阿良々木暦「こよみアザゼル」 (67)
物語シリーズ×よんでますよ、アザゼルさんのクロスです。
物語シリーズは終物語(下)まで、
アザゼルさんは11巻までとなります。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1406198956
001
今回の物語を語るにあたり、悪魔という存在を、その立ち位置を、明確にせずには始まらないだろう。
悪魔。
非人道的な行為を行う人間を形容する時に使うように、悪魔とはおおよそ人の常識では考えも追い着かない悪虐の限りを尽くす、人の域を超越した存在のことを指す。
鬼か悪魔かとの言葉通り、鬼と並列で語られることも多い。
天使が善の象徴だとするのなら、悪魔はその名の通り悪の象徴。
だが人類に害をなす非科学的存在すべてを悪魔と定義するのは乱暴すぎる。
ひたぎのおもし蟹が、八九寺の迷い牛が、千石の蛇切縄が、羽川の障り猫が。
そして、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードがそうであったように――――彼等は自ずから人間に害をなすことはほとんどしない。
全ては、人間が望んだ結果として、それがあくまで人間にとっては害となっているだけだ。
ひたぎは家族への想いを無くしたいと願い重みを無くし、八九寺は家に帰りたいと願い迷い、千石は嫉み妬みの炎に焼かれることを願われ、羽川は正しくありたいという願いのあまりに反動として歪んだ。
キスショットも大本を辿れば人間の願望が生み出した超常的存在だ。
彼女は吸血鬼が故に人を喰うが、それも僕等が牛や豚などの家畜を食しているように、彼女が僕等人間よりも食物連鎖の上に立っているというだけの事で、彼女が、吸血鬼自体が悪と決め付けるのはあまりにも愚かしく短絡的だ。
その説を取り彼女を悪と断言するのであれば、人類そのものだって悪だ。
だからと言って、僕もキスショットが人を喰うことを許せなかった訳で、そう強く胸を張って主張出来ることではないのだけれど。
ならば僕もキスショットも悪魔だ、なんて話をしていたらいつまで経っても話は平行線のままなので、ここでは自発的に純粋な悪意を以って悪事を行う超常的存在を、悪魔と定義しよう。
神話や巷説、宗教に奇譚を紐解けばそれこそあらゆる種類、数の悪魔が存在する。
それ程に、悪魔は天使と同じくして人類の文化に深く根付いていると言ってもいい。
それは何故なのか、僕が思うに、人の性質も大きく分類するに善悪の二つに分かれるからだ。
性善説と性悪説、というものがある。
人の本質は生まれついて善か悪のどちらかでしかなく、人間はその性質に基づいて行動する、というものである。
悪魔は性悪説から産まれたものを最も正確に体現している存在と言ってもいいかも知れない。
彼等は、生まれ付いての悪だ。
僕ら人類にとって人助けや相互扶助が推奨されるように、またそれが常識とされるように、彼等悪魔にとっての悪事は食事をし睡眠を取る行為と同じなのだ。
そう考えると仕方が無い、と諦観に近い思いが湧かないでもないが、やはり先程のキスショットの例を蒸し返すように、だからと言って許容出来るものではないのだ。
人間でさえ、思想の違いから殺し合うというのに、キスショットに血を吸うなと強制する権利も、悪魔に悪事を行うなと命令する権利も、僕等人類には存在しない。
それは、人類に呼吸をするなと言っているのに等しい。
即ち、基本的に人類と悪魔は根本的な部分で相容れる筈がないのだ。
僕と忍のような歪つな関係は例外中の例外なのだから。
悪事を生業とし、殺伐を嗜好とし、凶行を奨励し、災厄を讃美し、残酷を定説とする、『悪』そのもの。
何処まで行こうと、幾ら議論を重ねようと、僕が彼等と和解することはあり得ない。
それは僕が似非の正義の味方だから、という陳腐な理由でもなく、もっと単純な話。
存在として、スタート地点から在り方が違うのだ。
水と油どころの相性の悪さではない。そもそも世界が違う。
二次元のキャラクターが三次元に降臨できないのと一緒で、永遠に交錯することもなければ通じ合うこともない。
それ以上でもそれ以下でもない。
無論、彼等にも意志がある以上は言葉を交わし相互理解を深めることも可能かも知れない。
が、それでも共存共栄は決して望めないのだ。
繰り返すが、僕と忍がそうであるように。
これから僕が語るのは、そんな背を向け合った種族同士の話。
初めに言っておくと、この話にハッピーエンドはあり得ない。
人間ではない僕とは言え、完全に人としての矜恃と驕りを捨てきれない以上は、僅かでも人間なのだから。
それを踏まえて聞いて欲しい。
なるべく愉快に、可能な限り楽観的に、出来るだけ滑稽に語ろう。
思い出すのも忌まわしい、僕と悪魔の物語を。
002
その日、僕は静かな夜道を忍と共に歩いていた。
時刻はもうすぐにでも日付が変わる頃、人の気配も薄弱な、静寂と闇に包まれた世界。
眠らない街とは違い、片田舎の夜なんてこんなものだ。
時折、青春時代を謳歌する暴走族が微笑ましくも大音量を発しながら公道を走ることがあるにはある。
が、それも絶対数が少ない為すぐに遠ざかるか、国家権力に逆らうほどの根性を持つ輩たちではないのか、公安の手によって止められるのだ。
こうなるともう平和の象徴のようだと僕なんかに思われてしまうあたり少々可哀想ではある。
街頭も疎らな夜道を歩く僕の手には本屋の袋が、忍の手にはコンビニで購入したドーナツがそれぞれ持たれている。
僕が外出する、と聞いた忍が気紛れにか、ついて来たのだ。
コンビニのドーナツはお気に召さなかったのか、微妙な表情のまま齧っている。
「どうした忍、ご機嫌斜めなのか?」
「違うわ。ちとつまらんことを思い出しただけよ」
「思い出した? ……あ」
そうか。
そうだった。
この場所は、かつて僕とキスショットとが初めて邂逅した場所だ。
春休み、二週間の悪夢。僕は、街灯の下で吸血鬼に出会ったのだった。
本屋に行って来た帰り、という点まで酷似している。
忍にしてみれば、懐かしいと懐古に花を咲かせられる面白い話ではない。
勿論、僕にとってもだけれど。
「気にするな。戯言じゃ」
「でも、忘れる事は出来ないさ」
不自然にも一つだけ点灯いている街灯の下に辿り着く。
あの日、この場所から全ては始まったのだ。
決していい思い出にはなり得ない、最悪とも表現するべき出会いだった。
けれど、何もなかった訳じゃない。
ひたぎに出会えた。
八九寺に出会えた。
神原に出会えた。
千石と再会できた。
羽川と親友になれた。
忍野に出会えた。
妹たちと和解できた。
そして。
「お前に出会えたんだ、忍」
「……ふん」
何がおかしいのか、不敵な笑みを浮かべながら包装のビニールごとドーナツを嚥下する忍。
「しかしお前様は深夜にエロ本を買うのが趣味なのか?」
「断じて違う。必要だから買ったまでだ。僕は例え真っ昼間だろうが堂々と買うぞ」
「それもどうかと思うがの」
理解出来んわ、と吐き捨てる忍。
そう、今僕の脇に抱えられている本屋の店名が書かれた紙袋の中にはエロ本が入っている。
そんなところまであの時と一緒なのはもはや皮肉としか言えない。
いや待って欲しい、阿良々木暦はそんな遠回しすぎる嫌がらせを忍にするためにこんなことはしない。
三年生になってからは波乱に富みすぎた一年間だった。
千石との一件、扇ちゃんとの一件も片がつき、だからこそ久し振りの平和を謳歌したかったのだ。
夜中、家族に気付かれないようこっそり外出しエロ本を買いに行く男子高校生。
平和のテンプレートのようじゃないか。
家を出て数分してからついでにエクレア買って来て、と月火ちゃんからメールが来たのはご愛嬌だ。
無論、僕がそんなお願いを素直に聞く訳がないので、代わりにまるごとバナナさんを買って来てやった。
バナナのスイーツを食べる顔を写メって脅しのネタにしてやる。
「いいじゃないか、僕だって健全な男なんだか……ら……?」
突然、刺激臭が鼻を突いた。この匂いは知っている。
食べ物が腐ったような、それでいて吐き気を催す、血の、匂い。
レイニー・デヴィルにはらわたをぶち撒けられた時のあれに、そっくりだ。
「忍!」
周囲を注意深く観察する。
忍も何かを感じ取ったのか、身を落として身構えていた。
「な……っ!?」
僕は目を疑った。
それはそうだ。誰だって驚くだろう。
かつてキスショットが伏していた街灯の下に、夥しい量の血液と肉片が、『突然現れた』のだから。
勿論、こんな超常現象が人の手によって行われる訳もない。
十中八九、怪異によるものだ。
吸血鬼の闇を見通す瞳を駆使し、次第に増えていく肉片や臓物の類を視覚だけで検分していると、ふとその中に一つだけ、辛うじて形を保ったものがあった。
「な、なんだこれ……犬、の首……?」
いや、正確には犬『らしき』ものだ。
何せ顔しかない生首状態だ。
その顔も造形こそ犬に似ているが、髪も生えているし角まで生えている。
……角?
犬って角あったっけ?
「に……にい……さ……」
「うわあぁっ!?」
僕が近寄ると、待っていたかのようにかっと目が開き、その口が酸素を求める金魚のようにぱくぱくと動き出す。
びっくりしすぎて思わず腰を抜かし後ずさってしまった。
「な、な、な……なんだお前!?」
喋る生首、なんてのはお化け屋敷や怖い話において日本では割とありきたりなものではあるが、実際にこの目で実物を見てみると、その衝撃は半端ではない。
しかも人のではない。犬(?)のだ。
「兄さん……そ、そのエロ本……見してぇな……た、たの……む……」
「……は?」
何を言い出すかと思ったら、必死の形相で僕が先程まで持っていた本を視線で示していた。
どうやら倒れた時に袋も破れてしまったらしく、中身が丸見えだった。
一時間という吟味に吟味を重ねた二冊のエロ本がその内容を惜しげも無く晒している。
蛇足ではあるが、内容は制服ものと巨乳ものである。
決してひたぎが相手にしてくれない、とか羽川が最近僕に対して冷たい、とか思った末のチョイスではない。
「後生や……人助けやと思て、そのエロ本……ワシに見せてくれや……!」
「やめておけ、お前様よ。そいつはろくでもない奴じゃぞ」
相変わらず正体不明だが助けを求めていることだし、とエロ本を拾おうとすると、今まで沈黙を保っていた忍が腕組み彼を見下ろしていた。
その目は、明らかに相手を見下した侮蔑を含んだ視線で。
「忍……知ってるのか?」
「こやつは悪魔じゃ。何故かナリは変わっておるが、間違いない」
「あ、悪魔……?」
「おかーちゃん……ワシもうアカンみたい……」
この変なマスコットキャラみたいな生き物が……悪魔?
「猿娘の時に思い知ったじゃろ。悪事を働くことしか考えておらん、救いのない輩じゃよ」
レイニー・デヴィル。
神原の腕に取り憑いた低級悪魔だ。
願いを叶える代わりに神原の身体を蝕んでいった。
忍はこの犬っぽい何かをその悪魔と同類だと言う。
「あ、アカン……意識が遠なってきた……」
「く……っ! 待ってろ、今助けてやる!」
「おい、お前様!」
「目の前で死にそうになってる奴を放っておける訳ないだろ!」
僕は馬鹿だ。そ
れが、その軽率な行動が、どんな結末を誘発するのか。
キスショットの時に十分思い知った筈なのに。
僕はまた、繰り返そうとしている。
だからと言って、このまま見捨てて逃げるなんて選択肢、僕にある訳がないだろうが!
「に、兄さん……」
急いでエロ本を拾い、内容を犬に向かって広げる。
「お前は悪魔なんだろう!? 悪に身を染め人を超越する存在なんだろう! だったら、たちの悪い悪役のように蘇って見せろ!」
後の事は後で考えればいい。
この犬がとんでもない怪異で、僕が蘇らせる事で後々惨劇の引鉄になるのだとしても――――その未熟さ、浅慮、愚かさ、弱さ。どんな消化不良を起こそうと全て、飲み込んでやる。
それが僕の決めた生き方だ!
