【モバマス時代劇】木村夏樹「美城剣法帖」_ (118)
さてどうしたものか。
遊郭の個室にひとり、三味線を弾きながら木村夏樹は思った。
東郷派に喧嘩を売る口実を作ったのはよいが、率直に言って分が悪い。
ざっくり千川派と東郷派の違いを分けると、文官と武官。
馬廻だった凛や徒士頭の木村などを除けば、そのような形になる。
千川派は頭脳労働集団であって剣には長けていない。しかも、責任や面倒な命の張り合いは他人に押し付けたがる傾向がある。
つまるところ先陣を切って戦える人間はごく少数である。
一方東郷派は頭は軽いが、それゆえに簡単に曖昧模糊な“大義”に命をかける。
修行にのめりこんで出世を逃すような剣術馬鹿も大勢いる。
しかも、このような馬鹿者どもは買収にも応じない。
未央をもっと可愛がっておけばよかったか。木村の脳裏に、行方知れずになった後輩が思い浮かんだ。
凛を斬ったとはいえ。いや、凛のような剣士を斬れる女が千川派に必要だ。
つまるところ、理性感情を抜きにした物理的な破壊力。
千川派は首から下は能無し。
三味線を休めて、木村は酒を煽った。
自分たちの手が汚せないのなら、余所者に力を借りるしかあるまい。
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徒士の大石泉は、その夜2人の友と酒を飲んでいた。
東郷家にほど近い小料理屋。
下級武士しかよりつかないしみったれた店で、東郷派の本拠地のような場所になっていた。
「未央がよくやってくた!」
機嫌よく徳利を叩くのは土屋亜子。
日頃はせせっこましい金の勘定ばかりしている女だが、今回は千川派との全面対決に勇んでいる。
理由は、自分よりも富めるものが大嫌いだからである。
「えっへへー♪ 私たちも頑張らないといけませんね♪」
猪口からお酒をしょぼしょぼ飲んでいるのが、村松さくら。
本当は人を斬る度胸も腕前もないが、東郷派の空気に流されて意気込んでいる。
「2人とも、少しうるさい…」
泉は不機嫌な声で言った。
未央に破られた鼓膜がまだ治っていない。そして、自分をこんな目に合わせた未央が賞賛されているのが気に食わぬ。
二重の意味で耳が痛かった。
店から出た3人は並んで夜道を歩いた。
酒が入っているが、ここは東郷派のお膝元。
ましてこちらは3人だ。四方八方から囲まれでもしない限り、負けはせぬ。
「それでいつにする?」
泉は2人に尋ねた。
「いつって?」
さくらが割にしっかりした声で応えた。実は彼女、帰り道の襲撃を警戒して、酒は軽く済ませている。
「千川派の人間を斬る日だよ」
「明日でもいいんじゃない? いや、今からでも」
土屋亜子が嘯いた。金の勘定以外に頭を使う気はないらしい。
泉はため息をついた。
東郷派はたしかに勢いづいているが、勢いでそのまま倒れかねない危うさがある。
武力で上回るといって、これでは烏合の衆ではないか。
無駄に意気込む2人と、それを冷めた視線で見る1人。
その3人の前方に、見知らぬ女が現れた。
見たところ浪人だが、見ない顔。薄く緑がかった髪をゆらゆら揺らしながら、こちらへ向かってくる。
ひどく酔っ払っているようである。
「久しぶりのおしごと、わーくわーくします。ふふっ…」
なんだか奇妙な言葉を使う女だった。よく見れば、左右の瞳の色もちがう。
しかし、月夜に揺れる姿にはえもいわれぬ美しさがあった。
まるで風に吹かれる黄金の芒のような…。泉はしばし彼女に見とれた。
こちらが3人いるのもなんの、間を裂くように向かってくる。
綺麗な人だけど、迷惑な酔っ払い。泉はその女をかわした。
「亜子? さくら? どうしたの…」
「足が、おかしい」
「なんで」
浪人が過りすぎた後、2人はほぼ同時に地面へ倒れた。あの女の酔いが移ったかのように、ぐにゃりと。
亜子は酒に強い。さくらは控えた。なのになぜ。
泉は2人の足を見た。血が流れている。どこから?
目を凝らし、そうして気づいた。両脚の腱が斬られている。
泉は凄まじい勢いで振り返った。まさか。
「こんばんわ。今日の月は綺麗ですね」
あの女が刀を抜いて立っていた。相変わらず、ゆらゆらと揺れながら。
大石泉。土屋亜子。村松さくら。
以上3名の死体が見つかったのは、翌日の朝のことである。
「やられた」
同心筆頭の片桐早苗は呻いた。
千川派を口先ばかりの臆病者だと侮った油断が、相手への隙になった。
大石の死因は失血死。土屋亜子は背中から心の臓を貫かれている。
村松さくらは、直接死因となるような傷はない。ただ表情が恐怖するように歪んでいる。
そして全員、腱を切断されている。泉にいたっては四肢全てだ。偶然の傷でないのは明白だった。
拷問だろうか。片桐は考える。
千川派の人間が東郷派の弱味をにぎるために、3人に手をかけたのか。
それしにしては死体が奇妙だ。
拷問をするならば身動きを封じる必要がある。
なにかしらの拘束がなければ、抵抗や逃走につながるからだ。
したがって身体のどこかしらに縄や鎖の痕があるべきなのだが、それがない。
だが道端で簡単に負わされるような傷でもない。
人体の中で、最もせわしなく動く両腕両脚、しかもその一部である腱を正確に斬る。
相手が棒立ちになっていたとしても難しい。
そんなことをできる人間がいるとすれば、其の者は剣士ではなく妖怪の領域にいる。
相手を拘束せずに拷問できる奇怪な存在、あるいは剣の化け物。
どちらにせよ容易には捕まえられない。
まして片桐の見立てでは、犯人は複数人いることになっている。
千川派の中に何が潜んでいるのか。片桐は頭痛を覚えた。
悲劇的な結末を迎えた渋谷凛と本田未央。
大概のものは片方に肩入れして、もう片方を非難する。
だが一方で、この両者について慈悲の目をむける者がいた。
家老千川の側仕えをつとめる、島村卯月である。
島村家は千川家に連なる家系で、渋谷家とも交流があった。
関わりと言っても温かみのあるものではなく「同族のよしみ」程度だが。
幼い頃、卯月は凛と同じ学舎で学んだ。口を何度かきいたこともあるが、友人にはなれなかった。
凛という少女は、容貌才気ともに飛び抜けていて、卯月が気後れしてしまったためである。
卯月は同世代に生まれた天才を僻むでもなく、ただ遠くから羨望の瞳をむけていた。
それから少し背が伸び、卯月のいた新陰流の道場に凛が入ってきた。
剣術であれば付け入る隙もあるだろうか。
卯月はそう思っていたが、凛は剣の道においても比類なかった。
卯月の凛に対する感情は、ここで羨望から崇拝になった。
絶対に近づくことのできない、神か御仏のように凛を崇めた。
それから成人し卯月は側仕え、凛は馬廻の職に就いた。
本来であれば凛が側仕えになるはずだった。
しかし本人が辞退した。
「主に対する細やかな気遣いができるのは、島村家の卯月のような者である」
これは政治的な職から離れるための方便だったのだが、卯月は勝手に感謝し、凛への畏敬の念を強めた。
それから卯月はつぶさに凛を観察するようになった。
朝は何時に起きるのか。夜は何時に眠るのか。
好みの食べ物はなにか。男の趣向はどうなっているのか。
仕事で悩みはないか。怪我や病気をしていないか。
時に地位を利用し、時に自ら足を運んで陰から情報を集めた。
凛のことを知れば知るほど、卯月は凛に近づいている気がした。両者の関係は学舎から進展していなかったが。
そんなある時、闖入者が現れた。
その日卯月は、屋敷をこっそり抜け出した凛のあとを尾けていた。
彼女は不安になった。
本来の凛であれば寝床に入り、眠れるまで学本を読みふけっている時間であったから。
卯月の不安は当たった。凛は色街に足を運んだのである。
成人した武士が色街に行くのは、別におかしなことではない。人間なのだから溜まるものは溜まる。
だが卯月にとっての凛は、ただの武士にあらず。
天上の清流がながれるほとりで、桃色の息をはくような存在なのである。
お止めせねば。
卯月はそう思ったが、凛は色街の前をうろうろするだけで、いっこうに入ろうとしない。
卯月は懐から観察手記を取り出して、今見ている出来事を記そうとした。そこでふと思い出した。
そういえば、昨日凛様は許嫁とお会いになられた。
卯月はそれから、凛に対してのみ発揮される逞しい想像力で彼女の境遇を察した。
凛様は、下級の武士とちがって自由な恋愛はできない。
許嫁も生まれる前から、互いの顔も知れぬ間に決められている。
いつか始まる愛のない夫婦生活にたそがれ、凛様はここへ。
自分とて同じ境遇であるのに、卯月は凛を哀れんだ。
そして崇拝の存在が人間的な、生々しくも愛おしい感情を持っていることに気づいた。
凛様・・・いえ凛ちゃん。
卯月は身を潜めていた路地から、ぬらぁっと出てきて凛に話しかけようとした。
しかし彼女がそうする前に、別の武士が凛に声をかけた。
そして躊躇う凛をぐいぐい引っ張って色街へ引きずり込んだ。
その武士が本田未央であった。
卯月は未央について調べた。下級武士の家に生まれ、学もなく志もない。
仕事は各奉行の小間使いのようなもの。
示現流を遣うが、町の外れの怪しげな道場で習ったものだから怪しい。
酒をよく凛にせびる。
ここまで知れば、大抵の人は凛を未央から遠ざけようとする。
