阿良々木暦「ちはやチック」 (71)

化物語×アイマスです。
化物語は終物語(下)まで。
細かい点等あまり考えてないのでご容赦を。

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無機質な音が室内に響いていた。
それは決して大きな音ではないのだが、全員が仕事に打ち込んでいるこの状況ではやけに際立って聞こえる。
マウスをクリックする音。
キーボードを打鍵する音。
時折鳴る電話の音。
ともすれば眠くなってしまいそうな環境だが、対面に座っている二人の同僚は仕事熱心なのか、あるいは僕が弛んでいるだけなのか、そんな素振りは一切見せずに淡々と仕事をこなしている。
と言うか、眠かった。

「く……」

眠気ほど抗い難い欲求はないだろう、と僕は思う。
人は一カ月食べずとも水さえあれば生きられるらしい。『お腹がすいた』という欲求は人にもよるがある程度は我慢出来る類のものだろう。性欲に関しては諸説あるだろうが、最悪、無くなっても死ぬことはない。
だが睡眠欲だけは別だ。奴は意識そのものをジャックしてくる。現時点で僕の視界は三重くらいに歪み、意識は夢うつつで覚束ない。
駄目だ。寝るのだけは駄目だ。社会人になってまで不真面目の極みなんて言われてたまるか。僕はこの職場で社会人としての矜持と誇りを以て燦然たる未来を未だ純白の僕と言うパレットに七色の筆で十二の聖なる宮殿を――――。
「ていっ」
「痛っ!?」
手の甲にシャーペンを刺しながら睡魔と戦う僕の額に消しゴムが直撃した。投擲手は目の前の机に座る同僚・秋月律子。
いきなりの覚醒に呆然としている僕を、修羅の如き眼で睨んでいる。

「プロデューサー? 今はおねむの時間ではありませんよ?」

「あ、あぁ……悪い、秋月」

口調こそ柔らかで表情も笑顔だが、秋月はこういう時が一番怖い。
いかんせん眼が笑っていない。
元アイドルの肩書を持つ敏腕プロデューサーは怖いのだ。

「すまないな、昨日ちょっと夜遅くて……」

ふわ、と我ながら情けない欠伸が出る。

「夜更かしですか?」

「ええ、ちょっと仕事を残してしまいまして、家で」

「永眠すれば眠くならないですよ」

「そこ、さり気なく僕を殺すな」

「コーヒーでも淹れますね」

音無さんが席を立って台所へ向かう。
音無さんは優しいなあ。秋月も少しは見習って絶対領域作ればいいのに。

「プロデューサー、今失礼なこと考えたでしょう」

「ほう、とんだ濡れ衣だな。僕が何を考えていたのかわかるって言うのか?」

濡れ衣も何も事実な訳だが。

「どうせ『秋月も事務服着ればいいのに』とかでしょう、顔に出てますよ」

「ふん、まだまだ甘いな秋月。音無さんのようにミニスカとニーソックスを履いて出直せ」

呆れ顔で仕事に戻る秋月。しかし恐るべしはその洞察力だ。そのメガネと言い髪型と言い、出会った頃の羽川を思い出すじゃないか。
そういや羽川は元気かな。かつての親友に想いを馳せていると、事務所の扉が開き我が765プロのアイドルが入ってきた。

「お、おはよう……ございます」

「おう如月、おはよう」

やって来たのは、如月千早だった。
少しばかりとっつきにくい、と言うか外見に合わない頑固な性格をしているが、その歌唱力はアイドルのレベルを超越していると言っても過言ではない。
765プロ内においても他のアイドルの追随を許さない程だ。
常に冷静で現実的な彼女は非常にストイックな性格をしているので、打ち解けるのに数カ月を要した。

「あ、あのプロデューサー」

「ん? どうした如月」

如月の顔が赤い。
そう言えば事務所に来た時点でどこかそわそわしている様子だったし、風邪でも引いたのだろうか。
ああ――――いや、如月はつい先日、ひと悶着あったばかりだっけ。

