
おまけに、”美しい”という言葉に込めるにはおよそ似つかわしくない下卑た考え。
僕がもっとも嫌う人種がそこにいた。
「君は、何故この作戦に?」
呼ばれるだけの能力も無いくせに、という皮肉はどうやら伝わらなかったらしい。
「アン?・・・ああ、親父が呉の提督なんだよ」
当然の様に公言するこの厚顔っぷり・・・うーん、これはある意味大物だ。
七光りパワー、凄い。これで次代の呉鎮守府は安泰だろう・・・。
そんな知りたくなかった事実に頭が痛くなる。
「ちょっとアンタ、提督に何してるのよ!」
「瑞鶴、駄目よ・・・」
「チッ、ガキは黙ってろよ」
「なっ・・・なんですって!?」
こらえきれなくなった瑞鶴さんが喰ってかかる・・・ここで問題を起こすのはまずい。
本当はどちらが悪かったかなど、権力の前では簡単に塗り替えられるのだから。
「瑞鶴、あなたは少し落ち着いて物事を判断なさい」
間に入った加賀さんを見て、男はヒュゥ、と下品な口笛を吹く。
「・・・・・・・・・」
途端に嫌悪をあらわにする加賀さん。
人に注意する割に、加賀さんも沸点低すぎないかなあ!?
「もう、加賀。あなたまで怒っては意味がないでしょう」
そんな(僕たちだけ)気まずい雰囲気に、赤城さんが割って入る。
「申し訳ありません、私どももこれから忙しくなりますので、ここで」
「いやいやいや、これから戦場なんだから、その前くらいパーっと行こうぜ?な?」
どうやら七光りは赤城さんが一番のお気に入りらしい。
腐ってても本物の美しさを見抜ける目はあるんだな、と僕は関心する。
「女ばかりの鎮守府で、たまには男が恋しくなる時もあるでしょう?」
もう黙ってくれないかなあ、鎮守府で一番怒らせたくない人の機嫌を損ねるのはやめて欲しいんだけれど。
「赤城さんの美を汚すなど・・・許せません」
加賀さんも、ちょっと違うベクトルで怒るのはやめて欲しい。
「いえ、提督はとても優しいですから。特にさみしいことは」
「こんなガキしか見たことがないからそう言えるんですよ。どうです、頼りがいのある大人の男と一緒に」
「何なら寄港する街で一番の、高級ディナーでもご一緒に。もちろんお金の心配はなしで」
これくらいグイグイ行けたら瑞鶴さんとの関係もすぐに改善するのだろうか・・・?
いや、なんだかすっごく嫌われそうな気がする。だって今、女性陣のドン引きっぷりが半端ないもん。
腐った目だと赤城さんがタダで高級料理、という言葉に釣られる人かどうかも判別出来ないらしい。
・・・釣られないよね、赤城さん。
あれ大丈夫だよね!?ちょっと不安だよやっぱ!?
眠い・・・今日はここで切らせていただきます、週半ばの疲れは異常
あとウチの赤城さんは大丈夫な赤城のはずだから・・・(震え声)
息の長いこの作品にお付き合いいただきありがとうございます
今日は推敲終わらなかったので更新しません、すいません
【艦これ】梅雨祥鳳【短編集】
【艦これ】梅雨祥鳳【短編集】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1433165511/)
代わりに他でヒッソリ書いているのを置いて行きますので宜しければ読んでやって下さい(ステマ)
やっと戻ってきました、少し投下
出会った頃の、僕と赤城さんの関係を思い出す。
なんの覚悟もなく艦娘に接して、手痛い評価をもらったあの頃を。
あの頃と比べれば少しは信頼されるようになってきた・・・はず。
でも、もしも・・・もしも。
僕のこれまでの頑張りが、赤城さんの”期待”に達しないものであったら。
その評価を奇しくも今、聞くことになってしまった。それが、こわい。
赤城さんが静かに口を開く。
「良禽は木を選ぶと申します」
ああ。
それは臣下にだって主を選ぶ権利がある、という時に使う言葉。
僕の不安は的中してしまうのだろうか・・・?
「あ、赤城さん」
「加賀は少し黙っていて」
そう言って、赤城さんは颯爽と七光りへと向き直る。
「着任されてきたのがこの少年だった、最初はただそれだけでした」
「ですが・・・ですが今は。私たちは選んでいるのです、彼という止まり木で羽を休めることを」
「彼という大樹に身を寄せて、いっときの安らぎを得ることを」
赤城さんの本心の一端が語られる。
飄々としていて、中々大事なところを見せてくれない彼女の心境がいま、少しだけ。
「この人がまだ幼くて、少々頼りなくっても・・・あなたの様な朽ちかけた木にとまりたいとは思えません」
「私から言えるのは、それだけです」
「赤城さん・・・」
「さあ、行きましょうか、提督」
思いもしなかった高評価に、感激のあまり言葉が出ない。
「ああちょっと。そんな事を言わずに」
それでも食い下がれるのは、何を言われたか理解出来ないからだろう。
出来たとしたら、これ僕なら立ち直れないぞ?
断られたというニュアンスだけは伝わったらしく、七光りはなおも付きまとって来ようとしてくる。
そんな中、この場の空気を断ち切ったのは意外な人物だった。
「失礼いたします、皆様。横須賀提督を艦内のお部屋にご案内致しましょう」
先ほど僕らを出迎え、グラスを割ったメイド。相変わらずの嗄れた声が耳に残る。
「そうよ、提督。こんなの相手にしないで行こ行こ!」
「ちっ、ガキが次から次へと」
「おいメイド。俺が誰だか分かっているのか?」
「存じ上げませんわ」
くすくすと、見た目の幼さからは考えられないほど落ち着いた態度で彼女が答える。
まるで目の前の大人の男を、取るに足らない存在であるかのように嘲笑いながら。
「さあ、提督さま、こちらへ」
「てめえ・・・」
流石にこんな小さい女の子に手を上げようとするのは見逃せない。
前に出ようと思ったその時・・・。
「何をやっとるか、この馬鹿息子が」
「ああ親父、このガキが生意気だからよ」
「ガキだと・・・む!?」
先ほどの会議で僕たちに敵意むき出しだった呉の提督。
息子と同調して僕らを責めるかに見えた彼の表情が、一瞬で固まる。
・・・なんだろう、この反応?
「ふん、馬鹿なことをやっておらんで行くぞ」
「ちっ、マジかよお」
そうして呉の親子が引き上げていくのを見て。
「・・・なんだか分かりませんが、助かりましたね」
「もう、赤城さん。あんな断り方やめてよ!」
「ふふ、ごめんなさい。私、提督を馬鹿にされたのがよほど腹に据えかねた様です」
会議でハッキリしなかった、僕らが呼ばれた理由、先ほどの呉提督の態度。
そこに一抹の疑問を感じずにはいられないけれど・・・。
「それでは改めて・・・ご案内いたしますわ」
「うん、よろしく頼むね?」
今は取り敢えず、割り当てられた部屋へと向かうことにする。
「うふ、随分とおモテになるのね?」
「いや、そんなことは・・・」
こちらに向けられる妖しい微笑みにクラリとしながら。
僕よりも背の低いメイドに連れられて、僕たち一行はやっとの思いで退室した。
「こちらでございますわ」
僕たち横須賀鎮守府にあてられた『ミカサ』の一室は豪華なものだった。
奇跡の戦艦、それも提督レベルの人間が泊まるのには相応しいほどの豪華さ。
でも、問題は大いに不満があるんだ。
「何で僕も艦娘も同じ部屋に泊まることになるのさ!?」
「部下と同室は嫌なの、意外と狭量なのね?」
「女の子と同じ部屋なのを気にしてるの!」
僕は先ほどと同じ薄笑いを貼り付けたメイドに慌てて抗議する。
本当は毎日女の子と同じ部屋で寝起きしているんだけれど、今は忘れる事にした。
「それでは大提督閣下にお願いして、もう一室ご用意しましょうか?」
「うっ、それは」
あまり歓迎されていない中、そんなお願いをするのも気が引ける。
弱みを見せるのは得策じゃあない。
「あら、一日くらいなら私は構いません。加賀は?」
「そ、そうね。い、一日くらいなら大丈夫でしょう」
加賀さんあからさまに無理してるんだけど・・・。
でもこれ、今指摘したらムキになるだろうしなあ、加賀さん。
「ま、まあ問題ないわよね!」
「この前みたいなのは駄目よ、瑞鶴?」
「ああ、翔鶴ねえがいじわるするー!」
まあ隅っこの方で僕が寝れば問題ないか。
・・・女の子と一緒の部屋で寝るという事について、段々感覚が麻痺してきた気がする。
「それではわたくしはこれで」
メイドの少女が役目を終えたとばかりに一言。
・・・少し、カマをかけてみようか。
どうしても僕は、この娘がただのメイドだとは思えないんだ。
「ねえ、さっきは助けてくれてありがとう」
退出しようとした少女の足がピタリと止まる。
「さあ、何のことでしょう?」
「二度も助けてくれたじゃない」
一度目は、わざとグラスを落として。
二度目は、七光りとの会話に割り込んで。
どちらもタイミングを選んで僕たちを助けてくれた様に見える。
「提督、どうしたのよ?」
「ああ、瑞鶴さん。実は―」
「実はいま、わたくし提督さまに口説かれていましたの」
「はあ!?」
「へっ!?」
身に覚えのない訴えをされて、驚いて何も言い返せない。
「アンタ、もしかしてこんな小さな子を・・・!?」
「違う違う違う!?」
「提督が私たちに手を出さないと思っていたら、年下趣味だったんですね!」
「そうなんだ、ふーん。歳下の方が好きなんだ」
分かってて言っている赤城さんと、誤解したまま軽蔑の眼差しを送ってくる瑞鶴さん。
この場合、どっちのほうがめんどくさいのだろうか?
「もう、君は一体どういう人なの?」
初戦は完璧に僕の負け。こんなストレートな質問、駆け引きも何もありゃしない。
そう言って改めてこの怪しげなメイドの少女を見やる。
『ミカサ』の重要人物が泊まる部屋とあって、窓に面していないのが悔やまれた。
少女の腰まで真っ直ぐに伸びた長い長い金色の髪は、陽の光を受ければこれ以上ないくらい綺麗に輝くだろうに。
紺を基調としたブラウスに純白のエプロン、編み上げのブーツといった出で立ちは、彼女の西洋風の顔立ちと相まって古風な英国メイドを想起させる。
しかし、そういった属性の組み合わせの中で一番目立つのは髪でも服装でもなく、目だ。
紅耀石を人形にはめ込んだとしか思えない、血のように紅い二つの瞳。
その瞳だけが爛々と輝いて、幼さから発せられるのではない、得体の知れない無邪気さを醸し出していた。
「ただのメイドですわ、提督さま。普段は大提督のお屋敷でお勤めしています」
それが本当だとするならば、先ほどの呉提督の態度も納得出来る・・・のか?
彼が僕たちに遠慮するとは思えない。大提督の下僕である彼女に気を使って戈を収めた・・・そういうことだろうか?
「名前をお聞きしても?」
「いやですわ、提督さま。既に知っていらっしゃるでしょうに、そんな意地悪なさらないで?」
意味のない問いに、意味の分からない答え。
これ以上聞いても無駄、か。
「それでは皆様、失礼いたします」
優雅に一礼して、今度こそメイドの少女が退出していった。
「何、あの子?」
「不思議な子でしたけれど・・・」
「うーん、まあ。気にしても仕方がないし」
「ねえ、キミ。本当なの?」
瑞鶴さんが不安げに聞いてくる。彼女が本当に大提督メイドかどうか、か。うーん?
作戦を前にまたひとつ分からない事が増えてしまって、瑞鶴さんも不安なのだろうか。
「分からない。大提督と何かしら関係があるんだろうけど、様子見かな」
嘘をついているとすれば、確たる何かを突きつけないと彼女は話しそうにない。
それに今は、大事な作戦を控えてそれどころじゃないしね。
「バカ、そっちじゃないっての。あの、歳がね、」
「え、どういうこと?」
「な、なんでもないっ!」
「・・・そ、そう?」
やっぱり瑞鶴さんとの会話は、どこかでギクシャクしてしまうなあ。
明日の作戦でも、瑞鶴さんは翔鶴さんと僕と一緒に『ミカサ』の艦内で待機する。
これは・・・僕が何か踏み出さなきゃ、何もないまま終わってしまいそうだなあ。
いよいよどこかで、勇気を出さなきゃいけないんだろうか?
一先ず終了、メイド幼女のCVは各自で妄想をお願いします。
乙
空母組の中で1番年下っぽいのは瑞鶴じゃないかな(ニヤニヤ)
乙〜
メイド誰だ……
ゴシックのヴィクトリアのイメージでCVは悠木碧ちゃん!
ロリBBA声は『空の軌跡』レン・ブライト役を演じた西原久美子さんなんか良いですね
有名どころを挙げるなら小清水亜美、悠木碧、坂本真綾
>>667
お姉ちゃんでありたいんだずい///っていうのがね、いいよねって話
>>668
ふふん
>>669
ヴィクトリカ(小声)
では行きます
第十一章 決戦前夜
「眠れないの?」
深夜、ベッドの上で薄明かりをつけて考え事をしていた僕に声がかかる。
「瑞鶴さん・・・ごめん、起こしちゃったかな?」
「ううん、寝付けなかっただけだから」
瑞鶴さんにしては珍しく、寝間着姿が乱れていないものの・・・。
いつもは縛っている髪が下ろされていて、そんな些細な違いが気になって仕方ない。
髪を下した瑞鶴さんは、いつもよりほんの少しだけ大人に見えてしまって緊張するんだ。
何見てるのよ、なんてどやされないうちに目を逸らして話を続ける。
「明日のことがね」
「気になるんだ?」
「うん」
準備は万全だ。
少し迷う決断はしたけれど、赤城さんと加賀さんを戦場に出すことに不安はない。この信頼は揺らぐことがない。
でも。脳裏に浮かぶのは今日あった出来事たち・・・。
大提督をはじめとした各提督の楽観的な戦略思考に、急遽横須賀鎮守府を召集した謎の人物の存在。
もし。もし予測できない”何か”があったとしたら・・・。
僕の決断が一航戦の二人を・・・いや、場合によってはこの『ミカサ』ごと五航戦の二人も、水底へと誘うことになるのだ。
あの日、赤城さんの期待に応えてみせると誓ったあの瞬間から覚悟はしていた。
いや、しているつもりになっていたんだ。自分の決断が誰かを死地に追いやる可能性があるということを。
決断するということは、殺すということだ。
敵を、味方を。場合によっては、自分自身の心でさえも。
指揮官の決断とは、そういうものであるべきなんだ。
分かっているつもりだった。頭では、分かっているつもりだった。
でもそれが今・・・この土壇場になって。
一航戦の二人への指示を取り消せるかも知れない最後の瞬間が訪れたことを意識して、怖くなった。
何でもいい、理由をつけて停泊中のこの船から降りてしまえば・・・。
そんな悪魔の囁きがずっと耳にこびり付いて消えてくれない。
もしも今僕が、“そういう決断“をしたら。
それは僕の軍人としての将来を殺すということになる。
歴史書に愚将と記された人たちと同じ道を辿ることになるんだ。
だけど、誰かを失うかも知れない、味方を殺すかもしれないという恐怖からは逃げることが出来る。
逃げることが、出来る。
「こわいんだ」
これは、指揮官が一人で抱え込むべきもの。部下に悟られてはいけないもの。
そんな不安を、いま結局瑞鶴さんに漏らしている・・・どのみち提督失格だ。
嫌われているかどうかとか、そんな次元の問題じゃあない。
こんな人間を信じて命を懸けるなんて出来るわけがない、それほどの失態を今の僕は演じている。
頭を抱えて、それ以上何も言えなくなってしまった。
瑞鶴さんは今、どういう表情をしているだろうか。
情けない上官の姿に何を感じているだろう?