しかし卯月は並の女ではない。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。その逆で凛が愛おしければ、未央もまた。
さらに卯月は知っていた。
一見軟派に見える未央が、ひどく情に厚い女であるのを。
幾度となく凛の心を癒していることを。
だからこそ、2人の間にあった悲劇は悲しみこそすれ、どちらを恨むこともなかった。
本物の愛を探してもがいた女と、真実の愛を失った女がただ不憫でならなかった。
こういった彼女の奇特な精神は、一方で派閥争いに対する嫌悪も生んだ。
2人の命をかけた勝負が、政争の一端として扱われている。
卯月には許容できぬことである。
今秋の美城藩はかつてないほどの豊作だった。
藩の財政を立て直し、富商からの負債もある程度清算できる。
そういった目処がついた。
この豊作の裏には、大目付東郷あいが提案した大規模な開墾の功があった。
昨年は「四年かけて土遊びをした」などと批判されたが、時には東郷家の私財さえ投げ打って進めた開拓は無駄ではなかったのである。
だが藩主は東郷の謹慎を解かなかった。
今の東郷を藩政に復帰させれば、そのまま領内を乗っ取られかねない。
豊作の利益を懐に収めておきながら、藩主は東郷を敵視し続けた。
千川派もこれに同調した。
「東郷さんご自身が耕したわけでもないんですから、この功は藩全体の功ですよ」
これは、家老千川ちひろの言である。
すでに千川東郷両派で何人も死傷者が出ていたが、彼女の権力への欲望は衰えを見せなかった。
木場真奈美はかつて千川ちひろと家老の座を争った。しかし失脚して、現在は隠棲の身。
大目付の東郷あいとは、気心知れた友人である。
そんな彼女の屋敷に、東郷派の面々は顔を揃えた。
「ぶっ殺す」
千川の言と片桐からの報告を聞いて、馬廻の向井拓海は激怒した。
怒るなという方が無理がある。
周囲も口では向井を嗜めるが、同じ気持ちであった。
「下手人の目処は?」
木場は片桐に尋ねた。くぐってきた修羅場の数がちがうのか、表情は落ち着いている。
「千川派でこのようなことが可能なのは、諸星きらりと双葉杏の両名のみ」
東郷派の面々は低く唸った。
諸星きらりは寺社奉行のつとめだが、母が前の同心筆頭で、罪人の捕縛術を学んでいる。
また領内一の腕力の持ち主で、並の人間なら傷つけずに拘束が可能であろう。
現在休職している双葉杏は頭も切れることながら、かの渋谷凛を凌ぐ剣の達人である。彼女ならあるいは、腱を斬る工夫を生み出せるかもしれぬ。
さらにこの両者は友人同士である。
「しかし」
片桐は続けた。
「諸星は拷問に向かない性質ですし、双葉はこんな手の込んだことしません」
また一同は納得した。
諸星は見上げるような巨躯の女だが、気質は穏やかで争いを嫌う。
双葉は屋敷から出るのを極端に嫌う出不精で、近頃は道場にも顔を見せていない。
まして夜更けに外出し、3人が来るのを路地で待ち伏せし、戦い、
その最中に腱を斬るような真似をするだろうか。
「それじゃあ、余所者の仕業ですかにゃ」
浪人の前川みくが言った。奇妙な言葉を使うが、刀さばきは実直である。
「だとしたら、どうやって見つけるんですか…?」
徒士の多田李衣菜がおずおずと片桐に尋ねる。
美城藩は大規模な藩ではないが、交通の要所にある。出入りする人間の数は、日に400を下らない。
「捜索は部下の安斎が指揮をとっています。彼女なら、少なくとも半月の間には見つけ出すでしょう。
ですが…」
その間に命の保証はない。
「皆、腕に自信があれば斬ってかまわないぞ」
木場がそう言ったが、意気込んでいたのは向井ただ1人であった。
一方同時刻、双葉家。
偶然にも、千川派の人間らが会合を行なっている。
「杏さんがいないんですけど…」
用人、東郷の謹慎後は大目付を兼任する森久保乃々が指摘した。
襲撃に怯えながら、森久保家から遠い双葉家に赴いたのに家主がいないとは。
「もう寝ちゃったにぃ」
諸星が答えた。
眠くなったら何があっても寝る。それが双葉杏という女である。
「杏さんが外に出たくないからって双葉家に集まったのに…」
双葉杏は東郷派と争う気は無い。大義とかそういうものが堅苦しくて、千川派にいるだけだ。
ただし千川の方は、双葉の能力を存分に利用するつもりだった。
だから、身内を襲撃の危険にさらしつつも、双葉家での会合を選んだのである。
あののーくれもんが何だっちゅうんじゃ。ワシらだけで十分やないか」
村上巴が不機嫌そうに言った。
安芸からやってきた武士崩れの侠客で、千川派が呼び込んだ余所者の1人である。
性格は粗野に見えるが、腕前の方は非のつけようがない。
「のう、楓さん」
村上は同じく余所者の、高垣楓に同意を求めた。
高垣は美城に入ったその日に、東郷派3人を単独で斬り捨てている。村上も自身の腕に自信がある。
達人だか知らないが、無精者の手を借りずとも、東郷派を片付けてみせるつもりだ。
「楓さん? あんたもそう思うじゃろ」
返事がないので、村上はもう一度楓に尋ねた。しかし楓は座ったまま眠っていた。
空になった酒瓶が膝元に転がっている。1つや2つではない、数えるのが面倒な量だ。
このままじゃ酒に殺されかねんな。
村上は楓の豪気な態度と飲みっぷりを気に入っているが、また心配でもあった。
村上は忍の浜口あやめに目配せをした。
浜口はこくりと頷き、楓を抱えて座敷を出た。
彼女も先ほど屋敷にきたばかりだが、すでに内部の構造に把握し、
誰にも気づかれないよう楓を寝間に叩き込んだ。
だが、その寝間は来客用ではなく、双葉の寝間であった。
浜口は双葉杏と高垣楓が嫌いだった。
人を呼びつけておいて眠りこけているような女。
金をもらっておいて不遜な態度をとる女。
両者とも浜口の美意識には合わぬ。
「どうも遅れてしまって…あれ」
島村卯月は座敷に入って、家主と第一の剣客が2人ともいないことに気づいた。
「双葉さんはともかくとして、高垣さんは?」
そこで村上と浜口を除く一同があたりを見回すが、もちろん楓はいない。
「前の仕事で負った傷が痛む言うて、奥で休んどる」
村上は皆に説明した。
転がっていた大量の酒瓶はすでに片付けてある。
何とも気のきく女である。
「それにまだ3人来とらん」
「木村さんと鷺沢さん、あと緒方さんもいないです…」
森久保が指摘した。木村をのぞく2人は千川が雇った剣客である。
「その3人は東郷派の襲撃に向かっています。
あちらがたも、会合を行なっているようなので」
「なんで分かる…いや説明せんでええ」
村上は東郷派に潜む内通者の存在を察した。
「けっ、どいつもこいつも臆病風に吹かれやがって」
夜道を肩で風切り歩くのは、向井拓海。
自らの腕によほど自信があるのか、護衛も連れもいない。
来るなら来い。今晩でもいいぞ。
そう気色ばむ向井の前に、果たして奇妙な女が現れた。
濡れるような黒々とした髪。陰鬱だが、よくみれば整った顔。
そして、なぜか道の真ん中で突っ立ったまま艶本を読んでいる。
彼女は向井に気づくと、頭を軽く下げ挨拶した。
「こんばんわ…月が綺麗ですね…」
「こんばんわ。そのまま上を向いて生きろ」
向井は挨拶をかえし、通り過ぎようとした。正直関わりたくない性質の女である。
だが領内にあんな奇特なやつがいたかと思い、あえて声をかけた。
「おまえ余所モンか」
だが、相手は向井の問いには答えなかった。
「明日の月も…きっと綺麗でしょうね…」
余所者…鷺沢文香は刀を抜いた。先ほどと変わらず鬱々とした顔のままで。
「文脈ってもんを意識しろよ。軟派野郎」
向井も抜刀した。彼女は鷺沢とは真逆に、非常に獰猛な笑みを浮かべた。
一方、多田と別れ帰路についた前川。
彼女もまた妙な女に出くわした。夜も遅いのに、川辺で草をぶちぶちむしっている。
腰に刀を提げているから、相手も自分と同じ浪人だと思われた。
「なにしてるにゃ」
前川は女に声をかけた。
「幸運の四つ葉、見つからないんです」
前川は女の顔を見た。ひどく臆病で、たよりなさげな顔をしている。
四葉とは薬草の種類か何だろうか 。
手伝ってやろうと思ったが、足元が暗く見分けがつかない。
「夜だから探しにくいにゃ。明日の朝また来ればいいにゃ」
前川は女を諭した。しかし、相手はこう言い返して来た。
「そんなにのんびりしていられません。だって、今の貴方に必要なものなんですよ」
何を言って、と声を発する前に前川は飛び退いた。
だが逆袈裟を喰らった。 おそろしい速度の居合斬りであった。
「どこの流派だ…美城の人間じゃないにゃ?」
一瞬素に戻り、前川は尋ねた。領内で活発な新陰流にも居合はあるが、ここまでの速度となれば別の流派かと思われた。
「夢想流」
「不思議ちゃんにぴったりにゃあ・・・」
血を失い青い顔をしながら、前川は剣を抜いた。相手が居合に特化した剣士なら、手負いでも戦いようがある。
しかし相手は1人ではなかった。
「アタシの連れをあんまりいじめないでくれよ。
虫も殺せない、すごく大人しい奴なんだからさ」
前川の背後で、重々しい抜刀の音が聞こえた。徒士頭、木村夏樹である。
軟派なやろうだが、剣の芯は通っている。
向井は相手を素直に称賛した。
