阿良々木暦「りつこドラゴン」 (51)
・化物語×アイドルマスターのクロスです
・化物語の設定は終物語(下)まで
・ネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・終物語(下)より約五年後、という設定です
・アイドルマスターは箱マス基準
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001
かたん、ことん。
かたん、ことん。
規則性のある音と、心地の良い揺れで私の目は覚めた。
どうやら新幹線の中でうたた寝をしてしまったらしい。
少し焦って時計を見ると、時刻は記憶から五分程度。
よかった、寝過ごしたりはしなかったみたいだ。
とはいえ、例え眠ってしまっても隣に目的地が同じ人間がいる以上は、その可能性も低いだろう。
「……うぅん……」
「…………」
隣人も船を漕いでいた。
例え二人いようとも二人揃って寝過ごしてしまったら話は別だ。
しっかりしているんだか、いないんだか良くわからない人だなあ。
小さな溜息と共に自分の表情が綻ぶのを感じる。
でもこの陽気の中、呆れ返るほどのいい天気で眠気を倍増させる列車内――うたた寝のひとつもしたくなる、か。
これも旅の醍醐味と言えるのかも。
そう、私、秋月律子は旅に出ていた。
有給休暇を利用した旅行だ。
本来ならば休む暇もないほど忙しい私の勤め先だが、社長が私は働きすぎだし有給は消化してくれないと困るよ君ィ、という恐らくは社長の気遣いのもと、こうして三日の休暇を取った。
働きすぎだとは思わないが、確かにここ一年、ろくに休みも取っていなかった気がする。
アイドル業に土日休みなんてありえないし、休みが不定期な以上、まとまった休日なんて夢のまた夢だ。
二連休? なんですかそれ? と皮肉を言いたくなるくらい。
でも私にとってもアイドル達にとっても、今が一番大切な時期なんだ。ここで踏ん張らなきゃいけない。
窓の外、滑っていく景色を眺めながら、日常との差異にちょっとした空虚感を覚える。
今日は確か雪歩がグラビア撮影だっけ。大丈夫かな、また緊張して現場に穴掘ったりしてないかしら。
あと伊織とやよいもラジオ収録が……あそこのディレクター、ちょっといやらしいのよね。
プロデューサーがついてるから大丈夫だとは思うけど、心配になってきた。今からでも遅くはないし、対策を電話で――。
……ああ、駄目駄目。
休みの日まで仕事のことを考えていたらまた彼に仕事人間なんてからかわれてしまう。
仕事人間、なんてのは身を粉にして働くことこそ美徳、とされた古き良き日本の就業態勢に対する嫌味がたっぷりと込められた言葉だが、私自身がそうは思っていないからいいのだ。
これは私の夢なのだから。
私の夢くらい、私が応援してあげないで誰が応援するんだ。
夢を夢のままで終わらせない事が、私の唯一の生き甲斐なのだから。
それに彼のことも少しは信頼してあげなくちゃいけないよね。
けれど彼は、私を完璧超人か何かかと思っている節がある。
事あるごとに秋月がいれば安心だ、秋月に任せておけば大丈夫、と口癖のように言う。
そりゃあ、信頼されていること自体は嬉しい。
嬉しいけれどそれにしたって限度はあるし、それに何より彼にそうやって頼られても、何処か馬鹿にされている感が否めないのだ。
……単純に私の被害妄想かも知れないけれど。
彼の名は阿良々木暦。
今年の春、新卒プロデューサーとして我が765プロダクションに入社。
出身はかなりの地方、家族構成は両親に妹が二人。
彼が只者ではないことは入社以前に知っていた。
今年の春、ようやく気温も安定して暖かくなって来た頃の話。
765プロの所属アイド ルである天海春香に異変が起こっていて、それを彼が解決した――という運びで入社に至ったのだが、正直言って最初は胡散臭い宗教勧誘か何かかと思ったくらいだ。
彼でなくともいきなり事務所に現れておたくのアイドルに悪霊が憑いていますよ、なんて言われたら悪徳セールスか宗教くらいしか思い付かない。
そこはまあ彼も自分で自覚していたところだし、許してもらおう。
ともかく、私の彼に対する第一印象は『変な人』だった。
だった、と言うか今でも変だと思っている。
伊織に小学生レベルのいたずらをしたり、仕事中にも関わらず亜美と真美と一緒になって全力で遊んでいたりと、彼なりのアイドルとのコミュニケーション方法なのかも知れないが私には到底理解出来ない。
どんな時でもおちゃらけていて、はっきり言って鬱陶しいと感じることすらある。
けど――どこか憎めない人。
悪口ばかりでは流石に可哀想なのでいいところも紹介しておくと、彼はとにかく一途だ。
彼の入社当時は私が教育係として研修に当たったのだが、どんな事でも一度教えた事は何度失敗しようとも成功させる。