怒り、軽蔑、嫌悪、失望・・・それとも全く別の何か?
さらけ出してしまった情けなさを恥じて、叫び出したくなる気持ちを必死で堪える。
今の僕に出来る、なけなしのプライドをかき集めた結果がこのありさま。
そんな僕の頭に、今まで感じたことのない優しさが降り注ぐ。
「あ・・・」
「大丈夫、大丈夫よ」
僕のすぐ隣、ベッドのふちに腰掛けて・・・。
瑞鶴さんが、そっと、僕の頭を撫でてくれていた。
いつになく優しい、柔らかい表情に囚われて。何故だろう、泣き出してしまいそうだ。
「アンタは今まで、一生懸命やってきたじゃない。それは、みんなが認めてる」
「赤城さんだって、加賀さん、翔鶴ねえだって。そ、それに、私・・・だって」
優しくて、でもぎこちない慰め方。
それは、ずっと瑞鶴さんのお姉ちゃんをやっていた翔鶴さんにはないものだった。
今、この空母の少女は初めて”お姉ちゃん”であろうとして、僕の頭を撫でている。
その事実に思い至ると、自然と穏やかな微笑を浮かべてしまうのだ。
「ふふ」
「なっ・・・何よ」
「最後の方、聞こえなかった。もう一回言って?」
だから、こんなことも言える。瑞鶴さんを困らせることが分かっているのに言える。
「う、ウソよ絶対聞こえてた、その返しは絶対聞こえてた!」
「しー、静かに。みんな起きちゃうから」
「あ・・・うぅ・・・言わなきゃ、駄目?」
さっきまで感じていた歳上っぽさはあっという間になりを潜めて。
今、隣にいるのはいつもの恥ずかしがり屋の瑞鶴さんだった。
「駄目」
「うぅ・・・バカ」
瑞鶴さんの顔が真っ赤に染まっているのが、乏しい明かりからでも分かる。
そうして、何十秒か、何十分かためらったあと・・・。
「私も」
「私も、アンタを認めてる。アンタが提督で良かったって、そう、思ってるから」
まっすぐな気持ちから放たれたその言葉に、僕は全てが救われた気がした。
初めて、提督としての覚悟が決まった気がする。
それと同時に、心地よい眠気が僕の全身を襲ってくる。
「ありがとう」
「ありがとう、瑞鶴さん。僕も、瑞鶴さんがいてくれて良かった」
それは。
それは、どういう意味?
空母の少女がそう聞き返そうとして少年の顔を見やった時には、もう遅かった。
「なんで・・・」
「なんで、寝てるのよおおおおおおお!」
せっかく、素直になって彼の事を認めてると言えたのに。
あのキスが嫌じゃなかったんだよ、と。今なら言えそうな気がしたのに。
少年は当初の瑞鶴の目論見通りに、穏やかな寝息を立てて眠りについていた。
口では悔しがる言葉を発しているくせに、そのチャンスがふいになったことにホッとしてもいる。
言えなかったことよりも、そっちの方がずっとずっと、悔しい。
「ふん、だ」
「もう、私も寝よ」
でも、寝るのはあと少しだけ・・・いま、ちょっとだけ頑張ったご褒美に。
そうだ。あと少しだけ、少年の寝顔を近くで見せてもらってからにしよう。
ちょっとだけ・・・もうちょっとだけ、少年のベッドの端を借りて。
眠くなったら出て行って自分のベッドに戻ればいいだけの話なんだから。
だから、それまではこうして少年の寝顔を見ていよう。
そうして、翌朝。
少年よりも先に目が覚めた瑞鶴は、部屋中に響き渡る悲鳴を上げることになる。
無論、少年と同じベッドの中で、少年と同じ布団の中で自分が寝ていたことに気が付いて。
瑞鶴は寝相が悪いんだよなあ。
今日はここまでです。
第十二章 開戦!
「提督、それでは行ってまいります」
「うん、気をつけて」
戦艦『ミカサ』の甲板から、僕と五航戦の二人は戦場にでる赤城さんと加賀さんを見送る。
送り出したあとは危ないので、一刻も早く退避する予定だ。
「じゃあ、加賀さん」
「はい・・・どうぞ、提督」
結局、加賀さんへのキスの効果は20分から30分ほど。
つまり、この戦いの終わりまでは持たない。けれど、少しでも効果があるのならやっておくべきだろう。
差し出された手をとるこの瞬間は、何度やってもお互いに緊張する。
「んっ」
唇が加賀さんの手の甲に触れると、決まって彼女から吐息が漏れる。
その声がなんだかとても艶かしくて、いつも理性を保つのが大変なのだ。
5秒、6秒・・・やがて、ポウっと加賀さんの手が輝き出して、効果が出たのを確認する。
今艦載機を放てば、僕の視点も変化するだろう。
さて、これで僕のここでの仕事は達成。戦闘が始まったら危ないし、早めに戻るとしよう。
そうして、一航戦の二人から距離を取ろうとした瞬間、赤城さんから声をかけられる。
「提督、提督」
「なに、赤城さん?」
「私にも下さい」
そう言って加賀さんと同じように手の甲を差し出してくる赤城さん。
「ええ、なんでさ!?赤城さんには効果ないでしょ!?」
「あら、分かりませんよ?・・・というのは冗談です」
「お守りがわりに、どうか」
験担ぎじゃあないけれど、こんな事で赤城さんの気が紛れるならなんだってする。
「うん、分かった」
そうして赤城さんの手を引き寄せて、手の甲にキス。
5秒、6秒・・・10秒。やはり何秒たっても効果が出る気配はない。
「ぷはっ。やっぱり効果は無かったみたい」
「・・・そうね、私より長くしても出なかったのだから、そうね」
まあ、長かったといっても数秒の違いだけどね。
決して下心でした訳ではないのだから、加賀さんは仏頂面(不機嫌ver)をやめて欲しい。
「ふふ、加賀は私にも効果が出てしまったら困るかしら?」
「あ、赤城さん!?そんな事は」
「あら、そんな事って、どんな事なの。加賀?」
「そうだよ、加賀さんは自分だけ強くなりたいなんて思うわけないもの」
そうですね、そういう意味では困っていませんね、なんて言って。
掴みどころのない事を言って僕たちをけむに巻くいつもの赤城さん。
よく分からないけれど良かった、特別に気負っているわけじゃなさそうで。
「そ、そんな事より赤城さん、もう行きましょう」
反対に、加賀さんは赤城さんにペースを乱されたまま甲板の先へと歩いていく。
「あらあら、ごめんなさい。少し意地悪しすぎたかしら」
そうして赤城さんも加賀さんの後を追って。
二人とも一度だけこちらを振り向いた後、真っ直ぐに海へと飛び降りていった。
完全に役目を終えて、少し後ろで待機していた五航戦の二人のもとへ行くと。
「何で赤城さんにまでキスしてたのよ」
あなたもそこですか・・・。
瑞鶴さんがまさかの理由で不機嫌になっていた。
それさっき加賀さんにも言われたのでもう許してくれないかな?
廊下を歩きながら、まだむくれている瑞鶴さんに、翔鶴さんが一言。
「瑞鶴は今朝、もっとスゴイことをしているんだから許してあげたら?」
「ちょ、翔鶴ねえ何言ってんの!?私はただ提督のベッドで一緒に寝ただけだからね!?」
「それすっごい誤解を生む発言なんで気をつけて下さい!」
戦闘前とはいえ、時折命令を受けた下士官とすれ違うことを考えると・・・。
もうほんとこの二人には黙っていて欲しい。
結果的に、横須賀鎮守府に割り当てられた部屋に戻るまで無事ですんだけれど。
戦闘が始まる前だというのに、僕の胃はストレスで穴が空きそうだった。
『ミカサ』の主砲斉射を合図に、戦闘が始まる。
各鎮守府の戦艦が長距離から砲撃を始め、水雷戦隊が敵へと肉薄、確実に仕留めていく。
「加賀さん、『ミカサ』の撃ち漏らしを仕留めていくよ」
「分かっています、提督」
『ミカサ』司令部へと行くことを許されていない僕たちは、モニターと無線、それにキスの力による艦載機の視点から一航戦の二人をサポートすることになる。
もっとも、現状は連合艦隊が破竹の勢いで深海棲艦たちを蹴散らしているから、その撃ち漏らしを撃破するくらいしか仕事がないけれど。
「なんだ、提督。楽勝じゃない」
「敵の勢力も事前に調べておいたもの通りですし・・・」
確かにこのままいけば連合艦隊、つまり人間側の圧勝だ。
僕の心配は枯れ尾花に終わるかもしれないし、実際その方がありがたい。
それでもなお。
ドカン、とモニターの中の敵駆逐イ級が加賀さんの爆撃によって爆ぜるのを見ても、何故だか拭いがたい不安が消えない。
100%の勝利が確信出来ない・・・。
「もう一度、敵戦力を確認しようか」
「・・・もう、心配性ね。でもいいわよ、今のところすることないし」
「念には念を、ですね」
モニターの映像を横目で見ながら、今回の大規模作戦の資料を机に広げてみる。
「今のところ存在が確認されている深海棲艦は駆逐級、軽巡級、重巡級、空母級だね」
単純な火力や強度、速度、果たそうとする役割なんかで種別分けした結果がそれだ。
「”戦艦”だったり”潜水艦”だったりが存在するんじゃないかって噂もあるみたいだけど」
「うん、でもそれが確認されたことはなくて、いてもおかしくないってこと。これは艦娘も含めてだけどね」
この戦場には、現在確認されている全ての深海棲艦が展開していて、未知の・・・“戦艦級”だとかもその姿は確認されていない。
「深海棲艦たちは・・・陣形も何もないです。ただ、それぞれが展開しているだけ」
モニターを見ながら翔鶴さんが分析する。
強いて言うならば横に広がっているから単横陣、ということになるだろうか。
ただ単に散らばっているとしか思えない敵のそれは、満足な連携が取れずに『ミカサ』をはじめとしたこちらの砲撃の前に次々と倒されていく。
「作戦の計画書にも、何ら知能を感じさせない下等な生物、とあるね」
紙の上で貶したとしても何がどうこうなるわけじゃあないけれど。
でもこの戦闘を見る限りじゃあ、深海棲艦との戦闘に不安を抱けというのは難しいかもしれない。
そして、今のところ唯一恐るべき彼らの特徴といえば。
「やっぱすごい数よねえ」
そう。
『ミカサ』のモニター越しに見る大海原は今、無数の深海棲艦が描く黒に埋め尽くされていた。
連合艦隊は戦艦が主砲の射程を生かした長距離射撃を、水雷戦隊はその速度を活かして接近と離脱を繰り返す先鋒で戦場を支配している。
このまま戦闘が続けば、2,3時間後には青い海を眺めることが出来そうだ。
「でも、深海棲艦に知能が無くて良かったですね、提督」
「これだけの数を持ちながら戦略を立てられたら、少々マズイかもしれないね」
戦艦に砲撃されれば戦艦へと憎悪を向けて接近しようとし、水雷戦隊や一航戦の爆撃に屠られる。
今度はそちらを追いかけ始めたところへまた、戦艦の一撃。
決まりきったパターンでやられているのに、連中には欠片も学習が感じられない。
「こうして見ると重巡級は人の姿をしてるように見えるのに」
「戦い方を見る限り駆逐や軽巡と同じくらいの知性、といった感じです」
「あの中じゃ一番強くてやっかいだけどねー」
駆逐や軽巡は数、重巡は数こそ少ないものの火力がある。
これは艦娘たちとも共通で、そういった面では似ているのかもしれないけれど。
「にしても、深海棲艦はホントに空母が弱いわよねー。ホントに正規空母?」
そうなのだ。
艦娘側では瑞鶴さんたち鎮守府に四人しかいない空母が圧倒的な戦力となっている。
この戦いに連れてくる四人をその空母勢四人で統一したことが何よりの証明だしね。
「あ。また一隻、赤城さんが仕留めます」
突出した敵の”正規空母ヌ級”。各地で存在が確認されている敵唯一の空母。
そのうちの一隻が持つ戦闘機を加賀さんが全て撃墜して丸裸にした所に、トドメとばかりに赤城さんが爆撃機を放った。
敵”正規空母ヌ級”は、その球状の身体を大きく軋ませた後に爆散。海の藻屑となって沈んでいった。
「私たちと搭載数が違うのよねえ」
深海棲艦の一隻は、こちらの軍艦や艦娘一隻の性能に及ばない。
だからこそ、圧倒的な数が驚異となっているのだけれど、それにしても・・・。
「火力は低く装甲も薄い。搭載数は言うに及ばず。正直、敵の空母は何もこわくないよね」
まだ数が多い駆逐の方が相手にするのが面倒という点でやっかいだ。
深海棲艦と艦娘では、それだけが両者を分ける唯一の違いかも知れない。
おや。モニターの映像を見て、あることに気がつく。
「加賀さんの爆撃・・・火力落ちてきてない?」
「あれ、そうかも」
戦闘が始まってそろそろ20分が経過する。
そろそろキスの効果が切れてきた頃というのもあって、精度が落ちてきたのかもしれない。
ただ、このまま行けば勝利は確実だから問題は無いだろう。
・・・まさか、キスしに戻ってくるということもないだろうし。
一方的な戦闘をモニター越しに見せられて、安堵とともに沈黙が襲ってきた。
慢心するわけじゃあない。
けれど、驚異が見当たらない限り一航戦に指示することもないしということで、瑞鶴さんが先ほどの話を蒸し返す。
「にしても、やっぱ敵の空母が弱いわねー、もう!」
「敵が弱いのは喜ばしいことじゃないか」
クスリと笑って瑞鶴さんに反論する。
多分これは、敵の空母が弱いと自分たち艦娘側の空母まで弱いと思われそうで嫌、みたいな考えだろう。
この戦場で赤城さんや加賀さんが『ミカサ』の撃ち漏らしをメインにかなりの敵を屠っているのだから、そんな評価が下されることは無いだろうに。
そんな僕の落ち着きは、次の翔鶴さんの呟きで雲散霧消することになる。
「そうですね・・・これではまるで”軽空母”のようです・・・」
軽空母。
その言葉が、迅雷の様に僕の頭の中を駆け巡った。
「しょ、翔鶴さん、今なんて言ったの!?」
「えっ・・・きゃ、提督?」
「ちょっと、何翔鶴ねえの手握ってるのよ、変態!」
翔鶴さんに顔を近づけようが手を握ろうが、今はそんな事問題じゃない。
「艦娘には”軽空母”がいるの?教えて!?」
僕の態度が尋常じゃないことを感じ取ってか、五航戦の二人も真剣な表情になって。
それは、翔鶴さんたちにとって人間である僕に報告するまでもないことだったはず。
軽空母の艦娘がいるという概念。それは当然に、確認するまでもなく僕も理解しているだろうと。
艦娘としての常識と、人間の僕の認識の食い違い。それに今まで気がつかなかったなんて・・・。
艦娘が唯一いる横須賀鎮守府―僕の鎮守府に”戦艦””潜水艦”・・・。
そして、”軽空母”がいないからといって、そうした艦娘が本当にいない、今後現れないとは限らない。
そしてそれは深海棲艦側にも言えること。
心臓が悲鳴を上げて、嫌な汗が体中にまとわりつく。
敵のヌ級が”正規空母”だなんて、誰が決めた?敵が教えてくれたのか?