鷺沢は幾度となく向井の攻撃を阻み、さらに果敢に攻める。
その剣撃たるや凄まじい。
すでに向井は得物を弾かれ、無刀であった。
「お前、どこの出身だ」
向井は尋ねた。
鷺沢は無刀の相手に余裕があるのか、答えた。
「信濃の国です」
向井はまた尋ねた。
「どうして人斬りになった?」
「本を集めるお金と時間が欲しかったんです。
人斬りは高い報酬の割に、一瞬で片がつきますから」
鷺沢は淡々と答える。大人しそうな割に、恐ろしい発想をするものだ。
「それじゃあ、これ以上時間かけちゃあ申し訳ねえな」
向井は両手を広げて、鷺沢に身を差し出した。この際に及んでも、悲しげな表情は見せない。
「ごめんなさい」
鷺沢は一礼した後、刀を振るった。本当は人斬りなどしたくなかったが、好きなことをして生きるためには仕方ない。
せめて、斬る相手に苦痛がないことを祈るばかりである。
鷺沢は目を瞑った。弱った相手にとどめを刺すとき、いつもこうする。
だが、その時不思議なことが起こった。
刃が…動かない…。
鷺沢が目を開けると、向井は刀を片手で受け止めていた。
手のひらから血も流さず。
白刃取り。勝利を確信した大振りが仇となった。
「謝るのはこっちの方だ。
しばらく本が読めない顔にするんだからな」
向井はまた、獰猛に笑った。
「うっにゃああっ!」
前川は、物差しをあてたように真っ直ぐ剣を振るう。
しかし相手に届かない。
居合い使いは何とか倒したが、木村の腕前は前川のはるか上。刃がかすりもしない。
「真面目だな。好きだぜ、そういう剣も」
馬鹿にしてるとしか思えない言葉だが、前川は嫌味は感じなかった。むしろ嬉しいと思った。
木村という女が持つ、不思議な魅力である。
とはいえ状況は真剣勝負の最中。素直に喜んでもいられない。
前川は剣を脇に構える。
これ以上無闇に剣を振るっても、体力が消耗するのみ。
であれば相手を誘い、体勢を崩したところを斬り返すしかない。
一方木村は、刀を大上段に構えた。とどめを刺すつもりだろうか。
その時が勝機。前川は木場を待ち構えた。
しかし木村の剣は、いや哲学は前川の想像を超えた。
木村は太刀を前川に向かって、ぶん投げてきたのである。
武士の魂を飛び道具にするとは。
前川は驚いてそれを弾いた。それが隙となった。
「やっぱり真面目だな」
木村は前川の懐に入り、脇差で心臓を突いた。
目的のためなら傾いた真似もする。
太刀も投げるし、東郷派の人間も口説く。
木村はそういう人間だ。
前川は仰向けに倒れた。力が及ばなかったが、なんだか妙にいい気分だった。
「だりーと仲良くしてくれてありがとな」
生き絶えた前川に、木村はそう言った。
「鷺沢は捕まり、緒方は死にました」
卯月の報告に、千川は良い顔をしなかった。
高い金を払ったのだが、楓以外に成果を上げられた者がいない。
緒方は木村とともに前川を仕留めたが、一人斬って一人死ぬのでは割に合わぬ。
「村上と浜口は何をしておる」
「村上は賭場に出入りして、そこで東郷派の情報収集を行っています。
浜口は鷺沢の脱獄のために工作を」
「浜口を別の任に当てろ。無能を助けるために呼んだのではない」
千川は卯月の言葉を遮って命じた。
「御意」
卯月はそう答えたが、鷺沢の救出は必ず行うつもりだった。
彼女は他の面子の顔を覚えている。情報を吐かれたら、わざわざ余所者を雇った意味がない。
加え、千川派は彼女達のために不正な通行手形の発行をしている。
そのことが明らかになるのも不味い。
政治権力という虚像に気を取られ、我らの苦労を知らぬか。
卯月の中に、傲岸な家老に対する反抗の種が芽吹いたのはこの時であった。
緒方の死から数日後。とある蕎麦屋にて。
高垣楓は真昼から酒を飲みつつ蕎麦をすすっていた。
変わった子。
楓は自分を棚に上げて、緒方をそう評価していた。
斬り合いに怯えつつも人斬りの道を選び、殺す相手のために“幸運の四葉”とやらを探す。
楓の思う通り、緒方はかなり屈折した人間であったことに間違いない。
でも、もっといっぱい話してみたかった。
楓はしみじみそう思った。
緒方は楓と同じ紀州の生まれであった。故郷の話に花が咲くことも、ありえたのかも。
蕎麦を食べ終わり、酒をすするだけになった楓に同心が話しかけてきた。
「むむっ! あなた、見ない顔ですね!」
片桐早苗の部下、安斎都である。彼女は楓の横に座って、蕎麦を注文した。
彼女は昼食を食いに来たのである。もちろん、隣に下手人がいるとは知らぬ。
「生まれはどちらですか?」
「・・・紀州」
楓は落ち着いて答えた。犯行は誰にも見られていない。また、証拠が残るような不細工な剣は使わない。
「へ〜、 遠いところからわざわざご苦労様です!
定職のない浪人のようですが、その割にずいぶん綺麗な身なりをしてますね!」
妙に悪意のある言葉で、安斎はべらべら話した。
楓は相手にしないつもりだったが、相手が次に発した言葉に、一瞬酒を飲む手が止まった。
「人斬りでもやってるんですか!」
これは安斎の小粋な洒落だった。しかし、楓には相手が確信を持って近づいているように感じられた。
「相手が傷つく洒落はやめなしゃれー・・・ふふっ」
「ああっすみません!
定職に就かず昼間から飲んでるからって、何でも言ってわけじゃありませんよね!」
謝っているのか馬鹿にしているのか、安斎は頭を下げた。
楓はこの同心のそばを離れたかったが、今立ち上がるのも不審かと思われた。
「あっそう言えば、んぐ、先日藩の徒士が斬られたんですよ! 3人いっぺんに!
もぐ。あなた、何か知りませんかね!」
自分の蕎麦が来たあとも、安斎は話し続けた。
楓は酒をかたむけながら、適当に答える。
「さあ、知りませんね」
「えー! 日頃社会の役に立ってないんだから、ちゃんと協力してくださいよ!
人斬り同士、何か知ってるんでしょー!」
安斎は静かに酒を飲む女が、下手人であるとはつゆとも思っていない。
ただ、すこぶる浪人という人間が嫌いなのである。
社会の役に立たない。領民は不安にさせるし、無駄な仕事を増やす。
「なんでもいいですから、その日あったこと教えてくださいよー!
ねえねえねえねえ」
安斎は楓の肩をつかんで揺さぶってきた。
その拍子に猪口から酒がこぼれ、楓の刀にかかった。
「その夜はひどく酔っ払っていたから、何があったか覚えてません」
楓は手をはねのけ、淡々と答えた。
そして無礼な同心に機嫌を損ねた“ふり”で、その場から離れようとした。
しかし、安斎は楓を逃さなかった。
「どうして夜の話をするんですか?
私は、“その日あったこと”を尋ねたのに」
高垣楓はこの後牢へ入れられた。彼女が3人を斬ってから、一週間目のこと。
この情報をいち早くつかんだのは森久保である。
大目付の森久保は『机下』という独自の密偵集団を抱えていた。
内部監査のため東郷によって組織されたのだが、今では森久保、ひいては千川の耳と化している。
「これじゃあ東郷派に勝つの、むーりぃ・・・」
しかし情報だけでは人を殺せぬ。森久保は浜口に連絡を急いだ。
鷺沢と高垣両名を早くなんとかしてくれ、と。
「下手人が捕まっただと!?」
楓が捕まって二日後、向井家。時刻は朝。
向井拓海は片桐からの報告を受けた。
率直にいえば向井は残念がっていた。
武士3人を苦もなく斬り捨てるような相手と、一戦交えてみたかった。
しかし捕まったとなれば、向井にはどうしようもない。
なんとも言えない消化不良。
せめて顔でも拝んでやるか。
「だれか外套を持ってこい!」
向井は声を上げた。しかし誰も返事をしない。
「おい!! 」
日頃奉公人達から鬼のように恐れられている向井拓海。
その彼女が呼んでいるのに、誰も来ない。
家中がしーんと静まりかえっている。
向井は屋敷の中を見て回る。
いるべきところに人がいない。下男1人下女2人、料理人、針子、書院整理役。
向井は耳をすませた。庭先からかすかにうめき声のようなものが聞こえた。
向井は用心して庭に出た。音の根っこは、蔵の中から。
彼女が固く閉じた戸をこじ開けると、果たして屋敷すべての人間が閉じ込められていた。
皆気を失っているようだが、怪我はない。
傷もなく、拘束されてる。
にょわぁ。
向井は背後から気配を感じ、すばやく横に転がった。彼女がいたあたり、蔵の漆喰の壁に大きなヒビが入った。
「やはりお前だったか、諸星きらり」
向井は立ち上がり、侵入者に言った。
「とりあえず礼を言うぜ。家の人間を傷つけないでくれて」
「必要なのは拓海ちゃん1人の命だからにぃ」
諸星は粉のついた手を払いながら、答えた。
現在の領内で1番の巨躯と怪力、妙な口調で恐れられている存在である。
彼女が勤めている寺社奉行は、“三間通りの化け物屋敷”と称され、めったなことでは誰も近づかない。
巨躯も怪力も選んでそうなったわけでもなく、口調の方は周りに溶け込むために始めたものだったが、諸星は領民から誤解を受けていた。
本来の彼女はきわめて闊達な気質で、そして情が深い。藩職にいる者の一部は、それをよく知っている。
「なんでお前みたいなお人好しが千川についたんだ」
「千川様はきらりに言ってくれたんだにい。
頭の出来が良ければ、容姿は関係ないって。
だからきらりは、千川様の期待に応えるの」
「頭の出来?
