七尾百合子「プリムラの花に、言の葉を乗せて」 (32)


これはミリマスssです

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 魔法を使うって、ズルをする事なのかもしれません。

 空を飛べるって事は、本来歩かなきゃいけないところを歩かずに済みますし。
 時間を止められるって事は、他の人達よりも多くの時間を手に入れられますし。
 未来を視れるって事は、他の人達より先に何かを知る事が出来ますし。
 願ったことを叶えられるって事は、本来必要な努力をせずに済みますし。

 だから、私が願った事が叶ったとして。
 それ相応の罰があるのも、当然の事で。

 それでも、私は。

 どうしても、口にする事が出来なかったから……







 はぁ……今日も言えなかったな……

 トボトボと足を動かしながら、私は自宅を目指していました。
 既に十二月を迎えた日本の夕方は、コートなしでは過ごせないほど冷たい風が吹き続けています。
 でもそれ以上に冷え切っているのは、私の心のせいで。
 伸びていく影は私を置いていくみたいに、どんどん勝手に先に行ってしまいます。

 事務所でのやりとりは、いつも通りありふれた会話。
 せっかく二人きりになれた時は、緊張しちゃって全然喋れなくて。
 他の女の子達と楽しそうに話している姿を見て、他の女の子達の事を楽しそうに話す貴方を見て。
 心が締め付けられるのに、言葉に出す事は出来なくて。

 貴方の事が、好きです。

 たったそれだけの、文字にしちゃえば十文字程度にしかならない短い言葉なのに。
 私はずっと、言い出せずに。
 今日もまたいつもと同じ道を歩いて、一人で家に向かって。
 何もないままさよならを言って、もどかしいまま不安を募らせます。

 名前を呼ばれるだけで嬉しいから。
 毎日会えるだけで充分だから。
 瞳が合うだけで幸せだから。
 今の関係が壊れてしまうのが怖いから。

 言い訳を並べて、涙を堪えます。

 きっと、今日もまたあの人の事を夢に見るのに。
 夢の中でなら伝えられるのに。
 現実の私は、怖くて言い出せずに。
 あの人と私の距離はかわらないまま、恋の花が咲く日は訪れない。





「はぁ……こんなに好きなのに」

 どうしても、伝えられない。
 どうしても、言葉に出来ない。
 一層の事、プロデューサーさんから私に告白してくれれば……ううん、それはダメだよね。
 でも、だとしたら私から伝えるしかない、なのに……

 ……恋を叶えてくれる魔法があればいいのにな。

 商店街を歩く頃には、既に太陽は殆ど沈んでいました。
 冷たい風が、私の頭を冷ましてくれます。
 早く帰らないと、少し走ろうかな。
 なんて、閉まり始める商店街のシャッターにさよならをしようとしたところで。

 紫色のプリムラが、目に入りました。

 閉店作業をしているお花屋さんの店頭に置かれた、青春の恋の花。
 私がアイドルとして歌った、青春の始まりと悲しみの花。
 それがあまりにも綺麗で、私はプランターに駆け寄りました。
 寒い風の吹く冬の夜に見たそれは、私に見つけられる為に咲いているみたいで。
 
 私の恋も、この花みたいに咲いてくれればいいのに。

 そう願いながら、せっかく出会ったんだしと店員さんに話しかけました。
 閉店作業をしていて迷惑かな?とも思ったんですが、それでもどうしても手に入れたかったですから。
 少し軽くなったお財布を鞄にしまい直し、改めて帰路に着きます。
 今度は、この恋の花と一緒に。







 家に帰って、部屋の机にプリムラを飾りました。
 少し幅を取りますけど、部屋が明るくなったみたいです。
 さて、今日は早く寝ないといけませんね。
 明日は午前中にレッスンがありますから。

 ピロンッ。

 私のスマホに連絡が届きました。
 SNSアプリを起動すれば、送り主はプロデューサーさん。
 たったそれだけで、あの人から連絡が来たと言うだけで。
 私の心は一気に跳ね上がります。

 なんでしょう?デートのお誘いとかですかね?!