最初はプロデューサー業なんてすぐに音を上げて辞めてしまうだろう、と思っていたくらいだったが、今やまだまだとはいえプロデューサーとして形にはなって来ている。
半年で仕事も人並に取れるようになって来た。成長のスピードとしては断然早い方だ。
そんな彼が765プロに来てから、アイドル達にも変化があった。
春香を初めとした『怪異』という存在だ。
怪異。怪しく、異なるもの。
二十年弱生きてきて全く縁のなかった言葉だったが、彼と出会うことで私はその存在を知った。
どうやら彼は怪異を通して他人と関わる星の元に産まれたようだ。
春香の後も私の与り知らない場所でアイドル達は怪異と出会ったらしい。
それ自体は決して褒められた事ではないが、概ね結果オーライとなっているあたりが彼らしいと言うか何と言うか。
こちらとしては呆れるばかりだが、彼を見ていると世の中にはそういう、決して普遍的なルールに当てはまらない生き方をする人間が本当にいることを思い知らされる。
これでは彼が疫病神みたいなので一応フォローしておくが、彼が来たことにより決して悪いことばかり起こっているわけではない。
仕事も難なくこなすようになってくれたお陰で私と音無さんの負担もかなり軽くなったし、春香も彼がいなければ最悪、今頃アイドルをやめていた可能性だってある。
異性ながらアイドル達ともいい友好関係を築けているようだし。
本人の言によると女の子と仲良くなれるのは僕の自慢できるふたつの特技のうちのひとつだ、との事だ。それも特技としてはどうかと思うけど。
ちなみにもうひとつは数学らしい。
どちらも人生においてそこまで役に立たないあたり、またまた彼らしい。
さて、ここからが今回の本題だ。
彼も765プロのアイドル達が軒並み怪異に巻き込まれているのは自分のせいだと思っており(本当かどうかはわからないが)、私にも忠告してきたのだ。
秋月、お前にも怪異の手が及ぶ可能性がある。
だからくれぐれも気を付けてくれ――なんて。
おまけに秋月なら大丈夫だよな、なんて根拠も何もない信頼を押し付けて。
私を何だと思っているのだろう。
私は、貴方が言うほど強くない――。
「秋月さん、大丈夫?」
先程まで眠っていた同伴者がいつの間にか起きていたらしく、私の顔を覗き込んできていた。
いきなり現れた、均整の取れた年齢の割には童顔な彼女に少し見惚れる。
彼女の名前は羽川翼。
本名かどうかも定かじゃないけれど年齢は私より少し上。
外見だけなら高校生でも充分に通る。
綺麗だよね、彼女……うちでアイドルやってくれないかな。
スタイルも抜群だしあずささんと貴音とユニット組ませれば無敵艦隊とも評せる程になるだろう。
「なんか、すごい顔してたよ?」
「あ、ええ、ちょっと考え事を」
だから駄目だって。ああもう、プロデューサーのせいで変な語彙も増えてきちゃってる。
よくない、良くないぞ私。
「もう、眉間に皺寄せてたら跡になっちゃうよ?」
せっかく美人なんだから、と私の額を指先でちょん、と突つく。
何というか、掴めない人だ。
いつも通りの私を打ち破ろうと、成り行きで行き先が同じだった彼女と同伴することになったけれど……早計だったかな。
でも、何となく彼女と話をしたかったのは事実だし――。
え、と。
何だっけ?
ああそう、怪異がどうこう、って話だ。怪異に憑かれる可能性があるから気をつけろ、という彼の助言。
だけれど、そんなもの、プロデューサーに心配されるまでもない。
いや、正確にはもう手遅れなのだ。
だって私は、とっくの昔に怪異に取り憑かれていたのだから。
002
彼女、羽川翼さんと同行することになった経緯について、少しだけ回想に時間を割こう。
大丈夫、それはすぐに終わるくらいにあっけないものだったから、一瞬だけ耳を傾けてくれればそれでいい。
「旅は道連れ、って言うじゃないですか。
私、これでも世界中を回っているんです。旅に関してはちょっと自信があるんですよ」
これだけだ。
本当にこれだけだったのだ。
平日の昼間、地方に向かう指定席なんていうのはガラガラなものだ。
その中で偶然、隣に居合わせたのが羽川さんだった。
長時間隣に座っているのも何処か気まずい――そんな不要な気遣いを私がし始めた頃に、羽川さんは私の心を見透かしたかのように話しかけてきたのだ。
『何処に行かれるんですか?』
と。
列車内で何処に向かっているのか、という話題はごく自然なものだろう。
その会話の末、またしても偶然に私と羽川さんは同じ場所へと旅行へ行く途中だったということが判明し、そして私が了承した、という流れだ。
私は彼女の言う旅のこつ、知識のような『形の不確かな価値のあるもの』が好きだ。
知的財産、のようなものだろうか。
決して形としてこの世に現れることはないけれど、持っているだけで役に立つ――みたいな。
