【シャニマス】三峰結華と不即不離な日常 (39)
これはシャニマスssです
前半3本は以前投稿したものです
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『大人の味にご用心』
「……はぁ……」
春、桜や出会いや花粉の季節。
少しずつ上がる気温に浮き足立ち、外へ出て植物どもの撒き散らす害悪に恨みを飛ばす、そんな季節。
先週より3度も高い平均気温に胸を踊らせ、ヒートテックを手放しマフラーや手袋をタンスの奥へと追いやって今日。
いや、俺の判断は午前中までは間違っていなかった。
そう、今日の午前中までは、だ。
ズァァァァァァァァッ!!
駅から出た俺を出迎えてくれたのは、満開の桜を吹き飛ばす肌寒い雨だった。
天気予報では深夜から雨が降ると言っていたが、まだ18時なのに少しばかり雨雲は焦り過ぎではないだろうか。
一瞬回れ右して改札を抜けそのまま家へと帰りたくなるが、しかしながら今日は帰る前に一度事務所に寄るとはづきさんに伝えてしまっている。
タクシーを使う程の距離ではなく、かと言って傘も差さずに歩けば事務所へ着く頃にはプール上がりの様になってしまう。
そして何より、寒かった。
「……仕方ない」
駅内のコンビニでビニール傘を買い、ちらほらと水たまりの出来た道を歩く。
吹く風は冷たく、冬がまだ忘れないでと激しい自己主張をしている様だった。
靴が多少濡れるのは覚悟し、事務所へ向かって小走りに急ぐ。
はづきさん、暖房付けて作業してくれてると助かるな。
「雨、か……」
それは俺にとって特別な天気だった。
正確には、『俺たちにとって』だが。
「ふぅ……着いた……」
ようやく事務所が見えてくると、ラストスパートとばかりに更に足を速める。
ビル内に入り傘を畳むと、少し息が上がっていた。
それでも階段を駆け上がって三段跳び、着地地点はドアの前。
あったまってくれているであろう室内に希望を募らせ、一応ノックをしてから扉を開ける。
「戻りましたー」
「あっ、お帰りなさい」
「Pたんっ!」
「ん、居たのか結華。お疲れ様」
「居たのかとは失礼じゃない? そこはもっと三峰の顔を見れた事に喜ぶべきでしょー」
事務所内には、はづきさん以外にもう一人。
メガネをかけた担当アイドル三峰結華が、コーヒーカップを傾けていた。
はづきさんに今日の報告をしつつ書類を渡して、帰る前に一息とソファに座り込む。
この間に雨が止んでくれていると助かるんだが、おそらくそれは叶わないだろうな。
それに今止んだところで、下がった気温がすぐ上がる訳ではない。
そのくらい分かっているけれど、それがもっと早くに分かっていたのならヒートテックを手放してはいなかった。
「そう言えば結華はどうして来たんだ?」
「どうして来たと思う?」
「歩いて来た」
「はい残り回答数は2!」
少し怒った様に大きな声でピースを俺に向ける結華。
流石にふざけ過ぎたか。
さてさて、どうやら俺は残り2回の回答で結華が来た理由を当てなければならない様だ。
最低限、彼女の機嫌を損ねない回答を捻り出さなければならない。
「んー……忘れ物を取りに来た」
「ラストワン!」
外れらしい。
正直これが一番可能性があると思っていたのだが、それも違ったらしい。
「もっとさー、プロデューサーは自意識過剰になっても良いんじゃない?」
「ん、どういう事だ?」
「それか女の子の気持ちに敏感になった方が良いと思うのです」
女の子の気持ち、か……
世界三大謎の一つである『女心』とやらは、自慢じゃ無いが俺は最も理解出来ず自分からは縁遠いものだと思っている。
秋の空どころか春の空すら読めない俺にそれを理解しろと言う方が無理だ。
「ま、コーヒーでも飲みながらのんびり考えたら? さっきお湯沸かし過ぎちゃったから、三峰が淹れたげる」
「ん、ありがとう」
結華がコーヒーを淹れに行ってくれてる間に、はづきさんに書類を渡しつつ今日の報告をする。
1分とかからず手持ち無沙汰になった。
折角なので結華が事務所に来た理由を考えてみる。
来た理由、自意識、女の子の気持ち……
例えば、である。
これは仮の話だが、俺がもっと自意識過剰になったとして。
更に女心に敏感になったとして。
それなら、俺がその答えに辿り着けるとしたら……
……いや、違うな。
もっと合理的と言うか、三峰結華と言う女の子に弄ばれていると考えよう。
「はーい、三峰特性ブレンドコーヒーお待ち! で、答えは見つかった?」
俺の前にソーサーとコーヒーカップを置いて、反対側のソファに座る結華。
取り敢えず落ち着く為に、コーヒーカップを傾けた。
「っあっっつ!」
「あ、熱いから気を付けてね」
「飲む前に」
「言わなきゃ分からなかった?」
ぐうの音も出ない。
淹れたてで湯気が出てるんだから熱いに決まっているだろう。
「で、答えは?」
「……そう、だな……」
「……私の事、分かってくれてる?」
……あぁ、分かるさ。
俺と三峰結華が、どれだけ長く深い付き合いをしてきたと思ってるんだ。
「……はづきさんに書類を渡しに来た。どうだ?」
「……………………けっ」
沈黙の後、拗ねた様に結華はそっぽを向いた。
対して背後からは、くすくすと笑うはづきさんの声。
「正解です、プロデューサーさん」
「よーし、どうだ結華。これでも結構結華の事分かってるつもりなんだぞ」
「……へーへーそーですよーだ。三峰ははづきさんに書類を渡しに来ただけです。さっさとコーヒー飲んでさっさと帰るつもりだったのです。なのにPたんが帰って来たからワザワザコーヒー淹れてあげてるんだからもっと感謝すべきじゃないかなぁ?」
それはまぁ、感謝しているが。
けれどそこまで不機嫌になられても、こちらとしては理由が分からない。
問1を答えたら問2を用意された気分だ。
そしてまたしても、結華の事について。
「さーて、私はそろそろ帰りますね。プロデューサーさんはまだ事務所に残りますか?」
「んー、このコーヒー飲み終えたら帰るつもりです。その間に雨が弱くなってくれてると嬉しいんですけど……」
「雨、こんなに強いですから……あ、でもカフェインの摂り過ぎには注意して下さいね?」
「分かってますって、一杯で十分です」
「……ふふっ、お疲れ様でした」
「お疲れ様です、はづきさん」
バタンッ、っと扉が閉じられる。
そして再び雨音は遠くなり、部屋に響くのは時計の針とソーサーにぶつかるカップの音だけとなった。
「……あ、今更だけとコーヒー美味しいよ。ありがとな」
「……苦い」
「この苦味が良いんだよ。大人の味ってやつだ」
「はいはい三峰はまだまだ子供ですよーだ」
「砂糖入れたら?」
返事は無かった。
無視された。
沈黙が痛い。
傷付く。
……けれど、まぁ。
遠くから聞こえてくる雨音をbgmに静かに過ごすのも、悪くない。
毎日が余りにも忙しいからだろうか、こうしてノンビリと時間を浪費するのも、案外心地良いものだった。
それはきっと、気の知れた仲である三峰結華という少女と一緒に居るからであり。
だから別に無視されてもちょっと辛いだけで致命傷ではない、決して。
コトン。
空になったコーヒーカップを置いて、俺は伸びをした。
雨は相変わらず降り続けているが、さっきよりは音も小さくなっている。
帰るならそろそろだろう。
ところでずっと無言を貫き通している彼女は、未だご機嫌斜めなままなのだろうか。
「……そろそろ帰るか?」
「んー、もう少しノンビリしてこっかなーと」
「さっさと帰るんじゃなかったのか?」
既に彼女のコーヒーカップも空になっていて、やる事も特に残っていない筈だ。
であれば何故、未だに帰らず事務所に残っているのだろう。
雨宿り、では無いだろう。
彼女は雨を楽しめる人間なのだから。
ついでに言えば時間を効率良く使う人間だった筈なのに、何故ずっと何もせずにただソファに座っているのだろう。
「Pたんはもう帰る?」
「いや、結華が残るなら俺も残るよ」
「あらあら、殊勝な心掛けですこと」
「にしても手持ち無沙汰だな……コーヒーもう一杯淹れるか」
「はづきさんにカフェイン摂り過ぎに注意って言われてなかった?」
そう言えばそうだった。
はづきさんは俺がどうせ最低二杯は飲むだろうと見越して注意したのだろうか。
「読まれてるなぁ」
「読まれてるねぇ」
苦笑いしながら、ヤレヤレと言った表情の結華。
多少機嫌が直ってきたようだ。
「うん、良かった」
「何が?」
「結華の機嫌が直ったみたいで。俺はやっぱり、笑ってる結華の方が好きだから」
「さっきまでの結華は嫌いって事でよろしいですか?」
「そうは言ってないんだがな」
「そもそも元凶が何をおほざきになられてるのやら……」
そう笑って、結華は空になったコーヒーカップを見つめた。
「でも……うん。甘い」
「もう一杯淹れようか? 砂糖も入れて」
「いえいえ、もー結構です」
…………ん?