 なんて、欲望全開の想像を浮かべました。
 そんなはずないですよね、きっと明日のレッスンについての連絡だと思います。
 はぁ……とため息を更に増やして、文面を確認します。

『百合子、好きだ。俺と付き合って欲しい』

 なるほど、明日のレッスンは午前10時から……で……
 ……え?

 見間違いでしょうか?
 プロデューサーさんからの連絡が、私への告白の様に見えました。
 おかしいですね、疲れてるのかもしれません。
 




『百合子、好きだ。俺と付き合って欲しい』

 何度見直しても、文面は変わりません。
 送り主は間違いなくプロデューサーさん。
 って事は……夢?
 ほっぺを引っ張って……痛い。

 じゃあ、これは本当に本当で。
 プロデューサーさんは、私が好きって事で。
 プロデューサーさんから、私は告白されてるって事で。
 私達は……恋人に……

『はい!こちらこそよろしくお願いします!!』

 何度も誤字が無いように確認して、ようやく返信出来ました。
 そのまま床のカーペットにダイブして、脚をバタつかせます。

 本当に……!プロデューサーさんから告白が……!

 帰り道にプリムラを見つけて良かったです。
 もしかしたら、この花が私の願いを叶えてくれたのかもしれませんね!
 恋の花の、恋の魔法。
 とっても素敵で、ロマンチックなラブストーリーが始まる予感がします!

 あまりにも舞い上がっちゃって、勢いでプロデューサーさんに電話を掛けちゃいました。
 どうせなら、言葉であの人の想いを聞きたいですから。
 あ、でも私、どんなこと言えばいいんだろう……
 どうしよう、まだ何言えばいいのか決まってないのに!




「あ、も、もしもし?ぷ、ぷろ……プロデューサーさんですよね?!」

 口が上手く動かず、かみかみです。
 プロデューサーさんに掛けてるんだからプロデューサーさんに決まってるのに。
 落ち着いて、落ち着くのよ百合子。
 文学少女らしく、おしとやかで大人な女性に……

「……あれ?」

 通話は始まっている筈なのに、プロデューサーさんの声が聞こえません。
 どうしたのかな?電波が悪いんでしょうか?
 もしかしたら、私が舞い上がって留守電サービスの音声を聞き逃していたのかもしれませんね。
 仕方が無いので通話を終わらせ、再びプリムラに向き直ります。

「ありがとうございます!」

 願いを叶えてくれたんですから、お礼も忘れません。
 明日、どんな感じで事務所に行けばいいでしょう?
 きちんと、顔合わせられるかな……
 あ、えっと、他の誰かには……伝えない方が良いかな。

 今までの不安が、魔法で喜びに変えられたみたいに。
 私の心は熱いまま、嬉しい不安が重なります。
 急いでお風呂に入って、明日を楽しみに待って。
 なかなか寝れないのに、ずっと幸せなままで。

 部屋に置かれたプリムラは、此方へ微笑む様でした。



 翌日、起きて最初にプロデューサーとの連絡を確認しました。

『百合子、好きだ。俺と付き合って欲しい』

 何度見ても、夢から覚めても文面が変わる様子はありません。
 ガッツポーズをしながら、私は飛び上がりました。
 あ、どんな格好して事務所に行こうかな……
 この服の方が大人っぽいけど……こっちの方が可愛いし……

 朝ごはんも一瞬で食べて、身支度もすぐに終わらせて。
 私は幸せな気持ちで事務所へと向かいました。
 雲一つない青空は、まるで私の心を写しているかのよう。
 心地よい日差しを浴びながら、普段とは違う風景に見える道を進みます。

 商店街を抜けるときも。
 電車に揺られているときも。
 改札でチャージが足りなくてつっかえたときも。
 頭の中は、プロデューサーさんの事ばかりで。

 勢いよく階段を駆け上がり、事務所の扉を開けました。

「おはようございます!」

「あ、おはようございます百合子ちゃん。今日も元気ね」

 事務員の小鳥さんが笑顔で出迎えてくれました。

「プロデューサーさんはもう来てますか?」

「今社長とお話ししてるとこだけど……もうすぐ終わると思うわ」




 ガチャン。

 社長室の扉が開いて、プロデューサーさんが出て来ました。
 それだけで顔が真っ赤になって、直視出来ません。
 あ……えっと、何を言えば……!
 とりあえず挨拶ですよね!