・・・そんな訳が無い。
今まで人間側が観測した深海棲艦空母がヌ級だけだった。
そしてそれを僕らが勝手に”正規空母”と分類して扱っていたというだけの話。
いや、本当に敵の空母がヌ級だけなら、僕の心配はまたしても杞憂に終わる。
それだけのことかもしれない・・・でも。
胸の内に残る、この消えないモヤモヤはなんだ?
「加賀さん、加賀さん!」
「・・・提督?何ですか、珍しく慌てて」
「提督?」
一航戦の戸惑いもこの際、無視して。
「キスの効果、まだ残ってるよね。艦載機の視点が使えるうちに・・・」
「放てるだけの偵察機を敵に向けて放って、早く!」
「分かりました」
加賀さんの持つ全ての偵察機が大空へと放たれる。
代わりに制御しきれなくなった戦闘機たちを着艦させて回収。
守りが薄くなる分は赤城さんがカバーしてくれた。
僕の視点を、次から次へ・・・偵察機から偵察機へと切り替えていく。
目が回るような視界の変化に吐き気を覚えるけれど、今はその時間すら惜しい。
なんとか、加賀さんのキスの効果が終わる前にこの不安を無くしてしまいたい。
「提督、何をなさっているんですか?」
「提督?」
五航戦の二人をも無視して、なおも視点を切り替えて戦場の敵を見渡していく。
「敵前線に駆逐多数・・・駆逐駆逐、軽巡。中盤になるほど重巡や”軽空母”が増えて・・・」
駆逐、軽巡、重巡・・・軽空母。意思を持たぬ下等な化け物たちの群れ。
その、最奥に・・・。
そんな訳がないのに、艦載機の視点越しに”ヤツ”と目があった。・・・そんな気がする。
軽空母ヌ級と同じ様な球状の何かを頭に載せたそれは、まごう事なき人間の体躯を持っていた。
死体のような白い肌と、闇を思わせる黒い艤装に包まれたヤツは。
突出して自分の姿を捉えた偵察機を見て、僕に向かってニタりと微笑んだ・・・そんな気が、した。
ああ、確かに不安は消えた。
絶望という形に切り替わって。
「あっ」
短く加賀さんが声を上げた。丁度、キスの効果が切れたのだ。
視界が元に戻る。再び見ることが出来るのは、モニター越しの黒い敵影のみ。
「我、敵”正規空母”発見す」
「翔鶴さん、艦隊総旗艦・・・大提督にそう報告文を打って」
「瑞鶴さんは甲板まで。加賀さんの偵察機が撮った写真、取りに行って」
乾いた僕の指示と、五航戦の二人が駆け出す音だけが静かに室内に響いた。
一先ずここまで
「それがどうしたというのだね」
「今、画像を送ります・・・翔鶴さん」
艦載機が捉えた真の敵正規空母の画像を、大提督のもとへと送る。
そして、会話を共有している各提督の元へも。
「ふん、戦闘中に何かと思ったら。下らん」
「単に下等な敵の新種が出てきたというだけの話」
「閣下、私は抜けさせてもらいますぞ」
何故だ、何故みんなこうも戦況を楽観する!?
「今まで我々は、敵・・・深海棲艦が意思を持たぬただの化け物だと判断して戦ってきました」
「今でも、だよ」
「もし、それが違っていたら?」
「・・・何?」
「この新種の正規空母・・・ヲ級と名付けましょうか。ヲ級は明らかに人と同じ体躯を持ち、他の深海棲艦と一線を画しています」
「敵の最後尾に控えていることからして、明らかにこの群れの親玉―”ボス”でしょう」
何故、この危機感が伝わらない!?
僕を敵視している各提督はともかく、比較的柔軟な態度を示す大提督にまで!
「今まで、唯一敵を恐怖する要因があるとすれば、それはあの膨大な数でした」
「もし、あの暴力的とまで言える数に戦略が加わったら?」
「そんな事はありえん。現に、これまでの戦闘を見ろ」
「これまで、このヲ級のような人型の深海棲艦を見た方は?」
沈黙が、何よりも強い肯定となって僕に返ってくる。
やはり、誰もいないのだ。コイツを見たものは、僕以外に誰も。
「ならば一度、撤退すべきです」
「貴様、何を言うか!?」
「この程度のことで怖気づいては、大勝利など掴めぬわ」
「何よ、提督の意見の方が安全で正しいじゃない!」
「役立たずの小娘は黙っていろ!」
「なっ・・・なんですって!?」
瑞鶴さんの言うとおり、僕は自分の考えが他のどんな戦略より正しい自信がある。
大勝利とは言えなくても、今現在こちらはほとんど犠牲を出さずに敵を撃破している。
緒戦は堅実な勝利、ということで一度撤退し、対策を練れば・・・。
そんな僕の献策は、歯牙にもかけられずに叩き潰される。
「横須賀鎮守府特別提督」
他ならぬこの作戦の最高責任者によって、叩き潰される。
「深海棲艦どもが単なる下等生物でなく、戦略を打ち出してくる可能性を証明出来るかね」
「それは・・・このヲ級を見るに、万一を考えて」
「証明出来るかね、確たる論を持って」
「・・・出来ません」
この作戦の中核にいなかった僕に、それが出来ようはずもない。
「決まりだな、各鎮守府諸君は今までどおりの作戦遂行を命ずる」
「今日中にこの海域の敵を殲滅しつくす、以上解散だ」
無力感に苛まれ、無線を切ることもできずに僕は立ち尽くす。
各鎮守府の提督の嘲りを前に、何もできずに。
「緒戦での小勝利など、誰も望んではいないのだよ。横須賀提督」
唯一、僕との無線をまだ切らずにいた大提督がぽつりと呟いた。
・・・どういう事だ?混乱する僕を尻目に、大提督が言葉を重ねる。
「大本営の総力をあげ、奇跡の戦艦『ミカサ』を引っ張り出した」
ああ。
その一言で、僕は理解する。
大提督自身は、僕の見立てを是としていることを。
彼だけは、深海棲艦を相手に少しも驕ってはいないということを。
「その結果、少し敵を蹴散らしただけで安全を取って帰投する」
「それでは満足しない。この計画を立案した者たちは、遠く本土で大勝利の報だけを待っているのだから」
「大きな成功をおさめるためには、相応の”痛み”を伴うのだよ」
「ふざけるな!」
僕の中の何かが弾けた。
「その”痛み”を口にしていいのは、実際に命を落とすかもしれない人たちだけだ!」
「僕の指揮で命を落とすかもしれないのは、僕じゃない・・・。赤城さんや加賀さん、瑞鶴さんに翔鶴さんたちだ!」
「安全な場所にいる奴らが、自分たちの耳触りの良い報を聞きたいがために出していい言葉じゃない。そんなの間違ってる!」
「提督・・・」
「ねえ、きっと・・・大丈夫よ。何も起こらないわ?」
「そこのお嬢さんの言葉が現実になることを信じて、今は進むしかないのだよ」
「情報を、下さい」
「この作戦にあたってかき集めた情報。横須賀に知らされていないモノもあるはず」
「それらをかき集めれば、僕の主張を裏付けられるかもしれない」
無常にも、そのあがきは一蹴される。
「一航戦の空母艦娘の指揮に専念したまえ」
そうして、無線は完全に途絶えた。
戦況は進んでいく。連合艦隊の圧倒的優位なまま、進んでいく。
じりじりと戦線を上げられ、僕たちに押されて後退していく敵を掃討するというかたちで。
海のあちこちで深海棲艦たちが煙と血の泡を吹き出しながら沈んでいくのが分かる。
絵に描いたような大勝利はもう、間近に迫っていた。
踊る踊る。戦艦『ミカサ』は、僕たちを乗せて敵味方ひしめき合うこの洋上を踊る。
大勝利という名の奇跡の舞台を。
あるいは、まさかの大敗北という名の悲劇の舞台を。
幕が降りるまでに残された時間は、おそらくもうあと僅か。
今日はこんなもんです、疲れた!
第十三章 危機の予感
後ろからそっと、肩を抱かれる。
それが瑞鶴さんだってことが、振り向いて確認しないでも分かった。
「ごめん、瑞鶴さん。せっかく昨日元気づけてもらったのに」
「ううん、提督は頑張ったわ。話を聞かないあいつらが悪いんだから!」
それでも・・・もし、赤城さんたちに何かがあったら。
僕は自分で自分を許すことが出来そうにない。
「提督、瑞鶴・・・」
洋上はもう深海棲艦の遺骸で埋め尽くされていた。思ったよりも掃討が早い。
先頭が終結しても、蒼い海を見ることはしばらく無理だろうな、なんて。
沈んでいく深海棲艦を見ながら、場違いにも僕はそんな事を思った。
モニターに映る快進撃とは裏腹に、室内はどんよりとした沈黙に包まれる。
このまま何事もなく大勝利に終わることを祈るしかないのだろうか?
でもそれは単なる思考の放棄、逃げじゃないのか?
戦場に出す艦娘は2隻までという命令に逆らって五航戦も投入しようか?
・・・いや、翔鶴さん、瑞鶴さんの練度は一航戦のそれには達しない。
キス効果が無い状態では、尚更。何かあったとしても戦況を変えられるとは思えない。
でも、何かあってからじゃ遅いんだ。その前に動き出さなきゃ・・・。
そんな思いばかりが空回りして、結局、自分の無力さを思い知らされる。
「くそう。何か、何かないのか?」
そんな時だった。
コンコンと、客人など来るはずもないこの部屋のドアがノックされたのは。
昨日、もっとちゃんとした仲直りが出来たていたら・・・。
肩を抱くだけじゃなくって、もっと違うかたちで少年を安心させられたのかな?
瑞鶴はそう思わずにはいられない。
自分たちのためにここまで頑張ってくれた少年が、自分たちのために無力さを味わっている。
そんな彼の力になってあげることが出来ないのが、とてももどかしい。
このまま少年が恐れている事態が起きなければ、赤城も加賀も無事に帰ってくる。
それが、一番いい結末。少年と自分との間には何も起きようがないけれど、また別の機会で頑張ればいい。
でも、もし。
もし、自分の力があれば少年やみんなを助けられる・・・。
そんな事態になったならば、そう。
覚悟を、決めよう。
少年の背中越しに、肩をそっと抱きながら。
空母の少女が決意した。
そんな時だった。
コンコンと、客人など来るはずもないこの部屋のドアがノックされたのは。
「失礼いたしますわ」
ぎょっとするほどの嗄れた声は何度聞いても慣れることはない。
淑女の礼をとって入ってきたのは、昨日のメイドの少女だった。
「何かお困りでしたら、何なりとお聞かせくださいませ、提督さま」
ニコリ、と子供らしさとは無縁の無邪気さを貼り付けて少女が笑う。
紅耀石の瞳に好奇心の灯火を宿して、僕に語りかけてくる。
金色の長い髪が、可愛く小首を傾げる動作とともに怪しく揺れた。
”何かお困りでしたら”その言葉が何故か、僕の耳に残った。
僕がどういう受け答えをするのか楽しみで仕方ない、といったふうな少女の態度。
正直、この子が何かを企んでいようが、そんな戯言に構っている暇は無いはずだ。
でも。僕はここでの選択が、僕が抱えている不安に直結していそうな何かを感じた。
結局、僕はメイドの少女が気に入りそうな返事を必死になって探すのだった。
「君の主を説得出来るだけの情報がないか、探しているんだ」
「主?私の主なんて、いないわ。本当はもういるはずだったんだけど」
「大提督のことさ、君は彼のお屋敷のメイドなんだろう?」
煙に巻く様な少女の喋り方への苛立ちを抑えて、慎重に言葉を巡らす。
「ああ、そうね。そうだったわ」
昨日の自分の発言を覚えていないはずがない。こちらをからかっているのだろうか?