待てよ、逆に俺が二杯飲む状況ってなんだ?
このコーヒー飲み終えたら帰ると言ったが、それでもどうせそれ以上事務所に留まると思われていた?
俺がその一杯で帰らなくなると見越した上での発言だとしたら、逆にはづきさんは……
俺が結華に留められる(と言うよりも結華が帰らないから俺も帰らない)ということを予測していた?
……いや、そもそも、だ。
はづきさんの『カフェインの摂り過ぎには注意して下さいね』は、果たして俺だけに向けられたものだったのだろうか?
もし結華にも向けて言っていたのだとしたら?
俺が事務所に戻って来た時点で、結華は既に二杯目のコーヒーを飲んでいた?
もー結構です、は……いや、これはまだ確証を持たないが……
そうでなくとも、俺が戻って来た時点で、結華のコーヒーに湯気はたっていなかった。
彼女は眼鏡を掛けているから、湯気がたっていれば間違いなく気付く。
では、その時点で既にコーヒーは冷めていたとしよう。
だとしたら何故、そんなにノンビリと飲んでいた?
早く帰るつもりではなかったのか?
何故未だに、何もせずノンビリと事務所に留まっている?
『読まれてるねぇ』は、果たして俺へ向けての呆れだったのか?
一度、三峰結華の視点に立って考える必要が……
「……あっ」
繋がった。
繋がってしまった。
結華が何故未だに事務所に留まっているのか。
その理由が、分かってしまった。
「……そっか、なぁ……結華」
「えっ、な、何? 急に改まっちゃって」
「……言い出すの、恥ずかしかったんだろ」
「……………………えっ? えええっっっ?!」
顔を真っ赤にして、視線を逸らす結華。
やっぱり、そうだったんだな。
「やっぱり俺から言い出すべきだったんだな」
「えっちょっと待って。待って待ってプロデューサー!」
「大丈夫、気にしなくていい」
「気にするって! なんで私が引いたボーダーラインを軽々踏み越えようとしてるの?!」
「なぁ、結華。お前さ……」
照れたように、けれど視線だけはしっかりと此方へ向けて。
スカートに乗せた両の手を、ぎゅっと握りしめて。
それでも、俺の次の言葉を待つ様に。
そんな結華に向けて、俺は答えを述べた。
「……傘、忘れたんだろ」
「…………は?」
「でもって雨宿りしてて、最悪雨の中走って帰ろうと思ったけど俺が戻って来ちゃって、しかもなかなか帰らないから『傘忘れた』って恥ずかしくて言えなくて困ってたんじゃないか?」
「……………………はーー」
「いや分かるよ? しっかり者アピールしてる人のそういうウッカリって人に言えないもんな」
「はーはーはーはー」
「どうだ、俺の推理」
「お疲れ様でした、明日もよろしくお願いします」
スッ、っと立ち上がって帰りの支度をする結華。
そんな彼女の鞄から、きちんと用意されていた折り畳み傘が取り出された。
「Pたんは残るんでしょ? せいぜいカフェイン中毒になるが宜しいかと」
「違ったのか」
「プロデューサーが夜に戻って来る事くらい知ってましたよーだ」
「……えっ、なんで?」
はづきさんにしか言ってなかった気がするんだがな。
いやまぁ、はづきさんに聞けばそれくらい分かる事でもあるが……
「……あっ」
「ん?」
「何でもないしPたんも早く帰ったら? ばいばい、じゃあねー!!」
そう言って、駆け足で去っていた。
結局、なんだったんだろう。
帰ってしまったものは仕方ない、取り敢えず俺も帰る支度をしよう。
ガスの元栓チェックして、窓の鍵をチェックして。
そう言えばポットも電源つけっぱなしだろうな。
きちんと中の水も捨てておかないと……
「……ん」
ポットの中には、結構な量のお湯が残っていた。
あいつ、何杯コーヒー飲むつもりだったんだ。
カフェインどれだけ摂るつもりだ。
そこまでして起きて、何をするつもりだったんだ?
「まぁ、良いか」
中の残りを捨てる時、湯気のせいでよく見えずお湯が指にかかって火傷しかけた。
今日は一日、水難だ。
窓の外は未だ小雨だが降っている。
帰るのが多少億劫になる。
「……まだ、帰ってないのか」
窓の下、事務所の前。
先程見た色の傘が、そこに広がっていた。
待っていてくれているのだろうか。
だとしたら、本当に……
「まったく、これで俺がまだ帰らなかったらどうするつもりだったんだ」
どうせそれも、読まれているんだろう。
俺が直ぐに帰る事くらい。
電気を消せば、事務所の中は真っ暗になる。
外は夜と雨で、遠くのものは何も見えない。
だからこそ、雨の中に咲く傘の花は、やけに綺麗に見えた。
『気になるあの子/気にする男』
春、それは出会いと恋の季節。
新しい巡り合わせ、慣れ親しんだ友との別れ。
学生はこれから始まる新しい出会いに想いを馳せ、期待と不安に胸を膨らませる。
人と別れるには暖か過ぎて、誰かと出会うには寒過ぎる。
今と変わる、関係が変わる、そんな季節。
新しい人と出会う。
新しい恋が始まる。
新しい思いを抱く。
新しい恋が芽吹く。
それが、春。
そんな春と言う季節、例に漏れず担当アイドルである三峰結華は何かが変わった様だった。
「ねぇねぇPたん」
「ん、どうした?」
「Pたんって恋人とかいる?」
283プロダクションの事務所にて、パソコンをカタカタと叩く俺へと結華は質問を投げかけてきた。
別に急ぎでも無かった俺は休憩の口実を手に入れて喜んでいる事を隠しつつ、椅子を回転させて彼女の方へと向き直る。
そこにはソファでペットボトルのお茶を飲みながらスマホをポチポチしている結華の姿があった。
なかったら逆にヤバいか。
「恋人?」
「そそ、恋人」
恋人がいるか? と言う問いを男性なら一度は受けた事があるのでは無いだろうか。
それは牽制であったり、詮索であったり、期待であったり、揶揄いであったり。
様々な可能性を含むその問いに対し、果たして最適解はどの様なモノなのだろう。
此方の返答としては正直に答える、見栄を張る、嘘を吐く等々またこれも沢山あるが……
「いる」
「……………………」
結華のスマホを弄る手が止まった。
飲んでいたペットボトルが手から滑り落ち……おー、ナイスキャッチ。
「って言ったらどうなるんだ?」
いないが。
この返答は「いない」と言っているのと同義である。
「……………………」
「……いや、なんとか言ってくれよ」
「へ、へー、Pたんって恋人いないんだー。かわいそっ」
「その笑顔は一切可哀想と思ってないやつだろ」
「もちろんっ!」
傷口を抉るのが趣味なのだろうか。
残念ながら俺はそう言った事に興味が無い、と言えば嘘にはなるが今現在恋人が欲しいと言った願望も無い。
学生の頃は恋だの愛だの惚れた腫れたな浮かれた話に熱を出す日々もあったが、今ではもうそうでもない。
一人暮らしに慣れてしまうと、逆に誰かとの生活が不安になってしまう事もあるのだ。
「今までは?」
「いない」
ニヤケ顔が妙に腹立つ。
「ほーほー、じゃあ好きだった人は?」
「いない」
何故嬉しそうなんだ。
「じゃあね? それじゃ? じゃあじゃあじゃあさ、今好きな人は?」
「いない」
「あーもしもしこがたん? そーそーカラオケ、出来ればオールしたい気分」
突然電話を掛けだす結華。
どうやら用事は終わったのだろうか。
「Pたんは灰色な人生を歩んで来たんだねぇ……」
「十分バラ色だよ。結華と出会えたんだから」
「お、百点満点の回答。三峰じゃなきゃときめいちゃってたんじゃない?」
更に揶揄う様に笑う結華。
その頬は余程ツボにハマったのかバラ色に染まっていた。
……にしても、突然どうして変な質問をして来たのだろう。
恋人が出来た?
いや、アイドルとしての意識をきちんと持っているこの三峰結華と言う少女に限ってそんな事はないだろう。
であれば、誰か(例えば大学の友達)に告白されたとか……?
「……告白されたのか?」
「え、なになにPたん。三峰の恋愛事情が気になっちゃう感じ?」
「当たり前だろ、プロデューサーなんだから。まぁ結華なら上手く対応しそうだから心配はしてないがな」
「あー……だーいげーんてーん。そ、こ、はー。『俺、結華に恋人がいるか気になって不安で仕方ないんだ』って言わなきゃ」
「大丈夫そうだな」
「静かにして? 今私課題やってるから」
秋の空は変わりやすい、今は春だが。
会話の途中で突然大学の課題を始められると、嫌われてるんじゃないかと不安になる。
まぁ兎も角、そういった心配はやはり必要無さそうだ。
……いや、待てよ?
