岡崎泰葉「21世紀のピグマリオン」 (143)
深く愛された人形には、魂が宿るそうです。綺麗なお洋服を着せられて、親身に話しかけられて、大切にされた人形は、人間になることができる。
でも、人という器に愛がそそがれすぎると、魂がよそへ飛び出だして、人形になってしまう。わたしはそれを、痛いほど知っています。
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両親は私を愛して、可愛がっていました。きっと自慢の子だったのでしょう。だから、近所では我慢ができなくなって、日本中に私を見せようとした。そしてテレビ局の人も、ドラマや映画の監督も、写真家の人も、出版社の人も、私をいっぱい愛してくれました。彼らなり、思い通りに。
私はそれに応えようと努力しました。子どもの心を殺して、何も考えないように。
首が縦の運動に慣れた頃には、「岡崎泰葉」というラベルつきの人形が出来上がりました。ただ頷けば、それなりの成功ができることを知った、可愛らしいけど小狡い人形です。
無邪気な子どもという価値がなくなったから、私は周りに勧められるままアイドルに転身しました。
そこで私は、Pさんに出会いました。人形達の王様に。
「経験が長くても手は抜かないから安心してくれ」
初めて会った時のPさんは9歳のアイドルを肩車しながら、そう言いました。それからレッスンのこと、お仕事のことを話している間も、いろんなアイドルが入れ違いにPさんにまとわりついたり、絡んだりしていました。
顔がかっこいいわけじゃないし、どうしてこんなに人気者なのだろう。私は不思議でした。子どもならまだしも、大人の女性達までがPさんに集まっている。
仕事ができる、人付き合いがうまい、それだけでアイドルの信頼を得られるはずがない。私は経験から、それがわかっていました。
アイドルの大半は、自分が世界で一番可愛い、美しいと信じています。
だからお仕事がうまくいっても、プロデューサーのおかげだとは思いません。
優しくされても、それを当然のように受け止めるでしょう。
アイドルは世界で一番ワガママで、しかもそれが許される人種なのです。成功している限り、ですが。
そんな彼女達に気に入られるのは、簡単なことじゃありません。
私がPさんの魔法に気づいたのは、水着モデルの仕事をした時でした。
私が着せられたのは、薔薇のような飾りがついた白いチューブトップのビキニ。露出面の広さと、胸を大きくみせる効果で評判の水着でした。
普通の大人だったら、卒倒するするかもしれない。たかだか16の子どもが、こんないやらしい水着をつけて…。
でも私の親は普通じゃないし、私だって16歳だけど無垢な子どもじゃない。だから、お仕事だと割り切って我慢できる。
笑顔のまま。カメラさんが私のどこを見ていようと、私の写真がどんな風に利用されるか知っていても。岡崎泰葉はそういう女の子だ。
「いいよぉ、泰葉ちゃ〜ん。次はもっと大胆なポーズいってみよう!」
カメラさんに言われるがまま、私は色んな体勢を取る。
猫のように四つん這いになって、お尻を突き上げたり。両腕を絡ませて胸を寄せて、ウィンクしたり。
だけど頭の中では、「白い薔薇の花言葉ってなんだったかな」なんて考えていました。
仕事に取り組むことはできるけど、この仕事に向き合うことはできなかったから。
撮影も終わりに近づいて、とうとう最後の一枚を撮るとき。Pさんがカメラさんに口を挟みました。
「最後は、岡崎の好きなポーズで撮ってくれませんか」
私はぎくりとしました。好きなように。それは、私が一番困る注文です。
「岡崎」
Pさんが私に声をかけてきました。私は笑ったまま、ひどく無表情な声で「はい」と答えました。
「どんなポーズでもいい。今、岡崎が望む姿を見せてくれ」
かあっと、緊張で顔が赤くなるのを感じました。どうしよう。
私はとっさに、Pさんとカメラさんに背を向けました。ここから、逃げ出してしまいたい。
けれど、それはできない。やってはいけないことだ。
両親も事務所も、これまでの岡崎泰葉も裏切ることになってしまう。
心臓が、いままでにないくらい早く動いてる。その鼓動に合わせるように身体が震える。
瞳が熱くなる。何か、何か言わないと。
私がやっと振り向いたとき、パシャっと、フラッシュが焚かれました。
「今の表情は…」
カメラさんが驚いた顔で、写真を確認していました。私は怖くなって、そこに座り込みました。
ぐずぐず考えている間に全てが終わってしまった。
アイドル失格。きっとみんなが失望する。
経験者なんて調子のいいことを言って、この有様。都合が悪くなると、ただの女の子に戻ろうとするの?