「昨日は、その、ありがとうございました」

「いいよそんなの。それより身体の方は大丈夫か?」

「……?」

音無さんと秋月が怪訝な視線を交わし合っている。
そりゃあそうだろう、一週間も病気で休み、顔も見せなかったアイドルが出社するなり僕に礼を言っているのは、異常とまでは言わずもがな奇異には映るだろう。ましてや、あの男にほとんど心を開かない如月千早だ。

「お陰様で、何とも」

「そうか、それは良かった」

「千早、何かあったの?」

流石に不審に感じたのだろう。秋月は如月に問い掛ける。

「ごめんなさい、律子。心配を掛けてしまって」

「いいのよ、無事だったのなら。それより事情を話してもらえる?」

「……実は、病気と言うのは嘘で……その、問題を抱えてしまって」

確かに、『あれ』を病気と呼ぶには弊害がありすぎる。
あれは、もっとおぞましい何かだ。

「……」

「外に出られない状況になって、ずっと家に篭っていたのだけれど、昨日プロデューサーに助けてもらって……」

それは違うよ如月、と口に出しそうになる。
あいつの言葉を借りる訳じゃあないが、僕は力を貸しただけに過ぎない。
秋月も何となく事の次第は理解したのだろう、小さく溜息を吐いて如月の肩に手を置く。

「そう……結果としては良かったかも知れないけれど、次からはどんな事でも相談して」

「……」

「約束して」

「……はい」

秋月は誰よりもしっかりしているようで、まだ若い。本気で如月のことが心配だったのだろう。

「ありがとう、律子」

「でもプロデューサーが解決するなんて……春香の時と同じですか?」

「中身は違うがまあ、似たようなものだよ」

取り立てて話すような内容でもない。
しかし最初に見付けたのが僕で本当に良かった。あんな症状を他のアイドルやマスコミに知られる前に対処出来たのは僥倖と言えよう。

「心配なのは解るけど、あんまり深入りするな、秋月。如月にとっても愉快な話じゃあなかったんだから」

「……そうですか。まあ、いいでしょう。千早を見る限り変なことをしたようではないでしょうし」

「信頼してくれて有難いよ」

その割には皮肉というスパイスたっぷりだが、秋月は元々こんな奴だ。
ようやく諦めたのか一区切りつけたのか、秋月が席に戻る姿を見て内心で安堵の息を吐く。今回は如月が運悪く関わってしまったが、本来ならば知らない程度が丁度いい。

「ぷ、プロデューサー」

「ん?」

「あ、あの……良かったら、その、本当に良かったらなんですけど」

「なんだ?」

顔を赤らめて視線は伏せがちにし、手は口許を隠すように。まさにもじもじなんて効果音が聞こえてきそうな様子だ。

「わ、私、お礼にお弁当を作ってきましたので、よろしければ、ご一緒にどうですか?」

「っ!?」

「ぴよっ!?」

「そりゃあいいや、誰かの手作りの弁当なんて久しぶりだ」

僕は勿論、自炊なんて出来ないしプロデューサー業に就いてからはずっとコンビニ飯や外食、カップ麺と寂しい一人暮らしのテンプレートのような生活をしている。

ひたぎがご飯を作りに来てくれる――――なんて甘々チックな展開は半年経った今も発生していない。何処かでフラグを立て忘れてしまったらしい。
なので如月の申し出は素直に嬉しかった。
お礼を言われるほどの事はしていないつもりだけれど、これ位は役得として受け取っておこう。何せアイドルの手作り弁当だ。この機会を逃したら一生食べられないレベルのレアアイテムじゃないか。
コンビニ弁当とのレアリティの差で言えば羽川の胸と妹の胸、SRとNくらいの差がある。

「では、昼休憩の時間に」

「ああ、楽しみにしてるよ」

そう笑顔で言い残し、如月はレッスンへと向かう。
さて、そうと決まれば午前中は全力で仕事に取り組み腹を減らしておこう。
と、僕が珍しくやる気を出していると、秋月と音無さんが地球外生命体を見るような眼で僕を見ていた。