はたまた、誰かを『好きになった』と言う可能性もある。
それは友達だったり、別のアイドルや俳優だったり、自分を応援してくれるファンの誰かだったり。
けれど付き合う訳にはいかない、結ばれる訳にはいかない。
だから話して、気を紛らわそうとしているとか……
これはプロデューサーとして、きちんと聞いてケアしてゆく必要がある。
「なぁ結華」
「ほいほーい。あ、待ってね今この課題だけ書いちゃうから」
「好きな人でも出来たのか?」
ポキッ
シャーペンの芯が折れる音がした。
「なっ、なぁにを言ってるのかなぁPたん!」
これは……図星か?
珍しく慌てふためく結華。
声が裏返って『なぁ』の部分が歌舞伎の見栄みたいになっていた。
歌舞伎きちんと見た事無いけれど。
「……さっきからそんなに私の恋愛事情が気になる?」
「そっちが先に聞きまくってきたんだろ。突然どうしたのか、プロデューサーとして不安にもなる」
正確には『不安になる』よりも『気になる』だが。
信じてはいても、気になるものは気になるのだ。
「ま、まぁまぁ安心して? 好きな人とかアイドル三峰結華にはいないから」
「ほんとだな?」
「ほんとほんと」
本人がそう言うのであれば、まぁ大丈夫……だろうか?
それと課題のレポートに俺の名前を何度も書いているが、それきっと減点対象になるだろうけれど大丈夫だろうか?
「で、まぁ仮にね? 仮にだよ? 三峰に好きな人がいた場合、プロデューサーはどう対応するの?」
「んー……結華に任せるとしか。そこら辺の線引きはきちっとするって信じてるし」
「おー、最終的には自分の所に戻って来れば良いってタイプの彼氏ヅラかな?」
「どっちかって言うと父親ヅラだな」
「さっきまでの会話全部セクハラで訴えれば絶対勝てるけど」
「娘が反抗期になった」
さて、そろそろ仕事に戻るとしよう。
これ以上会話していても棘しか飛んで来なさそうだ。
カタカタカタカタ。
ディスプレイと睨めっこしながらキーボードを叩く。
後ろからは再びシャーペンで文字を書く音だけが聞こえて来て。
それからしばらく、会話は無かった。
……例えば、自分に好きな人が出来たとして。
仕事の関係で絶対に付き合ってはいけないと言われたら、どう思うだろうか?
仕事を辞めてでもその人と結ばれたい! と言える程の恋を俺はした事が無いから、恐らくそれを考える事すら烏滸がましいのかもしれないけれど。
それでも年頃の女の子にそれを、たとえ本人がきちんと理解していたとしても、だ。
何度も突き付けて、『信頼してるから』と縛り付けるのは果たして正しい事なのだろうか?
「……悪かったな、結華」
「んー、なにがー?」
俺は振り返らなかった。
ズルイと思う、本当ならきちんと目を見て謝るべきだ。
シャーペンの音も止まらない。
明るく返す彼女の頭からは、きっとさっきの会話など消えているのだろう。
「無遠慮に聞いたりして」
「別に良いって。Pたんはプロデューサーなんだから不安にもなるでしょ」
「もしプロデューサーじゃ無かったらセクハラで訴えられてもおかしくなかったと思うし」
「いやいや、それはプロデューサーだとしてもセクハラだから」
ぐうの音も出ない正論でグーで殴られた。
成る程、そこら辺は許してあげる、と。
「でも……んー、もしプロデューサーじゃなかったら、かー……」
「どうした? 結華」
「べっつにー、こんなに悩まなくて良かったのに、って」
「悩み事なら相談に」
「次はセクハラ」
「ごめんて」
その声は明るかった。
彼女のその悩みは、きっと楽しいものなのだろう。
にしても本当に、突然恋愛がどうだの恋人がどうだの聞かれた時は不安になったが、彼女からしたら大した事ない世間話の一つだったのだろう。
俺だって学生の頃はよく友達とそう言った会話をしたものだ。
学生、かぁ……
あの頃にもっと恋愛しとけば、いずれそう言った相談をされた時により一層親身になって乗ってあげられたのになぁ。
「……もっとPたんに、三峰の事気にして欲しかったから。って言ったら可愛げがあると思わない?」
「後半は言わない方が可愛げがあったと思うがな」
「んー、しくじったかな?」
「そこも含めて、可愛げがあると思うけど」
分かってて言ってるんだろう。
きっと、俺がどう思うかなんて。
「嬉しいね、じゃあそんなPたんにもう一安心させる言葉を聞かせてあげよう!」
シャーペンを置く音が聴こえて、俺は振り返ろうとして。
気が付けば俺の隣に、夕陽を背景に笑う結華が居た。
「アイドル三峰結華は、ずっとプロデューサーの隣に居たいって思ってるから」
「……そっか、安心だ」
申し訳ないとも思う。
残酷な事を自分の口から言わせてしまっていると思う。
けれど、結華の笑顔は、作られたものでは無かったから。
その言葉を聞いて、そんな結華を見て、嬉しいと思ってしまった。
「よしよし、安心してくれた様で何より。じゃあ次は不安になる言葉を一つ」
今度は、悪戯っぽい笑顔。
それはさっきよりも、楽しそうだった。
「だからプロデューサーは、アイドルじゃなくなった三峰結華の居場所を考えておいてくれなきゃダメだからね?」
アイドルではなくなった三峰結華。
彼女のプロデューサーではなくなった、俺……
だとしたら、きっと。
俺と彼女の立つ場所は……
「……次は法廷で会おうって事か?」
「もしもしこがたん? うん、良い弁護士知ってる?」
『即興劇「カップルごっこ」』
ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
雨、それは天の恵み。
な訳あるか、都会に勤める身としては迷惑以外の何物でもない。
かつての若かりし頃の自分は雨が降れば傘も持たずに駆け回った訳だが、もちろんそれは昔の話。
おニューの長靴をおろす喜びやクラスの女子のブラウスが透ける喜びも、今となっては懐かしいものだ。
窓を叩き続ける雨は段々と勢いを増し、湿気と不満を増加させる。
折り畳みは持ち歩いているが、この雨では駅に着く頃には下半身濡れ鼠になってしまうだろう。
洗濯物だって乾かないだろうし、何より寒い。
特別な思い入れがあるとは言え、それでもやはり迷惑なモノは迷惑だった。
「でも、雨って良いよね」
雨が弱まるのを共に事務所で待っている担当アイドル三峰結華が、隣で困ったように笑っていた。
「新しい傘でも買ったのか?」
「ほら、よく言うじゃん? 恋人といる時の雨って特別な感じがする、って」
「雪じゃなかったかそれ」
「あらあらあら? 恋人の方は否定しなくてよろしいのですか?」
ニマニマと笑う結華を他所に、溜息をつきながら窓の外を見やる。
当然、この短時間で雨が上がるなんて奇跡は起こらず景色は先ほどと全く変わらぬままだったが。
さて、本日の結華はどの路線なのだろう。
最近は恋する乙女路線でからかってくる事が多いが、彼女のマイブームなのだろうか。
「ワザワザ否定して欲しかったのか?」
「……ううん。否定しないでくれて、嬉しかった」
照れた様に、頬を染める結華。
その色は、外の黒によってより一層鮮やかに見えて。
まるで本当に、恋する乙女であるかの様で……
……ふむ、成る程。
「次のドラマの台詞か」
「けっ」
その程度、分からないとでも思ったか。
心底ウザそうな顔をこれでもかとアピールしてくる結華を他所に、再び俺は外を見る。
勿論、雨は止んでいない。
降水確率は70%と言っていたから後5回くらい試行回数を重ねれば止んでたりしないだろうか、しないだろうな。
「まったくもー、Pたんそこは乗ってくれないと」
ぶーぶーと文句を垂れてくる。
俺はどうすれば良かったのだろう。
「そこはほら、彼氏役をね?」
「……まぁ、帰るまで時間あるしな。演技の練習くらい乗っておくか」
「あ、役者不足ですので」
「誘っといてそれか」
最近の結華、ちょいちょいぶっ刺しにくる。
秋の空の山の天気だ。
「まぁ任せろ、演技でなくとも彼氏の気持ちなんざ分からん」
「まーまーまーまー、そこは自然体でね?」
「自然体って言われてもな……」
「それじゃ取り敢えず……三峰と付き合ってるとこ想像出来る?」
「出来ない」
「して」
「はい」
声が余りにも平坦過ぎて驚いた。
怖がってはいない。
ここでカッコよく彼氏役を務めるのがプロデューサーとしての腕の見せ所だから頷いただけだ。
足が震えているのは寒さのせいや年のせいであって、怯えているからではない、決して。
……結華と付き合っているところ、か。
んー……んー…………全く想像出来ない。
「……準備完了だ」
「出来てない、って顔してるけど」
「どんな顔だよ……」
「そんな顔だよ」
俺は結華と付き合うところを想像出来ない顔をして日々を生きてきたのか。
周りの人からはどの様に思われていた事だろう。
「じゃ、早速スタート!」
「おいおい、せめて俺にも台本読ませてくれよ」
「アドリブ力も必要でしょ? 三峰も全部アドリブて行くから」
それは演技の練習になるのだろうか。
「……へ、へいへーい結華。これからお茶でも行かないか?」
「大根」
「自分でも驚いてる」
不味い、これでは俺に恋愛経験が一切無い事がバレてしまう。
まぁ知られてるが。
「せめてシチュエーションだけでも決めてくれないか?」
「えー。じゃあ逆に聞くけど、Pたん的にはどんなシチュがお好み?」
どんなシチュがお好み、だと?