そんな彼女に惹かれたというのも大きな理由のひとつだが、普段なら絶対しないような見知らぬ人との旅は、規則の遵守と緻密なスケジュール通りに動かなければならない私の日常を壊してくれるようで心を揺さぶった。
簡単に言えば、わくわくしたのだ。
それに、彼女とは初見で話をしてみたかった――というのが正直なところだ。
何故かと問われると、それは奇々怪々、摩訶不思議な現象――彼の言うところの怪異絡みになるのだけれど。
「羽川さん、お仕事は何をなさっているんですか?」
失礼でなければ、と付け足して聞いてみる。
先ほど世界中を回っている、と言っていたから国際関係の仕事だというのはわかったが、詳細はまだわからない。
見た感じでは外資系のOL、という感じでもないし……イメージとしては翻訳家や科学者、というところだろうか。
「んん、私は……そうだね、言うなら何でも屋、かな」
「……何でも屋?」
「うん、NGOに所属しててね。発展途上国で難民キャンプで支援活動をしたり、あとはアマゾンで自然保護とか、奉仕活動とか……まあ、他にも色々と」
この間テロリストに銃を向けられたときはびっくりしたよ、なんて言い出す始末。
外見に似合わず中々にディープな人生を送っているようだった。
反応が追いつかずそうですか、なんて生返事をしてしまった。
うん……それならば何処かタフな雰囲気を出しているのも頷ける。
実際、彼女とお話をしていると言葉の端々から識見深さを思い知らされる。
「大変そうですね……」
「でも、好きなことをしているだけだから」
「あ、私は――――」
つらいなんてことはないよ、と羽川さん。
こちらから聞いておいて私は明かさない、なんてのも失礼だと思ったのだが、
「アイドル、だよね?」
「……あ……ご存知、でしたか」
先手を打たれてしまった。
本当に、人の思考を一手も二手も先回りする人だ。
「アイドルの秋月律子さん。有名じゃない」
「いえ、そんな……私はもうアイドル活動はしていませんし」
「今はプロデューサーをやっているんだってね?」
「そんなことまでご存知なんですか?」
普通、引退したアイドルなんて気に掛けないのが普通ではないだろうか。
「あ……」
その時、視界がジャックされノイズが走る。
歪み始める世界を前に目を閉じるがもう遅い。
駄目だ。
やめて。
私は、『読みたくなんてない』――。
「う……っ!」
私の意思と反して『私の瞳が分割される』。
二つの眼球がそれぞれ分かれ四つに。八つに。十六、三十二、六十四、百二十八、二百五十六、五百十二、千二十四、二千四十八、四千九十六、八千百九十二、一万六千三百八十四、三万二千七百六十八、六万五千五百三十六、十三万千七十二、二十六万二千百四十四、五十二万四千二百八十八――――。
階乗に増えて行くそれは瞬く間に数億の複眼と化し、羽川さんを『視た』。
あれは――――。
「猫……と、虎……?」
「え……?」
羽川さんの背景に写るのは、白い猫と燃える虎だった。
さっきもちらりと見えたのだが、こんなのは初めてだ。
いつもならば、他人の表層意識とでも言うべきものが覗ける。
そう。
私は、『時々、人の心が読めてしまうのだ』。
それは、プロデューサーと出会うよりも昔のこと。
いつからこうなったのか、明確な時期は覚えていない。
けれど、まるでオープンチャンネルのように他人の考えが、思考が、思惑が、思念が、恣意が、無作法にも私の頭に流れ込んでくる。
――見たくもないものまで。
もう、本当に何なのだろうこれは。
そう、まるで。
「「怪異……」」
私と羽川さんの声が重なり、二人はきょとんとした表情を、鏡合わせのように見合うのだった。
003
都心から新幹線と電車を乗り継いで二時間、駅からバスで三十分。
「ああ、気持ちいい……」
自慢の露天風呂では都会のしがらみを忘れて絶景と共に入浴をお楽しみ下さい。
「本当……一ヶ月くらいここに住みたい……」
神経痛、筋肉痛、関節痛、打ち身、冷え性に効能あり。
「……よく考えると私たち、齢の割にはおばさんくさいね」
「……確かに、そうですね」
私と羽川さんは他に誰もいない露天風呂で思いっきりくつろいでいた。しかも昼間から。
平日で夏冬のシーズンも外している、ということもあり、旅館は経営が心配になるくらいにかなりガラガラだった。
本当ならば時間を分けて利用する露天風呂を他に利用客もいない、ということで使わせてもらっているのである。
しかし羽川さんの言う通り、まだ未成年の私と私のみっつ上である(列車内で聞いた)羽川さんが昼間から顔をゆるゆるにして温泉に浸かっているのは異様とまでもは言わずとも、二人の精神年齢が窺い知れた。
まあ、世界中を飛び回る羽川さんと、水物ゆえに日々繊細な気遣いを必要とする芸能界に属する私の二人だ。
ちょっと自分が老け込んだみたいでショックだが、誰もいないことだし、こういう時くらいはいいだろう。
…………いいよね?
