アイドルマスター シンデレラガールズのSSです。
歌詞引用 前略、道の上より 一世風靡セピア
夢の中へ 井上陽水
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◆
【誠にまことに汝らに告ぐ、一粒の麥、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶべし】
ヨハネ伝 第12章24節
◆
誰の人生にでも意味はあるっていうじゃねーか。
だけどアタシはそんなものは信じない。
ガキの頃にはもう気づいてた。
アタシは負け犬のクソったれで、さんざん惨めに地べたを這いずり回った挙句のたれ死ぬんだってな。
誰の人生にでも意味はあるっていうじゃね―か。
だけどアタシはそんなものは信じない。
なぜならば、アタシの人生は死んだ後にこそ意味があったのだから―――。
◆
「全ての始まりは日曜日。天気は晴れ。朝の10時。
アタシはバイトへ向かう為、大通りを歩いていた」
「知ってるよ」
「だけどこんな風に物語を始めちゃあいけない。
簡潔に思えてもただだらだらと状況を並べ立てただけの代物じゃ、聞かされる側は眠くなっちまう」
「知ってるよ。
小学生の時、夏休みの絵日記は全部そんな風に書いてたよね」
「アタシは学がねえからな。短く正確にってのは無理なんだわ。
どうしてもこう、のんべんたらりとくっちゃべってる方が性に合う」
「知ってるよ」
「だからさ、色々とわき道にそれたり時には巻き戻ったりするかもしれねえが……、
どうか結末まで話を聞いて欲しい」
「結末は知ってるよ。
でもアンタの話なら、あたしは何時だって聞いてきた。だからさ今回も話を聞かせてよ」
「それはまたどうも、しおらしいお言葉で。それじゃあありがたく続けさせてもらうが……どこまで話したっけ?
ド忘れしちまってよ、差し支えなければ教えて貰えるとありがたいっつーか」
「結末は知ってるよ。
だからどこから話しても構わないんだよ。どうせ同じ事なんだから」
「全ての始まりは日曜日。天気は晴れ。朝の10時」
そう、アンタが知っているのはその結末だけ。
だけどよ、物事ってぇのは最初にまで遡らないと答えが見えては来ねえもんなんだ。
だからアタシは時を巻き戻す。真実へとたどり着く為に。
「アタシはバイトへ向かう為、大通りを歩いていた」
◆
「うかつだったぜ。消費税だけでなくガソリン税まで上がってやがったとは。
まっバイトを増やせば済む話か。アタシなんぞでも直ぐに仕事が見つかるのは好景気様々だぜ」
この日アタシは相棒のナナハンを原田んとこのドックに預けて、大通りを歩いていた。
「ひゅー。どこを見ても人、人、人。休みなだけあって賑やかなもんだねえ」
普段はバイクで通り過ぎるだけの道だが、自分の足を使うと様々なものが目に飛び込んでくる。
焼きたてのパン、散らばる鉄パイプ、迷子の子供、魚のぬいぐるみ、ストリートダンサー、献血のポスター、物乞い、
あのデカいのは―――バルーンだな、のぼりが浮いてやがる。おっとあぶねぇっ、マイク片手にバク宙なんざ大したものだ。
「こりゃガス代ケチって正解だったかもなぁ」
近くで祭りでもあるのか、何時の間にやら人の波へと呑みこまれていた。
坩堝みてえなもんだ。老若男女選り取り見取りでパフォーマーを楽しんでいる。
視線を彷徨わせればこっちも目移りしちまうぜ。
「ほう、村上建設が出店を請け負ってんのか。あそこのたこ焼きは上手いからな。
輸入もんじゃなく、瀬戸内海産のあかしだこだ。太っ腹だねぇ」
視線を戻せばストリートダンサーが拍手の中、帽子を脱いで観客からおひねりを集めて回る。
あの白い髪は―――どうやら見知ったダチも顔を出しているらしい。
「あー、小銭合ったかな」
貧乏人のアタシには頭にくぎを打たれる程痛い出費だが、見事な技を見せられちまった。
その対価はキチンと払わねえとな、女がすたる。
「話を、どうかお願いです。私の話を聞いてくれませんか?」
「……ん、なに? ……私は別に用とかないけど」
だれもがストリートダンサーへと注目する中、地べたに座り込んでいる物乞いのおっさんがマブイねーちゃんへと声を掛けている。
長い黒髪の毛先は茶へ染まり、耳元には光るピアス、身長は165cm。アタシよりは年下だろうがいかにも今時のKOOLな女子コーセーって奴だ。
服の上からでもわかる。バストは80cm、ウエストは56cm、ヒップは81cmってとこか。
そこはCOOLじゃないかって? そうとも言うわな。
おいおいアタシもそこまで学が無ぇ訳じゃないさ。ソロバンははじけねえけどよ。
アタシらの世界じゃああいった奴ってのはKOOLで通しているんだよ。
ふーん、違いが分からねぇか。結局はクールだしな。
っとついつい話がそれちまったな……どこまで話したっけ?
「私はアイドルを探しているんです」
「私、急いでるから。もういい? じゃ。……変なの」
まっ、当然だわな。ナンパにしても手口が尖りすぎだ。
あれじゃあ誰だってご遠慮願うだろう。アタシだってそーする。
「おーっと足が滑ったぁ!」
わざとらしい大声と共に、チーマー崩れのクソガキが物乞いのおっさんへと蹴りを入れる。
「あぁん? 文句あるってーのかよ。んなとこに座り込んでるおっさんがわりぃんだろーがよ」
クソガキは悪びれもせずその場を立ち去る。これだからガキは嫌いだ。
弱い者をいたぶる何ざクズのする事だ。どれだけファッションに気を使おうと、ヤンキーもチーマーも腐った男には違いが無い。
「あーうん、まあ、なんだ、その、元気出せよおっさん。
生きてりゃきっといい事あるって」
アタシは自分のポケットに両手を突っ込み、握った小銭を全て物乞いのおっさんへ押し付ける。
別に大物ぶりたい訳じゃない。ただちんけな野良犬のアタシには、負け犬であるおっさんの気持ちが良く解る。
しまった、千円札まで混じってるじゃねーか。今更引っ込みはつかねーよな。
あばよ、アタシの晩飯。大丈夫、公園で水でも飲めば腹は膨れる。
「話を、どうかお願いです。私の話を聞いてくれませんか?」
「わりぃけどよおっさん、アタシはこれからバイトがあるんだ」
だからナンパはお断りだ。ただそれだけで終わる話だった。
「私はアイドルを探しているんです」
まいったねこりゃ、嫌な縁があったもんだ。おっさんは虚ろな声で語りかけてくる。
さてどうやって振り払うか、下手に動けば怪我をさせちまう―――。
「あぶねぇおっさん!」
おっさんの手を引き、全力でアタシの後ろへと引き落とす。
眼前に迫るのは、歩道へと向けて突っ込んでくる居眠り運転のトラック。
「ろぶはぁ!」
この感覚、あの時と同じだ。
指輪にキスをしたあの時と同じ……。
抗争の最中メリケンサックで顔面殴られたアタシは、全てを終えた後20分間足腰が立たなかった。
そうあの時と同じ……だったらイケるぜ!
◆
「全ての始まりは日曜日。天気は晴れ。朝の10時。
アタシは梯子を登っていた」
違和感を感じたのはガキの頃だった。当時は不景気で世の中はとても大変だったらしいな。
アタシんとこは世間と違い、親父が大仕事を成し遂げたらしく出世が決まっていた。
出世ってのは偉くなる事だ。だからアタシは親父を誇らしく思い、夕飯に出されたケーキ片手にはしゃいでいたよ。
だけどはしゃいでいたのはアタシだけだった。
親父は普段と変わらぬ仏頂面をしたまんまだったし、お袋はそんな親父をまるで腫物を触るかのように扱っていた。
その日の晩誰かが家の窓ガラスを割った。石を投げつけて来たんだ。
アタシは怒った、当然だろう嫌がらせをされたんだからな。だけどお袋は黙ったまま床の掃除を終えた。
親父は普段と変わらず何事も無かったかのように食事を続けていた。
まずは従う事を学べと親父は言った、誰かを従えたいならば。それが親父の最後の言葉だった。
翌朝には姿を消していて、今ではニューヨークで支局長を務めているらしい。
「全ての始まりは日曜日。天気は晴れ。朝の10時」
っとついつい話がそれちまったな……どこまで話したっけ?
らしいって伝聞で話すのは、アタシが親父とは袂を分かったからだ。
今のアタシはノラ犬で、何れはこのまま負け犬となってくたばるだろう。
親父はあの時勝ち馬に乗り、出世街道を歩んだ。今でも勝ち組として生き延びている。
アタシと親父は歩む道が違う。この先どんなチャンスがあったとしてもアタシが勝ち馬に乗る事はない。
「アタシは梯子を登っていた」
だからアタシは時を巻き戻す。真実へとたどり着く為に。
◆
「どこだよここはおい! っーかさぶ、寒みいぞこれ」
空中に浮かぶ梯子は風に揺れる事無く悠然とそこにある。
だがアタシは違う、突風が吹けば木の葉の如く舞い落ちるだろう。
「ジャックと豆の木かよ、こいつはよー!」
まずは叫ぶ、何でもいいから思うが儘に大声を出せ。
叫びは強さに通じる。強さは萎えた心を奮い立たせる。
心が定まれば、足の震えも止まる。
「よし。これでアタシがもうこれ以上、自分から落ちる事はない」
状況確認よりも前にまずは上へと向けて梯子を登る。
ここがどこなのか、アタシがなぜここへ居るのか。
考えるのは後だ、次にすべきは手と足を動かす事。鍛え上げたアタシの体はアタシを裏切らない。
「バルーンが視線の高さに見えるってこたぁ、それ程高くはねぇわな。
大方上空200メートルってとこか。高層ビルの窓ふきと同じだ、種が割れりゃ怖いもんじゃない」
前言撤回。
アタシが足を進めるにつれ、進んだ分だけ梯子が消えうせる。消えた分だけ梯子は上空へと伸びる。
「こいつは御機嫌だ。楽しすぎて狂っちまいそうだ。
トラックに吹き飛ばされたアタシは空を飛び、たまたま空中へあった梯子へしがみ付きましたってか」
アタシは偶然を信じない。
天の梯子は登る為にある。そして雲の上には御伽噺みてえなお宝があるはずだ。
負け犬のくそったれが掃き溜めから這い上がる。そんな一発逆転の夢を叶えてくれるお宝が。
◆
「船は水に浮くし、飛行機は空を飛ぶ。だから鉄が空に有っても驚きゃしねぇよ。
だけどよ、コンクリートが雲の上にあるってえのはさすがに聞いた事がねえぞ」
梯子を登った先にあったのは、殺風景な部屋だった。
うちっ放しの鉄筋コンクリートに、使い古した事務机が1つ。
部屋に窓はなく、入り口は2つだけ。
「広さはざっと8畳、天井は3メートルか。暴れるにはきついな」
その内半畳はアタシが登ってきた梯子の穴で、もう半畳はさらに上へと向かう梯子の穴だ。
足場を確かめていると、上の梯子から書類の束を抱えて看護服の女が下りてきた。
「どうぞおかけになってお待ちください」
茶髪を看護帽で抑え、身長は158cm。
服の上からでもわかる。バストは85cm、ウエストは58cm、ヒップは86cmってとこか。
ああ、こちらとて休業中でも喧嘩屋商売何でな。
どうしても初めて会う相手には、体格の目星を付けたくなるんだ。
「か~けようにも椅子がねぇぞ~」
とりあえず相手が声を掛けて来たって事は、問答無用で殴り合いはなさそうだ。
こちらもやわらかく声を出し、敵意が無い事を伝えてみる。
「……」
返事はない、突っ立ってろってこったな。
看護師は書類の束と格闘したまんまだ。近づいて様子を見る。
「我関せずってか。
にしても今時ソロバンはねぇだろ。どんだけアナログなんだか」
「木はどこの世界にもありますから。
それと泉ちゃんがこちらへまだ来てはいませんので、箱はあっても中身のOSが無いんですよ」
看護師の左側へ回り込んで合点がいった。この女椅子代わりに積み重ねたパソコンへ座って仕事をしていやがる。
「だったらこいつを椅子にしても良い訳だ」
「……」
返事はない、好きにしろってこったな。
アタシはパソコンに繋がれていたブラウン管モニターを運び上げ、机を挟み看護師の正面へと腰を据える。
左回りで近づいたのは看護師が右利きだからだよ。利き腕と反対側なら、何かしようにも直ぐには動けない。
喧嘩は頭を使わなきゃいけねぇ。何も分かろうとしない間抜けはただのカモだ。
そしてアタシは臆病で間抜けなクソったれだ。臆病である事も将来負け犬となる事も自分では変えられない。
だけど間抜けでなくなる事は出来る。目を使い頭を使い舌を使えば。
最初に言葉ありき。
観察し、判断し、声を出せ。アタシの武器は拳じゃない。
もう人は殴らない。アタシが使える武器は舌だけだ。
っとついつい話がそれちまったな……どこまで話したっけ?
◆
「全ての始まりは日曜日。天気は晴れ。朝の10時。
アタシはもう既に死んでいた」
ガキの頃の事を覚えているかい? 将来の夢を作文にしろなんてあったよな。
花屋だのおもちゃ屋だの、ガキってぇのは目をキラキラ輝かせて夢を大声で叫んでいたもんだ。
中には大統領だのダンゴ虫だのとんでもねぇ事言い出すやつも居たっけか、アタシらと違ってよ。
ああ、聞くだけ無駄だったか。何でも知ってるんだからな。
その頃にはアタシも自分の将来について薄々と気が付いていた。アタシはノラ犬になるってな。
将来への夢なんて有る筈がねえじゃねえか。
良い学校へ行き良い会社へ入り良き妻と成れ。大人は誰もがそう言った。
それが何だって言うんだ。そんなに素晴らしいものなのかよ?
あの頃アタシを慰めてくれたのはダチとチェッカーズ、そして男闘呼組だけだった。
毎日の御勉強はアタシのハートを縛り付け、将来への夢は机で削られて。
掃き溜めの中、毎日を繰り返し、淀み、腐る。
生きながら死んで行く、白でもなく黒でもない灰色のアタシ。
「全ての始まりは日曜日。天気は晴れ。朝の10時」
誰かにアタシの気持ちを解って欲しい訳じゃない。そんな事が言いたい訳じゃない。
だけどそれでもアタシは話がしたい。何度だって物語を繰り返す。
「アタシはもう既に死んでいた」
ただクソにまみれた人生へ納得する為に。アタシは時を巻き戻す。
◆
「貴女は死んだわ」
書類をファイルにまとめ上げ、看護服の女はそう切り出した。
「アタシはお宝を探しに来たんだがよ」
死にましたなんて言われて、はいそうですかと答える馬鹿がどこに居やがる。
そんな奴はただのカモだ。相手のペースで話させちゃいけねえ。
「貴女はアイドルを生み出す為の犠牲の羊へ選ばれたのです、とても名誉な事なのですよ」
はい、そーですか。アタシのパンチは空振り。
この事務的な態度、白衣の天使はアタシの事何ざ歯牙にもかけちゃいねえ。
「誰だよおめー」
ならば手を替える。優しくソフトな誘い水だ。
相手が話すべき事ではなく話したい事を話させる。
自分語りは嫌われる。だけどよ大抵の奴は、自分の事を語りたくてたまらないものなんだ。
「私よ。
名前を尋ねるならば、まずは自分から名乗るのが筋よね?」
「尋ねられずとも名乗ってやるよ。アタシの名前は向井拓海。
ラジカセ片手に挑んだ峠は数知れず。箱根の山はアタシの庭さ。
誰が呼んだかしらねえが、人呼んで特攻隊長たぁアタシの事よ」
http://i.imgur.com/ttgiXCh.jpg
「柳清良と呼ばれていたわ。
私達は全知の存在であるウンエイのアシスタントを務めてるの。以後お見知りおきを」
http://i.imgur.com/a7OcpW7.jpg
「なるほど、父神って奴か」
「ううん、違うのよ。全知の存在であるウンエイ」
まずはこれだけでいい、反論を引き出した。そこには事実がある。
こいつは狂信者の目だ。開いてはいるが何も見ちゃいねぇ。だから嘘を付けない。
盲信とはよく言ったもんだぜ。自分の世界へのめり込んで戻ってこれなくなった盲人だ。
なんで判るのかって? お袋があの看護師と同じ目をしていたからだよ。
親父が大仕事を終えた後、お袋はまるで糸が切れたみたいにぼんやりしていたよ。
気怠そうな日々が幾年も続き、とうとうお袋はUSA民の門徒になっちまった。
ミミンミミンUSA民ってよ。事あるごとに念仏みてえに唱えていやがる。メリケンかぶれも良いとこだぜ。
休みがくれば聖地巡礼だとか何だとか言い出して、東京アクアラインを突っ走っちまう。
帰ってくれば家中が落花生まみれで、足の踏み場もありはしねぇ。あんなもんで不老不死が手に入るわきゃねえだろうによ。
そんなお袋と一緒にいるのが辛くてな。家を出ようと決めたのさ。
アタシはガタイが良いからよ。バイトを探せば履歴書無しでも、向こうが配慮をしてくれた。
証明写真撮るのもロハじゃねぇしな。10枚20枚と積み重なれば大金だ、その点は話の分かる大人もいてくれて助かるぜ。
おかげで今じゃ生コン作りとレンガの詰み上げなら一端のもんよ、へへっ。
ただセメント袋を運ぶのだけは、藤本に負けちまう。
アタシよりもちっこい癖にアイツは幾らでもホイホイ担いじまうんだ。
頭ん上にも乗っけて運ぶんだってコツを聞いたが、どうにもティンと来なくてよ。
んなことばっかやってからアイツは背が伸びねえんだよ。
きっとそうにちげぇねえ。なあ、そう思うだろ?
っとついつい話がそれちまったな、これだから自分語りはやめられねぇ。
悪い癖だわな。嫌われると知っていながら、話がしたくてたまらねぇんだ……どこまで話したっけ?