「ぷ、プロデューサーさん……」

「はい?」

「プロデューサー……本当に、千早に変なことしてませんよね……?」

「えっ?」

二人の様子がおかしい。音無さんに至っては恐怖のあまりか震えている。何故だ。

「あ、あの男性には特に人見知りする千早ちゃんが……」

「たった一日のことでお弁当だなんて……あの子、歌以外に興味ないのに」

「プロデューサー!」

「うおっ!?」

突然、秋月に胸倉を掴まれる僕。
いきなりの展開に身体が反応できなかったようだ。

「本当に、本当に何もしていないんですよね!?」

「してない、してないって……!」

「そんな……でもあの千早の様子は」

「ぐ、ぐるしい……あき、秋……月……いき、が――」

「いや、でもあの子の事だからプロデューサーを庇って、という線も……でもそれだとお弁当が」

秋月の僕に対する信頼がゼロに等しかった事は悲しいが、それ以上に悲しい事に僕のライフポイントはもうゼロに近かった。

「律子ちゃん! プロデューサーさんが泡吹いてる!」

「えっ……ああっ!?」

「ぼ、僕の骨は……ギアナ高原に埋めてくれ……」

「無茶言わないでください!」

薄れゆく意識の中、走馬灯のようにここ最近の状況が思い出される。
走馬灯とは、死の直前になり如何にして死を回避するかを過去の映像から探す為に起こる現象らしい。死を目の前にして、記憶力が一気に本気を出す訳だ。
僕の記憶が蘇る。
初めは忍との出会いから、忍野との邂逅、羽川との友情、三人との決闘、猫との対決、ひたぎとの出会い、八九寺、神原、千石、貝木、斧乃木ちゃん、影縫さん、臥煙さん、老倉、扇ちゃん――。
ああ、振り返ってみてもろくな人生じゃないな。
けれど、決して最悪ではない。いくら酷い過去でも、笑って思い出せるのならそれは現在、少しでも幸せな証拠なのだから。
僕の名前は阿良々木暦。
職業、アイドルのプロデューサー。

002


今顧みるに、如月千早が『怪異』――に見舞われた兆候は確かにあったのだ。
あったのだが、それに気付けと言うのも無茶な話のように思える。

「千早ちゃん、ひょっとして胸大きくなった?」

それを兆候と呼ぶのなら、そうなのだろう。

何せ、『如月千早の胸が大きくなった』のだから――――。


「え……そうかしら」

時を過去に戻すこと十日前。
事務所で天海自作のクッキーをお茶請けに、三人は小粋にもお茶会を開いていた。三人、という人数に僕は含まれていない。
それは僕がアイドルから嫌われている、という悲劇的事実がある訳ではなく、単純に仕事中だからだ。
繰り返すが僕は担当アイドルに嫌われている訳ではない。
少なくとも天海には嫌われていないと思われる。こうしてクッキーもちょくちょく作ってきてくれるし、お茶も淹れてくれたし。

「本当だ……ちょっと大きくなってる……気がする」

三人の最後の一人、菊地が微妙な表情で如月の胸元を凝視している。
タンクトップにスパッツなんてスポーティな格好の彼女はランニング帰りらしいが、僕も年頃の男の子である以上は上着を着るくらいの配慮がほしい。
それを口に出せない僕も大概だが、悪い光景ではないので言わないでおこう。


それより菊地の件も含め、彼女たちは僕の存在を認識していないのだろうか?
考えてもみてほしい。
『○○ちゃん、胸大きくなった?』
なんて女子トーク全開の場に、僕のような成人男性がいていい筈がないのだ。
いや待てよ? ここは男として信頼されている、と解釈してもいいのではないか?
男として見られていないという可能性も無きにしも非ずだが、ここは敢えて前向きに考え、僕も会話に参加してアイドルとの親交を深めるべきだろう。
そうだ。そうに違いない。決めたぜ。

「えー、本当に? ちょっと見せてよ如月ー」

「……」

「……」

「……」

如月と菊地に養豚場の豚を見るような視線で射抜かれた。
『ああ、この子もいつかお肉になっちゃうのね。可哀想だけど仕方ないのよね』
みたいな。
天海だけは僕を慮ってくれているのか、苦笑いを浮かべている。