「お、おはようございます!プロデューサーさん!」

 ……あれ?プロデューサーさん?
 なかなか返事が返って来ません。

「おはようございます、プロデューサーさん!」

 プロデューサーさん、どうかしたんでしょうか。
 口は動かしてるみたいですけど、喉が痛くて上手く声が出ないのかな。

「……プロデューサーさん?」

 とても、嫌な予感がします。

「……ねぇ、百合子ちゃん、プロデューサーさん……」

 小鳥さんが、不安そうな顔をしながら此方を向きました。





 い、いやですね小鳥さん。
 そんな顔しないで下さい、こっちまで不安になっちゃうじゃないですか。
 なんて誤魔化そうとしたのに。
 怖くて、口を開けなくて……


「なんで二人とも、何度も挨拶してるんですか……?」





 自宅のベッドにゴロンと身体を投げ、私は無気力に天井を眺めていました。
 何が起きているのか、全く理解が追いつきません。
 何故こんな事になったのか、全く理由が分かりません。
 結論だけはハッキリしていて、それは私にとって決して認めたくなんてないもので。

 プロデューサーさんの声が、聞こえない。
 私の声が、プロデューサーさんに届かない。

 ……なんで?どうして?

 疑問は渦を巻き、不安を煽ります。
 不可思議な状況だって事もそうですけど、それ以上に。
 もしこのままお互いの声が届くことがなければ、私はずっとプロデューサーさんの声を聞けないままで……
 それは、とても辛い事でした。

 大好きだったからこそ、余計に。
 ようやく結ばれたからこそ、尚更。

 あの後、小鳥さんに勧められて私は耳鼻科に行きました。
 でも、当然診断結果は正常そのもの。
 だって、プロデューサーさん以外の声や音はきちんと聞こえてるんですから。
 プロデューサーさんもおそらく、同じ結果が出ると思います。

 ……なんで、プロデューサーさんの声だけなの?
 私、悪い事なんてしてないのに!
 せっかく結ばれて、これからだって時に!
 どうして……?なんで……

 もしかしたら、明日には元どおりになってるかもしれない。
 もしかしたら、本当にたまたま耳の調子が悪かったのかもしれない。
 もしかしたら、これは全部夢だったのかもしれない。
 もしかしたら……

 淡い理想を胸に抱いて、私は夢の世界へと落ちて行きました。




 翌日、私は起きてすぐプロデューサーさんに電話をかけました。
 数回のコール音、そして通話開始の音。

「おはようございます、プロデューサーさん……!」

 祈るような思いで、私は挨拶をしました。
 しかし、向こうからの返事は聞こえません。

「……夢じゃ、無かったんですね……」

 一旦通話を終了して、確認との旨のラインを送りました。
 心はとても重いですが、事務所に行かないわけにもいきません。
 顔を洗って、朝ごはんを食べて。
 部屋で着替えている時、ふと違和感を覚えました。

 あれ?プリムラの葉が……

 机の上の、昨日買ってきたばかりのプリムラの花。
 その花は綺麗に咲き誇っていますが。
 何故か、葉っぱが枯れきっていました。
 花だけのプリムラは、どこか奇妙です。

 ……って、今は気にしてる場合じゃないよね。

 遅刻するのはまずいですから、一旦頭から叩き出して。
 寒い道路を、一人で歩きました。




「おはようございます」

「おはよう、百合子ちゃん」

 事務所に着くと、小鳥さんが笑顔で迎えてくれました。
 私の耳には聞こえませんが、プロデューサーさんもこちらに手を振ってくれています。
 いつも通りの日常です。
 周りから見れば、の話ですが。