――――
「続いては判定ね。
何も知らない向井拓海、貴女はヤンキーポイントがマイナスの状態で生を終えたの。
その罪により貴女は地獄へ落ちるわ」
「なんでえそりゃ? アタシは警察(マッポ)のお世話になるような事何ざ、何一つしちゃぁいねえぞ。
そりゃたしかに他所との抗争はあったが、あれはあっちから仕掛けて来たもんだ。
おかげでウチのバイク愛好会は解散しちまったし、こっちが被害者だってぇの」
「そうね、最も重い罪だと――貴女はこの11年間一度もダンスを踊っていないわね」
「あぁん? アタシに不幸と踊れ(ハードラックとダンスしやがれ)ってぇのかよ。
上等じゃねぇかよ、おらぁ。表へ出やがれ! 鶏冠に来たぜ。
テメェにはむちむちぷりんたまご責めをお見舞いしてやんよ」
いや、別にあの程度でキレちゃいねえよ。こんなもんはただのマイクパフォーマンスだ。
喧嘩の際にはまず大声出して相手をビビらせるのが大事なんだ。砲艦外交ってんだよ、どうだアタシもインテリだろ。
相手がビビッてそこで引っ込んでくれりゃあ、殴り合いの喧嘩にはならねぇ。実に平和的な話だ。
あー、気になるのはそっちかよ。食いもんじゃねぇっての。
むちむちぷりんたまご責めってのはな、つまり、まあ、その、なんだ。あれだよ、あれ――アタシにも良くわかんねぇんだわ。
しゃーねぇだろ。こういったわけのわかんねえ事を大声で叫んだ方が、大抵の相手はビビッてくれるんだからよ。
「何も知らない向井拓海 最終合計でマイナス765兆961億876万315 ヤンキーポイント。
ダンスとはそのままの意味よ。踊りを踊らない事は罪なの」
「だからなんでダンスなんぞがそんなに大事なんだよ」
「ダンス程大切なものはこの世に有りませんから。
踊りを行わない事は人生における喜びの7割を失う事になるの。
貴女の罪は人生を面白おかしく楽しく過ごさなかった事にありますから……」
「人生を楽しめだと……だったら宝を出しやがれ!
このクソったれな人生をどうにかできる一発逆転のお宝をよ」
この時だけは本当にキレそうだった。
やりたい放題好き勝手生きる何ざ無責任な真似は、アタシの矜持が許さない。
人には責任がある、やらかしたことに対しては誰かが責任を取らなくちゃいけねぇからな。
「宝であれば上に行けば取り出せるの。レアメダルだけど」
「レアメダルってぇとあれか。どんな奇跡でも起こせるって……与太話じゃねえのかよ」
「何でもは間違い。貴女に出来る事だけよ。
レアメダルとは人が持つやさしさの塊。その輝きは人と人の縁をほんの少しだけ強く、結び付けてくれるから。
本来結びつくはずの無かった人々でさえも」
「だったらもうテメェにゃ用はねぇ。上へ行かせてもらうぜ」
柳は自分をアシスタントだと言った。つまりは下っ端ってこった。
文句は上役へ言わなきゃ意味がねぇ。なぜ上にレアメダルがあるのか?
なぜアタシは梯子へしがみついていたのか? そんな事何ざどうでもいい、ただ一言ウンエイとやらに文句が言いたかった。
「お話は終わないわよ。上に行くという事は、貴女の死が確定する事を意味するの。
上へ行けるのはレアメダルを取り出される人間だけだから」
「取り出される?」
「宝とは貴女のやさしさね」
「意味が分からねぇ。出まかせ言ってんじゃねぇぞ」
「私達は嘘を言えないの。レアメダルとは人が持つやさしさの塊。
貴女のやさしさによってこの世へアイドルが誕生しますから」
「だからそこがおかしいんだよ。アタシはもう死んでるんだろ?
だったらなんでこの上レアメダルを取り出されるなんざ目に合うんだよ」
「前後の時間軸はどうでも良いのよ、過程がどうあれ結末は何も変わらないのだから」
「そんなもんで納得しろってのか」
「そうね、ウンエイの予言は絶対だから。大切なのは結末だけ」
チッ、この霞掛かった物言い。対話を打ち切るそぶりを見せたのは失敗だったか。
またお仕事モードに入っちまった。これじゃ駄目だ、相手の話すべき事を言わせちゃいけねぇ。
何もかもを疑え、相手は手札を出し切っちゃいねぇ。疑う事で真実は見えてくる。
「予言ってのはなんだ?」
ならば急所をえぐれ。もっとも単純にして本質へたどり着くこの質問。
アタシは柳と話をするべきだ。対話こそが人と人の縁を繋いでくれる。
柳はアタシが上へ行くのを引き留めた。話が終わっていないってな。
聞き漏らすな、こいつはアタシの完全な敵じゃねぇ。文句を言うべき相手はテッペン張ってるウンエイだ。
柳からはまだ情報が引き出せる。機会は甘く見積もっても3度ってなとこか、仏の顔もそこまでだろうさ。
「アイドルを生み出す為にはレアメダルが必要である。
そしてアイドルと成るのは、長い黒髪でお胸のおっきな女の子」
「そこへ付け加えるならば、甘ったるい声をしたおつむの弱いパープリン女ってか。
もろにおっさん好みの都合の良さそうな女じゃねぇか」
「アイドルと成るのは、長い黒髪でお胸のおっきな女の子よ。下を見て頂戴」
「下? 床はコンクリートだろ、それともブラウン管かよ」
視線を落とすとうちっ放しのコンクリートの床が見える。
次いで床をぶち抜いて航空写真が見える―――写真じゃねえ、これは上空からの眺めだ。
そこでアタシは自分が空の上にいた事を思い出す。訳のわかんねえ事ばかりで忘れていたが、この辺りは考えるだけ無駄だな。
――――
「話を、どうかお願いです。私の話を聞いてくれませんか?」
「……ん、なに? ……私は別に用とかないけど」
だれもがストリートダンサーへと注目する中、地べたに座り込んでいる物乞いのおっさんがマブイねーちゃんへと声を掛けている。
「私はアイドルを探しているんです」
「私、急いでるから。もういい? じゃ。……変なの」
視界は狭まり、航空写真はうちっ放しのコンクリートへと模様を変えた。
おっさんの虚ろな声が妙に印象的だった。
「物乞いのおっさんじゃねえか、アイツがウンエイなのか?」
「彼はアイドルのプロデューサーと呼ばれていたわ。
彼はプロデュースポイントが0で生を終えた功罪により、判定が保留されているわ」
「物乞いをしなきゃいけねぇ程の罪ってのは何なんだよ」
今度はプロデュースポイントときたもんだ。相手の都合を考えない話ってのはこうだから困る。
んな専門用語突然言われたってこっちは訳わかんねーんだよ。
「彼はプロダクションマッチフェスティバルにおいて所属事務所を勝利させる為に、同僚へ対して不正な融資を行ったの」
「金に絡んだ罪へは金欠で報いろか、まあ筋は通るが。どんだけつぎ込んだんだか」
「エナジードリンク1本」
「はぁ!? たかが栄養剤1本じゃねーか。小銭を返して貰えばそれで済む話だ。
しかもそれは仲間の為にやった事だろ、何がわりいってんだよ」
違う! こんな事を聞きたい訳じゃねえ。仲間の為であってもやっちゃいけねぇ事ってのは存在する。
親父の不愉快な顔が思い出され、アタシも抑えが利かなくなってきている。駄目だ、喧嘩腰は止めろ。
落ち着くんだ、今はアタシが話す場じゃない。ここはまだ柳に話をさせろ。
「贈与とは罪なのよ。例えそれが僅か1本であったとしても。
例えそれがコンボを繋ぐ為であったとしても。例えそれがコンボボーナスによって所属事務所を勝利へ導く行いであったとしても。
罪は罪なの……でも、罪へは罰を受ける事が許されるわ。許しを得る為に彼はあそこへいるの」
「じゃああのマブイねーちゃんがウンエイなのか。アイドルへの誘いを袖にして罰を与えるって事だろ」
長い黒髪の毛先は茶へ染まり、耳元には光るピアス、身長は165cm。アタシよりは年下だろうがいかにも今時のKOOLな女子コーセーって奴だ。
……待て、あのねーちゃんには見覚えがある。
「彼女は渋谷凛。親孝行な花屋の娘。
彼女は彼の誘いを断わったの。そう、ただそれだけで終わる話……」
ただそれだけで終わる話だった。
http://i.imgur.com/ES5XdTG.jpg
「全ての結末は安息日。天気は晴れ。朝の10時」
しかし、そうはならなかった……。
間違いない、あの時アタシは確かにあの場へ存在し―――指輪へキスをした。
「貴女は死んだわ」
柳の無慈悲な声が響き渡る。
◆
「全ての結末は日曜日。天気は晴れ。朝の10時。
アタシは始まりを聞いていた」
親父の事はあまり話せない。話したくないってのが半分、後はまあ知らない事だからな。
語りえぬ事へ対しては沈黙すべし……こいつは誰の言葉だったか。
ガキの頃は世の中の事何ざ何も分かっちゃいなかった。アタシにとっては身の回りの事だけが世の中の全てだった。
家長として家を構え、寡黙だが仕事をこなし責任を果たす親父の背中はアタシの憧れだった。
ああ大丈夫、それでも話は続けるさ。これは望むと望まざるとにかかわらず、話さなければいけない事だからな。
なぜ話をするのか? そうだな……それは待つ事がアタシの仕事だからだ。そこには責任がある。
仕事はしなければいけない、一度口にした事は最後まで責任を取らなくちゃいけない。
アタシの人生は待つ事から始まった。アタシは何時も小学校が終わると真直ぐ家へ戻って、親父の帰りを待っていた。
付き合いの悪い人間だって事で、大抵の奴からは白い目で見られていたっけな。知ってるだろうけどよ。
だけどアタシはダチの少ない自分を孤独だと感じた事はない。
アタシにとっての孤独とは所属する場所が無いって事だ。あの頃アタシの居場所は親父のそばだった。
親父は残業を嫌い仕事を定時上がりで家へ持ち帰っていた。アタシはそんな親父のそばでじっと黙って座っていたよ。
とは言え仕事量なんてのは日によってまちまちだ。
親父がアタシへ目もくれず碁打ちに熱中し、お袋が晩飯の声を掛けるまで何も話さず互いにだんまりだなんてのはよくある話だったよ。
かと思えば親父からは体がいくつあっても足りないくらいの雑用を押し付けられる、なんて事もざらだった。
今にして思えばオヤジにべったりだったアタシを心配して、
不器用ながらも親父なりに父離れをさせようとあれこれ工夫していたのかもしれねぇな。
……良くわかんねぇけどよ。こんな時は自分のおつむの弱さが心底嫌になる。
ある時ふと思いたって、親父の机で束になってる書類を捲り見た事がある。
別に何がしたかったって訳じゃない。それを見て話がしたかった訳でもない。
ただ、親父の仕事を理解したかった。親父の事を知りたかった、きっとアタシにあったのはただそれだけだった。
中身は見たさ、日本語が書いてあった。だからアタシにはきっとその書類を読めたのだろうさ。
だろうさって歯切れの悪い推論を使うのは、アタシがその中身を忘れるよう努めたからだ。本当は覚えていても良かったんじゃねぇかな?
親父の元での雑用は山ほどあったが、一度も部外秘の赤判が押された封筒は見た覚えがない。それは真実だ。
きっと親父が家へ持ち帰る仕事に、ヤバいものは一つもなかったんだろう。
それでもアタシが書類をめくっていた時、親父は背後から両手で優しくアタシの目を塞いだ。
そしてアタシを諭すんだ。人は正しい理由で間違った行いをするってな。
書類を持つ手をはたかれ、頭ごなしに叱り付けられた方がどれだけましだったか。
何時もみたいに親父にはアタシを怒鳴りつけて欲しかった。それならばアタシは納得できたってのによ。
どんなに理不尽であろうとも納得は全てに優先する。アタシはしてはいけない事をしたはずだった。
それでもあの時親父はアタシを叱らず、自分の仕事をアタシへ知らせるべきではないって判断したのさ。
アタシの知る限り親父は何時だって正しくて、何も間違った事はしちゃいなかった。
そうしなければならない理由があったのだろう。親父があの日アタシを愛する事を止めたのは。
竜が空を飛ぶのは空を飛ばねばならないから。竜が火を吐くのは火を吐かねばならないから。
ガキの時分に誰かが教えてくれた御伽噺だ。なんだってそんな当たり前の事をって尋ねた憶えがある。顔の見えない誰かが答えた。
竜は昔鯉だったのだと。鯉は竜にならねばならぬから、血反吐を吐きながらも鯉である事をやめ、滝を登り竜となったのだと。
良くわかんねぇが親父の判断はきっと正しいのだろうさ。それはおそらくアタシが知るべき事じゃなかったのかもしれない。
かもしれないって喉に小骨が刺さったような仮定を使うのは、アタシが親父の事を良く知らないからだ。
正しくは知る事を止めたからだな。親父はアタシを自分から遠ざけようとしていた、だからアタシはそれへ従う事を決めたのさ。
「全ての結末は日曜日。天気は晴れ。朝の10時」
親父が出世し家を出て幾年かが立った。それでもあの頃確かにアタシは親父が好きだったよ――全てを知るまでは。
アタシは中坊になっていたし、お袋はもうアタシへ話しても大丈夫だと判断したんだろうな。
「アタシは始まりを聞いていた」
かつて親父のやり遂げた大仕事は、首切り役人だった。
◆
「ふざけるなぁ! アタシが地獄へなんぞ落ちる意味がどこにある。
物乞いのおっさんは罪人なんだろ? だったら落ちるのはアイツで良いじゃねぇか」
怒りだ。
「そんなにも生へとしがみ付くだなんて、落葉帰根の教えを知らないのかしら?」
「そんなありがたく高尚で徳のあるお話しなんざこっちは聞きたくねぇんだよ!」
其処には怒りしかない。
「貴女はアイドルを生み出す為の犠牲の羊へ選ばれたの。とても名誉な事なのよ」
「違う! そんな名誉何ざ欲しくねぇ! アタシは望んじゃいねぇ。
アタシはただ納得がしたいだけだ。こんなわけのわかんねぇままじゃ、死んでも死にきれねえ」
メロスもかくやの怒りだ、義憤じゃねえけどよ。
納得なんざ出来る筈がない。生き急いでる訳じゃない。死を拒む訳じゃない。
ただ感情が爆発する。このままだと自分がクソったれのままで終わっちまう、アタシはそれが何よりも恐ろしかった。
「貴女の死を弔う為、彼は大通りへと花を供えるわ。
雨の日も風の日も彼は毎日花を供えるの。そしてそれは49日間続く」
柳が口を開く。虚ろな声が妙に印象的だった。
「渋谷凛、彼女の生家は大通りへ花屋を構えている。
彼女は両親に代わり、時折店番を務める……親孝行な娘だから」
「アタシは花なんざ受け取ったところで、なにも嬉しくなんかねぇよ」
涙がこぼれる。
自分の情けなさが悔しくてたまらない。
だけどあの物乞いのおっさんが無事だと知って、どこかほっとしているアタシも存在する。
「そして49日目、花屋の娘である渋谷凛は初めて彼へと声を掛けるの。
幾度も繰り返し決まった時間に花を買い求める風変わりな客へと、興味を持ったから」
「ちくしょう、ちくしょう」
縁を繋ぐってのはそんな事かよ。
理屈では分かる、だけど感情は追いつかない。ガキみてぇにアタシは泣き続ける。
何で泣いているのか、その意味すらも分からなかった。
「一ついいかな? アタシが生贄になったアイドル。彼女はどんな人生を歩むんだ」
別に知りたい訳じゃない。だけど声を出さなければいけない。
泣くのは終わりだ、拳を握れ、膝の震えを抑えろ。
「彼女はこの後歌を中心としたアイドルの道を歩むわね。
そして50年後、日本を代表するシャンソン歌手として大成。人々の記憶へ永遠に残るの」
「こいつは御機嫌だ。楽しすぎて狂っちまいそうだ。
だけどこれで理解した。アタシはまだ死んじゃいねぇって事がな。
アタシはアタシを借体しその死を拒絶する」
意味のある話をするんだ、耳を傾け音を聞け。
アタシの心臓はまだ力強く動いている。そうともさ鍛え上げたアタシの体はアタシをまだ裏切っちゃいない。
柳の言葉を思い出せ。【上に行けば死が確定する】だ、つまり今はまだ不定の状態。
――――
「先程、貴女は彼を罪人だと表現したけれど。
ならば何も知らない向井拓海は他者へ誇れる程の善行を積んだ言えるの?」
「頭(ヘッド)を……いや、アタシらバイク愛好会の会長を……ポリ公へ売った」
喰いついたな、疑問文を引き出せた。泣きわめくだけならガキでも出来る。
さらなる餌をまけ、針を出せ、こいつはどでかい得物だ。
「内部告発かしら――」
「いや、違げえ。そいつはこないだの話だ。
昨日はよ、花束持って少年院へ会長との面会を求めて来たんだ」
言葉は力だ。高らかに宣言しろ。
そいつは萎えたアタシの心を奮い立たせてくれる。
「確かに書類にはそうあるわね」
「他所との抗争へ破れてこっち、会長は古傷が痛むってんで痛み止めにアンパンへと手を出しちまった。
年少だったらビデオクリーナーも手に入らねぇだろうし、毒抜きにアタシは会長を豚箱へと突っ込んだのさ」
薬中を尊敬する阿呆はいねぇ。面会した際も、頭の頭はいかれたまんまでアタシを裏切り者だのなんだのと罵った。
堪えたね、アタシは何も間違った事はしちゃいない。こいつは仲間の為だし、頭の為でもあった。
そんなアタシが今やサツの犬で、裏切り者だ。
裏切り者だぜ、あれ程ダチと仲間を大切にしてきたこのアタシが裏切り者だ。
悲しいじゃねぇか、なによりも皮肉が効いてんのはあれ程嫌った親父とアタシが同じ穴のムジナだったって事だよ。
あー、気になるのはそっちかよ。食いもんじゃねぇっての。
アンパンってのはシンナー……これじゃまずいな。なんつったっけ、そう有機溶媒だよ。
トルエンだとかなんとか、横文字は思い出すのに時間がかかるぜ。とにかくやべえもんなんだ。
……なあ、この話何度目だ?
「少年院への慰問 プラス12万57アイドルポイント。ヤンキーポイントはアイドルポイントによって相殺されます。
花を買う プラス56億8001万3200アイドルポイント。ヤンキーポイントはアイドルポイントによって相殺されます。
手違いで集計が遅れました事、誠に申し訳ございません」
書類の束をめくりあげ、柳がソロバンをはじいた。
相殺 ついに引き出した情報。そこが突破口か。
「なあ、助けてくれよ。これからは心を入れ替える。
踊れってんなら木村みてぇに多田のケツ持ちだってやってみせっからよ」
「そうね。愛情と思いやり、なによりもやさしさを望むのであれば絶望する事かしら」
「諦める事何ざできねぇよ! アタシはまだ何も成し遂げちゃいねぇ」
「絶望は良いのものよ。真実を見せてくれるから」
「頼むこの通りだ。アンタ看護師だろ?
