これはミリマスssです
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「私がプロデューサーさんの恋人って事になりませんかね!」
読書の季節、秋の昼下がり。
俺の担当アイドルである七尾百合子から飛び出した言葉は、魔法の如く時を止めた。
流石風の戦士だ、時間操作なんて最上位クラスの魔法なんじゃないか?
……なんて、そんなアホな事を考えてしまってるのはそれほど驚いていたからだ。
七尾百合子、15歳。
読書好きな夢見る文学少女で少々人見知りをする向きがあり、ダンスレッスンなどの運動系は苦手。
特技はペン回しらしいが、活かされた経験は記憶の何処にも無い。
ここまでは、割と一般的な文学少女だ。
気になる事には一直線、好きなものに全力投球。
人見知りではあるが引っ込み思案ではなく、ステージの上ではいつもキラキラ輝いている。
普段も事務所では色んなアイドル達と仲良く話し、楽しそうに過ごしている。
見ているこちらが幸せになれるくらい、素敵な女の子。
ただ割と妄想癖なところがあり、何かと妄想の世界に飛び込む事がある。
自称風の戦士である百合子は、一度トリップするとしばらく返ってこない。
想像力豊かなのは素晴らしい事だが、会話中にとんでいっちゃうのはやめて頂きたい。
まぁ、そんなちょっと抜けたところがある可愛らしい少女だ。
そんな彼女としていた会話は、
「百合子ってそう言えば男友達とかいるのか?」
だった気がする。
「うーん、あまり……クラスの男子とたまに喋るくらいです。何かあったんですか?」
「いやほら、百合子くらいの年齢だと恋愛とかそんな話題が出てもおかしくないんじゃないかなーって。困るけどさ」
「アイドルですから!恋人なんて以ての外だ、ってプロデューサーさん以前言ってませんでした?」
「そこまで強くは言ってない気がするけどな……」
まぁ、割とありふれてるであろう日常会話。
そこから俺の話になって……
「そう言えば、プロデューサーは恋人とかいるんですか?」
「いない、欲しい、辛い」
「辛いのは私達も一緒です!私達の恋愛を禁じるプロデューサーさんも恋愛を禁じるべきでは?!」
「婚期完全に逃すじゃん……いや、相手とかいないんだけどさ」
からの。
冒頭に戻る。
「じゃあ……私がプロデューサーさんの恋人って事になりませんかね!」
何故そうなったんだろう。
不思議だ、この世は不思議で満ちている。
百合子に恋人はいない。
それは分かる。
俺に恋人はいない。
それも哀しいけど分かる。
じゃあ、百合子と俺が恋人同士になろう←new!
これが分からない。
何が起きた、どうなった。
何段階か飛ばされたであろう思考の過程が全く分からない。
「だって、プロデューサーさんには恋人がいませんよね?」
「何度も言わせないで、哀しくなるから」
「で、私にも恋人はいません」
「あぁ、そうだな、さっき聞いたわ」
「だったら!私とプロデューサーさんは恋人同士って事になりませんか?!」
「なるほど……なるほど?」
さっぱり分からない。
きっと彼女には彼女なりの方程式が成り立っているんだろうが、残念ながら俺には等号の真ん中に斜線が引いてある。
風が吹けば桶屋が木から落ちる並みの謎理論だ。
いやまぁ、強風なら落ちるだろうが。
「と言うわけで、私とプロデューサーさんは今日から恋人です!いいですね?一緒に恋しますよ?!」
「お、おう……」
流されてしまった。
まぁしばらく恋人ごっこに付き合ってあげれば満足して次の妄想に移ってくれるだろう。
「では早速、プロデューサーさん!」
「なんだ?」
手を握って下さいとか、デートの約束とかだろうか。
無理のない範囲で、叶えてやるとしよう。
確かに、百合子が恋人なら毎日退屈はしないだろうな。
もちろんそんな関係は演じるだけに留めておかないと俺の頭が胴体と御別れする羽目になるが。
さてさて、早速俺に何かを求めようとしている百合子。
少し下を向いて、顔を赤らめ。
意を決したように、口を開けた。
「携帯、見せて下さい」
……おかしい、風の戦士の目に光がない。
さてはお前、闇堕ちしたな?