彼女の正体も、今は問題ではない。気になるけれど、ミスリードだ。
見破ったところで何の得にもなるまいし、話題をそこに置いたところで彼女に愛想を尽かされる・・・そんな気がする。
「大提督の傍にお仕えしているのなら。身の回りのお世話も、君の仕事だよね?」
「うん、そうね。あのおじいちゃんのお世話、大変なんだから」
「給仕に身支度、掃除や料理、皿洗いなんかも、全部君一人が?」
「ええ、大変でしょう?」
クスクスと嗤うメイドに何か言おうとした瑞鶴さんを手で制す。
「それだけ近くにいるのなら」
ゴクリとつばを鳴らす。道を間違えていないだろうか、間違えていないはずだ。
僕が求めることを、このメイドは求めているはずだから。
「例えば、今回の作戦にあたって大提督のもとへ集まる報告書に触れる事も可能かもしれない」
「ふうん、それで?」
まるで薄氷を渡るかのような、ジリジリと底冷えした感覚。
「策を却下されて落ち込む僕を慰めるために、それを持ってきてくれる優しい娘がいるかもしれないね」
「女が、口説いてもくれない男のためにそんなことするかしら?」
カンベンしてくれよ・・・。
ええい、男は度胸だ。
「初めて会った時から、可愛い娘だなと思ってたよ」
「君のそのきれいな手から僕の欲しいものを渡されたら・・・惚れてしまうかもしれない」
女の子に慣れていないのが、こんな時に裏目に出るとは思わなかった。
拙い口説き文句に彼女が気分を害さないかが気になってひやひやする。
クスクスと嗤う表情は崩さないまま、メイドの少女が妖しく語る。
「初めて会った時って、いつのことかしら?」
「それは・・・勿論昨日からさ」
僕の答えは正解なのか。
目を閉じて蜀の桟道を渡るかのような心もとなさを感じる。
もうひと押し、いるだろうか?
「君みたいなかわいい娘、一度見たら忘れるはずがないじゃないか」
「忘れるはずない、ね・・・ふぅん」
不味い、間違ったかと思った次の瞬間。
「ま、いいわ。特別に許してあげる」
最後まで貼り付けた微笑みを崩さないまま、メイドの少女は僕に分厚い紙束を差し出したのだった。
どこから取り出したかって、そんなの今はどうでもいい・・・おそらく、これが。
「じゃあ、頑張ってね」
「私を、沈ませないで頂戴?」
そう言って、最後まで優雅な態度を保ったまま退出していった。
「ほんっとに、変な娘ね。それに、それを言うなら私たちを、じゃない?」
「いや、今のはあれで合ってるよ」
僕の返事が意外だったのか、姉妹はぎょっと表情を変えて。
「提督、何か知ってるの?」
「あの娘が何者か、分かったのですか?」
彼女の正体が気になる気持ちは分かるけれど、今はそんな場合じゃない。
「教えてあげたいけれど、時間がない。三人で手分けして読もう」
僕の言葉に渋々矛を収めた二人は静かに頷いて。
さっそく、床に資料を広げて三人で読み漁るのだった。
本日ここまでずい、提督が今度は矢矧に浮気し始めたから貼っておくずい
提督は多分つり目の艦娘が好きみたいずい
【艦これ】梅雨矢矧【短編SS】
【艦これ】梅雨矢矧【短編SS】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1433763923/)
投下していきます
古鷹型は他のSSでも出すことはないかなあという感じです今のところ
モニターの中の戦況は、相変わらず有利に進んでいる。
僕たちが沈めたと思わしき深海棲艦の黒が、水底から透けて見えて…。
『ミカサ』周辺の海は一面、黒々とした奴らの死体で塗りつぶされていた。
「ちょっとでも気になることがあったら教えて」
「う、うん」
「はい!」
今出来ることをしよう。いつだって、それだけだ。
無駄に終わるのならそれでもいい、僕たちは目を皿の様にしてメイドの少女がもたらした書類を漁る。
「最近の戦闘記録が大部分を占めているみたいだね」
この作戦を開始するために、まずは各鎮守府近海を掃討したのだから当然か。
開発の状況、『ミカサ』運用に関する報告、近海の戦闘記録…。
大提督のもとへ集まる情報は多岐に渡る。
「うへえ、これ、昨日のアイツの記録じゃない?」
瑞鶴さんがうめき声を上げて読んでいた書類を何気なく渡してもらう。
ああ、昨日赤城さんにからんだ呉鎮守府の七光りか・・・。
「すごいじゃないか、もう前線で戦闘指揮までしてる」
「内容もね」
「うげ」
経験も何もない者でも、士官学校の卒業生だ。現場の長になれる。
七光りは提督の代理、副提督という位置だから実質的にはナンバーツーみたいだ。
杜撰な戦闘指揮は彼自身のものだろう、普通は現場の叩き上げが補佐につくだろうし・・・。
おそらくは参謀役の下士官の意見を却下した上で突出、惨敗している。
せめてもの救いは、すぐに助けに入った味方艦がいて轟沈に至らなかったことか。
負けるだけならまだ良い。問題はその後…仲間を死なせる寸前に追いやった処分。
それは謹慎2日と極めて軽く、これはどう見ても…。
「親が提督だから、でしょうか?」
「うん、ほんっと情けないよ…」
こんな下手を打ったばかりなのにヘラヘラ笑って女の子に声をかけていたのか。
斬られない馬謖を見て、呉鎮守府の下士官たちは大いに泣いたことだろう。
「舞鶴や佐世保では、さすがにそういった報告は見られませんが…」
「僕に知らせるほどの出来事もない?」
翔鶴さんがこくりと頷く。
一方で僕が見ている報告書の類にも、取り立ててヒントになりそうなものは見当たらない。
やはり僕の心配は意味のないことだったのだろうか?
それとも、ここにヒントが見当たらないだけで実際は…。
「ねえ、呉の報告書なんだけど…」
「なあに、瑞鶴。嫌いな人だからと言っていつまでも言っていては駄目よ?」
「いやそうじゃなくって…って、その言い方だと翔鶴ねえだって嫌ってるじゃない!」
「そ、そんな事言っていないわ…ただもう名前も聞きたくないだけで」
それを一般的には嫌うと言うんです、翔鶴さん。
…というか、これだけ穏やかな人に嫌われるってある意味才能かもしれない。
「ぶー、気になることがあったら言う約束だから言ったのにー」
「ああ、ごめんごめん。どうしたの?」
それが、と瑞鶴さんが話を続ける。
特段分厚い紙の束をこちらに差し出しながら。
「これは?」
「その七光りが休んでる二日分の報告書」
「分厚いな…」
他の報告書が紙一枚の適当な出来に仕上がっているのに対して、この二日だけは異常とも言える量だ。
「提督、これはどういう事でしょう?」
「この報告書って、普段アンタが書いているのと同じものよね?」
ほら、いつもいっぱい書いてるヤツよと瑞鶴さん。
逆に呉のいつもの報告書は何でこんなに薄っぺらいのと聞いてくる。
「おそらく、だけど」
こうした報告書の作成は本来提督か、副提督の仕事だ。
横須賀では僕が書いているけれど、呉では副提督が書いているのだろう。
こんな薄っぺらい書類、彼にしか書けそうにないし。
「で、彼の謹慎中に代筆することになった下士官が、ここぞと言わんばかりに書きたいことを書きまくったと」
多分、そういう事。
「でもこれ、凄いよ」
事務から現場の指揮系統に関する問題点、その改善案。
特に目を引くのが敵深海棲艦の特徴や自分なりの戦闘計画の立案だ。
駆逐や軽巡など、各艦種ごとに細かく仕訳した後に分析までしており分かりやすい。
「この人、本当に優秀だよ・・・」
僕が先ほどまで気がつかなかった、“空母ヌ級”ついても触れられている。
火力や装甲、艦載機の搭載数から見て正規空母級と考えることへの疑問符を投げかけていた。
“軽空母”であるとの見解にまではたどり着かなかった様子だけれども・・・すごい。
「僕の鎮守府に欲しいくらいだ」
素直にそう感想を漏らす。
こんな人材を埋もれさせておくなんて、呉は余程優秀な人が集まっているのだろうか?
「へえ、アンタがそんな事言うなんてよっぽどよねー」
「提督の場合、自分の能力を物差しにして人を測りますから…」
何それ、それじゃあ普段の僕の人物評価が辛いみたいじゃあないか。
そんな厳しい人物評なんてしないけどなあ、と思いながら次のページをめくる。
瞬間、時が止まった。そして、察する。
僕の心配が、杞憂に終わらないであろうことを。
「赤城さん、加賀さん。僕の指示を聞いてほしい。艦載機を最小限残して畳んで」
「何が起こっても良い様に、身軽にしておこう」
舞台の脚本を書き換えるために、ペンを執る時が来たのだ。
もしも提督を辞める日が来たら、作家にでもなってやろうか?
「君を呼んだ覚えはないのだが」
艦橋のいっとう高い席に座ったまま、大提督は僕たちを睥睨した。
門前払いされなかっただけマシとはいえ、もう少し歓迎して欲しかったかな。
「撤退を進言します」
「どうした、皆手が止まっているぞ」
その一言で艦橋に詰めていた士官、下士官たちが再び仕事に戻りだす。
ある者は周囲の艦隊に指示を出し、ある者は『ミカサ』の砲手に砲撃を命じる。
そんな兵士たちの怒号を背景に、僕はなおも大提督に向かって告げた。
「このままでは艦隊が全滅します」
投げ込んだ石が大きすぎたかも、という心配はない。
これ程士気を挫く台詞を放ったのに、大提督の反応はといえば眉をピクリと動かしただけ。
昨日の夜、不安に震えていた僕とは大違いだ。
「聞こう。だがもし、君の論拠が聞くに値しなかった場合―」
「二度と口を挟む真似は致しません」
そう言って、数枚の書類を大提督に手渡す。
先ほどの呉鎮守府の報告書から抜き出してきたものだ。
「これは?」
「呉鎮守府から本部への、定例報告書です。お読みになられては?」
静かに首を振られる。まあ、それはそうだ。
大提督ともあろう人が各鎮守府の日報まで、事細かに読んでいられるわけがない。
最も読んでいれば―今、こんな悠長になんてしていられないだろうけれど。
「報告者が呉提督でも、副提督でもないようだが」
「副提督の謹慎中に、代理の士官が書いたものです」
「道理で、きちんと報告書になっている」
皮肉は受け流す。今は笑っている場合じゃないから。
大提督の視線が手渡した報告書へと移った。
帝国歴××年○月△日
出撃報告書
呉鎮守府副提督代理
本日の出撃任務の際、奇怪な深海棲艦を目撃致しましたのでご報告致します。
○ 敵艦隊との遭遇について
大規模作戦を控えた、当該作戦での攻略目標海域への偵察を行った際の目撃。
敵深海棲艦数隻を発見、威力偵察の為交戦。敵の動きに違和感を覚える。
○ 味方艦隊
軽巡洋艦2隻 駆逐艦4隻
○ 敵艦隊
軽巡洋艦1隻 駆逐艦2隻 不明艦3隻
○ 戦闘経緯
我が艦隊の砲撃を浴びるや、敵艦隊は後退を始めたため反航戦の様相を呈す。
通常、深海棲艦たちは我々の姿を見るや1隻でも多く水底に沈めんと殺到し、同抗
戦となる為不自然な動きだった。敵軽巡洋艦、駆逐艦は後に表記する3隻の“不明艦”
を庇うように囲い後退。少しでも我が艦隊との距離を取ろうとする動きを見せる。
これまでにない姿をした深海棲艦とその動きに尋常ではない予感を得たわが軍は突撃
を敢行。敵駆逐と不明艦を1隻ずつを大破、炎上せしめた。
○ 結果
残りの護衛艦を追い払い大破させた不明艦の調査を試みようとしたところ、死の臭いを
嗅ぎつけたのであろうか、敵艦隊に援軍を見る。艦隊数は特定出来ず。深入りは危険
と判断、後退を命じ戦闘海域を離脱した後偵察機を放つ。
○ 不明艦について
詳細は不明である。でっぷりと太ったその体躯は今まで確認されてきたどの深海棲艦の
姿とも異なる。航行速度も遅く敵の撤退の足を引っ張り、火力も敵駆逐艦以下である。
他の深海棲艦がこれを守るように撤退したのは何故かという疑問が残る。
○ 意見
偵察機の撮った写真は異常である。一刻も早く本部へ奏上し判断を仰ぐべきではないか?
当方が今回大破、炎上せしめた敵は駆逐艦1隻、不明艦1隻である。この2隻に関して
まわりの深海棲艦どもがとった行動には明確な違いがあり、無視出来ない事の様に思える。
私は今度の大規模作戦に対し、意見する立場にない事は承知の上で申し上げる。
時期尚早ではないか。このような不安要素を抱えたまま断行すべき作戦なのだろうかと。
奇跡とは出来うる事すべてを為し、それでも尚自身の力ではどうしようもないほどの結果を
望むときに使う言葉である。我々にはまだ、為すべきことがあるのではないだろうか?
報告書を読む大提督の手が小刻みに震えている。
「未知の不明艦を目撃し、この対応」
「この指揮官の慧眼は賞賛すべきです」
そして何故、この報告書が単なる日報扱いで処理されてしまったのか?
大提督直通で届くべき緊急案件と呉鎮守府が判断すれば、そうはならなかった。
だけれども、今それを言っても仕方がない。
もう僕たちはルビコンを渡っているのだから。
「ねえ、これでもまだこの作戦に不安がないっていうの!?」
「新しい空母に役割の不明な敵艦。充分やばいじゃない!」
大提督の沈黙に、たまらず瑞鶴さんが声を張り上げる。
違うよ、瑞鶴さん。大提督は無能なんかじゃない。
だからこそ、次に見せる写真にも意味が生まれる。
「そしてこちらが、先ほどの報告書で偵察機に撮らせたという写真です」
モノクロで見にくいけれども、大空から撮られたそれは眼下の様相を克明に記録している。
たまらず、といった様子で大提督の参謀たちが写真を引ったくり、覗き込む。
「こ、これは・・・!?」
大破炎上する敵深海棲艦の駆逐艦と、“不明艦”。そしてその周囲に群がる同胞たち。
先ほどまで僕たち人間の魔手から守ろうとした“不明艦”に、彼らが何をしているか?