そんなにほいほい人を殺してよい筈がねぇだろうに、なあ」
「救えない日もあったの」
泣きの一手。
両膝をコンクリートに打ち付け柳の左手を取る。
取った手をそのままアタシの額へ運び縋りつく。
見栄や外聞何ざ打ち捨てろ。アタシはただのノラ犬で気にするほどの対面何ざ持っちゃいない。
誇りとしていた侠気も傷付いた。アタシは既に裏切り者だ、もう何をしたところで汚名が消える事もない。
「アタシには仕事がある、やらなきゃならねぇ仕事が。
ここで死んだらまたアタシは信頼を裏切る事になっちまう。だからせめて仕事だけは全うさせてくれ」
「確かに役目を果たす事は大切。誰にでも機会は与えられるべきよね」
「これからは真面目に生きるぜ」
いーよっしゃ、首の皮一枚で繋がった。そうと決まればこんな訳のわかんねえ状況とはおさらばだ。
立ち上がり袖口で涙をぬぐう。看護服へ染み着いたエタノールの移り香が目に染みたのさ。
こん時は鼻水まで出ていたが、恥ずかしいってな感じはしなかった。
「期限は貴女が自分の生へ納得するまでになるわ。それが願いでいいのよね」
「随分と豪気だな。
てっきり期限は今日1日だけですとか言い出すかと思っていたぜ、安息日なだけによ」
「私達は願いをかなえる事が仕事。
貴女は好きなだけ足掻くとよいわ。
どれだけ足掻こうとその過程にはなんの意味もないから」
お仕事モードか。相変わらずアタシの事を虫けらか何かと同じ様に扱っていやがる。不愉快な話だぜ。
だけどよこの事務的な態度のおかげでアタシが救われたのも事実。横目で書類を流し見る。
覗きに密告(ちんころ)そいつはその筋の手先であるアタシの十八番だ。スケバン刑事程イカしちゃいねぇがよ。
「それだとごねれば白髪が生えそろうまでお迎えを拒めたりすんのか。何をもってアタシが満足したと判断されんだよ?
昼飯かっ食らって腹が膨れて満足したら、はいそれまですってんじゃ困るぜ。
流石にもう一度トラックに跳ねられるってのは遠慮願いてぇもんだしな」
書類へ書かれているのは日本語、ならアタシにも読めるわな。
この場にいるのは誰も彼もが犬ばかりだ。犬らしく振舞い嗅ぎつけろ、アタシはまだ手札がそろっちゃいない。
恩を履き違えるのは互いにとって不幸な話。喧嘩をやるなら徹底的に―――泥をかぶせてきたのはウンエイだ。
「貴女が生に満足したならば私達の名前を呼んで頂戴。その時に改めて判定が出来るから」
「言質は取ったぜ。それまでは何をやっても死なずに済むんだよな?」
「ええ、私達は嘘を言えないの。あるはずの無い事を口にする、その必要がありはしないから」
「いや、だったら良いんだ。話の分かる大人でいてくれて助かるぜ」
「素直な子は好きよ。
手向けとして貴女を地上へと送り届けてあげちゃう」
「いたせりつくせりじゃねぇか。
嘘はねえと言われてもよ、そこまで来ると裏を疑いたくもなるぜ」
柳が手早く書類を束ね立ち上がる。ちっ時間稼ぎもここまでか。
「逃げたってムダですから♪
それと当然理解はいただけるものとして捉えるけれど、盗視へはささやかな対価が必要。
良い声で鳴いて下さいね。何も知らない向井拓海は恩寵を受けた体格ですし、大技であるキヨラツイスト540を試せそうです」
全身の毛穴から汗が噴き出す。
やばい、キヨラツイストとやらは何がなんだかよくわかんねえがこの空気はまずい。
アタシの耳元へ寄り添う柳の両手には、何処から取り出したのか知らぬ間にゴム手袋が被せられている。
「動かないで下さいね。私達は何時でも貴女を殺す事が出来ます。
大丈夫、少々痛くても死にはしませんから。はーい、観念してくださいね♪」
くそっなぜだかアタシの足が動かねぇ。
場数を踏んだこのアタシが、柳に対してビビっちまってるってのかよ。
ナース拳 アタシが知らないはずの単語が脳裏に浮かぶ。
「頼むこの通りだ。アンタ看護師だろ?
そんなにほいほい人を殺してよい筈がねぇだろうに、なあ」
動けうごけよおい、膝は笑ってねぇだろ。
何だよこれは、まるで不思議な力で足を地面へ縫い付けられてみてぇにピクリともしねぇ。
「救えない日もあったのよ」
柳の能面みてぇに張り付いた笑顔が迫る。嗅ぎ慣れた血の香りがアタシの心を慰める。
似ても似つかぬ筈なのに、なぜだかその微笑みはアタシが好きだった親父の背中を思い起こさせた。
◆
「全ての終わりは日曜日。天気は晴れ。朝の10時。
アタシは何を成すべきかも分からぬままに、大通りを歩いていた」
「知ってるよ」
「だけどこんな風に物語を終わらせちゃあいけない。
複雑に思えてもただだらだらと関係のない話を並べ立てただけの代物じゃ、
あっちこっち話が飛び過ぎて聞かされる側は頭が痛くなっちまう」
「知ってるよ。
小学生の時、夏休みの絵日記は全部そんな風に書いてたよね」
「アタシは学がねえからな。短く正確にってのは無理なんだわ。
どうしてもこう、のんべんたらりとくっちゃべってる方が性に合う」
「知ってるよ」
「だからさ、色々とわき道にそれたり時には巻き戻ったりするかもしれねえが……、
どうかアタシの歩いてきた道のりを聞いて欲しい」
「聞きたい事は幾らでもあるよ。だけど尋ねるべきでない事も知ってるよ。
アンタの話なら、あたしは何時だって聞いてきた。だからさ今回も話を聞かせてよ」
「それはまたどうも、しおらしいお言葉で。それじゃあありがたく続けさせてもらうが……どこまで話したっけ?
ド忘れしちまってよ、差し支えなければ教えて貰えるとありがたいっつーか」
「あたしへ聞く事なんて何もないよ。知りたい事は全部アンタが知っている。
だからどこから話しても構わないんだよ。どうせ同じ事なんだから」
「全ての終わりは日曜日。天気は晴れ。朝の10時」
そう、アンタが知っているのはその結末だけ。
だけどよ、物事ってぇのは最初にまで遡らないと答えが見えては来ねえもんなんだ。
だからアタシは時を巻き戻す。真実へとたどり着く為に。
「アタシは何を成すべきかも分からぬままに、大通りを歩いていた」
◆
「うかつだったぜ。消費税だけでなくガソリン税まで上がってやがったとは。
まっバイトを増やせば済む話か。アタシなんぞでも直ぐに仕事が見つかるのは好景気様々だぜ」
この日アタシは相棒のナナハンを原田んとこのドックに預けて、大通りを歩いていた。
「ひゅー。どこを見ても人、人、人。休みなだけあって賑やかなもんだねえ」
普段はバイクで通り過ぎるだけの道だが、自分の足を使うと様々なものが目に飛び込んでくる。
焼きたてのパン、散らばる鉄パイプ、迷子の子供、魚のぬいぐるみ、たこ焼きの鉄板、献血のポスター、物乞い、
あのデカいのは―――バルーンだな、のぼりが浮いてやがる。おっとあぶねぇっ、見とれていたらバイトへ遅刻は確定だ。
「こりゃガス代ケチって正解だったかもなぁ」
近くで町おこしでもあるのか、何時の間にやら人の波へと呑みこまれていた。
坩堝みてえなもんだ。老若男女選り取り見取りで祭りを楽しんでいる。
視線を向ければ青年団と観光客が連れ立って馬鹿騒ぎの最中だ。
「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ」
一糸乱れぬ統率の取れたダンス。
パッと見驚くが大仰に見えて実の所単純な動作を繰り返すだけの代物。まあ盆踊りと違いわねぇわな。
和太鼓の心地よい響きに合わせて、今もまた観光客が幾人か阿波踊りの行列へと吸い込まれていった。
「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々」
この誰にでもできるってのが良いもんだよな。飛び入りが多いせいか大行列が出来ていやがる。
西洋にはワルツだのジルバだのの踊りもあるけどよ、やっぱ庶民にとっては格式高いってのは息が詰まっていけねえや。
踊りの熱気につられてアタシも腿を叩いて拍子をとり、囃し声を上げ祭りを盛り上げる。
妙だなどうにも歯車がかみ合わねえ。腕時計のネジを巻く、時刻は朝の10時。
感じているのは鈍い痛み、偏頭痛。人込みに酔った訳じゃない、違和感の正体はまぶたの重さ。
今のアタシには踊り手の動きがひどくゆっくりと見える。
この感覚には覚えがある。一つはバイクで峠を攻める時、もう一つは夜勤明け。
どちらも集中力を高めてくれる。なぜか? それは体が現状を危険だと認識しているからだ。
昔はこの状態を絶好調だと勘違いして何度も煮え湯を飲まされたもんさ、間抜けな話だがな。
大きく息を吸い、吐く。ほんの一呼吸で良い、それで体の力みは抜ける。
アタシは臆病で間抜けなクソったれだ。臆病である事も将来負け犬となる事も自分では変えられない。
だけど間抜けでなくなる事は出来る。目を使い頭を使い舌を使えば。
唇を舐める、唾が出ない。OK牧場の決闘、喉はカラカラだ。アタシは疲れている。
原田の店から5分や10分歩いた所で疲れるはずがない、アタシの体はそこまでヤワじゃない。
ならば思い出せ、なぜアタシはそこまで疲れている?
夜勤のあるバイトはもうしちゃいない、人は夜には寝るもんだ。
不自然な時間の流れを生きてはいけない。アタシが学んだ数少ない真実。
答えは出ない、ならば次に行け。馬鹿の考え休むに似たり。
分からない事を認め棚上げしろ、次に警戒すべきは身の危険。
臆病なのは良い事だ、臆病者は長生きできる。
今はバイクに乗っちゃいない、吹き付ける風も、すれ違う車も無い。
なのに心臓は激しく波打っている、踊り手の動きがゆっくり見える。
アタシは何をしている? 腿を叩いて拍子をとり、囃し声を上げ祭りを盛り上げている。
ビンゴだ、アタシの目には踊り手だけしか映っちゃいない。
太鼓の音色に誘われ知らぬまま歩道から身を乗り出していたらしい。振り返り観光客の群れへと歩を戻す。
あのまま見とれていたらバイトに遅刻は確定だ。腕時計のネジを巻く、時刻は朝の10時。
――――
「話を、どうかお願いです。私の話を聞いてくれませんか?」
「……ん、どしたん? あたしは別に用とかないけど」
だれもが阿波踊りへと注目する中、地べたに座り込んでいる物乞いのおっさんがマブイねーちゃんへと声を掛けている。
短い銀髪の毛先は不揃いで、耳元には光るピアス、身長は163cm。アタシとは同い年(タメ)だろうがいかにも今時のKOOLな遊び人って奴だ。
服の上からでもわかる。バストは82cm、ウエストは56cm、ヒップは81cmってとこか。
そして理解する、アタシはこの光景を知っているのだと。
さらに言えばこれから起きる事もだ。不自然な時間の流れを生きてはいけない。
思い出せ、アタシはまだ死んでいるのか? それとももう生きているのか?
「私はアイドルを探しているんです」
「奇遇だねー。あたしもアイドル探してるんだー、すっごいボインちゃん。
見っけたら教えてあげる。じゃあねー」
まっ、当然だわな。ナンパにしても手口が尖りすぎだ。
あれじゃあ誰だってご遠慮願うだろう。アタシだってそーする。
「おーっと足が滑ったぁ!」
わざとらしい大声と共に、物乞いのおっさんへと近づくチーマー崩れのクソガキへと蹴りを入れる。
「あぁん? 文句あるってーのかよ。人様の前を横切ろうとしたテメェが悪ぃんだろーがよ。
なんだったらお詫びに、悶絶温泉めぐり改めトロピカル鉄板焼きを御馳走してやろうか。遠慮はいらねぇぞ」
クソガキは口の中をもごもごさせるだけで、アタシとは目を合わせようともせずその場を立ち去る。
弱い者いじめをする奴は腰抜けだ。どれだけいきがって見せようと、ヤンキーもチーマーも独りじゃ何もできない男には違いが無い。
悪党を気取って見せた所で、アタシに言わせりゃ奴らは聖歌隊の歌い手かハナタレ坊主だよ。
うっし、つぎはあのおっさんの番だな。適当な理由を付けて早いとこ、こっから避難させねぇと。
「つーかまーえたー」
誰かがアタシの背中へしな垂れかかる。背後から優しくアタシの目を塞いだ白く細い両手の指は―――女。
さてどうやって振り払うか、下手に動けば怪我をさせちまう。エタノールの刺激臭がアタシの判断を鈍らせる。
だけどよこのままじゃまずいんだわ、早くしねぇとまたトラックがアタシへ向けて突っ込んで―――こない?
「はいはーい、シューコちゃんですよー。
こっちだとさトロピカル鉄板焼きってのがあるんでしょ? 一口でいいから試してみたいかなーなんて」
白魚はしなやかに川を下りアタシの腹を撫で回し、サラシの隙間へ侵入しようと跳ねまわる。
だからくすぐったいってーの。この様子じゃ遠慮はいらねぇわな。
「誰だよおめー」
柔らかく声を出し、こちらに敵意が無い事を伝えてみる。
シューコと名乗った女の左腕に目立つは真新しい絆創膏。嗅ぎ慣れた血の香りがアタシの心を慰める。
自然と口元には笑みが浮かぶが、こんな時人の表情には嘘が無いのだろうさ。
「んー、らしくないんじゃないかなー。友達の顔が分からないなんて。
あれでしょ、バイク乗りは背中にも目が付いているんでしょ?」
ごつごつした感触がむず痒い。アタシの背中にあるのは別なもんだよ、友情・努力・勝利ってな。
ほんとどうにも歯車がかみ合わねえ。何かがオカシイんだわ。
けどよそれが何なのかがアタシには分からねぇ。
「確かに、ダチの顔が分からねぇなんざらしくねぇわな」
ゆっくりと体を入れ替え、旧友へと向き直る。
「でもよ、らしくねぇのはお互い様じゃねぇのか?
京都から神奈川まで和菓子屋をほっぽり出して出向いてくる何ざ、看板娘の名が泣くぜ。
親父さんと喧嘩でもしちまったのか。ウチでよけりゃ好きなだけ泊まっていけよ」
塩見周子はアタシのガキの頃からの文通仲間だ。
深く知り合ったアタシ達は、互いに気を遣う程水臭くもない。
http://i.imgur.com/SfSdAzS.jpg
「日帰りだから大丈夫。安息日なら多少のお目こぼしはあるしね。
今さーアイドルのおっかけやってんの、この近くにいる筈なんだけどさ知らない?」
「おっかけって、アイドルみてぇなチャラチャラしたもんアタシが興味持つわきゃねぇだろ」
つま先からてっぺんまで嘗め回すが、嵩張る荷物は無し。
家出娘にゃデカイ鞄が付き物だが、パッと見日帰りってのは嘘じゃなさそうだ。
まあ、アタシらの間柄じゃ嘘を付く必要何ざどこにもありゃしねぇけどよ。
どうにも最近は疑り深くなっちまって疲れるぜ。仕事のやりすぎだな。
「そうなん? 昔は男闘呼組の応援してたっしょ。
あいつ等はジャニーズの落ちこぼれなんだから、同じ落ちこぼれのアタシが応援しないでどうするって息巻いてたのに」
「薬中を尊敬する阿呆はいねぇ。アタシの頭はそこまでいかれてねぇからな」
「ふーん、まあ当然だよね。それでも応援するってのはさすがに頭が尖りすぎだよね。
誰だってファンは辞めちゃうよね。あたしもそーだろーなー」
「公式のファン倶楽部でさえ、今後は活動の見込みがたたねぇってんで解散しちまったよ」
アタシが知っていたのはあいつらがアイドルだった事だけで、どんな人間かは知らなかった。
別に信じていた訳じゃない。だけどよ真実を知った時、裏切られたって思ったのさ。
アイドルってのはファンへ対して夢や希望を与えなきゃいけねぇもんだろ?
