阿良々木暦「ちひろスパロウ」 (42)


・化物語×アイドルマスターシンデレラガールズのクロスです
・化物語の設定は終物語(下)まで
・ネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・終物語(下)より約五年後、という設定です



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期待

まさか>>1は150以上の怪異を出すのか……


>>3
いえ、まったり不定期に書いて行こうかと
さすがに無理でございます



001


人の欲は無限だ。

キリストが示した人間の七つの大罪にも含まれるように、欲望というものは果てがない。

例えば百万円稼いだとする。
その時は嬉しいだろうが、次は二百万でなければ満足できないのが人というものだ。

僕はそこまで自分が強欲だとは思わないが、それでもこの資本主義経済システムにおいて日本銀行券はいくらあったところで困らないし、ひたぎという恋人がいながら何人もの美人に囲まれて迫られたら完全に拒絶できる自信はない。
それは僕の未熟ゆえ、という部分もあるのだが、言いたいことは欲というものはそれ程に魅力的であり、人の行動原理であり、甘露であるという事実だ。

アイドルのファンになるのだって、欲だ。
ファンになっておいて仲良くなりたくない、結婚したくない、なんて考える人間はまずいまい。
トップアイドルを目指すのだって、僕がアイドルを育てたいと思うのだって、最終的に行き着く場所は欲望、だ。

だから、それ自体を否定はしない。
出来るわけもない。
欲を失った人間など、歩く死人に変わりがないのだから。

話の舵を九十度ほど転換しよう。

僕の所属するアイドル事務所、シンデレラプロダクションにはとてつもない数のアイドルが所属している。
それでいて質より量、ということもなく各々が違った魅力を持っているから凄絶の一言に尽きる。
そんな状況下で事務仕事と僕のサポートをその一身に受ける人がいた。

千川ちひろ、年齢不詳。

まだ若い身空でありながらパワフルな行動力と的確なアドバイスでアイドル達と僕のようなプロデューサーを導いてくれる存在でもある。
正直、彼女がいなかったらシンデレラプロダクションは回転しないんじゃないかと疑ってしまうほどだ。
だが人間というものは上手くバランスが取れている。
そんな、悪魔将軍よりも完璧に形容出来そうな彼女にも、確かに瑕と呼ぶべき悪癖があるのだ。

それは彼女の名誉を傷付けてしまう恐れがあるため、とてもではないが僕自身の口からは言えないが――。
ともかく、彼女はその悪癖が故に怪異と行き逢う結果となってしまったのである。

彼女は、雀に庇われた。



002


「おはようございまーす」

今日は昼からの出勤だ。
担当アイドルの数も多いこの事務所では僕のようなプロデューサーが何人かに分かれて担当している……らしい。

らしい、というのはそれらしき人物を一切見たことがないからである。
ひょっとしてプロデューサー業を担っているのは僕一人なんじゃないかと疑ったこともあるが、シンデレラプロ所属人数を考えると物理的に不可能だ。
しかし同じ会社の社員を一切見ない、なんてことが果たしてあり得るのだろうか……謎だ。

当面の疑問は胸の内に秘めておくとして、とりあえずは仕事だ。
事務所には既に何人かアイドルが来ている。
千川さんもPCの前に座って事務仕事をしていた。

「おはよう、プロデューサーのお兄ちゃん」

「おう、おは……よ……う」

反射的に挨拶を返してしまったが、そこにいた小さな生き物は果たしてシンデレラプロに所属していない童女だった。
シンデレラプロにはそれこそ八九寺よりも小さな女の子だっている。
最初は戸惑ったが、慣れとは恐ろしいものだ。

「どうしたの、プロデューサーのお兄ちゃん」

「おはようございます、プロデューサーさん……あら、どうしたんですか?」

「……なんで斧乃木ちゃんがここに」

歩く死体、斧乃木余接ちゃんは無表情を崩さずに応える。

「僕は可愛いから、この可愛いさを世に広めないのは罪だと思ってね。アイドルをやることにしたんだ」

「いや、そんな輿水みたいな台詞を無表情で言われても」


「プロデューサーさん、余接ちゃんと知り合いだったんですか?」

「まあ、古い知り合いで」

「なあんだ、新しいアイドルの子かと思っちゃいました」

シンデレラプロにおいては、片っ端からアイドルをスカウト出来る権利がプロデューサーにもある。
その為、所属していなくても可愛い女の子が事務所にいたらアイドルと間違えられるのは致し方ないところなのだけれど……。