お前にとって恋ってなんだ、相手の携帯チェックから始まる恋なんて間違いなく長続きしないぞ。
あとこれ仕事用だから、割と重要なメールあるから消されると物凄く困るから。
「百合子、恋って……なんだろうな?」
「え?今の私、純情な恋人っぽくありませんでした?」
「なーんだ、演技か!」
「いえ、別にそう言う訳でもありませんが。ところで、携帯、早く」
純情、純情ってなんだ。
文学少女にとっての純情とは……
口は災いの元。
俺はこの日この時。
そんな教訓を得ると引き換えに、とんでもないモノを抱え込んでしまった気がする。
「ふー……そろそろお昼にするか」
パソコンとの睨めっこを切り上げ、時計を見れば短針と長針は真上で重なっていた。
せっかくだし何処か食べに行こうか……とスマホで近くの良さげな店を何店か見つける。
お、安くてなかなか量もありそうじゃないか。
さて、膳は急げと言うしさっさと向かおう。
ザーッ
雨が降っていた、神は死んでいた。
多分通り雨だと思うが、なかなか強くて店に着くまでには絞られてない雑巾になってしまうだろう。
はぁ……仕方ないか、隣のコンビニで済まそう。
そう思って、事務所共用の傘を開こうとしたところで。
「あ、おはようございます!プロデューサーさん!」
「お、おはよう。雨濡れなかったか?」
傘を片手に、百合子がこちらへ手を振っていた。
かなり力の入った私服のようで、15歳にしてはとても大人びて見える。
笑顔で走り寄る姿はとても可愛らしい。
雨が降っていて傘をさしているからこそ、よりその中の百合子の笑顔が引き立っている気もする。
写真に撮れば、ファンは喉から手が出るほど欲しがるだろう。
「そんな、ぬ、濡れるなんて……プロデューサーさん、まだお昼なのに……」
「カムバック百合子。そして入れ違いで俺はコンビニ行ってくるから」
「……あ、プロデューサーさんまたお昼コンビニ弁当で済まそうとしてませんか?」
「おいおい、馬鹿にするなよ百合子、コンビニ弁当なんて高いもの買うはず無いだろ?カップ麺だよ」
「尚更!尚更ダメじゃないですか!」
雨の中、15歳の女の子に説教される社会人がそこに居た。
だってほら、お弁当作るほどの技術ないし。
作ってくれる人もいないし……何故だろう、悲しくなってきた。
それにカップ麺だって美味しいんだぞ?
「にしても、随分気合の入った服じゃないか。午前中何かあったのか?」
「可愛いと言ってくれた事に関しては部分点をあげましょう……でも、何故か分からなかったのなら大幅減点ですね」
言ってない、思ったけど。
いや、確かに可愛いけどさ。
「だって、その……私とプロデューサーさんは……恋人になったじゃないですか」
「……あー、なるほどね?」
可愛いやつだな、こいつはもう。
あれか、恋人にオシャレして可愛い姿を見せたい的なアレか。
「そんな……襲いたくなっただなんて……」
言ってない、思ってもない。
「それに、恋人が可愛いと……」
「嬉しいよな、彼氏側としては」
「他の女に見向きをさせずに済みますから」
怖い。
……な、なるほどね。
そう言うメリットもあるのか、オシャレって奥が深いな。
俺はまた1つ賢くなった、気がする。
取り敢えず目に光を取り戻せ、愛は取り戻さなくていいから。
なんてまあ、わざわざ事務所先でする会話でもないだろう。
こんな会話で雨に濡れるなんてアホらしいし、一回事務所内に戻るとしようか。
「さて、今までお弁当を作ってくれる恋人がいなかったプロデューサーさん」
「なんでそんなぶっ刺さる言い方するん?」
「恋人の重要性を改めて認識して貰うために……じゃん!お弁当作ってきました!」
そう言ってカバンからお弁当箱を取り出す百合子。
「ありがとう百合子。なんだかいいな、恋人って感じがして」
「そう言ってもらえると作ってきた甲斐があります!」
俺の為に作って来てくれたのか……
嬉しいな、こう言うのって。
「早速開けるぞ……ん?」
お弁当の上には、小さめなメッセージカードが載っていた。
「あ、プロデューサーさん!そ、そのですね……目の前で読まれるのは恥ずかしいので、食べた後に読んでもらえると……」
なんだこいつ、めっちゃ可愛いかよ。
でもだからこそ、少しいじめたくなってくる。
百合子の目の前で読み上げてみるのも面白いだろう。
どんな反応をしてくれるんだろうか。
さて、それじゃ、と。
メッセージカードを開いて、俺は目を通した。
『他の女に靡かないで下さい』
「さて!んじゃ後で読ませて貰うか!早速お弁当箱を開けていこう!!」
大人に大事なのはスルースキルだ。
俺は何も見ていない。
震えてもいない。
「1段目は……ん、おはぎか。確か百合子っておはぎ作るの得意なんだよな」
「はい、折角だから最初は自信のあるおはぎにしようかな、って」
「デザートに頂くとするよ。2段目は……おはぎかよ!」
何故2段に分けた。
主食はどこだ?