果たすべき仕事を果たせなかったあいつ等へ罵声の一つも浴びせてやりたいが、そいつは出来ねぇ。
そんな事をしたらアタシもクズの仲間入りだ。弱いもんをいたぶるのはクズのする事だ。
「おっUSA民焼きじゃん。最近ガンガンCM出してる健康食品だよねー。
ウサウサUSAUSA、グルコサミン。関節痛にはグルコサミンって、どんな味なのかな?」
強引な話題転換、そして露骨なまでの視線誘導。アタシのダチは本当に頭が切れる。
触れるべき所とそうでない所を弁えているんだよな。
ダチってのは良いもんだ、アタシを悲しませないその配慮が身に染みるぜ。
「あーそいつは止めとけ。お袋がしょっちゅう買ってくるんだが妙に粉っぽくてな。
値段の方だってずいぶんと張っていやがる。献血帰りじゃ腹が減るってのはそうだろうけどよ。
どうせだったらもっと美味いもん食った方が良いだろ、あっちの稲荷寿司とかよ」
視線の先にでかでかと見えるのはUSA民焼きの屋台、そして献血ポスターだ。
空を見上げりゃ及川雫来たるってな文字をぶら下げて、バルーンが浮いていやがる。
http://i.imgur.com/S1FtkBk.jpg
及川雫 現在売り出し中の酪農系地方アイドルだ。その内全国区へ人気が拡大するんじゃねぇかってな評判があがってる。
おっとりとした雰囲気ながらもぼくとつで心が強く、見る者全てを虜にする太陽みてえな娘さんだ。
あれは幸福な少女時代を過ごした人間だけが持つほがらかさだな。
何よりも目を引くのはそのガタイの良さだ。アタシもデカイ方だが及川雫は規格外と呼んでも差し支えねえだろ。
身長は170cm、体重56kg。バストは105cm、ウエストは64cm、ヒップは92cm。16歳でこれだからまだまだ育つだろうな。
男共は皆鼻の下のばしてあの娘を応援しているが、そんな連中相手にも嫌な顔一つ見せやしねぇ。
ああいった素朴な娘さんってのはなんていうかこう、守ってやりたいって気分が湧いてくるんだわな。
セクシー路線も取れるだろうに、地道なドサ回りで真面目に働いてる事から女性人気も高い。
正直に言えばアタシもそんなファンの一人だ。公言はしてねぇがよ。
あの手の良い子ちゃんは誰とでも分け隔てなく接してくれるからな。あんなダチが居れば学校(ガッコ)も少しは楽しめたかもしれねぇ。
世間からは不良と恐れられてるアタシだが、人と交わる事が嫌いじゃねぇし、他人を妬む事も無い。
及川雫は故郷の牧場を盛り上げる為にアイドルの道を選んだって聞いてよ、泣けて来たぜ。
健気な話じゃねえか、あの若さでなんともまあ親孝行な娘さんだよ。アタシとは違ってな。
まっ他にも色々と彼女について語りたい事は有るが、要はまああれだ。
幸せになってもらいたい。アタシにもそう思わせる立派なアイドルなんだよ彼女はさ。
「することないんだったらさ、一本抜いてかない? 社会コーケンってやつ。
頭へ血を上らせてカリカリしてるよか、気怠う方がよっぽどええよ」
「そいつは御遠慮願うぜ。
身動きできないよう腕を縛られて血を垂れ流すってのは、どうも生贄にされてるみたいでぶるっちまう。
アタシにだって怖いものはあるんだ。まったく好んで自分から差し出す連中の気がしれねぇ」
献血が怖いってのは嘘じゃない。だけど本当の話でもない。
改めて献血ポスターを見る。写っているのは看護服を着た及川雫の姿だ。
今日献血所へ行けば時間帯によっては及川雫がいるのだろう。それはいい。
だけど看護服を見るとアタシは柳の姿を思い出す。
もしも看護師の中へ柳に似た人間を見かけてしまったとしたら……アタシはその場でブチ切れて掴みかっちまうかもしれねぇ。
どうしようもない怒りがアタシの中で渦巻いている。自分を抑えられない。
アタシがアタシを飼い馴らせないかもしれない。それをアタシは恐れている。
何に対して怒っているのかもわからず暴れ回った、狂犬時代へ戻ってしまうかもしれない。そいつが何よりも怖いんだ。
「いと高きものは高くあり。天下泰平ってね。
悪くないもんだよ生贄になるってのも。経験あるしね」
「くっ……。すまねえ、悪く言うつもりはなかったんだ。
社会貢献ならよ、今は別な形でやってるさ。アタシは真面目になったんだ。
これからそのバイトに行くとこなのさ。アタシの仕事だ、しっかり務めて見せる」
しおらしい言葉だぜ。そうだった、アタシのダチは献血を趣味にしている奇特な人間だったよ。
拳を使わずとも、アタシの舌は容易く他人を傷付けちまう。こんな時アタシは自分のおつむの弱さが心底嫌になる。
視線を合わせるのが気まずくて、何の気なしに辺りを見回す。
焼きたてのパン、散らばる鉄パイプ、迷子の子供、魚のぬいぐるみ、たこ焼きの鉄板、献血のポスター、物乞い、
あの行列は――阿波踊りだな。感じているのは鈍い痛み、偏頭痛。
人込みに酔った訳じゃない、違和感の正体はまぶたの重さ。
まただ、今のアタシには目の前の景色ががひどくゆっくりと見える。
「駄目だよ、あんなのにかかわっちゃ。縁なんてなかったんだからさ」
泳いだ視線の先を短い銀髪は捉える。黒い瞳が心配そうにアタシを覗き込む。
「だわな。ひとまずここを離れるさ、また後で会おうぜ。
普通の市民が普通の市民と話をしただけさ、何もおこる筈がねぇよ」
「じゃーねー。あたしはしばらくこの辺ぶらぶらしとくよ」
警戒すべきは身の危険。さっきのクソガキが仲間を引き連れて復讐へ戻ってくるかもしれねぇ。
以前のアタシだったら逃げたクソガキを追いかけて、完全に牙を圧し折っていただろう。
だけどそいつは危険な行為だ。傍から見れば不良同士の抗争、誰にも理解されず褒められる事のない社会貢献さ。
独り大通りを歩く、何をすべきかもわからぬままに。
「健康食品へ頼らない プラス633億7727万アイドルポイント。ヤンキーポイントはアイドルポイントによって相殺されます」
柳の無慈悲な声が響き渡る。
「そうかい、そうかい。腰紐は結んであるって事かい」
独り大通りを歩く。犬を縛り付けるがんじがらめの首輪と腰紐。
なすべき事は分かっている。ウンエイに会う、会って一言文句を言ってやる。
◆
「全てを伝えるのは日曜日。天気は晴れ。朝の10時。
アタシは自分語りをしたかった」
「知ってるよ」
「だけどこんな風に自分が話したい事ばかり話してちゃぁいけない。
今まで長々と随分つきあわせちまったな。お礼の一つもしたいが差し出す小銭もありゃぁしねえ。
そこでだ、食いもんに興味があるんだろ? だったらよ毒茸伝説についてでもうたわせちゃくれねぇか」
「知ってるよ。アイドル星輝子ちゃんのCDデビュー曲だよね。
一緒に歌おうか?」
http://i.imgur.com/lTFc3b2.jpg
「だから食いもんについての話だっての。御伽噺の方だよ。
結構馬鹿に出来ないもんなんだぜ。古今東西、津々浦々、似たような話がごまんとありやがる」
「知ってるよ。王様と大臣の話でしょ。
ねえ、それは毒茸なのかな? それとも食べられる茸なのかな?」
「毒茸だぜ」
「それを毒茸だと知っていたのかな?」
「いや、知らなかったぜ」
「それじゃあさ、その茸を食べて死んだ人を見た事があるのかな?」
「いや、ないぜ」
「それじゃあさ、その茸を食べて死んだ人の話を聞いた事があるのかな?」
「いや、ないぜ」
遠い、遠い昔。グーグル検索も百科事典もダブレットだって無い時代の話だ。
「可笑しいよね。最初にその毒茸を食べた人間は死んじゃったはずだよ。
見た事も聞いた事も無いのに、どうしてそれが毒茸だって分かるのかな?
嘘吐きは長生きできないよ」
「この目とアタシに流れる血が、そいつを毒茸だと言っている」
さてここで問題だ。毒茸を食べた人間は何をするのか?
腹いっぱい毒茸をかっくらって満足した後で、ぽんぽんの調子が悪くなってくるわけだ。
そいつが毒茸だと気付いて何とかして助かろうとするんだよな。
誰だってそーする。アタシだってそーする。
でもよどんなに足掻いた所で、そいつが無駄な努力だと気付いてしまった時にはどうするか?
もう自分は助からない。そいつを理解できた時、人は仲間に伝えるんだ。
遺書を書くってのはちいとばかし無理があるわな。毒で苦しみ意識が薄れゆく中で長文は書けやしねぇ。
伝えるにしたって伝える中身が大切だ。
自分の死を伝える? 最後の最後まで自分の事しか話さねえんじゃ未来がねぇ。
自分語りは嫌われる。だから自分の死そのものではなく、死の直前を伝えるんだ。
自分が死なねばならなかった原因、そいつは毒茸。
つまりアタシが犯した最後の間違いを伝えようと足掻くんだ。
誰の為に? もちろんそれはアタシの為じゃない。
「結末は知ってるよ。
でもアンタの話なら、あたしは何時だって聞いてきた。だからさ今回も話を聞かせてよ」
「全てを伝えるのは日曜日。天気は晴れ。朝の10時」
アタシは偶然を信じない。アタシは単なるノラ犬で、何れは負け犬としてくたばるだろう。
犬の仕事は身に付いている、餌をくれる相手に対してはしっぽをふりふり穴を掘れ。
だが埋めるのは骨じゃない、地雷だ。
「アタシは自分語りがしたかった」
【贈与は罪】だと柳は言った。ならばアタシへ示した恩情、そのどこかには必ず罠があるはずだ。
◆
「どっこいせっと。この区画はこいつで終わりだ、上がらせてもらうぜ」
壊れたブラウン管を軽トラの荷台へ積み上げ、現場監督のオッチャンへと声を掛ける。
力仕事で火照った体には、水辺を渡る涼風が心地良い。
今日のアタシのバイトは、川沿いのゴミ拾いだった。
ゴミ拾いと言ってもそう楽なもんじゃない、なんせ不法投棄された粗大ゴミの回収だからな。
額に汗して働いて、手に入れたバイト代は仕出し弁当が一つと紙パックのお茶が二つ。
名目上はボランティアによる清掃活動何で現金は出てこない。稼ぎとしては時給換算で255円にもならねえだろう。
これがアタシが果たすべき仕事だった。これがアタシの全財産だった。
海の彼方じゃ3Dと呼ばれる仕事だな。誇りを傷付ける(Demeaning) 汚い作業 (Dirty) 肉体が危険 (Dangeros)の頭文字を取って3Dだ。
好き好んでやってる奴は殆どいないだろう。だけどアタシはこの仕事が好きなのさ。
ん~まあそうだな、3K仕事呼びでもあってるんじゃねぇのか? 今時は新3Kなんて呼び名もあって紛らわしいが。
誤解が無いよう無理して横文字を使ってみたんだが、やっぱ分かりにくいか。慣れない事はするもんじゃねえな。
……それでどこまで話したっけ? 頭痛が酷くてな、気を抜くと話どころか意識まで飛んじまう。
夢の島についてだったよな。良い名前じゃねえか、昔どこかの誰かが名前を与え仕事を与えた。
仕事には責任がある。一度引き受けた仕事は最後までやり遂げなきゃいけねぇ。
昔、夢の島が引き受けた仕事はごみの埋め立て。アタシが回収した粗大ごみは其処へ運ばれ埋められる。
皮肉が効いてるよな。どんなに土をかぶせて埋め立てても、その下にある汚物は隠せねぇ。
そしてどんなに真面目になったと上辺を取り繕っても、アタシの手が汚れている事は否定できない。
だーくっそ、そうじゃねぇんだ。こんな事を言いたい訳じゃない。誰かにアタシの気持ちを解って欲しい訳じゃない。
それもこれも全部血が足りないせいだ。頭へ釘を打ち込まれたみたいに痛みやがる。
頭から血の気を抜くと話どころか意識まで飛んじまう。
……仕事の話だったよな。今は好景気で幾らでもバイトは選べるんだ。
弁当目当てのゴミ回収なんざ求人へ、好んで応募する連中は然程いない。
だけどアタシはこの仕事が好きなのさ。人を殴らずに済むからな。
喧嘩屋なんざアコギな商売いつまでも続けられるわけでもなし、下手にしがみつけば行き着くところはヤー公の情婦(イロ)だ。
そんなもんは御免だ。好き好んで不良娘を張ってたわけじゃねぇし、人を殴るのはなおさらだ。
アタシはおつむが弱くて学もねぇからよ、まずは今まで通りどぶさらいからやり直す事に決めたのさ。
こんな仕事でもよ、昔は不景気だったから軽トラの荷台から溢れるほどの求職者がいたもんさ。
人間食わなきゃ生きていけねぇ、そしてこの仕事にありつけばその日の飯は確保できる。
なぜ知っているのか? それはアタシが観察したからだ、親父の罪を知り間抜けでなくなる為に。
かつて不景気だったころ親父は労働組合の長としてリストラを交渉し、40人の社員を退職へ追い込んだらしい。
全部不景気が悪いのだろう、何もしなけりゃ5年と持たずに会社は潰れていたって話だ。
なるほど親父の行いは実に正しい。会社が潰れりゃ社員はみな路頭に迷う。
だから皆の生活を守る為、一部の人間には犠牲となって貰おうってこったな。
親父が選んだのは40人だ。でもよその40人にだって家族がいて養うべき子供もいただろうさ。
彼らの身内も合わせりゃ60あるいは80、もしかしたら100を越えるかもしれない人間が親父の手で崖下へと背中を突き飛ばされた。
理屈では分かっている。親父は仲間を守ろうとして泥をかぶったのだと。
だけど感情がそれを拒絶する。親父を許せない。
アタシにはどうしても親父がやってはいけない事に手を染めたのだとしか思えない。
あれから幾年も過ぎアタシは高校生になった。もう世の中の事を理解できても良い年齢のはずだ。
それでもまだアタシの胸にはコールタールみてぇなドロドロしたもんが渦巻いている。
なぜ親父があんな事をしたのか、なぜ親父がやらねばならなかったのか。アタシには納得が出来ずにいる。
……なあ、この話何度目だ?
ああ、大丈夫……話は続けるさ。それがアタシの仕事だからな。
仕事、そう仕事、犬の仕事の話だったよ。泥水ん中へ顔突っ込んで小銭をかき集めなきゃなんねえ惨めな仕事だ。
ボランティア名義のゴミ拾いは飯が食えると言っても汚れ仕事だ。あちこちから不満は上がり、手抜を始める連中が横行する。
でもよそんな根性のねぇ奴らは直ぐに仕事を投げ出して物乞いと成り、やがては負け犬として彷徨いながらくたばった。
文句ひとつ言わず愚直に働いた人間は見所があるってんで信用を得、やがては再就職への伝手を与えられた。
アタシは納得したよ。この世に偶然はなく、一発逆転のお宝なんざ望んではいけないと。
人間最後に役立つものは人と人との信用。誰にでも這い上がる機会は与えられていた。
そして今のアタシが這い上がる為の仕事は待つ事だ。なぜならばアタシの人生は待つ事から始まったのだから。
始めに言葉ありき。
不平を述べた連中は掃き溜めへ沈んだ。口を閉ざした奴らは首まで浸かった肥溜めから這い上がった。
間違えてはいけない。アタシの武器は拳か? それとも舌か? クソにまみれた人生から抜け出す為に。
◆
「ふー食った食った。腹ぁ一杯だ」
バイトを終え、戦利品の弁当をかっくらい人心地が付く。
水辺を渡る涼風が心地良い。河原へ五体を投げ出し、瞼を閉じる。
感じていたのは身の危険、偏頭痛。祭りから離れた今でも体は現状を危険だと認識している。
昔はこの状態を絶好調だと勘違いして何度も煮え湯を飲まされたもんさ、間抜けな話だがな。
大きく息を吸い、吐く。ほんの一呼吸で良い、それで体の力みは抜ける。
ならばアタシはこの警告へ従おう、鍛え上げたアタシの体はアタシを裏切らない。
暗闇の中、アタシを見つめる視線へ意識を向ける。ガリバーは寝起きに自分の拘束を解き放った。
アタシもそれにあやかって箱根を越えるとしよう。
何の気なしに腕時計の針を巻く。見えずとも分かる、時刻は朝の10時。
「こそこそ~、こそこそ~。
もう大丈夫かな……おねえしゃんお仕事終わったよね……」
頭隠して尻隠さずって言うよな? 本人は隠れてるつもりなんだろうが、バレバレな状況。
バイトの最中にこちらを窺う誰かがいたのさ。かつてアタシが河原で負け犬達を観察していたみてぇによ。
視界の隅でチラチラ動いていたのは河原だと場違いな笹の葉。
「そ~っと、そ~っと。あう、痛ーい。
ううっ……やっぱり足元が見えないよー」
ドスンと響いたのは尻もちか? 案の定おつむは弱そうだ。
ほら、小学生が学芸会で両手に木の枝もって木の役やったりするだろ? まんまあの感じだ。
おおかた七夕を終えて捨てられていた細竹を回収して変装に使ったんだろうさ……竹じゃなく一握りの葦だったとしても隠れるのは無理だがな。
「ふぇぇん……ぐすっ……。ひぐっ……うぅ……。
ティッシュは……ポッケだ。取り出すには笹を置かないと。
でも、置いたら隠れられないよー。あっ、はなみず……あ……ずるっ」
痛みは恐れるものじゃない、それは肉体の正常な反射に過ぎない。
立ち上がりこちらへ向かえ、幾度転んでも良い。
立ち上がらない事を恐れろ、諦めさえしなければ機会は必ず巡ってくるものさ。
「そ~っと、そ~っと。あと少しもうちょっと……。
おねえしゃん、つーかまーえたー」
甘ったるい声をした誰かがアタシの袖口を引き上げる。
ほんの少しだけ寝ていたつもりだったが、頭痛はすっかり治まっている。
さて鬼が出たか蛇が出たか。肉体は制御した、そんなアタシが未だ飼い馴らせないものは感情。
アタシは何時だって恐れている。アタシの過去がアタシを塗りつぶす事を。
「誰だよおめー」
柔らかく声を出しこちらに敵意が無い事を伝えてみるも、エタノールの刺激臭がアタシをイラつかせる。
開いた眼に写るは―――涙と涎にまみれたガキ。手足のあちこちに張られた血の滲む絆創膏が痛々しい。
おいおい、何事だよこいつは。一度や二度転んだ程度じゃここまでの怪我はしねぇだろ。
「……」
年の頃は13ってとこか? 締まりのない体には片桐の姉御張りにはち切れそうな肉が詰まってやがるし、中坊だろうな。
面に見覚えはねえし、そもそもアタシにガキの知り合いはいねえ。マジでこいつは誰なんだ?
桜田門からのお呼び出しかと思いきや、自爆機能が付いた再生装置もなさそうだ。
うろんげにガキを見やる。つま先からてっぺんまで嘗め回すがさっぱりつかめねぇ。
長い黒髪にまんまるほっぺ。身長は145cm体重は40kgってとこだろうが……。
そもそも本当にこいつはガキなのか? 童顔ながらもこの肉付きの良さ、下手すりゃ成人の可能性もありうる。
チッ観察だけじゃ情報が足りねぇ。童顔ってのはこれだから困る。
アタシが初見で28と見立てた片桐の姉御も公称22だしよ。自分の節穴っぷりが判断を鈍らせる。
だからいつまでもアタシは間抜けなままなんだ。直観に従えない、どうしても足りないおつむがアタシの邪魔をする。
「……ううっ、ぶつの? やっぱりおねーしゃんもくるみをぶつの?
くるみが……おばかだから……」
http://i.imgur.com/a4CC1dK.jpg
合点がいった。
見覚えのないガキが生傷も絶えずに不良娘の元へ来る。度胸試しか何かだろ。
この怯えようは自分で望んでの事じゃ無し、強制されて来たって事か。
これだからガキは嫌いだ、純粋で残酷だから。
あいつ等は他人の存在を許容できない。少しでも自分と違えばそれが十分正当な迫害の理由になっちまう。
目の前に居るのは見るからにとろそうで気弱な輩だ。いじめるには恰好の的だろうな。
「ふぇぇん……ぐすっ……。くるみは不良のおねーしゃんを捕まえないといけないの。
それで大人のレディーになるんだもん。なりたいよ~ぐすっ」
またポカをやらかしちまった。
強面のアタシが黙ったまんまジロジロみてりゃ、相手を威圧するのは当然だ。
こうしてアタシは殴らずとも、舌を使わずとも、何度だって他人を傷付ける。
「怒って何ざねえしぶったりもしねぇ。丁度暇でひまでどうしようもなかったところなんだ。
くるみが話しかけて来てくれて、アタシはとても嬉しいぜ。信用できねぇか?
