【艦これ】叢雲「私のバレンタイン・デイ」 (142)

艦これの叢雲主役のSSになります。
投稿初心者ですので、何か問題がありましたらご指導お願いします。
既に書き溜めておりますので順次投下していきたいと思います。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1423917520

「沈みなさい!」
九三式水中聴音機、ソナーによってあたりを付けた位置に爆雷―――こちらは九四式―――を投下する。相乗効果を発揮した対潜攻撃は思った通りの成果を上げたようで、水底の敵の気配は沈黙した。おそらくは敵殲滅、S勝利評価である。

「どう考えても、暁の活躍が一番よね!」
「ハラショー」

静けさを取り戻した海の上を、一隻の駆逐艦娘がいささか危なげな足さばきで滑走して私の横に着けた。遅れてもう一隻、姉を庇う様に後ろから付いてくる艦娘の姿を確認する。ああ、この様子じゃ暁の方は小破しているわねなんてことを考えながら、私は答えた。

「まだ油断するのは早いわ、付近を警戒しながら帰投するわよ。」
「もう、叢雲は心配性なんだから」

下手に損害具合を指摘すると、へっちゃらだし、とか言いながら無理をしかねない。暁は特III型駆逐艦のネームシップだからか、空元気を張って無理をしてしまうことが多いのだ。
「さあ、陣形は複縦陣。暁と響が先頭、それともお子様には出来ないかしらね?」
「何よ、お子様呼ばわりしないでよね。暁だって先頭を努めるくらいできるんだから」
「ハラショー」
すぐムキになるところがお子様、何て思いつつもそれは口には出さない。暁と響が自分の持ち場に向かい始めた。二人共まだ幼いが、戦闘センスは目を見張るものがある。特に響は並みの駆逐艦にはない何かを感じさせる時があった。

「叢雲、暁と響の様子はどう?」
「暁小破、響は無傷よ」
「へえ、流石ね」
旗艦の夕張が声をかけてくる。最近開発したソナーと爆雷を搭載しまくっているため、彼女の足は遅い。そのため、私と夕張とで複縦陣の中央を形成して、全体の速度を調節していた。後ろの二人状態は夕張がチェックしていたため、聞いてみることにする。
「雷と電の調子はどうかしら?」
「二人共中破直前、でも航行に問題は無いわ。帰ったら即、入渠させないとだけどね」

「電、そんなんじゃ駄目よ。もっと速度を上げないと~!」
「はわわ、雷、置いていかないで欲しいのです」

後ろの二人の微笑ましいやりとりを見ていると、夕張が呟いた。
「増えたわね、敵」
「うん」
ショートランド泊地は深海棲艦との戦いの最前線だ。普段から敵の数は多い。だけど。
「こんな近海まで潜水艦が出るなんて、今まで無かったわ」
「大本営の指示は正しかったようね」

近く、トラック泊地を深海棲艦が強襲してくる。トラック泊地と近隣のラバウル、リンガ、ショートランド泊地は共同してこれを迎撃後、反攻に転じるべし。

「全く、口で言うのは簡単なモノよね。結局通常任務はこれまで通り、加えて迎撃に使う資材なんかはほとんどこっち持ちじゃないの。大本営が聞いて呆れるわ」
「おーおー、初期艦かつ現役秘書艦さまが言うと重みが違いますなあ」
「なんですって!?」
夕張の茶化しに睨みを入れたものの、余裕で流された。彼女とは泊地の中でも仲が良い方で、こうした会話は日常茶飯事である。
「私はただ、資材のやりくりが大変だなあと思ってるだけよ、その目は何!?」
「心配してるのは資材じゃなくて、提督の方でしょう。しょ・き・か・ん・さ・ま?」
「・・・酸素魚雷を喰らわせるわよっ!」
今背負っているのが対潜装備なのが悔やまれる。
南方海域といえど海上は寒いはずなのに、カア、っと私は自分の顔が熱くなるのを感じる。

「べ、別に初期艦だからとか、そんなの関係ないし。アイツの心配なんかこれっぽっちもしてないわ。
私はただ資材が足りなくなって作戦が失敗したりしないか。それだけが心配なのよ、それだけだからね!?」
「はーい、デレ雲頂きました~!」
「デ、デレてないし!デレ雲なんて言ってるのアンタだけだからね!やめなさいよ!」
相変わらずこの手の話題になると分が悪い。昔からお互いを知っている夕張相手だと特にバレバレだ。
アイツの心配をしていることは嘘じゃない。本当のことなんだから。

「ちょっとお、叢雲、夕張。遅いじゃないの~!」
「ハラショー」
前方から暁、響の声が聞こえる。夕張とのお喋りのせいで速度が落ちていたらしい。
「あら、ごめんなさい。遅れた分を取り戻しましょう。雷、電も速度を上げるわよ!」
「分かったわ」
「なのです!」
元気の良い後ろの駆逐艦たちとは裏腹に、隣の相棒は青い顔をしている。
「え、ちょ、叢雲さん、私今日は装備ガンガン載せちゃって重いんだけど・・・」
「いつものことでしょう。データ取りたいなんて言って、余分なモノ載せる方が悪いわ。
全艦、両舷全速。神速で泊地に帰投するわ!」
「いやだから、私が一番遅いって・・・お、置いてかないでよぉ!」
初期艦を怒らせると怖いのだ。思い知ったか。

「作戦完了、艦隊が帰投しました。つ、疲れた~~~」
「何よ、旗艦がだらしないわね。6躯の子達を見なさい。即効で風呂に走ってったわ」
陸に足を付けると同時に夕張がへたり込む。
それにしても駆逐たちのあのはしゃぎよう、当分暁はお子様のままね。
「しょうがないじゃない、装備が重いんだもん、装備が」
「はいはい、アンタはさっき取ったデータの検証したいんでしょう。
アイツへの報告は私がやっておいてあげるわ」
「ありがと~。もうギブ。ギブの大号令・・・」
もはや私をからかう元気も無いようなので、手を振って夕張と別れる。
好きなゲームの台詞を口走るあたり、まあまだ大丈夫だろう。

文章量が多すぎってことなのかな
1レスの中に文章入れすぎってことかな、注意しながらやります!

この時間だと、まだアイツは執務室にいるだろう。
私たちが出撃から無事帰ったか分かるまでは、内心オロオロしながら書類に目を通しているに違いない。
初期艦の私と初めて任務をこなしたあの頃からちっとも変わっていない。

まあ、近頃はその内心を態度に出すことはなくなっただけ進歩していると言えなくもないか。
現に最近着任したばかりの艦娘の仲には「ここの司令官は落ち着きがあって格好いい」なんてコロっと騙される子もいる。

私の目からすれば、アイツが動揺を押し隠しているのなんて一目瞭然だけれど。

ヘーイ、叢雲。出撃は終わりましたカー!?」
なんてことを考えながら歩いていると、後ろから陽気な声がかけられた。

「ええ、そっちは演習帰り?金剛。お疲れ様ね」
「ハイ、S勝利のMVPダヨー!後でテートクに褒めて貰うデース!」

相変わらずこの戦艦はテンションが高い。金剛は私ほどではないけれど、
アイツの指揮下に入った最初の戦艦で付き合いは長い。

「ワタシのburning love 、絶好調だヨー!これでテートクのハートも頂きネ」
「はいはい、相変わらず元気ねえ」

泊地のエースだというのに、この親しみやすさ。この底抜けに明るい金剛のことが私は好きだ。
・・・もちろんアイツもだろう。大規模な作戦では戦艦や正規空母が総旗艦となるものだが、
次のトラック泊地での旗艦もやはり、今までどおり金剛となるだろう。

火力だけ見れば大和、威厳なら長門や加賀がふさわしいのだろう。でも。
私が、私や泊地のみんなの命を預けてもいいと一番に思えるのは、やはり金剛だろうと思う。

それはアイツと私が二人っきりで、初めての大規模作戦の艦隊編成を夜通し考えた頃からずっと、変わらない信頼だった。

「おっと、今回は皮算用じゃあないデスよー??」
「難しい言葉知ってるわね、帰国子女」

ふふふん、と得意げに鼻息を荒くする金剛。なんだか球磨に似てる。
「実はワタシ、今回の勝利で練度が98になったのデス!」

ついに来た。来てしまった、と思った。

ケッコンカッコカリ。
大本営が巫山戯てつけた、ネーミングセンスの欠片もないその制度。
練度は通常、1から始まり最高99で打ち止めとなる。
練度99となった艦娘が提督から妖精さん開発の特殊な指輪を渡されると、そのキャップが開放されるのだ。