あ、おはぎだから米かこれ。
「ひゅーひゅー、見てるこっちが胃もたれするほど甘いシーンを見せつけてくれるじゃないですか!!」
いつの間にか戻ってきていた小鳥さんがヤジを飛ばしてくる。
いや流石にこの量のおはぎ食べたら俺が胃もたれするって。
「小鳥さん」
百合子が小鳥さんの方を向いた。
「……ぁ、あの、プロデューサーさん、私お昼買ってきますね……」
バタン。
小鳥さんが出て行った。
「……ゆ、百合子?」
「どうしましたか?プロデューサーさん!」
満面の笑顔だ、うん、満点をあげたくなる。
何があったのかは聞かないでおこう。
知りたくないし、知っちゃいけない気がする。
この世には知らない方が幸せな事だってあるだろうし。
「にしても、米はこれでいいとしてなんかおかずが欲しいな」
「あ、なら……」
顔を赤らめながら、百合子が俯く。
「オカズは私、って事になりませんかね……?」
あぁ……帰ってきてくれ、純情だった百合子……
ピピピヒッ、ピピピヒッ。
目覚ましの音で目を覚ます。
あ、しまった……毎日セットにしてたの忘れてた。
今日は日曜日なんだし、もうしばらく寝ていてもバチは当たらないだろう。
そもそも誰に怒られるんだ、って話ではあるが。
アラームを止め、窓から差し込む光を無視して俺は再び布団をかぶる。
ビバ睡眠、すりーぷいずごっど。
思考を投げ捨て救いを得よう。
「プロデューサーさーん……おはようございまーす……」
おかしいな、百合子の声が聞こえる。
俺は百合子の声を目覚ましボイスに設定していただろうか?
いや、していない。
つまりこれは……幻聴?
んなあほな、夢だろ夢。
「プロデューサーさん、朝ごはん出来てますよ?」
俺の夢はなかなかリアリティがあるようだ。
まさか担当アイドルである七尾百合子がこんな再現度で夢に出てくるなんて。
夢と言うのはその人間の欲望を映し出す事もあると聞くが、だとしたら俺は百合子の声を目覚ましボイスにしたがっていたのかもしれない。
今度録音させて貰うか。
「……本当に寝てるんですね?」
なんてアホな事を考えているうちに、俺の寝ているベッドに誰かが乗っかってくる感触がした。
そのまま、のそりのそりと布団を進む音が聞こえ……
「……起きてるよ、百合子」
「ひゃっ?!ぷ、プロデューサーさん?!起きてるなら起きてるって言ってください!襲いますよ?!」
理不尽な怒りと犯罪宣告を、まさか日曜の寝起きに受けることになるなんて思わなかった。
人生、何があるか分からないなぁ。
間違えて目覚ましをセットしてしまった過去の俺への感謝が尽きない。
さてさて、まぁ百合子が目の前にいるのは夢ではないだろう。
夢だったらまだ良かったのに。
朝、美少女が起こしてくれるなんて夢のようなシチュエーションだけどさ。
夢であってほしかった。
「……なぁ、百合子」
「あ、朝ごはんなら出来てますよ、プロデューサーさん」
「どうせおはぎだろ?」
「レバニラ炒めです!」
朝から食べるもんじゃないと思う。
「ところでさ、百合子」
「なんでしょうか?」
「不法侵入って知ってる?」
「もちろんです!正当な理由が無く勝手に他人の敷地に入る事で、法定刑は3年以下の懲役または10万円以下の罰金、未遂でも処罰されるそうですね」
無駄に詳しいな、流石文学少女なだけはある。
普段どんな本読んでんだ、とツッコミたくもなるが。
「因みにですけど、セールスマンが敷地に入ってもそれだけでは不法侵入にはならないそうです。物を売る、って言うキチンとした理由があるからですね。でもセールスを断られた時点で正当な理由は失われるので、それ以上居続けたら不法侵入になります」
なるほど、為になるな。
で、だ。
「百合子、今のお前の状況は現在進行形で不法侵入中って事にならないか?」
「なりません!正当な理由がありますから!!」
正当な理由か。
追い出すのは聞いてからでもいいだろう。
「私はプロデューサーさんの恋人ですから!」
「また明日な、百合子」
「ま、まって下さい!だって私達は恋人ですよ?!」