アタシはとても御機嫌なんだぜ。ほらっ一緒にできるか、たくみんスマーイル☆」
恥や外聞何ざ投げ捨てろ。硬派なアタシを知る人間も笑わば笑え。
弱いもんをいたぶるのはクズのすることだし、ガキを泣かせる何ざもってのほかだ。
そしてくるみは今アタシの前で泣いている。
「たくみんのラブラブスマイルでばっちぐー☆ ばっちぐー☆」
ならばそいつをそのまま放っておくことは、ありとあらゆる過程や前提をすっ飛ばし、アタシの負けだ。
「ほんとに、おねーしゃん怒ってないの?」
今なら解る、松永の気持ちが。
アイツがうさちゃんピースをやったと聞いた時には腹がよじれるほど笑い飛ばしたもんだが―――、
きっとアイツにも何か譲れないものがあって、やらねばならない理由があったんだろう。
「ほら、つーかまーえた。
これでもうアタシらダチだ」
くるみの手を取り、優しく両手で握手を行う。
ガキにとって仲間外れにされるってのは辛いもんさ。
それは自信と自身の喪失。人には皆承認欲求がある。
「あ、アハ。つかまえた、くるみたくみんおねーしゃんつかまえた。
やったよ~、くるみおつかいちゃんとできたよ~」
ガキは何処にも居場所が無い事、孤独を恐れるんだ。
ならばアタシはどうだ? アタシはノラ犬でどこにも腰を落ち着ける先なんざありはしない。
犬の仕事―――潜入捜査。何時の間にやら首輪が馴染んで外れない。
嘘を付くのは辛い事だ。狙いを付けたレディース集団へとおもねりへつらい媚を売る。
上役に気に入られ中央へ食い込むに従い、風当たりは強くなる。アタシはよそ者だしな。
それでも全方位に頭を下げ続けなきゃなんねぇ。つけ入る隙を与えれば正体がばれる。
怯える事が嫌なわけじゃない。最悪リンチにあったとしてもアタシの腕力ならば抜け出せる。
仕事を終え最後の最後公権力が踏み込むその最中、奴らは何時も決まって叫ぶんだ。裏切り者ってな。
最初っから仲間じゃなかっただろうに。アタシを追い出そうとしたのはどこのどいつだよ?
それでもアタシは糾弾され鞭打たれる。腹ん中にヘドロの様な不快な感情が溜まりゆく。
こんな惨めな生活を繰り返すのはもう御免だ。独りで生き独りでくたばる無法者(アウトロウ)ではいられない。
親父はアタシの元を離れ趣味のバイク愛好会も消え失せた。だけどまだアタシにはダチがいた。
あんなにも嬉しい事はない。
――――
「それでくるみはアタシを捕まえてどうしたいんだ?」
「わかんない。くるみはおねーしゃんをつかまえるのがお仕事だって言われたから」
「そうか。ならアタシをどこかへ連れて行けって言われたか?」
「言われてないよ」
「そうか。ならアタシを急いでつかまえろって言われたか?」
「言われてないよ」
「じゃあ安心だな。くるみは言われた仕事を立派にやり遂げたんだ。
もしよかったらアタシと一緒に遊んじゃくれねぇか?」
アタシは偶然を信じない、袖擦り合うも多生の縁さ。
このまんまくるみをいじめっ子の元へ返しちゃ碌な目に合いはしねぇだろ。
今はアタシでなければ出来ない仕事をするとしよう。
「うんいーよ。でもねくるみおみそだし、お外で遊ぶのは苦手なの」
「そんならくるみに必要なのは御勉強だな。
勉強は大事だぞ。頭が回れば将来嫌な奴へ頭を下げずにすむからな」
「ううっ……。くるみ頭に栄養が行かないけれど頑張ってみるよ~」
別に進学校へいけばいじめがなくなるって訳じゃない。あそこはあそこでアタシには耐えがたい空間だった。
無気力無反応無関心ってな。3無主義なんて言われていたがあそこじゃ常に勉強第一、他人は誰だっていない者として扱われた。
何を血迷ったのかアタシはある日隣の席の奴にいっちまったのさ。海ほたるへツーリングに行ってみたくないかってな?
そいつはまるで宇宙人でも見るかのような目をアタシへ向けたよ。
だけどそれだけだった。濁った水槽の底へへばり付く深海魚みてえに何の反応も示さず御勉強ときたもんだ。
何もかもが嫌になったアタシはひたすらバイクで走り続けたが―――、
あの時早苗の姉御にとっつかまって天狗の鼻を折られたおかげで踏みとどまれた。
でなきゃ今頃は無謀な喧嘩でとっくにくたばっていただろうさ。
「アタシがくるみへ教えるのはな。喧嘩のやり方だ」
弱いもんが一方的に苦しむ、んなもん間違ってる。
お天道様が見逃す以上、アタシがやらねば誰がやる。
怒りだ。
怒りしかない。
こいつは赤の他人の為の怒りだ。決して抑える事の叶わぬ激情。
ならばアタシはこの胸の内に従おう。感情に身を委ねる。
「ううっ……。くるみけんかは嫌だよ~」
くるみの肩を両手で掴み、正面から見据える。
柔和な優しさではない。一刀万殺の激しい怒りをもってアタシはくるみを導くのだ。
逃げるな!
戦え!
アタシは火蓋を切った。そいつに答えろ。
いつまでも貧乏くじを引いてばかりじゃいけねぇんだよ。
「ぶたれたら痛いもん。きっと皆ぶたれたらやな気持ちになるもん。
だからくるみぶつのもやだもん!」
憑き物が落ちた。
アタシは今この子に何をさせようとしていた?
自分の心へ嘘を付かなきゃ生きられないのは辛い事だ。
そいつを納得しなきゃいけないのはもっと辛い。
くるみは頭が回らないんじゃない。頭が切れすぎるんだ。
自分がどうこうではなく、何時だって他人の事を考えちまう。
自分ではそんな気はなくとも、息をするように他人の為に働いちまうんだろう。
「すまねぇ、言葉が足りなかった。
正しくは喧嘩にならない為の魔法だな。情けない話だがアタシは国語が苦手なんだ。
こんなおバカなアタシでも、年を重ねて何とか学べた方法だ。難しくなんてないさ」
くるみの肩から手を離し、改めて柔らかく両手を握る。
この温かさはアタシの曇った眼でも確かに見える。
「うんいーよ」
くるみは満面の笑みで答えてくれた。
きっとくるみは他の全てに耐える事は出来ても、あの辛さには耐えられない。
理屈は無く根拠も無く解を導く論理は破たんした。だけどアタシはこの答えを憶えている。
とても大事にしていた思い出を、憎むあまりにアタシが忘れていた事を自覚した。
◆
「全てがあいまいな日曜日。天気は晴れ。朝の10時。
アタシは自分に嘘を吐いていた」
竜虎相搏つって諺があるよな。
強く甲乙つけがたい力のあるもの二人が争う、そんな感じの意味合いのさ。
「知ってるよ」
昔この世で最も強い生き物は虎だった。
だからそいつへ立ち向かうには同じくらい強い竜が居なくちゃいけなかった。実に合理的な回答だよな。
同じくらい強けりゃ天秤次第で相打ちへ持ち込める。敵わないにしたって一矢報いる事は出来るだろうしな。
「知ってるよ、それは嘘だって。誰かが言い始めた子供騙しなんだから。
竜はただの鯉だった。ただそれだけの話だった。御伽噺はそれでおしまい」
だけどそれじゃあまりにも夢がねぇ。
だから考えたいのさ、子供騙しを言った親父の気持ちを。
親はどんな気持ちで子供へ嘘を教えるのかと。
「悪意をもってそれを言ったんだよ。
あるはずの無い事を話す、その必要がありはしないんだから」
違うんだと……アタシはそう思いたい。嘘はどこまで行ってもしょせん嘘だ。
現実は何も変わりゃしねぇ。だけどアタシは嘘を教わったんじゃない。
あれは他人の為の嘘だ。そうであって欲しいと願う愛情や思いやり、真心から出た優しさだ。
「悪意をもってそれを言ったんだよ。
どんなに言葉を尽くしたところで石はパンに変わらない。
知ってるよ、アンタは何時だって飢えている事を」
パンか―――思い出したぜ。アタシは昔パン屋でバイトをしていたんだった。
気に入ってくれるよな、何せ食いもんの話だぜ。
「結末は知ってるよ。
アンタの嘘なら、あたしは何時だって聞いてきた。だからさ今回も嘘を聞かせてよ」
パン屋の仕事ってのは大忙しでな、朝の5時から竈へ火を入れるんだ。
アタシの勤め先は大人気でよ、両手じゃ数えられないくらいのパンを焼くんだ。朝・昼・晩・夜の分だな。
まさに不夜城だ、徹夜人相手に夜の10時には焼き立てを店頭へ並べなきゃなんねぇ。
こねて焼いて、こねて焼いて、こねて焼いて、その繰り返しよ。ドンだけ焼いても足りやしねぇ。
しかも焼いた傍からくりくりおめめで八重歯の可愛い店長の一人娘が啄んじまう。
店の仕事を手伝うってのは感心だが、つまみ食いだけは勘弁して欲しいぜ。
アタシはつまんじゃいねぇよ。まかないでパンが出てくるしな。
パン、パン、パン何時だってパンだ。泊まり込みで働いていたからよ一日中パンにまみれた生活だ。
そんなこんなで夏休みの間中汗水たらしてパンをこねあげた給金でよ、無事に相棒のバイクを買ったのさ。
これがまあ聞くも涙語るも涙の物語でよ、あーどっちかっつーと笑い話になるかもな。
分かるかな~分っかんねぇだろ~な~。ずっとパンを焼いているとな匂いが体に染みつくんだ。
甘い甘い匂いだ、こいつは風呂に入ってもとれやしねぇ。体中が甘い匂いになるんだ、きっと細胞が変化するんだろうな。
バイクを買いに電車へ乗ったらよ、乗り合わせた隣の席の女子高生が美味しそうな匂いがするなんて呟きやがった。
そん時は気付かなかったけどよ街へ出て原田の店へ向かう途中で、野犬の群れに襲われたんだ。こいつは真面目な話だぜ。
背後からアスファルトを叩く爪の音がした。アタシの身体へ染み着いたパンの匂いに誘われたんだろうな。
何事かと思って振り返ったらそいつが引き金だ。やつらいっせいに飛び掛かってきやがった。
チッ痛いとこついてきやがるぜ。ああそうだよ勝てるわきゃねぇだろ、大声で悲鳴を上げて後はもう逃げの一手だ。
でもよ火事場の馬鹿力っつーのかな、あん時のアタシは100メートルを12秒で走り抜けた自信がある。
オリンピックにも出れただろうが、困った事に犬ってのはもっと足が速いんだ。
必死で原田んとこへ駈け込んだらよ、アイツが店のバイクをバリケードにして犬どもを追っ払ってくれたのさ。
これがアタシらの出会いで、今では仲良くやっている。
なんてな、此処まで話したがこいつは単なるホラ話だ。アタシみたいな強面じゃパン屋だなんて客商売は務まらない。
つまりアタシのダチにはクロワッサンみてえな髪型をしたパン屋の一人娘はいやしない。
そうさアタシの体はとても臭い、こいつは繰り返し手を突っ込んだどぶの匂いだ。パンの良い匂い何ざどこにも染み着いちゃいない。
体は正直だ、決して持ち主を裏切らない。そいつが歩んできた仕事の香りが体へ染み着くんだ。
パン屋の娘はバターの、和菓子屋の娘は餡子の、そして車屋の娘はオイルの良い匂いが染み着いている。
例えばアタシがカーワックスで髪を洗ってツヤを出したとしても、原田の真似は出来やしない。嘘を吐くのは大変だ。
「全てがあいまいな日曜日。天気は晴れ。朝の10時」
昔は気付かなかった。
だけど犬の仕事を繰り返すうち、アタシは鼻を利かせる事を身に付けてしまった。
アタシは嘘を言われたわけじゃない、あれは真心から出た優しさなんだ。
「アタシは他人へ嘘を吐いていた」
だからアタシもまた嘘を吐いてみよう。アタシの持つ怒りと思いやりに従って。
◆
「足を肩幅へ開き、重心を骨盤へ載せる。
背を伸ばし顎を引け、胸を張り視線は落とさず目の前をしっかりと見据えろ」
くるみを連れ河原にて講習を始める。
「両手は――まあどこでもいいんだが古式に習うとしよう。
右手は腰の高さへ留め置き、左手を顎の高さへ持ち上げる。肘は耳の高さに揃えるぜ。
こいつはな仁王立ちってんだ、大事なもんをその背に守る。そんな覚悟のある奴にしか出来ない構えだ」
語りかけながらの実演。
まずはアタシの背へくるみを隠す。身体を張るのは上のもんの仕事だ。
それにごちゃごちゃ話すよりも実際にやって見せた方が手っ取り早いし、何よりもアタシの性に合う。
「そんな恰好してもなんにもいいことないもん……ジロジロ見られるし重いし……ぐすん」
「恥ずかしいってのは良い事だ。
知ってるか? 恥って字は心へ耳を傾けるって書くんだ。
賢い人間は皆自分の心へ問いかける事を忘れない。くるみは恥を知っている、そいつはすごい事なんだぜ」
「すごい……くるみはすごいの?」
「おうともよ、このまんま育てば学校でも一番だ。
そんなもんじゃ足りねぇな。どうせ目指すんだったら日本一だ。
テッペンの眺めは気分が良いぞ~、くるみお前はやれば出来る凄い子なんだ」
幾らなんでも褒めすぎじゃねぇかって? 藤四郎(とうしろ)相手にその気を出させるにはこの手が良いんだよ。
アタシはおべんちゃらが苦手だからな、昔拳闘屋のオッチャンに言われて嬉しかった事をまんま伝えてるんだ。
アタシがひと睨みすりゃ、凄いぞ今ので10人は腰が抜けたもうお前の敵じゃないとか。
パンチでサンドバックを揺らせば、凄いぞこいつが当たればどんな奴でも倒れちまうよとか。
こっぱずかしくなってオッチャンの脛に蹴りを入れたら、教えてないのにここまでできるのかお前はもう世界チャンピオンだうんぬん。
褒め殺しも良いとこだぜ。アタシもついついその気になってちょこちょこジムへ通っちまったしな。
ただ、結局ん所学んだ事は喧嘩にしか使えてねぇけどよ。まったくもってオッチャンには合わせる顔がねえな。
「足はかたはばに……右手は……こしに……」
っと話がそれちまったな。
いじめられた人間ってのは、びくびく怯えて小さくちぢこまっちまうんだ。
そうなると弱そうに見えて、ますますいじめの的になりやすい。
背を伸ばすってのは体をでかく見せる一番の近道だ。
野生動物だってそうだ。争う前には立ち上がり体のでかさを比べあう。
そうする事で自分の力を示し相手を威嚇、結果的に無益な争いを避けられるってんだから平和的で良いもんだ。
「それで良いぜ、次の段階へ進もう。
アタシがくるみへ教える魔法。そいつはな歌を歌うって事だ。
歌ってのはな笑顔を呼ぶ魔法だ。そして笑顔があれば他人と仲良く出来る」
「う、歌えば泣き癖も治る? 魔法なんだよね」
言葉は力だ。歌に限らず声を出すってのがまず一歩。
それが大声であるならばなお良い。声のでかい奴ってのは何度もいじめられないもんさ。
ガキの泣き声ってのは頭に響くからな、手が付けらんねぇ。弱者には弱者なりの護身術も必要だ。
くるみと話していて思うんだが、あいつのろれつがまわらねぇのは頬肉が弱いんだろうな。
蚊が鳴くようなか細い声しか出せねえし、喉を開く癖を付けさせねぇとどうにもなんねえ。
真面目に歌おうとすりゃ自然と肺も鍛えられるし、腹式呼吸も身に付いて背も伸びるさ。
我ながら何でこんなしちめんどくさい手順踏んでんだかって話だが―――。
いきなり大声出せって言われて、ひるまず叫べる奴はまずいねぇしな。まっ過程なんざどうでもいい。
くるみにとってより良い結果が出る様調整できりゃ、御の字よ。
「アタシが請け負った、他ならぬこのアタシがだ。だからそう不安になるな。
くるみの腹ん中にいる臆病の虫は歌えば飛び出してくるからよ。
そこん所をアタシが取っ捕まえて、華麗に引導を渡してやるぜ」
「カレーに……インドを……あはははっ! はっ、はひぃ……ひぃ、ひぅ……。
く、くるみ……すいっちはいっちゃったみたいでぇ……ぷっ♪ ぷふぅっ! くるみ、もうだめー。
く、くるしくなってきたかも……おねーしゃん、すごく面白いの!」
……おい、んなツラしてこっち見んじゃねぇよ。
いやな天子様に誓って言うが、アタシは別に狙った訳じゃねぇんだって。
そりゃな多少は侠の気概を見せようと力は入ったさ。でもよ上手い事言おうだ何て欲は少しも出しちゃいねぇぞ。
「はぁ……はぁ……くるみ、笑い過ぎてつかれちゃった……。
くるみ、笑ってるの……かわいい……?……ほんとに……?……ぁ、あう……」
だからその狐目でほくそ笑むのをよせっての。油揚げで頬を叩いてやろうか?
ったくよ、くるみの沸点が低すぎただけだろこいつはよ。
そうだよ、ただそれだけの話だったんだ。だからこの話はこれでお終いよ。
――――
「素意や」
さってここからは仕切り直しだ。
「素意や!」
腿を叩け、拍子をとれ。
「そいや そいや そいや そいやっ ソイヤ ソイヤ ソイヤ ソイヤッ」
囃し声を上ろ。場を盛り上げろ。
観客はくるみ一人。羅維舞、上等ッ!
この歌は仏恥義理にアツイぜ!
