ある門番たちの日常のようです (484)

コトリと音を立てて執務机に何かが置かれた。

書類から顔を上れば、目の前にはほんのりと熱を発する缶コーヒー。更に視線を上に転ずると、見知った顔が二つコンビニ袋をぶら下げて立っている。

( ´_ゝ`)「提督殿、秘書艦殿、朝食をお持ちしました」

(´<_` )「上司への気遣いを忘れない俺達、流石だよな。返礼は叙○苑の焼き肉で結構ですよ」

「………何倍返しだそりゃ」

「えっ、何々朝食!?差し入れ?!」

それまでウンウン唸って別の机に突っ伏していた秘書艦の鈴谷が、兄の方が口にした台詞に反応して飛び起きる。

もしコイツが犬だったなら、千切れんばかりに振られる尻尾が俺の眼に映ったことだろう。

「いやー、大義であるぞ!秘書艦として褒めて遣わす!

それでそれで?何を買ってきてくれたのかな~?」

( ´_ゝ`)「うむ、ほれ軍手」

(´<_` )「付け合わせに、はい軍手」

「それを鈴谷にどうしろって!?」

どちらかが鏡の像なんじゃないかってぐらい似てる兄弟が掛け合い、それに巻き込まれた俺や艦娘の誰かがからかわれる。

この大洗第七警備府では、見慣れた光景。

少しずつだが確実に変わっていく世界の中で、その光景は幸いにもまだ“いつも通り”だった。

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~ある門番たちの日常のようです~

( ´_ゝ`)「ま、冗談はさておき………ほれ」

兄の方がガサガサと袋の中を漁り、何かを此方に投げてくる。かざした左手に収まったそれは、トイレが異様に綺麗な店舗が多いことに定評がある某コンビニチェーン店のサンドイッチだ。

(´<_` )「こっちは鈴谷の分だ。今時女子にはちと味気ないかも知れないがな」

「そんなこと全然無いよ!買ってきてくれただけでもすっごい助かるもん!」

鈴谷はそう言って手渡されたサンドイッチの包装を引っ?がすとノンストップで三口ほど齧りつき、それからペットボトルの紅茶の蓋を外し唇を付ける。くぴり、くぴりと可愛らしい音と共に、彼女の喉が何度か脈打った。

「───ぷっへぇ~~~………あ゛ー、生き返ったわぁ~~~」

ペットボトルの方も半分ほどを一息で空けて、それを勢いよく机の上に置きながら鈴谷が叫ぶ。

「いやー、9時間ぶりの飲食は染みるねぇ~~。この一食のために生きているって感じ!」

( ´_ゝ`)「言動が完全におっさんのそれだな」

(´<_` )「今時女子(52)だったか………」

「二人は鈴谷をからかわないと死んじゃう病気か何かなの?!」

どったんばったん大騒ぎを尻目に、サンドイッチを手に取り包装を破る。

一口かじると、たちまち甘い生クリームの味と果実の酸味が舌の上に広がった。

空腹は最高の調味料とはよく言ったもので、いざ飢えを自覚するとただのコンビニプレミアムでしかない筈のフルーツサンドが不覚にも涙が出るほど美味い。

( ´_ゝ`)「しっかしまぁとてつもない量の書類だな」

手に持っていた残骸を麦茶で流し込んだ俺が早々に二つ目を頬張る横で、兄の方が机の上にうずたかく積まれた紙束の内一つを手に取った。

ぱらぱらと捲りながら、弟より少しだけ高い鼻をふんっと鳴らす。何かに驚いたときのコイツの癖だ。

( ´_ゝ`)「そりゃ司令府も重要視するか。ドイツの一件は」

兄の方の口調はいつもと変わらないように聞こえるが、紙上の文字を追う目付きはいつもの何十倍も鋭い。弟も、どことなく表情が硬くなる。

………当たり前の話だが、この件は鎮守府や艦娘に限らず自衛隊にとってもかなりの重大事だ。興味や関心を持つなと言う方が無理だろう。

「提督、いいの~?アレ、横須賀総司令府から直送されてきた奴でしょ?」

「あとで共有することになる内容だったから構わないさ。それに、場末警備府のしかも民間公募出身の提督に門外不出の重大情報を共有させるとも思えないしな」

「………それ、自分で言ってて悲しくならない?」

「………やかましい」

悲しいが事実だから仕方ない。

それにしても、読む速さに舌を巻く。40P以上ある筈の資料が、二分も経っていないのにもう残り1/4程に差し掛かっている。

( ´_ゝ`)「太平洋側全域の沿岸防衛強化に伴う、野分、木曾、那智、羽黒の配備か」

(´<_` )「未改装とはいえ警備府に重巡2隻配備とは横須賀の元帥殿も思い切ったもんだ」

「ま、この辺りは“艦娘先進国”の強みってところだ。戦艦も重巡も空母も潤沢に揃って日本中に配備され続けてるからな」

最後のページを読み終えた兄の方から資料を手渡され、俺はそれを“処理済み”の山の方に戻す。

因みに“未処理”の山はまだ処理済みの1.5倍ほどの規模がある。軽く死にたい。

( ´_ゝ`)「その“潤沢な戦力”を持ってしても今回の再編は勝手が違うようだが」

「規模が規模だ、仕方ないさ」

資料によると、竹島、尖閣、対馬の鎮守府から艦娘戦力を一部転用している。ウチに来る那智も尖閣諸島鎮守府からの転属だ。兄の方が指摘したのはこの事だろう。

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日本海側、特に竹島と尖閣諸島に築かれた鎮守府は名目上“深海棲艦が日本海側に出現した際の予備防衛戦力”とされているが、それが“建前”に過ぎないことは国内外の誰もが知っている。

要は、この二島に対して深海棲艦の出現前から“領土的野心”満々の某国とか某国への楔だ。

そして、深海棲艦に対するものとは別方向で国防の要だった拠点から戦力を動かさなければいけないほど、事態はこれまでになく逼迫しているとも言える。

「日本には及ばないとはいえドイツは欧州最大の艦娘保有国だったんだ。その国が艦娘戦力のほぼ九割と国土の半分を失ったわけだからな。

俺たちは末端だから又聞きの又聞きだけど、司令府の方じゃいつ日本が“第二のドイツ”になりゃしないかと戦々恐々らしい……ん゛ん゛っ!!」

本格的に一息入れるべく伸びをしながら俺は門番の兄の方を見上げた。

「海上自衛隊本体の方はどうなんだ?この分だと相当大きく動いてそうだが」

( ´_ゝ`)「動かなかったら頭おかしいだろ常考」

(´<_` )「海自だけじゃなくて陸自、空自もかなりピリピリしてるぞ。在日米軍も見てる限りだと戦力移動が頻繁だ」

肩を竦める兄の後を、即座に弟の方が受ける。甘党の彼は胸ポケットからいつも持ち歩いている老舗菓子メーカーの飴を取り出すと、それを一粒口に放り込んだ。

(´<_` )「身近なところで言えばお宅にももう連絡が行ってるだろうが猫山と椎名の北部方面への転属、それから艦娘寮の守衛だった清水一曹も原隊復帰。あとデカいところだと、防空艦隊のヨーロッパ派遣に伴う艦隊再編だな」

「えっ!?しぃさんとギコさん異動しちゃったの!?」

サンドイッチを食べ終え、残りの紅茶をちびちびと堪能していた鈴谷が目を丸くして机から立ち上がる。相当ショックだったようで、ばさばさと書類が床に落ちたが反応さえしない。

因みにギコとしぃは、それぞれ猫山義古一曹と椎名美子一曹に対する艦娘達の渾名だ。

(´<_` )「先週には決まってたんだが………言ってなかったのか?」

「あー………こっちも辞令は受け取ってたが言うのは忘れてたな。鈴谷、すまん」

丁度その頃に書類地獄が始まったので、完全に頭から抜け落ちていた。鈴谷はしばらくぱくぱくと酸素不足の金魚みたいに口を開閉させた後、がっくりうなだれて机に突っ伏す。

「最近二人とも来ないな~って思ってたけど、そういうことだったんだね………はぁ~~、風邪とか出張で一時的なもんだと思ってたんだけどなぁ………」

( ´_ゝ`)「そんな露骨にガッカリすると松本と羽瀬川が泣くぞ」

「いやいや、あの人たちも優しかったり面白かったりで鈴谷も皆も仲良くやってるよ?ただほら、ギコさんたちとはここが設立された頃から一緒にやってたからさぁ」

鈴谷は未だに二人の異動が受け入れられないらしく、重ねた手の甲に顎を乗せて唇を不満げに尖らせている。

………まぁ、俺もあの二人にはかなりお世話になったので気持ちとしては同じなのだが、ここまで慕われている様を見ると提督として少し悔しいものがあるな。

今更新ここまでです。文字数制限undefind君ホントキライ

今月出張業務に伴い過密スケジュールのため更新がどえらく亀になりますがなにとぞご容赦下さい。次回更新は来週を予定しております

胸の内に沸いたやや黒い感情を自己嫌悪と共に咳払いで吐き出す。世話になっただけでなく、立場は違えど艦娘と共に国防を担ってくれている人々に嫉妬とは我ながらあまりにも見苦しい。

( ´_ゝ`)「野分たちの着任は三日後、と。一応羽瀬川たちにも共有しておくか?」

「あぁ、頼む。どのみち今日にも共有する予定だった情報だしな……っと、入っていいぞ」

「提督、失礼するわ」

乾いた音が二度響き、双子が入ってきた後も半開きのままだった戸を押し開けて加賀が入ってくる。

(´<_`;)「おぉう………」

我が警備府最強の艦娘である一航戦の両手には、新たな書類の山が溢れかえっていた。その内1/3程が自分の目の前に上乗せされたのを見て、鈴谷の表情がこの世の終わりを迎えたように絶望的なものに変わる。

残り2/3が追加された俺の表情?
ははは、言うまでも無いから割愛しよう。

「横須賀総司令府から防衛計画の更新と、それに伴う新規任務の関連書類が送られてきたわ。あと、学園艦の航行制限令に関連した文部科学省からの依頼その他諸々、こっちは海上自衛隊の人員募集協力に関する書類、在日米軍との連携手順、深海棲艦上陸阻止失敗時の避難計画にその時の私達の役割、今後のマスコミ対応に関するマニュアルも───」

(;´_ゝ`)「加賀さん、加賀さん、ストップ。提督も鈴谷もフリーズしてるから。少し落ち着かせてあげてくれ」

「……あら、流石一曹。いらっしゃったのね。

何か差し入れ?いいけれど」

(´<_` )「いやまぁ加賀さんの分もあるけど目ざとい涎拭け一航戦。

あんたも日向さんに負けず劣らずフリーダムだな」

「………もぉ~~~!!片付けても片付けても減らないじゃん!!!」

たっぷり20秒ほどのフリーズを経て──この間に加賀は双子が買ってきた一リットルの御茶のボトルを空にしてサンドイッチ二つを一口で平らげた──ようやく蘇生した鈴谷が悲鳴を上げる。彼女は丸一晩の格闘で減らした分より更に増えた書類を見て、半ば本気度の高い涙を浮かべていた。

鈴谷の名誉のために断っておくと、彼女の事務処理能力は決して低くない。寧ろこの警備府では加賀に次いで高く、活字を読んでいると3分おきに睡魔に襲われる体質の金剛と比べると10倍ぐらいの速度で仕事を片付けてくれる。まぁ「得意と好きはイコールでは結ばれない」とは本人談だが、普段の言動に反して「好きじゃないから雑にやる」という性格でもない。

早い話、鈴谷が音を上げてしまうほど作業量が膨大で処理が追いつかないというのが現実だ。

「最近は一束書類を片付けたと思ったら二束追加されるって感じでキリが無いよ、ほんっと勘弁して!!」

「こういった裏方の仕事も立派な艦娘としての努めよ。ましてや、今週は貴女が秘書艦なのだからこういうこともしっかりやって貰わないと」

「でも一番の役割は深海棲艦をやっつけることっしょ?やっぱこんなに書類仕事ばっかりなのはおかしいよ~~……」

「それだけ世界が大変ということね。口を動かす前に手を動かさないと、益々仕事が溜まるんじゃないかしら」

「……加賀さんの意地悪!」

むくれ面になりながらも、再びペンを取り膨大な机仕事との格闘を再開する鈴谷。加賀はしばらくその姿を見つめていたが、やがて一つため息をつくと一束の書類をボールペンと共に手に取る。

「提督、他の業務ができるまで私も此方を手伝うわ。……貴方も鈴谷も昨日から働き詰めだし、肝心なときに倒れられても困るもの」

「いっええい!加賀さん最高、流石一航戦!よっ、鎮守府一のいい女!!」

「貴女調子がよすぎないかしら。……まぁ、いいけれど」

少し大袈裟に囃し立てる鈴谷を呆れた風で、しかしまんざらでも無い様子でいなしながら仕事へと取りかかり始める加賀。
まるで仲の良い姉妹か十年来の友人のように気心の知れたやりとりを交わす2人を横目に、俺の視線は再び机の上に積もる紙の山へと戻っていた。

胸の内に渦巻く暗い気持ちは、単に一向に片付かない仕事に絶望していた先程までのものと少し毛並みが違う。

「…………」

手にとって開いた資料の一冊。世界の………もう少し厳密に言うならヨーロッパの「大変な情況」を記したそれのページを捲っていく。

(………酷い有様だな)

ほんの少し紙上に視線を滑らせるだけで、次々と目に入ってくる惨状、悲報、そして東欧連合軍の苦境を示す数々の文章。陥落、敗退、壊滅といった陰気な単語がそこかしこに並び、死者や負傷者を示す数字は3桁で済んでいれば奇跡と言っていいほど常に大きい。ヨーロッパ全体を撮した地図は、中央のフランスとドイツに跨がる地域の広い範囲とスウェーデン、フィンランドの一部が黒く塗りつぶされている。

リスボン沖事変、その後に激増した小規模な襲撃、そして今回の北欧大規模強襲。

たった一ヶ月で、欧州方面における戦況は激変した。

ドイツとフランスは保有艦娘の九割を失い首都を追われた。ルクセンブルク、ベルギー、デンマークは国土全域と通信が途絶し、奇跡的にアムステルダムとの通信が回復したオランダも戦況は絶望的で風前の灯火だ。スウェーデンとノルウェーにも深海棲艦が上陸し、フィンランド等を加えた北欧連合軍もじりじりと後退を繰り返している。

経済面での損失は天文学的な数値に昇り、在留邦人を含む犠牲者の数は二千万人を下らない。独ソ戦におけるナチス・ドイツ側の死傷者が1000万人強と言われているが、その倍以上の人間がたった2週間でヨーロッパの大地から消えた。

そして、ベルリンにおける戦いでの「軽巡棲姫の撃沈」と、直後に発生した深海棲艦の全体的な攻勢の鈍化がなければこの被害は更に甚大なものになっていたという。

資料の最後のページに挟まっていた、画質の荒い一枚の写真をクリップから取り外して近くで眺める。

写っているのは一人の男の上半身。気怠げな目付きでカメラのレンズを見つめる顔立ちから察するに俺や双子より一、二歳若いか同じくらいの年齢だろう。胸から下げた黒色の逆さ十字のペンダントが重たげに見えてしまうほど身体の線が細く、軍人と言われても俄には信じがたいぐらい写真を見る限りでは「華奢」だ。

( ´_ゝ`)「人は見かけによらないとはよく言ったもんだな」

「全く」

いつの間にやら背後に回り資料を覗き込んできていた兄の方の言葉に、頷いてしまう。実際この写真を第三者に見せつけても、写っている陸軍少尉が生身で深海棲艦の【姫級】を撃沈した英雄だなんてきっと誰も信じられない。

「軽巡棲姫を“白兵戦で斃した”ってだけでもとんでもないが、別の資料によるとリスボン沖の時に艦娘の到着まで陸軍戦力のみで深海棲艦を食い止めた経験もあるらしい。ポーランド軍の介入までベルリンが陥落せず持ち堪えたのも、この陸軍少尉の指揮が大きな要因だって話だ」

( ´_ゝ`)「………」

「………」

( ´_ゝ`)「盛られてるだろ。流石に」

「だわな」

一瞬顔を見合わせた俺達は、同じ結論に行き着いて頷き合う。某小説サイトのチート転生軍師系主人公じゃあるまいし、それほどの大戦果を挙げられる人間がそうそうこの世にいてたまるものか。

しかも当時ベルリンに展開していた戦力は、10台未満の第3世代戦車と大半が警官で構成されたイベント警備のための人員だったという。そんな戦力、深海棲艦どころかそれなりに武装が整っていれば同じ人類の軍隊が相手だったとしても30分と保たずに壊滅する。

( ´_ゝ`)「妥当なところで言えば情報が錯綜する中で尾鰭が付いた都市伝説ならぬ戦場伝説、か」

「夢のない結論だけどな。本当にそんな変態がいたら俺は密室で【八仙飯店の人肉饅頭】10時間ループ耐久やってやるよ」

(;´_ゝ`)「…………なんてもん見てんだよ」

「正直二度と見たくない」

サスペンス映画としては普通に面白かったのが悔しい。

アンソニー=ウォンって凄い役者なんだな。

「だいたいな、そんな人外じみた軍人が本当に居たとして………」

喉まで出かかった台詞の最後の部分を飲み込む。例え言葉にしようがしまいが変わらない現実だと解っていても、やはりそれを「自分の声で」形にすることは躊躇われた。

そう、認めたくない。

もし演義版三国志の諸葛亮孔明やキングダム版李牧が裸足で逃げ出すような、或いはF○Oで英霊として出てきかねないようなレベルの軍人が遠く離れたヨーロッパに実在したとして。

そんな化け物じみた存在を持ってしても、なおこれほど途方もない損害に「留める」事が限界だったなんて、それこそ夢も希望もない。

「………」

人類が滅亡する────子供の頃にやたら話題になっていた【ノストラダムスの大予言】に始まり、そんな話は何度も耳にしてきた。科学的根拠のない戯れ言として、或いは友人たちとの交流を盛り上がる余興として笑っていたそれが、まさか“本当に起こりえる情況”になるとは一度だって想像したことはなかった。

今はまだ、この日本からは遠く離れた地での出来事ではある。だけど今回の事例を見れば解るとおり、ここに積み上げられた書類の中に記された諸々が10分後の日本で起きないという保証は全くない。横須賀が、沖縄が、東京が、そしてこの大洗が、瞬き一つの間を置いて戦場になったとしても何の不思議もない。

「……っ」

瞼の裏に、次々と光景が浮かぶ。燃え盛る警備府の建物が、崩壊した大洗の街並みが、瓦礫の山の中で倒れて動かない門番二人の姿が。

そして、敵の砲撃を四方八方から浴びて沈んでいく、加賀や鈴谷や、他の艦娘達の姿が。

今、当たり前として過ごしている日々が突然炎に飲み込まれる有様。その光景は寝不足からくる白昼夢とするにはあまりにも生々しすぎて、背筋に巨大な氷柱を押し当てられたような寒気が全身を包み込んだ。

( ´_ゝ`)「………指揮官ともあろうものが部下の前でそんなツラするのはいただけんぞ」

「いっつ!?」

叩きつけられた掌が、背中でバシリと小気味の良い打撃音を響かせた。現役海上自衛隊員の平手打ちは骨まで染みるような衝撃を残し、俺の脳と視界が痛みによってたちまち現実に引き戻される。

( ´_ゝ`)「不安に思うのは解るさ。俺も、ついでに言うと弟者だってぶっちゃけた話最近はいつ深海棲艦が日本に現れるかって想像しちまって不安で仕方ない。ましてやあんたは民間上がりだからな、俺達自衛隊や艦娘ほどみっちり奴等と戦うための訓練を受けたわけじゃない」

兄の方はそう言って、コンビニ袋から缶コーヒーを取り出して手早くあげる。二口ほどを喉を鳴らして飲んだ後、彼は書類の山をガサガサと引っかき回し始めた。

( ´_ゝ`)「とはいえ、いつ起こるか解らないことに対して常に気張ってちゃどっかでパンクするぜ。

あんたは提督、この大洗第七警備府の頭脳であり心臓だ。肝心要の時に動けなくなれば、それこそこの警備府は“死ぬ”ことになる。そうならないために、適度に気を抜くのも立派な提督としての勤めだ………おっ、あったあった」

幾つかの紙束を床に落としながら引き抜かれた手に握られるのは、執務室備え付けのTVリモコン。赤いスイッチが押し込まれ、低い電子音と共に画面を一筋の白い光が横切った後真っ暗だった画面に映像が映し出される。

《貸本屋始めました。見てくださいこの新鮮な生肉》

《色々と突拍子が無いなお前》

21inchの液晶画面一杯にデカデカと現れる、二人のアニメキャラクター。一方は珍妙な形の口元を、もう一方は超絶ブs……奇妙な顔立ちをしたなんともインパクト絶大な絵面で、二人ともちょっとキモいレベルで全身の筋肉が鍛え上げられている。

更に言うと奇妙な顔立ちの方の筋肉は何故か手に生肉を抱えており、ブヨブヨといじられる弾力満点のそれをもう一人は呆れた風で眺めている。

゚∴・(´<_` )「グボホゥ」

「フッヒヘヘヘヘ」

「……ッ、……ッッ」

100%カルピス原液にテキーラと青汁をぶち込んだような濃い画面の出現に弟の方と鈴谷が盛大に吹きだして崩れ落ちる。加賀は辛うじて崩壊を免れたようだが、それでも普段無表情な彼女が耳まで真っ赤にしながら顔を伏せて笑いを堪える様はかなり新鮮なものだった。

( ´_ゝ`)「うむ、流石だなこのテレビ局は。相変わらずぶれない」

「………視聴開始から20秒で理解できたこととしては、このアニメの脚本考えた奴は絶対頭おかしいわ」

国営放送も民放も雁首揃えて今でもヨーロッパ関連の情報発信に全力を注ぐ中、このテレビ局だけは僅か四日でアニメ放送を再開しており当時はネットで賛否両方面から大きな話題となった。ここのところは流石に他局もニュース番組以外の内容をぼちぼち復活させつつあるが、この局については既に完全な通常運営に移行している。

……いや、冒頭部分だけで「常軌を逸した内容だ」と理解できるこんなアニメを放映している辺りこれは通常運営と呼べるのか俺としては疑問だが。これの前にやっていたアニメが、ある宇宙人を助けた純真な少年と彼に恩を返したい宇宙人との心温まるふれあいを描いて大ヒットしたハートフルストーリーなだけにギャップが凄まじい。

例えるなら、【のび○のおばあちゃん】を見てその余韻に浸っていたところで間髪を入れず【ムカデ人間】が始まったような感覚とでも言えばいいだろうか。

( ´_ゝ`)「………そう言うわけで、だ。

ここが通常運営な内はまだ日本は大丈夫さ、だから少し肩の力を抜くようにしたほうがいいと思うぜ?提督殿」

「………ネットのネタじゃねえかそれ」

まさかテ○東伝説で励ましてくるとは思いもしなかったが、言ってしまうならただのジョークのようなものだ。本気にするべきでもないし、身も蓋もないことを言えば仮にアレを真実と捉えるとしても既にこの件で四日も特集が組まれている時点で結局「日本や人類が存亡の危機に直面している」という点は動かしようがなくなる。

それでも、少し悔しいが肩の力はばっちり抜けた。

「まぁ、“本職”殿のアドバイスはありがたく受け取っとくよ」

( ´_ゝ`)「そうしてもらえるとアドバイスした側としても嬉しいね」

口ではあえて軽く、胸の内では深く気遣いに感謝しながら突き出された拳に自分の拳を併せる。コツンと、互いの骨がぶつかり小さな音を上げた。

「いやー、すっごいアニメやってるね~」

「………脚本家の方は大丈夫なのでしょうか」

(´<_` )「そもそもゴーサイン出した奴もイカレてると思う」

画面内では、珍妙な口元の筋肉が奇妙な顔の筋肉から女の内蔵がぶちまけられる漫画の紹介を受ける面に変わっていた。鈴谷たちは、次々と現れる濃厚で汗臭い絵面を前にやいのやいの言葉を交わしながらもしっかりと楽しんでいる様子だ。加賀と鈴谷は仕事の手こそ止めていないものの、視線が向く割合は圧倒的にテレビに割かれる時間の方が長い。

「…………なぁ、あの調子で定期視聴が始まったりしないだろうな」

( ´_ゝ`)「……………ドンマイ」

少なくとも“今のところ”は、俺達の日常はいつも通りに流れていく。

ただ、その中にあの強烈な絵面が定期的に挟まれることにならないよう俺と兄の方は密かに神への祈りを捧げた。







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『本日、この記念すべき日に、私はある悲劇について国民の皆様に告げなければなりません。

現地時間8/14、PM 19:00、ハワイ島において、我がアメリカ合衆国は謎の勢力によって攻撃を受けました』

『海上保安庁、並びに日本政府はここ数カ月相次いでいた遠洋漁業船の行方不明事故と今回のハワイ海軍基地攻撃に何らかの関係性がないか調査中であると───』

『世界各国は学園艦の外洋航海に大きな制限を設け、アメリカ合衆国による調査結果を待つ姿勢で───』

『これは合衆国政府が公開した写真ですが、見ての通り何か魚のような形のものが────』

『各国の生物学者たちは貴重な新生物であるとしてアメリカを始め各国に捕獲を要請しており───』

『KGUMから緊急放送をお送り致します。

現在グアム島は海上からの激しい攻撃に晒されています。民間人の皆様は至急屋内に退避し、軍の救助を待って下さい』

『Astro-Awaniからマレーシア国民の皆様にお伝えします、至急沿岸部から離れて下さい!海の近くは大変危険です、“敵”の攻撃を受ける可能性があります!』

『フィリピン政府は先程、我が国の海軍部隊が洋上で謎の敵と交戦状態に突入したと発表致しました』

『択捉島の海上自衛隊基地付近で不審な艦影が捕捉され、現在海上保安庁並びに海上自衛隊が厳戒態勢を取っています』

『アメリカ合衆国政府は、六月から頻発していた一連の海洋事故の多くがこの謎の生物が引き起こしたと推測、各国のシーレーンを脅かすために明白な意志を持っている可能性が高いと談話を出しました』

『学園艦【ジークフリート】のネイヤン=アレンス生物学教授は、この生物群が人類への強い敵意を持つ種族である可能性を指摘しています』

『イギリス政府はこの新生物による上陸の脅威を取り除くべく近隣海域の封鎖を宣言。EU各国は事前通告が一切無いこの宣言に身勝手が過ぎると反発を強めています』

『ポルトガル政府はスペイン、フランスに協力を要請していますが、両国は自国防衛の観点から増援の派遣には難色を示しているようです』

『日本政府はこの新生物を“深海棲艦”、“しんかいせいかん”と非公式に呼称する旨を発表しました』

『ただいま入ったニュースです。オーストラリア海軍艦隊がソロモン諸島沖にて“深海棲艦”との戦闘によって壊滅したと発表がありました。オーストラリア政府によれば、我々人間の形に酷似した新種の深海棲艦が確認されたとのことです』

『アメリカ合衆国政府は先程、第六艦隊が大西洋上で新種の“ヒト型”と交戦したと発表。映像を公開しました。

日本政府は火力などから戦艦級と推測されるこの新型を、【ル級】と非公式に呼称する模様です』

『学園艦の沈没は今月だけで実に9件に上り、既に100を越える国と地域で学園艦活動の無期限凍結が発表されています』

『空母型の深海棲艦が艦載機として利用するドローンは極めて小さく、各国空軍機は空対空ミサイルでの迎撃ができず対応に苦慮しています』

『南首相は本日、自衛隊に深海棲艦と接触した場合の無条件即時応戦許可を九月には出していたと記者会見で発表。野党四党は強烈な反発を露わにしました』

『深海棲艦の攻撃が激化しつつあります。世界各国の海軍はそれぞれ近隣諸国と独自に連携を取っていますが、未だ有効な対応はできていません』

『我々人類は世界規模で制海権、制空権を損失しつつあります』

『オーストラリアはティモール海海戦で95%の艦艇を損失、複数箇所での上陸を敢行した深海棲艦に対して陸軍が絶望的な反撃を行っています』

『EU連合艦隊は大西洋に全戦力を上げて展開していますが、深海棲艦の物量に推されてじりじりと後退することを余儀なくされています』

『中国海軍が空母【遼寧】の損失を国民に隠していたことについて、幾つかの地域で抗議デモが発生しましたが中国政府は陸軍を動員しこれの武力鎮圧に当たっています』



『日本政府は本日、本州への北上が確認された深海棲艦の大艦隊を硫黄島で迎撃する旨を発表。陸海空三自衛隊の最大戦力を用いたこの作戦によって、南首相は本州の絶対防衛を宣言しました』




『────70年前、俺達の爺さん婆さんはこの島にいた!強大な敵を迎え撃ち、日本を守るために!』

『70年前、俺達の爺さん婆さんはこの地で戦い抜いた!自分たちの後ろに居る国民を、友を、家族を守るために!!』

『70年が経ち、時代は変わった!そして、敵も変わった!兵器も、戦術も、何もかもが変わった!!

だが、俺達の任務は変わらない!!俺達もまた、強大な敵を倒すために、“日本”を守るためにここにいる!!!』

『難しいことは考えなくていい、要は我らが先輩方の真似をすればいいだけだ!

再びこの地で、俺達は戦う!

再びこの地を、俺達は護る!!

そして、70年前のようにもう一度─────』





(# ω )『暁の水平線に、勝利を刻め!!』

早寝するつもりがいつの間にやらこんな時間に(唖然)。本日中に第二次更新予定








実際のそれとしても比喩的な表現としても、「夢」を見なくなって長くなる。だから最初に目を覚ましたときに、自分が一瞬前まで何を見ていたのかを脳が理解するのに酷く時間がかかった。

「…………また懐かしい夢だなおい」

よりによって“六年前”とは。正直言って寝覚めとしては最悪の部類だ。

「だからヒコーキは嫌いなんだよ………」

背もたれに身を預け、寝ぼけ眼を擦りながら独りごちる。仕事柄“空の旅”で目的地に向かうことも多いが、昔から石油を餌にしてジェットエンジンで飛び回る機械の鳥にはあまりいい思い出がない。

久しぶりの夢見が最低クラスになったのも、きっとこのクソ堅い座席にシートベルトで縛り付けられながら雲の上を飛ばされているせいだろう。

「あ゛ー、機内サービスの一つも欲しいもんだ……いっつ!?」

「いいご身分じゃないか。こんな時まで居眠りだなんて」

突然臑の辺りに激痛が走り、いまいち安定しなかった意識が瞬く間に覚醒する。涙で僅かに霞む視界を衝撃が襲ってきた方に向けると、小柄な“同僚”が仏頂面で此方を見上げてきていた。

「それで、機内サービスのお味はどうだい?大層おねむだったみたいだから少し強めのを入れてみたけれど」

「……素敵なモーニングコールに感謝感激だよチクショウめ。あんまり最高のサービスだから帰りのフライトでは是非五倍返しさせていただきたいね」

「は?やれるもんならやってみな」

………どうにも世間では、美少女による「ジト目」とやらが一部の上級性癖所持者から絶大な支持を集めているらしい。そして目の前の“同僚”は若干幼さが過ぎるきらいもあるが、一般的な感性で言えば概ね美少女といっていい容姿の持ち主だ。

だが、俺の言葉を鼻先で笑いつつ向けられる湿気を多分に含んだ視線に対して、胸の内には微塵も萌えなど生まれはしない。

寧ろ、腹の底ではふつふつと怒りが“燃え”ている。

「ご機嫌斜めな理由は大方察しがつくが、俺に八つ当たりするのはやめてくれやお嬢さん」

「ご機嫌斜め?誰が?蹴るよ?」

「言いながら蹴ってくんじゃねえyいってぇええ!!!?」

まさに、「骨身に染みる」痛みに悶絶する。流石に“指導”がいいらしく、単に威力が強いだけじゃなくて実に的確に相手へダメージを与える蹴り方だ。

「っつ……やっぱ八つ当たりじゃねーかクソガキ」

「だから八つ当たりじゃなくてモーニングサービスだって。親切心だよ、親切心」

「減らず口まで似てきたな。

待て、もう蹴りはやめろ」

大の男が涙目になりながら臑をさすり、外見だけで言えば14、5歳の子供の蹴りを必死に制止する様───傍目から見ればどれほど情けない光景かは努めて考えないようにしながら身体を起こす。

「………やっぱ空なんて飛ぶもんじゃねえな」

本当に、碌な目に合わない。やはり人間は地に足を付けて生活するべきだという認識を新たにしつつ、俺はため息と共に首を捻り丸窓から外に視線を向けた。





《Mayday, Mayday, Mayday, Chariot-13 One Hit!!》

丁度目の前を、片翼から火を噴きながら友軍機が墜落していくところだった。

地響きを連想させる重く低い爆発音と共に、周囲では次々と爆炎が咲き乱れる。大層ど派手な、死路への旅立ちに対する祝砲も兼ねた歓迎の打ち上げ花火は“今日の仕事場”が近づくにつれて数も激しさも増していく。

《Chariot-04、被弾した。高度を保てない!》

《此方Cartwright-11、敵の攻撃が激しい。これより回避運動に移る》

《Taxi-02より全乗員、回避運動に移る。揺れるぞ!》

味方の通信が飛び交う中、俺達が乗っているヒコーキ────MV-22B オスプレイが大きく機体を傾ける。全身に一際強いGがかかり、左に旋回した直後幾つもの砲弾が俺達の周囲で炸裂したのを音や震動で感じ取る。

《11時方向、機影多数接近!》

《クソッタレ【Black Bird】だ、数は20~30!!》

《Albatross-01よりチーム各機、迎撃するぞ!

Follow me!!》

途切れる気配がまるでない対空砲火の嵐と砲声に混じり飛び交う味方の通信が、今回の“仕事場”もなかなかに地獄だと教えてくれる。

尤も、この三年間で“地獄じゃなかった仕事場”なんて記憶にないが。

《目標地点まであと30秒!》

《OK Guys, It's about time to War!!》

「こっちは一応女なんだけど」

「今そこはツッコむところじゃねえだろ」

威勢のいいかけ声が機内に流れ、それを合図に的外れな呟きを漏らす“同僚”と共に席を立つ。空を焦がす銃火や砲撃の最中を擦り抜けるようにして飛びつつ、MV-22Bの後部ハッチがゆっくりと開く。