 ……どうして、私とプロデューサーさんは……

 本来であれば、楽しく会話して。
 私が想像の世界にトリップしちゃって、プロデューサーさんがやれやれみたいな感じて私の頭を撫でてくれて。
 そんな幸せな瞬間が、これから沢山有るはずだったのに。
 プロデューサーさんの想いを知れたからこそ、これからだったのに……

「……レッスン、行ってきますね!」

 プロデューサーさんに私の声は届きませんから。
 出来る限り笑顔で、私は事務所を飛び出しました。



「ふぅー……」

 レッスンをしている間は、有る程度集中できて良かったです。
 ハードなレッスンは他のことを考える余裕なんてくれませんから。
 ふと思い出しちゃう一瞬も、全力で頭から叩き出して。
 終わった頃には、私はクタクタになっていました。

 他のみんなは、私に気遣って励ましの言葉を掛けてくれました。
 でも、そんな優しさすら心が痛くて。
 だって、他のみんなは普通にプロデューサーさんとお話し出来てるんですから。
 あの人に、名前を呼んで貰えてるんですから。

 こんな状態で『私! プロデューサーさんに告白されたんです!』なんて言える筈もなくて。
 言ったところで、悲しさは増すだけだから。
 そんな事を声に出しても、そんなの……

 もどかしさと苦しさを抱えたまま、私はレッスンルームを後にしました。

 外の寒さは厳しく、手袋をつけていなかった手は一瞬で悴んでしまいました。
 でも、そんな事なんて頭に入らないくらい。
 今の私にとって、全ての事がどうでもよくなってしまってて。
 冷たい夜に一人、トボトボと道を歩きました。



 ピロンッ。

「……誰だろ……」

 悴んだ手でスマホを開くと、通知が一件。
 相手は……プロデューサーさん!

『お疲れ様、百合子。色々大変だけど、一緒に頑張って乗り越えような!』

 そんな、優しいプロデューサーさんからのライン。
 プロデューサーさんだって忙しい筈なのに、私がレッスンを終えるタイミングで連絡をくれて。
 やっぱり私の事を考えてくれてるんだな、なんて。
 そんな嬉しさがあったのは嘘じゃないのに。

 なのに、その筈なのに。
 プロデューサーさんは、私に気遣って連絡してくれた筈なのに。

『プロデューサーさんにとっては、私と会話出来ないのは乗り越えられる程度の事だったんですね』

 送信ボタンに指をかけて。

 ……そうじゃない!私は、そんな事……!

 時すでに遅し、後悔先に立たず。
 送られたラインは消す事なんて出来ず。
 既読がすぐについちゃって。
 なのに、電話で謝ることも出来ないから。

『ごめんなさい、明日必ず謝ります』

 そう送って、私は目を滲ませながら夜の街を走りました。





 いつもと同じ帰り道、スマホに通知はありません。
 涙ぐみながら歩く商店街。
 浮かんでは消え、また浮かび上がる不安と後悔はずっとループして。
 明日、どうやって謝ればいいのかすら分からなくて。

 ……あ。

 閉店作業をしているお花屋さんの前に、またプリムラを見つけました。
 私の儚すぎた恋なんて知らないと言うように、とても綺麗に月明かりの中を咲き誇っています。
 一途だった私の気持ちは壊れそうなほど締め付けられてるのに。
 そのプリムラは、喜びに彩られているかのような鮮やかさで。

 そう言えば、一昨日買ったプリムラの葉が枯れてしまっていた事を思い出しました。
 せっかくだし、気晴らしにでも買ってこうかな。

「すみません、この花の苗ってありませんか?」






 さっきよりもほんの少しだけ上機嫌で、私は部屋に転がりました。
 プリムラを花ではなく苗から買ったのは……そうですね、少しだけ私の心が汚れてるからかもしれません。
 だって、私の恋がこんなことになっちゃったのに。
 花は綺麗に咲き誇っているなんて、悔しいですから。

 とはいえ、きちんと育てますよ?