「く、喰っているのか、自分の同胞を!?」
「悪魔め!」
参謀役たちがぼそりと、深海棲艦への嫌悪を漏らす。
そう、同胞を喰らう深海棲艦たちの姿が写真には写されている。
でも、問題はそこじゃない。奴らのおぞましさを言いたいわけじゃないんだ、僕は。
大提督が立ち上がる。ただ一人、この写真から僕の言いたいことを理解したらしい。
翔鶴さんも、瑞鶴さんも、周りの参謀たちも一発では理解出来なかったのに。
やはりこの人は、人の上に立つ事の出来る人だ。
でも、それ故に。分かってしまうからこそ味わう絶望というものがある。
「閣下?」
「大提督閣下?」
「分からんのか」
天を仰ぎながら、大提督がに向き直る。
説明しろ、という言外の命令を感じ取って、僕は口を開いた。
「今まで、深海棲艦が共食いをする光景を見たことのある人は?」
予想通り、ゼロ。だから初めてみるこの光景に、こんなにも嫌悪を露わにするのだ。
「もう一度、写真をよく見てください」
「大破炎上している敵艦は、駆逐と“不明艦”の2隻。でも…」
そこまでで思い至ったのか、あっ、という声が上げられて。
「食べられている艦は、“不明艦”だけです!」
翔鶴さんの気づきに、どよめきが生まれる。
そう。
大破炎上し、今にも沈まんとしている敵駆逐艦はというと。
同胞たちにその存在を無視され、顧みられることはない。
その一方で“不明艦”には深海棲艦が殺到、その身を喰らいつくされている。
「“不明艦”は深海棲艦が食べられるモノを積んでる、ってこと?」
ああ、瑞鶴さん。
彼女は論理的な思考を積上げて解答に至るということに関しては苦手だけれども。
こと、こういう時に発揮されるべき意外な発想力というものに関しては才能がある。
この写真から分かることは、と前置きして僕は告げる。
「“不明艦”は深海棲艦に必要な資源を体内に貯蔵することが出来る」
「だからこそ戦闘開始時。他の深海棲艦は戦闘力皆無の“不明艦”を守る行動に出たんだ」
そしてここに、僕が深海棲艦たちが単なる下等生物ではないと論ずる根拠が在る。
ガツンと重いのでここで切ります、次の投下で深海棲艦が下等生物では無いという解答に至ります。
これまでの情報で少年がどう話を展開していくか推測できますかね?バレバレだったらすみません。
少年提督の結論が下ります、投下はじめます
「ねえ、瑞鶴さん。この奴らの動きって、何かに似てない?」
「へ!?わ、私!?」
戦闘力が皆無の、物資を載せたモノを囲んで洋上を進む行為。
途中で敵に遭遇しても無理はせず、退避に専念しようとする行為。
守れなかった物資を、せめて持てるだけ回収しようとする行為。
瑞鶴さんの発想力は、またしても遺憾なく発揮された。
呆然と、精気の抜けた表情で呟かれたその言葉は。
「船団、護衛任務・・・」
僕らの鎮守府が最も慣れ親しんだ任務の名前だった。
「だ、だから、何だってんだ!?」
参謀役の一人が悪あがきをする。そう、これは悪あがきだ。
だってもう、彼だって結論にたどり着いている。でも、否定して欲しいんだ。
この恐るべき事実を戯言だと言って否定して欲しいんだ。
「深海棲艦の活動に必要な何らかの物資をため込んで、彼らに供給する」
「僕は新たに見つかったこの“不明艦”を、“補給艦”と命名したいと思います」
言葉が、砂漠に水を撒くかのように浸透していく。
「奴らは、ただ目の前の人間たちを襲うだけの下等な生物じゃなかった」
「僕たちの様に、来るべき大戦に備えようとする意思があった」
「必要なモノを、必要な場所へ…それを送り届けるための護衛をつけて、確実に」
―戦争ってのは、何も相手を倒すばかりじゃないんだ
何時だったか、僕が鎮守府で艦娘たちに得意げに語った台詞が脳裏に蘇る。
敵は、僕のその言葉を…あるいは僕たち以上に忠実に再現していた。
資源の大切さを理解し、確実な補給を行うための輸送ルートの構築、護衛船団の編成。
人間の僕たちですら、この戦において多大な労力をかけてどうにか成し遂げた…。
ここまでの事をやってのけるモノたちが。
「戦略も持たぬ下等な生物。そんな事がありうるのでしょうか?」
今度こそ場は、水を打ったように静まり返る。
その静寂を破ったのは、先ほど悪あがきをした彼だった。
「あ、ありえない。現に、この戦場の奴らを見ろよ!」
「だからこそ、です」
敵に戦略性の欠片もないからこそ、この快進撃が出来た。
本当にそうだろうか。いくらなんでも勝ちすぎていないだろうか?
だからこそ、僕はあえてこう言った。敵を侮った愚者たちを代弁して。
「僕たちは今まで、勝たせてもらっていたのではないでしょうか?」
艦橋は再びの静寂に包まれる。
目の見えない人に『そして誰もいなくなった』と言ったら信じるだろうな、なんて。
僕はふと、そんな間の抜けた事を思った。
静まり返った世界で、それでも時は進んでいく。
「各艦隊に通達」
「戦闘終了、『ミカサ』連合艦隊はこれより拠点へと撤退する」
長い長い時間をかけて大提督が、静かに告げた。
「どうした、復唱せよ」
数瞬遅れて、艦橋の士官たちが堰を切ったように騒ぎ出した。
「閣下、それでは大本営の意向に反します!」
「将外に在りて、という奴だよ。諸君」
どこかで聞いたことがあるような、皮肉めいた言葉だ。
最近、何かの本で読んだ台詞だっただろうか?
「大提督の責任問題に―」
食い下がる参謀たちに、大提督は自嘲するように続ける。
「責任問題とは、笑わせてくれる」
「海の藻屑となるのと、どちらがマシかね?」
その言葉が決定打となった。
艦橋の将校たちは不承不承、あるいはどこかホっとしながら戦闘終了の準備に移る。
ある者は各艦隊に通達を、ある者は『ミカサ』の砲撃中止を命じ、ある者は帰投する拠点への航路を算出する。
そこまで見届けて、僕は役目を演じきった事を確信し胸を撫で下ろす。
これで『ミカサ』連合艦隊の初戦は、まずまずの勝利を収めて終結というかたちになる。
大本営の意向通りにはならなかったけれど、極めて軽微な損害で矛を収めることが出来た。
後は拠点に帰った後、改めてこの海域の深海棲艦たちの分析を―――。
『ミカサ』が揺れた。
「え、何!?」
「きゃあ!?」
翔鶴さん、瑞鶴さんの悲鳴を背に、僕は戦場へと指示を出す。
「赤城さん、加賀さん。来るぞ、後退して!」
この一言を言うために今までの分析があった。
言い切った後で僕はそう感じたんだ。
敵のボスである正規空母ヲ級。
戦略性を裏付ける補給艦の存在。
腑に落ちない僕らの快進撃。
これらに気付いたおかげで、一航戦の二人を一発轟沈させることがなかったのだから。
「提督、分かりました。でも、どうしたら?」
「加賀、喋っている場合じゃない。見て!」
初めて聞く赤城さんの切迫した声。
何だ、何があった。敵は何をしてきた!?
「赤城さん、何があったの!?」
「モニターを切り替え、『ミカサ』周囲の映像を表示しろ」
僕と大提督がそれぞれ部下に指示を出す。
「これは…」
艦橋にいた全ての者がモニターのが映し出した光景に目を見張る。
ある者は言葉なくへたり込み、ある者は怨嗟の悲鳴を上げ立ち尽くして、その意味を図る。
これは…これは、果たして現実の光景なのか?
「提督、ご報告致します」
震える声で、赤城さんの声が無線を伝って耳に入る。
それは、僕たちの置かれた絶望をこれ以上ないくらい的確に表現した報告だった。
「水底から数多の深海棲艦が浮上…私と加賀を含め、『ミカサ』が囲まれています」
「やられた…」
先ほどの振動は、深海棲艦が『ミカサ』とぶつかった時のものだろう。
これが…これが、敵の策略。
疑問に思うべきだったという後悔ばかりが襲ってくる。
海に浮かぶ、あるいは炎上して沈んでいく敵の死骸が多すぎないかということに違和感を持つべきだった。
…少し、敵を屠りすぎじゃないかという事に気づくべきだった。
僕たちは驕り過ぎた。約束された大勝利という幻想に、状況を判断する目を曇らせた。
深海棲艦たちが下等な生物だと思い込んで、自ら罠に吸い込まれていったのだ。
くそ、くそ、くそ。僕がもっと、もっと、もっと!
ああ。
こうしている合間にも死骸に擬態していた深海棲艦たちが次々と奇声をあげて起き上がり、この洋上を再び埋め尽くしていく。
今度は正面切っての戦いじゃない。
こんな至近距離では『ミカサ』の主砲は役に立たないばかりか、的でしかない。
そしてそれは『ミカサ』を護衛する艦隊も同じ。
深海棲艦たちが『ミカサ』を囲み、敵味方入り乱れた状態になった以上、同士打ちを恐れるばかりに安易な射撃は封じられてしまうだろう。
「ね、ねえ提督…。どうするの、これ」
ぎゅっと、手袋越しに拳を握り締める。
絶望に打ち震えてばかりはいられない。
一航戦の二人にまた会うために、二人を沈めないために。
だから僕は、震える瑞鶴さんの声にこう応えるんだ。
「僕に出来ることをするよ」
いつだって、それだけさって。
この状況から、僕が切れる札…それは。
いよいよ、覚悟を決める時が来た。
やっと、ラスダンに来ました。
ようやくスレ立て当初に思い描いていたシーンまで行けそうです、引き続き宜しくお願いします。
もうすぐ終わる終わる詐欺
やっとこっちに来れました、よろしくどうぞ
第十四章 死の舞踏
無数の深海棲艦が連合艦隊総旗艦『ミカサ』を取り囲む…そんな絶望の最中。
この時の僕の咄嗟の指揮ぶりは、振り返っても賞賛されるべきものだと思う。
”何かが起こる”と前もって身構えていたおかげで、即座に赤城さんに指示を出すことが出来たのだから。
「大提督、艦娘の映像をモニターに。早く!」
「う、うむ。映像を」
彼の指示でモニターの一つが切り替わり、一航戦の姿が映し出されるのを横目にして。
今度は洋上の彼女たちへ指示を出すために無線越しに怒鳴った。
「赤城さん、加賀さん。艦載機は全部しまって回避に専念して!」
「『ミカサ』を狙って敵が攻撃してくる!巻き込まれるな!」
「はい」
「ええ」
「来るぞ、みんな手近な物に捕まって」
「翔鶴ねえ!」
「瑞鶴っ」
三人で手を繋いでその場に伏せたその直後―。
ドン、ドンという地鳴りのような音が立て続けに響いて、その後に迅雷のような衝撃が『ミカサ』に走った。
『ミカサ』を囲んだ深海棲艦たちの一撃が放たれたのだ。
「慌てないで、戦艦の装甲は厚い。そう簡単に沈みはしない!」
一航戦も同時に動いていた。
二人は『ミカサ』への深海棲艦の主砲斉射に巻き込まれることはなく、今のところ無傷で洋上を駆けている。
僕は間一髪の回避に一先ずホっとする。
赤城さんたち二人が事前に艦載機のほとんどを格納していたことが大きい。
もしも『ミカサ』の撃ち漏らしを爆撃するというさっきまでのスタイルを貫いたままだったら…。
艦載機を展開仕切った空母艦娘など、身動きの取れない格好の餌な訳だから…。
『ミカサ』への深海棲艦の主砲斉射に巻き込まれて、一発轟沈していたかもしれない。
その最悪の事態をどうにか回避して、でもそれで終わりじゃない。
状況な何一つ好転せず…むしろ悪化の様相を呈していた。
敵の次の砲撃まで、『ミカサ』はほんの束の間の休息をもたらされる。
「大提督閣下、ご無事ですか!?」
「この状況は一体!?」
「『ミカサ』が…『ミカサ』が敵に囲まれている!」
各鎮守府の提督がすぐさまこの異変に反応し、大提督を含めた共同チャンネルが開かれる。
「どうやら我々は、敵に一杯喰わされたということらしい」
大提督の声は努めて冷静であろうとしていて、逆にそれが現状の緊迫感を如実に表していた。
「呉、佐世保、舞鶴鎮守府とその旗下の泊地提督は、各々個別にこの海域から撤退せよ」
「集合地点は本日出港した前線拠点とする」
「し、しかし。それでは『ミカサ』と大提督は…!?」
『ミカサ』が敵に囲まれている以上、他の鎮守府に出来ることはない。
彼らの位置からの砲撃は『ミカサ』を囲んだ敵ばかりではなく、守るべき『ミカサ』をも攻撃してしまいかねないから。
それを知ってなお、奇跡の戦艦と大提督を見捨てておけるものではない…その心情は痛いほどよく分かる。
でも。
「君たちに何か出来るかね?」
大提督の静かな問いに、一瞬だけ静寂が訪れた後。
「…舞鶴鎮守府、これより戦闘海域から離脱します」
「同じく、呉」
「佐世保も同じく」
そうして無線が切れる。
これで、仮に奇跡の戦艦『ミカサ』が沈んでも、人間側には十分な戦力が残される。
そんな昏い希望は、ただちに、陽炎の様に儚く散った。
ドン、と遠くから爆撃音が聞こえてくる。
これは―空母の爆撃機の音。
「赤城さん、加賀さん!?」
「違います、提督。私たちではありません」
加賀さんの震える声が聞こえる。
艦娘ではない空母の爆撃。そんなの…。
「大提督、我が軍先鋒の佐世保鎮守府が襲われています!」
「同じく左翼、舞鶴。深海棲艦の突撃と爆撃を受けています!」
「呉鎮守府、徐々に後退を始めました!」
佐世保艦隊を襲った敵のボスである空母ヲ級の爆撃は、深海棲艦の反攻の狼煙に違いない。
先ほどこちらが好き放題に主砲の一撃を叩き込んでいた敵深海棲艦の一団がこぞって突撃を仕掛けてきた。
統制の取れない連合艦隊は防戦一方で、これでは撤退どころではない。
『ミカサ』以外の艦隊も、いまや大混乱に陥っていた。
敵軍の本丸を突く奇襲攻撃に合わせた舞台の転進…まったく、大した下等生物だよっ。
そんな暇は無いにも関わらず、つい心中で毒づいてしまう。
艦橋のモニターはというと、淡々と死の舞踏会の様子を映し出していた。
敵深海棲艦ボスである空母ヲ級の爆撃が舞鶴鎮守府の艦隊に降り注ぎ、さらに敵水雷戦隊の大群が殺到していた。
こちらのある艦は必死に敵の突撃を躱し、ある艦は耐え切れず身動きを封じられている。
これでは轟沈艦が出るのも時間の問題だろう…。
そしてそれは他人事では無い。
「うわ」
「きゃっ」
断続的に敵の砲撃を横っ腹に受けて『ミカサ』が揺れる。
今のところ致命的な一撃を食らっている訳じゃないけれど、これじゃあ…。
「接近してくる敵には副砲にて対応。主砲なぞいらん、捨て置け!」
襲い来る敵を何とか退けようと、虚しい大提督の激が飛ぶ。
『ミカサ』が無事撤退するには、この襲い来る悪魔たちの攻撃を受け続けながら反転し、母港を目指さなければならない。
その間『ミカサ』は、この絶望という名の舞台で、死の舞踏を踊り続けなければならない。
一歩でも足を踏み外したら、その先は。
「きゃああああ!」
「赤城さん!?」
踏み外した―。
その感覚に心臓が鷲掴みにされる。
鎮守府のエースの悲鳴に、僕と五航戦の怒号が重なった。
一旦切ります。今日中にまた来ます。
今日中に来ますとかバカなこと言う奴がいるから・・・
投下して良い範囲だけ投下します
すぐさま僕は無線を繋ぐ。吐きそうになるのを何とか堪えて声を絞り出す。
今悲鳴を上げた彼女の、すぐ隣にいるであろう空母艦娘へと。
「加賀さん、何があったの?」
「提督…提督、私のせいで赤城さんが…」
既に艦橋の映像は艦娘を写しておらず、今頼んだところで無駄だろう。
ああ、こんな時キスの効果が残っていたら。艦載機の視点が使えていたら!