【咲きほこる花は 散るからにこそ美しい
散った花片は 後は土へと遷るだけ】
「なんだか……悲しい歌だね」
そんな事はないさくるみ。こいつは希望の歌なんだ。
さあコブシをきかせろ、後にはこんな歌詞が続くからな。
【それならば一層斜めを見ずに
おてんとうさんを 仰いでみようか】
アタシはたしかに違う道を曲がったよ。でもよ、その道だって真っ直ぐ続いてるんだ。
「なんだ、歌い始めりゃいい声出すじゃねぇか。それでいいんだよ。
気迫が声に出てるのがいいじゃねぇか。アタシの胸にも響いたぜ!」
「おねーしゃんみたいに踊るとお胸いたい……」
あ~確かに、地に右手を突き伏してからの急な立ち上がりの繰り返し。
その上で両手を天へと突き上げろってなきついわな。
「そうかくるみ腹を出せ。アタシのサラシを使えばちったあマシになるだろ」
特攻服を脱いでサラシを外す。
河原であれだけ歌っても他者の視線は感じなかったし、パパッと脱いで巻いちまえば問題ねえだろ。
「だめだよおねーしゃん、おっこちちゃうよ」
落ちる? ああ、アタシの背にくくりつけてある少年ジャンプの事か。
昔闇討ちされたとき鉄パイプで背中を殴打されたからな。マジで呼吸が止まる程きつかった。
あれ以来背後を警戒して雑誌を盾にしてるんだが……幸い役に立ったこともねえしもういらねえか。
「ホラ、後ろ向け巻いてやる。アタシのお宝だがついでにジャンプもしょってけ。
背中が重いとな、猫背が治って背が伸びるんだ。あたしは充分身長(タッパ)があるしガキが遠慮すんな」
「うん。くるみアラレちゃんいつも読んでるよ~」
ガチャ 憶えの無い固い手触り。
視線を落し、腹部のサラシを緩めると円形の金属板が見えてきた。
ゆっくりとサラシを巻き取る。
アバラの隙間から飛び出た金属板は、押さえの布がなくなった為か静かに地へ落ちた。
うっなんか気持ち悪りい。アタシの腹ん中にはこんなもんが詰まってたのかよ。
こいつが例のレアメダルとやらだろうが、どうしろってんだよこいつをよ。
拾い上げたは良いが途方にくれる。へそに挿してみるが腹へ戻りもしねぇしな。
持っていた所でいずれはウンエイに奪われる。
かといって隠し場所もねえしな。
売っぱらうにしても買いたがる物好きなんざあてはねえぞ。
「ばんざーい ぬいだよおねーしゃん」
とそうだな、今はアタシの事よりくるみの事だ。
胸を抑えサラシをきつく巻き上げる。
「慣れないうちは苦しいだろうが、しっかり押さえておくからな。
自分で巻ける様になるまでは、おふくろさんにたのんでくれ」
「ありがとうおねーしゃん。
ねえおねーしゃんの夢ってなに?」
なんでぇ藪から棒に。
「くるみの夢はねもう叶っちゃった。ふたつも。
かわいくなりたいのと……お友達が欲しいの……。
おねーしゃんはくるみをバカにしなかったから、今度はくるみがおねーしゃんの夢を叶えてあげる」
「良い子だなくるみは。義理堅いってのは人として大切なこった。
でもなアタシの夢は叶えるのがずいぶんとまあ大変なんだ。
その気持ちだけで十分さ。くるみの小さな手を借りた所でどうにもなんねえしよ」
「くるみ、他の子よりバカだけど……がんばるから……。
夢が叶うと……うれしいもん……くるみもうれしかったもん……」
くるみの背が震える。
顔は見えねえがきっと涙を堪えてるんだろうな。
こうして無分別に他者を傷付けるのは幾度目か。
本当にアタシは馬鹿でアホで間抜けだ。
ガキを泣かせるのはクズのする事だ。そいつを放っておくってのは女がすたる。
そうだ向井拓海は馬鹿でアホで間抜けだ。
どれだけ観察し鼻を鳴らし賢しいフリして粋がって見せても、その本質は変わらない。
いつまでも親父の背中を追いかけて寂しい寂しいと泣いていた子供のまんまさ。
くるみはアタシのダチで、寂しさを知る人間だ。
だからくるみの目にはアタシが泣いているように見えたんだろう……。
不甲斐無いと……思う。
目に涙が貯まる―――堪えろ。
アタシにもっと力があれば―――違う!
必要なものはアタシの弱さを受け入れるほんのちょっとの勇気。
「親父に……会いてえ……会って……話がしてえ……」
叶うべくもない願いだが。
「おねーしゃんぱーぱしぃと喧嘩しちゃったの?
ごめんなさいしないといけないね」
だがその為には金が要る。
飛行機に乗りニューヨークへと飛び立つ為の金が。
「そうじゃねえんだ……そうじゃねえんだ……。
だけど親父に会わなきゃ、もうアタシは一歩も前に進めねぇんだ」
無意味に反発してお袋んとこを飛び出したせいで貯金はねえ。
稼いだ日銭もその日の糧を得る為に食い尽くしちまった。
そうだよ学の無いアタシには大金を稼ぐ手段がねぇんだ。
「大丈夫だよおねーしゃん。きっと笑えばなんとかなるから」
ああ、まただ感情が荒れ狂う。頭が煮詰まる。
現実へ目を向けると何時だってこうだ。
「うふっふー」
この場へいたくない! どこかへ逃げ出したい!
風を切って走り出したい。フルスロットルで山道を駆け抜けろ。
アタシを呼ぶのは生と死が限りなく近くなる最速の世界。
「せーの うふっふー」
ガードレルを目前にアドレナリンが血中を巡りアタシの体を制御する。
ドーパミンが気分をハイにしあらゆる悩みを吹き飛ばす。
薬中をコケにするアタシだがその根底は同族嫌悪。
実際の所は何時だって脳内麻薬へ縋っている。
野生と引き換えにあの瞬間だけは、半端もんのアタシがゼロになれる。
【休む事も許されず 笑う事は止められて
はいつくばって はいつくばって
いったい何を探しているのか】
くるみが歌いだす。
背を伸ばし胸を張り顎を引いて。
両手で腹をしっかり押さえ腹式呼吸を意識する。
【探すのをやめた時 見つかる事も良くある話で
踊りましょう 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?】
こいつは仁王立ちだ。
くるみはこの小さな背中でアタシの事まで背負い込もうとしている。
こんな事をさせたい訳じゃなかった。
ガキなんざ毎日ちょっとだけ歌って、ちょっとだけ踊って、
ちょっとだけ休んで、ちょっとだけ勉強して、腹いっぱい飯を食う、そいつが仕事なのによ。
昔は今と変わらず何一つ先の事何ざ見えちゃいなかった。
ただ只管に今と変わらず同じ事を繰り返すだけの毎日で――今よりもずっと幸せだった。
【探し物は何ですか?
まだまだ探す気ですか?】
もう、見つけたよ。
「ありがとうなくるみ。助かるぜ」
うっし腹はくくった。
相棒のバイクを売っぱらおう。
アタシにはまだ削ぎ落せる贅肉が付いていた。
今までさんざ世話になったが、アイツは維持するだけで足が出る金食い虫だ。
大切な相棒だが頼ってばかりじゃアタシはきっと駄目になる。
昔はバイク何ざ持ってなかったしよ、自分の足で歩いた所で何も辛い事何ざない。
「良かった」
ッシャー。
不思議と気合が湧いてくる。不良娘はもう卒業だ。
バイクを売ればニューヨークへの飛行機代は片道位何とかなるだろ。
親父に会おう。
あったところでどうなるもんか知らねえが、ごちゃごちゃ悩むよりもこの際出たとこ勝負だ。
サイの目しだいで負けるかもしれねぇが、そいつもまた一興よ。
アタシに会ったら親父はいったいどんな面見せてくれんのかね。
メリケン生活が長けりゃろくなもん食っちゃいねぇだろ。デブになってんのか? それとも禿になってんのか?
ワクワクとドキドキが止まらねぇぞ、おい。今ならアタシは親父の事を許せるかもしれねぇ。
「じゃあおねーしゃんの為に、これを使うね」
知らず拳を握り込む。
左手のひらに金属板が食い込み、皮膚を切り血を流す。
だがこんなちんけな痛みは恐れるものじゃない。
今はアタシの傷よりも大切なものがある。
幾度も血を流してきた。嗅ぎ慣れた血の匂いはアタシを慰めてくれる。
【夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?】
歌いながらゆっくりとくるみが振り向く。
おい、待てよ。
『―――を望むのであれば絶望する事かしら』
だからなんでなんだよ!
目に飛び込むはくるみの両手が放つ鈍い光。
「これでおねーしゃんはぱーぱしぃに会えるよ」
『―――とは人が持つやさしさの塊。その輝きは人と人の縁をほんの少しだけ強く、結び付けてくれるから』
どうしてくるみがレアメダルを持っていやがるんだよ!!!
「全ての結末は安息日。天気は晴れ。朝の10時」
『絶望は良いのものよ。真実を見せてくれるから』
「アタシは全ての結末を知っていた」
◆
「全てを手に入れるのは日曜日。天気は晴れ。朝の10時。
失うものはただ一つ、友を裏切る残酷さ」
「全ての始まりが何時だったのか、アタシには話せない。
話をしたくないってのが半分、あとの半分はまあ世の中には知るべきではないものもあるってこったな」
「あるはずの無い事を語るよりも、何も語らぬ方が良いわね。
口は災いの元となりかねないし」
「その割には随分と舌を動かしているみてぇだが」
「独り言を零したとしても、仕事の手は止めていないもの。
貴女へは私が介入をしていないし、考え方を変えさせた訳でもないでしょう。
ただその身の誇りを守れるよう、勇気が湧き上がるように配慮をしたのよ」
「真実ってのは随分とまた美しくねぇもんだよなぁ、おい」
「虎は生まれた時から虎だった。虎が強いのは虎であるからなの。
真実とはそういったもの。御伽噺よりも余程残酷ね」
「実に気高く、強く、醜い回答だ。でもよそいつは虎の言葉だろ。
何時から虎になったんだ? 人を騙す狐のくせしてよ」
「予言は絶対だもの。
それに虎の威を借りるのも狐の仕事よね。違うのかしら」
「美人ってのは得だわな。ちょいと拗ねて見せるだけでも可愛らしい。
アタシが男だったら俯かれるだけでもコロッといっちまう。
でもよそうやって幾度となく鯉では虎にかないませんと語られたところで、納得何ざできねぇよ」
「納得してもらえないのね。
幸せを分かち合って、お互いにもっと幸せになれる素敵なお仕事なのだけど……、
どうぞおかけになってお待ちください」
「か~けようにも椅子がねぇぞ~」
「留まる気のない相手に腰掛けが必要だとでも♪」
「そりゃ結果的にはそうなるかもしれねえけどよ……、
だからといって始めから用意しないってのは礼に反するだろうよ」
「人の道を外れても結構。狐だもの」
「悪かったよ、アタシの負けだ。不良娘が礼を説くのお門違いか。
そうやって先を丸めた針で繰り返し突く様な真似は止めてくれ」
「御心配なく、怒ってはいませんよ♪ 他愛のないイタズラです。
時には刺激強めじゃないと、癒せない事もあるのよ」
「荒療治は遠慮したいもんだぜ。
何とか穏便に済ませるこたあ出来ないもんかよ。
お互いガキじゃねえんだし、こう上手いとこ落し所を探さねぇとよ」
「一発逆転の宝が必要であれば、人生を楽しむ事かしら」
「またそれかよ。この話は何度目だよ。
くどいっつーの、こっちはもう聞き飽きてんだよ。
アタシはもうおけらだ。逆さに振ったところで何もだせねぇぞ、おい」
「その言葉に偽りは?」
「ねぇよ。アタシは嘘と曲がった事が大っ嫌いなんだ」
「苦しい時に他人の物へ手を出した事は?」
「……ある。
アタシらバイク愛好会の会長を急いで御縄へかけるには、どうしても物証が必要だった」
「舌の根も乾かぬうちにそれだとちょっと。
でも財布の中身よりも手紙の中身の方が価値がありますからね。
お金に色は付いていないもの」
「もう止めてくれ。そうやって誰もがアタシを蔑むんだ、覗き屋、裏切り者ってな。
だけどそれは誰かがやらなきゃいけない事だったんだ。アタシは確かに手を汚したよ。
口火を切るのは特攻隊長の仕事だからな。だけど何か? そのまんま黙って見てりゃよかったってのかよ」
「誰かを傷付けた事は?
1かしら、10かしら、それとも100かしら」
「数えきれねぇよ」
「誰かを救った事は?」
「ある―――会長だ。
問答無用でしょっ引かせなきゃ、ヤクで脳味噌がとろけて破滅する未来しかなかった」
「では話を始まりへと巻き戻す事へ致しましょうか。
何も知らない向井拓海は、竜は鯉であったと語ったわよね。
なぜ鯉は竜となったのかしら?」
「そりゃ出世をして偉くなったからだろうよ。
登竜門ってなそんな話だ」
「鯉が竜と成るには何が必要かしら?」
「勉強だ。試験に受からなきゃ出世は出来ねぇ。
知識を身に付け賢くなった奴は長生きできる。
世の中ってのはインテリが治める様になってんだよ、嫌な話だがな」
「話が脇道へとそれてしまいましたね」
「回りくどい話ばっかさせっからじゃねぇか。
もっと短く、物事は簡潔に済ませようぜ」
「憐れみを望むのであれば真実を知る事かしら」
「堂々巡りじゃねえか! 真実なんざクソ喰らえだ。
ウンエイとやらが好き勝手に決めた天命何ざ従えないからこそ、こうしてごねる破目になってるってのによ」
「予言は絶対だもの」
「それを口に出来るアンタは、本当に賢いんだろうさ。
でもよ。擦れっ枯らしのすまし顔を身に付けるよりも、世の中にはもっと他に大切な事があるはずだ。
いくら学のねぇアタシでも、生贄にする事と殺す事の間に違いが無い事位は知っている」
「だけどやでもの言葉を使うと、それより前の言葉は全て意味を失うのよ。
まずは従う事ね、何かを従えたいのであれば」
「人を! 鎖に! 繋ぐなんざ! んなもん間違ってる」
「人は正しい理由で間違った事をするの」
「檻の中に閉じ込められた獣の頭を撫でてやって、なんになるってんだ。
そんなもんが救いだなんて、アタシは認めない。
獣はなあ、檻から外へ出たいんだ! ただそれだけなんだよ」
「泥と埃にまみれた美しい言葉。でもそれは年老いた竜の言葉。
何も知らない向井拓海は、いつうら若き鯉である事をやめたのかしら?」
「はぁ はぁ いいさ。
別にアンタの差し出した手を食い千切りたい訳じゃない。
これ以上はどんなに話をしたところでお互い時間の無駄にしかならねぇよ」
「あぁ、いっけない。つい失念しちゃった。
話を聞いてばかりだと時間がたつのを忘れてしまうの。
お互い物忘れやうっかりがひどいと困ってしまうわね」
「独りでさえずれ。アタシはもう上がらせてもらうぜ」
「くだんの会長はどちらに?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……鉄格子の輝きの向こう側だよ」
「ゴミをゴミ捨て場へ プラス5兆35億6400万アイドルポイント。ヤンキーポイントはアイドルポイントによって相殺されます。
歌を歌う プラス1万8888アイドルポイント。ヤンキーポイントはアイドルポイントによって相殺されます。
手違いで集計が遅れました事、誠に申し訳ございません」
無慈悲な声が響き渡る。
◆
「謀ったな、謀ったな、あの女狐め。
アタシの事を謀りやがったな」
奇跡の代償に、アタシの目の前でくるみの手からレアメダルは消えうせた。
「何が嘘は言えないだ。
それとなく目くらましをばら撒くばかりで、何一つ肝心な事は口にしちゃいねぇじゃねぇか」
なぜアタシのメダルは手元にある?
なぜくるみのメダルは取り出された?
「身長は165cm。バストは80cm、ウエストは56cm、ヒップは81cm」
渋谷凛を思い出せ。
花屋の娘で、マブイねーちゃんだ。
あの娘がアイドルと成った姿を想像しろ。
アイドルってのは誰もが羨み、嫉み、妬み、救いを求め狂おしく心惹かれるあこがれの存在だ。
http://i.imgur.com/wkPRFHo.jpg
「何故気付かなかった。なぜアタシはここにいる。
そもそもやり直せる事自体、話が美味すぎだ」
渋谷凛 あいつを評する言葉はスタイルの良い女の子だ。
間違ってもお胸の大きな女の子だなんて売り文句は使わねえ。
お胸が大きいって言葉が当てはまるのは及川雫や―――アタシみたいな女の事だ。
「アイドルになるのはこのアタシだった」
サラシから解放され、投げ出されたデカチチが呼吸を繰り返す度に弾む。
喧嘩の邪魔だと抑えつけ意識せぬ様務めてきたが、この胸は男共を引き付けるには十分すぎる凶器だ。
「チクショウ、チキショー!」
ただ吠える。
向井拓海の馬鹿さ加減に嫌気がさして。
アイドルってのは真っ当に稼げる仕事だ。少なくとも学歴は重視されない。
アイドルとなったアタシはいずれ大金を手に入れ、胸を張って親父の元へ飛び立つだろう。
貴方の娘はこんなにも立派に育ちましたよと……。
「喜べよ、向井拓海。テメェの願いはもうすぐ叶う」
どれだけ悪態を吐こうと、腹ん中から湧き出るどす黒い感情は汲出せない。
ふざけるなよ、ふざけるなよ、おい。
夢が叶う事を幸せだと誰が決めた。願う事すら誤りな夢だってあるだろうがよ。
「願いを叶える事が仕事か……。
そうとも仕事は大切だ、恨むのは筋違い。理屈ではそうなる」
夢や理想なんてもんは、人の胸に熱く輝いているからこそ尊いんだ。
それこそが人々を導く良き力となるはずだ。
自分の手でつかみ取らず、他人を踏みつけて得た希望なんざなんの価値があるってんだよ。
それでも価値は有るのさ。どの様な道を歩んだとしても。
毎年多くの人間が夢破れ、恨みつらみと諦めで腐った人生を歩んでいる。
アタシだってそうさ。今まではずっと自分が死ぬ日の事ばかり恐れていた。
でも、アイドルは違う。
アイドルってのは誰にでも平等に微笑みかけ、新たな希望と活力そして救いを与えてくれる存在だ。
男闘呼組の様に、及川雫の様に。アタシはアイドルの歌と笑顔に幾度も励まされた。
「おねーしゃん、大丈夫? 血出てるよ」
やはりくるみはやさしい娘だ。
突然狂ったかのように喚き散らすアタシに対しても、心配を忘れない。
いや、忘れるとか忘れないって話じゃねぇな。
くるみにとってはそれが自然な事なんだ。
何の打算も無い無償の親切を行えるくるみだからこそ、その腹にはメダルがあったのだろう。
「身体の傷は心の傷に比べりゃ傷まねぇ、唾付けときゃ治るからな。
それよりもサラシが緩んでっぞ、巻き直してやんよ。
何も無いアタシの最後のお宝だからな、大事にしてくれよ」
激情に任せ握りつけたメダルは、アタシの左掌を貫いた。
メダルが体内に戻る事はなく、引き抜けばさらなる出血を招くだろう。
だが、痛みは恐れるものじゃない。それは肉体の正常な反応に過ぎない。
くるみのサラシを緩めきつく押し当てる。吹き出す血がくるみの背と雑誌を赤く染めあげる。
嗅ぎ慣れた血の香りはアタシの心を慰めてくれる。
「御勉強も済んだし次は遊びだな。この近くで祭りがあるんだ。
もし良かったら一緒に来ちゃくれねぇか」
ひり出されるのは甘えと自己正当化に満ちた言葉。
自己の無実を欠片も疑わぬ傲慢さに満ちた言葉だ。
「うんいーよ」
くるみは満面の笑みで答えてくれた。
すでにメダルは失われ、人と人との縁は繋がれた。
間も無くこの世には誰もが望んだ長い黒髪のアイドルが生れ落ちるだろう。
ウンエイの予言に従えば、その為には生贄が必要だ。
全てを失うのは日曜日。天気は晴れ。朝の10時。
右手でくるみの手を引き、二人で大通りを歩く。
結末を知るアタシが、なすべき事は分かっている。
人生を楽しもう。
青空に笑い声を響かせながら。
「アタシは昔、人を殴る事が幸せだった。敵だと思った相手を殴り飛ばした。
でもなそいつを続けるうちに、心が壊れそうになっちまった」
「くるみ……やっぱり喧嘩は嫌だよう」
アタシの話にくるみは悲しんだ。
「アタシも嫌だ。
仲間の為だと思っていても心が泣き続けた。
きっとアタシが無力で弱かったからだな」
「弱いと……ダメなの?