「秋月さんに憑いている怪異の名前は『透赤音』。あきあかね、だね」
「秋茜……とんぼのですか?」
「ううん、とんぼは合っているけれど、 透けるに色の赤に音で透赤音。
赤は加法混合の原色だし、音は本音と掛かっているから、赤音は人の心、思考だね。
人の思考、思惑をコピーして取り込む怪異、ってところかな」
羽川さんは頭に乗せたタオルで顔を拭きながら説明を始める。
お互いなんとも緊張感のないことだが、旅の恥はかき捨て、だ。
それに温泉に来て温泉を堪能しないのも温泉に失礼というものだろう。
羽川さんは高校生の時に、怪異に取り憑かれた、ということだった。
その後も何度か怪異関連に関わることもあり、対策知識として覚えた結果……が今の説明らしい。
何だかうちのプロデューサーみたいな経歴の持ち主だ。
こんな珍奇な経歴を持つ人なんて、そうはいない筈なんだけれど……。
と、その時怪異の説明よりも驚くべきものを目にしてしまった。
「は、羽川さん……その髪」
タオルを巻いた彼女を半裸を見ての感想はもちろん驚愕に値するものだったけれど、それは後ほど語らせてもらうとして、何よりも目を引いたのはその髪の色だった。
温泉に入ったことで染めていた色が落ちたのだろう。
白と黒の虎縞模様――そんな、バンドギャルも滅多にやらないような奇抜な脱色を羽川さんがやるなんて、真面目な雰囲気を醸し出す彼女からは程遠いように感じられたのだ。
「ああこれ、地毛……のようなものかな。うん」
怪異と関わった結果こうなったんだ、とも。
こんな、優等や模範という言葉が最も似合いそうな羽川さんがどんな怪異と出会い、今があるのか――。
聞いてはいけないことかも知れなかったけれど、どうしても聞きたくて口を開いてしまった。
「羽川さんは……その、どうして怪異に?」
羽川さんは昔を懐古するようにちょっと遠い目をして、そして、
「――私はね、家に複雑な事情を抱えていて、私はその中で自慢の娘になれるように、何処に出しても恥ずかしくない子供になりたくて、正しい良い子であろうとしたの。
でもそれは歪んだ正しさだった。人間として必要な感情や、大事な想いまで全部かなぐり捨てて、私は優等生になった――けれど」
「…………」
「それでも、無理やり作ったものはいつかどこかでぼろが出る。
限界までストレスを溜めた結果、もう一人の私として出て来たのがこの白髪の部分――猫ちゃん。
その後、それでもまだ鬱憤を晴らすように出て来たのが虎縞の部分――苛虎」
それで、先程から写っていたのが猫と虎、ということだったのか。
「彼女たちは私の嫌で、誰にも見られたくない汚い部分を全部請け負ってくれた妹みたいなものだから。
家が燃えちゃったりとってもたくさんの人に迷惑を掛けてしまったけれど」
大事な私の家族なんだ、と彼女は笑った。
自分を苦しめた怪異をこんな風に笑って話せるのは、彼女が彼女であるゆえなのだろうか。
今の私では、とてもそう思える気はしない。
少なくとも私は、知りたくもない人の心模様を強制的に写してくるこの怪異、羽川さんが透赤音と教えてくれたとんぼの怪異を、必要だとは思えない。
人の心が読めることは、決していい事ばかりではない。
だって――。
だって、他人が自分をどう思っているかも、わかってしまうんだから。
もし、仮に、好きな人が出来たとして、その人が自分の事を好きじゃないなんて、そんなのは誰も知りたいなんて思わないだろう。
「どうして……そんな風に考えられるんでしょうか……」
「んん?」
「私には、どう考えても怪異を愛せるとは思いません……どうしたら、上手く折り合いをつけられるんでしょうか」
羽川さんに何か言って欲しかったのか、はたまた只の自問自答だったのか、自分でもよく分からなかったのだけれど――。
「……にゃおん」
私の言葉を受け、羽川さんが鳴いた。猫のように。
「っ!?」
「うるせーにゃあ、にゃんでもかんでも俺のご主人に質問してねーで、自分で考えることをしたらどうにゃんだ?」
「羽川さん!?」
まるで別人だった。
もしかしてこれが、羽川さんに憑いていたという怪異!?