「プロデューサー、今のはないですよ……」

心底呆れ顔でのたまう菊地。

「何故だ。僕がいるこの場でそんなお花ちゃんトークを繰り広げるから、僕も仲間に入れてくれるのかと思ったじゃないか」

「普通にセクハラです」

セクハラ。
セクシャルハラスメントの略語だ。
それはまずい。何がまずいって捕まるとか社会的地位を失うとか以前に、事が露呈した時点でひたぎさんに殺される。

「お花ちゃんトークって」

「で、どれ位大きくなったんだ?」

「あ、話は続けるんだ……」

だが僕の意志はダイヤモンド並に砕けない。
これしきの事で退いてたまるか。
セクハラに命を懸ける男とは僕の事だ。

「大丈夫だ、僕は過去に女子小学生を部屋に連れ込んだりおっぱいを揉んだりキスしたりしたが訴えられたことはない」


「それ、犯罪ですよね?」

「逆に警戒レベルがアップしただけなんですけど」

「プロデューサーさんが変態だってことは薄々気付いていましたが、まさかここまでとは……」

いかん、唯一の味方(と思われる)、天海までが引いている。ドン引きだ。まずい。
このままでは変態の烙印を押された上にポリスメンの厄介になってしまう。
ここは何としても誤解を解かねばならない。

「いやいや、聞いてくれみんな。君たちは大きな誤解をしている」

なるべく冷静を装いつつ、大仰に手振りを加えつつアメリカンライクに喋る。

「僕はコミュニケーションが欧米寄りなだけなんだ。その、ハグやキスは挨拶代り、みたいな」

「……」

まだ警戒しているみたいだが、話は聞いてくれるらしい。チャンスだ!

「その証拠に妹たちとキスした経験もあるし、おっ……日常的にコミュニケーションを取っていた」

「……まあ、何でもいいのですけれど」

如月の一言で恩赦が下ったような気分になった。


「でも、少なくとも私にはそういうコミュニケーションはやめてくださいね」

「あ、あぁ。勿論だ」

とりあえず死の危険からは逃れたようなので、一息つく。
昔の八九寺のように迂闊にセクハラも出来ないとは……とんだブラック会社だぜ。
社会人の辛さを噛み締めつつ、話を戻す。

「まあ、冗談は置いておいて本当にスタイルが変わったのならプロフィールの更新もしなくちゃだな」

「まだ話に入ってこようとしてる!」

「ここまで来ると逆に清々しいね……」

最もらしい理由をつけて執拗にもアイドルの胸囲に拘る卑怯な社会人がそこにはいた。
言うまでもなく僕なのだが、ここは敢えて声を大にして言わせて貰いたい。
僕は彼女たちと仕事上でもプライベート上でも仲良くなりたいのだ。
だってアイドルだよ!

(僕は少しでもお前たちと仲良くなって一緒にトップアイドルを目指したいんだ!)

「アイドルならスリーサイズくらい公表されてるんだからいいじゃないか!」

「プロデューサーさん、本音と建前が逆ですよ、逆」


「あ、しまった。つい口に」

「ベタすぎる……」

ともかく、僕はアイドルと仲良くなる為なら手段は選ばないと決めたのだ。
折角、縁があってプロデューサーになったからにはこの立場を利用しない手は無い。

「本当、プロデューサーさんは平常運転ですよね……」

僕が765プロに入社する契機となった張本人、天海は笑いながらそう呟く。
三ヶ月前、僕が内定も取れずフラフラしていた冬。
天海は怪異――魔王の寵愛を受けた。
僕は不謹慎ながらも、天海のお陰で就職できたようなものだ。

「それはともかく……千早ちゃんのお胸は気になるっ!」

「え?」

「ボクも!」

「ちょ、ちょっと二人とも!?」

両手をわきわきさせて如月を追い詰める二人。
いいなあ、僕も混ぜてくれないかな。


「揉ませろー!」

「触らせろー!」

「きゃあああぁぁぁ!?」

菊地に羽交い締めにされ、天海に胸を揉まれる如月。
くそう……!
なんであそこに僕の姿がないんだ……!
世の中間違ってるだろ!