色んな声が私の中で渦を巻いて、私はそこに吸い込まれそう。
気持ちが悪い。胃袋が、きゅっと持ち上がるのを感じて、私は口元を押さえました。
どうにか堪えて立ち上がると、Pさんが私の肩にタオルをかけて、更衣室まで連れ添ってくれました。
汗ばんだ水着をゆっくり剥ぎ取っていると、すぐ外にいるPさんが言いました。
「最高の表情だったよ」
皮肉ではなく、本当にそう言っているように聞こえました。
でも私は、「申し訳ありませんでした」とだけ返して、口をつぐみました。
あのカメラさんが、きっと何か言ってくる。
ふざけるな。なんだあの姿は。こっちも仕事でやっているんだから、ちゃんと協力しろ。
そしたら大問題になる。
写真を掲載する出版社は、私のことを使い物にならないアイドルだと思うし、他のアイドルも、事務所だって危ないかもしれない。
私のせいで。私はタオルに顔を埋めて、少しだけ泣きました。
けれどその後、カメラさんも、出版社も何も言ってきませんでした。
私は得体の知れない不安がますます強くなって、Pさんに尋ねました。
「あの、この前のお仕事のこと…」
「どれ?」
「白い、水着の撮影です」
つっかえながら、でも私は怯えずに言えました。失敗を失敗だと受け止めて、前に進まなくちゃいけないから。
「ああ。初稿が刷り上がってるよ」
プロデューサーは引き出しから封筒を取り出して、私に渡しました。
自分で確認しろ、そういうことでしょうか。
たしか、私の写真は真ん中くらいのページに。そう思って中身を取り出すと、あの日の私と目が合いました。
一ページ目、つまり表紙で。
「えっ。ええ!? なんで!?」
白い背中を向けて、潤んだような瞳で振り返っている私。最後に撮った、あの写真です。
「カメラマンさんがさ、“あの表情が堪らなかった”って出版社にかけあったんだよ」
私は自分でも信じられなくて、撮影の日と同じように、ぺたりと座り込みました。
「やっぱりうまくいったな」
Pさんはいたずらっぽく、そう言いました。
Pさんの魔法は、アイドルの魅力を引き出すこと。それは当然のようだけれど、難しいこと。
だって、私達のやりたいようにやらせて、普通は成功できない。
芸能界の表面は華やかだけど、中はおそろしいほど冷たく打算的で。
どうすればファンが付くのか、どうすればファンが喜ぶのか。
事務所は、そういうことを全部計算した上でアイドルを演出する。
16歳の女の子の心や考えなんか、入り込む余地がないはずなのに。
なのにPさんは、私たちに向き合ってくれる。そして、導いてくれる。
縛るんじゃなくて、包んでくれる。守ってくれる。
みんなが夢中になっても、しょうがない。私はそれが頭だけじゃなく、心でも分かりました。
その時は。
私はそれから、「私らしく」と向き合わなければいけませんでした。
私らしく話す。私らしく歌う。踊る、ポーズを決める。
いままでの岡崎泰葉にはいらなかったものなのに。今更どうしろと言うの?
「私らしく」、はとても苦しい。何も考えず、全部誰かに委ねたい。
あの写真が評判になって、アイドルのお仕事は増えたけれど、私はそう思いました。
どうしよう。最近、ため息が増えました・・・。
「私らしさって、何なのかな」
ある日、私は他のアイドルに尋ねてみました。
「岡崎先輩もそういうこと考えるんだね」
「先輩って、同い年ですよ?」
「大先輩だよ。特に、私達新参アイドルにとってはね」
加蓮ちゃんは真剣な顔で言いました。先輩というよりは、ライバルを見るような眼差しでした。
「岡崎泰葉らしさ。何だろうね~」
「そういうこと考えちゃう、真面目なとこじゃない?」
塩見さんがふいと現れて言いました。
「私達は、“私らしさ”なんて考える余裕ないけど。泰葉大先輩と違って」
「やめてくださいよ、塩見さんまで」
「そっちこそ、“周子ちゃん”でいいんだよ?」
塩見さんは、意地悪な笑顔を見せました。でも、嫌な気持ちにはなりません。彼女は、そんな魅力を持った持ったアイドルです。
「何の話だよ?」
そこへ今度は、奈緒ちゃんがやってきました。
すると加蓮ちゃんは、奈緒ちゃんに言いました。
「突然ですが質問です。奈緒が考える、“奈緒らしさ”とは?」
「はぁ?」
あっけにとられる彼女をよそに、加連ちゃんはカウントをはじめました。
「はい10,9」
「えっ、ちょっと…」
「8,7,」
「私らしさって、そんな突然…」
奈緒ちゃんは驚きながらも、首を傾げながら考えています。
私が思うに、こういうところが彼女らしさなのでしょう。友人の悪ふざけをまっすぐ受け止めてしまう、正直な子。
悪友の方がその正直さを感謝しているかは分かりませんが。
「3」
「おい、おかしいだろ!」
「2,1」
カウントが終わる寸前、奈緒ちゃんが慌てて言いました。
「アっ、アニメ!」
その答えに、加蓮ちゃんも塩見さんも声をあげて笑いました。
「ぷっ…くくく」
「あはははっ! こういうことだね」
「どういうことだよう!?」
真っ赤になっている奈緒ちゃんを手で押さえながら、塩見さんはまた意地悪そうに笑いました。
「ようするに…まあ、ようするにさ。好きなよう、楽しくやればいーんじゃない?