そんなの性癖暴露に他ならないではないか。
逆に聞くな、質問に質問で返すんじゃない。
これもまた当たり障りの無いシチュを指定すれば三流脚本家だなんだと貶められるのだろう。
「ゲームセンターでガンシューティングゲームとか……」
「それ、最近他の誰かと行ったやつ?」
何故バレた。
そして何故睨む。
「雪が積もった公園で遊んだり……」
「却下、他の誰かの二番煎じとか嫌」
だから何故バレる。
そして何故尚更キツく睨む。
このままでは却下をくらい続けてメンタルがやられそうだ。
仕方ないだろう、そんなシチュを想像出来る程俺は想像力豊かではないのだ。
体験談で引き出しを増やして遣り繰りしてる人間なんだぞ。
その体験談を封じられては何も出てこない。
……多少の仕返しなら、許されるのではないだろうか?
「そうだな……じゃあ、結華が勉強しているとするだろう?」
「うんうん」
「そんな時、集中してるし悪いかなぁと思いながら俺は結華に話し掛ける」
「それで?」
「で、結華は言う訳だ」
「なんて?」
「『なぁに? 兄さん』って」
「…………今三峰の中でPたんの好感度が1下がったんだけど」
「悪いな、俺にとっては親しみやすさが1上がった思い出なんだ」
それに、嬉しかったから。
本人は恥ずかしくて消えたいと呻いていたが、俺からしたらあれも大切な思い出だ。
彼女にとって気の許せる仲になれたんだ、と。
線引きをキチッとする彼女に、もう一歩踏み込んでも許されるんだ、と。
「もしかしてPたん、シスコン?」
「残念ながら一人っ子だよ。妹に憧れた事はないでもないがな」
「あ、もしかして今……三峰みたいな妹がいたら良かったのにーとか思ってない?」
「困るな、こんな手の掛かる妹は」
「でも彼女なら良いんだ」
「妹な結華とか絶対兄に遠慮しないだろ」
「彼女でもしませんわよ? 確かめてみる?」
結構だ、確かにそんな気がする。
向こうも此方のそんな呆れ顔を見て察したのか、苦笑して肩をすくめるだけだった。
「……演技の練習忘れてないか?」
「じゃあ次のシチュ行ってみよー」
次……んー……。
何も思いつかな……あ。
「そうだな、さっきの勉強してるとこの続きとかでも良いけど」
「なぁに、兄さん」
「ごめんって」
引き摺らないで頂きたい。
掘り返したのは俺の方だから完全に此方に非がある訳だが。
「そんな感じで、ずっと集中してたせいで疲れてうたた寝しちゃっている訳だ」
「……寝込みを襲うつもり?」
「俺はクズか」
結華は俺をなんだと思ってるんだ。
「まぁ、そんな風に頑張ってる結華を見て、温かい気持ちになりながら肩にタオルケットを掛けてあげたい」
「…………」
「頑張ってるんだな。良い子だな、って。結華の隣に腰掛けて、一日お疲れ様って声を掛けてあげたいんだ」
「……………………」
「そんな結華が居るから俺は頑張れるし、頑張ろうって思える。そんな結華に、これからもずっと側に」
「ああぁぁぁぁぁ!! ストップストップブレーキ踏んでプロデューサー!!」
……あ。
結華の方を見れば、外が雨だなんて事に気付かないくらい真っ赤に染まっていて。
落ち着いて、俺は今自分の口から出て来た言葉を思い返す。
「……Pたん、よくそんな小っ恥ずかしい事スラスラ言えるね……」
「……自己嫌悪で消えたい」
「『そんな結華に、これからもずっと側に……』」
「成る程、ほんっとうに済まなかった」
「謝罪が空っぽですねぇ、なぁんにも感じません」
自分がされて嫌な事を人にしてはならない。
当たり前の事だ、大変申し訳なかった。
ですので、至急記憶から消去して頂きたい。
埋め合わせ及びお詫びであれば可能な限りさせて頂く所存。
「ふっふっふー、忘れてあーげない」
ずっとニヤニヤし続けている結華から目を逸らし、ため息をつく。
暫くはプレゼントされたてのおもちゃの様に使われそうだ。
「やっぱ絶対手の掛かる恋人になりそうだな」
「そうでしてよ? 私を恋人にすると毎日忙しい事間違いなし」
「でも、楽しいんだろうな」
それもきっと、間違いない事だろう。
こんな風にずっと話してられたら、絶対に。
「……今、プロデューサーは楽しい?」
「ん? もちろん」
「……うん、じゃあそれも保証する」
どうやら此方も本人お墨付き(?)らしい。
その保証書が何年保つのかは知らないが。
……で、だ。
「一切演技の練習になってなかったな」
「ん、確かに。でも三峰は楽しかったから良しとしてあげる」
それで良いのだろうか?
まぁ、本人がそう言っているし、良いか。
「あ、でも折角だし最後に告白の練習だけ付き合ってくれない?」
「構わないが……どっちから告白するんだ?」
「んー……Pたんにもちゃんと練習しといて欲しいし、そっちから言って?」
「了解」
告白、か……
もし俺が、告白をするとして。
先程みたいなヘマはしない様に。
演技だ、演技をするんだ。
俺が、結華に告白をする演技を……
「……へ、へいへーい結華。俺と付き合わない?」
「空っぽですね、何も感じません」
『そんなの無いのに気にしても』
「……1……いや、2か……?」
「……ほらほら、早く気軽にサクッと答えちゃってよ」
「待て、まだだ……いや、でも……」
目の前の少女の表情を伺いつつ、俺は全力で頭を回す。
つい先程までははづきさんが此方を微笑ましそうに眺めながら仕事をしていた気がするのだが、時計を見れば彼女がいつも退社する時間から1時間が過ぎていた。
けれど、俺はこの場から逃れられなかった。
帰るわけには、行かなかった。
「……決まった?」
「……あぁ、俺の答えはーー!」
こんな事になった理由を説明するには、割と長い時間遡るーー
「は? 心理テスト?」
「うんうん、こないだ放クラのみんなが遠くにロケ行った時夜通しやってたらしくてね?」
心理テストかぁ、小学生や中学生の頃に飽きる程やった記憶がある。
わいのわいの、やーいお前スケベーなどと盛り上がった記憶もある。
林間学校の移動中のバスや、クラスのレクリエーションの時間だったり。
懐かしいなぁ……いつから俺は大人になってしまったんだろう。
「で、その話を聞いて」
「そそ、三峰も久しぶりにやろうかなと思った訳なのです!」
さっ、っと取り出したるは心理テスト本……ではなく、スマホだった。
あぁ、そうか……今日日そう言ったモノは全てネットで無料で出来るからなぁ。
時代は変わってしまったのだ。
明日学校に行ったらこのページの心理テストを出そう、などとページの端を折る事も無いのだ。
「じゃあ行くよ?」
「どっからでもかかってこい!」
「目の前に花壇が広がっています。その花壇に咲いている花は以下のうちどれ? 1、ひまわり。2、バラ。3、チューリップ。4、カーネーション」
目の前に花壇、か……
カーネーションの花がどんな花か思い出せないから却下、母の日に贈るって事しか覚えていない。
ひまわりは花壇って言うよりもひまわり畑だろうし……
バラってそこら辺の花壇に咲いているのか?