と言うか子供とは言え素性の知れない外部の人間を事務所に入れないでくださいよ。
それにこんな小さな童女と古い知り合い、というのも違和感があるような……まあ、いいか。
うちにはもっと年齢不詳なウサミン星人もいるし。

「斧乃木余接だよ。いぇい☆」

「相変わらずの無愛想に僕は逆に安心感を覚えるよ」

「プロデュースよろしくね、鬼のお兄ちゃん」

「その眉毛を剃って来たら考えてやろう」

「僕に眉なしになれって? 酷いこと言うね鬼のお兄ちゃんは」

眉なしになれとは言わないが……いや、アリだな。
想像してみたがそこはかとなく似合う。
眉なしアイドル。
向井や神谷あたりなら……いや、ないな。
つい口を突いて出た言葉だけど、斧乃木ちゃんって眉毛太いよね。
似合うからいいんだけど。

しかし本気で何しに来たんだ?
まさか本当にアイドルになりに来た訳ではあるまい。
と、僕が斧乃木ちゃんの目的について逡巡していると千川さんが身を乗り出してきた。


「それよりもプロデューサーさん、いいところに! 実は今ですね、超得キャンペーンを開始したところなんですよ!」

千川さんは事務仕事の傍ら、僕のようなプロデューサーのサポートも行っている。
彼女は立場上事務仕事もするが、実際はプロデューサーのアシスタントに近い。
まぁ、サポートとは名ばかりでスタドリとかいう正体不明の栄養ドリンクやガチャチケットとかいう謎の有料アイドル強化システムを勧めてくるので、本当はこっちが本職なのかも知れない。

余談だが一度、目が回る程忙しかった時にスタドリを飲みながら仕事をした所、三日三晩不眠不休で働くことが出来た。
しかも身体に何の影響も掛けずに、次の日から普通に生活できるレベルで、だ。
逆にあのドリンクの成分が何なのか怖くて聞けなくなってしまった。

「いや、僕今お金ないんで……」

まあ、嘘でもない。
金がなくて困る程でもなければ余る程あるわけでもない。実に僕らしい。

「そんなプロデューサーさんに朗報! 朗報です! なんと一日コーヒー一杯分の値段でスタドリ&エナドリ計300本とSレア5%チケット30枚ですよ!」

「300本……一本100モバコインくらいとして30000モバコイン、コーヒーが500モバコインとして一ヶ月15000……ガチャチケットを加味したとしても、お得と言うからには三ヶ月分くらいですか?」

「二十年です」

「外車が買えちゃうよ!? 超得どころか誰得だよ!」

「失礼な! ちひ得ですよ!」

「なんで僕が怒られてるの!?」


しかもちひ得って!

とまあ、こんな感じで事あるたびに色々な商品を勧めて来るのである。
ごく稀に善意でスタドリをくれたりするので守銭奴や悪人ではない……と信じたい。
仮にも同僚だし。

「はあ……とにかくいいです、しばらくはスタドリもエナドリもチケットもいりませんから」

「そんなこと言わずに貢いで下さいよ。わた、アイドルたちのために」

「今私に、って言おうとした!?」

「失礼、噛みました」

「違う、わざとだ……」

「噛みまみた」

「わざとじゃないっ!?」

「神は私だ」

「色々ひどすぎるよ! それ八九寺のキャラだし!」

ナビキャラだから確固としたキャラがないなんて言い訳じゃ通じないレベルだよ!