「人の家に無断で侵入していい理由にはならないな」
「なりませんかね?!」
なりません。
さてさて、まぁ流石に追い出しはしないが。
のそのそ起きて百合子に一旦部屋から出て貰い、ぱっぱと適当に着替える。
そのまま覗こうとしていた百合子のおでこを扉で叩き、一応玄関をチェック。
「……なぁ百合子、器物破損罪は知ってるか?」
「もちろんです、他人の所有物または所有動物を損壊、傷害することを内容とする犯罪ですね!刑法261条で定められていて、この場合の所有物には土地も含まれてます。ただ、ここでいう「物」には公用文書、私用文書、建造物は含まれません。器物損壊罪とは別に、文書等毀棄罪・建造物等損壊罪が存在するためですね。それがどうかしましたか?」
「いや、なんかドアのチェーンが半分こされてるのが見えたからさ」
「ち、ちなみに!心理的に使用できなくするような行為も損壊といえます!また、その物が本来持っている価値を低下させるのも損壊とみなされるそうですよ!朝からひとつ詳しくなりましたね!」
「誤魔化そうとしない」
「私がまだ部屋に入ってないのにチェーンまで掛けるプロデューサーさんにも非があると思いませんか?」
思わない、心から。
取り敢えず今までお勤めご苦労様、我が家のチェーン。
「ピッキングとかどこで身につけたんだよほんと……」
「文学少女ですから」
文学少女って凄い。
だからほんとどんな本読んでるんだよ。
あと何故顔を赤らめる、褒めてないぞ。
めっちゃかわいいけどさ、今見たくはなかったり。
「ところでプロデューサーさん、朝ごはんを食べながらでいいのでひとつお話があります」
「なんだ?今日は一応丸一日空いてるが」
「パソコンの『事務用No.0721』と言う画像フォルダの
「百合子の作る朝ごはんは美味しいなぁ!お代わり貰っていいか?!」
「プロデューサーさん、誤魔化そうとしないで下さい」
さっきまでのお前に聞かせてやりたいよそのセリフ。
「……まぁ、男性ですから……?そういった画像フォルダが必要な事は分かりますが……」
理解を示された。
示されたくなかった、と言うか見られたくなかった。
なんでパスワード分かったん……あー、百合子の誕生日にしてたんだ。
しとかないとなんか逆ギレされそうなのと、困った時に切れる手札として。
「パソコンのパスワード、私の誕生日を入力したら開いたの……とても、嬉しかったです」
良くやった過去の俺!
間違いなく今日のMVPだ。
「なので、今回だけは大目に見ることにして……」
ニコリと花のように笑う百合子。
あぁ、こういう奴だからな、ほんと。
だから、なんやかんや言いつつも俺は……
煩悩なんて消して、仲良くしていきたいな。
「入ってた画像は全て私の写真と入れ替えておきましたから……ご活用下さい」
まず最初に消すべきものが決まった。
「さて、何処に行こうか」
「その……御休憩出来る場所なんてどうでしょう?」
……高速のパーキングエリアにするか。
いやだめだ、お花畑のこいつにそんな事言っても『え?!や、野外ですか……?』なんて返してきそうな気がする。
「冗談です。私は、プロデューサーさんが行きたい所ならどこでも!」
百合子を助手席に乗せ、俺は車を走らせていた。
何事も無く家を出たはいいが、特に行きたい場所はない。
あてもなく取り敢えずドライブし、適当に見つけたショッピングモールにでも入ればいいかな、なんて考えていた。
もちろん俺のパソコンのフォルダ『事務用No.0721』はフォルダごと削除した。
「金券ショップでいい?」
「デート、って……何なんでしょうね?」
「貰った図書館余りまくっちゃってるんだよね」
「あの!文学少女の私の前でそういう事言わないでくれませんか?!」
いじめるのはこれくらいにしておこう。
車内のCDプレイヤーで百合子の曲を流しながら、幹線道路をサクサク進む。
休日に二人でドライブと言う状況にテンションが上がってるからか、百合子の表情はとても楽しそうだ。
口ずさんでいる空想文学少女を生で隣で聴けるなんて贅沢だけど、微妙に音程ズレてたぞ。