「おっぱい揉むぞこんにゃろう。でっけーおっぱいしやがって、むしろ揉ませろにゃ!」
「ひっ!?」
「なんちゃって」
構えた両手を引っ込め、にっこりと笑う羽川さん。
……本気かと思った。
見掛けに寄らず中々にお茶目な人だ。
「それは、私には答えられない。答えは人それぞれだしね。
それでも、先人としてアドバイスするなら……そうだね。
人生だって折り合いの連続で出来ているようなものじゃない。だからそんなのは、今考えなくてもいいと思うよ」
事が過ぎれば、あるべきところに収まる、ということだろうか。
私に取り憑くこの怪異が日常生活にそこまで影響を与えるものではないとは言え、気分のいいものではない以上、何とかなるのなら何とかしたいのだけれど……。
「ふう……」
羽川さんが伸びをするのに合わせてちゃぽん、と水が跳ねる。
改めて見ると、すごいプロポーションの持ち主だ。
貴音やあずささんに余裕で負けていない。
出ているところは出ていて、細いところは細い。
世界中を回るなんてハードな仕事を続けながらこの体型を維持しているのならば、その秘訣を教えて欲しい位だ。
歳を重ねると色々と女性的にもガタが来る、なんて小鳥さんもぼやいていたことだし……。
羽川さんは服の上からもかなりのグラマーだとわかるが、脱ぐともっと凄い。
着痩せ出来ていないのに着痩せする、と表現できる人を初めて見た気がする。
お肌も水を弾くくらい綺麗だし、何より美人だ。
ああ、いけない。仕事のことは忘れようと思っていたのに、こんな逸材を目の前にしたら何も言わずにはいられない。
「羽川さん……アイドルやってみませんか?」
「ふえっ!?」
声が裏返っていた。相当驚いたようだ。
「い、いきなり何を……」
「いえ、羽川さん程の美女が世に出ないのは勿体無いですし」
「やだなあ、私がアイドルなんて出来る訳ないよ」
「そんな事はありません!」
思わず立ち上がって力説を始める私。
「羽川さんがもし了承してくれるのでしたら、半年で日本中の誰もが知るアイドルにしてみせます!」
「……」
羽川さんが目を丸くしている。
……冷静に考えると何をやっているんだろう、私。
うーん……彼の影響だろうか。
間違いなく悪影響だ。
「……失礼しました」
大人しく再び座る。
「ふふっ、仕事熱心なんだね」
「お恥ずかしい限りです……」
「でもごめんね、私は今の仕事をやめるつもりは当分ないから」
「いえ、私こそいきなりすみません」
アイドルは自分からなるものだ。
他人にやらされるものであってはならない。
自分でなるもの、か。
そこが私の第一歩だった気がする。
美希じゃないが、きらきらして可愛くて、夢と勇気と元気を与えてくれるアイドルになりたいと思った昔の私。
方向性は少々変わってしまったけれど、あの頃と同じ純度の夢を、私は今も持てているかな……?
「どうして秋月さんはアイドルをやめちゃったの? 秋月さんこそそんなに美人なのに」
羽川さんほどの女性に美人と言われたら皮肉か蔑視に聞こえそうなものだが、全くそう思わせないあたりが彼女の人格だろうか。
「正確にはやめていませんよ」
「え、そうなの?」
一応、形としては私はまだ765プロダクション所属のアイドルだ。
元々事務も兼任していて、今はそちらに傾倒しているというだけで、態勢自体は初期の頃から変わっていない。
「ただ、私はアイドルとしての輝度が足りないと言いますか……他のメンバーを見ていて、裏方の方が似合うと思ったんです」
「……」
「それに、彼女たちをもっと輝かせてあげたい……いずれは独り立ちしてプロダクションを立ち上げるのが私の夢です」
「そっか」
勢いで夢まで語ってしまった私を、羽川さんは笑うこともせずに一言、
「素敵な夢だね」
と、言ってくれた。
相変わらず時々羽川さんの背後にちらつく羽川さんの猫が、『にゃおん』と鳴くのだった。
004
頭がくらくらする。
呼吸も動悸も激しい。
気持ち悪い。
吐きそうだ。
熱に浮かされたように意識は朦朧としている。
さっきは露天風呂で好きな人の喩えを取ったが、他人の思考を知ることの苦痛は何も恋愛だけじゃない。
人間は、嘘をつける唯一の生物だ。
どんなに笑顔で接しようと、どんなに必死に謝罪をしようと、どんなに賛美や激励の言葉を貰おうと、腹の中で何を考えているのかわかってしまうのは、尋常でない程に辛い。
「765プロさん、今日はよろしくお願いします」
『いやらしい身体してるな彼女……』
「いや本当に申し訳ありません。今後はないようにしますんで……」
『何だよこの女、ガキの癖に調子に乗りやがって』
「お疲れ様です、また今度共演できるの楽しみにしてます!」
『何よ、ちょっと売れたからっていい気になっちゃって』
ただでさえ心を売るとまで言われている業界だ。
こんなのはまだ序の口、軽い方で、もっと酷いことや下衆なことを考えている人も沢山いる。
別にそのこと自体は悪いことだとは思わない。
人間は思考する生物だし、それを口に出さないのは理性があるからだ。
だけど。
だからと言って。
私にそんなもの、見せないでよ!
「秋月さん!」
「う……!」
羽川さんの声で目が覚めた。
場所は旅館の一室。
目の前には心配そうに私を覗き込む羽川さんがいた。
「あ……羽川、さん」
「大丈夫? すっごくうなされてたよ?」
「く……あ……」
さっきのは何だったのだろう。
頭痛がひどい。
寒気がする。
湯冷めでもしてしまったのだろうか。
視界にノイズがかかっていて良く見えない。
まずい。本格的に風邪を引いてしまったのかも知れない。
旅行先ではしゃいで風邪を引いたなんて情けなさすぎて笑い話にもならない。
昨日の夜は確か――。
――あれ?