「んー……3のチューリップ!」
「……ほー、ほほーう……へぇ……」
何をニヤニヤしていると言うのか。
「3のチューリップを選んだあなたはーーイケナイ恋を楽しむ『禁断の恋愛体質』です!」
禁断の……恋愛体質……
……なんだそれ。
「友達のカレや既婚者など、本当はしてはいけない恋愛がしたくてたまらないあなた。そして、なぜかそんな人から好かれてしまう体質でもあります。だってさー、Pたん心当たりあったりしない?」
「ないが」
「次」
何故そんなに不機嫌にスマホを弄る。
なんだか分からないが、心理テストの結果なんざ気にしても良い事ないぞ。
それと、せめて他の選択肢の結果も教えて頂きたいものだ。
気になるじゃないか。
「えー、あなたは部屋のカーテンを新調しました。何色? 素早く直感でどうぞ!」
「んー……青!」
直感で素早く、と言われると視界に入った色を言いがちである。
目の前に居る結華の服が青かったから取り敢えず言ってしまったが……
「青を選んだあなたは……お、『冷静沈着で知的な人間がタイプです』だってさPたん。そうなの?」
「どうなんだろうなぁ……確かに知的な人は嫌いじゃないが」
「で、どう? 身の回りにそんな感じの人いたりする? いたりするんじゃない?」
くいっ、っと眼鏡の位置を直す結華。
更に直す結華。
めっちゃ眼鏡直す結華。
ミシンの針の様に眼鏡の位置を直す指を単振動させる結華。
「落ち着いてると言えばはづきさんだよな」
「次」
「……ふふ、お疲れ様です」
「あ、お疲れ様ですはづきさん」
まるで公園で遊ぶ子供達を眺めるかの様な優しい微笑みで、此方に挨拶をしてはづきさんは帰って行った。
「がしゃん! と音をたてて何かが割れました。それは何?
1、お気に入りのマグカップ。2、窓ガラス。3、陶器の人形。4、眼鏡」
「じゃあ眼鏡で」
さっきからやけに眼鏡直してるし。
ところで眼鏡って音を立てて割れるのだろうか。
「えー、選んだものによって恋人との喧嘩のキッカケになりやすいものが分かります。4の眼鏡を選んだ人は『嫉妬』……ふーん、Pたん結構可愛いとこあるねぇ」
「キッカケだから俺側が嫉妬するとは限らないがな」
「じゃあさじゃあさ? 例えば三峰が学校の男友達と仲良くアイドルのライブに行った思い出話をするとするじゃん?」
「するじゃん?」
「Pたんどう思う?」
「そう言えば俺も学生時代は男女関係なく友達とライブとか行ったなぁって思い出した」
「……この心理テスト合ってたんだけど」
まぁ今では友人と遊びに行く、なんて機会は滅多になくなってしまったけれど。
ライブ、誘えば見に来てくれるだろうか。
ところで結華は何故そっぽを向いているのだろう。
「……にしても、やけに恋愛関連のテストが多くないか?」
「そりゃそうですよ。三峰がそう言う問題を選んで探してる訳だからね」
「なんで?」
「次」
理由は聞けなかった。
「……あーらら、中々良い問題が見つからない。Pたんも何かテスト出して?」
俺からも、かぁ。
心理テスト、恋愛、とかで検索かければ出てくるだろう。
いやまぁ、恋愛である必要は無いのだけれど。
「ん、じゃあ今丁度出てきた……『あなたは大好きな人に手紙を贈る事になりました。一番気を使うモノは?』」
「一番気を使うモノ……」
やけに真剣に考えている結華。
こんなもん適当にサクッと答えれば良いのに。
「今適当に答えれば良いのにとか思ってるんじゃなくて?」
「そう言うもんだろ心理テストって」
「……三峰はPたんに試されてるんじゃないかと疑ってるよ」
何をおっしゃっているのだろう。
「んー……やっぱ封筒でしょ。出来るだけ可愛い感じのやつ選ぶんじゃないかなぁ」
「封筒を選んだ人は……『約束を大切にする人』だとさ。『恋人との約束を守らないと・守ってくれないと不安になる』。ふむ……んん? そんなの恋愛関係なく当たり前だろ」
「だよねぇ、先週担当アイドルがお休み欲しいって言ってたのにレッスン入れて、しかも不機嫌なその子のケアを他のアイドルに任せたプロデューサーの言う事は一味違うねぇ」
「それは……すまん、本当に申し訳なかったと思ってる」
その時はめちゃくちゃ謝ったのだが、中々口をきいてくれなかったから他の子に任せたのだった。
暫くラインに既読すら付かなくてとてもショックだった。
次そう言った約束をした時は必ず守ると約束を……マトリョシカかよ。
兎も角、それを持ち出されると勝ち目がないので次。
「じゃあ次は三峰から。『駅のホームで並んでいると、あなたの肩に付いた糸くずを誰かが取ってくれました。それは誰?』はいそれじゃあ身近な異性をお答え下さい!」
「はづきさん」
「それはあなたが、自分に惚れていると思っている人です。次のテスト出すから」
余りにも早く、回答にわいのわいのする時間すらくれず次のテストに突入した。
それから、心理テストは続く。
それに俺が答える度、何故か結華はご機嫌の角度を急にしてゆく。
最初は俺の回答に対して揶揄っていた結華だが、次第に次の問題を出す速度をクレペリン検査の様に早くして。
そして、冒頭へ戻る。
「3だ!」
「3を選んだPたんは女の敵だから」
そんなピンポイントな結果あるか?
既にソファで殆ど寝っ転がる様な格好で、片手でスマホ片手で髪を弄りながら俺を追い詰める結華。
何故盛り上がる為の心理テストでそんな盛り下がっているのか。
そろそろ帰りたいのだが、このまま不機嫌を持ち越すとまたライン無視されそうだからなぁ。
雨でも降ってくれれば結華のテンションも多少は上がるだろうに。
「っはぁー……今見てるサイトのは殆ど出し尽くしちゃったかなぁ」
「よし! そろそろ帰ろうぜ!」
「次」
「……よし、普通に話せたな」
会話にはなっていないが、返事をしてもらえただけマシだと思いたい。
「……それじゃ、これでラスト。私の機嫌を直す為に頑張って頂戴?」
「女王様かお前は」
何はともあれ、次で終わりらしい。
結華も実はそこまで不機嫌ではなさそうだし、少し気楽になった。
「……プロデューサーが今、一番笑顔が見たい人は?」
笑顔が見たい人、か。
そんなの、今まで以上に考えるまでもない。
「結華だ」
即答する。
本当に、考えるまでもなかった。
「ち、ちなみに私を選んだ理由は?」
「そんなの、笑顔の結華が見たい以外に理由がいるのか?」
「……ほー、ほほー……ふーん……? え、ちょっと待って今多分Pたんに見せちゃダメなタイプの笑顔してる」
どれ程意地の悪い笑みをしているのだろう。
残念ながらソファの背もたれ側を向いているせいで結華の顔は見えないが。
「……よし、帰ろっかPたん!」
「いやおい、結果はなんなんだよ」
「ふっふふー、ひ・み・つ」
「……検索してやる」
別に気にしないと再三言ってきたが、やはり教えて貰えないとなると逆に気になる。
必死に検索を続ける俺を他所に、結華は帰りの支度を済ます。
ダメだ、なかなか出てこない。
さっきまで結華が見ていたサイトだろうか。
「まあまあ、頑張ればよろしいかと。お疲れ様でーす」
ニヤニヤしながら、俺の横を通り抜けて行く結華。
待て、せめてさっきまで結華が見てたサイトを教えてから帰ってくれよ。
「Pたんは帰らないの?」
「……俺も帰ろう。帰ってから調べるか」
「まぁまぁ、心理テストの結果なんて気にしてもしょうがないし程々にね?」
ちょっと落ち込んでいる俺に向けて。
結華は、満面の笑みを見せてくれた。
「きっと、検索しても出てこないと思うから」
『困らせたい、けれど困って欲しくない』
「ねぇねぇPたん、先週の日曜日って何してた?」
「んー……駅前のデパートで色々揃えようと思って結局何も買わずに帰ったな」
「一人で?」
「一人で」
「うわっ寂し……」
出だしから失礼なものである。
金曜日、花も盛りのウィークエンド。
あと数歩でウィニングランへと突入出来る夕方の事。
事務所でカタカタやってる俺へと結華から向けられたのは、謂れもない憐れみだった。
良いじゃないか、デパートなんて歩いてるだけで楽しいんだぞ。
「某大手事務所のアイドルソングによると、日曜日に一人きりでショッピングは彼女居ない証拠らしいよ?」
そんなピンポイントなアイドルソングがあるのか。
調べてみよう。
……765さんか……最大手じゃないか。
「証拠も何も俺に彼女なんていないんだがな」
「いえいえ、口ではどうとでも言えますので。きちんと証拠を手に入れる事が出来て三峰は大変満足しています」
「それこそ先週の日曜日に俺が何してたかなんて、口ではどうとでも言えるんだが」
まぁ、本当に買い物してたんだがな。
シャンプーとかシェービングクリームとかトイレットペーパーとか、足りないものなら無尽蔵にある。