98までの練度は、戦場での戦果によって反映される。
すなわち、火力が高い戦艦等に極めて有利な制度で不公平だと私は思う。

・・・あくまで、正当な評価を下すためにだけど。
初期艦である私が真っ先に練度が上がらないから拗ねているわけではない、断じて。

この制度がケッコンカッコカリと呼ばれる所以は、98から99への到達が難しいからだ。

練度98から99への上昇は、単なる敵の撃墜数では認められない。
旗艦としての艦隊指揮能力、秘書官としての鎮守府の運営能力、
遠征や演習などの実績、様々な要素が評価されるため単なる火力の優劣では上がらない。

加えて、最も重要なのが提督からの信頼である。
実績があっても提督から指輪を貰えなければ結局練度は99のまま、打ち止め。
提督の絶大な信頼を得、心の支えとなった証なのだ、レベルキャップ開放制度は。

それはもはや単なる上官と部下ではなく、伴侶と呼ぶに相応しい。
深海棲艦との戦いが終わったら、本当の夫婦になれるほどの心の繋がり。

だからこそ、この制度はケッコンカッコカリと呼ばれるのだ。馬鹿らしい。

「おめでとう、でも先はまだ長いわよ?」


だから、私は金剛にそう言った。
少し声が震えていたかもしれないけど、祝福の言葉を口にすることが出来た。


だってまだ、金剛とアイツが本当にケッコンするわけではないのだから・・・『まだ』・・・?
そう意識して、私の胸がキュン、と悲鳴を上げた。


「oh,分かってマース。ケッコンはまだまだ待つことになると思いマス。
でもこれからガンガン頑張っちゃうヨー!叢雲もFlow me !ついてきて下さいネー!?」
「ま、せいぜい頑張りなさい。さしあたっては次のトラック泊地防衛作戦かしらね」


耐えられなくなる前に、私は話題を逸らした。それに精一杯だったので、
金剛のらしくない台詞に違和感は覚えなかった。

「イベントですねー。ファイトデース!」

「大規模作戦をイベントっていうのやめなさい。
大本営の奴らが、敵の襲ってこない内地で能天気に使う言葉なんだから」

「叢雲は手厳しいデース。もっと余裕を持たないと。そんなんじゃ額に小じわが付いちゃいマスヨー!?」

「艦齢はアンタより若いから、まだ大丈夫よ」

「ちょっと、それどう言う意味デスカー!?」


本当に、金剛との会話は楽しい。
アイツとのケッコンという、穏やかじゃない話を持ってこられてさえ。


明るく、頼りになって、しかも魅力的な女の子。
だからアイツが金剛とケッコンしたいと思っても当然かも知れない。

私の練度は87。駆逐艦では1番高いけど、戦艦や空母たちには練度90代が何人もいる。

あれ、冬イベって中規模じゃん・・・今思い出したわ
まあ、普段と違う任務=大規模作戦ってことで

別に本当に結婚する訳じゃないし、申請すれば指輪なんて何個も手に入る。
だから、一番先にケッコンするのが初期艦(わたし)じゃなくても、全然気にすることじゃないのだ。


「そう言えば、叢雲。今年はどうするつもりデスカー?」


今度は金剛の方から話題を振ってきた。・・・今年は?
意味がわからないで首をかしげていると


「まさか、何も考えていなかったデスカ!?何してるデース!」

「いや、だから何がよ。さっぱり思い付かないんだけど」


金剛は信じられない、という表情で(というより、大げさな身振り手振りで)

「Happy-Valentine デース!みんなその話題で持ちきりデス!」

なんて言う。

ああ。と私は大した感慨もなくその言葉を受け止めた。
女の子がその、すすす、好きな男の子にチョコを贈る日。

去年は、泊地の艦娘一同ということで、わたしと金剛が代表してアイツに贈った。


別に私は、アイツのことを何とも思っちゃいないんだけど。そこは上司と部下。
何もないのも今後の仕事に差し障るかもしれないということで、仕方なくくれてやったのだ。


肝心のブツを渡すときにアイツが「叢雲が俺に!?」とありえない勘違いをしたので、
持っていたチョコを思わず投げつけてしまったのは消し去りたい過去だ。

「2月14日よね。大規模作戦中かもしれないから、今年は中止だと思ってたけれど」


もちろん、我らが提督様が優秀な手腕を発揮なさればその前に終わるかもしれないが。


「だから、今回はみんな個人的に贈るのだと思いマース。
テートクもスミに置けないデース。もっと真ん中に置くべきデスね!」

「その日本語の使い方は多分間違っているわ、帰国子女・・・」

「それにしても、個人的にって言うんじゃどうでも良いじゃない。
アイツも今年はチョコゼロだなんて、少し可愛そうだけれど」


作戦が終わった後、慰めてやっても良いかもしれない。
初期艦の誼で、あくまで初期艦の誼として、チョコをあげてやらないでも無いんじゃないか。


「少なくとも、何人かは用意しているみたいデスヨ?」
「え?」

背筋が冷たくなる。

「ですから、チョコを」
「誰に」

「テートクに、デス。結構人気ありマスよ、テートク」
「・・・・・・」

言葉も出ない。まさか、誰がアイツなんかに!?

金剛は誰がアイツにチョコを渡すか知っている様子だったけれど、
それを聞くのはなんだか卑怯な気がして出来なかった。

それに、知ったからといって私がどうなる訳でもない。


「そういう訳で、叢雲も用意してみたらどうデスカー?」


なんて言って、彼女はティータイムへと出かけて行った。正直、うらめしい。
これからアイツに会うというのに、平静でいられなくなってしまうではないか。

執務室に入ろうと扉の前に立つと、部屋の中から何人かの声が聞こえてきた。


「おかしいわね」


いつもこの時間は、アイツは秘書艦を置かずに一人でデスクワークに励んでいる。
だから、夕張たちを急かして帰投してきたのだ。


久々に二人で話を・・・も、もちろん次の大規模作戦の話だけど!
・・・をするつもりだったのだけど、あてが外れてしまった。


「作戦完了よ。艦隊が帰投したわ」

ひとまず、入室して艦隊の無事を伝える。これでアイツもホっとするだろう。

「おかえり、叢雲」


執務机に座ったアイツーーー提督は、腕を机について余裕ぶった笑顔を浮かべていた。
なるほど、良く知らない艦娘なら騙されてしまうかもしれない。

物静かで、余裕たっぷりな提督だと。本当は艦隊の無事に安堵しているくせに。

「アンタ、この時間に珍しいじゃない。どうしたの?」

「ああ、彼女たちにも秘書艦の仕事を覚えてもらおうかな、と」


私はそこで執務机の横で直立している二人に目を向けた。


「やっと会えた、陽炎型駆逐艦、ネームシップの陽炎よ。よろしくね!」
「ちょっと陽炎。いきなりそれは失礼です」

「何よ、不知火は固いわね。さっき司令から楽にして良いって言われたばかりじゃない」
「陽炎は楽にし過ぎです。初期艦の先輩に対して楽にして良いとは言われていません」

陽炎と不知火。最近着任したことを知らせる書類は秘書艦時に見ているが、実際会うのは初めてだ。
どうやら向こうは私のことを知っているらしい。


「ハハハ・・・」


提督が乾いた笑みを漏らす。私のことは十中八九、コイツから聞いわね・・・。

余計なことは話してないでしょうね、と睨みを入れつつ陽炎たちに向き直る。


「叢雲よ。初期艦でここの秘書艦をしているわ、楽にしてくれて構わないからよろしく」


ほら、と陽炎が得意げに、不知火が納得いかないという顔で挨拶を済ます。

しかし、不知火が礼儀を気にするのも当然なのだ。
初期艦や秘書艦はその鎮守府の発言力が強い。
着任したばかりの艦娘が睨まれるのは極力避けたいだろう。


・・・もちろん、不知火自身が生真面目な気性であるという可能性も多分にあるけれど。

「ここは雰囲気が良いわね。上手くやっていけそうだわ」

と、陽炎。どうやらかなり社交的なタイプらしく、既に馴染んでいる。
駆逐艦版金剛といったところかな。反対に不知火は口数が少ないタイプみたいだわ。


「そうね、鎮守府のみんなが仲良くやっているわ。優秀な娘ばかりだし」

陽炎がイタズラっぽい目をして言う。

「おまけに提督は格好良いし、優秀そうだし、やる気がでてくるわ」

・・・。
やはりコイツが艦娘の間で人気があるというのは事実なのだろうか。


格好良いかどうかは、その、個人の好みだから。
陽炎がコイツのことを格好良いと言うのは分かる。

いや、この場合の分かるっていうのはそういう意味じゃなくて。


「そうだろう、そうだろう。いやー、陽炎は話がわかる!」

そしてコイツはすぐ調子に乗る。少し締めてやらないと。

・・・何お世辞にデレデレしてるのよ。
そう、格好いいは別にして、優秀という判断を下すのはちょっと早いと思わせてやらねばなるまい。

「ふうん、それでアンタは二人に何を教えて上げてたのよ」
「え」


私に水を向けられて、提督の笑顔が固まる。


「主に心構えです。資材の管理などの」
「あ、不知火・・・」

不知火が生真面目に答える。提督の笑顔が曇ったのには気づかなかったみたいだ。
少し杓子定規なところがあるかもしれないが、今はナイスプレイ。

陽炎は何かを感じ取ったのか、私は関係ありませんよと手を上げている。賢い。

「へえ、資材の管理ね」

「はい、必要な時に必要な量がなければ話にならないと。
ですから日頃から緻密な遠征スケジュールを立て、節約し管理していらっしゃるとお話されました。
提督自ら資材管理まで気を配られるとは流石だと、不知火感服いたしました」

