【モバマス時代劇】一ノ瀬志希「及川藩御家騒動」 (48)

 家老棟方愛海が悪政を敷いていた頃、及川藩には1人の天才がいた。

 一ノ瀬志希。

 彼女は上流武家の出身で、幼い頃から学識を得る機会に恵まれた。

 しかし藩内で大成することはなかった。

 出仕する前に家が取り潰しになったためである。

 棟方の度を越した女色に諫言したことが、一ノ瀬家の仇となった。

 志希はなんとか武士としての身分を保ったが、藩内で就ける仕事はなく、

 自身の研究に没頭した。それを許すだけの財産は残されていた。

 志希が主に興じたのは薬化学と数学。漢学や剣術などは、彼女の性には合わなかった。

 志希はその才を生かし、あるいは商人や学者として成功できたかもしれぬ。

 そうはならなかった。否、できなかった。

 天才として生まれた因果か、それとも棟方による暴政の犠牲になったためか、

 彼女には真っ当な社会倫理が備わらなかった。

 病人に強心剤と称して火薬を飲ませたり、町の中で突然声をあげては、地面や屋敷の壁に
 
 幾何学な落書きを残したり、奇行の例を挙げればきりがない。

 しかし、彼女にとっては、それでよかったのやも。

 藩内での成功は、すなわち棟方からの警戒につながるためである。

 武家社会でも、町人社会のなかでも志希は孤立した。

 当人はまったく気にもせず、孤高に研究を重ねた。

 だが、その研究は程なくして棟方に目をつけられた。

 志希が興じていたのが、あろうことか兵器開発に変わっていためである。

 家に引き続き、この研究が仇となって志希は処刑された。

 だが、その成果はひっそりと残された。


「して、その成果とはなんだったのじゃ」

 及川藩主は家来に尋ねた。 

 歳はすでに60に近く、本来であれば藩主としての任をおりるべき年齢を過ぎている。

 しかし後を継ぐべき娘の雫は、精神に異常を来しており、言葉がまともに話せぬ。

 藩内の人間らは、雫のことを“牛女”と影で噂している。

「わかりませぬ。ですが、雷鳴が轟くが如き音を立て、

 住民達を震え上がらせたといいます」
 
「それを見つけ出せば、あるいは…」

 及川藩は御家騒動の真っ只中にあった。

 藩主の娘である雫は心神喪失の身。

 藩主としての仕事が真っ当に務まるはずもなく、また、他に姉妹もいない。

 家老達は「分家である岡崎家の泰葉様を次期藩主に据えるべし」、と意見を纏めている。

 その泰葉は気弱ではないが、自立の志が低く、滅多なことでは人の意見に逆らわない。

 家老達が、彼女を傀儡として藩政を行おうとしているのは、明白であった。

 現藩主である及川氏は、第二の棟方の誕生を許すわけにはいかない。
 
 よって自分が死ぬまでには、雫の精神を回復させ、彼女に藩主の座を継がせねばならぬ。

 雫か、泰葉か。

 この議論は圧倒的に分が悪かった。そこで及川氏はお上に縋ることにした。

 だが、ただで力を貸してくれるはずもない。

 藩主が金銭でお上に取り入ったとなれば、後世の誹りを免れぬ。

 かといって及川藩には、献上できるような資源も工芸品もない。

 そこで今亡き天才、一ノ瀬志希の研究に白羽の矢が立った。

「それでは、その成果とやらを誰に探させるのじゃ」

 及川氏は重々しく家来に問うた。
 
 無論、藩内の人間に頼るわけにはいかない。

 気が触れている女と、少々控えめな女。

 どちらが次期藩主にふさわしいかは、火を見るより明らかなためである。

「藩外からふさわしい人物を呼んでおります。
 
 物探し、刺客に打ち勝つ剣術、どちらにも優れた者達です」

 無流野太刀、白坂小梅。

 タイ捨流、星輝子。

 巌流、輿水幸子。

 及川藩に入るは、以上の3名。

「及川様にも困ったものですね…」

 家老の三船美優は静かにため息をついた。

 自身の娘を藩主に据えるため、お上に袖の下を渡そうとは。

 やはり、朱に交われば赤くなるということか。

 かつての棟方を思い出し、三船は再びため息をついた。

 無論、この暴挙を家老陣としては見逃すわけにはいかない。

 及川側…もし可能ならば雫の暗殺も行うつもりである。

 御家老会議で挙げられた人物は以下の4名。

 二天一流、南条光。

 念流剣術、橘ありす、龍崎薫。

 無流、赤城みりあ。


 彼女達が剣術に長けているのは言うまでもないが、他にも共通点があった。

 いずれも若く、純真で、非常に“ものわかりがいい”。

 つまるところ、上の人間の言葉に従順であるということ。

 いつの時代も汚れ仕事を行うのは、そういった人間達である。
 


 時刻は夜。場所は及川藩領内、北西部の山。

「もう、カワイイボクが藩主になればいいんじゃないですかね!?」

 山の木々をかきわけながら、輿水幸子は言った。

 腰の長い刀が木々に引っかかって、非常に動きづらそうな様子である。

 ほのかに菫がかった髪が、夜風に揺れる。

「私も…それが、いいと思う…フヒ」

「あの子も…それがいいって言ってる…よ」

 返したのは輿水の友、星輝子と白坂小梅である。

 輿水に比べれば温度の低い2人であるが、3人は昵懇の間である。 

 出身こそちがうが、浪人同士連立ち相立って、現在の稼業を営んでいた。

「い、いやいや、ダメですって!!

 あと、一ノ瀬さんは私達より年上なんだから、“あの子”はダメですよ!」

 輿水は、妙なところで真面目くさって白坂に指摘した。

「せっかくボク達を案内してくれてるんですから!」

 

 白坂は霊媒師を生業にする家系に生まれた。そして、一族最初の霊媒師だった。

 彼女の能力を使えば、一ノ瀬志希の成果を発見することなど

 造作もないことである。

「あっ…ちょっと待って」

 その白坂が声を上げ、輿水と星を手で制した。

「森に人が入ってきてる…3人と、遅れてもう1人」

 家老達の差し金。一同はすぐに察した。

「それで、どうします?」

 幸子が尋ねた。3対4なら勝機もある。迎え撃つか。

 それとも振り切るか。

 「4を1で割って…幸子ちゃん、全員倒してきておくれ…」

「えーっ!?

 ま、まあカワイイボクなら、4人でも10人でも倒せますけど!!」

「フヒヒ…こいきな、冗談だ…」

 星は刀を抜いた。すると、その瞬間彼女の人相が、すうと変わった。

「オレと幸子で2人ずつ。小梅は先に行け」

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