「お……お……!」
「身体が……」
犬の身体がゆっくりと復元されていく。
どういうメカニズムなのかはよくわからないが……生贄みたいなものなのか?
「あ、ページめくってくれへん? うんそう、出来たら袋とじも」
「袋とじってなんでこんなに開けにくい形してるんだろうな。切り取り線くらい入れろって言うんだ」
「ほんまやで、次見る時に開け口が汚くて萎えるっちゅーねん」
「しかも開ける労力に見合った内容も滅多にないしな」
「興奮すんのは開ける瞬間だけやもんなぁ……おぉ、こらすごいわ」
あ、手が生えてきた。
上半身のほとんどが復活して来たのでエロ本を直接渡す。
こういうものは他人に見せてもらうより自分で見た方がいいに決まっているのだ。
「いよっしゃあああぁぁぁ! アザゼルさん大・復・活!!」
完全に身体を再生した犬がビシッとポーズを決めてそこにいた。
いつの間にか飛散していた肉片や臓物の類は消えている。
しかし、見れば見るほどに奇怪な姿だった。
大きさはぬいぐるみくらい、顔は先程描写したように犬の顔に角と髪が生え、背には蝙蝠のような羽根が生えていた。
下半身は山羊らしき獣を象り二足歩行に特化した形をしている。
ついでに言うと全体的に筒型で腹の出たメタボ体型だった。
ともすれば可愛い、とも表現出来てしまうその物体が、忍の言うようにとても恐ろしい悪魔とは到底思えない。
さっきの会話からだいぶ俗っぽいみたいだし……ああ、悪魔だから俗っぽいのは当たり前なのか?
「いやー、ホンマ助かったわ兄さん、しかもええ趣味してらっしゃって!」
ワシの好みにドストライクでしたわ、とバンバン背中を叩きながら談笑するメタボ犬。さっきまで死にかけていたとは思えないな……慣れてるのか?
「いや、いいんだ……ところで、お前、何なんだ?」
忍の言を信用しない訳ではないが、本人から話を聞いておく必要はあるだろう。
幸いにも、しっかりと意思疎通の出来る怪異のようだし。
「僕の名前は阿良々木……阿良々木暦だ」
「阿良々木はんな、ワシはアザゼル言うて悪魔やってますねん」
「悪魔……」
やはりそうなのか。
この喋るぬいぐるみが悪魔だなんて、悪魔も現代化してるのか?
「悪魔の割には随分とキュートな出で立ちをしておるではないか」
「あー、このカッコはアレや、人間界で活動する上で力の大部分を封印されとってん。その影響や。ほんまもんのワシはキムタクもビックリするくらいめっちゃイケメン悪魔やっちゅーねん」
「それはいいけど、何でこんなところで死にかけてたんだ?」
「そ、それは……せや、ホラ、ワシ、サイヤ人みたいなとこがあってな、死にかけるたびに強くなるさかい、孫悟空流修行ちゅうか…………んん?」
「?」
「そっちの幼女に阿良々木はん……人間やないんか?」
「な……」
「ワシの事も見えとるし、あんたらこそマトモやないようやなぁ……阿良々木はん……何者なんでっか?」
「……ただの吸血鬼もどきだよ。僕も、忍も」
吸血鬼にもなり切れなかった人間もどきの僕に、死に切れなかった吸血鬼もどきの忍。
でもこの境遇を呪いこそすれ、後悔はない。
僕は忍と共に生きて行くと決めたのだから。
「話は終わりじゃ。蘇ったのなら用もあるまい。とっとと消えるが良い」
「初対面相手にそんな冷たいこと言うたらアカンで嬢ちゃん。しかし吸血鬼……吸血鬼ねえ」
「嬢ちゃん言うでない」
関西弁の悪魔、アザゼルさんはその(自称)デフォルメされた眼を細め、僕等を品定めするように薄く笑う。
何かを企んでいるのか、その悪ぶった表情は悪魔と呼ぶに相応しく。
「阿良々木はん、ひとつ提案があんねんけど、聞いてくれます?」
「悪魔と取引する程、僕は落ちぶれちゃいないぞ。これでも色々な経験をして来たんだ」
「そんなんとちゃうちゃう、こりゃ阿良々木はんにとっても間違いなくエエ話やって」
「何だ、聞くだけは聞くよ」
「ワシと契約して欲しいんや」
かつて鬼と出会った場所で、再度異形のものに行き逢うのは皮肉なのか、はたまた必然なのか。
僕は、悪魔に囁かれた。
003
「忍、帰るぞ」
「おう」
「ちょお待ってえな、話くらい聞いてや! な、今なら洗剤と遊園地のチケットもつけたるから!」
「新聞の勧誘かよ!」
帰ろうとする僕の足に掴まって引きとめようとするアザゼルさん。
もちろん、体格が違いすぎるので引きずられる羽目になる。
その情けない様子はどう見ても僕の知る悪魔とは程遠かった。
ああ、神原のレイニー・デヴィルは怖かったなぁ……。
「わかった、わかったよ……」
足にまとわりつくアザゼルさんを振りほどき、仕方なく話を聞くことに。
僕はエロ本を買った帰途で何をやっているのだろうか……。
たぶん、それは何でも知ってる臥煙さんにもわからなかった。
「ワシは悪魔使いの人間に魔界から召喚されて使役される悪魔やねん。今は芥辺探偵事務所ちゅう所でこき使われてんねやけど……実はさっき死にかけとったのも、ちょっとしたミスで悪魔使いにしばかれてん。はっきり言ってもう今の待遇は嫌やねん」
「はぁ……」
「そのせいでもうオカンにもキヨコにも愛想尽かされてもーて……もうワシの味方は魔界ハムスターのラッキーしかおらへんねん……」
何処から取り出したのか、ハンケチーフで眼を拭いつつ涙ながら語るアザゼルさん。
断っておくと、温度差が激しすぎて感動するなんてことは微塵もない。
魔界ハムスターってなんだよ。
「それで僕に新しい契約先になれって?」
「何もワシと契約して魔法少女になってくれ言うんやない。それに阿良々木はんにしてみたって悪いことやないんやで」
「……? どういうことだ?」
「悪魔使いによって喚び出される悪魔にはな、ひとつ代名詞となる能力……『職能』があるんや」
「能力……超能力みたいなものか?」
「せや。そして次期魔王・悪魔アザゼル篤史の職能……それは……!」
「……?」
アザゼルさんの瞳が怪しく光る。その眼を見た瞬間、呼吸が止まる程に心臓が大きく鼓動した。
「ぐうぅっ……!?」
「お前様!?」
思わず屈み込む僕に忍が心配して走り寄ってくる。
やっぱり、悪魔なんかに気を許したのが間違いだったのか……!
「このメタボ犬……! 儂の主様に何をした!?」
「これがワシの能力……『淫奔』や。安心しィ、すぐに戻るわ」
「忍……」
「お前様、大丈夫か!?」
「……好きだ、忍。僕と結婚してくれ」
「――――――――は?」
僕は大馬鹿野郎だ。
駆け寄って来た忍が、世界一愛おしい幼女が、こんなにも傍にいたことに気付かなかっただなんて。
僕は言った、忍と共に生きて行くと。
それがどんなにみっともなくて愚かしい道であろうと、一緒に歩んで行くと決めたのだ。
それは、生涯のパートナーとして認めたことに違いない。
「忍ぅぅぅぅぅ!!」
「ぎゃーーーー!!」
忍が輝いて見えた。
そのさらさらの金髪が、怪しく光る犬歯が、その成長しない永遠の幼女の身体が、何よりも美しい宝石のようだった。
僕は忍を離すまいとその小さな肢体を全力で抱き締め頬にキスをし頬ずりをする。
ああ、超やわらかい。
知能指数がすごい勢いで低下していく。
今の僕は恐らく足し算引き算もままならないだろう。
「ああもう、可愛いなぁ素敵だなぁ忍! お前は世界一の美幼女だ! 幼女との結婚が許される時代にタイムスリップして暮らそう!」
「離さんか気色悪い! 脇腹に顔を近付けるでない! 貴様も鼻クソほじっとらんで戻さんかメタボ犬!」
「へいへーい」
……。
…………。
………………。
「……なんて恐ろしい能力だ……」
「ちゅう訳や。ワシは男女のフェロモンやら何やらを操って、別れさせたりくっつけたり色々出来るんや」
「……なあ、アザゼルさん」
その言葉を聞いた瞬間、クラシックにも頭上に豆電球が浮かんだ。
アザゼルさんは本物だったのだ。
あまりにも恐ろしい、突然忍が病的なまでに魅力的に見えるという体験をした僕は、息を整えながらアザゼルさんに問う。
僕の読みが正しければ……それこそ僕の人生は今までのチキン野郎と呼ばれていた汚名を返上すると共に一変する!
「例えば……例えばだぞ」
「ほう?」
「ひた……ツンツンな女子高生に『私を貴方の好きにしていいのよ、私は貴方のものだから』なんて従順にさせることとか……」
「強気な女を屈服させるのはものごっつええ気分やもんなぁ。出来る出来る」
「生意気な女子小学生に『わたし、大きくなったら阿良々木さんのお嫁さんになります!』って言わせることとか」
「そんなもんお茶の子さいさいや。赤子の手ェひねるより簡単やで」
「巨乳の女子高生に『私は知ってることしか知らないの……だから、知らないこと、教えて……?』なんて言わせちゃうことは!?」
「さっすが阿良々木はん、ロマンの何たるかをわかってはる! 出来るでぇ、オプションで自分から脱がせるなんて事も可能やで!」
「アザゼルさあああぁぁぁん!!」
「阿良々木はあああぁぁぁん!!」
僕等は強く抱き合った。
人間と悪魔は相容れない。
存在理念自体が異なる、言ってしまえば次元の違う両種族が理解し合う事など不可能に近い。
だが、エロスで繋がる絆は、確かに存在する。
そう、今まさにここで産まれたのだ。
これは悪魔と人間が共に歩む道の第一歩ではないのだろうか。
「何をやっとるんじゃお前様よ……」
「これは偉大なる異次元生物間の和解への第一歩だ。歴史的瞬間だ!」
「それくらいの欲望、くだらんとは言え我が主様ならば悪魔の手など借りず、自分の手で叶えんか。男らしくないのう」
「わかってねえよ忍、わかってねえよ」
「何故二回言うか」
大事なことだからな。
「無理やりやらせるのと自分から望んで言ってもらうのとでは全然違うんだ!」
「なんで弁に熱が入っておるんじゃ……」
それにどう考えても三人とも言ってくれそうにない。
ひたぎは最初から論外だし、羽川に言ったらゴミを見るような眼で見られること請け合いだ。
金を握らせれば八九寺は辛うじて言ってくれそうだが、その後に散々罵られそうなので余韻は味わえないことが予想される。
神原なら喜んで言ってくれそうだがあいつの場合、冗談にならないのでむしろ聞きたくない。
忍に言わせるほど僕は鬼畜じゃないし、そんな趣味もない。
「女にはわからへんやろなぁ……この男の浪漫ちゅうもんが」
「理解したくもないわ」
「勘違いするなよ忍。僕は決していやらしいことをしたい訳ではない。リアルで言って欲しいだけだ! それ以上のことは決して求めないと誓おう!」
そう、これは情に訴えかけたり金の力を使って言わせたところで、気持ちがこもっていなければまるで意味を為さないのだ。
心からのエロい台詞というものは中々聞けるものではない。
人生において一度でもあれば幸運だと自慢してもいい程だ。
AVやエロ同人でも勿論、目が眩む程の大金を積もうが手に入れることが不可能な、まさに言葉通りお金では買えない大切なものなのだ。
その上、僕の恋人はあの戦場ヶ原ひたぎさんだ。
それこそ確率的にあり得ないとは言わないが絶望的というものだろう。
だが、それがアザゼルさんの手によっていとも簡単に叶うというのだ。
人生においてもう二度と訪れるかもわからない機会だ。
逃すわけにはいかない。
「無理やり言わされとるっちゅうのも中々エロいんやけど、やっぱ本心と上辺じゃ天と地ほどの差があるからのー」
「その通りだ、人の心はお金じゃ買えないんだぞ、忍」
固く手を握り合う誇り高き二人の雄がそこにはいた。
僕たちはもう兄弟だった。
「……もう勝手にせい。儂はどうなっても知らんぞ」
呆れ顔で影に戻って行く忍。
吸血鬼とはいえ所詮は女か。
と、スルーして来たが割と重要っぽい事に気付く。
「あ、そういえば契約って何か必要なのか?」
「血判と……陣はグリモアあらへんから新しく書かんでもええか、ワシがこっちおったらええだけやし……となると生贄やな」
「血判くらいならいいけど……生贄!?」
悪魔といえば、生贄。
言われてみれば当然のやり取りではあるものの、生贄という言葉自体がもうおどろおどろしい。
僕の悪魔を呼び出すイメージは、動物の死体を魔法陣の上に置いて祈る、みたいな感じだし。
「生贄ちゅうてもそんな大仰なもんとちゃうねん。バイト料みたいなもんや思うてくれてええで。ワシ、肉好きやから生肉買うてくれたらそれでええわ」
「あ、そんな簡単でいいんだ」
「ええ肉期待しとるで」
その日、共に自宅へと帰った僕とアザゼルさんは、夜遅くまで買って来たエロ本について熱い談議を交わすのであった。
004
「どうです? 今回のはちょっと自信作なんですけど」
「ふん、人間にしては中々のものなのではないですか。おかわりを」
「はいはい」
どうも、芥辺探偵事務所のアルバイト、佐隈りん子です。
それはベルゼブブさんにエサ……じゃなかった、生贄のカレーを捧げるついでにお昼ご飯を食べている時の事でした。
今日のカレーはちょっとばかり凝ってみたので、カレーにうるさいベルゼブブさんもお気に召したようです。
隠し味にリンゴと蜂蜜と豚の背脂。
王道すぎて今までやったことなかったんですけれど、結構いけます。
というか、カレーなんて何を突っ込もうがそれなりの味になるから楽ですよね。
と、事務所の入り口が開いて目つきの悪すぎる私の上司が入ってきました。
アクタベさんです。
「おはようございます、アクタベさん。カレー食べます?」
「いらん」
おはようの一言もなくばっさりと切り捨てるアクタベさん。
折角可愛い部下が作ったカレーなんだから、少しは興味を示してくれてもいいのに。
元女子大生の作ったカレーなんて、隣に住む一人暮らしのお姉さんが作りすぎてお裾分けしてくれた肉じゃがくらいの価値はあると思うんですよね。
……そういえば、アクタベさんがまともに食事をしている姿って見たことないような……いや、でもいくら人間離れしているアクタベさんだって食事くらいするよね……気のせい、だよね?