くるみは……そんな事しなくても幸せだよ」
くるみはさらに悲しんだ。
アタシの事を憐れんで。
「他に心を強くする為の方法が無かったんだ。だから拳闘を身に付けた。
アタシは学がねぇし、この腕っぷし以外何も持たなかったからよ」
「おねーしゃん、くるみはね……お馬鹿で……きっと長生きできないけれど……。
何も……持っていない事はないよ。お歌は楽しいもん……。
ままの作る豆乳のケーキは……毎日美味しいもん」
歩きながらくるみは泣いた。
くるみの顔から流れ落ちる涙とよだれが止まる事はない。
「そいつが魔法なのさ。頭が悪くしょっちゅう転んで、怪我をしたっていいんだ。
馬鹿にされたっていいのさ。そいつを自分が不幸だと感じなければな。
自分の行い全てに納得できる事、不幸を吹き飛ばす魔法だ」
歩きながらアタシは泣かなかった。
アタシの左掌から流れ落ちる血が止まる事はない。
手に入れるのはただ一つ、友を裏切る純粋さ。
これからはアタシが死んだ後の日の事を恐れよう。
繰り返すのはもう止めよう。円の切れ目は縁の切れ目だ。
我が身かわいさに自分が不幸だと、何時までも泣き叫ぶのは終わりにしよう。
◆
祭りまでの道すがら、アタシは数えきれない程のホラを吹いた。
ぶおー、ぶおーってな。ほら貝の応援じゃねえが届いて欲しいもんさ。
「一つ昔話をしようか、むか~しむか~しのお話だ」
「むか~しむか~し? どの位昔なの?」
努めて明るい声を出す。くるみを怯えさせぬ様。
「とても昔だ。人が至高なるものの集う所から燃える火を盗んだのと同じくらい昔の話だな。
その頃はな、犬はまだ狼と呼ばれていたのさ」
「犬しゃんは……怖い狼だったの? 何でも食べちゃうんだよね」
「そうだな、狼はとても腹ペコで森の中で食べ物を探していたんだな。
そんな中一人の人間に会ったんだ」
【人間よ、狼は腹ペコなのだ。人間は狼に食べ物をよこせと狼は言いました】
【狼よ、人間も腹ペコなんだ。今一つの森にある食べ物は一粒の麦だけだよと人間は答えました】
【人間よ、たった一粒の麦ではないか。一粒の麦では狼の腹は膨れぬのだ。
どこかに人間は沢山の食べ物を隠しているのだろう、正直に言わねば狼は人間を食べてしまうぞと狼は言いました】
【狼よ狼は賢いな。人間は地面の中に一握りの麦を隠しているのさ。
もしも狼が秋まで待つ事が出来たならば、人間は狼に一握りの麦を分けてあげようと人間は言いました】
【ようし良いだろう。秋まで待ってやる。
もしも人間が地面から麦を取り出さずに逃げたならば、狼は追いかけて人間をひと飲みにしてやるぞと狼は言いました。
狼は人間が嘘を吐いていると思ったので一人と一匹の約束をしました。狼は人間の肉が大好きだったのです】
【こうして一人と一匹の暮らしが始まりました。一人と一匹は何時でも腹ペコです】
【一人は朝から晩まで地面を引っ掻いては、二つの川から汲んだ水を地面へ零します】
【人間よ人間はなんてつまらない事をしているのだ。地面を引っ掻いて傷を付け、二つの川の水を地面へ零すとは。
人間はつまらない事をするよりも食べ物を探しにゆけばよいではないか、人間も狼も腹ペコなのだぞと狼は言いました】
【狼よ食べ物は一つの森に有るよと人間は答えました。それでもやっぱり一人と一匹は何時でも腹ペコです】
【狼はやっぱり人間は狼を騙す嘘吐きだと思いました。だから狼も人間を騙してやろうとながくなが~く考えて嘘を吐きました。
一つの森、二つの川、三つの草原、四つの丘、五つの谷、六つの砂漠を越えた七つの沼には食べ物が隠してあるとの嘘です】
【狼の話はすごいと人間は喜びました。そんな人間を見て狼も喜びました。
狼は人間が狼の嘘に騙されて食べ物を探しに七つの沼へ出かけたならば、
狼が人間は地面から麦を取り出さずに逃げたと言いがかりをつけ、狼が人間をひと飲みにするつもりだったのです】
【狼よ七つの沼に食べ物が隠してあるならば、どうして狼は一つの森に来たんだいと人間が尋ねました】
【狼は困ってしまいました、なぜならば七つの沼には食べ物が隠してあるとの狼の話は嘘だからです。
しかたがなく狼はまたながくなが~く考えて嘘を吐きました。七つの沼には沢山の食べ物が隠してあって一匹では食べきれないのだと。
だから七つの沼、六つの砂漠、五つの丘、四つの谷、三つの草原、二つの川を越えて一つの森へ食べ物を分けに来たのだと】
【狼よ大丈夫だ。一つの森には食べ物が有るよ、狼が人間へ食べ物を分けてくれなくても大丈夫だ。
狼は二つの川へ食べ物を分けに行くと良い、秋になったら人間も二つの川へ食べ物を分けに向かうよと人間は答えました】
【狼は人間が人間の嘘がばれるのを恐れて、狼を一つの森から追い出そうとしていると思いました。
なぜならば一人と一匹は何時でも腹ペコだからです】
【人間よ人間の話はあるはずの無い話だと、狼は怖い声を出しました。
狼は秋まで一つの森で待つと一人と一匹で約束したのだ。
だから狼は一人と一匹の約束を絶対に守るのだと、石にしがみついて狼は答えました】
【狼の話はすごいと人間は喜びました。人間はいままでずっと一人ぼっちだったのです。
これはともだちと呼ばれる言葉が生まれるずっと昔のお話です】
【こうして一人と一匹の暮らしがまた始まりました。一人と一匹は何時でも腹ペコです】
【春が来ました。一人と一匹は何時でも腹ペコです
梅雨が来て夏が来ました。一人と一匹は何時でも腹ペコです。
秋が来ました。実りの秋です。地面には人間が隠していた一握りの麦が穂を付けたのです】
【人間よ人間は狼に勝った、人間は狼を食べろと狼は言いました。
狼は人間がずっと狼へ嘘を吐いていると思い続け、狼が人間を信じなかった事を恥ずかしくなったのです】
【人間はながくなが~く考えた後、人間は一人と一匹の約束通り狼へ一握りの麦を分けてあげようと言いました。
人間は食べたり食べられたりするよりも、一緒に食べる事を選んだのです】
【狼はありがとうと言いました。
そして狼がずっと人間へ嘘を吐いていた事を謝りました】
【狼よ狼は一人と一匹の約束通り秋まで待ったじゃないか、狼は人間へ嘘を吐いていないよと人間は答えました。
なぜならば人間はとても愚かなので、狼が人間へ吐いた嘘を忘れてしまったのです】
【狼は人間の気持ちに名前を付けよう。ありがとう人間狼のともだちよと狼は言いました。
こうして一人と一匹は始めてのともだちとなりました】
【また春が来ました。一人と一匹は何時でも腹ペコです。
また梅雨が来て夏が来ました。一人と一匹は何時でも腹ペコです。
また秋が来ました。実りの秋です。地面には人間が隠していた一握りの麦が穂を付けたのです】
【それは何年も何年も繰り返されました】
【また春が来ました。一人と一匹は何時でも腹ペコです。
また梅雨が来て夏が来ました。一人と一匹は何時でも腹ペコです。
また秋が来ました。実りの秋です。地面には麦がありません。一人と一匹は何時でも腹ペコです】
【狼よ人間は年を取りもう働けない、狼は人間を食べろと人間は言いました。
そして人間が狼を七つの沼へ返さず、ずっと引き留めていた事を謝りました】
【狼はながくなが~く考えた後、狼は一人と一匹の約束をしていないぞと言いました。
狼は食べたり食べられたりするよりも、一緒に腹ペコと成る事を選んだのです】
【人間はありがとうと言いました。
人間は人間が地面に隠した一握りの麦を取り出す事が出来ず、狼へ嘘を吐いてしまった事が恥ずかしくなったのです】
【人間狼のともだちよ人間狼のともだちは狼へ嘘を吐いていないぞ、狼はもうお腹が一杯なのだと狼は答えました。
なぜならば狼はとても賢いので、一人と一匹の約束を忘れてしまったのです】
【人間は狼の気持ちに名前を付けよう。ありがとう犬人間のともだちよと人間は言いました。
こうして一人と一匹は一匹になりました】
【また春が来ました。一匹は何時でも腹ペコです。
また梅雨が来て夏が来ました。一匹は何時でも腹ペコです。
また秋が来ました。実りの秋です。地面には麦がありません。一匹は何時でも腹ペコです】
【何時しか狼は人間を食べる運命を裏切り、新しく人間に貰った名である犬を名乗る様になっていました】
【それからながいながーい時が経ちましたが、今でも犬は石にしがみついています。
なぜならば腹ペコの犬は何時でも始めてのともだちのともだちだからです】
「めでたし、めでたしってな」
「それがめでたいの? ぐすっうわぁぁぁん。犬しゃん……お腹が空いてかわいそうだよぅ」
「そうだな、腹ペコは大変だ。
でもよ犬に尋ねたわけでもねぇのに可哀想だってのは、ちぃとばかし傲慢だわな」
「ゴーマン?」
「始めにいぶきありきっつってな。
本当は正しい意味じゃねぇんだが、仲良しの魔法で奇跡だって意味ではおまけして同じにしちまおう。
狼はダチの為に望んで犬になったんだ。どんな相手でもまずは怖がらずに話をしてみろってこったよ」
「じゃあ、くるみは犬のおねーしゃんともっとお話がしたいの」
「お、ハッキリものを言うようになったじゃねぇか。
そうだよ、ガキってのは少しくらい生意気で我儘な位が丁度いいのさ」
「ほめられた。おねーしゃんもっとほめて~。
でもほめられると……ぐしゅ、ひぐっ、うう~」
「ああほらまた涎出てるじゃねぇか。ティッシュ借りるぞ。
そうだな次は何の話にしようか? 毒茸伝説は知ってっか、何せ食いもんの話だからよ興味あるだろ」
「知らな~い。飲み物ならくるみは豆乳が好き、ままが体に良いって。
後はね~かき氷。冷たくっておいちいいちごミルクがさいこう……」
そうか茸じゃ駄目か……どうすっかな。こいつは困ったぞ。
「いちごだけでもおいちいのに、れんにゅう! 考えた人、すごいぃ」
「嬉しいじゃねぇか、その組み合わせはアタシが考えたもんなんだぜ」
「おねーしゃんすんごいの~」
「ミルクをかけるとなんでも美味くなるからよ。
くるみもミルク味にすると人気が出るぜ」
「あはは、おもしろいねおねーしゃん。
ねえ、ブルーハワイって何味なの?」
「ブルーハワイか。ブルーハワイっつーのわな~、猫のおしっこだ」
「ええ~、くるみそんなの食べたくないよ~」
「まて、違う。まだ材料があった。緑の牧草と火打石~あ~今思い出す、鼻の下まで来てるんだ。
濡れた毛布、黒カビ、粉っぽい黄色鉛筆の芯、ブルーベリー歯磨き粉、塩の浮き出た赤レンガ、後は秘密の一さじだな」
「ブルーはブルーベリーのブルーなんだ……じゃあひみつのひとさじは?」
「そいつは秘密だ。何せ秘密だからな。
くるみが大人になったらおしえてやんよ」
「う~ハワイだから~はわいおんせん!」
「おったまげ~、こいつの答えはお釈迦様でも御存じあるめぇに。
そうだぞくるみ、ブルーハワイの味の決め手は温泉の味なんだ」
「温泉。くるみぷかぷか浮きやすいんだぁ。
ぜんぜん泳げないけど……」
「気にすんな。アタシも泳げねぇ。
体が勝手に浮いちまうからな、もっぱら泳ぎは背泳ぎばっかよ。
どうだ暇が出来たらプールでも行ってみっか?」
「くるみスタイルがよくないから、水着は似合わないよ。
ぽろりんしちゃうもん。かわいいの着れないもん」
「うっし、泳ぎが駄目なら山だな。
アタシの地元から西へ向かえば箱根があってな、何度も通ってるがい~いとこなんだぜ」
「ホント、くるみ箱根行きたい」
「そうかそうか、でもまずは祭りだ。今を楽しもうぜ。
目指すは出店のブルーハワイにするか」
「いちごみるく!」
「残念、アタシはくるみよりも大きな声を出すからな。
注文はブルーハワイが二つだ。くるみがもっと大きな声で注文しないと、いちごみるくは出てこないぜ」
「む~、おねーしゃん意地悪」
「はっはっは~アタシはこわ~い不良のおねえさんなんだぞ~。だから意地悪もしちゃうんだぞ~」
「いいもん、たくみんおねーしゃん全然怖くないもん。
意地悪されても平気だもん」
「ごめんなさい、アタシが悪うございました」
「うんいーよ。キチンとごめんなさい出来る人は許してあげちゃうもん」
この日アタシは明日を見たいと思った。額まで浸かった泥沼の中で。
もがくほどに身体は沈み込み、身動きは取れずにいるのに。
◆
「ひゅー。どこを見ても人、人、人。休みなだけあって賑やかなもんだねえ」
普段はバイクで通り過ぎるだけの道だが、子供の足に合わせてゆっくり歩くと様々なものが目に飛び込んでくる。
焼きたてのパン、散らばる鉄パイプ、かき氷の屋台、魚のぬいぐるみ、たこ焼きの鉄板、献血のポスター、物乞い、
あのデカいのは―――バルーンだな、のぼりが浮いてやがる。おっとあぶねぇっ、見とれていたら迷子になるのは確定だ。
「手ぇ離すなよ、はぐれちまったら見つかんねえかんな」
近くで町おこしでもあるのか、何時の間にやら人の波へと呑みこまれていた。
坩堝みてえなもんだ。老若男女選り取り見取りで祭りを楽しんでいる。
視線を向ければ青年団と観光客が連れ立って馬鹿騒ぎの最中だ。
「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ」
一糸乱れぬ統率の取れたダンス。
パッと見驚くが大仰に見えて実の所単純な動作を繰り返すだけの代物。まあ盆踊りと違いわねぇわな。
和太鼓の心地よい響きに合わせて、今もまた観光客が幾人か阿波踊りの行列へと吸い込まれていった。
「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々」
この誰にでもできるってのが良いもんだよな。飛び入りが多いせいか大行列が出来ていやがる。
西洋にはワルツだのジルバだのの踊りもあるけどよ、やっぱ庶民にとっては格式高いってのは息が詰まっていけねえや。
踊りの熱気につられてアタシも地面を蹴りながら拍子をとり、囃し声を上げ祭りを盛り上げる。
何時しか太鼓の音色に誘われ知らぬまま歩道から身を乗り出していたらしい。
振り返りくるみの手を強く引き踊り手の行列へと歩を進める。
「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ」
ことさらに大声を上げ、騒ぐ。
リズムはめちゃくちゃ、ステップは大外れ、滑稽なほど腰をねじってくるみを振り回す。
「えらいやっちゃ……ヨイヨイ……やっちゃ……ヨイヨイ」
揃わぬ手振りも御愛嬌。和太鼓のリズムに合わせて次第にアタシらの猿真似は様になってくる。
まっ元々が庶民の為の単純な踊りだからな。数メートルを進む頃には何の問題も無く馬鹿騒ぎへと溶け込んだ。
「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々」
「おどらなそんそん」
何時しかくるみはアタシの手元を離れ阿波踊りを御満悦だ。
負けじとアタシも派手に飛び跳ねて、道路沿いの観光客へと突っ込む。
「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々」
祭りを眺めていた観光客の手を引き、無理やり踊りの列へと引きずり込む。
「おどらなそんそん」
案の定揃わぬ手振りも御愛嬌。それでも和太鼓のリズムに合わせて次第にアタシらの猿真似は様になってくる。
そんなアタシらを見て熱気に当てられたのか、また新たな観光客達が行列へと加わった。
「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ」
「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ」
振り返れば行列はさらに伸び、踊り手は誰もが笑顔で祭りを楽しんでいる。
さあ、踊れ。人生を楽しめ。元気を出せ。
人間ってのは生きてりゃきっといい事があるんだからよ。
「ダンスを踊る プラス699兆8835億6477万5431アイドルポイント。ヤンキーポイントはアイドルポイントによって相殺されます。
テンションゲージがMAXとなった為、ハイテンションモードに突入します」
「コンボ条件を満たした為、コンボボーナスが発生します。
ただいまより10分間、あらゆるポイントの増減に対し補正が行われます」
柳の無慈悲な声が響く。
◆
親父の事はあまり話せない。話したくないってのが半分、後はまあ知らない事だからな。
ああ大丈夫、それでも話は続けるさ。これは望むと望まざるとにかかわらず、話さなければいけない事だからな。
なぜ話をするのか? そうだな……それは待つ事がアタシの仕事だからだ。そこには責任がある。
仕事はしなければいけない、一度口にした事は最後まで責任を取らなくちゃいけない。
辛く何ざねぇさアタシの人生は待つ事から始まったからな。
今までずっと頭ン中をこねくり回してきたが、結局の所分かった事は大した事じゃない。
アタシは親父の事を何も分かっちゃいないって事だ。
「知ってるよ」
アタシには親父の気持ちが分からない、思えば話したい事は山の様にあったが碌な話をしちゃいなかった。
だけどアタシは親父の背中を知っている、親父がどんな仕事を成したのかを知っている。
家ん中、仕事の無い日の親父は碁打ちだった。
だから碁を知れば親父の事が少しは理解できるかもしれねぇ。
碁石には3つの種類がある。
「知ってるよ」
1つ、生きている石。
2つ、死んでいる石。
3つ、どっちつかずな石。
最も大切な石はどっちつかず。
生きてはいない、だが死んでもいない、そんな半端もんの石こそが勝負を決める。
どっちつかずは生かすも殺す事も自由にできる、そんな石だ。
「結末は知ってるよ。
でもアンタの話なら、あたしは何時だって聞いてきた。だからさ今回も話を聞かせてよ」
まずは隅へ打つ、そいつが定石だ。
盤面のど真ん中へ足を止めて殴り合いを始めちゃあいけない。
余程両者の腕前に差が無けりゃ、完全勝利は難しい。
まずは隅へ打つ、そいつが定石だ。
決して焦らず、まずは足元を固めるんだ。回りくどい位で丁度良い。
右を打てば左へ、左を打てば上へ、上を打てば下へ打て。
相手に合わせて打つのさ、特に自分が格下の場合はよ。
一つの場所に拘らず、盤面を見ず、相手を見るんだ。
自分がいったい誰を相手にしているのかを。
長かった。ここまで来るのにだいぶ飛び石をしちまった。
だけどようやくアタシも最後の話が出来そうだ。
「結末は知ってるよ。
だからどこから話しても構わないんだよ。どうせ同じ事なんだから」
全ての石を生かす事は出来ない。大きく生かそうと動けば大きく死ぬ。
全ての石を殺す事も出来ない。大きく殺そうと動けば大きく生きる。
だから石を繋がなきゃいけない。小さく生かせば、小さく殺される。
だから話を繋がなきゃいけない。小さく殺せば、小さく生きられる。
全ての石を生かす事は出来ない。全ての話を繋げる事も出来ない。
必要なものは目くらまし。隅を埋めれば嫌でも盤面の中央へ足を進めなきゃならない。
足が止まれば手が届く。手が届くならば格下でも殴り合える。
囲碁を打つ親父の背中を思い出す。
似ても似つかぬ筈なのに、なぜだかその背中は能面みてぇな柳の微笑みを思い浮かばせる。
勝負を決めるのはどっちつかずの石。
生きてはおらず死んでもあらず。
そんな半端もんが全てを決める。
◆
「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ」
祭りの熱気は治まる事を知らず、アタシらの馬鹿騒ぎはうねりを増す。
振り返るが、くるみの姿は見えない。
どうやら飛び入りの観光客の群れに飲み込まれちまったらしい。
「まったくもってアコギなもんだぜ。食いもん一つにぼったくりも良いとこだ」
踊りの喧騒を離れ歩道へと向かう。
両手をポケットへ突っ込んで握りしめる。
アタシの手は空を掴む。
「払えるだけ払ってまだ足りねぇ。
前払いで血を流して、その対価が10分か」
腕時計を外し、十字路へと投げ捨てる。見なくても分かる、時刻は朝の10時。
「サイは投げられた、人生最高の10分間にしよう」
普段はバイクで通り過ぎるだけの道だが、自分の足で歩くと様々なものが目に飛び込んでくる。
焼きたてのパン、散らばる鉄パイプ、かき氷の屋台、魚のぬいぐるみ、たこ焼きの鉄板、献血のポスター、物乞い。
誰もが踊りへと注目する中、アタシへ注目する存在は誰も居ない。
「おーっと足が滑ったぁ!」
わざとらしい大声と共に、物乞いのおっさんへと蹴りを入れる。
「あぁん? 文句あるってーのかよ。んなとこに座り込んでるおっさんがわりぃんだろーがよ」
昔取った杵柄、いちゃもん何ざいくらだって付けられる。
メンチを切るとビビってくれたのか、物乞いのおっさんは口をもごもごさせるだけでその場を立ち去った。
これでいい、まずは一つ。おっさんの縁は繋がれた。
次はまあ、御遠慮願いたいもんだが……贅沢は言えねえわな。気合で耐えっか。
「おーっと足が滑ったぁ!」
わざとらしい大声と共に、アタシの背から胸へと衝撃が突き刺さり―――弾けた。
「がっ、ぎっ、ごっ、オゥ、オゥづああああぁぁぁあぃああ、オッ」
まるでオットセイの交尾だなこりゃ。人間が出したとは思えぬ獣声だ。
頬肉を噛み切って活を入れ、激痛で消え去りそうな意識を無理やり覚醒させる。
「あぁん? 文句あるってーのかよ。舐め腐った真似してくれたテメェがわりぃんだろーがよ」
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
どうやら自分でも気付かぬうちに、アスファルトへと倒れ込んでいたらしい。
痛い、痛い、痛い、呼吸が浅すぎる。
「おうおうおうおう、でかいケツしてんなねえちゃんよっ。
逆さになっても、何てしつけ良い子良い尻してんな!」
「あっ、い、もぼ、ち、だはっぶへ」
ケツを蹴られたか? 新たな衝撃で体が路面を転がる。
口内の血の海を吐き出し、一息つく。
視線の先に一瞬見えたのは、チーマー崩れのクソガキだ。
「……ひゅふ……ぼっ……ひゅふ……ぼ……」
無様なもんだ、背骨がイッタなこりゃ。獲物は鉄パイプか?