「まあまあプロデューサーさん……あら?」

と、いつものやり取り(これが恒常化しているのも問題だけれど)をしていると事務所のインターホンが鳴った。
来客のようだ。
千川さんが席を立つ。

「お客さんみたいですね。出てきます」


「あのお金のお姉ちゃん、すごいね。守銭奴だね」

「お金のお姉ちゃんって」

擁護してあげたいところだが否定出来ない辺りが千川さんの鬼だの悪魔だの言われている所以である。

勿体無いなぁ、あの人、普通にアイドルやっててもおかしくないくらい美人なのに。

「確かにあの人のお金への執着は貝木と同等かそれ以上だと思ってる 」

貝木と比較するのも失礼だが、事実である以上はいかんし難い。
斧乃木ちゃんにおける千川さんのイメージを下げても仕方ないので、それとなく話題を軌道修正した。

「……で、本当は何しに来たの、斧乃木ちゃん」

「お金のお姉ちゃんに、怪異が取り憑いてるから」

「え?」

突然伝えられた斧乃木ちゃんの言葉に反応する間も無く、玄関口から来訪者との会話が聞こえてきたのだった。



003


『初めまして、私、こういう者です』

『セールスの方ですか』

来ていたのは、セールスマンらしい。
アイドルプロダクションにおいてセールスマン自体は珍しくない。
営業と同じで中小企業がアイドルとのタイアップを狙って商品を売り込みに来ることは良くあることだ。

だが相手が悪い。
千川さんはその手の輩に一度として敗北を喫したことのない恐るべき経歴を持つ。
ものを売り込みに来たセールスマンを口八丁手八丁で丸め込み、非合法ぎりぎりの話術で翻弄し、挙げ句の果てに脅迫と見紛うような手口で商品だけを無料で掠め取る天才だ。
千川さんの手により泣いて帰ったサラリーマンの屍は数知れないと言えば凄さが伝わるだろうか。
彼等が減給や解雇処分になっていないことを祈るのみである。
同情こそすれど、僕に出来るのはこんなところに来てしまったセールスマンの方に合掌するだけだ。南無。