「……おい、アザゼルは何処に行った。陣が開いている割には姿が見えないようだが」
「……あ」
ようやく思い出したのは、昼も過ぎて重役出勤して来たアクタベさんのその言葉からでした。
料理中になんでこんなところに豚の背脂があるんだろう、と思わずカレーに投入しちゃったけれど……そうだった、あれ、アザゼルさんの生贄だった。
焼肉コーナーの隅にもうすぐ賞味期限切れだから安くなってたのを買ってきたんだった……忘れてた。
どうしよう、アザゼルさんが帰ってきたら代わりになりそうな生贄は……。
冷蔵庫にラム肉のパックがあったけど、あれは夜に焼肉にしようとしているやつだし……んん、サラダ油でいいか。
アザゼルさん、飲むの好きそうだし。
「あ、昨日ちょっと仕事先で手酷くお仕置きしちゃって……だからかな、来てないみたいですね」
「……悪魔の管理くらいきちんとしておけよ」
仮にも悪魔使いを名乗るのならな、とアクタベさんはそのまま何処かへ行ってしまいました。
相変わらず自由な人だ。
アザゼルさんを放置したことによるお咎めはないようです。
まあ、アザゼルさんだし。
「また何かやらかしたのですか、アザゼルくんは」
カレーを食べ終え、汚れた口周りを上品にもティッシュで拭きながら訊いてくるベルゼブブさん。
ティッシュでカレーを拭くのは正直、視覚的にやめて欲しいんだけど、言ったらそれをネタに悪乗りが始まりそうなので言わないでおこう。
「アザゼルさんがまともに仕事をしなかったせいで依頼を失敗して……挙句、私のせいにしてその上セクハラまで……」
ああ、思い出したら腹が立ってきた。
昨日は怒りのあまりバラバラのぐちゃぐちゃにして放置してきちゃったけど、グリモアがある以上は死んでないみたいだし、まあいいか。
アザゼルさんのことだし、そのうち戻ってくるでしょう。
「喚び出してみたらどうですか」
「え?」
「アザゼルくんに何かあって万が一、仕事に差し支えたりしたら事でしょう?」
言われてみればそうだ。
どれだけ酷いお仕置きをしようと翌日にはケロッとした顔で出勤して来るのがアザゼルさんなのだ。
その面の皮の厚さはもはや感心するレベルだけど、決して褒められたものじゃありません。
一度、何日も無断欠勤したことはあったけれど、あの時はキヨコさんとインキュバスさんの手によってわざと絶望の淵に無理やり立たされた結果だ。
今、あの時程に落ち込んでいるとは思えないけれど……。
「じゃあ、ちょっと喚び出してみましょうか」
ちょっと落ち込んでいるようだったら、たまにはちょっと優しい言葉でもかけてあげよう。
どうせ調子に乗るだろうけれど、引きこもって無断欠勤されるよりはマシだ。
アザゼルさんの能力は探偵の仕事上、結構使えるし。
もうちょっとセクハラを無くして真面目に働いてくれたら私もここまで冷たくはしないんだけれど……。
「■■■■■■■■■■■■■」
ベルゼブブさんと共に大量のグリモアが並んでいる部屋と向かい、アザゼルさんを召喚します。
が、
「あ、あれ……?」
出て来ませんでした。
それどころか、うんともすんとも言いません。
以前にも反応がなかったことはありましたが、その時とはまた違う感覚……そう、なんというか、居留守を使われているというよりは、インターホンを押したのに何の音も出なかった、みたいな……。
「これは……アザゼル君とのリンクが切れてますね。言ってしまえばこの魔法陣は電波のない携帯電話のような状態です」
「そんなことあるんですか?」
「使役される悪魔とその悪魔使い。それは主従関係に違いはないが、生贄を前提とした報酬を必要とする体制な以上は絶対服従ではないし、何より悪魔はものを考えない機械じゃない。意志がありますからねェ」
私だってカレーがなけりゃとっくに契約破棄してますよ、と冗談なのか良く判らないことを言うベルゼブブさん。
あなた方はアクタベさんが怖いから破棄出来ないだけでしょうが。
「それはつまり……アザゼルさんが自発的に契約を蔑ろにしている、と?」
「無理やり悪魔とその悪魔使いのリンクを切るなんて真似、アクタベ氏でも出来ないでしょう。召喚拒否なんて電話に出ないようなものですから、そう考えるのが自然です」
まぁ拒否し続けた所でグリモアによる罰が酷くなるだけですがね、とベルゼブブさん。
アクタベさんを恐怖の対象として捉えているアザゼルさんが何の断りもなく、グリモアさえ取り戻さずに召喚拒否しているということは……。
「考えられるのは……1、魔界もしくは人間界のどこかに引きこもっている。2、身を潜め復讐劇を画っている。3、特殊な環境下に捕えられ身動きが出来ない、くらいでしょうか」
「1な気がしますね」
「妥当なところですね」
まず二番目の仮定を取るのなら、その新しい悪魔使いさんは少なくともアクタベさんに勝てる見込みのある人、もしくはアクタベさんに交渉出来る、という条件がつきます。
一方的に契約拒否、なんて勝手なことをしたらまずは私が、果てにはアクタベさんが出張ってくるのは目に見えているからです。
そんなアクタベさんみたいなビックリ人間がそう何人も簡単に見つかるとは思えません。
それにアクタベさんと交渉と言ってもすぐにわかる弱点があるような人ではありませんし、交渉のテーブルにつく方が珍しい人です。
三つ目の案も考えにくいでしょう。
アザゼルさんも一応悪魔の端くれですし、何よりアザゼルさんを欲しがるような悪魔使いがいるとは思えません。
アクタベさんを狙って、という線もあるにはありますが、そこまで調べているのならばアザゼルさんがアクタベさんにとって人質としての価値がないことくらい解っている筈です。
とりあえず、最有力候補である一番目の可能性を考慮してアザゼルさんのお母さんに電話を掛けます。
以前アザゼルさんとメールしてた時にも思いましたが、魔界にまで電波が届くなんて凄いですね、N○○。
深いことは考えちゃいけません。
数コールの後、アザゼルさんのお母さんは出ました。
『はいどおも~アザゼルですぅ~』
人間でも妙齢の女性に見られる、電話になると変声するのは悪魔でも同じようでした。
「あ、お世話になってます、私、アザゼル篤史さんの悪魔使いの……」
『あぁ~、さくまさんやないですか。どうもですぅ。どうです、ウチの篤史ちゃんと仕事してはります?』
「あ、はい……まぁ」
実際は仕事どころか行方不明なんですが。
『あの子がなんか粗相しましたら言うて下さいねぇ、叱っときますさかい』
「ええと……そのアザゼルさんの事なんですけど、実家の方に戻ってますか?」
『いいえぇ、ウチには戻ってまへんけど……おらんのですか?』
「ええ、ちょっと姿が見当たらなくて……」
『まったくもうあの子ったら……キヨちゃんにも聞いときますさかい、また連絡させていただきますわ』
「はい、よろしくお願いします」
どうやら実家の方にも戻っていないようです。
アクタベさんも陣は開いている、って言ってましたし、となると人間界の何処かにいるみたいですが。
「不在ですか」
「ええ」
「いなくなってそこまで困る訳ではない、が」
「誰かの手に渡ったとアクタベさんに知られたら……」
想像するのも恐ろしい。
あの人は言葉通り悪魔も泣き出す人間離れした人であり、同時に悪魔の本・グリモアの蒐集家です。
その目的は結構付き合いの長い私にも未だに良く判っていませんが、アクタベさんはアザゼルさん自体には辛辣でも所有物である悪魔を奪われて笑っていられるほどの人格者ではありません。
もしこの他人に悪魔の所有権を奪われたなんて状況がばれたら、アザゼルさんは身体が四散するレベルの罰は確実でしょうし、下手をしたら私にも……!?
と、降って湧いたような戦慄に打ち震えていると携帯電話が鳴りました。
発信元は……。
「アザゼルさんだ!」
安堵半分、アザゼルさんへの怒り半分で通話ボタンを押します。
「もしもし、アザゼルさん?」
『さくちゃん……突然やねんけど、ワシ、さくちゃんとの契約、破棄させてもらいますわ』
「…………はい?」
何を、言っているんだろう。
「ちょっ、どういうことですか!? ちゃんと理由を――――」
『理由もクソもあるかボケェェェ!! もうパワハラ全開の職場になんて居られるかっちゅーねん! 身に覚えがあらへんやなんて言わせへんからな!』
「ちょっとアザゼルさん!」
『ワシはお前なんかより億倍ゴイスーでデンジャーな契約者見つけたったからな! もうお前ともアクタベとも縁切りや!』
「そんなこと言って、アクタベさんに怒られますよ!?」
『そんなん知るかァァァ! アクタベがなんぼのもんじゃ! 文句あんならかかってこんかい!』
言いたいことだけ言い捨てて、アザゼルさんからの着信は切れました。
「…………っ!!」
「……聞こえましたよ、アザゼルくんは契約者を乗り換えたようですね」
「あんのセクハラ悪魔……!」
びしり、とスマホの画面にヒビが入ります。
いけない、力を入れすぎちゃった……。
新しく買い換えたばかりだったのに……これもアザゼルさんのせいだ……!