楽しそうにしている百合子に水を差すなんて、そんな勇気無いけど。
さてさて、車を走らせ1時間弱。
やって参りましたショッピングモール、車を止めて自動ドアをくぐる。
あぁ、冷房効いてるって幸せ。
沢山店があるが、どこから巡って行こうか。
「なんか見たいものあるか?」
「プロデューサーさんの……その……」
顔を赤らめるな、俺の下半身を見るな。
外で年頃の女の子がそんな事を言おうとするんじゃない。
「訂正しよ、見たいお店ある?」
「あ、せっかくですしお互いの服をコーディネートしませんか?!」
「良いけど、俺センスないぞ?」
「大丈夫です!プロデューサーさんが選んでくれた服ならバッチリ来こなしてみせますから!」
おお、良い自信だ。
アイドルとしての成長はプロデューサーとしてとても喜ばしい。
だが百合子、そっちはランジェリーショップだ。
「どれが良いですか?」
「なんで俺に下着を選ばせるんだよ……」
「だって……その、『そう言う時』に、プロデューサーさんが興奮する方が……」
やめろ、既に混乱してる俺に追加で負担を上乗せするんじゃない。
あと女性の店員さんが凄く微妙そうな顔でこっち見てるから。
なんとかして親子ですよオーラを出し乗り切るしかない。
にしても綺麗な女性だな……少し声でもかけてみようか。
「……プロデューサーさん、店員さんの視線が気になるんですか?」
「いや、全く、何も、あ、店員さんこっち見てるじゃん!気づかなかったわ!」
なぁ百合子、なんでお前は振り返ってもないのに背後の女性店員さんの視線が分かるんだ。
「プロデューサーさんの視線が分かりやす過ぎましたよ。『お、良い女がいるな、声掛けてやろうか』みたいな感じでした」
目は口ほどに物を言う、というやつか。
百合子の目は真っ暗で何も読み取れないけど。
「他の女に脇見させないくらい、お、大人な下着を……」
「お前は下着姿で買い物する気か」
なんてアホな会話を終え、普通にメンズフロアへ向かう。
せっかくだから俺から先に服を買わせて貰う。
百合子の隣を歩くなら、ある程度しっかりとした格好をしておきたいしな。
家出る時遠回しに私服バカにされた気がするし。
「うーん……スーツ姿のプロデューサーさんが一番……あ、でもこの服なら……」
流石女の子、到着と同時に店へ突っ込んで行ってしまった。
こうなると手を付けられないだろう。
女の子の買い物は、それが誰の買い物だとしても満足するまで終わらない。
百合子のサティスファクションゲージが溜まるまで、俺はマネキンになるとしよう。
「これなんてどうでしょう?あとこっちも!」
「あいよ、試着室行ってくる」
「ご一緒しましょうか?」
「店員さんに怒られちゃうからダメ」
俺は子供か、着替えくらい一人で出来るわ。
試着室の中で、鏡を見ながら服を着替える。
ほう、悪くないんじゃないかな。
一気に5歳くらい若返った気がする。
これで百合子の隣を歩いていても、年の離れた兄弟、くらいには見えるだろう。
にしても、流石百合子だな。
自分で言うのは難だけど、なかなかこの服は俺に合っている気がする。
よく見てくれてる、という事だろう。
一緒に来てくれてありがたいな、なんて思ったり。
「着替え終わったぞー」
しゃーっとカーテンを開ける。
どうだ、新しくなった君のプロデューサーは。
「……悪くありませんね!とってもカッコいいと思います!一緒に風の勇者を目指しませんか?!」
「今更ジョブチェンジする気はないよ。んじゃ、これにするかな」
褒められて嬉しかったのは内緒にしておこう。
あとレジで値段言われて一瞬躊躇ったのも内緒にしておこう。
「ありがとうございます、プロデューサーさん!」
「いや、喜んでくれたなら俺としても満足だよ……疲れた……」
「なら!ご休憩の出来る場所に!」
「フードコート行くか」
百合子の服を選ぶのに、間違いなく俺の買い物の10倍以上の時間を要した。
とは言え今回は百合子が選ぶのにテンション上げ過ぎたわけじゃなく、俺がなかなか決められなかっただけ。