「うおっ………」

途端、真後ろを飛んでいた別のMV-22Bが下から砲弾に撃ち抜かれて火達磨になる。吹き付けてきた熱風に、俺を含めた何人かが僅かに顔をしかめた。

だが、それ以上の反応は誰も示さない。そんなものは、疾うの昔に見慣れて久しい俺達にとっての「いつも通り」の光景に過ぎない。

《目標地点に到達!!総員順次降下開始!》

《砲火が激しい、長くは留まれない!飛べ、飛べ!!》

操縦席から急かされるのと同時に、先頭の何人かが飛び出していく。それを皮切りに、MV-22Bの後部から次々と人影が空に舞う。

(,,゚Д゚)「────【Wild cat】、降下する!!」

列の中程に居た俺────“海軍”少尉、猫山義古もまた跳躍し、空中に身を躍らせた。

こうして、今日もまた俺にとっての“日常”が幕を開ける。


~(,,゚Д゚)ある門番たちの(非)日常のようです(゚ー゚*)~

変態マッチョ・地獄の血みどろ風トマトソース和え

  \待たせたな/

   |  || /⌒\|
   ∥  /⌒\ ヽ
  | σ ̄λ 人 |

   ~~~~| > |

   /( T )/ (_ノ
  (  ヽ_ノヽ
  |_丿  /⌒\
  | |  |  ヽ
\/( |~、人   |
`( | |___\_ノ/

(\| ヽ  \/⌒ヽ/
Σそ LLL)/  L_ノて

もう少し先に進めたいところなのですが眠気が限界に達しまして一度落ちます。申し訳ありません。
明日はもう少し速い時間帯に更新させていただきます

高度7000M。翼を持たず、跳躍能力も低く、耐久力も脆弱な人間がこの高みまで到達するということは、考えようによってはとてつもない偉業かも知れない。単体の動物としては割と貧弱な部類に入る人間が技術の革新を経て文字通りの意味で「雲の上の世界」に辿り着く、世間一般で言うところの“豊かな感性”の持ち主なら、人類の叡智の歩みとか科学の進歩の軌跡とかそんなものに気づいて感動の涙を滝のように流したりするのだろう。

残念ながら俺は学も感性も無いので、雲の上にいようが地面にいようが考えることは変わらない。

《Mayday, Mayday, Mayday!!》

《Chariot-51 one hit!!》

《Shit, I'm hit!!》

なにとぞ今日も生きて帰れますように、だ。

《ヨシフル、Chariot-51がこっちに落ちてくるぞ!!》

(,,;゚Д゚)「散開運動、回避しろ!!」

対空砲火の直撃で火達磨になったMV-22Bが、くるくるとオレンジの曲線を描きながら落下する。夜空に逆巻く炎は荒々しくもどこか幻想的で、機体のパイロットたちには悪いが見とれてしまいそうな光景だ。

米軍開発のウィングスーツを滑空するムササビのように広げて時速200KM/hオーバーで急降下中の、俺達を追うような軌道じゃなければの話だが。

(,,;゚Д゚)「火の粉にウィングを焼かれるなよ、Break!!」

無線機に向かって叫びながら、僅かに身を捩り降下軌道と速度を調整する。熱を帯びた巨大な塊がほんの一メートルと離れていない位置を落下していく様がちらりと視界の端に移った。

飛び交う無線の中にどうも聞き覚えのある悲鳴が混じり、通過した塊に人影と思わしきものが張り付いていた気がするが見なかったことにする。

第1、集中を切らせば次にああなるのは俺だ。

《1名が墜落機に巻き込まれた!》

(,,#゚Д゚)「構うな、隊形維持しろ!」

高度7000Mとはいっても、地面に到達するまでに有する時間はたった2分間に過ぎない。だが逆に、張り巡らされる弾幕の中を滑空する時間が2分もあるともいえる。

敵の───地上に蠢く深海棲艦の群れは、その2分間で俺達を殲滅するべく膨大な量の火線を空に向かって吐き出してきた。

《Ups...》

《Ahhhhhh!?》

《Break, Bre》

呻き声が、悲鳴が次々と上がり、味方への指示や注意を促す叫びが爆発音や肉の断裂音と共に途切れていく。真っ暗な街並みを照らし出す無数の対空砲火の光が瞬く様はまるで満天の星空をそのまま地面に映したかのようで、はっきりいって美しい。

まぁ正体は、深海魚の出来損ないみたいな怪物共が放った光でかつ俺達への殺意に溢れているわけだが。

《高度3500!!》

(,,#゚Д゚)「地表到達まで一分!総員隊形維持しつつ着陸姿勢への移行を開始しろ!!」

夜空を焦がす無数の砲火を潜り抜けながら、急速に迫ってくる地面に対して平行になるよう少しずつ降下軌道を変えていく。それはとりもなおさず地表の敵に対して砲撃を当てやすい軌道をとることになり、艦隊戦で例えるならわざわざT字不利になるよう舵を切るようなものだ。一言で言えば手の込んだ自殺と同じ意味になる。

飛んで火に入る夏の虫、なんて言葉が日本にはある。この地は日本じゃない上奴等に諺が通じるとも思わないが、ミニチュアサイズの大きさで時速600km前後を出して飛び回る空母艦娘の艦載機すら撃墜する能力を持つ深海棲艦からすればきっと俺達は夏の虫か、さもなきゃ「肥え太った七面鳥」と同じだったに違いない。

『オォオオオオオオッ!!!』

『アァアアアアア……ッ!』

黒を基調とした体色の個体が多いせいで、奴らの姿をはっきりとは識別できない。それでも、風切り音と砲声に混じって微かに聞こえてくる奴等の独特の鳴き声は、歓喜と嘲りに満ちているように聞こえた。

《【Wild?cat】、目標地点に接近!》

《CAS開始。Warthog,?全機攻撃を開始せよ》

《Roger.

Warthog-01,?engage》

《Warthog-02,?engage!!》

だが、嬉々として俺達に狙いを定めていたであろう奴等は、間抜けなことに真上から突っ込んでくる機影に気づけなかった。

『オォアアアッ!!?』

『グゥアッ!?』

GAU-8アヴェンジャーガトリング砲が4門、一斉に火を噴く。30mm機関砲弾が降り注ぎ、攻撃を受けた何体かの非ヒト型が耳障りな呻き声を上げた。残りの火線も突如現れた新たな敵に混乱してか大きく乱れる。

動揺したであろう奴等の頭上を、双発エンジンの騒音を撒き散らしながら四つの直線翼を持つ機体が駆け抜けていく。

《Enemy?have?damage》

《All?unit,?Keep?fire!!》

「空の魔王」の血を引く、フェアチャイルド・リパブリック社が生み出した近接航空支援専用機───A-10戦闘機。4機の「イボイノシシ」が、鼻息荒く深海棲艦に襲いかかる。

詳細な理由は未だに不明だが、奴等はヒト型、非ヒト型を問わず種をあげて「人類」を憎悪している傾向がある。本来俺達は(一部「そうじゃない奴」も混じっていたとはいえ)人間と奴等との力の差を考えれば優先して撃破すべき存在ではないはずだが、その習性故奴等はわざわざいつでも嬲り殺しにできる筈の俺達に火力を集中しようとした。

結果、4機のA-10は疎かになった防空網を突っ切って奴等の頭上に無傷で到達する。要は、「本命」である俺達を同時に「囮」としても活用したというわけだ。

『オォオアアッ!?』

『ガッ───ゴァアッ!?』

アヴェンジャーガトリング砲が咆哮し、太い火線が街並みを照らして地を駈ける。放たれたハイドラ71ロケット弾が街の彼方此方で炸裂し、表皮を砕かれた非ヒト型の個体が悶え苦しみ怒りと苦悶の声を上げる。

乱れ、崩れ、穴だらけになった防空網。大きく開いた火線の隙間に、俺達を始め次々と“ムササビ”の群れが飛び込んでいく。

《着陸20秒前だぜ!》

(,,#゚Д゚)「ポイントに障害物、敵影共になし!総員減速用意!!」

凄まじい勢いで地面や家屋が後ろに流れていく中、彼方に見えた街並みの切れ目。直径20M程の広場が視界に映った瞬間、右手で胸元のトリガーを握る。

《着地まで10秒だよ》

(,,#゚Д゚)「急減速開始!!パラシュート、射出!!」

トリガーを引き抜く。

(,,; Д )「ゴァハッ………!?」

途端に、全身の骨を軋ませるような衝撃を感じた。パラシュートが風圧を受けて背後で一気に広がり、物理法則に従って滑空を続けようとする俺の身体を起点に慣性と壮絶な綱引きを開始した。

(,,;゚Д゚)「………っはぁ」

幸いにして慣性はあまり執着心が大きいタイプではなかったようで、綱引きの軍配は早々にパラシュートと風圧に上がる。景色が流れていく速度は見る見るうちに落ちて、崩れ落ちた瓦礫の山や原型をギリギリ残している家屋の屋根を掠めるようにして俺の身体はパラシュートの下にぶら下がったままゆっくりと広場に降りていく。

やがて俺の足は、トンッという軽い靴音と共に地面の感触を取り戻す。

(,,゚Д゚)「【Wild cat】、空挺成功。これより作戦行動に移る」

( ゚∋゚)「【Ostrich】、降下完了。情況開始」

「降りた。報告終わり」

「いや、もうちょいやる気出せよ姉貴……駆逐艦江風、降下完了。これより駆逐艦時雨と共に【Wild cat】並びに【Ostrich】の援護に回る!」

俺達は、ロシアの大地に降り立った。

着地報告を無線で飛ばしてパラシュートの紐をとっとと切断しながら、俺達はサブマシンガンを、時雨と江風は現状唯一の艤装である25mm連装対空機銃を構えて周囲を警戒する。

飛び込む瞬間は確かに敵影がないことを確認しているが、あくまでも時速200㎞で滑空しながらの視認に過ぎず万全のチェックとは言い難い。周辺の戦闘音の動きから「大物」による襲撃はなさそうだが、油断は禁物だ。

幅10M程の道路を四方向に延ばし、コンクリート製の古びたアパートや家に囲まれた円形の広場。とどまればわざわざ集中砲火の的になるようなものなので、Ostrich側と時雨、江風も含めて22名全員の用意が整ったのを確認して直ぐに北側の通路へと移動する。

張り詰める空気。四方八方から砲声や爆発音、そして深海棲艦共の呻き声や怒号が聞こえてくる中、この広場だけは不気味なくらいに静まり返っている。

⊂( ゚∋゚)∂「………」

(,,゚Д゚)b「………」

Ostrichの指揮官と思われる、優に190cmは越えるであろう巨体の男とハンドサインを交わし、先に進むよう促す。俺はしんがりとしてなおも広場を警戒して、北通路に向かいながらも丹念にそこかしこに銃口を向けてにらみを利かせていく。

土だけが盛られた花壇、ひっくり返った木製の荷車、今し方俺達が取り外したパラシュートの下、家々の窓や柱の陰─────

(,,゚Д゚)「…………」

敵の爆撃にでも吹き飛ばされたのか、屋根が崩れ落ちている正面の古びたアパートのような建物。

その二階で、窓越しに何かが動いた。

(,,#゚Д゚)「Enemy!!」

叫ぶよりも先に、指が4.6mm短機関銃の引き金を引く。

乾いた銃声が響く。AK-47を構えた“人影”が、鮮血を吹きだして窓から転がり落ちてきた。

ソヴィエト連邦時代にミハエル=カラシニコフによって生み出された、「世界で最も使われた軍用銃」を抱えながら広場に転げ落ちてきた男。茶色の草臥れたハンチング帽を被りロシア人のステレオタイプをそのまま3Dプリンター辺りで実体化したんじゃないかと疑いたくなるような体格をしたその男は、武器こそ持っていたものの遠目に見る限りは明らかに“ただの人間”だった。

だが、それがまるで合図だったかのように、広場のそこかしこで「気配」が動く。建物の二階から、柱の陰から、家々の隙間から、何挺、何十挺という数の銃口が突き出され俺達に向けられる。

(,,;゚Д゚)そ「うぉおおおおおっ!!?」

銃口が向けられたとはいってもほとんどはめくら撃ち状態のようで、弾丸自体は手ぶれ等の影響もありあらぬ方向へと飛び散っていく。だがまさに「下手な鉄砲も数打てば当たる」という奴で、たまたま正確な位置に飛んできた弾丸を通路脇の横倒しになっている乗用車の影に転がり込んで避ける。

(,,゚Д゚)「ちいっ!」

「※※※………」

すぐさま身を起こし、応射。右手50M程先の細い路地から銃撃を加えてきた、青いパーカーを着た男が額の風穴から血を吹きだして前のめりに倒れ込む。

更に照準を左に向け、射撃。ショートカットに金髪のやせた女が一人突っ込んでこようとしていたが、弾丸がめり込んだ喉をかきむしりながら痛々しい呼吸を数秒繰り返した後膝から崩れ落ちて事切れた。

「アウッ!?」

「───Enemy down!!」

(,,゚Д゚)「Good job」

リロードしようとした俺の横で、別の銃声。UZIが火を噴いて、連射を受けた小太りの男が血だるまになって広場に転がる。

装填を終え、車の上側から顔を出して撃つ。今し方撃たれた小太りの男を助けようとしたらしい人影の頭蓋を、何発かの弾丸が鈍く生々しい音を立てて貫く。

いったん切ります。

今回扱うテーマ的にマッチョ関連除いて(マッチョ関連でも幾らか)暗いテーマ扱います。ので、割と展開も人によってはエグいと感じる部分があるかも知れませんがご容赦下さい

それは、信じられないほど稚拙な待ち伏せだった。

せっかく包囲下にあった俺達にわざわざ脱出寸前まで手を出さず、いざ戦闘が始まれば銃火を隠す努力すらせず隠れている位置を教えてくる。肝心の射撃もろくに狙いが定まっていないため、弾丸の大半は的外れな場所に突き刺さる。味方が倒れれば、相互の連携も取らずに助けようと射線に身を晒して結果屍体を増やすだけ。

(,,゚Д゚)「……江風、路地に伏兵は?」

《いんや、居ないね。ビビって出てこれない可能性も0じゃないけどさ。

一応確認するかい?》

(,,゚Д゚)「いや、弾と時間の無駄だ。いい」

あまりにもお粗末な有様に罠の可能性を考えたが、通信を飛せば拍子抜けするような返答。

疑念は、確信に変わる。

こいつらは市民を装ったりしているわけではない。正真正銘、ずぶの素人だ。

(,,゚Д゚)「2、3人負傷させて退くぞ。殲滅するだけ弾の無駄だ」

「Aye sir」

援護に戻ってきた兵士の肩を叩いて合図を出し、幾つかの暗がりや物陰に弾丸を叩き込む。肩や足を抑えた人影が呻き声を上げて地面に転がるのを目にすると、俺たちは一応後方に注意を向けながらもとっととその場を去る。

案の定、申し訳程度の当てる気すらない銃弾が何発か撥ねただけで追撃の気配は全くなかった。

《どうだった?》

(,,゚Д゚)「追撃の心配は無い。前方への警戒だけで十分だ、このまま進め」

《解った。こっちは4ブロック先まで行ってるからとっとと追いついてね。あんまり待たせると鼻に練りからしねじ込むから》

(,,゚Д゚)「エグすぎるだろ……」

中東の過激派辺りが正式に尋問の手法として採用しそうな内容に身震いしながら、もう一人を促して足を速める。

(,,゚Д゚)「どういう教育してんだよあの筋肉野郎……」

子は親に似るとはよく言ったものだが、艦娘と提督にも同じことが言えるらしい。

白露型駆逐艦2番艦の言動には、英才教育の成果がしっかりと窺えた。



「はい練り辛子」

(,,;゚Д゚)「ふざけんnなんで持ってるんだよお前馬鹿かやめろ近づけんな!!」

通信が来てから一分と経っていないはずなのだが、駆け足で追いついた俺の顔面めがけて早速2番艦が右手を突き出してくる。握られたチューブからひり出された黄色い香辛料が、鼻先でツンとした刺激臭を撒き散らした。

ホントに何で辛子持ってんのコイツ?それ艤装?艤装なの?

「62秒も部隊を待たせたじゃ無いか。無駄にできる時間はないって身体に教えなきゃ」

(,,゚Д゚)「この攻防戦の時間が一番の無駄だよ阿呆」

いやもう「蛙の子は蛙」っていうけど筋肉提督の艦娘は筋肉だね。教育って大事。

「……つーか時雨姉貴、なんで練り辛子持ってんだよ」

「提督の口にねじ込もうと思って」

なんでコイツいきなりクーデター実行宣言してんの?

「あー、そう……まぁいいけどさ」

仮にも艦隊司令官の扱い雑すぎだろこいつら。

(,,゚Д゚)<敵の気配は?>

<今のとコロ近くニイル様子はありまセん>

ツッコみどころはまだまだ山とありそうだが、これ以上“無駄な時間”を過ごしても益はないのでとっとと次の行動に移る。

近くで周囲の様子をうかがっていた兵士の一人に声を掛けると、少しフランス訛りが入った英語で返事があった。

<たダし、ムルマンスク全体の戦キョウはよくありまセん。

A-10が一機深海棲艦の攻撃デ撃墜されまシた>

(,,゚Д゚)<それは今し方俺も聞いてたさ。……まぁ、そう上手くはいかねえわな>

思わず、声と表情が固くなる。

A-10は空対空戦闘の性能は絶望的だが、頑丈さと圧倒的な対地攻撃能力の高さから深海棲艦相手にもかなりの打撃能力を誇る。条件や武装次第ではル級すら単機で中破に追い込めるほどのポテンシャルがあるため、A-10部隊の損失が増えればそれだけこの作戦の成功率は下がっていく。

「少尉、その人何て言ってんだい?」

(,,゚Д゚)「A-10【Warthog】が一機やられたそうだ。航空隊の損耗が増えるとこっちにも深海棲艦がくる可能性が─────」

右手、100M程の位置で粉塵が舞い上がる。飛んできた直径10M程の瓦礫が目の前の電信柱を一本叩き折った。

『────ァアアアァアアアアッ!!』

家々の隙間から、家屋を幾つか吹き飛ばして耳障りな咆哮と共に軽巡ホ級が顔を出す。

周囲の建造物と大きさを比較する限り、最低でもeliteの個体であることは間違いない。

( ゚∋゚)「…………もう遅かったみたいだな」

(,,゚Д゚)「やかましい」

【Ostrich】指揮官(?)の大男が呟く。口元をカラスの嘴を思わせる黒いマスクで覆っているため、声は少しくぐもっていて聞き取りづらい。

つーか喋れるのかよ意外にいい声しやがって。なんだよそのマスク嘗めてんのかかっこいいじゃねえかクソが。

『ァアアアアァアアアッ!!!!』

たまたま近くに出現しただけということを願ったが、残念ながら神様はなかなかのクソ野郎らしい。善良極まりない人生を送ってきた俺の祈りはあっさりと無視され、ホ級はそこかしこの建物を薙ぎ倒しながらゆっくりと方向転換した。

眼に相当する器官がない、人間の上顎だけ切り取って顔の位置に据えたような気色の悪い頭部が砲塔と共に此方に向けられる。明らかに狙いは俺達だ。

早々に着いてないもんだと、思わず深いため息が口から漏れた。

「少尉、戦うかい?」

(,,゚Д゚)「バカ言え────Wild cat, Ostrich両隊並びに時雨、江風に通達。さっきも言ったとおり、俺達には今時間が無い」

とはいえ、一つだけ幸運と言えそうなこともある。それは現れたのがホ級一隻だけだという点。

(,,゚Д゚)「戦うな、“処理”しろ。30秒で片付けるぞ」

「ナメてるの?20秒余裕だよ」

これなら、“無駄にする時間”は最小限で済む。

音がして、新たな粉塵が衝撃で舞う。背負われた三段重ねの砲塔が同時に火を噴き、六発の弾丸が夜気を切り裂いて飛んでくる。

(,,#゚Д゚)「─────Attack!!」

『アァッ!?』

尤も、その時には既に俺達は砲撃された場所から消えている。やや前のめりになり、サブマシンガンを抱えバラバラの路地に飛び込みつつ低い姿勢でそのままホ級めがけて突っ込んでいく。

(#゚∋゚)「Go go go!!」

深海棲艦は、ヒト型と非ヒト型双方に(ついでに言うと通常の場合は艦娘にも)当てはまることだが「接近戦・白兵戦」を大半の個体が想定していない。従来軍艦とはアウトレンジから大威力の砲撃を撃ち合うために設計された兵器であり、「生ける軍艦」である奴等の高火力もそういった戦闘を前提としているためのものだ。

眼前のホ級は、幸い「一般的」な思考ルーチンの個体だったようだ。反撃を全くせず即座に自身への突貫を開始した俺達に明らかに戸惑っており、2、3人の組に細かく分かれて散開した俺達のどれを照準するべきか迷って背中の砲を右往左往と揺らしている。

混乱した様子のホ級の眼前に、道路に面する路地の一つから時雨と江風が飛び出した。

もう一度言うが、深海棲艦同様艦娘も「本来は」白兵戦を想定していない。暴徒鎮圧や避難民の制御を目的とした護身格闘術程度は各国で教えられることが多いが、あえて無機質的に言ってしまえば艦娘とはあくまで「人型の戦艦兵器」だ。無論艤装から得られる圧倒的な膂力やそもそもの身体能力の高さなどポテンシャルは秘めているが、極めて常識的な思考から「艦娘の白兵戦強化は不要・少なくとも優先順位は極めて低い」という見方が世間一般の考え方になる。

ただし、こいつらは存在自体が“非常識”だ。

「───っふ!!」

「あぁらよぉっとぉおお!!」

『ォオオオオアアアアアアアアッ!!!?』

時雨が横手投げで放った棒状の何かが、ホ級の首元に突き刺さる。仰け反り露わになったその腹に、江風が背中から抜き放った小ぶりな斧を思わせる形状の刃が叩き込まれる。

(,,#゚Д゚)「Flag out!!」

悶絶し、蹲るホ級。下がった砲口に、俺は腰から手榴弾を手にとってピンを外して投げ込む。

『アァッ─────』

背中から白い光が迸る。身体の内側から爆光に引き裂かれて、ホ級の身体が破裂した風船のように飛び散った。

ビシャビシャと湿気た音を立てて、ブヨブヨした白い脂肪の塊が路上のあちこちに落下する。薄らと降り積もりコンクリートを美しく塗装していた雪が、同じ白でも腐ったぞうきんに近い色の肉片に踏み荒らされて無惨に調和を崩していく。

砲塔部分で起きた大爆発に巻き込まれて、ホ級eliteの巨体はおおよそ7割程度が消し飛ばされた。

「……」

江風が顔をしかめながら俺達を振り返る。咄嗟に得物を回収した上で飛び下がっていたので爆発に巻き込まれた様子はないが、強烈な異臭を放つホ級の肉片と体液を頭から浴びる羽目になった彼女は不愉快げな表情を隠そうともしない。

「少尉、ギコさンさ、それ既製品?」

(,,゚Д゚)「……いや、技研から“プレゼント”された新兵器だな。しかも事前通告無しで」

確かに内蔵弾薬への誘爆を狙って砲塔に投げ込んだが、幾ら何でも爆発が大きすぎる。此方としては江風と時雨がトドメを刺すのを援護するつもりで投げ込んだため、面食らったのは俺も同じだ。

「最低でも携行ミサイルぐらいの威力はありましたよね、あの爆発から察するに……」

(,,゚Д゚)「なんつー危険物持たせてんだあのマッドサイエンティスト共」

移動を再開しつつ、残り二つになった手榴弾の内一つをベルトから取り外して眺める。

姿形はM26手榴弾と殆ど変わらないのだが、よく見ると表面に何か描いてあることに気がついた。

      ハ_ハ
ナオルヨ!! > ((゚∀゚∩
      \ 〈
        ヽヽ)

(,,゚Д゚)

(,,゚Д゚)「えっ、なにこれ」

廃村間近の村の役場が血迷って出した、ローカルゆるキャラの失敗作みたいな絵だった。

マジでなんだコイツ。何で跳んでるの?何で満面の笑顔なの?技研マジで何考えてんの?

      ハ_ハ
ナオルヨ!! > ((゚∀゚∩
      \ 〈
        ヽヽ)

何が治るんだよお前破砕手榴弾だろうが。対極の存在じゃねーか。

「………アレ?」

大本営に“海軍”技研全員の精神鑑定実施を上申すべきか本気で悩んでいると、併走する江風が俺の手元を覗き込んでハテと首を傾げた。

「なぁギコさン、アタシそれ見たことあるかも」
  _,
(,,゚Д゚)「……この絵をか?」

「うン。どこで見たンだっけかなー、思い出せないけどそう昔のことでもなかった気がすンな」

「あっ、僕も見たよソレ」

反対側で(何故かまだ練り辛子を手放さずに)並んで走る時雨が、俺の手元に視線を向け少し驚いた顔を見せる。

「鎮守府にすっっごい綺麗なセールスのお姉さんが来たんだけどさ、青葉がその絵に似た形の水筒?を買ってたと思う。提督のお金で」

(,,゚Д゚)「……お前らの鎮守府ってあのホーンテッドマンションの事だよな」

「そこ以外あるわけないじゃん、仕えない脳みそだね」

「つーかホーンテッドマンションって……」

なんだ?もうちょいドストレートに「化け物屋敷」とでも呼んだ方が良かったか?

(,,゚Д゚)「とりあえず“コレ”の出所がまともじゃないつまてことは音速で理解した。なら俺はもうこの件については触れん」

一説には「アフリカの奥地よりも行き着くことが難しい」(要出展)とされるあの鎮守府にわざわざセールスに出向く時点でその女は明らかにまともではない。というより、“あの鎮守府”にまつわる話で何か一つでもまともだった例しがない。

………そう考えると、その事をよく知っているだけじゃなくそんな鎮守府の提督や艦娘と面識、交流がある俺もまともじゃ無いな。

「顔に書いてあるから言うけどね、この中に“まとも”な奴なんか一人も居ないよ。今更何言ってんのさ」

正論だが一番まともじゃない奴に言われたのが滅茶苦茶腹立つ。

「………」

(,,; Д )「やめr練り辛子ァアアアアァアアアッ!!!!」

鼻に黄色い危険物をねじ込まれ、走る速度を落とさないため多大な精神力を消費する羽目になった。







かつて、“大祖国戦争”と呼ばれた戦いがあった。

今から70年前、世界中の人類が二度目の“国家総力戦”を経験していた時代。

太平洋の島々で、アフリカの砂漠で、グレートブリテン島の空で、凍てつく北欧の大地で、東南アジアのジャングルの中で、あらゆる国が途方もない数の屍を積み重ねていた時代。

死と荒廃と破壊だけが全てだった当時において、中でも壮絶に憎み合い、互いを絶滅させるべく戦った二つの国家────ナチス・ドイツとソヴィエト連邦によって引き起こされた最も激しく最も愚かな戦い。東欧の大地で、両陣営併せて小国一つが丸々消し飛ぶほどの人命が消耗された。

大祖国戦争、我が輩たちにとってよりなじみ深い名で呼ぶなら“独ソ戦”。

人類同士の殺し合いとしては今なお空前絶後の規模であるこの戦いは、序盤の劣勢を覆してソヴィエト赤軍が勝利を収めた。戦後、ヨシフ=スターリンをはじめとするソヴィエト首脳部はナチス・ドイツに対して激烈な抵抗を見せ国威高揚に貢献した12の都市を表彰、【英雄都市】の名誉称号を贈り、これらの街の名を冠した学園艦を新たに建設するなど大いに讃えた。

ムルマンスクは、そんな【英雄都市】の一つだ。

http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira143468.png



( ФωФ)「────そして、滅びの危機に直面していた祖国を救うべく全てをなげうって戦った街が、今度は自ら滅びの危機を招くか」

我が輩は戦闘指揮所を兼任する輸送機────マクドネル・ダグラス社製軍用機C-17の中で、モニターに表示される数々の数値を眺めつつ小さく息をついた。

飛び交う通信の断片的な内容とモニター上を流れていくデータを結びつけ、処理し、整理する。そうして見えてきた現状だが、まぁ、我が輩たちからすれば「いつも通り」と言わざるを得ないものだ。

('、`*川「ムルマンスク、危機的な状況です」

( ФωФ)「だろうな」

オペレーターの一人がインカムのマイク部分を押さえながら報告してくるが、その声は至極冷静。彼女からその報告を投げられた我が輩も、特になにか感じるわけでもなくただ頷く。

疾うの昔に、聞き慣れた報告だ。彼女も、我が輩も。

諸々の紆余曲折を経てこの“海軍”が発足された頃より、我が輩たちに楽だった戦場など存在しない。

そして、いかなる情況においても我が輩たちの役割は常に同じ────“深海棲艦の根絶”だ。

( ФωФ)「………とはいえ、なぁ」

ここに至る経緯を思い出して、再び口からため息が漏れた。

( ФωФ)「本当に、自称“平和主義者”はろくなことをしない」

ロシア連邦ムルマンスク州・州都ムルマンスクは、単に“英雄都市”として壮絶な歴史を持っているだけではない。北極圏の港町としては最も大規模で、北欧に至る海上輸送路の重要な拠点の一つでもある。“最北の学園都市母港”という一面も持ち、戦後もロシアの繁栄に常に貢献してきた町といえる。

深海棲艦の出現によって世界中のシーレーンが破滅の危機に陥った際は、ロシアはこのムルマンスクを不楽の要塞とするべく徹底的に強化した。艦娘実装時には真っ先に鎮守府が置かれ、以後も戦力の増強は定期的に続いている。今回の深海棲艦による欧州大規模襲撃に際しても、ムルマンスクがある限り北方からの深海棲艦の侵入はあり得ないと誰もが確信していた。

だが、ムルマンスクは陥落した。ただし、深海棲艦ではなく人間の手によって陸から───内側から制圧された。

('、`*川「このタイミングで武装蜂起って、何考えてるんでしょうね本気で」

( ФωФ)「馬鹿の考えなど理解しようとするだけ無駄だ。少なくとも我が輩はそんなことに時間を割くつもりはない」

ベルリンの陥落確定から間を置かずロシア軍によって行われたルール地方に対する核兵器の使用は、国内外で様々な批判が噴出した。ロシア政府も批判自体は覚悟の上での攻撃実行だったのだろうが、彼らにとっての誤算はこれが独立運動家のプロパガンダに利用された際、煽動に乗ってしまった民衆の数が思いの外膨大だったことである。

ムルマンスクに住民の手引きで侵入した反政府組織の集団が住民の一部と共に武装蜂起を開始したとき、ムルマンスクの主力部隊並びにヴェールヌイが東欧・北欧への対応のため移動中だったことも災いした。

基地からの通信が途絶えたのが17時間前、ロシア政府が事態を把握し、かつ国内外に漏れぬよう徹底的な箝口令を敷いたのが14時間前。

そして、日米政府を通じて“海軍”に出撃命令が下ったのが12時間前。

無論、ムルマンスクに到達するまでに事態が悪化することは十二分に予測していた。単に、予想していた中でも最悪の部類だったというだけで。

( ФωФ)「反政府軍との交戦は?」

「市街地各所で発生しています。【Warthog】が引きつけているからと言うのもありそうですが、寧ろ深海棲艦と交戦した記録の方が少ないですね」

別のオペレーターが、計器を操作してモニターに新たなデータを出力する。

ムルマンスク市全体の簡易地図が映し出される。地図の幾つかの箇所には、赤色や緑色の光点が点滅していた。

それぞれ赤が深海棲艦と、緑が反政府軍と空挺部隊による交戦が発生した点になる。なるほど、ざっと見ただけでも7:3で緑色のマーカーの方が多い。

( ФωФ)「着陸時までに発生した空挺部隊の損耗は………2割程度か」

脳内で真っ先に「思ったより軽微な損害だな」という感想が、口元にそのことを自嘲する苦笑いが浮かぶ。

昔と……六年前と比べて、我ながらイヤな人間になったものだ。

( ФωФ)「“ヒト型”との交戦報告はあるか?」

「今のところ市内では確認できません。ただ、今回の“暴動”のせいで州全体の防衛網に多大な混乱が生じているため奴等の侵入を防げる状態じゃありませんでした。

まだ到着していないだけでここに出現する可能性は極めて高いかと」

「コラ湾はパラオ鎮守府艦隊を主力とする別働隊が封鎖を完了、深海棲艦を迎撃中。

現状は優勢ですが物量差がかなりあるため、持ち堪えられる時間は長くないですね」

「航空隊より報告。軍港施設にて人間と深海棲艦の交戦が確認されました。武装から推測するに正規ロシア軍のものではありません。案の定といいますか、おそらく鎮守府・港湾施設は反政府軍の手に落ちています」

('、`*川「准将、大本営より通信。ロシア連邦軍より本格的な増援部隊が編成・派遣されたとのこと。現時刻より1時間程度で到着する見込みです」

優秀なオペレーターたちが矢継ぎ早にあげてくる情報に眼を通し、耳を傾け、まとめ、整理していく。

……状況は例え世辞でも良いとは言えない。だが、少なくとも予想の範疇からそう大きく外れたものではなかった。

作戦を変更する必要は“まだ”ない。そう確信した我が輩は、次の段階に進むべく通信機を手に取る。

('、`*川「……どうかしましたか?」

( ФωФ)「……いや、大丈夫である」

通信を繋げる間際の一瞬、我が輩が少し躊躇したのを見抜かれたらしい。訝しげに首を傾げる彼女に手を上げて、何でも無いことを示す。

無論、本当に「何でもない」なら例え僅かでも通信を繋げることを逡巡しないわけだが。

( ФωФ)「【Caesar】より【Fighter】、応答せよ」

《此方【Muscle】、聞こえないぞ》

………

( ФωФ)「………【Caesar】より【Fighter】、応答せよ」

《此方【Muscle】、聞こえないぞ。繰り返せハゲ》

………………………

( ФωФ)「………………【Caesar】より【クソボケ脳筋提督】、応答せよ」














(#T)《誰がクソボケ脳筋提督じゃあオルァアーーーーーーーーっ!!!》

(#ФωФ)「完璧聞こえておるだろうがボケェエエエエエエエエエエ!!!!!」

('、`;川「!?」

通信相手の大音声が鼓膜を揺らし、応ずる我が輩の怒声にオペレーターの何人かがびくりと身を竦ませた。

………だから気が進まないのだ。この、脳細胞の一片から足の指先に至るまで筋肉で構成したような「昔馴染み」と会話をするのは。

のっけから悪い意味でいつも通りのノリを繰り出してきた通信相手に、思わず我が輩の肩ががっくりと落ちる。

この6年間で我が輩も、他の多くの同胞たちも色々と変わった。なのに、何故かコイツだけ頑なに変わらない。特に内面はこれっぽっちも進歩がない。これには安西先生も絶望のあまりバスケットボールを顔面に叩きつけることだろう……それが奴に効くかどうかは別の話だが。

( ФωФ)(効かねえな)

多分ぶつけたバスケットボールの方が破裂して終了であろう。

まぁ、コイツ相手に遠慮や気遣いは微塵も必要ない。こちらも「“海軍”准将」並びに「当作戦指揮官」の仮面をとっとと脱ぎ捨てて無線機に向かって捲し立てる。

( ФωФ)「テメェ何勝手にコールサイン変えようとしてんだ。作戦が混乱するだろうがアホか」

( T)《いやいやいやお前がアホか。だって俺だよ?俺のコールサインだよ?マッスル以外の何があるんだよ。百億歩譲っても【Leonidas】か【Sparta】だろ。

【Fighter】とかなんかクソ雑魚っぽい。ヤダ》

( ФωФ)「ヤダじゃねーよ脳みそ五歳児か。文句は大本営に言え決めたの大本営なんだから」

( T)《はーーーー、つっかえ。上層部もお前もマジつっかえ。そんなんだから禿げんだよ》

( ФωФ)「まだフッサフサだし百歩譲って禿げたとしててめえのせいだよどんだけてめえら関連の始末書来てると思ってんだ」

( T)《関係ないけど【Caesar】ってコールサインとしてどうなん?なんかチョイスがダサくね?》

( ФωФ)「世界的な偉人の名前つかまえてお前……」

尤も、それをコールサインとして採用されるといまいちしっくりこないというかあまりセンスを感じられないのは同意するが。

あとその論理で行くと【Leonidas】も割と選択としては微妙ではないかと思ったが、言うとまたいらぬ方向に話が脱線すること請け合いだったのでぐっと腹の中に飲み込んだ。

( ФωФ)「とにかくだ、コールサインは今更変えられん。次回で貴様の希望が通ることを祈るんだな、【Fighter】」

( T)《だから【Muscle】だっつってんだrドゥフボゥッ!!?》

《───どうも~~ロマさん!ウチの司令官が大変失礼しました~!》

“昔馴染み”が突然奇天烈な断末魔をあげ、一瞬向こう側で静寂が訪れる。瞬き二回ほどの間を置いて応答したのは、少し幼い響きが残るもののはきはきとして耳障りの良い少女の声だった。

( ФωФ)「青葉か」

《はい、青葉ですよ!あ、司令官には後でよく叢雲さんと共に言い聞かせておきますのでここはご容赦下さい!》

( ФωФ)「うむ……時に、奴は今どのような状態だ?」

《股ぐら抑えて蹲ってます!!》

(;ФωФ)「お、おう」

基本的にこの鎮守府の艦娘達は提督である奴に対して容赦が全くない。間違いなく慕われてもいるのだが、時折奴の身分が海軍提督だということを忘れるぐらい扱いが雑だ。

( ФωФ)「あー……可能ならもう一度奴に無線を戻してくれ。間もなく作戦空域だ、齟齬があっても困る」

《了解しました!

…………ところで青葉としては、さっきロマさんも司令官のノリに併せて大騒ぎしてたのはいただけないと思いますよ~~?》

(;ФωФ)「………」

耳朶に染みる声色から、夏の向日葵を思わせるあの笑顔とその笑顔の奥に輝く凍てつく氷の如き目付きが容易に想起される。空調がよく効いているはずの機内なのに、我が輩の背筋は裸でロシアの大地に放り込まれたかのような凍えぶりだ。

《次同じことが起きたら司令官と一緒に叢雲さんのお説教受けて下さいね……?》

(;ФωФ)「二度としません勘弁して下さい」

かつて一度だけ、様々な偶然の果てに我が輩はあの叢雲の「説教」の対象になったことがある。

あそこから生きて帰れたことは、我が輩の人生でも五指に入る奇跡だ。

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(;T)《ってぇ~~、お前アレ半ば本気の蹴り………はいすみませんもうふざけないですもう一発はやめて下さい死んでしまいます》

通信に復帰した奴の声はまさに「震え声」であり、額に脂汗を浮かべて青葉の追撃に身構える姿が目に浮かぶようだ。我が輩は心の底からの感情を込めて、そんな“昔馴染み”に声をかける。

( ФωФ)「ざまぁwwwwww」

( T)《てめぇ今度あったら絶対アロガント・スパーク決めてやるからな》

( ФωФ)「それこないだ貴様が例のノロマス系女にぶちかました奴だろうが」

《………ロマサーン?シレイカーン?》

(;ФωФ)「《申し訳ございません!!!!》」(T;)

薄ら聞こえてきた青葉の声に直立不動になる。なんだこの威圧感こっわ。睨んだだけで深海棲艦沈められそう。

( ФωФ)「で、作戦の話に戻るが変更は一切無い。我が輩たちはこのままトゥロマ川からムルマンスクへの上陸を計る深海棲艦を迎撃。奴等の上陸地点を封鎖して市内への流入を止める。

港湾部の掌握後は維持戦力を残して市内に反転。先遣降下した部隊やロシア正規軍と合流して反政府軍並びに深海棲艦残党の殲滅に移行する」

( T)《………俺が言うのもなんだけどお前も切り替え凄いな》

本当にお前に言われる筋合い無いなこの日本版デッドプールが。

( T)《“泊地”はもうどっかに築かれてるのか?》

( ФωФ)「少なくとも現段階では報告はない。だが、奴等が築くつもりでここを攻撃している可能性は極めて高い。

そしてもしこの近辺に泊地ができた場合、ヨーロッパ全域の失陥は確定的になる」

ドイツ、フランス、デンマーク、そしてノルウェー。実に4箇所で深海棲艦は内陸浸透の橋頭堡を手に入れ、東欧連合軍や米仏軍は質量双方で圧倒されつつある。

仮にここでムルマンスクに深海棲艦の拠点が築かれれば、ロシア軍はモスクワ防衛のために膨大な戦力を割く必要ができる。そうなれば東欧の支援をまともに行えない。加えてスウェーデン、ノルウェー、フィンランドの北欧3ケ国も東西から挟撃される形になり、既にノルウェー海とデンマーク方面から雪崩れ込んでくる敵艦隊に青息吐息の三国がそれに耐えられるわけがない。

言ってしまうなら、ムルマンスクを襲撃した反政府軍と彼らを安易に迎え入れ同調した相当数の市民は、その考えなしの行動の結果人類全体を本格的な滅亡の危機に追いやったと言っても過言ではない。

( ФωФ)「まぁ、御託を並べはしたが貴様が、そして我が輩たちがやるべき事は変わらん。要は────」

( T)《────クソ雑魚ナメクジ深海魚を皆殺しにしろって事だろ?初めからそう言えば一回で済むっての》

( ФωФ)「ああ言えばこう言う奴だ」

………本当に、こいつは昔から変わらない。我が輩の所属する組織がまだ自衛隊“だけ”だった頃から、一貫して馬鹿で単純で筋肉教徒でB級(クソ)映画フリークでムカデ人間をこよなく愛するという致命的な欠陥嗜好を抱える社会不適合者だ。

だが一方で、小指の爪の先程だが「変わらない」事を尊敬する。

例え国から捨て駒のように扱われても、例え騙された挙げ句──騙され方は間抜けの一言に尽きるが──得体の知れない実験のモルモットにされても、例えそれらを全て背負った上で更に「提督」として艦娘達を率いることになっても。

奴は頑なに変わらない。変わろうともしない。

今まさに、「世界の命運」がかかっているような状況下においてすら、奴は相変わらずいつも通りだ。

('、`*川「准将。目標ポイント上空まで後15秒です」

( ФωФ)「────【Fighter】、時間である!!」

その真っ直ぐさが。迷いのなさが。

我が輩は、本当に極稀にだが羨ましくなる。








( T)《だから【Muscle】だっつってんだろ死ね》

( ФωФ)「なんでそこまで頑ななんだよてめえが死ね」

………いや、これ単に事の重大性が解ってないだけか?

報告忘れてました、本日ここまで。

明日からマッ鎮ズとロマギコが本格的に共闘していきます。

('、`*;川「目標地点に到達────っと!?」

( ФωФ)「っ……」

グラリ。津波に正面から突っ込んだ小舟のように、C-17の巨体が傾いだ。

低く、だがはっきりと機内に届いた砲弾の爆発音。何発か連続したそれらはよほど近くで炸裂していたのか、床や壁を通して震動が我が輩たちにも伝わってきた。

《Enemy shoot incoming!!》

《Evade, Evade!!》

《Shit, I'm hit!! Going down Going down!!》

《All unit, Break!! Pull up!!》

《Alcatraz-06 one hit……Noooooo!?》

阿鼻叫喚と言っていいだろう。友軍の輸送機や護衛の戦闘機隊による悲鳴にも似た通信が入り乱れ、悲鳴や爆発音を残してその内の幾つかが途切れていく。

('、`;川「深海棲艦の対空砲火です!!港湾部より凄まじい量の弾幕が展開されています!!」

「前衛のMV-22Bに被撃墜機多数、護衛のF-35にも損害有り!!」

「敵の総数は不明です、少なくとも100隻は優に超えているかと……」

( ФωФ)「映像出せ」

('、`*川「了解!映像、モニターに出します!!」

オペレーターの一人が機器を操作し、メインモニターの画面を切り替える。

真夜中の暗闇に包まれる港湾部が、赤外線カメラによって映し出される。

深海棲艦は体表から放出する特殊な電磁波によってロックオンを受け付けないが、体内器官の一部が第二次世界大戦期の軍艦のタービンのような構造をしておりこれらは特に奴等の戦闘時は常時強い熱を発している。

そのため、奴らの体色も相まって有視界戦が難しい夜間は熱源感知による捕捉が非常に有用な手段となるのだが────

( ФωФ)「………なるほど、これはなかなか大量であるな」

やや画質の荒い、緑がかった白と黒を基調とする画面の中に蠢く異質な明色の群れ。様々な形状をしたそれらは時折一際強く発光するが、恐らく砲撃によるものだろう。

100……いや、そんな数ではすむまい。やや離れた位置からこのムルマンスクへと向かってくる新たな群れも加えれば、200は優に越えているだろうか。

“昔馴染み”にこの映像を見せてやれば、さぞやげんなりした表情を浮かべたことだろう。

「トゥロマ川より深海棲艦が上陸を開始!上陸箇所は確認できる限りでは5箇所、判別はできませんがヒト型も複数体含まれます!!」

「対空砲火、更に激化!Alcatraz-02、05もロスト!

攻撃、全て“前衛部隊”に集中!」

( ФωФ)「………ふむ」

機内の揺れが更に激しさを増していく中で、我が輩はオペレーターの新たな報告に思わず眼を見開いた。

( ФωФ)「存外上手く“釣れる”ものであるな」

艤装を装備した艦娘の、関係者の間ではその特性上“船体殻”と呼ばれる不可視の防壁。高い対爆・対貫通防御能力を持つが、この防壁の内側に存在する艦娘達の“本体”は人類とそう耐久力は変わらない。

加えて、彼女達の防壁はあくまでも深海棲艦や通常兵器の砲撃・爆撃・銃撃に対する防御力しか持っていない。例えば、高度100Mからでも転落すれば極めて高い確率で彼女達は死ぬ。MV-22Bが撃墜された瞬間の爆発などで死ぬことは免れても、そのまま地上に叩きつけられれば何の意味も為さない。

【ヒト型】という利点を活かして、彼女達は空輸によって瞬く間に前線に展開させることができる。だが機体が撃墜された事による“落下死”という危険性も併せ持つこの輸送方法は、一種の諸刃の剣なのだ。深海棲艦もその事を理解している以上、上陸の邪魔をさせないためになるべく艦娘が空にいる内に撃墜してやろうという魂胆なのだろう。

奴等がある程度の戦略性を持って人類に相対する存在であるなら、それは「当然」辿り着く解。




( ФωФ)「後衛のMV-22B全機に通達。低空域にて加速突入用意。合図があり次第順次突撃を開始せよ、と」

('、`*川「了解!」

故に我が輩は、あの全身筋肉を含む艦娘部隊をあえて大きく遅らせて進ませていたわけだが。

https://m.youtube.com/watch?v=NC8BeRFuUm4

拍子抜けするほど敵はあっさりと此方の策にかかったが、気を抜けるような状況では未だにない。

いかにも指揮官機然とした存在感があるC-17を前に出して囮の効果を強めた結果我が輩自身が吹き飛ばされかねないという事もあるが、それ以上にせっかく艦娘の損失が未だ0なのだ。

地上に彼女達が完全に展開しきるまでは、その状態を維持したい。

( ФωФ)「対地射撃開始!」

「Yes sir!!」

通常輸送機は武装がなく、せいぜいミサイル攻撃を回避するためのフレアや最低限度の自衛用に機首や後部に小口径の機銃が配備されているものがある程度だ。

ただし、“海軍”仕様かつ管制機用の改造モデルであるこのC-17は少々事情が異なる。

オペレーターが端末を操作する。それに伴い両翼に装備されたM61 20mmバルカン砲塔と機体下部に格納されていたボフォース L60 40mm機関砲が起動し、港に蠢く深海棲艦の群れをにらみ据えた。

「Open fire!!」

『ウォアッ!?』

『ガァッ!?』

『ォオオオオォオオオッ!!!!』

撃ち下ろされる弾丸。三条の火線が群れの直中に突き刺さる。

無論ヒト型はおろか駆逐イ級にすら効果的なダメージを与えられる攻撃ではないが、知能が低い非ヒト型なら挑発効果は十分だ。

尋常ならざる肺活量を持って吐き出された咆哮が、入り乱れる砲声とジェット音を容易く切り裂いてここまで届いた。

一拍遅れて、声の主が放ったと思われる砲弾が機体の間近で炸裂する。

「敵群体、当機並びに前衛部隊への砲火更に激化!」

('、`*川「港湾部に殺到している個体はほぼ全て此方に射線を向けています。接近する後衛部隊に攻撃が向く様子はありません!」

( ФωФ)「よし、そのまま引きつけ続けろ。とにかく銃火をばらまき一瞬でも長く奴等の眼を此方に引きつけるのである」

「「「了解!!」」」

1秒後には至近弾や直撃弾によって痛みを感じる間もなくこの世から消えたとしても不思議ではない砲火の中を、パイロットの文字通り命懸けの努力と奇跡に等しい幸運によって辛うじて無事でいる状況下。

臆病なものなら戦意を失い泣き叫んでいるような有様の中で、オペレーターたちは全員自らの職務を全うし続けている。

そんな彼らの姿を見てばかりいるわけには行かない。

我が輩もまた、職務を全うすべくクリスヴェクターを胸に抱えウィングスーツの下にしまい込む。

('、`*;川「…………本気で行く気ですか?」

( ФωФ)「当然だ。百聞は一見にしかずと言うであろう。

前線の状況を我が輩自身が肌で感じなければ、的確な指示など出せん」

自衛隊の一員として作戦を立案した青ヶ島の一件のように、ぬくぬくとした後方で戦闘の指揮を執るのはどうにも性に合わない。

戦国時代の名将、朝倉宗滴公のような「常在戦場」こそ指揮官としての理想であるべきだ。

どれほど腐った人間になろうとも、机上の数字だけ眺めて戦争をした気になれるほど腐りきった存在には、我が輩はなりたくない。

( ФωФ)「────ハッチを開けろ!!」

我が輩の叫びに応じて、C-17の後部ハッチがゆっくりと開いていく。強烈な寒気が機内に吹き込み、先日の降雪から一転して雲一つ無い夜空とその中に咲き乱れる無数の爆炎が視界に映し出された。

( ФωФ)「これよりムルマンスク港湾部の深海棲艦を迎撃、敵艦隊の浸透を防ぐ!

総員、着地と同時に速やかに行動を開始せよ!」

後ろに続く、20名ほどの護衛兵士を振り返る。風と爆発音に負けないよう声を張り上げれば、全員が同時に頷く。






(*゚ー゚)「了解です、准将」

その先頭に立つもう一人の“昔馴染み”は、場違いな程朗らかな笑みを浮かべていた。




(#ФωФ)「用意、用意、用意…………降下、降下、降下!!!」

対空砲火が途切れた刹那の隙を突き、空中に身を躍らせる。そのまま体を下に向け、僅かに四肢を広げて滑空の姿勢を作りながら地面に向かって加速していく。

ヘルメットと薄いながらも防寒性能に優れるウィングスーツのおかげで寒さや風圧を殆ど感じることはないが、弾丸の如き速度で街並みが迫ってくる視覚的な圧迫感からは逃れられない。しかも空に舞う“餌”を撃墜すべく、地表やトゥロマ川から撃ち上げられる嵐の如き対空砲火の直中に突っ込んでいくわけだ。

ともすれば細めそうになってしまう眼を意識して見開き、視界を狭めぬよう尽力する。

《Albatross-Team,?Engage!!》

眼下を、機影が駆け抜ける。プラット・アンド・ホイットニー?F135エンジンの稼働音で冷え切った夜気を震わせ、F-35ライトニングが港湾部に乗り上げ市内への侵入を開始した深海棲艦に向かって突っ込んでいく。

《Albatross-01,?Fire!!》

《Albatross-02,?Fire!!》

『ォオァアアアアアアアアッ!!!?』

両翼下部から切り離される、計4発のMk84爆弾。

『───ァアッ……』

火柱が上がり、直撃を受けた駆逐ロ級と思わしき“艦影”が仰け反る。上陸したばかりだったロ級はよたよたと後ろに向かって数歩蹌踉めき、弱々しい鳴き声を──実際に聞こえたわけではないが──天に向かって上げた後仰向けにトゥロマ川に転落した。

『────ォアッ!?』

『アァアッ!?グゥアッ!?』

『ォオオォ………』

《Enemy down!!》

《Bombs away》

《Don't stop!! Pull up Pull up!!》

【Albatross】の突入によって、奴等はようやく低空で突入してきた後衛部隊の───我が輩たちの「本命」の存在に気づいたらしい。慌てて迎撃すべく新たな火線を貼るが、時既に遅くAlbatrossに後続したF-35部隊による攻撃が始まった。

Mk84を用いた、それもJDAMを装着していない完全な無誘導爆撃。深海棲艦の出現前にはもう見ることは無いと思われた光景だが、まともに最先端技術が通用しない奴等には却って此方の方が効果的だ。

そして彼らはアメリカ軍から選抜された“海軍”航空隊である。元々対深海棲艦を想定した訓練を受けてきた彼らにとって、この程度はこなせなければ恥になる。

『ォオオオオオッ!!?グォッ、オォォォ……』

《Enemy kill》

《Good job!!》

寸分違わぬ精度で次々と叩き込まれる爆撃に、損害が瞬く間に増える。身体から濛々と黒煙を吹き出して物言わぬ骸となった個体もおり、爆撃が川辺の上陸中、或いは上陸直後の艦に集中されたこともあってその隊列は大きく乱れていた。

【Warthog】や第1波空挺部隊、そして反政府軍との交戦に夢中になって奴ら先遣隊がムルマンスク内陸に集結してしまっていたこともこの有様に拍車を掛ける。

背後から撃たれる心配が極めて薄いF-35部隊は、基本正面の群体からの砲火にさえ気を配っていればいい。彼らの研ぎ澄まされた集中力と鍛え上げられた操縦技術の前には、隊列が乱れ大きく隙間が空いた火線など児戯に等しい。

最新鋭の音速戦闘機群による猛爆撃で奴等が足止めを食らう中、我が輩は高度200m程に達したところで悠々とパラシュートを開く。C-17から飛び出す直前はあれほど濃密だった弾幕は今や見る影もなく、明らかに統率を失った様子で散発的に撒き散らされているだけだ。

《Lightning-01 Engage!!》

《Lightning-03 Engage!! Attack!!》

『『『ォオアァアアアアアッ!!!?』』』

丁度我が輩の足が地に着いたところで、前衛の護衛機たちも攻撃に移る。高高度から猛然と迫ってきたF-35の新手に爆弾と機銃掃射を浴びせられ、一挙に10隻近い軽巡・駆逐が断末魔を残して沈黙した。

(*゚ー゚)「准将、総員無事着陸に成功しました」

( ФωФ)「うむ」

航空隊の高い練度に感心しながら反復爆撃の様子を眺めていると、兵を纏めた椎名が此方に駆け寄ってくる。あくまでもざっと見た限りだが、欠員はいない。

( ФωФ)「前衛部隊全体での損耗は」

(*゚ー゚)「降下前の時点でMV-22Bが何機か撃墜されていますが、空挺に成功した部隊の損害は極めて軽微だと思います」

「………でも、そもそも俺達や艦娘部隊が降下する意味ってあったんですか?」

少々困惑した様子で、護衛兵の一人が首を傾げる。彼の視線の先にあるのは、殆ど一方的に深海棲艦を叩きのめしている航空隊の姿。

「この調子だと、少なくとも正面の敵艦隊については空軍だけで処理できそうですが」

確かに、あの光景だけを見れば艦娘に出る幕など無いと感じてしまう。そして実際に世界中の人類の多くは、ああいった光景を何度か目にして開戦当初致命的な誤認をしたのだ。

“深海棲艦は大した敵ではない”と。

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疑問の声を挙げた兵士を改めて眺めてみると、かなり年若い。あまり白人の顔立ちや年齢の見分けに自信があるわけではないが、せいぜい20になるかならないかといったところではないだろうか。

幾ら“海軍”出身でもこの若さだと深海棲艦との戦闘経験が乏しいか、場合によってはコレが初陣の可能性もある。……そういった若者を入隊させる余裕がまだあることを喜ぶべきか、仮にも海軍にいながら深海棲艦への理解がその程度でしかない人間がいることを嘆くべきかは議論の余地がありそうだが。

( ФωФ)「名は?」

「……? ロナルド=ウィリアムズですが」

( ФωФ)「なるほど、ではウィリアムズ。結論から先に言うが、“あの程度”の爆撃で斃しきれるほど深海棲艦は甘い存在ではない。貴様は少々不勉強が過ぎる」

「し、しかし、現に空軍は圧倒を─────!?」

彼がそんな台詞を口に仕掛けた瞬間から、F-35の編隊が徐々に戦場から離脱を開始していた。彼は眼を丸くしているが、少し考えればそれは至極当然の行動だと解る。

( ФωФ)「某フライトシミュレーションじゃあるまいし、戦闘機には60何発もミサイルを積むことも燃料を無視して無限に飛び続けることもできん。奴等の物量の前に、“あの程度”の爆撃はただの足止めだ」

個体一つ辺りが第二次世界大戦基準とはいえ軍艦の耐久力を持ち、しかもそれが多くの場合複数体───最悪数百体単位で押し寄せてくるという悪夢。しかも高い戦闘力を誇るこの種族は、とにかく近代兵器との相性がとことん悪い。

イージス艦ではまともにロックオンができず、戦車や自走砲では単純な火力差、耐久力差が大きい。唯一高い火力と誘導兵器に頼らずとも攻撃を当てる力が両立している空に活路を見いだそうとも、底が全く見えない敵の物量の前ではどうしても焼け石に水となる。ましてやヒト型の存在や空母型が用いる艦載機との相性を考えると空の優位性も決して絶対的ではない。

ドイツ・ベルリンでの一件も、あれほど奇跡的な勝利を収めながら結果から見れば“甚大な損害の末に拾った局所的な勝利”に過ぎなかった。

要はベルリンで示されたのは人類の「可能性」ではなく、深海棲艦に相対する人類の「限界」だと言えよう。

( ФωФ)「根本的な話をするとだな、本当に通常兵器だけで勝てるような相手ならこれほどの犠牲が払われるものか。世界共通の脅威が現れてなお内輪揉めに興じていた人類の愚かさを差し引いたとて、六年前の様なていたらくが起こるわけがない」

だが実際には、人類は世界規模で制海権と制空権を喪失しあらゆる国が本土上陸の危機に晒された。実際に蹂躙された国も少なくない。

断言しよう。あの時間違いなく、我が輩たち人類は滅びへの道を着実に歩んでいた。

( ФωФ)「人類には必要だった。深海棲艦の脅威に抗える存在が。劣勢から挽回し、人々を勇気づける英雄が。既存のものとは全く指向が異なる兵器が。

故に人類は、生み出した」










(#T)「行くぞオラァアーーーーーー!!!!」

「「「オォーーーーーッ!!」」」

「艦娘という、【兵器】を」

本日ここまで。ご静聴ありがとうございました

爆弾を使い切り、補給のために離脱を開始するF-35の編隊。波状攻撃による妨害から解放されて、残った深海棲艦が進撃を再開した。

『ォォォアアアォアアッ!!!』

『ァア、アアアアアアッ!!!!』

散々上陸を妨害されたことに対する怒りか、幾多の同胞を沈められたことへの嘆きか。より強く、より長く、奴等が口々に上げる耳障りな咆哮が空気を振動させる。

度重なる爆撃によって更地と瓦礫の山しか残っていない川辺は、化け物共が群れなし陸へと上がってくる様がよく見えた。最低でも5Mを越える巨体の持ち主たちが横隊を組み、瓦礫の山を蹴散らしながらムルマンスクの街を蹂躙すべく進撃する。

だがその進路には、既に奴等の天敵が展開を終えていた。

(#T)「武蔵ぃ、ぶちかませ!!!」

「おう!

────遠慮はしない、撃てェ!!!!!」

口火を切ったのは、やはりあの男が率いる艦隊だった。

大日本帝国が世界に誇る、46cm三連装砲が轟音を奏で、それを放った褐色の肌を持つ大柄な艦娘───大和型戦艦2番艦・武蔵の大音声と共に大地を揺らす。

砲弾は膨大な熱と運動エネルギーを撒き散らしながら敵の戦列に向かい、その先頭を進んでいた軽巡ト級に直撃する。

『ァグァッ』

断末魔を上げる暇すらなく、ト級の巨体は爆発音と共に細かな破片と化して飛び散った。

『………ア?』

『ゥッ、アァ?』

非ヒト型の深海棲艦は知能がヒト型に比べて極めて低く、罠や欺瞞にかかりやすい上自身がよほど致命的なダメージを受けるまで“退却”というものを知らない。リ級やル級のように戦況を読んで軽微な損害でも撤退するといった知性的な行動は上位種からの命令が無い限りほぼ見られず、しかしながらそれ故に損害を顧みずに前進してくるため物量を用いた浸透強襲を迎撃することは困難を極める。

だがそんな非ヒト型でも、武蔵による規格外の一撃には知能云々を越えた生存本能を大いに揺さぶられたようだ。

飛散したト級の体液や肉片を頭から浴びて、奴等の進軍が困惑し躊躇するかのように止まる。

尤も、それは寧ろ最悪手に近いわけだが。

「武蔵さん、奴等ビビって棒立ちになりました!構わず続けて撃って下さい!」

「わかりやした姐さん!!」

「俺達は敵左翼に火力を集中する!陸奥、羽黒、撃て!!」

「此方も攻撃を開始します!山城、扶桑、主砲斉射!!」

居並ぶ戦艦部隊の砲撃が、唸りを上げて殺到する。

非ヒト型種は姫級などの随伴個体を除いて、現状確認されているほとんどが所謂軽巡クラス、駆逐艦クラスの下級艦だ。通常兵器から見れば十分な難敵でも、ある程度の練度を積んだ艦娘達からすればよほど物量差が無ければそう脅威となる相手ではない。

ましてや、“海軍”所属の艦娘部隊。練度は一般的な鎮守府に配属されているそれらと比較してまさしく次元が違う。

寸分違わぬ精度での砲火に的確に急所を射抜かれて、圧倒的な火力の炸裂に容易く甲殻を砕かれて、次々と薙ぎ倒されていく。

特に、あの男が率いる武蔵の練度は群を抜いていた。もともと“艦娘・武蔵”の性能は高いが、奴はそれを更に極限まで鍛え上げたらしい。

奴の砲が一つ吠える度に、確実に一隻、敵が地に屍を晒した。

まさに、一撃必殺と呼ぶに相応しい。

艦娘部隊との砲撃戦(というより一方的な虐殺)によって、深海棲艦側の対空砲火は今や殆どなくなっている。空母型がまだ到着していないのか、艦載機が上がる気配も無い。

無防備になった港の空に、新たなMV-22Bの編隊が乗り込んできた。

《降下しろ、Go??go?go!!》

《着陸完了!総員、展開急げ!》

「先行部隊の援護に回る!足柄、行け!!」

「鳳翔さん、いつでも艦載機を上げられるよう準備を。比叡以下各艦、砲撃開始!!」

ホバリングする機体からスリングロープを伝って、或いは着陸した地点で後部ハッチから飛び出して、そこかしこで提督と艦娘達が路上に展開する。凄まじい速度で屍が増えていく深海棲艦に対して、此方は機銃弾一発の被弾報告すら届かない。

だが、油断はしないし攻撃の手も緩めない。

息継ぐ間もなく攻め立てて、全て鏖殺するまで此方が気を抜ける瞬間は訪れない。

( ФωФ)「対地攻撃機隊、第2波突入せよ。全火力を上陸中の深海棲艦に集中!」

《了解。これより支援攻撃を開始する》

(#ФωФ)「艦隊各位、航空支援間もなくくるぞ!衝撃に備えるのである!」

程なくして、魔王の申し子が爆音を響かせて我が輩の頭上を飛び過ぎた。

《Targets affirm. Guns,Guns,Guns》

《Guns, Guns, Guns》

『ォオゥオオオッ!!?』

『グゥガッ……』

4機のA-10は、射程に捕らえた深海棲艦の群体をありったけの火力で打撃した。ロケット弾と機関砲の火線を雨のように浴びせかけられ、正面に加えて上空からの火力も加わったことで奴等の戦列は更に乱れる。機銃掃射と砲撃で全身に大小様々な弾痕を穿たれて、一番大きな個体だったホ級flagshipがぐたりと前のめりに倒れた。

《Enemy down!!》

《Scorpio-01より【Caesar】、対地掃射完了。再d

上空を通過し、再度攻撃に移ろうと反転していたA-10の編隊。その先頭を行く機隊が、正確無比な地上からの砲火によって吹き飛ばされる。

《!? Scorpio-01 Down!!

I repeat, Scorpio-01 Down!!》

「空軍機が───っ!?」

次に狙われたのは、一際派手に艦隊を蹂躙していた武蔵だった。

立て続けに二度、砲が唸る。弾丸は寸分違わぬ見事な照準で、回避の間を与えず彼女に迫る。

「むんっ!!!!!」

また二回、音が鳴る。

( ФωФ)「えぇ~~………(困惑)」

直撃コースだった砲弾は、彼女の拳によって何れも粉砕される。

「………くっ」

煙が上がっている拳を突き出した体勢のまま、顔を伏せて武蔵は笑う。最初は肩を震わせる程度だったそれは、やがて高らかな哄笑に変わった。

「………くくっ、ははははははは!!いいぞ!当ててこい!!!

私は、ここだぁ!!!!!!」

完全に、世紀末覇者とかその辺りの貫禄だった、

『────!? ─────!!!?』

『───ッ』

Scorpio-01と武蔵に対する砲撃の実行者である戦艦ル級は、明らかに動揺していた。その随伴艦としてともに前衛まで進出してきた重巡リ級もまた、隣に立ちながら表情を強張らせる。

当たり前だ。砲撃を躱される、耐えられるまでなら此方が艦娘であることも含めて十分に想像できよう。だが、徒手空拳で砲弾が撃墜されるなど例え眼前で見せられたとしても俄には信じられまい。なにせ味方の側であり、しかもあやつらの練度をよく知っているはずの我が輩ですら未だ目の錯覚だった可能性を捨てきれないのだから。

『────ッ!!!!』

場合によっては恐怖すら抱いていたかも知れない。ル級は明らかに冷静さを欠いた動きで、両手の艤装を武蔵に向けて構える。

故に奴は、既に間近に迫っていた“より危険な存在”を感知できなかった。

『……………ア?』

巨大な盾を思わせる艤装が、持っていた両手ごと落下する。一拍遅れて吹き出した自分の青い血液を、ル級は半ば呆けた表情で眺める。

「────ども~♪」

『ゥア゛ッ!?』

掛けられた声に顔を上げた瞬間、視界が誰かの掌によって覆い尽くされる。

「ぃよいしょぉっ!!」

『!!!?!?!?』

青葉型重巡洋艦、1番艦青葉。

彼女は、そんなどこか気が抜けるような気合いと共に、鷲掴みにしたル級の頭を地面に勢いよく叩きつけた。

23:00から改めて更新致します

音が鳴った。

中身が入ったビール缶を握りつぶしたような、水風船を満身の力を込めて地面に叩きつけたような、そんな大きく響きはするが軽い音。

例えその光景を目の前で見たとしても、重巡洋艦娘が戦艦ル級の頭を地に打ち付けて叩き潰したときに“それ”が鳴ったのだと俄に信じられる者はこの世にどれだけいるだろうか。

( ФωФ)「………のっけから全力全開であるな」

( T)《※このゲームには暴力シーンやグロテスクな表現が含まれています》

( ФωФ)「は?」

誰だこのふざけた男を1大国の命運がかかった作戦に連れてきた奴。

我が輩か。

「─────あはっ♪」

彼女は───重巡洋艦・青葉は止まらない。

ビクビクと震える首無しル級を放り捨て、更に踏み込む。

『…………ッ』

事態を飲み込めずにいたのだろう、随伴艦であるリ級の動きはあまりにも緩慢だった。

残り五歩になったところで、ようやく肉薄する青葉に気づく。

四歩。驚愕からか、或いはもっと別の感情からか、あからさまに表情を歪める。

三歩。右手に展開した艤装を、弾丸のような速度で接近してくる青葉に向ける。

二歩。既に間近に迫った青葉から逃れようとしたか、砲を向けながらも仰け反るようにして身体が後ろに流れた。

一歩。

『────?』

ぷつり。

古びたゴムが千切れるような、ビニールテープをハサミで裁断したような、そんな妙に無機質に感じる音を残して。

リ級の右手が、消える。

零歩。

「ハイっ、おしまいっと!」

『………? ───……?』

状況を飲み込めぬまま呆然と眼を見開いていたリ級の首筋を、先程右腕を切り落としたばかりの青葉の手刀が撫でる。

青色の体液を鮮やかにまき散らしながら、リ級の首が宙を舞った。

( T)《引くわ》

( ФωФ)「………とんでもないの育て上げたな貴様」

( T)《アレに毎日オモチャ扱いされる俺の気持ちがわかるか?》

( ФωФ)「知るかよ死ね」

( T)《お前が死ね》

(*゚ー゚)「青葉さんに通信繋ぎますか?」

(;ФωФ)「《すみませんでした!!!》」(T;)

アレと叢雲のダブル説教とか考えただけでも全身が震える。実現すればそれが今度こそ我が輩最期の時になることは間違いない。

『オォガァアッ!?』

「っふぅ……!」

さて、我が輩たちが阿呆のような会話を交わす間にも戦況は刻々と変化する。

『ォアアアッアッ!?』

『ガグッ………』

「っぷぅ! いやぁ、楽でいいですねぇ!」

やはり、先程青葉が斃したル級は前衛艦隊の指揮“艦”だったらしい。元々の旗艦か前線の混乱ぶりを治めるために進み出てきたのかは定かではないが、どちらにせよ残された非ヒト型達はますます統率を失って“海軍”屈指の──一説には最強の──力を持つ重巡洋艦に蹂躙されていた。

回し蹴りを受けたイ級が下顎を粉砕されて横倒しになる。ホ級の腕が斬り落とされ、体勢を崩した直後に腹を切り裂かれて絶命する。そのままホ級の首を引きちぎって投げつければ、今まさに砲撃を放とうとしたロ級の砲口にその首が詰まり、弾薬の誘爆でロ級が木っ端微塵になる。飛んできたロ級の破片を横殴りで吹き飛ばせば、武蔵の砲撃に負けず劣らずの速度で飛翔したそれが別のホ級の胸を射抜く。

艤装は装備されている。だが青葉は、それらの蹂躙を全て徒手空拳で行っていた。

日本人女性の平均身長よりやや低い、150cmになるかどうかの小柄な身体で躍動し、大きいものなら20Mに達するような化け物を格闘戦で薙ぎ倒す。

さながら一昔前の、ヒーローアニメのような光景には最早衝撃を通り越して笑い出してしまいそうだ。

( T)《ガル=ガドット主演の世界的大ヒット作品【ワンダーウーマン】、8/25から日本公開》

( ФωФ)「何言ってんのお前」

( T)《ノルマ達成》

( ФωФ)「何言ってんのお前」

8/25なんて疾うの昔に過ぎてるだろ怖っ。

《タウイタウイ泊地【Hound-Dog】より、軽巡一隻突撃する!援護頼むぜ!!》

《【Ghost】より【Caesar】。我が艦隊から前衛に白兵戦力を増強、【Fighter】青葉を支援する。……まぁ、正直なところ支援が必要そうには見えないが》

二つの“艦影”が後衛から飛び出し、青葉と深海棲艦共の乱戦の直中へと突っ込む。片方は刀を、片方は槍を脇に構え、それぞれ低い姿勢で弾丸のごとく敵艦との間合いを詰める。

「おらぁっ!!!!」

『ヴァッ………』

裂帛の気合いと共に振り切られた軽巡・天龍の刀が、ホ級を袈裟懸けに斬って落とした。

「────っふ!」

『コクァッ!?』

鋭い呼気と共に突き出された特型駆逐艦・叢雲の槍が、ヘ級ののど笛を貫き通す。

「やぁこれは……っと!!」

新たに乱入してきた二人の鮮やかな手並みを目の当たりにし、青葉も負けじと拳を突き出す。

正拳突きによって声もなく撃ち倒されたイ級は、しばらくぴくぴくと痙攣した後完全に沈黙した。

すると天龍と叢雲も、すかさずそれぞれの得物を振るい敵艦を撃ち倒す。そのまま三人は草でも薙ぎ払うかのように、周囲の非ヒト型を物言わぬ骸に変えていく。

「いやぁ、まさか青葉達の鎮守府の天龍さん以外にもこれほど鋭い剣技を持つ方がいらっしゃるとは。この世界は広いですねぇ」

「お宅の天龍と比べてもらえるとは光栄だな。まっ、追いつくのはまだまだ先の話だろうが!」

「其方の叢雲さんは、もしやこの間ウチの司令官がお邪魔した………」

「えぇ、あのノロマス女の騒ぎの時に世話になったからちょっとした恩返しにね………あんたには必要なかった見たいだけ、どっ!!」

たまたま散歩道で会った少女達の挨拶のような朗らかな会話。ただしそれは、この三者による殺戮の中で交わされている。

互いに、特に連携は取っていない。ただそれぞれの武器を振るい、目の前の敵に当てる。

その単純な動作が、しかしながら確実かつ簡単に周囲の敵を絶命させていく。

《此方那智、敵艦隊へ突入する!!》

《加古、白兵艤装展開!突貫開始!!》

《雷、司令官のために頑張るわ!………ムラクモニマケナイムラクモニマケナイムラクモニマケナイ》

青葉達の戦いぶりにあてられたのだろうか。無線機から次々と“名乗り”が聞こえ、艤装を構えた艦娘達が敵陣へと斬り込んでいく。

(*゚ー゚)「なんか戦国時代の侍が名乗りを上げてるみたいですね」

( ФωФ)「言い得て妙だな」

確かに、それはなかなか時代錯誤な光景に思えた。初めて「鉄砲」という近代の開幕を告げる兵器を手に入れてから数百年、我が輩たち人類は常に「いかに遠くから、リスク無く敵を倒すか」に重点を置き戦争技術を進歩させてきた。銃の射程が伸び、大砲が、戦艦が、空母が生まれ、やがて地球の裏側さえ狙えるミサイルの開発にまでこぎ着けた。

そんな中にあって「進歩」の系譜に組み込まれていた兵器の生まれ変わりである少女達が、槍や刀を模した武器を構えて人類の敵を打ち倒していく。

見ようによっては、何と皮肉な光景だろうか。

青葉ら10隻ほどの艦娘達による白兵突撃で、遂に深海棲艦側の前線は完全に決壊した。

非ヒト型の物量と浸透能力を持ってしても、キチg………ゴホン、斬獲部隊の攻勢の勢いを相殺することはできなかった。後に膨大な数の屍と豪雪のごとく降り積もった肉片や甲殻片を残して、旗艦の命令を受けたらしい前衛部隊がトゥロマ川へと戻っていく。

勝ち鬨の一つも上げたくなるような快勝だが、当然誰もそんな愚かな真似はしない。

《統合管制機より港湾部全部隊に通達!トゥロマ川よりヒト型深海棲艦多数接近!》

《レーダーに反応あり、市街北より機影多数!敵空母機動部隊より艦載機が出撃した模様!》

《トゥロマ川南下中の第2波艦隊、間もなく当区域に到達します!》

我が輩たちの仕事は、まだ終わりからはほど遠い。

( ФωФ)「我が輩たちももうサボれんぞ。気を引き締めろ」

(*゚ー゚)「了解です!」

( ФωФ)「艦隊各位、命令は先程までと変わらん。貴様等の、我が輩たちの任務は深海棲艦による市街地浸透の完全な阻止と上陸部隊の殲滅だ。

“海軍”の誇りにかけて、絶対にここを通すな!!」

《《《了解!!》》》






( T)《【Musc( ФωФ)「【Fighter】どうした」

( T)《死ね》

( ФωФ)「お前が死ね」

この後めちゃくちゃ青葉に怒られた。

明日の出向が馬鹿早なことに今更気づいたので寝ます。

本日は2100から更新予定







ムルマンスク鎮守府並びに同海軍基地は、ロシアのみならず欧州諸国───特に、ドイツ、ポーランド、スイス等を中核とした東欧連合軍にとっても極めて重要な拠点だった。

前面の敵を抑えるのに手一杯な連合軍の背後に敵が浸透することを妨げる防御の要であり、学園艦や民間人の疎開・避難に際してその中継点として機能する交通の要衝でもある。艦娘戦力とそれらの整備施設、そして巨大な陸海戦力を擁するため連携すれば攻勢作戦の軸にもなり得る。

単に艦娘戦力の物量だけで見ればイタリアが現状は欧州筆頭だが、内陸深くへの侵入と橋頭堡の確保を許し日本に次ぐ艦娘先進国だったドイツが半壊している現在は圧倒的に欧州全体で陸戦兵力と艦娘を補充・整備する環境が足りていない。

元々ウクライナ問題を始めEU各国はロシアと大小様々な外交問題を抱えており、ことにドイツは第二次大戦での因縁や先日のルール地方に対する核兵器投射など並々ならぬ確執がある。しかしそれらを抱えてなおロシアと連携し、かの大国とその要衝ムルマンスクに縋らねばならない程度には、東欧連合軍は困窮を極めていた。

故に、ムルマンスクが反政府勢力と彼らに同調した相当数の市民によるクーデターで制圧された挙げ句正規軍の支援が途切れた状態で深海棲艦の襲撃をうけているという報せが入ったとき、東欧連合加盟各国首脳は一様に顔色を失った。

ドイツ連邦共和国首相、ダイオード=リーンウッドも顔色を失った国家元首の一人だ。

以前よりアメリカのマスコミに“アイアン・マスク”なんて渾名を付けられる程度には顔のパーツを動かさないことで知られる彼女だが、ムルマンスクの一件が持ち込まれた直後は顔から血の気が文字通り失せて完全な土気色と化していた。表情は【オペラ座の怪人】が身につける仮面のように完全な無となり呼吸すらたっぷり一分ほど止まっていたため、ショック死したと勘違いし恐慌状態に陥った側近の一人が救急車を呼びかけるほどの騒ぎになった。

/*゚、。 /「────なるほど、なるほど。えぇ、それは当然助かります。私だけでなく、欧州に住まう全ての人間がその善意に感謝することでしょう」

(#゚;;-゚)「………おや」

そんな一悶着があってからまだ2時間と経っていないため、彼女を勇気づけようと入れ立てのココアを持ってきた首相秘書のデイ=ヒルトマンはやや面食らって立ち尽くすこととなった。

つい117分前まではそのまま棺桶に入れても葬儀屋が気づかずに蓋をして埋めてしまいそうなほど悲惨な状態だったが、今誰かと通話をしている彼女は幾分かの回復どころかほぼいつも通りの様子に戻っている。

たった今、創設されたてホヤホヤの機動迎撃大隊をムルマンスクに投下できるかどうかを東欧連合軍の陸軍総司令官に確認してきたばかりのデイは、どうも自分の仕事が無駄足に終わったようだと悟った。

/*゚、。 /「えぇ……えぇ……改めて感謝致します。Premierminister Minami」

ダイオードは更に一分少々の談笑の後、最後にそう言って受話器を電話機の上に戻す。

カチャリと音が鳴り、彼女はそれを合図としたかのように息をゆっくりと吐き出しながら椅子に深く腰掛けた。

/;*-、- /「ふぃ~~~~…………」

ダイオードにしては珍しく弛緩しきった顔。例えるならひいきのサッカーチームが絶体絶命のピンチに陥っていたところ、キーパーのスーパーセーブによって失点を免れた直後のサポーターのような表情だ。

聡明なデイは、その様子を眺めただけでだいたい何が起きたのかを察した。

(#゚;;-゚)「支援の申し出ですか」

/ ゚、。 /「あぁ、それも遠回しなレンドリースや経済連携じゃない。直接的なムルマンスクへの軍事攻撃だ」

(#゚;;-゚)「おぉ、それは」

確かに今までとは毛並みが違う、とデイは思った。

アメリカはフランス、スペインには積極的に軍事介入をしているものの、フランス東部の陥落によって東側への陸海空路全てが寸断され戦力を派遣する場合北アフリカ経由というとてつもない迂回を強いられる東欧・北欧へは経済支援の表明にとどまっている。

東欧連合に参加していない一部ヨーロッパや中東各国、肝心要のロシアも支援こそ表明したものの動きは鈍く、中国は軍事支援を表明したもののあからさまな口約束でしかも暗に東欧連合各国に対する見返りまで求めていた。イギリスに至っては最早支援の表明すらしていない。