「……仮に新しい悪魔使いがアクタベ氏より優秀であろうとも、アザゼルくんがグリモアによって召喚された悪魔である以上はグリモアには逆らえない」
「ということは……」
「まずはグリモアを奪いに来るでしょうな」
「絶対許さない……!」
「…………」
と、相変わらず何を考えているのかわからないベルゼブブさんの眼が何処か泳いでいました。
「……ベルゼブブさん、本当に芥辺さんより強かったら私も乗り換えよう、とか思ってませんよね?」
「ま、まままさか私のような紳士がそのような事する訳ないじゃないですか」
明らかに狼狽するベルゼブブさんは放っておいて、まず手始めにグリモアを奪いに来るアザゼルさんへの対策を練るのでした。
005
「兄ちゃん起きてくれ! 事件だぜ!」
「お兄ちゃん大変だよ! 起きなきゃ駄目だよ!」
「う、ううん……」
翌日の事だった。アザゼルさんとのエロ談義に際し調子に乗って花を咲かせまくった結果、僕は寝不足だった。
だがそこは僕が寝不足だろうが死にかけていようが叩き起こす事を命題としている妹たちのこと。
僕の体調を慮って寝かせておいてくれるなんて配慮は存在しなかった。
ううん……火憐ちゃんも月火ちゃんも昨日熱く語った理想の妹とは程遠いな……。
「にーいーちゃーんー!」
「起ーきーてー!」
「わかった……わかったから……」
二人がかりで布団を引っ剥がそうと全力を尽くす妹たちに白旗を揚げ、シャツにトランクス一枚というセクシーな格好で上半身を起こす僕。
ようやく人並みに視認できる程度に明瞭になった寝ぼけ眼で辺りを見回すと、真剣な表情の妹二人がいた。
代わりに、アザゼルさんがいない。トイレか?
「どうしたんだよ……いつもに増してうるさい妹共だな。そんな事では時代を先導する次世代妹として名を馳せるには程遠いぞ」
今や妹というキャラだけでは渡って行けない非情な世の中なのだ。
兄にヤバいレベルで惚れるツンデレ妹や兄の左腕を食って殺そうとする妹がいるというのに、毎朝普通に起こしにくるだけとは兄として悲しいぜ。
「それどころじゃねーんだよ! あたし達の部屋にしゃべる馬が出たんだ!」
「しゃべる馬?」
妹部屋で奇声を発しながら暴れ回る赤兎馬が思い浮かぶ。
朝起こしてくれる動物はいるらしいが、その上しゃべる馬とは斬新すぎるぞ。
「火憐ちゃん、馬じゃなくてUMAだよ」
「読み方は一緒じゃねーか」
「違うだろ。大丈夫かよ今年から女子高生」
「馬って言うか犬でしょ、あれは」
「いや、ありゃどう見ても狸だろ」
「犬だって! 鼻タブあったじゃん!」
「鼻タブ?」
「 ω ←こういうの」
「はぁ……馬でも狸でも犬でもいいから、とにかく落ち着け」
いや待て、犬っぽくて狸っぽいしゃべる生き物?
「…………」
部屋中を一通り見渡すが、やはりアザゼルさんはいない。
「その馬だか犬だかに……何かを、されたのか?」
僕も楽観視していた、と反省せざるを得まい。
アザゼルさんはあんななりをしていても一応は悪魔だ。
事の次第によっては相応の対処をしなければならない。
見たところ二人とも何ともなさそうだが……。
「寝てたらいきなりおっぱい揉まれたんだぜ!」
「お兄ちゃんにしか揉まれたことなかったのに!」
「ああ、そう……あと月火ちゃん、それ他所では言わないでね」
なんだ、おっぱい程度ならそう騒ぐこともあるまい。
まぁ連れて来た身として軽く注意くらいしておこう。
「……そうだな、ここは頼れる兄に任せておけ。ほら、サバイバーショットリボルブとジターリングを貸してやるから、待ってる間に遊んでろ」
「遊び方がわからねーよ。なんだこれ、弾出ねーじゃん」
「何この変な輪っか。知恵の輪?」
なんだとこの妹野郎共。
偉大なる古き良きおもちゃへの冒涜という大罪を犯した妹たちの処罰は後にして、とりあえず妹部屋へ。
と、
「うわ…………」
惨劇だった。
妹部屋においてひと騒動あったのだろう、部屋の中心にうつ伏せに倒れるアザゼルさんの姿があった。
それだけならまだ救いもあったのだが、何せ顔が天井に向いている。
つまり180度首が回転しているのだ。
恐らくは火憐ちゃんだろう。
加えて脳天には数本の千枚通しとアイスピックが刺さっており、出血した痕跡がある。
間違いなく月火ちゃんの仕業だ。
もう血が出ていないということは、血液を出し尽くしたか血液を送る機能が停止しているということだ。
昨日は首しかないなんてもっと酷い状態だったし、悪魔ならこれくらいじゃ死なないとは思うけど……。
「おい……大丈夫か?」
「あ、阿良々木はん……首、首戻して……」
「あ、あぁ」
近寄ってアザゼルさんを抱き起こし気付く。
180度じゃなくて540度回っていた。
やり過ぎだろ火憐ちゃん。
ぐにゅり、と嫌な感触と共に首が元に戻る。
「はぁ、おーきに阿良々木はん。また首取れるかと思たわぁ」
頭から千枚通しとアイスピックを抜きながら笑うアザゼルさん。
とことん不死身だな悪魔……。
「僕が寝ている間に勝手な事をするなよ。僕の了承も得ずに人の妹の胸を揉んだりするからロールパンみたいに首をねじられるんだ」
いや、僕の了承があったからって触っていいものなのかはわからないけれど。
「せやけど阿良々木はんの妹さんゆうたら挨拶しとかへんとなー、思て」
「いや、その時点でおかしいだろ!」
身を忍べよ。悪魔だろお前。
「で、見たら二人とも裸同然の格好で寝てますやん? そんなもん見せられたらおっぱい触りますやん!」
なんか逆ギレしてるおっさん犬がいた。
まぁ、言い分もわからなくもないが……。
暑いからって下着姿で寝てる二人も悪いっちゃ悪いしな。
「で、いざ触ろうとしたら二人とも目ェ覚ますわワシのこと見えてるわで……」
どうなってまんねん阿良々木家、とアザゼルさん。
知るかそんな事。
真面目な話をすると、二人とも以前怪異に関わったからだとは思うけれど。
「わかったよ、妹には僕からちゃんと言い聞かせておくから、今後妹との接触はナシだ」
「……何やったら兄妹禁断の愛とかもできまっせ」
「やめろやめろ気持ち悪い! 僕にそんな趣味はない!」
火憐ちゃんと月火ちゃんに、なんて想像するのもおぞましい。
そんなのはエロ同人だけでいいんだよ!
「せやけど阿良々木はん、そないなこと言うたらいちジャンルとして世を席巻する妹萌えはどうなるんでっか!? 昨日あんなに熱く語った言うのに、最初から幻やったっちゅうんでっか!?」
涙を浮かべながら妹萌えの可能性を模索するその姿に、邪な気配など微塵もなかった。
とても悪魔とは思えない程に。
ならば、萌えという感情において最も優れた種族の代表として、悪魔に伝え聞かせる義務が僕にはある。
「……アザゼルさん、兄弟は?」
「いや、一人っ子やけど……」
「いいかアザゼルさん、本物の妹を持つ者にしかわからない感情かも知れないが……リアル妹なんてのは何処まで行ったところで妹なんだ。妹じゃ萌えないんだ、妹じゃあな……」
「ど、どういう……意味でっか……?」
ニヤリ、と口元を歪めて嗤う。
「『義妹(いもうと)』じゃなきゃ駄目なんだ。『お兄ちゃん』ではない、『お義兄(にい)ちゃん』ならば許されるんだ」
「た、確かに義姉や義母は普通の姉や母より百倍はエロい……。しかも禁断と忌み嫌われる家族同士、という垣根を越えつつも背徳感を失わせない絶妙なバランス……!」
「ふん、ようやく理解したか。だからリアル妹萌えなんて必要……いや、最初から存在する理由がないんだよ」
「さ……さすがは阿良々木はん……恐ろしい人やでぇ……」
留め切れない汗を拭いながら固唾を飲むアザゼルさん。本物の妹を持つ者に聞けば判る。
いくら可愛かろうが美人だろうが、妹は妹だし姉は姉に過ぎないのだ。
と、
「なあ兄ちゃーん」
「おにーちゃーん」
「!!」
「っ!?」
突如として入って来た火憐ちゃんと月火ちゃんに、アザゼルさんが思わず硬直する。
恐らくは先程思い知らされた暴力の恐怖による硬直だろう。
「ダメだぞこの銃、どこ押しても赤外線ポインタしか出ねえよ」
僕のサバイバーショットリボルブを器用にも片手でくるくる回しながら銃口を僕に向ける火憐ちゃん。
いや、それはそういうものだから。
「おっ、さっきのUMA」
「あ、あぁ。この犬のことなんだけどな」
そういえば言い訳の内容を詰めるのを忘れていた。
どうしよう。
「……実は、とある闇ルートから預かっている高性能のロボットなんだ」
今思い付いた口から出任せは、我ながらちょっと無理があった。
が、
「マジかよすっげー! さすがは兄ちゃんだな! 闇ルートだってよ月火ちゃん!」
「今度私にも紹介してよ! 私チェンソー欲しいんだ!」
簡単に信じた妹二人だった。バカでよかった。
それより何に使うんだよチェンソーって……ホームセンター行ってこい。
「というわけだ、さっきのは試しに動かしてみたんだけど誤作動しちゃっようだな」
「ふーん、まぁいいや。それより朝ごはんだぜ兄ちゃん」
「今日は私がフレンチトースト作ったんだよ」
「ああ、すぐ行くよ」
未知の生命体を前に何事もなかったかのように階下へと向かう妹たち。
大物なのか生粋のお馬鹿さんなのか……限りなく後者だろうな。
006
「……これ、何やのん」
「何って、てりやきバーガーだろ」
朝食を摂り、早速アザゼルさんの職能とやらを試す為に僕らは外出していた。
その前に腹減ったから生贄を、ということでファーストフード店で買ったてりやきバーガーを手渡すと、アザゼルさんは目を細めて固まってしまった。
僕はあまり積極的にこういう店に来る方ではないのだが、数ヶ月に一度くらい無性に食べたくなるのが不思議だ。
「フィッシュフライとかの方が良かったのか? ああそうか、ポテトも一緒に頼んであるぞ」
「そういう問題ちゃうやろ!」
「ん?」
小さな身体から敵意と眼球を剥き出しにし、アザゼルさんは吼える。
「ワシ悪魔やで!? こないなプリティな容姿しとっても恐ろしい悪魔やっちゅーねん! その悪魔への供物がパンに焼いた肉挟んだお手軽ハンバーガーってどういうことやねん!!」
「いや、だって」
昨日、肉とかでいいって言ってたじゃないか。
生肉をそのまま渡すよりは調理済みの方がいいだろう、という僕なりの心遣いだったのだが、どうやら余計なお世話だったらしい。
しかもいつもなら百円バーガーのところを奮発したというのに。
「今から精肉店に行くのも遠回りになるからとりあえず食べてくれよ、また後で改めて買うからさ」
「ったく……さくと言い阿良々木はんと言い、悪魔舐めとったらアカンでホンマに、最近の若いモンは……ってウマーい!!」
ぶつくさ言いながら包装を解きハンバーガーを口に入れた途端、掌を返すアザゼルさん。
「なんやコレ! メッチャ美味いやんけ! こらアメリカ人も食べ過ぎておデブちゃんになってまうのも頷けるわ!」
あっという間にハンバーガーをひとつぺろりと平らげる。
「食べたことなかったのか?」
「いや、魔界にもあんねんけどメッチャ不味いねん。ちゅーか魔界の食材て悉く不味いんや。せやから美味い生贄欲しさに人間の手先になる悪魔もおるんやで」
「へえ、それは知らなかったな」
まぁ、何にせよ満足してくれたようで何よりだ。
ハンバーガーで満足してしまう悪魔ってのもどうかと思うけれど、文化の違いなんてものは人間間であれ理解出来ないものも多いのだ。
鰯の頭も信心から、とは少し違うかも知れないが、僕にとっては二百円の価値しかないハンバーガーも、別の人にとっては一万円の価値があっても特におかしくはない。
「阿良々木はん、おかわり!」
「ちゃんと仕事してくれたらまた奢るよ」
「よっしゃ、ほな行こか!」
やる気も出たアザゼルさんを連れて何処から行こうか考えていると、抜群のタイミングで見慣れた後姿が視界に入る。
上下に揺れるツインテールにリュックサックと、これ以上ないほど判りやすい格好をしているのは、言うまでもなく八九寺だ。
ようし、試験も兼ねて八九寺を誉れ高き初のターゲットにしてやろう。
「アザゼルさん、前を歩いている小学生がいるだろう」
「ん?」
「あの女子小学生は年下のくせに僕を尊敬しない生意気な奴なんだが、あいつを僕に惚れさせたり出来るのか?」
「いや……出来る出来へんで言えばもちろん出来るけど……小学生て阿良々木はん、あんたまさか……ロ……」
「違う! 断じて違うからな! 僕、ちゃんと同い年の彼女いるから!」
否定に全力を傾けると何故か余計に悲しかった。
いや、八九寺のことは勿論好きだけどね。
ライクとラブの違いだよね。
「彼女がおんのにこんな事するのもどうかと思いますがねぇ」
「悪魔に言われたくないよ。前提をひっくり返すんじゃない」
「そうでんな、ほな行くで!」
アザゼルさんが構えを取り、僕に向けて手をかざす。
瞬間、何かしらの力が働いたのか、微量の衝撃が全身を襲った。
「よっしゃ、これで今の阿良々木はんは超イケメンや」
「そうなのか……? なんか、全然変わった感じしないんだけど」
「ほれ、鏡見てみぃ」
何処から取り出したのか、手鏡を突きつけるアザゼルさん。
効果のほどを確認する為にも受け取って鏡を覗く。
「そ、そんな……これが僕……?」
あまりの変わりように僕は言葉を失った。
鏡の中には、鼻も高くグリーンの瞳の金髪のサラッサラヘアーな僕がいた。
っていうか僕じゃなかった。
鏡を叩き割りたい衝動を抑え、代わりに鏡をアザゼルさんに叩き返す。
「顔ごと変えてどうするんだよ! 完全に僕じゃないだろこれ!」
「ええー、ええやんけ、イケメンやし……」
そりゃイケメンには違いないけれど!