私、『昨夜はどうやって寝たんだっけ』?
思い出せない。
そんなことまで思い出せないくらい、私は重症なのだろうか。
「気が付いた? 秋月さん」
「羽川……さん……」
ううん、違う。
だって私は、昨日どうやって新幹線に乗ったのかも覚えていないし、折角旅行に来たと言うのに食事をした覚えもない。
覚えていないんじゃない。
そんな事実がないからなんだ。
「『貴女は秋月さんであって秋月さんじゃない』。
貴女のベースとなっているのは間違いなく秋月さんで、貴女は秋月さんそのものと言っていいほどに限りなく近い存在だけれど、本人はひどい風邪で自分の家にいるんだよ」
「では……私は……透赤音は……」
「それは気のせい。だってそんな怪異、『はじめからいないんだから』」
「……え?」
「透赤音、なんて怪異はいない。全部私の作り話だよ」
何を、言っているのだろう。
「人の思考が読めてしまう『気がする』のは、貴女が他人の心の機微や感情の動揺に敏感だから」
「はは……お笑いですね。全て私の独りよがり、でしたか」
「原因としては、秋月さんがその年齢にして社会人として優秀すぎた上に他人のことを思慮しすぎる性格から、かな」
つまり、と一息置く羽川さん。
「空気読みすぎ。逆KYだね」
「……褒めているんですか、貶しているんですか」
思わず皮肉が出てしまった。
なんだろう、この人と本音で話しているだけでとても気持ちいい。
いや、羽川さんだからじゃないだろう。
確かに彼女は話し上手の聞き上手だが、誰かに本音で話すこと自体、最近は出来ていなかったじゃないか。
嘘と建前でなければ渡っていけない業界。
そんなのは百も承知だ。
だけど、だから、だからと言って嘘に塗れて本音を吐けなくなる人間になる理由にはなり得ないじゃないか。
「もちろん褒めてるよ? でもそれが原因で自分を抑圧してちゃ良くないよね」
私みたいになっちゃうんだから、と羽川さんが笑う背後で、白い猫が嘲るように鳴いた。
彼は、じゃないと俺みたいにゃのに取り憑かれちゃうぜ、と言っている気がして。
「……では、私はどうしたらいいんでしょうね」
そんな事を言われても、これが私の選んだ道なのだ。
それを限界も見えないうちに自分の意志で捻じ曲げるくらいならば、死んだ方がマシだ。
「そんなの簡単だよ、秋月さん」
羽川さんは言った。
「たった一言でいいの。私と違って貴女には帰るべき場所と、頼れる仲間がいるんだから」
駄目だ。もうもちそうにない。
これで羽川さんとの旅も終わりかと思うと、少し寂しかった。
彼女のような人は今のところ周りにいないし、出来たら友達になりたかったな。
「今度は私から会いに行くね。阿良々木くんによろしく――」
彼女の言う言葉を最後に、テレビの電源が切られたかのように私の意識は途切れた。
いや、目覚めた、と言った方が正しいだろうか。
「……う、ん」
「おい、大丈夫か秋月?」
「あ……ぷ、プロデューサー!?」
目を開けた瞬間、目の前によく知る彼の顔がアップで映った。
思わず大きな声を出してしまう。
「馬鹿、大声出すな。まだ熱引いてないんだから」
「ここ、私の家……」
「お前が高熱でぶっ倒れてるって聞いたからな、鍵借りてすっ飛んできた」
仕事はちゃんと片付けてきたから安心しろ、なんて言いながらタオルを絞る彼。
でも病気で臥せっているとは言え、女の子の独り暮らしの家に男一人で来て、しかも勝手に入るなんてどんな神経しているんだろう。
……寝顔見られた……。
完治したら彼がげんなりするくらい文句言ってやる。絶対だ。
「ったく、風邪引いてるなら助けくらい呼べよ。顔真っ赤じゃねえか」
「す、すいません……」
有給取ったって言うから旅行にでも行ってるんじゃないかと思ったよ、と彼は愚痴る。
私が家で臥せっているのを黙っていたのが気に食わなかったらしい。
病気の時に独り身は辛い。
身体よりも精神的に。
だから、これは弱ってるからだ。
彼が来てくれて少し嬉しいかも、と思ってしまうのは。
この際だ。
弱気ついでに、普段なら絶対に言えないことも言ってしまおう。
「……ねえプロデューサー」
「なんだ、腹減ったか?」
「いえ……けほっ、一つお聞きしたいんですが」
「なんだよ」
「私がアイドルに戻りたい、アイドルに専念したいと言ったらどうします?」
彼は相当予想していなかった質問なのか、眉を歪めて面白い顔をしていたがそれも一瞬。
「いいじゃないか、僕は秋月の生アイドル姿に会ったことないからな、是非とも拝みたい」
「生はやめてください……」
「まあ、本気でやりたいんだったら同僚として、親友としてプロデューサーとして尽力するよ」
親友として、ですか。これだから生粋の女たらしは。