はっ、こんな吹っ飛んだ真似しといてよく言うぜ!」
そう言いつつも、向井は剣を鞘ごと捨てた。
先ほど蔵の壁を破壊した一撃を見てもなお、いや、見たからこそ、無刀で諸星を倒したくなったのだ。
向井もまた、“吹っ飛んで”いる。
一方その頃、美城藩同心詰所と牢屋敷が同時に吹っ飛ばされた。
「鷺沢さんと高垣さんは無事じゃろうか」
賭場から牢屋敷に出向く村上は、爆破の実行犯である浜口に言った。
「さあ、どうでしょう」
「どうでしょう…って、2人を脱獄させるためにやったんじゃないんか」
「わたくしは島村様と森久保様から、“2人を早く何とかせい”としか言われていません
生死はそのおふたり次第です。二ンッ!」
浜口はにっかりと笑った。
彼女は忍としては致命的なことに、こういった大味で派手な仕掛けを好むのである。
せめて骨が残ってたら拾ってやろう…。村上はそう思った。
だが、牢屋敷に向かうのを阻む者がいた。
「あんたたちさぁ、取りあえずシメていい?」
同心筆頭片桐早苗。彼女はちょうど昼食に出かけており、何を逃れた。
「取りあえずで、見ず知らずの人間をシメるんかい」
「じゃあ、ちゃんと説明してあげる。
髪の長い方の子から火薬の匂いにぷんぷんするし。
村上、あんたは顔が気にくわない」
「うちの方は説明になっとらんのう」
村上はそう言い返したが、相手が自分のことを調べ尽くしていることはわかった。
村上は浜口に目配せをする。浜口が頷く。
「黙ってシメられたんじゃあ村上巴の名が泣く。全力で抵抗させてもらうけえの!」
村上は小太刀を抜こうとした。しかし、片桐に柄を押さえられた。
こいつ反射神経の鬼か。村上は相手を掴み、足を踏み、膠着に持ち込んだ。
「あやめ、行け!」
あやめは片桐を攻撃せず、牢屋敷に走った。
片桐は肩透かしを食らった気分で、村上に言う。
「なあに、二人がかりで来るんじゃないの?
見所あるじゃない…正々堂々として。あと、私に1人で勝てるとか思ってるところも」
「ええ女じゃろ、巴は」
村上は関口流の遣い手である。小太刀の他に、柔術も扱う。
彼女は相手の襟口と足を押さえており、状況的には優位であった。
だが、片桐の身体は地面に縫い付けられたように動かない。
「よりによって体術で挑むところも気に入ったわ」
「体術なんて御大層なもんじゃない。喧嘩殺法じゃ」
村上は片桐の顔に唾を吐いた。
相手の力が一瞬緩んだところに、彼女は払腰をしかけた。
宙を舞ったのは…村上の身体であった。
「人様の顔に唾をはきかける根性…私が叩き直してあげる」
片桐が浮かべたのは武士というよりも、肉食獣のような笑みだった。
諸星は母から、早苗と同流の柔を学んだ。
しかし役に立たなかった。大きい体格が、流派の枠に合わなかったのである。
また刀も身につかなかった。
彼女自身は決して不器用ではなかったが、生来の腕力のせいで刀がすぐに壊れてしまう。
また、型稽古はできても立会稽古ができなかった。
相手が彼女をおそれたためである。
代わりに諸星は拳法の道に進んだ。そこで才能が開いた。
デカい図体なのに動きが素早い。体力もある。
そして、アタシの拳が通じねえ。
向井は冷や汗をかきながら考える。
打撃が効かないのであれば、関節技と絞め技が有効である。
しかし、諸星にそれを仕掛けさせる隙はない。
一方で、向井は消耗し動きに鈍りがある。
「やべえ」
向井の脚が急に止まった。激しい回避運動の連続に、とうとう筋肉が悲鳴を上げたのだ。
この好機を逃すはずもなく、諸星の回し蹴りが炸裂した。
向井は防いだが、防いだ左腕が折れた。そして、庭を数間ほど飛んだ。
「痛え、いてぇよ!! クソッタレ!!」
向井は元気に喚いた。
しかし、状況はすでに諸星が優位。
向井の脚は疲労で弱っている。片腕はもう使い物にならない。
「今楽にしてあげるにい 」
諸星は走り、向井の頭を蹴ろうとした。
相手の首が毬のようにちぎれて飛ぶかも知れない。
諸星は目を瞑った。向井に敗れた鷺沢と同じように。
だが、諸星の蹴りはしかりと当たった。相手に重傷を与えた。
彼女の脚も使い物にならなくなったが。
「なに勝ち誇ってやがる」
諸星は激痛で目を開いた。
向井の左腕から飛び出した骨が、自分の脚に突き刺さっている。
相手は骨折と大量の出血で、青い顔をしていた。
はじめと変わらぬ獰猛な笑みのまま。
諸星は恐怖し、脚をもつれさせた。
それが隙となり、向井に背後へと回りこまれた。
向井は残った右腕と脇で、諸星の首を抱えこんだ。
首絞め。諸星は長い手を振り回し、相手を引き剥がそうとした。
そして、向井の膝と肋骨を新たに折った。
だが、向井は万力のごとく絞めた。このまま打ち殺されても力を緩めないつもりだった。
脳への酸素が遮断され、諸星の意識は暗転した。
残骸となった牢屋敷を、先ほどまで牢にいた高垣楓は眺めた。
牢に浪人二人(ろうにろうにんににん)・・・使う機会を逃しましたね。
鷺沢文香は瓦礫の下敷きになった。生きてはいまい。
後ろ髪を引かれる思いだったが、楓は自身の、いやかつての友の形見を取り戻さねばならぬ。
「高垣殿」
それらしき場所で、瓦礫や木片を適当にひっくり返していると、ある女が楓に声をかけた。
「探し物はこちらですか?」
浜口あやめが、楓にぞんざいに太刀を投げた。
「・・・ありがとうございます」
「礼には及びません。私とて、武器を持たない人間を傷つけたくありませんからね!」
浜口は忍刀を抜いた。
はじめからこうするつもりで彼女は牢屋敷にきた。
二人が生きていたらとどめをさす。
簡単に捕まる無能も、酒ばかり飲んで足下をすくわれる愚か者も、組織にいらぬ。
「理由を教えてください」
楓は浜口の内心を察しながらも、一応尋ねた。
「私の理想のためですよ」
彼女の言葉を聞いて、楓は目を細めた。
理想や大義。楓が大嫌いな言葉である。
かつて及川藩では、家老棟方愛海が及川氏を骨抜きにし悪政を敷いていた。
横領や増税、土地の不当な収奪など挙げればきりがないが、最も深刻だったのは女色だった。
棟方は女性の乳房に強迫観念を持っていた。
気に入った女がいると、どのような手を使っても自分のものにした。
また、自分の好みで藩職の人事を行った。
無論人に恨まれないはずはなく、何度となく闇討ちが決行された。
だが側仕えの剣士が皆精強で、
なおかつ棟方自身も念流免許皆伝の腕前であったため、全て失敗した。
人々が及川藩を“棟方藩”と裏で呼ぶほど、棟方は権力の絶頂にあった
変化が訪れたのは家老が及川氏の一人娘、雫に目をつけた頃。
雫は棟方の理想の乳房を持っていた。
さすがの及川氏も娘の貞操に危機を覚え、諸国から剣客を集めた。
示現流神崎蘭子、依田芳乃。
心眼流高峯のあ。
一刀流川島瑞樹、高垣楓。
以上の5名が娘の警護にあてられた。
集められた剣客達は雫の友人となり、
また彼女達同士も非常に強い絆で結ばれた。
理想の主君を見つけたわ。年長者の川島はよくそう言った。
2年後、雫がようやく藩職に就ける年齢になった。
雫を取り巻く一同はほっと胸をなでおろした。
さしもの家老も、在職の雫に手を出すまい。
だがそれは、棟方を過小評価しすぎていた。
なんと棟方は、雫が初めて出席した執政会議の最中に、彼女を傷物にしたのである。
この日同伴していたのは神崎と高峯の2名。
彼女らは激怒して会議に乗り込んだが、逆に側仕えの剣士7名によって無礼討ちにされた。
「これで藩のことがよくわかったでしょ?」
慄く雫に、棟方はそう告げた。
だがここで棟方もある間違いを犯した。
雫についている、残り3人の技量を見誤ったのである。
上意討ちを下された3名は、棟方への憎悪を糧にしおそるべき魔剣を編み出した。
川島瑞樹は『羽衣』。
高垣楓は『月酔』。
依田芳乃は『辻車』。
そして側仕えの剣士を全滅させ、遂には棟方の暗殺に成功した。
大義であったと、雫の母は3人に感謝を述べた。
棟方亡き後、悪政は改められ及川氏による善政が敷かれる。
そして自分たちは雫の一生の友となり、彼女を守り続ける。3人はそう信じていた。
しかし待ち受けていたのは家老殺害による断罪だった。
棟方によって抑圧されていた者達は、
及川氏と3人の剣士による独裁が始まるのを恐れたのだ。
首謀格と見なされた川島は切腹、楓と芳乃は流刑を下された。
おとなしく従えるはずもなく、楓と芳乃は牢を破った。そして、川島の救出に向かった。