提督が天を仰いでいるのを横目に私はひと呼吸おいて、話し出す。


「去年のある鎮守府の話なんだけどね、そこに着任してきた提督はまだ若い新米提督。
右も左もわからない中,初期艦のレクチャーを受けながら、鎮守府を運営しようとしていました」

「ああ、ある鎮守府ね、うん」
「どこの鎮守府でしょうか」


陽炎のひきつった微苦笑と不知火の無表情。

「叢雲、出撃ってどうやるの。叢雲、仲間が増えないんだけどどうしたらいいの。とある提督は言いました」

「・・・いや、もう叢雲って言っちゃってるじゃん」

「もうやめて下さい。叢雲。いや叢雲様」

「ある日のことです。何でもかんでも聞くのは駄目だと思ってたのでしょう、
その提督は初期艦に相談せずに開発に挑戦することにしました。
初開発ね。五分後、その提督は泣きながら私にこう言い放ちました」


「叢雲、どうしよう。開発に資材全部使っちゃった」


鎮守府に思い沈黙が流れる。流石の陽炎もかける言葉がないようだ。

「あの時、無くなった資材を回収する遠征スケジュールを立てたのは苦労したわー」
「すいまっせんでしたああああ」


この部屋の主が今、一番立場の低い人物に成り下がっていた。


「まあ、あの時は若気の至りというか、着任したばかりだったしね」
「その後、新艦娘や装備のレシピが分かる度に使いまくろうとしたじゃない!」

「ハハ・・・、という訳で陽炎、不知火。俺は叢雲には頭が上がっておりません」
「全く・・・アンタは私がいなきゃ」


何も出来ないんだから。そう言いかけて慌てて口を閉じる。
なんだそれは。それじゃまるで・・・。

「へえ、ふーん」


先程まで何を言っていいか、と黙っていた陽炎がやらしい笑みを浮かべる。
あ、これ夕張と話していた時に彼女が浮かべていた笑みと同じものだ。


「な、何よ」

「二人は付き合ってるの?」
「そうなのですか」
「はあ、巫山戯ているの!?」


とんでもないことを言い出しやがったわね。
新人イジメを考慮したほうが良いかもしれない。

「だって司令は叢雲を頼りにしてるみたいだし、叢雲は・・・何ていうのかな。デレてる?」
「アンタ・・・酸素魚雷を喰らわせるわよ!」
「何だよ、叢雲お前デレてたの?早く言ってよ」

「アンタも魚雷が欲しいみたいね、表出なさい!今すぐ!」


「それにしても、この時期に秘書艦を増やすのは、大規模作戦を見越してのこと?」
「そうだね、戦場に出て秘書艦も・・・だとみんな疲れちゃうだろ?」


今のところ秘書艦は私や金剛、夕張などがローテーションを組んでやっている。

鎮守府初期からの古参組ばかりだったけれど、これからはどんどん新しい子がやって来て。

そして私の出番も無くなっていくのだろうか。それは少しだけ、少しだけ寂しい。

「やっぱり嫁としては、出番が減っちゃうのは寂しい?」


「陽炎、アンタは!」


冗談のつもりだったのかもしれないけど、図星を突かれたのは痛い。


だから、誤魔化して話すことが出来なかった。
提督の・・・コイツの前では話題にしようと思ってなかったのに。


「それに、提督のケッコン相手は別にいるわ」
「え?」


・・・何でアンタがそんな顔するのよ。


「金剛、練度98になったんでしょう?あと少しじゃない。
あれだけアンタのことラブラブ言っているんだから、ケッコンしてあげるんでしょう?」


もしかして、私には知られたくなかったのかな。


「まあ、そうだな。先は長いけどな」


否定、しなかったな・・・。やっぱりこんな話、するんじゃなかった。

「でもケッコンというのは、練度99にさえなれば、
後は司令の判断次第で誰でも出来るものなんでしょう?」


「そこのところどうなの、司令。ハーレムでも作るの?このこのお!」


「ああ、レベルキャップの開放は戦力の強化に繋がるからな。
お前たちの側が『ケッコン』という名前が嫌でなければ、申し込もうかなと」

それは知らなかった。

律儀なコイツの事だからケッコン相手は一人だけ、とでも言うかと思ってたのだ。


ならば私が練度99になった時もケッコンを申し込んでくれるということなのだろう。

・・・金剛や他の艦娘たちにケッコンを申し込んだ後で。

・・・一番じゃない。

・・・初期艦なのに。私が一番最初に、コイツのことを・・・になったのに。

「アンタねえ、ハーレムっていうところは否定しなさいよ」
「いやあ、モテる男はつらいねえ」


実際、ケッコンを断られることはないだろう。そういう意味では、コイツはモテてる。


「じゃあさじゃあさ、もうすぐバレンタインだけど、いっぱいチョコ貰うの?」
「・・・アンタちょっと黙りなさいよ」
「えー、なんでよ」


私の気にしていることをピンポイントで抉ってるからよ!