けれどまぁ、一度に全部揃えようとすると二兎追う者になりがちなのが世の決まりというもので。
あれ? 結局今日なんも買えてないじゃないか、と夕方に気付く頃には疲れ果ててタスクを来週末へと先送りするものなのだ。
「じゃあ確かめないとね」
「どうやって?」
「今週末一緒に出かけない? Pたんが本当に誰とも出かけないのか三峰が確かめるから」
「別に構わな……ん? んんん?」
それは果たして成立するのだろうか。
「良いよね?」
「おっけ……いやダメだろ」
「けっ、勢いで誤魔化せると思ったんだけどなぁ」
そんな訳無いだろ。
「結華、お前自分の職種と俺の職種言ってみろ」
「独り身と独身」
「違うだろ、合ってるけども」
職業欄に独身って書く人見た事ないぞ。
バカな事考えてないで俺も早く仕事を終わらせないと。
「荷物持ちなら手伝ってあげるよ?」
「知ってるぞ。大体俺が荷物持ちさせられて終わるだけだ」
以前他のアイドルの子の買い物に付き合った時の事を思い出す。
女性の買い物に男性が付き合うとはそういう事なのだ。
「で、で。実際のところダメ? 三峰、Pたんに洋服選んで欲しいなぁ~」
「奢らせる気マンマンじゃないか」
「一人暮らしの貧乏学生は洋服すら満足に買えないのです。誰かと同棲とかルームシェアとか出来たら楽になるかもしれないんだけどねぇ」
「夏葉なら歓迎してくれるんじゃないか?」
「暮らしのレベルが合わなくて風邪ひきそう」
同棲やルームシェア、なぁ。
俺も上手くやっていく自信が無い。
誰かと生活を共にするのは楽しそうではあるが、経験がない為気苦労が凄そうだと思ってしまう。
何事も体験とは言うけれど、どうせならこれも学生時代に経験しておきたかったものだ。
「じゃあ練習する?」
「どうやって?」
「ほらほら、ここに丁度二人、一人暮らししてる人間が居る訳じゃないですか?」
「同棲したらスッパ抜かれる訳じゃないですか」
何を考えてらっしゃるのだこの大学生は。
社会人の男性と同棲とか、生活リズムが合わないとかのレベルじゃないぞ。
「じゃあ日曜日に一緒に出掛けるくらいなら良いよね?」
「ん、まぁそのくらいなら……いやおい」
「ぃやった~! 言質取ったけど二言アリ? ナシ?」
「……んー……まぁ良いか」
変装さえしてくれれば大丈夫だろう。
元より今週の日曜日も色々と買い物をするつもりだったし、話し相手がいて人手も増えるならそれに越した事は無い、筈。
最近結華も頑張ってくれてるし、服をプレゼントするのも悪くない。
よし、予定が決まったな。
「……ここまでトントン拍子に事が運ぶと逆に怖いんだけど」
「誘導した本人が何を言ってるんだ」
「これ、当日になって待ち合わせ場所に浮かれてお洒落して行ったら他のアンティーカのメンバーも居るやつ?」
「ん、それも有りだな」
折角だし、もし皆の時間が空いているならそういうのも良いかもしれない。
いかんせん急だが、皆買い物は好きだろうし暇なら来てくれるだろう。
買い物したかったが、担当アイドル達に楽しんで貰えるのなら荷物持ちと興じるのも悪くは
「ナシ」
「はい」
ナシらしい。
「いや三峰もね? みんなで一緒に遊びに行きたいなーって気持ちはある訳だけど」
「最近みんな忙しいもんな」
「でもそれをPたんに提案されるのは癪」
なんでさ。
『プロデューサーはアイドルの事を考えてあげてるんだねぇ、感心感心』って流れになると思っていたのに。
「先週五人で遊びに行ったし、今週はみんなのんびりしたいんじゃない?」
「ならまぁ……ん、でもなら結華は休まなくて良いのか? 日曜日くらい好きな事すれば良いのに」
「……はぁ……はぁぁぁぁーーー……」
「溜息を吐くと幸せが逃げてくぞ」
「原因が何をおほざきになられますやら……」
困った事に心当たりが無い。
いや成る程、ショッピングが好きな事って意味か。
やれやれ、と言った様に両手を挙げて首を振る結華。
ところでそろそろ溜息は止めて頂きたい。
「……でも、今更だけど本当に良いの? ほんとはPたんもゆっくり休みたかったりしない?」
「元より買い物は行く予定だったし大丈夫だって」
「三峰も困らせたい訳じゃ無いからさ。折角の日曜日なんだから、Pたんも好きな事した方が良いって」
今日の結華はどうしたのだろう。
ぐいぐいゴリ押して来た割には此処で引き退ろうとするなんて……
「まぁ、結華と一緒に居る時間も好きだから」
「……………………えっ、そう? いやぁ、まあ三峰癒し系だからねぇ~」
「今の間は何だ?」
「ちょっと返事に困ってたりしてただけ」
そんな変な事を言ってしまっていたのか俺は。
確かに、セクハラと取られてしまいそうな言葉だったかもしれないが……
「……悪かったな、今後は変な発言は控えるよ」
「それもとても三峰的には困る訳です」
「どうすれば良いのか俺も困ってるよ」
困るの連鎖で困惑産業廃棄物が積もる。
まぁでも、嫌がられているようでは無いので一安心。
「んじゃ、日曜日の昼ごろに駅前で」
「Pたんちの最寄り?」
「事務所の最寄りだよ。お互い集まりやすいだろ?」
「知ってる? Pたん、モテる男って女性を家まで来させるらしいよ?」
「いや俺プロデューサーだから。結華お前アイドルだから」
日曜日にそんな事やった日には、サンデーではなくフライデーに御用になってしまう。
あと、あまり自宅の位置を把握されたく無い。
「おっけおっけー。で、お昼食べてお買い物?」
「そうだな。それか昼は適当に済ませて夕方に早めのディナーでも行くか」
「……こんなサクサクデートが決まるなんて、絶対裏があるとしか思えない……」
「だからお前は俺をなんだと思っているんだ」
「女子大生とデートが決まったんだからもっとドギマギしてくれても良いのですわよ?」
「困った、ドギマギする要素が見当たらない」
ついでに言えば、デートではなく買い物だ。
俺一人の買い物に結華が付いてくるだけだろうに。
……ん?
「……あれ? これってもしかしてデートか?」
「誰がどう見てもデートだと思うけどねぇ」
「付き合ってなくても?」
「まだ付き合ってなくても」
確かに、よくよく考えたら俺一人の買い物に結華が付いてくるって、それもう一人では無い。
考えるまでも無い事だが、何故か完全に意識の外にあった。
……今更ながら不味い気がしてきた。
大人数ならまだしも、一対一というのは流石に……
「まぁ親子に見えるだろ」
「ねぇパパ、三峰あのキラキラしたネックレス欲しいなぁ♡」
「お前それ絶対外でやるなよ?」
大変な事になるから。
間違いなく誤解されるだろうから。
「Pたんは困る?」
「とても困る」
「三峰も親子とか言われると困るんだよねぇ」
「それは……すまん」
こんな父親は嫌だと言う事だろう。
そりゃ父親と思って欲しい訳ではないが、直接言われると多少はショックを受けるものだ。
「……変装、ちゃんとしろよ?」
「もちろんっ! Pたんすら気付けないくらいおめかしして行くから!」
とは言え、多少楽しみだったりもする。
誰かと過ごす日曜日は、久しぶりだ。
「目立たない様にな?」
「傘さして歩けば見えないんじゃない?」
「晴れてたら余計目立つわ」
「あ、日曜日雨だって!」
雨かぁ……
「なら中止だな」
「晴れさせて」
「俺に怒らないで」
『たまには憧れるお年頃』
「……はぁ、デートしたいなぁ」
四月も中旬。
な筈なのに、気温が一桁台まで下がったある日。
寒さに震えて事務所に転がり込み、暖房をフル稼働させ臨むデスクワーク。
そんな俺の背後では、担当アイドル三峰結華が暇なのかスマホ片手にソファに沈み込んでいた。
ついでに何か言っている気もするが、プロデューサーとして聞かなかった事にしておこう。
「デートしたいなぁ~」
それにしても、今は本当に四月か?
地域によっては雪が降っているらしいが、それはもう二月なんじゃないだろうか。
花粉を振り撒かれるよりは豆撒きの方が楽しいが、寒いのは勘弁願いたい。
事務所から出るのが憂鬱になってゆく。
「ねぇねぇPたん、デートしたくない?」
「いや、別に」
「またまたぁ、本当はデートしたいんでしょ?」
「あったかい家で寝てたい」
「つまりおうちデートがしたいって事でよろしくって?」
「……まぁ、それで良いよ」
今日の結華はなんだかこう、うん、元気だな。
此方の発言を聞く気が一切ないのだろうか。
「そんなPたんに朗報ですよー。三峰も今とってもデートしたい気分なのです!」
「……ダメだからな?」
「でもPたんデートしたいんでしょ?」
「仮にしたかったとしても事務所のアイドルとは行かないからな」
当たり前である。
今一度その胸に手を当ててお互いの職業を思い出して欲しい。
余りにもリスクが大き過ぎると思わないだろうか?