試着室から出てくる百合子を見る度に『お、めっちゃ可愛いな……いや、でもこっちの服も……あ、あっちにもっと良いのが……』となってしまって。
百合子は何着ても似合うからこそ、これだ!と言うのをなかなか決めきれなかった。
「五着も買って貰えるなんて……本当にありがとうございます!」
結局、選びきれなかった俺は第五候補まで全部買って百合子に贈ったのだった。
レディースは割と値引きされていたし、まぁ女の子に何かを贈るのに値段なんて気にしてはダメだろう。
しばらくモヤシで生きてゆく事も決まったが、必要経費、むしろプラス。
隣を歩く百合子のこんな笑顔を見られたんだから、それでお釣りが帰ってくる。
「せっかく買って頂いたなら、きちんとプロデューサーさんに『買って良かった』って思わせないといけませんね!」
「楽しみにしてるよ」
さてさて、時刻は既におやつどきを超えて夕方に向かおうとしている。
適当に軽く食べて帰るか……
「そう言えば百合子、夜はどうするつもりだ?」
「夜って……そんな……だったら、やっぱり下着もコーディネートして頂けませんか?!」
帰るか。
「あ、あの……ところでプロデューサーさん……」
「なんだ?」
「……終電……なくなっちゃった、って事になりませんかね……?」
何に乗ってここまで来たと思ってるんだろう。
きちんと車で彼女の家の近くまで送り届けた。
『ほら……私、こんなにドキドキしてるんです』
百合子の手に誘導され、俺の手のひらは彼女の胸にあてがわれた。
トクン、トクンと激しく脈打つ彼女の鼓動が、可愛らしい下着越しに伝わってくる。
彼女にあてた手に少しばかり力を入れ、その数値通りとは思えない豊満なその丘を揉む。
『んっ……はぁ、ふぁ……っ!』
甘い吐息が、俺の顔を撫でた。
俺ももう、我慢できそうに無い。
下着を上下とも脱がせると、既に彼女の乙女は受け入れる準備が出来ていた。
今か今かと待ちわびるように妖しく濡れるソレは、まるで俺を誘っているかのようで……
『プロデューサーさん……来て、下さい……』
『いいんだな?百合子……』
『はい……私は、貴方が欲しいんです。だから……』
彼女にそう言われてしまったのなら、俺ももう踏み止まる必要は無いだろう。
元よりここまできてしまった時点で、理性なんてとっくに壊れているんだろうが。
『いくぞ、百合子……』
そして俺は、自分の男の象徴を彼女へとーー
「……なぁ、百合子」
「あっ~~っ!プロデューサーさん……っ!そ、それは……っ!」
「なぁ、百合子」
「大丈夫です、痛くて泣いてる訳じゃ……私、幸せで……」
「なぁ、頼むよ百合子。一回話を聞いてくれ」
「……あ、すみませんプロデューサーさん。どうかしましたか?」
どうかしてるのはお前だ、と言いたい気持ちをぐっとこらえる。
いつも通りに仕事をしていた秋の昼下がり。
誰もいない事務所で一人でパソコンと奮闘していた俺は、百合子が戻ってきていた事に気が付かなかった。
彼女は何度か俺に挨拶をしていた様だが、俺に気付いて貰えず拗ねて俺の隣に座って。
そこで漸く俺は彼女の存在に気付いたが、なんとなく意地悪したくなってスルーしていた。
……のだが。
いや、別に俺の隣で本を読むのはいい。
その本を音読するのも、まぁいいだろう。
だけどさ……
「なんで自作官能小説なんて音読してるんだよ……」
「文学少女らしく、プロデューサーさんと私のラブストーリーを執筆してみました!」
世の中の、文学少女を恋人に持った男性は皆こんな苦労を抱えて生活しているのだろうか。
「どうですか?空想文学(ゆめ)みたいな私との恋愛小説(ラブストーリー)を今からノンフィクションにしたくなりませんでしたか?!」
なりませんでした。
「空想文学少女を自作官能小説音読少女にするな」
凄くいい歌なのに。
俺めっちゃ大好きなのに。
「そもそも、気付いてたのに無視するプロデューサーさんが悪いと思いませんか?」
……それを言われると何も言い返せない。
「俺が悪かったよ、おかえり百合子」
「あ!プロデューサーさん、喉乾いたりしませんか?」
……話題転換雑過ぎない?