だが、川島は「私1人で責任を取るわ」と言った。それが理想の武士なのだと。
楓は彼女を無理にでも連れ出そうとしたが、追っ手はすぐ迫っていた。
芳乃はやむなく、楓に手刀を食らわせ牢から逃げた。
そして、楓が目を覚ました頃には全てが終わっていた。
雫や他の剣客達と築いた日々も、楓の武士としての生も。
片桐早苗は柔術、拳法、捕縛術、古武道すべてに精通している。体術面においては東郷派で最強と言ってさしつかえない。
一方の村上巴の技術は、荒削りで修得した柔術と小太刀のみ。経験も片桐には及ばない。
つまるところ、まともな勝負では村上に勝機はない。
そして、村上の“喧嘩殺法”も片桐には通用しない。
片桐は道場の内と外、畳と地面、その両方で研鑽を積んできたのだ。
外道めいた格闘術への対策も織り込み済みである。
村上は、地面の砂を片桐の顔めがけて蹴り上げる。
さすがの片桐も砂塵をかわすことはできず、目が潰される。
だが彼女は目を閉じたまま、村上の右拳を掴んだ。
「おりこうちゃん。私の思い通りのところを攻めてくるなんて」
村上は身震いした。
そのまま、関節を極められ地面に倒される。
片桐は村上の背に跨がり、取った右腕を捻った。
「ここで死ぬのと死罪になるの、どっちがいい?」
「・・・大して変わらんのう」
東郷派ならまだしも、庶民に死傷者が出かねない爆破。
村上が実行したわけではないが、千川派の責は重い。
とはにえ、片桐にとっては闘争の口実に過ぎないが。
「選びなよ」
片桐は村上に言った。
片桐の悪癖である。容赦のない手腕を持っているくせに、最終的な決定を他人にさせる。
だが、村上はそこまで大人しい女ではない。
「ここで消えるんはおどれじゃ」
村上は右腕の関節を自ら脱臼させ、その腕で左脇の小太刀を抜いた。
そして手首を返し、片桐の額に突き刺す。
「・・・ずるぅい」
片桐の視界が紅色に濡れた。
技術ではなく一寸の覚悟と判断力で、片桐は村上に敗北したのであった。
向井と諸星、村上と片桐の勝負が決した頃。
家老千川は、詰所と牢屋敷での出来事を部下から耳にした。
「事故か」
「さて・・・」
卯月は知らぬ。まさか、浜口がひどく物理的な手段に訴えるとは。
ただただ領民の安全が気にかかった。
「鷺沢はどうなったかの」
「おそらく・・・生きてはおりますまい」
高垣までもが捕らえられたことを、卯月は家老に知らせていなかった。
「しかし、まあとにかく良かった」
卯月は家老の言葉に耳を疑った。
「良かった、とは・・・?」
「なんじゃ、そちも勘が悪いの。
同心は東郷派の巣、無能の片もついた。
良いことづくめではないか」
「しかし町民らに被害が出ました。
また同心が機能せねば、治安が維持できませぬ」
卯月はいつになく、熱く千川に食い下がる。
千川は面倒な様子で言い返した。
「町民らはまた増えるではないか。
同心も作り直せばよいことだし・・・ふさわしい人間を置いてな」
卯月は絶句した。
諸星を失神させた後、向井はどっかり腰を下ろした。
「まったく骨が折れる…」
なんとか相手を倒したが自身も重傷。
もし新手が現れれば、なすすべはない。
「今の、ひょっとして冗談?」
「…うるせえ」
向井は肩を下ろしながら、縁側に座す双葉杏に返した。
双葉は、諸星の様子が気にかかって後からやってきたのである。
「まさか、きらりが倒されるなんてね」
舌で飴玉を転がしながら、双葉は庭先に降りた。
身丈は4尺6寸ほど。体重は11貫に満たぬ、童女のような体型。
それで腰に差した刀が3尺もあるので、鞘が地面に当たって音を立てている。
まるで七五三だ。
向井は苦笑した。しかし冗談ではない。
双葉は柳生新陰流の達人で、こちらは重傷。
双葉が腕が多少鈍っているといっても、勝ち目はない。
「やれよ」
向井は地面に仰向けになった。
もはや打つ手なし、潔く死のう。
向井はそう決心した。
しかし双葉は彼女を放って、倒れた諸星の方へ歩み寄った。
「きらりー、起きろー…」
双葉は小さな手で、諸星の顔をぺちぺち叩いた。
それで意識が回復しないので、次に諸星の上半身を少し持ち上げる。
そして胸郭に膝を当て、背中をぺちぺち叩いた。
「…ん」
諸星が目を覚ます。
「きらり、帰ろう」
双葉は諸星に寄り添いながら言った。
「千川様に…怒られちゃう」
「なんとかする。杏がなんとかするから」
向井は2人の様子に少々胸焼けを覚えながら、口を挟んだ。
「やるならさっさとやれ。
せっかく決めた覚悟が鈍るだろうが」
だが相手は、「面倒くさい」と言ったきり相手にせず、
諸星を連れて帰った。
理想や大義のために、人は平気で残酷なことをする。
川島は楓を捨て、及川藩は川島を殺した。
楓は胸の痛みを覚えながら、浜口の死体を蹴る。
「あやめをあやめた・・・ふふっ」
浜口の行動が千川の意によるものか、
それとも独断であるのか、楓は知らない。
ただ、浜口を殺めてしまった以上、
千川派と合流することは叶わないだろう。
酔いどれで捕まり、さらに仲間を討ったとなれば、組織に居場所はない。
楓はそれ以上深く考えることができなかった。
彼女は酒がなければ、思考の平衡を保てないのだ。
そんな楓のもとに、ある女がやってきた。
「いやあ、お見事お見事!」
手を叩きながら歩み寄るのは、同心安斎都。
その夜、島村卯月は驚いた。
出不精の双葉杏が、森久保を伴って出向いてきたからだ。
「千川殿にお目通り願いたく参った」
東郷派を倒す策がある。双葉がそう言うので、卯月は二人を通した。
話はまず、森久保による報告から始まった。
昼間の爆発は浜口あやめによるものであること。
村上巴が片桐早苗を倒したこと。
諸星が向井に敗れたこと。
浜口が牢屋敷跡で、腱を斬られた死体で見つかったこと。
高垣楓が帰らぬこと。
「浜口を殺めたのは東郷派でしょう」
杏は断言した。
「いや、腱を斬られていたのだろう?
なれば高垣の仕業ではないのか」
「これは千川派から高垣を引き離す策に御座います」
双葉は千川に説明した。
東郷派の向井は負傷、片桐死亡した。
この2人は高垣に対抗できる数少ない人間だった。
だから東郷派は知恵を回して、高垣を千川派から引き剥がそうとしたのだ、と。
双葉の主張は事実と全く異なっていたが、千川は納得した。
「ふん。小賢しいわ・・・それでそちの策とやらは何だ」
「東郷派に、あえて内通者の存在を教えてやるのです。
さすれば奴等は同士討ちをはじめ、
我等は労せず勝利を掴むことができます」
卯月と森久保は顔を見合わせた。
もっともな策である。
しかし、双葉にしては大雑把で精緻の欠けた策のようにも思える。
友人が傷ついたことで血が上っているのだろうか。
とはいえ、こちらの戦力にも穴があるのが実情。
双葉の策を退けるわけにはいかなかった。
内通者の存在を喧伝したのは、多田李衣菜であった。
彼女の尊敬する上役木村夏樹が、多田にそうするよう唆したのである。
そして内通者として最も疑われたのは多田李衣菜であった。
まず千川の手先である木村夏樹と親しくしている。
前川が襲撃に遭ったのに、途中まで共にいた多田が見逃された。
多田と同じ徒士3人が死亡、他にも多数の死傷者が出ているのに、
彼女は傷ひとつない。ぴんぴんしている。
このように、叩けばいくらでも埃が見えるようであった。
もっとも、東郷派の目に埃がついているのかも知れなかったが。
時刻は夜。現在、多田は東郷家に向かっている。
東郷あいに助けを乞うためである。
多田は、このままでは東郷派の人間に八つ裂きにされてしまう。
木村に助けを求めるのが第一に思いついたが、
さすがの多田にも疑惑の原因が分かっている。
なつきちは悪いやつじゃないのに、
どうして皆わかってくれないんだろう。
多田は派閥争いの最中でも、そのように思っていた。
全くおめでたい女である。
東郷家の客間にて。
「20人」
現在謹慎中の東郷あいは、木村夏樹にそう言った。
「勝手に崇めらて、勝手に人間が死んでいくものだから、
まさしく仏神にでもなった気分だよ」
「本当は悪魔なのにな!」
木村は東郷の地位など気にせず、からからと笑う。
笑顔がまた様になっている。
「でも、もっと減らす必要があるよな」
「…そうだね」
東郷は頷く。
彼女の理想とする藩を作り上げるためには、もっと犠牲が必要だ。
「夜分遅くに申し訳ない! 東郷様に御目通り願いたく参りました!!