「は、春香……ぁんっ!」

「むっ……! 大変です菊地警部!」

「何があった!」

「んぁ……や、やめ……ん……っ!」

これはどんな僕に対する罰ゲームなのだろう。
そろそろ鼻血が出てきそうだ。

「クロです! 大きくなっています! 間違いありません!」

だが。

「なにぃ!? タイホだぁ!!」

涙を浮かべ、羞恥に耐える如月の姿を見て、僕は思う。

「だ、だめ……んんっ……」

僕はアイドルたちを悲しませるためにこの道を選んだ訳じゃない。
ましてや、このような状況で黙っている為でもない。
プロデューサーとしてやって行こうと決めた僕の決意はその程度か――――!


「天海ぃ!!」

我慢の限界だった。
僕は今までにない位の真面目な顔と大声で天海の名前を呼ぶ。
突然、呼ばれた事と僕の大声に驚いたのだろう。天海と菊地は目を丸くして固まっていた。
二人の魔手から解放された如月が、息も荒く妖艶に潤んだ瞳で僕を見ている。

「プロ……デューサー……」

こればかりは、例え天海でも譲れなかった。
天海に嫌われてもいい。そこまでの決意と共に、三人に向き合った。

「な、何ですかプロデューサーさん?」

僕は息を吸い込み、意を決して意志を伝える。

「僕も混ぜてくれ」



003


「ななじゅう……ななセンチ!」

「春香、ほ、本当!?」

「うん! 良かったね千早ちゃん!」

「うぅ……ぬ、抜かれた……!」

巻尺で如月の胸囲を測る天海、その結果に表情が綻ぶ如月と、相対的に落ち込む菊地。
いやはや、何とも微笑ましい光景と言えるだろう。
まさに青春だ。年齢的には過ぎてしまったあの頃を回顧させてくれる、心温まる一時だった。
で、僕はと言えば、事務所の床に仰向けに転がっていた。
無論、眠くて寝転んでいるのではない。
いくら僕でも就業中にそんな事はしない。

「だ、大丈夫ですかプロデューサーさん……」

「大丈夫だよ、ちゃんと手加減したから」

菊地の言葉通り、殴られたのである。
殴られたのはまあ、僕の自業自得だから良しとしても、実行者である菊地の言には反論したい。
菊地は手加減したとのたまっているが、喰らった側から言わせてもらえば全く手加減されていなかった。