本物の女たらしは女の子を侍らせている人のことではないと私は思う。
恐らくは彼のように、一切自覚のない人のことを指すのだ。アイドルたちに手を出している風ではないからいいけれど。
「秋月、りんご食べるか?」
「りんご……?」
「病気と言ったらりんごだろう」
「……うさぎさんにしてくれたら食べます」
「任せろ、僕はりんごでシャケを獲る熊も作れる」
「何ですかその無駄スキル」
冗談みたいな器用さだ。
そして相変わらず役に立たない特技なあたり彼らしい。
「……プロデューサー殿」
「ん?」
りんごを剥く彼に話し掛ける。
その日の熱に浮かされた頭で見た夢は、ある意味貴重な経験として私の記憶に残った。
会ったこともない人に説教される夢。
いや、夢は自分の経験の中でしか構成できないと聞いたことがあるから、ひょっとしたら夢じゃなかったのかも知れない。
ともかく、夢らしく整合性もなく理不尽な展開の中で、私の欠点を嫌となるほど暴かれた、そんな夢。
「……これからも、よろしくお願いします」
そういう夢を、私は見たのだ。
005
後日談というか、今回のオチ。
「バイロケーション。まったく同じ人物が同時刻に別の場所で目撃される現象。有名な都市伝説だよね」
「ドッペルゲンガーじゃないのか? あの見たら片方が死ぬって言う」
「ドッペルゲンガーとバイロケーションは別物だよ」
ドッペルゲンガーは自分の意志とは無関係に発生し、二人が互いを認識し合うと同じ存在が同世界にいるという矛盾から片方が消える、という現象。
ドッペルゲンガーは未来から来た自分、という説があり出会うと片方が違う世界に飛ばされるから消滅する、という説があるらしい。
対してバイロケーションは人間の意志が産み出す幽霊のようなもの。
体外離脱とも言われており、強い思念が分身を産み出すことにより起こる現象――らしいが、羽川に説明を受けても僕には違いがまったくわからなかった。
「わかりやすく言えば、扇ちゃんがバイロケーション。昔、過去に行ったっていう阿良々木くん自身がドッペルゲンガー」
「ああ、なるほど」
それならばわかりやすい。
あの時は昔の僕にも会ったが、あっちは僕を僕とは思っていなかったみたいだしな。
でもその理論だと、未来の忍と出会った今の忍に説明がつかないが……まあ、仮説だしいいか。
僕は別にどちらでもいいし。
そんな事よりあの時のロリ羽川可愛かったなあ。
また会いたいな。
羽川、怪異の影響でロリ化とかしねえかな。
「相変わらず、お前は何でも知ってるな」
「何でもは知らないわよ、知ってることだけ」
いつものやり取りを交わす僕と羽川。
こうして二人で会うのも久し振りだが、変わっていなくて安心した。
「つまり、羽川と温泉旅行に行ったのは……秋月のバイロケーション?」
「半分正解。私と一緒に旅をしたのは、秋月さんそのものをコピーした怪異。
一度怪異と出逢ったものは怪異に惹かれる……だから私の側に来たのかも。怪異としての質も、私に似ていたし」
だから同じ怪異としての、私の中の猫と苛虎が見えたんだね、と羽川。
どうやら羽川の言う『もう一人の秋月』は、羽川と行動を共にしていたらしい。
しかも温泉旅行。
美女二人で。
なにそれ。
「僕も行きたかったな……」
「相変わらずだね、阿良々木くんは……直接誘えばいいじゃない、秋月さんならきっと散々文句言ったあとにいいって言ってくれるよ」
ああ、それは容易に想像できる。
こんな時期になに考えてるんですか、とかそんな刹那的な思考ではいつか損をしますよ、などとたっぷり三十分は絞られた後に仕方ありませんね、とか言ってくれそうではあるが……。
「ひたぎがいるのに二人きりで旅行なんて誘えるか」
「阿良々木くんでもそれくらいの気配りは出来るんだ」
「当たり前だ、僕を誰だと思ってるんだ」
「朴念仁」
「…………」
反論出来なかった。
今更だが、応接室の対面には羽川が座ってお茶を飲んでいた。
海外版忍野を目指しているかのように世界中を飛び回っている羽川だが、今日は日本に戻ったついでに寄ったらしい。
そして先日、うちの秋月の姿をした怪異に出逢った、との事だった。
「ちょっと調べてみたんだけど――白鏡蜻蛉、って書いてシロガネトンボ、っていう怪異がいたの。
とんぼって複眼でしょ? その数億個の複眼で対象を外見から中身まで完璧に写し取り、自らを対象の姿に変え、対象が眠っている間だけ対象と同じように活動する――そしてその間の活動は夢として宿主が見る。
けれど、その存在自体はとても儚いもので、知人に認識された時点、あるいは本人が怪異として正体を認識してしまった時点で消滅する、ほとんど影響を及ぼさない怪異。