『折角ですけど、うちはそういうのは……』

『まあまあ、私は普通のセールスマンとは違いまして……不思議な商品をお売りしているのです』

僕は今回もまた犠牲者が……と顔も見えないセールスマンに同情の念を送っていた、のだが。

「なあ――斧乃木ちゃん」

「なあに、鬼のお兄ちゃん」

視線を交わさずに、斧乃木ちゃんに問う。
そこには、僕の聞き違いであって欲しいという願いが込められていたのかも知れない。

「なんか、扉の向こうに良く知ってる奴がいる気がするんだけど」

「奇遇だね、僕もそう思っていたよ、鬼のお兄ちゃん」

だが、その願いは儚くも散ってしまったようだった。
特大の溜息と共に玄関口へと向かう。


『不思議な?』

『ええ、例えばこれ。アイドルの魅力を数倍に引き上げる化粧水。もちろん、効果がなければお代は――』

「……何してんだ、あんた」

「あら?」

「…………」

そこには果たして予想通り、不吉なシルエットの男がいたのであった。

貝木泥舟は僕等を見るなり表情を不機嫌そうに歪め、濁った眼でこちらを睨む。

「久し振り、貝木のおじさん」

「……何をしている」

「そりゃこっちの台詞だ――詐欺師はもう店仕舞いか?」

「ああ、詐欺師は儲からないからな。真面目にサラリーマンをやっている。歩合制で辛いんだ、助けると思って何か買ってくれ」

「嘘つけ」

「ああ嘘だ。何故貴様らがここにいる」

「プロデューサーさんのお知り合いですか?」

「こいつは詐欺師ですよ」

「プロデューサー……?」

まさかこんな場所で出会うとは夢にも思わなかったが、来た所に僕がいてまだ良かった。
未然にこいつの詐欺を防げた、と思おう。
となれば、とっととお帰り願うしかない。


「まさかとは思うが、お前アイドルのプロデューサーになったのか?」

「……悪いかよ」

「成程成程、確かにお前は女をたぶらかす天才だったからな。天職だ」

「人聞きの悪い嘘をつくな!」

「人聞きの悪い嘘……なんだか良いことをする善人、みたいなフレーズですね」

「アイドルは儲かるからな。私も面さえ良ければアイドルをやっていただろうに」

喉を鳴らしながら笑えない冗談を囀る貝木。
何を抜かしてやがる。
例えイケメンだろうとお前だけは百回転生しても詐欺師の道を歩むだろう。

「余接。お前は何故ここにいる」

「僕はアイドルをやるんだ。いぇーい、らぶらぶきゅんきゅん?」

「…………」

両の手でハートマークを胸の前で作る斧乃木ちゃんに対し、有無も言わせずその頭頂に拳骨を叩き込む貝木。
まあ、この時ばかりは貝木の気持ちもわからんでもないけれど。

「痛いな、いきなり殴らないでよ貝木のおじさん 」

「余弦の馬鹿は何をしているんだ」

「いいからとっとと帰れよ、ここに居たって金にはならないぞ」

お前の顔も見たくないしな、と付け足す。
建前でも何でもない。
出来れば貝木とは一生涯会いたくなんてないのだ。

「いいだろう。帰って欲しければ金を払え」

「この――」

「俺はそこのお嬢さんに用がある」

「へっ? わたし?」


千川さんに向き直る貝木。

しかしお嬢さんって歳でもないんじゃ……なんて言った日には池袋とタッグで身体を改造されていてもおかしくない気がするので止めておこう。

「なあお嬢さん、俺は詐欺師だが、この化粧水は本物だぜ。普通の化粧水とは違う。魅力を数値化して増大させる魔法とも言っていい逸品だ。アイドルに使うのは阿良々木が許さんだろうからなしとしても、自分で使うなら問題ないだろう?」

包装された小瓶をちらつかせ、説明を始める貝木。

「本来ならばこのお試し版で度肝を抜いた後にタダ同然の化粧水を大量に買わせ逃げようとしたのだが……女にとって美は命よりも大切だろう? 騙されたと思って、どうだ、買わんか」

最初に本物をタダ同然で与えておいて後で偽物を大量に売りつける、か。
詐欺師のやりそうな手口だ。

しかしそんなもの、千川さんが買うとは思えないし――。

「……ちなみに、おいくらですか?」

「千川さん!?」

「黙っていろ、お前には関係ないだろう」

「黙っててくださいプロデューサーさん」

「な……」

まるで蚊帳の外だ。

余接ちゃんは飽きたのか勝手に冷蔵庫からシュークリームを取り出して食ってるし。それ三村のだぞ。

貝木も千川さんも阿吽の呼吸で懐から同時に電卓を取り出す。
今まさに、ここにて世界一の商売人と詐欺師の対決が始まろうとしていたのである。


「では商談に入ろうか。そうだな……これくらいか」

「高すぎですよ、これくらいじゃないと買いません」

「馬鹿も休み休み言え、話にならん」

「でも一個はタダでくれるんでしょう?」

「それは詐欺が前提だ。無料ではやらんぞ」

「じゃあ買いませんよ」

「くれてやるとしても、その場合はそれを含めこの値段だ」

「男が一回言ったことを曲げないでください。一個目と二個目以降の値段は無関係です。これくらいで」

「男らしくなくて結構。これ以上は罷らんからな」

「元の値段と大して変わらないじゃないですか」

「これでも原価ぎりぎりなんだ、これ以上安くしたら俺の儲けがなくなる」

「嘘でしょうそれ」

「ああ嘘だとも。だが絶対安くはせんぞ。買え」

「いーえ、安くしてくれなきゃ買いません」

光速かと見紛う程の速度で電卓を打鍵しながらお互い一歩も退かない。
その光景は何処か神々しくさえあった。


「なんか……すごいな。悪人は悪人を知ると言うか……」

「日本守銭奴大決戦ザ・ムービーだね」

「そんな映画は見たくない」

「それより鬼のお兄ちゃん」

「ん?」

シュークリームの生クリームで口の周りを汚しながら、次のエクレアに手をかける斧乃木ちゃん。
先程と同じく『かなこ』と名札が付いているが、見なかったことにしておこう。
少々可哀想だが三村のやつ、最近またふっくらして来たしダイエットに丁度いいだろう。

「さっき言ったよね、お金のお姉ちゃんに怪異が憑いてるって」

「あ、ああ! ノリで忘れちゃってたぜ」

「鬼のお兄ちゃんはノリだけで生きているからね。仕方ないよ、気を落とさないで」

「僕が常にノリだけで生きている風太郎のような表現をするな!」

「おにいちゃんはどうしてはたらかないの?」

「平仮名だけの幼女喋りに悪意を感じる!」

ちゃんと働いてるよ!
エクレアを食べ終わり、生クリームに次いでチョコで口周りをデコレートしながら斧乃木ちゃんは告げる。

「そう、お金のお姉ちゃんに憑いてるのは――」

ごくり、と自分が唾を飲む音がやけに大きく響いた。

一体、何が憑いているって言うんだ……?