「去年は艦娘一同、って感じで貰ったな」
「あれ、今年はやらないわよ、多分。大規模作戦と被ってそれどころじゃないわ」


さっき金剛とこの話をしておいて良かった、と私は思った。

「ええ、そんな・・・じゃあ今年は0個・・・」

「全然モテてないじゃない・・・」

「何だか最初の印象とイメージが違います、司令・・・」


チョコを用意している子がいるらしいことは、黙っておいた。


「そんな・・・0個・・・これだけ女の子のいる職場で・・・」

「ま、まあ上司と部下だし、逆にあげにくいのかもよ?ね、不知火?」

「いえ、横須賀と舞鶴の提督はモテモテだそうです、一部の艦娘から」

「カハ・・・同期じゃねえか・・・死にたい・・・」


現実は冷たい。それにしても・・・

「横須賀と舞鶴って、『クソ提督』と『クズ提督』じゃない。
そんな風に言われているから、嫌われているのかなと思ってたんだけど」


実際に会ったことがないので、噂でしか評判を知らないけれど。


「なんかその呼び方がもう愛称なんだって。親しみを込めた呼び方がそれだとか」

「何それ、変態かなにかじゃない。ロクなところじゃないわね、横須賀と舞鶴」

「そんな変態にも負ける俺・・・叢雲、もうお前が俺にチョコくれ」

「ななな、なんでよ!?ふふ、ふざけないで!」


ああ、やってしまった。


「さあ、もうすぐ当番の秘書艦・・・今日は赤城だったかしら?・・・が来るわ。
アンタは仕事に戻りなさい。私たちは出るわよ、陽炎、不知火。一緒に来なさい」


これを断らなければ、「仕方ないな」って感じでチョコを渡すことが出来たのに。


最悪だ、私。

はあ。執務室から出て、私は重いため息をついた。


「アンタたち、今日はもう予定もないでしょう。部屋まで道一緒よね?」


駆逐艦は駆逐寮に。吹雪型の部屋と近いかは知らないが、そう遠くはないだろう。


「ええ、一緒に行きましょう」
「ねえ、叢雲・・・ごめんね」


歩きながら、陽炎が声をかけてくる。執務室で得た印象とは違って、神妙な顔。

「謝ることなんてあったかしら。どうしたのよ?」

「私も早く鎮守府になれたくてさ。
叢雲も司令も暖かくて優しそうな人だったから、つい調子に乗りすぎちゃった」


「別に冗談くらい言っていいわよ。アイツも私も敬語を使えとか、
上官の命令には絶対服従とかそういうこと言わないから」


「いえ、陽炎が言いたいことはそういうことではなく」


不知火が口を挟む。この子は陽炎が謝っている理由がわかっているのか、流石は姉妹艦。


「ケッコンの話題出して気まずくして、そんでその後明るい話題出そうとしたら、
バレンタインの話題出しちゃって墓穴掘ったかなー、って」


「聞くだけ聞いてあげるわ、なんでそれが墓穴なのよ」

「だって叢雲ってさ、ホントのホントに、司令のこと好きでしょ?」


唐突な追及に、言葉が出てこない。

「な・・・なななな、なんで」


分かったの。
そう思ってしまった事実が、何よりもまず私の心を否定することが出来ない。


「アナタとは今日初めて会ったけど、見ていてすぐに分かったわ。
ああ、この子は司令のことが好きなんだろうって。ね、不知火?」


「好きかどうかは別として、特別に信頼しているのだろうなとは思いました」
「もう、それが『好き』ってことなんじゃない」


「いえ、信頼と好きは違います、陽炎」


マセた陽炎はともかく、不知火にまで見透かされている。


「そんな、私、態度に出したことなんて・・・」


駄目だ、こんな返事の仕方。
こんなんじゃ私がアイツのことを好きだって認めているようなものじゃないか。

「んあ?ちっとも隠れてなかったけど」
「なんですって!?」
「いつもあの様な接し方をしているのですか、叢雲」


「ちょっと待ってよ、初対面のアンタたちにそこまで勘繰られるってことは・・・」


既にたくさんの時を一緒に刻んできたここの仲間たちは。


「みんなとっくに気づいてるんじゃない?」


アメリカ映画の様に首をかしげて、両手を拡げて放った、

あっけらかんとした陽炎の言葉が、私の胸にこだました。

風呂入ってひとまず休憩します。
1時間くらいで戻るかと思いますので、引き続きよろしくお願いします。

word に貼り付けてコピペすると、改行とか凄い大変なんですね・・・。

続きます、朝雲ちゃんが出ないんだ・・・。

wikiは読んできましたが何か間違いがあればご指導ご鞭撻お願いいたします。
設定矛盾してね、とかでも何でもいいです。
お礼に不知火がなんでもしまかぜ

大規模作戦が開始された。出撃した次の日の朝は、どうしたって気だるい。
前日の戦いが大抵夜戦までもつれ込んでの、ギリギリの戦いになるからだ。


気だるい眼を擦りあげて、遅い朝食を取るために食堂へと向かう。


陽炎型の二人は、着任早々出撃へと駆り出され、戦果を上げていた。
流石最新鋭の駆逐艦だ、単純なカタログ・スペックは私では遠く及ばない。


これから先、彼女たちの練度が上がって、秘書艦の仕事も覚え出したら。
私はどうなってしまうのだろう。


いや、違う。
私と、アイツの関係はどうなってしまうのだろう。
私らしくない、ウジウジした考え方だ。

アイツの秘書艦を務める誇りも、それに見合うだけの実力もあると自負している。
でもそれは、自分だけじゃない。金剛や夕張だって、他の秘書艦たちだってそうだろう。


その中に、アイツに対して特別な感情を抱いている子がいるのだろうか?
いるとしたら、誰だろう。


と、考え事をしていたら、食堂まで着いてしまった。
・・・この時間にしては、やけに騒がしいけれど、何かあったのだろうか。

「はわわ、失敗しちゃったのです」
「電はドジなんだから。暁を見てなさい!」
「あー、暁。私の分のチョコまで使ってる!ずっるーい!」
「ハラショー」


「アンタたち、朝から騒がしいわね。何をしているの?」


6躯の駆逐たちだ。元気が有り余っているけれど、どうやらこれは・・・


「叢雲、おはようなのです」
「バレンタインのチョコ作りよ。雷たちが司令官にプレゼントしてあげるの!」

なるほど、チビ助たちは盲点だった。彼女たちもアイツにかなり懐いている。
チョコ作りをしていたのが6躯の子達だということに、私は安堵していた。


※電ちゃんは「誰かを呼ぶとき呼び捨て」派です

まさかアイツもこの子たちのチョコを受け取って、本気になりはしないだろう。
よっぽどのロリコンじゃないかぎり・・・ロリコンじゃないわよね?