 葉の枯れたプリムラの隣に、まだ芽が出たての小さな植木鉢を並べます。
 このプリムラが咲ききる頃には、私の恋もまた実ってくれればいいのに、なんて。
 少しばかり、いつもの調子を取り戻せたかもしれません。
 それも、ほんの一瞬だけでしたが。

 時間を確認しようとスマホをつければ、開かれたいたのはプロデューサーさんとの会話欄。
 再び私の心は締め付けられました。
 明日、謝らなきゃいけないのに。
 今の私に、彼と目を合わせられるほどの勇気はありません。

 どうして、こんな事言っちゃったんだろ……

 プロデューサーさんとの会話は、私にとって幸せな時間だった筈なのに。
 今では、会う事すら怖くて。
 言葉は見つからず、覚悟はどんどん折れそうになって。

 お願いだから、勇気を下さい……!

 私は、祈りました。
 そして……








 ……あ、寝ちゃってたんだ。

 目を覚ませば、窓から陽の光が射し込んでいました。
 重い身体を無理やり起こし、時間を確認しようとスマホを開きます。

 あれ?通知きてる……

 開けば、プロデューサーさんからのラインでした。

『昨日はすまなかった。俺、無神経過ぎたかもしれないな。きちんと謝りたいから、事務所来たら少し時間を貰えるか?』

 そんな、プロデューサーさんは悪くないのに!

 でも、心の何処かで。
 よかった、なんて安心する自分がいました。
 私が謝りやすくなったな、なんて。

 ……なんだか、おかしいよね。

 幾ら何でも、都合が良過ぎます。
 幾ら恋する乙女でも、御都合主義が過ぎれば怪しんだりもします。
 だって、明らかにプロデューサーさんは悪くないのに。
 私が謝ると言って切った会話をこう繋がるなんて、なんだか不自然に感じて。

 その時、私は気付きました。

 昨日買ってきたばかりのプリムラの。
 緑に生えていた芽が、枯れている事に。







 嫌な予感がして、私は走って事務所に向かいました。

 あのプリムラに願った日に、私とプロデューサーさんは結ばれて。
 私の言葉が届かなくなった日に、あのプリムラの葉は枯れていて。
 あのプリムラに願った夜に、プロデューサーさんが謝ってくれて。
 じゃあ、あのプリムラの芽が枯れていたのは……?

 そんなはずは無い、あって良いはずがない。
 そんな魔法みたいな事が、現実に起こるはずがない。
 そう自分に言い聞かせても、不安は全く拭えずに。
 あり得ない事、馬鹿げた事だと笑い飛ばせばいいのに。

 走る私の心は、どんどん苦しくなって。

「おはようございます!」

 事務所のドアを勢いよく開けて、全力で挨拶を叫びます。

「あら、おはよう百合子ちゃん。プロデューサーさん、百合子ちゃん来ましたよ」

 小鳥さんが、また暖かく出迎えてくれました。
 話があるって言ってましたよね?私、席開けましょうか?
 そう話す小鳥さんと。
 聞こえないけど会話しているであろうプロデューサーさんの姿を探して……

 ……嘘、だよね……?

「……あの、小鳥さん」

「どうしたの?百合子ちゃん」







「……プロデューサーさんって……何処にいるんですか?」





 その後の記憶は、殆ど残っていません。
 気が付けば、私は自宅の布団に寝っ転がっていました。

 ……こんな筈じゃなかったのに。

 ぼーっとした頭で、ただひたすら後悔を繰り返していました。

 プロデューサーさんの側にいるだけで幸せだったのに。
 プロデューサーとお話し出来るだけで楽しかったのに。
 プロデューサーさんの姿を見るだけで嬉しかったのに。
 今では、もう……

 私が、願っちゃったからなのかな……

 自分で想いを伝える勇気がなくて、自分で言葉を伝える勇気がなくて。
 それを全部、するべき事を全てせずに願いを叶えたいなんて。
 そんな事を、ずるい事を願っちゃったからなのかな。
 こんな筈じゃなかったなんて、もう一回やり直したいなんて。