空手有段者の正拳突きを正中線に喰らったのだ。
昔、火憐ちゃんがドヤ顔で人体の急所について講義していたのを思い出す。
確か水月とか言う急所だ。
下手したら死ぬ。

「菊地……間違ってもその拳を一般人に向けるなよ……」

僕は体質上、殴られた程度で死ぬ身体ではないのでいいけれど、それでも痛いものは痛い。

「クックック……甘いな菊地、敵を倒す時は一撃で仕留めろと教えた筈だぞ?」

ゆらり、と効果音を立てて悪役のような佇まいで立ち上がる。

「な……そんな、まだ立ち上がれるなんて……!」

「僕を生かしておいたことを後悔させてやろう!」

「男の急所を狙わなかっただけ感謝してくださいよ」

「盗人猛々しいにも程があるぞ!?」

「狙って欲しいんですか?」

「あ、いや、すいませんごめんなさい。もうしません」

「情けない悪役だなあ……」


天海は女の子だからあの地獄を知らないんだ、と言おうとして止めた。
またセクハラだと言って狙われたら洒落にならない。

「何はともあれ、如月のプロフィールを更新しなくちゃな」

「改めておめでとう! 千早ちゃん!」

「うん、ありがとう春香」

「そうだった……これでついにボクがワーストに……うぅ」

女子にとってバストサイズは相当重要なステータスらしい。
あの鉄面皮な如月が、見た事もない屈託のない笑顔を見せている。

「でもすごいね、急に5センチも大きくなるなんて」

「そうね、私もびっくりしたわ」

「ち、千早……ボクにも秘訣を教えて……」

「毎日牛乳を飲んでジョギングをしていたくらいだけど……功を奏したのかしら」

……どうやら僕の思っていた以上に、如月は自分の胸にコンプレックスを抱いていたらしい。
恐らく、僕にしてみたら身長が5センチ伸びた、くらいの出来事なのだろう。
……僕ももう少しくらい身長が欲しい。
せめて、ひたぎさんより確実に大きいと言えるくらいには。


最後まで書き溜めてたのが手違いで全部消えた……

今日明日中に完結させるつもりだったけど、ゆっくり進行で行かせていただきます……

ついでに補足

・化物語の世界から五年後です
・終物語(下)の最後を基準にしてます
・文体に関しては我流で書いてますのでお目こぼしを
・春香が傷物語みたいな設定で書いてます

とりあえず、サルベージできた分だけ載せます

残りは明日以降思い出しながらちまちま書きます

……死にたい……


「ボクも飲もう……毎日」

「今度一緒に可愛い下着買いに行こうよ!」

「ええそうね、頼むわ」

『所属アイドルの胸囲が大きくなっただけ』。
惜しむらくはこの時点で、僕は楽観視しかしていなかったことだ。
当たり前と言えば当たり前だ。
女性の胸は大きいに限るし、あの如月があそこまで喜んでいるのを見たら、僕まで嬉しくなってきたくらいだ。
だが、その時に少しでも警戒して思考を巡らせる事をしていれば、もっと早く事前に対処出来ていたのかもしれないのも確かだったのだ。
その場の空気に流されてしまったが、良く考えればおかしな話なのだ。
週や月単位でスタイルの計測・管理をしているアイドルの胸が、『ある日突然5センチも成長する訳がないのである』。


「明日明後日とオフだし、買物にでも行こうかしら」

「私も一緒に行くよ、千早ちゃん」

「ふふ……そうね」

僕はその光景を微笑ましくも見届ける。
僕の身長も5センチ伸びないかな、伸びたらひたぎを見下せるのにな……あ、でもまだ火憐ちゃんに負ける。10センチだな……。
この年齢から10センチ伸ばそうとしたらやっぱりジャックハンマーのように骨延長が必要なのだろうか。それはさすがに勘弁願いたい。

そして土日を挟んだ週明けの月曜日。

如月千早が、事務所に来る事はなかった。



004


今日から数えて一日前。
つまり昨日の日曜日、僕は初めて如月家の戸を叩くことに相成った。

理由は至って明確だ。
如月千早が一週間もの間姿を見せなかったのである。
仕事も全てキャンセルし、ずっと家に篭っている、らしい。
らしい、と言うのは一応、毎日連絡だけは事務所に来ているからである。
その理由は一貫して『体調が悪い』。
具体的な病状は解らず、学校も休んでいるようで、ここ一週間で最後に彼女の姿を見たのは先週の土曜日に一緒に買物に向かった天海ということだった。
その天海の言を取っても『いつも通りの千早ちゃんでしたよ』との事なので、異変があったとすれば土曜に天海と別れた後から日曜日ということになる。
と、幾ら想像を張り巡らせたところで意味がないので、僕が直接如月の家に来たという具合だ。
百聞は一見に如かず。


『如月』と描かれたマンションの一室のインターホンを押す。

「……」

返事はなかった。
物音もしない。

「……仕方ない、か」

神経を研ぎ澄ませ、聴力に集中させる。
吸血鬼の頃の後遺症として五感が人間よりも多少鋭い僕だが、こうしてひとつに集中すれば結構な小さい音まで拾える。
そう、例えば如月が居留守を使っているかどうかくらいはすぐにわかるのだ。
もう一度、インターホンを押した。
如月は一人暮らしをしている筈だから、家族がいるという事はないだろう。
耳を澄ませる。