暁たちも、どちらかというと「チョコを作る」ということを楽しんでいるようなのも、
私の心を落ち着かせる要因の一つだった。


最も、それも次の瞬間、消え去ったわけだけど。


「もう、暁たち。仲良くやらなきゃ駄目じゃないか」


後ろから声暁たちをたしなめる声がする。
ああ、そうよね。この子達だけでチョコなんて作れるわけがない。

ちゃんと監督役がいるはずだ。

しっとりとした長い黒髪を、三つ編みにして下ろしている。

背は私と同じくらいで、透き通るような声と佇まいが、彼女の清楚さを引き立たせていた。

ただ、彼女の一番の魅力は、理知的な蒼い瞳が何とも言えない深みを放つ瞬間だと私は思う。


「時雨・・・」
「ああ、叢雲。遅い朝だね、昨日は出撃だったのかな」


ええ、と私はそれ以上答えることができなかった。
お菓子作りの途中だったであろう時雨は、当然エプロンを着ていて。

それがいつもと違った可愛さを醸し出していたのだ。


「チョコとクッキーね、精が出るわね」
「もうすぐバレンタインでしょう。だから、ね」


時雨が少し照れた表情で、言う。

普段から料理をしているからか、この手のことはソツなくこなす。

私なんかよりもずっと、女の子している。

アイツは、こういう子が好きなんだろうか。
少なくとも嫌いではないはずだ。


「それにしても、今から作るの?それにクッキーの方は沢山作りすぎじゃない?」
「いつ出撃するか分からないから、練習も兼ねて作ってるんだ」


それにしても、6躯の子達が作っている分も合わせると、相当じゃないか。


「それに、夕立がクッキーを沢山食べたいって。ひと袋じゃたりないっぽい!ってさ。
笑っちゃうでしょ。バレンタインなのにクッキーのリクエストなんて」

クスクスと笑う時雨。相棒の夕立は食べる専門で、作る方には興味がないらしい。


「へえ、『クッキーを』ね」
「うん、クッキーの方を」


じゃあアンタがボウルに抱えているチョコは、誰のためのものなのよ、何て聞かない。

時雨も、わざわざ口に出すことはしない。


なんだか朝食を食べる気もなくなったので、私は部屋を出ることにした。
自室で簡単なものでもつまもう。


「叢雲は、どうするの」


探るような瞳で、時雨。一緒に作らないかと誘う気は無いらしい。


「どうするかしらね」


答えにもならない答えを呟いて、私は食堂を出た。
時雨と、6躯の子達の楽しそうな声を背中に浴びながら。

午後。

時雨というライバルの存在を嫌でも意識してしまう中で、秘書艦の当番が回ってきた。

気が進まないけれど、サボるわけにはいかない。


「作戦は順調ね」

先週から始まったトラック泊地防衛戦は、滞りなく進んでいた。


「ああ、一人の轟沈もなく。夏ほどの脅威も無さそうだしな」
「そりゃそうよ、無理をしていないんだから。アンタ、乙作戦選んでいるじゃない」

甲乙丙。
大本営が提示してきた作戦内容だ。

乙、丙は敵の迎撃に専念する作戦。

甲作戦は迎撃とその後の敵最新部への反攻を兼ねた、文字通り血みどろの作戦だ。

でも、これに参加するのは軍人としての誉れであるとのこと。

当然、参加する鎮守府や泊地は多かったのに。


「今からでも遅くないわ、甲作戦に切り替えたほうがいいんじゃない?
雛鳥が鳳凰へと成長する、またとないチャンスじゃない」


絶対にコイツがそれをしないことが分かっていても、一応提案してみる。

「やだね、どれだけ犠牲が出るか・・・現に、甲作戦の司令部にはもう轟沈者が出ている」


見るかい、とリストを渡される。

見知った顔や、吹雪型に轟沈者がいないことに安堵しつつも、話を続けた。


「これでまた、お偉いさんの覚えは悪くなるわね。
あいつらは無謀な戦いに挑む馬鹿ほど、勇敢だと思っているみたいだから」

着任以来轟沈者を出さず、その中で最大の戦果を上げているコイツは、いつも見向きもされない。

コイツの同期は、同じだけの戦果を上げて横須賀や舞鶴といった花形の鎮守府にいるというのに。

私はそれが不満でたまらない。

「俺は臆病だからね、落鳳坡を渡る趣味はないのさ。そうそう、そういえば」


ふう、とため息を一つつき、コイツは続ける。
なんだか顔が赤いし、いつもと違って歯切れが悪い。

気心のしれた私に対して今更、なんだと言うのか。


「お前の練度、今87だったか。99まで、まだ時間がかかるな」
「え」

今度は、私の顔が赤くなる番だ。

コイツの、優しい微笑み。
じっとこちらを見つめる瞳に吸い込まれてしみそうになる。

どうしてそんなこと言うの。
アンタは金剛とケッコンするんじゃないの。


それとも・・・自惚れてもいいのだろうか。


「い、いや、違うぞ。これは、お前たちと、これからも仲良くやっていきたいという意味であってだな。決して不埒な意味では・・・」


動揺すると口数が多くなるのも、出会った時からの癖だ。
こういうのはそう、悪くないわ。

「ま、アンタにしちゃ良くやってるほうじゃない。今まで本当に轟沈ゼロなんだから。
この上出世まで完璧にやってのける甲斐性なんて、誰も求めちゃいないわよ」


照れくさくなって、話題を戻してしまう。ああ、私の馬鹿。

実際、これだけ艦娘のことを大切に運用する提督はそうそういないだろう。

他の鎮守府を経てここにやってきた艦娘たちの反応を見ると、それが良く分かる。


こんなに大切にされると、その・・・コイツに惚れてしまう子が出てきてもおかしくないんじゃないかと思えてきた。

時雨みたいに。

この分だと、私が気づいていないだけでライバルは多そうだ。
もう少しだけ、素直になっても良いかもしれない。


「そうね、今まで頑張って来たことだし。
・・・初期艦として、秘書艦としてご褒美をあげてもいいかもしれないわね!」

「え、後半何て言ったか聞こえなかったんだけど」

恥ずかしくて、途中からはそっぽを向きながら言ったためか。
肝心のところが聞こえなかったらしい。

ああ、もう!もう一度言うなんて恥ずかしいじゃない!


「ちゃ、ちゃんと聞きなさいよ!だからね・・・」

ガチャ、と扉の開く音。

「チース、鈴谷だよ。艦隊帰投、おつかれ~い」
「同じく熊野。帰投いたしましたわ」


この・・・!人が勇気を振り絞った大事な時に!


「ありゃりゃ、叢雲、どうしたの。顔赤いよ?」
「・・・っ!何でもないわ!」
「ふーん、そう」


鈴谷がそれ以上突っ込むことはせずにいてくれて助かった。

「鈴谷、早く報告を済ませて休むとしましょう。わたくし、エステを所望致しますわ」

・・・この子はいつもマイペースね。

「はーいはいっと。提督、これが作戦結果ね」
「おお、大成功じゃないか。これでいよいよ大規模作戦は大詰めだな」


鈴谷たちの出撃のおかげで、トラック泊地周辺の敵部隊は壊滅。

乙作戦では、この後トラック泊地沖の残留部隊を叩けば終了だ。
元々今回の作戦は防衛戦なので、甲作戦のように無理に攻めないでも十分と言える。


この分なら、こちらも全力ではなく、ゆっくりと休憩を挟みながら、
陽炎たち新参組を加えた部隊を出して交代しつつの出撃で良さそうだ。

だというのに、鈴谷も熊野も、どこか晴れない表情をしている。

「ところが、そう簡単にはいかなそうですわ」

「どういうことだ、熊野」
「こちらをご覧下さいまし」
「これは・・・」

写真を渡された提督が思わず息を呑む。私も隣で覗いてみて分かった。

これは、それだけの重みがある。


「戦艦棲姫・・・」
「これは、全力で行かないとな」

戦艦棲姫と呼ばれたそれは、幾度も私たちを苦しめてきた存在だ。
とてつもなく厚い装甲と、全てを消し飛ばす圧倒的な火力を持った、化物の中の化物。


トラック泊地に攻めてきた敵の殲滅で、主力は消え去ったと思っていた。
けれどそれは誤算だったらしい。

となると、トラック沖のはるか外側にはもっと部隊が展開していて、足並みが揃うのを待っているかもしれない。

こんなのが2体、3体も揃ったら・・・。

考えるまでもない、悪夢だ。

だからこそ今、全力で叩くしかない。コイツの言った通りだ。

「明朝から、攻撃を始める。敵応援が来る前に戦艦棲姫を叩くぞ。
明日一日でボスまでのルートを確保。明後日に強襲をかけて全てを終わらせる」

「おぉー、電撃作戦!提督、やるじゃ~ん!」


実際、それぐらいやらなきゃ駄目なのだ。
]
もたもたしていると敵の戦力がどれだけ補充されていくか見当もつかない。


「まあ、終わらせるなら手っ取り早く終わらせなきゃ、マズイよねえ」

「そうですわね、後にも『いべんと』が控えていることですし。
明後日に終わるならば僥倖といったところでしょうか」

「は?どういうこと?」

「ありゃりゃ、叢雲わからないの?ダメだよそれじゃ女子力低いよ~~!」


煩いわね。


「明後日は2月14日、バレンタインの日ですわ。」

熊野が続ける。
「つまり、明後日までに作戦を終われば、バレンタインのイベントを当日に楽しむことができるのではなくて?」

・・・まったく、どいつもこいつもバレンタイン、バレンタインって。

・・・あまり余計なことを言わないで欲しいので、私はなるべく自然に話題を変えようとしたのだが。


「思ったよりも流行っているんだな、バレンタインイベント」

よりにもよってコイツが乗っかってきた。もう、黙ってなさいよ!

「もっちろん、提督は貰えるんだよね。誰かくれるって言ってた!?」
「いや、その。今のところ予定はないです、はい・・・」


やっぱり誰も、上げるなんて予告はしていないらしい。そりゃそうよね。

本命を上げるのなら予告なんて恥ずかしくてやってられない・・・まてよ、本命をあげるなら?


「ま、まあいいじゃない。今は作戦よ、作戦」


なんだか嫌な予感がする。

もうこの話は終わりとばかりに手を鳴らして発言するも、すっかりテンションが上がった鈴谷は止まらなかった。


「ええー、提督駄目じゃーん。カッコわるー」
「意外ですわね。てっきり当日は予約でいっぱいかと思ってましたのに」


チラっとこちらを見てくる熊野。どう言う意味よ、それ!