頼みの綱の艦娘先進国・日本は自国の空母機動艦隊をアメリカ軍と合流させて艦娘共々実際に派遣してくれたが、この連合艦隊はノロノロとインド洋を経由して向かってくるため到着は少なくとももう半月以上先になる。

まぁこれらの国々の戸惑いや沈黙には──クソッタレのチャイナ野郎は別として──それぞれ理由や立場がある。結局のところ、他国の前に自国を護りたいというのは為政者として当然の感情だ。 

勿論深海棲艦が人類の絶滅を目論んでいることは明白なので、本来ならそういうことを言っている暇はない。だが、それが解っていたとしても今の欧州に手を突っ込むのはかなりの度胸を要する決断だろう。

因みに北朝鮮も何故かヨーロッパに哀悼と支援の意を表明したが、【Fall's Full(秋の馬鹿)】とメディアに酷評され一部SNSやコミュニティサイトで話題を提供した後ひっそりと忘れ去られた。


(#゚;;-゚)「それで、電話のお相手は?」

/ ゚、。 /「あぁ、ミナミだよ」

(;#゚;;-゚)「ミナミ……あぁ………」

デイの脳裏に、一度見たら二度と忘れられない日本国総理大臣の顔がデンッ!と勢いよく現れた。

彡(゚)(゚)

かつて外交会談の席で一度目にしただけだが、未だに(悪い意味で)鮮烈に記憶している。

ギョロリとした大きな眼に、縦長の細い顔と顔の面積の半分ほどを占める蛙のように巨大な口。日本人は「黄色人種」に分類されるそうだが、彼の肌は実際に黄ばんでおりさながらシーシーレモンのイメージキャラクターがそのまま現実に抜け出してきたような印象を受ける。

ヨシヒデ=ミナミ(南慈英)。クトゥルフ神話のディープワンも裸足で逃げ出す異様な風貌を持った男が日本の国政の長であると知ったとき、デイは強烈な目眩に苛まれた。

/ ゚、。 /「そうイヤそうな顔をするもんでもないよ。彼は風貌は完全にダゴンの眷属だが優秀な男だ」

(#゚;;-゚)「それは知っておりますが……あの、首相私より酷くないですか」

Premierminister Minamiの辣腕は、デイもよく知っている。

山ほどの失言ととても一国の代表とは思えない粗野な所作で国内外で痛烈な批判を受ける一方、今までの日本なら口を濁していた外交問題にずけずけと踏み込み正論をぶちかます姿は「お嬢さんをあやすようなもの」と嘲笑された日本の外交姿勢を激変させた。

就任当初から「どうも今回の日本国首相はひと味違う」と噂に上っていた南の言動は、深海棲艦の出現と艦娘の実装を機に切れ味を増していく。

今や艦娘先進国として、日本の立ち位置は国際社会で押しも押されもせぬ物になった。そしてその艦娘技術、特に改二技術を事実上独占状態にできているのは間違いなく南慈英の外交手腕に寄るものだ。

(;#゚;;-゚)「………解ってはあるんですが」

デイ=ヒルトマンはタンク・ブンデス・リーガの伝説の操縦手として名誉の負傷がそこかしこに刻まれた顔を思い切りしかめる。

どれだけ有能だろうが、とにかくあの不気味な容貌だけは受け付けられない。

(#゚;;-゚)「……って、あれ?首相、ということは今の電話は日本からの?」

/ ゚、。 /「あぁ、支援の申し出だ」

(#゚;;-゚)「既に空母艦隊を派遣しているのに、更にですか?」

日本は以前からポルトガルとの相互援助協定を結んでおり、今回の欧州への空母機動艦隊派遣もその協定に基づいた行動だ。

それとは別に、ムルマンスクへの攻撃部隊も派遣したということなのか。

/ ゚、。 /「明確にいうと表面上は日本からの派兵じゃないよ。

“海軍”からだ」

(#゚;;-゚)「“海軍”………」

デイも、その組織の存在は知っていた。

艦娘実装当初、まだ彼女達に関連した国際法も殆ど作られておらず戦線の穴を埋めるために猫も杓子もの勢いで彼女達を指揮する提督が粗製乱造の如く生み出されていた頃。

戦線が急速に押し返されていく一方で質の低い提督達による艦娘への傍若無人な行動が問題化し、また艦娘の価値に気づいた主要国による利権の奪い合いも頻発。仮初めの団結が崩壊し、再び人類同士が銃を向け合う寸前までいった時に日本とアメリカ合衆国によって生み出された、利権争いからも国際法からも外れた人類と艦娘の共同組織。

あらゆる国家のあらゆる指揮系統から、そして当時既に形骸化しつつあった国連からさえ事実上独立し、ただ深海棲艦を撃滅するためだけに編成された部隊。

その後も自在な展開能力を持つことから日米によって管理され、常任理事国と艦娘保有国以外には存在すら知らされていない超法規的軍事組織。

存在を知る一部国家の首脳や軍事関係者は、彼女達のことをただ単純にこう呼ぶ。

“海軍”と。

/ ゚、。 /「君も知っているだろう、“海軍”に所属する戦力は艦娘も人間もこの戦争の初期を生き延び、膨大な数の深海棲艦を暗い海の底に葬り去ってきた古強者がほとんどだ。

たまに動員される新規戦力も、アメリカ海兵隊を初めとする各国の特殊部隊や日本の艦娘の中でもとびきりの戦功を上げた猛者揃い。

今世界で一番強い軍隊は、間違いなくこの“海軍”だ」

それは確かだとデイも頷く。

世界一位と世界三位の経済大国が、しかも人類面、艦娘面それぞれの最強戦力を誇る国家が手を組んだ事実上の連合軍だ。そこに豊富な経験まで加わってしまえば、何をどうしようとも正面戦闘となれば勝ち目は一粒の麦ほども存在しない。

加えて、一応は“あらゆる国家から独立した完全中立組織”となっているがその実情は日本とアメリカが指揮権をがっつり握っている。兵力こそ決して潤沢とは言えないが、アメリカ軍から譲渡された豊富な輸送機のおかげで展開能力も随一だ。米軍基地に隠蔽される形で東南アジアの各諸島に泊地・基地を持つなど活動範囲も広い。

だが、デイの脳裏に今度は別の疑問が引っかかった。

(#゚;;-゚)「………ムルマンスクは深海棲艦だけでなく、反政府組織に協力し共に立てこもっている市民もいるはずです。

そこに、艦娘を主力とする“海軍”を投入するのですか?」

第一条。艦娘は人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条。艦娘は人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条。艦娘は、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己を守らなければならない。

希代のSF作家、アイザック=アシモフのロボット三原則に着想を得た【艦娘三原則】は単に国際法で定められているだけではなく、艤装のシステムに組み込まれて艦娘がこれを護るよう様々な防護機能が設定されるほどの徹底ぶりだ。

無論艦娘側へ提督から理不尽な命令が出て貴重な艦娘資源を浪費することを避ける、或いは単に性暴行事件の発生を防ぐために艦娘側の人間に対する殺さない程度の“正当防衛・抗命権利”も法的・システム的両面で明確に認められてはいる。

だが、今回の武装しているとはいえ「人間・市民」に対し艦娘側から攻撃を加えるとなれば恐らく相当なグレーゾーンだ。

(#゚;;-゚)「艦娘は確かに非常に強力な戦力ですが、今回のムルマンスクは事情が複雑です。時期尚早というか、このタイミングでの投入だと“艦娘三原則”に違反する可能性も高いのでは」

/ ゚、。 /「まさしくその通りだ、デイ君」

ダイオードはそう言って、椅子の背もたれから身体を起こしてデイを見る。

その眼の奥から安堵が消え、どこか仄暗いものを灯していることにデイは気づいた。





/ ゚、。 /「だから、“海軍”が投入されたんだ」










鍋一杯に詰め込んだポップコーンが弾けるような軽快な音と共に、手元の4.6mm短機関銃が火を噴く。足下で吐き出された空薬莢が散らばった。

弾丸をぶち込んだ建物の暗がりで呻き声が上がり、骨董品物の猟銃を構えていた爺さんが一人道路に転がり出る。

「た……助けt」

(,,゚Д゚)「Clear」

まだ息があるようだったが、弾が勿体ないので思い切り首の辺りを踏みつけて骨を折る。そのまま爺さんが隠れていた路地を覗き込んでみたが後続はなく、俺は後ろに続く時雨達に前進を合図した。

やけに古びた、木造の家が建ち並ぶ通りを静かに進んでいく。静かにといってもそこかしこを飛び回る味方空軍機のジェット音や砲声、深海棲艦の咆哮。

<ラァアアアアアアアアアイ!!!!!

(,,;゚Д゚)「………」

あと、こんな遠くなのに何故か聞こえてくる変態約1名の雄叫びのせいで周囲は十二分に騒がしいのだが。

「………ウチの提督ほンとに人間なンかな?」

(,,゚Д゚)「断言するがアレが人類にカテゴライズされるならプレデターとエイリアンは立派な人間だ」

「それもそっか」

俺としては地球外生命体説かハイター博士に生み出された人造人間説を推したい。或いは筋肉の神様。

 彡⌒ミ
(´・_ゝ・`)

なんだ今脳裏に浮かんだ禿げたおっさん。怖っ。

あぁ寝落ちしてた……本日22:00より更新します

仕事上の付き合いで更新時間が取れないので明日のお昼頃に更新ずらします。申し訳ございません。

銃声が響き、何メートルも離れた場所で雪交じりの土煙が上がる。火花が見えた路地脇の木の上に連射を浴びせると、ドラグノフ狙撃銃を抱えた人影が紅い軌道を残して地面に落下してきた。

(,,゚Д゚)「っふ」

駆け寄ってみると即死して居らず、一瞬腕が動いたのでナイフで胸をついておく。

「へたくそ……痛っ!?」

(,,゚Д゚)「喧しい、サブマシンガンで精密射撃なんかできるかっつの」

無意味に煽ってきた白露型2番艦の頭をひっぱたきながら、屍体を改めてじっくりと観察する。

この街に来てから初めて目にした、「軍服」を着た人間(だったもの)だ。白を基調にした厚手の迷彩服を着たそいつの、口元を覆っていたスカーフのような布を無造作に引きはがす。

(,,゚Д゚)「………チッ」

浅黒い肌に、掘りが深い目元や口元、クシャクシャの黒い髪。胸元に見えるのはアラビア文字を刻印したと思わしき入れ墨だ。

あまり外国人の年齢や顔立ちの区分に詳しいわけではないが、少なくともこの年若い男のルックスや出で立ちが平均的なロシア人のものであるとは到底思えない。

続けて右手の軍用グローブを脱がすと、手の甲にも胸元の入れ墨とよく似た造形の文字が刻まれていた。

( ゚∋゚)「………確定か」

(,,゚Д゚)「クソッタレ」

悪態を漏らしながら、俺は無線を繋ぐ。

“海軍”として必須の英語はともかく、アラビア語なんてちんぷんかんぷんだ。この言語を用いた文章が右から左に書かれているということさえ、つい最近知った。

だが、屍体の手の甲に刻まれたこの単語の意味だけは解る。ニュースで、新聞で、海軍の資料で、そして戦場で。幾度となく、それこそ脳裏に刻み込まれるほど繰り返し目にしてきたのだから。

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりCaesar、敵兵の射殺体に“アッラーフ”の刻印を確認した。

この武装蜂起、イスラムが関係してやがる」

undefined

undefined

《…………………………ハァアアア~~~~~~》

たっぷり15秒にわたる沈黙の後、無線機からはクソデカくクソ長いため息が聞こえてくる。込められた落胆と嫌悪の量はさながら夕飯がハンバーグだといわれてウキウキしていた子供が目の前にそうめんを出されたときのそれに匹敵し、そんな声を通信相手────ロマさんが出すことはかなり珍しい。

( ФωФ)《……それ本当か?見間違いとかじゃなくて?》

(,,゚Д゚)「ここでんな嘘つく意味も時間もないっすよ。なんなら写真送りますか?」

( ФωФ)《まぁそうだよな……………ッハァ~~~~~》

もう一度、ため息。因みに向こう側では砲声や銃声、深海棲艦共の雄叫びなんかが飛び交っているのだが、その直中でも落胆することをやめられないほどこの報せはロマさんにとってキツかったらしい。

( ФωФ)《このタイミングでなんちゅー余計な真似かましてるんだあのクソ狂信者共………全員身体にC-4巻き付けてルール地方で“ジハード”してくんねえかな》

(,,゚Д゚)「ロマさん、色々その発言はマズい」

( ФωФ)《知ったことか、どうせ誰が聞くわけでもあるまい》

(,,゚Д゚)「いや、それはそうだがなぁ……」

ロマさんはよほど腹に据えかねたのかその後も二言三言罵詈雑言を吐いた後、ようやく少し声に冷静さを取り戻して話を進めにかかる。

( ФωФ)《それで、イスラムのどの組織が絡んでいるかは解るか?》

(,,゚Д゚)「いや、残念ながら“アッラーフ”の文字以外にこれといって目立つ情報はない」

建物の陰に運んで俺ともう二人ほどで屍体を更に漁ってみたが、解ったのは胴に刻まれた入れ墨がどうやら聖典の一部を引用した物らしいということぐらいだ。

持ち物もサバイバルナイフや手榴弾、旧式の拳銃に小瓶に入った飲料水、後はクルアーンの小冊子と煙草だけで眼を引く物はない。

(,,゚Д゚)「強いていうならこの射殺体は若い。あと、俺を狙ったと思われる狙撃がざっと七メートルは外れた位置に着弾したことから考えて相当なへたくそだったはずだ」

( ФωФ)《貴様がそいつを屍にした位置は?》

(,,゚Д゚)「ゲネラロヴァ通り六番地、道脇に潜んでいたところを木から撃ち落とした」

( ФωФ)《………ハァ~~》

三度目のため息。時間は短かったが、込められた落胆の量は寧ろ今までより多く思えた。
  _,
(,,゚Д゚)「今の内容にそんなにガッカリすること含まれてたか??」

( ФωФ)《武装ゲリラとはいえ仮にも軍事組織の“軍服”組が、それも若年とは言え狙撃手がその程度の質という時点で恐らく輪を掛けて碌な集団ではない。ましてやゲネラロヴァ通りは鎮守府から三キロと離れておらん、重要地点に配置される戦力としてはあまりに粗末に過ぎる。

せいぜい下請けの下請けの下請けだろう。そんな泡沫組織潰したところで、奴等全体からすれば爪の先程の痛手にもならんのである》

(,,゚Д゚)「……あぁ」

この人の頭の回転の速さは尋常じゃない。1の情報から10を知り、10の材料で100を作るだけの力を杉浦六真は持っている。

だからこそ自衛隊の方ではその能力を危険視され、疎まれてあの地位に留められたのだが。各国の常備軍と“海軍”の両方に属している人間は上層部を中心に結構な数が居るが、表の軍階級と“海軍”での階級がこれほど乖離しているのは恐らくロマさんぐらいだろう。

( ФωФ)《まぁ、その泡沫組織にムルマンスクが制圧されたのは事実である。引き続き鎮守府の奪還と──…………》

訪れた沈黙は、コレで4回目。

だが、今回は今までの物とやや毛並みが違う。

(,,゚Д゚)「……准将殿、何か気になることでも?」

( ФωФ)《あり得ん》

静寂を終わらせた呟きは、さっきまでとは比べものにならないほど暗く鋭い。

( ФωФ)《その程度の力しか無い低質なテロリスト集団が、そもそもロシア連邦海軍の最重要拠点を襲撃できるなど本来あり得ん。そしてそんな集団に、深海棲艦の脅威に今この瞬間晒されているムルマンスクの住民達が同調して手引きするなどなおのこと不可解である》

(,,;゚Д゚)「………!」

額に、温度の低い汗が浮かぶのを感じた。

確かに、不自然だ。もともとムルマンスクの陥落自体、ロシアのみならず世界中のあらゆる国家にとって寝耳に水だった。普通に陥落させられたというだけでも信じがたいのに、こんな素人同然の三流ゲリラにあっさり、それも周辺に碌な連絡も取れないまま制圧されるなど本来起こり得るはずがない。

(,,;゚Д゚)「………土地柄でたまたまイスラム教徒が多く集まっていたという可能性は」

( ФωФ)《ロシア全体でイスラム教徒の流入が増えつつあるのは事実だが、わざわざ関連の宗教施設もろくに無い僻地の最前線に彼らが来る理由はない》

無理やり捻り出した理由は我ながらなんとも現実味がなく、案の定一刀両断された。

( ФωФ)《…………よし、ギコ》

(,,;-Д-)「………ウッス」

ロマさんは、他人を基本的に名字で呼び比較的長い付き合いの俺やしぃに対してもそのスタンスは崩さない。

そして、彼が名前や愛称で呼んできたときは面倒事が降ってくると相場が決まっている。

( ФωФ)《貴様ら先遣空挺部隊の主任務を一つ追加する。

ムルマンスク鎮守府の主要施設の奪還、ロシア連邦海軍の新型艦娘の救出、そして新たに、今回の襲撃を行った【武装集団指導者の生け捕り】である》

そして残念ながら、今回もその法則は健在だった。

通信制限下&外回り中のダブルパンチの中でやるべきではなかったとやや後悔。
22:30辺りで再度更新します

やりがい満点の任務を新たに追加してくださった“海軍”准将殿は、「以上である」と慈愛に満ちたお言葉を残して通信を終えた。

椅子に座りすぎてイボ痔になれ。

( ゚∋゚)「………【Caesar】はなんと?」

(,,゚Д゚)「今回の事件の首謀者を生け捕りにしろってよ。あっちは大層な乱痴気騒ぎの真っ最中だったし急いだ方が良さそうだな」

「うぇ~~~~~………」

傍で俺とOstrichの会話を聞いていた2番艦が舌を突き出し、あからさまにイヤそうな声を出す。

「面倒だなぁ…………殺さないように手加減しなきゃいけないってことじゃん」

(,,゚Д゚)「生け捕りは俺とOstrichでやるから安心しろ。お前みたいなアホに手加減なんて高等技術最初なら求めてねぇ」

「金剛扱いかい?後で工廠裏に来なよ」

「時雨姉貴金剛さンに対して酷すぎねぇ────!」

江風が唐突に台詞を切り身構える。

微かに聞こえてきた、車のエンジン音数台分。何れも、確実に此方へ近づいてくる。

( ゚∋゚)「……散開。隠れろ」

Ostrichの合図に、全員がその場から散開し木の上や建物の中、車の陰などに身を隠す。

「────※※※※!」

「※※、※※※!!」

正面100M程先、突き当たりに立つ青い屋根の4階建ての家の手前に四台の軍用トラックが止まる。口ひげを蓄えた指揮官と思われる男の叫び声に応じて、荷台から兵士達が一斉に路上へ飛び出し武器を構えた。

身を伏せた薪の山の陰から、僅かに顔を出してじっくりと現れた部隊を観察する。服装は全員先程射殺した狙撃手(笑)と同じ白を基調とした迷彩服で、口元をスカーフやターバンで隠しているという点も一致する。唯一指揮官と思われる男だけは首から上にベレー帽以外の物を身につけておらず、聞こえてくる言葉の意味は解らないものの見るからに尊大な態度で唾を飛ばしながら尊大に周囲の兵士達を怒鳴り散らしていた。

(,,゚Д゚)(見れば見るほどひでぇな)

武装兵の数はおよそ60人前後と言ったところか。荷台から路上に降りたのはいいが動作は一人残らず酷く緩慢で、AK47を主力とした火器も構えているのではなくただ持っていると言った方がただしい。

奴等はいつまで経ってもトラックの周りからほとんど動かず、互いにおどおどと視線を交わしながらボールに盛られたジャガイモのように狭い空間にひしめき合っている。周囲では深海棲艦と此方の空軍による攻防戦も未だ激しく続いていて、駆逐艦の砲撃一発でも流れ弾で跳んでくれば十中八九全滅だ。

予想が正しければ恐らく先程の狙撃手との通信が切れたから駆けつけた部隊のはずなのだが、60人強という兵力の誰一人として周囲の偵察や安全確保に向かわない。指揮官もそれをさせようとする気配すら見られず、ふんぞり返って自分の周りに心持ち多くの兵力を集めている。

そも、最初からこれだけ拠点となり得るポイントがありながらそれを全部放置して狙撃手一人と民兵一人だけの配置という時点であり得なさすぎて罠を疑うレベルだ。というか実際直前まで伏兵や奇襲を展開していたのだが、のこのこやって来た増援の動きがあの有様ではおそらくこれがこの組織の“素”なのだろう。

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「うっわぁ………」

「アレ酷いね、ウチの提督なら単騎2秒で制圧できそう」

俺と同じ場所に隠れた江風と2番艦も、呆れた様子を隠さずに武装(しただけの)兵の集団を眺めている。ほかの場所で待機するやつらの様子を横目で確認してみたが、見れば見るほど寧ろ“油断をしない”ことが一番困難な敵の様子にほぼ全員失笑一歩手前だ。

(,,゚Д゚)「……いっそあの有様こそ俺達の油断を誘うための罠だと思いたいぐらいだな」

敵の手応えがないというのはまぁ喜ばしいのかも知れないが、流石にここまでされると最早馬鹿にされているようで不愉快ですらある。

同時に、益々疑念が深くなる。例えとち狂ったムルマンスク市民のほぼ全てがこいつらを引き込むための手引きに参加していたとしても、そしてロシア連邦の駐屯軍側がどれほど直前の直前までその動きを把握していなかったとしても、艦娘込みのムルマンスク駐屯軍が易々と施設その他をこの軍から奪われる姿が想像できない。例えロシア側の兵力が10人だったとしても、最低限市外へ連絡を飛ばす時間は十二分に確保できたはずだ。

「それで、どうするの?一人でアホみたいに突撃して白兵戦縛りで殲滅してみる?」

(,,゚Д゚)「金剛扱いかこのガキ、後で工廠裏来い」

「なぁ、二人は金剛さンに借金でも踏み倒されてンの?」

別にそんなことは無いし、金剛のことがきらいというわけでもない。ただ、俺にとっての一番身近な金剛も負けず劣らずのアホなので、俺の中で金剛=アホという図式が固まってしまっただけだ。

(,,゚Д゚)「……さて。2番艦、江風、制圧が終わったら出てこい」

「おっと、行くンかい?!」

「了解。それで、何秒待ってればいい?」

観察を十分に終えて、こいつらの底は見切った。後は迅速に“処理”をし、とっとと親玉を縛り上げてこの“人類史上最大の奇跡”のタネを吐かせるだけだ。

(,,゚Д゚)「15秒でケリを付ける。

各位攻撃準備、速やかに殲滅しろ………あぁ、注意点が一つだけ」

とはいえ、俺はあの無能な部隊は俺たちにとって悪いばかりでもない。

(,,゚Д゚)「どんな殺し片をしても構わんが、トラックには傷つけるなよ」

移動の足をわざわざ自らの死とひき替えに提供してくれたことについては、俺は心の底から感謝している。

(,,゚Д゚)「……っと」

狙撃手(笑)から奪っておいたドラグノフを構え、一応目立たないよう若干の気を遣いながら積み重なった薪束の上に据える。

まぁ、多少は慎重にはなっているが少しでも心得があるまともな軍隊の前でやればたちまち蜂の巣にされる粗い動きだった。だが、案の定奴等は気づかない。

スコープを覗き込む。ど真ん中にしっかりとひげ面が映り込んでいるのを確認し、風向きとその強さに併せて少しずつ狙いを修正していく。

とはいえ、彼我の距離は300Mにあるかないか。風も微風で、弾道に大きな影響はない。

これで外せと言われる方が、難しい話だ。

(,,゚Д゚)「ハァッ───!」

目一杯吸い込み止めていた息を、鋭く吐き出して引き金を引く。

「─────?」

「※※※!!!?」

「※※、※※※!!!!!」

寸分違わぬ狙いで飛翔した7.62×54mmR弾は指揮官の額、そのど真ん中にめり込みそのまま頭蓋を貫通する。眼を見開く奴の頭部、その前後から脳漿と骨片、赤い血液が噴き出し辺りに飛び散った。

「お見事!」

(,,゚Д゚)「そりゃどうもっと!!」

「カッ────」

後ろで江風がからかい半分に飛ばしてきたやんやの声に投げやりに返しながら、二人目を照準。突然絶命した指揮官の様子を覗き込もうとした護衛の一人が、側頭部から弾丸をぶち込まれて力士の張り手でも食らったように吹っ飛びトラックの荷台に激突する。鈍い衝突音がして、血痕を残しながら護衛はずるずると地面に崩れ落ちていった。

「カハァッ……」

(#゚∋゚)「─────Go go go!!!」

「「「Yes sir!!」」」

三人目がのど笛を撃ち抜かれたところで、【Ostrich】の号令が響く。俺達三人以外の全員が一斉に立ち上がり、物陰から飛び出して敵との距離を一気に詰める。

文字数制限ぇ……再編集に大苦戦した結果ご覧の有様です。今日少し早起きの必要があるので改めて夜に更新します

どんなにあからさまに無能でも、指揮官は指揮官。部隊の中枢であり、沈黙すれば統率は大幅に失われる。

そして練度の低い兵士ほど、“上”に依存する割合は強い。場慣れしていないため自分の考えを持っての行動ができず、上からの指示がなければだいたいはただの木偶の坊と化す。

それでも、Ostrich達が早々に弾丸の一発も追撃で撃ち込んでいれば、例え碌な連携が取れずとも反撃なり逃走なりを我に返って行えた奴がいたかも知れない。人数“だけ”はそれなりにいる手前、少なく見積もっても10や20の銃撃はとんできたはずだ。

「※※※………」

「※※※※※!!?」

( ゚∋゚)「────」

だが、Ostrich達は最初の合図以降無言のまま100Mばかり駆け、一度も、一人として引き金を引くことなく距離を詰める。奴等はその行動を戸惑い気味に見つめるばかりで“我に返る”機を逸し、最後まで木偶の坊のまま敵の肉薄を許した。

( ゚∋゚)「Fire」

響く銃声。火線が迸り、唸る弾丸に肉が裂かれていく。

血が通った射撃の的が、身じろぎ一つ出来ず薙ぎ倒されていく。

( ゚∋゚)「Clear」

虐殺は、4秒で終わった。

「狙撃と接近の時間併せたら20秒かかってるね。コレだから頭金剛は」

(,,゚Д゚)「あの瞬間から計測開始だなんて俺一言でも言いましたっけ?流石記憶力金剛だな2番艦」

「は?」

(,,゚Д゚)「あ?」

「………二人とも後で金剛さンに謝りなよ」

2番艦との不毛な口論を最終的にげんこつで早々に切り上げ、ドラグノフを担いでOstrichの下へと駆ける。奴さん達は「二度撃ち」による入念なチェックも終わらせ、早くも移動の準備に取りかかっていた。

( ゚∋゚)「………注文通り、トラックは無傷だ」

俺達に気づいたOstrichは、そう言って部下が乗り込んでいるトラックの荷台を拳で叩く。

エンジンがかかった車体が一度震え、後部の排気口からガスが吹き出した。

( ゚∋゚)「………パンクや破損も見当たらない。後は乗り込めばいつでも動ける」

「勿論僕と江風は車内だよね?か弱い少女を寒空の下揺れる荷台に乗せるとか間違いなく鬼畜の所行だよ」

(,,゚Д゚)「江風、助手席乗れ。Ostrich、こっちのクソガキ簀巻きにして荷台に乗せるから手伝ってくれ」

「鬼畜!」

“か弱い”と言う単語から最も遠い存在が何か騒いでいるが無視だ。

安心しろ、お前はこの季節間違いなく風邪を引かない。夏だったら危なかったが。

(,,゚Д゚)「せっかくだから奴等の武装もいただいてくぞ!30秒で準備を済ませてトラックに乗り込め!それとどうせだから、一番近くにいる部隊にも残りのトラックを────」

指示を途中で切り、耳を澄ます。

「……どうしたい、ギコさン」

(,,゚Д゚)「来客だ」

うっすら聞こえてきた音が、新たに近づいてくるトラックのエンジン音だと確信し俺は再びドラグノフを身体の前で構えた。

(,,゚Д゚)「車両接近!総員戦闘用意!」

ゲネラロヴァ通りから目の前の大通り────キロヴァ通りへと躍り出て、ドラグノフを改めて膝撃ちの姿勢で音が近づいてくる方角に構える。

丁度左手、郵便局と思われる建物の手前にある路地を三台のトラックが曲がってくるところだった。

(,,゚Д゚)「っ」

スコープを覗き込み、鋭く息を吐き、引き金を引く。銃声が家々の合間を木霊し、弾丸が勢いよく銃口から飛び出す。

先頭を行くトラックのフロントガラスに蜘蛛の巣のようなひび割れが走り、内側で飛び散った赤い液体が付着する。

そのままコントロールを失った先頭車両が独楽のように回転し、避けきれず荷台部分に衝突した後続車諸共横転した。

更に3台目も無理やり迂回して追突から逃れようとしたが、此方も急ハンドルが祟ってバランスを崩しもの凄い音と共に郵便局に激突する。

(,,゚Д゚)「………チッ」

ここで誘爆でも起きてくれれば儲けものと微かに期待していたが、およそ200m先で横転・追突した3両は何れもウンともスンとも言わない。

まぁ、さしたる期待ではなかったが。軍用車両はバイクを例外として、殆どの場合燃えにくいディーゼルエンジンを採用している。欠陥品やガソリンエンジンが主である民間車両ならともかく、爆発物を直接ぶち込んだわけでもないのに派手に吹き飛ぶ軍用車両というのはほぼフィクション世界の出来事だ。

……序でに言うと人体というのも脆いようで意外と強靱なところがある。

「※※………ア゛っ!?」

「ガハッ……」

(,,#゚Д゚)「Enemy contact!!」

郵便局に突っ込んだ方の荷台から這い出てきた敵兵二人の頭を立て続けに吹き飛ばす。アレだけの大事故なら結構な数を戦わずして潰せただろうが、原形を留めないほどの大破をしているわけではない。現に、他の二台からも何人かの敵兵がふらつきつつも銃を片手に道路に姿を現している。

(,,#゚Д゚)「車両撃破も敵兵なお多数健在!なお、まだ後続兵力が来る可能性がある、各位警戒を厳にしろ!」

「アァッ………」

後ろの味方に声をかけながら、また弾丸を放つ。

胸の辺りを抑えた敵兵が、AK-47を取り落として前のめりに崩れ落ちる。

カチンッと間抜けな音が鳴り、恐ろしく抵抗が少ない引き金と共に弾倉が空になったことを伝える。新たな弾倉を銃の下部に差し込み、再びスコープを除きながら敵兵一人一人の頭や胸に丹念に銃弾を撃ち込んでいく。

………単純で手慣れた作業だが、それを同じ“人間”相手にやっている奴が今の世界にどれだけいるかと言うことを想像するとなんとも複雑な気分だ。

( ゚∋゚)《OstrichよりWild-Cat、此方は出発準備がほぼ完了した。助けはいるか?》

(,,゚Д゚)「いや、援護は不要だ。ほぼ処理は終わった」

15人目の頭蓋骨が半分吹き飛んだところで、3両それぞれから出てくる人影が無くなった。乗っているであろう人数からして全滅とは考えがたいが、少なくとも元より少なかった戦意が空っぽに近くなっているのは間違いない。

(,,゚Д゚)「後続も、今のところはまだ来ていない。移動を………嗚呼クソッタレ」

まだ、戦場の“音”は止まない。

次は、空から。風切り音が、徐々に高く、大きくなりながら此方へと迫ってくる。

(;゚∋゚)《………移動を急ぐぞ!!早く乗れ!!》

(,,;゚Д゚)「言われなくとも!!」

1秒ごとに鮮明さを増していくレシプロエンジン音の源から逃れるべく、俺は踵を返して一目散にトラックへ駆けだした。

「【Helm】 incoming!!」

「江風!!」

「了解!!」

俺がトラックの荷台に飛び乗ると同時に、空を見上げていた一人が指さし叫ぶ。直後に時雨と江風の構えた25mm連装対空機銃が起動、弾丸が軽快な発射音を残して空に駆け上がる。

『────!?』

『─────!!!』

上空に接近してきていた深海棲艦の戦闘機、【Helm】の群れが駆逐艦二人の対空弾幕を受けて次々と蜂の巣になり墜落していく。

「ちぃっ、時雨姉貴!こりゃ数が多すぎだ!」

「車両出して!早く!」

正確無比な狙いで今のところは敵機を寄せ付けていないが、およそ数百機に上ろうかという大群相手に機銃二丁で何とかできるはずも無い。早々に限界を察した時雨が運転手に向かって叫び、計22人を乗せたトラック二台が雪煙を蹴立てながら急発進した。

「クソッ、追ってくるぞ!」

(,,#゚Д゚)「俺達も撃て!“ワンショットライター”ならAK-47でも十分対抗できる、残弾気にせずばらまけ!!」

幸い、このトラックは幌が着いていないタイプの物だ。寒風を諸に受けることを喜ばしいとは言い難いが、上への銃撃を遮る物は何もない。

加えて先程の敵部隊を処理したおかげで、AK-47の弾薬は相当余分にある。

(,,#゚Д゚)「ゴルァッ!!」

『!?』

俺自身も、ドラグノフから持ち替えて真上に迫ってきた【Helm】の内一機に弾丸を浴びせる。

「ギコさン、ナイスショット!!」

後部エンジンを撃ち抜かれた敵機が火を噴き、瞬く間に弾薬に引火。墜落を待たずに空中で爆散。その様子を見た江風がやんやの歓声を送ってくる。

「ウィリアム=テルかシモ=ヘイヘか、流石の腕前!よっ、世界一!」

(,,#゚Д゚)「お褒めいただきありがとよ!光栄だが気ィ抜くなよ!!」

「あいよ!!」

言葉を交わしながら、俺は一瞬だけ後方に視線をやる。路上に転がる60数個の屍が、みるみるうちに遠ざかり──────










『─────キャハハハハハハ!!!』





.

(,,;゚Д゚)「……………は?」

あまりにもあり得なさすぎる“それ”を耳にした瞬間、俺の思考は一瞬完全に停止した。視線は遠ざかっていく屍の山を凝視し続けるが、新たに見えるものなど当然無い。

「猫山少尉!!」

(,,;゚Д゚)「───うおっ!?」

“表”では自衛隊の同僚である軍曹の声で我に返り、視線を上に戻して銃撃。降下してきていた【Helm】を撃墜するが、反動で蹌踉めき危うく荷台から転落しかける羽目になった。

「ちょいちょいちょい!?大丈夫かいギコさン!?さっきの今でどうしたってンだい!?」

「何?まさかもう疲れたの?仮にも“海軍”所属の人間があんなクソ雑魚軍団相手にしたぐらいで疲労困憊とか、ウチの提督に鍛えて貰った方がいいんじゃない?」

(,,;゚Д゚)「………バカ言え、ちょっと足滑らせただけだ。まさかこんだけ人間からハンディ貰った挙げ句俺に撃墜機数負けるとかやめてくれよな?」

「言ったね?十倍差で勝った後口の中に練り辛子と練りわさびとハバネロねじ込むから覚悟しろ」

「それ下手したら致死量じゃねえかな?」

2番艦の煽りに何とかいつもの調子で返しはしたが、それでも胸の内では未だに動揺が拭えずにいた。

何故、あんなものがここで聞こえたのか。

(,,;゚Д゚)(………気のせいだ、そうに決まってる)

自分に言い聞かせ、改めて迫り来る艦載機の群れに銃口を向ける。流石に航空戦力相手に気を抜く余裕はない、幾ら生々しく聞こえてきたからと言っていつまでも“空耳”に集中力をかき乱されていては致命的なミスに繋がる。

(,,;゚Д゚)「……深海棲艦機は殲滅は無理だ!牽制で攻撃させないようにしながら鎮守府施設に向かえ、急げ!!」

《Yes sir!!》

そうだ、空耳に決まっている。






でなければ、こんなところで赤ん坊の笑い声など聞こえてくるものか。





「何度も言っている、僕は正気だ。正気だからこそこの提案をしている」

「君の言うとおり、今人類は団結して戦わなければならない時なのだろう、私もそのこと自体には賛成するさ。そして恐らく、僕ほど熱心に“人類の勝利”を信じて疑わない者はこの世界に二人といない。断言する」

「だがだからこそ、だからこそ僕は“戦後”についてを考えているんだ。

人類が初めて共通の脅威を撃ち倒したとき、人類がこの危機を乗り越えて復興へと向かうとき、その世界をどこが導いていくのか?これは非常に大きな問題なんだ。せっかく敵を撃ち倒しても、戦後秩序を形成できなければ僕らは第一次世界大戦直後と全く同じ過ちを繰り返すことになる」

「人類が勝利した後の世界を守るための戦いも、同時に始まっている。

そして、だ。アメリカや日本では新たな世界秩序を作ることはまちがいなく難しい。だからこそ、僕たちが先んじて動かなければならないんだよ」








(´・ω・`)「大英帝国を中心とした戦後世界の形成、これこそが最も理想的な世界なんだ。

故に僕らは、この先“この戦争”に対する関わり方をよく考えなくちゃ行けない。

全ては英国の利益のために、だよ」

続きは本日23:00……予定









子供の頃、ヒーローに憧れた。光の巨人が巨大怪獣を薙ぎ倒し正義の五人組が悪の組織を粉砕する姿をテレビで見ては歓声を上げ、世間に正体をひた隠しつつ世界の平和を守る彼らの高潔な姿に平らな胸を震わせた。

別に「悪役を一撃でぶっ飛ばす」ほどの力は無くてもいいから、彼らのように大切なものを守れる存在になりたい。彼らのように悪を挫き正義を貫ける人間でありたい。当時心の底から私はそう思っていたし、記憶する限り小学校高学年辺りまでは本気で彼らのように成れると信じてもいた。

10何年かが経って、私もまたこの戦争のせいで色んなものを失った。代わりに、今の私はかつて憧れた「正義のヒーロー」になっている。

普段は仲間にも正体を隠し、人類を滅ぼそうとする得体の知れない怪物を打ち倒す────かつて「夢」であり「憧れ」だった生き様は今、私の「現実」であり「日常」だ。

正確に言うと科学戦隊や光の巨人を援護する特殊部隊の立ち位置だけれど、サッカー選手を夢見てコンビニでレジ打ちをしている人が大半であることを考えるとこれ以上を望むのはいささか贅沢が過ぎるだろう。

……まぁ、基本的に子供の頃の夢なんてのは「綺麗なところ」にしか眼がいなかないまま抱かれる。私がその夢を抱いた時も、憧れたのはあくまでもヒーローが活躍して鮮やかに敵を倒す姿にであって「その裏側」にあるものをかんがえようともしなかった。

当時は丁度もしもヒーローが普通の営業マンのように活動していたらというコンセプトで描かれた、所謂「現実的なヒーロー」にスポットを当てたアニメが(主に大きなお友達に)ウケていた。けれど私はそのアニメを「自分の夢を穢す存在」として毛嫌いし、近くでその事に関する話が出たときは露骨に耳を塞いだりしたものだ。

大人になった今では、あのアニメがそれなりに正しかったと解る。現にこの世界に現れた“艦娘”というヒーローや彼女達と共に戦う組織・部隊を取り巻く環境は、決して子供の頃夢見たようなものではなかったから。

勿論、私も今では世界が理想論や綺麗事では動かせないと知っている。今の自分を取り巻く環境についても、それらを知ってなお踏み込んだ世界なので後悔はちっともしていないし誇りにも思っている。

ただ、それでも子供の頃の、純粋無垢に「ヒーロー」を夢見ていた自分にはもしもタイムスリップが出来るならあらかじめ伝えておきたい。

実際の「正義」は、思ったほど世の中では必要とされていなくて────






「───敵艦隊第三波、ムルマンスクに接近!間もなく射程圏内です!!」

「ヌ級より艦載機更に発艦!パラオ鎮守府艦隊からも、外洋より敵の航空隊が防衛ラインを突破し接近中と報告あり!」

(#ФωФ)「対空警戒を厳と為せ!総員、前進するのである!!」

「「「Yes sir!!」」」

(*゚ー゚)「了解!!」

────実際の「ヒーロー」は、思っているよりも遙かに命懸けだって。

《Cargo-01 Landing!!》

《Cargo-02 Landing!!》

《総員展開しろ、急げ!!》

新たに6機のMV-22Bが私達の後ろで着陸し、機内から何人もの援軍が地面に降り立つ。

だけど、その中で艦娘戦力を含んだ部隊は一個だけ。他は全員が陸戦隊の歩兵だ。

《リンガ泊地艦隊、旗艦伊勢!【Caesar】の指揮下に入る!》

( ФωФ)「【Caesar】より伊勢、増援を感謝する!」

《どういたしまして!なお、“海軍”からムルマンスクに投入できる艦娘戦力はあたしらで打ち止めだとさ、後はあんたの采配に託すよ准将殿!》

( ФωФ)「そこは貴様らの働き次第であるな!」

ほぼ全世界という広大な活動範囲に対して、私達“海軍”の規模は決して大きくない。秋津洲ちゃんから大和さんまで所属艦娘は常に全てが戦力として計算されていて、提督だって最前線で武器を持って戦う。鎮守府の整備士を武装させて戦場に連れて行った艦隊があるなんて話も一つや二つではすまない。

ものすごーーーーーーーーーーーーーーーーーく好意的に言えば、全員が一丸となって戦っていて部署や兵科ごとの垣根がない。

何一つ嘘を挟まない正直な話をすれば、根こそぎ動員しないと兵力が足りない。

私達は、そんな不格好な“ヒーローとその仲間達”だ。

それでも、日本とアメリカが主導した世界規模での反攻作戦を経て深海棲艦は殆どの領海から駆逐され、近海なら学園艦が護衛無しで航行できる程度まで奴等の脅威は低下した。“海軍”も一応残ってはいたけれど、ここ三年は稀に深海棲艦の大きな群れが見付かったときに駆り出されるぐらいで出撃頻度は激減した。……一部幽霊騒ぎだのなんだので、深海棲艦とは無関係のところで忙しかった“海軍”所属鎮守府もあるようだけど。

退屈で喜ばしいことに、“海軍”の必要性は少しずつ、確実に減っていっていた。

一ヶ月前、【リスボン沖事変】が起こるまでは。

《【Ghost】摩耶より【Caesar】、艦娘部隊の投入が打ち止めってのはマジか!?》

( ФωФ)「こんなところで嘘をついて我が輩たちになんの益がある。これがムルマンスに投入可能な艦娘戦力の最大値である!」

《クソがっ!!!》

摩耶ちゃんの叫び声を最後に無線が途切れる。

別に彼女がやられたわけではない。その証拠に、間を置かず前方で凄まじい量の対空砲火が空にばらまかれ出した。

恐らく、摩耶ちゃんの八つ当たりによるものだろう。

(*゚ー゚)「キツいですね」

( ФωФ)「ここだけじゃなくて世界中がな。見ようによっては六年前より深刻な事態と言えなくも無い」

まぁ、六年前はどの国も基本的には水際で敵の浸透を押し返していたし、陸上に深海棲艦の生産拠点なんてものも造られてはいなかった。

“艦娘”の数は、今や全世界を合計すると4万隻を越えたという。だが、深海棲艦の総戦力は底が見えない。奴等の数も、それを支える生産力も、恐らく人類の何倍も高い。

“有限”と、“限りなく無限に近い有限”の戦い。

物量差なんて言葉じゃ生易しすぎる。例え“善戦しているように見せかける”ことができたとしても、経過が違うだけでどんな筋道であっても結末は決まった戦い。

本日からしばらく更新を一時的に(~月曜)中断致します。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

月曜日に一挙完結投下まで進ませていただきます

リアルの仕事で大ちょんぼをやらかしまして、本日・明日と連日予定みっちりにつき完結投下日を水曜夜に延期致します。

ご迷惑をおかけします。誠に申し訳ありません。

《砲撃、来ます!!!》

誰かが叫び、暗い空を幾つもの閃光が駆け抜ける。古めかしい造形の家が多いムルマンスクに弧を描いて降り注いだ砲弾の雨は、人間の歴史など知ったこっちゃないとばかりに容赦なく吹き飛ばしていった。

《シュミッタ通りに砲撃多数着弾、艦隊に損害無しも建造物倒壊多数!》

《ブイン基地艦隊神通より【Caesar】、至近弾多数を確認!護衛陸戦隊に負傷者数名!》

《山城、被弾小破しました………不幸だわ…………》

《ブルネイ第2艦隊、五月雨が被弾小破。損害軽微だが比叡も被弾した!》

交わされる無線から窺える、状況の厳しさ。随一の練度を誇る“海軍”所属の艦娘の皆でも損傷を免れぬほどの、深海棲艦による激烈な攻勢。

('、`*川《統合管制機より全艦隊・全陸戦隊に伝達。敵第三波艦隊、射程圏到達に付き全艦が攻撃を開始!》

《ロシア連邦軍より入電、ベロカメンカに新たに敵艦隊の上陸を確認!空母多数を保有、敵艦載機の出所は恐らくここです!》

《コラ湾封鎖部隊、敵艦隊と交戦中。損害未だ軽微も弾薬が欠乏しつつあるとのことです》

《ロシア軍の増援部隊、各所で深海棲艦側の艦載機による妨害に遭い進軍が遅滞しています》

崩れた家が燃え盛り、夜陰の街並みをオレンジの明かりで照らし出す。深海棲艦たちが上げる、あの鉄の板を力一杯摺り合わせているような特徴的な鳴き声が無数の砲声と共に夜気を揺るがした。

凄絶だけど、私達はそれこそ数え切れないほど目にしてきた光景。今更感じることは何も無いはずなのに、それでも、私の身体は芯から震える。

::(* ー )::「ッ、ハァ………!」

歓喜に悶える身体を押さえながら、私は小さく吐息を漏らす。

嗚呼────本当に、この有様は何度見ても美しい。

( ФωФ)「おい、本性出てるぞ」

(*゚¬゚)そ「は!」

慌てて身体を起こして姿勢を正し、口の端から垂れていた涎を袖で拭う。ロマさんと部隊の皆は少し湿気た視線を私に送ってきたけれど、もう“慣れたもの”なので騒ぐ人はいなかった。

( ФωФ)「いい加減に何とかするのであるその嗜好。作戦行動の度にトリップされてはたまったものではない」

(*;゚ー゚)「いやぁ申し訳ありません。なかなかご無沙汰だったもので」

( ФωФ)「どうせこの先また山ほど見ることになる、今からそれでは身が保たんぞ」

(*゚¬゚)「………」

いけない、また涎が。

《AlbatrossよりCaesar、空域に【Helm】と【Ball】が多すぎて航空支援ができない。至急の排除を求む》

( ФωФ)「CaesarよりAlbatross、了解した。

艦隊各位、制空権の確保はできるか?」

《摩耶よりCaesar、無理だ!こっちが3機落としても4機が別の方角から足される始末だぞ!》

《此方皐月、全艤装火力を空に向けてるけど足りない!後10隻は追加しないと!》

《リンガ泊地、矢引よりCaesar。既に撃ち漏らした敵機が多数市内に侵入していきます、現在投入されている対空火力では完全阻止どころか進軍遅滞もままなりません》

《鳳翔より総司令殿、私達空母艦隊も対空射撃に加わってはいますけれど、焼け石に水です。この数を完璧に封殺するとなると、航空隊の発艦が必要かと》

('、`*川《統合管制機よりCaesar、市内の先遣空挺部隊からも百~数百機単位の敵航空隊による襲撃の報告が複数上がっています。おそらく敵戦力の流入地点は港湾部だけではありません》

(*゚ー゚)「……」

先遣空挺部隊という単語に、本当に一瞬だけ心配が過ぎったけれどそれは直ぐに掻き消えた。

彼一人でもたかが艦載機にやられる姿が全く思い浮かばないが、今回の作戦では彼の元にしぐちゃんとえっちゃんも加わっている。

どちらかというと、あのチームに襲撃をかけてしまった反政府軍の部隊や深海棲艦に同情する案件だよね。

それよりも、今はこの港湾部の戦況だ。流石に私も、待ち望んでいた闘争に対する歓喜とは別の意味でも口元が引きつるようになってきた。

《ロシア軍より新情報が入電しました。ヴァイダ=グバ北部の海域にてヲ級flagship2隻を中核とした10隻を越える敵空母艦隊の“浮上”を確認。600機規模の艦載機が新たに此方へ向かっているとのこと》

《ノルウェー領ベルゲンの【泊地】からも深海棲艦航空機が大規模出撃、ムルマンスクに接近!ノルウェー、スウェーデン、フィンランドは空軍が壊滅しており迎撃不能!》

( ФωФ)「………この期に及んでは前倒しも必要か。Caesarより艦隊各空母戦力に通達、航空戦力の全投入を用意。指示があり次第一機余さず空に上げろ」

《《《了解!!》》》

と言っても、通信を聞く限り押し寄せてくる敵機の規模はきっと比喩抜きに空を埋め尽くす。幾らまだ温存されている此方の航空隊が圧倒的な練度を誇るとしても、対応できる物量には限度がある。

( ФωФ)「前衛白兵部隊、並びに砲撃戦中の各艦。対空射撃に戦力は回せるか?」

《【Fighter】青葉、それはち『グギャアアアアンッ!!?』しい注文ですね!》

青葉ちゃんから返ってきた通信には、生々しい断裂音と駆逐級のどれかが上げた断末魔が混じっていた。その後も、彼女を囲う敵艦たちの雄叫びや戦闘音が続く。

《前衛に殺到する非ヒト型の動きが変わりましたねぇ。……っ、かなり組織的に動いてます》

交戦の只中で通信をしてきているにもかかわらず、彼女の声には些かの乱れも、息切れ一つすらない。

ただ、端々から若干の苛立ちは感じ取れた。

《青葉たちの連携を分断しようとしたり、動きを止める役と攻撃を加える役で分かれて突っ込んできたり、戦略性が見られる。恐らく後衛にいるヒト型共から指示が出てるんでしょうねぇ。

とりあえず、この状況下で前衛から戦力割いたら大群に浸透される可能性がありますよ》

《同じく【Fighter】武蔵、砲撃戦も似たような状況だ。威力は此方が圧倒しているが手数は向こうに分がある、加えて前衛の低級艦部隊と上空に侵入し続ける航空隊に射線が半ば塞がれているのもキツい。

ただでさえ少ない手数を更に減らすわけには行かない、確実に飲み込まれる》

武蔵さんの通信は、聞く限り彼女達の苦戦、そして私達“海軍”の苦境をより明確にするもの。

その筈なのに、武蔵さんの声ははしゃいでいる子供のように明るい。

《いやぁ、久しぶりになかなか厳しい局面だな。この私達に、この武蔵に相応しい戦場だ!!

世界に冠たる大和型2番艦の底力を、火力を、存分に振るえることがこうも楽しいとは思わなかった!!》

( ФωФ)「………おい、クソ筋肉」

( T)《なんだイボ痔禿げ野郎》

( ФωФ)「おかげさまでなりそうだけどまだどっちもなってねえよ。ほんっっっっとよくもこんな性能性格両方吹っ飛んだの多数育て上げやがったな」

( T)《我ながらそう思う》

《それまさか青葉も含まれてます?》

( T)《筆頭が何言ってんの?》

( ФωФ)「筆頭が何言ってんの?」

《手酷い》

(*゚ー゚)「いつも通りのノリやめません?」

一応ここは人類の命運を握る重要拠点の一つであって、私達は今現在苦戦しているはず。なのに、彼らときたらそれぞれその実績からは到底考えられないほど低レベルな会話を交わしている。

( ФωФ)「………さて。ムルマンスク港湾部に展開する、全艦隊・全部隊に通達。

我が輩たちは現在制空権を奪われ、別働隊も敵航空隊に捕捉されている。退路は断たれ、敵の数は今なお増える一方である」

まるで、最初から私達の敗北は有り得ないと知っているかのように。






( ФωФ)「状況は最高、これより敵艦隊を殲滅する」

《《《了解》》》

深海棲艦たちはその“憎悪”と高い戦闘能力故、とにかく私達人類を1人でも多く殺害する傾向がヒト型・非ヒト型を問わず強い。例外は奴等にとって唯一の深刻な脅威となる艦娘と交戦するときで、喩え駆逐艦娘単艦であっても奴等はあらゆる戦力を尽くして艦娘を“撃沈”しようとする。

眼前の前段艦隊も、それは同じだった。
知能の高いヒト型による指示があり、しかも私達の動きはきっと見えていたはず。にもかかわらず、前段艦隊は引き続き青葉ちゃんたちとの交戦に全戦力を注いだ。

或いは、天敵である艦娘の皆が格闘戦や近接装備を用いた「白兵戦」を仕掛けてきたことへの動揺もあったのだろう。殲滅対象でも戦力としては基本的に取るに足らない存在である私達に注意を向ける余裕が、奴等に残っていなかったとしても不思議ではない。

或いはヒト型種のどれか一隻でも冷静な思考を保っていたなら、その光景に違和感を持つことができたかも知れない。







(#ФωФ)「……総員、着剣!!」

────“取るに足らない存在”の私達が、碌な重火器も所持していないのに乱戦の只中へ突撃してくることに対する、違和感を。

『………ァア?』

(#ФωФ)「ぬんっ!!」

前段艦隊の内一隻が、駆逐ハ級がようやっと私達の方を向いたのは、十分に此方が肉薄しきってから。

事態を飲み込めていないのか棒立ちしているその個体との距離を一気に詰め、先陣を切ったロマさんが勢いよく右腕を振るう。

『────ッッギィアアアアアアアアアッ!!!!?』

ロマさんの“刃”に貫かれ、ハ級の口からおぞましい悲鳴が飛び出した。

『グァッ……ウゥアアアアアッ!!!!』

( ФωФ)「ふんっ……!」

“刃”が突き刺さった位置から青くヌラヌラとした奴等特有の体液を吹き出しつつ、ハ級が激しくのたうつ。ロマさんの方も巻き込まれないようにと素早く右腕を引きながら飛び下がり、暴れるハ級から距離を取った。

( ФωФ)「ちっ、相変わらず気色の悪い感触である」

そう言って付着した体液を落とすために振られる彼の右手首からは、長さ30cm、幅15cm程度の西洋剣みたいな形状をしたプレートが伸びている。勿論手から直接生えているわけではなく、剣道の籠手にそのまま剣をくっつけたような感じだと言えば通じるかな?

ただし、色感や質感は明らかに鉄ではない。光沢はあるけれど夜間ということを差し引いても放たれる輝きは鈍く、なんとも不気味だ。今は青い粘着質な液体が付着しているけど“刀身”の色は黒を基調としていて、すぐにも夜の闇に溶け出して消えてしまうのではないかというほど深い。

少し臭い表現を使えば、まるで仄暗い海の底から闇を切り出して象ったような禍々しい“剣”だ。

『────ォアアアアッ!!!』

ハ級の鼻面に出来た裂傷からは相変わらず青い血が噴き出ている。ただそれは決してハ級にとって深刻なものではないようで、怒りに満ちた目付きで私達を睨みながら一声吠えた。

( ФωФ)「椎名、援護せよ!2名わが輩に続け!!」

「了解ぃ!」

「Yes sir」

(*゚ー゚)「了解!!」

ロマさんが再び“剣”を構えて突進し、もう2人同じ装備を腕に付けた隊員が後続する。

私も3人を射線から外すよう横っ飛びしつつ、右腕に嵌めた“それ”をハ級に向けた。

(*゚ー゚)「Shoot!!」

『ギィイイッ!!!?』

私の右腕から“矢”が一本放たれる。

時速200km程度、銃弾はおろかテニスプレイヤーのサーブより遅いそれは照準レーザーで定められた赤い軌道に沿って飛翔し、そのままハ級の左眼をビー玉が割れるような破砕音を残して射抜いた。

激痛と、失われた視界にパニックを起こしたか再び悶えぐらりと仰け反るハ級。巨体に似合わない貧弱な両足が剥き出しになり、そこに人影二つが走り寄る。

(・∀ ・)「あらよっと!」

大柄な男が刃を振るう。轟音が私の鼓膜を揺らし、ハ級の右足が骨ごと切断された。

川 ゚々゚)「キヒッ」

小柄な女性が剣を振るう。破裂音のようなものが響いて、人間で言う脹ら脛に当たる部位の肉がごっそりとハ級の左足から削ぎ落とされた。

『アァアアアアアアアアアッ!!!?』

( ФωФ)「っ!!」

両足を失い、当然の帰結として前のめりに転倒するハ級。その右眼に、ロマさんが剣を渾身の力で突きたてる。

(#ФωФ)「ぬぉおおおおああっ!!!」

『ギィアアアエアアッ!!!?───ァア……アアアァ……』

動けないハ級に対して、何度も何度も刃が突き刺さり、振り下ろされ、肉片と体液が悪臭を伴ってそこら中に撒き散らされる。

『ウゥア………アァ………』

ハ級の断末魔が見る間にか細くなっていき、やがて完全に沈黙した。

(*;゚ー゚)「敵艦沈黙………っ!!」

川 ゚々゚)「イヒッ」

勿論、そこで戦闘は止まらない。なんせ、ここは両軍による白兵戦の真っ只中だ。

ゲームならきっと「Now Loading」の文字でも流れそうな場面で、代わりに飛んできたのは機銃の弾丸。私と、さっきハ級の攻撃に加わった栗色髪の女の人が火線から逃れて地面を転がる。

『────ィイアアアアアアアアッ!!!!』

右腕に展開した艤装を此方に向けた軽巡ホ級が、眼のない顔で私達をにらみ据えていた。

『…………ゴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

(・∀ ・)「ヒュー♪お怒りだぁね!!」

( ФωФ)「五月蠅いな」

ハ級の屍を目にしたせいだろうか、二度目の咆哮は先程より長く、大きなものだった。続けて火を噴いた機銃に、今度は男とロマさんが打ち倒したばかりのハ級の死骸の陰に飛び込む。

『ガァッ!!!』

「クソッ、主砲かよ!?」

「散開ぃ!!」

その隙に別方向から白兵装備で斬り込もうとした4人には、背中の連装主砲が唸る。ギリギリで全員が四方に散って避けたけど、砲撃で揺らぐ地面や砂煙に他の人達も身動きが阻害され反撃に移れない。

(;*゚ー゚)「………っ!」

『アァアアアアアアアアアッ!!』

近くの崩れた家の中に隠れた私は、窓辺から外の様子を伺う。ホ級はなおも弾丸を周囲にばらまきながら、私達を威圧するように三度吠える。

『オァアアアアアアア────ア?』

「────っは、ほっ!」

荒れ狂うホ級の背後から迫る影。小柄な影はサーカスの軽業師のような身軽さでホ級の巨体を駆け上がり、その肩口へと飛び乗った。

「はい、じゃあ静かにして下さいね~」

『ィギッ』

影────青葉ちゃんが無造作に足を振る。

ホ級の頭がぐるりと一回転し、そのままねじ切れて地面に落下した。

( ФωФ)「全く頼もしい戦いぶりであるな、青葉よ」

「…………ロマさん、前線にいるだけでも貴方の階級だと割とマズいのにまた白兵戦に参加してるんですか」

頭部を失い、ぐらりと傾いで倒れていくホ級の肩から重力を感じさせない動きで飛び降りた青葉ちゃん。彼女はハ級の影から顔を覗かせたロマさんの姿を見て、眉根を寄せてじっとりとした視線を彼に送った。

「貴方といい司令官といい、指揮官が一番戦死率が高い場所で戦うのは如何なものでしょうかね。ましてや今回はこの作戦の総指揮官じゃありませんでしたか准将殿………おっと」

青葉ちゃんがホ級の死骸を持ち上げ、自分の上に傘のように翳す。

爆炎を背に急降下してきた【Helm】の爆弾数発が、ホ級の首無し屍体に炸裂して火を噴いた。

( ФωФ)「あやつと一緒にするでない───斎藤、走れ!!」

(・∀ ・)「あいあいさー!」

ロマさんともう一人────斎藤と呼ばれた大男さんがハ級の影から同時に走り出る。

(*;゚ー゚)「わっ」

川 ゚々゚)「キヒィッ!!」

ほぼ水平射撃で飛来した砲弾が、ハ級の屍に直撃する。はじけ飛んだ胴体部分の大きな塊が、半壊した家屋の一つを薙ぎ倒す。

『ルァアアアアアアッ!!!』

直線距離で100M程向こう、此方に向けてイ級がゆっくりと身体を揺らし艤装を展開しながら近づいてきている。大きさはかなりあり、少なくともelite以上の等級であることは間違いない。

('、`*川《統合管制機より【Caesar】、敵第三波艦隊の非ヒト型も港湾部に上陸を開始。また、主力であるヒト型も一部が上陸の構えを見せています》

( ФωФ)「統合管制機、その角度からだと難しかろうが何とか対地射撃を────否」

『…………ガブァッ!?』

要請を出そうとしたロマさんの言葉は、断末魔を残して血反吐を撒き散らしながら倒れたイ級eliteの姿を見て中断される。

( ФωФ)「すまん、たった今必要なくなった」

「────ふんっ」

私達の視線の先では、さっき青葉ちゃんに続いて敵の群れの中に斬り込んでいった銀髪の駆逐艦娘がイ級の屍に足を掛けながらつまらなそうに鼻を鳴らしていた。

「その程度の力でこの叢雲様の前に立ち塞がろうなんてお笑いぐさね。消えなさい!」

( ФωФ)「総員、イ級の屍の位置まで前進!【Ghost】叢雲と合流せよ!!」

「「「了解!」」」

青葉ちゃんも加えて、全員が一斉に叢雲ちゃんの元へ駆け出す。「戦争の音」は今や街中を満たし、私達の突入を機にそれらはいよいよ激しさを増していた。

「あぁ、青葉さん、こっちは概ね片付いたわよ────って、確かあんたこの作戦の司令官じゃなかったっけ?」

先頭を行く青葉ちゃんに気づいた叢雲ちゃん(といっても、“この”叢雲ちゃんとは面識がないから気安くちゃん付けすべきじゃ無いかも知れないけど)がにこやかに手を振り上げ、そしてその隣にいるロマさんの姿にすぐ怪訝そうに眉が寄った。

( ФωФ)「一応は海軍准将、貴様の提督の上官でもあるのだぞ。もう少し敬意を払ったらどうだ?」

「ならもうちょっと敬意を取れる行動してちょうだい。あんた自分が死んだら作戦が丸ごと瓦解しかねないって自覚あるの?」

「青葉もそう言ったんですけど、この人ウチの司令官となんだかんだ思考回路が似てますからねぇ。よく言えば現場主義、悪く言えば脳筋ですから」

( ФωФ)「繰り返すが正真正銘の脳筋と一緒にするでない。だいたい、我が輩がたかが深海棲艦如きに殺されるタマではないことは貴様もよく知っているはずだが?」

「あ、それ司令官の口癖です」

( ФωФ)「」

珍しく、ロマさんが本気でショックを受けた表情で黙り込んだ。とはいえ、私も“あの人”とロマさんは根源的なところで似た者同士だと思う。

ロマさんも向こうも、頑なに認めないだろうけど。

「……幾つかの上陸ポイントで敵艦隊が少しずつ下がり始めたと報告が来てるわ。損害が続出しつつあるとはいえあの物量キチガイ共がこの程度で下がるとは意外ね」

「向こうも、まさか人間の歩兵部隊まで白兵突撃しかけてくるとは思ってなかったんでしょうねぇ。しかもかなりの戦果を挙げているとなれば尚更に警戒しているのでしょう」

最も射程が短い駆逐艦の主砲でも18km前後の距離から撃ち合うことが前提であり、“軍艦”という兵器は基本的に「いかに遠距離から敵を撃てるか」がコンセプトだ。

生ける軍艦である艦娘も、そして深海棲艦も同じことだ。彼女達は──前者に関しては“海軍”に所属する子を除いて──真っ向からの白兵戦闘なんて想定していない。非ヒト型はおろか、ヒト型ですら“人間の武器”には効果的でも“人間それ自体”の透過は防げずにいる。

艦娘の戦闘面での練度・質は圧倒的で制約も少ない“海軍”は、ただ国際的な組織でありながら保有する艦娘の数も相応に少なかった。艦娘には遠く及ばないにしろ深海棲艦にダメージを与えることが可能な戦車や戦闘機といった兵器も、組織の特性上おおっぴらに買い揃えるわけにもいかない。

そのため大本営────私達の上層部が目を付けたのが、“とある場所”で歴史的な戦果を挙げたこの白兵戦術だった。

目には目を、歯には歯を。特に甲殻それ自体が戦艦の装甲的な役割となるためまともな金属では貫けない非ヒト型にダメージを通すため、採取された奴等の甲殻片を加工して造られた剣や槍、クロスボウなどが艦娘・人間を問わず配られた。

戦車を複数台纏めて粉砕できるレベルの砲火と音速の戦闘機も撃墜できる機銃掃射の中を突っ切り、敵に肉薄して斬りつける───時代錯誤も甚だしい、長篠に散った武田軍も真っ青な戦い方。

でもこの戦い方こそが、私達“海軍”の最大の武器でもあり深海棲艦たちに対する隠し球でもある。

そして“隠し球”は、今回もまた深海棲艦たちに大きな混乱を与えることに成功していた。

('、`*川《統合管制機よりCaesar、市街地中央や鎮守府施設近郊、更に市郊外からも深海棲艦が港湾部へ進撃を開始。航空隊は相変わらず先遣空挺部隊への攻撃を継続していますが、彼らへのマークはコレでかなり外れた筈です》

( ФωФ)「了解した────港湾部制圧部隊全体に通達。市内の敵艦隊が反転、我々の後方に迫りつつある」

『『………!?』』

『『!?!!!?』』

頭上まで迫ってきたHelmに向かって、ロマさんを始め何人かがサブマシンガンを構え弾幕を上げる。爆弾は既に落とした後なのか機銃による攻撃を余儀なくされた敵機は私達の射程圏まで何とか近づいてきたものの、正確無比な射撃を躱すほどの余力が残っていなかったのかあっさりと撃ち抜かれ落ちていった。

( ФωФ)「流石に挟撃はマズい、速やかに正面戦力を────」

(#T)《オアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!》

(;ФωФ)そ「ぬぅおおおおおおおおおおおっ!!!!?」

“あの人”の雄叫びが無線から聞こえて、巨大な塊がこっちに飛んできた。気配を感じてロマさん他数名が散開し、そこに軽巡ト級の頭部が隕石みたいな勢いで落下して地面に突き刺さる。

(#ФωФ)「てめっ、何してんだ殺す気かボケェエエエエエ!!!!」

(#T)《うるっせぇまたてめえのせいで仕事増えてんじゃねえかボケナスイボ痔が!!!!!何体クソ雑魚ナメクジ呼び寄せりゃ気が済むんだよ死ね!!!!!蒙武に側頭部抉られた汗明みたいに死ね!!!!!!》

(#ФωФ)「仕方ねえだろそういう作戦なんだからてめえが死ね!!!!!【Re:kill】で目玉引きちぎられてゾンビにムシャムシャされるモブ特殊部隊員みたいに死に腐れ!!!!」

( T)《てめえはもっと死nンンンンンンン!!!!》

( ФωФ)

(*゚ー゚)

《…………不知火です。司令官には少し“静か”にしていただきました。

敵艦隊殲滅、確認致しました》

(;ФωФ)「アッハイ」

《……………不知火に落ち度でも?》

( ФωФ)「滅相もありません落ち度は全てそこの筋肉にあります貴様がナンバーワンだ」

………声だけなのに、相変わらず凄い迫力だなぁぬいちゃん。

「………いやはや、ウチの司令官と准将殿はやはり仲が悪いですねぇ」

(*;゚ー゚)「あ、あはは……喧嘩するほど仲がいいとも…………うーーん?」

「………というか、この准将本当に自衛隊の方で“天才”なんて呼ばれてた人なの?なんか青葉さんのところの司令官との会話聞いてると順当に馬鹿すぎて干されたように見えてくるんだけど」

うぅ、叢雲ちゃんの言い分に反論のしようが無い………。青葉ちゃんも苦笑いを浮かべて頬をポリポリと掻いている。

「あっはっはっ、まぁ少なくともこんな作戦立てられる程度には優秀な人ですよ?後、ウチの司令官もあんなんですけどすっごく優秀です。………本当に“色んな意味で”いい司令官ですよ」

そう言う青葉ちゃんの横顔は、いつもよりほんの少し真剣な色が混じった笑顔だった。

言葉だけは軽く、でも心の底から“あの人”を信頼しているんだと解る表情。

「すんごいはっきり言っちゃいますと、多分青葉たちの鎮守府で人類のため、世界のためなんて考えて戦ってる子はいないんじゃないですかね?多分殆ど全員が、第1に自分のため、そして第2に司令官のために戦ってるんだと思います」

「あら、随分モテモテなのねあの筋肉男」

「あー……恋愛感情についてはどうなんですかね。抱いてる人いるのかなぁ。どっちかというと悪友感覚というか、腐れ縁に近いから」

( ФωФ)「だいたいからしてあの男もそう言ったものを心底から嫌うからな。あの鎮守府には基本胃痛事案が山ほどあるが、そう言った意味での“健全性”は我が輩としても助かる限りだ」

無線で部隊に幾つかの指示を出し終えたロマさんが、そう言って肩を竦める。ちらりと青葉ちゃんの方に向けられた視線は、どこか複雑そうだ。

(′ФωФ)「にしても、最も世界のことを考えていない鎮守府の艦娘達が、最も世界を救うに足る力を持っていると来た。つくづく、“海軍”准将としては頭が痛い事態である」

「まぁまぁ、そこはご安心を。青葉たちも司令官も、今のところは世界に反旗を翻そうなんて思ってないので!」

( ФωФ)「にこやかにメッチャ不安募ること言われた────さて、次が来るぞ貴様ら!」

『『『『ァアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』』』』

ロマさんの檄に応じるように、トゥロマ川から“奴等”の上げる雄叫びがここまで届いた。ズンッ、ズンッと一定のリズムを刻みながら、巨大な何かが戦列を組んで此方へ向かってくるのが見なくても解る。

破壊された港湾施設から吹き出す炎や両艦隊の砲弾による爆光で、まるでカメラのフラッシュを炊いているように時折十数メートルを越す“影”が群れを成している様が夜陰に写し出された。

('、`;川《管制機より港湾部全部隊に通達、深海棲艦第三波艦隊が上陸を開始!ほぼ全艦がelite或いはflagship、注意されたし!》

《退却中だった一部艦隊も第三波の攻勢に伴い反転、合流し再度攻撃に映る構え!またトゥロマ川上に空母ヲ級も一隻視認、敵航空隊も更に増えるぞ!!》

( ФωФ)「Caesarより各位、どんな状況下でも作戦は変わらん。速やかに正面艦隊に致命的な打撃を与え、挟撃を何としても防げ!」

「言われなくても!

叢雲、出るわ!見てらっしゃい!」

「よーし、じゃ!青葉も頑張っちゃいますか!」

新たに来着した敵の大群を目前にして、戦場の空気が、張り詰めていく。一人、青葉ちゃんだけがいつもの調子でいつも通りの笑顔を浮かべて敵艦隊を見据えていた。





……ただし、笑顔だったのは眼を除いての話だけど。

「────青葉取材、…いえ出撃しまーす!!」



<近年の深海棲艦の脅威について、私自身もよく理解しております。硫黄島における“二度目の奇跡”がなければ、我が日本国も大きな損害を受けていた可能性がある、多くの人命を失っていた可能性がある、それは私も十分承知しているんですよ。ですから私も、【艦娘】の存在の必要性というのは十二分に理解しているのです。

しかし、しかしですね総理、深海棲艦を殺せると言うことは、艦娘は人間も殺せるということなんです。当たり前の話だ、深海棲艦は人類よりよっぽど強靱な生物なんですから>

<艦娘の皆様の人権という点もそうですが、それ以上に艦娘が“人類に牙をむく”という可能性は全くないのか、またもし深海棲艦を倒すことが出来たとして、今度は艦娘を用いて人類同士の戦争が起こるんじゃないのか、そういった不安を、ね?そういった不安を!市民の皆さんは抱いているんですよ!>

<こうした、市民の皆様や、第二次世界大戦で日本が侵略を────この際正当性の話はどうでもよろしい!ね?侵略を行った、アジアの国々の不安を取り除く必要が…………艦娘の存在に感謝している国もあるかも知れないけれど不安だと思っている国もあるんですよ!仰るとおり全部ではないですけど!

君、失礼じゃないか!誰が売国奴だ!取り消しなさい!>

<とにかくです、“艦娘という【兵器】が人類同士の戦争に使われないようにする”取り組みを、再び過ちを繰り返さない取り組みを、過去に“過ち”を犯した日本が積極的にやっていかなきゃ行けないんです!

だから我々の手で、この“艦娘三原則”を国際社会で制定されるようリードしていかなければならないのです!>

~2012年、艦娘関連法案制定に基づく臨時国会・宝木蕗也共栄党議員の発言を抜粋~










“艦娘”は、自身が本来の軍艦として活躍していた頃の名残なのか古い───具体的に言えば1930~50年代頃に各国で主流だった造形の建物に強い関心を示す傾向がある。特に主だった活動拠点になる鎮守府や艦娘寮ではそれが顕著で、艦娘達のストレスを緩和するためにこの二つは各国ともあえて(規模が許す限りだが)外観に関してはこの年代を元にする場合が多い。

これは余談だが、例えば横須賀司令府に努める海自の艦娘達は旧江田島海軍兵学校並びに寮を忠実に再現した艦娘寮に寝泊まりしており、日本国が保有する艦娘の間ではここに配属されることが一種のステータスとなる。

ロシア海軍の“鎮守府”もまた、それらの例に漏れなかった。見えてきた門もその向こう側に垣間見える建物も、「えっ?何、教会?サンクトペテルブルク?」と一瞬身構えてしまうほど(古くさく)荘厳な佇まいをしていた。

ただし、古いのはあくまでも見た目や基本的な内装。艦娘とは最新の軍事技術の塊であり、深海棲艦に対する対抗策として以上に外交のカードとして全ての国が喉から手が出るほど欲する歩く最重要機密事項とも言える。

だからどの国にある鎮守府も、当然セキュリティは21世紀の最新技術の詰め合わせだ。

《─────全員伏せろ!!!》

(,,;゚Д゚)「うぉっ!!」

門が見えた瞬間、トラックの運転手が叫ぶ。門柱の中程から顔を出した自動機銃が2門火を噴き、弾丸が前を走っていた俺達のトラックに襲いかかる。

《RPG!!》

(,,;゚Д゚)「お約束かクソがっ!!」

弾幕で動きが鈍った車両に、両脇に立つ監視塔からロケット弾が飛来。ドリフトしながら横向きで停車したトラックの荷台から、俺達は一斉に飛び降りる。

「……っ、ああもう砂が服に入った!」

RPG-7は世界中のゲリラ御用達のお手軽携行砲だが、命中精度は笑えないほど低い。螺旋軌道を描いて着弾した砲弾はどちらも至近弾ではあったがトラックに直撃はせず、降りかかってきた砂利に2番艦が愚痴をこぼすだけの結果に終わった。

(#゚∋゚)「Go go go!!」

30M程後方で、Ostrich達が乗る二台目も停車。飛び降りた部隊はそのまま門や監視塔、塀上に向かって応射しつつ俺達の元まで前進してくる。

( ゚∋゚)「………敵の状況は?」

(,,゚Д゚)「人数は不明だが少なくとも監視塔に二人ずつ、塀の上も両翼に十人前後だ。それと此方に向けられているサーチライトが合計八つ。

門の後ろに待機している奴や他所からの援軍もあるだろうからこの先もう幾らか増えるだろうな……おっと」

立ち上がってトラックの荷台から僅かに顔を覗かせてみるが、弾丸が飛んできたのですぐに身を伏せる。

流石に、“鎮守府”を守備するとなれば五流の武装集団でもそれなりの人員を揃えるらしい。射線はかなり統率が取れている方で、狙いもある程度正確。
少なくとも今まで処理してきた市街地の“戦争ごっこ組”や“革命ごっこ組”に比べれば遙かにマシな戦い方をしていた(比較対象があまりにもアレだが)。

(,,゚Д゚)「一つ情報追加。右手監視塔にスナイパーが1名追加だ。腕の程は解らんがまぁ油断はしないに越したことはない………んぁ?」

袖口を引っ張られたので振り返ると、江風が怪訝な表情で親指を空に向けていた。

「………なぁギコさン、なンで艦載機の奴等追撃やめたンだろう?」

(,,゚Д゚)「……」

江風の言うとおり、あの後も空襲を続けてきていた【Helm】の群れは此方が強引に鎮守府に向かい始めると途端に攻め手が鈍り、ものの数分で攻撃は完全に止んでいる。
確かにこっちの対空射撃で向こうも結構な数の撃墜機を出していたが、奴等の物量からすれば恐らく毛ほどの痛手にもなっていない。鎮守府からの迎撃を警戒するとしても、街全体が丸ごと機能停止し外界との連絡も遮断されている状況下で向こうがそこまで出し惜しみする必要性も見当たらない。

……いや、そもそも航空隊はおろか低級とはいえ深海棲艦それ自体が市内に浸透している状況で、最優先で潰されている筈の鎮守府が何故見た限りとはいえほぼ無傷に近いんだ?

(,,゚Д゚)「………そっちについて考えるのは後だ、まずは鎮守府の奪還を急ぐ」

「了解っと!」

ロマさん辺りが考えればもう少し正解も見えてくるのだろうが、あいにく俺の脳味噌じゃ碌な答えを導き出せそうもない。

難しい考察は頭のいい奴らに任せて俺は目の前の事柄に集中する。餅は餅屋、だ。

(,,゚Д゚)「………」

弾幕に晒されない程度にトラックの影から顔を覗かせ、改めて門までの状況を確認する。

距離およそ150M程度、遮蔽物無し。鎮守府内の敵総兵力は不明ながら、自動機銃が機能している点から考えて武装勢力の中にハッカーが最低1名は存在……もう一つ可能性は考えられたが其方は正直あり得て欲しくない。

(,,゚Д゚)(遮蔽物なしのところに自動機銃ってのがキツいな………)

人間の射撃については暗闇さえ作り出せればかなりの制限を加えられるが、機械制御の機銃はそうはいかない。恐らく熱感知式だろうし、狙いも比べものにならないほど正確なはずだ。

真正面から突っ込めば、米帝の濃密な阻止火線の只中に銃剣突撃を敢行した大和魂旺盛な英霊の方々の苦闘を身を以て体験できるだろう。

(,,゚Д゚)「正直深海棲艦一、二隻のほうがなんぼかマシだな………時雨、江風、門柱の自動機銃と奴等のサーチライトを破壊、序でに一応スナイパーも潰せ。

OstrichとWild-Catは掃射完了次第前進を開始、敵を処理しつつ門を破壊して鎮守府内部に突入する。暗視スコープは忘れるな」

「あいよっ」

「りょーかい」

「「「Yes sir!!」」」

(,,#゚Д゚)「よし────Go!!」

全員の了解が取れたところで、合図を出す。途端、江風と時雨が25mm連装機銃を構えながらトラックの荷台に跳び上がった。

「江風は右手の機銃とサーチライトを!僕は狙撃手と壁の上の奴等をやる!!」

「解ったぜ時雨姉貴!

────食らいなぁ!!」

「※※※!!?」

「※※※………」

重厚な発射音が鳴り響く。門柱のコンクリートが砕け、中に埋め込まれていた収納式の自動機銃が火花を吹いて沈黙する。AK47を大きく上回る威力の弾丸が人体を粉砕し骨肉を引き千切る音が銃声の中に混じり、頭上からはアラブ語の悲鳴や断末魔が事切れた人体と共に降ってくる。

ガラスの割れる音や小さな爆発音が連続し、トラックの前を照らしていた明かりが消えていく。

(,,#゚Д゚)「Move up! Move up!!」

(#゚∋゚)「Keep low!!」

暗闇が門へと至る空間を再び包み始めた辺りで、俺はOstrich達と共に門への前進を開始する。

「※※※※※!!」

「※※※、※※※※!!!」

サーチライトを破壊され混乱の極みに達した敵は、誰1人此方に気づくことなく半狂乱で弾丸をばらまいている。
加えて言えばトラックの上でど派手に攻撃を加えている江風と時雨が眼を引いているのもあるだろう。艦娘には何の意味も為さないか細い射線が、2人の障壁上で虚しく弾けていた。

(,,゚Д゚)「~♪」

「ゥア………」

塀上の足場で間抜けに“軍艦”へ攻撃を続ける覆面の1人に狙いをつけ、鼻歌と共にAK47の引き金を引く。

乾いた銃声の後、胸から額に掛けて穴を空けたそいつが此方側に落下する。

「Shoot, Shoot, Shoot!!」

「Enemy down!!」

