にこ「嘘吐きと出会いの春」 (52)

形がないものは嫌いだ。

愛とか好きとか、そういった観念めいたものはみんな私に嘘を吐くのだ。

まあ私が目指すアイドルというものは、「偶像」という概念に近い存在なのだけれど。

そのことは別として、私は「本物の偶像」になりたいのだ。



これは、夢を追い続けた少女の破綻のおはなし。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1390396641

アイドルにふさわしいポーズってなんだろう。

私は穏やかな風の吹く屋上で頭を悩ませていた。

約束はきちんと守る性分の私は、名前も知らない相手の為のポーズを考えた。

  「すごいなぁ……きらきらしてる」

  小さいころから四角い箱の中で舞う人間たちは、みんなこぞってアイドルと呼ばれていた。

  私もそういう存在になりたい。

  気付くとそんな夢を思い描いていた。

  正直に言えば、人を笑顔にする仕事なら何でもよかったのだろう。

  笑顔というのは私にとってはかけがえのない大切なものだった。

色々と足の向きを変えてみたり髪型を変えてみたり、試行錯誤を繰り返す。

先程も言った通り、私には画面の向こうに笑顔を届ける約束をしたファンが1人いるのだ。

約束は守るから「約束」の意味を持つ。

私はそう信じている。

  「わたしもあいどるになりたい!」

  夢は決まった。

  では何から始めたらいいだろう。

  まずは見よう見まねでダンスをした。

  足がもつれ、よろけて転ぶ。

  当初はそればかりで、よくもまあ上手に歌えるものだと不思議に思った。

  でもそれは、決してつらいだけのものではなかった。

するとそんな光景を目にして、数人の少女が私の前に現れた。

聞けば彼女たちもアイドルになってみたいそうだ。

それに舞い上がった私は、彼女たちを喜んで歓迎した。

同じ夢を志す者同士、きっとうまくやれるはずだ。






「みんなでいっしょに頑張ろう!」




  むかしもそうやって、かのじょたちはわたしにうそをついた。

でももう大丈夫、昔とは違うんだから。

  ほんとうにそうかな?

本当よ、今の子たちは昔の子たちとは違う。

  もううらぎられるのはうんざり。

そんなことはないって言ってるでしょ?

私は物事の暗い面に目を向けたくなかった。

過去の失敗の原因は、他の子に無理強いしたせい。

大人になった私は、心配性な子どもの私を胸の奥にしまいこんだ。

思い出の箱にも封をした。





「ほんとうにだいじょうぶ?」



その言葉が思い出の箱に引っかかって、外すのにとても時間がかかった。

アイドル研究部。

部員も足りたしやる気もばっちり。

失敗なんてするはずがない。

部員のみんなにレッスンのスケジュールを伝え、部室を掃除した。

意気揚々とほうきをかかげ、くるりとターンする。

部室がまるで別の世界のように、特別な部屋のように感じた。

今は1人じゃない。

  あれはみんながこどもだったからよ。

今はみんな真剣だ。

得意げに子どもの頃の私に言ってやる。




子どもなのは私だとは気付かなかった、高校1年生の春だった。

当然終わりも早かった。

どこかみんなとのズレを感じずにはいられないダンスレッスン。

明らかに向上心の見えない発声練習。

知っている。

彼女たちは本気ではないことくらい。

「まーた間違えちゃった」

誰もいない部室で食べるお弁当の味は、少し塩辛かった覚えがある。

目が真っ赤になったのは気のせい。

制服の袖で乱雑に目をこすり、気にしないようにする。

私も舞い上がりすぎていたせいもあるのだ。

悲しみの原因の矛先は自分に向いていた。

「まだ次があるわ」

誰にも届かなくなった声だけが部室を反響した。






そして数日後、部員は私以外いなくなった。


わかり切っていただけに、それほど悲しくはなかった。

なんて、強がってみた。

やっぱり悲しいものは悲しかった。

嘘を吐いた彼女たちを憎むわけではない。

ただ、1人が怖かった。

  ほら、だいじょうぶじゃなかった。

子どもの頃の私が今の私に語りかける。

いや、子どもだったのは私の方だ。

その言葉は実に的確で、私はもうこれ以上誰も信じたくないと思った。

ドア越しに聞こえるアイドルをけなすような言葉を止める力なんてない。

私は1人では何もできず、1人ではとても無力だった。






  どうするの?