「いいさ、どうせ。大事なのは作戦を成功させるところだもん」

瞬間、鈴谷のがイタズラっぽくニヤっと笑うのが見えた。嫌な予感がする。

「じゃあさじゃあさ、鈴谷がチョコあげようか?もちろん義理だけど!」


あ・・・。
予感的中。

「だーれもあげないんじゃ、示しが付かないよねえ。寂しい提督に鈴谷がお恵みをあげましょう!」
「マジでか」

「その代わり、ホワイトデーには3倍返しね~。期待してるから」
「お前、上手いなあ」


本当に上手い。その手口は鈴谷たちが入ってくる前に、私が使おうと思ってたのに。

誰からも貰えなくてかわいそうだから、義理チョコをあげるという体で。

もっとも、鈴谷ほど自然に切り出せたかどうかは怪しいものがあるけれど。

「いや、義理じゃないんだろう。恥ずかしがらなくてもいいぞ?」
「や、99%ギリだから」

「残りは?」

「うーん、何かな~?胡麻すり?」
「うぐぅ・・・」

「鈴谷酷いですわ・・・」

「そんなわけで提督、明日と明後日の作戦も、鈴谷をよろしく」
「熊野も推参致しますわ」


「アンタら、今日はちゃんと休みなさいよ」

「分かっていますわ、叢雲。お先に失礼致します」

先ほど言っていたエステに向かうのだろうか。

・・・ただの大浴場なんだけれども。


「あ、熊野待ってよ。私もいくいく~」

熊野の後を追って部屋を出るとき、鈴谷が私にだけ聞こえる声で、呟いた。


「モタモタしてると、鈴谷が取っちゃうかもよ?」


ほら、こんなところにもライバルがいた。

別に鈴谷や時雨がギスギスしてるわけでは無いんだけど、どうしてこうなった

眠いので続きは明日一気に投下しようと思いマス
ここまででワード20Pほど、のこり10pほどです。それでは。

読んでくださってありがたいです、感謝
お昼に出かけるまで投下していきます。

・・・山雲ちゃんも出ねーんだ

2月14日、バレンタイン当日。


私たちはトラック泊地沖にいるボス、戦艦棲姫を叩くために出撃していた。
昨日、掃討部隊が大暴れしてくれたおかげで、道中に敵影はない。


艦隊にイベント終盤特有の緊張感が張り詰める中、私だけはどこか集中仕切れずにいた。
結局、言い出せなかったなあ。


あの後、鈴谷が出て行ったあとでアイツに「さっきは何を言いかけたのか」と問われたけれど。

結局、なんでもないと答えてしまった。


義理でももらえて良かったわねなんて。

憎まれ口を叩いたのも余計だった。

「叢雲、叢雲ー。どうしたデース」


気づけば陣形が変わっている。隣にいたはずの時雨がいない。

複縦陣から輪形陣に変わっているため、旗艦の金剛が真ん中にいて、輪形の後方を守る私に近づいてくる。


「指示を出しても上の空デース。いつものアナタらしくありまセン!」


実際、陣形の変更にも今気がついた。

無意識で動いたらしいけれど、これはかなり危ない。

・・・大事故に繋がらなくて良かった。


「ごめんなさい、気をつけるわ」
「何か悩みがあるなら、聞きましょう。まだ会敵するまで時間がありマース」

金剛だってライバルの一人だ。そんなの確かめるまでもない。でも。


金剛がケッコン間近だということ。自分の立ち位置を脅かす優秀な新参艦。

あいつに好意を抱いている艦娘が少なからずいること。

ここ数日で抱えた色々な不安が、いつもより私を素直にさせていた。


「案外、アイツのことを好きっていう子がいっぱいいるのね。驚いたわ」
「当然デース、テートクはクールですヨ!」


それはどうかんがえても欲目というやつだ。

クールという褒め言葉があれだけ似合わないやつも珍しい。

クスっと笑ってみて、自分が今までどれだけ固い顔をしていたのか気づく。

わざわざ金剛が駆け寄ってきてくれたわけだ。


「Ok やっと笑いましたネ」


金剛がニッコリと笑う。

本当に頼りになる戦艦だ。

私も負けていられない。


「私、頑張ってみようかしら」
「burning love だネ!」

無論、この作戦のことではない。

こんな作戦、その後の戦いに比べたらなんでもない。

金剛もそれは分かっているようで、それでも敢えて指摘はしてこなかった。

怖がりで、素直じゃないいつもの私なら、追及はしなかったけれど。


・・・今日は、もう少し攻めてみようかしらと思う。


「私、今日アイツにチョコを渡すわ」


まるでそれが世界の存亡に関わる選択だとでも言うように、重々しく。

でも、言うほど大げさな事なのかも知れない。


そう。少なくとも、私にとっては。

「oh,そうデスか・・・。ついに来たネ」


金剛が真顔になる。笑顔じゃなく、真剣な顔は珍しい。


「金剛はどうするの。当然渡すんでしょうけれども」
「私は、今回は渡しマセンヨ?」
「へ?」


思わずまじまじと金剛の顔を覗きこむ。

いつも見る花の様な笑顔が、風に吹かれた花のようにくしゃっと歪んでいた。

寂しくて、泣き出しそうな顔。

でも、必死にそれを抑えている顔。

・・・初めて見る顔だ。

「私、テートクのことなら何でも一番がいいデス。チョコを渡すのも、テートクに好きだって告白するのも。
逆にテートクから好きだって告白されるのも、何もかも。でも今回はそれができそうに無いデス。だから」

渡しまセン。


もう一度、間違いなく金剛はそう言った。

いつもの、底抜けに明るくて優しい彼女とは違う。


彼女がこんな顔をすることに
・・・笑顔以外を浮かべることがあるのだという当たり前のことに。

私は初めて気がついた。

訳が分からなくて、私は言う。

「でもアンタ、もうすぐ練度99でしょう。ケッコンだって・・・」

「ケッコンはしマス。テートクは練度99になった艦娘とは、基本的に全員とケッコンする予定デス」


聞いたことないデスか、と金剛。


「ええ、聞いたことはあるけど。でも、最初に練度99になるのはどう考えたってアンタ・・・」

「私、この前叢雲と話した時に言いマシタ。ケッコンは、まだまだ『待つ』ことになるって」


「あ・・・」

今更になって、あの時の金剛との会話がおかしかったことに気づいた。

あの時は、練度98から99になるには時間がかかるという意味だと思っていたけれど。



でもそれは『待つ』とは言わない。

何故なら、頑張れば頑張っただけ評価は少しずつでも上がっていく。

そして、練度99になりさえすれば指輪をもらってもうゴールだ。

それじゃ、『待つ』要素がないじゃない。

『待つ』としたら、自分の練度は関係がないということか。


とすれば、ほかの人の練度・・・?


思い出すのは、この前のアイツとの会話。
そういえば、私の練度を気にしている様子だった。


練度なんて、普段は気にするようなモノではない。
だって、戦場で役に立つことはないんだから。


あの優秀な陽炎型姉妹だって、新人だから練度自体はかなり低い。

思考が、どんどん自分の都合の良いように拡がっていくのを感じる。

それを気にするとしたら、そこには。


そこには、特別な意味が存在する・・・と見ていいのだろうか。

「え、やだ、ちょっと。まさか・・・」

金剛が、ニコリと笑う。
そこにあるのは、いつもの底抜けに明るい笑顔だ。


このひとの本当の強さを、私は思い知った気がした。
私なんて、ただただ心の奔流に乱されるだけなのに。


「だから私、言いました。Follow me!って。
私のレベルに、早くついてきてってネ!ってね」


期待してもいいのかな。自惚れてもいいのかな。

もしもアイツが私の想いと同じなら、それは、嬉しい。

「確かめてみるわ、今日」

「それが良いと思いマース。・・・叢雲、最初のケッコンは取られても、
最後にテートクのハートを掴むのは私デース。これでFinish!?な訳無いデショ!
私は食らいついたら離さないんだからネー?」

「うん、負けない。それと、ありがとう、金剛」


やっぱり旗艦はアンタ以外ありえないわね。


でも、思ったのはそれだけじゃなかった。

平静を装った金剛の声が、いつもより僅かに震えている。


それはきっと、海上を吹き抜ける冷たい風のせいなんかじゃないと、鈍い私でも分かる。

アンタも、恋する乙女だったのねなんて恥ずかしいセリフは当然、口にすることはなく。

心の中でもう一度、そっと呟くのだった。


負けないから。



金剛が輪形陣の中央まで戻っていく。

そろそろ目標と会敵してもおかしくない海域まで来ていた。

総攻撃のために、単縦陣へと陣形を組み替えるタイミングを見計らう気だろう。

「さて皆さん、いよいよ決戦ネ!帰ったらみんなでHappy-Valentine ダヨー!
・・・みんなでお菓子を持ち寄って、tea party でもしまショウ!」


おお、と他の艦娘たちから気勢があがる。

どうやら元からそんなイベントを企てていたようで、嫌でもテンションが上がるというものだ。



「それに、今日はもう一つ、お楽しみがありマス!」

金剛がたっぷりと間を取って、周囲の視線を自分に集めてから切り出す。

私の方を見て、ゆっくりっと。みんなに聞こえるように。

「叢雲が、テートクにバレンタインチョコを渡す様デス!応援しないとネ!」


周囲から歓声が上がる。


「ア、 アンタねえ。ふざけるんじゃないわよ!」
「私からのせめてもの応援デス。受け取って下サイ!」

「熨しつけて返すわ!」
「oh,難しい日本語、分かりまセーン」


こ、この帰国子女・・・っ!