こんな他人の顔でモテたって悲しいだけじゃないか!
「まぁ確かにメガネかけたら一発必中の人にそっくりやしな」
「中の人が同じだからって許されると思うなよ!」
「しゃーないのー、ほな阿良々木はんのモテフェロモンがバリバリ出るようにするわ」
面倒そうに改めて手をかざすアザゼルさん。
ここから僕の真のモテ期が始まるのだ。
007
人は、自らを省みる事が出来る唯一の生き物だ。
他の動物も経験という名の過去を鑑みることはあっても、その都度の感情を回顧することはない。
何が言いたいのかというと、過去の僕は今の僕ではないのだ。
そう、昔のように八九寺を見つけては追い回し、抱きつき、キスや頬ずりをし、お尻を触ったり胸を揉んだりパンツを脱がしたりした僕はもういない。
あんな犯罪者じみた行為をやっていた自分が恥ずかしい。
小学生とはいえ、八九寺だって立派なレディだ。
レディに優しくするのは紳士の務め。
だから紳士たる僕はこうするんだ。
「やあ、八九寺」
歩いている八九寺を驚かせないよう先に声をかけ、そっと肩に手を乗せる。
「あ、阿良々……木……さん……?」
「いい天気だな、八九寺。お散歩か?」
爽やかな笑顔で普通に話し掛ける僕の姿を見て、八九寺は恒例の噛むことも忘れ二の句を失ったようだった。
まあ、実際はアザゼルさんの職能がどれほどのものなのか、素での反応を知りたかっただけであって、本音を言ってしまえば抱きつきたいしキスしたいのだけれど。
「阿良々木さん……ですよね?」
「なに言ってるんだ、当たり前だろ。お前の阿良々木暦だよ」
八九寺が顔を赤くして僕の顔をちらちらと窺っている。
どうやらアザゼルさんの力は上手く行ったらしい。
いつ僕が八九寺のものになったのかは謎だが、僕が望んでいるのだから間違ってはいない。
「あ、阿良々木さん……なんだか今日は……その、雰囲気が違うと言いますか……」
「なんだい、八九寺?」
照れている八九寺に顔を近付けると、びくんと痙攣するかのように反応する。
なにこれ、超面白い。
「はううっ!! そんな、こんな……こんなのおかしいです! 阿良々木さんがものすごく格好良く見えるなんて!」
「おいおい、勘弁してくれよ八九寺。僕は元々こうだよ。八九寺には今の僕がどう見えているって言うんだい?」
調子に乗って八九寺のうなじを撫でたりしてみる。
ちなみにさっきから話し方が我ながら気持ち悪いのは仕様ですよ。
「は、はわわ……阿良々木さんがとても魅力的で……阿良々木さんのためならば何事も辞さずにやってしまいそうですぅ……!」
「そうか……ならば僕と結婚しろ!」
「なんですかその脈絡も前置きもロマンすらないプロポーズは!」
「ロマン? なんだそれは、食えるのか?」
「相変わらず何を言っているのか理解出来ませんが……でもかっこいい!」
自分でも何を言っているのか良くわかっていないのだ。
他人にわかるはずもなかろう。
しかし、凄いなアザゼルさんの職能は。
あの八九寺をここまでメロメロにするとは。
「とにかくだ八九寺。『わたし、大きくなったら阿良々木さんと結婚するんです!』と無邪気かつ声高に言え!」
「モテといて手ェ出すんやなく台詞を小学生に言わせるあたり阿良々木はんやな……紳士の中の紳士やで……」
予め用意したICレコーダーを片手に八九寺に迫る。
少女の無垢を顕す言葉を無理やり言わせようと少女に脅迫する男子高校生の図は、何とも言えない寂寥感に溢れていた。
「そんな事言ってしまったらこの先阿良々木さんに弄ばれることは必須……でも言ってしまいたいなんて!」
「さあ言え八九寺! 言って楽になれ!」
恐らくはアザゼルさんによる淫奔の力と、八九寺の中の羞恥心や矜恃が戦っているのだろう。
悪魔の呪いにも屈せず葛藤するその姿勢は褒めてやろう。
だがそれも時間の問題だ!
「わ、私は……大きくなったら……阿良々木さんと……け……」
「け?」
ようやく聞くことが出来るのだ。
あの八九寺の可愛い口から、全国の『近所の可愛い女の子に言ってもらいたいセリフランキング』に間違いなく上位を占める台詞を。
野暮なことを言ってしまえば八九寺は神様なのでこれ以上成長しないので結婚も何もないのだが、言ってもらうこと自体に価値がある!
無事録音出来たらまずはHDDに保存し、阿良々木家に代々末裔まで家宝として受け継がせよう。
「けっ……けっ……けぇぇぇぇぇいっ!!」
「!?」
突然、八九寺がローキックを放ってきた。
僕の足を止める的確な蹴りが向こうずねに綺麗に入る。
「いってえええ! 何するんだこのガキ!」
「……いえ、間違いありません、怪異の仕業ですね!?」
「はぁ?」
案外鋭いやつだった。
怪異の仕業なのは間違っていない。
「阿良々木さんがこんなにカッコいいなんてあり得ません! 私の知る阿良々木さんは2.8枚目のちょっと憎めないロリかっけー変態さんです!」
「ちょっ、八九寺お前さり気なく心を抉るようなことを言うなよ! 2.8枚目ってほぼ三枚目じゃねえか!」
「失礼、噛みました。2.7枚目でしたね」
「噛んでないし変わってもいない! せめて四捨五入して二枚目にしてくれ!」
こいつ、僕が阿良々木暦じゃないという前提を利用して普段言いたいけど言えないことを言っているだけじゃないのか!?
「あなたは誰ですか!? あの優しくて毎日私にスイーツを奢った上でおこづかいをくれた阿良々木さんを返して下さい!」
「誰だよその聖人君子! それはきっと阿良々木さんじゃないよ!」
「神の眼は誤魔化せませんよ……さぁ、神の鉄槌を喰らう前に正体を表すのです!」
「正体も何もありのままの僕だよ!」
「このままでは埒が開きません……決着をつけなければならないようですね、裏良木さん」
「そんな僕の暗黒面みたいな名前はどうかと思うが、望むところだ、八九寺!」
「なんやねんなこの展開……」
呆れているアザゼルさんを後目に双方、構えを取る。対峙する二人の闘気を受け、空間がぐにゃりと歪む。
「はああああ……くらえっ、神の拳です!」
「なにおう!」
バトルが始まった。
だが神様とは言え女子小学生と格闘技の経験もない男子高校生の取っ組み合いだ。
高度な技の応酬が生まれる理由もなく、子供の喧嘩に等しかった。
両手を振り回し、引っかき、噛みつき、凡そ戦いとは呼べない原始的なやり取りである。
「甘いぞ八九寺!」
一瞬の隙を逃さず、ぬるりと背後に回ると八九寺を後ろからホールド。
この体格差ならば抜けることもままなるまい!
「しまりましたっ!」
「いい夢見ろよ、八九寺!」
「――――――――っ!!」
羽交い締めにしていた八九寺の首に手をかけ、瞬間的に力を込める。
完全に極まった裸絞めからは絶対に逃げられないのだ。
僕の腕をタップする八九寺の手も次第に力が抜けていき、やがて八九寺は失神した。
怪我をしないよう、紳士的に横たわらせると、手の埃を払いながら八九寺を見下す。
「ふっ……長生きした分コンマ一ミリだけ僕が上だったようだな……」
そこには、女子小学生に卑猥とも取れる台詞を強要した上で絞め落とす男がいた。
「阿良々木はん……悪魔であるワシが言うのも何やけど……」
「…………」
「最低やなアンタ……」
悪魔に最低と呼ばれる日が来るとは夢にも思わなかった。
「なんでこんな事になってしまったんだろうな……」
誰にもなく問うてみたが、それはきっと誰にもわからなかった。
「あ、そうや阿良々木はん」
「ん?」
「言い忘れとったんやけど、実は悪魔の契約にはグリモアちゅう魔導書が必要ですねん。悪魔の取扱説明書兼契約の証みたいなもんで」
「グリモア……?」
聞いたことがある。別名、グリモワールとか呼ばれる魔術に関する書物の総称だ。
何でも一般人には容易に読めない言語で書かれているとか……。
「それで?」
「ワシのグリモアが前の職場にあるんやけど、それ一緒に取りに行ってくれまへん? 実を言うと、それがないと力を十分に発揮でけんのや」
その本がないと僕の野望も叶わない、ということか。
さっきの八九寺にかけた呪いがフルパワーでないとなると期待は出来そうだが……。
「そうだな、今日は休日だし、それくらいだったら別にいいよ」
「そうでっか……」
一瞬、アザゼルさんの表情が禍々しい笑顔に歪んだ気がした。少しだけ、嫌な予感がする。
「……話は、つけてあるんだろ?」
「魔界の交渉人とはワシのことや。穏便に済ませたったわ。今日の夜に会う約束したんで、よろしゅうな」
「そうか、ならいいけど」
悪魔の諫言に惑わされることなかれ。
後になって身に染みたこの言葉も、その時になってしまえば時既に遅しだ。
悪魔の言葉など、初めから聞いてはいけなかった。
僕は、最初の一歩から間違えていたのだ。
「ところで、その子は大丈夫なんか?」
「大丈夫だよ、彼女、ここら一帯の神様だから」
「余計にアカンやろそれ……」
とは言っても放置しておくわけにも行かないので失神した八九寺を神社まで送り届けると、僕は夜の約束も心の片隅に放置したまま、帰途についたのだった。
008
午前零時、元学塾跡にて。
アザゼルさんから来たメールに指定されていたのは、前回仕事で向かった地方の、叡考塾という潰れた学習塾の廃墟でした。
私はベルゼブブさんとサラマンダーさん、そしてインキュバスさんを連れて指定の部屋へと向かいます。
「アザゼルくんのことですから罠があると思いますけど……」
「知らない。全部潰す」
どんな卑劣な罠があろうと知った事ではありません。
自分の失敗を棚に上げて私のせいにした挙句、暴言のおまけつきで契約を一方的に破棄するだなんて……!
絶対に許さない!
「おい、何を憤慨しておるのだこの雌豚は。雌の日か」
「聞こえてますよ!」
「ぎゃあああああァァァァ!!」
サラマンダーさんに少しばかりコゲるおしおきの呪文です。
まったくもう……。
いいんです、彼は虐められるのが好きなようなので。
その証拠にハァハァ言いながら喜んでるし。
私も慣れてきてるのはちょっと問題だなぁ……。
「も、もっとぉ……」
「もっとして欲しかったら働いてください。サラマンダーさんは邪魔が入らないようにここで見張りです」
「ぬう……調子に乗るなこの雌が!」
「ちょっとちょっと」
と、ベルゼブブさんがサラマンダーさんに何やら耳打ちしていました。
「む……確かに、そうだな」
「でしょう? 何事も考え方で世界は変わるのですよ」
どうやらサラマンダーさんは見張りを了承したようで、学習塾の入り口付近に胡座をかいて刀の柄に手を添えています。
居合いでもやるんでしょうか?