私はテレビや阿良々木くんの話から間接的に知っていただけだから消えなかったみたいだね。
でも私もびっくりしたよ、いい加減に考えた怪異が同じとんぼを起源とするものだったんだから」
すごい偶然だね、と羽川は言うが、その偶然を直感でいとも簡単に起こしてしまうお前は何者なんだ。
「温泉旅行に行きたかったのも、秋月さん。
現状を打破したかったのも、秋月さん。
阿良々木くんに愚痴を言っていたのも、秋月さん。
全部全部、彼女の本音。秋月さん、今のままだと二十代のうちに総白髪になっちゃうよ?」
「そいつは悲しいな……」
そんなにも秋月に心労をかけていたということか。
全てが全て僕のせいでないだろうとは思うが、一部は含まれることだろう。
ならば今後は少しでも秋月への負担を軽減してやらねばなるまい。
入口の扉が開く。
「おはようございます、プロデューサー」
「おはよう、秋月。具合はもういいのか?」
「そう思うんだったら見舞いに来るより、一つでも仕事を片付けるか、取ってきて下さい」
「それだけ言えりゃ大丈夫そうだな」
「あ、お客様です、か……?」
「お邪魔してます」
「羽川、さん……?」
「はい、羽川翼と言います」
「僕の同級生だ。今日はたまたま寄ったんだ……って、秋月に羽川の話、したことあったっけ?」
わざとらしく秋月に訊いてみる。
この位なら許されるだろう。
「あ、ご、ごめんなさい……何だか私、高熱でうなされている間、夢で貴女に会った気がして」
「ふふっ、良かったらお友達にならない?」
「え、ええ、是非」
秋月と羽川、か。
僕への愚痴と悪口でさぞやいいコンビになることだろう。
二人揃って怒られる日が来るのだろうか。
勘弁してくれと思いながらも怒られてみたい、と思っている僕もいる。
「なあ、秋月」
「はい?」
「僕は頼りにならないかも知れないけど、力になれる範囲だったら全力を尽くす。だからできる限り頼りにしてくれ」
「……え?」
「僕だけじゃない。アイドルの皆や音無さんにも、な」
「あ、はい……」
「僕ももう少し、秋月に負担をかけないようにしないとな」
「……? どうしたんですかプロデューサー、頭でも打ちました?」
「失礼な奴だな」
「そう思われないよう、日々の行いを改めてください」
僕と秋月がいつものやり取りをしていると、羽川が微笑ましいものを見るような目でこちらを見ていた。
「じゃあね阿良々木くん、私もう行くから」
と、席を立つ羽川。
「もっとゆっくりしていけよ」
「ごめん、もう行かなきゃいけないんだ」
「そっか、疲れたら戻って来いよ。うちの事務所ならいつでも全力でお前を受け入れる」
「アイドルはいいかな……阿良々木くんに仕事だから仕方ない、とかいう建前でいやらしい恰好させられそうだし」
「確かに……」
「おい」
世界には、羽川を待っている人が大勢いる。
出来ることなら羽川とずっと一緒にいたいものだが、この才能の塊のような人間を一部の人間だけのものにしてはいけない。
羽川が海外に行く、と聞いた当初は羽川の(ついでに僕の)正気を疑ったが、それも今となれば海外に出て当然だと思えるから不思議だ。
人が全力で自分に留められるのは、人生で精々一人が限界なのだ。
僕にとってのそれがひたぎであったように、羽川にもいつかそういう人間が現れるのを待とう。
そして、全力で応援してやろう。
羽川は秋月に連絡先を渡すと、じゃあね、とだけ言って出て行った。
「さて、僕らも仕事するか。秋月は病み上がりなんだから――」
「あ」
秋月は何かに気付いたように声をあげると、次の瞬間、まくし立てるように怒り出した。
「そう言えばプロデューサー……貴方、病気とは言えレディの部屋に無断で入るなんてなに考えてるんですか!?」
「え!? あ、いや……だって秋月が風邪で――」
「そういう問題ではありません!」
そもそもプライバシーというものがこの世にありましてですね、と眉を吊り上げて説教を始める秋月。
この怒り方は秋月怒りレベル激おこを超えている。
大人しくして怒られておいた方が良さそうだ。
ちなみに亜美ちゃん真美ちゃんと星井の話によると、秋月怒りレベルが激おこスティックうんたらかんたらになると世界が滅亡するらしい。恐るべし秋月。
なんでだろう、いい事をしたのに怒られている気分だ。
(……まあ、いいか。いつも通りの秋月だ)
僕は少しでも秋月の機嫌を損ねないよう、自発的に正座をしながら、そんな事を思うのだった。
りつこドラゴン END
拙文失礼いたしました。
読んでくれた方、ありがとうございます。
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