いもむしみてえにに地面を這いずって、少しづつ距離を稼ぐ。
遠い、たった一這いでさえ、とてつもなく遠い。
「おじょーちゃん、あんよが上手ってかぁ。ウシャシャシャシャ」
こいつは御機嫌だ、楽しすぎて狂っていやがる。
おおかた景気づけに混ぜもんの多い煙草を使って、まんまイカレちまったんだろう。
大きく息を吸い、吐く。一這、また一這。
やべぇなこりゃ、血を流しすぎた。這ってるうちに額が切れて流血が目に沁みる。
本気(マジ)でお先は真っ暗。血の赤じゃねぇ、視界に光がこねぇ。
今五感で頼りに出来るのは聴覚か。
さんざ耳を傾けなかったアタシが、最後に縋るのはこいつとはよ……。
どこまでエスプリを求めるんだか……あいつぜってーダチはいねぇだろ。
こんな真直ぐな性格してっから、何時でも完全で独りぼっちなんだよ。
かわいそうな奴だぜ、ほんっと付き合いきれねぇ。
「はいはい皆様ご注目~、それでは止めと逝きましょか。
チャ~シュ~メェ~ンっとくっら」
耳を澄ませば聞こえたのはか細い悲鳴。
観光客の誰かが惨劇に気付いて目を背けたんだろう。
救い何ざない。
傍から見れば単なる不良同士の抗争だ。関わりあいに何ざならねえのが賢いやり方。
成る程、そいつは実に正しい選択だ。何も間違っちゃいない。
全てを終わらせる音が近づいてくる。
それでいい、あと一歩だ。
踏み込んで来い。
「脳漿をブチ撒けろ」
見えなくても分かる。
爆音を上げて迫るのは、歩道へと向けて突っ込んでくる居眠り運転のトラック。
「ろぶはぁ!」
アタシらは指輪にキスをした。
◆
「どうして上に来ちゃったのかな? あのまま下に居ればアイドルになれたのに」
「アイドルだァ!? んなくだらねえ事を薦める何ざ、本当にしおらしくねえなぁ」
「だって今のシューコちゃんはウンエイの依代って奴だしね、お仕事しないと。
ここに来たって事は、アンタはレアメダルを取り出されるって事が確定しちゃったんだよ」
http://i.imgur.com/GjisGZq.jpg
「どんなに足掻いても結末は変わらないって奴か。どうもそのウンエイの基準って奴が良く解らねえ。
大体なんでしおがウンエイをやってるんだよ」
「ん~~偶然って奴?」
「アイドルを生み出すにはレアメダルが必要なんだろ?」
アタシは偶然を信じない。【私が介入をしていない】と柳は言った。
だからいる筈だ、長い黒髪でお胸のおっきな女の子を助けようとした人間が。
そう、最初にレアメダルを使った人間が。
「あたしはね献血が趣味だったから、アイドルポイント結構貯まっちゃってたんだ。
短い白髪でお胸の小さな女の子、アンタを助けるには対になるあたしのレアメダルなら役に立つのかなってさ」
「アンタじゃねぇよ。その顔でその声でこれ以上アタシを呼ぶんじゃねえよ、ウンエイさんよぉ!」
「だったら何て呼べばいいのかな?」
「アタシの名前を尋ねたな。アタシの名前は向井拓海。
ラジカセ片手に挑んだ峠は数知れず。箱根の山はアタシの庭さ。
誰が呼んだかしらねえが、人呼んでタクミンお姉さんたぁアタシの事よ」
http://i.imgur.com/jWlqY5c.jpg
「まあどうでもいいんだけどね。どうせ結末は変わらないんだし」
「まだだ、まだ話は終わっちゃいねえ。アタシはまだ納得していない!
一言文句を言う為にアタシはここへ来た」
「助かるチャンスは与えたよ。シューコちゃんの願いだったしね。
それを拒絶して上に来たのは向井拓海っしょ」
「アタシの事じゃねぇ。納得できねぇのはくるみの事だ。
あんな良い子からレアメダルを取り上げよう何ざ、いったい何を考えていやがる」
「誰もが望んだんだよ、この世にはアイドルが必要だって。その為にはレアメダルが必要だった。
ウンエイの仕事は願いを叶える事だからね。誰にでも機会は与えるべきっしょ」
「くるみを生贄にする必要がどこにある。あの子は怯えていたんだ、ぱーぱしぃに怒られるって」
「向井拓海がくるみを見殺しにしていたならば、それだけで終わる話だった。
だけど向井拓海はそんな人間じゃない。悲しいよねシューコちゃんは子供の頃からそれを知っていた」
「ふざけるなぁ! 子供を捨てるのが親の仕業かよ」
限界だった。怒りを抑えきれずウンエイへと掴みかかる。
「ぐぁっ」
刹那視界が反転。不思議な力でアタシは何もない空中へ逆さ吊りにされる。
視線の先には地面が……いや違うな、下界が見える。
普段はバイクで通り過ぎるだけの大通り。さっきまでアタシは其処に居た。
「どんなに騒いでも無駄だよ。予言は絶対なんだから、足掻いた所で結末は変わらない。
アンタは最後の最後まで、誇りを胸に何も間違った事はしなかった。だからおさまる所に全てはおさまるよ。
何処までも正しく誰よりも正義を貫いた向井拓海のお話はこれでお終い、ただそれだけの話だったんだから」
ウンエイが手を伸ばし、アタシの腹を弄る。
サラシが無いせいで、軽く触られるだけでもむず痒い。
「あははは」
「無い。無い、どこへやったの?」
だからペたぺた触るなっての、くすぐったい。
ウンエイの慌てる様子がおかしくて、つい声をあげて笑っちまう。
「ウンエイ、空にしろ知めす。世はなべて事も無し。
さて、こいつは一体誰の言葉だったか……いけねえよな、どうも横文字ってのは思い出すのに時間がかかっちまう」
「素直に言えばまだ助けてあげるよ」
「そいつは無理な相談だ、アタシは罪を犯した。報いは受けなくちゃならねえ。
止めたやめた、これ以上口からクソを垂れ流すのは反吐が出る。てめぇとはもう話すだけ無駄だ」
今までは義憤で口を開いていた。
だけどよ頭に血が降っちまったせいか、どうにも嫌悪感が抑えきれねぇんだわな。
誰が好き好んでこんな頭の悪い話をするかよってんだ。
「何を言ってんの、アイドルポイントはぎりぎりでプラスになってるっしょ?
そうなる様にあたしが調整したんだから。プラスであれば助かる権利は残っているんだよ」
逆さ釣りのまま下界の大通りへ目を凝らす、そうだそれでいいあと一歩。
「おねーしゃん。おねーしゃんどこにいるのかな? ううっ、くるみ迷子になっちゃった」
「話を、どうかお願いです。私の話を聞いてくれませんか?」
そうだくるみ。お前はとても優しい良い子なんだ。
だから声をかけられれば、必ずお前は話を聞くだろう。
「さっきからどこを見て……下? あれはくるみ」
「上に行けるのはレアメダルを取り出される奴だけ。
だからアタシはここへ来て、レアメダルを取り出される事が決まっただって」
まだ駄目だ。しゃべり続けろ、此処が女の見せ所。
アタシが使える武器は舌だけだ。なのに話を切り上げるそぶりを見せたのは、やっぱりアタシのポカだわな。
やっぱり人間キレちまうと足元が見えねえもんだよ。
「大切なのは結末だけだと看護師は言った。だからアタシは自分でレアメダルを取り出した。
何時レアメダルを失うか? そんな過程なんざどうでもいいはずだ、取り出される者であれば上に行けるんだからな」
「向井拓海! アンタのレアメダルはどこにあんのさ!!!」
「贈与 マイナス2ヤンキーポイント。アイドルポイントはヤンキーポイントによって相殺されます」
柳の無慈悲な声が響き渡る。
「私はアイドルを探しているんです」
「くるみはね、ふりょーのおねえしゃんを探しているの」
誰も見向きもしない物乞いのおっさん。
だけど柳は言った。奴はアイドルのプロデューサーであったと。
「アイドルになるのは、長い黒髪でお胸のおっきな女の子だったよな」
そうアタシの見立てが正しければ、くるみの身長は145cm、体重は40kg前後か?
対話こそが人と人の縁を繋いでくれる。
「清良さん、向井拓海のアイドルポイントは今幾つ!」
「アタシもガキの頃から鳩胸で苦労したからなぁ。
周りの奴らに舐められない様ツッパッてたら、こんな風になっちまった」
服の上からでもわかる。バストはおっきい、ウエストはふつう、ヒップはまあまあ。
きっとこの先もくるみの苦労はずっと続くだろう。
「向井拓海 最終合計でマイナス1 ヤンキーポイント。
手違いで集計が遅れました事、誠に申し訳ございません」
柳の無慈悲な声が響き渡る。
「もうおせぇー! レアメダルはすでに役目を果たした」
はっきりとは見えずとも確かに判る、くるみの胸に巻いたサラシ。
そして雑誌と一緒に、くるみの背へ押し付けたアタシのレアメダルが奇跡の代償に今消え失せた。
「ぐすっ……ぷろでゅーしゃーが……くるみを変えてくれるなら……くるみも頑張るよぉ……。だから、約束の指切り……ね」
「はい、約束です。くるみさんが有名になれば、探しているお姉さんもきっとすぐに見つかりますよ」
レアメダルとは人が持つやさしさの塊。その輝きは人と人の縁をほんの少しだけ強く、結び付けてくれる。
本来結びつくはずの無かった人々でさえ―――。
「あははは、さあ柳ぃ。判定の時間だ。
アタシの未来を教えやがれ!」
「だから最初に言ったでしょう。
貴女はアイドルを生み出す為の犠牲の羊へ選ばれたの、とても名誉な事なのよ」
呼びかけに答え柳が登って来た。
http://i.imgur.com/UWQsUzN.jpg
「そうだろ、そうだろ、予言は絶対。どんなに足掻いても結末は変わらないんだからなぁ。
向井拓海のお話はこれでお終い。何も間違えた事をせず、何も償っちゃいなかったアタシの罪は消せない」
「向井拓海のレアメダルはもうありませんね。
そして長い黒髪でお胸のおっきな女の子が、アイドルへの道を歩み始めたと。結構な事です」
書類の束を踏み台とし、柳はアタシの腹を弄る。だからくすぐったいってぇの。
「ねえ、最後にまた聞かせてよ。
あの娘を救えば、昔の自分が救われるとでも思った?」
「くるみはアタシだ。アタシの半分だ。
あの娘が救われるなら、アタシは満足だ」
「なら判定ね。
塩見周子、貴女はウンエイの依代として役目を果たしたわ。
その功により貴女は天国へ昇るでしょう」
アタシの手足が自由を取り戻した。
空中を泳ぎ姿勢を正す。っーかいつまで浮いてりゃいんだ?
逆さ吊りよかましだがよ。
「ちぇー、なーんか釈然としない気分。
あれ? 特攻隊長じゃん。ここにいるってことは上手く立ち回ったんしょ」
「おう、しおのおかげでな。上手く行ったぜ、ありがとよ」
「じゃ先にいっとくねー。またどっかで遊ぼうよ」
そして塩見周子は姿を消した。文字どおり煙となって消え失せたのだ。
「なら判定ね。
向井拓海、貴女はヤンキーポイントがマイナスの状態で生を終えたわ。
その罪により貴女は地獄へ落ちるの」
「一ついいかな? アタシが生贄になったアイドル。彼女はどんな人生を歩むんだ。
ド忘れしちまってよ、差し支えなければ教えて貰えるとありがたいっつーか」
「彼女はこの後舞台を中心としたアイドルの道を歩むの。
そして46年後、日本を代表する女優として大成。人々の記憶へ永遠に残るわね」
「ははははは、ひー、ははははは。こんなに笑ったのは久しぶりだぜ。
あー、そうだったそうだった。最初にアンタは確かにそう言ったよな」
これでアタシは心置きなく地獄とやらへ落ちる。
其処がどんな場所かは知らねえが、今度はそこで頭(ヘッド)を張るのもワルかぁねぇだろ。
「ええ、ウンエイの予言は絶対ですので。どんなに足掻いた所で結末が変わる事は有りえない。
大切なのは結末だけ。どれだけ足掻こうとその過程にはなんの意味もないのよ」
http://i.imgur.com/iPmAk5G.png
「長い黒髪でお胸のおっきな女の子は必ずやアイドルとなるの」
◆
passion
1 (理性と対比しての)感情.情念.激情.熱情
2 愛着.熱中
3 感情の爆発.かんしゃく.激怒
4 (キリストの)受難.殉教
idol
1 偶像.聖像.邪神
2 偶像視される人.崇拝物
3 熱狂的なファンをもつ人
4 誤った認識.謬見
◆
【己が生命を愛する者は、これを失ひ、この世にてその生命を憎む者は、之を保ちて永遠の生命に至るべし】
ヨハネ伝 第12章25節
誤字訂正
>>45
誤「絶望は良いのものよ。真実を見せてくれるから」
正「絶望は良いものよ。真実を見せてくれるから」
>>121
誤『絶望は良いのものよ。真実を見せてくれるから』
正『絶望は良いものよ。真実を見せてくれるから』
>>160
誤 どっちつかずは生かすも殺す事も自由にできる、そんな石だ。
正 どっちつかずは生かすも殺すも自由にできる、そんな石だ。
投下は以上です。
モバマスでの過去作は以下が存在します、興味を持っていただければ幸いです。
財前時子「2月の」クラリス「イベント」
財前時子「2月の」クラリス「イベント」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1391436715/)
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岡崎泰葉「最近、私を抱く回数が減りましたね」
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