他の面々も随時攻撃を開始し、味方の銃声が一つ鳴る度に敵が1人確実に沈黙していく。

門まで到達した頃には、敵の抵抗は皆無に等しくなっていた。

(,,゚Д゚)d

( ゚∋゚) ))

門を挟んで俺と反対側の壁に身を寄せたOstrichに、腰の辺りを叩いてからハンドサインを送る。向こうが頷いたのを確認して、俺は例のクソ間抜けな絵が刻印された手榴弾を手に取る。

(,,゚Д゚)「っ」

( ゚∋゚)「っ」

馬鹿げた外見と馬鹿げた威力のグレネードからピンを外す。俺は門の手前に、奴さんは壁を越えて門の内側にそれぞれ同時に投げ込む。

(,,#゚Д゚)「伏せ!!」

轟音。

内外で起きた大爆発によって、ムルマンスク鎮守府の門が吹き飛ばされた。

(#゚∋゚)「Breaching, Breaching!!」

(,,#゚Д゚)「時雨、江風!後続しろ!!」

「めんどい、さっき仕事したし待ってちゃダメ?」

「何言ってンだよ時雨姉貴、ほら行くぞ!!」

「むぅ……」

爆熱で拉げ、上空に舞い上がった扉の残骸が地面に落下してドデカイ音を立てる。俺とOstrichは同時に門の内側に踏み込み、後に2番艦と自身の姉を引きずる江風が続く。

最初に、飛び散った肉片やら炭化した手足やらが散乱している有様が眼に入る。ついで、人体が焼けるあの独特の臭いが鼻を突く。
やはり敵は門の内側で此方を待ち構えていたらしく、少なく見積もっても14、5人分の「残骸」が辺りには散らばっていた。

そして当然、敵の抵抗はまだ打ち止めに程遠い。

「※※※※※!!」

「※※!?」

「Enemy contact!!」

「Fire……ぐぁっ!?」

門から100Mほど奥で、トラック三台を横付けする形で築かれた簡易なバリケード。その向こう側や荷台の上には、およそ50人前後の武装兵が展開する。

たちまち双方でマズルフラッシュが瞬き、銃弾が夜気を切り裂いて交錯する。敵方で何人かがもんどり打って倒れたが、此方でも1人が左肩の付け根辺りを抑えて地面に倒れた。

「猫山一曹、猪野が撃たれました!!」

(,,#゚Д゚)「海自階級で呼ぶなアホ!!物陰に運ぶ、援護しろ!!」

「「了解!!」」

呻き声を上げている顔なじみを引きずり、監視塔の柱まで運ぶ。

「っ……すみません少尉」

(,,゚Д゚)「なぁに生きてりゃ御の字だ。弾は抜けてるから安心しろ」

猪野の傷口を確認しながら、バリケードの様子にも目をこらす。

(,,゚Д゚)「……ッチ」

忌ま忌ましさに思わず舌が鳴った。幾らかの損害は出ているようだが、弾幕はまだ勢いを衰えさせていない。此方側の損害も猪野以降出てはいないようだが、なるべく弾幕を寸断するための牽制が精一杯でまともな反撃が出来ているとは言い難い。

敵はお粗末とはいえバリケードを構築しているのに対してこっちは再び遮蔽物無しでの戦闘、しかも数的不利まで抱えている。

練度に雲泥の差があるとはいえこのまま馬鹿正直に銃撃戦を繰り広げれば損害が更に増える。

……まぁこっちは、数だのバリケードだのが馬鹿らしくなるチートを随伴しているわけだが。

(,,゚Д゚)「時雨、江風」

追いついてきた白露型駆逐艦二隻を顧みる。2人も一応柱の陰に隠れているが、あくまで“一応”。この程度の弾幕なら24時間受け続けても艦娘の船体障壁にはカスダメすら入りやしない。

(,,゚Д゚)「立て続けにすまんがもう一仕事頼む。正面の奴等をすぐに黙らせてきてくれ」

「………めんどい」

「だから時雨姉貴は………ンで、また機銃をぶっ放す感じかい?」

(,,゚Д゚)「いや、さっきの対空戦や門の制圧戦で消耗も割としてるからな。今回は節約する」

それを聞いて、江風と2番艦は同時に顔を見合わせ───。








(,,゚Д゚)「近接戦闘を許可する」

続けた言葉に、2人は同時に満面の笑みを浮かべた。

(,,゚Д゚)「白兵戦だ。奴等を速やかに殲滅してくれ」

「了解、1分で片して来てやンぜ!!」

「何言ってんのさ、30秒余裕だよ」


「─────※※※!!?」

「※※※※、※※!?!?」

小気味よくなるほどの敵の動揺ぶりが、夜風に乗って此方に伝わってくる。

監視塔の影から飛び出し、Ostrich達と敵との間を遮るようにして駆けていく時雨と江風。弾幕を集中してきた敵の感情が、戸惑いから驚愕へ、そして恐怖へ移り変わるのに時間は殆ど必要なかった。

「無駄だね」

「はっ、効かねぇッつの!!」

そりゃそうだ。2人ともパッと見た限りは年頃の少女二人。それもどう見ても戦闘向きとは言いがたい服装の二人組が何百、何千という弾丸を浴びても顔色一つ変えずに突っ込んでくるのだから。きっとT-1000に追われているときのジョン=コナーも、奴等と似たような気持ちだったに違いない。

「カ、カンムs」

「っと」

「ウァッ────!?」

最初に二人の正体に気づいたらしい敵兵の1人が舌っ足らずな発音で叫ぼうとしたが、それより先に額を時雨が投擲した棒状の何かが深々と額に突き刺さる。

「ほいっと!」

崩れ落ちたその屍体を踏み抜いて、赤い髪を靡かせた改白露型が中央のトラックに飛び乗った。

「そおら!!」

「※────」

無造作に振るわれる右手の斧。咄嗟にAK47を掲げたその敵は、銃身ごと身体を縦に両断されて両側に倒れ込む。

「………きひひッ♪」

足下と顔の右半分を自身の髪の色と同じ真紅の血で染め、別のトラックのフロントライトにまるで舞台の演出のように照らされて。

周囲で、逃げることすら適わず呆然と凍り付く敵を見回しながら、江風は嗤った。

……以前ロマさんから教わった話だが、イスラム教にはイブリースという悪魔がいるらしい。

今のあいつらにとって、イブリースと眼前の悪魔、どちらが恐ろしいかはおそらく議論の余地があるだろう。

「ふふン、いいねいいね!やっぱ駆逐艦の本懐は戦闘だよなー…………いっくぜー!」

「ヒッ─────」

歓喜の声を高らかに上げて、赤い髪の悪魔は再び斧を振りかぶる。

「ぃよいしょおおおっ!!」

「「「ガッ………」」」

横に一閃された斧。軌道上にあった三つの首が、一撃で骨ごと断ち切られて宙を舞う。

「ほいさっ!!」

「オグゥッ!?」

思わず直前に「ぬるぽ」と付けてやれば良かったと本気で後悔するような見事な断末魔を残して出来上がった三つの生首、その内一つを鷲掴みにし江風が隣のトラックに投げつけると、顔面に直撃を受けた兵士は首があらぬ方向に曲がって事切れた。

「※※※────※!!」

「邪魔」

唯一損害がなかった向かって左手のトラックで、ようやく恐怖による金縛りが溶けたらしい1人が江風に銃を向ける。………が、胴を横から突き出された時雨の腕が貫通し弾は放たれぬまま終わる。

「江風ずるいよ、1人でこんなに狩っちゃって」

「悪ィな時雨姉貴、でも提督もいつも言ってンじゃん!獲物は早い者勝ちッてさ!

それに時雨姉貴の仕事も減るぜ!?」

「アガァッ!?」

江風はそう叫ぶと、今度はアッパースイングで斧を下から上へと振り上げた。

股ぐらから文字通り「割られた」その男の断面図から、噴水のように美しく血が空へと迸る。

「……全く、姉想いの妹に恵まれて幸運だね」

少しふてくされてそう言う時雨は別の敵の頭を鷲掴みにして、そのまま首をねじ切りつつため息をついた。

「そう言うからには、僕の方がここから多く狩っても文句は言いっこなしだよ?」

「ハイハイ、解ってますって!」

時雨と江風による“虐殺”は続く。単純な膂力や身体能力において人間を圧倒的に上回り、船体障壁によって多くの陸戦火器は効果無しか極めて薄い。そして何よりも、2人は“提督”によって対人(並びに対深海棲艦)格闘戦の技術を徹底的に叩き込まれている。

真正面からまともに戦った場合、人間が勝てる要素は無い。

「ほいっ、そいっ!!」

「────ふっ!!」

江風が斧を振るう度、時雨が四肢を動かす度、二人の周囲には屍が増える。
打撃、斬撃、どちらもまさに一撃必殺。食らった敵は、例外なく無惨な死を迎えていく。

「────ふぃ~、一丁上がりッと!」

「結局江風の方が多く狩ってるじゃん……まぁいいけどさ」

俺達がトラックまで辿り着いた頃には、動く敵は周囲に1人もいなくなっていた。

「よっ、ギコさン!見てくれよ、宣言したとおり一分かからず終わらせてやったぜ!」

(,,゚Д゚)「そーだな、見てたよ。お前さんの提督にもしっかりその暴れっぷり伝えてやるから安心しろ」

「やったぜ!!!」

「………あのさ」

(,,゚Д゚)「………あぁ、解ってる」

あの変態きんに君のもとで鍛え上げられた精鋭の1人とは言え、“海軍”としての作戦参加は初めてである江風はいささかワーキングハイというか特殊な作戦状況にテンションが振り切れてしまっている。だが、江風の補佐・目付役として(半ば無理やり)連れてこられた2番艦の方は、どうやら“違和感”に気づいたらしい。

(,,゚Д゚)「静かすぎる」

正面にある鎮守府本舎を始め10棟以上の関連施設に、増設に次ぐ増設で今やムルマンスク市全体の15%近い面積を占める広大な敷地。そのどこからも、ここに増援が派遣されたり攻撃が下される兆候が一向に無い。

(?゚∋゚)「………幾ら何でもこれで抵抗打ち止めというのはあり得んな」

「なンでだい?あんだけ山ほどやっつけてりゃ全滅だってそろそろあり得ンだろ?」

(,,゚Д゚)「だとしたら向こうのアホさ加減を差し引いても敵の戦力配置がおかしすぎる」

江風の言うとおり、総発狂状態のムルマンスク市民を除けば既に中核の武装集団は200人近く────通信で聞こえてくる他の先遣部隊の撃破報告も併せれば確実に300人以上俺達で処理している。
こいつらの実際の組織規模は不明とはいえ、中規模程度の組織なら全滅も十分あり得るレベルの大損害だ。

だが、そうなるとまずこの戦力配分が不可解極まりない。ただでさえ質の低い戦力をわざわざ各個撃破されるためだけに市街地にばらまき消耗した挙げ句肝心の鎮守府付近には元より碌な防衛線が引かれておらず、いざ鎮守府内への侵入を許せば今度は防御拠点として優秀な施設建造物を放棄してわざわざ屋外で決戦と来た。

はっきり言って、ウォッカを直接脳に注射されて錯乱しているとしか思えない。特にもし今し方時雨達が殲滅した敵が本当に最後の戦力だったのだとしたら、最早この程度の組織に基地を奪われたロシア軍全体の質が疑わしくなってくる。

勿論、その可能性も捨てるわけには行かない。だが、俺達の中に江風ほど事態を楽観視できる度胸がある奴はいなかった。

( ゚∋゚)σ「………」

(,,゚Д゚)(………クソッ)

それでも、希望的観測が全く芽生えていなかったワケじゃない。本当に今のが最後だとしたら(ロマさんからの一番新しい任務はしくじっていることになるので大目玉確定だが)こっちとしては楽だ。敵は弱い方が楽に決まっている。

だが、Ostrichが指さした先─────立ち並ぶ施設の隙間から見える、港に浮かぶ“艦影”。それを目にした瞬間、うっすらと抱いていた疑念が確信へと変わる。

アドミラル・ゴルシコフ級。ロシア海軍が深海棲艦の攻勢激化に対抗して僅か三週間前に進水させたばかりのフリゲート艦が、“全くの無傷”で水面に浮かんでいた。

「………あのさ、なんで最新鋭艦が深海棲艦からもテロリストの奴等からもなんの攻撃も受けずまだ停泊してるんだろうね」

(,,;゚Д゚)「…………決まってんだろんなもん」

頬を伝う冷や汗。同じような水滴を額に浮かべた2番艦の問いに答えつつ、俺は手元のAK47をゆっくりと胸元まで持ち上げる。







「罠だ」

正面の鎮守府本舎窓から、無数の銃口が此方に向けて突き出された。

「………へ?って、うぉおおおおっ!!?」

「わっ……」

(,,;゚Д゚)「Get down!!」

(;゚∋゚)「っ」

弾雨。それはまさしく“弾丸の雨”だった。

俺達の隠れたトラックに殺到する無数の銃火。軍用に強化された防弾装甲が瞬く間に火花を散らしながら穴だらけになっていく。ガラスが割れ、削れた塗装が裏側の俺達に降り注ぐ。トラックの周囲でも銃弾が撥ね、雪と土が混ざり合って舞い上がる。

「正面鎮守府本舎、敵影多数!」

(;゚∋゚)「敵の規模は何人だ!?武装は!?所属は!?」

「解りません!とにかく一階から六階まで全ての階から攻撃が来ています!」

(,,;゚Д゚)(身動きが取れねぇ………!)

単に銃火の数が多いだけじゃない。六階建てという比較的高所からも攻撃できる利点を活かして、上階からの射撃は最初からトラックを狙わず俺達の退路を塞ぐようにして放たれている。

攻撃の質があまりにも違う。少なくとも、さっきまで戦っていた奴等とは明らかに別格の集団だ。

「ねぇ、どうすんのさ」

(,,;゚Д゚)「どうするもクソも………つーかテメェ余裕だな!!」

「この程度じゃどうせダメージなんて受けないし」

(,,;゚Д゚)「そういやそうだった畜生!」

余裕の表情な2番艦にちょっとイラッときたが、おかげで此方も動揺が治まったので文句は引っ込めておく。

「それで、どうすんの?また僕らが行こうか?」

「あたしと時雨姉貴ならこンな弾幕屁でも無いしな!ご要望があればいつでも突っ込むぜ!」

(,,゚Д゚)「………いや、そっちはまだ保留だ」

確かに江風の言うとおり、さっきと同様に2人を突っ込ませれば状況を打開できる可能性は高い。艤装弾薬を節約したいという問題にしても、ついさっき殲滅された部隊の銃火器を鹵獲して使わせれば対人相手なら十分。

予備弾倉もそれなりにあるので、25mm連装機銃の使用機会は大いに減らせるはずだ。二人の後に続けば、俺達も大した損害を受けずに本舎まで突入できる公算も立てられる。

だが俺は、正面から攻撃を掛けてくる正体不明の敵部隊に対して得体の知れない不気味さを感じていた。

奴等は今、確かに俺達をバリケードに拘束することに成功している。ただその過程で、奴等は数十人規模の友軍部隊を全滅の瞬間まで眉一つ動かさず眺め続けていたことになる。

味方部隊を囮にしての作戦行動なんてものは古今東西常套手段だし、俺達だってごく普通に使う手だ。だが、その囮が“必要性は全くないのに”全滅するまで放置しておくというのは明らかに感覚として度しがたい。

何かが、“普通じゃない”相手だ。その懐にあまり情報を持たないまま飛び込む勇気を、俺は持てなかった。

(,,゚Д゚)「………急いては事をし損じるってな。本舎に真っ向からの突入はしない。

まず反撃で奴等を牽制しつつ、本舎右手の倉庫群に向かえ。時雨と江風はアサルトライフルを使ってしんがりを頼む。村田、俺と残ってこの二人を援護だ」

「解った」

「おうよ!」

「了解しました!」

( ゚∋゚)「………待ち伏せされている可能性は?」

(,,゚Д゚)「勿論0じゃないが建造物が少ない方向に向かえば自然待ち伏せ部隊の戦力も限られるからな、少なくとも備え無しで南に向かうよりはマシなはずだ。

逆に南は陸上警備隊の格納庫まである、この装備で迂回路として選ぶのは避けた方がいい」

包囲殲滅には絶好の機会となるこのタイミングでジープの一台すら来ていない以上あまり大規模な戦力が残っているとは思えない。
だが、過ぎたるは及ばざるが如しは“戦場での用心”には適用されない諺だ。

(,,#゚Д゚)「─────よし、行くぞ!Go go go!!」

「江風、撃って!!」

「わかってら!!」

白露型2人がズタボロになったトラックの荷台にひらりと飛び乗り、膝立ちでAK47を構えた。

たちまち弾雨が襲いかかる。だが、本舎全体から降り注いでくる無数の火線も【船体殻】を傷つけるだけのダメージには程遠い。2人は殺到する弾丸に眉一つ動かさず、マズルフラッシュが見えた窓を──といってもそれはほぼ全ての窓が該当するが──丹念に狙い撃っていく。

(,,#゚Д゚)「ゴルァッ!!」

「Ostrichは倉庫の制圧を急いで!手筈通り我々で食い止めます!!」

( ゚∋゚)「解った、任せる!!

Move up!!」

幾つかの銃火が沈黙して出来た隙。すかさず俺と村田が立ち上がり、更に三つ四つと敵の銃声を消していく。

Ostrichもまたバリケードから飛び出して、幾らか乱れを見せつつなお押し寄せてくる弾幕の中を倉庫に向けて駆けだした。

Ostrichが姿を現した途端、それまで江風と時雨に集中していた火線が半分近くもあいつらに狙いを変えた。艦娘への攻撃は無駄だと気づいたのか倉庫に向かわれたくないのかは定かではないが、とにかく百数十条もの銃火が走るOstrichの周囲で土煙と火花を撒き散らす。

(#゚∋゚)「撃ちながら走れ、足は止めるな!!」

「「「Yes sir!!」」」

Ostrichの方も応射しているが、何分走り撃ちの上AK47は弾の拡散率が高く精密射撃に向かない。遮蔽物越しかつ高所に向けて撃ち上げていることも考えれば、牽制としての効果もあまり得られない。

(,,#゚Д゚)「村田、射撃ペース上げろ!時雨、3階向かって右手側窓に弾幕集中!

機銃掃射許可だ、一連射!!」

「うん!!」

「了解です一そ………少尉!」

(,,#゚Д゚)「村田お前飯抜きだな!」

「そんな!?」

となると、あいつらが無事に倉庫まで辿り着くために重要なのは俺達からの“横槍”だ。

Ostrichへの射撃を少しでも緩和させるため、此方も切り札を少しだけ切る。時雨が25mm連装機銃を起動させ指示された場所を掃射すると、ほんの二秒ほどの銃撃でその辺りは完全に沈黙した。

(#゚∋゚)「───、───!!」

僅かな、だが確実に攻撃が大きく緩んだ微かな好機。コレを逃さずOstrichは加速すると、一気に他の奴等と共に倉庫の影へと転がり込む。

「───!!」

d( ゚∋゚)ノシ「─────!」

一番手前、屋根に大きく「6」と書かれた倉庫の脇の扉を蹴破り3人が中に入る。数秒の間を置いて、Ostrichが「大丈夫だ」とハンドサインを出しながら俺達に向かって手招きを開始した。

「少尉、合図が!」

(,,#゚Д゚)「見えてた!江風、お前も一連射頼む!!」

「りょーかいっとぉ!!」

機銃が唸り、壁が貫かれ、ガラスが砕ける。“軍艦”の機銃掃射を受けた2階が、無数の黒い煙を吐き出しながら沈黙する。

(,,#゚Д゚)「走るぞ!!行け行け行け!!!」

(#゚∋゚)「────、────!!!」

俺達が倉庫の方へ走り出すのと、Ostrich他10名ほどが本舎へ向けて銃撃を始めたのはほぼ同時だった。

倉庫までの距離は200M程度。全力疾走すれば24、5秒で辿り着く距離だが、弾丸飛び交う中を突っ走るとなるとこれが俺と村田にとってはまさに「死ぬほど」長い距離だ。

(,,;゚Д゚)「……………っぷはぁ!!?」

( ゚∋゚)「こっちだ!!」

江風と時雨の掃射による被害で大きく乱れつつも、本舎からの弾丸はなおも俺達に追い縋ってきた。呼吸すら忘れる命懸けの鬼ごっこは辛うじて俺と村田に軍配が上がり、足下で弾けた銃火につんのめりながらも何とか倉庫の影に転がり込む。

( ゚∋゚)「よう、無事なようで何よりだ!」

(,,;゚Д゚)「ゴホッ……あぁ、お陰様でな!倉庫の中の様子は!?」

( ゚∋゚)「確認したが異常は何も無い!尤も、使えるものも何一つ無いがな!」

水曜日で終わらせるとはナンだったのか……果てに寝落ち……22:00頃更新します

Ostrichから暗に倉庫が空っぽだと伝えられるが、俺は元より期待していない。入り口から数百メートルしか離れていない機密性皆無の倉庫に重要物が搬入されていた可能性は限りなく低く、おまけに現在は敵の制圧下。

仮に何らかの理由で特殊な物資が運び込まれていたとして、それがむざむざと残されているはずがない。

「うりゃりゃりゃりゃーーー!しつけえなチキショーめ!!」

(,,゚Д゚)「2人とももう十分だ、下がれ!!」

「了解!ほら、江風!」

「っと、あいよ!!」

武器を連装機銃から再びAK47に持ち替えて牽制を行っていた時雨達を呼ぶ。2人はそれぞれ鎮守府本舎に向かって最後の一連射を浴びせると、踵を返して此方へと駆けてくる。

「ギコさン、全員無事かい?!」

(,,゚Д゚)「お前らのおかげでな、AKと連装機銃の残弾は?」

「小銃の弾倉は僕も江風も五つずつ。連装機銃の方はあと半分ぐらいだね」

(,,゚Д゚)「OK上出来だ!入ってくれ!」

2人の背中を押して倉庫の中へと誘い、俺も「最後っ屁」としてAK47の引き金を引いた。

『…………っ!!?」

窓から突き出されていた銃口が一つ不自然に引っ込むのを視界の端に捉えつつ、俺は倉庫に入り扉を閉める。

流石に北欧最大の軍港施設だけあって、倉庫一つとってもスケールがデカい。中は綺麗な長方形となっており、ざっと見たところ少なくとも日本の一般的な市民体育館と同程度の広さがある。

(,,゚Д゚)「村田、飯島、こっちの見張りを頼む」

「「了解」」

Ostrichの指示なのか対角線上にあるもう一つの入り口に見張りが2名ついていたので、此方も同じ人数を今入ってきた扉につける。他に入り口らしい箇所はないので、外に対する警戒はこれで十分なはずだ。
強いていうなら入ってきた側、つまり本舎側を向いている面に上下開閉式のシャッターが着いているが、倉庫の規模に併せて此方もかなり大きい。十中八九電動式なので外からも開けられるだろうが、この重量の扉が高速で開閉できるとは思えないので万一敵が侵入目的で開放しても対処する時間は確保できる。

「………まぁしかし、本っ当になぁンにもねえ」

外の銃声も止んでようやく少し落ち着いたところで、江風が辺りを見回した後腰に手を当てて感心すら滲んだ声でぼやいた。

「こンだけデカいのにがらんどうだと、ちっとばかし落ち着かねえや」

“敵”がサーチライトや自動機銃を使ってきた時点で解っていたことではあるが、ムルマンスク鎮守府のインフラはかなりの部分が正常に機能しているようだ。倉庫内に関しても天井の電光パネルが煌煌と照らし出していて、中の様子は隅から隅までよく見える。

そして、本当に物らしい物が一つも置かれていない。脇の方に用途不明の鉄パイプが数束置かれている程度だ。

(?゚∋゚)「………使えるものも“何一つ”ないと言っただろ。アレは言葉通りの意味だ」

いっそ開放的なすがすがしさすら感じられる中で、Ostrichが低い声で答える。

(?゚∋゚)「元々何もないのか、占拠した奴等が根刮ぎ持って行ったのかは定かではない。………まぁ、ここがロシアであることを考えればウォッカは間違いなく含まれていただろうが」

“ダチョウ”のコールサインを与えられた身長190cm越えの大男は、ぼそぼそと台詞を続けて小さく肩を竦める。寡黙ではあるが、こんな状況下でもジョークを言える程度にはユーモアを持ち合わせているらしい。

「………というかさ、本当にもしかしてお酒入れられてたのかなここ」

俺の直ぐ後ろに立つ2番艦が、鼻をすんすんと鳴らしながら怪訝な表情を見せる。その姿は夕立や白露と言ったこいつの姉妹艦達とはまた別ベクトルの犬っぽい仕草で、さながら不審物に気づいた警察犬のように見えてくる。

「なんか、アルコールの臭いがする。臭い自体はちょっと薄いけどさ」

「………いやいやいや時雨姉貴、ここ仮にも一国の最重要軍事施設なンだろ?ンな大量の酒なンざ置いてあったわけないだろ、気のせいだって」

(,,゚Д゚)「ロシアだからなぁここ。正直この倉庫が丸ごと酒蔵だったと言われても驚かないぜ俺は」

比喩表現ではなく、ロシア人の奴等はどうも酒の類いを水と同じ感覚で飲んでいる節はある。実際、奴さん達の魂と言っても過言ではない国民的酒の一つであるウォッカ(водка)は、日本語で直訳すると「お水ちゃん」だ。

因みにこの豆知識は中学の頃に知り合った友人から聞いた。あの妙ちきりんな語尾は相変わらずなのだろうかと一瞬だけ胸の内が懐かしい記憶に満たされる。

風の噂で聞いた話だと、今はどこかの学園艦に乗り込んでそこで教師をやっているらしい。かなり頭がいい奴だったので、なんか納得しちまう。まさに適材適所ってもんだ。

…………等と、がらにもなく“昔の思い出”なんてものにほんの数秒でも浸ったのは間違いだったと。

「Freeze」

(,,゚Д゚)「………クソッ」

脇腹の辺りに突きつけられた銃口の冷たい感触を味わいながら、今俺は心の底から後悔している。

「動クナ、動クナヨ!!」

「Don't move!! Put youra hands!!」

いつの間にか、俺達は周囲を10人程の銃を持った人影に囲まれていた。全員が迷彩服に身を包んでおり、口元を布や防塵マスクのような物で覆っているため表情や各個人ごとの細かい情報を得ることは難しい。

それでも、最初の声が聞こえた位置から左手直ぐのところに立って俺に銃を突きつけている奴がかなり小柄な──せいぜい140cm程度か、もしくはギリ届かない可能性もある──ことは理解できた。

それと口にされる日本語、英語はどちらも訛りがキツくてやや聞き取りづらい。ただ、訛りの特徴には多少の聞き覚えがある。

(,,゚Д゚)(プット ユー“ラ”…………ロシア訛り、か)

そのように努めているのかロシア語自体は使われていないが、耳に入ってくるアクセントはほぼ一定。それに声を荒げてはいるものの、発声自体の起伏も平坦なものだ。

(,,゚Д゚)(かなり鍛えられた動きしてやがるな………)

まさか首をおおっぴらに動かして見て回るわけには行かないので、あくまで見える範囲の光景や周囲の物音から得られる限りの情報を搾り取る。

人が動く気配はあるが足音はほぼ聞こえず、隠密行動に長けていることが窺える。真っ先に俺とOstrichが指揮官だと当たりを付けて主力を割いて制圧しにかかっているあたり、指揮官も優秀だろう。

「お前達の指揮官は制圧した!銃を捨てろ!

Put down your Weapon!!」

敵は此方より人数が少ない──視界に映る人数と気配を併せても14、5人程度しかいない。加えてその内大半の人数を俺とOstrich、そして時雨と江風に割いている状況なのだが、それでも無駄なく全員を武装解除させていく。丁度俺の視線上にいる1人が手慣れた動きでクリアリングをしており、口にする英語と日本語もそれぞれ発音が他の奴等に比べてかなり洗練されている。ハンドサインで周りに細かく指示も出しているので、この部隊の指揮官と見て間違いなさそうだ。

俺は、右隣で同じようにホールドアップする大男を横目で見る。自分の目付きを自分で見ることはできないが、きっと風一つ吹いていない梅雨時の昼下がりよりも湿気に満ちた視線になっていることだろう。

(∩゚Д゚)∩「アメリカじゃ中に1ダース以上人間が潜んでいる状態を“何もない”と表現するんだな、初めて知ったよ」

(∩;゚∋゚)∩「……すまん、まさか地下室があるとは思わなかった」

言われて、包囲網の隙間から奴等の背後に目を懲らす。倉庫内の端、転がっているパイプ束の向こう側で床が1メートル四方に渡って持ち上がっており、どうやらそこから這い出てきたらしい。

……相手の練度が低くないとはいえ、この明るさの中でこんなものに気づけなかった自分への自己嫌悪が益々強くなる。ロマさんやあの筋肉に伝われば、向こう一年は確実に煽られそうだ。

(∩;-Д-)∩「………これはあんたばかり責めるのはフェアじゃないな。俺も立派なクソポンコツだ」

「喋らない方が身のためだと思うよ。

Be quiet」

(∩;゚Д゚)∩「っと」

より強く、腰の辺りに銃口が押し当てられる。俺とOstrichにそれぞれ英語と日本語で注意が飛ぶが、何故か日本語の方には殆ど訛りがない。

そして、声は静かだが思いの外高く─────どう聞いても変声期を迎える前の少女(ガキ)のそれ。

「さっきから、あまりじろじろ辺りを見るのは感心しないよ」

(∩゚Д゚)∩「はいはい」

なるべくバレないように視線を動かしていたはずだが、目敏く指摘された。

視線を戻すついでに、正面に立つ敵兵の持っている銃がAK12であることを確認。

これで、この集団の正体は確定した。

(∩゚Д゚)∩「………Ostrich、時雨、江風」

「…………! だから静かn」

(,,゚Д゚)「1人も殺すなよ」

「「了解」」

( ゚∋゚)「Roger」

「………っぐ!?」

掲げていた左手を握り込み、勢いよく振り下ろす。わき腹に密着していた銃口を叩き落としつつ姿勢をチビの顔面辺りまで落として肘打ちをかます。

(,,;゚Д゚)「って………」

咄嗟に奴が引っ込めた右腕でガードされる。チビの身体はびくともせず寧ろ殴りつけた俺の肘に岩をぶん殴ったような衝撃と痛みが走ったが、動き自体は牽制できた。

(,,#゚Д゚)「ゴルァッ!!」

「ギッ……!?」

足下に落ちていたAK-47を動きの流れで鷲掴みにして、そのまま肘の激痛に堪えつつフェシング選手のように真っ正面に立っていた1人の腹の辺りに突き出す。ドクロマスクを被っていたそいつは車に挽きつぶされた蛙のような声を上げて、後ろに二、三メートルほど吹き飛んだ。

「っ、止まっ──!?」

「うん、止まれよ」

俺へ改めて向けようとした銃口を、2番艦の足が蹴り上げる。

「お前がね」

「ゲホッ………」

息継ぐ間もなく手刀の突き。胸を(物理的に)打たれたチビが酸素を肺から吐き出しつつ蹈鞴を踏んだ。

「………※※※!!?」

向かって右手にいた覆面は俺に銃口を突きつけようとしていたが、チビが吹っ飛んだのを見て何かを叫びながら俺とすれ違う形で駆け出す。AK12を放り投げて懐からコンバットナイフを抜き放ち、姿勢を低くして時雨に飛びかかる。

(#゚∋゚)「────」

「グゥアッ!?!!?」

その横っ面に叩きつけられたのは“人影”。Ostrichの見た目に違わぬ筋力で投げ飛ばされた包囲網の1人が轟音と共に直撃し、そいつはナイフを取り落として床を滑る。

「ガフッ……」

「悪ィね、寝といてくんな!!」

Ostrichの背後で銃を撃とうとした1人が、江風に顎を指で弾かれる。

見た目は子供、肉体は軍艦な艦娘の一撃だ。軽く撫でられた程度にしか見えなくてもその威力は絶大で、脳を揺らされたそいつはたちまち気を失った。

「ほいっ、ほいっと!!」

「ゲフッ……」

「чeрт………」

そのままブレイクダンスのような動きで足を払われた1人が全身をコンクリートの床に打ち付けて沈黙し、更に伸び上がりながら打ち込まれた掌底に別の奴が悪態をつきながら膝を折る。

「чел!!」

「邪魔」

死角から江風に突っ込んできた大柄な兵士には、チビを片付けたらしい時雨の跳び蹴りが炸裂する。吹っ飛んでいったデカ物が壁に叩きつけられズルズルと床にずり落ちていく様は、まるでディズ○ーアニメの一コマのようにどこかコミカルだ。

( ゚∋゚)「────!」

(,,#゚Д゚)「ゴルァッ!!!」

最後に残った2人を、俺とOstrichがそれぞれ顔面ストレートで黙らせる。

これで、包囲陣の全員が沈黙した。

ここまで9秒。

「…………っ!? なっ(#゚∋゚)「OCTaHOBиTeCЬ!


「ぴっ!?」

此方を振り返り銃を向けようとした敵の部隊長(?)に向かって、Ostrichが大音声で何事か叫びながら先に敵から奪ったAK12を構えた。2番艦の奇声と“誰かさん”が跳び上がったような音が後ろで聞こえたので、某筋肉提督への土産話としてしっかり脳内に刻んでおく。

向こうの指揮官がかなり流暢に英語を使っていたのはOstrichにも見えていた筈なので、ロシア語と思わしき叫びは恐らく他の奴等を牽制するためだ。事実Ostrichの大音声に竦みあがって動きを止めた残りの三人は、自由を取り戻した俺達側の人員に瞬く間に逆包囲され無力化された。

( ゚∋゚)「形勢逆転だ、お前達は我々の制圧下に置かれた。まずは大人しく武器を捨てろ」

OstrichはなおもAK12でしっかりと狙いを定めつつ、“隊長”に向かって声を掛ける。その口ぶりは、諭すと言うより挑発に近い。

( ゚∋゚)「それとも、まだ隠し球がおありかな?もしそうならどうぞ気が済むまで投入してくれ。我々は全て真っ向から、迅速に処理する用意がある」

「…………解った、此方にはもう奥の手も隠し球も切り札もない。武器を捨てて投降するので部下には手を出さないでくれ。意味があるかどうかはわからないが、最悪私の命とひき替えでもいい」

「っ、ダメだよ司令官!!」

時雨に押さえ込まれたチビが叫び、意識を失っていない何人かも“隊長”の……いや、司令官の言葉を聞いて口々にロシア語で嘆きの言葉を口にし始めた。

「ダメだ司令官!貴方だけは絶対に私が守る!!お願いだからそんなことを言わないでよ!!!」

「大層な慕われぶりは感心するけど、暴れすぎると寧ろ愛しの“司令官”の寿命は短くなると思うよ」

「……ッ、чёрт!!」

(,,゚Д゚)(あれ、これ悪役俺らじゃね?)

爽やかな笑みでゲスの極みな台詞を吐く2番艦の姿はまさに冷酷な悪の組織の幹部だ。正義と人類の味方・艦娘にはどうあがいても見えない。

改めて、教育の重要性を認識する。

(,,゚Д゚)「………あー、あの馬鹿はあんなこと言っているが安心してくれ。俺達は決して敵じゃない。まぁこんな状況で言っても説得力なさ過ぎだけどな」

今にも地獄からの死者を名乗る蜘蛛男辺りが飛び込んできそうな空気を緩和させるためAK47を手放しながら、俺も“司令官”に声を掛ける。

元々、相手の正体が読めた時点で厳密には“敵”じゃないことは解っていた。上手く言いくるめる方法が思い付かず肉体言語で“説得”することになったのは反省材料だが、あの場で最優先すべきは熟慮ではなく一刻も早い状況の打開だったのでまぁ勘弁願おう。

(,,゚Д゚)「下手に話し合いを試みて拗れるよりはと実力行使を選んだが、この通り死者も重傷者も1人も出していない。俺達の敵はあくまで深海棲艦や………後は有り得ないと思いたいが、奴等に与する、利する存在だ。

一つだけ聞く、あんたはどっち側だ?」

「人間側だ」

“司令官”はそう言って、マスクを取り外すとそれを脇に投げ捨てた。











( ̄⊥ ̄)「私の名はファルロ。ファルロ=ボヤンリツェフ。

このムルマンスク鎮守府の、提督だ」

ホントは昨日の内にここまで来たかった……一旦寝ます。

他人の容姿をとやかくいう趣味はないが、ファルロと名乗ったその男は言ってしまえば醜男にカテゴリーされる外観の持ち主だった。

背はそこそこに高いがOstrichや周りで転がっているこいつの部下のように筋肉質ではなく、寧ろ少しやせ気味。少し上を向いた鼻の筋や目元に西洋人特有の掘りの深さがなく、顔全体が少しのっぺりとしている。
鼻孔と眼は細く、口も気むずかしげに結ばれているため顔のパーツ全体が定規で引いた線のような印象を受ける。声を聞く限り年齢は若いのだが、荒れた肌や口元に刻まれた皺は寧ろ老人のそれだ。

一言に纏めるなら猿と蛇を足して二で割ったような顔立ちとでも言おうか、少なくとも夜の街で呼び込みをかける娼婦達が取り合うような男振りではないだろう。

一方で部下からの人望は厚いようで、例のチビを筆頭に意識がある全員が何とか倉庫の中心でホールドアップする自分たちの上官殿を助けられないかと今なお全神経を集中させて機を伺っている。

“ただしイケメンに限る”の法則はどうもこの男には当てはまらないらしい。危機的な状況下でなお指揮下の全員がコイツの身を第1に考える辺り、大した慕われようだと素直な感心が沸いた。

しかし、“提督”ねぇ。

(,,゚Д゚)「………やっぱりヴェールヌイか、お前」

最初に銃を突きつけられた時点でほぼ当たりはつけていたが、答え合わせの意味合いもかねて改めて問いかける。

「だったらなんだい?」

チビ────ロシア海軍艦娘・Верныйは、時雨に踏み付けられ動けない状態にもかかわらず気丈に俺の視線を正面から受け止め見返してきた。

「言っておくけど、私たちの司令官に手を出そうものなら絶対に許さない。例え轟沈することになってもお前達全員を道連れにする」

(,,゚Д゚)「……こりゃまた大層な忠臣ぶりだ。ハリウッド映画化も近いな」

少しだけ茶々をいれつつも、俺は時雨達全員に見えるようハンドサインを出した。銃口は向けられたままだが、Верныйを始め全員の拘束が解かれていく。

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( ̄⊥ ̄)「話はまだ始まったばかりなのにあっさりと解放してくれるんだな」

(,,゚Д゚)「このまま無理やりあんたんとこの忠犬共を抑え付け続けた方が誤解が起きる可能性が高まるからな」

そう言ってあえて気軽げに肩を竦めて見せ、俺もまたファルロに向けていたAK47の銃口を下げる。

(,,゚Д゚)「一斉に暴れられた挙げ句こっちにまで損害が出たらそれこそ溜まったもんじゃない。こっちは銃をまだ持っているわけだから拘束解いたぐらいじゃお宅らより有利なのは変わらないしな」

それに、ファルロ側の人員は未だ1/3以上の人数が気絶した状態で使い物にはならない。人数としては2倍以上こちらが上回っていて、おまけに艦娘戦力も1vs2。

向こうには銃火器もまだ持たせていないため、万一暴れ出したとしても制圧は手早く終わらせられる。ファルロの方もそれは解っているのだろう、未だ敵意燻る部下達に鋭い視線で“動くな”と制止を加えていた。

(,,゚Д゚)「それに、さっきの繰り返しだが俺にとってあんたらは敵じゃないしあんたらにとっての俺達もその筈だ。“信頼”しろなんて贅沢は言わないが、“信用”はひとまずしてくれると助かる」

( ̄⊥ ̄)「解った、君達を“信用”する。どのみち我々に選択肢はないしな」

(,,゚Д゚)「ありがとさん。さて、時間がねえから手短に情報交換と行こうか提督殿。

先に一応の確認だが、あんたの所属と階級を頼む」

( ̄⊥ ̄)「ファルロ=ボヤンリツェフ。ロシア連邦海軍北方海軍所属、階級は少佐。

2013年からムルマンスク鎮守府の提督を拝命し防衛指揮の任に着いている。ここにいるВерныйを含め13名は全員私の部下だ」

(,,゚Д゚)「現状、あんたが指揮できるのはこの13人だけか?」

( ̄⊥ ̄)「基地内にいる戦力はこれだけだ。連絡が途絶えた市外への伝令のために、敵側の武装勢力に変装した一部隊が隙を突いて外に出たが………未だに、返って来る気配がない」

思い出すのは空挺完了直後、辺りで聞こえてきた「港湾施設付近」での謎の武装集団と深海棲艦との戦闘発生の報告。

敵の動きに対する違和感を覚えて以降もこの報告については結論を出せないでいたが、これで合点がいった。中身が違うだけで実際は正規軍だったということなら、深海棲艦側に襲われていたとしてもなんの不思議もない。

(,,゚Д゚)「俺たちは“海軍”所属の部隊だ。一応自己紹介すると俺はヨシフル=ネコヤマ、階級は少尉。

慣れないもんでな、少尉風情がロシア連邦海軍少佐にこの言葉遣いという点は軍の違いということで妥協してくれ」

( ̄⊥ ̄)「気にしないさ、状況が状況だしな」

(,,゚Д゚)「物わかりのいい上司だね、こいつらが羨ましい。

で、あんたは“海軍”の存在については?」

( ̄⊥ ̄)「よく存じ上げているさ。なにせВерныйが元“海軍”所属の艦娘だ」

時雨、江風、Верныйの肩が巡にぴくりと震える。時雨と江風は少し驚いた様子で眼を見開きながらВерныйを見、見つめられた側はやや剣呑な目付きでチッと舌を小さく鳴らした。

( ̄⊥ ̄)「日本とアメリカを主力とし、色々と複雑な経緯を経て編成された“世界最強”の軍隊。その一方、徹底的な選抜が原因となり非常に精強な戦力を持つ一方で稼働できる戦力が少なく時期によってはワ○ミ並に厳しくなることもある労働体系が玉に瑕……こんなところか」

(,,゚Д゚)「よくご存じで………待ってなんでワ○ミ知ってるの?」

( ̄⊥ ̄)「寧ろ日本人なのに知らなかったのか?何年か前、夜間空襲警報が鳴っているのに香港のワ○ミが通常通り営業していた光景がSNSで拡散され一時世界的な話題になったんだぞ?」

(,,゚Д゚)「えぇ……」

( ̄⊥ ̄)「今やあの企業名は世界共通語に近いな」

(,,゚Д゚)「えぇぇ………」

日本の恥部が世界に露見してしまった………イヤ待て待て待て話が逸れた。

(,,;゚Д゚)「ゴホンッ……ムルマンスク制圧に携わった、あの五流イスラム共の規模は?」

( ̄⊥ ̄)「正確なところは全く把握していない、なにせ気がついたら基地・鎮守府の機能ほぼ全てと市街地の大半が敵の手に落ちていたからな。

ただ、最序盤に交戦した限りでは大きな規模ではなかったはずだ。推測するに200から300程度かな?」

(,,゚Д゚)「ならイスラム共はもうこっちでほぼ殲滅した。次、民間人の暴動、並びにこの基地占拠への参加率は?」

(; ̄⊥ ̄)「…………イスラム共以上に、規模は解らん。ただ、推測だがムルマンスク市に住まうほぼ全員が参加しているのではとは思う」

「私達が市街地を経由して最初に脱出を計ったとき、既に鎮守府はムルマンスク市民多数に包囲されていた」

やや顔色が青くなったファルロの答えを、Верныйが補足する。

冷静な言葉遣いに勤めているが、コイツの表情も俺達の存在を差し引いてなお暗い。

「そのせいで脱出が出来なかったんだけど、まずあの人数は幾ら何でも常軌を逸している。何万人いたやら、一瞬で数える気が失せるレベルだったのは確かだよ。

………それで、印象に残ったのが街並みだ」

すうっと、Верныйの覆面の隙間から見える眼光が細められた。

「あれだけの規模、あれだけの人数がテロリスト集団まで引き込んで暴徒として押し寄せてきたって言うのに、少なくとも“あの段階での”ムルマンスクは街並みに煙り一つ上がっちゃいなかった。

百万歩譲って抵抗した市民や市警が一人として存在しなかったとしても、あんなに街並みが綺麗なのは幾ら何でも不自然すぎる」

(,,゚Д゚)「ってことは、ムルマンスクのほぼ全市民が敵であるという認識で間違いないか?」

「正直、“ほぼ”はいらないかもね」

厄介な報せではあるが、“ムルマンスクが相当規模の市民暴動によって機能停止した”というのは既に大本営から降りていた情報。その中には全市民が暴動(というよりは武装蜂起)に参加している可能性も示唆されていたし、ロマさんは実際市を上げての武装蜂起だと前提して作戦を立てていた。

要は元々予測されていた規模にほんの少しの上積みがあったに過ぎない。

………ただ、次が「本題」であり「問題」だ。

(,,゚Д゚)「答えにくい問いかも知れんが………ここからは、絶対に隠し立て無しで答えてくれ。

この武装蜂起に、ムルマンスクの」

( ̄⊥ ̄)「ムルマンスク海軍基地並びに鎮守府防衛の任に着いていた当時の駐屯兵力、その90%近くが今回の武装蜂起に関与している」

即答。

( ̄⊥ ̄)「いや、“関与している”等という生易しい表現ではないな。イスラム武装組織の基地侵入の手引き、市民への武器配布、ムルマンスク市警との連携、周辺鎮守府、軍拠点間の連携の寸断、これらは全て、ムルマンスク守備隊が“主導”したものだ」

淡々と情報を述べる声に、感情はこもっていない。台詞の起伏、抑揚もほぼ見られず、まるで電話の音声案内のように血の通わない機械的な“報告”だった。

………ただそれは、俺には感情を実際に無くした結果ではないように思えた。嫌悪や怒り、困惑、悲哀、驚愕等の感情が一気に噴出した結果、表に出す感情として脳が“無”を選んだ、そんな響きの声。

( ̄⊥ ̄)「断言しよう。今回の武装蜂起、中核戦力並びに首謀者は部下や同僚達、ムルマンスク残存守備隊およそ700名によるものだ」

そしてその「声」によって語られた内容は、俺たちにとっても十分すぎるほど最悪な内容だった。

( ̄⊥ ̄)「我がロシア連邦海軍の新実装艦娘ガングート、並びに最新鋭フリゲート艦アドミラル・ゴルシコフ級、その他基地・鎮守府に配備されているあらゆる設備、機能、兵装は“元”守備隊の制圧下にある」

(,,;-Д-)「…………」

最悪を徹底的に塗り替えていくファルロの言葉。あまりの内容に激しい頭痛が訪れ、ぐらりと視界が歪む。

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( ̄⊥ ̄)「それで、事の発端だが────」

(,,゚Д゚)「……いや、そこまではもう流石に割ける時間が無い」

平坦な声でファルロはなおも報告を続けようとしたが、それについては此方で切り上げる。

ファルロ自身が明らかに限界というのもあるが、実際に時間がないというのもある。

倉庫の中に飛び込んでからおよそ20分程だろうか、そろそろ鎮守府本舎にいた“敵”も動きを見せる可能性が高い。

(,,゚Д゚)「続きは事態が収拾してから改めて聞く。護衛はしっかりしてやるから生きといてくれよ」

(; ̄⊥ ̄)「………“生きといてくれよ”とはまた凄い字面の注文だな、それこそ一生に一度でも面と向かって願われた奴は少ないんじゃないか?」

ファルロの表情が“無”から“呆れ”に変わる。………まぁ茫然自失から立ち直れたようで何よりだが突っ込むんじゃねえよ俺もちょっとすげえ言い草だなって自覚あるんだから。

(,,゚Д゚)「村田は表側、木戸は裏側の入り口を偵察。外に何かいる気配があったら直ぐに報告しろ」

「「了解!」」

(,,゚Д゚)「……にしても、大本営の方からヴェールヌイは出撃済みだって聞いてたんだがよく鎮守府にいたな」

( ̄⊥ ̄)「当たり前だろう。最重要防衛拠点に艦娘が一隻こっきりなんて事態あってたまるか」

既にヴェールヌイを含めファルロの部隊も全員が拘束を解かれており、Ostrichの指示に従って戦力の合流・分配を行っているところだ。俺も部下二人に指示を出しながら改めてファルロに話を振ると、奴さんは口元に苦笑いを浮かべている。

( ̄⊥ ̄)「我がロシア連邦はお宅やイタリアほど艦娘事情が潤沢ではないのでね。“同一艦隊”での出撃は流石に可能な限り避けるが、Верныйの複数配備なんて我々の基地や鎮守府ではしょっちゅう見る光景だ」

「!」

そう言いながら、ファルロはいつの間にかそばに寄ってきた旧大日本帝国海軍駆逐艦の頭にポンッとデカい掌を乗せる。

( ̄⊥ ̄)「この子がいなければ私は今頃生きていなかったろうな。心の底から感謝するよ」

「…………んん」

ファルロの手が頭をゆっくりと撫でると、途端にヴェールヌイの表情が同じことを飼い主からされている犬や猫のようにトロンとしたものに変わる。俺が話しに聞く限り改装前の【響】の頃から一貫して感情を表に出さない艦娘の筈なのだが、このヴェールヌイにはそんな面影微塵も見られない。

仕事の都合で本日更新不可、明日二回更新します

(,,゚Д゚)(………これが噂に聞く提督LOVEって奴か)

かつて、某筋肉モリモリマッチョマンの変態が言った。

「そんなものがウチの鎮守府で起きたら多分俺は喉をかきむしって死ぬ」と。

あと、「トム=シックス監督と酒を酌み交わせたら死んでもいい」とも。

後者はどうでもいい。ものすごく。

(,,゚Д゚)「しかし、なるほど」

目の前でやられると、これは銃の引き金に指を掛けないようにするのに多大な精神力を要するな。

《少尉、裏口に敵の気配ありません!》

《表口も同様です。扉を開けて覗いてみましたが本舎からの攻撃もありません》

(,,゚Д゚)「解った………ファルロ、周辺の安全に関してはとりあえず確認できた。移動するぞ」

( ̄⊥ ̄)「ああ。指揮は其方に任せるよ、我々を二等兵として扱き使ってくれ」

これ以上場違いなラブ&コメディを見せつけられると脳の血管に多大な負荷がかかりそうだったので、いい具合に入ってきた村田達から無線報告をダシにして切り上げさせる。
ファルロはあっさりヴェールヌイの頭から手を離し、
持ち直したAK12を掲げながらそう言って笑った。

「……………」

暁型2番艦が、飯を取り上げられた肉食獣みたいな目付きで此方を睨んでくる。さっきまでのコイツの様子は完全によく懐いた飼い犬だったが、今飛ばされてくる殺気に満ちた眼光は幾匹もの獲物を食い殺しているオオカミのそれだ。

「……………グルル」

ちょっと唸ってきた。人間じゃなくて深海棲艦にその闘志を向けろよ自分の職務忘れすぎだろ。

「…………………くはぁ」

因みに白露型の方の2番艦は大あくびを噛み殺していた。

お前も職務忘れすぎだろ。

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ロシア正規軍が暴動に参加していると聞いたときとは別のベクトルで痛み始めた頭を抑える。有能な士官が率いる精鋭部隊1ダースに元海軍の艦娘まで加わり戦力は大幅に増強されたはずなのに、不安しか感じられないのは何故だろうか。

( ̄⊥ ̄)「どうかしたか?」

(,,;-Д-)「いや何、ナロン○ースかバ○ァリンも今後は定期的に支給して貰えるよう“海軍”に掛け合うべきか悩んでてね」

或いはロキソニンでも可。

(,,゚Д゚)「はぁ………ところでこの乱痴気騒ぎに関与した守備隊は、勃発時は全員基地内にいたのか?」

( ̄⊥ ̄)「記憶する限りでは、な。休憩やら私用やらで街中に出ていた奴はいるだろうが、数は決して多くないはずだ。ただ、我々がこの倉庫の地下に逃げ込んでからだいぶ経つので今はどうか解らない」

(,,゚Д゚)「………となると、700名強ほぼ全員が未だ基地内でまるっと戦力温存中か」

空挺直後から断続的に入る味方部隊の通信はなるべく内容を確認するようにしているが、鎮守府の敷地内に突入してからも交戦報告は武装した市民と思われる集団とのものがほとんど。ごく稀に低級の深海棲艦がそれに加わることもあるが、鎮守府内で攻撃を掛けてきた部隊のような高い練度を誇る敵との戦闘報告は聞き漏らしがなければ一件も発生していないはずだ。

まだぶつかっていないだけという可能性も捨てきれないが、俺達第1波空挺団の投下範囲はほぼ市街地の南半分全域を網羅している。全部隊がそこから一斉に鎮守府・基地施設へと向かっていく中で、正規軍とだけ全くぶつからないというのは考えづらい。

「一応あたしらバリケードンとこの銃撃戦で削ったよな?」

(,,゚Д゚)「ほんの十何人かな。向こうの総兵力からしたら焼け石に水だ。

まさかと思うが、反乱軍に“新型艦娘”は含まれてないだろうな?」

( ̄⊥ ̄)「彼女はロシア連邦に忠誠を誓っているし、艤装の安全機構は何重にも掛けてある、問題ない…………と断言したいが、そもそも今回の件からして、常識的に考えれば“起こり得ない”ことだった。

すまないが確証はない。彼女が反乱軍側に加わっていたとして、それが本人の意志ではないことだけは保証するが」

(,,゚Д゚)「意味の無いフォローご苦労さん」

(; ̄⊥ ̄)「っ」

「…………」

投げつけられた言葉にファルロの表情がくしゃりと歪み、後に続くはずだった言葉が呑み込まれる。脇に立つ奴さんの忠犬がまた鋭い視線を飛ばしてくるが、無視。

(,,゚Д゚)「“貴重な、そして新たなロシア軍の艦娘戦力なのでなるべく保護するように”と命令は出ているから破壊・殺害はしないよう心がける、あくまでも“なるべく”な。

万一敵対していた場合も善処はするが………まぁ、期待はあまりしない方がいい」

新型艦娘を配備できるメリットは確かにデカい。ましてや現状危機的な状況を迎えている北欧方面にできるのならなおのことだ。

だが、艦娘が敵に回ること…………特に、どんな理由があれたった一隻でも「艦娘が敵に回った事実が民間に何らかの形で漏洩すること」がもたらすデメリットは、それを遙かに凌駕する。

艦娘を単純に“戦力”として勘定した場合ですら、上層部はデメリットの回避を優先している。ましてやそこに、提督個人の信頼だの敵対した艦娘側の事情だのが介在する余地はない。

(,,゚Д゚)「対深海棲艦戦力として見た場合、艦娘【ガングート】の価値は極めて重い。だが、その重さは“人類全体”と比べれば遠く及ばない。

俺は“海軍”士官として、上層部の決定に従う」

(; ̄⊥ ̄)「………あぁ、解った」

諦観の表情を浮かべて項垂れるファルロの横で、“信頼”の名を冠する駆逐艦娘の目付きは今や俺に対する殺意と憎悪で満ちあふれていた。

「………君達のそう言うところが嫌いで、私は“海軍”を去ったんだよ」

(,,゚Д゚)「あぁそうかい────Ostrich、準備はできてるか!?」

絞り出されるような声を聞き流し、俺は二人に背を向ける。

“嫌われる”のは慣れている、今更一人二人それが増えたところで思うことはない。

別段それで俺達の任務が変わるわけではないのだから。

おかしい……なんで3Pしか更新できてないんだろう……

明日から三連休いただいたのでここで死ぬほど頑張ります、今回亀更新に次ぐ亀更新で誠に申し訳ありません………

(,,゚Д゚)「別にお前らからどう思われようが知ったこっちゃないが、青臭い人情ドラマに付き合ってやれるほど俺達にゃ余裕がないんだ。仲間を何とか助けたいあまり、味方に“誤射”しましたなんて勘弁してくれよ」

「……そんな言い方っ!!」

(# ̄⊥ ̄)「Верный!!!!」

「し、司令官………」

(,,;゚Д゚)「うぉっ………」

立ち去ろうとした足が思わず止まり、振り返る。

砲弾が一発至近距離で炸裂したんじゃないかと錯覚するような轟音が、人間の上げた叫び声だと理解するのに僅かながら時を要した。重ねようとしていた反駁の言葉を掻き消されて身を竦ませたヴェールヌイを、ファルロが見下ろしている。

憤怒……とまではいかないがそれに準ずる険しい視線を向けられて、ヴェールヌイは明らかに狼狽していた。

┌(;゚∋゚)┘

あと、まさにこっちへ向かってきていたOstrichはなんかストップモーションをかけられたトラック競技選手のVTRみたいな姿勢で固まっている。真顔で。

( ̄⊥ ̄)「Верный、ヨシフル=ネコヤマ少尉の言い分は完全な正論だ。寧ろ私の命乞いが見苦しく的外れだっただけで、感情に任せて彼に反論することは間違っている」

「………でも」

( ̄⊥ ̄)「お前が私や仲間達の、そしてГангутの名誉や安全を思って声を上げてくれたことは解っている。

……だが、今回の件はそもそも提督である私の無能さ、至らなさが招いたものだ」

声色からふっと怒気が消え、一転して諭すような口調でファルロはヴェールヌイに語りかける。

だが……優しげな口調とは裏腹に、細い眼の奥には悔恨と怒りの炎がちらついていた。

恐らくは自分自身に抱いているだろうそれらを堪えるように、ファルロの両手が満身の力で握りしめられる。


( ̄⊥ ̄)「そもそもГангутが我々に敵対したとは決まっていないし、少尉は例え裏切っていた場合でも“即座に”殺害するとは一言も言っていない。

Гангутを守るためにも、助けるためにも、我々は彼らと密に連携を取る必要があるんだ───Верный」

「…………!」

理窟では理解したが、まだ感情が処理しきれない─────そんな様子で俯くヴェールヌイの顔を上げさせ、ファルロは跪いて彼女と視線の高さを併せる。

恐らく血が滲んでいたのか、何度か胸元で拭われた両手が小さな肩に置かれた。

( ̄⊥ ̄)「思うことは多々あるかも知れないが、どうか今は私に力を貸してくれ。

そして事態が終わったら、怒りは全て今回の事態を招いた無能な私にぶつけてほしい」

「司令官………」

それでもヴェールヌイは、しばらく自身の感情との葛藤からか俺とファルロとを交互に見て難しい表情で唸っていた。

だが、“信頼”の名を冠された現ロシア連邦軍駆逐艦は最後には諦めたようなため息を一つ着いた後、眼光を鋭くし背筋を伸ばして彼女の提督に向かって敬礼した。

「───Да-с.

Верныйの名にかけて、必ずや司令官の期待に応えるよ」

( ̄⊥ ̄)「あぁ、そういって貰えると助かるよ」

(,,゚Д゚)(………はぁあ)

一連のやりとりを見ながら、俺はファルロに対する認識を幾らか書き換える。

(,,゚Д゚)(流石に人類全体の要衝で艦隊指揮を任される人材ってわけだ)

Гангутに対する甘ったれた命乞いを聞いたときは面食らったが、なるほど、部下からの人望は伊達じゃないということか。

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(,,゚Д゚)「……で、お前はいつまで固まってんだよ」

┌(;゚∋゚)┘そ「………ハッ!!?」

そのまま銅像になりそうな勢いで硬直していたダチョウ野郎の元まで歩み寄ってその肩を叩くと、ようやく巨躯が時の流れを取り戻した。ドンドンと二歩歌舞伎役者みたいな動きで前に進んだ後、Ostrichは額に大量の冷や汗を浮かべながら俺を顧みた。

(;゚∋゚)「…………すまん、ファルロ提督の声が予想外に大きくて半ば気を失っていた」

(,,;゚Д゚)「……お前よくさっき生き残れたな」

(;゚∋゚)「……戦場はホラ、来るの予め解ってるし……」

いや、それにしてもビビりすぎだろ。ダチョウって実は滅茶苦茶臆病らしいけどまさかそっちが由来じゃないだろうなコールサイン。

(,,;-Д-)「……まぁいいや。んで戦力の再編はどうだ?」

( ゚∋゚)「……問題なく完了している。他のロシア連邦軍12名の武装点検も終わった。

俺達と交戦した包囲網の奴等も動きに支障を来すような怪我は負っていない、AK12についても全て正常に稼働する。

───それと」

珍しく、Ostrichの声が少しだけ嬉しそうに弾んだ。じゃらりと金属音が鳴り、肥えた大根並みの太さがある腕で何かを───一挺の銃を掲げてみせる。

(*゚∋゚)「これは、彼らからの“手土産”だ」

銃身はおよそ1Mを少し越える程度で、ぱっと見た限りは少し大きくなったAK-47といった第一印象になる。ただし中程に付けられた備え付けの弾倉は箱形で、通常のアサルトライフルとは比べものにならない桁違いの弾数が詰め込まれていた。

箱から伸びた弾帯はOstrichの全身にくまなく巻き付けられており、さながら趣味の悪い鎧のようだ。総重量は肩に掛けられている予備の弾帯も含めればかなりの物になるはずだが、Ostrichはそれらを苦も無く担いでいる。

(,,゚Д゚)「………なるほど、ペカーとはなかなかいい趣味してんな」

毎分800発の弾丸をはき出せる、ソヴィエト連邦時代より使われるPK軽機関銃の登場に俺も流石に声が上擦った。

深海棲艦には非ヒト型相手でもまともなダメージにはならないだろうが、対人戦では大いに役に立つ。

反乱軍との物量差を鑑みれば、これはまさに「最高の手土産」といって差し支えない。

( ゚∋゚)「……とはいえ、PKはこの一挺だけだ。後はAK-47が予備として十挺ほどあるから、それの弾倉を俺達の予備に回せる程度だな」

(,,゚Д゚)「十分だ、PKの運用はお前さんに一任するぞ。

Wild-Catより第1波空挺団各隊、応答せよ。現状を報告しろ!」

《ChaserよりWild-cat及びOstrich、ムルマンスク鎮守府を視認。もう10分程で侵入する》

《此方Coyote。目標より東に約1.5km地点、クニポヴィチャ通りまで進出。現在民兵と交戦中》

《Rabbit、予定通り目標地点南東の大学構内に突入。現在順調に制圧中、オーバー》

《Sparta、鎮守府南600M地点に到達。後五分ほどで到着・突入するが注意事項はあるか?》

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりSparta他各隊に通達、ロシア正規軍のムルマンスク守備隊が武装蜂起に加担していることが判明した。戦力はおよそ700名、海軍基地・鎮守府内にほぼ全戦力が立て籠もっている恐れあり。

突入時は十分に注意しろ」

《了解した。作戦行動を継続する》

声を掛けた無線機からは、作戦が「順調」に推移している様子が次々と上がってくる。【Sparta】からの問いかけに返答しつつ、俺は少しだけ眉を顰めた。

(,,゚Д゚)(順調すぎるな)

他の部隊にも軽巡や駆逐の艦娘が──それも俺のところの二人ほどじゃないがイカレたメンツが組み込まれている上、脇を固める部隊も“海軍”の中でも上位に位置する精鋭揃いだ。敵を悉く“鎧袖一触”で叩き潰していたとしても、それは当然のことであって別段不思議なことじゃない。

だが、この場合“抵抗それ自体”があまりにも少なすぎる。深海棲艦の襲撃数が少ないのはまだロマさんたちが暴れ回る港湾部に引きつけられているからで納得するとして、問題は“民兵”による反撃の少なさ。

ムルマンスク市の人口は事前情報によれば30万人強。欧州陥落に伴う戦時疎開を考慮しても、15万~20万は確実にまだいたはずだ。文字通りの“人海戦術”で俺達を攻撃することも十分に出来るはずで、それをしないどころか交戦報告自体が極端に少ないのはどういうことだろうか。

(?゚∋゚)「……どうする?味方の合流まで待つか?」

俺と同じ結論に達したのだろう、Ostrichも少し眉間に皺を寄せて俺に尋ねてきた。

( ゚∋゚)「……Spartaがかなり近い、彼らの突入を待って連携しながら動くという選択肢は取ってもいいと想うが」

(,,゚Д゚)「いや、ここは待たない。俺達だけで先に作戦行動を起こす」

だが、その点について俺の答えは既に出ている。

(,,゚Д゚)「港湾部の敵戦力は続々と増えつつあるし、コラ湾の封鎖もいつまで保つか解らん。ファルロ達との合流は戦力ではかなりデカいプラスだが、時間的には現状かなりのロスになってるのが実情だ。

例え五分でも、味方と息を合わせている余裕はない」

時間的にはロシア正規軍の増援部隊による援護が始まる頃だが、深海棲艦側の総物量が未知数である以上楽観視は出来ない。ロマさんや変態きんに君の存在を加味したとしても実力・練度で埋められる数的不利には限界がある以上、必要なのは迅速な鎮守府の制圧だ。

(,,゚Д゚)「それに、わざわざ“敵”が抵抗を手控えているのはやはり罠の可能性がある。

奴等が鎮守府に戦力を集めるためにこのような形を取っているんだとしたら、合流まで待つことは尚更まずい」

まぁ推測の域を出ない考えではあるし、ロマさんみたいに頭が良いわけでもないから正直精度に疑問符が付くという自覚はある。

だが、さっきも言ったとおり港湾部や全く姿を見せない民兵など不安要素の数々が悠長に考える時間が無いことを示す。

………それに、もう一つ。

(,,゚Д゚)「敵に鹵獲されているガングートの状態も気になる。既にかなりの時間が経ってはいるが、それでも一秒でも早く救出することは無駄にならないはずだ」

( ゚∋゚)「……………フッ」

(,,゚Д゚)「…………なんだよ」

( ゚∋゚)「……それをちゃんと言っていればあの駆逐艦娘もお前をそこまで嫌わなかったんじゃないか?」

(,,゚Д゚)「黙れクソダチョウ」

俺個人の感情でそうしようと言うわけじゃない。単に、最後の手段を取らなければ行けなくなる寸前まで“善処”をやめる気が無いというだけだ。

(; ∋ )「……別に照れなくてもいいだrウンドルフッ!!!?」

(,,#゚Д゚)「ファルロ、ヴェールヌイ!!」

どうしても俺をありがちな人情キャラにしたいらしい筋肉モリモリマッチョマンのみぞおちに肘を叩き込む。崩れ落ちた巨躯を脇の方に蹴り転がして、俺は怒りが治まらぬまま少し大きな声で二人を呼んだ。

「…………」

( ̄⊥ ̄)「…………その、そこの彼は」

(,,#゚Д゚)「何でも無い、拾い食いで腹でも壊したらしい。30秒で復活するから放置しといてくれ」

駆け寄ってきた二人は怪訝な表情で蹲る大男を一瞬見たが、直ぐに視線を俺に戻した。

(,,゚Д゚)「作戦が方針が決まった、幾つかの友軍部隊が付近まで来ているがこいつらとの合流は待たない。俺達だけでまずは鎮守府の奪還、ガングートの救出に動く」

( ̄⊥ ̄)「了解した」

「Да-с」

二人が、同時に頷く。ヴェールヌイの視線からはまだ敵意が抜けきっていないが、それでも二人とも迷いや余分な感傷は見られない。

完全に、任務に従事する軍人の目付きをしている。

(,,゚Д゚)「で、だ。俺は“海軍”として戦場の場数は踏んでるつもりだが、少なくともこのムルマンスク鎮守府に来たのは初めてだ。ここの地理に関しては、あんたに一日の長がある。

………全体的な指揮の方をお願いしてもよろしいでしょうか、ファルロ少佐殿」

( ̄⊥ ̄)「………それは構わんが、突然敬語に戻られると却って歯がゆい。最初の命令としては、作戦中も敬語無しで今まで通りに接してくれ」

(,,;-Д-)「………あー、了解したよ。今更ながらすまない、少佐」

( ̄⊥ ̄)「なぁに、“海軍”とロシア連邦軍は別組織だ。階級なんて関係ない。

そうだろう?少尉殿」

……どうも、この少佐殿は意外と底意地が悪いらしい。にやりと微笑むファルロを見て、厄介な人間にからかいのタネを与えてしまったと俺は少々後悔した。

未だ床に寝そべりウンウン唸るOstrichを足先で蹴って起きるよう促す。刺すような視線が下から見上げてきたが勤めて無視していると、やがて微かな呻き声を残して190cmオーバーの巨体が再び屹立した。

( ゚∋゚)「……後で覚えてろ」

(,,゚Д゚)「五秒で忘れることにするよ………江風、時雨、ヴェールヌイ!」

「残念ながら寝てるよ」

「………姉貴、時雨姉貴」

「ウーン、ウーン……サラアライ、サラアライ………ハッ!?」

………時間が勿体ないのでツッコミは省略する。

(,,゚Д゚)「先に確認したい。ヴェールヌイ、お前に“三原則”の適用は?」

「さっき貴方に銃を突きつけていたことからも解ると思うけど、されていないよ」

(,,゚Д゚)「よし」

返答に胸を撫で下ろす。あれがハッタリで“海軍”からの除隊にあたって三原則の適用が元に戻っていた可能性もあったが、ないならかなり作戦行動がやりやすい。

(,,゚Д゚)「敵がどういった行動を取ってくるか読めん、加えて向こうは正規の訓練を受けた本職の軍人だ。

油断はなし、常に三人一組で行動し敵影は躊躇無く殲滅しろ」

「あいよっ!!」

「りょーかi……クハァ」

「解った」

(,,゚Д゚)「ふんっ」

「あだぁっ!!?」

時間が勿体ないのでツッコミは省略し、白露型2番艦の頭にはげんこつを一度振り下ろしておいた。

胃が痛い。

(,,#゚Д゚)「そろそろ本番行くぞ!Ostrich、裏側の入り口から本舎裏手に回り込め!」

( ゚∋゚)「……了解した。

Guys, Let's go!!」

「「「Yes sir!!」」」

(,,#゚Д゚)「時雨、ヴェールヌイ、江風は全員正面攻撃に回り、表側からありったけの火力でど派手にぶちかませ!!

Wild-cat、全戦力をもって艦娘三名を援護!裏手からのOstrichの突入を成功させるために敵の目を引きつけろ!」

「「「了解!!」」」

( ̄⊥ ̄)「我々はヨシフル少尉の部隊と同行!共にВерный達を援護する!!

かつての仲間を撃つことになるが、怯むな!!我々の職務を鋼の意志で完遂せよ!!」

「「「Да-с.!!!」」」

三者三様の鬨の声を上げて、きっかり3ダースの兵士がそれぞれの持ち場の方向へと散っていく。俺は表口の扉に先頭で張り付き、その向かい側にファルロがAK-12を構えて身を寄せた。

( ̄⊥ ̄)「外に人の気配は………」

(,,゚Д゚)「………ないな」

後続する奴等にハンドサインで突入の合図をしようとして、俺の脳裏にふと一つの疑問が浮かぶ。

作戦開始の寸前でそれをそのまま口に出した理由は、俺にも解らない。もしかしたらファルロの緊張をほぐすためのものだったのかも知れないし、或いは俺自身が少しがらにもなく緊張した結果それを思わず……だったのかも知れない。

とにかく、俺は他愛もない雑談のような形でその疑問を投げかけた。

(,,゚Д゚)「因みに、ここの地下室はなんのために造られたんだ?」

( ̄⊥ ̄)「ん?あぁ、водкаの自作・保管用の部屋だよ」

(,,゚Д゚)「ほぉ………そりゃまたロシア人らしi」




………………酒を、“自作”?

( ̄⊥ ̄)「戦況が絶望的だった頃は、娯楽品やら嗜好品が殆ど市場に出回らなかったのはあんたらも知ってるだろ?

ロシアじゃ酒の類いの流通量がその時の名残で今でもまだまだ少なくてね。

マシにはなったけど値段が高くて、例え軍人でもおいそれと買えるもんじゃないんだ」

(,,゚Д゚)

( ̄⊥ ̄)「一応中国産の酒が最近安値で入ってくるようになった……が、中国で実際に飲まれている紹興酒とかの本場物ならいざ知らずパチモンは不味くて飲めん。中国産водкаなんてここにいる面々は臭いでもうダメだったよ」

「あれは本当にводкаをバカにしているよ。私たちにとっては文字通り水も同然なのに」

(,,゚Д゚)

「だから私達で、ロシア人の魂であるводкаをもう一度好きなだけ飲むために自分たちで造ろうと思ったのさ。その夢の第一歩が、ここの地下室だよ」

( ̄⊥ ̄)「ムルマンスク市民もあんな安物のводкаもどきで満足できるわけがないからな、私達の試みはまさにこの街を救うための………どうした?少尉」

(,,゚Д゚)「いや、なんでも」

努めて感情を殺し、平坦な声で応える。胃と頭痛がこれ以上無いほど痛み始め、目の前にチカチカと星が飛んだ。

「………なぁギコさン、この人ら助けたの間違いなンじゃ」

(,,゚Д゚)「言うな」

後ろから江風に思っていたことと全く同じ内容の台詞を言われ掛け、遮って黙らせる。

( ̄⊥ ̄)「?」

ムルマンスク鎮守府提督、もとい密造酒製造組織頭目・ファルロ=ボヤンリツェフは、動揺する俺を心底何が悪いのか解らないという様子で首を傾げていた。


《CNNからニュースをお伝えします。

東欧連合軍総司令部はドイツ領内における大規模な反攻作戦を計画していますが、それを実現するための戦力が足りない状況を解決するための方策は未だに見いだせていない模様です》

《EUの離脱も示唆しているイギリスはドーヴァー海峡を始め近海の封鎖を継続。西欧、東欧どちらの戦況に対しても不介入の構えを崩していません》

《スペイン政府はポルトガル、フランスと共同でイギリスへの非難声明を発表、アメリカ合衆国にも政治的な圧力を掛けるよう要請が出ています》

《非難の声は中東、アジアまで拡大していますが、世界の警察たるアメリカは無法者イギリスに対して未だに手をこまねいています》

《アルジャジーラの取材に寄れば、イギリスはアメリカに対して「自身の孤立主義に口を出すなら自国内のレイクンヒース空軍基地の利用を制限する」と強い牽制をかけている模様です》

《中華人民共和国の劉獅那(りゅう・しな)国家主席はイギリスの頑なな不介入主義を「栄誉ある孤立」として肯定的に捉えています》

《今や“艦娘先進国”日本の存在はヨーロッパ諸国にとって希望の光であり、侵略に苦しむ各地の人々が海上自衛隊と艦娘部隊の到着を心待ちにしています》

《ルーマ国連事務総長は日本の手厚い欧州支援に感謝の意を述べ、自衛隊・艦娘部隊への支援を惜しまないと声明を発表しています》

《日本自衛隊、艦娘戦力の海外派遣について、アジアの一部地域では“軽率なのではないか”“侵略主義の復活では”という声が上がっています。

また、国連人権委員会並びに国連侵略戦争監視委員会も、同様に強い懸念を示し自制を促す声明を発表しました。

国際社会のこうした懸念に対し、南首相がどういった対応を取るのか、注目が集まっています。

以上、【テレビ日ノ出】がお送りしました》

三連休の小手調べといったところで本日ここまで。明日お昼より更新再開します






片翼をもがれたイリューシン-76輸送機が、被弾面から火炎を噴き出しながら街の外れへと墜落していく。本来闇夜に紛れるはずの黒煙による軌跡は咲き乱れ続ける爆炎に照らし出され、地上の我が輩たちでも容易く視認できるほどくっきりと映し出される。

開かれた後部ハッチからは、小さなオレンジ色の玉のようなものがぽろぽろと空にこぼれ落ちていく。一見ただの火の粉のようなそれらは、よく眼を懲らせば炎に包まれ悶えながら機内から脱出した人間だと気づくことが出来た。

びしゃり、びしゃり。

戦火の轟音が入り乱れる街の中に、上空から悲鳴と共に幾つもの人体が降り注ぐ。高度数百メートルからパラシュートを開くことも出来ず叩きつけられたタンパク質の塊は、都度内蔵やら血液やらその他ありとあらゆるものをぶちまけて路上に散乱していく。

( ФωФ)「っ」

我が輩の足下にも、一人が勢いよく叩きつけられる。脳漿と筋肉繊維と骨粉が混ざりあった赤い液体が軍用ブーツにかかり、ツンとした吐き気を誘うような───その一方で嗅ぎ慣れた臭気が鼻を突いた。

『グォオオオオオオオッ!!!?』

「давай,?давай,?давай!!」

頭上十数メートルほどの位置を対戦車ロケット弾が数発通り過ぎ、丁度此方へ向かってきてきた軽巡ト級に直撃する。
攻撃を放ったMi-24【ハインド】はローター音を轟かせながら後方の十字路に着陸し、機内からは深緑の軍服を着て袖の部分に汎スラヴ色の国旗を縫い付けた一団がAK-12を構えて周囲に展開した。

「ロシア陸軍のジノヴィ=グルージズェ大尉です!“海軍”の援護に参りました!!」

我が輩の元まで駆け寄ってきた男は、ほとんどロシア訛りがない流暢な英語でそう名乗った。白いものが何本か混じった立派な口髭を震わせて、響き渡る砲火の音に飲まれぬようにと懸命に声を張り上げている。

「リクマ=スギウラ准将でお間違いありませんか!?これより、指揮下に入ります!!!」

( ФωФ)「増援感謝する!!!」

叫ぶ我が輩たちの傍で、ジノヴィの部下がAK-12を空に向けて引き金を引く。急接近してきていた【Helm】が一機真正面から弾丸に貫かれ、炎を吹き出しバラバラになりながら墜落していった。

( ФωФ)「貴官らの戦力は!?」

「我々混成空中機動大隊の他に、独立特殊任務旅団数個が現在急行中!

また、五分後からは機甲戦力の空挺投下も随時行われます!!!」

( ФωФ)「ならば重畳だ!!!」

正直今回のルール地方における核使用のいざこざでロシアが戦力を出し惜しむ可能性も幾らか危惧していたが、杞憂に終わり少し胸を撫で下ろす。世に名高き【スペツナズ】を旅団ごと複数投入とくれば、ロシアのムルマンスク防衛に対する本気度は決して低くない。

( ФωФ)「これより我が輩たちは更に前進し敵艦に攻撃する!お前達は援護に回ってくれ!」

「Да-с.!」

( ФωФ)「青葉、叢雲、椎名、行くぞ!!

総員、前進!!」

「「「了解!!」」」

『ウォオオオオオオンッ!!!』

突き進む我が輩たちの頭上を、今度は敵側から放たれた砲弾が弧を描いて飛び過ぎた。

尾翼を粉砕されたMi-28が、くるくると糸が切れた凧のように回転しながら落ちていく。

港湾部の戦況は、まさに一進一退となっていた。我が輩たちが押し込むこともあれば、深海棲艦共に押し返されることもある。攻防の逆転はそれぞれが攻勢限界に達するごとに定期的に訪れ、結果として我が輩たちは敵の浸透を一歩も許さず、また此方もほんの1cmすら浸透することができぬままでいる。

そして今は、周期的に言えば我が輩たちが攻勢に出る手番だ。

「邪魔!!」

『『『!!?!?』』』

「やぁ、見事なもんですねぇ」

群がるハエの如く四方から押し寄せてきた敵の艦載機を、叢雲の対空機銃が唸り全て蜂の巣にする。まさに一瞬での殲滅に、青葉が走りながら器用に拍手を繰り出した。

「────んじゃ、お次は青葉の番ですね!!」

『ォオオオオオオォオッ!!!』

隊列から一歩踏み出した青葉が、そのまま一気に加速する。疾走する彼女の視線の先には、先程ハインドからの攻撃を受けていた軽巡ト級。

『ォオオオオオッ!!!』

「遅い遅い────せいっ!!」

三頭の内両脇の二頭が口を開き、中から突き出された単装砲が火を噴く。が、青葉はそれを前に飛んで避けると、そのままト級の下潜り込んで地に着かれた奴の腕めがけて右足を一閃した。

『ア゛ア゛ッ!?』

樹齢数百年の巨木を一撃で叩き割ったような、心地よい乾いた音がト級の断末魔と共に響く。蹴りを受けた右腕の肉が盛大に破け内側から骨格が突き出し、傷口からぼたぼたと青い血を吹きながらト級の巨体が横倒しになる。

『ァアアァア………ゴガッ?!』

「んー……やっぱり手負いを殺っても歯応えがないですねぇ」

呻くト級の上下の顎を掴み、そんなことをぼやきながら青葉は無造作に両腕を開く。

『ギッ…………』

甲殻の破砕音と筋肉繊維の断裂音が同時に響き、頭部を上下に引き裂かれたト級は悲鳴すら上げることを許されず絶命した。

「いやぁ、かつての地獄がこうなるとちょっと懐かしくすらなっちゃいますね!!さ、まだまだ頑張りましょう!」

「сатана……」

全身に奴等の返り血を浴びて満面の笑みで微笑む青葉の姿に、ロシア兵の1人が震える声で呟く。

まぁ、悪魔にしか見えんよなこの姿は。

「………日本の艦娘はレベルが違うと聞いていましたが本当ですね」
( ФωФ)「あやつは艦娘の枠さえ超越した何かだ、参考にするな」

グルージズェが最早驚愕を通り越して呆れた様子で呟いたが、“日本”への風評被害が広まる前に釘を刺しておく。我が国の艦娘は確かに質量共に世界最高水準だが、あのレベルが量産できているなら今頃この戦争は人類の一方的勝利の内に幕を閉じている。