ぺたぺたと歩きながらこちらに合流するベルゼブブさん。
「何を吹き込んだんです? サラマンダーさんがああも簡単に……」
「放置プレイだと思え、とオブラートに包んで伝えたのですよ」
見ると、サラマンダーさんは座りながらも何処か息を荒くしていました。あの変態……。
「師匠がまた何かしたんですか?」
「アザゼルくんが新しい契約者を見つけたからグリモアを賭けて勝負しろ、みたいな事らしいですよ」
「でも師匠のことですから、強い人間さんを連れてきそうですね」
「しかしあれ程の啖呵を切ったのです。我々とさくまさんを一度に相手取り勝てると確信出来る人間を見つけたのでしょうが……そんな人間、アクタベ氏くらいしか思いつきませんな」
「アクタベさんより……?」
「強い人間……?」
そんな人、そうそういる訳ありません。
いたとしてもそこまでの力を持つ人がアザゼルさんごときに協力するとも思えません。
どうせまたアザゼルさんの悪あがきでしょう。
と、そんな事を考えているうちに着きました。
廃塾の四階にある教室のひとつ。
ここまで来るのに罠の一つもなかったということは、相当自信があるんでしょうか……。
用心しすぎるということはありません。
何があっても驚かないよう心を引き締め、扉に手を掛け開けました。
「よぉさくちゃん、逃げずに来たやなんてエラいやないか。ご褒美にチューしたろか?」
そこには、組み立てた大量の机を台座に見たてているのか、その上で偉そうにふんぞり返るアザゼルさんと、
「あ、どうも」
……冴えない男子高校生がいた。
彼には悪いけれど、どう見てもアクタベさん並に強い人には見えない。
内心、二メートルを超える地上最強の生物でも連れてくるかと思っていたので少々拍子抜けですが、そっちの方が平和裏に済んで結構です。
「帰りますよ、アザゼルさん。芥辺さんにいっぱい叱ってもらいますからね!」
「なに冗談言うてんねや……ワシはもう帰らん言うたやないか」
「別にいいですよ、バラバラになって戻ってもらいますから」
呪文の詠唱を始める。
ちょっと長いけど、身体があらゆる病魔に蝕まれた挙句に吹っ飛ぶようなやつだ。
今更謝ったって、絶対許さない。
「わー! ちょお待てやさく! 流れ的にいきなりワシ殺してどないすんねん!」
「知りませんよそんなこと」
あ、しまった……つい返答しちゃったから詠唱が途切れちゃった。
「目ン玉おっ広げてとくと見ぃ! ワシの見つけて来た新しい、ものごっつい契約者や!」
「阿良々木暦です、よろしくお願いします」
「あ、よ、よろしく……佐隈りん子です」
礼儀正しい子だった。
思わず差し出された手を握ってしまう。
「……全然強そうじゃありませんよ」
「拍子抜けですねぇ……これではさくまさんでも勝てそうですな」
ひそひそ話をする悪魔の皆さん。
彼には悪いけれど、それには同意だ。
「おいアザゼルさん、何だか空気が不穏だけど本当に話はついてるんだろうな?」
「あー……それなぁ、ワシ、阿良々木はんに謝らなあかんことがあってな」
「謝る?」
「話ついとったっての、嘘やねん。ホンマは阿良々木はんにあいつらをキャンと言わせて欲しゅうてな」
「はぁ!? なんだよそれ!」
どうやらアザゼルさんは阿良々木くんを騙して連れてきたようです。相変わらずというか、考え無しというか……。
「ひとつ言っておくぞ、僕は確かにちょっと吸血鬼ではあるけど、ちょっと丈夫なだけで普通の人間と大して変わらないからな!」
「吸血鬼……?」
吸血鬼って、あの吸血鬼?
人間の血を吸って、不思議な力を使うっていう?
この小柄で優しそうな子が?
「え――――――――っ!?」
「あのな、僕は強いだなんて一言も言ってないからな」
「だだだだだって吸血鬼ゆうたらメッチャ強い思いますやん! アーカードとかディオとかメッチャ強いですやん!!」
「あんな都合のいい吸血鬼がいるか! 僕だって会えるものならアルクやエヴァみたいな吸血鬼に会いたいよ!」
「そんなァ!!」
「あっはははははは!!」
思わず吹き出してしまった。
吸血鬼って、今時吸血鬼って!
「か、勘違いだったみたいですね、アザゼルさん……ぶふっ」
「ウソやろ……ウソやってゆうてよバーニィィィ!」
「誰がバーニィだ!」
見ればまだ高校生の男の子だ。
ちょっと痛い子なら、サーセン自分吸血鬼ッスから、くらい言っても許される年頃ですよね。
彼もたぶんそうなんだ。
「ええと……阿良々木くんも吸血鬼だなんて言ってないで、もう遅いし帰ろう? アザゼルさんみたいなおかしな生き物を見てテンション上がっちゃったんだよね?」
「ちょっと待って! 僕、痛い子扱いされてる!?」
「……いや、ワシは阿良々木はんを信じる! 昨日の夜の漢気は常人のものやなかった!」
と、アザゼルさんが折れかけた膝を抱えて自分を奮い起たせていると、何処からともなくゆらり、と現れる一つの影。
「オレが来たぜ」
「ルシファーさぁぁぁん!」
「ルシファー……」
コアラの手で器用にもスマホをいじりながら現れたのは、ルシファーさんでした。
相変わらずのキュートなコアラ姿です。
傍らでベルゼブブさんが神妙な面持ちをしていました。
「待たせて悪かったなアッちゃん。オレを求める美女(コアラ)達が中々離してくれなくてよォ」
「こ、コアラが喋ってる……」
「コアラぢゃねーよバカアホ毛。ルシファー様だよ」
ルシファー。
かつて大天使の座にあった程有能だった彼は、そのあまりの傲慢さに神に反旗を翻し、堕天させられたと聞きます。
同じ大天使ミカエルとは兄弟という説もありますが、実際はどうなのでしょうか。
「で、オレのグレイトな職能を喰らいたいってRockな野郎はどいつだ?」
「あ、彼ですわルシファーさん」
「あン?」
「えっ、おい……」
ぎろり、と如何にもな効果音を出しながらサングラスの奥で阿良々木くんを睨むルシファーさん。
当然ですがコアラじゃ迫力なんてあったものじゃありません。
どうやらアザゼルさんが呼んだみたいですが……何を企んでいるんだろう?
「ま、いいか。他ならねェマブダチの頼みだ」
「ちょっと待てって! 僕に状況を把握させてくれ!」
ルシファーさんの腕が妖しく光り出し、阿良々木くんに突き出されます。
ルシファーさんの職能は以前一度見ましたが、確か……。
「止めさせろ!」
突如として教室の扉を壊さんばかりの勢いで現れたのは、アクタベさんでした。
「アクタベさん?」
「どけ!」
私を突き飛ばすアクタベさん。
あれ、いつになく焦ってる?
あのアクタベさんが?
「あ、アクタベ氏?」
「とっととそいつを止めろ! そのガキは本物だ!」
「え……?」
あまりの展開の早さに頭がついて行けません。
阿良々木くんが本物?
本物って、吸血鬼?
本物の、吸血鬼……?
「オレの職能の名は……『傲慢』。このオレの呪いを受けたものは時間を遡る。かつての全盛期の姿を取り戻すがいいさ」
「やめろ、この……コアラ!」
「コアラぢゃねーっつってんだろーが!!」
ルシファーさんの怒号と共に、ある片田舎にある廃墟と化した学習塾跡に、おぞましい空気が溢れ出したのでした。
「は……あはは」
思わず笑いがこぼれました。
一瞬で、脳裏に絶望の二文字が浮かびます。
人間は、あまりにも大きな脅威に晒されると、笑ってしまうようです。
防衛本能というものは、人間に限らず平和になるにつれ退化していくと聞きます。
それはそうですよね。身を脅かす存在がいないのなら、自己防衛も必要がない。
使わない器官が退化していくのは当然の理。
それは決して悪いことではなく、平和の象徴とも取れて、ある意味生物の最終進化形の一角と言えるでしょう。
そんな、弛んで怠けて錆び付いた私程度の本能でも、これだけはわかる。
『私たちは、あの二人に殺される』。
009
「おお、スゲェな。さすがオレ」
暗闇を万全に見渡す為に眼が真紅に染まる。
犬歯が柔肌を容易に突き破れるよう、鋭く進化を遂げる。
体温は下がり、冷血と形容される化物のものに。
身体全体の構造が吸血鬼のそれへと再構築されていく。
人を遙かに超越した、身に余る程の力が溢れ出してくる。
「あ、阿良々木はん……?」
ああ。
懐かしい。
懐かしいな。
「馬鹿野郎共が……!!」
春休み。
羽川翼。
街灯の下。
吸血鬼化。
「は、あは……」
ドラマツルギー。
エピソード。
ギロチンカッター。
忍野メメ。
「あれが悪魔とも人間とも違う生き物……吸血鬼ですか」
学習塾跡。
校庭。
体育倉庫。
そして。
「久し振りじゃの」
僕の全盛期、春休みの時に戻った影響だろう、忍はキスショットへとその姿を変えていた。
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。
何もかもが懐かしい。
ああ、それにしても――。
「久し振り、キスショット」
最悪の、気分だ。
「よくもやってくれたな、お前達」
新しく現れた人間……恐らくはさくまさんが働いている探偵事務所の上司なのだろう。
先程、さくまさんに芥辺と呼ばれていた彼が、心底嫌気を含んだ声を出す。
偏見で申し訳ないが、随分と悪党らしい顔付きをしていた。
その影の差した面持ちと言い、幾重にも重なる背に負う闇の大きさと言い、不吉さでは貝木と肩を並べている。
陰湿な不吉さを持つ貝木とは違い、凶々しいという表現が相応しい。
周囲の者を有無も言わせずに従わせる、絶対的な圧力を持つ男だった。
「な、なんやあの美人のお姉様は……えらいプレッシャー感じるわ……」
「吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードだ……封印されて無害認定されていると聞いたが……こんな形で会えるとはな」
「私は人間界の事情はよく知りませんが……そんなに有名な方なのですか?」
ペンギンが喋ってる……ヒツジもいるし。
いや、犬やコアラが喋ってる時点でもう慣れたけれど。
「おねーさまー! ワシを! ワシを眷属にしておくんなましー!」
「喧しい」
「きゃあ!」
キスショットの腕の一振りで、アザゼルさんは塵と化した。
アザゼルさんは星になったのだ。
「儂を知っておるようじゃの、黒の小僧」
「会えて光栄ですよ、ハートアンダーブレード。こちらの世界で生計を立てている以上、貴女の名を知らずには居られない」
「して、わざわざ無害化された儂を復活させてまで、何用じゃ」
キスショットは愉しそうに嗤う。
つい先日、僕が死んだことにより一時的に元に戻ったキスショットだが、彼女はその後に迷いもせず、僕との生を望んでくれた。
あの時は、人生において他の何にも代え難い程に嬉しかったのは記憶に新しい。
「……この度は私の関係者の不手際でこのような状況を迎えることになってしまいましたが、私といたしましては」
「黙れ」
芥辺さんの慇懃な言葉を一蹴するキスショット。
対する芥辺さんも、まるで能面のような、邪悪とも呼べる笑みを浮かべていた。
「……」
「ごちゃごちゃ言っておらんでかかって来い。儂と戦りたくて堪らんのだろう? 殺気が隠し切れておらんぞ」
「……ご冗談を」
「そうじゃの、万が一貴様が儂に勝つような奇跡があれば、貴様の従順な使い魔になってやってもよいぞ?」
「それはそれは……願ってもねェ……!」
殺気が噴き出す。
その量と密度に、思わず身震いした。
あの人間凶器の影縫余弦と対峙した時と同等、もしくはそれ以上の威圧を芥辺さんから感じる。
影縫さんレベルのとんでもない人間がまだいるものなんだ……意外と広いな、世界は。
ゴングも無しに始まった勝負は、ほぼ対等に見えた。
吸血鬼の怪力を危惧してか、次々と恐ろしい量と速度、そしてキスショットの身体を吹き飛ばす程の威力の打撃を打ち込む芥辺さん。
が、破壊する端から即座に再生するキスショットにはまるで通用していない。