そしてまず俺の発言を聞いて頂きたい。
「デートしたら幸せになれるよ?」
「新興宗教染みて来たな……俺はビール飲んでれば幸せな人間だよ」
「うわぁ……」
ビールは良いぞ、幸せになれる。
例え今日世界が終わるとしても、きっとビールを飲んでいるだろう。
あとこれは内緒だが、事務所の冷蔵庫の最上段奥にはこっそりビールが冷やされていたりする。
ごく稀に、事務所で一缶空けてから帰る日があったりなかったり。
「なんでそんなデートしたがってるんだ?」
「それ女の子に聞くのは野暮じゃない? 女の子はいつだって恋愛に憧れるお年頃なのです!」
……ふむ。
「友達に惚気話でも聞かされたのか?」
「そう! こっちは恋愛御法度だって言ってんのに自慢気に愚痴の体裁すらとれてない惚気話の延々と聞かされて三峰も恋愛モードスイッチが入っちゃった訳です!!」
野暮と言いつつ教えてくれた。
恋愛モードスイッチ、ねぇ。
確かに周りに恋愛してる人がいてその話を聞かされれば、自分もしたくなってしまうものである。
それは分かるが、だからと言ってじゃあ恋人作れば良いだろと言える職種でもない。
「まぁ、我慢してくれとしか……」
「と言う訳でPたん、三峰とデートしてくれない? お願いっ!」
検討の余地も無い。
媚びっ媚びな声と顔をしたってダメなものはダメである。
「あーPたんがデートしてくれないと三峰大学の男友達とデートしちゃったり」
「しないだろ結華なら」
思ってもないだろうに。
「…………信頼が邪魔だと感じる瞬間ってあるんだねぇ」
分かりやすい脅しに乗る程俺も結華の事を分かっていない訳ではない。
溜息を吐いてヤレヤレ顔な結華を横目で眺めつつ、作業を進める。
デート、かぁ。
そう言えば結華がデートに行くとしたら、どんな場所に行くのだろう。
「なぁ結華」
「なになにPたん、デートする気になってくれた?」
「デートするなら何処行きたい?」
「…………えっ、ホントに良いの?」
「聞いてみただけだけど」
「またまた照れちゃってぇ、そうやって私がどんな場所に連れて行ったら喜びそうか探りを入れてるんでしょ?」
本当に気になったから聞いてみただけなのだが。
ダメだ、今日の結華は本格的に話を聞いてくれそうにない。
「そう聞いてくる男は大体彼女の好みを把握する為に探り入れてるって聞いたんだけど」
「残念ながら、俺にそんな駆け引きの技術は無いよ。まぁ次休みが重なったら連れてくくらいが精一杯だな」
普段頑張ってるし、何かプレゼントするくらいはしたい。
前回の日曜日俺が一人ぼっちかどうか確認する為のお出かけは結局無くなった訳だし。
「それを人はデートと呼ぶんだけどねぇ……え、ホントに? 連れてってくれるの?」
「他のアンティーカのメンバーも一緒にな」
「それを人は『その気にさせて期待させるだけさせておいて女心を弄ぶクズ男』って呼ぶんだけどねぇ!」
いや知らないが。
訂正(?)も早目に入れたのだし、理不尽に怒られる理由は無い筈だ。
……デート、かぁ。
いやほんと、女の子って言うのは何処へ連れて行けば喜んでもらえるものなのだろう。
全くもって分からない、俺は男だから。
正確に言えば、恋愛経験の一切ない男だから。
よく聞く話では『自分が行きたい所へ連れて行けば良い』や、『彼女を連れて行きたいと思った場所なら何処でも』等聞くが、実際のところどうなのだろう。
例えば結華なら……アイドルのライブや握手会だろうか?
「……Pたん、もしかしてそろそろ本格的に三峰をデートに誘おうとか思い始めてくれた感じ?」
「いや、一時の思い過ごしだろうし考えるのはやめよう」
「合ってる合ってる! 合ってるからデートしよっ?」
なんで今日はこんなにグイグイくるんだ?
友達に進研セミを勧められた小学生か?
「Pたんは可愛い可愛い担当アイドルに『我慢しろ』と仰るのですか?」
「その通りだよ自分でも分かってるだろ」
一時の勢いや思い過ごし、憧れと言うよりは不満や羨ましいなんて言う感情なら踏み留まるべきだ。
それは結華自身が、きっと一番分かっている事だろうに。
「まぁ分かってるんだけどね」
「何か言いたげだな」
「いえいえ、理解してますよ? 一時の過ちで全てをおじゃんにするなんて実に愚かしい事だって言いたいんでしょ?」
「なんか言い方に棘があるな」
「勢いや思い過ごしなんて言われちゃ怒りたくもなるって……いやいや、プロデューサーの言ってる事自体は正しいよ? さっすが大人です事」
なんだか分からないが、これは恐らく俺が地雷を踏んでしまった気がする。
だからと言って理由もわからず謝ると火に油を注ぐ行為になりかねないので、俺の取るべき行動は……
「すまん」
「って言えば謝ると思った。ふむふむ、Pたんは将来的に尻に敷かれるタイプだねぇ」
……一手上を行かれていた。
してやったり、みたいなニマニマ顔が妙に腹立つ。
「で、じゃあお詫びにデートしてくれたりする?」
「それはまた別問題だろ……」
経験としてしてみたいところはある、が。
俺と結華はプロデューサーとアイドルと言う関係だし、そもそも『経験してみたかったから』なんて理由でデートに誘うだなんて、不義理なのではないだろうか?
誘われた側の気持ちにもなってみろ、俺だったら間違いなく不機嫌になる。
「三峰は別にどんな理由でも構わないんだけどねぇ」
「そんなもんなのか、今時の女の子って言うのは」
何が今時の女の子だ、俺は自分の世代だったとしても分からないだろう。
結華だってきっと、そうは言っても理由はちゃんとしていて欲しい筈だ。
「……最終的にちゃんとした理由になってくれれば、私はそれで良いから」
「ちゃんとした理由……?」
「分からないなら、そうなるのはまだまだ遠そうだなぁ……」
呆れた様に、けれど楽しそうに笑う結華。
それはまるで、パズルをプレゼントされた子供の様だった。
「で、結華はそんなにデートしたいのか?」
「ううん、べっつにー」
まぁ、そんな事だろうと思った。
俺をからかって遊んでいただけだろう。
「今こうしてプロデューサーと二人で話してる時間も楽しいし」
「そう言って貰えると嬉しいな」
「今こうしてプロデューサーと二人きりで事務所に居るのも考え方によってはお家デートだし」
「アットホームな職場だな」
あと、忘れられてるけど社長居るからな。
多分外の非常階段でタバコでも吸ってるんじゃないかな。
「でもきっと、もしプロデューサーとデートしてもこうしてずっとお喋りしてるだけなんだろうね」
「不満か?」
「全然、楽しいからオッケー。デートって何処で何するかじゃなくて、誰と行くかでしょ?」
でしょ? と言われても此方には経験がないのだ。
……けれど、そんな気もする。
きっと結華と一緒なら、何処へ行っても楽しめるだろう。
それは多分、それがデートと言うていかどうかに関わらず。
「ときめいてくれた?」
「結華とデートする人は幸せだろうなぁって」
「……Pたんが幸せになっても良いんですよ?」
「……それは……」
もしかして、結華は……
「事務所の冷蔵庫に俺がこっそりビール冷やしてるの知ってたのか?」
「違うけどこれもうやっぱりお家デートでしょ」
『その日、幸せを約束しよう』
不幸な偶然は重なるものだ。
寝坊した日に限って定期を忘れたり、転んだ時に限ってスマホを踏んでしまったり。
神様が連鎖を繋げてハイスコアでも狙ってるのかと疑いたくなるくらい、運が悪い時はとことん悪い。
別段信心深い訳ではないが、悪い時くらいは誰かのせいにしたくたる。
そんな日が誰しも結構な頻度であるのではないだろうか?