( ФωФ)「“海軍”には頭と筋肉のネジを予め忘れて生まれてきた男が1人いてな。そやつに鍛え上げられた結果が“アレ”だ」

「な、なるほど……」

「本当に流石ねぇ。私も肖りたいぐらいだわ」

因みに【Ghost】叢雲は右手にぶら下げていたト級の下顎をつまらなそうに遠くへ放り投げる青葉の姿を、少し頬を染めて眺めている。……こいつの提督に速やかに話を通しておかなければいけないと、我が輩は固く心に誓った。

( ФωФ)「アレに憧れるのはやめておけ。主の提督が泣くぞ」

「あらなんで?強いことはいいことじゃない?」

( ФωФ)「あやつとあやつが所属する鎮守府の者どもは全員もれなく頭が────」

ぐらり。

足下が、微かに揺れる。

(;ФωФ)「散開!!」
「皆、下がりなさい!!」

我が輩と叢雲が同時に叫び、周りの兵士達と共に蜘蛛の子を散らしたが如く四方へ跳ぶ。直後、アスファルトで塗装された地面がボコリと1メートル近い高さまで隆起した。

『ギィイアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』

「Ahhhhhhhh!!!?」

土煙とコンクリートの破片が舞い上がり、地下からイ級の巨大な頭部が突き上げるような動きで表出する。逃げ遅れた“海軍”の兵士が1人、悲鳴と共にはね飛ばされそのまま倒壊した家屋の剥き出しの鉄骨に串刺しになる。

「驚かすんじゃないわよ、このッ!!」

『ォオオオオ───ギアッ!?』 

跳ね返るように再度突貫した叢雲が、勢いよく槍を突き出す。眼の部分を突かれてそのまま反対側まで貫通されたイ級は、地下から出現した体勢のままぐたりと力を失って動かなくなった。

「セクソンがやられました、もう息がありません!!」

(#ФωФ)「怯むな、直ぐに体勢を立て直せ!次がもう来ているぞ!!」

『『『─────!!!!』』』

高らかに唸るレシプロエンジン音。摩耶達の対空砲火をかいくぐった凡そ30機ほどの編隊が三方に分かれながら此方へ向かってくる。

機影は、【Helm】に比べると遙かに丸っこい………というよりは、完全な球体に近い。そして何よりも色は白く、闇夜の中でもその姿は簡単に見分けることが出来た。

尾翼と主翼は縦に並び、主翼はその位置や形から“猫耳”なんてふざけた蔑称を付けられている。球形の機体の中心にはまるで目一杯開かれた口のように穴が開き、その中からは機銃が顔を覗かせる。

(*;゚ー゚)「【Ball】、きます!!総員、対空戦闘用意!!」

【Helm】と共に主力航空戦力を担う、深海棲艦の球形戦闘機。マルチロール戦闘機としての機能性が強い【Helm】に対して、【Ball】はより空対空戦闘───分けても艦娘達が操る小型艦載機との格闘戦に特化した能力を持つ。

とはいえ、それは【Ball】の飛行能力の高さを示すものであって、【Helm】と比べて地上・海上戦力にとって脅威度が下がるという意味にはならない。

「っと、青葉がやらせませんよ!!」

「叢雲、対空戦闘に移る!!撃ぇっ!!」

『……!?』

『────……』

『『『────!!!』』』

2隻の軍艦によって張り巡らされる対空弾幕。爆炎に呑み込まれ、火線に貫かれた敵機が吹き飛ぶが、その数は両手の指で数えられる程度にしかならない。残る20機強の機体は、散開と集合を繰り返し砲火の隙間をくぐり抜け肉薄してくる。

「Огонь!!」

(*#゚―゚)「撃ち方、始め!!」

「Fire, Fire, Fire!!」

一機一機の形までくっきりと見え始めた頃に、今度は我が輩たちが構えるアサルトライフルやサブマシンガンが火を噴いた。時速600km/hオーバーの敵機を“狙い撃つ”ような所行は仮に“海軍”であっても無理難題に等しく、反撃というよりは妨害行動に近い形で奴等の進路に弾丸をばらまく。それでも加速を付けすぎていた一機が真下から弾丸に貫かれて爆散し、肉薄を欲張った一機が被弾して煙を噴きながらあらぬ方向へふらふらと飛んでいく。

そして攻撃を受けなかった大半の機体が、そのまま対地攻撃へと移行した。

「くぅ………!!」

「っ」

「ヌァアアアアアアアア!!!?」

口内の機銃から迸る20近い火線。大半は叢雲と青葉に降り注いだが、狙いがそれた一本は叢雲のやや後ろにいたロシア兵を貫く。肩口から抉り取られた左腕が鮮血と共に地面に転がり、兵士の口からは甲高い悲鳴が漏れた。

『『『────……』』』

「っ、よくも!」

【Ball】達はそのまま我が輩たちの頭上を飛び去ると、叢雲が放った追撃の弾幕を悠然と躱しながら付近を飛行していたMi-28に獲物を見つけたピラニアの如く群がる。

コンマ1秒ほどの間すら置かず、蜂の巣になった【ハボック】が黒煙と炎を撒き散らしながら市街地に叩きつけられた。

更なる追撃が来るのではないかと身構えた我が輩たちだが、幸い【Ball】の編隊はMi-28の撃墜で戦果としては幾らか満足したらしく再びトゥロマ川の方へと飛び去っていった。

(#ФωФ)「対空警戒と深海棲艦の新手に引き続き注意を続けろ!グルージズェ、負傷者の様態は!?」

「左腕が完全に断裂、出血多量!物陰に運び治療します!」

(#ФωФ)「バークマン、貴様も治療の手伝いに回れ!少なくとも救護のヘリが着くまでは保たせるようにしろ!」

「Yes sir!!」

周囲への警戒は切らさぬようにしつつ、即座に被害状況の確認と部隊の立て直しに移る。また、飛び交う無線に耳を懲らして港湾部全体の戦況把握も忘れない。

《敵の空襲により負傷者3、死者1!後送許可を求む!!》

《此方皐月、敵艦載機の空襲で二名重傷!一回護衛しつつ下がるよ、ごめん!!》

《こっちも二名やられた、補充人員は送れるか!?》

( ФωФ)「……チッ」

攻勢自体が止まったわけではないが、死者ではなく“負傷者”が多数出たことによって幾つかの部隊がその護衛や治療のために動きを縫い止められている。少なくとも鈍化に関しては避けることができそうも無い。

「……申し訳ありません。青葉と叢雲さんが着いていながら」

「失態ねほんとに……あんなに撃墜できないだなんて」

( ФωФ)「爆装・雷装無しであの数を揃えた【Ball】単体編成などいかに貴様らとて止められる方がどうかしている。気に病む必要は皆無である」

対空格闘能力に優れる【Ball】は、【Helm】はおろか艦娘達の一部戦闘機すら上回る空中機動性を誇る。通常は戦爆連合として爆装ないし雷装した【Helm】の護衛として現れることが多いため、その脅威的な回避運動能力を駆逐艦や重巡が直接体験する機会はあまりない。

ただ、ひとたび交戦となればこの通り“海軍”の艦娘でも地上・海上からの迎撃は容易ではなくなる。球体という特殊な形状故に狙うこと自体が難しい上、装備が機銃のみの場合兵装重量による動きの制限もないため軽やかな動きで飛び回る【Ball】を1隻や2隻如きの弾幕で根絶やしにすることはほぼ不可能と言っていい。

無論【Ball】はその特性上爆装・雷装時の機動力低下が【Helm】よりも激しい、爆装時の搭載可能弾薬量が【Helm】に比べて大きく落ちるなど欠点も多い。つまり、空母棲姫等が扱うごく一部の特種仕様機体を除くと艦娘それ自体に対する決定力にかける。通常兵器に関しても、複合装甲を持つ戦車や装甲戦闘車、対空砲車には有効打を与えられないケースがある。また最高速度は結局近代戦闘機に遠く及ばないため、追いかけっこになれば追撃のしようが全くない点は【Helm】と共通の弱みだ。

だが、生身の人間や装甲の薄い車両、そして何よりも戦闘ヘリなど機銃で十二分に火力が足りる戦力に対しては【Helm】以上の脅威にすらなる。

まさしく、今の我が輩たちのように。

『『『─────!!!』』』

蜂の群れの羽音を何千倍にも増幅したような音を残して、また別の【Ball】の編隊が対空砲火を擦り抜けて此方の上空を席巻する。今まさに降下体勢に入ったMi-24が一機ローターを破壊され、垂直落下した機体が地面に叩きつけられて炎の塊となった。

上空では、ハッチを開き空挺部隊の投下を行うイリューシン-76の内一機が【Ball】の群れに襲撃されていた。数十の白い球体がまるで巨象に群がる蟻の如く輸送機の周りを飛び回り、機銃弾を雨のように浴びてエンジンや主翼、尾翼をやられた機体がたちまち炎に包まれ空中でバラバラになっていく。

《GhostよりCaesar、ロシア軍のMi-24、Mi-28が次々と深海棲艦側の艦載機に撃墜されている!》

《空挺部隊搭載の輸送機隊も幾つか降下中にやられてるぜ!このままじゃあ援軍の被害がデカくなる!!》

敵は、完全に【Ball】を主力とした攻撃にシフトしている。明らかに対空砲火による撃墜率が落ち、そのくせ艦娘への攻撃報告は少ない。
たまにあっても叢雲と青葉に行われた機銃掃射程度で、対空射撃の妨害以上の意味はない攻撃ばかりだ。

( ФωФ)(………戦線こそ一進一退だが、“海軍”と深海棲艦とでは実際に損失している戦力に大きな差がある。奴等、まずは“人的資源”から削りに来たか)

ならば、次の奴等の狙いは自ずと絞られる。






('、`*川《統合管制機より地上部隊各位、ロシア軍主力部隊が間もなく空域に侵入します!!》

まるでその通信が聞こえていたかのように、そしてその通信を待っていたかのように。

深海棲艦側の戦列から、一斉に無数の──それ以外に表現のしようが無い──艦載機が空へと舞い上がる。トゥロマ川から、対岸から、市の近隣から、何百、何千というレシプロエンジンの音が響いてくる。

《【Fighter】武蔵よりCaesar、凄まじい数の敵機が発艦している!!全機が此方に向かってくるぞ!!》

('、`;川《統合管制機よりCaesar、深海棲艦の航空隊は確認した限り近隣地域含め20カ所以上から出現!総数は1400から1500と推測!》

《【Ghost】摩耶よりCaesar、こんなんこの火力じゃ1/10も食い止めきれねえぞ!!突破される!!》

《此方【Fighter】不知火、敵航空隊は全て我々へ攻撃は仕掛けず後方への浸透を目指す模様。狙いは恐らく、ロシア軍の主力空挺部隊です》

上空で集まった敵航空隊は、艦載機の大群というよりは巨大な雲のように蠢きゆっくりと頭上に広がっていく。不知火の報告通り此方には爆弾一発すら落ちてこず、全ての機体が此方の弾幕を突破して進軍を強行する構えを見せていた。

────さて。この動き自体は、こちらの予想通りのもの。

( ФωФ)「戦艦部隊全艦に通達!!弾種三式弾に切り替え、全火力を敵艦載機部隊に集中!!」

ここからが、正念場だ。

(#ФωФ)「主砲、撃ちぃ方ぁ、始めぇ!!!」

《西村艦隊の本当の力……見せて上げる!

主砲、副砲、撃て!!》

《気合い、入れて、行きます!!

撃ちます、当たってぇ!!》

《遠慮はしない─────撃てェーーーっ!!!》

総計40基を越える戦艦部隊の砲塔が、一斉に唸った。35.6cm連装砲が、41cm砲が、そして46cm三連装砲が、次々と火を噴き砲弾を吐き出す。

撃ち上げられた砲弾は上空へと夜気を切り裂いて、進軍してきた敵編隊の進路上に躍り出るようにして駆け上がった。

『『『『──────!!?』』』』

ぐわら。

編隊の先鋒が艦娘達の頭上に、そして主砲弾頭の間近まで迫った瞬間、そんな音を残して百を優に超える砲弾が一斉に空ではじけた。砕けた弾頭からは更にごま粒のように小さな子弾が、一発当たり996個という途方もない物量でばらまかれる。

『『!!!?!?!?』』

『『『───………』』』

『『ッッッッッッ!!!?』』

撒き散らされた極小の焼夷弾は、次々と敵航空隊に付着し燃え上がる。これが一発や二発なら大した損害にもなるまいが、なにせ40基の主砲弾による一斉射。

さながらそれは、空に築かれた火炎の防壁だった。火に巻かれた敵機は墜落し、みっちりと隊伍を詰めて押し寄せてきたため互いにぶつかり合って更に燃え広がり、隣へ、また隣へと燃え移っていく。

編隊の前衛数百機が瞬く間に火達磨になる。陣形が乱れ、後続機が前衛の友軍機を避けようとてんでんばらばらに逃げ惑う。しかしながら三式弾による子弾の飛散範囲は思った以上に空間を圧迫しており、自然敵機は幾つかの大きな塊に分かれてその空間を大きく迂回する羽目になった。

(#ФωФ)「航空隊全機、総攻撃に移れ!全火力を投入し最大限損害を拡大せよ!」

《《《Roger》》》

すかさず、今度は此方の航空隊が周囲から分散した敵群体にジェット音を高らかに鳴らしながら肉薄する。大半は空対空兵装に切り替えたF-35だが、本来対地攻撃専用機であるはずのA-10も二個編隊ほど混じっている。

『『『──────!!!!』』』

瞬間、敵編隊全体が雷雲のように瞬き銃火が四方八方へと伸びる。敵のものでありながらいっそ美しさすら感じてしまうほどに苛烈な弾幕が航空隊を迎え撃つが、なにせ彼らは百戦錬磨の“海軍”航空隊だ。

《Shots fired!!》

《All unit, Break Break!!》

迸る弾丸を躱し、射線から逃れ、火線の僅かな隙間を擦り抜け、悉くを回避する。無傷で銃火の嵐を抜けた銀翼の精鋭達は、あらゆる方向から腹を空かせた猛禽類の如く“獲物”に襲いかかった。

《Albatross-01, FOX-2!!》

《Lightning-04, FOX-2!!》

《Warthog-01, gun gun gun!!》

『『『ッッ!!!!?』』』

空対空ミサイルが突き刺さり、爆発が膨大な数の敵機を焼く。

アベンジャーガトリング砲が唸り、吐き出される弾丸が敵機を引き裂き打ち砕く。

上空から、下方から、正面から、あらゆる方向から飛来する近代兵器の業火の前に、敵機の群れは悶え、のたうち、悲鳴を上げる。

航空隊の猛攻撃によってあちこちを炎に包まれながら苦し紛れの火線を放ちつつ蠢く敵群体の有様は、さながら全身から血を流して苦しむ巨大な一匹の獣のように見える。

十何発目かの空対空ミサイルが群体の中で弾け、少なくとも20機は下らない敵機が爆発に吹き飛ばされた。間髪を入れず“傷口”に別角度からバルカン弾が撃ち込まれ、更に幾つかの機体が砕けてぼとぼとと墜落していく。

『『───!?!?』』

『『………───!!?』』

《砲弾絶やすな!撃て、撃て、撃て!!》

《敵編隊の前に炎の壁を造るの……!ロシア軍の方へは絶対に向かわせないで………!》

航空隊の波状攻撃から敵群体が唯一逃れられる方向が“前”だが、そちらも武蔵と扶桑の指揮の下で間断なく戦艦部隊が撃ち上げる三式弾によって塞がれている。行き場を失った巨大な黒い塊は相変わらずろくな反撃も出来ぬまま四方から攻撃を受け続け、損害は加速度的に増加する。

────だが、当然此方が全くのノーリスクで航空隊を封じ込められているわけではない。

(*;゚ー゚)「敵艦砲射撃、来ます!!」

(#ФωФ)「足を止めるな、駆け抜けろ!!」

戦艦部隊の全火力を対空砲火に割いたことによって、港湾部のヒト型、分けても敵の戦艦による砲撃が猛威を振るい始めていた。反撃が出来ない状態の武蔵達に砲撃を向けさせないためにも前衛部隊の攻勢は必須であり、今までのように「敵に一方的な出血を強いながら前線を進退させる」という方式は使えなくなった。

可能な限りの戦力を動員した突貫に、敵艦隊は狙い通り食いつく。ただその結果として、軽巡、駆逐が主力で重巡すら数隻しか投入されていない我が輩たち前衛に凄まじい量の艦砲射撃が殺到した。

周辺に飛来した砲弾が次々と炸裂し、熱風が頬を撫でる。大地震のような揺れにともすれば足を取られそうになるが何とか踏ん張り、倒壊した施設の残骸や砲撃痕を飛び越えてとにかく前進していく。

《敵の砲撃だ!散開s

《至近弾で半数がやられた、後t

飛び交う通信は苦境の報告が激増し、それが爆発音を残して不自然に途切れることも珍しくはなくなってきた。地上に関して言えば、此方の損害も着実に増えている証拠だ。

『ォオオオオオオォッ!!!!』

(*゚ー゚)「正面に軽巡ホ級2隻、ト級1隻を確認!ホ級の内1隻は恐らくflagshipです!!」

「右手にも軽巡ト級、随伴艦に駆逐イ級3隻、更に三時方向からは【Ball】20機前後!!」

(#ФωФ)「叢雲は左手敵航空隊を対空砲火で足止め、青葉は正面の敵艦隊を撃滅!

我が輩含め歩兵隊は右手の敵をやれ、行くぞ!」

「「「了解!!」」」

『ウォオオオオオオオッ!!!!』

我が輩が指示を出すのとほぼ時を同じくして、図体がでかい方───ホ級flagshipが背中の主砲塔を此方に向ける。三段重ねの主砲の最上段が火を噴き、二発の砲弾が此方に向かう。

「ふっ!!」

「覇ぁっ!!」

着弾の間際、青葉が右足を、叢雲が槍をそれぞれ上に向けて一閃する。

『────ア?』

ホ級flagshipの間の抜けた声を残して、二発の砲弾は小気味の良い金属音を残して遙か彼方へと飛んでいった。

「………この娘らジェダイ騎士かなにかなの?」

グルージズェが、我が輩の横を併走しながらまたも呆れた様子で呟く。

ロシア軍の間で日本に対する勘違いが広まらないか心配になる。

本日ここまで。明日は出張先への移動と諸々の作業があるので21:00ぐらいから更新できればと思います

『『────!!!』』

「残念、通さないわよ!!」

叢雲はそのまま左手から、急降下してきた【Ball】のを迎撃する。機銃掃射と高角砲によって進路を遮られた編隊は一機が機銃の餌食となり、他の機体も突貫適わず忌々しげに上空で反転し離れた位置で隊列を立て直しにかかる。

「今よ、行って!!」

「援護感謝します、っと!!」

なおもしつこく弾幕で追いかけて【Ball】たちの牽制を続ける叢雲の後ろを青葉が駆け抜ける。艤装を身につけているとは思えない軽やかな足取りでカモシカのように肉薄する彼女に正面の艦隊から今度は機銃掃射が降り注ぐが、速度は微塵も落ちない。

『グォオオオオオオッ!!』

「─────せいやぁっ!!!」

flagshipを守ろうとでもしたのか、前に進み出たホ級通常種が小柄な力士ほどもある拳を振り下ろす。それを、青葉は鋭い呼気を吐き出しながら裏拳でそれを左に受け流した。

『ギッ…………!?』

食らったホ級の拳は“流される”どころではない。ゴキリとイヤな音がして、ホ級の手首があらぬ方向にねじれ、手の甲からは皮膚を突き破って白い骨の破片のようなものが露わになる。

苦悶の声を漏らして蹌踉めいたホ級の懐に、青葉が飛び込む。

「えいやっ!!」

気合いと共に手刀が一閃される。

声だけを聞けば、空手部辺りで稽古に精を出す年頃の少女のように爽やかで可憐なものだ。きっと朝方に街角で耳にしたなら、微笑ましい心地になれることだろう。

『ギィイイイイイイイイッ!!!!?』

尤も、声の主が作り出した光景には微笑ましさなど微塵も存在しない。

青葉の手刀を受けたホ級の腹部がバックリと割れて、体液がぼたぼたと滝のように傷口から流れ出す。悲鳴と共に腹を抑えて前のめりに身体を曲げたホ級に対し、青葉は既に次のアクションに移っていた。

「そいっ!!」

『グカッ』

頭上辺りまで降りてきたホ級の顔面に、上段蹴りが炸裂する。先程の殴打を受け流したときと同じ様な音がして、ホ級の頭部がぐるりと後ろ向きになるまで回転した。

『『ォアァアアアアアアアッ!!!!!』』

「ほっ………と!!」

通常種とはいえ瞬く間に1隻を、それも艤装を使わず素手で撃沈した青葉が脅威と見られるのは当然の帰結だ。ホ級flagshipとト級が後退しながらありったけの武装で弾幕を放つ。

艦種としては格下ながら流石にflagshipのフルバーストとなれば青葉でも勝手が違う。先程倒したホ級の屍体で射線の一部を遮りつつ、後ろへ跳んで躱す。

『ゴォアッ!!!!』

そこに、待っていましたとばかりに巨大な黒い塊が突っ込んでいく。

体長5メートル、体重800kgを誇るイ級が、青葉の身体をはね飛ばそうと勢いよく頭部を振り上げる。

(#ФωФ)「────斎藤!!」

(#・∀ ・)「あらほらさっさ!!」

『グギィイイイイッ!!?』

その寸前、眼球と腹部に二本の剣が突き刺さった。

(#ФωФ)「ふんっ!!」

『グギギィキイイイイッ!!!!!?』

グチュリとあえて音を立てるようにして、束の辺りまで埋まったブレードを捻る。

眼球を捏ねくり回されるという、人間がやられたなら痛みでショック死してもおかしくない行為。痛覚がある様子の深海棲艦としてもそれは耐えがたい激痛らしく、一際耳障りな絶叫が上がった。

『ア゛ア゛ア゛ア゛っ!!?』

( ФωФ)「下がれ!!」

(・∀ ・)「ほいほいっと!!」

大きなダメージではあっても致命傷には程遠く、膂力の差は歴然なのでちょっとした身動きでも此方にとっては命取りになる。手負いのイ級が本格的に暴れ出す寸前に刃を抜き取り、そのまま奴の身体を蹴って背後に転がる。

「РПГ!!」

間を置かずにグルージズェの指示が飛び、4人が背負っていた対戦車砲───RPG-16を構えて放つ。四発のPG-16V HEAT弾が、今し方我が輩と斎藤によって穿たれたイ級の傷跡付近に次々と着弾した。

『ガッ、ギィイイイイイイッ!!!?』

「Огонь!Огонь!」

傷口に塩どころか成形炸薬弾を撃ち込まれたイ級は、砕けた甲殻と噴き出る体液をそこら中に撒き散らして激しく頭を振る。二本の貧弱な足では当然まともにそんな激しい運動を続けられるはずもなく、二度目の砲撃で横合いから殴りつけられたイ級は更に大きな悲鳴を上げながら横転する。

(#ФωФ)「青葉はそのままホ級flagshipを追撃、ただし敵戦艦隊の砲撃もある以上深追いはするな!」

「了解です!!」

(#ФωФ)「5人白兵装備で続け、一気にイ級の息の根を止める!!椎名以下残りの部隊は広場突入と同時に右手警戒、グルージズェは椎名を援護するのである!!」

(*゚ー゚)「了解!」

「Да-с!!」

指示を受けた青葉が此方へ軽い敬礼を残して更に前へと駆けていき、その後を追うような形で我が輩もまた走り出した。

目指す先には、横倒しになった駆逐イ級。

一歩踏み出した瞬間、計ったように港の方から砲弾が飛来した。ほんの3メートルほど横で火柱と土煙が上がり、“海軍”の兵士が1人吹き飛ばされて目の前を横切っていく。

上半身と下半身が引き千切れ臓物や肉片を飛散させる“それ”が通過する間際だけは、誰かがAV機器の0.1倍速ボタンを押したかのようにゆっくりと周辺の光景が流れていった。頬を掠める幾つかの石礫も、吹き飛ばされた兵士の生気がない虚ろな眼も、立ち上がろうと正面路地の中程で悶えるイ級のひび割れた身体も、新たに飛んできた敵艦の砲弾も、全てがはっきりと我が輩には見えていた。

(#ФωФ)「怯むな!!」

二歩目を踏み出した足が地に着いた瞬間に時の流れは戻り、口の中に飛び込んできた砂利を吐き出すことすらせず我が輩は叫ぶ。もう一つの砲撃で飛来した瓦礫を身をかがめて避け、右手に装備した白兵用ブレードを構えて今まさに起き上がりつつあったイ級の横っ面に飛びかかる。

(#ФωФ)「ふんっ!!」

『グガァッ!!?』

登山家がツルハシを岩壁に打ち込むような要領で、刃を再び奴の巨体に捻り込む。狙う余裕がなかったため先程のように急所への一撃とはならなかったが、それでも新たに穿たれた傷でイ級の体躯がびくりと震えた。

「Attack!!」

川 ゚々゚)「キヒヒッ!!」

『グゲッ、ゴァアアッ!!?』

我が輩が跳び下がってから間を置かずに、更に二度、三度と斬撃や刺突が叩き込まれ苦痛に呻く声が後に続く。特に三番目に突っ込んだ女───クルエラ=レイトストの斬撃は一際深く的確にイ級の甲殻を抉り、露出した肉繊維からは青い血がジュクジュクと滲み出ている。

『ガァアアア………ッ!』

それでも、艦娘よりは遙かに貧弱な人間の攻撃ではよほど連続的に急所に攻撃を集中できない限り絶命させるのは難しい。

目の前のイ級も、だいぶ弱々しいながらも威嚇の唸り声を上げながら起き上がっていた。此方から距離を取るようにじりじりと後退しているが、逃げる様子も無い。仕留めるどころか、まだ戦う力すら残っているようだ。

だが、後退させた時点で既に此方は十分に目的を果たしている。

『ォオオアアアアアアアッ!!!』

(*#゚ー゚)「ト級以下敵艦隊後続接近!撃て、撃て、撃て!」

「奴等の足を止めろ!РПГ!!」

『アァオオッ!!?』

『ガァッ!?』

先行したイ級が青葉への強襲に失敗した上に我々に絡まれたことで、混乱からか動きが止まっていた軽巡ト級ら後続3隻。奴等が立ち直る前に、イ級が追いやられたことで空いたスペースに椎名らとグルージズェ達が飛び込んで一瞬で隊列を組み得物を構えた。

RPG-16が火を噴き、HEAT弾を右頭部に食らったト級の身体が衝撃で揺らぐ。アサルトライフルとサブマシンガン併せて40挺近くが火を噴き、両脇のイ級二体が弾幕の圧力に前進を阻害される。

(*#゚ー゚)「グルージズェさん、アサルトライフルによる射撃は向かって左手のイ級に集中を!AK-12でも眼を狙えばイ級の前進を十分食い止められるはずです!!」

「Да-с.!」

(*#゚ー゚)「“海軍”兵各位、白兵戦闘用意!私が右手イ級の眼を潰します、怯んだ隙にト級を牽制しつつ近接戦闘で一気に勝負を付けて!!」

「「「Yes?mom!!」」」

(*#゚ー゚)「Shoot!!」

指示を出し終えるや、椎名は右手に括り付けられた対深海棲艦用のクロスボウを構える。ぴゅんっと軽い風切り音を残して漆黒の矢が放たれ、銃火が飛び交い爆風が逆巻く中をポインターの赤い軌道に導かれるようにして飛翔する。

『ギッィイイイイイイイイッ!!!!?』

『オァアアアッ……ゲァッ!?』

寸分違わぬ狙いで眼球に突き刺さる矢。腕がないため抑えることも適わず、巨躯を振り乱して周囲の倉庫や家屋の残骸を踏みつぶし吹き飛ばしながらのたうち回るイ級。

ト級の方にもロシア兵からの砲撃が突き刺さり、連携で建て直す間を与えない。

(*#゚ー゚)「Attack!!」

号令一過。6人の“海軍”兵が剣を構え、射線を遮らないように姿勢を低く低く保ちながらのたうつイ級に突進する。

さながらその姿は、大型の草食獣に襲いかかる腹を空かせた獰猛なオオカミの群れ。

undefined

「───ッ……」

(*;゚ー゚)「っ!?」

直上から放たれた銃火。群れの先頭でオオカミの内一頭が振りかざした牙は届くことなく、足下にできた紅い水溜まりに穴だらけになった身体が倒れ込む。

「なっ────がッ!?」

「Shit……!!」

更に1人が、胸から頭に掛けて何十という風穴を穿たれ斃れた。残る兵士達も進路を掃射に遮られ、慣性に逆らった無理な姿勢での停止を強いられる。

『─────ガァアッ!!!!』

「…畜しょ」

生まれた一瞬の隙、それが致命的だった。

苦痛を堪え、なんとか体勢を立て直したイ級が咆哮と共に砲弾を吐き出す。残りほんの10Mもない距離まで肉薄していた突撃隊は、ソレが仇となり、回避も防御も許されない。

肉の一片も悪態の一つすらこの世に残すことを許されず、彼らは一瞬でその場から掻き消された。

「上空に敵機!また【Ball】だクソッタレ!!」

(;ФωФ)「来るぞ、散開せよ!!」

『『『────!!!』』』

オオカミの群れを仕留めた、球状に白色という奇天烈な形状をした忌々しい鷹共が空を飛ぶ。零式艦上戦闘機の「栄」に非常によく似ているとされるエンジン音を鳴き声の代わりに空へ響かせつつ、20機ほどの【Ball】からなる編隊は今度は最初のイ級を包囲している我が輩たちへと突撃してきた。

《ロマさん、申し訳ありません!其方に敵の航空隊が……!》

(;ФωФ)「っ、たった今会敵したばかりである!」

機銃掃射を横っ飛びで躱したところに、青葉からの通信が入る。真っ先に謝罪の言葉が飛んできたが、【Ball】の機動力を考えれば敵の援護砲撃も飛んでくる中で乱戦の真っ最中である彼女が食い止められた可能性はほぼない。

久し振りに、“悔しさ”という感情がわいて出る。恐らくあのホ級2隻の後退は、この空襲を我が輩たちに確実に差し向けるために青葉をあえてより深い位置まで踏み込ませるための餌。

裏をかかれたワケだ、深海の化け物共如きに、我が輩が。

(;ФωФ)「【Ghost】叢雲!此方に対空砲火は回せるか!?」

《そっちにもう40機ほどたこ焼き野郎が増えてもいいならやって差し上げるけど!?》

《予め申し上げますと青葉もしばらく後戻りは難しいです!地下から更に3体のハ級が出現、全てelite!

流石にこの数に群がられると全部処理するのは時間が少々かかるかと!》

叢雲達の側にも敵の増強が来ている。艦娘と我が輩たち人間部隊の引き離すための策は万全というわけだ。

『───!!』

『…! ──……!!!』

(;ФωФ)「散開せよ!!」

「ぐぁっ」

自身の迂闊さに歯噛みする間もなく、今度は散開した【Ball】が四方八方様々な角度から地表の我が輩たちに向かって弾丸を浴びせてくる。複雑に絡み合う火線は此方に思うように回避させる間を与えず、1人が短い呻き声を残して地に伏した。

『ギィアアアッ!!!』

「Ahhhhhhhhh!!!!?」

必然、包囲が解けて眼前のイ級は自由を取り戻す。【Ball】の火線を飛んで避けた兵士の1人が着地際に奴の顎に捉えられた。

いかに傷を負っていようとも、生ける軍艦と人間とではあまりにも膂力に差がありすぎる。顎に少しだけ力が込められると、ザクロが握りつぶされるような音を立てて右半身が食いちぎられる。

『ウォアッ!!』

(;・∀ ・)「うぜぇぞこの深海魚野郎!!」

上げていた悲鳴をピタリととめたその白人兵の屍を放り捨て、イ級は続けて斎藤に狙いを定める。斎藤は流石の反射神経でこれを躱すどころか斬撃すら加えたが、立て続けに激しい運動を強いられて力が入らなかったか薄く甲殻を削るだけに終わった。

(;ФωФ)「おのれ───ぬぅっ!」

『──────』

此方に向けられた横っ面に飛びつくべく突貫するが、足下にめり込んだ銃火がそれを阻んだ。10mもない高度を飛び過ぎながら【Ball】によって放たれた数百発の弾丸が、眼前でアスファルトを砕きながら駆け抜ける。

『ゴォアッ!!!』

急停止で崩れた態勢。そこに突っ込んできた黒く巨大な塊に、咄嗟に反応することができなかった。

(; ω )・∴゚「ガフッ……」

振りかぶられた頭部が、我が輩の身体を吹き飛ばす。

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咄嗟にクロスした両腕に、序で全身の骨に、内蔵にと巡に衝撃が伝播していく。それらの痛みを脳が知覚する前に、二度目の衝撃が今度は背中から襲ってきた。

(メ; ω )「ゴホッ……ガフッ……」

酸素を求めて肺が激しく収縮運動を繰り返し、全身の血液が早鐘のように鼓動する心臓によって凄まじい速度で駆け巡る。チカチカと頭の中で星が飛んでいるような感覚と最早痛みを通り越してただの熱としか感じられない激痛が、本来手放されるはずだった我が輩の意識を繋ぎ止めた。

『   !!    !!!』

(#・∀ ・)「    !」


川*メ゚々゚)「   ッ」

いきり立つイ級と立ち上がれずにいる我が輩の間に、斎藤とクルエラが立ち塞がってブレードを振るう。耳は一時的に機能を失っており、イ級の叫び声すら全く聞こえない。ただその中にあっても、クルエラが頬の傷口から血が流れているのすら構わず狂気じみた笑みを浮かべているのが薄らと見える。

(;メ ω )(なるほど、椎名と同類の人種であるか………)

脳の、妙に冷めた箇所がそんな場違いな分析を呟く。もう一人の狂人枠の方を見ることは未だ身体ダメージ的に適わないが、おそらく歓喜に濡れた笑顔を浮かべて敵艦隊と対峙していると容易に想像が付いた。

(メメ ω )(しかし、本当に腹立たしいな)

思考はそのまま、今我が輩自身が置かれている危機的状況のことに移ろう。

全く、今の自分には嫌悪と怒りしかわいてこない。敵が【Ball】主体の航空隊に切り替えて港湾部の空襲を行ってきたという戦況の変化に対応しきれず、“海軍”の精鋭艦娘でも捉えきれない高機動攻撃に苦戦している中でも敵の眼を此方に引きつけるための正面攻勢に固執し、挙げ句あからさまな釣り手に引っかかって指揮官自身が動けなくなる────現場主義が聞いて呆れる、味方の足を引っ張る無能の極み。

(メ# ωФ)(………)

我が輩にもし作戦指揮官としての立場がなければ、自由を取り戻した瞬間に自らののど笛を掻き破り絶命していたかも知れない。この作戦の成功と、そしてその先にある目的のためにここで死ぬわけにはいかないが、その寸前まで追い詰められたことへの怒りはなかなか治まらない。

(メメ ωФ)「………フンッ」

この期に及んで、胸に沸いたのは“我が輩自身”に対する反省や後悔ばかり。作戦ミスのせいで不必要に死んだかも知れない部下達への悔恨や懺悔が小指の先程も浮かばない自身の心情への嘲りも含めて、思わず笑いが漏れた。

嗚呼。何と弱い“人間”の身よ。この様なときばかりは、やはり心底羨ましくなる。











(#T)「ぶちかませコブラァアアアアッ!!!!!」

この男の、あらゆる意味での“強さ”が。

(メメФωФ)「………オエッ」

やっぱ無しで。

よく勘違いされがちだが、第二次世界大戦期に量産された大口径の対空砲────所謂「高射砲」、或いは「高角砲」と呼ばれる類いの兵器は航空機へ直撃させることを目的には設計されていない。あれらの砲が期待されたのは爆発時に撒き散らされる破片で敵機に損傷を与えて飛行を阻害することであり、言ってしまえば対空の榴弾。直撃撃墜の例もある程度存在はするが、全体から見ればやはり少数派となる。

確かに命中した場合“スーパーフォートレス”と謳われたB-29すら粉砕するほどの威力であったが、どんなに遅いものでも時速数百キロ前後で高高度を飛行する機体に狙って砲弾をぶち当てろなどどだい無理な話だ。ましてや爆撃機や雷撃機を遙かに上回る旋回性能で飛び交う戦闘機を“狙って”撃墜するなど、本来なら夢物語に他ならない。

故に、我が輩は興味がある。

『『『─────!!!?』』』

ランダムに散開飛行する【Ball】の機影が同一射線上にたまたま重なった一瞬を“狙って”放たれたたった一発の砲弾によって、内半数が撃墜された艦載機共の母艦の心境に。

「───第2射行くよ!地上部隊、衝撃と墜落機に注意!!」

青葉型重巡洋艦2番艦・衣笠。所謂【改ニ】改装を完了している彼女の左手に装備される艤装は、“海軍”技研が(あの間抜け極まりない刻印が為された手榴弾と共に)開発した最新鋭装備である20.3cm連装砲の3号型。

史実においても高射砲としての役割を兼任できるように最大仰角を通常型から大幅に上げられた経緯があり、技研の話に寄れば実際従来の20.3cm砲と比較して実に25%の対空能力向上を果たしたという。

「そぉ~~~れいっ!!!」

まぁ我が輩が記憶する限り、マッドサイエンティストの集まりである技研もこの新型砲の弾を“敵の戦闘機に狙って直撃させる”使い方は説明していなかったと思うが。

『『『!!!?!?!?』』』

衣笠改ニの砲撃が再び空を駆ける。統率する母艦が混乱していたらしい【Ball】は、愚かにも丁度残余機隊が衣笠へ攻撃を掛けるべく空中での集結を完了していた。

「ストライクってね!!いや、二回撃ったしスペアかな?」

たった二発の砲撃で、我が輩たちの頭上から敵の機影が消え去った。

(#T)「よくやったぞコブラぁ!」

「だから衣笠って言ってんじゃん!!」

白い球体から火の玉へと姿を変えてちりぢりに落ちていく【Ball】の残骸を眺めながら仁王立ちする衣笠の上を飛び越えて、新たな人影が───忌々しい「昔馴染み」が円形となっているこの広場に踏み込む。身長196cm、体重118kgの化け物じみた体格を誇るそいつは、自身の巨躯すら上回る巨大な棒状の何かを掲げて斎藤たちと対峙するイ級めがけて疾走する。

『!? ゴァアアアアアアアアッ!!!!!』

(#T)「Muscle!!!!!!!!」

急に現れた新たな敵を認識し、其方を向いて威嚇の咆哮を上げるイ級。奴は耳をつんざくどころか物理的な衝撃すら与えてくるその大音声を、ムカつくほど完璧な発音の叫び声で掻き消し得物を右手で力一杯振るった。

『ギッ』

(メ・∀ ・)「えっ」

川メ゚々゚)「あひょ?」

何が起きたのか解らず、斎藤も、クルエラも、固まる。

“縦に”両断されたイ級の全身が、綺麗に二等分に分かれて砂煙を上げながら地面に斃れた。

(#T)「次ィいいっ!!!」

(*メ;゚ー゚)そ「えっ、あれ!?マッさん!!?」

筋肉野郎は止まらない。完全に人間やめてる声量で咆哮しながら総崩れ寸前だった椎名達の戦列も通り抜け、此方へ迫るト級ら敵艦隊に真っ正面から突撃する。

『『『グゴァアアアアッ!!!』』』

一瞬戸惑うように揺れたト級達の艦列は、直ぐに建て直されて機銃掃射が放たれた。

奴等からすれば、“人間ただ一人”の自殺行為に等しい突撃。面食らったが対処は易いという判断なのだろう、迎撃するにあたって策を弄する様子は無く、ただ力任せに銃火を奴の進路上にばらまいた。

( T)「ハッ」

無策ながらも濃密な弾幕。だが奴は、迫ってきたそれを鼻で笑う。

我が輩はよく知っている。それはト級達にとって考え得る限り最悪の選択肢であると。

あの筋肉モンスターと邂逅した時点で、奴等には全速力での逃走以外の選択肢は残されていなかったのだ。

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地を削り、アスファルトを砕いて迫る何条もの火線。奴に対して致命傷になるかどうかは定かでない──軍艦の機銃掃射が致命傷じゃないかも知れない時点でおかしいのだが──にしても、直撃すればただではすまないだろう。

そう、それはあくまでも「直撃すれば」の話。


(#T)「────うぉらぁっ!!!」

『ガァッ!!?』

だが、銃火が奴の位置まで届いた時には既にその姿が路上にない。

自らが愛用する白兵装備を地面に渾身の力で叩きつけた奴の身体は、長柄武器である“それ”を起点に棒高跳びの要領で空中へと身を躍らせる。“筋肉モリモリマッチョマンの変態”を地で行く体格の大男がディズニー映画の一コマのような動きで飛翔する様はなかなかにシュールな絵面だが、ト級達は完全に不意を突かれた形となる。

『ギィッ………!!』

跳び上がりつつ地面から得物の刃を抜き、宙を舞いながら構え直し、一回転して着地する変態筋肉野郎。

その眼前、奴の間合いに三つの“艦影”がある。ト級達は間合いを取ろうと慌てて下がり始めるが、その動きは遅きに失している。

『ギグァッ……』

一閃。向かって左手、イ級の頭部が斬り落とされる。

『カッ』

二閃。横薙ぎに刃が振られ、ト級の三つ首はのど笛を裂かれて同時に青い血を噴出する。

(#T)「うぉらぁあっ!!!」

『ギィッ!!?』

三閃。凄まじい速度で突き出された一撃はイ級の装甲を側面から粉砕し、その下に隠されていた肉を深々と突き破り身体の反対側まで一息に刺し貫く。

(#T)「ふんぬっ!!!」

『ギァ………アァ……』

そのまま刃を引き抜く。支えを失ったイ級は、最期に弱々しく一声鳴いた後横倒しになって絶命した。

(メメФωФ)「……相変わらず人間やめておるな、彼奴は」

「ええ、全くです」

(メ;ФωФ)そ「ぬぉっ!?」

ようやっと身体を起こしながらぼやいていると、誰かの手が我が輩の首根っこを掴んで立ち上がらせる。

助け起こして貰った身でなんだが、ゴミ箱を漁っていて近所の主婦につまみ出されるどら猫のような扱いには眉を顰めざるを得ない。

どうしても顔に浮かぶ不機嫌さを隠せずに振り向くと、肩の辺りで煌めくは超弩級戦艦クラスの眼光。

その少女───陽炎型2番艦・不知火は、駆逐艦娘であるという点もあって決して背は大きくない。
頭頂部が丁度我が輩の肩口に来る程度。小学校最終学年女子の平均身長より幾らか小さいだろうか、少なくとも150cmは恐らく越えていまい。

体付きについても所謂「第六駆逐隊」や睦月型の大半(並びに軽空母約2隻)ほど極端に幼いわけでもないが、まぁ外見上での年相応といったところ。きっちりと胸元で結ばれたリボンに新品みたいに糊が利いた純白の手袋、若干桃色がかった頭髪は後ろで綺麗に束ねられ、服装にも乱れが小指の先程も見られない。我が輩を引っ張り起こした後は直立不動となった姿勢とそれらを重ね合わせると、さながら文武両道の生真面目な女学生のようだ。

「…………」

(メメФωФ)「………」

「…………」

(メⅲФωФ)「…………」

………んで、眼力がもの凄い。細められた両眼の奥で煌めく光はよく研がれた日本刀のそれで、見られていると自然と身体の芯が震えてくる。

目を反らしたくても反らす勇気が沸かない。頬に冷や汗を伝わせながら、我が輩は戦場のど真ん中であるにも関わらずたっぷり3秒間動きを完全に停止させてしまった。

この光景を見て我が輩の姿を嘲笑う者もいるかも知れないが、その権利がある人間は冬眠直前で空腹の極みにあるヒグマを前にしても平常心を保てる人間に限定されるとだけ言っておく。

「…………不知火に何か落ち度でも?」

(メメФωФ)「助け起こしていただき誠にありがとうございます」

ヤバい、眼だけで敵を殺せるタイプの奴だコレ。

「それで、准将。不知火達の司令官はあの通りですが、貴方はさほど戦闘能力が高いわけではありません。

“海軍”の兵力不足は十分理解しておりますが、作戦の全体的な指揮官であることを考慮すればやはり准将は前線に出るべきではないかと思いますが」

(メメФωФ)「…………遠回しに足手纏いと言われておるな、これは」

「はい、その通りです」

(メメФωФ)「言い切りおってからに」

艦娘達の直属の上司は各艦隊の提督だが、その更に上位指揮が我が輩にあたる。一応“海軍”内における階級も彼奴より我が輩の方が高い。いわば「上官の上官」にこうも歯に衣着せない物言いができるのは、やはりあのバカの教育の賜物であるな。

無論、別に褒めてはいない。

ド正論の極みな上に、不知火はこの指摘を純粋な気遣いとして口にしているので別段腹は立たない。……例え事実でも真っ向から足手纏いと言われて効く部分は多少あるが。

( T)「要約すると数が多いだけのクソ雑魚ナメクジにすら苦戦しちゃうようなイボ痔マンは邪魔なんで机に座ってて下さいってことだな」

(メメФωФ)「要約しなくていいのである死ね」

( T)「てめえが死ね」

因みにこやつの場合純度100%の悪意でぶち込んできているので普通に腹立たしい。

その巨体で音もなく戻ってきてんじゃねえよ、縮地法でも会得してんのか。

(メメФωФ)(こいつの場合会得してても全然不思議じゃないのが恐いな)

( T)「え、何見つめてんの。やだ気持ち悪い死んで」

(メメФωФ)「ストレートに聞くけどお前バカか?」

( T)「金剛扱いとはいい度胸だな工廠裏こいや」

(メメФωФ)「お前んとこの金剛多分出るとこ出たら勝てるぞ」

一応10年近い付き合いとなるわけだが、こやつの真っ正面に立つことだけは未だにもう一つ慣れることができない。

我が輩の身長は178cm。日本人の平均的な数値から考えれば決して低い方ではない。しかしながら2mに届こうかというこやつと相対するとどうしても見上げる形になる。

所謂「うどの大木」ならデカ物でも気圧されることはないのだが、海自にいた頃から「最早マゾヒストの域に達している」と評判になるほど訓練外の時間もトレーニングに明け暮れていたこのバカは全身をくまなく鍛え上げている。0.1tオーバーの体重は大凡が筋肉によるもので、ただでさえ無駄にデカイ身体はそれによって2倍にも3倍にも巨大に感じられた。

(メメФωФ)「貴様、また白兵装備は“それ”か」

( T)「俺に取っちゃ一番使いやすいからな」

この時点でもう十二分な威圧感を更に増幅させているのが、こいつが肩に担ぐ得物である。

一言で言えば、それは馬鹿でかい矛だ。

長さは凡そ5M程で、その1/4近くを占める少し反り返った刃の部分は太く鋭い。日本の刀のように“斬る”ことに特化した芸術的な美しさがある造形とは言い難いが、代わりにあらゆるものを断ち、貫き、砕いてくれるような無骨な頼もしさが備わっていた。

もしもキングダムを知っている人間がそれを見たならば、直ぐにピンとくるものがあるだろう。

王騎の矛。

それを2倍ほど長くし、真っ黒に染め上げたかのような代物を奴は肩に軽々と担いでいる。“海軍”提督専用の少し古めかしいデザインの軍服や奴が顔に付けている専用マスクも相まって、戦隊ヒーローの必殺技を一発耐える系怪人にしか見えない。

(メメФωФ)(そういやキングダム48巻そろそろ発売するのに47巻もまだ買えてねえ)

48巻は10/19発売予定、47巻はコンビニ・書店などで好評発売中だ。中華統一にいよいよ動き出す秦の動きを見逃さないためにも、女房を質に入れてでも買わなければならない。

( T)「何ノルマ達成してんの?」

(メメФωФ)「何言ってんのお前」

「…………最前線のど真ん中でいつものノリ出してないで戦闘に集中して下さい」

(メメФωФ)「マジごめんなさい」

( T)「命だけは助けて下さい」

眼だけで敵を殺せるタイプの奴だコレ。

あと、「さっきお前も直接的には関係薄い話振ってきたじゃん」って言ったらしこたま蹴飛ばされるタイプでもある。

(メメФωФ)「各位、被害状況を」

(・∀ ・メ)「ウチら突撃隊は2名減ってるっすね。生き残ったのは准将の他に俺とクルエラ、後松野っす」

(*メ゚ー゚)「私達の方は突貫した6名が全滅、正面艦隊の砲撃で更に1人やられました」

「ロシア軍も3名の死者を出しています。他に負傷者数名」

(メメФωФ)「なかなか逝ったな」

とはいえ、【Ball】による大規模空襲からここまで時間にして15分。損害が“この程度で済んだ”のなら御の字だ。

(メメФωФ)「Caesarより統合管制機、港湾部全体での戦力の損失は?」

('、`*川《空域突入直後に敵対空砲火によって撃墜された分も含めて、陸戦隊の損害は約30%です。艦娘の轟沈・中大破は未だ無し、航空隊についても被撃墜は3機で収まっています》

《ロシア軍主力部隊は市街地各所に降下、随時展開中。機甲師団の投入も間もなく開始。

また、敵艦載機部隊は航空隊の迎撃により完全に進軍停止》

(メメФωФ)「市街地南方・中央から接近してきていた敵の挟撃艦隊はどうなっておる?」

('、`*川《現状“海軍”の別働隊が完璧に封じています。ロシア連邦軍の一部部隊も転進して加わっており防衛線は盤石です》

(メメФωФ)「ふむ………」

ロシア軍主力の降下展開開始。この報が入ってきた瞬間、我が輩は港湾部の防衛ライン崩壊がほぼ有り得なくなったと確信した。

深海棲艦に対する空路輸送は、高速で大量の戦力を投入できる反面輸送隊が迎撃されれば一気に大損害を被ることになる諸刃の剣だ。深海棲艦側もそれはよく理解しており、特にオスプレイや大型輸送機は艦娘より優先して攻撃されることも少なくない。

そして、最も大きな損害が出やすい着陸間際の安全を確保できたことは此方にとってこの上ない僥倖だ。

(・∀ ・)「んで、作戦進捗としてはどうなんだよ准将さん」

(メメФωФ)「多少は狂ったが結果はこちらの希望通りであるな」

( T)「あぁ、イボ痔クソ雑魚禿げの作戦総指揮官殿が死にかけたこと以外はな」

(メメФωФ)「黙れ」

“海軍”は所属する艦娘も人間も飛び抜けた精鋭揃いだが、組織の性質上その前には常に“少数”の2文字が付きまとう。今回の作戦に関しても、投入できた兵力は“海軍”にしては上出来だが潤沢には程遠い。

深海棲艦との圧倒的な物量差を踏まえれば、コラ湾の封鎖によって敵艦隊の浸透をある程度抑えられたとしてもどこかで限界は来る。故にムルマンスク防衛の最大の鍵は、投入されるロシア軍の主力部隊をいかに少ない損害で合流させるかにかかっていた。

('、`*川《ロシア輸送機隊、2S25 スプルートSDの投下を開始。落下傘開きます》

《敵艦載機隊、未だ航空隊の波状攻撃と戦艦部隊による三式弾の壁を突破できず。空挺戦車、全て順調に降下中》

(メメФωФ)「機甲部隊に関しては特に手出しさせてはならん、各位【Ball】の動きにも気を配るのである!最悪温存している空母艦載機を投入しても構わん!」

今、その最大目標はほぼ達成された。コラ湾のパラオ鎮守府艦隊も未だ敵増援の侵入を食い止めており、少なくとも現在のムルマンスクに殺到している敵戦力を封じ込めながら押し返すには十分な兵力が揃いつつある。

(メメФωФ)「【Ghost】叢雲、其方の状況は?」

《【Ball】の奴等は追い返したわ、此方の損害は軽微!》

(メメФωФ)「ご苦労、間もなく前進する故合流せよ」

《叢雲、了解!》

(メメФωФ)「【Fighter】青葉、其方の────っ」

無線機越しに聞こえてきたのは、砂漠に吹き荒れる砂嵐を彷彿とさせる耳障りな雑音。もう一度呼びかけてみた物の、同じ様な音が延々と流れるだけで青葉の声は一向に返ってこない。

「………准将、どうかしましたか?」

(メメФωФ)「貴様らのところの青葉と通信が繋がらん」

( T)「あん?んなわけな………うおっ、マジだ」

不知火の問いかけに応えながら隣の筋肉に無線を投げ渡す。筋肉野郎はマスク越しでも解るぐらいはっきりと顔を歪めたあと、再び無線機を此方に投げ返してきた。

( T)「向こうの故障か?まーた技研が遊んだのかよ」

(メメФωФ)「流石に命綱の通信機器で“実験的な試み”をしている余裕はないのである、当然しっかりと信頼の置ける物だ。ましてや砲雷撃戦にも耐えられる“艦娘仕様”だぞ?」

敵中での完全な孤立は艦娘、人間を問わず最も命取りになりかねない行為だ。当然猛者揃いの“海軍”でもそこは変わらず、万一起こってしまったときの命綱である通信関連機器は精度・強度何れにおいても何重もの品質チェックと利用テストが入ってようやく実装される。

勿論100%故障が有り得ないと断言をするつもりはないが、艦娘仕様の無線となると今述べた通り尚更考えづらい。

(メ*゚ー゚)「となると、青葉ちゃん自身に何かあった可能性は………」

(メメФωФ)「…………」

( T)「…………」

「…………」

(*メ;゚ー゚)「ごめんなさい、あまりにも非現実的なことを言ってしまいました」

(メメФωФ)「何、気にするでない」

( T)「誰にでも失敗はあるさ」

「落ち度のない人間なんていませんので」

いつもなら絶対にしないであろうレベルの世迷い言を口走ってしまった椎名が悄気返り、それを我が輩、筋肉野郎、不知火が慰める。

ただでさえ演習で戦った相手の大半にトラウマを植え付ける強さを持った艦娘が勢揃いする筋肉野郎の鎮守府の中でも、あの青葉の戦闘能力は頭一つどころではなく抜けている。無論完全無敵というわけではないし中大破経験もしばしばあるのだが、それでも彼女をよく知る我が輩たちの想像力では「何かがあった青葉」を思い浮かべることができなかった。

ああいや、一応浮かびはしたな。ただ、ル級の生首を高々と掲げる青葉とかイ級を蹴り砕く青葉とか敵艦隊の屍が周囲に山と転がる中で微笑み佇む青葉とか、厳密に言うと“敵に何かをしている青葉”の姿だっただけで。

(メメФωФ)「………」

思い返してみたが、そもそもあまりにも日常的だから「何かある」に含めるべきでもないな。

まさに今日も目にしてるしそんな光景。

( T)「……やっぱ、ねえな」

(メメФωФ)「うむ、絶対無い」

もう一つ状況証拠的な点を上げると、青葉の身に本当に“何か”が起きていればそもそも我が輩たちはこんなに暢気な会話をする暇が無いはずだ。仮に通信すらできないほどの致命的な状況なら青葉を潰した深海棲艦が大挙して雪崩れ込んでくることになるため、この広場は今なお激戦地帯────もとい、筋肉無双劇場公演会場となっていたに違いない。

(メメФωФ)「統合管制機、ベルゲンより出撃した敵の大規模航空隊は今どの位置まで迫っている?」

('、`;川《管制機よりCaesar、たった今大本営より連絡がありました》

心配するだけ無駄なキチガi………ゴホン、最上の信頼を置ける艦娘についてこれ以上考えても仕方ないと、通信を今度は管制機に繋げる。

応えたオペレーターの声は冷静ながら張り詰めた空気が感じられ、あまり芳しくない報せであることが直ぐに察せられた。

('、`;川《よくない状況です。ロシア空軍による迎撃作戦がフィンランド上空にて敢行されましたが、失敗。敵艦載機群は空域を突破、あと15分ほどでムルマンスク上空に差し掛かるとのことです》

(メメФωФ)「敵の損害状況については入ってきているか?」

('、`;川《ロシア空軍は“イツクシマ式”の迎撃で敵機多数を撃墜した模様ですが…………ベルゲンからの増援が迎撃中にも途切れることなく投入され続け、最終的には出撃当初より“増えた”可能性が高い、と》

(メメФωФ)「マジか」

敵の天文学的な物量を考えれば突破されること自体は不思議では無かったのでその点は予想通りではある。

だが、流石に「予定より戦力が増強された」というのは少々聞き捨てならない。

('、`;川《ロシア空軍の迎撃部隊は途中で【Black?Bird】による攻撃を受けたようです。敵航空隊に損害を思うように与えられなかったのはこれが原因かと。

なお、【Black?Bird】は航空隊の退却を見届けた後全機がベルゲンへと帰還したとのこと》

(メメФωФ)「合点がいったのである………クソッタレめ」

【Black?Bird】───ルール地方上空で、深海棲艦の“泊地”攻撃を狙った米軍航空隊を一方的に殲滅した深海棲艦の新型航空機。第4世代戦闘機に十分ついて行ける機動力と高い旋回能力を併せ持ち、北欧やフランス上空の制空権を瞬く間に奪い去った黒い悪魔。

なるほど、こいつが出てきたというのなら話は大きく変わる。実際我が輩たちが市街地に突入する際にもF-35がこやつらと戦闘し追い払っているのだから、向こうでも出てきてもおかしくは全くない。

寧ろ、その新手がこちらまで進出してこなかったのは不幸中の幸いと言えよう。

市街地の各所からは艦娘と深海棲艦双方が撃ち鳴らす艦砲射撃の轟音に混じり、時折それより遙かに軽い戦車の砲声が聞こえてくるようになった。しかもそれは時を追うごとに数を増やし、鳴り響く間隔は短くなっていく。

それらの音源がおそらくは、空挺戦車2S25 スプルートSD。小規模の艦娘戦力しか持たないロシア連邦軍が沿岸部機動防御の切り札として開発した最新鋭兵器である。配備開始は今年の春からで生産台数は決して多くないはずだが、砲火の量からして投入された数はおそらく50は下るまい。

空母艦娘が未だに配備されない中での敵航空隊迎撃に、精鋭部隊と新兵器の惜しげも無い投入。ムルマンスク死守に掛けるロシアの本気度が伺えた。

('、`;川《ロシア政府より大本営に入電。連邦三軍は現状で投入可能な全ての戦力を使い果たした、もうこれ以上の戦力は動かせないという内容です》

(メメФωФ)「現状ロシアは内政不安と広大な沿岸防衛の問題を抱えている、これだけ支援を捻出してくれただけでも十分である」

かつてナチス・ドイツやアメリカ合衆国と世界の覇権を争った大国は、その責務を充分に果たしている。ただし故に、彼らは「見合った結果」が得られなければ我が輩たちへの不信感を募らせることだろう。

“海軍”側としても資金面や人員面でロシア連邦と軋轢を生むことは避けたい。それに事実上日米が実権を握っている現状から“海軍”に批判的な中国がロシアの不満につけ込んで手を組む可能性があり、そうなれば先日締結されたばかりの三国協定崩壊や最悪“海軍”の弱体化にも繋がる。

国家間において、愛から来る無償の奉仕や友情が為す永久の協力は幻想である。全くの皆無とはいわないが、国と国が手を取り合うには基本的にgive-and-takeが無ければ成り立たない。

ヨーロッパにおける“愚かな失態”を繰り返さないようにするためにも、我が輩たちは“海軍”の国際的な価値を今一度示す必要がある。

(メメФωФ)「【Fighter】、瑞鶴に準備させろ」

( T)「【Muscle】」

(メメФωФ)「しつこすぎるのである死ね」

( T)「てめーが死ね」

ロシアからの「Give」に対して、どれほどの「Take」を示せるのか。

コレは、元よりそういう性質の戦いだ。

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後方で補給を終えたらしき4機のF-35が、猛然と頭上を飛び去っていく。彼らが低空から上昇しつつミサイルを放つと、4発の銀槍は巨大な雷雲のように渦巻く敵艦載機の群に突き刺さり爆炎を上げる。

……持ち堪えてはいるが、此方の航空隊の弾薬補給が追いつかず徐々に波状攻撃の間隔が間延びしつつある。正面を食い止める火炎の壁についても、あと五分と撃ち続ければ三式弾は切れるはずだ。

ここにベルゲンからの臓増強部隊が到着すれば、間違いなく押し切られるな。

(メメФωФ)「【Caesar】より各艦隊提督に通達、空母艦娘総員の全航空隊発艦を許可。

まず空襲をかけてきている【Ball】の編隊を殲滅、しかる後上空の群体に突入しこれを撃破。その後、そのまま此方に向かってきたベルゲン発の増援部隊を迎撃する」

( T)「瑞鶴、聞き及んだ通りだ。存分に暴れろ」

他の提督達も隣の筋肉同様配下の艦娘達に指示を下していき、しばしその様子が無線で混ざり合って聞こえる。

そして我が輩の耳は、爆発的な歓声によって一瞬機能を失った。

《【Fighter】瑞鶴、了っっっっっ解!五航戦の本気、見せて上げるわ!!》

《【Ghost】加賀、命令を受諾。────鎧袖一触よ、心配しないで》

《同艦隊龍驤、いっくでぇえええ!!艦載機の皆、ぶちかましたれぇ!!!》

《【はうんどどっぐ】鳳翔、出撃致します。実戦ですか………よい風ですね!!》

《ひゃっはーーーーー!!!パーーーっと行こうぜ、パーーーっとなぁ!!!》

(メメФωФ)「最後せめて名乗れよ」

戦力温存のため、そして敵航空隊を最大限引きずり出すために最前線に配置されながら雌伏の時を強いられた空母艦隊。ようやくその枷から解き放たれた彼女達は、文字通り「引き絞られた矢」であった艦載機を一斉に空へと撃ち上げる。

狩りが、始まった。

『─────!!!?』

『『!??!?』』

『『『─────………』』』

本来空対空戦闘に優れるはずの【Ball】達は、我が輩たちへの対地襲撃に夢中になった結果自然と低空を飛び回る形に“誘導”されていた。掃射時間を長くしてより大きな被害を我が輩たちに与えるため軌道も平坦となっていた奴等を捕捉することは、百戦錬磨の此方の艦載機隊からすれば造作も無い。

エンジンが吠え、翼が翻り、火線が空を焦がす。白い玉がそこかしこで火の玉に変わり、本体から取れた線香花火を思わせる動きでふらふらと市街地に転落していく。

《【Ghost】加賀よりCaesar、市街地低空の【Ball】を殲滅。制空権を確保》

加賀からその報告が届くまで、時間にして1分かかったかどうか。

とにかく60秒に満たない時間で、鬱陶しく陸戦隊への空襲を繰り返していた白玉の群れは一つ残らず殲滅された。

《【Fighter】瑞鶴、敵主力群体への一番槍は貰ったわよ!全機、上がって!!》

《負けませんよ。鳳翔航空隊、【ふぁいたぁ】瑞鶴さんに続いて下さい!!》

攻撃は終わらない。零戦の【栄】発動機が、紫電改の【誉】が、96式艦戦の【寿】が、主人達の声色と同じぐらい歓喜に満ちた唸りを上げて機体を空へと駆け上がらせる。

『『『!!!!!???』』』

夜空に混じりてなお黒い敵艦載機の群体に、真下から火線が突き刺さる。翼の日の丸を爆光の中で輝かせつつ、艦載機隊は巨大な黒雲の只中へと斬り込んでいった。

(;・∀ ・)「…………すっげ」

内側から食い破られて、群体が一瞬で霧散する。なおも四方からのミサイルとバルカン弾に殴打されながら壮絶なまでの速度で小さくなっていく敵群体の有様に、斎藤が頬に汗を垂らしながらぽつりとこぼす。

(;・∀ ・)「何度か見たことあっけど、やっぱ尋常じゃねえわ」

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三式弾と空対空ミサイルによる十字砲火で大きなダメージを負っていたとはいえ、未だ此方を遙かに上回る規模を保っていた敵の艦載機群。それを、かつて中国や太平洋の大空を舞ったレシプロ機が尋常ならざる数的不利を物ともせずに食いちぎり蹂躙する。

四分五裂した敵群体はムルマンスクの空から逃れようと試みた。F-35やA-10は友軍相撃を避けるため攻撃を停止して包囲網を解いており、三式弾も一時的に打ち止めとなっている。空間は広く空き、離脱軌道を取ることは難しくない。

が、ゼロ戦を始めとした帝国海軍が誇る名機達はそれを許さない。

背後から食らいつき、下から突き上げ、友軍機と共に挟撃し、正面から堂々と打ち掛かり、まるで太った鳩を撃ち落とすみたいに容易く敵機を狩っていく。

確かに、圧巻の光景だ。同じ“海軍”に所属する身として彼女らの練度をよく知り、斎藤のように幾度か似たような光景に居合わせている者さえそれに目を奪われる程度には。

ましてやロシア軍兵士各位は初見である。ただでさえ「巨大な怪物を笑顔で蹴り砕く重巡艦娘」やら「非ヒト型とはいえ深海棲艦を白兵戦で殺戮する人間の部隊」やら「ドデカイ矛をぶん回して生ける軍艦を三枚卸にする変態筋肉塊」やらを見せられ続けている彼らはとうとう理解力が擦り切れてしまったらしく、今にも「君はドッグファイトが得意なフレンズなんだね!」とでも言い出しかねない表情で誰もが空を見上げていた。

(メメФωФ)「Caesarより提督各位、“本番”はこの後である。

ベルゲンより進撃中の敵増援艦載機群到達まで一〇分を切った、速やかに“狩り”を中断し戦闘態勢を取れ。燃料や弾薬の残が怪しい機の補給も忘れるな」

《《《了解》》》

無論、肝心の瑞鶴達は“手慣れたもの”でこそあれ油断はない。此方から指示が飛ぶや【Helm】達を追い回していた艦載機達は殆どがその動きをピタリと止め、上空で編隊を組み直し更なる敵の襲来に備えていく。

………百数十メートル彼方の唇の動きを読める程度には我が輩は自分の視力に自信があるが、流石に“海軍”側の航空隊の損害の有無は目測で判断することは難しい。

しかしながら逆説的にいえば、“仮に出ていたとしても目算では気づけないレベルの損害”しか受けていないとも言える。

(メメФωФ)(僥倖であるな)

いつの時代も、寡兵が大軍を粉砕するという戦果はセンセーショナルだ。欧州とロシア連邦の命運がかかった戦いでその戦果が上がったという事実は、ロシア連邦や他の“海軍”の存在を知る国々にもこの上ないアピールとなるだろう。

無論、間もなくムルマンスクへ到達するベルゲンからの大規模な敵増援を跳ね返せなければその衝撃度は半減を免れない。だが、逆に其方にも痛撃を与えて制空権を維持することができたなら“海軍”として上げた戦果に更なる付加価値を付けることもできる。

そして慢心・油断ができるような彼我戦力差ではないが、空母艦娘達の平均的な練度や各提督達の指揮能力を考慮すれば全く絶望的な差というわけでもない。“付加価値”を得られる可能性は低くないはずだ。

思わぬ苦戦を強いられ死にかけはしたが、今ではそれすら“付加価値”を高める一因となりつつある。敗色濃厚の戦況を僅かな航空機で一挙に跳ね返した空母艦娘達という箔がついたことを考えれば、あの死を覚悟した数十秒も決して無駄ではなかったといえる。

( T)「クソみてえなこと考えてるときのツラだな」

ふと、首筋のあたりに冷気を感じる。無線越しの指示を終えて振り返れば、“昔馴染み”が酷く冷たい視線を我が輩に向けていた。

口元を真一文字に結び巨矛を肩に担いだまま仁王立ちになる様は、?形像のような迫力に満ちていた。

(メメФωФ)「クソとは心外である。我が輩は“海軍”准将としての職務を全うしているに過ぎん」

( T)「あぁそうだろうな准将殿」

ぴくりと、奴が担いでいる矛が揺れた気がした。

もしかしたら我が輩に突きつける一歩手前で堪えたのかも知れない。

( T)「でも職務だろうがなんだろうが、自分の立てた作戦で死んだ奴使って損得勘定の算盤はじくのが悪趣味なクソ行為であることは変わんねえぞ」

(メメФωФ)「………筋肉は本当に万能であるらしい。まさかとうとうテレパスまで取得とは」

( T)「筋肉が万能なのは当たり前だろ。キン肉マン五千兆回読め。で、だ」

益々、突き刺さる視線が厳しくなる。顔全体をマスクで覆っているにもかかわらずそれが解るのは奴が強い感情を込めて睨んできているからか、或いは単に──双方不本意ながら──昔馴染み故の機微か。

( T)「今はクソ雑魚深海ウジ虫の殲滅が先だから深くはツッコまねえがな。一応、何かの間違いで、マッスル神の嫌がらせによって、この上なく不快なことに、俺はお前と顔見知りのような何かだ」

(メメФωФ)「どんだけ我が輩とのつながり否定したいんだよ流石に少し傷つくぞ」

( T)「映画【モンスター・トーナメント】の存在ぐらい否定したい。

……一応顔見知りのよしみってことで一つ忠告する。もう少してめえは周りに頭のレベルを合わせろ」

(メメФωФ)「………」

他人の鼓膜を破壊するために声を上げているのではと訝しみたくなるこの男が、周りに聞こえぬように配慮しながら囁く姿を我が輩は初めて見た。

( T)「てめえはウチの鎮守府の連中すらドン引きする“冷血非道ロマさん”だが」

(メメФωФ)「お前ボケないと死ぬ病か何か?」

( T)「俺はお前が、河了貂萌えのド変態ではあっても意味も無くゲスな考えする奴じゃないと思ってるつもりだ」

(メメФωФ)「前半のくだり間違いなくいらねえのである殺すぞ」

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( T)「杉浦六真は常に先を見据えて、二手三手どころじゃなく一仕事が“終わった後”やら“その次の仕事”のことまで考えながら動く。俺含め脊髄で目の前の敵ぶっ倒してるだけの下っ端組なんかとは比べものにならないぐらい広い視野で判断を下す人間だ。

でもな、その“視野”から見える景色はお前にしか解らねえんだよ」

我が輩の肩に、奴の左手がぽんっと軽く置かれる。

火傷の跡だらけの、酷くゴツゴツした一握りの岩のような手だった。

( T)「将棋と同じだ。プロ棋士にとっちゃ何十手も先を見据えて打った効果的な手でも、ド素人や初心者には解説されない限りその意図は解らない。独りよがりにお前にとっての最善手を打ち続けても、理解できないなら誰もついて行きようがない。

何もかも噛み砕いて教えてくれとは言わんが、せめて大まかな脳内ぐらい共有しろ。下手したらお前自身も気づかない内に道踏み外すぞ────あぁ、もう一つおまけで付け加えるけどな」

(メメФωФ)「………っ」

囁き声が、低く唸る猛獣のような調子に変貌した。

肩の骨が、軋む。僅かに奴の手に力がこもり、爪が、指が、肉に食い込み血管を圧迫する。神経が擦れるような痛みを脳が感知し、咄嗟に歯を食いしばって最後の意地で痛みの声を上げることだけは避ける。

( T)「今し方俺は“知り合い”としての義理は果たしたから、お前がこの後どんな選択をしようが口は挟まない。アドバイスを無視するなり弁えるなりお前に任せる。

───だけど、どんな理由があっても。どんな言い訳を並べ立てても」

肩を掴んでいた左手が離れ、直後に一閃される。

一陣の風が吹き、我が輩の右頬に新たな傷が薄らと口を開く。

青葉に勝るとも劣らない速度の、手刀だった。

( T)「さっきみたいな表情で弾かれた算盤の珠に、もしウチの鎮守府の奴等が含まれたら────俺は間違いなくお前をムカデ人間より酷い目に遭わせる。それだけは覚えておけ」

(メメФωФ)「……怖いと言えば怖いが、どうにもしまらんなその脅しは」

言うだけのことを言って踵を返したデカイ背中に向かって、我が輩はそういって肩を竦めて見せる。

冷汗は出ず、代わりに真新しい傷口から赤い血の筋が頬を伝わり落ちていく。

それにしても、随分と自分の部下となった艦娘達に入れあげたものだ。奴が“海軍”に入ることになったいきさつを知る身としては、その事には少し驚きざるを得ない。

否、寧ろ“だからこそ”なのか。………まぁ、考察の意義は大いにありそうだが今すべきことではないので後回しにする。

(メメФωФ)(………)

不知火と衣笠の元へと、戻っていく奴の背中を見ながら、“アドバイス”の内容を思い出す。

思わず、苦笑いが口元に零れた。

(メメФωФ)(すまんが、言われたのが少し遅かったようだな。もう我が輩は“戻れん”のである)

道など、疾うの昔に踏み外している。

“海軍”准将として、我が輩はあまりに多くを知りすぎた。共通の敵の出現による全人類の共和など夢のまた夢で、単に引き金を引いていないだけで未だ各国は机を中央に囲んで互いに銃口を突きつけ合っている。机の上に置かれたパイには“艦娘”という文字が刻まれ、机上の戦争である“国際政治”の勝者にはそのパイがより大きく切り分けられる。

(*゚ー゚)「ロマさん、マッさんと何を話していたんですか?」

(メメФωФ)「うむ、少しな。彼奴よりによってキングダムの発売日を忘れたらしいのでそれについて雑談をしていた」

(*;゚ー゚)「キングダム………あぁ、私あの絵の感じ苦手で」

(メメФωФ)「それ間違えても彼奴の前で言うでないぞ」

“机上の戦争”に勝つために。

深海棲艦と国際社会の外圧、二つの脅威から日本という国を守るために。

我が輩は、“蛇の道”に足を踏み入れることにした。

後世に世界が、そして日本という国が残っていたとして、歴史家達が“海軍”という組織について紐解いた時我が輩の諸行を見てなんと言うだろうか。程度の差はあれ、碌な評価ではないことはおそらく間違いあるまい。

「【Ghost】叢雲、到着したわ!損傷は軽微、まだまだ戦えるわよ!」

(メメФωФ)「よし!各位再度の進撃用意!椎名、白兵装備の点検を全員にもう一度徹底させろ!」

(*メ゚ー゚)「了解です!」

だが、我が輩が死した後の世界で我が輩について何をどう言われようが知ったことではない。そもそも語られる世が残されなければ何の意味も無いのだから。

“海軍”として、あらゆる手段を用いて深海棲艦を駆逐する。

自衛隊として、いかなる手段も辞さず日本国を守る。

職務を果たし、存在意義を満たすために、我が輩は例えその先に断崖絶壁が広がっていようとも今の道を歩む。

他者を足蹴にし、部下を捨て駒にし、人命を損得で勘定し、上に昇り詰めるために策を講じ、時に味方をだまし、悪友さえ利用する。

それらこそが、今の我が輩が歩む道。

(・∀ ・メ)「准将殿、部隊再編完全に完了だ!」

(*メ゚ー゚)「市内各地の艦隊、陸戦隊も体勢立て直しました!ロシア軍主力部隊も機甲師団を中核として深海棲艦と戦闘中!」











(メメФωФ)「────攻勢再開!!ムルマンスクを何としても死守せよ!!」

それらこそが、今の我が輩の“日常”である。




2017?4/23
基礎訓練期間を終えて、今日から私も正式に海上自衛隊付の「艦娘」として大洗鎮守府に着任することになった。基本は警備府での哨戒任務からと聞いていたのだが、私は成績が優秀だったそうでいきなり通常規模の鎮守府勤務だ。
誇らしい限りなので、この気持ちを日記に付けておきたいと思う。

2017?4/26
着任から三日が経過した。今日は演習に参加。
提督はとてもいい人で、所属する艦隊も旗艦である山城を中心に非常に練度が高い。
特に山城は本当に並外れた戦闘能力を持っている。聞けば、所謂「ヒトケタ組」なのだそうだ。
なるほど、道理で。
私も早く彼女のように縦横無尽な活躍を見せたいものだ。

2017/5/10
赴任からそろそろ一ヶ月となる今日、遂に海上での初任務に就いた。巡視船【しきしま】と共に近隣海域の哨戒を行う。
深海棲艦の駆逐が日本近海ではほぼ完全に終わっていることもあり、敵との遭遇はなかった。
………平和は良いことなのだが、正直少し残念だ。
あ、いやいや。いかんいかん……

2017/5/18
近隣の警備府に用事があり早朝哨戒の帰り際に立ち寄ったのだが、門番が所謂“双子”で少し面食らった。
アレほどそっくりな兄弟というのはなかなかお目にかかれない、雷と電も真っ青だろう。
少し立ち話をしてみたが、なかなか愉快な奴等だった。今度酒でも酌み交わしてみたいものだ。



2017/5/19
明日は例の学園艦とか言う超巨大船の帰港時護衛ということで、入念な事前会議が行われた。
提督からは近隣の警備府も支援につくし日本近海なのでそこまで緊張しなくて良いと言われたが、やはり気を引き締めるに越したことはない。



2017/5/20
大洗女子学園の護衛はつつがなく完了した。自衛隊が使っている方の【かが】まで導入した大がかりな護衛だったが、天気明朗にして波低しで若干大袈裟だったように思う。とはいえ、深海棲艦相手に“過ぎたるは及ばざるが如し”はないので仕方ない面もあるが。
それにしても、これほど巨大な艦を教育の場として海に浮かべられるほど日本が発展してくれていたことは嬉しい限りだ。
今夜はあの巨大な艦影を肴に飲もう。

2017/6/3
訓練をサボった望月を探しに行ったら、奴は部屋でテレビを見ていた。あにめいしょんという奴で、何かクラゲみたいなキャラクター(( ^^ω)←絵にするとこんな感じ)が少年と交流する話らしい。
望月を叱るつもりで部屋に突入した私は、うっかりこのあにめいしょんを一緒に見入ってしまった。
結果、私も一緒に提督に怒られる。
一生の不覚だ……

2017/6/11
アメリカ合衆国の空軍が海上で捕捉した深海棲艦を数隻撃沈したらしい。
かの国は艦娘がアイオワとサラトガの二種だけなのだが、質と量を兼ね揃えた圧倒的な軍事力で深海棲艦との戦いも優位に進めていると聞く。
あんな馬鹿げた力の持ち主と戦争していたのかと思うと背筋が寒くなる。

2017/6/15
鎮守府の食堂テレビを眺めていたら、大洗女子学園とは別の学園艦が創立記念日を迎えたとかでニュースになっていた。何でも創立90年目の節目の年であるそうだ。
………私が進水した年と同じじゃないか、何か照れくさいな。
よし、今夜はあの巨大な姉妹と夜空を通じて酒を酌み交わすことにしようかな。

2017/6/16
おかしい。
私が記憶する限り、大日本帝国の軍艦として戦っていた時分にあんな巨大な船は見たことがない。
昨日はついつい流してしまったが、進水年まで同じなら流石に覚えているはずだ。
それとも、“軍艦”としての記憶の残り方には個人差があるのだろうか?
或いは、広い広い海原でたまたま会っていないだけなのか。



2017/6/22
どうしても学園艦のことが気になってしまい、提督に他の学園艦はどれくらい前からあるのか聞いてみた。彼は少し驚いたように目を丸くした後、創立30年もたってないものから100年以上の歴史があるものまで様々だと答えてくれた。
有り得ない。あんなものが近海に複数浮いていたのに、軍艦だった頃の私が気づかない可能性があるだろうか。
それとも艦娘化に伴う記憶障害のような副作用?
あぁ、頭が痛い。飲まないとやっていられない。



2017/6/28
ここ何日か任務中や休憩中に同僚達に“学園艦”について聞いているが、どうも要領を得ない。
それは何かを隠しているとかそういった類いではない。この件については“話が通じない”のだ。
彼女達は皆学園艦を認識している、なのに学園艦の話題、特にある特定の内容に触れると彼女達は皆口を揃えてこう言う。
「ごめん、今何て言ったの?」
彼女達の、心底不思議そうな表情が恐ろしい。

2017/7/4
在日米軍、海上自衛隊、そして横須賀や呉の“司令府”所属艦娘達による大規模訓練が行われたとニュースでやっていた。
……ここに来た頃の私なら、自分も一刻も早くこんな場に参加できるよう研磨を積まなければと決意を新たにしたことだろう。
でも、今の私は胸に渦巻く疑問に悶え、とても士気を奮い立たせる気にならない。
いったい、私はどうなってしまったんだろう。


2017/7/10
オランダ領キュラソー島近海にル級を旗艦とした深海棲艦が出現。アメリカ、オランダ、ベネズエラの海軍がこれを迎撃し殲滅に成功したらしい。
……深海棲艦の活動は再び活発になりつつあるのに、私はなにをやっているのか。


2017/7/20
私は未だに信じられない。
今朝やっていたニュース、アレが本当ならば、私が“可能性の一つ”として考えていた選択肢の中で、最も有り得ない物が真実だったと言うことになる。
何故、あんな物があそこにある。
何故、かの船が未だに残っている。
この“日本”は、私の



《眼が覚めたようだね、製造No.83。

あぁ、安心してくれ。ご覧の通り我々は君に危害を加えるつもりはない。拘束も加えていなければ周りに武器を持った人影もないだろう?》