赤城さんからの無線は途絶えたままだから、状況は加賀さんから報告してもらうしかない。
「加賀さん、落ち着いて。まずは何があったか報告を…」
「私が、私がしっかり敵の攻撃を避けていれば…」
「ああ、これで赤城さんが沈んでしまったら、私はどうしたら」
こんなにも動揺している加賀さんは初めてだ。何とか落ち着いてもらわないと…。
「加賀さん駄目よ。提督の言うとおり落ち着いて!」
「加賀さん、今はあなたが頼りです」
五航戦の励ましも虚しくこだまするのを見て、息を吸い込む。
「ごめんなさい、赤城さん。ごめんなさい…」
「加賀っ!」
「きゃっ」
「ええ!?」
無線の向こうから呆然とした加賀さんの声が聞こえてくる。
「てい、とく?」
「落ち着いたね、加賀さん」
「なら状況を報告して。君と赤城さんを助けるために」
切り札は手中にある。戦況を一変させる手段を、僕はこれしか思いつけない。
”それ”がどこまでの成果を生んでくれるか分からないけれど。
”それ”を切るために、とにかく今は一航戦の状況を確認しなければならない。
「私が敵艦の攻撃を避けきれず被弾、小破しています」
「赤城さんは動きが鈍った私を庇うために囮になってくれて…」
「一航戦赤城、不覚を取りました」
「これじゃあ、帰ってからもご飯の前に入渠ですね」
加賀さんの無線越しに赤城さんの声が聞こえてくる。
いつもの僕をけむに巻くような冗談も、今は空々しいだけ。
「加賀さん、赤城さんの状態は?」
「…大破です」
天を仰いだ。
これからの僕の指揮次第で全てが決まる。
「”期待”させてくださいね?」
あの日の赤城さんの言葉が胸に蘇る。
あの時…辛辣な赤城さんの問いかけに、僕はこう答えたんだ。
「させるだけじゃなくって・・・応えてみせるさ」
艦橋を見渡す。いま『ミカサ』司令部は大混乱に陥っていて、僕たちの事など誰も見ていない。
独断で行動しても邪魔されることはないだろう。
そう判断して、それぞれに指示を出す。
「加賀さん、少しの間だけ自分と赤城さんを守りきって」
「瑞鶴さん、翔鶴さん。出るよ」
艦橋を出て、甲板へと続く道を歩く。
五航戦の二人が慌ててついてくるのを背後に感じながら、心中で誓う。
絶望になんか、させやしない。
期待を希望へと、変えてやるんだって。
敵の砲撃と『ミカサ』の副砲での応射が鳴り響く中、僕たちは甲板へと出た。
翔鶴さん、瑞鶴さんは黙って僕について来てくれている。
もう、自分たちがどんな命令を下されるか分かっているはずだ。
瑞鶴さんはちょっと鈍いところがあるけれど。
この状況で僕がどうするかなんて、そんなの答えは一つしかない。
「翔鶴さん」
「はい」
僕が先に指示を出すのは翔鶴さんからで、そのことを彼女も承知している。
何故なら僕が切り札として投入するのは彼女ではないからだ。
「君は先に出撃して加賀さんと合流。赤城さんの救援だ」
「お任せ下さい」
翔鶴さん、加賀さんの2隻で守りに徹すれば、そう簡単に負けることはないだろう。
これで少しの間時間を稼ぐことが可能になる。奇跡への下準備をする時間を。
「翔鶴さん…?」
「翔鶴ねえ?」
でも、翔鶴さんは僕の思ったとおりすぐに動き出しはせず、ただ目を閉じて静かにそこに立っている。
この一刻を争う状況でそうする理由。それが思い浮かばなくって、僕は首を傾げて彼女を見やる。
そうして僕と瑞鶴さんの視線を一身に受けて、翔鶴さんは僕の方に手を伸ばす。
「私にもお守り、下さい」
先ほどの一航戦の出撃を見ていたからだろう。
でも、その儀式に意味があるとは思えない。何故なら…。
「でも、翔鶴さん。翔鶴さんにはキスの効果が…」
「だから、お守りなんです」
「提督のキスがあったから、赤城さんは沈まなかったんですよ?」
真面目な彼女には似つかわしくないおどけた声に耳を奪われて。
もう僕は言葉を発することも出来ずに動いた。
差し出された手を勢いに任せて引き寄せて唇をよせる。
「んっ」
「…」
「翔鶴ねえ、提督…」
5秒か、6秒か。数えたとしたらそれくらいの、わずかな時間が流れたあと。
やや乱暴に引き寄せたさっきとは逆に、翔鶴さんの手の甲に触れた僕の唇が静かに離れた。
自分がキスされたところを一目見て、翔鶴さんが優しく微笑んだ。
「また、唇にされるかと思ってびっくりしちゃいました」
彼女には似合わない悪戯っぽい表情を浮かべて、そう呟く。
それは、覚悟を決めた僕へのエールなのだろうか?
「提督、ではお先に参ります」
「うん」
「頑張って下さいね?」
「…うん。覚悟は、決めたよ」
「瑞鶴も」
「え、わ、私!?」
「提督は覚悟を決めたそうよ?」
「頑張ってね」
「…うん」
そうやって、花の咲くような微笑みから一転。
「五航戦翔鶴、出撃します」
凛とした声でそう告げて、翔鶴さんは赤城さんを助けるべく戦場へと降りていった。
自分はずっと…物静かな、でも優しい翔鶴さんに支えられていたんだなと思う。
この人が優しく微笑んでいるだけで、どんなにか心が救われたか。
翔鶴さんが本当の”お姉ちゃん”な瑞鶴さんが羨ましいなと。
僕は戦場へと赴く彼女に、そんな思いを馳せながら見送ったのだった。
そうして、世界には二人だけが残された。
本日ここまでです。続きは明日。
・・・翔鶴をお姉ちゃんにする方法。
なおその後翔鶴ともケッコンするもよう
投下します
「提督」
『ミカサ』の甲板に残されたのは、僕とあともう一人。
その一人が、恐る恐る声をかけてきた。
「なあに、瑞鶴さん」
容赦なく響く敵の爆撃と砲撃の音を背景に、僕は固い表情で囁いた。
覚悟は決めたはず、そう思った。この非常事態に甘いことは言ってられないんだから。
僕は提督で、瑞鶴さんたち艦娘を勝利へと導くためにここにいて。
そして早く手を打たなければ連合艦隊どころか、赤城さんまで失ってしまうかもしれない。
そんな受け止め難い事実を前にしてもなお、これからすることが怖い。
「覚悟って、なに?」
ああ、でも。
震える声でそう問いかける瑞鶴さんを見つめる。
なぜ、瑞鶴さんの声は震えているんだろう。
深海棲艦の大反抗というまさかの事態にだろうか。
赤城さんを失うかもしれないという恐怖にだろうか。
それとも、先に戦場に降り立った翔鶴さんの身を案じてだろうか。
それとも、それとも…。
これからされることへの、嫌悪感からだろうか?
胸が痛む。
”それ”をしたところで、状況が劇的に変わるという確証は無い。
前に”それ”をしたときは、瑞鶴さんの爆撃レベルは赤城さんと同レベルだったし、そしてその赤城さんですら今窮地に立たされている。
絶対の勝利を約束出来ない。
でも、”それ”をしなければ。このまま手を打たなければ、僕たちは負けるだろう。
赤城さんを失い、奇跡の戦艦『ミカサ』を失い、全ての希望が絶たれるだろう。
「ねえ、提督?」
遠くから届く爆撃音とともに、一際大きい爆発音が鳴り響く。
襲われている佐世保か舞鶴の水雷戦隊が、どこかやられたなと思う。
数瞬遅れて来た爆風が、瑞鶴さんの浅葱色の髪を激しく揺らした。
瑞鶴さんは顔に掛かる自分の髪を抑えることもなく、風に吹かれながら僕を見つめている。
髪の毛と同じ綺麗な浅葱色の瞳で、ただただ僕を見つめている。
こんな状況なのに僕は…それがこの世で最も美しいものの様に思えた。
”それ”をすることによって、彼女の表情がどんなにか嫌悪に歪むのだろうか。
それとも、歳上の余裕を見せて…仕方ないと諦めた笑いを浮かべるのだろうか。
瑞鶴さんの美しさと、彼女に嫌われるかもしれない恐怖に何も答えられない僕は提督失格だ。
覚悟はしたはずなのに…。
早くしないと、赤城さんが危ない。
行け、僕。行くんだ。
でも、身体が動かない。
「覚悟っていうのは、私とキスする覚悟?」
瑞鶴さんの声に、僕はハっとする。
彼女の声はこんなにも柔らかで、優しかっただろうか?
翔鶴さんみたいな、お姉さんの様な優しさじゃない。
優しさにも種類があるんだ、なんて当たり前の事を思って。
それでも僕は、この優しさがどこから来るのか判別出来ないでいた。
でもそんな彼女の優しさに甘えてばかりはいられない。
僕は男で、しかも提督なのだから。
だからこう答える。
「違うよ、瑞鶴さん」
瑞鶴さんにキスをして、艦娘の力を覚醒させて…この緊迫した戦況を打破する。
僕たち横須賀鎮守府の者なら誰もが思い至るであろう、最後の希望。
でも、僕が決めたのは瑞鶴さんにキスする覚悟じゃない。
うん、本当に違うんだ。僕が足踏みしている場所はそこじゃない。
そこまでヤワじゃあない、舐めないで欲しい。
赤城さんを救うために、深海棲艦に勝利するために、そんな覚悟はとっくに決めているよ。
「じゃあ提督。アンタはどんな覚悟を決めたの?」
「瑞鶴さんにキスして、嫌われる覚悟さ」
洋上に爆発音が鳴り響くなか、僕は静かにそっと告げた。
瑞鶴さんが嫌がろうと、僕はみんなを救うために君にキスをする。
それが提督として正しいあり方。提督として成すべき選択なのだから。
「今から瑞鶴さんにキスをして、力を覚醒させる」
「瑞鶴さんに嫌われてでも、みんなを救うために僕はそうするんだ」
この決意が偽物でないことを伝えるために。
瑞鶴さんに僕のキスを受け入れることを覚悟させるために。
僕はもう一度、はっきりとその意思を伝えた。
ああ、これで本当に嫌われちゃったかな?
「そっか」
かたちの良い眉をピクリと動かして、瑞鶴さんが満面の笑みを浮かべる。
2歩、3歩…僕との距離を詰めて来て、僕のすぐ目の前に立つ。
今度は桜色の唇を開いて、そして―――。
「ねえ、提督。アンタってさ」
続く言葉に、目を見張った。
本日ここまでです、またしても短い投稿となってしまいました。
次回投稿は初の赤城視点からの予定です、よろしくお願いします。
第十五章 一航戦の誇り
私は結局役立たずのままなのだろうか、と赤城は思った。
自分はいま、敵味方入り乱れるこの海の上にポツンと佇んでいる。
傷だらけで回避すらも満足に出来ない身体を抱えて、情けなくも。
「翔鶴、第二波が来るわ」
「はい、加賀さん」
加賀と『ミカサ』から駆けつけた翔鶴に守られて、自分は二人の戦いをただ見ることしか出来ない。
それは加賀を庇ったための大破だとか、そういう事は言い訳にはならない。
今、こうして無様を晒して何も成せていないこの自分の、いったい何が。
「何が一航戦だと言うのでしょう」
その呟きがどんなかたちで聞こえたのだろうか。
「赤城さん、提督が何とかして下さるまで、あと少しです!」
「ええ。あの人を信じて…頑張りましょう」
自分を励ます加賀と翔鶴に力ない笑顔を返して、赤城は再び思いにふける。
一航戦の誇り。
『赤城』の名を冠した自分は、生まれながらにそれを感じてきた。
それは加賀も、そして鎮守府のどの艦娘も自分たちの名に誇りを感じている。
でも、皆と比べて自分はこれほどまでに…。
大昔のあの戦いで培った誇りをこれほどまでに意識しているのは自分だけだと、赤城は思う。
この世界に軍艦としてではなく艦娘として生まれて。
それでも自分は『赤城』として築いたあの栄光を。
刻んだあの誇りを忘れられない。
”役立たずの兵器たち”
瑞鶴なんかは、人間にどう思われようが関係無いとのんびりしていたけれど。
そう呼ばれることは自分にとって、何よりも耐え難い屈辱だった。
一航戦としての気位と今の実力。
その、埋めることができない溝から湧き出る苛立ちを赴任して来たばかりの少年にぶつけてしまったあの時の事は、未だに負い目に感じている。
だって彼は、私と話す時だけはまだ緊張して気を張っているのだから。
そんな相手に今、自分は期待している。
さしあたっては、この絶望的な状況を何とかしてくれるのは少年しかいないと。
そして、彼なら…役立たずと言われた自分たちを、想像も出来ない高みへと導いてくれるのではないかと。
「あなたは、私の期待に応えてくれるでしょうか」
動けない身体で、空を見上げる。
自分と『ミカサ』の守りに専念している以上、加賀も翔鶴も艦載機の展開は限定的な範囲に留まっているから。
今、この大空を我が物顔で駆けているのは敵空母のヲ級の艦載機だけ。
それが悔しい。この大空を駆けるのは私たち艦娘の―。
「きゃあっ」
「加賀さん、大丈夫ですか!?」
物思いは突然破られる。
突き破る様な主砲の直撃音と、加賀の悲鳴によって。
「くっ、飛行甲板に直撃…」
「やられました、艦載機発着艦困難ですっ」
「まだなの、まだ…」
重たい身体を懸命に支えて、洋上に膝を着きながらも赤城は顔を上げた。
「加賀、被害状況を説明なさい」
「赤城さん…」
翔鶴を深海棲艦の牽制に務めるように目で指示しながら、赤城は加賀に問う。
加賀に直撃したという事は、おそらく提督との通信に使う無線機も壊れたということ。
旗艦は自分だ。この戦場において、いまは自分が冷静な判断を下さなければならない。
「加賀、その様子だと大破はまぬかれたみたいだけど…」
「ええ、中破状態です。艦載機の運用はもう出来ません」
自分という荷物を抱え、翔鶴が来るまでは戦線を一人で支えてきた加賀。
艤装も精神力ももう限界に達していたのだろう。
そして翔鶴も、今度は二人を守りながら一人で戦わなくてはならない。
自分や加賀ほど練度が十分でない彼女にそれは、余りに…余りに酷だ。
思ったよりも早く”その時”が来たわね。
そう思いながら、赤城は加賀を見やる。この世界に艦娘として生まれ落ちて以来片時も離れたことのない相棒のことを。
あなたなら、私がいなくても…これから先艦娘の筆頭としてやっていけるわよねと、そう問いかけながら。
「『ミカサ』へと撤退します」
決断するということは殺すということ。
時にそれは、自分自身さえもその対象となりうる。
「なっ」
「赤城さん!?」
「加賀。中破状態ならばまだ、何とか自力で航行出来ますよね」
「動けない私が敵を引きつけている間に、早く」
3人沈むよりも、それが1人で済む方が良いという単純で冷酷な計算。
この状況で自分にはそれ以外の選択肢を思いつかなかったからこその判断。
後はこの、自分を残して行けないと言うであろう二人をどう説得するかが肝だと思っていたのに。
「いいえ、赤城さん」
加賀の意見は、自分が全く想定しえないものだった。
「私たちがここで耐えていれば、提督が必ず助けてくれます」
「そうです、もう少しなら私、頑張れますから…!」
「なっ」
この二人は最後まで提督の…少年の事を信じるつもりらしい。
期待するだけの自分と、少年を信じている彼女たちとの違い。
そして。
「でも、翔鶴一人ではもう耐えきれない…。それに瑞鶴が来たとしても勝てるとは」
「勝てます」
「ええ」
何故二人は、これほどまでの信頼を少年に置くことが出来るのだろう?