「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………」

「………………何だっけ?」

「知るか! 前フリまでしといて忘れたのかよ!」

「あ、思い出した」

「不安定すぎるんだよ!」

斧乃木ちゃんと会話していると普段の五倍くらい疲れる気がする……僕も齢かな。

「直心雀。ひたうらすずめだ。腰折雀から派生した怪異だよ」

三村印のプリンの包装を解きながら説明を始める斧乃木ちゃん。
もう何も言うまい。っていうか三村もどれだけ持ち込んでるんだよ。

腰折雀。
確か宇治拾遺物語にあった御伽噺だ。お婆さんが腰の折れた雀を見つけ、面倒を見てあげたら後日その雀が種を運び、それを植えて身をつけた瓢箪から米が溢れ出した。
それを見た隣の欲深いお婆さんが同じくして腰の折れた雀を探すがおらず、自分で石を投げ付けて腰を折り面倒を見てやったが、その雀が持ってきた種からなった瓢箪からは毒虫が溢れ出し、お婆さんを食い殺した……という御伽噺にありがちな落ちの話だ。


「人間は元々欲深い人間だ。直心雀はそこにつけ込む。取り憑かれた人間は自覚もないままに欲望だけが増進する。それくらいならまだ個人で完結するからいいんだけれど、この怪異は取り憑いた人間が持てる最大の能力で金を稼ぐ。それ以外のことは何一つ顧みずに、ね。取り憑く相手によっては世界の経済すら動かしてしまうんだ」

まあ、簡単に言えば貝木のおじさんみたいになっちゃうんだ、と付け足す斧乃木ちゃん。
なにそれ怖い。

「鬼のお兄ちゃんの財布が危ないから、治してこいってお姉ちゃんに言われたんだった」

「それは有難いけど……治せるのか? 言っとくけど、こんな場所で『例外のほうが多い規則(アンリミテッド・ルールブック)』を使っちゃ駄目だぞ?」

「えっ」

「えっ、て使う気だったのかよ!」

「事務所ごと吹っ飛ばして後腐れ無いようにしようかと」

「大雑把すぎる!」

ダメだ、影縫さんの影響がこんなところに。
あの人基本的に腕力で解決するからな……。

「まあ、鬼のお兄ちゃんの首も一緒に吹っ飛ぶけどね」

「大して上手いこと言ってないからな!?」

「大丈夫だよ、鬼のお兄ちゃん。目には目を。怪異には通例を」

斧乃木ちゃんは肩から下げていたポシェットから一握りの米を取り出す。

「それは……米?」

「直心雀も所詮は雀……怪異仕様に品種改良したこのお米があれば、手の平返して飛びつく」

えい、と目算もなく適当に二人に向かって米を投げつける斧乃木ちゃん。


「きゃあ!?」

「ぐっ……!?」

突然の攻撃(?)に驚くも遅く、次の瞬間には苦しそうに身を捩る二人。

「お、おい! 大丈夫なのか?」

「奉身米……臥煙のお姉ちゃんからもらった、怪異にまつわる、怪異を宿したお米だよ、鬼のお兄ちゃん。これを身体に掛けられた人間は、怪異を祓うと同時に――強制的に、無欲どころか献身的な人間になる」

「……え?」

献身?

無欲や献身なんて言葉が世界で十本の指に入るくらい似合わないこの二人が?