《ただ、部屋に関しては戦車道にも使われる特殊カーボンを何十層にも渡って重ねた強固な壁を用意させて貰った。艤装を使えるならいざ知らず、君達の腕力を持ってしても破壊は困難なので悪しからず》

《……回りくどく話を続けてもこんがらがるだけだ。単刀直入に行こう。

君の書いていた日記は押収し、我々の方で読ませて貰った。乙女に対する仕打ちではないことを重々承知しているが、我々人類にはそういったものに配慮をする余裕が現在なくなりつつある。

そして少なくともこの二、三ヶ月で完全に無くなる可能性が極めて高い───我々はそう予測している》

《我々が非人道的な手法で君を連れ去る直前、最後に日記に書かれていたであろう内容………これは正しい。艦娘にも一般にも公にされていないが、君は真実に辿り着いた。───本来艦娘の諸君には辿り着けない、辿り着いてはいけない“真実”に》

《フィクションの世界なら君はこのままひっそりと消されるところだな、ハハハ………うむ、笑えない話だったな、すまない。話しにくいのでカメラを悪鬼羅刹の形相で睨むのをやめてくれ》

《さて、ここから先の話だが、まず君には“全ての真実”を包み隠さず伝えよう。だが一方で、君に“今後に関する選択肢”は現時点では存在しない。

なので、最初にしておかなければならない挨拶をすませておくよ》







(`・ι・´)《私はアルタイム=スモールウッド。この“艦隊”の総提督を担っている。

“海軍”へようこそ》










少女の足が一閃される。短い呻き声を残して、ホ級flagshipの頭部がすっ飛んでいく。青い血が断裂面から噴水のように噴き出して、周囲の倒壊した家屋の瓦礫を染め上げた。

「おっ………と」

絶命し斃れ行く20メートル越えの巨躯に潰されぬよう、少女─────重巡洋艦娘・青葉は適度な高さまで地面が迫ったところで軽やかにホ級の肩から飛び降りた。トンッと響いた小さな足音は、直後にズンッという背後のバカでかい死骸の転倒音で掻き消される。濛々と舞い上がった雪煙を吸い込んでしまい、青葉は思わず数度咳き込んだ。

「ふっ────と!」

視界が奪われ続けるのを嫌い、彼女は即座に雪煙の中から転がり出て構えを取る。………が、半径百メートル以内に転がるのは瓦礫と屍体の山ばかりで動くものなど一体たりともいやしない。

「…………うーん」

一度構えを解いて、青葉は足下に転がっていたイ級だかハ級だかの下顎を拾い上げてみる。これでもかと言うほど意味の無い行為なのだが、どうにも拍子抜けしてしまった彼女は次の行動への思考を取り戻すのに若干のタイムラグを要している。

「まさか、本当に一発の弾丸も使わずに済んでしまうとは思いませんでしたねぇ………」

下顎を手の中で玩びながら、誰にともなく呟く。彼女の口調は例えば期待外れな大作映画を見終わった後のような、緊張感が微塵も感じられない場違いなものだった。

改めて、青葉は周囲の屍体の山を眺めてみる。優に30を越えるそれらは全て非ヒト型で、艦種も死に様もバリエーション豊かだ。

ただ、ほぼ一撃から、多くても三撃以内に絶命しているという点は悉く共通している。

「手応えがなさ過ぎるなぁ、幾ら非ヒト型だからってさ」

本来喜ばしいことであるその感想を、青葉は心底不満げに口にする。それがタチの悪い冗談ではない証拠に、彼女の口元はへの字に曲がり眼の奥にはいっそ怒りに近い光が宿っていた。

しばしその表情のまま腰に手を当てて固まっていた青葉は、彼方で炸裂した爆発音でようやく我に返る。

『ウォオオアアアアアアアアアアアッ!!!!?』

視線を其方に向ければ、丁度flagshipと思われる大型のト級が吹き飛ばされた左頭から煙を上げながら斃れていくところだった。

舎弟である──尤も青葉個人としては決して本意の関係ではない──武蔵の砲撃かとも思ったが、直ぐに違うと思い直す。彼女は衣笠と並ぶ艦隊屈指の砲撃戦の達人だ。あんなデカい的の即死させることができない部位を砲撃するなんて有り得ない。

ともあれ、自身の周りが静かなだけで戦闘はまだ続いている。青葉は杉浦や彼女の提督に繋げるべく無線のスイッチを入れた。

「【Fighter】青葉よりロマさん、聞こえ────ひゃあっ!?」

ザリザリザリと、爪で粗い岩の表面を掻き毟っているような不愉快な雑音が鼓膜を揺さぶる。提督や時雨、衣笠あたりに聞かれれば向こう三年はからかわれそうな情けない声が口から飛び出し、青葉は赤面しつつ自身が1人であることに感謝した。

「………あー、司令官?司令官?聞こえますか?ワレアオバ、ワレアオバ─────ダメみたいですね」

続けて彼女の提督にも通信を試みたが、彼女の表情が雑音の不快感に歪むだけの結果に終わる。立て続けに統合管制機、他の艦隊の提督、“海軍”航空隊といった具合に無線のチャンネルをまわしていくが、結果は変わらない。

「………最前線単身で通信手段喪失は、流石にちょっと不味いかな?」

少しだけ、青葉の表情が曇る。自身の実力を客観的かつ正確(よりやや控えめ)に見積もっても、この戦場に集う並みの深海棲艦を相手取って不覚を取る可能性は低い。ただし“低い”とはつまり“皆無”ではなく、流石に友軍の援護も全く得られず“不覚を取った”場合のサポートが受けられない現状は青葉と言えどなるべく続けたくは無かった。

「…………」

ふと、青葉は気づいた。ここまで考てようやく違和感にたどり着いた自分へ若干の苛立ちを感じつつ、彼女は周囲の様子に全神経を集中しながら再び構える。

「静かすぎる、よね」

独りでに、言葉が漏れた。

ムルマンスク全体では未だに激しい戦闘が続いているのに、彼女の元には眼前の敵艦隊を殲滅した後は砲弾一発さえ飛んでこない。【Helm】一機すら現れない。

杉浦から言われた、「深追いはするな」という指示が今更ながら脳裏に蘇る。

(ああ、青葉の悪い癖だよこれ)

例え思い直せば歯応えの欠片もない敵に対しても、「戦闘」というだけで理性が飛んでしまう。

おびき寄せられ、戦場の外れで孤立した─────自身の状況を、青葉が正確に理解したその瞬間。









「────っ!」

一発の砲弾が、彼女の横を掠めて駆け抜けていく。

艤装内の装置が起動し、周囲に船体殻が展開する。まともに命中すれば青葉の左半身ぐらいは吹き飛ばしていたであろう砲弾は、不可視の防壁の上を滑り逸れていく。

軌道が変わった砲弾は後ろでイ級の残骸に直撃し、弾薬に誘爆したのか巨大な火柱が上がった。

更に二発、三発、四発と砲弾が向かってくる。回避進路も同時に塞ぎながらの見事な射撃だが、青葉の飛び抜けた動体視力はこの内直撃コースにある砲弾が高角砲クラスの小口径弾であることを見抜く。

「せや!!!」

一歩も動かず、右腕を横に振る。信管が作動しなかった砲弾は弾かれてくるくると回転しながらあらぬ方向へ飛んでいき、20m程向こう側で改めて破裂した。

「───もうっ!」

息継ぐ間もない。両側で主砲弾二発が轟音を奏でるのと同時に、姿勢を可能な限り前傾にして駆け出す。

五発目、六発目の砲弾が低い弾道で相次いで頭上を通過。六発目の砲弾は船体殻の上部スレスレを削り、微かに火花を散らした。

「っ」

ほんの3Mほど背後から、熱と突風が爆発音に併せて吹き付けてくる。青葉はその場で跳び、あえて風に身を任せて宙に身を躍らせた。

「くぅっ………?!」

後押しされた身体はしかし、先程倒したばかりのホ級flagshipの屍に衝突して直ぐに止まる。肉体部分に当たるよう姿勢は制御したが、それでも衝撃に一瞬息が詰まる。

「うぇ………」

あと、ぶよぶよした腐敗臭が凄まじい肉塊に正面から飛び込んでいった結果肉片や体液を全身に浴び、腐った魚をすり潰した汁を頭から被ったような気持ちを味わう羽目になった。

二度とやるものかと、青葉は固く心に誓う。

ともあれ、爆風を利用して一気に移動距離は稼げている。

青葉はホ級flagshipの影に隠れながら、この日初めて起動した20.3cm連装砲と15.5cm単装砲に弾薬を装填した。

「索敵も砲撃も雷撃も────青葉にお任せ!!!」

『ッ!』

路上に飛び出しながら立て続けに二発、主砲を放つ。距離にして直線100mほどの位置に立っていた“人影”が横に跳び、砲弾を躱す。

「追加取材入りまーす!!」

『────!!』

間髪を入れず、着地際に併せて副砲も射撃。第4世代戦車でも一撃で吹き飛ばせる威力を誇るその砲弾に向かって、“人影”は起き上がり様に勢いよく拳を振り上げる。

天高く打ち上げられた砲弾は、更に50m程先まで飛んだ後ようやく地面に突き刺さって火柱を上げた。

『♪』

「わわっ、とと!?」

“人影”の手元で銃火が瞬いた。機銃弾が雨霰と飛来し、ホ級の屍と地面を削ってあたりに肉片や石片を撒き散らす。

「っくぅ!?」

塞がれた視界、そこに紛れてすかさず飛んできた砲弾を、ボクサーのダッキングのような動きで辛うじて躱す。

1分に満たない僅かな攻防で、青葉は痛感した。

今までの深海棲艦と、この個体は格が違うと。

「このっ!」

15.5cm単装砲が二度続けて火を噴いた。砲弾はしかし彼我の距離を考慮してもあまりに低く、案の定二発とも“敵艦”の遙か手前で地面に突き刺さる。

だが、命中はせずともその爆発は視界を、射線を奪うには十分な大きさだ。先程向こうがやってきた機銃掃射など比べものにならない量の土埃が火柱と共に舞い上がり、“人影”の周囲を覆う。

はずだった。

『────ッ!』

向こうはそれを読んでいたのだろう。砲撃が炸裂した瞬間にその身が凄い速さで横へ跳ぶ。地面を一回転して態勢を素早く立て直した“人影”は、そのまま両手の艤装を青葉に向けた。

「よーく、見えますねっと!!」

尤も、当の青葉はその時既に主砲を放っていたのだが。

『────ッ!!!?』

“彼女”は心底面食らった様子で眼を見開きながら、青葉に照準した艤装を咄嗟に足下に向ける。

「───なっ!?」

『…………ッ!!!』

迷わずの発砲。今度は青葉の眼が見開かれた。至近距離で炸裂させた自身の砲撃の爆発によって身体を後方に吹き飛ばし、直撃弾となるはずだった青葉の砲弾四発は“人影”が一瞬前まで立っていた位置に着弾し次々と巨大な火柱を上げる。

「まずったなぁ………!」

奇しくも自らの目眩ましを敵に提供してしまう形となり、舌打ちと共に艤装を構えながらバックステップでその場から下がった。

じっとしているという選択肢は案の定悪手だったようで、一秒と経たずに粉塵を切り裂いて飛来した砲弾がそこに突き刺さる。

「わわわ!?」

直撃したわけではないのでダメージはほぼなかったが、咄嗟の後退だったため姿勢は不安定。爆風に押されて青葉の身体は仰向けに地面に倒れる。

「…………ちぃっ!!」

更に、追撃の砲声が二つ三つとあたりに響く。咄嗟に地面を転がり再びホ級の屍の影に隠れた青葉の身体に、頭からぱらぱらと大量の砂粒が降り注いだ。

「うわぁっ!!?」

四発目の砲弾は、絶命したホ級の艤装部分にめり込む。

目の前を光が覆い、鼓膜を轟音が揺らす。

今度は自身の意志とは関係無しに、青葉の身体が熱を感じつつ宙に浮いた。

艦娘の艤装は、現代科学の粋を集めて作られたスーパーテクノロジーの塊だ。
“海軍”印の艤装となれば(謎の大爆発を起こす可能性がある点を除けば)世界最高水準の装備であり、例えば高所からの落下時や大口径砲の使用時に受ける衝撃の吸収機能などは一般的な艤装のそれを大きく上回る。

とはいえ、それでも吸収できる衝撃には“限度”というものがある。

軽巡洋艦とはいえ軍艦1隻分の弾薬が至近距離で爆発したことによって吹き飛ばされ、凄まじい速度で地面に叩きつけられた際の衝撃は当然限界値を大きく上回っていた。

「─────っあぐ!?」

空中で態勢を整え、何とか足から着地する。が、全身に走った激痛は艤装が軽減してなお並みの物では無く、意識が飛びかけて青葉の視界がぐらりと歪む。

『────………!!』

その様子を見てトドメを刺す好機と捉えたか、青葉が着地すると同時に爆煙の向こう側から敵は猛然と突撃を開始する。

実際、本来ならこれは英断だ。常人どころか、並みの練度なら艦娘ですら耐えることはできなかったであろうダメージ。奇跡的に意識を失わずとも、しばらくはまともに動くことすら困難になる。

「…………このっ、程度でぇ!!!!」

故に、意識を保つだけにとどまらず反撃に移れた、この青葉が規格外なのだ。

「ぐぅっ………!!」

『─────ッッッッ!!!?』

主砲撃によってただでさえ不安定だった姿勢は崩れ、青葉の身体は子供のでんぐり返りのように後ろへと一回転した。しかし突進してきていた敵影の方も今度こそ避けきれず、爆風と直撃弾の衝撃によって壁に当たったゴムボールのように来た道を跳ね返される。

再び、彼我の間に距離が開く。

ただしそれでも、交戦開始直後は150Mはあった間合いは、今や20Mほどまで詰められていた。

バチ、バチ。

短く二回、自身を覆う船体殻が艤装が上げた火花に合わせて明滅する。

本来無色不可視の防壁が、僅かに黄色くなっているのを青葉は視認する。

(………小破、ですか)

損傷としてはさして大きな物では無いが、それでも艤装の稼働率に僅かながら支障を来す。当然、決して喜ばしいことではない。

嗚呼、なのに。

(─────青葉、なんで満面の笑みなんて浮かべちゃってるんでしょうねぇ)

別に、今まで小破どころか中破・大破も経験しなかったわけじゃない。“海軍”設立間もない頃は物量差に加えて此方が押し込まれていたことも手伝って、遙かに危機的な状態を迎えたことも数え切れないほどある。

だが、それらはあくまでも“物量に押されて”のこと。押し寄せ群がる、一向に減らない深海棲艦の大艦隊にダメージを蓄積させていった結果だ。
では一体一体の手応えはというと、特にあの筋肉ムキムキの変態に鍛え上げられて以降はまるで感じたことはない。姫や鬼なら多少手こずるかといった程度で、基本的には(あくまでも彼女を筆頭とする“海軍”水準で)凄まじい数量以外の面で深海棲艦が脅威となることはなかった。

いつ以来だろう。【単艦同士の攻防】で自身が明確な損害を受けたのは。

何ヶ月、否、何年ぶりだろう。これほど心の底から高揚できる、命をかけていると実感できる戦いは。

「いや、ホント─────司令官の悪いところばっかり似ちゃいましたね。青葉って」

全身を震わせるほどの、青葉の歓喜に応えるように。









『──────♪♪』

紅い瞳を爛と光らせて、“彼女”も………【重巡リ級elite】もまた、歯を剥き出しにして笑った。

バチ、バチ。

短く二回、自身を覆う船体殻が艤装が上げた火花に合わせて明滅する。

本来無色不可視の防壁が、僅かに黄色くなっているのを青葉は視認する。

(………小破、ですか)

損傷としてはさして大きな物では無いが、それでも艤装の稼働率に僅かながら支障を来す。当然、決して喜ばしいことではない。

嗚呼、なのに。

(─────青葉、なんで満面の笑みなんて浮かべちゃってるんでしょうねぇ)

別に、今まで中破・大破を経験しなかったわけじゃない。“海軍”設立間もない頃は物量差に加えて此方が押し込まれていたことも手伝って、遙かに危機的な状態を迎えたことも数え切れないほどある。

だが、それらはあくまでも“物量に押されて”のこと。押し寄せ群がる、一向に減らない深海棲艦の大艦隊にダメージを蓄積させていった結果だ。
では一体一体の手応えはというと、特にあの筋肉ムキムキの変態に鍛え上げられて以降はまるで感じたことはない。姫や鬼なら多少手こずるかといった程度で、基本的には(あくまでも彼女を筆頭とする“海軍”水準で)凄まじい数量以外の面で深海棲艦が脅威となることはなかった。

いつ以来だろう。【単艦同士の攻防】で自身が明確な損害を受けたのは。

何ヶ月、否、何年ぶりだろう。これほど心の底から高揚できる、命をかけていると実感できる戦いは。

「いや、ホント─────司令官の悪いところばっかり似ちゃいましたね。青葉って」

全身を震わせるほどの、青葉の歓喜に応えるように。









『──────♪♪』

紅い瞳を爛と光らせて、“彼女”も………【重巡リ級elite】もまた、歯を剥き出しにして笑った。

しばしの間、両者は沈黙のまま視線を交わしていた。

まるで何年も愛し合っていた恋人同士のように見つめ合いながら、

まるで何年も互いの命をかけて戦ってきた仇敵同士のようににらみ合いながら、

青葉と重巡リ級eliteは、廃墟と化した街の一角に佇む。

「『─────………!!!』」

動いたのは、同時。



獲物を見定めた肉食獣のように獰猛な視線で相手を見据える。



森の中を駆けるカモシカのように軽やかな足取りで距離を詰め。





2人は全く同時に、眼前の“敵”めがけて互いの拳を突き出した。

限界まで積み荷を載せたダンプカー同士が最高速で正面衝突したような轟音が辺りに鳴り響く。

突風が逆巻き、砂煙が舞い上がる。大和の46cm砲の炸裂と見紛うばかりの衝撃。

その中心で、この光景を生み出したのが身長160cmに満たない二つの人影の交錯だと、誰が信じられようか。

『………ッ』

「───っふぅ!」

青葉とリ級eliteは、拳を突き出した体勢のまま衝突した独楽のように互いを弾き合う。着地した二人の足が地面を削り、がりがりと耳障りな音を立てて10Mあまりの距離を滑走する。

『──────キヒッ♪』

「……………アハッ♪」

、、、
嗤った。

二人の少女が。

2隻の重巡洋艦が。

2匹の怪物が。

互いに見交わし、眼を見開き、白い歯をこぼし。

抑え切れぬ狂喜を、狂気を滲ませて、再び嗤った。

「あはははっ!!」

『ギヒィッ!!』

嗤いながら、両者は同時に右腕の主砲を放つ。20mもない空間の中心で互いの砲弾が交錯し、それぞれ相手めがけて飛んでいく。

爆発音は聞こえず、代わりにキンッと甲高い金属音が鳴った。

両者の足下に、手刀で両断された砲弾が力なく転がる。

攻防は止まらない。既に砲弾の残骸が地面に到達したときには両者ともその場におらず、再び0距離で構えを取っていた。

リ級が裏拳を放ち、青葉がそれを上からはたき落とす。

すかさず顎に向かって掌底を放てば、これをリ級が肘打ちでそらす。

突き出される手刀。身体を捻り躱す。

そのまま足を伸ばして蹴り。膝で受け止められる。

弾かれ様に腹打ちの拳。両手の平で受け止める。

そのまま投げの体勢へ移行。身を捻ってリ級は見事に足から着地した。

手をふりほどかれその勢いを駆っての回し蹴り。ダッキングで躱す。

そのままボディブロー……は、跳び下がって避けられた。

追撃で踏み込んだところにかかと落としが降ってきた。咄嗟に横に転がって免れる。地面が鈍い音を立てて10数センチも陥没する。

飛び起きながら顔面にパンチ。向こうの左手に受け止められる。

リ級から渾身の右フック。此方も受け止める。

『───ッ!』
「───ッ!」

両手が塞がった状態で、2人は勢いよく互いに頭を振りかぶる。

骨と骨がぶつかる鈍い音。2人の額から青と赤、2種類の色の血が流れ出て、ぽたぽたと足下に落ちていく。

「………やっぱり、貴女“あの”リ級ですね?」

互いの額がピタリとくっつき、ルビーのように紅い二つの瞳がまさに“目の前”で踊る中、青葉は歯の隙間から絞り出すような──はっきり言って外見美少女が出すものとしてはあまりにも相応しくない──声でリ級に語りかける。

「大本営から聞いてますよ。リスボン沖事変、そしてベルリンの戦いに現れた、異様に高い戦闘能力と明らかに他の深海棲艦と比較して豊かな情緒を併せ持った特殊個体の話。

断片的な話しか聞いてませんが、それでもすぐに解りましたよ。青葉達の“同類”の1人だってね」

青葉は、また嗤っている。額から流れてくる血に顔面を染め上げながら、心底愉快そうに、心底愛おしげに嗤っている。

「行動パターンを見る限りどうも“お気に召した”方がいるかなと思ってたんですが………まさかはるばるロシアまで来るとは。お気に入りさんが諸事情で出てこなくて、ちょっとした暇つぶしにでも来たんですか?」

『──────キヒッ』

リ級もまた、笑い声を漏らす。言葉での返答はなかったが、その表情が何よりも雄弁に問いの答えを示していた。

「ええ、ええ。青葉達は幸運ですねぇ。お互い、思わぬ“お楽しみ”に出会えました………さぁ」

もう一度、2人は頭を振りかぶる。

激突した額の皮膚が更に深く裂け、2色の相反する色の血が混ざり合いながらあたりに飛び散る。

東の空が微かに白み始める中、ムルマンスクの街に佇む2匹の血濡れの化け物は笑みかわす。








「──────この世界の“はぐれ者”同士、仲良く殺し合いましょう。

ねぇ?“バグ”さん?」

今回分終わりです。>>300のミス連投は軽く死にたくなりました。

明日からの(,,゚Д゚)たちのパートでひとまずこの話は最終章となります。
最後までおつきあいいただければ幸いです






扉を開けた瞬間、入り口僅か数センチのところを弾丸が一発掠めていく。

舞い上がった雪混じりの粉塵が地面に落ちきる間もなく、何十挺という数のAK-12が下手くそな学生コーラスのように一斉にがなり立てた。5.45x39mm弾が嵐のように扉前の空間を駆け抜け、正面のシャッターも弾雨に撃たれて甲高い金属音を途切れることなく鳴らし続けている。

(,,゚Д゚)「そりゃあおいそれと出しちゃくれないわな」

「こんなところに逃げ込んだら当たり前でしょ」

単に“扉の前”に敵がいなかっただけで、俺達の籠もる倉庫自体は守備隊側にきっちり包囲されているらしい。まぁ、2番艦が後ろで愚痴るとおりわざわざ逃げ道皆無のどん詰まりに飛び込んだ敵を捨て置くのはバカの諸行だ。罠でも警戒したのか、数や火力に任せて踏み込んでこなかったあたり敵は寧ろ慎重に過ぎるとさえ言える。

………勿論、目論見がなきゃ俺だってこんな間抜けな場所に転がり込んだりはしない。

(,,#゚Д゚)「衝撃注意!!!」

倉庫全体に聞こえるよう叫びながら、俺はあの不愉快な絵が描かれた手榴弾をピンを抜いて放り投げる。ファルロがすぐさま俺の警告をロシア語に言い直し、突撃体勢を作っていた全員が床に身を伏せる。

コロコロと床を転がる色々とふざけた手榴弾は、倉庫前面のシャッターの前で回転を止めた。

(,,; Д )「ぬぉっ……!」

巨大な光が、炸裂した。

ズンッ!!!とヘソのあたりが冷えるような音が響き、身体の下で地面が激しく揺れる。

手榴弾一個から放たれたとは到底思えない“爆発”。至近距離から諸に受けた前面シャッターは、当然の帰結として規格外の爆発エネルギーによって無数の破片に姿を変えながら“外側”に向けて飛び散った。

「paaaa!?』

「ложись!!』

「Болеть……Болеть……』

「Санитар!!』

鉄の散弾は、狙い通り敵の築いた包囲網に殺到する。ガラスが割れる音や敵兵の絶叫と悲鳴が響き、たちまち血の臭いが此方まで漂ってくる。

(,,;゚Д゚)(マジで技術部何造ってんだよ)

ホ級が(文字通り)木っ端微塵になった時は内部弾薬に誘爆したせいもあったのかと思っていたが、この惨状を見る限り手榴弾それ自体の威力もやはり常軌を逸していたようだ。

……というか、投げる位置を心持ち遠めにしておいて本当によかった。倉庫の前面部分はほぼ7割方消し飛んで天井まで吹き飛ばされており、少しずつ白み始めた夜空がぽっかりと空いた穴から暢気に俺達を見下ろしている。

技術部のイカレぶりには一言どころではなく文句があるものの、ともあれ敵の包囲部隊は突如として発生した大損害に著しく混乱している。

飛び交う悲鳴と怒号に統率は感じられず、濃密だった弾幕は今やバラバラと申し訳程度に飛んでくるだけ。

────畳み掛けない手は、ない。

(,,#゚Д゚)「突撃!!」

(#゚∋゚)「Guys,Go!!」

(# ̄⊥ ̄)「давай! давай! давай!!」

三つの国の、同じ意味を持った叫びが飛ぶ。生ける軍艦三名を含んだ3ダースの軍人達が、一斉に武器を構えて立ち上がる。

(,,#゚Д゚)「ゴルァッ!!」

外へと身を投げるように転がり出た瞬間、頬と足下を掠めて立て続けに二発の弾丸が飛んでいった。間髪を入れず姿勢を正しながら反射的に撃ち返すと、膝立ち姿勢でAK-12を構えていた敵兵が1人100mほど先でもんどり打って地面に斃れる。

(,,#゚Д゚)「正面の敵はまだ抵抗力を有している、確実に始末しながら前進しろ!」

「ウゥアッ……』

後続に叫びながらもう一つ連射。負傷した味方を引き連れて物陰に隠れようとしていた奴を撃ち倒す。

引き摺られていた方も腰に手を伸ばしたが、これは直ぐ後ろに着いたファルロが鉛弾で黙らせた。

(,,゚Д゚)「あんな甘えたことほざいてた奴が元同僚や元部下に銃口向けられるかどうか心配してたんだがな!」

( ̄⊥ ̄)「なめて貰っちゃ困る、提督になる前は“Frogmen”の候補だったんだ!」

「カッハ………』

ファルロのAK-12が再び火を噴く。右肩にシャッターの破片を突き刺しながらも銃口を向けようとしていた敵兵が、喉から噴き出る血を抑えながら崩れ落ちた。

( ̄⊥ ̄)「Гангутの安否が解らず動転していたのは事実だが、祖国のために全てを尽くす覚悟は軍に志願した頃からすませているさ!」

(,,゚Д゚)「そりゃ頼もしいお言葉だ!」

地面にめり込んで屹立したやや大きなシャッターの残骸の裏側に滑り込み、それを盾としながら射撃。鉄骨が突き刺さっているBRDM-1の影から撃ってこようとした敵兵の頭蓋骨が弾けて、頭を無くした胴体がビクビクと気味悪く痙攣しながら車体に寄りかかって踊る。

(,,゚Д゚)「……しかしよくもあんな骨董品がこの最前線に残ってんな、あの偵察車ソ連の頃の採用じゃなかったか?」

( ̄⊥ ̄)「この国のただっ広い沿岸部を守り抜くには四の五の言っていられなくてね、基地によってはKV-2を現役に復帰させたところもあるぐらいだぞ」

(,,゚Д゚)「プラウダ学園生が泣いて喜びそうだな。装甲車はだいたいが潰れてるがまだ盾としては十分役割を果たしてる!注意しろ!!」

「了解!!」

“海軍”の1人が、返事と共に手榴弾のピンを抜き放り投げる。

装甲車の残骸の下に潜り込んだそれは、BRDM-1一台とその周囲にいた人影8人ほどを纏めてこの世から跡形もなく消し去った。

俺達が籠もっていた倉庫は、半円形に展開した80人ほどの部隊によって包囲されていた。ソヴィエト連邦時代からの骨董品とはいえ機関銃付の装甲車も所持していた事を考慮すると、【艦娘】の3人以外には突破がかなり辛い相手だったに違いない。

(,,#゚Д゚)「押し込むぞ、動く奴は片端から撃ち殺せ!」

(#゚∋゚)「俺達は前段部隊を左翼から突破する!

Follow me!!」

だが、初っ端の“奇襲”で敵包囲部隊は早々に1/3近い戦力を失っている。間を置かず全戦力で畳み掛けた結果、俺達は主導権を早々に握った上で攻勢に出ることに成功した。

(# ̄⊥ ̄)「奴等は同胞ではない、祖国を脅かす反乱者だ!銃口を鈍らすな、皆殺しにしろ!!

шагом-МАРШ!!」

「「「ypaaaaaaaa!!!」」」

ことに、ファルロたち密造酒マフィa……ロシア軍残党部隊の攻めの苛烈さは尋常ではない。鬼気迫る表情で銃を構え、弾丸一発一発に気迫を込めるようにして放ちながらかつての同僚を、仲間を殺す様には正直背筋に走る震えを抑えることができない。

散発的とはいえ反撃の銃火は敵側も上がっていくのだが、足下や頬を火線が掠めても眉一つ動かさない。怒りに燃える眼で前方だけを見据え、雄叫びを上げながらファルロ達は“反乱者”を粛正していく。

「отступать!!』

銃撃戦開始から五分と経たず、相手の指揮官と思わしき男が掠れた声で叫んだ。

既に残り半数を切っていた敵兵は、近くの負傷者を抱え起こしながら転げるようにして退却を開始する。

「包囲部隊、退却を開始!」

(,,#゚Д゚)「次が来るぞ、遮蔽物の確保急げ!」

動向自体には注意を払いつつも、一先ず包囲網に関しては元々崩せさえすれば殲滅の必要性はない。目に付いた敵2、3人を射殺した後は、倉庫からふっ飛んできたと思われる鉄の柱が突き刺さって横転しているBRDM-1の内一台の影に隠れる。

江風と村田、それからロシア兵と“海軍”兵がそれぞれ1人ずつ俺の後に着いてきた。

(,,;゚Д゚)「合図があるまでは動くな!それと残弾の管理はしっかりと……うおっ!?」

野外に展開していた敵は、包囲部隊だけではない。その更に100M程向こう側────ついさっき俺達が鎮守府本舎からの攻撃を受けたバリケードのあたりに、もう一段敵の防御陣地が待ち構えている。

そこから、何十条という火線が此方に向かって延びてきた。俺達が隠れた装甲車にも次々と銃弾が突き刺さり、甲高い金属音と共に連続的な火花を上げる。

主力部隊はおそらくこちらなのだろう。兵力規模は少なく見積もっても前段の包囲部隊と比較して3倍から4倍はある。中にはRPG-16と思われる筒を担いでいる人影も幾つかあり、装甲車の数は優に10台越えの充実ぶりだ。

巨大な戦力を誇る敵主力部隊は、しかしながら数に飽かせて突撃してくるような真似はしない。後退していく包囲部隊の存在を考慮してか幾らか控えめではある物の、それでも豊富な火力投射によって俺達の進軍を妨げることに注力している。

「……こりゃ凄いですね。まさに弾幕ですよ」

(,,゚Д゚)「全くだ」

反撃しようにも、手や頭を出せば途端にミンチのできあがり。とてもじゃないが動けたもんじゃない。

装甲車の影で縮こまる俺の耳に、インカムから女の声が飛び込んできたのはその時だ。

('、`*川《統合管制機よりWild-Cat以下第1波空挺団各位に通達、今より120分後に“海軍”航空隊とアメリカ空軍によるトゥロマ川流域全体への大規模空爆が敢行されます。

特に港湾施設への攻撃は重点的に行われるため、鎮守府付近で活動中の部隊は十分な注意を払ってください》

(,,゚Д゚)「…………Wild-Catより統合管制機、それは作戦指揮官の【Caesar】も了承済の内容か?」

('、`*川《当然。寧ろ准将が大本営に具申し許可が出た形です。ロシア連邦政府も、日本政府の脅はk……要請を快諾しました》

あのインテリイボ痔野郎。

(,,゚Д゚)「Wild-Catより統合管制機、イボ痔糞准将に至急伝言を頼みたいんだが」

('、`*川《作戦参加者の中にコールサイン【イボ痔糞准将】なる部隊・人員は存在しないため却下します。アウト》

解ってて言ってるだろこのアマ……!あ、本当に切りやがった!

( ̄⊥ ̄;)「ヨシフル少尉、どうしたんだ!?」

(,,#゚Д゚)「あと2時間後にムルマンスク全域を対象とした大規模な空爆が始まる!鎮守府奪還を急いだ方が良さそうだ!」

「は?あのイボ痔糞眼鏡野郎何言ってんの?絶対膝小僧の皿蹴り割ってやるからね」

(,,#゚Д゚)「あぁ無事帰れたら是非とも盛大にやってくれ!!」

2番艦の愚痴に思わず八つ当たり気味な返答をしてしまいながらも、無線のチャンネルを別の場所に合わせる。

元々ここからは短期決戦を強いるつもりだったのである意味では予定通りなのだが、想定外の事態が起こった場合に軌道修正の方向性が残り時間によって大きく制限されるのが痛い。

ここからはノンストップで一気に行く。

(,,#゚Д゚)「村田、発煙筒に点火しろ!!」

「了解!点火します!!」

村田が点火した20cm程の筒から、深緑色の煙が濛々と吹き出して天へと昇っていく。こっちが目眩ましをするつもりだとでも思ったのか、包囲部隊が退却し終えたことも手伝って敵の銃火が更に激しさを増す。

だが、俺達はこの煙を“使って”何かをするつもりは毛頭無い。煙を“上げる”ことそれ自体が目的だ。

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりRabbit、緑色の煙が見えるか!?」

《此方Rabbit、よく見えるぞWild-Cat。

それと付け加えるが、目標地点の制圧を完了している。我々は配置についた、いつでも撃てるぞ!》

(,,#゚Д゚)「よし!」

待ち望んでいた答え。思わず身体の前で強く拳を握り締める。

(,,#゚Д゚)「支援砲撃、煙の噴出地点から西100M地点に要請!

鎮守府本舎には当てるな、確実にその“手前”を狙ってくれ!」

《承った───卯月、派手にかませ!!》

《りょーかい!うーちゃんに、お任せだっぴょん!!》

ドンッ、ドンッ、ドンッ。
間隔を置かず、渾身の力で撃ち鳴らされた太鼓のような音が無線から三度響く。束の間の静寂の後、今度は力なく吹かれる笛の音を思わせる風切り音が彼方より聞こえてきた。

「──────В укрытие!!!?』

「Нет!Нет!』

「отступ

奴等がその音の正体に気づいたときには、既に遅い。

睦月型駆逐艦4番艦・卯月による三発の艦砲射撃が、緩慢な動作で散開を計った敵部隊のど真ん中で炸裂した。

旧式艦艇である睦月型駆逐艦の能力は、はっきり言ってしまうと極めて低い。取り柄と言えば燃費だけで最前線や中枢部隊に配備するメリットは殆ど無く、実際自衛隊所属の睦月型に一線級艦隊で活躍する個体はほぼ存在しない。

酷な話をすると無保有国に対する艦娘のレンドリースが可能となった際に、最も“国防に対する影響が少ない”睦月型を優先するという旨が既に自衛隊並びに内閣で決まっているらしい。
あくまでロマさんからの受け売りではあるが、感情論を度外視した場合理に適った内容のためおそらく真実だろう。

───だが、それはあくまでも対深海棲艦戦力として、艦娘の中で強弱を語った場合の話だ。

《【Rabbit】うーちゃんより【わいるどきゃっと】、艦砲射撃の効果を教えるっぴょん!》

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりRabbit、敵陸戦隊損害甚大!砲撃を続行されたし、オーバー!」

《りょうかーい!睦月型の本当のチカラぁ!》

旧式だろうが、艦娘の中では貧弱な性能だろうが、彼女達もまた“軍艦”だ。装備が12cm単装砲であっても歩兵が扱う携行火器とは比べものにならない威力を誇り、射程距離も多くの陸戦兵器を凌駕する。

つまり対人間ならば、例え睦月型であろうとも一隻、二隻で十二分に脅威となり得る。

《撃ぅてぇ~、撃ぅ~てぇ~い!》

第2波艦砲射撃は、七発。炸裂する砲弾に装甲車が燃え上がり、四肢を吹き飛ばされた兵士達が地面に転がる。俺達に向けられていた火線は砲弾が炸裂する度に10個単位で纏めて途切れ、悲鳴と断末魔、呻き声が変わってあたりを満たす。

「うひょっ!?」

指示を出そうとした指揮官の1人の真後ろで、砲弾が炸裂する。ねじ切れた首が此方まで飛来して装甲車の屋根でバウンドし、驚いた江風が素っ頓狂な声を俺の後ろで上げる。

「おい【Rabbit】卯月、少し派手にやり過ぎじゃねえか?!こっちのトラウマが増えたらどうしてくれンだよ!」

《ダウトもいいとこだっぴょん!地獄の血みどろなんちゃら鎮守府の奴等が最も“とらうま”なんて言葉から縁遠い存在であることは周知の事実だっぴょん!》

(,,゚Д゚)「いや、それは違うぞ。確かにこいつらは概ね樹齢うん千年の大木より図太い神経の持ち主だがトラウマが全くないわけじゃない」

《……意外だっぴょん》

(,,゚Д゚)「時間が無いから割愛するがな」

具体的に言うとお前の先輩にあたるあっちの鎮守府の卯月はトラウマ抱えてる筆頭格だぞ。因みに「ウン○マン事件」の報告書を読んだロマさんは笑いすぎて吐いたらしい。

ともあれ、10発目の砲弾が着弾した頃には敵部隊からの火線は完全に止まり、隊列は建て直しようが最早ないほどに崩壊していた。人肉の破片や千切れ飛んだ四肢、黒焦げになった生首などが至る所に転がり、兵力がバリケードや装甲車の周囲に密集していたことも災いしてまともに動ける状態の兵士は1割もいない。

実に効率的な殺戮だ。最弱艦種とはいえ“海軍”所属の艦娘、仕事のやり方はきっちりと心得ている。

敵兵力が強大な状態のままであれば、時雨や江風、Верныйに関しても乱戦に持ち込まれることで起きる多対一の攻防下での“事故”の危険性を拭いきれなかった。だが、ここまで痛めつければ何かが起こることは有り得ない。

(,,#゚Д゚)「時雨、江風、正面敵部隊の残りカスを掃討しろ!行け!」

「「了解!!」」

嬉々とした笑顔を浮かべて、悪魔2匹が装甲車の影から飛び出し駆けていく。

残存戦力は1割程度とはいえ、元の母数から考えれば例え1割でもそれなりの数にはなる。

卯月の砲撃から生存した敵主力部隊の1割、凡そ30名。荒い息の中で立ち上がったそいつらは、向かってくる時雨と江風に銃口を────否、その先に装着された“銃剣”を構えた。

「давай!!!』

「「「ypaaaaaaaaaa!!!』』』

30名が、指揮官の号令一過突撃してきた時雨と江風に四方から飛びかかる。狙うは言うまでもなく“白兵戦”。

歩兵の自動小銃程度では、それこそ極めて貧弱な睦月型の船体殻にすら碌なダメージを与えられない。その点で考えれば、確かに急所に攻撃できれば一撃必殺が見込める白兵突撃によって一縷の望みを繋ぐやり方は間違いではない。

加えて、満身創痍とはいえ向こうはよく訓練された正規軍人の集団。一般人や訓練不足のゲリラ兵が刃物を持っているのとはワケが違う。“一縷の望み”どころか、向こうはおそらく本気で時雨と江風を殺すつもりだったのだろう。

「五月蠅い」

「クァッ』

尤も、最初に交戦した1人の上半身が時雨の振り下ろした拳で“潰れた”瞬間に、それがいかに無謀な試みかを奴等は思い知っただろうが。

「江風、今度は僕の方に多くちょうだい」

「約束はできねえな時雨姉貴。さっきも言ったけど、早いもん勝ちだ!」

「もうちょっと姉を敬いな───よっと!!」

腹から上が肉と骨と血液がぐちゃぐちゃに混じった塊に変わり、腸を垂れ流しながらビクビクと痙攣する下半身。その足首辺りを掴んだ時雨は、眼前の光景に固まってしまった別の兵士めがけて叩きつける。

「』

悲鳴すら、上げる間もない。乾いた破砕音と共に横合いから打撃を食らった兵士の身体が鋭角に折れ曲がる。肋骨や背骨、腰骨が立て続けに肉を裂いて体内から飛び出し、外れた何本かが地面に落下してカランカランといやに軽い音を奏でた。

白兵戦闘が深海棲艦や艦娘に対して一定の効果を発揮する理由は、奴等が“軍艦である”という点に集約される。大半の陸戦兵器を凌駕蹂躙し得る火力も、鼻先まで肉薄されてしまえば自身を巻き添えにする可能性が跳ね上がりおいそれとは使えない。無論艦砲射撃の衝撃に耐えうる強靱な身体の持ち主を相手にするわけだから接近してからも油断はできないが、肉体部分に刃さえ通すことができれば銃弾や砲弾を湯水のように使って船体殻や甲殻を削るよりも遙かに効率的に奴等を殺すことができる。

とはいえ、では肉弾突撃が無敵の必殺技かというと残念ながらそうはならない。要は“通常兵器に比べると”急所を一撃で突ける分まだ勝ち目があるというだけで、成功させるには相応の作戦と彼我の状況の的確な分析、そして何より実行する部隊の高い練度が必要になる。例えばフランス陸軍がやらかしたパリでのアレは、教科書に載せたいぐらい典型的な“最悪の白兵戦”だ。

いかに深海棲艦が砲雷撃戦を前提としていて殆どの個体が白兵戦を想定していないとはいえ、なんの策もなくまっ正面から突撃すればある程度は対処できる。というかそれ以前に近づく前に圧倒的な弾幕に大半は接近できず薙ぎ払われることになるため、まぁ言ってしまうなら集団自殺と何一つ変わらない。

さて、では何とか四苦八苦して敵との距離を詰めることができたとして、もしそいつが“白兵戦の心得もあった場合”はどうなるのか?

「ふぅっ───」

その答えが、今この瞬間俺の目の前で作り出されている光景だ。

「ほっ!」

「グァッ………ァアアアアアアアアアッ!!!!!?』

時雨は軽い調子で息を吐き、軽い調子でそのロシア兵に足払いをかけた。次の瞬間その兵士の両足は膝から下が千切れて吹き飛び、仰向けに地面に転がることになったそいつが絶望的な表情で叫び出す。

「アァアアッ、ウァア゛ッ……』

「耳障りだから静かにして」

断末魔は、そいつの頭部が踏み砕かれたところで止まった。その両側から、銃剣を構えたガタイのよい2人が勢いよく時雨めがけて突進する。

ほんの5メートルもない距離からの突撃。全くの同時にタイミングを合わせることができたなら、或いは微かに勝機を見いだせたかも知れない。

だが、一方的は虐殺劇に対する焦りと動揺がそうさせたのか、兵士二人の動きは一見機敏でもただ飛びかかっただけだった。

「ypaaa────アッ!?』

右手から飛びかかった大柄な兵士の銃剣をつかみ、引き寄せる。驚いて眼を見開いたそいつの顔面に向かって、突き出されたのは時雨の肘。

「ブッ』

「よいしょ」

「~~~ッッッ!!?』

破裂音がして、顔面のど真ん中に大きな穴が開く。がくりと力が抜けた身体からAK-12を奪い、慌てて停止しようとしたもう一人の喉元めがけてもう一度突き。

「プァッ』

「ギッ……!!?』

吹き出した血には目もくれずに、屍の肩口を蹴って銃剣から外すとそのままAK-12を別の敵に投げつける。北の大地の二刀流投手も裸足で逃げ出す剛速球を叩き込まれたそいつは、デパートに売っている昆虫採集の標本のように横倒しになったトラックに縫い付けられた。

「────!』

その背後から、飛びかかる人影。この部隊の中でも手練れに位置する兵士なのか、今までに比べて鋭い動きだ。

尤も、時雨からすれば誤差に過ぎないが。

「惜しい惜しい」

「чёрт………!』

首だけ動かし、突き出された銃剣を躱す。そのまま振り向いた時雨が胸に掌を添え、自身の運命を悟ったその兵士は悪態をつく。

「覇!」

肋骨を粉砕し、筋肉を断裂し、時雨の掌底がそいつの背中からとび出した。

ファルロの“元”同僚共は、人類全体の命運を握る重要拠点の守備隊だっただけあってその練度は決して低くはない。そりゃあ俺達“海軍”程とは言わないが、動きは艦砲射撃から辛うじて生き延びた直後であることを考慮すると寧ろよくこれだけまだ鋭く動けると感心する。

並みの────白兵戦を不得手とする“普通の”艦娘や深海棲艦のヒト型相手なら、殺れていた可能性も充分にありそうだ。

(,,゚Д゚)(残念ながら相手が悪いどころの話じゃなかったが)

( ̄⊥ ̄;)「………С ума сошёл」

ワンカップ酒の一つもあればいいお供になったんだがと悔やむ俺の後ろで、ファルロが冷や汗を浮かべながら呟く。……まぁ、この光景を初めて見る人間からしたらわりかし刺激が強すぎるわな。

“人類の味方”だと言われる存在が、反乱者とはいえその人類を危機として殺して回っている姿なんて。

「イヒッ……!」

満面の笑みで江風が漆黒の手斧を振るう。袈裟懸けかから斬撃を受けた敵は文字通り身体を“切り裂かれ”、断面図に沿って上半身が滑り落ちる。両断された屍体を飛び越えて別の獲物へと向かう直前、頬に飛んだ返り血は江風の舌になめ取られた。

「八人めぇ!時雨姉貴、そっちは何人やれたよ!」

「11人目。悪いけど、今度は僕の方が勝つね」

「はっ、まだまだ勝負はこれからってね!

──────うおりゃあっ、9人めぇ!!!」

「12っ、と」

江風の斧が生首を天高くに跳ね上げ、時雨の投げたトランプのスペードマークを思わせる黒い刃───言うなれば忍者の「くない」が脳天を貫通する。

残りは10人ほど。頃合いだ。

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりCoyote、近接航空支援行けるか?!」

《CoyoteよりWild-Cat、ウチのお嬢さんはその指示を待ちくたびれていたぞ!

───鎮守府で交戦中のチームより航空支援要請が来た!全機上げろ!》

本当に、“それ”を飛ばす瞬間を待ち望んでいたのだろう。2kmに満たない距離だったとはいえ、通信からほんの数秒と経たずにその機影は現れた。

スリムなボディを持つ物が多い大日本帝国の名機達の中でも、そのフォルムはとりわけ鋭敏だった。ダーツの矢のようにほっそりとした造りの機体の先端には三枚羽のプロペラが一つ付き、アツタ発動機の力で猛烈に回転している。下部に伸びる二本の着水用フロートがその機体のシルエットを独特のものにし、俺にはまるで今まさに獲物に襲いかかろうとしている猛禽類のように見えた。

緑色を基調とした機体色と、翼に燦然と輝く紅い日の丸。70年前にこの機体で太平洋の空を駆っていたパイロット達の中に、自分たちの相棒が小型化した挙げ句ロシアの空を再び舞うことになるなんて想像できた奴が1人でもいただろうか。

「Обнаружен самолет противника!!』

「Огонь! Огонь!』

窓という窓から一斉に放たれた弾丸の雨の中を平然と擦り抜けて、三つの機影────多用途水上機【晴嵐】が鎮守府本舎に肉薄する。

計六門の機銃が火を噴いた。鉛弾が窓を割って壁を貫き、その裏側にいた人体を粉砕して物言わぬ肉片へと変えていく。

下から上へと、ビルに沿うようにして行われた機銃掃射の時間は凡そ10秒程度だろうか。

その10秒で、本舎からの射撃は完全に沈黙した。

《────【Coyote】伊-401よりWild-Cat、第一次近接航空支援を完了!効果の程を報告されたし!》

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりCoyote、効果は絶大だ!反転して目標に再度の攻撃を要請したい!」

《了解!──さぁー…伊400型の戦い、始めるよ!!》

輸送機・輸送ヘリによる最前線や作戦海域への空輸は艦種を問わず全ての艦娘が可能だが、ウイングスーツや落下傘を用いた“空挺”となると投入できる戦力は駆逐艦と軽巡洋艦に事実上限定される。

一応戦艦や重巡洋艦、空母の艦娘が空挺をできないわけではない。ただ重量の関係から装備できる艤装が小口径の単装・連装砲か機銃・高角砲程度に限定されるため、前線火力を低下させてまで彼女達を投入する意味合いは自然薄くなる。空挺作戦は基本的に“対人戦”が主となる区域で行われるため、駆逐艦や軽巡でも船体殻と最低限の艤装を活かせば充分に制圧し得るというのも重火力の大型艦を“空挺”から遠ざける要因だ。

ことに空母艦娘は艦載機運用のために膨大な艤装を装備する必要があり、戦艦や重巡以上にハードルが高い。着艦用の飛行甲板、補給用の燃料に弾薬、自衛用の対空火器も皆無だと厳しく、加賀や赤城のような矢変化型の艦娘なら艦載機の弓矢も必要になる。

艦娘が操る艦載機戦力の“空挺による前線運用”───必須ではないにしろ魅力的な案だが実現は当分できないと誰もが、ロマさんでさえ思っていた。

潜水空母、伊-401が実装配備されるまでは。

《此方Sparta Team、鎮守府敷地内に突入したが敵多数に包囲されている!航空支援は寄越せるか?!》

《【Coyote】伊-401よりSparta、安心して!そっちにも別途三機送ったよ!》

《OK、機影確認!感謝する!》

“パナマ運河を爆撃し米海軍の太平洋への戦力投射を阻害する”という、壮大な(そして血迷っているとしか言いようがない)作戦を実行するために設計された水上戦闘機【晴嵐】と、その母艦の内の1隻である伊-401。当初大本営が描いた青写真からは大きく外れたものの太平洋の海原で猛威を振るった武勲艦とその艦載機だが、現代に転生した結果その特色が最大限に活かされた舞台はまさかの地上戦だ。

大がかりな着艦艤装も艦載機展開用の特殊艤装も必要とせず、発艦用のカタパルトは9mm機関拳銃とほぼ同じ大きさ。運用可能な艦載機である晴嵐は数こそ最大6機と少ないが、組み立て式でパーツも発艦するまではポケットサイズのため此方の運搬も容易いと来ている。

対深海棲艦としては数があまりにも少なすぎるが、例えば今回のように“人類”を相手にした戦闘ではかなり頼れる戦力になる。

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりSparta、状況を報告せよ!」

《こちらSparta、民兵に囲まれていたが晴嵐の爆撃で向こうの包囲網が崩れた!現在態勢を立て直して応戦中!》

《ChaserよりCoyote、こっちも民兵に群がられている!航空支援を頼む!》

《【Coyote】伊-401、要請受諾!Spartaの方から1機そっちに回すね!》

深海棲艦にも共通することだが、運用される艦載機は小型でこそあれ火力や機動力は現実に第二次大戦で運用されていた“それ”とほぼ遜色がない。

対策が取れていたり対抗運用できる空母艦娘や艦載機が存在するなら話は別だが、そうでない場合攻撃を受けた側にとって響き渡るレシプロエンジンの音は悪魔の高笑いと何一つ変わらないだろう。

(,,゚Д゚)「Wild-Catより【Coyote】伊-401、もう一度だけ本舎に掃射を頼みたい!今度は裏手側に2機回してくれ、それが終わり次第補給に戻るんだ!」

《了解!じゃっ、いっくよーーー!!!》

3機の晴嵐が急上昇し、鎮守府本舎の200mほど上空まで舞い上がる。2機が錐揉みしながら裏手へ、1機が宙返りをして再び表側へと機首を向けてそれぞれ猛然と急降下を開始する。

《がん、がん、がーーーーんっ!!!》

ややはしゃぎ気味のハイテンションな声で覚えたての符号を叫ぶ“しおい”の意志を反映してか、機銃の火線は両側から挟み込むような形で本舎に突き刺さりその表面を蹂躙した。

応射は幾らかあったが、まさに空を“舞う”ように飛び回る晴嵐には全く当たらない。軽やかに貪欲に反復攻撃を繰り返し、凡そ30秒にわたって本舎を徹底的に嬲り続ける。

《───支援完了!Wild-Cat方面の晴嵐、全機帰投します!》

三つの機影が俺達の頭上から去ったときには、本舎はエメンタールチーズのように穴だらけになっていた。

(,,#゚Д゚)「総員、出ろ!鎮守府本舎に突入する!!」

本日更新完全無理です、申し訳ありません。明日の朝と夜で2更新予定です

周りの奴等に呼びかけ、俺自身AK-47を構えつつ物陰から立ち上がる。あちらこちらから黒い煙をブスブスと吹いている正面本舎に銃口を向けて警戒してみるが、此方に弾丸が飛んでくる様子はない。

窓際に展開していた奴等は殲滅したか奥に引っ込めさせることに成功したようだ。とはいえ敵の総兵力的に抵抗がコレで打ち止めの筈がないし、“海軍”航空隊と米軍による爆撃の件もある。

時間は有限だ、急ごう。

(,,゚Д゚)「Ostrich、手筈通り裏手に回れ!」

( ゚∋゚)「了解した。総員続け!

Go go go!!」

( ̄⊥ ̄)「Верный、ウチの奴等を半分率いて“海軍”の別働隊を援護しろ!」

「承ったよ、司令官。

……Вперёд!!」

Ostrich率いる別働隊が、右手に分かれて鎮守府本舎を迂回するような形で移動を開始。直ぐ後にはВерныйとロシア兵が続く。

(,,゚Д゚)「艦娘が人間に指示を出すのか」

( ̄⊥ ̄)「彼女は頭の回転が速いし、兵士達からも慕われている。何より、この鎮守府で一番強い。何か問題があるか?」

(,,゚Д゚)「いや、ただ驚いただけさ」

そも、提督や将軍階級の人間まで最前線で銃器構えてドンパチやってるブラック軍隊がとやかく言える立場ではない。

(,,゚Д゚)σ「寧ろ羨ましい限りだよ。“海軍”の艦娘はハチャメチャな強さとひき替えに脳味噌どっかに忘れてきた奴ばっかりだからな」

大理石でできた太い柱に支えられた、玄関口の屋根の部分に到達したところでその「脳味噌を忘れてきた連中」にハンドサインを出す。既に迎撃部隊の殲滅を終えていた時雨と江風が、本舎の窓を油断無く睨みつつ俺達の元へ駆けてくる。

(,,゚Д゚)「窓に新手の敵影は!?」

「無い。奥の方で人が動いているようにも見えなかった」

( ゚∋゚)《Wild-Cat、此方Ostrich。裏手に着いた、敵影無し》

( ̄⊥ ̄)「Верныйも問題なく後続している、向こうも準備が整ったようだ!」

(,,#゚Д゚)「よし!江風、派手にぶちかませ!!」

「あいよぉっ!!」

合図を受けた江風が十メートルほどその場から下がり、走る。助走を付けて跳躍すると、その勢いのまま鎮守府本舎の扉に向かって右足を突き出した。

「江風キーーーーーーック!!!」

これまた「どこの重要文化財ですか?」と聞きたくなるような、荘厳な造りの巨大な扉。パッと見た限りは木製かと思われたそれは、跳び蹴りが直撃した際の音から察するに表面部分だけで内部は分厚い鉄板でできていたらしい。

戦車砲さえ防がれそうな堅牢な防御力も、艦娘が放つ渾身の一撃の前にはベニヤ板と変わらない。打撃点を中心にぐしゃりと中折れしながら、両開きの扉が内側にゆっくりと倒れていく。粉砕された蝶番の残骸が、俺達のところまで飛んできてコンクリート製の床を転がっていく。

「────штурм!!』

「「「ypaaaaaa!!!』』』

瞬間、扉の内側で待ち伏せていた反乱軍の奴等が一斉に飛び出してきた。20人ほどの伏兵部隊は誰1人銃を持たず、全員がコンバットナイフを構えてラグビーのスクラムのようにデカい図体を連ねて着地した直後の江風に殺到した。

(,,#゚Д゚)「ゴルァッ!!」

「ガッ………!?』

俺達全員が後に続いて飛び込んだのとほぼ同時だったため、その刃は一つとして届かなかったが。

爪が食い込むほど強い力で喉を鷲掴みにされて、お伽話に出てくるドワーフのようなちりちり髭が生えたツラが苦痛に歪む。微かに漏れる呻き声は、こめかみにナイフをぶち込むとピタリと止んだ。

(,,#゚Д゚)「せいっ!」

「ウオッ!?』

白目をむいて崩れ落ちた敵の向こう側から、ナイフを抜く間もなく伸びてきたデカイ掌。撥ねのけて、毛がやたらと濃く触り心地が不快な腕を取り、捻り上げながら足を払う。

投げ飛ばされた2メートル近い巨躯がぐるりと一回転し、地面に叩きつけられた。後頭部をしたたかに打ってビクビクと震えるそいつの喉に、さっきの屍体から抜いたナイフを突きたてる。

肉繊維に、自分が掛ける力に従ってずぶりと刃物が沈んでいく感触が手に伝わる。刺された側は目に灯っていた蒼い殺意に僅かに恐怖が混じり、しばしの身悶えがを経て光そのものが失われた。

(,,゚Д゚)「……!」

一瞬止まった動作。背後で気配。振り向くと、そこには左手に握った銀色の刃を俺に向かって今まさに突き出してくる人影。

「よっと」

その頭部が、脳漿と骨片と肉塊を撒き散らしながら砕ける。時雨は足先にこびりついた眼球をハイキックの延長の動きで振り落とすと、そのまま“くない”を熟練のショートストップのように軽やかに投擲した。

「ズァッ』

右手から突進してきていた敵の眉間を、黒い塊がドデカイ穴を空けながら貫通する。

時雨の“くない”は目標を貫いてからも10m程飛翔した後、重力に従って落下し床で一度カツンと乾いた音を鳴らしてバウンドする。それを合図にしたように撃ち抜かれた敵が前後の穴から血を吹き出して倒れ込み、撥ねた赤い飛沫が鎮守府内の白い壁に染みを作った。

「───Clear」

足下に転がる20と幾つかの“人間だったもの”が身じろぎ一つしないことを確認して、“海軍”兵の1人がナイフに付着した脂をウィングスーツで拭いながら告げる。

……噎せ返る血の臭いに壁に張り付いた脳漿や眼球の残骸、千切れた腕やら足やらが正面の階段にまで吹っ飛んでいる様を「綺麗」と表することに疑問を抱かないでもないが、軍隊用語なのでそこは仕方が無い。

(; ̄⊥ ̄)「………仮にも北欧防衛の任に選ばれた精鋭部隊の強襲を、よくもこうまで一方的にあしらえるものだな」

(,,゚Д゚)「なんならお宅も自ら武器持って深海棲艦とステゴロ繰り広げてみるか?ル級の生首掲げて高笑いするキチガイの後ろ2ヵ月もついて回りゃ世の中のだいたいが大したことないように思えてくるぞ」

( ̄⊥ ̄)「……遠慮するよ」

(,,゚Д゚)「そりゃ残念だ」

半ば本気の感想だが、ファルロの人柄を考えるとそれは正しい選択でもあると思う。

今回のような裏切り者ならともかく、まともな部下や同僚が目の前で7割方死に絶える戦場の存在なんて知らない方が幸せだ。

尤も、間もなくそれが再び世界中で当たり前の光景になるかも知れないわけだが。

(,,゚Д゚)「それでファルロ、ガングートが反乱軍に拘束されているとして監禁できそうな場所は?」

( ̄⊥ ̄)「………真っ先に浮かぶのは地下独房だ。機関艤装を外した状態の艦娘なら戦艦でも壊せないよう、戦車道の戦車に用いる特殊カーボンを加工した金属で作られた格子がある。

提督としての執務室も最上階だが司令室はまた地下だ。此方は部屋自体の造りは牢屋以上に頑丈でもある、可能性としてはこの二部屋が最も高いな」

(,,゚Д゚)「地上階で可能性のあるフロアは?」

( ̄⊥ ̄)「本舎ではないな。……ガングートは正直なところ火力、馬力などのスペック面では日本やドイツで運用される主力艦に比べるとかなり劣るが、それでも“戦艦”だ。拘束具も拘束部屋も、並みのスペックなら容易く粉砕して脱出できる」

(,,゚Д゚)「………なるほどね」

となると、考えられる可能性は三つ。

一つ、ファルロが今上げた通りの部屋に拘束されている。

一つ、ここ以外の区画で適当な拘束施設がある場所に移動されている。

一つ────既に殺害されたか裏切ったか、どちらかの形で拘束する必要がなくなっている。

できれば三つ目の可能性はあまり考えたくないが、“最悪”は既に想定するべきだ。

(,,゚Д゚)「もう一つ聞きたい。地下司令室と独房は近いか?」

( ̄⊥ ̄)「距離は離してある。それにフロアも違うな、独房は地下三階、司令室は地下二階にある。

とはいえあくまで本舎と面積は大して変わらない、せいぜい五分程度の移動で行き来できるな」

本日は再び更新厳しいです。
出張(出向?)期間が本日で終わる(はず)なので、明日から更新安定させられるように頑張ります。

本当に、今回亀更新続きで申し訳ありません

地下……か。高度数千メートルの上空から地面の下までとは、世界中で活動する俺達“海軍”の仕事場は縦向きに対しても際限がないらしい。マントルと宇宙空間に行く機会がありゃ地球上の完全制覇達成だ。

(,,゚Д゚)「……って、宇宙は地球上には含まれないわ」

( ̄⊥ ̄)「?」

(,,゚Д゚)「いや、こっちの話だ」

アホな自己問答は置いといて、ガングートが地下にいるならそれが拘束であれ寝返りであれ周囲に護衛の兵力も付いている。当然そいつらは今の伊-401による空襲から逃れているので、相応の戦力が俺達の足の下に隠れていることになる。

加えて、軍事基地の中枢部ならたとえ地下であっても防御機構も充実しているだろう。幸いにして「案内役」がいるため幾らか脅威は減る……と思いたいが、攻略に手間がかかるのは想像に難くない。

なかなか骨が折れそうな案件に、思わず顔が渋くなる。だが、やらないわけにも行かないのが努め人として辛いところだ。

(,,゚Д゚)「Ostrich、裏口の制圧はどうなっている?」

( ゚∋゚)《OstrichよりWild-Cat、既に突入・制圧に成功した。Верный以下ロシア兵にも欠員無しだ》

(,,゚Д゚)「OK、そっちももう話を聞いてるかも知れんが敵は未だ地下に戦力を温存している可能性が高い。更にГангутが囚われていた場合こっちもかなりの確率で地下に拘束されている。

そっちに地下への入り口はあるか?」

俺達の正面には【風と共に去りぬ】のスカーレット=オハラが澄まし顔で降りてきそうな雰囲気の螺旋階段が(幾らか内蔵と肉塊をぶちまけられた状態で)上下に伸び、階段両脇の柱にはエントランスの古風な情景を破壊しないよう気を遣われた趣向でエレベーターが備え付けられている。裏口が同じ形で下に降りられるかどうかは不明だが、二手から攻め立てられるならそれに越したことはない。

………しかし艦娘が“古めかしい建物を好む”ってのは確かだが幾ら何でもこの内装は古すぎやしないかね。学のない俺でも18世紀とかそこらに流行ったデザインだってなんとなく解るぞ。

( ゚∋゚)《あぁ、こっちには地下へと続く螺旋階段がある。特に破壊されてもいない、突入は可能だ》

(,,゚Д゚)「ファルロ、表と裏以外に地下階段やエレベーターはあるか?」

( ̄⊥ ̄)「ない、この2箇所だけだ」

(,,゚Д゚)「よし」

なら、ガングートや敵の残党を逃がす心配も無い。後は幾らか準備を整えて踏み込むだけだ。

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりSparta、そっちの戦況はどうだ!」

無線自体は直ぐに繋がったが、そこからしばらく耳に届いてくるのは銃声や爆発音、そして人の叫び声ばかり。一向に返答はないまま、たっぷり20秒ほどの時間が過ぎる。

《此方Sparta、鎮守府南部区画より突入したがさっきも言ったとおり敵多数に囲まれている!》

そろそろ焦れてきた頃に飛び込んできた返事は、まるで1キロも向こうから声を届かせようとしているかのような叫び声。鼓膜がびりびりと痛むほど震え、思わず一瞬無線から耳を離した。

《戦力比は当方22名に対し敵は少なく見積もっても600~700!

B級のゾンビ映画みたいな光景だ、お宅の筋肉質な顔馴染みならさぞや大喜びだったろうな!

まぁ、俺の好みはラブロマンスなワケだが!》

ジョークを交える程度にはまだ余裕があるらしいが、BGMの戦闘音は全く収まる気配がない。

【晴嵐】に近接航空支援の要請をした際に妙に慌てた声だったため気になっていたが、本当に人間“嫌な予感”というのはとても良く当たる。

(,,゚Д゚)「Wild-CatよりSparta、敵部隊の内訳を知らせろ。それとそっちに着いてる艦娘の兵装残弾は?」

《基地内から出てきたロシア軍の軍服を着込んだ奴等が30程度施設内から撃ってきてる、後のは鎮守府の外からだ!

ほとんどは元ムルマンスク市民と思われる、服装にも武装にも統一感がない。銃器すら装備してない奴も向かってくるぞ!》

《【Sparta】長良よりWild-Cat、装備の25mm連装機銃は残弾4割ほど!まだ戦えるけどそろそろ厳しいよ!

Chaser、そっちの状況も教えて!》

《【Chaser】川内よりWild-CatそれからSparta、こっちも多数の民兵に囲まれた!

14cm連装砲もそろそろ弾切れになる。敵は10人倒すと15人追加される有様だ、とても間に合わない!》

《あー、RabbitよりWild-Cat並びにSparta、割り込みになるがいいか?》

(,,゚Д゚)「……どうぞ」

Rabbitの指揮官とは、国籍が違うが顔馴染みだ。表向きの顔が在日米軍の軍曹であるそいつとは、合同訓練の際にたまたま近くに配属された時二回ほど他愛のない雑談を交わしている。

軽口の多い男だが、根は真面目で任務にも忠実だ。こいつが味方との通信を遮ってまで話に割って入るなんてことは、滅多にない。

それがよほど重要な報せで無い限り、そして───

《制圧した大学の屋上より市街地の大通りを鎮守府へ進軍する“市民”を多数確認した。

………数え切れないがまぁ3000は越えてそうだな。スクラム組んで道を埋め尽くしながら進んでいくぞ。

速度から逆算して、あと10分ほどで鎮守府に侵入する》

────よほど悪い報せで無い限り。

( ゚∋゚)《……急に沸いてきたな》

(,,゚Д゚)「大方待ち伏せだろうよ、引きつけて鎮守府ごと包囲して殲滅って寸法だ。……元からか即席かは解らんが」

ムルマンスクの総人口に対する兵力として考えると少なすぎるが、俺達空挺部隊にとっては悪夢のような物量だ。

ある意味、今までで一番厄介な戦法を取られていると言っても過言ではない。まともに戦えば艦娘の戦闘能力を持ってしても押し切られる。

(,,゚Д゚)「Wild-Catより統合管制機、此方に航空支援は回せるか?」

('、`*川《此方管制機、空母艦隊の奮戦でムルマンスクの制空権を一時的に確保。長い時間ではありませんが偵察ヘリを何機か南に回せます》

俺達が向こうに合わせてまともにやってやる必要など皆無だが。

(,,゚Д゚)「出せるだけ出してくれ。三分で良い、指定の区域に全火力の投射を」

('、`*川《受諾しました。後方待機中のMH-6【リトルバード】が90秒後に掃射を開始します》

(,,゚Д゚)「Coyote、SpartaとChaserに【晴嵐】による航空支援を。Rabbit、大通りの民兵に【リトルバード】の空襲に併せて艦砲射撃をぶち込め。残弾は考えなくていい、壊滅するまで撃ちまくれ」

《【Rabbit】卯月より【わいるどきゃっと】、それ大丈夫かぴょん?大通りを進んでる民兵集団、銃火器を装備してる奴等が少ない上女の人や子供もたくさん居るみたいだけど》

(,,゚Д゚)「あぁ、だがそいつらは全て“敵”だ」

《了解だっぴょん》

卯月の方も、今の問いかけにはあくまで確認の意味は無かったのだろう。あっさりとした口調で引き下がり、1秒後には艤装に弾薬を装填したらしき金属音が響く。

殲滅は無理だろうが、“敵”が前時代の市民革命のような密集陣形で進んでくるなら艦砲射撃と【リトルバード】による空爆で相当な打撃は与えられる。鎮守府到達までの遅延・時間稼ぎは十分にできるはずだ。

その間に、俺達で地下を一気に制圧する。

( ̄⊥ ̄)「………」

(,,゚Д゚)「提督、何かご意見や注文があれば聞きますが」

( ̄⊥ ̄)「………いや、何でも無い」

此方を見てくるファルロに話を振ると、向こうはなんとも複雑な表情を浮かべつつもそれ以上は何も言わず引き下がった。

通信が全て明確に聞こえたとは思えないが、俺の言っていた内容さえ解れば“海軍”が何をしようとしているのか推測するのは容易いはずだ。密造酒に手を出すほどこの街の住人に愛着を持っているファルロからすると、民兵への攻撃は“元同僚”に対する時ほど割り切れるものではないらしい。

(,,゚Д゚)「ファルロ、俺とお前で先行だ。道案内は頼むぞ、特にトラップや防御システムの無力化はお前らにかかっている」

( ̄⊥ ̄)「…………。解っているさ、解っているとも」

そんな葛藤は俺の知ったこっちゃないが。

(,,゚Д゚)「Ostrich、突入を開始しろ!」

( ゚∋゚)《了解!》

(,,#゚Д゚)「Breaching!!」

階段を一段降りる。大理石の階段を軍靴が踏みしめる音が響く。

《Seeker-01より地上部隊各位、指定ポイントに到着。

間もなく攻撃を開始する、付近部隊は衝撃に備えろ》

本舎の上空を、何機かのヘリコプターのローター音が通過していった。

鎮守府の電源は生きているはずなのだが、地下への階段を照らすのは緑色の非常灯だけ。お世辞にも十分な光量とは言い難く、踊り場の所だけがストリップ・ショウの舞台上のように照らし出されている。

(,,゚Д゚)「ライト点けろ!」

( ̄⊥ ̄)「暗がりはなるべく作るな!とにかく広い範囲をくまなく照らせ!」

俺自身特別仕様の軍用懐中電灯をAK-47の下部に装着し、スイッチを入れながら後ろの奴等に向かって叫ぶ。ファルロ達ロシア軍もちゃんと装備していたようで、18個の白く丸い光が途端に地下行き階段のあちこちへと伸びる。

(,,゚Д゚)「Clear!」

( ̄⊥ ̄)「そのまま降りろ!行け行け行け!」

踊り場まで何事もなく辿り着いたところで、そのままライトを下へ向ける。映し出されたのは階段の終わりに立ち塞がる鉄製の扉で、右側の壁には新築マンションのオートロックを思わせる機械のプレートが埋め込まれていた。

扉の前や周囲には人影が無く、階段から扉までは5メートルにも満たない細い一本道で隠れるような場所もない。俺とファルロはハンドサインで江風達に着いてくるよう合図を出しながら、一息に残りの階段を駆け下りて扉にピタリと身を寄せる。

(,,゚Д゚)「扉を開ける方法は?」

( ̄⊥ ̄)「カードキーとパスワードだ。キーは当然私が持っている」

そういってファルロは胸元から銀色の薄いプラスチック製の板を取り出す。小さな長方形のそれが、早い話この扉を開けるカードキーなのだろう。

( ̄⊥ ̄)「パスワードの方も、変えられるのは艦娘提督である私だけだから問題なく開けることができるが………どうする?」

(,,゚Д゚)「どうするもクソもないさ」

扉に窓はなく、中の様子を伺うことはできない。時雨や江風に破壊させてもいいが、かなりの厚さを持つそれは艦娘の力でも正直破壊できるか微妙なところだ。下手に曲がるだけになって開けられなくなれば、それこそ突入にいらない時間を食う。

入り口での待ち伏せという不安要素に目をつぶっても、ここはファルロに開けて貰うしかない。

(,,゚Д゚)「時雨、江風、正面に立って警戒。西井、ランディ、二人を援護できるよう一段上で射撃体勢」

「りょーかい」

「あいよ!」

「了解です」

「Yes sir」

4人分の返事がこだまし、それぞれが配置についたのを見届けて合図を出す。ファルロは頷くと、手元のカードキーをプレートに当てて表面に現れた数字パネルを手早く操作していく。

数秒間、沈黙の中にパネル操作の電子音だけが響く。それは一際高い沸騰したやかんみたいな音を残して終わりを告げ、開く扉の隙間から空気が逃げる「プシューーッ」という間の抜けた音が後に続いた。

そして扉の中から漂ってきて頬を撫でたのは、背筋が思わず震えるような外と遜色ない温度の“冷気”。

「Clear!」

「異常なし!敵影無し!」

(,,;゚Д゚)「………」

(; ̄⊥ ̄)「………」

中を覗いた時雨達が異口同音に叫ぶが、俺とファルロは扉を挟んで浮かぬ表情で顔を見合わせる。

(,,;゚Д゚)(………室内で空調が効いてない?)

(; ̄⊥ ̄)(階段もそうだが、電力が生きているのに何故……)

あぁクソ。この手の不吉な予感は基本的に当たると相場が決まっている。

だが、突入せず退却という選択肢は残念ながら皆無だ。

(,,#゚Д゚)「行くぞ!突入!!」

(# ̄⊥ ̄)「Вперёд!」

柄にもなく胸の内に沸いた不安を押し潰すように、ファルロと共に入り口を跨いで地下へ踏み込む。

電灯一つまともに点いていない廊下が、冷たい風を吹かせて俺達を出迎える。

銃口とライトを、次々と辺りに向けていく。俺と時雨、江風、そしてファルロの四つの白い光が廊下を行き来するが、閉じた鉄製の扉が並ぶだけで人影や気になるものはない。

………強いて一点挙げるなら、足下でぴしゃぴしゃと音を立てる水溜まりだろうか。

(,,゚Д゚)「こんなところまで雨漏りとは、建て直しをオススメするよ提督殿」

( ̄⊥ ̄)「ご意見ありがたく頂戴しよう、なんとか軍の上層部から予算を勝ち取らなければいかんな」

冗談めかしてそんな台詞を交わしてみるが、不穏な空気は益々重く俺達の肩にのしかかる。

“海軍”として初めての作戦に参加したときだって、それに六年前だってこんな気持ちにはこれっぽっちもならなかった。

(,,゚Д゚)「地下二階へは?」

( ̄⊥ ̄)「直進400M、突き当たりを左折して300Mで入り口だ。開ける方法は地下一階と同じ。

途中にセンサー式の機関銃や催涙ガスの噴出口があるが……この調子だとおそらく機能していないぞ」

「そりゃまたグッドニュースだね。うれしさのあまり泣けてくるよ」

直ぐ後ろで時雨がうんざりとした様子の声を上げる。こいつもどうやら経験則から地下の状態が碌なものじゃないと悟ったらしい。これから降りかかってくるであろう「厄介ごと」に、早速嫌悪感丸出しだ。

「ところで、廊下の両側にある幾つかの扉は?まさかターミネーターでも極秘裏に開発して格納しているとか?」

( ̄⊥ ̄)「いや………衛兵の詰め所と武器庫、それから監視所だな。

因みにこれらの扉も戦車道で使われる特殊カーボン製だ。かなり分厚く造られている、艦娘とはいえ駆逐艦の攻撃じゃ例え砲撃でも破壊は難しい」

「……ご丁寧にどうも」

(,,゚Д゚)「部屋の数は?この両側の4部屋だけか?」

( ̄⊥ ̄)「この階にはここだけだが地下二階にも同じ形で4部屋と非常用の食料庫、資料庫が一つずつ。それから最下層には詰め所が四つある。

収容人数は司令室や独房も含めれば200と少し詰め込める」

(,,゚Д゚)「……Ostrichが突入した側も?」

( ̄⊥ ̄)「構造はほぼ同様だ」

最大総兵力は400人前後。他区画や本舎地上階にいた戦力を差し引けばこの半分から1/3程度といったところか。

骨は折れるが、対処できない人数差じゃない。

(,,゚Д゚)「各位、部屋と上階からの物音に警戒しつつ進軍しろ!村田、直井、このまま入り口を確保しておいてくれ!異常があれば直ぐに無線で連絡を!」

「「了解!」」

「ギコさン、扉は開けて中も確認するかい?」

(,,゚Д゚)「藪蛇って言葉もある、入り口にブービートラップだけしかけて無視しろ」

ハンドサインを何人かの兵士に向けると、彼らは頷いて一斉に扉の前へ散る。普通に出てくれば足首がある場所に、ワイヤーやロープを用いた簡単な引っかけが施される。

( ̄⊥ ̄)「……行け」

ファルロも顎で指して味方に指示を出す。先程“海軍”の兵士達が仕掛けたトラップに、ロシア兵が手榴弾を添えて引っかかった瞬間ピンが外れて爆発するように一手間を加えた。

……もしも俺達だけだったらこの仕掛けは作れなかったので、思わぬ形でファルロ達の存在に感謝する。技研が造ったあの狂気の沙汰の塊で同じ罠を作れれば、下手をすると俺達が1人残らず生き埋めだ。

(,,゚Д゚)「………行け!」

罠が誤作動しないこと、そして扉が開かないことを確認し、村田達二人を残して歩を進める。

ぴしゃぴしゃと、足下では相変わらず不快な水音が小さなしぶきと共に鳴り続ける。

「……まさか水没しないだろうね、この地下施設」

( ̄⊥ ̄)「この建物は海に直接繋がっていないからほぼ有り得ないが………何故だ?」

「だって、妙に磯臭いよ?この水」

(,,゚Д゚)「………」

時雨に言われて、犬のように自身の鼻をひくつかせ、初めて気づく。

確かに、これは紛れもなく嗅ぎ慣れた“海の臭い”だ。

それも外から漂ってきたとかそんなレベルの生ぬるいものではない。明らかに、足下や周囲から直接俺達の鼻に届いている。

重苦しく、不気味さを増していく辺りの空気とは裏腹に何事もなく5分弱の進軍が終わる。ロシア国旗が描かれた壁がライトに現れたところで素早く辺りを見回し、人影が無いことを確認。

俺と時雨が先行し、曲がり角の壁に身を寄せてゆっくりと覗き込む。そのまま飛び出して廊下の先までライトで照らすが、300M向こうの扉に至るまで人影はやはり皆無だ。

( ゚∋゚)《此方Ostrich、地下二階へと続く階段を視認。人影は無い》

(,,゚Д゚)「こちらWild-Cat、同じく。村田、其方に異常は?」

《ありません。部屋、上階どちらにも新たな動きは見られず。強いていうなら外で【リトルバード】による空襲が行われているぐらいです》

(,,゚Д゚)「OK。

Ostrich、突入しろ。俺達もかちこむ」

( ゚∋゚)《了解。Good luck》

(,,゚Д゚)σ「其方こそな」

( ̄⊥ ̄) ))

時雨と江風を直ぐに援護できるよう位置に着かせて、俺とファルロでさっきと同じように扉に張りつく。……更に強くなった磯の香りに、思わず同時に顔が歪んだ。

( ̄⊥ ̄)「……いいか?」

(,,゚Д゚)「いつでも」

俺が頷いたのを見て、ファルロが再びカードキーを取り出して手元の電子プレートに近づけ────

(,,;゚Д゚)「「…………っ!!?」」( ̄⊥ ̄;)

操作をするよりも先に、凄まじい潮の香りを冷気と共に吐き出しながら扉が勢いよく開いた。

.







『─────キャハハハ、キャハハハハハハハ!!!!』








.

………最初に外でその声を聞いて以来、俺はずっと“幻聴”だと思っていた。だが、どうやら間違った認識だったらしい。

玩具で遊ぶ赤ん坊を思わせる、甲高くて無邪気で、しかしどこか神経を逆なでする笑い声。【Helm】から逃げる際に俺の耳に微かに届いたそれと寸分違わぬものが、よりはっきりと暗い廊下に木霊する。

「……!」

「いっ!?な、なんだよこの声!」

場違いなその声を聞いて反応したのは、今度は俺だけではなかった。時雨の表情が一瞬で真剣なものに代わり、江風はびくりと身を震わせ首を竦める。二人を含めた全員が、一斉にアサルトライフルを構えて声が聞こえてきた方向───扉の向こう側に銃口とライトを突きつけた。

「ウァッ…………』

「撃て!!!」

地下二階へと続く階段の手前に立っていたそいつは、ファルロ達と同じロシア軍の服装に身を包みながら武器を持っていなかった。攻撃せずにただ立っていただけのそいつに、しかし時雨の号令の下全員が同時に引き金を引く。

俺とファルロの間を、熱と火花を撒き散らしながら弾丸の雨が駆け抜ける。肉を無数の鉄塊が貫き断裂する音が直ぐ後ろで途切れることなく鳴り続ける。

ぼとり。

俺の足下に何かが転がり落ち、視線を向けるとそれは人の右手だった。

(,,;゚Д゚)「……クソッ」