開けてくだされ!!」
多田は東郷家の門を叩いた。しかし、開かない。
なので多田は壁をよじ登ろうとした。
無礼極まりない行為だが、多田は命がかかっている。
しかし登れない。
東郷家を取り囲む壁は、
多田がもう1人いて肩車してくれたとしても、超えることはできない。
多田はさめざめと涙を流した。
だがその時、門が開いた。
「よう、何やってんだ」
現れたのは木村夏樹。
多田はこう思った。
東郷様の屋敷から出てきたってことは、
やっぱりなつきちは悪いやつじゃなかったんだ!
本当におめでたい人間である。
木村家は代々、千川家の隆盛の裏で汚れ仕事を行ってきた。
例を挙げればきりがないが、大雑把に言ってしまえば
千川に歯向かう輩の始末。
藩内であろうと藩外であろうと場所を選ばなかった。
木村夏樹の母親は暗殺剣の名手であった。
彼女は
木村家代々の当主の中で、
最も人を斬った。
それだけ千川家への忠誠心が厚かった。
木村夏樹が2歳になる頃、
彼女は長く藩外へ出なければならなくなった。
この頃の千川家も熾烈な政争を行っていて、多くの人間を藩外へ追放した。
つまり敵が外に増えすぎた。
木村夏樹の母親はその人間達を討つよう命じられたのである。
彼女は、公式では脱藩扱いとなった。
そしてその咎で、元から少なかった家禄をさらに削られた。
その際千川家は、木村家のなんの支援もしなかった。
むしろ、木村家一門を追放するように主張した。
千川家の当主は前々から、
裏を知りすぎた木村家を排除するつもりだったのである。
他の家老達の尽力もあって、木村家は取り潰しを免れた。
木村夏樹が今も夢に見るのは、顔も知らない母親の背中。
村上巴は生傷だらけの身体を引きずりながら、町を歩いていた。
おかしいのう。
村上は同心筆頭である片桐早苗を殺した。
そして同心達の中に、高垣楓を捕らえた人間がいる。
なぜ自分が捕まらないのか、村上は訝しんだ。
浜口あやめが詰所を爆破したとはいえ、同心らがみな死んだわけではない。
生き残った者達は血眼になって爆破の主犯を探している。
彼女が通りを歩いている今でも、近くで同心達が騒いでいる。
しかし皆、村上に目もくれない。
まあええ。
捕まらないなら、それに越したことはない。
村上には高垣楓を見つけるという役目があるのだから。
村上は、情報収集の拠点である賭場へ出向いた。
ここに集まるのは後ろ暗い連中ばかりである。
嫁に逃げられた武士。
表を歩くことのできない仕事をする浪人。
賭けごとの他には、人生になんの喜びもない町人。
賭けに負けて溜まった借金を、
また賭けで取り戻そうとする百姓。
そういう人間達は、えてして後ろ暗い噂も好む。
「同心の片桐がくたばった」
「本当か。あの片桐が…」
現在の話題の中心は、片桐の死であった。
彼女の“世話”になるような、あるいはなった人間も
非常に多かったためである。
「死体なんか、滅茶苦茶だったらしいぞ」
「ああ、木っ端微塵に吹っ飛ばされたんだよな。
いくら片桐でも、ちょっと哀れだよな…」
村上は耳を疑った。そこまでした覚えはない。
場所は千川家。時刻は昼過ぎ。
かつて休職中であった双葉杏は、大きな溜め息を吐いた。
面倒くさい。
双葉は現在、家老千川ちひろの護衛を行っている。
千川は楓への疑念を消化しきれなかった。
なので、双葉杏に白羽の矢が立ったというわけである。
家禄を30増やしてやると言われ引き受けたが、面倒なものは面倒。
しかし居眠りなどすれば、ただでは済むまい。
双葉は?を叩いて眠気を払った。
一方、双葉に望まぬ仕事を与えた千川は、座敷でくつろいでいた。
彼女は寝そべりながら菓子をつつき、卯月に尋ねた。
「双葉の策はうまくいったかの」
卯月は返答に窮した。
東郷派は疑惑の目を“ただ”1人に注いでおり、特に大きな分裂は起こっていない。
卯月には予想のできなかった事態である。
「東郷派の英雄、多田李衣菜が孤立しております」
卯月は苦し紛れにそう言った。
彼女の言葉はあながち外れでもない。
「多田…?」
家老は記憶をまさぐった。そんな輩がいたような気がする。
「東郷派の会合に参加していた者です」
「うむ、そうであった」
千川は、卯月の言葉に頷いた。実際には全く思い出せていなかったが。
「それでは、次に木場を何とかせねばな」
「木場真奈美ですか」
実際には何の進展もないので、卯月は慌てた。
「木場城を落とすには、決め手に欠けまする」
卯月の言葉は比喩ではない。
木場屋敷は、小城と言ってさしつかえないほどの警護と防備で知られている。
なまら剣客が数人出向いたところで、勝ち目はない。
「たとい木場が少数の護衛で外出したとして、我等に勝てる剣士はおりませぬ」
緒方智絵里、浜口あやめは死亡。 鷺沢文香はおそらく瓦礫の下。
諸星きらりは負傷。村上巴は軽傷だが、彼女には荷が重い。
森久保はまともに剣を振れない。
双葉杏は絶対にやらない。
頼みの綱である高垣楓は、いまなお行方知れず。
千川は東郷がどうのと言っているが、実際には彼女の陣営も相当苦しい。
「凛…渋谷殿がいれば、どうでしたかな」
卯月は全くの感傷で渋谷凛の名を口にした。
彼女ほどの剣士がいれば、千川派はもっと楽ができたろうか。
「渋谷…渋谷か」
家老はまた記憶をまさぐった。ここのところ、物を思い出すのが苦しい。
だが渋谷凛の名は、千川の脳の、割に浅い所に残っていた。
「あやつはいかん」
「は?」
凛が、何か家老の気を損ねることをしただろうか。
卯月に思い当たる節はない。
凛はたしかに協力的ではなかったが、
積極的に千川に害をもたらしたわけでもない。
政治嫌いで馬廻になり、千川を超える権力を求めることもしなかった。
「千川家に連なる家に生まれながら、男の問題で末席を汚した。
せっかく似合いの嫁をあてがってやったというのに」
生まれる前から決めておいて、似合いも何も。
卯月は内心で家老を蔑んだ。
「とはいえ、彼女ほど才気に富んだ剣士はおりませぬ。
生きておりましたら、双葉殿を追い越したやも」
卯月は、凛のこととなると口数が増えるな。
千川は面倒な顔をして言い返した。
「そこらの下級武士に負けるような輩・・・
あやつの功績は、東郷派へ仕掛ける口実を
作ったぐらいだ」
双葉が必死に眠気をこらえていると、 座敷の障子が開いた。
卯月が出てきたのである。
彼女の表情を見ながら、双葉は尋ねた。
「千川様は?」
「お休みになられた」
双葉が座敷をのぞくと、たしかに家老が鼾をかいて眠りこけていた。
「杏がやってもいい?」
双葉は刀の柄に手を当て、尋ねた。
「冗談はいけません」
卯月は凄絶な笑みを浮かべながら、
双葉の前から去った。
多田は結局、東郷に会うことができなかった。
代わりに木村から、ある提案を受けた。
木場さんに近づけばいい。
木場さんは東郷派で2番目にえらいから、きっとなんとかしてくれる。
多田は木場家の門を叩いた。
「開けて下され!