遊んで……いや、相当怒ってるな、キスショット。
「どうした、口の割には大したことないのう、人間!」
芥辺さんの頭を掴んで壁に叩きつけるだけの、キスショットの原始的な攻撃。
だが石膏の壁は爆音と共に砕け散るだけで、芥辺さん本人には微塵も効いていないようだった。
「そっちこそ、隠居生活で腕が鈍ってんじゃねえのか、化物!」
溜めを作り、打ち上げるように拳をキスショットに叩き込む芥辺さん。
キスショットの腹部を拳で貫くという人間離れした怪力を見せた後、彼は天井を突き破り屋上へと吹っ飛ばされたキスショットを追う。
あの二人は放っておいても大丈夫だろう。
キスショットは夜ならば勝てる相手なんて存在しないし、芥辺さんもそう簡単には死にそうにない。
それに、キスショットも怒ってはいても殺しはしない。
不思議と、そんな信頼感があった。
レイニー・デヴィルが暴れても崩れなかったこの学習塾跡だが、この二人にとっては砂の城に等しい。
早いところ、建物ごと破壊し尽くされる前に必要な事だけは済ませておこう。
このままでいる訳にも行くまい。
「まったく、手を煩わせないでくださいよ」
どういう仕組みなのか、ペンギンが塵となったアザゼルさんを掃除機で吸うと、ゴミの入るところを開けて中からアザゼルさんがのっそりと出てきた。
なんでもありだな、この生物……。
「ふう、危なかったわー」
「アザゼルくん、鼻がありませんよ」
「ホンマやァ! ワシの鼻どこォ!? ワシのアイデンティティが!」
「大丈夫ですよ、鼻のない師匠も男前ですよ」
「マジでェ!?」
「あぁ、オレ程じゃねェがな」
「おい、お前ら」
コントらしきものを繰り広げているアザゼルさんとペンギンとコアラ、そして腰を抜かしたのかへたり込んでいるさくまさんに声を掛ける。
さくまさんはキスショットの姿を見てか、震えてすらいた。
これが普通の人の反応なのだが、目の当たりにすると少々ショックだ。
だけど仕方ないか。
今の僕は正真正銘の化物なんだから。
「あ、阿良々木はん……」
「僕とキスショットを元に戻せ」
「それは……ルシファーくんの職能ですから、ルシファーくんに」
「何でだよ、いいじゃねェか。吸血鬼とか超クールだろ?」
人を小馬鹿にしたようなその態度は、なるほど悪魔らしかった。
ヘラヘラと人の神経を逆撫でする笑みを浮かべるコアラの首根っこを掴む。
「離せよオイ、なんか文句あンのか?」
「ルシファーって言ったら有名な悪魔だよな。堕天した元大天使だっけ?」
「おう、大天使なんてチャチな器じゃオレは収まり切れねェからな」
神の座をくれるんだったら天使のままで良かったんだけどよ、などとふざけた事を言う。
「そんな有名な悪魔に会えて光栄だよ。でも、力を抑制されてそんな姿になっているらしいじゃないか」
「だからなんだっつーんだよ。激キュートだろコルァ」
「吸血鬼見習いの僕だが、腐っても史上最強の吸血鬼・キスショットの眷族だ。お前らを塵芥に還す事くらい訳もないんだぞ」
なるべく凄んで見せる。
最も、そんな事をするつもりは微塵もないが。
相手が化外の生物だろうが、そんなのはもう沢山だ。
「つまり?」
「元に戻さなかったら、武力行使も辞さないって言ってんだよ」
「あァ? 吸血鬼のエリートだか何だか知らねェが、七光りのガキが親の名前出して凄んでンじゃねェよ!」
「はは……そうだな」
その通りだ。
的確すぎて反論の余地もない。
自嘲と共にルシファーをその場に降ろす。
意外そうな顔をしているルシファーやアザゼルさんを他所に、先程までへたり込んでいたさくまさんが僕の目の前までやって来た。
「阿良々木くん……私はこれでも彼らを使う悪魔使いとしてそこそこ経ったけれど……吸血鬼なんて、見たのも聞いたのも初めてだった……貴方は、何者なの?」
「さくまさん……僕は今年の春、ある事件に巻き込まれてこんな姿になった。半永久的な命と、全てを支配出来るほどの力を得た……けど」
けれど、そんなものは何の意味も為さないんだ。
「吸血鬼になって良かったなんて思える事は、一つもない」
冷たい事を言うようだが、ひたぎに出会えたのも、羽川と仲良くなれたのも、忍と共に生きることになったことも、全ては結果でしかない。
良かったなんて思うこと自体、キスショットへの冒涜だ。
自ら不幸になるために、僕はこの道を選んだのだから。
「結果として、僕は少しだけ吸血鬼性を残した人間に。キスショットはほとんどの吸血鬼としての能力を奪われ忍野忍と名を改められた。けれど僕らは吸血鬼に戻ることなんて望んじゃいない。キスショットも、あれでかなり怒っている。芥辺さんも相当強いようだけれど、絶対に勝てやしない」
僕はきっぱりと断言した。
キスショットは怪異のスペシャリスト、忍野に加え吸血鬼退治の専門家が三人、寄ってたかってようやく瀕死に追い込めた程の怪物だ。
そもそも、全盛期のキスショットに何の用意もなく勝てる要素が見つからない。
「キスショットは人間の願いから産まれた、人間を由来とする怪異だ。人間が考えうる『強さ』を全て内包したのが彼女だと言ってもいい。だから、昼間ならまだしも、夜じゃあ絶対に勝てない」
闇夜に潜み、人を食う恐怖の対象となるべく化物。
だが恐怖とは、潜在的に憧憬も含まれていることが少なからずある。
強く、死なず、永遠を生きる存在になりたい、という人の願いからキスショットは産まれた。
故に、いくら強かろうがただの人間である芥辺さんが勝てる理由がない。
「それに、僕とキスショットは惨めな人間もどきと吸血鬼もどきとして、共に朽ちるまで生きると決めた。それは誰でもない僕らが決めたことだ。それだけは誰にも変えさせない」
「阿良々木はん……そんな事情があったんか」
「だから、戻してください。お願いします」
「阿良々木くん……」
頭を下げて請う。
アザゼルさんは僕を利用して今の境遇を変えようとしていたようだが、不思議と怒りは湧かなかった。
ひょっとしたら僕は少しだけ、あの時に戻れたのが嬉しかったのかも知れない。
吸血鬼となったあの日を。
キスショットと過ごした二週間あまりを。
「っ……くそ……」
と、気付くとコアラもといルシファーが泣いていた。サングラスを外し、袖で顔を拭っている。
「この程度で泣くとは、魔界を治める権利は君には無いようだな」
「っせェよ、これはアレだ……鼻水だよバカヤロー」
「目から鼻水が出るとは……ぐっ、芸達者な事だな」
「べーやんも泣いとるやんけ……あ、アカン、ワシももらい泣きが……うぅ」
「……なんで泣いてるんですか」
「イイ話じゃねえか畜生……」
なんというか、感受性が違うのか、テンションの上下についていけない……。
これが魔界のノリなのだろうか。
悪魔の皆さんは存在自体を無視することにしたのか、今の今まで呆れ顔だったさくまさんが口を開く。
「私ね、つい最近成り行きで悪魔使いになったんだけど」
「成り行きて、さくお前……成り行きの未通女にこき使われるこっちの身にもなれや。使われるんならキスショットはんみたいな美人がえーのー」
「■■■■■■■■■■」
「――――――――!?」
さくまさんがアザゼルさんに指先を向け、何かしら呟いた瞬間、アザゼルさんの口がホッチキスで綴じられたかのように何らかの力により無理やり閉じられた。
ついでと言わんばかりに鼻まで綴じられている。
当然呼吸が出来ないので、のたうち回るアザゼルさん。
「ん――――――!! んん――――――――!!」
「KYにも程がありますよアザゼルくん。自業自得です」
「続きです」
「は、はぁ」
仮にも悪魔とは言えアザゼルさんにあれだけのことをしておいて、顔色ひとつ変えずに続けるさくまさん。
どうやら怒らせると怖い系の女性らしい。
「友人や周囲の人たちが普通に生活している中で、私だけ悪魔使いになったり、呪われたり……どうしてこんな事に、って思ったこと……ない?」
「…………」
「私は、あるよ。少し前まで普通の女子大生だったのに、どうして私だけ、って」
正直に答えてしまうのならば、そんなこと、思わない筈がない。
時間を逆行出来ない以上、人生はやり残した事と出来なかった事の繰り返しだ。
そして時にはそれを背負って同じ事を何度も続けて行く。
もっと酷いことを言ってしまえば、境遇なんてものは悉く平等ではない。
ほんの少しの幸運で財産を築き上げてしまう人もいれば、その何百倍と働いても楽に暮らせない人だっている。
僕やさくまさんのように大した悪事も犯していないのに化外の存在に人生を狂わされる人もいれば、何事もなく平和裏に人生を終える人もいる。
「……僕は」
僕らがすべきなのは、そんな境遇を呪うよりも、どんなにみっともなくとも前へ進む事だ。
だが、その時その時で満足する結果を毎回残せる人間なんていやしない。
毎回毎回、何かしら理由をつけて先に進んでいかなければいけないのだが、そんなに簡単に気持ちを切り替えられるのなら、僕だって今ここにはいない。
さくまさんもまた、何かを背負い今この場所にいるのだ。
「僕は、キスショットと出会って普通の人生を失い、人間であることをやめた。けれど後悔だけはしていない」
していない筈だ、と自分に言い聞かせて。
僕はそう言った。
どんなに惨めで情けなくて滑稽な生き方だろうと、これだけは否定してはいけない。
僕が僕を否定してしまったら、誰が僕を肯定してくれるんだ。
「そっか……強いな、阿良々木くんは。私も、見習わないと」
「……強がってるだけですよ」
「さて……とりあえず、呪いを解きましょうか。ルシファーさん?」
「なンだよ……クソッ……鼻水が止まらねェ」
「目が鼻炎とは、ルシファーくんともなると違いますねぇ」
ルシファーはまだ泣いていた。
涙もろいのか、場の雰囲気に流されやすいのか……両方っぽいな。
余談だが、さっきから仲が悪いのか皮肉を言いまくっているペンギンの横でアザゼルさんが顔を紫色にして窒息死していた。
誰も気に掛けないところを見ると、恐らく日常茶飯事なのだろうが……。
「ルシファーさん、阿良々木さんにかけた呪い、解いてあげてください」
ルシファーは洟をすすりあげると、サングラスを掛け直して腫れ上がった目を隠す。
「後ではっぱ、寄越せよ」
「はい、それはもう」
「てめェのはっぱは中々の上質だからな……今回はそれで勘弁してやる。勘違いすンなよ、オレはお前の話に感動したんじゃねェ、はっぱに釣られたんだ」
はっぱとやらが何なのかはわからないが、それもどうかと思うぞ、と言いたくなるのを堪える。
またヘソを曲げられては振り出しだ。
「ぐ…………っ!!」
と、その時、屋上で激戦を繰り広げていた芥辺さんが天井を崩しながら落ちてきた。
「うわぁ!? あ、あああアクタベさん!?」
「ちっ……いくら殺しても死なねえとか反則だろ、化物が……!」
驚くさくまさんを見もせず、芥辺さんはその高そうなスーツを見る影もなくボロボロにし、屋上からこちらを見下ろすキスショットに悪態を吐いた。
身なりこそ酷いが、本人はさして憔悴していないところを見る限り、氏の強さが窺えた。
全盛期の、しかも夜のキスショットと互角に戦う人間なんてもはや考えの及ばない世界だ。
「なんや、アクタベはんだけ出る作品間違うとるんやないか?」
「確かに……」
「話は終わったか、お前様よ」
「ああ、今終わったところだ」
どうやら、僕が話をする時間を稼いでいてくれたらしい。
単純に強い人間と遊びたかっただけかも知れないが。
「遊びは終わりじゃ、黒の小僧」
「逃げるのかよ……本気も出さずに、舐めやがって……!」
「貴様こそ本性をも現してもおらんのに、本気の儂と戦おうなど十世紀は早いわ。あまり儂を馬鹿にするでないぞ」
「…………」
キスショット相手に手を抜いていたのか、この人……?