今は放っておいて。



私は自分にそう答えた。





アイドルを軽視した彼女たちを恨むつもりは本当に、心の中にひとかけらもない。



アイドルに偏見を持ってしまわれることが、ただただ悲しかった。

小学校の頃も似たようなことがあった。

アイドルになりたい、といえば寄ってくる人間もたくさんいた。

一緒に頑張ろうね、なんてことを笑いながら言い合った。








でも違った。

彼女たちは本気でアイドルになりたいわけじゃなかった。

お遊び。

そんな言葉がお似合いだった。

その態度は当時の私に衝撃を与えた。

「どうしてまじめにやらないの?」

  「だってもうめんどくさいんだもん」

  「アイドルになんてなれっこないよ」

「そんなのやってみなきゃわかんないでしょ?」

  「やだ、もうあきちゃった」

  「にこちゃんだってぜったいなれるってわけじゃないんだよ」

「それでも……にこは!」




顔を上げると誰もいなかった。

私の話を聞いてくれる人は皆無だった。

子どもの言葉は非情だった。

少し人間不信になるくらいに私はショックを受けた。

  「……みんなうそつきなんだ」

いつだったか忘れた小学生の頃の春。

覚えたのは「アイドルになりたいという人間はみんな嘘吐きだ」という真実だけだった。

そしてその嘘吐きは、「みんなアイドルを嫌いになってしまう」。



夢を侮辱される悲しみが、私には耐えられない。





「また二の舞ってわけね」

思い出の箱を開けても、案の定楽しいことは1つもなかった。

狭かったはずの部室は、人がいなくなってがらんとしている。

これでいい。

私には1人が似合ってる。






「にこっち」

「希」

そんな時に声をかけてくれたのは希だった。

なんでも「目も当てられない」らしい私を放っては置けなかったようだ。

「また1人でお弁当なん?」

「勉強よ勉強」

特別に希は部室へ入ることを許した。

彼女はアイドルになりたいとは言わない。

嘘吐きじゃないからだ。



アイドルを嫌わない人間だから。

それが本音だった。

それに、近くにいてもらって悪い気はしない。

こういうのを友達というんだろうか。

私には友達ができたことがないのでよくわからない。

「ごめんな、にこっち」

「何であんたが謝るのよ。あ、ここの解答間違えて教えてたとか?」

「ううん、もう少しやねん」

「……もう少し?」

希の言うことはたまによくわからない。

しかし、きっとカードのことだろう。

何がもう少しなのか、何がごめんなのかわからない。

しかし希のことは信じていいと思っていた。




  じぶんのゆめをきらわないから?