怪しい者ではありませぬ!!」
しかし、門は固く閉じたままだ。
「多田だ」
「多田が来たぞ」
「絶対に開けるな!」
木場家の人間は、多田を警戒した。
相手は千川派の内通者。不倶戴天の敵。
そう思っているのだから、当然である。
しょうがないので、多田は近くの茂みに隠れて、
木場が出てくるのをひたすら待った。
何日も、何日も。
木場家の門をじっと見つめ続けた。
「むーりぃ…」
城中の隠し部屋、自身の仕事部屋の中で、
森久保乃々は低く唸った。
森久保の情報網以ってしても、高垣楓が見つからぬ。
あの爆発で鷺沢と共に瓦礫の下にいるのでは。
それとも双葉の目算が外れて、
やはり楓は千川派を裏切り、藩外へ逃れたのか。
どちらにせよ森久保にとっては困る。
敵に回られるよりはましだが、
楓のいない千川派は実際、王手をかけられた状態であった。
気楽に使える剣客はすでに村上1人。
木村、卯月は共に達人であるが、彼女達を前線に出すと
運営に支障をきたす。
双葉は千川の護衛についている。
森久保自身は剣が使えぬ。
一方で東郷派には、配下の多い木場、徒士の多田が残っている。
使える駒が山ほどあり、攻めも守りもいまだ堅い。
「むーりぃ…」
森久保は再び、悲しげに唸った。
家老千川ちひろが惰眠を貪っている時。
島村卯月は千川家から抜け出し、武内家のそばまで来ていた。
彼女が立つのは、果たし合いの場所であった辻道。
そこに残る爪痕をなぞると、卯月は気持ちが落ち着くのである。
「凛ちゃん。未央ちゃん」
卯月は二人の名前を呼ぶ。しかし、声は返ってこない。
渋谷凛は死に、本田未央は行方知れずであった。
もし未央ちゃんが見つかっても。
卯月は考える。
未央は東郷派の精神的象徴。
卯月は千川の側仕え。
友人になることなど、到底できるはずもない。
それでも卯月はかつて、
木村夏樹に本田未央の居場所を、それとなしに尋ねたことがある。
木村はからからと笑って答えた。
「美城にはいないだろうな。いたら困る」
卯月は木村に同意した。
領内に未央がいたとしたら、
千川は第一に彼女を殺そうとするだろう。
だが未央なら、千川派の主戦力を削り切る。
多少の贔屓目もあるだろうが、卯月は確信している。
鷺沢、緒方、村上、諸星、木村。
以上の5名は未央に勝てない。
楓と双葉なら分からない。
だが、苦労して未央を倒しても、東郷派は主戦力が十分に残っている。
こちらの二人、あるいは一人で
東郷派への襲撃と千川の警護は苦しい。
それでも。
卯月は、壁に残る刀傷を撫でた。
一方その頃。
高垣楓は、すでに荒屋となった道場を訪れていた。
依田芳乃。
彼女が道場を開いていたと聞いて、楓は随分驚いた。
芳乃は自分の剣を広めたがるような、俗っぽい女ではなかった。
いつも超然として、どこか浮世離れしていた。
何か心境の変化でもあったのだろうか。
楓は門下生の名前が連なる木札を眺めた。
そしてある名前を見つけた。
本田未央。
楓は彼女の名前を木村から聞いていた。
美城では異端の示現流で、かの渋谷凛を破った女。
おそらく、芳乃の一番弟子であったのだろう。
楓は顔も知らぬ、1人の剣士に思いを馳せる。
かなり目の厳しい芳乃が、手をかけて育てた剣士。
もしかすると雫と同じ面影があったのやもしれない。
会ってみたかった。楓は切に思う。
友人の弟子としても、剣士としても。
楓はささくれ立った道場の床を、そっと撫でた。
夜更け。
木場真奈美は3人の護衛をともなって、屋敷から出てきた。
目的は東郷あいとの密会。
失脚した彼女が東郷に力を貸すのは、愛ゆえである。
大切な友人としての愛と、もう少し仄暗い影をまとった愛。
あい君のそばには、私さえ残っていればいい。
ここ数週間の間に東郷派は深刻な出血を強いられたが、
彼女の意には介していなかった。
多田某という名前も、記憶の彼方にあった。
だが果たして、そんな木場の前に多田某は現れた。
「木場様…お待ちしておりましたぞ」
多田李衣菜の姿は、数日前と激変していた
草の茂みで寝泊まりしていたので、服は薄汚れ、所々破れている。
顔にも土やら葉やらがこびりつき、?はこけ、目に大きな隈ができている。
「是非とも、聞いていただきたい願があるのです」
その声と表情には、重く深い陰がこもっていた。
多田は木場家への張り付きで、心身共に疲れ切っていた。
「多田だ」
「多田が現れたぞ!」
「木場様をお守りしろ!」
多田は、3人の護衛に取り囲まれた。
「私には、やましいことなどありませぬ…」
「黙れ、[ピーーー]!!」
護衛達が多田に斬りかかるのを、木場は静観していた。
しかし多田が何故1人で現れたのか、彼女には理解しかねていた。
闇討ちをするなら多勢で来るべきであろうし、
何日も1人で待っている必要はない。
入れ替わりで木場家を監視していればよいからだ。
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まさか、本当に話をしにきたのではあるまいな。
木場は笑った。しかし、どうでもよいことだ。
仮に内通者でなかったとしても、東郷派に多田は不要。
ここで、彼女は忘れていた。
多田が、会合にやってくる資格のある人間であることを。
3人の護衛は瞬く間に斬り倒された。
「なんということを…」
多田は悲しげに呻いた。
自分がやったことに対してではない。
護衛達の仕打ちに対してである。
なぜ、なんの瑕疵もない自分が斬られなければならないのか。
多田には分からなかった。
多田は刀を納め、木場をじっとりと見つめた。
「さあ、邪魔者はいなくなり申した。
ぜひとも拙者の願を聞いてくだされ」
「私に[ピーーー]と言うのか」
木場は刀を抜いた。
木場は新陰流の遣い手で、失脚する前は
文武両道の名士とて知られていた。
千川との政争の中で、幾度となく人を斬った経験もある。
「……」
多田は再び抜刀した。自分の身を守るためである。
その姿を見て、木場は鼻白んだ。
構えがぐちゃぐちゃで、握りも全くなっていない。
両脚はぶるぶる震えている。
「多田、貴様は何流だ」
「柳生にございまする」
「柳生のどれだ」
柳生と名のつく流派は1つだけではない。
柳生新陰流、柳生心眼流といった正式なものから、
柳生の名を騙ったにわか剣術も星の数ほどある。
だが、多田は言い張った。
「柳生は柳生にございまする!」
ちなみに彼女は、藩内にある道場に通ったことがない。
適当な書物、しかも創作物を読んで、めちゃくちゃな稽古しかしてこなかった。
なので、体に乱れが生じる。
あの3人に勝ったのはまぐれか。
「せいやっ!」
木場は声を張り上げ、多田に斬りかかった。
多田はその声に吃驚して、太刀を落とした。
そして、自分も尻餅をついた。それで攻撃をかわす。
なんだこいつは。
木場は地面でもがく多田を、冷めた視線で見た。
だが、その視線が片方途切れた。
多田が苦し紛れに投げた小柄が、左目に命中したのである。
なんだこいつは!
木場は激昂して、多田に剣を振り下ろそうとした。
しかし多田は、ばた足で木場を転倒させ、彼女の上に跨った。
「うわああああ!」
そして恐怖に身をまかせ、脇差で木場を滅多刺しにした。
多田がまだ茂みに潜んでいた頃。向井家にて。
向井拓海は療養していた。
医者の言によれば、左腕はなんとか元の形に戻るそうだ。
しかし、また元気に人をぶん殴れるかどうか。
さしもの向井も意気消沈していた。
両派の争いは終局に入っているが、自分は戦力外。
片桐早苗と前川みくは死んだ。多田は役に立つかどうか…。
木場は生き残っているだろうが、
彼女だけで状況が変えられるとは思えない。
本田未央がいれば。
向井は、かつて自分達が侮り、現在は祭り上げている女を思った。
美城史上、最高の剣士と謳われた渋谷凛を破る腕前。
派閥争いの決定打となるような、物理的破壊力。
今の東郷派にはそれが欠けている。
千川派も同じような状況だろうが…。
ふいに、向井はある人物を思い出した。
片桐の部下で、凄腕の下手人を捕らえたやつがいた。
その女であれば、この拮抗をぶち破るかもしれない。
「やっちゃった…」
多田は恐怖に慄いた。
あろうことか、木場城の前で木場を殺めてしまった。
異常を察した家来達が、ぞろぞろと屋敷から飛び出してくる。
「多田! 貴様やはり!!」
「違いまする、これには深いわけが…」
多田は今度は、27名ほどの人間に囲まれた。
彼女ひとりでは、さすがに生き残ることはできまい。
「なつきち!! みく!! 東郷様!!」
多田は叫んだ。
千川派の木村夏樹。すでに亡くなった前川みく。
自分を門前払いにした東郷あい。
誰か助けてくれ、と。
「呼んだか?」
現れたのは、木村夏樹。
高垣楓。 村上巴。
双葉杏。 鷺沢文香。
安西都。
そして、東郷あい。
「なぜ東郷様が、千川派の連中と一緒に!?」
木場の家来達は驚いた。
「そら見たことか!」
多田は先ほどまでの慄きはどこへやら、家来達に言った。
自分は味方なのだから、東郷様が助けに来てくれたのだ、と。
ある意味では全く幸福な女である。
「藩には、有能な人間だけが残らなくてはいけない」
東郷あいは木場家に赴く前、安西都にそう言った。
「それじゃあ私は、東郷様のお眼鏡に適ったというわけですかね!」
安西は東郷からある試験を課せられていた。
高垣楓を一から捜索し、捕らえる。
これは安西の実力を測るためでもあり、
また楓を封じ込める目的もあった。
楓は東郷による選別を上回る速度で、
東郷派の人間を始末してしまうからだ。
安西は東郷の期待に応え、予想以上の働きをした。
東郷と安西が内通者と知らぬ楓を、実力を以って捕らえた。
片桐早苗を他の同心から切り離し、村上巴に始末させた。
鷺沢文香を牢から救出し、楓と一緒に保護した。
向井の予測通り、安西都は状況を打開する女だった。
向井の思った通りにではなかったが。
そして現在、安斎は木場家の前にいる。