自分と二人の判断が予期せぬかたちで食い違ったことから生まれた、一瞬の迷い。
その迷いが、決定的な隙を自分たちにもたらした。
ドン、ドンという音が鳴り響いて、赤城たちの周囲に水柱が立つ。
「何!?」
「しまった、上ですっ」
「くっ…」
終わった。
気づくと、自分たちの隙を突いて敵駆逐イ級が宙へと跳ね上がり、赤城を射程に捉えている。
キィィと醜い叫びを上げながら、その主砲は真っ直ぐに赤城へと向いていて。
ああ、私はここで沈む。
それでも、感じたのは屈辱ではなくて安堵だった。
これで、守るものが無くなった加賀と翔鶴は『ミカサ』へと撤退出来る。
『ミカサ』がこの窮地を脱せるかはまだ分からないけれど、一先ず命を繋げるだろうと。
世界から音が消えた。
加賀が必死になって何かを叫ぶ声も。
翔鶴が泣きながら上げる悲鳴も。
駆逐イ級が主砲を狙い定める音も、全てが消えて。
この音のない静寂な世界の中で身体を貫かれ、自分は水底へと沈んでいくのだろう。
自分を葬るであろう敵の姿を力なくぼんやりと見上げながら、その時を待つ。
そしてまさに、敵の主砲が放たれるその刹那。
それは赤城の視界の隅から颯爽と現れて。
自分を仕留めるために主砲を放とうとしている敵の横腹をぶち抜いた。
「えっ」
ズガアアン…、と。大きな爆発とともに、世界に音が戻る。
イ級をぶち抜いた何かとは別に、自分たちを遠巻きに囲んでいた深海棲艦たちが次々に爆発し、炎上していく。
これは、いったい…?
「待たせたわね!」
そうして耳慣れた甲高い声とともに現れたのは。
「瑞鶴っ」
待ちわびた、鎮守府最年少の空母の姿だった。
本日以上です、おそらく次は土曜日の投下になるかと思います
「赤城さんに、うわっ加賀さんも。みんな大丈夫?」
「ええ。危ないところでした」
「全くあなたは…こんな場面でも騒がしいのだから」
「瑞鶴、瑞鶴~っ」
「ちょ、翔鶴ねえ。抱きつくのやめてってば!」
一先ずの窮地を脱して、空母四人は大破した赤城を囲んで話し合う。
「っと、その前に爆撃機と戦闘機回収するね」
瑞鶴が先ほど放ったのだろう艦載機たちを飛行甲板に着艦させていく。
周囲を囲んでいた深海棲艦を一瞬で葬ったのが爆撃機だとすれば…。
赤城へと迫る深海棲艦を穿ったあの一撃の正体は、瑞鶴の戦闘機だというのだろうか!?
「さっきの一撃、本当に戦闘機が?」
「うん、そうみたい」
敵の艦載機を撃墜することに特化した戦闘機が、深海棲艦の機体に突撃してその身体を貫いた…その事実に驚きを隠せない。
「そんな…嘘」
「加賀さんそれは酷いんじゃない?」
信じられないほどの艦載機運用能力を示した後になっても、瑞鶴の無邪気さは変わらない。
その事が、赤城の心を不思議と落ち着かせた。
まったく、この娘は…。
クスリと笑いながら瑞鶴に問いかける。
「それに瑞鶴。あなたその身体」
「ああ、これ。なんだろうね?」
瑞鶴の身体は今、全身から光を発して輝いている。
それは加賀の手に宿った様なぼんやりとした輝きではなく…。
「前の演習の時も、こんな?」
「いえ、確かあの時は…」
「あの時もぼんやりと全身が光ったけど、こんなにキラキラはしてなかったわ」
今や瑞鶴は、一等星もかくやと言わんばかりの眩しい輝きを放っている。
その輝きの強さはどうやら、先ほどの驚異的な攻撃力とも関係がありそうで。
何故、前回の瑞鶴や加賀へのキスではこの輝きが出なかったのか。
逆に言えば、何故今瑞鶴はこんなにも輝いているのか?
「ああ、なる程」
上気した瑞鶴さの頬の原因は、何もここに駆けつけるために急いでいただけではない。
晴れやかな瑞鶴の表情を落ち着いて観察してみると、それが良く分かった。
その証拠に、赤城が言葉を発すると瑞鶴がビクリと背筋を直す。
あらやだ、そんなに意地悪に聞こえたかしらと思いながら、赤城はやはり意地悪をすることにする。
「キスの効果って、やはり凄いのね。瑞鶴」
「え、ええ。そうでしょう、赤城さん」
「いったいどこにキスされたのかしら?」
自分の唇に人差し指を立てながら、赤城は満面の笑みで瑞鶴に問う。
それだけで瑞鶴は顔を赤くして押し黙ってしまったから、まったくこの娘は分かりやすい。
そうして横に目をやると、今度は隣にいる加賀が、そわそわと落ち着きなく瑞鶴の事を見やっている。
表情の色彩は乏しいのに、同じくこちらもなんて…なんて分かりやすいのだろう?
「ねえ、加賀。あなたと瑞鶴の輝きが違うのは何故かしら?」
「えっ、さ、さあ。分かりません」
「あ、赤城さんそれ以上は…」
翔鶴が引きつった笑いを浮かべながら窘めてくるけれど、あとちょっとだけ。
加賀の耳元で一言だけ囁いたらもう満足するから、待ってくださいね。
「加賀が輝くようになるには、もうひと押し必要なのかしら?」
「あ、赤城さんっ」
「ふふ、ごめんなさい」
苦笑いする翔鶴と、首を傾げる瑞鶴を見てもう一度クスリと笑う。
そうして束の間の休息に心を落ち着かせて。
「もう、そんな話ばかりして…じゃ、私はもう行くよ?」
「赤城さんと加賀さんは『ミカサ』まで退避してね。翔鶴ねえは…」
「このあたりの残党を退治してちょうだい」
「え、でも瑞鶴」
「翔鶴一人でそれは厳しいのではないかしら」
もう、何をされても驚かないと決めたのに。
シャラン、と艤装の弓を取り出して、瑞鶴は放てる限りの爆撃機と雷撃機を放つ。
『ミカサ』を取り囲む無数の深海棲艦たち向かって、艦載機が飛んでいって、そして。
ガガガガガガガ、と連続した大きな音を立てながら…。
あるモノは爆撃機の爆弾に、あるモノは雷撃機の魚雷に打ち抜かれ爆発、次々に炎上していく。
信じられない程の攻撃を放った空母の少女は、赤城たちを振り返って得意げに言う。
「これで、どう?」
あまりの事に3人の空母艦娘は言葉も無かった。
行ってくるわ、と赤城たちに語りかけて、瑞鶴は洋上を駆けていく。空母ヲ級のもとへ。
輝きを纏いながら敵のボスを目指して走る姿はまるで、闇夜に流れる星のような美しさだった。
そんな光景をぼんやりと見つめて、赤城は思う。
「提督、私の期待に見事、応えて頂きましたね」
「赤城さん、そろそろ」
加賀が『ミカサ』への退避を促してくる。
大破状態の自分より、彼女の方が落ち着きがないのはどうしたことだろうか。
「さあ、早く」
名残を惜しむように、もう既に遠くにある瑞鶴の輝きを見つめる。
あの輝きが自分の中の提督への”期待”を、別の何かに変えてしまったと。
そう赤城は感じる。
それは瑞鶴や加賀が少年に対して抱いている想いではなく。
翔鶴が瑞鶴を思うのと同じように注いでいる思いではなく。
信頼ということばでは軽すぎる。
もっと別の、信仰にも似た特別な何かがいま、自分の中で芽生えつつある。
自分の持つ全てをあの少年のために使おう。彼に従うことこそが、一航戦の誇りなのだと…。
『ミカサ』を見上げて、そこにいるであろう彼の姿を想像して、赤城は思う。
「提督、あなたにならば私、どんな事をされても構いません」
たとえこの命を捧げることになったとしても、自分は躊躇うことなくそうするだろう。
彼が沈めと命じるのなら、一瞬の迷いもなく自分は…。
「赤城さん、何か言いましたか?」
「ええ、加賀。もっと頑張らないといけないわね、ってね」
「それは、そうですが…?」
怪訝な顔で自分を見つめる加賀に向けて放つ。
「でないと、誰かに提督を取られてしまうわよ?」
「そんな、私はっ」
「じゃあ私も立候補してしまおうかしら」
あなたの抱く想いとは違うけれど、という言葉は伏せたまま。
真っ赤になった加賀に曳航されながら、赤城は晴れやかな表情を浮かべて『ミカサ』へと帰還した。
やっとここまで来ました、あと少し、あと少し・・・
書けたらまた来ます
赤城はカラっとしたお姉さん、ギャグ要員、生真面目、悟らせない影を抱えたシリアス、どんなキャラでも似合うと思います。
器用そうに見えて実は加賀よりも不器用かもしれませんね。好きです。
では投下していきます。
最終章 キスから始まる提督業!
大海原を駆ける一陣の風となりながら、私は呟いた。
「何でも出来る」
私の中に渦巻くありとあらゆる感情がごっちゃになって、それが凄まじい爆発となって燃え上がっていく。
その燃え上がったエネルギーが白銀の輝きとなって、私の身体を輝かせているのが分かる。
シャランと、広げた手の中に兵装である弓矢を取り出だす。
こちらも今の私の身体と同じく、白い光に包まれていた。
艦娘の力の覚醒、それをしっかりと肌で認識しながらボスへの路を塞ぐ敵を爆撃で吹き飛ばしていく。
「何でも出来る!」
今度はさっきよりも大きな声で、世界中の誰にも聞こえるように、その思いを叫ぶ。
いま、この世界で。
舞台の真ん中に立っているのは私なんだ!
(ちょっと、瑞鶴さん。油断しないでよ?)
「え、ちょ…ちょっと、何!?」
頭の中で何かの声がする。聞き慣れた、でもこの世で最も緊張する声が。
それが誰の声かは、考える間もなくすぐに分かったけれど。
その声が直接、私の中に響くってことは…。
あれ、これってまさか…まさか、艦載機とじゃなくって。
「私と繋がってる!?」
(うん、そうみたい)
艦載機の視点を共有して、提督が自分に指示を出す。
そういう事が自分と加賀には出来ていたけれども…。
まさか”自分と”意識を共有することになるなんて、私は夢にも思わなかった。
自分が見たものを、離れたところにいながら少年も見ることが出来る。
と、いうことは…もしかして。
(ねえ、瑞鶴さん)
「なあに、提督」
(これで僕も一緒に戦えるね)
「うん」
ああ、やっぱり。
そうだ、彼が見ていてくれる。
私の戦いを、彼が見守っていてくれる。
そう思うだけで私は、どんな強い相手にも、誰にだって負けない気がしてきた。
あれ、でも…ちょっと待って。
こうやって意識を共有するには、例のあの行為が必要で。
しかもそれは、手の甲にとかそんな生易しいものじゃなかったはずで。
「ま、まさかキミ、毎回出撃するたびに私と!?」
(わー、違う違う。そんなやましい事考えてないから!)
いやらしいのは駄目。もちろん駄目なんだけれども!
でも、そんな風に否定されるのは面白くないから…私はこう言ってやった。
「私との…は、やましいことなんだ?」
(いやあの、そうじゃなくて。出来きるのは嬉しいというか、でも毎回するのは恥ずかしいというか)
戸惑っている少年の顔を思い浮かべたら、何だか嬉しくて。
だから私は、そっとこう呟いた。
「別に私は毎回でも良いけど?」
(え、今なんて言ったの?)
「な、何でもない!キミには関係の無いこと!」
聞こえないように言ったんだから流しなさいよ、まったく。
キミはそういう女心、まったく分かっていないんだから!
(瑞鶴さん、敵が集まってきた)
「ああもう、どうしてキミはそう真面目なのかなあ!?」
これから先何回、私はキミの鈍感さに振り回されるんだろう?