Pも、私らがそうすることを望んでるんだし」
私の楽しいこと。
寮で新しく組み上げたドールハウスを眺めながら、私は考えました。
24分の1スケール、346プロダクションアイドル課。
そこには所属アイドル達を模したミニチュアが、おもいおもいの格好でくつろいでいます。
お仕事を楽しくなんて、ありえない。お仕事は真剣にやるものだ。
ハウスの中にいる銀髪のドールを小突くと、彼女は寝そべっていたソファーから滑り落ちました。
「ふふっ…」
私の楽しいは、こんな程度。
初めてのユニットとしての顔合わせ。
桃華ちゃんは年齢の割に礼儀正しく、大人びていました。
ですが、薫ちゃんの方は少し勝手が違いました。
決して自分勝手ということはないのでが・・・。
「泰葉ちゃんのいうこと、ちゃんときくよー!
せんせぇがそうしろっていったから!」
彼女は事務室の中で、一番Pさんに依存しています。
そのせいで度々問題を起こしていましたが、年齢のせいで、咎める人もいませんでした。
さらに悪いことに。
いえ基本的にはよいことなのですが、薫ちゃんは才能に満ち溢れていました。
同じ頃の私とは比べ物にならないくらい。
物覚えがよく、歌やダンスのための体力もある。
そして何より、周りに毒されない「龍崎薫らしさ」がありました。
いわゆる天才という人間です…私が苦手な。
ユニットとしてのデビュー曲は、春の木漏れ陽のような、穏やかで優しい曲調でした。
ダンスも歌に合わせゆったりしていて、そこまで難しいものではありません。
薫ちゃんも桃華ちゃんは、歌詞と踊りは一通り覚えてくれました。
ですがユニット曲に関して、私達の間で衝突が起こりました。
薫ちゃんの声とダンスは、溌剌としていて気持ちいい。
でも元気が有り余っていて、曲には合わない。
私はそう指摘しました。もちろん、優しい口調で。
ですが薫ちゃんは「せんせぇが、薫らしくやれって言ったんだもん!」と返してきました。
私は頼るように桃華ちゃんを見ました。
年齢の近い彼女だったら、薫ちゃんを説得できるかもしれない、と。
ですが桃華ちゃんは「Pちゃまがそうおっしゃっているなら…」、と薫ちゃんの肩を持ちました。
「Pさんは…神様じゃないよ。歌やダンスのことなら、トレーナーさんか私の言うことをきいて」
私はそう言い返しました。
薫ちゃんはここで黙ってしまいました。“せんせぇ”の言いつけが効いているのでしょう。
しかし桃華ちゃんは、
「トレーナーさんはともかく、岡崎さんと私達は対等ではなくて?」
と反論しました。
生意気と思いましたが、桃華ちゃんの意見は正論でした。
芸能界はともかく、アイドルとしての経験は3人とも同じです。
そして、2人は私の子役時代を知りません。
私は痛いところを突かれ、結局その日は張り詰めた空気のまま解散になりました。
プロデューサーが神様。
桜色のドレスを着たミニチュアをつつきながら、私は考えました。
Pさんのプロデュースの能力は文句のつけようがない。
だけど、Pさんはあくまでプロデューサー。
歌やドレスに関してはトレーナーさんに譲るだろうし、芸能経験に関しては私の方が長いくらい。
あの2人はまだ、ものの分別がついていないのでしょう。私はミニチュアの顔をぎゅうと潰しました。
おしまい
ちょっち時代劇で忙しいから
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あと前作
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すまぬ。
終わらせ方がわからなくなってしまった。
途中で他の書いてるからだよ無能作者
>>85
誠に申し訳ありません。有能読者殿。
終わり悪いから全部無駄
すまぬ…本当にすまぬ…
>>88
読者様の大変貴重な時間も全部無駄になりましたね。
本当に申し訳ありません。
まぁ待つんでhtml化依頼は待ってほしいっていうか
このスレに全く興味なくなったならしょうがないけど
まだ未練が>>1の中でも残ってるならいつになってもいいから書いてくれよ
あわよくば時代劇と並行させてほしい
>>94
スレは新しく立てると思う。
それにしてもこんなに読んでいる人がいて
びっくり
【最悪のSS作者】ゴンベッサこと先原直樹、ついに謝罪
http://i.imgur.com/Kx4KYDR.jpg
あの痛いSSコピペ「で、無視...と。」の作者。
2013年、人気ss「涼宮ハルヒの微笑」の作者を詐称し、
売名を目論むも炎上。一言の謝罪もない、そのあまりに身勝手なナルシズムに
パー速、2chにヲチを立てられるにいたる。
以来、ヲチに逆恨みを起こし、2018年に至るまでの5年間、ヲチスレを毎日監視。
自分はヲチスレで自演などしていない、別人だ、などとしつこく粘着を続けてきたが、
その過程でヲチに顔写真を押さえられ、自演も暴かれ続け、晒し者にされた挙句、
とうとう謝罪に追い込まれた→ http://www65.atwiki.jp/utagyaku/
2011年に女子大生を手錠で監禁する事件を引き起こし、
警察により逮捕されていたことが判明している。
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