試練に合格したものの、ここから生きて戻らねば意味がない。
安斎は、美城に伝わる捕縛術の歴史を遡り、荒木流拳法に辿り着いた。
そして、その中にあった捕手術を、
速度と武具破壊に特化させた形で練り直した。
そのような迂遠な道を通った理由は、ひとえに彼女の性癖にあった。
安斎は、相手の策や技術を見抜いた上で、それを正面から“折る”のを好んだ。
通常の捕手の骨子は、まず相手に何もさせないことに始まる。
武器を抜かせない。身動きを取らせない。
それが遣い手、あるいは相手の安全のために重要だからである。
一方安斎は、相手が動くのを悠長に待つ。
相手が剣を抜き、自分に斬りかかってくるのを待つ。
何度か攻撃をかわし、その間に相手を観察する。
苦しそうな、恐れているような演技をしながら。
そして、相手の手が出尽くしたところで、即座に武器を破壊する。
安斎はその瞬間が堪らない。
懸命に鍛え上げた剣術が、一瞬で葬り去られる時の顔。
相手の矜持が、音を立てて崩れ去る一瞬、
安斎は自身の幸福を実感できるのだ。
だが今は、そんなにのんびり戦ってもいられぬ。
安斎は周囲を確認した。
木場の家来24名。もしかすると、あとから増援が来るやもしれない。
なるたけ早く敵を殲滅する必要がある。
こちらは7、地面で転がっている多田が役に立つなら8名。
敵はこちらの3倍以上。
安斎は楓の方を見た。
多人数戦であれば、楓の“二種類”の剣が有効である。
楓の持つ刀は、かつての友、川島瑞樹のものである。
一般のものよりも幅が広く、長さもある。
だが何よりの特徴は、通常よりも硬度を下げ、
やわらかさに重点を置いてるという点。
それゆえ相手の剣を受け止めれば、簡単に割れてしまう。
だが、優れた剣士が振るえば、
あたかも衣のようにたなびき、複数の敵を切り裂く。
生前の川島は修行中に、自身の剣筋が直線的すぎることに悩んだ。
7人の敵は、剣術だけでなく戦術眼も一級品。まともに戦っては勝てぬ。
それゆえ刀身に工夫をし、それに見合う技量を短期間で身につけた。
まるで羽衣の舞でしてー。
川島の動きを見た芳乃は、そう評した。
楓の工夫は脱力にある。
筋肉に力を入れず、関節を固めず、構えも解く。
そのやわらかく保った身体で、神速の剣を振るう。
故に相手は、その剣筋を容易に見抜くことができない。
だが一方で相手の剣を弾く、骨を断つ等の強力な一撃には向かない。
よって、楓は相手の腱を執拗に狙う。
相手の機動力を削ぐために。
そして、あたかも酒に酔ったように
動けなくなった相手を嬲り殺しにするために。
川島の『羽衣』、自身の『月酔』。
この二種類の魔剣を使って、楓は瞬く間に5人を葬った。
やはり、彼女を封じておいたのは正解だった。
東郷あいはそう思った。
そして東郷は、傍らの剣士に尋ねた。
「双葉くんなら、彼女に勝てるかい?」
「“両方とも”面倒くさい剣術だなー…」
双葉の剣は、いかに効率よく相手を“制圧”するかにあった。
細々とした工夫は、やるのもやれらるのも面倒だ。
双葉はその体格ゆえ、長い剣を使っても
相手を[ピーーー]ことは難しい。
なので、相手の足を下から順に輪切りにしていく。
こうすれば相手をすぐに無力化できる。
他に複数仲間がいても、泣き叫ぶ味方を庇うため、もう1人足止めできる。
そして、それを敵が戦意を喪失するまで繰り返す。
この戦い方がもとで、凛が最高の剣士と呼ばれるなか、
双葉は蔑みを込めて最強の剣士と呼ばれた。
「うちら、来なくてもよかったんじゃないかのう」
「そうですね…」
死体と、阿鼻叫喚の声が積み重なっていく中、
村上巴と鷺沢文香は所在なさげにしていた。
木場の家来は7人が死亡、10人が重傷。
3人が失神し、残りは逃亡した。
多田は木村に飛び上がって抱きついた。
「なつきち! なつきち!」
その様子は、久しぶりに主人と再開した犬のようだった。
「私、木場さんを殺しちゃった!」
「それは私が許す」
ふっと微笑みながら、東郷あいが言った。
「…でもこれから、どうやって戦えばよろしいのでしょうか」
多田は姿勢を改めて、東郷に尋ねた。
対千川への要である木場が死んだとなれば、東郷派がどうやって勝つのか。
先ほどの戦いを全く見ていなかったのか、多田はそう思った。
「ああそれなら心配すんな」
木村は言った。
「俺らの親玉、今頃死んでるからな」
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「木場の方はどうなったかのう」
多田が木場を滅多刺しにしている頃、
家老千川ちひろは、島村卯月に尋ねた。
千川は、千川派の5名が木場家に向かったと聞いていた。
「東郷派と千川派の戦いは、今夜決することでしょう」
卯月は笑った。
「ふぅ…これでようやく安心して眠れる」
息をついた千川の前に、夜食が運ばれてきた。
献立は柔らかく煮込んだ鴨肉汁と、粥のような飯。
「卯月」
千川は卯月の名前を読んだ。毒味をしろ、ということである。
卯月は食膳の前で、千川に尋ねた。
「千川様は、本田未央をどのように思われておりますか」
「藪から棒に」
家老は一寸驚きながらも答えた。
「本田…あやつが渋谷凛を始末してくれなければ、東郷派を潰せなかったろうな。
奴らは本田本田と崇めているが、とんだ厄病神だったというわけだ」
千川は、かかかと笑った。
「して、その本田が見つかった場合、どのようにされますかな」
卯月はまた尋ねた。千川は怪訝な顔をした。
「あやつは、かりそめにも千川に連なる者を手にかけた。
今更現れても容赦はせぬ。」
自分に都合の良いように物事を考える老醜。
だがまだ、卯月は千川を憎んでいなかった。
「まったく…下級武家の人間は男以外役に立たぬ」
「男、でございますか」
「そうだ。
男は抱けるからの」
千川は下卑な表情を作った。
「この前の…なんといったかのう…武内家…
あそこの男は趣向がちがって、なかなか…」
「武内家の長男は自裁されました」
家老の言葉を遮って、卯月は言った。
言葉尻を切られて不機嫌になるかと思われたが、
千川は逆に上機嫌になった。
「そうか、それはよかった」
「何がよかったのですか?」
「嫁入り前に他の女と関わるような男は、この世に必要ない。
婿殿が可哀想だからの!」
千川は、またかかかと笑った。
卯月は鴨汁と粥を、一口ずつ食べた。
「いや、まことに美味でござる」
「そうか。冷める前に、はよう」
千川が箸を伸ばそうとした時、卯月がそれを抑えた。
「御家老。こちらには猛毒が入っておりまする」
「毒?
何を言っておる?」
すっくと腰を上げる卯月を、千川は不思議な目で見た。
「左様。
人を斬らずにはいられなくなる、性質の悪い毒に御座りまする」
卯月はまた笑った。
怒りと憎悪で、その表情は青ざめていた。
「さあて、無駄に血の気が多いやつも、悪知恵が働くやつも片付いた」
木村夏樹はのびのびと肩を伸ばした。
「まったく、木村君の計略には頭が下がるばかりだよ」
東郷あいが木村の肩に手を置いた。
2人がいるのは、木場家からの帰り道である。
「いや…1人忘れてた」
木村は立ち止まって、東郷に言った。
「誰のことだい?」
東郷は首をかしげた。向井か、それとも安斎のことだろうか。
「胸に手をあてて考えてみな」
東郷は言われた通り、自分の胸に手を当てた。
そして木村は、東郷の手と胸を、刀で貫いた。
「ああ…忘れていた」
東郷はふっと微笑んで、仰向けに倒れた。
「これからどうすっかな…」
生き絶えた東郷を見つめながら、木村は思った。
秋の夜風がひゅうひゅうと、空っぽになった心に染みた。
おしまい。
前作
【モバマス時代劇】本田未央「憎悪剣 辻車」
【モバマス時代劇】本田未央「憎悪剣 辻車」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1495368262/)
あとがき
安斎が安西になってた。
死にたい。
木場木村問題でスレ立て直したのに
前話で「話もっと捻れ」「SS向けの文章かけ」
と言われてやってみたけど、これで良かったのかな?
「死ね」、「殺す」の修正回避も忘れてるしなー
豆知識
白詰草(クローバー)は明治頃日本にやってきた。
乙です
千川は卯月が斬ったって事でいいのかな?
前話が未央の人生が滅茶苦茶になる話で、
今回は、しまむーとなつきちの人生が台無しになる話。
いろいろと小ネタは仕込んだけど、
全部説明するとおもろないから、
聞かれたらする。
乙
千川を卯月が東郷を夏樹が斬ったと
芳乃は道場閉めて何処かに行ったのか…智絵里も楓も性格かなりアレだな
>>99
合ってる。
動機は、自分が勝手に美化してた2人の物語に
千川が勝手に入ってきたから
>>102
芳乃は憎悪剣を広めに行めるために全国を回ってる。
及川藩に自分が生きていることを知らせるために。
江戸中期にはクローバーがない →お前の幸運は絶対見つからない
という智絵里なりのギャグ
乙
>>90
あっさりしているけど、藤沢周平の隠し剣シリーズを彷彿とさせる文が
ちょいちょいあった気がする
これはこれで良いものでございますな
お嬢とふみふみは生き残り、でいいのかな?
及川藩の護衛もまあ濃い面子だなあ
のあさん 蘭子 川島さん 楓さん 芳乃って
前者2人はすぐやられてしまったが
>>105
山田風太郎みたいなこともやってみたかったのです。
(あまり喋りすぎると台無しになるぞ)
芳乃は復讐鬼を作ってると
智絵里のクローバー=お前の幸運はない(死ぬ)は草
生き残りは拓海、李衣菜、文香、きらり、杏?、楓辺りか
>>110
(説明が足りないんじゃボケって他の読者が言うから…)
>>111
巴ちゃんを忘れないであげて
このSSまとめへのコメント
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