周りからの冷やかしがうざったい。


「なーんだ、ちゃんと素直になれてンじゃーん!」
「レディから告白するなんて、はしたないですわ。キャー!」
「デレ雲頂きました~~~!」


「アンタたちもうるさい!酸素魚雷を喰らわせるわよ!」


「叢雲、そのチョコ私にも頂けないかしら?」
「赤城さん、チョコなら私が」

「ありがとう加賀、大好きよ!ホワイトデーも楽しみにしてるわ!」
「ええ///」


「・・・」
こちらの空母組にいたっては、既に私は関係ない、別世界へ行っちゃってるし。

金剛の指示で陣形が変わっていく。

最も攻撃力の高い陣形、単縦陣へと。


弛緩していた空気が消え、艦隊が程よい緊張感を纏いつつあった。

風が、頬を撫でる。
艦隊が、ひとつの獣となってこの大海原を突っ切って行く。

駆逐艦の仕事は一番最後。

至近距離からの魚雷と砲撃で、敵にトドメを刺す。


今回は私と、時雨の出番だ。

故に、作戦終了まで時雨とともに行動する。


「叢雲、チョコ渡すんだってね」
「ええ、そうね。踏ん切りがついたわ。アンタを見て焦ったの」


そういうことも、素直に言えた。

フ、っと時雨が笑う。
「今の叢雲は、なんだか手ごわそうだ。でも」

「負けないよ」
「こっちの台詞よ」

見えてきた。ドデカイ島の様な影が、世界への怒りを唄っている。

でも、こんなもの、今の私には何でもない。


アイツに受け入れてもらえるかどうか。そんな不安の方が100万倍こわい。

だから、さっさと片付けて次へ進もう。



旗艦の金剛の指示が、高らかに艦隊に響き渡る。

「撃ちます! Fire~!」
開戦だ。


私の恋路を遮る愚か者め。沈めっ!
こちらも、開戦だ。心の中で、もう一つの戦いの火蓋も切って落とされた。

区切りが良いので、ここで。
続きは14時か15時ごろです、それでは。

金剛は心の旗艦。

投下していきます。
最後まで一気に行きます、よろしくお願いします。

戦いの後の宴は、いつだって騒がしい。

ましてや今日は、バレンタイン。
事前に持ち寄ったお菓子を艦娘同士で交換なんかしたりして、いつもよりも盛り上がっている。


「今夜ばかりは飲むぞ、飲ませてくれ!」
「那智姉さん、早すぎますぅ・・・!」

「羽黒、お前も付き合え。まずはダルマ1つ空けるぞ」
「だ、誰か助けてくださーい・・・!」



「この陽炎の輝かしいデビュー戦!見てくれたかしら?」
「陽炎は中破しただけではないですか。敵を倒したのは不知火です」

「あー、細かいことはいいじゃない。じゃあ陽炎型のデビュー戦。これでいいでしょ?」

「あ、暁型だって負けてないんだから!」
「ハラショー」

結局、あげないあげないと言っていたものの、みんなアイツにチョコを渡すことにした。

艦娘一同で、一つ。
あとは、それぞれ個人的に渡す者、渡さない者。


義理も本命も入り混じって、今夜のアイツの両腕はいっぱいになることだろう。

その、最初の1個を渡す栄誉は、どうやら私にくれるらしい。


パーティの準備も終わり(と、いうよりお調子者たちのせいでフライング気味に始まり)、
執務室で報告書を書いているであろうアイツを呼んでくるという役を仰せつかった。


どう考えてもこれは、チャンスをくれたということであろう。


せっかくの好意を無駄にしないためにも、私は執務室へ向かうべく、会場を後にする。

「お、叢雲選手退場です!どこへ向かうというのでしょうか~~!?」
「夕張・・・あの馬鹿・・・」


誰にも見つからないように、そっと出ようと思ったのに。


「あ~~っと、その手に握っているのは何でしょう。
何なんでしょうか見当もつきません!どうでしょう、解説の不知火さん!」


陽炎が悪ノリをして、リポーターのモノマネ。

「ハートの形状の箱・・・何か入っている様に見えますが・・・。
加えてそれを包む包装紙。あれはプレゼント用でしょうか。
気になりますね、誰かへのプレゼントでしょうか」

こいつら・・・アイツを呼んでくる役目をくれたのはアンタたちのくせに!

というか、不知火、アンタ意外と冗談も言うのね・・・。

多分これは正直に言わないと終わらないなと判断して、私は覚悟を決めた。

「ええそうよ、アイツを呼んでくるついで・・・いえ。
チョコを渡しに行くついでに、アイツを呼んできてあげるわ。これでいい!?」

もはやヤケクソね。

でも、こうでもしないと肝心なところでヒヨってしまいそうだから。
コイツらに背中を押してもらうのも良いかもしれない。


わあ、と黄色い歓声が上がる。今の私は最高の酒の肴だろう。

「はーい、デレ雲頂きました~」
「叢雲がデレてるデレてるー!」
「what’s ? 夕張、デレるとは何デスカー?」
「デレ雲って、なにそれ受けるー。鈴谷も今度から使おうかねえ」


ああ、もう。デレ雲って広がっちゃってるし・・・。

今後しばらくは不本意なあだ名で呼ばれることも覚悟しておかなければならないなと思いながら、私は会場を後にした。


でも。これがみんなの激励の仕方だって、ちゃんと分かっているからね。

背中越しに片手を上げて、みんなにありがとうって、伝えた。

夕闇の訪れた廊下は、シン、と静まり返っていて寒かった。

コンコン、と扉のノッカーを鳴らす。どうぞ、という声とともに室内へ。


「やあ、叢雲じゃないか。どうした」


部屋は薄暗い。

アイツは手元置いた小型のランプと、
大きな窓ガラスから入る月明かりを頼りに書類を書いていたらしい。

「乙作戦完了の祝賀会よ。準備が終わった・・・どころか始まっちゃったから呼びに来たの」

「ああ、そうか。ありがとう。丁度、報告書も出来たところだし行こうかな」


ああ、馬鹿。本題はそっちじゃないのに・・・。
素直になろうって決めたのに。

実際コイツの前に立つと頭が真っ白になってしまった。
これじゃあ、さっさと会場に行こうという流れになって当然じゃない。



アイツが執務机を立つ。

ランプの灯を消して、コートを羽織ったり、机の下で何か準備をしている。



でも私はそれどころじゃない。

これを渡さないと始まらない。

頭の中で何回も練習してきた台詞を言い出そうと、必死に口を開こうとしていた。

「今回の作戦も無事に終わって良かったよ。最後は時雨の魚雷で締め、S勝利」
「そうね」


「パーティはもう始まってるって?
どうせ鈴谷や金剛あたりが待ちきれなくなって始めてしまったんだろう。
那智さんはもう飲み始めているかな」

「ええ、そうね。後は暁や夕立たちが」

「あれ、それは珍しな。響や時雨の抑えが効かなかったのかな?」

「バレンタインで持ち寄ったお菓子を交換するんだーって言ってね。あっ・・・」


またも想定とは違う台詞。
バレンタインって言葉を出したら、その後が続けにくいから。

そうなる前に即効で渡しちゃおうと思ってたのに・・・。

「ああ、そうだった。バレンタイン・パーティも兼ねているのか。それなら・・・」

「よ、良かったわね。鈴谷たちから貰えるんでしょう?アンタ、一個も貰えないかもって落ち込んでいたものね。
でも多分、今日は沢山もらえると思うわ。なんだかんだで準備していた子たち、結構いたもの」