ううん、きっと友達だから。





「……ん? あの子……」

サッカーボールを両手に抱えた男の子が、友達と見える子たちと何かを言い合っていた。

ケンカかしら、なんて適当なことを考えながらその様子を横目で少しだけ見て、それ以上は気にしないことにする。

この年のケンカなんてよくあることだ。

そんなことよりも、祝日にもかかわらず学校に行こうとしている私は、これからどうやって校門の塀を乗り越えて教室から宿題をとりに行くかに頭を悩ませていた。

この小さな体躯のおかげで、窓の隙間から教室へ忍び込むくらいたやすい。

「おまえとやっててもたのしくないんだよ!」





綿密に練り上げたプランをもう1度しっかりシミュレーションしている最中だった。

通り過ぎる手前、それははっきりと聞き取れた。

かつて自分に刃を向けた言葉と全く同じものだ。

「そうだ! まじめにやりたきゃかってにしろ!」

「おれたちはふつうのサッカーしたいんだよ!」

ボールを強く蹴り飛ばす音が聞こえる。

そうやって複数の足音が遠ざかっていく。

私は心配になって、まるで自分を見るかのように少年に目をやった。

うつろな表情だった。

泣くことも怒ることもせず、どこか仕方ないと割り切った表情をしている。




  わたしとおなじかおしてる。



少年が受けたであろう痛みに、私は戦慄を覚えた。

生きたまま、屍のように蹴られたボールを拾いにいく彼の姿は私の心を締め付けた。

「ねぇ、ちょっと……」

なんて声をかければいいんだろう。

年下の子と会話したことのない私は、どう伝えればいいかわからない。



その時だった。



見えた。




ボールを拾うためにかがんだ姿をとらえられなかった車が、スピードを上げて突っ込んでくるのを。

私が一番近かったのはきっと運命だったのだろう。

少年を突き飛ばして、私は車にはねられた。




体が宙に舞う感覚。

このまま死んでしまうのも悪くないかもしれない。

そう思った。

ただ最後に、この子には伝えたいことがある。

「……泣きたいときくらい素直に泣きなさい」

最後の力を振り絞って出た言葉はしっかりと少年に届いたらしく、その泣き顔が見られて私はうれしかった。

意識が遠のいていく中で、少しだけ考えをまとめる。

こんなところで終わってしまうのは惜しい。

まだ私には希望があるはずだ、と。



きっと私なら、みんなを笑顔にできる。

この子も、世界中の不幸な子を笑顔にできるはずだ。



夢はあきらめたら終わりだ。




私は生きるのをあきらめなかった。

そして中学1年生の春休みから2学期の初めにかけて、私は入院することになった。




そこで私は約束をした。

名前も知らない少女と。




思えばあれも運命だったに違いない。

今ではつらいリハビリの日々も、楽しかったと言えるほど強くなった。





「で、このザマってわけね」

そして色々と吹っ切れた高校3年生。

1人でもアイドルはできるのだ。

新しいポーズも決めた。

お互い名前も知らないけれど、テレビに出たときにきっとわかってもらえるはずだ。

「……よし」

希から仕入れた情報によれば、どうやらスクールアイドルを目指していると吹聴している輩が複数いるらしい。

「どうせまた嘘吐きよ」

私はそいつらにアイドルへの間違った認識を持たせないためにもここで止めるのだ。

春、それは嘘吐きがはびこる季節。




そして、出会いの季節。




「あんたらにスクールアイドルなんて無理よ!」





この一言が、私にとってかけがえのない1年の始まりになる大事な言葉だとは思いもしなかった。

ここからは、夢を追い続けて報われた少女のおはなし。







         めでたしめでたし

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→このスレ

★はルームシェアシリーズで話繋がってます
○はテレパシーシリーズで申し訳程度に話繋がってます
△は春夏秋冬シリーズで話をつなげる予定です

おっつー
にしてもハイペースだな

>>42
思いついたらぽんぽんと出るわけですよ
時間も取れたし

どんどん思いついて、それをどんどん文章に書き表せるって凄いです。

次回作も期待してます!

>>44
ありがとう ほめてもりんぱなしかでないぞー
夏と話繋がってんのわかったかな?

最初のにこまきが12/30でコレが1/22……
もうすぐ1か月だね(すっとぼけ)


やっぱりテンポと出来が良いね

>>46
そう言われるとうれしい
ssは鮮度大事だからね
長文で更新毎に真新しいネタをどんどん仕込む猛者もいれば
このスレみたいに単発でささっと終わらせて新鮮なまま終わらせる手もある

いきなり時間が戻ったのかと思ったがこれもしかして中学時代から希と知り合いだった設定なのか?
転校が多かった設定の希とにこが同じ中学ってのはまずあり得ないと思うけど

>>48

>>1-7は高1と昔を交互に
>>8-20は高1のアイドル研究部設立から終わりまで
>>21-24は小学校の思い出
>>25-29は高校生のどこか(アイドル研究部壊滅後)
>>30-37が中学1年生のころ
>>38-40で高校3年生(現代)
夏読んでたら事故のくだりわかるかなーと思って場面転換雑にしたからわかりにくかったね ごめん

このペースは春香の人に似てる
1ヶ月で20以上書きつつ大半が春香メインだったな…

>>1も尽き果てるまで頑張るといい(誉め言葉)

ほめたらりんぱなが出るのか
良ぉお~~~~~~~しッ! よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし

>>50
そんな人いたんだ

>>51
武士に二言はないでござる
凛「かよちんとの日常」
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