「いや、大丈夫かな。それにまだ小鳥さんが出かける前に入れてくれたお茶があるし」
「ありませんよ?」
いや、そんなはずはないだろう。
そう思って小鳥さんの机に置いておいた急須を手に取る。
……本当だ、残ってない。
いつの間にか俺結構飲んでたのかな。
「……他の女が淹れたお茶を飲むなんて……」
百合子が何かを言っているが聞き取れない。
耳が悪くて良かった。
いやぁ、歳取ったなぁ。
机の下で足がガクガク震えてるけど、これも歳のせいかな。
「ところでプロデューサーさん、何か飲みませんか?」
「うーん、とは言え別に喉乾いてたりは
「プロデューサーさん、喉、乾きませんか?」
「めっちゃ乾いた、もう喉カラカラでミイラになりそうだったところだよ!」
実際喉はカラカラになっていた。
緊張と、恐怖で。
「仕方ありませんね!そんなプロデューサーさんに……はい!百合子のスペシャルドリンクです!」
そう言って百合子は、カバンから水筒を取り出した。
キャップを外すとそのままカップとして使える、最近見なくなったタイプのあれ。
そのままカップに中の液体を注ぎ、俺に差し出してきた。
「はい、どうぞ!」
あぁ、良い表情だな、百合子。
ずっとお前の素敵な笑顔を見ていたくなったよ。
より正確には、カップに並々と波打つ不思議な色の液体から目を逸らしていたいだけだけど。
「……なぁ、百合子。これ、飲んで本当に人体に影響ないのか?」
「一部に影響はあると思いますが、健康に害は無いはずです。むしろ元気になれますよ!」
それが身体のどの一部分なのかは考えたくない。
「飲むの怖過ぎるって……」
「でしたら、その……私が口移しで……」
そのまま飲み込んでしまえばいいのに。
いや、飲むな、お前がゲンキになってもそれはそれで困る。
「冗談ですよ、最初から全部。最近プロデューサーさん疲れてるみたいだったから、グッスリ眠れる様にリラックス効果のあるお茶をブレンドしてみたんです」
「そうか……ありがとな、百合子」
言いたい事は山ほどあるが、まぁ彼女の気遣いに対してはきちんとお礼を言うべきだろう。
そもそも、俺は百合子を疑いすぎていたんじゃないかな。
気遣いや好意を無下にするなんて、プロデューサーとしては全くもって褒められた行為じゃない。
信頼しあってこそ、もっと成長出来るだろう。
「それじゃ、頂くよ」
ゴクリ、と。
液体を一気に口に入れた。
「……ん、割と飲みやすいな」
思ったよりも、表現はしずらいが美味しいお茶っぽい液体だった。
うん、これならもう一杯飲んでも大丈夫だろう。
「百合子……もういっはいもらっれ……ん……?」
……あれ?
うまくろれつが……
「ゆっくり休んでいて下さいね、プロデューサーさん」
俺が意識を失う前に見たのは、とても笑顔な百合子で。
……グッスリ眠れるって、そう言う……
あー……頭にモヤがかかっているみたいだ……
目を覚ますと、知っている天井だった。
と言うか事務所だここ。
なんで俺、事務所で寝てたんだ……?
仮眠とろうとした覚えは……あ。
はっ!と上半身を起き上げる。
思い出した、百合子のスペシャルドリンクを飲んだら急激な眠気が……
慌てて自分の身体を見ると、毛布が掛けられてあった。
服装も、特に何かされた形跡は無い。
「……あれ?」
「あ、起きたんですか?プロデューサーさん」
声のする方を見れば、小鳥さんが机で仕事をしていた。
「おはようございます……すみません、寝てしまってて。この毛布は小鳥さんが?」
「いえ、百合子ちゃんです。きちんとお礼してあげて下さいね?」
その百合子に眠らせられたんですけどね。
そういえば、百合子は何処へ行ったのだろう。
「もう帰りましたよ。なんだか疲れてるみたいでした」
「疲れて……」
改めて自分の服装を見直した。
大丈夫だよな?間違いは起こされてないよな?
一応百合子に『今日はお疲れ様』とラインを送っておく。
けれど、いつまで待ってもその連絡に既読はつかなかった。
翌日、いつも通りの業務をこなす。
あれから、百合子から連絡は無い。
既読も未だにつかないままだ。
今日は仕事は入っていないから、もしかしたらお昼過ぎまで寝ているのだろうか。
いや、それとも……
それにしても、と。
カタカタキーボードを打ち込み続けながら思う。
百合子が居ない事務所は、なんとなく静かだった。
確かに仕事に集中出来るのはありがたいが……なんだろう。
なんとなく、話し相手が欲しくなる。
なんとなく、誰かに居て欲しくなる。
ここ2週間はずっと百合子が近くに居たからだろうか。
それが当たり前になりかけていた事に、自分で驚いた。
昼休み、コンビニに弁当を買いに行く。
これもまた、久し振りな気がした。
最近お昼はずっと百合子が作ってくれたお弁当(大体おはぎ)だったからな。
久し振りのコンビニ弁当は、思った以上に美味しくなかった。
ポツ、ポツ。
「……ん?雨かー……」
もうすぐ仕事がひと段落つきそうだな、なんてタイミングで。
窓の外から嫌な音が聞こえた。
「今日は夕方に雨って予報でしたからね、まだ3時ですが。傘持ってきてますか?」
「持ってきて無いんですよね……帰りにコンビニまで走るか……」
ポツポツ……ザー!