そんな馬鹿な、と成り行きを見守っていると、千川さんが身を起こしてこちらにやって来る。

「プロデューサーさん……」

「千川さん、大丈夫で――」


「今までごめんなさい!」

「え……?」

いきなり頭を下げる千川さん。

「私ったら隙あらばプロデューサーさんに商品を売りつけたり酷いことばかり……」

「ひどいって自覚はあったんですね?」

「これからは改心します! スタドリ10本で500モバコイン! Sレアチケットも20%に引き上げです!」

「確かにお得ですがそれでもお金を取るあたり流石です!」

と、蹲っていた貝木が立ち上がりこちらを見下ろしてくる。
千川さんの変貌ぶりに忘れてしまっていた。

いつも猫背だからわかりにくいけれど、何気に背、高いんだよなこいつ。
枯れ木のようなシルエットをしているし。

「阿良々木……」

「貝木……」

「今まですまなかった……全面的に謝罪しよう」

「…………は?」

あろうことか、貝木は腰を九十度曲げて僕に頭を下げる。最敬礼だ。

羽川が畜生道に堕ちるくらいあり得ない光景を前に、僕の体表から30センチほどの領域だけモノクロに変わる。
リアル一時停止だ。

そんな僕に関わらず貝木は頭を抱え、苦渋の表情を浮かべながら続ける。
それはとてもじゃないが演技には見えなかった。


「俺は何故今まで詐欺なんぞを……これからは心を入れ替えて真っ当に働こう」

なんだ。

なんなんだ。

何を言っているんだこいつは。

「戦場ヶ原に蜂の妹……間接的には不死鳥の妹と蛇神もか。俺の出来る範囲で誠意と行動を以て詫びを入れよう」

「か、貝木の口から誠意なんて言葉を聞く日が来るとは……」

「世界一似合わないね」

千川さんもそうだが、顔つきすら変わっている。
人は、齢を重ねるに連れて瞳の光を失って行く。
それは現実を知っていくという過程で致し方ないことだろう。現実を直視しなければ現代社会で生きて行くことは困難だ。
だが今の貝木と千川さんの瞳はキラキラと輝いているというか、一分の穢れもない、まるで龍崎や市原に見られる小学生組のような綺麗な目だ。
言うまでもなく死ぬほど似合っていない。

と言うか、下手なホラーよりも百倍は怖い。

「余接、貴様にも色々と世話をかけた」

「ううん、いいんだよ貝木のおじさん。ハーゲンダッツ一年分で」

「何気に高い!」

「わかった、買ってやろう」

凄まじく爽やかな、それでいて大器を思わせる微笑みを湛える貝木。
外見が外見だけに、セバスチャンなんてあだ名がつきそうな、老紳士も驚愕のダンディっぷりだ。

ああ、こいつも歩む道さえ違っていたらこんな風になっていた可能性もあったのかな。
どうなのかな。
どうでもいいや。


「うわあ、何これ気持ち悪い! すごく気持ち悪い!」

思わず叫ぶ。
全身が粟立ち痒くなる。
怖気と寒気が止まらない。

「プロデューサーさん、このスタドリワンカートン、私からの気持ちです! もちろんお代は頂きませんから!」

「何か欲しいものはないか、俺が買ってやるぞ阿良々木」

周囲に光の粒子が飛び散っている二人に囲まれて奉仕を強制される。

それはまさに、地獄の光景と言っても過言ではないだろう。

「ひいいいいいいい!?」

僕は今日この日を一生忘れることは出来ないだろう。

プリンを平らげ、けふ、と可愛くげっぷをする斧乃木ちゃんを後目に、僕は気を失ったのだった。



004


後日談というか、今回のオチ。

あの後数時間後、僕が気絶している間に二人は元に戻ったらしい。

幸か不幸か無欲な人間になっていた間の記憶は残っていたらしく、二人とも糸が切れたように茫然自失としていた。
特に貝木は相当凹んだらしく、一言も喋らずに姿を消した。ざまあみやがれ。
斧乃木ちゃんも役目は果たした、と言わんばかりに速攻で帰って行ったし。