 そう思っている今の自分が、ダメなのかな。

 お互いの言葉を伝えられない恋なんて。
 お互いの姿を見れない恋なんて。
 そんなの、私の望んだ恋じゃないのに。
 そもそも、私が始めた恋じゃないから。




 本当は、デートに行きたかったな。
 一緒に遊んで、一緒に買い物して。
 二人で夜景の見えるレストランで食事なんてして。
 そのまま、別れ際にキスしたりなんかして。

 クリスマスも二人でデートして。
 年末年始に二人で除夜の鐘を聞いた後初詣に行って。
 バレンタインにチョコを贈って。
 ホワイトデーに、私がドキドキしちゃうような甘い言葉を言ってもらって。

 結局、恋愛らしいことなんて出来なかったけど。
 そもそも、私には恋愛らしい事をする権利なんてなかったんだ。

 私が弱かったせいでこんな事になっちゃったんだとしたら。
 私には、やらなきゃいけない事があります。

「ふー……やっと気付けたよ」

 声にできなくても、側に居られればいいなんて。
 そんな恋があってもいいのかもしれないけど。
 言葉にせずに始まった恋なんて。
 それは間違ってるんだ、って。




 ピロンッ、と。
 スマホに通知が届きました。
 
『姿は見えないし声も聞こえないけど、俺は百合子の事が大好きだよ』

 プロデューサーさんから届いたラインを眺めて。
 これはきっと、そういう恋の魔法なんだ、って。
 それなら、こんなもの要らない。
 もう一度自分で、始めてみせる、って。

 私は、全てを決意したから。

 もちろん、諦めたわけじゃありません。
 私の心は弱くても、私の想いは変わっていませんから。

 プロデューサーさんに、電話を掛けました。
 2コールで出てくれた、言葉も姿も見えないプロデューサーさんへ。
 私と付き合ってくれて、私に付き合わせてしまったプロデューサーさんへ。
 私は、全てを届けます。

 花しか残っていないプリムラに、私は言葉を乗せました。

 青春の始まりと悲しみの花に。
 無言の愛を謳う花に。
 何度だって恋してみせる、と。
 きちんと、言葉で愛を伝えてみせる、と。




「プロデューサーさん……私、貴方の事が大好きでした!」

 届かなくても伝えてみせる。
 聞こえなくても伝えてみせる。

 全てを1から始める事になってでも。
 私は、貴方と恋をしたい、って。





「おはようございます!」

 私は勢いよく、事務所の扉を開けました。

「おはよう、百合子ちゃん」

 小鳥さんが、今日も優しく出迎えてくれます。
 コートを脱いでソファに座ろうとしたところで。
 事務所に居た男性から、声をかけられました。

「ん、新人の子か?」

「……え?プロデューサーさん、何言ってるんですか?百合子ちゃんですよ」

 その男性の姿を見た時。
 私は、運命のようなものを感じました。
 運命としか言いようがありません。

 初めてあった筈なのに。
 名前も知らない筈なのに。

「初めまして!七尾百合子です!」

「お、元気なのはいい事だな。俺は765プロのプロデューサーだよ」

 小鳥さんが困惑しているみたいですが、関係ありません。
 私は、言葉を続けました。




 恋の魔法があるとしたら。
 恋の魔法に縋った少女がいるのなら。
 恋を叶える花があるのだとしたら。
 恋を叶えたい少女がいるのなら。

 それもいいかもしれないけど。
 もしかしたら、これもそうなのかもしれないけど。
 それでもやっぱり。
 自分の言葉で伝えないといけませんから!

 今は笑われても。
 いつか、きっと。
 言葉にしてよかった、って。
 そう思える日がくる筈だから。

「私、貴方の事が大好きです!一緒に恋しますよ?!」




以上です、時間がかかって申し訳ありませんでした
お付き合い、ありがとうございました

過去作です、よろしければ是非
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