悪態が、喉の奥から零れた。別段この程度のグロ画像は見慣れて久しいし、それこそ地下に踏み込む直前エントランスでぶちまけられた肉片と内蔵の山の方がよほど光景としてはよほど凄まじい。

そう、別段今の悪態は目の前の光景に漏らしたもんじゃない。微かに聞こえてくる「音」に対するものだ。

「ウァ……アァ……』

………嗚呼畜生。ふざけんな、あり得ねえだろ!

なんだってこの銃声の中で、弾雨の中で、それを食らってる奴の足音と声が聞こえてくるんだよ!!!

本日ここまで、新敵の正体はまた明日に。

皆さん歯は奥までしっかり磨きましょう(歯髄炎で死にかけながら)

(,,;゚Д゚)「野郎!」

「ヴァッ……』

出口に差し掛かった“そいつ”の顔に肘打ちをぶち込んで押し返し、身体を反転させAK-47の銃口を向ける。扉を挟んだ反対側でファルロも同じ動きをするのが視界の端に写り、更に二つの火線が蹈鞴を踏んで後退した奴の両肩に突き刺さる。

断裂音がして、左手も肘の下から先が消えた。吹っ飛んだ腕はぼんっ、ぼんっと体育館の床に弾むバスケットボールのような音を残して階段の下へと転がり落ちていく。

「こいつ……なンで……!!」

当然の話だが、人間の身体は18挺のアサルトライフルから放たれる弾丸に身体中を穴だらけにされて生きていられるほど丈夫ではない。だが、弾雨の只中に立つその男………“男のようなもの”は、まだ動いている。

「なっ……ンで!死なねえンだよ!!!!」

肉片が削られて四肢のあちこちから骨が垣間見え、両腕が欠損し脳漿が頭からこぼれ落ちて行く中でも未だに声を放ち前進を続ける。最早人間としての原型すら徐々に崩壊しつつあるその物体の姿を目の当たりにして、江風が叫んだ。

その声が震えていた理由は、おそらく通路に充満する冷気のせいではない。

ファルロがほとんどただの赤い塊と化した上半身から射線を下にずらし、“男”の膝に向かって弾丸を放つ。5.45x39mm弾が膝関節の骨と筋肉を粉砕し、欠落した左足が血の噴水に押し出されて左腕同様階段を滑り落ちた。

「アッ………アッ………』

(; ̄⊥ ̄) 「……いったい何だこいつは!」

膝から下が消え去って太腿が地面に着き、それでも“男”は血の跡を残しながら失われた腕を伸ばして此方に向かってくる。額に汗を浮かべながら張り上げるファルロの問いかけに応えられる者はおらず、銃弾を撃つ手は止めないまま全員がじりじりと“男”の歩みに追い立てられるようにして少しずつ廊下を後退していく。

「イギッ』

(,,;゚Д゚)そ「ぬおっ!?」

「ひぃっ!?」

「っ……っ………!」

“男のようななにか”が、二階への入り口から3メートルほども進み出た頃だったろうか。

突然、上半身が内側から破裂した。ピンクと白が混じった脂肪の塊が此方に飛んできてピチャピチャと顔や腕に張りつき、江風は更なる悲鳴を残して尻餅をつく。

時雨は辛うじて悲鳴を漏らすことは避けたようだが、寸前までは行ったようで噛みしめられた唇からは一筋の赤い血が流れ出ている。







『キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!』

次の瞬間、聞こえてきたのはあの“笑い声”。

『キャハハ、キャハハ、キャハハハハハハハハ!!!!』

肉塊の下から現れたのは、一人の赤ん坊だった。

赤ん坊………ああそうさ。こいつは間違いなく赤ん坊だ。

0.5mあるかも怪しい小さな身体に、明らかに関節がしっかりとしていないバタバタと動かされる手足。全体的に丸っこい体型、無邪気に上がる笑い声。全て間違いなく赤ん坊のそれさ。

『キャッキャッキャッ、キャハハハハハ!!!』

そいつが笑っている場所が、内蔵が撒き散らされてぽたぽたと足下に血だまりを作り続けている屍の上でなければ。

そいつの笑い声が、どこか“奴等”の典型的な鳴き声に類似した特徴を持っていなければ。

そいつの首から上が、立派な顎と角を持った胴体と同じぐらいの大きさの物体────よりはっきり言えば、深海棲艦の非ヒト型を小型化させてそのままひっつけたような形状でなければ。

或いは、俺も人並みにその存在を“可愛らしい”と思う余地があったのかも知れない。

「──────Fuck!! Fuck!! Fuuuck!!!!」

『キャッ、キャッ、キャッ♪』

“海軍”兵の一人が、半狂乱で叫びながらAK-47の引き金を再度押し込む。だが放たれた弾幕は、肉塊のベッドの上ではしゃぐ赤ん坊には一発たりとも届かない。ほんの鼻先数センチで不可視の“殻”に弾かれて火花を散らす銃弾を見て、赤ん坊はいないいないばあでもされたみたいに手を叩いてはしゃぎだした。

「Son of a bitch……!」

その様子を見て、更に別の兵士が懐から黒いナイフを取り出す。深海棲艦との白兵戦用に造られたそれを逆手に構えたそいつは、血走った眼で赤ん坊に飛びかかる。

『───イヒヒヒヒヒッ!!!』

その瞬間、一際大きな笑い声を上げて赤ん坊の頭部が肥大化した。

バグン。

そんな、形容しがたい“咀嚼音”を最後に、飛びかかった兵士の身体は足首だけを残して消滅する。

『アンム、アンム、アンム………』

人一人を丸呑みにするため2m四方まで脹れあがった赤ん坊の───深海棲艦の頭部は、口の中でしばらく獲物をもごもごと遊ばせた後に大きく喉を鳴らして嚥下した。口の端からはみ出ていた腕が噛み千切られてこぼれ落ち、水溜まりに音を立てて落下する。

『キュヒィイイイイ………』

頭部の肥大化は例えば、ナマズが餌を食うために大口を開けたような一時的なものではないらしい。ゲップと思わしき生臭い息を吐いた奴の頭部は一向に縮まる気配がなく、それどころか胴体も間を置かず頭部に続いて膨張を開始した。

『ギッ、ギギギィッッッッ…………』

人間には「成長痛」なんてものがあるが、深海棲艦にも共通するのだろうか。既に“赤ん坊”からほど遠い存在に変貌しているその生物は、胴が変態しだすと同時に激痛を堪えるかのごとく食いしばった顎の隙間から歯ぎしりのような摩擦音を漏らす。

『グッ………アァアアッ!!!!』

それは“成長”であり、“退化”でもあった。

丸太のように図太くなった胴体は、残っていた寄生主の下半身を押し潰してズンッと床を揺らす。そこに先程まで生えていた手足はなく、俺達のライトを反射してヌラヌラと不気味な光沢を放つ青白い皮膚が存在するだけだ。

ビシャリ、ビシャリ。

目の前の生物がのたうつ度に、水音がして磯臭い液体が壁や俺達の身体にかかる。元よりあった分より明らかに嵩が増したそれを見て、俺はようやく廊下に撒き散らされていたそれらが“そいつ”の身体から分泌されているのだと理解した。

『─────ォギァアアアアアアアッ!!!!!』

外観こそ歪なオタマジャクシだが、大きさは今や胴体と頭部を含めて5,6Mは越えた化け物。

神話に出てくる怪物蛇の幼体だと言っても信じてしまいそうなそいつの、強大極まりない肺活量を一杯に利用した咆哮が廊下に木霊する。物理的な衝撃すら感じる大音声を間近に聞き、鼓膜が痛みを伴いながら破れる寸前まで震動し、口から新たに撒き散らされた潮の臭いがする水分を全身に浴び────間抜けなことに、ここまでされて俺達はようやく我に返る。

『マァアアアアアアアッ!!!!』

(,,;゚Д゚)そ「跳べぇえーーーーーーーーっ!!!!!」

「っ、うわっ!?」

廊下を巨頭で埋め尽くし、壁を粉砕しながら此方へ飛びかかってくる化け物。俺達は一斉に後ろへ跳び退がる……が、粘液に足を取られた一人が転倒しあろうことか化け物の進路上に身を投げ出す形になった。

「ひっ」

悲鳴を上げる間もない。助けを求めてこちらに伸びた手は虚しく宙を掴み、そのまま残った手首が床を転がる。

「飯島がやられました!」

(,,;゚Д゚)「撃て、撃て、撃て!!!」

(; ̄⊥ ̄)「Огонь!!」

床から飛び起きた俺とファルロが声を限りに叫び、残り17挺となったアサルトライフルが一斉に火を噴く。

廊下をほぼ隙間無く埋めるほどデカイ相手に対して、5メートルと離れていない位置からの銃撃。きっとチンパンジーだって外さないに違いない。

『キィアアアアアアアアアッ!!!!!』

頭部を覆う真っ黒い表皮の上で銃火が爆ぜて廊下を照らす。案の定とでも言うべきか効果は無く、満腹からは程遠いらしい化け物は蛇の如く床を這って俺達へと躙り寄る。

狭い廊下で蠢くせいで、壁や天井が突き崩されて廊下が上下左右に広がっていく。

「どいて!!!」

(,,;゚Д゚)「っ」

(; ̄⊥ ̄)「うわっ…!?」

後ろで時雨が叫ぶ。壁に身を寄せて道を空ければ、AK-47の火線が犬のション便に見えてしまうような強烈な掃射が重厚な発射音と共に駆け抜けていった。

「くっ、たっ、ばっ、れっ!!!」

『ギィイイイッ!!?』

時雨の25mm連装機銃のフルオート射撃を浴び、化け物の進撃が止まる。艤装といっても機銃、それも対戦闘機用じゃ威力不足だろうが、流石に超至近距離からとなると幾らか効果はあるようだ。

『ギィッ、グゥウウウウッ!』

小さな呻き声を漏らしてガチガチと歯を鳴らすが、通常兵器とは桁違いの圧力の前に進むことはできない。弾丸に砕かれた甲殻の破片が、パラパラと床に散らばった。

undefined

(;゚∋゚)《Wild-Cat、こちらOstrichだ!裏口で新型の深海棲艦と交戦中!》

(,,;゚Д゚)「奇遇だな、こっちも同じ状況だ!敵の形状は!?」

(;゚∋゚)《地下二階への突入口に立っていたロシア軍兵士1名の“内部”から乳幼児型の幼体が出現、その後交戦中に肥大化!現在は蛇、或いはオタマジャクシのような形状の非ヒト型深海棲艦になりこちらに攻撃を仕掛けてきている!》

(,,;゚Д゚)「こっちと同型か!」

記憶する限り、過去に深海棲艦の幼体が確認されたという話は聞かない。オマケにそこから成長した姿も完全に新型個体だ。

つまり俺達とOstrichは、10分と経たない間に世界中の研究者とカンザス州のマッド共が涎を垂らして羨む大発見を二つも体験したことになる。

………別に喜ばしくもなければ、これっぽっちも望んじゃいなかった体験だが。

(;゚∋゚)《どうする?一度退くか!?》

(,,#゚Д゚)「いや、なおのことガングートの安否確認を急ぐ必要がある!押し通るぞ!!」

(#゚∋゚)《Alright!!》

幸いにして、時雨の機銃が直撃しているということは船体殻は機能していない。つまり見た目通りの下級種の可能性が高く、それなら知能も大したことはないはずだ。

やりようを工夫すれば幾らでも手玉に取れる。

(,,#゚Д゚)「白兵戦闘、用意!!」

指示を飛ばしつつ、俺自身ベルトにさしていた白兵戦闘用のブレードを抜いて柄に着いたトリガーを押す。

(; ̄⊥ ̄)そ「おおっ!?」

せいぜい20cm程だった刃渡りがビデオで早送りされたタケノコの生長のように伸びる。一瞬で三倍近い長さまで達したそれを見て、ファルロが驚きの声を上げた。

玉石混交を地で行く技研の数々の開発装備だが、少なくともコレに関しては俺は大いに気に入っている。勿論短い状態のままでも対人や対ヒト型では致命傷を与え得るので、ここより更に狭い通路や室内でも取り回しが利くのが大きい。

(,,#゚Д゚)「江風、白兵装備で後続!時雨、奴を大きく怯ませて隙を作れ!!」

「りょーかい!」

「しくじらないでよ!」

憎まれ口を叩きつつも、時雨の行動は迅速だった。25mm連装機銃を素早く構え直し、動きの激しさに反して眠たげに半開きにされていた奴の眼球へと銃火を叩き込む。

『ギュエアッ!!!!?』

悲鳴を上げて奴が頭を跳ね上げる。天井にドデカイ穴が開いて頭部の上半分が埋まり、青白く光る胴体が剥き出しになった。

どうも地上階まで貫通したらしく、調度品だったと思われるどこぞの偉人の胸像やら格調高い意匠の家具やらが降ってきて地面に叩きつけられていく。それらの合間を縫って、俺はブレードを、江風は手斧を構え奴の胴めがけて飛び込む。

(,,#゚Д゚)「ゴルァアッ!!」

革袋いっぱいに詰め込まれた腐肉に刃を突きたてている気分になる、あの不快な感触が手先から伝わってくる。こみ上げてくる不快な感情を努めて抑え付けながら、相撲の力士を二人ぐらい纏めて飲み込めそうな図太い胴に刃を横断させた。

『      !!!?』

真下で聞く羽目になった奴の悲鳴は、世界中の文豪を束にしてもきっと文字で表現することはできまい。とにかくおぞましい、この世のものとは思えない“音”だったとだけ聞いておく。

あんな気持ちになったのは非番の日に双子共と提督についてカラオケに行き、そこで兄の方の歌声を聞いたとき以来だ。

あの時俺と提督はよく生き延びられたと思う。

「そぉおおいっ!!!!」

『グケッ』

がくんと姿勢が崩れ、天井から抜け落ちてきた奴の頭部。目元辺りの高さに差し掛かった奴の頭部めがけて江風が手斧を振り下ろすと、締め上げられた鶏みたいな声を最後に化け物の悲鳴が途絶える。序でにいうとその声も、勢いよく頭部が壁に叩きつけられた轟音のせいで本当に辛うじて聞こえたのだが。

濛々と舞い上がり辺りに充満した土煙は、廊下の湿った空気と上に口を開けたデカイ換気口のおかげで幸いにも直ぐに収まる。天井から入ってくる地上階のライトが、事切れた化け物を照らし出した。

(,,;゚Д゚)「……」

手斧による裂傷が右側頭部の中心にざっくりと刻まれ、傷口を境として頭部全体がダンプカーに全速力で衝突されたかのようにへし折れ拉げている。左側は壁に完全にめり込み、殴打されたときの衝撃で飛び出した眼球が真下に転がっていた。

何というか……“斬撃”を受けた屍には逆立ちしたって見えっこない。

(,,;゚Д゚)「……その白兵武器、ハンマーだったか?」

「は?いや、斧だけど?」

俺の疑問に、江風は心底不思議そうな表情を浮かべて右手に持った得物を掲げる。天井からの照明に照らされたそれは確かに紛うことなく斧であり、黒い刃が鈍く光っている。幾らか分厚いことは事実だが、それでもあくまで想定されている用途は明らかに“切断”だ。

少なくとも、夢の国で電飾を発光させてエレクトリカルパレードに参加していそうな造形のデカ物を“叩き潰す”ようには、設計されていない。

「なぁギコさン、これがどうしたンだい?」

(,,゚Д゚)「………いや、何でも無い。すまんな、変なことを聞いた」

「疲れてんのかい?しっかりしてくれよな」

(,,゚Д゚)「あぁ、気を引き締めておくよ」

深く考えるのはやめよう。非常識が服と筋肉を纏っているような指揮官の下にいるこいつらを、常識で語るのがそもそも間違っている。

ブレイドを振り上げ、一度潰れた頭部の鼻先辺りを斬りつける。ついで目元と胴にも一撃ずつ加え、身動き一つないか、微かな息づかいでも聞こえないか全神経を集中して探る。

本当はこの僅かな時間でも切り上げて地下二階へ踏み込みたいところだが、相手は深海棲艦だ。一秒の油断が原因で部隊が全滅したっておかしくない。

(,,゚Д゚)「こっちの“新型”は江風が撃破した!Ostrich、そっちは!?」

( ゚∋゚)《Верныйが無事始末してくれた!流石は元とはいえ“海軍”出身者だな、あっという間に沈めやがった!

────Ups……》

賞賛の声が、無線の向こうであっという間に悪態混じりの呻き声に変わる。

理由は聞くまでもない。………たった今、俺もその「原因」に直面したのだから。

(,,゚Д゚)「…………クソッタレ」

下から、地下二階から迫る足音。50、いや、100は越えるだろうか。猛然と、俺達の方へ駆け上がってくる。

『『『キェアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』』』

極上の玩具を見つけたとびきりしつけの悪いガキで構成された集団が声を限りに上げているような、不快なわめき声を伴って。

(,,#゚Д゚)「くるz『ギィヤァアアアアアアアアアアッ!!!!』

他の奴等に叫ぶより前に、先陣を切って地下通路から勢いよく飛び出した“人影”。頭の左半分が破裂していたそいつは、傷口から生えた黒い頭部と青白く粘着質な光を放つ胴体を持った何かを勢いよく俺に伸ばしてきた。

『キィアアアアアッ───ア゛ッ』

(,,#゚Д゚)「まだ来るぞ!」

ブレイドを翻して、歯をかちかちと鳴らしながら迫ってきた“何か”の首を切り落とすと、青い液が噴き出して床や壁を塗らす。間を置かず、階段口で倒れ込んだそいつの胴を踏み散らして互いに押し合いひしめき合いながら更なる群れが廊下へと溢れ出る。

あぁ畜生、ジョージ=A=ロメロはもうあの世に逝ったはずだろ!

今更ゾンビとエイリアンの夢のコラボだなんて勘弁してくれや!!

(; ̄⊥ ̄)「Огонь!Огонь!Огонь!!!」

『『『キャアアアアハアアアハハハハッ!!!』』』

床に伏せた俺と江風の上を、ファルロ達ロシア兵と“海軍”兵の一斉射が飛び過ぎる。腐りかけの人体が銃火の雨で弾け飛ぶ音が頭上から降ってくるが………足音は押しとどめられつつも止まる気配は全くない。

『ジャギャアッ!!!』

「ウァッ……」

“奴等”の内の一体が胸元を破裂させ、そこから凄まじい速度で伸びていったエイリアンもどきがロシア兵の一人に食いつく。喉元を食いつぶされたそいつは呻き声すらまともに上げられず、そのまま頭部を引き千切られ血潮を天井めがけて噴き上げた。

『ギイィッ!!!』

(,,;゚Д゚)「っの野郎!」

別のエイリアンもどきが、今度は再び俺に狙いを定めて首を突き出してくる。咄嗟に床を蹴って仰向けに転がり狙いを外すと、上半身だけ起こして刃を力一杯横に振る。ブツリ、と断裂音がして、切断された頭部だけ残して白い胴体が制御できなくなった消防車のホースのように体液を撒き散らしてすっ飛んでいく。

『ギィアッ!!!』

「おりゃぁっしょいっ!!!」

江風の方に襲いかかった首も、手斧で頭部を唐竹割りにされて絶命する。立て続けに2体がやられて流石に少し怯んだのか化け物共の攻勢が緩んだ隙に、俺と江風は床から起き上がってファルロと時雨達の下まで一度後退する。

『ギッ、ギッ……』

『ギァアアア………』

ファルロ達の猛射によって群れを構成する個体の大半が人体部分に大きな欠損が発生しているものの、奴等それ自体がダメージを受けた様子は無く胸や腹、うなじ、肩口など様々な場所から生える何十という寄生体はウネウネと元気かつ不気味に蠢いている。

ただし、“生長”を始める個体は今のところ見られない。まぁ、向こうもこれだけ密集していると流石に全個体が一斉にあの巨大な姿へ生長というのは難しいのだろう。

そして俺達としても、例えデカかろうが翻弄した上で各個撃破できる一体一体よりも数に任せて押し寄せられるこのやり口の方が遙かに厄介だ。

幸いなことに耐久力・生命力はこの形態だと非ヒト型の深海棲艦と比較しても大きく劣るようだが、こっちの銃撃がほとんど役に立たないことには変わりが無い。必然、火力が不足している俺達は白兵戦闘を強いられるわけだがそうなると数的不利の影響が諸に出る。

最悪、乱戦の最中時雨や江風に“事故”が起きないとも限らない。

『『『ギイイイイイイッ!!!』』』

(,,#゚Д゚)「ゴォルアッ!!」

「いただき………おわっ!」

「っ、気色悪い上に鬱陶しいね!!」

一気に六体、襲いかかってきた寄生体。弾幕射撃とブレイドで何体かを跳ね返すが、時雨や江風の追撃は他の個体に邪魔されて届かない。いやらしくタイミングをずらしての攻撃で一気に弾くこともできず、みすみす無傷での撤退を許す羽目になった。

やはり、複数体が一度にまとまってこられると一気に対処が辛くなる。

「少尉、このままでは危険です!既に鎮守府内に侵入しているSpartaチームに援軍の要請を!」

(,,;゚Д゚)「んな余裕が向こうにあると思うか!」

「っ、そういえば通信で民兵の包囲下に……!」

声を掛けてきたそいつは小さく呻いて唇を噛むが、残念ながらその答えは50点。

まだ“民兵による人海戦術”だけで済んでいるなら、どれだけ幸いか。

そして、人生ってのは“希望的観測”はほとんど当たらないくせに“悪い予感”は概ね現実になる、クソゲーオブザイヤーも真っ青の超絶鬼畜仕様だ。

《Spartaチームより空挺部隊各位、応答を願う!》

程なくして無線から聞こえてきた叫び声によって、俺が想像した“最悪”は既に現実になっていたことを知る。

《当方を包囲していた民兵集団より多数が深海棲艦に類似した生物へ変態、攻撃を受けている!!もう6人やられた、至急増援を頼みたい!!》

《ChaserよりSparta、こちらも同様の状態だ!周囲に“新型”の深海棲艦が少なくとも20体前後、三名が死亡!》

《Coyoteより各部隊、伊-401中破!艦載機の発艦困難!》

《こちらRabbit、“大物”が複数体俺達の方に向かってきている。拠点の維持は困難、悪いが離脱する》

《対空砲火が激しすぎる、そこら中に敵艦が沸いて出やがった!航空支援の継続が困難、Seeker全機速やかに後退しろ!》

(,,;゚Д゚)「……ド畜生!!!」

無線機を地面に叩きつける代わりに、全力でブレイドを振り下ろす。唐竹割りにされた寄生体の屍が、床に落下してビクビクと跳ね回る。

「…っ!なぁギコさン、今の通信ってヤバくねえか?!」

(,,#゚Д゚)「ああとんでもなく激ヤバだ!てめえの上司の映画趣味並みにな!!」

「それホンッッットにヤバいね。どうすんのさ」

(,,;゚Д゚)「どうするってもなぁ……」

はっきり言ってしまうなら、“どうしようもない”。その気になればル級までは縊り殺せるあの筋肉野郎ほどの武力も、十の戦力で万の敵を翻弄し選るロマさんほどの知力も俺には無い。逆に時雨と江風に、“あの”青葉のように単騎で云十体の深海棲艦を薙ぎ払える力量は流石に備わっていない。

────あぁ、本当に。自身の置かれた状況が、ロクでもなさ過ぎて笑えてくる。

(,,#゚Д゚)「ファルロ、一つだけ朗報だ!!」

(; ̄⊥ ̄)「この状況のどこが!?」

(,,#゚Д゚)「ムルマンスクの民間人もてめえの同僚も、とりあえず大半は本意で“反逆者”になったわけじゃねえってことが解った!!」

どうやっての部分は不明だが、ともかくこの街にいた人間の大半は“深海棲艦”と化した。元々圧倒的だった物量に「質」が加わり、街の至る所で分断包囲されている俺達には増援の見込みもなく、機甲戦力は皆無で艦娘戦力も乏しい。

そしてこれほど危機的な状況であっても───寧ろ危機的な状況であるからこそ、俺達のやらなければいけないことは変わらない。

今の目的は一つ。ロシア軍の新鋭艦娘【Гангут】の迅速な救出と鎮守府施設の奪還。しかもさっきまでと違い、身体に化け物を寄生させたゾンビの群れを薙ぎ倒しながら爆撃が始まる前に完遂するという条件付き。

困難なんてもんじゃない。孤立無援、四面楚歌、最低最悪にも程がある任務。





だからどうしたって話だ。

「この状況で何笑ってんのさ、気色悪いなぁ」

(,,゚Д゚)「ただの苦笑いだ、他意は無いさ」

地獄の底よりよっぽど酷い戦場も。

ジェームズ=ボンドが音を上げてもなんの不思議もない、絶望的な難易度の任務も。

クソッタレた、B級映画モンスターの出来損ないみたいな奴等との戦争も。

今に始まったことじゃあない。

(,,#゚Д゚)「総員、構え!!!」

全てが、俺にとっては“日常”の一部だ。

.





(,,#゚Д゚)「────突撃だゴルァッ!!!」






.












彡(゚)(゚)《イスラームの奴等が絡んでましたわ》

(゚、゚;トソン「…………」

日本国内閣総理大臣・南慈英からアポイントも無しに突然かかってきた電話。ワケもわからずに取ったトソン=カーヴィルに叩きつけられた、第一声がこれだった。

二重三重の衝撃に、最早自分が何に驚いて黙ってしまったのかすら把握できていない。何の事前連絡も無しに突然電話を掛けてきたこの島国の長の傍若無人さに対してか、突然飛び出してきた“イスラーム”という単語に対してか、或いはそれらに何一つ反応を返せずフリーズしてしまった自分自身に対してか。

彡(゚)(゚)《おーい、寝とらんやろなpresident》

Σ(゚、゚;トソン「はっ…?」

呆けて現実から離れかけた彼女の意識を、耳元でがなり立てる彼独特のイントネーションを持つ英語が繋ぎ止める。……危ないところだった、首脳会談中に意識を失い返事できずとなれば口うるさいマスコミ共が嬉々として健康不安説を書き立てるところだったろう。

(゚、゚;トソン「失礼、Mr.MINANI。それで、イスラームが絡んでいたというのは今回のムルマンスクの件で間違いありませんか?」

彡(゚)(゚)《当たり前やんけ。ワイらが情報せなあかんこの手の話題なんて今はこれくらいしかないやろ》

なるべく丁寧に話そうと心がけるトソンに対し、南の口調はよく言えば砕けた、率直に言えば品位の欠片もない喋りでズケズケと会話を進めていく。

舌が錐でできている、などと他国のメディアでも取り上げられることがしばしばあるが、会話の主導権を握る機会がなかなか得られないため特にトソンは彼のしゃべり方を苦手としていた。

いけない、いけない。

トソンは胸の内で自分自身に冷静になるよう言い聞かせる。

(-、-トソン(彼のペースに引っ張られてはいけません。いい加減、こちらも慣れなければ)

かれこれ八年になる付き合いの中で解ってきたことだが、ヨシヒデ=ミナミの粗暴極まる言動の数々は半分は素だがもう半分は彼の意図的な演技だ。相手が呆気にとられているうちに話を進めてしまう、こいつは何をしでかすか解らないと警戒させる、怒り狂えばつけ込んで自分が主導権を握れるように誘導する等、相手の反応に併せてカメレオンのように対応を変化させていく。

相手の力量や状態を見極めて交渉を優位に進められるだけではなく、国内に対しては“世界に物を言える首相”をアピールして相当数の固定支持層を──激烈なアンチと共に──生み出すことに成功している。

特に若年層の支持や注目を引きつけて政治的関心を高め、日本全体の選挙投票率を20%も跳ね上げたのは彼の隠れた功績だ。

味方にするとこちらの胃を締め上げつつも頼もしい存在になってくれるが、敵になるとこれほどやりにくい人物は今の国際社会にはいない。そして、真の意味での「味方」など国際外交においては存在しない。

長年の同盟国である日本でもそこは変わらない。そも、無二の友邦であるこの東洋の島国とアメリカはつい70年前まで太平洋の海原で殺し合いをしていたのだ。

電話の向こうに聞こえないよう鋭く小さく息を吐く。この男は今は敵でもあり味方でもある、気を抜かずに当たらなければ。

(゚、゚トソン「随分と報告が早いですね。まだムルマンスクは戦闘中だというのに」

彡(゚)(゚)《スギウラ准将からリアルタイムでの報告があったんでな。“海軍”最高司令官殿に共有をってワケや》

その名を聞いて、脳裏に浮かぶのは日本軍から“海軍”に派遣されている将校の顔。

あぁ、あの国は厳密には“自衛隊”だったか。准将への任命ということで一度顔合わせはしたが、眼鏡の奥で常に不機嫌そうな目付を光らせていて雰囲気に隙が無い男だった。ミナミとはまた別ベクトルで苦手な印象を持ったことを覚えている。

それにしても、“最高司令官殿”か。

先程冷静になるよう自らに言い聞かせたばかりにもかかわらず、トソンは思わず不快げに眉を顰める。
 _,
(゚、゚トソン(どの口が言いますか)

“海軍”の存在を知る国家の間では、この組織はアメリカ合衆国が日本を“追従させて”作った超法規的なものだと認識されている。実際最高指揮権は合衆国大統領である自分に帰属しているし、No.3に当たる総提督もアメリカ海軍のアルタイム大将の兼任だ。上層部の凡そ7割強もアメリカからの人員提供であり、軍内での権限は極めて大きい。

あくまでも、“名目上”は。

(゚、゚トソン「……お気遣い感謝致します。“海軍”最高司令補佐官殿」

彡(゚)(゚)《“部下”として当然の役割や、礼なんていらんやで》

……嗚呼、奴の薄ら笑いが目に浮かぶ。噛みしめられた奥歯の音が向こうに届いていないことを願わなければ。

“海軍”は実質的に、国際社会の一部に黙認させた上で日本からアメリカへと行われる艦娘という【兵器】のレンドリースだ。一方で日本側も事実上アメリカ合衆国の兵器・人員の一部をある程度自国の裁定で動かせるようになっているため、Win-Winどころか日本の方が“海軍”によって得ている利益は寧ろ大きい。

さらに日本は、戦後復興時など比べものにならないほどの支援をもアメリカから勝ち取っている。それは確かに法外極まる額の“見返り”だが、合衆国単体で深海棲艦の圧倒的物量に対応する際に要する戦費よりは遙かにマシという絶妙な額でもあった。結論アメリカとしては、“安い買い物”と割り切ってこの要求を飲みざるを得ない。

加えて言えば、“海軍”それ自体で振るわれる権限も実質的には日本の方が大きい。

確かに上層部の人員供給はアメリカが大半を占めるが、彼らは殆どが日本側からの強力な推薦があって着任している。これがまた在日米軍の元指揮官に日系三世、親族に親日的な人物が多い家系の生まれ、単純に日本文化贔屓など「よくもこれだけ探したな」とトソン達が感心してしまうほどの所謂知日派揃い。

おまけに実績・実力も相応と「推薦」を突っぱねる隙は1セント硬貨の厚みほども見当たらず、彼女達は上層部の編成を日本側の案に委ねざるを得なかった。

現場レベルの提督達に至ってはほぼ全員が日本人であり、戦場における艦娘運用のノウハウをアメリカの人材に学ばせる機会も限られている。技研での新兵器開発や艤装改良も本部こそアメリカに置かれているが主導は日本企業と日本側の技術者達で、寧ろアメリカはわざわざ資金を提供して日本の研究を支援しているような立ち位置という有様だ。

結論として、日本とアメリカ合衆国の“艦娘格差”を減少させるために“海軍”が発足されて以降も、その差は全く縮まっていない。どころか、艤装改良や戦術面で寧ろ更に広がりつつある。

太平洋戦争後70年、事実上属国同然であった島国が超大国たるアメリカに肩を並べ、どころか越えるというのか。

(゚、゚トソン(忌々しい)

トソン=カーヴィルは決して悪辣な人間ではない。魑魅魍魎が跋扈する政治の世界においては寧ろ善良で純粋な人間性を持ち、少なくともドイツへの核兵器投射に憂いを浮かべられる程度には“正義感”も備わっている。

だが、彼女もまた人間である前に“政治家”であり何よりも「アメリカ合衆国大統領」である。彼女にとっての「正義」とは第1に祖国アメリカの国益であり、その他のありとあらゆる事柄は瑣事にあたる。祖国の権益に傷を付け名誉と覇権を脅かす存在があれば、それはトソンからすればどのような経緯があろうとも紛れもない悪徳だ。

彼女にとって、今の日本は同盟国でも友邦でもない。潜在的な敵性国家であり、アメリカ合衆国の国益を損なう「悪」に他ならない。

鉄槌を下す必要がある。少なくとも、彼女達合衆国にとって「悪」とはならない程度の存在になって貰わなければ。

………とはいえ、それは“今”ではない。

(゚、゚トソン(今は、日本を排除することで失われる“国益”の方が日本自体に侵されるそれよりも遙かに大きい)

【深海棲艦】という人類共通の敵がアメリカにとっても重大な脅威である限り、其方への対処を優先する。

敵の敵は味方、だ。日本との「水面下での戦争」は、深海棲艦の脅威が縮小されるか───かの島国が深海棲艦を上回る脅威となり得るまではお預けだ。

(゚、゚トソン「それで、ミナミ首相。イスラームの介入規模は?」

彡(゚)(゚)《入ってきた情報を聞く限りせいぜい4~500人程度ってところやな。練度は極めて低いらしいから有名所でもない》

ミナミにとってもそれは同じなのだろう。最高司令官補佐の役割という名目で主要な“海軍”関連の情報を一手に握る権限を持ちながらアメリカへの情報共有を怠ったこともないし、“海軍”の権益も独占するような真似はせずアメリカや協力国に一定以上の見返りが出るよう気を配ってはいる(その気配りがまたトソンからすれば小賢しいのだが)。

トソン=カーヴィルもヨシヒデ=ミナミも、幸いなことに今戦うべき相手を冷静に見極められる程度には優れた政治家だった。

彡(゚)(゚)《大方独仏のいざこざでロシアが動いたことに対する威力偵察の一環やろ。ロマ助は首謀者の確保を潜入部隊に命じたらしいがおそらくほぼ意味は無いで》

(゚、゚トソン「捨て駒にされるような下部組織なら自分たちが誰に依頼されたのかすら知らないでしょうからね。そもそもその500人が一つの組織なのかすら怪しいです」

ヨーロッパ方面からの避難民受け入れの影響などで周辺国の混乱が激しかったとはいえ、500人規模の危険思想を持った集団だ。そんなものが一時に動くならロシアや日本の情諜報機関か、アメリカのCIAが爪の先程の兆候でも事前に察知して報告を上げていたはずだ。

優秀な組織なら或いはそれだけ大規模に動いても捕捉されない可能性もあるが、前線から届いた直々の報せによってその可能性も潰えた。

(゚、゚トソン「より小さな泡沫組織がバラバラに国境を越え、ムルマンスクに各自の方法で辿り着いた………これなら我々が初動を捕捉できなかった理由も、練度の極端な低さも説明が付きます。

それでも、あのロシアが最重要防護拠点までみすみす侵入を許してしまったことは信じられませんが」

彡(゚)(゚)《そら、協力者が現地以外にもおったんやろ。大手のイスラーム組織は特に艦娘保有国にとっては最重要監視対象、指示を出すだけならともかく支援だけでも足が着きかねん。間違いなく、かなり強力な外部の援護があったはずや》

(゚、゚トソン「……それ、下手したら国家単位で我々の側に内通者がいたことになりますよ。洒落になりません」

彡(゚)(゚)《ワイら日米ですら裏じゃ利権争いの真っ最中やぞ。今更やんけ》

(゚、゚;トソン「………」

本当にこの男は、言いにくいことをズケズケズケズケ。

彡(゚)(゚)《おっ、大丈夫か大丈夫か?》

(-、-;トソン「ええ、ええ、お陰様で健康ですよMr.Minami。

……しかし妙ですね。外部協力者がいたにしろ、やはりムルマンスクがあれほどあっさり陥落した理由が解せません。内部協力者と言っても、まさか街中の人間が一人残らずロシアに反旗を翻したというのはあまりに非現実的すぎて────」

彡(゚)(゚)《……その事ですが、President.》

この男にしては丁寧な、そして深刻な響きの声が受話器から聞こえてくる。

その事に、トソンが訝りを覚える間すらなく。















彡(゚)(゚)《前線から報告がありました。“海軍”部隊と交戦中のロシア兵反乱部隊並びに民兵が多数、深海棲艦に変態したそうです》

(゚、゚トソン

(゚、゚トソン「は?」

ヨシヒデ=ミナミの口から、ツァーリ・ボンバをも凌駕する爆弾が放たれた。

間抜けな、呆けたような声が出たきり自分の口は動かない。何か言葉を返すべきなのかも知れないが、肝心の言葉が喉まで上がってこない。

脳内はまるで、ホワイトハウスの壁のように真っ白だ。

辛うじて機能を保っている耳に、ミナミの声が淡々と響く。

彡(゚)(゚)《まず言っておきますが、これは完全なオフレコですわ。ロシア連邦と日本、そして今し方のお宅らアメリカ合衆国。この三国の政府関係者しか知らん。現場レベルからの報告はこの三国以外には絶対に流さないようアルタイム総提督に厳命してある。いつまで保つかは解らんがしばらくは漏れんと思います》

(゚、゚;トソン「っ……ハァッ!ハァッ……ハァッ……」

ようやく呼吸が回復したが、朝の日課であるランニングをした直後よりも息が上がっている。落ち着くためにコーヒーを流し込もうとカップを手に持ったが、ぶるぶると震えて中身は一滴残らず机の上に飛び散った。

(゚、゚;トソン「………そんな、バカな」

ようやっと絞り出せた声は、我ながら情けなくなるほどにか細く何の意味も無い呟きだ。手の震えを抑えようと握り拳を握ってみたが、爪が掌に食い込むほど強く力を込めても止まらない。

(゚、゚;トソン「幾ら何でも馬鹿げています、手垢が付いたB級モンスター映画の設定じゃあるまいし。人間が深海棲艦に?たしかに奴等の個体の中には【ヒト型】もいますが、明らかに馬鹿げた話です」

彡(゚)(゚)《ワイもそう思ってましたしそう願ってました。だから現場から訂正が入るか完全に裏が取れるまで、この事について触れもしなかったし口止めも徹底した。

が、訂正どころか現地の統合管制機から映像付で全く同様の報告がアルタイム総提督に入ったそうです。確定ですわ》

(゚、゚;トソン「………そんな」

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ようやく動悸や震えは治まってきたが、思考はまとまらないどころか益々混乱が酷くなる。

ミナミはオフレコだと言うが、そんなもの当然だ。この情報が事前の十分な対策もなく民間に漏れれば、凄まじい混乱が巻き起こる。

特に混乱の最中にある欧州でこの情報がリークされれば、恐慌に駆られた国民によって早晩国家規模の大暴動へと発展してもおかしくない。東西両方面の戦線は、確実に瓦解するだろう。

彡(゚)(゚)《ワイ自身はまだ映像を直に見たわけやないが、どうも【非ヒト型】の完全な新型らしいですわ。正確な数は不明も、“発症者”は膨大で投入された空挺部隊は全滅の危機。現地部隊はロシア軍にも協力を得てヘリ部隊による航空支援も試みているものの、対空砲火が激しく進捗は芳しいと言い難いとのこと》

(ノ、-;トソン「………」

最早真偽を問う声すら上げる力も無く、顔を右手で覆ってトソンは項垂れる。

アメリカ代表の戦車道チームが親善試合で何の手違いかウガンダにボコボコにされたときも、最初に深海棲艦が出現したときも、贔屓チームであるボルティモア・オリオールズが27点差で負けたときだってこれほどの脱力感と絶望を感じはしなかった。

彡(゚)(゚)《一つだけよかったことがあるとすれば、ムルマンスクが陥落した何よりの理由が見付かったことです》

(-、-;トソン「はっきり言って未だに信じられませんし信じたくもない理由ですがね……」

街中の人間が狂って三流テロリストに全住人を上げて加担したのは身体の中に深海棲艦の幼体が潜んでいたからで、テロリスト殲滅後はその怪物共の襲撃をうけて世界最強の精鋭部隊が全滅の危機に陥る………さっきは「B級モンスター映画の設定」何て言ったが、大幅に訂正だ。B級映画だって今時こんなばかばかしい脚本は没になる。

(゚、゚トソン「まぁ現実に起きてしまったことだから受け入れざるを得ないとして、今度はまた別の問題が出てきますよ。

まず、深海棲艦はどうやってムルマンスクの人々の大半に“幼体”を植え付けたのか。

次いで、イスラームの武装勢力を手引きした“外部”の人間達はムルマンスクの状況について事前に知っていたのか。どちらも、誇張表現無しに人類全体の存亡に関わる極めて深刻な疑問です」

前者については説明するまでもない。ムルマンスクの惨劇が東京やニューヨーク、モスクワなど大都市圏で再現されれば起きる被害は計り知れない。寄生体の侵入経路を速やかに調べ上げ、何としても再発を防止する必要がある。

そして、後者の問題。

それは最早、外交戦だの人類同士の啀み合いだのといったものを超越している。明確な、深海棲艦に対する利敵行為に他ならない。

(゚、゚トソン「何れの問題も、“海軍”は勿論のこと民間に露見する危険性がない範囲内であらゆる国の諜報機関と連携していく必要性があります。

とはいえ、何の手がかりもない中で突き止めなければならないのは至難の業ですが……」

彡(゚)(゚)《その事ですが大統領、もう一つの朗報があります。生研が、面白い情報を上げてきました》

(゚、゚トソン「生研………ですか」

トソンの表情が、再び不快さで微かに歪む。生研────深海棲艦生態研究所は、技研の本部同様アメリカに本拠地が置かれている機関だ。確かに主導はやはり日本企業と日本の研究チームだが、何故自国内に施設がある機関の報告を太平洋を挟んだ海の向こうから電話を通して又聞きしなければならないのだろうか。

本当は嫌味の一つも言ってやりたいが、事態が事態だ。トソンは不満をぐっと呑み込むと、沈黙を以てミナミに続きを促す。

彡(゚)(゚)《大統領は、“異常甲殻生物”による鎮守府の襲撃事件を覚えてますか?》

(゚、゚トソン「忘れるはずがないじゃないですか。あれほどの事件なのに」

これもまた、ある種のB級映画臭がする事件の一つだ。

去年の夏頃、ルソン島に建設されていたアメリカ海軍所属の警備府が壊滅したのを皮切りにアジア各国の軍事施設や鎮守府が連続的に襲撃されるという大事件が発生した。目撃証言や僅かに回収された映像の解析などから襲撃者が深海棲艦ではない可能性が指摘され東南アジア諸国はパニックになり、一時はベトナムやミャンマー、インドシナが情報開示を求める国民の大規模な暴動によってあわや内戦状態に陥りかけるという事態に発展している。

当然公表されていないが“海軍”の鎮守府も複数が破壊されていたためアメリカ軍内でも警戒を促す声が強く、ある事情から動かせる戦力が大きく限られていたこともあって形振り構わず中国に掃海を要請する案まで出たほどだ。

敵の正体は不明、目的も不明という緊迫した状況は、一ヶ月ほどで唐突に終わりを告げる。日本に差し掛かった際、最初に“餌場”として選んだ場所が海軍内で知らぬ者はいないと言われるほど(悪)名高いある鎮守府だったところで襲撃者達の運は尽きた。

(゚、゚;トソン「あの鎮守府もう少し手綱をどうにかできないんですか?国際問題一歩手前でしたよアレは」

彡;(゚)(゚)《………まぁ、その辺りはワイもロマ助に任してあるんで》

連続的かつ周期的だった襲撃があまりにも唐突に止んだため、不審に思った“海軍”の某准将は次の襲撃を予想されていた地点の近隣に陸海問わず調査の手を伸ばした。程なくして件の鎮守府でその襲撃者達────エビ目(十脚目)・ザリガニ下目・アカザエビ科(ネフロプス科)・ロブスター属、所謂【オマール海老】を元気に胃袋に詰め込んでいる提督と指揮下艦娘達の姿が発見され事件は間抜けな幕引きを迎える。

トソンの言う国際問題一歩手前とは、“海軍”制度の関与国に解決に至る経緯を報告したところ「馬鹿げた作り話をした挙げ句今回の事件の全容を日米が隠蔽しようとしている」とドイツや中国を中心に非難が沸き上がったことだ。

いやまぁ実際真実を包み隠さず言っていたので非難されてもこちらとしてはどうしようもないことだったのだが、もしトソン自身が向こうの立場だったなら同じ反応を返していただろう。

さぁ想像してみよう。何処かの国の外交使節が秘密裏にやって来て、深刻な表情で以下の報告を口にする。

連続襲撃事件の犯人は異常発生・異常成長した甲殻類、もといオマール海老でその犯人は所属鎮守府で極秘裏に殲滅された後そこの提督と艦娘達に喰われました、と。

(゚、゚トソン(胸ぐら掴んで顔面に全力で平手打ちぶち込みますね)

ハイスクール時代にソフトボールとカラテで鍛え上げた身体を存分に活かすときが訪れることだろう。

(゚、゚トソン「しかし、あの事件に関連した報告ってあまりにも遅すぎませんか?もう一年以上経ってるんですよ?」

彡(゚)(゚)《この件については解決した時点で優先順位は圧倒的に低くなっていたのが一番の原因ですわ。生研はあくまで深海棲艦の生態研究が本分、幾ら関連が深そうな存在とはいえ海老やザリガニは本職やない。

それに、あの時は“マレー沖”の直前でしたから》

(゚、゚トソン「……そういえばそうでしたね」

当時、東南アジアのマレー半島近海では輸送型の深海棲艦が数体から十数体の規模で航行している姿がたびたび目撃されていた。事態を重く見た各国は日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4カ国と艦娘部隊を中心に連合艦隊を編成しつつ当海域の警戒を優先しており、“海軍”の戦力も其方の方面に若干偏重した編成を行っている。

連続襲撃が起きた海域で“海軍”鎮守府まで大きな損害を受けたり各国の対応が後手に回ったのも、確実視されていたマレー半島方面での深海棲艦による大規模襲撃に備えて戦力を移動させていたことが大きい。生研もその頃は過去の戦闘データから深海棲艦側の主力艦隊出現地点を可能な限り正確に割り出すことに全勢力を注ぎ込んでいたはずだ。

事件の発生によってマレー沖のそれらが陽動ではないかという見方もでて来るほどだったので、襲撃者判明後も当然関連性自体は疑われている。だが、そもそも深海棲艦の出現前後は周辺海域で魚介類の取れ高が爆発的に上昇するという元々の傾向や米海軍が自分たちの基地を「たかだかデカくなった甲殻類の群れ」に蹂躙されたという事実を公にしたがらなかったという政治的な理由、そして何より事件解決の直後から懸念されていた深海棲艦の大規模攻勢の開始など様々な事象が重なって“海軍”を含めて人類はこの事件を本格的に追究する機会を逸した。

そして海戦────約70年前、同海域でプリンス・オブ・ウェールズが水底に沈むこととなった戦いに準えて【第二次マレー沖海戦】と公称された戦闘での連合艦隊側の歴史的な勝利に世間が沸き立つ裏で、この“異常甲殻類事件”は今まで誰も掘り下げずに放置されていたというわけか。

(゚、゚トソン「………なんとも締まらない経緯ですが、まぁ状況が状況でしたしよしとしましょう」

これほど重大な事柄を“お蔵入り”寸前まで放置してしまっていた生研に言いたいことは山ほどあるが、続報がなかなか入らないことに訝しみつつ確認を疎かにしていた自分にも非はある、とトソンは息をつく。それに生研の夜を日に継ぐ解析のおかげで、イ級一匹すら近隣に上陸させることなく深海棲艦主力部隊を殲滅できたのだ。

(゚、゚トソン「しかし、去年の事件を今更蒸し返して解ったこととは何ですか?しかも今回の“人間の深海棲艦への変態”に関連して。

そもそも深海棲艦が関与しているのは確定として、こいつらが何故鎮守府を襲ったのかも──────」

彡(゚)(゚)《あんたの考えてるとおりですわ、President》

三度の沈黙が意味するところを、ミナミは直ぐに理解した。

彡(゚)(゚)《奴等が何故鎮守府を襲ったのか……この疑問は厳密に言うと正しくない、んなもん深海棲艦が関与したからってのはアホでも解る。核となる問題は何故“あんな場所の”鎮守府を襲ったのか?何故“あのタイミングで”襲ったのか?》

襲撃された鎮守府や基地は、何れもフィリピン海側に点在している。別段、それらが目標になったこと自体は不思議では無い。何れも人類にとって十分重要な拠点であったし、“海軍”所属の精鋭部隊や艦娘にも犠牲が出た。被った損害は甚大極まりない。

奇妙なのは、これらの攻撃を【第二次マレー沖海戦】と連動しているものとして見た場合だ。

彡(゚)(゚)《もしもマレー沖海戦に対してフィリピン海の連続襲撃が陽動なのだとしたら、遅すぎる。

逆だとしたら、多すぎる》

前者を目的とする場合、必要なのは動きを読ませず人類側の戦力を分散させることだ。甲殻類たちの襲撃が本格化した時点では人類側は既にマレー沖方面での大規模海戦を“確定事項”として読み切っており、其方側への戦力の結集は疾うの昔に完遂している。あの時点で再びフィリピン側へ戦力を動かすことは“したくてもできない”段階ですらあり、最大の目的を達成することは完全に不可能になっていた。

では後者はどうか。オマール海老たちの襲撃経路がマレー沖の“陽動”に対するものだとすれば、それは確かに動きとしては成功したといえる。

しかしながら、囮であるはずのマレー沖で払った深海棲艦側の代償がミナミの言うとおりあまりにも多すぎる。いかに深海棲艦の無尽蔵な物量を持ってしても、500隻規模の大艦隊で編成の半分近くがeliteかflagship、何より実に20体近い姫級という膨大な戦力はおいそれと捨て駒として使えるような代物ではないはずだ。

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彡(゚)(゚)《一応、二正面作戦────両方が本命だったという考え方もまぁできなくも無い。せやけど今度は、向こうの戦力編成が歪です。

デカ物が一匹混じっていたとはいえ所詮甲殻類。戦力が乏しかった東南アジアならいざ知らず、たかだかザリガニの群れが日本近海に突入したところで“あの鎮守府”でなくとも遅かれ早かれ殲滅できた筈や。二正面と言うには片方の本気度が低すぎる》

疑問はあとからあとから沸いてくる。

何故、深海棲艦は数ある水生生物の中からわざわざオマール海老を選んだのか。

何故、ヨーロッパでそうしたように奇襲成功後電撃的に内陸まで浸透しなかったのか。

何故、深海棲艦は大量のオマール海老を操ることができたのか。

では逆に深海棲艦と何の関係もないのではないかと問われると、今度は最も巨大で困難な問題が残る。

何故このオマール海老たちは、わざわざ鎮守府を餌場にしようとしたのか。

だが、そもそも深海棲艦側もオマール海老たちの存在を感知していなかったが、“異常甲殻類”の出現自体には深海棲艦が関わっていたとすればどうだろうか。

彡(゚)(゚)《こいつらと深海棲艦は関係あるのか、ないのか。この二択で考えていたからワイらは速い段階で答えに辿り着くことができなかった。

“関係はあったが関連はしていなかった”─────だからこそ、あの襲撃事件は誰も予想ができない形で発生したんですわ》

もしも、“そう”ならば。確かに疑問の全てに合理的な説明を付けることができる。

だが同時にそれは、人類側の対深海棲艦戦略を根本から崩壊に追いやりかねない。

彡(゚)(゚)《あのザリガニ共は別に操られてなんかいなかった。明確に自分らの意志でフィリピン沖の軍事施設を襲撃したんです。

では何故そんな意志を奴等が持ったのか────思えば簡単な話や。この世界で、わざわざ鎮守府を狙って襲撃する“水生生物”なんて現状この世に1種類しかおらへん》

受話器を握りしめて戦慄するトソンを尻目に、ミナミは淡々と説明を続ける。

だが、彼女がもし冷静なら途中で気づくことができたかも知れない。

彼の声も、僅かに震えていたことに。

彡(゚)(゚)《厳密に言うと、ムルマンスクの新型は寄生体なので必ずしも直接の繋がりがあるとは言えん。だが、間違いなくメカニズムを説き明かす大きな手助けにはなる筈や……一刻も早く、なってもらわな困る》









《生研による“異常甲殻類”の解剖結果や。

保管されている個体の内大凡六割前後で、甲殻の構成物質が駆逐イ級のそれと酷似した物に変容していることが判明した。

寄生どころやない、奴等自体が【深海棲艦化】しとったんや》

体調が壮絶な状態なので本日ここまで。明日最終更新致します










伸びてきた顎を身を捩って躱す。サーカスの曲芸師か新体操のオリンピック選手かといった姿勢から足を振り上げ、寄生体の胴に蹴りを打ち込む。

無論、奴等にそれが効くなんて端から期待してはいない。目的は蹴りの勢いを利用して、より早く床に倒れ込むこと。

(,,; Д゚)「ぐっ………!?」

後頭部はなるべく打ち付けないよう尽力したが、それでも転倒によるダメージを皆無にはできない。一瞬背中に走った強い衝撃で呼吸が詰まった。

僅かコンマ一秒前に俺の身体があった位置を、黒い顎と白く長い胴がもう一つ駆け抜けていく。頭上40cmほどで鳴った「ガチン」という牙の噛み合わせ音に、流石に少し背筋が寒くなる。

(,,;゚Д゚)「っふ!!」

『ギュエッ……?!』

そのまま下側にある寄生体の胴を両足で挟み込み、腹筋懸垂の要領で上半身を跳ね上げる。心底から不快なぬめぬめとした感触と魚の腐敗臭に酷似した臭いに耐えながら蛇のように身体を巻き付けブレイドを振り下ろすと、苦悶の声を残して頭部がぽとりと床に落ちた。

(,,#゚Д゚)「ゴルァアッ!!!」

『ギィッ!!?』

くたりと力が抜けた胴体を離して床に着地し、すぐさま伸び上がってもう一閃。今度は頭部を斜め後ろから直接斬り払うと、前半分を失った寄生体は一つ短い断末魔を残して永久に沈黙する。

『シァッ!!!』

「少尉!!」

(,,;゚Д゚)「っ」

風切り音。迫ってきた3体目に対して反応が遅れる。咄嗟にブレイドを上段に構えて軌道を遮るが、襲いかかってきた個体は火花を散らして一瞬逸れただけ。奴はそのまま黒い刃に胴を巻き付けてこちらの動きを封じると、俺の頭を噛み砕こうと大口を開けた。

「頭下げて」

(,,;゚Д゚)そ「ぬわーーーーーーーーーっち!!!!?」

後ろから声と共に飛来した“何か”が頭頂を掠めた。じんじんとしびれるような痛みと微かな熱が感じられ、目の前を散った髪の毛が数本焦げ臭さを漂わせながらひらひらと落ちていく。

『グギュアッ……?!』

投擲された“くない”は、寄生体の喉奥に飛び込んでそのまま胴を貫通する。奇しくも本職の忍者がかつて使っていたものと同様の色合いになっているそれは、天井に勢いよく突き刺さってコンクリート片を撒き散らした。

「ワザマエッてね!」

『『ギャァッ!?!』』

『シューー………』

自分で言うのかとツッコむ間もなく、更に三つのくないが投擲される。天井を這うようにして向かってきた寄生体の内2体が縫い止められるような形で頭を撃ち抜かれ、躱した残りの1体も蛇の威嚇音に酷似した音を残して宿主の元へ戻っていく。

………まぁ、助かったのはともかくとして、だ。

(,,#゚Д゚)「────殺す気かクォラァッ!!」

「なんだい?礼はいらないよ」

(,,#゚Д゚)「ベイズ=マルバスかてめぇは!!!」

そういやスターウォーズ史上最高傑作との声も多い【ローグ・ワン STAR WARS STORY】のDVD/Blu-rayは書店からコンビニまで全世界で発売中だったな!ここから生きて帰ったら内臓を質に入れてでも買うぞゴルァッ!!

「時雨姉貴、ギコさン、喧嘩は後回しにしてくンな!まだ来るぜ!!!」

「うぇえ……」

(,,;゚Д゚)「ちぃいっ!!」

間抜けな内容で無駄な体力を消耗してしまったことに舌打ちを漏らしつつ、力が抜けた蜷局からブレイドを引き抜く。

(,,#゚Д゚)「ふんっ!!!」

『ギッ………ジャア゛ア゛ア゛!!?』

フェンシングの要領で放った突きに、寄生体の頭部が刺さる。刃を口の中にねじ込みながら回転させてやると苦悶の声が漏れ、勢いよく突き通した後刀身を跳ね上げたところで頭部の上半分が断裂してその声も止まった。

『『ギャアッ!!!』』

そこに、次の襲撃。俺の首元と股ぐらを食いちぎろうと、2体の寄生体共が上下に分かれて俺へと狙いを定めてきた。

(# ̄⊥ ̄)「ヨシフル、屈め!!

Огонь!」

(,,゚Д゚)「おっと!」

時雨よりも遙かに良心的な注意喚起に膝を折りつつ、上から全体重を掛けて足下を狙った方の頭に刃を押し当てる。さくり、とまるでたくあんに包丁を入れたかのような手応えを残して両断された頭部が床に横たわる。

『ギッ………ギゥッ………!!』

“上”を担当した方も、開かれていた口にファルロ達が弾幕を集中したおかげで文字通り弾幕を腹一杯“食らう”ことになってしまった。幼体故の脆さもあるのか致命的には到底ならないにしろ幾らかダメージも受けたようで、一瞬空中で動きを止めた後突撃を中断して離脱を謀る。

「でいりゃあっ!!!」

『ギッ!!?』

無論、その隙を改白露型駆逐艦は見逃さない。壁を利用して跳び上がり、寄生体の喉元を鷲掴みにして斧を振るう。

乾いた炸裂音と共に、その個体の頭部が破裂した。

幾らかの攻勢を捌き、僅かに敵から繰り出される攻め手の間隔が空いた。機を逃すわけにはいかない。

(,,#゚Д゚)「Go!!」

「了解!!」

「Yes sir!!」

俺と江風を追い抜いて、“海軍”兵士が二人更に前へと出る。片方が構えているのは俺の持って居るものと同じ伸縮式のブレイドで、もう一人は左手の下側にレーザーポインター付属の小型ボウガンを装着している。

「Shoot!!」

『ギィイイイッ!!?』

ボウガンが起動され、黒い矢が一本風を捲いて飛翔する。100M程向こうで通路を埋め尽くしながらイソギンチャクのように蠢いていた寄生体が、1体頭を射抜かれて床に落ちる。

「シッ!!」

暗闇に紛れて横合いから攻撃を謀った1体は、ブレイド持ちの方が振り下ろした斬撃によって首を落とされて絶命する。

「よっ、お見事!」

江風が、その兵士の手捌きに感嘆の声を上げた。実際まだ年若い──おそらく俺や美子よりも年下の──そいつの斬撃は美しさすら感じられ、俺も正直危うく見とれて動きを止めかけたほどだ。

「お兄さンやるねぇ!今度手合わせしてぇや!名前はなンてぇンだい!?」

「艦娘のお嬢さんにお褒めにあずかれるとは光栄ですな!」

江風の喝采にやや頬を染めつつも、そいつは“次”に備えて構えを崩さぬまま声を張り上げる。

( #・ω・)「カラマロス=オオヨド!以後お見知りおきの程を!!」

(,,#゚Д゚)「ぬぁっ!」

若い兵士───カラマロスの真横に踏み込みながら、襲撃を試みた寄生体を斬り付ける。怯ませ跳ね返すことには成功したが薄皮を裂いただけで殺すことはできず、さっきの鮮やかな技の直後ということもあり小さな舌打ちが漏れてしまう。

( ;・ω・)「すみません少尉、私何か粗相を……?」

(,,;゚Д゚)「あぁいや、単に自分の不甲斐なさに吐き気がしただけだ」

不安そうに眉を顰めたカラマロスに「心配すんな」と手を振ってみせる。

(,,゚Д゚)「にしてもカラマロス、ねぇ。日本人としてはなかなか珍しい名前だな」

(  ・ω・)「父は日本人、母はアメリカ人と日本人のハーフですから。所謂クォーターという奴ですよ」

そう言われて横目で改めて容姿を軽く観察したが、確かによく見ると顔立ちは若干掘りが深く眼が僅かに青みがかっていて日本人離れしている部分がある。もう一つ特徴としてはどこか表情に「しまり」がなく、軍人というよりはどこかの街角でパン屋でも営んでいる方がよほど様になりそうだ。

(  ・ω・)「生まれは日本ですが親の都合で深海棲艦出現前に渡米して国籍もアメリカですからね!海兵隊からスカウトされました!」

しかも現場からの叩き上げかよ、益々見えねえな。

( #・ω・)「はぁっ!!」

(,,#゚Д゚)「オラァッ!!!」

腹でも食い破ろうとしたのだろう。俺とカラマロスに、同時に微妙な高さで向かってきた2体の寄生体。

二人で刃を振るうと、同時に二本の胴が千切れとんだ。

足下でビクビクと痙攣する死骸二つを蹴散らして、俺とカラマロスは同時に前へ踏み込む。俺は上へ、カラマロスは下へとそれぞれブレイドを一閃させた。

ぶちゅんっ、ぶちゅん。生々しい切断音が連続して鳴る。斬って落とした頭が床や壁に着くより早くもう一度、今度は横向きに刃を薙ぐ。

突進してきた勢いそのままに胴の中程まで真っ二つに裂かれながら進んだあと、手元の寄生体の胴からぐたりと力が抜け廊下の向こうで宿主も膝から崩れ落ち前のめりに倒れ込んだ。

「Enemy coming!!」

ボウガンを構えた奴が大きな声でそう叫び、同時に廊下の向こう側で大量の「気配」が蠢くのを感じた。

『『『キィヤァアアアアアアアアアアアッ!!!!』』』

「うっわぁ……」

「グロっ」

100は確実に越える犠牲を経て、ようやくチェストバスターの出来損ないたちは俺達が無力無抵抗な餌ではないと自覚したのだろう。癇癪を起こした子供の金切り声のような声を何十と合唱させ、宿主であるロシア兵の肉体が崩壊していくのも構わず廊下を比喩表現ではなく端から端まで埋め尽くしながら一斉にこちらへと向かってくる。

(,,#゚Д゚)「ファルロ、時雨、江風!!」

(; ̄⊥ ̄)「Да-с!!」

「了ッ解!!」

「これで機銃はカンバンだよ、無駄撃ちにさせないでよ!!」

残ったロシア兵のアサルトライフルと、二丁の25mm連装機銃が咆哮する。無数のマズルフラッシュが瞬いて身を伏せた俺達三人の頭上を熱風が駆け抜けていき、嵐のような銃火は迫り来る「壁」に真っ向から衝突した。

AK-12や25mmが吐き出す空薬莢が床で跳ね、甲高い金属音を幾つも奏でる。幼体とあってどうやら奴等は艤装がまだ発達していないらしく、数の力で強引に弾幕を突破しようとするのみで反撃の砲火は一向に見られない。

『ギッ……ガッ……!』

『キィイイッ、キィイイッ!』

各個撃破される攻撃法を改めただけ非ヒト型としては上出来なオツムだが、奴等は廊下で互いに胴が絡みついてしまうほどの密度でひしめき合いながら向かってきた。

そうなると、こちらは別に寄生体全体に満遍なく攻撃をする必要は無い。口を開けている、他と比べて突出しているなどして怯ませやすい個体に火線を集中すれば、必然的に残りの個体も動きが阻害され群体全ての進撃が止まる。

「25mm機銃、撃ち止めまであと40秒!」

「我々のAK-47も同じく!」

(; ̄⊥ ̄)「AK-12はまだそれなりに余裕があるが、そもそもの数が少ない!我々だけでは押しとどめられないぞ!」

とはいえ、例え幼体でも深海棲艦を怯ませるのだから並大抵の火力集中では到底それは適わない。既にこの場に到着するまでに結構な量を消費していた俺達の弾薬は、極限まで上げざるを得なくなった射撃ペースによってほぼ完全に底を尽きつつあった。

ゴクリと俺の喉が唾を飲み下す。

弾幕射撃の終わりが近づくにつれて、流石に胸の鼓動が早くなる。

(,,゚Д゚)「……いいか、絶対にタイミングはずらすなよ」

(? ・ω・)「Yes?sir」

一応カラマロスに言った体を取っているが、それは半ば自分に向かっての言葉だった。

一瞬の、それこそ刹那の遅れが全てを台無しにしかねない。全神経を集中し、「その時」に備える。

「あと十秒!!!」

江風が銃声と奴等の苛立ちの声が入り交じる中で声を張り上げる。“何が”とは言うまでもないことだ。

手が震えそうになるのを、皮膚が破れるほど強く拳を握って押さえつける。完璧なタイミングで動くことができるよう、全身の感覚を研ぎ澄ませる。

五秒前。

4、3、2、1─────







0。

「…………っ!」

時雨が息を呑む音が伝わり、銃火がピタリと止む。

最後の一つとなった空薬莢が、チャリンと床で弾む。

瞬間。

全身の関節とバネを稼働させ、伏せていた床から跳ね上がる。

号令なんて掛けない。その「瞬間」すら無駄な時間だ。

叫び声など上げない。肺一杯に溜め込んだ空気は、全て前へと進むために使う。

顔など上げない。上げた分だけ体面積が増えて、コンマ一秒でも空気抵抗による遅れが出る恐れがある。

距離にしてたった5メートル。その5メートルを詰める時間を極限まで短縮するため、体の全ての機能を「前進」のために稼働させる。

2歩。奴等との距離を零にするまでに要した、俺たちの歩数だ。それは走ると言うよりは、いっそ「跳ぶ」と表現した方が良いかもしれない。

(,,# Д )「   !!!」

( # ω )「──────」

声を出さずに、しかし俺達は雄叫びを上げて、各々の得物を振り上げる。

そうして俺達“海軍”兵は、俺とカラマロスを先頭に寄生体共の群体の只中へと斬り込んだ。

そこから先のことは、丸ごとごっそり記憶にない。なにせ印象としては廊下が丸ごと敵になっていた状態に近いので、いちいち“思考”それ自体を挟んでいる暇が無かった。

幾つの寄生体を殺したのかも、どれだけ“元”ロシア兵の屍を踏み越えたのかも、何リットル頭から奴等の体液を浴びたのかも解らないまま、ただひたすら目の前で動く物に対してブレイドを振るい続ける。

「──────Stop!!」

多分この先一生忘れることはできないほど手に刻み込まれた、寄生体のぶよぶよした胴を斬る感触からはかけ離れた「手応え」。聞き覚えがある英語での叫び声に、ようやく俺は我に返る。

(;゚∋゚)「………ジャパンがサムライ・カントリーだったのは確か3世紀近く前の話じゃなかったか?未だにTUZIGIRIだかBUREIUTHIだかが横行してるなんて知らなかったぜ」

(,,;゚Д゚)「…………Ostrich?」

(;゚∋゚)「ああ、紛れもなくな。無我夢中だったのは解るが敵と味方の区別ぐらいは流石に付けながら暴れてくれ」

筋骨隆々のダチョウ野郎はそう言って、熊手のような見た目の自分の白兵装備から俺のブレイドを外す。

そして、辺りを見回すと低い声でこう言った。

( ゚∋゚)「All clear」

異常なし。そう告げるOstrichの言葉に、俺はようやく辺りを見回

(,,; Д )「ゴホッ、ヴォエエエエエエエエッ!!?」

「おわぁっ!?」

「汚っ!?」

……す前に、身体をくの字に曲げて胃からせり上がってきたモノを口から勢いよく吐き出す。たっぷりバケツ一杯分にはなりそうな吐瀉物が床にぶちまけられ、近くまで駆け寄ってこようとした時雨と江風が寄生体に襲われていたときよりも更に機敏な動作で跳び下がる。

( ゚∋゚)「……激しい運動は苦手だったのか、知らなかった」

(,,;-Д-)「喧しい……オォエエッ……」

どうにも倉庫で食らわせた肘打ちを根に持っているらしいOstrichがあからさまな皮肉を飛ばしてくるが、立て続けに襲ってくる嘔吐きのせいで反撃もままならない。忌ま忌ましさに目を眇めて睨み付けてみるが、あちらはどこ吹く風でそっぽを向きやがった。

それにしても、ノンストップで戦闘行動を続けた結果の疲労もそうだが何よりも臭いによる嘔吐感の後押しがあまりにもキツい。傷みきったくさやを周囲に吊されているような感覚には併行する。

「なぁ、大丈夫かギコさン?拭くものならあるぜ?」

(,,;゚Д゚)「……あぁ。すまん、助かる」

最初こそ逃げたものの、直ぐに戻ってきた江風が僅かに小首を傾げてハンカチを俺に渡してくる。おいおい天使かよ。

「靴にかかった」

(,,;゚Д゚)そ「いっつ!?いっっっつ!!?」

最初こそ逃げたものの、直ぐに戻ってきた時雨が脹ら脛に蹴りを入れながらさりげなく吐瀉物の飛沫を俺に擦り付けてくる。なんだこの邪神の申し子。

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執拗に脹ら脛の破壊を目論む白露型駆逐艦2番艦の喉に親指をぶち込んで黙らせる。邪神(駆)は激しく咳をしながら「美少女にしていい仕打ちじゃない……」だのなんだのほざいていたが知ったことではない。

拳じゃないだけありがたいと思え。

(,,゚Д゚)「………しかしまぁ、アレだ。派手にやったもんだな我ながら」

ようやく呼吸が落ち着いてきたので、壁に寄りかかりながら今度こそ周囲を見回す。

例によって「Clear」な景色かどうかは置いとくとして、とりあえず寄生体の殲滅に成功したのだけは間違いないようだった。無論、撃ち漏らしや新手の襲撃に備えて気配や物音には可能な限り注意を払っているが、今のところその兆候はない。

(,,゚Д゚)「………」

廊下には、まるで悪趣味な絨毯のように寄生体とその“宿主”の死骸が折り重なり転がっている。奴等を殺害した際に撒き散らされた膨大な量の青い体液は床に溜まりすぎて大凡1cm前後の「深み」が生まれ、歩く度にパシャパシャと先程までより大きい水音がするようになっていた。

(,,゚Д゚)「こっち見んな」

仰向けになって虚ろな眼で俺を見上げていた“宿主”を足で蹴り転がす。死者への冒涜?ただのたんぱく質と脂質とカルシウムの塊に冒涜もクソもあるか。

「………」

「………どうしたン時雨姉貴」

「いや、ちょっと指先が寒くてね」

いやに静かなので奇襲でも企てているのかと時雨の方を見やると、地下道全域にくまなく転がる死体の山を見てやや挙動不審になりながら江風のスカートの端を摘まんでいた。強がりを口にしてはいるが、若干顔色が悪い。目線が警戒心とは別の色を浮かべてきょどきょどと足下の屍体を行き来している。

というか、割とはっきり怖がってないかアレ。

(,,゚Д゚)(………そういやホラーには別に耐性ないッつってたなあの人)

あまりにも“らしくない”怯えように面食らったが、直ぐに邪神の親だm……こいつの保護者の言葉を思い出して納得する。

寄生体もグロテスクさは折り紙付きだが、その寄生体に食い尽くされた屍体はバリエーション豊富な上にほとんどが戦場ではお目にかかれないようなおどろおどろしい外見に変形してしまっていた。ただの戦死体ならいざ知らず、映画に出てくるゾンビを数倍酷くしたような損壊具合のものに四方八方を囲まれると流石に穏やかではいられないらしい。

一瞬今日一日の仕打ちに対する仕返しでもしてやろうかと暗い感情が胸の内を過ぎるが、直ぐに却下する。

まず時間の無駄だし、助けて貰った数も多いのだからフェアではないし、何よりその後何百倍で返されるか。ハイリスクローリターンというより遠回しな自殺にしかならない。

(,,゚Д゚)「Ostrich、外の状況は?」

( ゚∋゚)「Coyote、Sparta、Chaserは相変わらずの状況だ。かなりの寄生体並びに新型を撃破したが、どの部隊も同行している艦娘は小破か中破の損傷を受けている。Rabbitは乱戦圏外に離脱して支援砲撃に移ったが、残弾少なく火力も不足とあり戦果は殆ど上げられていない」

(,,゚Д゚)「市街地北部はどうだ?」

( ゚∋゚)「【Caesar】指揮下の主力部隊は上陸を試みていた深海棲艦主力部隊を約7割撃沈・撃破。ロシア軍増援部隊と合力し港湾部をほぼ完全に制圧し俺達の方に幾らか人数を回してくれるらしい」

………腕時計を見やると、俺達が地下施設へ突入を開始してからだいたい30分程度が経過していた。

っかしーな、30分前までの通信思い返すと北の部隊も比較的一進一退の戦況だった筈だが。キングクリムゾンか?スタンド攻撃なのか?

( ゚∋゚)「一方で、コラ湾を封鎖していた艦隊はロシア海軍の主力部隊帰還まで耐えきれなかった、相当な損害は与えたらしいが敵艦隊に突破を許し、トゥロマ川に多数の新手が侵入・南下中。

迎撃態勢構築の都合から、こちらに向ける戦力は“少数精鋭”でいくとのことだ」

(,,゚Д゚)「少数精鋭………あっ(察し)」

街を埋め尽くす寄生体並びに新型の運命が今この瞬間に決まった。まぁ十字架は切ってやらないし哀悼の意も捧げないが。

一時間後ぐらいに地上で広がるであろうここの数百倍凄まじい地獄絵図を想像してしまい、再び吐き気がこみ上げてくる。まぁ俺達の苦境を救いに来てくれるのだから文句は言えないが。

それに、図らずもぶら下げる「餌」が用意されているのはありがたい。俺は無線機を外に繋ぎながら時雨たちの方を見やる。

(,,゚Д゚)「江風、時雨。

地上部隊が寄生体並びに敵新型艦多数と交戦中。特にSpartaチームを筆頭に物量差と火力差に圧されて相変わらずの大苦戦らしい」

地下室に反響する銃声、砲声、爆発音、そしてガラスに爪を立てて引っ掻いたときのような不快感を掻き立てる“奴等”の鳴き声。無線が繋がったにもかかわらず返答は全くないが、それが却ってあいつらの窮状を解りやすく示していた。

(,,゚Д゚)「一階で村田達と合流して至急救援に向かえ。市街地北部からロマさんも援軍を寄越してくれたらしい、そいつらが到着するまで耐えるだけでいい」

「了ッ解………はしたけどさ、ここは大丈夫か?」

(,,゚Д゚)「地下三階の制圧がまだだが、撃破した寄生体の数や現状1体も上がってくる気配がない点から考えておそらく下に居る奴等は残っていたとしてもごく少数の可能性が高い。俺達だけでも対処はできるが、逆に地上のSpartaたちが全滅すると上から雪崩れ込まれる。それも大群がな」

ぶっちゃけあの悪魔超人とその愉快な仲間達が来る時点で上の敵は殲滅が決まったようなものだし到着まで保たせるぐらいならSpartaたちも余裕だろうが、万に一つも何かの手違いで増援到着前に全滅した場合為す術が無くなるのも事実だ。本当に限りなく起きる可能性が低い事例に対する備えではあるものの、この点はあながち“方便”ではない。

(,,;゚Д゚)「それに外は状況を聞く限り新型の非ヒト型が主力で寄生体の割合は低いようだ、こっちならそこの2番艦でもビビらずに………」

「ねぇ、誰がビビってるって?」

口を滑らせたことに気づいて慌てて言葉を切るが、1歩遅い。案の定というかなんというか、あからさまに時雨の目付きが不機嫌なものに変わる。

「心外だね、ちっともビビってないのに勝手に怖がったことにされるのは流石にプライドが許さないな。どこが怯えているように見えたの?そりゃこいつらは気色悪かったけど仮にも艦娘だよ?それもクソ映画を倉庫一杯詰め込んでハイター博士を狂信して幽霊と肉弾戦やらかす提督の元で鍛え上げられた艦娘だよ?この程度の奴等屁でもないから。なんならここで布団敷いて爆睡してみようか?」

……この異常な負けず嫌いぶりもどこぞの提督閣下に繋がる面がある。めっちゃ早口で捲し立てる2番艦は完全に意固地になっており、どう宥め賺したって自分が怯えていたと認めることになりかねない行為には頑として首を縦に振らないだろう。この場では一応臨時の上官は俺なので強権発動してやっても良いのだが、それはそれで間違いなく禍根を残す。

次に別の作戦で一緒になったとき今度こそ脹ら脛を完全に破壊されかねないのは御免被りたい。俺はとっとと切り札を切ることにした。

(,,゚Д゚)「これは独り言だが、増援部隊はおそらく【Fighter】と思われる」

………何故かは知らないが、俺の眼には時雨のケツで尻尾がちぎれるように振られ、頭に耳がピンと立つ様が有り有りとイメージできた。

因みに、どちらも犬の奴だ。

足下に溜まった寄生体の体液がパシャリと激しく跳ねる。原因は、時雨がもの凄い勢いで両足を揃えたため。

かつてこいつが見せた中で間違いなく──そもそも誰に対してもやっていた記憶が無いが──、最も美しく相手に対する敬意に満ちた海軍式敬礼がそこにはあった。

「駆逐艦時雨、猫山義古“海軍”少尉の命を受けこれより友軍の支援任務に就きます!

ほら何してんのさ江風行くよハリーハリーハリー!!!」

「ちょっ、待っ、落ち着け時雨姉貴………ぬわーーーーーーっ!!!?」

自らの妹の首根っこをふん捕まえてその場から脱兎の如く──いや、走狗の如く駆けていく2番艦。引き摺られる江風の悲鳴がエコーを残しながら遠ざかっていき、大凡三秒ほどでそれは痛々しい苦悶の声に変わった。

俺は、若干の後悔と共に無線を別のチャンネルに繋ぐ。

(,,゚Д゚)「村田、お前傷薬持ってる?」

《は?一応軍支給の応急処置薬は何種類か持っておりますが……》

(,,゚Д゚)「間もなくフリスビー追っかけてる犬がそっちに着くから、それに引き摺られてる奴に使ってやってくれ」

《はぁ………》

通信を切った後、ロマさんか先輩辺りに金を渡して江風に美味いもんでもごちそうするよう依頼しておこうと心に決める。

「………あの時雨、本当に“海軍”の出身なのかい?」

Верныйが、少し驚いた様子で眼を丸くしながら俺に尋ねてくる。こいつはR-18Gにもバッチリ対応しているようで、“元同僚”という付加価値付にも関わらず特に動揺した様子は見られない。

「あんなに破天荒な艦娘がいるとはね。“海軍”も掃きだめから少しは変わったのかな?」

(,,゚Д゚)「期待を裏切るようで悪いが今も昔も“海軍”は“海軍”だ。何も変わっちゃいない」

あの時雨とアイツが所属する鎮守府が突然変異と言うだけの話で。

( ̄⊥ ̄)「しかし、あの二人をここから離脱させて大丈夫か?確かに今のところ新手は上からも下からも来る様子は無い、でも油断すべきではないと思うが」

(,,゚Д゚)「合理的な判断って言ってくれ。少なくとも油断した覚えはない」

Верныйに続き、ファルロもAK-12に新しい弾倉をぶち込みながら質問をぶつけてくる。

不安に思う気持ちは解らんでもないが、こっちは艦娘が実装される前から6年間奴等と直接ステゴロを繰り広げて生き残ってきた身だ。その辺りの嗅覚には自信がある。

(,,゚Д゚)「絶対と断言はしないが、限りなく100に近い確率で寄生体共は全滅したか地下三階に残っていたとしても雀の涙だ。

もしも相応の個体数が残っていたとしたら、間違いなく今この瞬間も俺達は襲われてる」

( ̄⊥ ̄)「む………」

情けないが、こうして会話こそできているものの嘔吐感や倦怠感さえ未だ微かに残っている。動けたとして、もう一仕事か二仕事できれば御の字。火事場の糞力で辛くも生き延びたさっきのような真似は絶対にできない。

( ⅲ・ω・)「………」

ちらりとカラマロスの方を確認するが、真っ青な顔色で床に座り込んでいてこちらもあからさまにガス欠中。

Ostrichはマスクで表情がよく解らないが、肩で息をしており身につけている軍用スーツは所々が破けて血が滲んでいる。特に左膝にはかなり大きな裂傷が口を開いていて、どれだけ控えめに見ても“無事”ではないだろう。

他の生き残りも似たり寄ったりの状態で、艦娘のВерныйですら足取りが若干覚束ないほどの疲労を抱えている。おまけに弾薬もほとんど素寒貧。

寄生体の脆弱さを考慮しても、数に飽かせてすり潰そうと思えば極めて容易く殲滅できる圧倒的な戦力差だ。本当に向こうが余力を残しているなら、見逃す理由が一つも無い。

「時雨と江風が離脱するまで待っていた可能性は?向こうからすれば艦娘戦力が減ってくれた方がやりやすいよね」