千川さんの商売人っぷりは怪異が原因で、これからは真っ当なアシスタントさんとして暗躍してくれるのだろう。

かと思いきや。

「プロデューサーさん、特製スペシャルスタドリはどうですか? これ一本で一週間は不眠不休でハッスル! 夜のお供にも最適ですよ!」

「……ちなみに、成分は?」

「愛と勇気です」

「胡散臭すぎる!!」


結局、あまり変わることはなかったのである。これが千川さんの素なのか、憑かれていた期間が長すぎて完全に定着してしまったのかはわからないけれど。

ただ、前より多少はサービスしてくれたりするようになった気もする。
あくまで『気がする』レベルだけれど。

「この際だからはっきり言っておきます。僕は余程切羽詰まっていなきゃいりません」

「アイドルたちの為を思えば……でしょう?」

「う……」

それを言われると痛い。
ただでさえ我がシンデレラプロは人数が多い。
比例して仕事量も多くなる。

だが、ここで引き退がったらこの先ずっと千川さんにペースを握られることになる。
少々歯痒くはあるが、断言すべきだ。

「それでも、です」

「そうですか、わかりました」

「……?」

いやに簡単に引き下がる千川さん。

ふと、ある仮説が頭をもたげた。

……もしかして。


「わざとだったんですか? 自ら悪者を演じて、アイドルたちを発奮させるために」

僕としては悲しいことだが、千川さんの行動に疑問を抱いているアイドルも少なくはない。
とは言え千川さんがシンデレラプロの縁の下を支える人物である以上、どうこう口出しをするアイドルもいないのだが。

もし、千川さんが横暴に振舞った結果、ならば少しでも僕の負担を減らそうと考え頑張ってくれるアイドルがいたとすれば、それは――。

「そんな訳ないでしょう。私はお金が全てだと思ってますから。お金に勝る力はこの世にないんですよ?」

千川さんは悪そうな笑顔でそう返す。

親バカに近い感情かも知れないが、うちにはいい子が多い。
先程の仮説も、近からずも遠くはないだろう。

「驚きました、千川さん、ツンデレだったんですね」

「ツンデレオプションは一回につき100モバコインですよ?」

けれど、まあ。

本人がそう言うのなら、そういうことにしておこう。

「あ――――――――――っ!」

突如として事務所内に響いた叫び声に、思わず身を竦ませる。
急いで声の元へと急ぐと、三村、双葉、諸星、中野の姿があった。


「な、何だ何だ、何があった!?」

「わ、私のおやつがぁ……!」

そこには、冷蔵庫の前で崩れ落ちる三村と、

「あっ暦ちゃんだ! おっすおっす☆」

「かな子ちゃんがおやつを根こそぎ食べられたんだってさ」

「しかも無断で! 許せません!」

それを取り囲む三人の姿があった。

しかも空手少女押忍にゃんこと中野は怒っているし、諸星は自然体で僕のコミュニケーションを受け流して攻撃に変える達人だ。
この間、ちょっとセクハラをしようとしたら手首の関節を外された時は驚愕の一言に尽きた。

ともかく、そんな空気の中、僕の知り合いが食べた、とかダイエットに丁度いいじゃないか、なんて言えるはずもなく。

「プロデューサーさん、誰が食べたか知りませんか!?」

気合を入れ中段正拳突きの構えを取る中野に、

「泣かないでかな子ちゃん! きらりがきらりん☆ぱわーでこてんぱんにしてあげるにぃ!」

腕をぐるんぐるん回しながらいつも以上に眼を光らせる諸星。

「ふああ……」

最後のは双葉のあくびだ。


「い、いや……知らないな。酷いやつもいるもんだ」

「…………」

「…………にょわ」

「…………」

あ、やばい。超疑われてる。

僕が食べたんじゃないのに!

「プロデューサーさん」

と、彼女たちからは死角となっている場所からこっそりと千川さんが声を掛けてきた。

「今なら5000モバコインでこの場を切り抜ける特選スイーツをお譲りしますが?」

「……お願いします」

脳内で悪魔と握手する自分の姿が思い浮かぶ。

彼女は自らの生き方を貫いているだけであり、それを阻害する権利は誰にもない。
勿論、僕にもだ。

「毎度♪」

千川さんが女神となるか悪魔となるか。それは僕の受け取り方次第。



ちひろスパロウ END

拙文失礼いたしました。
試しに書いてみたモバマス版、ちひろさんです。

ありがとうございました。

ぼのののも書けたので新しく立てて書きます。
よろしければ見てください。

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