それが真実ならば、氏の実力はどれほどのものなのか、予想すら立てることが出来ない。
「ざけんな……まだまだこれからだろうが!」
と、キスショットの元へ跳躍しようとする芥辺さんの脚に、さくまさんが縋るように抱き付いた。
「な……」
「もうやめましょう、芥辺さん」
血も涙もない外見を持つ氏も部下は可愛いのか、一挙にして殺気が収まって行く。
「私は、アクタベさんが傷付くのも阿良々木くんが悲しむのも嫌です……事務所に帰りましょう、ね?」
「…………」
芥辺さんは目を閉じると大きな溜息をひとつ、もはや襤褸と化した上着を脱ぎ、肩に掛けた。
「……帰って寝る」
「アクタベはんも相変わらずさくには甘いのー、このこのー」
「鬱陶しい!」
「ふげっ!?」
囃し立てるアザゼルさんは芥辺さんに踏みつけられ、身長が三分の一程度まで縮んでしまった。
「小っちゃ! ワシ小っちゃ!」
「なに、運が悪ければまた仕合う事もあろうよ」
「二度と御免だ」
それだけ言い残すと、人相の悪い彼は多くの謎を残し、振り返りもせず帰って行った。
「もういいか」
「あぁ」
ルシファーは僕に向け手をかざす。
怪異は理由なしには人間に害を及ぼさない。
僕とキスショットの束の間の再開は、あろうことか悪魔によって叶えられ、悪魔によって幕が降ろされたのだった。
このことが何を意味するのか、それを考えるのは、やめにしよう。
010
後日談というか、今回のオチ。
あの日から一週間。
僕は正式に芥辺探偵事務所に客として迎えられた。
今はアザゼルさんとベルゼブブさん、そしてさくまさんと茶などを飲んでいる。
表現だけ見たら牧歌的でそれなりにハッピーエンドとも取れるのだが、アザゼルさんが身体中を継ぎ接ぎだらけにしていた。
あの後、さくまさんに手酷いお仕置きを受けたらしく、復活するのに三日を要した、とのこと。
ちなみにベルゼブブさんはあの有名な『蝿の王』の一族らしい。
ペンギンじゃなかったのか……。
「いやはや、私も悪魔として長い年月を生きてきましたが、吸血鬼に出会ったのは初めてですよ」
「せやなー、あそこまでごっつい存在やとは思わへんかったで」
「悪魔に言われるのも微妙な気分だな……」
っていうか嬉しくねえよ。
「忍ちゃんは今日はどうしたの?」
「ああ、忍は基本的に夜行性だから、寝てますよ」
「しかし阿良々木さんと忍さんはそのような力を持ってしてなおその謙虚さ……私も魔界では高貴にて最強と呼ばれる悪魔ですが、見習わなければなりませんねぇ」
「何がコーキでサイキョーやねん……でも、べーやんの言う通りやのう。今回はホンマ勉強させてもろたわ」
「これに懲りたら、二度とこんな事考えないでくださいよ」
「あ、うん……せやね」
先日のお仕置きを思い出したのか、顔を真っ青にして俯くアザゼルさん。
一体何をされたんだ……。
「しかしべーやんと阿良々木はん、声めっちゃ似てへん?」
「そうか?」
「そうですかねぇ?」
「うん、べーやん元の姿バージョンやと特に」
自分が喋っている時に聞こえる声と、実際に他人が聞く声はかなり違う、というのは有名な現象だ。
自分の声を録音して聞いてみるとよく分かる。
例え全く同じ声の持ち主が二人いたとしても、お互いは気付かないのが普通と言えよう。
と、益体もない話をしていると事務所の扉が開き、芥辺さんが入って来た。
何を隠そう、今日は芥辺さんに招待されてここまで来たのだった。
多少警戒はしたものの、僕らをどうにかするつもりならば直接乗り込んで来そうな人だし、万が一何かあってもいいように神原や羽川に連絡は取ってある。
「おはようございます、アクタベさん」
「こんにちは、お邪魔しています」
「ああ、ゆっくりして行け」
どうやら本当にもてなしてくれただけだったらしい。
机に座り英字新聞を広げるその姿からは敵意も何も感じない。
こちらに関心がなさすぎて拍子抜けした程だ。
「悪かったな、先日は」
だからだろう、新聞を読みながら言ったその言葉が僕に向けられたものだと気付くのに、数秒かかってしまった。
「そんな、こっちこそ忍が……」
「いや、隠遁している吸血鬼を引っ張り出し、弄んだのはこちらだ。全員殺されてもおかしくはなかったし、仮にそうなったとしても非はこちらにある」
「そ、そんなにヤバかったんですか……」
「ハートアンダーブレードはその気になれば三日で世界を滅ぼせる奴だぞ、そんなもの関わる方が悪い」
最もそんなことをしても意味がないし、自分も滅びるからしないだろうがな、と付け足す。
あの時は何でも力でゴリ押し解決する類の人かと思っていたが、どうやら年相応に筋の通った人のようだ。
「アクタベさんが敵わない相手なんてはじめてでしたもんね……」
「アクタベはんもあないにテンション上がってしまうことあるんでんなぁ」
「黙ってろ。とにかく、正式に謝罪するために今日はご足労願った。悪かったな、阿良々木君」
「いえ、僕も慣れてますし……いいですよ、気にしないでください」
「そうか、それは手間が省けて良かった」
「手間?」
芥辺さんは懐から数枚の写真を取り出すと、机の上に放り投げる。
何の写真かと見に行くと、そこには、
「げっ!?」
真夜中、街灯の下でエロ本をぶち撒ける僕。
八九寺と本気で戦う僕。
八九寺を絞め落としている僕。
人違いであることを祈り何度も見直すが、どこからどう見ても僕だった。
「蝸牛の神に臥煙の人間……中々に面白い交友関係を持っているじゃないか」
「な……」
八九寺や臥煙さんとの繋がりまでこんな短期間で調べたのか?
「阿良々木君が言うところの怪異も映る特別なフィルムを使った写真だ。俺もこんなものを使って下衆な脅しはしたくはないんでな」
「アクタベはん、いつの間に……」
言葉とは裏腹に口元を歪めて笑うその様は、どこからどう見ても悪党のそれだった。
そういえばこの人、本業は探偵だったんだ……。
さくまさんやアザゼルさんたち悪魔が芥辺さんを恐れる理由がわかった気がする……。
「ああ、それともう一つ、別件でお願いがある」
「……聞くだけなら」
相手が相手だけに安請け合いはしたくない。
が、この人の場合、『お願い』も命令に変えてしまう気がするけれど。
「知っているかも知れんが、俺はグリモアを集めている。阿良々木君のような被霊媒体質者は貴重なのでな。もしこの先、グリモアを見つけるようなことがあれば、真っ先に連絡をくれ」
勿論、見合うだけの礼はする、と紙切れを投げて寄越した。
数字の羅列は、彼の電話番号なのだろう。
「それくらいでしたら」
怪異は勿論、悪魔となんてもう二度と関わりたくはないが、僕の場合、望まずとも関わってしまうことはある。
その結果としてさくまさんやアザゼルさんと知り合えたと言うのなら、それもまた悪くない、なんて思っている時点で僕はもう人並の人生など望むべくもないのだろう。
それならばそれでいい。
もう悔悟も後悔も沢山だ。
精々、情けなく足掻いて生きて行くだけだ。
「それと、アザゼル」
「何でっか?」
「てめえ、自分の仕出かした事の重大さをわかってんだろうな。人類滅亡の危機だったんだぞ」
「え……えーと、そ、その件に関しましてはですね、ワシもさくちゃんからぎょうさん怒られてえろう反省しとりますんで……ね?」
「ベルゼブブ」
「御意」
芥辺さんの命令を受け、ベルゼブブさんの眼が怪しく光る。
先程聞いた話によると、ベルゼブブさんの職能は暴露と呼び、人の本音を引き出すらしい。
「そんなん知るかァァァ! オドレと縁切るためやったら何でもしたるっちゅーんじゃ!!」
「そうか」
「べーやんの裏切り者ォォォ!! んがっ!?」
芥辺さんはアザゼルさんをアイアンクローの要領で顔を掴むと、入ってきた扉へと足を向ける。
「貴様には教育が足りなかったようだな、アザゼル。どちらが上かもう一度その身に叩き込んでやる」
「わかってますて! めっちゃ理解してますて! アクタベはん堪忍! 堪忍やって!」
「四階に行く……客に不快な思いをさせる訳にはいかんからな」
「は、はい……ごゆっくり」
泣き叫び暴れ回るアザゼルさんの抵抗と嘆願も虚しく、芥辺さんは素知らぬ顔で続ける。
「さくまさん、後は頼む」
「いやーん! 死ぬのはイヤやぁー!! たっけてー! さくちゃぁぁぁん! 阿良々木はぁぁぁん!!」
ばたん、と音を立てて閉ざされた事務所内に残るのは、アザゼルさんの悲痛な残響だった。
さくまさんは何事もなかったかのように席を立ち、にこりと笑顔を見せた。
「さて、私ケーキ買ってきたんだ。食べてね、阿良々木くん」
「ど、どうも……」
「諸行無常ですねぇ。私もカレーをいただきましょうか」
「はいはい」
時折聞こえるアザゼルさんの断末魔はBGMに。
カレーを食べるベルゼブブさんと共に出されたケーキを頬張りながら、やはり悪魔と関わってろくな事はないと、改めて再認識した出来事だったのである。
こよみアザゼル END
拙文失礼いたしました。
アザゼルさんのSSは中々見掛けませんなぁ。
乙
あっちの方でも思ったけど
本当に再現度高いというかよくここまでクロスオーバーの話丁寧に書けるなぁ…
次作はどっちか、はたまた新しい物になるのかわからないけど
楽しみに待ってます
>>47
レスありがとうございます。
今回は単に何となく書きたくなっただけです。
しばらくはモバマスで遊ぶつもりです。
蟲師とのクロスとかもネタだけはあるので書いてみたいですねえ。
あ、他にも書いてるっぽいけど、どんなのがあるの?
読んでみたいから良ければ教えてほしい
>>55
以下、今書いてる物語×モバマスです。
設定だけ定めて、毎回単発です。
不定期でゆっくり書いてます。
阿良々木暦「ちひろスパロウ」
阿良々木暦「ちひろスパロウ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1400676913/)
阿良々木暦「ののウィーズル」
阿良々木暦「ののウィーズル」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1400679090/)
阿良々木暦「あんずアント」
阿良々木暦「ののウィーズル」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1400679090/)
阿良々木暦「ふみかワーム」
阿良々木暦「ふみかワーム」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1401359079/)
阿良々木暦「になショウ」
阿良々木暦「になショウ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1401960709/)
阿良々木暦「きらりホッパー」
阿良々木暦「きらりホッパー」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1403255959/)
阿良々木暦「かなこエレファント」
阿良々木暦「かなこエレファント」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1404896698/)
以下、その前に書いた物語×アイマスです。
これは一応、話を繋げました。
阿良々木暦「ちはやチック」
阿良々木暦「ちはやチック」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1396960569/)
阿良々木暦「まことネレイス」
阿良々木暦「まことネレイス」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1397052451/)
阿良々木暦「あずさジェリー」
阿良々木暦「あずさジェリー」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1397116222/)
阿良々木暦「まみコーム」
阿良々木暦「まみコーム」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1397204958/)
阿良々木暦「あみスパイダー」
阿良々木暦「あみスパイダー」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1397552552/)
阿良々木暦「みきスロウス」
阿良々木暦「みきスロウス」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1397790167/)
阿良々木暦「やよいリバーシ」
阿良々木暦「やよいリバーシ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398069955/)
阿良々木暦「たかねデイフライ」
阿良々木暦「たかねデイフライ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398243271/)
阿良々木暦「いおりレオン」
阿良々木暦「いおりレオン」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398425751/)
阿良々木暦「りつこドラゴン」
阿良々木暦「りつこドラゴン」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398854343/)
阿良々木暦「ひびきマーメイ」
阿良々木暦「ひびきマーメイ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399458752/)
阿良々木暦「ゆきほエンジェル」
阿良々木暦「ゆきほエンジェル」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399632432/)
阿良々木暦「ことりハザード」(番外編)
阿良々木暦「ことりハザード」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399893398/)
あとは地の文じゃないSSをアイマスやモバマス、エヴァとかで単発で色々書いてましたが把握しきれてません。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません