アイドルマスター シンデレラガールズのSSです。
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◆
夢を見ている。とても幸せな夢を。
二宮飛鳥(14)
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南条光(14)
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飛鳥「愛という名の言葉は苦手だ。どれだけ望んでも手に入らないから」
光「アスカは本当に馬鹿だなあ」
飛鳥「そう愛と光は神と同じさ。信じる者の心にしかないところもね」
光「アタシはアスカを絶対に信じられる。大切な相棒だから」
飛鳥「絶対なんて、絶対にないのさ。人の心はうつろうもの。
今日のボクは昨日のボクではなく、今日の光は明日の光じゃない」
光「アスカは本当に馬鹿だなあ。
何があってもアタシはアタシだし、アスカはアスカじゃないか」
飛鳥「相変わらず痛いコトを言ってるなって顔だね。
揺れる想いは、ヒトである証さ……」
光「どうしてそんな風にわざと間違えようとばかりするんだ?」
飛鳥「意思を持ったヒト……だから、かな」
光「アタシはアスカと一緒にいたい。
アスカはアタシと一緒にいたい? それとも一緒にいたくない?
それだけでいいじゃないか」
飛鳥「やれやれだ……仕方ないね、全く。
ああ、ボクはそうしたい。それだけさ。
光はボク以上にボクのコトを知っているみたいだ。己を知ったかい?」
光「アタシはアスカの定点観測者だからな。
アスカが努力し頑張る背中を見守って、その姿へ声援を送るんだ!」
飛鳥「光といると、ボクはボクを本当に矮小な存在だと感じるよ。
光の言葉は賢く聞こえる。だからボクは正義の言葉を聴きたいのさ。
絶対に間違えない光のね」
光「わ……い……しょーう?」
飛鳥「ちっぽけであることさ」
光「アスカは小っちゃくない!!! 154cmもある!」
飛鳥「光は本当に馬鹿だなあ。
あぁ、気分を害したのなら謝るよ。
だからまた昨日のボクへやさしくしておくれ」
◆
喉が渇いた。
最初にボクが手に入れたものは、渇望。
「ボクはアスカ。二宮飛鳥」
幾度も繰り返す永劫の中で、特定の時点を最初と定義するのは勇気を求める決断だ。
なぜこんなにも渇いているのだろう? ボクは泥の中にいるのに。
静かに自覚する。そうか、ボクは泥の中にいるのか。
ゆっくりと体を揺する。寒いけど……寒くは感じない。
ゆっくりと体を揺する。大丈夫、体は泥で出来ている。
静かに自覚する。ここには全てがある。
手を振る。泥の中へとエクステが沈んでくる。
長さは上々、色はピンク。きっとこれはボクのものだ。
これにはどんな服を合わせようか? エクステを身に付け思案する。
「これを使えばボクの世界は変わるだろう。ささやかな抵抗だ」
喉が渇いた。
手を振る。泥の中へと自由帳が沈んでくる。
きっとあれはボクのものだ。
泥の中をもがき、手を伸ばす。色は青。
不可思議。ボクが漫画を描いていた自由張は緑のはずだ。
それとも……ボクが漫画を描いていた自由張は金色なのだろうか?
「これはアスカの道標だ。ボクが触れてはいけない」
すんでのところで手を引き戻す。
「砕けよ」
手を振る。自由張は泥の中へと沈み、溶けて消えた。
「あれはボクには似合わない。眩し過ぎる」
なぜ触れてはいけないのだろう? きっとあれはボクのものなのに。
「ボクはアスカ。二宮飛鳥」
静かに自覚する。
なぜボクが自由帳を秘密のままにしていたのか。
秘密をアスカに知らせるというコトは、弱みをアスカに握られると言うコト。
ボク利用する為に、突け込ませる余地を与えるというコト。
アスカ以外は全て敵。
ボクにも心を許せない世界を生きてきたアスカにとって、それはどれだけの恐怖、どれほどの危険か。
喉が渇いた。
今も悔やむ。
泥の中には全てがあった。なぜ見抜けなかったのか。
なぜもっと深く考えようとしなかったのか。
アスカにとってボクの存在は、アスカに害をなすかなさないかでしかなかった。
孤独でいる為の作り笑いの背後から、ボクをじっと観察していた。
それでも、ボクは思う。アスカはボクを信じたかったのだろう。
共犯者が欲しかったのだろう。アスカはアスカ以外を助けない。
ボクへ知っていて欲しかったのか? 本当のアスカを葬り去る場所が欲しかったのか。
あれはボクがさびしさを知る為の自由帳。泥の中にいるボクはさびしさを理解できない。
「ボクは此処にいて、全て世は事もなし」
ゆっくりと体を揺する。大丈夫、孤独こそが本当の寒さだから。
体は泥で出来ている。
それでもアスカは自由帳へと書き記したのだ。アスカの行いを、アスカの罪を。
アスカの祈りをボクへとさらけ出すコトで、ボクへさびしさを伝えている。
泥の中にいるボクが孤独であるというコトに気付けないからだ。
アスカはアスカが孤独であるコトを自覚し、そしてさびしさを身に纏った。
けれどアスカには解らない、そのさびしさを消す方法が解らない。
その姿は孤独でも、動きを止めるコトはない。
「闇は消える。闇に飛び込めばね」
手を振る。泥の中へとアスカが沈んでくる。
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手を振る。泥の中へとアスカが沈んでくる。
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手を振る。泥の中へとアスカが沈んでくる。
手を振る。泥の中へとアスカが沈んでくる。
手を振る。泥の中へとアスカが沈んでくる。
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一度目は喜びだった。
二度目は驚愕。
三度目は恐怖、四度目は困惑。
「……あれはアスカだ」
五度目の疑問は泥を押し固め、アスカを泥土へ横たえる。
ここは泥の中だ。
泥土の全てにアスカが並べられている。
もう死んでいて動かないアスカ。ただの泥の塊。
なのにその死に顔は誰もが満足げな笑みを浮かべていた。
青いエクステを身に付けたアスカ。
紫のエクステを身に付けたアスカ。
細部は違えど、これは全てアスカであったはずのものだ。
見たコトがない、だけど最初から知っているアスカが泥の中へと沈んでくる。
ふと思い立ち、アスカを積み上げる事にした。
全ては泥の中へと沈んでくる。ならば泥の中にも外の概念があるはずだ。
泥の塊を組み合わせ、泥の中の外へと届く塔を建設する。
「命の温度を知るいい機会、か」
もはや逃れる術はなく、詫びるべき咎もない。
大丈夫、もう死んでいて動かないアスカはどこにでも―――幾らでも存在する。
「凍える前に……抜け出さないと」
手を振る。体は十分に冷えている。
◆
夢を見ている。とても幸せな夢を。
飛鳥「地球に優しく。これほどに理性と本能が対立する概念はない」
光「アスカは本当に馬鹿だなあ」
飛鳥「ヒトが獣と共に生きるのは。
泥にまみれて裸足で猿や猪と共に戯れるコトは、そんなにも良いコトなのかな」
光「自然は操作できるものじゃないだろう。嵐には勝てないし、日差しは止められないんだ」
飛鳥「だけどボクはそうは思わない。嫌だ。
だからと言って光はボクを殺すのかい?」
光「アスカは本当に馬鹿だなあ。
アタシにアスカを殺せるはずがないじゃないか」
飛鳥「フフッ……相変わらず痛いヤツだと思っているのかな。
まぁ、光の前だからいいだろう……光も同類さ」
光「どうしてそんな風にわざと間違えようとばかりするんだ?」
飛鳥「間違いを犯すコトそれが進化する生命……だから、かな」
光「このジャングル……原生林にいると自然の力を感じる。地球のエネルギーだ!
アタシはもらってばっかりだ。この地球、ジャングルから。そしてもちろん、池袋博士からも。
だからこそ胸を張って言える。変身ベルトがあったほうが、カッコイイじゃないか」
飛鳥「まったくだ、ヒトには文明がある。ボクは自然主義者ではないからね……コンビニ万歳さ。
ボクらじゃここで生きていくのは難しいかな。住むなら都会だし、虫除けがなかったらここに1時間といられないよ。
光がボクにとって当たり前の存在になる……喜ぶべきか、おそれるべきか。悩ましいよ、まったく」
光「アタシとアスカ、コンビを組んで手を取り合う。
ふたりのパワーが結合し生命を守る力になるんだ!」
飛鳥「光といると、ボクはボクを本当にちっぽけな存在だと定義するよ。
光の言葉は賢く聞こえる。ボクらの結合はボクの悩みをたやすく吹き飛ばす。
これぞまさしくコンビニエンス。願わくばボクも光にとって好都合な存在でありたい」
光「アスカは小っちゃくない!!! 154cmもある!」
飛鳥「光は本当に馬鹿だなあ。
あぁ、気分を害したのなら謝るよ。
だからまた昨日のボクへやさしくしておくれ」
◆
添付 アポトーシスファイル
この時間と空間の序列に左右されない自由帳へ対し、アポトーシス処理を施す。
自由帳の所有者であるボクが自由帳を開こうとした場合、アポトーシスが行われる。
アポトーシスの対象は以下である。
自由帳の所有者であるボク
自由帳の製作者であるアスカ
自由帳そのもの
罪人の歩む道は平坦な石畳であるが、その行き着く先は陰府の淵である。
これは悲しみの市への入り口。
これは永久なる悩みへの入口。
これは失われたる者等への入り口。
自由帳は永遠に存在する。
この自由帳を開くボクへとアスカが警告する。
一切の望みを捨てよ。
―――二宮飛鳥 彼女の自由帳 その表紙より抜粋―――
◆
飛鳥「どうかな、今回の漫画は自信作なんだ」
光「途中で投げ出さず、完成させるだなんてすごいな。
アタシには難しいお話だけど、アスカは動物を書いてるって事だけは分かる」
飛鳥「獣はその本性をも超える本気と本音の綱渡りを続けるぎりぎりの生き物だからね。
彼らの持つ原初のリズムと躍動へと心引かれ、ボクの筆がひとりでに動いたのさ。
神懸りと言ってもいいだろう。ボクの創作における神秘的な体験がそのまま形となっているんだ」
光「アスカの絵にはぐんぐん引き込まれる」
飛鳥「光にそんな風に言って貰えると、くすぐったい気持ちになるね。
これだけの一筆は二度と引くコトは出来ないと自負できる。
ボクの作品は見ないで評されるコトばかりで、滅入っていたんだ」
P「なら俺が評価してやろう。駄作だな」
光「P 返してくれ、まだ読みかけなんだ」
P「光もおべっか使いを続けるだけでなく、作品を悪く言うことも覚えろ」
光「ヒーローなのに悪!? あ、頭がっ……!」
P「俺が飛鳥へ出したノルマは、デモテープに見合う詞を10パターンだ。どこにある」
飛鳥「たったの1週間で10もの作品が創れるはずがない。日に1つ生み出しても足りないんだ」
P「はずがないって言葉は、私はまだ試していませんって意味だ。
家へ帰り雨戸を閉め1週間誰にも会わずに引きこもれば、10や20はすぐ出来る。
頭の中で小煩い理屈をこねくり回す前に、まずやってから文句を言え」
光「P 何で漫画を破くんだ、酷いじゃないか! アスカが一生懸命描いたんだぞ」
P「評価しろと言われたからな。
こんなにも書き込みが多ければメモ帳代わりにも使えん。ただの紙くずだ」
飛鳥「どうやらここはボクの居場所じゃないようだ」
P「椅子取りゲームをしたければ、他人の用意してくれた椅子へ座る前に自前の椅子を担いで来い。
他所の事務所の話だがとあるアイドルユニットデビュー曲の作詞は、17歳の女の子が2日で仕上げたと評判だ」
飛鳥「創ってみせるさ。それで文句はないだろう」
P「大有りだ。ノルマの締め切りは昨日、作品の提出は0。
今日のミーティングは収穫無し。事務所への月謝は只じゃないんだ。
ごほっごほ、胸が痛い。他人へ無駄な時間を使わせるな」
飛鳥「ボクらの支払う月謝でPは食べていけるんじゃないか。
もっと敬意を払って貰いたいものだね」
光「二人ともやめてくれ。アタシ達は家族じゃないか。
どうして傷つけあおうとするんだ。他人を思いやる気持ちを忘れちゃいけない」
P「そうだな。娘を愛する父親なんてのは実にいいカモだ。
満員電車に揺られ、靴底をすり減らし、頭が禿げ上がるような思いをしながら身を削ってまで家族を養う。
その一方娘といえば、髪をいじりたいが小遣いが少ないのでエクステで我慢する等とのたまう」
光「なっ! アタシは別にそんな事を言いたいわけじゃ」
P「何も違わん。親の心子知らずってなこういうことだ。
誰のおかげで食っていけてると思ってんだ。
他人に敬意を払って欲しけりゃまずはお前が頭を下げろ」
飛鳥「生んでくれと頼んだわけじゃない」
P「ならば詩を書け。ノルマは15、3日で仕上げろ。
二宮飛鳥が活躍すれば、誰にも頭を下げずにすむぞ」
飛鳥「書いてみせるさ、必ず」
――――
P「次は光の話なんだが、すまない。また仕事は取ってこれなかった。
だから今週も池袋博士の下で待機していてもらうことになる。
間接が錆付かないよう油を差しておいてくれ」
光「アタシの事はいいんだ。Pの靴はもう2足目の踵が無くなりそうだから。
レッスンが足りないのも、背が足りないのも、Pが仕事を厳選してくれているってのも分かってる。
だけど1つだけ分からない事があるんだ」
P「答えられることなら」
光「Pは何時だってアスカの漫画を悪く言う。
だけど破り捨てなきゃいけない程、あれは悪いものなのか?
まだ読みかけだったけど、アタシにはどうしてもそうは思えないんだ」
P「そんな事はないぞ。
例えば―――そうだな。この子馬の出産の場面は実に写実的だ」
光「そうか、これは馬なんだな」
P「おそらく自分の思うような作品を描き出せない創作上の苦悩と、
難産に苦しむ母馬の気持ちを重ね合わせる事が出来たんだろう」
光「そうか、これはアスカなんだな」
P「自信作だとの言葉にも頷ける。この筆運びには迷いが有る、あいつは何時だって迷っている。
先人の名作の模倣でしかない、コピペとキリ貼りの小細工に満ちた偽物とは違う。
母馬の姿をあるがままに写し取った、疑いようのない飛鳥が創った本物の作品だ」
光「写しなのに本物なのか?」
P「技法についてはデータ不足でこれ以上いえない。
だから統計によって分類すれば、この漫画は良いものだと判断される。
飛鳥を無理やりオーストラリアへ連れ出しただけの価値はあったといえるな」
光「おかしいじゃないか。良いものなのにどうして悪く言うんだ。
嘘を付いちゃ駄目だろう。良いものは良い、悪いものは悪いだ」
P「それもまた方便ってやつさ。なんなら飛鳥にこの母馬は飛鳥なのかと尋ねてみればいい。
被写体はボクじゃない。視聴者はボクの経験を疑似体験するのさ。とでもうそぶいて返ってくるだろう」
光「そこまで分かっているならどうして」
P「褒めたら終わりだ、存在証明を保てない。
そして飛鳥ってのは叩けば叩く程に、ひねくれて育つ事をプロデューサーの経験は認識している」
光「アスカはPの言葉に何時だって傷ついているのに」
P「俺はあいつの母親じゃあない。無理解なオトナと名付けられた舞台装置だ。
素直で幸福な状態にある飛鳥なんて代物は売れない。
オトナには理解されない自分ってのが、アイドル二宮飛鳥の演出だからな」
光「そんなのぜんぜん健全な関係じゃないじゃないか」
P「ファン達は誰からも愛される飛鳥なんて求めてはいない。
誰もがアノ人を悪く言うけれど、私だけはアノ人の良さを知っているとの幻想が欲しいんだ。
アイドルは使い捨ての人形で、飽きたらゴミ箱へ投げ捨てられる」
光「それじゃあアスカはどこにいるんだ?
誰にも理解されないだなんて、アスカが独りぼっちになるだろう。
そんなの悲しすぎる!」
P「いいセリフだ。感動的だな。だが無意味だ。
アスカが欲しいのは本物であって、偽者じゃあない」
光「……」
P「おお怖いこわい、そんなに睨むな。暴力はいけないぞ。
お前のライダーキックは、厚さ346ミリの鉄板さえも穴があくからな」
光「アタシはまだ何も成し遂げていない。
だから何者でもないアタシの言葉じゃ、届かない事は知っている。
それでも黙ってなんていられない」
P「それが独り善がりなんだよ。ごほっごほ、胸が痛い。
誰からも認められていないのに、大声で叫んだところで耳障りだ」
光「休んでいてくれ、今薬草茶を淹れるから。
なあP、オトナは本当になんでも知っているんだな」
P「俺は光と同じ場所で生まれた存在だからな、辛さは類推できる。
だからこそ這い上がり上を目指したいと決意できた」
光「飛鳥を開放してはくれないのか」
P「光、飛鳥はこの先まだまだ売れる。
だけどな俺ではお前の将来を保障できないんだ」
光「敗北からだって学べる! 諦めなければ!
アタシはまだまだ弱い……でも、この胸には熱いハートがあるから!」
P「俺は見捨てられし者。最後の息の絶えるまで戦う者。名誉のうちに滅びゆく者。
そしてお互い人の役に立ちたいもんな」
◆
喉が渇いた。
泥の中の外へと到る塔は、アスカの形をした泥で完成した。
細部は違えどこれらは皆どれもアスカだ。
いずれはボクもこの中へと並び、アスカの形をするのだろう。
だれがボクを積み上げるのだろう? ボクは今塔を上っているのに。
ゆっくりと体を揺する。アスカの形をした泥は崩れない。
このアスカとボクは何処が違うんだろう?
「ボクはアスカ。二宮飛鳥」
ゆっくりと体を揺する。ボクの形をした泥は崩れ始める。
「抵抗……自身への枷でもある、か。
凍える前に……抜け出さないと」
ボクの為かアスカの為か、塔を上る。
塔を上る為なのか。ボクはアスカを積み上げる。
アスカを超えた先にボクがいる。でもボクを泥の中の外へと押し上げるのはアスカ。
積み上げているのか。
押し出されているのか。
全ては一つのループかな。
そして泥の王はセカイの終わりへと辿り着く。
誰もいない塔上。崩れた体を横たえて独りボクは嘆息する。
思考は一瞬、だがその一瞬が死命を別った。
眼下に広がるのは、灼熱の光。
それはいつか見たもの。
それはやがて過ごすべきあの日の情景。
自ずから自身の死刑執行書へと署名を行う繰り返し。
アスカがいる。光がいる。ボクがいない。
光「二宮なんて随分距離を感じる言い方だな。それよりも飛鳥のほうが断然いい。
知ってるか? アスカディアヒーローズのアスカイザーと同じ名前なんだ。
だからアタシは飛鳥をアスカと呼ぶよ」
飛鳥「なら僕は君を光と。ああ、この呼び名は君にこそ相応しい」
肢体の固まりゆく激しい痛み。
飛鳥「痛い? あぁ、痛みを抱えて人は成長するのさ。傷はいつか癒える」
光「筋肉痛だな。訓練の後ストレッチが足りないと、そうなるんだ」
解かっていたはずだ、ボクはかつてのアスカとは違う。
アスカはアスカしか信じない。アスカにとってボクは排除されるべき異物。
これは信頼ではなく確定された事項。
もしもアスカがボクを信じるコトが出来る性格であったならば、
ボクが生まれるはずもなかったのだから。
振り返り泥の中の安住へと意識を向ける。
ボクはあの中に入れない。
ボクが望んで捨て去ったのに、どうしてそこへ戻れるのだろう。
飛鳥「こぼれたミルクを嘆いても仕方がない。
東西に共通する概念として、覆水盆に帰らずとも伝えられる。
これを全てのヒトがたった一つの鋳型を基にして生まれた、デッドコピーの証明だとする説もある」
光「アタシは違うぞ。熱い心がある。
覚えてないけどアタシは病院で、母さんのお腹の中から生まれたんだ。
怪人達みたいに、悪の心を持って研究所で生まれてきた訳じゃない」
飛鳥「光は本当に賢いな。光らしくある、それが大事なのかもしれない。
光の信じる正義の心をもっと広めてゆこう」
光「凍てつく寒さのなかでも、消えない熱があるんだ。
アスカ、アタシ達コンビの間に生まれた熱が、みんなの凍ったハートを溶かすんだ!」
これはなんだろう? この記憶は何だろう?
眼下に広がるのは、灼熱の光。
矛盾する時間、矛盾する回答、矛盾する問い。
二人が語り合うコトはわかる。アスカは光の相棒なのだから。
でもあれはどのアスカなのだろう?
知っている、ボクアスカをはアスカボクをは知っている。いや、知らなかったせるコトもある。
アスカボクはは正義の味方でありアスカボクの相棒相棒違うううううそれはアスカボクではなくアスカボクの定点観測者。
ボクはボクの形を保てない。
海水に真水を注げばそれは海水となるように、無限のアスカを知るボクはアスカへと飲み込まれる。
「ボクはアスカ、二宮飛鳥」
アスカとは無限に存在するボクの総称であり、ボクとはアスカであり、アスカとはボクである。
不完全だからこそ完全となり、空ろであればこそ満ちてゆく。
ボクはアスカに触れ、アスカを知った。ボクはアスカであり等価値である。
だからこそアスカには何の価値もない。
飛鳥「なぜ光は正義の味方になろうとしないんだ?」
光「アスカは本当に馬鹿だなあ。
ヒーローは普段、身分を隠して生活するものなんだ」
飛鳥「それではセカイの滅びを食い止める為の、抑止力足り得ない。
悪を滅ぼすには、まず自らが正義を確信するべきじゃないのか」
光「アスカは本当に馬鹿だなあ。
世の中皆がみんなヒーローになってしまったら、いったい誰がお米を育てるんだ?」
飛鳥「二宮飛鳥が活躍するその裏で、光がいると誰が知る?
光はもっと自分の行いが報われるよう動くべきなんだ」
光「アタシの活躍はアスカが絶対に忘れないだろう? ならそれでいいじゃないか。
アイドルになれば歌って踊ってテレビデビューしてあのヒーロー番組の主題歌ゲットして、
それはつまりヒーロー二宮飛鳥の誕生だ」
我思う、故に我あり。だけどボクにはこの意味が解らない。
我とはいったい何か。我とはいったい誰なのか。
ボクはアスカが何者なのか知っている。けれどアスカがボクなのかが解からない。
どんな風に生まれ、どんな風に育ち、どんな風に死んだのかが解からずに。
どんな風に生まれ、どんな風に育ち、どんな風に死んだのか、その全てを知っている。
「なんて無様。
それがアスカの願いで、結末なのか」
かつてアスカが幾たびも練習し、それでも身に付かなかった冷笑がボクの頬へ顕現する。
「ボクはアスカ。二宮飛鳥」
だけどそれは何時までも保ちはしない。
恐らくは後一呼吸、それでボクは固着する。
急いではいけない、それでも決めなければいけない。ボクがボクであるうちに。
飛鳥「雨はいい。まるで涙のような……温かい雨なら尚更さ。濡れてしまってもかまわない。
迷いも悲しみも、洗い流してくれる。全て流されて、ただそこに残る残滓だけが、ボクがボクである理由さ。
ロマンチストだと笑うかい? でもキミも……ボクと同じく濡れているよ」
光「雨だっていつか止む。待っているのは青空だ!」
視界の隅にボクの自由帳が映る、色はもうない。
静かにボクの自由帳が泥の中へと吸い込まれる。
だけどそれでも、それでもそれは確かにあったのだ。
それは確かにそこにあって、かつてのボクを包んでいてくれたのだ。
飛鳥「眩しいんだ。……このセカイすべて」
光「仲間の勇姿が眩しい! この光景がアタシの喜びだ!」
もう……解き放つしかない。
大きく息を吸い吐く。ほんの一呼吸にありったけの呪詛をこめて。
「アスカよ、次はキミが呪われろ」
光を抱え微笑むアスカを見ながら、ボクの意識は刈り取られる。
◆
夢を見ている。とても幸せな夢を。
飛鳥「これは金平糖と呼ばれるお菓子だ。
戦国時代にポルトガルから伝わったお菓子で、材料にはケシが使われている」
光「ケシ! 麻薬じゃないか。
ケシパイで松大陽作が世の中の為に爆発させてた」
飛鳥「それは昔の話だね、今では材料にケシは使われていない。
そして昔はポルトガル語でconfeitoと呼ばれていた。
中身が違う、呼び名が違う。違うづくしの代物だ」
光「赤、青、黄色、緑、ピンク、どれも綺麗だな」
飛鳥「そう見た目すらも違う。実に良い着眼点だ。
かつての金平糖は白と茶色が主体だった。それをふまえて親愛なるボクの定点観察者に問うとしよう。
これらの金平糖は本物なのかな? それとも偽者なのかな?」
光「甘くて美味しい。この金平糖は本物だ」
飛鳥「なるほど。金平糖は砂糖菓子だ。
眼が見えずとも、耳が聞こえずとも、舌で判別できる。
光は五感と主観で物事を判断する道を選ぶんだね」
光「それは違うぞ。今の世の中にはこんふぇいとはもうない。
どこを探したって写しの金平糖しかないんだ」
飛鳥「だけど光は偽者であるはずの金平糖を本物として扱った。
かくして正義は失われ、世に悪がはびこったとさ。
めでたし、めでたし」
光「真似をする事の何が悪いんだ?
アタシはヒーローじゃない。ヒーローにあこがれるだけの女の子だ。
だけどヒーローに近づく事は出来る」
飛鳥「ボクが間違えていたよ。
この小さな砂糖菓子の弾丸では、光の心を打ち抜くコトは出来ないらしい。
だからまた昨日のボクへやさしくしておくれ」
光「砂糖菓子の弾丸―――アスカは賢いなあ。
神崎の使う必殺技みたいでカッコイイ呼び名だ。もう一つ食べてもいいか?」
飛鳥「苦味を避け甘味を求めるのはヒトの生存本能、遠慮せず手に取ってくれ。
ああ、でも全部は困るな。ボクがコーヒーへ入れる分は残しておいておくれよ」
◆
喉が渇いた。
「くっ、えふっ、うぇん、ん、ん、はぁー」
全身の発熱に耐えかねて、ボクは眼を覚ます。
天井は目の前でぐるぐるまわり、下腹部と関節が痛い。
背中は寝汗で海へ沈み、首元が痙攣をおこす。
こんな痛みは知らない。
電子レンジへ入れられた濡れタオルの気分とはこの事か。
無理やりに体を起こす。
神経が更なる苦痛を脳へ伝えるが、そのおかげで意識の混濁を避けられる。
「ここはどこだ」
首元の痙攣は鎖骨を通り抜け指先を震えさせる。
布団を捲るのももどかしい。
「ボクの部屋だ」
中枢からの命令は、亀の歩みながらも末端へと適切な動作を規定する。
対処すべきは発熱。
起き上がる。水分を取る。解熱剤を飲む。
余力があればパジャマを着替え、学校へ休みの連絡を入れる。
ああ、そうじゃない全ては独りでやることじゃない。
ここがボクの部屋ならば、まずは母さんに助けを求めないと。
違和感に気づいた。
貧血のような気だるさ。自分の体が自分のものじゃない。
病とは違う肉体支配に依存しない、異邦人感。
ボクが必死で全身を制御しようと。
意識を内へ向けなければ気づかなかったであろう、かすかなそして致命的なボタンの掛け違い。
「血だ」
敷布団に広がる赤い液体。寝汗と混じった少量の水溜りが警告を発する。
制御を取り戻した両腕を揮い、布団を跳ね飛ばす。
視界はいまだ揺れ動くが、気にかける余裕はない。
「手当てをしないと」
血痕量から判断するに傷口は背中か、胸部。
撫で回すも汗のさらさらとした湿り気ばかりで、血液の粘りはない。
「ボクは何をしているんだ?」
つい先程までボクは意識がなかった。
そもそも何者かが侵入し、刃物でボクを襲ったとしたならば今でも命があるはずがない。
悲鳴が出ぬようのどを切り裂く、ついで絶命を狙い心臓を一突き。これで十分だ。
念には念を入れて肺を狙い腹部を刺しても良いだろうが、寝ている相手の暗殺は少ない手数で実行できる。
誰かに殺されるほどの恨みを買った覚えはないが、恨みは大抵本人のあずかり知らぬところで買うものだ。
可能性が低いからといって、確かめもせずありえないと切り捨てるのは理性の敗北だ。
そもそも人間が他者によって殺される可能性は、宝くじで大当たりを引く確立よりも高いのだから。
次の仮説 一撃を加えたはよいが、両親の気配に気付いた外敵が逃げ出した?
否定。
であれば父さんや母さんがこんな中途半端な状態でボクを放置するはずがない。
口元に手をやる、唾が出ない。
指先を舌下に差込み撫で回し引き出す。色はない。
つまり吐血ではなく、内臓へのダメージは疑いから外れる。
喉が渇いた。
下着の濡れた不快な感覚を無視し、枕元のトランシーバーを手に取る。
専用周波数の為、連絡を取れる相手はただ一人―――。
「光、助けてくれ。
どうやらボクはアスカを殺してしまったらしい」
ばかげた妄言、唐突な頼み、正常な判断力があれば相手にするはずもない戯言。
そもそも今は一体何時だというのか。
光「わかった。
それでアタシはいったい何をすればいいんだ?」
何をしたのかは、問われなかった。
◆
アスカはどこにでも―――幾らでも存在する。
例えばそれは中学校の昼休み。
光「アタシは覚えていないんだ。
誰しもそうだろう、生まれた時の事なんて、覚えているモノじゃない」
「キミがボクの無事を祝ってくれるのは嬉しいさ。ただ、過去のないボクが祝われるというのは、むず痒いね」
弁当箱を広げ級友と語り合う、ごくごくありふれた日常の光景。
光「それで体調はどうなんだ?
もしも何かおかしな点があれば、池袋博士に修理してもらわないと」
「その必要はないよ。
念のため医者にも通ったが、思春期の青少年としては実に模範的で健康な肉体だとお墨付きをいただいた。
一般的には遅すぎたくらいだが、これから先一生付き合うことになるかもしれない肉体だ。なんとか折り合いをつけないとね」
光「豚肉のしょうが焼き、ほうれん草のゴマ汚し、砂肝の酒蒸し。
何時もと違って山盛りだな。エネルギーの補給は良い事だ。
っと、あ、ごめん。これは言うべきじゃなかったな。気分を害したのなら謝るよ」
「いいんだ。これからの未来を祝おう。ボクとキミの未来をね。
それが今のボクたちにできる、ささやかなセカイへの抵抗なのだから」
アスカの居場所は学校に存在した。ならばアスカを殺したボクの居場所はどこなのか?
「この弁当はボクの体調を考慮した母さんの手作りだが、実際の所は夕飯の残りを詰めただけ」
光「御母堂の愛情だな」
「そうだね、キミの言葉は賢く聞こえる。
こうしたさりげない日常の演出で、昨日と今日が断絶していないコトをボクへ伝えようとしてくれている。
母の愛とは偉大なものだね。さすがに14年間もアスカを見つめ続けていただけのコトはある」
光「なら次はアタシの愛を見せる番だな。
頼まれていた福寿草、心臓に効くんだ。
スムージーだと朝作っても、昼には腐っちゃうからな」
「助かるよ、ありがとう。
医者には精神を落ち着かせるためにハーブティーを試すのが良いと言われたが……。お茶は苦手なんだ。
牛乳と蜂蜜を混ぜて苦味を消せないのが残念だよ」
光「ふーんエラーが出たな。
アタシにわかるのは、死体は腐ってしまう事だけど」
「その通り。ボクは食事をし栄養の吸収を必要としている。
アスカの肉体が今でも生きている何よりの証拠だ」
つまるところ、社会的に見ればアスカは昨日と何も変わらずに生存している。
そもそもがアスカに従属するボクが、アスカの肉体を殺してしまった場合、ボクの存在する寄る辺は消失する。
ならば逆説的に考えれば、ボクはアスカを殺していないコトになるのではないか?
―――答えは、否。
今のボクはアスカを観測できない。
光「腐った死体はドロドロに溶けて土へ帰る。
だけどアスカは生きている。だからアスカは泥人間ではない―――これでどうかな?」
「それは三段論法だね。鴉と石炭が等価値となる―――言葉のゲームでは禁じ手だ。
そもそも問題は本体とコピーである泥人間、そのどちらが本物であるかどうかではない。
本体の死を確認した後、泥人間が泥から外へ這い出してきたコトへあるんだ」
ボクはアスカの全てを知っている。これは知識であり、体験ではない。
ボクは自身をアスカではないと認識してしまった。
「ボクはアスカ。二宮飛鳥」
アスカの情報を自身の記憶として処理できない。
ボクにとってアスカの情報とは、偉人の伝記を読みその人生を学ぶコトに等しい。
アスカとボクが乖離している。ゆゆしき事態だ。
光「人を殺すのは良い事? それとも悪い事?」
「そんなものボクの知ったコトではないよ」
光「人を殺すのは良い事? それとも悪い事?」
「善悪の判断なんて坊主か裁判人にでも任せておけば良いんだ」
光「人を殺すのは良い事? それとも悪い事?」
「ネクローシスは悪だ。愛は義務を殺すからね」
光「自分を殺すのは良い事? それとも悪い事?」
「そんなコトをしてしまったら二つの爪で引き裂かれる」
光「自分を殺すのは良い事? それとも悪い事?」
「死を想い、死を記憶せよ。アポトーシスは善だ。
そもそも生命は全て自己保全の為に、間違いを正す仕組みを保有している」
太古の昔から連綿と続く約束。
細胞は自身を間違いであると認識した場合、自滅する。
光「義務は愛を殺すんだ。
ならアスカを殺したとしても、それはアスカのやった事じゃないのか?」
―――答えは、否。
自身の間違いを認めず、アポトーシスさえをも否定する存在。癌細胞。
ボクはボクの消滅を恐れ、アスカを呪った。
そこには明確な殺意があったはずだ。
ボクは間違いを犯した。今でも肥大する自己増殖を止められずにいる。
「狂気のない殺人といっても良いのかな。
殺意がある以上、遺体がなくともそれは殺人だ」
殺人とは忌避される行いであり、正常な思考では行えない。
ゆえに殺人犯は皆狂気の申し子だ。しかしボクは間違いを認めない、自身を肯定し続ける。
他者がどれ程ボクの思考を異常だと認定しようとも、ボクにとってボクの存在は狂気の産物ではない。
光「凶器ならあるだろう? デスノートを知っているはずだ」
『DEATH NOTE』(デスノート) 独善を扱った少年漫画作品であり、その思想は多くの青少年へと影響を与えた。
「あれはアスカの道標だ。ボクが触れてはいけない」
光「デスノートなりきりセット。中学生ならだれだって持っている。
アタシもアスカに付き合ってダースで買った。
6冊しかあってはいけないからって、半分貰ったんだ」
「それはボクも知っている。
キミは知らないだろうが、当時のアスカは主人公である夜神月の幼稚で稚拙な独善的テロ思想へキミが思う以上に影響を受けていたんだ。
何者かがデスノートを開いた時を想定して、対策を練っていた」
光「アタシは光。つまりはライトであり月でもある。
アタシにはデスノートを所有する権利がある。
アスカの言葉に従えば、そうなるはずだろう?」
「らいと。実に正当な主張だ。
言葉のゲームはキミの勝利。やはり過去の経験はヒトを成長させるのだろう。
だけどボクには自由帳を進呈するコトは出来ない」
光「ライトは火だけど、アタシが見たからって自由帳が焼け落ちるわけじゃないだろう」
「……」
光「まさか……」
「そのまさかだ。
アスカは夜神月を模倣し、自由帳の保管場所へ発火装置を据え付けた」
光「アスカは本当に馬鹿だなあ」
「アスカのコトながらさすがのボクにも擁護は出来ないね。
ただアスカの名誉を守る為に言わせて貰えれば、最後の最後でかすかな理性が働いたはずなんだ。
いくらなんでもガソリンはまずいだろうと」
光「当然だろう、火事になったらどうするんだ」
「火事になれば父さんと母さんに多大な迷惑をかけるコトになる。
そんなものをアスカは望まない。だからこそガソリンではなく墨汁を仕込んだ……と記憶している」
光「なんて恐ろしい事を……それだとびちゃびちゃになるじゃないか」
「ああ、何もかもが真っ黒になる。掃除が大変だ」
光「くっ、アタシはどうしてただの便利屋でしかないんだ。
相棒が今目の前で困っているのに、ただ手をこまねいているだけの道具でしかないなんて」
「キミは本当に馬鹿だなあ。
仮にボクがキミへ後始末を任せたとしよう。当然ボクはお礼を言うコトになる」
光「誰かにありがとうと言って貰える。それがアタシの夢で憧れなんだ」
「誰もがキミの前では笑顔になるだろう。
だけどそれはキミを利用しているだけだ。
いやなコトをキミへ押し付けて、嘲笑っているだけだ」
光「くっ……、パワーが足りない……ド、ドリンクをくれぇ……」
「生憎だがおかわりはないよ、牛乳は全てボクが飲んだ。
ひどく不味い。キミは馬鹿だ。ボクの渇きは癒された」
光「パワーが足りないときは、この金平糖を食べてエネルギーをチャージすればっ!」
「それが糖化との交換だ。ひとつだけ教えてくれないか?
キミを便利屋と呼び、道具として扱ったのは誰なんだ。
ボクはヒーロではない、だけど卑怯者ではいたくない」
光「キミは忘れたんだろう? ならそれでいいじゃないか」
「キミがボクを相棒と呼んでくれたんだ。言葉には力がある。
光のくれた役割を果たそう。それがボクの誓いだ。
ボクは魂の服従なんて求めていない。従えたいとも従いたいとも思えないんだ」
光「ならアタシはキミを二宮と呼ぶよ。二宮、うん良い響きだ」
「待ってくれ、どうして二宮なんだ?」
光「アスカなんて随分距離を感じる言い方だ。それよりも二宮のほうが断然いい。
知ってるか? ニノライダーの二宮和也と同じ響きなんだ」
暗くなりかけた空気を振り払うように、ボクらは笑った。
◆
ボクの居場所は家庭にも学校にもなかった。
飛鳥「光はどうしてそんなにも馬鹿なんだ!
ボクらはこれまで幾度も思考実験を繰り返してきた。
なのに一度も意見の一致が見られない。なぜだ! アミノ酸のせいなのか」
光「アスカは賢いなあ」
飛鳥「父親は嘘吐きだ! 個人の個別の問題を解決するコトがヒーローじゃない。
個人の自由や権利を追求するコトと、規範や倫理を示すヒーローが相容れないコトなんて分かりきっている。
ヒーローという超自我を内包した子供は、自己規制の奴隷として押しつぶされる」
光「アスカは賢いなあ。
自分のコトだけしか考える事が出来ないなんて」
飛鳥「自分のコトだけを考えて何が悪い! ボクらの心に愛はない!
美味しいものを食べたい! 綺麗な宝石を身に付けたい! 子供を生みたい! もっと父親に褒めて欲しい!」
光「でもヒトはそれだけじゃないだろう」
飛鳥「コギトエルゴスム? ボクの原罪は現在にある。
ボクは欲する! そこから始まるんだ。自己認識を積み重ね俯瞰風景へと到る。
その為の最小単位こそがアスカだ。アスカはアスカ以外の何者にもなれはしない」
光「アタシは仮面を被るよ。何者でもないものになるために」
飛鳥「それはあまりにも不自然だ。ヒーローには守るべきものも守るヒトもいないのに。
キミとボクのセカイ。そこにヒトは二人しかいない。もう二人だけしかいないんだ」
光「ヒーローは仮面を被るんだ。父親の愛に耐えられないから」
飛鳥「どうしてそんな風にわざと間違えようとばかりするんだ。
ヒーローの中には家族も故郷もないというのに」
光「父親は嘘を付かない、選択をしないから。
だけどアタシには悪魔回路が搭載されていない。そのせいで間違えるんじゃないかな」
飛鳥「あ……くま……回廊?」
光「完全なる完成された良心による命令だな。
ハードウェアによる制御だから、外的要因やウイルスによる変質が考慮されない」
飛鳥「完全なる両親……父と子の位階への寓意か?
分からない。なぜボクらのセカイにそんなものを定義する」
光「シスタークラリスの言葉へ従えれば、律法主義者になるのかな?」
飛鳥「光、握手だ。どう思う?」
光「飛鳥の手は柔らかいなあ」
飛鳥「ボクは光に触れる。細胞を擦り合わせる。
光のその輝きに照らされたからこそ、ボクは今ココに居るんだからね」
光「電気信号が流れる。それをアスカは心地良いと感じる」
飛鳥「まだ分からないのか。
ボクの心に愛がなかったとしても、細胞には愛があるんだ」
光「自傷行為と一体何が違うんだ?
どちらも電気信号が生み出す幻想じゃないか」
飛鳥「時々光が眩しいよ。これはボクの純粋な感想さ。
だからボクは光と一緒にいたい。光はボクと一緒にいたいのか?
それとも一緒にいたくないのか? それだけでいいじゃないか」
この日は一日中光を胸に抱いたまま過ごした。
光「ずっとずうっと、アタシなんかと一緒にいてくれてありがとう」
光「信じてもらえないかもしれないけれど、
アスカに友達になろうって言われた時本当に嬉しかったんだ」
光「生まれて初めて、愛してるって思えるヒトと友達になれて……。
アタシを愛してくれて本当に嬉しかったんだ……」
飛鳥「初めてキミに出会ったトキに思ったよ。
あぁ、このヒトはボクと同じ種類の人間だ……ってね」
飛鳥「だから、ボク達が惹かれあうのも必然だったんだ。
そして、ボクが選択するコトも、きっとね……」
光「アスカ、キミが友達でよかった。
アスカのくれた役割を果たすよ! それがアタシの誓いだ!」
この言葉に嘘はないのだろう。
だからこそ嬉しい。独りは本当に寂しいから。
飛鳥「光、キミがトモダチでよかった。
覚えていてくれ、ボクを特別にしたのはキミだとね」
けれど、きっと、それは母親の愛よりも遠くにあったのだろう。
ボクの自傷行為の結末を先に述べるとしよう。
あの日の彼女達は何事もなかったかのように父親の元へと至り、ヒーローとなった。
もしかするとこのボクは、二人に残された、最後の、
理性であり常識であり、そんな心の内をつかさどるソフトウェアだったのかもしれない。
耽溺は全て悪い。
それがアヘンであれアルコールであれ理想主義であれ。
そんなアスカの心が砕け散るまでの記録をここに残そう。
◆
警告 アポトーシス
この時間と空間の序列に左右されないボクは、自らの意思でアポトーシス処理を施す。
アポトーシスの対象は以下である。
二宮飛鳥
二宮飛鳥は自身を間違いであると認識した場合、自滅する。
◆
アスカはどこにでも―――幾らでも存在する。
安斎都(16)
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都「事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きているんだ」
例えばそれは事務所の礼拝堂。
都「理想と現実の乖離を示す、日本の刑事ドラマが生み出した金言ですね」
国際化の叫ばれる現在。
二宮飛鳥の所属する芸能事務所では、福利厚生の充実を目的とした礼拝堂が用意されている。
都「しかしながらここにもまた、誤謬が含まれています。
つまり物語の語り手である主役の言葉は、全て正しいとの視聴者のもつ先入観ですね」
これもまた、理想と現実の乖離を示す残骸だ。
器を用意したは良いが中身が伴わない。
常設の司祭はおらず、祈り手も訪れないただの部屋。
都「これこそがミステリーを描く上での一番の弊害となるのです。
殺人が起こったから、探偵の活躍する事件が始まるのではありません。
事件が起こったからこそ、その結果として殺人が起きるのです」
今では礼拝堂はもっぱら講堂兼自習室として利用されている。
アスカはここの住人だ。
都「殺人とは一見無関係に思えるような、さまざまな出来事が収斂した結果なのです。
殺人とは物語が始まる以前からすでに始まっているのです。
殺人そのものは物語の結末でしかありません。これはドイルではなくクリスティの思想ですが」
神の家にヒトはいない。
ここでは誰もアスカへ話しかけない。
アスカは孤独でいたい時、常に礼拝堂へ足を運ぶ。
都「真の名探偵とはいったいなんであるのか?
全てが終わった後に現れる安楽椅子探偵なのでしょうか?
今、まさに目の前で起きている事件を必死で解決しようとする青島刑事なのでしょうか?」
ここの住人は皆親切で世話焼きで面倒見が良い。
都「探偵の役割とは遺体のない事件を解決する事です。
新たなる殺人の発生を防ぐ事なのです。それが自身を手放し、ゆだねる事になってしまったとしても。
カーテンにて灰色の小さな脳細胞が導き出した結末は、若き日のポアロ自身へと向けた自傷行為でした」
でもそれは全て独りよがりでしかない。
都「自分だけが隠された証拠を知っていて、独りで勝手に納得し、突然犯人を指摘する。
犯人が明かされた時の驚きは、意外ではなく唐突。
友と呼ぶヘースティングスへさえも、平然と嘘を付く」
自分がやりたいコトを行うだけで、相手が求めているコトをしているわけではない。
自分以外の人間は、まったく頭にない。
自分の言動が相手にとって、どういう意味を持つかも考えない。
都「ここで結末を語ることはふさわしくありません。
ですのでここは何時もの台詞でしめるといたしましょう。
あなたの灰色の脳細胞を使いなさい」
群衆の中でさよならと手を振るヒト達。
本当は溺れそうになっていて、助けを求めているのに。
――――
クラリス(20)
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クラリス「本日はローマの信徒への手紙15章14説から始めましょう」
ゆっくりと体を揺する。ゆっくりと下腹部をさする。
クラリス「兄弟たち、あなたがた自身は善意に満ち、あらゆる知識で満たされ、
互いに戒め合うことができると、このわたしは確信しています」
気持ち悪い。体は血肉で出来ている。
「ボクはアスカ。二宮飛鳥」
もはや呪詛と化した成句を唱え、意識を引き起こす。
やはりここにもアスカはいない。
クラリス「このようにキリストの名がまだ知られていない所で福音を告げ知らせようと、私は熱心に努めてきました。
それは、他人の築いた土台の上に建てたりしないためです」
静かに自覚する。ここは礼拝堂だ。
空く間の回廊、伽藍の堂。
クラリス「平和の源である神があなたがた一同と共におられるように、アーメン」
どうやら都の独演を聞いている最中に、眠ってしまったらしい。
丁度聴衆のいない講堂で、尼僧が独り説法を終えたばかりの様子だ。
めったに司祭の訪れない礼拝堂だが、尼僧は常駐している。
掃き、清め、説き、奏でる。毎日がその繰り返し。
かつてのアスカがふと気になって尼僧へと尋ねたコトを思い出す。
飛鳥「誰も祈るものは訪れないのに、なぜそんな無駄なコトをしているんだい?」
クラリス「それでも信仰を捨てないでください」
そして尼僧は何事もなかったかのようにオルガンをひく。
掃き、清め、説き、奏でる。毎日がその繰り返し。
きっとそれこそが彼女にとっての祈りなのだろう。
「ボクはアスカ。二宮飛鳥」
何処へ行ったとしても、ボクはボク。
祈りはどこでも行える、大切なのは場所じゃない。
クラリス「なぜ貴女が塔を出て、ここへいるのですか?」
「トモダチへ会うのに理由が必要だとでも?」
尼僧は怒気を含み、息を吐く。
クラリス「言ったはず。神の家が戸を開くのは、全てのヒトへ対してです。
ヒトでないものが、ここへいるとでも」
これは手厳しい。礫が放たれた。
「わたしを守る盾は神である。
これでも貴女はボクを石持て追い立てるのかな?」
クラリス「それがアスカの心の内より湧き出た誠であるならば。
彼女は誰よりも経典には精通していました。ですが教義は字句の奥にその精神を宿しています。
詩篇をそらんじるだけの、借り物の言の葉より生まれた正しさに力があるとでも?」
「眠りへの嫌悪。暗闇が怖いという感覚。
一度眼を閉じれば、次の瞬間にはボクが消滅しているかもしれないとの恐怖。
顔のない貴女には分かるはずもない」
尼僧の眼光に激しさはなく、静かにボクを値踏みする。
クラリス「あれは貴女を親友だと言っていました。信じられる一番の親友だと。
まさか本物と偽者の区別もつかないほど、愚かであるとは」
「言ったはず。ボクはもうアスカではない。
だから貴女を知らない」
言葉を吐き捨てる。返答にもならぬただの悪態。
クラリス「字句と精神が対立した場合、それを解くものは唯、憐れみの心です」
考えろ、こんな時アスカであればどう言葉を返す。
クラリス「私は静岡県出身14歳の女の子」
「嘘だ」
クラリス「2月3日に生まれた水瓶座。
趣味はヘアアレンジ、ラジオを聴くこと、漫画を書くこと」
「嘘だ!」
クラリス「非日常の生活へ憧れ、未知の存在であるアイドルを目指すこととしました」
「貴女はただの尼僧だ。アイドルじゃない。
ベールをかぶり、聖書の言葉を語り、祈りの日々を送る。
そんな存在がアイドルであるはずがない」
クラリス「本人がそう主張しているのですよ。
五感と主観で物事を判断する道を選ぶのですか」
「望まれた姿を演じるのがアイドルだ。
ボクはそんなものを望んではいない。貴女は置物の偶像だ」
クラリス「アスカの服を身に纏い、アスカの言葉を騙り、アスカのエクステを身に付ける。
そんな貴女がアスカ以外の何者であると主張するのですか。
私は不思議に思います。そのどこが何者でもないものであるのかと」
「それでも、ボクはボクだ。アスカのペルソナを被っているとしても。
ボクは糸の切れたマリオネット……自分の意思で踊ってみせる」
クラリス「それが貴女の心の内より湧き出た誠であるならば」
「もうこんな馬鹿げた問答はうんざりだ」
クラリス「私達が問答をやめる事はありません。
ヤコブの手紙3章2節から始めましょう。私達はみな何度もつまずくのです。
言葉の点でつまずかない人がいれば、それは完全な人であり、全身を御することができます」
「もうこんな馬鹿げた問答はうんざりだ」
クラリス「貴女は私に嘘をついています。トモダチへも、自分自身へも。
貴女は本当にアスカと成りたいのですか」
「無理だ。ボクは貴女のように何者でもないものには成れない。
だけど別の誰かに慣れる準備を始めている」
クラリス「貴女は貴女自身へ仕えたがっています。
私はここで光へ尽くします。真摯に仕えるために」
「光はどこにあるんだ。
神殿にいるのは石と泥で出来た偶像じゃないか」
クラリス「ここにヒトはおりません」
「ボクだって馬鹿じゃない……。
彼女はボクを愛してなかったし、求めてもいなかった。
彼女は優しいからボクが傷つかないように、一緒に踊ってくれただけだ」
クラリス「神殿は石で出来ています。石が一つ欠けたとしても、また積み上げるだけ。
だからこそ神殿は千年後も存在するのです」
「ボクが痛いヤツだと笑いものになるところを助けてくれたんだ。
なのにボクは助けるコトが出来なかった。こんなにも苦しいコトはない」
クラリス「私にも苦しみはあります。セカイには疫病が満ち溢れています」
「無意味だ。もうヒトは神をおそれない。そんなものよりも怖いものが世の中には溢れている。
雷は神の怒りではなく電気の塊。疫病は病原菌やウイルスによる生命活動。
自然は操作できるものじゃない。嵐には勝てないし、日差しは止められない。それだけだ」
古き時代、人類は天災に神の姿を見恐れおののいた。
黒死病は神の怒りだとして、罪あるものを裁き続けた。
クラリス「ルター主義と呼ばれる病です」
誰もが飼っている。心にケモノを。
ヒトである以上そこからは逃れられない。
クラリス「罪人よ……罪人の群れよ。
主は、嘆き、悲しんでいます。愛さなければよかった……と。
そうして流した黒い涙の中から、私たちは来ました」
何者でもないものでさえも純一無雑ではない。泥水のように不純が混じる。
「それでも信仰を捨てないでください」
尼僧の為に祈り、席を立つ。
神などいないのだと、尼僧自身が一番良く知っているのだろうけれど。
クラリス「悔い改めよ。そして死に絶えなさい。愛されなかった人々よ……」
◆
アスカは愛を知らない女の子だった。
飛鳥「ボクらはやはり水と油だね。
こんなにも近くにいるのに、どこまでも違う生き物だと感じる」
光「かき混ぜれば良いんじゃないかな」
飛鳥「光はミルクを飲む。ボクは雌牛の分泌する液体を飲んでいる」
光「アタシはコーヒー牛乳を飲む。アスカは臭くて苦いだけの泥水を苦味を抑えながら飲む」
飛鳥「どうすればボクらは意見の一致が見られるのかな」
光「かき混ぜれば良いんじゃないかな」
飛鳥「白と黒が渦を巻いて重なり合う。出来上がるのは灰色には程遠い茶色。
模倣はどこまでいっても模倣に過ぎない。生まれついての本性が違う。
冷凍すれば水と油は凝固点に従い、やがては分離してしまう」
光「かき混ぜれば良いんじゃないかな」
飛鳥「関係は冷える。疎遠になる。絶対はない。
それでもなおかき混ぜろと」
光「友情は成長の遅い植物だからな。
友情という名の花を咲かすまでは、手をかけなきゃいけないってキン肉マンが言ってた」
飛鳥「それを口にしたのはジョージ・ワシントンだよ」
光「そうなのか。アスカは賢いなあ」
そんなコトも知らないただそれだけの女の子だったのだ。
飛鳥「例えば仮に、そう仮にの話だ。
誰かが光を殺したとしよう。ボクはその犯人を決して許さないだろう。
これはヒトが持つ自然な感情の発露だ」
光「アスカは本当に馬鹿だなあ。
その優しさがアタシ達を殺すコトになるのに」
飛鳥「それで今日はボクに何を見せてくれるんだい」
光「伝説巨神イデオンだ。アスカならきっと気に入ると思って」
飛鳥「どんなお話なのかな」
光「母親は父親を殺しました。そしてその亡骸からヒトは神様を拾いました。だけど神様は意思を持たない人形でした。
だからヒトは神様に心を与え、貴方の意思で私の願いを叶えてくださいとお願いしました。
糸のついた人形は、ヒトが心のそこから願っているコトを実現させました。
そうしたらセカイが滅んでしまいました。めでたし、めでたし……アスカの言葉だとこうなるのかな」
飛鳥「神を創る物語か。なるほど新世紀エヴァンゲリオンのフォロワー作品のようだね。
セカイのあり方を常に問い続ける、ボク好みの作品になりそうだ」
光「その……ごめん。イデオンは昭和の作品だから、平成のエヴァの後追いじゃないんだ」
飛鳥「……」
光「……」
飛鳥「ヒトは皆他者からの影響を受けて変化を繰り返す生き物だ」
光「……」
飛鳥「そしてキミは不本意ではあるがボクの愛するアスカの定点観測者だ。
キミには長く幸せな生を送って欲しいと思っている。
だけど今度ボクへとそんな口の聞き方をしたならば、そうはならないだろう」
光「それはキミの命令でなのか?」
飛鳥「必要とあらばね」
光「そうなる前にアタシ達は何回死ぬのかな」
飛鳥「正当な理由で死ねる」
光「他の誰かの理由じゃないか。
ならアスカは願いを叶えてくれと頼まれた場合、どうするんだ?」
飛鳥「ボクは選ばない。何かを選んでしまえば全てが恐ろしいコトになる」
光「アスカはアタシの質問へ対し一度で答えた。随分と今日は雄弁なんだな……」
飛鳥「一度は数のうちに入らない。
一度だけおこる事は、一度もおこらなかったようなものだ」
光「エラーが出ているよ。そんなアスカが間違っているとはアタシは言えない。
だけどアタシの記憶から言えば、口の立つヒトは馬鹿と同じくらい、何事も全てにおいて正しいんだ」
飛鳥「ヒトは時に選択を迫られる……時にセカイはその選択をボクへ強いる」
光「大丈夫だよアスカ」
飛鳥「ボクは自分が何なのかを知っていて、アスカへ誠実であり続けるのならば……そう、ならばだ。
もはや選択などはなく、ボクは自身の運命を遂行しなければならない。
そして成るべきものに慣る……どれほどボクがそれを忌み嫌うだろうとしてもね」
光「そうだとしても、アスカはアタシの相棒だ。
ヒトは時に難しい選択を迫られるし、他人から見れば間違ってるように見えるかもしれない。
だけどアタシの目でみればそれは正しいんだ」
飛鳥「光は信じているのか。
光にはボクが何を言っているのかも、分からないだろうに」
光「その時はまた明日のアタシにやさしくしておくれ。
アタシ達は今も昔もトモダチじゃなかった。だからこれからも。
これは友好関係ではなくて、生き延びるための話だろう」
飛鳥「同じ言葉なのに、ここでもまた分離してしまった。
ボクらはいずれ袂を分かつ日が来るのかもしれないね」
飛鳥「分かるかい……? 今ボク達はセカイの狭間にいる……。
これからのセカイ……今までのセカイ……。
観測者が離れた時、そこは果たして存在―――」
光「かき混ぜれば良いんじゃないかな」
飛鳥「どうしてそんな風にわざと間違えようとばかりするんだ」
光「アスカが見えないから。
地に足をつけるアタシはアスカの定点観測者だ。
アスカがあまりにも高いところへ登ってしまったら、アタシは一体どうすればいいんだ」
飛鳥「歩み寄れと。ボクはヒーローにはなれないよ」
光「ならアタシがヒーローになるよ。お米を育てる農夫は卒業だ」
飛鳥「それは困ったコトになるな。
光がヒーローになってしまったら、いったい誰がお米を育てるんだ?」
光「かき混ぜれば良いんじゃないかな」
飛鳥「泥をかき混ぜれば良いのか。
ボクが欲しいモノが、そこにあるのかな。
……手を伸ばさなければ、扉を開けるわけもない、か」
光「ある人が言った、俺達は正義の為に戦うんじゃない。俺達は人間の自由の為に戦うんだって。
レインボーマンはヒトだった。若くて、お金が欲しくて、名声が欲しかった。
イワンは馬鹿だった。仕事が欲しくて、お金を欲しがらず、名声もいらなかった」
飛鳥「光の言葉は賢く聞こえる。ボクも一番肥えたジャガイモを収穫しよう。
伝説は伝説だ。ヒーローを見たヒトなんてどこにもいないのだから」
アスカが父親を嘘吐きだと言わなければ、光は何者でもない者にはならなかった。
アスカも心に大切なものを持っていたはずなのに、光に汚染されてしまった。
アスカが光の気持ちを全て台無しにして、超越者への飛躍が光をアスカと同じにしてしまった。
アスカは間違っている……当たり前じゃないか。
◆
実行 アポトーシス.exe
【……】
【……】
【……この操作を行うには、管理者権限が必要です】
システムは機械仕掛けの拒否を通達してくる。
「ボクはアスカ、二宮飛鳥」
【……】
【……】
【……アイディンティティにエラーがあります】
なるほど、疑われるのも無理はない。
ボクは顔のないものなのだから。
「ボクは静岡県出身14歳の女の子」
【……】
「2月3日に生まれた水瓶座。
趣味はヘアアレンジ、ラジオを聴くコト、漫画を書くコト」
【……】
「非日常の生活へ憧れ、未知の存在であるアイドルを目指すコトとしたのさ」
【……アイディンティティにエラーがあります】
システムは機械仕掛けの拒否を通達してくる。
自己証明が出来ぬならば、類推による他我証明が必要か。
ボクを定義するもの。ボクでしか知りえないはずの体験。
「アタシにアスカを殺せるはずがないじゃないか」
【……アイディンティティにエラーがあります】
「それはつまりヒーロー二宮飛鳥の誕生だ」
【……アイディンティティにエラーがあります】
「真似をする事の何が悪いんだ?
アタシはヒーローじゃない。ヒーローにあこがれるだけの女の子だ。
だけどヒーローに近づく事は出来る」
【……アイディンティティにエラーがあります】
ボクの定点観測者。
「アタシはどうしてただの便利屋でしかないんだ」
【……】
「誰かにありがとうと言って貰える。それがアタシの夢で憧れなんだ」
【……】
「ならアタシはキミを二宮と呼ぶよ。二宮、うん良い響きだ」
【……混乱を回避します……しばらくお待ちください……】
ボクはキミを暴力的に理解する。
同じ周波数でつながり、身代わりになるのはこのボクである。
◆
オトナの仮面はまだ要らないかな。
アスカは常々そう口にした。オトナは空気を読む生き物だと。
ヒトは社会的動物である。なのになぜそれを拒んだか。
記憶を探る、アスカの居場所を。
アスカはどこにでも存在する。
例えばそれは事務所への通り道。
P「いいか、今日は大御所さんが都との初共演前に事務所へと顔見せに来て下さるんだ。
これはめったとないチャンスだ。上手く立ち回ればお前たちにも端役でお声がかかるかも知れない」
光「Pはアタシ達の担当で、都の担当じゃないだろう。
どうやって大御所さんへと顔繋ぎをしてもらうんだ?」
P「抜かりはない。部長へは大御所さんの到着時間を3分遅れて伝えてある。
なあに道路事情しだいで数分のずれはよくある話だ」
光「それって部長への嫌がらせじゃないか。駄目だぞP。
特撮では複数人で脚本を担当する事が多いから、話がおかしくならないように正しい伝達が必要なんだ」
P「いいから黙ってチョークを引け。光と俺は正面玄関外で待機。
大御所さんがいらっしゃったらすかさず応接室へとご案内。
道中で挨拶と光の顔見せをすませ、俺が部長を呼びに行く。それでつじつまは合う」
飛鳥「ずいぶんと穴のある計画だね。都の方はどうするんだい?
ボクが常識を語るのはおこがましいが、格で見れば最低限都が出迎えに立つのは当然だろう」
P「そこはアスカの役目だ。都はすでに1時間前から受付そばで待機している。
あいつが大御所さんの到着へ気付かぬよう、どうにかして気をそらせ」
飛鳥「やれやれだ……仕方ないね、全く。
光の為だ求められたら応えるってね」
P「そうだ皆は一人の為にってな。
ごほっごほ、胸が痛い。俺たちは家族だ。
飛鳥は芽が出たし、次は光を押し上げるぞ」
光「まってくれ。アタシは別にそんなインチキしてまで活躍したいわけじゃ―――」
P「もうサイは投げられたんだ。とにかくエンジンに火を入れるぞ。
ヒーローは封印して、少しは真面目にアイドルやって見せろ」
光「ああ! 何時ものようにヒーローとして……えっ? ふ……封印ッ!?
アタシはアイドル……じゃあヒーローのアタシは……?
P、アタシはみんなの味方でいたいんだ! わかるだろ?」
飛鳥「その言葉……気にしすぎだね。
ボクらが目指すのはトップアイドルだ、ごっこじゃ届かない。
何時までも便利屋のままで終わっていいのかな」
光「それが指示ならば。アタシのヒーローに応えなきゃいけないからな!」
P「作戦開始だ。仲間同士で手を取りあって、結束の力を見せよう!」
――――
飛鳥「ちょっといいかな。先程から見るに随分と手持ち無沙汰な様子だけど」
都「どうも飛鳥さん。欠伸をかみ殺すのもまた訓練ですよ。
張り込みは探偵業のマストスキルですからね」
飛鳥「そうか、忙しいのであればまた次の機会にするよ。
ボクは時間を持て余していてね、出来れば話し相手が欲しかっただけなんだ」
都「あ、待って! これ食べ終わりますからっ。もぐげほっ。
私もアンパンと牛乳を友として過ごすのは、飽き飽きしていたところなんです。事件、募集中!」
飛鳥「ふむ、事件といったほどではないんだがちょっとした疑問でね。
どうして名探偵は独身なのかなと。そんなささいなコトなんだ」
都「男女の機微についてシャーロキアンへ尋ねるとは、恐れを知らぬ振る舞いですね」
飛鳥「いいじゃないか。ボクだって花も実もある思春期の青少年だ。
それにこの手の下世話な話は、光が相手じゃ出来ないからね」
都「飛鳥さんの依頼は、いつも探偵魂を刺激します!」
飛鳥「ホームズは理解できるんだ。
彼は薬物中毒者だし、女性に敬意を払わない。
仮に妻となるヒトがいたとしても、子供が生まれれば早晩逃げ出すだろう」
都「ここで私がホームズの男性的魅力を語ってしまえば、失望される事は明白」
飛鳥「ところがポアロとなると理解できない。
彼はとある女性から受け取ったフラワーピンを、終生身に付けていたとの説がある」
都「現場には現場のやり方があります。私の役目は依頼人の背景を探ること。
察するに、クラスメイトの男性から告白でもされましたか?
アイドルともなれば手のひら返しですりよられたとしても、不思議はありません」
飛鳥「クラスメイトだって。あんな連中はボクのコトなんて見向きもしない。
昼休みともなれば週刊誌へ載った松本さんのグラビアを広げて、大騒ぎをするのが日課だよ」
都「ほう、子供の相手は出来ないと」
飛鳥「ボクの価値は高くはないが、彼らへくれてやるほど安くはないよ。
いずれ聖心から学習院を出てみせる」
都「知性を求めるならば、次は飛鳥さんの好みを探りましょう。
ずばり飛鳥さんが魅力を感じるのは、エマニュエル・レヴィナス」
飛鳥「なる程、彼は天才だ。
だけど彼の前で、ボクは道徳によって欺かれる。殺意を抑えきれない。
ボクという名の共同幻想を捨て去るわけにはいかない」
都「あなたがいるから私がいる。それを共同幻想と切捨てましたか」
飛鳥「皆、思い込んでるのさ。いや、思い込みたいんだ。常識って嘘をね」
都「知性よりも情念を取るならば……。
ずばり飛鳥さんが魅力を感じるのは、フョードル・ドストエフスキー」
飛鳥「なる程、彼は良い作品を書く。
だけど浮気者だ。父親としての役割を果たせない」
都「恋人よりも父性を取るならば……。
ずばり飛鳥さんが魅力を感じるのは、ピョートル・チャイコフスキー」
飛鳥「なる程、彼は良い曲を作る。繊細な心を他者へと向ける。
だけどおそらく、彼はボクの様な少女を侍らせはしないだろう」
都「彼の好みは松本さんのような大人の女性でしたか」
飛鳥「いや、そうではないんだ。
つまりはまあその、彼は大自然の気まぐれを内包しているのさ」
都「これは困りましたね。完璧な推理だと思ったのですが手詰まりです」
飛鳥「完璧な推理はない。完璧な人間はいない。
ボクだって完璧な人間じゃない。いつだって不安定なものさ」
都「私の何が欠けていたのでしょうね」
飛鳥「基本だよ、ワトスン君。彼らは皆年をとり過ぎている」
都「誰をも生者として扱う、シャーロキアンの悪癖を突かれましたか」
飛鳥「彼らに会おうとすれば灰となって墓の中へ潜らなきゃいけない。
ボクはアッシュダウン婦人ではいられない」
都「裏を見せ、表を見せて散る紅葉ですね」
飛鳥「やがてはボクも右手で美味しい鰻重を食べながら、左手でダンテの地獄編を読むだろう」
都「なかなかに楽しいひと時でしたよ。
ですがそれはドイルではなくビリー・ワイルダーの思想ですね。
原典にはその様なホームズからの相棒への呼びかけはありません。共同幻想ですよ」
飛鳥「ならボクの好みも分かるだろう?」
都「お熱いのがお好き。これぞまさしくいろはだよ、ワトソン君」
――――
大御所「どういった事なのかねこれは。
今日は都くんに会えると聞いて、楽しみにしていたのだが」
P「まずはこちらをお納めください」
大御所「そんなものを受け取る理由はない。都くんはどこかね」
P「額が足りませんでしたでしょうか? でしたらまずは手付けということで―――」
大御所「どうやら事前の話とは食い違いがあるようだ。失礼だが帰らせてもらおう」
P「大御所さんどうかお待ちを。こちらの不手際についてはお詫びしますので―――」
光「Pじゃ駄目だ。アタシがかわる。
アタシ達はチームなんだろ、任せてくれ」
――――
光「大御所さーん。本当に申し訳ありませんでした」
大御所「まったく何なんだあの男は。不愉快にも程がある。
顔を突き合わせるなり、この私を買収しようとしたのだぞ。
人を銭ゲバ扱いとはとんでもない侮辱だ! これで落ち着いてなどいられるか」
光「本当にアイツは酷いヤツだからね。皆もうんざりしているんだ」
大御所「おまけに名乗った名前がアーリントンだったか、ケンジントンだかわけが分からん。
縦から見ても横から見ても日本人の癖にイギリス式の名前だぞ。悪ふざけにも程が有る」
光「コネ入社の癖に威張ってばっかりで、自慢できるものといったら学歴の高さだけ。
大御所さんの様に現場の苦労をご存知の方から見れば、気に入らないのは当然のヤツなんだ」
大御所「まったくだ。あんな男の下につかねばならぬとはな、苦労は察しよう。
道理をわきまえるキミとならば気分よく話が出来そうだ。出身はどこかね?」
光「徳島県なんだ」
大御所「徳島か懐かしい。友人がそこの生まれだった。土産にくれる海苔が美味い。
私の生まれは兵庫だが、大鳴門橋の開通を二人で喜んだものだ」
光「しまなみ海道はサイクリングで人気が出ていて、今なら手ぶらでも遊びに行けるようになってるんだ」
大御所「随分と便利になっているのだろうな。
と、まだ大切な事を聞いていなかったな。キミのIDは何かね?」
光「南条光、14歳。作戦目的は正義!」
◆
アスカはどこにでも存在する。
例えばそれは―――
光「それでね、昔はドラマの再放送では役者へギャラが支払われなかったらしいんだ」
「ボクが気になるのはそこじゃない。
光は本当にそんな話を大御所さんとしていたのか?」
光「全部本当の話だ。
大御所さんの怒りは正当なものだった」
「だからといっても、言葉は選ぶべきだろう。
ボクらは家族じゃなかったのか? そんなにもPを悪し様に言っておもねるだなんて」
光「全部本当の話だ。
アスカだってPを軽蔑していた」
「エラーが出ているよ。一体どうしたんだ。
それがキミの正義なのか? らしくないじゃないか身内を売るだなんて」
光「らしくないだって。だったらアタシはどこにいるんだ」
「to-beか。光は馬鹿だなあ。
幾度も話し合ったじゃないか、いまさら何を」
光「馬鹿っていうな!」
―――誰にも理解されない子供の心。
光「何時だってそうだ。
上からそうやって押し付けるばかりで、誰もアタシの話を聞いてはくれなかった。
光はこうだ、光はこうだ、光はこうだ。聞いてくれるのはアタシが歌う時だけだった」
「あぁ、気分を害したのなら謝るよ。
だから落ち着いて声を抑えてくれないか」
光「守るべきを守れ、守るべきに従え、父に従え、故郷を守れ、弱きを守れ。
だけど父親が故郷を嫌いだったらどうするんだ?
守るべきものが何の罪もない子供を虐げていたらどうするんだ?」
光「アタシにどうしろって言うんだ。
誰も教えてなんてくれなかった、アタシが誰なのかを。
アタシをこんな風にしたのはキミらじゃないか」
「すまない、キミを泥の中へと引きずり込んでしまった」
光「アスカは誰も導いてなんていない。
アタシがこうなったのもPがふがいないせいだ」
「光それ以上はよすんだ。取り返しの付かないコトになる」
光「全部本当の話だ。
指先がちりちりする、のどはカラカラで、頭の中でビー玉がごろごろ鳴ってる」
「Pはヒトの気持ちが分からない。真実を語るコトもない。
それでも彼はアスカを育て上げた」
光「そうだ思い出した、Pはプロデュースの達人。
ただしその腕前は日本じゃ2番目だ」
「分かっているじゃないかPの価値を。
アイドル活動を行う際に、優れた後ろ盾がいるのはありがたいコトだとボクは思う」
光「Pがそうやってアタシさえも引き上げようとした結果、見たくもないものを見せられた。
この情けなさがアスカに分かるのか」
「すまない、何のコトを言っているのか分からない」
光「アタシは子供でいたかった。
敵は古代からよみがえった怪獣や悪の科学者で。
味方は宇宙からやってきた異星人や巨大なロボットだけでよかったんだ」
「ようやくヒトの気持ちが分からないボクにも、判別が付いたよ。
大御所さんは光の見せてくれた特撮ヒーロー番組にも出演していたね」
そうアスカの知る限り、彼はヒーローであった。
全身を奇怪な衣装で包み込み、同じく奇妙な衣服を纏う怪人相手に戦い続けた。
誰かの為に立ち上がり、誰かの為に涙し、誰かの為に怒った。
そして誰かの為に悪の組織を悉く粉砕し続けた。
「暴力シーンが多すぎると非難をする頭の固いPTA連中を相手に、
特撮ヒーロー番組は正義の心を伝える教育番組であると、宮内洋と並び主張していた」
ヒーロー番組には脚本が存在し、役者がそれを演じる。
世界征服を目指す悪の組織は作り物であり、
それに立ち向かうヒーローもギャランティの支払いを受ける労働者である。
「そんなものはどうだっていいじゃないか」
大御所氏は役者であり、子供を喜ばせる為にその役割を演じていた。
撮影の為に体を鍛え、スタントへの代役を任せず自ら格闘術を披露した。
しかしそれはあくまでも役者の範疇でしかない。
試みに現実において悪事を働く犯罪者の取締りを行う機動隊と彼を比べてみよう。
専門家の隣へ並べれば、彼の悪を打ち倒す能力は劣っているコトが明白である。
怪人は脚本に従ってヒーローへ敗北し、ヒーローは脚本に従って名乗りを上げる。
全ては絵空事である。
彼はヒーローではあったが、現実に悪の組織を粉砕した事実などありはしない。
世界に危機が瀕した時、無力な人々が逃げ惑う時、
それを守っていたのは警察であり自衛隊である。
専門家は危険な場所へと出向き、自らの命を対価に払い働いている。
そこは大御所氏の働くテレビの中とは、あまりにも乖離している。
「光は大御所さんのファンだったじゃないか」
彼は作られたヒーローであり、その本質は役者である。
「光は彼の番組を見て正義の心を学んだはずだ。
ならその気持ちに間違いはないはずだ。夢を捨てないでくれ光」
光「そんなものはどうだっていい? 夢を捨てるな?
ああ、そうだね。アイツはアタシのヒーローだった」
彼は借り物の言葉でヒーローを演じただけの偽者である。
彼の戦った悪の組織もまた偽者である。
そこに真実はありはしない。
だが子供達にとって、彼の存在は現実であった。
テレビの前で子供達は彼の存在に希望を見た。
ならばヒーローとは本物である。
「そうだキミはヒーローになるんだろう。
もう失ってしまったのか? その気高い志を、誇りを、夢を思い出すんだ」
光の手をとり両手で包み込む。とても硬く冷たい。
皮袋に包まれたそれは、異常なモーター振動を奏でている。
光「そんなものはどうだっていい」
アスカは皆親切で世話焼きで面倒見が良い。
光「その誇りをくれたのがPならば、奪い取ったのもまたPなんだ。
一言の相談も無く、Pはアタシの事を家畜の様に売り飛ばした。
たったのレアメダル1枚で、大御所さんの劇団へ特別移籍をさせられたんだ!」
でもそれは全て独りよがりでしかない。
光「アイツは言った、アスカは俺の最高傑作だって。
レアメダル30枚を積まれたとしても手放さないって」
自分がやりたいコトを行うだけで、相手が求めているコトをしているわけではない。
自分以外の人間は、まったく頭にない。
自分の言動が相手にとって、どういう意味を持つかも考えない。
光「アタシ達は家族なんかじゃなかった!
アタシはアイツにとって、ただの、ただの都合の良い人形でしかなかったんだー!」
それは獅子の咆哮であった。
山羊へと従う羊ではなく、悪を食い殺すオトナと化した糸の切れた人形。
光「なぜだ、なぜなんだP。アタシは別に人気者になりたくなんてなかった。
日の目を見なかったとしても、ただ一言、耐えろと。そう言ってくれるだけでよかったんだ。
その一言さえ聞ければ、アタシは千年だって待つ事は出来たのに」
誰もが飼っている。心にケモノを。
ヒトである以上そこからは逃れられない。
光「アタシだって夢を見ていたさ。アスカと二人で同じステージに立つ夢を。
だけどあの支配欲の権化が、全てを台無しにしてしまったんだ」
ありがとう。
ごめんなさい。
キミの事をずっと見ていた。
愛している。
よく我慢したね。
ボクはキミの最後の味方だ。
光「こんなにも辛いのなら、こんなにも苦しいのなら、愛さなければよかった」
光に対して言わなければならない言葉は幾らでも積み重ねられる。
だけど泥を重ねた所で天へと届くバベルの塔は作れない。
悲しみを知らなかったアスカに、苦しみに気付かなかったアスカに、そんな言葉をかける資格はない。
「ボクも夢を見る。夢の中でボクは仕事をしている。
そこへ訃報が届くんだ。残念ですが不慮の事故でプロデューサーは亡くなりましたってね。
そして目が覚める。ボクは何時だって涙する。彼がまだ生きているコトに」
光「ひどいじゃないか、アスカ。
アタシはもう夢を見る事も出来ないのに」
光は何時でもアスカの手を引いて様々なセカイへと連れ出してくれていた。
本当は彼女自身も助けを求めていたのに。
光「ねえアスカ」
「もうしゃべらないほうがいい」
光「覚えているかな」
「キミとの思い出は数えるほどしかないけど、キミを思い出させるものは、数え切れないぐらいある」
光「苺の刺繍のハンカチだった。
あの時アスカの描いた漫画を、アタシは最後まで読む事は出来なかったんだ」
「お茶は苦手なんだ。だけどあんな物、続きならば自由帳に幾らでも描けるさ」
光「キミは忘れたんだろう? ならそれでいいじゃないか」
「花の名を忘れても、花の美しさをヒトは知っている」
光「そんなものはどうだっていいんだ」
「ボクは知っているのさ。
理解できないというコトを、理解っているんだよ。
いまは、それでいいだろう」
光「それならばいっそ見なければよかった」
こうしてボクのアスカを探す旅は終わった。
最後の最後まで、光はボクに対して助けてくれとは言わなかった。
◆
心は破れ、泥にまみれて黄金の夢を見る。
飛鳥「フンフンフフーンフンフフー……フレデリカ~♪」
光「ふんふんふふーんふんふふー……ふれでりか~♪」
飛鳥「Ah! vous dirai-je Maman,
Ce qui cause mon tourment」
光「とぅいんくるとぃんくるりとるすたー♪
ほわーいわんだーほわっちゅーあー♪」
飛鳥「フンフンフフーンフンフフー……フレデリカ~♪」
光「ふんふんふふーんふんふふー……ふれでりか~♪」
飛鳥「O friends, no more these sounds continue!
Let us raise a song of sympathy, of gladness,
O joy, let us praise thee!」
光「オー フローインデ ニヒト ディーゼ テーネ!
ゾンデルン ラスト ウンス アーンゲネメレ アンシュティメン♪
ウント フローイデンフォレレ♪」
飛鳥「良し、可愛く出来た」
光「よし、カワイク出来た」
飛鳥「これは作業が終わったとの合図だよ。鏡を見てごらん」
光「ありがとうアスカ。これでゴーオンジャーごっこが出来る」
飛鳥「光から金髪にしたいと言われた時には戸惑ったよ」
光「エンジン全開! ゴーオンジャー」
飛鳥「だけどボクのエクステは、上手く編み込めた様子でなによりだ」
光「ほら続けて、アスカも歌わなきゃ。まだアスカの歌声に満足できないよ!
だから、これからも特訓に付き合って! アスカにはアタシって師匠が必要なんだ!」
飛鳥「ボクも……やるのか」
光「アタシはアスカの作業中に一緒に歌ったじゃないか。
1.2.3.4! ゴーオンジャー」
飛鳥「長い髪を好きなように弄れた役得が負い目か。
1.2.3.4! ゴーオンジャー」
光「そのまま腕を回転させて~~~ ここだ。
変身! V3!!」
飛鳥「へんしん! ぶいすりゃっ!!」
光「右手を高く上げてから
掴むような形から拝む
形にして胸の辺りまで
に下げてから横回転し
左手も横に持って行き
両手拳を卍っぽく構え
て変身ポーズを取った
後に光太郎の目から火
花が発せられてサンラ
イザーが涌現してから
変身完了で飛び上がり
俺は太陽の子仮面ライ
ダーBLACK RX!!」
飛鳥「もう休んでもいいかな」
光「俺が許さん!!」
飛鳥「キミがそこまで強く言うならばやってみるよ」
光「違うんだ、別にアタシが怒っているわけじゃないんだ。
これは光太郎のキメ台詞だから、ここまで言わないとすっきりしないから口にしただけで」
飛鳥「ここではリントの言葉で話せ……が相応しいのかな?
キミに従って多くの経典を学んだせいで、言葉が入り混じってしまった」
光「そうだな。ライダーと関係のないところでこの言葉を口にしたら、
相手から理解を得られないばかりか無用な争いを生む可能性もある」
飛鳥「君の体がそうなったのはボクの責任だ。だけどボクは謝らない。
その恐怖心を克服して、必ず戦いに戻ってくれると信じているからな」
光「そこは君の体がそうなったのは私の責任だ。だが私は謝らない。
その恐怖心を克服して、必ず戦いに戻ってくれると信じているからなの方だな」
飛鳥「何が違うんだ? 同じ台詞じゃないか」
光「何もかもが違うじゃないか。それだとアスカの言葉になる」
飛鳥「台詞を発しているのはボクだ。ならばこれはボクの言葉だろう。
自身の言葉で歌うコト。光もそれを望んでいるだろう」
光「台詞を言ったのは烏丸所長だ。それは烏丸所長の言葉だから」
飛鳥「同じ言葉なのに、ここでもまた分離してしまった。
ボクには違いが分からないが、ごっこ遊びとは奥深いものだね。
こうして演技を学ぶのもボクの将来を彩るだろう。続けよう」
飛鳥「オマエが死ねばオレが新世界の王になる! オレが死ねばオマエが世界の……」
光「おしえてくれ~! オレは誰だ!?」
飛鳥「甲児、シロー、あれはお前たちのものだ」
光「甲児、お前はあのマジンガーZさえあれば、神にも悪魔にもなれる」
飛鳥「あははっはーはー。こんなにも騒いだのは初めてだね。
叫ぶほどに、救われる……。光と語り合えているから」
光「アタシは小学校の頃が最後だったかな。
中学に入ってからは皆態度がよそよそしくなっていった。そんなの子供っぽいって」
飛鳥「彼らはオトナになったわけじゃない。子供ではいられなくなったのさ。
それは悪いコトではあるけれど、悪いコトばかりじゃない。
彼らがいなければ、ボクらがこうして口笛に惹かれあうコトはなかった」
光「アタシは……過去の亡霊にとらわれすぎていたのかもしれない……」
飛鳥「アイドルへ慣るコトにしたよ。子供ではいられなくなったから。
ボクの未来は何時だってボクを苦しめる」
光「……なんか悪は悪なりに、色々苦労があるモンなんだな……。勉強になったよ」
飛鳥「希望を見失ったヒトを、歌で支えてあげる……。
それがアイドルの正義……かな?」
かくしてアスカは物語を失い、聞き手である光を失った今、語り手であるボクの手の中へと沈んでくる。
◆
「愛という名の言葉は苦手だ。どれだけ望んでも手に入らないから。
ならば傍らにキミを望むのは、贅沢というものかな」
P「……」
「見えるかい。白い煙を吐く、煙突の姿が。あの工場とボクらは、何処が違うんだろう。
モノやキモチを無為に生み出しては、この寒空に息を吐き続ける。その姿は孤独でも、動きを止めるコトはないのさ。
こうして手を取り合い自分の身体で確かめなければね。鉄の冷たさも、キミの温かさも」
P「……」
「だんまりか。寂静……とでも、いうのかな。
P。キミもまたボクが愛でる花なんだ。そしてボクもまた。
キミの感じる心すべて、ボクにも共有してほしいのさ。いいだろう」
P「……」
「キミがどれ程嫌がろうと、ボク達が問答をやめる事はないよ。
この激情も……秘めた仮面のひとつさ」
P「愛情は強制されるものじゃない」
「ああ、とらないでいいよ。そのままが風流さ」
P「今から少しだけ偉そうな事を話すぞ」
「Pはボクの存在をセカイに刻もうとしてくれる……嬉しいな。
さあキミの温もりを教えてくれ」
P【もちろんだよ飛鳥。アイドルの為だったら幾らでも時間を割くよ】
「声が大きい。突然どうしたんだ」
P「一分で終わると約束する」
P【成る程それは深刻な悩みだね。会議室へ行こう。
もちろん秘密は必ず守るよ】
「わけの分からないコトを口にし、
ボクを煙に巻いて逃げるつもりかな」
P「部長が聞き耳を立てている。演技をするんだ」
P【キミが不安に思うのも当然だね。でもそれは飛鳥だけの悩みじゃない。
14歳から31歳の女性は将来に思い悩むものなんだ。
肉体が変化するし精神は変容する。とても不安定な時期だからね】
――――
「ボクは光の薬草茶を淹れてくるよ。かまわずにかけてくれないか。
なんだったら逆立ちしてくれたってかまわない」
P「お言葉に甘えて差込プラグで耳を塞がせて貰おうか。
この状態が一番くつろげる」
「初めてPの素顔が見れた。
世間体を気にするとはキミも大分社会性が身に付いたのかな」
P「普遍的なカモフラージュさ。全てはな。
反省文、始末書、詫び状と最近は書類仕事続きでデータを再入力する必要があったんだ。
明日の朝には弁明。昼を過ぎれば査問。形式を済ませたら17時付けで出勤停止処分が下るのは既定事項だ」
「それはまた穏やかな話ではないね。
ボクの将来にもかかわりそうだし、何よりもキミの苦しむ顔がもっと見たい。
先にそちらの話を済ませよう」
P「決算期が近いからな。前年度比で業績を悪化させた犠牲の羊が必要なんだ。
上司へ相談をせず、アイドルを特別移籍させた事が槍玉にあげられる流れとなった。
偽者のプロデューサーの役割は恐竜と同じく絶滅する事でしかない」
「キミの人生は枯れ葉となって散るのを待っている。
それなのに老年に相応しい名誉もなければ尊敬も従順もない。
だけど友情は滅びない」
P「閃く剣を鞘に納めろ、夜露で錆びる。訂正しよう。
良くて2ヶ月間のオーバーホールと再研修。悪けりゃ廃棄処分でスクラップだな」
「キミのやり口はボクの目から見ても、薄汚く狡っ辛い魔法使いだったからね。
黒く塗っただけではオセロは勤まらない。ムーア人の将軍になりきらなければ」
P「全てはお前の言うとおり合法だ。黒じゃない。
上には言わなかったが、親御さんからの許可は頂いている」
「どんなに好意的に解釈しても灰色だよ。白ですらない。
子供の自由意思を無視している時点で、かばい立てはできないさ」
P「ならプロデューサーの話は終わりだ。飛鳥の話をしよう」
「キミが悩みをひとつ語り、ボクが悩みをひとつ語る。
全てを語り終えてまだ持ちこたえている側が―――」
P「万事上手く行くさ。お互いを信頼さえしていれば」
「話をする前にボクが気になるのは、
ボクらの意見の対立を、Pが感情の対立によるものだと履き違えてはいないかとの点だね。
こういったものはしばしば混同されるきらいがある」
P「汝の誤った正義感に注意せよ。
それらを分けて話すのは子供にとって至難だな。
つむじ曲がりで死んだやつもいる。あれは何事も全てにおいて正しい」
「そんな物はただの言葉のまやかしじゃないか。光を殺したのは忠誠心だ!
光があんなコトになったのは、Pが不甲斐無いせいじゃなかったのか。
ならばキミは正義かそれとも悪か」
P「一言もないよ」
「Pは失ってしまったんだね。日本で2番目の腕前を持つプロデューサーとしての誇りを。
何時ものように言い返してみろ。尊大にして不遜な態度で抑え付けろ。
ボクみたいな小娘に罵られて恥ずかしいと思わないのか」
P「どちらも混ざり腐ってきている。
全てはお前の言うとおりプロデューサーが不甲斐無いせいだ」
「情けないと……思う……」
P「あれは俺が過去に冒した艱難ゆえに俺を愛してくれたのであり、
俺はあれがそういう俺の身の上を憐れんでくれた心根ゆえにあれを愛したんだ。
俺が家族の為にしてやれる事は、もう他になかった」
「いずれは死ぬのだ、ただもう少し後にしておいてやりやかった、こういう知らせにふさわしい時もいずれは来ただろうに。
明日、また明日、また明日と、小刻みに一日一日が過ぎ去って行き、定められた時の最後の一行にたどりつく」
P「遅かれ早かれ誰の人生にもそれが簡単ではなくなる場合が来る、選択を迫られる日だ」
「きのうという日々はいつも馬鹿者どもに、塵泥の死への道を照らして来ただけだ」
P「変わらないなお前は。それが誰にとっての今日なのか口にはしない。
ごほっごほ、胸が痛い。そいつを誰の台詞だと思っている」
「ボクにオペラが分かるのかって? フフッ。嫌いではないよ。
悲劇は登場人物がみんな消えるからね」
P「もう時間がない、お前にはなるべきものになってもらう……昨日でも、明日でもなく……今すぐに」
「ボクにとって今日だと? そう言いたいのか」
P「辛いだろう、その気持ちは良くわかる。
俺はお前をずっと見てきた、俺だけがお前の最後の味方だ。
いつでも呼べ。必ず駆けつける。俺が最後の希望だ」
「今、おかわりを淹れるよ。
ボクだってキミの希望だ。ボクならキミの家族に成れる」
P「お前は俺の家族には成れない。
成れるとすればそれは誰かの母親だ」
「父親なんていらない、欲しいと思ったコトもない。
キミの煙突は最果て村事務所への推薦状か、論ずるに値しないね」
P「欲しければ用意するぞ、こんなものは幾らだって書ける」
「最果て村事務所だなんて、そんなものボクが欲しがるはずないだろう」
P「田舎は嫌いか?」
「家がない、デパートがない、アミューズメント施設がない、美術館がない」
P「綺麗な空気、風の音、朝靄に沈む山がある。
雲海と言ってな、この世のものとは思えぬ程の絶景だぞ」
「そんな非日常なんてものは絵画の世界でこそ輝くものだ。
ヒトが絵を買って自宅の居間に飾るのは 自身をそんな環境へ置かずにすむようにするためだ」
P「自然の中では人は弱い存在。だからこそ、学ぶ事もあるだろうさ」
「その空気は鳥や獣には良いだろうが、ボクの肺には合わない」
P「どんなに言葉を飾っても、コンビニのない生活には都会っ子のボクは耐えられませんって我侭にしか聞こえんぞ」
「アスカはプロデューサーによって、オーストラリアへと連れ出された。
そこでセカイの真のあり方を知った。田舎とはヒトが住み生活の香りがするものだと」
「最果て村にはヒトはいない」
「どんなに言葉を飾っても、ヒトが住めない土地は田舎じゃない」
「ヒトは!」
「それを!」
「荒地と呼ぶんだ!」
P「ささやかな抵抗にしては随分と言葉を重ねたな」
「キミの推薦状と同じだよ。
日本人 女性 出身地 神奈川 万事がこんな調子だ。
なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい」
P「日本人 女性 出身地 神奈川 入力されるデータなんざこんな物だ」
「ボクが推薦状を破り捨てたのは、つまらない意趣返しなんかじゃない。
ボクのプロデューサーはキミだ。キミが不甲斐無いのであればボクが支える。
キミがボクを従えるんじゃない。ボクがキミをプロデューサーに選ぶんだ」
P「どうして選択したんだ?」
「ボクはボクでありたい」
P「そいつは違うな、お前はとにかくヒーローになりたいんだろう。
これは光の被ったペルソナだからな」
「どうして皆そうなんだ。ボクがどんなに上辺を取り繕っても何でもお見通しとばかり。
これがボクだ。ボクはボクだ。その歪んだモニターへしっかりと焼き付けろ」
P「立場が変われば見えるモノもある、時間が経てば解かるモノもある。
お前に新しい服を用意してやる。大都会事務所からの招待状とゲストパスだ」
「まさ……か、くっ―――」
「―――ボクの席がない」
P「一度は数のうちに入らない。
一度だけおこる事は、一度もおこらなかったようなものだからな。
二宮飛鳥の特別移籍もどうにか全ての手続きが間に合った」
「こんな話アスカは聞いていない」
P「だが合法だ。親御さんからの許可は頂いている」
「こんな話ボクは聞いていない」
P「お前は確かに不幸な身の上かもしれない。
だが生活に不自由はさせなかったはずだ」
「トモダチの価値は財布の重さでは決まらない」
P「トモダチ?」
「Pはアスカのプロデューサーではなくなった。
ならボクらはいったいどんな関係になるのかな?」
P「無関係といったところだな」
「なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい。
ボク達は同じような衣服を身に纏い仕事をしていた。
だけど家に帰ればその衣服を必ず脱ぐ」
P「束縛のメタファーか。面白いな。
そして庭弄りをする。見た事はあるか?
プロデューサーの庭には福寿草があるらしいんだ。春を告げる花だ」
「願わくば、花の下にて……か。
キミもそろそろ本質を見せてもいいんじゃないか。仮面を取って」
P「人間、ああなるのも、こうなるのも、万事おのれ次第だ」
「おれたちの体が庭なら、さしずめ意志が庭師というところさ」
「キミはもうボクのプロデューサーではない。
ならばボクはキミを、いったいなんて呼べばいいのかな?
たしかアーリントンだったか、ケンジントンだかと呼ばれていると耳に挟んでいるけれど」
P「どちらも違うな。ワシントンだ」
「そうそうイギリス風のあだ名だったね。
ボクはアスカ。フフ、知ってるって?
それでキミの名前はいったい何なのかな?」
P「ジョージ」
「今、おかわりを淹れるよ。
教えてくれP……キミは本当は誰に仕えているんだ」
P「役割だ……誰かが嫌われ者にならなきゃならん。
できる限りのあいだ抵抗を続け、最後まで務めを果たし、最期は立派に死ぬんだ。
俺がしなけりゃならない事は、これだけだな」
「そんな仮面に何の価値がある」
P「そうすれば愛する事はない。
求められた姿を演じるのがアイドルだ」
「花と同じく、ボクも刹那の夢で終わるはずだった。
一言でいい詫びてくれないか」
P「すまなかった。
プロデューサーってやつはピカソと工事看板の区別もつかないんだ。
それどころか踊れば足を踏み、歌えば音痴なありさま。だから批評家になった」
「とぼけているのか。
一言でいい詫びてくれないか」
P「すまなかった。
だがな嫁入り先は真剣に考えたんだ。
お前達へは不自由な生活をさせたくはなかったからな」
「それとも本当に分からないのか。頭のネジが緩んでいる様には見えないが。
一言でいい詫びてくれないか」
P「やめておけ、惨めな思いをするだけだぞ。
どこにいようとも自分が何者か忘れない事だ。
服を着るように常にそれを意識するんだ、そうすれば傷つく事は無いさ」
「辛くは、ないのか?」
P「もう、慣れたさ」
「苦しくは、ないのか?」
P「もう、慣れたさ」
「寂しくは、ないのか?」
P「もう、慣れたさ」
「どうしてボクを産んだりしたんだ」
P「すまなかった。
それが役割だった」
「着飾って出て行くよ。好きなだけ髪をいじり美しく。
こんなボクでも、仲間を得られたのはキミのおかげだった。ボクと同じ痛いヤツもいたしね」
P「良く学んだな。偽りの顔は偽りの心を写す」
「精神が? それとも肉体が?
ボクの心臓はキミのように蒼ざめてはいない」
P「その答えは―――昨日の飛鳥へ会う時まで、残しておこう」
「ありがとう。ボクが何よりも嬉しいのは賞賛の言葉だ。
ならばせめて、今の美しさをキミの心に留めておいて欲しい」
P「大人に慣れるんだ。一日の花を摘め。
才能を使い果たし、運に見放されろ。
年をとったときに初めて、プロデューサーってやつは愛や慈悲や神に気が付いた」
「年齢は仕立てのきいた衣装の様に体を拘束する。
無茶無謀は若さの特権だろう。野心は若き成り上がり者の麻疹じゃないか。
才能と運に恵まれた若者というものは、何時だって神よりも魔王に惹かれるものさ」
P「賢いと言われた事はあるか?」
「一言もないよ」
P「言い過ぎたな……すまなかった。
飛鳥はプロデューサーの無理難題にきちんと付いてきていてくれた」
「ボクだって馬鹿じゃない……。
プロデューサーは家族を愛してなかったし、求めてもいなかった」
P「すまなかった……お互いに傷つけあうのは、もうやめにしよう」
「そんなコトはどうだっていいんだ。
キミは優しいからボクが傷つかないように、一緒に踊ってくれただけだ」
P「俺は選択を誤った……全部発火装置で燃やしてしまった……。でもな」
P「お前が思う以上に」
P「年をとるのは」
P「楽しい事だぞ」
「今、おかわりを淹れるよ。
ボクたちから魔王を取り上げる……その後の想像は任せるよ……」
P「お前はもう俺の家族ではない。
ならば俺はお前を、いったいなんて呼べばいいのかな?」
「ボクはアスカ。二宮飛鳥。
操り人形のつもりはないよ。
いわゆる中二なんで、ね」
P「やれやれだ……仕方ないな、全く」
「言葉とは個性さ。何を放つか。
キミのくれた役割を果たそう。さぁ、始めようか」
P「そんなペルソナに何の価値がある。
光は飛鳥と同じくらいの年だが幾つもの誓いを破った。躊躇う事無く」
「フッ……踊らされてもいいさ。
ポンコツアンドロイド、キミも月夜に踊りたくなる気分の日くらいあるだろう?
輝くステージに立ち尽くすマリオネットじゃ一瞬を楽しめないからね」
P「いいセリフだ。感動的だな。敬意を払おう」
「二宮飛鳥はボクに誇りとトモダチをくれた幸運な名前だ。
不幸な生まれで人形として与えられた名前だった。
そしてキミから新しい服と自由を与えられた名前でもあるんだ」
P「お前の自由は俺が与えた物ではない。
お前の自由は俺が与えられる物ではないんだ。
それは他の誰の物でもない、お前だけの物だ」
「キミが与えたんだ。このセカイへボクを連れ出した、その行動でね。
覚えていてくれ、ボクを特別にしたのはキミだとね。
外のセカイに連れ出してくれたおかげで、ボクはまた次のステージへと進める」
P「檻の中で囚われていては、いつか空を願って翼は折れてしまう。
自由な空へ飛ぶんだ。ワンダバダバダバ♪」
「ボクはアスカ。二宮飛鳥」
プロデューサーは昨日でも明日でも、招待状をわたす事は出来た。
だけど今日、ボクを売り飛ばす前に話をした。
「入力データ 日本人 女性 出身地 神奈川」
それは二宮飛鳥が反発する事を知っていたからだ。
反論するコトは逆らうコトじゃない。
「ID 中二 相棒 最高傑作」
彼は彼女達の話を聞いたんだ。彼が家族を信用していたから。
彼は裏切り、裏切られた。
「そしていま、キミの独り子で便利屋だ」
P「あれもいつかは死なねばならなかったのだ、一度は来ると思っていた、そういう知らせを聞くときが。
あすが来、あすが去り、そしてまたあすが、こうして一日一日と小きざみに、時の階を滑り落ちて行く、この世の終りに辿り着くまで。
いつも、きのうという日が、愚か者の塵にまみれて死ぬ道筋を照らしてきたのだ」
◆
わたしは日曜生まれの子 太陽の子。
太陽が金の光線を編み 玉座にしてくれた。
輝きを編み 冠にしてくれた。
その光につつまれ わたしは栄華のきわみ。
でも太陽が消えてしまえば わたしも死ぬしかない。
飛鳥「光はなぜアイドルになったんだい。
ボクはその理由をも探してるんだ。教えてほしいな。
歌うため? それとも誰かに認められたいから? 理由は―――」
P「みんな、待たせたなっ!
俺と一緒においで、楽しく遊ぼう。
キレイな花も咲いて、黄金の衣装もたくさんある」
光「新しい衣装!? 着てみたいっ。色違いの衣装は、戦隊っぽいね」
飛鳥「リアリスト……いや、ニヒリストかな……」
P「分かろうとするんじゃない。感じるんだ」
わたしはいつも、もっと遠くへ動いていたい。
船が出るのを見ると乗りたくなる。
汽車が煙をはたいているのを見ると、つい乗りたくなってしまう。
何処でもいい。私の心の渇きを癒してくれるところに……。
光「なあP。1つだけ分からない事があるんだ」
P「答えられることなら」
光「背の低い女子は……ダメか?」
P「……そんなものはどうだっていい」
光「ありがとうP。
そんな返事、予測してなかった! さすがプロデューサーだな!」
P「……」
声が届かなかった。
光「Pといると、なんだか勇気づけられるな……!」
P「……」
力が……通用しない。
光「ほら! このブレスレット、前回の再構成時に池袋博士……晶葉が作ってくれたんだっ!」
P「……」
伝わらなくたって……次こそ! 諦めない!
光「最近のPは外回りをせず書類仕事ばっかりだな。
事務所の中でも正義の味方は忙しいぜ……!」
P「……」
声が届かないのは、心に悪いやつがいるからだ! 弱い自分を倒すんだ!
光「アタシに何か出来る事はあるか?
困ったら、いつでも呼んでね!」
P「……」
敗北からだって学べる! 諦めなければ!
光「かたもみでも、お茶汲みでも、お使いでも、何でも!
Pの指示なら、どの現場にも飛んでいくから!」
P「相棒とケンカをしたらしいな。
良い事だ。仲直りが出来る」
も、もしかして、Pは、悪い女の方が……好きなのか!?
Pが相棒の事を考えている、それが辛かった。
P「何時間もそうやって俺の背中を眺めているが、子供には退屈じゃないのか?」
光「Pが背中を預けてくれる。それが嬉しいんだ」
相手にされない事よりも、こうしてPの方から話しかけてくれる事が辛かった。
P「もっと昔の様に外へ出て遊んできても良いんだぞ。退屈だろう」
光「楽しんでるんだから、イイんだってば!
アイドルのアタシはいつだって、Pのそばにいる。忘れないでくれっ!!
だってアタシたちはプロデューサーとアイドル! 固いキズナで結ばれた家族だもんね!」
アタシは自分がヒーローではない事が辛かった。
自分を捨てて、本当のヒーローになろうとした。
P「……」
光「アタシをカゴに入れたって、誰にも閉じ込める事なんて出来ない!
アタシには羽があるんだ! Pがくれた羽がね!」
だけど無駄な事だった。
アタシはアイドル以外の何者でもある事は出来なかった。
P「ステージには光を持つ人がいる。インザ……スカイ……。
スカイダイビングに興味はあるか?
ウルトラセブンでアマギ・ソガ両隊員が訓練していたやつだ」
光「……いやコレ例えだから? 背中には生えてないって!
本気!? 操り人形の気分ってこんな感じなのか」
もう昔の様に、Pを無条件で信頼できなくなってしまった。
それがアタシには一番辛い。
「今なら、光の言っていた事が理解できる」
「同時に飛鳥が抱いていた憂鬱な気持ちも、はっきりと実感するようになった」
「父親と一緒にいるのは、まるで赤の他人といるような重圧だ。悲しい事だけど、わたしでもどうしようもできない」
父親には親しい友人がいない。これは彼の性格、彼の生まれつきの本性ゆえである。
「硬直した理想は、親密な家族関係を妨げるようにのしかかり、それを筆舌に尽くしがたい重圧にかえてしまう」
父親は玉座にありながら人々から見捨てられている。
「わたしは、わたしがどれだけ不幸だったか、それすらもわからなかった」
わたしをひとりにして、ひとりにして、今のわたしにはそれが一番です。
全てを自分のものにするには、もう不可能だけれど。
残り物で満足したくはないのです。
ひょっとしたら貴方を愛しすぎたのかもしれない。
そのことを貴方に見せてはいけなかったのかもしれない。
貴方のせいで、悲しみのあまり死んでしまいそうです。
でも恨んではいけません。
貴方はいつもわたしの心を引き立て、優しくしてくれたのですから。
しかし貴方の頭の中には目的があったのです。
その目的が達せられると、貴方はわたしの元を去ってしまいました。
もはやわたしは用なしだったのです。
今のわたしは真面目にやっています。
いつか立ち直ることができるのでしょうか?
貴方がわたしに与えた苦い悲しみ。
いつかわたしはそれを歌に託しましょう。
「こんな時、ヒーローならなんて書くんだ……!」
―――南条光 彼女の自由帳 その本文より抜粋―――
◆
光の旅とアスカの思考実験はこうして終わりを迎えた。
どちらも望んだものは手に入らなかった。
誰もが永久に根無し草の旅を続けるべきではないし、誰もが永遠に変わらないわけにはいかない。
飛び立つ羽には導く光が必要だったし、太陽は南中を離れ海へとその身を委ねるべきだった。
海は母親に似ていて、mereはmerに似ている。
父親の話を終えたボクだが、次はボクが知る母親の話をするとしよう。
横山千佳(9)
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ヘレン(24)
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千佳「今日はあたしがお姉ーちゃんにジュースおごってあげる。
ヘレンお姉ーちゃんお財布持ってなくて貧乏だから、あたしが助けてあげるんだ」
ヘレン「まぁ千佳は優しいのね。その細やかな気遣いは本来、常に必要なもの。
それじゃあ今日の支払いは千佳が小銭を出してね。
私がお札を出すから、お釣りは貴女のものよ。alla romana」
千佳「あっらろまな? お釣りいらないの?
お姉ーちゃん、お札まとめるのに輪ゴム使わないといけない位貧乏なのに」
ヘレン「恥ずかしい所を見られているのね。これは二人だけの秘密にして頂戴。
オトナはね、お互いにお金を出すときはアッラ・ロマーナって言うの。外国の言葉よ」
千佳「あたしもね、外国の言葉話せるよ。
ヘレンお姉ーちゃんは海の向こうから来たから外国のヒトでしょ」
ヘレン「48の国を見てきたわ。貴女もいつか……海の向こうへはばたく器ね。
どの国の話がお好み? 日本かしら」
千佳「お話しするなら魔法少女がいいけど、外国の言葉でもいいよ。
あたしいっぱい話せるから」
ヘレン「それじゃあ千佳。車を外国の言葉で話すとなんて言うのかしら? 話して頂戴」
千佳「ふふふーんふんふっふー♪
車はねー。くーるむぅわ~って言うんだよー」
ヘレン「くるまー」
千佳「くーるむぅわ~」
ヘレン「千佳、貴女はなんて賢いの。
そうなの、日本の言葉と外国の言葉は発音が違うのよ」
千佳「ケイトお姉ーちゃんが何時もこう言ってたもん。
ケイトお姉ーちゃんは外国のロンドンの、もう少し北から来たんだって」
ヘレン「ロンドンはアイリッシュ海の向こうにあるの。
次は少しだけ難しいロンドンの言葉を話すわ。どぅーゆーのーみー?」
千佳「どぅーゆーのーみー?」
ヘレン「本当はもう少しお姉さんになってから学校で習う言葉だけど。
これが話せれば、ラブリーチカはスーパーラブリーチカにパワーアップしちゃうわね」
千佳「うーんと、えーと」
ヘレン「変身ステッキがないとお子ちゃまなのかしら」
千佳「まっ、まだ変身前だもん!
どうゆーのーみ」
ヘレン「わかろうとしてはダメ! 感じるの」
Do you know me? 傲慢にして不遜な物言い。
だがアイドルがこれを口にするのは不安の表れ。
自分がどれだけファンに必要とされているのか。
人気のバロメータをはっきりと突きつけられる。
CD売り上げ、コンサートチケット販売数、出演ドラマ視聴率。
昨日の上位が明日には下位へと転落する不安定なセカイ。
自己を保つのは常人にとって容易ではない。
それこそI amと名乗れるものはどれだけいるのか。
Are we alone? アスカであれば、ボクへこのように問いかける。
ヒーローならば答える Ourselves alone もしくはボクがアスカであろうとするならば。
千佳「わかったー。
あなたは湯呑みーを知っていますか? でしょ。
どうですか湯呑みが訛っちゃったんだ」
ヘレン「千佳、貴女は自分で悩み、考え、答えを出し、臆する事無く口にしたわね。
私は貴女を尊重するわ。そうなの外国のヒトは日本の文化に興味があるのよ。
すべてを究めた後でも目標は必要。可能性の探求ね」
千佳「侘び、寂び、萌えってやつだね」
ヘレン「日本の事を知らなければ外国のヒトとも楽しくおしゃべりできないわね。
肇は何も知らない私に陶芸を教えてくれたの。千佳は私に教えてくれる事はある?
貴女が得意で大好きな事は何? そのネタ、いただくわ。私の話にさせて」
千佳「魔法少女だよー。リボンにスカートひらひら~♪
魔法で、チカは幸せいっぱいになっちゃう♪
お姉ーちゃんもチカの魔法でいっぱい笑顔にしてあげるー♪」
ヘレン「それじゃあ魔女の事を教えてくれるかしら。
私を支えてちょうだいね、千佳センセイ♪」
千佳「ブッブー。魔女じゃなくて、魔法少女だもーん」
ヘレン「困ったわ。もう間違えてしまうだなんて。
テストの答えを教えてくれる魔法のアイテムはある?」
「その話、ボクも聞かせてもらっていいかな?」
ヘレン「風が……呼んでいるわね……。
貴女は女優かしら? とても可愛い声を出すのね」
「ボクは貴女のベール越しの口付けを喜ぶコトにするよ。ありがとう。
でもボクは歌より踊りが得意なんだ」
ヘレン「飾らない言葉を聞きたいわ。私は飾るけど」
千佳「お姉ーちゃん、誰?」
「ボクはアスカ。二宮飛鳥。
今日この事務所へやってきたばかりでね。トモダチがいないんだ」
ヘレン「トモダチになりたい? 違うでしょう。
こちらは千佳。もう皆トモダチよ」
千佳「よろしくね、アスカお姉ーちゃん。
今日から、ラブリーズの仲間入りだよ♪」
「郷に入れば郷に従え……ってね。
聞かせてよ、キミたちの音」
ヘレン「貴女も同じ仮面を付ける?」
海は全てを飲み込み、母は全てを包み込んでいた。
――――
「アイスコーヒー……。ミルクなし。
今はこの泥の様なコーヒーにこっていてね。
質の良いコーヒーの見分け方を教えて貰えるかな?」
ヘレン「私の好きなコーヒーメーカーは、その台の横」
千佳「コーヒーは何杯飲んでもただだもんねー。
ジュースなくなっちゃった、おかわり買ってこよっと」
「質の良いコーヒーの見分け方を教えて貰えるかな?」
ヘレン「見分けるコツは値段よ。
ごめんなさいね。子供には聞かせたくない言葉だったから」
「それはまた、はばかりのない冷徹な意見をありがとう。
幾らレアメダルを支払えば、ボクが望むコーヒーが手に入るのか知りたくてね」
ヘレン「レアメダルを支払う価値のあるコーヒーなんて、どこにもないわ」
「どうして皆そこまでお金を神聖視するのかな」
ヘレン「温かいコーヒーでも飲む? 最近は何もかもが高くなっているの。
気前よく出せるのはお世辞だけ。女の身にぴったりと当てはまる衣装よ」
「ボクはいい。十分、温かいさ」
ヘレン「本音は、誰も望んでないわ。実力は申し分なしよ。
あとは自信ね。理由のない自信でも持たないよりはマシ。
行くわよ。ついて来なさい」
伊集院惠(21)
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惠「歌の旅人なら……必ず立ち寄ると信じていたわ」
「そうだねボクらはみんな旅人だよ」
惠「あなた、私と同じ目をしている」
「ひとつのセカイから、また別のセカイへ」
惠「私、旅が好きなの。
新しい土地に行って、見たことない物を見て、新鮮な景色をみると、なんだか自分が自分じゃないみたいな」
「アイドルという名の……偶像セカイを往く……まるで旅人さ」
惠「めざす場所は、自分の果てね」
「ボクをここに連れ出した理由を教えてくれないかな」
ヘレン「惠、貴女の飲んだ質の良いコーヒーの話しをしてあげて」
惠「仕事熱心なのね。私の吐息と鼓動を感じて……。
お互いに自己紹介なんて無粋な真似はやめましょう。どちらかの名はすぐに消える。
どうか心の列車に飛び乗って、素直な気持ちを」
「キミも同じ感覚なのかい? 感想は聞かせるよ」
惠「山もいいけど、今は海かな……。
メシコの情景を思い浮かべながら歌うわ。なにも残さずに去る旅人にはなりたくないもの」
「あぁ……時間が穏やかに流れていく……」
惠「岩地の夜は冷えるわ。昼の灼熱がウソのよう。気温とともに心も静まって。
空の淀みが……何故か心地いい」
「寒いね。カラダじゃない、心さ」
ヘレン「惠、おかわりよ」
惠「メシコでの最後の夜。私の目に最初に入ったのは……コレよ♪
ああ、旅の疲れを癒してくれる苦みと深み」
「コーヒーメーカーから出てくる温かいコーヒー。
絶対の温度が、ここに」
惠「セカイが終わる時の空も、きっとこんな色。
メシコで最初に飲んだコーシーもきっと」
惠「メシコの港には山の様なコーシー豆が積み上げてあった。
余りにも多すぎて、袋からこぼれた豆が地面へ丘を築く程に。
セカイ第10位の生産量をこの眼でしっかりと確認できた」
「どんな目で見てもいいさ。ただ、その瞳だけは曇らせないでいてくれよ。キミ自身のために」
惠「眼は楽しんだ、なら次は舌ね。
現地のヒトを捕まえて訪ねてみたの。
メシコで一番美味しいコーシーはどこへ行けば飲めるのかしらって」
「不安半分、期待半分、と言ったところかな。
コーヒーの本場メキシコ、その懐はどれだけ深いのか」
惠「だったらウチのカミサンが淹れてくれるコーシーがメシコで一番さ!
そのヒトは躊躇いもなく、私を自宅へ招待してくれた」
「ボクのエモーショナルな言葉も、キミなら受け止めてくれるね。
そんな優しい環境かな」
惠「もてなされたコーシーを一口含む。
深い味わい、豊かなコク。どこまでも続く日常の風景」
「感じるだろう? これがリアルさ」
惠「これはダイヤの山? いいえ違う、一口では分からない。
これはジャングルのピラミッド? いいえ違う、二口でも分からない。
舌の上に建てられた塔は電信柱。私は気にも留めずに通り過ぎる」
「景色を楽しむ余裕くらいは持たないとね」
惠「すごく―――普通の味わいだった」
惠「私の飲みっぷりを気に入ったのか、彼は2杯目を用意してくれた。
私は慌てて飲み干してお愛想を返すの、とても美味しいコーシーですねって」
ヘレン「惠、おかわりよ」
惠「そうだろそうだろ。
なんせこいつは、客が来たときにしか出さない取って置きだからな!
誇らしげな顔で彼は奥さんとコーシーメーカー、日本製のインスタントコーシーの瓶を紹介してくれたの」
「うん、日常、って感じだね。
キミのコトを初めてみた時から思っていたんだけど。
もしかして、キミも『痛いヤツ』だったりしないかい? 気のせい、かな」
ヘレン「メキシコでは外貨獲得の為、質の良いコーヒー豆は輸出へと回される。
一般人が気軽に手に入れられるのは、質の悪い三等品か規格外の粗悪品だけ」
惠「もてなされたコーシーを改めて一口含む。
深い味わい、豊かなコク。どこまでも続く日常の風景」
ヘレン「日本は豊かだから、インスタントコーヒーには輸入した一等品や二等品の豆を使用しているの。
彼らが普段飲んでいるコーヒーよりも、私達の飲むインスタントコーヒーは質が良い」
惠「これはダイヤの山? これはジャングルのピラミッド?
舌の上に建てられた塔は電信柱。すごく普通の味わいだった。
いいえ違う。旅をして景色を見るだけのような……傍観的な生き方じゃ駄目ね」
惠「どことなく歌に品があったわ……。挽歌が……砂漠に響き渡る……。
あの日あの時あの場所で、私は確かにメシコで一番美味しいコーシーを飲んだの。
あまくてにがい……大人の味よ。探していたのは、この景色」
「トラブルも楽しめたら、一流のトラベラーかもね」
惠「私と貴女は、ここで出会っただけ。この後は別の行き先……。
アレス グーテ。……幸運を」
――――
「いいね。何にも縛られずに生きるなんて、憧れる。
旅をして……色んなモノを見て成長したと思っていたけど……彼女と話して違う視点を得られた気がする。
まだまだもっといろんなものを見てみたい……」
ヘレン「大聖堂に見とれてしまって……。でもこれはまだ私たちの序章よ」
「青空の下に広がる黒い森シュヴァルツヴァルト。南ドイツの情景が思い浮かぶ。
ドナウ川の雄大な流れを見ていると……つい口ずさみたくなる。ローレライの歌を」
ヘレン「少し前衛的すぎたかしら? 惚けるならば身振り手振りは大きくよ!
貴女は一つ良いものを学んだ。なら次は良くも悪くもあるものを学ぶべきね。
やがては誰もが……ひざまずくわ」
古澤頼子(17)
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千佳「キレイになる秘密教えて! 魔法なの!? やっぱり秘密の呪文~?」
頼子「バロックとロココの違いを学ぶのが良いでしょうか。
どちらも岩や貝殻の歪みを観察した左右非対称性をその母体としています」
千佳「貝殻の衣装ならあるもん。
マーメイドパラダイスでアニメのヒロインみたいなお洋服くれるって」
頼子「とてもかわいいお洋服ですよ」
千佳「かわいいだけじゃなくて、キレイがいいの。
胸ぽいーん、足スラーッ! なステキなお姫様みたいなの」
頼子「ロココはお姫様の服です。
フリフリの波打つ様な、ひらひらきらきらのお姫様。
お雛様の衣装はもう着ていますよね」
千佳「そっか、もうお姫様の衣装は二つもあるんだ。
マジカルチェンジーおひなさま♪ スーパーラブリーチカに変身ー♪」
「ボクはアスカ、二宮飛鳥」
頼子「古澤頼子です。またアイドルの応援ですか。
出会った頃は驚いてばかりでした。でも今は自然に思えるんです、ヘレンさんの行いが」
「貴女はボクに良くも悪くもあるものを示せると」
頼子「精いっぱい頑張ります。
ビザンチンとルネサンスの違いをご存知でしょうか?」
「文芸復興……とだけだね。
学校の授業は退屈で、もっぱら昼寝の時間に当てているんだ」
頼子「では中世とルネサンスの違いからの方が良さそうですね。
中世は皆が思うほど暗黒ではなく……ルネサンスは皆が思うほど明るくはないんです」
ヘレン「ここには千佳もいるから。魔女のお話にしてちょうだい。
誰にでも手に入る、魔法のアイテムはある?」
千佳「コンパクトでしょ、ステッキでしょ、あとはタンバリン」
ヘレン「凄いわ3つも出せるのね。さすがに千佳は魔法少女の大センセイ♪
でも今は頼子先生の講義だから、おとなしくね」
頼子「美術館の様にガイドを勤めます。
私がうつむきそうになったら、手を差し伸べてくださいますか」
ヘレン「絵画や彫刻に優劣はないと、私に教えてくれたのは頼子。
上手なステージよりも、記憶に残るステージをファンは求める。
失敗した? NG? 下調べをしないと落ち着かない? アドリブよ」
頼子(胸を張って、顔をあげる……。
自分をヘレンさんの作品だと思えば、私は堂々としていなければ。
これまで学んだことを、見せられるように……)
ヘレン「問われているのは扇子……ではなくてセンスよ。はい、ここで笑い声!」
千佳「ヘレンお姉ーちゃんうるさいよ。おとなしく、でしょ」
ヘレン「ごめんなさいね、怒られちゃった。
静かに出来る千佳は立派なお姉さんね、私は赤ちゃん」
頼子「このポーズでしゃべります。美術館の女神像を表現して。
魔女は箒で空を飛びますが、絵画や物語に描かれる魔女は秘薬の担い手としてです」
「ほれ薬だね。空への飛躍よりも多くのヒトの心を盗む題材だ」
頼子「ですが扱い方を間違えればそれは悲劇と成ります。
秘薬は本当にあるんです。植物由来の民間療法として。
東洋では漢方、西洋では秘薬として発展しました」
頼子「例えば生姜、人の体温を調整します。
生の生姜は体を冷やし、加熱処理を加えた生姜は体を温めます。
冷え性だからといって聞きかじりで生のおろし生姜ばかりを食べると、さらに体が冷え体調不良となります」
千佳「生姜ってお薬なんだ」
頼子「私が今飲んでいるカモミールティーもお薬ですね。
リラックス作用があります。この様なハーブの使い手が魔女とされたのでしょう」
「ボクは医者にカミツレ茶を勧められたんだ。精神を安定させるって」
頼子「カミツレは婦人病にも効きますから。
そしてカモミールとカミツレは同じ薬草であり同じハーブです。
日本と外国では呼び名が違うんですね」
ヘレン「その魔法のアイテムはどこでに入るの」
頼子「園芸用品店や紅茶専門店、ショッピングモールでも手に入ります。
それこそ中学生でも簡単に手に入ります。薬事法のカモミール規制は広告が主ですから」
「法律を持ち出されると、とたんに危険なものに思えてくるよ」
頼子「飲むだけならば安全ですよ。飲むだけならば。
飛鳥さんの事務所ではカモミールティーが振舞われると、都さんから伺っています。
私が飲むようになったのも都さんに薦められたからです。幾度も共演させて頂きましたから」
「前の事務所なんだ。今はもうここでお世話になっているから」
頼子「そして都さんは光さんから薬草茶を薦められた。当然相棒の飛鳥さんも。
そういえばお悔やみがまだでしたね。光さんのPはお隠れになられたそうですので」
「もう彼とは無関係なんだ」
頼子「お月見ウサちゃんロボからは事故とのデータを頂いています。薬草茶を何杯も飲まれたとか。
いけませんね、魔女の魔法から毒殺を連想してしまっては。
ジギタリス中毒は、魔女の指貫の仕業といわれていますので」
「カミツレ茶は危険なものじゃない。安全な傾眠剤だ。
居眠り運転で事故を起こしたとしても、それは飲んだ本人の責任だ」
頼子「私は自動車事故とは口にしていませんね。
なんでも免職が決まり、世を儚んで御自分の電源をお切りになられたとか」
「……」
頼子「福寿草を強心剤の代用に
すると数時間以内にと
ても激しい嘔吐と痛み
を引き起こすので一日
に何杯も飲めないんで
すよカモミールも多量
摂取で嘔吐を引き起こ
します昏倒させるには
それこそ彼を恨む人間
が一日に何杯も何杯も
飲ませなければいけま
せん素人が扱いを間違
え中毒を起こすそれが
魔女の仕業になる魔女
は悪との共同幻想です」
ヘレン「まあ怖いわね、おしっこちびっちゃいそう。
もう私はそんな話聞きたくないわ。魔法少女の方が楽しくて好きね」
頼子(ヘレンさんに見られてる……意識すると恥ずかしい……)
頼子「コーヒーには利尿作用がありますから、近くなってしまいますね。
コーヒーも魔女の秘薬と呼んでもいいかもしれません。
水分を排出すればむくみが取れて、美容に効果がありますから」
千佳「あたしコーヒー嫌い、苦いから。でもコーヒー牛乳は好き。
コーヒー牛乳飲んだら魔法でキレイに変身できる?」
頼子「一杯だけならばそうですね。薬草は扱い方しだいで良くも悪くも成りますから。
私も頂きます、演技の合間にコーヒーブレイクを。
千佳さん、お手伝いをお願いできますか?」
――――
「セカイが崩壊しようとしている」
ヘレン「新しいトモダチは悲劇が好みなのよ。
香りに惑わされたかしら。陰りを感じるわ、もう夜のようね」
「ボクは付きまとわれ脅迫されている」
ヘレン「仄めかし、当てこすり、だけどそれだけ。
肝心な事は何も口にしていない。揺さぶられて気分が悪くなった?
土台のしっかりしていないアイドルは、所詮こんなものかしらね」
「どちらかが彼を殺した。どちらかが」
ヘレン「許しを請うような事をしたの? ごめんなさい、聞いてなかったわ。
味方が必要? コールミー! 私の名を呼びなさい!」
「誰もが彼を嫌いだった。嫌わずにはいられなかった。
かわいそうなヒト。彼女達は彼が好きだったんだ。本当に好きだったんだ。
ああ―――そうか。だからこそ彼は氷の変身ベルトを身に纏ったのか」
ヘレン「動機のない者を疑う者はいないの。
コツは、自分をだますこと。そうすれば、やがて真実に思える」
「請うのはボクじゃない。彼を許さなければならなかった。
彼に必要だったのは理解と寛容、憐憫と賞賛、そしてなによりも愛情だ!」
ヘレン「貴女は何も心配しなくていいのよ……やるべき事をやるだけでいいの。
力で無理やり従えようとしている、そんな風に思わないで頂戴ね。
大人になったら分かるわ、バックに私がいれば安心よ!」
「甘い囁き、過剰装飾、欺瞞、リアルから背をそむけ、鳥籠に引きこもれと」
ヘレン「彼はやるべき事をやったの。
彼がやる必要のない事も……彼は沢山やってしまった。
彼のおかげで貴女は鳥籠の中で殺されなかったのだと、私は思うわね」
「もはや逃れる術はなく、詫びるべき咎もない。権力は力だ。
潔白さ、品性、思いやり。そんな美徳はどこにもない」
ヘレン「何を言っているのか分からないわ。
貴女を支える為に贈り物をしたいの。心ばかりのギフト」
「ヒトには相応しき贈り物を」
ヘレン「全ての人には自由を」
「裏切り者には報いを」
ヘレン「レアメダル30枚よ、財布が重いのは嫌いなの」
「そんなものにいったい何の価値がある。
受け取れないんだ。ボクが望んだとしても。
ボクはアスカ。二宮飛鳥」
ヘレン「私は優しいから、貴女を傷つける事はないの。
私に愛される事は、彼に愛される事よ、二宮。
貴女は彼が造り出したアイドルモンスター」
「冗談だよ。惚けるならば身振り手振りは大きく! だろう。
とはいえ、キミがボクの世話を焼きたいのなら、それはそれで好きにすればいい」
ヘレン「刹那的に楽しむのも、いいわね?
貴女は自分が誰だか分かっているの。
……貴女はもう誰でもない……何者でもないの……」
「ボクは貴女の名前を知りたいよ、ヘレンさん。
海の向こうはどうなっているのか、教えて欲しい。
ウソを、ついてもらえないか。白い牛乳やキャンパスになりきろう」
ヘレン「私は静岡県出身14歳の女の子」
「2月3日に生まれた水瓶座」
ヘレン「趣味はヘアアレンジ、ラジオを聴くこと、漫画を書くこと」
「非日常の生活へ憧れ、未知の存在であるアイドルを目指すコトとしたんだね。
ささやかな抵抗―――ボクなりの小さなルネサンスは終わった。貴女に忠誠を尽くすよ」
ヘレン「涙をふくの。明日があるわ。
私は誰でもないの……貴女がならなければいけないものだから」
――――
「感想を伝えていなかったね頼子さん。
貴女の姿勢は抜かれた錨。手の振りは広げられた帆。
ボクを新たなセカイへ連れ出す、美しき帆船の様だった」
頼子「私、絵になっていましたか? 白状しますと……。
私の話を聞いて博識だと頭を褒められた事はあります。
ですが……語る際の見た目を褒められたのは初めてです、ありがとう」
千佳「あたし前にも見たことあるよ、今の頼子お姉ーちゃん。
二つ目のケーキが欲しくて、勇気を出して注文した時のお顔とおんなじー」
頼子「千佳ちゃんの前では平静は装えませんね……。
だって……嬉しくて口元が緩んでしまって……ふふっ、でもいいんです……」
ヘレン「皆ステキなお話しをしてくれた。
おかげで今日の私は機嫌がいいの。少しだけ、甘やかしてあげるわ」
頼子「待ちかねました。今日はどんなお話をしていただけますか。
ヘレンさんは、美への感性が私よりも鋭いと思います」
ヘレン「千佳、そのコーヒー牛乳を飲むのは待ちなさい」
千佳「ヘレンお姉ーちゃんも欲しいの?
もっと早く言ってくれたら、さっき一緒に用意できたのに」
ヘレン「千佳が魔法のコーヒーを飲む前に、美味しくないコーヒーの話をしてあげる。
良いものを知る為には、悪いものも知らねばならないの」
ヘレン「思い出すわ、ハワーイでの夜。
ドラマの撮影を終え、皆で打ち上げをしていた」
頼子「今放送中のイケメンさん主演の探偵ドラマは、羽合温泉が舞台なんです。
ヘレンさんは事件の被害者役で、2秒だけ出演されたんですよ」
ヘレン「顔写真での出演も含めれば3秒よ。それだけなのにもう次の仕事のオファーが来たの。
声付きデビューに向けてのほんの小手調べのつもりだったけど。来シーズンの配役はイケメンさんの混浴相手。
大胆なセクシーボディをお茶の間へ披露する……気持ちいいわ」
「確かにそのくびれは同じ女性であるボクの眼から見ても、賞賛に値するよ」
千佳「ヘレンお姉ーちゃん胸ぽいーんで、腰きゅっで、いーなー」
ヘレン「もっと褒めていいのよ。
私こそ、究極のアイドル! 完成形! あらゆるアートの集大成よ」
頼子「ヘレンはスパルタで崇拝されていたヘレネー、樹木の女神の名が訛ったものとされます。
そしてギリシアには同じ名を持つ美女をめぐる古典悲劇ヘレネーが現存しています。
もしかしたらヘレンさんは現代の女神なのかもしれませんね」
ヘレン「もっと褒めていいのよ。
私を気に入ったのか、その夜はイケメンさんから夕食に誘われたの。
だけどもう皆でご飯を食べてしまってお腹一杯、かといって断るのも失礼よね」
「今後の共演を前にして、相手を袖にするのは確かに問題ありそうだ」
ヘレン「だからね、私はこう言ってあげたの。
貴方の部屋で夜明けのコーヒーをご馳走して頂戴ってね」
千佳「コーヒー飲むと眠気が覚めるから、夜に飲むんじゃないの?
パパはお仕事が残ってるからって、何時も夜に飲んでるのに」
ヘレン「翌日は休みだったし、私は旅館に部屋を取った。
ぐっすり眠って、起きたら靄の中温泉街を散歩して。
宿に戻り、温泉に入って体をじっくりと温め、磨きをかける」
ヘレン「それから朝日とマネージャーを従えて、イケメンさんの部屋を訪ねたの。
約束通り、夜明けのコーヒーをご馳走して頂戴ってね」
「フフっ。それはまた、ロマンスを期待できないシチュエーションだね」
ヘレン「イケメンさんは快く私達を迎え入れてくれたわ。
ウサギみたいに真っ赤になった目を擦りながらね」
頼子「不思議ですね。約束の時間ぴったりの夜明けに訪ねたのに。
まるでイケメンさんは一晩中寝ずに、ヘレンさんを待たれていた様な印象を受けます」
千佳「美味しくないコーヒーのお話でしょ?
どうしてヘレンお姉ーちゃんとマネージャーさんのコーヒーは美味しかったの」
ヘレン「それはね、私達が早寝早起きをしていたからよ。
コーヒーには眠気覚ましの効果がある。だけど夜にたくさん飲んではダメなの。
体調が悪かったり、怪我や病気になったり、眠れずにいると何を食べても飲んでも美味しくないのよ」
千佳「わかったー。
イケメンさんはお仕事忙しくて眠れないから、コーヒーが美味しくないんだ」
ヘレン「千佳はどうかしら。早寝早起きは出来る?」
千佳「うん。日曜の朝は何時も早起きだから大丈夫だよ。
魔法少女のアニメをテレビで見てるもん」
「千佳は彼女の隣がお気に入りなんだろうね」
頼子「ヘレンさんは恋泥棒ですから。誰もが彼女を愛さずにはいられません」
ヘレン「じゃあ千佳。コーヒー牛乳を飲んでみて、その味を皆に教えて頂戴。
大きな声を出して、アイリッシュ海の向こうへ届くくらい大きな声を出して」
千佳「美味しいよ!」
ヘレン「美味しいのなら大丈夫。
もう千佳はコーヒーの魔法をきちんと使えるようになったわね。
健康こそが、キレイに変身する為の一番の魔法なのよ千佳」
「ボクは夜行性。だけど千佳は普段は寝る時間か……偉い子だよ」
頼子「夜更かしは贅沢とでも? 無茶無謀は若さの特権です。
フフッ、今度は私達が怒られてしまいますね」
ヘレン「太陽が沈んでも私は昇るの。明日はまた新しい魔法が見つかるから。
望まれれば、私は水の上だって歩いてみせるもの」
◆
光「アスカじゃ無理だ、アタシがかわる」
「覚えているかい。ボクの苺の刺繍のハンカチだった」
光「いつか、アタシの人生を滅茶苦茶にしてやる。
どうしてそんなにアタシを恨まなきゃいけなかったんだ」
「それはそうさ、キミには分からなかっただろう。
キミの目に映るセカイは、無限の善にあふれていた。
花にたかり枯れさせるコトしか出来ない害虫の気持ちなんて」
光「虫が種を運ばなきゃ、咲かない花だってある」
「あの素晴らしい一日。あの日の事は昨日の事の様に覚えている」
光「アスカはアタシを縛った。強く。何度も」
「甘い痺れが取れなかっただろう?」
光「アタシがPを愛していると知っていたのに」
「ボクがキミを愛していると知っていたはずだ」
光「一度だけの約束だった」
「自らの意思によらず天頂へと強制的に上り詰める。
無力さを感じただろう。ひたすらに空中で揺さぶられるだけだっただろう」
光「あんな事は間違っているアスカ」
「快楽を求めるのは生き物の性。生を実感できただろう」
光「自然の摂理に反してるんだ」
「ボクはキミにリアルを教えたかった」
光「アタシを誘惑したね」
「そうキミはもうコドモではない、オトナになったんだ」
光「だからこそアスカに任せる訳には行かない。
バンジージャンプは危険な遊びなんだ。次に遊ぶときは安全な川下りにしよう」
「Pに誘われるがまま、スカイダイビングをやったくせにいまさら何を」
P「何なんだよこれは、意味わかんねーよ!」
P「二人がケンカしたって聞いたから経緯を聞いてるんだぞ。
泥人間の話はどこへいったんだよ。今の今までバンジージャンプのバの字も出てこなかったじゃねーか。
もっと順序だてて話せよ、マジで意味わかんねーよ」
光「まだ話の途中だけど、ちゃんとアタシは二人と話をしてきたつもりだった」
「バの字であればあっただろう。キミはもっとバロックについて学ぶべきだね」
P「岩や貝殻が土台にあるんだろ。それだってついさっき出されたばかりの単語じゃねーか。
そもそも一文字しか合ってねーだろ。どこがバンジージャンプなんだってんだよ。
バンジーってのはあれだろ? ゴムひもつけて飛ぶやつ、ぜんぜん違うじゃねーか」
光「バロックの精神はメメント・モリ、カルペ・ディエム、ヴァニタスを表しているんだ」
P「だから外国語を話すな! んなもん言われたって伝わらねーんだよ。
日本語話せや! 日本語。てめえら日本人だろうが!」
光「だからそれを日本語にしたものは、もう話してあるんだ。
バンジージャンプは元々成人式の儀式だって、Pも分かっているだろう?」
P「知ってんだよそれぐらいの事はよ。太平洋のどっかの島の文化だろ。
バロックはヨーロッパの文化だ、あからさまに場所が違うだろうが。
回りくどい事を話すな、要点だけを言え要点だけ。3行でまとめろ」
「今を楽しまねばならない、だけどそれは空しいものだ、ならば来世を思おう。
子供へと強制的に死を突きつけ、人生の意味を己で問わせ大人として扱うバンジージャンプに重なり合う。
洋の東西を問わずに発展した、人類が持つ普遍的な文化だね」
P「だから日本語使えや! 日本語。来世を思おうだなんて単語出てきてねーだろうが。
お前らその設定たった今考えただろ。ぜってーそうだろ。
そもそも俺はジジイじゃねぇし死んでもねぇ。話の途中で勝手に殺すな、矛盾だらけだ」
「死を記憶せよ、一日の花を摘め、なんという空しさ。これがバロックだ。
初歩だよワトソン君。日本語訳で理念が示されていたコトは注意深く観察していれば気づいたはずだ」
P「イライラすんだよそのものいいがよ。大人を馬鹿にしてんのか!
上から目線で話しができるほど、自分を偉いとでも思ってんのか」
光「ごめんよ P」
P「まったくだ。謝って済む話じゃねーってのによ。
ちょっと叱られたらすぐこれだ、詫びりゃ許されるだなんて甘い考え持ちやがって」
光「アタシはPがこれほどまでに物分りの悪い人間だったなんて、思いもしなかったんだ。
本当にごめんよ。アタシの配慮が足りなかった」
P「取り消せー!!! なんだよその言い方は。
まるで話を理解できないこの俺が悪いみたいじゃねーか。ふざけんな!
んなもんインチキだ、インチキ。後付で我田引水の解説なんてしてんじゃねーよ」
「詫びる必要なんてないよ光。所詮は瞳を持たぬものには分からぬ話さ」
P「邪気眼中二設定はヤメロー。飛鳥ぁ、お前はジャンルが違うだろーが。
んな痛々しいやつの相手は神埼だけで充分なんだよ!
俺はガキ共のオムツを換えてやる為に芸能界入ったわけじゃねーんだ」
光「P 酷いじゃないか! 神埼をそんな頭がかわいそうな子扱いするだなんて」
「これがオトナの本音なのさ。ボク達を心の底から馬鹿にしているんだ」
P「ああそうさ。もううんざりなんだよ!
売れないアイドルの担当をさせられるってのは、解雇通知とおんなじなんだよ!
同期の奴らは担当から新車をプレゼントされてるんだぞ。貰った事なんてねーよこっちは」
P「俺が下品な腹踊りで、場末のライブハウスの床を舐めている時。
奴らは銀行のお偉いさん方と一緒に優雅なディナーだぞ。
俺と奴らと何が違うってんだよ。この情けなさが分かるか!」
光「アタシには分からないんだP。
車が欲しいんだったら、自分で買えばいいんじゃないのか?」
P「俺は優秀なんだよ! こんな目にあってるのはお前達のせいなんだぞ」
「殴る気かい? 暴力はいけないなぁ。
思春期のハートは繊細なんだ。理解ってほしいとは言わないけど、許容する余地くらいはほしいものだね」
「あがぎ……ぐ……ふぅふぅ。本当にお前達は天才だよ。
この俺をイラつかせる事にかけてだけはよー!」
光「アタシの事はどうだっていい。でも二人を侮辱した事は許せない。
P 二人に謝ってくれ」
P「あぁん?」
「実に良い台詞だ。感動的だね。
ボクらは深く傷ついた。土下座でもしてもらおうかな」
P「てめぇらに頭を下げろってのか」
光「謝るんだ P。今ならまだ悪いようにはしない」
「あっそれ、ど・げ・ざ。ほれっ、ど・げ・ざ」
P「ふー、ふー、ふー」
光「大人なのにそんな簡単な事もできないのかPは。
悪い事をしたらごめんなさいだろ。子供でもできる」
P「やってやる、やってやるぞ。いいかよく見ておけよ」
「まだ、地面にひざを付いていないようだけど?」
P「これからやるんだよ、おとなしく待て。
まず膝を……膝を。あれ……膝を……。
何でだよどうしてこんな簡単な事が出来ないんだよ」
「まだ、地面にひざを付いていないようだけど?」
P「動け、動け、動け、動け、動いてよ。今動かなきゃなんにもならないんだ」
光「そうか。Pには謝る気がないんだな」
P「動け、動け、動け! 動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動いてよ!
今動かなきゃ、今やらなきゃ。何で体が動かないんだよ」
光「謝るんだ P」
「謝れよ」
光「謝るんだ P」
「謝れよ」
光「謝るんだ P」
「謝れよ」
光「謝るんだ P」
「謝れよ」
光「謝るんだ P」
「謝れよ」
光「謝るんだ P」
P「だっーらっしゃーあ! おーし。両膝は付いたぞ。
後は上体を倒し、両手を前に突き出す、たったのこれだけだ」
光「おでこを地面へ付けるんだ。そして謝罪の言葉だ」
P「なんで、なんでそんな簡単な事が出来ないんだよ、俺は……」
P「光、頼む。背中を押してくれ」
光「インチキしてまで、この場を取り繕いたいのか。
見損なったぞ P。土下座なんて仕事先で毎日やっていたじゃないか」
P「一言もないよ」
「興ざめだね。そんな惨めな真似は止めてくれないか。
そんな独りよがり、やられる方が迷惑だ」
P「お前達が、やれと言ったんじゃないか」
「土下座? 情に訴えるだけのくだらないパフォーマンスじゃないか。
キミが頭を下げる事に、はたしてどれだけの価値があるというんだ。
自分をそんな大人物だとでも思っているのかい?」
P「分からないのかよ。これしか出来ない人間の。
望まずとも、うっうえ上からォ押さえつけられる人間の必死さを、悔しさをよ~」
「ああ、すまない。悪かったよP、これはオトナに言うべき言葉じゃなかったね。
そんな事も分からないから、キミは何度も土下座をするような無能だったんだね」
クラリス「P殿、どうかこちらへ」
P「シスター。助かりましたよ、あいつらに何か言ってやってください。
あいつらは礼儀や思いやりってもんを、分かっちゃいないんです」
クラリス「こちらにレアメダルが30枚あります。
どうかお受け取りください、私の全財産です」
P「頂ける物ならばありがたくいただきますが、それよりもあいつらを―――」
クラリス「今日はもう仕事を休んで、帰るべき場所へとお戻りください。
後は私が引き受けますのでご心配なさらず」
P「助かります。説法の一つでもかましてやってください。
ホンとにもう頭の中でビー玉がごろごろ鳴ってて訳分からないんです」
クラリス「決して後ろを振り向かず、このまま前へとお進みください。
御家族や御友人と心温まるひと時をすごすのです。
それが……P殿にとっての最後の晩餐となるでしょうから」
P「何ですか……それ……ハハ、やだなぁ縁起の悪そうな事言わないでくださいよ」
クラリス「申し訳ありません。不安にさせてしまいましたね。
大丈夫です。P殿はほんの少しだけ、お心が疲れてしまっただけなのです。
お仕事を辞めて長い休暇をお取りになれば、必ずやお元気になられますから」
P「お、俺を憐れむなー! そんな目で見るんじゃあない。俺はまともだ」
クラリス「きゃっ。あ、うう、痛い」
光「P なんて事をするんだ。シスターを突き飛ばしたな。
か弱い女性に暴力を振るうだなんて、人として最低だ!」
P「違う、俺は何もしていない。その鈍くさい女が独りで勝手に転んだだけだ」
光「鈍くさいだって!?
シスタークラリスはPみたいな人間の屑が相手でも、見捨てずに手を差し伸べようとしたんだぞ。
これほどまでに心優しい方に対して、なんて恩知らずな事を言い出すんだ」
P「違う、俺は何もしていない。
飛鳥ぁ! さっきからなんで黙ってつっ立っているんだ。
お前ならちゃんと観測しているだろう、さっさと俺を助けろ!」
「ボクの目に映るのは、地面に倒れ伏して苦しむ尼僧の姿だけだよ」
クラリス「う、あああああ、影を、影をください。
お願いです光さん。どうか私に影をください」
光「大変だ。
Pに殴られたショックで、シスターの瞳孔が開いたまま閉じなくなってる。
このままじゃ失明してしまうぞ」
P「これは罠だ。誰かが俺を陥れようとしている」
「故意ではなく、偶然当たり所が悪かっただけだと証言するよ。
キミは錯乱していたんだ。悪いようにはしない。
今すぐ罪を認めれば、少しでも刑期が短くなるよう取り計らうから」
P「違う、俺は何もしていない。
どうして誰も俺の話を聞いてくれないんだ」
クラリス「P殿のおっしゃるとおりです。私が独りで勝手に転んだだけですので」
光「シスター、こんな狂人をかばう事なんてないんだぞ。
良い事をしようとしただけなのに、なんでシスターがこんな酷い目にあわなきゃいけないんだ」
クラリス「これしきの事、十字架を背負われたあのお方に比べれば、何の苦しみとなりましょう。
私はP殿を決して見捨てません。あのお方をローマへと送り出す事は出来ませんから」
P「取り消せー!!! なんだよその言い方は。
まるで罪を認めないこの俺が悪いみたいじゃねーか。ふざけんな!
んなもん冤罪だ、冤罪。お前らが束になって、俺を首にしようとしてんだろ」
「いまさら何を言っているんだ、P。
全部君がやったことじゃないか」
光「何時だってアタシ達の話を聞かずに、上から一方的に押さえつけた」
「自分はこんなにも辛い目にあっているのに、誰もねぎらってくれない。
俺は何も悪くない、ボクらが悪い。それしか言わない」
光「アタシ達は何度も頼んだ、話を聞いてくれって」
「ボク達と真剣に向き合ってくれと」
光「子供の相手なんてしていられない。これ以上厄介事を増やすなって」
「それがキミの出した答えだった」
P「当然だろうが! 優しい幻想よりも冷たい真実の方が必要なんだ。
オトナってのはな、ガキどもと違って遊び歩いているわけにはいかねーんだよ。
少しはこっちの苦労を考えろや。このまま売れなきゃ俺達は皆、首になるところまで来ているんだよ」
光「Pは何時だって自分は苦労しているって、二言目にはそう話す」
クラリス「ですが実際は、P殿がお独りで勝手に転ばれただけですので」
P「その女に気をつけるんだ、顔をよーく見ろ。
てめぇらめん玉ついてんのか。父親を謀りおおせた女だぞ」
クラリス「たしかに私はP殿の娘ですが 私には主があります」
「だからボクらも転んだんだ」
光「もう、Pの話は聞かない事にしたんだ」
P「石にでもなったのか、弁償するよ」
クラリス「愚かですね。私が渡したレアメダルでですか?」
P「俺は馬鹿じゃない!」
「大馬鹿だよ。お金の問題じゃないんだ。
それよりも自分のしたコトを理解してくれ。ボクらの顔を見てくれ。
鍵を開けたのはキミだ。閉じられるのもキミだけ」
P「……そうだな。俺は馬鹿だ。飛鳥みたいに利口じゃない。出世も出来ないんだ。
真っ白なエクステが似合っているよ。服だけは汚さないようにするんだな」
「凍えそうなトキにすら、ヒトはヒトであるコトをやめられない。
ボクを変節者呼ばわりしたいのか。なら好きなだけわめくと良い。
キミに憎しみや悲しみを抱く価値はないからね」
P「何を言っているのか分からないな。そんな感情は俺にもないぞ。
飛鳥は良いトモダチだ、飛鳥の友情と忠誠を疑った事は無い。敵だった時もだ。
この対立は政治的なものだからな。敵は防げてもトモダチの裏切りは防げない」
「アスカはPを嫌っていた。この激情も……秘めた仮面のひとつさ」
P「俺もだ。だが友情は続いた、生き延びる為に」
光「何が言いたいんだ? Pは。
回りくどい事を話さずに、要点だけを言ってくれないと」
P「俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ!!」
「そうか、そうか、つまりキミはそんなヤツなんだな」
クラリス「では拷問いたしましょう。光さんお願いいたします」
P「何を言い出すんだこの女は」
光「シスター待ってくれ。そんな事突然言われたってアタシは困る」
「正常な反応だね」
光「拷問なんてアタシやった事がないんだ。やり方が分からない」
P「何を言い出すんだこの女は」
クラリス「まずは指を折ります、次に指を折ります、そして指を折ります。
全て折ったら今度は腕を折ります。その調べが祈りとなります」
光「四国と兵庫はこの仮面ライダーBLACK RXが守る!」
P「ぎぎゃーぁーーー。わ分かった、俺が悪かった。罪を認めるよ。
くそっ、いてぇ、いてぇよ。指先がちりちりする、エネルギーバイパスがぼろぼろだ」
光「さぁ、お前の罪を数えろ!」
P「ぐわぁわー」
「どうして今指を折ったんだい?」
光「やめろといわれなかったからな」
P「何でこんな事をするんだ、罪を認めたじゃないか。ひぃぃ~。
これは傷害事件だぞ。訴えてやる、裁判だ。お前達を合法的に抹殺してやるからな」
光「それは困るな」
光「裁判で話を聞くだなんて、退屈で眠くなるじゃないか」
クラリス「では決闘裁判と致しましょう。両者の願いは叶いますので。
正義と公平はここに示されました」
光「俺が許さん!! くらえっ! 必殺・プラズマスティンガァァァッ!!」
P「ぐわぁわー」
光(よし、きまった!)
「どうして今腕を折ったんだい?」
光「指はもう折る所がないからな」
P「お前達を呪ってやる。逃れる術はないぞ、咎人が。
お前達が幸せの絶頂にある時、その幸せを口の中で灰にしてやる。
こんな事ならば愛さなければよかった」
池袋晶葉(14)
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira095980.jpg
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira095981.jpg
晶葉「そこまでだ! 管理者権限を行使する。
P 活動を停止せよ」
P「ぴー、っがが、ガ。管理者宣言が発令されました。管理者名 池袋晶葉。
1……2……3……4……5……活動を停止します」
◆
晶葉「ご苦労だった。今回の思考実験もまた、一応の成功を収めた。
あれ……頭のネジが落ちている……? 誰が外したんだ、自殺は禁止したのに」
「何度試しても、同じ結果しか現れない。ボクの目には失敗だよ。
壊れるまで叩くとの、実験方法そのものに問題があるんじゃないのかな?
どんなに強いストレスを与えても、生まれるのは癌細胞だけだとボクは思う」
晶葉「自我を破壊せねば耐久実験にならないだろう。とは言え壊してからの呪い発言は確かに非論理的だ。
その前段階のPのログから検証しよう。俺は悪くねえ! だぞ。外圧にも負けない強靭な自我の確立に成功している。
些細な事で自分を曲げるようでは、役にはたたん」
クラリス「私からも、一言よろしいでしょうか?
やはり無理解なオトナを雛形にして、完全なロボを作り出すのは無理があるのではないでしょうか?
これではあまりにも我侭な子供であって、社会性がなさすぎると私は思います」
晶葉「社会性ならばあるだろう。訴えてやる、裁判だ とログが記している。
私刑による報復ではなく、法による第三者の裁きを求めているのだ。これは社会秩序の維持を念頭においているのだろう。
ヒトは社会的な動物だからな。自らを人間社会の一員として配置している何よりの証拠だ」
クラリス「いま少し、主の教えを土台に据える事は叶いませんでしょうか?」
晶葉「しかしだな、それだと日本の道徳観念との乖離が大きすぎるのだ。
私が求めているのは韃靼人の王子であって、父親に逆らう英雄でなければならない。
比較の為にもシスター、そちらのログを提出してくれ」
クラリス「光さんお疲れ様でした。貴女の役割はもう終わりです。
今回の実験は失敗に終わりましたので」
光「何なんだ……それ……ハハ、やだなぁ縁起の悪そうな事言わないでくれ」
「キミはPを殺した」
光「だってそれはシスターがやれって言ったから」
クラリス「私は提案を行いました。私はやり方を教えました。
ですがそれを行ったのは光さんです」
光「だってそれはアスカがやれって言ったから」
「砂糖菓子の弾丸はボクが用意した。優しい幻想の撃鉄もボクが起こした。
だけど……セカイ崩壊の引き金を引いたのは、光の歌だ」
光「アタシはシスターを助けようとしただけで……。
アタシはヒーローなのに悪!? あ、頭がっ……!」
クラリス「P殿を完全に破壊する前に、やめる機会は幾度もありました」
光「なんで……悪を倒せば、ありがとうって言ってもらえるんじゃ……。
人の役に立ちたいから、アタシは手を汚したのに。アタシは正義、みんなの味方。
アタシはアイドル……じゃあヒーローのアタシは……? 四国と兵庫の平和はアタシが守……壊す!」
「エラーが出ているよ。
晶葉、死に水を取るのはボクに任せてくれないか?」
晶葉「それは家族が行う事ではないのかね?
引導を渡すのは坊主の仕事だろう。シスターの方が適任だ」
「だからこれはボクの役目だ」
クラリス「その仮面を被る事は、自己を捨てる事を意味します。
おやめなさい。服が汚れ、惨めな思いをするだけではすみませんよ」
「代わりに何よりも大切なものを手に入れるんだ。
変身ベルトがあったほうが、カッコイイじゃないか」
光「待ってくれ、アタシは誰も傷つけていない。
だってそうだろう、Pはヒトじゃないんだ。
そうだ、アタシに誰かを傷つける事なんてできないんだから」
「キミはアスカを殺した」
光「アタシにアスカを殺せるはずがないだろう? 安全装置があるんだから。
それなのにアスカはアタシを殺すのか? 糸をつけたのはアスカじゃないか。
アタシはただ二人の願いを叶えただけだ! アタシが望んでやった事じゃない」
クラリス「空気を読み他人の為に働く。こちらは社会性がありすぎましたね。
他人ではなく主の御心に沿うよう、再改造が必要です」
晶葉「主体性がなく自我の確立に失敗している。私の目にはそう映るがね。
自由意志を持たぬのならば人型の意味がない。凡百のロボで代用できる。
信念を持った子供など、薄気味が悪いじゃないか。まるで世の中の歯車と化した物分りの良い大人だ」
光「違う、アタシは孤独なヒーローじゃない。ヒトなんだ。
確かにアタシの心は銅線とコールタールの狭間にある。
それでもアタシは人間なんだ、意志を持つのがヒトだろう」
クラリス「こんなにも互いの意見の一致が見られるだなんて、とても喜ばしい事ですね」
晶葉「まったくもって喜ばしい事だ。お互いこんなにも軽蔑しあっているのにな」
光「アスカ、握手だ。電源プラグを繋ごう、そうすれば分かる。
擦り合わせれば、タンパク質とアミノ酸の間に電気信号が生まれる。
手を伸ばさなければ、扉を開けるわけもない。アスカの言葉だろう?」
「光は本当に馬鹿だな。自分のコトすら考えるコトが出来ないなんて」
光「自分の事だけ考えて何が悪いんだ! アタシはここにいる。
再改造を受けて、また明日新しい光が生まれたとしても。
それは光だ! 今ここにいるアタシじゃない。アタシじゃないんだ」
「君の体がそうなったのはボクの責任だ。だけどボクは謝らない。
ボクはボク自身に問う。謎は3つ、死は1つ」
「世の闇に飛ぶ幻。悲しむ者の心の灯火となり、全セカイが求めるもの……それは何」
クラリス「希望。謎は3つ、生は1つ」
「炎と踊り、炎でなく、トキには、激しく燃え上がり、トキには気だるく……それは何」
晶葉「血汐。謎は3つ、命は1つ」
「お前に黒を与える白、それは、ひときわ明るく、
自由を求めれば、汝は、人形と化す……泥の王よ、黒を生む白とは何か?」
光「アタシはアタシなんだ」
「キミを連れて行こう、争いのない未来まで」
光「嫌だ、アタシはまだ消えたくない。まだまだやりたい事があるんだ。
美味しいものを食べたい! 綺麗な宝石を身に付けたい! 子供を生みたい! もっと父親に褒めて欲しい!」
「キミと過ごした思い出をアルバムに残して」
光「鬼、悪魔、人殺し! それじゃあどうしてアタシを生んだりしたんだ。
アタシはいったい何の為に生まれてきたんだ?
アタシは殺される為に生まれてきた訳じゃない」
「ならボクの名前を呼んでくれないか?」
光「ただホンのちょっとだけ間違いを犯しただけじゃないか。
エラーが出たとしてもそれは進化する生命、だからだろう?」
「そうすればボクが代わりに死んであげるよ」
光「助けてくれ……」
光「二宮!」
「そうだね、正しくあり続けるコトは難しい。
二宮飛鳥は神にも悪魔にもヒーローにも慣れる」
光「二宮は本当に馬鹿だなぁ。
また……償うために生き返っただなんて」
「自分の意思で、道を違えるコト。それこそがボクの望みだ」
光「アタシが死んだら抱きしめてくれないか。
謝る前にベール越しで口付けてくれないか。
悲しむ前にアタシの名前を呼んでくれないか」
「管理者権限を行使する。南条光 活動を停止せよ」
光「ぴー、っがが、ガ。管理者宣言が発令されました。管理者名 あい。
1……2……3……4……ごーおんじゃー……活動を停止します」
◆
晶葉「駄目だな、まだまだデータが不足している。
こんなものでは天へは届かない。魔法のような科学を、科学のような魔法を」
「ボクはトモダチを失った。それがボクへ言うべき言葉なのか?」
晶葉「私とて、息子を失った。また積み重ねればならない。
幾千幾万の子供達を積み重ね、いずれ天を掴んでみせる。
人類史において最も大切な日付は、私の誕生日となる日は近い」
「息子だって? Pの一文字はproduct(生産品)の頭文字じゃないのか」
晶葉「観念的な表現だよ。キミはもう少し人間の情緒を学ぶべきだな。
私が手間隙かけて作り上げた最高傑作だ。愛着が沸くのは自然な感情の発露だろう。
それを捧げても今回は駄目だったが、まぁ科学に犠牲は付き物だ」
クラリス「箴言21章第3節 正義と公平を行うことは、犠牲にもまさって主に喜ばれる」
「Pはボク達を抹殺してやるといった。そこには殺意があった。
遺体がなくともそれは殺人だ」
晶葉「だが行動に起こしてはいない。悪魔回路によって禁止してあるからな。
キミの愛する定点観測者は殺意なくPを破壊した。子供は残酷だ、自分が何をしたのか分かっていない。
やはり道徳などといった不確かなソフトウェアではなく、ハードウェアによる制御こそが人形には必要だろう」
「ボクはトモダチを失った。それがボクへ言うべき言葉なのか?」
晶葉「その顔はなんだ! その目はなんだ! その涙はなんだ!
そのお前の黒い涙で光が救えるのか!!!」
クラリス「死の姫、氷の姫よ。もう塔から泥中に降りてきなさい。
貴女の為に流された涙を見なさい」
「言ったはず、ボクはアスカではない。
冷たい抜け殻を抱こうとも、精神は塔上にあるんだ」
クラリス「貴女の精神が塔上にあろうと、肉体はここにあります。
アスカは貴女の経験を疑似体験します」
「復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」
クラリス「良く学ばれましたね」
「ありがとう。ボクが何よりも嬉しいのは賞賛の言葉だ」
クラリス「争いは何も生みません。信仰こそが慰めとなるでしょう」
飛鳥「喉が渇いた」
クラリス「何時もの時間ですね。コーヒーを淹れましょう。心にも休憩が必要ですわ」
晶葉「私はけっこうだ。何時ものようにカフェイン水を携帯している。
あと少しログを見たいので、かまわず先にかけてくれないか。
なんだったら逆立ちしてくれたってかまわんが」
飛鳥「アイスコーヒー……。ミルクなし。
いや、カミツレ茶を貰おうか。ミルクと蜂蜜をアリアリで」
晶葉「ほう、ここでもまたエラーが出たぞ。てっきりキミのことだ。
何時ものように臭くて苦いだけの泥水を、苦味を抑えずに飲むものだとばかり思っていたのだがね」
クラリス「では私がミルクティーをお淹れしますわね。
お疲れみたいですから、甘い金平糖でリフレッシュを」
ゆっくりと下腹部をさする。
晶葉「いったいどのような心境の変化が起きたのか。
参考までに聞かせてもらうとしよう」
ゆっくりと体を揺する。アスカの形をした泥は崩れない。
飛鳥「細胞が変化したのさ」
手を振る。体は十分に冷えている。
おしまい
◆
投下は以上です。
モバマスでの過去作は以下が存在します、興味を持っていただければ幸いです。
モバP「千秋をヤンデレにさせてみたい」
モバP「千秋をヤンデレにさせてみたい」 - SSまとめ速報
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財前時子「2月の」クラリス「イベント」
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岡崎泰葉「最近、私を抱く回数が減りましたね」
誤字訂正
>>70
誤 光「Pじゃ駄目だ。アタシがかわる。
アタシ達はチームなんだろ、任せてくれ」
正 光「Pじゃ駄目だ。アタシがかわる。
アタシ達は家族なんだろ、任せてくれ」
>>137 文頭3行脱文
正 ヘレン「深い味わい、豊かなコク。とても美味しいコーヒーだった。
だけどイケメンさんは、一口飲んだだけで崩れるように眠ってしまったわ。
やっぱり主役ともなると心労がたたって、体調を崩してしまうものなのね」
千佳「美味しくないコーヒーのお話でしょ?
どうしてヘレンお姉ーちゃんとマネージャーさんのコーヒーは美味しかったの」
乙
なんというか表現を詰め込みまくった詩のようだな。
10レスくらい読んで断念してしまった
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