「……」

……いた。
部屋の中から、衣擦れと心臓の鼓動が聞こえる。
家にもおらず行方不明、という二番目に悪い事態は無くて良かった。


「如月! 僕だ、 阿良々木だ! 開けてくれ!」

扉を直接叩いて叫ぶ。
近所迷惑に違いないが、この際仕方あるまい。
寝ている、という可能性もあるにはあるが、ここ一週間の様子を聞く限りは何か問題が起こって引き籠っている可能性の方が高い。
仕事にも真摯、真面目で歌一筋の如月が、明確な理由も述べずに休み続けている、というだけでもう充分に異常事態だ。
如月家の扉を文字通り叩き続けて数分、僕の予想は果たして当たったらしく、かちゃり、と開錠される音と共に扉が開いた。

「……プロデューサー、近所迷惑です」

数センチだけ開いた扉の隙間から、如月の顔が見える。
チェーンロックは施錠したままなので、入れるつもりはないらしい。

「皆心配している。大丈夫か?」

「……大丈夫では、ありません」

くぐもった声で答える如月。

「ですが、プロデューサーに何とか出来る問題でもありません……どうか、お引き取りを」

「僕が力になれないのなら、誰を連れてこればいい? 天海か? 秋月か?」

「……誰も、どうしようもないんです……ですから」

冷たく拒絶の意思を示す如月に、自分の瞳孔が一回りくらい大きくなった気がした。
髪の毛が逆立つような感触。
呼吸は強制的に止まるのに、心臓の鼓動は時間と比例して速くなり続けている。

違うだろう、如月。
冷静で現実主義なお前だが、そんな事を言う人間じゃあないだろう!


「……悪い、如月」

「え?」

申し訳程度の謝罪と、かきん、と小気味いい音と共に、チェーンロックが千切れる。
力尽くで引き千切った。

「え、なに、これ…… 」

「入るぞ」

「だ、だめっ」

突然の事態に狼狽する如月を傍目に、無理やり侵入する。

「来ないでっ!」

「!?」

扉の隙間から身を滑り込ませる僕を追い返そうと両手を突きだして来る。
と、何とも言い難い素晴らしく柔らかい感触が僕の二の腕に伝わった。
むにょん、と言うか、ぽわん、といった感じ。
喩えるのならば――そう、極上のマシュマロのような程良い弾力と、人肌の温もりを持ち合わせたスイーツのような感触。
視覚や触覚よりも先に、男としての本能が僕に告げている。

――汝、この双丘を崇め讃え給え――と。

かつて忍が僕の影から家出(?)した時、羽川を自転車の後部座席に乗せた際に感じた、僕の人生においてベスト5に入るであろう幸福の瞬間が脳裏を過る。
この感触は、そう。


おっぱいだ。
間違いない。
間違う筈も、忘れる筈もない。

だが――おかしい。
如月千早と言えば、日本を代表する『貧乳はステータス』の文言を広める第一部隊隊長の筈ではなかったか。
まな板。
壁。
72。
あらゆる呼称詐称はあれど、愛を込めていじられるのが如月千早であった筈だ。
そんな如月が、そんな如月が、僕の目の前にいる如月が、羽川でさえも超えるであろう巨乳を携えているなんて事が、あってたまるものか――――!

「お前は……誰だ!? 如月を何処にやった!」

次の瞬間、僕の目の前は某RPGの如く真っ暗になった。
殴られた。
グーだった。
まさか如月にグーで殴られる日が来ようとは、人生わからないものである。
芸術的とも言える流線型を描いた如月の拳の軌道は僕の頬 をえぐり、僕は見事、如月宅の玄関に沈む事となったのであった。


ここまでっす。
あとは消えてしまいましたので明日からまた書き直します。
いつも出勤中とかに書いてるのでゆっくりですが……。
読んでくれている方々、この場を借りてお礼申し上げます。

細かいようで申し訳ないが
>>11の「律子ちゃん! プロデューサーさんが泡吹いてる!」って誰のセリフ?

ピヨちゃんだったら「律子ちゃん」じゃなくて「律子さん」だったような・・・

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