そんな、戦場には似つかわしくない想いを抱きながら、私は思考を切り替える。
弓を番えて解き放つ、流れるような動作のあと。
瞬間、次々と爆発が重なって邪魔をする雑魚たちを蹴散らして。
そうして、キミと私は再びこの海を駆ける風になっていくんだ。
進撃を邪魔する敵の姿が途絶えてしばらくしたあと。
少しだけ心を落ち着かせて。それにしても、と私は思い出す。
「キミは結局、ヘタレだったねー」
(う、それを言われると…)
でも、私は…そんなキミだから。そんなキミのことを。
好きになったんだ。
少し前の、戦艦『ミカサ』の甲板での出来事を思い出しながら。
戦場を駆ける風は、吹き止むことを知らずに。
それどころか、どんどん強くなって行く。
今日は最終章序文までです。最後まで、どうぞよろしくお願いいたします。
*冒頭の「なんでもできる」と叫ぶ瑞鶴のシーンはとあるラノベの一節をリスペクトして。
ラノベ好きなら知らない人はいないと断言出来る名作で、私の中では十指に入るほど好きな作品。
これだけでわかる人がいたら相当なファンかと。次の投下でチラっと紹介しようかな、それでは。
炎髪灼眼ですねわかります
やはり通には分かるんだなという思いと驚きが半々。>>899の指摘通りリスペクトしたラノベは「灼眼のシャナ」です。
語らせると長いのでやめますがラノベは好きだけど未読という方がいれば是非どうぞ、ハマること間違いなしです。
では投下していきます。
戦乱の渦中にある『ミカサ』の甲板で、僕は目の前の彼女に宣言した。
瑞鶴さんにキスをして、嫌われる覚悟があるってことをだ。
「ねえ、提督。アンタってさ」
瑞鶴さんの次の言葉を聞くのが怖くなって、僕は目を瞑る。
最低だとか、嫌いだとか…そういう事を言われるのだろうな、と思ったから。
ズキン、と胸が痛む。そんな痛みを無視するべく、僕は思考の檻に閉じこもった。
いや、それでも良い。それで良いんだ。
みんなを救うために、僕は瑞鶴さんに嫌われてでもキスをしなければならないんだから。
そういう覚悟を決めたんだからって、自分に言い訳して。
そしてそんな僕の陳腐な覚悟は。
瑞鶴さんにあっさりと打ち砕かれる。
「いてっ」
ペチンっと、瑞鶴さんの手が僕の両頬を合掌する様に叩いて、小気味よい音が響いて。
そして…。
「ばっかじゃないの!?」
「へ?」
あの甲高い声で、いつもみたいに罵られた。
「そんなので私がアンタを嫌うわけないじゃない!」
着任してきてから色々あったゴタゴタを、一気に帳消しにしてしまうようなその一言。
その一言に僕は戸惑うばかりで…まともな反応を返せなかった。
えっ、だって。僕は瑞鶴さんに嫌われると思ったから。僕とのキスを嫌がると思ったから。
「だって、だって。瑞鶴さんは…僕とのキス、嫌なんでしょ?」
口から出てきたのは、そんな情けない問いかけ。
僕の肩に瑞鶴さんの両腕が掛かる。
思いもしない瑞鶴さんの反応に僕は棒立ちとなって、ただただ彼女の動きを受け入れるだけだった。
首の後ろまでまわされた瑞鶴さんの腕に、そっと抱き寄せられて。
僕よりも頭一つ背の高い彼女の顔も、それに釣られて近づいてくる。
そして耳元で、優しく囁かれる。
「嫌なわけ、ないよ…」
これまで僕は瑞鶴さんの色々な声を聞いてきた。
初めて出会って…キスしてしまった時の怒った声。加賀さんと喧嘩する声。
照れて上ずった声、爆撃が成功して喜ぶ声、失敗して拗ねる声。
昨日僕を慰めてくれた優しい声。色々な声を聞いてきた。
「嫌なわけ、ないじゃない」
でも、今聞いた声は。
泣きそうで震えて、それでも言わなくちゃって、伝えなくちゃって一生懸命絞り出してくれたこの声は。
それまで僕が聞いた瑞鶴さんのどんな声とも違った、特別な声なんだと思った。
僕に向けられた、僕ための、僕だけの。
「ねえ、アンタは…どうだったの?」
震えている。声も、僕の肩を抱く両腕も震えている。
それでも瑞鶴さんは僕に問いかける。真正面から僕に向き合ってくれている。
「嫌じゃなかったよ」
だから、僕も正直に答えなくちゃいけない。
嫌じゃなかった。嫌なわけがなかったよ、って。
「ね、ねえ。じゃあさ」
「うん…」
視線が重なる。
桜色の唇から放たれたのは…。
「キスしよっか」
そんな、不器用な問いかけ。
一先ずここまで
ボーイ・ミーツ・ガールも幼馴染もこなせる、それが瑞鶴のすごいところ
幼馴染キャラで好きなのって考えてみたら一人か二人くらいでした
では投下していきます
真っ直ぐに僕を見据えて、これ以上ないくらいに顔を真っ赤にして。
瞳はもう泣きそうなくらいに濡れている瑞鶴さんの不器用な言葉に、僕は。
「う、うん」
情けないことに、まだ頭が上手く働かなくって。
彼女の問いかけと同じくらい…いや、それ以上に不器用なことばしか返せなかった。
一度、瑞鶴さんの腕の力が緩まる。
お互いの準備のために少しだけ距離が空いて。
「じゃ、じゃあ、行くわよ」
「ず、瑞鶴さん…?」
こういうのは歳上の役目だからとか、そんな様な事を早口に喋って。
少しずつ、少しずつ瑞鶴さんが紅潮した顔を僕の方へ近づけてくる。
ドクンドクンと心臓が脈打つ。緊張のせいで身体がこわばって、僕は目を閉じることもできずに瑞鶴さんを見つめる。
でも緊張しているのは瑞鶴さんも同じようで、彼女もまた目を閉じずに僕を見つめていた。
お互いに唇は固く、きゅっと引き結んでいて。
頭一つ背の低い僕に合わせるために、少しだけ俯きがちに瑞鶴さんが迫る。
ああ、これじゃあ全然だめだ。
いつか、事故じゃなくって女の子とキスする時はって考えていた理想とは全然違う。
こんなに緊張して、固まって身体は動けずに。
目の前の、とびきり美しい少女から逃れることは出来なくて。
そしてこんなに、こんなに熱い思いをすることになるなんて…。
お互いの唇が触れ合うまであと二歩…いや、一歩の距離。
これが触れ合ったら、僕のこの熱も、身体の強張りも、僕を突き動かすこの思いまでも…。
全てが瑞鶴さんに伝わってしまう気がして、急に怖くなった。
僕と同じことを瑞鶴さんも思ったのだろうか?
ふいに彼女の接近も止まって、僕たちはあと一歩の距離のところで硬直する。
その事に僕は何だか無性にホっとして。
あと一歩が来るのはもう少しだけ後のことだと、勝手に油断した。
緊張を誤魔化すために僕は口を開こうとして、そして。
「ねえ、瑞鶴さっ!?」
「んっ」
そして、唇を奪われた。
唐突に、二人の距離は、零になった。
思えば、これが僕にとっての初めてのキスになるのかもしれない。
事故でもなく、勘違いでもなく、そして艦娘の力を覚醒させるための作業でもなく。
お互いがお互いを求め、望む…誓いの儀式としてのその行為は。
啄む様な拙いそれは、時間にしてみればほんの一、二秒の事だったけれども。
僕はいまこの瞬間のこの出来事を、一生忘れないだろうなと思った。
ぽう、っという…うす靄のかかった鈍い輝きが瑞鶴さんの身体に起こる。
これは鎮守府の演習場で、次々と爆撃を成功させた時に見たのと同じ輝きだ。
良かった、これで覚醒が成功した。この力がどこまで通用するかは賭けだけれども。
「えへへ、どうだ。まいったか」
「ず、瑞鶴さんっ」
まだ頬は染めながら…。
でも悪戯が成功した子供みたいな笑みを浮かべて、瑞鶴さんが言った。
「もう、アンタは鈍いんだから。私が嫌がってない事くらい気づきなさいよね!」
まったく…身勝手にも彼女は、成功した途端にそんな事を言い始める。
こ、この人はっ!どれだけ自分の言動が僕を不安にさせたか、ホントにわかってるんだろうか!?
「元はといえば瑞鶴さんが僕を避けたのが原因だと思うけど?」
「え…あ、うぅ。あれは恥ずかしくて勢いで言っちゃったというか」
半眼で軽く睨みながら言うと、さっきの勢いは何処へやら。
それでも何か思うところがあったのか、ぷくっと頬を膨らませて。
瑞鶴さんはとても歳上とは思えない拗ねた表情を浮かべだした。
「で、でも、それを言うならアンタだって。私となんかキスしたくなかったって」
「ええ、僕がそんな事言う訳ないじゃないかっ!?」
僕の反論に、でも瑞鶴さんは小さな子供みたいに呟く。
「…言ったもん」
本当に覚えがない。
瑞鶴さんと衝突した事は何回もあるけれど、そんな心にも無いことを言ったことがあるだろうか?
「そんな事、いつ?」
「…一番最初の、喧嘩のとき」
一番最初の…?
喧嘩…?
「あっ!」
―あれは事故じゃないか、僕だって君とキスしたかったワケじゃないからね!?
―どうせキスするんなら、乱暴な君じゃなく女の子らしい翔鶴さんの方がよかったね!
それは、本当に最初の最初。
出会い頭に起こった事件に対する、売り言葉に買い言葉。
「そんな昔の事を…?」
「昔じゃないもん」
「気にしてたの?」
「…うん」
そんなのをずっと、ずっと気にしていただなんて。
目に涙を溜めて俯く彼女は今、もうただの歳上のお姉さんになんて見えなかった。
その子供みたいな姿がなんだか、僕にはとても可愛く見えてしまって。
だから。
「もう一度、キスしようか」
そう言ってやった。
「え、何言って―」
「僕も瑞鶴さんとキスがしたい」
そう言って。
今度は僕が、自分の意思で、瑞鶴さんの唇を奪った。
「んっ…んん!?」
さっきは一瞬の触れ合いだったから分からなかったけれど、今度は。
唇に、温かい感触が広がっていく。
それは出会った頃の彼女から感じた熱よりも、ずっとずっと熱くて。
僕は動くこともせずに、炎のようなその熱を味わっていた。
瑞鶴さんの夕焼けが、頬から顔全体に広がっていくのを見つめる。
「ちょ、ちょっと。ねえ…んっ!?」
怖気づいたのか逃げようとする瑞鶴さんの手をとって、華奢な身体を抱きしめる。
歳上で、僕よりも少しだけ背が高くて…だからこうやって肩を抱くには背伸びするしかなくて。
それでもいま、目の前の女の子を大切に包み込みたい。
いや、違うかな。なんだろう、この気持ちは。初めて抱くこの気持ちは…?
「…ぷはっ」
「あっ」
息が苦しくなって、ようやく僕は瑞鶴さんを解放する。
身体の方は抱きしめたまま、唇だけ。
「ば、バカ!」
彼女の荒い息遣いを自分の顔に感じながら、瑞鶴さんの瞳を見つめる。
泣きそうで、でもそれは僕とのキスが嫌だったからじゃないのを確信して。
「これで、信じてくれる?」
「瑞鶴さんとのキスが嫌じゃないってこと」
「バカ…」
そうやって仲直り出来て、僕の気持ちを伝えることが出来て…。
だからちょっと、僕はいつもより正直になりすぎてしまったのかもしれない。
「あの日、キスしてしまったのが瑞鶴さんで良かった」
言ってしまってから、ストンとその言葉が自分の心の底に落ちていく。
ああ、そうだ。僕は瑞鶴さんで良かったと思ったんだって。
そしてそれは、瑞鶴さんも。
僕の雰囲気に呑まれたのか、彼女もまた、いつもより正直になっていたみたいだ。
「私も…」
「えっ?」
「私も、初めてが…アンタで良かったと思う」
お互いがお互いを見つめて―おそらくその瞬間、僕たちは同じことを思った。
“あの時”が瑞鶴さんで良かったと、僕は確かに思った。
じゃあ…、じゃあ”今”は、お互いどういう気持ちでキスをしたんだろう、って。
「ねえ」
探るように、僕の耳元で瑞鶴さんが囁く。
「なんで、私とキスしたの?」
その、あまりにも真っ直ぐな問いかけに対しての答えは。
艦娘の力の覚醒のため。
それが、答えのはずだ。
そのために僕は、瑞鶴さんに嫌われる覚悟を決めたのだから。
でも、今改めてそれを問われると…さっきとは全く別の答えが僕の中に浮かんでくる。
キスする覚悟は決めていた。それは間違いない。
だけど、その裏側に隠された想いまでも伝える覚悟は持ち合わせていなくって。
「そ、その。瑞鶴さんが可愛い女の子だから…かな?」
僕の真意には一歩遠い、そしてそれ故にとても的外れなことを、僕は口にした。
それは僕が言おうとした答えでも、瑞鶴さんが望んだ答えでもない。
僕のその、情けない言葉を聞いて。
仕方ないなと苦笑して、瑞鶴さんが続ける。
「相手が可愛かったら、誰とでもするんだ?」
「そ、そんな事は…」
「ヘタレ」
…容赦のない評価に言葉も無いです。
「ううん、今はそれで許したげる」
恋人の距離から、提督と艦娘への距離へ。
後ろ手に腕を組んで一歩下がって、瑞鶴さんが今度こそ完璧に微笑んで。
そうして僕たちは、二人だけの世界から帰ってきた。
「これは…」
「うわっ、何なんなのこれ!?」
異変は、突然に起こった。
さっきまで瑞鶴さんの全身を包んでいた鈍い輝きは今、眩しいほどの光となって僕たちを驚かせたんだ。
遅ればせながら僕の思考も提督のものへと切り替わる。
何故だかは分からないけれど…瑞鶴さんに宿っている輝きは、今までの彼女のものとも加賀さんのものとも格段に違う。
ぼやけた鈍い輝きでもあれだけの力を引き出すことができたのだから、これだけ眩しい輝きを誇っているのなら…?
「行かなきゃ」
「うん」
まずは『ミカサ』周辺で助けを待っている赤城さんたちを救援。
それが上手くいったら、敵のボスを叩くために進撃する。
その時に艦載機を放って視点を共有、無線で会話しながら僕の指揮下に入ってもらう。
伝えるまでもない命令を伝えて、僕たちは最後の作戦行動に移っていく。
「五航戦瑞鶴、出撃しますっ。待っててみんなっ!」
「行ってらっしゃい」
まだその輝きの成果を試したわけでもないのに。
何故だか僕は、根拠もなくこの戦いの勝利を確信して瑞鶴さんを見送った。
本日ここまで、やっと出撃しました
ラノベを気取っているので夜戦は・・・(エロが書けないだけとも言う)
次スレへ持ち込んだ経験がないので勝手がイマイチ分かりませんが、区切りが良いので次の投下から次スレにしようかと思います。
スレ立てしたら誘導します、よろしくお願いします。
【艦これ】キスから始まる提督業! ①巻下【ラノベSS】
【艦これ】キスから始まる提督業! ①巻下【ラノベSS】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1435842407/)
次スレです、よろしくお願いします。
まさかスレを跨ぐとは思いませんでした!
では、あと少しお付き合い頂けたら幸いです。
このSSまとめへのコメント
sage
乙乙
早く帰ってきて