午前中は晴れていたからと折り畳みを持たずに外へ出れば突然の雨に降られ。
あとほんの10分早ければ駅から出なかったものを、今から戻るには遠すぎて。
近くにコンビニも雑貨屋も何もなく。
今更天気予報を調べてみれば、どうやらこのまま夜まで雨だとか。
唯一の救いは、丁度近くに雨宿り出来そうな軒下があった事くらいか。
ギリギリスーツが濡れないくらいの幅に縮こまり、困り果てて空を見上げる。
雲は分厚く、良い感じにダメそうだ。
いざとなったらタクシーでも捕まえようかと思いつつ辺りを見回すも、こんな時に限って大通りの癖に交通量が余りにも少なかった。
「……どうすっかなぁ……」
走って駅へと向かったところで、恐らく電車に乗るのも憚られる程濡れてしまうだろう。
時折吹き込んでくる雨のせいで、画面が濡れて上手くスマホが操作できない。
少しずつ、スーツの裾が水分を含んでゆく。
いやほんと、とても困っている。
「……あー」
やる事もなく(と言うよりも現実的な事を考えたくなくて)、かつて雨宿りした日の事を思い出していた。
あの日も、雨だった。
あの日も、こんな風に雨宿りをしていた。
あぁ、そうだ、そうじゃないか。
運が最底辺の時なんて、もう悩む必要は無い。
だって、そこからは上がるしかないのだから。
だからこそ、俺は出会えたのだ。
突然転がり込んで来た幸運を、見逃さずに済んだのだから。
「……あれ、Pたん?」
「よ、結華」
だからきっと、今も。
こうして、幸運を掴む事が出来た。
「ーーで、動けずに困ってたと」
「そう、見ての通り困ってた訳だ。助けて欲しい」
なんとも情けない成人男性である。
偶然目の前を通りがかった結華は、新しい傘を差して上機嫌そうだった。
羨ましい限りだ、俺も新しい傘を調達したい。
「……いやぁ、ちゃんと天気予報は確認しよ?」
「全くもってその通りだ」
「なぁんでそんな偉そうなんですかねぇ?」
反論出来ないからである。
開き直っているとも言う。
「で、だ。悪いんだけど、もし折り畳み持ってたら貸して貰えるとありがたいんだが……」
「傘持ってる人が折り畳み持ち歩くと思う?」
「鞄の中に常備してる可能性もあるかな、と」
「……えっ、無いですけど?」
どうやら持っていないらしい。
結華なら持ってる様な気がしたんだがなぁ。
……さて、ではどうしよう。
近くにコンビニはないし、買いに行って貰うのは申し訳ない。
「そんなPたんに提案です! 傘が一本しかないなら」
「ダメです」
「……相合傘なんて如何でしょうか?!」
「なんで続けたんだよ」
やけに食い気味だがダメに決まっている。
何度も言っているが、お互いの立場を思い出してくれ。
「いえいえ、きちんと言葉にしないと勘違いされる可能性がありますので」
「してなかったしダメだ」
「じゃあ他に何か案ある? 三峰は別に頼まれれば手伝ってあげるけど」
他に案、か……
買いに行って貰うのは申し訳ないし、かと言ってそのまま見放すのは向こうも気が許さないだろう。
……タクシー、呼ぶか。
結華もこのまま事務所に向かうのだろうし、必要経費だったと思えばまぁ。
「ま、何か思いつくまで三峰も雨宿りしてよっかな」
「傘あるのにか?」
「もうちょっとつめて? 大切なアイドルが風邪ひいちゃいますよ?」
傘を畳んで、結華が俺の隣へと立つ。
「ふふふ、久しぶりじゃない? こうやって二人で雨宿りするの」
「久しぶりもなにも、出会った時以来だよ」
あの日。
こうして雨宿りしていなければ、俺たちは出会わなかったんだろう。
ありふれた、『雨宿り』なんていう些細な事が、その後の人生を左右するにまで至るなんて。
もしかしたら、自分が気付いていなかっただけでそういった分岐点はもっと沢山あったのかもしれないが。
「寒くない? Pたん」
「寒くはないけど……結華は寒いのか?」
「べっつにー、寒いならあっためてあげよっかなーって思っただけです」
どうやって? とは聞かない方が良さそうだ。
結華も俺も薄着という訳ではないが、かと言ってこのままじっとしていたら冷えてしまうかもしれない。
「……結華、やっぱ先に事務所戻れ。というかタクシー呼ぶぞ」
「えー、もうちょっとこうしてても良いと思わない?」
「風邪引いたら大変だろ」
「あらあらぁ、やっぱり本当は寒かった?」
結華が風邪を引いたら大変だろ、と言ったばかりなのだが。
どうやら、俺が寒がっているという事にしたいらしい。
さっさとスマホでタクシーを呼び出し、迎えが来るのを待つ。
これで後10分としないうちに、雨を凌げて移動も出来る最先端技術の結晶が目の前まで訪れる筈だ。
「まったく、プロデューサーも三峰と居る時間をもっと楽しんだらいいのに」
「楽しいよ。でもそれをワザワザこんな雨の中、しかも外でってのはな」
結華と話している時間は楽しい、それは間違いない。
けれど、それで風邪を引くなんて事は良くないだろう。
「……じゃあ訂正。私と二人きりで雨宿りしてる時間を、もっと特別なものだと思ってくれれば良いのに」
雨雲を見上げながら、結華は呟く。
もちろん、聴こえていた。
雨の音、風の音、車の音、転がる空き缶の音。
けれども結華の小さな声は、きちんと俺へ届いていた。
「結華と二人で話してる時間は、いつだって特別だから」
それは、嘘偽りない俺の気持ちだ。
自分で掴み取った、自分と二人三脚で進んで来たアイドルなんだ。
思い入れが無い訳がない。
大切にしたいと、そう考えるのは当然の筈だ。
「……Pたんってさ、たまーにすっごく……」
「すっごく?」
「……Pたんだよね」
「さては馬鹿にしてるな?」
ケラケラと笑いながら、けれどどことなく寂しそうな結華。
そんな彼女が今どんな事を考えているのか、俺には分からなかった。
「……あの日、私の幸せが約束されたの」
「……あの日?」
「うん、あの日。憧れるだけだった、成りたいなんて思わなかった……ううん、もしかしたら考える前から諦めてただけだけど」
半歩、俺より前に立つ結華。
それだけで、結華の表情は見えなくなった。
「そんな私の手を引いて、憧れてた場所よりもっと先に連れてってくれた。それよりももっと先に、思い描いてた幸せの先に導いてくれる約束をしてくれた」
「…………」
「約束をしてくれた人がどんな事を考えてるのか、それは分かるんだけどね。でも、その人がどんな想いを抱いてるのかはまだ全然分からんない」
考えは分かるらしい。
それはきっと、当の本人が考えてる事が顔に出やすいからで。
読み取るまでもなく、言動で示す人間だからで。
だからこそ、きっと……
「……不安な訳じゃない。でもきっと、私以外にも約束された人は沢山いる。その人からしたら、沢山の中の一人なんじゃないのかな、って」
……それは、きっと。
アイドル三峰結華ではなく、一人の、ただの少女としての思いだ。
「……」
俺は、何も言わない。
言えないんじゃない、言わない。
それは、ズルい程に明確な返答だ。
違ったのであれば、それで良い。
もし違わなかったのであれば、それは約束出来ないものだ。
「……プロデューサーにとって、三峰は特別?」
「勿論、大切なアイドルだ」
「即答だねぇ……じゃ、それでいっか」
呆れた様に笑う結華。
けれどまだ、表情は見えない。
見えない。
けれど、分からない訳じゃない。
「……こうして二人で雨宿りしてれば……また、次の幸せを約束してくれるんじゃないかな……そんな風に思ってる私がいた」
きっと寒さじゃない。
結華の身体が小刻みに震えているのは。
きっと雨じゃない。
結華の頬に、雫が落ちたのは。
「ま、プロデューサーだもんね」
「…………あぁ、俺はプロデューサーだ。結華は……」
言う必要なんて、無い。
……けれど、もう、言うしかなかった。
誤魔化してはいけなかった。
「……三峰結華は、アイドルだからな」
「……うん、そうだよね」
コクリ、と頷く。
折角の雨宿りなのに、軒下にまで雨は吹き込む。
だから、違ったのもしれない。
けれど、見間違いには、したくなかった。
……さて。
「……まぁ、だから……」
いつだったか、結華から言われた事を思い出す。
あれから考える機会は幾らでもあった。
言う必要は、本当は無かった。
言うつもりも、今の今までなかった事だ。
「……いつか」
「いつか……?」
いつになるかは分からない。
出来れば、これからも出来る限り長く三峰結華のプロデュースをし続けていたい。
もっと沢山の場所で、三峰結華を輝かせたい。
それがお互い思いの限りを尽くして、全部終わって、その時だ。
「……ただの少女になった結華の幸せなら、約束するよ」
言ってしまった。
半歩先の結華の顔は見えない。
雨は止まない。
けれど、これで晴れてくれたら嬉しかった。
「…………あっ、タクシー来た!」
結華の指差す先には、さっき呼んだ会社のタクシー。
都会って凄い、予想の数倍早かった。
「………………いや、おい……」
タイミング悪過ぎやしないだろうか。
もう少し遅くても良かったじゃないか。
格好なんて、つけるものではなかった。
今とんでもなく恥ずかしくて、穴があったら暮らしたい。
「ほらほらPたんっ、待たせちゃダメでしょ!」
……まぁ、良いか。
きついし、なんとも言えない感情になりそうだが。
俺がどうだろうが、結華が笑っているならそれで良い。
そう思えてしまうあたり、俺もなかなかお目出度く幸せな奴らしい。
「……ねぇ、プロデューサー!」
雨の中、傘の下で。
窓に掛けられた照る照る坊主の様に。
くるりと回って、そこから一歩。
半歩前に居た結華が、ようやく顔を見せてくれた。
「また、雨宿りしよ?」
それが、全部だった。
今目の前にあるものが、俺の幸せの全てだった。
三峰結華と不即不離な日常 終わり
以上です
お付き合い、ありがとうございました
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