(,,゚Д゚)「目の付け所は流石“元海軍”だが」

この台詞に、大いにВерныйが嫌そうな顔をしたが無視して続ける。

(,,゚Д゚)「これだけこっちが疲弊してるなら、好機と捉えて寧ろ多少の犠牲と引き替えに艦娘の方もまとめて殺りたがるはずだ。艦娘は現状奴等の唯一無二の天敵なんだからな、1隻でも少なくなってくれる方が奴等からしても良い」

加えて、さっきの通信を聞く限り地上は主戦場だった北部が制圧されて少数ながら戦力を転用する余裕さえ出てきているのだ。わざわざ戦況が挽回されつつある地上に出してしまうという手は、閉所で動きや展開できる火力を制限できるという地の利を捨てることも併せてはっきり言って最悪手に近い。

(,,゚Д゚)「以上の理由により、深海棲艦側も地下戦力はズタボロの俺達に追撃を加えられるほどの余力すら残ってないと見ることができる。

俺が知らないムルマンスクの機構などにこの仮説を覆しかねない材料があるならその限りじゃないがな」

( ̄⊥ ̄)「………いや、ない。流石は歴戦の“専門家”だ。大変失礼ながら、私は君のことを直情的な軍人だと思っていたから驚いたな」

(,,;゚Д゚)「仮にも指揮する立場がそんなバカだったらつとまるはずもねえし疾うの昔に死んでるだろ常識的に考えて。つーか本当に失礼だなオイ、それは胸の内にしまっといて良いだろ」

一応本気であの状況に参っていた時雨をこれ以上長居させるのは忍びなかったという心情的な理由がメインではあるが、かといって部隊が全滅する確率を大幅に上げてまで艦娘の心的状態を配慮してやれるほどの人情家でもフェミニストでもない。

もし敵にまだまだ余力があり襲撃が現実的なら、寧ろビビっていることを煽りまくって士気爆上げで恐怖を忘れさせる方向に舵を切る予定だった。

この場合、切り抜けられたとしても突破後に俺の脹ら脛が無事でいられるかどうかはかなりの賭けになるが。

あと、俺の方でも個人的になるべく時雨と江風は可能なら遠ざけておきたかったという事情があるのだが………まぁ、これについては伝える義理はないので黙しておく。

(,,゚Д゚)「────さて、と」

万全の調子とは言いがたい。【ワールド・ウォーZ】の原作小説とブラピ主演映画の内容並みにかけ離れている。原作云々抜きにしてもアグレッシブなだけであんな甘噛みしかしねえゾンビを俺はゾンビと認めねぇ。

だが、倦怠感と吐き気は運動に支障を来さない程度まで治まり手足の痙攣も止まった。少なくとも、通常種のイ級二匹程度なら造作なく相手取れそうだ。

なおも身体の状態を脳内で丹念に確認しながら、目の前の“扉”に視線を向ける。

(,,゚Д゚)「ファルロ、この鎮守府の地下司令室ってのは………」

( ̄⊥ ̄)「あぁ、ここだ」

俺達の目の前には、近未来的な造形をした横開き式の扉が一つある。地下へと続く道すがら眼にしたものも万全のセキュリティが為されていたが、この扉は厳重さのレベルが他に比べて明らかに違う。

やや丸みを帯びてこちらにせり出してくるような形をしたそれは分厚く、耐火性と耐衝撃性に極めて優れていると解る。左側の壁に突き出した操作用と思わしき端末機械は非常に薄く、一目見た限りはただのガラス板にしか見えない。

俺は例えば、その扉が最重要政治犯を隔離するための牢獄だと言われれば余裕で信じてしまっただろう。

( ̄⊥ ̄)「我がロシア連邦共和国の要地防衛施設だぞ?当然“頭”にあたる司令部の守りは一際固いさ」

俺が──そしておそらくはOstrichとカラマロスも──面食らっていたのを察したか、やや誇らしげな様子でファルロが言う。

( ̄⊥ ̄)「アメリカ合衆国のホワイトハウス並みにガードは堅いさ………まぁ、それも内側から崩されてしまえば何の意味も無いがね」

自嘲気味にそういって小さく笑い声を上げた後、ファルロは端末機械に歩み寄りその表面に触れる。ブンッ、と低い起動音がして表面が青く光り、幾つかのパネルが現れた。

( ̄⊥ ̄)「………幸い機械は生きているようだが、そりゃロックは掛けられているな。

解錠するのに少し時間をくれ」

(,,゚Д゚)「了解。……Верный、そっちの人員で弾残ってる奴連れて扉の正面に着け。開いたとき中に居る奴が味方とは限らん」

「……解ったよ」

おーおー、嫌われてますこと。筋金入りだねこりゃ。

“海軍”は基本的に人間も艦娘も尋常ならざる強さや秀でているどころじゃない一芸とひき替えに脳のネジを吹っ飛ばしたような奴等の集まりだが、極稀にこのВерныйのように純真さを失っていないのに成り行きから“海軍(吹きだまり)”に流れ着いてしまう奴もいる。大半はなんだかんだと過ごす内に馴染んでいく(残念ながらいいことではない)けれど、“まともな”艦娘たちはそれでも少なくない数がここのあまりにも自分たちの志や表向きの世界のあり方とのギャップに苦しむことになる。

一応去ることを認められていないわけではないのだが、抜ける際は色々と特殊な“教育”が施されることになる場合が多い………が、このВерныйはどうやら事情が少々特殊らしい。

(,,゚Д゚)(俺には今更関係ない話だがな)

しかし、随分と減ったもんだ。一ダース以上居た人数は、今やファルロとВерныйを併せて6人か。半分以上がやられた計算になる。

俺の側にいたファルロ達は後方からの支援射撃がメインだったしOstrichの側もそうしていた筈なので、本来なら損害は“海軍”よりも遙かに受けにくい。とはいえ、深海棲艦との【近接戦闘】に一般の軍人が慣れている筈がなく、寧ろ損害は少ないと見ることもできる。

それに今回の場合、未だかつて世界で確認されたことがないチェストバスターもどきが相手だったせいで“海軍”兵士もかなりやられている。地上階においてきた四人と時雨、江風を抜いた16の内、生き残れたのは俺、Ostrich、カラマロス含めて7人。こっちも生存率は50%以下だ。

(,,゚Д゚)「…………カラマロス、もう動けるか?」

(  ・ω・)「は、なんとか呼吸も戻りました。正直長くは無理ですがまだ戦えます」

そりゃ上出来。

(,,゚Д゚)「司令室が空振りだった場合独房も見に行く必要が出てくる、二人連れて地下三階に行く階段を確保してこい。

突入の必要は無いし、万一寄生体や深海棲艦が上がってきた場合直ぐに逃げることも許可する。何か起きたら直ぐに無線で知らせろ」

(  ・ω・)「Yes sir」

(,,゚Д゚)「残りの二人は地下一階に上がる階段の方の確保だ。ここに来るまでに寄生体は殲滅したはずだが、地上階から降りてくる個体が絶対0だとは言い切れない。こっちも、何かが起きたときの連絡は直ぐに寄越せ。交戦の必要は無い、一目散に離脱しろ」

「了解です」

「Yes sir」

そう返事を返しながらも、カラマロス達は少し不審げな様子で顔を見合わせる。

俺の指揮に従うと、この場に残る“海軍”の戦力は俺とOstrichだけになる。“本当に大丈夫なのか”という不安を抱いているようだったが、俺が特に指示を更新することなく黙っていると戸惑いながらもそれぞれの持ち場へと駆け足で去っていった。

「………戦力ヲ分散サセスギデハ?」

(,,゚Д゚)「とはいえ司令室に間違いなくГангутがいるという保証もないだろ?あくまで“候補”の一つに過ぎない以上、次の動きへの備えも必要だ」

ぎこちない英語で質問してきたロシア兵にそう答えながらも、俺は自身の口からすらすらと出てくる“方便”を鼻で笑う。

断言するが、カラマロス達を行かせた意味はおそらくない。“次の動きへの備え”なんてものは不要だ、なぜならГангутは間違いなくこの司令室の中に居る。

根拠なんてものはない。言うなれば虫の知らせ、予感って奴だ。

そして、俺達はよく知っている。






( ̄⊥ ̄)「解除完了!開くぞ!」

“悪い予感”ほど、良く当たるってことを。









その威圧感すら感じる重厚な造りとは裏腹に、扉はとてもあっさりと左右に開いた。

少し拍子抜けするが、考えてみれば当然だ。基地の中枢たる部屋に入るのにいちいちそんなに時間を食っていたら、下手したらその間に敵の大群に上陸されましたなんてこともあり得る。

いの一番に視界に飛び込んできたのは、予想に反して煌煌と点いていた照明の白い光。薄暗い廊下の光量になれきっていた俺の眼は不意打ちを諸に受け機能を一時的に停止する。

(; ̄⊥ ̄)「……………Гангут!!!」

手で光を遮り必死に室内に向けて目を懲らす俺の斜め前で、ファルロが叫ぶ。驚きと、心の底からの喜びを湛えた声だ。

(,,゚Д゚)「………!」

少しずつ司令室の明るさになれてきた俺の眼もまた、部屋の奥にいる1人の女の────1隻の“艦娘”の姿をようやく視認した。

いかにもありとあらゆる情報を流すことができますと言わんばかりの、映画スクリーンのような巨大なモニターの手前。両側に十台程度ずつ並ぶコンピューター群の間に伸びた通路の最奥で、その艦娘は椅子に腰掛けていた。

白い帽子に、白いコート、そして白を基調としたセーラー服。まるでこのムルマンスクの気候に併せたような意匠の服だが、襟元から見えるインナーは茶色に近い赤色だ。すらりとスカートから伸びた細いが引き締まった脚に履かれるのは、コートとは対照的に黒いタイツ。

被った帽子から零れ出ている銀髪は艶やかで、照明の光を反射してキラキラと輝いている。俯いているため顔立ちは見えないが、資料を確認した限りやや尊大な印象を与える目付きだがかなりの美人だったと記憶している。

そう、奴は、Гангутと思われる人影は俯いている。

椅子に腰掛け、両手両足をだらりと投げ出し、ぴくりとも動きやしない。

「………Гангут!無事だったの!?」

(; ̄⊥ ̄)「気を失っているのか!?直ぐに解放を」

(#゚∋゚)「Stop!!」

駆け寄ろうとしたファルロとВерныйに、雷のような怒号が背中から叩きつけられる。思わず動きを止めた二人の前に立ち塞がり下がらせながら、Ostrichは右手に奴の白兵装備である黒い鉤爪を装着していた。

「アッ………アァ……」

さっきの叫び声に反応してか、ぴくりと手足が反応する。微かに呻き声を漏らしつつ、Гангутはゆっくりと顔を上げる。

「アァ……アァァ………」

白目を向いていた。口の端からは涎が止めどなく流れ、清潔な服のあちらこちらに汚らしい染みを作る。

だが、Гангут(と思われるもの)が気にする素振りは一切無い。

ゆらり。

夏場にアスファルトの上で揺れる陽炎のように、身体をゆっくりと揺すりながら彼女は立ち上がる。相変わらず白目は剥かれたままで、がくんがくんと首が据わらない様子は生まれたての赤子を思わせる。頭の揺れに従って、口角から唾液が数滴飛び散り床に落ちた。

「ウァアーーーーー…………」

間の抜けた、ともすれば欠伸とも取れる声を長く長く漏らす。知性がこれっぽっちも感じられない、動物的な行動に思わず息を呑む。

「………Гангут?」

(; ̄⊥ ̄)「…………」

ほんの一瞬だけ、あの艦娘がとてつもなく寝起きが悪いタイプで目を覚ました直後は例外なくあんな感じになっているのではと無駄な希望を抱いてファルロとВерныйに視線を送る。……が、当然そのアテは外れた。二人はただただ混乱した有様でかつての僚艦の、部下の痴態を眺めている。

(;゚∋゚)「………Wild-Cat」

(,,;゚Д゚)「あぁ、どうやら遅かったらしいな」

Ostrichに声を掛けられ、頷く。

詰めが甘いものの妙に統率が取れた動きをする寄生体を見て、薄々感じていた違和感は正しかったことが最悪の形で確定した。どうか“そうなりませんように”という願いは、残念ながら神には届かなかったらしい。

(,,;゚Д゚)「クソッタレ、【裏返り】だ!」

>>421-422
ありがt……歌丸とかも繋がってる……?

>>423
そこは流石に違うけど、( ^ω^)・流石兄弟・('A`)のシリーズが同じ世界線
日本側の色んな話と独軍所属の('A`)が奮闘してる欧州戦線があって、まずそっちを読んでみたらいいかも

…久々に色々と読み返してみて、日本というか海軍側が異次元過ぎて笑ったw

「──────ウゥッ、ウアァアアアアアッ!!!』

「ヒッ」

「сатана………」

ロバート=ブルース=バナーがハルクに変身する時みたいな凄まじい声量の雄叫びが空間全体を震動させ、ロシア兵が全員怯えた表情で後退る。反射的に四人ともAK-12を射撃体勢で構えたが、最早物理的な圧力すら感じられる声に圧倒されて引き金を引くことはできなかったようだ。

『イギィイイイッ……グァッ、アァアアアアッ!!!」

「っ……」

艤装を装備した艦娘の膂力は人間など比べものにならない。そして艦娘の中でも、艦の等級によって出せる能力には大きな差がある。

こんなに激しく暴れられては、近づきたくても近づけない。全身を内側から火箸で突かれているかのように身悶えのたうつГангутの姿を、俺達はただ黙ってみていることしかできない。

歯痒い状況に、Верныйが下唇を噛みしめる。

《少尉、いったい何が起きたんですか!?》

(,,#゚Д゚)「敵襲を受けただけだ、増援は必要ない!各位、持ち場を離れるな!!」

(; ̄⊥ ̄)「っ……!?」

当たり前の話だが、あれだけの大声ならば当然同じ階に居るカラマロス達のところからは余裕で聞こえる。無線機からの声に強めの一喝を返し、“敵”という語感にファルロがぎょっとして俺の方を振り向いた。

その間にも、Гангутの狂態は治まらない。床に仰向けになり、激しく身体を波打たせ、喉から凄まじい叫び声を出し続ける。

「ゥア゛ア゛ッ……』

────やがて、“それ”は起きた。

( ゚∋゚)「………色が」

最初に変化を始めたのは、Гангутの髪の色だった。振り乱される銀髪が先端から4、5センチほどにかけて黒ずんでいく様を、Ostrichが見つける。

「ギッ………っ!!?』

瞬間、最後に一度びくりと震えて身体を大きく反らせたままГангутの動きが完全に止まった。

(;゚⊥゚)「………こ、これは」

髪の変色が、先端から全体へと瞬く間に拡大する。シルクの布の上にインク壺でもひっくり返したみたいに、引きずり込まれそうな程深い“黒”が白銀を塗りつぶしていく。

パキパキと乾いた音がして、彼女の皮膚が剥離していく。剥がれ落ちた皮膚は床に落ちる度黒い靄のようなものを発して消えていき、靄は彼女の周りで絡みつくように渦巻いている。

肌の色は「白」という点は変わらないが、健康的な瑞々しさは失われ体温が感じられない病的なものへと変化する。皮膚の剥離に応じてやがて服からも黒い靄が立ち上りはじめ、そこから数秒と経たずにどろりと全て溶けてしまった。

『……………アァアアア』

“彼女”の喉から迸っていた、苦悶の叫びが安らかな吐息へと変わる。服が消失し生まれたままの姿に戻った状態を恥じ入る素振りすら見せず、ゆっくりと立ち上がる。

今やそこに、艦娘【Гангут】の姿はどこにもない。

蝋人形のように血の通っていない肌。動きに合わせて揺れる、黒く暗い髪。ガラス玉のように無機質な青い眼。

『…………アァ、アァアアアアッ!!!!』

────その眼の奥に煮えたぎるのは、俺達“人間”に対する身震いするような激しい憎悪。

『人間………ニンゲン…………沈メテ、沈メテ………殺シテヤル!!!!』

壊れたレコーダーのような、周波数の合わないラジオのような、ひび割れた声。一際大きな声で俺達への底なしの殺意を喚きちらしながら、奴はこちらに向かって一歩踏み出す。






(,,゚Д゚)「────五月蠅え」

それは、俺が奴の眼前まで飛び込んだのとほぼ同じタイミングだった。

(,,#゚Д゚)「────ッ!!」

『カッ………!?』

奴の髪と同じ、無機質な黒い輝きを放つ刃を一閃する。身を守るため咄嗟に掲げられたが遮るよりも早く、首筋に俺のブレイドがめり込む。

(,,#゚Д゚)「ゴルァッ!!!!」

勢いそのままにブレイドを振り抜くと、【戦艦ル級】の頭部は胴を離れ、傷口からは青い体液が迸った。

「ヒィイイっ………!?」

そのまま高々と舞い上がったル級の首は、天井にぶち当たって軌道を変えるとロシア兵の一人の足下で跳ねる。

尻餅をついたそいつのズボンの股ぐらに、じんわりと湿り気のある染みが広がっていく。

頭を失って床に仰向けに倒れ、噴き出る血に併せてビクビクと震える胴。

俺は振り切ったブレイドを逆手に持ち替えると、人間なら心臓がある場所に刃を突きたてる。

マナーモードのガラケーよろしく蠢いていた首無し屍体は、もう数秒ほど地面でのたうった後ゆっくりと動きを緩めやがて完全に止まった。

( ゚∋゚)「…………そこまでする必要あったか?」

(,,゚Д゚)「トドメを刺しておいて損は無い。世界中のイカレ頭脳が集まった“海軍”の生研がまだ解き明かしきれてない相手だぜ?」

ヒト型は急所がほぼ人間と一致しており、特に首は即死に追い込めるため白兵戦において真っ先に狙われる箇所だ。過去に斬首した屍体が復活したという話も聞かない。

だが、“裏返り”に関してはまだ“海軍”でもごく少数しか確認できていない特殊事例だ。何が起こるか解らない以上、渡る石橋は念入りに叩いておいて損は無いだろう。

(,,゚Д゚)「本当はミキサーにぶち込んで粉々にしてぇぐらいなんだがな。

ファルロ、他に敵影はねぇみたいだし、残念ながら“目的”は果たされちまった。俺とOstrichでカラマロス達を回収するから先に」

ガチャリ。

金属音と共に、俺の後頭部に冷たい何かが押しつけられる。

(,,゚Д゚)「……………はぁ」

ため息は幸せを逃がすなんて迷信があるが、既に十分不幸せな今の状態でついても問題はないだろう。

(,,゚Д゚)「何の用だ?Верный」

「何の用か、だって?」

うんざりした口調で後ろの暁型駆逐艦2番艦に声を掛ける。返ってきた声は、しぃが以前俺に作ってくれた手作りパン(という名の撲殺兵器)よりも固い。

マジで何だったんだあのパン。某筋肉が両手の握力総動員して握りつぶせないって完全に未知の物質なんだけど。

「惚けないで欲しいね。何の用かなんて解ってるくせに。

……アレは、いったい何?」

(,,゚Д゚)「アイツ曰くパンらしいがなぁ……試しで適当に投げつけたら防弾ガラス割れたときは何事かと」

(?゚∋゚)「何の話だ……」

(,,゚Д゚)「間違えた、こっちの話だ」

「ふざけないで」

イジェメックP-443の銃口が、より強い力で頭に押しつけられる。押された振りをして少しだけ頭を動かしOstrichの方を見ると、視界の端に映った姿から察する限り奴も同様に銃を向けられているようだ。

二挺拳銃かい、格好いいね。艦娘の腕力なら拳銃程度の衝撃容易く抑え込める、照準のブレはあまり期待できない。

「私達の仲間が、Гангутが、“艦娘が深海棲艦に”変わった。艦娘として戦争に参加してからも、“海軍”にいた頃だって一度もそんな話は聞いたことがない。

例えば他の皆がそうなってしまったような、寄生体によるものとも変態の仕方が明らかに違った。

そして、即座に敵と断定したり“裏返し”なんて言葉が直ぐに出てくることから考えて、貴方たちはこの事象の存在を知っていた」

仲間を目の前で凄絶極まりない形で失った事に対する悲しみのせいか、俺達が情報を隠していたことを知っての怒りによるものなのかは判別がつかない。

ただ、俺を詰問する声はほんの僅かにだが震えていた。

「洗いざらい、今のことについて話して貰おうか。じゃなきゃ、貴方の頭に風穴を開ける」

(,,゚Д゚)「それやったら日米と“海軍”敵に回すことになるから洒落にならねえぞ」

「昔、祖国のアニメでやっていたこの言葉が私は大好きなんだ。バレなきゃ犯罪じゃない」

(,,゚Д゚)「やべえよやべえよ……ファルロ提督殿、オタクの艦娘を何とかしてくれ。このままじゃ国際問題まっしぐらだ」

( ̄⊥ ̄)「…………」

ガチャリ。

そんな音が五つ、後ろで聞こえた。

(,,゚Д゚)「………おい、そりゃあ看過しかねるし笑えねえ」

流石に、面食らう。おそらく部下共々俺とOstrichに向かってAK-12を構えているであろうムルマンスク鎮守府の提督に、俺は険しい声を投げかける。

(,,゚Д゚)「何の真似だゴルァ。異国のとはいえ曲がりなりにも階級が上の人間に対して言葉遣いが酷すぎるって話なら今更だぞ」

( ̄⊥ ̄)「許可を出したのは私自身だ。そのことにとやかく難癖着けるほど器は小さくない。

………だが、これほどの重大事を隠し立てしていた得体の知れない軍事組織の人間を信用してやれるほどできた人間でもない」

ファルロの口調はВерныйに比べれば冷静で、語尾に震えや動揺も見られない。

それでも、腹の内からふつふつと沸き上がってくる隠し切れないほど大きな怒りは有り有りと感じることができた。

(# ̄⊥ ̄)「ヨシフル=ネコヤマ少尉、事象の存在どころか、“これ”がГангутの身にも起こる可能性があることすら事前に知っていたのだな!?何故、何故それを黙っていた!!?」

(,,゚Д-)「端的に言うと超機密事項だからだ。“海軍”ですら、上層部とごく一部の精鋭部隊しかこの事は知らない。

ネタばらしをすると時雨と江風を突入前に地上に行かせたりカラマロス達を遠ざけたのもそれが理由だな、本当はあんたらも遠ざけたかったが、納得しないだろうからやむなく同行させた」

(# ̄⊥ ̄)「この………っ!」

(,,゚Д゚)「怒らないでくれねえかなファルロ=ボヤンリツェフ提督。俺としてはアンタのことは気に入っていたし、この件を黙ってるのははっきり言って本意じゃなかったんだ。

俺はアンタと敵対したくない、もし希望があるなら“可能な限り”聞くぜ」

(# ̄⊥ ̄)「ならばあの現象について教えろ!“裏返し”とは何か、どうやってГангутが戦艦ル級になったのか、そして貴様らがあの現象についていつから知っていたのか、全てをだ!!」

(,,゚Д゚)「残念ながらそれは“可能な限り”の範囲外だ」

(# ̄⊥ ̄)「このっ……!」

(,,゚Д゚)「だが、教えてやれる方法はある」

銃の引き金を引きかけたらしいファルロの動きが止まった。逆に、Верныйはその動きで頭蓋骨に穴を開けさせるつもりなんじゃないかってくらい一際強く銃口を当ててくる。

(,,゚Д゚)「これは“海軍”のみが把握してる極秘事項だ。ならば“海軍”に入れば良い。

ファルロ提督、アンタウチの軍に入らねえか?ロシア軍の籍も別に抜く必要は無いし、その実力なら十分に」

………二十云年の人生で初めて知った事実。耳元でイジェメックP-443を撃ち鳴らされると五月蠅さのあまり痛みと吐き気を覚える。

別に知りたくはなかったし、今後役立つ情報でもないが。

「私を怒らせないでくれ…………!」

煙を立ち上らせてまだ微かに熱を持っている銃口を再び突きつけながら、“信頼”の名を冠する駆逐艦の不審に満ちた怒声が響く。

「“海軍”の存在が世界の助けになっていることは私も十分承知しているさ。でも、それを差し引いてもあの組織はあまりにも腐りすぎている!アメリカと日本の利権を守るために作られて殆ど私物化され、外交の道具として駒のように人間や艦娘を使い玩ぶ組織に私達の司令官を入れろって!?

冗談じゃないよ、絶対にそんなことさせるもんか!」

(,,゚Д゚)「………やれやれ、美しい上官への敬愛に涙が出てくらぁな」

しかも、だいたい事実なので言い返せやしない。いやホント、こいつが“海軍”にしばらくでも大人しく所属してたのは奇跡か何かだな。

(,,゚Д゚)「で、提督殿はどうする?あんたも部下と同じ意見か?」

( ̄⊥ ̄)「………」

(,,゚Д゚)「言うまでもないことが、軍組織が腐ってるのはどの国も同じだ。深海棲艦なんざそっちのけで陸海軍の主導権争いに国家間の艦娘利権の奪い合いなんてのは日常茶飯事、寧ろ“海軍”の存在によってそれらは緩和されている面すらある」

「詭弁を言わないでくれ!!!」

(,,゚Д゚)「認めたくない気持ちは解るが事実だ。日米の艦娘利権を守るという点が組織された最大の理由なのも事実だが、俺達の存在は間違いなく国連なんざ比べものにならない強力な抑止力だ。それに、内部に入ればそこから“海軍”の体質を変えるトロイの木馬にだって成れるとは考えられないか?」

「っ………!!!」

Верныйが言葉に詰まる。反論できないほど俺が正論だったというわけではない。どうも向こうの怒りが天元突破して言葉に詰まったようだ。

(,,゚Д゚)「んで、どうするよ提督殿。“海軍”のモットーは来る者は拒まずだ。ロシアも日米へのパイプが更に太くなることを考えれば“海軍”への協力を惜しむとも思えない」

( ̄⊥ ̄)「………」

(,,゚Д゚)「後ろでいきり立ってる駆逐艦も、アンタの命令なら聞くだろうしな。再入隊ってのは聞いたことないが多分受け入れてくれる。

祖国のためにもなって、アンタの部下を苦しめた【世界最強の軍隊】を内側から変えることも出来る。どうだ?」

( ̄⊥ ̄)「…………。すまない、少尉」

下ろされかけていたAK-12が、再び構え直される音。

それが何よりも雄弁に、俺に拒絶の意志を伝えてきた。

( ̄⊥ ̄)「私は祖国の利益以上に、自分の部下の気持ちを慮りたい。ましてや君達は共闘する相手に隠し事をした信用ならない存在だ、その誘いは受けられない」

「司令官………!」

(,,゚Д゚)「……そうかい」

(,,゚Д゚)「残念だよ」

それは、望んでいた答えとは真逆のもの。その一方で、絶対にそう返ってくると予想がついていたものでもある。

だから俺は、躊躇無く次の行動に移ることができた。

「えっ」

しゃがみ込む。ただそれだけの単調な動きだったが、何の予備動作も必要ないため兆候を掴まれて先手を打たれる心配は無い。射線から、視界から唐突に目標が消えたことで、虚を突かれたВерныйの反応が一瞬遅れた。

「……………っ!!?」

俺が床に手をついたところで、奴はようやく銃の照準をこちらに向けた。

だが、その時には俺は既に持っている。

先程銃口を突きつけられた際に捨てていた、足下のブレイドを。

(,,゚Д゚)「────っ!」

振り向く。銃声が鳴る。頬を弾丸が掠めていくが、お構いなしに刃を一閃させる。

(;゚⊥゚)「やめっ」








鮮血が飛び散る。

暁型駆逐艦2番艦の首が、胴体を離れて宙を舞った。

銀髪の美少女の首は、呆けた表情を浮かべたまま宙を舞う。そのまま床で一度バウンドすると、ル級の生首に引き寄せられるようにして転がっていきその横で停止した。

( ゚⊥゚)「あっ、」

(#゚⊥゚)「ァアアアアアアガアアアアア!!!!!」

そこまでの動きを見届けて、ようやくファルロ=ボヤンリツェフは「何」が起きたのかを理解したらしい。ワケのわからない、最早人語の体を為していない叫び声を上げてAK-12をこちらに向ける。

(,,゚Д゚)「遅ぇ」

(;#゚⊥゚)「グゥッ………アァアああああああっ!!!!!」

その時には既に懐に飛び込んでいた俺は、ブレイドで両手を小銃ごと斬り落とす。ファルロは一瞬凄まじい痛みに顔を歪めたが、常軌を逸した精神力でこれを堪えると俺ののど笛に噛みつこうと顔を飛びついてくる。

(,,;゚Д゚)「っ、野郎!」

(; ⊥ )「アガッ………」

腹に膝を入れ、そのまま胸に刃を突き通す。口からどす黒い血が噴き出して、弱々しい息を漏らしながら地面に倒れ込んだ。

(#゚∋゚)「ふんっ!」

「ヴェッ」

「ゴガッ」

Верныйが始末された時点で、Ostrichもまた動いている。入り口に待機していたロシア兵4人の内2人の頭を振り向き様に鷲掴みにすると、それぞれ司令室の扉に叩きつける。

「イガッ!?」

「чёрт!!!」

更にもう一人、首根っこをふん捕まえて床に引き倒すと喉を踏み抜いて首の骨を折る。流れるような殺戮で残りが自分一人になったところで、そいつはようやく脳が再起動したらしく悪態と共にOstrichに向けて銃を構えた。

「─────クハッ……!?」

そして、俺が横から投げつけたブレイドに頭を刺し貫かれて前のめりに崩れ落ちる。

(; ⊥ )「ゴハッ、ガハッ……ハッ、ハッ……」

(,,゚Д゚)「……ん?ああ」

束の間訪れた静寂は、直ぐに激しく咳き込む声によって破られた。其方に視線を向けると、血だまりの中でなおも起き上がろうともがいているこの鎮守府の提督殿の姿があった。

まぁ、間もなく「元」が役職名の前につくことになるが。ロシア軍にも2階級特進ってあるんかね。

(?゚∋゚)「………最後の言葉でも聞いてやるために生かしたのか?」

(,,゚Д゚)「まさか、単なる殺し損ねだ」

正直なところ、腕を斬り落とされてもなお反撃してくるとは思わず胸を狙った突きは手元が狂ったことは否めない。心臓をぶち抜くはずだったブレイドは僅かにズレたようで、辛うじて即死は免れさせたらしい。

(; ⊥ )「お前………何故……Верныйまで………」

最後の情けで早くトドメを刺すためブレイドを構えて近くまでいくと、荒くか細い呼吸の中で辛うじて声を絞り出し向こうが問いかけてきた。

(,,゚Д゚)「っしょ」

( ⊥ )・∴∵゚。「バファッ」

だが、聞く気は無いのでとっととル級の時と同じように心臓を刺し貫く。ファルロは最後に一度だけ息と血を吐き出して、それから永遠に沈黙した。

( ゚∋゚)「……終わったか?」

(,,゚Д゚)「終わった。カラマロス達を呼ぶぞ、撤収だ」

別に、いまわの際の問答ぐらい答えてやってももう任務に大きな支障は無い。だが、その“必要”もないのなら別に聞かない。

ファルロの実力は高かったし、僅かな交流だったが垣間見えた人間性には尊敬も感じていた。“海軍”への誘いの言葉に込めた本気も、決して小さくはない。

でも、“それだけ”だ。

(,,゚Д゚)「カラマロス、任務は終了した。

撤収するぞ。司令室前で俺達と合流しろ、速やかに地上階に移動する」

《了解です。………あの、ファルロ提督達ロシア軍部隊は………》

(,,゚Д゚)「司令室内に待ち構えていた深海棲艦の【寄生体】に攻撃を受けВерныйを含めて全員が死亡。また、Гангутも既に殺害されていた。生き残ったのは俺とOstrichだけだ」

《……………》

(,,゚Д゚)「どうした?早く戻ってこい」

《…………………Yes?sir》

最重要機密を知られ、“海軍”に反抗的な思想を持ち、何の手違いか【記憶処理】も施されないままの艦娘を抱え、唯一あいつらが生き残る道だった選択肢を捨てた。あのロシア人達との数時間の交流が、奴等を“殺さない”理由としてこれらを凌駕することは有り得ない。

(,,゚Д゚)「Wild-Catより統合管制機」

('、`*川《こちら管制機、どうしました?》

ファルロ=ボヤンリツェフは、変わらない。

今までに積み重ねてきた屍の山に。

これから進む先に伸びる骸の道に。

たった一つ屍体が増える。










(,,゚Д゚)「任務を完了した。これより離脱を開始する」

俺の“日常”においては、ただそれだけの話だ。

ようやくあとエピローグ書いて終わりますぅうううう……2ヶ月半もかかるってなにやってんだあたしゃ…。

本日or明日、どちらかの深夜でエピローグ投下して完結です。

後もう少しだけお付き合い下さいませ!!!

えげつねえええ…となったけど、事ある毎にリスクを増やすなんて無理だはなあ…
これだけ無双してても「目撃者無し」ともなれば、武勇伝もあったもんじゃないのが勿体無いがw
それとキングダム最新刊発売やったぜ








《臨時ニュースです。ロシア連邦政府は本日未明、深海棲艦からムルマンスク並びにその周辺都市への攻撃を受けていたと発表。世界各国に大きな衝撃を与えています》

《CNNの取材に寄れば、アメリカ合衆国政府はこの襲撃事件を“把握していなかった”とコメント。在ロシアアメリカ人に犠牲者は確認されていないとも併せて発表しました》

《ロシア国防省は情報の隠蔽を“国内外の混乱を避けるため”とした上で、深海棲艦の完全な撃退に成功したと戦果を強調》

《しかしながらムルマンスクが被った損害は極めて甚大であると見られ、一説にはほぼ全ての住民が犠牲になったとも───》

《国内外ではチェルノブイリ原発事故以来となる国家ぐるみの大規模隠蔽に非難の声が噴出。特にムルマンスクに親族がいた人々を中心に、ロシア連邦各地で反政府デモが次々と発生しています》

《中東のイスラーム武装勢力の複数が動画サイトに声明を発表。これらは何れもムルマンスクはロシアが【艦娘】という神の意志を冒涜する存在を重用したために不幸に見舞われたのだという内容のもので間接的に【艦娘】制度それ自体への批判も含まれ────》

《日本海上自衛隊の第1防空機動艦隊を主力とした、二本、インド、アメリカの連合艦隊はアラビア海に到達。しかし一部中東国が【艦娘】戦力を含んだ艦隊の接近や領海の通過に難色を示しており、補給要請も保留されていることから欧州への艦隊到達は想像以上に難航しています》

《偉大なる総書記様は深海棲艦という大いなる脅威に対抗するべく人民の団結を促すと同時に、“叡智の炎”を我が国も一刻も早く手に入れる必要があると決断した!》

《北朝鮮国営テレビの核開発の再開宣言とも取れるこの発表について、アジアを中心に世界中で動揺が広がっています》

《フォックス=カーペンター国務長官はCNNの取材に対し、事実確認中であることを理由にコメントを差し控えました》

《茂名官房長官は緊急記者会見を開き、北朝鮮のこの放送について「もし本心からの宣言なら言語道断だ」と強い不快感を示しました》

《中国政府は未だコメントを発表していませんが、インド、マレーシア、フィリピンなどアジア各国は「人類の団結を乱す行為だ」として北朝鮮を痛烈に非難。日本の意見に同調する動きを見せています》

《欧州各国の殆どとロシア連邦が日本の非難声明に追従する中、イギリスはこの件についても沈黙を保つ様子》

《北朝鮮の深海棲艦を口実とした核武装開発の再開は今後中東を中心に各国へと飛び火する可能性が懸念され、アメリカを中心に各国の警戒が強まるものと見られます》







彡(-)(-)「───『我々の正直さが他国にとって実は恐るべきものだ、などと我々自ら大まじめに信じていたのは、我々には何も見えていなかったということであった』」

目の前に座る男───日本国首相、南慈英の静かな声が部屋に響く。噛みしめるように瞑目しながら諳んじられるその台詞は、ある程度知識(間違っても「教養」ではない)がある自称平和主義者が耳にすれば即座に口角泡を飛ばし噛みつくことだろう。

彡(゚)(゚)「『これによって大国の信用と、とりわけ小国の好意を容易に得られると思っていたのだ』

ホンマ、ええこと言っとるわ」

( ФωФ)「アドルフ=ヒトラーの言葉でありますな」

彡(゚)(゚)「せや」

我が輩の言葉に、首相は頷く。彼はつい1分前まで国内外の様々なニュースを矢継ぎ早に映していたテレビにちらりと視線を向けた後、ふぅと息を吐きながらリモコンを右手から机の上に投げ捨てた。

彡(゚)(゚)「何度読んでも、感心すると同時に笑ってまうわ。“これはどこの島国に向けられた言葉やろなぁ”って。

国際社会においては、善良も正直も美徳と違う。ただひたすらに忌むべきものであり、最大の害悪や。それを、“戦前”の日本は解っていなかった」

( ФωФ)「仰るとおりです」

彡(゚)(゚)「今のニュース見たやろ。全ての国が“自分たち”の事だけを考えて最も大きな利益を得ようと互いに横目で睨みあっとる。

そして、それこそが【外交】の最も正常な姿なんや」

ここで首相の言う「戦前」とは、無論第二次大戦のことではなく(いや、あながち其方も間違いではないのだが)深海棲艦との戦争を指す。日本の外交が「お嬢さんをあやすようなもの」と揶揄されていた時分であり、今でも十二分にお花畑な国民の脳が「平和」というドラッグによって完全に機能を失っていた頃でもあった。

日本にとって最大の幸運は、奴等との戦争が始まる直前に「ちょっとした刺激」を求めて──断言するが彼奴らの大半はまともな政治思想を持って政治家を選んでいない──国民が南慈英を首相に押し上げた点だ。これで共栄党や民心党が引き続き政権を握っていたらと思うと、背筋が凍る。

突如現れた未知の敵に対する、国会を通さない独断での自衛隊防衛出動決定。それは確かに“議会制民主主義”の大原則を無視した行動であり、やっていることは軍事独裁者と変わらないという意見も表面上は正しい。実際、これらの意見・批判は政権奪還を狙う野党を中心に発覚直後から噴出し今でも政権反対派の主要な批判点の一つでもある。

だが、彼らはそもそも国体が守れなければ議会制民主主義もクソも無いということを毛頭理解していない。

深海棲艦という、“突如”現れた膨大な戦力を持つ謎の侵略軍。そんなものを相手取って、会議を開き自衛隊の運用が正しいことか話し合い決議しまた会議を開き……などとやっていれば、おそらく海上防衛線の構築すらまともにできぬまま日本本土は奴等によって蹂躙されていただろう。日本がもしも完全に壊滅していればおそらく【艦娘】技術の実装もできていないか或いは大幅に遅れていたはずで、割りと大まじめに今頃世界が滅亡間近だった可能性も否めない。

だから我が輩は、テレビで単細胞な評論家がしたり顔をしてこの事を批判するときに失笑を禁じ得ない。

そのおかげでお前がそこに存在できているということが解らないのか、と。

彡(゚)(゚)「とりあえずロマ助、ようやってくれたわ。これで今回も、“計算通り”にワイらが一番大きな見返りを得られる」

( ФωФ)「首相、いい加減その“ロマ助”というのはやめていただけると助かるのであります」

彡(゚)(゚)「何でやロマ助」

( ФωФ)

彡(゚)(゚)「どないしたんやロマ助」

( ФωФ)「……もういいです」

まぁ、だからといって我が輩個人がこの男が好きかと問われれば答えはNoだが。

ロマ助って何なのである犬猫じゃあるめぇし。

思考が苛立ちから明後日の方向にズレてしまったので、深呼吸して心を落ち着ける。

全く、この首相閣下とどこぞの筋肉提督だけは本当に心の底から苦手である。

( ФωФ)「先ず、既にご存じのことと思われますがムルマンスク戦の最終的な結果報告から一応。

ロシア連邦軍との共同作戦の結果、同市をはじめトゥロマ川沿岸都市全ての防衛に成功。攻勢をかけてきていた深海棲艦は、増援も含めて9割強を撃沈。ベルゲンより来襲した敵【泊地】航空隊に関しても、約7割を撃墜し甚大な損害を与えました」

彡(゚)(゚)「まぁあのキン肉マンの鎮守府とロマ助のコンボやからなぁ。そこに二大国の援護もあればそらそうよ」

向こうは純粋に褒めたつもりなのかも知れないが、“アレ”とセット扱いされて無意識に眉間に皺が寄ってしまう。この無神経さもまた、我が輩がこの男をいまいち好かない理由だ。

彡(゚)(゚)「んで、こっちの被害は?」

( ФωФ)「投入戦力の3割程度が。一時の死傷率に比べれば圧倒的にマシであるが、まだ高いですな」

彡(゚)(゚)「“海軍”は組織の特性上戦力の大規模な拡充・補充ができへんからな。大正義アメリカがバックアップにいるとはいえ何とか損耗は抑えんと」

( ФωФ)「艦娘部隊には轟沈者はいません。ただ、コラ湾を封鎖した艦隊は流石に数的不利が厳しく半数が中破以上の損害を受けているのであります。

それと………“青葉”が中破状態で保護されました」

彡;(゚)(゚)「ファッ!!?」

首相が上擦った声で驚愕の声を上げ、椅子からずり落ちる。アニメキャラクターのように大袈裟だが、言ってしまえばこれでも妥当どころか若干控えめなリアクションと言える。

なにせ、我が輩がわざわざ強調するような青葉と言えばあの筋肉達磨の鎮守府に所属する悪鬼羅刹しかいないのだから。

彡;(゚)(゚)「うせやろ……あの青葉がそんな大ダメージ受けるとか、ゾーマでもおったんか?」

( ФωФ)「ゾーマ如きがあの青葉を止められるのかは議論の余地がありそうですが、より厄介なものが………【バグ】が、来ていたと」

彡(゚)(゚)「……! なるほどな、納得したわ」

( ФωФ)「本人の証言や戦闘スタイルから察するに、おそらく例の重巡リ級eliteかと。向こうも無傷ではなかったようですね。青葉曰く中破に近い損害は与えたらしいであります」

何故突然ヨーロッパからロシアくんだりまで移動してきたのかは不明。だが、あの青葉と互角に渡り合える戦闘センスに深海棲艦としては豊かすぎる表情、わざわざ味方を囮にしておびき寄せてからのタイマンという見ようによってはこちらをなめているとしか思えない戦法などはアルカンタラマールやベルリンの情報で浮かび上がってきた同個体のイメージと酷似する。少なくとも偽物・見間違いの線は極めて可能性が低い。

( ФωФ)「寧ろ、良く中破で済んだと感心するところだったかも知れませんな。あのリ級eliteがどれぐらいで復活できるのかは解りませんが、しばらく動けないとしたら特に東欧連合軍の反攻作戦には大きな好機になります」

彡(゚)(゚)「はー……しかし予想以上にきっっっつい戦場やったんやな。こんなことならガス田開発の日本参画とГангутの譲渡以外にもロシアにふっかけとけばよかったわ」

(;ФωФ)「…………は!?」

今度は、我が輩が驚愕の奇声を上げる番だった。

やっぱ今夜中は流石に無理やったか……明日(というか、今日)、正真正銘の最後更新

(;ФωФ)「し、首相!い、今何と!?」

彡(゚)(゚)「せやからロシアが北極海で躍起になってやってるガス田開発の護衛役を日本の艦娘が内密に負担する代わりに、ガス田のプロジェクトに日本の企業も噛ませてこっちにクソ格安で天然ガスを売るよう圧力を───」

(;ФωФ)「そっちではないのである!いや、そっちも色々おかしいけど!!」

ただでさえシェールガス革命以来不安定な状況になりつつあった大得意先・ヨーロッパ市場の物理的壊滅で、死活問題に直面しているロシアの天然ガス事業。そこに横槍入れるって鬼か何かかと思ったが、それ以上に重要な「資源」についての言及に思わず椅子から立ち上がる。

(;ФωФ)「天然ガスの後です、後!!Гангутを譲渡させたと言いましたが………!」

彡(^)(^)「おう、正確には日本やなく“海軍”にやがな」

三国志に登場する曹操孟徳は、その辣腕から【治世の能臣、乱世の奸雄】と謳われた。ここまでの危険人物だと実際に“能臣”たり得るかは不明だが、少なくとも“奸雄”であることは間違いない眼前の男は事も無げにそう言って不敵な笑みを浮かべた。

笑うといっそう醜男だなこいつ。

彡(゚)(゚)「今滅茶苦茶失礼なこと考えんかったか?」

( ФωФ)「気のせいでありますハハハハ」

彡;(゚)(゚)「お、おう」

釈然としない表情を浮かべつつも、南首相はそれ以上追求してこなかった。

彡(゚)(゚)「まっ、元々民間に存在がバレるとマズい“海軍”は別として、ムルマンスク防衛にはアメリカ軍もかかわっとったからな。ロシアが“単独で防衛した”っちゅー体裁を保つためにこれらの情報は関係国に口止め。更にムルマンスク基地の再建に日本からノウハウと資金を提供するついでに、他に建造済だったГангутを“将来的なロシア国防力増大のための研修”名目で海軍に強奪したんや」

(;ФωФ)「…………」

資金・ノウハウ提供の“代わり”ではなく“ついで”という言い方を聞く限り、おそらくこの男Гангутの提供もロシア連邦に対する「貸し」にしてある。

幾ら亡国の危機を救って貰ったとはいえ最新鋭かつ最重要軍事機密を分捕られながらそれすら日本への「借り」として扱われるロシア政府の面々には、流石の我が輩も同情の意を禁じ得ない。

彡(゚)(゚)「そこまでやっても連日反政府デモなんやから可哀想やなって」

すげぇ。「可哀想」の部分に1ナノミクロンも感情が籠もっていないのである。

ツッコみどころは山とあるが、日本にとって最大限の“国益”をとりまとめたのは間違いないのでコメントは差し控えよう。それに、Гангутが“海軍”に提供されるなら先に知っておきたいこともある。

( ФωФ)「Гангутの配置先はどこになるのでありますか?単艦か複数かによっても編成が変わってきますが」

彡(゚)(゚)「2隻来る予定やが片方はアメリカ側が管理してる鎮守府に配属されるよう手配したから問題あらへん」

さりげなくアメリカにも恩売りつけてやがる。しかも自国じゃなくて他国の艦娘で。

彡(゚)(゚)「んで、ウチに来る方のガンちゃんやが、筋肉んとこに送るやで」

( ФωФ)

彡(゚)(゚)「筋肉んとこに送るわ」

( ФωФ)

彡(゚)(゚)「………筋肉んとこに」

( ФωФ)「聞こえているので三回言わなくても大丈夫であります。つーか正気か貴様」

彡;(゚)(゚)「ワイは仮にも一国の首相で、お前の階級“海軍”ではともかく日本国内やと一等海尉の筈なんやが……」

あぁ畜生、胃が痛むのである。

( ФωФ)「一番練度が高い……というか明らかに一線を画した鎮守府ですから戦力強化“のみ”で見たら最も適した選択であることは認めます。

しかしながら、一番頭のネジが外れてる鎮守府もあそこであります。首相はドイツから様変わりしたビスマルクについて怒りの電話が連日飛び込んできたことをもうお忘れですか?」

彡(゚)(゚)「あれは滞在先だった大洗警備府の影響もあったし最終的にドイツも戦力強化を感謝しているからセーフ」

( ФωФ)「何一つセーフじゃねえよ」

毟り取るようにして向こうの権益に手を出した挙げ句希少な最新鋭艦娘を頭のおかしい変態にして突っ返したとなれば、怒り狂ったロシアが深海棲艦そっちのけでこっちに銃口を向けてくるのではと不安になる。流石にこれは極端に過ぎる予想だが、ドイツの時のように半ば笑い話で済む程度の問題で終わるとは思えない。

彡(゚)(゚)「何を勘違いしとるのか知らんけど、これはロシアの要望も入れてのことやで?」

…………は?

彡(゚)(゚)「あの筋肉共の暴れぶりを知ったロシア政府から直々の使命や。艦娘戦力に乏しい分、極限まで質を高めた戦艦娘が1隻欲しいからそこに送って鍛えてくれってな」

( ФωФ)「デアリマスカ」

世界は順調に狂いつつあるようだ。

我が輩が想像していた方向性とは少し違うが。

彡(゚)(゚)「………さて、今回もしっかりと日本にとっての“国益”は確保した。

せやけど、そろそろもう一度“世界全体”で物事を見なあかん段階でもある」

南首相はそう言って足を組み、より深く総理執務室の椅子に腰掛けた。

その眼差しは今までと一転して険しく、微塵の戯けも存在しない。

彡(゚)(゚)「単刀直入に聞くで。この戦争で、“人類”は“深海棲艦”に勝てるか?」

( ФωФ)「無理であります」

故に、我が輩も誤魔化しや皮肉を挟まず真剣に答える。

( ФωФ)「各国の足の引っ張り合いがどうとか、そう言う次元ではありません。深海棲艦と人類の間には、それだけ互いが保有する物量に差があります。場合によっては、質の面ですらその内凌駕される………或いは疾うの昔にされているかも知れません」

彡(゚)(゚)「………悲観的な内容であること自体は予想しとったけど、そこまでかい。ムルマンスクで与えた打撃は少しとはいえ影響せんのか?」

( ФωФ)「ムルマンスクの艦隊はただの偵察部隊です、首相」

彡;(゚)(゚)「………」

蒼白になった首相の頬を、冷や汗が一滴伝っていく。とはいえ、“青葉中破”の報の時に比べて動揺は遙かに小さい。

向こうにとっても、ある程度予想済のことだったようだ。

( ФωФ)「存外驚かないものですな」

彡;(-)(゚)「前線からの報告でどうも臭い雰囲気はあったからな。それでも“どうか予感が外れますように”と願ってたんやが」

湯飲みを持ち上げ、グビリと大きく喉を鳴らして茶を飲み干す。落ち着いたらしい首相は、汗をハンケチで拭いながらこちらに視線を戻した。

彡(゚)(゚)「一応聞こうか。最終的に【第二次マレー】にすら匹敵するほどの巨大艦隊がただの偵察部隊に過ぎないと思う理由を」

( ФωФ)「【Black Bird】の襲撃が少なすぎる。突入時に30機前後が襲ってきた後は音沙汰無し、もしあの攻勢が本攻めならこんなことは有り得ないのであります」

【Black Bird】───ルール地方上空でアメリカ空軍のストライク・パッケージを一方的に殲滅し、ベルゲンでは北欧連合空軍を蹂躙した深海棲艦側の最新航空兵器。球形の機体にカラスの羽根のような両翼と二本の足を持つという特徴的なフォルムからその名前が着けられている。

武装は、凡そ近代戦闘機と威力の差がほぼ無い機関砲のみ。大きさは大凡通常種のイ級と同程度なので視認はできるし、どうやら空対空ミサイルによるロックオンも可能だという。最高速度はマッハ1.9~2.1と深海棲艦や艦娘達の艦載機基準で考えれば破格といっていいが、F-15やF-35と大差があるわけではない。

はっきり言って、カタログスペックだけなら近代戦闘機にとっては的がデカくなった分寧ろ従来の敵艦載機よりやりやすい面すらあるだろう。

では、何故【Black Bird】がこれほど恐れられ、実際に人類の航空機を相手にして一方的に制空権を奪うことができるのか。最大の理由は、その旋回性能にある。

奴等は、超音速域においての“自在な旋回”を可能とする。

( ФωФ)「ロックオンしても後ろを取っても、此方の最高速に匹敵する速度で急上昇や急降下をして視界から消える、振り切ったと思っても音速旋回で此方は為す術無く後方に占位される……たった一晩で、人類が保有する既存の戦闘機は全て過去へ置き去られました」

唯一の弱点は火力の貧弱さだが、空対空戦闘においてはそれでも十分すぎる破壊力を持つ。あの航空力学を無視した馬鹿げた旋回性能があればさしたる問題にはなるまい。

( ФωФ)「確かに護衛航空隊はかなり速い段階で奴等の接近を捕捉していたから、少なくともルールほど一方的になった可能性は低い。だが、F-35といえどあの黒鳥相手では勝算は1割もあるまい。それでも、向こうはその1割で受ける損害すら嫌ってろくに戦闘せず離脱した。

向こうにとって今回のムルマンスク攻撃が、我が輩たちが思っていたよりも遙かに価値が低かった証左であります」

彡(゚)(゚)「その1割すら嫌いたいほど向こうにとって希少な兵器だった可能性もあるやろ」

( ФωФ)「完全に否定はしません。が、深海棲艦が正真正銘“本腰”を入れた欧州攻勢においては深海棲艦側はベルゲン上空に50機を越える黒鳥を投下しました。

そしてこの戦闘においては、向こうは僅か四機ながら被撃墜機を出しています。損耗を嫌ったとしても、やはり此方を一機も撃墜せず退くのはやり過ぎと言わざるを得ません」

彡(゚)(゚)「………まぁ、そっちの方が合点はいくわな。何の工夫もなく同じやり口にボコボコにされた敵の爆撃部隊の醜態にも説明がつくわ」

ふむ、やはりどんなに気にくわなくても理解力の高い相手との会話は疲れなくて済むからいい。

( ФωФ)「仰るとおり、“以前より数を増やした”以外の変化を見せず結局青ヶ島やベルリンと同じ轍を踏んで壊滅した空襲部隊の愚かさも、“奴等が主戦力ではない”と考えると納得できます。

学習能力が無いか単純な練度が低いか、奴等にとってどれだけ失おうとも痛くも痒くもない戦力がそれなりに人類にとって重要な拠点に派遣された、これがおそらく今回の真相です」

彡(゚)(゚)「では、その“威力偵察”で奴等が見たかったものとはなんや?」

( ФωФ)「寄生体という新たな個体種を試したかったのもあるでしょうが……最大の目的は人類側の“対応力”の限界を見極めることではないかと」

ヨーロッパにおいて広大な橋頭堡の建設を許し、人類の勢力は大きく減退している。この状況で連続的にムルマンスクを失陥すれば我が輩たちが窮地に陥ることは、深海棲艦側もよほどのバカでなければしっかりと理解していたはずだ。

だから奴等は、仮に我が輩たちが“偵察”と事前に見破っていたとしても相応の戦力を投入して迎撃せざるを得ない規模の艦隊を差し向けてきた。一応許す範囲で出し惜しみはしたが、それでもこちらの“限界”を向こうがある程度推測するには十分だろう。

彡(゚)(゚)「向こうが此方の限界を悟り本格的な大攻勢に転じてきたとして、何年耐えられる?」

( ФωФ)「“海軍”、日本、東欧連合軍、アメリカ、インド、ロシア………これらを主力に持ち堪えて五年。希望的観測で中国とイギリスも勘定に入れて七年といったところです」

我が輩もまた、喉を潤すため湯飲みに口をつけ傾ける。冷め切ったほうじ茶の渋みが、舌の上に広がった。

( ФωФ)「なお、これは深海棲艦側が“現状維持”の戦力でこのまま戦争を続けた場合と仮定しての試算です。向こうの進歩速度が我が輩たちのそれを上回れば、人類滅亡のタイムリミットは無制限で切り上がっていくのであります」

コチコチコチコチコチ。

総理大臣執務室の壁に掛けられた時計が、静まり返った部屋の中に五つ音を刻む。

彡(゚)(゚)「……………キッツいなぁ」

5秒間続いた沈黙に終止符を打ったのは、この国の最高権力者の方だった。

彡(゚)(゚)「五年、或いはそれ以下か。艦娘利権盾に取った今の外交路線じゃもう時間が足りないやんけ」

( ФωФ)「間違いなく足りません。が、首相には引き続き今の方針で各国をとりまとめていっていただきたい」

彡(゚)(゚)「……日本を中核とした、【世界統合海軍】の設立なぁ」

( ФωФ)「ええ。深海棲艦の無限に等しい物量と人類が相対するためには、これ以上の策は存在しません」

彡;(゚)(゚)「うーーーーん…………」

南首相は難しい表情で腕を組み天を仰いだ。

ギョロリギョロリ、不気味に大きい両眼が天井を意味もなく見回す。

彡;(-)(-)「そら、アンタの立案通りに行けば軍事的にも大きいし、日本にとってもこの上なく巨大な利益が転がり込む。そう言う意味ではワイも賛成やで?

でも、時間はあるんか?」

( ФωФ)「作ります。

先も言いましたが、保って五年という時間は“双方が”なんの進歩もなく現有戦力でぶつかり続けた場合の試算であります。我が輩たちの技術革新や軍拡の速度が向こうを上回れば、逆転とまでは至らずともこれを引き延ばすことは幾らでもできる」

彡(゚)(゚)「儲からなくなるのは嫌やけどこの際国益ガン無視して連合軍設立の方に全リソースツッコむのも」

( ФωФ)「6年前付け焼き刃の団結で深海棲艦への対抗を声高に叫んでいた国際社会が今どんな有様か、首相閣下はお忘れでありますか?」

彡;(゚)(゚)「むむむ」

( ФωФ)「何が むむむ だ!」

無論我が輩としても、“日本の国益”など人類が完全に消滅すれば戯れ言にすらなりはしないと理解している。だから多少は我が国にとって不利益が生まれようとも、より迅速かつ強固に“超国家的な軍事機構”を作り出す方法があるなら其方を優先することは吝かではない。

だが、現実はどうだろうか。滅びの危機にあるヨーロッパですら、未だ完全な団結は為されていない。誰もが“自分は滅びずに済むかも知れぬ”となんの根拠もない希望に縋り、国家の指導者共は国益ですらない“私益”が揺らぐことを恐れて隣国の危機に目をつむり耳を塞ぐ。

我が輩が敬愛して止まぬ眼鏡フェチ漫画家の現行作品で、かつて第六天魔王と呼ばれた男が口にしていた台詞を思い出す。

( ФωФ)「『奴らがどんなに強大だろうが領主は軍権を絶対に手放さねぇよ。

その「世界滅ぼし軍」に最後の城を攻められて最後の尻に火がついて腹切る直前までそのまんまだバーカ』」

彡(゚)(゚)「ホンマノッブはええこと言うわ」

(′ФωФ)「偉人の含蓄ある名言の後に漫画の台詞を添えるとは我ながら低俗でしたな」

彡(゚)(゚)「いやいや、ワイも漫画は好きやで……それに、その台詞は多分真理やしなぁ」

国家権力が存在する限り、そしてその中に為政者達が抱える「個人の権益」が内包される限り、彼らの多くが軍権を手放すことは有り得ない。なぜなら軍権とは、多くの事柄からそれらを守ることが、或いはそれらを肥やすことができる存在だからだ。

故に、軍権が及ばぬ範囲から奴等の権益を奪い取り、それらを担保に軍権を“差し押さえる”必要がある。そして必死に働けば権益と軍権を増やして返してやると、餌をちらつかせて手懐け、忠実な猟犬として解き放つ。

困難で遠大な話だが、そうでもしなければ深海棲艦の物量に即時対応できる軍事機構は設立し得ない。

そして“艦娘”という深海棲艦に対抗できる資源の最大保有国が日本である以上、この島国が政治力を最大限に活用してこれを成し遂げるしかないのである。

首相は、懐から葉巻を取り出すと口に咥えて火を付ける。しばらく紫煙が先端から立ち上る様を物憂げな表情で眺めた後、彼はおもむろに口を開いた。

彡(-)(-)-~「………ま、ワイはあんたほど頭はようできとらん。実際、【統合海軍】設立の道筋についても代案が有るわけでもない。

現状はこれが“最善の道”やし、ワイも日本が富む上に世界も守れるなら一石二鳥や」

一際大きく煙を吐き出しながら、彼は我が輩を真っ直ぐに見据える。

決意の感情が奥に揺らめく、力強い瞳だった。

彡(゚)(゚)「こっちはどんな小汚い手使ってでも【統合海軍】設立に向けての動きを加速させるよう最大限努力したる。そっちも、なるべく深海棲艦の奴等に苦い汁を飲ませ続けてあらゆる策を用いて粘り倒してくれや」

( ФωФ)「…………当然のことです」

…………好き嫌いと、その人物の有能無能は別次元の問題だ。

やはり我が輩は南慈英という人間を好きになれないが、それでもこの男が日本国首相だったという幸運を感謝する。

彡(゚)(゚)「しかし粘り倒す言うても、アテはあるんか?人類側の今の技術や外交事情で生産力・戦力増産の面で深海棲艦と競争するのはどう考えても無謀の極みや。となると次に打つ手は“質”の向上に伴う少数精鋭での穴埋め、せやけどこの戦況でそんな穴埋めができるクラスと言えば、それこそ“海軍”並みの────」

( ФωФ)「首相………否、“海軍”総司令官補佐」

提示された疑問を半ばで遮り、我が輩は一束の資料を掲げてみせる。

( ФωФ)「その件ですが、“アテ”は既に用意してあります」







表紙には、気怠げな目付きをした一人のドイツ軍人の写真が添えられていた。











「─────ってことは、戦車は全部点検が終わっているって事だな?」

「ええ、彼女の管理はしっかりしているのでチェック漏れが無いことは解っています」

「連携予定のストーシュル少佐の機甲部隊は?」

「予定配置についたってさっき連絡があったんです!イタリア軍の空軍部隊も出撃、15分後には攻撃を開始するんです!」

「ミルナやジョルジュも準備は終わってたわよ!廊下ですれ違ったけどやる気満々だったわ!」

「………じゃあ俺作戦開始まで何もしなくてよくね?つーか何もさせないでくれ、頼む」

「ダメよAdmiral!部下の士気を上げるのも貴方の役目なのよ!?」

「そのAdmiralってのマジでやめろ。それに俺が出て誰の士気が上がるんだよ」

「少なくともデレ中尉の士気は跳ね上がるのは解ってます」

「…………なんでそこでツンの名前が出てくるんだ?」

「僕、たまに少尉の頭がいいんだか悪いんだか解んないです………」

「だいたいなんで俺が指揮官なんだ………階級はミルナ中尉の方が上だし頭のできもティーマスの方がいいし───Verdammt」

嗚呼、マンドクセ。

よく、ドイツ語は演説向きの言語だって話を耳にする。何でも勇壮な響きの単語が多くアクセントも相手を「のせ」やすいため、大衆を高揚させ煽動する際に大きな助けとなるらしい。

まぁ、政治家なんていう七面倒な職につく予定もなければハーケンクロイツを掲げてミュンヘン辺りで崇高な使命を胸に抱いて決起する情熱も持ち合わせていなかった俺にとっては、はっきり言ってどうでもいい話だ。

………どうでもいい話、だったのだが。

(#゚д゚ )「─────Achtung!!!」

('A`)「…………コッチミンナ」

今俺は、1000人強の武装した兵士達の前でそんなドイツ語の特徴を最大限に生かす必要性に直面している。ミルナ中尉の(無駄に)良く通る声で全員が一斉に直立不動となり、心ない部下達によって壇上に追いやられた憐れな痩せぎすの陸軍少尉へと視線を集中させる。

あの大侵攻によって最前線都市に様変わりしたドレスデンは、今では東欧連合軍にとって重要な軍事拠点の一つだ。住民は悉く強制的に疎開させられ、元から済んでいた奴等は誰一人残っていない。変わって今街の中に居るのは、俺達ドイツ連邦軍を含む【東欧連合】に参加した国から派遣された軍人達。

今俺の後ろにある元ショッピングモールも、今や立派な軍事施設に様変わりだ。広場には兵士と整備済のPT-91【トファルディ】並びにレオパルト2、それに大小様々なタイプの輸送ヘリや戦闘ヘリが家族連れの代わりに雁首を揃え、屋上には即席の対空機銃座が晴れ渡った空ににらみを利かせている。

別段俺にとっての故郷だったり、或いは初恋の相手とのロマンスとかがあった思い出の地だったりというわけではない。それでも、ごく普通の営みが築かれていたはずの街が戦場になる事への哀愁を禁じ得ず────

( <●><●>)「少尉、貴方が街の光景に思いを馳せ憂うフリをしてこの場をうやむやにしようと思っているのは解ってます」

('A`)「ナンノコトデスカナ」


壇上で後ろに立つティーマスが、小声で囁きながら俺の脚を他の奴等にバレぬよう小突く。痛みに顔を少ししかめながら誤魔化してみせたが、眼前の1000人分を遙かに凌ぐ強く鋭い眼光を背に感じたので直ぐにやめた。

('A`)「………つってもさ、真面目な話俺に何を言えってんだよ。割とマジでイヨウ中佐何を考えて俺をこの場に引っ張り出したの?階級だって高くねえしミルナ中尉やサイ大尉みてえに気が利いたことも言えないっての。いじめ?いじめなの?」

( <●><●>)「別段気の利いた事なんて言わなくていいですよ。貴方の口べたさ加減じゃ泣いてる5歳児だってあやせやしないでしょうに」

('A`)「お前俺の部下だよね?実は俺の暗殺を狙ってる悪の組織の手先とかじゃないよね?」

ぶっちゃけ事実なのがまた悲しくなる。

( <●><●>)「それと、少尉は“ドク=マントイフェル陸軍少尉という存在”が声を掛けることの効果をどうも過小評価している節がある。

別に上手くやらなくていい、少尉が言いたいことを適当に並べるだけで十分です」

('A`)「心温まる激励どうも」

デキる部下を持って幸せだね、あぁ。涙を禁じ得ないよ。

('A`)「………………はぁ」

とはいえ、この場に立ってしまった(立たされてしまった)以上逃げ場はない。それに、時間も刻一刻と迫っている。

('A`)「──────今回の作戦で、あんたらの指揮を取るドク=マントイフェル陸軍少尉だ」

だから俺は、部下のアドバイスを受け入れつつ観念して口を開いた。

機動迎撃大隊………イヨウ中佐曰く「何でも屋」。それを構成するのが、ジョルジュ、ミルナ中尉、サイ大尉、ツンの四人を先頭に俺の前に並ぶ約1000人。

居並ぶ顔ぶれは本当に様々だ。ドイツ・フランス合同旅団から引きぬかれたフランス兵もいれば、サイ大尉に着いてきて共に編入されたアメリカ海兵隊もいる。俺やミルナ中尉の部下だった顔ぶれもちらほらあるし、どうも学園艦から志願してきたらしい年端もいかねえガキも、ほんの数人だがツンの後ろで列に加わっていた。

だが、今はその誰もが緊張と隠し切れない恐怖を浮かべて俺に視線を向ける。

無理もないよな。なんせ、今から参加させられる作戦が作戦だから。

('A`)「さっきも聞いたとおり、俺達の“この部隊”としての初出撃は間もなくだ、作戦要綱に変更はほぼない。

現在このドレスデンに向かって南進している深海棲艦の群体を、市街地付近まで引きつけて機甲戦力を集中運用し攻撃。

陸空連合軍並びに艦娘部隊との緊密なる連携によってこれに甚大な損害を与えた後、反転攻勢を以て敵制圧下に置かれたラーデンボイル、マイセンを奪還する。

今回の目的はただ敵の攻勢を押しとどめるだけじゃない。直後に行われる反攻戦まで含めての1セットになる」

要は、機動防御戦術の発展系と言える。地獄のヨーロッパ戦線における反撃の始まりとしてはなかなかど派手な花火になることは間違いない。

当然、「成功すれば」というのが大前提だが。

('A`)「進撃してきている深海棲艦の数は、あくまで概算だが優に300を越える。それも、後方での敵の動きを見るにこの一波ではほぼ間違いなく終わらない。

おまけに何とか敵の攻勢を撥ねのけて攻勢に出ることができたとすれば、戦線維持のため更なる増援が派遣される可能性が高い。

少なくとも、第二次マレー沖海戦の4倍弱。総司令部が計算している、俺達を含むドレスデン防衛軍が相手取らなければいけない深海棲艦の総数だ」

「「「………!」」」

1000人が、ほぼ同時に息を呑む音が広場に満ちる。

('A`)「隠し事は苦手なんではっきりと言うが、この作戦の成功確率は低い。どれだけこっちに都合よく計算しても30%あるかないかってところだ。よしんば成功しても、ドレスデン防衛軍が受ける損害は計り知れない。

それは、この大隊も同じだ。何人死ぬか────いや、何人しか生き残れないかは、正直俺にも解らない。全滅したって何もおかしくない」

…………ほれ見ろ、素直にミルナ中尉やサイ大尉に任せりゃいいものを俺にやらせたばっかりにこのざまだ。今やサイ大尉の後ろに並ぶアメリカ海兵隊を除いた全員が葬式場のように陰気な顔つきで俯き、今にもすすり泣きが聞こえて来かねない。
  _
(;゚∀゚)「………」
 _,
ξ゚⊿゚)ξ「………」

ジョルジュが「オイオイ大丈夫かよ」とでも言いたげに目配せを飛ばし、戦車隊の乗組員達が並ぶ列からはツンも怪訝な表情で俺を睨む。

そんな顔しないでくれよ。なにせ俺は純粋な人間なんでね、副官に真摯にアドバイスを受けたから実行しただけさ。

……そうだな、どうせなら“徹底”するか。別に俺だって、率先して部隊の労働意欲を下げたいわけでもない。

せめて、せいぜい肩の力を抜いてこいつらが戦えるよう努力しよう。

('A`)「………そんな、地獄そのものの方がよほどマシな作戦に、今からあんたらは駆り出される。一応この大隊の現場指揮官である俺は、きっとあんたらにこう言わなきゃ行けないんだ。

祖国のため、人類のために、命をなげうって戦えってな」

('A`)「でも、俺はそんなこと死んでも口にするつもりはない。

俺自身、そんなことこれっぽっちも思っちゃいない」

現状を説明したときよりも、ずっと大きなざわめきが目の前で飛び交う。アメリカ海兵隊の奴等ですら、少し驚いた表情を各々に作って俺の方を見ていた。

('A`)「俺は一介の陸軍少尉に過ぎない」

それらをあえて完全に無視して、言葉を続ける。俺の、「思ったままのこと」を。

('A`)「身体能力は高くないし、射撃の腕も至って平凡。ハリウッド映画の主役みたいに特別な能力も無ければ、後ろにいる戦場の女神様みたいに大昔の軍艦の力を宿してもいない」

「………フフンッ♪」

ξ#゚⊿゚)ξ

Bismarck ziewが、褒められたと見るや誇らしげに背後で鼻を鳴らす。瞑目し腕を組んでふんぞり返ってる様が有り有りと目に浮かぶ。

……ところで、ツンがやたらと不機嫌そうな理由が解らん。

('A`)「そんな俺が、祖国ドイツの命運やら地球人類の存亡やら背負えると思うか?勘弁してくれ。んなもん乗せられたら重量オーバー、一瞬でぺちゃんこになっちまう。

そんなもん押しつけられても迷惑なだけなんだよ、面倒くせぇ。何千万だか何億人だかの運命について考える余裕なんてない、俺は俺自身の世話で一杯一杯だ。

だから俺は、自分のことだけを考えて、自分のためだけに戦う」

いつの間にか、ざわめきは止まっていた。ミルナ中尉達の後ろに整列する1000人は、俺がつらつらと並べた軍人にあるまじき怠惰な心情に呆気にとられている。憤るべきか、ジョークとして笑うべきか………互いに顔を見合わせ首を傾げている。

('A`)「この中に、スーパーマンみたいに深海棲艦を拳一つで粉砕できる奴はいるか?いたら手を上げてくれ」

誰も、手を上げない。

('A`)「日本の特撮ヒーローのように、全長40Mの光の巨人に変身できる奴は?」

誰も、手を上げない。

('A`)「闇の魔法使いみたいに、短い呪文一つ唱えるだけで敵を殺すことができる奴は?」

誰も、手を上げない。

('A`)「じゃあ、何の特殊能力も持たない“普通の人間”は?」

────ツンやミルナ中尉を含めて、全員の手が一斉に上がった。

('A`)「これで解っただろ?今この場に、“人類の命運”なんていうバカでかいもんを、“祖国の名誉”とかいう無駄に重いもんを抱えられる特別な人間なんて一人も居やしない。強いていうならBismarckだが、あいつにしたって幾ら何でも一人で全人類の救世主になれってのは無理難題だ。そんなこと、お伽話に出てくる完全無欠の主人公にしか許されない」

('A`)「…………だから、俺達が“そんなもの”のために戦う必要はない。命を賭ける必要はない。

ただ、俺達自身のために戦う必要はある」

('A`)「深海棲艦は、俺達人類を明らかに皆殺しにしようとしている。

だから“対話”で解決なんてできやしないし、戦わずにいればどのみち俺達はいつか一人残さず殺される」

('A`)「“スーパーヒーロー”がいないのは、ここに限った話じゃない。世界中がそうなんだよ。どうか誰かあいつらをやっつけてくださいって願ったところで、誰もやっつけちゃくれない。

なら、俺達でやるしかないだろ?」

嗚呼、畜生。

やる前はあんだけ文句たらたらだったのに、小っ恥ずかしい。

(#'A`)「国家の名誉?人類の存続!?んなもん、俺達自身が死ねばケツ拭く紙ほどの役にも立ちはしない!せいぜい家族がいたときに、雀の涙ほどの見舞金が送られるぐらいだ!

そしてそんな端金一回貰うよりも、てめえと百万遍言葉を交わす方が家族もてめえ自身も嬉しいだろうがよ!!」

言葉に熱が籠もるのを、抑えられない。

(#'A`)「俺達はいったい何のために生きてきた!?これから先何のために生きていくんだ!?

国家のためか?人類のためか?違う、俺達自身のためだ!俺達自身が生きたいから生きていく!」

('A`#)「俺達がこの場で武器を取り、押し寄せてくるディープワン共に立ち向かう理由は何だ!?名誉のためか?自己犠牲のためか!?違う!俺達自身のためだ!

俺達が明日を生きるために、今日という日を戦い抜くために銃を取る!!」

いつの間にか、俺は声を限りに叫んでいた。

大隊の奴等は、身動き一つしない。全員が真剣な表情で、痩せぎすな陸軍少尉の言葉を聞いている。

(#'A`)「大隊指揮官として、俺から作戦前に一つだけ“厳守”すべき命令を一つだけ出す!

生き抜け!!生きて、生きて、生き抜け!!!」

('A`#)「戦場に出る以上死ぬときは死ぬ、だから“死ぬな”なんて無理難題は言わない!だけど、“生きる”努力だけは絶対にやめるな!弾薬が切れたら奴等の眼球にナイフを突きたてろ!脚が折れたら這ってでもその場から逃げろ!腕を失ったら歯で噛みつけ!

どうせ俺達の戦いぶりなんざ、何百年経ったって“お話”になんてなりはしない!艦娘というヒーローの横で、こんな人達も居ましたって十把一絡げに纏められて終わりだ!」

('A`)「ならば安心して、美しく死なずに意地汚く生き足掻け!!名誉をかなぐり捨てて運命に中指突きたてて、最後まで生きるために戦い続けろ!!国家だの人類だのへの貢献のためなんて“言い訳”は許さない!!死にたくないと自分が思う限り、諦めずに生き続けろ!!」

(;'A`)「そして………グゥエッホグエッホ」
  _
( ゚∀゚)「よーよー、のど飴いるかドクwwwwww」

息が切れ、激しく咳き込む。張り詰めていた空気が途端に弛緩して何人かが苦笑いを漏らし、それはジョルジュの茶々によって全員の爆笑へと伝播した。

俺自身、咳き込みながら思わず笑ってしまう。全く、慣れないことはするもんじゃない。

とはいえ、さっきまでの葬式場みたいな雰囲気は全員から綺麗さっぱり消えていた。

('A`)「……ゴホン。

さて、今日この日より、俺達は腐れ深海野郎共に反撃を開始する!さっきも言ったが、これは俺たち一人一人が、自分のためにやる戦いだ!」

(#'A`)「国土を取り戻すためじゃない、俺達がビールを飲み交わせる酒場を取り戻すための!

軍人として栄誉を得るためじゃない、俺達が人間として生きて笑い続けるための!

人類のためじゃない、俺たち自身のための!」


(#'A`)「俺達の、平穏でつまらない“日常”を守るための戦いだ!!

総員、戦闘準備急げ!!」 







「暁の水平線を、取り戻しに行くぞ!!!!」

「「「「Jawohl!!」」」」







《緊急ニュース速報です。先程東欧連合軍総司令部より発表があり、ドレスデン近郊において発生した深海棲艦との戦いに圧倒的勝利を収めたとのことです》

《機甲師団と空軍の緊密な連携によって張り巡らされた重厚な阻止火力戦の前に、深海棲艦側は序盤で甚大な損害を受ける形になり─────》

《ベル=ラインフェルト陸軍統合司令官のコメントによると、正確な数は把握していないものの損害は投入戦力の10%に満たないものと見られ………》

《連合軍部隊は速やかに反転攻勢を敢行、深海棲艦側に支配されていた幾つかの都市を奪還した模様で────》

《総司令部発表によれば、艦娘【Bismarck ziew】と陸軍戦力を統合した混成機動部隊が極めて大きな役割を果たし連合軍の勝利に繋がったと………》

《苦境が続くフランスや北欧三国では、この勝利に人々が大きく沸き立っています》

《この勝利に乗じて東部戦線でもポーランド軍を主力とする連合軍機甲師団がオーデル川を渡河。橋頭堡の確保に成功したと大々的に報じており────》

《日本のミナミ首相は東欧連合軍の歴史的勝利を賞賛し、彼らの奮戦に応える意味でも艦隊の到着は不可欠であると中東諸国に圧力を───》

《ベルリン、パリ、ベルゲンの相次ぐ失陥以来絶望的な状況が続いていたヨーロッパにあって、この勝利は非常に大きな意味を持つことでしょう。

トソン=カーヴィル大統領はホワイトハウスから、「この勝利は明け方に水平線から顔を覗かせた太陽の如く人々の心に希望の光を灯すだろう」と談話を発表、フランスへの支援も本格化させていく見込みで────》





~ある門番たちの日常のようです~

完!これ

と、言うわけで、記念すべきマッスル鎮守府との本格的なクロスオーバー第一作目完結と相成りました。マッスルさん、魅力的なキャラクター達をこの複雑怪奇な(だけの)世界観に貸していただきましてありがとうございます。感謝のしようもありません。

そして支援レスを下さった読者の皆様、本当にありがとうございます。今回リアルとss内双方での大小様々なやらかしからストーリーが遅々として進まない中、それでも温かいお言葉を掛けていただいたことで何とか無事完走させることができました。ただ、書いてる間にキングダム発売日が過ぎてしまったときは本気で絶望しか感じなかったです。

もしマッスル鎮守府シリーズのほうはまだ未読だよという方がいらっしゃいましたら、エレファント速報はじめ幾つかのサイトで纏められておりますので是非お目通しください。

ここで出てきた( T)や青葉は本来の魅力の1/100も引き出せていないので、是非脊髄反射で暴れ回るキチガi………ゆるふわ愛されコメディをお楽しみいただければと思います。











因みに責任は負いかねます。

で、以降の展望ですがちょっと今作の反省点があまりにも多すぎるので諸々の見直しをしてからという形になりますので、やや期間が開く可能性が高いと思われます。ただ、間にミセ*゚ー゚)リと( ^ω^)それぞれの短編を上げるかも知れないのでそっちは書くとしたらそこまで時間はかからないかも知れないです。

では、今回はこれにて。

皆様、重ね重ねありがとうございました。

このssはss速報vip、ギコ猫、しぃ猫、杉浦ロマネスク、やきうのおにいちゃん、地獄の血みどろマッスル鎮守府シリーズの提供でお送り致しました


 ?n               ?n
 (ヨ?)              (?E)
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 \?\/(ФωФ)/彡(゚)(゚)ヽ/ /
  ?\(uu     /    ?uu)/
    |     ?∧     /?

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(  ノ      ̄Y\
| (\ ∧_∧ | )
ヽ ヽ`( T)/ノ/
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  |ヽ  |  ノ/
  \トー仝ーイ
   | ミ土彡/
   )   |

   /  _  \
  /  / \  ヽ
  /  /   ヽ |

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