雨音が一瞬で強くなった。
あぁ、これコンビニまで行くまでに大変な事になるやつだな。
申し訳ないが、一度小鳥さんの傘を借りられるか頼んでみるか……
ガチャン。
ん、誰か帰ってきたな。
社長だろうか。
「お疲れ様ですー」
「……おはようございます、プロデューサーさん」
「……百合子か。どうかしたのか?」
走ってきたのだろう。
傘を持っているのにも関わらず、彼女の靴はかなり濡れていた。
「プロデューサーさん……きっと、傘を忘れてるんじゃないか、って……」
そう言う百合子の手には、傘が二本握られていた。
「ありがとな、百合子」
「いえ……ところでプロデューサーさん。少し、お話する時間を頂けませんか?」
小鳥さん、こっちに向けて親指たてないで下さい。
「構わないぞ。屋上でいいか?」
雨の中、百合子が持ってきてくれた傘を差して屋上に立つ。
俺と少し距離を取って、百合子も傘を差している。
なかなか百合子は口を開かない。
雨は、強くなる一方だ。
「……ありがとな、百合子。傘持って来てくれて」
「……私は、プロデューサーさんの……」
また俯いて、沈黙してしまう。
雨音と道路を走る車の音以外何も聞こえない。
傘を差しているのに、ズボンはびちゃびちゃだ。
でも、なぜかそんな沈黙も心地良いと感じてしまう。
「……昨日は、本当にすみませんでした。私、プロデューサーさんの優しさに漬け込むみたいなことを……」
「まぁ元々眠かったからさ。仮眠取れて良かったよ」
「本当は、色々と考えていたんです。なのに……結局、私は何もできませんでした」
それは良かった。
いや本当に。
「私は何をしてるんだろう。こんな事したって、意味なんてないのに……って」
辛そうな、悔しそうな顔をしながら。
それでも百合子は、言葉を続けた。
「私はいつも本ばかり読んでいましたから、色々と知識はあったんです。それでも、現実に行動に移そうとすると焦って空回りしちゃって……」
「いいんじゃないか?それも百合子の立派な魅力だと思うぞ」
「自分なりに理想の恋人になれるように、純情な女の子になれるように、って……でも、ずっと目を逸らし続けてる訳にはいかなくて……」
多分、俺が思っている以上に。
百合子はたくさん、努力をしてくれていたんだろう。
もちろん明後日の方向に向いてる事もあったが。
それは全部、俺の為で……
「……私は、ズルしてたんです。なのに、いざとなったら……やっぱり私は、勇気がなくて」
ズル?
それは一体どう言う事なんだろう。
「自分の気持ちをきちんと伝えないまま、恋人気分を味わおうなんて……伝えなきゃいけない想いを伝えずに、居心地がいい場所にいるなんて……ズル以外の何でもありません」
……あぁ、確かにそうだ。
突然始まったこの恋人ごっこの様なものに、もう慣れ始めていたから気が付かなかったが。
本来ならば、それは最初にするべき事だ。
それは確かに、ズルいことだろう。
けど……
「今日仕事してて思ったんだけどさ、なんだか百合子が事務所にいないと……すごく、物足りない気がしたんだ」
それは、俺にも当てはまる事だ。
「コンビニ弁当、久し振りに食べたけどやっぱり物足りなかったし」
「……それは、きちんと自炊しましょう」
「百合子に作って貰えてた事、改めて感謝したよ。本当にありがとう」
「……プロデューサーさんは、本当に優しいですね」
そんなことはないさ。
俺だって、心の何処かで逃げていたんだろう。
このままなぁなぁに楽に楽しくしていられたらな、なんて。
でも、そろそろ俺もきちんと向き合うべきだ。
「……プロデューサーさん!私、きちんと自分の気持ちを伝えようと思います!」
雨はとても激しい。
でも、雨音なんか耳に入らないくらい。
俺はきちんと、百合子の言葉だけに意識を向けて。
そして……
「プロデューサーさん! 私、貴方の事が大好きです! 私とーー私と!付き合って下さい!!」
「いやプロデューサーとアイドルだし今は無理だろ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!正論で振られたぁぁぁぁぁぁ!!!」
百合子の声が屋上に響き渡る。
通り雨は、既に止み始めていた。
「失恋って、こんなに辛いんですね……」
「でも雨は止んだな」
「確かに晴れましたけど!あまりにも代償が大きすぎると思いませんか?!」
「お、虹だ。そう言えば傘必要無くなったな……待てよ?百合子、俺の傘どっから持ってきた?」
「に、虹が綺麗ですね!さぁプロデューサーさん!次は私に向かって月が綺麗ですね、と言って下さい!」
「まだ出てないんだけど」
「……そう言えば。さっきプロデューサーさん、『今は無理』って言ってましたよね?それって……」
「……月が綺麗だな」
「ご、誤魔化さないで下さい!プロデューサーさん!それってーー」
以上で終わりです
お付き合い、ありがとうございました
過去の純情なお話及び最近書いたミリマスssです
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