動揺すると口数が多くなるのは、いったい誰の癖だったかしら。

「そ、そうか。でも義理をいっぱい貰ってもなあ」


ちょっと戸惑ったアイツの顔。

そりゃあ、これだけ早口でまくし立てられれば誰でもそうなるに決まっている。


「ぎ、義理じゃない子もいるみたいよ」


時雨とか。あと、夕張も興味ないなんてフリしてて、実は用意していることを私は知っている。


「本当か!?いやあ、楽しみだなあ。・・・ゴホン。それでな・・・」
「そ、それで!多分、そういうことだと思うんだけれども!」


ああ、もう自分が何を言っているのか分からない。

これ以上の醜態を重ねる前に、早く渡してしまわなきゃ。

執務室に入ってからずっと後ろ手に隠していた、ハート型の包装紙に包まれたチョコ。

震える手でアイツの目の前まで持って行って、差し出す。



「これっ、そこに落ちてたわよっ!あっ、私が買ってきたもんじゃないからっ!
あんたのじゃないのっ?・・・はやく、持って行ってよ!」


「・・・」
「・・・」

ああ、やってしまった。



この日、こんな素敵なラッピングを施したチョコなんて、どう見ても本命で。

それが、道端に落ちていたなんて、ある訳がなくて。

そして、震える手で差し出されるそれは、どう考えても私が買ってきたものであって。

言いたいことは色々あった。

まずは、素直に気持ちを伝えて、チョコを渡して。


受け取ってくれたら、今まで聞けなかったことを聞こうと思ってたのに。

全然、素直に慣れてない。
金剛や時雨たちが自分の気持ちを抑えて応援してくれたのに。


私、泣きそうだ。

チョコを差し出した手はブルブル震えて。

そうやって、何時間が過ぎただろう。

あるいは、ほんの数秒だったのかもしれないけれど。

私にとっては、この沈黙が、一生のどんな時間よりも長く感じた。

沈黙を破ったのは、アイツからだった。

「うーん、落ちていたものは貰えないなあ」


困り顔だ。ああ、そりゃそうよね。
落ちてたなんて言われたものをホイホイ貰って食べるなんて、普通ありえない。


「しかもそれ、本命っぽいだろ。もしかして、俺にかなあ」
「ええ、そうなんじゃない・・・」


泣きそうになりながら、それでも言葉を絞り出す。


「悪いけど、落とし主を探して、届けてあげてくれないかな。
もし俺にだとしたら、ちゃんと本人から貰いたいから」
「分かったわ」


多分、このチョコがアンタの所に渡ることは、もう無いけれど。

さっきまであんなに高鳴っていた胸が、今はキュンと締まって、切ない。

結局、勘違いの自惚れだったのかな。

アイツは私のこと、何とも思ってなくて。

それを、私が勝手に勘違いして。

金剛や鈴谷たちを見ているうちに焦って、空回りしちゃった。


多分、それだけのこと。

どれくらい、下を向いていただろうか。


「・・・おい、叢雲!」
「え、あ・・・何?」


アイツの声で気を取り戻す。
大丈夫、ちょっと不自然に思われたかもしれないけれど。


まだ、泣いてなんかいない。

「さっきからお前、俺の話全然聞いていないな」

「あ、ご、ごめんなさい。ちょっとボーっとしてて。今何て言ったのかしら?」


これだけ弱気に謝る私なんて、着任以来初かもしれない。


「今じゃなくて、さっきから。部屋に入ってきた時からだよ」


そういえば、コイツはしきりに何かを切り出そうとしていた気がする。

こっちはこっちで、チョコを渡すことばかりにとらわれていて気付かなかった。


もっとも、それも無駄になってしまったけれど。

「何か用だったかしら。さっさと済ませて会場に行きましょう」


もうなんだっていいや、といった感じ。
チョコを渡すことに失敗したのなら、長居する必要もない。


「俺としては、さっさと済まされると困るが・・・。ちょっと目を閉じてくれないか?」


不審に思いつつも、言われたとおりにする。

まさかこの期に及んでくだらないイタズラでもないだろう。

ガサガサ、という音。
そういえばさっき、机の下で何かやっていた気がする。

薄く目を開けようとすると、「まだ目を閉じていて」なんて言われるし・・・。

やっぱり何かのイタズラだろうか。

ちょっと今は、いつも通りの突っ込みをする元気がないな・・・。

なんてことを考えていたら、目を瞑っている私の前に立つ気配がして。
耳のすぐそばで、フワっという音がして。

・・・突然、首周りが暖かくなった。

耳元で、アイツの声がする。

「もう、目を開けてもいいよ」
「え、あ・・・。マフラー?」


「Happy-Valentine 叢雲」

それは先っぽに丸っこいファーのついた、ピンク色のマフラーだった。


「海外ではさ、その・・・。バレンタインは男が女に贈り物をするのが主流なんだってさ」

俺も詳しくは知らないけどな、とアイツは照れながら笑った。


「これ・・・私に?」
「うん」

「金剛とか、時雨とかじゃなくて?」
「何でそこであいつらの名前が出てくるんだ」

だって、だって。

弄れた私よりも、あの子達の方がずっと可愛くて。

「お前の方が可愛いよ」



あの子達の方が、すごく素直で。

「俺は、ツンツンしてる子の方が好きなんでね」



バカ。

「ああ、俺はバカなんだ」



涙で濡れた顔を隠すように、私はマフラーを手繰り寄せて、巻き直した。

アイツがくれたマフラー。
アイツが、私に、くれたマフラー。

それがなんだか嬉しくて。
とてもとても嬉しくて。


言葉は、今までにないくらい素直に流れ出していた。

「このチョコ、私が買ってきたものなの」
「うん」


「私が、アンタのために・・・アンタに貰って欲しくて買ってきたの」
「うん」


「だから、貰って・・・くれますか?」
「喜んで」

一度は、もう渡すことはないだろうと思った。
再び差し出したチョコを、今度は笑顔とともにアイツが受け取る。

心臓が、再び音を奏でだした。

痛いほど爆音を鳴らすでもなく。

冷たく静まり返るでもなく。

トクン、トクンと、それはまるでオーケストラのように。

今までにないくらい心地良い音を奏でだした。



まだ少し、膝も指も震えている。

まだ少し怖いけれども。

でも、確信があった。

今、アイツの胸に飛び込んでいったら、きっとアイツは私を受け止めてくれる。



そしてそれは、現実になった。

「アンタが好き」
「俺もだよ、叢雲」

「世界中の誰よりも、アンタが好き。この気持ちは誰にも負けない。
アンタを思ってる他の女の子達には負けない。私が一番好きなの」



窓から入る月明かりが、今だけは眩しすぎると、私は思った。

二人が抱き合って、どのくらいの時間が経っただろうか。

「ねえ」
「なんだい」


ずっと、気になっていたことを聞く。


「アンタ、私のことをどう思ってるのか、言いなさいよ」
「えええええ、さっき言っただろう!?」


「嘘。『俺もだよ』としか言ってないわ」


抱き合ったままで何を言っているんだろう。

俺もだよ、という返事で全ては伝わった様なものだけれど。

今の私はそれだけじゃ満足してやらない。
すごく、我が儘になっている。

「私だけがその・・・好き、って言ったんじゃ、不公平だわ。だから」
「どうしても、言わなくちゃ駄目?」

「駄目」


新発見。コイツ、照れたときは頬を掻いてそっぽを向くのだ。
あれ、それって、本当は誰の癖だったっけ。

「俺も、その・・・好きだ」
「誰のことが?」

「・・・おい」
「フフ、ちゃんと言わないと許してあげないわ」


ぎゅっと、抱きつく腕に力を込めて、上目遣いで睨んでやる。

「俺も、叢雲のことが、好きだ。大好きだ」
「あ・・・」


私の心の、一番大切な奥の奥まで。
その言葉が、染み渡った。

しばらく抱き合ったままで、私たちは私たちのことを話した。


「ねえ、ケッコンは、私としてくれるの?」
「元からそのつもりだよ。だから練度も確認したんだし。あの時、お前何か勘違いしていただろう」

「・・・うん。てっきり、一番乗りは金剛だと思っていたわ」
「最初から、ケッコン第一号はお前って決めていたんだけどなあ」

「でも、私の後に他の子ともするんでしょう」

うぐ、と提督がのどを鳴らす。変な声。

「フフ、浮気ものね」
「な・・・艦隊強化のためだぞ?仕方ないだろう」


駆逐艦の私が練度99に達するまで、何隻が練度99のまま『待つ』ことになるのだろう。
申し訳ないけれども、それがとても心地いい。


「じゃあ、許してあげるわ。男の浮気は甲斐性ってね」
「あくまでも浮気と認定されますか・・・」

コイツが見せる困り顔なんて、それこそ初期艦私は沢山見てきた。
私が一番見てきた。

着任してきたあの頃。資材を溶かしたとき。誰かが大破して帰ってきたとき。

幾度となく、その顔を隣で見てきた。


でも、今日私を前に見せたその困り顔は、今まで見たことのない感じだった。

困惑に照れと、おそらくは愛情のこもった顔。


もっとそれを見たいなんていう甘い欲望が、私の心を支配する。

「でも、私が一番なんでしょう?」



そう言って、コイツの困り顔がもっと近くで見たくって。

私よりも頭一つ背が高いコイツの顔に近づくために。

軍服の襟を両手で掴んで、背伸びをしてつま先で立つ。

顎を上げて、覗き込むように相手の顔を見つめる。



やだ、これって。
キスする時の作法じゃない。

眩しすぎると思っていた月に雲がかかって、光が消える。

今、私たちを見ている者は、だれもいなくなった。

これまでにない強い力で、ぎゅ、っと、私は抱きしめられる。

私の全てを、アイツに委ねた瞬間。

真っ暗な執務室の中、耳元でアイツが囁く。


「世界で一番、お前を愛しているよ。叢雲」


そうして私たちは、恋人になった。


私のバレンタイン・デイ
Fin

読んでくださってありがとうございます、以上で書き溜めていたものは全投下です。

このSSを書こうと思ったのはもちろん、母港で叢雲のイラストとあのセリフに出会ったからです。
あれほどまでに衝撃を受け、打ち抜かれた瞬間はそうそうないです。

初スレ立て、初投稿、完結作品を仕上げるといったことすら初めての自分ですがなんとかなりました。
穴があったら入りたいほど恥ずかしい気持ちでいっぱいですが、ご視聴ありがとうございます。

ちなみに、私の初期艦は電ちゃんです。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年06月20日 (土) 23:20:05   ID: lLI75BbS

くそぅ…壁殴りてぇ…
拳じゃなくてパイルバンカーで殴りたい
デレ雲かわいすぎる

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